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犬っ娘の話・ブラックラベル

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犬っ娘の話・ブラックラベル
犬っ娘の話・ブラックラベル
人春
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
犬っ娘の話・ブラックラベル
︻Nコード︼
N2834BE
︻作者名︼
人春
︻あらすじ︼
似たような話は盛り沢山。俺は死んだ、閻魔様に裁きを受けた、
次の人生へGO。けれど違うのは、﹃俺﹄は少しイカレてて、次の
生でも記憶を引き継いだこと。ファンタジー世界でなら⋮殺しまく
っても構いませんよねぇ?※主人公に人間的な魅力はありません※
勘違い要素を含みます
1
輪廻の前に︵前書き︶
※主人公に人間的な魅力はないですよ!!
※活動報告で書くぜ!って言ってた奴だよ!
詳しくは:↓絶賛後悔中なう
※人春のSAN値は大丈夫だもん!!
2
輪廻の前に
ガキのころから、自分がどこか人と違うことは自覚していた
同年代の他人が好むおおよそのモノに、全く興味を持てなかった。
興味がないのに我慢して、周りに合わせるのは苦痛だった
けれど、きっと俺が好きなモノを肯定してくれる人間なんかいない
から︱︱我慢、し続けた
︱︱血が、好きだ
柔らかい皮膚を裂いた奥に見える、ぱっくりと開いた赤い肉が好きだ
真紅の甘い甘い肉を割り開き、暖かい臓物に指でふれれば、まるで
母の胎内に戻ったかのような安心感を覚え、更にその奥の純白の骨
に触れる感触には、酩酊感すら覚えた
小さなナイフで硬い骨をごりごりと削れば、魂が震えるような感動
を覚えた
一番最初に俺が裂いたのは、魚だった
簡単に取れて、処分が楽で、怪しまれることもない
自分が釣った魚を素手で解体するのも楽しかった
3
わずか7歳で俺は、獲物を壊す快感に酔いしれた
1年は魚で我慢した。
8歳のころには小動物を狙うようになった
近所の野良猫を。他人の家の飼い犬を。近くの山に住む鳥を捕まえ、
解体した
獲物が悲鳴をあげる度、俺も歓喜の笑いを上げた
殺す度に殺す度に。
殺せば殺すほどに。
俺は殺害を悦楽んでいた。
そして知った。物言わぬ魚よりも、悲鳴を上げる動物のほうが楽し
い、と
︱︱ならば、
ならば、人間ならば?
我慢した。
我慢した。
我慢した。
4
20年間、我慢した。
けれど、28の冬。
俺の我慢は、限界だった
大義名分はあった。いくらでもあった。可笑しいほどに、嬉しすぎ
ることに
コネと金で就職した地方銀行に、猟銃を構えた銀行強盗が3人、入
ってきた
歓喜した。
こいつらならば⋮殺しても、罪に問われないかもしれない
仮に裁判沙汰になったとしても、情状酌量の余地はある。
猟銃構えて壁際に並べと怒鳴る強盗を尻目に、視線から逃げるよう
にそっと給湯室に逃げ込む。果物ナイフとステンレスの包丁を抜き
身のままベルトと背広の内ポケットに突っ込み、給湯室の角でがた
がた震えながら待つ。これから最大の禁忌を犯すという期待に、脳
味噌が溶けて沸騰しているんじゃないかと思うほどに興奮した。頭
の中で散々妄想した人間の解体方法を思い浮かべる。医学書で、あ
るいは自分の身体で学んだ人間の急所は、あっさりと頭の中に再生
された
早く来い。早く来い。楽しみすぎて、嬉しすぎて、今にも飛び出そ
うとする身体を必死で押さえ込む
5
⋮ほんの数分で、1人の男が入ってきた。ガタガタと震える俺を見
つめ、馬鹿にしたような顔で銃口を向ける男
の、左足︱︱内股の太い血管を突き刺すつもりで、果物ナイフを投
げつけた
投げナイフの練習なんかしていない。案の定ナイフは僅かに男の足
を裂くに止まった︱︱が、十分過ぎる
まさか反撃されるとは思っていなかった男が、顔を真っ赤にして引
き金を引こうとするのが、スローモーションのように映り、
切れ味の悪い包丁は男の喉に、真横から突き刺さった
男は信じられない、と言わんばかりの顔で赤い紅い血を零す喉を、
突き刺さった包丁を見つめる。だから、捻った。手首の返しと共に
ゴリリっと刃の先端が骨を抉り、男の身体がびくりと跳ねる。
その手からそっと猟銃を奪い、男の額に銃口を当て⋮引き金を引く
轟音
肩が外れそうな衝撃。派手にズレた銃口から吐き出された鉛玉は男
の頭部を斜めに削った。白い骨の欠片が、ピンクの肉片が、黒い髪
が、ダイヤモンドダストのように輝いて見えた
⋮綺麗、だ
酔いしれた
6
あまりにも濃厚な血の臭いに、芳醇に香る死の気配。どんな美術作
品にも勝る一瞬の美に、消えゆく命の儚さに、感動の涙すら零れた
⋮しかしいつまでもこうしていられない。倒れた男の頭から流れる
血だまりを踏み越え、給湯室の扉の影に隠れる。持ったままの猟銃
は、幸いにも叔父が持っているのと変わらなかった。これならば、
使い方は分かる。二発まで弾が込められるショットガン。男の死体
を軽く見回すが、予備の弾薬を持っている様子はない。包丁だけ回
収し、そっと息を殺す
べろり、と頬を舐めれば、血と火薬の味がした
次は、悲鳴を聞きたい
銃声を怪しんで様子を見にきた2人目が給湯室に現れた直後に、扉
の影に隠れていた俺はその脇腹に、逆手に構えた包丁を突き刺し、
抉り、跳ね上げた。がつんっ!と肋骨に包丁がめり込む。激痛に悲
鳴を上げながらのたうち回る2人目の額に焼けた銃口を押し付け、
引き金を引く。弾ける頭部。ムチャクチャに痙攣する身体。流石に
密着してれば外さない
無能な銀行員でも出来る簡単なお仕事です
くつくつと怪しく笑う。
あと、1人
惨たらしく殺そう。解体して殺そう。苦しませて殺そう︱︱そう思
っていたのに
7
俺の目の前には、真っ赤な顔の、身長が10mくらいありそうな巨
大なおっさんと、ほとんど全裸の角の生えた筋骨隆々ムキムキマッ
孝太郎。
チョなおっさんがいる
﹃罪人:赤石
罪状:殺人。殺戮。殺人未遂。小動物虐殺。虚偽申告。窃盗。傷
害。
しかし殺人、及び殺人未遂については本来死ぬべき運命であった
銀行員7名、及び怪我人が多数出るはずだった強盗事件を解決、人
命を救ったため、情状酌量の余地ありかと思われます﹄
ほぼ全裸のおっさんが、背中に背負った金属製の釘バットをガチャ
ガチャと揺らしながら書簡を読み上げれば、紅い顔のおっさんは、
なんというか⋮平安貴族の持ってる変な板みたいなので口元を隠し
孝太郎。今の罪状その他、間違いないな﹄
ながら、うーむと悩んでみせる
﹃その方、赤石
⋮いや、間違いある⋮かなぁ、と
8
﹃ほう?申してみよ﹄
別に同僚を助ける為じゃなく、殺したいから殺しただけですからね
ー。情状酌量とかないんじゃないですかー?
﹃⋮ふむ、成る程のう﹄
⋮っというかこれ、あれですよねー。地獄の沙汰ってやつですかぁ
⋮。死んだんですねー、俺⋮。
三途の川を渡った覚えはないが、いつの間にやら死んだらしい。そ
う言えば、最後の最後、三人目の腹を縦に裂いた直後に黒い丸を見
た気がする。アレが銃弾だったのなら、頭部を破壊されて死んだの
だろう
ああ、もったいない
自分の死体を見れるチャンスなんて、あまりないのに⋮何故俺はし
っかり見てこなかったのか。死ぬ瞬間を覚えていないのか。臨死の
恍惚など一度しか味わえないというのに⋮口惜しい。あまりにも悔
しくては唇を噛みしれば、歯が唇を破り、わずかな血が口内に流れ
込んできた
﹃あい分かった。では、判決を下す﹄
⋮生きてる時に裁判沙汰になりたくないから殺人我慢してたのに、
死んでからも裁判になるとは⋮。こんなことなら我慢するんじゃな
かったかねー
9
﹃被告、赤石
孝太郎
虚偽申告の罪により舌抜き。
他、罪なき小動物を殺した罪により畜生道、並びに同族を複数殺し
た罪により修羅道にて向こう500年を過ごす刑に処す﹄
あい、了解いたしました
ってか俺別に仏教徒じゃないのに閻魔様の裁きなんデスネー
﹃日ノ本に生まれし者は、我が裁きを受ける定めだ。諦めい﹄
いえいえ別にぃ?舌抜かれるのもぶち殺されるのも構わないんです
よー。今まで俺が他人⋮ってか他生物?にしてきたことですしぃ?
ただどうせだったら天使サマを見てみたかったなぁ、と。ここにい
るの全員おっさんじゃないですかぁー
っとか言ってる間に釘バットのおっさんが俺の両腕をがっしりと掴
む。虎模様の腰巻きとでっかい牙、そんでもって赤銅色の肌と掴ん
だだけで両腕がミシミシ悲鳴あげるパワーが素敵過ぎる
そして閻魔サマがでっかい血まみれのペンチを取り出し︱︱俺の口
に突っ込んだ
ぎ■■■■■■ぎょ■■■■■ミチミチミチミチミチ■■■■■が
っががががががが■■■■■ギィギィイイイイイイ■■■ブッツン
ボダボタボタッ
︱︱なにがあっても、もう舌抜きだけはやんねー。できねー。顔面
10
が他人に見せられない感じになってるし、息が出来な⋮呼吸止まっ
てるのに苦しいってなんぞ?
﹃では、畜生道と修羅道である。間違えるなよ﹄
完全に身体に力が入れられなかった俺は、半裸のおっさん⋮ってか
鬼。これ鬼。に両腕を捕まれ、ずるずると引きずられていった
⋮ってか、畜生道と修羅道って別モンじゃねぇ?両方で500年?
うっわ最悪
その辺質問したいところだったが、舌を抜かれて喋れないし、無理
だろ
11
転生後・10歳前後︵前書き︶
※ちなみにタイトルは暫定です
※人春にネーミングセンスはないってば
12
転生後・10歳前後
︱︱修羅道で畜生道な世界に生まれるとはなぁ
修羅道とは生前、戦いの中で命を奪い、自らも命を落とした者が落
ちる六道の1つ。修羅道に落ちた者はその刑期が終わるまで永遠に
戦い続ける。死して尚死ぬことはなく、蘇り、再び戦わねばならな
い獄門の1つ
畜生道とは畜生⋮獣として世に生まれ落ちる道。生前動物に無体を
働いた者がこの道に落ち、前世の自身を含めた人道の者たちに追い
詰められ、喰われる
俺が産まれたのは地球から見た﹃異世界﹄フィルガイア。人間と亜
人︵魔物︶の争いが1000年近く続く世界。その名の通り、人間
と似て非なる亜人が生きる、剣と魔法のファンタジー世界だ
争いの始まりは1000年前。大きな丸を2つくっつけたような、
ひょうたん型の大陸を丁度国土が半々になるくらいのサイズで人界
と魔界に分けて生活していた人間と亜人。互いに不可侵を決め、住
み分けをすることで均衡を保っていた
しかし、人界を未曽有の大災害が襲う。地震や火山の噴火によって
荒れ果てた国土は、そのまま大飢饉に繋がり、人間はその数を瞬く
間に減らしていった
当時の人界の大王、聖アルトリウスⅡ世は事態を憂い、国土を潤す
13
秘宝を求めて単身魔界の土を踏む
ただ人間というだけで襲いかかってくる亜人や魔獣を切り捨て、強
大な魔物を打ち倒し、ついに彼は﹃黒き海のオーブ﹄を手に入れる
この世界は全て魔力が基礎になってるらしく、土壌の魔力が少ない
と作物が取れず、動物は消え、緩やかに滅びる。しかし、膨大な魔
力を秘めた﹃黒き海のオーブ﹄から大地に魔力を流すことで、アル
トリウスは人界を救ったのだ。彼の偉業により大地は肥え、作物は
育ち、動物はその生を謳歌する。
しかし、平和は長くは続かない。人界と同じように飢饉に襲われた
魔界の住人が、黒き海のオーブを、そして物資を求めて人界を襲い
だしたのだ
人間たちは地力において亜人には劣る。しかし、神の力を借り、精
霊を友人とし、そして古来より受け継ぎ発展させた魔術の力を持っ
て魔界の住人に対抗する
しかし魔界の住人も負けてはいない。巨大な魔物の王︻魔王イザリ
ス︼と4体の︻将︼。これらを倒さない限り、人間には真の平和は
訪れないだろう
⋮ってな感じのが︻人間側︼の歴史。どう考えても不可侵を破った
アルなんたらさんが悪いんだろうけど、国を救うって言う英雄フィ
ルターがあると違うんやねぇ
正しくは⋮そのアルなんたらさんが︻魔王イザリス︼さんに国を救
うために、イザリスさんの力の象徴でもある︻黒き海のオーブ︼を
貸してくれって頼み込み、そのまま借りパクしたって話なんだよね
14
ぇ。亜人が人間を襲うのは1000年間奪いっぱなしの黒き海のオ
ーブを返してもらうため、そして魔界側は永遠に続く飢饉状態なの
で生きるためには人界から奪わないといけない、とかなんとか
どっちがどう正しいとかは正直分からないんだよねぇ。人間は明ら
かに情報を操ってるだろうし、亜人側は口伝だからどっかで悪意あ
る改変がありそうだしぃ?
ああ、申し遅れました
俺は﹃奴隷番号32番﹄。白狼族の雌。10歳でぇーす
お察しの通り亜人に生まれた俺の外見は、白いながーい髪と、真っ
白い肌。それから真っ赤なおめめと白い三角形の耳、白いふさふさ
した尻尾と鋭い爪を持つ獣人なんですねー
獣人ってのは魔界に住む亜人の一種で、雄なら獣の頭と獣毛を持ち、
骨格そのものが獣に近い。雌なら人間とほとんど変わらないが、手
足や耳が獣のそれに近くなり、尻尾や鱗、獣特有の特殊な器官を持
ってたりする
基本的に同族としか交配出来ないが、繁殖力が強く、発情期に交配
させれば双子や三つ子は当たり前。それ以外の時期でも簡単に子供
ができ、成長が早いが20代前半くらいでしばらく成長が止まるの
が特徴だ。なんでも最も肉体が成熟した時期が長いのは、元々獣人
が戦闘種族だから、らしい
身体能力が高く、懐かせればよく働く﹃いい商品﹄な訳ですねー。
見目麗しいのが多い割には人間相手じゃ妊娠しないので、雌奴隷に
も使えるいい奴隷、と
15
白狼族は足が速く、身が軽く、鼻がいい。頭もよく回り、見た目も
いいがプライドが高く、扱いにくい。1000年前に人界と魔界の
戦争が始まった頃、最も速く﹃中立﹄となることを選び、人界と魔
界の間に隠れ里を設けて細々と暮らしていた
のだが、俺の母親⋮今21歳の母親が7つのころ、人間の軍に見つ
かり、捕らえられ、まるっと奴隷に墜ちた亜人さんたちだ。俺の母
親は見た目がとっても綺麗で、綺麗だったから僅か10歳で繁殖用
の奴隷にされたわけだねー。で、翌年に俺を生んだ、と。他にも2
人産んだけど。綺麗な雌とカッコイい雄を掛け合わせて美形の子供
を作り、子供を愛玩奴隷として売る、と。醜い奴隷は戦闘用や労働
用に売れるし、ぼろい商売やねぇ⋮
俺?俺は凄い美少女。母親に似た可愛らしい顔立ちに、しなやかに
伸びる手足。ついでに色々付加価値もついたとっても高価な愛玩奴隷
例えばさっきの﹃人間版・フィルガイアの歴史﹄も付加価値の1つ。
頭のいい奴隷ってのはそれなりに高いんよねー。文字書きや計算、
その他最低限の知識を教育するのは大事なわけでぇ。っても計算は
ね⋮日本人ですよって
しかし、奴隷が余計な知識を持ってもロクなことにならないってい
うのを商人は知っているんだろう。だから﹃お前ら亜人はこんなに
恐ろしいんだ。だから人間たちは復讐する。お前らが酷いめにあう
原因は、お前ら亜人が悪いんだ﹄と教え込むわけやねぇ。それが﹃
人間版︵略︶﹄に繋がる、と。そうするとあら不思議。子供っての
は素直なもので、実際に自分を虐げる商人たちよりも、会ったこと
すらない﹃悪い亜人﹄を憎むわけだ。刷り込みって怖いねぇ。まぁ、
大人⋮元々普通に亜人として暮らしてた奴隷たちは複雑そうですけ
16
どぉ?
他にも⋮例えば性技とかね。⋮ってもこれは逆パターン。お客さん
の中には﹃自分で仕込みたい﹄って人もいるからねぇ。俺は生まれ
てこの方一切男と接触していない。いや例外はあるけれど、俺の柔
肌かっこわらい、に触れた男は1人もいないわけだ。そんな新品を
汚す快楽はいかが?ってなわけやなぁ
それから⋮まぁ、これは俺だけの特殊パターンだけども
﹃舌﹄がない
閻魔さまに舌を抜かれたからかねぇ?生まれつき三分の1程度の長
さしかない舌は、マトモな言葉を俺から奪った。そして舌がないと
いうのは、場合によってはマイナスなんだが⋮例えば﹃口﹄を使う
ときとか⋮どうやら俺の所有者は有能なようで、マイナスをプラス
に変えやがった
﹃舌﹄はなくとも﹃声﹄はあるのだ。喘ぐことも、悲鳴をあげるこ
とも、泣くことも出来る
しかし、﹃余計なことは喋らない﹄
なにをされても
なにをしても
泣くか、悲鳴をあげるか、喘ぐだけ
どうも嗜虐心を煽って値を吊り上げたようで。俺が一度目に売られ
17
そうになったときにはかなりの高額がついた
まぁ、ちょいちょいごたごたがあって結局そのおっさんに買われる
ことはなかったけれど、あの時は怖かったねぇ。殺されるなら別に
いいけれど、母親みたいに薬打たれてアヘアヘするのは嫌だなぁ⋮。
まぁ、我慢出来ますけどぉ。我慢は得意ですしぃ?
とはいえ︱︱それも限界に近い
知ってしまったから。20年間近く我慢して、そして知ってしまっ
た甘美な誘惑
血が、見たい
肉を、斬りたい
人を⋮殺したい
思い返せば死んだ直前。何故もっと最後にして最高の殺害を堪能し
なかったのか悔やまれる。けれどほんの僅かに残ったあの感触が、
血の臭いが、割り開いた肉のあげる悲鳴が、骨を削る感触が︱︱俺
を、たぎらせる
﹁ああっ⋮﹂
殺したい。殺したい。殺したい。肉を、血を、骨を、叫びを、全身
に浴びたい。何故もっと醜く生まれることが出来なかったのだろう。
戦闘用奴隷に産まれれば、死ぬまで戦場で殺しあえるのに⋮何故、
何故、⋮嘆いても、何も変わらないというのに、ぽろぽろと零れる
涙が止まらない
18
割り当てられた小部屋。隅にトイレ代わりの木桶と黄ばんだベッド
があるだけの、窓すらない部屋。足に付けられたら5kgほどの鉄
球付きの鎖がじゃらじゃらと揺れる。大きな音を立てる鉄球は逃走
時に目印となる。更に奴隷の勝手な行動を封じる魔術をかけられた
首輪のせいで、奴隷を殺すことも商人を殺すことも出来ない。
歯がゆさの余り涙が零れる。武器ならある。この鉄球だって武器に
なる、こっそり手に入れた錆び付いたナイフもある。なのに︱︱殺
せない
せっかくの修羅道なのに⋮なんで殺せないんだ!?苦悩と切なさが
胸に溢れ、涙となってこぼれ落ちる
そんな、ときだった
﹁⋮また、泣いてるのか?﹂
︱︱扉の外から声をかけられた
食事を渡す小窓を開き、青い瞳が俺を見ている。俺の母親奴隷を所
有している商人の息子さん。どうやら喋れない上に情緒不安定な俺
を買いたいらしい。さっき言ったごたごたってのはぁ、息子が勝手
に値をつりあげちゃったせいで誰も買えなかった、って話なんだよ
ねぇ。でもっていくら息子が本気で欲しがってるからって、俺はそ
れなりに高額商品。父親商人も大事な商品を二束三文で息子に譲っ
たりはしないようだぁね
﹁あん⋮あーァー?﹂
19
回らない舌で、どうにか息子︱︱アーサーの名を呼ぶ。涙はもう流
れてない。日本人だからねぇ、ポーカーフェイスは基本だよねぇ
﹁ああ、アーサーだ。どうした、何かあったのか?﹂
ちなみに俺には名前はない。商品だからねぇ。だから番号なんだけ
ど、アーサーは番号で呼んだりもしないんだよねぇ。アーサーは俺
に名前を呼ばれたのがうれしかったのか知らんが、目元を綻ばせる
﹁⋮あーぅー⋮あ、あ⋮や、い?⋮あうぃ⋮﹂
なんかこいつちょれー。ってかロリコン?とか考えながら俺は無駄
に長く伸びた⋮腰に届くくらいの長さの髪を手に取り、どうにかア
ーサーに伝わるように声を絞り出す
﹁なんだ?⋮あ、い⋮?か⋮かみ?髪の毛が切りたい⋮のか?﹂
﹁うっ!!﹂
こくこくと頷く。ナイフくれナイフ!髪の毛切るには刃物が必要だ
よな!ハサミでもいいよ!眼球に突き刺して開く時のあの感触最高
だぜっ!?
ところがアーサーは俺の期待に応えることなく、どこか悲しそうな
顔をする
﹁⋮ごめん。お前は商品だから、勝手に髪とか切っちゃいけないん
だ⋮。客がどんな髪型が好きかも分からないからな⋮﹂
﹁⋮ぁぅー⋮﹂
20
落胆にがっくりと肩を落とす。アーサーの瞳にも困ったような、慌
てたような色が混じった
﹁あ、で、でも他に欲しいものとかないか!?少しくらいだったら
融通しても⋮﹂
﹁あ﹂
ふるふると首を振る。このアーサー、結構な善人みたいで他の奴隷
の子にも色々融通してるらしい。けど、俺はいらないんですよねぇ。
お菓子とか貰ってる奴いるみたいだけど、俺、舌無いからほとんど
味が分かりませんしぃ?ナイフとか殺してもいい小動物くれとか言
えませんしぃ?言っても通じませんしぃ?試したけども
けど、首を振る俺に酷く悲しそうな顔をするアーサー。もう18に
なるんだからそんな顔するなよって話ですよねぇ。この世界、15
で成人なんだから余計にそう思っちゃいますよねぇ
﹁⋮もう少し、だから﹂
﹁ぅ?﹂
なんだか悲痛なアーサーの声に首を傾げる。喋れない以上、必要以
上にリアクションして意思表示しないといけないのが辛いよねぇ
﹁もう少しで、君を買える。だから⋮そうしたら、君に、名前をあ
げられる﹂
⋮別にいらんけど、笑っとくか?元日本人の愛想笑い舐めないでく
21
ださいねぇって
﹁⋮だから、待っててくれ﹂
﹁うっ﹂
こくりと頷く。まあ、変態親父に買われるくらいならアーサーのが
マシですしぃ?とりあえずこの奴隷商館から出られたら殺したい放
題ですしぃ⋮男とヤるくらい、我慢しますよぉ?人殺せるならそれ
くらい、それくらい
こくりと頷けば、アーサーは目元を緩ませて笑う
﹁また、来るよ。今度はなにか、お土産を持ってくる﹂
﹁うーっ﹂
ひらひらと手を振る。小窓の外で左右に振られるアーサーの右手。
⋮その手首をかっさばきたいなんて考えてるだなんて、アーサーは
想像すらしてないよねぇ⋮
22
公歴1185 アーサー視点︵前書き︶
※TS要素は極薄です
※人春にしては珍しく恋愛要素皆無だよ!︵主人公的には︶
23
公歴1185 アーサー視点
思えば、不思議な娘だった
白狼族はプライドが高く、扱いづらい⋮そんな偏見を、真っ向から
否定するような、人なつっこい娘だった
大半の白狼族は生まれながらにプライドが高い。幼い白狼族の子は、
薬と調教によって自我を破壊した繁殖用の奴隷を自分の母と認める
ことが出来ない。快楽に溺れたソレを、汚物を見るかのような目で
見ながら背を向ける。それが更に母体の精神を破壊するとは知らず
に、いとも簡単に産みの親を意識から切り捨てる。
とはいえ、生まれて数年しか生きていない白狼の子は、親無しで生
きていけるわけもなく。心の寄る辺を無くした白狼の子は、奴隷と
して虐げられる生活には耐えきれない。そこに俺が︱︱﹃飴﹄を与
える者が愛情を注いでやることで、﹃飴﹄役の商人/俺に依存させる
飴役にどっぷり依存した白狼の子は、例えどこかの貴族や商人に売
られても、飴役を忘れることはない。それこそ、﹃主人﹄となった
者が死んだら、飴役の下に帰ってくる程に
だからこそ、親父は﹃鞭役﹄を自分が担当し、そして﹃飴役﹄を次
代の商会を背負うことになるだろう、俺︱︱アーサー・ヘドリック
に任せたのだから
親父が虐げた奴隷に、優しい言葉をかけ、ほんの少しだけ融通して
24
やる。表情だけは彼らに心を寄せているかのように取り繕いながら、
優しく、そして暖かく、彼らの心を癒してやる
それだけで、白狼の子は俺に懐いてくる
所詮はケダモノ。躾は楽でいいと内心でせせら笑っていた
そんな俺の心を強く揺さぶったのが︱︱32番、だった
辛く、苦しい環境下で生まれたはずなのに、どこか無邪気に、そし
て透明な笑みを浮かべる娘。⋮いくら﹃飴﹄をやっても、決してそ
れを受け取らない娘
最初は興味。喋れない彼女は、同じ奴隷の子にすら虐げられていた。
殴る蹴るだのの暴力沙汰は奴隷の首輪によって封じられていたが、
無視されたり、爪弾きにされたり、食事を奪われることもあった
しかし彼女は笑った。どこか困ったように。まるで慈母のように。
自分より年上の、身体が大きな奴隷が自身を虐げても、まるで子供
の悪戯を見守る大人のように、ただただ笑って見逃した。
涙を流すのは、自室で1人の時だけ︱︱錆びたナイフを握り、自殺
すら出来ない現状を嘆くように、ただただ粛々と涙を流している姿
を、幾度か見ることがあった
︱︱そんな時、偶然見てしまったのだ
自身を産んだ繁殖用奴隷の入れられた檻の前で、にこやかに笑いな
がら小さく歌らしきモノを歌う彼女の姿を
25
まるで疲れた母親を労るように、言葉を発せない喉から発せられる
穏やかな旋律に、繁殖用の奴隷がずらりと並んだ牢が、包まれていた
︱︱薬によって色欲に狂った繁殖用の奴隷たちが︱︱穏やかな笑み
を浮かべて、その歌を聞いていた。
快楽に溺れた醜い表情しか浮かべなかったはずの奴隷たちが、その
ときだけは︱︱子を生んだ、母親の顔をしていたのだ
歌とも言えぬ、ただの旋律だけの声。リズムも曲調も聞いたことが
ない、しっとりとした曲。まるで幼き日、母に語ってもらった寝物
語のように優しい子守歌に、穏やかな表情で眠る奴隷たちの姿が、
あまりにも印象的で︱︱俺の心に、焼き付いた
欲しい、と思った
彼女は商品なのに
俺のモノにしたい、と思った
彼女は人間ですらないのに
︱︱気がつけば、俺は彼女を目で追っていた
彼女は、聡明で、けれど無邪気で、寡黙で、けれど表情で語り、素
直で、けれど決して泣き顔を人に見せず、そして⋮美しかった
繁殖用の奴隷を素直に母と慕う彼女のせいで、繁殖用の奴隷が正気
に戻ってしまうのを、親父は嫌う。けれど、俺はその尊さに、さら
に惹かれた
26
繁殖用の奴隷が、彼女をごく普通に自分の娘として可愛がり、教育
を⋮人間もまた悪であると教え込むのを、親父は憂いた。しかし俺
は、より一層彼女が⋮彼女と他の奴隷が﹃違う﹄と分かり、喜んだ
俺は、父に言った
﹃アレが、欲しい﹄
と
親父の息子は、俺の兄貴は、俺がいうのもなんだが出来が悪かった
毎日毎日親父の金で遊び放題好き放題。金と酒と女に溺れ、酷いと
きには商品である奴隷にすら手を出した。仕方なく親父は兄貴に金
を渡し、好き放題させるしかない。兄貴を商会の﹃弱み﹄にするわ
けにはいかないのだ。あわよくば酒場でトラブルを起こして死んで
しまえば楽になる、とすら考えていた
だから親父は、俺を失うわけにはいかない。俺は次男だけど、この
商会を継ぐのは自分だと確信していた。素直に親父の後を継ぎ、商
会を発展させていくのは、自分だと
だからこれくらいのワガママは許されると、どこか楽観視していた
親父はしばし悩み︱︱条件を出した
﹃アレを買えるだけの利益を上げろ。自分自身の力で、自分だけの
コネを使って﹄
27
︱︱正直、無理だ、と思った
俺が今評価されているのは、親父の後継だからだ。親父という後ろ
盾を失い、ただの商人になった俺には大して人脈もない。自分の人
脈を1から作ることも考えたが⋮そんなことをしている間に、きっ
と彼女は売れてしまうだろう、と絶望しかけた
けれど⋮努力した
諦めきれなかった
汚い手や外道な行いをしてでも、利益を上げた
彼女が欲しかったから
彼女を手に入れる為に
彼女が売られそうになったのを妨害し、違法の薬物も売りさばき、
数年がかりで金を作る
そのあいだにも美しく育つ彼女に心引かれながら、一重に努力する
俺を、親父は諦めたかのように⋮どこか達観した目で見ていた
そうした日々を繰り返し、彼女の身体がどこか女性的な曲線を描く
ようになったころ、俺の稼いだ金は、俺が吊り上げた彼女の値段に
届こうとしていた
これでようやく、彼女を手に入れられる、と喜んだ
もうすぐ扉越しではなく、彼女と肩を並べることが出きる、と喜んだ
28
名前も考えた。彼女に似合う名前を。どんな名前でも似合ってしま
うだろうが、彼女自身に選んでほしいから、たくさん。たくさん考
えた
彼女の名前を呼べる日を、今か今かと胸を高鳴らせて待っていた
︱︱︱︱︱︱だと、言うのに
29
﹃敵襲だっ!!黒狼軍だっ!!逃げろぉっ!!余計な荷物は捨てて
いけ!!﹄
なんだ、コレは
未だ遠くに見える無数の黒い津波が、大地を駆け抜ける。500を
越すだろう人型の黒狼は、両手に武器を持って攻めてきた
確かに︱︱この奴隷市場は人界と魔界の界境のすぐそばにある。だ
が、だからこそ隠蔽は万全だった。万が一にも見つからないように、
何十にも魔術をかけて隠蔽していた
だというのに︱︱なぜ、
何故、今なんだ!?
後少し、後少しだったんだ!!
後少しで、あと一月もあれば彼女を⋮っ!!
﹁何をしているアーサーっ!!逃げるぞ!﹂
親父が馬車に金を積み込みながら怒鳴る。分かる、分かってしまう。
親父がやろうとしていることが。努力したから、親父の跡を継げる
ように、親父の思考をトレースしてきたから
﹁親父っ!頼む!せめて、せめて彼女をっ!!﹂
親父は俺の様子を見て、苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめる
30
﹁諦めろ。奴隷はすべて捨てていく。持って行くのは人員と金だけ。
奴隷は奴らの足止めだ﹂
﹁待ってくれ!子供1人くらいじゃそう変わらないだろうっ!?今
つれてくるから!!﹂
こんな問答している時間も惜しい。きっと彼女は今もあの小部屋に
いるはずだ。だからすぐに駆けつけて、連れて行けばまだ間に合う。
だから、だから︱︱っ!!
︱︱親父は、ゆっくりと首を振った
﹁⋮あれはただのケダモノだ。お前のそれは、気の迷いだ﹂
﹁違う!!俺は、俺は彼女を︱︱﹂
がつんっ、と
頭に衝撃を受けた。身体から力が抜け、硬い地面に額から突っ込む
身体が⋮動かない。ぼんやりとした頭に届く、親父たちの声が妙に
遠い
﹁旦那!こういうときは無理矢理でいいんすよ!﹂
﹁むぅ⋮。いや、しかしだな⋮﹂
﹁いいからっ!とにかくこれで全部っス!奴隷どもにゃ武器持たせ
て時間稼ぐように命じましたから、坊ちゃん連れて逃げマスヨ!﹂
31
﹁うむ⋮っ!皆のもの!王都に向かうぞ!食料その他全部捨ててい
け!金だけあれば途中で買える!行くぞぉ!﹂
︱︱身体が、馬車に詰め込まれたのが分かった
待って、待ってくれ⋮
彼女を、助けてくれ⋮
彼女を⋮頼む、神様⋮俺は⋮
彼女、を⋮神よ⋮
深く、深く沈んでいく意識の中。ひたすら脳裏に浮かぶのは、どこ
か透明な、彼女の笑顔だった
32
公歴1185 アーサー視点︵後書き︶
勘違いモノって善性勘違いがほとんどですよねー。
いやこれも善性勘違いナンデスガ
33
10歳前後・母親と
現状把握
1、人類の敵が攻めてきた
2、商人は逃げの一手を選んだ
3、奴隷はそのための時間稼ぎにGO
おーけーおーけー。分かりやすくて素敵だねぇ。武器を渡され鉄球
を外され、代わりに魔術をかけられた。
どうやら﹃魔術﹄ってのは生き物の身体を強化したり、生き物の行
動に制限をつけたりといった、肉体に作用するモノの総称らしい。
人間が亜人に対抗するために磨き上げた技術の1つで、他にも傷を
治したり、悪意ある攻撃から身を守ることができる﹃法術﹄、精霊
の力を借りて超常現象を起こす﹃精霊術﹄、とかがあるそうだ
ともあれ、俺たちにかけられた魔術もシンプル。﹃奴隷以外の亜人
を攻撃せよ﹄。単純明快で分かりやすい命令と、段々と近付いてく
る戦いの気配に︱︱げんなりした。正直に言えば、かーなーり、め
んどうくさい
誤解しないで欲しいのだが、別に俺は戦いが好きって訳じゃない
ただ、﹃殺し﹄が好きなのだ
34
一方的に弱者をいたぶり、その血を、肉を、悲痛な叫びをあげさせ
たい。
決して互いに命を削る殺し合いがしたいわけじゃない。漫画のよう
に血で血を洗うバトルジャンキーに共感など出来るはずもない。俺
は平和でのほほんとした世界に生まれたごく普通の一般人。そりゃ
ちょっとばかし獲物を解体することには長けているけど、戦い方な
んか知るはずもない
大体俺はまだ10歳。恐らくは屈強な戦士だろう﹃こくろーぐん﹄
とやらの兵士と真っ向から戦うなんて御免被る
そんな感情が顔に出ていたのだろうか。どこか痛ましいモノを見る
目で、大人の奴隷たちは俺の肩を叩き、割り当てられた場所へ向かう
奴隷市場は切り立った崖に挟まれた、谷の間に作られた小さな集落
だ。攻める場合も守る場合も、前か後ろのどちらかしかない。今回
は東側⋮まぁ、﹃前﹄に当たる方向から、ひどくゆっくりと、亀の
ような歩みで黒狼軍は向かってくる。だからこそ、﹃前﹄に全奴隷
を配置し、商人は﹃後ろ﹄⋮西側から脱出していった
⋮ま、武器があるだけマシなのかねぇ?腰の後ろに付けられたどこ
かボロッチイ皮の鞘に収められた、刃渡り50cm程のダガーの柄
を撫でる。切れ味は悪いが、錆びたナイフよりはマシ⋮研いでない
包丁程度、ってところだろうか?
⋮ケガ人見つけて解体しようかなぁ。どうせ死んでも500年近く
この世界か似たような世界にいなきゃならないんだしぃ?似たよう
な境遇に生まれると思うんだよねぇ⋮
35
柄を撫でながらぼんやりと考え込んでいたら、ふと背中側から白い
腕が伸びてくる。そっと柔らかくも温かい感触が背中に押し付けら
れ、熱い雫が首に垂れる
﹁⋮⋮ごめん、ごめんねぇ⋮お母さん⋮頑張るから⋮あなたのこと、
頑張って守るから⋮﹂
﹁⋮おぁーあん?﹂
誰かと思ったら母親だった。アヘアヘ言うか説教するかしかしない
母親だと思ってたけど、泣くことも出来たんだねぇ。真っ白い肌を
薄桃色に染め、真っ赤な目を更に赤く染めながら、膨らみかけのお
腹を気にすることすらせずに、彼女は強く俺を抱き締めた。⋮繁殖
用の奴隷も置いていったんだ⋮。でも何人か知ってる顔がいないか
ら、やっぱ最低限⋮いや、最高級の品物だけは持ってたのかねぇ?
﹁だから、あなたは隠れていて。絶対、あなたをあんな奴らに殺さ
せたりしないから﹂
﹁⋮⋮や﹂
ふるふると首を振る。冗談じゃないよねぇ。戦うのは嫌だけど、1
0年ぶりの殺人だ。なんでそれを我慢せにゃならんのよ。そんな不
満を込めて母親を見つめれば、母親は顔をくしゃくしゃにしながら
笑った
﹁⋮あの、ね⋮。あなたが、歌ってくれた曲、あったじゃない?﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あー、あー。はいはい。ありますねぇ。別に母親
36
のために歌ってたわけでもないけどねぇ。ここ、娯楽が一切ないん
だよねぇ。だから必然的に食事くらいしか楽しみがないんだけど、
俺、舌がないから食事も楽しめないのよ。だから仕方なく、一人遊
び的な気持ちで適当に前世の歌とか歌ってたのよ。メロディライン
だけだけど。でも俺、他の奴隷に嫌われてるっぽいのな?だから他
の奴隷が一切近付かない繁殖用の奴隷がいっぱいいる辺り⋮で、そ
の中でも顔見知りな母親の側で歌ってただけなんだよねぇ。
﹁⋮わたしね、ここでの生活が凄く、苦痛だった。でもね?あなた
の歌のお陰で、少しだけ、楽になった。⋮あなたがわたしをお母さ
んって呼んでくれたから、頑張れたの。がんばれるの﹂
﹁おぁーあん⋮﹂
やだ、なにこれ感動の場面?真っ正面から親娘でぎゅっと抱き合う。
頭に落ちてくる母親の涙が、妙に熱い。なんでこんなことになって
んのかねぇ?正直俺、あんまりいい娘じゃないんだけどねぇ
﹁だからお願い⋮あなたは隠れてて。大丈夫、お母さんは⋮お母さ
んたちは、すっごく強いんだから﹂
にこっと可愛らしい笑みを浮かべる母親。⋮と、その膨らんだお腹
を見て、不意にちょろっとした作戦を思い付く
⋮あれ?意外とイケるんじゃね?
この世界でも妊婦とか怪我人とかにはやっぱり態度が優しくなる。
それは商品相手だからなのかもしれないけど、とにかく油断するの
は間違いない。となると普通に騙し討ちの材料になるんじゃないか
なぁ?なぁんて
37
まぁ仮に相手が世紀末的に怪我人妊婦関係ねぇー!な人でもそれこ
そ俺もレイプするぜー!みたいに隙だらけで飛び込んでくるかも分
からんし、いけるかも?
となると必要なのは時間かねえ。まぁそれは母親が稼いでくれるっ
て言ってるし⋮任せますかぁ
﹁ぅ﹂
こくり、と頷けば、母親は﹁いい子ね⋮﹂と更に強く俺を抱き締め
る。⋮敵が迫ってるのに親娘でメロドラマしてる暇があるのかねぇ
?周りの他の奴隷はどこか気まずそうに目をそらすか、同情に似た
ような複雑そうな感情を滲ませた顔をしてるし⋮
とにかく、母親の腕から抜け出して三階建ての奴隷小屋に向かう。
背中に思いっきり名残惜しそうな視線を感じたけど、あえて無視し
た。母親のことは嫌いじゃないけど、言うほど好きでも無いものね
ぇ。ドライな日本人ですよーって。ともあれ、流石にあんだけ大量
のこくろーぐん全員を殺すことは出来ないけど、何人かは殺せるは
ず⋮。その殺人を楽しんで、来世に期待かねぇ
38
公歴1185 黒狼軍
﹁オルグ、本当に間違いないんだろうな﹂
再三に渡る俺の問いかけに、力豚族の獣人︱︱オルグは、たるんだ
皮膚をひきつらせながら苦笑いした
﹁あっしの鼻をそう疑わねぇでくださいな。そう何度も聞かれちゃ、
あっしも自信がなくなりますぁ。とはいえ、人間の臭いに同族の匂
いが混じってたのは、間違いねぇですぜ﹂
ひくひくと醜悪な顔面の中央にある鼻をひくつかせ、げへへ、と下
卑た笑いを浮かべるオルグ。力豚族の者は大体こんな感じだが、気
のいい奴らだということは知っている。見た目や言動よりもずっと
誠実で、素直な男だが⋮やはりどうしても信じられない
事の起こりは数日前。とある都市を襲おうと人界に向かっていた我
らの前に、一台の馬車が通り過ぎる。鼻がよく効き、膂力に優れた
オルグはその馬車から僅かに香る人間と同族⋮獣人の匂いに気がつ
いた
獣人は人間のようなゲスではない。例え他の部族だろうが1つの群
れ⋮軍に所属すれば、皆家族。もしやどこぞの部族が人間に捕らわ
れたのではないか、と結論づけ、急遽その救出に向かうことにした
のだ
我らが長、黒狼軍最強のディン様より遣わされた軍は、その数10
0。一人一人が一騎当千の精鋭。例え伝説にあるような︻勇者︼が
39
いようとも負けるはずはない
予想通り馬車はあっという間に破壊され、中にいた人間は皆殺しに
された。しかし、その中に獣人の姿はなく。ならばどこぞに捕らわ
れているのでは、とオルグに匂いを辿らせ、崖と崖に挟まれた細い
谷を進んでいるのだ
⋮だが、ここに来て僅かな疑心が生まれてきた
︻餓狼将軍︼ディン・ディデューク様の統べる獣人に、果たしてあ
っさり人間に捕まるような軟弱者がいるのだろうか、と
ディン様は身長3mを超える巨大な黒狼族の武人。狼の頭と尻尾、
全身に鋼のように硬い獣毛と、鉄すら切り裂く爪を持つ獣人の長。
一騎当千にして人間の肉を食らう魔狼
︻大竜公︼ヴァルフォース︱︱赤銅色の鱗を持つ、10mを超える
巨体を持つ巨大な竜人。自在に空を飛び回り、強弓から放たれる鋼
の矢すら弾く鱗を持ち、炎の吐息は千里を焼き、軽枝のように振る
われる巨大な戦斧は砦すら破壊する。イザリスの名を受け継ぐ者に
忠誠を誓う、竜人族の長にして最古の古竜の一体︱︱にも負けぬ武
勇を誇るディン様は、現状あらゆる部族の長だ。そしてディン様は
その武勇を我等にも教授してくださる。稀に厳しい訓練について行
けず、途中で倒れる者もいるが⋮長い時間をかけて受け継がれてき
た武術は、確かに我等の中にある
︻死触鬼︼アルトー・アル・アーノル︱︱ボロボロのローブを纏っ
た骨だけの魔人。頭蓋の奥で揺れる命の炎によって輝く両眼に捕ら
われ、命を落とす者は少なくない。死を自在に振りまき、死を食ら
い、死者を操るネクロマンサー。アンドットでありながら陽光の中
40
でも活動し、喉を失いながらも言葉を操る古代の魔術師でもある。
かつて人間のために戦いながら、裏切られ、その怨みから魔王に組
した災厄の化身︱︱の統べるアンデッド族や、
︻色の美姫︼メーリス・モーリス︱︱色欲と夢を操る魔人。流れる
ような美しい真紅の髪と、蠱惑的な薄い桃色の唇。しかしその容貌
を直視した者はいない。何故ならば、彼女の目を見たら最後、その
者の身体は石と化してしまうのだから⋮。神が与えたような黄金律
のプロポーションと、太陽に透けて見えるのではないかと思うほど
の白い肌。けれどうっすらと汗ばんだ彼女の香りは、分かっていて
もなお男の視線を奪う魔性の武器となる︱︱の統べる魔人族ならま
だ分かる。彼らは魔力を失えば人間とほとんど変わらない。小賢し
い人間共がそんな術を生み出してもおかしくはない。だが︱︱
果たして、我ら獣人族を貧弱な人間共が捕まえられるのか?という
疑いが、拭えない
岩猿族特有の豪腕を組みながら、憮然とした表情で足を進める俺に、
媚びたような笑みを向けるオルグ。本人は場を和ませようとしてい
るだけなのだろうが︱︱どうしてもそう見えてしまうのは、力豚族
故なのか
﹁まぁまぁ隊長ぉ、そんな恐い顔しないでくださいよぉ。あ、なん
ならあっしの妹の写真でも見て癒されますかい?超可愛くなっちま
ってでっへっへっ﹂
﹁⋮いらん﹂
弛んだ肉の間から抜かれた写真。そこに映る10歳前後の豚の耳を
持つ可愛らしい︱︱のにやたら体つきだけは肉感的な︱︱少女にで
41
れでれと顔面を崩壊させるオルグを見て、肩を竦める。ただ年の離
れた妹に激甘な兄、というありふれた姿なのに、変態にしか見えな
いのは力豚族だからなのだろうなぁ⋮と俺⋮モンターは頼れる部下
を哀れに思う
﹁⋮なんか、失礼なこと考えてやしませんか?⋮はっ!妹を狙って
るんかっ!?﹂
﹁どうしてそうなるっ!?それに俺はそんな脂肪だらけの娘に興味
はないわっ!!﹂
一瞬で背中に背負った巨大な鉄槌を構えるオルグから距離を取りつ
つ、俺も腰の曲剣に手をかける。が、オルグは酷く同情を含んだ目
で俺を見つめた
﹁肉の良さが分からんとは⋮岩猿族は可哀想っすねぇ。トリガラみ
たいな娘のなにがいいんだか﹂
﹁肋骨だ。そして骨が浮き出そうなくらい肉の薄い尻だ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ま、マニアック⋮﹂
⋮何故、オルグ以外の者まで距離をとる。ほら、よく見ろ、他の岩
猿族もうんうん頷いているだろう
ともあれ、ゆっくりと行軍を進める。これはある種の意思表示でも
ある
武器を持って戦え、と
42
さもなくば、逃げろ。と
我ら獣人は卑怯者の人間とは違い、正々堂々とした戦いを重んじる。
逃げるものは捨て、戦場に立つもののみを狩る。それが獣人の誇り
だ。故に、敵に万全の準備をさせるために、あえて目立つように、
ゆっくりと行軍する。例え罠があろうが、行軍中に卑怯な相手に強
力な魔法を打ち込まれても、これは変わらない
やがて、小さな集落が見えてくる。そしてその前に陣取る白い大群
を見て、俺は更にオルグの評価を上げた
﹁成る程。見事だな、オルグ﹂
﹁へい。まさか捕まってるのが﹃犬﹄だとは思いやせんでしたが﹂
どこか苦々しい顔で答えるオルグに、俺は苦笑した
﹃白狼族﹄︱︱それはディン様と、﹃黒狼族﹄と対をなす一族であ
りながら、1000年前に戦いから逃げ出した腰抜けの﹃犬﹄。獣
人の中でも特に迫害される﹃腰抜け﹄の代名詞
ここ1000年ばかり姿を見せなかったので、てっきり滅んだのか
と思っていたが⋮よもや飼い犬にまで落ちていたとは
ぼろ布のような衣装を着て、ろくな手入れもされていない武器を持
ち、ろくな訓練もしていないだろう白狼族の者たち。そこに獣人と
しての誇りはなく、まるで壁際に追い詰められたネズミのように、
血走った瞳で我らを睨む
﹁どうするんですかい、隊長ぉ﹂
43
﹁⋮仕方があるまい。武器を向けられて尚、黙るわけにもいかぬか
らな﹂
故に︱︱裁く。恨むならば、1000年前に腰抜けばかりだった自
分の先祖を怨むがいい
﹁︱︱蹂躙せよっ!!﹂
俺の掛け声と共に
唸り声を上げながら、100の精鋭が、50もいないだろう白狼に
向けて駆け出した
やれやれ、隊長にも困ったものだ。とオルグは内心で思いながら鉄
槌を振るう。100kgを優に越える鉄槌は、2人の白狼を同時に
叩き潰した。
﹁ぅ、うあああああああっ!!﹂
44
恐慌状態の白狼の少年が、小振りなダガーを構えて突進してくる。
さすがは獣人、敵の攻撃直後の隙を突く戦闘センス。間違ってはい
ない。足も速いし、ダガーとはいえ急所を貫けば充分命を奪えるは
ずだ。だが︱︱作った隙と、本当の隙を見間違えるのは、いただけ
ない
素早いが、一直線に突っ込んでくる白狼の少年を、裏拳で殴り飛ば
す。ごきり、と骨を砕く感触。僅かに血を吐きながら吹き飛んだ少
年は、ぴくりとも動かない。それをやるせない気持ちで見つめるオ
ルグ
⋮妹と同じくらいかねぇ?多分人間の魔術で行動を縛られてるんだ
ろうが⋮解除方法なんか知らんしなぁ
だから、殺すしかない。老いも若きも男も女も。丸ごとまとめて殺
すしかない
例え妹と同じ年頃の少女でも、だ。それが、オルグからやる気を奪う
﹁あああああああっ!!﹂
﹁おっ、こいつっ、中々やるぞっ!﹂
どこか歓声じみた声に振り返ってみれば、2本の細剣を振るう白狼
の女が、若い隊員を追い詰めていた。若い隊員は油断していたのか
知らないが、盾と長剣を必死に振るってどうにか攻撃をいなす。一
歩間違えば死にかねない猛攻を受けて、若い隊員は顔を青くしていた
よくよく見れば女は身重らしい。膨らんだ腹をかばいすらせずに、
ひたすらに、必死で剣を振るう。周りを見れば、その女にやられた
45
のだろうか。足や利き腕を切られ、動きを止めた他の隊員の姿も見
えた
⋮やるねぇ。がむしゃらに振ってるけど、狙いはそこそこ正確だ。
若い隊員が遂に盾では防ぎきれず、頬に浅くない一撃が入る。動き
を止めた隊員の左胸を、女の細剣が狙い︱︱
﹁何を遊んでいる﹂
貫く瞬間、隊長の剣が女の両腕を切断した。隊長は容赦ないねぇ、
とオルグは小さく唸った
﹁あっ⋮⋮﹂
女は肘から先のなくなった両腕を呆然と見下ろし、しかしすぐさま
キッ!と隊長を睨むと、傍らに落ちていたダガーを口でくわえて隊
長を睨む
﹁ほう⋮﹂
ここに来て、初めて隊長の顔に笑みが浮かぶ。女の血に塗れた長剣
を一振りし、にやりと笑った
﹁腰抜けばかりと思えば、中々気骨のある女だ。我らに武器を向け
なければ、中々の﹃獣﹄になっただろうに⋮実に惜しいな﹂
﹁ぐるるる⋮っ!!﹂
隊長の言葉に耳を貸さず、だらだらと血をこぼしながら隊長を睨む
女。⋮その姿に、途方もない違和感を覚えた
46
何故、そこまで必死になる?
腹の赤子を庇うなら分かる。だが、女は我が身を省みず隊長をにら
む。まるでその背中に、守るべきものがあるかのように
⋮⋮怪しいな。怪しい﹃臭い﹄がする。よくよく女の動きを見れば、
まるで隊長達を誘導するかのように、建物からじりじりと離れて行
っている。これは⋮おおよそ間違いない、か。オルグは風に乗って
香る女の血の臭いを脳裏に刻みながら、建物に向かって足を進めた
﹁!?っ、る、ぐるぁああああっ!!﹂
﹁む?逃げるか。逃がすわけがなかろう﹂
慌てたようにオルグに向かう女と、その間に割り込む隊長。先程ま
で戦意に満たされていた女の顔に焦燥が浮かぶのを見て、オルグは
確信する。この女は何かを隠そうとしている、と。恐らく隊長も気
付いてはいるのだろう。だからこそ、女を煽るかのようににやにや
と嗜虐的な笑みを浮かべながら、あえて自分からは行動をしない。
全力で自分を排除しにくるだろう女を、全力で迎え撃つために
趣味が悪いねぇ、隊長は。と苦笑いしながら、オルグは恐らく女が
守ろうとしているものがあるだろう、建物の中に向かった
47
公歴1185 オルグ視点
建物の中は比較的綺麗だったが、オルグの鋭敏な嗅覚は一階部分か
ら香る生活臭と共に、上階から香るこびり付いた性臭や血の臭いを
感じ取っていた
﹁はぁん、遊郭でもやってたんかねぇ?﹂
オルグは槌を片手に彼にとっては狭い通路を歩く。普通の人間なら
2人が横に並んで歩いても問題ない広さの通路だが、力豚族の中で
も一際巨大なオルグには、やや狭い。2m近い身長と、1m以上あ
る横幅に、頑丈な鎧に巨大槌。がりがりと木製の壁を鎧で削りなが
ら、オルグは臭いを辿る
ほんのわずかに、あの女と同じ⋮いや、よく似た臭いがする
ギシギシと悲鳴を上げる階段を一歩一歩登り、一直線に臭いを辿る。
やがて二階分ばかし階段を登ったところで、臭いが濃くなった
﹁ここぁ⋮牢屋、かね?﹂
︱︱染み着き、こびり付いた男女の体液の匂い。濃厚な媚薬の残り
香。若い女と男の臭い。酒と享楽の濃厚な香りに、オルグは顔をし
かめた
﹁んー、このあたりっぽい臭いが︱︱︱んっ?﹂
48
がたり、と
小さな音がした
優秀な戦士であるオルグは些細とはいえ、そんな致命的な現象を見
逃すわけがない。槌を構え、油断を一切排除して鉄格子のハマった
牢を確認していく
大半の牢は空で、あるのは外された奴隷用と思わしき鉄球付きの足
枷だけで、怪しいところはない。だが、一歩一歩足を進める度に、
足音を響かせる度に、カタカタと小さな音が響く
⋮これは、もしかすると⋮胸くそ悪くなる展開かねぇ?などと表情
を険しくさせながらオルグがたどり着いた先には、果たして︱︱少
女が、いた
﹁⋮あっ、⋮あっ!⋮ぅぁ⋮ぁぁ⋮っ!!﹂
ガタガタと、目に涙を浮かべて歯を鳴らし、必死で牢の隅に後ずさ
って怯えの視線を向ける、10歳前後⋮妹と同じ年頃の少女
よくよく見れば麻袋に穴を空けただけにしか見えない粗末な服を、
膨らんだお腹が押し上げている。顔立ちはあの必死だった女戦士に
よく似ているのに、無理矢理切り取ったかのように舌が途中でなく
なっているのが半開きになった唇から覗く。髪も肌もどこかぼろぼ
ろで、白っぽい粘液に⋮あるいはそれが乾いたであろうものに汚れ
ている。華奢な足の先、右の足首からは鎖が伸び、それがやたらと
大きく見えた
⋮⋮案の定、か。とオルグはやるせない溜め息を吐く。あの女は、
49
この娘を守るために必死だったのだろう。顔立ちから見て親娘か親
類であろうことは間違いない。二人まとめて孕み袋に堕とされ、そ
れでも幼い娘を守るために必死で︱︱そこまで想像して、オルグは
視界がぼやけるのを感じた
あまりにも非道で外道な人間たちに、ふつふつと怒りが沸いてでる。
蛆虫にも劣る肥溜め風情が、こんな美しい絆を持つ2人を虐げるな
どということがあっていいはずもない
オルグはそう結論付け、牢を構成する鉄格子に槌を叩き付けた。び
くんっ!と娘が震え、怖がらせてしまったことを後悔しつつも、彼
なりに精一杯の優しい笑顔を浮かべる
まるで獲物を前に舌なめずりする外道モンスターのような笑みにし
か見えないのは分かっている。それでも、オルグはこの娘を安心さ
せてやりたかった
﹁安心していいぞ∼。もう人間どもはいねぇからなぁ?あっしはお
前さんにヒドいことなんかしやせんぜ?﹂
恐らくあの女戦士はもう隊長に殺されているだろう。だからこそ、
この娘だけでも助けたかった。幸いにしてこの娘はまだ自分に武器
を向けていない。武器を向けたならば殺さなくてはならないが、そ
うでないなら保護する理由としては十分だ
びくびくと震えながら、涙を浮かべた目で自分を見つめる娘。あえ
て刺激せず、微笑んだままそっと手を差し出したまま、娘の行動を
待つ
﹁ぁ⋮ぅ⋮ぃ⋮ぃ⋮か、あ?⋮んむぃ⋮ああ?﹂
50
﹁へ?あ、あ∼⋮み、味方、か?味方。おう、あっしはお前さんの
味方ですぜぃ﹂
にっこりともう一度笑えば、娘がおずおずと、恐がりながらも手を
差しだし︱︱
ぷつっ、と
後ろ手で隠していた糸を断ち切った
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱へっ?﹂
最後に見たのは
天井に設置された肥入れのバケツと︱︱︱そこに大量に詰め込まれ
た、足枷の鉄球だった
51
ごづッ
52
公歴1185 モンター視点︵前書き︶
※獣人が仲間が死んでるのにドライなのは種族柄です
※戦争中ということもあり、バタバタ死んでるので毎回毎回悲しん
だりしません
※あと獣人は同族の死体=食糧っていう考えの人たちです
53
公歴1185 モンター視点
スパァン!と小気味いい音が響く。切断に特化した薄い曲刀は頸椎
すらも両断し、彼女がくわえていたダガーごとその首を切りとばした
﹁敵ながら見事。本当に惜しいことをした﹂
布で血脂を拭き取り、曲刀を鞘に納める。どこか悔恨を滲ませた女
の首がどさりと地に落ち、それきり場は静寂に包まれた
﹁ふむ⋮掃討完了、か﹂
怪我人はいても死傷者はなし。オルグの姿は見えないが、奴には奴
なりの考えがあるのだろう。そう結論付けると、モンターは部隊の
隊員に指示を出す
﹁三人一組で他に敵がいないか探索。その後は物資を補給する。使
えるモノは全て回収する。死骸も集めて装備を剥いでおけ﹂
命令に野太い返事が返ってくる。それを確認し、モンターは信頼出
来る岩猿族の部下二名を連れて一番近くに建っている小屋に入る
﹁⋮あれ?オルグ副長ここにいるんすかね?﹂
﹁なに?﹂
何故そう思う?と問えば、壁を指差す部下。木製の壁には、まるで
54
堅い金属で引っかいたかのような跡が延々続いている。⋮成る程、
横幅のあるオルグの鎧で擦ったのか。と納得し、報告もなしに好き
勝手やるオルグには罰として酒でも奢らせよう。などと考えながら、
その跡を追う
意外と長く続いている跡をひたすらに追っていけば︱︱僅かに臭う
その匂いに、否応無しに警戒心が高まった
﹁︱︱気づいてるか?﹂
﹁ええ、勿論﹂
頷く部下たち。岩猿族は名の通り猿の獣人で、岩のように硬い毛皮
と膂力、そして指先の器用さに優れた種族だ。他の種族と比べ、鼻
が効くわけではない。︱︱だというのに、彼らの鼻にははっきりと
分かるほどの濃密な血のにおいが届いていた
先にいるのがオルグならば構わない。彼の武器は鉄槌。敵をミンチ
に返るその武器は、当然血の臭いをさせてもおかしくない。⋮が、
それは=でこの場で戦闘があったことの証明
勝ったのがオルグならば問題ない。だが、﹁もしも﹂を考えるのな
らば⋮
知らず知らず緩やかになった歩み。階段を一段上るのにも警戒した
ナメクジのような歩みで、少しずつオルグの残した足跡を追う
そして、その先には︱︱
﹁うぐ⋮っ﹂
55
﹁これは⋮酷いな﹂
裸の少女、だ
細い裸身には不自然なほどに無傷。色々な体液︱︱全身を染める血
液や、その他の淫液で汚れてこそいるが、華奢な手足には傷一つな
い。だからこそ、左手に突き刺さり、木の柱に固定する太い釘が痛
々しい。その柱に背中を預けるようにして気を失っている。その閉
じられた左目からも釘が生え、瞼を貫くそれが眼球を破壊している
のは想像に難くない。
真っ赤に染まった身体は死体にしか見えない。元は白かったであろ
う髪は血色に染まり、ひゅぅひゅぅと浅くか細い呼吸音が響く。そ
れが唯一、死体のような彼女の生の証明だった
﹁拷問の最中だったのか?﹂
﹁見せしめじゃないか?真面目に戦わなければこうなるぞ、って﹂
部下の2人が何事か話しているが、モンターは僅かに引っかかりを
覚えて首を傾げる
何か、変だ
どこがどう変なのかはわからない。だが、それでも引っかかる。言
い様のない違和感が、彼の動きを止めた
だが、いつまでもこうしている訳にはいかない。放っておけば死ん
でしまうかもしれないのだ。いくら軟弱者と名高い白狼族の娘とは
56
いえ、同じ獣人。見捨てるわけにもいかないだろう
﹁お前らはオルグを探せ。この娘を治療してから向かう﹂
﹁あ、はい。分かりました﹂
部下が廊下の奥に向かうのを確認し、モンターは力なく柱に張り付
けにされた少女の前に座り込む。左手に突き刺さる太釘を力任せに
引っこ抜けば、﹁ぎっ!?﹂と少女は悲鳴を上げて跳ね起きた
﹁あっ!?ぅあ⋮っ!?﹂
﹁落ち着け。抵抗しなければ殺しはしない﹂
片手を曲刀に添えながら脅すように囁けば、少女はひっ、と息をの
み、どうにか口を真一文字に引き結ぶ。存外素直なことに感心しな
がら、モンターは少女の顔に手を添える。一番近くにあった明かり
の蝋燭を燭台から外し、その炎で短刀を焼いておく
﹁ぅ⋮?﹂
﹁痛いぞ。舌を噛むな﹂
忠告はした。それでも聞かないのなら、相手の落ち度︱︱優しさの
欠片もない声と共に、モンターは左目に突き刺さる釘を掴む。びく
りと身体を強ばらせる少女を押さえつけ、その口に曲刀の柄をくわ
えさせた
﹁んぐっ!?﹂
57
﹁安心しろ。すぐ終わる﹂
破壊された眼球を眼窩に収めたままでいると、そこから呪いがかか
る、とモンターは聞いたことがあった。だから、釘を一度深く突き
刺し、眼窩を蹂躙するように眼球ごと釘を引っこ抜く。ずるんっ、
と伸びたピンク色の神経の束と瞼を短刀で切断し、傷口を焼けた短
刀を押し付けて塞ぐ。その後、僅かに血を滲ませるぽっかりと開い
た赤黒い穴に清潔な布を詰める
﹁︱︱っ!?︱︱あっ!︱︱︱︱ぎっひぃ⋮っ!?﹂
ぱくぱくと陸に上がった魚のように開閉される口。びくんびくんっ
と痙攣する身体。涎と涙と鼻水と血を顔面の穴という穴から吐き出
しながら暴れようとする少女を無理やり押さえつけ、布を詰めた左
目を覆うように布で縛る。少し強めに巻き、止血を確認した
同じように左手の穴も焼いて塞ぎ、じたばたと床を這うようにして
逃げようとする恩知らずの首を掴んで持ち上げる
﹁部下を迎えに行く。逃げたら殺す﹂
﹁ぅぁ⋮ぁ、ぃ⋮ぃっく⋮ぅぇ⋮⋮ひぅぅ⋮っ!!﹂
残った右の目からぼろぼろと涙を零す少女を床に落とし、部下が進
んでいった廊下を追う。一分も掛からず追い付いた所を見ると、ど
うやら彼等は何かを見つけてどうしようかと迷っていたらしい
﹁どうかしたのか﹂
﹁あ、いえそれが⋮その、どう判断したらいいものか⋮﹂
58
そう言って部下が指差す先は︱︱牢の中。
そこには、一種の地獄が広がっていた
肉肉肉肉肉血血血血血血血脂肉血肉肉肉血血血血血血血肉肉肉肉血
バラバラに解体された、かつて生き物だったモノ︱︱の、中身
まるで人間1人の﹃中身﹄を丸ごと綺麗に取り出したかのような、
血と臓物の山。ほとんど傷のないぷりぷりとした臓物が、炎の明か
りにてらてらと濡れた輝きを宿していた
﹁⋮⋮これ、は⋮﹂
﹁人間じゃないですね、獣人の内臓です。でも、なんでこんな⋮﹂
﹁多分⋮オルグ副隊長のモノだと考えるのが自然、かと⋮﹂
どこか顔色の悪い部下2人がぼそぼそと言葉を繋ぐ。確かに、心臓
の大きさや各内臓のサイズが人間のものとは異なる。仮にこれが人
間のモノだったとするなら、獣人に負けず劣らぬ巨漢だろう
﹁⋮だとすると、オルグをこんな風にした敵がいる、ということか﹂
モンターの言葉にびくりと身体を震わせる部下たち。オルグは隊の
中でも1、2を争う猛者だ。そんなオルグが﹃こんな﹄有り様を晒
すとなると⋮とてつもない強敵が潜んでいる可能性がある
それに、気になることもある
59
ここにあるのは﹃中身﹄ばかりで︱︱﹃外側﹄がない
オルグを見失っていた時間は15分もない。そんな僅かな時間でオ
ルグを殺し、解体し、そしてその﹃外側﹄を、武装を奪取する︱︱
まだ見ぬ強敵の素晴らしい手腕に、知らず舌なめずりをするモンター
まだ見ぬ強敵に思いを馳せるモンターはともかく、部下2人は裸の
まま左目と手を押さえてぐずぐずと鼻を鳴らす少女に気付くと、そ
れなりに友好的な態度で問いかける
﹁なぁ、お嬢ちゃん。なにか見なかったかい?豚の頭のおっさんと
か、そいつを殺した敵とか﹂
部下が少女を見下ろしながら問えば、少女は恐がるように身体を震
わせながら、しかし︱︱部下やモンターに背を向け、廊下を指差した
﹁ぁ、い⋮いを、あぉ⋮﹂
﹁はぁ?﹂
意味の分からない言葉を発する少女に首を傾げる。途端に少女はび
くりと身を震わせ、子犬かなにかのように頭を抑えてうずくまる。
その様子を見て、部下は渋面を作った
﹁ちょっと隊長、恐がらせすぎじゃ?まともに喋れてないですよ﹂
﹁あっ!?い、いあう!うあえうい!ゃええあい!!﹂
言いながら、少女は大きく口を開いて口内を指さす。︱︱舌がほと
60
んどない口内を
なんとなくそれで察したのか、部下はばつの悪そうな顔で頭をかく。
そんなことをしている間にもう一人の部下は少女の言いたかったこ
とを察した
﹁なるほど⋮。まだ床が濡れてる。ここでオルグ副隊長が解体され
たんなら、﹃ガワ﹄運ぶときに血が流れるはずだ。それをお粗末に
掃除したから、床板がまだ濡れてる訳だ﹂
﹁⋮ということは、床が濡れている箇所を追えば良いわけか﹂
﹁うっ⋮﹂
こくこくと頷く少女。内臓の山のインパクトで回らなかった頭が再
び回り始めるのを察しながら、モンターはゆっくりと考察する
先程感じた違和感の正体︱︱それはきっと、不自然さ
先程の白狼たちとの戦い⋮老いも若いも区別なく、皆生死を掛けて
我々の命を奪いにきた。それこそ、皆必死で
だというのに、子供で、怪我人で、牝だから、とはいえ⋮果たして、
この娘だけ戦場に出て来なかった不自然さ
それが、どうにも引っ掛かる
歩くだけでも傷が痛むのだろう、ノロノロした動きで我々を先導す
る少女。とても手練れには見えないし、動きも素人そのもの。身体
だって一般的な獣人レベルだ
61
だが、もし、もしもオルグを殺せるような実力者で、その実力を完
全に隠せるような実力者ならば︱︱
﹁⋮⋮喰ってみるのも、悪くはない﹂
にたり、と犬歯を剥き出しにして笑うモンターに、訝しげな顔をす
る部下
そんな視線を浴びながら、少女は今にも転びそうな頼りない足取り
で歩を進めた
62
公歴1185 モンター視点︵後書き︶
63
﹃俺﹄と猿の人と
いってぇ⋮マジでいてぇ⋮。痛いのは嫌いなんだってば⋮痛い思い
するくらいなら死ぬ方がマシ
ズキズキじゅくじゅく痛む左目と左手に泣きながら、俺は無駄に天
井が高い廊下を進む
怪我人相手なら油断するかなぁと思ってたらこのザマだよっ!!豚
の怪物は見た目に反して甘ちゃんだったからざっくりサツリク出来
たけどさー。なんなのこの猿の人。子供相手に欠片も優しさが無い
んだけど
俺がやったのは記念すべき初☆殺人の時同様、俺が完全に萎縮して
ると思って無警戒に近づいてきた豚の頭に足枷と言う名の鉄球爆弾
☆を落としまくっただけ。肥入れの木桶はそんな大きくないけど、
それでも10個ほどの足枷は入るし、天井近くに宙ぶらりんしてる
木桶よりも先に俺に視線が向くよう、わざと床に転がってた。後は
ベストな位置に誰かやってきたときに落とせばいい⋮と思ってたん
だけど⋮
予想外で予想通りなことに、足枷落としただけで豚さんの頭蓋骨が
粉砕されちゃったんだよねー
あたりどころが悪かったんだねぇ。ともあれあっさり︵8割くらい︶
死んじゃった豚さんにはがっかり。でもとりあえずバラバラにして
綺麗に折りたたんでから、糞尿が溜まったら投げ捨てる穴に投げ捨
64
てといた。知ってるかい?生物の身体を解体するのって意外と簡単
なんだぜ?関節を固定する筋肉さえ切断しちゃえば、あとは引っこ
抜くなり叩き折るなり。梃子の原理と鉄球叩きつけで破壊余裕でし
た!ちなみに血抜きするなら完全に殺しちゃ駄目なんだぜ?心臓止
まると血流が止まっちゃうからどうしても体内に血が残っちゃうの
ね!
で、次は内臓集めて捨てるかーって所で階段登る音が聞こえてきた
訳よ
慌てて水桶ひっくり返して廊下や身体についてた血を洗い流したの
はいいものの、俺が平然としてるのは余りにも不自然な訳でぇ
仕方なく血まみれになった服を糞尿捨ての穴に投げ捨てて、血の臭
いを誤魔化すためにも怪我人を装うことにしたんだけど⋮
いや、ほら、俺って痛いの大嫌いな訳よね
ってわけで、神経通ってない眼球でも潰しとけばそれらしく見える
?と思った訳よ
あと足にダガー刺しとこうかと思ったけど絶対痛いし、もし逃げら
れることになっても足が潰れてたら無理じゃん?だから最悪どうに
かなる左手を柱に突き刺して﹃逃げてない理由﹄を作ったわけなん
だが⋮
もう、ね。舐めてた。超痛い。イエス様よくこんなの耐えれたね!
しかも両手足!超リスペクト!あまりの痛みにキャラも変わるね!
頭の中身が全部入れ替わったね!
65
この時点でもう俺グロッキーよ。とはいえ眼球には神経ないから痛
くなーい痛くなーいって自分に言い聞かせながら、釘を握った右手
を自分の左目にたたきつけたーっ!俺がんばった!大勝利!
とはいかないのが世の常でしてぇ⋮
あんまりにも怖くて目ぇつむっちゃったのよねぇ⋮
そこからが本当の地獄だ⋮っ!!
ズッキンズッキン痛む左目。瞼ごと貫いた釘が焼き鏝みたいに直接
視神経を抉って、痛みと熱さに過呼吸になるかと思うくらい頭がガ
ンガンして、でも痛くて痛くて気絶もできない。口から鼻から変な
汁が出て、冷たい汗が全身から吹き出した
恥ずかしい話、左目に突き刺さる異物の存在感のせいで失禁しちま
ったともさぁ!
例えるなら、爪と肉の間にカッターナイフの刃が刺さった感じ?歯
茎と歯の隙間にカミソリが当たってる感じ?あーいや、瞼にマイナ
スドライバーをほんの少し押し込んで貰えれば十分分かるかな?
失禁するわ吐瀉物ぶちまけるわで色々ヤバいってか正気がやばくな
ったころに猿の人が現れて、そんでもってあの拷問ですよ。もう、
ね。もう心折れた
殺すなら殺してよーって思いながら糞尿捨て用の穴に三人⋮三匹?
三体を案内して、壁に寄りかかって荒くなった呼吸を整える
もう、無理。痛い。洒落にならないくらい痛い。じゅくじゅく痛む
66
左目の中身とズキズキ痛む左手の穴のせいで気を失いそう。猿の人
たちは﹁ここで途切れてる⋮﹂﹁ってことはこの穴から逃げたのか
?﹂﹁⋮しっかしくっせぇな⋮。よくこんなとこに飛び降りる気に
なったもんだ⋮﹂とか穴を見ながら呟いてるけど、俺限界
早く殺してくれー。自殺する度胸なんかないってば。痛いのは嫌い
だって言ってんのになんでこんな痛い思いしなきゃならないんだか
とか考えながらうなだれてたら、じっと注がれる視線に気付く。⋮
俺を拷問した猿の人が、舌なめずりでもしてんのかっていう凶悪顔
で俺を見下ろしてる件
⋮え、なに。ロリコン?うっわその可能性は考えてなかった!いや
いや無理無理だって処女喪失とか超痛いんだろ無理無理無理。もう
俺ちゃん心折れたからサクッと殺して死姦してくださいお願いします
とか考えてたら、猿の人の顔が近付いてくる。あらやだ意外にロマ
ンチスト?まずはキスからですか?殺してください。そんな視線に
気づいてるんだか気付いてないんだか。猿の人は俺の耳元に顔を寄
せて⋮
﹁⋮⋮お前か?﹂
﹁︱︱︱︱⋮⋮⋮⋮﹂
あ、ららら。
へぇー
ふぅーん
67
ほぉー
鋭いねぇ
でもさぁ
︵⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹃だったら﹄、どうする?︶
痛みはどこかに吹っ飛んだ。挑発的な笑みを口元に浮かべながら、
俺は猿の人の腰に右手を伸ばす。先刻豚の人の解体に使ったダガー
は骨で刃こぼれしたから一緒に捨ててしまった。ならば武器が必要。
︱︱出来れば、とてもよく切れる武器が
あっさり俺の視神経を切断したよく切れる反りの深い片刃の曲剣︱
︱シャムシールのような形のそれに手を伸ばし︱︱
﹁ぐっ⋮!?﹂
右の脇腹に突き刺さった猿の人の拳に、肺の中の空気を全部吐き出
した
﹁がっ⋮!ぐぅっふ⋮ぅ⋮っ!?﹂
衝撃に息が詰まる。横隔膜が突っ張って肺を潰す。のどの奥から酸
っぱい胃液が逆流し、鉄臭い血混じりの胃液はあっさりと口内を満
たし、ごぽりとこぼれた
﹁隊長っ!?﹂
68
﹁なにやってんですか!?白狼とはいえ獣人ですよっ!?﹂
︱︱隊長、か。隊長。部隊を率いる一番強い奴。無能な場合も多々
あれど、ファンタジーなら有能な場合がほとんどな名誉職
⋮こりゃあ相手が悪いや。さくっと殺されよう。出来れば痛い思い
しないですむように
痛みに任せて、俺はあっさりと意識を飛ばす。出来れば、﹃次﹄は
強い畜生に生まれるように祈りながら
﹁⋮⋮脆い、な﹂
あっさりと気を失った白狼の娘を見下ろしながら、モンターはぼそ
りと呟いた
﹁ったりまえでしょう!アホですか隊長っ!?相手は子供ですよっ
69
!?﹂
﹁隊長はノーマルな貧乳好きだと思ってたのに!ロリコンでドSだ
ったなんてー!﹂
﹁リョナとか陵辱とか誰得ですかヤダーッ!!﹂
﹁少し黙れ﹂
脳天気な部下どもに僅かに頭痛を感じながら、モンターはぴくりと
も動かない白狼を見下ろす
先程の反応から見れば、十中八九オルグを殺したのはこの娘なのだ
ろうと確信できる。だが⋮
カマをかけただけの問いかけに過剰反応し、即座に反応した反射神
経はともかく、動きや行動はほとんど素人のそれだ。仮に罠にかけ
た、策を練ったのだとしても、果たしてそれだけで歴戦の猛者たる
オルグを殺すことが出来るのだろうか
﹁⋮⋮おもしろい﹂
仮にコレが擬態だったとして︱︱獣人に、黒狼軍にとって仇なす者
だったとしても、現時点では敵じゃない。敵にすらなり得ない
しかし︱︱実に面白い
素人のくせに強者を打倒する可能性を秘め、しかし武人ではない。
もし上手く育てられたのならば︱︱とても面白い﹃敵﹄に育つかも
しれない
70
そして大きく、甘く実った︱︱強者になったこの娘と敵対するのも、
実に﹃面白そう﹄だ
﹁くくく⋮。思わぬ拾い物だ﹂
くつくつとのどの奥で笑うモンター。それを見て部下二名が戦慄す
るが、それすら気にならないほどに彼は高ぶっていた
﹁ソレを拾って持ってこい。オルグの死体も回収しておけ。俺は先
に戻る﹂
背を向ける。思わぬ戦闘もあったが、貴重な人間の物資に大量の白
狼の死体、そしてなにより育てればなかなか見れるモノになりそう
な娘を拾えたことに、モンターは上機嫌で剣底を撫で、どこか弾ん
だ足取りで上階に向かう。無いとは思うが、あの娘以外にも敵が潜
んでいる可能性もあるのだから
⋮その背中を見送り、気を失って哀れに倒れ伏す少女の身体を抱き
上げながら、部下たちは呟いた
﹁⋮隊長、ロリコンだったんだな﹂
﹁っつかよく白狼なんて抱く気になるもんだ。万が一にも血が混じ
ったらどうすんだか﹂
﹁アホ言え。抱くつもりなんかないんだろ?痛めつけるんだろうよ。
⋮あーなんかすげぇ気分わりぃ﹂
﹁俺も。この娘の容姿がいいから余計に可哀想だわ。10年後に白
71
狼じゃなかったらお願いしてたかもわからんね﹂
﹁お前、それ結構アブナいよ?考えが﹂
無駄口を叩きながらも少女の汚れた身体を水や布で拭って綺麗にし、
適当に見つけてきた布で隠した
彼らは知らない。
その娘が、歴然の勇士たるオルグを打倒したことも
その娘が、モンターに見込まれるほどの才能を有していることも
ましてその娘が、
何よりも、誰よりも﹃殺し﹄を好んでいることも
72
﹃俺﹄と猿の人と︵後書き︶
勘違いモノって難しいね⋮
SAN値直葬だよ⋮
73
俺と黒狼軍と︵前書き︶
モンターさんの種族を
黒猿族↓岩猿族
に変更しました!
わかりにくかったですね、さーせん。ふひひ
74
俺と黒狼軍と
真っ赤な太陽がじりじりと肌を焼き、ポタポタと雨のように汗の雫
が粒になって零れる
ガクガクと震える膝を叱咤しながら、朦朧とした意識でひたすら遠
くなっていく背中を追う。大量に背負わされた獣人の肉や粗悪な鉄
製の武器がガチャガチャと揺れた。体感で20kgはありそうな大
荷物の詰まった背嚢を二個も三個も背中に背負っているせいか、背
中と腰がじんじんと痛む
痛みを我慢して一歩二歩と足を進めるが、倒れ込みそうになる。し
かし、一度倒れてしまったら動けなくなることを知っているから、
足を止めるというわけにもいかない。そうこうする間に前を歩く背
舌無し
っ!!遅れてるぞ!﹂
中は遠くなっていく。いっそ置いていってほしいのだけれど︱︱
﹁
そら来た。前方から響いた怒鳴り声に無理矢理顔を上げ、カラカラ
に乾いた喉から声を張り上げる
﹁あいっ!﹂
﹁なんだその気の抜けた返事はっ!?飯抜きにされたいかっ!﹂
﹁わんっ!!﹂
75
﹁及第点だっ!!走れっ!﹂
﹁わんっ!!﹂
だったらせめて靴くらいくれよっ!と内心で泣きながら裸足で地面
を駆ける。そこら中にゴロゴロと転がる小石や草で何度も切った足
の裏。もうとっくに感覚がなくなったそれはどうでもいいけど、飯
抜きだけはほんと勘弁。食わなきゃ死ね。ぼろ布を巻き付けただけ
の服とも言えない服はびっしょりと汗で濡れて重く、走ってるつも
りなのに一向にスピードが上がらない。
それでも足を止めて待っていた猿の人⋮もとい、モンター隊長はど
こか不機嫌そうに鼻を鳴らし、
﹁歩くな。走れ﹂
と吐き捨てた。
﹁⋮っ、⋮わんっ!!﹂
もうこちとらヤケクソだ。とにかくデカい声で返事をして、モンタ
ー隊長に内心で舌を出しながら追い抜かす。舌無いけどなっ!!わ
ざわざ俺を待っていたのか部隊の最後尾の警戒なのか知らないが、
大分後ろにいたモンター隊長を追い抜かせば、どこか気の毒そうに
俺を見下ろす岩猿族の人⋮部下AとB⋮もとい、スケマルとカクマ
ル兄弟と合流した
﹁大丈夫か?舌無し。少し持つぞ?﹂
76
﹁馬鹿、隊長に見られてみろ。罰則食らうのは舌無しだぞ?⋮こう
いう時はだな、さりげなく俺達の影に入れるんだよ。日差しがマシ
になる﹂
⋮炎天下で金属製な肩当て付きの胸鎧付けて平気そうにしてるんだ
からハンパないなこの人たち。しかも俺を気遣う余裕があるとかキ
ュンキュン。俺の乙女度が3上がった!スケマルカクマルは俺にフ
ラグをたてたった!死亡フラグだけど。
とりあえず2人の好意はやんわりと首を振って拒否しとく。もうこ
こまで来たらランナーズハイ楽しもうぜ!?っつかほんの少しでも
楽したら後々モンター隊長に因縁付けられそうで嫌。
首を振りながら、彼らの歩くスピードとほとんど変わらないスピー
ドでのろのろ走る俺。そんな俺を見下ろしながら罰の悪そうな顔を
する2人を追い抜かす。っつか、俺にあわせてるのか知らないが、
進軍速度が異様に遅いんだけどこれ大丈夫なのかねぇ?
こくろーぐん⋮もとい、黒狼軍第2強襲中隊群。それがこの部隊の
名前。1中隊につき50名の獣人が所属する部隊が5隊で、250
名。それに訓練生250名を加えた総勢500近い獣人の最後尾に
なる。
今回の目標は界境⋮人界と魔界の境目から一番近い都市、︻界境都
市レーリック︼の強襲、鎮圧。既になんちゃらかんちゃらっていう
美人さんの率いる魔人部隊が先行してるので、それに合わせて黒狼
軍⋮もとい、獣人による殲滅作戦を行うらしい。
ちなみに黒狼軍は魔王イザリスに仕える︻将︼、ディンなんちゃら
っていう獣人が率いる部隊で、様々な部族の獣人を纏めた混成軍ら
77
しい
ディンなんちゃらをトップに置き、10人の﹃長﹄︱︱これは大体
各部族の一番偉くて強い人らしい︱︱がその下、実質二番目くらい
の偉い位置に付き、そしてその下に各中隊の隊長が所属する、と
確か部族は⋮月兎族、窮鼠族、魚鱗族、岩猿族、力豚族、有翼族、
巨熊族、甲蟲族、獅子王族、黒狼族、がメインで、﹃長﹄もこの1
0部隊からそれぞれ実力者を選んでるらしい。部族事に﹃大隊﹄と
して集まる場合は﹃長﹄がリーダーとなり、普段は﹃中隊﹄として
部族関係なしに集まって軍として動いてるとかなんとか。中隊を更
に5人編成の小隊に分けることもあるらしいけど、まぁ蛇足
そんな中俺がなにやってるかといえば、まあ雑用︱︱兼、訓練
獣人の掟は大まかに分けて三つ。
﹃戦わざる者食うべからず﹄
﹃強い奴が正義﹄
﹃弱い奴が悪い﹄
の三つだ。いくら今まで人間に奴隷として飼育されていた、なんて
背景があったところで特別扱いなんかされない。俺は当然のように
訓練生の中に放り込まれたんだが︱︱正直言って、レベルが違う
訓練生とはいえ、この中隊群に所属する以上実戦に耐えられるだけ
の実力者、ということだ。平均年齢は15以上、体格もほぼ全員出
来上がってるし、幼い頃から訓練してきた彼らと、ぬくぬく飼い犬
生活送ってきた俺とじゃ基礎体力も比べ物にならない
78
だが、さっきも言ったとおり︱︱特別扱いなんか、されない
通常の訓練生と同じように大荷物を背負い、通常の訓練生のように
部隊真ん中で物資の運搬を担う。だが、体力に劣る俺はどんどん遅
れていき︱︱ついには最後尾だよ。くそったれ
そもそも俺はなんで俺がまだ生かされてるのかも分からないんだ。
三日前、奴隷市場で猿の人⋮もとい、モンター隊長にワンパンチK
Oされて、目が覚めたら訓練生の使うテントの中。とりあえずご飯
︵肉たっぷりのスープ。というか茹で肉オンリーお湯付きみたいな
の。血の味くらいしかしなかったね!まぁ味なんかろくに分からな
いけどね!︶をもらったからそれ食べて、皆が寝るみたいだったか
ら流れに身を任せて寝てたら次の日いきなり大荷物渡されて付いて
来いって言われただけだからね!もうちょっと説明してくれてもい
いと思うな!
ちなみにさっきの部隊やら黒狼軍についての知識は、なんかやたら
構ってくる兎耳生えたおねーさん︵といっても17、18くらいだ
と思う︶のカリーナが教えてくれた。なんか最低限指揮系統が分か
るように頭に入れておけ、って
⋮くっそー。なんかヤケクソで走ってたら頭が痛くなってきた。身
体はふわふわして現実味はないし、全身痛かったのにその感覚すら
ない。どうにか隊員の人にぶつからないように間をすり抜けて行く
けど、それが余計に体力を消耗させてる気がしてならない
﹁⋮っぁ﹂
っとと、んなこと考えながら走ってたら爪先が地面に引っかかった。
ぴしっと体内で音がして、足先に鋭い痛みが走る。痛みにしゃがみ
79
込めば、背中に衝撃。後ろを歩いていた隊員の人に蹴られたらしい、
と気付いたのは、地面に顔から倒れ込んでからだった
﹁⋮っぁぁ∼⋮﹂
鼻ぶつけた⋮。たらり、とまだ塞がりきってない左目の傷と鼻から
たらりと血が零れ、慌てて他の隊員の迷惑にならないように立ち上
がり、歩き出す。白狼族って嫌われ者らしくてさー、意外と皆容赦
なく蹴ったり踏んだりするんだよね。まだ子供なのにぃーしくしく。
なんつって
とにかく歩きながら爪先を見下ろせば、右足の人差し指の爪が剥が
れてた。⋮通りで痛いわけだわなぁ
﹁舌無しっ!﹂
﹁⋮⋮、⋮⋮わんっ!!﹂
空気読めやモンターゴラァッ!ああもうわかった!絶対殺す!モン
ターだけは楽しいから∼とか血が好きだから∼とかじゃなくて絶対
殺す!純粋に恨み辛みでざっくりざくざくしてやるっ!tnkなま
す切りにしてやる!眼球抉ってやる!両手足の爪全部剥がしてやる
っ!⋮⋮⋮⋮⋮いつかっ!
今やっても勝てないしね。無理だしね。今は大人しく言うこと聞く
けどね。ぺっ!
とにかく歩き︱︱出そうとして、ひょいっと首もと捕まれて持ち上
げられた。ぷらんぷらんと足が揺れて、首がしまって﹁にぇっ!?﹂
とか変な声が出た
80
﹁⋮⋮モンター、流石にこれは目に余るよ﹂
頭上から振ってくる女性の声。顔を上げれば、根元は黒いのに全体
的には白い、変な色のウルフヘアの女性が俺を持ち上げてた。獣耳
の形は平べったくも長く、頭の両脇からは角が伸びている
﹁⋮エルドラか。貴様の持ち場はもっと前だろう、隊列を乱すな﹂
﹁そういうわけにもいかないだろうさ、あんたのせいで士気が落ち
てる。いくら白狼とはいえ獣人だ。群れの一員だ。あんたがなに考
えてこんなちみっこい娘いじめてんだか知らないが⋮⋮﹂
そこで、エルドラと呼ばれた女性はぎゅっと俺を抱きしめた。ごわ
ごわした革の鎧を大胆に押し上げる、スイカサイズのおっぱいが頭
を挟み込む。パネェ大きさでございます。大きさのわりにあんま柔
らかくないのが残念だ
﹁⋮こいつの面倒はあたしが見る。元々訓練生の教官役はあたしな
んだ。あんたは教官に向いてないよ﹂
⋮っつか俺を挟んで揉めないでもらえませんかねぇ?いつの間にか
全員足を止めてモンターとエルドラのやり取りを見守っている。エ
ルドラはどこか挑発するように、左手で俺を抱きしめながら右手で
2m程の細槍を揺らす
対してモンターはよりいっそう不機嫌そうに顔を歪めると、挑発す
るように鼻を鳴らした
﹁たかたが角牛族の雌如きが、戦闘種族たる岩猿の俺に喧嘩を売る
81
つもりか?﹂
﹁わりぃけどあたしゃ隊の中の規律を律する役目も担っててねぇ。
年端もいかないガキなぶって愉悦に浸る変態野郎の修正も仕事の内
なのさ﹂
︱︱空気が重い。じっとりとした嫌な気配が周囲をたゆたい、自然
身体が強張る。一触即発の雰囲気に、誰も何も言えない
しかし︱︱そんな空気をあざ笑うように、モンターは口角を上げた
﹁⋮⋮好きにしろ﹂
﹁なに?﹂
存外素直な反応を示したモンターを、訝しげにエルドラは睨む。モ
ンターは喉の奥でくつくつと笑いながら、俺を⋮いや、俺の頭上の
エルドラを、嘲笑した
﹁確かに、俺は教官向きではないようだ。お前がしこむがいい。た
だし︱︱﹂
にたぁり、と口元が裂けた。どこか濁った⋮それでいて純粋な、そ
んな矛盾した笑みを浮かべながら、モンターは吐き捨てる
﹁﹃ソレ﹄を見誤らぬよう⋮気を付けろ﹂
その目は、確かに俺を捕らえていて︱︱まるで、俺に⋮猟犬に向か
って﹁狩ってこい﹂と命じる、猟師のような︱︱
82
﹁あたしが何年教官やってると思ってんだい。行くよ、白いの﹂
﹁⋮ぉ?ぁぅ?﹂
急に現実に引き戻されて変な声でた。エルドラは目を白黒させる俺
に小さく笑うと、モンターを最後に一睨みして俺を俵担ぎした。そ
のまま肩を怒らせて歩き出し、周囲の止まっていた隊員たちもまた、
再び歩みを進める
⋮なぁんかなー
俺を担いで歩く人の良さそうな女性を見つめる。わざわざ助けに来
てくれたんであろう彼女には感謝してる。あのままだといつ体力が
尽きて死んでもおかしくなかった。だから助けに来てくれたのは感
謝してるけど︱︱
︻悪人︼殺すより、︻善人︼殺したほうが楽しそうなんだよなー⋮
悪人やモンターのように個人的な怨みがある対象殺すのはスカッと
するだろう。でも、善人殺すときは自分のなけなしの良心との戦い
だぜ?超わくわくする!
いつか殺したいなーエルドラさん。まだまだ無理だろうけど。だっ
てエルドラもなんか超強そうだよ。そういう意味じゃ、モンターの
とこで訓練︵だったのかな?︶続けたかったかもかーもってねー
世の中うまくいかないもんだなぁー、なんて考えながら吐いた溜め
息は、カラカラに乾いた口の中を余計に乾燥させた気がした
83
俺とカリーナと︵前書き︶
84
俺とカリーナと
ぶらぶら足を揺らしながらエルドラに運ばれる。楽なのはいいけど
なんか悔しい。えっと、多分俺の体重が30kgないくらいで、2
0kg近いだろう背嚢が三つだから⋮片手で100kg近くを軽々
運んでるわけか。ファンタジー過ぎて笑いも出ないねー
とにかく運ばれること数分、隊列の真ん中あたり、訓練生たちのい
る位置まで来ると、見慣れた金色のふわふわした髪がぴょこりと揺
れ、ぴょこぴょこと忙しない動きで近寄ってきた
﹁うわーんシロちゃん昨日よりボロボロだぁーっ!?あのふぁっき
ん猿隊長っ!ふぁっく野郎だね!﹂
ピーピー騒ぎながらエルドラの手から俺を奪う兎耳の生えた金髪美
少女。大きくて澄んだ翡翠色の目には大粒の涙が溜まり、どこかゆ
ったりとした白いふわふわしたローブが汚れるのにも構わず俺を抱
き締めた
﹁あぃーあ⋮あうい⋮﹂
でも、思いっきり炎天下なんですよねー。毛皮っぽいローブとわり
とグラマーで体温高い金髪美少女⋮月兎族のカリーナの身体は、疲
れきって火照った身体にはちとキツい
﹁えっ!?ごめんなんて言ったの!?ごめんねごめんね聞いてなか
った!ふぁっきんお姉ちゃんでごめふぎゃっ!?エルドラさまなに
85
するですかふぁっく!﹂
姦しく1人で喋り続けるカリーナの頭にエルドラの槍がめり込んだ。
エルドラは呆れたように肩を槍で叩きながら顔をしかめた
﹁今は訓練中だよ。白いののことを報告したことは一応褒めてやる
けど、調子に乗るんじゃない。荷物二倍!駆け足!﹂
﹁ふぁっく!了解しました!じゃあ後でねシロちゃんお姉ちゃん頑
張るからね!﹂
言うなり俺を地面に下ろし、俺が背負いっぱなしだった背嚢をひょ
いひょいっと自分の背中に背負い、特に辛くもなさそうに駆け抜け
ていくカリーナ。⋮なんか凹む。俺主観ではガキのカリーナにすら
体力でぼろ負けしてんのか⋮
﹁全く⋮。ヤツは最年少の末っ子で落ちこぼれだからな、貴様のよ
うな後輩が出来て嬉しくて仕方ないんだろう。餓鬼扱いされるのが
嫌なら必死で食らいつけ﹂
いやぶっちゃけカリーナとかどうでもいいんだけども。鍛えるけど
ねー。ファンタジー世界なんだから殺しまくれるぜヒャッハーとか
妄想してた自分をさっくりヤリたい。ファンタジー世界なんだから
油断してたらあっさりさっくりヤラレるんですね分かります。あ、
やべ。返事しなきゃ
﹁わんっ﹂
﹁⋮⋮普通の返事で構わない﹂
86
﹁あい﹂
頷く。勢いよく頷きすぎて左目からたらり血した。真っ赤に染まっ
た顔に巻かれた包帯が煩わしいが、取り換えようにも替えの包帯が
ないし、眼窩に詰め込まれた布を引っ張り出すとか無理無理無理
﹁⋮包帯を変える。付いて来い﹂
とか思ってたら早速ですかぁーっ!?いやいや無理無理。三日近く
この状態よ?それなのにたらり血するのよ?傷口に布が癒着してる
だろうから絶叫レベルだよっ!?
﹁いいえふ﹂
﹁いいから来い。上官の命令に口答えするな﹂
言いながらひょいっと俺を小脇に抱えて歩き出すエルドラ。口答え
するなっていうわりには優しいねー。その優しさが痛いけどねー。
絶好のぶっ殺チャンスだけどモンターの野郎を殺すまで死ぬわけに
はいかなくなったからなんも出来ねぇ。そもそも武器がなかった。
あぼーん
エルドラはそのままてくてく歩き、地上10mくらいをバサバサ飛
んでた頭がスズメっぽい鳥の人を呼ぶ。鳥の人は頭がでっかい鳥で、
身体は人間なのに背中に羽があって、両足が鈎爪みたいになってい
る化け物チックな外見をしている。あとちっちゃい。男女関係なく、
なんかちっちゃい。雌の子はロリだよロリ。むしろペド。外見的に
は耳が羽っぽくなっているのと、足が鈎爪状になってることを除け
ばまんま7、8歳くらいの女の子にしか見えない
87
しっかし鳥かぁ⋮。やっぱ空飛ぶためになるたけ軽くしなきゃなら
ないのかね?っていうか卵生なの?鳥ってことは卵生なの?やーん
知的好奇心で解体したい!なんつってー。知的好奇心とかどうでも
いいよね、うん。エルドラのお陰で安全が確保されたからか、思考
があっちいったりこっちいったり忙しいなぁ
俺がぼんやりとそんなことを考えている内にエルドラは高度を落と
した鳥の人から緑色の変な液体を受け取り、俺を抱え直す。⋮っか
しいなぁ。緑の液さぁ、しっかりビン詰めされてコルクでがっつり
密閉されてるのに、妙にその⋮なんつうか⋮臭うー
思わず鼻を押さえていやいやと首を振ると、エルドラは少し驚いた
ような顔をした。そして手の中の瓶と俺の顔を見比べ、﹁これか?﹂
とビンを揺らす。濃厚なメンソールと雑草をドブですり潰したよう
な匂いに涙が浮かんできた
﹁⋮随分鼻がいいね﹂
﹁う?﹂
﹁一応密閉されてるしね、そんな反応するのは力豚か黒狼⋮ああ、
そうか。あんた﹃白狼﹄だったね。あんまりにもアレだから忘れて
たよ﹂
⋮なんか馬鹿にされてる?別にいいけどさ。首を傾げたまま見上げ
ると、彼女はビンをくわえ、片手で無造作に俺の顔の包帯をはがし
ていく。ちなみに一連の工程は歩きながら行われているのであしか
らず。周りの獣人はいっさい興味を示さずひたすら行進中だ
血に染まった包帯が取られ、どろりとした粘性の高い血の固まりが
88
ドロドロと左頬を伝い、腐りかけたような血の臭いに頭がくらくら
する。その隙にずるり、と体の内側から音がする。左目から引き抜
かれた血の塊と化した布に眼窩を擦られ、ぞくぞくと背筋に電流が
走り、尻尾と足がピンッ!と伸びた。﹁ふぎゃうっ!﹂と悲鳴を上
げても、エルドラは眉一つ動かさない
﹁酷いね。化膿はしてないけど⋮傷口を焼いたね?跡が残るしずっ
と痛むよ。神経がズタズタだ。本部に戻ったらちゃんと処置しても
らいな﹂
﹁⋮あい﹂
ぽっかり空いた空洞を風が撫でる。左目に残る熱が痛みになって脳
髄を焦がす。右目から涙がこぼれ、じんわり浮かんだ涙が左目の中
に溜まっていく。それにいっさい頓着せず、キュポッと口にくわえ
たビンのコルクを抜くエルドラ。濃厚な薬臭さに更に顔をしかめる
俺を全く見ずに、エルドラは言葉を重ねる
﹁あんたにはこれから二つの道がある。一つはこのまま黒狼軍に入
り、訓練を受けて魔界のために働く道。もう一つは集落で子供を育
てる道⋮だが、あんたの集落⋮白狼の集落は今どこにあるのかも分
からない。だから、どこかの集落で引き取ってもらうことになると
思う。そうなったら迫害されるのは覚悟しな。﹃腰抜け﹄の白狼が、
軍からすらも逃げ出したって言われるだろうからね。集落に引き取
って貰いたいなら右手、軍に残るなら左手を上げな﹂
俺の左目の中に薬指できしょい液体をこすりつけながら言うエルド
ラ。ぞくぞくっと背筋に怖気が走り、﹁あっ、ひっう⋮!?んあぁ
⋮﹂とか喘ぎ声っぽいのが漏れた。いやんはずかちー。ってそれよ
りも実質選択肢1つじゃないですかやだー。まあどっちにしろ軍に
89
入るけどね?せっかくのファンタジー世界なのになんでわざわざ平
和に暮らさなきゃならんのか。迷わず左手を上げる俺に、エルドラ
はほう、と息を吐いた
﹁あれだけモンターにいびられといて残りたいなんてねぇ⋮。そう
いう趣味⋮ああ、いや、すまん。冗談にもならないね。⋮あんた、
奴隷だったんだもんね。⋮そうか、そうだね、慣れてるのね⋮﹂
⋮⋮なんか勝手に変な勘違いしてなーい?俺Mの人じゃないよー。
いや、血とか肉とか大好きだけど、自分の血肉でもオーケーな人だ
けど、痛いのは大嫌いだからね?誤解を解くためにも軽くエルドラ
の背中を撫で、にっこり笑っておく。あんまりふざけたこと言って
んじゃねぇぞゴラァ。笑顔は攻撃感情だって知ってるかい?
﹁⋮⋮悪いね。まぁ、安心しな。モンターみたいな糞野郎はあんま
いないよ。真っ当な訓練しかしないから安心しな﹂
軽く笑いながら俺の手当てを続けるエルドラ。⋮分かってないなコ
イツ。多分俺のこと勘違いしてる。奴隷っつー境遇にあったせいで
Mの人になった可哀想な女の子を見る目で見てる。⋮まぁ、いっか、
別に。この回らない舌じゃ弁解もできやしない
﹁まぁ、アレだね。あんたはまだ身体も出来ていないし、この作戦
中は座学を中心に仕込むよ。一流の戦士たる者脳筋じゃやっていけ
ないからね。毒や薬の知識、傷の応急処置やサバイバル知識に人体
の構造、効率的な人間の殺し方に武器の手入れの仕方、それから剣、
槍、斧、弓、無手での格闘術の訓練から行くよ。体力もつけなきゃ
だけどね。ちゃんと付いてくるんだよ?﹂
﹁あいっ!﹂
90
元気よく返事すれば、﹁いい返事だ﹂とエルドラは薄く笑った。や
だトキめく⋮きゅんきゅん。筋肉ムキムキのばいーんでぼいーんな
お姉様がにかって笑うとその腹筋をナイフで貫きたくなるよね。もえ
﹁とはいえまずは傷を治さなきゃだね⋮。ああ、そうそう。︻獣技
/ビーストアーツ︼はいくつ使える?﹂
﹁⋮えっ?﹂
﹁うん?﹂
⋮なにそれ知らない
91
俺とカリーナと︵後書き︶
舌無し
シロってのは名前じゃないよ!あだ名だよ!
