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Title 近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した

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Title 近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した
Title
近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した授業設
計モデルの提案
Author(s)
因, 雅仁; 水上, 丈実; 藤川, 聡
Citation
北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 : 教職大学院研究紀要
, 6: 59-70
Issue Date
2016-03
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7906
Rights
Hokkaido University of Education
北海道教育大学大学院高度教職実践専攻研究紀要 第6号
近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した
授業設計モデルの提案
因 雅仁*1・水上 丈実*2・藤川 聡*2
概 要
本稿では、教育評価の意義や適切な評価方法を再確認するため、近年の教育評価における論点を整
理した。そして、それらに基づき教育評価の機能を生かした授業設計モデルを作成した。作成したモ
デルは、教育効果の3つの機能である「診断的評価」
「形成的評価」
「総括的評価」の視点から、それ
らの機能がより効果的に働くための具体的取組を示している。本モデルにより、指導と評価の一体化
を実現させるための具体的な授業設計モデルの一試案を示したい。
1.はじめに
現在、教師に求められていることは多大である。さらに時代や社会の流れによって、求められるも
のは大きく変わり、その都度、教師自身が学び、実践し、評価を繰り返し、より良い手立てを考える
ことが求められる。それは全て目の前の子どもたちに確かな学力を身に付けさせるためである。それ
が子どもたち一人一人を大切にするということであり、我々が理想とする教師像でもある。
それらを実現するためには、児童一人一人の学習状況を適切に見取り、個に応じた指導や支援をす
ることが必要である。そのためには教育評価の充実は不可欠であり、その充実により教師自身が自ら
の指導を振り返り、その後の指導に生かそうとする意識を高めることが期待できる。
本稿では、教育評価の意義や適切な評価方法を再確認するため、近年の教育評価における論点を整
理する。そして、それらに基づき教育評価の機能を生かした授業設計モデルを提案したい。
2.教育評価の意義
学校現場においては、日々、指導と併せて教育評価が行われている。ここでは、教育評価の意義に
ついて確認する。
2.1 PDCAサイクルからみた意義
文部科学省(2010)の「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)
」では、
「これまでも教育評
価においては指導と評価の一体化を推進することが指摘されており、各学校において学習指導の改善
や教育課程全体の改善に向けた取組と効果的に結び付けることが重要である。学習指導に係るPDCA
─────────────────────
*1
北海道教育庁胆振教育局
*2
北海道教育大学教職大学院(大学院教育学研究科高度教職実践専攻)旭川
59
因 雅仁・水上 丈実・藤川 聡
表1 教育評価におけるPDCAサイクル
P(plan)
学校における教育課程の編成や、各教科等の学習指導の目標や内容、評価規準や評価方法
等の評価計画を含めた指導計画の作成
D(do)
指導計画を踏まえた教育活動の実施
C(check)
児童生徒の学習状況の評価、それを踏まえた授業や指導計画等の評価
A(action)
評価を踏まえた授業改善や個に応じた指導の充実、指導計画等の工夫・改善
サイクルの中で適切に実施されることが重要である。
」1)と示し、学習指導や教育課程の改善を進める
上で教育評価が重要な手立てであることを示唆している。そこで筆者らは教育評価におけるPDCAサ
イクルを、有機的な手立てとして表1のように捉えることとした。
Plan(P)、Do(D)
、Check(C)
