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米国景気の回復をいつになく緩慢とみる一つの理由
第 16 号 社団法人 日本経済研究センター Japan Center for Economic Research 2009年9月18日公表 米国景気の回復をいつになく緩慢とみる一つの理由 ― 金融システムの回復なしに本格的な景気回復なし ― 短期予測班 小林 直樹 ▼ポイント▼ 9 資産価格の下落は継続中、証券化市場も本格回復の兆し見えず 9 官民投資プログラムの利用なく、金融機関の不良債権は増加中 9 商業用不動産価格の下落は、歴史的にみて長引く可能性も 図表 1 米国経済成長率見通し(他予測機関との比較) 10年実質GDP成長率(%) 4.0 3.5 3.0 海外機関 国内機関 日経センター 2.5 2.0 1.5 日経センター 1.0 0.5 0.0 -3.5 -3.0 -2.5 -2.0 09年実質GDP成長率(%) (資料)Consensus Economics Inc., Consensus Forecasts 、ESPフォーキャスト 【 はじめに ~問題意識と結論~】 -1.5 いる。第二に、どちらからと言えば、海外勢(図で は△印)に比べ、本邦機関(×印)がより慎重な見 米国経済は最悪期を脱し、底入れに向かって いる。既に、内外の政策当局者、エコノミストの関 通しを策定していることが分かる1。 心は、来るべき景気回復のテンポに移りつつある。 第二の点は、日本のエコノミストの“トラウマ” によるものと解される。すなわち、バブル崩壊後 のわが国の経験に即してみると、以下の状況に 直面する米国景気が力強く回復するとは、どう しても思えない。主だった理由を挙げても、① 金融システムが脆弱な上に、②資産価格にデ フレ圧力が残存し、③家計を中心に経済主体 のバランス・シート(以下、B/S)調整が続いてい る、ためである。 言うまでもなく、わが国の経済の先行きを見定め ていく上で、米国経済の回復がどのようなテンポと なるかは、重要な論点である。 図 1 では、2009 年(横軸)、10 年(縦軸)の成長 率見通しに関する、内外の民間予測機関の最新 予測をプロットしている。これをみると、2 つの特徴 が見て取れる。第一に、2009 年の成長率につい ては、一部の極端な先を除き、▲2.8~▲2.5%程 本稿は、日経センターの米国景気見通しに おいて、10 年以降も慎重な見方を崩していな 度の辺りに、ほぼ収斂している。09 年については、 既に実質 GDP の実績値が半分、公表されており、 バラツキが小さくなっている。もっとも、10 年につ いては、見方がかなり分かれており、1%を下回る 1 日経センターも、慎重派に属している。具体的にみると、 09 年には▲2.7%減の後、10 年は+1.8%成長にとどまる と予想している。 先もあれば、4%に迫る予測を出す機関もみられて http://www.jcer.or.jp/ 1 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.18 い理由の一つである米国の金融システムの脆 弱さについて、レビューしている。 商業用不動産の価格下落の背景についてみる と、まずは企業倒産やコスト抑制意識の高まりを 受けて、オフィス空室率が上昇するなど(図 5)、商 【 直接金融の機能回復も未だ緩慢 】 業用不動産の需給軟化が進んでいることが指摘 日独と異なり、米国の場合、金融仲介に占める できる。このほか、家計の B/S 調整に根差した消 直接金融のウエイトは高い。今回の危機の震源地 費の低迷が、ショッピング・モールなどの採算性を となった、証券化市場の状況をまずごく簡単にみ 悪化させていることも影響している。 ておこう。 こうした状況の下、米国主要商業銀行の不良 証券市場についてみると、FRB などの各種施 債権比率は上昇しており(図 6)、中小銀行の延滞 策もあって、例えば、社債の対国債スプレッドはリ 率も上昇している(図 7)。とくに、後者は収益基盤 ーマンショック直後のピーク時に比べ縮小してい が脆弱な先が多く、さらには総資産に占める商業 る(図 2)。ただし、スプレッドの水準自体は、なお 用不動産向けローンの割合が住宅ローンの割合 大 き い 。 次 に 、 資 産 担 保 証 券 ( Asset Backed よりも大きく、かつ大手銀行のそれよりも大きい(図 Securities; 以下 ABS と表記)の発行額(図 3)をみ 8)。そのため、問題金融機関、破綻金融機関とも ると、サブプライム問題が表面化したころから、ホ に大幅に増えている(図 9、10)。企業の借入需要 ームエクイティローンを裏付資産としたものを中心 の低迷もあるが、金融機関の B/S の悪化を受けて、 に急激に減少し始め、リーマンショック後にはほぼ 銀行の貸出残高も減少を続けている(図 11)。 機能停止状態となった。09 年に入り、徐々に発行 【 銀行の B/S に残る不良債権 】 額は回復してきているが、なお水準はかなり低い。 住宅価格は引き続き弱含んでいる下で(図 4)、ホ 今年 3 月、政府と民間投資家が共同で金融機 ームエクイティローン関連の ABS 市場に改善の兆 関から不良債権を買い取ることを目的とした、官 しは見られない。 民 投 資 プ ロ グ ラ ム ( Public-Private Investment Program; 以下 PPIP と表記)が発表された。この 【間接金融の機能悪化が徐々に鮮明化】 PPIP は、証券化商品とローン債権を対象に、当初 証券化市場を含め、株価や債券価格の動きは は最大で 1 兆ドル規模での不良債権買取を目指 急であり、激しい。