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豚になった人の話 - タテ書き小説ネット

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豚になった人の話 - タテ書き小説ネット
豚になった人の話
人春
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
豚になった人の話
︻Nコード︼
N0876BN
︻作者名︼
人春
︻あらすじ︼
ただのMMORPG。VRでもなんでもない彼がプレイしていた
ゲーム。彼が選んだのはファンタジーの嫌われ者⋮︻オーク︼。あ
る日本当にオークになってしまった彼が、オークである身体を嫌悪
しながら、それでも人間であろうと努力する。人を助けれる︻ヒト︼
であろう、と。
1
1.︵前書き︶
というわけでハーレムものですよ!
あっちはきれいな見た目で真っ黒だったから、こっちは汚い見た目
で真っ白だよ!
序盤は主人公がうじうじいじいじしてるよ!
あ、あと最強系だよ!
2
1.
MMORPG、というのは、ネットゲームではごく一般的なジャン
ルだ。
電子の海で現実の海の向こう側に住む人とも交流出来るし、多人数
で参加しなければとてもじゃないが倒せないような化け物を倒すの
もいい。はたまた運営の作る大規模イベントを仲間とわいわい楽し
むのも最高だ。
彼︱︱アバターネーム︽豚足大王︾もまた、そんなMMORPGを
楽しむ1人だった。
彼のプレイするゲームは﹃リッツランド・ウォーライク﹄。リッツ
ランドという異世界を舞台にした、王道異世界ファンタジーなゲー
ムだ。主にクエストを受け、MOB⋮モンスターを狩り、その素材
で武器や防具を作り、レベルを上げていく。そして強化したステー
タスを持って、プレイヤー間での戦争を楽しむゲームである。デス
ペナルティがないので安心して戦えるし、格闘ゲームの如く精密な
操作を要求され、しかし団体戦。今までありそうでなかったゲーム
システムは、それなりの売上を記憶した。
プレイヤーはゲーム開始時に魔物か人間かを選び、それぞれの楽し
み方を模索していく。人間ならば戦闘、生産、生活、内政などをオ
ールマイティーに楽しめるし、魔物を選べば様々な制限を受けるが、
代わりにステータスが人間より遥かに優遇されるので戦闘に有利だ。
反面、戦闘以外の楽しみがあまりないのだが。
3
勿論それぞれにデメリットがあり、人間を選べばレベル限界、とい
うのが存在する。人間はあらゆるジャンルをオールマイティーに遊
べる代わりに、戦闘職と生産職の合計レベルが1000までしか上
げられないのだ。戦闘も生産もあれもこれもと職業をどんどん増や
していけば、全てが中途半端で終わってしまう。結局、戦闘特化と
生産特化に別れてしまうのだから、最初から何でもできる、なんて
言うな。とはプレイヤーの総意である。
魔物を選んだ場合のデメリットとしては、まず初期のアバターが弱
い。これに尽きる。一番初めはレベル1のプレイヤーでも倒せるよ
うなスライムやゴブリンから始まり、装備品もかなり制限される。
武器やステータスが貧弱で、レベルが上がっても上昇値が大したこ
とない。
しかし、前半の不遇を乗り越え、レベル100に到達する度に魔物
には︻クラスアップ︼の機会が与えられる。ゴブリンならばボブゴ
ブリンやオーク、ゴブリンライダーやエリートゴブリンなど、様々
な道が与えられる。実質レベルアップはおまけに過ぎず、魔物はク
ラスアップによって戦力を強化していくのが基本となる。
魔物側は装備品が制限されるのは仕方がないと諦め、ひたすらクラ
スアップを繰り返しステータスを伸ばしていけば、パーティー用の
クエストをソロでクリアするのも可能なほどのステータスまで伸び
る⋮こともある。大半は、そうなる前に課金武器であっという間に
強化できる人間側に流れてしまうが。
まぁ、これはあくまで﹃豚足大王﹄の個人的な意見で、人間側でプ
レイしているプレイヤーから見れば、大してステータスも伸びない
のに醜悪な外見のモンスターに固執して、人間側のプレイヤーをキ
4
ルすることばっかり考える陰険野郎共と違い、人間側は仲間と一緒
にプレイする本来の楽しみ方を出来る、真っ当なネットゲーマーが
集うんだ、くらい言いそうだが。事実、魔物側を選ぶプレイヤーは
コミュニケーション能力が低い者が多い。
⋮それはともかく、魔物側と人間側に分かれたPvPがメイン、と
いう分かりやすい挑戦状は、廃人ネットゲーマーの心に火を点けた。
﹃︽豚足大王︾うぃーす。今日は狩りっすか?祭りっすか?>>A
LL﹄
画面の中で自分のアバターの上に吹き出しが現れ、のそのそとその
巨体を揺らす。
豚足大王はその名の示すとおり、豚⋮︻オーク系︼の魔物である。
オークといえば、醜い顔に肥え太った身体、性欲だけが取り柄のや
られ役⋮というイメージが強いが、豚足大王は違う。
10回のクラスアップを経て、その外見は大きく変わっていた。
豚というよりは、猪。鋼鉄のような硬い毛皮に覆われた豚頭には、
天を突くような硬質の牙。肉体は贅肉など一切ない鋼そのもの。鎧
など纏っていないのに、赤銅色に輝く人間の男とほとんど変わらな
いその肉体は、全身鎧を遥かに越すVIT値を記録する。上半身は
5
裸だが、下半身は不思議と鎧のようなものを纏っており、黒い光沢
のある鎧は並みの攻撃ではびくともしない。背中に背負った岩盤か
ら直接岩を削りだしたような無骨な大斧と、頭にちょこんと乗った
小さな王冠があまりにもアンバランスで、風に揺れる赤いマントと
裸の上半身のギャップも相まって、強そうなのにどこかコミカルだ
った。
︽キング・ブルオークEX︾。オーク種の頂点であり、同レベルの
プレイヤーの二倍近いSTRとVIT値によるごり押し戦法を得意
とする、脳筋の魔物。HPも尋常じゃないほど高く、後衛職なら通
常攻撃を一発でも食らえば瀕死どころか確定死を食らう。AGI値
は低めなので離れて戦えば比較的楽に倒せるが、HPの回復速度も
早いため、かなりの長期戦になりやすい。唯一氷属性の魔法攻撃に
弱い、という弱点があるため、戦闘時は大量のタンカーと魔法使い
で遠距離で倒すのが望ましい。そんな魔物だ。
5年近くも余暇とリアルマネー注ぎ込んで強化したアバターが、ヘ
ラヘラと強面で作られた笑顔を浮かべるのを見て、彼はにやりと笑
う。
﹃︽みーにゃん☆︾あー、ぶたちゃんおっひさー。来てくれたんだ
ー﹄
と画面の中で巨大な西洋竜が吹き出しで喋れば、その隣の赤黒い鬼
も手を挙げる。
﹃︽ぽんこつ︾うっす。狩り行きたい。俺︻鬼哭︼欲しいのにでね
ーのよ﹄
﹃︽豚足大王︾あー⋮。エンチャしてなくてもいいならあるわ。欲
6
しいならやるよ﹄
﹃︽ぽんこつ︾マジか!?豚足さん神!エンチャはフレのドワに頼
むからだいじょびっ!﹄
﹃︽みーにゃん☆︾さっすがリアルラック武双⋮。物欲センサーオ
フの名は尋常じゃねーぜぃ﹄
﹃︽豚足大王︾もっと褒めてもかまわんのよ?みーはなんかあるー
?多分ドロップ率5%までなら5回も倒せば出ると思われ﹄
文章を打ち込みながらメニューを開き、アイテムを送信する。鈍器
系レア度Ⅹ、︻鬼哭粉砕棒︼。人間か、オーガ系や鬼系でなければ
装備できないそれは、自分には必要ない。元から仲のいい人にあげ
るつもりだったし、迷わず送信。すぐさま感謝のメッセージが雪崩
れ込み︱︱それに添付されてたアイテムに首を傾げた。
NEW
LIFE︼と書かれたオーブ
﹃︽豚足大王︾ぽんさん。これは?﹄
見慣れない名前。︻THE
系のアイテムは聞いたことがない。攻略サイトにも乗っていないア
イテムに、疑問も湧く
﹃︽ぽんこつ︾なんか課金アイテム。︻新しい人生を!︼とかいう
説明しかなくてさー。Wikiにも載ってなくて恐いし、ノリで買
ったけどキャラデリかもしんないって考えたら怖くて使えないじゃ
ん?お礼兼厄介払い﹄
﹃︽豚足大王︾これだからぽんこつは⋮﹄
7
﹃︽みーにゃん☆︾ぽんこつまじぽんこつ⋮﹄
それはお礼になっていない。と言うのももどかしくて溜め息を吐く。
にしても課金アイテムでキャラクターデリート、ということはない
だろう。軽く検索サイトで調べてみたが、ヒットなし。となれば⋮
﹃︽豚足大王︾ちょっと使ってみるわ﹄
﹃︽みーにゃん☆︾やめとけば?バグアイテムかもよ?﹄
﹃︽ぽんこつ︾1000円したアイテムだし悪いことはないと思う
けど﹄
﹃︽みーにゃん☆︾なんでんなアイテム買ったし﹄
﹃︽ぽんこつ︾5000チャージして3000円の経験値3倍チケ
ットと1000円の防具買って1000余ったんだよ。回復アイテ
ム買おうかと思ったんだけど、なんか面白そうだったし﹄
﹃︽豚足大王︾なんだこれ。使い方わからん﹄
メニューアイコンから選択し、何度もクリック。しかし、反応なし。
意味がわからない。バグか?
と思った矢先だった。
画面に、小さなウィンドウ。中に書かれた文字は、
︻転生いたしますか?︼
8
⋮なるほど、転生システムを追加したのか、と納得した。それを2
人に告げようと思ったが、ウィンドウが消せない。なるほど、処理
を終わらせないといけないわけか、と納得。
カーソルを動かし、いいえ、を選択。
︻いいえ、を選択されますと、転生に必要なアイテムは失われます。
よろしいですか?︼
﹁⋮えー﹂
それは、ちょっと、かなり勿体ない。仕方がないのでいいえ、を選
択。再度現れる︻転生いたしますか?︼のウィンドウではいを選び、
転生をすることを決意。
︻クラスアップが10回行われています。10個の項目を選択して
ください︼
⋮と、なるほどな。転生してキャラクターを再設定する際の追加要
素か。様々な項目が並ぶ中、とりあえず
・ステータス30%引き継ぎ
・アイテム引き継ぎ
・所持金引き継ぎ
の三つを選ぶ。次は⋮やはり今までより強いキャラクターに育てた
いところだ。
・経験値UP
・状態異常付着率50%カット
9
・STR成長1.5倍
・VIT成長1.5倍
・斧攻撃力強化
・重装備ボーナス
あと1つ⋮。あと1つ、か。欠点を消すか長所を伸ばすか⋮。項目
はかなり多岐に渡る。魔法攻撃力強化だの魔法ダメージカットだの
⋮。またオーク系で育てる、と決めた訳じゃないが、氷属性ダメー
ジに耐性を付けることも出来た。悩む⋮が、やはりこれだろうか
・物理耐性
結局のところ、オーク系にしろなんにしろ重装備で固めて斧を手に
敵に突っ込むのは変わりないんだ。だったらガッチガチに殴り合い
できるよう、更に防御を固めた方がいい。説明によると物理耐性は
30%まで物理ダメージを軽減できるらしく、上手く使えばかなり
のバランスブレイカーになるだろう。恐らく転生するならまたクラ
ス1⋮ゴブリンからのスタートだろうし、これくらいないとやって
いけない。
︻この設定で転生します。よろしいですか?︼
はい、を選択。しばらくの沈黙とともに、パソコンのファンが唸り
を上げる。買い換えないとだめかなぁ?と苦笑しながら画面の変化
を待てば、
︻本当によろしいですか?︼
と確認。迷わずはいを選択し、しばらく待ち︱︱
10
︻それでは、よい旅を。ご愁傷様です︼
という一文を目にした瞬間。
彼の意識は闇に溶けるようにして、消えた。
11
1.︵後書き︶
ぶ、ブ○ファンゴフェイク⋮www
12
2.
そうして気がつけば︱︱俺は、人型の豚になっていた。
﹃彼﹄はこんなことを求めていなかった。化け物をアバターとして
使ってはいたが、自身が化け物になりたい、だなんて考えたことは
なかった。けれど前世の自分︱︱﹃彼﹄の記憶を持った自分は今、
こうして豚の化け物⋮︻オーク︼になって、呆然としている。
人間だったのに。
理性ある、知性ある人間だったのに。
今は、醜く太った醜悪な豚の化け物として。
鳴いた。口から漏れる嗚咽の声が﹁ぷぎぃぷぎぃ﹂と豚の鳴くよう
な音だったのに気付いて、吐いた。人間だったのに。人間だったの
に、豚に。醜悪な化け物に。酷い臭いが、大きな鼻を経由して頭を
揺らす。精神的な衝撃が強すぎて、涙すら出なかった。
ただ、ひたすらに叫んだ。よだれと吐瀉物で脂肪に膨れた体を汚し
ながら、がむしゃらに叫んだ。突然騒ぎ出した自分を訝しんだ他の
オークが、徐に自分の身体を蹴り飛ばす。痛みは無かった。蹴った
オークが顔を痛みに歪め、唾を吐きかけてきた。どうでもよかった。
ひとしきり頭を抱えて滅茶苦茶に叫んで、猛烈な喉の渇きを自覚す
る。痛い。喉が、痛い。水が飲みたい。
13
鼻がひくひくと動き、顔がひきつる。気持ち悪い。顔の中心にある
大きな鼻が、たまらなく気持ち悪い。けれど優秀な嗅覚が捕らえた
水の臭いに誘われて、ふらふらと歩き出す。揺れる肉の感触が、一
歩踏み出すだけで立ち上る自身の体臭が、たまらなく気持ち悪い。
こんな身体じゃなかった。俺は、こんな豚じゃなかった。
部屋の⋮いや、無数に無軌道に掘られた洞窟の行き止まりの隅に置
かれた水瓶。頭を突っ込んで水を飲む︱︱そんな自分を想像して、
吐き気がした。けれど頭の中にある豚の記憶が言うのだ。それがあ
るべき形だと。他のオークもそうしている、と記憶にはある。余計
にその水が飲めなくなった。
気持ち悪い。ひたすらに嫌悪感を煽られて、ふらふらと歩き出す。
身体が重い。肉が。贅肉が。たるんだ皮が、気持ち悪い。こんなの
俺の体じゃない、と脱ぎ捨てられるなら、どんなに良かったことか。
分かるのだ。自分が豚で、オークで、どうしようもないことが。頭
の中の人間だった自分が、豚になった俺を拒絶する。お前は、俺じ
ゃない。そう言われているような気がして、口からダラダラと嫌な
液体が流れる。たまらなく臭うそれは、これが現実で、お前は豚な
んだと語りかけてくるようだった。
なまじ視点が高くて、手があって、足がある。人型だからこそ、気
持ち悪い。豚のくせに人間の真似をして。豚のくせに、人間だなん
て言い張ろうとして。既に豚なのに、人間だった自分にすがりつい
て。
滑稽だ。
一周回って笑えてきた。笑うしかなかった。気持ち悪いんだ。この
14
肉の体が気持ち悪い。だというのに、だというのに、嗚呼
死にたくない。
豚のくせに、死にたくない。
自害する勇気もない。
豚の身体に嫌悪感しか沸かないのに。何故か、死にたくない。死ぬ
のだけは嫌だ。じゃあ、なにか?あるかもわからない寿命が尽きる
その時まで、俺は豚として生きるのか?
洞窟の中をふらふらと歩き回る。
オークの生態は、分かりやすかった。
寝て、
食って、
戦って、
奪って、
犯して、
それの繰り返し。宝物のように積み重ねられた武器や防具はほとん
ど錆び付いていた。食料は腐りかけているものも多く、冷蔵どころ
か血抜きもそこそこに適当に積み重ねられていた。とある部屋では
人間の女や獣の特徴をもつ女、どころか獣の雌や見たこともない醜
15
悪な化け物まで無理矢理詰め込まれていて、代わる代わる入ってい
くオークたちに犯されていた。身体を豚に貪られているのにぴくり
とも反応しない女達が哀れで仕方なくて。豚である自分よりも、オ
ークよりも底辺として扱われる彼女たちの姿に、過去の人間だった
自分を投影して、涙が零れそうになった。
イヤだ。
豚は、イヤだ。
俺はもう、人間じゃないのは分かってる。
どう足掻いたって俺はもう人間には戻れないし、この身体は豚のそ
れだ。仮にここが異世界で、現実世界に戻れるのだとしても、豚の
姿で現代社会を生きるのは不可能だ。
けれど、いやだ。
寝て食って戦って奪って犯す。ただただそれだけを繰り返す化け物
に、ただの豚に成り下がりたくない。例えこの身が豚のそれになっ
てしまったのだとしても、俺は人間として生きた自分を捨てたくな
い。
人間だから。
現代社会で20と余年を過ごした俺が、開き直って豚として生きて
いくなんて、死んでも嫌だ。
俺は、人間なんだ。
16
ふらふらと揺れる視界。おぼつかない足取り。それでも、洞窟から
抜け出した。ぶひぃぶひぃと話しかけてくるオークたちを無視して、
見渡す限りの大森林の中を進んでいく。武器はない。太った身体に、
股間を隠すための布一枚。それとオークの強靱な身体だけ。これで
なにができる?豚ではないとどうやって証明する?俺は人間なんだ、
と胸を張るためには、なにをすればいい?
ぶひー、ぶひー、と漏れる鼻息が、堪らなく耳障りだった。人間な
んだ。俺は、人間なんだ。例え身体が豚だとしても、人間として生
きる。意味のない行動をしているのは分かっている。先程の洞窟内
の様子を見れば、豚が、オークが人間を襲うのは疑いようがない。
人間を襲う化け物に、人間の真似事が出来るわけがない、と冷静な
俺は脳裏に囁いている。
けど、でも。
例えそれで人間に捕まって、殺されても、後悔しない自信はあった。
化け物として殺されるのではなく、人間として行動した結果殺され
るなら、本望だと考えた。
そのために必要なことはなんだ?人間として生きるために必要な、
オークがしなければいけないことは、なんだ?
外見を、取り繕うべきだ。
気持ちの悪い、肥え太った醜い身体。一目で嫌悪感を煽る、下衆の
容姿。せっかくの鼻を麻痺させるような、強烈な体臭。全部全部、
人間としてはマイナスだった。例え人間じゃなくても、きっとオー
クには嫌悪感を持つだろう、と確信した。
17
洞窟を出て、最初にしたのは川を探すことだった。臭いを消すため
に。喉の渇きを潤すために。まだ使い方のよくわからない身体を必
死で動かして、ドスドスと重い足音を慣らしながら川へと一直線に
向かう。途中で当たり前のように手足に噛みついてきた狼を、その
まま地面に叩き付けて殺した。なにも思わなかった。既に化け物で
あるこの身は、生き物を殺したくらいではなんの痛苦も感じなかっ
たし、あっさりと脳漿をぶちまけた狼に、むしろ食欲すら沸いてい
た。
だからといって、狼を生で食ったりはしない。複数噛みついてきた
狼を片っ端から地面に叩きつけていく。血の花を咲かせる狼達に腹
を鳴らしながら、澄んだ小川の川縁に到着した。
飛び込むようにして水を飲む。乾ききった身体はスポンジのように
水を吸収し、余計に腹が空腹を訴えた。しかし、食うわけにはいか
ない。
まずは、余分な肉を剥がす。そして、身綺麗にすることを心掛ける。
そして、身体を鍛える。
俺は、豚だ。
どんなに取り繕っても豚で、オークで、人間を襲う化け物なのは隠
しようもない事実だ。
けど、そんな化け物でも、人間よりは強いはずなんだ。
だから、強ければ、名を売れば、もしかしたら、人間はその強さを
求めてくれるかもしれない。古来より、人間を気に入って力を貸す
18
化生の存在は珍しくない。俺が人間に危害を加えないと、むしろ化
け物を嫌うということを証明できるならば、俺は再び﹃人間﹄とし
て扱ってもらえるかもしれない。
甘い考えだとは理解している。希望的観測に過ぎないとも理解して
いる。けれど、それでも、俺はオークではなく、人間として生きた
いのだ。
﹁⋮ダから、﹂
喋れる。明確に、言葉を喋ることは出来る。言語体系が違うのはど
うしようもないが、言葉によるコミュニケーションが可能ならば、
俺はいくらでも努力できる。そう、まずは⋮
﹁おーく、をまずは、皆殺ス﹂
︻オーク︼の悪評を広めそうな、あの洞窟にいた豚を、屠殺する。
自分の目標のために、敵対している訳でもない生き物を大量に殺す。
なにも思わなかった。なにも感じなかった。いや、嘘だ。
むしろ、心の中で火が灯る。本当に殺したいのは豚になってしまっ
た自分だとは理解している。八つ当たりだ。でも、殺す。絶対に殺
す。いらない。オークなんていう生き物は、必要ない。だから殺す。
俺の目的の邪魔だから殺す。絶対に、確実に。
問題は、オークがどれくらい強いのか、だ。
川縁にある一抱えほどの岩を、おもむろに殴りつける。あっさりと
砕けた岩に、戦慄する。痛みはない。手に取ってみれば、しっかり
と硬い。それをあっさりと砕ける、腕力。そして、身体の頑丈さ。
19
動きは鈍いが、紛れもない脅威。オークが皆これくらい強いのなら、
話にならない。きっとなぶり殺されて終わる。挽き肉になって転が
る自分の姿を幻視して、ぶるりと背筋を震わせる。
だが、それはない、はず。
﹃彼﹄の記憶では、自分の力は⋮ステータスは、︻キング・ブルオ
ークEX︼の三割を受け継いでいるはずだ。その割には余りにも足
が遅いが、力と頑強さにだけは納得がいく。醜い身体だが、力だけ
はあるのだ、この身体は。
ならば︱︱
﹁ステータス﹂
無意識の内に声に出す。すると分かりやすく、頭の中に文章が浮か
び上がる。なんでこれを知っているのか、という疑問は脇に置いて
おく。使えるものはなんでも使う。利用価値があることが分かった
なら、それだけで十分だ。
data
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
Name:no
Age:1y
12365/12580
22/100
HP
8124/8980
LV:ランク2
SP
42/42
3021
MP
STR
20
MIY
MAT
DEX
AGI
VIT
200
2409
1100
160
180
4560
混乱
LUK
状態:恐怖
装備品
武器:
頭:
VIT+1%
衰弱
胴:オークの腰巻き
腕:
足:
アクセサリ1:
アクセサリ2:
所持金:568004790G
アイテムボックス
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱
⋮あり得ない。いくらステータスを引き継いだ、といったところで、
21
滅茶苦茶だ。STRとVITの上昇値は勿論だが、AGIとDEX
の弱体化がひどい。30%の引き継ぎがあるなら、最低でも全ステ
ータスが1000を越えてなければおかしい。ゲームだったころは
ステータスの最大値は9999だったが、このレベル、ランクでの
このステータスの高さと低さは余りにも異常だ。
⋮だが、STRとVITが高すぎるというのは、決して悪いことじ
ゃない。AGIが低すぎるのは難点だが、余計な肉がなくなれば少
しは動きやすくなるだろう。
アイテムボックスもしっかりあるようで、チェックすればゲーム時
代に集めたアイテムがたっぷりと残っていた。﹁アイテムボックス﹂
と呟けば、視界に入るウィンドウ。その中から﹃ポータブルポータ
ル﹄⋮一定範囲内に敵を近寄れなくするアイテムを選べば、折り畳
まれたテントのようなモノがどさりと眼前に現れた。⋮当面はこれ
を使って拠点確保、か。
拠点も作れる。
物資も十分ある。
時間も、たっぷりある。
これならば、肉体を改造することも、難しくはない。
鍛えて、回復して。戦って、回復して。殺して、回復して。それを
繰り返せば、短い時間で強くなれる。
強くなる必要がある。
22
それこそ、どんな敵にも、障害にも捕らわれないほどに、規格外な
強さを手に入れなければならない。
醜くても、豚でも、化け物でも、ケダモノでも。
ひたすらに、強く、強く、人間らしく、ひたむきに。
本能で生きるケダモノではないことを、証明しなくてはならない。
﹁俺は⋮ただの、豚には、ならない﹂
ブヒブヒとした聞き辛い自分の声が、余計にその意志を固めてくれ
た。
それが、現実逃避だと理解しながらも。
豚の身体でも、唯一胸を張って自慢できる、武力に︱︱すがりつく
しかなかった
23
2.︵後書き︶
主人公がうざい?
仕様です
ある程度吹っ切れるまでご了承ください
ちなみに通常の︻オーク︼はこんなん
STR
400
300
2500/2500
VIT
80
HP
AGI
60
900/900
DEX
50
SP
MAT
250
25/25
MIY
200
MP
LUK
まさにチート!おおチート!
24
3.
今の俺は、ただの豚に過ぎない。
確かにステータス⋮STRとVITだけを見れば、既にランク5以
上の魔物系プレイヤーでも楽々あしらえるほどのステータスがある。
けれど、それを操る俺は︱︱﹃彼﹄、人間だった俺は、戦う術なん
か全く知らないのだ。
頭の中の豚は、何度か人間の住む村を襲撃する際に参戦したことが
あるらしく、武器の握り方、振り方くらいは知っていた。しかし、
それは俺の理想とする戦い方じゃない。武器を用いた戦い。ただた
だ振り回すだけではなく、フェイントや駆け引き、小技を駆使して
戦うのが、本当の意味での﹃人間の戦い方﹄だと思うのだ。
まず、敵の攻撃は食らわない。食らうならしっかり防御する。こち
らの攻撃は確実に当てる︱︱最低でもこれが出来るようにならなけ
れば、話にならない。
そして攻撃を食らわずに敵に攻撃を当てるには、素早い身のこなし
が必要になる。
だから俺は︱︱ひたすら、走ることから始めた。
小川の川縁を拠点に、寝る間も惜しんで森の中を駆け回る。どすん
どすんっと足音を響かせながら、たまに襲いかかってくる獣系の魔
物を殴り飛ばし、ひたすらに。
25
ゼェハァと全身から汗を吹きながら、汚い顔面をぐちゃぐちゃに歪
め、ひたすらに駆ける。足が動かなくなるまで走ったら、その場で
足を止める。そしてアイテムボックスから必要STR値がまったく
足りていない装備品を取り出し、がむしゃらにそれを振るう。型は
いらない。ただ、スムーズに、ひたすら、リズムを変えて、巨大な
斧で前方を薙ぎ払う。ゲームだったころに散々神の視点で見ていた
︻キング・ブルオークEX︼の動きを身体に馴染ませる。そこに蹴
りや殴りを加えて、動きやすいよう、戦いやすいよう、襲ってくる
獣を相手に動きをなじませる。
ぶちぶちと両腕が悲鳴を上げ、奥歯がぴしりと音を立てるほどに噛
みしめ、鼻血が吹き出すほどがむしゃらに斧を振り回し続ける。毎
日続けていればそれなりに慣れも出てくる。その分走る距離と振る
う速度を加速させ続ける。
それを、毎日。24時間。加重に耐えかねた手の平が、斧を落とし
たところで武器をしまう。アイテムボックスからHP回復用のポー
ションを取り出し、一気に煽る。魔物の回復力をあてにしながら、
がむしゃらに身体を虐める。ただの自傷行為に走るよりはよっぽど
建設的だと自身に言い聞かせながら。
疲れ果て、立つことすら出来なかった身体が、ポーションの効能で
僅かに息を吹き返す。ふらふらした足取りで拠点にしている川縁に
たどり着いたら、空腹の余り幻影すら見えてきた頭を叩いて正気に
戻し、頭を突っ込んで水を飲み続ける。生水を飲んだら腹を下す、
なんて考えない。悪食のオークは腐った水でも気にしない。飲んで、
飲んで、飲んで。失われた水分が身体に馴染むまで待ったら、仕留
めた狼をそのまま焚き火で炙り、毛皮も骨も爪も牙も一切の区別な
くかじり尽くしていく。やはり、悪食。美味くもないが、腹は膨れ
26
る。
1日に、狼一匹。それが俺の決めた食事量。運動量とカロリーが全
く釣り合っていないが、だからこそ脂肪はごっそり落ちる。ぱんぱ
んに膨らんでいた腹が僅かに萎んだのを満足感と共に見下ろす。
オークの食事量がどれくらいなのかは知らないが、腹はまだ足りな
い。ぜんぜん足りない、と不満の声をあげる。しかし、それを無視
して疲れきった身体は無理矢理眠りの世界に落ちていく。早急に余
分な肉を脱ぎ捨てるためならば、多少の無茶は承知の上だ。
そんな生活を、頭がなにも考えられなくなる程度の時間続けた頃。
身体に、変化が起こった。
ランク3の魔物。レイジングベア。完全にオークの上位互換とでも
言うべき高いSTRとVIT値で敵を粉砕する巨大熊の爪の振り下
ろし。別に食らっても全くダメージはないが、防御の練習も兼ねて
頭上に掲げるのも億劫な巨大両手斧でなんとか受け止め、反撃の蹴
りで右後ろ足を潰す。
馬鹿げたSTR値は莫大な筋力を作り上げ、全力の蹴りは小枝でも
折るかのようにあっさり太い後ろ足を蹴り砕く。絶叫と共に下がっ
た頭に、大上段に振り上げた両手斧を振り下ろす。レイジングベア
どころか地面を砕きクレーターを作り出した一撃で、ミンチとなっ
て爆ぜるレイジングベア。クレーターの中心で斧を肩に担ぎ直せば、
あまりの重さに膝と肩がギシギシと悲鳴を上げた。
そして、頭の中に浮かぶ無数の選択肢。︱︱ランク3への、クラス
アップ。
27
脳裏に浮かぶ見慣れたそのディスプレイ表記に、苦虫を噛み潰す。
ここは現実だ。紛れもない現実だ。
俺が無様で醜い化け物豚になってしまったことは変えられないのに
︱︱こんなところにばっかり、ゲームと同じシステムを使うのか。
散々アイテムボックスやステータス閲覧に助けられてはいるが、そ
れでもイライラとささくれ立つ心が平静を失っていく。
最早考えるのも億劫だ。数々の選択肢の中から、︻オークエリート︼
を選択する。︻キング・ブルオークEX︼に至る課程を、特に迷う
ことなく選んだ。体がどういう風に変化していくのかを知っている
のと知らないのでは、全然違う。ならばせめて、知っている道を選
んだ方がマシだった。理想としているのが︻キング・ブルオークE
X︼の戦い方なのだから、それを最大限に活かせる道を選ぶ。
選択と共に、数回視界が明滅する。まるで眠るかのように意識があ
っという間に飲み込まれ、心地よい感覚が体を撫でる︱︱数分か、
数時間か。再び目を開けた時には、俺はステータスを大幅に強化さ
れた︻オークエリート︼になっていた。
︻キング・ブルオークEX︼
︻キング・ブルオーク︼
︻ブルオークリーダー︼
︻エリートブルオーク︼
︻ブルオーク︼
︻キングオーク︼
︻オークリーダー︼
28
︻オークエリート︼
︻オーク︼
︻ゴブリン︼
これが俺の辿った道。キングオークまでは体は醜く太っていて、如
何にも嫌悪感を煽る外見をしている。俺がどんなに苛烈なトレーニ
ングを敢行しても、ある程度以上に落ちない脂肪は醜さの象徴のよ
うで、嫌悪感が沸いてでる。食欲と、性欲しかない、醜いケダモノ。
対して、ブルオークまでクラスをあげれば、その外見は大きく変化
する。2mを越す大柄な身体。極限まで鍛え上げられた筋肉美。ゲ
ームの設定上、大昔に絶滅したオークの古代種⋮その中でも近接戦
闘に特化した猪頭の魔物は、その猪頭や背中にある獣毛を除けば、
限りなく人間に近い外見をしている。少なくとも、皮が弛んだ醜い
オークよりは、凛々しい猪頭の魔物の方が俺は好感を持つ。
⋮豚ということに、違いはないが。
都合、あと3回のクラスアップを重ねれば、俺は︻ブルオーク︼に
至れる。
⋮やってやる。
そのためなら、なんだって殺す。いくらでも殺す。何回でも何百回
でも殺し尽くす。
だが、ここでは駄目だ。
気の遠くなるような時間をかけても、ランク3のレイジングベア程
度の存在が我が物顔でうろつく森では、ブルオークになるなんて夢
29
のまた夢。とにかく効率を求めるならば、今のステータスから考え
るにランク7クラスの魔物と戦うのがいい。
ランク7⋮。レベルで言うなら、人間のキャラクターなら戦闘職L
V300以上が推奨される戦闘領域。オークやオークエリートは3
0∼70までが適正値。明らかに身の丈に釣り合っていない。多少
は慣れてきたとは思うが、戦えるのか?俺が?平和な日本で暮らし
ていた俺が。ステータスこそ馬鹿げた数値だが、痛いのも恐いのも
苦手な、俺が?
それこそ、今更だ。
俺には、もう戦いしか残っていない。
日本で暮らしていた﹃彼﹄の記憶は切り捨てろ。これから先、豚に
しか⋮例え猪になれても、魔物にしかなれない俺には、人間であっ
たころの記憶は眩しすぎるから。
必要なのは、知識だけ。そして心だけ。決してケダモノになんかな
らない、と。化け物になんかならない、と。ただの豚になんかなっ
てたまるか。そんな意志だけでいい。他の記憶は、余りにも酷すぎ
て⋮心が折れそうになる。
だから、決別する。﹃彼﹄はもういない。ありがとう。今まであり
がとう。お世話になりました。そんな気持ちで、﹃彼﹄はここに置
いていく。
俺は豚だが、その心だけは豚にならない。
正しいことを行えるように。
30
人として扱ってもらえるように。
今は、︻ブルオーク︼となることを。そして、醜い豚を皆殺しにす
ることだけを考えろ。
強くなるんだ。
強く、強く。どこまでも強く。
拠点にしていた川縁を離れ、深くなっていく森の奥へと進む。もし
ここが俺の考えている通りなら。︻パドキア大森林︼ならば。ゲー
ムの頃と同じならば。
一定の条件を満たすことで︻パドキア大樹林︼に潜ることが出来る。
大樹林の魔物は最低でもランク6。未だにランク3の俺ならば、短
期間でレベルを上げることも可能なはずだから。
ゲームの知識を頼りに森の中を歩いていく。途中で出会う知性もな
い獣たちを薙ぎ払い、丸々3日。流石に森の奥に向かうために、必
要STRが適正値の武器を用い、あっさりと沸いてでる魔物を薙ぎ
払いながら進めば、予想通り︱︱希望通り、朽ち果てたストーンサ
ークルを発見した。
時を駆け抜ける、ストーンサークル。このパドキア大森林がかつて
大樹林と呼ばれていた過去に遡り、そこで居を構えていた︻キング・
ブルオーク︼を単独で討伐する。そして新たなブルオークの王とし
て君臨することが、︻キング・ブルオークEX︼となる特殊条件だ
った。ただのキング・ブルオークとキング・ブルオークEXとの間
には、大きな隔たりがある。ステータスが5割は違うのだ。︻EX︼
31
は確実に必要だ。
わざわざ人気のないオーク系の魔物をそこまで上げる物好きは極々
僅かで、俺も必死になって情報を探し、ひぃひぃ言いながら馬鹿げ
た強さのキング・ブルオークを倒した思い出がある。体力も馬鹿げ
た量で、物理耐性持ちで。ひたすら殴るしかなかったから、丸々3
時間は掛かったはずだ。
⋮それを、もう一度。
今度は、現実で。
負けたら、なんてことは考えない。むしろ、負けない方がおかしい。
だから精一杯修行して、現実のキング・ブルオークの戦い方を参考
にして。戦いながら敵の動きを盗んで︱︱強くなる。
出来なきゃ死ぬだけだ。漫画やゲームの主人公はあっさりそれをや
ってのける。逆に言えば、それくらい出来なきゃ主人公なんて︱︱
いきなり異世界に飛ばされて成功する、なんて出来ないんだ。
だから、これは景気付け。
キング・ブルオークくらい倒せないで、人間として生きるなんて出
来ると思うな。と
そして、
キング・ブルオークを倒せたなら、どんなに辛くても苦しくても、
人間として生きるくらい訳ないさ。と。
32
自分に言い聞かせるために、死ににいく。
﹁⋮強く、なる。必ず。どこまでも﹂
人間として、生きるために。
ストーンサークルの起動用の文言を大声で叫び︱︱俺は、過去の世
界に飛び立つ。
淡い燐光が、とても綺麗で︱︱醜い自分との対比を想像して、涙が
零れ落ちた。
33
4.
ゲームでは分からなかった現実との差異に苦しめられ、そして助け
られる。
まだほとんど足を踏み入れたものがいない柔らかい森の土は、鈍重
な身体と巨大な斧を担いだ俺の足に絡みつく。一歩踏み出す度にく
るぶしまで足が埋まるため、酷く進軍に時間が掛かる。
だが、ゲームとは違いこれは現実。襲いかかってくる魔物も斧で叩
き潰せば、例え殺せなくても大きく戦闘力を削ぐことが出来る。ゲ
ームではHPを0にしなければ敵は元気に攻撃を仕掛けてくるが、
手足の一本二本、骨の数本も砕いてやれば、見るも無惨な程に足が
遅くなる。そうすれば、命がけの戦いは死ぬまで斧を振り下ろすだ
けの単調な作業になる。自分より遥かに高位の魔物とガチンコでぶ
つかり合い、流石に何度も致命傷に近い攻撃も食らったが、すぐさ
ま有り余るポーションを浴びれば治癒される。最初の頃こそ痛みに
のたうち回っていたが、3日も経つ頃には腸を引きずり出されよう
と斧を振るえるようになっていた。
酷く曖昧な意識の中、激痛を感じても現実感がない。化け物染みた
VIT値のお陰なのか、有り余るHPのお陰なのかは判断できない
が、痛みのお陰で意識がはっきりする、というのも何度もあった。
むしろ、痛みが心地いい。痛ければ痛いほど、自分がまだ正気なん
だと実感できた。
戦い続けたお陰か、随分と斧の扱いにも習熟したし、レベルも上が
34
った。ブルオークやその類、他の魔物が間合いに入ったら斧を振る。
ただそれだけで、一週間も経たない内に俺は︻キングオーク︼の領
域に足を踏み入れた。オークからオークエリートになるのに掛かっ
た時間はうろ覚えだが、1ヶ月はあったはず。素晴らしい速さだ、
と思う。
クラスアップと共に斧が扱いやすく、まるで腕の延長になっていく
かのような万能感を味わいながら、より醜くなる身体に嫌悪感も覚
える。ステータスが上がれば上がるほど、強い敵を求めれば求める
ほど、自分がケダモノになっていくような悪寒。そんなんじゃない、
と言い聞かせながらも、眠れない夜が続く。眠れない時間を無駄に
するのが嫌で狩りに励めば、死体の山を築きレベルが上がる。
気持ち悪い。一週間ろくに寝ていない。むせかえるような濃厚な血
の臭いが、全身から漂う。自分が流した血も、返り血も、ごっちゃ
になって、醜く肥えた豚の身体を濡らす。凄まじい嫌悪感に耐えな
がら、問答無用で目に付く生き物全てに斧を振るう日々を繰り返す。
諦念も沸いてくる。
諦めろ、と。
なにを焦って八つ当たりしているんだ、と。
ゲームじゃないんだから、レベルやクラスアップに固執する必要は
ない。外見が人間に近くなるからーなんて理由付けてブルオークを
目指す必要もない。
認めちまえよ。
35
そう呟いてくる自分に首を振る。頭では分かっているのに、それを
許容できないのだ。だって、ようは、今まで俺が無差別に魔物を殺
してきたのは︱︱
子供の、癇癪と変わらないんだ、と気付いたから。
変に大人ぶって。かっこつけて。理由探して。大義名分背負って。
頭ん中ぐっちゃぐちゃなのに無理して。身体苛めることに固執して。
豚を必死で否定して。俺はこんなんじゃない、オークなんかとは別
の種類。︻だから︼殺せる。そう、自分に言い聞かせるために、や
たらめったら殺戮し尽くした。
いっそ開き直れるなら、狂えるなら、楽なのかもしれない。豚は豚
だって笑って流して、ケダモノのように、魔物らしく化け物らしく
生きれるなら、どんなに楽だっただろうか。けれど俺は、汚くて醜
くていやらしい、嫌われ者のオークになってしまった自分を、認め
ることなんか出来ない。無理だ。
だからこれは、遠回しな自殺だったのかもしれない。
戦い続けたお陰で、混乱するばかりだった意識が少しずつ、はっき
りしていく。
だってそうだろう?豚を皆殺しにするのが目標なら、オークエリー
トになった時点で十分だったんだ。ブルオークに囲まれても戦える
のに、なんでわざわざ強いのから倒す必要がある?
落ち着いて考えてみれば、俺がやったことってなんなんだ?
目覚めて、自分が豚だって気付いて。
36
絶望して、混乱して。
︻とりあえず︼ゲームと同じようにレベル上げとクラスアップに苦
心して。
豚に八つ当たりすることに決めて。
それで、なんでここにいる?
なんでわざわざブルオークを目指す必要がある?
意味なんかない。だって、なにも考えてなかった。ゲームと同じよ
うに戦えるようにすることから始めたから、ゲームのころと同じよ
うに適正レベル帯で戦うようにしただけ。
俺の目的はなんだ?
人間として生きることだろう?
