...

新興・開発途上国の成長力に活路を ~先進国では超金融緩和進む~

by user

on
Category: Documents
17

views

Report

Comments

Transcript

新興・開発途上国の成長力に活路を ~先進国では超金融緩和進む~
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
外国審査部
新興・開発途上国の成長力に活路を
~先進国では超金融緩和進む~
世界経済の下振れリスクが懸念されている。欧州の国家(ソブリン)債務問題と米国のいわ
ゆる「財政の崖」が不確実性を増大させている。欧州のソブリン債務問題は、出口が見えない
負の循環を孕む。この不確実性と負の循環の根源は過剰な金融化である。しかし皮肉なことに、
先進国では危機に対応するため超金融緩和が進んでいる。他方、新興・開発途上国は外的ショ
ックに対する回復力を強化しているが、世界的な超金融緩和がバブルを引き起こさないよう注
意が必要である。日本を含む先進国は、貯蓄と投資が主導する成長へ向けた新興・開発途上国
の「グローバル・リバランス(世界の経常収支不均衡の是正)」への取り組みを後押ししつつ、
そのダイナミズムと成長力に活路を見いだすべきである。
世界経済見通しを下方修正
10月中旬、48年ぶりに東京で開催された国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会では、世
界経済の下振れリスクへの懸念が共有された。総会に先立ってIMFが発表した世界経済見通し
は「世界経済の回復は再び後退し、不確実性がその見通しを大きく圧迫している」との現状認
識を示しており、極めて悲観的である。IMFは「ユーロ圏の存続あるいは、米国の主要な財政
政策の過ちに関するテールリスクが、投資家の不安を煽っている」と分析し、ユーロ圏危機の
深刻化と米国の財政の崖が大きな懸念材料だと指摘している。こうした分析に基づき、2012年
の世界の成長率は3.3%と、7月時点の予測の3.5%から下方修正されている。
「テールリスク」とは、発生する確率は極めて低いが、いったん発生すると巨大な損失をも
たらすリスクのことである。また、IMFがたびたび言及している「不確実性」とは、事象発生
の相対的な頻度が統計的に把握できないため、主観的に推量するしかない状況を指している。
20世紀前半に活躍した米国の経済学者フランク・ナイトが、統計的に把握できる「不確定性」
(measurable uncertainty)と峻別して「不確実性」(unmeasurable uncertainty)と呼んだ。
IMFのチーフエコノミストであるオリビエ・ブランシャール氏は、世界経済見通しの総括の中
で「不確実性はより広がり、これまで以上にナイト流になってきたようだ」と述べている。要
するに、将来が過去の経験則からは推し量れない状態だというのだろう。
こうした不確実性の存在は、欧州のソブリン債務問題と米国の財政の崖について、現時点で
は解決の目途が立っていないことが背景にある。
ユーロ圏では、欧州中央銀行(ECB)が9月6日の理事会で新たな国債購入プログラムを決定
した。O M T(Outright Monetary Transactions)と呼ばれる枠組みである。しかし、欧州ソ
ブリン債務問題の本質がソルベンシー(支払い能力)危機であるとすれば、ECBは流動性危機
に対処したにすぎず、問題の解決に向けた対応はこれからである。いわば「時間を買う」施策
であり、これにより市場の安定が確保されている間に、危機を迎えている当事国政府は、財政
健全化に加え、持続可能な経済成長を実現する政策により、ソルベンシーの回復に取り組まな
ければならない。しかし、その見通しは依然として不透明である。
米国では、ブッシュ政権時代に導入された減税措置等が12年末に失効し、11年8月に成立した
