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邪竜転生 ∼魔王も勇者も瞬殺できる最強生物

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邪竜転生 ∼魔王も勇者も瞬殺できる最強生物
邪竜転生 ∼魔王も勇者も瞬殺できる最強生物∼
瀬戸メグル
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
邪竜転生 ∼魔王も勇者も瞬殺できる最強生物∼
︻Nコード︼
N2963CS
︻作者名︼
瀬戸メグル
︻あらすじ︼
日本で社畜をやっていた名も無き男は、ある日情けなく事故死し
た。しかし目を覚ませば異世界で邪竜になっていた。男は思う。﹁
あれ、これ働かなくていいんじゃね?﹂
魔王も勇者も歯が立たないレベルの最強生物になったので、のんび
りと好き放題に生きることにする男だった。
1
1話 ダメリーマンからの転生︵前書き︶
規約の改定により、一から書き直すことになりました。
伴い、サブタイも変更しました。
2
1話 ダメリーマンからの転生
どこにでもある会社。何の変哲もない営業部。
嫌味くさく壁に貼りだされた営業成績の紙を俺は静かに見つめて
いた。
俺の名前のところの棒グラフは、二番目に高い。一番目のやつと
も誤差程度の差しかない。
﹁ま、こんなもんか﹂
今月は手を抜いた割にはなかなかの成績じゃねえかな。とりあえ
ず三位以内に入っとけば、上司にああだこうだ文句言われることも
ない。
そろそろ外回りという名のサボりに出かけようとしたところで⋮
⋮肩をポンポンと叩かれる。
隣にいたのは、ドヤ顔たっぷりの同僚だ。
﹁︱︱くん、今月は僕の勝ちみたいだねぇ?﹂
こいつが、今回一位を取った男だ。
今の一言でわかるとおり、性能は優秀でも性格が割と気持ち悪い
やつなわけで。
面倒臭えし﹁おめでと﹂と告げて去ろうとしたら、全力で引き留
めにかかってくる。
﹁何だよ何だよぉー、もっと悔しそうな顔しろよー! 何でそんな
やる気ないんだよっ﹂
﹁別に。これが普通だけど﹂
3
﹁あぁーそうかー、僅差だから負けたと感じてないな?﹂
﹁じゃーそれで﹂
こいつと話してるとカロリーの消費が半端なさそう。さっさと引
き上げようとしたら、また別な社員がやってくる。
﹁あの、︱︱さん⋮⋮少しいいですか?﹂
南野さんという女性社員だ。会社でもダントツの美人だと有名で、
色んな男性社員が突撃しては馬鹿みたいに玉砕している。
その筆頭でもある男が俺に耳打ちしてくる。
﹁︵ちょ、君、南野さんと最近仲良いけど付き合ってるのかい!?︶
﹂
﹁んなわけねえだろ。社内恋愛なんて面倒なことするかよ﹂
﹁︵じゃあ何で?︶﹂
﹁何でもいいだろ。つーか近いわ﹂
キスでもする勢いで詰めてる男を押し返し、俺は南野さんと場所
を移動することにした。
ひと気のないところに行くと、南野さんが開口一番尋ねてくる。
﹁︱︱さんは、ディーバっていうお店知ってますか?﹂
﹁キャバクラだな﹂
﹁⋮⋮やっぱりそうですよね。実は、取引先との接待費として計上
されてる中に、そのお店の領収書が多すぎるんですが﹂
﹁部長か⋮⋮。どうしようもねーな、ホント﹂
確かにディーバにはたまに行くが、あいつは確実に私用で行って
経費として申請してるのだ。
4
﹁ま、俺からやんわり指摘しとくわ﹂
﹁いつもありがとうございます。今度、何かお礼を⋮⋮﹂
﹁別にいいから。じゃ﹂
俺が立ち去ろうとすると、焦ったように南野さんが声を出してく
る。
﹁あの、全然関係ないことですけど⋮⋮最近彼女と別れたんですか
?﹂
うわ、噂広まってたのか。同僚にグチったから、そこから漏れち
まったんだろう。別にどうでもいいけど。
﹁目玉焼きにソースかける女だったんだよ。そこまではいいけど、
俺に醤油かけるのは変だって言うようになってきて⋮⋮大喧嘩に発
展、はいサヨナラってパターンな﹂
﹁そんなことが⋮⋮﹂
﹁俺からすりゃ、ソースかける方が驚きだったけどな。ま、元々相
性は悪かったし、早めに終わって良かったわ﹂
﹁︱︱さんは悪くないと思います。⋮⋮私も、断然醤油派です!﹂
﹁サンキュ﹂
フォローしてくれた南野さんに礼を言ってから、俺は部長のとこ
ろへ向かった。
イスにドテッと座った部長は、スマホでワンセグを見るのに必死
になっていた。息子が甲子園に出ているらしく、夢中なのだ。
﹁部長、ディーバの話なんですけど、これ以上はさすがに問題にな
るみたいですよ﹂
5
﹁⋮⋮﹂
こんだけ言えば、こいつには伝わる。普段は口うるさいこいつが
何も言い返してこないのが証拠だ。
﹁その件はわかった。ところで君こそ、今月もう少し頑張れたんじ
ゃないのかい?﹂
﹁いや、あれが限界です﹂
﹁嘘だよ。君はどうも、やる気がないな。目から気力を感じない⋮
⋮死んだ魚とまではいわんがね﹂
﹁それより大丈夫ですか息子さん、達彦君でしたっけ﹂
﹁エ? 息子が何?﹂
画面の中の達彦は平凡なセンター前ヒットを取り逃し、そのせい
でボールが遙か後ろに転がっていったのだ。
﹁何してんの達彦ぉおおおおおお!?﹂
あーあ、そのミスで、敵チームにランニングホームランかまされ
ちゃったぞ。しかも最悪なことに、それが逆転サヨナラでゲーム終
了と。
﹁このままじゃ達彦がイジメられるうううううう!?﹂
﹁外回りいってきまーす﹂
頭を抱えている部長に告げ、俺はクソ暑いコンクリートジャング
ルに飛び出した。
﹁あー、転職すっかなー﹂
6
もう少し待遇が良いところで、ぬくぬくと生きたいわ。残業がな
くて福利厚生よくて給料高いとこが理想。
﹁⋮⋮そもそも働きたくねえんだよなぁ﹂
そうなると大金が必要だけど、働きもせず手に入れられる方法な
んて一つしかない。
﹁おばちゃん、いつものよろしくー﹂
﹁︱︱さん、いつもありがとねー。はいよ、当たるといいね十億円﹂
宝くじで一等が当たる確率が死ぬほど低いのは知ってる。知って
るけど、ゼロではない。だから俺はいつも、これに夢見させてもら
っている。
今のところ百連敗中なのが悲しいけどな。
さて、そんじゃ今日はどこでサボるかと横断歩道の前で考える。
歩行者信号が青になったので、とりあえずは歩き出した。
その時だ、右方向よりうるさいエンジン音が聞こえてきたのは。
﹁︱︱ハァ!?﹂
おいおいおいちょっと待てよ! 何で車は赤信号なのに、ブレーキすらかける気配がねえんだ。
何考えてんだと固まる俺が目にしたのは⋮⋮車内でイチャラブす
るカップルの姿。
男が女と熱心にキスをしながらハンドルを握ってるわけ。車の前
方なんて興味ないとばかりに顔を横向けてるから、当然俺の存在に
も気づかない。
7
﹁ぐええっ!?﹂
変な声をあげながら、俺は派手にひかれてしまった。いや、ひき
殺されたと言っていいだろう。
どう考えても助かるスピードじゃねえ。
﹁クッソ⋮⋮﹂
さすがに、こんな人生の終わり方は⋮⋮想定してなかった⋮⋮わ
⋮⋮。
◇ ◆ ◇
﹁︱︱︱︱︱。﹂
﹁︱︱︱?﹂
﹁︱︱︱︱。︱︱︱。︱︱︱︱︱︱︱︱︱。﹂
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱?﹂
﹁︱︱。﹂
﹁︱︱⋮⋮﹂
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱。︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱。﹂
﹁︱︱﹂
﹁⋮⋮力の⋮⋮使い⋮⋮かた⋮⋮感覚⋮⋮わかる⋮⋮はずだ⋮⋮﹂
◇ ◆ ◇
8
何かの夢を見ていた。
何かの異常なるものと会話していたのだ。
でもその何かが何なのかは、不思議なことにさっぱり思いだせね
えの。
とりあえず今わかることは、体中に力がみなぎっていて目を開け
ずにはいられないってこと。
﹁どこだここ?﹂
薄暗い洞窟の中にいるみたいだ。視界の先には光が差し込んでい
る。あそこから外に出られるっぽいぞ。
歩きながら記憶のチェックをしてみる。
俺は普通の会社員だった。宝くじ買って横断歩道渡ろうとしたと
こで車にひかれた。
基本的な記憶は残っているが⋮⋮自分の名前は思いだせねえ。名
字も名前も、どっちもだ。
それはまあいいとして、即死級のダメージ受けて何でピンピンし
てんだっての。
﹁うぉおおおおおー﹂
洞窟から出たら、そこは谷だった。峡谷といっていいくらいの深
い谷間に俺はいるみたいだ。
澄んだ青い大河なんかもあって、景色の壮大さに軽く感動してし
まう。
﹁⋮⋮⋮⋮????﹂
感動は長く続かない。なんでかっていうと、俺は三つのことに気
9
づいちまったから。
一つ、俺の目線高くね? 身長どんだけ伸びてんの?
二つ、体が銀色になってね? っていうか、爪とか尻尾とかある
ってどういうこと?
三つ、軽く二メートルを越えるような赤鬼?っぽいのが十匹近く
いて、俺を睨んでんでるんだがどういうこと?
﹁よ、よう﹂
若干パニくりつつも、マッチョの鬼に挨拶してみる。どうやらコ
ミュニケーション取るつもりはないらしいよ。﹁ギグォオオオ!﹂
とか言って牙を剥きだしてくる位だし。
え、これあれか。こいつらチームで獲物探してて、俺が選ばれち
ゃったってことかよ?
こんな生き物地球にいたっけ⋮⋮そもそも地球じゃないんじゃね
えの⋮⋮。俺の体も変だし。
そういや、アニメか何かで見たな。死んで別世界でやり直す話。
深夜だったし途中で見るのをやめたのが悔やまれる。
﹁ギッグォオオオオオオオ!!﹂
﹁いやだからよ⋮⋮﹂
後ずさりするが、すぐに周囲を囲まれちまったわ。
あ、ダメだこりゃ、逃げられねえ。
俺がそう悟ったと同時に、一匹の鬼が不意打ちをかけてきた。
左斜め後方にいたやつだ。猛々しい声と共に全力でぶん殴られた
俺は悲痛の声を漏らし︱︱
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﹁︱︱︱ン? アレ?﹂
何だこりゃ? 相手のパンチは明らかに破壊力抜群なはずなのに
︱︱まるで痛くないんですけど? 赤子にタッチされたみたいな、いや猫に撫でられたみたいな︱︱。
もしかしてこいつら⋮⋮見かけ倒し?
11
1話 ダメリーマンからの転生︵後書き︶
邪竜転生がコミカライズしました!
アルファポリスのサイトで無料で見れます。
邪竜、スライム、勇者、魔王などが一話から登場します。
12
2話 強すぎた銀竜︵前書き︶
本日2話目
13
2話 強すぎた銀竜
一人で複数人とケンカする時は、絶対に背後をとられないこと!
昔、ケンカの達人からそう教えてもらったことがある。
確かに後頭部やら背中にダメージ受けるのはキツい。
一撃KOもあり得る。だから俺も、黒鬼に背後を取られたときは
焦った。けど⋮⋮
﹁こいつら⋮⋮本気なわけ⋮⋮?﹂
ガンガンガジガジと集団で俺をぶん殴り、噛みついてくる黒鬼た
ち。
しかし俺は全くダメージを受けない。むしろ、あっちの手が怪我
したり歯が欠けたりしちまっている。
相当硬いんだな、この体。
身長も多分三メートルくらいはあるだろう。
顔を確認したいが鏡はない⋮⋮⋮⋮そっか! あそこの水面に顔
うつせばいいじゃねえか。
﹁ギグォオオオ! グォオオ! グォファオッ!﹂
﹁あ∼⋮⋮さすがにウザいな﹂
試しに、眼前の鬼にパンチを打ってみたところ︱︱︱グッシャ!!
大口径の銃で頭打たれた人みたいに、顔面が破裂してしまった⋮
⋮。嘘だろ? 今の、相当手加減したつもりなんだが⋮⋮。
あまりの威力にビビった俺は裏拳を別の鬼に打ってみる︱︱優し
く、百分の一の力くらいを出すつもりで。
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グッシャッッ!!
はい、結果は同じでしたーっ。
高威力すぎて笑うしかできないレベル。
他の鬼たちもひるむくらいだからな。
まあ、馬鹿なのかまた猛攻撃仕掛けてきたわけだけど。
﹁懲りねえなおめーらも。じゃあ次は爪を﹂
爪を立てて腕を薙ぐと、筋肉ムキムキの鬼の胴体が真っ二つにな
る。
俺としては、生クリームを手で払ったくらいの感覚しかないのに。
試しに平泳ぎ的な動作をやってみたら、左右あわせて六体の鬼が
即死したっていうね⋮⋮。
﹁もう、残すところ一体かよ﹂
どうやったって勝てるっぽいので、俺は尻尾に意識を向けてみる。
何か、これで色々できるのは直感でわかんだけど⋮⋮まずは動かし
てみよう。
シュルッ⋮⋮
おおっ、先っぽのほうが蛇みたいな動きをしたな。
次は軽く地面を二回叩いてみっか。
ダンダンッッ!!!
マジか、土がすげえヘコんじまった⋮⋮。
こっちも馬鹿げた破壊力あるっぽいな。
まだ上手く操れないので、力加減を覚えていきたいところだ。
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とりあえず、恐怖からか狂ったように俺にかじりつく最後の鬼を
尻尾で払う。
パシュ、と小気味よい音がして頭部が消し飛んだ。
﹁こいつらが弱すぎるのか、俺が強すぎるのか⋮⋮﹂
全滅した黒鬼たちを眺めつつ呟く。
ま、ここにいてもしゃあないので水面をのぞき込むことにしたわ
けよ。
﹁この顔は⋮⋮ドラゴン? 銀のドラゴン⋮⋮ねえ⋮⋮﹂
予想以上にカッコいいわ。
年甲斐もなくテンションが上がっちまった。
立派な翼も生えてるし、顔つきもかなり凛々しい。いや人間から
したら恐ろしいかもしれねえけどさ。
しかし、飛べるんだよな?