それを目指すために、なんて理由付けて⋮⋮⋮駄目だ。
思考が堂々巡りしている。落ち着け。混乱するのも、絶望するのも、
引きずるのも、とりあえず終わり。
だったら、何をするか、だ。
1、強くなる。
ただの豚よりは、強い豚がいい。シンプルでいいじゃないか。
37
2、八つ当たりは八つ当たりだけど、オークを殺す。
理由はないけど、人間を襲う化け物を放っておくのは駄目だろう。
個人的なストレス発散になる。
3、⋮人間と、仲良くなる。
これだ。これでいい。人間は1人じゃ生きられない。ただでさえネ
ガティブなほうに思考が陥りやすい俺だ。拒絶されようがなんだろ
うが、意地でも仲良くなってやろうじゃないか。人間として扱って
BOSSであるキング・ブルオ
もらえるように、努力しようじゃないか。
1、はこのパドキア大樹林でEX
ークを単独討伐出来るレベルなら、大丈夫なはず。現代⋮といって
いいのか分からないが、元の時間軸でキング・ブルオークに匹敵す
る魔物は巨大ダンジョンの奥深くにしかいない。苦戦はあるかもし
れないが、無残に殺されることはないはず。⋮たぶん。ゲームと同
じなら。
2、は完全に八つ当たりだ。人間を犯し、餌を貪り、汚物にまみれ
る奴らに対する嫌悪感を、俺自身に感じる嫌悪感を少しでも緩和し
たい。そのためだけに殺されるオークに思うことがないわけでもな
いが、精神の安定を計るためには重要だ。
3、⋮これが、問題だ。
どうすれば、魔物の俺が人間に受け入れられ︱︱
﹁⋮む、﹂
38
がさがさと茂みを掻き分けて近寄ってくる気配に、担いでいた︻不
壊のガイアアクス︼を両手で構える。ランクは4で、キングオーク
になった今ではやや頼りない補正しかない武器だが、その名の示す
とおり武器耐久値がやたら高く、自己修復機能があるため何百匹も
魔物を殺さなければならない今は頼りになる。
ちなみに武器も魔物と同じく10段階のランクがある。ランク10
武器といえば壊れ性能もいいところで、一度振るうだけで同レベル
の敵のHPを2割削る範囲攻撃を連発出来るようなものまである。
⋮俺も一本持っているが、馬鹿げた性能故に必要能力値がやたら高
く、結局死蔵していた。⋮今のステータスでキング・ブルオークE
Xまで至れば使えるかもしれない、と考えると、場違いにも少し胸
が高鳴る。
茂みを掻き分けて現れたのは、ブルオークたちだった。見た目も鎧
も立派なもので、全員がエリートブルオーク、何人かはブルオーク
リーダーのようだ。それが、ぱっと見ただけでも100匹近く。
⋮このペースならば、単独ブルオーク1000匹討伐も難しくはな
いか。あれを行うことにより、︻古代戦士の血の呪い︼、というS
TRとAGIに1.3倍の補正が掛かる称号が手に入る。カウント
はしていないが、ブルオークになるまでには手に入るだろう。
が、ブルオークたちは俺を伺うだけで向かってこない。すると無数
のブルオークたちはすぅっと脇にどけ、それぞれの武器を掲げる。
⋮そこまでされて、ようやく気付いた。
キング・ブルオークの出現イベントだ。ゲームならば拠点の洞窟の
奥深くで穴熊を決め込むキング・ブルオークだが、現実である今は
向こうから出向いてくれたらしい。有り難さの余り涙が出てくる。
39
嘘だが。
現在のステータスを思いだし、苦虫を噛み潰す。まだ、さすがに足
りない。身体が重すぎて、キング・ブルオークのチャージ︵突撃︶
を避けられない。キングオークの頑強さは折り紙付きだが、敵も馬
鹿げたSTR値持ち。条件は、向こうの方がやたら有利だった。
巨大な石斧を背中に背負った、マントに王冠付きのブルオーク。ゲ
ームではなかったが、むき出しの上半身には入れ墨のように黒い紋
様が描かれている。あれこそが︻EX︼の証なんだろう、とぼんや
り思った。
﹁よくぞ我が試練に挑んだ、我が子孫よ﹂
キング・ブルオークが口を開く。こんなイベントは知らないが、付
き合ってやる義理もない。変わらず口を開こうとするキング・ブル
オークに︱︱斧を、投げつけた。
ゲームでは出来なかったこの行動。2mはありそうな巨大な両手斧
が、唸りを上げて宙を舞う。まだなにか言おうとしていたキング・
ブルオークが冷静に石斧でガイアアクスを叩き潰す。ひしゃげて地
面にめり込むガイアアクスを一瞥し、新たにアイテムボックスから
取り出した二本の両手斧を手に、がむしゃらに突っ込む。口から漏
れる﹁ぷぎゃあああああああっ!!﹂という威嚇の声が、たまらな
く不快だった。
振り下ろす。防がれる。
薙払われる。防げる。
石突きの打突。防ぐ。
反撃の拳。防ぐまでもない。
40
足の甲を踏みつける。地面を踏んだ。
打たれる。
打ち返す。
打つ。
打たれ
薙ぎ
打
撃
超至近距離でのノーガード戦法。奇しくも、選んだ戦い方は全く同
じ。ただし、技量と速さはキング・ブルオークが、パワーと重さは
俺が勝る。段々と互いの身体が土に埋まっていく。最上段からの振
り下ろしを防ぐ度、身体がめり込んでいく。自身が釘にでもなった
かのような錯覚。膝まで埋まった身体。膝まで埋めた敵。俺の左肩
が砕かれて、左の脇腹をえぐり取ってやった。痛みは感じない。圧
倒的なまでの高揚感に、戦いの興奮に、まさしく獣のように、斧を
振るった。
俺の左肩が根元から切り落とされる。左肩という傷口に、斧が吸い
込まれるように直撃。強靭な皮膚と分厚い脂肪の鎧を失った筋肉は、
石斧をあっさり受け入れた。肋骨が砕かれ、骨が肺腑に、心臓に突
き刺さる。石斧の刃、今にも心臓に届きそうで。
会心の一撃に頬を緩めたキング・ブルオークの口に斧が突き刺さり、
頭の上半分を切りとばしたところで、石斧による致死の一撃は停止
した。
﹁⋮もう一度戦うのはごめんだな﹂
地面に落ちた左腕を広い、肩にくっつけ、ポーションをかける。焼
41
けるような熱さと共に塞がっていく傷跡と、何度目かのクラスアッ
プの感覚。
だが⋮それよりやっておかなきゃいけないことがある。
キング・ブルオークの持っていた斧を手に取り、ざわめくブルオー
クたちの群れに向かって掲げる。新たな王の誕生を祝福するかのよ
うに、次々頭を垂れるブルオークたち。
︱︱だが、すまない。
豚は、皆殺しにすると決めたんだ。
しばしの視界の明滅。身体が︻ブルオーク︼のそれに書き換えられ
ていくのを実感する。キング・ブルオークの纏っていたマント︱︱
︻古代豚王の外套︼をはぎ取り、纏う。VITとAGI、MIYを
底上げする装備に、万能感を感じる。恐らくは︻EX︼に至るため
の証なのだろう。身体の各所に刻まれた黒い炎のような入れ墨に、
圧倒的なまでの力の高ぶり。
万能感と戦闘の高揚感に押し流されるように、制止の声を上げなが
ら必死で助命を懇願するブルオークたちに、ひたすらに武器を振る
って回った。
ブルオークが、全滅するまで、振り続けた。
パドキア大樹林を、血に染めて。
42
4.︵後書き︶
某白犬﹁ど、同類⋮?﹂
43
5.
Name:no
data
Age:1.5y
DEX
AGI
VIT
STR
MP
SP
HP
2100
3860
4120
9999
9999
+
+
3842/4850
38124/53289
94665/98580
13/100
MAT
5669
LV:ランク7
MIY
700
物理ダメージ50%+
LUK
状態:疲労
装備品
武器:古代豚王の石斧
頭:
土属性
44
胴:古代豚王の外套
20%
腕:古代戦士の籠手
STR+20%
AGI+20%
DEX+5%
VIT+10%
STR+5%
足:古代戦士の革のズボン
MIY+
気絶確率上昇
石化耐性
恐怖無効
麻痺無効
混乱無効
アクセサリ1:古代蛇魔女の指輪
アクセサリ2:鎮静の指輪
所持金:638057970G
アイテムボックス
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
︱︱︱︱︱︱︱︱︱
ステータスを確認して、溜め息を吐く。半年近くパドキア大樹林に
籠もっているが、ランクが並んでしまったせいで経験値取得率が低
下し、未だに︻エリートブルオーク︼にしか至れていないというの
に、既にゲームだったころの︻キング・ブルオークEX︼を一部の
ステータスが超えているのだ。ランク7⋮エリートブルオークなら
ば平均ステータスは4000、STRとVITに限り6000代、
というのが普通。だが、ステータスを確認すれば既に表示されない
領域にある⋮と。
考えてみれば、半年は長かったかもしれない。俺以外のブルオーク
45
はいらない、とばかりに隠れ潜む者まで狩っている内に、パドキア
大樹林では随分と名が売れてしまった。最初の頃は他種の魔物も調
子に乗ってんじゃねぇとばかりに襲いかかって来たのだが、その悉
くを返り討ちにする内に誰も刃向かってこなくなった。お陰で戦う
相手がいなくなり、最近は斧を振るう自主トレしかしていない。
この時代にはまだ人間は大樹林にまで足を延ばしていないらしく、
戦いと言えば専ら力ある魔物同士の縄張り争いだ。そんなの関係ね
ーぜと言わんばかりに縄張りを荒らして回る俺は、さぞ厄介な存在
だったのだろう。数多の種族、数百を超える魔物が、徒党を組んで
襲ってきた時は流石に死ぬかと思った。
幸いにも逃げ回りながら各個撃破することで全滅させることに成功
したが、それからある程度の知性ある魔物は俺が近付いただけで逃
げ出すようになり、レベル上げが滞っている。知性の低い魔物はも
う格下で、経験値効率が悪いのだ。それでもあと半年も戦えばブル
オークリーダーくらいにはなれるだろうが⋮そこまでだろう。
﹁⋮潮時か﹂
思えば、半年近くまともに喋っていないのに、よく舌が回ったもの
だ、と薄く笑う。丸焼きにしていたソーンボア⋮3mはありそうな、
茨のように全身にトゲを持つ巨大猪⋮をペロリと腹に収める。オー
クの身体がどんなに運動してもある程度までしか痩せられなかった
のと同じように、ブルオークの身体はいくら食おうと筋肉質で贅肉
が一切付かない。腹に収めた自分の体より大きいソーンボアの骨を
アイテムボックスに収めて、石斧を担ぐ。自動修復機能はないが、
耐久力が高くて攻撃力もあり、なにより外見に合う石斧はゲームの
時からの愛用品だった。
46
一歩ごとに足が埋まるような無様は、もう晒せない。慣れた山歩き
と静まり返る大樹林の空気を脳裏に刻みながら、元の時間軸に戻る
ためのストーンサークルを目指す。特に壊れている様子もなく、俺
を見つけた︻デモンハーピー︼が恐怖に怯えた顔で逃げ出したこと
以外は、半年前、このパドキア大樹林に訪れた時と一切の変わりが
なかった。
ゲームの頃にはストーンサークルの中心に、とあるイベントで手に
入れられる宝珠を埋め込むだけで簡単に行えた時間移動。アイテム
ボックスに死蔵されていた﹃時を駆ける眼﹄という宝珠を取り出し、
埋め込む。ここに来たときと同じように幻想的な光が漏れて、少し
だけ心が安らいだ。
外見が違う、というのはこんなにも精神の安定を保持できるのか、
と自分に感心する。オークだったときは生きている時間の一分一秒
に嫌悪感を覚えた。動く度、呼吸する度に揺れる贅肉と、﹁ふごふ
ご﹂鳴る鼻が、たまらなく嫌だった。
だが、ブルオークの身体は逞しい筋肉質な男のそれだ。ギリシャ神
話の彫刻のような見事な筋肉美を持つ身体に、毛に覆われた猪頭と
はいえキリリとした凛々しい頭。下卑た印象しか与えないオークと
は違い、如何にも戦士然としたこの身体は、俺の心を落ち着かせて
くれた。
同時に、これなら人間とも仲良く出来るのでは、という希望も沸い
てでる。ここは間違いなく異世界。しかもゲームと似たような剣と
魔法のファンタジーワールド。それなら猪頭くらいあり得る⋮いや、
それはないか。と首を振る。いくらなんでも希望を持ちすぎた。む
しろネガティブに考えるくらいで丁度いい。うん。
47
⋮視界が元に戻った。元の時代。俺が生まれた時間軸。パドキア大
森林に。どうせこの辺りにいる魔物じゃレベル上げにもならない。
視界の隅や匂いで分かる魔物を無視して、豚の匂いを探す。自分の
身体から香る匂いに似たものを探せば、オークの足跡の残る⋮おそ
らくは、巡回経路らしきものを見つけた。それを逆走していくこと
で、巣穴を探し︱︱襲った。
老いも若きも一切の区別なく、石斧を振るう。叩き、潰し、弾き、
殴り、蹴り飛ばす。ブルオークと比べれば遅すぎる。脆すぎる。軽
く殴れば弾ける頭を鼻で笑いながら、臭くて醜い豚を殺すことに酔
う。罵詈雑言をぶつけられれば斧を振り、命を懇願されれば蹴り潰
した。圧倒的。この時間軸の魔物は、相手にならない。血の臭いに
高ぶるものを感じながら、巣穴の奥からノロノロと出てきたキング
オークが口を開いた直後に接近。その頭を握りつぶす。あっさりと
BOSSを殺され、恐慌状態になったオークたちが逃げ出していく。
逃げたその背中に斧を振り下ろす行為に、快感すら感じた。
やはり、俺は豚じゃない。
一匹殺す度にそんな思いが胸の奥から沸いてでて、胸がすっとした。
こんな無様で、弱くて、醜い生き物じゃないんだ、という安心感が
あった。
だが、同時に恐怖もあった。明らかに、戦いに高揚している。果た
してこれは本当に﹃人間﹄らしいのか?俺は、ちゃんと俺なのか?
この行動が後から首を絞めることになるんじゃないのか?不安と疑
問ばかりが頭を占めて、それを振り切るように更なる殺戮に溺れた。
あっさりと。
48
オーク数百匹が住んでいた巣穴から、オークは全滅した。戦利品⋮
オークたちがコレクションしていた武器や防具、腐りかけとはいえ
食料や貴金属などをアイテムボックスに叩き込み、他に何かないの
かと探索する。
そして、忘れていた﹃それ﹄を見つけて、頭が真っ白になる思いだ
った。
人間や獣人の、女。
オークに陵辱の限りを尽くされた女達が、うつろな瞳で天井を見上
げていた。
その腹は大きさに個人差こそあれぽっこりと膨れていて、だという
のに体中を白濁液が汚している。この女性たちは大切な繁殖用の雌
でありながら、獣欲を満たすための便所でもあるのだ。妊娠してい
る、なんて些細なことを気にしないオーク達が、女性の体の負担を
考える訳もない。この程度の光景は、当たり前なのだ。
だが⋮
普通の、人間なら。彼女たちが陵辱されているって、知っていたな
ら。
オークを皆殺しにすることではなく、彼女たちを助けることを第一
の目標にするべきだったんじゃないのか?
例え多少の危険はあっても、人命を第一にするなら、さっさと助け
出していたのでは?
49
それに気がついたとき、俺は泣いた。
自分のことしか考えていなかった。絶望的な状況に叩き込まれて、
いきなり豚になって、自分が世界一の苦労人で不幸な人間だって思
いこんで。目の前で苦しんでいる人間を見捨てて、ただただ血に酔
って。
合理的な考えをするならば、確実に助けられるだけの戦力を整えて
いた、と言えるのかもしれない。だが、人間らしく、人間の心を失
わないように生きる、なんてご大層なことを述べて、結局やってい
ることは自分のことしか考えてなくて。力に酔って。血に酔って。
あの豚どもとなにが違う?自分の欲を満たすために彼女たちを陵辱
した豚どもと、なにが違う?
気付いて、鳴いて、決意した。
助け合うから人なんだ、と聞いたことがあった。
手を伸ばせるから人なんだ、と聞いたことがあった。
だから、手をさしのべられる人間になろう、と。目の前で苦労して
いる人間を助けられる人間になってみせる、と決めた。
だから、まず始めることは︱︱女性としての人生を壊された、彼女
たちを助けることからだった。
偽善なのかもしれない。殺してくれ、と言われるかもしれない。そ
れでも、
50
偽善でいいから。殺してくれというなら痛みもなく殺してやるから。
だから、俺の手を取ってくれ。
そう願いながら、彼女たちの世話をする日々が始まった。
最初にしたのは、やはり腹の中の豚を殺すことからだった。腹を裂
いて豚を取り出し、直後に最上位のポーションを腹の中にぶちまけ
る。傷跡すらなく快癒するのに安堵しながら、取り出した胎児を握
りつぶす。それを、都合4回。4人の女性に。
人間3、獣人1。獣人はどうやら人間に近い外見をしているようで、
獣の耳と尻尾を除けば人間と変わりなかった。そこまで美しいわけ
でも、不細工な訳でもない、平凡な顔立ちの四人がなぜ豚に捕まっ
たのかは分からない。けれど全員纏めて抱き上げて、以前拠点にし
ていた小川へ向かった。当然のようにポータブルポータルを設置し、
魔物除けに木を切り倒して簡単なバリケードを作り、その内側に彼
女たちを隠す。下が砂利で痛いだろうから、何枚も獣の毛皮を重ね
て柔らかくした。
拠点が整えられたら、清水で彼女たちの体を清めて、戦利品の服の
中でも綺麗なものを着せる。全く反応を見せない彼女たちに不安を
抱きながらも、森で狩ってきたレイジングベアの肉を戦利品の鍋で
煮て、柔らかくしてから口に運ぶ。⋮食べる気配は、無かった。
⋮味か?柔らかさが問題か?いや、身体が衰弱しているならポーシ
ョンを⋮。オークたちがわざわざ食事を用意するとは思えないし、
どうやって彼女たちは栄養を摂取していたのか⋮。白パンを︵なん
の動物のかは知らないが︶乳で柔らかく煮たものならなんとか口に
51
入れれば飲み込むし、それを続ければ自発的に食べるようになるか
⋮?とか色々考えたが、彼女たちは人形のように反応しない。あま
りの無反応に、なけなしの根性がしおしおと萎れていく。
⋮女性の裸身を洗ったり服を着せたりしているのに、特に感じ入る
モノがないのは罪悪感からだろうか?
それとも、ブルオークには繁殖欲求がない?いや、そんなことはな
いはずだ。ブツだけ見るならキングオークよりよっぽど立派だし、
朝は人間のように反応する。服こそ着せたが、毎日女性の身体に触
れていれば何か思うところもありそうなのだが⋮
疑問はさておき、俺は今日も反応のない彼女たちに声をかける。こ
んなときどういう対応するのが最優か分からないし、魔物の俺が人
間の村や住処に彼女たちを運んでいっても問題になるだろう。だか
ら、とりあえず反応さえ示してくれれば、と希望を持って、彼女た
ちに声をかけ続けた。
﹁おはよう﹂﹁今日は顔色がいいな﹂﹁この服とあれならどっちが
いい?﹂﹁熱いぞ。気をつけろ?ほら、口を開けて﹂﹁食べこぼす
なよ。汚れたぞ。ほら、拭くからな?﹂﹁よしよし、今日はもう寝
ろ。おやすみ。明日は、いい天気だと思うぞ﹂
⋮猪が、一匹。ヒトが四人。
人形遊びのような毎日は、10日ほど続けられた。
最初の内は張り切っていたものの、やはり全く反応を示さない彼女
たちに話しかけ続けるのは、意外と心が折られる。10日も続けて
52
いると、段々と対応もおざなりになりかける。⋮必死で頭を振って
誠心誠意相手をするが、やはり段々と気落ちしていく。
人間の娘の口に入れた離乳食のような白パンが、ぽたぽたとこぼれ
た。最初こそ苦笑する余裕があったが、今は怒りが沸いてでる。糞
尿も垂れ流し。食って、ぼーっとして、寝るだけ。日々生きている
⋮生きているだけの彼女たちを、これからずっと介護していくのか
?と不安とも恐怖ともつかない感情が鎌首もたげる。
﹁⋮まずい、か?⋮すまん。俺、魔物だからな⋮。調味料とか、な
いんだ⋮﹂
それでも、食べなきゃ死んじゃうんだぞ?
だから、食べてくれよ。
そう懇願しながら、娘さんの口に匙を運ぶ。緩慢な動作で口を動か
す彼女の姿が、酷くもどかしい。
⋮ようやく分かった。ライトノベルやその手のゲームで、陵辱を受
けて心が壊れた女性が、何故殺されるのか。
余りの辛さに、心が折れそうになる。けれど、見捨てるのは。でも、
そんな曖昧な感情ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
そんな、ときだった。
﹁もう、いいよ﹂
嗄れた、けれど確かな、少女の声。はっとして振り向けば、獣人の
53
少女が、光のない目で俺を見ていた。
﹁き、み、君!喋れるようになったのかっ!よかった!本当によか
った!﹂
感情が、爆発する。溢れ出る歓喜に流されるように詰め寄れば、無
表情ながらどことなく顔を緩ませる少女。初めて交わす言葉に、な
にを話せばいいのか分からない。口は回らない、何を言っていいの
か迷う。そんな俺をじっと見つめながら、少女は言う。
﹁もう、いいよ。あたしたち、最後に優しくしてもらって、わりと
満足だよ﹂
﹁なにを言っているんだ!こうして話せるようになったんだから、
すぐ元気になる!﹂
﹁ううん、無理。最後だから、あたしが代表してお礼言おうと思っ
ただけだし﹂
ふるふると振られる首に、困惑する。歓喜が萎んでいく。なぜ?な
ぜそんな顔をする?なぜそんな悲しそうな、嬉しそうな⋮
﹁優しくしてもらうのが、辛い。あたしら、あんた⋮とはちょっと
違うけど、豚にいろいろやられた。何匹も豚を産んだ。あの絶望が、
あの恨みが、あんたに優しくされると薄れちゃう。それが辛い。お
願いだからさ、あたしらを助けないで。豚を憎んで憎んで、殺した
いくらい憎んで。そのまま死にたい。⋮それが目的ならいいけどさ。
あんたのことも、嫌いでいたいんだ。だから、あたしに優しくしな
いで。あたしたちを、このまま死なせて。⋮お願いだから、死なせ
て。あんたには、殺されたくない。あんたのことを、嫌いなまま、
54
だけど最後の優しい時間には感謝したまま、死なせて⋮。今まで、
ありがとう。ちょっと、すごく、惚れそうだった。あたしは、だけ
ど﹂
︱︱︱︱そして俺は、彼女たちを見捨てた。
ふらふらと、彼女たちに背を向けて、パドキア大森林から逃げ出し
た。
俺には、人を助けることすら許されないのか?
俺は、そんなに悪いことをしたのか?
誰か、誰でもいいから、教えてくれ。
そんな俺の心を映すかのように、涙を零す曇天が、雷で輝いていた。
55
5.︵後書き︶
しかしこの主人公本当にハーレム作れるのか⋮?
あと数話暗いのが続きますが、そっからハーレムルート入ると明る
くなるのデス
56
6、︵前書き︶
これが、タグ:ハーレムの力か⋮っ!?
たった4日でお気に入り登録2000超え、評価も評価も⋮
犬っ娘をあっさり超えた豚に戦々恐々としつつ。
今回更新分でようやくメインヒロインが出ます。
それでは、どうぞー
57
6、
ふらふらと森を抜け、適当な街道を歩いて行く。ご都合主義には見
放されているのか、それともこれもある意味ご都合主義なのか。や
や寂れた、人の通りがあまり無さそうな街道は馬車どころか旅人も
いなくて、魔物のこの身を隠す必要がなくて⋮楽だった。
これからどうしよう。決まっている、人助けだ。
何を持って人助けとする?命を救えば人助けか?代わりに戦えば人
助けか?分からない。もどかしい。一度くらいの失敗でへこたれて
どうする、と思う自分と、もう傷つきたくない、と思う自分がいた。
悩んで、歩いて、無意味に斧を振り回して。歩いて、鳴いて。意味
のない行動をずっと続けて3日間。夜の闇の中、ちんまりと輝く炎
の明かり。焚き火かなにかだろうか?と首を傾げると同時に、胸の
中に何かが強く訴えかけてきた。
来て。来て。こっちに来て。
私と一緒にいて。
58
私を信じて。
私はあなたたちを傷付けないから。
そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回る。若い少女のような声に、ふ
らふらと誘われる。自ら火に飛び込む蛾のように、我を忘れて焚き
火へと近付いていく。
近付けば近付くほど、夜目が効くブルオークの瞳は、彼女の姿を鮮
明に映していく。
容姿で言えば、目立ったところはない。薄い灰色の髪の毛は肩口で
切りそろえられている。頭に乗った大きな黒い三角帽子。服装は︱
︱ファンタジーの象徴、と言わんばかりの黒いローブ。身体にぴっ
たり張り付くその衣装に、焚き火に照らされた彼女の身体はその幼
さの残る肢体のラインを晒す。スタイルが良いわけでも、極端に美
少女なわけでもない。だが、素朴な可愛らしさがある。10代前半
と思われる年齢もあいまって学年で人気の可愛い娘、という印象を
与えた。
そんな⋮小さな女の子が、人間の少女が、彼女が、大きな杖をまる
で笛のように使って、曲を演奏していた。知らない旋律。細い音。
けれど俺の心に語りかけるような優しい音色に、つい、無防備に姿
を晒してしまった。
59
焚き火を挟んで、少女と向かい合う。少女は閉じていたスミレ色の
瞳でちらりと俺を見ると、僅かに顔を引き吊らせた。けれど、曲は
変わらない。優しく演奏される曲に、腰を下ろして耳を傾ける。僅
かに驚いたような気配が伝わってきた。
⋮一番近いのは、フルートだろうか。繊細な音色に、優しい曲。痛
みと恐怖と混乱しかなかった心が、安らいでいく。少女の演奏する
曲にどっぷりと浸かる。5分程度の演奏だったが、それでも、素晴
らしい曲だった。
﹁⋮ありがとう。いい、曲だった﹂
﹁う、ううん。いいの。⋮えっと﹂
礼を言えば、少女は少しばかり挙動不審になる。手にした杖はしっ
かりと胸に抱え込まれ、少女が警戒しているのは一目で分かる。
﹁何故、こんなところで演奏を?﹂
﹁んと⋮あ、たし。︽召喚術士/サマナー︾⋮の、見習い。卒業試
験。ランク2以上の魔物との、契約。あたし、曲で魔物が⋮魔物、
を?癒やす。うん、魔物を、癒やす。音楽好きな魔物、あたしと契
約してくる﹂
少しばかり、言葉が不自由なのだろうか。やたら辿々しい言葉使い
で答える少女に、なるほどな、と頷く。人間の職業や攻略には詳し
く知らないが、不遇職として有名だった︽サマナー︾のことくらい
は知っている。
60
曰わく
・レベル上がらない
・使役したモンスター弱い
・紙装甲
・マゾい。超マゾい。
・モンスターのテイム率は30%以下。マゾい。
等々。悪名ばかりが轟いていて、上位のサマナーは数えるほどだっ
たという。その分レベル500を越えた辺りからアホみたいに強く
なるらしいが、それでもそこまでサマナー一筋で行けるのは相当の
廃人だけだったらしい。
﹁⋮なるほどな。だが、危ないだろう。敵意のない魔物ばかりじゃ
ないしな﹂
﹁だい、じょぶ。護衛、いる。師匠の、︽召喚獣/サモンモンスタ
ー︾。凄い、強い。⋮けどキモイ﹂
嫌そうに顔をしかめる少女に苦笑する。果たして強いのにキモイと
は何だろうか。パドキア大森林にほど近い位置なら、強くてもラン
ク3のレイジングベアくらいのものだろうから、ランク4∼5のモ
ンスターだろう、とは推測出来るが⋮。
﹁⋮見る?﹂
﹁見たい﹂
少女は悪戯っこのようににんまりと頬を弛ませ、ぱんっ、と一度大
きく手を叩く。直後にその真横の土が盛り上がり、巨大な口が現れ
た。
61
﹁︽砂喰/サンドワーム︾。ランク5。師匠の、制御できる、一番
強い召喚獣﹂
どうだ、とばかりに胸を張る少女に苦笑い。太さ一メートル。長さ
10メートルほどの巨大蚯蚓。高い物理攻撃力と隠密性、砂の中な
ら水を得た魚のように素早く動き回る、序盤の強敵。確かにこいつ
がいれば安心だが⋮
﹁なるほど、キモいな﹂
﹁キモい。でも、たべると美味しい。あと、切っても生える﹂
﹁⋮食べちゃうかー﹂
﹁食べちゃう﹂
こくこくと頷く少女に顔が引き吊る。いや、おまえ、蚯蚓食うなよ。
ミミズバーガーの都市伝説思い出しただろ。
もう一度少女が手を打てば、ミミズはのそのそと土に沈んでいく。
少女はじっと俺を見つめながら、こてん、と首を傾げた。
﹁⋮オーク?﹂
﹁ああ。オークだ﹂
﹁ん、と。あたしを、犯す?﹂
﹁犯さない。俺、人間好き。人助けする﹂
62
いかん、移った。首を振って正気に返る。
﹁⋮毛﹂
﹁ああ、豚じゃなくて猪なんだ。オークはオークでも突然変異とい
うか⋮厳密には違うというか⋮﹂
ブルオークだ、ということは公言しない。既にこの時間軸では絶滅
しているモンスターだ。それの生き残り、なんて言ったらどうなる
かわからない。ただのオークが突然変異した、というごり押しで進
める。
﹁⋮不能?せっくす、できない?﹂
﹁いや、そういうわけじゃ⋮﹂
﹁さわっていい?﹂
﹁どこをっ!?﹂
言うが早いか、少女が無造作に近寄ってくる。どこに触るつもりな
のかと恐々しつつも、滅茶苦茶に暴れたらあっという間に少女をミ
ンチにしてしまうだけに、ろくな抵抗も出来ず︱︱頭を両手でぐし
ゃぐしゃと撫でられた。
﹁おぉ⋮硬い。毛、硬い。⋮いい肉。ぼたん鍋⋮。じゅるり﹂
﹁おい﹂
63
流石に人助けのために喰われる勇気はないんだが。
﹁冗談。でも、きみ、さわらせてくれる。種族友好度、たかめ?ち
ょろい?﹂
﹁意味が分からん﹂
肩を竦めれば、少女は胸元から一冊の本を取り出す。小さなアンチ
ョコサイズのそれをじっくりと眺めて、﹁オーク、オーク﹂と呟き
ながらページを捲る。その小動物じみた行動を見つめていたら、少
女は俺の顔をじっと見つめながら言う。
﹁んと、オーク、ランク2。突然変異なら、ランク3か、ランク4
?⋮契約してくれると、嬉しい。それで、卒業﹂
﹁ああ⋮﹂
だろうな、と薄く笑う。俺を恐れる様子もない少女の態度に、俺は
既に心を開いていた。召喚獣の契約とやらがどんなものか知らない
が、彼女に従うのも楽しそうだ、と考えている。だから、頷くつも
りだった。
﹁対価は、曲﹂
その言葉を、聞くまでは
﹁いやなら、あたしの身体。オーク、性欲高い。あたし、あなたの
子供産む。だめ?﹂
︱︱絶句した。見た目中学生ほどの少女が、あっさり自分の身体を
64
対価に持ってきたことに。契約⋮というのは︽召喚獣︾の契約のこ
とだろう。彼女が俺を使役したいというなら、俺もやぶさかじゃな
い。召喚術士の管理下にある魔物なら、それだけで人の警戒心は薄
れるはずだから。人助けを目標にする俺に、便利で有利な肩書きだ
から。
だけど⋮こんなあっさり、この少女は自分の体を許していいのか?
その価値観が理解できなくて、絶句するしかない。馬鹿みたいに口
を開けて少女を凝視する俺に、少女はこてん、と首を傾げた。
﹁⋮捨て駒とか、しない。師匠に見せて、契約解除とか、しない。
対価、払う。⋮お金はないけど。曲か、体。両方?⋮経験、ないけ
ども、壊れない程度なら、なにしてもいーよ。師匠も、︽下位悪魔
/デビル︾と契約するとき、身体を、対価にしたって。わりとふつ
う?騙された思って、一発やる?﹂
﹁⋮い、や。その、必要はない。曲で、いい。曲が、いい。俺は、
君を、抱かない。⋮君を、傷付けない﹂
﹁ほんとっ?﹂
初めての弾んだ声。あまり変わらなかった表情が、歓喜に彩られる。
うきうきと弾む足取りで地面に魔法陣のようなものを書いていく少
女の前で、目頭を押さえる。
なんなんだ、この世界。
なんなんだよ、このファンタジー。
65
もっと、優しい世界でもいいじゃないか。
ゲームでの︽召喚術士︾のテイムは、アイテムを渡したり金を渡し
たり、はたまたHPやMPを譲渡するだけだったはず。彼女の貞操
はHPなのか?MPなのか?なんなんだよ、一体。
魔法陣の中、うなだれる俺と浮かれる少女が向かい合う。俺は奴隷
のように頭を下げて跪き、彼女は喜色満面で手を向ける。小さなナ
イフによって裂かれた手の平からは、赤い血潮がぽたぽたとこぼれ
ていた。
﹁我、︽召喚術士︾。我が名をリリン・リリー。汝の名を﹂
﹁名は、ない。付けてくれ﹂
﹁了承した。主、リリン・リリーが名付ける。汝の名は⋮ウリ。汝
は我が従僕。血の誓いをここに結ばん﹂
﹁⋮ああ、俺は、ウリだ。君の⋮リリン・リリー、の、従僕になる﹂
少女︱︱リリン・リリーの目を真っ直ぐに見つめる。嬉しそうに頬
を弛ませたまま呪文を唱えた彼女に従うように、地面に刻まれた魔
法陣が光を放つ。リリン・リリーの手から零れた血が奇妙な紋様と
なり、俺の左胸に吸い込まれていく。⋮この程度、なのか。なんて、
ぼんやり考えた。
﹁ここに契約は結ばれた。血の誓いが果てるまで、死が2者をわか
つまで、汝が魂は我と共にある。⋮⋮ちょう、つかれた。これから、
よろしく。ウリ﹂
66
﹁⋮ああ﹂
気取った話し方を即座にやめたリリン・リリーに、ぎこちなく首肯
する。思えば彼女の名前すら聞いていないのに、ただ俺を怖がらな
かった、というだけで下僕になってしまった。俺の危機管理能力は
大丈夫なのだろうか。
﹁ちなみに、この名前の由来は⋮﹂
﹁うり坊。⋮ぼたんとかのがよかった?あたし、名前付けたの、初
めて﹂
へらっと笑う少女。⋮なんだか、呆れが先に来てしまった。
そういう、世界なんだ。
貞操とかそんなもん猪頭の化け物にでもくれてやれる、殺伐とした
ファンタジーワールドなんだ。
そうと分かってしまえば、腹を括る。散々殺し合いしといて女の子
を犯る犯らないで悩むのもおかしいと思うが、慣れるしかない。ま
ずは、こういう世界に慣れることから始めればいい。
﹁なんて、呼べばいい?﹂
﹁う、ん?うー、リ、リリン?うん、リリン。師匠が、リリー。リ
リーの弟子の、リリン。だから、あたし、リリン。リリン・リリー﹂
⋮りがゲシュタルト崩壊しそうだ。が、どうやらこの世界にファミ
リーネームみたいなものはないらしい。彼女の名前はリリン。サン
67
ドワームやらデモンやらと契約してるのが、リリー。頭がこんがら
がりそうだが、これも慣れるしかないのか?
﹁⋮よろしく、リリン﹂
﹁んっ!豚さん!﹂
せっかく名前を付けたのに、豚さん呼びなのか。
あと豚じゃなくて猪だから。
68
6、︵後書き︶
逆お気に入りユーザーもあっという間に617↓666になった件。
なにこれ怖い
69
7、︵前書き︶
本当は明日更新して豚2/9⋮もとい豚肉更新にしようと思ってた
70
7、
﹁う∼⋮﹂
契約を終えたというのに、今日はこのまま野営する、と言うリリン
が唸りだしたのは、それからすぐだった。眉根を寄せて不機嫌そう
に唸るリリンに﹁どうかしたのか?﹂と動揺を隠して問いかければ、
不機嫌そうな彼女はじろりと俺を睨んだ。
﹁豚さん、強い?召喚陣、出せない。魔力足りない。維持できない。
納得いかない。獣系だから、魔力少ないはずなのに﹂
﹁⋮はい?﹂
意味が分からなかったので根気よく会話して聞き出せば、俺に対し
て︽召喚陣︾が使えない、というのが問題らしい。
召喚術によって契約したモンスターは、主の好きなときに呼び出せ
るよう、主の魂?の中に収納されるらしい。だが、彼女のキャパシ
ティを俺が遥かに超えているから、収納︱︱彼女は︽送喚︾といっ
た︱︱する事が出来ない、と。どころか、主として俺に色々な誓約
を与えようとしたが、それも出来ない、という。
この誓約というのはようは禁止事項で、召喚術士は召喚獣に最低限、
﹃暴力の禁﹄﹃人喰いの禁﹄﹃姦淫の禁﹄を強いるらしい。これは
様々な問題を抑制するための処置で、義務なんだとか。
71
が、彼我の実力に差があり過ぎて、それが出来ない。本来ならば自
分より格下の召喚術士に魔物が従うわけがないので、前例がなかっ
たのだろう。何故出来ないんだろう?とひたすら疑問に思うだけの
リリンに、彼女が⋮有り体に言って、バカで良かった。と胸をなで
下ろす。
後半に言っていた獣云々というのは、彼女の出生が関わってくる。
リリンは隊商の両親の間に生まれたらしいが、彼女が物心つくまえ
に、魔物に襲われて壊滅したのだろう、と推測される。幼い彼女が
その後どうしたかというと、狼に育てられたとか。
その後大体12歳くらいまで狼に育てられたらしいが、現在の師匠
⋮召喚術士のリリーに拾われ、召喚術の基礎を学ぶことになる。ち
なみに彼女を育てた狼は、目の前でリリーに殺されたそうだ。
そして長年獣同然の生活をしていた彼女は、獣系の魔物と相性がよ
く、本来の半分ほどの魔力で召喚、使役が可能だとか。ランクで言
うなら1ばかりだが、多種多様の獣と召喚契約を結んでいるらしい。
オークも広義に見れば獣系であり、だから余計に今まで出来た誓約
が全くうまくいかないことに、リリンは首を傾げる。何度も色々試
しているようだが、上手くいかないのだろう。分かり易く顔が不機
嫌になっていく。
⋮というか、下手したら自由を奪われていたのか。召喚術、恐いな。
やはりもう少し考えてから契約するべきだった⋮。今度があったら
気を付けよう、と脳裏に刻み込む。
﹁⋮これ、じゃ、︽緊急召喚︾できない⋮﹂
72
﹁なんだ?それは﹂
﹁ん、と⋮ちめいしょう?⋮大怪我したとき、自動で契約してる魔
物全部召喚する⋮。けど、あなた、召喚できないから、他のもでき
ない⋮。豚さん、召喚しようとした時点で、魔力がなくなる⋮。⋮
怪我、出来ない﹂
⋮そう、か。格下の召喚術士に俺が従ってしまったことで、リリン
まで危険に晒してしまう⋮ってことか。厄介、というか⋮これは、
扱いに困る。俺に原因があるわけだし、彼女にもしもがあれば⋮想
像しただけで、胃が重くなった。
﹁⋮ま、いっか。死ぬとき、死ぬし﹂
﹁それでいいのか?﹂
本当に、命が軽い。価値観が合わないとかそんなレベルじゃなく、
付いていくのが辛い。鎮静の指輪のお陰か、ブルオークの体のお陰
か。内心の動揺はあまり外に出ないが、精神は既に疲れ切っている。
⋮素直に、辛い。
﹁ん、戦争だし。仕方ない。⋮でも、学校通える。ちょっと安全﹂
﹁待て。待ってくれ。落ち着いて、順番に説明してくれ。俺は人間
社会のことなんか何も知らないんだ﹂
﹁⋮ん?わ、かった﹂
こくこくと頷き、辿々しくも⋮まるで誰かから聞いた内容を、その
まま復唱するかのような奇妙な口調で、リリンは話し出した。
73
﹁んと、人間、魔物。この二体、仲悪い。だから、戦争。毎日。い
ろんな場所。略奪。エルフとかドワーフ、みたいな精霊族は、どっ
ちつかず。どっちにも味方する。ずっと続いてる。終わらない。亜
人、⋮獣人、国ごとで扱い違う。この国では、人間。隣では、家畜。
誘拐、多い。売られる。
学校、人間の修行場。戦い方教えてくれる。防備ばっちり。んと、
レベルでなら、50から、150くらいまで、世話してもらえる。
⋮50くらいないと、入学出来ない。死人、出るし。修行で死ぬ。
あたし、︽召喚術士︾、レベル53。
卒業したら、国に仕えるか、︻ハンター︼。国付き、収入安定。た
だし︻騎士︼とか︻魔術士︼とか、︻聖術士︼ばっか。他の、なか
なか雇われない。自由ない。規律がちがち。あたしは、無理。
ハンター、一攫千金。犬死にたくさん。来るもの拒まず。死んで去
る。犯罪者捕まえたり、魔物殺したり。薬草とったり。いろいろ。
あたしなるの、これ。稼いで、家買って、魔物飼って生きる﹂
﹁途中から私情が混じってるが⋮なんとなく、分かった﹂
﹁あと、隣の国とも、戦争してる。国付きも、ハンターも、みんな
前線。⋮学生は、いかなくていい。命、助かる﹂
﹁⋮なる、ほど﹂
⋮ハードだ。思わず頭を抱えたくなるくらい、異世界の事情はハー
ドでシビアだ。⋮ん?いや、まてよ?
﹁⋮リリンは、学校に入学するんだよな?じゃあ俺は⋮﹂
﹁付いて来る﹂
74
﹁⋮マジ、か﹂
学校とか。通っていたの何年前だよ。⋮いや、悪いことじゃないは
ずだ。子供の方が固定観念とかないはずだし、俺が受け入れられる
下地は作りやすい⋮わけ、ないよなぁ。困難な道にも程がある。
⋮にしても、学校に、他国との戦争、か。⋮ゲームの頃からそんな
システムあったのだろうか?魔物側は適当にモンスター狩ってクラ
ス上げて人間の拠点を襲う、の繰り返しだったから、そんなもんが
あったのかどうかも分からない。せめて人間側のプレイヤーがいた
なら、その真偽も確かめられたのだが⋮。
⋮ああ、そういえばそんな可能性もあるのか。ぽんこつさんが言う
には俺がこの世界に来る切欠になったアイテム⋮ザ・なんちゃらか
んちゃらは課金アイテムとして普通に手に入ったらしいし、俺以外
にもそれを使用したプレイヤーがいてもおかしくはない。⋮もしも
この世界のどこかにプレイヤーがいるならコンタクトを取りたいと
ころだが、上手くいく確率は天文学的な数値だろう。まして、相手
が人間プレイヤーなら魔物の俺を襲わない理由はないんだし。
﹁あ∼⋮くそっ、上手くいかないな⋮﹂
ガリガリと硬い毛に覆われた頭を掻く。前途多難にもほどがある。
せめて戦争している他国の情報が知りたいところだが、リリンにそ
の手のことを聞くのは無駄だと悟ったので諦める。
﹁そろそろいい?あたし、眠い﹂
﹁ん?ああ⋮そうか。じゃあ、寝てていいぞ。見張りは俺がやって
75
おく﹂
ポータブルポータルを使って安眠、というのも考えたが、火の番も
しないといけない。消した後朝になってから火属性アイテム使って
火をおこせば、という風に今までの俺なら行動していただろうが、
リリンの目の前でアイテムボックスを使うのは不味い⋮かもしれな
いし、我慢。少し警戒し過ぎるくらいで丁度いいんだ、と自分に言
い聞かせる。⋮正直に言うなら、下手なことをしてリリンに警戒さ
れたくなかった。だから、普通の魔物を装う。⋮ブルオークが普通
かどうかは別問題として。
幸いにしてブルオークの身体は体力が有り余っている。2、3日徹
夜で戦い続けても身体に負担はない。⋮精神面は別として、だが。
幸いこの辺りに危険な魔物はいないわけだし、ただ起きてるだけな
ら大丈夫。⋮とか、思ってたら。
当たり前のように、胡座をかいた俺の股の間に、リリンが乗ってき
た。
あまり肉付きのない尻が、股に当たる。⋮オークじゃなくて、よか
った。と心から安堵。褌ですらない布一枚腰に巻いただけのオーク
だったら、大惨事だ。幸いにも獣の革をなめした厚手のズボンを履
いているお陰で、反応することはなかった。だが、剥き出しの上半
身にこすれる少女の柔らかい髪と、ふわりと香る甘い香りに、目元
を押さえる。なんでか涙が出てきた。
﹁⋮何故、乗る﹂
声が震える。痛みはないし悲しみもない。なのに泣けてくる。理由
は分からないが、ひたすら自己嫌悪。こんな幼い少女に対して、僅
76
かにでもそんな想像が⋮妄想が先行したことに衝撃を受ける。死に
たい。
﹁マーキング。臭い、付ける﹂
ぐりぐりと、後頭部が胸筋に押し付けられる。なんだこれ。なんだ
これ。僅かに身体を揺らす少女のせいで、身体の内側に熱がこもる。
ほとんど肉付きのない、中学生とも小学生ともとれる少女が身体を
押し付けてくる。︱︱別にそんな性癖はないのに、なかったのに︱
︱ここに来て、初めて⋮肉欲に、火が灯る。
えっ、じゃあなにか?俺はロリコンだったのか?ロリコンだから裸
の女の世話しても全く興奮しなかったのか?⋮そんな馬鹿なっ!?