予算管理法の下で13年初めには自動歳出削減措置が発動される。このため、財政赤字の大幅削
減が景気後退をもたらすと懸念されている。
当面、家計も企業も将来に向けた投資を躊躇するだろう。もっとも、そもそもの発端として
過重債務が経済の混乱を招き、将来への不安をかき立てた事例は、カーメン・M・ラインハー
ト氏とケネス・S・ロゴフ氏が「国家は破綻する─金融危機の800年」(日経BP社)で明らかに
したように、歴史を遡れば新しいことではない。しかし、そうした状況からの脱出が険しい道
であるのも、歴史が示す事実である。
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
<図表 1>
出口が見えない負の循環
欧州ソブリン債務問題は、出口が
見えない負の循環を孕むため、その
解決への道筋を示すことは容易で
はない。ソブリンの信用力低下は、
国債の利回り上昇という市場の評
価を通じて財政上の資金繰りを難
しくする。それと同時に国債価格の
下落は、国債を資産として保有する
銀行部門のバランスシートを悪化
させる。銀行部門のバランスシート
の悪化は信用収縮を招き、家計や企
業部門の資金繰りを圧迫、景気を悪
化させる。景気が悪化すれば、景気
対策を求める声が高まる一方、税収
(出所)国際決済銀行年次報告書(12 年 6 月)を基に作成
は減少する。財政は、一層厳しい状
況に追い込まれる。翻って、銀行部
門のバランスシート悪化に伴って金融システムへの不安が生じると、資本増強のための財政資
金が求められる。これらによって財政状況が悪化すれば、ソブリンの信用力はさらに低下し、
これで振り出しに戻る。こうした負の循環が生じるのである(図表1)
この循環はいつ収束するのか。日々の出来事に一喜一憂しつつ、エンドゲームに至る道筋を
辿るしかない。では、この負の循環と、それに伴う不確実性の根源は何か。それは過剰な金融
化である。肥大化した金融が実体経済を翻弄している。過剰債務の整理、すなわちデレバレッ
ジ(債務圧縮)のプロセスは長期にわたる。いくら金融を緩和しても、金融から実体経済への
波及経路が寸断されていれば、流動性危機は回避できても、実体経済の回復は難しい。従って、
負の循環にとどまる。
過剰な金融化の是非
筆者は、08年9月のリーマン・ショックで一挙に顕現化した「構造的疾患」の後遺症を引きず
る日米欧の先進国が景気低迷を続ける中、世界経済のさらなる失速を避けるには、新興・開発
途上国のダイナミズムを取り込むべきと主張してきた。そして同時に「先進国が陥った罠から
教訓を得て、過剰な金融化の弊害を問う議論に耳を傾けつつ、グローバルな金融の在り方を再
考する必要がある」と指摘した(本誌7月26日号)。
一方、先進国では現在、危機への対応、あるいは一層の景気後退を避けるため、中央銀行が
「政策形成の最後のよりどころ(policymakers of last resort)」(国際決済銀行年次報告書、
12年6月)の役割を強いられている。先進国の中央銀行の資産総額は18兆ドル超と、10年前の2
倍、世界の国内総生産(GDP)の約3割に達する。これほどの超金融緩和策が新興・開発途上国
に波及し、新たな構造的疾患を生み出す恐れはないのだろうか。
米国におけるサブプライムローン問題は、政治と社会の在り方が金融市場の肥大化をもたら
した構造的疾患の好例である。また欧州では、欧州統合という政治理念が、意図せぬ結果とし
て「弱い欧州諸国」に過剰な金融化をもたらし、それが崩壊した。ギリシャでは非効率で肥大
化した公的セクターが温存された後、結局破綻した。「公的セクターバブル」とでも呼ぶべき
現象である。スペインでは、米国に類似した不動産バブルが発生、その破裂が不良債権を生み
出し、中央と地方の政府の財政を圧迫している。
先進国における危機への処方箋である超金融緩和が、新興国でバブルを招く懸念はない
のだろうか。
歴史を遡れば、リチャード・ダンカン氏が著書「ザ・ニュー・デプレッション」で描い
