Comments
Description
Transcript
ハートシック・アーティスト
ハートシック・アーティスト 緋色友架 タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト http://pdfnovels.net/ 注意事項 このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。 この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範 囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。 ︻小説タイトル︼ ハートシック・アーティスト ︻Nコード︼ N7325DM ︻作者名︼ 緋色友架 ︻あらすじ︼ 彼は、死体を愛する芸術家︱︱︱︱ 不夜城歯牙は、死体をこよなく愛し、死体を題材として絵を描く芸 術家である。その絵の妖しい魅力に惹かれて集まるのは、数多の狂 気的な犯罪者たち。そして奇妙で猟奇な事件の数々。 刺しても突いても死なない少女。 何もかもを知り尽くす歪な﹃魔女﹄。 1 依頼を受ければ渋々殺す殺人鬼。 人と顔を合わせられない強姦魔。 異常で非常識な犯罪者に囲まれ、死体の美を表現し続ける日々。そ んなある日、歯牙はある少女たちに目をつける。死体と同様にそそ られる、描き甲斐のありそうな少女たち。彼女たちの姿を描きたい。 その美を表現したい。仮令、どんな手を使ってでも⋮⋮⋮⋮! 異常な愛情が交錯して錯綜する、不条理不道徳サイコ奇譚。 2 クビツリガールドクハクタイム 法治国家である日本で、唯一認められている公的な人殺し︱︱︱ ︱それが死刑である。 犯罪︱︱主に他者の殺害︱︱を行った人間は、ある日の朝、気紛 れに命を奪われる。 視界を塞がれ、懺悔を請われ、刹那の浮遊と共に墜ちて逝く。 己の死に様を思い描く暇さえなく、あまりにもあっさりと刑は執 行を終える。 絞首刑。 首絞め。首吊り。呼吸という命のサイクルを破断する刑罰。 そう、罰だ。殺人という業に対し、人が正義の御旗を掲げて行う 正当な殺人。そこに失敗は許されず、遊戯性など入り込む隙さえな く、冷徹な義務と職務が残るのみだ。 厳密かつ確実。 十三階段を登り切った死刑囚には、確定した死が約束されている。 足元の床が抜け、数メートルの距離を自重のみで落下する。 首に巻かれた縄が、びぃぃんっ、と張ると、落下の衝撃は頸部を 一瞬で締め上げる。 この時点で、気道は潰れ、脊椎も破壊される。呼吸の可否など、 3 最早関係がない。幾多の中枢神経を無残に引き千切られ、痛みさえ なく絶命するのだ。 慈悲などない。あるのは責務だ。 死刑を受けるべき人間を、確実に殺す、責任のみ。 故に︱︱︱︱死刑判決を受けておきながら、そして刑の執行を受 け入れながらなお、生き延びる人間など存在しない。巷間ではしば しば、﹃死刑が失敗した場合、死刑囚は放免される﹄という都市伝 説がまことしやかに囁かれる。中世のヨーロッパでは、このような 事例も珍しくはなかった。しかし、現代の、しかも日本で起こるこ とはありえない。 何故なら、死刑とは正義だから。 法の認める正義は、殺人をも正当化する。 殺人者は、犯罪者は、殺しても構わない。 首を吊られ、ぶらぶらと振子の如く揺れていようと、生きている 者もいる。 だが、それを待つのは無慈悲で、無感動で、給金で賄われた義務 の殺人だ。 刑務官が死刑囚にまとわりつき、みちみち、みちみちと首を絞め 上げるのだ。 縄が首に食い込み、ぶちぶちと、肌が、肉が千切れていく。 ぶちんっ、と首と胴が無残に引き千切れれば。 鉄めいた臭いと共に、刑務官の仕事は終わりを告げる。 4 ︱︱︱︱詰まるところ、死刑とは絶対の、死の確定である。 それを覆せる存在など、いはしなかった︱︱︱︱少なくとも過去、 一〇〇年程度は。 ﹁死刑にもさー、愛が欲しいとは思わないかな? ねぇ? そこの 白衣さん?﹂ 若葉のような緑の色彩。 やけに明るい照明に照らされながら、少女は退屈そうに言葉を発 した。 ﹁⋮⋮⋮⋮⁉﹂ 彼女を取り囲む、一〇人近い白衣の男たちが、一斉にたじろいだ。 まるで怯えたように、一歩、二歩、男たちは少女と距離を開ける。 マスクで顔を覆っているが、その荒々しい呼吸は嫌になるほどよ く聞こえた。 少女は、呆れを隠すことなく溜息を吐く。 ﹁なにさー。そんなにびくびくしなくってもいいじゃん。暇なんだ よ、お話ししよう? ただ生きるだけっていうのは、存外退屈なん だよ﹂ ﹁っ、なん、で⋮⋮なんで、喋れるんだっ⁉ 君はぁっ⁉﹂ 5 ﹁うわっ、うるっさー。いきなり叫ばないでよー︱︱︱︱腹に響く﹂ ぴちゃぴちゃ、と。 切り開かれ、鉗子で固定され、露わになった己の内臓を、少女は 無造作に指ではたいた。 大きく膨らんだ乳房の間から、性器の一歩手前まで。 心臓も肺も胃も腸も、子宮さえ脈打つ姿が丸見えになりながら、 少女はへらへらと笑っていた。 寧ろ楽しそうに、己の心臓を持ち上げる。お手玉みたいに、手の 平の上で跳ねさせる。 びちゃんっ、びちゃんっ、と。 生白い肉の塊が、微かに赤い飛沫を上げながら踊る。 ﹁もういいじゃん。無駄だよ、無駄。こーんなに大掛かりに調べた って、分かることなんかないでしょう? んー、あ。﹃分からない﹄ ってことが、もしかして﹃分かっちゃった﹄系かな? いひひひ。 いつだったかなぁ。とびっきりムカつく﹃魔女﹄さんがそんなこと を言ってたんだよねぇ。なんだっけ? プトレマイオス?﹂ ﹁⋮⋮ウィトゲンシュタインの言語ゲーム、か﹂ ﹁おっ。そうそうそれそれ﹂ 意味分かんないよねー。 白衣姿の男の言葉に、少女はけたけたと返した。 手術帽から白髪を覗かせる壮年の男は、静かに、傍らのメスに手 をかけた。そのまま躊躇いなく、少女の喉に刃を突き立てる。 ﹁⋮⋮!﹂ 6 ずぶずぶ、ずぶずぶと。 刃は飲み込まれるように、喉の肉を貫いていく。 肉を裂き、気道を貫通して逆側の肉壁に、突き刺さっていく。 ぶちゅぶちゅ、ぶちゅぶちゅ。 刺し進める度に、刃先を通して男の手には、肉と血の踊る感触が 伝わってきた。 声もなく、少女は血を吐いた。 眼が引き攣ったように上を向き、白目が覗く。 いおう じま よみみ ﹁勘違いをするなよ、囚人番号二九一〇〇番︱︱︱︱硫黄島黄泉実﹂ ぐちぐち、ぐちぐち。 メスをねじり、ひねり、傷口を広げながら男は言う。 鉛筆ほどの太さに広がった喉の穴から、止め処なく血が流れてい く。胸を伝った血は、そのまま臓器を濡らし、妖しい煌めきを一層 強めた。 ﹁君の思い出に興味はない。君の感性に関心はない。君が提供する べきなのは︱︱︱︱その、身体だ。あまりにも特異な、その身体。 その特性﹂ 裂かれた肉の断面を縫い止める鉗子を、男は一本、勢いよく引き 抜く。 そのまま、刃物とも言えない鈍らなそれを、少女︱︱︱︱硫黄島 黄泉実の乳房に突き刺した。 ぢょきぢょき、ぢょきぢょき。 7 刃で抉り取るように、柔らかな乳房を掘り起こしていく。 桃色の乳頭が鮮血で赤く染まり、黄泉実は堪らず仰け反った。 半ばまで切り込みを入れられ、ぶらん、と垂れた乳の肉を。 ﹁一体何故だ? 硫黄島黄泉実﹂ 男は無造作に摑み︱︱︱︱ぶちんっ、と素手で千切り取った。 ﹁︱︱︱︱っ⁉﹂ 泣き声にも似た悲鳴が、白衣の男たちの中で湧き起こった。 しかし、男は凶行を止めはしない。 メスで、鉗子で、ピンセットで、クーパーで、クスコで、注射器 で、点滴台で。 黄泉実の内臓を切り刻み、刺し貫き、滅多打ちにしていく。 ﹁何故だ? 何故、何故、何故? 何故に、何故は、何故を、何故 で、何故が、何故﹂ 周囲に肉片が飛び散る。 形容しがたい異臭が、手術室を包み込んだ。 床が、壁が、天井が、人肉色に染められていく。 男は︱︱ぐちぃっ、と心臓にメスを打ち刺しながら︱︱独り言み たいにこぼした。 ﹁何故︱︱︱︱君は死なないんだ?﹂ 8 ﹁くっだらないなぁ﹂ 硫黄島黄泉実は︱︱︱︱千切れかけの喉の穴から、そんな声を出 した。 文字通りに首の皮一枚で、ぎりぎりで繋がっている首を派手に傾 かせ、黄泉実は退屈そうに言う。 めちゃくちゃにされた自分の身体を見下ろし、欠伸までしてみせ る。 切断一歩手前まで破壊された喉も。 無残に引き千切られた右の乳房も。 幾度も破裂させられた心臓も。 背骨にまとわりつくほど打ちのめされた胃も。 部屋中に欠片となって散らばる腸も。 真っ二つに裂けた子宮も。 まるで路傍の石ころみたいに無視をして、見えてさえいないかの ように︱︱︱︱黄泉実は、疲れたように続けた。 ﹁何故何故なぜナゼって、うるさいし、しつこいよ。鬱陶しい。ね ぇ、それはなんでだと思う? 君がいくら真剣でも、それは私の心 に響かない。だから、どうでもいいんだよ。こんな無意味な解剖も、 もう何度目? 正直、死刑執行の首吊りバンジーの方が、よっぽど 気晴らしにはなるんだけど﹂ ﹁⋮⋮何故、だ。何故、何故君は︱︱﹂ 9 ﹁君の探求心は素晴らしいよ。賞賛に値する。執着も、執念もね︱ ︱︱︱ただ、そこに愛がない﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁死刑もそうなんだよ。みんながみんな、義務とか責務とか、正義 とか大義とか、法とか秩序とか⋮⋮⋮⋮どっかで誰かが言ってたこ とのコピペばっかり掲げている。そんなのに殺されたって、ちっと も面白くない。首が千切れても背骨が砕けても、脳がひしゃげたっ てつまんないんだよ。もっともっと、自分のやることを愛すればい いのに﹂ ﹁⋮⋮どういう、意味だ⋮⋮﹂ ﹁好きで殺せばいいんだよ﹂ にへら、と。 屈託のない笑みを浮かべて、黄泉実は、そう言った。 ﹁君は好きで解剖すればいい。不老不死の仕組みの解明? そんな 堅苦しいお題目、忘れちゃっていいんじゃない? 私をこうしてぶ ち壊したように、切り刻みたいだけ切り刻めばいい。自分の中の﹃ 愛﹄にもっと、素直になって殺ればいい﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁でないと、殺される方も退屈だよ﹂ 君たちは言い訳できるからいいかもだけど。 殺られる側は、言い訳で殺されちゃ堪ったものじゃない。 10 黄泉実は朗々と言う。裂けて破けて、ずたずたになった喉で唱え る。 男は、俯いたまま喋らない。 眼を剥いて、床の一点を凝視していた。 ひくひくと、微かに蠢く橙の肉片。 黄泉実の砕けた子宮の破片が︱︱︱︱男の視線を縫いつけて、離 そうとしてくれない。 ﹁⋮⋮私も歳を取ったからかなぁ。最近、昔のことが思い出される。 や や 昔のことが、なんだか酷く、よかったんだと思えちゃうんだぁ。あ や の頃は⋮⋮⋮⋮楽しかったなぁ。今と違って﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ や ﹁誰も彼もが、犯りたいことを犯っていた。殺りたいことを殺って いた。小理屈や言い訳でねじ伏せようとせず、獣みたいに本能で、 動きたいままに動いていたよ。私は、そんなみんなを見ているのが、 好きだった。堪らなく、愉しかったんだ。上手く、言葉に出来ない けど﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 白衣の男たちは、誰一人として動こうとしない。 誰も彼もが、今や食い入るように黄泉実の話に耳を傾けていた。 硫黄島黄泉実︱︱︱︱御年七八になる、不老不死の少女。 殺人を始めとした数百の罪状により、四九回分の死刑判決を受け、 四九回死刑を執行され︱︱︱︱首が千切れ落ちてもなお、平然と生 11 きていた少女。 彼女は、誰に問われるでも壊れるでもなく、語り始める。 甘く優しい毒を吐き︱︱︱︱述懐し、独白する。 六〇年以上も前になる、いつかの話。 死と血で彩られた、醜悪な物語を︱︱ 異常 ﹁そう、だね。私はきっと、あの日常を愛していたんだよ。一人の 男の子と一緒に、ね﹂ 12 クビツリボディズビーアート ぽた⋮⋮っ、とコンクリートの地面に血が跳ねる。 ﹁ふん⋮⋮⋮⋮﹂ さくっ、と微かな咀嚼音。 ぽろぽろと、小麦粉由来の生地と砂糖が、細かい粒となって地面 に落ちる。 肺の奥までへばりついてくるような、濃く熟成された血の臭い。 それを存分に吸い込んでおきながらも、平然と彼の手は鈴カステ ラを口へと運ぶ。 左手に、コンビニの鈴カステラを袋ごと抱え。 それをつまみ上げる右手には、スケッチブックと鉛筆が携えられ ている。 しが ﹁これで、四体目か⋮⋮⋮⋮飽きも懲りもせず、よくやる⋮⋮﹂ ふやじろ 溜息交じりに少年︱︱︱︱不夜城歯牙はまた一つ、鈴カステラを 頬張った。 近所の子供たちに﹃化物﹄と、本気半分で揶揄される三白眼が、 じと、とそれを見上げている。 入り組んだ路地の裏。昼間でさえ、陽の光が射し込みにくく、う っすらと暗い。 13 寄り集まってきたカラスたちが、如何にもよく似合う場所だった。 かぁ、かぁと、興奮気味にカラスは鳴き叫び、それを啄んでいく。 ぶちぶちと、びちびちと、ぴちゃぴちゃと、みちみちと。 路地の壁には、人間の死体が一つ、刃物で乱雑に縫いつけられて いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 歯牙の眼が、じっくりと、舐るように死体を鑑賞する。 一言で表すなら、凄惨、だった。 身に着けていたであろう衣服は、全て剥ぎ取られている。一糸纏 わぬ裸体だ。 しかし、その姿に厭らしさを覚えることはできない。死体の性別 が男性であることを差し引いても、仮令女性の屍であろうと、結果 は変わらなかっただろう。 剥がれていたのは、服だけではなかった。 皮膚が、肉が、べりべりと引き千切られていたのだ。 肩口からバッサリと、臍にかけて左右対称の傷口がある。 顎のすぐ下から臍までの三角形で、皮膚も肉も、ごっそりと取り 除かれていた。 胸骨も、一部見当たらない。丁寧に、いっそ執念深く残されてい るのは、今やカラスの餌となり果てた臓物だけだ。 14 裂かれた肩は、生前以上の撫で肩を実現し、ナイフで壁に穿たれ ている。 脚は、ない。