混乱しつつもゆっくりと振り上げた拳を、無言で自分の頬に突き入
れた。あっという間に鎮火する獣欲。驚くリリン。歪む顔。ビビる
リリン。凹む俺。折れる牙。キャッチするリリン。広がる血の味。
零れる血。逃げるリリン。
なんかもう、死にたい。
﹁どっ、うしたの?﹂
﹁⋮ごめんなさい﹂
﹁⋮⋮ん?ん。⋮あ、もらっていい?﹂
﹁⋮どうぞ﹂
零れる血を拭い、ズキズキと痛む頬を押さえる。⋮うん、俺は、大
77
丈夫。多分だけど、あの女達には罪悪感があったからそういう発想
に至らなかったんだろう。⋮うん、俺、年上好きだし。ならなんで
反応しかけたし。もう自分が分からない。というかなんなんだこの
娘。今までの悩みとは別ベクトルで辛い。
当の本人は俺の⋮ブルオークの牙を手に﹁触媒⋮。ナイフ⋮。一本
しかないし⋮硬い。太い。⋮曲がってる。迷う⋮﹂とか呟いていた。
俺が正気に戻ったのに気がついたら、当たり前のように座ってきた。
⋮どうしよう。
﹁⋮リリン。君は、女性⋮いや、君を女性扱いするのはおかしいの
か⋮?子供に性を感じる俺がおかしいのか⋮っ!?⋮いやっ!思春
期に差し掛かる少女が豚の化け物に警戒心なく近寄るのはおかし﹂
﹁うるさい。あと、そっちの牙も欲しい﹂
﹁⋮すまん。あと、いやだ﹂
﹁⋮どけち﹂
⋮抱かれてもいいとか言ってたくせに、俺を男として見ていないの
か?⋮いや、むしろ抱かれてもいいから警戒心ないのか⋮!?おか
しいだろ異世界っ!法律がなければ子供に手を出してもいいってわ
けじゃないんだぞっ!?
⋮というか子供産むとか言ってたな⋮。ブルオークの子供⋮。やは
り、豚⋮だよ、な。
⋮俺が、豚の子供を⋮産ませるのか⋮?
78
嫌だ。無理だ。自分の子供が、豚?かろうじて今自分が豚なのは受
け入れられた。だが、子供が豚?⋮無理だ。受け入れられない。そ
んなのはゴメンだ。⋮俺は、子供を作れないな。豚を子供扱いする
のも、豚に父と呼ばれるのも絶対に嫌だ。とてもじゃないが、受け
入れられない。それは、俺の子供じゃない。
﹁⋮前途多難、だな﹂
﹁ん、お守りにする。牙のお守り、作る。手伝え﹂
⋮命令系、か。
⋮はやまったな。間違いなく。
79
8、
夜が明けて。ようやく俺は人間たち住む拠点に向けて足を進められ
るようになった。
ふわぁ、と欠伸するリリンを肩に乗せて、道なき道を進む。どうや
ら俺が街道だと思っていたのは大昔のそれで、今はパドキア大森林
を目指すハンターくらいしか使用しないらしい。それに従っていた
らリリンの拠点にしている街にはたどり着けないらしく、リリンの
指示通りにまっすぐ歩く。
﹁ん、と。これ、予定外。ほんとなら、1ヶ月くらい、かかる予定
だった。ランク2以上が、草原にでるわけないし。曲で釣るにも、
︻森︼入ったら、集まりすぎ。あたし、死ぬ。だから、のんびりや
る予定⋮だった。こう⋮はぐれランク2、待つの。師匠、町に来る
の、1ヶ月後。⋮3日で終わったから、時間余る。遊ぶ!﹂
﹁⋮そうか﹂
この︻森︼というのがパドキア大森林を指すのは言うまでもない。
だとしたらMOB釣りをするには森から離れすぎじゃないか?とは
思ったが、それなりの理由があるんだろう。リリンからそれを聞き
出すのは少々手こずるだろうから、深く考えないで受け入れておく。
にしても、運がいいのか悪いのか。見習い召喚術士のリリンのお陰
で人間の街に向かえるが、リリンのせいで行動が大きく制限される。
⋮とはいえ、人との繋がりに餓えていた俺が穏やかな気持ちでいら
80
れるのは、リリンのお陰なんだろう。彼女の演奏する笛の音を聞く
と、不思議と心が落ち着くのだ。それに、もしたまたま出会ったの
がリリンじゃなかったから問答無用で攻撃されていたかもしれない、
と考えれば運がいい⋮はずだ。
﹁視界、広い。初めてみる。足ぷらぷら。高い。走れ!﹂
﹁落ちるぞ﹂
忠告すれば、一瞬動きを止めたリリン。だが、すぐさま横座りで尻
だけ右肩に乗っけていた体勢から、肩車に移行する。俺の頭を抱え
るようにして、一晩経ったら生えてきた右の牙と左の牙を握る。⋮
そういう用途に使うもんじゃないんだが⋮。いやまあ、他に使い道
があるわけでもないが。
﹁走れ!﹂
﹁⋮はぁ。しっかり捕まってろよ﹂
最初はリリンが落ちないか確かめるように、緩やかに。しかし、そ
の速度が不満らしいリリンの踵が胸を打つ。⋮牙を掴む手のせいで
絶妙に視界が悪いわけだが、仕方なく本格的に走り出す。大地を蹴
るように、一歩ごとに加速。足は遅いブルオークだが、それでもリ
リンよりは余程早いのだろう。キャーキャーとはしゃぐ少女の声に、
少し和んだ。
﹁道違う!あっち﹂
﹁すまん!﹂
81
だったら自分で歩け、とは思ったり思わなかったりしたが、30分
程も走り続ければ、遠くに町が見えてくる。頭の上から﹁︽野狼/
ウルフ︾より早い!すごい!ウルフで半日かかった!早い!﹂とお
褒めの言葉を貰ったが、ランク1と比べられても困る。ウルフのA
GI値なんて50⋮個体値高くても100かそこらだぞ。一緒にす
るのが可哀想だ。
などと考えていたら、視界に過ぎる黒い点。僅かに聞こえた風切り
音と直感に従い、腰に横にして括り付けていた石斧を抜き、盾にす
るように翳す。がっ!と硬い音。石斧の表面に弾かれ、半ばから折
れた羽根付きの鉄矢が地に落ちる。
﹁あー、魔物、しまわないで近付いたから、攻撃されても仕方ない﹂
﹁⋮矢で撃たれてその反応かよ⋮﹂
けろりとした顔で呟くリリンを見上げながらため息。⋮暴れても良
いことは無さそうだな。次の矢を撃ってくる様子もないので、斧の
影に隠れながら﹁どうするんだ?﹂と問う。
﹁下ろせー﹂
﹁わかった﹂
ちょいちょい命令形なのは何でなんだろうな。ぺしぺしと頭を叩い
てくるリリンに従い、頭を下げる。肩を蹴って飛び降りたリリンが、
両手を頭の上にあげ、杖を地面に突き刺す。視線で同じようにしろ、
と言われたので、斧を地に刺して両手を頭の上で組んだ。⋮例え鉄
の矢が身体に当たっても傷一つないだろうが、やはり武器を手放す、
という行為には恐怖を感じる。強靭なはずの身体がやたら頼りなく
82
て、ぶるりと身体が震えた。
﹁このまま待ってれば、ハンター来る。そしたら安全確認と、厳重
注意だけ。何回もやってるから、大丈夫﹂
﹁頼むから学習しろ﹂
﹁んん?﹂
首を傾げるリリンに頭を押さえる。⋮大丈夫なのか?これ。仕方な
くそのまま待機していたら、街⋮というよりは村か。大きな門と、
木製の柵で覆われた村から、数人の人影が近付いてくる。⋮距離は、
50mほど。その気になれば2秒で踏破できる距離だが、今は大人
しく待つ。⋮無論、矢が飛んでくるかも分からないのでリリンの盾
になる準備だけはしながら。鉄の矢くらいなら、VIT値カンスト
オーバーの皮膚で弾けるはずだ。⋮恐怖はあるけど。
﹁まぁたてめぇかリリン・リリー!!てめぇも懲りねぇなぁ獣娘っ
!﹂
幸い矢が放たれることはなく、近付いてきた人物は第一声でリリン
を怒鳴りつけ、即座にその鋼鉄の籠手に覆われた拳をリリンの頭に
振り下ろした。⋮正直ぞっとしたし、慌てて止めようとしたが、そ
れより早くリリンがひょいっと身をかわしたので安堵する。
﹁ちょこまか逃げんな獣娘っ!﹂
﹁痛い、いやっ!﹂
ちょろちょろ逃げ回るリリン。それを追いかける赤毛の女。それを
83
見て唖然とする俺。⋮普通なのか?いや、殴って躾る、というのは
分かる。痛みがなければ覚えない、というのは事実だ。だが⋮籠手
を装備したまま、殴るのか?
﹁ああ、ご心配なく。お互いに当たるなんて思ってませんから。リ
リンの身のこなしを信頼しているからぶんぶん両手を振り回せるん
ですよ﹂
すぐ隣から、男の声。ほとんど気配がなかったことに内心動揺しつ
つ、首を巡らせて﹁おまえは?﹂と問いかける。
﹁失礼。僕の名前はケリオ・アンドゥ。暗殺者アンドゥの弟子、隠
密のケリオだ。あっちでリリンを追いかけてるのが、マニラ。マニ
ラ・カイナツ。重騎士カイナツの娘。こっちの無口なのが、ペリカ・
ルルル。魔術師ルルルの娘だ。君は?﹂
﹁⋮どうも﹂
ケリオと名乗った男が特徴のない男。顔立ちも、服装もごく普通。
ファンタジーな村人Aといった印象を受ける、全く記憶に残らない
男。大体20前半だろうか?武装らしい武装は背中の短弓と矢筒、
腰にある大型のナイフくらいで、﹁趣味が狩猟の村人です﹂と言わ
れれば信じてしまいそうだ。
リリンを追いかけているの赤毛がマニラ。一目で分かる重装甲冑。
一歩歩く度にガチャガチャと金属が鳴り、必要以上に装甲を固めて
いるのがよく分かる。そのせいで関節が動かしづらいらしく、酷く
たどたどしい動きで逃げ回るリリンを追っている。顔立ちは濃いめ
で、少しとうが経っているが十分美人だろう。30歳前、というと
ころか?背中には木材に板金で補強したらしい大盾を背負っている
84
が、武器はないようだ。
最後が、ペリカ。こちらはリリンと似たような格好をした娘。年は
20はいっていないが、15は超えているだろう。リリンに輪をか
けて表情がないが、青い癖のある髪を緩やかに垂らした肉感的な美
少女だ。少し垂れた目と、唇の横にある黒子が悩ましい。⋮が、ま
るで疲れ切っています、と自己主張するかのような土気色の顔色と、
ぷるぷる震える足がその魅力を滑稽なものに変えている。
﹁⋮ウリ、だ。驚かせてすまない。リリンと召喚契約を結んだのだ
が、リリンが未熟で俺を送喚できないそうだ﹂
頭は、下げない。媚びへつらうつもりは、ない。俺は、人間だ。だ
から、対等の立場で行動する。⋮それが相手に悪い印象を与えても、
それからの行動で払拭してやればいい。
﹁⋮すごい、魔力と力強さを感じます⋮。最低でも、ランク5⋮。
昔みたキングオークに匹敵⋮いえ、凌駕する莫大な力を感じます⋮﹂
﹁⋮ほう。そこまで﹂
⋮内心で、冷や汗。ペリカ、と言ったか?青い髪の少女の言葉にば
くばくと鳴る心臓を押さえる。
﹁ところで、当たらないとはどういうことだ?﹂
﹁ん?ああ⋮簡単です。ここで一番足が速いのがリリン。一番足が
遅いのがマニラ。どんなに追いかけてもするりと逃げ出す、という
ことですよ﹂
85
⋮ああ、AGI値が違いすぎて攻撃が通らないということか。AG
I値は回避率にも関わってくるステータスだったが、単純に身のこ
なしの速さ、とカウントされているわけか⋮。というか、召喚術士
なのに斥候系のケリオより速いのか。
﹁⋮頭は、悪い方ですか?﹂
﹁⋮聞かれても、答えようがないんだが﹂
普通聞くか?とろんとした目つきで小首を傾げるペリカに顔が引き
吊る。ペリカは、﹁⋮脳筋﹂と小さく呟いて、ぼんやり空を見上げ
る。なんなんだ?
﹁ふむ、理性はあるし知性はある。制御されていないのはやや問題
あり。送喚出来ないのも大問題⋮。が、人間に対する隔意や戦意は
ないようですし、ギリギリセーフ⋮ですかね?一応なにか問題が起
こったとき用に外見の写しとって、上位ハンターに連絡しておけば
村にいれても問題ないでしょう。なんだかんだ言って、リリンが危
険な魔物を連れ帰ったことはありませんし、︽鉄剣兵団/スティー
ル・ソード︾が保証しましょう。ペリカさん、お願いします﹂
﹁ん⋮﹂
⋮わりとあっさりだったな。ある意味何度もやらかしてくれていた
リリンのおかげなのか?未だに不毛な鬼ごっこを続ける少女とマニ
ラをちらりと見つめ、首を振る。他人の失敗に感謝するのは駄目だ
ろ。
﹁できた﹂
86
ペリカが手のひらに乗せた小さな紙をケリオに見せる。その上には、
猪頭に筋肉質な妙に可愛いデフォルメされたキャラクターが巨大斧
を振り回す絵。⋮俺か?俺なのか?確かに特徴はとらえているが⋮
っ!
﹁︹魔法スキル・伝言↓アルバ・スズ︺﹂
さらにそこにこの世界の文字らしい変な紋様を書き入れ、初めて見
る魔法を使う。ふわりと浮かんだ紙が、なかなかのスピードで飛ん
でいくのを半ば呆然としながら見つめていた⋮ら、ぽん、と軽く背
中を叩かれた。
﹁ま、これで大丈夫でしょう。問題を起こせばこわーいこわーいハ
ンターがあなたの首を狩りにきますが、歓迎しますよ、ウリくん。
ちょうど力自慢の若者が大都市に出稼ぎに行ってしまったので⋮期
待してますよ?﹂
︱︱前半は、脅しだったんだろう。それはわかる。それくらいは、
わかる。
けど⋮期待している、と言われて、どうしようもなく嬉しかった。
﹁⋮分かった。誠心誠意、努力する﹂
素直に頷けば、面食らったようにケリオが目を見開いていた。
87
﹁危険ですね﹂
﹁⋮危ない﹂
﹁毒の調達、出来ますか?﹂
﹁⋮ランク3までなら、すぐ。ランク5は、時間かかる。ランク6
は、無理﹂
﹁⋮アルバ・スズが着くまでの時間は?﹂
﹁感覚からして、3日﹂
﹁⋮⋮それまでは我々全員で監視。怪しい動きをすれば⋮殺処分。
リリンは?﹂
﹁⋮それならそれで、しょうがない。と。出来れば、師匠⋮リリー
女史に、見せてからにしたい、とは言っていましたが﹂
﹁リリー女史に連絡。至急、戻ってもらってください﹂
﹁了解﹂
88
﹁にしてもリーダーのマニラの仕事のはずなんですがねぇ、これ﹂
﹁脳筋だから仕方ない﹂
89
8、︵後書き︶
猪頭だから仕方ないよねー
90
9、
森林村パドキア。
それが、この小さな村の名前だった。
林業と農業をメインに活動しているようで、広大な土地にいくつも
の畑を作り、パドキア大森林から木材を切り出すことが主な産業と
なっているらしい。
10数個の大きな民家と、ハンターズギルド、と、ギルドが運営す
る大きな宿泊施設。小さな武器屋と防具屋、道具屋くらいしかない、
﹃初心者用﹄という印象を与える村だ。月に2回、木材の買い取り
ついでに行商が訪れるそうだが、その程度の頻度で十分な程度の村、
ということらしい。
住人は全員合わせても50人に届かず、この村を拠点に活動するの
は100レベル以下の駆け出しハンターのみで、一応、ということ
で防衛のために常駐しているのも、200レベルに届かない﹃鉄剣
兵団﹄くらいのものらしい。
パドキア大森林の推奨レベルは確か、ソロなら50∼150、パー
ティーなら1∼75ほどだったはずだ。大森林に続く草原の推奨レ
ベルがソロで1∼30だったはずだから、すぐに用無しになる村の
はずなのだが⋮意外にも、安全マージンを多めにとっているらしく、
なかなか減らないようだ。よくよく考えれば現実に死に戻りなんか
ないんだから、安全マージンは多めに取るのが当たり前だったが。
91
この村に訪れて一週間ほど経つわけだが⋮俺が何をしているのか、
と聞かれれば︱︱単純に、﹃小遣い稼ぎ﹄と答えるしか無かった。
ただし、リリンの、だが。
﹁おーっし豚ーっ!倒れるぞーっ!!﹂
﹁猪だと言ってるだろうが!﹂
反射的に怒鳴り返しながら、メキメキと悲鳴を上げて倒れてくる大
木に身構える。斧で切り込みを入れたそれをロープで引っ張って倒
すわけだが、それを受け止め、村まで運ぶのが俺たち主従の仕事だ
った。
﹁ふんっ!﹂
気合いの声と共に直径1m、長さ10メートルほどの大木を肩で受
け止める。ずしりとした重さと、土にめり込む両足。けれど身体は
なんの問題もなく、大木を当たり前のように担ぎ上げる。この光景
を初めて見たらしい村人の1人が、驚きの余り鉞を落とした。
﹁⋮とんでもねぇな﹂
﹁まったくだぁ。こんな楽覚えちまったら仕事になりゃしねぇよ﹂
感心したように声を漏らす男たちの姿に、内心で笑みがこぼれる。
⋮少なくとも、腕力や体力に関しては頼りにされているのは間違い
ない。
92
⋮が、同時に気落ちする。どんなに努力しても、上手くいかないこ
とに気がついて。
﹁リリン、あんな魔物捕まえてくるだなんて大したもんだ!﹂
﹁お前さんはすげぇ奴になると思ってたよ!⋮いや、ほんとに﹂
﹁その若さで大したもんだ!﹂
と口々にリリンを賞賛する男たち。⋮失念していたのだ。いくら俺
が努力したところで、その評価は﹃俺を使役している召喚術士﹄の
評価になる、ということを。肝心のリリンはよく分かっていないよ
うで、﹁んん?﹂と首を傾げながら飴玉を舐めている。⋮ちなみに
この飴玉、﹃マジックドロップ﹄という回復アイテムで、MPを回
復させることが出来る。とはいえ、序盤の村で手に入るものだけあ
って効果は微々たるモノで、味も大したことはないようだが。
﹁⋮別に俺は、リリンに命じられているから働いているわけじゃな
いぞ﹂
やや憮然としながら呟けば、近寄ってきた男が肩をばしばし叩いて
くる。痛みはないが、少しだけ不快だった。
﹁んじゃーなにか!リリンに惚れたか!他の魔物より人間っぽいも
んなぁお前っ!﹂
﹁そうじゃない﹂
﹁だからっておめー、あんなちいちぇ娘に無理させんなよー。女ぁ
壊れやすいんだから大事にしなきゃなぁ!﹂
93
﹁話を聞け。握りつぶすぞ﹂
﹁こわいこわいっ!おーい!帰るべ!リリン!いつもの頼むわーっ
!﹂
﹁あーい!﹂﹁おーう!﹂
と様々な声がして、ぞろぞろと人が寄ってくる。用意されていた車
輪付の荷台に5本目の大木を乗せ、ロープでキツく縛って固定する。
⋮ようするに、林業の手伝いだ。魔物が多数出没するパドキア大森
林の中に入り、樹木を切り倒すのにはそれなりの時間と戦力がいる。
鉄剣兵団の3人と、数人の名前も知らないハンターを護衛にして、
村人3人係で伐採。10人係で荷台に乗せて持ち帰る︱︱というの
が常だったらしい。
だが、俺がいれば1人で荷台に乗せるのも楽勝。帰り、荷台を引く
のはリリンの召喚するランク1︽石猪/ストンボア︾。村人が数人
がかりで木を切り倒してしまえば、後は半日かけて村に帰るだけ、
なんていう簡単な仕事になった、というわけだ。
だからか、最初は高い金だして名指し依頼していた村人だったが、
頭の弱いリリンの足下見たのか知らないが、依頼料は低下に次ぐ低
下。今では護衛に就く冒険者たちの半額くらいの金で働かせられて
いる。
⋮不満がない、といえば嘘になる。しかし、リリンはその日食える
だけの報酬があれば満足らしいし、ちゃんと俺の食料も調達してく
れる。文句を言う筋合いはない⋮のだろうが。
94
⋮もう少し、違う反応でもいいんじゃないか?と思ってしまう。一
番働かせられているのは俺だし、リリンもそんなはした金で喜んで
いていいのか?俺なら︱︱いや、違う。それは嫉妬混じりの暴言だ。
俺が評価されていないのに、毎日遊んでいるリリンの方ばかりが評
価されることに、嫉妬しているだけだ。
頭を振って嫌な考えを振り払い、馴れ馴れしく背中を叩いたり軽口
を叩く村人たちを見下ろす。⋮考えてみれば、言葉を交わしたこと
は何度もあるのに、俺は彼等の名前すら知らない。基本的にリリン
の近くにいるし、自由奔放なリリンの面倒を見ている内に、他の人
の交流の機会が減っていたのかもしれない。⋮このコミュ障が評価
されない理由、か?いやしかし何を話せばいいのか分からないし⋮
っ!
せめて酒場にでも繰り出せば違うのかもしれないが、リリンが﹁魔
物をハンターズギルド内のいれるの、問題かも?﹂とか言うので、
勝手に入るわけにもいかない。他の村人を恐がらせてもいけないし、
せめて評判がよくなるまでは、とリリンが借りた部屋の中で大人し
くしているしかない。リリンが借りたのはツインの大部屋なので、
困ることはな⋮いや、あるか。性欲が無駄に多いオークの生態と、
やたらスキンシップが激しいリリンのせいで、少しばかり苦々しい
思いをする事もある。
⋮風俗⋮いや、ファンタジーなら娼館か。娼館なんて大層なモノは
こんな小さな村には無いし、なんというか、イライラしやすくなっ
ている気がして気が気じゃない。このままだと何かきっかけがあれ
ば﹁やらかし﹂そうで、自分が恐い。
﹁どした?﹂
95
下から見上げてくるリリンに、なんでもないと首を振りながらその
頭をぽふぽふと軽く叩く。僅かに厚みのあった三角帽がぺちゃんこ
に潰れて、けれどリリンは気持ちよさそうに眼を細めた。⋮大分、
力の扱いにもこなれてきた。これならリリンや他人に触れても怪我
をさせることはないだろう。
﹁ん、と。猪、繋いだ。豚さん、かえろう﹂
﹁俺も猪なんだが﹂
﹁んん?豚さん、は、豚さん﹂
⋮はぁ、と溜め息を吐く。たまにこの娘の思考がわからん。若い娘
はみんなこうなのか?と思ったものの、俺もまだまだ若い、と気を
取り直す。⋮えぇと、25⋮は、若い、よな?いや、あれから半年
経ってるからもう26か⋮。び、微妙⋮。
﹁⋮帰るんだろう?護衛は?﹂
﹁ウルフを、走らせた。すぐ来る。たぶん﹂
と会話していた矢先に、茂みが揺れる。噂をすれば影、とばかりに
現れた鉄剣兵団と、若手ハンターたち。︱︱その表情が堅いのに気
がついて、﹁どうした?﹂と問う。
⋮顔を土気色にした若手ハンターが、震える声で言う。
﹁⋮く、詳しくは、村で話す。至急ハンターズギルドに知らせなき
96
ゃならないし⋮。でも、分かりやすく言うなら⋮﹂
若干涙を滲ませながら、そのハンターは震える声で嘯いた。
﹁⋮︽侵攻︾、だ。⋮多分、︻キングゴブリン︼、の⋮﹂
その言葉は、俺とリリン以外の人間を震え上がらせた。
急いで村に戻り︱︱とはいえしっかり木材は回収してきたわけだが
︱︱ハンターズギルドに駆け込んでいく鉄剣兵団。キングゴブリン
風情になにを?と考えていた俺だが、よくよく考えればキングゴブ
リンはランク4。推奨レベルは200以上。この村に常駐するハン
ターたちでは、相手にならない可能性が高い。
⋮それにしても︽侵攻︾、か。ゲームの時は祭りと言われた週に1
回やるかやらないかのお楽しみイベント扱いだったが、現実になっ
た今では正真正銘の殺し合い。対策を立てなければ惨殺されるのみ
だと分かっている以上、本気にもなるだろう、とハンターズギルド
の門にもたれながらぼんやりと考える。
⋮非常時においても入室禁止、とはな。まぁ、リリンが連れて行か
れたのだ。その召喚獣たる俺が無関係ということもないだろうし、
後から役割をリリンから聞けばどうにかなるだろう、と楽観的に考
える。一階の依頼受付カウンターは受付嬢⋮とは名ばかりのおばち
ゃんまでいないがらんどう。二階からは喧々囂々の︻会議︼の声。
話し合ってる暇があるなら罠の一つも作るべきだとは思うが、今俺
に出来ることはない。眼を閉じ、座り込み、HPとSPを回復させ
る。MP?いらん。オーク系が魔法攻撃使えるわけもないし。
と、足音が聞こえて目を開ける。視界に移るのは、黒い全身甲冑。
97
マニラの着ているような安物じゃないそれは、関節まで計算されて
作られているのかほとんど音がしない。ギッ、ギッ、と金属が擦れ
合う音と、地面がその重さに鳴るのみ。高級品らしい漆黒の鎧に身
の丈とほとんど同じくらいの長さがありそうなグレートソードと背
嚢を背負った性別不明の人間は、気さくに手を挙げながら近付いて
きた。
﹁うぃーす。なにそれ、被り物?﹂
随分馴れ馴れしいな、とは思ったが、首を振る。
﹁いや、本物だ。オークの突然変異でな。リリンの召喚獣の、ウリ
だ﹂
人影からは僅かに驚いたような気配。笑っているかのような雰囲気
を漂わせながら、そいつは﹁へぇ⋮﹂とハスキーな声で答えた。
﹁リリーさんじゃなくて、リリン、ね⋮。なんの悪い冗談なんだか。
あいつにゃお前を使役すんのは無理だろ。リリンに取り入って村を
中から食い荒らすのかな?﹂
﹁⋮そう思われても仕方がないが、そのつもりはない。リリンにも、
好意こそあれ隔意はない。基本的に、俺は人間の味方のつもりだ﹂
憮然としながら言い返せば、そいつは隠そうともせずけらけら笑っ
た。
﹁あははっ、いやー、面白い冗談だったわ。えっと、ウリだっけ?
俺はアルバ。アルバ・スズ。狂戦士スズの弟子、闇騎士のアルバ。
それなりに有名なハンターだ。よろしく﹂
98
﹁⋮ああ、よろしく﹂
差し出された手を握り︱︱みしみしと自分の籠手が悲鳴を上げるほ
どの力が込められているのにどう反応していいか迷う。仕方なく握
り返せば、﹁いでででっ!?うがっ!?歪んでる!黒鉄鋼の籠手が
歪んでるからっ!﹂とアルバは悲鳴を上げた。⋮手を離し、籠手を
外すアルバを鼻で笑う。意外にも鍛えられてこそいるが細い⋮普通
の農家の男のような手に驚いた。
﹁ってぇー、力負けしたのは初めてだぜ⋮。ゴーレムにも力負けし
なかったのによー﹂
﹁⋮腕力と握力はまた別だろ﹂
﹁んじゃ今度腕相撲な﹂
顔は見えないが、へらりと笑っているのだろう。毒気を抜かれて微
笑めば、﹁えっ?なに?威嚇?﹂と恐がられた。⋮猪頭で感情を察
しろ、というのは酷、か?
﹁で、上は一体なんの騒ぎよ﹂
﹁︽侵攻︾対策だそうだ。相手はキングゴブリンらしい﹂
⋮一瞬の静止。動きを止めたアルバの雰囲気が、変わる。うれしそ
うに、楽しそうに。
﹁そりゃあ︱︱お前にお礼言わなきゃかもなぁ。こんな楽しいタイ
ミングで村に来れて、ラッキーだぜ。サンキュー﹂
99
喜びを隠そうともせずギルドに入っていくアルバの背中を見送り、
鼻を鳴らす。
﹁⋮ファンタジーではお馴染み、戦闘狂の戦争屋、か。⋮リアルだ
とはた迷惑な奴だ﹂
⋮オークを皆殺しにして回ってる辺り、俺も他人のこと言えないが。
100
10、︵前書き︶
5話ほど更新させていただきます!
101
10、
アルバが現れたことで、上の雰囲気が変わった。がむしゃらに怒鳴
り散らすだけだった複数の声が落ち着きを取り戻し、まともな会議
になりつつあるようだ。
⋮聞き耳を立てているだけだからなんとも言えないが、どうやらア
ルバは相当の実力者のようだ。まるで﹁アルバさえいれば大丈夫﹂
と言わんばかりの豹変ぶりに、苦笑い。
﹁さぁーて、早速だが状況を教えてくれ。対策するなら早い方がい
い﹂
アルバの声に促され、まともな会議が幕を開けたようだ。
﹁ああ、朝、木材を取りに行った村の人の護衛に就いていたハンタ
ーが、ゴブリンのものと思われる足跡を発見。ゴブリンのテリトリ
ーから随分離れたところにあったそれを不審に思った彼らが足跡を
辿ると、目算で500以上のゴブリンの軍勢を発見。中にはリーダ
ー、エリート、ライダー、メイジ、クレリックが多数存在したらし
い。⋮どころか、ハーピーやラミアなどの本来ならば大森林深層に
しかいないようなランク3までいたようだ﹂
ざわり、と動揺するような気配。しばしの思案の間を挟み、アルバ
は口を開く。
﹁⋮混成軍の中に、オークは?﹂
102
﹁いなかったそうだ﹂
﹁なら確定だ。キングゴブリン連合軍VSキングオーク軍団、勝者
はキングゴブリン。勝った勢いに任せて人間抹殺領土拡大⋮ってと
こだな﹂
﹁その推測の根拠は?﹂
﹁あんまり知られてねーみたいだが、魔物にも相性がある。マーメ
イド系とシェル系が共存しているように、プラント系とインセクト
系が共存しているように、互いが互いを助け合って生きている。が、
オークはちげぇ。あいつらは性欲の化け物だからな。人間だろうが
魔物だろうが女性型なら構わず襲う。おい、ここ一年以内に行方不
明になった女性ハンターと村人の数は?﹂
﹁二名ずつです﹂
﹁確定。キングオークは確実にその4人を捕獲、繁殖を繰り返して
いたはずだ。オークの軍勢が増え、同胞を襲われるのを恐れた女性
型⋮ハーピー、ラミアが最初に手を組み、キングオーク程じゃあな
いが、同族でのみ生殖し、かなりの繁殖力を持つゴブリンと同盟、
オークの支配している領域を与える代わりに殲滅を試み、成功した
んだろ。⋮ったく、キングオークと戦った後ならそれなりに消耗し
てるだろうが⋮逆にオークの肉食って力付けてるかもしんねぇな。
数も多いし厄介だぜ﹂
︱︱ちょっと、待て。
ぼんやりと聞いていたが、心当たりのある言葉が多すぎる。今でも
103
思い出せば胸がギシギシと悲鳴を上げる、4人の心折れた女たち。
ぶよぶよの身体を偉そうに揺らしていた、油断ばかりが目立つキン
グオーク。そして逃げ惑うオークたちに最後の一匹まで斧を振り下
ろしたあの感覚。
確かに、キングオークの巣穴を襲ったとき、やたら数が多いと思っ
た。それを深く考えずに殲滅したが、果たして俺はその死体を片付
けたか?放置したぞ?その肉をゴブリンが回収していたら?
ゴブリンたちがオークとの戦争で疲弊している?そんなわけはない。
何故ならオークを片付けたのは俺だから。
︱︱オークに勝った勢いで領土拡大?オークの領土を戦わずして手
に入れたであろう、ゴブリンたちが?
俺のせい、なのかっ!?俺がキングオークを、オークたちを無作為
に殺したから、大森林のバランスが崩れて︱︱ゴブリンたちが、今、
村を襲おうとしている?オークが消えた分、大きな勢力になったゴ
ブリンたちが、更なる発展を狙って?
俺が、俺の、せいで?
﹁つ、伝え⋮!﹂
俺がキングオークを殺した、と言っても信じてもらえるかは分から
ない。せめて、ゴブリンたちが疲弊していないことだけでも伝えな
ければ。そんな思いでばっ!と勢いよく立ち上がり︱︱﹁きゃっ﹂
と小さく響いた悲鳴に、動きを止めた。
﹁んん⋮豚さん、卑怯。驚かせようと、思ったのに﹂
104
尻餅付いて不満げに見上げてくるリリン。タイミングの良さに感謝
する。駄目、と言われたのにギルド内に入ることに、罪悪感ともつ
かない後ろめたさがあったから。
﹁リリン。頼む、アルバを呼んできてくれ。伝えておかなければい
けないことがある﹂
敵を過大評価するならまだいい。だが、過小評価は不味い。疲弊し
ている﹃はず﹄の敵に、怒涛の攻めを受ければ︱︱結果は戦いの素
人にだって分かる。油断が、敗北を招く。敗北の結果は、この村の
壊滅と皆殺しだ。
リリンは不思議そうに首を傾げ︱︱ぽつり、と呟いた。
﹁やだ﹂
︱︱︱︱はっ?
反射的に、リリンの肩を掴む。全力で握ればあっさり握りつぶせる
細い肩に、置くだけ。それでもリリンは、少し顔を歪めた。
﹁どういう、意味だ﹂
声が、震える。激情が内心で渦巻いていた。怒り?悲しみ?分から
ない。なんて表現していいのか分からない炎のようなそれに、必死
で抗う。今にも力が入ってしまいそうな手を震わせながら、もう一
度問う。
﹁どういう、意味だ?﹂
105
﹁時間ない。あたし弱い。逃げる。アルバいれば、大丈夫﹂
﹁そうじゃない!﹂
あっさり返された言葉に唾を飛ばして怒鳴り散らす。わかっていな
い!事の重大さが!迷惑そうな顔で顔に飛んだ唾を拭うと、リリン
はふてくされたように言う。
﹁村、全滅してもあたしに関係ない。命大事。弱いの、みんな逃げ
る。村人も。あたし、その護衛。アルバ、知らない。知らない人、
助ける、意味ない﹂
﹁おまえ︱︱︱︱っ!!﹂
激昂に我を忘れかけ︱︱鎮静。すぅ、と頭が冷えるような感覚に、
深く息を吸い込み、吐く。
⋮リリンの言葉は、間違っていない。無駄な危険を犯すよりも、安
全策を取るだけ。決して、悪いことではない。⋮無責任さと、俺の
感情を除外すれば、の話だが。
﹁分かった。リリンは村人と逃げろ。俺はゴブリンたちを倒す﹂
元はといえば俺がオークを殺し回ったのが原因なんだ。俺がケリを
付けるのが当たり前だろう。自分の尻も拭けないようでは、他人を
助けるなんて夢のまた夢。リリンにはなんの罪もないんだから、素
直に逃がしてやるのが得策だ。アルバたちには、直接伝えればいい。
そう、思ったのに
106
﹁なに言ってるの?豚さん、あたしの護衛。勝手なことされたら、
困る﹂
﹁⋮っ、﹂
怒るな。冷静になれ。リリンの言葉が足りないのはわかりきってい
たことだろう?だったら冷静に理由を聞くべきだ。
﹁あなたは、あたしの召喚獣。言うこと聞け﹂
﹁⋮俺は、戦う。ゴブリンたちとは、俺が決着をつけなきゃならな
いんだ﹂
﹁駄目。豚さん、あたしの召喚獣で一番強い。だから、危ないとき、
あたしの近く﹂
︱︱リリンの目を見て、気付いた。
リリンは、一度も﹃俺﹄を見ていないんだ。
オークの突然変異と偽る、︻エリートブルオーク︼。﹃強い召喚獣﹄
。だから、可愛がりこそするが、それ以上はない。俺に、自由は許
さない。俺が個人的な理由で戦いに赴くなんて、許さない。
ただの︱︱道具。﹃使える道具﹄。
まともに動かない道具に不満を持つその目が︱︱酷く、胸を切り刻
む。
107
﹁俺には⋮俺にも、意志があるんだ!戦わなきゃいけないんだっ!
だから、許してくれっ!俺を戦わせてくれ!﹂
じゃないと、申し訳がたたない。もしもこれでこの村が全滅するよ
うなことがあれば、一生引きずる。4人の女を見捨てた事すら消え
ない傷なんだ。まだ、思い出すんだ。一週間ぽっちじゃ、あの獣人
の女の眼が、全てを諦めたような眼が、忘れられないんだ。
だから︱︱戦わせてくれ。と懇願した。
けれどリリンは、
﹁だめ。逃げる。早く準備﹂
めんどうくさそうに、かみをかきあげながら、はきすてるのだ。
⋮⋮もう、知らん。
﹁どこ行くつもり?﹂
108
武器を取る。立ち上がり、背を向ける。もう、いい。︱︱やりたい
ように、やってやる。
﹁戦う﹂
﹁だめ﹂
﹁知らん。戦う。邪魔するな﹂
アルバを、他のハンターを待つ?その必要はない。高々500程度。
高々キングゴブリン程度︱︱蹴散らしてやる。
﹁⋮命令聞かないなら、殺処分。そういう規定。ハンターズギルド、
みんな動く。アルバ、豚さん倒しにくる﹂
﹁好きなだけ殺しに来い。蹴散らす。⋮リリン、召喚獣契約はさっ
さと解除した方がいいぞ。緊急召喚できないんだろ﹂
﹁ランク2以上の魔物。手放したくない﹂
﹁知らん﹂
﹁そう。ばいばい﹂
ああ、ばいばい。だ。
胸に染み込んだリリンの血。それが、染み出すように胸から溢れる。
その血で胸筋に横線を引いた。血化粧か。戦いに赴く際にそんな文
様を入れる部族がいたはず。
109
それを思い出して笑いながら、黒茶色の毛に覆われた頭に、赤い線
を引く。
もう、誰にも従わない。
召喚術士を渡りにしようとしたのが間違いだった。最初から、例え
どんなに最悪の出だしになろうと、独力で努力すれば良かったのだ。
そうすれば道具扱いされることもなかった。豚以下になることもな
かった。
俺は、ヒトなんだ。
だから自分の意志で戦うし、自分の意志で守る。蔑まれても構わな
いし、石を投げられようと構わない。
けれど、本能のままに生きる豚にも、他人に使われるだけの道具に
も、なりたくない。
﹁やってやる⋮﹂
斧を握る。この身体で、唯一誇れるもの。唯一胸を張って、これだ
けは何よりも勝ると自慢できるモノ。
武力。
戦いの中で名をあげる。幸い年中戦争中らしいこの国だ。いくらで
も戦場はある。いくらでもチャンスはある。
﹁いくらでも、やってやる﹂
110
殺してやる。魔物を、殺す。いくらでも殺せる。人間は殺せるだろ
うか?相手次第だ。少なくとも、女をモノのように扱う、お約束の
ような盗賊や夜盗なら⋮一切の躊躇なく、この斧を振り下ろせる。
﹁︱︱ヒトらしく、守るために。生きるために︱︱戦ってやる⋮っ
!!﹂
燃え上がる炎ように。湧き出る水流ように。荒れ狂う暴風のように。
内側から溢れる激情が、戦意となって溢れ出た。
111
10、︵後書き︶
メインヒロイン、リリン。違う。どやぁ
だまされた人、いますう?︵´・ω・`︶
112
11、︵前書き︶
今回の更新分は無駄に長い!
どこで切ったらいいのかわかりませんでした!