意識してみるとピクピクと翼が反応するが、鳥みたいに大胆には
動かせねえ。
要練習って感じかねー。
適当に歩きつつ、翼を動かす練習をすることにした。
その途中、鬼ではないが魔物っぽいやつに何度か遭遇したな。
魔物によって取る行動パターンは二つだけらしい。逃げるか、俺
に戦いを挑むか。
基本、弱そうなやつほど逃げて、一見強そうなやつほど獰猛に仕
掛けてくることに気づいた。
もちろん、戦ってみると全部弱いんだけどな。
百匹くらい蹴散らしたところで、俺は立ち止まる。
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﹁こいつら、力の差とかわかんねえの? もしくは、強いやつを倒
すほど強くなるのか?﹂
ゲームじゃそうだが、さすがにレベルなんかは無いみたいだし。
⋮⋮無いよな?
さて、翼もゆっくりだが動かせるようになった。
残念ながら、飛行するにはまだ熟練度が足りないようだが。
﹁あー、早く飛んでみてえ﹂
﹁⋮⋮シクシク﹂
﹁おっ﹂
少し離れた場所で、体育座りしている少女を発見した。
初めての人間だが⋮⋮場違い感がすげえな。
こんな魔物だらけの峡谷で十歳かそこらの少女が何してる?
といっても、見捨てるわけにはいかねえか。
﹁オース、何泣いてんだ?﹂
﹁⋮⋮だれ?﹂
少女は膝の間に顔をうずめながら訊いてきた。
まだ俺の姿は見てないから、人間だと勘違いしてるかもな。
﹁そうだな。通りすがりの銀竜とでも言おうか﹂
﹁ぎん、りゅう⋮⋮銀竜なのぉ?﹂
﹁︱︱は?﹂
俺が一瞬固まったのは、その少女が顔を上げたからだ。
もっと言うと、あげた顔に目も鼻も口もなかったからである。
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のっぺらぼう? と俺がドン引きして︱︱
﹁ヒャハハハハハハハッー、バーカァ! 引っかかってやがるーー
!﹂
突然、少女が巨大化する。それも大蛇の姿でだ。
長さは軽く三十メートルとかあるんじゃねえかな。
かつて見たことないってくらいデカい。象すら楽々食してしまい
そうなほど。
そんな巨大蛇は、あっとういう間に襲いかかってきて俺を丸飲み
した。
視界が真っ暗に染まった。
⋮⋮マジかよ。俺、蛇の体内に取り込まれちまったぞ。さすがに
少し焦ったところで、大蛇の声が外から聞こえてきた。
﹁私の毒胃液は、どんな生物をも数秒で腐らせるのよ。いくら竜と
いえども死は免れない∼﹂
勝ちを確信したのか、ご機嫌なセリフだ。俺は正直、毒よりも話
す魔物がいることに驚いていた。
言葉を使って騙し討ちするほど知能が発達してるってことは、こ
こがどこかも知ってそうだな。
ちなみに今、毒胃液ってのに俺は浸かってるんだろうけど、特に
変調はきたしていない。
最初だけ、チクッと痛みを感じたがそれもすぐに慣れた。皮膚が
腐ってる様子もない。
﹁とりあえず、こっから出るわ﹂
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爪を使って体内からブシャッと肉を裂いて外にでる。
﹁ウギャァアアアアア!?﹂
腹を裂かれた苦しみで大蛇がのたうち回っている。
﹁なんでっ、なんでっ毒が効かないのおお!?﹂
﹁俺が知るかよ。それより、ここってどこなの? 地球じゃねえよ
なぁ﹂
ゼェゼェ、と大蛇は息を切らせながらも答える。
﹁こ、ここは、南大陸の⋮⋮死の峡谷⋮⋮﹂
色々知ってそうなのでいくつか質問してみることにした。
結果、ここはやっぱり地球じゃないと判明する。
まあ話してる言語からして日本語じゃねえしな。
俺は何で話せるのか不明だが、銀竜の脳みそが覚えてたのかも。
ともあれ、多分ここは異世界で、俺は竜に転生したのだろうと当
たりをつけてみる。
それ以外じゃ説明つかないしよ。
この世界の地理だが、北方三大陸、中央大陸、そしてここ南大陸
の五つが存在しているらしい。
﹁フフ⋮⋮五つでは⋮⋮ないわ。失われし大陸という、かつて神々
が住んでいたところもあるのよ﹂
﹁かつて、か。もう死んだってか?﹂
﹁ええ、皆殺しにされたというわ⋮⋮﹂
﹁酷いやつもいたもんだ﹂
19
俺がそう答えると、大蛇は死にそうであるにも関わらず、ニヤッ
とワケあり気な顔を作る。
﹁フフ⋮⋮白々しい。誤魔化す必要なんて、ないわ。私は知ってい
る⋮⋮貴方こそ、神々を殺した邪竜の一角でしょう?﹂
﹁なに?﹂
﹁何よ、その反応。大昔すぎて忘れたとでも? 私の毒すら効かな
い完璧な肉体⋮⋮それが証拠よ。だから私は、貴方を喰らい、より
強くなろうとグハァッ!?﹂
手負いなのに喋りすぎたせいか、大蛇が突然吐血して一層苦しみ
だす。
やべえ、こいつは知識のある貴重な魔物だ。
できることなら、生を絶たないで欲しい。 ﹁大丈夫か、蛇。死ぬな、まだ話は終わってねえし、生き延びてく
れ﹂
﹁フフ⋮⋮残念だけれど⋮⋮ここでお別れ⋮⋮ね⋮⋮﹂
﹁蛇? おいマジかよ、蛇、蛇ぃいいいいいいいいい!!﹂
ドラマの主人公のごとく俺は叫んだが、蛇が返事をかえしてくれ
ることはなかった。
さすがの俺も五秒くらい落ち込んだけど、よく考えりゃこいつっ
て敵だったわ。
特に悲しむこともなかった。
貴重な情報源がなくなったのは少し残念だが。
﹁ま、多少は知識も蓄えたしオッケーだろ﹂
20
俺としては転生はありがたい。何だかんだで、まだ生に執着はあ
ったのだ。
﹁つーか、今気づいたんだけど⋮⋮俺ってもう働かなくていいんじ
ゃね?﹂
うっそ、何それ! これから先、自由気ままに生きていいってこ
とですか?
う、う、嬉しすぎるんだが、そんなのーっ!
これってある意味、宝くじに当たったようなものだわ。
現世のしがらみから解放された俺のテンションは天にも昇る勢い
だ。
﹁ひゃほーーーッ!﹂
普段は出さない奇声をあげ、俺は美しい大河の中にダイビングし
た。
ドボーンと水しぶきが上がる。
今の俺には、その弾かれた水すら自分を祝福してくれているよう
に感じた。
ようやく俺の人生、いや竜生も輝き始めてきたってことだろうか。
こりゃ神様に感謝しないと⋮⋮と思ったけど、神はこの竜が殺し
たんだっけ?
蛇は、邪竜とか言ってたな。
いーや、何でもいい。
俺の邪竜ライフはここからスタートするようだ!
21
3話 ドラゴンブレス
スイー、スイー、スイー
この異世界において、昼間っから平泳ぎする竜は見慣れた光景に
なるだろうか。
多分、珍妙に映るはずだ。
もっとも俺は平泳ぎのみならず、クロールもバタフライもするが。
それどころか、水中で尻尾を回転させて前へ推進するジェット泳
ぎなんてのも開発しちまった。
転生してから三日。
俺はだいぶ死の峡谷に馴染んでいた。
まだ空は飛べないので、のんびりここで過ごすことにしたわけだ。
寝床はどこでもオーケーだし、食糧にも困らない。
いや、ここに大した食い物はないのよ。でも、俺の肉体は相当燃
費が良くて、何も食わなくても全然平気。三大欲求だと、睡眠欲が
一番高い感じだな。
もちろん、腹の減りとは関係なく、味が恋しくなるときはあるが。
﹁フーッ、今日も泳いだわー﹂ 五時間くらい遊泳したので、そろそろ陸に上がることにした。
﹁ジャボラアアアアアッ!﹂
ほら、その途端これだよ。熊と猿の顔が半分ずつの魔物が全力で
ぶん殴ってきやがった。
22
面倒なので、頭突きで瞬殺しておく。
相変わらず、魔物に襲われる日常ではあった。
タマ
次から次に、本当飽きねえよこいつら。
今だって、上空から俺の命をねらってる同類がいるからな。
そう、同類。
竜だ。
真っ赤な体した竜なんだが、俺よりもずっとデカい。サイズだけ
で見たら、どう考えてもあっちが上位種だろう。
とにかく、あの赤竜にとっては俺は仲間じゃないらしく殺意の迸
った目で急迫してくる。マジでもう少し休ませろよー。
﹁そういや、竜ってブレスとか定番だよな。俺も吐けんのかな﹂
デキそうな気はする。めちゃくちゃする。
ザ・定番すぎる火炎ブレスをやってみようか。
あ、でもあの竜、体赤いし火耐性とかありそうだわ⋮⋮。ものは
試し。やっぱりやってみっか。
火炎ブレスを頭にイメージして、突撃してくる赤竜に息を吐いて
みる。
︱︱︱視界のすべてが紅蓮に染まった
凄まじいとしか表現できないほどの火炎が俺の口から拡散された
のだ。末広がりに撒かれた灼熱の息は、赤竜など軽く飲み込んで空
一面すら赤く照らす。
これが町中であれば、家の十や二十は軽く燃やしつくすだろう。
や、やべぇよ⋮⋮。
こんなレベルで撃てちまうのかい。
23
元赤竜だった肉塊が空から落ちてきて、ドボンと水の中に沈んで
いく。ご愁傷様。
このドラゴンブレスだが、水系は吐けるのかね。
万が一、放火魔になった時に水も出せるとありがたい。
﹁⋮⋮﹂
ダメみたいだ。水の適性はねえのか。
じゃ氷はどうだろう。凍える息的なのを想像してやってみたとこ
ろ、
目の前の川が凍ってしまいましたとさ⋮⋮。
うん、なんか白っぽい息が吐けたと思ったらビキビキと水面が凍
っていくわけ。
スケートでも楽しめそうな勢いだ。
他にも色々試したところ、かなりの種類が使えると判明する。
雷系とかもイケるのだが、驚いたのは炎系も何種か撃てることだ。
口の前で炎を丸くして巨大化、それを発射。他にも炎が広がらな
いように放ってみたり。
ひとしきりブレスの練習した後は、高い岩山の上へ移動する。日
課をこなすためだ。
足場ギリギリに立つと、ピョーンと俺はためらいなくジャンプす
る。もちろん、急速落下していく。
﹁ハッ、ホッ、ヤッ!﹂
妙な声を発してるが、一応気合いの声だったりする。
翼がゆっくりとだが羽ばたく︱︱︱が、1羽ばたきでもう地面に
24
到着してしまった。
ド轟轟轟轟! とんでもない音がして大地に窪みが生まれる。
ちぇ、今回も失敗かよ。
他のことは割と上手くいくのに、飛行だけは難易度が高い。
でも諦めないけどな。乗り物に頼らず空を飛ぶなんて、元人間だ
ったら誰でも憧れるだろ。
﹁少し疲れたし昼寝でもするかー﹂
ゴロンと横になってボンヤリ今後のことを考える。
目標リストは今のところ二つだ。
一、空を飛びたい。
二、手加減して戦えるようになる。
主にこの二点だな。二についてだけど、相手を殺さない程度の攻
撃を覚えたい。
今後、人間とか何か情報を持つやつと出会うこともあるだろうし。
この辺は数をこなせば何とかなりそうだけど。
﹁⋮⋮羨ましいわ﹂
大空を自由に駆ける鷹を見上げながら、俺はウトウトしていくの
だった。
◇ ◆ ◇
25
バシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバシバ
シ︱︱
ん、あ、⋮⋮なん⋮⋮だ?
全身にはたかれているような感覚を覚えて俺は目を開けた。
金金金金金金金金金
目がチカチカするような金色のゴブリン? が金の棒を使って俺
をタコ殴りにしてやがる。
寝込みを襲われるのはよくあるが、金ゴブリンは初めてみたな。
顔はかなーり不細工だ。背は低いけど、筋肉はかなりあるっぽい。
﹁ちっ、また大勢できやがって﹂
十数匹で群れていたので尻尾で頭を潰していく。
パシュシュシュ、と音が鳴ると同時に破裂していった。同情心は
ない。寄ってたかって一人をイジメるやつは大嫌いだぜ。
﹁しかしこの金の棒⋮⋮売ったらいい額になりそうだな﹂
人間時代だったら飛びついてたな。竜の今じゃ、大した意味をも
たないので無視して移動する。
あー、どうにか魔物に狙われない方法ないのかねえ。
図体もそこそこデカいから、どうしても目立つ。
擬態はできないっぽいんだよな。
﹁いっそ超巨大になって踏みつぶすか、蠅レベルに小さくなりたい﹂
26
ブツブツ独り言を漏らしながら、みんな大好きウル○○マンをイ
メージする。
はい、やっぱダメでした。そりゃそうだわな。
無駄だとは思ったが、小さくなるのも想像してみる。
はい、やっぱダメでし⋮⋮⋮⋮ストップ。
今、目線が少し下がったぞ?
真剣に小さくなるところをイメージしてみる。
ビンゴーッ!
どんどんと体が縮んでいくじゃねえの!
気づいたら、小型犬くらいの目線になってるから感動した。身長
でいうと三十センチくらいかね。
これ以上はミニマムになれないみたいだが、十分だ。こんだけ小
さくなりゃ隠れる場所はいくつもある。
元のサイズにも、意志一つで戻れるようだ。便利すぎる。
何となく、チビ竜になってからブレスを吐いてみた。
﹁おおおおおーーっ、グレードダウンしてるぅぅ!﹂
威力が明らかに弱まってるのよ。他の物理攻撃も試したところ、
どう見てもパワーが減っていた。
目標リストその二は、一応クリアってことでいいかね。
このサイズだと戦い方自体が変わりそうなものだが。
安眠できる場所を探し、俺は駆けていく。地面との距離がだいぶ
近いね。
お、あそこがいいな。岩石と岩石の隙間に俺が入れそうなスペー
スがある。
早速そこに入ろうとして、不意打ち気味に声をかけられる。
27
﹁オ、オイ、そこのちび竜、こっち向くっす!﹂
若干震えた声の持ち主に体を向けてみる。
人間に似てる男が、周囲を警戒しながら立っていた。
似てるってのは、そのものじゃないからだ。まず濃厚な茶色の両
翼を生やしている。顔や手は人間と同じだけど、足が鳥みたいにか
ぎ爪だ。
鷲と人間が融合したみたいな、そんな印象を受けた。
亜人とか獣人ってやつか?
