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炭素削減、アジアに大きな可能性

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炭素削減、アジアに大きな可能性
アジア経済にとっての気候変動対応政策の選択―総合評価モデルからの知見
Climate Change Policy Option for Asian Economies:Findings from an Integrated Assessment Model
炭素削減、
アジアに大きな可能性
―クリーン技術の開発急げ
ドミニク・ヴァンダー ・メンズブルグ 世界銀行発展政策グループ主任エコノミスト
炭素排出の抑制政策と排出量の関係を決定する主な要因は、①エネルギーの先在価格②炭素集約性③経
済の柔軟性―の3つだ。アジアでは削減の可能性が大きく、1トンにつき50∼400ドルの範囲で炭素税
を導入した場合、世界全体の削減量の約 60%がアジアの途上国で生み出される。ただし利害が対立する
ため、排出削減のグローバルな枠組みを構築することは難しい。このため途上国が炭素の排出を抑制しな
がら経済成長を実現できる戦略を構築することが必要であり、基礎研究の充実によるクリーン技術の開発
が求められる。
世界には貧困、感染症、金融変動など解
ため、炭素排出の抑制コストが相対的に高
決すべき多くの課題があるが、気候変動は
くなる―という特徴がある。
衝撃の大きさ、対象となる国・世帯・セク
本論文は世界銀行の動的グローバル計算
ターの幅広さ、潜在的な不確実性の大きさ
一般均衡モデル(ENVISAGE)を用いて、
という点で、重くのしかかる問題である。
3つの潜在的なシナリオを示すものである。
この問題の解決には、大きく状況の異なる
第1のシナリオは、アジア経済の急成長
国々が、広範に協調することが必要である。
を許容する参考的なものである。このシナ
その道のりは国際的な通商交渉と似たよう
リオでは、以下のことが含意される。すな
なものだが、通商交渉より一段と険しいも
わち温室効果ガスの排出が抑制されない場
のになるかもしれない。今後の課題は、途
合、炭素排出量が急増し、世界の平均気温
上国が炭素の排出を抑制しながら、グロー
は2050年にはセ氏2.5度、2100年にはセ氏3
バルにみて最小限のコストで開発目標を達成
度以上、上昇することになる。このシナリ
できる経済成長戦略を構築することである。
オは気候変動に関する政府間パネル(IPCC)
気候対策、 負担大きいアジア
の最近の報告に示されている。この場合、
気候変動は農業セクターに損害をもたらし、
アジア経済にとって、気候変動に対応す
結果として農産物の生産、価格、貿易に影
るための負担は特に重い。アジアの途上国
響が出て食糧安全保障の問題が大きくなる。
は世界の人口の50%超、世界の貧困層の3
第2のシナリオは、損害予測の相対的な
分の2を占め、しかも土地と水が相対的に
重要性を評価するものである。農業セクタ
乏しいためだ。さらにアジア経済には、①
ーへの直接的な影響は限定的だが、経済全
1次エネルギー源として石炭への依存度が
体に影響が及ぶ。第3のシナリオは、温室
高い②経済成長がエネルギー集約型である
効果ガスの削減戦略がどのような影響をも
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日本経済研究センター 2010.7
Asian Economic Policy Review
たらすかをみるものである。本論文は最善
1兆1000億ドルの所得が失われ、その損失
の政策、すなわち国、産業セクターを問わ
の4分の3はアジアの途上国で生じる。こ
ずすべての炭素排出行為に一定の炭素税が
れは、2050年にアジアの途上国で2%超の
課される場合を想定している。なお、排出
所得が失われることを意味する。アジアの
権取引や負荷の分担はないものとする。
途上国の純輸出は2050年には860億ドルに減
アジアの途上国は、異質な国々の集まり
少し、すべての食糧価格が上昇するだろう。
である。2004年以降のデータでみると、購
買力平価(PPP)で計算したアジアの途上
炭素排出、 アジアに削減の余地
国の1人当たり所得はちょうど1000ドルを
炭素排出抑制政策、つまり炭素税(化石
超えた国から1万ドル前後の国まで差が大
燃料の炭素含有量に応じて使用者に課す税
きい。最近の10∼20年間で急速な経済成長
金)の導入と炭素排出量の削減の関係を決
を遂げたとはいえ、平均すれば2550ドルで
定する要因は、主に3つある。第1の要因
あり、平均3万ドルを記録する高所得国に
は、エネルギーの先在価格である。エネル
比べれば、はるかに低い水準である。
ギー価格が低い場合に税金を課すと、エネ
1人当たりの炭素排出量も似たような違
ルギー価格が高い場合に税金を課すより影
いを示す。アジアの平均は年間約0.9トン
響が大きくなる。アジアの途上国の大半に
であり、高所得国の4トン超を大きく下回
とって、エネルギー価格が低い場合に炭素
る。ただし人口が多いため、アジアの途上
税が導入されれば、日本や欧州連合(EU)
国の炭素排出量の合計は30億トン近くに達
のような高価格経済より炭素排出量の削減
し、世界全体の約30%を占める。この比率
幅が大きくなるだろう。
