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ドル円相場:地政学リスクへの耐性強化の背景は?

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ドル円相場:地政学リスクへの耐性強化の背景は?
外貨投資の視点
(No.170)
リサーチ部 チーフ為替ストラテジスト 植野 大作
2014年7月29日
ドル円相場:地政学リスクへの耐性強化の背景は?
「地政学リスク」に対して
打たれ強くなっている昨今
のドル円相場
梅雨明け前後の外国為替市場で、いわゆる「地政学リスク」に対するドル円相場の「打
たれ強さ」が目立っている。7月17日(木)に相次ぎ勃発した「ウクライナ東部ドネツク州で
のマレーシア航空機撃墜事件」、「イスラエルによる中東ガザ地区への地上軍侵攻」など
の報道に接し、ドル円相場は一時1ドル=101円09銭界隈まで差し込む場面があったが、
101円割れ目前では下げ渋った。先月中旬にも類似の局面があり、6月12日(木)に「イラク
過激派武装組織がバグダッドへの進撃を開始」との報道が流れた直後に急落する場面が
あったものの、当該ニュースで伸長したドル円相場の下ヒゲは、1ドル=101円61銭付近で
短くカットされた。この間、ドル円相場は歴史的に類例を見ない膠着状態に陥っており、
102円台での上値が恐ろしく重たいものの、101円台での下値も異様に堅いことを改めて
印象付けることになった。
ドル円相場が地政学リス
クへの感度を下げている
背景を整理
現在世上の耳目を集めている「イラク」、「ウクライナ」、「パレスチナ」の3地域に絡んだ
「地政学リスク」は、いずれも根深い宗教・民族・領土問題などが背後にあるため、すぐに
収まる可能性は小さく、いったん収束してもいつまた炎上するか分からない。近年、日本
円は市場のリスク許容度が萎縮する時に買い圧力に晒されやすい「リスク・オフ番長」のイ
メージを持つ通貨になっているため、上記諸々の報道に不意を突かれた直後のイニシャ
ル・リアクションが、もっと深めの円高・ドル安水準に差し込んでいたとしても、あまり違和
感は持たれなかっただろう。むしろ、かなりの短期間に想定外のリスク・オフ・イベントの波
状攻撃を受けた割には、意外なほど底堅い印象もあり、その理由を質す問い合わせも増
えている。今回はこの点に関する我々の見解を整理しておきたい。
関与している 3 つの要因
昨今のドル円相場が、地政学的なリスク・オフ・イベントへの耐性を増している背景とし
ては、以下の3点が関与している可能性がある。
第一は、日米金融政策サ
イクルの明らかな違い
第一は、日米間に存在する金融政策運営スタンスの明らかな違いだ。イラク、ウクライ
ナ、パレスチナ情勢の悪化は、いずれも人道的観点からで決して看過できない深刻な問
題であり、主要国のクオリティー・メディアにおいてトップ・ランクの重要性を賦与されてい
る報道対象であることは間違いない。ただ、本レポートのバック・ナンバーで度々指摘して
いるように、ドル円相場の趨勢的なベクトルを決める「本筋のテーマ」は、あくまでも「日米
金融政策サイクルの違い」だ。イラク、ウクライナ、パレスチナ情勢の先行きは依然不透明
本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し
てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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外貨投資の視点
だが、市場の想定を超える軍事衝突の激化や経済制裁の応酬などに発展しない限りは、
日本に先駆け米国で始まっている量的緩和の段階的縮小やゼロ金利解除に向けた準備
作業など、金融政策の正常化に向けた流れを堰き止めるほどの触媒にはなりそうにない。
当該3地域を供給源とするヘッドライン・ニュースには今後も要注意だが、それが直接的
な原因になって「イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長の顔色が変わって米量的
緩和の縮小計画が頓挫する」とか、「米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者による来年