、Action(A)のPDCAサイクルを確立し、日常の授業、単元等
の指導、学校における教育活動全体等の様々な段階で教育評価は行われるべきである。それらの教育
評価を通じて、教師が授業の中で児童生徒の反応を見ながら学習指導の在り方を見直したり、一連の
授業の中で個に応じた指導を図る時間を設けたりすることや、学校における教育活動を改善したりし
ていくことが教育評価の意義であるといえる。
また、梶田(2010)は教育評価についての主要ポイントを表2のように示している2)。
表2 教育評価の主要ポイント
①子どもが現実にどのような発達の姿を示し、どのような能力や特性を現に持っているか、を見てとり、
指導の前提としての一人ひとりの個性的あり方を見てとること
②子どもの示す態度や発言、行動について、どの点はそのまま伸ばしてやればよいか、どの点は特に指
導して矯正すべきであるか、を判断し、指導のストラテジー(方略)を立てる土台とすること
③教育活動の中で子どもがどのように変容しつつあるか、を見てとり、一人ひとりに対する次の課題提
示や指導のあり方を考える土台とすること
④教育活動自体がどの程度に成功であったかを、子どもの姿自体から見てとること
「教育評価」(梶田、2010)より抽出 このことからも教育評価の意義は教育活動の点検と改善への手立てであると捉えることができる。
教育活動がどのような結果や成果を生み出したか、それらははたして十分なものといえるのか、次な
る教育活動として求められるものは何か、こうしたことを明らかにしていくのが教育評価の意義であ
るといえるだろう。
さらに田中(2008)は「事実、教育評価に関する理論や実践は、ここに来て大きな変革の時代を迎
えようとしている。それは簡潔に言えば、子どもたちを「ネブミ」して勉強や発達をあきらめさせる
道具となっていた「教育評価」から、子どもたちに質の高い学力を保障し、教育実践への参加を促す
装置としての「教育評価」と転換しつつあるとまとめることができるであろう」3)と述べ、これまで
の教育評価の目的が大きく変換を経ていることを示唆している。児童生徒に確かな学力を保障するた
めには、質の高い授業であり、指導が必要であることは当然である。田中の指摘からも授業改善や指
導改善を進める上で教育評価が重要な役割を果たしていることが認識できる。つまり学習指導におい
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近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した授業設計モデルの提案
ても、指導と教育評価のPDCAサイクルを明確に位置付けることで、教師の指導や授業改善を促し、
児童生徒に確かな学力を身に付けさせることができるといえる。例えば、各教科等の授業実施後の教
育評価の結果を通じ、思考力・判断力・表現力等に課題があることが明らかになれば、それらの力を
重点的に育む学習展開の工夫や効果的な支援策を準備する等の手立てを講じたり、教育課程全体の中
で重点的な指導を推進したりする等、教育評価の充実を通して児童生徒の学力向上を図ることができ
る。このように学習指導において、しいていうならば学校教育全体において、教育評価は重要な意義
をもつことが明らかである。
2.2 教師にとっての意義
教師にとっての意義は、指導のための資料を得ること、すなわち、教師が児童生徒に学習指導をど
のように行うかを決める上で必要な情報を得ることにある。単元が始まる前には児童生徒のレディネ
ス(学習内容の習得状況)を把握し、指導内容の方針を決めるために行う(診断的評価)
。また、指
導途中においては、児童生徒の理解がどの程度進んでいるかを把握し、即時に指導や支援に役立てた
り、指導後においては学習内容や指導内容、指導方法が適切であったかを客観的に把握したりするた
めに行う(形成的評価)
。そして、把握した情報を基に、次時の授業や次単元における指導内容や指
導方法、教材等の工夫・改善に生かす。さらに、単元毎、学期毎、学年毎においては、児童生徒個々
の学習内容の習得状況をもとに、教育活動の成果を把握するために行う(総括的評価)
。この「総括
的評価」の情報もまたその後の指導や教育課程の工夫・改善に向けて活用することができる。
2.3 児童生徒にとっての意義
児童生徒にとっての意義は、学習の到達状況についての情報を得ることである。教師は、児童生徒
に対して学習内容の何がわかっているのか、何が間違っているのか、次にどのような学習に結び付く
のかという情報をフィードバックすることが求められる。児童生徒はこれらの情報を得ることで正し