顔立ちは二十歳くらいに見えるな。顔立ちは外人っぽく堀がけっ
こう深めで、そこそこイケメンだ。
ただ残念なのが⋮⋮
﹁お、お、おまままえ、おままえ、おま、え、に、ちょっと聞きた
いことがあるっす﹂
なぜか、上から目線のわりにはビビりまくっていることだ。
どうも、俺というよりは他の何かに怯えてるみたいだけどな。
どれ、会話くらいはしてみるかねー。
28
3話 ドラゴンブレス︵後書き︶
1日複数話投稿していきます。
一気に投稿する時は前書きに、本日○話目と記載します。
29
4話 Sランクの魔物だらけ︵前書き︶
本日2話目
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4話 Sランクの魔物だらけ
唐突に現れた鷲系亜人。
このそこそこイケメンは魔物か何かに怯えてるらしい。
ビクビクと、三百六十度確認しながら尋ねてくる。
﹁お、おまえの、親はどこにいるっすか?﹂
親? 普通に地球に住んでるけど⋮⋮と答えるわけにもいかねえ
か。
﹁親なんていないけどな﹂
﹁そんなんウソっす! じゃあどうやって生まれてきたんすかー﹂
﹁あぁ、それは⋮⋮気づいたらそこに世界があったというか﹂
﹁詩人すか! ととと、とにかく、親に合わせて欲しいんすよ! 親は立派な姿した銀竜に違いないし。おれは、ちび竜の親と話がし
たいんす。この通りだから案内してっす!﹂
切実な様子で頭を下げてくる、そこイケ︵そこそこイケメンの略︶
。
真剣なのは伝わったけど、本当に親なんて知らないからどうしよ
うもないわ。
今はちび竜でも、元々は成竜だろうしなー。
どうしたもんか考えていると、ガラガラと音がして上から何か落
ちてくる。
岩山から欠けた、小さな岩石だった。
﹁ひぃいいいいっ!?﹂
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別にぶつかったわけでもないのに、そこイケは大声をあげて頭を
抱える。
俺がガン見してたら、視線に気づいて頬を赤くする。
﹁べべべべつにビビってたわけじゃないっすよ! ちょっと発声練
習しただけっていうか﹂
﹁で、何にビビってるわけ?﹂
﹁ビビってないってばあ! ⋮⋮ふう、取り乱したっす﹂
なかなかにおもしれー奴だと思う。自分を偽れないタイプだな。
こういうタイプは人を騙したりしないのが多いよな。
﹁おまえの探してる竜って、具体的にはどんな感じなわけ?﹂
﹁えーとですね、竜にしては小柄だけど、凛々しく猛々しい姿をし
てるみたいっす。輝くような白銀の肉体を持つのが特徴らしくて﹂
それってさ、変身前の俺のことじゃねえの?
一応、どんな用があるのかも尋ねてみた。
﹁おれの故郷の島が、今大変なことになってるっす。それで、この
死の峡谷に住むという銀竜に助けを求めたくて﹂
ちょっと話の筋が見えない。
面識もない、それも凶暴かもしれねえ竜に、何で助けを求めるん
だ。
俺が首を傾げると、そこイケはきちんと補足してくる。
﹁おれの村に、予知夢をみれる子がいるんすよ。その子が、村を救
うのはここに住む白銀の竜だって。それで、おれがここへやってき
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たわけで﹂
﹁へー。大変だなー﹂
﹁めっちゃ他人事っすね﹂
﹁他人事だろ?﹂
﹁確かにそうっすけど⋮⋮。ちび竜は銀色だし、もしかしたら親が
その竜かと思ったんすけどね。残念っす﹂
しょんぼり、と落ち込むそこイケを見ると、少しだけ助けてやり
たい気がしないでもない。
悪いやつでもなさそうだし。
でも、俺もお人好しじゃない。
目標リスト1の空を飛ぶ、を最優先するので応援にいくつもりは
なかった。
︱︱と、
ここで急にそこイケが尋常じゃない様子で騒ぐ。 ﹁ヤバいヤバいヤバヤバいヤバいヤバいーーっ﹂
﹁なになに?﹂
﹁ちっ、ちび竜こっちっす、早くこっちにくるっす!﹂
﹁え、なんで?﹂
﹁いいから早くーーっ!﹂ きょとん、とする俺を抱き抱えたそこイケは、近くの岩山の狭い
隙間に入っていく。
ギュウギュウでキツい。何より男の胸、暑苦しい。
﹁男とハグする趣味はないんですけど﹂
﹁シッ。しゃべっちゃダメっす。気配も消して。ヤバい魔物がいる
んすよーっ﹂
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泣きそうな顔で話すくらいだし、相当危険な生物なんだろうな。
言うとおりに口を閉じ、辺りを観察する。
威風堂々と現れたのは⋮⋮なーんだ、ただの黒鬼じゃねえか。
こっち来て一番に遭遇した、あの見かけ倒しの鬼が三体ほど道を
通過していく。
俺たちには気づかずどこかへ行ったようだ。
いなくなるなり、ゼーハーゼーハーとそこイケが大げさに息をつ
く。
﹁あれにビビってたの?﹂
﹁ブラックオーガっすよ!? 危険度Sクラスで、一体現れたら小
さな町なら壊滅の危機がある魔物っすからね。それが三体も⋮⋮。
この死の峡谷って、本当おかしいんすよ。馬鹿みたいに危険な魔物
がウヨウヨいて⋮⋮﹂
﹁ふーん、あいつら弱いけどな﹂
﹁あっはっは! このこの∼、気持ちだけは一流っすねちび竜は∼﹂
そこイケが、ツンツンと俺のほっぺたをつつく。
どうやら信じてもらえなかったらしい。
まあ、この姿じゃ説得力ないわな。
そこイケは俺を抱き抱えたまま、目当ての竜を探すことにしたよ
うだ。
魔物の目を避けるよう、足音を殺して移動している。
﹁空飛ばねえの?﹂
﹁目立つじゃないすか。ここには飛行系の魔物もいるんす。緊急の
時以外は歩きで﹂
竜も普通に生息してるところだからな。
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そこイケは戦闘は苦手そうだし、仕方ないのか。
﹁うわうわうわ、ヤバいヤバい、今度はマジで死の危険っす⋮⋮﹂
﹁今度はなによ⋮⋮、ああ、あいつらか﹂
﹁あわわわ、目が合った⋮⋮もう空に逃げるしかないっす⋮⋮﹂
前方にいるのは、いやらしい金色の肉体をもつゴブリンの集団だ。
すでにあっちは俺たちに気づき、全力でこっちに疾走してきている
途中である。
ファサ、とそこイケの翼が広がり︱︱
﹁ふぉおおお!?﹂
変な声を漏らしたのは俺な。
だって、一気に視界が変わったのよ。
自力ではないけども、俺は今空に浮いているわけで。
青空や太陽が近くなる感覚は生まれて初めてだった。
絶景感動。下方にいる黄金ゴブリンなんて俺はどうでも良くなっ
たけど、そこイケはそうでもない。
﹁とにかく、遠くへ逃げないと﹂
﹁そんな焦る必要なくね? あいつら飛べねえし、手出しなんてで
きないだろ﹂
﹁いやそれがそうでも⋮⋮﹂
﹁ゴォオオルデエエエエエエン!﹂
アホっぽい雄叫びをあげながら、なんと黄金ゴブリンが飛び道具
を披露する。
飛び道具って言っても、あの金の棒を投げつけてきただけなんだ
けど。
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﹁ひええええっ!﹂
そこイケは横へ全力飛行して、必死の形相で何とかかわす。
﹁そんなビビんなって。俺硬いから、俺を盾にして弾いてもいいぞ﹂
﹁そんなことできるわけないっすよ! あの金の棒は黄金ゴブリン
以外が触ると、毒と麻痺と腐敗をいっぺんに起こす超凶悪な武器な
んすからー!﹂
へえ、何十発殴られても何ともなかったけどなー。
前の蛇の毒も効かなかったし、銀竜は状態異常攻撃には中々強い
ってことか。
黄金ゴブリン達は次々に棒を投擲するので、そこイケも避けるの
が大変そうだ。 ﹁耐性があんのよ。だから俺を使っていいって﹂
﹁だとしても、そんなことできないっす! 友達を盾にするんて、
男がすたるってもんすよ!﹂
中々に漢気があるやつだと感心させられたよ。
でも、一つ疑問があるっす。
﹁俺ら、いつ友達になったっけ?﹂
﹁ふっ、さっき同じ死への恐怖を味わったじゃないっすか。一緒に
ビビったら、それはもう友達なんすよ﹂
黒鬼の話だろう。何とも不思議な感覚をお持ちらしいぜ、このお
調子者さんはよ。
戦闘が苦手とはいえ、飛行能力がピカ一なのは事実で、そこイケ
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は窮地をどうにか乗り切った。
下から追跡してきた黄金ゴブリン達をきちんと振り切ったのだ。
切り立った岩山の上に着地すると、そこイケは疲れてその場に座
り込んだ。
﹁お疲れ様∼。ナイス飛行だったわ﹂
﹁Sランクの魔物っすからね、必死にもなるっす﹂
あれもSランクなのか。
ハードル低いなSランク。
それにしても⋮⋮俺は一つ妙案を考えついたぞ。
このそこイケは、空を飛ぶことに関してはスペシャリスト。
俺とは種族が違うとはいえ、両翼で飛行するという点については
共通している。
ってことはだよ? もしかして、良き師匠になってもらうことも
可能なんじゃねえかな。
知らないことは達人から習った方が上達も速い。
ちょっと頼んでみようと口を開きかけて︱︱ザッ。
足音がしたので振り向くと、そこには強そうな黒馬に乗った騎士
っぽいのがいた。
黒を基調として、金の細工が施された鎧を着込み、槍を所持して
いる。フルヘルムなので残念ながら顔つきは不明だが。
これも魔物か? 見たことのないタイプだが。
﹁はわ、はわ、はわわわわあああ⋮⋮﹂
﹁その驚きよう、やっぱりSランクなんだな﹂
﹁違うっす!! こ、こいつは、死の暗黒騎士⋮⋮ガイデーン。え、
え、Sランクどころか、SSランクっすよおおお﹂
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鼻水を垂らして説明してくれるくらいにはヤバい相手ってことか。
﹁でもよ、Sが一個増えただけじゃん。なんとでもなるだろ﹂
﹁ならないっすよおおお、だってSSランクは、Sランクの百倍強
いって言われてるんすからぁあ﹂
何その適当なランク付けは。初めにランク付けしたやつ絶対ノリ
で決めてただろ。
何はともあれ、暗黒騎士さんとやらは俺らを処分する気マンマン
みたいだ。
どっちかと言わなくても、狙われてるのは俺みたいだけど。
だから、俺を放って逃げればいいのに、あろうことかそこイケは
俺の前に両手を広げて立った。
﹁ち、ちび竜、おれが気を引いてる隙に逃げるっす﹂
﹁それは俺のセリフなんだけども﹂
﹁ダメっすよっ。まだ生まれて間もないのに死んじゃうなんて悲し
すぎるっす! いいからここはおれに。少しくらいは時間を稼いで
ってまだ言い切ってないのに攻めてきたああああ!?﹂
セリフを言い切る前に、痺れをきらした暗黒騎士が突進してきた
のである。
最高潮の恐怖を覚えつつも、そこイケはその場を動こうとしない。
一応、ガチで守ろうとしてくれてるみたいだ。
とりあえず、わかったことが二つある。
一つ、そこイケは現代日本じゃまず見られないほどのナイスガイ
だってこと。
二つ、暗黒騎士ガイデーンは、空気の読めないKY魔物だってこ
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と。
一を守って二を潰す。
その方針にまったく迷いはないね。
ガイデーンさんは、Sランクの百倍強いんだっけ?
じゃあ、やっぱり大したことねえよ。
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5話 死の暗黒騎士︵前書き︶
本日3話目
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5話 死の暗黒騎士
馬の上から繰り出された槍の一撃は、そこイケの喉元を確実に捉
えていた。
まあ、当たらなかったけども。
俺がジャンプして、ガジリと歯でしっかり噛んだからだ。
﹁ち、ちび竜!? なにやってんすかっ﹂
﹁ほがほごごほがっほごっ︵いいから俺に任せとけ︶﹂
多分伝わってなかったと思うが、とにかく俺は目の前の敵に意識
を向ける。
顎に少し力を入れると、パキッと音がして穂先にヒビが入った。
じゃあ次は全力で︱︱︱よし、ぶっ壊れたな。
さすがに警戒したのか、暗黒騎士カイデーンは馬と一緒に後退す
る。
壊れた槍は捨て、腰から真っ黒な剣を抜き出した模様。
用意周到だねえ。
﹁さーて、どんな攻撃方法が有効なんだろなー﹂
焼くか凍らせるか、それとも別な属性か。単純に鎧ごと壊すのも
sinde
okeba
iimonow
ありか。俺が頭を働かせてたら、カイデーンがなんと口を開く。
﹁otonasiku
o﹂
めっちゃ巻き舌での発音である。
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聞き取り辛いから普通にしゃべれっての。
no
nikuha
ware
ga
﹁特別に、今去るなら追わないでやってもいいぞ﹂
﹁omae
kurau﹂
﹁あっそ。どーでもいいけど、その巻き舌やめてくんねえかな? sine﹂
声質が野太いから何言ってるかよくわかんねえし﹂
﹁naraba
ガイデーン
暗黒騎士の黒馬が嘶き、前足で俺を踏みつぶそうとしてくる。避
けることも可能だったけど、特段その必要性を感じない。
!?﹂
手を挙げて、落ちてきた蹄を掴むことにした。
﹁nani
黒馬の足が完全に止まったことに暗黒騎士は戸惑いを隠せないみ
たいだ。
あんな小さい体をなぜ踏みつぶせない、と激憤してる。
﹁単純な話で、馬力が足りてねえんだよ。はい、次はこっちの番な。
フーッ﹂
熱々の食い物を冷ます時みたいに細く息を吐く。
黒馬の脚がすぐに凍り付いて、一歩も動けなくなる。
上に乗ってた暗黒騎士は、ヤバイと感じたのかソッコウで飛び降
りてたな。
﹁ヒヒン!?﹂
何で僕を裏切るのー? とでも言いたげに馬が暗黒騎士に視線を
送る。スッ、と目を逸らす辺りにあの馬主の性格の悪さが見て取れ
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る。
﹁同情はしないけどな﹂
垂直跳びあたらめ弾丸ジャンプで、黒馬の頭部を破壊させてもら
った。
おまえの敗因はダメな馬主に捕まっちまったことだ、と告げてか
らちゃっかり逃げた暗黒騎士に向き直る。
﹁一度飼ったペットを平気で捨てるやつに、まともなやつはいない。
これ俺の持論なんだが、一度もはずしたことねえんだ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁逃げても無駄だぜ。おまえの鈍足じゃ一秒で追いつける﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁恐怖で動けなくなっちまったか。情けないやつだ﹂
﹁⋮⋮﹂
おかしいな、挑発に乗ってこない。
カウンター一発で終わらせたかったんだが、こっちから仕掛ける
しかないかね。
ブレス吐こうと軽く息を吸い込んだところで、暗黒騎士が呼応す
るように全力ダッシュ。
﹁サセテタマルカアアアー!﹂
﹁おおう⋮⋮おまえ普通に喋れるんじゃねえか﹂
さっきまでの巻き舌は何なの。キャラづくりとか魔物にも必要な
ことなの?