中のゼロ金利解除見通しが変わる」などの事態が引き起こされない限り、ドル円相場の趨
勢を円高基調に変えるほどの材料にはならないだろう。
ファンダメンタルズが規定
するドル円相場の地合い
が弱い時期の地政学リス
クは円高加速の触媒にな
るが、強い時期には殆ど
影響しない
実際、過去数十年間のドル円相場の足跡を辿ってみると、米国軍が海外で直接関与
するような国際紛争が起きたときですら、ドル円相場の反応に一定の法則は見出せない。
米国本土において、経済史にその名を残すほど甚大な被害をもたらした自然災害や凶
悪テロが勃発した時期のリアクションも同様であり、「地政学リスクの高まり=円高・ドル安」
というシンプルな構図は描けない(図1、図2)。過去のプライス・アクションから判断する限
り、いわゆる「地政学リスク」を喚起する事件は、ファンダメンタルズが規定するドル円相場
の地合いが弱っている時期に勃発すると「泣きっ面に蜂」となってドル安・円高圧力を増
幅する触媒になるものの、底流を支配する地合いが強い時期においては「ワンタイムの円
高ショック」として吸収されてしまうケースが殆どだ。最近の米国の経済指標は、緩やかな
景気回復の継続を示唆するものが多く、これまでのところ上記諸々の地政学リスクにまつ
わる不透明感が、景気回復の障害になっている兆候は表れていない。
図1:米軍による海外での主な軍事行動とドル円相場
300円
1982/6/6
レバノン内戦介入
1983/10/25
グレナダ侵攻
1998/8/20
スーダン・アフガン攻撃
250円
1986/4/15
リビア爆撃
200円
1989/12/20
パナマ侵攻
1981/8/19
リビア空軍機撃墜
1980/4/24
イラン米大使館人質事件
1996/3/8
台湾海峡ミサイル危機
1998/12/16
イラク攻撃 砂漠の狐作戦
1993/1/13
イラク攻撃
2007/1/8
ソマリア内戦介入
2001/10/7
アフガン攻撃
1991/1/17
湾岸戦争
2004/2/29
ハイチ介入
150円
2011/3/19
リビア民主化
100円
1988/4/14
イラン・イラク戦争介入
2003/3/19
イラク戦争
1992/12
ソマリア内戦介入
50円
1980
1985
1994/9/19
ハイチ介入
1990
1996/9/3
イラク攻撃
1995
1999/3/24
ユーゴ空爆
2000
2005
2010
注:日付は軍事行動がスタートしたといわれている年月日
青色フォント表示は6週間後にかけてドル安が進行、赤色フォント表示は6週間後にかけてドル高が進行した軍事イベントを示す
出所:財務省ホームページより三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成
本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し
てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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外貨投資の視点
図2:近年の米国を襲った歴史的天災・人災とドル円相場
(円)
160
150
140
130
1992/8月下旬
ハリケーン・アンドリュー
米国史上最大の
経済損害暴風雨(当時)
1994/1/17
ロス大地震
米国史上最大の
経済被害地震
2005/8下旬
ハリケーン・カトリーナ
米国史上最大の
経済被害暴風雨
2010/4/20
ディープ・ウォーター・ホライズン爆発
米国史上最悪の原油流出事故
2013/4/15
ボストン・マラソン爆破
120
110
100
2001/9/11
米同時多発テロ
米国史上最悪の
テロによる人災
90
80
70
60
1992
1995/4/19
オクラホマ爆弾テロ
米国史上最悪のテロによる人災(当時)
1994
1996
1998
2000
2002
2012/10/29
ハリケーン・サンディNY上陸
2004
2006
2008
2010
2012
2014
出所:ブルームバーグより三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成
第二は、ユーロドル市場
で目立っている「有事のド
ル買い」圧力