く自己評価をし、その後の学習において何を学べばよいかという指針を自分で作り上げることができ
る。なお、多くの場合、その対象は保護者が含まれており、テストの返却、通知表、教育懇談・面談
等を計画的に行い、教育評価に関する情報のフィードバックは絶えず行う必要があるといえる。
2.4 その他の意義
教育評価は、調査・研究や管理・運営を目的に行うこともある。例えば、調査・研究の資料として
の評価(全国学力・学習状況調査等)
、学校の管理・運営の資料としての評価(学力テスト・知能検
査等)、児童生徒の処遇決定のための評価(入学試験、資格認定、振り分け等)である。
さらに、教育評価をより広義に捉えるならば、他にも様々な対象が存在する。梶田は、
「教育評価
の対象としては、教育活動に関連をもつすべてのものが、さらには教育の成果に何らかの意味で関与
するもののすべてが考えられることになる。
」4)と述べ、教育評価の対象を教育現場における全てのも
のと多義的に捉えている。教員評価や学校評価、学級集団や学校全体のあり方、学校施設や地域環境
等、教育活動に直接的に関する事項はもちろん、教育活動を支える環境に対する評価も教育評価の項
目に該当すると考えることができる。
61
因 雅仁・水上 丈実・藤川 聡
3.教育評価の変遷
平成22年3月、
中央教育審議会より「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)
」が発出され、
学習評価の基本的な考え方とその見直しの経緯や学習評価の現状と課題、学習評価の今後の方向性、
5)
ここでは学習状況を分
観点別学習状況の評価の在り方等、教育評価の基本的な考え方が示された。
析的にとらえる観点別学習状況の評価と総括的にとらえる評定は、学習指導要領に定める目標に準拠
した評価として実施することや、観点別学習状況の評価や評定には示しきれない子どもたち一人一人
のよい点や可能性、進歩の状況について評価する個人内評価の重要性が指摘され、全ての児童生徒に
学習指導要領の内容が確実に定着するよう、教育評価の結果を学習指導の改善につなげていくことが
求められている。しかし、これまでの日本の教育評価の道筋は、様々な紆余曲折を経ながら、現在の
教育評価の基本的な考え方が作られたということは言うまでもない。
本章では、上記の「児童生徒の学習評価の在り方(報告)
」よりこれまでの学習指導要領の改訂に伴っ
て変化した教育評価の変遷について示した後、教育評価の観点について整理したい。
3.1 学習指導要領の改訂と教育評価の変化
昭和52年には、基礎的・基本的な事項を確実に身に付けられるように教育内容を精選し、知・徳・
体の調和のとれた発達を目指して学習指導要領が改訂された。この改訂に伴う指導要録の見直しにお
いて、各教科の学習の記録については集団に準拠して評価する評定を引き続き実施しつつ、併せて目
標に準拠して観点別学習状況の評価を実施することが明確となった。
平成元年の学習指導要領の改訂においては、主体的に生きていくことができる資質や能力の育成を
重視することとなった。その際、指導要録の見直しにおいても各教科の学習の記録については目標に
準拠して実施する観点別学習状況の評価を基本としつつ、集団に準拠して評価する評定を併用するこ
ととなった。
平成10年の学習指導要領の改訂では、平成元年の学習指導要領の改訂の趣旨をもとに、変化の激し
い時代を担う子どもたちに必要な「生きる力」を育むことを目的に内容が改訂された。この改訂に伴
う指導要録の見直しにおいては。
「評定についても目標に準拠した評価として実施することが適当で
ある」とされた。なお、児童生徒の学習状況を評価するに当たっては、観点別学習状況の評価や評定
では示しきれない、児童生徒一人一人のよい点や可能性、進歩の状況等の個人内評価を積極的に児童
生徒に伝えることが重要であるとされ、指導要録の「総合所見及び指導上参考となる諸事項」におい
て記入することとなった。
3.2 各教科の評価の観点の変更
昭和52年の学習指導要領の改訂に伴う指導要録の見直しの際、各教科の評価の観点として「関心・
態度」が新たに導入され、教育評価における大きな転回点となった。
その後、平成元年の学習指導要領の改訂に伴う指導要録の見直しの際、評価の観点については、自
ら学ぶ意欲の育成や思考力、判断力等の能力の育成に重点を置くことが明確になるように、基本的に
は「関心・意欲・態度」
、
「思考・判断」
、
「技能・表現(又は技能)
」及び「知識・理解」で構成する
こととなった。
さらに平成10年の学習指導要領の改訂に伴う指導要録の見直しにおいても評価の観点を、基本的に