振り下ろされてきた漆黒の剣をよく見定め、俺は爪で対応するこ
とにしたのだが⋮⋮
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﹁ダメっす! その黒剣は相手の魔力を吸い取るんすよーー!﹂
急にそんなこと言われても、俺の腕はもう止まらないわけで。 ガキン、と普通に剣を弾いてしまった。確かに、一瞬体から何か
が抜けていく感じはしたな。
﹁バカメ、ワガ暗黒剣の吸収量ヲ舐メルナヨ﹂
﹃クヒヒヒイー、うめええ、こいつの魔力極上の質だぜえええ﹄
おい、剣まで話しだしたぞ。
暗黒騎士だけでもゲンナリなのに、またウザキャラが追加されち
まった。
こんなん二人一辺に相手する俺の身にもなれ。
そして、魔力を吸ったせいなのか、暗黒剣のサイズがかなりアッ
プしてる。
幅が広くなり、剣身も五十センチは伸びた。
﹁暗黒剣ハ、魔力を吸エバ吸ウホド強クナル﹂
﹁ふーん﹂
﹁今ノ攻撃力ハ、サッキノ倍ハアルゾ。受ケテミローッ﹂
左右様々な角度から俺を切りつけてきたが、剣筋自体は大したこ
とがない。しっかり目で追える。全部爪と尻尾でガードする。
が、あっちは防がれても触れさえできれば良いようだった。
﹃クヒィクヒィクヒィイイイ! 極上の魔力のおかげで俺はどんど
ん成長していくぜーーーー﹄
ヒャッハーッとご機嫌な様子の暗黒剣。それもそのはず。今やそ
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の剣身は大剣ってジャンルからも追い出されるほどのサイズだ。
長さは十メートルは越えていて、幅も二メートルとかオーバーし
てしまうレベル。
超巨大剣と表現するのが正しいかもな。
威力は想像を絶するのかもしれない。
まともに扱えれば、の話だけどよ。
﹁グヌヌヌ⋮⋮、グヌヌヌヌ⋮⋮﹂
﹃あ? おいガイデーン、さっさと俺を振れ﹄
﹁オ⋮⋮重クテ⋮⋮振レ⋮⋮アアッ﹂
ドスーン、と峡谷に響きわたる轟音がして、巨大剣が地面に落っ
ことされる。
サイズが大きくなりゃ、重量も当然増えていく。暗黒騎士の腕力
じゃもう手に負えなくなったようだ。
﹃この馬鹿、俺を使わないでどうやって倒すつもりだ!﹄
﹁ダマレ、所持品ノ分際デ、ワレニ偉ソウニ、スルナ!﹂
コントかよ。
敵をほっぽり出して真剣に口げんか始めるから笑っちまう。
でも眼前で完全無視されるのは結構頭にくるな。ということで、
右手に電撃を纏わせることにした。ブレス以外にも色々と便利なの
だ、この肉体。
主人に対して怒鳴りまくってる大剣に俺は右手で触れる。
オダブツ
﹃あがががががががががががががががっー!?﹄
電力が高いらしく、感電死するまでそう時間はかからなかった。
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﹁暗黒剣⋮⋮? 返事ヲシロ、暗黒ケエエエン!﹂
﹁無駄だよ、もう会話することはできねえから﹂
﹁キ、貴様ァ、ヨクモ、ワレノ暗黒剣ヲヲヲ⋮⋮﹂
﹁敵の前でイチャイチャしてんのが悪りいんだろうが。次はおめー
の番だから、さっさとやられる準備しとけ﹂
いい加減面倒になってきたので強めに言う。
暗黒騎士は少し考え込むようにした後、静かに発した。
﹁黒馬ヲ奪イ、暗黒剣マデモ。ワレノ全テヲ、奪ウトイウノカ⋮⋮。
カクナル上ハ⋮⋮コレシカナイ⋮⋮﹂
ん、急に暗黒騎士の雰囲気が一変したな。
何か奥の手でも出す気なのか、フルヘルムを外す動作をする。同
時に、背後から警告の叫びが放たれた。
﹁ちび竜、気をつけてくださいっす! 暗黒騎士は追いつめられた
とき、その素顔を晒すって聞いたことが。何かヤバイ技を持ってる
に違いないっす﹂
よくあるパターンだと、メデューサみたいに見たものを石化させ
る目があるとか。 それの上位互換で即死させる力なんかだったら、危険かもな。
暗黒騎士の足下にヘルムが転がった。顔が完全に露出したのであ
る。そこにあった顔面は不気味な骸骨でも、凍り付くような醜い顔
でもなかった。
︱︱パチパチの大きいおめめ
︱︱ぷるぷるのふっくら唇
︱︱お団子みたいな丸い輪郭
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︱︱薄ピンク色のきれいな素肌
肌の色こそピンクだが、その顔面はベイビーフェイスそのもの。
端的にいって、うん、可愛い。
赤子的な可愛さのある顔立ちをしてて、さすがの俺も目を見張っ
ちまったわ。
﹁アノ、色々ト、ゴメンナサイ。反省シテマス﹂
パチパチと目を瞬かせながら、鼻にかかった声で謝ってくるわけ。
えーと、これはあれですか。降参するからこのキューティフェイ
スに免じて許してね、ってこと?
﹁何つーか、プリティフェイスが最終兵器とは意外だったわ﹂
﹁反省⋮⋮シテマス⋮⋮﹂
﹁打って変わってずいぶんと殊勝になったじゃねえか﹂
﹁⋮⋮ゴメン、ネ。許シテ、クレル?﹂
プルプル、と体を左右に揺らして懇願してくる暗黒騎士。こんな
んが死の暗黒騎士名乗っててムカつかんのか、他の騎士系魔物たち
は。
﹁そうだな。その顔に免じて、来世では許す﹂
﹁ウワー、アリガ⋮⋮来世?? アレ、今世デハ?﹂
﹁世の中そんなに甘くねえ。どりゃあ!﹂
﹁グワアアアッ!?﹂
弾丸頭突き一撃で、あっけなくプリティフェイスのおねだりタイ
ムは終了した。
顔は可愛くても仕草はキモかったからな。それが敗因だろう。
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やれやれ、ずいぶんとくだらない戦いだったぜ。
そう思いながら、そこイケの様子を確認する。
ぶるるる、と身を震わせている。
﹁ん、どった?﹂
﹁す、す、す、す、す﹂
﹁す?﹂
﹁すっげええええええええええっす! めっちゃ強いじゃないっす
かちび竜さん!﹂
興奮しました感動しましたと俺を抱き抱えて、そこイケはグルグ
ルと楽しそうに回る。
亜人メリーゴーランドっすか、勘弁してください。
﹁ちび竜さん、マジで何者っすか?﹂
﹁ただの竜っす﹂
﹁信じられないっすよ。ちび竜さんは、竜の中でも絶対上位種だと
思いまっす﹂
﹁ところで、何でさん付け?﹂
﹁呼び捨てにしたら殺されそうだからっす!﹂
やだ、こいつ正直すぎて逆に死ぬタイプ!
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6話 痛みが欲しいの⋮⋮
﹁おらおらー、ちび竜さんのお通りっすよーっ﹂
死の峡谷を大手を振って歩く鷲の亜人がいる。
そこイケ改め、サボという名の男だ。
このサボは、故郷の村を守るために遠路はるばるここにやってき
た。銀竜を見つけたいらしいが、その目的は今は完全に忘れてるっ
ぽい。
強気な様子で、近くにいた黄金ゴブリン達にケンカを売っている
のだ。
﹁どいた方が身のためっすよ?﹂
﹁ゴールデエエエン!﹂
﹁ちび竜さん、逆らう気みたいっす!﹂
﹁んじゃちょっとどいてろ﹂
基本的な火炎ブレスを使う。業火の中の中にゴブリン達が消え、
出てきた時には焼死体と化していた。
﹁うっは、十匹まとめて燃えた! 広範囲すぎっ﹂
﹁いや、あれでもだいぶ抑えた感じになってるけどな﹂
﹁パネエっす! ちび竜さんマジパネエっす!﹂
こいつ、現代日本でいうところの体育会系だな。
合コンとかで盛り上げ役の幹事やるタイプだわ。
調子いいのがたまにキズだが、案外重宝するやつだ。
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﹁ところでさ、お目当ての銀竜探さなくていいわけ?﹂
﹁あ∼、それっすかぁ⋮⋮﹂
﹁急にテンション低いな﹂
﹁いやですね、ここって思ったより広いし、見つからなそうですし。
それに⋮⋮﹂
チラチラと俺の顔色を窺うようにしてから、サボは前に回り込ん
できて頭を下げる。
﹁ちび竜さん、力を貸していただけませんか?﹂
まあね、そんな感じの流れになるかなーとは感じてたぜ。
悪いやつじゃないし、協力したい気持ちもある。
でも俺は断った。
﹁理由教えてください。お礼だったら、しますから!﹂
﹁俺には今、やらなきゃいけないことがあるわけよ﹂
﹁何すか、それは?﹂
﹁飛行能力を得たいんだよ。翼が上手く使えなくて、まだ飛んだり
できねえんだ。その練習をしなくちゃいけなくて﹂
サボは驚いた顔をする。あんだけ色々なことができるのに、空が
飛べないのかと。
イメージが、上手くできないのも理由の一つだと俺は思ってる。
だから、何度も岩山から飛んだりしてたわけだし。
今日もこれから練習をすると伝えたら、サボがあわてるように言
う。
﹁それじゃ、飛べるまで時間かかりすぎるっすよ。練習法が、おれ
らと全然違いますし﹂
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﹁へえ、練習法﹂
﹁教えますよ﹂
﹁タダで?﹂
﹁もちろんっす! ちび竜さんから金取るとかできるわけないし﹂
﹁そうじゃなくて⋮⋮﹂
それをダシに、故郷を救ってくれと頼み込めばいいじゃんって話
なんだけどな。
何だかんだピュアっぽいし、そういうの慣れてねえんだろう。試
しにそれを言ってみたら、その手があったかと手を叩いたくらいだ。
﹁その練習法で俺が空を飛べるようになったら、サボの手伝いをす
る。それでどうよ?﹂
﹁最高っす! こう見えて村では﹃韋駄天のサボ﹄なんて二つ名が
あるほどなんすよ。飛ぶことだけは自信あります﹂
韋駄天って足が速いって意味なんすけど。
でもまあ、サボの飛行能力は俺も見てる。
空中でも相当俊敏に動くのは素直にすごいと感じていた。
互いの欲求が上手い具合にハマったので、早速俺はサボから飛行
の仕方を習うことに。
◇ ◆ ◇
﹁いいすか、大事なのは神経なんすよ﹂
﹁神経?﹂
﹁はい。うちの家系では小さい時に、まず翼に痛覚を覚えさせます
ね。痛みがあると、どうしても神経が過敏になる。そうやって翼部
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分にずっと意識をおいておくんす。それが細かい飛び方をするとき
に、役立つってわけで。とにかく大事なのは、翼にダメージを与え
ること﹂
練習法をご教授されたわけだが、早速有用な情報が入ってきたぞ。
俺一人でやってたら、絶対に思いつかない方法だった。
痛覚ねえ。なるほど、痛む箇所があるとずっとそこ気にするもん
な。無意識レベルで気にかけられるようになるのが大事なのかも。
方法がわかった。後は試すだけ。
痛覚を覚えるために翼を攻撃するか。
岩石を拾ってきて、それでサボに翼を打ちつけてもらう。ゴンゴ
ンの鈍い音がして、岩石が壊れてしまう。
﹁うわ、壊れちゃったすね⋮⋮﹂
﹁だな⋮⋮﹂
俺の方は、まるでダメージを受けていない。
皮膚が硬質すぎるのが原因か。
ちび竜化してるし、防御力は落ちてそうなもんだが、それでもこ
れか。
普段ならありがたいが、こういう状況だとデメリットになるな。
何度試してみても、結局石程度では効果がなかった。かと言って、
黄金ゴブリンの金棒でも効果ないくらいだし。
﹁割とむずいな、痛みを知るって﹂
﹁ちび竜さんは規格外っすからねー。⋮⋮アレなんかどうでしょう。
ここに、デッカい鉈もったオークがいたんすよ。アレと戦ってみて
は?﹂
﹁オークって豚人間? 怪力そうだしいい案かもな﹂
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﹁じゃ探しにいきましょー﹂
探しにいくと、オークは存外簡単に見つけることができた。水辺
で水をゴクゴクと飲んでいたのだ。
豚顔の魔物は想像通り巨躯で、巨大鉈を手にしていた。もう大剣
って呼んでもいいくらいだ。
﹁名前は確かレジェンドオークだったと思うっす﹂
﹁これまた大層な名前だな。オーク界のエースとかそんな感じなの
かね﹂
﹁いやそうじゃなくて︱︱﹂
﹁レジェンドオオオオオ!﹂
﹁︱︱叫び声がアレなんすよ﹂
﹁うえ⋮⋮﹂
なんという期待はずれな豚だよ。でも腕は丸太みたいだし、怪力
には期待できそう。
俺はあえて伏せの体勢をとって、敵さんの鉈攻撃を受けまくるこ
とにした。
﹁レジェンドレジェンドー、オレはレジェンドーッ!﹂ 発狂したように叫んで、何十と鉈の雨を降らせてくる。つくづく
感じるけど、この峡谷にいる魔物って変なやつばっかじゃね?