第二に、今夏一連のリスク・オフ・イベントに対する為替市場の反応を俯瞰してみると、
ドル円市場では一時的にせよ「リスク回避の円買い」ムードが強まる場面も散見されてい
るが、ユーロドル市場においては、むしろ「リスク回避のユーロ売り」ないし「有事のドル買
い」ムードが強まっているような印象がある。
イラク問題、パレスチナ問
題は一般的にはドル売り
要因だが、米国景気回復
の障害にはなっていない
国際紛争絡みの「地政学リスク」には様々な種類があるが、一般論として大別すると、
①中東諸国やイスラエルが絡む場合は米ドル売り材料、②東欧諸国やロシアで緊張が
高まる場合はユーロ売り材料、③日本を含む東アジア諸国の関係が悪化する場合は円
売り材料、として認知されるケースが多い。現在注目されている上記の3地域のうち、イラ
ク及びパレスチナで発生している問題は、一般的には米ドル売り要因だと認知されやす
いはずだが、先述のように、現時点では米国景気回復の著しい障害になるような株価の
下落などを引き起こしてはいない。このため、昨年末頃から米国で始まっている金融政策
正常化の流れにも殆ど影響はなさそうだ。
ウクライナでの民間航空
機撃墜により、EU 諸国と
ロシアの関係悪化が懸念
されている
一方、ウクライナでの民間航空機撃墜事件では、痛ましい犠牲者の多くが欧州連合
(EU)諸国の民間人だったこともあり、同国東部の武装勢力への軍事援助の可能性が疑
われているロシアとEUの関係悪化が懸念されている。今後伸展する事件の真相究明の
結果次第ではEUによる対ロシア経済制裁が強化される可能性があり、それに対抗してロ
シアがエネルギー供給などの面で反撃すれば、EU経済にもマイナスの影響が及ぶリスク
が意識されている。その場合、日本や米国も何らかの対露制裁に加わる可能性もあるが、
本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し
てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。
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外貨投資の視点
ロシアとの経済制裁合戦が強まった場合に返り血を浴びる度合いが相対的に強いのは、
日米ではなく、やはり欧州というイメージが強い。現在、欧州中銀(ECB)は6月の理事会
で発表した諸々の施策によって金融緩和を強化している最中にあるため、「ウクライナの
混乱=追加的なユーロ売り材料」との連想が働きやすくなっているとみられる。
ユーロドル市場で強まる
「有事のドル買い」圧力が
ドル円市場で強まるはず
の「リスク回避の円買い」
圧力を一部相殺
結果的に、現在注目されている3つのリスク・オフ・イベントに対する為替市場の総合的
な反応をみると、「ユーロ>米ドル≧日本円」の順番で、売り圧力を浴びせる通貨の序列
を決めているようなフシがある。この場合、米ドルは円に対しては売られやすい通貨にな
るが、世界最大の流動性を誇るユーロドル市場では米ドルが買われやすい側の通貨にな
っている。ユーロドル市場で強まっている「有事のドル買いムード」が、ドル円市場で強ま
るはずの「リスク回避の円買いムード」を部分的に相殺している可能性があるだろう。
集団的自衛権の行使を認
める閣議決定が、地政学
リスクに強い円のイメージ
を微妙に変化させている
可能性も
第三に、これはまだ推測の域を出ない議論だが、もしかすると「日本円=地政学リスク
に強い通貨」というイメージが、7月1日に閣議決定された「集団的自衛権の行使容認」に
よって、微妙に揺らぎ始めている可能性もある。近年の為替市場で日本円が「地政学リス
クに強い通貨」とみなされていた背景としては、憲法で戦争の放棄を標榜している「非戦
国の通貨」というイメージが関与していた面もあったからだ(表1)。このため、日本円は地
理的に近接する東アジア諸国との軍事的緊張や領土問題での摩擦などが高まるケース
を除き、①海外で大規模なテロが勃発する、②国際軍事紛争が激化する、などの局面で
は、他の条件が一定ならば、一時的にせよ紛争当事国・地域からの「リスク回避マネー」
の代表的受け皿と見做されやすい面があった。
表1:リスク・オフ型/リスク・オン型通貨の4条件と現在の日本円の位置づけ
●対外純資産国の通貨はリスク・ オフ型、純債務国の通貨はリスク・ オン型