股間の辺りで切り取られ、その姿を消していた。 耳を側頭部にナイフで縫いつけられ、無理矢理に前を向かされた 顔面からは︱︱︱︱眼球が抉り取られていた。素手でほじくり返し たように、眼窩は酷い有様だ。元の数倍にまで裂け広がった眼球の 居所には、既に逸早く蛆が湧いている。 歯を軒並み折られた口には、死体のものと思しき男根が咥えさせ らており。 三分の二ほどに削られた全身から、今もなお、乾きを知らない血 液を滴らせていた。 サイケデリック ﹁⋮⋮凝り過ぎだ、クソが﹂ ざくぅっ。 鈴カステラを乱暴に食い千切り、歯牙は吐き捨てる。 薄闇によく紛れる、黒の学ラン。そのポケットに鈴カステラの袋 を捻じ込むと、口の中で砂糖粒を転がしつつ、スケッチブックの真 っ白いページを開く。 眉間には、深く皺が刻まれる。 鉛筆を握り締めると、ページを一瞥もせず、線を走らせ始める。 ハングレッドスチュー ﹁回を重ねるごとに、徐々に、どんどん、ますます⋮⋮⋮⋮過剰装 ピッド 飾だ。胃凭れする。⋮⋮⋮⋮あぁ。だから嫌いだよ。﹃首吊りピエ ロ﹄﹂ カステラ生地を飲み込むと、歯牙は深く溜息を吐いた。 15 目を瞑っていても、そもそも見ていなくても、歯牙の鉛筆は正確 に、スケッチブックにそれを描いていく。 荒々しくも静々と、雄々しくも悍ましく、豪快にかつ繊細に。 死体の絵を。 抉れた眼窩も、己のモノを咥えた口も、切り開かれた胸も、削ぎ 取られた腕も、みっしりと詰められた内臓も、引き千切られた脚の 切断面も。 骨の一つ、肉の一粒、血の一滴に至るまで。 丹念に描き、写し取っていく。 ﹁最初の頃は、まだよかったのに⋮⋮⋮⋮シンプルに、殺して、刺 して、吊るして、終わりだった⋮⋮⋮⋮。その単純さが、明快さが よかったのに⋮⋮⋮⋮今はなんだ。この体たらく。やりすぎでごて ごてで⋮⋮⋮⋮軸が、見えやしない。遊び、か⋮⋮? いや、違う。 この壊し方には⋮⋮⋮⋮無駄に、意志を感じる⋮⋮﹂ ぶつぶつと独り言ちつつも、歯牙は一瞬たりとも鉛筆の動きを止 めない。 瞬きさえせずに、口角をほんの僅か持ち上げて。 一心不乱に、描き続けるのだ。 目の前の死体を。 凄惨な死体を。 無残な骸を。 ﹁トッピングを盛り過ぎた料理⋮⋮行間を語り過ぎた小説⋮⋮⋮⋮ 砂糖をかけ過ぎたカステラだ。⋮⋮⋮⋮過ぎたるは猶、及ばざるが 16 如し⋮⋮だったか⋮⋮ふん⋮⋮﹂ と。 そこで初めて、歯牙の手が止まった。 カラスの一羽が、捻れた嘴を死体にねじ込んだのだ。 ぶよぶよと、橙の肉色を晒す胃袋に。 ﹁⋮⋮ん⋮⋮?﹂ そこで、歯牙は気が付いた。 ︱︱あの、胃臓。 ︱︱やけに、膨らんでないか? ︱︱空気を入れ過ぎた風船みたいに、歪に︱︱︱︱ かぁっ かぁ、かぁぁぁっ 歯牙には、それが歓喜の歌に聞こえた。 実際、カラスは喜びに声を上げたのだろう。周囲のカラスたちも 一斉に、狂ったようにそれへ群がった。 びちゃっ、びちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃびちゃ びちゃびちゃ︱︱︱︱と。 17 死体の胃袋の、破けた穴から噴き出した、大量の肉片へと。 ﹁⋮⋮⋮⋮ほぉ﹂ 微かに、歯牙が目を丸くした。 ひく、と口端が動く。吊り上げられるように弧を描く唇から歯を 覗かせ、歯牙は一層早く鉛筆を動かし始めた。 ぼとぼとと、その間も絶え間なく肉片はこぼれ続ける。 短く縮れた毛が生えた︱︱︱︱それは、男から失われた両脚の肉 だ。 やがて、カラスが耐えかねたように、死体の口から男根を奪う。 ぶらん、とソーセージのように撓ったそれが、口から、ぼろんっ、 と抜ける。 瞬間、口からもぼたぼたと、大量の肉が溢れ出してきた。 がくんっ、がくんっ、と嘔吐するように、死体は口から、胃から、 ぐちゃぐちゃに蕩けた肉を放ち続ける。 ﹁⋮⋮嫌い、じゃないぜ⋮⋮そういう猟奇的発想﹂ 味付けとしちゃ、余計に濃いが。 言いながら、歯牙の手は速度を更に増していく。 最早傍からは、絵を描いているのか、それとも鉛筆でスケッチブ ックを殴りつけているのか、判然とし難い有様だ。 18 そして実際、既に歯牙は、常人の思い描く﹃絵を描く﹄行為を辞 めていた。 彼は、描いた絵を上から更に、上塗りしていく。 上描きしていく。 線を引く。線を引く。線を引く。線を引く。 太い線を。細い線を。長い線を。短い線を。曲線を。直線を。滑 らかな線を。歪な線を。 無造作に、時には速度を緩めて正確に。 しかし、本人以外にはなんの思慮も見受けられない、絵の塗り潰 しでしかない。 それを歯牙は、夢中で繰り返す。 鉛筆の持ち方さえ、気にもしない。幼稚園児がクレヨンでも握る かのように、拳でガシガシと鉛筆を滑らせる。 線を、引いていく。 線を、線を引いて、線を、線を、線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を線を 19 線を線を線を線を︱︱︱︱ ﹁︱︱︱︱で? いつまで隠れて見ているつもりだ? 黄泉実﹂ ずぶぅっ、と。 柔らかななにかを刺し貫く音が、路地裏に木霊した。 ﹁あぅっ?﹂ よろっ、と少女は酩酊したかのようにふらついた。 少女︱︱︱︱そう、少女だ。 セーラー服の胸元を、はち切れんばかりに膨らませた少女が、そ こには立っていた。 斑な色の髪を後ろで縛り、すらりと長い手足は陶磁器のように白 い。セーラー服もスカートも、彼女なりのオシャレなのだろう、袖 口や裾がハサミでずたずたに切り裂かれている。 そして、その眼。 銀色に煌めく瞳の片一方に︱︱︱︱深々と、鉛筆が突き刺さって いた。 根元深くまで、ずっぷりと。 20 眼球の貫通は勿論、前頭葉、いや下手をすれば視床下部にまで達 しているだろう。血の代わりに、眼球内部の水分が、とろりと溢れ 出す。まるで泣いているかのような、赤味の少ない致命傷。 ふらっ、ふら、ふらぁ、と。 三歩ほど退いた、その時。 ﹁⋮⋮⋮⋮びっ⋮⋮くりしたぁ。んもぉ、いきなりなにすんのさー、 歯牙っちー﹂ 少女︱︱︱︱硫黄島黄泉実は、平然と喋り始めた。 今もなお、自身の眼球に刺さる鉛筆のことなど気にも留めず。 ﹃急に鉛筆で突き刺されて驚いた﹄︱︱︱︱その一点のみに、黄泉 実は頬をぷくぅと膨らませる。 ずちゅぅっ、と粘液だらけになった鉛筆を引き抜きながら、黄泉 実は続けた。 ﹁突然攻撃しないでよねー。しかも迷わず躊躇わず致命傷一点狙い。 大物ギャンブラーとかじゃないんだからさー﹂ ぢゅんっ、と勢いよく、鉛筆が眼球から抜き出る。 底の見えない深い穴の開いた眼球。しかし、その傷穴も見る見る 内に塞がっていく。 ほんの数回瞬きをすると、既にそこに鉛筆が突き刺さっていた形 跡などなく、銀色の瞳が鈍く輝いているだけだった。 21 湿った鉛筆を、持ち手から先端へ丁寧に舐め上げながら、黄泉実 は言う。 ﹁それに⋮⋮んちゅっ⋮⋮相手が私だったからよかったけどさー、 もしも普通の人だったらどうしてたの? 歯牙っち、前に言ってた じゃん。えーっと、んー? なんだっけか︱︱﹂ ﹁仮にお前の立ち位置にいたのが一般人なら、悲鳴を上げて警察へ 連絡する。それが常道だ﹂ 歯牙は、唐突に現れた黄泉実に驚くこともなく、自ら突き刺した 鉛筆を黄泉実から引っ手繰った。 三白眼はより鋭く、眉間の皺はより深く刻まれている。不機嫌を 隠そうともしない顔で、歯牙は続ける。 ハングレッドスチューピッド ﹁死体を作り出した犯人、﹃首吊りピエロ﹄なら、俺のことを殺し に来る筈だ。そして、それ以外の奴らなら、まず俺に話しかけてく る。そのいずれにも該当しない、﹃こっそり見ている﹄なんて悪趣 味な馬鹿を、俺は一人しか知らん﹂ ﹁ひゅー。歯牙っちってば名推理︱。かーっこいいー。名探偵歯牙 っちの誕生かなー?﹂ ﹁⋮⋮なんの用だ。黄泉実﹂ スケッチブックに顔を埋め、溜息と共に吐き出す歯牙。 憂鬱げな彼を放置し、黄泉実は跳ねるように歯牙と並ぶ。そして、 わざとらしく額に手を当て、壁に貼り付けられた死体を眺めてみた。 22 ハングレッドスチューピッド ﹁うっわー。これも例の﹃首吊りピエロ﹄さんの作品? 相も変わ らず趣味悪いねー。げろげろー﹂ ﹁⋮⋮やりすぎなのは、認めざるを得ないな。ごちゃごちゃと喧し い。樅の木が見えないクリスマスツリーを見ている気分だ﹂ ﹁んんー? トッピング盛り過ぎの料理とかー、行間書き過ぎの小 説とか言ってなかったっけ︱︱︱︱あいたたたたたいたいいたい引 っ張らないで∼﹂ ホルスタイン ﹁盗み見に加えて盗み聞きか。いい趣味してんなぁ、乳牛娘が﹂ 耳を思い切り引っ張られて、黄泉実は喘ぐように喚いた。 眼を刺した時にはなにも言わなかったのに︱︱︱︱歯牙は、キン キンと姦しい声に再び溜息を吐いた。 ﹁い、いい趣味って、歯牙っちも人のこと言えないでしょー? こ ーんな死体なんか好きなの、歯牙っちくらいだよー?﹂ ﹁悪食は自認している。⋮⋮まぁ、たまには味の濃過ぎる皿も、書 き込み過ぎた駄作も、味わいたくなるんだよ﹂ ﹁そういうもんなのー?﹂ ﹁愛はその程度の垣根、易々と乗り越える﹂ ぴりぴりぴり、と。 スケッチブックから、今し方描き殴っていた死体の絵を︱︱それ を幾千の線で塗り潰したなにかを︱︱、無造作に切り取る。 23 ﹁俺は死を、死体を、この上なく愛している。死こそが人間の美し さを、根底の本質から見せてくれる。故に、死体は美の結晶だ。⋮ ⋮⋮⋮こうもごちゃごちゃ装飾されていては、見えづらいし、分か りづらいがな﹂ ﹁見えないし分かんないの間違いじゃない?﹂ ﹁だが、愛は好みだとか傾向だとか、時流だとか流行だとか、そん な下らないものに左右されない。俺が愛せない死体はない。好きだ の愛だの、そういうものはそれほどまでに重くて然るべきだ。だか ら︱︱︱︱俺はこんな駄作でさえも、一個の芸術にしてみせよう﹂ 芸術家の名に懸けて、な。 言って、歯牙はおもむろに、切り取った一枚の紙をびりびりに引 き裂いた。 名残惜しむ様子などなく、一気に一瞬で、力の限り乱雑に。 瞬く間に、無数の紙切れが宙を舞う。雪のように、その場にぱら ぱらと降り注ぐ。 ﹁⋮⋮あ︱あ。勿体ないなー﹂ 言いながらも紙片を空中でキャッチし、ぱくんっ、と口に咥える 黄泉実。 もしゃもしゃと、唾液を含ませて飲み込んでいく。 ﹁私、歯牙っちの絵、結構好きだよ? だからなー、粗末にされる のはちょっとなのよー﹂ 24 ﹁それは下書き以前の、イメージみたいなものだ。一度書いた。一 度見た。一度感じた︱︱︱︱手が、目が、感性が、この死体を覚え ている。この死体の持つ、美しさをな﹂ ﹁⋮⋮歯牙っちの言う﹃美しさ﹄、いまいち私は理解できないんだ よねー。何度か教えてもらってるけどさ﹂ ﹁感性の問題に、言葉は無用だ。お前が俺の絵を好きだと言ってく れるなら、それでいい﹂ ﹁いいこと言ってる風なのに、その面倒そうな顔で台無しなのだけ どー﹂ ﹁お前の相手は疲れるんだよ⋮⋮⋮⋮で? 結局なんの用なんだ﹂ ﹁あー。忘れてた﹂ 惚けた素振りで黄泉実は言う。 ﹁もう部活動の時間、始まってるよ。んで、あの娘たち。今日も揃 って来てたから、部長が行かない訳にはいかないんじゃないかなー、 って﹂ ﹁⋮⋮あぁ。あの姉妹か。物好きもいるもんだな、ったく﹂ ﹁歯牙っちに言われちゃお終いだと思うけどねー﹂ ﹁うるさい﹂ 吐き捨てると、歯牙は踵を返し、速足で路地の出口を目指した。 25 ポケットから鈴カステラを取り出し、無作法に齧り付く。 ギラギラと光る目は、道など欠片も見ちゃいない。 彼が夢想しているのは︱︱︱︱死体色で塗り潰される、真っ白な カンバスだった。 ﹁ちょちょ、速いよ歯牙っち∼。待ってってば∼﹂ 追い縋るように脚を動かし、その度に胸を跳ねさせる黄泉実は。 僅かに膨らんだ腹を撫で、誰にも見えないようにほくそ笑んだ。 眼を抉られ肩を裂かれ胸をこそぎ取られ骨を砕かれ内臓を晒され 脚を切断され挽肉にされた後に口と胃に詰め込まれ男根を引き千切 られ咥えさせられ壁にナイフで磔にされた︱︱︱︱そんな悍ましい 死体の絵が、自分の胃袋に収まっている。 ︱︱歯牙っちの絵が、私のお腹の中にある⋮⋮⋮⋮♪ それが堪らなく嬉しくて、悦ばしくて気持ちがよくて︱︱︱︱硫 黄島黄泉実は、道中ずっと、晴れがましい笑顔だった。 26 クビタケガールラブトーク ﹁国立完全勧善学園は、絶対の正義を追及するべく造られた学び舎 である。 市の中央にその風変わりな名の教育機関を擁する古露市は、昔か ら治安の悪さで知られていた。 最新の統計によると、殺人事件の発生率は他の同程度の市区町村 と比べて七.六倍。 その他の犯罪も発生率は軒並み高く、特に凶悪犯罪に的を絞ると、 実に一〇倍以上の数字を誇る︱︱︱︱或いは、恥じているのだ。 とはいえ、これはまだ良くなってきた方と言える。 しかし、まるで呪いの如く定着した犯罪たちは、依然として脅威 である。 そこで、国が考えたのが︱︱︱︱﹃犯罪者の出ない街作り﹄とい う政策だった。 真っ先に目をつけたのは、教育だった。 大人の価値観を変えるのは難しい。 長年の経験は驕りという瘧になり、剥落することはない。 だが、子供の内はそうではない。経験も信念もない子供の価値観 は、そよぐ風の如く不埒に、テキトーに、気儘に簡単に変わってし まう。 27 幼少期から﹃正しい﹄価値観を植え込み、清廉潔白な環境下で培 養することで、健全な人間を作り出そうというのが、国のお偉方が 考えた計画だった⋮⋮!﹂ ﹁⋮⋮お前はなにを言ってるんだ、黄泉実﹂ 清廉な黄緑の廊下を歩きながら、歯牙は呆れ顔で訊ねた。 隣を歩く黄泉実は、嬉しそうに頬を緩ませ、﹁お決まりの状況説 明だよー﹂と間延びした声で言った。 ﹁ほらほら、私たちもそうだけど、この学校ってさー、かなーり一 般的な感性とはかけ離れてる場所じゃん? 説明しとかないと、読 者︵笑︶さんが混乱してしまうのですよー﹂ ﹁なんだ読者って。いよいよ頭がいかれたか﹂ ﹁それは元からかなー﹂ ﹁分かっているなら、尚更性質が悪い﹂ ﹁お遊びだよー。お・あ・そ・び。冗談に決まってんじゃーん。下 手なメタフィクションじゃあるまいしー﹂ 今度は口を尖らせ、黄泉実は言った。 ころころとすぐに変わる表情が、次はぷくぅと頬を膨らませた、 不機嫌顔に変化する。 ﹁だーって、歯牙っちってば私が隣にいるのにさー、なーんにもお 話してくれないんだもん。