その一方で、資産劣化を背景と すとしていたが、4 ヵ月以上経過した今も、利用さ する銀行の B/S の毀損、ひいては貸出への影響 れていない2。こうした実績に加え、金融市場に回 などは、ゆっくり着実に押し寄せる傾向にある。 復の兆しが見えてきたこともあり、規模は 400 億ド ルまで縮小されている。 米国の金融仲介機能は、直接金融の劇的な悪 化に歯止めが掛かる一方で、間接金融の機能低 かねて指摘されているように、PPIP では買い手 下が進んできている。その背景の一つには、長引 (=投資家)側には追加損失負担回避をカバー く景気後退が企業業績の悪化を招き、信用リスク する仕組みを導入し、参入を促している3。その一 が上昇していることにある。また、資産価格の下落 方で、売り手(=銀行)側には、売却インセンティ がなお続く中で、貸出の返済猶予もはっきりと増 ブが低いとされている。足もとのように、住宅価格 加してきている。これらは、金融機関の B/S の悪 2 Congressional Oversight Panel, The Continued Risk of Troubled Assets (http://cop.senate.gov/documents/cop-081109-report.p df)を参照。 化を招き、貸出余力や意欲を殺いでいる。 ここでは、資産価格の動向について確認してお く。前掲図 4 にあるように、米国の住宅価格はケー 3 PPIP の仕組みにおいて不良債権価格は、不良債権の 買い手である複数の官民共同ファンド間の競売入札方式 によって決定される。不良債権の売り手である銀行にとっ ては、保有する不良債権に関して、十分な引当金を既に 計上済みで、実質的に簿価が引き下げられている場合で ない限り PPIP を利用し、不良債権を売却するインセンティ ブは低い。 スシラー住宅価格指数に代表されるように、底入 れを探りつつある。しかしながら、商業用不動産 価格の下落はなお続いており、警戒感が拡がっ ている。 http://www.jcer.or.jp/ 2 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.18 の底入れがおぼろげにも見えてくると、なおさら銀 れ、楽観視することは危険であることが分かる。 行は「もう少し待てば、ロスを小さく出来る」と期待 もちろん、わが国の経験から米国も学習してお しがちとなり、不良債権を先送りする誘因が働く。 り、当局の施策は早くかつ大胆である。また、米国 また、先に米国の金融当局が実施した大手金 の場合、深刻なデフレも回避されており、労働市 融機関向けの金融検査(=ストレステスト)の結果、 場をはじめ柔軟な経済構造を有している。加えて、 B/S が健全であると判定された銀行や、そもそもス 人口も移民を中心に増加を続けている。 トレステストの対象となっていない銀行などでは、 以上の要件は、「わが国ほどには、つまずかな 不良債権を売却するインセンティブもなく、不良債 い」と言えても、来る景気回復が序盤戦から力強く 権をそのまま抱え続けることとなっている。 なることを保証するものではない。我々日本人に わが国の経験が示すように、B/S に不良債権を は、どうしても米国景気の回復が緩慢なものにな 抱えたままの場合、銀行はなかなか貸出を積極 るように映る。米国人エコノミストの楽観論が的中 化できず、ひいては景気回復に弾みがつかない するか、日本人の悲観シナリオが正しいか、その という状況に陥る(図 12)。 答えは数年後に明らかとなろう。いずれにしても、 資産デフレを払拭し、金融仲介機能の回復に向 【 楽観視は時期尚早 】 けた取組みが必要であることに変わりはない。 本稿で見てきたように、米国の金融仲介機能 の回復は、せいぜい途半ばといったところでしか (研究生、株式会社三井住友銀行より派遣) ない。それどころか、商業用不動産に係る貸出債 権が焦げ付くようであれば、金融機関は追加的な 損失を被ることになる。 一概に言えないにしても、わが国の経験は、住 宅価格に比べ、商業用不動産価格の下落が大き く、長引くことを示している(図 13)。稀有な例とは みるが、日本のバブル期以降の六大都市市街地 価格指数(商業地)の推移をみると、価格が下げ 止まるまでには、14 年もかかっている。住宅価格 の変動に比べ、商業地価格の変動は大きく、商 業用不動産から発生する不良債権額も大きくなる。 米国の銀行部門の B/S は、更なる悪化が懸念さ 図表 2 社債スプレッドの推移 8.0 (%) Aaa格 Aa格 A格 Baa格 7.0 6.0 5.0 4.0 3.0 2.0 1.0 (日次) 0.0 09/09 00/01 01/09 03/05 05/01 06/09 08/05 (注)1.シャドー部分は景気後退局面(以下、断りのない限り同様)。 2.社債スプレッド=各等級社債利回り-5年物国債利回り。社債格付けは、ムーディーズによる格付けを用いた。 (資料)Bloomberg http://www.jcer.or.jp/ 3 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.18 図表 3 ABS(Asset Backed Securities)発行額 800 700 600 500 400 300 (10億ドル) (10億ドル) 200 180 160 140 120 100 80 60 40 20 0 その他 教育ローン ホームエクイティローン 設備 クレジットカード 自動車ローン 200 100 0 07:1 07:4 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 (暦年) (注)ABS発行額は、ホームエクイティローンを除き、住宅関連(サブプライム等)は含まない。 (資料)Securities Industry and Financial Markets Association 08:3 09:2 (四半期) 図表 4 商業用不動産価格と住宅価格 240 (商業用不動産価格指数:00年12月=100、住宅価格指数:00年1月=100) 220 ムーディーズ商業不動産価格指数 ケースシラー住宅価格指数 200 180 160 140 120 100 80 01/01 02/01 (資料)Bloomberg 03/01 04/01 05/01 06/01 07/01 08/01 09/06 (月次) 図表 5 オフィス空室率 15 14 13 12 11 10 9 8 7 6 5 (%) 00:1 00:3 01:1 01:3 02:1 02:3 03:1 03:3 04:1 04:3 05:1 05:3 06:1 06:3 07:1 07:3 08:1 08:3 09:2 (四半期) (資料)CB Richard Ellis http://www.jcer.or.jp/ 4 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.18 図表 6 主要商業銀行の不良債権比率 4.5 (%) シティグループ バンク・オブ・アメリカ JPモルガン・チェース ワコビア(08:3期まで) ウェルズ・ファーゴ 4.0 3.5 3.0 2.5 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0 00:1 01:2 02:3 03:4 05:1 (注)不良債権比率=不良債権額/貸付金合計で計算。 (資料)Bloomberg 06:2 08:4 09:2 (四半期) 07:3 図表 7 中小銀行の延滞率の推移 9.0 (%) 企業向け融資 不動産担保ローン 8.0 7.0 消費者ローン 住宅ローン クレジットカード債権 商業用不動産 6.0 5.0 4.0 3.0 2.0 1.0 0.0 91:1 93:4 96:3 99:2 (注)中小銀行は資産規模100位未満の銀行。 (資料)FRB 02:1 09:2 07:3 (四半期) 04:4 図表 8 総資産に占める商業用不動産向けローンと住宅ローンの割合 35 (対総資産比率、%) 30 25 20 15 10 5 商業用不動産向けローン(大手銀行) 住宅ローン(大手銀行) 0 04/06 04/12 (資料)FRB 05/06 05/12 06/06 商業用不動産向けローン(中小銀行) 住宅ローン(中小銀行) 06/12 07/06 07/12 08/06 08/12 09/08 (月次) http://www.jcer.or.jp/ 5 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.18 図表 9 問題金融機関数 (行) 450 400 350 300 250 200 150 100 50 0 03:1 03:3 04:1 04:3 05:1 (注)商業銀行と貯蓄機関の合計。 (資料)FDIC 05:3 06:1 06:3 07:1 07:3 08:1 08:3 09:2 (四半期) 図表 10 破綻金融機関数 (行) 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 30 09年9月11日時点の 中間集計で、92行 (行) 25 9月11日 時点で、 8行 20 15 10 5 0 00 01 02 03 04 05 06 (注)商業銀行と貯蓄機関の合計。 (資料)FDIC 07 08 09 (暦年) 09/01 09/03 09/05 09/07 09/09 (月次) 図表 11 銀行貸出残高(商工業向け)の推移 1,800 1,600 1,400 (%) 30 (10億ドル) 貸出残高(商工業向け) 前年比(右目盛) 25 20 1,200 15 1,000 10 800 5 600 0 400 -5 200 -10 0 00/01 01/01 (資料)FRB 02/01 03/01 04/01 05/01 06/01 07/01 08/01 -15 08/10 09/08 (月次) http://www.jcer.or.jp/ 6 日本経済研究センター 経済百葉箱 2009.9.18 図表 12 日本の銀行の貸出金と不良債権比率の推移 6.0 (%) (前年比、%) 国内銀行貸出金残高 全国銀行不良債権比率(対総与信残高、右目盛) 4.0 9.0 8.0 2.0 7.0 0.0 6.0 -2.0 5.0 -4.0 4.0 -6.0 3.0 2.0 -8.0 02:1 02:3 03:1 03:3 04:1 04:3 05:1 05:3 (注)不良債権は、金融再生法に基づく開示債権 (資料)日本銀行、金融庁 06:1 06:3 07:1 07:3 08:1 08:3 09:1 (半期) 図表 13 日本の商業地と住宅地の価格指数の推移 600 500 (2000年3月末=100) 日本六大都市市街地価格指数(商業地) 日本六大都市市街地価格指数(住宅地) 400 バブル崩壊後は商業地、 住宅地ともに04年に底を つけた。 300 200 100 0 72 74 76 78 80 (資料)日本不動産研究所 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 (暦年) http://www.jcer.or.jp/ 7