それはともかく、こいつも外れかも。背中がチクチクするくらい
で明確な痛みは与えてくれないのだ。
﹁おーいサボ、なんかダメっぽい﹂
﹁そうですかぁ⋮⋮あっ、ちび竜さん、そいつブレスで燃やしても
らえます?﹂
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﹁おう﹂
火炎息でレジェンドオークを炎に包む。豚だし、食事でも摂るの
かと思ったがそうじゃなかった。
﹁その燃えてるオークの腹に座ってみてください﹂
﹁なるほど、火傷ってわけだ﹂
妙案かもな。翼だけ焼くのは難しそうだし、他の部位も覚悟で上
に乗る。
炎の熱が俺の全身を包む。
うん、熱気はだいぶ感じるわ。
ところが、熱いかっていうと、そうでもない。
いやちゃんと熱を持ってるのは感じるんだけど、火傷のような痛
覚は走ってこないわけで。
﹁ちび竜さん、熱加減はどーすっかー?﹂
﹁おう、いいあんばいだぞー﹂
﹁そっすか、それなら良かったっす。ゆっくりしてくださいね∼﹂
﹁あんがとなー﹂
﹁﹁ってちがーーーう!!﹂﹂
俺は仲良くハモった後に絶望の淵に落とされた。
しかし落ち込んでばかりもいられねえ。
空を飛ぶことは諦められんぜ。
ネバーギブアップ。
諦めなければ夢は叶う。
宝くじは当たらなかったけども、夢は叶うはずなんだっ。
実は内心疑いつつも、俺はサボと一緒に夢追い竜となった。
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二日ほどだろうか。 二人でありとあらゆる方法を試した。
峡谷の魔物をコンプリートするレベルで戦ってみたし、サボが俺
を抱えて限界まで上昇して、そこから地面に向かって投げてもらっ
たりも。
しかしいずれも、俺に痛みを与えてくれることはなかった。
さすがにアイディアも尽きてきて、二人で地面に寝っ転がってし
まう。
﹁俺ってば、生物として欠陥品なんじゃねえか﹂
﹁ちび竜さんはむしろ完璧なんすよ。けど今回だけは、その完璧が
弱点となってるっていうか﹂
﹁痛みがこれほど恋しくなるなんてなぁ⋮⋮﹂
﹁ですねえ⋮⋮﹂
ともに消沈して、一分ほど沈黙が俺たちを包んだ。
それを唐突に破ったのは、サボだ。
﹁ああああああああああぁあああぁあーーーっ!?﹂
﹁どうしたよ?﹂
﹁な、な、なんてことっすかぁ⋮⋮その手があったとはぁ⋮⋮﹂
﹁いい案か! なになに?﹂
﹁ちび竜さん、それっすよ、それ﹂
そう言ってサボが指さしたのは俺の︱︱︱尻尾である。
﹁うっわああああああああああーー!﹂
俺も叫ばずにはいられなかったね。
灯台もと暗しってこれのことかよ!
55
もちもの
そうなのだ、他の生物とか無機物になんか頼らねえで、最初から
破壊力抜群の自前武器を利用すりゃ良かったって話なのだ。
とにかく、俺は尻尾の先で自分の翼を強く突いてみた。
﹁痛ってえええ!?﹂
はい、成功っす。
二日間悩みまくったのは何だったのってくらい、あっけない幕切
れだった。
自分で体験して知ったけど、こんな危険なモノを俺は敵に対して
繰り出しまくってたのか⋮⋮。
よし、次からはもっと積極的にやるわー。 ﹁いっやー、しかしアレっすね。おれらって、もしかしてバカなん
すかね?﹂
﹁否定はできないのが辛いぜ⋮⋮﹂
﹁何だったんすかこの二日間!﹂
﹁三人寄れば文殊の知恵という言葉があんのよ。俺らの人数は?﹂
﹁二人?﹂
﹁素晴らしい知恵がでなくて当然なんだよ。はっはっはー﹂
﹁そっすねー、ハハハハハハー!﹂
自分がアホなんじゃと悩みそうになったら、何をおいてもとにか
く笑い飛ばす。これ大事。
バカ笑いしてると、小さなことはどうでも良く思えてくる。
さ、ようやく手に入れた痛覚。
これを大事に育てていきたいもんだね。
56
7話 寄り道しようぜ
痛みを覚えてからは成長が速かった。
翼を動かすのが前よりだいぶ楽になったのだ。
初めて浮遊に成功した時は、本気で涙ぐんじまった。
朝から晩まで、サボにアドバイスをもらいながら練習を続けたの
よ。
休んでる時でも、時折尻尾で翼を攻撃したりなんかして。
そうして三日ほど経った頃だろうか。俺は大空を駆ける鳥となっ
ていた。
﹁気分は最高だわーっ﹂
真っ直ぐも右回りも左回りも自由にできる。バックだって可能だ。
まさに縦横無尽に飛行できている。
﹁ちび竜さん、すっごい上達したっすねー﹂
﹁サボのアドバイスのおかげだな。感謝してるわ﹂
﹁試しに、ちょっと勝負して見ません?﹂
﹁いいねー﹂
競争はより能力を高めるだろうしなー。
ゴールは一キロほど先にある岩山の上に決定した。
﹁じゃ始めるっすよ。よーい、スタート!﹂
サボのかけ声とともにレースが始まる。俺は強く羽ばたかせ、ロ
57
ケットスタートをかました。
﹁速っ!?﹂
サボの驚愕する声が後ろから聞こえた。一応先手をとることには
成功した感じだな。
加速も上々で、サボとの距離は少しずつだが開いていく。相手の
必死な顔を見るに手を抜いてるってことはないだろう。
細かい動きではまだまだサボの方が上だが、直線のスピードは俺
が勝るらしい。
﹁ちび竜さん、前、前!﹂
﹁ん⋮⋮?﹂
あー、前方からワイバーンっていう小型の竜がつっこんでくるの
だ。口を大きく開けてるし、俺を補食しするつもりらしい。
﹁氷結ブレス!﹂
飛行しつつ青白いブレスを吐くと、ワイバーンの全身が氷の塊の
中に閉じこめられ、そのまま急速に下へ落下していく。
邪魔者を無事排除した俺は、僅差だがレースでも勝利をおさめた。
﹁マジっすかぁ。もうおれより速いとか⋮⋮ショックっす﹂
﹁真っ直ぐは、まだまだ速くなれそうだ﹂
﹁才能っていうか、種族差を感じるっすね。そろそろ遠距離飛行も
いけます?﹂
﹁ああ、練習はこんくらいでいいだろ。約束通り、そっちの用件を
手伝うわ﹂
﹁あざっす!﹂
58
約束は約束だもんな。俺たちはこのまま死の峡谷からサボの故郷
へ向けて前進することとなった。
サボの故郷⋮⋮リーグル島は、中央大陸からずっと西に進んだと
ころにある諸島の一つのようだ。
死の峡谷は南大陸なので、だいぶ離れた場所にあたる。
移動だけで数日は覚悟しなくちゃいけねえから中々大変だ。
﹁で、故郷は何に困ってるわけ?﹂
﹁それがですね、最近強力な魔物が大量に現れるようになったんす。
今、悩んでるのはアイアンワームっていうやつで、攻撃がほとんど
通じないんすよ﹂
﹁倒し方とかないのか? 昔からいた魔物なんだろ﹂
﹁いえ、それがですね、変異種っぽいんです。だから情報が全然な
くて﹂
ワームに限らず、変異種がチラホラ見受けられるとのこと。
異常現象ってやつだな。
ただ、サボの村には強い亜人や獣人がいるので、今日明日にも滅
びそうって話ではない。
時間の猶予はまだある感じ。とはいえ、このままじゃいずれ危険
だということで死の峡谷までサボが出張したと。
半日飛んだところで、サボの飛行速度が目に見えて落ちた。
﹁どうした、疲れたか?﹂
﹁疲れたっていうか⋮⋮腹が減っちゃって﹂
﹁あー、そりゃそうだわな﹂
﹁ちび竜さんと違って、燃費が悪いんす。この近くにブルリンスっ
て町があるんで寄ってみてもいいっすかね?﹂
﹁おう﹂
59
俺としても異世界の文化には興味あったりするしな。
﹁それからですね、これからはちびさんって呼んでいいすか? 一
般的に竜ってのはさすがにマズイかなって。コモドドラゴンの亜種
で通したいんすよ﹂
﹁それオオトカゲじゃね? 騙せんのかよ﹂
﹁たぶん大丈夫っす﹂
実は竜種で俺くらい小さいのはあり得ないらしい。
生まれたばかりでも一メートルはあるのが普通だとか。
俺みたいにミニマム化できる竜は一般的じゃないのかねえ。でき
てもしないのかもな。厳しい弱肉強食の世界でわざわざ能力を落と
すなんて真似しないと。
高度を下げて、入り口の門へ向かう。サボは着地したが、俺はフ
ワッと飛んだまま前へ進む。門兵とサボは知り合いらしい。
﹁どもっす。またきました?﹂
﹁サボ、だったか。結局死の峡谷にはいかなかったんだな﹂
﹁いえ、行ってきましたよ﹂
﹁嘘つけ。本当ならそんな五体満足でいられるか﹂
﹁あはは、バレちゃったすか。あのですね、食事とりたいんで中入
れてもらえます﹂
﹁入場料を払えばな。ただ⋮⋮そいつは⋮⋮まさか竜か?﹂
門兵は目を眇めて、俺を不思議そうに眺める。
すぐに、自分で言った竜という言葉を否定した。
そんな小さい竜がいるわけないか、って感じに。
60
﹁コモドドラゴンの亜種でして﹂
﹁ガッハッハ! トカゲちゃんか∼。カワイイでちゅね∼﹂
急にアホみたいな口調で俺を撫でようとしたので、逃げるように
飛ぶ。
﹁嫌われちゃったかな∼。⋮⋮ごほん、それはそうと、翼もあるし
魔物だろう? 従魔であれば、悪いが魔力測定と、主人に忠実であ
ることを示してもらう。実はこの間、従魔が他の人間を食い殺した
事件があったんだ﹂
そのせいで、従魔に対する検査が実施されているとのこと。
まずは主人の命に忠実に従うかを見せることとなった。
サボが拾った石を軽く投げ、それを拾うよう指示してきたので、
俺は殊勝な感じに従った。
右に飛べ、左に飛べ、止まる、なども忠実にこなしていく。
感心したように、門兵が手を叩いた。
﹁賢いじゃないか! 俺もそのトカゲ欲しいんだけど、どこで売っ
てるんだ?﹂
﹁売ってないっすよ。ちびさんは野生にしかいないっす﹂
﹁ちびさん、こっちおいで∼、ぐえへへへ﹂
﹁キモ⋮⋮﹂
﹁エッ、喋るのおおお!?﹂
無言貫くつもりだったのに、うっかり口にしちまった。でもその
くらい、この門兵の顔つきがヤバくて。目がイッちゃってるだもん。
﹁あー、とにかく俺は従魔合格なんだろ。早く中入れてくれ﹂
﹁ふへー、流暢な言葉遣いだなー。オジサン、ますますちびさんが
61
欲しくなったぞ。で、も、まだダメなんだな。あまりにも強すぎる
場合、監視官をつける必要がある。ま、トカゲちゃんは必要ないと
思うけど一応仕事だから﹂
門兵は魔力量を計れる壷を持ってきた。触ると魔力を吸い取り、
中で水を生み出す貴重な道具らしい。
魔道具っていうそうだ。
魔力量が多いほど、中から水があふれ出てくる。
﹁一応、水が壷からでなければ合格だぞ﹂
﹁触るだけでいいんだな﹂
指先でちょこん、と触ってみた。
︱︱ドッバアアアアアアアアアアアア!!
壷の口から噴水のごとく水が噴き出してきて、ビビりまくる俺た
ち三人。
え、ちょ、溢れるどころかすげー勢いで飛び出してきぞ。
いったん空まであがった水が重力で舞い戻ってきて俺たちの体を
バシャバシャと濡らした。
髪の毛をペチャってさせた門兵が、俺を指さしながら声を張った。
﹁はいアウトーー! こいつアウトーーーッ! みんな集まってー
ッ﹂
大声で呼びつけるから、別の旅人相手にしてた門兵たちまで駆け
つけてきて、すぐに囲まれてしまった。
﹁おいおい、俺は言われた通りやっただけだぞ。捕まって牢屋行き
62
とかじゃねえだろうな﹂
﹁そんなことしないさ! でも怖いから、監視官がくるまで囲んで
るだけっ﹂
胸張ってだいぶかっこ悪いこと言われたら、苦笑しかできません
わ。
門兵たちの好奇の視線を浴びながら、監視官とやらが到着するの
を辛抱強く待つ。
少しして、町の中からようやく姿を見せてくれた。
どんなゴツいのがくるかと思ったら、華奢な少女だからビックリ
した。
﹁あれが監視官? 若くねえか﹂
﹁侮るなかれ。ああ見えて、監視官一の実力者だ。少なくとも俺な
んかとは比べものにならん﹂
﹁うん、それは何となくわかるわ﹂
﹁あ、やっぱり? 俺ってコネでこの仕事就いてて、実は魔物と戦
ったこともないんだよねー﹂
がはははー、と恥ずかしげもなく笑うおっさんを見て俺は思った
ね。
この町、大丈夫なのかなって。
63
8話 美少女戦士︵前書き︶
本日3話目
64
8話 美少女戦士
監視官付き、という制限ありで入場を許可された。
門をくぐると、その監視官が丁寧に挨拶をしてくれた。
﹁私はアスラって言うの。ここで監視官をしている十八歳だよ。見
た感じ、二人とも悪い人じゃないのはわかるけど、一応規則だから
我慢してね﹂
赤茶色の長い髪を後ろで三つ編みにして、格好は落ち着いた感じ
の上着にロングスカートの組み合わせ。
顔はたまご型の輪郭で、目鼻立ちは優しい印象を与えるように整
っている。
派手な美人ではないけど、清廉な感じがするし男性人気は高そう
だ⋮⋮なーんて思ってたら、
﹁︵ちびさん、アスラさんってかなり可愛くないっすか?︶﹂
早速、目がハートになっちゃってるおバカちゃんがいるじゃねえ
の。
恋に落ちるの早すぎっすよ、サボさん。
竜だからわかんねえっす、と相手にしないで俺はそっぽ向く。で
もサボじゃない方から視線を感じたから、そっちに顔を向ける。
﹁⋮⋮かわいい。お名前なんて言うの?﹂
﹁面倒だし、ちびでいいわ﹂
﹁ちびちゃんね。何か食べたいのない? お姉さんがオゴっちゃお
っかな!﹂
65
このマスコット的な見た目が少女のハートにはキュンときたらし
い。贔屓にされてる感がすげー。
金もないし、オゴってくれるならやぶさかではないぜ。
アスラに案内され、飲食店の中へ俺たちは入る。
何が良いかわからんので、注文はアスラにお任せ。
﹁店員さん、フルーティサンド三つとグロ魚の湯煮を。あ、サボさ
んは自腹でお願いね﹂
﹁うい⋮⋮﹂
ヘコむサボと、ビビる俺。
何にビビってるかって?