は「関心・意欲・態度」
、
「思考・判断」
、
「技能・表現」
、
「知識・理解」で構成することとなり、評価
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近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した授業設計モデルの提案
観点の見直しは行われなかった。
平成20年の学習指導要領の改訂に伴い、教育評価に関する基本的な考え方について変更はなかった
が、評価の観点に関する考え方が整理された結果、これまでの観点の構成と比べると、
「思考・判断」
が「思考・判断・表現」となり、
「技能・表現」が「技能」として設定することとなった。
以下、平成22年3月、中央教育審議会から発出された「児童生徒の学習評価の在り方について(報
告)」6)をもとに、評価の観点について整理する。表3に同報告から各観点の趣旨をまとめる。学習指
導要領においては、
「生きる力」を支える「確かな学力」
、
「豊かな心」
、
「健やかな体」の調和が重視
されるとともに、
「基礎的・基本的な知識及び技能を確実に習得させ、これらを活用して課題を解決
するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむとともに、主体的に学習に取り組
。すなわち、基礎的・基本的な知識・技能
む態度を養う」7)ことが求められている(表3、下線部a)
の習得及びこれらの力を活用する思考力・判断力・表現力等をいわば車の両輪として相互に関連させ
ながら伸ばしていく必要がある。その際、
「基礎的・基本的な知識・技能を活用しつつ、各教科の内
容に即して考えたり、判断したりしたことを、児童生徒の説明・論述・討論等の言語活動等を通じて
。すなわち、思考・判断した過程や結果を、言語活
評価する」8)ことが必要である(表3、下線部b)
動等を通じて児童生徒がどのように表出しているかを適切に評価する必要がある。ここでも各学校に
おいて教育評価の充実を図り、
学習活動を充実させていく必要性が指摘されていることが理解できる。
表3 各観点の趣旨
観 点
関心・意欲・態度
趣 旨
「関心・意欲・態度」の観点は、これまでと同様、各教科の学習に即した関心や意
欲、学習への態度等を対象としたものであり、その趣旨に変更はない。
「思考・判断・表現」の観点のうち 「表現」については、a)基礎的・基本的な知識・
技能を活用しつつ、各教科の内容に即して考えたり、判断したりしたことを、児童
思考・判断・表現
生徒の説明・論述・討論などの言語活動等を通じて評価することを意味している。
つまり「表現」とは、これまでの「技能・表現」で評価されていた「表現」ではな
く、b)思考・判断した過程や結果を、言語活動等を通じて児童生徒がどのように表
出しているかを内容としている。
「技能」の観点では、従前の「技能・表現」が対象としていた内容を引き継ぐこと
になる。これまで「技能・表現」については、例えば社会科では資料から情報を収
技能
集・選択して、読み取ったりする「技能」と、それらを用いて図表や作品などにま
とめたりする際の「表現」とをまとめて「技能・表現」として評価してきた。今回
の改訂で設定された「技能」については、これまで「技能・表現」として評価され
ていた「表現」をも含む観点として設定されることとなった。
「知識・理解」の観点は、これまでと同様、各教科において習得した知識や重要な
概念を理解しているかどうかを内容としたものであり、その趣旨に変更はない。改
知識・理解
善通知においては、各設置者が観点を設定する際に参考となるよう、各教科の評価
の観点及びその趣旨並びにそれらを学年別(又は分野別)に示したものを提示して
いる。観点及びその趣旨等は、これまでと同様、各学校における評価規準の工夫・
改善を図る際にも参考となるものである。
「児童生徒の学習評価の在り方」(文部科学省、2010)より抽出、下線は筆者による 63
因 雅仁・水上 丈実・藤川 聡
4.各観点の評価に関する考え方
ここでは、文部科学省(2010)の「児童生徒の学習評価の在り方について(報告)
」を手掛かりに、
各観点の評価に関する考え方について整理する。
4.1 知識・理解及び技能の評価に関する考え方
知識・理解は、各教科において習得すべき知識や重要な概念等を児童生徒が理解しているかどうか
を、技能は各教科において習得すべき技能を児童生徒が身に付けているかどうかを評価するものであ
る。
4.2 思考・判断・表現の評価に関する考え方
