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はじめに 2010年中間選挙は
Hosono Toyoki はじめに (shel2010 年中間選挙は、投票日の翌日にオバマ大統領が認めたように民主党の「完敗」 lacking)だった。民主党は連邦議会上院の過半数をかろうじて維持したものの、連邦議会下 院では 63 議席を失って少数党に転落した。オバマ政権と民主党は、連邦議会での多数にも のを言わせて、歴史的な健康保険改革、金融機関の規制などの業績を上げた。しかし、国 民の理解を得ることはできず、歴史的な敗北を喫した。民主党が大統領府および連邦議会 の上下両院を制する統一政府は、2 年しか続かなかった。 以下ではまず今回の選挙結果を概観し、次いで民主党大敗の理由を掘り下げていきたい。 1 選挙結果の概観 本年 1 月から始まる第 112 議会の、連邦議会下院における議席数は民主党 193、共和党 242 となり、多数党が入れ替わった。民主党は 63 議席を今回の選挙で失ったが、それは 1994 年 中間選挙の 54 議席減をも大きく上回る。中間選挙において政権党がこれだけ議席を減らし たのは、1938 年(71 議席減)以来である。連邦下院は 2 年ごとに全議席が改選されるため、 世論の逆風を受けやすい。連邦下院を共和党が制したことで、民主党は共和党との妥協な くして、予算を通したり新規の立法を行なうことができなくなった。 連邦下院の地域別議席分布は第1 表のとおりである。民主党は北東部および西海岸におい て、共和党は南部および内陸部において優位にある。第 111 議会においては、北東部および 西海岸の左派・リベラル派の民主党議員が、 第 1 表 連邦下院議席数(第112議会) 連邦下院の主導権を握っていた。これに対し 民主党 共和党 北東部 62(32%) 30(12%) 南部 32(17%) 81(33%) 中西部 32(17%) 54(22%) 7(4%) 21(9%) 席が改選された(1)。選挙前の議席数は、民主 南西部 15(8%) 31(13%) 党 57、民主党寄り無所属 2、共和党 41 だった。 西海岸等 45(23%) 25(10%) 2010 年中間選挙において民主党は差し引き 6 193(100%) 242(100%) 議席を失い、第 112 議会の新議席数は民主党 穀倉地帯・ ロッキー山脈 合計 て第 112 議会をリードすることになるのは、 南部および内陸部の保守派の共和党議員であ る。 連邦議会上院においては、100 議席中 37 議 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 5 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 51、民主党寄り無所属 2、共和党 47 となった。 第 2 表 連邦上院議席数(第112議会) 連邦上院の地域別議席分布は第 2 表のとお 民主党 共和党 17(32%) 5(11%) りである。連邦下院と同様に民主党はリベラ 北東部 ルな北東部と西海岸において優勢で、共和党 南部 8(15%) 18(38%) は保守的な南部と内陸部で優位という構図 中西部 8(15%) 6(13%) が、ますます鮮明になっている。下院との主 穀倉地帯・ ロッキー山脈 8(15%) 12(26%) な違いは、中西部において民主党が依然やや 南西部 3(6%) 5(11%) 優位なことである。 西海岸等 9(17%) 1(2%) 53(100%) 47(100%) 連邦上院における民主党現職議員の落選 は、南部アーカンソー州と中西部ウィスコン 合計 (注) 民主党議席数には、民主党寄り無所属の2議席を含む。 シン州選出の 2 名にとどまった。連邦上院は議席の一部しか改選しないため、2 年ごとに全 議席を改選する下院と比較して世論の逆風の影響を受けにくい。また、2010 年選挙の特殊 性として、共和党の予備選挙・党員大会において、党執行部が推す本選挙で勝てる本命候 補が相次いで後述するティーパーティー運動の候補に負けたことが、民主党を利すること となった。 共和党執行部に不満をもつ保守層の反乱であるティーパーティー運動候補を象徴するの が、デラウェア州上院選のクリスチン・オドンネル候補およびネヴァダ州上院選のシャロ ン・アングル候補だった。両候補とも公職歴が乏しく、平年なら勝ち目はなかったが、現 職批判のムードが強いなかで 2010 年の共和党予備選挙には勝利した。しかし本選挙におい て民主党候補に敗れたため、未曾有の逆風にもかかわらず、民主党が連邦上院の過半数を 維持することに寄与した。 連邦上院においては、少数党の議事妨害(filibuster)による抵抗を打ち切るには 100 議席中 60 議席を要する。改選前の民主党は、党内の結束を固め、あるいは一部の共和党穏健派の 議員を切り崩せば、この 60 議席に到達できた。しかし、議席数を大きく減らした第112 議会 において法案を成立させるには、共和党との妥協が必須になった。 州レベルでも、知事が民主党の州が 6 つ減り、20 州の知事が民主党、29 州が共和党、1 州 が無所属となった。州議会については、11 の州において多数党が民主党から共和党に入れ 替わった。10 年ごとの国勢調査結果に基づく連邦議会下院選挙区の区割りを州議会が行な う州が多いので、区割りのサイクルにおける中間選挙での民主党の敗北は、共和党に有利 な区割りを通じて、今後10 年の下院選に響くことになる。 