グロ魚の湯煮とかいう、言葉響きの悪い料理にだ。
﹁二人ともこの地方出身じゃないよね? 雰囲気でわかるよ﹂
﹁おれは遠くの島からっす﹂
﹁俺は、一応死の峡谷出身ってことになんのかな﹂
﹁死の峡谷って⋮⋮。どおりで、魔力も並じゃないわけだ。見た目
に反して強いんでしょ﹂
﹁そっちもそうなんじゃねえの? だから監視官なんてやってる﹂
﹁魔法が結構得意なんだ。あ、料理がきましたよー﹂
皿にのってやってきたのはフルーティサンド。
長めのパンに切り目を入れ、そこに色とりどりの小さい果物が詰
まっている。
ラズベリーのように小さめのイチゴっぽいが、青緑黄色∼と七色
を超える彩り。
はむ、と食べて、舌鼓をうつ。
甘酸っぱさが口の中に一気に広がった。鼻に抜けるような果物の
66
香りも悪くない。果物と︵少し固めだが︶パンの感触とが混じって
いい具合に胃の中に落ちていく。
竜になっても味覚自体は、ちゃんとあるな。地味に嬉しいわ。
俺もサボもすぐに皿を綺麗にした。タイミングを見計らったよう
に店員が次の料理を運んできた。
⋮⋮うえ。
これが、グロ魚の湯煮か⋮⋮。
料理自体は実は普通なのよ。味付けされた切り身の魚の肉があり、
その上に三つ葉が乗せられている。
これだけだと、普通のうまそうな魚料理。
問題は隣の皿だ。
わざわざ、魚の顔だけ切り取って上向きに乗せられているのであ
る。
ぎょろっと開かれた目玉、開かれた口には細く尖った歯がビッチ
リ、皮の色は赤黒い。
﹁何でこれ持ってきた? 客に出しちゃいけねえだろ﹂
﹁わかってないなー、ちびちゃん。まずは切り身を食べてみて﹂
勧められるままに一口。
﹁⋮⋮⋮⋮ウマ﹂
魚なのに、豚の角煮に似た味だった。
タレがほど良くしょっぱくてグッド。
そして、口の中に入れた瞬間トロけるほどに柔らかい。白米が恋
しいぜ。
﹁じゃ次はねー、これどうぞ﹂
67
アスラはスプーンでグロ魚の目玉をえぐるように取り出す。スプ
ーン上で転がる目玉が薄気味悪い。 けど、さっきの切り身も美味かった。
ここは信じてチャレンジしてみることにしたら︱︱
﹁うめええええええ!﹂
噛んだらぐにゅ、という感触がしてジワーと液体が漏れ出たのが
わかった。その汁が、俺を発奮させたというわけだ。
豚骨スープみたいな濃厚な味なのに後味が爽やか。
しかも飲んですぐに、胃や食堂がポカポカと温かくなってきて心
地よい。
もう片眼もすぐにいただいた。
もはやグロさなんて気にならない。
俺だけじゃなくサボも絶賛なので、異世界人にとっても美味らし
い。
﹁これ癖になる味っすね﹂
﹁ああ、俺もビックリだわ。こんなグロ魚なのに﹂
﹁見た目悪いのって案外おいしいの多いんだよ﹂
ゲテモノ料理ってやつだな。
ゲテモノ美食家に親近感を覚えそうで困る。
十分食を楽しんでから、店を後にした。
通りを歩くだけで、俺たちは注目の的だ。
俺が目立つのもあるが、このアスラも人気者らしい。
﹁寄っていってよアスラちゃん。おまけするよー﹂
﹁アスラ∼、今日も仕事頑張れよ∼﹂
68
﹁困ったら何でも相談してね﹂
道行く人や店の主人なんかが温かい笑顔を咲かせるのだ。
その様子を見たサボが、また俺に耳打ちしてくる。
﹁ちびさん、おれとアスラさんの恋のキューピットになってもらえ
ないっすか?﹂
﹁おまえは故郷の心配しとけよ﹂
﹁だってぇ、めちゃタイプなんですもん﹂
﹁なになに∼、私がタイプだって?﹂
﹁あわっ、あ、アスラさん、ひどいっすよー﹂
﹁アハハ、ごめんね、盗み聞きしちゃって。でも私はサボはあんま
りタイプじゃないな∼﹂
﹁しどい⋮⋮﹂
﹁あ、ちびちゃんはすっごいタイプです!﹂
そう言うと、楽しそうに俺に抱きついてくる。
頭撫でられたり、尻尾プニプニされたけど、抵抗はしない。さっ
き飯オゴってもらったので、少しくらいは体を許すわ⋮⋮うふん。
うん、自分でもキモい。
体中をペタペタ触られながら、俺は訊いた。
﹁監視官以外にも何かやってるか? 人気高すぎ﹂
﹁実はね、私は個人的に﹁きゃーー、きゅうり泥棒よーー﹂あらら﹂
話の途中で、何ともまぬけな響きが聞こえてきたのよ。
きゅうり泥棒って⋮⋮。
﹁さーて、捕まえますかー﹂
69
腕まくりしてやる気を出すアスラだが、きゅうり泥棒は俺たちと
は逆の方に逃走している。
距離はだいぶ遠めだ。
健脚なのかなー、と様子を窺ってたら、何だか難しい単語並べた
呪文みたいなのを口にするアスラ。
﹁ハッ!﹂
それが終わるなり地面に両手をつけた。
何やってんの?
俺がそうツッコもうとした時、遠方から一つ悲鳴があがった。
巨大腕を象った土がいきなり地面から隆起、泥棒をアッパーでぶ
っ飛ばしたのだ。
泥棒は一発ノックアウト、起きあがれない。
﹁土腕という魔法なの﹂
へー、ファンタジーなことで。
ここぞとばかりにアスラは得意げな顔でポーズを決め、自分語り
を始めた。
﹁表の顔は監視官、しかしその裏の顔は! ︱︱平和をこよなくあ
いする美少女戦士︱︱アスラよ!﹂
ノリノリすぎて、俺とサボが反応できないでいたらコメントを催
促された。
﹁さ、最高っす! よっ、美少女戦士アスラ!﹂
﹁ありがと∼。ちびちゃんも!﹂
﹁自分で美少女って言っちゃうセンス﹂
70
﹁冷めた反応ありがと∼!﹂
ともあれ、この美少女戦士はボランティアで町の見回りをしたり
困っている人に手を差し伸べたりしているっぽい。
人気の秘訣はタダ働きだったわけだな。
俺とは真逆の属性備えてやがる。
﹁ところで、ちびちゃん。実は町中での魔法、特に攻撃系は強く禁
止されてるんだ。使った種類によっては死刑もあり得るほど⋮⋮﹂
﹁ってことは、おまえ⋮⋮﹂
﹁特別職につく人は別だけどね!﹂
﹁うっざ﹂
﹁ひっかけてゴメンねー! 心配してくれてあーりがとー﹂
てへぺろってやるあたりで、こいつの性格が掴めてきた。一見清
楚に見えるけど中身は生粋の元気娘ってやつだ。
ま、サボ同様に悪いやつじゃなさそうだ。監視官としては当たり
なんじゃねえかな。
泥棒も捕まって、ホッと通りが落ち着きを取り戻した。
したのだが⋮⋮またすぐに喧噪に飲み込まれることとなる。
一人のおっさんが、大声を発しながら通りを走り抜けていったの
だ。
﹁また出たぞー! また首無しの死体が出たぞーー!﹂
猟奇的なやつはどこにでもいるようだな。
首無しか⋮⋮異世界も物騒だわ。
71
9話 犯人捜し
殺人事件が起きたとなれば、美少女戦士アスラが放っておくわけ
もない。
現場に急行した。
俺とサボも野次馬的なアレで同行することになったな。
さっきの混雑したところとは違い、そこは普段はヒッソリとして
いるであろう裏通り。
普段は、としたのは今は狭い道が人で溢れかえっているからであ
る。
俺らと同じ、野次馬が大勢いるってわけだ。
﹁どいてどいてー、衛兵﹃の友達の友達﹄だよー!﹂
アスラが人をかき分けて前へ進む。﹃﹄はスーパー小声で話して
たな。
友達の友達ってもはや他人じゃないっすかね。
アスラのテクニックのおかげで死体を目にできたから文句は言わ
ないが。
﹁⋮⋮グロいな﹂
﹁そうっすね⋮⋮﹂
俺もサボも魔物のグロい死体は見てきた、というより作ってきた
けど、人間はさすがに。
とりあえず、服装から女だとわかる。
無駄かもしれないがプロファイリングしてみる。
72
﹁犯人は男の可能性が高いな。そして他の部位に損傷が見られない
ことから、女の顔に性的興奮を覚えるタイプかもしれねえ﹂
﹁今回は女性だけど、前回は男の人だったよ?﹂
﹁どんまいっす、ちびさん﹂
うーん、慣れないことはするもんじゃねえな。
恥かくだけだわ。
つーか、連続殺人なんだっけか。
こんなんが何度も発生してりゃ、野次馬の集まりも早いわけだ。
アスラが言うには、首無し殺人事件が始まったのは二週間前。そ
して今回で七件目らしい。
二日に一回のハイペースで事件が発生している。
﹁みんな犯人を探してるけど、手かがりすら掴めないの﹂
有力な犯人の目撃情報も今のところはなしと。
殺人現場を離れた俺たちは、町の入り口へと足を向ける。
もう食事はすんだ。
町に留まる理由はないのだ。
といっても、サボの足取りはかなり重いものだが。
﹁⋮⋮ちびさん、ちょっといいすか﹂
相談内容は予想がついた。
﹁実はおれ、もうちょっとこの町残りたいなって思ってて﹂
﹁俺は別に構わねえけど、生活費はないぞ﹂
﹁そこは安心してください。村長から万が一のために金はもらって
きてるんで!﹂
73
ヒソヒソ話で、目当てはアスラかと聞く。そうではないと返って
きた。もちろんアスラも気に入ったが、それ以上に殺人事件が気に
なるんだそうで。
﹁なんか胸くそ悪いじゃないっすか。あんなことする畜生は捨て置
けないっす﹂
力は弱いけど漢気があるからなサボは。
元々一ヶ月位を目安に戻ってこい、と村長には言われていたらし
い。
まだ島を出て二週も経過してない。時間的には余裕だそうだ。
﹁︱︱ゴホゴホ、ゴホッ!﹂
と、そこでアスラが急にせき込み出した。
気管に唾でも入ったか、と最初は眺めていたが⋮⋮一向に止まら
ない。
﹁おい、大丈夫なのかよ﹂
﹁ゴホゴホッ、私なら、大丈夫、だから⋮⋮﹂
そうは思えなかった。
吐血までするくらいだから。
﹁薬、飲めば⋮⋮﹂
腰のポーチから紙に包まれた粉薬を取り出し、アスラはそれを飲
む。
咳はだいぶ治まったものの、未だ顔が青白い。
目だって虚ろだ。
74
とうとう失神して転倒しそうになったので俺とサボが素早くサポ
ートに回った。
﹁これくらいの町なら、治療院があるはずっす。探しましょう﹂
﹁おう﹂
サボがアスラを抱き抱え、俺が人に治療院の場所を訊くことに。
武器を持ち、生傷をこしらえている頑強な男に尋ねてみる。ああ
いう傭兵っぽいのなら、治療院の場所くらいはチェックしてるだろ
う。
﹁おわっ、珍しい生き物だな。竜⋮⋮にしては小さすぎるか﹂
﹁竜でもトカゲでもいいから、治療院の場所教えて欲しいんだけど﹂
﹁ああそれなら⋮⋮﹂
案外近かったので、五分とかからずに駆け込んだ。
他にも待っている客はいたが、緊急ということで急患で見てもら
うことに。
四十くらいの治療師は、アスラのことを知っているようだった。
﹁発作が出たのかい?﹂
﹁そうなんすよ。急に血を吐いて、薬は飲んだんすけど意識が﹂
﹁薬を飲んだなら、ひとまずは大丈夫だ。あれは副作用が強くてね、
発作を止めてくれるが気を失うこともある﹂
そこまで強い薬を飲むってことは、重病なのかね。
それとなく探りを入れてみたが、治療師は病名は教えてくれなか
った。
数時間後にまた訪ねるよう言われたので、一端は外へ出ることに。
最低でも数日はここで過ごすことになるため、サボと宿の確保を
75
しておいた。
﹁アスラさん、何か重い病気だったりするんすかね⋮⋮﹂
﹁どうだろな。薬さえ飲めば重篤にはならないのもある。考えても
わかんねえな﹂
﹁今は、殺人犯を探すのを優先しましょう。おれもただの人間相手
なら、そこそこ戦えるんすよ。空中投擲術ですね﹂
空から一方的に石や刃物を投げつける戦法らしい。
飛行できるって時点で、メリットでかいもんな。
﹁でも相手が強い可能性もあるんすよね⋮⋮﹂
﹁一撃で首切ってるからな﹂
﹁欲しいものとかあったら買ってあげるんで、手伝ってもらっても
いいすか?﹂
﹁特にやることもねえしな﹂
﹁あざっす!﹂
そういうわけで、俺たちはまず情報集めから始めることとなった。
町中は、事件に詳しいやつが結構いた。有用な話を聞くこともで
きた。
たとえば、首が無くとも被害者の身元は判明してること。
服装や肉体的特徴。あとは家族や友人が探してて、本人だと認め
たりと。
被害者は、性別も年齢も職業もバラバラで目立った共通点はない。
無差別殺人事件だと、人々は話していた。
でもそう決めつけるのは早計なような気が俺はしたな。
もしかしたら、殺された奴らに共通する知人がいたりするかもし
れない。ということで、順番に被害者の知人や近所の人から情報収
76
集することに。
全員分聞き終える頃には、夕日が沈みかける時分になっていた。
残念だけど、七人に共通した友人はいない。
けど、収穫はあった。
﹁被害者は全員、他人に恨まれてたっぽいな﹂
﹁酷いの多いっすよね∼。悪人悪女。殺されても仕方がないってい
うか﹂
そう。
一人の例外もなく、屑ばっかりなのよ。
悪徳な金貸し屋から、男から金を絞りとってポイ捨てする女、新
人潰しの冒険者、平民をいじめ倒している貴族。
とにかく悪評ばっかりでゲンナリしたほどだ。
被害者に共通してんのは、強欲で性格が死ぬほど悪いってことだ
った。
犯人は正義の味方気取り、な人物だろうか。
さすがに全員に恨みがあったとは考えにくい。
﹁︱︱それはともかく、サボ。気づいてるか?﹂
﹁はい、一応。冒険者ギルド出たくらいからっすよね﹂
﹁気になるし、接触してみっか﹂
冒険者の被害者を調べる際に、ギルドを訪ねたのだが、そこを出
てからどうも尾行されてるっぽい。
人が多いとこでは仕掛けてこないだろうから、わざとひと気の少
ない場所まで移動する。
立ち止まって、振り向く。
77
四人、か。
全員武器持ち、装備も中々に立派だ。
普通に考えりゃ冒険者だろう。 顔つきは全員敵愾心丸出し。
睨みつけながら、俺たちの前にやってくる。
﹁てめえら、よそ者だろ。何でコソコソ事件のことかぎ回ってやが
る﹂
﹁べ、別にいいじゃないっすか。悪いやつが許せないんすよ﹂
﹁嘘つくな! どうせ報奨金が目当てなんだろうが。犯人はオレら
が捕まえる。余計な真似してんじゃねえぞ﹂
ああ、そういや犯人を捕まえると大金がでるんだったな。ってい
うか、報奨金目当てなのはおまえらじゃねえか。
剣やら斧まで抜いて、こっちを威嚇してやがる。
こうやってライバル減らしをしてるってわけか。
翼持ちの俺やサボは、普通の人間より行動範囲が広い。
上空から町を監視したりもできる。あいつらからしたら脅威に映
るのかもしれない。
﹁二度と犯人探しをしねえってなら、命だけは助けてやる。どうす
る?﹂
﹁助けない方で頼む﹂
﹁あ? 主人の方に言ってんだよ。従魔のくせに偉そうに﹂
﹁おまえらよりは偉いだろ﹂
少なくとも俺は、他人に刃物見せて脅したりしねえもん。
相手さんがプッツンしたのがわかったので、俺はさっさと氷結ブ
レスで膝から下を凍らせる。
殺さずの技を身につけておいて良かったわ。
78
﹁なっ、なんだよ、こりゃあ!?﹂
﹁さて、もしおめーらが俺の知らない情報を持っていた場合、無事
に返してやるわ。でもロクな情報を持ってなかった場合⋮⋮﹂
ブォオオオオオオーーッと熱気が辺りに蔓延する。
空に向けて、俺が口から炎の渦を放ったのである。
奴らは顔面がヒクヒクとひきつっていた。
俺はおまえらと違って、刃物で人を脅したりなんかしないよ。 刃物では、ね?