思考・判断・表現は、各教科における知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・
判断力・表現力等を児童生徒が身に付けているかどうかを評価するものである。各教科の内容や目標
等に基づいて、言語活動を中心とした表現に係る活動や児童生徒の作品等を基に評価することとなる。
その際、「文章、表や図に整理して記録するという表面的な現象を評価するのではなく、自ら取り組
む課題を多面的に考察しているか、観察・実験の分析や解釈を通じ規則性を見いだしているかなど、
基礎的・基本的な知識・技能を活用しつつ、各教科の内容等に即して思考・判断したことを、記録、
要約、説明、論述、討論といった言語活動等を通じて評価すること」9)が必要である。なお、思考・
判断・表現の評価においては、論述、発表や討論、観察・実験とレポートの作成といった学習活動を
通して、学習指導の目標に照らして実現状況を評価することが求められている。
なお、同報告には、
「思考・判断・表現の評価については、
全国学力・学習状況調査の「主として『活
用』に関する問題」を参考にして作成した適切な問題を用いて評価を行うことも有益である」10)と示
されており、必要に応じて全国学力・学習状況調査のB問題を実施して、
児童生徒の思考力・判断力・
表現力等を評価したり、育成に向けた手立てとしたりすることが求められているといえる。また、同
報告には、「思考・判断・表現」の評価は様々な評価方法を採り入れることが重要である」11)とあり、
教育現場において試行錯誤し、教育評価の方法の工夫・改善に努めていくことが求められている。
4.3 関心・意欲・態度の評価に関する考え方
関心・意欲・態度は、各教科の学習内容に関心をもち、自ら課題に取り組もうとする意欲や態度を
児童生徒が身に付けているかどうかを評価するものである。評価においては、各教科の学習内容に対
する児童生徒の取組状況を通じて評価することを基本とし、他の観点と同様、目標に照らして「おお
むね満足できる」状況にあるかどうかの評価を中心とすることが適当であるとされている12)。
具体的な評価方法として授業や面談における発言や行動等を観察するほか、ワークシートやレポー
トの作成、発表といった学習活動を通して評価することが必要であり、特筆、授業中の挙手や発言の
回数といった表面的な状況のみに着目することがないようとの指摘がなされている。13)
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近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した授業設計モデルの提案
5.教育評価の課題
これまでの分析を通して教育評価の重要性や必要性について触れてきたが、教育評価においては課
題も指摘されている。文部科学省は教師と保護者に対し、学習指導と教育評価に関する意識調査を実
施しており、平成21年の調査結果14)によれば、表4のような課題が浮き彫りになった。
表4 教育評価の課題
①「学習状況の評価の資料の収集・分析に負担を感じる」小・中学校の教師は約63%。
②「学習評価を授業改善や個に応じた指導の充実につなげられている」と感じていない教師が約29%。
③「知識・理解」や「技能・表現」の学習評価を円滑に実施できていると感じている教師の割合は、小・
中学校を通じて80%を超えている。
④「関心・意欲・態度」については小学校で約40%、中学校で約30%、
「思考・判断」については小学校
で約26%、中学校で約30%の教師が学習評価を円滑に実施できているとは感じていない。
⑤「評価に、先生の主観が入っているのではないか不安がある」と感じている小・中・高等学校の保護
者が約38%。
⑥「学級や学年など集団の中で位置付けが分からず、入学者選抜などに向けて不安がある」と感じてい
る保護者が約46%。
平成21年度文部科学省委託調査「学習指導と学習評価に対する意識調査」(文部科学省、2010)より抽出 ①、②より、現在の教育評価について負担を感じている教師や教育評価を授業改善に生かすことが
できていないと感じている教師が多いことがわかる。教育評価を行う上で、効率よく、時間を掛けず
に取り組むことや教育評価によって得られた情報を児童生徒にフィードバックしたり、授業改善に生
かしたりすることが必要であることはいうまでもない。今後、教育評価を進める上で時間的余裕を生
み出したり、評価情報をその後の指導に生かしたりする方策について研究していくことが求められて
いるといえる。
③、④より、知識や技能に関しては、これまでも実施してきた標準テストを用いることで、児童生