2 中間選挙における民主党の敗因分析 ニューヨーク州立大学のジェームズ・キャンベルは、2010 年中間選挙を「三重津波の選 挙」 (triple wave election)と評して、民主党の大敗を説明している。キャンベルは共和党への 追い風という第 1 の波およびオバマ政権への業績評価という第 2 の波に加えて、2006 年およ び 2008 年選挙における民主党の躍進への揺り戻しという、第 3 の波の存在を重視する。1860 年以降の 35 回の中間選挙において、大統領府を制した政権党が中間選挙に勝利したのは 3 回 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 6 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 第 3 表 落選した民主党現職下院議員の特性 本選挙で落選した 民主党現職議員数 うち当選2回以下の 議員数 北東部 12 11 1 8 南部 14 8 4 13 中西部 14 11 2 10 穀倉地帯・ ロッキー山脈 5 2 1 5 南西部 7 5 2 6 西海岸等 0 0 0 0 52 37 10 42 100% 71% 19% 81% 合計 うち当選5回以上の うち大統領選挙において ベテラン議員数 共和党が優位な選挙区 にすぎない(2)。 以下では、アメリカにおける中間選挙での揺り戻しの繰り返しを、投票率、政治不信な どと関連付けて分析したい。次いで支持政党なし層および白人ブルーカラー層の民主党離 れを、今回の民主党の敗因として挙げる。また、2010 年の中間選挙の最大の特色であるテ ィーパーティー運動の影響を評価してみたい。中間選挙には構造的要因が絡むので、景気 が悪いから現職議員が落選したという説明だけで、片付けることはできない。 (1) 中間選挙をめぐる構造的な要因 ①「満ち潮・引き潮選挙」 『ニューヨーク・タイムズ』紙のマット・バイは、2010 年中間選挙を「満ち潮・引き潮選 挙」 (tidal politics)だとしている。2006 年および 2008 年における民主党の躍進が満ち潮に当 たり、2010 年はその反動の揺り戻しである。1994 年の中間選挙においても多数の現職下院 議員が落選したが、こちらは南部の共和党化といった有権者連合の再編や、1990 年国勢調 査に基づく選挙区の区割り見直しが絡んだ選挙であり、2010 年とは異なるのだ、というの がバイの分析である(3)。こうした 1994 年と 2010 年中間選挙の違いについては、上述のキャ ンベルも指摘している。 バイの分析は中間選挙の前に書かれたものだが、実際の選挙結果はこうした評価が正し かったことを裏付けている。第 3 表は 2010年中間選挙の本選挙において落選した民主党現職 議員の選挙区の特性である。52 人の落選議員の 71% が当選 2回以下となっている。 今回の中間選挙における落選議員は、共和党が優勢な選挙区に多い。構造的に民主党が 優位な選挙区と共和党が優位な選挙区を識別するうえで有用なのが、Cook Political Report の (PVI: Partisan Voting Index)である。PVI は過去 2 回の大統領選挙における 「党派的投票指数」 選挙区ごとの得票率を、全米平均と比較して、例えば「R+ 7」 (共和党がかなり優勢な選挙区) 、 (民主党がわずかに優勢な選挙区)のような形で指標化したものである。2010 年選挙 「D + 1」 において落選した民主党下院議員の 81% は、PVI が「R+ 1」以上の選挙区選出だった。 2010 年の政治的津波の特徴は、当選回数 5 回以上のベテラン現職議員 10 名(そのうち 8 名 、 「D + 1」以上の民主党が優位な選挙区の現職議員9 名(そのうちの2名 が当選回数10回以上) 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 7 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 第 1 図 中間選挙における大統領の政党の議席数推移 20 10 0 −10 −20 −30 −40 −50 −60 −70 −80 1930 34 38 42 46 50 54 58 62 66 70 74 78 82 86 90 94 98 2002 06 10(年) 中間選挙の議席数変化のデータは、次の資料に依る。Harold W. Stanley and Richard G. Niemi, Vital Stat(出所) istics on American Politics 2009–2010, Washington D.C.: C.Q.Press, 2010, p. 42. 第 2 図 大統領選挙および中間選挙の投票率の推移 (%) 70.0 60.0 54.2% 54.2% 61.6% 60.1% 58.1% 55.2% 52.8% 54.2% 51.7% 50.0 40.0 42.1% 41.1% 38.4% 38.1% 30.0 40.8% 40.4% 39.5% 38.1% 20.0 10.0 0.0 1980 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 04 06 08 10(年) (注) 投票率は18歳以上の住民数から市民権をもたない住民数などを差し引いた、投票資格者数(Voting Eligible Population)を分母としている。 (出所) Michael P. McDonald, “2010 General Election Turnout Rates,” United States Elections Project, George Mason University, 2010. http://elections.gmu.edu/Turnout_2010G.html は当選回数 10 回以上)が落選したことである。今回の政治的津波は、次節で論じる通常の周 期的な逆風なら耐えられるこれらの議員が、大量に落選するほど強かった。その背景にあ るのが、後述する保守層の投票率上昇ならびに支持政党なし層および白人ブルーカラー層 の民主党離れである。 ②中間選挙における現職議員落選数および投票率の周期性 連邦議会下院選挙における現職議員落選数には、明確な周期性がある。第 1 図は連邦下院 における現職議員の落選数の推移である。中間選挙がくるたびに、大統領府を制した政権 党が、議席を失うパターンがみてとれる。1930 年以降 3 回の例外を除いて、政権党は中間選 挙において議席を減らす現象が、繰り返されてきている。 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 8 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 こうした現職議員落選の周期的パター 第 3 図 政府への信頼の推移 (%) ンと関連すると考えられるのが、投票率 80 の周期性である。大統領選挙では投票率 70 が上がり、中間選挙では下がる現象が 2 60 50 年おきに繰り返されてきている。1980 年 40 以降の投票率の変化は第 2 図のとおりで 30 ある。中間選挙の投票率は毎回 4 割前後 であるのに対して、2004 年以降の大統領 選挙の投票率は 6 割を超えている。大統 領選挙および中間選挙の投票率の差が 2 20 10 0 1964 68 72 76 80 84 88 92 96 2000 04 08(年) ほぼ常に政府を信頼/多くの場合に政府を信頼 (出所) ミシガン大学NES調査。 割もあれば、有権者の構成も当然異なっ てくる。また、投票率が低い中間選挙は、利益団体による利害関係者の動員や、現政権の 政策に反発する有権者が、大挙して怒りの一票を投じにくることの影響を受けやすい。 2010 年中間選挙の特色のひとつが、投票者に占める保守層の割合が、2006 年中間選挙お よび 2008 年大統領選挙と比較して著しく上昇したことである。出口調査によれば、2006 年 において自らを保守だとする回答者の割合は 32% だった。それが 2010 年選挙では 10 ポイン ト増の 42% になっている。2006 年と 2010 年では投票率は、第 2 図のとおりほぼ同レベルな ので、こうした保守の割合の激増は、投票所に足を運ぶ有権者の構成が大きく変わったこ とを意味している。民主党が大敗した 1994 年の中間選挙でも、出口調査回答者に占める保 守層の割合が高かった。 ③政府への信頼と現職議員落選 中間選挙だけでなく、大統領選挙の年においても、現職下院議員落選の説明変数として 最も説得力をもつのが、有権者の政府に対する信頼である。政府への信頼が低下すれば、 政府の一翼を担う現職議員に対する評価も当然下がると考えられる。ミシガン大学全米選 挙調査(National Election Studies)によれば、1964 年以降の政府への信頼(「ほぼ常に政府を信 頼」および「多くの場合に政府を信頼」の合計の全体に占める割合)は第 3 図のように推移して いる(4)。同調査では、2006 年のデータが欠損し、2010 年の数値が未公表である。このため、 これらの年については PEW 調査センター、ギャラップ、CBS /ニューヨーク・タイムズお よび CNN の類似調査データの平均値で代用してある。 1968 年以降については、政府への信頼が最も低かった 1994 年に 34 人現職下院議員が落選 するなど、政府への信頼が低くなると現職下院議員の落選が多くなる傾向を明確に読み取 れる(予備選挙での落選を除く)。この傾向は、中間選挙だけでなく大統領選挙にも等しくみ られる。第 4 図は 1968年以降の政治への信頼および現職下院議員落選数をプロットしたもの である。これらの 2 つの変数の間には、明らかな相関がみられる。2010 年中間選挙における 民主党現職議員の大量落選も、この年の政府への信頼が低いことと関係している。 政府への信頼は、景気の循環と相関する。景気が悪い時期に政府への信頼が低下し、現 職議員が落選する。ただし景気がある程度回復しても、政府への信頼回復が遅れる場合が 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 9 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 第 4 図 政府への信頼と落選現職下院議員数 (人) 60 50 落 選 40 現 職 下 30 院 議 20 員 数 10 0 0 10 20 30 40 政府への信頼 50 60 70(%) (出所) 2008年以前の落選現職議員数は、次の資料に依る。Harold W. Stanley and Richard G. Niemi, op. cit., pp.43–44. ある。1980 年代にこうした現象がみられた。 政府への信頼や景気の動向と密接に関連するのが大統領支持率である。