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転換期を迎えるベラルーシ - JBIC 国際協力銀行
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html 外国審査部 2011 年 12 月 転換期を迎えるベラルーシ 目次 はじめに 1 ベラルーシの地政学的な位置づけ 2 ロシアによるエネルギー価格引き上げ 3 国際収支の悪化とロシアによる金融支援 4 今後の見通し http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html はじめに 今年10月、ロシアのプーチン首相は、旧ソ連諸国の首脳を集めた独立国家共同体(CIS)諸国会合で、 「ユーラシア連合」創設構想を打ち出した。そして、同連合の最終的な形について、「リスボン(ポルトガル) からロシアまでが統一された経済共同体となるだろう」と語った。プーチン首相が目指すEUとCIS諸国と の経済共同体構想は壮大である。しかし、現在、ロシアとの間でヒト、モノ、カネを自由化する単一経済圏 を立ち上げる条約に調印しているのは、カザフスタンとベラルーシのみである(2012年1月に発足予定)。 ソ連の復活を連想させるようなユーラシア連合構想に対して、旧ソ連諸国はこれまで消極的な態度を 示し、ロシアが主催するCIS首脳会議は欠席する国もあり、形骸化しているとの見方も多かった。しかし、 最近の傾向として、ロシアは、石油・ガス供給価格交渉などにおいて政治力・経済力を駆使し、求心力の 増強を図っている。こうしたなか、今年10月のCIS首脳会合では、ウクライナ、キルギス、モルドバ、タジキ スタン、アルメニアの5ヵ国 脚注 1 が、自由貿易圏を創設する条約に調印した。旧ソ連諸国がロシアに接近 する理由はそれぞれ異なるが、本稿ではベラルーシを取り上げて、その背景を紹介する。 1.ベラルーシの地政学的な位置づけ ベラルーシは、東をロシア、西をポーランド、北をバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、さらに南 をウクライナに接する人口約1,000万人の内陸国である(図1)。 ソ連の崩壊後、米国・西欧に対する軍事同盟であったワルシャワ条約機構が解体する一方、北大西洋 条約機構(NATO) は旧共産圏諸国に対して拡大した。旧共産圏諸国が次々に親欧米政策に傾斜して いくなか、1999年、ベラルーシのルカシェンコ大統領は、「ロシアとの統合を目指す」と公約して大統領選 挙に勝利し、エリツィン・ロシア大統領(当時)との間で連合国家創設条約を締結した。ロシアにとって民族 的にも近いベラルーシとの強力な同盟関係は、旧共産圏諸国の多くが政治的・経済的に距離を置き始 めるなかで、地政学的に重要な意味を持ったのである。このため、ロシアは、ベラルーシに対して優遇さ れた価格で石油・ガスを供給し 脚注 2 、ベラルーシは、安価な原料を用いて生産し、付加価値を付けて製 品を輸出することが可能となった。 このようなロシアとの関係を基礎として、ベラルーシは、ソ連型の経済体制を維持しながらも、2009年の 国民総所得(GNI)が一人当たり5,360ドルと、他のC1S諸国と比較して高い生活水準を享受している。こ れは、EUに加盟しているブルガリア(同5,490ドル)とほぼ同水準であり、石油・天然ガスを豊富に持つア ゼルバイジャン(同3,830ドル)をも大きく上回る。ルカシェンコ大統領は、独裁政権として欧米の非難を浴 びているが、このような生活水準を国民に提供してきたため、17年間にわたる政権維持が可能になって いるといえよう。ところが、この構図が、いまや大きく変わろうとしている。 図 1 欧州地図 ロシア ベラルーシ 10 月、自国内の米軍基 地の存続を認めない方針を発表し、米国寄りからロシア寄りへと外交政策の転換を鮮明にしている。 2ウクライナなどについても同じく優遇策が採られていたが、親欧米政権が成立すると、交渉による価格引き上げが繰 り返されている。 1いずれも資源をロシアに大きく依存している国々である。このなかでキルギスは、同じく今年 2 http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html 2.ロシアによるエネルギー価格引き上げ ソ連崩壊以降、ベラルーシ経済を支えてきたのはロシアからの安価なエネルギー供給であったが、両 国の政治関係はほぼ対等かつ良好であった。