徒の学習到達度を評価することは比較的容易である。しかし、関心・意欲・態度や思考・判断等の評
価に関しては、標準テストで正確に測ることが困難であったり、児童生徒の態度や思考の様子が見え
にくかったりすること、教師の主観で評価してしまう危険性があることからも、評価の困難さを感じ
ていると考えることができる。関心・意欲・態度や思考・判断等のいわゆる「見えにくい力」を正確
に評価する方法について、有効な手立てを講じる必要があるといえるだろう。
⑤、⑥より、上記の教師の教育評価の課題にも共通する面である。教育評価に関しては妥当性と信
頼性を高めることが求められている。教師の主観で評価してしまうことがないように、教育評価の方
法については、十分に吟味していく必要があることはいうまでもない。また、相対評価から目標に準
拠した評価への変更によって、他との学力比較や集団での自分の位置付けがわかりにくいとの指摘も
あり、教育評価の機能を高めたり、信頼性と妥当性を有した教育評価の開発が求められたりしている
といえるだろう。
65
因 雅仁・水上 丈実・藤川 聡
6.教育評価の妥当性と信頼性
教育評価においては、教師の主観によって評価されるのではなく、その妥当性、信頼性等を向上さ
せることが求められている。ここでいう学習評価の妥当性とは、
「評価結果が評価の対象である資質
や能力を適切に反映しているものであることを示している」15)ことである。文部科学省の報告(2010)に
よれば、
妥当性を高めるためには「評価結果と評価しようとした目標の間に適切な関連があること」
「
、評
価方法が評価の対象である資質や能力を適切に把握するものとしてふさわしいものであること」16)が
必要である。
また、教育評価の妥当性、信頼性等を高めるためには、表5のような取組が有効であると同報告に
17)
示されている。
表5 教育評価の妥当性、信頼性を高める取組
①指導の目標及び内容と対応した形で評価規準を設定することや評価方法を工夫すること。特に評価方
法を検討する際には、評価の観点で示される資質や能力等を評価するのにふさわしい方法を選択する
こと。
②評価方法を評価規準と組み合わせて設定することが必要であり、評価規準と対応するように評価方法
を準備すること。
②小学校では各学年において、中学校や高等学校では各教科において、評価規準や評価方法等を明確に
すること。
④評価結果について教師同士で検討すること。
⑤実践事例を着実に継承していくこと。
⑥授業研究等を通じ教師一人一人の力量の向上を図ること等に、校長のリーダーシップの下で、学校と
して組織的・計画的に取り組むこと。
「児童生徒の学習評価の在り方」(文部科学省、2010)より抽出 同報告には、
「学校や教師は、評価の実施者として、個々の児童生徒の学習評価に関する妥当性、
信頼性等を高め説明責任を果たすとともに、児童生徒や保護者との間で必要な情報の共有を進め、教
教育評価の妥当性や信頼性を高めることはもちろん、
育の効果の増進を図ること」18)と示されており、
説明責任を果たすことや情報共有によって教育効果を高めることが求められている。校長のリーダー
シップの下、学校組織が協働体制を構築し、組織的、計画的に教育評価の充実を図ることが求められ
ているといえよう。
7.教育評価の機能を生かした授業設計モデルの提案
ここでは、前章までに整理された教育評価の在り方及び教育評価の課題などを鑑み、教育評価の機
能を生かした授業設計モデルを提案する。提案する授業設計モデルは、教育効果の3つの機能である
「診断的評価」「形成的評価」
「総括的評価」の視点から、それらの機能がより効果的に働くための具
体的取組を精査し抽出したものである。以下に、教育評価の機能を生かした授業設計モデルとその詳
細を示す。
66
近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した授業設計モデルの提案
7.1 教育評価の機能を生かした授業設計モデル
表6に教育評価の機能を生かした授業設計モデルを示す。
表6 教育評価の機能を生かした授業設計モデル
取組の視点
診断的評価の視点
形成的評価の視点
内 容
児童の適切な実態把握による、授業設
レディネステストの結果から授業設計
計及び学習指導の工夫
レディネステストの開発
教師の適切な評価による、児童の思
考・判断・表現への即時の指導・支援
パフォーマンス課題の活用による、児
総括的評価の視点
具体的取組
童の思考力・判断力・表現力等の適切
な評価
ルーブリックの作成と活用
箇条書きルーブリックの開発
ポートフォリオの活用