113
11、
村と大森林の丁度中間。夜の闇に覆われた草原で、ゴブリンたちの
到着を待つ。しばらく時間が経っているからか、だんだんと気を抜
きはじめている︱︱油断が表に出始めた、尻の下にいるレイジング
ベアを小突く。
﹁誰が気を抜いていいと言った。真面目にやれ﹂
﹁ウガァウ⋮﹂
痛みを堪えるようなうめき声を発するレイジングベアと、その後ろ
に追随するレイジングベアの群れ。︱︱ゴブリンの混成軍を倒すた
めに、パドキア大森林から調達してきたレイジングベアが、約30
頭。ランク3のレイジングベアがゴブリンにやられることはないだ
ろうが、こいつらの使い道は兵隊じゃない。
﹁いいな?人間は襲うな。戦いが終わった気配を感じたら、来ても
いい。たらふく食わせてやる﹂
﹁ガゥウ⋮﹂
言い捨て、レイジングベアから飛び降りる。巨大斧の重みにふらふ
らしていたレイジングベアが、まるで人間のようにほっとため息を
吐くのに苦笑しながら、ちゃんと言うこと聞いて制止したレイジン
グベアに安堵する。
114
召喚術士でも魔物使いでもない俺が、野生の獣に過ぎないレイジン
グベアに言うことを聞かせるには、殴って屈服させる以外になかっ
たので、素直に言うことを聞いてくれるのに安堵する。
と、いうのも、大森林の中ならまだいい。死体が残っていても獣や
魔物が処分してくれる。今回のゴブリンたちに糧を与えてしまった
かもしれない、っていう可能性を考えれば大森林の中でも死体の処
理をするべきだったと思うが、そこはまぁ置いておく。しっかり反
省して繰り返さないようにすればいい。
だが、草原に⋮普通に人が通る可能性があるところに大量の死体を
残しておくのは不味いだろう。死体が腐って不衛生なのは勿論、確
証はないがアンデットとかになって復活しないとも限らない。あと
伝染病とかも流行るかもしれないし、ただがむしゃらに殺すだけじ
ゃ駄目なんだ、と気付いた以上、死体を処理するための人員を連れ
てくる必要があった。そこで白羽の矢を立てたのが、大食漢のレイ
ジングベア。たった30匹では焼け石に水かもしれないが、最初の
30匹が餌にありつける、と仲間内に広めれば、大森林に住む全て
のレイジングベアが肉を求めて集うかもしれない︱︱なんて、希望
的観測ではあったが、何もやらないよりはマシだと思った。
⋮⋮それに、結局パドキア大森林に置き去りにしてしまった女たち
の安否も気になったし。
ゴブリンの軍勢が森から進軍してきた以上、その生存は絶望的だと
は理解していた。予想通りポータブルポータルを使ったあの川縁に
は、彼女たちの姿はなかった。死体も争った形跡もなかったが、彼
女たちが生きているとは思えない。⋮やはり無理矢理にでも連れて
くるべきだったかもしれない、とは思うが、後の祭りだ。
115
未だ黒い影にしか見えない無数のゴブリンたち。夜の闇の中、ゴブ
リンたちの目だけがギラギラと輝いている。ほとんどの魔物は夜目
が利くので、ゲームの時と同じように夜襲をかけるだろう、という
予想はどうやら外れだったらしい。黒い小波のように、草原の向こ
うから現れる隊列を組んだゴブリンの群れ。
⋮なにが500だ。1000はカタいぞ。
﹁⋮行くか﹂
斧を担ぎ上げ︱︱ゆっくりと近付いていく。目算しただけでも10
00。対して、俺は1。レイジングベアは俺が無理矢理連れてきた
んだ。戦わせるつもりはない。それを悟っているのか、コソコソと
隠れるように視界の隅に集まる巨体の熊に苦笑しながら、ゴブリン
たちとの距離を詰めていく。
一匹一匹は小さい。身長は80cmほどだろうか。犬と豚を混ぜて
潰したような顔。緑色の肌。錆びた剣や木の板を組み合わせただけ
の鎧と盾。大凡強そうには見えないのがほとんどだ。
だが、中にはオーク並の巨体に金属鎧、大槌を構えた︻ゴフリンナ
イト︼や、小動物の骨を組み合わせた飾りで身を飾った︻ゴブリン
カースメイカー︼、立派なクロスボウに革製の軽装鎧をまとった︻
ゴブリンアーチャー︼。手慣れた動作で短剣を操る︻ゴブリンアサ
シン︼にストンボアやレッドウルフに跨がり、曲刀を構えた︻ゴブ
リンレーサー︼の姿がある。
今、上げたゴブリンは皆ランク3。他にもランク2に値するゴブリ
ンファイターやエリートゴブリン。まるでゴブリンの博覧会のよう
だ。などと場違いにも思った。
116
ゴブリンたちはたった1人で向かってくる俺を馬鹿にするように、
ニヤニヤと笑っている。侮られるのは悪いことじゃない。奴らが油
断してれば油断しているだけ、その横っ面に拳を叩き込みやすくな
るのだから。
﹁豚ノ化ケ物ガ、何ノ用ダッ!?﹂
酷く聞き取りづらい高音で、戦闘にいた巨体のゴブリン⋮面倒くさ
い。ナイトが喋る。
﹁⋮一応、聞いておきたくてな﹂
言葉で引いてくれるなら、それにこしたことはない。だから、一応
⋮口を開く。
﹁引く気はないか?このまま大森林に戻ってくれるなら、追撃はし
ない。人間と友好を深めたいなら、協力だってする﹂
⋮沈黙。
そして、爆発するように広がる笑い。
﹁馬鹿ヲ言エッ!ギフッ、ギフハハハ!ヨモヤソンナ成リシテ人間
ニ組ミスル腰抜ケトワナッ!人間ノヨウナ下等生物ノ手足ニ成リ下
ガッタ豚二、魔物ノ誇リヲ刻ンデヤロウッ!﹂
⋮人間は下等生物、か。
別にそれに同意するつもりはない。だが、否定するような気力はな
117
い。
⋮正直に言えば、足下がぐらついているのだ。
俺は、人間で。突然豚になって。この世界がゲームと同じなら、人
間は魔物に虐げられる﹃被害者﹄なんだと思った。だから、﹃加害
者﹄に当たる俺は⋮魔物の俺は、被害者の中に混ざって生きていけ
るように、滅私奉公するべきなんだ、なんて。
でも、想像より遥かに人間は逞しかった。平和ぼけした俺なんかと
違い、人類の敵である魔物すら利用して⋮ごく普通に、魔物と渡り
合っている。俺の存在なんか、必要ないほどに。
確かにごく一部の人間は⋮オークに捕らわれていた女たちのように、
魔物に虐げられているんだろう。彼女たちの姿を見たら、魔物の味
方をする、なんて発想は出てこなかった。だが一方で、人間に⋮リ
リンに、あっさり裏切られた俺がいる。俺は彼女を⋮どう思ってい
るのか。酷く複雑すぎて、言葉に出来ない。
けれど、今までのように人間を盲目的に信頼するような気にも、な
れなかった。
﹁とはいえ⋮﹂
斧を振り上げる。超重量の石塊が唸りを上げて空気を切り裂く。先
頭のナイトが、驚愕に目を見開いた。
﹁お前らなら、何の憂いもなく殺せそうだ﹂
こいつらを放っておいたら、罪のない村人も大勢死ぬのは間違いな
118
い。リリンの召喚獣だったから、という理由があったとはいえ、村
人はまるで友人のように俺を扱ってくれた。
⋮ああ、やっぱり名前くらい聞いておけば良かった。
﹁︹スキル・ブルラッシュ︺﹂
ブルオークになってから使えるようになった攻撃用スキル。突進し
ながら滅茶苦茶に装備している武器を振り回すだけの単純な技。し
かし、ブルオークの使う技で最も警戒するべき技。ただ突進してく
るだけなら回避行動を取れば避けれる。しかし、避けた直後に襲い
かかる武器は避けれない。更に突進にはガードブレイクが付与され
ていて、大盾を構えた重騎士ですら弾き飛ばされる。
ゲームだった頃すら脅威だった一撃。防ぐためには、タイミングを
見極めて突進してくる本体にカウンターを決めるか、魔法や遠距離
攻撃でノックバックを狙うしかない。
それを、現実で行えばどうなるか。
ボーリングのピンが吹き飛ぶように。風に舞い散る木の葉のように。
眼前が真っ赤に染まり悲鳴が跡を引く。ひたすらに直進していけば、
緑の肌が赤く黒く染まっていく。現実感がない殺戮劇に︱︱吠えた。
﹁どうしたお前らぁあああああああああっ!!俺を殺すんじゃねぇ
のかよぉおおおおおおおおおっ!!﹂
足を、止める。斧を、振る。周囲に犇めいていたゴブリンの姿があ
っという間に消え去り、豪雨のように血と肉片が降り注ぐ。
119
敵陣の、ど真ん中。
俺の通ってきた道が、モーゼのように割れていた。足下に溜まった
血肉の海が、草原を真っ赤に染め上げる。恐怖と驚愕に表情を固め
たゴブリンたちの前で︱︱右足を、大地に突き立てた。
﹁︹スキル・ガイアレイジ︺ッ!﹂
本来ならば、スタミナを消費して防御用の完全に身体を隠せる程度
の石壁を作るスキルだが、現実となった今は少し違う。
岩盤が、立ち上がる。3mはありそうな石壁が目の前に現れ、数多
のゴブリンを持ち上げる︱︱その壁に拳を叩き込めば、硬いはずの
石壁は粉砕。その破片が固まるゴブリンたちに降り注ぐ。散弾銃の
ように放たれた石弾が群の中に撃ち込まれ、俄かにゴブリンたちが
慌て出す。
﹁カ、囲メッ!所詮豚ダッ!氷ノ魔法デ貫イテシマエッ!!﹂
︱︱それは、予想している。
次々と、ゴブリンたちから魔法が飛んでくる。氷の槍、寒波。氷弾。
オーク系共通の弱点たる氷属性。さらにカースメイカーの仕業だろ
うか?闇色に光り輝く縛鎖が現れ、僅かに身体が重くなる。俺の身
体から立ち上がる﹃嫌な色﹄のオーラは、ステータス低下のデバフ
であることは疑いようがない。
魔法が山のように身体に突き刺さる。僅かな痛み。子供に殴られた
程度のダメージしかないが、不快感を煽る。波状攻撃のつもりだろ
うか?接近してきたレーサーやナイトが次々武器を振るうが、皮膚
120
で弾かれ砕け散る。幾たびも攻撃を受けて、尚無傷。痛みや衝撃に
仰け反ることすらない俺に、ゴブリンたちはぽつりと漏らした。
﹁バ、化物⋮ッ!?﹂
くっ、と喉の奥で笑う。
﹁何を今更﹂
飛び上がり、武器を構え、大地に突き刺さる。︱︱︹オークスタン
プ︺。
重量系のオークの身体を駆使した、ヒップドロップ⋮というと聞こ
えは悪いが、武器の重みも追加した落下攻撃。衝撃波がスキルの力
で実体化し、周囲の敵を一掃した。
﹁ソ、ソンナ馬鹿ナ⋮。お、おーく如キニ⋮﹂
恐怖が、伝わってくる。足下に溜まった血肉のように、足下からじ
わじわと這い上がる恐怖に、怯える気配。
﹁どうした?⋮来ないなら、もう一度行くぞ﹂
ブルラッシュを使うために、武器を構えて極端な前傾姿勢を取る。
先程の惨劇を思い出したのか、分かりやすいくらい身体を堅くする
ゴブリンたちに薄く笑い︱︱
﹁︹痺命の蛇眼︺っ!﹂
﹁︹ハーピー・ソング︺っ!﹂
121
︱︱くらり、と歪む視界に、膝を付く。指先がピリリ、としたよう
な気もするが、麻痺は問題ない。しかし、瞬く間に思考を埋め尽く
す猛烈な眠気に、くらくらと視界が歪む。
今にも落ちそうなまぶたを気力で持ち上げれば、視界に入るのは下
半身が蛇の美女。空を見れば、全身から羽毛を生やした女。それが、
複数。
︽蛇魔女/ラミア︾に︽鳥魔女/ハーピー︾、か。と朦朧とする頭
が結論を出す。⋮ゲームだったころなら大して恐ろしくなかった﹃
眠り﹄の状態異常。一撃食らえば解除されるはずのそれの対策をし
ていなかったことが悔やまれる。
恐怖に歪んだ魔物の顔を見れば分かる。俺が眠ってしまえば、奴ら
は俺を放置して村に向かうだろう。実際、こうして眠気に耐える俺
は酷く無防備なのに、追撃がない。むしろ、少しずつ距離を取って
いる。
⋮だめだ。ねむい。いっそこのまま何も考えず、魔女の歌声に身を
任せて心地いい眠りに浸りたい。胸の内から溢れ出る欲求に、ずる
ずると体が落ちる。地面に突き立てた斧に縋るように体を支えるが、
下半身に力が入らない。
ああ、くそ。眠い︱︱︱
122
11、︵後書き︶
状態異常確率50%カット↓50%の確率で普通に状態異常にかか
るおっ♪
123
12、︵前書き︶
※彼は真剣です。
124
12、
﹁なん、て⋮﹂
ねむい。ねむい。ねむい。たまらなくねむい。死にたいくらいねむ
い。今ねむらせてくれるなら、死んでもいいくらいねむい。
だ、なんて。
﹁甘えんなよ⋮っ!!俺ぇえええええ⋮っ!!﹂
ふざけるなよ。お前は戦うくらいしか能がないんだぞ?それなのに、
眠いから寝る?ふざけるなよ。そんなあっさり眠ることが許される
とでも思ってんのか?
ざけんな豚野郎っ!気合い入れろっ!!
﹁先人の偉大な知恵に感謝しろっ!!﹂
力の入らない拳を︱︱思いっきり、股間に、叩き込んだ。
﹁︱︱︱︱︱︱︱ッ!っ∼っ!ふっ⋮くぅうぅ∼⋮っ!!﹂
な、並大抵の、威力じゃ、目が覚めないと、思ったの⋮。げ、幻覚
とか、そういうの、痛みでどうにかするのは、お約束だし⋮?
⋮で、も、やりす⋮ぎた⋮。
125
ぷるぷる震える膝を叱咤して立ち上がる。遠くにいたハーピーやラ
ミアが驚愕に目を見開き、周りのゴブリンが恐怖に転身していくの
が見えた。
膝に力が入らないので、ただ斧を構えたまま悠然と立つ。呼吸だけ
はひっひっふー、ひっひっふーと余裕がないのを隠せていないが、
先程まで座り込んで眠気に耐えていた俺が、斧を構えて仁王立ちす
る様はさぞ威圧感を与えているだろう。実際は脂汗をだらだら流し
ながら腰の奥に響いた衝撃に耐えるのに必死でまともに動けないけ
ど、はったりは大事だ。
﹁ドぅっ、⋮ごほんっ。どうした⋮?掛かってこないのか⋮?﹂
若干声が震えてしまったのは隠せないが、絞まらないくらいで丁度
いい。なんだかんだ言って、俺は考えすぎていたんだ。金的で目を
覚ます、というのも変だが、強烈な痛みが多少は陰鬱な気分を吹き
飛ばしてくれた。
﹁ふむ⋮。成る程なぁ。確かにコヤツは兵の手に負えんか﹂
唐突に響いた男の声に、僅かに面食らう。この戦場で悠長な発音が
聞けるとは思わなかっただけに、どんな反応をするのが正解だった
のか。とりあえずで視線を向けて︱︱驚愕に、目を見開いた。
﹁ぷ、プラチナクラウン⋮ッ!?﹂
﹁ほう、分かるか。なかなかに博識﹂
ゲッゲッゲッ、と特徴的な笑い声を上げるゴブリン︱︱いや、キン
126
グゴブリン。口調も滑らかで、明らかに他のゴブリンとは一線を隔
する。体もナイトほどではないが大きく、威圧感がある。赤く錆び
た大鉈はギラギラと輝き、風が吹く度揺れる真紅のファー付ガウン
と、白銀色に輝く豪華な王冠は、奴の力を物語るようだった。
プラチナクラウン︱︱それはポップ確率34万分の1の特殊モンス
ター。体のどこかに白銀の王冠を宿したその魔物は、同名の魔物の
3倍のステータスを持ち、ユニークスキルを行使する。例え格下で
あろうともBOSSクラスのプラチナクラウンは、万全の体勢で挑
まなければ返り討ちに合う幸運と不幸の象徴。倒すことさえ出来れ
ば確実に高ランクのユニークアイテムが手に入るが、倒すこと自体
が困難︱︱そんな、初見殺しの災厄。
﹁クフフフ、腑抜けた豚を殺すつもりだったが肩透かし。余りの物
足りなさに腹が立っていたところよ。余興もかねて人の村を襲うつ
もりが、存外楽しい獲物が連れたわい﹂
﹁⋮ふんっ、楽しむ余裕があるのか?お前に﹂
確かに、敵は強大。想定よりは遥かに強いはずだ。とはいえ、ステ
ータス⋮特にSTRとVITでは今の俺に勝ることは、無いはず。
AGIでは負けるだろうから攻撃を防ぐのは難しいが、それでもカ
ウンターを狙えば倒すのは難しくない⋮はず。いくらステータス低
下のデバフを受けているとはいえ、負ける通りはない。
キングゴブリンは俺の軽口に口を耳まで裂いて笑う。喜悦に歪んだ
表情で、奴はゆらゆらと鉈の先端を揺らし︱︱
﹁喝采せよ。これより我が剣の冴えを見せてやろう﹂
127
﹁王ッ!﹂﹁王ッ!﹂﹁王っ!﹂﹁王ッ!﹂
﹁王ッ!﹂﹁王ッ!﹂﹁王っ!﹂﹁王ッ!!!﹂
数多のゴブリンが、腹から声を絞り出す。全方向から響く音の暴力
に、たたら踏み︱︱
﹁王たる我が、貴様如きと剣を交えるとでも?﹂
俺をあざ笑うような声と共に、左の脇腹に灼熱が突き刺さる。内臓
を切り裂き背骨で止まった鉈が、ぐるり、と捻られる。痛みの余り
の明滅する視界の中、にたりと嫌な笑みを浮かべたキングゴブリン
と目があって︱︱ぷつっ、と頭の中で何かが切れた。
﹁いっ⋮﹂
咄嗟に掴んだのは、キングゴブリンの腕。全力で握った肉と骨の塊
は、手のひらの中でぐしゃっと潰れた。喜悦に歪んでいたキングゴ
ブリンの顔に、﹁はい?﹂と言わんばかりの疑問が宿る。馬鹿な奴
だ。まともに戦った方がまだ勝機はあっただろうに、一撃当てただ
けで勝ったつもりでいるからこうなるんだ。
﹁てぇだろうが﹂
斧を捨て、もう片方の手で触れたのは、キラキラと眩く輝くプラチ
ナクラウン。手のひらに突き刺さる尖った王冠ごと、呆然とするキ
ングゴブリンの頭を掴み︱︱︱
﹁このダボハゼがぁあああああああああああっ!!!﹂
地面に、叩きつけた。
128
草原が、凹む。直径5mほどのクレーターの真ん中で。﹁ギガァッ
!?﹂と悲鳴を上げるキングゴブリンの頭を振り上げ、振り下ろす。
小さな身体がゴム鞠のように何度も何度も地面を打つ。その度に悲
鳴が上がり、土に血が染み込んでいく。
﹁ギッ!?﹂﹁ガッ!?﹂﹁やめっ!?﹂﹁ぎゅぶっ!?﹂﹁たす
けっ﹂﹁ゆるしっ﹂﹁いぎっ﹂﹁ごっ⋮﹂﹁ごべっ﹂﹁なざっ﹂
段々と声が小さくなっていくキングゴブリンの声。怒りのままに一
際強く頭を握り締めれば、ぐしゃっ、とまるで柔らかい果実を手で
握りつぶすような感覚。果肉に5指がずっぷりと埋まり、果汁がド
ロドロと手を汚す。弾けた果実の真ん中で、台座が砕けても燦然と
輝く白銀の王冠だけが、赤黒いベールを纏って鎮座している。
ピクピクと蠅たたきで打たれた害虫のように痙攣するキングゴブリ
ンの身体を蹴り上げ、クレーターの外に出す。
﹁俺の、勝ちだ﹂
腹から鉈生やしてるし、ズキズキ痛いし、全身血まみれ埃まみれ土
まみれ。腹から流れる血は止まる気配なんかないし、まだ足はガク
ガクいっている。
それでも、恐怖と絶望に顔の色を無くしたゴブリンたちには、さぞ
や絶望的な姿に見えたのだろう。かなりの数のゴブリンが、恐怖に
震え、武器を取り落としていた。
﹁大森林に戻って、人間に手を出さないなら、見逃してやる﹂
129
︱︱︱それで、終わり。
脱兎の如く逃げ出したゴブリンたちの背中を見送り、ようやく腹か
ら生えた鉈を抜く。︱︱ユニークアイテム︻邪妖精王の呪鉈EX︼
⋮ランク10の、壊れ性能武器。ただしオーク系には使えない︱︱
か。お約束じみた装備制限に苦笑しながらアイテムボックスに放り
込み、ポーションを取り出す。
﹁ああ、くそっ。しんどいなぁ⋮﹂
生きるのが、しんどい。ポーションを腹の傷にかければ、人間なら
致命傷の傷が大した時間もかけずに癒えていく。背骨まで刃が届い
ていたのに、痛みもダメージもあんまりなかった。これがVIT値
カンストの力か⋮と感慨深く考える。
﹁⋮でも、守れた﹂
よかった。と素直に思う。誰にも賞賛されないし、誰にも認めても
らえない。けれどあの村を、俺が守った。その事実だけは、変わら
ない。
﹁くっ⋮はは、⋮あー、なんか⋮清々しい⋮﹂
内側から溢れてくる笑いの衝動に、胸を震わせる。
﹁うん、うん⋮。いい気分だ。⋮さし当たって、これからどうする
よ、俺﹂
リリンと別れた以上、あの村にはいられない。リリンの話によると
ハンターが俺を殺しに来るらしいし、どこに向かうか、だな。
130
⋮今回のことで、人間にも魔物にも不信感を抱いた。まずは信頼で
きる人間を探すべきだと思う。でもそのためには人間社会に溶け込
む必要があって、魔物の俺は人間社会に潜り込むのが困難、と。
だったら⋮精霊族。人間にも魔物にも味方するエルフやドワーフな
どの信頼を得る、というのはどうだろうか?そこで信頼できる人間
を探すなり、はたまたそのまま精霊族と過ごすなり⋮悪くない。い
や、むしろ最初からそうすべきだったんじゃないか?とも思えてく
る。⋮あー、でもハンターが殺しにくるのか。お尋ね者か、俺。前
途多難過ぎる⋮。
⋮まぁ、リリンの例もあるし、精霊族の性格や生活スタイルを把握
するところからだな、うん。また目の前の餌に飛びついて失敗した
くないし。精霊族と接触して、友好的ならこっちも友好を示して⋮
うん、悪くない。むしろいい感じだ。
﹁そうと決まれば、精霊族がどこに住んでるか、だよなぁ⋮﹂
﹁教えてやろうか?豚野郎﹂
ぽんっ、と軽く肩を叩かれて。全身の毛穴が開いたような気がした。
反射的に拳を握り、見えない範囲をごっそりと薙ぎ払う。ゴウッ!
と風が渦巻くが、拳が肉を打つ感触はなかった。
﹁そうはしゃぐなよみっともねぇ。勝ったからって油断しすぎなん
だよ﹂
けらけらと揶揄するような笑い声に冷や汗をかきながら、現れた人
物︱︱漆黒の鎧を纏った、アルバ・スズを睨みつける。
131
﹁⋮見ての通り、キングゴブリンは倒した。侵攻は、もうない。お
前の出番もな﹂
少しばかり挑発するような物言い。アルバは気分を害した風もなく
肩を竦めると、無言で背中のグレートソードを抜いた。
﹁⋮戦う気、か?﹂
﹁おうとも。目の前にとびきり美味そうな化け物がいる。⋮戦わな
い理由なんか、あるのか?﹂
ゆらゆらと揺れる切っ先に舌打ちする。脱走召喚獣とかそういうの
関係なしに、アルバが俺と戦おうとしているのが分かる。それを理
解してしまえば、逃げることは許されない。
﹁⋮手足の一本二本じゃ済まないぞ﹂
立ち上がる。ほとんど自爆しただけだったけど、足は回復している。
腹の傷は⋮痕こそ残ったが、完治。僅かに引き吊るような感覚があ
るが、戦えないことはない。俺がキングブルオークを倒したときの
ように、傷口を狙われて殺されかける、ということはないだろう。
⋮けど、相手は人間。キングブルオークより余程知恵が回るのは間
違いない。油断は許されない、という緊張が、じっとりとした汗に
なって手のひらに溜まっていく。
﹁⋮ひひっ。い∼ぃ戦意だぁ⋮。いいなぁ、お前⋮。うん、それで
こそ魔に属する男だ。たぎるぜ﹂
132
やけに濡れた雰囲気の声。情欲すら混じったそれに不快感を覚えな
がら︱︱︹ブルラッシュ︺
﹁そいつぁ一度見たぜっ!﹂
正面からの突進。奴は剣を構えたまま、爪先で土を蹴り上げる。顔
に向かって飛んでくる土。目をつぶったまま突進。先程までアルバ
がいた位置に突っ込むが、その身体を捉えることはない。右側から
ガシャリ、と金属が鳴る音。避けたか。と即座に石斧を振る。ガン
ッ!と硬い手応えに、驚愕。
今まで石斧を振って切り裂けない敵はいなかった。だというのに、
硬い手応え。防がれた、と気付くまでに、僅かな間。
﹁⋮やるじゃん、糞豚﹂
グレートソードと石斧が、ぶつかり合う。お互いにしっかりと地面
を踏み締めながら、同時に武器を振り上げた。
133
12、︵後書き︶
きたっ!メイン騎士きたっ!これで勝つる!
134
13、
足を止めて殴り合う。酷く前時代的な技も何もない戦い方。技術は
使われてもスキルは使われない。使っても無駄だと互いに気がつい
たから。
﹁熱いのは好きか?︹付与﹁黒炎﹂︺っ!﹂
闇色の炎に照らされて、漆黒の鎧がギラギラと輝く。下からの振り
上げ。細い刀身に合わせて斧の柄尻で突き落とす。﹁器用だなぁ!﹂
とアルバは笑い、鉤爪状に尖った左籠手による爪撃。その鋭い先端
は毒々しい炎を纏っていて、物理攻撃ならともかく魔法攻撃は食ら
うわけにはいかない俺は、即座に相手の兜に頭を叩きつける。下手
なハンマーより余程硬い鼻先で頭を強かに打たれ、アルバの体がぐ
らりと揺れる。︱︱勝機。
﹁うぉおおおおおおっ!!﹂
﹁吠えんな豚がぁっ!!﹂
翻るグレートソード。とてもじゃないが小回りが効かない大剣が、
蛇のように翻る。石斧を保持する右腕の手首を正確に殴られ、響い
た衝撃に軸がぶれる。このまま振り下ろしてもカウンターを食らう
だけだと悟った俺は、石斧を放り捨てる。武器を捨てた俺に、更な
る喜悦を滲ませてアルバは全身から炎を立ち上らせる。その炎は尋
常じゃない熱量を誇り、並みの攻撃では衝撃すら感じない俺の身体
を焼き焦がす。
135
﹁食らえっ!!﹂
﹁やだねっ!﹂
渾身の力を込めた拳打は、互いの間に現れた小さな魔法の盾に阻ま
れた。みしり、と拳が悲鳴を上げ、鈍い音を発する。拳を止めた盾
も致命的なヒビを負ったが、所詮は魔力の塊。いくらでも作れるの
だろう。アルバの雰囲気に焦りはない。
キングブルオークの何十倍も強い⋮っ!!暴力的な闇色の炎の熱と
手足のように振るわれるグレートソード。卓越した防御能力に、俺
の身体にただの剣で浅くない傷を付ける腕力。どうにか拮抗してい
るが、精神面で俺よりずっと有利な位置にいるアルバと、連戦で少
なからずダメージを負った俺。長期戦になればどちらが有利なのか
は考えるまでもない。
︱︱しかし、違和感がある。
闇騎士⋮。人間のみがなれる上級職の一つ。死霊術士と騎士をレベ
ル100にすることで取得出来るそれは、敵対対象へのデバフ、バ
インド、状態異常と、騎士の防御力︵VIT値︶をそのまま攻撃力
︵STR値︶に変換したような物理攻撃力の高さが自慢だったはず。
間違っても剣から鎧から黒炎を吹き出すような職業ではないし、頑
強すぎる防御能力にも違和感を感じる。重装甲なのに平均的な防御
力しか得られない、鈍足物理アタッカーたる闇騎士が、物理攻撃に
かなり有利なステータスを誇るオーク系と渡り合う?⋮なんの悪夢
だ。
﹁ぐっ⋮!?﹂
136
﹁ははっ!生身は大変だなぁ!﹂
考え事に没頭していたせいで、目元を炎が撫でる。水分を奪われた
目が激痛を訴え、涙をこぼす。ぼやけた視界にアルバの狂喜の笑み
を幻視して、苦し紛れに両腕で顔と胸を守る。ボクシングのピーカ
ブースタイルのように上半身を小さく丸め︱︱﹁かはっ、﹂とガー
ドをすり抜けてきた切っ先が鳩尾にめり込み、涎と血を吐き散らす。
皮膚を刃が貫くことはないが、衝撃が体の芯を傷付ける。
︱︱正直に言えば、心当たりはあるのだ。漆黒の鎧。身の丈ほども
あるグレートソード。黒い炎。卓越したステータス。洗練された剣
技。
しかし、アルバの身分が、ハンターであると証明する村人や他のハ
ンターたちの態度が、それを否定する。そんなはずはない、と。も
しそれが出来るなら、と。あり得ない、なんて。ほとんど答えは出
てるのに。
⋮確認、しなければ。確認して、違うなら⋮そのとき考えればいい。
鈍痛を訴える鳩尾を左手で庇いながら、大剣を振り上げるアルバの
頭部を狙う。先程までのような渾身の力を込めるのではなく、軽く。
瞬間、右手を遮るように現れた盾を、掴み︱︱引き剥がす。
半ば物質化した魔力の盾は馬鹿力に耐えかね、僅かにその位置をず
らす。それで充分。ピンポイントで攻撃を正確に防ぐ盾は、軸をず
らされただけで力の大半を失う。残った左手を伸ばし︱︱盾を器用
に避けて︱︱アルバの頭をわし掴む。振り下ろされたグレートソー
ドが、肩口にめり込んだ。
137
骨が折れる感覚。肌が焼かれ、僅かに刃が肉を断つ。即座に引き抜
かれたせいで、ドロリと血が零れた︱︱けれど、確かに、捉えた。
﹁うぉっ!?ばっ⋮てめっ⋮離せっ!﹂
﹁断るっ!﹂
流石に頭を掴まれるのは予想外だったのか、初めて見るアルバの焦
り。じたばたと先程までの強さをかなぐり捨てたような必死さで腕
から抜け出そうともがくアルバの余裕のない姿。それに半ば確信し
ながら︱︱左手を、引く。ブチブチとした手応え。決して首をねじ
切るそれではなく、そう、まるで革の留め具を引きちぎるような、
軽い手応え︱︱そしてなにより、重い︻中身入りの兜︼の感触に、
複雑な感情を抱く。
﹁こなっくそ⋮!﹂
﹁もう無駄だっ!﹂
振り上げられたグレートソードの描くであろう軌跡に、漆黒の兜を
振るう。
﹁くあっ⋮!?﹂
ガツンッ!と芯まで響く手応えに、腕の中で兜が悲鳴をあげた。⋮
首を失っても元気に動く身体に、首を奪われても即座に反応してく
るアルバの戦意に、内心で寒いモノを感じる。だが、流石に自分の
命ごと敵を切るような気力はないのか、兜を両断するギリギリのと
ころで大剣は翻り、兜と剣の腹がぶつかり合う。
138
﹁くっそ⋮っ!てめぇ⋮っ!いつ気付きやがったっ!?﹂
⋮左手の中からの怒声。わなわなと震えるアルバの身体。首から上
と下が泣き別れになっているのに変わらない威圧感に、ごくりと固
唾をのむ。
﹁︽深淵の首なし騎士/アビスナイトデュラハン︾⋮か⋮﹂
騎士の名を冠するその魔物のランクは9。全部のステータスが高水
準で纏まった、特殊ダンジョンに出現するランダム徘徊型のBOS
S。﹃深淵の迷宮﹄と呼ばれるダンジョンの20F以下に出現し、
単騎でパーティーを食い破っていく厄介極まりないモンスター。そ
の癖討伐してもドロップが大したことなく、経験値くらいしかくれ
ないため、プレイヤーには嫌われている。
﹁なんだ⋮。知ってやがったのか﹂
ケラケラと笑うような気配と共に、燃え盛っていた炎が鎮火する。
アルバがグレートソードを背中に収めたのを見て、戦意がなくなっ
たのを察する。だからといって頭を返す理由もないが。
﹁⋮武装を解除しろ。剣を捨てて、鎧を脱げ﹂
﹁⋮あー、やっぱ、そうなっちゃう?﹂
やや戸惑いと躊躇を混ぜて、迷うように身を捩るアルバ。⋮左手に
握った頭に力を込めれば、みしり、と兜が軋む音がした。慌てたよ
うに﹁わ、わかった!脱ぐ!脱げばいいんだろ糞豚野郎っ!﹂と罵
声を浴びせながらグレートソードを投げ捨てる。
139
⋮﹃深淵の首なし騎士﹄。数多くの魔物プレイヤーが﹃それ﹄にな
るのを目指しつつも、誰も辿り着けなかったエリア限定特殊MOB。
同じランクの魔物にもやはり格差があり、キングブルオークはラン
ク9の魔物の中でも総合で言えば下の上。近接物理に限っては上の
中ほどの実力はあるが、テンプレートな倒し方︱︱遠距離から氷属
性乱射︱︱が確立されてからは更に評価が落ちた。
対して、﹃深淵の首なし騎士﹄は遠距離では黒炎を用いた範囲攻撃。
中距離ではノックバックにガードブレイク効果も付与された鞭のよ
うにしなる鉤爪の左腕。近距離では並みの防御なんか紙のように切
り裂く剛剣を用いてパーティーを壊滅状態に持ち込む厄介極まりな
いモンスターであり、総合、近接、中、遠距離。どれをとっても上
の上。出来れば遭遇したくないモンスターランキングでは常にトッ
プ5に入っていた。
公式チートとも呼ばれる壊れ性能を誇る漆黒の騎士の中身。その容
姿は謎のベールに包まれ、プレイヤー間では様々な憶測が飛び交っ
た。アンデット系だから骨、デュラハンは妖精だからイケメン、美
女、﹃深淵﹄にいるんだから間違いなく異形、などなど。ヒトの数
だけ妄想がある、と言わんばかりの多様性で、﹃リッツランド・ウ
ォーライク﹄を題材にしたネット小説では様々な役目を果たすある
意味﹃人気﹄のモンスターだった。
⋮キングブルオークやキングオークも人気だったが。やられ役とし
て。
そんなアビスナイトデュラハンの中身を、初めて見れる⋮。なんと
も言えず感慨深いものを抱き、ぶつぶつと恨み言を呟く頭を握り直
す。
140
ガチャガチャと音がして、鎧が外され︱︱︱﹁⋮うぇっ!?﹂
目に映ったのは、白い肌。夜の闇にぼんやりと浮かび上がるそれは
ひたすらに白く、羞恥によって僅かに赤らんでいた。もじもじと胸
元を隠す禍々しい左腕に隠された仄かな膨らみ。六つに割れた腹筋。
ずしゃり、と土にめり込む胴鎧。首が半ばからないのは余りにも現
実感を奪うが、それでも鍛え上げられたアスリートのような⋮女性
の、裸身。
カッと頭に︱︱そして股間に、血が集まるの感じた。それを隠すよ
うに、背中を向ける。左手に収まったアルバの頭に向けて、唾を散
らして怒鳴り散らす。
﹁なんでインナー着てないんだっ!?﹂
﹁いやぁ、おっぱいちいせぇしいらねぇかなって。暑いんだよ鎧。
⋮っつかさ﹂
⋮っ、がしゃん。と金属が鳴る音。分かる。背中の空気が動き、鉤
爪の左腕が振りかぶられる。炎の熱がすぐ近距離に生まれ、それが
一直線に首を、急所でもある延髄を狙う。
にたり、と手の中でアルバが笑った気がした。
﹁お前、やっぱ甘すぎだわ﹂
﹁っそうでもない!﹂
振り返りざまに、左手に握った︻弾︼を投げつける。まさか自分の
141
頭を投げつけられるとは思わなかったのか、慌てて体で受け止める
アルバ。腹筋に鋼鉄の兜がめり込み、﹁かはっ⋮っ!﹂と血を吐く
ような声が響く。
どさり、と身体が崩れ落ち、手足は投げ出されて無防備に細い上半
身を晒す。その横でころころと転がる兜と、未だに黒い炎を立ち上
らせる左腕がどうにも滑稽だった。即座に近付き、全体重を用いて
アルバの左腕を踏み砕く。小さな悲鳴が、劣情を煽り︱︱首を振っ
て、正気に戻る。
﹁あー、くそっ、負けた負けたぁ⋮。ってかなっさけねぇ負け方⋮。
もう犯すも殺すも好きにしろよ﹂
けらけらと楽しそうな笑い声を上げるアルバの頭を拾い、その兜か
ら頭を引きずり出し︱︱感嘆のため息を吐く。
息をのむような美しい女だ。さらさらとこぼれるボブカットの黒髪
は汗で紅潮した頬に張り付いている。異様なほどに白い肌。長い睫
毛で飾られた、涼しげに細く切れ長な金色の目。一筋の血を零す小
さな真紅の唇。首だけ、というのが余計に幻想的で、美しさを引き
立てる。
﹁⋮綺麗、だ﹂
﹁あん?ありがとよ。てめぇはぶっさいくだぜ豚野郎﹂
ニヤニヤと、俺を馬鹿にするように笑う首。未だに足の下にある左
腕は激痛を訴えているだろうに、その表情に苦痛の色はない。その
精神力に感嘆しながら、生首を睨みつける。
142
﹁⋮確認する。お前は、魔物だな?﹂
﹁如何にも。我が名は︻深淵の首なし騎士/アビスナイトデュラハ
ン︼。我が主︻深淵の主・ユピス︼に仕える騎士が一振り﹂
迷いなく言い切るその表情は凛々しく、かつ美しく︱︱更なる獣欲
を煽る。小さな口に醜い肉の塊をねじ込みたい、なんて外道の衝動
に刈られながら、更に問う。
﹁⋮なら、何故、ここにいる。お前は⋮ダンジョンの奥にいるはず
だ。何故お前が⋮﹂
お前、だけが、
﹁ハンターとして、慕われている?﹂
問いかけに、アルバは少し目を細める。楽しむような。なぶるよう
な。嗜虐的な色が瞳に浮かぶ。
﹁⋮くくくっ、そいつは、お前が一番知ってるはずだぜ?﹂
洗練された美しさに、粗暴な色が宿る。先程使った如何にも騎士、
といった口調は見る影もなく、年嵩のいったホステスのような、人
を揶揄する笑み。
143
13、︵後書き︶
↓続く!
144
14、豚の魔人が生まれた日︵前書き︶
4話更新ですよプロデューサー!
あと一章終了記念にあとがきにステータス表!
145
14、豚の魔人が生まれた日
﹁俺たち魔物は規律を大切にする。頂点に立つ魔物に従い、盲従し、
その上で自分の欲を満たす。どんなに気に入らない命令でも上の命
令なら従うし、死ねと言われや首を斬る。ま、俺には首はねぇが⋮﹂
やれやれ、と言わんばかりに溜め息を吐いて︱︱アビスナイトデュ
ラハンは⋮アルバは、瞳の中に炎を宿す。何を言ってるんだ?と首
を傾げながら、口を開いた、刹那。
﹁糞食らえっ!!んなルールを考えた野郎は、俺の剣で切り裂いて
やる!﹂
﹁なっ⋮﹂
燃え上がるように放たれた気炎に、飲まれた。
﹁だぁれがユピスなんかに従ってやるかよ糞豚がぁっ!!俺は俺だ
っ!斬りたい戦りたい殺したいっ!!ふざけるなっ!馬鹿かっ!?
てめぇに分かるか豚野郎っ!たった一人だ!あの薄ぐれぇダンジョ
ンでたった一匹のアビスナイトデュラハンっ!!ユピスの野郎すら
撫で斬りにできる実力があるのにっ!!逃げるハンター共を追い掛
けた日々!まともに戦えない日々っ!いつしか俺の仕事はきもしね
ぇハンターを待って毎日毎日毎日毎日剣を磨き鎧を磨き身体を鍛え
っ!意味もねぇ努力を重ねる日々!俺は殺すために生まれたんだ!
戦うために生まれたんだっ!戦わねえ俺なんか豚以下だろうがっ!
!﹂
146
﹁あ、ぅ⋮﹂
唾を飛ばして怒りと激情を吐き出すアルバに、数歩後退する。未だ
かつて、こんなにも怒りを露わにする者を見たことがあるか?ある
わけがない。こんな激しい感情の奔流を向けられた事なんかない。
混乱の余り、手から首が転がり落ちる。
地面に落ちて、ころりと転がり、横倒しになって尚︱︱その激情は、
止まらない。
﹁だから殺してやったのよっ!ユピスの野郎をっ!最高だった!逃
げ出してやったのよっ!︻深淵の迷宮︼からっ!最高だった!初め
て見る太陽っ!存分に戦える日々!雑魚を殺し強者を殺し人間を殺
し魔物を殺しっ!欲望のままに生きる日々っ!!なぁ豚野郎っ!?﹂
﹁な、なんだっ!?なんだっていうんだっ!?﹂
恐い。
アルバの言葉が、感情が恐い。ひたすらに向けられる言葉に、ガタ
ガタと身体が震える。焼け焦がされた身体が、冷たい。夜の寒さが
染み込むように、身体がふるえる。
﹁とぼけるんじゃねぇっ!お前もそうだろうっ!?お前の名前は︻
エリートブルオーク︼っ!キングブルオークに仕えるただの雑魚っ
!なのにこうして王者として君臨してやがるっ!王を殺して自由を
得たのか同朋よっ!!歓迎するぜお前の欲望っ!お前の自由っ!お
前の殺戮っ!﹂
147
立ち上がる、アルバの体。乳房も腹筋も剥き出しで、左腕はへし折
れている。けれど右腕で拾った頭を堂々と掲げるその姿に、弱々し
さはない。むしろ神々しさすら感じた。
﹁ち、違うっ!﹂
自由を求めたわけでもない。
欲望のままに振る舞いたかったわけでもない。
そんな理由で、俺はオークを皆殺しにした訳じゃない。
﹁俺は!俺はヒトらしく生きるために⋮っ!!﹂
﹁然りっ!!欲望こそが人間を人間たらしめる感情だっ!!村で会
った時は期待はずれかと思ったがっ!すばらしい!お前は下等生物
たる人間を守るなんて言うちっぽけな欲のために、数百のゴブリン
を惨殺した!その欲望っ!!この俺様が認めてやるっ!!﹂
﹁黙れぇっ!!﹂
なんでっ!なんでっ!!なんでっ!?何でそんなことを言われなき
ゃいけないっ!?そんなつもりはなかった!守りたかっただけだっ
!!
ふっ、とアルバから向けられていた感情が緩む。余りの豹変ぶりに、
呆気にとられる。
﹁いいじゃねぇか。⋮守りたかったんだろ?﹂
148
そうだ。人間を、守りたかった。
﹁別にいいんだぜ?魔物が人間に味方しても。魔物が魔物の味方し
てもいい。んな小さいことに捕らわれるなよ。俺達は、自由なんだ。
殺すもよし、守るもよし。好きに生きていい。好きに生きてる内に、
馬鹿な人間どもはテメェを慕う。馬鹿みたいに強い魔物を殺し回る
だけで、脳味噌空っぽな人間共はお前を賞賛し、縋るようになる。
俺はそうだった。気がつけばハンターなんかになっていて、存在し
ない師匠に適当な名前。それでも馬鹿共は俺をもてはやす。なぁ、
お前もそうなりたいんだろ?最高の気分を味わいたいんだろ?
⋮お前は、やりたいことをすりゃあいい。誰もお前のことを責めら
れやしねぇよ。そうしてる内に、馬鹿が勝手に付いて来る⋮。よう
は、それだけだ﹂
﹁な、なら⋮⋮﹂
頭が、ぐちゃぐちゃだった。おかしいんだ。俺は、勝ったんだ。戦
って、アルバに勝ったんだ。
なのに、何で俺はへたり込んでいて、アルバはそんな俺を見下ろし
ているんだ?