エリツィン政権持代には、ロシアとベラルーシとの連合国 家が創設された暁には、ルカシェンコ大統領が初代大統領に就任するとの議論がなされた。ルカシェン コ大統領は、こうした構想に大きな期待を抱いていたといわれている。しかし、エリツイン大統領が後継者 にプーチンを指名すると、連合国家構想は大きく後退し、事実上頓挫した。このような動きと並行して、両 国間のそれまでの親密な関係には変化が生じた。 特に大きな意味を持ったのがロシアによるエネルギー料金の引き上げであり、ベラルーシ向け石油・天 然ガス輸出価格の優遇措置は段階を追って削減されてきた。2006年に両国関係が緊迫化すると、同年 12月には、ガス価格がそれまでの47ドル/千㎥ から100 ドル/千㎥へと2倍以上に引き上げられた。する と2007年1月には、これに対抗してベラルーシが、ロシアから供給された欧州向けガス(ベラノレーシ内に 敷設されたパイプラインを通る)の移送を一時停止するという事態に発展した 脚注 3 。その後も両国間の交 渉は続けられたが、2010年には、ガス価格が171ドル/千㎥へと引き上げられた。この問、ベラルーシは、 ガス輸入に必要な外貨を手当てするため、IMF等からの対外借入で急場をしのぐこととなった。(図2) 2011年1月には新ガス協定の発効に伴いガス価格は220ドル/千㎥に達しているが、これは4年間で約4 倍という急騰である脚注 4 。 ロシアから安価な石油・ガスが供給されなければ、これまでのように付加価値を付けて石油精製品を輸 出することができなくなる。さらに、ベラルーシ国内で消費されるエネルギーの価格上昇は、実体経済に も影響を及ぼす。これに加え、2012年からはベラルーシを経由しないバルト・ガスパイプラインやノルト・ス トリームが稼動するため、現在ベラルーシが受け取っているトランジット料金脚注 5 は大幅に減少する。 このような状況下、エネルギ一価格上昇に伴う経済不安定化を見越したルカシェンコ大統領は、2011 年4月に予定されていた大統領選挙を2010年12月に前倒しで実施し、4選を果たした。しかし、大統領 選挙を有利に進めるため、公務員給与の引き上げを含め、財政支出が拡大されたことから、財政赤字が 深刻化することとなった。また、選挙期間中には当局が対立候補やジャーナリスト等400人以上を拘束し たため、EUや米国が経済制裁を実施することとなった。欧米諸国との関係は悪化し、EUからの融資は 撤回されるに至った。 図2 2007 年から対外債務は急増 30,000 (単位:100 万ドル) 25,000 20,000 長期 短期 15,000 10,000 5,000 0 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 出所:ベラルーシ中銀(各年 1 月 1 日時点の数字) 4,000km のドリュージュバ・パイプラインを使い、ベラルーシ経由で日産 120 万バレル強の石油を欧 州へ向けて移送している。これにより、ドイツの需要の 4 分の 1、ポーランドの輸入の 96%が供給されている。 4ベラルーシとロシアは最終的に国際価格までエネルギー価格を引き上げる協定を締結しているが、2011 年 4 月現在 のロシア産ガス価格は 403 ドル/千㎥であるため、ベラルーシ向けのガス価格は依然として優遇された水準である。 5ベラルーシ国家統計局によると、2010 年のトランジット料金の支払い総額(契約ベース)は、石油が 2 億 2,200 万ド ル、ガスは 4 億 5,000 万ドルである。 3ロシアは、全長 3 http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html 3.国際収支の悪化とロシアによる金融支援 2010年中旬にIMFプログラムが終了して以降、ベラルーシは、外貨資金ニーズを市中調達で賄って きた。2010年末にはグローバルボンドを発行しており、市場からの信認の証左とされた。しかし、2011年 に入ってロシアからのエネルギ一価格が更に引き上げられると、国際収支が急速に悪化し、外貨準備は、 2010年10月末の60億ドル(輸入2.1ヵ月分)から2011年4月の38億ドル(同1.3ヵ月分)へと減少した。(図 3) 外貨準備の急減は、国内では設備投資等の輸入に必要な外貨の調達を困難なものとした。また、従 来優先的に外貨購入が認められていた医療関係にも影響は及び、市民生活にも波及する状態となった。 