ギャラップ調査 によれば、中間選挙における大統領支持率が 50% を切ると、政権党は中間選挙で負けてい る(5)。 (2) 支持政党なし層の民主党離れ わが国と同様に、アメリカの選挙においても支持政党なし層の動向が、近年の選挙の結 果を左右している。報道機関が共同実施する出口調査によれば、2010 年中間選挙の調査回 答者の 29% が支持政党なしだった。そのうちの 37% が民主党候補に、56% が共和党に投票 している。2006 年出口調査における民主党および共和党の得票率は、57% および 39% であ り、民主党と共和党の得票率が完全に逆転している。回答者の 3 人に 1 人以上が支持政党な しであるなか、2010 年中間選挙のように得票率が 20 ポイントも下がれば、大敗は免れない。 支持政党なし層の民主党離れの説明として最も説得力を有するのが、政府の役割に関す る支持政党なし層の考え方である。2010 年 10 月公表のギャラップ調査では、政府の役割が 大きすぎるという回答が、支持政党なし層について 66% に上った。共和党支持層では 77%、 民主党支持層 33% だった(6)。大きな政府を忌避する傾向を、支持政党なし層は共和党支持層 と共有するという世論の構造が存在する。 次いで論点となるのが、オバマ政権および民主党議会のどのような取り組みが、大きな 政府を忌避する支持政党なし層の離反を招いたか、という点である。この点の解明に資す るのが、ギャラップ社の支持政党別の大統領支持率の推移である。同調査によれば、オバマ 政権発足時の支持政党なし層のオバマ大統領の支持率は62% と高く、2009 年 6 月まで 60% 台 の支持率を維持した。それが 6 月末頃から下がり始めて、8 月には 50% を切るようになる(7)。 2009 年 6 ― 8 月のテレビニュース報道をヴァンダービルト大学のデータベースで検索する と、健康保険改革法案への反対運動の報道が 8 月にみられる。ただし報道件数では健康保険 改革よりもオバマ外遊の報道が目立ち、国内景気対策に取り組む姿勢を国民に示す報道が 少なかったことも、関係しているのかもしれない。あるいは 2 月以降の「アメリカ回復・再 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 10 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 投資法」 、サブプライムローン債務者の救済、自動車メーカーの破たん処理など、大きな政 府を印象付ける一連の施策の累積もかかわっている可能性がある。 (3) ティーパーティー運動―大きな政府に対する共和党支持層の反発 2010 年中間選挙の最大の特色が、ティーパーティー運動である。2004 年、2006 年および 2008 年の選挙については、民主党および共和党陣営の選挙戦術という切り口でおおむね説 明できた。これに対して 2010 年中間選挙は、ティーパーティー運動という司令塔が存在し ない社会現象の解明が焦点となる。 ティーパーティー運動を理解する第1 のポイントは、基本的に共和党支持層の運動だとい うことである。2010 年 7 月公表のギャラップの調査では、ティーパーティー運動を支持する と答えた回答者の68%が保守的な共和党支持者、17%が穏健またはリベラルな共和党支持者 だった(8)。 各種世論調査は上述のギャラップ調査を含めて、運動の支持者を対象とするものが多い。 これに対し2010 年 3 月のクイニピアック大学の調査は、ティーパーティー運動を支持するか ではなく、「ティーパーティー運動の一員」かを尋ねている。一員だという回答は全体の 13% であり、支持者か否かを聞いた場合の割合(上述のギャラップ調査では 30%)よりも少な くなっている。このクイニピアック大学の調査では、回答者の44%が共和党支持、35%が共 和党寄りの支持政党なしであった(9)。 クレアモント・マケナ大学のザッカリー・コーサーは、ティーパーティー運動における 支持政党なし層の割合の高さを重視し、1992 年のペロー旋風との共通点を指摘する(10)。上 記のクイニピアック大学の調査が示唆するのは、ティーパーティー運動を構成するのは、 支持政党なし層全般でなく、そのなかでも共和党寄りの支持政党なし層だということであ る。 ただし、共和党支持または共和党寄り支持政党なし層だからといって、必ずしも共和党 が公認した候補に投票するとは限らない。クイニピアック大学の調査では、もしも共和党 と民主党に加えてティーパーティーの候補が立候補した場合は、運動の一員だと回答した 者の 40% がティーパーティー候補に投票するとし、共和党候補だと答えたのは 30% にとど まった(11)。2010 年中間選挙においてティーパーティー候補が予備選挙において共和党現職 議員を破る現象が目立ったが、それはティーパーティー運動参加者には共和党寄り支持政 党なし層という共和党支持層のなかの不満分子が多いからである。 第 2 のポイントは、財政赤字の肥大化を憂慮し、オバマ政権の大型財政支出に強く反発し た層の運動だという点である。2010 年 6 月のギャラップ調査において、ティーパーティー支持 者の 80% が、 「個人や企業に任されるべきことを政府は行ないすぎている」と答えている(12)。 前述の 2010年 7 月のギャラップ調査において、オバマ大統領に対して好感をもてないとした のは回答者全体の 45% だったのに対して、ティーパーティー運動支持者については 84% に 上っている。 