79
10話 それぞれの生き方
チンピラまがいの賞金稼ぎたちは、俺たちの知らない貴重な情報
を持っていた。
﹁実は、殺されたやつらはみんな、人から恨みを買ってたやつらな
んです﹂
﹁ああ、それは知ってる。悪人が多かったみたいだな﹂
﹁はい、そこで俺たちは次に襲われるやつらを絞りこんでまして﹂
へえ、こいつら中々頭が回るらしい。次に殺されそうな人間のリ
ストを作っていたとのこと。
俺たちと違って、ここがホームの人間だし、そういう情報集めは
得意なのだろう。
もう完全に降伏してるらしく、惜しげもなくそのリストを渡して
きた。羊皮紙に書いてあった名前は二つだった。
﹁二人とも相当アレなやつでしてね。おそらく、そのどっちかがや
られるんじゃねえかって﹂
﹁二人のプロフィールよろしく﹂
﹁片方は治癒師で腕は確かなんですが、ぶんどる金額が普通じゃな
いみたいですね。もう一人はダーマ教ってやつの教祖です。教祖と
いう立場を利用して好き放題やりまくってるっぽくて﹂
両方とも一癖二癖ある人間のようだ。
基本的な行動パターンを聞き出してから、俺はチンピラたちに質
問する。
80
﹁それで、おまえらってこれから俺たちのライバルになんのか?﹂
﹁い、いえいえ、もう⋮⋮諦めました。だからもう勘弁してくださ
い﹂
ということなので、俺たちはこれ以上は痛めつけることはせず、
表通りの方へ移動した。
そろそろ日が暮れる。
アスラのいる治癒院へ戻ろうとして、
﹁いたいたーっ! さっきはありがとね∼﹂
元気いっぱいにアスラが俺たちの元へ駆けつけてきた。顔色も良
くなったし、薬が効いたのか。なんだかんだ心配だったからホッと
したわ。
﹁︱︱ふぇっ、もうそんな情報手に入れちゃったのー!?﹂
あの後の成り行きを話すと目をまん丸にして驚いていた。
﹁ちびさんは本当強いっすからね﹂
﹁へー、ナイスな働きだね。それで、やっぱり君たちも賞金目当て
に捕まえるの?﹂
﹁まーもらえるなら貰うけどな﹂
ただ条件が生け捕りなんだよな確か。犯人の素顔が判明してない
以上、殺しちまったらそいつが犯人だと証明もできないし。
﹁それなら、三人でチーム組まない? 私は地の利があるから多少
は役立つと思うよ﹂
﹁ちびさん、どうですか?﹂
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﹁俺は別に構わないけどな﹂
﹁じゃあ決まりっすね! 三人で頑張りましょう!﹂
即席ではあるが、チームを組んで事件に当たることに決定した。
一応今晩から活動を開始することにはしたけど、さすがに今日は
事件が起きない可能性が高い。
昼に一人殺されたばかりで、見回りの兵たちの数もかなり多いし。
宿で晩飯を食べながら今後の相談をする。
ちなみに、アスラもここに宿泊するらしい。
﹁一応、監視官だからさ。もちろん部屋は別だから我慢してね﹂
﹁すげえ大変な仕事だな。報酬はいいの?﹂
﹁かなり良いよ。ただいつでも仕事があるわけじゃないから、実は
そこまで大変じゃないんだ。問題を起こす人は稀だしね﹂
﹁俺らはその稀に含まれたりして﹂
﹁だいじょーぶ。私これでも見る目あるから。二人ともそんな悪い
人じゃないのは一瞬でわかったよ﹂
なるほど、慧眼の持ち主っぽくはあるな。
さてさて、世間話はここらで終わりにして、本題に入る。話し合
うのは活動内容についてだ。
次のターゲットにされそうなのは二人いる。どっちかにヤマを張
って行動するか、もしくは二手に分かれてみるか。
﹁一つしつもん! ちびちゃんの方がサボさんより強いんだよね?﹂
﹁もちろんっす﹂
﹁じゃあ、私とちびちゃんだったら、どっちが強いかな?﹂
なんで急にそんな話するかには、ちゃんと理由があるらしい。
82
﹁一番強い人が単独行動した方が良いよね。犯人も手練れかもしれ
ないじゃん? それで弱い方がサボさんと行動する。相手が予想以
上に強い場合は、サボさんがもう一人に連絡して助けにきてもらう
と﹂
そういう狙いか。悪くない発想じゃねえかな。
﹁相性の問題もあると思うけど、軽く戦ってみよっか?﹂
ずいぶんと軽いノリで誘ってくるんだな。でも大事なことだから
俺もそれに乗ることにした。
魔法の腕は相当あるみたいだし、あっちも自信はあるのだろう。
飯を食ってから、人気のない場所で二人で模擬戦を行った。
◇ ◆ ◇
結果からいうと、やっぱり俺が勝利をおさめた。
アスラは土魔法使いで、中々多彩な攻撃を見せてくれたけど、俺
の反射神経をもってすれば見切ることは容易だったと。
というか見切らなくても、大したダメージは受けなかったかもし
れない。やたら硬いし。
この勝負の結果をもって、俺が単独行動することに決まったわけ
だ。
﹁ちびちゃん、治癒師と教祖、どっち行く?﹂
﹁興味あるのは治癒師かねえ﹂
こちらの治癒師は回復魔法を使うやつのことを指すらしいのだ。
83
何だかんだで興味はある。
ちなみに今回の治癒師とは、アスラは顔見知りらしい。
﹁前に一度だけ見てもらったことあるの。でも悪い人じゃなかった
と思うのよね∼。無愛想ではあったけど﹂
﹁表の顔と裏の顔は違ったりするからな﹂
﹁一日に二人殺されたこともあるから今日も油断しないでね∼﹂
﹁そっちもな﹂
﹁がんばろうね!﹂
こうして俺たちは二手にわかれて犯人捜索に当たることにした。
教えてもらった治癒院に向かう途中、ふと、あることが気になる。
今回の治癒師は性格はともかく、凄腕だと聞いた。
アスラは、その治癒師に過去に看てもらったにもかかわず、まだ
あんな状態なのか。
回復魔法じゃ治らない類なのかね。それとも料金をふっかけられ
てキレちまったとか。
そんな事を考えながら、俺は治癒院の前で張り込みをする。人の
入りはそこまで良くない。が、たまに入っていく客はみんな勝ち組
っぽいやつばかり。
身なりが良い貴族っぽいのとか、ピカピカの高そうな鎧を着込ん
だやつとか。
一流のやつだけが利用する高級店って感じなのかね。
おっ、出てきた!
背が高くて、渋い顔の四十代くらいのおじさんだ。
目つきがかなり鋭く、怜悧そうな雰囲気が滲みでている。やり手
の大先生って感じだぜ。
もう月が夜空に出てからはだいぶ立つ。時間にして深夜の十二時
84
とかそんな感じだ。
こんな時間までよく働くなー、と俺は感心した。俺も会社にいた
ころは、時折残業して報告書とか一生懸命作ったもんよ。
カップラーメンすすりながらだと、紙に汁が飛び散って焦るんだ
よな。それで上司に怒られたこともある。
と、楽しくない回想はここまで。
動きがあったのだ。院から治癒師が歩きだそうとしたタイミング
で馬車がやってきて急停止したのだ。
中から出てきたのは身なりのよい貴族だ。
﹁よ、良かった、まだいたかライド。頼む、すぐに治療してくれ!﹂
﹁これは男爵、お久しぶりですね﹂
﹁挨拶などしている場合じゃないんだっ。オオドクムカデに指を刺
されてしまったんだよ! 早くしないと毒が回って死んでしまう﹂
ライド
慌てまくる貴族とは対照的に、治癒師は落ち着き払った様子で質
問する。
﹁その毒虫は見た目とは裏腹に大人しい性質です。よほどの事がな
い限り人間を刺したりしませんが﹂
﹁私は趣味で飼っているんだ。他の毒虫と殺し合いをさせようとし
てたのだが、中々戦う姿勢を見せないから刺激してたら指をやられ
た﹂
いるよなー、そういう毒虫バトル好きなやつ。
ライドは眉一つ動かさないが、呆れ返っているのは冷め切った目
をみれば瞭然だ。
﹁まったく理解できませんね﹂
85
﹁いいから頼む、金なら出す! 解毒系の魔法をかけてくれえっ﹂
﹁では金貨二百枚いただきます﹂
﹁に、に、二百枚だと!? ふっかけるのもいい加減しろ! たか
が町の治癒師風情が!﹂
﹁では、他をおあたりください﹂
﹁待て待て、私にそんな態度をとって覚悟はできてるのだろうな!