いまのところ主人公︵笑︶の名前︵︶は
だよ!
92
俺と獣人と
︻獣技/ビーストアーツ︼。
それは野生の力を失った獣人が、かつて世界に君臨していた︻大い
なる獣︼の力を借りて、一時的にその力を振るう獣人の秘奥
基本的に無手の状態から繰り出される︻獣技︼は、例え非力な子供
であろうとも樹木を薙ぎ倒し、自然の摂理を無視して非常識な現象
を体現する
また、種族ごとに使える︻獣技︼と使えない︻獣技︼があり、各部
族毎に正真正銘、他の部族には伝えてはいけない﹃秘奥義﹄もある
という
﹁︻大いなる獣︼に認められさえすれば、子供だって使えるさ。た
だし︻大いなる獣︼は全ての獣人の﹃内側﹄にいる。自身の身体を、
魂を鍛え上げ、己の中にいる︻大いなる獣︼と対話する。それが︻
獣技︼を使うために一番大切なことだよ﹂
とエルドラは言った。いまいち合点がいかず、首を傾げて腕を組む
俺にエルドラが見せた︻獣技︼は、正に圧巻だった
3mくらいはあるだろう巨岩が、宙を舞ったのだ
彼女が使った︻獣技︼は、彼女の種族⋮恐らくは牛をモデルにした
のであろう、角牛族に伝わる一番基本的な︻獣技︼・﹃角獣の角﹄。
93
手足に︻大いなる獣︼の力を宿し、強靭な脚力で接近、拳による下
から上への突き上げを行うだけの技
しかし、俺は見た。エルドラの輪郭をなぞるように、巨大な雄牛が
暴れるのを
言ってしまえば、走り寄って思い切りアッパーをかますだけ。半透
明の雄牛は、マタドールでよく見るように、突進してきた牛が頭を
振って相手の体を持ち上げる。そんな単純な技
しかし︱︱巨岩は、宙を舞う。その中心に、小さな拳の跡を残して。
ずずんっ!と腹に響く巨岩の落下音に、目の前で繰り広げられたフ
ァンタジー極まりない光景に、しばし俺は口を半開きにして呆けて
しまった
そしてエルドラは言う
﹁ある程度身体を鍛えて、敵を殺して、その肉を食うようにしてれ
ば勝手に︻獣︼の方から話しかけてくるはずだから、後は︻獣︼に
聞きな。あたしは﹃白狼﹄の︻獣技︼なんか知らないからね﹂
⋮⋮やばいなぁ
モンターを殺す以外に目標が出来てしまった
俺は、︻獣技︼を学びたい
何故ならば︱︱
94
﹁シロたん、聞いてる?ねぇねぇふぁっきんシロたん、聞いてる?﹂
﹁ふぁっ!?﹂
急に現実に引き戻され、身体がびくつく。つんつん、と脇腹をつつ
く仄白い指がなんとも恨めしい。じとってした目で睨めば、さっき
からどうでもいいことをペチャクチャと話していたカリーナはぱぁ
っと顔を輝かせた
﹁ふぁっく!シロたん悲鳴かわいいね!またぐらがいきりたつね!
しなびたじじいのぽーくびっつもあっというまにういんなーだぜ!﹂
﹁⋮⋮うっあい﹂
﹁へっ?えっ?なんて言ったの?ねぇねぇなんて言ったの?﹂
果てしなくウザい
時刻はもう日が暮れ、野営の準備が整った頃。とは言えテントなど
という文明的なものなど存在しない黒狼軍は、せいぜい竈を作り、
火を焚き、ぼろ布を敷き詰めて寝床を作った程度のモノだ。雨が降
ったらどうするのだろう
訓練生第44班。俺とカリーナ、そして未だに自己紹介すらしてな
いでっかい熊の人が所属する班もまた、野営の準備を終え、食事の
準備を始めていた
熊の人⋮2mくらいのでっかいリアル仕様の茶毛のテディ・ベアが、
左胸だけ厚い鉄板で覆う、薄い金属をベルト状に伸ばした鎧を着て
いる姿を想像してもらえば大体あってる、そんな感じの熊の人は、
95
俺に一切視線を向けず、鋭い爪で腐りかけた肉の塊をざくざくとぶ
つ切りにしていく
その隣で脳天気に粗悪な青銅だかなんだかわからない、妙な金属で
作られた鍋で湯を沸かしているカリーナ。さっきから木製の匙で鍋
をかき混ぜながら、にこにこ笑顔で俺に話しかけてくる
そして俺は何をやっていいのか分からないので、とりあえず布をし
きつめて寝床を作りつつ、左手やら両足の怪我の様子をチェックし
たりしていた
何気にこの三人で鍋を囲んだり寝床を共にしたりすること三日間。
熊の人はカリーナにも俺にも一切話しかけず、ただ自分の仕事?ら
しきものばかり黙々とこなしている。無口な人?職人?ニヒルな俺
かっこいい!な人?感じわりぃ
俺が熊の人を見つめているのに気がついたのか、熊の人はギロリと
剣呑な目で俺を睨む。蜂蜜色の瞳が、まるで俺を⋮俺とカリーナを、
侮蔑しているようで︱︱眼球抉って匙を脳みそに突き立てたい
見つめ合う俺達。熊の人はちっ、と舌を鳴らすと視線を逸らして再
び肉を刻む。どこか剣呑な雰囲気に、脳天気に俺にちょっかいかけ
続けていたカリーナがどこか遠慮がちに口を開く
﹁えっ、と、マルク⋮さん。お湯は煮え⋮ました、けど﹂
﹁⋮⋮﹂
無言で頷き、土が付いたままの肉のぶつ切りを豪快に鍋にぶち込む
熊の人。咄嗟に後退りつつカリーナの襟首を引っ張り、お湯跳ねを
96
避ける
⋮⋮感じわるっ
﹁⋮⋮シロちゃん!左手そんなんだと食べ辛いよね!お姉さんが食
べさせてあげましょう!ってしまった!フォーク忘れた!フォーク
借りてくる!﹂
無言で睨み合う俺達にいたたまれなくなったのか、カリーナは慌て
たように立ち上がってぱたぱたと駆けていく。しばし、無言の時間。
で落ちこぼれの疫病神と、
舌無し
で
肉が煮える音と、周囲で仲良く歓談する他の訓練生の班の笑い声だ
けが聞こえる
七光り
の白狼が﹂
﹁⋮⋮兄貴の
腰抜け
ぼそっと呟かれた熊の人の言葉。明らかに喧嘩売られてるけど、熊
の人も強そうなんだよなぁ⋮。黙ってそのまま熊の人のプリティフ
ェイスを見つめていたら、熊の人は盛大に顔をしかめた
﹁聞いているのか。お前だ、お前。なぜ俺が貴様らみたいな役立た
ずの面倒を見なきゃならないんだ。くそっ、班決めの前の日にウィ
ズルの糞野郎に勝ってれば⋮っ!!エルドラ様もエルドラ様だ。貴
様のような能無し、捨て置けば良かったんだ。そうすれば、モンタ
ー様が貴様を殺してくれたのに﹂
ぶつぶつ口の中で呟かれる恨み言。にしてもカリーナ落ちこぼれな
んだ。へぇー。で、この熊の人は優秀なんか知らんがお守りを任せ
られたと?くだらねー
97
余りのくだらなさに眉尻が下がる。熊の人の情けなさもそうだけど、
なによりめんどくさい。カリーナが構ってくるのもウザイしこうし
てぐだぐだぐだぐだ愚痴こぼされるのもウザいことこの上ない。呆
れを通り越した心境で熊の人を見つめていたら、でっかい身体をプ
ルプル震わせながら熊の人は俺を睨んだ
﹁⋮なんだ、その目は⋮っ!俺を、俺をお前らみたいな落ちこぼれ
の役立たずと一緒にするな⋮っ!カリーナだって、﹃長﹄さまの妹
君で無ければ︱︱﹂
﹁ふぁーっくっ!ただいまシロちゃん!マルクさんもご苦労様⋮っ
て肉煮すぎじゃないですかっ!?﹂
いきなり熊の人の後ろに現れたと思ったら、きゃーっ!とか叫びな
がら鍋を竈からどけるカリーナ。⋮熊の人はちょっと慌て気味に﹁
あっ、い、いやその⋮す、すみ、ません⋮﹂とか頭を下げてる。非
常に屈辱だとでも思ってるのか、嫌そうに歪んだ顔が印象的だった
オラなんとなく2人の関係分かったぞー
まずカリーナにはお偉いさんの身内がいる、けどカリーナ自身は無
能、だから﹃強さが正義!﹄な獣人から見ると、虎の威を借る狐は
めっちゃ許せねー、だからお前なんか嫌いだぜ!ってのが熊の人、
そんな熊の人の態度を察してるから⋮あるいは自身が無能だって自
覚してるから、強く出ることが出来ないカリーナ、って感じなのか
な?しかもさっき﹃長﹄云々言ってたから多分カリーナの身内は相
当強いんだろうなぁ、なぁんて
﹁あっ、えっ、その⋮と、とにかく食べましょう!睡眠時間は確保
しておかないと明日に響きますし!えっ、と⋮誰から見張りやりま
98
しょうか?﹂
﹁⋮⋮では、俺が。4時間後に起こさせていただきますので﹂
⋮おーっ、それっぽい会話ー。ちなみに訓練生の班は本来5人編成
で、翌朝まで誰か1人が寝ずの番、次の日は違う人が寝ずの番、っ
てやるのが普通みたい。でもこの班は最初から2人しかいなかった
から、両方とも毎日睡眠が取れるように時間ごとに交代してるみた
いだよ!まぁ俺が途中参加したから長めに睡眠時間取れるようにな
ったみたいだけど
夜が明けるまで約12時間。さりげなーく一番楽なポジションを奪
取する熊の人ったらすってきー
﹁あっ、はい!わかりました!それなら片付けはカリーナがやって
おきますので、マルクさんはエルドラさまに報告お願いします!で
は食べましょう!ぐつぐつ食べましょうっ!!﹂
無理矢理テンションを上げてにこにこ作り笑いを浮かべるカリーナ。
ぎくしゃくしたカリーナと熊の人を冷めた目で見つつ、視線だけで
昼間カリーナに持って行かれた俺の荷物を探す
アレの中には質は悪いがダガーや直剣が入っていたはず。こんな一
触即発の空気の中で、脳筋ってか俺たちゃつえー!な奴らに丸腰で
囲まれるとかぞっとしない。それとは別に刃物を持ってるとなんか
安心するよね
﹁シロちゃん!どうかした?どうかした?速く食べなきゃ休む時間
少なくなるよ?﹂
99
はいどーぞ!とスマイル0円で差し出された木のお椀。そこにたっ
ぷり入った肉と骨と血の塊。僅かに肉汁の油と灰汁が浮いた汁も入
ってるが、いい加減まともな料理食いたい。奴隷市場での生活の方
がまだマシだったよ。昨日までは身体を回復させるためにも脇目も
振らずに食うしかなかったけど、今日は体力に余裕があるからちょ
っぴり贅沢したい
まあ無理ですけどねー。諦めて右手でお椀を受け取り、無言で地面
に置く。フォークを持ったカリーナが残念そうに、そしてマルクが
侮蔑の視線で見つめてくるけど気にしなーい。この年になってカリ
犬食い☆
ーナに食べさせられるとか羞恥プレイで死ねる
だからLet's
幸いにもこの身体には舌などない!軽く口内を火傷しそうになりつ
つ、歯を使って肉に噛みついていく。周囲の他の訓練生からも侮蔑
とも嫌悪とも付かない視線が注がれるけど、これも三日目ですし?
慣れるよねー
ハフハフと口の中で熱の塊も同然の肉を噛みながら、お椀の中を見
下ろす。真紅の瞳と目があった。⋮えっ、ちょっとたんま
100
⋮えっ?
眼球?
紅い、紅い瞳。まるで俺と同じような、俺の母親と同じような、白
狼族のそれと同じような、真紅の瞳
そっとカリーナに、そしてマルクに視線を向ける。なんの気兼ねも
なく、同然のようにフォークを突き刺され、持ち上げられる肉の塊。
よくよく、本当に注視してみれば︱︱見慣れたパーツがチラチラと
鍋の中に視線を落とす。皮膚を剥がれたそれは、動物の肉と変わり
ない。昨日も、一昨日も、そして今朝も、今日の昼も。全て食事は
肉だった。肉が苦手らしいカリーナはもしょもしょと嫌そうに、熊
の人はガツガツと豪快に、俺は体力を回復するためにも必死で、死
に物狂いで嚥下した、肉の塊
︱︱どうもそういうことらしい
余りのことに硬直していたら、カリーナが気がついて、首を傾げた
101
﹁⋮もしかして、眼球きらい?昨日とかは普通に食べてたじゃない。
でも、シロたんが嫌ならカリーナ食べるよ?どうする?﹂
平然と、カリーナが眼球を持ち上げた。自然それを目で追えば、カ
リーナはソレを口の中に︱︱
気がつけば、身体が動いていた
﹁⋮⋮⋮っ﹂
﹁むにーっ!?﹂
カリーナの口内に消えた眼球を求めて、その口の中に指を突っ込む。
突然のことに目を白黒させるカリーナに一切頓着せず、未だ潰れず
にいたよだれでテラテラ光る眼球を炎の明かりに照らす
﹁なゃ、にゃにが起こりましたかーっ!?えっ!?なにカリーナが
シロたんのこと怒らせた!?好きだから後にとっておいただけーっ
!?﹂
わたわた慌てるカリーナ。ぼんやりと、それを横目に捉えながら見
つめる。右の手のひらでコロコロ転がる真紅の瞳と、目を合わせる
キレイに神経を切除されたソレは、酷く美しくて⋮もったいないな、
と思った
けれどそのまま見つめ合っているのももどかしくて︱︱口の中に、
いれた
コロコロと、舌のない空間を転がる眼球。歯でそっと押しつぶすが、
102
意外に強度がある眼球は口の中でくちゅりと逃げる。人間のそれよ
り大分尖った大きな犬歯で、ゆっくりと眼球を潰していく
⋮⋮ぷちゅっ
と、口の中で眼球が潰れた
潰れた眼球の中から熱い、とても熱い液体が溢れる。まるで涙のよ
うなそれは、味がしないはずなのにしょっぱい気がした
くちゅりと潰れ、どこかプリプリとした感触で頬を擽る眼球だった
モノを、中から溢れた体液を、そっと喉の奥に流し込む。酷く熱い
液体で、口内を、喉を焼く
⋮ごくり、とそれを嚥下し、ようやく吐いた息は⋮酷く熱くて
めっちゃくちゃ落ち込んだ
⋮いやーこの発想はなかったわー。いやほんと、目から鱗が落ちる
思いだ
殺すだけ殺すことしか考えてなかったから、殺してから食うとか考
えてなかった
いやーなんかいいわー。獣人。なんつうか新触感?新展開?新たな
扉を開いた感じ?
殺した相手を、死んだ肉でしかない﹁ソレ﹂を、再び蹂躙し、支配
するその征服欲。⋮これは癖になりそうだ
103
これから殺した相手は積極的に食べるようにしよう、︻獣技︼を覚
えるためにも役に立つかもわからんしね!
そんなわけで新たな扉を開いた俺は、機嫌よく尻尾を左右に振りな
がら、少し冷めたかつての奴隷仲間︵だと思う︶の肉に食らいついた
104
俺と獣人と︵後書き︶
マダ、人食イジャナイヨ︵獣人だから
105
公歴1185 黒狼軍︵前書き︶
タグ編集いたしました!
106
公歴1185 黒狼軍
﹁なんか、隊長変だよなー﹂
﹁だなー﹂
スケマルとカクマルは鍋で先日の白狼の肉を煮ながら顔を見合わせ、
日課の1人での過酷なトレーニングをするために席を外している。
他人にも厳しいが、自分には人一倍厳しい雄、それが自分たちの敬
愛する隊長だ。だからこそ、違和感を覚える
﹁やっぱアレかねぇ、ライザーの野郎に﹃長﹄の座を取られたのが
気に入らないのかね?﹂
﹁絶対隊長が次の﹃長﹄だと思ってたのになぁ⋮﹂
やさおとこ
彼らの脳裏に浮かぶのは、一見強いようには見えない岩猿族の優雄
⋮ライザーの姿。ほんの一ヶ月前、ライザーとモンターが﹃長﹄の
座を巡って繰り広げた激闘は、今も彼等の心に焼き付いている
﹃強さ﹄こそが獣人の正義。相手が自分よりも強いのならば、例え
恋人や親姉妹を無理矢理奪われても文句は言わない。言えない。だ
からこそ﹃強い﹄獣人は、強ければ強いほど高潔な人物が多い
スケマルはふと、ライザーの同類⋮女にだらしなくてやる気がなく
てそのくせ腕だけは確かな、月兎族の﹃長﹄を思い出してため息を
吐く。近頃の若い﹃長﹄には、品性ってもんが足りない、と
107
だからこそ彼らは、ただひたすらに、愚直にストイックに﹃強さ﹄
を極めんとするモンターに心酔しているのだ
しかし、だからこそ理解できない
﹁なぁーんであんな雌ガキいびってるんだろうなぁ⋮﹂
﹁正直あんま見たくないわぁ⋮﹂
はぁ、と重苦しい溜め息が重なった
舌無
舌無し
と呼ばれる少女。あんな幼い少女を、ただひたすらに痛めつけ
彼等から見ても﹃弱い﹄⋮。ただ保護欲をくすぐるだけの、
し
ているモンターの姿は、見たくなかった。正直に言えば、
が死のうが殺されようが自分達にとってはどうでもいい。だが、
モンターの急激な変化を思えばこそ、やるせない気持ちが湧いてでる
﹁まぁ、でもアレだ。エルドラの姉御が引き取ってくれたし、もう
大丈夫だろ﹂
﹁だなっ!⋮にしても舌無しなんか鍛えてどうするんだろうなぁ。
たった3日の行軍でへばってたのに﹂
﹁⋮いや待て、どっち方向に鍛えるのかは、まだ分からないぜ?﹂
﹁⋮⋮えっ、おまっ、その考えは危ないよ?えっ、なにお前、幼児
趣味?﹂
スケマルはカクマルの言葉に隠された意味に気がついて心なしか距
108
離を取る
エルドラが教えるのは、なにも戦うための手段だけではない。戦闘
向きの性格や能力を持たない者には、戦場での戦士たちのサポート
をするためのあらゆる手段も教え込む。武器を整備する専門職や、
料理の専門職、拠点構築や偵察など、戦場で﹃やらねばならぬこと﹄
は多岐に渡る
そんな中そこそこ重要な役割を成すのが︱︱﹃夜﹄の専門職だ
使う
場合もあるが、ほとんどは
戦いによって気が高ぶった戦士の心を身体を使って癒やす慰安婦。
余程切羽詰まっていたら人間を
嫌悪される。しかし、一度戦いが始まると自分ですら自身を制御で
きない者もいるため、慰安婦の存在は必須だった
カクマルは少なくとも見た目は子作りが出来なさそうな舌無しを相
手に﹃夜﹄の想像をしたのか、とスケマルがどん引きしていると、
カクマルは焦ったように﹁ちっ、違う!誤解すんな!﹂と首を振った
﹁ほら、あいつ人間に飼われてたじゃん?だからそっち方面にゃ詳
舌無し
の姿を
しいだろうし、得意な方面伸ばすのかなぁって思っただけだ!﹂
﹁あ、ああ、なるほどな⋮﹂
しかし、得意な方、ねぇ⋮。とスケマルは脳裏に
思い描く
︱︱ピコピコとせわしなく動く耳が、彼女の好奇心の強さをアピー
ルし、今は一つしかない大きな瞳はどこか無邪気に輝いていた。こ
とあるごとにすんすんと匂いを嗅ぎながら尻尾を振る姿は外見以上
109
に幼く、けれど黙って座っていれば妙に大人のようにも見え、泥に
汚れ、汗と血でベトベト張り付く肌は、けれどどこか蠱惑的だった。
肉付きが薄く、全く膨らみのない胸も尻も、まったく性を意識させ
ないのに、わずかな仕草の端々にどこか大人びた⋮まるで雄を誘う
ような︱︱﹁俺はもう駄目かもわからんね﹂
﹁どうしたいきなり。なんか尋常じゃなく落ち込んでるけど﹂
いきなり落ち込みだしたスケマルに今度はカクマルが引いた。ブツ
ブツと﹁違う違う違う俺は健全だ。健全な貧乳好きだっていうか岩
猿はみんな貧乳ぺったん尻好きだ大丈夫おれそんなんじゃない﹂と
か呟いてる十年来の幼なじみに不気味なモノを感じながら、とりあ
えず完成した鍋から肉を取り出していく
﹁にしても隊長遅いなぁ、いつもならとっくに帰ってきてるんだが
⋮﹂
カクマルは、見渡す限り獣人しかいない夜の荒野に、小さく三度目
の溜め息を吐いた
110
﹁くくっ⋮﹂
モンターの喉の奥から笑いが漏れた。月の明かりに照らされながら、
彼は無心に曲刀を振るう
思い描くのはまだ幼い娘。白い髪、華奢な手足。けれど向けられた
明確な殺意
まだ手足が短い娘の足を払い、あっさりとその首を跳ねる。遅いし、
直情的な行動。見切るのは容易い。ただ自分の武器を奪うことしか
考えてなかったあの時のように、容易く無力化する
これではつまらない。ならば数年成長させる。記憶の片隅にある黒
狼の娘の平均的な身長、手足の長さ
まだ拙い技術。しかし狙ってくる場所は常に急所。ほんの少しでも
油断すれば、致命的な一撃を食らうだろう
加えて、体力
まだ幼い、10かそこらの年齢で、仮にも長年訓練してきた黒狼軍
の行軍に食らいつくスタミナ。
どんなに虐げられても、どんなに追い詰められても決して挫けぬ精
神力
未だあの娘は幼い。しかし、しかしだ
111
あと5年も経てば、技術を得れば、身体が完成すれば、リーチが長
くなれば
想像する。イメージで浮かび上がる娘の影。武器はなんだろうか、
やはりナイフか短刀か。少なくとも切れ味のいい武器が必要だろう。
白狼は体力はあるが、筋力はない。叩き切る直剣ではなく、撫で切
る刃が必要だ
少女が動く。速い。猫科の獣人ほどの瞬発力はない。瞬間的な速さ
ならば、もっと速い獣人はいくらでもいる。だが、四方に跳ね回る
ようにして走る娘の速度は、全く衰えない。狼の、犬科の狩りは、
獲物が弱るまで追い回すことから始まる︱︱きっとあの娘も、そう
するだろう
避ける、娘の握ったイメージの短刀が、内股を狙う。あまり知られ
てはいないが、内股は頸動脈と同じくらいに太く重要な血管がある。
そこを狙われれば、避け難さも相まってなぶり殺されかねない
だから、大きく後退して短刀のリーチから外れる。コンパクトな動
きで内股を狙い突き出された短刀を、曲刀にて打ち据える︱︱つも
りが、瞬時に真横に転がった娘が、再び走る。あっという間に背後
に回り込まれ、短刀が翻る
それに後ろ回し蹴りを叩き込み︱︱イメージが、ブレた
思わず、目を見開く
忙しなく動き続けたせいで息が上がっている。しかし、それよりも
一瞬見えたイメージは、肝を冷やすには十分だった
112
回し蹴りに合わせて振るわれた短刀が、足の健を断ち切るイメージ
過大評価かもしれない。だが、5年。たった5年本気で鍛えれば、
あの娘には自分すら下す可能性があるかもしれない。少なくとも、
モンターはその可能性の片鱗を見た
アレの殺気が、殺意が、モンターの脳裏にアレに敗北する自分の姿
を見せた
﹁⋮⋮くはっ、﹂
くつくつと笑う。未だ可能性。芽すら出ていない、ただの才能の片
鱗。しかし⋮無視するには、余りにも惜しい
﹁全く、いい拾いモノをした﹂
ほんのりと浮かんだ冷や汗を拭い、曲刀を鞘に収める。カチン、と
留め具が音を鳴らし、モンターは背中に刺さる視線に問い掛ける
﹁いつから角牛は覗き趣味になった?﹂
﹁抜かしな。びゅんびゅんびゅんびゅん五月蝿いんだよ﹂
不機嫌そうに鼻を鳴らしながら、岩に腰掛けて腕を組んだまま、仏
頂面のエルドラは言う。愛想の欠片もない言葉に、モンターはクハ
ハ、と軽く笑った
﹁ククク、教官職は随分暇なんだな﹂
﹁隊長職も暇なんだねぇ。羨ましい限りだよ﹂
113
ケッ、と吐き捨て、エルドラは牛の胃袋で作った水筒を投げ渡す。
モンターはそれを受け取り、しかし栓を抜いた瞬間顔をしかめた
﹁酒か⋮﹂
﹁保存が楽なんだよ、水よりね﹂
モンターは酒を好まない。いざという時に酔っぱらっていて戦えま
せんでした、などと言えば戦士の恥だと考えているからだ。しかし、
魔力不足で荒廃した魔界や界境付近で清水が確保できるとも限らな
い。嫌いだろうがなんだろうが、水分を確保するためにもソレを口
に運ぶモンター
﹁ま、どうしても嫌ならニキータ辺りに頼みな。あの娘まだ母乳出
るはずだよ﹂
﹁⋮脂肪の塊に吸い吐くくらいなら酒を飲む﹂
せっかくの好意をばっさり切り捨てるモンターに表情筋をひきつら
せつつ、エルドラは溜め息を吐く
﹁⋮で、聞かせてもらおうか?なんであんな娘を虐げてたんだい?﹂
世間話のように切り出されたが、その目はあくまで真剣。返答次第
では﹃修正﹄も辞さない、と表情で語るエルドラに、モンターは渋
面を作る
﹁⋮エルドラ﹂
114
﹁なんだ︱︱﹂
気がつけば、モンターはエルドラの直ぐ近くにいて
﹁︱︱い?﹂
そのまま、エルドラは押し倒された
﹁なっ、なっ、なぁーっ!?﹂
顔を紅くしてバタバタと手を振るエルドラに構わず、モンターはそ
の鎧の隙間からエルドラの腹を撫でる。毛むくじゃらの手に六つに
割れた腹筋を撫でられ、ぞくり、とした感覚がエルドラの背筋を駆
ける
﹁ああああああんた巨乳に興味なかったんじゃ︱︱︱っ!?﹂
あまりそういう経験のないエルドラはあわあわと慌て、︱︱しかし、
次に聞こえた言葉に身を凍らせた
﹁子供が産めないからといって、﹃アレ﹄に情を移すのはやめてお
け﹂
﹁︱︱︱︱︱﹂
そして、気がついた
別にモンターはエルドラの腹部をなぞっているわけではなく
︱︱その臍から下腹部にかけて走る、巨大な傷跡をなぞっているだ
115
けだ、ということに
このご時世だ。女だからといって手加減してくれるモノなどいない。
エルドラは戦争で、人間に腹を突かれ、子供を産む機能を失った。
命に比べれば安い代償だったが、二度と彼女が女の幸せを得ること
はない
だから、だろうか。無意識に子供を、幼い者を、⋮一際意識するよ
うになってしまったのは
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
言葉を失い、顔色を悪くしたエルドラに⋮訓練生時代の同期の姿に
モンターは嘆息し、その上から退ける。エルドラものろのろと身を
起こし、どこか濁った目でモンターを睨んだ
﹁弱くなったな、エルドラ﹂
﹁⋮五月蝿い﹂
ふてくされたように吐き捨てるエルドラを嘲笑し、モンターは背中
を向ける
﹁⋮それと、アレは戦士として育てろ。万が一にも夜用に鍛えるな
んて勿体無いことはしてくれるな﹂
﹁⋮じゃあ、なにかい?あんたはアレに戦士としての才能を見出し
たから、あんな訓練とも言えないような虐めをやってたってのかい
?﹂
116
モンターの言葉の裏に隠された意味に、どこか訝しげに首を傾げる
エルドラ。しかし、モンターはくつくつと喉の奥で笑い、その言葉
を否定する
﹁︱︱いや、﹃アレ﹄に余裕を持たせると⋮死人が出そうだったか
らな﹂
﹁⋮は?﹂
首を傾げるエルドラに、更なる嘲笑を向けながらモンターは歩き出
す。もう用は澄んだ、とばかりの態度に不満げに口を尖らせるエル
ドラ
﹁お前もアレを寝床に引きずり込むのはやめておけ。俺なら、例え
帯刀しててもアレを抱く気にはならん。⋮そんな恐ろしいこと、し
ようとも思わん﹂
﹁⋮あんたがあんなちびっ娘の何をそんなに警戒してんのか知らな
いが⋮とりあえず、受け入れとくよ﹂
エルドラは軽い諦めと共に、妙にあの娘に入れ込む同期の背中を見
送る。
しかし︱︱モンターの言葉の殆どを本気にしていなかったエルドラ
は、思い知ることになる
あの小さな娘の、異常性を
117
公歴1185 黒狼軍︵後書き︶
今回の話、まとめ
部下A﹁ロリコンに目覚めそうでござる﹂
部下B﹁相棒と隊長がやばいでござる﹂
猿﹁ょぅι゛ょTUEEEEE!
ょぅι゛ょUMEEEEE!﹂
牛﹁猿のばーかばーかっ!モウ知らないんだからっ!﹂タユンタユ
ン
118
公歴1185 マルク視点︵前書き︶
マルク↓熊の人。かませ
119
公歴1185 マルク視点
マルクは獣人の中でも特に膂力に優れた巨熊族の中に生まれた戦士
⋮見習いである
訓練生の中でもトップクラスの腕力の持ち主であり、その巨体から
繰り出される一撃は素手であろうとも巨木を薙ぎ倒す
︱︱当たれば、の話だが
有り体に言って、マルクは戦いの才能というものが皆無だった
どんなに強力な一撃を放てたとしても、同年代の獣人に比べて一際
鈍く、鈍重で、どこか野暮ったい動きで敵を追いすがるマルクは、
落ちこぼれと言っても過言ではない
他の部族と比べても鈍い巨熊族、その中でも一際足が遅い。けれど
力は十人並み、そして頑強さは並み以下。それがマルクという戦士
見習いのステータスだった
当然、認められるモノではない、認めていいモノではない。マルク
は自身の欠点を克服するために努力した。強くなるためならば、ど
んなに辛い訓練にだって耐えてきた
しかし、それが結果として出ることは、無かった
だから彼はここにいる。
120
訓練生第44班。﹃落ちこぼれ﹄の集まりに
第44班は、各部族から集められた14∼18までの訓練生の中で
も一際力の無いものを集めた﹃見せしめ﹄の部隊だ
言うなれば反面教師。﹃あんな風になりたくなければ、﹄﹃あんな
惨めな姿をさらさないように、﹄訓練生たちに努力を促すための班だ
だから、レーリックまでのたった二週間の行軍で、最初5人いた班
の人員はたった2人にまで減った
1人は行軍に着いていく体力が無くて、その日の夕食となった
1人は極度の緊張状態が続いたため気をやってしまい、魔物を引き
つける餌となった
1人は︱︱﹃疫病神﹄のせいで、挽き肉にされた
落ちこぼれの集まりである第44班が、卒業試験の一環でもある都
市崩し⋮人間の街の強襲作戦を全員無事で終わらせることはまず無
い。有り得ない。生き残れても1人か2人、というのが常だそうだ
だが、生き残れたのならば︱︱マルクは、自分が落ちこぼれなんか
ではない、という証明になるのではないか、と微かな期待を抱いて
いた
しかし、そのためには邪魔な﹃奴ら﹄が存在することが、気がかり
だった
﹃疫病神﹄の月兔族⋮カリーナと、﹃舌無し﹄と呼ばれる白狼の少
121
女だ
獣人は大きく分けて二種類に分類できる
前衛として敵を狩る︻獣技︼使い
後衛として前衛をサポートをする︻理術︼使い
大きく分けてこの二つだ。︻獣技︼使いは巨熊族や岩猿族のような
肉体的なアドバンテージを持ち、︻理術︼使いは月兔族や窮鼠族の
ように肉体的には優れていないモノがなる、というのが一般的だ。
ことわり
︻理術︼は︻獣技︼を獣人に授ける︻大いなる獣︼の中でも狩りに
向かない獣が作り出した理の術。人間の使う﹃魔術﹄に酷似した、
しかし似て非なる﹃技術﹄である
本来、月兔族は︻月の理術︼を操り、遠距離から敵を攻撃し、不可
視の力場で敵の動きを封じる、という戦い方をするのが一般的だ
だが、﹃疫病神﹄ことカリーナは︻理術︼に優れた月兔族でありな
がら、一切の︻理術︼が使えない
体質なのか、本人の資質なのかは分からないが、カリーナが使える
のは︻獣技︼のみであり、その︻獣技︼もまた、型に嵌らない⋮前
例がないモノが多い
故に、連携が構築し辛い。テンプレートに填められない連携のせい
で大きな隙ができ、そのせいで何度も﹃事故﹄が起こる。真剣を使
った訓練や、こういった遠征ではほとんど毎回犠牲者が出る
そんな面倒な相手に合わせる者などいない。自然カリーナは排斥さ
122
れ、連携は更に乱れていき、訓練生の中でもカリーナは敬遠される
ようになり、更に連携は乱れ、犠牲者が⋮という悪循環は止まるこ
とがなかった
ましてカリーナは特殊というだけでとりわけ﹃強い﹄訳ではない。
確かに他の月兔族に比べれば身体能力は高いが、それだけだ。他の
﹃強い﹄種族の優秀な訓練生と比べれば、その差は歴然。わざわざ
﹃弱い﹄カリーナに気を配るような奇特な獣人は存在せず、カリー
ナはより一層歪に成長していく
最早カリーナと一緒に戦うことは、それだけで自殺行為だ。マルク
はたった二週間組んだだけだが、それでもカリーナのトリッキーな
動きに気を取られ、危なかったことも少なくない。それはマルクが
未熟だからだ、と言われればそれまでだが、それでもマルクにとっ
てカリーナは邪魔以外の何物でもない
そして﹃舌無し﹄。これは言うまでもない
ただ、﹃弱い﹄。それだけだ
弱い舌無しを班にいれた、ということは、当然フォローしてやらね
ばならないということ。弱い生き物をわざわざ守らなければいけな
い、というのはストレスにしかならない
そんな厄介な人員を抱えて、魔物︵自意識を持たない魔人の亜種を
指す。動く生物ならば人間、亜人の区別なく襲う︶や、人間の相手
をし、生き残らなければならないのだ。
不機嫌極まりない様子でマルクは溜め息を吐き、目の前でパチパチ
と音を立てる焚き火を注視する
123
自分が見張りをやってる間、呑気に眠っているカリーナと舌無しに
ちらりと視線を移す。すぅすぅと小さく寝息を立てながら、あどけ
ない顔で眠るカリーナを忌々しそうに見つめ、溜め息を吐いた
カリーナが厄介なのは、なにもその能力だけではない
彼女は月兔族の﹃長﹄、彼女の兄の大の﹃お気に入り﹄なのだ
その﹃長﹄は色狂いで知られ、人間の女を捕まえては壊れるまで犯
し、完全に壊れてから食らうことで知られる。更に言うならば、一
度でも自分が抱いた獲物を奪われるのを嫌い、例え同族でも自分が
抱いた女に手を出されれば、一切の容赦なく惨殺することでも有名だ
その﹃長﹄の妹で、お気に入り。獣人の世界では近親相姦くらいは
珍しくもない。いずれカリーナは﹃長﹄の女になるだろう。そんな
相手に手を出せば⋮﹃長﹄からどんな仕置きがあるか、想像するだ
けで恐ろしい
だからこそ、皆、カリーナを守らざるを得ない。どんなに無能でも、
やりづらくても、そのフォローをしざるをえない
苦痛だ。マルクにとって、︱︱彼は認めないだろうが︱︱落ちこぼ
れの自分より、更に格下だと認識している相手に尽くさねばならな
いことが、たまらなく苦痛だ
﹁⋮⋮ふんっ﹂
鼻を鳴らし、視線をズラす。そこには、カリーナに抱き締められる
ようにして眠る舌無しの姿が︱︱
124
目が、あった
ぞわり、と背筋に氷柱を突き刺されたような悪寒が走る
焚き火の明かりに照らされて、テラテラと妖しく輝く真紅の右目。
125
それが笑みの形に歪みながら、じっと自身に向けられていた
がっちりとカリーナによって両手足を抱き締められ、抱き枕状態に
なっている舌無しは、微動だにしない。けれどその目は、真紅の目
だけは、ニタニタといやらしい形に歪みながら、じっとマルクを捕
らえて離さない
目があった?だからなに?とばかりに自身に注がれる視線に、マル
クは硬直する。意図が読めないし、意味が分からない。何故、そん
な目で自分を見るのか。いや、そもそも︱︱
自分は、いつから見られていた?
もし、あの視線に込められた意味がマルクの想像通りなら、
もし、カリーナが舌無しの身体を拘束せずに眠っていたら、
もし、もし、もし、そんなIFが、あくまで仮定が、悪魔的な過程
の想像が、マルクの脳裏を駆け巡る
︵︱︱味方に、向ける目じゃない⋮っ!?︶
なんだ、これは
﹃こんなの﹄、知らない。習ってない
カチリ、と頭の奥で何かが鳴る。それは一度に止まらず、カチカチ
と頭の中で何度も響いた
ガチガチガチガチガチ
126
ガチガチガチガチガチ
ガチガチガチガチガチ
それが自身の牙が、恐怖で震えて出す音だと気付くのに、どれだけ
掛かっただろうか
そしてそれに気付いたとき、ロクに戦う力も持たない少女に恐怖し
た、という事実がマルクに与えた衝撃は、どれほどのモノか
しかし、舌無しは視線を逸らさない。今やはっきりと恐怖とショッ
クで身を震わせるマルクを嘲笑する。幼い少女の視線が、口元が、
マルクのプライドをズタズタに傷付ける
︱︱そんな矢先、ふいっと舌無しが視線を外す。余りにも呆気なく、
なにもせずに外された視線に、呆然とするマルク
舌無しはどこか呆れたように息を吐く。それきり興味が失せたかの
ように、舌無しはマルクに視線を向けることはなかった
しかし、それはマルクが解放された、というわけではない
舌無しは先程マルクに向けていた目を、カリーナに向ける。あどけ
ない顔で無防備に眠るカリーナを、酷く愛おしそうに、それでいて
濁りきった汚泥のような目で見つめる
︱︱目が、離せない。もし目を放せば、その瞬間に﹃なにか﹄が起
こってしまいそうで、マルクは生唾を飲むことすら出来ずに、ただ
仲むつまじく絡み合う2人の少女を見つめる
舌無しの唇が、軽く動く。声にならない言葉を、しかしマルクは聞
127
いた気がした
﹁心臓﹂
ほとんど密着した体勢で、舌無しは右手を動かす。それはカリーナ
の胸の膨らみの間、鳩尾の少し上を、やわやわと撫でる
すぅっ、と指が滑る。ふわふわした白いローブに沈み込む、華奢な
指先。次に指したのは、右の脇腹、肋骨のやや下
﹁肝臓﹂
つつぅ、と指が、動く。ほんの数センチへそに近い方に指がズラる
﹁脾臓﹂
くつくつと、喉の奥で静かに笑う舌無し。その目は、マルクをとら
えない。けれど、その言葉は、例え無音でも︱︱マルクを、雁字搦
めに縛り付ける
ゆっくりと、唇が動く。声は出ていない。唇だけを動かして、彼女
は、舌無しは、マルクを誘う
﹁ころしていーい?﹂
無邪気に、あどけなく。
舌無しは、舌無しに明確な好意を寄せるカリーナに向けて、極上の
笑みを浮かべた
128
刃物を持っていれば、一切の躊躇なく突き立てたであろうに、優し
げな笑みを浮かべて、カリーナの腹部に僅かに、爪を立てる
﹁んっ⋮﹂
ぐりぐり
と
と痛みからか、はたまた別の理由からか。小さくカリーナが呻くの
を見て、より一層楽しそうに、
︱︱﹁ひっ、﹂
口から漏れた悲鳴が示したのは、間違いなく恐怖という感情だった
確かに、獣人の中には戦いに溺れ、敵の血や肉を食らうことに至上
の悦びを覚えるモノもいる
だが、違う
根本的なところで、舌無しを支える精神に獣人の価値観ないことを、
思い知らされた。
獣人は確かに戦いを好む。だが、恋だってするし家族だって持つ。
かなわぬ恋に身を焦がす時もある。好悪の感情だってあるし、友人
だって作る。善意には善意で返すのは、極々真っ当な義理だ
だが、舌無しは違う
どこの世界に好意を示してくれる相手を、積極的に殺そうとする馬
鹿がいるというのか
当然、その価値観は人のソレではない
129
それは、獣より、ケダモノよりもおぞましい、別のナニカだ
なんだ、これは
マルクには目の前の﹃ナニカ﹄が理解できない。獣人でも人間でも
ない、おおよそ化け物としか言えない何かが、理解できない。
未知とは恐怖だ。
恐怖は容易く人の心を縛る。
故に︱︱﹃弱い﹄と断じ、見下していたはずの舌無しが︱︱たまら
なく、恐ろしかった
130
公歴1185 マルク視点︵後書き︶
まとめ
熊﹁なにこのこ恐い﹂
131
公歴1185 界境都市レーリック︵前書き︶
R−15∼18G注意!
魔人の人が出てくるとこんな話になりますねん
132
公歴1185 界境都市レーリック
界境都市レーリック。
人界と魔界の間で1000年以上続く戦争における、人間側の重要
拠点の1つ。頑丈な外壁によって囲まれた砦に集まる商人が、常駐
する兵士たちが作った都市。1000年かけて発展した都市は、こ
と戦争関連に関しては、王都にすら勝る。
そんなレーリックが、今、眠っていた
否、眠らされていた
人間も、家畜も、誰一人動かない。安らかな寝顔で、生活感に溢れ
た姿のまま、ぐったりと眠り続けている。ある者は机に突っ伏し、
ある者は着替えの途中で、ある者は鎧を身にまとったまま
つい先日、ごくごく何気ない日常の一環として床についた彼等は、
きっともう目覚められない、なんて想像すらしていなかっただろう。
しかしそれでも、この惨状は現実なのだ
見張りをしていた若い兵士も、くたくたになるまで遊んで床につい
た子供も、そんな子供の姿に目を細めていた老人も関係なく、等し
く深い眠りに付いていた
それを成した少女達は、くるくると回る。両手を合わせて、楽しそ
うにくるくると
133
砦の真ん中、屋上の中心で
両手を広げ、ステップを踏む
﹁わーたしかわいいメアリ・スゥ♪﹂
タン、トン、とリズムが刻まれ、飾り気のない赤いワンピースの裾
が翻る。背中にかかるほどの長さの深紅のふわふわしたくせ毛も踊
り、大きなピンクのリボンも楽しげに揺れた
﹁﹃乙女﹄の名前の魔人なーのよー♪﹂
白く華奢な指が空中を掻く。楽しそうに細められた瞳が空を見上げ
る。可愛らしいリボンで飾られた赤い靴が、トトトン、と床にリズ
ムを刻んだ
﹁あたしの名前はセイレーン♪﹂
対するは、女性。20には届かない、少女と言ってもいいほどの年
嵩の、しかし豊満な胸を揺らしながら、楽しそうに歌う女性
﹁﹃魚﹄の属性の魔人だからー♪﹂
ふわふわと空中に浮かぶ女性。布切れも同然のソレで胸の頂のみを
隠した扇情的な彼女。肩にかかるほどの長さで切りそろえられた水
色の髪がさらさらと揺れる。
ぴちゃぴちゃと、水が跳ねる。﹁やんっ!﹂とメアリ・スゥが飛び
跳ね、手を離して後退する。メアリは、不機嫌そうに頬を膨らませた
134
するり
﹁もーぅ、セイレーン、水が飛んだのよ?私と遊ぶときくらい、エ
ラ呼吸やめてほしいのよ﹂
ぷぅー、と膨らむ頬を楽しそうに見つめたセイレーンは、
と空中を泳ぎ、コロコロ笑いながらその頬をつついた
﹁あらあらあらら、ごめんなさい。だけどそれは無理というモノな
んだな♪﹂
歌うように、独特なテンポで話すセイレーン。脇腹にあるエラがぱ
くぱくと大きく開閉し、にんまりと楽しそうに口が避ける
﹁だってあたしは魚なんだからなー♪﹂
︱︱人間の上半身に、足の付け根から先が魚の尾のように鱗と尾ヒ
レになった下半身。両耳は存在せず、ただ魚の鰭のように変化して
いる。よくよく見れば細い白魚のような指の間にも、薄い水かきが
あった
おおよそ人間が﹃人魚﹄とカテゴリーする、幻想的な美しい女性の
姿。それが、魔人セイレーンの得た肉体だった
魔人は人間や魔界の住人が発する負のエネルギーに人格が宿ったモ
ノである。それ故にその姿は人型の、しかも美しい男女の姿を取る
ことが多い。︱︱例えその身に身の毛もよだつようなおぞましい本
性を隠していても
魔人は負のエネルギーの塊である。故に、更なる負のエネルギー⋮
具体的には、怨みや憎しみ、恐怖や痛みといった感情の発露を好む。
135
︱︱つまるところ、魔人は皆、ほとんど例外なく拷問を好むのだ
﹁それにしても、黒狼軍はまだなんだからなー♪﹂
﹁語尾がおかしいのよ?﹂
にこにこと楽しそうにゆっくりと尾鰭を振るセイレーン。そんな彼
女の頭から水をかけながら、呆れたようにため息を吐くメアリ。地
上で暮らしてるくせにエラ呼吸、という意味の分からない生態をし
ているセイレーンが地上で行動するには必要不可欠な行動だ
﹁ヘンゼルとグレーテルだけ楽しんでズルいんだから♪﹂
﹁でも、あの﹃双子﹄が楽しんでるお陰でわたしたちもお腹いっぱ
いなのよ﹂
今も足下︱︱砦の内側で楽しんでいるであろう仲間⋮二人で一体の
魔人。今回のレーリック強襲作戦に参加した三体の魔人の中でも、
とびきり拷問好きな2人。彼と彼女が人間から負のエネルギーを搾
り取っているおかげで、彼女たちは﹃眠りの歌﹄を歌い続けること
が出来る。流石にセイレーンとメアリだけでは、黒狼軍が到着する
までの一週間、レーリックの住人全てを眠らせ続けるのは無理だっ
ただろう
﹁でも、なんでわざわざ人間なんて生かしておくのかしらー?さく
さく殺した方が楽なんだからー♪﹂
目を細め、にこにこ笑いながら眉を八の字にして首を傾げるセイレ
ーン。ついでとばかりに腕を組めば、小振りなメロンのような乳房
が持ち上げられ、くにゅりと形を変えた
136
胸囲に関しては残念なメアリは、その巨大な果実に井桁を浮かべつ
つ、しかし首を振って何度したかも分からない説明を繰り返す
﹁黒狼軍の訓練生のためなのよ。人間⋮特に人間の女は獣人の雌に
すごくよく似てるのよ。だからいざって時に迷ったり惑わされたり
しないよう、何度か殺させて耐性を付けるのよ。わたしたち魔人は
数が少ないし、アンデットは昼間に行動出来ない、竜族はプライド
高くて扱い辛い。人間が物量作戦に出たら頼りになるのは獣人の人
なのよ。だから出来るだけ協力するのよ。モーリスさまの命令なの
よ。わかったのよ?﹂
﹁わからなーいんだから♪﹂
﹁ぶん殴ってもいいのよ?﹂
この鳥頭⋮もとい、魚頭⋮。本能だけで生きてるセイレーンに溜め
息を吐きながら、メアリはふと、足下に視線を向けた
﹁⋮﹃双子﹄、羨ましいのよ⋮﹂
わたしも人間で遊びたい⋮。という小さな呟きは、しかしセイレー
ンがいきなり歌い出した﹃眠りの歌﹄に遮られた
137
﹁楽しいね、グレーテル﹂
﹁楽しいわ!ヘンゼル!﹂
きゃっきゃっきゃっとはしゃぎながら、2人の幼子が手を動かす
可愛らしい、よく似た顔立ちの男女の幼子。年は10歳前後だろう
か。さらさらした蜂蜜色の髪。きらきらと輝く鳶色の瞳。顔立ちも
勿論だが、それらすべてがよく似ていて、服装すらも似ている。2
人ともフリルやレースがあしらわれた黒地の仕立てのいい服に身を
包んでいた。
男の子の方は白いシャツに黒いジャケット。恐らくはジャケットと
同じ生地であろう蝶ネクタイ。華奢な足を覆う白いタイツに半ズボ
ン。足下には革靴。首にかかる程度で綺麗に揃えられた髪が、楽し
そうに跳ねた
女の子は黒い生地に白いフリルやレースで飾ったワンピース・ドレ
ス。膝下まで覆うワンピースから伸びる足は黒いストッキングに覆
われ、脛の中程まで覆うブーツがその足下を飾る。少し大きめの宝
石で装飾されたバレッタで止められた腰まで届く髪が、元気に跳ね
回る
﹁見て見てグレーテル。この人凄い元気だよ﹂
﹁見てよねぇヘンゼル!先っぽからお汁が出て来たわ!﹂
138
2人とも共に興奮に身を震わせながら、たった1人の男に跨がって
いた。男は男で荒い息を吐きながら、女の子⋮グレーテルの薄い尻
に顔を押しつぶされ、小さく声を漏らしながら呻いている
﹁知ってるかいグレーテル。男はこうされると気持ちいいんだよ﹂
﹁凄いわヘンゼル!ドロドロしたのが溢れてきたわ!赤くて黒くて
とっても不気味!﹂
男の子⋮ヘンゼルは、その小さな手で男の体を弄った。そのたびに
びくびくと跳ねる男の身体に、キャハハハ、と無邪気に笑うグレー
テル
ぐちゅぐちゅと、水音が響く。男の下腹部を弄っていたいたヘンゼ
ルはくすり、と小さく笑うと、右の手に銀色の鋏を手に取った
﹁さて、ここで問題だ、グレーテル﹂
﹁なにかしら!どんな問題かしら!﹂
わくわく、きらきら。そんな擬音が似合う愛しい妹の姿にヘンゼル
は目を細めて笑うと、左手で握る男のソレに視線を落とした
﹁コレ、なんに使うのか分かるかい?﹂
﹁わからないわヘンゼル!でも、キノコに似てるから食べ物かしら
!﹂
無邪気な妹の反応にくすくすと笑いながら、ヘンゼルは﹁残念、ハ
ズレ﹂とハサミを持ったままの右手でグレーテルの頭なでる。﹁も
うっ!れでぃの髪をいきなりさわったら駄目よ、ヘンゼル!﹂とグ
レーテルは言うが、抵抗する様子はない
139
﹁正解は﹃連結器﹄さ。下の階においてある﹃アレ﹄を連れてきて
くれないかな?実際に使うところをみせてあげよう﹂
﹁わかったわ!私行くね!﹂
ぴょんっ、と身軽に男の上から飛び降り、パタパタと足音を鳴らし
て駆けていくグレーテル。その背中を見送り、ヘンゼルは︱︱おも
むろに、右手のハサミを男の菊門に突き立てた
﹁︱︱︱︱︱ッッ!!﹂
声にならない悲鳴を上げる男に対し、ヘンゼルはくつくつと笑う
﹁ゲームをしよう。ああ、君がもう起きてるのは分かってる。でも、
身体はまだ﹃眠って﹄いるね?まぁ、そりゃあそうさ。セイレーン
の歌は心を、あるいは身体を縛る。実際君の身体はまだ眠っている
けど、意識だけはあるだろう?指一本まともに動かせないだろうけ
れど﹂
くつくつと笑うヘンゼルに、男は内心でだらだらと脂汗を垂らす。
けれどヘンゼルの言うとおり指どころか瞼を上げることすら出来な
い彼には、体内に侵入してきた冷たい異物を排除することすら出来
ない
﹁⋮あれ?もしかして感じてる?少し大きくなったよ。⋮ふふっ、
君、変態だね。それはともかくゲームだ﹂
ぐりぐりとハサミを動かすヘンゼル。そのたびに小さく呻くように
喘ぐ男。その光景にヘンゼルは恍惚とした笑みを浮かべつつ、男の
耳元で囁いた
140
﹁まぁ、もう察してると思うけど⋮君にはこれからある女とまぐわ
ってもらう。妹の教育のためにね。君が10分間、射精せずに耐え
られたら⋮君を生きたまま解放しよう﹂
﹁︱︱っ!?﹂
それは、
それは魔人に捕らわれた人間の、唯一の希望。
気まぐれな魔人が、極まれに人間に対して行うゲーム。魔人は﹃嘘
を付かない﹄。生きて帰すと言えば、必ずその約束を守る
たった10分耐えきればいい⋮っ!その10分さえ耐えきれば、あ
とは近くの街まで走り、レーリックの危機を王都に知らせることが
できる︱︱確かに見えた希望に、男の表情が目に見えて輝いた
ヘンゼルは現金な男の様子に苦笑しつつ、そっとそのまぶたを押し
上げる
﹁どうせ君は勝てないさ。せっかくだから、相手の顔をよく見てお
くといいよ。人生最期のまぐわいだ。相手の顔をよく焼き付けてお
くといいよ﹂
言っていろ、と男は内心で笑う。男の年齢はもう40近い。こう言
ってはなんだが、彼の﹃ソレ﹄は現役ではないのだ。10分程度、
耐えきってみせる⋮っ!
男には、自信があった
141
男には、勝算があった
﹁ヘンゼル!持ってきたわ!﹂
︱︱魔人が連れてきたのが
﹁⋮⋮⋮お、とう、さん⋮?﹂
まだ、10歳になったばっかりの実の娘で無ければ
驚愕した。言葉を失った。どうしたらいいのか分からなくなった
142
そんな娘に、ヘンゼルが言葉をかけるのを、男は⋮父は、呆然と見
つめていた
﹁ねえ、お嬢ちゃん。君が、10分以内にパパのナニから白いおし
っこ出すことが出来たら、君のママを助けてあげる﹂
よせ、よせ、やめろ
﹁ほ、ほんと⋮?お、おとうさんは⋮﹂
たのむ、やめてくれ。
﹁それは君の頑張り次第かな?ああそうそう、その白いおしっこを
出すためには、君の﹃ここ﹄にパパのアレをぶち込んで、屈伸する
みたいに腰を動かすのが一番速いよ﹂
やめてくれ。たのむ。おねがいだから
﹁わか、わかり、ました⋮っ!が、がんばります⋮っ!﹂
やめてくれ、アリーナ。おちついてくれ。そんなことしないでくれ
﹁おとうさん、わたし、頑張るから⋮っ!﹂
や、め、て
143
﹁人を壊すのは、いつだって人の心だよ﹂
﹁凄いわヘンゼル!ぐちょぐちゅぬぷぬぷ泡立ってるわ!﹂
﹁常識とか良識とか、そんなものを持ってしまうから耐えられない。
壊れてしまう﹂
﹁痛いの?ねぇ、痛いの?泣いてるわ。可哀想。痛いのね?﹂
﹁倫理も論理も必要ない。人間も魔人も本質的には変わらないんだ。
自由になるといいわ﹂
﹁私ね、私ね?泣き声って好きなの。悲鳴とか大好きなの。だけど
ね、女の子の泣き声は苦手なの。可哀想なの﹂
﹁さぁ、自由になってしまえよ。例え神が、世界が許さなくても僕
が許すよ。他ならぬ僕は、君を祝福しよう﹂
﹁だからね?だからね?楽にしてあげる。いいよ、そのまま腰を振
ってて。痛くないように、一瞬で首を切ってあげるわ﹂
チョキン
﹁⋮⋮どうだい?気持ちよかっただろう?首を切った瞬間、実の娘
の中に欲望を放出した瞬間、この世のモノとは思えない快楽だった
だろう?﹂
144
﹁可哀想。可哀想。可哀想。でも、楽になったでしょう。もう痛く
ないわ?ほら、笑って。もう、首だけだけど、笑って?あなたは私
が持って帰ってあげる。ずっとずっとお人形さんにしてあげる。た
くさん、お友達もいるわ﹂
﹁⋮おいおい、泣くことないだろう。大の男が泣かないでくれよ。
うん?不満そうだね?ああ、そりゃそうか。だって娘が死んでしま
ったからね。でもね、僕は約束を破ってなんかない。この娘の母親
を助けるとは言ったが、この娘自身を助けるとは言ってないからね﹂
﹁名前はなにがいいかしら?綺麗な茶色い髪ね。赤い瞳もキュート
だわ。そうねぇ、とても痛そうな、でも気持ちよさそうな顔してる
わ。⋮なんだかかわいくないわ。ちょっとイライラきちゃう﹂
﹁⋮うん、それでいい。やはり人間は笑顔が一番だ。笑うといい。
いくらでも笑うといい。ああ、ちょっと待って。今君に自由をあげ
よう。好きなだけ自由に遊ぶといい﹂
﹁⋮うーん、やっぱりいーらない。かわいくないわ。かわいいお人
形が欲しいの。ヘンゼル!私かわいいお人形がほしいわ!生首じゃ
なくて体つきのお人形が欲しいの!﹂
﹁やれやれ、グレーテルはしょうがないな。⋮まぁ、いいよ。次に
行こうか。これはもう充分だ。ほっといても絶望したまま死んでい
くよ﹂
﹁そうね!なんで死んだこの娘の上で腰振ってるのかしら?そんな
に気持ちいいのかしら?笑いながら泣いてるわ?そんなにうれしい
のかしら?私、わかんない!﹂
﹁ふふっ、グレーテルは子供だから仕方ないね﹂
﹁もう!れでぃを子供扱いするヘンゼルにはクッキーあげない!﹂
145
﹁早くわんちゃん軍隊こないかしら?﹂
﹁なぜだい?こんなに楽しいのに﹂
﹁楽しすぎて、みんな死んじゃいそうだわ﹂
﹁人間は壊れやすいからね。仕方ないさ﹂
﹁そうね!仕方ないわ!﹂
﹁うん、仕方ないんだ﹂
﹁﹁仕方ないから、どんどん壊そう﹂﹂
146
﹁あ、でもその前にあの娘の母親逃がさなきゃ﹂
﹁外は野生動物がいっぱいいるけど、約束だから逃がさなきゃね?﹂
147
公歴1185 界境都市レーリック︵後書き︶
まとめ
双子兄﹁約束は守るよ!﹂
双子妹﹁私たちいいこだもん!﹂
乙女﹁地味なのよ﹂
魚﹁出番少ないんだからー♪﹂
148
俺がレーリックで︵前書き︶
今回もRー15Gくらいデス
149
俺がレーリックで
さぁて夜中に熊の人やカリーナ相手に殺害妄想したり、荷物の量減
らしてもらって必死に行軍に食らいつくこと約2日。やってきまし
た﹃界境都市﹄レーリック
そして一部の獣人が崩れ落ちましたよレーリック
250人近い訓練生の内、カリーナも含めた50人近い人数が一斉
に顔から地面に突っ込んだ。正規兵たちはまるでそれが分かってい
たかのように苦笑し、生暖かく見守っている
﹁⋮眠っている奴は担いでやりな。魔人の歌は精神に来るからね、
耐えれるかどうかは個体差がある。こればかりは訓練積んでもどう
しようもないからね、フォローしてやること﹂
エルドラの言葉に﹁あーぃ﹂と返事し、眠そうに目をこすっている
熊の人に荷物を預ける。当初、モンターに面倒みられていた頃は6
0Kg近い重量を背負わされていた訳だが、エルドラ預かりになっ
てからはその半分くらいになった。それだけの違いなんだけど、や
っぱ重りが半分っていうだけで全然違うよね。あと無理に走らされ
たりしないし
そんな俺を熊の人が化け物見るみたいな目で見てた訳だが、何故か
しらん?
たった5日間でぷにぷにだった両手足に筋肉の切れ目が!キレテル
150
キレテルー!はいはいウザイウザイ。元から贅肉の少ない体つきだ
ったけど、鍛えたら鍛えただけ成果が出るってどんな身体してるん
だろうね?
それはともかく、ビルドアップした今なら辛うじてカリーナくらい
なら運べるはず。力持ちな熊の人に俺とカリーナ両方の荷物を押し
付け、カリーナの両腕を肩に回し、足の付け根辺りをしっかり持っ
て⋮
﹁んっ⋮のっ、﹂
⋮持ち、あげる⋮んだけど、カリーナ、見た目以上に重い⋮!ふわ
ふわの服のせいで見えなかったけど、手足にはしっかりと筋肉が付
いているし、今の俺より遥かに身長が高い。これは予想外だ!見た
目は40Kg前後なのに持ち上げてみたら50Kgは越えていたで
ござる
ちなみにこの重さはあくまで俺の感覚だけど、結構正確だ。前世の
経験の賜物というか、前世で解体した肉の処理のためというか⋮ま
ぁ、そこそこ正確だと思う
顔を真っ赤にしてプルプルしながらカリーナを運ぶ。死体もそうだ
けど寝てる人間って重いんだよね⋮っ!熊の人が何か言いたそうに
してるけどどうでもいいかなー!?別に熊の人がカリーナも持ちた
いって言うなら持たせてあげないこともないんだけどなー!?チラ
ッ!チラッ!
そんな熱い思いを込めた視線をチラチラ熊の人に向けていたら、も
ごもごと何事か呟いて俯く。なんじゃーこの草食系獣人!言いたい
ことがあるならさっさと言え!﹁マルクの右手、まだ空いてますよ
151
︵ニカッ︶﹂とか言いながら俺からカリーナ奪え!略奪愛!略奪愛!
予想外のカリーナの重さに軽くパニックになりながらも、どうにか
再開された行軍に食らいつく。⋮よくよく見たら訓練生のほとんど
が、そして正規兵の中にもチラホラと眠そうに目を擦っている奴ら
がいっぱいいる。っつかキツイ!マジで!10kg違うだけで全然
違ウヨッ!あてくし死んぢゃう!
にしても魔人ねぇ。先行してるのが⋮なんだっけ。﹃なんたらかん
たらの姫﹄とかいう魔人さんの部隊だったらしいから、予想通りだ
ったってこと?僕分からなーい
レーリック⋮ファンタジー小説にはあんまりないタイプの街かな。
荒野って言ってもいい、ほとんど雑草もないような土地にまぁるく
街を囲む外壁があって、その中に街があるらしい。外壁の周りには
大人の男が首まで沈み込む程度の、幅が5m近い堀があり、堀の中
にはたっぷりと人糞や家畜のものと思われる糞や、生ゴミなどが溜
まっている
大凡人間相手には役に立たないような堀だけど、基本的に嗅覚の鋭
い獣人には効くわぁ⋮。かく言う俺も涙目で、一部の獣人はグロッ
キーだ。眠っている獣人は鼻を塞ぐことも出来ず、ひたすら泣きな
がらうなされている
そしてその堀を超えて外壁にたどり着けば、分厚い壁から電流が流
れるようになっているらしい。今は止まっているが、中の人間が起
きていれば﹃精霊術﹄とかいうのが使われているそうだ。それに外
壁の上から煮立った油や火矢を射られるため、一筋縄じゃいかない
らしい
152
⋮けど、なんでそんな砦的な街がこんなあっさり堕ちたんかねぇ?
魔人さんたちが先行してるって言ったって、それならなんで今まで
魔人さんらが動かなかったのかが気になる。まぁ理由があるんだろ
うけど、聞くに聞けない俺の口。こんな調子でぽんぽん街が落とせ
るなら1000年も戦争やってないだろうにねぇ?
ともあれ、2つある入り口に正規兵、訓練生がそれぞれ半分ずつ別
れて整列する。幸いにも俺やらカリーナ、熊の人はエルドラ預かり
でラッキー⋮なのかな?こっちのグループあの糞猿野郎がいるんだ
よねぇ
﹁訓練生共、今回の狩りは貴様等だけでやってもらう﹂
聞こえてきた声だけならイケメンボイスに現実に引き戻されて見れ
ば、ざわっ、と周囲がざわついた。なんぞい?
﹁今から15分後、魔人に歌ってもらっている﹃眠りの歌﹄が止む。
数分もすれば呑気に鼻提灯作ってる未熟者どもも、中にいるクソッ
タレな人間共も目が覚めるだろう﹂
綺麗に整列した訓練生約120名の目前に立つのは、なんか妙に偉
そうなしゃべり方をする頭がライオンの人。鎧もスゲェ豪華で、背
中のハルバートには紅い宝石みたいなのまで埋め込まれている
ライオンヘッドはじろりと金色の目で俺達を一瞥する。訓練生たち
が緊張に身を堅くするのを不機嫌そうに見つめながら、ライオンヘ
ッドはガシャンッ、と鎧を鳴らした
﹁︱︱だから狩れ。一匹も逃がすな。今回ばかりは逃がすことも許
さん。雄も雌も区別なく、老体も赤子も区別なく、一切の遠慮を捨
153
てて全力で殺し尽くせ﹂
尊大な口調。慢心が見え隠れする振る舞い。調子に乗ってペチャク
チャ話すライオンヘッド
︱︱でも、その命令だけは最高だ
くつくつと、喉の奥で笑う
ライオンヘッドは緊張を滲ませる訓練生たちを見て満足げに頷き、
次いで悪戯っぽい笑みを浮かべた
﹁ちなみに、だ。この扉から一匹人間が出てくる度に、一発﹁修正﹂
だ。効率よく、視野を広く持ち、逃走経路を先回りするように殺す
こと。ちなみに修正は連帯責任だ﹂
げっ、と全員が嫌そうな顔をする。修正ってのはアレだ。ようする
に教育的指導。ただし大のオトコの全力ボディーブローを腹筋で受
け止める鬼畜仕様。いやん、アテクシみたいな華奢なヲトメがそん
なことされたら死んじゃうわん。はいはい悪ふざけ悪ふざけ
それはともかく狩り、狩りねぇ⋮。俺も参加していいんだよね?ダ
メって言われてもやるけども。やる。やらせろ。やらせてお願い
早く始まらないかとわくわく、止められないかとどきどきしながら
待つ。熊の人に預けていた荷物から、ちょっとガタつく刃渡り30
cmくらいの鉈と、15cmくらいのナイフを取り出し、腰に括り
付ける。革製のベルトはカリーナのだけど、別にいいよね。予備だ
し。腰に感じる刃物の重さに、否応なく期待が高まる。まだかなー、
まだかなー
154
わくわくしながら身体を揺する。武者震いというかなんというか。
今にも野生に返った室内犬の如く体力の尽きるまではしゃぎ回りた
い衝動にかられている。パタパタと揺れる尻尾が膝裏をくすぐり、
自然喉の奥で小さく声帯が鳴る
﹁ぐるる⋮﹂
腹の奥から湧き出る獣のような呻き声。熊の人がなんか言ってきた
ようだが、頭の中に入ってこない。ライオンヘッドがにくきゅうと
鋭い爪のある右手に乗せた、懐中時計の秒針が告げる音が、妙にも
どかしい
⋮あれっ?っつーか100m以上離れてるのになんで秒針の音とか
聞こえるん?もしかしてこの身体俺が思ってるより遥かにスペック
高い?ヤッタネ!
︱︱とにかく、秒針の告げる音を数える、体を揺すりながら、口の
中に溜まっていく涎を自覚しながら、パタパタと忙しなく尻尾を揺
らす
カウントが500を越える頃には、周りの訓練生が見えなくなった
カウントが600を越える頃には、尻尾や身体の揺れが止まった
カウントが700を越える頃には、荒かった呼吸が落ち着いた
カウントが800を越える頃には、興奮が臨界点を越えて表情が抜
け落ちた
155
カウントが900を越えて、どの訓練生よりも早く駆け出した
﹁なっ!?待ちな白いの!アンタはいかなくていいっ!﹂
女の声を置き去りにする。開かれたまま放置された門の中に飛び込
み、兵士がいるであろう詰め所を素通りし、砦の内側、民間人や兵
士の家族が住んでいるのであろう、中世ヨーロッパを思わせるレン
ガを組み上げて作ったような家の中に飛び込んだ
﹁︱︱あはぁっ﹂
男、女。老女。家族だろうか?
テーブルに突っ伏したままだった男と老女。そのすぐ近く、恐らく
炊事場だったであろうところで、割れた瓶の欠片の上に寝そべる女
笑いが、漏れた
﹁んっ⋮くっ⋮な、んだ?頭⋮痛⋮﹂
男が、ゆっくりと身体を起こす。どういう原理で寝てたのかなんて
分からないしどうでもいい
机に置かれた男の手。その伸ばされた4指に向けて、無造作に鉈を
振り下ろした
ガッ!
﹁⋮はっ?﹂
156
男はそれを夢見心地で見下ろしていた
机にめり込む鉈の鈍い刃。コロリとソーセージのように机に転がる
人差し指、中指、薬指、小指。それにケチャップのように赤い血が、
ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ
呆然と、指を失った男が右手を見て、無事な左手を見て、ゆっくり
と俺を見上げた。濁った目が、俺を、俺を、見上げ
﹁あッ⋮⋮﹂﹁あ﹂
俺の、熱い吐息。男の、最後の声。
薄いナイフの刃が、走る。喉。一撃。ガリリッ、刃が欠けイくやば
っコレ⋮あたまおかしくなる犯しくな
びくんびくん、けいれ死んでない。あは暖かい、血。暴れて、血が、
捲かれて、死ねっ!あはっあはひはは、アヘヒャハハハハ
﹁あああああああああああああっ!!あー⋮あっは⋮あははははは
はっ!﹂
なにこれたのしい
まだ2人
157
どんなに雑に殺しても、もっと殺せる
いっぱいいっぱい殺しても、まだまだたくさん
ボロボロになった鉈を捨てた。刃が折れたナイフを捨てた。ドロド
ロに血と脂と人糞に汚れた手を、水瓶に突っ込んで洗う
まだ4人、豚の人混ぜて、まだ4人しか殺してない
もっとやらなきゃ
もっと殺らなきゃ
﹁いひひひひひひ﹂
武器が必要だ。獣人たちと合流するか、代わりのモノを用意するか。
とりあえず調理用と思わしき、薄い刃の片刃のナイフを手に取り、
家の中から出る
血にどろどろに汚れた身体。髪。身体から立ち上る濃厚な血の臭い。
それよりも濃い、血と炎の香り
そこかしこで上がる悲鳴。金属同士の激突音。もう、始まってる。
戦いが、狩りが、始まってる
ぼんやりとその光景を目に焼き付ける。平和な日本ではありえない、
戦いの、血と爆薬の香り。
158
ああ、最悪に最上だ。幸せ過ぎて潮吹きそうだ
﹁いひひっ﹂
全身ぐっちゃぐちゃ。血と、汗と、他にも色んな体液で真っ赤に黄
色く茶色に汚れた身体。それすらも今は愛おしい。ああ、男だった
ときならこの場でヌいていたかもしれないくらいの興奮。殺しに性
的な意味で興奮することなんか無かったのに、これじゃあまるで変
態だ。変態さんだ
でも、変態だろうがなんだろうが構わない
今は、この快楽に身を任せたい
次だ。早く次。そのために武器
ぺっ、と口の中の肉片を吐き出す。老婆の指。若い方が肉が瑞々し
くて、男の肉の方が脂が少なくて好みです、丸。でも、一番好きな
のは⋮眼球、かもしれない
手に入れた六つの眼球の内、1つを手に取る。ぶら下がる神経を噛
み千切り、口に入れた。意外と堅いソレを、コロコロと飴玉のよう
に口の中で転がして
さ、武器探さなきゃ
159
俺がレーリックで︵後書き︶
まとめ
舌無し﹁はじめてにんげんたべたお!﹂
160
俺と少女と︵前書き︶
今回は5話更新です
舌無しちゃんイメージアップ作戦!良いことしろよっ!
161
俺と少女と
踵を返そうとした、直後。耳に届く、声
﹁たすっ!たすけってぇっ!!だれかぁっ!!ママぁっ!!﹂
少女の声。追い詰められて切羽詰まった少女が、必死で走っている
のだろう、足音。それを追い詰める重い、鈍重な足音。ガシャガシ
ャと喧しく鳴る、鎧の擦過音
ああ、少女が追い詰められてるのか。
獣人に。追い詰められてるのか
⋮⋮⋮⋮⋮
いやいや待て待て
未来ある若い女の子が、獣人に追いつめられてる?おいおい違うだ
ろう。その反応はおかしいだろう。見過ごすのはおかしいだろう
行かなきゃ
頼りないナイフを握り締め、未だに続く悲鳴と鎧の音を追う。細い
路地を駆け抜けて、声を頼りに後ろから接近。周囲を逃げ惑う人々
は不自然に少ない。路地の隙間から出てくる度に、ぎょっと目を見
開いて逃げ出す。失礼だ。失礼な
162
﹁助けてぇっ!!誰かぁ!誰もいないのっ!?なんで亜人が街の中
にいるのよぉっ!?﹂
悪態を吐きながら、必死に走る少女と、それを追う⋮カエル?かな
?ぬめった緑色の外皮を持つ、頭以外を全身鎧で覆った︵多分︶獣
人の背中が見える。カエルはデカい、代わりに足が遅いらしくて、
のったくったのったくった必死扱いて少女を追う。少女は大体俺と
同じくらい、10歳ちょっとかな。小柄な体躯を活かして細い路地
に飛び込んだりして、どうにかカエルから逃げられてる
⋮けど、駄目だな。と思った矢先。体力の差か、はたまた単純に焦
りからか。大きな岩を並べたような石畳の段差に足を取られた少女
が、派手に転ぶ。慌てて立ち上がろうとするも、足をくじいたんだ
ろう。顔をしかめて、すぐに青くして、ばっ!と背後︱︱カエルに
向かって向き直る
案の定カエルは、なんとも感情の読めない濁った目で少女のことを
見下ろし、ダンッ!と足音高く少女のスカートを踏む。﹁ひっ!﹂
と小さく呻いた少女が、怯えと恐怖に身を震わせながらカエルを見
上げ、カエルはやはり無表情で背中に背負った斧を手に取り︱︱
背中から俺に延髄をナイフで突き刺されてびぐんっ!と痙攣。今ま
で以上に目を見開き、小さく﹁なん、で⋮﹂と呟く。しぶとい。下
から上に突き上げるように延髄を切断した刃を、横に薙ぐ。そして
おぶさるように背中に飛びつき、喉を突き刺せば⋮赤い泡を吹きな
がら絶命した。ナイフはもう使い物にならないだろうから、カエル
の喉に残しておく
どうっ!と、少女に向けてカエルが倒れ込む。全身鎧の大男に押し
つぶされて、﹁ぶぎゃっ!﹂とカエルが潰れるような声を漏らし、
163
わたわた慌てる
﹁お、おねがいたすけて∼っ!つ、潰れちゃう∼﹂
⋮やれやれ、仕方ないなあ。ほんの少しだけ溜め息を吐きながら、
カエルの身体を蹴り倒す。どうにか解放された少女は、ほっとした
ように息を吐き、顔を上げ⋮﹁ありが⋮とおっ!?﹂と目を見開いた
﹁ひっ⋮あ、あじ、ん⋮っ!?﹂
恐怖に、あるいは⋮まぁなんでもいいや。とにかくガタガタ身体を
震わせて俺を見上げる少女
⋮ああ、そっか。俺血まみれだもんなぁ。そりゃあ恐いわ。でもど
うすっかなー。近くに水瓶でもありゃあいいんだけど
どうにも困って爪の先でポリポリ頬を掻いてたら、ごくっ、と生唾
を飲み込んだ少女が、おずおずと問いかけてきた
﹁あ、あなた⋮助けてくれた、の?﹂
﹁⋮⋮う﹂
肯定。首を縦に振る。っつうか戦場のど真ん中でこんな呑気な質問
してくるなんて、大胆なのかアホの娘なのか分からんね、もう
少女はしばらく逡巡するように口をもごもごと動かしていたが、じ
っと自分を見つめる俺の視線に居心地悪そうに身を揺すり、勢いよ
く頭を下げた
164
﹁た、助けてくれてありがとう﹂
⋮あらまー。礼儀正しいいい娘ですねぇー。見た目も可愛いしよい
子よい子。ついうっかり血に汚れた手を伸ばし、その薄緑色のあり
えねー色した髪の毛をかき混ぜる。なーでなでなでなで。いひひっ
するとどういうことでしょう、びっくりしたように目を見開いた少
女の目に、涙が溜まってくるではありませんか!これはいけません、
レディの可愛らしい瞳には涙は似合わない。そんなわけで血やら体
液やらに汚れた身体で抱き締める。最初こそびくりと身を震わせ、
抵抗するように身をよじった少女だったが、落ち着かせるように背
中を、頭をゆっくりと撫でる
﹁うっ⋮ひっ⋮く、う、えぇえ⋮こわ、こわかっ⋮うぁああああ⋮
うわぁああああああんっ!!﹂
しばらくそうしていたら、少女の口から特大の嗚咽が漏れ始めた。
可哀想にねぇ、恐かったろうにねぇ
いや、だからなんだって話だけどね?
﹁えぐっ⋮っ!?﹂
少女の声が、詰まる。
俺の口の中に香る、少女の汗と⋮ほんのり僅かな、血の臭い
﹁な、なにし⋮い、いたいっ!いたいっ!やめてっ!噛まないでっ
!!﹂
165
ギチギチギチと、筋肉の悲鳴。鋭い犬歯が、少女の細い首に食い込
んでいく。しっかりと両手で彼女を抱き締め、その喉元に牙を突き
立てる。口の中にどんどん溢れる血の味が、彼女の残りの生を感じ
させる
﹁やめっ!!やめでぇっ!!いだいっ!ほんとにいだいのっ!!や
めっ⋮やめろぉおぉっ!!はなしてぇっ!はなせぇっ!!﹂
じたばだじだばだ、必死に暴れる小さな身体。けれど、見た目には
同年代でもスペックが違う。がっしりと少女の背中で組まれた俺の
両手は外れない。座った体制だったから、足もろくに動かない。こ
んなに密着してたら、少女が俺を殴っても、暴れても、大したダメ
ージはない。安心して酷くゆっくりと牙を、少女の中に挿入していく
﹁いぁあああああああああああああっ!!あああああああっ!!い
ぎぃいいいいいいいっ!!﹂
イギー?知らんなぁ。誰よそれ
ああ、やっぱり助けてよかった!
だってさぁ、だってさぁ
未来ある若い少女なんて、殺すの初めてだぜ?
おっさん殺した、獣人殺した、若い男と女、それから老婆を殺した。
そして今、若い女の子を殺してる
あとはおばさん、じいちゃん、それから男の子に女の子、男の子の
赤ちゃんに女の子の赤ちゃん殺したら、コンプリートだ!
166
せっかく若い女の子を殺すチャンスなのに、なんでわざわざ他の獣
人に譲ってやらなきゃならないのか。あの時正気に戻った自分にな
でなでいいこいいこしてやりたい気分だ。ようは最高、いい感じー
﹁あっ、⋮あっ⋮い、あ⋮あ、⋮あ⋮﹂
ぷしっ、と小さく音がして、全身が熱く濡れる。僅かに香る臭気に
眉をしかめながらより強く牙を押し込む。びくっ、と小さく跳ねた
だけで、少女はもうろくに反応しなかった
⋮やっぱ小さいと体力ないんだなぁ。今度することあったらちゃん
と手加減するから、許してね?そんな思いを乗せながら、ぶんっ!
と首を大きく左右に振った
ぶちぶちぶち、と口内から響く筋繊維の引きちぎれる音。じゅわっ
と勢いよく血が溢れ、切断しきれなかった皮膚が剥がれ、少女の首
から肩にかけて大きく赤い線を残す。真っ赤なのに奥に白い骨が覗
く傷口が、少女の首、左側に大きく刻まれた。口の中に残る少女の
肉の切れ端を、ごくりと飲み下す。腹の奥に、少女がいる。まだ生
きてる少女の肉が、俺の中にいる。ああ、またイきそうだ
﹁あっ⋮﹂
少女の声と共に溢れた血が、白い骨を赤く塗り潰す。両手を解放す
れば、恐る恐る伸ばされた少女の左手が、傷口に触れた
真っ赤に染まる指先。今はない首の肉に、溢れる血に触れた左手を
ゆっくりと顔の前に持ってきた少女︱︱の目が、反転。綺麗に白目
向いて、前のめりに石畳に突っ込んだ
167
びくん、びくんっ、と小さく痙攣する少女の身体。小水と血を垂れ
流す彼女は、まだ生きている。瞬く間に消えるだろう命を、膝に頬
杖を付きながら、見守る。ゆっくりと消える命の灯火は、なんて美
しいんだろう
﹁︱︱とても素敵な絶望ね、わんちゃん﹂
﹁⋮ぉ?﹂
耳に息がかかる。肩に手が触れる。甘い、お菓子のような匂いが鼻
につく
﹁出来れば、私も仲間にいれてくれないかしら?﹂
にっこりと綺麗な笑顔を浮かべる、俺よりほんの少しだけ年上に見
える、綺麗な女の子。⋮耳とか肌とか尻尾とかを見ると、多分人間。
でも、雰囲気が人間じゃない
いつの間に後ろに?とか、なんでこの状況で笑ってられるの?とか、
綺麗なお洋服に血が付いちゃうよ、とか。言いたいことはたくさん
あるけれど
どうせ言葉なんか喋れないから、楽しんじゃおう
ゆっくりと、手を差し出す。少女は少しだけ驚いたように、目を見
開いた
﹁逃げなくていいの?﹂
168
﹁うっ?﹂
だって一緒に楽しむんだろう?
﹁悲鳴すらあげないのね?﹂
﹁うっ﹂
だって、悲鳴あげるのは殺される側だろう?少なくとも今は、俺は
殺す側じゃないか
﹁あなた、魔人が恐くないの?﹂
﹁⋮う∼?﹂
魔人、魔人。ああ、そっかなるほど。目の前の女の子は魔人なわけ
か。魔人ねぇ、魔人
⋮⋮魔人は殺したこと無いなぁ⋮
ぴょんっ、と軽く後ろに跳んで、少女の魔人はくすくすっ、と嬉し
そうに笑った
﹁うふふ、あはは、素敵、とっても素敵なわんちゃんね。私を、グ
レーテルを、魔人だって知ってからそんな目で見るの、初めてよ?
すっごくカワイイ。けど、カワイくない。あなた、今私を殺そうと
したでしょう?﹂
くすくす、ころころ、可愛らしく笑う少女︱︱の、姿に、怖気が走
る。
169
楽しくて興奮しすぎてうっかり忘れてたけど、ヤバくないか、コレ。
下手したら死んじゃうんじゃね?魔人ってそういりゃこの街を落と
したんだっけ。もしかしてこのちっこい娘一人で?ぱねぇでござる。
こりゃ勝てないわー死んだわー。まだあの猿野郎に復讐してないの
に!?来世に期待。ワクワクテカテカ
しかし、予想に反して金髪美少女型最終鬼畜魔人さんはふわりとス
カートを膨らませながらターン。くすくす笑いながら、肩越しに綺
麗な笑みを見せた
﹁おいで、わんちゃん。あなたの絶望は、とってもワイルドで素敵
よ。例えるなら、色々なフルーツを大胆にカットして、美味しそう
に積み上げて、甘さ控えめのクリームで味を統一させたフルーツタ
ルトみたいな、魔人が作る絶望とは違う新鮮な味がしたわ。だから、
今度は私が、﹃双子﹄の魔人の片割れ、グレーテルちゃんが、もっ
と素敵で、繊細な絶望を魅せてあげる。美味しすぎてほっぺた落ち
ても知らないんだから﹂
くすくす楽しそうに笑いながら、はーやーくぅー、と急かす金髪︵
略︶。⋮とりあえず殺されることはないっぽい?ほっと一安心
で、付いて来いって言うなら行きますかねぇ?せっかくだから、他
人が行う殺人を見てみたい。前世だったら絶対に有り得ない、﹃殺
し﹄の快楽を共有できるかもしれない﹃先輩﹄に、ちょっぴり胸が
トキメク俺でした、ちゃんちゃん♪
これが死亡フラグにならないことを祈る。殺されそうになったらグ
レーテルだけでも殺せるかチャレンジしてみよう。キャー素敵ぃー。
170
俺、この戦いが終わったら新しいナイフたくさん買うんだ。その後
俺の姿を見た人はいなかった。なんてなーんて
﹁はーやくぅ、おいてっちゃうわよ!﹂
﹁わんっ!﹂
171
俺と少女と︵後書き︶
まとめ
舌無し﹁だましうちおいしいですモグモグ﹂
双子妹﹁なにこのこかわいい﹂
人春﹁何故殺すし﹂
172
眞吾さんがなまらはえぇスピードでやらかし
絵がついたよっ!
俺がお菓子の家で ※イラスト追加︵前書き︶
舌無しちゃんに!
ジェバンニこと吉岡
てくれましたっ!
<i49751|3147>
中身を知らなきゃ、大丈夫。尚、中身は今話最下部
吉岡さん曰わく
﹃彼女と仲良くなりたい君は、下の絵を見てもいいし、見なくても
いい﹄︵意訳︶
それはそうと、今回のお話!
舌無し﹁ようじょをおしたおしてイマラチオするよ!﹂
双子妹﹁押し倒されて無理矢理ぬぷぬぷごりごりされるよ!﹂
双子兄﹁白髪犬娘を襲うよ!﹂
173
例によって例のごとくR−17Gですよー
174
俺がお菓子の家で ※イラスト追加
爆発音と金属の激突音が響くレーリックの町並みを、のんびりと歩
いていく
たまに見かける人間たちが目を合わせた瞬間逃げ出していく。それ
を狩猟本能に任せて追おうとするたび、グレーテルは笑顔で﹁わん
ちゃーん?﹂とプレッシャーをかけてくる。無理無理、前にも言っ
たけど俺、虚弱貧弱無知蒙昧な日本人。怖い人に逆らえないよ。ぷ
るぷる、ぼく悪い獣人じゃないよ!舌無しは仲間を殺したそうな目
であなたを見ている!
脳内で戯れ言をほざきながらグレーテルに追従すること数分。空気
に妙に甘い香りが混ざるようになったころ、ようやくソレは見えて
きた
シフォンケーキやクッキー、焼き菓子で作られた壁に、飴細工とチ
ェロスで枠を作った窓、キャンディを積み重ねたような煙突が生え
る、生クリームで覆われた屋根。扉は板チョコで、ドアノブだけが
金色に輝いている。窓から見える内装も、全て甘味で出来ている
﹁これがヘンゼルとグレーテルの﹃お菓子の家﹄。これと不死身の
身体が、双子の魔人の武器なの﹂
自慢するように胸を張るグレーテル。⋮武器ねぇ。でっかいキャン
ディで相手を殴り殺すとか?ってか、不死身とか胡散臭さっ!
175
あんまり反応を示さない俺の態度が気に入らなかったのか、プーッ、
と頬を膨らませるグレーテル
﹁⋮むー、味だって凄く美味しいんだから!ほら!食べてみなさい
よ!﹂
ベリッ!とシフォンケーキの壁から生える、赤と紫のフルーツでデ
コレーションされたケーキを差し出してくるグレーテル。いや、い
らねっす。俺甘いもの好きなわけでもないし、そもそも食っても味
分からんし
そんなわけで首をぷるぷる横に振ったら、更に膨らむグレーテルの
頬。その内爆発するんじゃね?とか呑気に考えてたら、あっという
間に近付いてきたグレーテルが、その細指で俺の首を締め上げる
﹁ぐっ⋮!?﹂
やっ、べ⋮っ!?やっぱ甘く見てた!完全に楽観視してたわ!見た
目通りの力じゃねぇ!ギリギリと絞められては酸欠がやばっ⋮!骨、
軋む!喉骨を親指で押し込む心尽くしが憎いねちくしょう!
﹁食べなさい﹂
にっこりと笑うグレーテル⋮っ!喘ぐようにして涎をこぼしながら
口を開ければ、無理矢理押し込まれるスイーツ︵笑︶。ぱっと喉が
解放され、供給された空気で咽せそうに⋮っ!耐えた!気合いで無
理矢理ケーキを飲み下す。ごくり、と喉を鳴らしてから、盛大にげ
ほごほっと空気を求めて食いカスを撒き散らす
﹁んふー、美味し∼い?﹂
176
満足そうににこにこと笑うグレーテルを涙目で睨む。やっべー俺こ
いつと相容れねー。ほら、俺って殺しが好きってだけで別にドSな
わけでもないじゃん?でもこいつSだよ。俺がケーキ吐き出してた
らそれを理由になんかやらかしたよ。絶対。だって咽せそうになっ
た瞬間目がキラキラ輝いていたもの
それはともかく、味なんか分かんなかったぜバーロー、という意志
を込めて﹁⋮ふっ、﹂とか鼻で笑ってやると、グレーテルは少し不
満そうな顔で﹁なによぅ、せっかくのおもてなしなのに⋮﹂と唇を
尖らせ、とっととお菓子の家にINしてしまう。どうでもいいけど
ヘンゼルとグレーテルってお菓子の家でひどい目にあう方じゃなか
ったっけ?
⋮逃げちゃおうかなー、なんて考えが一瞬頭に過ぎるが、逃げたら
逃げたで余計恐いことになりそうな悪寒。腹くくって溜め息吐きな
がらお菓子の家に入る。金色のドアノブ⋮なにかと思ったら、金粉
でデコレーションしたショコラだった。体温で溶けない不思議
︱︱︱︱で、なんだ。
室内に入った瞬間、スゲー後悔した
生首。
ぼろぼろ涙をこぼす、生首が、足の高い椅子の上にぽつんと置いて
あった
顔面が真っ赤にボコボコに膨れ上がってるせいで性別は定かではな
い。髪の毛は一本残らず抜かれたんだろう。血を零す頭皮と、とこ
177
ろどころ皮ごと髪の毛剥がれたのか真っ赤な⋮いや、むしろ白っぽ
い地肌が見えている
それは潰れた瞼の間から緋色の目で俺を見上げ、膨れ上がり、ちぎ
れかけた口を動かした
パクパク、パクパク。声なき声。当然だ。声は、肺がないと出せな
い。けれどそれには、首から下がない
けれど分かった。俺には、それがなんて言ってるのか、分かってし
まった
﹃ころして﹄
必死で殺して、と訴えかける生首を、呆然と見下ろす。動くに動け
ないままでいると、背中から﹁なにしてるの?﹂とグレーテルが問
いかけてきた
グレーテルは両手で銀のトレイとティーセットを持ちながら、椅子
の上に置かれた生首に視線を移し、﹁もぅ、ヘンゼルったら﹂と、
困ったように笑った
﹁サッカーボールの代わりだから、気にしないで?ヘンゼルったら
酷いのよ?私、スカートなのにサッカーしようって言うの。れでぃ
の扱いが分かってないわ。しかも出しっぱなし!男の子ってこれだ
からダメね!﹂
にこにこ笑いながらテーブルにトレイを置くと、無造作に首を掴ん
でぽいっと投げ捨てる。放物線を描いて飛んだ生首の行き先は︱︱
お菓子の家には不釣り合いな、ごぽごぽと湯が煮えたぎる大鍋の中
178
︱︱︱声なき悲鳴が、絶叫が、胸を穿つ。⋮やばい、これはヤバい。
マジでヤバい。話にならない。冷え切った身体を脂汗が伝う。恐い。
洒落になってない狂気を感じる
思わず胸元を押さえて後ずさる。死ぬのは恐くないし殺されるのだ
って悪くない。けど拷問は嫌だ。あんな風になってまで生きるくら
いなら、死ぬ。死にたい
﹁心配しなくてもいいわ。あなたは獣人、私は魔人。魔王様に仕え
る忠臣。そんなに脅えなくても、取って食べたりしないわよ﹂
にこにこ、にこにこ、笑う魔人。欠片も信用出来ない笑顔⋮って、
なんで俺こいつ信用とか言ってんだ?
よくよく考えたらさっきもそうだけど、﹃殺し﹄って共通の趣味が
あるからって信用していいわけじゃないわな。最初っから敵だって
考えながらぶっ殺チャンス狙ってれば変わらなくね?緊張して損し
たー。見たこともない固い焼き菓子で出来たテーブルを挟んで向か
い合い、さりげなくも大胆にキョロキョロ周りを見渡して、武器を
探す。ん!ないっ!
﹁⋮ふふっ、ほんとかわいい子。さっき諦めたと思ったのに、また
私を殺そうとしてるわね?不死身だから殺せないわよ、私﹂
﹁⋮⋮いひひっ﹂
やってみなきゃ分からんし。変わらず笑顔のグレーテルに笑みを向
ける。グレーテルは笑顔のまま嘆息すると、ティーポッドを傾け、
カップに紅茶を注ぐ。爽やかながらも甘い香りに、ちょっと胸焼け。
179
生首のインパクトで忘れてたけど、お菓子の家の中はスイーツの甘
いの臭いが充満していてちとキツい
﹁お菓子の家は子供の夢と、大人の悪夢で出来ているのよ。どんな
お菓子でも好きなだけ作れる。けれど少しでも食べたら、どうなる
か分からない﹂
差し出される紅茶。﹁砂糖は?たくさん入れる?﹂と聞いてきたの
で、首を振る。ってか怪しくて飲めたもんじゃないよね、これ
﹁ラズベリーのジャムクッキーを食べたら死ねなくなる。生クリー
ムたっぷりのショートケーキを食べたら首が落ちる、チョコレート
を食べたら急速に老化する、アップルパイなら歯が抜ける。他にも
たくさんあるわよ?﹂
⋮悪趣味過ぎて笑えねー。頬杖付いてカップと一緒に渡されたティ
ースプーンを手の中でくるくる回す。ペン回し検定二級の実力を見
よ!案の定目をきらきら輝かせて﹁わっ!すごいすごい!どうやっ
てるのっ!?﹂と一瞬脱線しかけ、﹁⋮じゃなーいっ!もうっ!お
行儀わるい!﹂と注意してくるグレーテル。ふひひ、サーセン
⋮あれ?ちょっとたんま
⋮俺、さっき無理矢理お菓子食わされ﹁ごぷっ﹂
︱︱鼻から、口から、血が吹き出た
﹁ごっ⋮がっ⋮﹂
びしゃあっ!!とやたら水っぽい血がテーブルにまき散らされる。
180
滝のように次から次へと湧き出る血が、血液が、胃から肺から湧き
上がる。熱いのに、ひたすら身体が焼けるように熱いのに、心臓が、
指先が、徐々に冷たくなっていく
からん、と床に落ちたティースプーンが、小さく鳴いた
もんどり打って床に転がる俺の頭上から、声が降ってくる
﹁安心して?スリーベリーケーキは死ぬほど辛いけど死ねないケー
キだから﹂
くすくすくす、含み笑い。見えるのは靴だけ。痺れるような痛みが、
全身を蹂躙する。痛みで失神しそうなのに、ぼんやりとした意識が
宙を漂っている
﹁あっは、やっぱり。初めて見たときから思ってたの。あなた、と
っても血が似合うわ。他人の血より、自分の血に塗れて苦しんでる
わんちゃん、凄い可愛い﹂
﹁ひゅーっ⋮!ひゅーっ⋮!﹂
この⋮っ!息、が⋮!吸いづらい!出来ることなら喉に穴あけて血
を排出したいところだが、刃物がない以上出来そうもない。にして
も、あれだ、なんだ
︱︱意外と、悪くない
死ぬほど苦しいし、こんなのは嫌だ。けれど痛みのあまり分離した
思考は、はっきりとした意識を保ちながら酩酊しているかのような
﹁ふわふわ﹂とした曖昧な感覚。臨死の恍惚とでもいうのか、死を
181
間際にして加速する思考。走馬灯のように映る今までの殺害映像1
00選は、ほんの少しだけ身体を癒してくれるような気がした
﹁⋮ねぇ、助けてほしい?助けてほしいでしょ?なら、私のお人形
になってよ。そしたら、助けてあげるし、大事に大事に、壊さない
ように可愛がってあげる。たまにだったら、あなたの大好きな人殺
し、させてあげてもいいわよ?﹂
このまま意識を手放して、死んでみるのも悪くない。きっともっと
濃い酩酊感を味わえるだろう。それもまた悪くない。次の人生もど
うせ獣人だろうし、楽しい来世に期待して
さぁ、殺すぞう
立ち上がった瞬間、﹁えっ?﹂とグレーテルの笑顔が固まった。染
み1つ、ニキビすらない綺麗な顔が、間抜けに呆けていた
スローモーションになった世界で、俺が吐いた血の滴が床に落ちる
より速く
さっき回収したティースプーンを、グレーテルの口に突き込んだ
﹁ごっ⋮!?﹂
可愛らしい顔が、醜悪に歪む。痛みと衝撃に歪んだ顔。喉の奥に突
き刺さるスプーン。口の中に無理矢理入れられた俺の左拳のせいで、
白い頬が、唇の端が、ぴりりと裂けた
さぁ、道連れだ
182
喉の奥まで届けとばかりに左腕を突っ込む。床に倒れ込んだグレー
テルの口の中に、全体重と全筋力を駆使して。ごりごりと喉奥の肉
を削りながら、細腕はグレーテルの体内に侵入する
﹁ひ、ひはははっ!がぼっ!くはははは!﹂
血を吐きながら笑う。みんな聞いてくれ!魔人も呼吸をしているら
しい!気道を圧迫されたグレーテルが、酸欠で顔を青くし血で紅く
染めながらじだばだと暴れる!圧倒的強者であるはずのグレーテル
がっ!惨めに!虫のように!
なんて快感!素晴らしい!強者を惨たらしく殺すこの快感は、また
違った趣がある!余りやりたくないが、ハマってしまいそうだ!
暴れるグレーテル。腕に突き刺さる小さな歯。俺の腕力を遥かに超
える剛腕が、幾度も俺の体を打つ。ごきっ、だのめきゃっ、だの致
命的な音が何度も体内から響くが、既にこちとら来世に期待だ。決
して離さぬよう、グレーテルの内側の肉に爪を立てる。それでも死
なないグレーテル!なんつー生命力!この化け物めっ!
さぁ、どうすれば死ぬ?どうすればこの化け物は殺せる?試してみ
ようか、なにを試そうか、どれからやろ﹁あまり調子に乗らないで
くれないか、犬ころめ﹂
⋮あ、そういや双子って言ってましたね
ごぎっ
183
俺がお菓子の家で ※イラスト追加︵後書き︶
イマラチオってなんなのか分からないお嬢ちゃん、お坊ちゃんは、
速やかにお母さんかお父さんに質問だ!
決してネットで調べたりしたら駄目だぞ?人畜さんとの約束だ!
流血表現注意
舌無し。本性←←
184
<i49750|3147>
ざんねん。きみのぼうけんはここでおわってしまった!
185
公歴1185 ヘンゼル視点︵前書き︶
R−17Gですよっ!
今回のお話!