パフォーマンス課題の開発と評価ルーブ
リックの作成
パフォーマンス課題を軸とした単元構成
と関連授業の導入
7.2 授業設計モデルの内容
表6に示した、教育評価の機能を生かした授業設計モデルについて、
「診断的評価」
「形成的評価」
「総括的評価」の3視点から、その具体的取組について詳述する。
7.2.1 診断的評価の視点
⑴ レディネステストの結果から授業設計
これまでの授業実践では教科書付属のレディネステストを用いて実施してきたが、児童の実態把握
において不十分さを実感してきたこともあり、授業構想をより明確にするためのレディネステストの
作成と実施によって、より効果的な診断的評価の資料収集を試みようと考えた。その際、パフォーマ
ンス課題をレディネステストとして活用する実践も行うこととした。
⑵ レディネステストの開発
単元導入前に実施したレディネステストの結果をもとに、単元構成や授業設計、指導の工夫を図る
ことで児童の実態に応じた手立てを行うことができ、児童の円滑な思考・判断・表現を促すことがで
きると考えた。
7.2.2 形成的評価の視点
⑴ ルーブリックの作成と活用
児童の活動をその場その場で見取り、授業の中で効果的な指導や支援を講じること、すなわち指導
と評価の一体化が求められる。本研究ではその指導と評価の一体化を進める上でルーブリックの活用
に取り組んでいくこととした。例えば、一般的に見えにくい力といわれる「数学的な考え方」を児童
の実際の活動の様子をもとに、適切に評価するためにはルーブリックの作成が効果的である。事前に
作成したルーブリックと照らし合わせて児童の実際のパフォーマンスを評価することで、評価の信頼
67
因 雅仁・水上 丈実・藤川 聡
性と妥当性を高めるとともに、有効な指導や支援につなげることができると考えた。具体的にはA規
準及びB規準に相当する児童に関しては行動目標化した姿を判定の規準として記述し、C規準に相当
する児童に関しては具体的な支援策を事前に想定して記述することとした。
⑵ 箇条書きルーブリックの開発
これまで多くの先行研究においてルーブリックの活用の有効性が示されている。しかし、B規準及
びA規準のルーブリックを箇条書き(箇条書きルーブリック)で示し、児童の活動の様子をより細か
く想定する実践は確認できなかった。これまでの自らの授業実践では児童の活動の姿とルーブリック
の記述の間に差が生まれてしまったことがあり、いくつかの項目を記述し、規定数の行動が確認でき
たらBまたはAと判定する箇条書きルーブリックを開発し、授業実践を試みようと考えた。
⑶ ポートフォリオの活用
活用児童による評価活動として「自己評価」と「相互評価」の2観点から取り組ませることとした。
自己評価に関してはこれまでの単元においても取り組んでおり、児童が自らの学習活動を振り返り、
本時の学習課題に照らし合わせてA・B・Cの3段階で評価することとした。さらにその評価の理由
を「わかったこと」や「できたこと」
「わからなかったこと」や「できなかったこと」などの観点か
ら文章記述させることとした。自己の活動を振り返り、文章表現することで自己の思考を整理すると
ともに、新たな気付きを得たり、表現力を高めたりすることができると考えた。
7.2.3 総括的評価の視点
⑴ パフォーマンス課題の開発と評価ルーブリックの作成
総括的評価の方策として、パフォーマンス課題を作成し、単元終了後に活用することとした。さら
に児童のパフォーマンスの状況を適切に評価するためのルーブリックを作成し、的確な評価情報を得
るための手立てとしようと考えた。
⑵ パフォーマンス課題を軸とした単元構成と関連授業の導入
単元導入前には、レディネステストとして自作パフォーマンス課題を実施しようと考えた。さらに
単元中盤においては単元前のパフォーマンス課題、単元終了後のパフォーマンス課題に関連させた関
連授業を導入し、単元終了後には自作パフォーマンス課題を用いて授業実践を行おうと考えた。単元
前のパフォーマンス課題ではこれまでの学習を通して学んだ既習事項をもとに課題を解決すること
で、現時点での児童の思考力・判断力・表現力の実態を適切に把握することができると考えた。単元
終盤では単元導入前に実施したパフォーマンス課題と関連させた問題設定を行い、単元の学習を通し
て児童にどのような力が身に付いたのか、関連授業によってどのような成果が得られるのかについて
検証しようと考えた。
8.今後の課題と展望
評価規準や評価方法について、文部科学省の(2010)の報告に「近年諸外国においても様々な研究
や取組が行われており、例えば、
「思考・判断・表現」に関する評価規準としては、学年等ごとに細