金融危機、天変地異、戦争などで現金需要が高まると対外資産の引き揚げ合戦への連想が強まる
「何らかの危機」発生時にはリスク忌避資金が債務国から資産国へ里帰り/疎開するとの思惑が台頭
日本の対外純資産は、2012年末時点で296.3兆円(GDP比62.6%)、リスク・オフ通貨の地位は安泰
●経常収支黒字国の通貨はリスク・ オフ型、経常収支赤字国の通貨はリスク・ オン型
金融市場に不安が蔓延する際、経常収支黒字国の通貨は売られにくいとの思惑が強まりやすい
「何らかの理由」で金融資本取引がフリーズしても、経常収支絡みの取引は凍結されにくい
日本の経常収支は現在黒字だが、所得収支の円転比率を考慮すると実質赤字国である可能性も
●低インフレ・ 低金利国の通貨はリスク・ オフ型、高インフレ・ 高金利国の通貨はリスク・ オン型
相対的な低(高)インフレ国の通貨には、購買力平価による構造的な増(減)価圧力が掛かっている
市場心理の楽観期には低金利国から高金利国へ資金が移動、悲観期には資金逆流の思惑が台頭
日本は伝統的な低インフレ国、デフレ国だったが、その修正を目指すのが「アベノミクス」の要諦
●非戦国の通貨はリス ク・ オフ型、戦争に巻き込まれ易い国や好戦国の通貨はリスク・ オン型
「戦争に巻き込まれ易い国」、「常在戦場国」、「好戦国」の通貨は、地政学的リスク勃発時に脆弱化
日本は憲法による戦争放棄国、スイスはジュネーブ条約による永世中立国で、リスク・オフの両横綱
日本国憲法の見直しで「非戦国」のイメージが薄れると、地政学的リスクから縁遠い円の印象は変化
出所:三菱UFJモルガン・スタンレー証券
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外貨投資の視点
今後の日本国憲法改定の
是非も含め、国家安全保
障政策のあり方が変化す
れば、「日本円=非戦国
通貨」という連想売買が薄
れる可能性も
ただ、現在の内閣で閣議決定された憲法解釈の変更による「集団的自衛権の行使容
認」を受け、「いかなる条件下でも戦争への参加を峻拒している国」という日本のイメージ
は、この先明らかになる実際の法解釈ルールの運用次第では、変わっていく可能性もあ
る。政治的にセンシティブなテーマなのでこれ以上の深入りは避けたいが、その先に控え
る日本国憲法改訂の是非も含め、現在進行中の日本政府による国家安全保障政策の見
直しによって、平均的な為替市場関係者がこれまで円に対し抱いていたイメージが変わり
つつあるのならば、「東アジア以外での国際紛争勃発時におけるリスク回避マネーの疎
開先=日本円」という従来の発想に基づく為替売買の有意性が薄れ始めている可能性も
あるだろう。将来、どこかで勃発する国際紛争等の特性によっては、「有事の円買い」では
なく、「有事の円売り」を意識すべきケースが散見されることになるかもしれない。
地政学リスクイベントがど
のような展開を辿っても、
「米景気回復=金融政策
正常化」の流れに影響し
ない限りは、ドル高・円安
見通しを維持
いずれにしろ、世界中で日々変化し続けている森羅万象の持つ意味を、可能な限り
時々刻々のプライス・アクションに織り込んで動こうとするのが外国為替市場だ。当面のド
ル円相場を展望するに際し、イラク、ウクライナ、パレスチナ情勢に関する続報への警戒
感を解除できない状況が続くだろう。ただ、これら3地域絡みで供給されるヘッドライン・ニ
ュースが今後どのような展開を辿るにせよ、それが「米国景気回復=金融政策正常化」の
流れに影響しない限りは、ドル円相場の趨勢的なベクトルを決める本筋の材料にはなり
得ない。足下のドル円相場が世界各地から不意に飛び込んでくる「地政学リスク」に対す
る耐性を強めている背景には本稿で述べた様々な環境変化が複合的に関与していると
みられるが、就中白眉の要因は恐らく「日米金融政策サイクルのズレ」によって発生して
いる趨勢的なドル高・円安圧力にあると考えられる。「いずれ1ドル=110円台の攻防をみ
る」との見解を堅持しつつ、今後の状況変化を見守って行きたい。
(7月29日 10:00)
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外貨投資の視点
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