このため、政府は、輸出者に対して、獲得した外貨の国内通貨への交換を強制する規制を導入した。外 貨不足から輸入は急減したが、これまでロシアからの安価なエネルギーを用いて生産されていた製品の 輸出も落ち込んだため、2011年第1四半期の貿易赤字は前年同期比250%増の23億5,500万ドルに達 した。 この間、中銀は、ソ連崩壊以来続けていた固定為替相場制を維持することができなくなり、2011年1月 から段階的に為替レートを切り下げた後、10月20日には外貨取引規制を撤廃し、変動為替相場制に完 全移行した。この結果、ベラルーシ・ルーブルの対ドル為替レートは、2010年12月31日の3,000ルーブ ルから2011年11月10日現在13,848ルーブルへと大きく減価した(図4)。 2011年4月、ロシアのクドリン財務相は、ベラルーシに対して金融支援を行う用意があると発表した。そ の支援には、ベラルーシの欧州向けガスパイプライン関連国営企業であるベルトランスガス 脚注 6 等、優良 国営企業の株式売却等が条件とされていた。そして、この支援実現のための交渉が難航するなか、ロシ アが輸入代金の未払いを理由にベラルーシ向けの電力供給脚注 7 を一時停止する事態が生じた。 2011年6月、ルカシェンコ大統領は、「我が国には経済危機などは起きておらず、経済政策を変更す る必要はない。しかし、事態が深刻化すれば、国境を閉鎖して輸入を停止することもあり得る」と発表し、 国民の動揺はさらに広まった。それまで国内で大規模デモはみられなかったが、6月には初めて、首都ミ ンスクで千人規模のデモが行われた。6月22日には、ミンスクを含む少なくとも15都市でデモが発生し、8 月までに2,000人以上が当局に拘束されたと報道されている。こうしたなか、ロシアが主導するユーラシア 経済共同体(旧ソ連6ヵ国で構成)からは、すでに合意している金融支援30億ドルの一部として8億ドルの 融資が6月21日に実行された。 IMFは、2011年のベラルーシの国際収支上のファイナンシング・ギャップは63億ドル(GDP比11.0%) に上り、2012年以降もギャップは継続すると予測している。このギャップを補填するためには民営化や対 外借入が必要とされているが、問題の抜本的解決には構造改革が不可欠である。 しかし、これには強い 政治意思と時間が必要である。一方、以前のようにロシアから安価なエネルギーが供給されれば、構造 改革を実施することなく現在の政治経済システムをある程度維持できる可能性があり、ルカシェンコ政権 はこれを期待していると思われる。 2011年8月、プーチン首相は、ベラルーシが関税同盟に参加する見返りとして、ガス価格を引き下げ る意向を示した脚注 8 。この価格交渉は、ロシアのガスプロムによるベルトランスガス買収交渉と並行して実 施される予定である。ベラルーシ側としては、石油についても同様の価格引下げ交渉の開始を期待して いる。 50%を保有している。ロシアは、ベラルーシ保有分を 25 億ドルで売却す るよう求めている。 7ベラルーシは、電力需要の約 1 割をロシアからの輸入で賄っている。 82011 年 8 月 16 日付 Vedomisti。 6ロシアの独占ガス会社ガスプロムが株式の 4 http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html 図3 ベラルーシの外貨準備高 約 60 億ドル 7,000 (単位:100 万ドル) 約 38 億ドル 6,000 5,000 その他 外貨 SDR 金 4,000 3,000 2,000 1,000 2011/11/01 2011/10/01 2011/09/01 2011/08/01 2011/07/01 2011/06/01 2011/05/01 2011/04/01 2011/03/01 2011/02/01 2011/01/01 2010/12/01 2010/11/01 2010/10/01 2010/09/01 2010/08/01 2010/07/01 2010/06/01 2010/05/01 2010/04/01 2010/03/01 2010/02/01 0 出所:ベラルーシ中銀 図4 ベラルーシ・ルーブルの対ドル為替レート (単位:100 万ドル) 16000 14000 12000 10000 8000 6000 4000 2000 0 1 /1 /1 /1 /1 /1 /1 /1 9/ 1 11 / 1/ 1 /3/ 1 /5/ 1 0/ 1 1 0/ 3 1 0/ 5 0/ 7 0/ 1/ / 1 1 1/ 7 1/ 9 1/ 11 0 1 1 1 1 1 1 1 1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 2 2 2 2 2 2 2 2 2 2 20 20 出所:ベラルーシ中銀 5 http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html 4.