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アラブの春から2年 ~ エジプトの現在と課題

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アラブの春から2年 ~ エジプトの現在と課題
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html
外国審査部
アラブの春から2年 ~ エジプトの現在と課題
「アラブの春」と呼ばれる中東・北アフリカ諸国の一連の民主化運動の流れを受け、2011
年2月にエジプトでムバラク政権が崩壊してからおよそ2年が経過した。エジプトではこの
間、軍部・暫定政府による民政移管準備を始まりとする一連の民主体制への移行が進んだ。
11年11月から翌年2月にかけて実施された議会選挙では、イスラム穏健派でありムスリム同
胞団公認政党である自由公正党が47%の議席を獲得し、12年6月には同党のムハンマド・ム
ルスィー党首が大統領選挙に勝利、初の文民大統領となった。その後、12年12月には新憲
法草案に対する国民投票が実施され、同草案が6割超の支持を得て承認された。
政治的混乱で経済に影
このような経過をみると、エジプトは時間は要しつつも、民主体制への移行を一歩一歩
進めており、「アラブの春」を経験した諸国の中ではフロントランナーとみることができ
る。しかし、その過程は同時に、最高裁判所による議会選挙の一部無効判決、大統領によ
る軍幹部の解任劇、イスラム色が強いとされた憲法草案をめぐる与党と世俗的な価値観を
重視する野党勢力との対立など、政治的な混乱の連続でもあった。また、反体制運動開始
から2周年を迎えた13年1月25日には大規模なデモが発生する一方、政府は3市で非常事態宣
言を発令、改めて政治的な分裂と混迷を印象付けた。新しい民主体制を構築するにあたり、
ムバラク政権打倒のために糾合した各勢力間の考えの違いが表面化するのはある程度やむ
を得ない面があるが、先行きを見通しにくい政治状況が長引くことは望ましいことではな
い。また、選挙や国民投票が相次ぐなか、国民に不人気な政策をとりづらい状況が続くと
いう側面もあろう。
不透明な政治状況は経済に影を落としている。国際通貨基金(IMF)によれば、実質GDP
(国内総生産)成長率は、政治的混乱による生産への影響もあって、 10/11年度(7~6月。
以下、「10年度」 。表も同じ)
は1.8%、11年度は2.0%にとど
まった。財政収支は慢性的に赤
字であるが、ムバラク政権崩壊
後、赤字幅は拡大しており、11
年度に財政収支はGDP比9.9%
の赤字に、政府債務残高は同
76.4%に達した。この財政の悪
化は、国民生活への配慮もあっ
て補助金や人件費の削減が政
治的に難しいことも背景にあ
る。
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国際的な支援に期待
政府統計によれば、国際収支は08年度以降経常収支が赤字に転じている一方、不安定な
政治情勢に反応して資本収支は09年度の90億ドルの黒字から10年度には42億ドルの赤字に
転じた。証券投資が大幅な流出超に転じ、直接投資の受け入れ額も減少しているためで、
国際収支の資金繰りに影響を及ぼしている。10年12月末に360億ドルであった外貨準備は減
少を続けたが、12年3月以降は外国からの資金援助もあっておおむね安定的に推移している。
しかし、12年12月末時点における外貨準備150億ドル(輸入の約3カ月分相当)は必ずしも
高い水準とは言えない。
そのような状況下、エジプト当局は、12年12月に外貨取引の一部制限措置と外貨オーク
ションによる新たな為替制度を導入したが、これまで実質為替レートが高めとなっていた
エジプトポンドは13年初来最安値を更新している。とはいえ、対外債務の対GDP比は11年
度末で15%程度と低い水準にあり、中東諸国のなかでは比較的多様な経済構造を有し、2000
年代後半にはおおむね4~7%台の成長を記録していたエジプト経済の底堅さにも目を向け
る必要はあろう。
また、エジプト経済は民主化の取り組みから大きなメリットを得ている。11年5月に仏ド
ーヴィルで開催された主要8カ国
(G8)首脳会議で、ドーヴィル・
パートナーシップと呼ばれる国
際的な支援体制が立ちあがり、
G8諸国、中東諸国や関係国際機
関が、民主化を進める中東・北ア
フリカ諸国を対象に資金支援を
含む国際的な支援を行っている。
北アフリカで最大の人口と経済
規模を擁し、地政学的重要性を有
するエジプトに対しては、これら
参加国・機関から相応の支援も期
待される。
試される政策運営
その国際的な支援の中心となるのが国際通貨基金(IMF)とのプログラムによる資金供
与である。12年末に政府は、スタンドバイ取極(SBA)合意へ向けた交渉再開の意向を明
らかにした。IMFは12年11月にいったん、政府と期間22カ月、48億ドル相当のSBAを事務
レベルで合意したと発表したが、その後、12月に政府の要請により正式合意は延期されて
いた。これは、補助金見直しなどに反対する世論が大統領への支持や憲法草案に対する国
民投票に影響を及ぼすことを避ける思惑があったためともみられる。そのため、政府の交
渉姿勢は、国民に痛みを強いる政策を約束・実行できるかを占う上で注目されており、IMF
との合意は政府にとって大きな試金石となっている。
政治面では、13年の早い段階で新憲法下初の議会選挙実施が見込まれる。経済政策面で
は、上述したIMFとのプログラム交渉の進展が注目される。良いシナリオとしては、議会
選挙が平穏に実施されれば、民主化プロセスは一つの仕上げとなる。その結果、政治の不
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透明感が払拭されれば、経済に与える負の影響も緩和され、強い国際的支援を得ながら経
済政策のかじ取りをより効果的かつスムーズに行うことが期待されるだろう。しかし、現
下の情勢において民主化プロセスの推進と経済の立て直しを同時に進めることは決して容
易ではなく、失業の問題も軽視できない。政策運営への信認を得て経済を成長軌道に復帰
させる好機とできるか。この難局を乗り越えてはじめて、エジプトに本当の春が訪れると
いえるだろう。
(本稿の内容は著者個人の見解であり、所属機関のものではありません)
(国際協力銀行
※
外国審査部第 4 ユニット長
この記事は、2013 年 2 月 1 日号の時事通信社「時事速報」に掲載されたものです。
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古高
輝顕)
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