退屈なのー﹂ 28 ﹁暇を持て余しているお前と違って、俺には悠長にお喋りに興じる 趣味も余暇もない﹂ ﹁失敬なー。黄泉実ちゃんだって忙しいんよー?﹂ ﹁ほぉ。例えば?﹂ ガリガリと頭を掻きつつ、歯牙は問いかける。 別に、興味のある話題でもない。前言通り、お喋りをする心持ち でもなかった。 歯牙としては、この瞬間も記憶の反芻と反復に忙しく、無駄な会 話でイメージを曇らせたくはなかった。 寧ろ黄泉実など置き去りにして、一刻も速くカンバスへ、衝動の ままに筆を走らせたい気持ちでいっぱいだった。 だが、一年を超える黄泉実との付き合いが、憂鬱な諦めを歯牙に 齎していた。 ︱︱構ってほしい時のこいつは、本当に煩いんだよな⋮⋮。 深々と溜息を吐き、歯牙は澱んだ目で黄泉実を見る。 ﹁た、例えば? 例えば、例えば、例えば、ね⋮⋮えーっとね⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁そ、そんな目で見ないでよ。咄嗟に思い浮かばないだけだってば さ。た、たくさんあるんだよー? その、えーっと⋮⋮⋮⋮あ! 29 ほ、ほら! 例えば、宿題とか!﹂ ﹁嘘吐け﹂ ﹁否定早っ⁉﹂ ﹁あの程度の勉学、量・質共に苦に思う人間など存在するか﹂ ﹁うーわー出たよ。歯牙っち、それって頭いい人間特有の思い上が りだよー? 嫌われるよー? まぁ私は歯牙っちのこと大好きだけ どっ﹂ ﹁知るか。土台、お前は人間ではないだろうが﹂ ぴたっ、と歯牙が歩みを止める。 半歩後ろをついてきていた黄泉実も、釣られるように脚を止めた。 ︻不死姫︼﹂ 歯牙がゆっくりと振り向くのを、黄泉実は首を傾げながら見てい た。 ﹁違うか? ﹁⋮⋮否定はしないけどさー﹂ 疲れたように項垂れると、黄泉実はそっと目を閉じた。 下ろした瞼の前に、緩慢に左の五指が移動する。 人魚の鱗を思わせる、艶めいた爪。マニキュアの似合いそうなそ 30 れが、すぅ、と眼に向けて伸ばされ︱︱ ずぷぅっ⋮⋮ ﹁⋮⋮⋮⋮!﹂ ﹁っ、くぅ⋮⋮っ、し、歯牙っちの、言いたいことは、分かる、よ ー?﹂ 押し上げた瞼の奥に、指を突っ込んで。 ぐちゅぐちゅと、五指全てで眼窩の中を掻き回し。 ぢゅぽん⋮⋮っ、と左眼球を引きずり出しながら︱︱︱︱黄泉実 は、悪戯っぽく笑顔を作った。 ﹁相変わらず、話し方がまどろっこしいよねー、歯牙っちってば。 そりゃ私は確かに、ってか多分、俗に言う﹃不老不死﹄って奴なん だけどさー。実年齢はリアルにJKな一七歳なんだよー? 言葉の イメージ裏切るけど、長生きなんてしてませんよーだ﹂ あ、誕生日まだだから一六歳かな? にちゃ、ねちゃ、にちゃ、ねちゃ︱︱︱︱両の手の平で眼球を捏 ね繰り回し、黄泉実が言う。 31 空洞になった眼窩を覆う左瞼が、微かに凹みを見せる。どろりと した粘液の混じった血が、涙のように垂れた。 ぶちゅんっ、と葡萄のように潰れていく眼球から、とろぉっ、と 液が漏れる。 粘つくそれが指先に絡んでいき、黄泉実は、気紛れに舌を爪先へ 伸ばしていった。 真っ赤で細い舌先が、艶めかしく指先を舐る。 ﹁加えて言うなら、黄泉実ちゃんはおバカさんなので、高校のお勉 強なんて難し過ぎるのですよ。なにさ、びぶんせきぶんって。ちん ぷんかんぷんの間違いでしょ。英語なんて使わないし、理科も社会 も縁遠いし、保健体育は好きだけど⋮⋮⋮⋮あー、あとあれ。古典。 なにあれ。昔の人の考え方とか、本気で興味ないよ。めんどいしつ まんない﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁私が興味あるのは︱︱︱︱君のことだけだよ﹂ ぷちゅんっ! 黄泉実が手に力を込めると、水風船のような音を立てて、眼球が 爆ぜ潰れた。 かつて眼球だった、粘つく破片たちが手の平を汚す。 32 黄泉実は呷るように、赤の混じった白黒を口の中へと落としてい く。 じゅるっ、じゅるずるずるるぅ⋮⋮っ、と、薄桃の唇に啜られて いく、眼球の成れの果て︱︱︱︱ ﹁︻狂画家︼不夜城歯牙。⋮⋮私はねぇ、君の描く絵がだぁい好き なんだぁ⋮⋮♪ 私も、それに、他のみんなもねぇ⋮⋮♪ この世 界なんて、概ねつまんないけどさ、歯牙っちの絵は別。歯牙っちの 絵は、歯牙っちは⋮⋮⋮⋮最っ高、だと思うんだよねぇ⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁っふふ、ほぉら。それだよ、その顔﹂ 気づいてる? 歯牙っち、今ね。 すっごぉい顔、しちゃってるよぉ⋮⋮♪ 指で頬をなぞり、血色の涙を拭う。 恍惚の笑みを浮かべる黄泉実は、ちゅぷっ、と口内に指を挿入る と、ゆっくりと瞼を持ち上げた。 ついさっき、空洞になった筈の左眼窩。 そこには︱︱︱︱黄金色の瞳を湛える眼球が、すっぽりと収まっ ていた。 33 抉り出した事実なんて、なかったかのように。 ほんの数十秒の間に、完全に再生していた。 それを見て、歯牙は。 ﹁⋮⋮⋮⋮!﹂ ぶるっ、と背を震わせ、牙を剥いた。 形容しがたい、凄絶な表情だ。 小さな子供なら、今の歯牙を見るだけで気絶できるだろう。 笑顔、という単語の牧歌的なイメージを塗り潰す顔貌だ。 黄泉実は、その顔を片目で凝視して、またぞくぞくと腰を震わせ る。 直立さえ保てなくなり、前へと屈んでいく。 ボールのように膨らんだ胸が、重力によって服の上からでも形を 露わにしていく。 ﹁あはぁ⋮⋮っ♪ 歯牙、っちぃ⋮⋮⋮⋮♪ 私、もう︱︱﹂ ﹁遅いっすよ先輩方。なにを部室の前でいちゃこらしてんですかム カつきますねぶん殴りますよリア充が小刻みに爆発しろ﹂ 34 ﹁︱︱ひゃ、ぅうんっ⁉﹂ 活きのいい海老の如く、黄泉実の背が勢いよく跳ねた。 ぎぎぎ、と錆びたブリキ人形を思わせる動きで、そっと歯牙の向 こう側へと目を向ける。 歯牙も、表情を常の無感情なそれに戻し、緩慢に振り向いた。 靡いた学ランの裾が触れそうなほど、肉薄した距離。 そこに、一人の少女が立っていた。 ﹁⋮⋮無味か。どうした﹂ ﹁どうしたじゃありませんよ部活の時間とっくに過ぎてんですけど 部長が遅刻とかどういうことですか爆発しろこのバカ﹂ 少女︱︱︱︱愛檻無味は、鋭く尖った目で睨みつけつつ、一息で そう捲し立てた。 一瞬、小学生と見紛うほどの矮躯。 深紅の髪は床につきそうなほど長く、本人の機嫌に呼応して心な し逆立っているようにさえ見える。 黄泉実と同じデザインのセーラー服だが、背丈の所為かはたまた 雰囲気が災いしているのか、贔屓目に見てもコスプレにしか見えな かった。 35 だんっ、と革靴を踏み鳴らし、無味はよく回る舌で更に続けた。 ﹁あの無駄にだだっ広い美術室に、可愛い後輩二人を置き去りにし て、先輩方二人は学内デートとかどんなご身分ですか口の中爆発し ろ。あたしの可愛い可愛い目に入れても痛くない可愛すぎる無為が 愚図り出すから様子を見に来てみたら、いい雰囲気で見つめ合って る先輩二人を見せつけられるとかなんの罰ゲームですかなんの因果 ですかあームカつく苛立つ胃から腸から内臓順繰りに爆発していけ﹂ ﹁こ、怖いよー無味っち。そ、そんな怒んないでよー、謝るからー。 ねっ?﹂ ﹁謝って済むなら︱︱﹂ と、そこで無味は、ぐ、と口を噤んだ。 三白眼を逸らし、ぎりっ、と歯噛みする。 ﹁︱︱っ、とにかく! あたしは真面目に美術部やりたいんだし、 仮にも先輩方が勝手なことをするのは癇に︱︱﹂ ﹁無味﹂ びくっ、と無味が身を縮込ませた。 ゆるりと歯牙が振り向くと、無味は再び、目をキッと尖らせる。 ﹁な、なんですか不夜城先輩。あたし、なんも間違ったことは︱︱﹂ ﹁⋮⋮どこからだ﹂ 36 ﹁は? な、なにを﹂ ﹁どこから、見てた? なにを、見てた?﹂ ﹁⋮⋮? な、なんです? まさか、見られたくないことでもして たんです? あたしは、その、硫黄島先輩がウィンクしてるところ から見てました、けど⋮⋮だから、ほんのつい、さっき⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮そうか﹂ ﹁な、なんですかぁ! なにが言いたいんすか不夜城先輩っ⁉﹂ ﹁別に。遅れて悪かったな。今行く﹂ それだけ言うと、歯牙は無味の横をすり抜け、すたすたと歩いて 行ってしまった。 取り残されたのは、苦笑いを浮かべる黄泉実と、叫んだまま固ま っていた無味の二人。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ、なんっなんですかあの人はぁっ‼﹂ ﹁あははー。まー、歯牙っちだからねぇ。仕方ない仕方ない﹂ ﹁あんたもですよ硫黄島先輩ぃっ‼﹂ びしぃっ! と力強く指を突き出す無味。 黄泉実は困ったように笑い、そのまま歩き出した。 無味の肩を、ぽん、と叩き、﹁ほら、行こ行こ﹂と跳ねるように 37 廊下の奥へと進んでいく。 ﹁⋮⋮ちょっと、先輩﹂ ﹁ん? どしたの無味っち。そんな棒立ちしちゃって。木の役にジ ョブチェンジ?﹂ ﹁不夜城先輩と、なにしてたんすか﹂ ﹁んー?﹂ 訝しげな目で、じとりと無味が睨んでくる。 それを見て、黄泉実は可笑しそうに薄笑いを浮かべた。 ﹁なぁにぃ? 聴きたいのかなぁ? 私と、歯牙っちが、どこで、 なにをシちゃってたのかぁ、聴きたいのかな∼?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮別に﹂ ふぁさっ、と髪を靡かせて、無味が早足で歩いていく。 瞬く間に黄泉実を追い越して、廊下の奥めがけて突き進んでいっ た。 その後ろ姿を、黄泉実は眺めながら言う。 ﹁⋮⋮あーぁ、つまんないの﹂ 38 クビフリユレユラヒテイコウテイ? 国立完全勧善高校の特色は、黄泉実が戯れに語った通りだ。 しかし、無論としてこの教育機関、なにも犯罪抑止、犯罪発生防 止のみを目的とした訳ではない。 国にとって必要となるような人材を、数多く輩出する。それが表 向き掲げる理念であり、また学校を支える根底の思想でもあった。 必要、とは、秀でていること。 優れていること。 勝っていること。 抜きん出ていることだ。 ジャンルは問わなかった。 勉学は勿論、運動、芸術、或いは武力に至るまで。 国力となり得る要素については、最高峰の施設と指導を備えた学 び舎︱︱︱︱それが、国立完全勧善高校である。 日本におけるスラム街、犯罪街とまで謳われる古露市の中心部に 位置しながら、設立以来五年、生徒数が定員を下回ることはない。 県外からも応募者が殺到し、さながら特異な才能の見本市となっ ている。 そんな完全勧善高校の特色の一つが︱︱︱︱部活動の﹃過剰なま での﹄推奨である。 39 ある種の天才、鬼才、奇才にとっては、勉学こそが躍進の妨げと なる。 机に向かいペンを走らせ、実社会でほぼ使わない知識を頭に詰め 込むよりも、才覚を活かせる場でこそ活躍するべきと、完全勧善高 校は舵を取ったのだ。 結果、部活動における成績優秀者は、授業を受ける義務が免除さ れる。 寧ろ、授業を受けること自体を禁止される。 過去には陸上部の選手が、三年間一回も、一秒も、一瞬たりとも 授業には出席せず、華々しい活躍とは裏腹にクラスメートの顔さえ 知らずに卒業したという事例もあるほどだ。 極端な例だが、しかし前例に倣うのはさして珍しくもない。どの 学年にも、そんな風変わりな天才は存在するのだ。 黄泉実の属する学年にも、当然のように。 ﹁⋮⋮⋮⋮あっ。⋮⋮こん、にちは⋮⋮歯牙、せんぱい⋮⋮⋮⋮黄 泉実、せんぱい⋮⋮﹂ 廊下の奥の突き当たり、古めかしい扉を開けた先。 饐えた埃の臭いがこもる美術室に足を踏み入れた瞬間︱︱︱︱歯 40 牙は、歪んだ鏡でも見たような錯覚に陥った。 くらぁっ、と脚が縺れる。 倒れそうになるのを、大きく息を吸い込むことで制する。 噎せ返りそうな埃臭さ。口から盛大に息を吐き出すと、歯牙は目 の前の少女を改めて見た。 ﹁⋮⋮? ⋮⋮せん、ぱい⋮⋮?﹂ 首を傾げ、少女は空のように青い髪を揺らす。 触れれば折れてしまいそうな矮躯。 背伸びした感の否めないセーラー服。 スケッチブック片手に、ちょこんと椅子に座る彼女は︱︱︱︱顔 だけが、無味と不気味なくらいに同一だった。 ︱︱いや、正確に言えば、違う。否、全然違う。 微かに首を振り、歯牙は脳内の分析を訂正する。 髪は青く、それにずいぶん短い。 目は柔らかく、若干垂れ目だ。 子供のように純粋で、まっすぐな瞳。 あどけない表情。敵意剥き出しの無味とは、似ても似つかない。 なのに、騙し絵みたいに二人は重なってしまう。 どこをどう切り取っても、無味とは違うのに、同じ。 41 えと⋮⋮⋮⋮保 存在自体がダブって見えてしまうような、だから、認識するだけ でもいちいち不安定だ。 ︱︱そこ、じゃないんだろうがな。 ﹁あの⋮⋮せんぱい、具合⋮⋮悪い、です⋮⋮? 健、室⋮⋮﹂ ﹁別に。なにもないさ、無為﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ぇへ﹂ ふと、名前を呼ばれて。 あいおり むい 少女︱︱︱︱愛檻無為は小さく顔を綻ばせた。 小柄な無為の隣、角張った木製の椅子に、歯牙は雑に腰掛ける。 無為は、それを見計らっていたかのように、スカートのポケット を弄った。 取り出したのは、コンビニの鈴カステラの袋。 カサッ、と乾いた音に、歯牙が耳聡く反応する。 ﹁なんだ、今日も買ってきてたのか。お前も好きだな﹂ ﹁せんぱいの⋮⋮より、ちょっとだけ⋮⋮甘さ、控えめ⋮⋮です、 よ⋮⋮。どう、ぞ⋮⋮?﹂ 42 ﹁あぁ、いただく﹂ 甲斐甲斐しく袋を開き、歯牙に向ける無為。 手を入れると、ふにふにと柔らかな感触が指を叩いた。 無造作に一つ取り出し、歯牙はそれを口に含む。 ﹁ん、美味い。いつものよりも好みだな﹂ ﹁⋮⋮ぇへ。⋮⋮よかった、です⋮⋮﹂ ﹁先に食っていてもよかったんだぞ﹂ ﹁ぇと⋮⋮い、一緒に⋮⋮食べ、たくて⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁そうか﹂ 僅かに顔を赤らめながら、無為は訥々と言葉を紡ぐ。 一方の歯牙は、机の上に予め用意されていたカンバスを手に取り、 近場の椅子を組み立て始めた。 