第 3 のポイントは、特定の候補を応援する電話、個別訪問等の選挙活動を積極的に行なっ たのは、ごく一部のティーパーティー団体だと思われることである。 『ワシントン・ポスト』 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 11 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 は 2010 年 10 月に全米の 647 のティーパーティー組織を対象に電話調査を行ない、その約半 数が会員数50 人以下であり、集めた資金の中間値は800 ドルにとどまること、などを明らか にした。これらの団体のうち、2010 年において選挙活動を行なったと回答したのは 29% に すぎなかった。活動内容として最も多かったのが投票率を高める取り組みであり(70%)、 『ワシントン・ポスト』の調査が示 名簿に基づき電話したのは半分以下(45%)だった(13)。 唆するのは、ローカルなティーパーティー組織の多くが、基本的に勉強会や政治集会のレ ベルだったということだ。 ティーパーティー運動の全米組織のうち、候補の公認と選挙活動を組織的に行なったの は、 「フリーダムワークス」および「ティーパーティー・エクスプレス」だけである。 『ワシ ントン・ポスト』が調査した647 団体のうち、前者と連携したのは25 団体、後者と連携した のは 11 団体にすぎなかった。ちなみにこれら 2 つの団体は、共和党関係者により組織されて いる(14)。 そして第 4 のポイントは、民主党の現職候補の大量落選とティーパーティー運動を、明確 に関連付けることが難しいことである。前述のとおり、落選した現職の民主党下院議員の 約 7 割が当選 2 回以下であり、共和党優位の選挙区選出だった。これらの選挙区の議員は、 たとえ政治不信の高まりやティーパーティー運動がなくても、政権党は中間選挙で議席を 失うという、前述の歴史的パターンの文脈で落選していた可能性が大いにある。 これに対して、再選を重ねてきたベテラン議員が、ティーパーティーが選挙活動した選 挙区において落選していれば、ティーパーティー運動と関連付けられる可能性が出てくる。 2010 年の下院選においては、委員長を務める 3 名の民主党古参議員が落選している。サウス キャロライナ 5 区のジョン・スプラット予算委員長(当選 14 回)、ミズーリ 4 区のアイク・ス ケルトン軍事委員長(当選 17 回)およびミネソタ 8 区のジェームズ・オーバースター交通・ インフラ委員長(当選 18 回)である。これら 3 つの選挙区の共和党候補は、上記 2 つのいず れかのティーパーティー団体から公認を受けていた。 ただし対立候補の公認だけでは選挙の当落との関連付けは困難であり、公認が多額の政 治資金提供や選挙活動の支援などを伴ったのかを、確認する必要がある。まず政治資金に ついては、連邦選挙委員会(FEC)の政治献金データベースにおいて、ティーパーティー関 連の献金が若干みられる程度である。 例えばサウスキャロライナ 5 区については、共和党の対立候補に対して「フリーダムワー クス」から約 1 万 6000 ドル、そしてジム・デミント上院議員の2 つの政治活動委員会(PAC) による 7000 ドルの献金が記録されている。デミントは連邦上院におけるティーパーティー 運動のリーダー格の政治家である。しかし、これらの金額は、共和党のモルヴァニー候補 が集めた約 160 万ドルの 2% にも満たない。 次に選挙活動の支援であるが、上述の『ワシントン・ポスト』の調査は、全米の連邦下 院選挙区におけるティーパーティーの選挙活動の地図を掲載している。下院委員会の委員 長が落選した 3 つの選挙区のうち、この地図でティーパーティーの選挙活動があったとされ るのはミネソタ 8 区だけである。 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 12 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 このように民主党の委員長が落選した3 つの下院選挙区のうち、ティーパーティーの選挙 活動があったとされるのはひとつだけであること、およびティーパーティー運動と明確な 関係のある政治献金の金額は大きくないことから、ティーパーティー運動と民主党現職議 員の大量落選を明確に関連付ける証拠はみつからないという結論になる。前述のコーサー の論文も、ティーパーティー運動の選挙への影響を限定的に解釈している。 前節の支持政党なし層の民主党離れや、次節の白人ブルーカラー層の離反のほうが、民 主党の敗因としては、はるかに明快なのである。 ただし、ティーパーティー運動は共和党支持の保守層の投票率上昇に寄与しているとい う評価もある(15)。しかし、ティーパーティー運動があってもなくても、オバマ政権に反発す る保守層の投票率が上がった可能性もあるので、同様に保守層の投票率が高かった 1994 年 の中間選挙と比較するなどの、より厳密な検証が必要である。 なお、切り口を変えて、保守層の投票率の上昇が 2010 年の中間選挙における共和党の勝 利に寄与したかという問題設定にすれば、答えは明確な「イエス」である。前述のとおり、 出口調査回答者の保守層の割合が激増している。また、共和党の予備選挙の投票率が、2006 年と比較して上がっている選挙区が多かったし、保守的な南部では本選挙でも投票率の上 昇がみられた。 (4) 人口密度が高くない選挙区における白人ブルーカラー層の離反 『ワシントン・ポスト』は 2010 年中間選挙の結果を分析して、人口密度が高くない選挙区 での白人ブルーカラー層が民主党離れを起こし、それが共和党の躍進につながったとして いる。また、1994 年中間選挙において共和党は満遍なく票を伸ばしたのに対して、2010 年 選挙での躍進は、白人が多く、高学歴でなく、都市化しておらず、平均年齢が高めの選挙 区に集中していると指摘する(16)。白人ブルーカラー層に弱いのは、2008 年大統領選挙予備 選挙以来の、オバマの弱点である。 委員長が落選した上述の 3 つの下院選挙区は、いずれも農村型でブルーカラー層の比率が 高い選挙区である。3 つの選挙区の大きな違いは、白人の比率である。ミズーリ 4 区の有権 者の 91.4%、ミネソタ 8 区の有権者の 94% が白人であるのに対して、サウス・キャロライナ 5 区の白人比率は 63.5% となっている(17)。 これら 3 つの選挙区における民主党現職議員の 2010 年の得票数を 2006 年と比較してみる と、白人が圧倒的に多いミズーリ 4 区およびミネソタ 8 区において民主党現職議員の得票が 激減している。これに対してサウス・キャロライナ 5 区では民主党現職議員の得票数は微増 したが、共和党候補の得票数が大幅に伸びたために負けている。民主党現職議員の得票数 がわずかながら2006年よりも増えたのは、黒人票の増加によると考えられる。第 5 図はサウ ス・キャロライナ 5 区の郡ごとの白人比率および民主党現職議員の得票数の伸び(2006 年を 100 とした場合)をプロットしたものである。白人比率が低い、すなわち黒人比率が高い郡 ほど民主党現職の得票数が伸びていることがわかる。サウス・キャロライナ 5 区の現職議員 の得票増はこれで説明できるので、農村型の選挙区における白人ブルーカラー層の民主党 離れがあったとことを、この3 つの選挙区が示していると言える。 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 13 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 第 5 図 サウスキャロライナ5区における民主党現職議員の郡別の得票数変化と白人比率 140 2006 10 民 主 130 党 ス プ 120 ラ ッ ト 110 議 員 100 の 得 票 90 数 の 伸 80 び ︵ 70 ︱ 60 ︶ 50 0 20 40 60 選挙区内の郡の白人比率(2009年) 80 100(%) (出所) サウスキャロライナ州政府公表の得票データより筆者が作成。 出口調査のデータも、2010 年選挙において白人ブルーカラー票が共和党に流れたことを 示唆する。2010 年出口調査における民主党の白人からの得票率は 37% であり、2006 年と比 べて 10 ポイント下がっている。白人ブルーカラー層におおむね相当する、大学卒でない白 人からの 2010 年の得票率は、白人全体よりもさらに低い 33% である。 白人ブルーカラー層のうち労働組合員は民主党の支持基盤なので、民主党離れしたブル ーカラー票の多くは非組合員のものと考えられる。ただし支持基盤の労働組合世帯ですら、 下院選挙区の民主党得票率が 2006 年 64% から 2010 年の 61% に下がっている。また、出口調 査回答者に占める労働組合世帯の割合が 23% から 16% に大きく低下しており、相当な数の 労働組合世帯が棄権したことを示している。 3 2012 年大統領選挙に向けた展望 2012 年大統領選挙に向けて景気が回復していけば、有権者の政治不信は緩和され、ティ ーパーティー運動は下火になるかもしれない。しかし大きな政府を忌避する支持政党なし 層が、再び民主党を支持する保証はない。また、オバマが白人ブルーカラー層に弱い問題 は、景気のいかんにかかわらず残るはずである。クイニピアック大学の 2010 年 11 月の調査 は、アメリカ国民の評価が分かれるサラ・ペイリンが相手ならオバマは勝てるが、支持政 党なし層の離反などのため、それ以外の対立候補が相手では苦戦すると分析している(18)。 これに対して大統領選挙の選挙人の数を積み上げていくと、まだまだオバマに勝機があ るという分析もある(19)。連続して民主党が勝っている北東部と西海岸の民主党優位州(ブル ー・ステーツと呼ばれる)の基礎票があるので、毎回激戦になるフロリダやオハイオで負け ても、かろうじて逃げ切れるという計算である。ただし、そこには過去の選挙で民主党が 辛勝してきた中西部のミシガン、ミネソタおよびウィスコンシンにおいて勝てるという前 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 14 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 提がある。もしもブルーカラー層および支持政党なし層の民主党離れが続くなら、この前 提は成り立たない。また、これら中西部 3 州だけでなく、ブルーカラー労働者が多い北東部 のペンシルヴェニアも危うくなる。 オバマは本年 1 月に JP モルガン・チェース出身のウィリアム・デイリーをホワイトハウス 首席補佐官に任命した。また、新設の雇用・国際競争力評議会の委員長にゼネラル・エレ クトリック会長のジェフリー・イメルトを指名した。JP モルガンとゼネラル・エレクトリ ックは、 『フォーブス』誌の 2010 年世界企業ランキング 1 位と 2 位の、アメリカを代表する 優良企業である。