双子妹﹁⋮百合に目覚めます///﹂ポッ
舌無し﹁なまえもらうよ!﹂
双子兄﹁どうしてこうなった﹂
186
公歴1185 ヘンゼル視点
ごとり、と床に崩れ落ち、ぴくりとも動かない獣人を見下ろしなが
ら、ヘンゼルは軽い溜め息を吐いた
﹁グレーテル、起きて﹂
﹁んぐっ⋮﹂
グレーテルは肘近くまで獣人の左手を飲み込んだまま、むくりと身
体を起こす。人間だったらショック死しかねない有り様だが、大概
丈夫な魔人な中でも一際耐久力のある魔人故に、ずるずると口から
腕を引き抜き、顔を一撫ですれば︱︱︱瞬く間に元の愛らしい人形
のような可愛らしさが戻ってくる
グレーテルは頬を染め、喉に手を添えながらぽーっと倒れ伏した獣
人を見つめる。ヘンゼルはヘンゼルで、どこか嗜虐的な微笑を浮か
べながら獣人を見下ろした
﹁さて、さて。どうしてくれようか。なにをしてあげようか。高々
一匹の犬ころの癖に、僕の大切な妹に傷を付けたこのケダモノは、
どう処分するのが適切かな﹂
﹁⋮そう、よね。スッゴく痛くて、苦しかったわ。死んじゃうかと
思った﹂
﹁そうかそうか。大変だったねグレーテル。それなら報いを与えよ
う。グレーテルにやったことと同じことを、何度でも繰り返そう。
187
何回でも繰り返そう。気が狂うまで繰り返し、気が狂っても続けよ
う﹂
﹁ゴリゴリって、喉の奧がね、スプーンで削られて痛いの。爪が肉
に刺さって、自分でも触ったことのない場所をぐにぐに揉まれるの﹂
⋮⋮ん?とヘンゼルは首を傾げた。﹃双子﹄の魔人。2人で1体の
魔人、それが彼らな訳だが、やはり男女の性別差か、はたまたそう
いう設定なのか。個性というものが存在する
﹃兄﹄であるヘンゼルは冷静に、かつ冷淡に物事を進める強かさと
思慮深さを持つ反面、不足の事態に弱く、追い詰められると涙が止
まらなくなるメンタルの弱さを持ち、
﹃妹﹄であるグレーテルは天真爛漫、無知に無邪気に獲物を追い詰
める残忍さを持ちながら、何かに執着したり、移り気だったり、飽
き性だったりと成長しないが故に、幼児並の行動が多い
だからヘンゼルは時々グレーテルが何を考えているのか理解できな
くなる。数百年近く一緒にいるが、何が切っ掛けでグレーテルのス
イッチが入るのか察せないのは、ヘンゼルの内面が幾らか成長して
いるというのに、グレーテルがいつまで経っても成長しないのに起
因している
しかしこれは⋮今までにない反応だ、とヘンゼルは眉間に皺を寄せ
る。ほんの少し、嫌な予感を肌に感じながら
﹁グレーテル、これ、どうやって殺そうか?﹂
﹁殺さない。ヘンゼルは引っ込んでて﹂
えっ、なにその反応。思わずぽかん、と口を半開きにして呆然とす
188
るヘンゼルを無視して、グレーテルは熱っぽい目で獣人のことを見
つめる。無邪気に無残に残酷に人間を虐げる魔人が、どこか躊躇う
ように片手で喉と胸をさすりながら、もう片方の手を獣人に向けて
伸ばしたり、引っ込めたり
﹁すっごく痛くて、苦しいの。でもね、体の中にわんちゃんがいる
のが凄くよくわかってね?どくん、どくんっ、て私の心臓と、わん
ちゃんの脈が重なるの。それでね、それでね?私が泣いてるのに、
痛い思いしてるのに、わんちゃんは凄く気持ちよさそうなの。ひど
いわよね?あんな、無理矢理、お腹の奥までねじ込んで⋮私、死ん
じゃうかと思ったわ⋮﹂
﹁あー⋮うん。そう、だね。確かに間違ってない⋮んだろうけど、
さ。なんていうか⋮グレーテル?なんか誤解されそうな台詞だよ?﹂
陶酔したようにうっとりとした顔で、恐る恐る獣人の血で斑に染ま
った白髪を撫でるグレーテル。なんだか一気に二段も三段も飛ばし
なか
て大人の階段を登ったような佇まいの妹の姿に、戦慄を禁じ得ない
ヘンゼル
おく
﹁すっごい嬉しそうに笑いながら、ごりごり私の喉奥をこすって、
激しく食道の壁を壊れるんじゃないかってくらいゴンゴン叩いて⋮
最後に、どぱって⋮いっぱい︵血を︶出して⋮﹂
﹁グレーテル?グレーテルちゃん?お兄ちゃんを無視しないでくれ
ると嬉しいんだけど⋮﹂
困り果てた表情でヘンゼルがグレーテルの肩を叩くのと、グレーテ
ルが銀のナイフを手に取るのは全くの同時だった
﹁ヘンゼル、私、この子欲しい﹂
﹁⋮とりあえず、僕の口からナイフを退けようか﹂
189
ケーキをカットするための玩具のようなナイフでも、恐らく妹が考
えていること︱︱︱ようはグレーテルと同じように喉奥メッタメタ
︱︱︱をナイフでやられると、本当に洒落にならない。不死身でも、
どんな傷でも一瞬で治せる身体でも、痛いモノは痛いし苦しいモノ
は苦しい
そっと狂気に満ちた瞳でじっと自分の口を見つめてくる妹の手に両
手を添え、下手に刺激しないように口から離す
にしても、たかだか獣人をほしい、か⋮。面倒なことになったもの
だとヘンゼルは頭を抱えたい気持ちになる。飽き性のグレーテルだ
からすぐに放り投げるかもしれないし、なにより獣人をどうこうす
る権利は自分たちにはない。
一体どうしてこんなことになってしまったのか。何故自分はグレー
テルを放置して﹁にんげんばくだーん﹂とか言いながら、炸薬を尻
に突っ込んだ人間走らせて遊んでいたのか。数十分前の自分をぶん
殴ってやりたい気分だ
﹁あー、うん。分かった、欲しいのは分かったけど、それは黒狼軍
の所属だろう?モーリス様におねだりしてみようよ。ディンさまに
掛け合って、それを譲ってもらってください、って﹂
ヘンゼルが困ったように微苦笑しながらグレーテルの肩を叩けば、
グレーテルはむぅ、と唇を尖らせた
﹁やっ﹂
﹁やって⋮だぁめ、そんなだだこねてるとモーリス様に嫌われちゃ
うよ?﹂
190
ヘンゼルが窘めれば、グレーテルは﹁うにぅ⋮﹂と不満そうに目に
涙を浮かべる。かちゃかちゃと手慰みのように紅茶の入ったティー
カップを獣人の口に添え、中身を流し込む
﹁⋮今すぐ欲しいんだもん﹂
未だに口と鼻から血をこぼしていた獣人の苦悶に歪んどいた表情が、
少しだけ和らぐ。お菓子の﹃毒﹄は紅茶で中和出来る。もっとも、
お菓子を食べた被害者が、それを飲む余裕があるかどうかは分から
ないが
﹁⋮はぁ﹂
仕方ないなぁ、とヘンゼルは溜め息を吐く。愛しい妹のためだ、多
少の無茶はしてやろうじゃないか
とりあえず、この獣人は殺す方向で
グレーテルがここまで1つの事柄に執着するのは初めてで、そんな
妹の姿を見るのは初めてで、だからこそヘンゼルは嫉妬してしまう。
嫉妬のあまり殺意が湧く。殺意が湧くから惨殺する。出来れば惨た
らしく、派手に、残酷に、グレーテルを変えた⋮変えてしまった責
任を取ってもらおう
﹁分かった。けど、今は無理だ。なら直接ディンさまに交渉しに行
こう。それならずっと早いよ﹂
﹁あ!そうねっ!なら行きましょう!﹂
途端にきらきら目を輝かせるグレーテル。このまま一直線にディン
191
さまのところに向かうだろう。当然、この獣人は放置して。そこが
チャンスだ。グレーテルの比護を失った獣人を、惨たらしく殺す。
頭の中でその算段を立てながら、静かにほくそ笑むヘンゼル
︱︱の、手を、グレーテルが握った
﹁︱︱ん?﹂
﹁行くわよヘンゼルっ!わんちゃんを貰うんだっ!﹂
にこにこ、楽しそうに笑うグレーテル。えっ!?僕も行くの!?と
わたわた、慌てるヘンゼル
﹁って、あっ!その前にちゃんと名前書いていかなくちゃね。この
子もう私のなんだから﹂
銀のナイフを逆手に握り、無造作に獣人の背中に突き立てるグレー
テル。血が飛沫となって舞い散り、痛みに目を覚ました獣人がびく
りと体を跳ねさせる
﹁ぎゃうっ!?﹂
﹁動いちゃだめよー﹂
慌てる獣人を一切気にせず、慣れた手付きで切れ味なんか無いに等
しい銀のナイフが背中を滑る
﹁ぎっ⋮!!あ、ぁ゛ア゛⋮っ!?﹂
限界以上に目を見開き、ぱくぱくと酸欠の魚のように口を開閉させ
る獣人。右目だけの瞳から、血の混じった涙がぼろぼろ零れた
192
しかしグレーテルは止まらない。獣人の背中をキャンバスに、銀の
ナイフが舞い踊る。鮮血が、皮膚の欠片がどろどろ零れ、痛みで獣
人は失神、覚醒、失神、覚醒
Viscr
⋮これ、僕がなにかやる必要ないんじゃないだろうか、などとヘン
dog
ゼルは考えながら、ぼんやり楽しそうな妹を見つめる
﹁でーきたっ!ちゃんと名前!﹂
﹁ああ、なるほどね﹂
獣人の背中に刻まれた、﹃Gretel's
im﹄の文字。前半は分かりやすい、﹃グレーテルの犬﹄。だが⋮
これは?
﹁ヴィスクリム。この子の名前!﹂
にこっ!と極上の笑顔で応えるグレーテルに、ヘンゼルの笑顔が引
きつった
獣人にとって名前は重要な意味を持つ
まず、生まれた時に両親から貰う名前。これは問題ない。通常獣人
が互いに呼び合う場合、この名前を使われる
しかし、二つ目の名前は別だ。仕えるべき主人、あるいは生涯の伴
侶に与えられる﹃名﹄。これは名前そのものに強制力のようなもの
があり、その名前で呼ばれると﹃従いたくなる﹄、という奇妙な習
性が、獣人⋮特に犬科のそれには多い
193
故に獣人は滅多なことでは他人に﹃名付け﹄なんかさせない。言う
なれば他人から与えられる名は服従の証だからだ。それを相手の気
を失っている間に、しかも身体に直接刻み込むというグレーテルの
無邪気っぷりに、さすがのヘンゼルもちょっぴり引いた
分かりやすく言うのならば、﹃強姦されて性的な快感を覚えるはず
がない!﹄と豪語する女性に、﹃じゃあ濡れてるから和姦だな。あ
と子づくりしたから結婚だな﹄、とか言うようなものである。分か
りにくいが
﹁いーい?あなたは今日からヴィスクリムよ。ヴィスクリム。わか
った?私の、グレーテルのペットのわんちゃん。いいわね?﹂
﹁⋮⋮わんっ﹂
小さく、けれど確かに頷く獣人。恐らく意識はほとんど無いだろう。
けれど、肯定してしまった以上、この獣人にはグレーテルの﹃名﹄
と﹃ヴィスクリム﹄という名が刻まれてしまったのだろう。ヘンゼ
ルは頭痛がしてきた気がして、思わず椅子に座り込む
ヴァイス
クリムゾン
﹁うふふ、ずっと考えてたわ。綺麗な白い髪に真っ白い肌⋮綺麗な
白。新鮮な血だけにある、深みのある紅。紅にまみれた白。あなた
に一番似合う名前。かわいいでしょ?﹂
﹁⋮⋮わんっ﹂
ぴくっ、と獣人の右手が動く。何かを探すかのように床をペタペタ
と這いずり︱︱ガッ!と、グレーテルのブーツの下敷きになる
﹁ぎう゛⋮っ!﹂
194
﹁うふふ、だーめっ。ああもうかわいいっ!!また殺そうとしたっ
!武器なんかないわよー?﹂
ぐりぐりと足で獣人の右手を踏みにじるグレーテル。苦悶に歪む獣
人の表情に、悦に入ったように頬を紅潮させて笑う愛しい妹の姿に、
ヘンゼルは胃痛も感じてきた
﹁モーリスさまになんて言えばいいんだろう⋮﹂
想像の中の敬愛する主に罵倒され、思わず涙するヘンゼルだった
195
俺とグレーテルは︵前書き︶
今回は3話更新ですよー
今回のお話!
舌無し&双子妹﹁イチャイチャイチャイチャ////﹂
獅子頭﹁なぁにこれぇ﹂
196
俺とグレーテルは
死ぬかと思ったら死んでなかった。けどなんか死亡フラグがビンビ
ンに屹立していらっしゃる
痛みやら何やらに叩き起こされたのはいいものの、さっさと殺して
くれないかと悩むこと数秒。殺されないなら殺そう!なんて思いつ
いて、実行しようとしたらその意志をベッキベキにへし折られて数
分。いつの間にやら存在していた初対面の金髪美少年が﹁とりあえ
ず他の魔人と相談してくるから、大人しくしてること﹂なんて言い
ながら肩を落として去って十数分。
おんぶお化けと化した金髪美少女に虐められながら、マジで武器か
なんかねぇかなぁと周りを見渡す
と指を突っ込み、開いては閉じ、開いては
﹁うふふ、リムちゃーん﹂
ぐりぐり
﹁づっ⋮ぐぅるる⋮﹂
背中の傷に
閉じ、というのを繰り返す鬼畜美少女。やめてやめて死んじゃう。
っていうか死んだ方がいいな。殺してほしいな、出来れば惨たらし
く。そして恐い。この娘恐い
﹁んふっ、なんだかリムちゃんの血、ちょっと甘く感じるわ。なん
でかしら?﹂
197
背中から抱き付くご主人タマ︵仮︶は、背中の傷に指を突っ込んで
は舐め、突っ込んでは舐め、を繰り返す。血を舐めてるらしい。吸
血鬼か
﹁ねぇねぇリムちゃん、包帯外してくれない?その下、どうなって
るのか見せて?﹂
⋮逆らうと恐いので渋々包帯を外す。キツい薬の臭いが解放され、
俺も鬼畜さまも顔をしかめる。けれど鬼畜さまは、瘡蓋が張ったば
かりの左の瞼を、空っぽの眼窩を目にした途端︱︱キラキラと、目
を輝かせた
﹁舐めたい﹂
⋮はっ?
がしっ、と両手で頭を固定される。空っぽの左目を一心に見つめな
がら、グレーテルはその小さな赤い舌を伸ばす
﹁リムちゃん、じっとしててね﹂
いやいや待って待って舐めるとか意味分からないホントやめて止め
てオイコラ金髪美少年戻ってこいなにこれこんなの絶対おかし鼻息
が粘膜くすぐって笑うに笑えねえってやば、あ
⋮くちゅ、
ぞわっ!と尻尾の毛が逆立つ。生暖かい舌が、眼球の裏側の、普通
は絶対に触れない場所を優しく撫で、這いずり、その度にあえぎ声
と腰から走る寒気に身を震わせ、って
198
ばっ!とすぐさま身をはなすグレーテル。彼女は口元をおさえ、﹁
み∼⋮﹂と小さく涙目で鳴いた
﹁まずっ⋮﹂
⋮なんか複雑。今まで散々俺を︵嗅覚的な意味で︶苦しめてくれた
薬のお陰で助かったっぽい件。眼窩からとろりと垂れてきたグレー
テルの唾液を手の甲で拭いつつ、未だに﹁み∼⋮﹂と泣いているグ
レーテルに冷めかけた茶を渡す。どうでもいいけど背中痛い。立ち
上がった瞬間血が足りなくて目眩した。レバー食べたい
﹁ありがとー﹂
にぱっ、と軽く笑うグレーテル。紅茶を受け取り、優雅な仕草でそ
れを飲む。見た目は幼いが、その仕草には年季が入った洗練された
ものだった。なんか凄まじい違和感。今グレーテルから幼女のくせ
に貴婦人オーラが!
⋮にしても、これが俺の主人ねぇ⋮
はっはっはっ、奴隷の無知っ娘と侮るなかれ。基本的な知識は奴隷
市場や母親から聞いているのだ。名付けな重要性は勿論、一般常識
はある。出来れば︻獣技︼の一つや二つ仕込んでほしかったけど、
俺より幼いころに捕まって奴隷になった母親も︻獣技︼知らなかっ
たのかなぁ、と今は思ったり思わなかったり
そんなわけで強制的に貰った名前だけど、まぁ悪くない。ぶっちゃ
け魔人⋮ってかグレーテルの性根にはマジどん引きだけど、殺しま
くっても怒らなそうだし?むしろもっとやれ、的なこと言われそう
199
で期待でわくわく、﹁わんちゃんも死んでみる?﹂とか言われそう
で恐怖でドキドキ。でも所属とかどうなるんだろ?俺の身柄って黒
狼軍扱いじゃねーの?知らんよあたしゃ魔界側の一般常識なんぞ
ぼんやりと考え込んでいたら、頭がくらくらしてきた。あれ、さっ
き盛大に吐血したから血がやばい?下を見下ろせば背中から伝った
血がおしっこ漏らしたかのように足下で水溜まりに大変身!背中、
背中かぁ⋮。止血も出来んなぁ⋮。出来れば縫って傷を閉じたいと
ころだけど、生憎背中にゃさすがに手が届かないし、糸も針もない。
出血多量で死ぬんでね?
思わず、ロールケーキのソファーに寄りかかる。ベットリと黄色い
スポンジが深紅にデコレーションされて、スポンジとクリームを吸
い上げた背中の穴は痛みを訴える。けど残念!俺の痛覚は本日の営
業を終了しました!もう首から下の感覚あんまないのよん
﹁リムちゃん?﹂
﹁⋮⋮くぅん﹂
喉の奥から甘えるような響きの声が漏れる。ソファーに座ってぐっ
たりとしている俺に、グレーテルは少しだけ焦りながら、﹁リムち
ゃん?リムちゃん?﹂と肩を揺すってくる。痛い痛い痛覚が閉店セ
ールで大売り出しする
あー、くそー。どうせ死ぬなら出血多量なんて地味な死に方したく
なかったな⋮。散々他人バラバラにしてきた俺だぜぇ?神様も閻魔
様も罰くらい与えろよ⋮。あ、いま罰の真っ最中でしたっけサーセン
どうせならこう⋮両手足を縄で縛ってそれぞれ4頭の馬に引かせる
200
とかさぁ⋮。そういう派手で酷たらしい死に方したかった⋮。へそ
に火をつけたダイナマイト突っ込んで放置とか、ね?
死ぬときってさー、動物はひたすら苦しい、痛い。もういやだ。っ
て顔で死ぬか、何が起こったかわかんない、っていうきょとん顔で
死ぬんだよ⋮。でも何人か殺してわかったんだけどさぁ、人間もあ
んま変わらないんだよなぁ⋮。きょとん顔か苦悶顔のどっちか。た
ださあ、たださぁ
人間ってさ、憎悪で歪んだ顔で死ぬときもあるんだよねぇ
マジで鬼ってか化け物っていうか、そんな顔。末代まで祟ってやる、
って顔。あんな激しい感情の発露、今まで見たことなかったし、俺
はそんな顔で死ねるような激情っていうの?あっつい感情の高ぶり
みたいなの、今までで一度も味わったことが無いわけで
ああ⋮。死ぬ前に一回くらい、死ぬほど他人を恨んでみたいなぁ⋮。
まぁ、来世に期待ってことで?なんかこの台詞が生存フラグな気が
する。なーんてなーんて、いひひ
足先から徐々に死んでいく。冷たい。寒い。さっきまで元気だった
のに。⋮嫌だな。この死に方は嫌だな⋮。指がもう動かない。尻尾
も動かない。瞼も開かない。やっぱグレーテルに付いてきたのが運
の尽きか。魔人にはもう関わらない。死にたくないな。あ、そうだ、
まだ。ああ、でもグレーテルに頼めば、派手に死ね⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮⋮へっ?
ころんっ、とグレーテルが俺の目の前に転がった
服がめくれあがって、白いお腹と小さなへそが見える。ほとんど肉
201
の付いてない、僅かに膨らんだ胸元と、成人女性であればヘアヌー
ドになりかねない位置までスカートを下げて、グレーテルは俺の前
で無防備に転がっている
⋮え、なんぞ?刺せと?解体しろと?ハイヨロコンデー!じゃなく
て、だ
困惑しながらグレーテルの顔をのぞき込むと、眉を八の字にして目
に涙を浮かべたグレーテルが、ぐすっ、と鼻をすすりあげながら言う
﹁リムちゃん、食べていいよ?﹂
誰を?グレーテルを?
なんでー?知るか
まぁ色々考えるのは後にして、だ
いただきます。
のそり、と身体を動かす。もう立つ余裕はない。四つん這いのまま
ゆっくりとグレーテルに覆い被さる。白い肌が、甘いミルクのよう
な香りが、視覚と嗅覚を刺激する
じんわりと口の中に溜まってきた涎が、中途半端に開かれた口から
ぽとりと落ちる。ぴちゅっ、とグレーテルの肌で跳ねる涎。つぅ、
と白い肌を滑った液体は、へその中に収まった
﹁んっ⋮﹂
202
くすぐったそうに身をよじるグレーテル。羞恥に紅く染まった頬が、
荒くなる吐息が重なる。あーやばいな。ロリコンに目覚めそう
これ以上は俺の理性がヤバい。さくっと食べて栄養補給しようネー
ってわけで、牙をグレーテルに突き立てた
︱︱︱︱ぐちゅっ、こりっ、がりっ
﹁ぐっ⋮あ、あぁ⋮﹂
︱︱︱︱︱べりっ、ごりりっ、かこっ
﹁ひぎっ⋮うぎゅぅううう⋮﹂
︱︱︱︱︱︱じゅるるるっ、ぬちゅっ、ずるっ⋮
﹁ぎっ、くふっ⋮⋮ふっ、えへ、へ⋮﹂
グレーテルの笑い声が降ってくる。最初こそ苦痛に耐えるようにう
めき声を漏らしていたグレーテルだが、途中から明らかに声の質が
変わってきた。明らかな喜色を浮かべ、彼女は俺の髪の毛を、頭を
ぎゅっと握り、より一層自分のハラワタの中に埋めていく
グレーテルに溺れる。人間のそれよりずっととろみのある濁った血
が、喉を焼く。甘い甘い毒のような肉が、身体の中に解けていく。
どこもかしこ美味すぎる。血も、肉も、骨すらも美味で、一口ハラ
ワタを口に含んだだけで、背中の傷が頭から吹っ飛んだ。そこから
はもう、夢中。俺はグレーテルの虜になった。なんだこの麻薬じみ
た美味すぎる肉は
203
﹁こぷっ⋮うふ、ふふふ⋮おいしい?﹂
﹁わんっ!﹂
口を吐血で、あるいは主人の血で真っ赤に染めた主従が鳴いて。死
にかけの身体がグレーテルの肉で補充され、修理されたのがわかる。
どんな仕掛けかなんか知らないし、まだまだ背中は血を流している。
けれど、頭ではなく感覚で、死の気配がどこぞへ旅だったのを理解
した
グレーテルは真っ赤に染まった口と腹を拭いもせず、くしゃくしゃ
と俺の頭を撫でる。その指に食いつき、食いちぎる。コリコリとし
た指を口の中で転がしながらグレーテルを見上げれば、彼女は困っ
たように笑った
﹁お腹空いてたんでしょ?お菓子の家のお菓子はいくら食べても栄
養にならないの。私はおいしかった?﹂
﹁わんっ!﹂
﹁きちゃにゃいっ!﹂
元気に返事したら、口の中に残っていたグレーテルの肉片が、グレ
ーテルの顔面に飛んで。怒り顔でべしっと俺の顔面を強打する。﹁
あべしっ!﹂とかなんとか俺が叫んだのかは定かじゃないけど、ご
ろごろ転がって床を血で汚しながら、壁際まで転がってもう一回頭
を打った。レベル上げて物理で殴れ!ってか?物理ぱねぇ
﹁あー⋮もう、お気に入りだったのになぁ⋮﹂
204
血に染まった服を残念そうに見下ろしながら身を起こしたグレーテ
ルが、空っぽの腹部を一撫で。それだけで傷一つ無いお腹があらわ
になって、また口の中に涎が溢れる。あの美味しいハラワタが食べ
放題とか胸熱過ぎてゲロ吐きそう
けど、流石のグレーテルもハラワタ食われたのは結構なダメージだ
ったのか、顔色は悪い。小さく呻いて、﹁⋮ごめん、リムちゃん。
私、ちょっと寝る⋮﹂とふらふら立ち上がる
大丈夫なのかねぇ?俺も立ち上がって手を貸そうとしたら、妙なタ
イミングでお菓子の扉が鳴る。ノック音と﹁魔人どの、失礼する﹂
というどっかで聞いたことのあるイケメンボイスを背負って、ハル
バード装備のライオンヘッドがご来店。グレーテルの機嫌が一気に
急降下。やだ恐い。ライオンヘッドも俺を見つけた瞬間超不機嫌。
なんぞ?
﹁⋮訓練生だな。何故魔人どのと共にある。レーリックの制圧を命
じたはずだが?﹂
⋮なんだこいつ感じわりぃ。ムカついたけど勝てないね、これ。と
りあえず抵抗せず指を4本立てる。4人は殺したぞ。ちゃんと
不満げに指四本立てるだけの俺の姿に何を思ったのか、ライオンヘ
ッドは﹁⋮後で話を聞く。本隊に合流しろ﹂と顎で出口を指す。な
んだこいつ。ムカつく。けど逆らうわけにもいかず、出口へ向かう
﹁あ⋮﹂
小さく、グレーテルが声を漏らした。少しだけ振り返れば、酷くシ
ョックを受けた顔のグレーテル。⋮ああ、んな顔するなよ。綺麗な
205
瞳に涙が浮かんで、えぐり取りたくなる。宝石みたいな、綺麗な瞳
思わず引き返しそうになる。目玉くらいなら、ティースプーン一本
でもあれば、いや、指でも︱︱
﹁レーリックの制圧が完了致しましたので、その報告に。そして、
此度の作戦に協力して頂いたことに、心よりの感謝を﹂
だが、俺とグレーテルの間に割り込むライオンヘッド。⋮あー、く
そっ。なんか情移っちゃったな。殺しても殺しても死なないっての
が素敵すぎる。死ぬまで殺したくなるぜ、グレーテル。惚れた。グ
レーテルらびゅっ!なんつってー
ほんの少し名残惜しく思いつつもさくっと切り上げる。長居すると
未練残りそうだ。あとカリーナ辺りに治療しともらわんとやばそう。
出血的なアレが。そう簡単に死ななそうだけど油断したら死ぬよね、
今の俺
⋮って、本隊ってどこにいるねん。元の場所?ならいいけど違かっ
たらやばいよなー。しゃあないからライオンヘッドに案内してもら
うかー
なんて考えてたら、
﹁⋮⋮そう、凄いわね。あなた、優秀なのね﹂
⋮ぞくっ、と寒気が走るくらい、冷たいグレーテルの声。殺気と狂
気に濡れた刃のような声音が、心臓に突き刺さる
﹁⋮勿体無きお言葉です﹂
206
ライオンヘッドは気付いてるんだか気付いてないんだか知らんが声
音は変わらない。えっ、えっ!?なにこの一触即発な空気ー。さっ
きまでグレーテルさんご機嫌でしたやん。乙女心、秋の空ってレベ
ルじゃねーぞっ!
﹁じゃあ、ご褒美あげなきゃね﹂
⋮あれ?やばくね?
そっと扉に隠れながら部屋の中を見る。壁から生えてるお菓子をブ
チブチ引きちぎり、底冷えする冷笑でライオンヘッドな向けて差し
出すグレーテル。ちょっ、ここにあるお菓子は全部毒って話でした
やん
グレーテルは目が笑ってない、口の端を持ち上げただけの笑顔でマ
カロンを摘むと、﹁はい、ご褒美。あーんしなさい﹂とライオンヘ
ッドの前に差し出す。ライオンヘッドはライオンヘッドで一瞬表情
を堅くしたモノの、小さく頷いて
﹁⋮有り難く、頂戴いたします﹂
と口を開く。にたり、とグレーテルの表情が喜悦に歪む。ちょっ、
たんまたんま。今ライオンヘッド殺されると困るんだってば!場所
分からんくなる!そしてちょっぴり嫉妬のジェラス!さっきまでわ
んちゃんわんちゃん言ってた癖にっ!
カパッ、と口を開いたまま黙っていたライオンヘッドの口に、グレ
ーテルがお菓子を突っ込む︱︱前に、ぺたぺたとわざと足音を慣ら
しながら近付き、グレーテルの手からお菓子を叩き落とす
207
﹁⋮えっ?﹂﹁ぬっ⋮﹂
2人とも目をまん丸くして驚いて、次の瞬間にはグレーテルの顔が
嬉しそうに歪む。その目が、語る。﹁嫉妬しちゃったの?﹂と。そ
れを肯定するようにそっぽを向けば、グレーテルは堪えきれない、
とばかりに破顔し、俺を抱き締め、いや、抱き寄せ︱︱
ぞんっ!
と音がして、俺の頭が一気に軽くなる。
現実味のない唐突な展開に、呆然としながらゆっくりと首を巡らせ
れば︱︱ぱらぱらと舞い散る紅色が混じる白い髪。そしてでっかい
ハルバードを振り抜いた体勢のライオンヘッドが、難しい表情で俺
を睨んでいた
208
俺とグレーテルは︵後書き︶
百合って素敵ですね!
TS転生百合ってあんま好きじゃないんですけど、久しぶりに百合
描写ですよ、プロデューサーさんっ!
それはともかく、タイトル詐欺で怒られました。前作的な意味で。
なので新しいタイトルを決めようと思います!
さぁ、選んでください
1
くろらべっ!
∼白い犬娘を真っ赤にする話∼
2
サイコ様が見てる
3
ブラックラベル・アンダードック
4
209
﹁こんな作者に任せられるか!俺は自分でタイトルを決めるぞ!!﹂
こんな感じでどうでしょうっ!?
ティン!ときた番号を感想板に書いてくれたらそれはとっても嬉し
いなって
210
俺が罰を受けて︵前書き︶
まとめはあとがきの方がいいと気付いた
あとタイトル!
意外と現状維持の方がよろしげな雰囲気ですねぇ⋮
ティン!とくるのもなかったからせっかくなので維持ります!
考えてくださった方、申し訳ない!ヘタレかつ根性なしでごめんな
さいっ!
211
俺が罰を受けて
⋮なーんでこんなことになっちったのかねー?
目の前には洞窟。ゴツゴツした刺々しい黒っぽい岩肌が剥き出しに
なっていて、見える範囲には苔すら生えていない。腰の後ろで両手
に嵌められた枷がガシャガシャ揺れる
俺の隣に立つカリーナは小さくカタカタと体を震わせ、目に涙を浮
かべて震えている。他にもトカゲみたいな鱗を持つ女の子や鳥の人、
そしてカエルみたいな滑った肌のカエル顔の女の子も同じような表
情をしている
﹁これより、懲罰演習を始める。ヴィアーレ。ホークス。カリーナ。
レーアン。この4名は前回訓練、レーリック制圧作戦において一匹
も人間を殺せなかった軟弱モノである﹂
えっと、トカゲがヴィアーレ、ホークスが雀な鳥の人。レーアンが
カエル娘だったね。うん、覚えてる覚えてる。俺忘れてない。流石
に背中とか目とか体中治療してくれた人たちのこと忘れたりしない
って
あ、ちゃんと治ったよ?レーリックの一件からもう一週間経ってる
しね。腰まであった髪が肩口くらいで切りそろえられて、すっかり
涼しくなりますたー。カリーナは﹁綺麗な長い髪だったのに⋮﹂っ
て残念そうだったけど、いいじゃん別に。もみあげ部分は普通に腰
まで届くくらい長いし。ほら長髪。なんていうんだろうね、この妙
212
な髪型
﹁そして罪人・ヴィスクリム。この者は自身の分を弁えず、我が軍
であれば﹃長﹄に相当する双子の魔人﹃グレーテル﹄どのに無体を
働き、その好意を無碍にした。これは許されることではなく︱︱︱﹂
はいはいウザイウザイ。面倒になってきたから隣に立つカリーナの
胸にぐりぐり頭をこすりつけて耳を塞ぐ。カリーナは少し驚いてい
たが、ぎゅっと頭を抱き締める。なんぞー?
﹁だ、大丈夫⋮!わたしが、ずっと一緒にいるから⋮!﹂
ははっ、笑うところはどこですかー?誰もビビってなんかねぇーっ
てばよ。ガタガタ震えながらなぁに言っちゃってんですかねぇこの
娘は
ギューッと頭に圧迫感。グレーテルに見つかったら嫉妬で刺されそ
う。まぁいないからいいけどね!
思い出すのは彼女の泣きそうな顔。大きな瞳が涙に濡れて、今にも
零れ落ちそうになって美味しそ︱︱あれ?俺の好物がもしかして:
眼球?まともなご飯が食べたいなー
⋮マジでなんでこんなことになったんだっけ?
213
︱︱︱鈍重なハルバードでどうやって髪の毛を切ったというのか。
ありえないとは言わないが、空中をそよぐ紙を切り裂くようなその
技のさえに、呆然とした
ライオンヘッドは即座にハルバードを構えなおし、どこか焦りを浮
かべた表情でグレーテルに顔を向ける
﹁申し訳ない、魔人どの。この者は正規の訓練も受けていない未熟
者。無礼な振る舞いをさせてしまったことをこの者の死を持って謝
罪させていただきたい﹂
⋮あー。なるほどね。確かにね。ライオンヘッドから見れば、途中
で猿の人が拾ってきただけの村人Aが、取引先のお偉いさん相手に
暴力振るいましたー!状態な訳か。よくよく考えりゃいくら背中に
グレーテルの名前刻んだところで、血でどっろどろの今は見えやし
ないし、ドS神グレーテルに殺されないどころか気に入られる、な
んて想像の埒外だったわけだ
でもやっちゃっちゃね!もう止められないような気がする。俺の腰
の辺りに手を回したグレーテルが、片手を伸ばしてザンバラに切り
そろえられた俺の白髪を撫でて︱︱スゥ⋮と、表情を消した
214
﹁⋮⋮⋮⋮⋮ふぅ∼ん、私のわんちゃん、殺すつもりなんだ﹂
﹁はっ!⋮はっ?わ、たしの⋮わんちゃん?﹂
表情凛々しくハルバードを構えていたライオンヘッドが、目に見え
て狼狽する。だよねー。普通はそんな可能性考えないよねー。そん
なリアクションになるよねー
﹁⋮うふふ、その冒険心、嫌いじゃないわ。カワイイ。うん、カワ
イイから⋮かわいがってあげる﹂
すっ⋮と俺を拘束していたグレーテルの腕が解かれる。いやいやい
やちょっと待って待ってグレーテル。多分これすれ違いと勘違いの
せいだから。だからライオンヘッド殺さないで!ライオンヘッド殺
されると俺迷子になる!⋮あれ?別に問題ないかも?どうぞ殺っち
ゃってくださいよ旦那ぁいひひ
一瞬迷ってグレーテルの服を掴んだけど、思い直して手を離す。ラ
イオンヘッドはもう可哀想なくらいオロオロしながら、﹁い、いや、
しかし⋮。無体を働いたのがわる⋮いや、だが魔人どののモノに手
を出した私が悪い⋮?﹂と苦悩してる。ハハッ、ワロス
グレーテルはニコニコ笑いながら、そっと一歩前に歩み︱︱唐突に
現れた金髪美少年に腕を捕まれ、不機嫌そうに振り返る
﹁⋮なに、ヘンゼル﹂
﹁落ち着いて。グレーテル。ライオネルくんは間違ったことはして
いないじゃないか。同じ魔王様に仕える忠臣同士、潰し合いはやめ
ておこう﹂
215
⋮お前どっから現れたし。ピンッ、とヘンゼルは被ってる大粒の青
い宝石で装飾された三角帽子を指先で弾き、ニコニコ笑っている。
ライオンヘッドはあからさまにほっと溜め息を吐き、即座に土下座
した
﹁心使い、傷み入ります。魔人どの。知らぬことであったとはいえ、
あなた様の所有物に勝手に手を出したことを心よりお詫びさせてい
ただきます。つきましては、如何なる処分も謹んで拝命する所存で
す﹂
なにこいつ面白い。真面目過ぎてキモイな。こういう奴に限って腹
の中真っ黒なもんだぜ?ちょっと捌いてよグレーテル!グレーテル
のちょっといいとこ見てみたいっ!
﹁⋮じゃあ、死んで詫び﹂
﹁はいストップ、グレーテル。ライオネルくんも死ななくていいよ。
君も獅子王の﹃長﹄なんだから顔上げなよ。権力的には同レベルだ
ぜ、僕たち﹂
﹁⋮しかし、﹂
﹁いいから﹂
グレーテルの口を塞ぎ、にこにこと笑いながらライオンヘッドに手
を差し出すヘンゼル。尚も言い募ろうとしたライオンヘッドだった
が、ヘンゼルの有無を言わせぬ笑顔に硬直する
﹁そうだな⋮。誰が一番悪いか、か⋮。うん、なんだかんだ全部見
ていた僕から言わせてもらえば⋮﹂
216
すぅ⋮と、ヘンゼルの視線が横に滑る。どこか楽しそうに歪められ
た表情が向いたのは⋮まぁ、予想通り俺な訳で
﹁君が何も考えずにグレーテルを叩いたのが、原因じゃないかな?﹂
ですよねー。
ノリでやっちゃったんだ☆うんうん頷いてみたら、グレーテルが血
相変えて叫ぶ
﹁ち、違うもん!リムちゃん悪くないもん!悪いのそのにゃんこさ
んだもんっ!﹂
﹁そういうわけにもいかないさ。それに獣人同士の揉め事だ。本来
僕達の口を挟むべき問題じゃない﹂
くつくつ喉の奥で笑うヘンゼルの表情に、見え隠れする悪意。まぁ、
獣人同士の揉め事って言えばその通りだけど、そうすると俺より圧
倒的に強そうなライオンヘッドが無罪放免デスネー。そしてアテク
シバットエンド。だめだこりゃ
﹁でも、でも⋮っ!り、リムちゃん私のだもんっ!私が⋮っ﹂
﹁グレーテル、ちょっとメアリたちのところに行ってて﹂
ピンッ、と再び帽子を弾くヘンゼル。するとどういう理由だか知ら
ないけど、グレーテルもヘンゼルも消え、ほんの一瞬後にヘンゼル
だけが現れた。瞬間移動?⋮ちょっと憧れるわ
ヘンゼルは心の底から楽しそうににこにこと笑いながら、俺に向け
て微笑みかける
217
﹁⋮と、言うわけで、君はグレーテルを叩いた罪で処刑ね?それで
今回は手打ち、ってことで﹂
⋮えっ、マジで?そんなあっさり?
思わず呆然と立ち尽くす。ヘンゼルの手には、銀色の鋏。妹は食器
で兄貴は文房具かよ。どうせならドリルとか使ってください。ロマ
ン!ロマン!!
鋏が俺の右目に向けて近付く︱︱前に、ライオンヘッドが止めに入
る。ライオンヘッドの差し出した右腕に、深々と突き刺さる銀の鋏。
けれどライオンヘッドは顔色1つ変えずに、﹁お待ちください、魔
人どの﹂と冷静に言う。やだ⋮なにこいつイケメン⋮きゅんっ!俺
の乙女度が5あがった!乙女度がMAXになると空の鍋をお玉でか
き回します
﹁⋮どういうつもりかな?﹂
にっこりと、底冷えのする笑み。グレーテルのときも思ったけど、
びっくりするくらいの美少年美少女だから冷たい表情マジ恐い。グ
レーテルの狂いっぷりもやべぇけどヘンゼル殺気MAX過ぎて困る
﹁この者の処分、我々に任せてはいただけないでしょうか。今回の
ように人間を相手取る訓練にて、目標を達成出来なかった訓練生や、
遠征時に罪を犯した者は、﹃犬神の社﹄に放り込むのが我ら黒狼軍
の伝統。どうせ死ぬのならば、我らが掟に裁きを任せてはいかがで
しょうか?﹂
まーた分からない単語が出てキタヨー。どんなリアクションがお好
みですかー。ってか死ぬの?マジで?死亡フラグ回収早すぎねー?
218
拗ねるぞ流石に
ちょっぴり拗ねて唇を尖らせていたら、ヘンゼルは少し悩むような
気配。しかし、一瞬後にはにぱっと後腐れ無く笑った
﹁うん、分かった。じゃあ、そっちに任せるよ。犬神の社と言えば
致死率99,9%の﹃長﹄ですら入るのを厭う聖域だものね。出来
れば死体の欠片くらいくれると嬉しいな。グレーテルが拗ねそうだ﹂
じゃあ、任せたよ。と言い捨て、再び帽子を弾くヘンゼル。たった
それだけでヘンゼルの姿は消え、同時にぽふんっ、なんて間の抜け
た音と共に足が石畳に付く。周りを見渡せば、お菓子の家ではなく、
ボロボロに荒れたレーリックの街並み。そしてヘンゼル、説明乙
はぁ、と大きなため息が、やたら響いて聞こえた。視線を向ければ、
頭を抱えたライオンヘッド
﹁⋮⋮すまない。汝が私を助けようとしてくれたことは理解してい
る。しかし、あの場はああするしかなかった。我らは⋮いや、我は、
グレーテル殿より﹃弱い﹄のだ。故に、﹃強い﹄グレーテル殿に無
体を働いた汝を殺すしかなかった。そしてまた、汝を死地に送らね
ばならぬ﹂
⋮えー。なにその極論。獣人意味わかんねー。でもまぁ気にすんな。
死ぬも生きるも変わらんし。あーでもグレーテル食えなくなるのは
嫌⋮かもしれん。にしてもヘンゼルの野郎⋮妹とられてジェラシっ
てるのか?明らかに俺を殺す気満々だったなぁ⋮
でもまぁ、ライオンヘッドに早く歩き出してほしいのでその手をギ
ュッと握る。びくっ!とライオンヘッドは一度跳ね、どこか唖然と
219
したように俺を見下ろしてくるので、上目遣いににこっと微笑んで
みる。えへっ、あたちかわいいオンナノコよーキメェ
﹁⋮⋮すまない。私は⋮。できる限り、そなたが生き残れるよう策
を練る⋮﹂
うわ、ウゼェ。なんかやたら落ち込むし。いいから早く行こうぜー
?ぽんぽん、と空いてる片手で腰のあたりを叩いてやれば、耳を情
けなくしながらとぼとぼ歩き出すライオンヘッド
ってか手ぇ繋いだままですかー?
とか思いながらライオンヘッドと一緒に本隊に合流。その後ライオ
ンヘッドがなんやかんや話した後、俺は拘束されてレーリックから
帰還⋮帰還?黒狼軍本拠地へとGO
一週間近く拘束されたまま荷物を背負い、カリーナやら人間殺せな
かった未熟者3人︵笑︶な訓練生たちにせっせと介護されながら、
えっちらおっちら荒野を歩いて、訓練生約250人は魔界最南端に
ある黒狼軍本拠地にやってきましたよ、と。正規兵250人はレー
リックに残った。あそこはあそこで新しい拠点になるらしい
黒狼軍の本拠地は、界境に一番近い場所にある。他の魔王に仕える
220
軍⋮竜族なら北、魔人なら西、アンデットなら東に本拠地があり、
それを線で十字に結ぶと、その交点に魔王城があるとかなんとか。
それはまぁどうでもいいが、徒歩で一週間が一番近いってどういう
ことなの
黒狼軍の本拠地は、ほとんど緑がなくなった禿げかけの岩山をくり
抜いて作った洞窟だ。中には入ったことないからわからないけど、
基本的に人間の作った武器防具を流用している黒狼軍の技術レベル
を見るに、縄文時代とかそんなレベルの生活をしていると思われる
そのすぐ近く。山と山の間にある谷に﹃犬神の社﹄はある。見た目
はでっかい鳥居とごっつい木製の扉で閉じられてるのを除けば、た
だの洞窟だけど、なぁんか化け物がいるらしくて、そこに入るとま
ず死ぬとか。だから罪を犯した獣人を叩き込み、生き残ったら無罪
放免、ってしたり、やる気のない訓練生を﹃やる気出さなきゃ死ね﹄
ってな状況に追い込むためのモノらしい。獣人って数はいるからい
くら減っても困らないし?間引きもかねてるのかもねー。子供の躾
はもっぱら﹃言うこと聞かないと社に放り込むぞ!﹄らしいし。は
はっ、ちょっとウケる
﹁それでは!!これより犬神の社を開く!掟に従い、次にこの封印
が解かれるのは24時間後!24時間後にこの者たちが生還した場
合、無罪放免!さらに正規兵への昇格!これは掟によるモノだ!文
句がある者はこのモノたちと共に社に入るがいいっ!﹂
⋮つまり俺と他訓練生︵笑︶は24時間生き残りゃいいだけってわ
けね。あ、いや。正確にゃ24時間生き残って犬神の社を脱出する、
か。めんどーなー?縛り首とか引き裂きの刑でもっていいのよ?
カリーナに抱きしめられたまま嘆息する。厳しい表情のライオンヘ
221
ッド=ライオネル。獅子王族っていう黒狼族の次に偉い部族の、﹃
長﹄、つまりは一番偉くて一番強い人。でも本人は自分の年齢が若
いのも気にしていて、自己評価が低いとか。普通に考えりゃ若いの
に強いって凄いことだけど、獣人は違うのかね?
ぼんやりその顔を見つめていたら、胸ぐら掴まれて宙ぶらりん。﹁
シロ⋮じゃなくてヴィスクリムちゃんっ!?﹂とか遅れてカリーナ
が叫んだ
﹁魔人どのに逆らったことを、後悔しながら死ぬがいいわっ!!ク
ハハハッ!﹂
口調だけ聞くと超★悪人。でもやってることは分かりやすい。俺の
口の中にちっこい鍵突っ込んで、何気に丸腰だった俺の胸元にちょ
っと高そうな短刀を突っ込む。そしてぼそりと小さな声で、﹁⋮手
枷の鍵だ。飲むなよ。中では絶対に怪我をするな。出血しないだけ
で生き残れる可能性があがる﹂と懇願するように言い︱︱うえひゃ
っ!?
︱︱開け放たれた犬神の社の扉に向けて、俺を投げ捨てた
わっかりやすいけど、もうちょい優しくして欲しいなぁ。べしゃっ
!とお腹から岩肌に叩きつけられ、びくびく悶えながら思う
続いて響くカリーナたちのものと思われる足音と共に、巨大な扉は
閉ざされ︱︱視界は闇に満たされた
222
俺が罰を受けて︵後書き︶
まとめ
舌無し﹁ばつをうけるよ!﹂
獅子頭﹁マジごめん⋮﹂
兎﹁わたしヘタレ過ぎワロタwww﹂
モブ×3﹁どういうことなの﹂
223
俺は犬神の社で
さぁて視界は真っ暗。周りはがやがや。4人の訓練生に殺人馬鹿一
匹。太陽の光すら届かない洞窟の中で、もごもごと手枷の鍵を吐き
出そうと頑張る。舌がないから押し出すってことができないのよん
﹁⋮とりあえず、奥に行くべき?﹂
﹁まてまて、俺ぁ鳥人だぜ?こんだけくれぇとなんも見えねえ﹂
﹁でも、入り口付近でじっと時間まで耐えるなんて無理よぉ。食料
ないしぃ。それに教官たちの印象が悪くなるわぁ﹂
上からトカゲ女、雀男、カエル女な?カリーナは﹁あたっ!?ひぇ
っ!?﹂とかちっちゃい悲鳴上げながら、足下のでこぼこした岩肌
に苦労しながら近付いてくる
﹁シロ⋮じゃなくてヴィスクリム⋮ちゃん、大丈夫?﹂
おい、また名前間違えるのか。俺の名前変わってからもう一週間だ
ぞ?いい加減慣れろよ。それはともかく近付いてきたカリーナと思
われる人物。その差し出された手を甘噛みする。かぷかぷちゅーっ
て指をしゃぶりながら、口内の鍵に触らせる
﹁うぇひっ!?な、なにして⋮ってあれ?これ⋮鍵?﹂
そうそう鍵だよ鍵。ちゅるっと口の中から鍵が引き抜かれたので、
224
背中⋮というか、手かせを見せる。それで察したのか、﹁鍵穴どこ
⋮?﹂とか情けない声を出しながらも、カリーナは手枷を開錠する。
一週間ぶりに自由になった両手をぐるぐる回しながら、木製の鞘に
収められた、僅かに反りのある片刃の短刀を腰にくくりつけた
﹁いつのまに鍵を⋮?﹂
﹁らーお、くえた﹂
カリーナの質問に答えながらストレッチ。節々が痛むが、そこまで
体力筋力は落ちてないっぽいな。ぺきぺきと背中を鳴らす
﹁らーお?⋮ライオネルさま⋮かな?いつの間に⋮﹂
ぶつぶつ言いながら何事か考え込むように沈黙したカリーナを尻目
に、こっちを完全に無視して話し込んでる三人に視線を向ける。全
く光のない洞窟の中で、まともに見えているのは俺とカリーナ、ト
カゲ女くらいみたいだな。夜目が効くか効かないかの違いかね?
﹁だから、多少印象悪くなっても危険を犯すよりはいいだろ?生存
を第一に考えるべきじゃん﹂
﹁⋮でも、これはチャンスでもあるわ。誰も知らない犬神の社に住
む﹃ナニカ﹄の正体を暴けば、長さまに気に入られるかも﹂
﹁とりあえず食糧と拠点確保したいなぁって⋮。たかだか24時間
っていっても、水も無しで絶食するとぉ、コンディションは最悪に
なるよぉ﹂
⋮なぁんか難しそうな話してんなぁ。うだうだうだうだ話し合って
225
ても意味ねぇだろうに。呆れながら俺はどうすっかなーとか考えて
たら、ひょいっと普通にカリーナに抱えられた。なんやねん
﹁あ、あのっ!少々お時間頂いてもよろしいですかっ!?﹂
⋮カリーナの叫びに、じろりと剣呑な視線が向けられる。三人の訓
練生は鬱陶しそうに顔をしかめながら、小さく﹁⋮なんだよ﹂と吐
き捨てた
冷たい対応に少したじろぎながらも、キリッと表情を引き締め、洞
窟の奥を指差すカリーナ
﹁は、はい。どうやら少し奥⋮慎重に進んでも10分とかからない
場所に行けば、水辺、あるいは水を確保できる場所がありそうです。
水滴が水面に落ちる音と、流水の音が聞こえます。ご存じの通り月
兔族は聴力に関しては信頼出来るはずです。このままここで時間を
過ごすよりは、飲み水の確保が出来そうな場所に移動するべきだと
思いますが、どうしましょう﹂
⋮お、おー?なんかカリーナが頼りになるくさい。なんか凄い違和
感。あと敬語のカリーナってキモいな。いつもふぁっきんふぁっき
ん言ってるくせに
テディベアよろしく両足ぶらりでカリーナに抱えられつつ、三人の
様子を伺うと、酷く不機嫌そうな顔をしながら顔を見合わせるカエ
ルとトカゲ。この2人は見えてるっぽい。鳥男は見えてないな
﹁分かった、案内しろ。ヴァアーレ、悪いが⋮﹂
﹁⋮うん。大丈夫﹂
226
﹁明かりが欲しいけどぉ、洞窟内で火は不味いよねぇ⋮﹂
おぉ、流石に方針が決まると早いな。トカゲ女が小学生くらいの身
長しかない鳥男を両手で抱え、カエル女はぺたぺたと岩壁を触りな
がらカリーナを促す。カリーナは神妙に頷くと、﹁付いて来てくだ
さい﹂と小さく呟き、先導する
しばしの無言の時間。カリーナは転ばないように気をつけているら
しく、でこぼこした地面に四苦八苦しながらのろのろと進む。後ろ
の2人⋮特にトカゲ女はカリーナの余りにも遅い先導に、やや不満
そうな雰囲気を出してるのが分かる。なんで見えないのに分かるの
かなー?気まずい雰囲気がむんむんだからだねっ、キャハッ
﹁⋮カリーナ、なんであんた罪人抱えてるのよ。それ捨てればもう
少し早く進めるんじゃないの﹂
おう、一分もしない内に焦れたトカゲ女がカリーナを咎める。カリ
ーナはしばし動揺し、迷って、おずおずと口を開いた
﹁⋮本当ならこの娘は訓練目標達成していたんです。わたしがこの
目で、三人の人間を殺したところを確認してますから﹂
⋮えっ、いつ?三人ってことはアレか、レーリックでの初KILL
か。ってか見られてたんだ。思わずカリーナの顎先を見上げれば、
カリーナは自嘲するように暗い笑みを浮かべていた
そしてトカゲ女は少し驚き、﹁その若さで⋮?﹂と感嘆したかのよ
うに声を漏らす。いやぁ、照れるねぇ。なんなら再現しましょうか
!丁度三人いるし?照れ照れ。誉められ慣れてないからちょっと舞
227
い上がるね、うん
﹁⋮怖じ気付いてたわたしと違い、しっかり任務を果たしてたのに、
この娘はライオネルさまをフォローするために魔人さまに刃向かっ
たそうです。まぁ、流石にその状況を見たわけではなく、ライオネ
ルさまの独白がたまたま聞こえてしまっただけですが、あの方が意
味のない嘘を吐くわけがありませんから。⋮だから、﹃弱い﹄わた
しですけど、年上として少しでもフォローしたいなって⋮﹂
﹁⋮成る程ね﹂
再びの沈黙。ぺたぺたと足音だけが響き、なんとも形容しがたい独
特な空気が拡散していく。そして背後に感じる雰囲気が明らかに変
わった。気まずい雰囲気は変わらないが、少しだけこちらを見下す
ような空気が軟化したようだ
⋮って言っても、それだけで終わらないのがお約束ってわけでぇ
﹁⋮どんな理由があってもそいつが罪人で、てめぇが落ちこぼれっ
てのは変わらねぇじゃねぇか。んな理由で強い人に逆らった罪人が
許されるなら、俺らだって許されるぜ﹂
ハンッ、と小馬鹿にするように鼻を鳴らし、鳥男は嘲るように笑っ
た。鳥のくせに鼻鳴らすとか⋮鼻ないじゃんね?それとも嘴の中に
あるとか?割ってみたいなぁ
闇に浮かび上がるカリーナの表情に、けんが宿る。僅かに寄った眉
間の皺に、一段階低音に寄った声音。いひひ、女は怒らせると恐い
んだぜぇ鳥男
228
﹁⋮どういう意味ですか?﹂
﹁どういう意味もくそもねぇよ。怖じ気付いてガキの後ろついて回
ってたてめぇと違って、俺たちは人間を殺す機会に恵まれなかった、
ただそれだけだ﹂
足は止めていない。けれで、気まずい空気は険悪な空気に変わって
いた。不機嫌になったカリーナと、そんなカリーナを嘲笑する鳥男
のせいで
﹁いいか、よく聞け。俺たち鳥人は夜目が利かねぇ。まぁ、勿論例
外はいるが、ほとんど鳥目だ。だというのに、夜になれば一切の明
かりのない洞窟で暮らさにゃあならねぇ。1000年も前は木の上
に集落を作っていたらしいが、今の魔界にゃほとんど木なんかねぇ。
凶暴な魔獣からガキや老人を守るにゃ、自然の防壁になる洞窟くら
いしかすむ場所は残されてねぇ﹂
﹁⋮それが何か?いまやほとんどの獣人は洞窟暮らしじゃないです
か﹂
﹁弱いくせに調子こいて口挟んでんじゃねぇよ。しかし、だ。人間
はれんがやら魔法やらで荒野にだって魔獣の攻撃を退ける家を建て
ちまうし、夜でも使える明かりまで作っちまう。その技術や物資を
回収するのに忙しくて、人間殺せなかった。おら、どうだ?故郷の
部族の暮らしをよくするために尽力したのに、訓練目標を達成でき
てねぇってだけで死地送りだぜ?ひでぇ話じゃねぇか﹂
ゲラゲラと笑う鳥人。カリーナは何も言わない。鳥人は調子に乗っ
て更に言葉を繋げる
229
﹁ヴィアーレは衛生兵だ。たまたま喉にナイフ刺さって死にかけて
る蛙野郎を見つけちまったせいで、その治療に時間とられた。レー
アンもそうだ。衛生兵としての職務を全うした。けどだめだっ!戦
士としては失格だ!分かるかカリーナっ!掟を守れない、目標を達
成できない!=でそれは悪だ!精神論で対した戦力にもならねぇガ
キ抱え込んでんじゃねぇ!捨てろ!﹂
⋮鳥男の怒声に、びくりと身を震わせるカリーナ。⋮はぁ、なんか
なー。萎えるって言うか冷めるっていうか⋮
とにかく、ぽんぽんっとカリーナの腕を叩き、見上げる。逡巡する
ように迷いを浮かべるカリーナに微笑みかけ、その腕の中から脱出
する。カリーナは酷く辛そうな顔で、﹁⋮すいません﹂とだけ呟いた
⋮先程より幾分かマシになった行進速度。1m先は見えないような、
闇に包まれた広い洞窟。岩肌は鋭く、油断したら皮膚を切り裂きそ
うだ。天井までの高さは結構あるし、横幅も広い。だからこそ何と
もいえない嫌な雰囲気が、ひたすらに広がっていく
⋮そのまま10分も歩いただろうか。いくつかのY字路や枝分かれ
した道にマーキングしながら進んで行けば⋮壁が、ぼんやりと光り
出した
﹁コケが⋮光ってる?﹂
﹁いえ∼、コケが吸収した高濃度の魔力が発光現象を引き起こして
るみたいですねぇ﹂
日本語でぉk。じゃなくて、だ。床に天井に壁に走る緑色のコケが、
ぼんやりと輝いていた。お陰で目がチカチカする。しかし光が見え
230
て安心したのか、鳥男が自分で歩き出した
﹁このコケ、食えるか?﹂
﹁ん∼⋮分からないなぁ。カリーナさん、少し食べてみてくれます
かぁ?﹂
﹁えっ⋮わ、たしですか?﹂
兎がコケ食うとか。お前が食えよカエル女。そうは思ったものの声
が出ないので、さくっとコケを摘み取り口に入れる。﹁﹁﹁﹁あ﹂﹂
﹂﹂と異口同音で声を漏らす訓練生共がアホ面で笑う。人間食っと
いて今更コケ食うくらいで動じねぇってば
⋮しばしぬるっとした青臭いコケを口の中で転がす。口の中に違和
感はないから、毒とかの類はなさそうだけど⋮美味くはないな。む
しろ不味い。雑草と変わらない。が、食べれる
﹁まうい。けお、﹂
手で丸を作る。どうにか意味は通じたのか、概ね﹁不味いのか⋮﹂
と嫌そうな顔をする。カリーナはなんかもう自己嫌悪MAXって顔
で落ち込んでるけど
コケのお陰で視界はマシになったものの、ぬるぬる滑るせいで足場
が悪くなった。それに苦労しながら全員でふらふら進む、と
﹁きゃっ!﹂
カエル女が思いっきり滑った。壁に手ぇついて歩いてた訳だが、壁
231
がぬめったせいで思いっきりコケたらしい。﹁痛い⋮。すりむいち
ゃった⋮﹂と血のにじむ手をみて嘆息していた
⋮そういや出血すんなとかライオンヘッド言ってたけど、どれくら
い駄目なんじゃろ?なんか病気のウイルスでもこの洞窟に漂ってる
とか?いかん、意外にリアルで笑えん
﹁なにやってんだよどんくせぇ⋮﹂
﹁うるさいなぁ⋮﹂
どことなく和やかな雰囲気で会話する鳥とカエル。トカゲもそれを
見て目をほころばせ、しかしカリーナはどん底レベルで落ち込んで
る。あーうぜぇ。殺しちゃ駄目かなぁ。駄目だろうなぁ。っつうか
殺せるかも分からない。わりと今俺、両手ヘロヘロだし
殺すだけなら可能だろう。警戒はしているけど、油断している。少
なくとも俺に注意を払っているのはカリーナだけだ。でも、一週間
も手枷で拘束され、固まった関節は動かすだけで鈍い痛みが走る。
1人殺して、二人目を殺そうとしている間に捕まるのがオチだ。殺
されるのは構わないけど、どうせだったらこの生活をもっと楽しみ
たい、と考え始めている自分がいるのもまた真実
⋮ちょっと頑張って生きてみるかぁ。来世でまた上手くグレーテル
をもぐもぐする機会に恵まれるとも分からんし、なんやかんやこの
美少女フェイスを気に入ってるのもまた事実
どれ、ちょっくら足掻いてみましょうか
232
俺は犬神の社で︵後書き︶
まとめ
モブ×3﹁おめぇの席ねぇからっ!﹂
舌無し﹁つまんねぇことすんなよ﹂
兎﹁やだ⋮。イケメェン⋮﹂キュン
233
公歴1185 カリーナ視点︵前書き︶
今回は3話更新!
感想返しは明日まとめてやる!
おやすみなさいっ!
234
公歴1185 カリーナ視点
︱︱﹃カリーナちゃん、お願い。⋮人間を、見捨てないで﹄
子供の頃に刻まれた言葉の楔が、わたしの胸を何度も抉る
わたしの生まれは少しばかり複雑だ。とは言ってもいっても、分か
り易いといえば分かり易い
当時12歳だった兄と、その兄を生んだ母親の間にできた子供の内
の1人、それがわたし
兄は、天才だった
僅か12歳の子供だというのに、その理術の腕は大人の戦士を瞬く
間に肉塊に変える。当時の兄に勝てる月兎族の者は、長か、その側
近のほんのごく僅かな戦士のみだった
だからこそ︱︱兄は、歪に成長した
自分こそが至高で、自分以上は存在しない。それが兄の中での真理。
そしてそれは、真実だった
まだ年若い兄が、正々堂々真っ正面から不意打ちで長を惨殺した
代替わり、だ
235
下克上なんて珍しくもない。たまたま下克上をした兄が、若かった。
ただそれだけ。だけど、その影響は大きかった
自己中心的な兄が頂点に立った時、やる行動は決まっていた
独裁
強いものが正義である獣人にとって、珍しくもない︱︱しかし、余
りにもあんまりな独裁政治が始まった
雄が生まれたら軍に放り込み、雌が生まれたら兄の下に侍る。血縁
も身分も関係ない。人妻だろうが幼子だろうが関係なかった。いや、
むしろ︱︱兄と血縁が近い方が、より兄は激しく犯した
兄は言う
﹃俺のガキと、俺が子供作ればよォ⋮。より才能溢れるガキが生ま
れるじゃねェかッ!FUCKッ!最高過ぎて泣けてくるぜFUCK
'Nッ!﹄
兄は自己中心的で、高圧的で、分かりやすかった
そうして生まれたのがわたしだ。突然変異の、理術の使えない月兎
族。兄は⋮とても、喜んだ
理術に長けているかわりに、獣技が使えない、それが月兎族の常識。
それを覆すわたしの存在に、兄は狂喜した
わたしと子供を作れば、理術も獣技も使える子供が生まれるのでは
ないか、と
236
だからこそ、わたしは蝶よ花よとばかりに兄に甘やかされ、溺愛さ
れて育ち、わたしも兄のことを愛している。心の底から
しかし︱︱それとは、また別なのだ。これは
兄は、人間の女を捕まえて犯す趣味がある
気に入った人間は、その身体が老いるまで側に侍らせる。他の月兎
族や獣人たちはいい顔をしないが、それくらいしなければ異常なま
でに性欲の強い兄に、月兎族の女は皆、股座を壊されていたかもし
れないのだ。大人たちも兄の行動を黙認している。黙認するしかない
そして兄に溺愛されながらも、長として働いているが故に忙しい兄
に育てられた幼いわたしのそばにいたのは⋮兄が捕らえた、人間の
女たちだった
甲斐甲斐しくわたしの世話を焼き、必死でわたしのご機嫌を伺う人
間たち。しかし、そんな女たちでも、わたしを﹃理術も使えぬ落ち
こぼれ﹄と兄の目の届かぬ場所で蔑む月兎族のものたちと比べれば、
わたしの癒やしになった
そんな女たちの懇願が、胸に、心に焼き付いて離れない
﹃助けて﹄﹃見捨てないで﹄﹃殺さないで﹄
それがわたしが人間を殺せなかった理由。わたしが、落ちこぼれた
る理由
兄のせいではない。だが、兄の側にいれば、兄の周りに侍る女たち
237
に、そしてなにより兄により一層依存してしまう。誇り高き月兎族
の戦士が、一匹の雄に、そして乳母のような存在とはいえ、人間な
んかに依存する︱︱それを避けるために、早いうちから子作りをし
よう、と誘う兄の命令に背いてまで、わたしは軍に入った
そして︱︱わたしは、心を折られた
どこに行っても、何をしていても向けられる侮蔑の視線。罵声。そ
の視線を意識してしまえば上手く身体が動かなくなり、訓練目標を
達成できなくなる。そしてわたしは落ちこぼれと、七光りと詰られ、
またそれを意識してしまい、失敗を繰り返す
わたしは、甘かったのだ
わたしは、1人で生きられるほど強くなかったのだ
わたしには、精神を安定させる杖が、寄りかかれる柱が必要だった
そうして現れたのが︱︱舌無し、今はヴィスクリムと名付けられた
白い小さな白狼の雌
わたしが依存できるほど強くない、その小さな雌は、わたしの斜め
に折れかけた体を支える杖になった
舌無しを守る。面倒を見る。自分より弱い生き物を庇護化におくこ
とで、この生き物は自分がいないと生きていけない、だから自分は
努力して生きていかなくてはいけない︱︱そんな自己暗示をかける
ことで、わたしの精神は安定を取り戻しつつあった
しかしそれはもう、過去形だ
238
舌無しは︱︱ヴィスクリムは、強い
認めなく無いけれど、認めざるをえないほどに
瞬く間に人間を解体する技術。一切の躊躇のない斬撃。まるで人体
の構造を知り尽くしているかのように、的確にその刃は急所を狙う。
保身を考えずにライオネルさまのために魔人に刃向かう胆力。そし
て⋮そして⋮
わたしを、フォローする⋮寛容さ
斜め前にいるヴィスクリムを、じとりとした粘っこい視線で見つめ
る。ギャーギャーと喧しいレーアンさんとホークスさんのやり取り
を、どこか楽しそうに、困ったようにニコニコと微笑みながら見つ
めている姿は、幼い容姿にも関わらず、ずっと大人に見えた
守らなければならないはずだったヴィスクリムに、しかしフォロー
をされている実情。思いきりがよく、決断が早いヴィスクリムと比
べ、優柔不断なわたし
嫉妬もある。劣等感を刺激される。悔しくもある。悲しくもある。
自分自身への怒りもある。だが、それ以上に︱︱安心、してしまう
この娘がわたしを救ってくれるんじゃないか、と
この娘だけはわたしを蔑まない。見下さない
この娘には、依存しても問題ない︱︱なんて、ふざけたことまで考
えてしまう程に
239
﹁⋮くぅん?﹂
きょとん、とした表情。無垢な瞳。そこに一切の負の感情は無い。
それにほっと胸を撫で下ろす。こちらを心配そうに見上げながら、
ゆっくりと尻尾を振る彼女の姿に、苦笑い
幼い少女だ。見た目も、中身も。コロコロ表情が変わり、言葉より
も表情や身振り手振りで会話する。出会ってからまだ二週間しか経
っていないけれど、ほとんどの時間、彼女を見つめていたわたしに
は、表情から言いたいことがなんとなく理解出来た
単純に、様子のおかしかったわたしを心配しているのだ。善意で。
素直に
そんな行動だけで、わたしの胸の内に仄暗い熱が宿る。ああ、嬉し
い。そう思ってしまう。弱いわたしを、気にかけてくれるこの娘な
ら、わたしを守ってくれるんじゃないか、なんて腑抜けた自分が顔
を出す
ああ、忌々しくも愛おしい
﹁いえ、大丈夫です。なんでもないですよ﹂
笑う。強引に、引きつった笑みを浮かべる。声は、震えていた。分
かる、自分だから分かってしまう。これはポーズ。もっと構えと、
わたしを心配しろと。そうアピールするための強がり
案の定ヴィスクリムは、腑に落ちない、とばかりの怪訝そうな顔を
し、地面の苔をむしってくんくん、と匂いを嗅ぎ始める。他のこと
240
をしながら︱︱横目で、こっそりと自分を注視する
熱が、粘性を増す。仄暗い炎が、粘つき、絡み付きながら、胸を満
たす。
いびつな兄に育てられたわたしが、真っ当に育つわけもなく。適度
に重度に歪んだわたしは、わたし自身の姿もどこか他人事のように
考えながら、ゆっくりとヴィスクリムの思考に根を張っていく。あ
あ、忌々しくも他人の、わたしよりもずっと強い魔人様のものにな
ってしまったヴィスクリムに、すがりつく
ああ、なんて汚らわしい
こんなわたしは、死ぬべきかもしれない
しかしそれは愛しい兄の想いを無碍にする。より強い子供を欲しが
る兄の反対を押し切ってまで入隊した軍で、他の女にうつつを抜か
す売女⋮ああ、汚らわしい
ほんと、死ねばいいのに
わたしも、他の獣人たちも
そんな想いに応えるように︱︱ソレは起こった
﹁⋮わんっ!﹂
ヴィスクリムが、走る。腰に差した短刀を抜きながら、わたしに向
241
かって。なぜ?どうして?そんな疑問が頭を過ぎり、硬直した身体
に︱︱ヴィスクリムの拳が、めり込んだ
﹁⋮かふっ﹂
肺の中の空気が押し出される。痛みよりも衝撃の方が大きくて︱︱
だから、気付くのが遅かった
ぼんやりと苔の明かりに照らされた空間を、黒い何かが落ちていく。
ぼどぼどと落ちてくるそれを短刀でたたき落としながら、早く逃げ
ろとばかりに自分を見つめるヴィスクリム。そして︱︱ヴィアーレ、
ホークス、レーアンの焦ったような声
﹁なっ、なにこれぇっ!?﹂
﹁魔獣⋮っ!?﹂
﹁畜生っ!邪魔だぁっ!﹂
︱︱襲われている。ようやく理解が追いつき、慌てて立ち上がる。
途端に頭に降ってきたソレを反射的に掴み取り︱︱ぐんにょりとし
た滑る肉の感触に、思わず地面に叩きつけた
ピィイイ⋮と小さく断末魔の声と、透明な粘液や臓物を吐き出しな
がら絶命する、手のひらサイズの黒い肉の塊。棒状の胴体と膨らん
だ頭部。男性器にも似たデザインのそれに、嫌悪感が湧く
そしてそれは︱︱圧倒的な物量でもって、レーアンに向かって地面
を這いずって進む。一匹一匹は手のひらに収まる程度のサイズでも、
100を超えるソレが1人の女に集中するその様は、悪趣味な魔人
242
の攻めを思い出す
﹁な、なんでわたしぃっ!?﹂
悲鳴をあげながらも背中に背負っていたスタッフ⋮堅い木の枝を薬
品につけ、更に強度を増した打撃武器で、地面のソレを潰していく
レーアン。しかし、数の差はその程度では覆せない。瞬く間に足先
にソレらが纏わりつき、﹁ひっ!?いッ!?あづッ!?﹂と悲鳴を
上げるレーアンの体を這い上がる
﹁レーアンっ!?くそがっ!目ぇ閉じろぉっ!﹂
︻風の理︼・︻雀涙︼︱︱有翼族の得意技、風を操る理術が、レー
アンに向かう。質量を持った空気の塊は、レーアンの身体を強かに
うち︱︱レーアンごと、大量のソレを吹き飛ばす
﹁レーアンっ!﹂
吹き飛んだレーアンの身体を壁にぶつかる前にヴィアーレが抱き止
め、肩に担ぎながら叫ぶ
﹁逃げるっ!﹂
一言だが、分かりやすい。天井に、壁に、地面に。岩肌の隙間から、
苔の間から、小さな段差から這い出るソレの相手をするのは時間の
無駄だ。既に走り出したヴィアーレの背中を追って走り出し︱︱か
くんっ、と袖を引かれた
﹁ヴィ、スクリム⋮ちゃん?﹂
243
彼女は眉間にしわを寄せながら、無言で首を振る。意味側からなっ
た。このままここにいればソレが襲って︱︱︱⋮こ、ない?
地面に蠢いていたソレらは、わたしたちには見向きもせず、ひたす
ら奥に進むヴィアーレたちを追う。何度もホークスの理術で吹き飛
ばされながらも、一心不乱に
﹁なんで⋮﹂
﹁んむぃー﹂
妙な声に視線を向ければ、ヴィスクリムは地面に座り込み、一点を
凝視している。つられてわたしも続けば︱︱疑問は氷解した
点々と続く、血の痕。ほんの小さな粒に過ぎないそれに、群がるソ
レ。キィキィと小さく騒ぎながら、一心不乱に苔に染み込んだ血を
吸うソレ
︱︱吸血ヒル。生物の血を吸い、その中に含まれる魔力で生きる魔
獣の一種。産卵期には生きた生物の中に寄生し、万の卵を産みつけ、
生物を中から食い破る。視覚、聴覚はなく、ただ血の臭いに反応し
て寄ってくる︱︱教官に叩き込まれた知識を思い出しながら、その
醜悪な魔獣を一匹、掴み取る
もしこれが吸血ヒルなら、こいつに血を吸われると出血が止まらな
くなる毒を注入されるはず。となるとレーアンは永遠吸血ヒルに追
われるだろうし、レーアンを担いでその血を浴びたヴィアーレも襲
われるだろう
つまり⋮彼女たちについていけば、わたしたちも襲われたかもしれ
244
ない。助からないかもしれない
⋮それが、分かっていたのだろうか
思わず、ヴィスクリムに視線を向ける。彼女は小さく首を傾げなが
ら、まだ血を吸っていない吸血ヒルを掴み上げ、ぱくりと口に入れ
ているところだった。小さな口の中には収まりきらない吸血ヒルが
びたんびたんと暴れ、それに嫌そうに顔を歪めながら⋮噛み千切る
ピィッ、と小さな悲鳴。透明な、あるいは粘っこい白い体液が飛び
散り、ヴィスクリムの顔を汚す。もごもごと彼女は口を動かし、ヒ
ル肉を飲み込んだ
﹁まうい。けお、﹂
指で作る○印。⋮なんだか、酷く気が抜けた
⋮同時に、酷く胸の内で燃え上がるナニカを感じる。ああ、ああ、
なんという甘露だろう。こんなにも幼いのに、こんなにも愛くるし
いのに、彼女は自分よりもあらゆる面において勝っている
︱︱なら、軍にいる間は彼女に甘えても、許されるはず
﹁︱︱付いてますよ﹂
指先で白い白濁を拭っていたヴィスクリムを引き寄せる。きょとん、
とした顔で自分を見上げるヴィスクリム。その白い頬を伝う白濁。
粘液。男のアレに酷似したソレに、酷い情欲の炎が湧き上がる
ああ、兄の気持ちがよく分かる
245
︱︱この娘、ぶち犯したい
しかしその欲求をじっと我慢して、わたしは、彼女の頬に舌を這わ
せた
﹁ふぁっく﹂
びくんっ!と跳ねる彼女が、とてもとても、憎たらしい
246
公歴1185 カリーナ視点︵後書き︶
まとめ
兎﹁いつからわたしがヤンデレではないと錯覚していた⋮?﹂
舌無し﹁モブたちの霊圧が⋮消えた⋮っ!?﹂
モブ×3﹁なん⋮だと⋮っ!?﹂
⋮兎さんは﹁お兄ちゃんらいしゅっきっ♪﹂なヤンデレ美乳金髪バ
ニーちゃんだったんだよっ!
属性詰め込みすぎたね!やったね兎ちゃん!ファンが増えるよふぁ
っく!
247
公歴1185 月兎族の集落︵前書き︶
える、しっているか
兎は、年中、発情期
<わたし、気になりますっ!
︵´・ω・`︶<⋮ダレ?
248
公歴1185 月兎族の集落
ライオネルは非常に沈痛な面持ちで、魔界には不釣り合いな豪邸の
前に立つ
白いつるつるとした石をいくつも切り出し、それらを組み合わせて
作り上げた小さいながらも豪華な城。自己顕示欲にまみれた趣味の
悪い城に住む、一匹の獣の下卑た笑いを思い出してため息をはきな
がら、綺麗に磨き上げられた黄金のドアノッカーを持ち上げ、扉を
ガツン、ガツン、と打ち鳴らす
反応はすぐさまあった。きぃ⋮と小さな蝶番の悲鳴を響かせながら、
扉が開く。そこから現れたのは、美しい顔の人間の女。その身を覆
うのは胸元を隠す粗末な布と、局部を隠すぼろ布のみ。扇情的な格
好に、しかし死んだように濁った瞳と病的に青白い肌に、ライオネ
ルは顔をしかめた
女はライオネルの顔を見て、青白い顔に僅かに恐怖の色を見せる。
しかし、にごり、とぎこちない作り笑いを浮かべると、﹁どうぞ、
お入りください⋮﹂と頭を下げた
ライオネルは無言のまま城に入る。外見こそ美しく取り繕った城だ
が、中身は酷いものだ。どこにいても鼻につく雄と雌の性臭もそう
だが、いくつかの部屋に分かれてはいるが、設計士を泣かせそうな
ムチャクチャな間取り。外見からは信じられないような乱雑な作り
の城の内部は、まるでこの城の主の内面のようだった
249
広くなったり狭くなったりと忙しい廊下を歩いていけば、そこだけ
豪華な扉が見えてくる。真っ直ぐ進めば謁見の間、地下に行けば罪
人を捕らえる牢屋︱︱しかしそれ意外の場所にどんな意味があるの
か、それ以外の場所でどんなことが行われているのか。それを知ら
ずに、﹃偉いから城に住む﹄。そんな短絡的な思考で、多くの部下
を使い捨てにして、凡そ獣人の中では一般的ではない城を築いた⋮
作らせた若き﹃長﹄。同年代ながら、自分とは真逆の方向に突き進
む男に、吐き気すら覚えた
﹁⋮ルキシスさまは此方に。わたくしはこれ以上近付くことを許さ
れていません﹂
言い捨て、豪華な扉の脇に控える女。⋮しかし、その表情に僅かな
れど安堵が浮かんでいることを見逃さなかった。とはいえ、ここは
﹃彼﹄の巣だ。自分が余計な口を挟むべきではない⋮と不快な気分
を押し殺し、ライオネルは扉を開く
﹁お?、お、お∼?FUCKッ!ラ∼イオネェ∼ィルくぅんじゃぁ
∼ンッ!おっひさぁ∼!﹂
︱︱やたら軽い挨拶。BGMに女の嬌声。そして水音と肉を叩くリ
ズミカルな音。数年ぶりに顔を合わせたというのに変わらない雄の
姿に、ライオネルは苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めた
﹁⋮ルキシス﹂
月兔族の長、ルキシス。白い毛皮。長い耳。へらへらと軽い笑みを
浮かべた口元に、金色の瞳。鍛え上げられた細身の身体を隠すわけ
でもなく、未だ幼さの残る少女を腰の上に乗せ、嬌声を上げさせな
がら︱︱彼は豪華な椅子に腰掛け、へろへろと軽く手を振った
250
謁見の間。彼が﹃偉い奴﹄の部屋として作り上げた広く豪華な飾り
がなされた部屋の壁際には、一糸纏わぬ美女、美少女たちがずらり
と控えている。一様に濁った瞳と生気の失せたような不健康な肌色。
しかし上は妙齢、下はまだ初潮も来ていなさそうな美しい人間の女
が並ぶ光景に、ルキシスの歪さを垣間見る
﹁ン年振りじゃぁン。どうしたぁシケた面しやがってよぉ、なんな
ら景気づけにどれか一匹ぶち犯すか?それともさばいて食ってもい
いぜFUCKっ!全員俺の子種でハラワタグチョドロだけどなっ!
ギャハギャハキャハッ!﹂
心底可笑しそうに笑うルキシス。その上に跨がる少女の表情な浮か
ぶのは、焦りと恐怖。必死で腰を振る少女から視線を逸らしライオ
ネルはじっとルキシスの金色の瞳を見つめた
﹁⋮ンだよノリわりぃなあ。COOLな雄がモテる時代はもう終わ
ったぜェ?これからの時代は肉食系ダッ!まぁ月兔族は本来草食だ
がな!ギャハッ!﹂
けらけらと笑いながらルキシスは手を伸ばし︱︱
︻月の理︼・︻三日月︼
︱︱右手を振って、自分の上に跨がる少女の首を跳ねた
﹁⋮⋮ッ!?﹂
何故、て言わんばかりに大きく目を見開き、そのままの表情で固ま
った少女の首が、コロコロとライオネルの足下まで転がってくる
251
びぐん、びぐんっ、と痙攣しながら噴水のようにこぽこぽと鮮血を
噴き出す彼女の身体から、ずるりとルキシスは抜け出し、その死体
を無造作に横に投げ捨てた
﹁俺が話してるときにパンパンパンるっせーんだよFUCK'Nッ
!てめぇらちっとでも悲鳴上げたらぶち殺すッ!!﹂
﹁⋮⋮⋮ッ、﹂
︱︱ルキシスの怒鳴り声に、壁際の女たちが身を震わせる。しかし、
悲鳴は愚か身動ぎすら止めた彼女たちの姿に、ライオネルは嘆息を
隠せない
﹁なぁにがオカシイんだぁライオネルっ!?﹂
﹁⋮喚くな。耳が腐る﹂
挑発するようなライオネルの言葉に、女たちの間に緊張が走る。し
かし︱︱予想に反してルキシスはへなり、と耳を垂らすと﹁わりぃ
わりぃ。最近つまんなくてじょちょふぁんてーなーのよーん⋮﹂と
甘えるような響きを含ませた声を出す
ライオネルは呆れながらも、しかしほんの僅かに口の端を持ち上げ
ながら、ルキシスに言った
﹁とりあえず、服を着ろ。真面目な話だ﹂
252
上物の黒革を使ったズボンに、鉄板入りのブーツ。上は竜種の革で
作られたという真紅のベスト。露出過多の機動力を重視したいつも
の格好に着替えたルキシスを前に、全身甲冑姿のライオネルは無言
で座る
既に女たちの姿はない。あれはルキシスなりの歓迎の挨拶、あるい
は自分の地位を示すためのパフォーマンスだ。一度見せればそれ以
上の価値はない。そのパフォーマンスのために死んだ少女を思えば
哀れと言うほかないが、彼女の弱さこそが罪だったのだ、と自分に
言い聞かせ、ライオネルは少女のことを頭から追い出す
ルキシスはへらへらと友好的な笑みを浮かべながら、人間の村を襲
ったときにちょろまかした葉巻に火を点ける。甘いような清々しい
ような、鼻の奥がツーンとする臭いに、ライオネルはわずかに尻尾
を揺らす
﹁ギャハッ、この俺様に真面目な話持ってくるたぁ珍しいネェッ!
てっきりハブられてると思ってたぜぇFUCKッ!いじめか!ギャ
ハッギャハッ!﹂
歯を剥き出しにしてげらげらて笑うルキシスに、ライオネルは頭を
抱えそうになる。手早く報告だけして帰るつもりだったが、生来の
人︵獣人︶の良さもあり、雑談に付き合わなきゃ、という気分になる
﹁⋮貴様がもう少し真面目に任務を果たすのなら、皆、貴様を慕う
ようになるだろう。⋮当然、人間に手を出すのもやめるのならば、
だがな﹂
253
﹁ギャハッ!ばっか言ってんじゃねーべや。人間便器使えなくなっ
たら俺様の余りある精力をどっこに向けりゃあいいんだよーぉ?﹂
﹁⋮月兔族の女だけでなく、他の部族の女にも手を出しているそう
じゃないか。それもやめるべきだろうな﹂
﹁禁欲生活しろってぇのかぁ?ムリムリムリムリギャハハハハッ!
ちゃぁんと落ちこぼれの奴にしかてぇ出さねぇように自重してんだ
ぜぇ?どうせ食われて死ぬなら女の幸せ教えてやってなぁにがわり
ぃんだよFUCK'N!!﹂
﹁⋮⋮ふぅ﹂
やはり、だめか。と首を振る。そもそもライオネルとルキシスでは
価値観そのものが違うのだ。会話になるはずもない。秩序を保つこ
とを望むライオネルは自身の欲求を満たすことを第一にするルキシ
スを理解できないし、その逆もまた然り。ならばこのまま平行線ど
ころかどこに地雷が埋まっているかもわからない会話を切り上げ、
早々に退散すべきだろう。﹃長﹄同士の喧嘩、などということにな
れば目も当てられない
﹁ギャハハ、真面目さんはたぁいへんだわなぁ!﹂
一頻り笑い、葉巻を高そうな机に押し付けてもみ消すと、﹁んでぇ
?﹂とルキシスは首を傾げた
﹁真面目な話ってなんだよ。長なライオネルくんがわざわざ長な俺
様にわざわざ話にくるなんざ、よっぽどじゃぁねぇの﹂
254
ヘラヘラと笑うルキシスに胃が痛くなるライオネル。本来なら伝令
役にでも任せる仕事だが、ことルキシスの相手、となると下手を踏
めばその伝令役が殺されかねない。仕方なく自分が来たのだ。さり
げなくハルバードに左手を添えながら、自然重くなる唇を動かす
﹁⋮カリーナを、犬神の社に入れた﹂
︱︱︻月の理︼・︻三日月︼
︱︱三日月型の回転する透明な刃が、咄嗟に盾にしたハルバードに
食い込んだ
月兎族の中ではポピュラーな理術だが、その精度と威力は段違い。
一転して無表情になったルキシスを睨みながら、﹁落ち着け﹂とこ
ちらも低い声を出す
﹁⋮これが落ち着いてられるかよぉ。俺様ぁよぉ、最初に言ってお
いたよなぁ。カリーナが死んだらてめぇら皆殺しにするってよぉ⋮。
なのにわざわざ死刑にするたあどういうことだこらぁっ!?﹂
言葉と共に再び放たれる不可視の刃。激昂した勢いのままに二回三
回と右手が振られ、その度に並みの戦士ならば両断される刃が次々
放たれる。それをハルバードで受けるたび、全鋼鉄製の獲物が悲鳴
をあげる
﹁決まりだ。1人だけ贔屓することは出来ん﹂
ルキシスが怒り狂っている以上、それにライオネルが乗ってしまえ
ば争いは避けられない。腹の底から湧き上がる怒りをぐっとこらえ
て真っ直ぐにルキシスを見つめる
255
﹁⋮んなこたぁ知らねぇ。俺様があいつを優遇しろと言った。あい
つは俺様のガキを産むからだ。贔屓しねぇ理由がねぇだろ、あ?﹂
横暴な物言いだが、およそ獣人の常識としては間違っていない。強
いものの命令に従うのは絶対だ。ルキシスに命じられた以上、ライ
オネル以外の者は確かにカリーナを優遇したのだろう。だが︱︱
﹁規則は、規律は守るためにある。貴様の命令は、聞くことができ
ん﹂
言い切る。強さこそが唯一絶対の正義である獣人の世界において、
ライオネルはルキシスと同等、状況次第ではそれ以上の権力を持っ
ている。ルキシスの命令に従う道理はない
﹁⋮FUCKッ!﹂
がたんっ!と椅子とテーブルを蹴飛ばしながら立ち上がるルキシス。
そのまま退室しようとする背中に、﹁どこに行く﹂と声をかける
﹁迎えにいく。俺様があのクソッタレの化け物の巣穴からカリーナ
を救い出す。⋮お?意外とありじゃね?ギャハッ!カリーナのバカ
も俺様に更に依存しそうだしなぁっ!﹂
﹁⋮そうか﹂
︱︱規則の中に、途中で助けてはいけない⋮などという決まりは無
かったはずだ。恐らくまたカリーナの立場は悪くなるだろうが、ル
キシスにとっては狙い通りなのだろう。ルキシスがカリーナがわざ
と孤立するように、自分に依存するように部下を操っていることは
256
知っている。だからなんだ、という話だが⋮黙ってその背中を見送
ろうとして︱︱ふと、思い立つ
﹁⋮恐らく、だが⋮カリーナは白狼の娘と共に行動している﹂
﹁⋮あん?白狼?なんでん百年も昔に消えた部族が⋮まあいいや。
それがなにしたよ﹂
眉根を寄せて首を傾げるルキシスに、ほんの少しばかり言いにくそ
うに︱︱ライオネルは言う
﹁⋮その娘も助けてほしい。我が直接出向いてしまっては、示しが
つかんが⋮。我の恩人なのだ。獣技も使えぬ、幼い少女だ。⋮出来
るだけ、恩返しがしたい﹂
そっぽ向いたままぼそぼそと言葉を繋げるライオネルに、ぽかん、
と口を半開きにしてらしくないライオネルを見つめるルキシス
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮は?おまえが?マジで?え∼⋮堅物だと思ってたの
に⋮意外とやることやってる?ってかその⋮そういう趣味?ちょっ
と、なんつぅかその⋮意外、だわ﹂
﹁なにがだ﹂
やや表情を堅くし、仏頂面で応えるライオネルに、﹁ギャハッ﹂と
軽く笑いルキシスは言う
﹁貞操以外は助けてやるぜ﹂
﹁手も出すな﹂
257
呆れた口調のライオネルに、ルキシスは﹁ギャハッ﹂と上機嫌に笑
った
258
公歴1185 月兎族の集落︵後書き︶
まとめ
獅子頭﹁べ、別に恩人ちゃんのこと気にしてるわけじゃないんだか
らね!あ、あんたが妹助けに行くって言うなら、ついでにあたしの
恩人ちゃんを助けに行ってもいいのよ、って言ってるだけなんだか
ら!﹂
兎兄﹁どうでもいいからケツを出せ﹂
\アッー/
※暑さでまとめが混線した可能性があるかもしれません
259
俺が地底湖で︵前書き︶
魔界の地形はファンタジー
260
俺が地底湖で
﹁∼︱︱∼︱︱∼∼♪﹂
いきのーこりたい、生き残りたい、生存戦略ー!とまあ適当に歌い
ながらてくてく歩く。背中から発情期の雌の臭いがぷんぷんするけ
ど相手する必要ないよねー?
ともあれカリーナの案内に従って幾つも枝分かれした道を慎重に進
んでいく。ここら辺からごろごろと︵獣︶人骨が転がるようになっ
てきたわけなんだけど、すごいね!基本的に獣人の骨しかないんだ
けど、全然人間やつと形違うの!関節の向きすら違うのもあって、
思わずその場で組み立てたくなっちゃうよねー。まぁ、生存第一っ
てのが当面の目標だから、普通の人間より二倍くらい長い大腿骨を
がりがりかじりつつ、耳と鼻の穴の位置がおかしい女性獣人のもの
と思われる頭蓋骨を手の中で弄ぶだけで我慢しておく。一カ所に留
まるのは危険だよね、多分
いやー、異世界って凄いわー。毎日が新発見の連続だ!最近なんだ
かムズムズしてた牙を骨で擦りながらご機嫌で尻尾を振る。楽しい
なぁ
コっぽいデザインの肉虫は勿論だけど、他にも色々出てきたわ
って言ってもいられなくてね?
チ
けで。赤ん坊くらいのサイズのでっかい蝙蝠とか、近付くと爆発す
る蛞蝓とか。キモくてえぐい厄介なのが増えてきた。蝙蝠は鋭い牙
261
で噛みつこうとしてくるから出血は免れないし、蛞蝓は結構な爆発
ポ虫大行進だから
力の持ち主で、爆発の勢いで周りの岩壁を削った破片で皮膚を切り
かねないわけで。ほんの少しでも出血したらチ
逃げなきゃいけないわけで。うん、下手したら死んでた
まぁ、全部雀男、トカゲ女、カエル女の被害だから俺達は無傷だけど
俺達ほっぽいて逃げ出した雀男たちを、一定の距離を保ちながら尾
行して進んでいるのなー。お陰で罠みたいに気付きにくい位置にい
る蛞蝓は粗方雀男が引っかかってくれるし、勝手に通りやすい道に
なるわけで。でっかい蝙蝠も雀男が退治してくれるし、スゲー楽。
カリーナは﹁助けなくていいんですか?﹂とか聞いてきたけど、虚
弱貧弱殺人大好きな俺にまほうちゅかい︵笑︶な雀男でも苦労する
ような厄介者たち相手に何かできるとでも?大人しく後ろで見学し
てまーす☆な俺はにっこり笑ってカリーナの耳をかぷかぷした。﹁
ひぃイんっ!?﹂とか色っぽい?声上げて顔真っ赤にしたカリーナ
ちゃん。はいはいロリコンロリコン。俺は見た目こそ美少女★ボデ
ィだけど中身四十路目前やっちゅうに。でも、美少女なカリーナが
チ
虫のせいで俺が死ぬし
顔真っ赤にして涙目でぷるぷるしてると心のナニがおっきして短刀
を振り上げちゃうんだ!
⋮まだやらないけどね。今やったらチ
でーもー欲求不満でテンションがおかしくなる。目の前に絶好の殺
戮★チャンスが転がっているのに、足の下に地雷があるから一歩も
動けない、っていう感じ?一歩でも歩いたらどかーん。死にたくは
ないなぁ。今は
特にここで死ぬ=ミイラっぽいし。基本的に吸血目的な虫とかが多
いせいか、水分根刮ぎ吸われた死体が冷暗所で放置されてミイラに
262
なるっぽい。べっつにさー、駄目ってわけじゃないんだけどさー。
ミイラって違うじゃん?死に方としては凄い地味じゃん?血も肉も
内蔵もぶちまけてないし、生前の容姿の面影がなんとなく残ってた
りさー⋮。それって違うと思うんだよねー。こう、せっかく一生に
一回しかない死なんだからさー、もっとド派手に死に花咲かせた方
が幸せじゃんねぇ?
っと、それはともかく雀男ーズが切り開いてくれた通路を悠々自適
に歩いて進む。もっとも、ここから先は俺たちも警戒して進むけど
ね。雀男たちも頑張ってたんだけど多勢に無勢。ついさっきじゅる
じゅるっと殺されちゃったのさー。まだ生きてる間に隣を通り過ぎ
たら、縋るように手ぇ伸ばされてさぁ⋮
絶対に手の届かない位置から、にこにこしながら見下ろす俺の姿が、
醜悪な虫に群がられた雀男の瞳に写り込んでて︱︱それから徐々に
光が失われていく光景⋮凄く興奮したなぁ⋮
お陰で身体が火照って仕方がない。もっかいほっぺペロペロとかさ
れたら流されちまいそうだ。っつっても俺もカリーナも女なんだよ
なー。女同士のやり方なんざ知らんよ、俺は
﹁⋮この先に開けた空間がありますね。多分目的地だった水辺です﹂
﹁⋮ん∼﹂
なんでんなこと分かるんだろ?あ、音の反響かなんかか。ピクピク
忙しなく動いてる。兎って耳がいいらしいしなぁ⋮
導かれるままに進んでいく。肉虫は出血しなきゃ問題ないし、蝙蝠
や蛞蝓は近づかれる前に石を投げつけたり、出来るだけ壁際に近付
263
かないようにしながらびくびく進んでいけば比較的問題なしで進め
る。⋮⋮ま、最悪危なくなったらカリーナに切腹してもらおっかな。
多分大量の血を垂れ流しにしてる方に大多数は流れるだろうし。で
もそれ一時しのぎにしかならないよなーどうしよう
にしてもカリーナ意外と使えるじゃん。誰だよ落ちこぼれ云々言っ
てたやつ。ほんの少しの物音でも察知して警告してくれるから対応
しやすい。それなりに困るけど
とまあそんな感じで四苦八苦しながら進んでいけば、︱︱成る程確
かに、綺麗な地底湖に辿り着いた
⋮魔界の地形はどうなってんだ?
まぁいっか。考えても仕方ないことは考えなーい。水面ギリギリま
で顔を近付けて匂いを嗅ぐ。自然四つん這いになるんだけど、お尻
にすげー視線が!キモイ!これはもう普通に変質者レベル!?⋮水
は問題なさげ?変な臭いもしないし、ちょっと口に入れてみても特
に刺激はない。むしろ冷たくて美味しい
﹁大丈夫ですか?﹂
﹁わんっ﹂
指で作ったオーケーサインに、カリーナもほっとしたように水を手
で掬って飲む。あらやだ上品。俺はせっかくだからワイルドに飲む
ぜ!顔面ごと水に突っ込んで、透明度の高い湖の底を見ながら飲⋮
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん
264
なんかでっかい犬の死体発見
ふざけたことを言ってる場合じゃない。洞窟の奥。湖の底。しかも
光源は蛍光塗料をぶちまけた程度にしか光らない苔だけ。だという
のに深い深い水の底。遠近感がおかしくなりそうなずっと遠くに、
そいつはいた
闇の中にぼんやりとその輪郭を浮かび上がらせる巨体。明らかに2
0m近いだろうその巨体は小さく丸められ、錆び付いた鎖で雁字搦
めに捕らわれている。灰色の毛皮はすっかりと干からび、ミイラの
ようにかさついて。既に息がないのは手に取るように明らかだ。だ
というのに圧倒的なまでの存在感を醸し出しながら、そいつはぽっ
かりと開いた口の中。鋭い牙を、ちろちろと蛍火を零す喉奥を。滝
のようにだらだらと零れ落ちる涎を、俺の片方だけの瞳に焼き付ける
﹁︱︱︱﹂
死んでいる。アレは既に死んでいる
﹁︱︱︱?﹂
265
けれど俺は︱︱︱︱
アレが死ぬまで殺したい
こぽっ、と口から漏れた空気が、頬を撫でながら後ろへ流れていく。
手を伸ばす。届かない。体ごと水に沈む。届かない。がしり、と足
首を捕まれた。邪魔。けれど、届いた。笑った。肺の中の空気がこ
ぽこぽとこぼれていく
あんなに遠くにいたはずの巨体が、触れられるほどに近付いた
牙に、触れる。一本一本が俺の胴より太い牙にしがみつく。折る。
砕く。短刀を死体の干からびた歯茎に叩きつける。がつんがつん、
と寂しい音がした。子供が大樹を前にはしゃぐように、俺は暴れる。
けれど牙は、いや、死体はそれを全く苦にしていない。俺はヤツに
なにも出来ていない
苦しい。息が続かない。けれど、殺したいんだ。苦しめたいんだ。
死体を、殺して、バラして、哭かせたいんだ。そのためなら、溺死
したって構わない︱︱短刀を振り上げる。突き刺しても、突き刺し
ても、見えない壁があるみたいに、刃が通らない。悲しくて悔しく
て、泣きそうになった
こんなに殺したいのに、殺せない︱︱寂しい、切ない。悲しい、ど
うして?
︱︱ぽろっと。俺の身の丈ほどもある牙が抜けた
牙が俺の上に落ちてくる。重い。身体が水に沈む。牙を脇に投げ捨
266
てようとして、それが水に溶けるように消えていく光景を呆然と眺
める。俺がやったんじゃない。俺が、やつの牙を折れたわけじゃな
い。巨体は、変わらない。けれど痛みも苦しみも与えることはでき
なかったのは分かる。死体のお情けで牙を貰ったことくらい、分か
る。理解出来る
殺したいのに、こいつを殺せるほど俺は強くない
切なくなった。初めて自分が弱いことに絶望した。こんなチャンス
はもうないことを、悟ってしまった。嫌だけど、寂しいけど、俺の
手はもう巨大な犬の死体には届かない
光を失った犬の瞳が、ぼんやりと揺れる。濁り、腐った眼球が、ど
ろりと零れた。俺の頭より大きな眼球が、ぶちょりと目の前に落ち
る。︱︱水を飲むことすら考えず、それに食らいついた
悔しい。悔しい。切ない。寂しい。置いていかないで。死体に必死
ですがりつくつもりで、腐った眼球と水を呑み込む
︱︱それに、死体がうっすらと笑った気がした
なにを、笑っている
畜生。殺す。必ず殺す。絶対に殺す。ころ
267
﹁︱︱ヴィスクリム!!﹂
声が、響く。カリーナの怒声。同時に頭が水から引き抜かれ、酸欠
に悲鳴を上げていた肺に新鮮な空気が供給される
﹁⋮ぐっ、げほっ!!ごほっ!こぽっ⋮おぇ⋮﹂
ちょっ、ごめん。マジで吐く⋮っ!げほごほとえづきながら胃の中
身を垂れ流す。消化されかけたでろどろのチン虫の欠片が出て来て、
更に吐いた。どれくらい水の中にいたのか分からんけど、頭がガン
ガン痛いふらふらするしゲーゲー吐くしで最悪過ぎる
﹁い、いったいどうしたんですかっ!?いきなり水の中に入ったと
思ったら、ナイフ振り回して⋮っ!幻術系の魔獣にでも襲われたの
かと⋮。心配しました⋮﹂
﹁⋮げほっ﹂
慌てに慌てるカリーナ。⋮の姿に、ちょっと落ち着いて考える。カ
リーナも落ち着け。どうどう
⋮⋮⋮えっと、なんだっけ?
すっげぇぐっちゃぐちゃな感情の波にさらわれて、頭ん中ぐちょど
ろになったのは間違いない。けどその先がない。確か湖の底になに
かがあって⋮?
意を決して湖の中に再び顔を突っ込む。⋮透明度の高い水が、どこ
までも奥に続いてる。とはいえ、底は見える。どんなに深くても俺
268
の肩口くらいまでの湖がひろーくひろーく広がってる。光が届かな
いからか、向こう岸は見えない。⋮そして、俺が求めた﹁なにか﹂
はない
﹁⋮ぶはっ。⋮ん∼?む∼?﹂
水から顔を上げ、首を捻る。なんだろ?なんかおかしい。なんか悲
しくて⋮びしょびしょに塗れてるのをいいことに、ちょっと泣いた
﹁⋮ほんとに⋮心配させないでくださいよ⋮﹂
ぎゅーっと背中側から抱きついてくるカリーナ。濡れて冷えた体に、
暖かいカリーナの体温がじんわりと染みる。かたかたと震える手が
彼女の不安を伝えてきて、ちょっぴりムラムラ。ああ、なんかすっ
ごい殺したい⋮んだけど、身体が動かない。カリーナ程度じゃ、我
慢出来ない。もっとでかい獲物を逃したような寂寥感が、じくじく
と胸を焦がす
ぎりっ⋮といつの間にか抜いていた短刀を握りしめた手に、力がこ
もる。とはいえ、多分無意識なんだろうが抱きしめながらさりげな
く俺のちっぱいをわきわきするカリーナから逃げるためにもぽんぽ
ん、とカリーナの腕を叩く。お前いい加減にせーよ。と
しばらくカリーナのぐすぐすと鼻をすすり上げるような声が、水音
以外は何もない地底湖に響く。⋮そういやここチンコ虫もそうだけ
ど、蝙蝠も蛞蝓もいないな。⋮んー⋮ゲームとかのボス部屋的なア
レなのかな?雑魚キャラ進入禁止エリアみたいな?
﹁おーおー、意外と奥まで来れたじゃねぇか。最奥手前にいるたぁ
びっくりだぜ。ギャハッ﹂
269
︱︱突然響いた声に、短刀を構え、カリーナを突き飛ばしながら振
り向いた
﹁ギャハッ!い∼ぃ反応だぁ。ぶち犯すぞ餓鬼。俺様に武器向ける
たぁいい度胸だ﹂
⋮ぼんやりとした輪郭が、歩み寄ってくる。明らかにシルエットが
人間じゃあない。頭の上にある長い耳は、俺の後ろに転がってる少
女のそれとお揃いだった
﹁⋮兄様っ!?な、なんでこんなところに⋮!?﹂
声で気づいたのだろうか。ばっ!と勢いよく立ち上がったカリーナ
が、俺をかばうように前に立つ。その体越しに見えた闖入者は⋮え
らくファンシーな存在だった
﹁ギャハッ!てめぇを迎えに来てやったぜFUCKッ!泣いて喜べ
!!ギャハキャハッ!﹂
長い白い耳。ふっさふっさの白いお顔。ピンクの鼻に真っ赤なおめ
め。ちょっと俺とカラーリングが被ってる、二足歩行するうさぎさ
ん。しかもカリーナと兄妹っぼい
⋮思わず、脱力した。あれか?なにか?シスコン兄ちゃんが妹可愛
さに迎えに来た、ってことか?くっだらねー⋮
⋮⋮⋮⋮ほんっと、くっだらない
﹁に、兄様が、わざわざ⋮申し訳ありません⋮。ご迷惑お掛けして
270
⋮﹂
﹁ギャハッ、まぁいいけどよぉ⋮。これで分かっただろカリーナ、
てめぇの居場所は俺の隣だけだってよぉー⋮。分かったら帰るぞF
UCK'N!﹂
⋮仲良くいちゃつく兎の兄妹。俺に背中を向けてぺこぺこ兄に頭を
下げるカリーナと、ニタニタと笑いながらカリーナの前でかっこつ
けるうさぎさん
⋮⋮なんか、ムカつく
だから︱︱︱︱︱︱
271
俺が地底湖で︵後書き︶
まとめ
舌無し﹁スゴい凄いすごーい!なにこれ完全に人間じゃないっ!﹂
キャッキャッ
兎妹﹁なにこの娘かわいい﹂ハァハァ
兎兄﹁ここで登場ピンチヒッター﹂キリッ
272
俺と兎兄妹が︵前書き︶
中二とか言ってみろ!言葉の槍で俺を殺して見せろ!
俺のメンタルは粉々だが、この作品のプロットも粉々だーーっ!!