即席のイーゼルを作り、乱雑にカンバスを立てかけると、まるで 完成図が見えているかのように無造作に、鉛筆で線を引き始めた。 無為も、傍に鈴カステラの袋を置き、スケッチブックに目を落と す。 如何にも美術部らしい、それに微笑ましい光景だった。 43 ﹁我が妹ながら、男を見る目がなさ過ぎると思うわ⋮⋮﹂ そんな光景を見て、開口一番、無味はそう呟いた。 溜息に紛れるようなそれは、歯牙にも無為にも聞こえてはいない。 歯牙っち、別にそーんな悪い男って訳じゃ げんなりと項垂れる彼女の愚痴を聞いていたのは、広い美術室の そっかな? 中で一人だけだった。 ﹁えー? ないんだけどなー﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁え、なにさその、苦虫とか毛虫とか、なんかその辺の気持ち悪い 系の虫さんをムシャリしちゃったようなフェイスは﹂ ﹁冗談は胸だけにしてくださいもげ爆ぜろ﹂ 今度は部屋中に響きそうな舌打ちをかまし、無味は腕を組む。 無為っちと。案外さー、無味っちも歯牙っちのこと、気にな ﹁むー、酷いなー無味っちは。ってかさ、妹って言っても双子でし ょ? ったりしちゃわないの?﹂ ﹁絵の上手さについてなら、尊敬してますよ。そこに関してはね﹂ 言いながら、無味は美術室の壁を見渡した。 所狭しと飾られているのは、その全てがまるで違う作風の絵だっ 44 た。 様式が違う、イメージが違う、題材が違う、技法が違う。 配色も雰囲気もまるで違くて、さながら整理の行き届いていない 美術館のようだ。 その数、実に五〇枚以上。 その全てが、不夜城歯牙一人の手によって描かれたものだった。 ﹁⋮⋮えぇ、何度見てもすごいですよ。授業の出席なんかも免除さ れる訳です。天才、って言葉が似合いますよ﹂ ﹁だーよねー。うんうん、こっちのまともな方の作品も、私は好き だよー﹂ ﹁まともじゃない方の絵が問題なんでしょうが⋮⋮﹂ 疲れ切った声で無味は言う。 ふと目線を下げると、歯牙が筆を走らせるカンバスが目に入った。 美術部に入って、約二ヶ月。 見慣れてきたとはいえ、その見事な画力によって描かれるそれは、 ラフであっても心臓を抉ってくる。 ﹂ ﹁ほー。今回も名作の予感だねー。うきうきー♪﹂ ﹁ど・こ・が・で・す⁉ 思わず声を荒げてしまい、無味は慌てて口を塞ぐ。 が、傍らの黄泉実はにやにやと笑うだけで、無為も気にしてはい ない。 45 歯牙に至っては、聞こえてさえいないのか、鉛筆を握る手を止め ることはなかった。 ﹁っ⋮⋮あ、あんなの、どう見たって異常でしょうよ。なんですが、 んでもってー、真ん中の変な塊は︱︱︱︱死体、 あのどす黒いの︱︱﹂ ﹁カラスかなぁ? なんだろうねぇ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ 嫌悪感剥き出しの、半ば怒りにも似た鋭い目で、無味はカンバス に描かれたそれを見た。 気味の悪い︱︱︱︱気持ちの悪い絵だ。 鉛筆一本、HBの筆圧だけで濃淡をつけられた、薄暗闇の背景。 敢えて塗らずに残されたのは、上端からぶら下がる塊だ。 僅かに施された線によって、それが人であると、辛うじて分かる。 人の、死体であると。 首吊り死体であると。 46 その周囲に群がるのは、一層黒々とした異形だ。 尖った頭部に、無数の手指を思わせる腕。 脚はあまりにか細く、瞬きをしたら見えなくなりそうだった。 カラスだと、黄泉実に言われてようやく無味も認識できるくらい の、極端に個性を塗り潰された表現。 多少なり視力や色覚に不安のある人間が見れば、ただ黒く塗った だけのカンバスにさえ見えるだろう。 なのに、それは無味の目を惹きつけて離さない。 ﹁⋮⋮⋮⋮異常、ですよ﹂ 無味は、無理やりに首を振り、吐き捨てるようにそう言った。 ﹁ちゃんとした絵を描けば、すごく上手いし天才的なのに⋮⋮⋮⋮ あんな狂った絵描くなんて、神経が理解できません。そんなのにべ たべたくっついてんのも、意味不明ですね﹂ ﹁あー、そこは大丈夫じゃん? 無為っちも作風には引き気味だか ら。ほら﹂ けらけら笑いながら指差す先には、黄泉実の言う通り、先ほどよ り少し歯牙との距離を開けた無為の姿があった。 心なし、笑顔も引き攣っているようだ。 ︱︱︱︱と、そこで無為が、不意打ちのように無味の方へ視線を 向けた。 47 ﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂ にこっ、と。 無為は、姉の無味に向けて微笑みかける。 唇を吊り上げ、無味の全身を舐め回すように。 ほんの、刹那の微笑。すぐに無為は、視線をスケッチブックへと 戻してしまう。 ﹁⋮⋮⋮⋮っ!﹂ ﹁? 無味っち?﹂ ギリッ、と歯軋りを鳴らす無味に、黄泉実は首を傾げた。 だが、無味はすぐに何事もなかったかのように、いつも通りの不 機嫌顔に戻って言った。 ﹁︱︱︱︱とにかく、不夜城先輩の神経について、私は理解できか ねますね。あんな事件まで起こってるのに、あんな絵描くとか、常 軌を逸してます﹂ ﹁あー⋮⋮嫌な、事件だったね⋮⋮﹂ ﹁現在進行形ですよ。ボケなら乗りません﹂ 48 ﹁ノリ悪いなー﹂ ﹁⋮⋮時々、本気で考えますよ。あたしは﹂ その声が、なにを意味しているのか、黄泉実はよく分からなかっ た。 怯えているのか。 嫌っているのか。 恐れているのか。 怒っているのか。 綯い交ぜになった声を、しかしそもそも、黄泉実は最後まで聞き はしなかった。 ﹁不夜城先輩が⋮⋮あの人が、連続首吊り殺人事件の︱︱﹂ ﹁無味っち﹂ がしっ、と。 黄泉実はか細い指で、無味の肩を掴んだ。 柔い矮躯に、爪が食い込むほどに強く、深く。 顔だけは笑顔のまま、諭すように静かな声で言う。 49 ﹁勘違いをしちゃ、ダメだよ? 人をそんな風に疑うなんて、無味 っちは酷い娘だなぁ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮っ﹂ ﹁歯牙っちは、人殺しなんてしないよ。そんなことはしない。彼の 美学に誓って違わず、自分の手を穢すことはない︱︱︱︱分かるか な?﹂ ﹁⋮⋮、冗談、ですよ。決まってるでしょ﹂ 部活の先輩が、えげつない殺人鬼だとか。 そんな漫画の読み過ぎな勘違い、する訳がないでしょう。 吐き捨てるように無味が言うと、黄泉実はぱっと手を離してきた。 けらけらと笑いながら、﹁そうだよねぇ、ごめんごめん♪﹂と歌 うように口にする。 無味は、じんじんと痛む肩に触れもせず、黄泉実の顔も見ないで 首を振る。 虐待された小動物のような、控えめな仕草だった。 それを見下ろしながら、黄泉実は更に笑みを深める。 意地悪い、悪戯っ子の目だ。蛇のように舌舐めずりし、酷く愉し そうに無味のことを凝視する。 視線の圧力にうんざりしたのか、無味が口を開こうとした。 黄泉実ではない。向こうに座っている無為へと、声をかけようと ︱︱ 50 ﹁無い︱︱﹂ ブブブブブブブブブブブブブ︱︱︱︱︱︱︱︱ッ 清寂を鈍く裂いたのは、携帯のバイブレーションだった。 軽い金属の震える音が、無味を固まらせる。離れていた無為も、 びくっ、と肩を震わせた。 見る見る内に、二人の顔が同時に青褪める。 ぽた⋮⋮っ、と、スケッチブックに無為の脂汗が滴った。 ﹁⋮⋮、無為。どうかしたか﹂ 携帯の着信音には気づいていなかった歯牙が、不意に口を開いた。 無為は急に呼びかけられ、慌てて立ち上がろうとした。 が、縺れた脚は上手く床を掴めず、転げ落ちるように尻餅をつい 51 た。 ﹁ぁ、ぅ⋮⋮﹂ 軽量級の身体が床に強か打ち付けられ、しかしその図に見合わぬ 控えめな音と声が漏れた。 呆れるように頭を掻き、歯牙は手を差し出した。 が。 ﹁ひっ⋮⋮⋮⋮!﹂ 無為はその手を取ることなく、寧ろ遠ざかるように尻を床に這わ せた。 ざりざりっ、と急いた音が木霊する。 小さな胸を押さえ、か細く不規則な呼吸をする無為は、瞳をぐら ぐら揺らしながら歯牙を見る。 ﹁⋮⋮⋮⋮無為?﹂ ﹁⋮⋮っ、ご、めんな⋮⋮さい⋮⋮⋮⋮、せん、ぱい⋮⋮そ、の⋮ ⋮ごめん、なさい⋮⋮﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ 52 ﹁無為﹂ 呼びかけたのは、姉である無味だった。 固く握った拳を震わせ、必死でなにかを堪えるように歯を剥いて いる。 額を伝う脂汗を拭うこともなく、絞り出すように、無味は言う。 ﹁⋮⋮行くわよ、無為。今すぐってご指名だわ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ぅん﹂ ふらふらと、生気のない足取りで無為が歩き出す。 ぱたんっ、とスケッチブックを取り落としても、拾う素振りもな い。 気付いてさえ、いないようだ。 虚ろな瞳は、茫洋とした光景しか映さず、まるで似ていない鏡写 しの姉の元へと脚が動く。 強く、痕が残るくらいに深く、無味は無為の腕を掴んだ。 無言。 清寂。 物悲しいそれが、二人の背中を押す。 頼りない背中が振り子のように揺れながら、美術室の扉を開けた。 53 ﹁⋮⋮⋮⋮それじゃ﹂ 短くそう言って、無味と無為は部屋を後にした。 残されたスケッチブックは、落とした衝撃でぱらぱらとページが 捲られ、一枚の、描きかけの絵を広げている。 まだまだ拙く、技法も技巧もあったものではないが︱︱︱︱それ でも分かる、込められた感情。 丁寧に鉛筆で描かれていたのは、姉の無味の顔であった。 54 クビワウィッチキャンユーキスミー?︵前書き︶ ︻前回のあらすじ︼ 黄泉実﹁無味っちと無為っちってさー、その、名前⋮⋮酷くない?﹂ 無味﹁そりゃ自覚はあるわよ。名前がどうだろうと、妹の可愛さは 不変だけど﹂ 無為﹁⋮⋮せん、ぱい⋮⋮⋮⋮名前、変、ですか⋮⋮?﹂ 歯牙﹁黄泉実。お前の名前が一番変だろ﹂ 無味﹁絵ぇ描くくせに名前が﹃歯牙﹄って奴に言われたくはないと 思いますけどね﹂ ※いつも以上にグロ要素、そしてエロ要素多めです。 ちょっとアブノーマルな要素が多いので、閲覧注意です。 55 それは私のところてんだよぉっ⋮⋮⋮⋮っ クビワウィッチキャンユーキスミー? ﹁⋮⋮⋮⋮んあぁっ! て、あれ?﹂ 頓狂な声を上げて起き上がった黄泉実は、きょとん、と首を傾げ、 辺りを見回した。 上部にステンドグラスの嵌め込まれた、天井まで届く大きな窓。 そこから覗く空は既に黄昏の色を呈しており、昼間とは違う、牧歌 的なカラスの鳴き声が響いていた。 背中に感じる軋むような痛みに、黄泉実は思わず顔を歪める。 どれくらい寝ていただろうか。時計を探してきょろきょろ見渡し てみるが、いつから電池が切れているのかさえ判然としない骨董品 が一つあるだけだった。 ふと、それが視界に入った。 ﹁⋮⋮歯牙っち。まだ描いてたの?﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ 聞こえていないのか、歯牙は応えず、鉛筆を動かし続ける。 56 電気を点けることも忘れていたようで、美術室の中は真っ暗だ。 夜目の利く黄泉実で、ようやく物の輪郭が分かる程度。 にも拘らず、歯牙のでは止まることを知らない。 まるで見えているかのように。 しゃーっ、しゃーっ、と鉛筆の走る音が響く。 ﹁⋮⋮取り敢えず、明るくしよっと﹂ 暗いとまた眠くなっちゃうよー。 黄泉実は誰にともなく言うと、ふらふら立ち上がり、蛍光灯のス イッチへと歩き出す。 道中も絶えず、鼻唄を奏でている。 独り言の多さは、本人も自覚するところだ。しかし、退屈を嫌う というのは、人間として非常に正しい感性ではないか︱︱︱︱そう 思うと、黄泉実は意味もなくにやけてしまう。 パチパチッ、と勢いよく電気のスイッチを押す。 瞬間、白色灯が光り輝き、美術室を硬質な光で覆い尽くした。 ﹁⋮⋮⋮⋮あぁ、いたんだったか﹂ ﹁まさかの忘れられてたパターンかー﹂ がっくりと肩を落とし、黄泉実は数時間ぶりに言葉を発した歯牙 に応じる。 57 ﹁いたよー。ずっといたよしかも無防備におねんねしちゃってまし たよー。歯牙っち、気付いてれば私のこのいやらちぃ身体を好き勝 手にできたのにねー﹂ ﹁そんな趣味はない﹂ ﹁えー。なんでなんで? 黄泉実ちゃん、割と可愛い方じゃない? おっぱいもおっきーよー。柔らかいよー。触ってみる?﹂ ﹁結構だ﹂ ﹁ちぇー。いけずー⋮⋮⋮⋮っとと﹂ 自分の胸を鷲掴みにしつつ、黄泉実はくるくると回る。 からかうような口振りが、しかし、回転と同時に停止する。 ぐりぐりと大きな目に映ったのは、歯牙の前にあるカンバスだっ た。 それは、最早一つの秘儀の様だった。 中央部で磔にされた、四肢と頭のもがれた肉塊。 それを吊るす、一本のか細い糸。 周囲を見下ろすように旋回するカラスたち。 その嘴に咥えられているのは、 58 眼球、 指、 肉、 歯、 耳、 骨、 肉、 皮、 血管、 肉、 臓物、 肉、 肉、 肉、 肉、 肉、 肉、 肉︱︱︱︱ ﹁⋮⋮鳥葬だ﹂ ﹁ん? ⋮⋮あぁ、確かにな⋮⋮⋮⋮意識してはいなかったが﹂ 言うと、歯牙は苦い顔で鉛筆を強く握った。 カンバスを正面から睨みつけるように、仁王立ちする。そしてそ のまま、右手を大きく振りかぶった。 59 描くためではない、無造作に掴んだ鉛筆を。 歯牙は、カンバスの真ん中に思い切り突き立てた。 歯牙っちなにやってんの⁉ ﹂ バリィッ、と鋭い音がして、カンバスに深々と穴が穿たれる。 ﹁ちょっ⁉ ﹁違った﹂ ﹁へ? な、なにが︱︱﹂ ﹁俺が表したかったのは︱︱︱︱葬いではない﹂ 言って。 歯牙は絵に突き刺したままの鉛筆を、そのまま下へとさらに振り 下ろす。 バリバリバリバリィッ! 吊り下げられた肉塊を模した濃淡ごと、カンバスが引き裂かれる。 途中、バキッ、と音を立てて鉛筆が折れた。 ささくれ立った断面が、でたらめに折れた黒鉛が、容赦なくカン バスを傷つけて。 60 ものの数秒で、絵はズタズタの欠片たちへと変貌した。 ﹁あ、あ、あ、あーあーあーあー﹂ 黄泉実は、呆けたように声を上げる。 つい最前までキラキラと輝いていた目が、一気に光を失っていた。 ふらふらと、頼りない足取りで絵の元まで歩いていく。 千切れたカンバスに、黄泉実は思い切り歯を突き立てた。 がづっ、と鈍い音がして、意味のない咀嚼音がゆっくりと鳴り響 く。 ﹁⋮⋮悪食はお互い様か﹂ ﹁勿体ない勿体ない。歯牙っち、時々おバカさんだよね。君の絵に、 どれだけの価値があるのか分かんないのかな?﹂ ﹁俺の表したかったものを描き切れなかった駄作に、意味なんぞな い﹂ ﹁あー⋮⋮。どうして意識高い作り手って、こうも自分勝手かなぁ﹂ 言いながらもなお、黄泉実は黒鉛で汚れたカンバスを口へ含んで いく。 ごくんっ、ごきゅんっ、と嫌な音を鳴らし、唾液だらけのカンバ スが胃へと収まっていく。 61 硫黄島黄泉実は、不死身だ。 眼球が刺されようと、心臓を裂かれようと、首を搔っ切られよう と、胸を抉られようと、試したことはないがきっと全身をバラバラ に切り刻まれたって、黄泉実は死なない。 死ねない︱︱︱︱いっそ、呪いみたいに。 故に、黄泉実は異食趣味になんら躊躇いがない。なにせ、なにを 食べても死にはしないのだ。劇毒でも致死毒でも、遅効性の毒でも 蓄積性の毒でも死なない。なら、鉛筆の黒鉛もカンバスの布も、物 の数ではないのだ。 自分の肉体だって、然り。 ﹁⋮⋮⋮⋮あの、二人﹂ どさっ、と倒れこむように椅子に座った歯牙が、ふと呟いた。 黄泉実は耳聡く、その小声を拾い上げ、身体を起こす。カンバス を貪り食らい、幾度も舌を這わせていた彼女の顔は、鉛筆の黒色で 煤けていた。 ﹁二人? 無味っちと、無為っちのこと? あの娘たちがどしたの 62 ?﹂ ﹁いや、気になった﹂ ﹁具体的にどーぞ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮上手くは言えん。口下手なんでな。だが⋮⋮⋮⋮いい、 と思ったんだ﹂ ﹁⋮⋮歯牙っち、まさかのロリコン?﹂ ﹁違う﹂ ﹁はっ! だ、だから私がこんなに猛烈アピールを続けても、無視 一直線だったのね⋮⋮! う、うぅ⋮⋮生まれて初めて、自分のた ゆんたゆんでぼんきゅっぼんなナイスボディを憎んだよ⋮⋮⋮⋮ど のくらい削げばいけるかな⋮⋮﹂ ﹁再生するんだから無駄だろ不死者。大体、だからそういう話では ない﹂ ﹁じゃあなんなのさー﹂ ﹁決まってる。題材として、だ﹂ 歯牙は、握り締めたままの折れた鉛筆を、口に咥えた。 みちっ、みぢっ、と噛み締め、ひび割れを起こしていく。噛み砕 かんばかりに顎に力を込めながら、歯牙は続けた。 63 ﹁初めて会った時から、あの二人には何かを感じていた。あの二人 を題材にすれば、俺はきっと、俺の描きたいと思える絵を描けると、 そう思っていた﹂ ﹁うん⋮⋮⋮⋮うん? 過去形?﹂ ﹁あぁ。さっきのあいつらは︱︱︱︱その魅力に、影を落としてい た﹂ 言われて、黄泉実は腕を組んで考える。 ︱︱︱︱そんな、振りをする。 国立完全勧善高校の誇る、天才にして鬼才の画家、超高校級の呼 び名も相応しい狂気の芸術家・不夜城歯牙。 才能の偏った者にありがちな傾向として、考え方とか感じ方とか、 そういったものが常人と著しく異なっている。無論、歯牙とて例外 ではない。 彼は、人付き合いを﹃絵にする価値があるか否か﹄で決める。 随分と自己中心的であやふやだ︱︱︱︱一年間も部活動を、それ 以外をも共にし、幾度となく絵に描いてもらえている黄泉実は、黄 泉実だからこそ、そう思う。 なにせ、歯牙が絵に描きたいと思う基準が、余人には到底分から ないからだ。 64 黄泉実自身なら、まぁ分かる。不老で、不死身で、死なない。死 体を嬉々として題材とする歯牙にとっては、この上ない素材だろう。 だが、歯牙の友人にはなんら特徴のない、あまりにも平凡で一般 的な人間も存在する。 殺人鬼もいる。 一般人もいる。 強姦魔もいる。 無個性もいる。 屍食趣味者も。 楽観主義者も。 屍姦趣味者も。 風紀主義者も。 快楽殺人犯も。 禁欲生活者も。 拷問趣味者も。 虫も殺せぬ幼な子も︱︱︱︱全てが平等に、歯牙にとっては絵の 題材だ。 ︱︱⋮⋮関連性とか、見出だせって方が無理だよねぇ。 ︱︱こぉんなおかしな人に目ぇつけられちゃって、あの娘たちも かーわいそっ。 同病相憐れむとはこんな感じだろうか、などとぼんやり考えなが ら、黄泉実はまたごぐんっ、と喉を危うげに鳴らした。 ﹁影、ねぇ。少なくとも私には、いつもの変わんないように見えた けど?﹂ 65 ﹁駄作でさえ喜んで食うような奴には、あいつらの魅力は分からん﹂ 言うと、歯牙はその場に立ち上がった。 歯の跡がつき、ボロボロになった鉛筆を放ると、歯牙は足早に出 口めがけて歩いていく。 ﹁? 歯牙っち、どこ行くの?﹂ ﹁︻魔女︼に会う﹂ ﹁んー、おけおけー﹂ 端的に言った歯牙に、黄泉実は特に追及することもなく、てくて くと追従した。 静かに、厳かに扉の閉まる音が響く。 夜に相応しくない明かりを放ったまま、美術室は寂しく無人と化 した。 † ︻魔女︼。 66 辞書的な意味を並べるならば、悪魔の従者。 悪魔と契約を交わした者の総称。 基督教における反逆者。 魔法、と呼ばれる何某かを用いる人外。 お伽話では十中八九、悪役扱いだろう。 類義語と思しき﹃魔法 使い﹄とは、しかしやはりニュアンスが異なる。 その二文字が持つ響きは、明確に悪に属するそれだ。 だが、完全勧善高校においては、もう一つ意味がある。 お伽話とも空想夢想とも、まるで無縁に厳然として、それはこの 世に、この学校に、存在する。 在籍している。 渾名ではない、通り名でもない。自称だ。 自称だが︱︱︱︱誰もがその名でしか、彼女を言い表せない。 否、言おうとも、まずはしない。したがらない。 どんな饒舌家でさえ、彼女について聞かれれば口を閉ざすだろう。 語りたくない、関わりたくない。そんな隔絶の果てが、本名さえ 封じるかのような仮の呼び名。 ﹁⋮⋮⋮⋮ここでいいか﹂ 夜の六時過ぎ。校舎に残る人影は、明らかにその数を減らしてい た。 電気のついている箇所すら少数。暗闇に近しい廊下の先で、歯牙 67 は不意に呟いた。 屋上を除けば最上階。五階の廊下の突き当たり、倉庫代わりにさ れている空き教室の密集地帯だ。 掃除のロクになされていない、埃っぽいそこに臆することなく、 歯牙は更に廊下を進んでいく。 あと数歩で壁にぶつかる、そんな位置まで来てようやく、歯牙は 歩みを止めた。 ﹁うー⋮⋮けほっ、けほけほけほっ。むー、歯牙っちー、ここら辺 空気が汚いよー⋮⋮﹂ 後ろからついてきていた黄泉実が、音を上げたように軽い咳をす る。 それでも、歯牙の真横にぴったりとくっつき、目をこすりながら も視線を歯牙から逸らさない。 ﹁肺でも抉り出して洗え﹂ ﹁人のことをカエルみたいに言わないでよー﹂ ﹁カエルのは胃だ﹂ ﹁そういうことじゃないんだけど⋮⋮﹂ ﹁いいから、さっさと来い。準備をする﹂ ﹁はいはーい﹂ 68 歯牙の命に、黄泉実は一気に声を弾ませた。 重々しく気怠げだった足取りが嘘のように、ぴょんぴょん跳ねて 近寄っていく。 跳ぶ度にたゆんっ、と音を立てて揺れる胸の谷間から、黄泉実は、 するすると一本の棒を取り出した。 真っ赤な柄。錆の目立つ刃。すり切れた可動部。 使い古されたカッターナイフを、黄泉実はぽん、と歯牙に手渡す。 ﹁⋮⋮行儀が悪い。刃を人に向けて渡す奴があるか﹂ ﹁ありゃりゃー。失敗失敗。黄泉実ちゃんってばおばかだねー。イ ケナイ娘だねー﹂ だから、さ。 ぴったりと寄り添う距離まで近づいて︱︱︱︱不意に、黄泉実は 身体から力を抜いた。 踵を軸に、独楽みたいに回る。崩折れていく肢体を、歯牙が左腕 全体で受け止めた。 空いている右手には、カッターナイフを握って。 チキチキ、チキチキチキチキ、と。 ﹁おしおき、してほしいな、歯牙っち⋮⋮⋮⋮うんっと、痛くして ね?﹂ 69 ﹁期待はするな。俺は画家で、芸術家だ﹂ 殺人は専門じゃない。 こんなこと、お前以外にする気はない。 ﹂ 言いながら歯牙は︱︱︱︱黄泉実の頸に、カッターの刃を思い切り 突き立てた。 ﹁∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼っ‼ 口を大きく開けて、黄泉実がなにかを叫ぶ。 が、声にはならない。 声を形作る、声帯。そこまで刃は達し、なおもギチギチと、嫌な 音を立てて黄泉実の頸部を切り裂いていた。 ぶちぶちと、肉の繊維が荒々しく断たれていく。 弾力に富んだ血管が、一気に弾ける。 スプリンクラーのように真っ赤な血を撒き散らし、びくんっ、び くんっと陸に上げられた魚みたいに背を跳ねさせる。 白目を剥いた顔貌から、表情も、感情も読み取れない。 ︱︱︱︱ギチィッ、と、歯牙はなお深く黄泉実の喉を突き刺す。 70 ごぽぁっ 辛うじて響いた、声らしい声。 それとともに吐き出される、酷く濁った色をした血液。 泡立ったそれは黄泉実の制服を醜く濡らし、胸元から順に赤黒く 染まっていく。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ その様を、歯牙はただ見ていた。 手元のカッターを幾度もいじり、動かし、その度に痙攣が走る黄 泉実の身体を、じっと、ずっと。 常人では考えられない胆力と、集中力で。 今正に、苦しみ足掻いて死に向かう女の姿を、冷徹に、観察して いた。 だが、それもすぐに終わる。 ﹁⋮⋮用事を、済ませようか﹂ ぐちっ、と傷口の肉が赤の雫と共に跳ねる。 頰に散ったそれを舐め取りながら、歯牙は、さらに深く頸を抉っ た。 71 貫通せんばかりの勢いで。 頸が千切れんばかりの強さで。 再び血が勢いよく舞うのを見た矢先︱︱︱︱歯牙は、その場でく るりと一回転した。 爪先を軸に、軽妙に。 びちゃびちゃぁっ、と汚い音が響く。 外履きが廊下を擦る音など、その異音に紛れてすぐに消えてしま った。 歯牙を囲うように、真っ赤な円が描かれる。 生臭く、雨の日の土手を想起させる臭いがする。 血の臭いだ。 中には、肉も混じっている。 円を描く血の中にも、細かい肉片が紛れ込んでいた。 ひく、ひくと、まだ生きているかのように肉片はもがく。 と、その瞬間。 ﹁いっ︱︱︱︱ふ、ぁあああ∼⋮⋮⋮⋮!﹂ ガクガクと足腰を震わせ、黄泉実は、その場に座り込んだ。 ぺたん、と尻餅でもつくように、膝から崩れ落ちる。 72 自分で自重を支える力をも残っていないのか、そのまま背中が廊 下と接する。 どくどくと、絶え間なく流れ出る血。 真っ赤な体液。命の色をした汁。 惜しげもなくそれを流しながら、黄泉実はにんまりと笑う。 ﹁ひ、あ、はぁ、あ⋮⋮⋮⋮しゅご、い、よぉ、これぇ⋮⋮⋮⋮っ は、最高⋮⋮も、こしがぶるぶるしちゃって⋮⋮立てない、かも⋮ ⋮﹂ 見る見る内に、黄泉実の身体の周りが、下が、彼女のいる場所全 てが血に染まっていく。 くどいほど鮮明に、毒々しく、赤色だ。 そこに、微かな透明が混じる。 ちょろちょろと、壊れた水道みたいに流れ出すそれだけが、うっ すらと血を希釈していく。 ﹁⋮⋮相変わらずの変態だな﹂ ﹁ん⋮⋮しかた、ないよぉ⋮⋮⋮⋮だぁって、だぁい好きな歯牙っ ちにぃ、こぉんなことされちゃったらぁ⋮⋮んんっ、気持ち良くな い女の子なんて、いないよぉ⋮⋮♪﹂ ﹁お前の変態性癖に、全女性を巻き込むな﹂ 73 ﹁ふぁぁぁ⋮⋮⋮⋮っ♪﹂ 頸に刺さったままのカッターをぐりぐり踏むと、黄泉実は恍惚の 声を上げる。 ぷしっ、と短い音がして、黄泉実の真っ赤に染まったスカートが より色を濃くしていく。 硫黄島黄泉実は︱︱︱︱超重度の被虐趣味者である。 どんな外傷を負っても死ぬことがない。 それはつまり、常人では味わい得ない痛みを味わうことができる ということだ。 その痛みが快楽に変わるとなれば︱︱︱︱その性癖も、やむなし といったところだろう。 だらしなく涎を垂らし、腰をぴくぴくと浮かせ、内腿を痙攣させ る。 煽情的、というにはいささか血腥過ぎる少女の姿に、歯牙は頓着 せずしゃがみ込む。 学ランの長い裾を血に浸しながら、突き刺さっていたカッターを 引き抜いた。 ぶしゅっ、と血が噴き出したのは、しかし束の間。 74 裂かれ抉られ、柘榴の実のように泡立った血肉の覗く断面が︱︱ ︱︱ぐじゅぐじゅと、元の白い肌を再生していく。 ものの数秒もすれば、頸に傷など欠片もない。 おしおき、もぉっとしても、い 陶磁のように白く、肌触りのいい脆く細い頸が、元のように伸び ている。 ﹁ぁぅ⋮⋮⋮⋮もう、おしまい? いんだよぉ?﹂ ﹁お前の変態プレイに付き合うつもりはない﹂ ﹁んん⋮⋮っ、もぉ⋮⋮⋮⋮ちょぉっとだけ? 先っぽだけ? ね ?﹂ ﹁黙ってろ。あと、邪魔だ﹂ しっしっ、と追い払うように歯牙が手を振る。 邪険に扱われることさえ、スイッチの入った今は快感なのか、黄 泉実は犬のように四つ足で、湿った尻を振りながら円から出た。 血でできた円の、中心部。 濡れる肉で僅かに隆起した血溜まりに、歯牙はカッターナイフの 刃先を浸す。先端から赤い雫を滴らせるそれで、床にさらさらと模 様を描いていく。 75 曲線と直線の入り混じった、奇妙な紋様。 それは、文字のようでもある。しかし、現存するどの言語に用い られるものとも一致しない。 弧を描くようにそれは並べられ、澱みなく引かれた円弧の線に沿 って、幾重にも重ねられていく。 一分も経たない内に出来上がったのは︱︱︱︱魔法陣だ。 ﹁ふわぁぁ⋮⋮すごい、ねぇ⋮⋮﹂ 快感の余韻に浸っている黄泉実が、舌っ足らずな調子で言った。 ﹁しがっちー、まほーつか、いー⋮⋮?﹂ ﹁本で見たのを写しただけだ﹂ ﹁うー⋮⋮⋮⋮?﹂ ﹁さて。お膳立ては整えたぞ﹂ 言うと、歯牙は鋭く虚空を睨みつけた。 ﹁どうせ見ているんだろう? 勿体ぶらずにさっさと出てこい、お 前の好きな﹃様式美﹄は整ったぞ︱︱︱︱︻魔女︼﹂ 76 腹から吐き出される、廊下の最奥までよく響く声。 それと同時に、歯牙たちの周囲を白い煙が包み込んだ。 ﹁⋮⋮? なに、これ⋮⋮スモーク?﹂ けほっ、と咳き込む間にも、白煙は濛々と立ち込めていく。 まるで霧のように、二人の周囲を覆い、視界を塞いでしまう。 ものの数秒で、黄泉実は微動だにしていない歯牙の姿さえ見失っ てしまった。 ﹁っ⋮⋮、もぉ、なんなのかな、これ︱︱︱︱﹂ 行動の源泉は、他愛のない不安だった。 目の前にいた歯牙が見えなくなった︱︱︱︱それだけで、破れても 再生する心臓がチクリと痛んだのだ。 思わず、背中を押されるようにして立ち上がる。 