経済界との協調による雇用創出を前面に出す路線転換だと言える。 その一環として、オバマは昨年 11 月の『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラムにおいて、 輸出による経済成長を謳っている(20)。昨年 11 月のアジア諸国歴訪において C17 輸送機等を インドに売り込んだトップセールズを、アメリカのメディアは必ずしも評価しなかったが、 連邦議会が手詰まりの状況では、経済外交で点数を稼ぐしかない。こうした経済を重視す る姿勢により、支持政党なし層や白人ブルーカラー票の奪回を狙っていると言える。 問題はアメリカが国際競争力をもつのは金融、航空宇宙産業、IT 産業、農業などであり、 農業を除けば民主党が優位の北東部と西海岸の産業であることだ。毎回激戦となる中西部 が選挙対策の要になるが、斜陽の製造業が集中する中西部から、自動車などの輸出が増え る展望は開けない。 1 月の一般教書は楽観的なトーンとなったが、それはレーガン元大統領を意識したものだ と報道されている(21)。白人ブルーカラー労働者に人気があったレーガンにあやかったメッセ ージ戦略と言える。しかし、雇用回復というファンダメンタルズがある程度伴わないと、 メッセージだけでは限界がある。 もしも白人ブルーカラー票が民主党に戻らなくても、2012 年の共和党予備選挙において、 共和党穏健派や支持政党なし層が受け入れ難い保守的な大統領候補が選ばれるなら、オバ マに勝算はある。経済界寄りの姿勢を打ち出した最近のオバマ政権の人事は、こうした共 和党の敵失に期待しているようにも映る。 そして共和党サイドでは、党の執行部に従わないティーパーティー系の新人議員が、思 い切った歳出削減により有権者の共感を得ることができるのか、それとも 1990 年代のギン グリッチ革命のように国民の目に過激に映って自滅するかが注目される。 ( 1 ) 連邦上院議員の任期は6 年であり、2 年ごとに議席の約 3分の1 ずつ改選される。 ( 2 ) James E. Campbell, “The Midterm Landslide of 2010: A Triple Wave Election,” The Forum, Vol. 8, Iss. 4, Article 3, 2010, pp. 1–2. Available at: http://www.bpress.com/forum/vol8/iss4/art3 ( 3 ) Matt Bai, “Democrat in Chief?” The New York Times, June 7, 2010(electronic edition) . ( 4 ) The American National Election Studies(www.electionstudies.org) , “Trust the Federal Government,” The ANES Guide to Public Opinion and Electoral Behavior, Ann Arbor, MI: University of Michigan, Center for Political Studies[producer and distributor] . http://www.electionstudies.org/nesguide/toptable/tab5a_1.htm ( 5 ) Gallup, “Understanding Gallup’s Election 2010 Key Indicators,” May 14, 2010. http://www.gallup.com/poll/ 127982/Understanding-Gallup-Election-2010-Key-Indicators.aspx ( 6 ) Lydia Saad, “Majorities in U.S. View Gov’t as Too Intrusive and Powerful; Independents largely side with 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 15 2010 年中間選挙の結果とアメリカ政治の行方 Republicans in denouncing big government,” Gallup, October 13, 2010. 調査時期は2010年9 月。サンプル 数は1019人の電話調査。http://www.gallup.com/poll/143624/Majorities-View-Gov-Intrusive-Powerful.aspx ( 7 ) Gallup, “Obama Weekly Job Approval,” サンプル数約 3000 人の電話調査。http://www.gallup.com/poll/ 122465/Obama-Weekly-Job-Approval.aspx ( 8 ) Frank Newport, “Tea Party Supporters Overlap Republican Base,” Gallup, July 2, 2010. 調査が行なわれた のは 2010 年 3 月、5 月および 6 月。サンプル数は 3095 人の電話調査。