273
俺と兎兄妹が
﹁えっ︱︱︱﹂
﹁あっ︱︱︱?﹂
カリーナは最初、それが何を意味するのか理解できなかった
胸から生える、小さな切っ先。背中から感じる、熱さ
初めて見た兄の呆然とした表情に驚いて、思考が止まった
ぐりん、と刃が捻られる。胸の真ん中で大量の熱が産まれ、一瞬だ
けカリーナは意識を飛ばす。けれど直後に、下に向けられた刃が︱
︱振り下ろされた
ピーーーーッと身体が縦に裂けていく。上手く背骨を回避し、背中
の肋骨よりやや斜め下から鳩尾に貫通していた刃が、一気に下腹部
まで到達する。冷たい、濡れた刃が内臓を押しつぶし、至極あっさ
りと引き裂く光景が、彼女の目に、脳裏に刻まれる
カリーナののどを、熱が焼く。喉奥からごぽりとせり上がってきた
ソレは、真っ赤な鮮血だった
﹁⋮こぶっ﹂
腹から腸がはみ出していた。ああ、拾わなきゃ。集めなきゃ︱︱口
274
から血を吹きながら咄嗟にカリーナは腹を押さえる。するとどうだ
ろう。背中に開いた傷口から、でろりと内臓が飛び出した
﹁あ、あ⋮あ⋮み、ない⋮で⋮﹂
何故、自分でもこんなことを言ったのか分からない
けれどカリーナは、こんな自分の姿を見られたくなかった
愛しい兄にも、幼い少女にも
あれ、でも、待って
いま、ここにいたのは、この傷を自分に付けたのは︱︱
かくん、と電源を落とすかのように、カリーナの意識は闇に消えた
その光景を、ルキシスは呆然と見つめていた
正真正銘の致命傷。今から治療したところでどうしようもないほど
275
に、見事な一撃。普段ならば賞賛ついでにベットにでも誘うような
技術を魅せられて尚、ルキシスの思考は停滞していた
カリーナが、死んだ。
月兎族に新たな可能性を与えるだろう胎盤は、無くなった
自分が手塩にかけて築いてきた夢は、今、儚く消え去った。
背後から、うぞうぞと大量の虫が近付いてくるのが分かる。血の臭
いに惹かれて集まり、けれどこの湖に入れば死んでしまう虫達はそ
れを警戒して入り口付近でたむろしている
︱︱そもそも犬神の社は、本来ならば黒狼族専用の修行場として作
られたものなのだ
暗闇の中で感覚を研ぎ澄まし、限られた物資と経験を活かし、なん
としてでも生き残り︱︱この湖の水を呑むことで、潜在能力を開花
させる。そういう特殊な力のある水らしい。そういう修行場だった、
らしい。500年ほど前までは
しかし、昨今の弱体化した黒狼族には︱︱獣人には、この修行場は
キツすぎる。大抵の者が頭に血を上らせたまま洞窟内を彷徨い、怪
我して、殺される。そんなことを何度も繰り返した。故にいつしか
処刑場として使われるようになった︱︱と、ルキシスはディン・デ
ュークに教えられたことがあった
だから、というわけでもないが。自分も一度入ったことがある。自
分の力を誇示するために。自分も虫やら蝙蝠を蹴散らしながら、こ
こまで、そして最奥まで入ったことがある。だから、だから︱︱︱
276
だから、なんだ?
取り留めのない現実逃避じみた思考。自分もあっさり最奥までたど
り着いた。だからカリーナたちもそれなりに奥まで行ってるだろう、
などと楽観視していた。そのせいか?﹃長﹄になるほどの実力のあ
る自分と、弱いカリーナを同列に見たことが、カリーナの死の原因
か?
いや、違うだろう?
原因は︱︱︱︱
﹁てめぇだよなぁ⋮、糞餓鬼さんよぉ⋮﹂
︱︱カリーナのすぐ横で、楽しそうにニコニコとしながらルキシス
の顔を覗き込んでいた白狼族の少女
﹁いひひっ﹂
そのいやらしい笑みが、癪に触った
嗜虐的な色を帯びた、楽しそうな笑顔。それだけで分かる。何故こ
いつがこんなことをしたのかが
こいつは︱︱自分/ルキシスがカリーナを大切にしているから、殺
したのだ
ただ、ルキシスの反応を見たかったから。大切なものをなす術なく
目の前で奪われた男の反応を、見たかったから
277
ただそれだけの理由で︱︱ルキシスの17年間に及ぶ努力の結晶を、
ぶち殺しやがったのだ
︱︱ぶち犯し尽くして、ぶち壊す
死ぬよりもつらい現実があるってことを、教えてやる。怒りを通り
越して笑えてきた。そんな気分でルキシスは上機嫌に右手を白狼に
向けた
﹁よしっ、まずは手足だな。いらねぇよな、そんなもん﹂
︻月の理︼・︻三日月︼から︻二十三夜待ち︼までの連続投射
︱︱放たれた不可視の刃が、一斉に白狼の少女に向けて突き刺さる
︱︱かに見えた刹那の時間に、白狼は咄嗟に横に転がって避ける。
正確に手足だけを狙って放たれた刃は、例え見えなくとも避けるこ
とが可能だった。目標を失った刃は少女の後ろの空間へと飛び、岩
壁をあっさりと切断。どこまでも突き進んでいく。その光景に、白
狼は唖然とした
﹁避けてんじゃ︱︱︱﹂
︻月の理︼・︱︱︱︱
地面に四肢を付き、正に野生の獣のように口に短刀をくわえ、白狼
は﹃見えない刃の魔法﹄に瞠目する。いつの間にか接近していたル
キシスが、右手を振り上げる。その意志に従うように、淡い蒼の光
が彼の右手を覆い︱︱彼の身の丈ほどの大きさの、巨大な球体へと
変わる
278
﹁ねぇぞコラァッ!!﹂
︻満月︼ッ!
振り下ろされた光の塊。恥も外聞も投げ捨てて、必死で横に跳び、
ごろごろと転がって球体の破壊範囲から逃れる。白狼の想像通り、
絶大な威力を持つ光の塊は、硬い岩の地面をあっさりと砕き、破片
を弾けさせながらクレーターを作る
﹁⋮ぎぅっ!?﹂
直撃は避けた。だが、無数の破片の弾丸までは避けれない。尖った
岩片が身体の打ち付け、内何本かが突き刺さる。どろり、と零れる
血液に、白狼は﹁あゃー⋮﹂と頭を抱えたくなった
︵⋮うーん、八つ当たりで殺したようなもんだし、怒られるよねー。
けど間違ったわー。どうせならこっちの兎人間殺っておけばこんな
怪我もしなかったかもわからんのに⋮︶
命の危機を前にして尚、どこか呑気に物騒な思考を回転させる。幸
いにしてあの気持ち悪い虫はここに近寄ってこない。完全に出血が
止まれば、問題なく帰れるはず︱︱とそこまで考えて、当然のよう
に兎人間を倒せる、と考えている自分に気が付いて苦笑した
﹁なぁに笑ってんだァ糞餓鬼さァんッ!?鳴いたり泣いたり哭いた
りしか出来ねぇようにしてやるっ!﹂
球体は霞のように消え去り、再び腕が振られる。その軌跡をなぞる
ように集まった光が、一瞬で硬質化。透明度の高い硝子のような刃
となって回転しながら白狼に迫る
279
﹁⋮ちっ﹂
小さな舌打ち。避けきれない︱︱そう判断した白狼が、口にくわえ
ていた短刀を左手に持ち替え、目前にまで迫った刃に叩きつける。
見え難いが故に狙いがずれたが、どうにか浅く左腕の皮膚を剥がれ
ただけで済んだ
ゾリリ、と産毛を剃るように左腕を滑る刃。皮膚を、そして筋繊維
を僅かに削るその感触に、背筋が粟立ち、ズキズキと鈍い痛みが集
中力を奪う
﹁ギャッハッハッハッ!!無様過ぎて笑えてきたぜ!いいぜェ、す
こぅしずつ削られるのがお望みなら、削り殺してやらぁ!﹂
高らかに笑い声を上げるルキシス。得意満面、と言わんばかりの表
情に︱︱白狼は、思った
︵⋮めんどくせ。テンション高過ぎてついてけねーし。リアクショ
ンもつまらんかったし︶
小さく、溜め息を吐く。それに気付いたルキシスが、途端に表情を
憤怒に歪めた
﹁っだ餓鬼ぃ!?っざけんてんじゃねえぞコラァッ!?ああんっ!
?獣技の一つも使わねえとか舐めてんのかああっ!?﹂
⋮ぴくり、と白狼が動きを止める。どこか気まずげに、困ったよう
に身体を揺すり︱︱しかし、左手で順手に構えた短刀を、無言でル
キシスに向けた
280
どこか不自然な行動に、ルキシスは眉根を寄せ︱︱ほんの少しだけ
頭の血を下げる。そこでようやく、ライオネルの言葉を、彼に言わ
れた言葉を思い出す
ライオネルの恩人の、獣技も使えないくらい幼い少女を助けてくれ、
と
︱︱とはいえ、それを聞いてやる道理もない。ムカつくから、壊す。
ライオネルには既に死んでいた、と伝えればいい。そんな思考で再
び右手を持ち上げる
月兎族の操る︻月の理︼は、28種類の斬撃と、打撃技である︻満
月︼。そして彼にも原理は分からないが、敵を﹃重く﹄し、押しつ
ぶす︻新月︼の三種が基礎となる。派生技も応用技もあるが、その
始点として身振り手振りが必要となる
ルキシスにとって一番︻月の理︼を操りやすいのが、右手の﹃振り﹄
である。とはいえ、彼も月兎族の頂点に立つ﹃長﹄だ。別段﹃右手
の振りがなければ理術を使えない、というわけではない
しかし︱︱大概の敵は誤解する。右手さえ封じれば、ルキシスの理
術を封じれる、と
現に白狼は左手に短刀を構えている。一息で接近し、右腕を斬りつ
けるつもりなのだろう。そんな思考が透けて見える。先程から見て
いれば、白狼の利き腕は右。だというのに左手で構えているのが、
その証明だ
未だに頭に血を上らせたままだが、ルキシスは粗暴な言葉使いや行
281
動の割に、知恵と策略で敵を追い込む知将としての一面も持ってい
た。﹃今﹄ではなく未来である﹃自身の子供を産む母親﹄を重要視
する点でも、その片鱗を覗かせる
ルキシスは笑う。右腕目当てで近寄ってきた白狼の手足を、カウン
ターで切り飛ばす。その準備を左手で行いながら、どこか冷めた視
線で自分を見つめる白狼を睨み付け︱︱挑発するように、にやにや
と笑った
対して、白狼は静かに笑う
︵めんどくさい。本当にめんどくさい。︱︱だから
︱︱︱そんなに、人の頭の中でごちゃごちゃ喚くな︶
月が、輝いていた
暗い洞窟の中で、月兎族のキチガイ男が使う月の理は、キラキラと
それはちょっとばかり、眩しすぎて
︵ああ、どうやらちょっとばかり⋮狂気が溢れる︶
282
進行せよ信仰せよ新興せよ
親好せよ侵攻せよ深交せよ
満月の夜はいけない。人の悪い部分が露呈する
見たらいけないものが、多すぎる
くらくらと頭を揺らす心地よい月の光。頭の中で獣が吠えて牙を研
ぐ。身を縛る縛鎖は肉を抉る。零れる炎は天を焼き、鋼の断槍が四
肢を穿つ。涎は沼となり人を飲み干し、孤独に鳴く獣は干からびて
︵ああ、分かった。分かってる。ハハハ、︻獣技︼か。そうだった。
使いたかったんだ。忘れてたけど。使いたかった。使いたい︶
モンターだっけ?エルドラだっけ?どっちが説明してくれたのかは
忘れてしまったが、︻大いなる獣︼とやらは随分とはしゃぎたがり
やさんのようだ
だってほら︱︱今にも暴れ出しそうで、制御がきかない
だから、いっそのこと好きにさせることにした
白狼が笑った
ケラケラと、無邪気に
疾走る。初速は猫科の獣人と比べれば大したことはない。けれど十
分に開いた距離は、加速のための時間をあっさりと稼ぐ
しかし、それすらもルキシスにとっては予測の範囲内。カウンター
283
の準備は出来ている。右手を狙って放たれるだろう斬撃を避け、返
す刃で両足を切断する︱︱煌々と輝く右手と、その光に隠した左手
を構え、にやにやとルキシスは白狼が間合いに入るのを待ち︱︱︱
﹁ん⋮なっ!?﹂
銀光が、飛んだ
ぐるぐると回転しながら、ルキシスの顔に向けて投げられた短刀が、
目前に迫る。躊躇なくあっさり武器を手放したことにも、怒りで自
分の視野が極端に狭くなっていたことに気が付いたことにも、見た
目にも幼いガキが搦め手を放ってきたことにも。上げていけばキリ
がない動揺する理由。しかし、そのお陰、といっていいのか分から
ないが、冷静になった頭は速やかに目前に迫る脅威を排除しようと
動く
右手に貯めていた力を︻三日月︼に変えて放つ。質のいい鋼を使っ
た、しかし細く小さな短刀は不可視の刃によって破壊される︱︱が、
その破片まではどうしようもない。咄嗟に盾にした左腕に、鋭い痛
みが幾度か走る。確認しなくても、破片が腕に突き刺さったのが理
解できた
糞餓鬼に手傷を負わせられた︱︱更なる燃料が投下され、再び燃え
上がる怒りの炎。ギラリ、と怒りに燃えるルキシスの瞳の先には︱
︱白狼ではなく、視界一杯に広がる白い布
﹁ぶぐっ!?﹂
びしゃんっ!!と濡れた音とともに、殴られたような衝撃が顔を襲
う。右腕を盾にした際に、一瞬だけ視界が塞がれた。その隙に白狼
284
が、先刻まで着ていた、湖の水でびしょびしょに濡れた服を裂き、
顔にかぶせたのだろう。と冷静に分析する一方で、顔に纏わりつく
布に苛立ちながら破り捨て︱︱
﹁いひっ﹂
ほんの数センチ
口付けすら出来そうな距離に、真っ赤な右目だけの瞳と、ピンク色
に上記した白い肌
︻獣技︼・︱︱︱︱
ぴたり、と冷たい、濡れた、華奢な指が、ルキシスの白い毛に覆わ
れた鳩尾を撫で︱︱
﹁︱︱︱︻餓狼の牙︼︵あぉーおきあ︶﹂
ぞぷり、と指が、あっさりと肉に沈み込んだ
激痛が、ルキシスの自由を奪う。びくんっ!と痙攣した身体が、驚
愕に歪んだ顔が、白狼を更に興奮させる
華奢な腕が、ルキシスの中を蹂躙する。あっさりと肉を裂き、骨の
隙間に割り込み、内臓を押し広げながら目当ての︻ソレ︼に辿り着
いた白狼は、うっとりとした微笑を浮かべた
﹁て、てっ⋮めぇ⋮ざ、けんな⋮ぬ、抜けぇ⋮っ!!﹂
どこかかすれた声で、懇願するように声を絞り出すルキシス。がく
285
がくと膝を震わせながら、かろうじて立つ彼の瞳が、虚ろに揺れる
どくん、どくん、どくん、どくん
︱︱文字通り。白狼の手の中で、ルキシスの心臓が早鐘のように鳴る
直接手に感じる命の脈動に。地獄のように熱く、それでいて血と体
液でぬめぬめと蠢き腕を締めつける内臓の感触に。激痛に耐え、涙
を浮かべ、息も絶え絶えに声を絞り出すルキシスの姿に︱︱酷く、
白狼は興奮する
とろり、と体の内側から何かがこぼれ落ちるような気すらした。彼
が呼吸する度に、膨らむ肺がキュウキュウと腕を締め付ける。せめ
てもの抵抗に、とばかりに腕が動く度、心臓を握り締める。そのた
びに彼は身体をはねさせ、血を吐いて。痙攣して
ぎゅっ、ぎゅっ、とリズミカルに心臓を動かす。元からどくん、ど
くん、と動いていた心臓が、外側からの加圧で悲鳴を上げる。ぶく
ぶくと泡を吐いて気絶したルキシスを、しかし心臓マッサージで覚
醒させる。心臓が止まっても心臓マッサージで蘇生させる
﹁はぁ⋮ん、ふ⋮⋮﹂
しっかりと情欲の色を乗せた吐息が、ルキシスの胸を擽る
既にルキシスは、いつの間に自分が倒れたのか、何回自分が死んだ
のか。どうしてこんな小娘に自分が押し倒されているのかすら分か
らないほどに、意識が混濁していた
だからいつものように︱︱﹃弱い女﹄を蹂躙するために、手を伸ば
286
す。いつものように、自分の性欲を処理するために、使い捨てるた
めに。濁った瞳を白狼に向けながら
﹁ギャ、ハ、は⋮ふぁっ⋮きん⋮い、ま⋮おか⋮してやる⋮ぜ⋮?﹂
﹁⋮⋮﹂
キョトン、と白狼が、尻の下に引いたルキシスの顔をのぞき込む。
正気を失い、死にかけた彼の表情に、どこか残念そうに眉を寄せ︱
︱ブチブチブチ、と。周りの血管を力任せに引きちぎりながら、鳩
尾に開いた穴からルキシスの心臓を引きずり出した
ルキシスは自分の心臓が奪われたのに気が付いているのかいないの
か。ふらふらと揺れる両腕で虚空を抱き︱︱それきり、動かなくな
った
白狼は、笑う
やっぱり、素手で殺すの⋮凄く、すごーく⋮たのしい⋮!
けたけたと、赤く黒い心臓に頬擦りしながら、けらけらと
287
俺と兎兄妹が︵後書き︶
まとめ
兎妹﹁あっ⋮///舌無しちゃんのが、私の奥にまで入って⋮//
ビクンビクンッ﹂
舌無し﹁あらぶる狼のポーズ!﹂
VS
兎兄﹁スタイリッシュ憤怒兎の構え!﹂
288
俺は獅子頭を︵前書き︶
︵´・ω・`︶
つ感想板
舌無しがハーレム作っても!舌無しちゃんが弱いハーレムメンバー
殺すから厳選されるよっ!やったね舌無しちゃん!最強メンバーだ
っ!!
︵´・ω・`︶
︵´:ω:`︶ブワッ
この娘、強い人をコロコロしたりネチョネチョしたりするのん好き
やねん⋮
289
俺は獅子頭を
俺がなにかを殺すとき、﹃武器﹄が必要になる
勿論、例外はある。例えば、俺より小さい子供。首を絞めるなり、
喉を食いちぎるなりすれば殺せる。実際殺せた。気持ちよかった。
⋮じゃなくて、だ
だが、将来的にはともかく、今の俺が体格、腕力で勝る相手を素手
で殺すことは不可能だ。まぁ色々理由を説明するのは面倒だからや
らないが、要約すれば﹃俺が弱い﹄。これに尽きる
それを補うために武器を使ったり、不意打ちしたりしてる訳だけど、
一回素手での殺しってのを体験しちゃうと中々どうして⋮武器越し
にしか相手を殺せない、っていうのはストレスだった
特にあれがいかんかったね。レーリックで女の子殺したのと、グレ
ーテルにフィストしたの。どっくんどっくん脈打つ﹃命﹄そのもの
に触れているようなあの快感は、一度でも体験すれば癖になる。よ
っぽどじゃないが、麻薬よりも中毒性がありそうだ
だから正直、︻これ︼はとても助かった
︻獣技︼・︻餓狼の牙︼
基本的にはエルドラが見せてくれた︻角牛の角︼と変わらない。︻
餓狼の牙︼は指先までぴんと伸ばした手刀によるに攻撃に限定して、
290
その威力を跳ね上げる。それこそ、少し爪が鋭いけれど、触ればぷ
にぷにしてる美少女ハンドがあっさりと鍛え上げられた男の腹肉を
切り裂く程に
ああ⋮思い出すだけで濡れてくる。直接素手で腹を裂き、温かく、
こもったような独特な臭いのするぷにぶにの内蔵が、腕を⋮ああ、
やばい。男だったらヤバいな。多分見せられないよ!なことになっ
てる感じだ
血やら体液やらで汚れた体を湖の水で洗い流す。酷く冷たい水が、
興奮に火照った身体を冷やしていく
﹁ふふふん♪ふんふんふふん♪﹂
鼻歌を歌いながら、両手で握った頭を振り回す。当然だが、俺の頭
ではない。正確に言うなら、頭部。あるいは、生首と言われる死体
だ。
驚愕に歪み、泣きそうな顔をしたカリーナと、どこか満足そうに、
けれど虚ろな表情をしたキチガイ兎男の生首。趣味が悪い、と言う
かもしれないが、ちゃんと理由があるのだから仕方がない。⋮いや、
その、ね?カリーナには世話になったしさ。お墓作ってあげなきゃ
なって思って。で、どうせだから兎男も入れてやろうかと。なんか
知り合いみたいだったしね。でも死体をそのまんま持ってける訳な
いじゃん?だったら首だけでいっか、って思ったわけよ
⋮ん?世話になった人殺すなって?
それとこれとは話が別だろ?正直⋮凄く良かったなぁ。カリーナの
最後の表情。何が起こったのかわからない、って顔してさぁ。こん
291
なの現実じゃない、って言ってるみたいな表情で⋮。俺のこと大好
き!ってオーラ出してたから、まさか俺に殺される、なんて欠片も
考えてなかったんだろうけど⋮。あはっ⋮
じゃなくて、だ。どうやって武器もないのに首を切り落としたのか、
って話だっけ?⋮あれ?違う?まぁいいや。右腕でしか使えない、
という弱点?もあるが、︻餓狼の牙︼は使い勝手もよく、ナイフに
も斧にも剣にもなる、凄まじい切れ味を誇った。あっさりと人体の
首を切断するその威力に、ちょっと背筋が寒くなる
というか、別の意味でも背筋が寒くなった
︻獣技︼を使うと、酷く腹が減る
兎男を殺すのに一回、2人の首を切り落とすのに一回ずつ。計三回
しか使ってないというのに、目眩がするくらい腹が減った。お陰で
カリーナの死体はほとんど空っぽだ。内臓は全部美味しく頂いた。
兎男の内臓はなんか煙草臭くて喰えたもんじゃなかったから、正直
助かった
さて、と。帰ろうかなぁ。でもなぁ⋮大体の血は洗い流したものの、
傷口が固まってないから血が滲んでくる。兎男みたいに手から見え
ない剣を飛ばせるならともかく、右腕限定で、しかも手の届く範囲
しか攻撃出来ない俺じゃ、キモ虫にちゅーちゅーされて死ぬのが目
に見えている。とりあえず傷が塞がるまでは待機だな。武器らしい
武器もないし、囮に使えそうなものもない。だったら傷が塞がるま
で大人しくしてるかぁ。幸いにも食料は大人二人分の肉があるし。
片方は食えたもんじゃないけど
⋮で、24時間だっけ?ここにいなきゃいけないの。暇だなぁ。ど
292
れくらいここに入ってるのか分かんないけど、もう5時間は経った
かなぁ?どうだろう。⋮せっかくだから探検してみよっか。暇だし
広い地下空間。首をとりあえず適当な岩の上に置き、ふらふらとさ
まよう。一応せめてこの空間に戻れるように兎男の足を一本引きち
ぎり、断面を地面にこすりつけ、血で地面にマーキングしながら、
適当な通路を進んでいく
行き止まりだったり苔空間だったり、はたまたどろどろに腐った木
と錆びた金属で作られた空っぽの宝箱だったり、ぼろぼろに朽ちた
鎧やら剣やらだったり、というのを発掘しながら時間を潰す。なん
か楽しくなってきた
﹁お?おー⋮っ!﹂
例えば、先述したような宝箱にギチギチに詰まった白骨死体。こい
つが何を考えてこんな狭い宝箱に引きこもったのかを考えるとわく
わくする
例えば、壁に両手足を錆びた短剣で縫い付けられた、犬っぽい骨格
の白骨死体。きっと仲間の裏切りにあったんだろう。どんな状況だ
ったのかなぁ
例えば、天井を削ってかかれた何らかの図形、あるいは絵。見てい
るだけで気分が高揚するようなソレは、製作者の狂気に満ちていた
﹁♪﹂
ヤバい、ここ、楽しい!
293
ルンルン気分で尻尾を振りながら、暗い洞窟内をてくてく歩く。引
きずってきた兎男の足。大分肉が削れて真っ赤に染まったそれを見
下ろす。⋮なんかこんな怪談あったよね。でも、しっかり肉片やら
血やらでマーキング出来てるし、間違ってはない⋮はず。たぶん
段々考えるの面倒くさくなって雑になってるなーってのは自覚しつ
つ、転んだりしないよう精一杯注意しながら洞窟の中をふらふらす
る。鼻と耳の感覚を研ぎ澄まし、どんな小さな変化も見逃さないよ
うに。とはいえ、でっかい蝙蝠は大体兎男のパーツを狙ってくるか
ら、降りてきて死体に噛みついてる所を握りつぶせばいいし、爆弾
蛞蝓は死体を盾にして、キモ虫は血肉マーキングに殺到するから大
丈夫っちゃ大丈夫なんだけどさ。湖より上の通路にいるやつらより、
明らかに数少ないし
さっきまでが100なら、今は1くらいの数しか出てこない。⋮ぶ
っちゃけフラグだよね、これ
だってさー。さっきまでの様子を見る限り、キモ虫の繁殖力ハンパ
ないよ?なのにその数が激減してるってことは︱︱︱︱ああ、やっ
ぱりね
うぞる⋮と通路そのものが、蠢いたような悪寒が走る。ぼんやり薄
ら暗い洞窟の壁からぞろぞろと伸びる腕、腕、腕。ぼこぼこと岩壁
を虫食いにしながら、そいつらは這いだしてきた
腐りきったドロドロの肉。眼窩からこぼれ落ちた目玉、獣の頭に剥
き出しの歯茎。白い骨がチラチラと露出する肉片。ズルズルと引き
ずられる腐りきった内臓
口の端からぼろぼろキモ虫の破片をこぼしながら、そいつら︱︱ゾ
294
ンビは、ぎょろりと濁った目を俺に向けた
︱︱やっぱな。キモ虫やら爆弾蛞蝓やらの天敵がいる、ってことだ
と思ってたともよ
﹁いひっ﹂
兎男の足を投げ捨てる。邪魔にしかならないモノは捨てる。ヒラヒ
ラと鬱陶しい、濡れて肌に張り付く服も脱ぎ捨てる。大抵のゾンビ
映画で服を捕まれてピンチ!っていう場面あるよなー。逆に服しか
捕まれなくてセーフ、ってのもあるけど
武器はない。しかも相手は死人。心臓を抉ろうが首を斬ろうが死ぬ
かどうかは分からない
しかし、だからこそちょうどいい
死なない相手を殺す練習をしたいと思ってたんだ。けれど流石にそ
んな奴、あいつ以外にいないよなぁって半分諦めてたんだ。しかし、
動く死体。死んでるから殺せない、一応条件にはあってるはず。⋮
多分
いつか、グレーテルを殺すために
死体を殺す趣味なんかないし、死体をなぶってもつまらないし、死
体をバラすのは飽きてるけど︱︱さあ、練習は大事だぜ、俺
ぞろぞろぞろ増えるゾンビたち。ふらふらがっつんがっつんずるん
ずるん。壁に向かってる暇があったら俺に向かって走ってこい
295
どこまでもスタイリッシュに殺してやるから
﹁いひひ﹂
あ、でも腐った死体って食べれるっけ
︱︱︱ヴィアーレ。ホークス。カリーナ。レーアン。ヴィスクリム。
そして、カリーナを助けるために、と月兎族の﹃長﹄、ルキシスが
犬神の社に入って、早一週間
とうの昔に扉は閉じられ、外側に閂が掛けられた扉を開く者はいな
い。内側から開くことが出来ない以上、中にいる者たちの生存は絶
望的だった
296
とはいえ⋮だ。中に﹃長﹄であるルキシスがいる以上、放置するこ
とはできない。というよりも、ルキシスの場合いくら頑丈に作って
あるとはいえ木製の扉くらいならばあっさり破壊されかねない。そ
うなれば、中に住んでいる﹃ビーストアンデッド﹄が暴れ出さない
とも限らない。だからこそ、ライオネルは今日も犬神の社の入り口
でルキシスの帰還を待つ
いつの頃からか処刑場として使われるようになった犬神の社には、
大量の獣人の死体が放置されている。仲間に食われることもなく、
供養されることもなく、野晒しにされた死体は、本能のままに動き
出す。それが、﹃ビーストアンデッド﹄だ。更にこのアンデッドは
かなり下位で、アンデッドを統べる﹃将﹄、アルトー・アル・アー
ノルの命令すら理解出来ない
その醜悪な外見と強烈な臭いは、鼻や目のいい獣人にプレッシャー
を与え、ただでさえ高い身体能力を死ぬことによって格段に上昇さ
せたビーストアンデッドは、なにも知らない戦士たちを数多く葬っ
てきた
⋮だが、ルキシスは一度犬神の社に入ったことがあるはずだし、そ
の時は平然と、それこそ半日ほどで最奥から出口まで往復してきた。
そんな彼が一週間も中に籠もっている理由⋮少し考えれば、答えは
出る
1つ目の可能性は、カリーナの負傷。小さな傷が命取りになる犬神
の社で、カリーナが出血した。故に、傷が治るのを待っている
二つ目の可能性は⋮⋮散々我慢してきたルキシスが、ついに我慢の
限界に達し、余事が入らない犬神の社で、カリーナと繁殖している
可能性
297
どちらにしてもカリーナがらみだろうことは想像に難くない。故に
ライオネルは、せめて扉が破壊されないよう、ルキシスが近付いて
きたら直ぐに扉を開けるつもりだった。願わくば、ルキシスが自身
の恩人を連れてきてくれるように祈りながら
ルキシスへの、信頼。ルキシスの強さへの信頼。故に彼は、ルキシ
スが既に殺されている、という可能性は考えていなかった
音もなく、気配もなく
唐突に︱︱︱洞窟の入り口を塞ぐ、木製の扉が︱︱真っ二つに切断
された
﹁なっ⋮!?﹂
けたたましい音。重い扉が倒れ、暗い洞窟の中から一歩、彼女は進
み出る
﹁いひっ♪﹂
赤。そして白。そして朱
頭から赤いペンキを被ったかのように深紅に染まり、所々から白い
肌が、髪が除く。両手は赤を通り越してどす黒く染まり、濃密過ぎ
る腐臭と血の臭いに、周囲の空気が歪んで見えた
ぐちゅり、と握り込んでいた吸血ヒルを握りつぶし、中から零れた
298
白濁液をすすり上げる。もう片方の手には、腐りかけ、大分原型を
失っているが︱︱それでも一目で分かる、ルキシスとカリーナの生首
一糸纏わぬ裸体を堂々と晒しながら、全身を血と腐肉で汚した白狼
の少女は、狂ったようにけらけら笑いながら、開いた瞳孔をライオ
ネルにぢっと向けた
﹁︱︱︱﹂
ぞわり、と悪寒が背筋を這い上がる。腐臭と血臭、排泄物や吐瀉物
の臭いに混じる、﹃死﹄の臭いに、それが自分を助けてくれた少女
だと理解しながら、武器を構えるライオネル
対して白狼は変わらない。ぼんやりと、太陽の眩しさに目を細める
ようにしながら、す⋮っと静かに手を持ち上げる。ただそれだけの
動作で、むせかえりそうな程の悪臭が撹拌され、ライオネルは目眩
すら覚えた
敵意もない。殺意もない。しかし濃密過ぎる死の香り。実力の伯仲
した強敵との戦いの中でしかかいだことない、命の危機を知らせる
香りが、たった一週間前に別れた自身の命を捨ててまでライオネル
を救ってくれた少女から発せられていることに混乱を隠せない
しかし白狼はそんなことどうでもいい。と言わんばかりの態度でニ
コニコと笑う。真っ赤に汚れた口元に、一週間前と同じ無邪気な笑
みが浮かんでいることに、酷い違和感を覚える
白狼はニコニコと笑いながら、左手で握った生首を二つ、差し出し
てくる。⋮両の目が、くり抜かれていた。﹃長﹄であるルキシスが、
殺され、目玉をくり抜かれていて︱︱混乱の極地に達したライオネ
299
ルが、武器を片手に握ったまま、生首二つ、受け取って
ほんの僅かにライオネルの視線が白狼から離れた刹那の時間に、彼
女は動いた
流れるような動作で、白狼はライオネルの胸元に飛び込む。ライオ
ネルが武器を振るうより早く、その懐に潜り込む。長柄のハルバー
ドでは拳の当たる距離にいる白狼には対処しづらい。咄嗟に武器を
手放したライオネルが拳を振るおうとするが、白狼の行動には迷い
がなく、それでいて早かった
︻獣技︼・︻餓狼の牙︼
﹁なっ⋮!?﹂
あっさりと
対した抵抗も見せずに、両断される鋼の鎧。そして振るわれた︻獣
技︼の冴えに、思わず瞠目するライオネル。しかし、拳は止めない。
何の意図をもって鎧だけを剥いだのかは想像出来ないが、攻撃して
きた以上は容赦は出来ない︱︱そう、考えて
気が付けば、ライオネルは地面に叩きつけられていた
﹁かはっ⋮!?﹂
驚きに、衝撃に、肺の中の空気を吐き出すライオネル
︱︱獣人には理解できないその﹃技﹄。身体能力に優れ、武器を振
るうことを得意とし、素手での攻撃すら必殺となる︻獣技︼を使う
300
獣人たちが、鍛える必要の無かった素手での格闘技術
拳を振るった勢いで、重心を前に移動させたライオネルの腕を掴み、
背中でその巨体を担ぐように投げるその技を、一本背負いというこ
とを知っているのは、この世界では白狼しかいなかった
白狼は受け身も取れずに地面に叩きつけられたライオネルの腹の上
に座る。マウントポジションでぱっくりと開いた胴鎧の中、ライオ
ネルの腹筋を撫でる。ぐちゅり、と腐肉と腐った血が腹に付くのに、
ライオネルは顔をしかめた
︱︱殺される
まだ幼い少女に、力弱き子供に、未熟な戦士に、仮にも﹃長﹄であ
る自分が
驚愕と混乱でぐちゃぐちゃになった思考。にやにやと微笑む白狼は、
ぼんやりと滑った視線でライオネルを見つめる。先程見た︻獣技︼
であれば、容易く自分を殺せるはずなのに、何を︱︱?そう、ライ
オネルが考えた瞬間だった
にたぁり、と。白狼が笑う。舌のない口が、三日月型に裂ける。唾
液がとろりとこぼれて、ライオネルの胸元に落ちた
硬直するライオネルの腹を、もみ込むように柔らかく撫でる。ぞわ
り、と背筋が粟立ち、腰が浮く。嬉しそうに笑いながら、白狼はか
ぷり、とライオネルの鼻先を甘噛みする。かぷかぷと鋭い牙が、鼻
先を削り、柔らかい腕が、胸元を擽る
︱︱︱食われるっ!?
301
先程とは違う悪寒が、恐怖がライオネルを襲い︱︱
302
俺は獅子頭を︵後書き︶
まとめ
舌無し﹁ぞんびー殺しまくったせいでムラムラしていた。誰でも良
かった。いまはスッキリしている﹂キリッ
獅子頭﹁\アッー!/﹂
303
公歴1185 獣人族、﹃長﹄会議︵前書き︶
というわけで5話更新ですよー
毎日暑いですががんばりましょう!
ナメクジマインドな人春はコンクリで焼かれてますが。ジュゥ⋮
304
公歴1185 獣人族、﹃長﹄会議
﹃彼ら﹄は頭を抱えて膝を突き合わせていた。皆頭痛を堪えるよう
な苦い顔で、鎖と縄で手足を拘束され、目隠しと猿轡で五感を封じ
た︱︱拘束されているのに、呑気にすぴーすぴーと寝息を立てる白
い少女を見つめる
﹃臆病者﹄の白狼族。魔人・グレーテルの忠僕。月兎族の﹃長﹄殺
し。そして︱︱不意打ちとはいえ、獅子王族の﹃長﹄を打ち倒し⋮
その、なんだ。そのプライドを粉砕した少女
﹁あー⋮。それで、なんだ。ライオネルは⋮﹂
﹁⋮寝てる。その、なんだ。あれだ⋮﹂
尻が⋮と小さく呟いた1人の声に、耐えきれなかったのか。何人か
が吹き出した
﹁し、しりって⋮ぶほっ⋮ねーよ⋮、マジでねーよ⋮っ!﹂
くつくつと笑う女性。﹁笑うのは可哀想だろ⋮﹂と困った風な男性
﹁でもある意味ご褒美ダヨー﹂
﹁是非もなし﹂
﹁黙ってろ被虐性愛者共。⋮しっかしあれだな。ルキシスを殺した
305
ってのが嘘くせぇな⋮。こんな餓鬼がなぁ⋮﹂
じろり、と殺気すら混じった視線が少女を穿つ。それで目を覚まし
たのか、少女の耳がぴくりと動いた
警戒する﹃彼ら﹄を無視するように、白狼の少女は縛られた身体で
猫のように器用に身体を伸ばす。適当な貫頭衣しか着てない彼女が、
お尻を上げて這い蹲るように伸びるので、まくれ上がった服を呆れ
顔の女性が直す
﹁むぐ?﹂
首を傾げ、白狼の少女は女性に顔を向ける。無理矢理ライオネルを
押し倒してるところを気絶させて拘束したというのに、呑気なもの
だと溜め息を吐き⋮
﹁呑気ね⋮って、ちょっ⋮なんなのこの子⋮﹂
あっという間に隣に座る女性の膝に頭を乗せ、ぐりぐりと額を太も
もに擦り付ける。なんというか⋮子供ということもあるが、行動が
自由な娘だ、と嘆息した
﹁⋮さて、そろそろ真面目な話をしよう﹂
1人の男が口を開き、空気が変わった
﹃彼ら﹄は獣人族の﹃長﹄。窮鼠族。魚鱗族。岩猿族。力豚族。有
翼族。巨熊族。甲蟲族。そして黒狼族長代理。の8名。白狼にイワ
された獅子王族の﹃長﹄。そして推測だが︱︱殺された月兎族の﹃
長﹄を除く、全ての長が揃っていた
306
理由は単純。﹃話し合い﹄という名の会議のためだ
﹁通例通りであれば、月兎族は降格。そして新たな長としてこの娘
を迎え入れるべきだ﹂
﹁しかし、白狼は今やこの娘しかいない﹂
﹁ならば、王都を落とすべきだろう。王都には多数の獣人奴隷がい
る。その中には白狼もいるはずだ。そしてこれから繁殖する。黒き
海のオーブも奪還できる。人間共も皆殺しに出来る。これで決まり
だ﹂
﹁黙れ脳筋。それが可能ならば1000年もまごつくはずがあるま
い。王都の守りは堅牢。我等が何故界境から攻めているのかを考え
ろ﹂
﹁⋮⋮ってかさぁ、ライオネルの心が折れた件はどうするんよ﹂
﹁あれは油断していたのだろう。ライオネルの実力は疑いようもな
い。女子供に弱く、精神的にも未熟だが⋮奴の獣技の冴えを思い出
せ﹂
﹁それで痔になってたら笑えねぇわな。ライオネルは自己責任で放
置でいいだろ。むしろ餓鬼だからって油断するあいつにゃいい薬だ﹂
﹁問題は一部族一体、なんてことになってる白狼を﹃長﹄にしたと
きの影響よね⋮﹂
﹁白狼といえば臆病者で腰抜けで⋮ああ、あと元人間の奴隷って経
歴のせいで、人間の飼い犬って印象が染み着いちまってるだろうな。
307
そんな奴を上にしたら、部下に示しがつかん。ってか部下が荒れる
わ﹂
﹁⋮油断していたとはいえ、この若さでライオネルを倒せる実力者
⋮。表面上は従うでしょうけど⋮﹂
﹁裏で反発心が育つのはどうしようもないな﹂
﹁月兎もどうするか決めないとな。指導者⋮いやさ、独裁者がいな
くなった以上、どんな影響があるのか想像も出来ん﹂
﹁なれば、その白狼の娘に責を負わすのは如何か?腐抜けた月兎の
統率を命じ、数年かけて人間共から他の白狼を奪還。その後に人数
を増やしていく、というのは﹂
﹁馬鹿野郎。﹃長﹄になりたい弱小部族のクソヤロウどもは両手の
指じゃ足りねーんだぞ。んなクソガキ﹃長﹄にしてみろ、下克上と
内部争いで人界侵攻どころじゃなくならぁ﹂
﹁⋮どうでもいいけど、この娘さっきからさりげなく私のこと殺そ
うとしてるんだけど﹂
ぴくり、と白狼の身体が震えた。女の声に、女のそれを除いた残る
14の瞳が、白狼を穿つ
﹁⋮いひっ﹂
小さな笑い声。じゃらん、と音を立てて鎖が、縄が、あっさりと切
断される。猿轡をぶちぶちと噛み千切り、目隠しを外した白狼はど
こか満足げに︱︱腹がいっぱいになり、ご機嫌な猛獣のような顔で、
308
女の腹に顔を埋める。両手を腰に回し、硬い甲殻で包まれた女の身
体をベタベタて触りまくる
女︱︱甲蟲族の長。ベアトリスは8つの目を物憂げに細めると、指
先から伸ばした白い糸で白狼の手首を拘束する。腕から先に警戒し
ておけば、それほどの驚異ではなさそうだ。と判断した
﹁私の膝に乗ったときから怪しかったけど、どうも心臓の位置を探
ってるみたい。私たち、見た目が普通と違うしね⋮。当たってるか
しら?﹂
﹁⋮いひっ﹂
軽い笑い声。ご機嫌な様子でかりかりと指先で甲殻に覆われた胸を
引っ掻く少女に、ベアトリスは毒針を打ち込む。身体の自由を奪う
神経毒を打ち込まれ、どこか興味深そうに毒針を見つめる少女に、
ベアトリスは嘆息した
﹁⋮まともじゃないわ。この娘﹂
はぁ、と大きな溜め息が妙に大きく響く
⋮しばしの無言。扱いづらい、の一言では表しきれない少女の異常
性に、全員が嘆息する。これであれば、あらゆる意味で色情狂で自
己中だったルキシスの方がまだマシだった、と初めて厄介者だった
後輩が死んでしまったことを悼む
そして、今まで黙っていた黒い髪の女性︱︱黒狼族長代理が、口を
開いた
309
﹁⋮ヴィスクリムさん、でしたか。2、3。質問させて頂きます。
イエスならまばたきを二回。ノーならば一回。拒否権はないので、
悪しからず﹂
麻痺毒を注射されてもニコニコと笑みを崩さない白狼の顔を覗き込
み、彼女は問いかける
﹁一つ目。あなたはルキシス⋮ファックファックと煩い月兎の長を
殺しましたか?﹂
⋮イエス。予想はしていたし、ほぼ確定済みだったとはいえ、本人
が肯定したことでなんとも言えない空気が流れる。唯一それを気に
しない黒狼族の女性は、無表情で問いを続ける
﹁二つ目。あなたは、﹃長﹄になりたくてルキシスを殺したのです
か?それとも⋮﹂
すっ⋮と彼女の目が細められる。まるで全てを見透かそうとするか
のような、鋭く冷静な視線に晒され、白狼の頬が紅潮する。⋮興奮
している、らしい。ゆっくりと、しかし確かに、痺れているはずの
尻尾が揺れた
﹁⋮殺したいから殺した、のですか?前者なら一回、後者なら二回
まばたきを⋮そうですか﹂
彼女の問い掛けが終わるより早く、白狼は二度、まぶたを閉じる。
せっかちですね、と小さく呟き、彼女はさらに眼孔を鋭くした
﹁では、最後に﹂
310
⋮ほんの僅かな時間。彼女は迷うように唇を揺らした。黒いふさふ
さとした尻尾が迷うように揺れ、褐色の肌に汗が伝う。左手は豊か
な胸の上に置かれ、その言葉を発するのを忌避するように、彼女は
逡巡した
意を決したように、彼女は白狼の顔をのぞき込む。そうであってく
れ、と願うような響きの問いかけ、妙なほど薄暗い洞窟に響いた
﹁あなたの⋮︻獣技︼は⋮︻大狼︼のそれ、ですよね⋮?﹂
ノー
あっさりと。いっそ小気味よいほど簡単に否定されたその問いかけ
に、ショックを受けた彼女は僅かに体を揺らす。⋮いつも冷静に、
老齢でほとんどの時間を眠って過ごすディン・デュークの代わりに
黒狼軍を操る彼女のらしくない姿に、周りの長が首を傾げた
﹁⋮リュカ、どうした?なんか問題があったのか?﹂
﹁⋮いえ。大丈夫です。しかし、彼女の処遇が決まりました﹂
へ?と首を傾げる7名。にやにやと笑う白狼。舐めるような視線で
黒狼族の女性⋮リュカを見つめる白狼は、全く周りを気にせず、ほ
んの僅かに動く指先をどうすれば蜘蛛女と狼女に突き込めるのか、
を考えるのに忙しかった
そのほとんど殺気を感じないのに殺意しか感じない、どうにも不愉
快な視線を無視しながら、リュカは言う
﹁彼女は﹃長﹄には出来ません。⋮ですが、私の補佐として育てま
311
す。⋮何故なら、彼女には⋮ディン・デューク様の跡継ぎとなれる
可能性があります﹂
⋮音が、消えた。誰一人、身動ぎすらしない。全員が目を見開き、
白狼とリュカを交互に見つめている
﹁⋮我等黒狼族、そしてその縁者となる犬を基礎とする獣人は、︻
大狼︼という獣の獣技を使います。しかし、ディン・デューク様は
違います。あの方が担う獣の名は、︻天狼︼。我々の担う︻大狼︼
とは、比べものにならない強大な獣です。しかし、︻天狼︼はディ
ン・デューク様以外にその担い手を選びませんでした。あの方の血
を引く、実の娘である私ですら、ただの︻大狼︼の獣技しか使えま
せん。⋮しかし、﹂
リュカの視線が、白狼を貫く。嫉妬もある。しかし期待もある。希
望もあるが、絶望もある。複雑な好悪の入り混じる視線に、白狼は
ニタニタと嬉しそうに笑った
﹁⋮彼女は︻大狼︼ではなく、それよりも強力な獣の力を得ている
ようです。私では⋮私ですら、あの鎖をあっさりと断ち切ることは
出来ません。⋮であれば、鍛えるのも道理。彼女は育てればあの方
に、ディン・デューク様に並び立てるかもしれない逸材です。人格
面に問題があるようですが、強さの前では些細な問題です﹂
言い切ったリュカに、しかし非難の声は上がらない。なるほど、と
全員が納得の表情で頷くのに、白狼は吹き出しそうになる
︱︱ああ、馬鹿ばっかり
︱︱強ければなにしてもいいだなんて⋮最高すぎる
312
︱︱こいつら全員、俺を強くしたら⋮自分が殺されるんじゃ、なん
て考えないんだ
︱︱それとも、強い奴に殺されるなら、それもまた本能ってか?
︱︱ハハッ、お前ら最高に愚かで、最高に素敵だ。愛してる。熱烈
にハグしてキスしてやりたいくらいだ
くつくつと笑う。ニヤニヤと嘲う。自分自身は棚に上げ、活かして
殺して活け作り。美味しくいただきまた殺す。そんな妄想をしなが
ら、ニヤニヤと
﹁⋮それでは、次は月兎族についてですが⋮﹂
変わった議題に興味深そうに耳を傾けながら、白狼はうっすらと笑う
強くなろう。
誰よりも強くなって。
忌々しいモンターに復讐して、
周りから慕われてるエルドラを惨殺して、
大好きなグレーテルを食い殺し、
敵意を向けてきたヘンゼルの頭をかち割り、
ライオネルの恐怖に歪んだ表情を、この場の全員に見せつけよう
313
殺して殺して修羅道驀進。
どうせ今の俺は畜生外道。
鍛えて育って修練道。
後は血となれ肉となれ。
因果応報、早く来い。
殺し尽くして、殺されたい
﹁いひひひひっ﹂
ああ、ライオネル辺りが復讐に来ないかなぁ
314
公歴1185 獣人族、﹃長﹄会議︵後書き︶
まとめ
長ーズ﹁こいつどうしよう⋮﹂
舌無し﹁なぁにが長だよっ!そんなことよりコロコロしろやオラー
ーーっ!!それかさせろやオラーーーっ!!﹂
というわけでプロローグ的な話は終了です
ヴィスクリムのコネとか名前の由来とかなんでそういう立場にいる
のかとかキャラクターの掘り下げとか
まあ浅いけどね、この子のキャラクター。コロコロ大好き娘ってだ
けだし
こっからは幾つか成長過程の閑話をいれつつ、8年後の、勇者やら
なんやらが出てくるストーリーになります
315
公歴1187 とある少年の話︵前書き︶
大体舌無しが悪い
316
公歴1187 とある少年の話
⋮怖い話、ですか。なくもないですけど⋮
そうですね⋮。まず、背景を把握してもらいましょうか。
僕、ヒイロは獣人の中でもそれなりに格の高い、火狐族の生まれです
火狐族は火との親和性が高く、︻火の理︼を使える後衛型の獣人で
す。赤茶色の毛皮に、三角の耳、ふんわりとした毛で大きく膨らん
だ尻尾が特徴でしょうか
本来ならば余程﹃長﹄として迎え入れるべき実力をもつ部族なので
すが、殆どの者が争いを好まない、穏やかな気性の持ち主です。ま
ぁ、多少嗜虐的な面を覗かせたり、性的な嗜好が偏っていたり、狡
賢かったりしますが⋮概ね、自ら戦うことを是としない、という意
味では、穏やかな性格の獣人です
僕はその中でも争いを好まない⋮というか、戦うくらいなら集落で
料理でもしていたほうが好きな、変わり者でした
せっかくですので、僕が出会った、不思議な女の子の話をしようと
思います
317
その日、僕は溜まった洗濯物を川で洗っていました。本来ならば1
つの集落、全員分の洗濯物を纏めて、何人かで洗うのが普通です。
ですが、前述した通り火狐族は⋮まぁ、有り体に言ってサディスト
が多いです。他人の洗濯物なんか洗ってやるかよバーカ。という獣
人の集まりです。自然、個人個人で洗うのが習わしでした
僕は結構ものぐさな方で、一週間ほど洗濯物を溜めて一気に洗うよ
うにしていたのですが⋮⋮どういう訳か⋮うん、本当に今でも理由
は分からないのですが、ぷかぷかと浮き沈みを繰り返しながら、川
の流れに身を任せて流れてくる白い物体が目に止まりました
半ば呆然としながら慌てて引き上げました。死体が川を流れてくる
の珍しいことじゃありません。ですが、死体を放置してしまうと魔
獣を呼んでしまいます。下流にもまだ獣人の集落はありますし、当
然のマナーでした
そしたらまあ⋮生きていたんですよね、その娘
僕より1つ2つ年上くらいの、真っ白い髪に、紅い瞳。綺麗な顔立
ちをした、傷だらけの女の子。荒い息を吐いて、白いワンピースを
まだらに赤く染めて⋮
身体が冷え切ってて、危ないな、と思ったんです。だからすぐ服を
脱がせて、火をたいて。傷の治療をしたんです
全身の至る所に殴られた後や、潰して切ったぐちゃぐちゃな傷跡が
あって、とても悲惨でした。致命傷こそなかったけど、大分酷かっ
318
たんです
治療の最中に目覚めたその娘⋮後から聞いたんですが、ヴィスクリ
ム、というそうです。ヴィスさん、と呼ばせてもらいますね?は、
最初はぼーっと周りを見渡したり、手先で何かを探すような動作を
していました
ヴィスさんは探し物がないことに気付くと、露骨にがっかりしなが
ら治療する僕をじぃっと見つめていました。正直ずぅっと見つめら
れてて居心地は悪かったんですが、どこか楽しそうにニコニコ笑っ
てる⋮全身傷だらけなのにですよ?ヴィスさんを見てたら、﹁あ、
怪我のせいで頭が可哀想なことになっちゃったのかな?﹂と思って、
気にしなくなりました
治療が終わる頃にようやくヴィスさんが喋れないことに気付いたん
です。治療中も﹁あぐ﹂とか﹁うぎぃ﹂とか呻いていたんですけど
⋮え?あ、ああ。違いますよ。喋れない、と声が出せない、は違い
ます
舌がね、ないんです。だから、まともな発音にならなかったんですね
それでですね、治療が終わる頃に﹁あーやぁと﹂って言われたんで
す。意味が分からなくてそのときは﹁はぁ?﹂って言っちゃったん
ですが、ぺたん、と伏せられた耳と、発音から考えて⋮たぶん、﹁
ありがとう﹂って言ったんでしょうね
僕が﹁はぁ?﹂とか言ったせいか、ヴィスさんはのろのろとチョッ
プ⋮ですかね?こう、手刀でとんってお腹の辺りを突いてきたんで
す。対して痛くなかったんですけど、ヴィスさんは凄く驚いた顔を
して、ぐ∼ぐ∼お腹を慣らしながら気絶しちゃったんです
319
目の前で気絶されたら、流石に放っておけないじゃないですか
かといって僕は彼女を家にもって帰れるほど力持ちじゃなかったの
で、仕方なく一旦放置して家に帰りました。せっかくだから美味し
いものを食べさせてあげようと思って、ご飯を作りに行ったんですね
で、またヴィスさんのところに戻ると、まだ気絶してるんです。料
理は暖かい内に食べた方が美味しいでしょう?だから、蹴り起こし
ました
⋮え?いや、だって僕ですよ?男だとはいえ、非力で華奢な僕です
よ?大したダメージにもなりませんよ
続けます。ヴィスさん、すごく食べるんです。せっかくだから僕も
一緒に食べようと思って2、3人分持ってきたのに、1人で全部食
べちゃって⋮。怪我人でも、殴って当然だと思います。その時に思
わず言っちゃったんですよね、﹁意地汚い雌犬ですね。タダ飯はそ
んなに美味しいですか?﹂みたいな
ヴィスさん、凄ーく落ち込んでました。耳も尻尾もぺたーんとして、
顔にも﹁ごめんなさい⋮﹂って書いてあるみたいでした
⋮それから、ですかね。まぁ、なんというか⋮奇妙な関係が続きま
した
川の近くで岩の影とかで寝てるヴィスさんを探して、家から持って
きた料理を上げるんです。ヴィスさんは病人⋮っというか怪我人の
くせに、僕なんかよりずっと身体能力が高いし、釣りも上手くて、
魚や魔獣を狩っておいてくれるんです。それを貰って料理して、ヴ
320
ィスさんに届けるんです
大体一週間くらいですかね。その頃には大体ヴィスさんの傷も塞が
っていて、岩を右の手刀でスパーンッと切ったりしていたんです。
あれ、なんていう︻獣技︼なんでしょうね⋮?
このあたりから、やたらヴィスさんのスキンシップが増えてきたん
ですよね
さわさわってお腹の毛を撫でられたり、耳を甘噛みされたり、ぎゅ
うぎゅう抱きしめられたり。特に尻尾がお気に入りみたいでした。
太くて暖かくてふさふさの火狐族の尻尾は最強ですからね。⋮は?
ドヤ顔?してませんよ。なんですか
⋮話戻しますよ?時々、ヴィスさんの目が少し怖かったです。肉食
獣の本領発揮というか⋮のほほんと生きてきた僕でも背筋が粟立つ
くらい、殺気を滲ませて僕を見つめてたんです。そういうときは、
﹁もうご飯持ってきませんよ﹂って言うと、心の底からもったいな
い、って顔で諦めるんです。でも、一時間くらいするとまたねっと
りした視線が背中に刺さるんです。肉食系女子ってレベルじゃあり
ませんでしたね
は?いちゃついてって⋮性的な意味じゃないですよ。いやそういう
視線もなくはなかったですけど、主に食糧的な⋮いや、本当ですよ?
⋮え?なんでそんな危険な娘に近づいたのかって?なんで側に居続
けたのかって?
⋮う∼ん⋮自分でも、不思議なんですが⋮
321
なんか、危なっかしくて見てられなかったんですよね。放置してお
けないというか、もし目を離したら野垂れ死んでるんじゃないか、
とか逆に殺されてるんじゃないか、とか思うと、目が離せないんで
す。恐くて
それでじっと見てるんですけど、そうすると笑った顔が可愛いな、
とか。泣き顔もっと見たいな、とか。歌ってるときの横顔は綺麗だ
な、とか色々考えちゃって⋮なんというか、情が沸いちゃうんです
よね
そんな感じの一週間でした
でも、普段家に閉じこもってる僕が、一週間も毎日出掛けて、年下
の同族の面倒も見ずにふらふらしている、というのが問題になって
しまって。カコさまがわざわざ僕の跡を付けて、お説教しに来たん
です
⋮は?カコさまを知らない?え⋮正気ですか?
⋮はぁ。まぁ、仕方ないですね。カコさま、もう亡くなってますし。
ええ、去年ですかね。賊に襲われたそうです
カコさまはディン・ディデュークさまと同期の火狐族です。亡くな
られるまで、僕たちのまとめ役をなさってました
⋮間違えてませんよ。カコさまは1000年近くを生きた、火狐族
ですよ。その上、︻火の理︼を極めた方でした。なんだったかな⋮
生命の火?とかいうのを常に燃やし続けることで、1000年間、
老いることなく若々しい姿を保った、とんでもない美女でした
322
まぁ、怠惰で享楽主義で快楽主義者だったので、秩序を重んじる軍
には所属せず、力はあるのに宝の持ち腐れ、と言われる方でしたが。
本来ならば﹃長﹄になるべき人材なのに、
また、恋愛事が大好きで⋮僕の件も、恋愛事だと勘違いしてキャッ
キャッウフフと首を突っ込んできたんですね
カコさまはまぁ⋮僕とヴィスさんがのんびりお話してるのを見て、
テンション上がっちゃったんでしょうね。﹁呼ばれなくてもじゃん
じゃかじゃーんっ!﹂みたいなこと言いながら飛び込んできたんです
お茶目な方でしたから。カコさま。毎日楽しそうに生きてました。
慕われていたんですよ?扱い辛い火狐族のみんなが、カコさまのこ
とを大好きでした
カコさまは僕とヴィスさんのことをからかいながら、話に参加して
きました。﹁若いもんは素敵じゃのう!よいよい!妾も混ぜよ!恋
バナとか大好きじゃ!﹂なーんて楽しそうに。
ヴィスさんは目を丸くしてましたけど、すぐにカコさまに懐いて、
カコさまの尻尾に抱き付いてご満悦でした。カコさまの尻尾は凄く
大きくて、抱き枕みたいになってました。ヴィスさんの前身が毛に
埋もれてました。基本的に聞いてるだけでしたけど、ちゃんと頷い
て、相打ち打って。カコさまも楽しそうでした。僕も楽しかったで
す。色々困りましたけど
カコさまも母性の強い方でしたからね。楽しそうに甘えてくるヴィ
開き
で発見されました
スさんの面倒を見ていました
そして、翌日
323
カコさまの家でです
喉に大きな穴があって、そこから臍まで綺麗に開かれていたそうで
す。両目がくり抜かれていたそうです。内臓は丁寧に一つ一つ外に
置かれていたそうです。尻尾が切り取られていて、発見された直後、
まだ心臓が微かに動いているのが見えたそうですよ。両手は二の腕、
両足は膝から切断されていて、両肩に刺さった杭がカコ様を壁に貼
り付けていたそうです
そこからのことは、よく覚えていませんでした
ただ、呆然としたままヴィスさんのところに行きました。ご飯を作
らなきゃ、という惰性でした
ふらふらしながら河原に行って、ぼーっと料理片手に水面を見つめ
てました。何時間も。僕もカコさまが大好きですから。僕の姿を見
つけたヴィスさんは、僕を心配していました。抱き締めて、励ます
ように背中を撫でてくれて。冷えた身体が暖まるよう、毛布をかけ
てくれました。⋮とても暖かい、ふかふかした、大きな毛皮の
慰めてもらったことに感謝して、僕は前より気合いをいれてヴィス
さんに料理を運ぶようになりました
全部含めて二週間程ですかね。ヴィスさんは綺麗な赤茶色のマント
を着て、ニコニコ笑いながら去っていきました。それから、一度も
会っていません。よくよく考えてみれば、僕が勝手にヴィスクリム、
と呼んでただけで、それが本名かも分からなかったんです
⋮いや、どういう意味かって⋮背中に書いてあったんですよ。ヴィ
324
スクリム、って。だから彼女はヴィスさんです。きっと、今日も河
に流されてるんじゃないですかね
⋮⋮⋮以上です
⋮⋮オチ、ですか。無いといえば無いですよ。不満そうな顔をしな
いでくださいよ
怖いでしょう?その娘と出会ったその日にカコさまは殺されたのに、
僕はまだ生きてるんです
⋮カコさまを殺したのはヴィスさんなんじゃないかって?
多分、そうでしょうね
⋮つまらなくてすいませんね
⋮⋮
⋮⋮⋮
⋮⋮⋮⋮
⋮顔色悪いの、先輩だけですよ
え?ああ⋮はい。分かってるんですね
⋮僕、ヴィスさんに毛布を渡したことなんか、一度もありませんで
した
325
かけてくれた毛布からは、凄い血のにおいがしました
それに混じって、とても懐かしいにおいがしました
⋮でも、気付きたくなかったんです
⋮⋮だって、気付いたことに気付かれたら、僕が料理を渡さなくな
ったら⋮⋮
僕の皮まで、剥がれるじゃないですか⋮
326
気を付けて、くださいね。
大体リュカさまの隣にいる、白狼です
綺麗な赤茶色のマフラーを巻いた、女です
⋮気を付けて、ください
生き残れれば、多分運がいいです
⋮あいつ、頭が狂ってるから
327
公歴1187 とある少年の話︵後書き︶
舌無し:いや俺のせいじゃないし。もう夏も終わるってのに野宿し
なきゃいけなかった状況が悪いんだし。寒かったし⋮。あと大体リ
ュカのせい。あいつが訓練だーとか言って俺のことフルボッコにし
て川にわくわくざぶーんさせたせい
火狐:妾、普通の作品ならちょっとしたメインヒロイン級のポテン
シャルを秘めておったのに⋮orz
舌無し:⋮ごめん。大事に使うから⋮
328
公歴1190 レーリック︵前書き︶
大体無茶すると死ぬ
329
公歴1190 レーリック
︱︱︱数年前、魔界側に占拠された重要拠点︱︱界境都市レーリック
傭兵であるアーバンと、その相棒であるヤーラはそれを視界の端に
収めながら、小さく舌打ちをした
﹁⋮獣人がいるな。やはり、多い﹂
﹁⋮ん。魔人や、竜族は、いないみたいだけど⋮けど⋮﹂
アーバンは髭面の壮年の男だ。黒く染め上げた革のグローブでヒゲ
を撫でつつ、杖を抱きしめるようにして声を震わせるヤーラを見つ
める
﹁けど、なんだ?安心しろ。そんな危険でもねぇ。ただの偵察だ﹂
﹁違うの⋮の⋮。やめよ?まだ間に合うから⋮今日は、駄目。本当
に、相が悪いの。いやな予感がするの。占い、当たるの⋮るの⋮﹂
ふるふると頭を振る小さい少女の姿に、アーバンはガリガリと頭を
掻いた
︱︱任務の内容は、界境都市レーリックの偵察。魔界側⋮いやさ、
獣人に占拠され、未だに奪還かなわぬ重要拠点の、敵戦力の確認だ
界境都市は今まで獣人たちの猛攻を1000年近くも退けてきた城
330
塞だ。それが、何故今になって落とされたのか⋮いくつもの仮説が
あがっているが、その実情はまだ分からない
だからこそ、傭兵たちにとっては金になる。月に一度、遠くからレ
ーリックの様子を伺いに行くだけで、1ヶ月は働かなくて済む。ま
してレーリックが落とされた﹃理由﹄が解明されれば、かなりの大
金が国から支払われるだろう
仮定されている理由は、三種類
一つ目は、単純に獣人側が頭を使った。しかし、これはないだろう。
レーリックが落ちる数日前、界境付近で奴隷を繁殖させていた商人
たちは、獣人に攻めいられそうになりながらも1人も欠けることな
く帰還した。もしレーリックを落とした知将が獣人の中にいるのな
らば、奴隷商たちも逃げられなかったはずだ。所詮は脳みそまで筋
肉のケダモノだ。この可能性は真っ先に否定された
第2に、アンデッドと獣人による数の利を活かした物量作戦を取ら
れた、という仮定。アンデッドは夜にしか活動出来ない。だが、夜
であれば神出鬼没、時に王都付近にまで出没する厄介な奴等だ。死
体があればどこにでも現れる。しかし、この可能性も薄い。アンデ
ッドは確かに数や強襲は脅威だが、レーリックには対アンデッド用
の武器があったはずだし、奴らは火に非常に弱い。獣人の中にも強
い火を恐れるものは多く、それらの対策は万全だったはずだ
ならば、と第三の可能性。これが最も厄介で、かつあってほしくな
い可能性だった
魔人︱︱あるいは、竜族による獣人の援護
331
魔人は一体一体が大都市を落とせる特異な力を持っている化け物だ。
竜族は弱いものでも小国が一つ地図から消えるだけの実力を備えて
いる
奴らがもし1000年前から本気で人間を滅ぼそうとしていれば、
今の繁栄は有り得なかっただろう
だが、それはない。
何故ならば︱︱魔人は、魔界から出られない
そして、竜族は古の盟約により、中立を保たねばならない
魔人は理由は分からないが、魔界、ないし界境付近までしか人界に
侵入出来ないのだ。理由は諸説あるが、人界の救世主︱︱聖アルト
リウスが張った結界が理由とされている。奴らは魔界、あるいは界
境間際までしか行動出来ない﹃はず﹄なのだ
竜族は中立。それは強大な力を持つが故に、彼らは人間であろうと
魔界の住人だろうと等しく自分以下、としか認識しない。気に入っ
た者がいれば、人間だろうが獣人だろうが力を貸す。その性質を利
用し、聖アルトリウスは竜の中でも上位の者を打ち倒すことで自ら
の力を証明し、人間を襲わないように約束させた。稀に人間が襲わ
れることもあるが、一つの村が滅びる、とかそんな程度の被害で済
んでいる
だが、王都の学者は言う
もしかしたら、界境の結界が弱まり、範囲が狭くなっているのでは
ないか
332
もしかしたら、強力な力を持つ魔人や獣人が、竜を従えたのではな
いか
もしかしたら、魔人が結界を無効化する技術を確立したのではないか
仮定だけならばいくらでも出る。しかし、真実はまだ分からない。
せめてレーリックを落としたのが魔人なのか、竜族なのか、はたま
た獣人か、アンデッドか。もしかしたら人間に裏切り者がいるのか。
毒か、呪いか。魔王の復活が近いのか。数多の可能性を切り捨てら
れる証拠が必要だった
せめて魔人の姿でも拝めりゃ最高なんだがな⋮。とアーバンは内心
で溜息。ひたすら﹁やめようよう⋮﹂と外套の裾を引っ張る少女を
見下ろし、再び溜息
﹁⋮お前なぁ、危ない橋渡るのなんか今更だろ?なんで今日に限っ
てそんなに嫌がるんだよ﹂
アーバンが呆れたように言いながら彼女の水色の髪をかき混ぜれば、
ヤーラは翡翠の瞳に涙を浮かべ、片手の杖を握り締める
﹁占いが⋮恐いよ⋮恐いのがいるよ⋮るよ⋮?命が危険だよ⋮よ⋮
?﹂
︱︱ヤーラは未だ15を超えるか超えないか、という年頃の少女だ。
たまたま魔術の才能があり、それ故に小さな村で村八分にされてい
た彼女を拾い、コンビを組んで早8年。30を過ぎてベテランと言
われるようになったアーバンと比べれば、経験が足りていない︱︱
故に、少しばかり臆病過ぎる傾向があった
333
アーバンはいつまで経っても幼さの抜けない、自分の娘のような相
棒の姿に諦め半分で苦笑し、その肩を抱く
﹁前にも占いで悪い結果が出たことはあったろ?それでも俺達は生
きてる。だから今回だって大丈夫だ﹂
﹁違うの⋮違う⋮!今回は、本当に危険⋮!せめて明日⋮死んじゃ
うからぁ⋮!﹂
ぽろぽろと涙をこぼしながら、嫌々するように首を振るヤーラ。⋮
いつもぼんやりとしているヤーラが、ここまで拒否するのは流石に
珍しい。⋮ここに至って、アーバンの胸中に不安が芽生えた
どのみち相棒がこれでは足手まといになりかねない。安全を確保す
るためにも、一旦引くべきか⋮とアーバンが考え始めた矢先
﹁︱︱っ!ヤーラ!映像記録!﹂
﹁えっ?⋮あっ⋮!﹂
2人が、大きく目を見開いた
レーリックの入り口は、一つしかない。城壁に囲まれたレーリック
の外周をぐるりと一周した堀。そこにかかる一本橋。当然、入り口
がそのまま出口となる
︱︱その出口から、人影が3つ、飛び出してきた
橋の両脇に控えていた豚頭の獣人︱︱恐らく見張りだろう︱︱が恐
334
怖に顔を強ばらせているのを見て、アーバンは確信する
﹁︱︱魔人、だ﹂
手にした映像記録用の水晶に望遠の魔術をかけながら、2人は小さ
く息を呑んだ
小さい。そして顔立ちがよく似た、金髪の少年少女。獣人であれば
あるはずの獣の耳も、竜族であればあるはずの角も鱗も尻尾もない。
アンデッドは昼間に行動できない。ならば、消去法で魔人しかあり
えない
見た目は完全に人間だ。だが、確実に人間ではない
もしあれが人間ならば、俺は人間を信用出来なくなる︱︱そんな不
安に、アーバンは顔を歪めた
奴らは、人間⋮子供を、ずるずると引きずり回していた
子供の足に鎖を填め、鎖の端を握って疾走する獣人。そんな子供の
上に座る魔人が、二体。地面によって肉を削られ、魔人に足蹴にさ
れ、子供は激痛に悲鳴を上げる。彼等が駆け抜けた跡を紅く紅く染
め上げながら、魔人も、その鎖を引く獣人も、どこか陶酔したよう
なうっとりとした表情を浮かべていた
﹁⋮あ、アーバン⋮に、逃げ、逃げよう⋮!﹂
﹁大丈夫、大丈夫だ⋮!それより、しっかり撮れよ⋮!?魔人が界
境を超えてこっちに来てる証拠だ⋮っ!﹂
335
興奮に笑みを浮かべながらアーバンは水晶を構える。映像記録用の
水晶はそう安いものではない。しかし、魔人が界境を超えて人界側
に来ている︱︱その証拠たる映像記録と比べれば、その価値の差は
歴然だ
﹁⋮ぅ、ぅぅ⋮可哀想⋮た、助けるとか⋮ぅぅ⋮無理⋮?逃げたい
⋮逃げよう⋮?﹂
﹁阿呆言え⋮。ま、助けるのはまず不可能、ってのが理解出来てる
だけ成長したじゃねぇか。それよりも、ちゃんと望遠の魔術はかけ
てるんだな?﹂
こくり、と頷くヤーラの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。あの子供には
悪いが、アーバンの頭に子供を助ける、などという考えはない。そ
んなことをすれば死んでしまうのは目に見えている。︱︱だが、欲
を言えばあの魔人が戯れに獣人と殺し合いでもしてくれればいいの
だが、とは思う。別に引きずられている子供が抵抗するのでも構わ
ないが
魔人は個々に特殊なチカラを有している。おおよそ人間の使える魔
術や精霊術、神術では再現出来ない、破格の強力なチカラを、だ。
だが、そのチカラに特化しているが故に、タネさえ知っていれば対
処可能な魔人もまた、確認されている。出来ればチカラの一つでも
使ってくれれば有り難いのだが⋮
舌なめずりしたい気分でアーバンはうっすらと笑う。楽しそうに子
供をいたぶる奴等との距離は500m近い。岩影に隠れて撮影して
いるわけだし、滅多なことでは見つからないはず⋮ならば、もう少
しくらいならば大丈夫⋮。根拠のない自信を胸にアーバンはほんの
少し、身を乗り出した
336
︱︱瞬、間
﹁︱︱アーバン逃げよう!﹂
ぐいっ、と無理矢理革鎧の胸元を引っ張られ、大きく身が沈む。岩
の影に隠れたアーバンの目に焼き付いた︱︱右目だけの、鮮烈なま
での赤色
じわり、と嫌な汗が吹き出した
目が、あった
白いワンピースのような衣装に、赤茶のマフラーを巻いた、白髪の
獣人︱︱犬科の獣人。鼻はいいが、そこまで目が良くないはずの、
犬が︱︱︱確かに、岩影に隠れていたはずの、アーバンを見た
﹁⋮逃げるぞ!﹂
記録用の水晶を厳重に、丁寧に梱包する。一度映像を記録した水晶
は、ほんの少しでも欠けてしまえば映像がぼやけてしまう。それを
防ぐために、何重にも布を巻く。その行動を焦りを浮かべて見下ろ
しながら、望遠の魔術を解除し、攻撃用の魔術を準備し始めるヤーラ
﹁よしっ!行くぞ!﹂
水晶をしまい込み、ヤーラの身体を横抱きにする。攻撃と足止めは
ヤーラに任せ、自分はがむしゃらに走る。幾たびも繰り返してきた
鉄板の逃走法。単純だが効果的な作戦は、10倍の数を相手にした
って通用した。してきた
337
︱︱しかし、魔人の異能は小賢しい人間の策略を、いとも容易く嘲
笑う
﹁へぇ⋮⋮こんな近くにまで近付くなんて⋮ただの斥候にしては、
意外にいい腕してるじゃないか﹂
目の前に立つ、奇妙な帽子を被ったら金髪の少年。唐突に現れた少
年は、右側に牛の女獣人、左に猿の男獣人を従え、しゃきん、と手
にしたハサミを鳴らした
﹁⋮て、転移魔術⋮?呪文も陣もなしに⋮!?嘘だよ⋮ズルだよ⋮
!?﹂
腕の中、カタカタと身を震わせるヤーラ。⋮恐慌状態になりかけて
いる。魔術に対する常識や理屈を無視されたのもあるかもしれない
が、基本的にヤーラは臆病だ。獣人が3匹、魔人が2体、という状
況に耐えきれなかったのかもしれない
⋮アーバンは僅かに焦りながら、けれど冷静に周囲を見渡す。⋮前
方にはニヤニヤと笑う魔人。後方からは白髪の獣人と魔人⋮そして
子供の悲鳴が迫る。⋮前に行くにも後ろに行くにも厳しい。⋮腕の
一本二本捨てるつもりで、逃げることに専念すればあるいは⋮っ!
﹁くすっ⋮必死だね。いいよ、その目。絶望を前に足掻こうとする
人間は、ちょっと好きだ⋮。でも、ね﹂
ふぅ、と小さく溜め息を吐く魔人。⋮その表情が、ストン、と抜け
落ちた
338
﹁今の僕は機嫌が悪い。恨むならグレーテルを恨むんだね。⋮お前
ら、捕まえろ。殺すな﹂
﹁﹁⋮はっ﹂﹂
︱︱逃げるくらいなら、可能。
そんな風に考えていた自分を、強かに殴りつけてやりたかった
339
公歴1190 レーリック︵後書き︶
モブ女:だから言ったじゃん!だから言ったじゃんっ!?
モブ男:いってっ!?地味にいって!?やめろ眉間を爪で突くのや
めろって!?
双子兄:ロリコンリア充とか激爆
舌無し:出番⋮
双子妹:せりふ⋮
340
俺の本音は︵前書き︶
大体飽きがくる
341
俺の本音は
︱︱この世界に転生して、早15年
殺して殺して犯して殺して犯して殺して殺して犯して殺して殺して
殺して殺して殺して殺して殺して殺して犯して殺して犯して殺して
殺して殺して犯して殺して犯して犯して犯して殺して殺して殺して
殺して殺して殺して早5年
︱︱なんだかんだで満足しているけど、最近ちょっとマンネリ気味だ
なんだかんだ再会した︵出会い頭にヤンデレ的に刺されたけど。脇
腹で良かった︶グレーテルと一緒に拷問とかにもチャレンジしてみ
たけど、なんか違う
殺せば殺すほど
犯せば犯すほど
もっと先があるんじゃないかと期待が膨らみ、裏切られて勝手に落
ち込む俺がいる
殺しの果て。殺人を極めたら、どこにいける?
⋮漫画だと、意外とサイコパス野郎は自分の死に満足して、恍惚の
表情で死んでいく
342
けど、俺の場合は事情が違う
自分の死から殺しの世界に入れるようになったし、これから先も約
500年、俺が似たような世界で死んだり殺したりすることが決定
してる
果てさて、俺が満足出来るような死とか殺しってなんなんだろうね
ー?
︱︱さて、それはともかく、だ
﹁ヴィスクリム。この二匹の世話は貴様がやれ。絶対に死なせるな。
殺すな。いたぶるな。可愛がれ。存分にな﹂
⋮唐突にこんなこと言われても、どうすりゃいいのかねぇ?
レーリックってさー。人間側の重要拠点らしいのな。だから獣人の
中でもそこそこ以上の実力者を防衛にあてるらしくてさー。俺の教
育係だけど長代理なリュカとか、リュカが行くなら俺も、ってこと
でそこそこ正面からでもモンターと殴りあえるようになってきた俺
とか、長に次ぐ実力を持つモンターとか、俺がいるなら、ってこと
でひょっこり顔出したグレーテルとか、グレーテルに引っ張られて
きたヘンゼルとか。他にも結構な人数いるんよ
で、そんな実力者を遊ばせておくのも勿体無いってことで、レーリ
ックに新兵集めて訓練とかやってるわけ。でも結構な人数集まると
食料とか物資足らなくなるじゃん?だから近くの村とか襲って人間
集めて食料にしたり、人間を捕まえて農作業やらせたりするんだけ
ど⋮
343
当然言うこときかない人間もいる訳で。そんな人間は食料ルート直
行な訳で。でもいくら人数いるからって1日で食える量は決まって
る訳でぇー。食いきれない分は多分捕虜とか捕まえるように作った
んだろうなーっていう牢屋に閉じ込めておくのな。大体いま⋮50
人いないくらいかな?10個の牢屋に5∼8くらいで男女分けして
全裸で閉じこめておいてある。武器とか隠されても困るし、男女混
ぜて勝手にえっちされても困るしね。鼻がいいのも多いからアレの
臭いとか肉に付くの嫌がられるんだよね。⋮まぁ手強いのだと性別
関係なしでヤッちゃうのもいるみたいだけど。まあ娯楽もないから
仕方ないわな
話が逸れた。そんなわけで捕まえた人間は牢屋に入れておくんだけ
ど⋮いきなりモンターに呼び出されたと思ったら、牢屋の中の全裸
な男女を指差して言われたのが、さっきの台詞なーのーよーん
いや、意味わかんなくね?不機嫌になってもしかたないよね?
﹁⋮ぅ゛∼⋮﹂
﹁唸るな。決まりだ。食事も貴様が作ってやれよ。こいつらが死ん
だり、貴様に懐かなかったりした場合、罰を与える﹂
⋮⋮それは嫌だなぁ。罰は嫌だ。殺し合いならともかく一方的に痛
めつけられるだけとか最悪だ。それが飯抜きとかだったら最悪も最
悪。俺の身体はひじょーに燃費が悪い。1日あれば成人男性一人を
ぺろっと食える程度には。更に獣技を使えば倍率ドンッ!もう大体
15歳くらいなのに、それだけ食っても乳にも尻にも死亡⋮じゃね
ぇや。脂肪がつかないのはなんでかなん?じゃなくて、とにかく燃
費が悪い
344
そんな俺が飯抜きとか洒落にならない。前に一度、リュカに夜這い
⋮というか夜襲?暗殺?しかけてみたら1日飯抜きにされた。その
次の日ふらっと意識がなくなったと思ったら、黒狼族の戦士に片っ
端から不意打ちしかけて5人ほど食い殺したらしい。お陰で軍じゃ
あ爪弾きにされるわ恐がられて近付けないわでろくなことがない。
訓練で訓練相手ぶち殺して食い殺してって毎回やってたのもあるか
も分からんけど。でもぼっち寂しいわー
ま、嘘ですが
ちろっと牢屋の中身に視線を向ける。びくっ!と身体を震わせて、
胸やら下やらを隠しながら、居心地悪そうに身をよじる若い娘︱︱
と、折れた手足を投げ出して、ぴくりとも動かない30代くらいの
男。こっちも全裸
⋮なんで男女ペア?とも思ったけど、聞く前にモンターはさくさく
出て行っちゃった。んー⋮
まぁ、世話しろって言われたんだし、するしかないか
牢屋に近付き、鍵を使って中に入り、鉄格子の隙間から手を伸ばし
て施錠する。見たところ女のほうも右足折れてるから逃げられると
は思ってなかったけど、一応、ね?一応
くるっと半回転して向き直る。女は目に涙を浮かべながら、小さく
﹁来ないで⋮来るな⋮っ!!﹂と呟いていた
⋮んなこと言われてもなぁ。ぽりぽり頭を掻きながら距離を詰め︱
︱﹁っ⋮ライトニング!﹂︱︱っと、わっ!?
345
バチッ!と小さく音が鳴る。紫電が弾け、足先を焦がした。⋮見れ
ば、まるで銃を構えるかのように、右手の人差し指のみを俺に向け
る女の姿
﹁つ⋮つ、次は、当てま⋮当て、るるぅ⋮よっ!?だ、だだだから
来ないで⋮っ!あ、ああああーばんに、手ぇ出したら⋮も、もっと
凄いの⋮当てりゅからぁっ!﹂
⋮震えすぎて意味が分からなくなりかけた、上擦った声で怒鳴られた
⋮どうすっかなー
ぽりぽりと頭を掻いて⋮面倒くさくなって、その場に座り込む。野
生動物に限らず、警戒してる相手にゃ長期戦ってのがセオリーだし
ねー。とりあえず様子見一択で。あとひじょーに私事で申し訳ない
が、俺に怯えてがたがた震えている女の姿が結構面白いし
女は俺が座り込んだことに驚き、﹁へぅっ!?﹂と妙な声を漏らし
たきり、おろおろと俺を見たりまだ気を失っている男を見たりと忙
しい。⋮とりあえず骨折の治療だけでもしてやらないと不味いよな
ー。あと食事
世話をしろっていわれても、どうすりゃいいのかわからないって事
実に、俺は正直戸惑っていた
346
﹁⋮リュカ、何故アレに人間の世話をさせる?﹂
モンターの唐突な問いに、ぴくり、とリュカは耳だけを動かした
﹁理由が必要ですか?﹂
﹁ああ。アレは放っておけば殺すぞ。気が付いたら牢屋の中身が全
部空になっていた、なんて笑えんぞ﹂
言葉とは裏腹に、それを期待しているかのようなにやけた笑みを浮
かべるモンターに呆れながら、リュカは無表情に言い募る
﹁それは大丈夫です。あれは゛うっかり゛、゛事故゛で訓練中に相
手を殺すことはあっても、﹃殺すな﹄と命じられた以上は逆らいま
せん。⋮まして、アレに、アレ1人に世話を命じた以上、そこに゛
事故゛が起こる可能性は低いでしょう﹂
﹁⋮ククッ、0、と言い切らない辺り、貴様はエルドラよりかはア
レを理解しているようだ﹂
﹁⋮貴方ほどではありませんよ。まぁ、貴方は戦闘狂、アレは殺人
狂と違いは有りますが﹂
347
﹁クハッ、そう言うな。アレと俺はよく似ているさ。そっくりだ。
いつも血肉に餓えている、ただの餓鬼よ﹂
くつくつと面白そうに笑うモンターに眉を潜めつつ、リュカは足下
に︱︱︱そのずっと先、地下にいる、白狼をじっと見つめる
﹁アレは一応、私の命令には従います。だからこそ確かめたかった。
アレは私情と命令の板挟みになったとき、どちらを優先するのかを﹂
﹁だから、アレに人間の世話をさせる、と?繋がらんな﹂
肩をすくめるモンターを、最後まで聞け、と睨みながらリュカは続
ける
﹁⋮犬科の、特に狼の獣人は非常に情が深いのです。相手が、例え
下衆で愚かな人間でも、力の無い赤ん坊だった場合、咄嗟に隠して
育ててしまうぐらいには。だから弱った人間の世話をしていれば、
いくらあの⋮⋮゛あの゛、ヴィスクリムでも、情が移るはずです。
そして︱︱﹂
﹁アレに、自分で治療した二匹を殺させる、と?﹂
﹁⋮殺し、では喜々として従うかもしれません。殺し以外でアレか
ら大事にしている者を手放させる⋮。逃がす⋮いえ、拷問⋮いえ、
ですがグレーテル殿と一緒に嬉々として拷問していたそうですし⋮
あ、あれ?﹂
言葉通り耳と尻尾を垂れさせながらあれ⋮?と小首を傾げるリュカ
に、﹁これだから犬は⋮﹂と小さくモンターは吐き捨てた
348
﹁⋮ア、アーバン⋮これ、この肉って⋮﹂
﹁⋮食うしかねぇだろ﹂
人肉だけどねっ☆
にこにこしながらたっぷり野菜と肉をぶち込んだスープをぐいぐい
押し付ける。獣人ってあんま料理に手ぇかけないからなー。野菜な
んか草食な獣人が生で丸かじるくらいだから余ってるし。ちゃんと
塩で味付けしただけマシなのよ?他の獣人が世話してる人間なんか、
生で人肉丸かじりだし
壁にもたれながら、女の手でスープを飲ませられる男。男の方に触
らせてもらえないんだよね。女が警戒しすぎなんだよ⋮。自分も右
足痛いだろうに必死こいて男の世話するから、そのたびに男が死に
そうなくらい悲しそうな顔してるんだぜ?⋮見てる分には面白いけ
349
ど、そんなことしてると足の骨が変な風にくっついて歩けなくなる
ぞー?
なぁんて注意したくても俺は喋れやしない訳でー。そうなっても自
業自得だよねっ!
あー、でもちゃんと世話しろって言われたからなー。無視してもい
いけどそうなったら飯抜き?うーん⋮。獣人と違って人間は肉だけ
食ってると体調崩すんだよなぁ。となると炭水化物とか野菜とかち
ゃんと喰わせなきゃだめ?あと運動もさせないと⋮
人種的には白人に近いし、今まで解体してきた経験上、医学書に乗
ってたモンゴロイドより腸が短い気がする。となると欧米型の食生
活なら大丈夫かな?うーん、うーん
なんかこうゆうとき色々考えちゃうのって日本人のさがだよねー。
真面目過ぎるっていうの?手ぇ抜くことも考えたけど、手ぇ抜いた
時のデメリット考えると必要以上に真面目になっちゃう
でもまぁ、悪いことじゃないよね。ちゃーんと命令に従ってる内は、
特に文句も言われないし
狭い牢屋の中、角と角。警戒されて対角線にいるけれど、とりあえ
ず餌食うだけマシかな?一応目の前で毒が入ってないのを証明する
ために、スープを飲んだのもあるかもしれないけど
⋮これなら食べるかな?
ごそごそと懐を弄り、厚手の紙で包んだ小さな焼き菓子。グレーテ
ルのものだけど、それを目の前で開き、一番小さな欠片を口にいれ
350
る。それを男女が見ているのを確認しつつ、ゆっくり近づき、包み
紙ごと床に置く
﹁え?え、と⋮くれる、⋮の?﹂
﹁わんっ!﹂
ニコニコ笑いながら頷き、吠える。男女は大きく目を見開いたまま
顔を見合わせ、困ったような顔をした。⋮や、どっちかっつーと⋮
困惑、かな?
﹁あ、ありがとう⋮﹂
ずりずり床を這うようにして、包みを手に取る女。小さいし、焼き
たてってわけじゃないけど、仄かに香る甘い香りにごくりとのどを
鳴らし、男を見つめる
﹁⋮一応、俺が食ってからにしとけ。何で作ったのかわからねーし
な﹂
男の言葉に素直に頷き、その口に焼き菓子を入れる女。男は味わう
ようにゆっくりとそれを咀嚼し、小さく頷く。⋮女は顔を輝かせな
がら、焼き菓子を次々口に入れ︱︱全く同時に、かくんっ、と首を
曲げた
﹁ぐぅ⋮﹂﹁すぅ⋮﹂
⋮綺麗に重なる寝息に、くすくすと笑う。さっすがグレーテルの﹃
お菓子の家﹄の焼き菓子だ。並みの薬なんか話にならない
351
口内で砕いて牙と唇の間に隠していた焼き菓子の残骸を吐き出し、
ちゃっちゃっと治療のための道具を取りに行く
⋮なんか、意外と楽しくなってきちゃったぞう♪
352
俺の本音は︵後書き︶
舌無し:ようは賢者タイムなんだが新しい刺激ありませんか︵´・
ω・`︶
モブ女:だいじょうぶ⋮はぁん⋮モブ男は、モブ女が守ってあげる⋮
モブ男:チーン︵つд`︶
353
俺に目標が出来て︵前書き︶
大体この辺が人春の限界
354
俺に目標が出来て
︱︱男女⋮もとい、アーバンとヤーラの世話をすること1ヶ月。流
石にほとんど付きっきりで1ヶ月も世話をしてたら距離も縮まる。
最初は警戒されてどうしようもなかったけど、奴らの怪我が大体治
る頃には、普通に触れる程度には距離が縮んでいた
﹁あの⋮や、やっぱり服は⋮もらえませんか?﹂
もじもじと身体を揺らすヤーラに、﹁くぅん⋮﹂と答えながら首を
振る。1ヶ月くらい全裸なんだし、いい加減慣れてもいいと思うん
だけどね。今は使い古した包帯やぼろ布を巻いてるけど、逆にエロ
いよ?チラリズムが
﹁うぅ⋮目に毒だよ⋮だよぅ⋮﹂
﹁るせぇ。見てんじゃねぇよ﹂
いちゃついてんじゃねーよ。と、思いながらヤーラの右足の包帯を
解いていく。⋮うん。触診した感じだと、大体骨はくっついたかな
?まだ切り傷が治ってないけど、これは経過観察のための傷だから
仕方がない
うん?切り傷の描写なんかなかったって?そりゃそうだ。これは俺
が付けた傷だし
グレーテルからパクった睡眠薬で眠らせてから、折れた骨を固定し
ようと思ったんだけどさ。どうも粉砕骨折してたらしいから一度切
355
開して破片を取り除いて、正しい位置に戻して、消毒して、切開し
た傷口縫って、折れた骨は隙間を開けた状態で完全に固定したのよ。
本当ならボルトで固定しないと駄目なんだけど、そんなん無いしね。
スネに関節が一個増えるような事態はいやがると思ったし、膝から
先を石膏で硬めちった!いやー、あのときの目が覚めたヤーラの慌
てっぷりは久々に愉悦だったわ⋮
いっそ切り落とした方がよくね?左右で長さ変わっちゃうし。とは
思ったけど、そこはほら、ファンタジー世界。傷が治る魔法のお薬
ってのがあってねー。漫画みたいにすぐさま傷が治る訳じゃなく、
傷の治りが早くなる程度のものだけど、それを飲ませて、隙間を骨
が埋めるのを待ってた訳だ。あ、勿論同じ処置をアーバンにもして
おります。アーバンは両手足だからもっと凄い。主に見た目が。な
んか新手のコスプレみたいになってるもん。両手足ギプスで全裸って
あ、ちなみにこの切り傷を付けるときは毎回グレーテルのお菓子に
お世話になってる。強制的に深い眠りに付くから麻酔の代わりにな
るんだよね。あとは通常時の痛みに苦しまないよう、ちょっといけ
ないお薬⋮ってか、アッパー系の麻薬を少量、食事に混ぜるように
した。ちなみに俺は食ってない。麻薬なんかダメ、絶対。⋮自分で
使うぶんにはね
で、だ。目に毒ってのは⋮ま、男だから仕方ないのサー。目の前に
全裸の女がいて、1ヶ月間毎日毎日俺に排泄のお手伝いされてるし。
男はしっかり持って支えないと誤爆するしね
ロウ気分?
くすくすと小さく笑えば、どこか罰が悪そうにそっぽ向くアーバン。
⋮うん、最初に比べれば格段の進歩だよなー。ムツ
ヤーラの方は骨折したのが一カ所だけだったし、アーバンよりずっ
356
と早かったな。やっぱり薬効が集中したお陰かな。どうもアーバン
のほうはまだ繋がってないっぽいんだよね。お陰でギプスも外せや
しない。ぶっちゃけ切開したり破片取ったりっていうの、しばらく
殺しが出来ない手慰みだったからなー⋮。こんなに時間かかるくら
いなら、変な風にくっついてもいいから放置しとけばよかった
⋮とりあえず2人ともいい感じに回復中みたいなので、包帯をしっ
かりと巻き直して部屋の隅に座る。食事までまだ時間あるし、出来
るだけリラックスしててほしいから、あんまり構うつもりもないん
だよね。かといって目ぇ離してるうちにえっちとかされても困るし、
放置ってわけにもいかないしなー
とりあえずヴィスクリム、歌います
﹁∼∼♪﹂
殺し以外の娯楽っていうとこれしかないよね。幸いなことにアーバ
ンとヤーラの娯楽にもなってるみたいだし、他の牢屋にいる人間た
ちも、俺が歌ってる間は大人しい
どうもアーバンとヤーラが露骨に贔屓されてるのが気に入らないみ
たいなんだよね。だからかよく罵声やら罵倒やらが飛ぶし、糞尿を
投げつけてきたりする。俺に縋るような視線をぶつけてくるのも鬱
陶しいし、何言われたって俺には他の人間共は勿論、本来ならばヤ
ーラとアーバンすら助ける理由がない。この歌だって俺が歌いたい
から歌ってるだけだ
前世の退屈な日々、よく歌を聞いたし、歌を歌った
前の俺は紛いなりにも普通の生活を送っていたんだ。殺したいって
357
欲求を我慢して、出来るだけ普通に。満たされない欲求は二次元に
ぶつけて、歌っておどけて誤魔化して。我慢して我慢して。たまに
はっちゃけて。最後には無茶して死んで
⋮そして今では、自由に欲求を解消出来ているのに⋮満たされない。
飽きが、来てる
﹁⋮∼∼♪﹂
恐いな
このままだと、恐いな
殺しても殺しても満たされないなんて、どうすればいいのか分から
なくて⋮凄く、恐い⋮な⋮
自然、歌う曲も暗くなる。普段、俺が歌うのはアップテンポの明る
い曲ばかりだ。前世では楽しい曲ばかり聞いていた。そうすれば自
分も楽しめるような気がしたから。それでも暗い曲のほうが好きだ
った
すると︱︱ずりずりと右足を引きずりながら、ヤーラがすぐ側まで
四つん這いで這ってきた。内心で驚いていると、ヤーラは少し迷う
ように手をさまよわせ︱︱ぽすっ、と軽く、俺の頭に手を乗せた
︱︱細い指先が、柔らかく髪を撫でる。頭皮に感じる暖かさに、髪
の毛をすく心地よさに、自然と目を瞑る。三角形の獣の耳の根本を、
かりかりと丸い爪が掻く。手の平の暖かさが、じんわりと染みてく
る。俺の手よりずっと軽いのに、確かに感じる重みが心地いい
358
今だけは、殺しよりも撫でられる方が気持ちいい、とさえ思った
﹁くぅん⋮?﹂
﹁あ、え、あ⋮その⋮さ、さびしそうに⋮見えたので、つい⋮。わ、
わたしが寂しいと、アーバンは撫でてくれるよ⋮るよ⋮?き、きも
ちいい⋮よね?よね?﹂
﹁⋮くふんっ﹂
ふふっ、と小さく笑いが漏れた
⋮やだなぁ。こんなのキャラじゃないのに。俺のキャラはもっとこ
う⋮殺ぁってやるぜぇ!!って感じじゃなかったっけ?
⋮でもまぁ、気持ちいいからいっか
そんなことを考えながら、首だけ傾げてヤーラの肩にもたれ掛かる。
﹁え?えっ?あっ⋮い、意外と、あまえっこ⋮?﹂と小さく漏らし
たヤーラにくすくすと笑いながら、小さくアーバンを見れば︱︱酷
く複雑そうに顔を歪めながら、しかし穏やかに笑うアーバンと、目
があった
⋮やだなぁ
こんなの、キャラじゃない
359
﹁ならば、殺せ﹂
︱︱︱お?
がちゃん、と音を立てて、扉が開いた
鉄格子の扉。唯一の入り口に、仁王立ちするモンター
腕を組み、不適に笑いながら彼は曲刀を放った
からんっ、と音を立てて転がる曲刀。それは俺の目の前に。ヤーラ
の目の前に
﹁聞け。人間の娘。貴様がヴィスクリムを殺せば貴様とその男を助
けてやろう﹂
︱︱小さく、息を呑む音がした
360
﹁聞け、人間の男。貴様がその手で自らの命を断つなら、その娘だ
けは助けてやろう﹂
︱︱アーバンの目が、見開かれた
﹁そしてヴィスクリム﹂
彼は、じっと俺を見つめながら、言い捨てた
﹁貴様は誰か1人を殺せ。自殺でも他のでも構わん﹂
︱︱︱︱オイ。適当じゃね?いくらなんでも
憮然としながらモンターを睨む。しかしモンターは表情を変えない
まま俺を見つめる。⋮ま、そりゃそうか。俺は殺人解禁で大歓喜!
喜び勇んでブッコロコロする子ですもんね!
すっ、と音も立てずにヤーラの手の下から抜け出して、曲刀を手に
取った。鞘から引き抜けば、銀の刃がギラリと輝く
﹁あっ⋮﹂
小さく声を漏らすヤーラ。その目に映るのは、困惑と⋮恐怖。ほん
の少しだけ、胸が痛む
⋮えっ、なんで?
えっ、いやだって⋮はぁ?
今まで散々殺しまくってきた俺が、良心の呵責に悩まされるって⋮
361
はぁ?意味わかんねぇー。理解できねぇ。自分自身が意味不明だ
何故かチクチクと痛む心臓に。バクバクと未だかつて無いほど脈動
する心臓に。困惑しながら視線をヤーラに、アーバンに向ける
ヤーラはびくりと身を震わせ、目に涙を浮かべて俺を見つめる。な
んで、どうして?だって、こんな⋮好意に値する相手を殺すのは、
初めてじゃないのに⋮?
いや、待て
確かに殺して回ったけれど、結局俺は誰かを好きになったことがな
かった。好きになってしまった人間を殺すの、初めてじゃないか?
わりと大好きなグレーテルは殺せない。殺しても生き返る
なんだかんだ一緒にいたカリーナは、ぶっちゃけ好きじゃなかった
母親も母親としては認めてたけど、好意を向けてはいなかった
そうなると︱︱アレか?
俺自身が懐いた人間を殺すのって、初めて⋮?
小さく、けれど確かに。手にした刃が震えた気がした
この世界に生まれ落ちて15年。初めての胸中に抱いた感情に戸惑
いながら、のろのろと刃を構える。背中をモンターに向けて、数歩
進めばヤーラに刃が届く位置で、ゆっくり、静かに、息を吐いた
362
じんわりと汗が吹き出てくる。カラカラに渇いた口内。ぐわんぐわ
んと揺れる視界。胸が早鐘のように脈打ち、脳天から指先までピリ
ピリとした痺れが駆け巡る
﹁⋮おい。俺を殺せ。そうすりゃおまえ等はたすか▼●○£%#﹂
﹁アーバンッ!?なにいっ#*@§△■□﹂
五月蝿い。黙ってろ。乳繰り合うのも大概にしろ。こっちは今忙し
いんだ。喧しい声を頭から弾く
背中から感じるモンターの視線が、鋭利な刃物になって胸を裂く
大きく息を吸い、吐き出して
俺は、刃を突き出した
物言わぬ骸となったアーバンの身体を、ごろりと転がす
︱︱︱︱アハッ
﹁□■△●●●*@§ッ!!*@#︱□■△ッ!!﹂
怒りと悲しみと憎しみで、可愛らしい顔を悪鬼のように歪めたヤー
ラと、目があった
363
︱︱︱︱︱アハハ
アーバンの首を抱き締めて、ほとんど裸の彼女は全身を真っ赤に染
めながら、殺意と憎悪で真っ赤に染まった目で俺を睨みつけて、罵
詈雑言を叩き付ける
﹁アハハハハハハハハハハッ!!﹂
すごい!
スゴイスゴイスゴイスゴイスゴイスゴイスゴイスゴイッ!!
燃え上がるような快感の波が、頭の芯まで焦がしながら全身を溶か
す。涎も涙もだらだらこぼしながら、けれど湧き上がる喜悦の衝動
を抑えられない
知らなかった!!
のがこんなにもキモチイイだなんて、想像すらしてな
こんなに気持ちいいことがあるなんて知らなかったっ!!
怨まれる
な人に!好きになりかけてた人に!ヤーラにっ!!あんな
かったっ!!
大切
に優しく笑いかけてくれた人に!!!こんなにも激しい殺意をぶつ
けられるのがキモチイイだなんて想像すらしてなかったっ!
これだよっ!きっと俺はこれを求めてたんだっ!!
364
俺が好きになった人に!
俺が愛した人に!!
自分の命よりも大切な人にっ!!!
怨まれたいっ!!
殺されたいっ!!
犯されたいっ!!
殺したいっ!!
犯したいっ!!
出来ることならば心中したいくらいだっ!
けれど死にたくないから殺そうっ!!
一心不乱に屍山血河を築き上げ、その頂上で愛しい人と共に死のう
っ!!
﹁アーハッハッハッハッハッハッ!!﹂
にしなきゃいけないヤーラを、さくっと殺して食べちゃ
︱︱︱︱︱︱だからまずは手始めに
昔の女
おう
愛してるから、骨も髪も、その血の一滴すら逃さず飲み干そう
﹁や⋮来ないで⋮っ!!来るな⋮っ!!来るなぁっ!!ライトニン
グ!ライトニングっ!!ライトニングっ!!!﹂
365
バヂンバヂンと雷が何度も身体を打つ。けれどその痛みさえ心地い
い。愛しい人にされるなら、ただの痛苦すら極上の快感に変わるよ
うだ
焦げた皮膚の匂いが食欲をそそる。ぼだぼだとこぼれた涎がワンピ
ースを濡らす。ああ、今度からもっとやりやすい格好にしよう
恐怖を煽るようにヤーラの上に覆い被さる。俺の涎が、血が、涙が、
ヤーラの顔を濡らす。ヤーラの涙と鼻水とよだれに俺の体液が混じ
って︱︱ああ、勿体無い
涙の一滴すらこぼしたくない
どうやらおれは、どくせんりょくがつよいらしい
366
俺に目標が出来て︵後書き︶
舌無し:サイコでキリングジャンキーで眼帯な犬耳美少女な俺に、
メンヘラ属性が追加されたっていう話ね?
黒狼娘:こんなやつ部下に出来るわけがねぇっ!
岩猿:愉悦ゥ⋮っ!
