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実質実効円相場の下落は行き過ぎか - 三菱UFJモルガン・スタンレー証券
外貨投資の視点 (No.182) リサーチ部 チーフ為替ストラテジスト 植野 大作 2014年10月8日 実質実効円相場の下落は「行き過ぎ」か「実力」か? ポイント 貿易額加重平均でみた円の実質実効為替指数が大幅に低下、1970年代半ば以来の水準に接近中 日銀が実施している前例のない金融緩和が、円の総合的な価値を歴史的水準に押し下げる一因に 歴史的円安にも関わらず、日本の貿易赤字は高水準で推移、「実需の円売り圧力」が収束していない 内外金融政策格差と為替需給構造の変化を背景に、当面の円相場は一段の下値探査の可能性も 日本円の実質実効為替指 数が 1970 年代半ば以来 の低水準に接近中 日本円の実質実効為替レートが大幅に下落している。日本銀行が毎月公表している 実質実効為替指数(現行基準計数、2010年=100)は、昨年4月の異次元緩和導入頃か ら平均的な市場参加者が「超円安」の目安としている節目の80.0ポイントを割り込み始め、 今年1月には一時74.91ポイントと1982年11月以来、31年2ヶ月ぶりの水準に軟化する場 面があった。その後は一旦下げ渋り、今年4月から8月にかけては77ポイント台で推移して いたが、秋口以降に進んだ急激な円安の動きを受け、今月下旬に公表される9月分の実 質実効円指数は1980年代初頭の安値を割り込み、1970年代半ば以来、約40年ぶりの水 準にまで下落している可能性がある。 実質実効円指数が歴史的 安値に接近する中、一段 の円安進行の可否につい て、「行き過ぎ論」と「実力 論」が対立 こうした状況を受け、外国為替市場関係者の間では、結論を全く異にする二つの解釈 が対立し始めている。「円安行き過ぎ論」を唱える向きは、「ファンダメンタルズ的にみて日 本円は既に十分に売られ過ぎているため、これ以上の円安は進みにくい」と主張している 一方、「円安実力論」を支持する勢力は、「ドル円相場やユーロ円相場だけをみていると 分からない日本円の総合的な実力は見かけ以上に弱くなっており、この先も円安圧力が 根強く残存する」という見方を採用している。果たしてどちらが正鵠を得ているのだろうか。 本稿では、この点に関する我々の見方を提示しておきたい。 「日本円の包括的な実質 価値が歴史的安値圏に下 落している」という認識自 体には、殆ど反論の余地 は無いが・・・ 日本銀行が毎月20日頃にホームページで公表している円の現行基準の実質実効為 替指数は、59カ国で使用されている44種類の通貨の対日貿易額加重平均に基づく名目 実効為替指数を、消費者物価指数ベースの購買力平価によって実質化したものである。 同行の調査統計局が解説している通り、「特定2国間の為替レートだけをみているだけで は捉えられない、相対的な通貨の実力を測る総合的な指標」として「非常に使い勝手の 良い」特性を備えている。世界の主要な貿易相手国との物価格差をも加味した上で測定 される日本円の加重平均レートが1970年代以来の安値水準に接近しつつある訳だから、 「円の包括的な実質価値が歴史的な安値圏にまで下落している」という認識そのものに対 しては、殆ど反論の余地がないと言えるだろう。 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 -1- 外貨投資の視点 単純な円安行き過ぎ論は 論理的にかなりの飛躍が あり、足下で観測される歴 史的な円安には相応の理 由がありそう ただ、だからと言って、「これ以上の円安が進みにくいのか」と問われると、必ずしもそう だと思えない。日本円の実質実効為替指数が変動相場制導入後の最低水準に接近して いるのは事実だが、全く何の理由もなく歴史的な円安が起きているのではないと考えられ るからだ。「実質実効ベースでみると既に大変な円安が起きているため、これ以上の円安 は進みにくい」という議論は、一見すると非常にシンプルかつ明快だが、よく吟味してみる と、単に「目茶苦茶に値下がりした円はもう下がらない」と言っているに過ぎず、「何故そん なに円が売られたのか」という必須の考察を欠いているため、論理的には相当な飛躍が ある。歴史的な円安の進行に相応の理由があるのなら、そのメカニズムが解消されない限 り、この先も円安基調が続く可能性はあるだろう。以下2点を指摘しておきたい。 現在、日本ではかつて実 施されたことのない強力な 金融緩和がオープン・エン ドで継続されている 第1に、現在日本ではかつて実施されたことのない強力な金融緩和がオープン・エンド で継続されている。日本銀行が現在行っている「量的・質的金融緩和(=通称:異次元緩 和)」は、金融政策決定会合における過半数以上のメンバーが、「物価目標2%を安定的 に確保できる見込みが立った」との判断を示すまで、少なくとも「現状維持」のペースでは 継続される可能性が高そうだ。我々が繰り返し主張していることだが、名目国内総生産 (GDP)が年480兆円程度しかない国の中央銀行が「1年間で60~70兆円ものペースでマ ネタリーベースを増やす」と宣言している訳だから、客観的にみて物凄い勢いで金融緩和 が実施されているのが実情だ。 