2
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
た米国金融略史、すなわち際限なき信用拡張が経済システムの変質を招いた経過から教訓
を学ぶべきだろう。1971年のニクソン・ショックにより、金とドルの兌換を前提としたブ
レトンウッズ体制が終焉すると、それを機に貨幣の性格が大きく変質、さらに生産の在り
方が、貯蓄・投資主導型から借り入れ・消費主導型へ転換した。
金融緩和は、株価上昇などの資産効果を通じて実体経済の回復・拡大をもたらすのだろ
うか。株価の上昇が持続するには、景気回復に裏打ちされた先行きに対する投資家の信認
が必要だろう。であれば、資産効果に期待する楽観論は循環論法にすぎない。金融から実
体経済への波及経路が寸断されていると、金融緩和は危機回避には役立っても、それだけ
で自動的に景気回復をもたらすわけではない。金融緩和を起点とする好循環への回帰は、
それほど容易ではない。
米連邦準備制度理事会(FRB)が9月に量的緩和第3弾(QE3)を打ち出した。雇用が改
善するまで、期限を決めずに住宅ローン担保証券(MBS)を購入するといった異例の金融
緩和策である。さらに、超低金利を少なくとも15年半ばまで継続するとの姿勢を明らかに
している。
ユーロ圏では前述の通り、ECBが9月6日の理事会でOMTの導入を決定した。
日本銀行は10月30日の金融政策決定会合で追加金融緩和を決めている。9月に打ち出した
10兆円規模の追加緩和策に続く、9年半ぶりの2カ月連続の緩和措置である。国債等の資産
買い入れ枠を11兆円程度増額し、さらに金融機関の貸し出し促進を狙った「貸出支援基金」
を新設、金融機関の貸し出し増加に応じて無制限に資金供給するとしている。また、デフ
レ脱却への姿勢を明記した政府との共同文書を作成・公表した。
こうした環境下では、先進国における危機対応のための超金融緩和が新興国でバブルを
引き起こさないよう、慎重な政策運営が求められる。野放図な金融グローバリゼーション
を避けることが賢明である。
向上する回復力
<図表 2> 回復力指標の推移
出口が見えない先進国経済の低迷の余波は、
新興・開発途上国の経済にも及んでいる。IMF
の世界経済見通しによると、新興・開発途上国
の経済成長率も軒並み下方修正されている。し
かし幸いなことに、先進国の超金融緩和は新
興・開発途上国に新たな構造的疾患を招くには
至っていないようだ。
こうした中、筆者はIMF・世銀年次総会直後
に開催されたエマージング・マーケッツ・フォ
ーラム(EMF)に参加する機会を得た。EMF
は、05年に設立された政府・企業関係者をメン
バーとする非営利目的のフォーラムである。新
興国・開発途上国における重要な経済・社会問
題を議論する機会を設け、知見の共有や理解の
深化を通じて、新興国・開発途上国の経済発展
(出所)エマージング・マーケッツ・フォーラムの資料
に寄与することを目的としている。今回のフォ
ーラムには、ミシェル・カムドシュ、ホルスト・
ケーラー両元IMF専務理事やアジア開発銀行(ADB)の黒田東彦総裁に加え、IMFと世銀の元
幹部職員や新興・開発途上国のエコノミスト、日本の企業・金融関係者などが参加した。
フォーラムでは、ジャック・ボアマン元IMF政策企画審査局長が外的経済ショックに対する
「回復力指標(resilience index)」の検討結果について報告した。それによると、指標を算出
し始めた97年以降、先進国の指標はほぼ一貫して低下する一方、新興・開発途上国の指標は09
年ごろまで上昇している(図表2)。
3
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
この指標は、外的ショックの影響
からの回復力をもたらす諸要因を
探り出すことを目的としている。そ
の意味で、金融リスク管理の専門家
でありながら、その限界を厳しく指