367
俺が命令で︵前書き︶
大体暑さが悪い5話更新
キレがないのは自覚済み
あとこの話から本編開始
368
俺が命令で
︱︱薄い刃の上を、指が滑る。
すーっ⋮と体内に冷たい空気が侵入してきて、一瞬後に熱が集まる。
ずきずきと痛む指先と、流れ落ちる血潮に、にんまりと口元に笑み
が浮かんだ
刃渡りは15cm程。ごくふつうのナイフサイズ。鍔のない短刀の
ような片刃のそれを左腰へ差す
次に手に取ったのは大きな鉈。40cmほどの長さに、分厚い刃。
僅かに湾曲した分厚い鉄板に、申し訳程度の刃を付けたそれは、し
っかりと手に馴染んだ
ぶんっ、と振り回す。重く、硬い金属を使って作られたソレは、し
かししっかりと身体を鍛えてきたお陰で手足のように動かせる
うん、いいな。納得したので、柄が右手側に来るように、後ろ腰に
くくりつけた。ずっしりとした重みが尻尾の上に乗り、僅かに痛み
を訴える
最後の一本は小さなナイフ。ただし、その刃はギザキザと鋭角に尖
ったノコギリ状の刃。小さく鍔もなく飾り気もないそれは、軽くと
ても扱いやすそうで︱︱けど、分からないな
ノコギリ状の刃は、使ってみないと⋮わからないよね?
369
ニッコリと笑いながら、鍛冶師の人間に一歩、近付いた。びくり、
と身を震わせる男は、腕のいい職人らしい。浅黒い肌に、筋肉のつ
いた腕。精悍な顔立ちの、中年男
今は獣人に捕まり、その武器を手入れするだけの可哀想な﹃餌﹄
だったら︱︱別にいいよね、殺しても
刻むための短刀。人の肉を裂き、皮を剥ぎ、内臓を抉る鋭い刃
砕くための大鉈。人の骨を折り、意志を砕き、防具を叩き割るため
の刃
そして︱︱苦しめるための、小さな刃
神経を削り、骨を抉り、爪を剥ぐ。そのための刃
これが8年という時間を掛けて結論出した、俺に必要な武器
それを作り出してくれた男に感謝を込めて︱︱﹁お待ちくだされ!﹂
︱︱刃を振る、う?
唐突に男と俺の間に割り込んできた、全身鱗の蜥蜴人間が、俺の腕
を掴んで止めた
彼は必死に言う
﹁その人間にはまだ利用価値があります!腕のいい鍛冶師ですし、
黒狼軍の武器の整備はほとんどそいつがやっています!それを独断
370
で殺すのは、如何なものかと!!﹂
﹁⋮あ∼﹂
そっ、か。そうだよな。俺だって無駄に怒られたくはない。仕方な
く刃を下げれば露骨に男と蜥蜴人間はほっとしたように胸を撫で下
ろした
から、そんな蜥蜴人間の横っ面を、抜き打ちの大鉈で殴り飛ばした
パラパラとスローテンポになった視界の中、宙を舞う緑色の鱗の破
片。手に伝わる首の骨が折れた感触。特に感動も興奮もなく、あっ
さりと殺されてしまう蜥蜴人間に落胆を覚えながら、一気に腕を振
り抜いた
︱︱鍛冶場の壁に、ぐしゃっ!と濡れた音を立てながら張り付く蜥
蜴人間の死体。それを呆然と見ていた男が、ぺたりと尻餅を付く。
⋮鼻に届く小水の匂いに、喉の奥でくつくつと笑った
男に手を出すのはだめかもしれないけど⋮蜥蜴人間の代わりだった
ら、まだまだいるんだよね
﹁あっ⋮あぎ⋮ぅぃ、くぅいむ⋮よ、の⋮﹂
口から血泡を吐きながら、
びくびくと痙攣しながら、
必死でもがく蜥蜴人間に、
ちょっぴりがっかりしながら、ノコギリ状の刃を当てた
371
はぁ⋮と小さく溜め息を吐く。満たされない胸の内に、もやもやと
した感情が渦を巻く
戦いは楽しいし、拷問も楽しい。殺した瞬間のゾクゾクとした快感
は変わらないし、殺されかけた直前に、死にかけた直前にふわりと
身体が浮くような酩酊感は今でも大好きだ
けど⋮昔のような情熱は、もうない
人間も獣人も飽きるくらい殺したせいで、イマイチ絶頂までイケない
あの日、愛した人をこの手で殺した時に感じた快感は、まだ胸の内
でくすぶっているというのに、そこまで盛り上がらない
⋮人を好きになるって、どうやればいいんだっけ⋮?
愛した人を、大切なモノを打ち捨てるあの快感。今まで築き上げて
きた尊い絆や愛情といった綺麗な感情に、真っ正面から唾を吐きか
けるような、足下ががらがらと崩れ落ちていくような悦びが︱︱︱
372
無い
﹁ぁぅ∼⋮﹂
グレーテルに会いたい、な
殺しても殺しても殺せない、愛しい愛しいかわいい少女。殺されて
も殺されても、殺されれば殺されるほど、俺を愛してくれるかわい
い女。俺が男だったら恋人にしたい︵心中したい︶くらい愛してる
残念ながら今生の俺は女だから、俺達はよくて姉妹、悪くて殺し愛
友達⋮とかいてセフレと読む、以上の関係にはならないだろう
俺にとっちゃ殺しあいはセックスみたいなもんだしね。あ、一方的
な殺しはまた別枠だから、行きずりの男と寝るようなビッチとか思
わないでほしい。俺はまだ処女である。いや、獣人に処女膜とかね
ーけど。あ、土竜の獣人にはあったっけ?どうでもいいや
﹁あ、ヴィスクリムど⋮ひっ!?﹂
﹁わぅっ?﹂
なんかいきなり話しかけられて、その上怯えられた件。﹁う∼?﹂
と首を傾げて見せれば、話しかけてきた女獣人⋮多分黒狼の女は、
尻尾を股の間に挟んだまま、武器に手を添えて言う。⋮あー、そっ
か。蜥蜴人間を解体したときの返り血、そのまんまだった。身体を
見下ろせば、日に焼けて尚白い肌が見事に赤く染まっている。警戒
すんなってのが無理か
﹁リュ、リュカさまが探していました⋮。至急、顔を出すように、
373
と⋮﹂
﹁うっ﹂
警戒しまくりな黒狼の女にひらひらと手を振り、その横を普通に通
り過ぎる。︱︱少しだけ、警戒が緩んだ直後に大鉈を投げつけたら
どうなるかな、なんて好奇心が鎌首もたげたけど、やめておく。好
奇心のままに殺しまくれる子供時代はもう終わっちゃったのサー。
俺ももう18歳だし
8年間って、意外と長い
昔は対等だった人界と魔界のパワーバランスは面白いくらい崩れて
るし、最前線で戦っていたらしい獣人はほとんどが戦死してもぐも
ぐされてる。俺も﹃長﹄レベルと真っ向から戦って殺せる程度の実
力は身に付けたし、人生の目標が出来て生きるのが楽しい。うん?
目標ってなんだって?いや、ほら、大好きな人と血肉に沈みながら
血みどろフィーバーで殺し合うっていうその⋮いやなんだ、照れる
な、これ
人界は俺が転生した直後から見ると、領土の3割が魔界の住人に奪
われてる。そのせいで物流が滞り、飢餓や人間同士の小競り合いで
亡くなる人間も多いとか。命の保証と引き替えに、獣人の奴隷にな
結界
る人間も少なくない。ぶっちゃけあと30年もすれば人間皆殺しだ
ろうな、と確信してる部分はある
なんというか、魔人が人界侵略に手を貸せなかった理由の、
とかいうやつの範囲が年々縮んでるらしいんだよね。しかも、人
間を殺して殺して絶望させまくるほどそのスピードが速まるとか
374
獣人のお偉いさんが魔人のお偉いさんやら他のお偉いさんと一緒に
話し合った結果、結界のエネルギー源が尽きかけてるんだろう、っ
て話
脳筋の獣人は気にしてないけどさー、そのエネルギー源って十中八
九﹃黒き海のオーブ﹄じゃね?って思う訳よ。いやだって1000
年も魔人を﹃お断りします﹄な結界張ってたんだぜ?そんな力持っ
てるキーアイテムってアレしかなくね?話の流れ的に。ファンタジ
ー的に。お約束的に
まぁ、俺が知らないだけで他になんかあるのかもしれないけど、も
し﹃黒き海のオーブ﹄のエネルギーが尽きかけてるんなら、奪還し
ても意味なくねーっとかって考えてる俺がいる
ま、心配しても仕方ないけどさー。なるようになれっ!だ
見るからにボロくなったレーリックの街並み。脳筋獣人が住処の手
入れなんかするわきゃーない。一応戦いに必要だから城壁の整備は
してる⋮もとい捕まえた人間にやらせてるけど、薄汚れた街の中は
獣の臭いで満ちている。そんなレーリックの道をふらふらと歩きな
がら、地面に這いつくばってリュカの臭いを探す
あんまり気にしてなかったけどさー。ワンピースとか無いよねー。
四つん這いになるたび尻尾でスカート捲れちゃうし、空気含んで膨
れるから戦いの最中邪魔になったりした。なので思い切ってイメー
ジ・チェンジいたしました!
お気に入りの毒羊族の毛で編んだ黒いマフラーに、肩紐のないチュ
ーブトップブラ。がっつりへそ出し肩出しルックに、結構際どいシ
ョートパンツ。大鉈と短刀を支える太いベルト。毒羊族って毛に毒
375
があるらしくてさー、これずっと付けてれば毒に耐性付くかなって。
頭とか口の中がピリピリするのが、意外とキモチイかったりするの
も素敵だ。他にも耐火性のある火狐族の毛皮で作った赤茶色でファ
ーっぽいマフラーもある。他にも各種あるけど、この二つがお気に
入りだ
一応肘から手首まで、膝下から足首まで革製の防具で覆ってるけど、
血まみれになるとこれの手入れが大変だったりする
顔の左半分を覆う分厚い眼帯。髪型は後ろ髪こそ肩口でざんばらに
切られてるけど、サイドの髪は腰に届くくらい長い。ついでにいう
なら、鋸状のナイフは背中側に縫いつけてある。拷問くらいでしか
使えないしね、コレ
⋮まぁ、端的に言うと水着同然の格好にマフラーオンリー。しかも
素足に素手。っちゅー訳で。動きやすさ重視してるとどうしても露
出が増えるよねって話
まぁそれは本題じゃないのでさらっと流しつつ、ようやく見つけた
リュカの匂いを辿っていく。さほど時間もかからずちょっとだけ他
より小綺麗に掃除された民家のドアを蹴り開け﹁わんっ!﹂と元気
よく挨拶するぜっ!
リュカはついつい反応してしまったんだろう。武器を抜いたままこ
ちらをじろりと睨みつけ、俺が大人しくしてるのに大きく溜め息を
吐き、吐き捨てるように﹁座ってください。武器を捨てて、両手は
体の後ろに組んでいなさい。命令です﹂と言い放った
はいはーい。一応俺のおししょーさまだし、素直に従いますよーと
ベルトを鞘ごと外し、両手を頭の上に組んだまま胡座を掻く。それ
376
でようやく安心したのか、リュかは武器を下ろした
﹁わぅ?﹂
で、何のよう?とばかりに首を傾げれば、リュカは酷く嫌そうな顔
で口を開いた
﹁⋮⋮あなたを鍛えてること8年間。あなたは私の予想通り⋮いい
え、予想以上に強くなりました。ともすれば、戦闘ならばともかく
⋮殺しに関しては、私よりもずっとあなたのほうが長けているかも
しれません﹂
﹁⋮⋮?﹂
話が見えない。更に首を傾げ、先を促すようにじっと見つめる
名声
で
リュカは渋々、というか、苦渋の決断、と言わんばかりの表情で言う
﹁だからこそ、命じます。今のあなたに足りないのは、
す。確かにアナタは強い。とても強くなった。しかしあなたの精神
性は、性根は、とてもではありませんが人の上に立つもののそれで
はありません。あなたはこの強さこそが正義、という黒狼軍の中で
すら孤立している。それでは、獣人の頂点であるディン・ディデュ
を殺しなさい﹂
ーク様の跡を継ぐことなど不可能です﹂
﹁⋮⋮﹂
勇者
や、別に継ぐ気もないしなぁ
﹁故に、あなたは単身で
377
⋮⋮⋮は?
ぽかん、と口を半開きにしてリュカを見つめてしまう。えっ、ちょ
っ、は?いや前後の繋がりがなく⋮あ、あー、あー、あー。了解了
解、なんとなく分かった
これ、勇者を魔王に変えたらいいのか
魔王を倒せばモブでも勇者、勇者を殺せばモブ獣人でも英雄、って
わけだ。それで求心力を高める、と?分かりやすいっちゃー分かり
やすい、か
﹁単身人界に赴きなさい。それから恐らく奴隷にされているだろう、
あなたと同じ白狼族の雄を見つけ出し、そのものと子供を設けなさ
い。いつまでも単身一部族など続ける訳にはいきませんからね。こ
れからは白狼族の再興も目指さなくてはなりません﹂
﹁⋮ぅ゛∼﹂
めんどくさい。いや、子作り自体は別にいーけどさ。探すって言わ
れても何の手掛かりもなしとか⋮
﹁唸ってもこれは決定事項。変わりません。⋮話は以上です。腕は
解かないまま、口で武器を回収して出て行きなさい﹂
⋮ここまで徹底して警戒されると、もしかしておししょーさまに嫌
われてる?とか疑っちゃうよね
多分嫌われてるんだろうけど
378
﹁いひひっ﹂と笑いながら退室する。にしても勇者、勇者ねぇ⋮
はてさて、男か女か。老人か若者か。美丈夫か醜面か。︱︱愛する
に値するか否か
どちらにしても、楽しみだ
379
俺が命令で︵後書き︶
舌無し:わたし⋮たびだちますっ!
黒狼娘:はよいけ
岩猿:出来れば死ね
380
俺が暗殺者で︵前書き︶
舌無しTUEEEが楽しくて仕方がない。基本的に普通の人間相手
なら負けないよこいつ
381
俺が暗殺者で
突然だけども
この世界の住人って大半が馬鹿ばっかりだと思うんだよね
時刻は深夜。月の出ない夜。身を屈め、ゆっくりと距離を詰める。
松明か魔法の明かりくらいしか光源のない世界だと、黒い布を被る
だけでもかなりの隠密性を誇る
そんなわけで半分居眠りしていたような、とある村の見張りさんは
あっさり首をへし折られました、と
解体しても面白くもないし、彼が持ってた木製の柄に粗末な金属の
穂先を持つ槍を地面に突き刺し、尻の穴から死体の中に槍を通し、
それを支えに立っているように見せかける
死体になった彼が倒れたとき、それなりの音がしたけど⋮誰も様子
身にすら来ない。どういうことなんだか
︱︱基本的にこの世界の常識として、こんなものがある
・獣人は昼間しか襲ってこない。そして、襲ってくるときは遠くか
ら自分の存在をアピールして近付いてくるので、罠の準備か即退却
・アンデットは夜しか襲ってこない。夜中に軽快な音楽が聞こえて
きたら、村の周りに聖水を巻き、大きな炎を焚いて近付かれないよ
382
うにするべき
・魔人に会ったら諦める
・竜に会ったら来世に期待
・魔獣に会ったら国の衛兵か冒険者に連絡
これが主な人間の対処法⋮なんだけど、それが破られた時ってのを
あんまり考えてないみたいなんだよね。獣人とかそういう人間の敵、
的な役割にいる種族も、そのテンプレートを破ろうともしないし
だから、あっさりこうやって殺されていく
見張り台の近くにある小屋をノックする。﹁なんだ?交代時間には
早いぞ?﹂とかいいながら顔を出した人間の頭に鉈を叩き込む。見
張りは大体5人前後。鎧は付けていないかしょぼい奴⋮というのが
パターンなので、手早く中に侵入し、仲間が一人殺されて冷静さを
失っている内に片付ける。大体これで戦闘が得意な人間は片付けた
ことになる
小さな村に住んでいる人口は大体10世帯、50人前後だ。その内
荒事が得意な若い男、なんて一つの村に5人いるかどうか、という
ところだろう。村を襲うのは3つ目だが、今のところこの統計に外
れはない
さて、残りも手早く片づけますか。腕と目を出す穴しか開けていな
い黒い布を脱ぎ捨てる。一番手近な民家に近付き、こんこんっ、と
木の扉をノックする。根気よく何度も続けていれば、目をこすりな
がら、あるいは怒りながら、大体はそんな雰囲気で現れる人間たち。
383
その鳩尾か喉に手際よくナイフを差し込んでいく
死体か死にかけてる奴らを脇に蹴り寄せて、中に侵入。中の住人は
寝ているか寝ぼけているかなので、眠そうにしているうちに喉を掻
っ切っていく。それを10回ほど繰り返せば大抵終わり。赤ん坊が
いたらラッキーチャンス。赤ん坊ってあんま見つけられないけど、
骨まで食べれて美味しいんだぜ
ひたすら柔らかくて食った気がしない肉と骨を腹に収め、柔らかい
⋮わけじゃないけど、それなりに気合い入れて作ったベッドに横に
なる。野宿にも慣れたけど、手荷物増やすのもアレだし、たまには
ベッドに寝たくなるよね
︱︱さて、さて。明日のリアクションが楽しみだ
くすくすっ、とほくそ笑みながら俺は血生臭い真紅のベッドで意識
を手放した
﹁キャアアアアアアアアアっ!!!!﹂
﹁ふがっ!?﹂
ばっ!と飛び起きれば、まだ日も上がってなかった。あちゃーっ、
農民の生活サイクル舐めてたわ。まさかこんな早朝ともいえない時
間に起きてくるとは⋮
ぼんやりした頭のまま下を見下ろす。ぺたん、と尻餅付いて恐慌状
384
態になってる若い娘さん。︱︱この村唯一の生き残り
ぴょんっと跳んで、﹁なんで﹂﹁どうして﹂﹁一体なにが﹂とぶつ
ぶつ俯いて呟いてる彼女の前に着地!びぐっ!と盛大に身体を震わ
せる彼女の反応を楽しみながら、ニコニコと友好的に微笑みながら
彼女の顎に手をかけ、無理矢理視線を合わせる
﹁⋮あ、あ⋮い、いや⋮ちが、ちがう⋮これ、ちがう⋮ゆめ⋮﹂
これ本当に女の子なのかなぁ?と疑問に思ってしまうほど酷い顔。
にっこり美少女フェイスで笑いかければ、びくりと震えて︱︱漂う
アンモニア臭に水の音
そのまま強引に彼女の顔を地面に叩きつける。一回、二回、三回。
最初こそ悲鳴を上げたけれど、鼻骨が折れて前歯がなくなるころに
はすすり泣きしかしなくなった
だからぽいっとその身体を投げ捨て地面に文字を書く
奴隷時代に読み書き習っててヨカッタネー。獣人には文字って文化
がないから役に立たなかったけど︱︱人間相手なら話は別な訳で
Q、勇者、どこ?
﹁知らない⋮知らない⋮知りません⋮許して⋮﹂
Q、王都、どこ?
﹁ごめんなさい⋮ごめんなさい⋮ごめんなさい⋮﹂
385
⋮ふむん?もしかしてやりすぎたかな?話にならないと流石にどう
しようもないんだが⋮んー
⋮腕一本くらいなくなったら、口が軽くなるかな?
︱︱︱とまぁさっくり質問を終えて一息付く。どうやらこの村はま
だまだ王都から遠いようだ。地図を見つけたはいいが、古い地図だ
しどこまで信憑性あるのか分からない。とりあえず王都はここから
ずーっとずーっと西に行ったところにあるらしいが⋮勇者と入れ違
いになっても困るしなぁ⋮
ギシギシと悲鳴を上げる椅子に座りながら考える。ブチブチと焼い
た人間の腕の肉を噛み千切りながら、地図を片手に頭を捻る
⋮そもそもリュカは勇者とやらをどこで知ったのか、だよなぁ
獣人はまあ脳筋ばかりだからさ、斥候はしても隠密とかみたいな情
報収集専門職みたいなのがいないんだよな。だっつーのに王都?と
やらにいるらしい勇者についてどうやって調べたのか⋮想像すら出
来ん
実際界境近くは勿論、そこそこ西に移動したはずの村ですら勇者の
話はさっぱり広がっていない。ゲームとかなら﹁勇者﹂的な存在が
現れたら大々的に発表するもんじゃね?だっつーのに⋮
⋮あー、でっかい街じゃないと情報が回ってこない、ってことか?
なら一番近いでかい街に行ってみる、か?けど流石にでかい街は警
備が厳しいよなぁ⋮。いっそ捕まって奴隷として侵入してみるとか
?いやでもそれはうぬぬぬぬ
386
︱︱あっ、死んだ
椅子代わりに使っていた娘さんが死んだ。やっぱ手足切り落とした
のにアクロバティックな体勢でヨガっぽいことさせてたのがアレだ
ったか⋮ま、いっか
死んだ娘さんの身体を引きずり、村の開けた空間に死体を集めて作
ったベッドに投げ込む。ぐちょっと濡れた音がして、屍の山を象徴
するかのような、若い娘の死体飾りが美しい死体ベッドのできあー
がり、と
⋮誤解しないよう行っておくけど、別に俺はこんなことやりたくて
やってる訳じゃないのでそこんとこよろしく
ぶっちゃけこれは﹃餌﹄だ
件の﹁勇者﹂とやらが物語やゲームにでてくる正義の使者を指すの
ならば、こういう残虐非道で何の罪もない一般市民に恐怖を与える
ような行為を好んでする﹁化け物﹂を放っておける訳がない、って
いう考えなんですよ
だからこうやってちょくちょくちっこい村を全滅↓Rー18Gなこ
とをしておけば、それが足跡代わりになって向こうから俺んとこ来
てくれるんじゃないかなーって
ひたすら俺が探すだけじゃあいたちごっこだしね。向こうにも俺を
探してもらわにゃあ
完成した屍山ベッドver7に満足しつつ、体中にこびり付いた血
387
の臭いに流石にヤバいかなぁ、とちょっと危機感。これじゃあ臭い
で気付かれ︱︱︱︱︱⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ
﹁あーーーーーーっ!!!﹂
しまったぁあああああ阿呆か俺ぇえええええええっ!!
気付かれなかったら意味ないじゃん!!全滅させてたら噂にすらな
んないよっ!いくらか生き残らせなきゃ俺が!﹃俺﹄っつー外見の
獣人が色んな村襲って殺しまくってますよーって噂広げるやつがい
ないよっ!
うっそうそうそうそうそだろっ!?じゃあなにか!俺がレーリック
出発して約1ヶ月頑張った噂蔓延大作戦は失敗か!なんじゃそりゃ
っ!!
⋮思わず地面に膝を付く。べったり頬を地面に付けながらひたすら
脱力。あかん⋮これはあかん⋮
﹁あ∼⋮う∼⋮﹂
い、いかん⋮流石の俺も心が折れそうだ⋮。なんか癒しが、癒しが
欲しい⋮
⋮つうかもうアレだよね。そもそも勇者ってなんだよっつー話だよ
ね。何かこの世界の勇者ってのは、﹃人間代表﹄として魔界の住人
に喧嘩売る役目の人、みたいな感じに認識されてるみたいだけどさ
ー。たったそれだけの情報で一個人を特定しろとか無理ゲー過ぎる
だろ⋮。せめてリュカから情報源くらいは聞いとけば良かった⋮
388
⋮とはいえ、落ち込んでてもしょうがない
やたらペラペラしてて信憑性に欠ける地図を取り出し、多分この辺
りにいるんだろうなーと当たりを付ける。えっと、界境がここでー、
あの山が多分これでー、川がこれで⋮で、この村は全滅したから⋮
多分、このあたり
なにはともあれちょっと大きな街に行ってみることにしよう。で、
様子見て獣人の奴隷とかが普通に闊歩してるなら普通に入って、い
ないようなら忍び込めばいいや。それか商人でも捕まえて脅す、と
か?
となると一番近い街は⋮⋮⋮おっ、いいなぁ
温泉街デルトモルト。名前だけ聞いてもどんな街か想像出来る、っ
てのが素敵だ。⋮あー、でも硫黄系の温泉だったら回れ右ってことで
さぁて、出発するとしますか⋮と、その前に井戸で身体洗うか。⋮
いや、川があるみたいだし、久しぶりに水浴びでもしよう。元日本
人だけあって風呂は好きなほうだしね∼。水風呂だけど
389
俺が暗殺者で︵後書き︶
舌無し:⋮メンヘラかつシリアルキラーで軽度のサディストで重度
のマゾヒストで破滅願望持ちの犬っ娘に、どじっ娘属性まで追加さ
れたっていうね?
村娘:どう足掻いても絶望っ!!
390
第○○話 白い獣との出会い︵前書き︶
急募:異世界フィルガイアにて﹃勇者﹄になれる人物
・テストでは平均点しかとったことがない!
・運動は得意じゃないけど苦手でもない!
・身長体重が平均値だぜ!
・外見的にもめっちゃモブい!
そんなアナタにぴったり!
異世界に召喚されてすげー武器を振り回すだけの簡単なお仕事です
!!
重要事項
・黒髪黒眼である
・日本人である
・舌無し娘に注意してください
・白狼族の獣人娘に注意してください
・油断すると殺されます
報酬
・異世界で手に入れた全て
・とある国の王女様
・あなたが攻略した女の子
391
・ヴィスクリムプレゼンツの死亡フラグ
ご応募お待ちしております!
連絡先↓たぶん目の前に光る穴が現れるので迷わずGO
392
拓人。どこにでもいる黒髪黒目、中肉中背の高校
第○○話 白い獣との出会い
僕の名前は黒金
生だった。
だった、というのも理由があって。ある日俺は下校中にいきなりき
らきらと七色に光り輝く穴にすぽん、と落ちてしまって、気が付い
たらフィルガイアとかいう剣と魔法の世界に呼び出されてしまった
んだ。
そこからはあれよあれよと言う間に僕は亜人︱︱人間とよく似た外
見をしながら、人間を襲う化け物らしい︱︱に滅ぼされかけている
人間の世界を救う﹃勇者﹄として担ぎ上げられてしまった。混乱し
ていたし、周りはどう見ても外国人な奴らばっかりだったし⋮
それになにより、正直なことを言えば︱︱あんまりにも非日常な体
験に、僕はわくわくしていたんだ
まるで物語の主人公になったかのような万能感。この世界に呼び出
されてからの僕は、正しく超人だった
どうやら僕⋮普通にこの地球で生きていただけの人間でも、この世
界、フィルガイアで生まれ育った人間とはスペックに大きな差がで
るらしい。身体能力はもちろん、魔力の総量も、だ
もしかしたら重力が違うんだ、とか、高次元の存在が云々かんぬん
っていう小難しい理論はあるのかもしれないけれど、そのスペック
393
の差こそが僕が勇者としてこの世界に召喚された大きな要因らしい
というのも、人間の切り札にして、最強の兵器︱︱﹃白き空の剣﹄
の存在に起因する
見た目はちょっと装飾の多い、両手剣の柄﹃だけ﹄の剣だ。けれど
この秘宝は使い手の魔力を﹃刃﹄として形成する力があり、その刃
は形ある物質は勿論、通常物理攻撃を無効化するお化けみたいな敵
も切り裂けるのだ
だが、勿論そんなバカみたいなスペックを持つ剣を、ノーリスクで
使えるわけがない。この剣は、この世界、現人類最高峰の魔術師が
使おうとしても、精々マッチ棒程度の大きさの刃しか作れない、馬
鹿みたいに燃費の悪い剣なんだ
けど、地球から異世界に召還された僕とこの世界の人間の魔力総量
は、文字通り桁が違う
その魔術師さんがほんの数分﹃刃﹄を形作っていただけで満身創痍
だったのに対し、僕は1m以上の長さ、50cm以上の幅を持つ刃
を形成したまま、二時間でも三時間でも動き回れる。どころか、も
っと大きな刃を作れそうな余裕すらあった。剣自体が重さを持たな
いせいもあって、まるで小枝を振り回すように全てを切り裂く刃を
縦横無尽に振るえるようになった
⋮反面、魔術の才能はなかったらしくて⋮精々簡単な明かりを作る
魔術や、遠くのものを引き寄せる魔術しか使えなかったりもしたけ
れど
それでも、王様は凄く僕を評価してくれた。たった1ヶ月の訓練で、
394
木刀での戦いとはいえ、あの国で一番強い、と言われていた騎士を
倒したのもあったかもしれない
そうして、王様は言った
﹃タクトよ。もし君が亜人を統べる4体の将と、復活の兆しを見せ
る魔王を打ち倒してくれたのならば、我が娘を嫁にする権利を与え
よう﹄
⋮うん、まぁ。僕が本気で頑張ろう、って思うようになったのは、
姫様のお陰、ってのが大きいんだ
金色のつやつやした髪。優しそうなたれ気味の目。白い肌に、アイ
ドルなんか目じゃないくらい綺麗な顔だち。⋮ごく一部も溢れる母
性に大きく膨らんでいて、ティアラで持ち上げられた前髪と、なん
だか妙に可愛らしいおでこがとてもかわいい女の子
異世界に召喚されて、一人ぼっちだった僕によく話しかけてくれて、
優しくしてくれた女性⋮アルフィオーネ様
⋮率直に言って、この世界よりも、僕はアルフィオーネ様のために
戦おう、っていう意志を固めた。あまり表情は変わらないし、声の
トーンも変わらないけれど、アルフィオーネ様がこの世界の現状を
憂いていることだけは、伝わってきたから
⋮王様が付けてくれた仲間達には、
﹃⋮結局女のためってことでしょ?馬鹿みたい。明日の色恋沙汰を
考えるより、今日のご飯の心配をしなきゃいけない⋮そんな生活を
送ったことがないから、そんな脳天気なこと言えるのよ﹄
395
とか
﹃⋮ま、嫌いじゃねーぜ、そういう分かりやすくては素直なことは
よっ!⋮けどよ、命懸けの戦いもあるんだ。あんまり気ぃぬくんじ
ゃねーぞ﹄
とか
﹃⋮アホですね。実にアホですね。ですが⋮色恋沙汰で身持ちを崩
すのは、よくあることです。⋮あなたも、注意してくださいよ。勇
者サマ﹄
とか
﹃姫に惚れたから戦う?⋮ふーん。別に君はボクの好みじゃないか
ら構わないけど⋮死ぬよ、そんな甘い考えだと﹄
⋮とか。まぁ、散々な言われようだったけど⋮いいじゃん。別に⋮
愛のために戦うって、くっせーけどよくある展開じゃん⋮
﹁⋮だから、僕は悪くない⋮よね?﹂
﹁いや、わたくしに聞かれましても何とも答えようがありませんな
ぁ⋮﹂
コココ、と笑いながら︵?︶器用に首を曲げる﹃カラス﹄の姿に、
僕は苦笑いした
見た目は⋮いや、大きさは普通のカラスと変わらない。けど、白い
396
シャツの付け襟に、真っ赤なネクタイ。右足で抱えた小瓶。そして
なにより︱︱喋るカラス、なんて普通じゃない
なんでも100年以上前から人界に危機が迫っている、と王様に進
言していたらしい﹃精霊﹄ヘリオール。なんでも未来が見える、と
かいう特殊な能力があるらしく、このままでは人界が滅びる、勇者
を召還するべき、とずっと言い続け、召喚に必要なアイテムを集め
るための助言を続けた影の功労者だとかなんとか
﹃精霊﹄ってのは、僕の敵の一種類でもある﹃魔人﹄とは魔逆、正
のエネルギーの集合体で、魔人のように強力なものは数少ないが、
無数に存在し、自然の摂理や調和を守るために存在するらしい
そのため無作為に生物を殺しまくる魔界の住人や、自分たちとは魔
逆のベクトルの存在である魔人を嫌悪しており、そのほとんどが人
界に住み、時に人間に手を貸してくれる心強い隣人だとか
⋮最も、ヘリオールは未来が見える以外はそのへんのカラスと変わ
らないから弱すぎてぼっちにされてるらしいが
﹁しかしまぁ、率直に言わせていただけるのでしたら⋮わたくしは
好きですよ。誰かのために、愛しき者のために戦う!実に美しいで
はありませんか!わたくし、たぎって参りました!﹂
ばさっ!と翼を広げ、嬉しそうに嘴を開閉するヘリオール。なんだ
かんだこいつは精霊だからか、王道っていうか綺麗なもんとかそう
いうストーリーを好む。あと光り物も好む。カラスだからか。素直
なヘリオールの姿に、妙に達観というか、冷たい反応しか返してこ
なかった仲間のせいでささくれ立った心が、少しだけ癒された
397
﹁だよなぁ?惚れた女のために戦う、って普通だよな?﹂
﹁ええ、ええ、実にすばらしい!⋮しかし、それは脆く崩れやすい
から素晴らしいのですよ﹂
⋮さっきは諸手を上げて賛成してくれたくせに、と唇を尖らせる。
ほんの数十センチ離れた場所で岩を足場に止まるヘリオールは、︵
多分︶どこか達観したような表情で、遠くを見つめる
﹁その支えが失われたとき、あなたの戦意も失われてしまうのでは
ないか、と彼らは恐れているのですよ。あなたは良くも悪くも最後
の希望です。あなたが心折れたときが、人界の希望が折れるときで
す。故に彼等は不安にならざるをえない⋮異世界より参られて、こ
の世界の現状に実感の湧かぬ貴方には酷かもしれませんが、彼等の
心情も理解してやってくださいませ﹂
﹁⋮いや、うん。⋮ごめん。僕の心が、狭かったな﹂
⋮流石に罰が悪くなって、頭をぽりぽり掻く。⋮うん、まあ。さっ
き言ってたようなことが原因で、ちょっと小さい喧嘩になっちゃっ
た⋮んだよね。だからこう、気まずくて1人になりたかったんだけ
ど⋮まさか見た目ただのカラスで、基本的にテンション高いアホの
子なヘリオールにフォローされるとか⋮凹む
﹁⋮なんか失礼なことを考えていらっしゃいませんか?わたくし紳
士ですので追求は致しませんが⋮表情に出ておりますぞ﹂
﹁⋮ごめん﹂
﹁いえいえ。謝罪はいりませんよ。それよりも、少しでも理解して
398
いただいたのなら彼等と再び信頼を結んでいただきたい。謝罪は彼
等のためにとっておくべきです﹂
鳥のくせに器用に微笑しながら、ヘリオールは小さく羽ばたいて僕
の肩に止まる。この世界にきて1ヶ月ほど。なんだかんだ姫様と同
じくらい、ヘリオールにフォローされてる気がして⋮なんだか、と
てもありがたかった
﹁ホホホ、お礼は魚とか美味しい食べ物で構いませんよ。⋮おや、
丁度よいことにすぐ近くに川がありますな∼﹂
﹁はいはい、任せとけって﹂
苦笑する。﹃精霊﹄っていうと高貴で格好いいってイメージがあっ
たけど、実際にあってみれば食い意地が張ってるしお節介だし⋮期
待はずれにも程があったけど、意外とこれはこれで悪くない。ます
ますこの旅の行く先が楽しみになった
現在俺たちは召喚されてから1ヶ月ばかり過ごした王都を離れ、旅
をしている。︻魔王︼討伐のために選ばれたメンバーたちと親睦を
深める為もあったが、大きな目的として、﹃精霊﹄と同盟を組むこ
とがある
人界には既に結構深い位置まで魔界の牙が食い込んでいる。人間だ
けではそこから巻き返すには条件が厳しい。だが、魔界側の強大な
戦力たる﹃魔人﹄と同等、あるいはそれ以上の力を持つ﹃6大精霊﹄
の力を借りられれば、巻き返しも容易となるはずだ
しかし、精霊は皆気難しく、一定以上の力の持ち主でなければ力を
貸してくれない。ならば、小出しにするよりも切り札を最初から出
399
し、一か八かの戦略に出るしかない、と結論が出た
そのために、切り札たる﹃勇者﹄の僕は、6大精霊の一角が暮らす
﹃精霊郷﹄エルヴクロークに向かい、直接、﹃光の女王﹄に助力を
求めに向かうことになったのだ
⋮で、だ。そのエルヴクロークとやらはどうやら複数の精霊が居を
構えているらしく、ヘリオールみたいに面白い精霊がたくさんいる
んじゃないかなー、なんて僕は期待しちゃってるんだよね、実は
﹁ホホホ、タクトの美点は素直なところと気前が良いところですな。
女の子にモテますぞ、気前のいい男は﹂
﹁そんなモテ方はしたくないな∼﹂
餌やるぞーって言ったら喜ぶ動物じゃあるまいし。あれ?っていう
ことはヘリオールは⋮あ、動物か。鳥だし
ヘリオールの指示に従い、腰掛けていた岩から立ち上がる。﹁この
まま真っ直ぐですぞ﹂と言われたとおりに、白き空の剣で生い茂る
草をさくさく切り裂いていく。草はもちろんでっかい岩でも熱した
ナイフでバターを切るみたいにさくさく切れるので、全く抵抗はない
そして、頭の中で物質を引き寄せる魔術の呪文を思い出す。本来な
らワタ埃とかみたいな軽いものにしか出来ない魔術なんだけど、僕
のバカみたいに大きな魔力をおもいっきり注ぎ込めば、大抵のもの
は引き寄せられる。最近はヘリオールに餌付けするためによく魚を
取ったりしてたから、味をしめられたらしい
苦笑しながら最後の茂みを切り裂いて、砂利が大量に転がる河原に
400
一歩踏み出して︱︱︱僕は、硬直した
︱︱綺麗な清水が流れる川で、全裸の少女がきょとん、と目を丸く
しながら僕を見ていた
陽光を反射してキラキラ輝く綺麗な白い髪は肩口で切りそろえられ
ていて︱︱いやでも両サイドから伸びる部分だけは腰に届くくらい
長くて、それが器用に起伏に乏しい胸の頂きや、デリケートな部分
を隠している。左目を覆う眼帯のせいで顔の半分が隠れてるけど、
それでも彼女が呆然としているのは察せた
僕は完全に身体が動かなくなっていて、けれど初めて見る女性の裸
から目が離せなくて︱︱とにかくまじまじと、彼女の素晴らしい肉
体をじっくりと眺めてしまっていた
肉付きはあまりなく、研ぎ澄まされた刃のようにしなやかで細い身
体。腹部にしっかりと入る縦線、くびれ。長い手足と瑞々しい白い
肌。僅かに吹いた風が彼女の濡れた髪を揺らし、僅かに見えたピン
クやら白やらが脳裏にしっかりと焼き付いた
﹁⋮おもっくそ、デバガメですな﹂
うるせぇよ
401
第○○話 白い獣との出会い︵後書き︶
勇者:召喚勇者ですイエーイwwwチートぅぇぇぃwww
舌無し:タグ・勘違いのためのキャラクターだけどナ
402
俺と日本人と︵前書き︶
これが新時代の﹃○○ポ﹄シリーズ⋮っ!
403
俺と日本人と
⋮血洗い流しにきてまた血浴びることになるとはなぁ
なんてことを数十秒前まで考えていたんだけど⋮ちょっと、やだ、
これ⋮どうしよう⋮っ!
近付いてくる気配があるのは分かっていた。けど、わざわざ狩りに
行くのも面倒くさいし、向こうから来たのを迎え撃てばいいかーな
んて甘い考えでダラダラしてたんだけど⋮
数メートル離れた場所で、顔を真っ赤にして挙動不審に俺を見つめ
る少年の姿に︱︱久々にキュンッ、と胸が高鳴った
黒い髪に黒い瞳。フィルガイアに住む人間には有り得ない黄色い肌。
特徴のないのっぺりした顔立ちに、どこにでもいそうな平凡な顔立
ち⋮っ!!
モンゴロイドがいたよっ!!コーカソイドばっかりのこの世界に、
まさかのモンゴロイドっ!日本人にそっくりっ!
うそうそうそやだ超レアじゃんっ!えっ、なにっ!?どっかで隠れ
住んでたとかっ!?うわー、うわーっ!どうしようっ!どうやって
殺そうっ!?
まじまじと少年を見つめる。身長は170cm真ん中くらいかな?
中肉中背⋮多分体重は60kg強。特に鍛えてる様子はないけど、
404
余分な脂肪はあんまり付いていない。顔立ちは平々凡々。髪の長さ
も普通。ピアスやイヤリング、指輪などの装身具はなし。武装はな
んか輝いてる光の剣。見てるだけでぞわぞわくるから多分相当強力。
服装は黒い、やたらしっかりした作りの⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮んっ?
⋮ちょっとばかり感じた違和感に、一歩前にでる。水に浸かりすぎ
てふやけた足が、ようやく河原の砂利を踏む。止まっていた時間が
動き出して、びくりと少年が体を揺らした
﹁ちっ、ちがっ!覗くつもりとかなくっ!!ぐうぜっ!ごめっ!﹂
﹁とりあえず紳士的に視線を外すべきではありませんかなー﹂
⋮喋るカラス、とはびっくりだ。でも今はそれより確認したいこと
がある。あわあわとしながらもしっかり俺の身体を視姦する少年に
呆れつつも、ザクザク距離を詰める
﹁あ、あえあえええ⋮っ!ちがっ⋮違うくて⋮ぼぼぼくは⋮っ!!﹂
⋮手を伸ばせばあっさり触れる。それくらいまで近付いて︱︱よう
やく、確信した
⋮これ、学生服だ
現代日本の一般的な学生が着る、学ランタイプの学生服。しっかり
とした縫製にポリエステル製の生地。ミシンで縫われた均一な縫い
目に、確信する
﹁⋮⋮ふぅん﹂
405
息を吐き、手を伸ばす。少年は完全に硬直していて動かない。その
隙に、金色のボタンを一個一個外していく。やはり、このボタンも
またこの世界の平民が着れる衣装の水準を大きく超えた技術で作ら
れている
﹁なななななななっ!?な、なにするんすかーっ!?﹂
︱︱唇の動きと耳に聞こえる音が一致していない。そういう魔術が
あるとは聞いていたけれど⋮ふぅん、興味深い
﹁あわ、あわわわわ﹂
学生服のボタンを全て解き放てば、この世界の貴族でも滅多に着れ
ないような純白のシャツが露わになる。⋮ふぅん。香る汗のにおい
が、僅かに甘い。美味しいものばっかり食べて育ったからかな?こ
の世界の人間とは、香りが違う。⋮少しばかり、妬ける
﹁ちょちょちょーっ!?なっなっなっ﹂
﹁いやはや、最近のおなごは積極的でございますなぁ。紳士なわた
くしはクールに去ります﹂
﹁待ってヘリオール!僕をおいていかないで!初めてなの!やめて
っ!﹂
ぐいぐい頭を捕まれて押され⋮押さえられる?⋮けど、その抵抗は
弱い。なんつーか⋮男の子って悲しいなーとか考えながら、シャツ
のボタンもさくさく外していく。幸いにしてインナーは来ていなか
ったので、少年特有の細い裸身が露わになった
406
﹁いやーっ!!やめてぇーっ!?﹂
言葉とは裏腹に本気で逃げる様子もない少年。⋮混乱しているのか
もしれないが、上半身をひんむいて︱︱というよりも、嗅ぎなれな
いソレの匂いを嗅いで⋮ようやく確信した
ほんのわずかに残った、制汗スプレーや芳香剤、合成洗剤といった、
香料の匂い
服の内側から香るソレに、唇が裂けたような歪な笑みが浮かぶのが
分かった
日本人、だ
レア、どころの騒ぎじゃない。きっとこいつはこの世界に一人しか
いない日本人だ。この先どれだけ探しても見つけられない、オンリ
ーワンの唯一無二の人種
こいつが勇者なのかどうかは分からない。けれど、勇者である確率
は高いだろう。何故こんなところにいるのかは分からないけれど、
この世界でたった一人の日本人が、﹃勇者﹄ではない。という可能
性は低いはず。だって﹃勇者﹄もまた、唯一無二の存在なのだから
ああ、ああ、ああ、ならばどうしよう。どうしよう。どう殺そう
たった一回の好機。同郷の、二度と殺すことはないと想っていた﹃
日本人﹄っ!!
どんな殺し方が相応しいっ!?どんな殺し方が似合うっ!?
407
ああ、ああ、嗚呼っ!迷う!惑う!どうしようっ!決められないっ
!今の俺にはこれの殺し方を決めることができないっ!!
真っ赤な顔で唇を、身体を、指先まで緊張に震わせる少年の胸を、
愛おしげに撫でる。びくり、と震える少年の左頬に手をかけ、右頬
に唇を寄せた
﹁ぴぃえっ!?﹂
奇妙な悲鳴と、ちゅっ、という軽いリップ音が重なる。俺の胸と少
年の胸板が密着していた。バクバクと高鳴る心臓を、今にも抉りだ
してしまいそうな衝動を必死に抑える。まだだ。もっと相応しい殺
し方がある
たった一人の日本人だ
派手に、楽しく、狂おしいほど残酷に殺さなければ︱︱満足出来そ
うにない
そのためにも、今は我慢する。ぶんぶんと揺れる尻尾に自分の忍耐
力の無さを自覚しつつ、今は味見だけで済ませる
ちゅっ、ちゅっ、ちゅぅ、と軽いリップ音が連続する。右頬、首筋、
胸板。腹部。右腕、左手。次々とマーキングを繰り返し、予約する。
右頬は皮膚を削ぎ落とそう。首筋には細い管を刺そうか。胸板は肋
骨を鑢で削ろう。右腕は仙骨を粉々に砕こう。左手は爪を全て剥が
し、酸に浸けよう。下半身は︱︱くふんっ?流石に脱がされたくな
いようで⋮というか、ベルトを外すのが面倒だ
今は殺さない。だから、この臭いを脳裏に焼き付ける。今は、我慢
408
する。我慢
顔と言わず首と言わず、指先まで真っ赤にして呼吸すら止めている
少年。ぐるぐると焦点を会わない瞳に愉悦を感じつつ︱︱少しくら
いならば、いいか、と自分にご褒美を与える
がりっ、と
﹁いったっ!?ちょっ!?﹂
少年の鼻の先を、牙で削った
口の中に残る少年の皮膚と、僅かな血潮。ようやく正気に戻ったら
しい少年が、俺を突き飛ばして離れる中︱︱俺はぺたりと河原の砂
利に尻餅を付きながら、⋮とても、驚いていた
美味しい⋮っ!
グレーテルのような麻薬的な美味さはない。けれど、確かに感じる
美味しさ。なんていったらいいのかわからないけれど、食感も味も
そこまで普通の人間と違うわけではないのに︱︱何故か、常識はず
れに美味い。そんな不思議な味だった
美味いもん食ってるとおいしくなるのかな?確かに酒や煙草が好き
な人間より、若くて健康志向な人間の方が美味いもんだけど⋮グレ
ーテルのような、食われるために産まれたような美味さではないけ
ど、ついついもう少し、もう少しと欲張っちゃいそうな、そんな美
味さ
口の中の血を、肉を飲み下すのが勿体ない。そんな悲しみが顔に出
409
てしまったのか、少年は目に見えてあわてていた
﹁いや!その、えーっと!?ああもうっ!だ、大丈夫っ!?という
かまずは服着ようよっ!あ、もしかして服がないとかっ!?じゃあ
これ着ていいからっ!﹂
ばっ!と投げ渡される学生服の上着。⋮この世界の布地よりずっと
肌触りのいいそれに、ついつい素直に袖を通す。長袖のワイシャツ
姿になった少年が、ちらちらとこっちを見ていたが︱︱別に見られ
て恥ずかしい身体じゃないし、どうどうと見たらいいのに
⋮⋮あっ、そうじゃなくて、だ
少年の臭いは覚えた。なら、道具を準備しよう。さっきの地図を思
い出し、一番大きな街の方向へ視線を向ける
﹁えーっと、なんでこんな場所に1人で⋮っていうか、もしかして
⋮その、耳と尻尾って⋮あ、よく見たら足もその⋮﹂
少年がぶつぶつ言いながらちらちら俺を見る。だからしっかりこっ
ちを向けと
こいつを派手に殺すためなら、でっかい街1つ落とすくらい頑張れ
る。正真正銘レアなイキモノだし、むしろどうやって殺すか未だに
悩ましいくらいだ。だから別に頑張ること事態に不満はなくて、え
ーっと⋮あ、だめだ。油断するとあっさり殺しちゃいそうで我慢す
るのが辛い。素直に辛い。あ、どうせならグレーテルと一緒に殺そ
う。ほら、俺たちナカヨシだしヨロコびは分かち合いたいっていう
か⋮
410
﹁その⋮君ってもしかして⋮獣人?﹂
﹁わんっ﹂
﹁うわっびっくりした!えっえ∼⋮思ってたより人間っぽいし⋮聞
いてた話だと問答無用で殺しにくるんじゃなかったっけ⋮?﹂
なんか悩んでるらしい少年。⋮そういやさっきまで持ってたキラキ
ラブレード︵仮︶どうした?あ、なんか落ちてた。キラキラブレー
ド︵仮︶どころかゴミみたいな玩具みたいな剣の柄だけだけど。⋮
少年はなんか頭抱えて唸ってるし、仕方ないので拾って少年の前に
置けば、一瞬少年は顔を真っ青にしたあと、なんだか複雑そうな顔
で﹁あ、ありがとう﹂といった
﹁わぅ﹂
﹁⋮本当に君達、人類の敵なの?なんかやたら人懐っこいし⋮いや
確かに言葉は通じてないけど﹂
﹁わぅ?﹂
勿論敵だと思うけど?むしろ俺が人類の味方だったら驚くわ。そん
な疑問を込めて首を傾げれば、少年は﹁⋮なんか子供みたいだ﹂と
苦笑いして、俺の頭に手を伸ばす
⋮ああ、白いシャツの隙間から見える肌に、浮かぶ血管。皮膚を切
り裂き、それを一本だけ外に引きずり出したい︱︱そんな衝動を必
死に我慢していたら、いつの間にか頭を撫でられていた。なんだこ
いつキメェ。馴れ馴れしいなオイ
411
﹁⋮獣人って奴隷にもいるらしいし、やっぱり人間と同盟組んだり
できるんじゃないかなぁ⋮。どうにかあいつらと話し合ってみるか
⋮﹂
少年がぶつぶつまた独り言を︱︱︱︱ん?
ガサガサと、茂みを掻き分ける音。バサバサと羽ばたく音と、幾人
かの話し声︱︱いつの間にか逃げていたカラスが、仲間を呼んでき
た訳か
ちらりと少年に視線を移す。少年はまだ気付いてない。浚っていく
か?⋮浚ったとして、道具類の調達時に邪魔になる。なら、ここは
一旦引くか。近付いてくる仲間どもをさくっと始末するにしても、
その後この少年に逃げられたらつまらない
どうもこの少年は俺のことを﹁ぷるぷる、ぼくわるい獣人じゃない
よっ?﹂的な感じで勘違いしてるっぽいし、次からは接触もしやす
いはず。⋮だったら一度引いて、道具類を準備してから殺しに来る
んでも遅くない
そこまで考えてから、少年に向かってにっこり笑った
﹁ん?なに?﹂
少年も吊られたようににこりと笑ったので、その額に不意打ちで最
後のマーキングをする。⋮これで、俺と直接面識のある獣人は俺恐
さにこいつに手を出したりすることはない
再び彫像のように固まった少年ににっこりとほほえみ、学ランを羽
織ったまま駆け出す。どぼんっ、と水音を立てて川に飛び込み、対
412
岸へ。そこで装備や服を回収してから、対岸の少年に手を振った
⋮少年は未だに硬直していて、如何にもチェリーだなぁ、と笑って
しまった
⋮ああ、ならばチェリーのまま切り落として、自分の穴で童貞捨て
させてやろうか、なんて妄想しつつ。
俺は﹃勇者﹄との初対面を終えたのだった
413
俺と日本人と︵後書き︶
名付けて﹃モブポッ﹄っ!!
モブいけど日本人というだけでprprmgmgされるという⋮っ
!!
舌無し:わぁい日本人っ!ヴィスクリム、日本人だぁい好きぃっ!!
双子妹:ギリッ⋮!
勇者:なんでいるし
414
第○○話 信頼と暗躍︵前書き︶
というわけで今回は4話更新!
あとカオスラブ米VRMMOデス︵?︶ゲームものとか書き始めた
のでギャグが読みたい方はそっちも読んでくれたらそれはとっても
嬉しいなって
415
第○○話 信頼と暗躍
﹁⋮⋮な、なんだったんだ⋮?﹂
呆然。額やら頬やら胸やら腹やら⋮全身の至る所が火傷したみたい
に熱くなってる。それは全部名前も知らない獣人の娘が口付けした
場所で⋮思い出したらそれだけで血流が速くなる
﹁じゅ、獣人ってみんなああなのかっ!?友好てき⋮友好⋮?い、
いちおう友好的じゃんっ!?﹂
会った、目があった。ちゅっちゅっされた。どんな展開だよっ!
うあーっ!と羞恥に耐えきれなくなって頭を抱える。すると身体に
染み付いた水と甘い女の子の香りが鼻について余計にうあーっ!と
なる。ああもうなんかもう⋮なんかこわいっ!あばばばばば
ゴロゴロと転がっていたら、不意に視線を感じて動きを止める
恐る恐る顔を上げれば、酷く困惑した様子のヘリオールと⋮仲間の
1人、この国でも5本の指に入るという凄腕魔術師な、ネネストリ
⋮通称ネネが、冷たい視線で僕を見下ろしてた
﹁⋮あー、お年頃ならよくあることですぞ﹂
﹁⋮男って本当に気持ち悪いですね﹂
416
﹁ぐはっ!﹂
優しさも痛いが直接的なダメージがっ!ダメージがっ!ネネは炎み
たいな真っ赤な赤毛の三つ編みを揺らしながら、すすすすっ、と僕
から距離をとる。しかし、言葉でだけは﹁勇者サマー、頭だいじょ
ーぶですかー﹂とか心配しているような馬鹿にしているかのような
台詞を吐くからたちが悪い
深刻なダメージを受けつつもふらふらと立ち上がれば、数メートル
距離を置いたままネネはかくん、と壊れた人形みたいに首を傾げた
﹁上着がないみたいですけど、どうしたんですか﹂
﹁え、あ⋮そっか、あの娘が持ってっちゃったのか⋮﹂
⋮仄かに残る彼女の柔らかさや暖かさを思い出して、赤面する。⋮
そんな僕を、絶対零度の視線で見上げるネネ
﹁不潔﹂
どうしてそうなるっ!?と突っ込みたかったけど⋮どうにも僕はネ
ネから嫌われているらしく、会話が続かない。どうせなに言ったっ
て好意的な返事が返ってくるわけないんだから、イラッときたけど
黙っておく
⋮他の三人は志願して魔王討伐の付き添いを望んでくれたから結構
好意的なんだけど、ネネはなんか事情があって仕方なく同行してい
るらしい。だからか、やたら彼女は僕に対して風あたりが強い。他
三人も濃いし、自己中だし、やたら個性的だけど⋮しっかり僕と協
力しよう、という意志が見て取れる
417
けど、ネネは違う。あからさまにやる気がないし、戦闘だって彼女
が魔術を使う前に終わってしまうから彼女はまともな仕事をしてい
ない。精々道中の食事作りや洗濯物の管理、物資の補給くらいだ。
⋮1人だけ楽してるくせに、なんでこんなに偉そうなんだ、と不満
を抱くことも少なくない
ほかの奴らは文句言わないけど⋮魔術師としてメンバー入りしてる
のに、魔術師らしい仕事なんもしていないってどうなんだろう
見た目もあんまり﹃魔術師﹄という感じではない。黒いケープや三
角帽子、長い木の杖は確かに魔術師っぽいけど、その下は普通のチ
ェニックに膝丈のスカート、そしてブーツだ。ケープと帽子を取っ
てしまえば、彼女の容姿も相まってそこら辺の村娘と変わらなくな
ってしまう
⋮そのくせ、僕のことを見下しているような目は⋮少し、いや⋮か
なり、苛つく
ネネはふんっ、と小さく鼻を鳴らし、三つ編みを揺らして茂みの中
に戻っていく。その背中を追おうとして︱︱既に対岸に消えてしま
った、白い女の子の背中に後ろ髪を引かれた
⋮どうしよう、上着⋮
⋮数少ない元の世界の持ち物だというのに、盗まれてしまった。
自然と心が重くなるが、あまりあからさまに凹んでいてはまたネネ
に馬鹿にされかねない。どうせこれから暑い地方に行くらしいし、
丁度良かったんだ、と思い込むことにする。⋮そうでもしないと、
418
泣いてしまいそうだ
﹁⋮なに、変な顔してるんですか﹂
﹁⋮してねーし﹂
﹁⋮はぁ。これだから男は﹂
ぼそっと吐き捨てるような悪態を吐き、ネネはポケットから取り出
した小さい包みをぽいっと軽く放ってくる
﹁わっとと、えっと⋮﹂
受け取った包みは、とても小さい。和紙によく似た薄い包みで覆わ
れた、蜂蜜色の⋮飴、かな?
﹁蜂の蜜を固めたモノです。⋮あたしのとっておきですから、味わ
って食べてください﹂
⋮前を向いてしまったネネの表情は見えなかったけど⋮もしかして、
気遣われた?あのネネがそんなことするだなんて思えなくて、思わ
ず呆けてしまう。そんな僕の心情を察したのか知らないが、ネネは
振り向き、とてつもなく残念なモノを見るかのような目で僕を馬鹿
にする
﹁勘違いしないでくださいよ。お金のためです。あなたのメンタル
ケアも含めてあたしの仕事なんですよ。紛いなりにもアナタは人界
最後の希望ですからね。こんなところでへこたれてもらうと困るん
です﹂
419
﹁⋮あーはいはいそうですかっ!ちぇっ、少しでもネネが優しいん
だなぁとか思って損したよ!﹂
﹁それは良かったですね。甘やかされて育ったお坊ちゃんが、少し
は成長できたかもしれません。⋮他人がくれる優しさなんて全て打
算ですよ。アナタがあっさり騙されてさっくり殺され、無念残念人
類滅亡なんてやめてくださいね﹂
⋮腹立つ!なんなんだよこの女!いちいち人をバカにしなきゃ喋れ
ないのかよっ!
憮然としながらふらふら前を歩くネネの後を追う。するとネネの帽
子の鍔に止まっていたヘリオールが音もなく飛び立ち、僕の肩に飛
び乗った
﹁青春ですなぁ⋮。不器用なおなごの優しさにきゅんっ、と来たり
はしませんか?わたくしはもう駄目かもしれません﹂
﹁何がだよ。どこが優しいんだよ﹂
小声でぼそぼそ呟くヘリオールに、なんとなく僕も小声で返す。ヘ
リオールはやれやれ、と言わんばかりに器用に肩⋮肩?翼を竦める
と、﹁これだから童貞は⋮﹂とかムカつくことをほざきやがった
﹁絞めるぞテメェ﹂
﹁器が知れますぞ。タクト殿には暴言も陰口も笑って受け流す度量
が必要ですなぁ﹂
﹁うるせーっ!!﹂
420
﹁勇者サマが一番五月蝿い﹂
﹁悪かったなぁ!﹂
なんなんだよもうっ!踏んだり蹴ったりだっ!!
421
⋮⋮さて、と。彼は一息吐いてバサバサと翼を動かした
油断すれば吹き出してしまいそうな衝動を堪えながら、愚かな勇者
とその仲間達の元から離れる。目指す先は︱︱︱今や遥か彼方の王
の城。右の足で水瓶を。左の足に報告書を持ちながら、彼は瞬く間
に夜の闇を滑るように飛んでいく
︱︱﹃水瓶の魔人﹄ヘリオールはへらへらと笑う。これから先に待
っている茶番を、彼は知っている。知っていて尚、生でその茶番劇
を見れるのか、と興奮に身を震わせていた
彼に戦闘力は一切ない。それどころか、彼はその特殊な能力︱︱言
葉を理解し、自在に話、そして極近い未来を見通す力を除けば、た
だのカラスと変わりない
故に彼は、魔人でありながら﹃結界﹄に捕らわれない。自由に、気
ままに、奔放に、人界と魔界が総出を上げて築いた戦いの歴史を観
賞できる
命懸けの戦いを、安全な位置でへらへら笑いながらただ見ていられ
る。これほどの愉悦はなかなかない。故に彼は、より戦争が長引く
ように、歴史をひっかき回してきた
今回の勇者召喚もまた、その一端。イレギュラーを交えることで、
より一層この戦争に山と谷を作る︱︱ただそれだけのために、10
422
0年近くも人間に擦りよってきたのだ。楽しくて仕方がない
物思いにふけるうちに王都に到着し、真っ直ぐに王の私室を目指す。
コンコン、と嘴で窓をたたけば、すぐに反応があった
﹁ヘリオール、か。⋮速く入れ﹂
﹁ホホホ、失礼させていただきますよ﹂
︱︱部屋の中には数人の女がいた。彼女らは生きているモノも死ん
でいるモノも動かない。それにくつくつと笑いながら、彼は﹃王﹄
と向かい合う
聖アルトリウス18世。︱︱そして稀代の﹃狂王﹄。魔人である自
分が認めた立派な狂人
﹁タクトの動向報告書ですよ。それから、死体は見苦しいので片付
けていただけませんか?﹂
﹁⋮まだ、生きている﹂
アルトリウスは報告書に目を通しながら、ベッドの上で動くのを止
めた女をチラリと見て、吐き捨てた
﹁⋮だから、死ぬまで待っている﹂
﹁クハハハ、死姦もほどほどになさい。仮にも一国の王が世継ぎを
作らないなんて大問題ですぞ﹂
アルトリウスはもう40近い。表向きは彼の娘と、彼の妻となって
423
いる女性もいるが⋮彼は生きている女性を抱くことがないのだから、
それが実子である訳がない
﹁嫌だ⋮。人間は、汚い⋮死体がいいんだ⋮死体は、綺麗だ。なに
もない⋮。嘘も、虚像もない⋮ありのままだ⋮この世界で信じられ
るのは、死体だけだ⋮﹂
︱︱100年。ヘリオールが人間に、国に、王にすり寄ってきた時間
それだけあれば︱︱独りの人間を、歪に育てることなんて、容易い
ことだった
元より魔人は生物の負の面の集合体。そんな彼が生まれたときから
すぐそばにいた幼少のアルトリウスは、自身も含めて他人を⋮生き
ている生物全てに不信感を抱いたまま成長し、ここに至ってしまった
それをヘリオールは喜ばしく想う。国のトップが狂人で、敵と繋が
っていて、全てが全て、勇者に話したことは嘘ばかり。そんな状態
で、あの強大な力を持つが、精神的には未熟極まりない勇者が剣を
振り続けることが出来るだろうか?
鳥の頭の奥に、歪んだ笑みを宿しながら彼は言う
﹁やはり仲間内での信頼関係が乏しいですなぁ。これでは獣人やア
ンデットは地力の差で押し切れますが、一癖もふた癖もある魔人相
手には厳しいでしょうなぁ﹂
﹁⋮その信頼関係とやらを作るための、精霊たちとの謁見の旅、だ。
男4人に女一人なら⋮いずれ誰かが我慢出来なくなる。同じ穴に突
っ込めば、自然距離は縮まるだろうさ⋮﹂
424
﹁⋮ホホホ﹂
︱︱誰よりも生きている人間を信用出来ないアルトリウスが考えた、
信頼を築くための行為が、﹃ソレ﹄とは⋮実に、愉快!!
ヘリオールは内心で笑い転げながら、しかしそれはあり得ないだろ
う、と冷静に判断する
良くも悪くも勇者は善人だ。無理矢理嫌がる若い娘を、なんてこと
は出来ないだろう。それに人選のミスもある。あのメンバーの中に
は積極的にネネストリを強姦しようとする者がいない。どこまでも
愚かな王の姿に笑いが堪えきれなくなりそうだった
﹁⋮ホホホ、色仕掛けで信頼を結ぼうというのなら、それこそアル
フィオーネに任せれば︱︱﹂
﹁お呼びですか﹂
音もなく。
唐突に現れた金髪の美女に、流石のヘリオールも少し引いた
公には、そして彼ら以外にとっては名実共にこの国の第2王女であ
り、﹃勇者﹄が﹃姫様﹄と慕う、純白のドレスに小さな王冠を被っ
た金髪の美女︱︱その実、隠密紛いの暗殺者に過ぎない女、アルフ
ィオーネ
100年⋮正確には、17年も前から﹃勇者に与える褒美﹄として、
そして﹃魔王を討った勇者を殺す者﹄として育てられた娘は、実に
425
素直に、忠実に、自分の名を呼ばれたのに気付き、音も気配もなく
現れた
﹁⋮呼んでなどおりませんよ。下がりなさい﹂
﹁はい。失礼致しました﹂
再び音もなく、表情1つ動かさずに消えるアルフィオーネに嘆息し、
ヘリオールはじろりとアルトリウスを睨む
﹁⋮警備が薄いのではないですかな?﹂
﹁⋮我が、城の警備程度⋮容易く乗り越えられぬようでは、一人前
の暗殺者とは、呼べぬよ⋮﹂
それもそうか、と溜め息を吐くヘリオール。しかし、その実彼は狂
ったように笑い転げていた
嗚呼、人間はもう救われない
確実に迫る滅亡を前に、精霊だと身分を偽る魔人は、くつくつと笑う
426
第○○話 信頼と暗躍︵後書き︶
勇者:獣人相手にもフラグキターーーッ!!
狂王:ところがどっこい
水瓶烏:どうあがいても⋮っ!!
巨乳殺姫:絶望です
427
俺はデルトモルトで 9/01支援絵追加︵前書き︶
いつから﹃勘違い﹄要素が消失したと錯覚していた⋮っ!?
しかし勘違いフラグを建てるためには色々準備が必要なのでした。
ちゃんちゃん
︳︵:3︶Z≡乙︳
もうみんなゆっくりしていけばいいよ!
エイフライさんにかいてもらっちゃったーよっ!
<i54965|6703>
428
俺はデルトモルトで 9/01支援絵追加
さぁてやってきました
温泉街デルトモルト。遠目に見るだけでも湯気が立ち上る温泉街。
あれだけでっかい街ならいろいろあるよねーとか考えながら、街道
から外れて雑草だらけの草原に。そしていつものように黒色の布を
被り、目立たないように接近していく
何度も繰り返した行動だけに、対した緊張は無かった。さくさくと
草を踏みしめながら進めば⋮ぴりっ、と足先に痺れるような痛み
なんじゃこりゃ?と動きを止めた、刹那
カァーン、カァーン、カァーン
と
﹁敵襲﹂を告げる早鐘が、鳴り響いた
さぁっ、と血液が下がる音。見る見る間に城壁の上に殺到する革鎧
を着た弓兵たち。キョロキョロと周りを見渡し、すぐに俺を補足し
たらしい数十人の兵士は、一斉に弓をつがえた
脇目も振らずに逃げ出した。やばい。あれは死ねるって
次々背中に刺さりそうになる矢を、幅広の鉈を盾にしながらどうに
429
か撤退したけど⋮中、遠距離で一匹を相手になぶり殺しとか酷すぎ
ないか?鬼畜!鬼!人畜!
しかしこれは参った。でっかい街には結界的なものがあって、そも
そも近付くことが厳しいっぽいってのは知りたくなかった新事実、
って感じだなぁ。わりと洒落にならん
俺はほら、直接内臓抉るのが好きだからさ、あんま投げナイフとか
弓とか得意じゃないのよ
⋮あと単純に物資の問題もあってね?
岩と荒れ果てた荒野ばかりが続く魔界だと、弓⋮ってか、矢は勿論
毎回投げて回収できるかもわからない投擲器具なんか作れないんだ
よ。最近こそまとも︵?︶な生活ができるようになったけど、それ
こそ数年前まで︻理術︼の使えない獣人の遠距離攻撃なんて投石く
らいしかなかったんだよね。だから練習も出来やしない
ようするに中、遠距離攻撃を物量任せにされると手も足もでない、
ってのが発覚しちゃったんだよね
⋮さぁてどうすっかなぁ。と悩んだのは数分。
奴らに敵襲を知らせてるのはあの多分魔術で作られた警報機⋮ぴり
っときたなんかだ。だが、基本的に人間と獣人に肉体的な差異はな
い。つまり、あの警報機は生き物全てに反応し、尚且つ位置を把握
するものだと考えるのが道理だ。違かったらどうしよう。まぁいいや
けれど、それじゃあ人間が出入りするときに困るはずだ。敵襲なの
か旅人なのか。それが分からないと毎回毎回矢なりなんなりを無駄
430
に消費することになる
ようは、人間たちの間には当たり前のように広がってるけど、獣人
には馴染みのないもの。それが鍵になってる可能性が高いわけよ
かといってそんなもん俺に想像付くわけ無いじゃん?
だったら簡単。奪えばいい
デルトモルトに向かう街道沿いで野営すること数日。そろそろ臭い
が気になってきたかなぁ、というころに、ようやく行商人らしきキ
ャラバンが通りかかった
豚のような姿の牛サイズな奇妙な動物に引かれた荷車を引き、商人
が⋮恐らく30代の夫婦とその娘と思わしき10代半ばの少女が1
人。護衛らしき革鎧に帯剣した男、長槍に金属鎧の男。革とおぼし
きコートにでかい杖を背負った男の三人組
観察しても分からないので、ある程度距離を保ったまま追尾する。
夕方ぐらいには野営の準備をし始めたので、深夜まで待ってから強
襲した
その時には行商人夫婦は完全に寝ていたし、見張りは一番弱そうな
魔術師風の男だった。距離を取ったまままず大鉈を投げつけ、その
後を追うように接近。魔術師が気付いて大声を上げながら大鉈を避
けたので、迷わず行商人の寝ているテントに飛び込む
目覚めて武器を手に慌てる夫婦を無視して寝ぼけ眼の娘の首を掴む。
混乱と恐怖に慌てる商人夫婦を無視して、首を絞めたまま娘を引き
ずり、脱出。手に手に武器を取りながら剣や槍を振るう男達に向け
431
て、娘を盾にするようにして突進。投げつけた大鉈を回収しながら
闇に溶け込むように走り抜ける。背中に突き刺さる夫婦の罵詈雑言
と、魔術師の放った控えめな炎の玉や稲光を娘を盾にして防御し、
とにかくひたすら走って距離を取った
⋮で、夜が明けるまで走りつづけて距離をとった頃には、娘は死ん
でいた。ずっと首絞めてたから仕方ないか
特に感慨もなく娘から服を剥ぎ取る。うーん、怪しいのはこれかな
?と何らかの神様の名前らしい何かが刻まれたアミュレットを身に
着ける。アミュレットくらいしかそれっぽいのが無かったので、こ
れが警報機を鳴らさなくするための機械じゃなかったらどうしよう
もなくなる。当たっててくれよー。と思いながら、念のために娘の
着ていた麻のチェニックを身にまとった。多少血や焦げ後で汚れて
はいるけど、仕方がない
再度日が完全に沈むまで待ち、黒布を被って接近。前回はこの辺り
でぴりっときたはず⋮と思っていたら、やはりぴりっと来た
また一斉掃射かっ!?と逃げる準備をしたが、敵襲の鐘はならない。
それにほっとしながら接近。真っ正直に門に向かっても入れてもら
える訳ないので、外壁の丁度良さそうな場所を見つけ、︻餓狼の牙︼
で人一人が身をかがめてどうにか入れそうな程度の穴を開ける
⋮で、ようやく侵入デルトモルト。多分、衛兵用の宿舎かな?簡易
ベッドがたくさんあった。とりあえず手近にあった木箱で穴を隠し、
ベッドの下に潜り込んで暫く待つ。人が1人もいなかったのは運が
良かったのか悪かったのか。おなか減ったなー
しばらく空腹に耐えながらポーッとしていたら、人が入ってきた。
432
足の数は4本。2人か。交代で宿舎を使ってんのかな?迷わず部屋
の奥のベッドに向かったから、多分使うベッドは決まってるんだろ
う。談笑する彼等には悪いが、しばらく盗み聞きさせてもらう
﹁街道に獣人が出て、若い娘が行方不明らしい﹂
﹁絶望的だ。あきらめた方がいい﹂
﹁そうだな。だが、その娘の両親は﹃勇者﹄のパーティーに娘を探
してもらえるよう頼み込んでいるそうだ﹂
﹁勇者、か。ただのガキじゃないか。何を期待すればいい?﹂
﹁勇者の仕事は魔王殺しだ。それ以外には期待しない方がいい﹂
﹁期待しようにも、ムスクルの皮じゃどうしようもないさ﹂
﹁違いない﹂
けらけらと笑い声。⋮ムスクルとはなんぞ?なんか小粋なギャグを
飛ばしたっぽいけどよう分からん
﹁にしても何か臭わないか?﹂
﹁どうせヘイリーの阿呆が洗濯物でも溜めてるんだろう﹂
﹁いや、そうじゃなくて⋮血のにおいがしないか?﹂
あらいやだ。水浴びでもしてから来るべきだったかな?
﹁⋮なんだ、あれか。お前、生理か﹂
﹁だが男だ。茶化すなよ。アレだ、山賊のねぐらの臭いがする。ど
こからだ?﹂
﹁言われてみれば、そんな臭いがしないでもないな⋮﹂
衛兵が立ち上がる。⋮ふむん。キョロキョロと何かを探すように部
屋の中を歩き回る2人。んー、ちっとばかりリスク高いけど、やる
しかないか
433
両方が俺が隠れているベッドの周りを歩いているときに、横になっ
た体勢のまま短刀をスネに突き刺した
﹁ギャッ!?﹂
﹁どうしたっ!?﹂
痛みにうずくまった衛兵の首を、︻餓狼の牙︼で撫でるように切り
裂く。骨まで届く切り傷に、愕然としながら首を押さえる衛兵に構
わず、ベッドを蹴り飛ばすように立ち上がり、もう一人の頭蓋を叩
き割るように大鉈を振り下ろした
パグシャッ、とどこか水っぽい、小気味いい音。潰れた頭部から目
玉をこぼし、幼稚園児の粘土細工みたいな顔になった衛兵。⋮ちょ
っと迷ってから、腰に差してる自決用か予備のナイフを回収。死体
は放置する。どうせ2人殺した時点で侵入者がいるのはバレるんだ。
なら精々攪乱工作させてもらおう。
まるで2人で殺し合ったかのように部屋中に血を撒く。そして死後
硬直が始まる前に、お互いの手にナイフと剣を持たせる。んー、切
れ味の差があり過ぎるから、もっと首を切った衛兵の傷口をぐちゃ
ぐちゃにしておこう。頭をつぶしちゃった方は⋮どうしようもない
から放置する。やってから気付いたけど、2人で殺し合ったんじゃ
なくて2人で応戦したようにしか見えないなコレ。だったら、と思
い立ち、侵入経路である壁の穴を、見つかりやすいように隠す。な
んという矛盾
侵入経路を脱出経路だって誤解してくれるといいんだけど。念のた
めに牢獄みたいなところ探して犯罪者の解放とかするべき?攪乱し
ましょうそうしましょう!
434
で、懐を漁って鍵を発見。これならいけるかな?着ていたチェニッ
クの胸元を切り裂き、谷間もろくに出来ない胸元を大胆に露出する。
で、ベッドを破壊して作った木片に、木炭でちょいちょいっと文字
を書く
﹃貸し出し中。上1000前3000後2000。1人ずつ使用の
こと。代金はこれに﹄
こんなもんかな?それに紐を通して首から下げ、堂々と砦の中を闊
歩する。ほんと、文字の読み書き習ってて良かったわー。衛兵に会
うにしろ会わないにしろ多少は視線を逸らせる
どっちが出口か分からないのでふらふらと、ことさらに覚束ない足
取りを意識しながら歩く
︱︱幸いにして他の衛兵にあうより早く、出窓を発見。さくっと脱
出し、街に侵入成功!やったね俺!スニーキングミッションクリア!
⋮さぁてどこで寝ればいいんだろ。侵入しちゃった以上、なぁんか
大騒ぎ起こすか皆殺しにでもしなきゃ脱出出来そうにないなぁ。ど
うしよう
夜だからか、たまたまそういう通りなのか。人通りは全くない。風
に乗る人間の香りと生活臭。たくさんの人間の気配を感じながら、
狭い建物と建物の隙間に身を隠すように歩いていく
街並みは中世ヨーロッパに近いと想う。不揃いででこぼこした石畳
に、煉瓦を重ねて作ったような家が規則正しく並んでいる。それが
メイン通りなんだろう。しかしそこから外れて郊外に向かえば、木
435
々を適当に組み合わせたようなボロ屋と不潔な人間の匂い、汚水の
悪臭︱︱スラム街が並んでいる。メイン通りのほとんどは宿屋や雑
貨屋らしい。雑貨屋はともかく、大きな宿屋からは大量の人間の臭
いと騒がしい気配、そして温泉特有のお湯の香りがした
⋮ふむん、街灯などは特になし、か。多分色街⋮ようは風俗街な通
りはあると思うんだが⋮格好的に、そっちのが潜伏しやすいと想う
んだよなぁ
狭い通りに生暖かい風。どうにも不快な街の雰囲気に唾を吐き、メ
イン通りに出る。多分、道の流れに沿っていけばたどり着くはず。
あー、でもやっぱ騒がしい雰囲気の所は避けるか。さすがに囲まれ
たらヤバい。俺は圧勝出来る戦いしかしたくない。一緒にヤるなら
3人までな。3人まで。ぎりぎり手と口で相手出来るし
喉笛噛み千切って両手でぶったぎる、って意味でだからね?エロい
想像したやつは食べちゃうぞ☆⋮疲れてんのかな、俺。それともテ
ンションあがってる?いや確かにわくわくしてるけど
いつ見つかるんじゃないかとドキドキわくわくしながら、出来るだ
け人のいないほういないほうへと進んでいく。騒がしい酒場や、盛
り上がる宿屋。遠くに見えた人影を避けるように脇道に進んでいけ
ば⋮
⋮えーっと、教会、かな?
白い。真っ白い大きな建物。その頂点は十字架ではなく、なんらか
の生物を象った像だが、印象としては教会が一番近い。中からは何
人かの気配を感じるが、そう多くはない。⋮拠点、ここでいいかな
ぁ?これくらいだったら全滅イケる⋮けど、教会︵仮︶だからなぁ
436
⋮外部の人間が出入りするかも分からないし⋮
などと考えていた矢先、唐突に教会の扉が開く。慌てて細い路地に
飛び込んだ。やっぱ止めだやめ!適当に手足や耳尻尾隠せば人間に
見えないことないし、スラム街にしよう。うん。で、チャンス見つ
けて雑貨屋襲撃、欲しいもの回収してとんずらだ
そう決めた俺は、さくさく駆けだした
白い髪の毛を、たなびかせながら
それを、その光景の欠片を目に留めた人物がいるだなんて、想像す
らしないまま
437
俺はデルトモルトで 9/01支援絵追加︵後書き︶
舌無し:欲求不満でムラムラする
舌無し:あと初めてまともな服着たかもわからんね
勇者:いつから暗殺アクションゲーになったし
438
第
話 彼らの事情︵前書き︶
勘違い要員の勇者パーティーだけど、彼らが主人公でもダークファ
ンタジー書ける気がしてきた
439
第
話 彼らの事情
﹁っだーっ!!なんなんだあのクソジジイはっ!﹂
思わずそこら辺の壁を殴りつけそうになって、自重する。今の僕が
全力で殴りつけたら、コンクリートの壁だろうがあっさり穴が空い
てしまう。現代のそれよりずっと脆い煉瓦もどきで作られた家なん
て、崩れてしまうかもしれないからだ
﹁まぁそう言うなって。爺さん婆さんは偏屈なのがお約束だっ!﹂
ガハハ、と豪快に笑う20半ばの大男。名前はダスティン。一応こ
の世界の騎士の中では指折りの実力者らしいけど、山賊とか言われ
た方がしっくりくる外見の持ち主だ
ぼさぼさの茶色い髪の毛は箒みたいに天に向かって伸び、180を
楽々超える長身に筋肉の鎧を纏った巨漢。背中には身の丈ほどもあ
る両刃の両手斧を背負い、その全身はなんかの生物のものと思わし
き、所々金属板で補強された革鎧に覆われている
無精ひげに日に焼けた浅黒い肌。笑えば愛嬌があるが、薄い傷跡だ
らけの強面だが、顔自体は整っている。ワイルドなイケメン、とい
う感じだろうか?ファンタジー系の物語ならば、熱血戦士、という
役所になるだろう男だ
僕とダスティン︱︱そして勿論ネネやもう二人の仲間は、温泉街デ
ルトモルト、という街に滞在していた
440
というのも例の目的地⋮光の女王の住む聖域、エルヴクロークはた
だ向かうだけでは入るどころか近付くことすら出来ないらしく、特
殊な手段を取らなければいけないらしい。なので、その方法を知る
老人に話を聞きに行ったのだが⋮
﹁なぁにが﹃悪しき心の持ち主がいる以上、例え教えたところで面
通りは叶わんよ﹄だ!世界を救うために必要だって言ったじゃねぇ
か!ちくしょう!﹂
物に当たって気持ちを落ち着けたいところだけど、そんなことした
ら町の人に迷惑が掛かりかねない。そこはぐっと堪え、隣を苦笑し
ながら歩くダスティンを見上げる
﹁つーか、悪しき心ってなんだよっつー話だよなぁ⋮﹂
﹁さぁなぁ⋮。俺やレオンガーラ、ネネストリは国の命令、アーサ
ーは教会からの出向、お前は女の色気に参って戦いに来たわけだか
ら⋮お前じゃね?悪しき心﹂
﹁俺かよっ!その発想はなかったわっ!﹂
確かにそう言われるとすっげぇ不純に聞こえるわ!不思議!でも愛
のために戦うって言われると尊く感じるよね!不思議!
ダスティンの言葉にしばしショックを受けていると、ダスティンは
顎髭をじょりじょり撫でながら呟いた
﹁⋮ここらで一回、とことん話し合ってみるべきなんじゃねーか?﹂
441
﹁っていうと?﹂
意図が読めずに首を傾げれば、ダスティンは苦笑を深めながら言葉
を繋げた
﹁なんのために魔王討伐に参加することにしたのか、だよ。一応拒
否権は用意されてたのに、それ蹴ってまで戦うことにした理由だ。
腹割って話し合えば、色々変わるかもしんねーぞ﹂
﹁⋮確かに﹂
一応僕たちはパーティーとして行動しているけど、その実バラバラ
だ。この街に来るまで何度か魔獣に襲われたが、完全に個人プレー
で倒したのと一緒だった。物語だと仲間内の不和はなんかのイベン
トが起こらないと解決しないもんだけど⋮ピンチになってようやく
信頼関係構築、ってのより、最初から仲良い方がいいよな
﹁そうだな。じゃあ、話し合ってみるか﹂
そして僕たちは宿屋の代わりに滞在させて貰っている教会の広間を
借り、パーティーメンバー5人⋮と、一匹を集めて話し合うことに
した
魔術師のネネストリはどこかぼんやりとしたまま、用意した料理や
お酒を摘んでいる。量自体はあんまり食べてないけど、スローペー
スでひたすら食べ続けているのを見るとなんか不安になる
騎士のダスティンは豪快に肉料理をひたすらかき込んでいる。酒は
鈍るから呑まないらしい。見た目に合わない
442
ヘリオールは魚も野菜も肉も満遍なく食べるものの、嘴だから食べ
にくいのかポロポロ落としている。もう見慣れた
そしてあと2人⋮ある意味、パーティー内の不和を全く気にしてい
ない金髪二名だ
片方は、レオンガーラ
金色の長髪に、170後半くらいの長身。首から下を完全に覆った
フルプレートメイル。異常なくらい整った顔立ちに、気品溢れる仕
草。装飾過多なのに実用性もある槍を傍らに、腰の細い剣は常に携
帯している。役職は騎士団長、らしい。ダスティン曰く、性格に問
題はあるが腕は確か、とか
そんなレオンガーラは適当に宿屋や売店で買った料理を見て、眉を
顰めながらワインをわざわざグラスで飲んでは﹁美しくない⋮﹂と
不満をこぼしている
もう1人はアーサー
こちらも金髪で、イケメン。神父服って言うのか?黒くて裾の長い
︱︱﹁カソック、と言うのですよ﹂︱︱服に、腰には金属製のメイ
ス。左手にはこの世界の聖書らしい本を持ち、常に微笑を浮かべて
いる。なんて言うのか知らないけど、片側しかない眼鏡をピアスか
ら伸びたチェーンで右目に付けている。︱︱﹁これはモノクルと言
います﹂︱︱って、
﹁人の思考を読んでんじゃねーっ!﹂
﹁心外ですね。あなたの顔に﹁なんぞそれ?﹂と書いてあったから
443
教えてあげたというのに⋮﹂
不満そうに眉を八の字にしながら肩を竦めるアーサー。⋮いつも人
をおちょくりやがって⋮これで司祭︱︱ようは宗教関係で結構えら
い人︱︱なんだから信じられない
なんで宗教関係者が魔王討伐パーティーにいるかって言うと、RP
Gの僧侶みたいなことが出来るから、ってのが簡単な説明になる
回復魔法︱︱この世界では﹃神術﹄と呼ばれるソレは、神に祈りを
捧げることで病気以外の全ての外傷を治療出来る術らしい。神術の
使い手⋮神術士の腕前にもよるが、司教レベルの神術士ならば、ぐ
ちゃぐちゃに潰れた手足を数秒で治せるとか。流石に死んでいたら
どうしようもないし、脳を破壊されたら不可能らしいが
これはネネが使う﹃魔術﹄や、精霊が使う﹃精霊術﹄とは全く違う
らしく、才能があり、厳しい修行を積んだものでなければ習得出来
ないらしい。魔術は簡単なものなら誰でも使えるし、精霊術は精霊
に好かれれば子供でも使える。だからか、凄腕の神術士は普通、教
会で手厚く保護されるんだそうだ
考えてみれば、アーサーが一番謎だよな。なんで命の危険なんかほ
とんど無い神術士が、わざわざ命がけの戦いに参加する必要がある
んだろ
﹁えっ、と。そんなわけで⋮なんだ。王都を出発してから色々あっ
ただろ?だから、改めて親睦を深めるためにも、宴会を開かせてい
ただきました⋮以上です﹂
﹁じゃ、ねーだろ。なーんで魔王討伐の旅に参加したのか。腹割っ
444
て話そうぜ、って訳だわな。ちなみにタクトは色仕掛けに負けたか
らだって認めたぜ﹂
﹁ちょっ!おまっ!?﹂
なんつーことをっ!?いやまぁ周知の事実だったから良いけどさ!
ほかの人に聞かれたらどうするっ!?
慌てて周りを見渡すが、幸いにして誰もいない。⋮まぁ、夜も遅い
時間だしな。助かった、と胸を撫で下ろした
とりあえず俺が落ち着けば、ネネは冷めた目でため息をはき、アー
サーはいつもと変わらず、レオンガーラ⋮レオは﹁面白そうじゃな
いか﹂と目を輝かせる、と様々な反応を示してくれた。どうや、酒
の席の余興、みたいな扱いになっているらしい
﹁ちなみに俺はだな!英雄になりたいからだっ!!﹂
ダスティンの声に、皆で顔を見合わせる。英雄⋮って、おい。子供
じゃねぇんだから
そう僕は⋮僕たちは思ったんだけど、ダスティンは超本気らしい。
身振り手振りも交えて瞳を輝かせる
﹁俺の家は代々騎士の家系だ。王に仕え、王のために死ぬ。そのた
めに俺は生まれたときから腕を磨いてきた!だがな!どうせなら俺
は王を守る盾ではなく!王の振るう剣となりたい!王に憎き魔王の
首を捧げ、それを持って俺の忠誠の証にしたい!それが俺の理由よ
!﹂
445
ガハハハハッ!と豪快に笑うダスティン。⋮なんか、呆気に取られ
てなんも言えないけど⋮そういうもん、なのかな。正直、ピンと来
ない、というのが俺の素直な感想だった
﹁ふむ⋮。成る程ね。むさ苦しい男の理由はやはりむさ苦しい。理
解に苦しむね﹂
金髪を描き上げながら言うレオ。いきなり否定されたダスティンは
不満そうに唇を尖らせながら、﹁ならお前はなんなんだよっ!﹂と
問う
レオはふっ、と綺麗な顔に笑みを浮かべると、いきなり立ち上がり
⋮妙なポーズで固まった。僕たちも固まった
﹁僕は⋮美しいだろう?﹂
⋮固まったまま、凍りついた
﹁⋮そうですね。性格はともかく﹂とどこか他人ごとのようにつぶ
やくネネの声が、すごく遠い
レオはネネの同意に気を良くしたのか、ポーズを変えつつ言葉を繋ぐ
﹁美しい僕には、美しい逸話が似合う⋮。つまり、そういうことさ﹂
﹁⋮ようは名声、ですか。んぐっ⋮レオンガーラさまもダスティン
さまと余り変わらないように思えますが。あ、すいません。その果
実酒ください﹂
吐き捨てるように吐かれた言葉に、空気が重くなる。もぐもぐと口
446
を動かしながら、無表情に繋げたネネに視線が集まる
﹁⋮あ、私ですか?私は王に人質を取られているので、仕方なくで
す﹂
﹁⋮えっ﹂
馬鹿な、と思う。王様は確かに掴み所のない人だったけど、人質だ
なんて⋮
﹁より正確に言うならば、借金です。王が私の養母が作った借金を
肩代わりする代わりに、私が勇者たちの旅の間の慰み者になる契約
をしたのです。養母は多分、王の下でメイドでもしてるんではない
でしょうか。あれで見目はいいですし、私があなた方に逆らわない
限りは安全は保証されるそうですし。幸いあなた方がホモとヘタレ
と馬鹿と聖職者だったので処女を奪われずに済みましたが﹂
⋮けろっとした顔で言うネネに、意識が遠のくような気すらした
重い。重すぎる。全然想像していた理由と違かった。この世界の、
そして僕より多分年下のはずのネネの重すぎる背景事情に、言葉を
無くす。そんな僕を余所に、続く会話
﹁馬鹿とはなんだ馬鹿とは。愛する女以外は抱きたくないってのは
普通だ﹂
﹁ええ。私も好ましいと思います。すいません、お酒のせいか口が
滑りました﹂
﹁ホモ、なんて低俗な言葉で括らないでくれないか。美しい僕には、
447
美しい道がある。衆道というのは未熟な少年を立派に美しく育て上
げるために必要な行為なんだよ。金と顔にしか興味のない、低俗な
女を抱くよりも、心と身体を繋ぎあう衆道の方がずっと尊いもので
だね﹂
﹁あまり精霊教の司祭の前で同性愛を語らないで貰えませんか?指
導しなくてはいけなくなります﹂
﹁⋮僕には及ばないとはいえ、そこそこ美しい君の言葉に免じて、
今は口を閉じようか﹂
︱︱レオが黙ってから、﹁次は私、ですか﹂とにこにこ笑いながら
アーサーは口を開いた
﹁⋮ネネストリさんのお金。ダスティンさん、レオンガーラさんの
名声。そして勇者殿の色。理由としてはとても俗的で、分かり易い
ものです﹂
﹁⋮金勘定ばかりが得意な精霊教の司祭に言われると、照れるもの
がありますね﹂
どこか恨めしげに、睨むような目つきでアーサーを見つめるネネ。
なにか因縁があるのかなんて知らないし、知りたくない。正直、の
ほほんと生きてきた僕には余りにも理解出来ない理由だろうから。
それが、ついさっきよくよく思い知らされた
アーサーは﹁⋮申し訳ありません。言葉が過ぎました﹂とネネに頭
を下げると、どこか遠くを見つめるように視線を飛ばした
448
﹁しかし⋮私の理由もまた、凡俗極まりないのですよ﹂
アーサーは少し酔っているのか、うっすらと頬を染めながら語り出
した
﹁私は8年前まで、ただの奴隷商の息子に過ぎませんでした。しか
し、とある奴隷⋮獣人の娘に恋をしたことで、全てが変わりました﹂
﹁﹁﹁﹁⋮は?﹂﹂﹂﹂
⋮こ、恋?獣人⋮って敵の⋮?いやそもそも奴隷っ!?
話を聞いていた人間は皆、戸惑いを隠せない様子で顔を見合わせる。
獣人は人間の敵。奴隷として見ることはあっても、それは家畜と変
わらない⋮それが、この世界のルールのはずだ
現代風に言うなら⋮その、なんだ。牛や豚に恋した⋮ってことか?
え、え∼⋮
なんて戸惑ったものの、脳裏に浮かぶのは眩しいほどの細い裸身と、
美しい白い髪に、柔らかな感触と甘い香り。︱︱下半身に血が集ま
りそうになって、慌てて被り振る。落ち着け、僕。ダメだろそれは
戸惑う僕らを一切気にせず、恋する乙女のように頬を染めたアーサ
ーは更に言葉を重ねる
﹁世界が輝いて見えました。彼女との会話は冷たい鉄の扉越しにし
か出来ませんでした。肌に触れたのも一度きり、手をつないだくら
いです。しかし︱︱私は、彼女以外に番になろうとは思えない﹂
449
﹁お、おう﹂﹁そう、ですか﹂﹁う、うん⋮美しい⋮のかな?﹂
熱っぽい様子で変態性癖︵この世界基準︶を語るアーサーに、少し
ばかり引いた様子の3人。いや、僕も引いてるけど
﹁しかし、ある日獣人が攻めてきたことで、僕らの蜜月の時は終わ
りを告げました。奴らが彼女たちを助けに来たのか。それとも偶然
だったのか。それは分かりませんが⋮彼女と他の奴隷たちは獣人の
足止めに、捨て駒として当時の商会長⋮僕の父だった人に、切り捨
てられたのです﹂
﹁じゃあ⋮﹂
アーサーが魔王討伐に付いて来た理由は⋮その好きな人を殺された
復讐⋮ってことか。よくあるパターンだけど⋮救われない、な⋮
僕達が沈痛な表情をしているのに気付いたアーサーは、いつもの微
笑を浮かべながら軽く肩をすくめた
﹁そんな顔をしないでください。私は、彼女が生きていると信じて
います﹂
へ?と首を傾げる僕たちを前に
アーサーは、酷く歪な笑みを浮かべた
﹁あれだけ祈ったのですから⋮神に、女性1人救えない訳がないの
ですから⋮生きています。生きていない訳がない。私はただ迎えに
行くだけです。彼女を。でなければ⋮私は、神を呪わなければいけ
なくなる﹂
450
︱︱ぞわり、と背筋が粟立った
凝縮された狂気とでも言うのだろうか。決して理解出来ない感情の
発露に、硬直した
﹁まぁ、言ってしまえば私も勇者殿と変わりませんよ。好きな女性
のために戦う覚悟を決めた、ということです﹂
一転。朗らかに笑うアーサー。⋮なんとなく、皆で一斉に息を吐く。
妙なプレッシャーがあって、正直怖かった。僕たちの妙な態度に思
うところがあったのか、アーサーは苦笑いしながら立ち上がる
﹁⋮少し、飲みすぎたようですね。夜風に当たって酔いを抜いてき
ます﹂
﹁あ、ああ。大丈夫だとは思うが、気を付けろよ。治安はそこまで
よくねぇし﹂
﹁大丈夫です。神は言っています。撲殺だったらギリギリオッケー。
だと﹂
意味わかんねぇよ。とは思ったものの、今のアーサーは純粋に恐か
ったのでスルーした
扉を開き、ふらつく足取りで教会を後にするアーサーの背中を見送
る。⋮にしても、このパーティー⋮不安要素多すぎるだろ⋮
﹁⋮ラノベ主人公みたいになれるかと思ったんだけどなー﹂
451
﹁⋮らのべ?⋮ライトニング・ノーデストルム・ベノムロードの三
大極悪魔法ですか?拷問に使われたりする﹂
﹁なにそれこわい﹂
452
第
話 彼らの事情︵後書き︶
魔術師:ライトニングで電流を流し、ノーデストルムの騒音で睡眠
を妨害し、ベノムロードの酸で表皮を満遍なく焼くんですよ
勇者:解説とかいらねぇからっ!
司祭:いつから錯覚していた⋮?勇者パーティーは安全牌だなどと
⋮っ!
騎士:どう足掻いても
騎士団長:絶望だねぇ⋮
水瓶烏:愉悦⋮っ!!
453
閑話 月夜の邂逅︵前書き︶
というわけで3話更新ですっ!
今月は連休が会ったから書きためられたね!やったね!
454
閑話 月夜の邂逅
アーサーは少しばかりフラつきながらも、教会から出る。少しばか
り、語りすぎた。そして、飲みすぎた
彼女を思い出すとついつい酒を煽ってしまう。悪癖であるとは気付
いていたが、これがなかなかどうして、使いやすい﹃設定﹄である
と思うと治す気にもなれなかった
そも、たった8年で一介の信徒から司祭にまで登り詰めるのは、異
例の事態だ
たまたま神術の才能があったから、たまたま席が空いていたから、
たまたま自分が現枢機卿に気に入られていたから。理由を上げだせ
ばきりがないが、自分はこれを神の思し召しである、と信じていた
そう、全ては﹃彼女﹄に会うための試練であり、それを成し遂げた
褒美なのだと
金勘定ばかりにかまけて信心を失った司祭どもよりも、真摯に神を、
神に彼女の無事を祈り続けた自分が認められたのだ、と
だが⋮未だ自分の前に彼女は現れない
ただそれだけで、今日もアーサーの心はささくれる。その苛立ちを
紛らわすために魔獣を撲殺し、己の分も弁えない愚者たちの傷をせ
せら笑いながら癒し、倒れるまで祈り、時に自傷を繰り返した
455
こんな自分に愛を囁いてくれた者もいた。現枢機卿などその筆頭だ。
40近いくせに色狂いのあの女は、聖職者であることも忘れて必死
でアーサーに媚びへつらう。どんなに誘っても、アーサーは彼女以
外に興味はないというのに。﹃愛する人を失った哀れな男﹄、とい
う設定は、どうにも男日照りの教会上層部の﹃お嬢さん﹄方には、
魅力的に映るらしい
はてさて、それは自分に自信があるのか無いのか
自分ならば、慈悲深き精霊教に殉じる女信徒である自分ならば、無
限の慈悲で哀れな男を癒せる、などと傲慢な思い上がりでも抱いて
いるのか
ああ、終わっている。
精霊教会はきっともう駄目だろう
勿論、自分も駄目だ。女信徒は色狂い、男信徒は金狂いで色狂い。
そして自分は狂気に犯されている。まともな人間でも信徒になれば、
数年もすればおかしくなる。それが精霊教会の実情だ
そして、初めて謁見した時から気付いていた。この国の王もまた、
終わっている
ドロドロに濁ったあの目を、表向きは清廉潔白にして厳格な王の仮
面で隠した己の同類は、きっと自分の国が滅びようと顔色を変えな
いだろう
最も、それもまた自分もだが
456
彼女さえ再び抱きしめられるのならば、勇者も使命も魔王もどうで
もいい。それがアーサーの偽らざる本音だ。もし旅の途中で彼女を
見つけることが出来たのならば、きっと自分はその足でいくつも用
意しているもしもの時の隠れ家に逃げ込むだろう
そして彼女と共に永劫2人で過ごすのだ。自分と彼女では子供は出
来ない。つまり、未来永劫自分だけが彼女を独占出来る。想像する
だけで甘美な望みを果たすためにも、彼はこの魔王討伐の旅で倒れ
るわけにはいかないのだ
︱︱しかし
そんな冷静な思考は、教会の扉を開いた直後。視界の端を僅かに掠
めた純白が完全に奪い去った
ぶわっ、と汗が吹き出た。まさか。そんな馬鹿な。冷静な思考は弱
々しくそんなことを訴えるが、理性を圧倒した衝動が、酔いを吹き
飛ばしながら身体を動かした
何度も見つめ、何度も夢に見た美しい白い髪。月夜に照らされ輝く
白い尾。ほんの一瞬だけ見えて、直ぐに路地に引っ込んでしまった
その光景が脳を焼く。身体を突き動かす
気が付けば駆けだしていたアーサーは、道の端に放置されたゴミを
蹴り飛ばすようにして路地に飛び込んでいた
必死だった。ナニモノにも代え難い自分だけの宝。ここで見落とし
てしまえば、二度と手に入らない︱︱そんな悪寒すら感じた
457
﹁待てっ!待ってくれ⋮っ!!頼む⋮っ!﹂
嗚呼
どこに行ってしまったというのか
探せども探せども。その尾にすら触れることはできない
呼び掛けにも応えはない。それは、そうだ
だってアーサーは︱︱︱彼女の名前すら、呼べないのだから
数分か。数十分か。もしかしたら数時間かもしれない。時間の感覚
が曖昧へと溶け、ぼんやりとした意識のまま、アーサーは壁に手を
付いて腹の中身をぶちまける。中途半端に消化された料理と酒が路
地にぶちまけられ、そこから異臭が立ち上がる
⋮見えない。もう、会えない
余りの情けなさに涙が溢れた。吐瀉物の中にぽつぽつと零れる涙に、
端正な顔を歪ませ更に涙する。なりふり構わずうなだれ、泣き叫び
たい衝動に駆られながら、アーサーはふらふらと足を進める
どさりっ、と重い音。気が付けば、アーサーは倒れ込んでいた。路
地に転がるゴミに足を取られ、無様に石畳の上に体を投げ出していた
吐瀉物の上に倒れ込まなくて良かった、と思えば、急に笑いがこみ
上げてくる
﹁ハハ、ハハハハハ⋮アハハハハハ⋮﹂
458
壊れた蓄音機が悲鳴を上げるかのように。人間味のない笑い声。聞
く人が聞けば嫌悪を、あるいは同情の心を持つだろう空っぽの笑い
を、アーサーはついつい漏らしてしまった
︱︱しかし、時にはそれが︱︱幸運を、希望を︱︱あるいは不運を、
絶望を︱呼び出すこともある
倒れたアーサーの前に、黒が広がる。黒い布。仕立てのいい黒。そ
れは、異世界の技術で作られた学生服
顔を隠すように掛けられたらそれに、アーサーが呆気に取られる。
勇者は確か、上着をなくした、と言っていなかったか?なのに何故、
この独特な手触りをもつ上着が、自分の上に?