http://www.gallup.com/poll/ 141098/Tea-Party-Supporters-Overlap-Republican-Base.aspx ( 9 ) Quinnipiac University Polling Institute, “Tea Party Could Hurt GOP in Congressional Races, Quinnipiac University National Poll Finds; Dems Trail 2-Way Races, But Win If Tea Party Runs,” March 24, 2010. 2010年 3 月実施のサンプル数1907人の電話調査。http://www.quinnipiac.edu/x1295.xml?ReleaseID=1436 (10) Zachary Courser, “The Tea Party at the Election,” The Forum, Vol. 8, Iss. 4, Article 5, 2010. Available at: http://www.bepress.com/forum/vol8/iss4/art5 (11) Quinnipiac University Polling Institute, op. cit. (12) Jeffrey M. Jones, “Debt, Government Power Among Tea Party Supporters’ Top Concerns—Eight in 10 say government is doing things that should be left to businesses, individuals,” Gallup, July 5, 2010, http://www.gallup.com/poll/141119/Debt-Gov-Power-Among-Tea-Party-Supporters-Top-Concerns.aspx; Zachary Courser, op. cit. (13) Amy Gardner, “Gauging the scope of the tea party movement in America,” The Washington Post, October 24, 2010. http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/10/23/AR2010102304000.html (14)「フリーダムワークス」はディック・アーミー元連邦下院院内総務が議長を務める団体。同団体 については、Kate Zernike, “Shaping Tea Party Passion into Campaign Force,” The New York Times, August 25, 2010 が参考になる。 「ティーパーティー・エクスプレス」を立ち上げたのは、レーガン元大統 領のカリフォルニア州知事時代からさまざまな共和党政治家の選挙参謀を務めてきたサール・ラ ッソーである。同団体については、Matea Gold, “Sal Russo, the firepower behind the ‘tea party,’” The Chicago Tribune, September 18, 2010を参照。 (15) Dan Balz, “Tea party fuels GOP midterm enthusiasm, action,” The Washington Post, October 9, 2010. (16) T. W. Farnam, “GOP’s midterm gains concentrated in blue-collar areas,” The Washington Post, November 20, 2010, A04. (17) Michael L. Barone and Richard E. Cohen, The Almanac of American Politics 2010, Washington DC: National Journal Group, p. 835, p. 880, and p. 1349 . (18) Quinnipiac University Polling Institute, “American Voters Could Deny Obama Reelection, Quinnipiac University National Poll Finds; President Tied With Romney, Huckabee But Leads Palin,” November 22, 2010. 2010 年 11 月実施のサンプル数 2424 人の電話調査。http://www.quinnipiac.edu/x1295.xml?ReleaseID= 1538 (19) Chris Cillizza, “Obama could survive some bumps on road to 2012 reelection,” The Washington Post, January 23, 2011. (20) Barack Obama, “Exporting Our Way to Stability,” The New York Times, November 5, 2010. (21) Sheryl Gay Stolberg, “And Now, the Cheerleader in Chief,” The New York Times, January 29, 2011. ほその・とよき 共立女子大学教授 国際問題 No. 599(2011 年 3 月)● 16