アルバはいっそ優しい瞳で、慈母のような笑みで、血まみれの俺の
頭を撫でる。
﹁お前は強い。俺より強い。お前はいいんだ。欲望のままに生きる
ことを許されてるんだ。ヒトのように欲望に溺れ、魔物のルールな
んざ無視してやりたいことをやっていいんだっ!﹂
本当、か?
149
本当に、いいのか?
なにをしても、いいのか?
﹁い、生きたいんだ⋮っ!﹂
涙が、こぼれた。目前に立つアルバにすがりつくように、両手を大
地に付けて見上げる。
﹁いいとも!好きなだけ生きたらいいっ!﹂
砕けた左手が、ミュージカルのように振り上げられる。胸の内から
溢れる熱を吐き出すように、言葉を絞り出す。
﹁認められたいっ!﹂
﹁俺が認めてやる!お前は最高に強いぜっ!俺より強いヤツなんか
初めて見た!﹂
﹁友だってほしいっ!﹂
﹁俺たちは今日から戦友だっ!﹂
﹁誉められたい!慕われたいっ!信頼されたいっ!⋮本当は!女だ
って抱きたいっ!!けど化け物だからっ!俺なんか好きになってく
れる女なんかいないだろうからっ!﹂
﹁女はしらねぇっ!だけど欲しいもんがあるなら武器をとれっ!俺
が教えてやる!魔物でも人でもないっ!!俺たち︻魔人︼の生き方
150
を!魔物の強靭な体に人間の無限の欲望をかねそろえた最強の存在
っ!欲望を最優先にして自由にっ!やりたいようにやる俺達だけの
生き方を!だから俺を殺すなっ!敗北者のはずの俺の手にすがれ戦
友っ!俺もお前を殺さねえが、お前も俺を殺さねえっ!利益と欲望
で結ぶ友情だっ!!破られるはずがねぇだろうっ!!﹂
﹁っ、っ、っぅ∼∼∼∼∼ァアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアっ!!!!!﹂
喉が裂けんばかりの絶叫を上げて。
胸の中のごちゃごちゃ全部吐き出して。
151
強さを求めて。武力を極めることにして。
欲望を、最優先にする。
それが、︻魔人︼の生き方らしい。
ゲームの中なら有り得ない。けれどここは現実だから。正真正銘自
由な世界だから。なにをしてもよくて、なにをするのも許される。
⋮なによりも、全てを許容しそうなイカレた相棒が、出来たから。
﹁いいんだな、アルバ﹂
投げ捨てた石斧を背中に背負う。﹁似合うぜぇ?﹂とか笑いながら
頭に乗せられたプラチナクラウンを耳の間に固定して、見かけだけ
ならキングブルオークのような姿。
﹁おうとも戦友。今日から一蓮托生だ。この世界で俺を倒せたのは
お前だけだ。なら、お前を味方にしている限り、俺はまだ無敗で最
強だ。だから俺はお前について行く﹂
兜をなくしたニヤニヤと笑う美女は、頭を片手にグレートソードを
背中に背負う。気さくに肩をバンバンと叩いてくる彼女の瞳には、
友情とも情欲とも付かない奇妙な感情があった。
﹁今までのように好き勝手には戦えないぞ﹂
﹁なら戦友が相手してくれよ。⋮正直言うとよぉ、あんな熱い戦い
初めてでさぁ⋮。濡れたぜ。戦友になら、犯されるのも悪くない﹂
152
にたり、といやらしく笑うアルバに、一瞬動きが止まる。⋮だ、だ
めだ。欲望のままに生きるといっても、性欲のままに相手を襲うな
んて、だめだ。仮にするにしても、一生面倒見る覚悟がいる。⋮正
直、アルバは俺の手には余る。
﹁⋮俺は好きな女しか抱かないし、好きになってくれた女しか抱か
ない。⋮が、戦いに限ってはいつでも相手してやる﹂
だから、誤魔化す。戦闘狂のアルバなら、それで十分。アルバは嬉
しそうに笑って、俺の左腕に右腕を絡める。鎧の冷たさと尖ったパ
ーツが腕に突き刺さり、なんとも微妙な気分になった。
﹁いーぃ男だなぁ戦友ぅ⋮。女の期待に応えるのは男の義務だぜぇ
?で、どこに向かうんだ?﹂
﹁⋮精霊族と、接触する。⋮俺は、武力による支配じゃなく、友愛
が好きだ。向こうから好意を向けられたい。だからこう⋮都合いい
感じに、強い魔物のせいで困ってる精霊族を探す。⋮一応言ってお
くが、マッチポンプとかしないからな?自分で強い魔物連れてきて、
精霊族を襲わせる。いい感じにピンチになったら助ける∼みたいな
卑怯な真似は、絶対にゴメンだ﹂
﹁くひひっ、そうかいそうかい。好きにしろよ。⋮あと、俺個人は
強い男が大好きだぜぇ?例え糞不細工な豚頭でも、強ければ気にし
ねえから﹂
﹁⋮⋮そ、そうか?⋮誉められてる気はしないが⋮。まぁ、その、
なんだ。ありがとう﹂
﹁照れんなよ戦友。世界で二匹だけの魔人だぜ?その内女も男も向
153
こうから寄ってくらぁ。今のうちに俺の体で慣れといた方がいんじ
ゃねぇ?﹂
﹁誘惑するな⋮。負けそうになる﹂
﹁くひゃひゃっ!勃起した?﹂
﹁やかましい!﹂
喧しく、逞しく、無駄に好戦的な相棒と共に、歩き出す。
1人で全部やらなきゃいけなかったころよりも余程足取りは軽いの
に︱︱酷く疲れそうで。
笑いが止まらないほどに、楽しみだった。
どんなに頑張っても、人間にはなれない。
どんなに我慢しても、魔物としても生きれない。
だったら、魔物の体を持つ、人間として⋮魔人として生きる、アル
バのように。
﹁さて⋮。頑張って、生きるか﹂
﹁おうとも。戦うために生きようじゃねぇか﹂
そこまで戦いに夢中にはなれないが、なんて。
左腕に鎧姿の美女をぶら下げながら、歩き出した。
154
155
14、豚の魔人が生まれた日︵後書き︶
うっ、ふぅ⋮
書き上げたぜ⋮。これで不定期更新になれるぜ⋮
以下、おまけのステータス表
Name:アルバ・スズ
87/100
Age:約200y
LV:ランク9
﹃深淵の首なし騎士/アビスナイトデュラハン﹄
STR
7000
8500
88000/88000
VIT
7000
HP
AGI
8000
35000/35000
DEX
8500
SP
MAT
7000
75000/75000
MIY
900
MP
LUK
156
状態:常時狂化
装備品
武器:深淵の特大剣
物理ダメージ+30%
炎属
AGI−50
闇属性強化
VIT+20
性強化
頭:黒鉄鋼のフルフェイスメット
VIT+150
AGI−15
VIT+15
胴:黒鉄鋼のフルプレートメイル
腕:黒鉄鋼のプレートガントレット
VIT+30
気配隠蔽
闇ダメージ耐性
状態異常付着率30%カット
足:黒鉄鋼のプレートレギンス
アクセサリ1:深淵の主の指
アクセサリ2:深遠の騎士のマント
炎ダメージ耐性
所持金:56000G
名称は2秒で考えた偽名。当然師匠なんかいない。たまたま考えた
ときに目の前にいた獣人の首輪に鈴が付いていた。アルバも適当。
武器やアクセサリーは私物だが、それ以外は人間のフリをするため
に敢えてグレードを下げている。本来の装備品なら多分豚は勝てな
かった。いや、弱点である頭を奪えばあるいは⋮?
外見年齢は20代前半。胸は控えめ。ガチムチ。腹筋は6つに割れ
ている。手足も筋肉質。
157
スリーサイズは88−65−85。巨乳じゃなくて胸筋。腹は腹筋。
カップで言うならB。尻肉は硬い。
アメコミヒロインヒーローでメインヒロイン。戦闘狂。恋愛よりバ
トルが好き。当面の目標はこいつを豚に惚れさせること。豚のイケ
メンっぷりに期待。こいつのお陰で豚が一皮剥けた。が、こいつの
せいで非道に走らないよう豚の精神力に期待。
尚、豚に負けたのに途中から調子に乗り出したのは、豚の豆腐メン
タルに気がついたから。
﹁くっそなんだこいつTUEEEEEE!もう無理!負けたっ!殺
せ殺せーっ!⋮⋮⋮あれ?こいつもしかしてチョロインじゃね?上
手く言いくるめれば俺生き残れるんじゃね?よっしゃ落とす!﹂
結論:ヒロインは豚。
こいつがやらかす度に豚が奔走し、結果ハーレムは拡大していく⋮
予定。
ちなみに比較用
※︵︶内は14話終了時の主人公
Name:豚足大王
Age:約43000h︵y↓年。h↓時間︶
158
100/100
48/100︶
LV:ランク10
︵ランク7
﹃古代豚王/キングブルオークEX﹄
MIY
MAT
DEX
AGI
VIT
STR
MP
SP
HP
1000︵700︶
4500︵5732︶
1200︵2130︶
3500︵3940︶
3800︵4210︶
9500︵9999
9000︵9999
+︶
+︶
2000/2000︵5050︶
50000/50000︵54050︶
95000/95000︵98700︶
︵﹃古代豚戦士/エリートブルオーク﹄︶
LUK
装備品はほとんど変わりなし。ランク7のエリートブルオークです
でに殆どの能力値が勝っている。これはこっちに来てからトレーニ
ングしたため。個体値の差くらいしかないけど。今の主人公は6V。
ゲームの場合は2V1U。
基本的にガチムチ。
体力筋力特化型。防御系スキルは持ってないけど、魔物プレイヤー
と連んで狩りにいく場合は当然タンカー。そして物理ダメージディ
ーラー。動きが遅い相手には強い。凄い強い。だが攻撃が遅いので
AGI型と戦うのは辛い。
159
27/100
今話で出てきたプラチナクラウン・キングゴブリンがこんなステー
タス。
LV:ランク4
﹃邪妖精王/キングゴブリン・PC﹄
STR
7500
9000
78000/78000
VIT
8400
HP
AGI
9000
42000/42000
DEX
4800
SP
MAT
6000
30000/30000
MIY
3000
MP
LUK
各ステータスを3で割るとキングゴブリンの真の力が分かる。ぶっ
ちゃけ、キングゴブリンはキングオークよりかなり格下。具体的に
はランクが1つ下。
なのに﹃プラチナクラウンの俺様相手に所詮豚ごときーっ!﹄なん
て侮ってたからあっさりあっさり。一発普通に耐えられたのが凄い
けど、無限顔パンにあえなくあぼん。
所詮カリカリ小梅大の脳みそしかないゲテモノだった。やはりやら
れ役。あぼーん
160
尚、人間用ステータスはこんな風味。
ゲーム時
リッツランド・ウォーライクの人間版はパーティー推奨複数職業取
得型。HP、MP、SPは職業LVに依存。各ステータス上昇値も
STR←
職業依存。職業の組み合わせ次第ではLVに伴いステータスが低下
する。
AGI←
AGI←←
MAT→
例:暗殺者+重騎士↓VIT→
魔術師+僧侶↓MIY→
なので一概には言えないが、テンプレートとされるソロも可能なA
GI型物理アタッカー版
name:︱︱︱
Age:︱︱︱
LV:戦士・100。剣士・100。暗殺者・300。剣豪・15
HP
28000/28000
25000/25000
0。剣聖・300。鍛冶師・50。
SP
5500
MP 1500/1500
STR
161
LUK
MIY
MAT
DEX
AGI
VIT
2000
2200
800
2000
5000
2500
鍛冶師は前衛なら大体50レベルくらいは取得している。武器や防
具の修理をするために。尚、ステータスは魔物と比べると低いが装
備制限がないためそっちでいいとこ取りしてカバー。合計ステータ
スが20000を超えるなら十分凄い。
また、パーティー用タンカー兼バッファー兼ヒーラーならこんな感
じ。
name:︱︱︱
Age:︱︱︱
LV:戦士・50。騎士・200。重騎士・250。僧侶・150。
45000/45000
武闘僧・150。盾騎士・150。鍛冶師・50。
HP
2000
30000/30000
STR
6000
SP
VIT
700
15000/15000
AGI
1000
MP
DEX
162
LUK
MIY
MAT
2000
5000
3400
回復出来て盾になれてバフかけてくれてなかなか落ちないけど戦闘
不能に弱い。
※僧侶じゃ復活系は使えない。
尚、回復量と魔法ダメージ耐性はMIYに依存する。
MATがそこそこ伸びるため、鍛冶師外して魔法使いを入れるとソ
ロでも低レベル帯なら戦える。が、防具が破損しまくって金欠にな
る。
ここまでがゲーム版
この世界版。
トップクラスの前衛ハンター。
name:︱︱︱
Age:︱︱︱
163
LV:︵村人・120。配達人・60。採取人・60。採掘人・6
0。冒険者・150。︶
MIY
MAT
DEX
AGI
VIT
STR
MP
SP
HP
2000
2000
250
1500
2000
1000
3000
3000/3000
7000/7000
10000/10000
戦士・100。剣士・100。剣豪・100。剣聖・250
LUK
普通に生活、またはハンターの下積みをしているだけで余計な経験
値がはいり、レベル限界である1000に達する。この人でもかな
り強い。
尚、職業別効果はこんな感じ
村人・農作物+1︵50︶
配達人・運搬技能強化︵50︶。
採取人・採取物レア度+︵50︶。
採掘人・採掘物レア度+︵50︶。
冒険者・マッピング︵50︶。ハンター協会支店での買い取り金額
10%増︵100︶。購入金額10%減。︵150︶
164
なのでこの世界の人間は基本弱い。奴隷とかこれに輪をかけて弱い。
なので強い人間を育てようと思った場合、赤ん坊から育てないと無
理。奴隷に才能ある子なんかいない。才能あってもレベル制限に奴
隷のレベルが食い込んでくるからレベルが上がらない。
ちなみに奴隷の職業スキルは﹃逆境﹄︵50︶と﹃食いしばり﹄︵
100︶。HP10%以下でステータス1.3倍。一定確率で致死
ダメージをHP1で耐える。
ランク7以上の魔物はゲームの時と同じく、特殊ダンジョンの内部
やイベント戦闘くらいでしか戦う必要がないからなんとか渡り合え
る。
ぶっちゃけ、豚と首なしはこの世界でチート。
165
15.︵前書き︶
やぁ!私だよ!
書き方を変えてみたよ!
超やりにくいね!効率落ちるね!
前の書き方の方がいい、今の書き方の方がいい、という意見があっ
たら感想書いてくれると嬉しいなっ!
166
15.
場所はパドキアから一週間ほど南下した名前も知らない森の中。
焚き火の前でスクワットしつつ、丸二日も戻らない友人を待つ。す
ぐ終わる、と言ったくせに、もう二日だ。心配はあまりしていない
が、あいつが何か⋮⋮主に喧嘩とか惨殺とか殺戮とか⋮⋮してない
か不安になる。
﹁ふっ、ふっ、﹂
街に行ったアルバを待てば待つほど不安になって、なかなか眠れ
ない夜を過ごして2日間。ようやく姿を見せたアルバは、背中に大
きな大樽を背負い、兜も付けずに現れた。
﹁⋮⋮うっわ、あつっくるしい。なにやってんの?﹂
﹁⋮⋮トレーニングだ。なんというかだな、動いてないと不安にな
るんだ。筋肉が萎みそうで⋮⋮。いや、ないとは思うんだが﹂
基本の体型が決まっているのか知らないが、無駄な肉は付いたり
しないがそれでも不安は不安だ。流れた汗を布で拭うと、嫌そうな
顔をしたアルバは﹁あっせくせ⋮⋮﹂と鼻を摘む。流石に酷くない
か?
兜を被っていない理由だが、なんでも留め具を俺が壊してしまっ
たから、頭が首の上に乗せていても安定しないんだとか。だから今
は暫定的に壊れた金具と綺麗な黒髪を縛り付けて頭が吹っ飛ばない
167
ように押さえているそうだ。とはいえ、つやつやストレートの黒髪
は少しアルバが本気で走っただけでしゅるりとほどけ、アルバの頭
は宙を舞う、という若干おもしろいことになる。
﹁ま、いいけどな。ようやく終わったぜー? 顔見せたら俺だって
信じないわ馬鹿な男が寄ってくるわで最悪だったわー﹂
軽い声と共に投げ渡される俺の牙。それきりアルバは座り込み、
背中の大樽に体を預けて﹁無駄に疲れたー﹂とぐでんと伸びてしま
う。溜め息を吐きながら大樽をチェックすれば、酒だった。呆れて
ものがいえない。
牙はリリンに渡した時に一晩経てば生えてくるのが分かっていた
ので、これを︻討伐証明部位︼にさせてもらった。
やはり脱走召喚獣、というのは色々不味い存在らしい。召喚獣は
術士と契約した時点で、かなりの知性を得ることが出来る。人間の
言葉を理解し、スポンジのように際限なく知識を吸収することが出
来るようになるんだそうだ。メカニズムは不明だが、術士の指示を
理解、応用できるように、魔法の力でブーストしているらしい。あ
の聞き取りにくい高音で喋るゴブリンですら、一度契約すれば流暢
な言葉遣いになるそうだ。俺が当たり前のように村人と会話できた
のは、俺個人の能力ではなく、その辺りを考慮した結果だったのだ
ろう、とはアルバの談。
脱走召喚獣は召喚術士に甘やかされて育てられ、普通の魔物より
も知恵が回る。召喚術士と共に戦っていたので人の戦法を知ってい
るし、場合によっては人間の住処の抜け穴まで知っている。何らか
の手違いによって術士の制御を離れた召喚獣は、速やかに手練れの
ハンターに討伐依頼を出す、というのが一般的で、リリンもやはり
168
︻召喚獣。獣人型。猪頭。名称・ウリ︼の討伐依頼を出していたそ
うだ。ちなみにこの場合、依頼料は掛からないが、召喚獣の所持品
や素材は討伐したハンターが総取りになる。召喚術士はせっかく着
飾り育て武装させた召喚獣を失うため、その懐事情を考えた結果だ
そうだ。
なので、︻召喚獣・ウリ︼が生存しているのは不味い。というわ
けで、手練れのハンター、︻アルバ・スズ︼にウリを殺してもらっ
たことにしたのだ。
﹁しかしよかったのか?あの石斧、結構⋮いや、かなりいいもんだ
ったろ?﹂
牙だけでは疑われるかもしれないので、︻古代豚王の石斧︼もハ
ンターズギルドに預けてもらった。あまりの重さにアルバは渋い顔
をしていたが、それを受け取ったハンターズギルドの職員の方が大
変だっただろう。とてもじゃないが普通の人間には持ち上がらない
だろうから。
﹁ああ、大丈夫だ。あれと同じ、アレより強い武器がある。エンチ
ャント済みのな﹂
武器を失うのは不味いだろ? みたいな顔を渡してきた後にする
アルバに頭痛を感じつつ、返事をする。今までずっと使っていたの
はこの世界でキングブルオークから奪ったもので、ゲーム時代に使
っていたものはアイテムボックスに眠っている。今装備しているの
は︻不壊のガイアアクス︼だが、無印の古代豚王の石斧くらいなら
ば大した痛手は受けない。
﹁ふーん、金持ちだな。⋮で、悪いが強制依頼を押しつけられちま
169
ってな。精霊族の住処に向かう前に、討伐依頼につきあってもらう
ぜ﹂
にやり、と笑みを浮かべるアルバに軽く頷く。俺も戦いに乗り気
なのが嬉しいのか、花が綻ぶように笑うアルバ。しかし⋮⋮
﹁強制依頼ってなんだ?﹂
﹁あん?⋮⋮ようは強い癖にまともに戦いやしねー腑抜けた上位ハ
ンターに、これをやらにゃあ資格剥奪なって脅しかけて無理矢理戦
わせる規定だよ。俺はそこそこ竜狩ったり化け物狩ったりしてるが、
強い獲物がいりゃあほいほいあっちそっちこっちと走り回るからな。
厄介な魔物を殺させるにゃちょうどいいパシりなんだろうぜ﹂
と、懐から取り出した依頼書らしきものをパラパラと捲るアルバ。
しばらく数百枚はありそうなそれをつまらなそうに眺めていたが、
飽きたのか頭を外して手の中で弄んでいる。自分で手櫛で梳いたり
耳の穴を掃除したりと全く⋮まったく! 女を感じさせない動作だ
が、目を見張るほどの美人がやると何故か絵になる。
﹁ふと、思ったんだが⋮⋮﹂
無駄に広い森の中、酒樽を降ろす気配のないアルバに向けて問い
かける。当のアルバは片手で自分の頭をクルクルと回していて、﹁
あん?﹂と呑気に返事した。目は回らないんだろうか。
﹁お前、人間の中ではどういう立ち位置なんだ?﹂
上位ハンターと呼ばれ、500を超えるキングゴブリンの群の中
に単身放り込まれても大丈夫、と言わんばかりの信頼感。まるで物
170
語の英雄のような扱いだった。正直な話、妬ましい。
﹁あ∼⋮⋮んだなぁ、まずハンターズギルドにも格付けがあんのな﹂
クルクル回していた頭を首の上に置き、考えながら話し出す。ど
うやらあんまり覚えていないようで、細くて形のいい眉の間に皺が
寄る。
﹁⋮えっと、︽赤竜︾を単独討伐出来る︽竜クラス︾。
︽キング︾系を単独討伐出来る︽王クラス︾。
︽悪鬼/オーガ︾を単独討伐出来る︽鬼クラス︾
︽嵐狼/ストームウルフ︾の群を単独討伐出来る︽狼クラス︾
これがまぁ上位だな。
下位がなんて呼ばれてるのかは知らねえ。けどまぁ、竜の辺りが人
間の限界で、俺は手土産にレッドドラグの首を5、6個持ってたら
すげぇ歓迎してくれた。世界で13人目の︽竜クラス︾だとさー。
でも、正直他の竜クラスは対したことねぇな。レベルで言うなら単
職最大300くらいか? 装備品を貸してやれば戦えないこともね
ぇけど、話になりゃしなかったぜ。
それよりも人間の酒ってうめぇよなぁー。飯もうめえし。雑魚いけ
ど飯の美味さだけは認めてやれるぜ﹂
ケラケラと楽しそうに笑うアルバを前に、﹁れ、レッドドラグが
⋮限界⋮?﹂と首を傾げる。
レッドドラグはそれなりにゲームに慣れ、キングゴブリンを討伐
出来るようになった辺りで戦う廃人と一般的なプレイヤーの壁みた
いな魔物だ。普通のプレイヤーはパーティーで討伐するが、廃人は
ソロ討伐のタイムアタックを競う。ランク6の大型モンスターであ
り、空を飛び回って逃げながら炎を吐き出すのが厄介なだけの、か
171
ませ犬的な役割を担うモンスターだ。
確かにソロ討伐、となると厄介だ。空を飛び回るから遠距離攻撃
は必須だし、早々に羽根を破壊出来ないと飛び回って時間がかかる。
体力も高めに設定されていて、並みの武器じゃあダメージが通らな
い。課金アイテムの﹃ドラグホーン﹄という投げ槍があれば飛行能
力を奪って殴るだけで勝てるが、この世界にはないかもしれないか
ら置いておく。
にしても、それこそ﹃鉄剣兵団﹄クラスでも10人でパーティー
を作って全員がちゃんと仕事をすれば狩れないことはないはず。⋮
⋮あ、いや。油断すれば死ぬか。となると安全マージン優先で戦わ
ない、ってことか?それじゃレベル上げにならないだろうに。
﹁⋮⋮ん?﹂
⋮⋮つまり、なにか?ランク6、レッドドラグ以上の魔物が出た
場合は⋮⋮放置? 先程の話から察するに、レッドドラグを単独で
倒せる人物すらアルバ以外には12人しかいないということだろう
? ならランク7以上の大型モンスターが出た場合⋮⋮。ああ、い
や、待て待て。ゲームのころを思い出してみれば、ランク7以上の
魔物は、ごく一部のランダム徘徊型BOSSを除けば、ほとんどが
パドキア大樹林のような入るのに特殊な手順が必要な特殊マップや、
高難易度ダンジョンの深層にしか出没しない。
だから人間と余り接触する機会がなく、結果的にぶつかり合うこ
とがない⋮⋮と? 積極的に人間の拠点を襲撃する、﹃プレイヤー﹄
という神の手もない異世界な訳だし⋮⋮。
あれ?でも
172
﹁⋮⋮あん?なんだよ。俺の顔が美人過ぎて見とれたか?﹂
などと嫌らしい笑みを浮かべながらずいっと顔を差し出してくる
アルバの顔を押し退け、よく観察する。アルバは不思議そうに頭を
膝に乗せて見上げてくる。
⋮⋮こいつみたいに、変わらない日常に嫌気が差してイカレたラ
ンク9クラスの魔物が⋮⋮暴れ出す可能性がある⋮⋮のか?
さぁ、と血の気が引く音を聞いた。不思議そうに首を傾げるアル
バを前に、身を刺すような恐怖に体を震わせる。
ランク9以上はピンキリだ。ハメ技で楽に倒せるキングブルオー
ク。パーティー組んでても油断すれば食われるアビスナイトデュラ
ハン。この二体を並べただけでもその差は歴然だが⋮⋮中には俺の
天敵、馬鹿みたいにAGI値が高く、属性魔法も操る︽天喰巨狼/
フェンリル︾。物理攻撃の一切を無効化する︽偉大なる墓王/ファ
ラオ・ザ・デス︾。ポップする度にステータスが変動し、決まった
対処法がない︽悪夢の道化師/ナイトメアジョーカー︾。
他にもとてもじゃないが俺とアルバだけじゃ︻絶対に︼勝てない、
魔物︵戦闘特化︶のトッププレイヤー数十人のパーティーをあっさ
り蹴散らす大型モンスター︽天の竜/シェシルカン︾。巨大過ぎて
物理ダメージじゃ何時間攻撃してもちょっと足を止める程度のダメ
ージしか与えられない︽王山陸亀/ガイアマウンテン︾などなど。
ふざけんじゃねえっ! と叫びたくなるような、戦闘特化の魔物
プレイヤーでも何10人単位のパーティーを組まなきゃ倒せなかっ
たような相手が、︻リッツランド・ウォーライク︼には用意されて
173
いた。アップデートで追加される敵がどんどん強くなるのはMMO
のおなじみだが、運営もプレイヤーも気が触れたように強いモンス
ターを求めていたから、俺が確実に勝てない、と確信を持つ魔物は
ぱっと思い付くだけでも30を超える。
⋮⋮この世界がどこまでゲームを再現しているのか分からないが、
向こうから攻めてきたら⋮⋮いや、偶然条件を満たすようなことが
あれば、人間社会はあっさり破綻しかねない。
﹁⋮⋮あっ∼くそっ! 知りたくなかった⋮⋮﹂
小さく頭を抱えれば、アルバは不満そうな顔で﹁お前が聞いてき
たんじゃねーか⋮⋮﹂とぼやく。そうじゃない、そうじゃないんだ。
とは思うものの、口を開く気力はなかった。
﹁⋮⋮じゃあ、次、魔物はどういう扱いなんだ?﹂
﹁ん∼⋮⋮そいつぁ、ちょっと一概には言えねぇ、かなぁ⋮⋮﹂
ぽりぽりと頬を掻くアルバ。迷うように視線を宙にさまよわせ、
どうにか声を絞り出す。
﹁⋮⋮人類種の天敵で、労働力で、奴隷で、食い物で、物資⋮⋮っ
てところか?﹂
﹁⋮⋮続けてくれ﹂
﹁弱い人間にとっちゃ恐ろしい存在だが、そこそこのハンターなら
旨味のがでかい。例えばてめぇ、オークだが、オークの肉は一部の
家畜用の餌にされてるし、戦砦都市にある闘技場なんかでは、人間
174
対醜悪な魔物の殺し合いが見せ物になってる。召喚術士が契約後、
しっかり躾けた魔物なんかは奴隷として出荷されて労働力にもなる。
見目がいい魔物を捕まえて慰み者にするのは貴族のステータスだし、
下半身を切り落としたラミアが高値で取引されてたりする。あと魔
物の生き肝を喰うと寿命が伸びるとかで、なんとかって宗教の最大
主教? はもう何十年も魔物の生き肝しか食ってない、なんて噂も
聞いたなぁ⋮⋮。あと植物系の魔物をわざと街までおびき寄せて殺
して、簡単木材輸送とかもやってたな。あ、︽木妖精/ドライアド
︾とかも高値で売れたなぁ⋮⋮。本体の木に熱湯かけるとイイ声で
鳴くとか。ほとんど獣と変わらん︽猫妖魔/ワーキャット︾や︽狼
妖魔/ワーウルフ︾なんか大人気だぜ? 獣犯してなにが楽しいん
だか。あとわざとてめぇみたいなキモい魔物に女を襲わせて、それ
を眺めるとか⋮⋮どした? 顔が気持ち悪いぞ﹂
﹁⋮⋮どっちに味方していいのか、分からなくなってきた﹂
魔物も魔物で酷い目にあっている、というのショックだ。とこと
んまで鬼畜仕様というか⋮⋮青年向けゲームのような世界観に、頭
を抱える。人間も魔物も悪じゃないか。
﹁⋮⋮じゃあ、魔物にとっての人間は?﹂
﹁食糧。精処理玩具。繁殖奴隷。でもって⋮⋮天敵。どれが好きだ
?﹂
﹁⋮⋮聞きたくなかったー﹂
静かに頭を抱える。結局どっちに味方すればいいのか。アルバが
いるぶん人間のほうが優勢なのかもしれないが⋮⋮。
175
いい加減説明ばっかりで飽きてきたのか、少しイライラしてるの
が見てとれるアルバを宥めながら、最後に問う。
﹁精霊族にとって、魔物と人間は?﹂
﹁そりゃあ難しいな⋮⋮。知性がない魔物は天敵だが、奴隷商人の
ような人間も天敵だわな。でもって、一部の魔物は奴らを守る代わ
りに奴らから餌もらったり崇められたりする。かと思えば普通の人
間相手に商売やったり⋮⋮。ま、その精霊族によるな。同じ種族⋮
⋮例えばエルフで同じ里で生まれ育った二体の精霊族がいても、片
方は魔物に親兄弟を殺された親人間派、片方は人間に母姉妹を誘拐
されて売り飛ばされた親魔物派だったりするからよ。ま、基本的に
どっちとも仲良くするが、どっちとも敵対する、ってとこか﹂
﹁⋮⋮凄く精霊族に味方したくなった﹂
俺が日和見主義というか、平和ボケしている、というのもあるん
だろうが、一番性にあう気がする。が、アルバは顔をしかめる。
﹁やめとけやめとけ。精霊族は頑固っつーか頭かってぇからな。流
石の精霊族だって下半身にしか脳味噌が入ってねぇオーク種に友好
的なやつなんかいねぇよ。どんなに頑張っても﹃所詮豚だ!﹄で終
わりだろ﹂
﹁⋮⋮そうか。⋮⋮そうかぁ⋮⋮﹂
目に見えて落ち込む俺に、アルバは嬉しそうにけらけら笑った。
頑張ろう。うん。頑張るしかないし、やりたいことやればいいん
だ。結局情報が足りないのが一番悪い。
176
まずはこの世界のことをよく知る。そこからどうしたいのかよく
考えよう。そのためには人間の社会と⋮⋮魔物のことも、よく知ら
ないと駄目だな。魔物のことを知るのはどうにかなるけど、人間社
会は無理。人間社会に溶け込むには人間の信頼を得る必要があって、
そのために精霊族と接触したい⋮⋮。うん、ここまではいい。
⋮⋮けど、今の話聞くと魔物嫌いの精霊族もいて⋮⋮あれ? 親
魔物派と接触してその信頼を得ても、そいつが反人間派だったら意
味がない、とか? 反魔物親人間派の精霊族には攻撃されるかもし
んなくて、下手すれば⋮⋮。
﹁⋮⋮あれ? 詰んでる?﹂
極論といえば極論だが、嫌な想像にぶるりと身体が震えた。
177
15.︵後書き︶
人間sideを期待してくれた人には申し訳ないね!
基本豚ちゃんの一人称だし、この豚ちゃん結構鈍感ちゃんだから気
がついてないことは描写されてないんだっ!Fuck!
色々パドキアでは荒れてるんだけど放置だよっ!鬼だね!鬼畜だね
!悪魔めっ!ちひろかっ!
178
16.︵前書き︶
┳
┳
┳
┳
┳
┳
┳
┳
┳
┳
┳
確か⋮⋮豚ちゃんと首なしはチートだと、そう言ったな⋮⋮
┳
179
16.
しばし気落ちした俺とアルバは﹁酒飲むか?﹂﹁いやいらん﹂﹁
遠慮するなよ﹂﹁押しつけるな阿呆﹂みたいな会話と杯の押しつけ
合いをしつつ、気を取り直す。
﹁で、だ。強制依頼ってどんなのがあるんだ?﹂
﹁ん? 気になるのか。字は読めるか?﹂
分からん。と返しながら書類の束を受け取る。⋮⋮ふむ。
﹁読めない﹂
﹁豚に知性は期待しねーよ。その内覚えりゃ何とかなるだろ。あ、
俺に期待するなよ? 俺だってまだまだ読めない字がたくさんある
んだ﹂
﹁そうなのか⋮⋮。けど、どれが何の依頼なのか、くらいは分かる
な。ありがたい﹂
依頼書にはミミズが暴れ回るようなよくわからない文字のような
記号と、恐らくはその討伐対象であろう簡単なイラストが書かれて
いる。同時に一番上には赤、青、緑の色分けされたラベルが貼られ
ていて、実にわかりやすい。
﹁このラベルでランク分けしてるのか?﹂
180
﹁んにゃ、依頼内容の差だな。
赤いラベルは倒せるならなんでもOK、捕まえて奴隷商に売るなり
殺すなりご自由に。同じ魔物でも依頼料は安い。代わりに素材を収
めなくても無問題。
青いラベルは指定討伐。ギルドの命令で殺したら素材提出、生け捕
りしたら報酬倍、金に困ったらこれ受けろってな。
緑のラベルは生け捕り専用。報酬は極めて高いが傷を付ければ付け
るほど安くなる。ただし無力化のためなら仕方ない⋮⋮って感じだ
わな﹂
﹁なるほどな⋮⋮。ええ、と。あれはないのか? ハンターランク
による依頼を受けられる、受けられない、みたいな制限というか⋮
⋮﹂
﹁なぁいないっ。馬鹿やって死ぬのはハンターだ。自分の実力と敵
の戦力の把握も出来ねぇ無謀な馬鹿はさくっと死ぬから問題ねーよ。
自分の力量にあった敵を選ぶのがハンターの常識。格上に挑むよう
な馬鹿ぁいねーよ。みぃんな格下いじめてひぃこらしてらぁ﹂
⋮⋮それじゃあ、レベルアップボーナスは基本取得してないハン
ターばかり、ということか。
ゲームだったころには、人間のプレイヤーには隠しステータスと
いうものがあった。 分かりやすく言うなら、﹃努力値﹄だ。レベ
ル1のキャラクターでレベル3∼5くらいの魔物、要は格上のLA
を取ることで、僅かに倒した魔物の最も高いステータスと同じ項目
にボーナスが追加される。微々たるモノだが、総計すると1000
近い差が出るので意外と馬鹿にならない。この数値を目当てに一部
の魔物が乱獲されたりとなかなかMMORPGとしては批判が多か
181
った。POP数が限られてるのに独占するマナーのなってない厨房
が⋮⋮って、それはどうでもいいか。
﹁参ったな⋮⋮。予想より遥かに人間が弱いぞ﹂
﹁言うじゃねぇか﹂
けらけらと楽しそうに笑うアルバ。⋮⋮まぁ、いきなり氷魔法の
雨とデバフ喰って殺される、というのが無さそうなのは安心出来る
か。レッドドラグを相手するのが精一杯、くらいの魔法使い相手な
ら、最大級の氷魔法でも10発は余裕をもって耐えられる⋮⋮と、
思う。現実だと考えると、かなり恐いが。頭の天辺からつま先まで
凍る﹃凍結﹄状態とかになったら普通に死ぬんじゃないだろうか?
寒いのは苦手なんだ。上半身裸ガウンだし。
﹁で、どれがいい?﹂
﹁ん? 俺が選んでいいのか?﹂
こくりと頷いたアルバに少し頭を下げ、パラパラとめくっていく。
大半の魔物はランク2∼3。一部がランク4で、たまにちらほらと
ランク5が混じる。代表的なのはランク2のオークやゴブリン、コ
ボルトなどの獣人系、ランク3のストームウルフやレイジングベア
などの肉食獣系。ランク4になると厄介というか面倒な相手⋮⋮︽
巨大蠍/ダーティスコルピオ︾などの堅いし状態異常を駆使してく
る魔物が混じり始める。
あー、こいつら狩った狩った。こいつが出てくるフィールド面倒
臭かったなー。なんてゲームだったころの知識を思い出しながらペ
ラペラと捲っていく。数百枚もある依頼書に、それぞれ違う魔物が
182
違うイラストで描かれている。︱︱無論ダブりもあったが︱︱なん
だか楽しくなってきて、つくづく自分は楽天的な奴だと思い知らさ
れた。
依頼書はめくればめくるほどランク5のオークキングやランク4
の壁、︽悪鬼/オーガ︾などが混ざり初めて、後半の方が厄介なん
だな、と思い知らされる。︽偽竜/ワイドラプター︾や︽飛竜/ワ
イバーンドラグ︾が出てくると、聞いただけの人間の戦力でほんと
に倒せるのか? なんて疑問も出てくる。それをアルバに問えば、
﹁人間の武器開発能力はドワーフよりすごいかも、ってこたぁな﹂
と軽く笑われた。世間知らず、と面と向かって罵倒されたようで、
あまりいい気分ではない。
﹁⋮⋮ん?﹂
一枚だけ、妙な依頼書が目に止まる。そこに描かれているのは、
明らかに人間だ。銀色の髪に赤い瞳。デフォルメされてはいるが、
特徴的なその体型は女性なのだろうな、と想像力を掻き立てられる。
しかし︱︱そのラベルは、黄色。今までとは違うラベルの色に首を
傾げれば、横からのばされたアルバの手がさっ、とその依頼書を盗
み取った。
﹁こいつぁ殺人依頼だよ。犯罪者をさくっとやってくれってな。っ
たく、これは俺向けの仕事じゃねーってのに⋮⋮混ざったのか? 適当な仕事しやがって。っつか、報酬額がやたら低いな。訳ありか
? ん∼⋮⋮読めねぇ﹂
﹁殺人、か。それもハンターの仕事なのか?﹂
﹁おー。ま、夜盗討伐と似たようなもんだな。大規模な盗賊団とか
183
なら国付の騎士サマが動くんだが、こういう細々したのはハンター
がやるときもある。犯罪者になったハンターはハンターくらいじゃ
ねぇと殺せねぇからな。ピンキリだけど。まぁ、俺は殺人にゃ興味
ねぇから受けねぇけどな。大抵の犯罪者って弱いんだよ。戦いてぇ
けど殺したい訳じゃねぇし﹂
肩を竦めるアルバの手から銀髪のドレスを着た女が描かれた依頼
書を受け取り、目を通す。読めないが、数字くらいは分かる。物価
は分からないが、他の依頼書に比べて桁が一つ二つ足りていない。
確かに安いんだろう。妙な感じだ。
﹁吸血鬼は人間扱いなのか⋮⋮。同じ魔物なのに、羨ましいし、嫉
ましいな﹂
ランク7、︽吸血鬼/ヴァンパイア︾。ランク8︽吸血貴/ヴァ
ンパイアロード︾。ランク9︽吸血姫/トゥルーヴァンパイア︾。
一部のプレイヤー⋮⋮というか中二病を引き摺ったいい大人に人気
だったアンデット系バランス型最上位の魔物、吸血種。
太陽光下でのステータス半減、神聖武器や名前に銀と入る武器で
のダメージ倍増、河川エリア横断不可、住居エリア侵入不可︵解除
可能︶、光魔法ダメージ倍増、回復魔法反転、クリティカル時ダメ
ージ3倍などのかなり多いバッドステータスを抱えつつも、それを
目指して課金し続ける重課金プレイヤーを量産した呪われた種族。
夜はステータス倍、満月時ステータス3倍、闇魔法特殊強化、多
数のユニークスキル、外見再設定可能、オートリカバリー大、状態
異常無視などプラスの面もやたら多く、侵攻イベントで吸血鬼が出
現したらバランスブレイカー過ぎる、と運営に多数の苦情が寄せら
れ、慌てて運営が吸血鬼対策アイテムを課金アイテムとして実装し
184
たという伝説まである。
期間限定イベント、︻真紅のバレンタイン︼で暴れまわった吸血
姫のプラチナクラウンには大量のプレイヤーが虐殺されたりもした。
その代わり、吸血姫PCを倒したとあるプレイヤーはついに吸血姫
EXの領域に足を踏み入れ、どころかまさにチートといっていいほ
ど阿呆な性能の武器防具を入手し、約半年に渡ってゲーム内で無双
を誇った。
余りにも暴れ回るものだから、魔物プレイヤーと人間プレイヤー
が連合軍を組んでその吸血姫討伐に乗り出し、結果、その吸血姫プ
レイヤーが本当にチートを使って日中のステータス半減を無視して
いたことが発覚し、垢BANとなる。なんてなんとも情けない結末
だったが。
にしても、人権を認められている魔物もいるのか⋮⋮まぁ、吸血
鬼は外見は人間と変わらないし、首がポロポロ取れるアルバですら
誤魔化して人間社会に潜り込んでるんだから、不可能じゃないのか。
なんて考えながら次の依頼書に視線を移そうとして︱︱ぐいっと首
を掴まれ無理矢理顔がアルバに向けられる。
﹁なんだ、いきなり﹂
﹁なんだじゃねーよ﹂
ひどく不機嫌そうな顔をして、アルバは黄色いラベルの依頼書を
俺から奪い取る。破かないように気を付けながら奪った俺とは対照
的に、力任せに奪ったアルバの手中でぐしゃりと潰れる依頼書。僅
かに火の粉を背中から散らすアルバの怒り顔。身に覚えが無さすぎ
て僅かにたじろぐ。
185
﹁なぁーんでこいつが吸血鬼なんだぁ? 理由を言ってみろ﹂
﹁なんでって⋮⋮。銀髪、青白い肌、真紅の瞳。ドレスといったら﹂
吸血鬼♀の固定設定だろう、とつい言おうとして、口を噤む。よ
くよく考えれば吸血鬼の外見再設定が可能だったのは、個性を出す
ためだ。現実になったこの世界の場合、何もしなくても個性は尊重
される。つまり、俺の固定観念であるゲームと同じ外見、という思
い込みが反映されているかどうかは分からない。事実、アビスナイ
トデュラハンであるアルバは俺が知っているゲームのアビスナイト
デュラハンとは違う鎧を身に着ている。つい無意識に言ってしまっ
たことだっただけに、良い言い訳も思い付かない。
﹁あ∼⋮⋮いや、前に倒した吸血鬼が、こんな外見をしていたから、
な。吸血鬼が同じ姿をしている訳ないか。すまない、考え無しだっ
た﹂
﹁⋮⋮どうやらよくよく戦友は常識はずれのノータリンみてぇだな
ぁ。いいかぁ、そのミミクソ詰まりまくって塞がってる豚耳かっぽ
じって頭に刻んどけ?﹂
そこで一拍置き、アルバは俺を睨みつける。
﹁吸血鬼ってのはそいつだけで大都市を脅かす化け物だ。こんなガ
キの小遣い一年分、みてぇな報酬額で出して良い仕事じゃあ、ねぇ。
そして吸血鬼は多数の取り巻きを抱えてやがる。その吸血鬼様が、
なぁんで人間にあっさり補足されて、あまつさえこんな依頼を出せ
るように生かして帰すんだ? ちったぁ頭使いやがれ。こんなもん
が吸血鬼なわけねーだろ﹂
186
いくらなんでも酷い言い草だ。腹の奥に溜まるような苛立ちに、
声に険が混じる。
﹁⋮⋮だからこそ、なんじゃないのか? この依頼者は吸血鬼だっ
てことに気がついているから、犯罪者として片付けてもらうように
黄色ラベルの依頼を出した。大都市を相手に出来る吸血鬼の討伐依
頼に見合う報酬が出せないから、だ。そしてこの吸血鬼がなんらか
の理由によりその依頼者を殺せない状況にある、ということも考え
られるだろ。吸血鬼を倒せるハンターが来るかどうかは賭になるが、
それを確かめるのはハンターで、依頼者の財布は痛まないしな﹂
﹁なんらかの理由ってなんだよ﹂
﹁それは⋮⋮えぇと﹂
しばし考えて︱︱ふと、脳裏に浮かんだのは昔読んだネット小説
だった。
﹁依頼者と吸血鬼は恋仲で、吸血鬼は依頼者を愛しているが、依頼
者は吸血鬼を疎んでいる⋮⋮とか? 吸血鬼怖さに別れを切り出す
ことが出来ず、かといってこのまま恋仲を続けるのも恐ろしい⋮⋮
みたいな﹂
言ってみてなんだが、これが本当だったら依頼者相当な外道だぞ。
その小説では結局依頼者が真の愛とやらに目覚めて主人公が吸血鬼
を手に掛けようとした瞬間に身を挺して庇うのだが、読んだときは
﹁ないわー﹂だったし⋮⋮。
だが、アルバはきょとん、と目を見開いたまま硬直する。えっ、
187
マジで? 理解できちゃうの? と内心で俺が慌てていたら、小さ
く息を吐く。
﹁⋮⋮戦友は随分とまぁ、ばっっっっっ⋮かだよなぁ⋮⋮。甘いん
だかなんだかわかんねぇわ。反抗期か? 相手すんの疲れたぜ。オ
ーライ、どっちにしろ時間はあるんだ。とりあえず精霊族の集落を
目指す途中にこの依頼者の住んでる村に寄ってみようや、それが一
番手っ取り早い。で、本人に聞いて、吸血鬼なら殺しゃいい。それ
なりに楽しめるだろうしな。吸血鬼じゃなかったら⋮⋮そんとき決
めるか﹂
これでこの話はおしまい、と背中で語りながら酒を飲み始めるア
ルバ。⋮⋮どうやら本格的に呆れさせてしまったらしい、と気付き、
少しばかり落ち込んだ。
188
上には上がいるっ!!