のろのろと起き上がった彼が、覆面のように顔を隠す上着を剥ぎ取
る。︱︱ほんの僅かに残る血のにおいと、甘い、女の香り︱︱ネネ
ストリ、か?と思ったのは一瞬
学生服の内側に残る、純白の毛髪が︱︱彼の瞳を、心を抉った
たった一本だけだ。しかも、それが彼女だ、という確信はない
だが、それでも︱︱
﹃カァーン、カァーン、カァーン﹄
思考を分断され、苛立たしげにアーサーは立ち上がる。一体なにが
起きたのだ、と路地から出て、敵襲を告げる早鐘を苛立たしげに睨む
459
次いで彼が向かったのは、街の各所に設置された伝言板だ。特殊な
魔術によって作られたソレは、この街の中限定で、だが、情報の共
有に非常に役に立つ
アーサーが見つけた伝言板は、今まさにどこかで﹃書き込み﹄が為
されている場面だった
緑一色の伝言板に、色々な情報が書き込まれている。どこの店が安
売りだ、とか。勇者がこの街に到着した、とか。大半は役に立たな
いものだ。だが、今まさに書かれているその言葉は、緊急事態を意
味する赤文字で書かれていた
﹃殺人事件発生
被害者は衛兵二名。外部からの侵入者、あるいは内部からの脱走犯
の可能性あり。
衛兵は街外部の警戒に当たる。
夜が明けてから街中を調査するため、夜間の外出禁止。ならびに戸
締まりをしっかりと﹄
殺人事件か、とアーサーは嘆息する。今のご時世、珍しくもない。
むしろそんなもんを調査するくらいならばそこら辺で餓死している
貧民の死体の処理をしろ、とアーサーは考え︱︱続いた文字に、目
を見張った
﹃犯行現場にて白い獣のものと思われる毛を発見。注意
被害者については後日遺族のみに連絡する。自身の身の安全は∼∼﹄
白い、獣の、毛
手にした学生服は、その内側に残されていた毛は、白い
460
﹁⋮⋮﹂
無言で、アーサーはじっと手の中を見下ろす。そこに残る体毛が、
彼に小さな期待を、希望を抱かせた
﹁いるの⋮ですか⋮?﹂
ぽつり、と小さな問いかけ。誰かに届く訳のない問いは、やはり闇
夜に溶ける
﹁此処に⋮あなたは、いるのですか⋮?﹂
もし、もし、もし、そうならば︱︱︱︱︱︱︱
闇夜に、獣の雄叫びが響いた気がした
461
懐かしい顔を見たものだ、と彼女は笑う。追われてるのに気付いて
奇襲をかけようとしたのに、思わず放置してきてしまった。毛布代
わりに上着をくれてやる気遣い付きで。キャッ、俺ってばやっさす
ぃー
ぴょんぴょん、と屋根から屋根に軽く飛び乗りながら、﹁いひひ﹂
と嫌らしく笑う
462
なんと言うのだろうか?子供のころに懐いていた近所のお姉さんと
再会した気分?懐かしさと切なさの入り混じった感情に、﹁ああ⋮
昔は俺もうぶだったなぁ⋮﹂と感慨深く思う
そういえば、ほとんど忘れていたけどアーサー⋮だっけ?アーカー
ドだっけ?⋮まぁ、いいか。金髪くんは奴隷商の息子なわけだ。じ
ゃあ、世界中飛び回っていてもおかしくない。たまたまそれが被っ
たわけか。商人っぽい格好じゃなかったけど、コスプレにでも目覚
めたんかねぇ
ともあれ、今回は金髪くんは殺さないでおいた。理由は単純。今殺
したら確実に返り血がヤバい。せめて水浴び出来る場所見つけてか
らじゃないと動けない。温泉街ってくらいだから期待していたのに、
裏切られた気分だ
⋮でもまぁ、次会ったら必ず殺す
子供のころ世話になった⋮よな?⋮うん、それなりに⋮多分、世話
になった男を、惨殺する。いや、笑顔を浮かべて抱き締めながら、
その背中に刃を突き立てる。想像するだけで面白い。きっとアーサ
ーは俺が奴を恨んでいる、と思い込んでいるはず。足止め役に切り
捨てた訳だし、俺が人間に飼われていたことを知った、っては間違
いなく理解しているはずだし
そこで友好的に近付いて⋮ぐさっ、かぁ。うん。悪くない。きっと
困惑↓安堵↓驚愕↓絶望ってたのしぃく表情変えてくれるんだろう
なぁ、楽しみだなぁ
そういう意味じゃあもう一度会いたいところだけど、出来ればこの
街を出てからにしたい。じゃないとあの日本人を殺す前に俺が死ん
463
じゃう。そんなことになったら死んでも死にきれない!
日本人の惨殺、これが第一目標ってのには変わらないんだよね。そ
のためにも武器用意しなきゃ。武器ってか道具?あー!その前に殺
し方確定してー、グレーテル誘ってー⋮んー?
あれ、道具用意してもグレーテルに連絡する方法なくないか?⋮あ
ー、まあいいや。とりあえず道具の用意、日本人の拉致、を目標に
しよう。グレーテルに連絡取れなくてもそれはそれで仕方ない、っ
てことで⋮おおう?!
﹃カァーン、カァーン、カァーン﹄
⋮敵襲の鐘っすよねー。衛兵殺しがバレたかな?となると侵入もバ
レたっぽい。とにかくスラム街で潜伏すること第一で行くしかない、
か
あ、そうだ。火を放とう
ふと思い付いただけだが、意外といいかもしれない。煉瓦で作られ
ていても基礎は木材のはずだし、スラム街はさぞやよく燃えるだろ
う。煉瓦は強い熱を加えるとぼろぼろ崩れ出すし、熱を内に閉じ込
める。人間が次々蒸し焼きになっていく様は、さぞや見応えがある
だろう。序でに火事場泥棒に励み、混乱に乗じて脱出すればなんと
かなりそうだ
ぴょんぴょんっ、と軽く、身軽に屋根から屋根へと飛び映る。夜空
に煌々と輝く三日月のように、真っ赤な口元に笑みを浮かべ、彼女
は笑う
464
﹁ワォーーーーーーーーーーーーンッ♪﹂
遠吠えのように、雄叫びのように、哀れな人間たちを小馬鹿にする
ように、大きく長く吠えながら
465
閑話 月夜の邂逅︵後書き︶
ネタが思いつかなかったので
どうでもいいオマケ
拓人が召還された異世界で、本気で生きるために尽
新・発売のダークファンタジーRPG﹃フィルガイア・ブラックラ
黒金
ベル﹄っ!
主人公
力するダークファンタジー
主人公は最初から最強というふざけたゲームバランスながら、どう
足掻いても絶望に行き着くふざけたストーリーをご堪能くださいっ☆
主要人物
・勇者パーティー︵隠しキャラ含む︶
拓人
決意の勇者
黒金
平凡極まりない男子高校生。趣味は庭いじりと散策
466
田舎暮らしの高校生。実家は牧場。子供のころから動物の解体を目
にしているため、血や殺しに対する忌避感は薄い
肉美味いよ肉。さっきまで生きてたけど
心優しき騎士団員
ダスティン・ブラドー
騎士の名門、ブラドー家の次男坊。文官の兄を持つが、仲は悪い。
兄は剣を振ることしか出来ないダスティンを馬鹿にしていて、ダス
ティンは机にかじり付く兄を馬鹿にしている
5/15
3/10
肉。とりあえず肉。あと筋肉付けよう。マジで
好感度
イベント回収率
・出会い
・修行開始!
・酒飲めよ!
・???
・乳派?尻派?
・彼らの事情
∼以下進行中∼
悲壮な魔術師
467
ネネストリ・ヴィラー
捨て子の魔術師。才能が並みよりはあったため、養母に拾われる。
それに恩義を感じているため、如何なる時も養母を見捨てることが
出来なかった
養母が身売りをして自分を育てていると知り、男性に嫌悪感を覚える
4/15
2/10
食えるときに食います。虫でも食います
好感度
イベント回収率
・出会い
・勉強開始!
・飴は、とっておきです
・???
・???
・彼らの事情
∼以下進行中∼
慢心の騎士団長
レオンガーラ・ディエルゴ
端正な顔立ちをした騎士。重度のナルシストで同性愛者。過去、同
期の騎士に強姦された経験があり、その過去を忘れるために自分は
美しいから、あの経験は素晴らしいものだったのだ、と逃避を続ける
それは彼の人間不信の現れでもある
美しいなら食べる。違うならヤだ
468
・好感度
2/15
1/10
イベント回収率
・出会い
・???
・???
・???
・???
・彼らの事情
∼以下進行中∼
狂気の司祭
アーサー︵アーサー・ヘドリック︶
精霊教の司祭。いつも柔和な笑みを浮かべているが、冷徹で腹黒い。
いざというときには平気で他人を切り捨てられる男
とある獣人を狂愛している
3/15
1/10
宗教上の理由で生モノは食べれません。野菜も果物も含めて
好感度
イベント回収率
・出会い
・???
・???
・彼らの事情
469
・狂気的な愛
∼以下進行中∼
???
???
0/15
0/10
このキャラクターにはまだ出会っていません
好感度
イベント回収率
隠しキャラ︵特定条件を達成することでパーティーに加入します︶
謎の獣人
???
偶然知り合った謎の獣人。勇者の前に度々姿を見せる彼女の目的と
470
は⋮?
完了条件
・パーティーメンバー全員の好感度が5以下の状態で遭遇する
未達成条件
・パーティーメンバーが全滅している
・謎の獣人???の四肢のどれかが欠損している
・獣人軍を攻略時に双子座の魔人が消滅している
2/10
5/10
・謎の獣人???を殺さずに勝利する︵あるいは殺した後、蘇生さ
せる︶
好感度
イベント回収率
・出会い
・あなたの■は私のモノ
∼以下進行中∼
黒犬の統率者
???
このキャラクターには︵略
未達成条件
・謎の獣人???が死亡している
・獣人軍攻略時にディン・ディデュークが生存している
・???を殺さずに勝利する︵あるいは蘇生させる︶
471
黒衣の求道者
???
このキャラクターには︵略
未達成条件
・パーティーメンバーの好感度が全員7以上の状態で遭遇する
・パーティーメンバーが1人以上死亡している
・戦闘を行わずに彼女を説得する
永劫幼炎
???
このキャラクターには︵略
未達成条件
・魔王討伐時、謎の獣人???がパーティーにいる
・永劫幼炎???との戦闘に勝利する
・人界が滅びている
472
本編とは一切関係ないです︵`・ω・´︶キリッ!
473
閑話 置いてかれた少女は︵前書き︶
お待たせしました更新ですっ!
今回更新分からようやく話が進む⋮
474
閑話 置いてかれた少女は
場所は魔界の某所。別名、﹃魔城﹄
かつて魔界にまでその足を伸ばし、圧倒的な軍事力によって数多の
獣人を押し退け、巨大な城を建設するに至った大国。しかし、12
人の魔人によって一夜にして滅びた大国の残した巨城を、そのまま
魔人たちが乗っ取った結果生まれた12の魔人の住まう城
500年以上も放置され、老朽化し、廃墟同然となった城のエント
ランスに、5人︱︱厳密に言えば4人と半分︱︱の魔人が集まり、
にやにやとことの成り行きを見守っていた
ロビン・フットは射手の魔人である
微笑を浮かべるだけで女性の腰をとろけさせるような甘いマスクと、
細く長身ながらも鍛え上げられた肉体美。上半身にまとうのが薄い
475
黒のタンクトップにマントのみということもあり、ちらちらと露出
する胸板に、熱い息を吐く女性は少なくない
焦げ茶色の髪に緑の尖り帽子を乗せた彼は、引きつった笑みを浮か
べたまますぐ目の前、手を伸ばせば簡単に抱きしめられる位置に座
る少女︱︱双子の魔人の片割れ、グレーテルへと声をかけた
﹁あ、あ∼⋮グレーテルさん?なに怒って﹂
﹁うるさいだまれ﹂
﹁すいまっせんっ!﹂
無理無理無理無理っ!!と首を振りながら他の魔人に助けを求める
ロビン。しかし、救援を求める悲痛な叫びはあっさり無視された
ちょっと離れたところで隣の人物に水をかけていた乙女の魔人。メ
アリ・スゥは視線で語る
︵いつも﹁女性の扱いは俺に任せろって。一発千中のロビン・フッ
トにかかりゃあ、人妻から幼女まで選り取り見取りさ﹂とか言って
るんだから頑張るのよ︶
ロビンはその秀麗な顔を情けなく歪ませた
木製の大きな桶から魚の下半身はみ出させながら水をかけられてい
るほう、魚の魔人、セイレーンは笑顔の奥の視線で語る
︵男なら口説き落とすんだからー♪︶
476
ロビンの顔色がどんどん悪くなる
そして残る1人もまた、笑顔で彼を地獄に突き落とす
︵逝けよヘタレクズちゃぁん?それともぉ、人間みたいなクズは抱
けてもぉ、魔人は抱けないのぉ?バカなの?死ぬの?ってか死ねよ
ゴミクズ♪︶
なんで視線だけでこんなに人を罵倒出来るのか。彼女︱︱蟹の魔人、
ケリィの姿に落涙するロビン
ケリィもまた、見た目だけは美しい少女だ。外見の年齢は20に届
かないほど。ふわふわと広がるピンク色のツインテールはレースで
装飾されたリボンで結ばれている。フリルやレースで装飾過多にな
った膝丈のドレスのせいで分かりづらいが、スタイルもいい。15
0半ばほどの身長に、すらりと伸びた手足。大きすぎず、かといっ
て小さくはない胸の膨らみ。にこにこと大きなアーモンド型の目と
少し厚めな、男を誘うような赤い唇は楽しそうに弧を描く
端的に言ってとびきりの美少女にしか見えないケリィは、くるくる
と右手で持った純白の日傘を回す。軽い動作ながら、ロビンにはそ
の光景が死刑執行人の準備運動に見えるのだから笑えない
基本的に自分のことにしか興味がないはずのケリィですらフォロー
を要求するくらいだ。今や部屋の隅っこで体育座りしながらネズミ
の手足を引きちぎったりくっつけたりして遊んでいる⋮というより
いじけているグレーテルの片割れ、シスコン極まりないヘンゼルは
どれだけ苦労しているのだろうか、と数少ない男性型魔人仲間とし
て、厄介な相棒を持ってしまったヘンゼルに同情する。3割くらい。
7割以上は嘲笑う。それが魔人流の友情
477
︱︱とはいえ、そのヘンゼルが何故か姿が見えない訳だし、グレー
テルは気難しいことと、魔人の中で最も嗜虐的なことで有名だ。我
の強い女性型魔人じゃ話にならないし、ここは数百、数千の女性を
口説いてきた俺の話術で宥めるしかねぇ!と腹を括るロビン。その
雰囲気が伝わってきたのか、やおら応援歌を歌い出すセイレーン。
﹃ろびん︵︶﹄という文字と、デフォルメされたロビンの顔が描か
れた旗を振るメアリ・スゥ
﹁ファイトー♪ファイトー♪やればできるからー♪ロビンはやれば
できるこだからー♪﹂
﹁がんばるのだわ∼﹂
﹁あはっ☆これで失敗したら去勢しちゃいましょっ!口先くらいし
か取り柄のない下半身に口がついてるような男なのに、それすら使
い物にならないなんてマジゴミカスだしぃ、そんなん魔人の面汚し
∼みたいなぁ?﹂
﹁冗談じゃねぇっ!?やめてっ!どれだけの女が泣くと思ってんだ
!?﹂
ケリィはヤルといったらヤル女だ。もしも失敗したら間違いなく去
勢しにくる。魔人の再生力ならもっかい生えてくるかもしれないが、
自分の分身をぶちっとヤられるなんて考えるだけでナニが縮こまる
ぐわしっ!とナニかを握り潰すかのようなジェスチャーを満面の笑
みを浮かべるケリィを、股間を庇いながら涙目で見つめるロビン。
茶番のようなやりとりに、ついに我慢の限界に達したらしいグレー
テルがばっ!と立ち上がる
478
ぴたり、と動きを止める4名。自身に注がれる視線に、プルプルと
震えながら、きっ!と鋭い視線で4名を睨むグレーテル
﹁⋮お菓子の家﹂
ぱちんっ、とグレーテルが指を鳴らせば、ぽふんっ、とファンシー
な音と共に広いエントランスに小さなお菓子の家が現れる。引きつ
るロビンの表情。速やかに撤収準備を整える女性三名
無言のままグレーテルは壁材に使われていたビスケットを剥がすと、
涙目でロビンの口元に押し付ける。ぐいぐいと。ボロボロ欠片がこ
ぼれるが、少しでも食べれば呪いが身体に回るので関係ない、と言
わんばかりの表情だ
﹁ちょっま!やめっ!それ食ったら死ぬかもだかっ!むぐっ、ぺぺ
ぺっ!ちょっ、誰かこの娘止めて!俺死んじゃうし!﹂
必死で口内に侵入してくるビスケットを吐き出しつつ助けを求める
が、既に女性陣は高みの見物を決め込んでいた。のほほん、とした
表情で﹁女の子泣かせるとか最低なのだわ﹂﹁最低だからー♪﹂﹁
サイテーサイテー☆﹂とロビンを罵倒する。なんという格差社会。
男性型がマイノリティである以上、うん百年かかってもこの格差は
埋まらないようだ
口を開けばビスケットが飛び込んでくるので、半ば押し倒されかけ
ながらの無言の攻防。しかし悲しいかな、ロビンの腕力は戦闘タイ
プの魔人の中では最弱である。抵抗むなしくぐいぐい押し倒され、
歯を砕かれ、甘くて鉄臭い血まみれの菓子を喉まで詰め込まれ︱︱
479
﹁︱︱︱不能になっちゃえ﹂
﹁ふんっ!﹂
即座に腰の後ろに差していた狩猟刀で腹を裂いて胃ごと摘出した。
今ほど自分が魔人であることに感謝したことはない。と脂汗を掻き
ながら激痛に耐えつつ感謝の祈りを捧げる。誰に?強靭な自分の身
体に
割腹したせいで血反吐を吐きながらびくんびくん痙攣し、血だまり
を作るロビン︱︱の頭をグリグリ踏みつけるグレーテル︱︱達の様
子を指差して爆笑するメアリ・スゥ、セイレーン、ケリィ
﹁⋮なんで普通に声かけただけやのにカオス⋮﹂
そんな光景を水晶を通して眺めながら、思わず彼女︱︱メーリス・
モーリスは額を押さえて呟いた
480
これでは﹃例の件﹄を話す余裕はないだろう。グレーテルの荒れよ
うもそうだが、ロビンの傷は魔人とはいえ1ヶ月は安静にしていな
いと不味いレベルの傷だ。安易に話して誰かが死ぬ、なんて結末は
避けたい
﹁あーんもぉ⋮次から次へと問題ばっか起こすんやから困るわぁ⋮。
うちっちが責任とらなあかんねんから大人しゅうしててくれへんか
なぁ⋮。特にグレーテル﹂
数日前から急に大人しくなったが、つい先日までほんの少しの時間
の遊びや暇つぶしのために人間やら獣人を殺すもんだから獣人から
抗議が酷かったのだ。噂では向こうの獣人がグレーテルを誘ってい
たそうだが、グレーテルの方が遥かに年上なんだから少しは諫めて
くれ、的な書状が
﹁強けりゃ大概笑ってすませる獣人がわざわざ抗議するなんて⋮何
百人殺してんねん。ここ10年くらい楽しそうやったし、その間に
殺しまくったんかなぁ⋮ご苦労さんやわぁ﹂
モーリスははぁ、と溜め息を吐きながらくるくると書状をまとめる。
相手は獣人ではなく、魔人︱︱水瓶の魔人、ヘリオールからだ
﹁ま、ご苦労さん度で言うたらヘリオールもよっぽどやね。にして
もこれどないしよ⋮﹂
報告書に書かれている言葉は、簡潔にして分かりやすい
﹃魔人と竜を魔界に閉じこめている結界は、もってあと半年﹄
481
1000年前に張られた結界が、今までその効力を発揮しただけで
も奇跡に近いのだ。むしろ、よくもまああと半年も保つものだ、と
感心すらした
ちなみにこの書状はもう1ヶ月近く前に渡されたもので、残りは5
ヶ月ほどだろう。それほどまでに、その力は衰えている
﹁︱︱やから、戦闘タイプの魔人集めて無理くり破壊してまおうか
と思ってんけど⋮ちょおあの様子やと無理そうなー﹂
協調性とか良心とかそういう大切なものをどっかに落としてきてし
まったらしい喧嘩ばかりの魔人を水晶越しに見つめ、モーリスはう
っすらと笑う
﹁魔人はあと5ヶ月、大人しゅうしとれってイザリスちゃんが言う
とるのかもしれんし⋮。結界のことはみんなに黙とこか﹂
やれやれ、と肩をすくめる。時間は腐るほどにあるのだ。のんびり、
のんびりと︱︱人間を滅ぼしてしまわないように細心の注意を払い
ながら、事を進める必要がある
﹁せやろ?イザリスちゃん⋮。ほんま、アルトリウスのにーさんも、
厄介な契約してくれたなぁ⋮﹂
誰かに向けた訳ではない問いかけ。愚痴。たった1人、やけに広い
部屋の中に引きこもる彼女は、心底めんどうくさい、と思いながら
も、昔を思い出せば浮かぶ微笑。1000年も前に、あの幼い魔王
と勇敢で豪快な人間が交わした契約。その見届け人になった自分が、
そしてヴァルフォースが生きている限り、その約定を違えることは
482
許されない
﹁⋮ああ、会いたいなぁ。イザリスちゃんにも、アルトリウスのに
ーさんも⋮。いつまでうちっち一人ぼっちにすんねん⋮泣いてまう
どー⋮﹂
ほんま、はよ死にたいわぁ⋮
ぼそり、と呟かれた言葉は、水晶に囲まれた部屋の中に響いて⋮消
えた
483
閑話 置いてかれた少女は︵後書き︶
まとめ
双子妹:グレーテルです⋮置いてかれて拗ねてるグレーテルです⋮
ヘンゼルに八つ当たりするグレーテルです⋮
射手:この話のせいで俺のポジションが決まってしまった気がする!
蟹:元からそういうキャラでしょぉ?
魚 いんだもんっ☆
蟹:だってロビンちゃん⋮
蟹: 雑 射手:全俺を敵に回したぞケリィ⋮っ!!
双子妹:おまえらうるさいっ!
魔人長:⋮偉い人やのに影もキャラも薄いとか、言わんといてな⋮
?
484
第
話 邂逅/再会︵前書き︶
ちなみに前話おまけ
戦闘能力
蟹>双子︵兄妹︶>双子︵妹︶>双子︵兄︶>>>>>射手
プライベート︵人間型︶
双子︵妹︶≧蟹>>>>>>越えられない壁>>>>>双子︵兄︶
>>>>>絶壁>>>>>射手
つまり射手は犠牲になったのじゃよ⋮虐げられる蟹、その犠牲の犠
牲にな⋮
485
第
話 邂逅/再会
﹁アーサーのやつ、結局戻ってこなかったなぁ⋮﹂
一夜開けて翌日。頭を冷やす、といって出て行ったきり姿を見せな
い仲間の1人を思って拓人が呟けば、ヴィルカスはそれを豪気に笑
い飛ばす
﹁そう言ってやるな!昔の女を思い出しちまったんだ、そりゃー女
の一人くれぇ抱きたくなんだろ!﹂
﹁下品﹂
﹁えっ、マジで?あれってそういう意味だったんっ!?﹂
うわー、うわー、大人だー。と呟く一方、聖職者としてそれはどう
なん?と疑問も生まれる。疑問はとりあえずネネに問うことにして
いるので、いつも通りに問いかけた
﹁精霊教の理念は大自然を大切にしましょう、ですから問題ありま
せん。人間も自然の一部であり、一種の生物として産めよ増やせよ
交配せよっ、ということですね。精霊教のタブーは無意味な自然破
壊や、無意味な殺生です。後は快楽の追求などですかね?麻薬は却
下です。あと医療行為⋮怪我の手当ても許されません。怪我したら
放置で自然治癒か、唯一、神に許された傷を治す秘術⋮神術に頼る
こと。という感じです。ちなみに一般人が治療を要求するとお布施
と称して大金をむしり取られます。そのくせ怪我の治療は許されな
486
いのだから、精霊教から見ればボロ儲けですね。ちょっと前線に出
向けば怪我人なんか腐るほどにいますから﹂
﹁⋮なんか、エグくないか?﹂
﹁そんなものですよ。宗教なんて﹂
﹁それに熱心な信者でない限り、普通に手当てくらいするぜ?まぁ、
信者のくせに手当てしたりすると多少睨まれるが、それだって強要
されねーしな﹂
﹁ふぅん⋮﹂
そんなもんかぁ⋮と呟きながら足を進める
拓人、ネネ、ヴィルカスの三人は今、とある商人夫婦の懇願で獣人
に誘拐されたらしい一人娘の捜索を行っていた。尚、アーサーは理
由は分からないが昨日の夜から戻らず、レオは﹁面倒くさいからパ
ス︵意訳︶﹂とは言っていたが、実際のところは二日酔いだろう。
アーサーが消えてからは会話する相手がいなかったせいか、パカパ
カと酒を開けていたのだから二日酔いにならなきゃおかしい、と拓
人は思っている
とはいえ、ほとんど何の手掛かりもない状態で探すのは難しいので、
ヘリオールの力とやらで当たりを付け、更にヘリオールに空から探
してもらう、というヘリオール様々な方法で探そうとしているわけ
だが⋮どうにも嫌な予感がする。この世界に来てからというもの、
やたら直感が鋭くなったような気がする拓人は、膨れ上がる不安を
拭えない
487
﹁みなさーん。見つけましたよー﹂
タイミングよく戻ってきたヘリオールの案内で、デルトモルトから
大分離れた荒れ地に向かい︱︱そして想像通り⋮いや、想像以上の
惨状に、顔をしかめた
﹁ひでぇな⋮。引きずったんだな。顔が半分削れてやがる﹂
﹁⋮ご両親には見せない方がいいでしょうね。遺髪だけ切ってここ
に埋めましょう﹂
ヴィルカスやネネの言うとおり、服を全てはぎ取られた上に全身傷
だらけだ。獣にでもかじられたのか、真っ赤に染まった傷口からど
す黒い血が零れて固まっていた。この世界に来て大分人の死に慣れ
たと思っていたが、少なからずショックを受ける拓人
﹁⋮これを、獣人が⋮やったのか⋮﹂
﹁恐らく。生きたままハラワタを喰らわれるのと、削り殺されるの
⋮どちらがいいのか聞かれたら返答に困ります﹂
﹁そう、か⋮﹂
顔色を青くした拓人の脳裏に浮かぶのは、やたら人懐っこい獣人の
少女。あんなにも友好的⋮というか、警戒心0で近寄ってくる獣人
もいれば、こうした残虐な行いをする獣人もいる⋮。ほんの少し考
えていた、獣人と共生出来るのではないか、という考えが儚くも消
える
荒れ地に埋めるのは可哀想だ、とせめて森の中まで遺体を運び、そ
488
れを埋める。ここに来るまではまだ会話もあったが、穴を掘ってい
る間は無言だった。誰からともなく両手をあわせるものだから、こ
の世界にも合唱の文化があるのか、と拓人は驚いた
墓石代わりに平べったい大きな石を遺体の埋まる場所に置き、小さ
くヴィルカスは﹁帰るぜ。酒でも買って飲み直そう﹂と呟いた
なんとも気まずい空気に誰もが押し黙る。結局その空気は、デルト
モルトに戻るまで変わらなかった
その後俺たちは例の商人夫婦の元に赴き、娘さんの遺髪を渡した。
泣き崩れる夫婦の姿を見ていられなくて、そっと席を外すと、陰険
ジジイ⋮エルヴクロークに入る方法を知るという、ヤサクという男
が待っていた
﹁何のようだよ、爺さん﹂
﹁⋮一度しか言わん。よく聞け﹂
そうしてヤサクが語ったのは、30年も前に彼が経験した不思議な
体験だった
当時彼は狩人として活動していたらしく、その時も獲物を狩り、野
草を摘んで家に帰る途中だったそうだ
しかし、その帰り道運悪く道を踏み外した彼は、とある山の美しい
湖に落ちてしまったらしい
すると何故か彼はエルヴクロークにいて、数日間迷ったあげくにエ
ルヴクロークに住む精霊たちに追い出されたのだ、と語った
489
それ以降、何回エルヴクロークに向かおうとしてもあの不思議な現
象は起きず、彼はほら吹きと呼ばれるようになった、と
だが、もしかしたらその時抱えていた獲物や野草が鍵になったのか
もしれない。それを教えてやるから、試すなら試してみろ、と
﹁何故いきなりそれを話す気になったんだよ。昨日あんだけ断って
たくせに﹂
とヴィルカスが問えば、ヤサク老人は薄く笑った
﹁⋮孫娘の遺髪を拾ってもらったんじゃ、なんもしねぇわけにゃあ
いかんべや﹂
と一声かけて、彼は真っ赤に染まった目元を隠すように顔を押さえ
ながら泣き伏す商人夫婦のいる室内に入っていった
⋮より一層重くなる空気と、如実に辛そうに顔を歪める拓人。いつ
もは軽口を叩いて空気を緩和するヴィルカスも、流石になにも思い
付かないのか表情を歪めて黙りこくっている
﹁⋮行きましょう。勇者さま。まだ、戦ってすらないです。こんな
ところで折れかけてどうするんですか﹂
戒めるようなネネの言葉が、拓人の胸に鋭い痛みを与えた
その後、レオと合流し、旅立ちの準備を進めていると、ようやくア
ーサーが姿を見せた。⋮何故か、拓人のものであるはずの、学生服
の上着を手にして
490
﹁お前、それ⋮﹂
目を丸くする拓人ににこやかな︱︱しかし目が笑っていない笑みを
浮かべて、ずいっと詰め寄るアーサー。思わず硬直した拓人の両肩
に手をおいて、アーサーは問う
﹁⋮これは、どこでなくしたものでしたっけ?﹂
﹁えっあ、いや⋮その、ちょっと前に喧嘩した時、川で⋮﹂
﹁⋮誰かに、渡した?﹂
⋮ドキリ、と奇妙に心臓が跳ねた。バクバクと忙しなく暴れる心臓
と、緊迫感。殺気すら感じるアーサーの眼差しに、半ばパニックを
起こしながら拓人は言う。返答をミスればアーサーの腰の鋼鉄の塊
⋮メイスが頭に食い込むだろう、と妙な確信があった
﹁ち、ちがう!ながれ⋮流されたんだ!川に!格好悪くて言えなく
て!﹂
⋮しばしの沈黙。真偽を確かめるようにじっと瞳孔の開いた瞳で睨
みつけてくる。ごくりっ、と生唾を飲み込みながら、蛇に睨まれた
蛙のように硬直する拓人
どれくらいの時間が経っただろうか。周りの仲間が剣呑な空気を発
し始めてようやく身を引くアーサー。しかし、その視線は明後日の
方向を向いている
﹁あ、アーサー⋮?﹂
491
恐る恐る、確認するように問いかけた拓人。しかし、反応はない。
吊られるように全員が視線を向けて︱︱ぽかん、と口を半開きにした
どこまでも朱く、そして白い
風も吹いていない髪が、そしてマフラーが揺れる。ほとんど下着と
変わらないような格好。右手に大鉈。左手には短刀。背中に背負っ
た背嚢からは、何らかの器具と思しきものがはみ出ている
﹁⋮いひっ﹂
小さく、白が裂ける。血のように赤い口元が孤を描き、血の臭いが、
独特な臭気が鼻につく
﹁獣人⋮っ!?﹂
﹁なんで街の中に⋮!﹂
﹁⋮美しくないな﹂
ヴィルカスが、ネネが、レオがそれぞれ武器を構える。人目を避け
るでもなく、人から隠れるわけでもなく、真っ昼間の大通りに堂々
と現れた獣人︵人類の敵︶の姿に、半ば呆然としていたデルトモル
トの住人が恐慌状態に陥る。慌てて警備兵を呼びに行くもの、建物
の中に隠れ怯えるもの、武器を手に事の成り行きを見守るもの。反
応はさまざまだが、皆一匹の獣人に視線を向けていた
そんな中、獣人が動く。抜き身の武器を構えたまま、ゆっくりと近
492
付く獣人の姿に、警戒を高める。獣人は後衛型でない限り必ず突撃
してくる。そのセオリーを無視し、異様な雰囲気を発する獣人の姿
に緊張を隠せない
獣人の口元が、動く。唇を読めるものがいたなら、彼女の言葉にさ
ぞ驚いただろう
︵おなか、へっちゃったからさー⋮。隠れてるの、面倒くさくなっ
ちゃってさー⋮。いーぃ道具も手に入ったし⋮いいよねぇ、グレー
テル⋮?︶
苦労して潜入したのも、どうにか人目を避けていたのも︱︱面倒だ
から。腹が減ったから。そんな理由であっさり捨てて、正面突破。
デルトモルトの全住人と真っ向から戦う、なんて確実に死ぬだろう
選択肢をあっさり選べる獣人のイカレっぷりに
獣人の目が、剣呑に輝く。殺意と、殺気と︱︱食欲。それだけしか
映さない真紅の瞳が、妖しく輝いて︱︱
バギンッ!と金属が打ち鳴らされる音がして
それが、戦いの始まりと終わりを告げた
493
494
第
話 邂逅/再会︵後書き︶
舌無し:空気は吸うもの。読むも違う︵キリッ!
勇者:少しは進行を気にしてくれっ!
495
第
話 不可解︵前書き︶
勘違いものって自然と主人公の描写が薄くなる
496
第
話 不可解
彼らは、山賊だった。
界郷からほど近いとある山を根城とした彼らは、前線に立つ国の兵
士や、重要拠点となる街に続く街道を狙い商人は元より国の兵士に
すら襲いかかり、その物資を強奪する略奪者だった
それというのも、彼らは元々傭兵だったのだ。ある者は国の兵士に
なり損ない、ある者は犯罪者故に真っ当な職に就けず、命を賭けて
補償もない戦いに挑まなければならなくなったならず者
そんな彼等が金で雇われ、最前線で襲い来る獣人たちとの戦いに赴
くことになり
味方が目の前ではらわたを食いちぎられ、素手で鉄の鎧をあっさり
と貫くような化け物︵獣人︶たちの戦いを目にして当然のように逃
げ出し、敵前逃亡の罪により進退窮まった結果、山賊にまで落ちた
のだ
とはいえ、彼らに不満はなかった
迂闊に街に向かうことも出来なくはなったが、腹いっぱい飯を食い、
欲求を満たし、ストレス発散に非戦闘員の商人をなぶり殺すのは、
なかなかどうして彼らにとっては楽しい遊戯となった
次第に参加者は増えていき、いずれはもっと効率のいい﹃遊び﹄に
497
乗り出すのもいいかもな、などと仲間内で談笑していた、その時だ
った
﹁ぎゃああああああっ!﹂﹁たすけっ⋮!﹂﹁なんで獣人がこんな
⋮っ!?﹂﹁く、首輪がねぇっ!?なんなんだよこいつはぁっ!!﹂
白く、朱い
純白の髪を紅く染め上げながら、細い身体が夜闇を駆ける。その手
に握られた大鉈が、次々と命を刈り取っていく。女⋮いや、雌犬の
細腕と侮った山賊1の豪腕の持ち主が、片手一本で振り下ろした大
鉈の一撃で、防御のために振り上げた長剣ごと頭を割られた
悪夢のようだった
少なくとも、山賊たちにとっては疑いようのない悪夢だった
悪夢の象徴のような犬が笑う
にたりと裂けた唇からは血が滴り、赤黒い肉が嚥下される。舌のな
い口はやたらと暗く、黒く、影を作り出して︱︱その奥から香る死
と血と腐った肉のような匂いに、山賊の男は失禁しながら奇声をあ
げる。奇声を上げて、切りかかる
男は剣に自信があった。幼いころから騎士になるために磨き上げた
技量は、決して貴族のそれに劣らない。事実彼は騎士団の面接で、
面接官を勤めた騎士と互角に渡り合い︱︱スラム街の出身だとバレ
て、解雇された
そこから腐った男だったが、それでも剣にだけは自信があった。そ
498
れが、男に唯一残った誇りだったから
犬が、動く。チラリとこちらを一瞥し、興味なさげに赤い瞳が揺れる
既に男の剣は振り下ろされている。ここからじゃ、今まさに他の山
賊の頭蓋を砕き、深々と突き刺さった大鉈を引き戻すことは出来な
い。防御は不可能。ならば勝てる。男には、自身の剣が犬に深手を
負わせるイメージがあった
しかし︱︱
犬が、武器から手を離す。振り向きざまに繰り出される、後ろ回し
蹴り。そんなもので、ただの蹴りで分厚い鉄板︱︱略奪品の金属鎧
に覆われた自分に、何をするというのか。剣を弾くとでも言うつも
りなのか
男は内心で犬を嘲笑った、刹那︱︱男の目に、振り上げられた巨大
な狼の前脚が飛び込んでくる
︻獣技︼・︻餓狼の爪︼
ただの、足刀
しかし、必殺
男の鎧も、剣も、肉体すらも両断するただの蹴りに、男は﹁ありえ
ねぇ⋮﹂と呟き︱︱どしゃ、どしゃっ。と水っぽい音を2つ立てて、
崩れ落ちる
犬はにやり、と笑い︱︱鉈を握り、更なる殺戮を開始した
499
﹁凄まじいな、オイ﹂
﹁えぇ⋮賞金首とはいえ、ああなると哀れですね﹂
﹁⋮美しくないな。血塗れで、実に野蛮だ﹂
目と鼻の先で行われる惨劇に、三人はぽつりぽつりと語り合う。し
かし、拓人は冷静な表情で惨劇を眺めることが出来る三人に、戦慄
する
目の前で、人が死んでるのに
なんで、そんな平然としてられるんだ?
﹁わんっ!﹂
ぶんぶんと尻尾を振りながら戻ってきた血まみれの少女に、流石に
500
拓人も含めた勇者一行は複雑そうな顔をした
﹁お疲れさまです!大変だったでしょう⋮?さぁ、こちらへ⋮汚ら
わしい血を洗い流しましょう⋮っ!﹂
感極まったかのように腕を広げ、とろけんばかりの甘い声で獣人を
出迎えるアーサー。そんな彼の姿を一瞥し、﹁⋮はぁ﹂と小さくた
め息を吐き、尻尾を大人しくさせながら近寄ってくる獣人
﹁わふっ﹂
とどこか誇らしげに差し出されたのは、苦悶と絶望な彩られた男の
生首。悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えて、拓人はそれを受け
取る
﹁あ⋮り、がとう⋮﹂
顔を真っ青にし、かたかたと震える指先で男の生首を受け取る。手
触りぐにょりと柔らかく、ぶらぶらと揺れる顎、まだ温かい体温に、
吐き気を堪えてヴィルカスに預ける。︱︱獣人は、明からさまに嫌
悪の表情を浮かべる拓人の様子にうっそりと陶酔したような笑みを
浮かべ、話しかけてくるアーサーを無視してネネの作った野菜汁を
よそりに向かう
﹁⋮大丈夫か、タクト﹂
﹁顔色、悪いです。⋮首は私が保存しますよ。首がないと、賞金が
貰えませんし﹂
心配したヴィルカスとネネが話しかけてくるが、血生臭さに打ちの
501
めされた拓人は力無く首を振る
その視線は、迷いと悩みを含みながら、ただただまとわりついてく
るアーサーを鬱陶しそうに追い払う獣人の少女に注がれていた
始まりと終わりを告げる金属音。それは、金属製のメイスを片手に
アーサーがヴィルカスに、そしてレオに殴りかかった事から始まり、
そして終わった
今にも武器を振るわんとしていた獣人の少女もまた、目を丸くして
足を止め
仲間だと思っていた司祭に攻撃を受けたヴィルカスたちの驚愕は、
大きかった
﹁⋮っ!気でも違えたかっ!アーサーっ!﹂
ヴィルカスは細く見えたのに意外と力のあるアーサーのメイスを両
手斧の柄で受け止め、蹴りを入れて距離を取る。片手でバク転して
それをかわしたアーサーは、左手で触媒︱︱聖書を開く。本気で戦
闘体制を整えるアーサーの姿に、拓人たちは︱︱そして何故か獣人
の少女も、オロオロと狼狽する。具体的には、眉を八の字にして武
器をアーサーにむけたり拓人たちに向けたり
しかし、アーサーは不思議そうに首を傾げる
﹁何故そう思うのですか?確か昨日、お話したと思ったのですが⋮。
502
ああ、脳まで筋肉だから理解できないのですね﹂
﹁ああ、なるほど。納得だね﹂
﹁てめぇはどっちの味方だレオンガーラ!そうじゃなくてだなぁ!
なんで俺らに攻撃しやがんだってっつーはなしだよっ!﹂
怒声を張り上げるヴィルカスに、アーサーはけらけらと子供のよう
に笑った
﹁私は言ったはずですよ?愛した彼女のために戦う、と⋮。そして
彼女が目の前にいる以上、彼女に助力するのは寧ろ当然のことでし
ょう?﹂
﹁⋮はっ!?それじゃ、まさか⋮﹂
例の獣人の娘が生きていて、しかも計ったみたいなタイミングで拓
人たちの前に現れた⋮と?ご都合主義と言い切ってしまえばそれで
終わるが、いくらなんでも出来過ぎな展開に二の句が告げない。つ
いでに言うなら渦中の少女は、﹁えっ、俺が原因っすか⋮?﹂と言
わんばかりの表情で顔をひきつらせていた
﹁っ⋮冷静んなれやアーサー!んなもん獣人の罠に決まってんだろ
うがっ!﹂
﹁そんな馬鹿な。彼女が私を騙すわけがない﹂
﹁⋮え∼⋮﹂
戸惑いの声は獣人の少女のものだった。敵であるはずの少女すらも
503
呆れさせながら、アーサーはうっとりとした表情で語る
﹁やはり、運命だったのですよ!あの10年間の空白が、私たち2
人をよら強く結びつけたのですっ!愛し合う2人は再び出会う運命
だったからこそ引き離されたのですっ!しかし⋮﹂
すぅっ、と持ち上げられるメイス。僅かに光を放つ聖書。今にも襲
いかかってきそうなアーサーの様子に、油断なく武器を構え直すヴ
ィルカスとアーサー。そして武器を下ろしどこか残念そうな表情で
溜め息を吐く獣人の少女。見るからに戦意を失っている少女の姿に
首を傾げるネネ
﹁⋮もしかして、戦闘目的じゃないんでしょうか⋮?﹂
﹁どうした?﹂
﹁あ、いえ⋮。なんというか、あの娘の考えが読めなくて⋮﹂
一触即発のアーサーたちを尻目に、勝手にやってろとばかりに唇を
尖らせ、背中の背嚢をがちゃがちゃ揺らして去ろうとする獣人。⋮
パーティーの危機の切欠のくせに、偉くやる気を失った姿になんと
も言えない感情を抱きつつも、アーサーはヴィルカスたちに任せて
その後を追う
﹁ちょっ、ちょっと待っ⋮﹁彼女に近づくなっ!﹂っ!?﹂
アーサーの狂行は終わらない。睨み合い状態に陥っていたヴィルカ
スたちを放置し、惚れ惚れするような凄まじい踏み込みで接近、拓
人に向けてメイスを振り上げる。いくらこの世界に来て強化された
肉体でも、金属の塊で殴られたら怪我ではすまない。だというのに
504
傷を癒やすために連れてきたアーサーにやられるのか⋮などと益体
もない考えが拓人の頭を過ぎり︱︱ギャリンッ!と金属が噛み合う
ような音に、目を瞬かせた
﹁⋮ヴぅ∼⋮﹂
ぐるる、と喉の奥で唸りながら敵意を露わにアーサーを睨む獣人の
少女。その身体は拓人とアーサーの間にあり、まるで︱︱いや、事
実拓人を守るように、アーサーのメイスを受け止めていた
﹁⋮ぁ、ち、ちが⋮わ、私は、貴女に攻撃するつもりなんて⋮っ!﹂
獣人の視線に押されるかのように、慄きながら後ずさる。ガタガタ
と体を震えさせ、恐慌、といってもいい表情で怯えるアーサーの姿
に、ふんっ、と鼻息を漏らす獣人
そして、その光景を目撃した周りは呆然としていた
﹁まも、った⋮?﹂
﹁タクトを、守ったよな、いま⋮﹂
﹁え、じゃあ、勇者サマはあの獣人の﹃主人﹄⋮ということですか
⋮?﹂
獣人の習性︱︱獣人という種族は不思議なことに、野生のものは人
間を積極的に襲うが、奴隷として飼育された種は﹃主人﹄として認
めた相手に対しては絶対とも言える忠誠を尽くす。しかし、アーサ
ーの言を信じるならば子供のころはともかく、現在のあの獣人は野
生のものに近いはずであり、拓人とは初対面のはずだ。だというの
505
に、一体いつ拓人を﹃主人﹄と認めたのか︱︱疑問は多々あったが、
とにかくネネは事態を収束させるために、叫んだ
﹁⋮この獣人は勇者サマの奴隷ですっ!心配する必要はありません
!こちらで責任もって管理しますっ!﹂
それから色々と問題︱︱アーサーの暴走や、獣人少女が街に侵入す
る際、衛兵二名を殺害していた可能性が高いことや、雑貨店に盗み
に入ったらしいことが発覚したことなど︱︱があったが、それらは
金と権力でもみ消され、獣人の少女は拓人たちと同行することにな
った。というのも、アーサーの魔王討伐に参加した理由であるが獣
人少女が発見されてしまったものだから、貴重な回復役が戦線離脱
しかけてしまったのだ
幸いにして獣人少女は不思議とアーサーには一切の興味を示さず、
拓人に固執している。ならば、獣人少女が拓人に付きまとう限り、
アーサーは旅に同行するし、獣人少女は戦力になるし、連れて行く
ためにも多少のことには目を瞑ろう。という結論に至ったのだ。そ
れなりに金が動くことになったが︱︱﹃コレ﹄が金で解決出来る、
ということに、拓人は嫌悪感を覚えた
⋮いくら平凡な人生を歩んできた拓人にだって、これが異常だとい
うことくらいは理解出来ている。だが、そうでもしないと﹃駄目﹄
なのだ
506
﹁⋮くそっ、重いな﹂
世界が、重い
この世界を﹃救う﹄ために召喚されたはずなのに︱︱拓人の手には
余るほどに、この世界は重すぎる
あっさり消えていく人命。紙束で解決される奪われた命。たった1
人の我が儘な男に言うことを聞かせるために、あっさり人の命を奪
い、人肉を食らう獣人を同行させる、と決める﹃仲間﹄たち
﹁⋮くそっ、わっかんねぇ﹂
価値観が、違う。理解できない。言葉は通じるのに、理解できない。
共感出来ない。同じ人間が、化け物のように見える
まるで、この世界は地獄のようだ
等と、ふてくされながら拓人は思った
507
第
話 不可解︵後書き︶
勇者:外国来て公衆トイレの不潔さにおののく感じっていうか⋮
舌無し:公衆トイレがある国なだけマシじゃなーい?
508
俺が好き放題!︵前書き︶
今回更新分だとあんまり舌無しのキチっぷりが披露されてないですね
これは普通の萌キャラになる日も近い⋮?︵わくわく︶
509
俺が好き放題!
はぁい!みんなこんにちわ!わたしの名前はヴィスクリム!異世界
フィルガイアに転生してシリアルキラーをやってるの♪
今日も今日とてぶっ殺全開快楽求めて抹殺絶殺してたらまーびっく
りっ!えぇっ!?あたしが勇者さまのお供にっ!?︵しかもタイプ
は違えどイケメン揃いっ♪きゃっ︶
えーっ、どうしようっ!ヴィスクリム、どうすればいいっ?わたく
し、こまっちゃーうっ♪
⋮ってか?あー、アホらしい
ほとんどの勇者サマご一行が寝静まったテントを見つめながら、深
い深ーいため息を吐く。やってらんねー。まじねぇわー
あの日、なんかもうおなか減ってテンパって臭いを辿って日本人く
んを殺そうと思ったんだけどさー。そのためには街に火ぃつけると
かして逃げなきゃじゃん?だから火薬とかある場所探そうと匂い探
してたわけよ
そしたらなんか同じ町の中に日本人くんいるじゃん?あっ、これチ
ャンスだわヤっとけー。って殺しにいったらさー、なんか仲間いっ
ぱいいるんだよ。勇者って1人旅するもんじゃないの?あっ、最近
510
はそうでもないの?へぇー
しかもアーサーいるしね?
あっ、これもう完璧にアーサー殺してから狼狽してる勇者殺す流れ
だわー知ってるわーこの流れ結構好きだわー。って感じでアーサー
を殺しに行ったらご覧の有様だよ!
なんでこうなるっ!?
っつうかアーサーがもう気持ち悪い!キモイとかヤバいとかじゃな
くて気持ち悪いっ!カルト教団の教祖か!俺はっ!あれは殺しても
楽しくない!ぜってぇー楽しくない!何故なら殺しても﹁貴女に殺
されるなら本望ですぅ!んとうをとったらホモですぅ!﹂みたいな
顔して幸せそうに逝くからっ!
おーれーはぁーっ!絶望しながらっ!俺を恨んでっ!泣きながら逝
ってくれるような殺しがしーたーいーのーっ!!
それでもう萎えちゃって萎えちゃって⋮。勇者くん⋮あーもうめん
どくさい。拓人くんね、タクトくん。タクトくん殺しにきたのにや
る気失せちゃってさー。もう正面突破で良いからこっから逃げだそ
ーなぁんて考えてたらアーサーがっ!またアーサーがっ!!
あろうことか俺の獲物なタクトくんに襲いかかりやがったんだよっ!
で、いつもならアーサー殺して事態を解決解決ぅ!する俺だけど、
ぶっちゃけアーサー殺したくないのよね
なんつうか、さ⋮殺したら悦ばれそうだし、食うのも嫌だし、なん
511
かもう関わりたくない感じなんだよね、アーサーさん。うん⋮。と
りあえずこいつが悦びそうなことは絶対なんにもやりたくない
だもんで咄嗟にタクトくんを守る方向で動いたんだけど、さ。そっ
から勘違いされちゃってるかなー、みたいな?
どうも俺がタクトくんにらぶらぶすきすきわんわんおっ!状態だと
思われてるみたいでさー。そりゃ、タクトくん⋮ってか、日本人は
好きっちゃ好きだけど、それはイコールで殺したいから、なわけで
⋮決してタクトくんの命令には絶対服従!みたいな意味じゃないん
だよね
まぁ、お陰でデルトモルトからあっさり逃げられたから助かったん
だけどサー。代わりに例の奴隷用の首輪⋮の改良版。ミサンガみた
いに細い紐なのに、全く同じ効果を発揮する道具を魔術師の女の子
が作って、それを足に結ばれちった☆
なんか知らんが俺には効かないけど。思えば昔っから効かないな、
精神に作用する系の魔術。特に絶対服従系の奴
で、デルトモルトから出たらアーサー以外は殺すかーなんて考えな
がらとりあえず言うこと聞いてたんだけど⋮、気付いちゃったんだ
よねー
タクトくん、全然この世界に適応出来てない
獣や、それに似た姿の魔獣を殺すことには抵抗を覚えたりしないみ
たいなんだけどさー。スラムにごろごろ転がる死にかけの浮浪者と
か、山賊の生首が騎士団の詰め所に保管されてたりとか、犯罪者は
片耳を切り落とすだとか、獣人奴隷には服従の首輪、人間奴隷には
512
額に焼き印をおすだとか⋮そういう、ちょっとグロいこの世界特有
のルールに慣れてないどころか、苦手意識持ってるみたいで⋮こう
いう平和ぼけした人間の前で、人肉貪り食ったらどんなリアクショ
ンするかなぁ、なんて欲が出てきちゃったんだよねー
そしたら、案の定
なんだっけ、光の女王?とかなんとかっていう偉い人に会うために
向かう途中、山越えの真っ只中で襲ってきた⋮というか、襲う準備
を整えていた山賊たちを目の前でことさら惨たらしく殺してやれば、
それはもう楽しい楽しいことになった
顔を真っ青にして俺を、そしてどれくらいの期間かは知らないけど、
苦楽を共にしたであろう仲間たちを化け物を見るかのような不信感
と恐怖を抱いて見つめるタクトくんの様子に、愛しさすら感じてし
まった
ふ、ふふ、ふふふ⋮
しょうがないよねぇ、人死なんか滅多にない、ふつーのへいわーな
世界で生まれ、育ち、過ごしてきたんだもんねぇ
濃厚な血の甘美な臭いも、生きた肉にナイフを突き立てる悦びも、
獲物が漏らす苦痛の呻きにたぎる激情も知らないで育った純粋培養
の少年に、血反吐撒き散らしながら骨肉をえぐりあう戦いなんか、
耐えきれないよねぇ
くふっ、くふふふふ⋮いひひひひっ
可愛いなぁ。殺したいなぁ。でももうちょっと見ていたいなぁ。多
513
分、もっと先があると思うんだよねぇ⋮
絶望の先が、苦痛と快楽と恐怖と悦楽に塗れた先の表情を見てみた
いなぁ
多分、無意識にタクトくんって自分は死なないって思ってるんだぁ
チートって言ってたなぁ。なぁんかこの世界に召喚?された時に、
大量の魔力とかいう謎パワーが彼に流れ込んで、その身体を大幅強
化したんだとさ。身体能力は勿論だけど、馬鹿みたいに頑丈な身体
は確かにちょっとやそっとじゃ死んだりしないだろうなぁ、って俺
も思う。多分だけど、俺なら︻獣技︼使わなきゃ殺せない
でも、そんな彼だからこそ⋮平和に過ごしてきた彼だからこそ、き
っと身近な人間が死ねば死ぬほど、﹃死﹄が身近になるほど⋮⋮分
かり易く恐怖し、絶望し、錯乱してくれると思うんだよねぇ⋮
だから、今は我慢する。隙を見て周りから処分していく。一気に殺
したら駄目だ。それじゃあ、ショックが大きすぎて彼は耐えられな
い。現実から目をそらして終わってしまう
だから、真綿で首を絞めるかのように。ゆっくりと、じわじわと、
1人ずつ殺していく。彼が一番信頼を寄せる人間が、彼の目の前で
死ぬような状況を作る。そして大切な人を失った悲しみが癒えた頃、
もう一度繰り返す。それをずっと続ける。俺はそれをずっと眺める
きっと絶望の淵に立った彼は、なんでもいいから縋れるものに縋る
だろう。出来れば俺にすがってほしい
涙に濡れ、必死で俺にすがりつく眼球を抉り、その黒髪に包まれた
514
脳天にゆっくりと手刀を突き刺し、脳をわし掴む⋮︱︱ああ、想像
しただけでなんて楽しそう⋮
だから、我慢。我慢したら我慢しただけ気持ち良くなる。それが分
かっているなら、いくらでも我慢出来る。貞操を狙ってくるアーサ
ーも、誘拐しようとしてくるアーサーも、とりあえずウザいアーサ
ーもぜぇんぶ我慢
今はただ、楽しく楽しくタクトくんを殺すことだけ考えよう
自分を偽ることも、外堀を埋めることも忘れない。今はただ、﹃タ
クトくんを素直に慕う獣人の少女﹄を演じてやろうじゃないか
その上で、獣人と人間⋮いや、﹃日本人﹄の価値観の違いを利用し
て、タクトくんを追い詰める
天真爛漫に、じわじわと悪策奇策を用意して
くつくつと笑う。さぁ、まずは何をやろうか。何がいいかな?
いひっ、いひひひひひひ
とりあえずは⋮じわじわ追い詰めて行くことにしようかぁ⋮
515
コトコトと、鍋の中で肉が煮える。豊富な調味料と野草を入れて作
られたスープは、中々どうしていい匂い。勝手に調味料使っちゃっ
たけど、問題はないはず。多分
﹁⋮んー?メシの匂い⋮﹂
寝ぼけ眼を擦りながら起きてきたヴィルカスににっこりと微笑み、
ちょいちょいっと手招き。小さな鍋と大きな鍋で分けたスープを指
差してカンカン、と鍋とお玉を打ち鳴らす
ヴィルカスは驚いたように目を見開き、しばし鍋と俺に交互に視線
を向ける
﹁あー⋮朝飯、作ってくれたのか?﹂
﹁わんっ!﹂
指差す先は、つい先程仕留めてきた猪っぽい生き物の皮⋮というか、
それを解体した残骸。ただし足は6本で、背中に毛がなく、目がな
い。洞窟の中とかに住んでる岩を食う生き物で、その割には中々ど
うして味はいい
ヴィルカスは困ったようにボリボリと頭を掻くと、腹を決めた、と
言わんばかりの顔でどかりと対面に腰を下ろした
﹁⋮うん、貰うわ﹂
516
﹁わんっ﹂
渡された木製のカップにスープを注ぐ。ふわりと香るいい臭いに腹
が鳴るが、今は我慢。にこにこしながらヴィルカスに渡せば、しば
しの沈黙の後、ヴィルカスは一気にスープを煽った
﹁⋮うめぇ。毒も、ねぇみたいだな﹂
﹁⋮ぅ∼﹂
﹁唸るなよ。いきなり獣人を仲間にする、なんて初めてなんだ。少
しくれぇは警戒するさ。⋮ま、なんでか知らねぇけどお前さんは⋮
あー、その、なんだ。大丈夫⋮ぼいけどよ﹂
﹁わぅ﹂
しばしの沈黙。無言でスープをかき混ぜる俺と、スープを啜るヴィ
ルカス。⋮ふむん、案外ヴィルカスは隙が多いな。後ろから刺せば
それだけで大ダメージになりそう。親しげに近付いてくるのに壁を
作ってるネネが一番厄介で、ひたすら警戒しているレオは逆にやり
やすい。アーサーは論外。死ねって言えば死ぬと思われ
﹁あー⋮⋮その、なんだ。聞いても良いか?﹂
﹁ん∼?﹂
首を傾げてみせれば、ヴィルカスはカップを置いて⋮さりげなく、
腰のナイフに手を添えながら、じっと俺を見つめる。あはっ、どこ
行っても警戒されてる件。なんか笑えてきた
517
﹁⋮なんで、タクトなんだ?いつ、どこで、何故、タクトを主人と
認めた?⋮先の戦いを見る限り、その気になりゃぁお前さんはタク
トを殺すことも出来たはずだ。でも⋮なんつうか⋮文字通り犬みて
ぇに、タクトに尽くすのは⋮なんでだ?﹂
﹁⋮⋮ふむん﹂
あー、そりゃ、そっか。言ってしまえば俺の目的が分からないから
不安を煽っている訳な。⋮ふむん、テントの中から聞こえる音から
考えて、レオとネネは起きてるな。どころか、戦う準備を整えてる。
タクトくんはわかんねぇ。寝てるか、ビビってるか。とにかく動い
てないっぽい。アーサー?知らない。気配はあるから多分嫉妬の炎
でお湯沸かしてるんじゃね?
指先を頬にあて、考え込むような素振りを見せながら、しばし考え
る。えー、あー、うーん。なんかいい言い訳、いい言い訳⋮。あ、
だめだ思いつかねぇ
⋮仕方ないからヴィルカスの思い込みに任せるか。えっとー、切れ
る手札は、っと⋮
﹁んぁ﹂
﹁っ!?お前そりゃあ⋮あ、いや⋮そういやアーサーが言ってたな
⋮生まれつき舌無しなんだったか﹂
口の中を見せて舌がないことをアピール。で、しゅるしゅるっとマ
フラーを外す。ブラも外す。見るからに慌てるヴィルカスと、殺気
を膨れ上がらせるアーサーの気配を感じつつ、くるっと背中を向ける
518
﹁お⋮っ、お前⋮その背中⋮﹂
そっ、グレーテルに刻まれた﹁グレーテルのわんちゃん♪
ヴィス
クリム﹂の文字。肉を抉り、皮膚を引き裂いて刻み込まれた背中の
傷は、10年経っても消えやしない。自己紹介のときには重宝する
けど、見た目痛々しいよね
そして呆然とするヴィルカスの前の地面に、﹃玩具﹄と刻む。それ
を見て、ヴィルカスは深刻そうな顔して考え込む
先に言っておく⋮その答え、外れだぜ
﹁⋮つまり、グレーテル⋮とかいう獣人に、復讐するために、最適
な人材として⋮タクトを選んだ、ってことか?﹂
外れー。グレーテルと一緒にタクトくんを玩具にするために下拵え
してるんだにゃんっ。なんつってー
でも意味ありげににっこりと微笑んでおく。肯定はしてないよ。否
定しなかっただけ。勝手に妄想語ってそれを信じちゃったお前らが
悪い。つまり⋮俺サイテー。ははっ、笑える
しかしヴィルカスはその結論︵笑︶がお気に召したらしく、﹁なる
ほど、な⋮﹂と遠い目をして考え込む。そして、首を傾げて聞いて
きた。やだ、おっさんが小首傾げるとかキモい
﹁⋮ヴィスクリムってのは⋮お前の名前か?﹂
﹁わんっ﹂
519
そーですねー。いつの間にかヴィスクリムって名前も定着したなぁ。
グレーテルが適当に付けた名前っぽいのに⋮いやまぁ不満とかねぇ
けど
﹁そうか⋮ヴィスクリム、ねぇ⋮じゃあクリ坊だな﹂
﹁⋮わぅっ!?﹂
えっ!?まじでっ!?そんなセンスっ!?さ、さすがにクリ坊はい
やかもしんない!嫌かもしれない!肉体的な痛みは意外と克服出来
たけどそういう名前弄り系のいじめって性質が悪いと思う!いやほ
んといやっ!
わたわた慌てていたら、どうやら警戒を解いたらしいネネやらレオ
やら⋮よくよく見れば顔色の悪いタクトくんやらがテントから出て
くる。ネネが呆れ顔で﹁仮にも女の子に坊はないでしょう⋮﹂と言
ってくれたお陰でクリ坊回避!良かった!マジでっ!
起きてきたメンバーにスープを配り、和やかな食事がスタート。ア
ーサー?どうやらヴィルカスが探りを入れてる間、邪魔をしないよ
う縛られてたっぽい。両手首や足にきっちり縄の跡を伴ったアーサ
ーを、レオが引きずるみたいに連れてきた。ぶつぶつ﹁私の彼女な
のに﹂とか﹁勝手に名前を﹂とか呟いてたけど、お前のじゃねーヨ
って
で、大きな鍋で作った分は皆に、そしてタクトくんと俺のカップに
は小さな鍋で作った﹃特製スープ﹄を注ぎ、手渡した
﹁⋮?僕のだけ、みんなと違う⋮?﹂
520
﹁ああ、聞いたことあるわ。犬の獣人で﹃格﹄で食事を決めるんだ
とよ。つまり特別扱いされてるってこたぁ、格上扱いされてるって
ことじゃねぇか?﹂
アーサーが嫉妬の以下略。視界にいれたくないし、なんか言ってる
けど聞き流す。特別扱いされてる、と聞いて少しだけ嬉しそうにし
たタクトくんが、スープを啜る
﹁あ、美味しい。⋮でも、なんの肉だろ⋮なんか独特な⋮⋮っ!?﹂
︱︱︱投げ捨てられるスープのカップ。口を押さえて駆け出すタク
トくんと、ぽかん、とその背中を見送るヴィルカスその他
くつくつと笑う俺は、必死で嘔吐するタクトくんの苦悶の声を聞き
ながら︱︱タクトくんのカップに残った、人間の眼球をぱくりと拾
い食いした
⋮まずは同族食いで、モラルから無くしていこっか
ねぇー、タクトくぅーん?
﹁いひひっ﹂と小さな笑いをカップに隠し、俺は耳に心地いい嘔吐
の音に耳を傾ける。さて、ネネちゃんその他が、小さな鍋は昨日の
盗賊で作られてるって気付くまで⋮あと10秒くらいかな?スーパ
ー天然タイムがはじまるよー
521
俺が好き放題!︵後書き︶
周りから見た図
舌無し:タックトすわぁーんっ!美味しい美味しい朝ご飯ですよっ!
勇者:おい、これなんの肉だ
舌無し:⋮フィルガイア産、獣人の中ではポピュラーな食材です
勇者:いいから、言ってみろ。なんの肉だ
舌無し:⋮に、人間
勇者:このやりとりラブ︵クラフト︶コメディで見たことある人挙
手!
522
俺と﹃サーカス﹄と︵前書き︶
今回は五話更新!
⋮一ヶ月も放置して申し訳ない
ようやくストーリーが進みます
523
俺と﹃サーカス﹄と
さてさて、そーんなわけで勇者サマご一行に同行するようになって
早数週間。なんやかんやで光の女王とやらと会うための条件を整え
た勇者サマご一行。しかーしここで問題が1つ2つ
1つ目の問題は、光の女王さんが住んでるなんちゃらかんちゃらっ
て所に入ることができるのは、1人だけ。これは勇者サマご一行だ
し、人間の代表だし、って理由でタクトくんに決まりましたー。ぱ
ちぱちぱち
でも最近タクトくん憔悴激しいんだけど大丈夫かねぇ。主に俺のせ
いで。目の前で惨殺したり、人肉食わせようと試みたり、これ見よ
がしに生首くわえて抱きついてみたり。メンタル意外と弱かったタ
クトくんは、ちょっぴりレイプ目。瞳孔が開いてるし、目の下に隈
がある。
二つ目の問題はアーサー。最近の俺のタクトくんへのくっつきっぷ
りが気に食わないらしく、分かりやすく病んでる。顔色は悪いし、
俯き加減にじぃっと俺のこと見つめてるし、夜中はなんかぶつぶつ
呟いてる。今はレオがサポートに付いてるけど、はてさてこのまま
放置したら面白いことになる気がするにゃー。ヴィルカスやネネは
俺に自重するように、とか言ってきたけど、お断りーよ
﹁えっと⋮じゃあ、行ってくる﹂
﹁はい。近くの村にいる予定なので、話が終わったら﹃ライト﹄の
524
魔術を空に打ち上げるか、村まで来てください。こちらで問題が起
きてもこちらで対処しますので、ご心配なく﹂
﹁⋮ん、ゴメン、ネネ。任せた﹂
儚く、って言うのかね?毎日残業続きで疲れ果てたおっさんのよう
な笑みを浮かべ、大量の荷物やら国書を片手に湖の中に身を沈めて
いくタクトくん。その背中を恨み混じりに見送る。むー、その光の
女王さんとやらが住んでる場所が平和だとは限らねーのに、大丈夫
なのかねぇ。俺の知らないところで死ぬとか冗談じゃないぞ。貴重
な日本人を殺すのは俺だいっ!
﹁⋮そんな顔すんな。またアーサーがうるせぇぞ﹂
﹁ぅ∼⋮﹂
大きな手が俺の頭の上で行ったり来たり。下手になでなでなんかし
ようもんなら喧しい聖職者がぴーちくぱーちくうっさいもんねー。
あー、殺しちゃおうかなぁ。いい加減ウザい。うしっ、殺そう。で
もパーティー抜けするとタクトくんのストーキングが面倒だから、
なんか合法的に
と言うわけでなんか神聖な雰囲気のする湖から退却。タクトくんが
上手いことやるのを祈りつつ、近くの村へ。地図を頼りにアーサー
の言葉や行動を意識からシャットアウトしながら歩き続けて約2時
間。拠点となる村に着いたんだけども⋮
﹁なんだぁ?こりゃあ⋮﹂
﹁霧ですね。薄暗いです﹂
525
﹁ふむ⋮。僅かだが、血のにおいがするよ。警戒するべきかもしれ
ないね﹂
﹁⋮私の後ろに隠れていてください。ご安心を貴女は私が守ります﹂
﹁⋮⋮わぅ﹂
いらねー。超いらねー。むしろ血のにおいにちょっぴりテンション
上がるわ。邪魔じゃーどけーとアーサーを蹴り倒し、集団の先頭に
立つ
最近の戦いだととりあえず俺が突っ込むのが当たり前、って雰囲気
だからねー。俺が参加する前は騎士2人で強化魔術?とかいう身体
能力を上げる魔術を使うネネを護衛しつつ、突っ込んできた奴を人
間なら騎士2人かアーサーが、魔獣の類ならタクトくんが切り払う、
って受け身の戦法だったらしい。そこに俺が加わると、俺が暴れて
減らした敵を殲滅する、ってだけになる。俺ばっかり大変じゃねぇ
?楽しいからいいけども。お腹に優しいし
それはそうと、村に近付けば近付くほど濃くなる霧と血のにおい。
僅かに混じる腐った肉の甘い臭いと、濃厚な死臭。⋮もしかして俺
が屍山ベッド作った村かなー?なんて考えつつも、木製の柵で囲ま
れた村の中に入って︱︱︱おぉうっ!?
地響きと共に揺れる地面。咄嗟に四つん這いになって耐える。周り
を見渡せば、平然とした顔で立っているレオとヴィルカス。そして
尻餅付いて周りを見回しているネネ。アーサーは知らん。そして︱
︱すぐ背後に、音もなく空へと伸びる白い柱
526
﹁⋮ほぇ?﹂
変な声出た。ほぇ?じゃなくて骨、な?よくよく見知った純白と質
感。慣れ親しんだそれは、サイズと形に目をつぶれば、中々どうし
て骨と同じような素材で出来てる。それが幾本も伸び、重なり、組
み合わさり︱︱巨大な純白の檻と化す
﹁﹃骨の壇上/ボーンリサイタル﹄⋮っ!?バカな!まだ真っ昼間
だぞっ!?﹂
ボンガ♪
ブンガ♪
ボンガ♪
ヴィルカスが厨2臭い変な名前を呼んだ途端、奇妙な音楽が⋮歌が、
響いてくる
﹃ブンガ♪
ぼくらは陽気なサーカス団っ!
陽気に元気なからっぽ頭
歯抜けの間抜けの毛無しの無職!
︵台詞︶無職じゃねーしっ!!
人生真っ暗墓場にゆくぞー!
︵台詞︶いや、もう墓場にゃ行った後さ
527
ア∼ンデッドっ♪
ア∼ンデッドっ♪
エンターテイナーアンデッドっ!!
死んでも愉快に陽気な俺たち!
あの方の笑顔のたーめーにっ!!
ブンガ♪
ボンガ♪﹄
今日もサーカス!サーカス!サーカスっ!!
ボンガ♪
俺たち不死人サーカス団っ!!
ブンガ♪
⋮なんだこの不快な歌。ってか、アンデッドって言ったか?アンデ
ッド⋮っつうとゾンビか。食うとこないから嫌いなんだよな。死人
だから殺し甲斐もないし
﹁円の陣っ!アーサーは君のお姫様を守ってろ!全周警戒っ!武器
構えっ!﹂
武器を抜く気にもなれずにぼーっとしていたら、レオの怒鳴り声。
いつもは﹁あーあ俺まじ格好いいわー美の女神も真っ青だわー。あ
528
らやだ天使かと思ったら鏡に映った俺だったわHAHAHA﹂みた
いなことしか言わないやらないレオの真面目な姿にわたわた慌てつ
つ、鉈と短刀を抜く
﹁どこから来てもおかしくないっ!自分の目を疑うなっ!現実を疑
えっ!周り全部お前の敵だ!仲間の姿していてもニヤニヤ笑ってい
たら敵だっ!いいな、決して笑うなっ!!﹂
﹁おうっ!﹂﹁⋮はいっ﹂﹁⋮仕方ありませんね﹂﹁わ、わん⋮﹂
お、おう⋮。なにこの空気。俺の場違い感がハンパない。なに真面
目になっちゃってんの?高々アンデッドじゃん。身体が動かなくな
るまでバラバラにしたらいいだけじゃん。えー⋮
ピリピリとした緊張感が肌を刺し、場の緊迫感と反比例してテンシ
ョンが下がる。あー、やっぱタクトくんについていけばよかった。
精霊殺したことなんかないもんなぁ⋮くっそ殺したい。いやでも焦
るな。なんだかんだたくさんいる精霊よりたった1人の日本人の方
がレア度高い⋮っ!だから無駄に警戒されないようにするためにゃ
あ仕方ないのだよ、うん
っと、頭の中でうだうだ考えていたら、軽やかな歌声や音楽に混じ
って聞こえてくるたくさんの足音。ごくり、と誰かが唾を飲み込み、
霧の向こうを注視する
そして現れたのは⋮三つの人影。だというのにたくさんの足音?と
首を傾げたが、その疑問はすぐに氷解した
﹁ルェディィィイイス、ゥェンドゥ、ジィエントルメェァン!
さあさ今宵も始まりました死人だらけの大サーカス!夜通し続くフ
529
ェスティバァッ!ポロリもあるよ!首がですが
座長を勤めさせていただくのは口から生まれて軽口で死ぬ!むしろ
口しかないでお馴染みのリトルウエイト・ビッグマウスでございま
すっ!﹂
ぺらぺらと高らかに歌い上げるのは︱︱高級品だと一目で分かる綺
麗な服を着た、細身の男⋮の、首から上が、人の胴体ほどもある巨
大な球体に、その球体の半分以上を巨大な唇⋮いや、口で占領した、
不気味な生物
﹁アァシスタントは我等が死人サーカス団のアイドルにして怒らせ
たらあかん人物NO.1!その美貌と牙でたくさんの男を骨抜きも
とい血抜きに変えて参りました!
ソリティア!﹂
血を吸う鬼にして、地を統べるアンデッドの女王、吸血鬼女王/ダ
ンピールクイーン
﹁ティアって呼んでねんっ!﹂
ぱちんっ、とウィンクするのはとびきりの美女。抜群のスタイルを
隠そうともせず、ワンピース型の水着のような衣装に、頭には兎耳。
付け袖付け襟に網タイツにハイヒール。バニーガールの衣装に身を
包んだ、血の気の失せた肌をした、金髪に青い瞳の美女
﹁もう1人のアァシステェントはこやつだぁっ!
気は優しくて力持ち!だけど見た目は怖すぎる!登場だけでほとん
どの人間が悲鳴を上げるイィンプァクトゥっ!でも、傷ついちゃう
の⋮オトコノコだもんっ!!
食った人間は彼の体の一部に変わる!素敵に無敵なハーフゾンビっ
スパーナァっ!!﹂
!っていうかお前ゾンビぃっ!?スケルトンんっ!?
百脚百足/ヘカトンケイル
530
﹁ギルババババババっ!どっちだって変わらんわぁいっ!﹂
豪快に笑い声を上げるのは⋮まぁ化け物だ
上半身は少し大柄な男、といった風味だが、背中から無数の﹃腕﹄
が伸びる。その腕は細さも色も性別もめちゃくちゃで、それを無理
矢理つなぎ合わせたような縫合痕がやたらと目立つ。百は超える腕
を長さも太さもまちまちにつなぎ合わせたそれは、彼の言葉に合わ
せて振り上げられる。下半身もまた異形。⋮なんと説明すればいい
のか
そうだな、まず人間の骨格標本を頭に思い浮かべてほしい。その首
と腰から下を切り落とした上半分をイメージしてくれ。その両腕を
取り外して、代わりに股関節から取り外した足をくっつけるんだ。
そしてそれをたくさん用意して、腰の骨と頸椎を繋げた⋮そんな下
半身。なるほど、遠目で見れば百足に見えなくもないわな
⋮ちょ、ちょっと気になってきたかもしんない。足一本一本別々に
動いてるじゃん。神経とか繋がってるの?筋肉ないのにどうやって
動かしてるん?指まで操れるの?免疫系とか⋮は、死人だからとも
かく、血液の流動は?
力の抜けていた身体に火を入れる。わくわくしながら尻尾をふりふ
り。戦闘開始の合図を待つ。知らず口元には笑みが浮か︱︱いてっ
!?
髪の毛を引っ張られた。しかも無駄に伸ばしてるサイド部分。引っ
張ったのはネネ。視線はでか口に向けつつ、冷や汗を掻きながら吐
き捨てる
531
﹁笑ったら、ダメです⋮﹂
⋮なんぞそのルール?と首を傾げた瞬間、目の前にころころ⋮とソ
フトボール大の眼球が転がってきた。えっ、なにこれ。軽く言っち
ゃったけど普通にありえなくね?
転がってきた方向に目を向ければ⋮両手を真上に上げ、馬鹿みたい
に大きな口を開けっ放しにしたでか口が大声で叫ぶ
﹁あーりぇなーいっ!!まっさかサーカス団が逆に驚かされるなぁ
んてぇっ!!
なぁんで獣人が勇者団の仲間入りぃっ!?いまの私には理解できま
せん!びっくりしすぎて目玉が飛び出しちゃいました!どういうこ
となのソリティアちゃんっ!﹂
﹁⋮決まってますわんビッグマウスっ!!きっとそれは愛ですわん
っ!﹂
﹁ビッグマウスのあいならあそこに転がってんべ﹂
﹁﹁そりゃEYEやないかーいっ!!﹂﹂
びしっ!ずばっ!と音がして、でか口の振るった拳が百足の頭をミ
ンチに変え、美女の耳が通り過ぎたと思った瞬間。ごろりと百足の
上半身が血に落ちる
⋮おいおい。意味がわからんぞ。地面に落ちた上半身はびっくんび
くん痙攣してるし
532
﹁さぁて茶番はここまでですっ!あ、ソリティアちゃんはスパーナ
の身体回収しといてねっ!さぁさサーカスの開幕ですっ!﹂
﹁やぁん漫才のたびにめんどくさいですわんっ!けどMっけのある
ティアちゃんは悦んでミンチを拾い集めますわん!﹂
﹁この村のお客様が既に﹃観客﹄として招かれておりますっ!人類
の夢と希望の象徴たる勇者様ご一行が逃げるとは思いませんが、ど
うぞスパーナの背中にお乗りください!テントまでご案内させてい
ただきまーすっ!﹂
﹁ますますっ!ほーら動くのですわんスパーナっ!目も首も上半身
も乗り物でしかないあんたには必要ないですわんっ!﹂
けらけらと笑いながら手招きするアンデッドたち
⋮⋮自分で言うのもなんだが、頭がイカレてる俺がドン引きするっ
てどういう奴らだよ⋮
ごくり、と、俺は人生初めての固唾を飲む羽目になった
533
俺と﹃サーカス﹄と︵後書き︶
大口:我ら!
吸血娘:愉快で陽気な!
百足:サーカス団っ!
舌無し:なにこれこわい!なにこれこわい!
勇者:⋮い、いなくて良かった⋮っ!
534
不死人サーカス団と、俺︵前書き︶
ユーリィさまがヴィスクリムを書いてくれました!
<i58719|7049>
⋮このイラスト見ると、イタズラっ娘な普通なヒロインに見えるの
にナー
535
不死人サーカス団と、俺
﹁おン待たせェしましたぁ観客の皆さん!ちょいとばかり特別ゲス
トこと勇者ご一行を迎えに行って参りましてねウェヘヘ、中途半端
に中断していたことを腹割いてお詫びいたしま⋮ちょっとティアち
ゃあん?その2m近いでっかい剣はどうするのかなっ!なにしちゃ
うつもりなのかなっ!?﹂
﹁腹裂かせてお詫びさせますわん!えーいっ☆﹂
﹁あらやだかわいギャーッ!串☆刺♂し♀っ!
腹からこんなおっきいの生えるなんて⋮っ!悔しいっ!でも死⋮な
なーいっ!もう死んでるからーっ!!﹂
﹁キャーッ!座長かっこいいーんっ!﹂
⋮耳に痛いキンキン声でキャッキャッウフフと楽しげに漫才を続け
るでかい口男と美女に、なんとも言えないフラストレーションが蓄
積されていく。殺しちゃだめ?とばかりに隣のネネに視線を送れば、
無言で横に振られる首。だめかぁ⋮、や、まぁ、ぶっちゃけどうや
ったらあいつら殺せるのかわからねーけど
コロッセウム型、とでも言うのだろうか?丸く作られた舞台を囲む
ように、段差になった観客席がずらりと並ぶ形の奇妙な人骨を組み
合わせて作られたと見える大きな建物。元は小さな村だったのだろ
うが、そこに立ち並ぶ家々を踏み潰して作られた巨大舞台
536
観客席には先客らしい⋮おそらくだが、元々この村に住んでいたら
しい人間たちがポツポツと座り、目の下に分厚い隈を作りながらぶ
つぶつと不気味な言葉をつぶやいている。正直不気味だから近付き
たくない
そして真ん中にある舞台の上では、どろどろに皮膚がただれたゾン
ビや、骨しかない不気味生物、見た目は美女だけどなんか怪しいの、
手足が何10本もある化け物などが、目をキラキラと輝かせながら
手に手に武器を⋮いや、小道具片手に出番を待っている
﹁さぁっ!不死人サーカスの再開ですっ!﹂
﹁いつもなら一夜だけの夢と感動のフェスティバルっ!でもでもこ
の霧で太陽光が届かないから大増量版でお送りしますわんっ!﹂
﹁磨き上げた我らの芸!どうか心ゆくまでお楽しみくださいっ!﹂
︱︱言うなり、蝙蝠の翼を持つ美女が三人、縄を片手に宙を舞う。
その縄の先には、首を吊られた死体が笑顔で糞尿をまき散らし、舌
をだらりと伸ばしながら手を振る
﹁さっそくやるねぃ﹃エアーブランコ・ディック﹄っ!空中で行わ
れる首吊りの妙技をご覧ください!﹂
死体が体重で伸びきり、砕けた頸椎に頭をグラグラと揺らしながら
縄から頭を引き抜く。次いで揺れる縄から縄へと飛び移り︱︱見事
に首を、縄の先端の輪っかに通す。ゴギンッ、と更に負荷のかかっ
た頸椎が致命的な音を立て、数センチ伸びた。血の泡を吐きながら
も誇らしげに笑った死体は、更に次の縄へ。再び鳴り響く音と︱︱
負荷に耐えきれず、千切れる首と身体。勢いに飲まれるように死体
537
は無人の観客席に突っ込み、腐肉を散乱させた
ドッ!と死体や化け物の間から笑いが起きる
﹁なぁ∼にやってんだよディイイイイックっ!本番で失敗とかネー
ヨッ!お前蛆虫系な!これからお前は蛆虫ディックだっ!お客様っ
たらすいまっせぇんっ!﹂
﹁まぁまぁビッグマウス、失敗も芸の花ですわんっ!さぁさ!次は
愉快な動物ショーですわんっ!﹂
びしっ!と鳴り響く鞭の音。露出度の高い衣装に身を包んだ美女が
地面を打てば、いつだったか犬神の社で見たようなゾンビ共⋮が、
もっと獣っぽくなったようなゾンビたちが、生首くわえて美女の周
りに整列する
﹁⋮なんか言いなさいなビッグマウス﹂
﹁しっ!これはさすがのわたくしも何も言えないっ!まさか食事>
芸だなんて思わないでしょっ!﹂
⋮司会2人の言葉に、顔を真っ赤にしてプルプル震える美女。はっ
はっはっと鼻息荒く待機するゾンビたちは、爆笑する生首たち︱︱
ジミー﹄っ!お前の力を
どうやらそいつらもアンデッドらしい︱︱を一度宙に放り、ぱくり
と一口で飲み込んだ
﹁と、とにかく﹃モンスター・テイマー
見せてくれぇっ!﹂
﹁期待してますわんっ!﹂
538
二人の声に頷き、鞭を振り上げる美女︱︱が、直後に周りに集まっ
ていたゾンビたちに襲われた
耳を貫く悲鳴と怒声。アンデッドたちの笑い声。びくんびくんと跳
ねる美女の足。それにすら食いつくアンデッドたちの立てるぴちゃ
くちゃという水っぽい音
見かねたビッグマウスが大きな口を開き、ゾンビたちをばぐりと一
飲みにする
﹁グゲェ∼プッ⋮。えっ?いまなんかあった?﹂
﹁なかったことにしましたのねんっ!⋮まぁ、あんな未熟者に任せ
たのが失敗でしたわん⋮。き、気を取り直して!﹂
﹁こうなりゃあいつを呼ぶしかないっ!﹂
︱︱流れていたBGMが、曲調を変える。陽気なアップテンポの曲
から、どことなく期待を煽るようなスローテンポかつ重厚な音楽に
﹁こいつのインパクトは外見にも現れる!﹂
﹁こいつにしか出来ない技もたくさんありますわん!﹂
﹁不死人サーカス団の﹃道化﹄担当!なんでもござれの万能超人っ
!!﹂
﹁その名も∼∼⋮っ!!﹂
539
﹁﹁﹃リトルウェイト・ビッグマウス﹄っ!!﹂﹂
⋮しかし、壇上には誰も現れない。首を傾げる司会2人
﹁⋮あれ?﹂﹁⋮あらん?﹂
顔を見合わせ、疑問符を浮かべる二名。周りのアンデッドもざわ⋮
ざわ⋮とどよめき出す
﹁⋮はっ!﹂﹁はっ!﹂
そして全員同時に、壇上の真ん中にいた化け物に視線を向けた
﹁私だーーーっ!?﹂
﹃お前だーーーーっ!?﹄
瞬間、耳に痛いほどの合唱。そして上がる笑い声。全員が笑いすぎ
てハラワタや舌、血や心臓みたいなものを吐き出しながら、ビッグ
マウスをばんばんと叩いていく
﹁お前じゃんっ!﹂﹁もういるじゃんっ!﹂﹁自画自賛じゃんっ!﹂
﹁ナルシストじゃん!﹂﹁馬鹿じゃんっ!﹂﹁馬鹿ばっかりじゃん
っ!!﹂
ゲラゲラと笑いながらビッグマウスは顔を真っ赤に染め、照れたよ
うに﹁げへへ⋮﹂と笑う
﹁⋮い、いやぁ失恋⋮じゃなかった。失礼しました。では改めて!
リトルウェイト・ビッグマウスの宴会芸をご覧いただきたく!﹂
540
﹁誤魔化しつつも顔真っ赤ですわんっ!﹂
﹁うるちぇいっ!﹂
がぶりと美女⋮えっとソリティアだったか?の頭に噛みつくビッグ
マウス。噛み千切りはしなかったようで、﹁よだれでベトベトです
わん⋮﹂と嫌そうな顔したソリティアがぬぽっと唇から頭を引き抜
き⋮﹁⋮あはっ﹂と観客席から漏れた小さな笑い声で、アンデッド
全員が動きを止めた
笑い声のした方向に視線を向ければ、うつろな表情でヘラヘラと笑
う10歳前後の少女と、その隣で絶望的な程に顔色を悪くしたその
母親らしき女性
隣から小さく、﹁⋮笑って、しまいましたか﹂と悲痛な呟き。笑っ
たらどうなるんよ。と眠くなってきた目をこすり、欠伸をしながら
成り行きを見守る。⋮軽く溜め息吐かれたけど気にしない
﹁もう⋮もう、いいよ⋮っ!いつまでこんなの見なくちゃなんない
のっ!?もうやだっ!!もうイヤッ!頭変になるっ!おかしいよっ
!いみわかんないっ!殺してよっ!いっそ殺してよぉっ!!﹂
へらへら笑っていたかと思えば、鬼気迫る表情で髪の毛を振り乱し
て叫ぶ女の子。その背中に、音もなく骨だけのヒトガタが現れ、片
手で少女を持ち上げる
隣に座っていた母親が泣き叫びながら骨格標本にすがりつく。それ
を痛ましい表情で見つめるヴィルカスたち
少女は﹁殺して⋮もうやだ⋮死にたい⋮﹂と力無く呟きながら壇上
541
に立たされる。あっという間にアンデッドの群に囲まれ、少女の姿
が見えなくなった
もれ聞こえてくる声は概ねこんな感じ
﹁笑ってもらえましたわんビッグマウスっ!﹂﹁いやはやこいつは
めでたいっ!﹂﹁どこがおもしろかった?﹂﹁誰がおもしろかった
?﹂﹁どの流れがおもしろかった?﹂﹁どの顔が一番おもしろい?﹂
﹁笑ってもらえるにはどうしたらいい?﹂
とかそんな感じの質問ばかり。対して少女はひたすら﹁死にたい﹂
と﹁ごめんなさい﹂を繰り返すばかり。アンデッドたちは困ったよ
うに顔を見合わせ︱︱にたりと笑った
﹁なら君に再現していただこう!﹂﹁どの流れがおもしろかったの
かっ!﹂﹁どんな芸が面白かったのかっ!﹂﹁どうすればあの方を
﹃笑わせる﹄ことができるのかっ!﹂﹁我々と一緒に試行錯誤だっ
!﹂
そうして少女はビッグマウスの大きな口に飲み込まれ
少女の母親は悲痛な泣き声を上げ
アニー﹄だっ!君の活躍を期待
ビッグマウスが次に口を開けてみれば︱︱全身がケロイド状に溶け
て醜く爛れた、ゾンビが一匹
﹁君の名前は﹃フレッシュミート
しているっ!﹂
﹁わっかりましたーっ!!全力でお客様を楽しませてみせまっしょ
542
いっ!﹂
と、先程泣き叫んでいた少女と同じ声で、敬礼した
﹁⋮不死人サーカス団。アンデッドの長、1000年前に最も名を
馳せた魔術師アルトー・アル・アーノルが死後、死霊術師として蘇
り、作り上げたアンデッドの集団です。
その目的は、長い時間と共に感情⋮喜怒哀楽を失ったアルトー・ア
ル・アーノルを楽しませること⋮それだけです。アンデッドたちは
人間をサーカスに招待し、無理矢理自分たちの芸を披露します。そ
こで笑わずに一夜を過ごせれば、太陽が昇ると共に奴らは消えます
⋮が、もし笑ってしまえば今見た通り。﹃笑い﹄を理解するものと
して、アンデッドの仲間入りです。
例えどこがどう面白かった、と説明出来ても、奴等には理解出来ま
せん。奴らは陽気に振る舞っているように見えるだけで、本来なに
も考えていない死体ですから。だから笑えば必ずアンデッドにされ
ます。
抗ったとしても奴らは不死身。物理攻撃は意味をなしません。街一
つ燃やし尽くすような強い火があれば対抗できますが⋮、そんな魔
術、使える魔術師はほとんどいません﹂
だから勇者パーティーって言ったところでなにも出来ない、と。ま
ぁ、物理攻撃しかできない俺、レオ、ヴィルカスと、攻撃魔法より
味方を強化する方が得意なネネ、回復と少しの近接戦が出来るだけ
のアーサーじゃどうにもならんわな。しっかしアーサー役にたたな
いな⋮聖職者ってアンデッドに強いイメージあったんだがなぁ⋮。
回復出来るだけマシってこと?
﹁タクトの白き空の剣なら、あるいはなんとかなったかもしれねぇ
が⋮﹂
543
なんで?とばかりに見つめれば、苦い顔のヴィルカスは言う
﹁白き空の剣の刀身は莫大な魔力で作られてる。タクトの意思で炎
の属性を付与すれば、炎の精霊並みの火力を誇る⋮はずなんだ。多
分﹂
なにそのつまんない武器。魔力の刃ってことは軽い上にすっぱすっ
ぱ切れるってことじゃん。刃で骨を削るゴリゴリっとした感触とか
さー⋮って違うか
﹁ないものねだりしても仕方ないだろう?今は、霧が晴れ、太陽が
出るまで待つしかない﹂
レオの苦々しさの滲んだ言葉。んー、いや、別に、いいんだけどさ。
別にそれ事態には異論ないんだけどさ
気づいてる?
観客席の村人たちが、怒りとも憎しみともつかない視線で睨んでき
てるよ?
なんで助けてくれないんだ
なんで戦ってくれないんだ
なんでただ見てるだけなんだ
アンデッドに向けることが出来ない怒りが、憎しみが、ちりちりと
俺達に飛び火する。目の下に分厚い隈を作った目が、幽鬼のように
俺たちを突き刺す
544
それにさぁ、霧が晴れるって保証もないじゃん?
普通に考えてこれアンデッドたちがなんかやってるだろ。勇者御一
行を待ち伏せしていたのは間違いないし、俺だったら捕まえた敵は
じわじわ弱らせてから絶望させて殺す
なら、さー
元気な内に皆殺しにしよう
ちょっとばかり、思うところもあるし
545
不死人サーカス団と、俺︵後書き︶
双子妹;リムちゃんの霊圧が⋮消えた⋮っ!?
舌無し;いるよっ!超いるよっ!﹃待て﹄させられてただけだよっ!
大口:というか主人公︵笑︶影薄すぎwwwキャラも薄すぎwww
プギャーwww
舌無し:よーし殺すぜぇったい殺す!
546
俺が暴れて︵前書き︶
禁状態だから仕方ないけども
舌無しの暴れっぷりが最近控えめな件
禁欲⋮もといオ
547
俺が暴れて
ゆらり、と立ち上がった俺に視線が集まる。喜色満面、と言わんば
かりに大きな口で笑顔を作るビッグマウスが、声を張り上げる
﹁おいおい芸の真っ最中だぜぇ?席を立つにはちっと早い!それと
も飛び入り参加してくれちゃげっ﹂
観客席からぶん投げた大鉈が、一直線に飛んでビッグマウスの卵形
の頭に熱烈なキスをかます。顔色を変えた勇者パーティーを意識の
外に追い出して、一気に駆けて化け物の群れに飛び込んだ
﹁うぐぐ⋮なななぁんということだァーッ!!不死人サーカス始ま
って以来の珍事!まさかの飛び入りゲストの登場に我々はびっくら
こいーたっ!!﹂
ディアボロ﹄!﹃ファイヤーワーカー
﹁これは出血内蔵ぶちまけ大サービスでお出迎えするしかありませ
んわんっ!﹃スローナイフ
サルビイ﹄っ!!﹂
声と共に目前に現れる二体の異形。6本腕の首なし男に、首から上
が狐の太った女。同時に手の中のナイフと、頭から火線を放つ
⋮キモいなぁっ!
真横に跳び、一番手近にいたゾンビを掴む。﹁へっ?﹂と首を傾げ
る子供ゾンビをつかみ上げ、それを盾にして直進。ぎょっとしたよ
うに目を見開く狐頭に肉薄し、その腐った肉に向けて手刀を叩き込む
548
︻獣技︼・︻餓狼の牙︼
一閃、だけじゃ足りない。右肩、左右股関節、左肩、首、そして縦
に。アンデットは殺せない。しかし⋮修理されない限りは、再生し
ない。なら、動かなくなればいい
どす黒い腐った血が体を濡らす。ひたすらに不快な匂いに青筋を立
てながら6本腕に肉薄、渾身の蹴りで腰骨を砕き、腕をまとめて切
り落とす。骨盤を砕くだけで、人体はバランスが取れなくなる。人
間を生かしたまま監禁したいなら、腰を砕くべし。立つことは愚か
座ることすらできなくなるからね
瞬く間に三体のアンデットを使えなくされたビッグマウスが、少し
ばかり沈黙。その隙にこの中では比較的マシな臭い⋮恐らく吸血鬼
であろう美女に接近。その喉笛に食らいつき、右手で心臓をえぐり
出す。くそまずい血と吸血鬼の心臓で急速に高まる飢餓感を誤魔化
しながら、ビッグマウスを睨みつける。アンデット特有の冷たい肉
に、腐った血。むしろ気分が悪くなり、舌打ち。しかし、不味くて
も腹の足しにならないことはないのだから、と自分に言い聞かせる
⋮別にさ、アンデットは殺し甲斐ないし、人間ぶっころー!ってや
るのは全然構わないんだよ
むしろ俺の見えないところで好きに暴れちゃってください、って思
うわけ
でもさ、でもさ⋮っ!
俺の目の前で、人間を殺さないって何事だ⋮っ!?
549
必ず殺せとは言わねぇさっ!個人の自由だっ!殺さなくても仕方な
いっ!
だけどさぁっ!それをアンデットに変えちゃうってどういうことだ
よっ!
アンデットは殺してもつまんないって言ってるじゃん!俺は人間を
殺したいんだって言ってるじゃん!なんでわざわざアンデットなん
かに変えちゃうのっ!?そんなことしなくても人間を絶望させる方
法なんてたくさんあるじゃんっ!つまんねーことしてんじゃねぇよ
っ!!
だから怒った。だから気に入らない。こいつは壊す。アンデットだ
から殺せないけど、バラバラになるまでぶっ壊してやる!
6本腕が持っていた大振りのナイフを両手に持つ。錆びて切れ味の
鈍った獲物でも、十分な程度にはアンデットの身体は脆い。肉はぐ
ずぐずに腐り、骨は鉄の剣で容易く両断出来るくらいスカスカだ。
だから、これで充分すぎる
﹁ガルル⋮ッ﹂
獰猛なうなり声がのど奥から漏れて︱︱勘の赴くままに、後ろに跳
んだ
直後に地面から生える腕。まだまだたくさんのアンデットがいるら
しい。上等だ
アンデットはつまんない。だから消えとけ
550
﹁ルガァアアアアアアッ!!﹂
雄叫びと共に振るわれる右足。数だけは大量にいる化け物どもの腰
に向けて、渾身の蹴り
︻獣技︼・︻餓狼の爪︼
右足、左足、そしてまた右足。次々と放つ蹴りは大した抵抗も感じ
ずに化け物を切り裂いていく。笑いながら悲鳴を上げる化け物に不
快感を煽られる。つまらんっ!非常につまらん!そしておなか減っ
た!やばいはこれ!殺しながら補給出来ないとかマジで相性悪い!
﹁すんばらすぃいいいいいっ!まさかまさかのショウタァイムッ!
我々不死人サーカス団の誇る芸人がまるで雑魚扱いです!﹂
﹁予想外にもほどがありますわんっ!﹂
﹁だったらこいつを呼ぶしかない!﹂
﹁だったらあの娘を呼ぶしかないっ!!﹂
ビッグマウスとソリティアが楽しそうに声を張り上げる。同時に流
れていたBGMが止まる。いつの間にか壇上の隅に設置されていた
ピアノが、バイオリンが、トランペットが、軽い音と共に土に埋まる
﹁不死人サーカス団の音楽家!﹂
﹁どんな曲でも弾いちゃいますわんっ!﹂
551
フレイニー﹄っ!!﹂﹂
﹁BGMがならまかせろーっ!﹂﹁バリバリッ!﹂
﹁﹁﹃鳴き女
︱︱ビッグマウスとソリティアの言葉と共に、大音量で爆音が響き
渡った
﹁⋮っ、⋮ぁ⋮っ!?﹂
ビリビリと耳が痺れる。耳鳴りが止まらない。頭を思い切り叩かれ
たような、脳が揺れる感覚。くらり、と眩んだ視界は今にも空を映
しそうで、必死に足を踏ん張る。飛びかけた意識と力の抜けた体を
引き止め、首を巡らせ敵を探す
︱︱いた
﹁⋮⋮⋮、⋮⋮⋮⋮﹂
女だ。裸の女。異様な程に髪の毛が長く、黒くうねる髪が全身を隠
している。両手で顔を押さえ、むせび泣くその姿はサーカス団には
相応しくないようにも見える。顔をおさえた両手からは水滴が滴り
落ち、髪の毛の隙間から見える身体は、うっすらと透けていて⋮⋮
⋮⋮えっ
ちょっ、えっ、あ⋮?はいっ!?
ぴたり、と足が止まる。周りを囲んでいたアンデットが、動きを止
めた俺を不審げに見下ろす
何かを話しているようだが、爆音で飛んだ聴覚はまだ復帰していな
552
い。音が聞こえない中、俺の視点はひたすら女⋮フレイニーとかい
うのに注がれている
⋮えっ、す、透けてない?ちょっ⋮はぁあっ!?うそっ、えっ⋮は
いぃっ!?
混乱しつつも、おずおずと遠慮気味に振り下ろされた大きな拳にナ
イフを突き立てる。肘の内側にナイフを突き立て、そこを起点に身
体を持ち上げる。俺の体重で下方向に下がったアンデットの頭部を、
逆肩車状態で捕縛。だいしゅきホールドだっけ?ただし顔面。かー
らーの、フランケンシュタイナー。の、最中に顔に膝をいれる。ぐ
しゃっと鼻骨を膝が砕き、その勢いのままに脳味噌にまで膝がめり
込む。脆いわー、ちょろいわー
⋮じゃなくてっ!!
急いで化け物の囲いから脱出。未だになにかアクションを起こすで
もなくひたすら泣き伏す女に向けて⋮えっと、落ちてたゾンビ腕を
拾い、投げつける。ブーメランのように回転しながら飛んだ腕は︱
︱︱あっさり、フレイニーの体をすり抜けた
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっと、
⋮⋮⋮⋮あの、さ
⋮⋮黙ってたんだけど⋮さぁ
俺、幽霊とか駄目なんだよねー
﹁うやぁあああああああああんっ!!﹂
553
いやまじ無理無理ほんと無理勘弁してないないないありえない非科
学的っつーか無理ほんと無理こわいこわいこわいこわいいやぁああ
あああああっ!!
グロいの?平気平気。むしろ好き
ホラー?所詮作り物でしょ?なにを恐がれと?
アンデット?ファンタジー世界だもん。死体が動くくらいはまぁあ
り得るあり得る。というか死体が動いたからなにさ?
でも幽霊って幽霊って⋮っ!さ、触れないじゃん!殺すとか殺せな
いとかそういうレベルじゃないじゃんっ!?なんなのっ!?プラズ
マじゃなかったのっ!?
っていうか幽霊いるんだったら俺のところに復讐に来いよぉおおお
おもおおぉおおおっ!そしたら心の準備くらい出来たのにぃいいい
っ!!むしろ幽霊になってまで俺のこと殺しに来てくれるなんて⋮
︵トゥンク︶ってできたのに!出来たのにっ!全く化けて出る気配
なかったからいないもんだと!幽霊なんかいないんだーやったーっ
!的な気持ちでっ!それがデフォルトでっ!
ああああいやいやいやもういやいや助けてグレーテル幽霊とかもう
無理殺せないしどうすればあうあうあーっ!!よしっ!アンデット
刻もう!あ、いや、村人ってか観客殺そう!お腹減ったし!
正直パニックになりつつもフレイニーからさりげなーく距離をとる。
決して近寄らずに手近なアンデットに襲いかかり、全身の皮膚がが
かなりの数の猫っぽい毛皮のパッチワークになってる人型の化け物
554
の背骨をずるりと引き抜く。肋骨と骨盤を割いたあと、背中から頭
部にむかって切り込みを入れて、頭蓋骨を掴んで後ろに倒すだけ。
上手く関節を外すことさえ出来れば綺麗に抜けるから、なかなかい
いインテリアに⋮ならんて
猫皮死人の分、穴の開いたアンデットの囲い。そこに体を滑り込ま
せ、観客席に向けて跳躍︱︱しようとした、瞬間。
目の前に、咽び泣く、女
﹁ひぃいいいいいいいっ!?﹂
なにこれこわいっ!なにこれこわいっ!?
先程と全く変わらない体制で、しくしくと。特になにかするわけで
もなく、俯いた女が顔を覆う手から涙をこぼす。うねうねと蠢く髪
の毛が、どこからか香る据えた臭い⋮。よくよく意識すればぞわぞ
わと尻尾の毛が逆立ち、ひんやりとした空気が火照った体から熱を
奪う
瞬間移動っ!?いやむしろめっちゃ早く動いた系!?や、やだやだ
やだやだやだっ!そ、そんなんガチのお化けじゃんっ!目を離した
ら近付いてくるとかやめてくれよっ!マジでっ!!ゴキブリかっ!
1匹みたら30⋮こんなんが30匹もいるとかイヤーッ!!
もう目を離すことすら出来ずにフレイニーを前に棒立ちしてしまう。
ほんと無理っ!マジでダメッ!お化けはあかんてっ!あーっ!あー
っ!子供の頃怖かった怪談がっ!怪談が頭の中でリフレインっ!
﹁うなーっ!?﹂
555
混乱しながら手近にいたアンデットに蹴りを叩き込︱︱あ、れ?
