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欧州ソブリン債務危機の現状と行方 第3回 通貨同盟ユーロの前途

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欧州ソブリン債務危機の現状と行方 第3回 通貨同盟ユーロの前途
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
外国審査部
欧州ソブリン債務危機の現状と行方
第3回
通貨同盟ユーロの前途
欧州が経済と金融の統合を深化させることで、危機国が競争力を高め、市場での国債リ
ファイナンスがスムーズにできるようになれば危機は収束する。しかし、支援国からの間
接的な資金移転だけでは、危機国が経常収支黒字化や財政健全化を達成するのは難しい。
やはり、直接的な資金移転が求められる。日本の地方交付税に相当するものが必要なので
ある。これを実現するには財政統合が不可欠である。しかし、完全な財政統合とは、各国
が財政の監督権を放棄し、予算管理、徴税など全てを欧州連合(EU)が監督することを意
味する。
≪想定外だった国民投票提案≫
2011年10月末、ギリシャのパパンドレウ首相(当時)は、第2次支援策の受け入れの是非
を問うための国民投票を実施する考えを表明した。しかし、直後のカンヌでのEU緊急協議
で、独仏首脳が国民投票で否決となれば欧州からの全ての支援が受けられなくなるなどと
警告し、この提案は撤回された。支援をしてもらえることに決まったのに、なぜこのよう
な提案をするのか?想定外の出来事に世界中が驚いた。
パパンドレウ氏は、同年12月の米国のテレビ番組のインタビューでその理由について、
「われわれは権力を市民に返さなければならない。すなわち民主主義を取り戻さなければ
ならない。国家の将来に係る重大事項は一部の権力者たちが密室で決めることではない。
国民投票の目的は、ギリシャ国民に決定権を与え、それを市場やEUにアピールすることだ
った」と語った。これは国民レベルの話であると同時に、国家レベルの話でもある。民主
主義の下では、ギリシャは決してEUの被支配者ではないということを主張しているのであ
る。
≪民主主義の思想≫
民主主義というシステムは、今から約2,500年前にギリシャで生まれた。紀元前508年、
都市国家アテネではクレイステネスの改革により民主政治の基礎が誕生した。改革は有力
貴族や僭主(独裁者)といった特定の者への権力集中を排除し、政治の主体を市民に移行
することを目的に行われた。
紀元前450年台にペリクレスが軍司令官として政治の主導権を握り、民主政治が完成期を
迎えた。国の最高議決機関である「民会」に市民権を持つ成年男子全員が参加できるよう
にし、最高裁判所である「民衆裁判所」の陪審員には、希望すれば誰でもなれるようした。
陪審員の3分の2が財産や地位を持たない下層市民であった。「公職者弾劾制度」の下で、
市民はどんな権力者に対しても弾劾する権利を有していたため、対等な地位にあったと言
える。このように、支配者と被支配者の区別がほとんどないシステムが完成した。この民
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主政治は、マケドニア軍の進駐により、紀元前322年に廃止される。そして1830年に独立す
るまで、東ローマ帝国やオスマン帝国による統治の時代が続く。
ギリシャ人にとって、民主主義とは単なる制度ではなく思想である。EU、国際通貨基金
(IMF)が財政緊縮を強制することは、彼らには「支配」と映る。支援国からみれば緊縮
はギリシャの当然の義務であり、ギリシャが約束を守らないことは理解し難い。こうした
国民性の無理解がお互いにとって協調への壁となっている。
≪協調への道のり≫
それにしても、なぜギリシャは強硬な姿勢を取り続けるのか? 6月のギリシャ総選挙(再
選挙)前には、複数の欧州委員がギリシャのユーロ離脱について言及するなど、支援側も
強硬な姿勢を見せた。再選挙では、緊縮策を支持する2党で連立政権樹立に十分な議席を確