立ち上がろうと、する。 その、瞬間。 77 ﹂ ズンッ、と重く鋭い衝撃が、黄泉実の胸を貫いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮⁉ けぽっ、と悲鳴も上げずに喀血する。 唇を伝って胸へ落ちていく血液。 その行く先に、鈍く煌めく切っ先が見えた。 それは、刀だ。 日本刀だ。 黄泉実の身体を背中から貫通し、ぬらぬらと血で湿った刀身だ。 誰かが自分を背後から刺した︱︱︱︱それを意識した瞬間、黄泉 実は恐ろしい勢いで上半身を捻った。 マニキュアの似合いそうな、細く長い爪。 右手の五本全てを武器にし、思い切り空を掻く。 78 ﹁おっ、ととぉ。ししししっ、間一髪だねぇ﹂ ガラララァッ、と力強く窓の開く音がした。 途端、辺りを覆っていた煙が晴れていく。 うねりのような音が聞こえ、月明かりに照らされた廊下が、壁が、 露わになる。 キッ、と黄泉実の睨みつける、その視線の先。 ﹁ししししっ! そぉんな怒ることないじゃないか硫黄島女史。私 の殺人能力が著しく低いことは、君も承知の筈だぜ? ほら、見て みなよこの子供みたいな細腕。その気になれば枯れ枝のように折れ てしまえる。私のような素人が、君を殺すなんて万に一つもあり得 死なないんだから。ねぇ、︻不死姫︼﹂ ないさ。しししっ、と言うか君の場合、そもそも殺される心配その ものが不要だろう? あける ﹁そういうことじゃないし⋮⋮⋮⋮あーもぉっ! せっかくいい気 分だったのに台無しだよっ! なにしてくれるのさ朱瑠ちんっ!﹂ ﹁召喚の作法を守らない君が悪いのさ。その点、不夜城氏は弁えて いるね。あぁそれとも、不夜城氏のことだから、硫黄島女史は生贄 のつもりだったのかな? それもそれで、確かに見事な﹃様式美﹄ だよ。予め形作られ、連綿と受け継がれてきた像ほど美しいものは ない︱︱﹂ 79 早口に、そう捲し立てて。 床まで伸びる深紅の髪を、結んだ鈴ごと大きく揺らし。 首に巻かれた、大型犬用の無骨な首輪を愛しげに撫で。 身の丈ほどもある日本刀を、杖のように床に突きつけ。 愛檻姉妹より小柄な、幼稚園児の如き矮躯で胸を張り。 ﹁︱︱ともあれ、召喚の声に応じ馳せ参じたよ我が召喚主。さぁ、 契約を結ぼうか﹂ かるま あける ︻魔女︼と呼ばれる女子生徒・狩真朱瑠は。 血の円に躊躇いなく踏み込み、跳び上がると︱︱︱︱退屈そうな 歯牙の頰に、小さな唇で接吻した。 80 クビワウィッチキャンユーキスミー?︵後書き︶ 不死身、死なないが故に痛みを愉しめる︱︱︱︱そんなドMキャラ が大好きです。 大好きなので書いてみました。 ⋮⋮R−18にはならない、ですよね? これ。匙加減が難しい⋮ ⋮。 ︻次回予告︼ そろそろ話が動き出す頃。 事件は動かないけど︱︱︱︱別の事件が顔を出します。 81 クビツリフールズエンプティドアー︵前書き︶ ︻前回のあらすじ︼ 黄泉実﹁首で6回、踏まれて2回、かな? あ、朱瑠っちに刺され ても全然だったよー﹂ 朱瑠﹁なんの数字だろうねぇ? ししししっ﹂ 82 クビツリフールズエンプティドアー ﹁魔法陣の役割については諸説あってね、どれが正しいのかも判然 としない、いや、そもそも正しさなんてものが介在するのかさえ曖 昧な分野なのだけどね︱︱︱︱有力、というか面白い説の一つに、 魔法陣は術者を守るためのものだ、というのがある﹂ ︻魔女︼狩真朱瑠は、朗々とそんなセリフを口にした。 場所は移り変わり、電気の消えた図書室の真ん中。 月明かりが照らす彼女の姿は、幼児にしか見えない矮躯とは裏腹 に、妖艶だ︱︱︱︱妖しく、艶やかだ。 無作法に机へ腰掛け、脚を組み唇を舌で濡らしながら、朱瑠は続 けた。 ﹁悪魔は召喚と同時に、大抵は理不尽な契約を結んでくるものだ。 最早、召喚=契約だね。お呼びがかかったとあれば、悪魔としては 占めたものさ。なにせ、垂らしてもいない釣り糸に魚が引っかかっ たのだから。が、人間は魚より賢しいからね。鱗よりも分厚く強固 に、身を守る術を考えた。それが魔法陣さ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁元来、魔法陣は悪魔の召喚に使われていた。分かるかい? 悪魔 の発する瘴気を、垂れ流される地獄の悪気を、魔法陣は完璧に防い 83 でいたんだ。かつて、魔法陣は悪魔を封じる術だったのさ。しかし、 それでは本来の力の恩恵が得られない。故にリスクを冒してでも、 術者は素のままの、ありのままの悪魔の力と対峙した。魔法陣は、 だから途中で役割を逆さまに変えられたのさ。封じるものから守る ものへ、ね。まぁ、変えた、と言ってもこんなのはただの表裏一体 だけどね。鎖国時代の日本を思い出せばいい。国を封じていた二〇 〇余年と、国際化しての一五〇年、果たしてどちらが平和であった かなんて、乳飲み児でも分かる問いだ︱︱﹂ ﹁︻魔女︼﹂ 苛立ったような口調で、歯牙が朱瑠の言葉を遮った。 歯牙と黄泉実は、朱瑠のすぐ前に座っている。こちらは行儀良く、 椅子に、だ。 設備の整い具合が冗談めかしている完全勧善高校の例に漏れず、 図書室はやたらと広大だ。 無数の本が犇めき合い、夜中で誰もいないというのに圧迫感さえ 覚える始末。 だが、この場所に生徒が入ってくることは、ほとんどない。 司書教諭でさえ、最低限の仕事を終わらせたら、逃げるように退 室してしまう。 84 その原因である小さな小さな少女は︱︱︱︱自らの発言を邪魔さ れたことに、寧ろ嬉しそうな笑みを浮かべていた。 ﹁ん? ん? ん、ん、んー? なにかななにかな? 不夜城氏、 不夜城歯牙氏。我らが組合で︻狂画家︼と名高き稀代の鬼才、天才 ならざる人災ならざる天災である不夜城氏は、私になにか言いたい のかな? それとも、なにか訊きたいのかな?﹂ ﹁後者だ。世間話のためなら、お前みたいなお喋りは呼ばん﹂ ﹁ししししっ、つれないねぇ。私は楽しいよ? 君と、君たちとお 喋りするのは、私の数少ない生き甲斐と言ってもいい﹂ ﹁なら、今すぐにでも死んでくれていいぞ。俺の琴線に触れれば、 絵にしてやらんこともない﹂ ﹁魅力的な申し出だけど、残念ながら辞退せざるを得ないかなぁ。 なにせ、その絵を私自身が拝めないのだからね。君の作品群に私を 題材としたものが加わるのは光栄至極だが、生憎、私は我儘で自己 中心的な昨今の若者でね。君の欲求より、私の欲望を優先させるこ とに、なんら躊躇いも罪悪感もない﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ふわぁ∼あ?﹂ と。 二人が長々と話している内に、黄泉実は大きく欠伸をした。 退屈、なのだ。 85 黄泉実は自分で言う通り、頭がいい方ではない。 小難しい話にはついていけないし、土台、朱瑠のように持って回 ったような話し方は苦手とするところだった。 ﹁︱︱まぁともあれ、そうだね、せっかく呼び出してもらったのだ し、仕事はしよう。使命は果たそう。契約は︱︱︱︱遵守しようじ ゃないか?﹂ で、なんだい? なにが知りたい? なにが訊きたい? ぐい、と身を乗り出し、朱瑠は金色の目をキラキラ輝かせて訊い てくる。 まるで、無邪気な子供だ。 ﹁⋮⋮朱瑠。お前に訊きたいのは︱︱﹂ ﹁あ、待って待って少し待とうか?﹂ と、朱瑠はぶんぶんと手を振って、今度は歯牙の言葉を遮る。 意趣返し、なんてつもりが毛頭ないのは、この場の誰もが知って いる。 狩真朱瑠は、他者から見て分かるような理屈では動かない。 見た目だけじゃない。本当に、子供みたいに振る舞うのだ。 気儘に。 86 我儘に。 自分勝手に︱︱︱︱気紛れに。 ﹁ただ聴くだけじゃつまらないからね。ここは一つ、私が不夜城氏 の訊きたいことを当ててみようじゃないか。なぁに、浅からぬ付き 合いだ。君の思うこと、興味を持つ事柄には心当たりがある。枚挙 に暇がないほどにね。⋮⋮⋮⋮ん? ふむ、そうなると実はなかな かに無理難題を、私は自分から切り出してしまったかな? まぁ、 簡単な思考ゲームなどやる価値もないさ。さてさて、それでは考え てみようか、な︱︱?﹂ にやにやと笑みを浮かべつつ、朱瑠は腕を組み、ハムスターみた いに小さな拳を顎に当てた。 オーギュスト=ロダンの、﹃考える人﹄のポーズ。 だが、斯の彫刻の如く、眉間に皺を寄せて懊悩してはいない。 寧ろ、悪企みする悪戯少女のようにその顔は楽しげで、小憎らし い。 ぽんっ、と朱瑠が手を打ったのは、その姿勢を取って数秒後。 ハングレッドスチューピッド ﹁不夜城氏。君が私に訊ねたいのは、今や巷でも小さからぬ話題。 猟奇的残虐殺人犯﹃首吊りピエロ﹄のことだろう?﹂ ぐりぐりと大きな目で覗き込むように、朱瑠は得意満面でそう言 った。 ハングレッドスチューピッド ﹃首吊りピエロ﹄。 87 勿論、そんな呼称を警察や、公的な報道機関は用いない。呼び方 を考えさえしないだろう。 ﹃切り裂きジャック﹄のように、犯人の側から告示があったならま だしも︱︱︱︱否、縦しんば今日日、そんな絶滅危惧種に認定され てもなんら違和感のない真似をする輩が現れたとしても、そんな名 前は世間巷間には伝えられない。 犯罪者は、徹底して弾圧される。 汚され、穢され、貶められ、負の象徴へと塗り替えられる。 犯罪を、禁忌視させるための生贄として。 殺人鬼などの重罪人を、決して、﹃カッコいい﹄などとは思わな いように。 ︱︱︱︱それも、一種の洗脳だ。 狩真朱瑠に言わせるなら、だが。 国家安寧、安全、安定のための施策すら嘲笑うように、朱瑠は、 自ら手ずからつけた渾名で、その殺人犯を呼び示す。 ﹁昨日の時点で犠牲者は、三人、だったかな? いずれも首を吊ら れた状態で発見され、身体のどこかしらにピエロのキーホルダーが 捻じ込まれている⋮⋮ししししっ、立派な猟奇殺人だね。 みぎうち みちぎ 一人目の犠牲者が右内道義。首が千切れる寸前まで裂かれ、公園 の木の枝に吊るされた状態で発見、ピエロのキーホルダーは、口か らナイフで強引に押し込まれたようだね。食道や気道が、内側から ズタズタに裂かれていたそうだ。 88 おやまだ ゆいの 二人目は小山田結納。眼球が生きている内に抉り取られ、血溜ま りの眼窩にキーホルダーが浮いていたそうだね。初めての女性相手 で張り切ったのかな? 乳房への破壊行為が酷い。切り取った舌を、 乳首を貫通した針金に吊るした上、胸部には肉の裂け目以外は見え さざなみ ないほどだったとか。 せぜ 三人目は瀬々細波。手と脚の関節を砕いて逃げる方法を封じた上、 両の乳房を切り落とし、手の指を貫き通した針金で吊り下げていた とかねぇ。しかも、それが生きている内に行われていたというから えぐい。喉に刺さったナイフを支柱に、電柱に吊り下げられていた んだったね。あぁ、キーホルダーは子宮内から見つかったよ。背中 に開けた大穴から捻じ込んだらしいが。 まちば やくひさ そして︱︱︱︱不夜城氏。君が見つけた町場役久が、四人目だね。 これもまた、酷い死に様だ。酷い︱︱︱︱殺し様だ。そう思わない かい? 不夜城氏。硫黄島女史も﹂ ﹁ふぁっ?﹂ 急に名前を呼ばれて、黄泉実ははっと顔を上げた。 目は忙しなく瞬きを繰り返し、口の周りにはくっきりと涎の跡が 残っている。 ﹁ん、あ、あー⋮⋮ごめん朱瑠っち、話長くて寝てたっぽい⋮⋮?﹂ ﹁ししししっ、素直でよろしい。正直は美徳さ。美しく徳が高いだ ハングレッドスチューピッド けで、得はしないけどね。それはさておき、硫黄島女史。そして不 夜城氏。﹃首吊りピエロ﹄は、今後も殺人を繰り返す凶悪犯だ。調 べるまでもない。考えれば分かる。彼の犯行は、回を増すごとにエ 89 スカレートしている。そんな奴が、高々あれっぽっちの殺人で満足 するなんて、とてもとても思えないよねぇ。ししししっ。どうだい、 不夜城氏。前に教えてあげた通りだろう? 最高にそそる素材だと、 そう思わないかい⋮⋮⁉﹂ ﹁思わん﹂ と。 歯牙は、朱瑠の言葉を一蹴する。 唇を釣り上げたまま、朱瑠の顔は停止する。 唯一、目だけがどんどんと光を失い、代わりに困惑の色を映して いた。 ﹁⋮⋮⋮⋮え? ど、どういうことだい不夜城氏?﹂ ハングレッドスチューピッド ﹁どうもこうもない。言葉通りの意味だ。﹃首吊りピエロ﹄は絵の ﹂ ま、まさか君、不夜城 題材にはならん。さっきも一枚描いてみたが、やはりダメだ﹂ ﹁だ、ダメってことは⋮⋮⋮⋮ってぇ⁉ 氏、その絵をまた破いたんじゃないだろうねっ⁉ ﹁駄作は世に出るべきじゃない﹂ ﹁美味しくはなかったよー。なんなら見る? まだ間に合うかも?﹂ 90 ﹁結構だよ、溶けかけのカンバスを見る趣味はない。⋮⋮⋮⋮はぁ。 不夜城氏。君は本当に、自分の価値が分かっていないね⋮⋮﹂ ﹁俺の価値は俺自身が一番分かっているし、俺自身が決めるべきも のだ﹂ ﹁その唯我独尊具合は、是非とも見習いたいものだよ⋮⋮しししし っ﹂ はぁ∼あ。 肩をがっくりと落とし、朱瑠は深々と溜息を吐いた。 ﹁君のことだし、理由なんて問い詰めても無駄なんだろうね。理屈 でない答えは苦手だよ。故に惹かれるんだろうけどね⋮⋮⋮⋮あ∼ ぁあ、せっかく見つけてきたのになぁ。お眼鏡には適わなかったか い﹂ ﹁そうだな﹂ ﹁じゃあ、一体私になにを訊きたいんだい? 正直、君の一番の興 味は現在、それだと思っていたからね。他の候補はどれも横並びな んだよ。絞り込む理由も事由もない。君に、教えてもらうよう乞わ ねばならないのだけど、構わないかな? 不夜城氏﹂ ﹁うちの一年生についてだ。お前なら、知っているだろう?﹂ ﹁あぁ。知ってるよ。あの二人だろう? あの︱︱﹂ 朱瑠は、すっかり空気の抜けた風船みたいに。 気の抜けた、なんなら今にも寝てしまいそうなほどに弛緩し切っ 91 た声で。 ゆるゆると、こう続けた。 ﹁互いが互いを愛し合う、近親相姦にして同性愛、似ているのに似 つかない一卵性双生児︱︱︱︱愛檻姉妹のことだろう?﹂ 92 クビツリフールズエンプティドアー︵後書き︶ ようやく書けましたー。 そろそろエログロが息をし始める頃です。 盛り上がるまでが遅いなぁ⋮⋮申し訳ない。 ︻次回予告︼ 歯・黄﹁話が長い﹂ 朱瑠﹁もうちょっとだけ辛抱してくれよ。