ずっぷりと、肉に足先がめり込む。冷たい死肉の感触に硬直。すぐ
さま足を引き抜こうと試みるも、抜けない。ならばと左足で獣技を
使い、切断にかかり︱︱ぐにゅん、と歪んだ死肉の塊が左足も飲み
込んで︱︱両足を肉に埋めて宙ぶらりん。これは⋮やばい?
たらりと垂れた汗が、じわりと吹き出る脂汗が、この後の展開を予
想する
その予想の通りに、長柄のスレジハンマを大上段な振り上げる、巨
漢の包帯まみれ⋮多分ミイラ
両足は肉壁にずっぽり埋まっていて身動きが取れず、最後の獣技で
いい加減。打ち止め。腹が減りすぎて手足に力が入らない。目の前
ガードしたら腕ごと潰されるだろうし、手にしたナイフ二本じゃ攻
撃前に仕留めるーなんて真似も難しい
あ、やべ、死んだわ
振り下ろされた鉄塊に、視界が黒く、紅く染まった
556
俺が暴れて︵後書き︶
双子妹;あざといなリムちゃん流石あざとい!
双子兄:引くわー散々キリングジャンキーしといて幽霊恐いとか引
くわー
黒狼娘:⋮プヒューww
岩猿:ないわー、これはないわー
勇者:いや、まぁ仕方ないよ⋮うん。まぁ、恐いよな、うん⋮
魔法使い:⋮まぁ、そういうこともありますよ、うん
騎士団長:⋮美しくないな
騎士:⋮あー、まぁ、女だしな。まだガキだし⋮仕方ないだろ
司祭:そんな貴女も可愛らしいっ!!
557
舌無し:⋮⋮う、うるせーっ!!幽霊だぞ幽霊っ!毎年夏にブーム
になるんだぞっ!大人だって恐いもんは恐いもんっ!俺悪くないっ
!だって幽霊殺せないっ!不死とかアンデットとかじゃなく殺せな
いっ!恐いっ!うわーんっ!!
558
終わりが近付いて︵前書き︶
3話更新?
次回更新はいろんな意味で怒られそうな悪寒
なるべく早く更新しますぅ⋮
559
終わりが近付いて
あ、こらあかん、死んだわ。次はなにに生まれ変わるねん
なぁんて柄にもなくっていうか混乱気味な関西弁が頭に過ぎった刹
那、俺の視界に広がったのはひたすら黒い背中︱︱と、その背中の
持ち主の頭から噴き出す、鮮血だった
﹁⋮あー、しゃー⋮?﹂
振り下ろされたスレジハンマの柄を、器用に片手メイスで受け止め
るアーサーの背中。膂力に差があるからか、頭を掠め、肩に担ぐよ
うにしてどうにか歯を食いしばって加圧に耐えるその姿に、さすが
の俺もちょっとキュンときた
ああ、この背中に思いっきりナイフを突き立てたい、なんて思っち
ゃって照れ照れ。呆然と見つめていたら、絞り出すような声でアー
サーは叫ぶ
﹁やらせは、しない⋮っ!やっと、やっとあえたんだ⋮っ!!二度
と、奪われてたまるものかっ!!﹂
気合い一閃。尋常じゃない気迫と共に、スレジハンマをメイスで受
け流し、回転。両手で握ったメイスをミイラ男の膝にたたき込む。
鈍い音を立てて崩れ落ちたミイラには一切視線をくれず、ひたすら
キリッ!とした表情で俺を見つめるアーサー
⋮へぇ、いつもキモイけど、真面目モードは悪くない。愛されてる
560
って実感できるし。愛されないよりは愛されたい。だからといって
アーサーの気持ち悪さが軽減されるわけじゃないが、戦闘の最中に
こいつを殺すのは、意外と楽しいかもしれない
﹁彼女から離れろっ!﹃ゴスペル﹄ッ!!﹂
即座に開かれた聖書。アーサーの声と共に放たれた金色の光が、俺
の両足を捕らえていた肉壁に突き刺さる⋮が、肉壁だと思っていた
巨大なピンク色の肉の塊は、悲鳴をあげこそすれ、挟んだ両足を離
さない
⋮餓狼の牙なら、とも思ったが、それじゃさっきと同じ結果で終わ
る気がする。なんかもう一押し欲しいな
﹁この馬鹿野郎どもがっ!タクトが戻るまでの2、3日の辛抱だっ
たのによぉっ!﹂
口では悪態を吐きながら、しかし口元に壮絶な笑みを浮かべて両手
斧を振るうヴィルカス。俺ほどの速度じゃないが、分厚い鎧に身を
包んでいるというのにあっという間に駆け抜けたヴィルカスは、的
確にアンデットの両足を砕き、頭を割り、胴体を両断する。さすが
勇者パーティー。黒狼軍の精鋭並の戦闘力だ。その精鋭たちを日夜
ぶっ殺したりしていた俺が言うセリフでもねーけど
﹁全く美しくない行為だし、動機も正直気に入らない。何故ボクが
獣人を助けなきゃならないのか理解できない⋮が、人助けという行
為は、美しい。そうは思わないかい?﹂
﹁はぁ。どうでもいいです。さすがに精霊教の司祭さまを無駄死に
させるわけにはいかないので、努力はしますが﹂
561
槍を手に現れたレオ。振るう度に火の粉を散らす白銀の槍と、ネネ
の手にある杖が光る度に迸る火線が、散々俺を混乱させてくれた幽
霊を切り裂く。なんのために出てきたんよフレイニー。最初の爆音
以外は泣いてただけじゃん。⋮ってか、そっか、なるほど。物理が
効かないなら属性攻撃で攻めろってことか。納得!
それなら、とアーサーの放った光線のお陰か、肉壁はうずくまるよ
うに傾いていて、手を伸ばせばどうにか地面に届く。なら、両手を
伸ばして地面に爪を立てる。爪が、指が悲鳴を上げたが、無視して
思いっきり足を引っこ抜く!ずるんっ、と気色悪い感触と共に両足
が解放され、それを待っていたんだと言わんばかりにネネの放った
火の玉が肉壁を飲み込んだ
⋮意外といい匂いのする肉塊に手を突っ込み、じゅうじゅうと音を
立てる焼き肉をゲット。それをかじりながら、血を垂れ流す頭にピ
カピカ光る右手を当てていたアーサーの背中をぽんっと叩いた
どうやら傷の治療中だったらしいアーサーは、はっとしたように俺
を見て︱︱目に涙を浮かべて、抱きつこうとしてくる、それを顎を
押さえてつっかえ棒しつつ、形勢が少しばかりこちら側に傾いた⋮
ように見える、戦況を確認
⋮おそらくさっきアーサーが使っていたのが﹃神術﹄。神に祈りを
捧げることで傷を癒やす術だろ?なら、怪我はあんまり考慮にいれ
なくていい。レオの槍が文字通り火を吹いてるのはネネが使った付
与魔術のはず。ヴィルカスがいつもより動きがいいのもネネの魔術
かな?でもなんでか知らんが俺、魔術の効きが悪いんだよな⋮だか
ら俺の強化は思考から追い出し、次々沸いてでるアンデットたちの
様子を確認
562
肉体を持つゾンビ、ミイラ、吸血鬼や骨だけの異形はヴィルカスが
頑張ればどうにかなる
幽霊は数が少ないしかなり脆いっぽい。火線が走る度、炎を纏った
槍が空を切れば、悲痛な叫び声を上げながら消えていく
なんかよく分からんけどハッスルしてるアーサーは、仕留めること
は出来なくても膝や腕の骨を砕き、肉を裂くことで動きを止めてい
る。っていうか司祭が血まみれってどういうこと?いやいいんだけ
どさ⋮
⋮勝てるんじゃね?
とか思い始めた矢先だった
壇上の隅でひそひそこそこそと話し合っていたビッグマウスとソリ
ティアが、それはそれは嬉しそうに笑った。⋮ビッグマウスは俺の
大鉈を頭にめり込ませたままで
﹁さぁさ準備は整った!﹂
﹁不死人サーカス1の巨体!﹂
﹁最強で最悪で最狂のウンデェットゥっ!﹂
﹁みんな気がついていたかしらん?ティアたんは教えられるまで気
がつきませんでしたのんっ!うふっ﹂
﹁これだけ死体がありゃあ餌には充分っ!三日三晩は戦えらぁっ!
563
!﹂
﹁呼びますわんっ!お前らっ!奴の名を!﹂
﹁音楽家がいない?ならアカペラだぁっ!!﹂
唐突に歌い出すアンデットたち。身体を失った生首が、腐肉に埋も
れた顔面が、ひたすら泣き伏す幽霊が、それはそれは楽しそうに声
を張り上げた
﹃やーつがくるぅ!やーつがくるぅ!
闇の中からやーつがくるぅ!
どでかい頭にまん丸お目々!
凶悪極悪悪党フェイス!
見たらチビるぜでっかいぜぇっ!!
闇の中から手を伸ばしー
腹が減ったら街を食うっ!
︵台詞︶まぁ、俺らも食われるんすけどね?
アルトーさまの謹製品っ!
アンデットたちの四天王っ!
564
グラトニー﹄っ!!﹂
我らのお家で頼れるリーダーっ!!﹄
﹁その名も⋮﹃サーカステント
︱︱︱︱地面が、酷く揺れた
﹁⋮うわーぉ﹂
周りにいたアンデットが、観客席にいた村人が、対応できずに尻餅
ついて。警戒した俺達が一斉に集まって。それでもなお遅く⋮
コロッセオを構成していたらしいモノは、骨。無数の骨が組み合わ
さり、コロッセオの形を作っていただけ。そのコロッセオがガラガ
ラと崩れ去り、地に落ちたアンデットのパーツや、慌てることしか
出来なかった観客⋮村人たちを巻き込みながら、ビッグマウスたち
の元に集まり。ソリティアとビッグマウスもまた、楽しそうな悲鳴
を上げながら一カ所に集まる骨の雪崩から逃れ、そうする間にコロ
ッセオは完全に解体完了。目の前に現れたのは⋮巨大な異形
基本的には骨なのに、幾数の死体を飲み込んだその身体には、まば
らに肉が付いている。文字通り見上げなければどうにもならない巨
体は20mを簡単に超える。ぎょろりと無数の眼球が詰まった一つ
しかない眼窩で周りを見渡し、そいつは嬉しそうに声を張り上げた
﹃呼ばれて集まりガッシャンシャーンッ!
グラトニー︵役者志望︶なるぞっ!!
やぁやぁ我こそはアルトー・アル・アーノルさま随一の子分、サー
カステント
頭が高いっ!控えおろ⋮、控え⋮ちっちゃっ!⋮うわっ、人間の頭、
低すぎ⋮?﹄
565
﹁﹁お前がでかいだけやないかーいっ!!﹂﹂
⋮アホなことを言いつつも、そのサイズ差は圧倒的。老若男女で合
唱したような声で巨大ゾンビとも巨大スケルトンとでもいうの⋮、
巨大サイクロプススケルトンゾンビ?とでも言うしかない異形は、
呆然と見上げることしか出来ない俺達を見下ろし、ふふんっ、と鼻
を鳴らした
﹃⋮ちっちぇな﹄
﹁お前がでかいんやっちゅうに!﹂
﹃でかくなぞないっ!お、女の子にでかいとか言うなっ!﹄
﹁女の子でしたのんっ!?﹂
﹃今日は女の子の肉が多いから⋮そんなき、ぶ、んっ♪﹄
﹁うっぜっ!こいつうっぜっ!﹂
﹁ちょっ、ビッグマウスっ!キャラちゃんと守ってよ!あたしだっ
てあんな馬鹿みたいなキャラ設定守ってるんだからっ!﹂
﹃⋮お前ら、キャラ作ってたのな﹄
﹁﹁⋮いまのなしでっ!﹂﹂
﹃ばっちり見られてるから無理カナーッ?﹄
⋮一瞬の間の後、爆笑する三体のアンデット。⋮き、気が抜ける!
566
なんかイケそうな気がしてきた!冷静な部分はサイズ差やべぇから
逃げようぜ、って言ってるのに俺の中の小さなプライドがここで引
いたらあんなふざけてる奴ら以下だぞ、って囁いてくる⋮っ!ま、
負けたくないっ!
とはいえ、20m級の巨体は圧倒的。あいつが本気になればその足
で踏み潰すだけで俺たちをまとめて殺せるんだ。勇者パーティー一
同もそれを理解しているからか、どことなく苦々しい顔
﹁⋮助かる方法は、1つだけのようだ﹂
﹁⋮そのようですね。最早守るべき村人の方々も全滅です。ヴィス
クリムさんだけでも逃がしたい所ですが⋮﹂
﹁⋮応、タクトが戻るまで、1日2日⋮戦い続けるしかないわな﹂
⋮えー、マジでー?不安が顔に出ていたのか、俺が尻尾足に挟みつ
つ耳を伏せて振り返れば、苦々しい顔が更に歪む
﹁⋮私が、勇者さまを連れてきます﹂
﹁⋮ネネストリ?正気かい?﹂
ネネの硬い表情と、手が白くなるほど握られた杖。男三人+俺の視
線を浴びて、顔を青白く染めながらネネは気丈に振る舞う
﹁⋮色々と、隠し玉は用意しています。⋮小柄なわたしなら、檻を
少しだけ広げれば抜けられるはずです。⋮でも、あの湖からここま
で往復するのに、どんなに頑張っても12時間。あと、もう一度精
霊の国への扉を開くアイテムを集めるのに、3時間は最低でもかか
567
ると思います﹂
⋮15時間、あのでっかいのの相手しにゃあならんと。回復役がい
るっていってもキッツイなぁ⋮っていうかテンション上がらない⋮。
人間⋮ってか生きてる巨人だったらまだ楽しそうなんだがなぁ⋮死
人じゃなぁ⋮
⋮適当に気い引きながら逃げ回るかぁ、と消極的な決意を固めつつ、
話がまとまったらしいネネが走り出すのを尻目に巨大不死人と向か
い合う
ニヤニヤと笑うソリティアに抱かれ、巨大な卵形の口が宙を舞う。
それに従うように、肉と骨の巨人はバキボキと腕を鳴らし、全身の
至る所から生える首が、奇妙な旋律を歌い出す
﹁さぁっ!グラトニーっ!﹂
﹁盛大なスリル&スペクトラルを魅せてあげてねんっ!﹂
﹃虐殺なら任せろーっ!!﹄
﹁﹁バリモググシャアッ!!﹂﹂
︱︱先制攻撃は、これまた巨大な拳だった
568
終わりが近付いて︵後書き︶
双子妹:︵サーカスの︶終わりが近付いてっ!
舌無し:まだまだ続くよっ!
双子妹:とりあえず司祭殺す。必ず殺す
舌無し:ちょっとカッコいい司祭とか司祭じゃないよね、うん
司祭:もっと蔑んでくださいっ!!踏みにじってください!虫のよ
うに!ゴミのように!ぐりぐりと!出来れば靴を履いて!
舌無し:⋮幽霊より、恐い
双子妹:後書きがリベラル過ぎてリムちゃんきゃわわっ!
569
俺と新人さん︵前書き︶
やぁ︵´・ω・`︶
交通事故で両腕折って入院していた人春だお
待たせてすまないとおもっているお
舌無しェ⋮
570
俺と新人さん
飽きたから割愛
んー?理不尽?いや、ほら、つまんなかったからよく覚えてないん
だよね
あの後?なんかよくある展開だったよ
結局俺たちは戦い続けたんだけど、その内重い鎧着ているヴィルカ
スが疲れてきちゃったんだよね。うっかり攻撃避け損ねてあわやピ
ンチでミンチーってとこで勇者さまことタクトくん参上。ヴィルカ
スの真上に迫った豪腕をズバッと切断して蹴り飛ばす。吹っ飛んだ
腕が綺麗にビッグマウスに命中!ヒュー!エキサイティンッ!で、
やたらキリッとした表情で巨大アンデットと睨み合うタクトくん
なんでもその時点でバトル開始してから6時間経過していたらしい。
6時間も重鎧着て動き続けたヴィルカスとかレオとか凄いね。で、
なんでも精霊の国?とこっちとは時間の流れが違うらしくて、もう
タクトくんが精霊の国に到着してから、既に一週間も経過していた
らしい。見事精霊たちとの同盟&助力を得て帰還したタクトくんは、
一皮向けた上に強くなって戻ってきたよ!と
おまけに色々戦力強化してきやがった
タクトくんの登場にキャッキャッキャッキャと喜ぶビッグマウスと
ソリティア。そんな彼らにグラトニーが話しかけようとした瞬間、
571
グラトニーの巨体が炎に包まれる
絶叫を響かせる巨体を前にネネの小柄な身体を姫抱きにした美女が
1人
薄布で作ったミニのノースリーブワンピース。上から赤いケープ。
背中には大弓。矢筒はない。腰にベルトでダガーとフラスコ型のガ
ラス瓶を固定している。身長は170に近いくらいだろうか。均整
のとれた細身ながらもしっかりと胸は膨らんだ、すらりとさた手足
の長いモデル体型。緑色の髪はポニーテールに纏められ、ぴんっ、
と尖った長い耳と、どこか壊れ物染みた無機質な美貌
名前を、エンフォルミア・ルナル・エルヴクローク。愛称でミア、
とタクトくんに呼ばれる彼女は、精霊族の第3王女で、魔王を倒す
旅に同行することを申し出た、精霊術の使い手らしい
魔術と精霊術ってどう違うの?と俺は思ったが、大まかにこんな感
じらしい
精霊術↓その場にいる精霊と契約、強力な術を使う。契約時にしか
魔力は使わないので低コスト。契約精霊に頼むこともある。強力だ
がバリエーションは少ないし、応用力も低い
魔術↓自身の魔力で世界の理をねじ曲げる。あまり強力じゃないし、
術者の資質で効果が変わる。鍛えても技量は上がらない。魔力がな
くなったら何もできないが、バリエーションが豊富で応用力が高い
ついでに
神術↓神への信仰を力に変える。でも崇めているのは精霊なため、
572
恐らく神=非常に力のある精霊。傷を癒すことと、あるいは雷によ
く似たエネルギー攻撃しか使えない。本人の信仰心で威力が変わる。
攻撃力は低い
この三つを合わせて魔法、というらしい。それはどうでもいいや
とにかくミアさんが炎の精霊と契約、グラトニーを焼却消毒っ!す
るも、グラトニーほぼダメージなし、ビッグマウス爆笑、ソリティ
アは﹁いやーんっ!美人に睨まれるとこーわーいーっ!!﹂と泣く。
ソリティアが恐がるのでビッグマウスたちは退却。しかしグラトニ
ーは残る。なぜに?芸人根性かもね。あのサイズだとあんまり出番
なさそうだし
全員でフルボッコ、かと思いきや、前にでるタクトくん
左手に装備された小さな円盾をグラトニーに向けるとピカーッ!グ
ラトニーは死んだ。どういうことなの?
タクトくんが新たに手に入れた武器⋮ってか防具?は﹃灰の大地の
鏡﹄。太陽の光を集めて保存、ビームにしたり魔力にしたり。魔法
攻撃を無効化したりできるらしい。精霊族の秘宝だそうだ
精神生命体とかいうけったいな存在な精霊族は今の色々うすぐらー
い雰囲気で満ちた人界、魔界に来ると、精神が汚染されて著しく弱
体化するとかなんとか。だもんで純血の精霊族じゃない⋮有り体に
言えば精霊族と人間のハーフ⋮ってか、肉の器を持つミアさんと、
秘宝やらなんやらのマジックアイテムはいくらでも貸すから魔界の
やつらぶっ殺して!なスタイルだとか。ってか王女なのにハーフな
の?女王さま浮気?精霊って意外と性的に奔放だったりする?⋮ま
ぁお陰で王族クラスの膨大な魔力を持つ、ハーフだから弱体化もあ
573
んまりしない精霊術者がいるんだから結果オーライ?よう分からん
で、タクトくんは秘宝使った太陽ビームで太陽に弱いアンデットを
ぶっ殺して、剣を構えてなんかごちゃごちゃ言ってた
﹁色々迷った﹂とか﹁それでも戦うことにした﹂とか﹁お前たちを
信じたい﹂とか﹁この世界を知りたい﹂とか、﹁僕に君たちの世界
を守らせてほしい﹂とかなんとか
精霊の国でなんかあったっぽいんだけど、なんか面白くない。いや
まぁ、殺し甲斐はあがったからいいんだけどさ⋮どうせなら成長︵
⋮なのかな?︶の瞬間をこの目で見たかったというかなんというか
⋮つまんねぇ⋮。ぶっちゃけグラトニーとの戦闘があんまり記憶に
残ってないのってそっから来てるんだよね。うん、まぁ、ちょっと
俺、拗ねてる。タクトくんを殺すのは俺なのに⋮っ!これがジェラ
シー⋮っ!?もしかして⋮恋?ねーよって
もやもやしたものを抱えつつも、精霊族との同盟に成功したから、
王様のいる首都まで戻ってその報告、その後は魔界との全面戦争に
移行しますよ、ってとこまで来たんだけど、さー
⋮俺さぁ、そういえばリュカにおつかい頼まれてたんだよねー
574
と、言うわけで首都に向かう途中、立ち寄った街の宿からこっそり
抜け出しますよっと
この街で物資を補給したらすぐ出発予定なので、一晩しかないんだ
よね。これはまともにお楽しみやってる時間はなさそうな感じ?と
りあえず同室のネネやミアさんが寝てるのを確認。勇者の奴隷です
よんっ、ってアピールするためのでっかい首輪を填めて、隣室⋮男
子組の挙動に聞き耳立てる
⋮ふむん、ぼそぼそとした話し声が聞こえるから、多分タクトくん
とレオかな?アーサーとヴィルカスは寝てるっぽい。なぁんかこな
いだのタクトくんのけついひょーめーからちょっぴりレオのツンが
軟化したんだよね。デレた?男のツンデレとかいらねーよってねぇ
?っつうかあの二人って付き合って⋮もといつきあってたりするの
かな。下世話な意味で。レオはゲイらしいし
ところで男性同士の同性愛者をホモホモ言ってるけど、ホモは同性
愛者全員を指すって知ってた?ホモ=ゲイ&レズの総称なのだよ。
だからBLってホモ本じゃなくてゲイ本が正しいんだよ。どうでも
いいねっ!
まぁ、アーサーは大人しくしてるみたいで安心。俺がちょっぴり優
しくしてやるようにしたらもう⋮もうウザくてはウザくて⋮どっち
が犬だけわかんねーよ状態だったからね!ストーキングされるくら
いならまだしも、流石にトイレにまで付いてこようとするのには本
当に参った。アンデットと同じレベルであいつ面倒くさい。いや、
別に見られてもなんも思わないけどさー⋮うん、見られるのはいい
575
けど、においがなぁ⋮はずい⋮
アーサーのことはいつか故意に事故死させるとして、今はリュカか
ら命じられたおつかい優先だよね。正面から出て行くとタクトくん
たちにバレそうだから、頭からすっぽり黒布を被って窓から脱出。
三階建ての宿の一室だけど、10mくらいまでなら落下しても無問
題。カチっと小さく爪を鳴らしながら石畳に着地し、人気の失せた
道を音もなく進む。⋮ごめん嘘ついた。石畳に慣れてないから爪が
ぶつかる度にカチャカチャ鳴ってる。うっさい
向かう先は貴族街。この街には3家の貴族の館がある。正確には、
なんとかール家の先代が隠居してる館、なんとかール家現当主の館、
そして後継者選びに敗れた敗者が惨めに閉じこめられてる隔離家が
ある。
多分だけど、リュカからのおつかい⋮白狼族の生き残り捜索で探さ
なきゃいけないのは隔離家かなー。隔離されてる以上、そいつらが
子供作ったりすれば遺恨が残る。かといって不満を抱えさせればや
はり問題の種になる。適度に満足させないと問題になるだろうから
ね、現当主は食、色、娯楽、薬、酒に関しては結構好き放題させて
るそうだ。で、色となると⋮同種同性か、異種異性になるかなって。
獣人相手なら人間との子供はできないしね。お家問題で隠し子とか
困るだろうし
あー、でも雄の白狼族がいるかって聞かれたら困るなぁ。畑があっ
ても種がなかったら収穫出来ない⋮なんかこう⋮剣闘士的な扱いで
いいから有名な白狼族いないかなぁ。それか雌の白狼族買ったらお
まけに雄も付いてきたよっ!せっかくだから館の警備に使うよ!な
んてないかなぁ⋮。ないよね、ご都合主義だよね
576
﹁こんばんわ、お嬢さん。こんな夜更けに抜け出すなんて⋮盛った
獣が男漁りにでも励むのかしら﹂
⋮と、背後から聞こえた声に振り返る。月明かりに照らされる人形
のような美貌⋮ミアさんか。つまらん
正直こいつには食指が動かない。精霊とのハーフらしいが、見た感
じほとんどこの世界の普通の人間と変わらないからだ。食事もすれ
ば排泄もするし、睡眠は必要不可欠。見た目こそとんでもない美女
だが⋮なにより、匂いが苦手だ
森と土の匂い、とでもいうのだろうか。人間の嗅覚なら彼女の甘い
体臭に隠れて問題ないんだろうが、鼻のいい獣人にとっちゃミアさ
んの匂いは⋮あれだ、カブトムシの匂いに近い。それがどうしても
食欲を減退させるし、殺る気も失せる。魔人と精霊はほとんど変わ
らないらしいし、それだったらお菓子のように甘い香りのグレーテ
ルを食い殺したい、と思う俺は間違ってないはず
あと単純な話で、さ
あんまりにも人形染みてて、殺しても殺した気にならなそうでなぁ⋮
まぁ、半分以上はジェラシーが原因で苦手意識持ってるからなんだ
けどさ
タクトくんの成長︵?︶の原因は確実にこの人だし?この人は確実
にタクトくんの成長︵?︶場面を見ているわけだし?俺見てないの
に。俺見てないのにっ!
そういうのちゃんと見極めて殺さないと絶望しないんだぞっ!
577
ほんのちょっと希望というか、前に進もうとした瞬間に目の前に大
穴が開いた、みたいなタイミングで殺すのが一番楽しいんだぞっ!
口がまともに聞けたら根掘り歯掘り聞き出すのにーっ!!ちくしょ
うっ!
とまあそんなわけでこの人あんま気に食わないんだよね。やたら喧
嘩腰だし。他の人にはそうでもないっていうか、ちょいデレ気味な
のにやたら俺には厳しい。多分獣人⋮っていうか魔界の住人に嫌悪
感抱いてるんだろうね
ミアさんは無機質な瞳に敵意を映しながら、じっとりした視線で俺
を睨み付ける。んー⋮相手にするのも面倒くさい、なぁ⋮。放って
おくか
あっさり視線を外した俺に、ミアさんが片眉をぴくりと動かす。ち
ゃっちゃっと爪で石畳を引っかきながら歩けば、背後から響く足音。
追ってきてる?んー⋮ま、いっか
どうもミアさん、人間に幻想抱いているっぽいよね。ハーフなくせ
に精霊の国ーみたいなところで暮らしていたせいか、どっか世間慣
れしてない雰囲気がある。⋮1人でスラムとか歩かせられない感じ
だなぁ⋮。気を使ってやらないと駄目な感じ?最初に会った人間が
平和ボケしてるタクトくんだったこともあるからか、﹁人間優しい
!いい人!﹂みたいな考えで固まってる雰囲気
多分ハーフだからイジメられたんだろうね。で、タクトくんに優し
くされてデレた、と。はいはいテンプレテンプ⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮
578
いひっ
こんな夢見がちなお嬢さんに、人間のダークな部分見せたらどうな
るかなぁ
やっべ、ちょっと楽しくなってきちゃった
579
俺と新人さん︵後書き︶
舌無し:ぶっちゃけタクトくんTUEEEEしてても俺興味ないっす
妖精姫:私の登場シーンが全面カット⋮だと⋮っ!?
勇者:せめて普通のダークファンタジー要素も拾ってください!
舌無し:じゃぁ、三行で
勇者:えっ!?
妖精の国
試練出されて
ミアと一緒に乗り越えた!
妖精姫:ええっ、と⋮
初めての友達
なんでもするから
見捨てないで
舌無し:やったねみんな!メンヘラ増えたよっ!
580
舞台裏 ヘリオールの演出︵前書き︶
ところでレビューもらったことなくてテンパってる俺はどうすれば
いいんだろう?
こんなマジキチ作品にレビューを書いていただき、誠にありがたく
思っています。
この場をお借りしてお礼申し上げます。
本当にありがとうございます
581
舞台裏 ヘリオールの演出
⋮⋮これで、よろしいのですか?
﹁ええ!ええ!もちろんですともっ!我々魔人は嘘を吐かない。そ
して契約を破らないっ!﹂
⋮⋮では、ギアスを結ばせていただきます
﹁⋮はて?ギアスとはなんでしたか⋮?﹂
ギアス
白々しい⋮強制令文は、契約を結んだ相手が契約を反故にした時、
違反者の首を締め上げる呪いです。⋮鳥だからといって逃れられる
ものではございません
﹁ほっほっ、冗談でしよ冗談。かるーい魔界流ジョークにございま
す。魔界の民は性格が悪いことで有名ですからねぇ⋮。契約書はど
こですかな?拇印⋮もとい指紋がないので爪の形で我が身の証明と
致しましょうか﹂
⋮何でもかまいません
﹁はいはい。
えー、わたくしたち魔人、及び魔界の民は、精霊の方々との間に不
可侵条約を結びましょう。あなた方が人間に乞われて力を貸す分に
は止めませんが、それで要人が死んだ場合でも遺恨を残さない。ま
た、逆に人間に使役された︱︱﹂
582
使役、という表現は気に入りません。我々はかつて人間のよき隣人
であり、友でありました。昔日において、我々は人間に力を貸すの
が普通であり、我々の関係は対等だったのです
﹁︱︱失礼。人間に助力した精霊に魔界の民が殺されても、遺恨は
残しません。これでよろしいですか﹂
⋮⋮はい
﹁⋮ほっほっ、光の女王さまも人が悪い﹂
⋮愚弄するつもりですか?
﹁まさかまさか。わたくし如き、光の女王さまと比べれば羽虫にも
等しき存在でしょう?ただ、ですねぇ⋮﹂
⋮やめなさい
﹁愛無き性行で生まれたとはいえ、血肉を分けた実の娘を勇者の傀
儡に変えてまで、自分とその他の民を守るだなんて⋮ほほほっ、あ
まりの外道っぷりに笑いが止まりませんなっ!﹂
⋮⋮いますぐ、挽き肉になりますか?
﹁ほほほほっ!!ご冗談を!いや、はや、実に楽しいですなぁ!1
00年も前からゆ∼っくり準備してきた甲斐がありました!どうで
したか?下衆極まりない人間に汚された身で!魔人の傀儡になった
人間に犯された身で!精霊の女王などと持て囃され祭り上げられた
十数年!最も尊き精霊として君臨し続けた数百年を台無しにするよ
583
うな短い時間!あなたはどんな感情を抱いたのですかっ!?ほほっ、
ほほほっ!どうしましたっ!?美しいお顔が台無しですよっ!﹂
⋮⋮私の⋮っ!!私が、子供を産み、その子供を勇者の供になるよ
う育て上げっ!!秘宝も魔導具も含めて勇者に渡せといったのは、
あなたでしょうっ!そうすれば、精霊たちには手を出さないと取引
してきたのは、貴様でしょう、ヘリオールッ!?私は!私はあんな
子供を産みたくなかったっ!夫以外に体を許す気もなかったっ!!
しかし数多の精霊を守るためには、仕方ないじゃないですかっ!!
﹁最後の方は貴方も喜んでいたではありませんか。わたくしは忘れ
ませんよ⋮?夫が見ている目の前で、人間に貫かれてよがり狂うあ
なたの姿を⋮。まこと美しいお姿でした。あの時の精霊王の表情を
思い出す度、卑しくも胸が高鳴るほどに⋮﹂
⋮き、さま⋮っ!!あれはっ!貴様の用意した薬のせいでしょうっ
!?それ以上、口を開いてみなさいっ!骨も残さず消滅させてやる
っ!!
﹁ほほほほっ!!まあそう怒らないでくださいな。これも仕方のな
いことなのですよ﹂
どの口が⋮っ!
﹁いえ、まあ、単純に言うとですねぇ
わたくしの知ってる﹃勇者﹄は、精霊にも愛されてないといけない
のですよ。そんな訳で、現状⋮ほとんどの精霊が、人間を蛇蝎の如
く嫌っているのは困るんです。﹃勇者﹄は全方位全種族に懸想され
584
てるくらいでなければ困るんですよ⋮。後からいくらでも付け足せ
るとはいえ、勇者が英雄譚の一つや二つ持っていないと困るでしょ
う?﹂
⋮⋮消えて
﹁はい?﹂
⋮今すぐっ!私の前からっ!!消えなさいっ!!我々は契約を果た
したっ!!邪魔な半精霊も消えたっ!!私は、私達はようやく元の
穏やかな日常に戻れるんですっ!!もう、貴様のような悪魔の声に
耳を傾ける必要はないっ!!貴様の勝手な偶像に巻き込まれる必要
がないっ!!貴様の勝手な空想に、我々精霊を巻き込むなっ!!
﹁⋮⋮ほほほっ、恐い恐い。ええ、ええ。従いますとも。私もせっ
かく築いた不可侵条約を破棄したくはありません。⋮ほほほ﹂
⋮なんですか
﹁いえいえ、夫婦仲良く健やかにお過ごしください﹂
︱︱︱︱︱︱︱っ!!
585
﹁いやはや最後の︻光線/レイ︼は本気で危なかったですなっ!わ
たくしの自慢の羽がちょっぴり焦げ付いてしまいました﹂
ケラケラと上機嫌に笑うカラスが一羽。夜の闇に語りかける。本来
の鳥類は鳥目だが、ただ鳥の姿をしているだけのヘリオールにとっ
て闇は敵ではない。むしろ、夜のひんやりとした静謐な空気の方が
好ましい
散々﹃光の女王﹄をからかって、新たに勇者様ご一行に加わった半
精霊の少女⋮エンフォルミアだったか?無機質な美貌を持つ少女の
情報を頭から引きずり出す
﹁エンフォルミア・ルナル・エルヴクローク。精霊界の時間換算で
1500歳程。人間で言うなれば17、18ほどですかねぇ?
ハーフということもあり、精霊界では敬遠されていたようですねぇ。
一般の精霊は彼女の肩書き⋮第3王女、という彼女の身分を気にし
て話しかけることもなければ、いじめることもなし。ただひたすら
放置されていたようで、孤独を恐れるようですねぇ。人肌に飢えて
いる、とでもいいますか?
彼女を育てた光の女王も、実際は彼女のことを嫌っていて⋮くふっ、
どうやらそれに気がついていたようですねぇ。
いっそ人界ならまだやりようがあったのでしょうが⋮。うんうん、
光の女王に禁じられていた、と。その時の台詞が﹃恐ろしい魔界の
住人が云々かんぬん﹄。これにより魔界の住人に強い憎悪を抱く、
と。逆恨みですねぇ
そんな孤独に日々さいなまれる中、突如として現れる光⋮もとい、
586
勇者タクト。当たり前のように自分に話しかけ、手を握り、目を見
てくれるタクトにエンフォルミアは瞬く間に恋に落ちる⋮ほほっ、
どうですかな?わたくしが作り上げた物語としては、中々だと思い
ますが﹂
エンフォルミアの境遇を心底楽しそうに歌い上げたヘリオールは、
闇の中に向けて翼を広げる。﹁はい?﹂と首を傾げ、先程までの自
信はどこへやら、どこか不機嫌そうに明後日の方向を見やるヘリオ
ール
﹁⋮まぁ、そんな都合のいい人材がいる訳ないですからね。用意し
たんです。光の女王にお前の国、ついでに滅ぼしちゃうぞ∼って脅
して、アレに子供産ませて、育てさせて、うまーい感じに追い込ん
で。⋮趣味が悪い?なにを仰るっ!最高にイイ趣味してるじゃない
ですかっ!もうっ!﹂
ぷんぷん、というオノマトペが似合いそうな調子で翼を広げるヘリ
オールに、闇が語りかける
﹁⋮まぁ、他にも人材は用意しましたがね?巨乳な暗殺者とかー、
ロリんロリんな鳥獣人とかー、褐色肌の聖職者とかー、魔人に限り
なくちかーい出来損ないとかー、⋮あ、これオフレコで。⋮人型に
なれる、雌火竜の卵とか。やはり勇者たるもの多種族ハーレムの1
つや2つ作らなければ!⋮ま、使い物になるのは巨乳の暗殺者くら
いのものでした。他は加減を間違えたせいでやらかしてしまいまし
てな。雌火竜なんかはうっかり蠍座の魔人が食べてしまいましたし。
あんにゃろう⋮いつか泣かしてやりますよ⋮えぇもちろん⋮っ!﹂
でもあいつ恐い⋮。と首を落とすヘリオール。その背中を労るよう
に、闇の中から伸びた影が頭を撫でる。ヘリオールは気を取り直し
587
たように翼を整える
﹁まっ、獣人枠はあの野良犬、貧乳枠も野良犬が担当してくれるよ
うなので、どうにかロリ枠が埋まれば誰もが羨む勇者様かな、と。
わたくし的には満足です﹂
むふーっ、と興奮気味に息を吐くヘリオールに、慰めようとしてい
た影は諦め気味に手を引いた。
影は肩を竦めるような動作をすると、かちゃかちゃと手にした天秤
を揺らしながら問い掛ける。これからどうするの?と
﹁そうですなぁ⋮。とりあえずハーレム作りは大体終わりましたし
ねぇ⋮。そろそろ本格的に開戦と行こうかと。やはり初戦はアンデ
ッドからですかねぇ。獣人は外見も言語も人間に似てるので殺しづ
らいでしょう?アンデッドから徐々に慣らして、獣人を殺して精神
的な傷を負っていただきましょう。⋮魔人や竜と戦ったら瞬殺され
るでしょうからね、今のタクトの実力では﹂
平然と同じ魔界の住人たる獣人が殺されることを前提にするヘリオ
ールに、かたりと小さく天秤が沈む。呆れ顔の影が天秤を定位置に
戻し、小さく首を傾げた
﹁はっ?⋮いや、それは違いますよ。別に獣人を無為に殺したい訳
でも、アンデッドの皆さんに死んで欲しいわけでもありません。わ
たくしは楽しければそれでよいのですよ。魔界が滅びようが人界が
滅びようが、わたくしは絶対に生き残りますし﹂
⋮うわー、ゲスい。凄くゲスいこいつ。と影は思ったが、口には出
さない。魔人の中でも空気が読める⋮というか、ヘタレな影⋮彼女
588
は、なにか言いたそうに口をもにょもにょと動かしたものの、結局
ため息を吐いただけで終わった
﹁まぁ、そんなわけでアンデッドの皆さんに協力していただきます
よ。一度王都に殴り込みかけてもらいましょうか。勇者が王都にい
たせいで何の罪もない住人たちがアンデッドな凶刃に晒される⋮。
実に素晴らしい悲劇ではありませんか?﹂
﹁⋮満ち満ちた絶望と狂乱は、いらぬ怨恨を招き狂気を生むだろう。
我が身すら捨て愚かなる直進を試みる人間の狂気は、時として思わ
ぬ結果をもたらすぞ?﹂
﹁ほほほっ、そうなったら実に面白い。⋮まっ、女性の色香に惑う
余裕があるうちは大丈夫でしょう。上手く調整いたしますよ﹂
おっと、そろそろ戻らないと楽しいイベントを見逃しそうですねぇ。
と笑うと、水瓶を抱えたカラスは空を舞う。その小さくなる黒い翼
を見つめながら、じっと彼の話を聞いていた影⋮天秤の魔人は、ふ
わりと宙に浮かんだ
﹁⋮己が愚かさを自覚せぬ策士は、藪を突ついて蛇を出す⋮。いつ
目前に穴が開くとも知らず、呑気な男だ、ヘリオール﹂
ため息と共に零れた言葉は、愉悦に浸るあまり視野狭窄に陥る同類
をいさめる言葉で
﹁⋮されども、それを諫めることもなく、訪れる死を待つ我が身も
また、実に愚かしくも嘆かわしく、か⋮﹂
黒いアンサンブルタイプの喪服姿に黒いケープ。手首まで覆う黒の
589
手袋。水色の髪は巻き髪にまとめられ、病人のような青白い肌と、
不健康そうな薄い背中を僅かに隠す。痩せた身体にアンバランスな
大きく膨らんだ胸の前に、右手に乗った金色の天秤。翼の生えた獣
のシルエットのような、奇妙なデザインの座椅子に腰掛けたままふ
わふわと宙に舞う彼女は、酷く憂鬱そうに溜め息を吐いた。
﹁⋮⋮生ある者に、等しき死を与えよ。さすれば、無用な諍いなど
起こらぬと言うのに﹂
天秤の魔人︱︱︱リムリアは、濁った瞳でふわふわと空を舞った
590
舞台裏 ヘリオールの演出︵後書き︶
天秤:混沌と絶望が渦巻く現世に、いかなる希望を持てと言うのか。
更なる深淵に触れることを恐れるならば、悲しみを抱いて眠るが唯
一つの答えだというのに
双子妹:かいどくターイム!
双子兄:混沌と絶望⋮つまりカオスだね。カオスなこの世界がなん
ちゃらってことかな?
蟹:ぶっちゃけ魔人にとってもあんまりイイ世界ってわけじゃない
んだから、もう全部放り投げてふて寝したいよう。って言ってるの
よ。あんま深く考えすぎたらダァメっ☆
蟹:未だに中二引きずってる戦闘力5以下の腐れBBAな魔人さん
なんだからぁ、あんまり構うと調子に乗るから無視しなきゃぁっ☆
天秤:⋮己の領分も弁えず、年経た自分を受け入れることも出来ず、
ペルソナをかぶり続け己を誤魔化す愚か者に苦言を呈される覚えは
ない
蟹:⋮誰が若作りのぶりっこBBAだって?
天秤:⋮我が言の葉を理解しつつも受け入れることもでき痛い痛い
痛い痛い痛いっ!!
591
双子妹:で、でたー、ケリィおねーちゃんの必殺アイアンクローよー
双子兄:都合の悪いことは全部握りつぶすアイアンクローだー!
蟹:てめぇらも握りつぶすぞっ!?
水瓶:⋮⋮今回舞台裏だからかまとめじゃありませんなぁー
592
俺だってたまには⋮︵前書き︶
3話更新でございますっ!
それはそうと入院中暇だったからポケモン始めた。ハマった
えっ?ど、努力値?個体値?4V?せいかく不一致?えっ、えっ?
乱数?えっ?かくれとくせい?えっ?
⋮日本語でおねがいしますぅ︵´・ω・`︶
サンパワーリザードンは渡さない。同室の小学生に貰ったオイラの
宝物
593
俺だってたまには⋮
⋮嘘だ
そんな小さな呟きが、狭い牢屋に響いて消えた気がした
ま、俺はこういうのは見慣れてるからいいけどさー。王女さまだか
お姫様だか知んないけど温室育ちなお嬢さんに見せるもんじゃない
よなぁ
﹁ころして﹂
と呟く白い髪に赤い瞳の⋮⋮⋮﹃人間﹄の少女は、縋るように俺を
見上げていた
とりあえずミアさんを連れて行くことにしたものの、流石にミアさ
んが見ている前で全殺しにする訳にもいかないし、めっちゃたくさ
んいた見張りの私兵さんたちには心地良い眠りをプレゼントしつつ、
594
忍び込んだのはなんとかールさんのお家の1つ。幸いミアさんは邪
魔はしてこなかったので、おつかいに励むことにした
とはいえマンガじゃあるまいし首の後ろとんっ!で相手を気絶させ
られるなら誰も苦労しないっていう話な訳で。背後から近寄って獣
人特有の規格外の握力で延髄を握りつぶす。いやつぶせてねーけど、
首の後ろを強く圧迫するとパニックになりやすいのな。その隙に柔
道でいう裸締め?で締め落とす。多少の問題はあるものの、これな
らなにか言いたそうにしていたミアさんも、生きていることだけ確
認したら黙って付いて来るようになる、と。ちなみに問題ってのは
かなーり抵抗されることと、人によっては糞尿垂れ流しちゃうことな
⋮ぶっちゃけ殺したほうが楽なんだけど、それだとどうしても騒ぎ
になるしね。タクトくんの反応見ながら行動するのも面倒だし、殺
さないほうが無難。後の楽しみのために我慢な、俺。もういい年な
んだから自重も覚えないと⋮
じゃなくて、見張りの皆さんをかいくぐって侵入、捜索、接敵、強
制睡眠。そんなトライ&エラーを繰り返す。鍵が掛かってるドアも
多いけど、そんなときはパワーオブジャスティス。破壊工作は得意
です。屋敷に侵入したあたりから無口無表情なくせに挙動不審って
いうかそわそわしているっていうか急に落ち着かなくなったミアさ
んを嘲笑いつつ、ドアを破壊して片っ端から捜索捜索
やがて見つけた人外の匂い。嗅ぎなれないそれは香水の臭いも混じ
ったいやな臭いだったけど、人間でないのは間違いない。どうやら
一カ所に固められてるらしいんだが⋮どうにも入り口がない
﹁⋮どうかしたのですか?盗賊紛いの犯罪に手を染めるのかと思え
ば、高価な品には手を着けませんし⋮。それとも、獣風情には物の
595
価値もわかりませんか?﹂
はいはいワロスワロス。多分書斎なのかね?壁際びっしり本棚が並
んでいて、大きめの窓と小さな机と椅子のみの狭い部屋。なのにや
たら多数の匂いが残っている。精液やら媚薬やらの残り香もあるか
ら、多分ここが現場か、入り口だと思うんだが⋮
⋮パターンだと隠し部屋なんだが⋮。と首を傾げつつ机の引き出し
を開く。怪しいモノは特にな⋮あ、いや、あった。引き出しの天井、
普通は触らないような場所になんかのスイッチ。迷わず押せば、無
駄な科学力を発揮して床が落ちる。ミアさんが﹁これは⋮っ!﹂と
驚きの声を漏らした
地下室かー。鉄板っちゃ鉄板だよね。木製の梯子のような急な階段
を降りていく。かなーり暗いけど、流石に明かりを点けるわけにも
いかないし、足を滑らせないように気を付けて降りていく。背中で
﹁わっ﹂とか﹁きゃうっ﹂とか小さく悲鳴を上げまくるミアさん。
あざといなさすがエルフあざとい
そうして地下室に到着っと。地下室ってより地下牢だな、こりゃ。
石を積み上げたカビや苔混じりの独特な匂いのする壁。明かりはな
く、壁にかけられていた蝋燭に火を灯す。ぴちょん、ぴちょん、と
続く水音が、なんとも不気味
﹁⋮なんだか、変な臭いがしませんか?﹂
そりゃ血と精液と愛液と糞尿とその他各種人型生物の体液及び腐っ
た食べ物、飲料水の臭いと媚薬成分のある香の匂いだわな。とはい
え説明することも出来ないので無視無視。マフラーで鼻と口を覆う。
毒羊族とかいう獣人の毛で織った黒っぽいマフラーは、毒をある程
596
度遮断してくれるんだよね
ほら、どんなに強くても毒飲まされたり住処に火を放たれたら大体
死ぬじゃん?せっかく楽しいのに死にたくないじゃん?だから対策
したのさ!赤いのと黒いマフラーは、それぞれ火に強い火狐族、毒
に強い毒羊族の身体から作ってみた。ぶっちゃけ火が恐いならもっ
と露出度下げろと俺のゴーストが囁いたんだけど、動きやすいし生
で身体にぶちまけられる血飛沫が気持ちいいしでどうにも⋮ね?
それはともかく、媚薬の香りに不快感を感じながら奥へ進んでいく。
俺が全く躊躇しないからか、色々言いたそうにしていたミアさんも
口をつぐんで付いて来た。なんかもう意地になっちゃってんのかな
?表情がすげぇ堅い
﹁⋮なにが目的なんですか?﹂
﹁わふっ?⋮う゛∼⋮わぅん﹂
﹁ふざけているのですか?﹂
喋れないんだにゃんっ。じゃなーくてー⋮。いい加減めんどいなー
⋮。ストーキングされるのもいい気分じゃないし、殺しちゃおうか
なぁ⋮
大鉈に手をかける。キンッ、と留め具が小さく鳴り︱︱︱うんっ?
﹁⋮いま、何かしましたか?﹂
ミアさんも違和感を感じたらしい。俺もよくわかんなくて首を傾げ
る。⋮ふむん?大鉈を再び鞘に収めれば、キンッ、という音ととも
597
に小さなざわめき
⋮把握した。
ミアさんなんかよりもずっと面白いものが見れそうだ。わくわくし
ながら足を進める。﹁あっ、ま、待ちなさい!﹂と慌てて追ってく
るミアさんを無視してずぅっと歩けば⋮わはっ
想像通りの地下牢が、通路の両脇に4つずつ。それぞれ中には人間
獣人が3∼4人ずつ。ぱっと見30人ほどの見目麗しい少年少女が
こんにちわー。そして通路にはべったりと何かを引き摺ったみたい
な血の跡が続き、通路の突き当たり⋮最奥の部屋へと向かっている
とりあえず一番奥の部屋の扉を開ける。むわっと部屋にこもった血
生臭さが鼻につく。見慣れない形の拷問器具にちょっぴりわくわく
したものの、部屋の隅っこにあるぼっとん便所みたいな穴を見つけ
てがっかり。中にはなにもいませんよー。生きているのは
興味深い形の拷問器具には心惹かれるけど、手入れされていないせ
いで血脂で滑るそれに触れた瞬間、興味が失せた。ばっちい⋮。そ
れにほら、俺、生で中に入る方が好きだし。内臓を握りつぶすあの
感触がたまんないんだよねぇ⋮。潰す内臓選べばなぶり殺しにでき
るし
じゃなくて、だ。残念ながら白狼はいないっぽい。右側の通路に人
間の美少年、美少女。左側に獣人かなぁ?酷いのはやっぱ獣人のほ
うで、人間の方は精神がやばそう
﹁な、に、⋮なん、なんなの、これ⋮っ!?﹂
598
はいはい、ミアさんは今は黙っててね?相手している暇はないから。
獣人の牢屋の前に立てば、人の姿をしていない獣人の少女たちが警
戒と威嚇に尻尾の毛を逆立てる。髪の毛がない娘さんは脳みそ虫に
食われてるのかなー?明らかに平常じゃない。中空見つめながら﹁
あー、あー、﹂言いつつ自分の腕をガリガリ噛んでる。あーあ、か
わいそ。頭が
文字通りの獣というか⋮うん、肘と膝で手足を切り落とされた娘さ
んが、真っ赤な顔でがうがう吼えてくる。顔の皮剥がれてるわりに
は元気だわ。その隣の娘は下腹部から喉までしっかりと開きにされ
たあと、縫い合わせられたっぽい。出来の悪い人形みたいにぱんぱ
んに膨らんだ腹を隠すでもなく、かぼそい呼吸を繋げながら手足を
投げ出している。あ、ちなみに全員全裸。⋮ある意味服着てるけど。
全員かっぴかぴだったり血みどろだったりで。せめて楽しんだあと
洗えよ
⋮こりゃ殺してやる方が良さそうな風味?ってわけで一番近くにい
た顔なしわんこの喉を掴み、圧迫
﹁⋮あ、ぅ⋮あっ!?な、なにしてるんですかっ!?や、やめ⋮や
めなさいっ!!し、死んでしまいますっ!?﹂
殺してんだから邪魔すんな、と思いながら怒鳴りつけるミアさんを
睨む。しばらくじたばた暴れていた顔なしだったけど、やがて泡を
吹き、顔が土気色に、そして赤黒く⋮変わっていく。せめて指があ
れば違かったのかもしんないけど、ただの棒になっちゃった痩せた
手足じゃろくに抵抗もできなかったにゃー
﹁あ、あ⋮ああ、こ、殺し、た?だって、こんな、かわいそう⋮な、
599
なんで⋮なんで殺し⋮?﹂
死んだほうが幸せなときってあると思うよ?俺は。だって死んだら
とりあえずその苦しいのも辛いのもなくなるしねー。っと、牢屋の
扉を破壊して中に入る。目の前に立っても大して反応しない脳なし
と腹膨れも首を締めて殺す。刃物使ってもいいんだけど⋮それはま
ぁ、あとの楽しみで
それを4回ほど繰り返し、16人いた獣人の娘さんたちはみーんな
顔を真っ赤にしてさよならばいばーい。四肢欠損はなぁ、獣人にと
っちゃ致命的だし?生きててもしょうがないじゃん。大ざっぱに死
体をまとめて次は人間∼と思ってたら、床にぺたん、と乙女座りし
ているミアさんにマフラーの端を掴まれた
﹁なん、で⋮?﹂
なにがだってばよ。と言わんばかりに首を傾げる俺!ミアさんは顔
を真っ青にして、ガタガタと震えながら言葉にならない声を繋げる
﹁な、なんで?ねぇ、なんで?だ、だれ?誰がこんな⋮あ、あなた
なんで?なんでころすの?なんでこんなことするのっ!?わかんな
いっ!!だって人間の屋敷でっ!!人間はミアのお友達になってく
れるって!せ、精霊はミアのこときらいなのっ!なのに人間がっ!
こんなっ!?こわいっ!人間しか友達になってくんないのにっ!!
人間って、タクトはっ!なんでこんなっ!?﹂
いーみーわかんなーいーぃー。なにこれー?精霊の言葉って俺らと
違うの?
ぽりぽり頬を掻きながら、腕を振り払う。人間の方は男女別に分け
600
られているから分かりやすい。一つ目の牢を破壊し、中に入る
ぼーっとただただ空を見上げる少女の手を取り、腕を確認。無数の
注射痕を見つけてため息。人間の業って深いよね。一見無傷に見え
る全裸の少女だけど⋮結構いじられてるなぁ
具体的には子宮がない。腹を開いた様子はないから、膣に鋭利な刃
物を挿入、突き当たりで刃を回して、手を突っ込んで引きずり出し
た⋮って感じかなぁ。結構出血するけど、腹を開くのと違って致死
量になりにくいんだよね。腹の中に血が溜まって死ぬことがあるけ
ど⋮。あ、あった。背中側から金属管差してドレン抜きしたんだ。
考えてるなぁ
ひっくり返したりペタペタ触ったりしてるのに、反応がない。呼吸
はしてるけどこりゃ死人だな
ナイフを抜く。キンッ、という音に反応して、人間たちはびくりと
身体を震わせた。分かり易くて助かるわぁ。さっきの緊張感の元は
この娘たちかぁ⋮
ふむん、瞳孔拡大、四肢の痙攣、過呼吸症⋮極度の緊張状態におけ
る肉体の防御反応、だっけ?
まぁいいや
﹁や、やめてよっ!もうミアのまえで人間ころさないでっ!なんで
そんな酷いことができるのっ!?﹂
ととっ、ナイフを振り下ろそうとしたら、その手をミアさんに掴ま
れた。めんどくさー、と睨みつければ、涙目でパニック状態のミア
601
さんが俺を怒鳴りつける
﹁なんでこんなのミアに見せるのっ!?なんでこんなことが起こっ
てるのっ!?人間は、人間は!優しくて、温かい種族なんでしょっ
!?精霊の友達なんでしょっ!?なのになんで敵の獣人があんな、
あんな⋮っ!?ここ人間の屋敷なのに⋮っ!?﹂
だから意味分からんと
﹁ねぇ、ここ魔人の屋敷なんでしょ⋮?魔人なら、こういうことし
てもおかしくないもん⋮。ねぇ、あなたが、あなたがわたしを、タ
クトを貶めるために仕組んだんでしょ⋮?ねぇ⋮そうだって言って
よぉ⋮﹂
ぐすぐす泣きながら、なにが言いたいんだかよくわからん懇願をす
るミアさん。そう言われてもなぁ⋮。多分こういう風景は広がって
るだろーなーとは思ったものの、勝手に付いてきたのはミアさんだ
しなぁ⋮。いやまぁこうなるとわかっててやったわけだけどもっ!
!それに貶めるためにって⋮こいつら殺してるのは俺なりの優しさ
なのに⋮
ま、こいつら死んだらまた別の奴隷ちゃんがこいつらみたいな目に
あうんだろーけど、それはそれで見たいかもーなぁんてなぁんて
しっかしミアさんめんどくさ。メンタル弱すぎ。ぽんぽんっと頭を
叩いて慰めて、けどナイフは振り下ろす
ぴぴっと舞い散る血飛沫が、ミアさんの顔を汚した
﹁あ、あ、ああああああああああああああああっ!!﹂
602
やっかましいわ
ぺしっと叩く。が、ミアさんの様子は変わらない。あ行の言葉を叫
びながら、俺がたった今殺した娘さんの亡骸にすがりつく
あらやだ⋮。愉悦?
ミアさんにとっちゃ初対面の、ほとんど死体っていってもいいくら
い弱った奴隷なのに、面白いくらいミアさんが取り乱す。さくさく
さくっと三人連続でとどめを刺せば、恐慌状態のミアさんは絶叫。
きれいな顔をぶっさいくに歪めて死ぬ瞬間まで呆けていた少年少女
の死体を抱き締める。
あ、あ、い、意外とこれ⋮癖にな、り、そっ。なんちて、いひっ
なーんで初対面の奴隷にそこまで感情移入してんのか分かんないけ
ど、ミアさんが死体にすがりついている間に次の死体を作成、って
のを繰り返していたら、ようやくミアさんの頭が回り出したらしい。
一番軽傷⋮うんまあ軽傷?⋮色々垂れ流しになりそうなくらい広げ
られてるけど、軽傷な女の子を見つけて、ぎゅうぎゅう抱き締めて
俺から庇う。女の子は光のない目で俺を見ていた
⋮とりあえずその女の子以外の人間を全滅させてー、ようやくミア
さんと向かい合う。ぐははー、あとはその娘だけだぞー。なんちて
﹁やめ、やめて、ください⋮!まだ、生きてるんです⋮!助け、ら
れるじゃないですかぁ⋮っ!?アーサーさんに頼めば、傷、治るじ
ゃないですかぁ⋮。なんで、そんな、かんたんに、殺せるんですか
ぁ⋮?﹂
603
ぼろぼろ泣いてーるミアさーん。俺がいじめたわけじゃないのーに
ぃー、なんでか俺がわーるものー。ま、完全無欠に悪者っすよねー
じゃあまあ、女の子に選ばせやいーじゃん。とまぁそんな感じでナ
イフを鞘に収め、女の子の前に置く
女の子はナイフを見て⋮のろのろとミアさんの腕から抜け出した
﹁え⋮?あ、やっ、いやっ、いやっ、うそっ!うそっ?こんなの、
いやっ!嘘だ⋮っ!﹂
女の子の行動に、一瞬顔を輝かせたミアさん。けーど、女の子がナ
イフを拾い、俺に差し出したのを見て︱︱あはっ、まーた精神崩壊
乙でっす!
女の子はナイフを拾い、じっとを俺を見つめる。差し出されたナイ
フを手に取らない俺に、焦れたように⋮口を開いた
﹁ころして﹂
ほいきた
酷く、かすれ、ひび割れた、老婆のような声。その声に含まれた期
待に応えて、ナイフを手に取る。いやんいやん、殺すだけしか能の
ない俺でも役に立てますのねん!なんて喜びはあんまりない
﹁な、なんでっ!?なんでそんな簡単に死ぬんですかっ!?い、命
は、命はそんな簡単に捨てていいものじゃ﹂
604
﹁いきてても﹂
狂乱状態のミアさんの大きな声の中でも、女の子の声はやたらと響
く。⋮死体の声、ねぇ。アンデッド殺しはつまんないけど、こうい
うのはわりといいかも。毎回ミアさん連れてきたいところだ
﹁しあわせになんて、なれないもの﹂
じゃあさくっと死んどく?と敢えて餓狼の牙で首を跳ねる。どさっ、
と床に落ちた生首は、けれど不思議と微笑んでいた
そっからまぁ、貴族の人に見つかったり、ミアさん大暴走で貴族の
人を半殺しにしたり、なんか美人さんだったミアさんが化け物みた
いな顔になっててびっくりしたりとかまぁ色々あったんだけど、割
愛。貴族さんはミアさんが魔術?だかなんだかで頭の中身いじくっ
て記憶を飛ばしたらしいし、屋敷全体に眠りと悪夢と狂乱の魔術使
ったから、俺らの侵入は悪夢扱いされると思われ。っていうか下手
したら屋敷にいた人間同士で殺し合い?狂乱ってようはバーサーク
605
だし。とりあえずどっかんどっかん破壊音がしたから明日には貴族
のなんとかールさん家︵本家︶は大混乱かなぁ。奴隷たちは奴隷た
ちで凶器のナイフを人間の牢屋に放置してきたから、まぁ、大丈夫
?知らんけど。まぁ貴族さんとタクトくんが喧嘩になったらなった
で楽しめるし⋮
あ、あとミアさんの態度がちょっと軟化した。むしろ色々相談して
くるようになった。でもミアさんがストーカーよろしくタクトくん
から離れない件
トイレやお風呂にまでついていって、﹁タクトは違いますよね?﹂
とか﹁タクトは優しいですね﹂とか﹁タクトは素敵です﹂とか
俺に来る相談は﹁人間が怖い﹂﹁獣人こわい﹂﹁あなたはわたしも
殺しますか?﹂﹁わたしがああなる前に殺してくれますか?﹂とか
そんな感じ
どーも、俺はひどい目にあってる奴隷たちを解放するために殺した
んだ、みたいな感じで自己完結したっぽい?そうでもしなきゃまと
もでいられなかったのかな?タクトくんにべったりなのは、タクト
くんを四六時中監視してないと、タクトくんまでああいうことして
るんじゃないか、って不安なんだろうねぇ
まぁそんなミアさんべったり現象に悪い気はしないのか、デレっと
しているタクトくん。タクトくんの様子に呆れてるネネ。段々疑心
を抱いている騎士二人。ぶれないアーサー。そーんなパーティーで
大丈夫なのかねぇ、とか思いつつ
俺達は、ようやく王様のいる街にたどり着きましたよーっていう話
606
さてさて、白狼探しはどこから手を付けたらいいのかねぇ?
607
俺だってたまには⋮︵後書き︶
舌無し:たまには優しくすることもあるっ!
妖精姫:救いはないんですかっ!?
舌無し:⋮綺麗な身体で死ねたら、幸せだと思うよ?
妖精姫:⋮っ!!
608
俺がわくわくっ!︵前書き︶
お待たせした!
両腕完治!そして明けましておめでとうっ!
今年もよろしくおねがいしますっ!
2013年も舌無しは絶好調です!
⋮ちょっと更新ペースあげられるよう頑張る!︵願望︶
609
俺がわくわくっ!
ハロー、ハロー、世界の隅からこんにちわ。宇宙のみなさん元気で
すか?いつか殺してやるから楽しみにしてろ宇宙人。でっかい都の
王様のお城からお耳の恋人ヴィスクリムがお送りしまーす。声でな
いけど
なんておふざけ言ってみたけど、人類が宇宙に出るまで何年かかる
かわかりゃしない。人間同士で争いが耐えない異世界の空の下、俺
とネネは拗ねてますよー
﹁あ、あの、⋮ヴィ、スクリムさん?なんで胸触って⋮いたっ!い
たいですっ!爪!刺さってる!﹂
刺してるんだよん。ネネちゃんおっぱいぺったんこだからさー⋮ま
ぁ俺よりはあるけど⋮指先少し沈めるだけで心臓がどくんどくん言
ってるの分かるんだよね。肋骨の感触気持ちいいわー。ゴリゴリし
てる。噛みたい。じゃなくてっ!
﹁だ、だからヴィスクリムもミアも俺の仲間だっ!大体ミアは俺た
ちが頼み込んで同盟を組んでもらったんだぞっ!?客人を締め出す
とか礼儀がどうとかいう問題じゃねーだろっ!!﹂
タクトくんの怒声が聞こえるにゃん。耳がいい俺とかミアさんには
筒抜けだわんっ!一応隣の部屋でやってるから気付かれないとでも
勘違いしたのかなー?でも残念っ!ミアさんがどんどん暗くなるよ
!ネネちゃん1人だけ﹁訳が分かりません⋮﹂みたいな顔してるよー
610
場所は都のお城。これから王様に面会∼ってところで待ったをかけ
られましてー。結論から言うならこうかな?
﹃薄汚い亜人︵ミアさん含む︶が高貴な人間の王様と本当にお目通
り出来ると思ったの?バカなの?死ぬの?死ねっ!﹄
これに尽きる。
なんて言ったらいいのかわかんないけどさー。これ人間を無意味に
拷問する魔人とぉ、亜人を無意味に侮蔑する人間でキャットファイ
トしたほうがよくねぇ?もう獣人は獣人でちゅっちゅっころころし
ながら平和に暮らそうよーとか本気で思っちゃった。ちなみに漢字
変換すると血愉っ血愉っ殺殺。なんとも俺っぽい
﹁はーなーしーてーくーだーさーいーっ!わ、わたしたちそんなに
仲良くないじゃないですかっ!なんでいきなりハグですかっ!?﹂
﹁らぇー﹂
﹁説明になってないですっ!こんな高級そうなお菓子食べる機会他
にないのに⋮っ!﹂
だって離したらネネちゃんテーブルの上のお茶菓子食べちゃうし。
それ多分毒だし
致死性の毒じゃないけど、赤蜂って呼ばれてる虫の毒っぽい匂いが
する。皮膚下に注射するとショック症状を起こすけど、経口接種な
ら手足に2、3時間麻痺がでるくらい⋮だったかな?いやさー、訓
練時代になんでも食うぜ!って食いついたら手足痺れてやばかった
611
んだよね。そのあとぼっこぼこにされた。しかもおなか壊すし⋮
ってわけでぇ、﹁うーうー﹂言いながら俺を睨むネネちゃんきゃわ
いい!しつつ食べさせなーい。ミアさんはぶつぶつ始まってるから
ほっといても大丈夫そうだし?恐いよね、ヤンデレ
﹁もういいっ!僕が直接王様に話をつけてくる!﹂
﹁勇者様!お待ちを!﹂
﹁待てタクトっ!﹂
なんて声が隣から聞こえる。ちなみにどういう振り分けか知りたい
?知りたい?
権力組みとモブ組で部屋分けされてるんだワン
﹃勇者﹄タクト、﹃騎士団長﹄レオ、﹃騎士﹄ヴィルカス、﹃司祭﹄
アーサー
平民の子で魔術師なネネちゃーん。人間じゃない半精霊なミアさん。
ぶっちゃけ敵のはずのリムたーん。えへっ★
ま、人間社会でまともな地位に付いてる男組はまともな応対。それ
以外は適当な部屋に押し込めとケーな訳な。ここまで分かりやすい
と面白くなってくるよねっ!
⋮⋮ごめん、流石に真面目な話していい?
612
⋮これさぁ、多分獣人がなんかする必要なくねぇ⋮?放っておけば
人間だけで共倒れするって。何人か隠密得意な奴送り込んでさぁ、
内乱が始まったのに合わせて進行すれば普通に勝てるっしょ。つー
か、なんか獣人わざと手加減してないか?
多分、獣人が本気で訓練して本気で子作り励んで本気で侵略すれば、
100年後には普通に勝てるぞ、これくらいの戦力差なら。
なーんかおかしいって絶対。⋮ちょっと調べてみるかなぁ。もやも
やが溜まると気持ちよく殺せないよな⋮。うーん、うーん、
﹁⋮っ、ヴィス、クリム⋮﹂
﹁わぅん?﹂
絞り出すように呟かれたのでキーキー言い出したネネに絡まりつつ
首だけ向けてみる。ぱくぱくって耳を甘噛みしたら﹁へんたい!へ
んたい!﹂とか騒ぎ出した。失礼な!欲求不満なだけだもん!
﹁わ、私、私ここにいたら駄目なんですか⋮っ!?せ、精霊もだめ
で、人間もだめなんですかっ!?私は!私は助けになると思って人
間の助けになれるって思って精霊の国にも帰らないつもりでっ!!
もう私行くところないのにっ!?﹂
﹁お、落ち着いてくださいミアさんっ!あとお前もいい加減はなせ
ケダモノっ!獣人のくせにっ!!﹂
あははー、本音が漏れてて笑うしかねぇなこりゃ。とりあえずどさ
くさに紛れて尻尾で菓子を払いのける。床に落ちた菓子を見た瞬間
一瞬ネネの怒気が膨れ上がり、思いっきり睨まれた。怒りの発露が
613
心地いい。強い感情を一心に俺に向けるネネがやたら可愛く見える
︱︱が、ポーカーフェイスが得意なネネちゃんは、あっという間に
いつもの表情に戻ると、狂乱するミアたんのフォローに回る。くふ
んっ?うつくしい友情だにゃあ
﹁わ、私、私、タクトの迷惑なのかっ!?きら、嫌われるいやいや
いやいや私だってこんな嫌だ精一杯がんばってるのになんでこんな
上手くいかないのなんでなんでなんで私悪いことなんかしてないの
になんでっ!?﹂
﹁ちょっ、まっ、落ち着いて⋮ああもうめんどくさいなぁっ!なん
であの男はこんな面倒ごとばっか拾ってくるかなぁっ!?﹂
﹁私はめんどくさくないっ!ひっく、うぐっ⋮ネネストリはなんで
私を苛めるんだ⋮っ!?わた、私、君になにもしてないじゃないか
っ!!﹂
﹁いい年して泣かないでくださいよめんどくさいっ!そこの犬は笑
ってないで動けっ!ここにはあんたを贔屓する男はいないんですよ
っ!?﹂
﹁あはははははははっ!ぶはっ!けほっ、けほっ、あはっ、あーは
っはっはっ!!﹂
友情っ!崩壊っ!!なにこれ修羅場っ!?さっきまでフォローして
たネネがほんのちょっと苛立ち見せた結果がこれだよっ!!今にも
掴みかからんとしてるような位置で睨み合う二人!なにこれ楽しい
っ!
﹁なんでネネストリはそんなことが言えるんだっ!?ヴィスクリム
614
も大切な仲間じゃないかっ!それにタクトは私をめんどくさいとか
言わないっ!わ、私悪くないっ!!﹂
﹁そういうところがめんどくさいんですよあんたはっ!いつも男の
前では格好付けてる癖にぐちぐちぐち⋮っ!あ、あんたなんか私よ
り役立たずな癖にっ!性処理用に連れてかれたのにそれすらできな
いわたしへの当て付けですかっ!?いちいちあの男に色目使ってっ
!!﹂
﹁つかってないっ!!み、ミアはにんげんと仲良くしたかっただけ
なのになんでそんなこと言われなきゃいけないのっ!?ミアが仲間
にはいるまえに誘惑しなかったあなたが悪いんじゃないっ!あなた
の魅力がないのが悪いんじゃないっ!!﹂
﹁このっ⋮!言わせておけばなんの苦労もなく育ったお姫様がっ!
外見に気を使う余裕なんかない生活をしてから言えよっ!!﹂
﹁ミアの外見なんか誰も興味なかったもんっ!!ネネストリだって
!ネネストリだってみんなから無視されていないもの扱いされたこ
とないからそんなことが言えるんだっ!!﹂
﹁あっはっ、⋮げほっ⋮くひっ、くひゃへへへ⋮こほっ⋮あはっ、
はっはっはっ﹂
﹁﹁笑うな犬ぅっ!!﹂﹂
修羅場すぎワロタ!!女ってドロドロしすぎっ!元男なヴィスたん
笑うしかない!あっはっはっ!!
やっべまじやっべ腹筋のHPがりがり削られたよ。口論重ねる内に
615
ヒートアップしてく2人。実況しちゃうよ!
﹁なんですかこの髪!さすがお綺麗な王族様の髪は違いますねぇっ
!﹂とさらさらつやつやストレートのミアさんヘアーがネネちゃん
に引っ張られ、﹁こ、こんな貧相な体じゃ確かに誘惑なんか出来な
いだろうなっ!﹂とかってミアさんネネちゃんを突き飛ばすっ!い
いぞもっとやれっ!倒れたネネが菓子の上にダイブ!計ったかのよ
うに顔から菓子に突っ込んだせいで、ネネちゃんの顔が菓子だらけ
っ!﹁あっ⋮﹂と一瞬だけ申し訳なさそうにしたミアたんの頬にっ
!即座に立ち上がったネネの平手打ちが決まったーっ!!今まで暴
力なんか受けたことなかったミアたんっ!打たれた頬を押さえてへ
なへな腰抜かす!﹁ぶったぁ∼っ!ネネストリがぶったぁ∼っ!﹂
とか子供みたいに泣き出すっ!ぴーぴー泣き出したミアたんを氷み
たいな視線で見下ろすネネちゃんっ!もうダメだこのパーティーっ
!リーダーにカリスマがないから仕方ないねっ!
次はなにが起こるのかとドキドキワクワクしていたら、コンコンッ
とノックの音。はいは∼い、絶賛修羅場中だけどいいよねん?と扉
を開く。
﹁えっ⋮な、何事⋮?﹂
現れたのは金髪に青い目の巨乳な美人さん。わんわん泣くエルフ︵
美人︶、それを見下ろす魔法使い︵素朴可愛い︶、ぶっちゃけ敵︵
ご機嫌︶の織りなす修羅場空間にようこそ∼♪とばかりに腕をつか
んでぐいぐい引っ張り無理矢理部屋に引き込む。⋮どうでもいいけ
どこの美人さん、結構鍛えてるなぁ。掴んだ腕にしっかり筋肉が付
いてた。なのに体裁きが完全に素人だから違和感ぱねぇ。なんなの
?今時の美人さんは筋トレするのが普通なの?
616
﹁一体誰ですか。こんなところにわざわ、ざ⋮?﹂
見ているだけでも鬱陶しい。と言わんばかりの表情でミアさんを見
下ろしていたネネがこっちに視線を向け、瞬く間に土下座する。あ
まりの変わりように目が点の俺とミアさん。美人さんはほっとした
ように息を吐く。
﹁お見苦しいものをお見せして申し訳ありません、姫殿下。わたく
しのような者がそのご尊顔に拝見できたこと、恐悦至極に御座いま
す。して、このような場所にどのような御用でございますか?﹂
土下座してるから顔は見えないけど声は堅い堅い。けど、美人さん
はそんな反応の方が馴染み深いのだろう。露骨にほっと息を吐くと、
﹁顔をあげなさい﹂と偉そうに言う。どうでもいいけど高そうなド
レスだよなー。白いし、綺麗だし。赤く染めたいなー。きれいな皮
してるし、血の朱が似合いそう。いい匂いするし。なんかの薬の匂
いだな、これ。毒の匂いもすんのはなんでかな?
﹁いえ⋮その、タクトと共にある女性の方々を、一度見てみたかっ
たの。彼は国にとって重要な方。共にある方には、相応の品格が求
められますから﹂
修羅場第二段キターッ!!意訳:てめぇら一国の姫であるあたしに
勝てんのかよああん?庶民と犬と混ざりもんが相手になると思って
んのかよぉ?ってことですねわかります!それを天使みたいなやっ
さすぃー笑顔で言っちゃう美人さんカッケェーッ!
﹁まさにその通りでございます、姫殿下。姫殿下の心遣い、きっと
勇者タクトにも伝わることでしょう。して、この度は︱︱﹂
617
﹁なん、なんだ⋮あなたは⋮っ!﹂
ひっくひっくとしゃくりあげながら、涙を拭って美人さんを睨みつ
けるミアさんに、ネネの顔がひきつる。ネネがフォローしようと口
を開いた瞬間、ミアさん大爆発!
﹁わ、私は!私は精霊たちの代表としてこの城を訪問した使者だ!
言うに事欠いて品格を見にきただとっ!?全精霊の代表として訪問
した私にこのような扱いをしといて、どの口が品格などと言うのか
っ!!﹂
顔を真っ赤にして憤慨するミアさん。顔を蒼白にするネネたん。笑
う俺。そして︱︱笑顔のまま、ぼそっと口の中で小さく呟く美人さ
ん。
﹁⋮任務了解。監査対象Bの調査完了。ヘリオール殿の指示に従い、
パターンCを開始する﹂
⋮⋮ふぅん?
⋮ヘリオール殿の指示、かぁ。
⋮で、ヘリオールって誰ぇー?
618
⋮ヘリオール、ヘリオール。何回かタクトくんの口からそんな名前
が出ていたような気もするけど顔が出てこない。どんだけタクトく
んに夢中だったんだよオイ、なんて自分に突っ込んだりもしたいけ
ど、はてさてあれー?
まぁ、それはともかくこの美人さんが普通に﹃姫殿下﹄じゃないこ
とはよく分かった。多分影武者かなんかなのかな?でもそれはそれ
で違和感。影武者って死ぬのが役目な訳だし、戦闘能力あっても意
味なくね?⋮あー、いや、本人が無能だから優秀な影武者が体面保
ってる⋮てか?わっからーん
⋮殺してみれば早いか?その後の対応見ればさくさくすっきり⋮疑
問を疑問のまま放置すると消化に悪いし。あーでもなー、目の前で
影武者とはいえ姫殿下?とかいうのを殺したらネネに怒られそう。
怒られたら勢い余って殺しちゃいそう。さすがにそれはなー⋮うぬ
ぬぬ
﹁そ、れは⋮その、わたくしに仰られても⋮外交は全て大臣を通し
ていただかないと⋮﹂
﹁そうではないっ!王族としての品位を下げるような発言をしてお
いて、当たり前のような発言をするなと⋮っ!!﹂
﹁黙ってくださいよミアっ!姫殿下の御前なんですよっ!?大体人
前でピーピー泣いてるあなたが王族の品位云々言わないでください
619
っ!!﹂
﹁なっ!?わ、私がっ!私が幼い頃からどれだけ王族の末席として
の振る舞いを叩き込まれたと思っているっ!?た、確かに感情が高
ぶってしまったのは認めるが、その女の非常識さは王族というより
大人として⋮っ!﹂
﹁黙れって言ってるでしょう死にたいんですかっ!?﹂
なんだこいつら
なーんだこいつら。
テンション下がるなぁ⋮。権力恐がるネネちゃんの様子も分かるし、
なんだかんだ正しいこと言ってるミアさんも分からないでもないん
だけどさぁ⋮。
なんか急に面白くなくなったコレ。もうちょっとこう⋮ドロドロし
たのが見たい。ただの言い争いじゃつまらん。掴み合い殴り合いど
んと来い。それになにより⋮
チラッと隣で立つ美人さんに視線を向ける。﹁あ、あの、その⋮﹂
なんて困惑したように八の字眉で手を伸ばしたり引っ込めたりして
アピールしてるけど、その目は凄く冷静だ。冷静に、喧嘩するネネ
を、ミアを︱︱そして、俺を見つめている。全く感情の見えない冷
たい目。どこかで見覚えのあるそれはなんの目だったろうか?なん
かつい最近見たばかりだと思うんだけど。いやむしろ日常的に見て
るもののような⋮?
うーん、と首を傾げている間に激化する口論。こりゃー、タクトく
620
ん戻ってきても友情修復は無理臭いなぁ。ミアさんはなんだかんだ
でメンタル弱いし、そんなミアさんに色々溜まっていたネネがキレ
ちゃったんじゃろ?多分ネネはB型だし、一度嫌われたらめちゃく
ちゃしつこいぜー。10年先までぐちぐち言われること間違いなし
だわ。ちなみに俺も前はB型でしたっ!
⋮なんつーか、お姫さんにお膳立てされた修羅場ってつまらんねー。
なんつうかこう⋮﹁傍観者は1人でいいのよっ!邪魔だから死ね!﹂
みたいな感情がががががが。もやっとするー!武器没収されてなか
ったらなーっ!なんか惜しい!
修羅場る2人とその隣でオロオロしてる⋮ような演技してるお姫様
の周りをウロチョロする。冷やかしでっす★完全にヒートアップし
てる2人は俺なんか見えてないし、お姫様はこっちを見ているよう
で見ていないようで見ている。まったくこっちに視線を向けてない
のが凄い⋮
⋮うん?
なんか、変な雰囲気、が⋮?
621
俺がわくわくっ!︵後書き︶
舌無し:新年早々修羅場とか今年はついてる!
は適用されません
暗殺姫:しかも別に男を取り合っての修羅場ではないという
水瓶:勇者ェ⋮
この小説には※ただしイケメンに限る
622
話 王都襲撃。始動︵前書き︶
死触鬼:いつから幹部クラスが大口と吸血娘くらいしかいないと錯
覚していた⋮?
623
話 王都襲撃。始動
﹁ほっほっほっ、如何ですかなアルトー殿﹂
空中にもかかわらず、枝に止まるかのように羽ばたくことなく静止
するカラス。眼下に広がるこの世界最大の都市を誇るかのような響
きを含ませたその声に、彼は無言で小さく頷いた。
﹁ほっほっほっ、悪名高きアルトー殿に褒められると照れてしまい
ますねぇ。何を隠そうこの街、わたくしが100年間かけて手入れ
に手入れを重ねてきた街なのですよ⋮。人々にも活気があって、よ
い街だとは思いませんか?﹂
お気に入りの玩具を自慢するかのような口調に、彼︱︱︻死触鬼︼
アルトー・アル・アーノルは、錆び付いた心が僅かに軋む音を感じ
た。
﹁⋮ソウダな。実に、面白い街ぞある。人が生きて、生活している
というのに⋮この街には、死が渦を巻いているぞ﹂
錆び付いた歯車が回るかのような、ギチギチと不快感を膨れ上がら
せるような声。一言発する度に目から漏れ出る蒼い炎が揺れて、つ
るつるとした白い骨だけの頭にちょこんと乗った中華帽が僅かに焦
げた。
アルトー・アル・アーノル。その姿は中国に伝わる動く死体︱︱キ
ョンシーの姿に近い。煌びやかな刺繍と宝石による装飾がなされた
624
アオザイ。こりこりと皮膚も肉も一切ない白い頭蓋骨を掻く腐りた
だれた皮膚を纏う右手。左手は完全に骨であり、サイズのあってい
ない指輪がからからと音をたてる。頭蓋骨の眼窩からは時折青い火
の粉が舞い散り、口を開けば目から炎が吹き出した。
異形のアンデッド。アルトー・アル・アーノル。人間側から亜人側
へと寝返り、思い出したかのように気まぐれに人を襲うアンデッド
たちの首領が、王城の頂点︱︱もっとも高い塔の先端に悠然と浮い
ていた。
﹁はて、死の匂い⋮ですか。死体は都の外に捨てさせていますし、
そんな匂いはしないはず⋮﹂
首を傾げるヘリオールに、アルトーはゆっくりと首を振る。
﹁餓死者ぞある。壁に塗り込められた亡者ぞある。隠匿された復讐
者ぞある。城の地下には無数の女ぞある。無残に殺された奴隷ぞあ
る。⋮見えない所に、見えないように。この街は無数の死体が形作
っているぞ﹂
﹁⋮ちっ、アルトリウスめが⋮。楽しんだ後は片付けろとあれほど
⋮﹂
ヘリオールが気分を害したがゆえに吐き捨てれば、アルトーは鷹揚
に頷いた。焔が溢れ出し、中華帽は燃え尽きる。最初は頭蓋骨を覆
う程度だったはずの青白い炎は、瞬く間に膨れ上がる。
﹁⋮この街ぞあれば、この街が完全に死んだのならば⋮私もなにか、
思い出せるかもしれぬ⋮﹂
625
次いで、彼の身体からは霧が溢れる。濃厚な魔力によって形作られ
る魔霧は、ほんの一息吐く間に広大な都を完全に覆い、太陽の光を
遮る。ここに勇者タクトやその仲間がいたならば、あるいはこれが
アンデッドが現れる兆候だと気付いただろう。だが、彼らは窓すら
ない城の中、部屋の中。都に住む住人たちは、不自然に発生した霧
に首を傾げるばかりで危機感がない。
﹁さぁ⋮アンコールに応えよう﹂
︻召喚︼・︻リトルウェイト・ビッグマウス︼
︻召喚︼・︻悪童のダイアード︼
︻召喚︼・︻無名のポチ︼
︻召喚︼・︻吸血鬼女王ソリティア︼
指の一振りで4つの召喚魔法を行使したアルトーに、目を見張るヘ
リオール。現代の魔術師では決して真似することが出来ないような
妙技を前に、黙り込む。そんな彼が見えていないかのように、4体
のアンデッドは無機質な瞳をアルトーに向けて
﹁﹁﹁﹁いかがなさいました、我らが創造主。アルトー・アル・ア
ーノル様。﹂﹂﹂﹂
4体のアンデッドは全く同時に別々の声で唱和する。臣下の礼を取
り、深く頭を下げるアンデッドたち。アルトーはそんな臣下の態度
に片手を振ると、呟いた
﹁私はなぁ⋮。元は人間だったんだ﹂
626
﹁﹁﹁﹁存じております、我らが創造主。偉大なるアルトー・アル・
アーノル様﹂﹂﹂﹂
﹁故にな、人間が虐殺でもされたなら⋮なにか、思い出せるかもし
れん﹂
﹁﹁﹁﹁了解致しました、我らが創造主。偉大にして至高たるアル
トー・アル・アーノル様﹂﹂﹂﹂
4体の異形が頭を上げる。全く表情のない、まさしく死体か人形と
いった風情のアンデッドたちの頬が、にたりと口まで裂ける。
﹁喜びはこのリトルウェイト・ビッグマウスが﹂
﹁怒りは悪童のダイアードが﹂
﹁哀しみは無名のポチが﹂
﹁楽しみは吸血鬼女王ソリティアが﹂
﹁﹁﹁﹁必ずや我らが創造主。偉大にして至高。さりとて寛大さを
も併せ持つアルトー・アル・アーノル様に捧げます﹂﹂﹂﹂
言うや否や真下の都に向かう4体を見送り、ヘリオールはぼそりと
つぶやく。
﹁⋮どんどん増えていきましたなぁ﹂
﹁⋮1000年生きても呆れとかうんざりとか、そういう感情を忘
627
れずに済んだのは、奴らのお陰だよ﹂
アルトーが絞り出したその声には、どこか疲れが滲んでいた。
﹁アルトー様直々の召喚なんて何百年ぶりのことでしょうっ!!我
が輩歓喜に震えて嬉ションものですっ!﹂
巨大な卵形の頭に分厚い唇。だというのに常人と変わらない身体を
持つビッグマウスが心の底から楽しそうにいきなり空中でブリッジ
する。その上に﹁まったくですわん!楽しく楽しくやるために色々
呼んじゃいますわんっ!﹂とバニーガール姿の美女、ソリティアが
腰掛け、どこからともなく取り出された海賊旗のような旗をぶんぶ
んと振り回す。
対して
﹁なんで⋮、なんで僕なんかが呼ばれてしまったんだ⋮。僕のよう
628
なゴミクズ以下のアンデッドが一体なにを出来るというのか⋮。あ
んまりにも理不尽ですアルトーさまぁ⋮﹂
ぼろぼろと大きな単眼から涙をこぼすのは︱︱無名のポチ、と呼ば
れた巨人。5mはありそうな緑色の筋肉質な巨体。額から生えた2
本の角。一般にサイクロプスと呼ばれる強力な魔物のアンデッドは、
濁った金色の瞳からひたすらに涙をこぼす。腰巻き一丁の姿で四つ
ん這いで泣き伏すポチの姿に怒りを覚えたらしいダイアードの蹴り
がその股間に叩き込まれるまで彼の泣き言は続いた
ぐちゃっ!と音を立ててポチの股間を蹴りつぶしたのは、4、5歳
くらいの少女︱︱いや、幼女とも言うべき小柄な女の子だ。太い赤
い三つ編みに、腐った死人の紫色の肌。アルトー・アル・アーノル
が着ていたアオザイによく似た服を着ているが、その両袖は風に吹
かれて暴れている。両肩から先を失った死体の少女は、血も流れて
いないのに青筋を立てながら﹁ぎゃひんっ!﹂と悲鳴を上げたポチ
の頭を踏みつけた
﹁でっけぇーからだで泣き言ぬかしてんじゃねーぞビチグソがぁっ
!ママの腹の中まで帰るかカスっ!?チンカスはチンカスらしく﹁
はいっ!わかりましたっ!﹂って返事すりゃあいいーだろーがビチ
グソっ!!﹂
﹁はひぃいいいいっ!!すんませぇええええんっ!!﹂
まぐそ
﹁謝ってる暇があったら働け蛆虫だっててめぇより使い道あるわ糞
っ!糞以下っ!馬糞のポチっ!!﹂
罵倒されながらも駆け出すポチ。その様を﹁幼女に罵倒されてます
わんっ!﹂﹁無様無様っ!でも巨根っ!﹂﹁求婚っ!﹂﹁バッカル
629
コーンっ!﹂と爆笑しながら見ている二体のアンデッドに、ダイア
ードはにたりと嫌らしい笑みを浮かべる。
﹁ようよう、相変わらずムカつく顔してんなぁサーカスの。調子は
どうだい﹂
﹁満員御礼っ!﹂﹁年中無休で公演中!﹂
やたら仲の良いビッグマウスとソリティアの様子に、ダイアードの
額に青筋が増える。
﹁そこは建て前で誤魔化すところだろーがぁっ!つうかお前のとこ
で満員御礼はありえねーっ!公演中にどんどん観客減るし!﹂
﹁減らない!﹂﹁雇うだけ!﹂﹁﹁仲間入り!﹂﹂
﹁いちいちポーズ変えんなムカつく!⋮じゃなくて、だ。勝負しよ
うぜ﹂
﹁はて?勝負?﹂
﹁わたくしのターンっ!ドロー!スタンバイ、メイン!⋮あ、ごめ
んなさい。黙りますぅ⋮。だからガチギレで睨むのやめてほしいか
なって⋮﹂
仕切り直して。
﹁俺とポチが率いる﹃不死人拷問館﹄っ!その目的は元とはいえ人
間であるアルトー様の目の前で人間を痛めつけることにより、怒り
を!悲しみを思い出してもらうこと!﹂
630
﹁私とソリティアが率いる﹃不死人サーカス団﹄。その目的は常に
孤独であり至高であるアルトー・アル・アーノル様に一時の楽しみ
を捧げ、そして元人間であるアンデッドが、仲間が増えることに喜
びを抱いて頂くこと﹂
にたり、と拷問館、サーカス団のトップが笑いあう。
﹁アルトー・アル・アーノル様が直で俺たちの演目を見てくれるん
だ!せめて1つや2つ感情を取り戻してもらわねーと面目がたたね
ぇ⋮っ!だから勝負しようぜ、サーカスのっ!﹂
﹁ぃょろしいでしょうっ!実にぃょろしいでしょうっ!!我が輩盛
り上がって参りましたっ!いつもの三倍輝きます!歯が!﹂
﹁キャー!大口ちゃんイッケメーンッ!そしてわたくし⋮オメガ級・
美女っ!﹂
びしっとポージングを決めるビッグマウスとソリティアに、ダイア
ードの心中で堪えきれない怒りが沸き上がったりもしたが︱︱それ
でも好戦的な笑みを顔に張り付けたまま、ダイアードは背中を向ける
﹁その馬鹿面に銀弾ぶち込んでやるから全身洗って待ってやがれ!﹂
﹁襲われますわんっ!﹂﹁性的な意味でっ!﹂﹁あ、でも私⋮ダイ
ちゃんなら全然いける。ビッグマウスはムリムリだけどダイちゃん
ペロペロォッ!﹂﹁さりげにディスらーれーたーっ死んじゃう!﹂
﹁﹁もう死んでるっ!!﹂﹂
﹁お前ら真面目にやれよっ!?ほんと真面目にやってねっ!?また
631
俺だけ空回りとか勘弁してなっ!?﹂
背後から聞こえる漫才に、隠しきれない不安を抱きつつも︱︱不死
人拷問館、出陣。
眼下に広がる大量の人間の営みを見て、更なる涙を零すポチ。これ
から彼等が死んでしまうのだ、と考えると、彼はいつも悲しくなる。
アンデッドにすらなれず、ぼろ切れのように使い捨てにされる彼等
の命に、同情する︱︱という設定に基づいた演技をしながら、空か
ら降ってくる一つ目の巨人を呆然と見上げる人間たちの上に、着地
した
ぐちゃり、と足の下から感じる感触に、咽び泣くポチ。しかし雄叫
びのように叫びながら涙を流す化け物の姿から感じるのは︱︱圧倒
的なまでの、恐怖
そうして、都は地獄と化した。
632
大口:我ら!
話 王都襲撃。始動︵後書き︶
悪童:アルトー・アル・アーノル様直属!
吸血娘:アンデッド特戦隊っ!
無名:⋮まぁ、かませですけどぉ
水瓶:圧倒的なピンチを乗り越えてこその勇者でしょう!えっ?モ
ブの命?舞台演出のためなら仕方がない!
死触鬼:わりとどうでもいい。負けても勝ってもわし死人なの変わ
らんし⋮
大口:いじけるアルトー・アル・アーノル様きゃわわっ!
悪童:誰だ偉大なるアルトー・アル・アーノル様凹ませたやつはっ
!?ぶっころ!
吸血娘:ほーらほーらおっぱいですよ偉大にして至高たるアルトー・
アル・アーノル様!楽しくないですかおっぱいパブですよっ!
無名:こんなときもなにもできない俺はなんてゴミなんだぁ∼っ!!
633
舌無し:⋮キャラ濃っ!やかまし⋮
634
俺と吸血鬼が!︵前書き︶
3話更新!
改めて、これからもよろしくおねがいしますっ!
635
俺と吸血鬼が!
︱︱うっとりしてしまいそうな血の匂い。内臓の臭い。死の足音が
聞こえてくるようだ。窓がないから外がどうなっているのかは分か
らないが、美人さんが開いた扉の先から香るそれは、初恋のトキメ
キのように⋮思い出すのはネットサーフィンの真っ最中、18禁ロ
リ画像と嘘ついて貼られたグロ画像。虚ろな瞳で中空を見つめてい
た彼の姿⋮⋮あ、なんか恥ずかしくなってきた。あはは⋮な、なん
か違う!今のなんか違う!今のなしでっ!
恥ずかしいこと言ったせいで火照った頬を叩いて気合いを入れ直し
て、背中に隠していた鋸刃を手に取る。
﹁ヴィスクリムっ!?﹂
﹁あ、あなた武器を隠し持って⋮っ!?﹂
﹁⋮⋮まぁ﹂
上からミアさん、ネネたん、お姫ちーん。甘い甘い、イイオンナは
2手3手先を考えて行動しなきゃねん!俺は女じゃないけども。雌
かな?雌⋮だなぁ。それはともかく、俺は武器奪われた時点で殺し
合いに発展することを希望⋮もとい期待⋮じゃなくて考慮してたの
だぜっ!!漫画や小説だとお城で戦闘ってたまにあるしねっ!
﹁ひ、姫殿下の前で武器を⋮っ!し、死んだ⋮私、死んだ⋮﹂
636
とか頭を抱えるネネちゃんを放置しつつ、廊下に出る。いっそ奇妙
なほど静かで、寒くて︱︱薄い霧が、廊下に漂っているその光景に、
お姫さまの顔から一瞬表情が消えた。⋮ふむん?
﹁わんっ﹂
﹁っ﹂
ぽいっと投げて渡したナイフを空中でぱしっとキャッチ。あんまり
切れ味ないとはいえ、飛んでくる刃を恐がることなく当たり前のよ
うに柄を掴めるお姫さまに確信。多分ミアさんよりは使えるかな
﹁ん∼⋮あうあうあー!﹂
﹁いきなりなんですか!?﹂
ラーしてるのに伝
渾身のジェスチャーが伝わらない件。だよね、分かってた。匂うん
だよー、アンデッドの匂いがするんだよー。ス
わらないよー。もういいや
ヴィスクリムちゃん、いっきまーすっ!
﹁ちょっ!待ちなさい!私はアレを追います!姫殿下のお相手は任
せましたよっ!﹂
﹁えっ、ちょっ、私を1人にしないでくれっ!﹂
背中側から聞こえる声を意識の外にぽいぽいっしつつ、匂いの濃い
方にダッシュ。途中でちょこちょこ鎧着た兵士の人とすれ違ったけ
ど、みんな何故か反応がない。普通人間の拠点に獣人が野放しで!
637
なんていったらうん十人単位で包囲するだろうに、目の前を駆け抜
けても反応なし。察するに⋮この霧が原因かなぁ?タクトくんに伝
えるべきかも?
﹁ま、待ちなさ⋮ヴィ、ヴィスクリムっ!!止まりなさ⋮っ!﹂
⋮あれ?
後ろから追ってくるネネちゃん。よく状況を把握していないらしく、
無防備。周りの兵士は正気を失っているようだし、どう見ても敵襲
を受けているのは間違いない。⋮あれ?
⋮どさくさ紛れでネネちゃん殺すチャンスじゃね?
ピタッと動きを止めれば、ゼーハーいいながら追ってきたネネがフ
ラフラしながら寄ってきた。﹁ぅぐ⋮。紅茶、高いのだからって飲
み過ぎた⋮﹂と脇腹を押さえているネネな旋毛を見下ろす。⋮あー、
うん、チャンス⋮なんだけど、どうしよう。いきなりこう、まな板
の上の鯉状態だと⋮どうやって殺そうか迷う⋮。あと個人的にもう
ちょっとミアちゃんと修羅場バラバラして欲しいかなって⋮
﹁っと﹂
﹁がふっ⋮!?﹂
なんとなく背中がぞわっとしたのでネネのお腹を蹴り飛ばす。驚愕
の表情で吹っ飛んだネネ⋮のいた場所に現れる巨乳美女。名前なん
だっけ?
﹁ありり∼?避けられちまいましたん?﹂
638
﹁おっす﹂
﹁あらまぁっ!おっすおいっすちょりっす!おはようからお休みま
でティアちゃん常時あいさつ受付中っ!チューはあいさつ!という
わけでお久しぶりですわんわんちゃんェェンドおぜうちゃん!﹂
ティア、ティア⋮そうだ、ソリティアだ。なんかついこないだ会っ
たばかりなのな随分久しぶりな気がする。適当に挨拶したらにぱっ
と満面の笑みが返ってきた。せっかくなのでチューしてみよう。身
長足りないからキス待ちだけど。目をつぶって顎あげてつま先立ち
ー。ヒール履いてるから身長高いよソリティア
﹁ん∼﹂
﹁ちょっ!?キス待ち!?えっ、えっ、い、いただきますっ!﹂
ぶちゅっと口に冷たい肉の感触。涎でぬめっているせいか、ナメク
ジを思い出した。次いで弾力性のある舌が唇を割って侵入してきた
ので、迷わず噛み千切る。じゅわりと染み出る粘ついた血が口の中
に広がり、弾かれたようにソリティアが顔を仰け反らせる。
﹁⋮テラいってーっ!?ベロチューしたら殺されるとかなにこのス
タイリッシュなはにーとらっぷ!死んだ!違った!死ぬところだっ
た!いやもう死んでましたわんっ!﹂
⋮もぐもぐとタンを頬張っていたら、やたらテンション高く叫ぶソ
リティア。俺達のやり取りを呆然と見つめているネネちゃんはとも
かく、周りの兵士はなんでこんなやかましい女に反応しないのかね?
639
﹁と、ところでそれ、ティアちゃんのファースト★チッス︵※死後︶
でしたの⋮。ど、どうでした?﹂
顔を真っ赤にしてもじもじするバニーガール。⋮少し考えて、ぺっ
と口の中の肉を吐き捨てた
﹁まっず⋮﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
うつむくソリティア。﹁うわぁ⋮﹂と顔を歪めるネネ。安い挑発だ
けど、乗ってくれたらまぁラッキー。いつでも動けるように僅かに
腰を落とし、膝を曲げる。ソリティアはぷるぷると震え︱︱︱
﹁え、えくしたしぃいい∼∼んっ!﹂
とうっとり顔で叫んだ。迷わず殴り飛ばしてから、獣技を使うんだ
ったと僅かに後悔。吹っ飛んだソリティアが壁にぶつかるも、ゴキ
ブリを彷彿とさせる゛かさかさ゛とした動きで再起動するキモイ美
女にチキン肌
﹁ど、ドM魂をくすぐる侮蔑ありがとうございますっ!実にありが
とうございますっ!!出来れば頭をお踏みになってぇえ∼んっ!﹂
くねくねと身をよじりながらテンションを上げるソリティアに、復
活したネネと一緒にドン引きする。どんな反応すればいいのか分か
らない、というか⋮。あと俺、ノーマルなんでお断りします
﹁けほっ、あなたは⋮不死人サーカス団のソリティア、でしたか。
⋮この霧、あなた方の仕業ですか?﹂
640
﹁おふこーすっ!⋮というか、大丈夫?正気?この状況でわたくし
たち以外を疑わなきゃいけないとか⋮人間の国、上手くいってない
?﹂
﹁五月蝿いっ!!﹂
上手くいってないんだ⋮
﹁⋮あ、あの、ごめんなさいね?わたくしたちもこれ仕事ですのん
⋮。人間を適度に抹殺するのが仕事だから、本当なら予告も前振り
もなしに最終拠点襲うとかイジメかなーって思わなくもないのです
けれど⋮﹂
﹁うるさい!敵の癖に変な気を回すな!ヴィスクリムっ!あいつの
相手して時間を稼ぎなさい!﹂
なんで俺っ!?とネネに視線を向ければ、苛立ちと悔しさが滲んだ
表情でソリティアを睨むネネの顔にちょっとビビる。なんか⋮いつ
も無表情だった娘の知らない一面を今日だけでたくさん知った気が
するよ⋮
﹁触媒がないと魔術が使えません。私の触媒の回収と、恐らくは魅
了の魔眼に捕らわれた兵士の解放は請け負います!あなたはアレの
足止めをっ!﹂
﹁エロいことしてもいいのよんっ!﹂
﹁するかバカッ!真面目に戦うんですよヴィスクリムっ!?﹂
641
﹁ぁーぃ﹂
気の抜けた返事に一瞬なにか言いたそうにしたものの、それをぐっ
と押さえて走り出すネネ。その背中に手を振り、さーて、どうすっ
かなぁ、と首を傾げる
さっき舌を噛みきった時に確認したけど、あっという間に傷が治っ
た。しかもこの霧って前のあれだろ?太陽の光が通らなくなるとか
いうあれ。一番いいのはタクトくんからビーム鏡借りてくることな
んだろうけど⋮。
唇を巻き込んで湿らせつつ、トントンっと軽くジャンプ。﹁挟むも
擦るも自由自在!貧乳わんちゃんにはないミラクルゥを見せつけて
あげますわんっ!﹂とか自分の乳を揉んでるソリティアと向かい合
い︱︱あっ、そういやネネちゃん殺すの忘れた︱︱と雑念混じりに
接近。
﹁ヒャッハーッ!﹂
目の前に突き出される赤い爪。瞬時に伸びたそれが暗闇しか見えな
い頭の左側を狙う。慌てず騒がず腰を更に落として回避。バニー服
の胸元に手をかけ、ずり下ろす。﹁まさかのガチレズっ!?﹂とち
ょっと嬉しそうに笑うソリティアの右の乳房を鷲掴み︱︱捻り上げる
﹁ひぎぃっ!?﹂
悲鳴を上げた︱︱けど、痛みはないみたいだな。筋肉の硬直がない。
ぶちぶちと乳腺が千切れる感触を手に感じながら身体を浮かせたソ
リティアの腹に拳を叩き込む。﹁かはっ⋮﹂と血の混じった泡を吐
き、吹き飛ぶソリティア。けど、ダメージがない。痛みに顔を歪め
642
てふらふらと立ち上がる︱︱ふりをするソリティアに、げんなり
⋮殺し甲斐がないにも程がある。演技は上手い。けど、必死さがな
い。痛みに強張る表情が、苦痛を嫌悪する表情が、次に襲い来る痛
みへの恐怖がない間の抜けた表情が、俺から殺意を奪う。
﹁っ、っっ⋮あ、あららん?ティアちゃん、ちょっと油断しました
かしらん⋮﹂
よろよろとした動きで、左右で形を変えた乳房を揺らしながら構え
るソリティア。その表情は苦痛に歪んでいるが、瞳はむしろ冷めて
いる。人形劇を見せられているようで萎える殺意を妄想でカバーし
つつ、プラプラと手を振る。手首が痛い。殴ったとき逆に痛めた
﹁だがしかぁしっ!ソリティアちゃんはヴァンパイア!その真価を
とくと見よっ!﹂
ソリティアはそれだけ言い残し、廊下の奥に消えていく。⋮痛めた
手首に布を巻いてサポーター代わりにしつつ待っていたら、﹁どう
して追って来ないのよんっ!﹂とちょっと涙目でソリティアが帰っ
てきた。その右腕には、ぼーっとしながら口から涎を零す鎧姿の戦
士⋮じゃないな。騎士
﹁まったくもう⋮こんなフリーダムなキャスト初めてですわん⋮。
えっと、吸血鬼は人間の血でダメージを回復したり、パワーアップ
出来るんですのよー﹂
やる気なさげにそう言うと、右手の爪を騎士に突き刺すソリティア。
すると︱︱︱おっ、おっ、おおおおおあっ!!