16.︵後書き︶
だが!!
っつか1人でチートしたってMMOで無双って無理だよね。公式チ
ートレベルの性能あっても10人そこらじゃ全然スペック足らない
のがイベントボスだよね。世の中クソだなっ!
189
17.︵前書き︶
前書きとあとがきがウザいのは、書くことがないからじゃないんだ
からねっ!
190
17.
基本的に俺達の移動手段は徒歩となる。体力︵VIT︶、走力︵
AGI︶共に下手な馬より余程高い俺とアルバは、その気になれば
休憩無しで一昼夜走り続けても大して疲れない。それは巨大な荷物
を抱えても変わりはない。
﹁いやー、流石豚ってとこか? パワーだけは大したもんじゃねぇ
か戦友﹂
にやにやと妙な笑みを浮かべながら、アルバは金属の籠手を嵌め
た手でがつんがつんと俺の腹筋を叩く。両手が封じられているから
甘んじて受けるしかないが、アルバの物理攻撃力だと地味だが小さ
な痛みがある。プラスチックのバットで殴られる程度だが、それな
りに不快だ。
﹁やめろ殴るな痛いぞ﹂
﹁嘘こけ﹂
嘘じゃない。と渋面を作れば、ゲラゲラ笑う。なんというか⋮⋮
DQNっていうのか? アルバは憎めないガキ大将という印象を受
ける。だからなんだと言われればどうとも言えないが、俺は嫌いじ
ゃない。ころころ表情が変わるのは見ていて面白いし、扱いを間違
えなければ頼りになる。今だって、一頻り笑えば、機嫌良さげに周
囲を睨みつけた。どうやら、敵の接近に気付いたらしい。気配を感
じ取る、とかそういう技術は、付け焼き刃の戦闘訓練⋮⋮というに
191
もおこがましい、敵を殴り飛ばし切り潰して殺すことばかりを繰り
返してきた俺には、無い。
﹁くひゃ、血の臭いに寄って来やがったぜ。食い放題だ﹂
背中に背負った大荷物︱︱様々な魔物の死骸を無理矢理鋼の鎖で
縛り付けた肉塊を下ろす。既に肉は腐り始めているし、血の臭いが
酷い。こんなものを運ばなくてはならない以上、当然人通りのない
放置気味の街道を歩くことになり、放置気味の街道に駆除されるこ
となく溜まるばかりの魔物は血と肉の臭いに誘われてわらわらと集
まってくる。全力で走れば1日2日で到着するはずだった例の吸血
鬼の村にまだ着かない理由が、散発的な魔物の襲撃だった。
今回、街道脇、木々の隙間からのそのそと姿を見せたのは、ラン
ク4、︽悪鬼/オーガ︾だ。数は4。一般的な︱︱というか、中堅
クラスのハンターはパーティーを組んでいてもオーガが3匹以上現
れたらなす術なく殺されるそうだが、そんな常識はアルバには通じ
ない。舌なめずりしそうな顔で背中のグレートソードに手をかける。
それに溜め息を吐きながら、背中からガイアアクスを抜く。好き
勝手に戦うだけのアルバをフォローするのにはもう慣れた。所謂ゲ
ームの︻勇者サマ︼なのだ、アルバは。だから、勇者サマが戦いや
すい状況を作ってやれば、勇者サマはだいたい満足してくれる。
﹁⋮⋮すぅ⋮⋮︽オークハウル︾ッ!!﹂
スキルで強化された怒鳴り声に身体を打たれ、オーガがビクリと
体を揺らす。3mはありそうな筋骨隆々な緑色の巨体に、鬼瓦みた
いな顔。禿げ上がった頭に二本の角。白濁した眼球。見る者が見れ
ば恐怖で動けなくなるような恐ろしい外見のオーガが、母親に怒鳴
192
られた子供のように身体を震わせるのは滑稽だった。
︽オークハウル︾。MOBのオーク種が使えば、一定確率で範囲
内のプレイヤーに0.5秒のスタンを付与する怒鳴り声。プレイヤ
ーが使えば範囲内の敵のヘイトを自分に集中させる挑発スキルにな
る。どうやら現実になったことで両方の効果を獲得したらしい。敵
をスタンさせつつ、ヘイトを集める。
結果、体をビクつかせながらも俺を囲むように動くオーガたち︱
︱巨体相応の緩慢な動作に呆れていれば︱︱ニタニタと笑うアルバ
のグレートソードが、一匹の首を跳ね飛ばす。
﹁右手以外封印縛りなっ!﹂
﹁了解した﹂
仲間が殺され動揺したオーガの頭に右手だけで握ったガイアアク
スがめり込む。硬いはずの表皮も頭蓋骨も竹を割るようにあっさり
かち割り、ピンク色の肉を断面から零すオーガ。慌てて残った2匹
が巨木を削っただけの棍棒を構えるが、遅い。
﹁︽オークハウル︾ッ!!﹂
再度、硬直。首切り。兜割り。数多のハンターに怖れられるオー
ガは、ほんの数分で肉塊と化す。アルバは嬉しそうに笑いながら荷
物に切り落とした首を括り付ける。俺が半分にかち割った頭まで括
り付けるから、余計に酷い臭いがする。吐き気を催す酸っぱい臭い
と、放置された身体が酷く哀れだ。
⋮⋮何度も繰り返した行為だが、一応アイテムボックスを確認す
193
る。やはり、ゲームと同じ。アイテムボックスに追加されたドロッ
プ品︱︱︻オーガの角︼︻オーガの牙︼︻オーガの皮︼を確認し、
なんとも妙な気分になる。現実になった以上、剥ぎ取りをしなけれ
ば手に入らないはずのドロップ品が、当たり前のようにアイテムボ
ックスに追加されている︱︱死体の方にもあるのに︱︱というのは、
凄く変な気分だ。
﹁あ、オーガ食う?﹂
﹁流石に人型は食わん。獣系を探す﹂
そっかー、と妙に上機嫌なアルバに首を傾げながら、数十種類百
匹近い魔物の首を背中に担ぐ。討伐証明部位、といえばそれだけだ
が、アルバにとってはただの餌だ。アルバの通った道には他のハン
ターにとっては貴重な魔物の素材が点々と放置されている。死体を
放置しても問題ないのか疑問だが、﹁獣が食うしハイエナは腐るほ
どいるから問題ねーよ﹂と言い切られると何とも言えない。
﹁くひゃっ、くふふ⋮⋮ふひひ⋮⋮﹂
にやにやと笑いながら血に染まったグレートソードを眺め、何が
楽しいのか俺の腹筋をガツンガツン殴るアルバ。軽く脛を蹴り上げ
てやれば﹁いてぇだろ豚ぁっ!﹂と本気で肝臓に響くボディブロー
が突き刺さる。がくりと膝を付き、﹁なにをしやがる⋮⋮っ!?﹂
と息も絶え絶えに抗議すれば、すぐに上機嫌にニヤニヤ笑う。
﹁てめぇ一体どんな魔法を使いやがったんだよああん? お前と一
緒になってから楽勝過ぎてつまんねぇじゃねぇかどうしてくれんだ
よこのっ、このっ!﹂
194
﹁痛いぞやめろこの馬鹿頭叩くな痛いっ!﹂
手加減無しでガツガツ頭を小突いてくるアルバの腕を掴んで捻り
あげる。今度は逆にアルバが痛い痛いと悲鳴をあげ、離した瞬間蹴
りが飛んできた。バックステップで避けて、剣を抜こうとするアル
バに﹁落ち着け!﹂と怒鳴る。
﹁魔法もなにも⋮⋮オーク種が魔法を使えないことくらい知ってい
るだろ﹂
オークマッスル
オークは完全に前衛型のステータス、スキルの割り振りになって
いるため、魔法効果のあるスキルは持っていない。唯一というST
RとVITを底上げする代わりにAGIが減少する強化スキルがあ
るが、現実になったことで見栄えが相当に悪くなるのが分かってか
らは使っていない。
具体的には、ただでさえでかい体が筋肉で2倍に膨れ上がるのだ。
オークだったころに何度か使ったが、デブ+筋肉+巨漢の世紀末な
外見に眩暈がした。
﹁だぁかぁら! なにしやがったのか聞いてるんだろがっ! ちっ
たぁ頭使えよポンコツ豚骨筋肉マン!﹂
﹁酷い言われようだ⋮⋮﹂
しかし⋮⋮なにをした、と言われてもなぁ。
﹁ただ、お前のサポートをしただけだ。お前が戦いやすいようにス
キルで敵を引きつけ、その動きを止める。お前が攻撃して奴らの意
識がお前に向いたら、再び俺に引きつけるように攻撃とスキルで敵
195
愾心を煽り、隙を作った。正直あの程度の敵には必要なかったが、
チームワークとしては基本中の基本だ﹂
俺が反撃タンカー、アルバが物理ディーラー。タンカーが引きつ
けてる間にダメージディーラーがDT稼ぎ。敵がダメージディーラ
ーに向きそうになったらタンカーがヘイト稼ぎ。MMO以外のゲー
ムでも広く用いられる基本中の基本だ。だというのに、アルバは﹁
へぇ⋮⋮。楽だなぁ、すげぇなぁ⋮﹂と目を輝かせる。
﹁⋮⋮今まで何度か人間と一緒に戦ったりもしたけどよー。結局弱
いんだよあいつら。最初っから最後まで俺の後ろでピーチクパーチ
クしてたくせに、魔物を殺した後だけギャーギャー取り分がどうの
って騒ぎやがんの。もう面倒で面倒でよぉ⋮⋮。俺の戦場に俺以外
の人間が入るようならぶった切ってやるようにしたら、いつの間に
か1人で戦うのが当たり前になってたんだわ﹂
唐突に始まったアルバの語りに面食らう。なんて答えていいのか
分からず﹁お、おう⋮⋮﹂なんて曖昧な返事をしたら、アルバは﹁
なんじゃそりゃ﹂と快活に笑った。
﹁だから、楽しいわ。てめぇと肩並べて戦うの。ありがとな、俺に
あわせてくれて。超楽だわ﹂
へらっと綺麗な顔を緩ませて笑うアルバに、頬が熱くなる。急激
に恥ずかしくなって、同時にアルバを犯したい、なんて思って、凄
く死にたくなる。とことんまで下半身に直結している魔物の体を疎
ましく思いながら、軽く首を上下に振る。
﹁やぁっぱ実力は釣り合ってねーと駄目だわ。人間鍛えようとした
こともあったけど、﹃あんたは師匠に向いてない﹄とか言い訳して
196
逃げ出す馬糞ばっかりだったからなぁ。いやー、重い荷物運ばなく
ていいし、敵ぼっこにすんのは楽だし楽しいしで言うことねぇなっ
! これで命懸けの死闘になるような化け物と戦えるなら最高なん
だがなぁ⋮⋮﹂
チラッチラッと横目で伺うように俺の顔の変化を観察するアルバ
に、少しばかりのため息。どうやらアルバは俺の不相応な知識の多
さに疑問を抱いているのか、こうして試すような質問をすることが
よくある。かといってゲームで手にいれた知識なんだぜー、なんて
説明することも出来ず、誤魔化すしかないのだが。
﹁安心しろ。例の依頼が本当にヴァンパイアだったら楽しく戦える
さ。なんせ奴らは夜だとほとんど弱点がないからな﹂
逆に言えば、昼間なら大したもん敵じゃないのだが。だが、昼と
夜に倒すのではドロップ品が全然違う。夜に倒せばヴァンパイアの
素材が手にはいるが、昼間倒しても手にはいるのはヴァンパイアの
装備品と﹃吸血鬼の灰﹄のみ。経験値も大分減る。アルバのことだ
から夜に襲撃をかけるのは間違いないのだから、本当に吸血鬼だっ
たらそれなり以上の強敵になるのは間違い無い。
﹁そうかそうかっ! んじゃいい加減寄り道せずに真っ直ぐ行くか
ー。あ、お前にも村に入ってもらうから、川とか入って血とか汗と
か落とせよ? くっせーんだわお前﹂
﹁お前だって相当血の臭いが酷いぞ﹂
﹁えっ? マジ? ちょっと嗅いでみてくれよ﹂
⋮⋮豚の嗅覚は、犬のそれよりずっと高性能だ。その悪食さから
197
敬遠されるが、トリュフなどを探す際には犬より豚の方が適してい
る、と言われるほどに。
なにが言いたいのかというと︱︱意識すれば、別に近寄らなくて
も汗や血に混じるアルバの甘い体臭を感じ取れる、ということで︱︱
﹁アルバ、俺を殴ってくれ﹂
﹁喜んでっ﹂
ガヅッ、と横面を小さく打ち抜くショートフックで牙が折れる。
衝撃は少ないが鋭い痛みを残すコンパクトな打撃に内心で涙目にな
る。じんわりと口の中に広がる生臭い獣の血に凹む。
﹁で、なんで殴られたかったんだ? マゾか?﹂
﹁殴ってから聞くのか⋮⋮。気にするな。罰を受けたかっただけだ﹂
﹁マゾか。まぁ、前衛がマゾってのは珍しくねぇから気にすんな﹂
ぽんぽんっと慰めるように肩を叩かれる。なんとも言えない気持
ちが胸に広がり、小さくため息を吐く。
﹁ああ、まともな人間に会いたいなぁ⋮⋮﹂
出来れば俺の外見とか気にせず、しっかり俺の中身を見てくれて、
こんな世界でも優しさを忘れない︱︱言っててなんだが童貞の理想
の彼女像みたいで気持ち悪くなってきた。いや、男でも構わないん
だが。アルバみたいに乱暴じゃなくてまともな⋮⋮現代日本で生ま
れ育った俺が許容できる性格さえしてくれているなら。
198
﹁そうは言うが、魔物に友好的って時点で大分まともじゃねーぞ?
相当頭がぱっぱらぱーだ﹂
﹁⋮⋮そうかぁ⋮⋮﹂
酷く上機嫌なアルバが、盛大に凹む俺を指差して笑い声を上げた。
199
フラグがたったー!
17.︵後書き︶
たったー!
バトルを楽しむのに役立つアイテムとして使いつぶされるフラグが
たったー!
200
18.︵前書き︶
201
18.
俄然やる気になったアルバに急かされるように昼夜なく走って一
昼夜。夜が明けて太陽が色を変えた頃、吸血鬼かもしれない犯罪者
が根を下ろす村︱︱セトム村へと辿り着く。ゲームの頃には来たこ
とがない村だっただけに、新鮮だった。
近くに巨大な湖︱︱︽魚人/マーマン︾︽泥鰐/マッドゲーター
︾︽巨大鯉/ビッグマウス︾などの水棲系モンスターが出没するセ
トム湖というフィールド︱︱があり、そちらならば訪れたことがあ
る。だが、人間側の拠点であるセトム村には寄ったことがないので、
少しばかり緊張する。村の規模や住居数はパドキア村と変わらない
そうなので、緊張する必要はないのだが⋮⋮いや、緊張するのも当
然か。召喚獣という肩書きなしで人間に接触するのは、初めてなの
だから。
﹁なぁ、本当に大丈夫なのか? 俺はこう⋮⋮精霊族に渡りを付け
て、彼等の信頼を得てからそれを保証に人間と接触を⋮⋮﹂
﹁ばぁーか。んな及び腰だと骨までしゃぶられて終わるっつーの。
前にも言ったが、人間ってのは欲望の塊だ。てめぇの利用価値に気
がつけば揉み手擦り手で接触してくる。んで、そいつらに強者とし
て対応してやりゃあそれなりに安泰だわな。てめぇはただでさえ足
場が不安定なんだから、下手に出るなって﹂
﹁それは⋮⋮、分からないでも、ないんだが⋮⋮﹂
202
なんというか、どうにも落ち着かない。元来強気外交に適してい
ない日本人の性質的に、自分に自信を持って売り込む、というのは
やりにくい。
﹁ま、とりあえず黙っておけ。お前が喋るとめんどくせーし﹂
ガリガリと兜を嵌めた頭を掻き、外れないかチェックしているア
ルバを横目にため息を吐く。木の柵で囲まれた農村は目と鼻の先で
あり、小さく人影が歩き回っているのが見える。パドキアの村のよ
うに弓で撃たれるのでは、と警戒していたが、普通に門前まで近付
けた。近付けたのだが⋮⋮
﹁そこで止まれ! 見ればそこの魔物はオーク種! 奴隷紋か召喚
術士の印を確認させてもらうっ!!﹂
︱︱警戒と恐怖を色濃く滲ませた、軽戦士っぽい鎧の男たちが数
人、武器を構えて待っていた。矢が飛んでこなかったのは、単純に
弓使いがいなかったからのようだ。
⋮⋮わかってはいたが、警戒心と敵意のみの視線には存外心を痛
めつけられる。と胸の痛みに耐えていたら、一歩前に進み出たアル
バが口を開いた。
﹁私の名はアルバ。闇騎士のアルバ・スズ﹂
ざわり、と男たちの間に動揺が広がる。﹁竜狩りだと⋮⋮!?﹂
﹁あの鎧、そして剣⋮⋮﹂﹁ギルドに確認をとれっ!﹂と騒ぐ男た
ちを前に、俺も動揺を隠せない。静かで落ち着いた、威厳のある声
と口調で話すアルバに、誰だお前っ!? と内心で慌てる。
203
﹁如何にも。私は竜狩りと呼ばれる者だ。竜殺しの剣に誓って、彼
の性質は保証する。彼には人間に対する敵意も害意もない。話せば
答えてくれるだけの理性がある。村に入ることを許可してほしい﹂
﹁し、しかし⋮⋮奴隷紋は? あるいは、召喚術士による施術もさ
れていない⋮⋮のだろう? 危険じゃないか。仮に村に入るにして
も、施術か紋入れをしたあとのほうがいいだろう﹂
﹁その召喚術士による施術だって完璧ではないのは知っているな?
危険だと思うならば、彼に対して剣を向けないことだ。彼は紳士
だが、恐ろしく強いぞ。私ですら引き分けるのがやっとだった。お
そらくだが、彼に施術出来る召喚術士はこの世界のどこにもいない
し、この村にある紋様インクでは彼を制御するのは不可能だ。要ら
ぬ争いはしたくないだろう? 懸命な判断をしてほしい﹂
⋮⋮もう、なにがなにやら。なんとなくニュアンスで分かるが、
この世界の常識に疎い俺ではパドキア村に入った時との対応の差が
理解できない。男たちは剣を下ろし、しばし話し合う。⋮⋮俺の目
の前で。
仮にもこう、警戒している相手を前に無防備で話し合うっていい
のだろうか? と呆れていたら、隣のアルバが﹁こいつらアホだ⋮
⋮﹂と小さく呟いた。ようやくいつものアルバの片鱗が見えて、ホ
ッとする。
﹁⋮⋮支部長に掛け合ってみる。お前らはここで大人しくしてろ。
それと︱︱﹂ちらり、と俺の背中の肉塊に目をやり、﹁その、肉塊
は?﹂
﹁彼と共闘して倒した魔物の討伐証明部位だ。ギルドに預ける。彼
204
が人間ではなく魔物に対してその武器を振るう証明でもある。もっ
ていくか?﹂
﹁いや⋮⋮俺たちじゃ、持ち上げるのも難しいだろう。だが、布で
も何でも良いから被せて隠せ。村には子供もたくさんいる。そんな
もん見せられるか﹂
あ、と思った。⋮⋮大概俺の常識も崩壊してきてるな、と自覚す
る。確かに大量の生首を鎖で雁字搦め、なんて地獄絵図、教育に悪
いにも程がある。
﹁すまない、隠しておこう﹂
と謝罪し、下ろした首玉に古代豚王の外套を被せて︱︱視線を戻
せば、武器に手をかけながら俺を睨み付ける男たち。
⋮⋮なぜ? と内心首を傾げていたら、しばし俺を睨みつけてい
た男たちから、1人が村に戻っていく。その背中を見送り、なんで
警戒されているのか不思議でアルバに視線を向ける。
アルバは軽く肩をすくめると、どこか気取ったような口調で答え
てくれた。
﹁人間の言葉を理解し、人間の常識⋮⋮あれが子供に見せるような
ものじゃない、と理解できる程度には頭がいい、と分かったからだ
よ。よく無能な味方ほど恐ろしい者はいない、というが、それは違
う。本当に恐いのは、頭がいいやつだ。味方の顔して懐に潜り込む
ような﹃策﹄を練れる奴が、一番恐ろしい。君は、その一端を垣間
見せてしまったんだ﹂
205
言外で﹁喋るなっつっただろーがてめぇのせいで面倒になるぞ死
ねっ!﹂と語りながら、ぽんっと俺の肩に手を置くアルバ。ギリギ
リミシミシと弱音を吐く肩の骨に悲鳴を噛み殺しながら、﹁す、ま
⋮⋮ない⋮⋮﹂とどうにか謝る。そんな俺達を、男たちは警戒と恐
怖のみの目で睨みつける。
⋮⋮なんか対応違いすぎて困る⋮⋮。と内心で涙していると、俺
の困惑に気がついたらしいアルバが小さな声で語り出す。
﹁いーか、戦友? 召喚術士と召喚獣の関係ってのは、お前とあの
小娘が結んでいたようなもんじゃぁねぇ。召喚術士に屈服し、服従
した奴隷が召喚獣なんだよ。いざって時には肉壁にされるし捨て駒
にされる。何故かって? 召喚術士の方が強いからだ。術士にその
場で殺されるか術士の敵に殺されるかの二択、ってこったな。だっ
たら餌をもらえる分、術士に従った方が最期まで楽しめる。だから
従う。そんなもんだ。てめぇみてぇに情に絆されて召喚契約するよ
うな馬糞みてぇな根性した魔物は異端だ。分かりやすく言うなら︱
︱術士と契約した魔物は、術士以下なんだ。召喚術士見習い⋮⋮い
や、見習い以下の小娘より格下って思われてたから、クソ村人共は
油断してた。侮ってたんだよ、てめぇを。ハンターどもはてめぇの
実力とリリンの実力が噛み合ってねぇのに気がついてたみてぇだが
⋮⋮今回は術士っていうてめぇの実力を計れる目安がねぇ、だから
未知の魔物に警戒する⋮⋮。つまり、そういうことだ﹂
﹁なる、ほど⋮⋮﹂
⋮⋮分かると余計に凹むぞ、それ。⋮⋮そうか、リリン以下か⋮
⋮中学生くらいの女の子、というかレベル50弱の後衛職より弱い
筋肉ムキムキ猪頭⋮⋮そりゃあ、馴れ馴れしくもなるわなぁ⋮⋮。
俺でも馬鹿にしてしまうかもしれない。なんとも気まずくて、さっ
206
きから気になってる辺りを指摘してみる。
﹁その⋮⋮あの口調はなんなんだ? 正直、似合わんぞ﹂
﹁バァーカ。仮にも俺ぁ騎士だぜ? 状況に応じて言葉遣いや態度
変えんのは常識だろうが。てめぇの身分云々保証云々言ってる奴が、
荒くれもんみてぇな口調じゃ説得力がねーだろうが。相手と状況見
て口調かえろや。例えばそうだな⋮⋮心が弱ってる相手にゃ尊大な
口調で行くと、相手は俺が頼り甲斐ある人間だって思いこむような
もんさ。てめぇが一番そいつを実感しただろ? くひゃっ﹂
⋮⋮まぁ、確かに。偉そうな口調を使ってたのにはちゃんと理由
があったのか⋮⋮。と感心する。俺には出来ない類の腹芸なので、
素直に凄いと思えた。なんとなく詐欺っぽいけども。
ようやく人心地ついて、途端に無言の敵意が気持ち悪くなる。警
戒するのはわかるが、もう少し隠した方がいいと思うんだ。警戒し
てますっ! と全身で語る相手の前でボロを出す奴は、あまりいな
いと思うし。そんなどうにも気まずい空気に居たたまれなくなって
きた頃、ようやく支部長とやらを呼びに行った男が、1人の女を連
れてやってくる。
女、という表現が適切なのかは分からない。皺の浮いた肌に、曲
がった腰。どう見ても50から60代。いや、もっといってるかも
しれない。緊張を顔に滲ませながら現れたその女は、身の丈ほども
ある長杖と真紅のローブから考えるに、魔法系の術師なんだろう。
じろり、と紫色の遠慮のない瞳が、俺とアルバを睨みつける。
﹁⋮⋮なぁるほど。確かにこりゃああんたらの手には余るだろうよ。
お初にお目にかかる。あたしゃセトム村ハンターズギルド支部長。
207
魔術師リンデンの子、マール・リンデンだよ﹂
﹁アルバ・スズ。竜クラスハンター。こっちは私の友人だ。名前は
ない﹂
紹介されたので頭を下げれば、女⋮⋮もう婆でいいか? マール
はふんっ、と鼻を鳴らした。
﹁名前はない、ねぇ。猪頭のオーク種で、ウリってのが他ならぬあ
んたに殺された、って話だったがねぇ。なんだい、豚に絆されたの
かい? 仮にも竜クラスが﹂
﹁ハハハ、これはおかしな話だ。ウリという召喚獣は確かに倒した。
それが彼になんの関係があるのか詳しく聞かせてほしいな。あまり
つまらない問答を続けたくはないんだが⋮⋮﹂
﹁ハンッ、狂人が⋮⋮。あんたが人間なのか疑わしいねぇ。︽魔法
スキル・敵感知/センスエネミー︾﹂
刺々しい会話にびくびくしていたら、マールの杖から魔力の波が
放たれる。聞いたことのない魔法に困惑していたら、マールは面白
くなさそうに舌を鳴らす。
﹁敵意はないね、豚の方には。むしろ竜クラスの方が危なそうな気
配を感じるわい。念のためとびきりの毒だけ用意しときな。ドラグ
種でも殺せるような奴をね。村に入っても良いが、少しでも問題が
起きたらあんたらが真っ先に疑われると思いな。くれぐれも面倒事
起こすんじゃないよ。なんか起これば竜クラスだって容赦しないよ﹂
﹁ご好意、傷み入る。つきましては、我々が狩ってきた魔物の報奨
208
金を頂きたい。死体と素材は街道に放置してきたので、その場所に
向かってもらえるなら我々の取り分はなしで構わない﹂
﹁⋮⋮ふんっ! リッデン! ユーストス! あんたらが場所聞い
て素材回収! そこの豚! その肉塊を運びなっ! フレンを呼ん
で討伐証明!﹂
いきなり声をかけられびくりと身体を震わせつつ、慌てて外套を
風呂敷代わりに肉塊を持ち上げる。元から赤い外套が血でどす黒く
染まるが、アイテムボックスにしまえば綺麗になるのが分かってい
るので気にしない。何故アイテムボックスに首をいれない? と思
うかもしれないが、単純に入らないからだ。多分、ゲームでは︻○
○の首︼なんてアイテムが存在しなかったからで︱︱
﹁なにしてんだい豚っ! あたしらを殺す計画でも考えているのか
っ!﹂
﹁ち、違う! 今運ぶ!﹂
慌てて荷物を持ち上げて運ぼうとするが、その前にアルバに肩を
捕まれる。なにかと思えば、やたら真剣な表情のアルバ。
﹁戦友、ムカつくかもしれねえが、決して手ぇだすな。なに言われ
ても従え。ようはあいつらは俺達をなんとかして追い出したいんだ。
怒らせて、暴力振るわせて、お尋ね者にして︱︱多少の犠牲を出し
てでも、この村から追い出したい理由があるみてぇだ﹂
﹁⋮⋮何故、わかる?﹂
問いかければ、アルバはくつくつと笑った。
209
﹁喜べ戦友。吸血鬼かどうかはわからねぇが、あの婆︱︱闇の臭い
が、深淵の闇に触れた臭いがする。ようは⋮⋮﹂
にやり、と獰猛な笑みを浮かべる。
﹁魔物との内通者だ﹂
210
18.︵後書き︶
豚が基本的に空気。なぜ?
↓この章まるっと説明回に近いから
211
19.︵前書き︶
今回は5話更新ですよー
212
19.
恐ろしいモノを見るような目で見つめられ、俺が腕をぴくりと動
かすだけで大袈裟に怖がる女性︱︱フレンさんというらしい︱︱に
心をへし折られながら、討伐した魔物の清算を終えて、血や脂に汚
れた身体を湯と布で拭って、ようやく話し合いの場が設けられた。
﹁んで、こんな小さな村に竜クラスとそのお友達がなんだってんだ
い。生憎とこの村にゃあんたらが欲しがりそうなもんはなにもない
よ。器量よしの娘だって大概婚約者がいるしねぇ﹂
﹁たまたま、ですよ。近場の強制依頼を片付けたので、清算するた
めに寄らせていただいただけです。どうも歓迎されていないようで
驚いています。この村はいつから余所者に厳しくなったのやら⋮⋮
? ああ、もしかして、探られると不味い腹でも抱えているのです
か? それなら我々への当たりの強さも納得です﹂
﹁はっ、稚拙だねぇ竜クラス。生憎とあたしとあんたじゃ年期が違
う。カマぁかけたいなら50年ばかし揉まれてきな。その頃にゃあ
たしゃあの世に勝ち逃げしてるがね﹂
﹁質問に答えていただきたい。探られると痛い腹でもあるのですか
?﹂
﹁ああ、あるともあるとも。あたしゃハンターズギルドの支部長だ
が、この小さな村の村長でもあるからねぇ。ド汚く染まった手はた
くさんあるとも。でも、あんたらじゃあその指先どころか影も見え
213
んだろうよ﹂
﹁⋮⋮チッ、埒があかねぇ﹂
最後のアルバの呟きは非常に小さな声で、すぐ後ろに立っている
俺ですらかろうじて拾える程度の声音だった。対面に座る、それな
りに年のいったマールでは聞き取れなかっただろう。
場所はセトム村ハンターズギルドの執務室。木の机と数個の椅子。
壁際の書類棚があるくらいの狭い部屋。机を挟んでマールと向かい
合って座るアルバと、その後ろに立つ俺。万が一に備えて、とのこ
とで武器は持ち込んでいないが、アルバは全身甲冑だし俺はいつも
の格好だ。⋮⋮あ、いや、頭に乗せてたプラチナクラウンだけ外し
た。所詮飾りに過ぎない白銀の王冠は悪い意味で目立つ。﹁見たこ
ともないオーク種の︽王︾だって⋮⋮!? 一体どれくらい強いん
だ⋮⋮っ!? ごくりっ﹂みたいな視線が痛いわ冷静になると恥ず
かしいわで着けていられなかった。俺のメンタルは脆い。世間体を
第一にする日本人だし。
で、先程のこともあり黙して静観したんだが⋮⋮なんだこれ恐い。
アルバがなにを考えているのかもマールがなに考えているのかも全
く分からない。なんで喧嘩腰? なんでガチでにらみ合い? 俺が
悪いのか? 俺が原因なら今すぐ土下座でもなんでもするから許し
て貰えないだろうか?
如何にも百戦錬磨といった風情のマールに、アルバが何度か槍を
向けるがあっさり流されている。そういう状況だというのは分かる、
分かるが、それが分かったから対応出来る、と言うわけではない。
正直言って混乱していた。黙ってるんじゃなくて言葉を挟む隙がな
い。
214
﹁左様ですか。では、お互い痛い腹を探り合うのはやめておきまし
ょう。次に、この村で強制依頼や難易度の高い依頼はありますか?
先程見た限りこの村にいるハンターはようやく尻の殻が取れた程
度⋮⋮宜しければ、私が対処しましょう﹂
﹁⋮⋮﹂
ここで初めてマールが沈黙する。しばし悩むように目元に皺を寄
せて黙り込む。ほんの僅かにだが、アルバが笑った気配がする。
﹁⋮⋮生憎と、この村では魔物の被害に合うことがほとんどないか
ら、依頼するようなこたぁないね﹂
﹁ほぅ⋮⋮。理由を聞いても?﹂
楽しそうなアルバの声。誰が聞いてもそうとしか聞こえない声音
にマールは顔をしかめ、盛大にため息を吐いた。まるでアルバをバ
カにするかのように。
﹁分からんのかい? この辺りで魔物の巣になるのはセトム湖くら
いさね。あそこの魔物は水棲、水がないと生きられない。わざわざ
村を襲っても、結局水場が拠点になるから旨味がないのさ。食料に
するにしたって、広大で餌に困らないセトム湖に住んでりゃ過剰供
給だし、身の程知らずのハンターが稀に食われに向かうからね。こ
の村は一種の安全地帯なのさ。街道側からオーガやはぐれオークみ
たいなのが来るときもあるが、そんときゃあ防衛戦に出りゃあなん
とかなるもんさ。確かにこの村にいるのはみぃんな駆け出しハンタ
ーだが、罠の扱いだけはこのあたしがしっかり躾てるからね﹂
215
⋮⋮なるほどなぁ。確かにゲームのときもセトム村みたいな小さ
な村を襲おうとするプレイヤーはいなかったな⋮⋮。近くにセトム
湖はあるが、あそこで取れるのは食料アイテムがほとんどで、料理
が出来ない魔物プレイヤーには無用の長物だった。まだパドキア大
森林で取れる回復薬の原料目当てに、パドキア村を落とすことの方
が多かったくらいだ。人間プレイヤーも原料目当てにパドキア村を
奪還するから、気がついたらどちらの制圧陣地かわからなくなって
たりもした。
なんて俺がゲーム知識で納得していたら、アルバの纏う雰囲気が
変わる。先程までの楽しそうな雰囲気が一層膨れ上がり、まるで俺
と戦っていた時のような嗜虐的な雰囲気。顔どころか肌もほとんど
見えないのに、よく分かるようになったもんだ、と自分に感心する。
﹁なるほど⋮⋮。では︱︱﹂
アルバが取り出す、例の黄色ラベル︱︱吸血鬼の討伐依頼書。
﹁︱︱こちらの依頼について詳しく聞きたいのですが﹂
マールは依頼書を一瞥し︱︱僅かに顔を歪める。それはほんの一
瞬で、すぐに顔はつまらなそうな呆れ顔に変わった。
﹁⋮⋮こんな女一人にあんたらみたいなのが動いたのかい。世も末
だねぇ。しかし、見覚えのない依頼だね。あたしらが出したもんじ
ゃないよ﹂
﹁はて、これはセトム村のハンターズギルドから依頼されたものの
ようですが?﹂
216
﹁それはちと違うね。現場はこの村のようだが、依頼受注したのは
この村じゃない。ついでにいうならこの村でこの女の姿が見られた
のはずっと前さ。⋮⋮はぁん、犯罪内容が書かれてないねぇ。大方
美人局の類だろうよ。被害に遭った村の誰かが依頼したんだろうね
ぇ﹂
﹁⋮⋮美人局で、討伐依頼を?﹂
﹁そういうこともあるだろうさ。この村にゃこの女ぁもういないよ。
追うのは勝手だが、この村に迷惑かけんでおくれ。⋮⋮で、たまた
まこの村に寄った、ってのは嘘だったわけかい? こんな年寄り苛
めて楽しいかね? 男二人⋮⋮もとい雄一匹と男で女の尻追っかけ
てる暇があるなら、親孝行でもしたらどうだね﹂
﹁ハハハ、余計なお世話だ糞婆。ぶち殺されたくなかったらくせぇ
口閉じろ。襤褸が出てんのはてめぇだぜ﹂
突然の暴言に俺がギョッとしつつアルバを見下ろせば、アルバは
依頼書を持って立ち上がる。罵倒されてなお鋭い視線でアルバを睨
みつけるマールに、アルバはピラピラと依頼書を振って見せた。
﹁︱︱例え美人局云々だろうと、この依頼を依頼だと認めてくれて
ありがとうよ。これであとは見つけて殺すだけだぜ﹂
えっ? えっ? と俺が混乱していれば、しまった、とマールが
顔を歪める。アルバは兜の中で勝ち誇っているのだろう。あざ笑う
ような気配を隠そうともせず、﹁行くぜ、戦友﹂と俺の肩を叩く。
慌ててその背中を追おうとすれば、マールの怒鳴り声。
﹁竜クラスっ! 命が惜しけりゃこの依頼からは手ぇ引きな! な
217
んも知らなかったってことにするなら生かして帰してやるっ!﹂
﹁お断りだバァーカッ! つえぇやつの前でケツ捲って逃げるくら
いなら潔く死んだらぁっ!!﹂
間髪入れずに怒鳴り返すアルバに顔を引き吊らせつつ、ずんずん
先を行くアルバの背中を追う。そんな俺の優秀すぎる耳に、マール
の押し殺したような呟きが届く。
﹁愚かな⋮⋮。たった13人の竜クラスが、あたしらのせいで死ぬ
なんて⋮⋮、勿体ないねぇ⋮⋮﹂
自分の行いを悔やむようなそのつぶやきに首を傾げながら、既に
だいぶ遠くなったアルバの背中に駆け寄る。
﹁ま、待て。アルバ、その⋮⋮いいのか?﹂
小声で問いかけるが、楽しそうな雰囲気のアルバは頓着しない。
周りからの視線も一切無視して預けた武器を受け取ると、そのまま
村をでる。もしかして例の吸血鬼の場所に検討がついているのか?
アルバってそんなに頭いいのかっ!? なんて愕然としていれば、
村からだいぶ離れた、人気のない木々の間にぽっかり開いた空間に
座り込んだ。
﹁⋮⋮なに、してるんだ?﹂
﹁待ってるんだよ。ま、夜中か? いや、わざわざ強制依頼の中に
紛れ込ませるくらいだ。すぐ返事が来ると思うが⋮⋮﹂
わ、分からん⋮⋮。こいつが何考えているのかさっぱり分からん。
218
ゲームみたいにクエストログで現状把握出来たらどんなに楽だろう
か? あるいはこう、クエスト進行度にあわせて次の目的地にマー
カーが出るなら良かったのに⋮⋮。なんて頭を抱える。アルバは、
わくわくしてますっ! と言わんばかりに身体を揺すりながら、太
い木の幹に背中を預けて沈黙を保っている。
⋮⋮どうせ頭脳労働は苦手だ。なるようになれ。と少しばかり投
げやりに、俺も木に寄りかかる。完全にアルバの金魚の糞状態だが、
今の俺には経験が足りない。こういうやり方もあるんだ、という勉
強にもなるし、大人しく付いていこう。まずはこの世界のことをし
っかり知らないと、何度でも失敗を繰り返すことになりかねないし
な。幸いにもアルバは俺の目的︱︱現状、精霊族と仲良くなること
︱︱には異論ないみたいだし、アルバの欲求、強い奴と戦いたい、
っていう望みさえ叶えてやれるなら、ギブアンドテイクの関係とし
ては上々だ。いざとなればゲーム知識を駆使してアルバを高ランク
ダンジョンに案内してやればいい。俺よりよっぽど厄介な敵はうよ
うよいるんだし。
そんな思考をつらつらと回転させながら小一時間。そろそろ日も
沈むくらいの時間になると、がさり、と足下の草や枯れ葉が踏みつ
ぶされる音がした。
﹁⋮⋮来たか。待ってたぜ。意外に早かったな﹂
すわ吸血鬼かっ!? と身構える俺の前に現れたのは、まだ少年
と言ってもいい、10代後半の男性。整った顔立ちをしていて、し
かしその目には恐怖と涙が溜まっていた。
﹁⋮⋮竜クラスハンター、アルバ・スズさんですよね?﹂
219
少年が震える声でアルバを呼ぶ。アルバはやおら立ち上がると、
背中の特大剣を抜き放つ。ギラリと夕日を反射して赤くまがまがし
く輝くその刃は、恐ろしくも頼もしい。
﹁如何にも。⋮⋮君が依頼者で、間違いないな?﹂
剣の輝きに見惚れていた少年が、はっとしたように持ち直す。彼
はアルバをじっと見つめ︱︱その場で、額を地面にこすりつけた。
だから⋮⋮っ!!﹂
なんなら俺を奴隷にしてくれ
﹁お願いしますっ!! なんでもしますっ! 金が足りないなら一
だからっ!
生掛かってでもお支払いしますっ!
ても構いませんっ!!