ししししっ﹂ 93 クビリガンボウクエスチョンズ︵前書き︶ ︻前回のあらすじ︼ 朱瑠﹁人間誰しも間違いはあるよねぇ﹂ 黄泉実﹁ふぇ? そうなの?﹂ 朱瑠﹁ししししっ。︻不死姫︼、君とは確かに化物同士とは言った が、しかしそれでも︱︱﹂ 黄泉実﹁いや、前回あんまり話聴いてなかったから﹂ 朱瑠﹁素直でよろしい﹂ 94 クビリガンボウクエスチョンズ 硫黄島黄泉実は、自分のことを割とできた人間だと思っている。 心の奥底でどれだけ嫌っていようと、どれだけ厭うていようと、 どれだけ拒んでいようと、決してそれを表に出さない。 普段通りの、砕けてふざけた道化調を守り切れる。 好きなものにしか興味を示さない歯牙とは雲泥の差で、しかも自 分は雲の方だと思っていた。 スポーツマンでもないのに殊勝なことだと、自分で嘲笑っていた りした。 ︱︱︱︱愛檻無為のことが、黄泉実は嫌いだった。 不夜城歯牙に恐れることなく近づき、あざとくか弱い女の子を装 い、舌っ足らずな声で幼さを演出し、庇護欲をそそり、好物を共有 して接点を保ち、彼の隣でいつも笑顔を浮かべ、幸せそうに彼を独 占する愛檻無為が。 嫌いだった。 大嫌いだった。 その血縁というだけで、愛檻無味のことも、まぁ、嫌いだった。 95 どこかで機会を見て殺してしまおうかな、と、授業中にふと考え てしまう程度には、嫌いだった。 だが。 ﹁⋮⋮⋮⋮?﹂ 唐突にもたらされた情報に、黄泉実は混乱していた。 ︱︱無味っちと、無為っちが。 ︱︱近親相姦? ︱︱同性愛? ︱︱え? なにそれ。初耳なんだけど。 ︱︱じゃあ、無為っちのあれはなに? ︱︱歯牙っちにべたべたひっついてた、あれは、なんなの? ﹁あぁ、あったよ不夜城氏。このファイルだ﹂ どんっ、と。 勢いよく黄泉実の目の前に置かれたのは、分厚いリングファイル だった。 それも、一冊や二冊ではない。 高校三年分の教科書全てを積み重ねても、まだ足りないほどに積 み上がったそれは、すぐにずるずると滑り落ち、机の上を埋め尽く していく。 僅かに見える、机の木目。その上に土足のまま、朱瑠は仁王立ち 96 になっていた。 ﹁それを見れば、私の言っていることが掛け値無しに真実だと分か るはずさ。勿論、捏造なんかしていない。尤もそんなのは、君の目 からすれば自明だろう? 不夜城氏﹂ ﹁別に。俺は証拠を提示しろなんて言っていない。お前の口から一 言聞ければ、それで充分だ﹂ ﹁ししししっ。そりゃ信用されたものだ。ご同慶の至りだよ﹂ ﹁伊達や酔狂で、奴らをまとめさせてはいない。お前の性格や人間 性ならともかく、お前の犯罪性は、信頼に値する﹂ ﹁ししししっ。人聞きが悪いねぇ、ししししっ。ねぇ、そうは思わ ないかい? 硫黄島女史﹂ ﹁へっ?﹂ 思わず上ずった声が出て、黄泉実は自分で驚いてしまった。 明らかに動揺している黄泉実の様子に、歯牙は関心を示しはしな い。顎に手を当て、なにやら考え事に没頭している。 ともすれば、黄泉実が横にいること自体、忘れているかもしれな い。 朱瑠は、黄泉実の顔を見て、くすくすと、笑っていた。 ﹁ししししししししっ︱︱︱︱硫黄島女史﹂ 97 ﹁っ、な、なにかな? 朱瑠っち﹂ ﹁ししししっ、そう固くならないでよ。私と君の仲じゃないか﹂ ﹁⋮⋮別に黄泉実ちゃん、朱瑠っちと強固な女の友情とか、築いた 覚えゼロなんだけど?﹂ ﹁︻魔女︼と︻不死姫︼。化物は化物同士、仲良くやろうじゃない か﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁親睦の証に、それ、読んでもいいよ。あぁ、構わないさ。そこに あるし、それは鍵になる﹂ ﹁鍵⋮⋮?﹂ ﹁ヒント、と言えば分かりやすいかい? それにどの道、君が知り たいものは、そのファイルに書かれているさ﹂ 保証しようじゃないか。 ︻魔女︼という、この忌名にかけて。 腰を不自然なまでに折り曲げ、朱瑠は顔を近づけてくる。 言葉だけが柔らかい、ただの威圧だ。 気圧された黄泉実は、恐る恐る、手近なファイルの一つを取った。 ずっしりと、重い。 98 ファイルを持っていてもなお、朱瑠の熱視線は止まない。 耐えかねたように、ページを一つ、ゆっくりと捲る。 ﹂ 無数の写真が、そこには犇いていた。 ﹁⋮⋮⋮⋮‼ 黄泉実は、一瞬にして目も言葉も奪われた。 驚愕、とはまた違う。 驚いたのは勿論だが、しかしそれだけではない。 ばくばくと、心臓が張ち切れんばかりに高鳴り、胸の辺りがかー っと熱を帯びてくる。 落ち着かない調子で、呼吸が速くなる。 朱瑠は、そんな黄泉実の反応を面白がるように、ニヤニヤ笑って いる。 ファイルに収められていたのは、全裸でまぐわう無味と無為の姿 だった。 99 ﹁⋮⋮これ、まじ?﹂ ﹁愚問だろ、そんなことは﹂ まじまじとファイルを眺める黄泉実に、歯牙が冷めた声で返す。 ﹁目の前にいるのがどんな化物なのか、お前もよく知っている筈だ。 狩真朱瑠。異端の天才児。国立完全勧善高校設立時から現在に至る まで、故意に留年して学校に居座り続ける︱︱︱︱そんな芸当を、 力尽くで認めさせる奴だ。教師に保護者、果ては学校の設立に関わ った政治家に至るまで、その全ての顔と名前と弱みを、残さず網羅 している情報通だ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁伊達や酔狂で︻魔女︼を名乗ってはいない。この世に知らないこ とがない︱︱︱︱その情報量と収集能力は、俺も認めざるを得ん﹂ ﹁ししししっ。それは買いかぶりだよ不夜城氏﹂ 思考のポーズを崩さない歯牙に、朱瑠が挑発的に歯を見せて笑う。 ﹁私はこの世の全てを知ってはいないさ。そこまで傲慢じゃあない。 知らないことは知らないよ。ただ、知ろうとすればどんなことでも、 知ることはできる。たかがその程度だよ。不死身の怪物に比べれば、 私なんてとてもとても﹂ ﹁さらっと人をディスんないでよ⋮⋮⋮⋮けど、これ﹂ ページを捲り、黄泉実は更に息を呑んだ。 100 ︱︱︱︱二人の身体は、淫靡な行為をするにはいささか以上に小 さい。 細い首も、未発達な乳房も、なだらかな腹も、毛の一本さえ生え ていない恥丘も、頼りない脚も。 まるで未成熟で、しかしだからこそ、その姿には背徳感がつきま とう。 無味が無為の胸に頰を擦り付け、愛おしげに桃色の突起を舐る。 小さく細い指が、ぬるぬると肉穴に吸い込まれていく。 首筋を美味しそうに舐め、恍惚の表情を浮かべている。 柔らかそうな尻肉に顔を埋め、舌を必死に動かしている。 血の繋がった者同士で。 同性同士で。 ましてや双子の姉妹で。 それに︱︱。 禁忌を三つも、それも同時に踏み躙るその行いに、黄泉実は、湿 った吐息を漏らしていた。 ﹁それにしても、不夜城氏が彼女たちに興味を示すとはねぇ。正直、 予想外だったよ﹂ かくん、と首を傾げ、朱瑠は諸手を広げてみせた。 ﹁近親相姦、それも双子とくれば確かにそそるのは分かるさ。でも、 同性愛なんて、別に禁じられている訳じゃあない。この世に完全な 101 る異性愛者は存在しない、というのは、学者の中じゃ知れた話だし ね。世間の風当たりは強いかもしれないが、君好みの題材としては 物足りないんじゃないかい?﹂ ﹁確かにな。俺には理解できんが、恋愛や性愛の対象が、自分と同 じ性別ということも、まぁ、ままあるんだろう。そこは否定しない。 だが︱︱︱︱双子で、近親相姦で、だからこそなんだよ、あいつら は﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮? やれやれ、だね。君の頭の中は、私をもってしても 容易には知れないねぇ。だからこそ、興味深くて仕方ないが﹂ ところで、硫黄島女史。 がっくりと肩を落としつつ、酷く楽しげに笑ってみせて︱︱︱︱ 朱瑠は唐突に、黄泉実に呼びかけた。 びくっ、となにかを察知した猫のように背を震わせ、黄泉実は振 り返る。 ﹁な、なななななにかなっ?﹂ ﹁動揺し過ぎだよ、可愛らしいねぇ。それに、普段の言動と違って 初心でいい。そんなに刺激的だったかい? 双子姉妹の愛の営みは﹂ ﹁し、刺激的っていうか、その⋮⋮﹂ ﹁いいんだよ、恥ずかしがる必要なんてない。言ってしまえばいい じゃないか。他人のあられもない姿を見て欲情するのは、なにもお かしいことじゃない。至極、自然な反応さ﹂ 102 ﹁い、いや、だからね朱瑠っち。そゆんじゃなくてさ﹂ ﹁言い訳なんていいさ。ほら。白状すればいい。未発達で、未成熟 で、まるで子供のような姉妹二人の乱れる写真で、身体が火照って 仕方ないと。子宮が疼いて我慢ならないと。下着が濡れて、甘酸っ ぱい匂いが︱︱﹂ ﹁︻魔女︼。そこら辺にしておけ﹂ 段々と顔を近づけ、楽しそうに言葉を紡いでいた朱瑠を、歯牙が 疲れたような声で遮った。 くすくすと笑いつつ、朱瑠は﹁はいはい、分かってるよ﹂と黄泉 実から身を離す。 ﹁心配しなくても、本気でヤるつもりはないさ。こういうのは一対 一でやるものだし、その方が愉しいだろう?﹂ ﹁お前と会わせたばかりに、何人絵のモデルを失ったと思ってる。 自重しろ﹂ ﹁ししししっ。すまないねぇ、一度気になるととことん突き詰めな いと気が済まない質なんだよ。硫黄島女史は、私の見立てじゃそこ まで初心な娘でもないしねぇ。今更、見知った人間のまぐわいくら いじゃ、そんなに興奮するとは思っていなかったもので、つい﹂ ﹁こ、興奮とかしてないし! た、ただ驚いただけだもん!﹂ 103 ﹁驚いた?﹂ せせら笑うように、朱瑠は上ずった声で繰り返す。 ﹁ししししっ。硫黄島女史、それは安い言葉の入れ替えに過ぎない だろう? 言葉というのはね、極論、赤子にさえ通じるようなもの が一番真理を捉えているものなのさ。だから、正直に言えばいい。 それが一番さ﹂ ﹁だーかーらー! そういう風に分かったようなこと言わないでよ ! 歯牙っちに変な誤解されちゃったらどうするのさっ⁉﹂ ﹁誤解もなにもないと思うけど⋮⋮⋮⋮あぁ、これはおふざけ抜き の本音で﹂ ﹁やっぱふざけてたっ! ⋮⋮って、だからそうじゃなくて、これ ! この写真!﹂ キンキンと高い声を荒げ、黄泉実は開いていたファイルを朱瑠に 向けた。 幾枚もの、裸体と痴態で埋め尽くされたアルバム。 編纂の過程で飽きるほどに見てきた朱瑠は、退屈そうにそれを眺 めるだけだ。 しかし、黄泉実にとってはとても無視できない、大きな禁忌だっ た。 104 ﹂ ﹁この写真︱︱︱︱し、シちゃってるのが外でばっかりなんだよっ ⁉ 一瞬顔を赤らめ、黄泉実は叫ぶ。 ファイルに綴じられていた、無数の写真。姉妹による、姦淫の画 像たち。 その全てが、屋外にて撮影されたものだった。 時には草むら、時には路地裏、時には深夜の公園で。 一糸纏わぬ裸体を晒す場所は、決まって屋根のない場所だったの だ。 他に変なこととか、全然考 ﹁あ、あの二人に、そんな趣味があるとか⋮⋮⋮⋮ちょっと、意外 過ぎて⋮⋮そ、それだけだからね⁉ えてないし!﹂ ﹁ふむ、いい目の付け所だね硫黄島女史。見直したよ。まぁ、それ でも言い訳を重ねてしまう愚かしさは変わらないようだけどね。変 わらず可哀らしいよ﹂ 105 ﹁⋮⋮聴こうか、︻魔女︼﹂ くい、と顎を持ち上げ、歯牙が言う。 ﹁今ひとつ得心がいかなかったんだが、そこが鍵であるように思え る。知っていることがあるなら、包み隠さずに言え﹂ ﹁ししししっ。随分とあのお嬢ちゃんたちにご執心だね、︻狂画家︼ 。よほどそそられるものがあったと見える︱︱︱︱いいよ、教えよ う。元より召喚された身、召喚主には逆らえないさ﹂ なぁに、別に勿体ぶるようなことじゃない。 朱瑠は笑いを堪えるように肩を揺らし、歌うように続ける。 あいおり ゆうじ ﹁愛檻姉妹は父子家庭でね。母親とは死別している。そして、父親 の愛檻有事は、国立完全勧善高校とは違うが、それでも厳格で高潔 な学園の教師を務めている。娘たちにも、人一倍厳しかったようだ ね。それを愛情と取るか、はたまた母親がいないことへの罪悪感、 贖罪と見るかは、人それぞれ意見の分かれるところだろうが︱︱︱ ︱そんな父親に、万が一にも見つかる訳にはいかないよねぇ。血の 繋がった姉妹による近親相姦同性愛﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁だから、父親に見つからないよう、家の外で情事に耽っていたの さ。私が彼女たちを調べていたのはほんの一週間ほどだが、その間 に少なくとも一〇回は事に及んでいる。愛も性欲も溢れ出る年頃な のかねぇ?﹂ 106 ﹁⋮⋮だ、だからってお外でってのは⋮⋮﹂ ﹁そうだねぇ。常識的な判断をするなら、常軌を逸している。スリ ルや背徳感を求めるでもなく、危機管理の一環として外での性行為 を選んだ訳だからね。まったく﹂ ふぅ、とわざとらしく朱瑠は溜息を吐いてみせる。 ﹁誰かに見つかりでもしたら、どうなることやら﹂ カチリ、と。 歯牙の頭の中で、欠けていたピースの嵌まるような音がした。 ︱︱︱︱否。不夜城歯牙は画家であり、芸術家を自負する者であ り、決して探偵ではない。 物事の真相やら深奥やら、そんなものに興味はない。ほんの一部 の例外を除いて。 だから、恰もパズルが完成したかのような表現は、彼とて望むも のではないだろう。 嵌まったピースは、ならば部品と言うべきか。 歯牙の中にある起爆装置のスイッチが、出来上がったのだ。 107 ﹁実際に朱瑠っちっていう、性質の悪い盗撮魔さんに目ぇつけられ ちゃってるもんねー﹂ ﹁おいおい硫黄島女史。誤解を招く表現はやめてくれたまえよ。盗 撮魔と称される犯罪者は、他者の痴態を盗み観て、それを写真とい う形に残すことを目的とする者だろう? 私にとって写真なんて、 無数にある手段の一つに過ぎないよ。必要と思ったことを知るため に、然るべき手段を持って情報を収集しているに過ぎな︱︱﹂ ﹁狩真朱瑠﹂ ︻魔女︼という仇名ではなく、フルネームで。 名前を呼ばれた瞬間︱︱︱︱朱瑠は、ぞくり、と背中を震わせた。 甘露を掬い取るように、艶かしく指先を舐める。唾液で濡れた唇 が、柔らかく動いた。 ﹁なんだい、不夜城氏?﹂ ﹁現在この街の近くにいる組合員に、至急連絡を取れ。多ければ多 いほどいい。⋮⋮あぁ、だが分別のつく奴にしてくれ。見境のない バカに、台無しにしてほしくはない﹂ 108 ﹁それはお願いかな?