図1:日米中央銀行のマネタリーベース指数とドル円相場 ( 2008年9月=100) 375 ↑日銀の資金供給量膨張↑ ↑円安・ドル高↑ 350 日銀が量的・質的 金融緩和を1 5年末 まで 継続する場合 の未来予想図 325 300 (円) (2008年9月=100) 150 500 140 130 275 ↑米国の資金供給膨張↑ ↑ドル安・円高↑ 450 60 70 400 80 350 ドル円相場 (右軸、順目盛) 250 (円) FEDが14年10月 のFOMCで 量的 緩和を終了する 場合の未来予想図 120 300 225 90 ドル円相場 (右軸、逆目盛) 100 110 200 250 175 110 100 200 150 90 125 100 日本銀行 マネタリーベース指数(左軸) 75 50 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 120 150 80 100 70 50 米連邦準備制度(FED) マネタリーベース指数 (左軸) 140 01 15 130 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 注:左図の網掛け部分は米国の量的緩和第一弾、第二弾の実施時期。右図の網掛け部分は、日本の量的緩和実施時期及び資産買入れ等基金創設以降 出所:ブルームバーグ、セントルイス連銀より三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成 前例のない金融緩和が歴 史的な通貨安圧力を産む のはある意味自然 「これまでにない強力な金融緩和」が行われている国の通貨が、「過去みたことのない 水準」へ値下がりするのは、ある意味自然な現象である。日本銀行が現在の異次元緩和 を継続している間は、本邦の金融政策に由来して発生している歴史的な通貨安圧力は 収まりにくいとみるのが妥当だろう。日本にとって最も重要な貿易相手国である米国の中 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 -2- 外貨投資の視点 央銀行が「日銀よりも先に異例の金融緩和を終了する」という期待が発生している現下の 局面では尚更のこと、内外金融政策格差に基づく円安圧力は根強く市場に残存すると思 われる(図1)。将来的に日本で安定的なデフレ脱却が見通せる状況になった暁には、い ずれ多くの市場参加者が「日本版テーパリング」の可能性を意識するようになり、為替市 場を席巻している日本円の先安観にも変化のときが訪れるだろうが、昨今の黒田日銀総 裁の語録から推察する限り、今すぐそのような環境変化が起きそうな気配はない。 日本の貿易赤字は足下で GDP 比▲3%に接近して 過去最大級に膨張、歴史 的な円安の進行を為替需 給の面でサポート 第2に、「主要な貿易相手国の通貨全般に対する歴史的な円安が進んできた」にもか かわらず、日本の貿易収支には今のところ目立った改善の兆候が認められない。既往の 実質実効円指数の動きを変動相場制の採用直後にまで遡って眺めてみると、1970年代 の中頃から1980年代の初頭にかけ、現在と同じ80ポイント割れの「超円安」水準に軟化し ていた時期が断続的に観測されるが、当時の日本は貿易赤字国から黒字国への転換を 果たす前の段階だったことが分かる(図2)。現在、日本の貿易収支は金額ベースで年間 ▲10兆円をはるかに超える赤字になっているが、名目GDP比でみても▲3%に接近する など「変動相場制史上最大」の規模に膨張しており、実効為替レートを歴史的な円安水 準に誘導して然るべき為替需給の構造変化が起きていると思われる。 図2:日本の貿易収支/GDP比と実質実効円指数 (%) 5 (2005年=100) 210 通関貿易収支/GDP比 (12ヶ月移動平均、左軸) 4 200 3 190 2 180 1 170 0 160 -1 150 -2 円高 変動相場制史上の最安値 (1974年8月=71.86) -3 140 日銀実質実効円指数 (BIS方式、右軸) 130 -4 120 -5 110 -6 100 -7 90 -8 80 円安 -9 70 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 注:貿易収支は原数値の12ヶ月移動平均、直近の名目GDP比の試算には当社予測を使用 出所:ブルームバーグより三菱UFJモルガン・スタンレー証券作成 日本の貿易収支赤字化に より、為替相場のレベルと 無関係に輸入企業の円売 り・外貨買いが市場に染 み出る状態が定着 これまで再三指摘してきた通り、本邦の輸入企業は本業継続のために必要な外貨を一 定期間内には必ず購入、あるいは購入予約をしなければいけない立場で為替市場に参 加しているため、取引相手国の通貨に対する日本円の価値が歴史的な安値圏に軟化し ている現在のような状況下でも、「高い値段で外貨を買い続ける」以外の選択肢を選ぶこ とはできない。「実質実効為替指数が歴史的な円安水準に到達しているので、これ以上 の円安は進みにくい」という議論は、外国為替市場での円取引への「参加の是非」や「売 買の別」を自由に選択できる立場のプレイヤー、たとえば国内外のヘッジファンド、機関 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 -3- 外貨投資の視点 投資家筋、あるいは外国為替保証金取引(FX)ファンなどの心に刺されば、金融系の市 場参加者による国際分散投資の意思決定や外国為替売買行動に影響を及ぼす可能性 はあるが、日本が巨額の貿易赤字国に転落してからの実需取引の現場では、そのような マーケット・トークとは一線を画すフィールドに身を置いて特定の外貨を買い続ける本邦 輸入企業の円売り注文が為替相場のレベルと無関係にほぼ恒常的に湧出しているのが 現状だ。