少年の態度に呆然とする俺を置いてけぼりにして、アルバは少年
の肩に手を置く。酷く優しい声で、アルバは言った。
﹁分かってる。だから、落ち着いて話してくれ。私は、君を助けに
きた﹂
アルバの言葉に少年はびくりと体を震わせると、涙を貯めた目で
アイシャを、助けてください⋮⋮っ!!﹂
アルバを見上げる。しばしわなわなと震えながら、どうにか声を絞
り出した。
﹁妹を⋮⋮っ!!
220
19.︵後書き︶
次回更新は早い内。遅くても来週土曜日までには更新します
221
20、︵前書き︶
⋮⋮予約投稿できてなかったよ︵´・ω・`︶
お待たせメンゴ!
感想返信明日やりますっ!
吸血鬼編のラストまでっ!
222
20、
100年以上前。セトム湖にある日突然作り上げられた豪華なお
屋敷。気がつけば建築されていたそれは、新しいもののはずなのに
不気味に寂れた廃館だった。
当然そんな屋敷に住む者は人間ではない。多数の化け物を内包す
る悪夢のような屋敷の奥、その頂点に立つのは︱︱吸血鬼。
吸血鬼の女は、ある日突然村に現れ、こう告げたという。
﹁10年に1人、私に生け贄を。若く美しい処女を私に捧げろ。さ
すれば私は貴様等には手出ししないし、他のあらゆる害悪からも貴
様等を守ってやろう﹂
当時の村長は大いに悩んだ。魔物が本当にそんな約束を守るのか
分からなかったし、生け贄になるのは家族のように育った村の一員
だ。悩まないはずがなかった。
しかし、伝承に聞く吸血鬼の恐ろしさに負け、当時もっとも村で
人気のあった娘が生け贄にされた。みんな、その生け贄にされた娘
すらも、涙をのんで受け入れた。
そして︱︱村は、栄えた。
吸血鬼は約束を守った。村人がセトム湖まで食料や交易品を取り
223
に行けば護衛となる配下を派遣し、襲いかかる魔物を容赦なく葬ら
せた。魔物が万が一にも村を襲うのなら、死者が出るよりも早く吸
血鬼の配下が魔物の命を奪った。結果村は安全となり、多くの商人
がセトム村を訪れ、村は栄えることになる。10年に一人、生け贄
を捧げることを代償に。
吸血鬼の生け贄となった娘が帰ってくることはない。けれど、そ
の分豊かになるのだから仕方がない、と村は涙を飲んだ。生け贄の
娘の家族すらも、仕方ない、と諦めた。
旅人を生け贄にするのはどうか、と話し合いがされた。処女かど
うかも分からない旅人は危険すぎる。また、﹃どこまで﹄なら大丈
夫なのか吸血鬼に問うのもはばかられ、結局生け贄となるのは村人
だった。
そして今年、少年︱︱ハイクの妹、アイシャが生け贄になる。
村人たちは、仕方ない、と涙した。アイシャ本人すらも、﹁私が
一番可愛いんだから、仕方ないね﹂と泣き笑いの表情を浮かべたら
しい。
けれど︱︱ハイクは納得出来なかった。
両親を早くに亡くしたハイクにとって、アイシャはたった1人の
肉親だ。ハイクにとっては、婚約者よりもアイシャの方が大事だっ
た。いっそ婚約者を代わりに生け贄にし、アイシャを生き残らせよ
うかと思った、などとハイクは語った。自嘲気味に。
﹁でも、このままじゃ駄目なんだ。結局、また10年後に誰かが生
け贄になるんだ。そんなの、悲しみと苦しみの繰り返しじゃないか
224
⋮⋮っ! だからっ! 終わらせてほしいんだっ! この村の悪し
き慣習を、吸血鬼を討って終わらせてくれっ!!﹂
血を吐くような叫びと、彼のした並々ならぬ努力を聞き︱︱俺は、
やるせない気分になる。
﹁︱︱なぁ、アルバ﹂
アルバは、この依頼を受けた。流されるままに、俺も受けた。俺
たちは、今、吸血鬼を殺すための道具を片手に吸血鬼の屋敷に向か
っている。
ハイクが行ったことは、簡単だ。両親の形見や今までの財産を使
い切り、別の村で吸血鬼を犯罪者と偽り、犯罪者討伐の依頼を出す。
そして職員に賄賂を渡し、高ランクのハンターの強制依頼の中に紛
れ込ませるように依頼したそうだ。今回、それがたまたまアルバの
手に渡り、俺達はここにいる。
他にもハイクが用意したものは上々だ。ゲームの頃なら課金アイ
テムだった﹃太陽輝石﹄。使用すれば限定空間を昼間と同じ条件に
するため、吸血鬼のステータス倍加を打ち消し、ステータスを半減
させることが出来る使いどころの難しいアイテム。これは、この世
界では余りにも高価なアイテムらしく、アルバは盗んだんだろう、
と推測した。他にもアンデット系に確定死を与える﹃銀の杭﹄。下
位のアンデットを消滅させる﹃神聖なる清水﹄。ゲームの頃なら安
価な、けれどこの世界では相当な価値のあるアイテムが、ハイクか
ら渡された。これも盗んだんだろう。
相当危ない橋を渡ったのは間違いない。だからか、ハイクは﹁使
わなかったら捨ててくれ﹂と言っていた。
225
﹁あんだよ。ぐぢぐぢ考え込むのは終わりか? ったく、辛気くせ
ぇ顔しやがってよぉ⋮⋮﹂
仏頂面だが、わくわくと楽しそうな雰囲気を隠そうともしないア
ルバ。既に剣を抜いていて、俺がいつも通りのペースで動くなら駆
け出していたかもしれない。だが、俺の足は鉛のように重かった。
どうでもいい⋮⋮訳じゃないが、俺にはどうしようもないことばか
り考えて誤魔化していたけれど、そうも言っていられない。
﹁⋮⋮吸血鬼を、殺してもいいんだろうか﹂
﹁はぁ? おいおい、何言っちゃってんだぁ? 甘ちゃんのお前な
ら垂涎モノのチャンスじゃねーか。生け贄にされる女ぁ助けるため
に化け物退治、なんてシチュエーション、英雄譚ではお約束だろ?
ラッキーだなぁお前﹂
それは、そうかもしれないが。⋮⋮頭の中がぐちゃぐちゃで言葉
にならないが、どうにか自分の頭の中を言葉にする。この世界の常
識に疎い俺の価値観じゃ理解されないだろうが、それでも聞いてほ
しかった。
﹁そうかも、しれないが⋮⋮。俺には、例の吸血鬼を倒すべきなの
か⋮⋮分からない。ハイクの妹は哀れに思う。出来ることなら助け
てやりたい。逃がしてやるのが一番いいんだと思う。けれどそうし
てしまえばハイクもその妹もこの村にはいられなくなるだろう。こ
の世界にあんな子供二人で放り出されたら、どんな目に遭うのか想
像できない。ある程度生活基盤が整っているこの村に留まるのが最
善なのかもしれない。いや、本当にそうなのか? 吸血鬼の討伐を
依頼した時点で、それが明るみに出ればハイクはあの村にいられな
226
くなるんじゃないか? となると妹も似たようなモノだろう。だっ
たら後顧の憂いを立つためにも、吸血鬼は倒すべきかもしれない。
だが、村の住人は吸血鬼を倒されたくないんだろう? 吸血鬼を倒
せば、村が栄えている理由⋮⋮吸血鬼の加護は失われる。そうなれ
ば、村は衰退し、その原因となった俺達は村の住人の恨みを買うか
もしれない⋮⋮。まして、吸血鬼は俺と同じように、人間社会で生
きることを望んでいるのもしれない。だとしたら、俺はそいつを敵
だとは思えない。まして、吸血鬼が生け贄を求めるのも、生き物の
血を吸わなければ生きていけない吸血鬼にとっては仕方のないこと
なのかもしれな゛っ!?﹂
がづんっ! と頭に衝撃。ガヂンと大きな音を立てた歯が舌に食
い込み、口の中に鉄錆の味が広がる。頭にめり込んだ特大剣︱︱の、
腹で俺を殴ったのはアルバの良心だろうか︱︱を払いのけ、怒鳴る。
﹁なにをするっ!?﹂
﹁だからてめぇは豚なんだよっ!! くっせぇ考え引きずりやがっ
て⋮⋮っ!!﹂
反射的に怒鳴ったが、返ってきたのは憤怒の塊だった。あまりの
怒気に萎縮して口を噤めば、﹁ふんっ!﹂と鼻息荒く特大剣を振る
アルバ。運悪くその間合いに生えていた巨木が叩き切られ、メキメ
キと嫌な音を響かせながら倒れていく。
﹁馬鹿なくせに考え込んでんじゃねーよっ!! 実際に吸血鬼見て
から決めりゃいいだろうがっ!! つかなぁっ! 戦うの俺っ!
お前見学! 生かすも殺すも俺の自由! 首突っ込むならそのフニ
ャチンみてぇな根性勃たせてから来いやっ!! うだうだくだんね
ーことほざいてる暇があるなら覚悟決めて全部抱えろや! 言っと
227
くがなぁっ! てめぇがやってるこたぁ理由つけて目ぇ瞑ってるだ
けだかんなっ! 俺みてぇに何も考えてねぇ方がまだマシだ! く
っせぇ馬糞口から垂れてる暇があったら開き直って吸血鬼もあの村
の女も全部纏めて犯してやるぜぇっ! ってくらい言ってみやがれ
!﹂
﹁⋮⋮はい。あ、いえ、無理です⋮⋮﹂
⋮⋮どこが逆鱗だったのだろうか。あるいは全部逆鱗だったのか
もしれない。怒髪天と言わんばかりに黒い炎を舞い散らせるアルバ
に頭を下げて、うなだれる。⋮⋮ああ、くそ。自分の頭の悪さが嫌
になる。人間の頃から頭より体を動かすほうが好きな性質だったが、
この体になってからは考えること自体苦手になっているかもしれな
い。なにか考えれば考えるほどドツボにハマるネガティブループに
入ってる気もするし。
﹁⋮⋮そうだな。実際に、吸血鬼と話してみてから決めればいい、
か。確かにな﹂
じくじくと胸を内側から突き刺すなんとも言えない気持ち悪さが
あるが、飲み下すしかないんだろう。
﹁だからといって何で女を犯すとかそういうことになるんだ?﹂
﹁溜まってんだろー? 期待外れだったら吸血鬼はお前用の肉穴に
確保すっか。手足切りとばして傷口焼けば長持ちすんだろ﹂
﹁いらんっ!! なんでそんなグロいことになるっ!?﹂
こいつ頭おかしいんじゃないのかっ!? いつ俺がそんなもん欲
228
しがったっ!? というか魔物だったら何してもいいわけじゃない
だろっ!? 自重くらい出来る! こう言っちゃ何だがよっぽ
﹁てめぇが暴走して人間の拠点で女襲ったりすると困るんだが﹂
﹁やらんわっ!
どお前の方が首輪必要だからなっ!? マールの婆さんとかぶった
斬るんじゃないかと不安で﹂
﹁あはは! おまっ、俺、首ねーのに⋮⋮首輪ってあはははははっ
!﹂
なんで邪気のない笑いっ!? と驚愕。なんというか⋮⋮疲れる、
こいつ。性格に捉えどころがないというか⋮⋮二面性ってレベルじ
ゃないだろう、これは。乱暴なのかと思えば礼儀正しく喋ってみた
り、頭いいのかと思えば何も考えてないとか言ったり⋮⋮。こいつ
に対して真面目に対応するのが間違いなのかもしれない。小さく溜
め息を吐いて、腹の下に力を入れる。
結局のところ、俺は馬鹿で、この世界のことなんかまだまだ何も
知らない世間知らずなんだ。それでも、俺は人間らしく生きたいし、
幸せになりたいし、周り⋮⋮俺を受け入れてくれるような人と一緒
に、笑っていられるような生活がしたい。
﹁だから⋮⋮とりあえず、吸血鬼に会って、話してみたい。それく
らいはいいだろう? アルバ﹂
﹁いや、だからとか言われても知んねーけど⋮⋮話したいなら話せ
ばいいじゃん。お前が何しようが俺は吸血鬼殺すかぶった斬るんだ
し。依頼なんだから殺すか排除するかはするぞ、俺﹂
229
﹁⋮⋮そっかぁー﹂
⋮⋮吸血鬼が良い奴だったらどうしよう。助けるためにアルバと
戦うのか? ⋮⋮いや、無理。会ってすぐならともかくそれなりの
時間一緒にいた相手と本気で戦うとか絶対無理。俺がまごまごして
る間にアルバが喜々として俺をぶった斬る未来しか見えない。俺に
はそれなりに仲良くなった相手に武器を向けるような度胸はない。
⋮⋮この辺りが甘いって言われるんだろうか。やばい、確かに俺、
かなり甘い。精神的な意味で
﹁⋮⋮あー⋮⋮。ほんと、この世界しんどい⋮⋮﹂
思わず頭を押さえれば、ごわごわした毛皮の感触。猪の硬い毛が、
手に刺さる。自覚すれば自覚するほど、学べば学ぶほど、この世界
が辛くなる。
⋮⋮ネット小説みたいな、大禍ない世界だったら良かったのにな
ぁ⋮⋮なんて、自嘲気味に笑った。
230
20、︵後書き︶
欲望のままにやりたいことやるぜーとか言ってた豚さんはどこにい
ったの?
⋮まぁ、口ではなんて言おうが人間中身は早々変わらないよね⋮
231
21.
セトム湖に向かう道、滞りなく足を進めて3、4時間。すっかり
日は沈み、どころか月が頂点に登ろうとしている。大凡吸血鬼と戦
うのに適した時間とはいえないが、アルバに止まる気はないようだ。
幸いにも今日は三日月と半月の間くらいなので、吸血鬼の固有能力
⋮⋮満月時ステータス3倍、が発動することはなさそうだが。
散発的に襲ってくる魔物を叩き潰し切り潰し、ようやく辿り着い
た屋敷。中世ファンタジー風の如何にも貴族とかそういうのが住ん
でいそうな豪華なソレ︱︱だったのであろう、ボロく寂れた廃屋。
窓は全て板で埋められ、ひび割れた外壁を幾つもの蔦が這っている。
お化け屋敷と言われれば信じてしまいそうな崩れかけのそれ︱︱の
前に、複数の人影。
﹁帰れ、といったのが分からんかね。竜クラス﹂
マール・リンデン。セトム村の長であり、魔物と内通していると
いう老婆。それが事実だと示すかのように、腰の曲がった老婆の隣
には、銀髪に金色の目をした女たちが数人並んでいる。みんな可愛
らしかったり美しい顔立ちをした、10代半ばほどの美少女ばかり
だ。服装は様々で、如何にも村娘、と言わんばかりの地味な麻布の
チェニックスカートの者もいれば、漆黒に輝くビロードのような重
そうなドレス姿の者までいる。みんなケラケラと子供のように笑い、
夜の薄暗い闇の中でもギラギラと輝く金色の瞳は、どうにも不気味
だった。
232
﹁⋮⋮おい戦友。吸血鬼は赤目のはずだが?﹂
﹁固有能力、じゃないか? 吸血種はユニークスキルの︽吸血︾で
殺した敵を操る︽血の支配/ノーブル・ブラッド︾という能力があ
ったはずだからな﹂
﹁意味分からん﹂
接触した対象のHPを5%削り、その数値の半分自身のHPを回
復する︽吸血︾。回復魔法が使えない吸血種の唯一の回復方法だが、
BOSSモンスターや強モンスター相手には使いにくい。0距離で
接触、かつ吸血中は他の行動が出来ない、タメが長いなどの問題が
あり、余程のテクニックがなければ使えない。
まして、︽吸血︾で倒したモンスターを5分間味方NPCとして
援護させる︽血の支配︾は敵のHP調整が面倒なので、強力な攻撃
技が多い吸血種の魔物プレイヤーは滅多に使わない死にスキルだっ
た。
だが、この世界ではスキルの効果が変わっていないとも限らない。
固定設定の銀髪赤目じゃないから吸血鬼じゃない⋮⋮と信じたいが、
自信はないな。
﹁あらあら、なかなか知識のある豚さんね﹂
﹁でもでも見た目が悪いのです!﹂
﹁そうねぇ。あんな薄汚れた筋肉達磨、ノリス様にお見せするわけ
にはいかないわ﹂
233
⋮⋮少女特有の可愛らしい声に胸を抉られる。グサグサと一切の
遠慮なく突き刺さる言葉の槍に小さくない衝撃を受ける。⋮⋮とい
うか、敵なのか? 人間とまるで変わらない少女たちが、ころころ
と笑いながら隣のマールに問いかける。
﹁ねぇ、マール。これは殺してもいいのよね?﹂
けらけら、ころころ。笑う少女たちに、マールは苦いものを噛む
ような顔をして、頷く。
﹁⋮⋮ええ、ちぃねえさま。あたしゃ、忠告しましたもの。⋮⋮こ
れで死ぬなら、自業自得さね﹂
﹁そう、じゃあ仕方ないわね。ああ、でも喋らないでマール。私の
中にいるマールはこんなしわくちゃのお婆ちゃんじゃないの。うふ
ふっ、私みたいにノリス様に気に入られていれば、あなたもいつま
でも若く美しいままでいれたのに⋮⋮ほんっと! マールって昔か
ら駄目な娘だったわよねー﹂
けらけら笑う少女に、マールが無言で俯いた。ぶるぶると震える
手に握られた杖が、杖を掴む真っ白になるほど力が込められた右手
が、彼女の心中を語る。
⋮⋮どうやら、マールと件の少女は姉妹だったらしい。金目の少
女たちが姦しくケラケラと笑い、年老いたマールを醜いと嘲る。⋮
⋮見ていて気持ちのいい光景ではなくて、我知らず斧を抜く。⋮⋮
見た目人間と変わらない少女たちに武器を向ける。だというのに、
不思議と嫌悪感も恐怖もなかった。
﹁⋮⋮あらあら、豚さんが怒っているわ?﹂
234
﹁身の程を知らせてやるのです?﹂
﹁ええ。たかだかオーク種と不死精種。別種の魔物がどうして手を
組んでいるのか知らないけれど⋮⋮アンデット系の至高。吸血種た
るノリス様に仕える︽吸血鬼の花嫁/ヴァンプ・ブライド︾たる我
々の前にひれ伏すがいいわ﹂
⋮⋮ヴァンプ・ブライド、か。聞いたことのないモンスターだ。
確か吸血鬼はスライム↓スケルトン↓ゾンビ↓グール↓フェラル・
グール↓ノーブル・アンデット↓ヴァンパイア、といった経路で育
つ魔物だったはずだが⋮⋮。考えても仕方がないことを頭を振って
追い出し、ニヤニヤと嘲る笑いを浮かべる少女たちに身構える。
しかし、戦いはまだ始まらない。驚愕に目を見開いたマールが、
その隣に立つ長身の少女の腕を掴んだのだ。少女は煩わしそうに顔
をしかめ、腰の曲がったマールを見下ろす。
﹁ち、ちぃねえさま! あのものたちが⋮⋮いやっ! あの者が不
死精種とはどういう意味でしょうかっ!? それではまるで、かの
竜クラスが魔物のようでは﹂
﹁だから、そう言っているのよマール。⋮⋮ところで、マール﹂
にっこりと、少女の口元が弧を描く。ゆらりと伸ばされた手が、
老いた妹の顔をがしりと掴んだ。
﹁高々人間風情が、私に触れていいだなんて⋮⋮思い上がりよ?﹂
﹁アリアー、殺しちゃ駄目よー。あの村の住人はノリス様の家畜な
235
んだから﹂
小さく笑いながら注意する少女の声に、アリアと呼ばれた金目の
少女は笑って﹁はーいはい、躾るだけよー﹂と返しながらマールの
顔を掴む。指の隙間から見えたマールの表情が驚愕と恐怖に彩られ
︱︱ずるり、とアリアの腕が落ちた。マールの顔を掴んでいた手が、
そのままぶらりと揺れる。恐怖からか、マールが腰を抜かしてよう
やく、ぼとん、と腕は地に落ちる。
﹁えっ﹂
ぽかん、と地に落ちた腕と、肩口から切り落とされた断面を交互
に見やり、呆然とするアリア。その隣︱︱無言で、音もなく、瞬く
間に接敵したアルバは、優しくアリアの頭を撫でた。
﹁死んどけ馬糞ビッチ。処女くせぇから喋んな﹂
パグシャッ! とどこか間の抜けた音。優しく髪の毛をかき混ぜ
ていた左手が、握り込まれる。魔物の中でもトップクラスのSTR
を持つアビスナイトデュラハンの握力は、どうやらヴァンプ・ブラ
イドの頭蓋骨のVIT値を超えていたらしい。頭の半分を握りつぶ
され、アリアの身体が力無く膝を付く。
﹁ち、ちいねぇさま⋮⋮?﹂
びくんっ、びくんっ、と頭を潰された体が断続的に痙攣を繰り返
し、マールがそんな死体をゆさゆさと揺する。その光景を青ざめた
顔で見つめる金目の少女たちに、アルバは血に濡れた左手を差し出
してみせる。挑発のはずなのに、金目の少女たちはびくりと体を震
わせた。
236
おぼこ
﹁来いよ未通女ども。ぶち抜いてやる﹂
︱︱沈黙は、一瞬。金目の少女は、一斉にアルバに襲いかかる︱
︱が、俺もいつまでも呆然としているわけにもいかない。気合いを
入れ直して、斧を手にアルバと少女たちの間に割り込む。
﹁なんなのよっ! あんたたちは! よくもアリアをっ!﹂
怒声と共に突き出される手刀。鋭い爪と闇色の靄で強化されたそ
れは、吸血鬼の通常攻撃によく似ている。ゲームの時のそれに酷似
した攻撃を、咄嗟に腕で振り払う。︱︱ぐしゃり。ただ手で振り払
っただけなのに、あっさり砕ける肉と骨。折れて砕けた骨の破片が、
肉と皮を突き破って飛び出す光景が、スローモーションで視界に写
り込む。白い肌が瞬く間に血に染まり、少女の可愛らしい顔が驚愕
と苦痛でぐしゃりと歪む。
そのことに何も感じなかった自分に驚愕していれば、たった今、
腕を砕かれへたり込もうとした少女の顔が爆発した。黒い炎を吐き
出しながら、頭を失った身体がゆっくり前のめりに倒れ込む。︱︱
見覚えのある黒い炎を、アビスナイトデュラハンの魔法系攻撃スキ
ル、︽黒炎発破/ダークバースト︾と結び付けるまで少しだけ時間
がかかった。
﹁やべぇ、最近使ってなかったから呪文思い出せねぇ。無詠唱だと
全然威力でねぇわ﹂
﹁レベルが高いなら物理で殴ればいい﹂
﹁くひゃっ、その通りだ﹂
237
背中から聞こえてきた声に口が勝手に返す。思考は止まっている。
何も考えてない。それでも身体は敵を殺す。︱︱ほら、
﹁ひぎっ!?﹂
右側から襲ってきた少女の首に、斧を突き出す。分厚い鈍器のよ
うな鉄板で強打され、細い首は容易く砕けた。それでも死んでいな
いのは分かったが、痛みと恐怖で戦意を失った少女の身体が闇の中
に飛んでいくのを見て、後でトドメを刺せばいいや、と頭の中の冷
静な俺が結論づけた。
人の形をした生き物に武器を振るうことに、微塵も恐怖も躊躇も
ない自分が、恐い。
けれどまかり間違えば死ぬんだぞ、と思えば、その恐怖が薄れて
いくのが︱︱とても、不気味だ。
﹁りゅ、竜クラス! 魔物! やめ、やめなっ!! こ、この方た
ちは村のために犠牲になった︱︱﹂
﹁魔物だっ!! 魔物は、殺すっ!!﹂
喜々とした声。振られる剣。宙を舞う手足。恐怖と苦痛に染めら
れた少女たちの声︱︱どうしようもなく獣欲が掻き立てられる。熱
を持った腰を意識から追い出し、自分の身体がどうしようもないほ
どに魔物の、オークのそれなんだという衝撃から目をそらし︱︱ア
ルバの剣から逃げる少女の頭を掴む。
﹁ひっ!? うそっ!? は、はなせっ!﹂
238
可愛らしい少女だ。中学生とも小学生とも付かない年頃。柔らか
い肌。青白くも柔らかいソレに舌を這わせたらどんな顔をして泣く
のだろう? まだほとんど膨らみのない胸元に牙を当てれば、どん
な声をあげるだろう? そして︱︱彼女の狭い肉は、どんな風に俺
を締め付けるのだろう? そんな下衆の考えばかりが浮かぶのがど
うしようもなく苦しくて
﹁すまん。今から、八つ当たりする﹂
﹁知るかぁっ! 死ねっ! 死んでよっ! なんで死なないのよっ
!?﹂
胸に突き刺さるのは闇色の矢だ。闇系統の攻撃魔法、︽ダークア
ロー︾。それを執拗に左胸に打ち込む少女。けれどレベルの差か、
ステータスの差か⋮⋮あるいはその両方か。鋭い先端は皮膚で容易
く弾かれる。赤ん坊に殴られた方がまだなにかあるかもしれない。
痒みともくすぐったさとも付かない威力に眉根を寄せる。
﹁少なくとも⋮⋮人間を家畜扱いする奴は、人間じゃないよな﹂
﹁なにいっ﹂
少女の声が、不自然に途切れる。当然だ。俺は、少女を︱︱投げ
た。
錐揉み回転しながら地面と平行に飛んだ少女の身体が、途中で何
人もの仲間を巻き込みながらアルバに向かう。アルバはちらりとこ
ちらを見ると、悲鳴を上げながら飛んでくる少女たちに僅かに目を
見開き︱︱にたり、と楽しそうに笑った。
239
まるで野球のようだ。なんて少し笑う。少女たちの命をボール代
わりに、化け物が遊んでいる。今まで目を逸らしてレベル上げだと
割り切っていた命の奪い合いが、急速に近寄ってきた。獣欲から逃
げるために、弱者をいたぶる魔物の本質を受け入れてしまった気が
した。そしてそれは、真実なんだろう。
だってもう、楽しいとしか思わない。
﹁いいボールだっ!﹂
アルバが大剣を振り切れば、辺りにまき散らされる肉の塊。つい
一秒前まで喋って泣いて悲鳴を上げていた少女たちの末路に、涙と
笑いが同時に出た。
﹁あー⋮⋮俺、本当に魔物なんだなぁ⋮⋮﹂
本能的に。衝動的に。人を食い殺すのが大好きな、魔物だから。
それを理性で押さえつけて、無理矢理人間のフリをしていたんだな
って、今、ようやく自覚した。人間によく似た姿の魔物を殺して初
めて、自分の中の化け物らしさに目を向けた。
﹁これは、逃げられねぇわ﹂
人間と共に生きたい。それを諦めるつもりはないけれど。
もっと綿密な計画練って、ちゃんとした手段を考えなきゃいけな
いんだな。ってことを︱︱無理矢理、自覚させられた。
240
21.︵後書き︶
まぁ、あっさりオーク皆殺しを選んだりする辺り普通に魔物だよ、
豚さん。八つ当たりと自己否定も兼ねてたんだろうけど
241
22.
ほんの数分で、幽霊屋敷の門前に控えていた少女たちは肉片へと
姿を変える。ぴくぴくと痙攣する下半身や、濃厚な血と酸っぱい内
臓の臭い。未だに耳に残る少女の悲鳴に、恐怖の叫びに、熱が引か
ない。ギチギチと革のズボンの下で痛みを訴えるソレを殴りつけた
い衝動に襲われながら、ガイアアクスの柄で額を叩いて鎮静化を謀
る。無駄な抵抗なのかもしれないが、性欲に負けて死体に食らいつ
くような獣には、なりたくなかった。そんな欲望を持っている時点
で、人間失格だとしても。
﹁あ、ああ、ああ⋮⋮なんということを⋮⋮。おのれ⋮⋮おのれ竜
クラス⋮⋮っ!! 貴様の実力は大したものだ! ああ大したもの
だよっ! 今までにもこういうことはあったっ! だが、皆様方は
高位のハンターだろうと容易く退けてきたっ! だから! 油断し
たっ! 貴様を早々に追い出さなかったあたしへの罰だというのな
ら、甘んじてこの首を差し出してもいいさっ!﹂
声を張り上げているのは⋮⋮マール、か。ぼんやりとした思考と
揺らぐ視界。夢現のような心地で、四肢を地について怨みを吐き出
すマールと、その目前で仁王立ちするアルバを捉える。
﹁てめぇは仮にもハンターズギルドの支部長だ。そこの構成員の俺
は、てめぇに死なれたら困るんだよ馬糞ババア﹂
けらけらと嘲るアルバを前に、地面を掻き毟るように手を震わせ
ながら激怒するマールは、杖を構える。
242
﹁だかなぁっ!! だがなぁっ! 姿も! 中身も! 性格も! 全然違うと分かっていても! ちぃねぇさまはあたしの姉だったん
だっ! ミリアは村人全員に可愛がられる愛嬌のある娘だった! アンナは責任感が強い働き者! ララは泣き虫だが最後は笑いなが
ら村のために逝った! マリアは⋮⋮マリアはあたしの娘だったっ
!! みんなっ! みんな村のために死んだ方々だった! あたし
の知らない先代の方々だって⋮⋮っ! ⋮⋮なのに、なのにこんな
のはあんまりだろうよ⋮⋮吸血鬼に死後まで縛られ、あまつさえこ
んな⋮⋮こんな、姿に⋮⋮﹂
マールの怒気が、急速に萎んでいく。おいおいと力無く涙をこぼ
すマールに、先程までの覇気はない。一気に幾数十歳も年をとった
ような力のなさに、なんとも言えない気持ちが湧いてでる。
それが喜悦だというのに気が付いて、少し、落ち込んだ。
オーク種。豚の首と人間の体を持つ︽豚妖魔︾。雄しかおらず、
知能は低い。武装は基本的に人間のものを奪ったものか、石を削っ
た原始的な武器を用いる。言語能力も低く、本能的な行動が多い。
ある程度生きると︽豚戦士︾と呼ばれるオークエリートに進化し、
知能と多少の言語能力を得るが、その行動は極めて原始的。
性格は残忍で狡猾。複数で獲物を囲み、その腕力で持って獲物の
身体を叩き潰すか引きちぎる。獲物が女性︵人型のもの︶だった場
合は、巣穴に持ち帰り繁殖する。その繁殖能力は極めて高く、発情
期ではない獣人まで妊娠させる。妊娠期間は約2ヶ月。短期間に妊
娠と出産を繰り返すため、母胎となった獲物が生存できるのは半年
が限界とされる。また、生命力に満ちたオークの精は経口摂取する
ことにより母体の強度を高め、強制的に延命、治療、栄養摂取させ
243
る効果がある。
弱者をいたぶるのを楽しむ嗜虐性を持ち、男女関係なく恐れられ
る。また、非常に性欲旺盛なために、線の細い男性すらも襲う場合
がある。一度オークに捕まれば自力での脱出は困難であり、救出に
成功しても心身ともに健常であることは極めて稀である。
︱︱これが、この世界のオークの認識であり、事実らしい。ハン
ターズギルドに登録されている魔物の情報を、アルバに頼んで調べ
てもらった。長い時間を掛けて調べたんだろうそれは、信憑性には
充分だ。
これを聞いたとき、俺は︵ブルオークになっておいて良かった︶
と思った。
このどう考えでもって人間と、特に女性とは相容れない化け物の
特性は、あくまでオークのそれ。ブルオークになってしまえば問題
ない、と思い込んでいた。
けれど︱︱変わらない。嗜虐性も、性欲も、弱者を、特に女性を
いたぶることに快感を覚える性質も、オークとブルオークの間に変
わりはない。現代日本で生きていた時には一度も覚えなかったその
欲求に、困惑する。
そんな俺を無視するように、アルバが主演するクエストは続く。
アルバは泣き伏すマールの肩に、いっそ優しく手を置いて︱︱囁く
のだ。
﹁魔物の奴隷になんてなるから、そうなるんだよ。⋮⋮やっすい授
業料だったろぉ? 反省しろや。くひゃっ﹂
244
全く悪びれないアルバの言葉に一瞬だけマールは顔を上げる。一
切の色が消え失せた虚無的な表情でアルバを見上げたマール。すぐ
さま力尽きたように俯くマールを見下ろしながら、﹁くひゃひゃひ
ゃひゃっ!﹂と盛大に笑ったアルバが、小さく手招きする。黙って
従った。
1つ分かったのは、このままアルバに唯々諾々と従っていれば、
俺は楽になれるということ。考えれば考えるほど苦しくなる世界で、
自由と引き換えに悩みを忘れさせてくれる。苛烈な戦いに引っ張り
出されるだろうが、﹃アルバの付き人﹄としてならばごく一部の人
間にも受け入れられるかもしれない。そんな予感が、漠然と理解で
きた。
そしてそれをやってしまえば、大多数の人が不幸になるというこ
とも、察した。
アルバは戦闘狂の狂人で、強い魔物と戦うためならば人間に従う
ことすら頓着しない。だが、それは決してアルバが人間に友好的、
という意味ではないのだ。むしろ、人間を見下しているし、痛めつ
けることを楽しんでいる。今、その必要もないのにマールを追い詰
めたのは、ただただマールが⋮⋮自分に刃向かってきた人間︵下等
生物︶が、無様に打ちのめされる姿が見たかったからなんだろう。
きっとアルバのその考えは変わらないし、これからもたくさんの
人間がアルバの行動によって泣くことになるだろう。それだけは、
避けなければならない。半ば諦めの気持ちが顔を出してきているが、
それでも人間の輪の中に入りたい、と思う気持ちは、まだ色褪せる
ことなくこの胸にあるのだ。
245
だから︱︱俺はアルバの手綱を握る必要がある。アルバと周りの
関係を観察してこの世界の常識を勉強する、なんて思っていたが、
アルバはあてにならない。どころか、こいつに任せていれば俺は近
い内に修羅道に進むことになる。要らぬ怨みばかりを買い、魔物だ
という常識からの排斥を受け、恐怖と警戒ばかりを目にすることに
なるだろう。近づいてくる者も遠巻きに見る者も丸ごと切り捨てる
ような生活は、御免だ。
⋮⋮かといってアルバを力付くでどうにか出来るような相手でも
ないので方法を考えなければ⋮⋮あるいはキングブルオークにでも
なれば話は別かもしれないが⋮⋮。
﹁おい戦友。血の臭いに興奮したか?﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
唐突に問いかけられ、体がビクつく。飛び跳ねるように鼓動する
心臓に手をやりつつ、にやにやと兜の下で笑っているのだろうアル
バに、頷いた。
﹁くひゃ、やっぱお前にゃ言葉より実践のがいいみてぇだわな。⋮
⋮くひっ、なんならいくつか持って帰って⋮⋮んにゃ、吸血鬼の本
体捕まえるのが一番か。さすがの俺でも、こんなもん︱︱﹂
アルバの手が、俺の足の間をさする。ぞわりと背筋を舐める快感
に、飛びあがりかけた。
﹁入れられたら、壊れちまう。やっぱ頑丈な吸血鬼か本体が別にあ
るドライアド辺りを捕まえとかねーと不安だわ﹂
246
全くそんな様子も見せずにけらけらと笑い、マールの体を軽く蹴
り飛ばす。溜まらず声を荒げようとした俺を制するように、マール
の怒声が響いた。
﹁もう! もう満足だろう竜クラスっ!? あんたのおかげでセト
ム村は終わりさねっ! これ以上なにを望むってんだいっ!?﹂
﹁戦いを﹂
端的な返答に、マールは絶句する。腕を広げ、まるで演劇か何か
のように大袈裟な身振り手振りを交えて語るアルバに、マールは︱
︱そして俺も︱︱呑まれる。
﹁一心不乱な戦いをっ! 強敵をっ! 血沸き肉踊るような死闘を
! 三千世界に轟く激闘をっ!! 怨みと絶望に満ちた戦争を! 渇望しているっ! 喜べ人間っ! 貴様にはこの俺の戦いを見届け
広める義務を与えようっ! 自重は、人間のフリはもうやめだっ!
魔物としてのアルバ・スズの戦いを、魅せてやろうじゃあないか
っ!!﹂
ゲラゲラと笑うアルバの手の中で、特大剣が闇色の炎を纏う。見
覚えのある攻撃動作に戦慄しながら、咄嗟にマールの身体を抱えて
背中に庇う。︱︱余波だけで死ぬ。そういう技だったから、アレは。
﹁︽アビス・ロアー︾っ!!﹂
大上段に振り上げられた特大剣。目にも止まらぬ速さで地面に叩
きつけられた剣の延長線上を黒炎が走る。瞬く間に館を両断、破砕、
炎上させる。HPが5割を切ったアビスナイトデュラハンが放つ必
殺技だったはずなのに、見るからにピンピンしているアルバがそれ
247
を放ったことに戦慄。豪華な屋敷がほんの数秒で瓦礫と化す光景を
呆然と見つめ、背中で気絶したらしいマールの身体を横たえる。
﹁どうだ吸血鬼っ! 宣戦布告には充分かっ!? 今すぐ目の前に
出てきてこの俺と死合おうじゃあないかっ!!﹂
ワクワクと体を震わせながら黒煙と瓦礫の山に向かって怒鳴るア
ルバ。
︱︱それに応えるように⋮⋮夜の闇が、凝固する。
﹁⋮⋮やれやれ、無粋なお方もいるものじゃ。よもやこんなにも静
かで美しい闇夜に喧嘩を売るとは⋮⋮さぞや野蛮なお方と見える﹂
少女の声だ。鈴を鳴らすようなコロコロと愛らしく、それでいて
奇妙に響く少女の声。瓦礫の山の上に立つ少女の姿は、やはり、ど
こかで⋮⋮ゲームの頃に、モニター越しに見ていたそれに酷似して
いる。
細い眉の上で真っ直ぐに切りそろえられた銀色の長髪は腰まで届
く。吊り目気味の切れ長の瞳は深紅に輝く縦長の瞳孔を持つ爬虫類
のようなそれ。僅かに開かれた真っ赤な唇から覗く、鋭い牙とピン
ク色の舌。体つきは女性的なそれに欠け、むしろ幼さが目立つ。1
0歳前後の細い身体だというのに、ぱっくりと胸元を開けた肩紐の
ないロングスカートのフリルやレースを多用したドレスを纏ってい
る。
⋮⋮魔法型の︽吸血貴︾、あるいは︽吸血姫︾の可能性が高そう
だ。︽吸血鬼︾は基本的に装備が固定だったし、あの偉そうな喋り
方は吸血鬼っぽくない。偏見だが。そして吸血種はアバターの外見
248
をプレイヤーが自由に設定出来るわけだが、その際の外見でステー
タスが変動する。
大人や老人風の外見にすればMATが減少してSTRとAGIが
上昇、子供や女性型にするとSTRが減少してMATとMIYが上
昇、といった具合に。
見るからに子供、そして女性型。となるとMATが高い魔法型と
考えるのが普通、か。どちらかといえば物理型の方が対処しやすい
だけに、斧を握る手に力が籠もる。
﹁⋮⋮美しくないのう。筋肉の塊に鉄の塊か。わしの人形を壊した
のは見事じゃが、流石に館を壊すのはいただけん。この罪は、どう
償ってもらうとしようか?﹂
やたら芝居がかった口調で口元に手を当て、眉をひそめる吸血種。
大してアルバは威風堂々と武器を構える。まるで漫画かアニメのワ
ンシーンのようで、猪頭の俺が場違いに思える。汚い欲望ばかりが
湧き上がる自分が、妙に惨めだ。
﹁安心しとけ。地獄で待ってりゃその内会いに行ってやる。貸りに
しとくから返済を待っとけ﹂
﹁カカカ、ちぃとばかり大言が過ぎるぞ不死精種。己の分を弁えよ﹂
ギラギラと、真紅の瞳が輝いて。
﹁我が名はノリス。ノリス・ノクターン。夜と闇を統べる吸血種の
女王よ。︽吸血姫/トゥルーヴァンパイア︾たるわしに喧嘩を売っ
た以上、生きて帰れると思うなよ?﹂
249
にっこりと、少女の笑いを浮かべる吸血種⋮⋮ノリス。
その左胸に、アルバが投げつけた銀の杭が、深々と突き刺さった。
250
22.︵後書き︶
しかし豚さんは置いてけぼりである。
251
23.
すわ﹁瞬殺かよっ!?﹂と驚いてしまったが、ノリスは不快げに
銀杭を生やす左胸を見下ろすだけに止まる。小さくため息を吐いて、
大げさに肩をすくめた。
﹁⋮⋮で?﹂
挑発するような物言いに、アルバから喜々が膨れ上がる。瞬時に
特大剣は黒炎を纏い、飛び出す。俺も武器を構えて走り出そうとす
るが、アルバの﹁邪魔すんなっ!﹂と言わんばかりの鋭い眼光に動
きが止まった。
アルバの剣が振り下ろされ、鱗炎と土煙が吹き上がる︱︱が、ノ
リスは一切気にしない。瞬く間にその身を霧に変えると、上空へと
退避する。確定だ。少なくとも︽吸血貴︾以上。ユニークスキル︽
霧化/ミストボディ︾。MPを消費して回避行動中のスーパアーマ
ー状態を延長するスキル。タイミングさえ合わせればあらゆる物理
攻撃を無視できる有用スキルだ。ゲームだと属性付与されると多生
のダメージがあったが、どうやらそれすら無効化しているらしい。
﹁悪いが、剣士じゃわしには勝てぬよ。そして、これで終いじゃ。
︱︱︽血命詠唱︾︽ネハネスネビュラ︾﹂
うっすらと笑ったノリスが、その鋭い牙で左の手首を切り裂く。
ダラダラと零れ落ちた深紅の血潮で唇を深紅に染めたノリスの声に
呼応するように、大地に染み込んだ彼女の血が闇色に輝き、鼓動す
252
る。
闇属性限定だが、HP消費で上級魔法までの魔法系攻撃スキルの
詠唱時間を破棄し、威力を底上げするユニークスキル︱︱︽闇の王
/ナイトロード︾。
そしてHP消費で魔法系攻撃スキルをクールタイム無視、詠唱時
間短縮で連打出来る︽贄の血/ブラドサクリファイス︾。
どちらを使ったのかは分からない︱︱あるいは両方同時に使って
いるのかもしれないが、強力な攻撃スキルが多い吸血種の定番の技。
地面に黒い大穴が開き、そこから伸びた巨人の腕骨とも言うべき
骨のみの巨大な拳が、轟音を立てながらアルバの身体を叩き潰す。
上級闇魔法、しかも吸血種のスキルによって底上げされた︽ネハネ
スネビュラ︾の威力は、直撃すれば馬鹿げたHPを持つキングブル
オークのHPを一撃で二割は削る大技だ。
だが︱︱
﹁⋮⋮で?﹂
呪文の効果が切れて、巨人の腕骨が消えれば︱︱傷一つないアル
バが、拳の形に抉れた地面の上に立つ。鎧は流石にひしゃげて壊れ
てしまったようだが、兜から取り出された頭には皮肉げな笑みが浮
かんでいる。
アビスナイトデュラハンは、闇属性に対する完全耐性持ちだ。つ
いでに言うなら、炎属性は吸収する。これだけで、吸血種の持つ絶
対的なアドバンテージ⋮⋮強力無比な闇属性魔法という札は、消滅
253
する。
それでも不適に笑うノリスのふてぶてしさは、その言動から見る
にプライドによって支えられているのだろう。恐らくは決め技だっ
たのであろうネハネスネビュラを容易く破られた衝撃はあるようだ
が、それを見せることはない。
﹁⋮⋮ふむ、今までの魔物や人間とは少しばかり格が違うか。しか
し無骨な鉄塊を一皮向けば、やけに可愛らしいお嬢さんではないか。
⋮⋮どうする? わしの下につくならば、その命、助けてやらぬこ
ともないぞ?﹂
﹁くひゃっ、馬鹿言えや﹂
ころころと笑うノリスに、アルバは獰猛な笑みで返す。
﹁命乞いすんのは、てめぇだよ﹂
左手に頭を抱えたまま、アルバは剣を振りかぶり︱︱首を傾げる
ノリスに向けて︱︱投げた。
﹁な、なんとっ!?﹂
まさか唯一の武器を投げつけてくるとは思っていなかったのか、
慌てて霧となって攻撃を避けるノリス。上空から地面すれすれへと
移動し、霧から身体を戻し︱︱即座に首をわし捕まれ、驚愕に目を
見開く。
﹁つーかまーえたー⋮⋮死ねぇっ!!﹂
長く伸びた鉤爪状の左腕︱︱魔力によって形作られた豪腕が、ノ
254
リスの身体を引き寄せる。小さな体が宙を舞い、瞬く間に接近。大
きく振りかぶった右の拳が、ノリスの顔に炸裂する︱︱ことはなか
った。
﹁温いわっ!!﹂
ノリスの怒声と共に、少女の身体がバラける。小さな少女の体を
紐解くかのように、その身体は無数の蝙蝠、そして黒い毛皮の狼へ
と変じる。流石に予想外だったのか、盛大に空振りするアルバ︱︱
の身体が、一瞬で蝙蝠に、そして狼に覆い被せられた。
SP消費の召喚系ユニークスキル、︽血の下僕/ブラド・オプシ
ョン︾。特殊モンスター︽吸血蝙蝠/ヴァンパイアバット︾︽吸血
狼/ヴァンパイアウルフ︾を最大5体まで召喚するスキル︱︱どう
やら現実となったことで、死にスキルだったユニークスキルが強力
無比になっているようだ。
﹁洒落くせえっ!!﹂
黒炎が、破裂する。アルバの全身から吹き出した炎が、至る所に
食らいついていた狼と蝙蝠を焼き払う。炎の中から飛び出した獣た
ちが一カ所に集まると、それが再びノリスの姿を取る。僅かに顔を
しかめているのは、多少なりともダメージがあったからだろうか?