保し、最悪の事態は避けられた。このときばかりはギリシャも協調したと言えるだろう。
しかし、その後は元の姿勢に戻りつつあり、連立政権の全ギリシャ社会主義運動(PASOK)
のベニゼロス党首は7月7日、欧州中央銀行(ECB)が保有するギリシャ国債を削減すべき
だと言及した。3月には民間債権者が保有する同国国債の元本を53.5%削減したばかりであ
る。さらに、EU、ECB、IMFの三者とは緊縮策の緩和をめぐって交渉を続けている。
片方が強硬であるときに、もう片方も強硬になると最悪の事態となるので、最後はどち
らかが妥協せざるを得ない。どちらかが最後に妥協するならば、もう片方は強硬姿勢を続
けた方が得だと考える。今のギリシャとEUはこのようなチキンレースに陥っているが、ゲ
ーム理論に基づくメリット・デメリットを考慮すると、現時点ではギリシャが強硬になり
やすい状況である(図参照)。強硬と協調の繰り返しを止め、お互いが協調できるよう、
構造自体を変える必要があるだろう。
ドイツ
強硬
ギリシャ
妥協
妥協
強硬
0,
0
-15,
2
5,
-5
-20,
-20
注:
<ゲーム理論とは>
2人以上のプレーヤーの利害関係を記述し、それぞれの意思決定を分析する理論モデル。
目的は、問題のある状況を「ゲーム」と捉え、構造を把握すること。
そしてそれを基に、将来に起こりうる事態を予測する、あるいは問題の解決策を考えるこ
と。
<マトリックスの見方>
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4つの枠が起こりうる事態を表しており、各枠にプレーヤーの利得を記述する。
ここでは左側の数字がギリシャ、右側の数字がドイツの利得。
これらの数字は相対的な仮定の数字であり、厳密に計算されたものではない。
<ギリシャからみて>
ドイツが妥協した場合(緊縮緩和)、利得は妥協すれば0、強硬に出れば5なので、強硬に
出ることを選択。
ドイツが強硬に出た場合(緊縮強化)、利得は妥協すれば-15、強硬に出れば-20なので、妥
協することを選択。
<ドイツからみて>
ギリシャが妥協した場合(緊縮実行)、利得は妥協すれば0、強硬に出れば2なので、強硬
に出ることを選択。
ギリシャが強硬に出た場合(緊縮拒否)、利得は妥協すれば-5、強硬に出れば-20なので、
妥協することを選択。
<ゲームの構造>
各プレーヤーが選択するのは印のついた数字の箇所となり、均衡する枠は2つ。
お互いが強硬であれば最悪の事態となるため(ユーロ離脱/他国へ危機波及)、片方が強
硬であれば、もう片方は妥協せざるを得ない。
双方にとって、相手が妥協すれば、強硬の方が利得が大きいが、その差はギリシャの方が
大きい。
双方にとって、相手が強硬であれば、妥協する方が利得が大きいが、その差はドイツの方
が大きい。
ギリシャは、ドイツが強硬であればどちらにしても損失が大きいため、ギリシャの方が強
硬に出る可能性が高い。
≪財政統合の可能性≫
ユーロを現在の参加国のまま維持するには、財政統合が課題と思われる。しかし、それ
は支配と被支配の関係でもあり、ギリシャが国家主権を放棄することは恐らくないだろう。
実際、2012年1月末にドイツ与党の複数議員は、EUがギリシャの国家予算を監視すべきだ
と主張した。これに対し、ギリシャのベニゼロス財務相(当時)は、国家の尊厳に関わる
として拒否している。このことからも、財政統合は前途多難と言わざるを得ない。ギリシ
ャが拒否できることを、他の危機国が簡単に受け入れるはずもない。財政統合実現には、
ドイツが完全な監督権の獲得を諦め、譲歩することが必要となるだろう。
※本稿における見解は、著者個人のものであり、所属する機関のものではありません。
(国際協力銀行
※
外国審査部
この記事は、2012 年 7 月 20 日号の時事通信社「時事速報」に掲載されたものです。
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増井麻里子)
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