摘するリカルド・レボネト氏が指摘
する「専門家の判断、主観確率、因
果関係の単純なモデルに基づく」リ
スク評価指標の一つと言えよう
(「なぜ金融リスク管理はうまくい
かないのか」東洋経済新報社)。
指標の算出に使用する変数は56
あり、大きく10のカテゴリーに分けられる。まず政策に関する指標は、財政政策の健全性、金
融政策の健全性、政府の能力、ガバナンスの四つのカテゴリーから成る。これに銀行の健全性
と民間債務の二つが加わる。その他は、対外取引に関連した輸出の多様性、輸出からの独立性、
外的ショックへの耐性、外貨準備と純対外投資ポジションの四つである(図表3)。
先進国の回復力の低下は07年の米国発の危機以前から、既に観察されていたという。多くの
国において政府・民間部門の双方で債務が急速に拡大し、対外経済関係における頑強さは低下
していた。他方、この間、新興・開発途上国では、財政・金融政策が強化され、輸出先が多角
化し、外貨準備が蓄積された。また、00年代を通じて銀行システムの強化が進んだ。
<図表 3>
貯蓄と投資
世界経済は全体として、需要不足が常態
化している。一部の先進諸国が経済成長維
持のため編み出した手段が、際限ない信用
拡張による需要創出である。しかも、そう
した需要創出が「グローバル・インバラン
ス(経常収支の不均衡)」の拡大を伴うと、
不均衡の破綻が経済・金融危機を招き、世
界の隅々にまで波及する。実際、世界経済
はグローバル・インバランス拡大の末、08
年9月のリーマン・ショックを境に急激な景
気後退に陥った。グローバル・インバラン
スとは、国際収支の構成項目である経常収
支が黒字を続ける国と、赤字を続ける国と
に二極化してしまい、黒字と赤字の双方が
(出所)IMF 世界経済見通し(12 年 10 月)
拡大を続ける状況である。
世界経済がバランスの取れた、持続的な成長軌道に復帰するには、「グローバル・リバラン
ス」が必要である。つまり、経常赤字国は貯蓄を増やせ、経常黒字国は貯蓄を減らせ、あるい
は投資を増やせということである。そうすると、大幅な経常赤字国では消費は停滞する。大幅
な経常赤字を抱える先進諸国の景気低迷は、不均衡の調整プロセスである。他方、中国はGDP
の5割を超える貯蓄率を引き下げるため、消費を拡大する施策を採るべきである。また、インフ
ラ整備のニーズが大きい新興・開発途上の経常黒字国は、経済・社会インフラ整備や国際競争
力向上に資する投資を振興すべきであろう(7月26日号)。
しかし、新興・開発途上国における投資が生産能力を拡大することになると、いずれ供給過
剰が新たなバブル主導の需要創出を強いるという懸念はないのか。それを避けるためには投資
を、資源の利用効率向上や環境への負荷軽減への貢献度が大きな分野に振り向ければよい。国
内貯蓄の裏付けがある収益性の高い投資であれば、新興国でバブルを惹起する恐れも小さい。
4
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
日本を含む先進国の経済が活力を取り戻すには何が必要か。それは、新興・開発途上国のダ
イナミズムの取り込みである。先進国は負の循環からの出口を模索している。しかし、問題解
決のめどが立たないため、不確実性が増大し、世界経済の景気下振れリスクへの懸念を高めて
いる。国内に構造的疾患の後遺症を抱える先進国の景気回復は容易でない。こうした状況では、
内需と外需を区別しないグローバルな経済活動を目指す必要がある。われわれは、貯蓄と投資
が主導する成長へ向けた新興・開発途上国のグローバル・リバランスへの取り組みを後押しし
つつ、その成長力に活路を見いだすべきである。
(本稿の内容は、著者個人の見解であり、所属機関のものではない)
(国際協力銀行
※
外国審査部長
この記事は、2012 年 11 月 15 日号の時事通信社「金融財政ビジネス」に掲載されたものです。
5
西沢
利郎)
Fly UP