は2050年には50%前後に上昇するとみられ
第2の要因は、それぞれの経済における
る。排出量が相対的に高水準である理由と
炭素集約性の相違である。炭素集約性の高
して、経済がエネルギー・炭素集約的であ
い経済が対策を講じた場合、それが低いEU、
ることも挙げられる。アジアの途上国では
日本などの経済より、排出削減の効果が大
経済の炭素集約性は高所得国の2倍超、日
きい。アジアの途上国は総じて炭素集約性
本の4倍超である。
の高い国々であり、特に中国とインドは発
最新の分析は気候変動による損害を農業
電や工業生産で石炭に強く依存している。
セクターだけに限定しているが、特に途上
中南米諸国は水力発電と天然ガスへの依存
国では派生的な損害も大きい。経済に占め
度が相対的に高く、炭素集約性が低い。
るシェアが下がっているとはいえ、途上国
第3の要因は経済の柔軟性、つまり生産、
では依然として農業が相対的に重要な産業
産業セクター、燃料代替性の要因である。
であるためだ。
アジア途上国の柔軟性は、平均より高いと
われわれの研究結果は、以下のことを示
推定される。すなわち高い貯蓄率と高い経
唆している。すなわち気候変動による農業
済成長率があいまって、新たな資本と技術
分野での損害によって2050年に世界全体で
の割合が高まり、柔軟性が高まっているの
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である。これらの3つの要因からは、以下
改善するための枠組みについて、グローバ
のことが推察される。すなわち炭素が均一
ルな合意を形成することは難しい。なぜな
価格であるなら、世界の炭素排出量は、ア
ら、どのような枠組みを設けても(あるい
ジアの途上国で最も大きく削減される。
は何も枠組みを設けないとしても)、その
モデルを用いた試算でも、この仮説の正
ための費用と便益が不公平だからだ。400
しさが示される。1トンにつき50∼400ド
ドルの炭素税を課した場合、そのコストは
ルの範囲で炭素税を導入した場合、世界全
世界全体で5兆ドルを上回る。これは世界
体の削減量の約60%がアジア途上国で生み
全体の所得の4%をやや下回るだけという
出される。400ドルの炭素税を導入すれば、
高水準である。
アジアの途上国における炭素排出量の削減
しかも、その負担を分かち合うメカニズ
率は70%を上回るだろう。これに対し高所
ムがなければ、途上国がコストの多くを抱
得国では40%を下回ると考えられる。
え込むことになってしまう。さらに、これ
改善策、 難しい世界合意
だけコストをかけても、気候変動による深
刻な損害を回避するには不十分なのである。
2009年12月、デンマークのコペンハーゲ
このため適切なクリーン技術の開発に向け
ンで気候変動枠組み条約の第15回締約国会
て、基礎研究の資金を増やす必要がある。
議(COP15)
、京都議定書第5回締約国会
そうして初めて、途上国は安全な生活環境
合(CMP5)などが開かれた。この会合で
と多様で健康的な生物領域を維持しながら、
浮き彫りになったように、炭素排出問題を
求めるレベルの福祉を達成できるのである。
通算
巻/号
発行時
1
1巻1号
2006年
6月
中国の台頭
―アジア・世界への衝撃
中国の急速な経済成長が世界やアジアに与える影響を世界貿
易機関(WTO)加盟のインパクトなどを含めて多角的に論じた。
2
1巻2号
2006年
12月
東アジアの地域統合
東アジアにおける経済を軸とした地域統合の可能性を、自由
貿易協定(FTA)や国際生産ネットワーク、金融協力など多
方面から分析。
3
2巻1号
アジア金融危機の教訓と残された課題を検証。国際通貨基金
2007年 アジア危機から10年
(IMF)が果たした役割を当事国の証言も含めて詳細に分析
6月
―学んだ事、学ばなかった事
した。
4
2巻2号
2007年
日本はどこへ向かうのか?
12月
1990年代以降の「失われた 15年」の日本の経済、金融、
産業政策、国際関係などを取り上げ、今後の道筋を検討した。
5
3巻1号
2008年
6月
格差は拡大するか?
東アジアの国内・域内の格差を議論。 経済成長と保健・教
育の向上の比較分析を東アジア全体で実施した。
6
3巻2号
2008年
12月
新しいインド
急成長中のインドの発展の要因と課題、財政・金融政策の役
割のほか、国際化する企業や経済改革の行方などを論じた。
7
4巻1号
2009年 人口動態の変化とアジアの
6月
ダイナミクス
人口変動がアジアに与える影響について、2050年までの長
期予測のほか、経済成長、資産市場、社会保障、社会政
治的な側面から分析した。
8
4巻2号
2009年
12月
米国と東アジア
2009年に発足したオバマ政権のもと、米国と東アジアがどの
ような関係を構築するのかを、貿易、投資、金融、安全保障
など幅広い視点から議論した。
9
5巻1号
2010年
6月
環境と気候変動
温室効果ガスの排出削減に向けた政策のあり方について、地
球全体での枠組みや削減手法、中央・地方政府の取り組み
などを踏まえて検討した。
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タイトル
日本経済研究センター 2010.7
概 要
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