643
み、ミイラになった!一瞬で!すごい!完全にミイラ!眼球だけつ
るんとしてるけど、筋肉が干からびて皮がだるんだるんっ!すごい
っ!大きさが1/3くらいになった!ひょろいっ!すごいっ!かっ
こいいっ!
﹁ふふんっ、大量の餌があるここで、わたくしに勝とうだなんて⋮
あれ?なんか喜んでません?あれー?﹂
さっきまでの弱ってる演技を止め、首を傾げるソリティアに向かっ
てパチパチパチっと拍手する。もう一回!もう一回見たい!と指を
立てて上目遣いにおねだりジェスチャーしたら、ソリティアの様子
がおかしくなる
﹁えっ⋮と、⋮わ、わたくし⋮すごい?﹂
すごいっ!すごいかっこいい!俺、惨殺絞殺刺殺溺殺爆殺その他い
ろいろやってきたけど、生きてる人間を瞬間ミイラとかどうやって
やればいいのかわからんもんっ!こくこくこくっ!と高速で頷けば、
ソリティアは暫く固まって⋮
﹁⋮これが、喜び?﹂
と首を傾げる。その表情にはどこか困惑したような響きがあって、
ぎこちない動きで胸を押さえている。それよりもっとみたい!アン
コールっ!アンコールっ!ソリティアの腕を引っ張っておねだりし
まくったら、演技じゃない、うっすらとした笑みを浮かべたソリテ
ィアがやおら腕を振り上げた
﹁よ、よーし!ティアちゃんがもっとスタイリッシュな殺し方見せ
て魅せて見せつけてやりますわんっ!﹂
644
やったーっ!!
645
俺と吸血鬼が!︵後書き︶
吸血娘:攻略されたーっ!
舌無し:攻略したーっ!?
双子妹:⋮ギリィ
それはそうと、近いうちに人春は人春なりに本気でハーレム物を書
こうと思う。いわゆる最強主人公ハーレム俺TUEEEE系で
⋮決して!TSか女主人公じゃないと話書けないじゃんお前、なん
646
て友達に言われたからじゃありませんじょ?マジで
647
俺と骸骨さんと︵前書き︶
今月二回目の更新なのだぜ⋮?どやぁ
更新率上げるってのは嘘じゃなーいっ!どやぁぁああああ
そして今回更新分から舌無しが通常運転
648
俺と骸骨さんと
⋮やばい。どうしよう。
ソリティアをおだてて瞬間ミイラ化を楽しんでいたまでは良かった。
しばらく観察していてなんとなーく分かったんだけど、多分、内臓
のいくつかが中身空っぽで、血液のタンクになってるんだな。バニ
ー姿だからどうにかわかる程度にだけど、身体のラインがおかしい。
内臓が不自然に肥大化してる。にしても吸入量と貯蔵量が釣り合っ
てないけど⋮はてさて。爪を伸ばしたり体を治したりっていうのは
血液を使ってるっぽい。血液って炭素の含有量が多いからそれを凝
固させや結構な硬度の爪になるし、それで血管を破いて露出させて
干からびさせる感じ?ただ、この状況を見ると別に触らなくても血
液は操れるし、強制的に身体の水分を血液にさせることも可能⋮と
見た方がいいかな?生物の体は単純に血液を抜いただけじゃ干から
びたりしないんだよ。ほら、精肉店で売られてる肉も血抜きされて
るのに干し肉じゃないじゃん?水分⋮ってか、脂分や脂質関係なし
にミイラにしてるってことは⋮⋮⋮わかんない。ファンタジーだなぁ
で、だ。何十人かミイラにしてるのを見てたら、﹁はっ!﹂と何か
に気がついたかのように⋮ってか多分任務?的な何かを思い出した
んだろうなぁ。あわあわと両手を振って一頻り慌てた後、俺の両手
を手に取り真顔で言いやがった。
﹁わたくしのお父様にお会いになってくださいまし!!﹂
649
⋮え、いやだ。と首を振っても無視されてー。がっつり抱き締めら
れたまま壁を蹴り壊したソリティアに抱えられたまま、あっという
間に霧が色濃く立ち込め1m先はなにも見えないような空を舞う。
初めての空中浮遊に悲鳴あげなかったのってすごくない?がっつり
尻尾は足の間だった⋮ってか現在進行形で足の間に挟まったままだ
けど、地面がないって超怖い。腰の当たりに回されたソリティアの
腕が唯一の支えって超怖い。場所?お城のほぼ頂上付近。上から見
下ろしたお城はあれ、某遊園地のお城にそっくりだった。先端の尖
った塔がいくつもあって、それを地味な連絡橋で繋げてる感じ。全
体像は見えないけど、霧の中のシルエットはそっくりだった
⋮えっと、現実逃避はここまでにするとして⋮
﹁⋮えっと、あの﹂
﹁⋮⋮ふむ。不味い、か?この状況は﹂
⋮⋮気まずそうに顔をひきつらせるソリティア。そして見知らぬ骸
骨のアンデッドはかくん、と首を傾げる。あと⋮その、なんだ
﹁あー⋮。不味い、ですかなぁ﹂
とかなんとか言いながらちっこい首を巡らせる︱︱大体タクトくん
の肩に止まったりしていた、マスコットの小瓶抱えたカラスくん。
骸骨さんの真横にふわふわ浮いていて、別に敵対するわけでもなく
のんびりと言葉を交わす2人をばっちり見ちゃったわけで⋮えーっ
と⋮
⋮うん、喋るカラスとか珍しいぶっころっ!!とか思ってたのに、
すっかり忘れてたあの人だよっ!しかもアンデッドのボスっぽい人
650
と仲良しだよっ!言い逃れするつもりもないようですねっ!ちくし
ょうっ!
﹁⋮何故、その者をここに連れてきたのか、答えろ。ソリティア﹂
﹁はいっ!この子にちやほやされて誉められるとほんのり喜びらし
き感情がこの胸に溢れるのを感じましたっ!このことから自由意志
のないアンデッドではなく、自身の脳で思考し、行動する生者に誉
められ崇めら奉られることで我らが偉大なる始祖にして寛大なる心
と叡智を宿すアルトー・アル・アーノル様の御心にも喜びが宿るの
ではないかと愚考しました!﹂
なにそれ恐い。えっ、俺にこの骸骨さんSUGEEEEしろと?い
やいや無理無理。ってかなー、どうしようかなー。
不味いよね、これ。確かこのカラスくんが王様の命令?的なもんを
運んできてくれたりしていた訳よ。そんなカラスくんが︵多分︶敵
の親玉なアンデッドの始祖?とやらと仲良さそうに談笑してるとこ
ろにダイナミックお邪魔しますしたわけで、つまりこれって⋮
アンデッドと、人間側のお偉いさんが癒着してるってことかなー?
⋮やっべ、逃げなきゃ。これは消されるパターンじゃない?
﹁あっちょっ暴れちゃっ!?﹂
︻獣技︼・︻餓狼の牙︼。右の手刀で腹に回されていた手を切断。
ソリティアの体を蹴って骸骨さん&カラスのコンビに接近。まるで
それを読んでました、とばかりにふわっと避けたカラスさん。骸骨
さんは我関せずでそのままふわふわと宙を舞い、渾身の突撃が避け
651
られた俺はどうにか尖った屋根の先端に捕まって体を支える。よか
ったーっ!届いてよかったーっ!表情には出さないようにしたけど
届くか超不安だった!うっひょえい恐いっ!足つかないは風強いわ
で超怖いっ!
﹁ティアちゃんの腕ーっ!﹂と落下していく両腕を追っていくソリ
ティアはともかく、パタパタと呑気に羽を動かすカラスは不自然に
空中に静止する。⋮鳥の身体の構造的に空中に静止は出来ないはず
なんだけどなー⋮ファンタジー⋮
﹁やれやれ、困りますなぁ。一応あなたはタクトのハーレム候補だ
っただけに、泳がせておきたかったのですが⋮。変な態度を表に出
されて、タクトに悪影響を与えられても困りますからねぇ⋮﹂
溜め息と共に吐き出された言葉に、眉を寄せる。ハーレムて。⋮い
や、無理っしょ。タクトくんはハーレムとか維持できる器じゃない
って。⋮あ、そっか。それ分かっててハーレム作らせようとしてん
のか。趣味悪っ。友達になれそうだ
にしてもヤバい。落下したら普通に死ぬから大袈裟な回避行動は取
れないし、塔みたいな屋根だから手を離したら普通に落ちる。連絡
橋に落下できればともかく、盾にするようなもんもないこれは⋮死
んだかな?
⋮まぁ、悪くないかなぁ。巧いことこう、パァンッて破裂する感じ
で落下できたら結構素敵な死に花が咲くと思う。頭だけがパァンじ
ゃなくて、大の字で綺麗に落ちていけば⋮ちょっとやってみたいけ
ど、自分の死体でいきなり試すのはちょっと⋮だなぁ。やっぱどう
にか生き残る方向に努力してみるか。
652
塔の先端を片手で掴んだまま、もう片方の手でマフラーを外す。強
風に吹かれてバタバタと激しく踊るマフラーに、カラスくんの顔が
嘲笑に歪む。パネェ。鳥なのに完全に笑ってらっしゃります
﹁ほほほっ!一体そんな布一枚でなにをなさるおつもりですかなっ
!?無様に足掻くのは結構ですが、あまりその愚かしさを披露する
のはやめていただきたい!わたくしの喉が枯れたら如何するおつも
りですかっ!ほーほほほっ!﹂
⋮なんかこの口調ってあれだな。某国民的バトル漫画のボスの1人
っぽい。あの何回も変身する奴。どうでもいいけど昔のアニメって
規制緩くてグロいのいっぱいあったよね。萌え
ともかく、一頻り笑ったカラスくんはため息と共にその翼を動かす。
まるで肩をすくめるかのように器用な動きで大袈裟に呆れをアピー
ルすると、ニヤニヤと笑いながらカラスくんは繋げた
﹁さぁ!アルトー様!この愚か者をあなたの魔術で焼き払ってしま
ってください!﹂
﹁断るぞ﹂
⋮⋮空気が凍った気がした。特に変化もない骸骨くんと違い、カラ
スくんの変化は劇的。信じられない、とばかりに嘴を中途半端に開
いたまま、﹁⋮は?﹂と間の抜けた声を漏らす。
どうでもいいけど隙だらけ!
マフラーを塔の先端に絡ませて、再びジャンプ。﹁しまっ﹂とか慌
てるカラスくんはちと襲い。全反射神経を駆使して逃げようと翼を
653
動かすカラスくんの羽根を鷲掴み、そのまま命綱に引っ張られて振
り子のごとく塔に背中からぶつかる。ぐへぇ、息が詰まったでござ
る。でも、手の中でカラスくんは呆然としていた。盾ゲット!
﹁あ、ありえない⋮っ!み、未来は、こんな未来は見えなかった!
わ、私が、私が捕まるだとっ!?未来を見通す魔人が!このヘリオ
ールがっ!!こんなところでっ!!﹂
ばっさばっさと必死で翼を動かすカラスくん⋮改めヘリオール。⋮
っつか、魔人だったんだ。人じゃねーじゃん。人じゃねーじゃんっ
!!訂正と謝罪を要求するっ!!とばかりにギシリと骨が軋むまで
羽根を握り締める。お前も宙ぶらりんになっちまえ
﹁ギッ、グゥウウウッ!?な、なにをしているアルトー・アル・ア
ーノルっ!私が!私たちは!仲間ではないのかっ!なぜ黙ったまま
見ているだけなのだぁっ!?﹂
﹁⋮お前はいくつか勘違いぞある。まず第一に、我はアンデッドの
一柱として人間を間引くためにここに来た。適当に辺境を襲うより
も、貴様の目的の手伝いをする方が、効率的に目的を果たせるから
だ。そこに、貴様に従う意図はない。よって、貴様の命令に従う義
務はない﹂
⋮仲間割れ?個人的には興味とかさらさらないのでヘリオールの翼
を握りつぶす。ペキッと軽く翼骨をへし折られ、中年男性のような
野太い声で悲鳴を上げたヘリオールを口でくわえ、マフラーを手繰
り寄せて塔の上に戻る。ヘリオールはまだ喚いている。
﹁馬鹿を言えっ!私が!私が黒き海のオーブの奪還にどれだけの時
間と労力をかけたか理解しているのかっ!き、さまのぅおがぁああ
654
あああっ!﹂
ギチギチと骨が軋む程度に噛みしめる。汚れた獣の臭いのする血が
口の中に溢れ、羽毛の中に犬歯が沈み込む。⋮グレーテルのほうが
美味だな。なんか普通のカラスと変わんない。同じ魔人だっていう
から期待したんだがなぁ⋮
骸骨くんは優雅に空中浮遊しつつ、目の中で燃える大きくする。ま
るで呼吸するかのように盛衰を繰り返す炎の輝きに、少しだけ目を
奪われた
﹁⋮そこがまず、勘違いだ﹂
骸骨くんの言葉に、ヘリオールの身体がビクビクと痙攣。口の中で
死にかけてる自称魔人の生命力に落胆を隠せない。
﹁⋮獣の少女よ。君のような末端や、ヘリオール、お前のように自
身の利を追求する者は知らなくても仕方がないが⋮⋮我々は⋮アン
デッド、魔人、竜、そして獣の長たる者たちは、黒き海のオーブの
奪還は考えてはない﹂
﹁⋮⋮あ゛?﹂
ヘリオールの言葉が俺の内心を代弁する。骸骨くんは何でもないこ
とのように言葉を繋げるが、俺もちょっとばかり動揺を隠せない。
﹁何故ならば、人間を減らしすぎて困るのは我々だからだ。我々は
ある程度人間間引きつつも、人間を滅ぼすわけにはいかないのだ。
故に、人間という種を効率良く増やすために、黒き海のオーブは人
類が所持していた方が効率的ぞある。生物である獣人にはそのしわ
655
寄せがあるが、獣人は人間と違い、過酷な環境下でもぽこぽこ増え
る。だから黒き海のオーブは魔界側には必要ない。理解できたかね
?﹂
いやいや無理無理。じゃあ1000年近くも黒き海のオーブを巡っ
て続く戦争ってなんやねんって話で⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮あっ
﹁な!ならばなぜっ!何故私を人間側に送りこんだっ!何故戦争を
起こさせたっ!﹂
血反吐を吐きながら声を張り上げるヘリオール⋮なんだけど、さ
いや、その、忘れてたんだけど⋮
﹁その方が、人間も、獣人も、魔人も、竜も、効率良く死ぬからだ﹂
656
⋮ここって、地獄でしたねー。そういえば
657
俺と骸骨さんと︵後書き︶
骸骨﹁設定を忘れちゃあ、いかんよ﹂
舌無し﹁普通の異世界転生ものかと思ったら、そんなことはなかっ
たぜ!﹂
勇者﹁僕の存在意義が消滅した件﹂
水瓶﹁地獄を救済︵︶wwww﹂
658
俺とこの世界︵前書き︶
ちなみにタクトくん、ヴィルカス、レオ、アーサーの男組は都市内
部で暴れてるポチやダイアードと戦ってたりする。
659
俺とこの世界
﹁紛いなりにも生ある魔人たる貴様には理解出来んだろう。まだヘ
リオールは生まれて300年ほどの若い魔人だったか?⋮そういえ
ば、魔人でそれを知っているのは長であるメーリス・モーリスと蠍
のだけだったか。それでは末端にすぎない貴様が暴走するのも致し
方なし。それでも獣のよりはマシだろうが。獣のはディンしか知ら
ぬはずだしな。よかろう、我は生前説明や講義を好んでいたことを
思い出した。貴様のために一席、講義の場を設けよう﹂
絶句するヘリオールに構わずペラペラ話し出す骸骨くん。その言葉
が耳を滑る滑る。かんっぜんに忘れてたわー。そうだよここ地獄じ
ゃんかよ修羅道で畜生道じゃんかよ何で俺、体裁とかタクトくんと
の関係とか考えて自重してんだよ勿体無いっ!!殺してなんぼの世
界で自重とか捨てるわっ!
﹁理由は知らないし、知る必要もない。そういうものだと心得ろ。
この世界には火急に輪廻を回す義務がある。生まれ、戦い、死に、
再び生まれ、戦い、死ぬ。これを繰り返す義務があるのだ。生存競
争に敗れ死ぬ義務がある。稀に老衰まで生き残る者がいるが、それ
は運のようなものだ。
この世界は大量の人間を処分、再構築するという工程を幾たびも繰
り返すための世界である。
この世界で人類は殺され続ける者として作られた。獣は人の敵とし
て作られた。魔人は人を一方的に殺す存在として。竜はバランスの
660
調整役としてだ。だから竜は人も獣も魔人も殺す。精霊はいつの間
にやら生まれていたらしい。詳しくは知らないが、大地の調整役だ
ろうと推測できる。
我々アンデッドは、死体を効率良く大地に還元するためにこうして
擬似的な命を与えられている。知っているだろう、アンデッドは太
陽光で灰となる。
灰となったアンデッドは大地に糧を与える。擬似生命体となるのは
それに追加で自立繁殖、自立行動、自己判断の役目を与えたからだ。
最も、アンデッドが数を増やし、生前の行動を真似る⋮擬似思考回
路を持つようになったのは我が生きていた時代の術師の所業だが。
あの時代の術師はなにを考えていたんだったか⋮忘れた。まぁそれ
はいい。
元々アンデッドは自然発生するものだったのだ。当時の人類が余計
な手を加えなければ、我も含めた言葉を話すアンデッド、などとい
うものはそんざいしなかっただろうな。
結果、能動的に生き物を襲うようになったのは失策だった。どうに
か均衡を保っていた人類対その他のバランスが大きく崩れてしまっ
たからだ。アンデッドは元々は獣人、人類の区別なく襲っていたの
だが、手を加えたことにより人類を積極的に襲うようになってな。
我々はどんな術式を加えたのだったか⋮。忘れた。
事態を憂いた世界の管理者⋮貴様や人類が魔王と呼ぶイザリス様が、
人類がその他の勢力に屈さぬように、効率的に人類の絶対数を増や
すために与えたのが、黒き海のオーブ。土壌を豊かにし、生活水準
を豊かにできる道具ぞあるが、本来であればこの世界に干渉するた
めの道具であったそうだ。同じ時期に製作された白き空の剣はイザ
リス様が直々に駆除を行うために製作され、灰の大地の鏡は万が一
661
を考えた防具だったそうだ。管理者とはいえ肉の器を持つ以上、イ
ザリス様にも死は訪れるからな。
余談だが、今イザリス様が眠りに付いているのも、それの紛失を誤
魔化すためだ。管理者という名の通り、イザリス様より上位存在が
いるらしくてな。イザリス様もその上位存在の部下に過ぎず、紛い
なりにも神器たる黒き海のオーブを人類に与えるのは禁忌に当たり、
イザリス様が寝てる間に人類が勝手に持って行って勝手に使った、
という建て前が欲しかったらしい。
だが、人類が増える速度は予想より早かった。故に、同じく増殖が
早い獣を用いての間引きが実行された。大切な道具を奪われた、だ
から奪い返す。⋮という大義名分を与えることで、獣を動かしたの
だ。正直な話、我々⋮管理する側として見るならば、適度に戦い適
度に死んでくれるならなんの問題もないのだ。だから、獣人が死に、
人間が死ぬことがメインとなる戦争はわざと長引かせている。人類
の細工によって多量の人類を抹殺できる魔人が魔界内から出れなく
なったのは誤算であったが、数百年ばかり人類の養殖に時間を掛け
ても構わない、と結論が出たのもあるが﹂
﹁そん、な⋮な、らば、ならばなぜっ!何故勇者召喚を止めなかっ
たっ!?﹂
やっかましいなぁ。けど、明らかに焦り、痛みすら感じないほどに
余裕をなくしたヘリオールの様子に愉悦。さっきまで偉ぶっていた
からか、今の切羽詰まった声が滑稽で仕方がない。笑うわ。笑った
拍子に牙がめりこみ、ヘリオールは小さく悲鳴を上げた
﹁勇者の行動によって増えすぎた獣を駆除したかった。また、魔界
内に閉じこめられことにより数百年以上も生存を許してしまった魔
662
人の殺害することが優先された。更に勇者という旗印によって戦争
が激化し、更なる死者の増加があると推察された。
今までは魔人の強さによりそもそも人類では魔人を殺せない、魔人
と協力する獣人の士気に下がる、などの問題が出ていた魔人の抹殺
が進むのだ。手早く輪廻を回す必要がある現状、魔人が死にやすく、
生まれやすくなる世は我々と目標に叶っている。
我々各陣営のトップならば魔人も簡単に駆逐できただろうが、動い
た場合、多量に死んでもらわなければ意味がない獣が混乱する。獣
は感情に流される気風があるからな。
更に単純な虐殺を行えば人類も獣人も減らしすぎる。戦争が消極的
になればそれぞれが戦わない、などの問題がでかねない。また、﹂
﹁も、もういい⋮もう聞きたくない⋮。わ、わたしは⋮知りたくな
かった⋮そんな、そんなこと知りたくなかった⋮﹂
﹁しかし、真実ぞある。
貴様が固執していた︻勇者︼だが、あれは各種族に顔が通じている
人間が作られたに過ぎない。アルトリウス二世、人類の統率者とな
る者に他者を男女問わず虜にする呪いを与え、魔人、竜、獣、精霊、
人間、アンデッドに至るまでを篭絡させることで、本来虐殺される
のみだった人類に対して発言権を与えたそうだ。
黒き海のオーブを人間に乞われて与えた、というほうが世界の管理
者たるイザリス様の株が上がり、後々の行動もしやすくなる⋮はず
だった。神託と偽って如何なる場合も徹底抗戦を行うなど、な。愚
かなる人類は本来ならば感謝すべきイザリス様を魔王などと呼ぶが
⋮。ある意味賢明だったか。
663
最も、人誑しの呪いの影響で管理者たるモーリスや、ヴァルフォー
スが虜となったのは予想外だった。お陰で奴らは管理者でありなが
ら日々死を望む。我々管理者は死亡したところで別の者が管理者と
なるだけだというのに、実に愚かしい。
む、そういえば貴様はモーリスに懸想していたのだったか。よもや
アルトリウス二世に酷似した︻勇者︼をその手で作り上げ、それを
打ち倒すことで貴様の方が優れている、などという妄想をモーリス
に見せるためにこんな茶番を用意したのか?﹂
﹁⋮何故、それ、を﹂
﹁モーリスが言っていた。鳥型のくせに人型に恋をするのをやめて
ほしい、と。もしそれが本当ならば、余程愚かな存在だな、ヘリオ
ール。余りの愚かさに悠久の時に消えたはずの喜悦が蘇りそうだ﹂
あくまで淡々とした言葉のやりとりに、ぐったりと力を失ったヘリ
オールがうなだれる。全身から力の抜けた鳥は既に死体のようで、
面倒臭いから噛み殺す。ゴリリ、と骨を歯で削り、その肉をぺっと
吐き出す。哀れ小さなカラスの魔人、霧の中へと大地へと、ってね
ー。血を巻きながら落下していく死体を見下ろし、骸骨さんに視線
を向ける。首を傾げる骸骨さんに、パクパクと口を開閉させてアピ
ール
﹁⋮なにか言いたそうだな、獣の少女﹂
こくり、と頷き、口を開く
﹁あおあー、あんららいっふぇるふぉろ﹂
664
﹁待て。分からん。思考を読むから頭を出せ﹂
はいはいっ、と。首を差し出せば、ふわふわ近寄ってきた骸骨さん
の骨だけの指先が額に触れる。反射的にその親指部分に噛みついて
指フェラしつつ、頭の中で考える。
聞こえる?わかる?
﹁ああ、分かる。だが、指を噛むな。我が体は治癒せん。故に、傷
が残る。噛むな﹂
やーだー。っつかさっていかさ、骸骨さんってようは仕事してるな
ら割と細かいこと気にしない人だったりする?あ、この場合の仕事
って殺したり殺されたり殺したりなアレね?
﹁⋮骸骨さん、か。だが、その質問には是と答えよう。他者を殺し
最終的に死ぬならば、小さなことには拘らん。新たな子供を成す最
低限の種は生き残らねばならないが、それ以外は皆殺しにするくら
いで丁度いい﹂
そっかそっか。助かるよ。じゃあさ、悪いんだけどちょろちょろっ
と手伝ってほしいことがあるんだよね。手伝ってよ
﹁⋮一介の獣が、我に助力を求める、か﹂
だめ?だめなら首から上貸してくれるだけでもいいよ?なんか燃え
る頭蓋骨ってそれっぽいし
﹁⋮いいや、いいだろう。手を貸してやる。それで?我になにを望
665
む﹂
あー、うん。こんなにちょろいと逆に不安になるけど、たくさん、
たっくさん殺せばいいんしょ?
だったらさー。俺を思う存分使ってよ
広い。視界がとても広い。背中に頭をもう一つ背負っているからか、
360度ほぼ死角なしに全部が見える。身体も軽くて、アホみたい
にテンションが上がる。
窓をぶち破って塔の中に侵入すれば、ぞわっと背筋が泡立つ濃密な
666
腐臭。なんぞ?と思って首を巡らせれば、数多のゾンビがこんにち
わ。みんなみーんな見目がいい腐りかけの女の死体。僅かに香る精
臭と、ゾンビの身体に付着し乾いた液体の跡が、その死体の用途を
教えてくれる。
﹃死姦か。やっぱり人間って業が深いよねぇ。俺の性癖も大概異常
だけど、死体を犯そうとは思えないなぁ﹄
⋮勝手に喋んなっつーの。しかも人の思考をぺらぺらと⋮。背中を
ぺしっと一度叩き、部屋の中を再確認。やたら豪華な調度品から察
するに、それなりに身分が高い人の部屋だと断定。ならなんでこん
なにゾンビ?と思わなくもないけど、偉い人ほどえらい性癖抱えて
たりするもんねー
﹁ぅ⋮ぁお゛お゛⋮﹂﹁ああ゛ー﹂﹁ぁ゛⋮?﹂と如何にもゾンビ
ーって感じのリアクションに、この世界のゾンビってやたらテンシ
ョン高いんじゃなかったっけ?と首を傾げたら、﹃んにゃ、そりゃ
サーカス団の方だけかなーって。拷問館は人格とか必要ねーからこ
んな感じなんよ。俺も拷問館で作られた1つだしー﹄と俺の声によ
く似た声と口調で背中から返答。サーカスはともかく拷問館?と心
そそられる響きに興味が向きかけたけど、バタバタと遠くから近寄
ってくる気配に視線を扉に向ける。美女のゾンビたちは俺には興味
ないのか、共食いしたり壁にぶつかったりしてた
﹁王っ!お待ちください!このような状況で動き回るのは危険です
っ!﹂
﹁五月蝿いっ!見ろ!死体がっ!!死体が動いているぞっ!なんと
すばらしい!なんと美しい光景かっ!!女の死体は全て無傷で捕ら
えよ!あれこそ我が后に!我が隣に相応しいっ!﹂
667
﹁王っ!?お前らっ!王は卑劣なアンデッドの魔術で混乱されてい
るっ!!手足を縛って閉じこめておけっ!!﹂
﹁し、しかし⋮っ!?﹂
﹁いいからやれっ!決してこの塔から出すなっ!﹂
﹁無礼だぞ将軍っ!離せ!我は!我は我が后たちを迎えに行かねば
ならんのだっ!!﹂
﹁誰か眠りの魔術を使えるものはいないのかっ!?貴様ら、王の言
葉を真に受けるなよっ!?ここで聞いたことは、見たことは他言無
用だっ!!﹂
﹃はっ、はいっ!!﹄
扉の向こうから聞こえる言い争いにくすくす笑う。こりゃーこの国
がダメになるわけだわ。会話聞いただけでも分かるわ。王様がネク
ロフィリアとか上級者過ぎワロタ
⋮んじゃ、ま。
この国の歴史、終わらせにいこっか
668
俺とこの世界︵後書き︶
勇者﹁くっ!こいつ⋮強い!﹂
無名﹁自分が強いだなんてんなこたぁねぇよぉおおお⋮。哀しい⋮
哀しいなぁ⋮人間って弱すぎて哀しいなぁあああああ⋮﹂
悪童﹁黙れ木偶の坊!ピーピー泣いてる暇合ったら殺せ!目があっ
たら殺せ!目が合わなくても殺せっ!!逃げる奴も逃げない奴もま
とめて殺せ!くそよえぇ人間が調子扱いてっとムカつくんだよぉお
おおおおおっ!!﹂
騎士﹁ちくしょうがっ!﹂
騎士団長﹁苦戦とは美しくないなぁ!?﹂
司祭﹁ヴィスクリムがいない︵´・д・`︶﹂
全員﹁おいっ!!﹂
669
禁解除
俺、再始動!︵前書き︶
別名オ
670
俺、再始動!
﹃ボーン・ボム・ボーンっ!﹄
背中からの声と共に、後ろ腰から生える白い背骨にもよく似た骨の
尾が走る。先端が鏃のように鋭く尖った骨の尾は、分厚い木の扉を
あっさり貫通。そして追撃の爆発。予想より遥かに素晴らしい威力
にうっすらと唇が笑う。確か⋮この子が持つ魔力が爆弾になるんだ
っけ?でも、この子は自分の魔力だから無傷、と。使い勝手が良す
ぎて笑う。使える回数に制限こそあるけど、是非とも腹に突き刺し
て四肢が飛ぶ勢いで爆破したいもんだ
﹁なっ、なんだっ!?﹂
煙にまかれ、混乱した様子を見せる向こう側。立ち直らせる隙は与
えない。爆破によってあいた穴から飛び出し、一番近くにいたおじ
さん︱︱金色の王冠を被った、如何にも王様、といった風体のおじ
さまに抱き付く
﹁なっ、なっ!?﹂
混乱と驚きにおじさんの身体が堅くなる。ああ、いい匂いだ。年配
の男性特有の加齢臭。贅を尽くしたもの特有の清潔な香りと、恐ら
くは香り袋だろうか?ほんのわずかに感じる花の香り。それらの奥
に潜む、腐臭と血の臭い︱︱死体の臭い。
ありがとう、同類。死姦好きの破綻者。
671
君のことを最初に殺せてよかった。新しい一歩を踏み出すために、
君ほど相応しい相手はいない。
ありがとう、ヴィスクリム。
生まれてきてくれてありがとう。俺がここにいることを許してくれ
てありがとう。俺なんかのために、その身体を使ってくれてありが
とう。
そしてよろしく世界!
よろしく、ヴィスクリムっ!
俺は、白狼族のヴィスクリムは!なんもかんもうっちゃって!同族
人間恩人愛人上司敵その他諸々一切の区別なく!これからも殺人を
一生懸命、精一杯楽しむことを誓いますっ!!
﹃ボーン・リボーンッ!﹄
鎧のように脇腹に張り付いていた肋骨が、左右4対の杭となってお
じさまを貫き持ち上げる。純白の骨が濁った赤黒い血に汚れるその
光景が、堪らなく愛おしい!
あーっ!!やっぱ殺人サイッコウっ!!
なぁんでオナ禁とかしてたんだろっ!人の目を気にして自重すると
か馬鹿じゃんっ!最高の殺人をするために我慢するっていったって
限度があるよっ!そもそも俺は快楽っ!!かいっらくさつじんきぃ
っ!!我慢とか身体に毒にもほどがある!
672
﹁王っ!?おのれ貴様ぁっ!﹂
偉そうな髭に鎧のおっちゃんが、腰の剣に手をかける。それがとて
もとてもノロくて鈍くて遅すぎて。一息吐く間に接近し、足を振り
上げる。下ろした先は、剣の柄尻。剣を抜けないように足で押さえ
てやれば、おっちゃんは驚愕に目を見開いた
﹁か、かこめっ!こいつ、強いぞっ!﹂
おっちゃんの声で動いた鎧達が、剣を槍を手に俺を囲む。後ろにバ
ックステップして改めて剣を抜いたおっちゃんににやにや笑いなが
ら、わざとらしく腰を折って礼をする。
﹃ハロー、ハロー、お元気ですか?わたしは元気です。わたしの名
前はヴィスクリム。背中のこの子はパラサイトスケルトン。世にも
珍しい生き物に寄生するアンデッド。わたしの目的は大虐殺。⋮っ
てぇわけなんだけどぉ⋮どうするぅ?まだ王様、死んでぁないんだ
わぅん。今すぐわたちぉ始末して手当てしたらぁ、助かるかもよん
っ。ねぇねぇできる?君たちにわたしのこと始末できるぅ?無理だ
よねー?キャハッ﹄
⋮またこの子はペラペラと好き勝手喋ってくれちゃって。微妙に俺
が言いそうなことだから困る。宿主と似通った性格になるって聞い
てたけど、こいつ性格悪いなぁ。⋮あれ?ブーメラン?
ともあれ、挑発したいのは俺も同じ。両手を膝に付き、上体を倒し
て胸を強調するように張ってみる。とはいえお胸はぺったんこなわ
けで。せめてもの色っぽさの演出のためにも、にんまり笑って舌な
めずり⋮できないね!代わりにお尻と尻尾をふりふり揺らす。骨の
鎧がこつこつ小さく音を立て、背中の子が熱くなる。⋮って、胸に
673
鎧してるから意味ないか。鎧ってか骨盤だけど
パラサイトスケルトン︱︱宿主に寄生してその身体を操るアンデッ
ド。それの宿主の体の自由を奪う、という設定を除いたものが、俺
の背中に寄生済み。言うまでもないけど、タクトくんと会えたとき
に全力で戦闘をするためさー。殺し殺され愛しあう。そのためにゃ、
タクトくんに中途半端な戸惑いとか与えたくないもんね。骸骨さん
⋮アルさん?もいいものくれたもんだよ。アルさんも悪ノリしたの
か知らないけど、手ぶらな俺のために色々おまけ機能付けてくれたし
ただし、見た目的には少々微妙。肋骨を大きく開き、前面を鋭利に
削り、わき腹に。左右の刺々しい肋骨をように、やたら長い背骨が
支えている。背骨は長く長く伸びて俺の尻尾に巻きつき、毛の中に
隠れている。伸ばせば鋼鉄の鞭のように、しかし自由に動かせる伸
縮自在の杭になる。骨盤は妙な形に変形して胸当てに。大腿骨など
の長い骨は組み合わさって腕を覆う。上半身を人間一人分の骨で綺
麗にカバーしているようだ。とても軽いし動きやすい。惜しむらく
は背中で揺れる頭蓋骨がちっとばかり大きいことか?
ま、ようは悪役っぽいエロ装備ってことさー。マフラー以外は脱ぐ
必要があったし。パラスケくんが大事な部分⋮ってか性的な部分は
カバーしてくれてるけど、日曜日の昼間の番組じゃあこんな格好は
無理かなぁ。深夜だね、深夜。いや、いまは規制激しいから深夜で
も無理かな?ほんっとぎりぎりローライズなのよ。毛が濃かったら
はみ出してたわ。っつか獣人なのになんで俺手足くらいにしか毛生
えてないんだろ。まぁ、それはいいや
男を誘うようにふりふりと腰を振り、小さく小さく手招き。しかし
鎧な人たちは武器こそ抜いたけど、俺の動きを警戒してじりじりと
包囲網を縮めるのみ。⋮そんな悠長なことしてっと王様死んじゃう
674
よー?って、
俺がいた部屋の中から飛び出してきた美女ゾンビたちが、獣じみた
動きで飛び出し鎧の人たちに襲いかかる。遅れて悲鳴が聞こえ、美
女の爪と歯が金属とぶつかってがっつんがっつん痛そうな音。押し
倒された男達が剣を振ろうとするけど、密着されたら意味がない。
筋力ではゾンビさんのほうが上らしく、鎧と兜の僅かな隙間を狙わ
れる
﹁アストラっ!?今助けっぎゃっ!?﹂
助けさせないっ!仲間に駆け寄ろうとした鎧の人に接近。その腹を
︻餓狼の牙︼で貫き腸を引きずり出す。耳に響く汚い悲鳴。咄嗟に
腹から伸びる腸を腕で掴んで固定する男。その顔は激痛と嫌悪感に
醜く歪んでいて、童顔気味な男の目に溢れる恐怖の色に堪えきれな
い笑みを浮かべながら、思いっきり︱︱振り回す。即席のフレイル
だぁ!この人が手を離したらかなーり伸びるぞぅっ!
短い悲鳴が何度も響く。血と体液で滑る腸がぶちっと軽い音を立て
て千切れて、成人男性+鎧の重みが手からなくなる。吹っ飛んだ男
は仲間を2、3人巻き込みながら壁に激突し、動くのをやめた。手
の中に残った腸⋮こりゃ小腸か。を、中身を絞り出してから口に放
り込む。中身は人の食べたもんだしね。人のゲロ以下を食う趣味は
ございませーん。くっちゃくっちゃと血の味しかしないそれを噛み
しめ、恐怖におののく男達に両手を広げる
﹃あらら?あらら?あららのらん?どうしたどうしたお兄さん?こ
ぉんな牝餓鬼相手に怖がってちゃ戦うなんて無理無理無理ぷーだぜ
?それともなにか?人間って玉なしなのかな?んー、わっかんない
なぁ⋮。わっかんないから⋮﹄
675
接近。一番偉そうだった髭のおっちゃんの間合いの中。のろのろと
表情を変えたおっちゃんが剣を振り上げるより早く、その睾丸を蹴
り潰した。ぐちゅっ、と弾力がある臓器が潰れ、一瞬呆けたおっち
ゃんの顔が、瞬く間に歪み、くしゃっと激痛を堪える子供の泣き顔
のように変じる。どんなに強くて偉い男でも、あっさりと無力化出
来てしまう弱点をカバーしないのはぁ、あんまりにも無策じゃなぁ
い?
﹃確かめてみちゃったりしてーっ!あれれ∼?潰せたってことはあ
ったはずなのにぃ∼⋮なんだかあんまりにも意気地なし?度胸のな
い男なんてこうだーっ!﹄
やたら緊張感のない﹃俺﹄の声。餓狼の牙を使うまでもない。鋭く
尖った両手の爪を苦痛に喘ぐおっちゃんの口に挿入。上顎と下顎を
掴んで︱︱引き裂いた。パラスケくんによって大幅に強化された両
腕は、俺の腕の筋肉をぶちぶちと引きちぎりながらも、おっちゃん
の下顎を引きちぎる。
悲鳴。絶叫。恐怖の叫び。心地いい響きにうっとりと浸りながら、
右手に握ったおっちゃんの下顎を逃げ出そうとした男に投げつける。
硬い顎骨と下歯はぐるぐると回転しながら真っ直ぐに逃げ出した男
の顔にめり込んだ。悲鳴が一段と大きくなる。次々逃げ出そうとす
る男達。ああ、ああ⋮
﹃逃がすかよ﹄
ズキズキと痛みを訴える両腕。逃げ出す男達の背中に突き刺さる骨
の槍尾。堪えきれない笑いの衝動に喉を震わせて笑う。全身にビチ
ャビチャと降りかかる血の雨の温かさ!腹の底から絞り出すような
676
怨念の醜さっ!絶望に喘ぐ瞳に光がなくなる瞬間っ!!
﹁﹃アーハッハッハッハッハッハッハッ!!﹄﹂
俺っ!!
超っ!!
生きてるっ!!
サイッコー過ぎてイッてるよ!何回イッたかわっかんないよっ!殺
しなれたどうでもいい人間を殺すのもやっぱり大好きっ!愛してる
っ!好き過ぎておかしくなっちゃうくらい大好きっ!死ぬほど好き
!殺したいくらい好き!殺されたいくらい好きっ!分かれバカっ!
理解出来なきゃ感じろ大好きっ!
俺は、殺人行為を愛してるっ!!
﹁﹃アハハハハハハハハハハ、ハ、ハハハ﹄ハッ、ゲホッコホッぁ
゛ー⋮はへへへ、ふひひっ﹂
あーもう笑いが止まんないっ!やっばいわー。ヤバすぎる。息が苦
しいのに止まりゃしない。さくさくザクザク目に付く人を片っ端か
ら殺していく。偉そうな人を中心にガンッガン攻めながら廊下を歩
く。みーなーごーろーしーだーべー。いひひっ
そろそろ全身血塗れぬるんぬるんになったころ、すぐ近くから戦闘
音。どっかんどっかん爆発音がして、俺に追随するようにフラフラ
歩いてきた美女ゾンビたちが足を止める。基本的に音と体温を感知
して人を襲うらしいゾンビたちは、炎と爆発音に惹かれるかのよう
677
に俺を追い抜いて歩いてく。俺も向かおっかな∼なんて鼻歌混じり
にスキップしながら近寄れば、見たことあのあるでかい卵型の頭に、
大きな口。身体はどこにやったのか知らないけど、ビッグマウスの
頭部がふわふわと天井付近に浮いていた。
どうやら戦闘の真っ最中らしく、ビッグマウスの下には例のお姫様
と、お姫様を守るように杖を構えるネネと、弓を引くミアさん。ミ
アさんが中衛、ネネが後衛かー、バランス悪いなぁ。ってかタクト
くんたちどこ行ったし。女性メンバーより男衆をコロコロしたいぞ
ーぅ?
とりあえず様子見代わりに戦闘の行方を見守る。どうやらビッグマ
ウス優位で進んでいるらしく、たまに吐き出すゾンビやらスケルト
ンが武器やら腕を振るう度に2人の身体が傷ついていく。ネネの放
つ魔術はあっさりと避けられ、ミアさんの放つ矢やら薬やらはぱく
っと一口で食べられる。だけでなく、お姫様を狙ったビッグマウス
の攻撃をネネが身を挺して庇う度に、他のアンデッドがミアさんを
傷つけていく。だめだこりゃ、泥沼泥沼。どっちかがお姫様切り捨
てて近接戦でも挑まなきゃ無理無理
⋮でもま、ビッグマウス風情に俺の獲物を奪われるのも釈然としな
いもんがあるなー
まずはビッグマウス、次にお姫様。そして⋮うーんどっちからにし
よう。悩むなぁ
喜悦に歪む唇の血を拭い、炎に巻かれた石室に飛び込んだ
678
俺、再始動!︵後書き︶
舌無し﹁たのしいっ!大好き!愛してる!結婚してっ!!﹂
骸骨﹁適当に戦力与えたら予想以上だった﹂
吸血女王﹁とりあえず連れて行ったら予想外の結果になりましたわ
ん﹂
水瓶﹁練りに練った計画があぼんしたうえに自分も死んだ。なにこ
れこわい。だいたい舌無しが悪い﹂
舌無し﹁結論!俺も死んだ方がいいっ!キャッホーッ!﹂
679
○○○話。裏切り︵前書き︶
今回は4話更新!
680
○○○話。裏切り
﹁ホーホホホッ!多勢に無勢ですなぁ皆さんっ!非常に申し訳ない
心持ちでいっぱいですが本日大口さんてばマジモゥードォッ!!熱
く激しく責め立てます!﹂
﹁くっ⋮﹂
耳障りな巨大な頭部の哄笑が、ネネとミアを追い詰める。背中に庇
うこの国の姫︱︱アルフィオーネの身にも少なくない傷が付いてお
り、純白のドレスはまだらに血に染まっている。手にした変わった
形状のナイフを抱き締めるように、小さく身体を丸めて怯えるその
姿は同性から見ても愛らしいが、役立たずのお荷物にしかならない
現状では殺意すら抱かせた。
﹁姫様っ!どうかっ!どうか早くお逃げください!﹂
声を張り上げながら杖を振る。小柄で体力のないネネだが、目の前
に迫ったアンデッド⋮腐りかけの死体の足を払って転ばせることく
いは可能だ。転ばせたアンデッドは﹃サーカス﹄のモノらしく、派
手に笑い転げてふざけた口上をのべるのにも助けられ、どうにかミ
アと︱︱ついさっき大喧嘩した相手とでも戦線を維持できる。その
間にお荷物が逃げてくれるなら︱︱と僅かな希望も沸いてでる。
だというのにっ!!
﹁申し訳ありません。私も王に命じられているので、あなた方から
681
目を離すわけにはいかないのです﹂
︱︱さすがは﹃人形姫﹄といったところだろうか。現王の命令に唯
々諾々と従うだけの傀儡の姫は、放っておけばネネとミアどころか
自分も死んでしまうだろうことは想像に難くないというのに、王の
命を優先する。その表情はぞっとするほど冷たくて、先程部屋で見
せた﹃見知らぬ女に罵られ、戸惑う少女﹄の姿がただの演技だった
のだろう、と確信させる。今も表情以外は怯える少女そのものだか
ら、余計に人形という表現に拍車を掛けた。
﹁くぎっ⋮!?︻ラッ⋮イトニング︼っ!!﹂
油断があったのだろうか。ネネの腹部に錆びた鉄剣が食い込む。ゴ
ギリ、と嫌な音が腹の奥で鳴り、苦し紛れに放った得意の雷撃呪文
は骨格標本のような敵の身体を上滑りする。意味のない攻撃に、陽
気すぎるスケルトンがゲラゲラと笑った。﹁ごふっ﹂と血の固まり
をのど奥から吐き出しながら、思いっきり杖を突き出して骨盤を外
す。飛んでいく骨盤を尻目に、落ちてもがく上半身から距離を取り、
ネネはドグンドグンと熱と痛みを訴える腹を抑える。
︵切られては⋮いない。さすが、義母さんのお下がり⋮鋼糸を編み
込んだローブなんか重いだけで意味がない、なんて思っててごめん。
ありがと、義母さん︶
普段は重いし熱いし洗濯に気を使うしで嫌な思いをすることも多い
特注のローブだが、それに助けられた。けれども内臓を痛めたのに
疑いようはないので、後でアーサーに治療してもらわなければ。⋮
もちろん、生きて終われたら、の話。益体もないことを考えながら
口元を拭い、がくがくと震える足を叱咤する。背中を壁に預けて身
体を支えながら、すぐ近くまで迫っていた肉付きアンデッドに︻フ
682
レアボール︼を叩き込む。瞬く間に爆発四散炎上するアンデッドに、
肉付きには炎がいい、と確信した。
﹁ミア!まずは取り巻きを倒します!﹂
﹁だ、だがっ!あの丸いのを放置したら取り巻きは無限に増えるぞ
!?﹂
﹁っ⋮﹂
まさしくその通り。だからビッグマウスと名乗るあの上位アンデッ
ドを倒さないといけない。しかし、そいつは天井付近を快活に笑い
ながら浮遊し、どんな攻撃もあっさり避ける。思い出したように下
位のアンデッドを吐瀉物のように吐き出すだけで、攻撃にすら参加
していない。前衛のいない魔術師2人でどうにか戦線を維持できる
のは下位のアンデッドしかいないからだが、このままじゃ物量に押
し切られてしまうのでは、という恐怖があった。
﹁せめて前衛がいれば⋮っ!﹂
毒を吐き、呪文を唱える。ネネに使える攻撃魔法は炎、風、雷の中
位魔法まで。ミアならばこの部屋丸ごと焼くことも出来るのだろう
が、先程聞いたらメンタル面がガタガタで精霊を召喚できない、と
なんとも頼りない返事が返ってきた。今まで荒事に触れたことなん
かなく、お城で軟禁されて育った﹃お姫様﹄に少しでも期待してし
まった自分を恥じながら、打開策を考える。
﹁︱︱骨だけでもなんとかしてください!肉付きは私が対処します
!その後でビッグマウスを!﹂
683
﹁っ、分かっ⋮た﹂
どことなく不満そうに、短剣を腰から抜くミア。そんな短い剣でな
にを?とネネが思ったのも束の間、
﹁︻契約︼・︻下位炎霊︼︱︻武器強化︼。︻契約︼・︻中位風霊︼
︱︻特性付与︼﹂
﹁使えるじゃないですかっ!﹂
﹁基本中の基本が限界なんだ⋮。意志を持つレベルの精霊は使えな
い⋮。制御に失敗する⋮と思う。精霊術はデリケートだから⋮﹂
﹁くっ⋮﹂
術は使えるのに術者が﹃使えない﹄。頼りない返事と共に炎を纏う
短剣を手に飛び出したミアが、手近にいた骸骨を突き飛ばす。魔力
が渦巻き、短剣の先端が爆発。骨の塊を吹き飛ばす。吹き飛ばされ
た骸骨は、壁にぶつかって粉々に砕けた。︱︱そんなのあるなら最
初から出しておけ、という言葉を寸でのところで飲み込み、前衛と
しておっかなびっくり骸骨を吹き飛ばす。ミアの背中を見つめる。
術者としては、一流なんだろう。だが、人として、そして戦士とし
ては見習い以下。子供が高位の魔法を使って真剣を振り回している
かのようだ。見ていてぞっとするものをネネは感じる。とはいえ、
そんなミアに頼らなければいけないネネ自身への失望の方が過分に
多かったが。
﹁今のうちに⋮!﹂
684
必死で頭の中から状況打開の策をひねり出すネネ。彼女の持つ魔術
はいずれも威力が低く、攻撃力が足りない。どころか雑魚ならとも
かくビッグマウスには当たる気がしない。のに、雑魚の中にも倒す
のが難しい奴がいる。骸骨戦士⋮スケルトンと呼ばれるアンデッド
には、雷も炎も効きにくい。ダメージは一応あるのでその後物理で
殴れば倒せなくもないが、どうしても接近を許してしまう。
⋮警備の騎士はなにをやっているんだっ!?と苛立ちながらミアに
補助呪文を飛ばす。身体能力を強化するモノだったのだが、急に動
きやすくなったことに驚いたミアが、盛大に転ぶ。ぶわっ、と嫌な
汗が吹き出した。
﹁あ⋮﹂
﹁ミアさんっ!?﹂
なんという間抜け。なんという失態。強化に慣れていない人間に、
予告もなしに強化を飛ばした弊害に、ネネが叫ぶ。前衛で短剣を振
っていたミアが、4匹のアンデッドに囲まれるまでに掛かった時間
が、2秒。転んだミアが鼻を押さえて上体を起こすまで、3秒。
1秒あれば、アンデッドでも︱︱剣を振り下ろせる。
4匹のアンデッドがほぼ同時に剣を振り下ろす。錆びつき刃が欠け
た鋼の剣。けれど言い換えれば、金属の棒。当たりどころが悪けれ
ば︱︱死ぬ。
﹁逃げっ⋮﹂られるはずもなく。
肉を強かに打つ音。ごぎんっ、と骨が折れる音。小さく響いた血を
685
吐く音。皮膚を肉を貫いて、剣の切っ先が床を削る音。
耳に届いた音が︱︱ネネの精神を、ガリガリと削り落とす。
ミアの身体が床に落ちる。徐々に広がる血だまりと、幾たびも振り
下ろされる鉄の剣。﹁あっ、あっ、﹂と呻くような声がして、ネネ
は視線と手をさまよわせ、ビッグマウスの死体がネネの視界の隅に
落ちる。元々死体だったビッグマウスは、綺麗に縦に真っ二つにな
って床に落下した。ぐちゃっ、と水っぽい音が響き、ネネの視線が
ふらふらと揺れる。
﹁えっ?﹂
次いでミアを囲んでいた4匹のアンデッドが粉々になって吹っ飛ん
だ。重い鈍器で強打されたような鈍い音。スケルトンは粉々に。ゾ
ンビは乱暴に四肢を千切られて、きれいに一瞬で掃除される。
﹃やーれやれ、生きとるー?ミアたん。あ、生きてる。致命傷って
ほどでもないから大丈夫そうかな?全く持ってがっかりだよもう﹄
冗談のような光景だった。あれだけ苦戦させられたアンデッドたち
が、瞬殺。それなりに名が売れていたビッグマウスすら両断し、随
分と装いを変えた︻彼女︼は蠍の尾のような骨の尾をふりふりと揺
らし︱︱
﹃最後って決めてたんだけどなー﹄
さくっ、と。軽く、簡単に︱︱ミアの足、アンデッドに貫かれた太
ももに、尻尾の先の刃を突き入れた。︻仲間︼のはずの、︻彼女︼
⋮ヴィスクリムの姿に、ネネは放心する。
686
ヴィスクリムはくっちゃくっちゃと口を動かしながら、くるりと振
り向く。汚泥のような赤黒い血肉に汚れた口元で、にこり、と笑っ
た。
﹃あ、勘違いしないでね?ミアたんはまだ殺さねーし。ほらこんな
きったねー剣で刺したから変な菌はいるかもじゃん?だから、さ﹄
ずぽり、とミアの身体から骨の尾が抜かれる。既にミアは痛みで気
を失っているのか、悲鳴すらあげない。新鮮な血肉をその尾の先で
保持し、ヴィスクリムはへらっと笑った
﹃こうやって、やばそうな部分とっておこうと思って﹄
︱︱くらり、と視界が歪んだ。意味がわからない。理解が追いつか
ない。紛いなりにも仲間のはずのヴィスクリムが、敵にしか見えな
い。全身に骨の鎧を纏い、白い身体を深紅に染めた彼女の姿に、ガ
クガクと足が震える。
圧倒的なまでの、恐怖。
理解できないモノに対する未知への恐怖が、ネネの身体を強ばらせ
る。だというのにソレは至って気楽に、ミアの服を切り裂いてその
傷を手当てしている。死んだはずのビッグマウスが何事か叫びなが
ら、真っ二つになった頭で宙を舞う。すぐさま骨の尾が突き刺さり、
爆発。腐肉が飛び散りネネの身体を汚す。
﹁あ⋮ハ、ハハハハ⋮たす、かった⋮?あははは⋮﹂
意図せず、笑いが漏れて︱︱横から飛んできた衝撃と重みに、吹き
687
飛ばされた。
﹁いった⋮っ!?﹂
ネネの感覚が捕らえるのは、重み。人1人分の体重が、彼女を襲う。
痛みをこらえて目を開ければ、大きく口を開いた女性のゾンビ。腐
臭の漂う口内に反射的に杖を突っ込み、押し返す。そこまでしてか
らぞわり、と肌が粟立つのを感じ、がむしゃらに放った炎の魔術が
爆発と共に敵を吹き飛ばした。
﹁新手⋮っ!?﹂
震える身体を叱咤しながら立ち上がり、ぞろぞろと連れ立って現れ
た女性型ゾンビに杖を向ける。幸い全部肉付きで、腐りかけてはい
るが対処は難しくない。冷静さを取り戻して呪文を唱え始めたネネ
の目に、信じられないモノが映る。
黒い髪。青白い肌。肉感的な体。30半ばになってなお美しい、ネ
ネにとっての憧れで、救いだった。
村の人間ほぼ全員に、ただ魔術の才能があったというだけで気味悪
がられたネネを、汚泥の中からすくい上げてくれた。優しさで包み
込み、この年齢まで育ててくれた。実の親にすら抱き締められたこ
となんかなかったのに、彼女は毎晩自分抱いて寝てくれた。大切な
ものも売り払い、ネネとの生活のために身体すら売ってお金を稼い
でくれた。彼女との思い出が、次々ネネの頭の中を駆け巡る。
その美貌は腐り果て、見る影もない。歯茎が腐ってほとんどの歯が
抜け落ちて。白濁した眼球はでろりと垂れ下がっている。見慣れた
アンデッドの一般的な姿なのに、それが彼女の遺体だと思うと爆発
688
的な感情の渦が脳裏を駆けめぐる。見る限りの死体。一目で分かる
死体。どうやっても助けられない、死体となった︱︱義母
﹁いっ⋮﹂
﹃あん?どったのネネたん?﹄
視界の隅に白い⋮紅い犬。不思議そうに首を傾げ、ミアの肉をくっ
ちゃくっちゃとかじる犬。視界に入るのは義母の死体。動く死体。
襲いかかる死体。︱︱アンデッド。死人。
﹁いやぁああああああああああああああああああああああああっ!
!!!!﹂
絶望の叫びと共にムチャクチャに放った炎の魔術は、ネネの意識も
部屋の中も敵も仲間も一切の区別なく、焼き払った。
689
○○○話。裏切り︵後書き︶
魔術師﹁一応仲間だった犬がアンデッドに寄生されて帰ってきた﹂
魔術師﹁意味が分からない﹂
魔術師﹁アンデッドに寄生されてるはずの犬に助けられた﹂
魔術師﹁意味が分からない﹂
魔術師﹁そしてアンデッドの襲撃よりも大分前にお義母さんが殺さ
れてた﹂
魔術師﹁意味がわからないっ!!﹂
魔術師﹁なにこれ裏切りっ!?﹂
舌無し﹁多分性癖?﹂
魔術師﹁意味がわからないっ!!﹂
690
俺とお姫様︵前書き︶
お待たせしたっす!
あ、あと今回からちょいと書き方変えてみました。
今までと今回の、どっちが読みやすいか良かったら教えてください
なー。
691
俺とお姫様
濛々と立ち込める爆炎に顔をしかめながら、盾に使った焼きゾン
ビを投げ捨てる。ミアたんが死ぬとこだったじゃん。なにいきなり
キレてんのネネちゃん。
にしてもあっぶなかったー⋮⋮骨尾を巻きつけて庇うように固定
していたミアの体を床に下ろし、青白い顔でぐったりと床に転がる
ネネの隣に寝かせる。多分ネネの気絶は魔力切れが原因かな? 慟
哭のような叫び声と共に荒れ狂った爆炎は、なんだかんだ言って場
慣れしてる俺でも驚くほどの威力があった。パラスケくんが魔力?
的なアレでガードしてくんなきゃもっとダメージ多かったかも。
ちなみにこのパラスケくん、寄生型アンデッドの名前の通り、俺
から色々吸って魔力に変換しているらしい。具体的には寿命? 的
なアレがガンガン減るとか。尻尾爆発一回で寿命一年、くらいの勢
いで生命エネルギー的なものを吸いつつ、俺が殺した相手の魔力も
吸ってるそうで。俺から吸うエネルギー<殺した相手から吸う魔力
の図式を維持しないとあっさり死んじゃうらしい、俺が。それくら
いのリスクはリスクとも呼べないけどにゃー。
﹃さーてさて、と。どちらからにしようかなーなぁんてなぁんて美
少女2人抱えてご機嫌な俺なわけだけどぅー。一個聞いてもいいか
にゃあん? 違った。いいかわん!﹄
にたぁり、と笑いかける。わざとらしく小首を傾げながら、酷く
692
冷めた目で俺を見つめる王女様さまと向かい合う。身を貫くような
冷たい殺意にぞくぞくっと背筋を震わせながら、誘うように手を差
し出す。
﹃っつーかさぁ、だぁ∼れもリアクションしてくんないよねー。な
んなん? 俺が悪いの? ちゃんと言葉喋れてるよねぇ?﹄
﹁⋮⋮肯定します﹂
﹃あ、ほんとぉ? よかったぁ、ちょろっと自信なくなりかけてた
から助かったよぉ。んじゃま、お礼に楽に殺してあげる﹄
骨の尾で耳から脳を抉ってはい、おしまい。確かに伝わってきた
肉を貫く感触。槍のように鋭い尾の先端は、肉と膜と軟骨を貫き貫
通して︱︱︱俺の左肩に、鋸のようなナイフが突き刺さる。攻撃し
たのは俺のはずなのに、僅かな間で俺が渡したナイフで、反撃され
た?と理解するまで、僅かな間。
ギリギリと神経をかき混ぜられて、喘ぐような声が口から漏れる。
眼帯に覆われた左側。闇の中から声がする。
﹁観察対象沈黙。戦闘制限解除。戦闘行動開始。危険度特高。あな
たは。危険生物であると判断されました。王の危険を排除します﹂
︱︱︱やってみろよ。にたぁり、と口が弧を描く。たった一太刀
で左肩を貫いたのはお見事。骨をナイフがガリガリと削り、頭がス
パークするような衝撃が駆け抜けた。気を抜けば失禁しそうな痛み
に笑いながら蹴りを繰り出す。外れた。俺、性格悪いなぁ。自分に
使われると最悪だわこの武器。
693
骨の尾を手元まで引き戻す。オマケにくっついてきたのは、焼け
焦げた女性ゾンビ。あの一瞬で変わり身の術? と首を傾げつつ、
まるで暗殺者のように視界の死角から死角へと移動する︱︱常に眼
帯に覆われた左側に回り込むお姫様︵?︶の姿にむしろ納得する。
忍者か! かっこいいだろいい加減にしろっ! 憧れるわっ!
と、アホなことを考えていたせいか、左側から放たれる妙な飛び
道具を弾き損ねる。パラスケくんがオートで防御してくれたけど、
ブーメラン型の刃に色んなオプション付けた奇妙な投擲具は毒っぽ
い液体で濡れていた。当たったらどうなるかなーってちょっぴりド
キドキ。
やばい、ちょっち楽しくなってきた。お姫様とかぜぇんじぇん興
味なかったのになー。ここまで頑張られると愛しくなってくる。⋮
⋮よぉーし、パパ頑張っちゃうよ!
﹃ボーン・スプーンッ!﹄
﹁っ﹂
右手に骨を集めてスプーンのような歪曲した形を作る。未だに炎
が残る絨毯やら調度品やらをすくい上げ、見えない範囲に投げつけ
る。同時に顔を向ければ辛くも炎を纏う破片を避けるお姫様の姿。
ようやく見つけたぁ!
⋮⋮とか言いつつ、生身の目で見えなかっただけで、パラスケく
んの視界には普通に見えてたんだけどさ。
とりあえず装備品⋮⋮ってかパラスケくん? はともかく普通の
獣人スペックで戦ってあげたのだから感謝したまえフーハハハ! 694
右手のスプーンを三又の槍⋮⋮ってか巨大フォークに変えて、回避
直後で硬直してるお姫様に突き出す。槍は綺麗にお姫様の身体を挟
みつつも、一番端の切っ先がお姫様の片腕を貫いた。白いドレスが
真新しい血に染まり、能面染みた無表情に苦いものが混じる。⋮⋮
痛みを感じていない? いや、痛覚制御かな? 訓練で痛みに慣れ
るって珍しい事じゃないし。
ともあれそのまま壁に突き刺し、お姫様は肋骨を挟まれつつ片腕
を縫い付けられた虫の標本状態。左腕はまだ残してるから何をして
くるのかなー、なんて期待しながらにこにことにじり寄る。
﹁いひひひ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮、﹂
さぁてどうしてやろうかしらん? パッと殺すだけじゃ勿体ない
しぃ、かといってじっくり時間かけて殺すのは焦れったい。っつう
かネネもミアもいるからそっちでじっくり楽しみたい。ってぇわけ
で折衷案!
骨尾をお姫様の身体に巻き付ける。骨盤。肋骨。肩口。でっかい
おっぱいを挟むようにして強調。最後に首まで巻き付けて︱︱締め
付ける。流石に呼吸を阻害されるのは厳しいのか、顔を歪めるお姫
口から心臓が飛び出る、
このままじぃわじぃわと首を締めて窒息
様。﹁かふっ﹂と喉を締め付ける骨の尾に、悲鳴を上げる。
タイトル、蛇の補食!
を狙いつつ、内臓を締め付けて絞り出す!
っていうの言葉は本当に可能なのか確かめるです! まぁ、人体の
構造から考えて心臓は出ないだろうけど。出ても裏返った食道じゃ
ない? 脱肛みたいな感じで。薔薇咲かせようぜ!
695
﹁かっ⋮⋮ふっ⋮⋮!
ぎぅ⋮⋮﹂
呻き蠢き悶えるお姫様。身をよじる度にぷるんぷるんと胸が揺れ、
その柔らかそうな肉の塊に目を奪われる。俺にはないからなぁ⋮⋮。
欲しいとは思わないけど、手触りはいいよねっ。
俺が胸元を凝視してるのに気付いたのか、苦しそうにしながらも
お姫様はうっすらと笑う。ろくに動かせないけれど、無事な腕を使
って⋮⋮スカートを、持ち上げて見せる。白く柔らかそうな太もも
と、レースやフリルで飾られた下着が露わになり、羞恥故か赤らん
だ肌はさぞや魅力的なんだろうなーって思いました! 俺にはわか
らねーけども。次にどんなセリフが飛び出すのかわくわくしながら
首の拘束を緩める。
﹁わ、私のからだ⋮⋮あげます⋮⋮。だ、だから助けて⋮⋮命だけ
は、助けて⋮⋮っ!!﹂
死んだ魚のような目に涙を溜めながら、いやいやと首を振るお姫
様。その目を覗き込みながら﹁くふんっ?﹂と甘く笑って見せれば、
器用に片手で下着をずり下ろし、大きく開いたドレスの胸元から乳
房を放り出す。ぷるん、と揺れた胸は、そのままふるふると尖った
先端を震わせた。
﹁わ、わたし! そういう訓練も積んでます! けど死にたくない
ですっ! なんでもしますっ! 生かしてくださいっ! ぉ、おん
などうしでも、たくさん気持ち良くしますからっ! 私の体どうし
てもかまいませんから! だから⋮⋮! だから、助けてぇ⋮⋮っ
!﹂
696
涙ながらの命乞い。ギリギリと腹と胸元を締め付ける力は緩めて
いない。白い肌に無残な跡が刻まれ、羞恥と痛みに顔色をおかしく
するお姫様に︱︱にっこりと、笑って見せた。
﹃で? 君の膣にはどんな毒を使ってるのかなん? それとも口の
中かな∼? 死に誘うちゅーとかロマンティックで憧れるな∼﹄
﹁⋮⋮﹂
すぅ、と目から涙が引いた。哀れな女の顔がすとんと抜け落ち、
人形のような⋮⋮いや、人形に戻る。固く閉ざした口に骨尾の先を
突き込み、無理やり口を開く。
⋮⋮みっけ。二つあるな。ガタガタになった右側上下の奥歯が指
先でちょっと押しただけで簡単に抜けた。軽く叩いて分かったが、
どうやら中身は液体。量は少ないが、それで十分な毒ってことかぁ
⋮⋮。っと、舌噛んで自決しようとしたのでより深くまで骨尾でイ
マラチオる。んー⋮⋮ややこしいよね。イラマチオ? イマラチオ?
飲んでもらうのが一番早い、か。とりあえず上の歯から、骨尾を
抜いた直後に口の奥に放り込み、顎の終わり、首との接合点を軽く
叩く。ごくり、と喉が動き、お姫様の表情が堅くなる。
﹁あっ⋮⋮ぐぁ⋮⋮っ!﹂
じたばたと。陸に打ち上げられた魚のように暴れる身体を壁に縫
いつけ、血走った目をぐるぐると回すお姫様を見つめる。﹁かはっ、
かはっ﹂と彼女が喘ぐように身を震わせる度にぷるぷると大きな胸
が揺れて、だらだらと零れ落ちる涎が白いドレスを汚していく。じ
ょろじょろとたれ流される小水が、汚物が床で弾ける。汚れるのが
697
嫌で、数歩下がった。
﹁⋮⋮あ゛っ﹂
ぐるん、とお姫様の目が裏返る。だらんと伸びた舌が、喉の奥か
ら香る肉の焦げた臭いが、好奇心を煽る。⋮⋮ふむん? 酸の類か
な? と首を傾げた直後。
ぼっ! とお姫様の口から溢れた赤い炎が、見る影もなくなった
美貌のお姫様の顔を焼く。流石に予想外だったその光景を呆然と眺
めていたら、ほんの数分で腹を食い破るように内蔵を焼き尽くした
炎が揺れる乳房も飲み込み、如何にもお姫様といった風情の美少女
を焼け焦げた焼死体に変貌させる。顔も残さず満遍なく焼き尽くし、
残ったのは手足と下腹部だけ。死体を残すわけにはいかなかった?
調べられると不味い秘密があった? その理由は? と疑問を抱
く。
奇妙な奇妙な焼死体を壁から引き剥がし︱︱抱き締める。余りの
熱に顔をしかめつつも、表面は炭化しているのに中身は半生なその
唇に吸い付いた。
⋮⋮スッゴく刺激的な死に方だった。好きだ、お姫様。惚れるわ。
綺麗なドレスの燃えカスにも唇を落とし、ダンスするようにお姫様
と手を取り合いくるくると回る。随分と脆くなっていたらしい首が
頭部の重さに耐えきれず、ぐでん、と垂れ下がる。焼けた肉の匂い
に、くすくす笑った。
⋮⋮うん、なんか、賢者モード。
お姫様の死体が燃えたのは、十中八九あの歯に仕込まれた薬の仕
698
業。もう一つの薬の効果が楽しみで、わくわくと胸を高鳴らせる。
誰に飲ませよう? 誰なら飲んでくれるかな? 嗚呼、楽しみ! 出来ることならもっとこの薬を手に入れたい。お姫様のお部屋にあ
るのかなぁ⋮? ありそうだなぁ。
お姫様は高確率で影武者、あるいはその護衛。大穴で他国からの
資格とか王様の私兵。⋮⋮そういやこの国の王様ってネクロだっけ。
顔覚えてねーからなんとも言えないけど、他国への間者にするため
に養子を暗殺者教育⋮⋮とか? 流石にそれは穿ち過ぎかなー。
ともあれっ!
ネネちゃんミアちゃんちょっと待っててね! 今すぐお姫様の部
屋探してお薬探してきてあげるからっ!
揺れる尻尾に緩む頬。上機嫌なのを隠そうともせず、お姫様の匂
いを探してお城の中を散策しましょうかっ!
699
俺とお姫様︵後書き︶
勇者:メインヒロインが死んだでござるっ!?
舌無し:Xメインヒロイン
舌無し:○ガチアサシン
舌無し:さすがのおいらも死体隠蔽のための焼死は予想外だったじ
ぇ⋮⋮
勇者:貴重な巨乳が死んだぁあああああああっ!!
舌無し:⋮⋮⋮︵ペタペタ︶
魔術師:⋮⋮⋮︵ロリーン︶
妖精姫:⋮⋮⋮︵ペターン︶
舌無し︵無︶<魔術師︵微︶<妖精姫︵貧︶
700
○○○話。決着。変化。︵前書き︶
舌無しが⋮⋮でてこないっ!?
701
○○○話。決着。変化。
﹁これで⋮⋮終わりだっ!!﹂
︱︱︱光輝く巨剣が、単眼の巨人の唯一の弱点︱︱血のように赤
い単眼を貫く。滂沱のような涙を流しながら動きを止めるアンデッ
ド⋮⋮︻無名のポチ︼は、大通りにいた何の罪もない一般人を百人
単位で叩き潰し握りつぶし踏み潰し、ようやくその動きを止める。
切断された手足が瞬時に生え替わる、化け物そのものな再生力も成
りを潜め、頭を割られたその身はドロドロと溶け︱︱灰となって散
る。長年連れ添った相棒が破壊され、両腕を失った幼女︱︱︻悪童
のダイアード︼は烈火の如く怒り狂う。
﹁てんめぇええええええええええっ!!!! 殺すっ!! 殺して
やる! その身を肉片1つ残さんぞっ!!﹂
ボッ、と音を立てて鬼火が燃える。可燃物もないのに燃え盛る巨
大な火の玉。青い炎を散らして一直線にタクトに向かうその炎は、
ダイアードの怒りそのもの。例え偽物の、生前のそれをコピーペー
ストした模造品のような怒りでも、彼女の怒りは愚直に突き進む。
だが︱︱︱﹁させねぇよっ!!﹂
両手斧を盾にしたヴィルカスが炎を防ぐ。その余波で浅くない傷
を負うものの、挑発的な笑みに曇りはない。即座にその身をアーサ
ーの放った神術︱︱回復魔法の光が包み込み、治癒する。同時にヴ
ィルカスの背中から飛び出したレオの槍が何もない空間を切り裂き
702
︱︱どぱっ、と腐りきった血が大通りに零れた。
﹁やっぱりか。あっちのデカブツは死体を食って回復する再生能力。
そっちのちっこいのは強力な魔術と︱︱伸縮自在の見えない腕。へ
へっ、さっき首絞められた甲斐があったぜ﹂
﹁ふふんっ? 醜いなりに役に立つじゃないか。まぁ、美しいボク
の美しい槍の冴えが無ければ、捉えるのは難しかっただろうがね﹂
﹁ヴィスクリム⋮⋮﹂
﹁﹁⋮⋮﹂﹂
にこやかに互いの健闘に笑う騎士2人とは対照的に、どんよりと
沈んだ顔で光を放つ聖書を片手に膝を抱える仲間。そんな場面じゃ
ねーだろ、とは思いつつもしっかりと仕事︱︱仲間の回復︱︱はし
ているので突っ込むのもはばかられ、騎士二人は顔を見合わせてた
め息を吐く。
﹁⋮⋮おぉいアーサー、なぁに凹んで﹂
﹁私はヴィスクリムの騎士なのに盾なのに何故こんな場所にいてヴ
ィスクリムの側にいないのか理解できない危機的な状況だからこそ
私はヴィスクリムの側にいるべきで決してあんな小娘やおのぼり女
がヴィスクリムのそばにいて私が許されないのかおかしいですよこ
んなの嗚呼私に白き空の剣が使えるならまるごとざくっと調教する
のにこれも全部アンデッドのせいですおお神よ哀れな魂に裁きを与
えたまえ私とヴィスクリムを引き離す愚かなる魂なんかみんな死ん
でしまえばいいのです死ね死ね死ね死ね死ね﹂
703
﹁﹁よしっ! とどめさすぞっ!/さそうかっ!﹂﹂
イッちゃってるっていうかイカレてるとは思ってたけどここまで
とは思わなかった。そんな心境がありありと分かる青い顔で各々武
器を構える騎士。その後ろでぶつぶつと病んだ顔で呟き続けるアー
サー。緊迫感皆無なその様子にコメカミを震わせながら、ダイアー
ドは血に塗れたせいで形がくっきりと分かる蛇のようにくねる間接
のない腕をぶるりと振るう。怒りのあまり目は血走り、幼い少女の
顔が酷く歪む。
﹁⋮⋮ぃぃまなら分かるぜポチ⋮⋮。涙も凍るような悲しみも⋮⋮
血が沸騰するような怒りも、生前すら覚えなかった程の感情が、ち
ょぉっっぴり分かるぜ⋮⋮。是非とも偉大なるアルトー・アル・ア
ーノル様にも伝えたいところだ⋮⋮がっ!!﹂
悪鬼のような形相で、血に塗れた腕を振る。血飛沫がまき散らさ
れ、ヴィルカスとレオは己の手で目元を庇う。視界が塞がれた一瞬
の隙を突き、ダイアードは疾走する。アンデッドの死んだ肉体は幼
い少女の限界を超える速度を生み出し、瞬く間に1点︱︱ポチを破
壊した、タクトに接近。燃え盛る炎が、人間の身体を容易く破壊す
る不可視の両腕が、タクトの体を破壊しようと迫り︱︱︱
﹁いい加減にしろっ!!﹂
白光が、翻る。ダイアードの一撃︱︱というには数が多かったが
︱︱より遥かに早く、白き空の剣は空を裂く。迫るダイアードの腕
を切り落とし、炎は灰の大地の鏡で受け止め、その魔力を吸収する。
﹁このっ⋮⋮っ!?﹂
704
捨て身の特攻。それすらも受け流され、ダイアードの表情に怒り
以外のものが混じる。苦み走った表情のままに、追撃を︱︱かけら
れない。
神々しい光を放つ光の檻。触れるだけでダイアードの手足が焼け
焦げるそれを前に、呆然と目を見開くダイアード。両腕を落とされ、
魔術すら使えないことに気がつき、パクパクと口を開閉し︱︱がっ
くりと、うなだれる。
﹁神霊結界。悪しき者の魂を、捕らえました。はぁ⋮⋮﹂
﹁はっ! ハハハッ! すげぇぜアーサーっ! 幹部級アンデッド
の捕獲だっ! やるじゃねぇかっ!﹂
にわかに喜び出すヴィルカスと、満更でもなさそうに頬を緩める
アーサー。ぐったりとうなだれたダイアードに抵抗する気配はなく、
確かにこれは勝利と言えないこともないだろう。
だが︱︱
﹁何人、死んだ⋮⋮?﹂
血に染まった大通り。潰れた家屋。霧に包まれて分からないが、
苦悶に悶える表情で事切れた死体。見える範囲だけでもこれなら、
霧が晴れたらどれだけの人数が死んでいるのか︱︱考えるだけで、
吐き気を催す。
﹁こんなの⋮⋮こんなのって、ないだろ⋮⋮﹂
ようやく。これからって時に。精霊族とも協力を取り付けて。よ
705
うやく戦う準備が整ったばかりだったのに。
タクトが視線を動かせば、まだ子供といっていい少年が、身体の
半分を踏み潰されて死んでいる。何が起こったのか分からない、と
言わんばかりの間の抜けた表情に、タクトの胸がズキズキと痛む。
﹁⋮⋮ちくしょうっ!﹂
もっと早く動いていれば。もっと早く敵を倒せたなら。もっと早
く、もっと、もっと。そんな後悔ばかりが胸に溜まり、ドロドロと
した感情ばかりが溢れ出す。ギシギシと剣の柄が手の内で悲鳴を上
げ、ポロポロと零れた涙が頬を濡らす。
﹁なにがっ⋮⋮勇者だ⋮⋮っ! 僕なんか⋮⋮なにも出来てない⋮
⋮っ!﹂
後悔ばかりが先に立つ。幹部級アンデッド二体を葬った、なんて
いう戦果も、相手がアンデッド︱︱死体から無限に生み出されると
知れば、それを喜ぶ気にもならなかった。
706
分かっているだけでも死傷者2000人。重傷者多数。命に関わ
りのない程度の傷を含めるのならば、無数。全員あわせても一万人
ほどの住人しかいなかった都の住人は、たった1日でその数を大き
く減らした。
犠牲者の中にはこの国の王や重鎮も含まれ、タクトは恋した女性
︱︱アルフィオーネ姫が含まれている、と聞かされても、﹁そうか﹂
としか返せなかった。
﹁物語じゃないんだから⋮⋮主要人物だけが助かる、なんて奇跡⋮
⋮起こるわけがないよなぁ⋮⋮﹂
なぁ、ヘリオール。この世界に召喚されて以来、ずっと隣にいた
はずの相棒からの返事すら、ない。当然だ。彼は獣か何かに噛み砕
かれたような姿で見つかった。生きているわけがない。
﹁それでも勇者の﹃仲間﹄が全員生き残ったのは⋮⋮どんな奇跡な
んだか﹂
共に戦ったヴィルカス、レオ、アーサーは勿論、城に入って以来
隔離されていたネネ、ミア、ヴィスクリムの全員が大なり小なり怪
我こそしていたが、生きている。城の中にも大量のアンデッドが出
現したというのに、ミアは重傷、ネネは軽傷、と傷こそ負ったが、
無傷のヴィスクリムが気絶した2人を守るようにしてタクト達の到
着を歓迎した。とはいえ、そのヴィスクリムの姿はどうにも理解に
苦しまされたが。なんせマフラーを除けば白いシーツを適当に身体
に捲いただけの素っ裸だったのだ。アーサーは興奮するわヴィスク
リムは嫌そうに逃げ回るわで無駄に対処に時間がかかった。
707
その姿を思い出して、うっすらと笑うタクト。直後に、その額を
壁に叩きつける。ギリギリと奥歯を噛みしめ、血を吐くように声を
絞り出す。
﹁なに、笑ってやがんだよ⋮⋮っ!!﹂
二千人。言葉にすればあまりにも軽く見える。しかし、死んだの
だ。たった1日で。いや、これからこの数字はどんどん増えるだろ
う。分かっているだけで二千人。ということは、アンデッドに喰わ
れて消息不明になった人数は、もっといるかもしれないのだ。
だというのに、どこにヘラヘラ笑う要素がある?とタクトは自省
する。
いっそ責めてくれるなら良かった。もっと早く助けに来いと、な
んでアンデッドを近付けさせた、と。責めてくれるなら、少しは心
が軽くなっただろう。
だが、みんな感謝するのだ。助けてくれてありがとう。倒してく
れてありがとう。あなたのせいじゃないですよ。そんな慰めの言葉
が、タクトの胸をギリギリと締め付ける。
かなりの数が犠牲になり、人気が失せた王の城。その比較的マシ
な有り様の部屋。1人でいるからこそ、余計にタクトの心中は荒れ
る。普通の高校生として17年間生きてきた彼の背中には、目の前
で起こった大量虐殺は重すぎる。惨劇の重圧に押しつぶされ、潰れ
てしまえばどんなに楽だろうか。そんな甘い誘惑に、心が屈しそう
になる。
﹁⋮⋮ちく、しょうっ!﹂
708
涙がこぼれる。いくらでも。いくらでも。救いのない事の顛末に、
助けてくれと大声で叫びたくなる。壁に何度も額を打ちつける内に、
遂に壁が悲鳴をあげる。ぴしりと壁から音がして、ようやく動きを
止めるタクト。
なにを考えるのも億劫で、ずるずると額を滑らせて崩れ落ちる。
慟哭はすすり泣きに変わり、頼れる勇者は心が折れかけた少年にな
る。無力な自分を責めながら、彼は優秀な身体が察知した人の気配
にゆるゆると顔を巡らせた。
﹁勇者様。⋮⋮ネネストリです。入ってもよろしいですか?﹂
静かな声。いつも冷静で、苛立ちくらいの感情しか見せたことの
ない少女の声。特に断る理由も思いつかず、タクトは﹁どうぞ﹂と
声をかけた。
﹁失礼します。⋮⋮泣いていたのですね﹂
確かめるような声音で呟かれ、頭に血が上りかける。苛立ちを隠
そうともせず、タクトはネネを睨みつけた。
﹁⋮⋮悪いか? それとも、勇者は泣いちゃいけないとでも﹂﹁言
いませんよ﹂
言葉の途中で遮られ、面食らうタクト。するとどうだろう。いつ
もの無表情で見つめてくるネネに妙な気まずさを感じて、もごもご
と口の中で言葉を転がす。
そんなタクトの様子を気付いているのかいないのか。ネネはじっ
709
とタクトを見つめ︱︱その手を、両手で掴む。タクトの身体がびく
りと震えた。
﹁義母が死にました﹂
びくん、とタクトが震える。恨み言か。侮蔑の言葉か。望んでい
たはずなのに、恐怖が湧いてでる。
だが︱︱ネネの続く言葉で、悪い意味で気を抜かれた。
﹁人間に、殺されました﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁肉体は完全に腐敗していましたから、最低でも死後一週間。常温
なら二週間以上経過していたことは確実です。遠目に見た限りです
が、義母は陵辱されていたようですし、アンデッドは生殖能力がな
いので母を殺したのは確実に人間です﹂
﹁それ、って⋮⋮﹂
言葉が出てこない。呆然と口を開閉するだけのタクトを前に、無
表情でネネは続ける。
﹁⋮⋮別に、それを責めるつもりはないんです。誰がやったのかす
ら分かりませんし、きっと義母が⋮⋮ええ、あの人が、弱かったか
ら悪いんですよ。こんなところで、権力者ばっかりなところで油断
なんかするから。⋮⋮ほんと、馬鹿。馬鹿⋮⋮﹂
710
後半に向かうに連れて濡れた響きを滲ませるネネに、タクトは胸
を打たれるような気持ちになる。ネネの小さな身体が、片手を包む
両手が、より一層小さく見えた。
﹁⋮⋮ねぇ、勇者さま﹂
濡れた響きを孕んだまま、腕が引かれる。部屋を、ほんの少しの
距離、歩く。
﹁私を、抱いてください﹂
辿り着いたのは、大きなベット。柔らかくネネの小さな身体を受
け止めて、ギシリ、と鳴くベット。今、言われた言葉が理解できな
くて硬直するタクトの手を引いて、ネネは余り膨らみのない胸に手
を押し付ける。
﹁なん、なん、なん、で⋮⋮っ!?﹂
からからに乾いた喉。定まらない視線。だというのに、誘われた
瞬間から熱を持ち始めた下腹部に、なんとも言えない情けなさを感
じる。思わず落涙しそうな感情に晒されるタクトに、ネネはくすく
すと笑った。
﹁⋮⋮ふふっ、緊張しなくても、いいですよ。お互い初めてですも
ん。失敗して当然︱︱﹂
﹁そうじゃないっ!﹂
怒鳴り声に、ネネから表情が抜ける。酷く疲れた表情のネネは、
年齢以上に大人びて⋮⋮いや、老いて見えた。
711
﹁⋮⋮勇者さまに、抱かれなかったから﹂
﹁⋮⋮えっ?﹂
﹁勇者さまに、抱かれなかったから。ちゃんと仕事しなかったから、
義母が殺されたんじゃ⋮⋮とか、考えちゃったんですよねぇ⋮⋮﹂
ははっ、と軽く笑いながら言うネネの様子に、がつんと頭を叩か
れたような衝撃を受ける。愕然とするタクトにくすくすと笑いなが
らネネは胸元のボタンを緩ませる。
﹁⋮⋮まぁ、そんなわけで、遅ればせながら仕事をしっかりやろう
かなーなんて思ったんです! 大丈夫っ! 勇者さまに抱かれたか
らって今更お義母さんが帰ってくるなんて思ってませんからっ! ちゃんと現実見えてますよ! ⋮⋮あー、でも、ですね﹂
いっそ明るく、はきはきと喋る姿が痛々しい。情欲の炎も消えて、
なんていって慰めたらいいのかわからない。そんな表情で硬直する
タクトの頭を抱き寄せて、ネネはその耳元で囁いた。
﹁激しくしてください。いっぱい、痛くしてください。⋮⋮なんに
も考えられなくなるくらい、私のこと⋮⋮壊してください﹂
懇願するように、すすり泣くように笑うネネに︱︱タクトは、抗
えなかった。
712
○○○話。決着。変化。︵後書き︶
舌無し:パラスケくんパラスケくん
寄生骨:なんだい宿主ちゃん!
舌無し:ちゃん? ⋮じゃなくてさ、君どこにいったの?
寄生骨:次話見れ。話はそれからだ
舌無し:やだ⋮かっこいいきゅんきゅん
勇者:絶賛濡れ場中なのにアホな会話やめてくれませんかねっ!?
魔術師:ごちゃごちゃ言ってないで突っ込んで出してくださいよ
勇者:⋮⋮ま、マグロ
713
○○○話。決意。進撃。︵前書き︶
3話更新!
あとちょっくら感想返信遅れます! 今日明日中にするので申し訳
ない!
714
○○○話。決意。進撃。
行為が終わると、酷くあっさりとネネはベットから出た。お互い
に一糸纏わぬ姿だが、羞恥の色はない。所詮傷の舐め合いで、自傷
の代わりなのだから、そこに男女の情はない。それでもタクトは、
体を拭き、服を纏うネネの背中に声をかける。
﹁⋮⋮寝なくて、いいの?﹂
﹁ええ。勇者さまが無駄にたくさん出してくださいましたから、魔
力の補充になりましたし。ふふっ、妊娠しなくてすいません。まだ
まだ魔王討伐まで時間が必要ですし、孕む訳にはいかないんです。
⋮⋮あ、知ってましたか? 魔術師は男性の精から魔力を補填でき
るんですよ﹂
無言で首を振るタクトに、﹁男同士でも出来るんだから笑えます
よね﹂とケラケラと笑うネネ。その声は掠れていて、歩き方はぎこ
ちない。動く度に痛みが走るのか、顔を歪める。タクトの技術の拙
さもあったが、身体能力を強化されたタクトと、ただでさえ華奢な
ネネが肌を重ねればどちらの負担が大きいのかは自明の理だった。
ケラケラと、自棄になったように笑うネネに表情を暗くするタク
ト。そんな彼の頬を撫で、ネネはその額に唇を落とす。タクトが彼
女の純潔を散らしたのは疑いようがないのに︱︱シーツに残る赤い
花弁がそれを証明しているのに︱︱やたらと男の扱いに手慣れた雰
囲気を感じるネネの佇まいに、しどろもどろになる。
715
﹁⋮⋮あまり、大きな声では言えませんが⋮⋮義母に拾われる前は、
どんなことでもやりましたから。体のサイズが小さくて、出来ない
こともたくさんありましたが、それなり以上のお金になるんですよ。
幼い女児だからこそ、売れるものもたくさんありましたし。⋮⋮人
間の性癖って、業が深いですよね﹂
髪とか当たり前のように売ってたので、坊主だったんですよ。な
んて笑うネネの姿が、余りにも痛々しい。おどけた態度のまま服を
着終えると、ネネは﹁失礼しました﹂と頭を下げる。︱︱その姿が
あまりにも小さく見えて、思わず裸のまま彼女を引き止める。
﹁どこに、行くんだ?﹂
﹁とりあえず、レオンガーラさまのところへ﹂
あっさりと返事したネネの態度に、嫌な予感が背筋を走る。ネネ
は﹁何ですか?﹂とでも言い出しそうな、心底不思議そうな顔で答
えた。
﹁何しに?﹂
﹁抱かれに﹂
︱︱気がつけば、抱き締めていた。
﹁行くなよ﹂
﹁駄目ですよ。お仕事ですもん。断られるでしょうが。⋮⋮ねぇ、
勇者さま﹂
716
後ろから抱き締めるタクトの頬を、細い手が撫でる。
﹁私の身体はあなたがたの共有財産です。勇者さまにだけ使わせて、
他の方が使えない⋮⋮なんて、贔屓は駄目なんですよ。⋮⋮嗚呼、
いっそ皆さん一緒に楽しまれますか? ついでにあの犬娘も誘えば、
アーサーさんも参加してくれるかもしれませんし⋮⋮。レオンガー
ラさまの女性嫌いはともかく、ヴィルカスさんは裸で迫る女を無碍
にはしないと思うんですよねぇ⋮⋮﹂
﹁そん、なに⋮⋮っ! そんなにっ! 自分から傷つきに行くこと
ないだろっ!?﹂
﹁散々私の奥を突いて、たぁくさん中に出した勇者さまが何か言っ
ても、説得力ないですよ?﹂
﹁⋮⋮っ﹂
絶句するタクトの頬を、首を、胸元を、小さな手が撫でる。うっ
すらと笑う彼女の瞳は濡れていて、しかし生気はない。昼間散々壊
したアンデッドと似たような気配を漂わせるネネに、タクトは涙を
こぼす。
﹁⋮⋮それとも、朝まで勇者さまが使ってくれますか? 私の体。
勇者さまもアルフィオーネ姫が死んで、ショックだったでしょうし
⋮⋮。どうぞどうぞ、姫様と違って鶏ガラのように肉のない薄っぺ
らい体ではありますが、お好きなように貪ってください。朝が来て
も分からないくらい、壊してください﹂
ヘラヘラと笑うネネを、無理矢理ベットに引きずり込むまで︱︱
そう時間は掛からなかった。
717
確かに命に別状はないんだろう。勇者の仲間には。
けれど、無傷ではない。
男性陣は、まだいい。タクトと共に戦ったメンバー⋮⋮レオ、ヴ
ィルカス、アーサーは、肉体的には傷ついていても精神的にはむし
ろ猛っている。幹部級アンデッドを捕獲した、という戦果は、彼ら
に自信と勢いを与えた。
だが、城の中で孤軍奮闘を架せられた女性陣は︱︱様々な要素が
積み重なって、その身体と心を大きく傷つけた。
ミアは︱︱逃げた。もう戦えるかどうか分からない。武器を握る
こと事態に、恐怖を抱くようになってしまった。複数のアンデッド
に囲まれて、袋叩きにされる。その身体と心に刻まれたダメージは、
そう簡単に癒えるものじゃない。今にもこの場から逃げ出しそうな
彼女は、ヴィスクリムやタクトと一緒にいないと目に見えて憔悴す
718
る。︱︱率直に言って、足手まとい。
ネネは︱︱壊れた。彼女の人生の主柱でもあった義母を失い、確
固たる支えを失った彼女は、逃げた。王から与えられた﹃仕事﹄を
果たすことのみを考えるようになった。その姿は幽鬼のようで、見
た目にだけは一層気を使っているのが痛々しい。そんな彼女の姿を
見て狼狽する城の重鎮の姿を見る度に、酷薄に笑う彼女の姿は、何
も知らない者にとってはさぞや不気味に映るだろう。︱︱端的に言
うならば、﹃勇者﹄の評判を落とすのだ。
ヴィスクリムはよくわからない。発見された時素っ裸だった彼女
は、小さな香水瓶を大事そうに胸に抱えていた。それをキラキラと
した瞳で見つめながら、しかし昼間はダルそうに床に伏せている。
夜になれば何時もと変わらないニヤニヤとした笑みを浮かべながら
誰かに引っ付いているが、ふとしたとき誰かと会話でもしているか
のように中空を見つめながら、口を動かす。気が触れたのかとも思
ったが、彼女が一番マシなのは、疑いようがない。
だから、どうする?
仲間が、人類が、倒れるのは時間の問題。死体があれば無限に生
まれるアンデッド。基礎スペックで人の領域を軽々と越える魔人。
生殖能力が高く、軍を作り組織的な行動を行う獣人。未だ姿形が見
えないまでも、その名前だけで恐ろしさが伝わる竜族。そして︱︱
︱それらの頂点に立つ、魔王。
それらを下して、人間に平和をもたらすために、自分に何ができ
る? とタクトは自問する。
﹁倒そう、全部﹂
719
結論は︱︱短期決戦。かつ、徹底抗戦。
一週間ほど時間を置いて開かれた、生き残った重鎮や、傭兵ギル
ドの長、魔術師学校の校長、大きな商会の長︱︱人間側の重要人物
全てを集めた会議で、タクトは口を開いた。
﹁みんな知ってると思うけど、王様も、アルフィオーネ姫も死んだ。
事実上、この国はもう終わりだ。王族の血が途絶えてしまったし、
人口がかなり減った。家屋や商店もぼろぼろで、国庫から支援を出
さなきゃこの都に住んでいた住民はもう大半が路頭に迷っていたと
思う﹂
だから、とタクトは繋げる。
﹁一刻も早く、国力の再生に乗り出さなきゃいけない。王座を空席
のままにするわけにもいかない。かといって、その椅子に座るに相
応しい者もいない。住民は一年二年でそう簡単に増えるもんじゃな
い。だから、まずはここ⋮⋮界境都市レーリックを奪還する。その
際に、現在獣人たちの奴隷となっている人間を保護し、都で生活し
てもらう。更に敵対した獣人を捕獲、隷属化させ、労働力にする。
そして半分はレーリックの要塞化、半分は都の復旧に当たってもら
う。その後はレーリックを拠点に、大規模な魔界侵攻に移ろうと思
う。全てが終わった暁には、その功績を持って僕が暫定的な王とな
る。⋮⋮実際のところ、僕の役目はただの顔だ。生き残りの重鎮の
皆様には、この国の政を任せたい﹂
タクトの言葉に、幾人かがにこやかにうなずく。腹の下では私腹
を肥やすことを考えていても、それを表情に出すことはない。矢面
に立って非難を浴びるのは、結局その王座に座るタクトなのだから。
720
﹁レーリック奪還、ねぇ。それに参加した場合の我々のメリットは
?﹂
傭兵ギルドの長がにやにやとした笑みを隠そうともせず問えば、
酷く感情を削ぎ落とした顔でタクトは繋げた。
﹁人間の奴隷、及び食料等は国のために使わせてもらう︱︱が、各
商会、各傭兵。一切の制限なし﹂
僅かに目を見開く傭兵ギルド長。にたり、と賊紛いの笑みを浮か
べ、単刀直入に問う。
﹁略奪は?﹂
﹁許可する。ただし、相手は獣人です。犯そうが捕まえて売ろうが
自由ですが、売却する場合はこの作戦に助力してくださる商会に優
先的に卸してください﹂
﹁ふぅん⋮⋮。なるほどねぇ﹂
﹁ならば、勝算は?﹂
商会から派遣されてきた若い男が問えば、タクトは頷く。彼が手
を打ち鳴らせば、日中ということもあり少しダルそうにしながらも、
いつもの格好︱︱ホットパンツにチューブトップス、マフラーに剣
帯といった馴染みの格好をしたヴィスクリム︱︱獣人が、会議室に
入ってくる。
﹁彼女は?﹂
721
﹁獣人、白狼族、暫定族長ヴィスクリム。寝返らせました﹂
端的な言葉に瞠目する一同。若く⋮⋮いや、幼く、生っちょろい
正義感ばかりが先に立っていたユウシャサマのくせに、なかなかど
うして。と感心する。
﹁10年ほど前のレーリックの地図と、彼女が実際に見て、触れて、
感じた現在のレーリックの地図です。彼女が書いてくれたモノであ
り、信憑性は魔術により保証されています﹂
ヴィスクリムが提出した羊皮紙に書かれた地図と、国に保管され
ていた地図。それらを見比べて、ほぅ⋮⋮と小さく声を漏らす。微
に入り細に渡り念入りに書かれた地図の完成度は、なかなかのモノ
だった。
﹁見てくれれば分かると思うが、レーリックは壁に囲まれている。
攻めにくく、守りやすい都市だった。ヴィスクリムに聞いたところ、
それを利用した魔人がレーリックをそのまま檻として使ったらしい。
どんなに強靭な要塞でも、内側から穴を開けられることは想定して
なかったらしいしね。結果、レーリックは落ちた。だが、これは同
じ手を使える﹂
と、いうと? と視線を向けられ、タクトは白き空の剣、灰の大
地の鏡。そして︱︱城の地下に安置してあった、黒き海のオーブを
取り出す。身体を丸めた未熟児のような形をした宝玉に、僅かに動
揺が走った。
﹁この三つを装備した僕は、攻撃力はもちろん、灰の大地の鏡によ
る魔法へのアドバンテージ。黒き海のオーブによる精神への攻撃の
722
無効化が可能だ。ヴィスクリムの情報が正しいなら、あの街に常駐
している獣人や、魔人なら倒せる。いや、倒す。僕とヴィスクリム
が先行し、指揮官や魔人を討ち取る。指揮系統が混乱した獣人たち
への対処、捕縛を皆さんにお願いしたい﹂
﹁⋮⋮つまり、あんたが失敗したら俺たち人間は頼みの綱の剣も宝
玉も失い、あとは蹂躙されるだけ、と。確かにレーリック奪還作戦
に参加すること自体の危険はさほどでもねぇが、あんたに人類の未
来を任せなきゃならん⋮⋮ってわけかい?﹂
魔術師学校の校長の言葉に︱︱タクトは僅かな怒りを滲ませて答
える。
﹁どっちにしろ、もう未来なんかあってないものでしょう﹂
⋮⋮沈黙。それを良いことに、タクトは続けた。
﹁もう、負けかけなんです。僕らは。僕は、正直言ってこんな戦い
したくないです。異世界人ですよ? 本当なら関係なんかないんで
す。だけど⋮⋮もう、僕は、僕の世界に⋮⋮帰れない﹂
彼を呼び出した王。その術を授けたヘリオール。戦う理由だった
アルフィオーネ姫。タクトは、そのすべてを失った。既に元の平和
な世界に帰る術を奪われている。生き残りたいなら︱︱
﹁戦うしか、ないんです。生きるために﹂
⋮⋮再びの、沈黙。それに嘆息し、タクトは席を立つ。
﹁時間は、一週間。戦うと決めたなら、レーリック近郊へ。僕は、
723
もう出ます。重鎮の皆さん。都のことはお任せしました﹂
そう言い捨て、退室するタクト。慌ててその背中を追うヴィスク
リムの耳に、小さな噛み殺したような言葉が届く。
︱︱︱やはり、愚かで、御しやすい。
駆け引きも、政治も、戦争も。全くの素人の高校生。利用される
のは当然で、百戦錬磨の猛者に叶うわけもなく。
しかしその猛者たちも、結局死ぬために踊るのだから、余りにも
愉快な喜劇だろう。
﹁いひひ﹂と笑う彼女は、眼帯に覆われた左目に問いかける。小さ
な小さなピンポン球サイズの頭蓋骨。パラサイトスケルトンは伸縮
自在。太陽光を遮れるならば、宿主の体のどこにでも入り込む。
踊る阿呆と殺す阿呆。死んでく阿呆も合わさって、結局誰が一人
勝ち?
カタカタと顎骨を鳴らして笑うアンデッドは、至極単純に答えた。
そりゃ、全員負け組だろ。馬鹿ばっかだし。
だよねー、と笑うヴィスクリムは、ネネとタクトの共用になりつ
つある寝室に飛び込んだ彼の背中を見送り、ミアを呼んでくること
に決めた。
依存している相手が、自分を嫌ってる女と励んでたらミアたんど
724
う思うかな?
そりゃ、頭がぱーんってなるんじゃね?
なにそれ見たい。よしっ見せよう!
パクパクと口を動かしながら、声のない会話。よりよい破滅を望
む犬。
救い主は、いない。
725
○○○話。決意。進撃。︵後書き︶
勇者:童貞を捨てました
勇者:毎日盛りつつ、本気で戦うことに決めました。
魔術師:ふふっ⋮。勇者さまも、一緒に壊れますか⋮?
舌無し:もう壊れてるよ、お前ら
寄生骨:今日のお前がいうなスレはここっすね
726
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2834be/
犬っ娘の話・ブラックラベル
2016年7月12日17時01分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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