今後の見通し これまでベラルーシは、ソ連復活を連想させる関税同盟への参加には消極的であった。しかし、ロシア は、石油・ガス価格優遇策の縮小という強硬手段に訴えることによりベラルーシ経済の不安定化を誘引し、 最終的に、ユーラシア連合の核となる関税同盟へのベラルーシの参加のみならず、優良国営企業の買 収交渉を有利に進めている。 ベラルーシには、ベルトランスガス社のほかにも、化学肥料のベラルーシカリ社 脚注 9 、トラック輸送の MAZ社 脚注 10 等、優良国営企業が複数存在している。ロシアは支援の見返りとして、このような優良企業 の民営化についても強く要請しており、実際に交渉が進んでいる 脚注 11 。ベラルーシは中国等とも交渉を 進めているが、ベラルーシ経済は、今後、益々ロシア経済に統合されていく可能性は高い。 ベラルーシ政府は、IMFに対して、最大80億ドルの融資を要請している。もっとも、現在のところルカ シェンコ大統領は「経済手法を変える必要はない」と発言しており、支援実施に当たりIMFが求めている 条件をベラルーシが受け入れるかどうかは不透明である。2011年11月現在、外貨準備高はやや回復し ている。また、国内のデモが頻発する気配はない。しかし、ベラルーシ国債と米国債との利回り格差を表 すEMBIを見ると、ベラルーシはパキスタンやイラクを上回る水準を示しており、市場の評価は厳しいの が現状である(図5)。 国名のベラルーシは、元々「白いロシア」を意味することから分かるように、ロシアにとってベラルーシは 最も近い隣国である。ロシア外交筋が、米図のミサイル防衛(MD)計画を牽制する意図から、ベラルーシ にロシアの地対空ミサイルを配備する可能性について触れるなど、ロシアはベラルーシにおけるプレゼン スを高めていく意欲を持っている。 ルカシェンコ大統領は、ロシアに対しても時に対立姿勢をみせることがあり、ロシアとの関係も流動的な 面があろう。とはいえ、ベラルーシ経済は、為替レートの大幅減価、外貨準備の減少、100%超のインフレ などに直面しており、安定回復が急務である。ロシアとの経済関係が生命線ともいえる現状に照らすと、 IMFからの融資を取り付けることができない場合、ベラルーシは、ロシアへの依存度を高める方向で難局 に対処することとなる可能性が高いといえよう。 図5 1800 各国の EMBI 指標 (単位:bps) 1600 ブルガリア ベラルーシ エジプト グルジア イラク カザフスタン パキスタン ポーランド ロシア ウクライナ 1400 1200 1000 800 600 400 200 20 10 /1 20 1/ 10 8 /1 2 20 /8 11 /1 20 /8 11 / 20 2/8 11 /3 20 /8 11 /4 20 /8 11 /5 20 /8 11 /6 20 /8 11 /7 20 /8 11 /8 20 /8 11 20 /9/ 11 8 /1 20 0/8 11 /1 1/ 8 0 出所:JPモルガン 1 割を誇る。カリウムの生産は、カナダ、ロシア、ベラルーシ の 3 カ国で世界生産の 6 割を占めている。ロシアのウラルカリが買収交渉を進めている。 10プーチン首相は、2011 年 6 月、ロシアのトラック輸送大手 KAMAZ 社がベラルーシの MAZ 社と持ち株会社の設 立に向けた交渉を進めていると発言。 11ロシアのクドリン財務相は、2011 年 5 月、「(ユーラシア経済共同体から融資を受ける条件として)ベラルーシは 3 年 間で 75~90 億ドル分の民営化を行う必要がある」と発言。 9国営ベラルーシカリ社は、カリウム肥料生産で世界シェア 6 http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html ※ 本稿の内容は、著者の個人的な見解であり、著者が所属する組織の見解ではない。 (国際協力銀行 外国審査部 第2ユニット 調査役 遊佐 弘美) ※ この記事は、2011 年 12 月 1 日号の外国為替貿易研究会「国際金融」に掲載されたものです。 7