分化したものを定めるのではなく、複数年を見通して、児童生徒の学習状況の段階を複数設定し、長
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近年の教育評価における論点整理と教育評価の機能に焦点化した授業設計モデルの提案
期的な変化・成長・発達をとらえるような評価規準が用いられている場合もある」19)と示されている。
これまでも触れてきたが、今後、様々な視点から既存の教育評価の取組を基にしながら、現在の教育
評価における課題解決に向けて方法を見直し、新たな評価方法を開発することが求められている。
また、同報告では「我が国においても参考となる評価規準や評価方法を紹介することや、我が国の
教育課程に合った評価規準や評価方法を研究していくことは極めて重要である。その際、
「思考・判
断・表現」や「関心・意欲・態度」について課題を感じている教師が多いことから、それらの観点に
関する評価規準や評価方法、学習評価を通じた学習指導の改善方法の研究を進めていくことが必要で
ある。
(中略)そのため、国立教育政策研究所や独立行政法人国立特別支援教育総合研究所において
積極的な研究を推進することが期待される。また、大学等の研究機関においても、評価規準や評価方
法、学習評価を通じた学習指導の改善方法の研究開発を行い、各学校の評価に関する取組の支援等を
進めることが期待される。
」20)と示されている。これまでも教育評価の課題について述べた、思考力・
判断力・表現力等の評価における困難性をいかに取り除き、有効な評価方法を開発することが求めら
れている。これが本研究を進める上での本質的な背景であり、学校現場から授業実践を通して、教育
評価の新たな方策を生み出そうと考えている。
9.おわりに
本稿では、教育評価の意義や適切な評価方法を再確認するため、近年の教育評価における論点を整
理した。そして、それらに基づき教育評価の機能を生かした授業設計モデルを作成した。作成したモ
デルは、教育効果の3つの機能である「診断的評価」
「形成的評価」
「総括的評価」の視点から、それ
らの機能がより効果的に働くための具体的取組を示した。本モデルにより、指導と評価の一体化を実
現させるための具体的な授業設計モデルの一試案を示すことができと考えている。また、本稿を通し
て、学校現場において指導と評価の一体化が必要不可欠であるということを確認するとともに、教育
評価が児童一人一人に確かな学力を身に付けさせる上で有効な手立ての1つであることが再確認でき
たと考える。しかし、教育の現状が変わりゆく中で、より精度の高い教育評価の方法を探ることが求
められていることに変わりはない。また、日常的に、誰もが取り組むことができる教育評価の充実が
必要である。今後は、授業実践を通して、それらの課題に取り組んでいきたい。
参考文献
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menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gaiyou/attach/1292216.htm(2014年2月 最終閲覧)
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5)前掲1)
6)前掲1)
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8)前掲1)
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10)前掲1)
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因 雅仁・水上 丈実・藤川 聡
12)前掲1),pp.14-15
13)前掲1),p.15
14)文部科学省,2010,平成21年度文部科学省委託調査報告「学習指導と学習評価に対する意識調査」
,http://
www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/siryo/__icsFiles/afieldfile/2010/02/19/1289879_1.pdf
(2014年2月 最終閲覧)
15)前掲1),pp.29-30
16)前掲1),p.29
17)前掲3),p.71
18)前掲3),p.71
19)前掲1),p.31
20)前掲1),pp.31-32
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