﹂ ﹁命令だ。召喚に際して、生贄も用意しただろう。代償に応じた働 きはしてくれ﹂ ﹁⋮⋮え? ちょ、歯牙っち? 生贄ってどゆこと?﹂ ﹁はい黙ってなよ硫黄島女史。今は茶々の要らない場面だ。︱︱︱ ︱それで? 目的は?﹂ ﹁題材の確保と保持だ。モデルに気を遣うのは、芸術家として基本 だからな﹂ 曲線を描いていた腰を伸ばし、歯牙は腕を組みながら言う。 月明かりを反射して、瞳は鈍く輝いた。 まるで、彼の奥底にある熱情が漏れ出ているかのように︱︱︱︱ 歯牙は、鋭い口調で続ける。 ﹁ありとあらゆる場所を疑え。目に入る全てを探せ。一刻も早く、 愛檻姉妹を見つけ出せ︱︱︱︱見つけ出したら、何もするな。絶対 に﹂ 109 絶対に。 助けもするな。 歯牙は、ありったけの憎しみを込めて、そう結んだ。 110 クビリガンボウクエスチョンズ︵後書き︶ 描写的にR−17.7くらい? こういう時に、自分でキャラのイラスト描けたらなー、と思います。 ロリっ娘2人を絡ませたい。性的に。 ︻次回予告︼ 汚く汚れた美しい姉妹愛。 R−17.9までに収めたい。 111 クビモタゲツキヨガールズトークⅡ︵前書き︶ ︻前回のあらすじ︼ 黄泉実﹁ないよね。野外はない﹂ 朱瑠﹁私に言わせれば校内もないよ﹂ 黄泉実﹁女の子同士は別にいいけどさ﹂ 朱瑠﹁ん? お誘いを受けたのかな? 私は﹂ 黄泉実﹁あ、丁重にお断りするよー﹂ 112 クビモタゲツキヨガールズトークⅡ ﹃見つけたぞ﹄ 狩真朱瑠の持つ、全部で一七ある携帯電話の一つからそんな報告 が聞けたのは、月も鎌首を擡げる深夜になってからだった。 † 不夜城歯牙の自宅は、本人の奇妙極まりない感性とは裏腹に、至 って普通の、普通過ぎて何もコメントのしようがないくらいに普通 な一軒家だ。 二階建ての、なんの変哲もない家。 このご時世に持ち家であるというのは幸福かもしれないが、でも、 それだけだ。 こじんまりとした庭はがらんどうで、花壇も犬小屋もない。 雑草一つ生えておらず、綺麗を通り越して殺風景だった。 壁の色彩も、よくあるベージュ系。 ﹃不夜城﹄の表札が、初見の人には読みづらいことだけが唯一の特 113 徴だろう。 その門前に、二つの影がある。 どちらも、閑静な住宅街との食い合わせは最悪の部類に入るだろ う。 片や胸元まで大きく開いた、簡素な漆黒のドレスを身にまとって いる。 極端なまでに装飾を抑え、最早ワンピースとほとんど変わらない 形状になったそれは、布地の上からでも身体のラインが透けて見え、 ほぼ裸で外を歩いているようなものでさえあった。 その事実に、彼女は恍惚の笑みを浮かべ、下腹が熱くなるのを悦 ぶのみだ。 そして、もう片方はもっと酷い。 小学生と見紛うほどの低身長。鈴を結び付けた真紅の髪。 その矮躯を飾り付けるのは、犬に取り付けるのと同じような首輪。 ジャラジャラと、鎖の端を自分で咥え、飴でも舐め溶かすように 舌で弄んでいる。 背中には、全身を覆うようにマントを着込み。 頭には大きなトンガリ帽子を被って︱︱︱︱その姿は、紛うこと なき︻魔女︼だ。 硫黄島黄泉実と、狩真朱瑠。 114 彼女たちは、待ち人と共に一旦は家に帰ったのだ。 そして、余所行きの衣装を整えて、待ち合わせにやってきたので ある。 時刻は既に〇時を回り、月が高々と光っている。 三〇分ほど前に朱瑠が二人に連絡をし、そして、朱瑠と黄泉実が 到着したのが、今からおよそ一〇分前。 一〇分間。 朱瑠と黄泉実は、扉の前で待ちぼうけを食らっているのだった。 ﹁⋮⋮⋮⋮いっくらなんでも、遅過ぎやしないかなー⋮⋮!﹂ ﹁ししししっ。短気は損気だよ硫黄島女史。不夜城氏が所定の時刻 に現れないなんて、よくあることじゃないか﹂ ﹁確かにそうだけどさ⋮⋮!﹂ いらいらいらいら。 歯軋りをしながら指で肘を打ち、爪先で地面をタンタンと打ち据 えながら黄泉実は言う。 不夜城歯牙は、時間にルーズだ。 そんなことは知っている。仮にも一年間、ずっとそばにいたのだ から。 だからこそ、今日︵日付的には既に昨日だが︶だって部活の時間 を知らせに探し回った訳だし、それが日常茶飯事なのも理解してい 115 る。 頭では。 理屈では、だ。 そんなものを時折いとも簡単に踏み越えて、意味の分からないこ とを仕出かしてしまうのが、人間だ。 ︱︱朱瑠っちは、私のことを化物とか、よく言うけど。 ︱︱私は、人間だもん。 ︱︱だから、こんなにも本当、いらいらするんだ。 ﹁ねぇ、朱瑠っち。教えてほしいんだけど﹂ ﹁君の恋の成就については、何一つ保証はできないねぇ﹂ 訊いてもいないことを、朱瑠は自分からぺらぺらと話してくる。 ﹁君が不夜城氏のことを憎からず、いや恋しく思っていることは、 傍目から見たって分かる。 調べるまでもないさ。その理由までは、分からないけどね。いず れも推測の域を出ない話さ。 しかし、硫黄島女史。ご存知かもしれないが、私はね、︻魔女︼ だ。化物だ。人外だ。 だから︱︱︱︱人の気持ちなんて、分からないんだよ﹂ 帽子のつばを、くいと持ち上げ。 金色に光る目で爛々と黄泉実を射抜きつつ。 116 朱瑠は、自嘲するようなその台詞を、とても嬉しそうに語ってみ せる。 ﹁不夜城氏は私について、この世に知らぬもののない超越者のよう に語る節があるけどね、酷い誤解さ。 私ほどものを知らない奴もないだろう。 私には、人間の気持ちが、理解できない。 虫たちの行動原理の方が一〇〇段分かりやすいよ。 理屈に合わない行動は、想いは、心理は、真理は、私には分から ない し ︱︱︱︱分からないからこそ、知ってみたい。知って、知って、 知り尽くして知まいたい﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁だからこそ、不夜城氏に惹かれるのかもね。 彼の描く絵は勿論魅力的だ。あれらを失えば、私はこの世界に滅 ぼす以外の価値を見出せなくなるほどにね。 しかしなにより、不夜城氏、その本人こそが最も奇々怪々で摩訶 不思議なのさ。 彼があんな絵を描くのは何故? 動機は? 発端は? なにを表したい? なにに突き動かされている? 117 目的は? 終着は? 題材になるならないの分水嶺は? 疑問を並び立てていくだけで胸が高鳴る。 こんなのは初めての経験だよ。例えばこれを恋と呼ぶならば、私 は君の質問に多少なり建設的な答えを返せるかもね。 けど、言っただろう? 私は人外、人の心が分からぬ人でなしだ。これが恋なのかどうか さえ、私には分からないのさ﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁故に、恋する少女であるところの君の質問に、私が適切な答えを 返せる保証はない。それでもよければ、なんなりと訊くといい。化 物同士のよしみだ、代償はまけてあげよう﹂ ﹁⋮⋮いや。私、さすがに朱瑠っちに恋愛相談するほど血迷っては ないよ⋮⋮﹂ ﹁あの男に恋心を抱く時点で既に血迷っているのでは?﹂ ﹁それは言われたくないなー。⋮⋮⋮⋮んじゃ、朱瑠っちに訊いて も無駄かな、これは﹂ ﹁答えが出ない試算だからといって、放棄するのが賢い選択とは限 らないさ。私に訊いても無駄だった、という結果を出すことにも、 一定の意味はある﹂ 118 ﹁そういうのを意味ないって言うんだけどなー⋮⋮⋮⋮んじゃ、一 応訊くだけ訊くけど﹂ 心底鬱陶しそうに溜息を吐きつつ、黄泉実は口を開いた。 既に、黄泉実には朱瑠からなんらかの知見を得ようなんて腹積も りはなかった。 ただ、語り出すと無駄に長ったらしいこの︻魔女︼との会話を、 早々に打ち切りたかっただけだ。 期待などまるで込められていない、投げやりな口調で質問する。 ﹁好きな人がいるのに、他の人に好きそうな素振りを見せることっ てあるの?﹂ ﹁あるだろうさ﹂ 意外にも。 朱瑠はあっさりと、なんら溜めることもなく答えてみせた。 あまりにも簡単過ぎて、逆に目を丸くしてしまうほどに。 ﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂ ﹁なんだい? 硫黄島女史。言いたいこととがあるなら、言うとい いさ。我慢は身体に毒だよ﹂ 119 ﹁⋮⋮あなた、朱瑠っちの偽者?﹂ ﹁いやなに、君は長い話が苦手だと言っていたからね。人ならざる が故に人の気持ちが分からない私なりに、気を遣ってみたのだけど ね⋮⋮⋮⋮あまり意味はなかったかな﹂ ﹁あー、うん。なんていうか、んー、気は是非遣ってほしいんだけ ど、なんか、あっさりし過ぎて不気味だった﹂ ﹁不気味かい﹂ ﹁家系ラーメンのスープ飲んだらお吸い物だった気分﹂ ﹁そこまでかい﹂ ししししっ。 なにが可笑しいのか、朱瑠は腹を抱えて笑っていた。 ﹁というか、私の方こそ面食らったよ。 君が、硫黄島黄泉実が、︻不死姫︼が、そんなセンチメンタルな 悩みを抱えているなんてね。 ししししっ。 察するに、これこら会いに行く姉妹のどちらかかな。性格面を鑑 みるに、そういった行為を積極的にやりそうなのは、妹の方かな﹂ ﹁な、なんで分かるの⋮⋮?﹂ 120 ﹁心理学を齧れば他人の行動くらい読めるさ。それに当てはまらな い例外も多いから、あまりあてにはならないけどね﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮あたり﹂ ﹁ししししっ。なぁに、案ずることはないだろうさ。直の対面もま だなのに断言して申し訳ないがね、ああいう娘ほど、意外に強かな ものなんだよ﹂ ﹁⋮⋮? な、なにかなそれ。どゆ意味?﹂ ﹁杞憂という意味さ。少なくとも今は、ね﹂ ﹁ちょ、ふ、不穏な余韻残さないでよ! 私的には割と大事なこと なんだから︱︱﹂ ﹁喧しいぞ。夜中に住宅街で、なにを騒いでいる﹂ 底冷えするような、冷たい声。 氷柱の如き鋭さを持って、鼓膜を射抜いてきた声に、黄泉実は思 わず背筋を伸ばす。 びくんっ、と跳ねた拍子に、首の辺りがごきりと痛んだ。 121 視線を動かすと、不夜城歯牙が立っている。 音もなく扉を開け、気配もなく近づいていた。 その姿は、全身を覆う白衣ならぬ黒衣。 大きなポケットにスケッチブックがねじ込まれ、数少ない彩りに なっている。 外套のように棚引くそれは、不吉なカラスの羽に似ていた。 眼が月明かりを反射し、金色を深める。 夜の闇に紛れるほどに黒い姿をした歯牙は、ふん、と鼻を鳴らし て、黄泉実の頭を掴んだ。 ﹁姦しいのは承知しているが、時間を選べ。周囲に目をつけられた ﹂ 待、待って待って歯牙っちち ら面倒だというのが、まだ分からんか﹂ ﹁ちょ、待、痛たたたたたたっ⁉ ょ、これ、本気で痛いんだけどぉっ⁉ ﹁仕置だからな﹂ ﹁あ、あ、あっ、あぁっ、だ、だめっ、らめ、らめらよ歯牙っちぃ っ! く、る、クるクるなんかキちゃうぅっ!﹂ さか ﹁盛るな﹂ ぱっ、と。 122 みしみしと音が響くほどに力を込めていた指先を、歯牙は黄泉実 の頭から離した。 へなへなと蹲り、小刻みに痙攣する黄泉実。顔はだらしなく弛緩 し、垂れた舌からは粘り気の強い唾液が溢れていた。 ﹁ら、らめらって⋮⋮いった、のにぃ⋮⋮﹂ ﹁騒がしい。さっさと行くぞ。︻魔女︼、案内しろ﹂ ﹁ししししっ。遅れてきたというのに謝りもしないねぇ。そういう 傲岸不遜、嫌いじゃあないよ、私はね﹂ 言いながら、朱瑠はスキップ混じりに先導するよう歩き出す。 歯牙もすたすたと、それについていくように歩を進めた。 時には走ったり、回転したりと賑やかな朱瑠の歩きに、速度を合 わせるつもりはない。 そう歩くようプログラミングされている機械のように、歯牙は歩 く。 しばらくすると、どたどたと黄泉実の追いかけてくる音が、後ろ から聞こえてきた。 ﹁存外、時間もかからず見つかったな。時刻を見る限り、ギリギリ の線ではあるが﹂ ﹁ならそのルーズな時間感覚を是非に改めてほしいねぇ。報告じゃ、 まだ事は続けているらしいけどね。やれやれ、若いというのは恐ろ 123 しいね。それとも、恐ろしいのは人間の心理かな?﹂ ﹁誰が張ってる。報告は誰からだ﹂ ななしの ざくろ ﹁︻依願人︼だよ。⋮⋮あぁ、コードネームじゃ分かりづらいかな ? 無々篠柘榴だよ。覚えているだろう?﹂ ﹁あいつか⋮⋮⋮⋮指示しておいて正解だったな﹂ しで ﹁そうだねぇ。柘榴の莫迦じゃ、なにを仕出かすかはともかく、ど う死出かすかが分かりにくいからねぇ﹂ ﹁場所は﹂ ﹁まぁ、それは予想通りといったところかな。だからこそのこの速 度だよ﹂ 息を切らしつつ、ようやく追いついた黄泉実を完全に置いてけぼ りにして。 歯牙は淡々と質問を続け。 朱瑠は絶えず笑いながら、それに答えた。 ﹁古露市の外れにある廃墟群。その中の廃校が舞台だそうだよ。な かなか、いい趣味をしていると思わないかい?﹂ 124 クビモタゲツキヨガールズトークⅡ︵後書き︶ すみません1ヶ月更新しなかった上にまさかの予告詐欺でした⋮⋮。 ちなみに次パートで前回の予告通りのシーンを入れる予定なのです が、 ⋮⋮R17.98くらい、になる、予定、かな⋮⋮? ︻次回予告︼ 次回まではまだ平和 125 PDF小説ネット発足にあたって http://ncode.syosetu.com/n7325dm/ ハートシック・アーティスト 2016年11月26日23時50分発行 ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。 たんのう 公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、 など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ 行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版 小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流 ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、 PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。 126