「貿易実需に由来する円売り・外貨買い超過」が歴史的な金額に達していると推 測される中で、貿易額加重平均でみた円の価値に下落圧力がかかるのは、需給的にみ ても自然な現象だと言えるだろう。ちなみに、1970年代から80年代前半にかけて現行基 準の実質実効円指数は断続的に80ポイントを割っていたが、「超円安水準」から足抜けし てハッキリと円高方向に反発したのは、日本が恒常的な貿易黒字国に変貌を遂げた後か らだった(前掲の図2)。 日銀の異次元緩和と貿易 赤字のコラボ現象が続く 場合、実力相応の円安が 一段と進む可能性も 以上の考察を踏まえると、日本円の実質実効為替指数の水準が示す歴史的な円安現 象は、①戦後の世界経済史に殆ど前例のない長期デフレ状態からの安定的脱却を国是 に掲げて実施されている日銀の金融緩和、②変動相場制史上最大の金額に膨張する貿 易赤字によってもたらされた為替需給の構造変化、という2つの大きな環境変化の所産で あると推測される。現時点では、いずれも今すぐには解消に向かいそうな兆候が認められ ないため、「実質実効為替レートが過去最安値圏に接近しているから」というだけの理由 で、「これ以上の円安は進まない」と断じるのは危険だろう。「日本銀行が公表している国 際決済銀行(BIS)方式の実質実効為替指数」などという普段あまりみていない学術的高 級感の漂う分析ツールを用いて「円安行き過ぎ論」が展開されると、なんとなくその議論自 体が論理的に正しいかのような錯覚に陥りやすいが、どのような道具を使って円の価値を 測定するにせよ、実際に「新値の更新」が起きることを正当化する環境変化が生じている のならば、「これまでにみたことのないレベルだが行き過ぎとは言えない」通貨価値の下 落が観測されることにミステリーはない。日本銀行が異次元緩和を続ける中で過去最大 の貿易赤字が減らない状況が続くなら、日本円の総合価値が今後も「未体験ゾーン」で 実力見合いの下値探査を継続する可能性はあるだろう。 (10月8日 9:30) 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではなく、利用に際し てはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。巻末に重要な注意事項を記載していますので、ご参照下さい。 -4- 外貨投資の視点 本資料は信頼できると思われる各種データに基づいて作成されていますが、当社はその正確性、完全性を保証するものではありません。本 資料で直接あるいは間接に採り上げられている有価証券は、価格の変動や、発行者の経営・財務状況の変化およびそれらに関する外部評価 の変化、金利・為替の変動などにより投資元本を割り込むリスクがあります。ここに示したすべての内容は、当社の現時点での判断を示している に過ぎません。本資料は、お客様への情報提供のみを目的としたものであり、特定の有価証券の売買あるいは特定の証券取引の勧誘を目的と したものではありません。本資料にて言及されている投資やサービスはお客様に適切なものであるとは限りません。また、投資等に関するアドバ イスを含んでおりません。当社は、本資料の論旨と一致しない他のレポートを発行している、或いは今後発行する場合があります。本資料でイン ターネットのアドレス等を記載している場合がありますが、当社自身のアドレスが記載されている場合を除き、ウェッブサイト等の内容について当 社は一切責任を負いません。本資料の利用に際してはお客様ご自身でご判断くださいますようお願い申し上げます。 当社および関係会社の役職員は、本資料に記載された証券について、ポジションを保有している場合があります。当社および関係会社は、 本資料に記載された証券、同証券に基づくオプション、先物その他の金融派生商品について、買いまたは売りのポジションを有している場合が あり、今後自己勘定で売買を行うことがあります。また、当社および関係会社は、本資料に記載された会社に対して、引受等の投資銀行業務、 その他サービスを提供し、かつ同サービスの勧誘を行う場合があります。 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の役員(会社法に規定する取締役、執行役、監査役又はこれらに準ずる者をいう)が、以下の会社の役員 を兼任しております:三菱UFJフィナンシャル・グループ、三菱倉庫。 債券取引には別途手数料はかかりません。手数料相当額はお客様にご提示申し上げる価格に含まれております。 本資料は当社の著作物であり、著作権法により保護されております。当社の事前の承諾なく、本資料の全部もしくは一部を引用または複製、 転送等により使用することを禁じます。 c 2014 Mitsubishi UFJ Morgan Stanley Securities Co., Ltd. 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