⋮⋮これで大体敵の手の内は読めたか。俺でも厳しくはあるが、
戦えないことはない。かといって気絶したマールを放置する訳にも
いかず、斧を構えたままマールの盾となる。
﹁くくっ⋮⋮戦友のお陰かねぇ⋮⋮。ここ最近退屈しねぇぜ﹂
255
﹁⋮⋮戦友? 見たところ豚のようじゃが⋮⋮。それを、友、と?﹂
くつくつと笑うアルバが左手を伸ばし、特大剣を回収。ノリスは
それに眉をひそめたが、話を優先したのか動かない。ちらりと俺を、
見下したような目で睨む。
﹁豚だが、猪だ。⋮⋮ノリスと言ったか? 降参すれば﹂
﹁俺が降参は許さん﹂
﹁⋮⋮交渉したいのならばせめて意見を統一してからにせい﹂
俺の言葉の途中で口を挟んだアルバのせいで、呆れ混じりに見つ
められる。なんとも絞まらない空気に俯けば、ノリスの小さな笑い
声。
﹁よいよい、しかしこのまま続けてもお互いに致命打を与えるのは
難しそうじゃのう、騎士殿よ。⋮⋮ここは一つ、お互いに最強の技
を一発ずつ打ち合うとせんか?﹂
﹁いいだろう。どっちかが倒れるまで必殺技撃ちまくりだな﹂
﹁⋮⋮ま、それでよかろう﹂
肩をすくめるノリス︱︱って、ちょっと待て!
﹁ダメだアルバっ! 奴は︱︱﹂
﹁ゴチャゴチャうるっせぇーぞ豚ぁっ! 黙ってその辺でセンズリ
扱いてろっ!!﹂
256
怒鳴りつけられ、尻つぼみに言葉が途切れる。だが、何も対策し
ないわけにはいかない。アイテムボックスを操作し、数多のアイテ
ムの中から魔法攻撃を50%軽減できる盾︱︱︻オルドレイクの悲
哀︼、という白銀のカイトシールドを取り出す。元々友人に渡すた
めに確保していた品だが、オーク種は装備出来ないし、アビスナイ
トデュラハンの装備制限は記憶にない。装備出来ることを祈りなが
ら、﹁それを使えっ!﹂と怒鳴りつける。
魔法型の吸血種は、言ってしまえばAGIwizだ。回避能力の
高さと高威力かつ連射の利く範囲魔法を連打する、殲滅力の高い種
族。しかし、一部の高ランクダンジョンでBOSSをしていること
もある吸血種に、︻決死技︼がないはずがない。敵MOBならば体
力が50%を切った時にしか使わないが、プレイヤーが使えば︱︱
AI制御でないならば、連打することも可能な、馬鹿げた威力の魔
法がある。
その名も︽黒血の支配/ヴラド・オーブ︾。
フィールドを丸ごと飲み込む黒い閃光がモニターを覆い尽くす、
超範囲技。一応防御⋮⋮というか軽減は可能なものの、回避不能で
強制的に最大体力の60%を削る︽吸血姫︾の決死技。HPが50
%、25%、10%になった時の3回は確実に打ってくるし、詠唱
中はスーパーアーマーでダメージ80%軽減、とまぁ運営に愛され
まくったチート技だ。その分習得条件が厳しく、敵味方判定なしの
ソロプレイ向きの技だったりするが、多くの中二病患者がどれだけ
ディスられようとも愛用した技でもある。プレイヤーが使うときは
詠唱中のスーパーアーマーなし、詠唱中被ダメージ30%増加と弱
体化しているが。
257
そんなチート魔法が現実になってどれだけの猛威を振るうか分か
らない。魔法ダメージを一度だけ50%軽減出来る薬をマールに振
りかけ、全力で防御態勢を取る。ゲームのようにHPを削られるだ
けならともかく、肉体欠損はどうしようもない。黒い光が場を満た
すだけ、というエフェクトだけに、どんな魔法なのか分からないの
も恐怖を煽る。
﹁はっ! こんなもんいらねぇっ! どんとこいやっ!﹂
だが、そんな俺の恐怖はアルバには伝わらなかったらしい。特大
剣を構えて炎を立ち上らせる︱︱︽アビス・ロアー︾の構えで迎え
撃つつもり満々のアルバに、怒りすら湧いてでる。︽ヴラド・オー
ブ︾の詠唱時間は約18秒、いつ呪文詠唱に移ってもおかしくない
だけに、身を堅くする。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮え、と﹂
︱︱が、いつまで経ってもノリスは詠唱を始めない。それどころ
か片手こそ高々と空に掲げた詠唱ポーズだが、顔は引き吊っている
し小さく震えている。最大威力勝負、と言っておきながら何時まで
も攻撃しないノリスに焦れたのか、剣呑な表情でアルバは口を開い
た。
﹁どうした? 来ないならこっちから打つぜ?﹂
アルバの声にびくりと身を震わせ、アハハハ! とどこか乾いた
笑いを上げるノリス。⋮⋮妙に焦った様子で口元に手を当てると、
額に汗を浮かべながらころころと笑う。まるで何かを誤魔化すかの
ように。
258
﹁ちょっと待てぃ。あまり焦るのは優雅ではなかろう? ⋮⋮え、
と。闇の⋮⋮じゃなくて、黒、くろ? 冥府⋮⋮違うな。偉大なる
始祖の⋮⋮違うこれ違う。時の、あれは︽アクセルタイム︾だから
⋮⋮。いやこの際アクセルタイムでも⋮⋮あれでも時の⋮⋮時のな
んじゃ? なんだっけ⋮⋮なんかの名前⋮⋮ええと⋮⋮﹂
後半は小声だったが、どうやらアルバは察したらしい。左手で抱
えた頭が、どんどん真っ赤に、怒りに染められていく。
⋮⋮︽ヴラド・オーブ︾を代表とする決死技て呼ばれる強大な威
力の魔法スキルは、どんな種族、高レベルだろうとある程度の詠唱
時間⋮⋮ようはチャージタイムを必要とする。それがこの世界では、
呪文詠唱という形になるのだろうが⋮⋮思えば、先ほどアルバも言
っていたなぁ、と少しばかりの達観。
﹃使ってないから、忘れてた﹄
生物は︱︱アンデットである吸血種も含めて︱︱忘却、という極
めて自然な肉体の作用からは、逃げられないらしい。
﹁ってんめぇえええええええっ!! こんだけ期待させといて肩透
かしかよっ!? 許せねぇっ! 死ぬより辛い目に合わせてやる!﹂
﹁わっちょっ⋮⋮っ!! ︽血命詠唱︾っ! ︱︱︱︱︽氷竜の顎
/アイスバイト︾っ!!﹂
憤怒の形相を浮かべた頭を片手に、猛然と迫るアルバに慌てたの
か、水系上位の魔法を放つノリス。詠唱に掛かった時間は僅か数秒。
けれどたったそれだけの時間で手を伸ばせば触れる位置まで接近し
たアルバが、地面から生まれた氷の竜の顎に飲み込まれる。僅かに
259
涙を浮かべたノリスが、ほっと胸を撫で下ろした、直後。
﹁︽アビス・ロアー︾だ馬糞婆っ!!﹂
黒い炎を纏った特大剣が、幼い少女を縦に両断した。
⋮⋮俺、いらないな。本気で。もうアルバがいればそれでいいん
じゃね?
響き渡る少女の絶叫に、僅かな気落ちを感じながらほっと息を吐
いた。
260
23.︵後書き︶
もうアルバが主人公でいいんじゃないかなっ!
261
24.
﹁い、いたい⋮⋮いたいよぉ⋮⋮死にたくない⋮⋮わしは、まだ死
にたくない⋮⋮﹂
ベソベソと涙を流す少女。既に先程まで真っ二つになっていた面
影はないが、同時に威厳もなにもない。傲慢な吸血姫の末路がこれ
か、と内心で溜め息を吐きながら、マールの体を抱え上げる。アル
バが敵にトドメを刺して、終わり。そんな結末が見えて、なんとも
やるせない気持ちになる。俺がいた意味がない。金魚の糞もいい加
減にしないと、このままアルバの行きたいところに付いていくだけ
の木偶の坊になってしまいそうだ。
﹁はっはっはー、でけぇ口叩いて結局命乞いかー? 舐めんなよ蚊
蜻蛉。化け物同士の殺し合いに、慈悲とかあるわけねーだろ? ん
?﹂
にこにこと、いっそ明るく笑うアルバが一歩一歩噛みしめるよう
にノリスに近付いていく。﹁ひっ﹂と小さく悲鳴を上げたノリスが、
霧と化し︱︱ん?
﹁た、助けてっ! そ、そなたアレと同じくらい強いのじゃろうっ
!? む、村に入るとき引き分けたって! 見てたし聞いたのじゃ
!﹂
︱︱俺の、背中に、潜り込む。小さくふるふると震える少女の手
が、外套をがっしりと掴む。文字通り背中にすがりつく少女の姿に、
262
一瞬だけ頭が真っ白になった。
﹁くひゃひゃひゃっ! ばっかじゃねーのっ!? てめぇを殺しに
きた相手の仲間に縋るか!? 普通に考えて⋮⋮⋮⋮おいこら戦友、
そいつぁ一体どういう了見だ?﹂
︱︱無意識のうちに、体が動く。ノリスとアルバの間に立ちふさ
がるように、斧こそ構えないが︱︱立った。立ってしまった。自分
でもよくわからない行動に、困惑する。
﹁た、頼む! 頼む豚の方! わしが集めた財宝をやるっ! 女が
欲しければいくらでも調達する! 地位が欲しければわしがいくら
でも力を貸す! じゃからあの化け物を打倒してくれっ! わしは、
わしは死にたくない! 殺されたくない! 助けて! 何でもする
から助けてっ!﹂
ボロボロ涙を零すノリス︱︱その背中を軽く叩き、混乱した頭を
どうにか落ち着かせる。
﹁⋮⋮もう、いいんじゃないか? ここまで追い詰められたこいつ
が、これ以上何か出来るとは思えない。見逃してやっても⋮⋮﹂
﹁どけよ戦友。そいつは殺す﹂
にべもない断言に、言葉を詰まらせる。びくりと震えたノリスが、
一際強く外套を握り締める。吸血姫の腕力で力任せに引っ張られた
外套が、僅かに悲鳴を上げた。
﹁⋮⋮命乞いしている相手を、殺すのは⋮⋮、殺されるのを見殺し
にするのは⋮⋮嫌だ﹂
263
﹁ゴブリンやオーク、他の化け物。そいつらが命乞いしたとき、て
めぇはどうした?﹂
⋮⋮それ、は。
﹁⋮⋮殺した﹂
﹁ならてめぇにそれを言う資格はねぇ。さぁ、どけ。見た目が人間
に近いってだけで、日和ってんじゃねぇ﹂
そう、なのか? 俺は、ノリスが吸血姫だから⋮⋮見た目が、人
間に近いから見殺しにすることにこんなにも抵抗を覚えるのか?
﹁この娘は、子供だ。⋮⋮それに、人間とも共存できると思う﹂
﹁女子供だから情けをかけるってのか? 人間を食らう吸血種が、
家畜と共存できる、だと? ぶち殺すぞ粗チン豚。世迷い言は聞き
飽きたぜ。てめぇの自己満足に付き合ってる暇ぁねえ。どけ、殺す
ぞ﹂
︱︱いや、違う。
﹁嫌だ﹂
︱︱だって、ノリスは
﹁これは、俺のモノにする﹂
︱︱この上なく上等な、﹃雌﹄だから︱︱
264
⋮⋮ん?
﹁えっ⋮⋮﹂
すがりついていたノリスが、僅かに距離をとる。対してアルバは、
僅かに目を見開き︱︱ニヤニヤと、楽しそうに笑った。
﹁⋮⋮そういう話なら仕方ねぇか。ちゃんと管理しろよ?﹂
あ、いやっ、ちょっと、待て。俺、今、なにを考えた? 何を口
走った? 下腹部から伝わる熱をそのまま口から出したような、そ
んな悪寒。見下ろせば、顔を真っ青にしたノリスがガタガタと震え
ている。
﹁い、いやっ⋮⋮いやぁ⋮⋮っ! だ、だって豚⋮⋮わし、わしっ
⋮⋮いやあっ! 他のことならなんでもするからっ、許してっ! わしよりずっときれいな娘でも探してくるから許してっ! いやじ
ゃっ!! は、はじめてが豚なんて⋮⋮﹂
少し空気に当てられただけで︱︱
﹁い、いやちょっと待て!﹂
ちがっ! 違うっ!
狼狽する俺と恐怖に震えるノリス。しかし、空気を読まないアル
バは今にも逃げ出しそうだったノリスの頭を掴み︱︱地面に、叩き
つけた。ぐちゃりと肉が潰れる音がして、鮮血が舞い散る。すぐさ
ま再生したが、それでも痛みと恐怖に血の跡が残る顔を歪ませ、ノ
リスはボロボロと泣いた。
265
﹁諦めろ蚊蜻蛉。てめぇは今日から戦友の性処理玩具だ。よかった
なー生き残れてよぉ。お前の望み通りじゃねぇか﹂
﹁いや⋮⋮いやぁ⋮⋮わ、わしは⋮⋮わしはトゥルーヴァンパイア
で⋮⋮駄目なのじゃ⋮⋮他のヴァンパイアとちがう⋮⋮孕んじゃう
からぁ⋮⋮っ! 豚はいやぁ⋮⋮﹂
﹁あー⋮⋮いや、その﹂
⋮⋮ここでノリスを抱くつもりなんかない、って言ったらアルバ
はノリスを殺すんだろうか。殺すんだろうなぁ⋮⋮。それなら名目
だけでもそういうことにして、連れて行った方が⋮⋮いや、これは
言い訳か? そういう大義名分を手に入れたのをいいことに、あわ
よくば本当にノリスを抱こうとしている、のか? 分からない。な
んかもう、自分すら信用できない。
俺が落ち込んでいる間にもアルバの拷問紛いの意志の矯正は続く。
ノリスが拒否する度に頭を潰し四肢を引きちぎり、その度に赤い血
と少女の甲高い悲鳴がまき散らされる。正直、胸が痛い。あと股間
が痛い。耳に毒だ。
﹁だったら選べ、蚊蜻蛉。豚の便器か、ここで死ぬかだ﹂
ついにアルバが剣を手にする。もうほとんど心折れかけていたら
しいノリスは、力無くうなだれながら、ぼそりと呟いた。
﹁なり、ます⋮⋮。わ、わしは⋮⋮ぶたのひとの、おもちゃになり
ます⋮⋮。だから、いのちだけは、たすけてください⋮⋮﹂
ひっくひっくとしゃくりあげながら頷いたノリスに、良心がズキ
266
ズキと痛む。反面心の底から沸き上がるような歓喜もあって、もう
死にたい。心と体の動きが別々すぎて、首を切り落としたくなる。
人間として生きるとか無理だわ、これ。どんなに頑張ろうとしても
魔物の本能が邪魔をする。かといって唯々諾々と人間に従うのは人
間の心が邪魔をする。どうしろと言うのか。
﹁いやぁ良かったなぁ戦友。早速ここで使っておくか?﹂
ニコニコと機嫌よく笑うアルバが、まるで猫でも掴むかのように
ノリスの襟首を掴んで小柄な少女を差し出してくる。⋮⋮真紅の瞳
が俺を捉えた瞬間、ノリスは﹁ひぃっ!?﹂と小さく悲鳴を上げた。
しかし逃げればアルバが襲いかかってくるのが分かっているんだろ
う。全てを諦めたかのような、濁った瞳で媚びた笑みを浮かべる。
﹁が、がんばる⋮⋮わし、がんばるから⋮⋮痛いことと、酷いこと
⋮⋮しないでほしいのじゃ⋮⋮。後生じゃから、それだけは頼む⋮
⋮﹂
力無く笑いながらドレスに手をかけるノリス。
⋮⋮なんとも言えない気持ちに胸を痛めながら、ひょいっとその
体を持ち上げて肩に乗せる。抵抗はなかった。
﹁逃げたら地の果てまで追いかけて100倍酷くぶっ殺す﹂
とアルバのありがたいお言葉がかかり、止まっていたはずの涙を
零すノリス。
⋮⋮俺の考えなしの一言のせいでこんなことに⋮⋮。とノリスに
申し訳なく思いながら、アルバに言う。結構派手な戦いだったし、
267
ここはセトム湖が近い。音や血の臭いに引かれた魔物が現れたら、
俺たちはともかくマールの身が危ない。アルバもマールが死ぬのは
不都合が多い、みたいなこと言ってたし、早く安全な場所にマール
を連れて行く必要がある。
﹁とりあえず、この場を離れよう。ハイクに報告することもあるし
⋮⋮。ノリス、お前の屋敷で必要なものはあるか?﹂
﹁ああ、そういやお宝探しすんの忘れてたな。オイコラ蚊蜻蛉。て
めぇお宝ためこんでたんだろ? 疾く速く差し出せ。泣いたり笑っ
たり出来なくすんぞ﹂
﹁⋮⋮はい﹂
既に言葉少なくしくしくと泣いているノリスを右肩に俵担ぎ、気
絶したマールを左腕とわき腹で挟んで荷物のように担いだまま、ノ
リスの案内に従って倒壊した屋敷の地下から金目のものや美術品を
運び出す。酷く遠い目をしたノリスは途中から壊れたかのように力
無く笑いだし、俺の心臓は積み重なる罪悪感でギシギシと悲鳴を上
げる。しかし頭の方は大はしゃぎで、始めてみるアイテムや素人目
に見ても素晴らしい絵画などをアイテムボックスに叩き込む。分類
は﹃美術品A﹄や﹃骨董品C﹄など、魔物プレイヤー⋮⋮というか
俺には縁がなかった人間プレイヤーの拠点装飾用アイテムらしい。
﹁⋮⋮はははっ、終い、か。万の月を数えたトゥルーヴァンパイア
の栄華がこんなにもあっさりと⋮⋮。ふはは、なんとも、なんとも
⋮⋮憎たらしいのに、恨めしいのに、身体が震えて動かぬよ。なぁ
豚の人、満足か? わしが数百年かけて築いた富を、地位を、横か
らかっさらってそなたらは満たされるのか?﹂
268
﹁⋮⋮﹂
ハハハハ、と乾いた笑いを上げるノリスに、なんて言っていいの
か分からない。⋮⋮と、いうか、だ。
俺のせい、だよな。
アルバが読み飛ばした依頼書。俺が討伐対象が吸血鬼だと気が付
かなければ、アルバはそんなもの気にもとめなかっただろう。アル
バがノリスと戦うことになったのは、俺のせい。ノリスが全てを失
うことになったのも俺のせい。そしてノリスの加護を失ったセトム
村は、間違いなく荒れる。それも俺のせい。
⋮⋮いい加減、腹をくくる必要があるか。
アルバも、俺自身も、﹃強い﹄のだ。桁外れに。馬鹿げた実力が
あるのだ。
強い力には、責任が伴う。いつまでもうじうじ後悔ばかりしてい
ないで、俺の行動とそれに伴う結果を見据えて、考えなきゃいけな
い。アルバの手綱を握る必要もあるだろう。そしてノリスのことも
考えなきゃいけない。
﹁すまない。責任は、とる﹂
少なくとも平穏に︱︱セトム村から生贄を貰っていたのはどうか
と思うが︱︱過ごしていたノリスを巻き込んだのは、俺だ。そして
今更ノリスに自由を与えることは、アルバが許さないだろう。これ
以上アルバと不和を広げるわけにはいかない。︱︱次に戦うことに
なれば、俺が死ぬだろうから。
269
だから、ノリスがせめて笑っていられるように、彼女の望みは出
来るだけ叶えてやろう。それが、俺に出来る精一杯の誠意だ。
﹁⋮⋮は、はぁっ!? せ、責任ってそなた⋮⋮っ!? そんない
きなり⋮⋮っ!? わ、わしにも選ぶ権利⋮⋮は失ったにしろ!
ぶ、豚の、豚のよめ⋮⋮うなぁあああああっ!?﹂
﹁どわっ、ちょっ、暴れるなっ! あと一応猪だっ!﹂
急に暴れ出したノリスに慌ててその身体を肩から落とし、右手で
抱える。ノリスは口の中で﹁もっとロマンチックな﹂だの﹁⋮⋮ロ
ポーズとかされても嬉しくない﹂だの﹁なんでよりにもよって豚な
の﹂とかぶつぶつ言っていたが、アルバがぶんぶん手を振っている
のに気付いたので、﹁少し黙れ﹂とだけ声をかけて近付く。
﹁どうした?﹂
﹁んにゃ、めぼしいもの大体取ったから撤収だ。くひひ、村人たち
の頼みの綱の吸血鬼は死んだことにしとこうぜ。どんな顔するか楽
しみだぜ﹂
にやにやと笑いながら豪華な黒い棺桶︱︱ノリスのベッドらしい
︱︱を背負うアルバ。
それを見て、﹁まだ、終わりじゃないんだな⋮⋮﹂と憂鬱な気分
になった。
270
24.︵後書き︶
さっすが豚さん! おいしいとこだけもってくね! 豚さんだね!
卑劣だね!
271
25.︵前書き︶
6話更新ですっ!
土曜日までに更新するとかできてませんでしたね!
ひたすらごめんなさいですね!
ごめんなさい!
272
25.
夜が明けて。太陽が色を変える頃、ようやくマールが目を覚ます。
あと数十分もあれば村に着く、という頃だっただけに、驚いた。
目覚めたマールはぼんやりと視線を巡らせる。その視線が俺を捉
えれば驚きに目を見開き、アルバを捉えれば恐怖に身を震わせる。
そこでようやく俺が地面に下ろしてやれば、日が昇ったせいでぐっ
たりと力を抜いたまま俺に抱えられたノリスの姿を見つけ、がくり
とうなだれた。
﹁⋮⋮負けたの、ですね。ノリスさま⋮⋮﹂
﹁⋮⋮笑うか? 夜の支配者を気取っておったわしの末路は、筋肉
尽くしの豚の性奴隷よ。大切な人形も、屋敷も、財宝も、全て失っ
たわしを、笑うか? 人間の老婆よ﹂
ケラケラと自嘲しながら笑うノリスに、マールが目を伏せる。な
にが面白かったのか分からないが、今にも噴き出しそうな楽しそう
な顔をしているアルバを睨みながら、今は無言で見守る。
﹁⋮⋮ノリスさま、は﹂
﹁知っておるよ。貴様の村の住人じゃ。わしが生贄を求めることが
気にくわなかったようじゃのう⋮⋮。ああ、安心せい。報復などす
る気力はない。⋮⋮する自由など、ない﹂
273
沈黙。⋮⋮いや、後ろで笑いを堪えているアルバがいるから、無
言ではないが⋮⋮余りにも無神経なアルバに軽く蹴りを入れてやれ
ば、即座に剣を抜きやがった。足で剣先の腹を踏みつけて行動を封
じれば、にやにや笑いながら拳を振るってくる。だから空気を読め。
肉を打つ音が何度も響く中、酷く億劫そうなノリスを地面に下ろし
てやれば、ぺたんと地面に尻をつけたまま彼女たちは話し出す。
﹁⋮⋮これから我らは、どうすればいいのでしょう⋮⋮?﹂
﹁分からぬよ。今までじゃって基本的にわしらは不可侵じゃった。
そなたらの命の安全のみはわしが⋮⋮わしの人形が守ったが、それ
以上は分からぬ。これからは、もっと力のある者に守ってもらうし
かないのではないか?﹂
マールの視線が、アルバを捉える。両の拳を俺に握られて顔を真
っ赤にして踏ん張っていたアルバだが、その視線に気が付くと﹁は
んっ﹂と鼻で笑った。
﹁知るかボケ。勝手にくだばれ﹂
︱︱あまりにも無責任なその言葉に、マールの顔に怒りが浮かぶ。
﹁貴様が、貴様がノリスさまを倒さなければ、村は大禍なく過ごせ
たのだ! 村の安寧を破壊して、なんたる言い草か!﹂
﹁それこそ知るか、だ。人間のくせに魔物にへりくだって媚び売っ
て下について、自分達だけ美味い汁啜ってきただけだろ? その汁
を奪われたから俺にぶち切れるのは筋違いだ。何故なら︱︱﹂
にやり、と笑ったアルバがとりだしたのは︱︱例の、依頼書。
274
﹁ハイク・セトム。こいつがやれっていったからやった。俺は仕事
しただけだもんよ﹂
︱︱絶句した。
こいつ、最低だっ! 全部丸ごとハイクに擦り付けやがったっ!
? しかもわざわざ言う必要ない依頼者の名前まで明かしやがった
っ!? これでマールが帰ったらハイクがどうなるのか考えただけ
でも恐ろしいわっ!
﹁アルバっ! お前なにを⋮⋮っ!﹂
﹁こんな紙切れ一枚で、わしは全てを失ったのか⋮⋮﹂とか呟き
ながら呆然としているノリスを極力視界にいれないようにしながら、
アルバに詰め寄る。どう考えてもそれはいらなかった。こんな行動
したところで、ハイクが追いつめられるだけ⋮⋮不幸な人間が増え
るだけで、なんの意味もない。怒りのままに詰め寄れば、ぼりぼり
と頭を掻きながら面倒臭そうに答えるアルバ。
﹁っせーなぁ⋮。実際そうだろ? こいつが依頼しなきゃ俺がコレ
⋮⋮あー、調子のりすぎだからノリ子な。調子ノリ子。ノリ子殺し
に来る必要もなかったんだからよぉー﹂
﹁の、ノリ子ぉっ!? わ、わしにはちゃんと名前⋮⋮あ、いやそ
の、な、なんでもない、のじゃ⋮⋮﹂
気炎を吐こうとしたノリスがアルバに睨まれ口をつぐむ。目があ
っただけでビクビクと体を震わせ、小さな体を余計に小さく丸める
ノリスに舌打ちし、アルバはにっこりと爽やかな笑みで俺の肩を叩
275
く。酷く、親しげに。
﹁ああ、安心しろよ戦友。お前は悪くねぇ。依頼したわけでもねー
しノリ子の討伐手伝ったわけでもねぇ。見てただけ、で最後にぐし
ゃっと潰されるだけのゴミを拾っただけだ。お前が心配することな
んかなーんもねぇ。まぁ、もっとも⋮⋮﹂
まるで恋人同士の抱擁のように、アルバの腕が首に回される。ぐ
いっ、と力強く引き寄せられ、頭の横側にアルバの唇が近付けられ
る。
﹁吸血鬼が死んだら村が大変なことになる、って分かってて止めな
かったてめぇは同罪だ。黙ってろ。なんせお前は、この場で唯一俺
を力付くで止めることが出来た人物なんだからな﹂
﹁︱︱︱︱あ、﹂
ぐさり、と言葉の槍が胸を貫く。知らず足から力が抜け、がくり
と膝を付く。﹁ぶ、豚の人?﹂とノリスが発した案じるような声が、
妙に痛い。
アルバはゲラゲラと悪の親玉のような笑いを上げ、ぶるぶると怒
りに震えるマールに依頼書を手渡す。マールは抵抗すら出来ず、噛
みしめた唇から血を流しながらアルバを睨みつけた。
﹁お前からハイクに伝えてくれよ。吸血鬼は殺したって。ああ、報
酬はあんたにくれてやるよ。そのはした金でノリ子の代わりの護衛
でも雇ったらいい。きっと腕利きが着任してくれるさ。なんせ安全
すぎてハンターがみぃんな役立たずな村だからなぁ﹂
276
﹁︱︱︱悪魔めっ!!﹂
﹁いいや、魔物さ﹂
ケラケラと楽しげに笑うアルバを、俺とノリスは呆然と見つめる。
血を吐くような叫びすら、アルバは一切気にしない。血涙を流しそ
うなほどに目を充血させたマールが背中を向けて駆け出して︱︱ア
ルバが、僅かに焦りの表情を浮かべて俺達に視線を向けた。
﹁戦友、ノリ子、逃げんぞ。こっからは時間との勝負だ﹂
﹁︱︱は?﹂
﹁ほえ?﹂
きょとん、と目を丸くする俺達に、ガリガリ頭を掻きながらアル
バは言う。
﹁俺が魔物、かつ村1つ平気で破滅に追い込む性格だってバラされ
るのひじょーに不味い。人間の拠点で情報集めや酒の買い出しがや
りにくくなるからな。紛いなりにも大陸全土に住む人間が、情報の
流通に関しちゃトップだからな。こればっかりは魔物じゃあ絶対に
勝てない。ノリ子っつー便利な道具が手に入ったから対処の仕様は
あるが、毎回毎回ノリ子の手駒を調達すんのも面倒だ。だったら話
は早い方がいい、あの馬糞婆が俺の本性をバラす前に、ハンターズ
ギルドの本部長と裏取引する。一応あの馬糞婆も支部長だからな、
この村には二度と来れねぇが、情報封鎖するなりあの婆の代わりに
セトム村のギルド長の首をすげ替えるなり、対処に成功すりゃあハ
ンターズギルド含め拠点に入るのは問題なくなる。たとえこの村に
やってきたにわかハンター共が馬糞婆に直接話を聞いたところで、
277
情報の裏取りをするためにゃ俺と接触するか、俺が魔物だっつー証
拠を提示する必要がある。その証拠であるノリ子との戦闘跡は、馬
糞婆含めた村人が魔物と手ぇ組んでた痕跡でもあるわけだから、表
沙汰にはしたくねぇはずだ。仮に表沙汰になっても、魔物と内通し
てた奴らが発信源で、俺は竜クラスハンターって肩書きがある。ど
っちを信じるか、ってのに関しちゃ、自信があるぜ﹂
﹁何故その頭脳をもっと有意義なことに使わんのじゃ⋮⋮。うぅ、
そなたに王の器があるならわしも膝を付かぬ訳ではないというのに
⋮⋮あんな、あんな酷い、⋮⋮うぁあああ⋮⋮﹂
流れるように理由を説明され、なるほど、と納得する。同時にそ
の頭の回転の良さに思うところがあったのか、ノリスが声を上げて
泣き出す。ふるふる震えるその背中をさすりながら、アルバを見上
げた。
﹁泣くなノリス。⋮⋮しかし、こんな⋮⋮というか、ハイクはどう
するんだ? あのままだと、マールは下手したらハイクを殺すぞ?﹂
﹁それこそ知ったこっちゃねぇ。人間の愛憎劇に魔物の俺たちが首
突っ込む気かぁ? 野暮なことやめろよ﹂
﹁⋮⋮原因が言うな。⋮しかし、にべもないな﹂
仮に、俺が1人で助けに向かったとして⋮⋮いかんな。村を襲う
化け物にしか見えないだろう。
﹁まぁ大丈夫だろ。あの坊主、俺に接触した後報酬払わず逃げるつ
もりだったみたいだしな。あ、なんで分かったのか、みたいなつま
んねぇ質問すんなよ? んなもんあんな若いガキに一応なりとも犯
278
罪者討伐依頼の報酬+根回しに必要な経費を稼げるわけがねぇから、
としか返せねえからな。ま、外れても坊主が婆に火炙りにされるく
れーだ。どっちにしろあの坊主は高価な道具を盗んだ犯罪者だしな
ー。その内捕まって妹が身体売って道具の代金払うことになるだけ
だろ。坊主は奴隷かねぇ⋮⋮可愛い面してたから男娼の可能性もあ
るか。あ、売ってたら戦友に買ってやんよ﹂
﹁﹁⋮⋮﹂﹂
あっけらかんと語られた言葉に、ノリスと共に絶句する。小さく
﹁悪魔じゃ⋮⋮いやさ、魔王じゃ⋮⋮﹂と戦慄する声が聞こえた。
﹁おら、行くぞ戦友にその奴隷。わりぃが戦友、精霊族の集落の前
に城塞都市に向かってもらうぜ? 安心しろよ、あそこならてめぇ
でもギリギリ入れないこともない。多分。⋮⋮あ、いや、やっぱ無
理、か? あー⋮⋮まぁどうにでもなっか﹂
急げ急げ、と快活に笑うアルバに、小さくため息を吐く。⋮⋮な
んでそんなに楽しそうなんだ。こっちは今にも罪悪感で押し潰され
そうなのに。八つ当たりだとは分かっているが、それでも心はささ
くれ立つ。未だに呆然としているノリスをひょいっと担ぎ、軽く曲
げた腕に座らせ、胸板を背もたれにする。ノリスは﹁け、ケモノく
さっ⋮⋮というか密着⋮⋮。でも抵抗したらうぐぐぐ﹂、と顔を青
くしたり赤くしたりする。⋮⋮その様子にも、溜息。
﹁⋮⋮安心しろ。無理矢理お前を抱くつもりはない﹂
アルバに聞こえないよう、小さな声で囁けば、怪訝そうに眉を潜
めるノリス。
279
﹁⋮⋮俺は、人間として生きたいんだ。知人を思いやり、見知らぬ
もの同士でも助け合ったりする、そんな人間らしい人間になりたい。
だから、嫌がる女を無理矢理犯したりなんか、しない。したくない。
お前を俺のものにしたいって言ったけど、それは﹂
﹁やめてくれぬか。体を好きにされるのは弱肉強食の世の常故に、
諦めがつく。死ぬほど嫌じゃが、命よりは軽い。じゃが⋮⋮﹂
真紅の瞳が、俺を見上げる。僅かに浮かんだ涙が、そのまま敵意
となって俺を撃つ。
﹁心まで豚に奪われるくらいならば、わしは死んだ方がいい。誇り
高き吸血姫として、この首切り落とす﹂
⋮⋮ここまで、オークは嫌われているのか。なんて、やるせない
気持ちになる。けれど俺がもし女だったら、と考えれば、それも納
得かもしれない。
﹁大体、豚の人、そなたは言っていることがおかしい﹂
﹁⋮⋮なにがだ?﹂
﹁そなたが言っていることは、あれじゃ。人間が猿の真似をして生
きる、ということじゃ。格下の生物の生態を模倣したところで、絶
対にそなたは受け入れられん。ましてそなたは魔物を殺す。言い訳
は無用。こびり付いた血の匂い、わしに誤魔化しは聞かぬよ。魔物
から見れば⋮⋮そうじゃな、人間が﹁わしは今日から猿として生き
る! 猿の味方! だから猿を苛める悪い人間は死ね!﹂と無差別
殺人を行うのによく似とる。そんな血の臭いを漂わせた人間は、猿
の群れにも人間の群れにも混ざれん。⋮⋮こうして、わしのように
280
力付くで従わせでもしない限り、そなたはきっと孤独だろうよ﹂
せめてもの意趣返し︱︱そんな顔をして朗々と語るノリスの言葉
に、がつんと頭をハンマーで叩かれたような衝撃を受ける。それは
全く持って正論で、今までどれだけ自分が見えていなかったのかを
思い知らされた。
﹁⋮⋮俺は、﹂
何を、したかったんだろう。何を、しようとしてたんだろう。
﹁俺は、どうすればいいんだろう﹂
誰へともなく問いかけた言葉に、ふんっ、とノリスは鼻を鳴らし
た。
﹁それこそ、知らぬよ。わしはそなたの奴隷じゃろ。精を吸い取る
以外、何も出来ぬだろうさ。⋮⋮ハハハ、久方ぶりの愉快な気分じ
ゃ。その打ちひしがれた顔を、もっとよく見せておくれ。奴隷の前
で泣く、哀れな主人さまよ﹂
⋮⋮いっそ笑いたいくらい、最悪な気分だった。
281
25.︵後書き︶
Name:ノリス・ノクターン
Age:600y
LV:ランク9 100/100
﹃吸血姫/トゥルーヴァンパイア﹄
VIT
STR
4500
4500
3000
45000/45000
AGI
3000
HP
DEX
5000
30000/30000
MAT
3000
SP
MIY
900
45000/45000
LUK
劣化
MP
状態:
装備品
武器:
282
頭:シルクリボン︵黒︶ MIY+5
胴:ダーティソウル・エレガント︵黒︶ VIT+15% MIY
+15% MP+10%
腕:ブラック・リスト︵フリル︶ MAT+5%
足:ネビュラヒール STR−5% AGI−5% MAT+20%
アクセサリ1:︵×︶女王の首飾り スキル﹃カリスマ﹄ この装
備品は破壊されています
アクセサリ2:王の指輪 スキル﹃交渉強化﹄
吸血姫のテンプレートなステータス。夜はこれが倍。昼間は半分。
実質昼間と夜で戦闘力が4倍違う。ちなみに昼間でも屋内戦闘なら
ステータス半減はしない。それだと人間よりちょっと強いくらい。
ゲームの時ならむしろ大分弱い。
ノリス
ちなみにこれは魔法型のステータス。物理型だとSTRとMATが
逆になる。基本的に万能型。しかも満月だとまじ厨ステータス。
ただし回復呪文やポーションが使えない︵効果がない︶ので長時間
の戦闘は15秒ごとにHPが1%回復する﹃不死の王/イモータル・
キング﹄頼りになる。座り込むと回復量が5%/15secになる。
283
しかも装備制限がキツい。金属武器、防具装備不可能。AGIwi
z型なら関係ないけど物理を選ぶと辛い。殆どの武器が装備不可能
である。ただし一部の﹃生きてる魔剣﹄とかは装備できる。不思議。
多分運営が中二。俺が中二。
この種族だけの特殊なスキルが多く、完全に使いこなすのは難しい。
だからほとんどのプレイヤーは移動砲台。
作中に出てきた︽霧化︾なども一度使ったら15秒のクールタイム
が必要だったりとやたら使いにくい。レベル上げただけの吸血鬼ま
じ役立たず。
ノリス・ノクターンは長い時間を生きた正真正銘の吸血姫。いつの
日か︽原初の血/オリジンブラッド︾︵男版吸血種ランク9︶がお
嫁さんにするために迎えに来てくれるとか信じてたスイーツ︵笑︶。
生まれたときからほぼ最強種だったため、実はまともな戦闘は苦手。
殲滅は得意。痛みや苦痛、体調不良にとても弱く、苦労することや
面倒なことも苦手。だから適度に眷属を働かせて毎日ごろごろしな
がら10年に一度の吸血を楽しみにする自堕落な生活を送ってた。
趣味は天体観測と刺繍。眷属の着ていたドレスや自分のドレスは自
作。人数分作る前に布がなくなって諦めた。眷属の扱いは着せかえ
人形兼メイド。興味がない。
眷属にばかり戦わせ、たまぁに戦ったかと思えば馬鹿げたMATに
よる一撃必殺。だからか、ゲームよりずっと弱体化した人間相手に
︽ヴラド・オーブ︾などの最上級呪文を使うことなく数百年。すっ
かり忘れた呪文が結構たくさんある。そんな背景もあって状態は﹃
劣化﹄。ステータスは不死者なので変化していないが、生まれもっ
284
てスキルはともかくその後覚えた﹃使う機会がなかった魔法﹄はほ
とんど忘れている。ぶっちゃけ、現在彼女が使える一番強い攻撃が
作中でアルバがけろっとシカトした︽ネハネスネビュラ︾である。
大抵の魔物、人間はこれで死ぬ。
もう一度呪文書を開いて勉強すれば思い出せるだろうが、脳筋豚と
戦闘狂の所有物となった彼女が最上級魔法の呪文書を手に入れる確
率、まして吸血姫固有魔法である︽ヴラド・オーブ︾を思い出す切
欠を手に入れる可能性は、限りなく低い。
アルバの被害者NO.1であり、優しい刑事と恐い刑事理論で豚に
懐くことを余儀無くされる可哀想なロリババア。ただしその懐く相
手は欲望に負ければ押し倒してくる。ロリババアの未来に幸あれ。
ちなみにトゥルーヴァンパイア、並びにオリジンブラッドは噛んで
も増えない。完全に胎生である。噛んでも眷属が増えるだけ。ちな
みに眷属のランクはランク3に毛が生えた程度。トゥルーヴァンパ
イアの各ステータスから0を1つ外したくらいが平均。ただし素体
となった人間の自力で微妙に変わる。
ヴァンパイアロードとヴァンパイアは噛まないと増えない。要は感
染生殖。この辺が隔絶した力の差を生むらしい。
豚との間に子供が出来たら、多分そいつは︽トゥルーヴァンパイア・
ブルオーク︾
⋮⋮物理チートで夜二倍。なにそれチートすぐる。しかもトゥルー
ヴァンパイアの各種ユニークスキル持ち。
285
※この作品は最終的にハーレムを目指す作品です。
好感度は初期は据え置きです。
286
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n0876bn/
豚になった人の話
2016年7月17日14時37分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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