どうなっても知らんぞ﹂
﹁では、解毒してからまたお越しください。ちなみにオオドクムカ
デの毒は、大魔法レベルでないと消せませんよ。私の記憶が定かな
ら、大魔法の解毒を使えるのはこの町に一人だけだったはずです。
それでは失礼﹂
貴族相手だろうと知らねーよ、といった態度には非常に好感が持
てるね。
ああなってしまっては、もう貴族としてはプライドか自分の命を
捨てるかのどっちかしかない。
案の定、プライドの方を捨てるみたいだ。
先ほどまでの非礼をわび、金貨二百枚を払うことを了承したので
ある。
治療が終わると、大した挨拶もせずにライドは前へ歩きだした。
夜だからってこともあり、ひと気のない道が多い。
十分ほど進んだところで、ライドはひたと足を止める。そのクー
ルな視線は、道脇に座り込んでいる若者に注がれていた。
腹を手で押さえている。どうも怪我しているらしく服には血が滲
んでいた。息もかなり荒く、放っておけばマズいことになる。
ライドは静かな口調で若者に問う。
﹁何故、治癒院にいかない?﹂
﹁ハァハァ⋮⋮馬鹿か? おれ、の、格好を見てわかれよ。そんな
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金あるか⋮⋮﹂
若者は町人の平均よりだいぶみすぼらしい格好をしてる。
ホームレスなのかもしれない。高額どころか安価な値段でも利用
できない可能性も高かった。
それなのにライドは迷わず若者の腹を治療した。傷口に手を添え
るようにすると掌に光が生まれ、みるみる内に若者の状態が良くな
った。
﹁なん、で。金なんかねえぞ﹂
﹁構わん。私はただ可能性にかけてみただけだ﹂ ﹁可能性?﹂
﹁おまえの未来だ。将来、今日という日があって良かったと思える
時がきたら、私に治療代を払いにこい﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁あまり無茶はするなよ。ではな﹂
クールな中にも人間くささが感じ取れる行動に、俺はわりと感動
してたりする。
イカしたやつもいるじゃねえかと。俄然興味が出てきたので、俺
はウキウキした気分でライドをつける。
あれは、恨みを買うタイプじゃねえよ。人によってはふっかける
が、傷はきっちり治すしさ。
コッコッ、と規則正しく鳴らされていた鋲の音が止まる。そして
唐突にライドは背後を確認した。
俺はもちろん物陰に隠れている。いるが︱︱尾行がバレバレだっ
たようだ。
﹁隠れていても無駄だ。何用だ?﹂
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﹁バレちゃ、しょうがねえなー﹂
﹁⋮⋮竜。いや、見慣れない生物だな。言語も操るか﹂
﹁トカゲの仲間って認識でかまわねえよ。何でバレたの?﹂
﹁回復以外に、気配探知系の魔法も使えるんだ﹂
やっぱ優秀なんだなー。隠しててもしょうがないし、何より俺は
こいつが気に入ったので正直に話をする。
﹁最近発生してる猟奇的な事件の犯人を探してる。で、あんたが次
に狙われるかもって予想して尾行してた﹂
﹁何故私が?﹂
﹁被害者の共通点は、人に恨まれていることだったらしい﹂
﹁なるほど、ならば目の付け所は悪くない﹂
﹁どうかねー。あんたの本質はそうでもないだろ﹂
﹁魔物に評価されるのは初めての経験だよ﹂
ここで初めて、わずかだが笑みを見せるライド。
俺も話題を変え、アスラのことを訊いてみる。
なんで治療してやらなかったのか、という話だ。
﹁彼女か。もちろん記憶にある。端的に言って、あれは手の施しよ
うがない﹂
﹁重病か?﹂
﹁死病だ。それも治療法がない。薬で一時的に症状は押さえられる
が根本治療には至らない。そして、私の治癒魔法も決して万能では
ない。残念だが、彼女にはまるで無力だった﹂
マジか⋮⋮。せき込み方や吐血から危険な香りはしてたが、まさ
か不治の病とはな。
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﹁あと一月⋮⋮いいや、無茶をすれば今日にでも旅立ってもおかし
くない容態だ。私は監視官をやめ、己の生涯に時間を使えとアドバ
イスはしたのだが⋮⋮﹂
﹁聞いちゃくれなかった、ってか﹂
﹁ああ、これが私の生き方だとキッパリ言われたよ。ああまで言い
切られると、私には何も言えないさ﹂
ライドといい、アスラといい、この町に住む人間は一本筋が入っ
てていい感じだな。嫌いじゃないぜ。
﹁む、何だ⋮⋮?﹂
﹁あー、なんかくるな﹂
俺とライドが同時に夜空を見上げた。
静寂の夜に羽音をたてながら、そいつは真っ暗な空から俺の横に
降り立った。
89
11話 魔剣と涙
二手にわかれることとなったちび竜とアスラ&サボ。
アスラとサボは、ちび竜と別れた後、準備を整えてからダーマ教
の教祖のところへ向かう。
途中、アスラはサボの顔をじっと見つめながら一つ質問をした。
﹁ちびちゃんってさ、まさか邪竜じゃないよね?﹂
﹁南大陸の邪竜って生きてるんすか?﹂
この大陸の邪竜は死んだ。それはサボの島のみならず、世界では
常識となっている。
かつて神を殺したという邪竜は全部で五体いるとされる。
神を抹殺後、五体はバラけるように、それぞれ別の大陸へと住み
着いたのだ。現在でも、残る四体の邪竜は生存が確認されているが、
南大陸の邪竜だけは約百年前から一切姿を見せていない。
よって、すでに死んでいるだろうと判断されているのである。
﹁だよねー。でも普通の強さじゃないから、邪竜が擬態してるのか
なーって思ったんだ﹂
模擬戦とはいえ、実際に拳を交えたアスラには、その底知れぬ強
さが伝わっていたのだ。
﹁さすがにそれはないと思うっす。でもちびさんが無敵なのは確か
ですね﹂
﹁そっか、ならいいんだ。犯人が予想以上に強くてもあっちは大丈
夫そう﹂
90
﹁おれたちも気合い入れてきましょう﹂
﹁そうね﹂
これまでの殺人事件はすべて屋外で行われている。
そのため、教祖が建物から出た後に見過ごさないようにする必要
があった。
アスラは地上からダーマ教会を。翼のあるサボは上空から見張る
ことにした。すでに外は夜だが、ともに夜目には自信があった。
教会では集会が行われているようで、真夜中までそれを続いた。
信者たちが一斉に教会から出てくる中に、教祖もいたのをアスラは
見逃さない。
﹁あれね。名前はトールドだったわよね﹂
恰幅の良くて、禿頭の中年男性。これみよがしに金色のアクセサ
リーを体中に身につけている。
普通、教祖というのは慎ましくする者も多いが、トールドは別な
ようだ。
だがそれも納得できる。アスラもトールドの悪評は聞き及んでい
た。
魔力を持たない壷や木彫りの像などを魔道具と偽って信者に高額
で売りつける。
金のない者に所持品や家を売るように命令する。
他にも、気に入った女性教徒がいれば権力にものを言わせて手込
めまがいのことを行う。それが例え人妻や、幼い少女だとしても。
どれも噂でしかないが、火のないところに煙は立たない。評判が
悪すぎるのには、何か理由があるのだろう。
﹁それでは皆さんに、神のご加護があらんことを﹂
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信者との別れの挨拶は非常に和やかに終わる。一見、トールドの
外面は悪くない。しかしアスラには作り笑いにしか思えない。目が
まるで優しくなかったからだ。
トールドは取り巻きを連れず、一人での移動だった。
珍しい、とアスラは思う。この町はそれほど治安が良くない。よ
って、あんな煌びやかな格好をした者が夜中に単独でいれば、犯罪
に巻き込まれる確率は低くない。
けれども、トールドは立派な帯剣もしていた。
こちらもゴールドが塗ったくられたような鞘で非常に目立つ。威
嚇用でもあるのだろう。
︵あれ、そっちにいくの?︶
アスラが驚かされたのは、トールドがさらに治安が悪いスラム街
の方へズカズカと進んでいくからだ。
一般社会からははみ出した者や、前科者などがウロつく危険な場
所である。犯罪が日常的に行われているため、取り締まりが追いつ
けず、ほぼ野放しとなっている状況なのだ。
町の住民ならば、まず近寄らないところといって良いだろう。
気取られぬよう尾行していたアスラは、唐突に起きた珍妙な光景
に目を細める。
﹁またか? でも今日は兵士たちもウロウロしているんだぞ﹂
﹃⋮⋮否﹄
﹁ウウム、ワタシとしてもコレクションが増えるのはありがたいが
⋮⋮﹂
﹃殺殺殺﹄
﹁スラムにいる奴らでは?﹂
﹃否。我愛、狡猾﹄
92
﹁ああ、確かに、ここらへんの奴らは単純すぎるか﹂
トールドと誰かの会話なのだが、その相手の姿はどこにも見あた
らないのだ。
どこかに潜んでいるのかとアスラが注意を深めたところで、よう
やく声の出所が判明した。
腰だ。
トールドの腰あたりから声が発されているのだ。
剣、と言った方が良いだろう。
﹃背後⋮⋮追尾﹄
そう剣が指摘すると、トールドが急いで振り返る。一応、アスラ
はゴミの詰まった木箱の陰に身を潜めているので、相手からは見え
ないはずだが、トールドは隠れていることを前提で話をしてくる。
﹁出てきた方が身のためだ。逃げてもいいが、背後から心臓に穴を
あけられるハメになるぞ﹂ アスラは容姿とは裏腹に気が強いところがある。
隠れるのはやめて、堂々と姿を晒した。
﹁むっ、お前は監視官の⋮⋮﹂
﹁アスラよ。ダーマ教のトールドね?﹂
﹁いかにも。それで監視官様が、どういった理由でワタシを尾行す
るのですかな?﹂
﹁⋮⋮独自の調べで、あなたが首無し事件の犯人に狙われていると
判明したのよ﹂
伝えながら、アスラはそうではないと内心感じていた。先ほどの
93
会話で、疑ってしまっている。このトールドこそが犯人ではないの
かと。
被害者たちの首は全員、名剣で切断されたかと思うほど綺麗に斬
り取られている。そこに加えて、あの会話である。
﹁ところで、その剣は意志を持っているの?﹂
﹁隠しても仕方がない、な﹂
トールドが鞘から剣を抜く。豪奢な金の細工がされている鞘とは
対照的に、剣身が赤黒く染まった不気味な直剣が表れた。
禍々しい⋮⋮。
アスラは緊張から生唾を飲み込む。直感は昔から冴えていた。あ
れは、危険だ。
アスラは三歩下がり、頭のてっぺんを触る。これはあらかじめサ
ボと決めていた合図だ。
これをしたら、ちびを呼んできてくれという。幸い、あちらは上
空にいるサボには気づいていないようだったので、バレないように
顔は前を向けたまま行った。
﹁その剣で人を殺しまくっていたのね﹂
﹁楽しくって、癖になるよ﹂
﹁隠そうともしないのね﹂
﹁今更してもしょうがない。どうせ、お前はここで死ぬ﹂
﹁なら冥土のみやげに教えてよ。それはなぜ意志を持つの?﹂
﹁魔剣とでもいうのかね。その昔、狂った鍛冶屋が自分の最高傑作
を作るため、百人の女を殺してその血で剣を洗って錆びさせた。当
然、作品は誰にも評価されなかった。最後は自分の心臓をその剣で
貫いて死んだらしい﹂
﹃否。無死﹄
﹁すまない。正確には魂を移したらしい。そして生まれたのが、こ
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の意志を持つ魔剣だ。⋮⋮つい最近、あるツテでこれを手に入れた
のよ。こいつは狡猾で強欲な人間が大好物でな、首を斬らせろって
うるさいんだ﹂
﹃斬、都度、最強﹄
﹁斬る度に性能が上がるのよ。だから嫌々協力してやってる﹂
﹃大嘘、主、歓喜﹄
剣が嘘をつくなと指摘すると、トールドは口を大きく開けてドッ
と馬鹿笑いをする。
﹁ゴロンって転がった生首見たら回収せずにはいられなかった! 一瞬で魅入られた! 今じゃコレクションしてる!﹂
﹁最悪と最低が組んじゃったってわけね⋮⋮﹂
クラッ、とめまいがしてアスラはヨロける。でもすぐに気合いを
入れ直す。こんな最悪なコンビ、放っておけるわけがなかったから。
戦闘に入るのに一分の迷いもなかった。
﹁すぐに捕まえてあげる︱︱土腕!﹂
アスラは得意とする土魔法で攻める。発動速度は速い上に威力も
備わっている。並の相手ならば一発で戦闘終了に持ち込める技だが、
今回の相手はそうではない。
肥満体であるにもかかわらず、地面から隆起する土の拳を俊敏に
かわし、そのまま猛進してくるのだ。
キレのある動きだが、自分ならば対応ができる︱︱そうアスラが
思った矢先、発作が生じた。
﹁ゴホゴホ︱︱あぅっ!?﹂
95
突っ込んできたトールドの前蹴りで地面へ転倒してしまう。加え
て、未だ咳は止まらないのだから、トールドからすれば好機でしか
ない。
ところが、トールドが追撃を加えてくることはなかった。
﹁この剣は持ち主の身体能力を飛躍的に高めてくれるんだ。凄い動
きだったろう?﹂
﹁ゴホッ⋮⋮﹂
﹁おや? 吐血するほど痛かったかい? でも斬られなかっただけ
感謝して欲しいな。隙があったのに何で殺さなかったかわかるかな
ー?﹂
﹁⋮⋮さあ﹂
﹁ワタシには三度の飯より好きなものが三つある。一、人を馬鹿に
すること! 二、人をいじめること! 三、嫌がる女を犯すこと!﹂
鼻息を荒くしながら、恥ずかしげもなく話すトールドに、アスラ
は酷い嫌悪感を覚えていた。
生理的に無理、なんて生ぬるさじゃない。同じ空気を吸うだけで
吐きそうになるレベルだ。
しかし、形勢としてはアスラが圧倒的に不利だった。相手が強い
上に、持病まで暴れ出したのだから。
﹁監視官さんとなら、三つとも楽しめるー! だからワタシ、興奮
してるー!﹂
凶悪殺人犯のゆがんだ顔を見せつけられ、アスラは激しい頭痛に
襲われた。
◇ ◆ ◇
96
漆黒の空から俺の隣に降り立ったのは天使だった︱︱なわけなく、
ふつうにサボだったわ。
﹁ちびさん、応援お願いするっす!﹂
﹁あっちの教祖の方に現れたか﹂
﹁じゃなくて、教祖が犯人でした! 今、スラム街の方で戦ってま
す﹂
ああ、そういうパターンもあったね。
よく考えてみりゃ、相当強欲そうなのに今まで生き延びてるって
時点で少し疑ってみても良かったかもな。
今はアスラが一人で対応してるらしいので、俺も急いでそこへ向
かおう。
ライドに片手をあげ挨拶し、最高速で視界の悪い夜空を飛行する。
サボに先導されて降り立ったところでは、最高にムカつく光景が
繰り広げられていた。
﹁ふひふひふひいいい! キモヂイイーーーッ!﹂
肥えたデブが、アスラのことを痛めつけていたのだ。
赤黒い剣を振りまくり、けれど敢えて致命傷を与えないように襲
っていた。発作まで起きちまったアスラは、至る所に切り傷を作り
ながらもどうにか耐えている。
﹁いい加減にしやがれ、この腐れ教祖が!﹂
異世界きて、初めてガチでキレた。全身全霊の力で教祖の膝もと
にタックルをぶちかます。
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爆弾でも炸裂したみたいに教祖の右足が破裂、膝から下が派手に
吹き飛ぶ。
﹁ギャアアアアアアアアア!?﹂
汚い悲鳴をあげる教祖に対しての怒りはまだ治まらなかったので、
もう片方の足も爪で切断しておいた。
﹁いだいっ、いっだい! やめでえええ﹂
突然両足を失ったもんだからパニックになって騒ぐ。これ以上や
るとさすがに死んでしまうので、ここらでやめよう。まだ怒りは治
まってねえけどな。
﹁てめー、クソ教祖。いたぶられる気分ってどうよ。態度次第じゃ
オプション追加してやってもいいけどな﹂
﹁ひぅっ、なんだこいづ、こんな小さいのに⋮⋮魔剣、魔剣、魔剣
ーーー! ワタシに力を貸してくれ、もっともっともっと!﹂
アホかこいつ、剣に話しかけやがって。
俺が目を細めていると、教祖の剣を握った腕が持ち上がったのだ
が、どうも自分の意思ではねえらしい。
自分の首に剣を当て出したのだが、本人は死ぬほどビビった顔つ
きになっている。
﹁な、なにを、魔剣!? なにををを︱︱︱︱﹂
ポンッ、と胴体から分離された教祖の頭が宙にあがる。⋮⋮この
剣には意思でもあんのか? あるらしい。
98
﹃我無能、嫌。更、我強成﹄
基本意味不明だけど、なんか持ち主を切り捨てたっぽいのはわか
る。
さらに、ゆらめく黒いオーラみたいなのが剣を包みだしたぞ。ま
るでパワーアップしました、とばかりに。
﹃好敵手、死!﹄
ひとりでに浮いていた剣が横一文字斬りを俺に放ってきたので、
右爪で受けておく。
﹃殺︱︱無!?﹄
声の調子でなんか驚いてるのがわかったけど、これくらいで動揺
しねえでほしいわ。
俺は肉体の一部を、特に尻尾を変化させることが可能なので、ハ
ンマー型に変化させる。
体が小さいので家庭用金槌くらいのサイズだが、剣身を叩くには
これで十分だろう。
バギッ、と刃の腹の部分に一発落とすと、金属音の悲鳴があがり
瞬時にバラバラに砕けた。
﹃∼∼∼ッ!?﹄
剣はもう言葉も出ないって感じだったけど、次の行動は速かった。
柄だけになりながらも、死ぬ気で上昇して暗い夜空へと逃走をはか
ったのである。
やれやれ⋮⋮
99
◇ ◆ ◇
魔剣デスガイヤはかつてないほど必死であった。
意思を持つデスガイヤは、思考能力も人間と遜色がない程度には
高い。完全敗北もきちんと認識していたし、あれ以上争うのは身を
滅ぼすと知って逃走したのだ。
﹃強⋮⋮﹄
今まで対峙した誰とも比肩にならないレベルの戦闘力に圧倒され
た。そして二度と関わるまいとも決意する。
刃を失ったのは痛いが、実は本体は柄であり、時間さえあればま
た刃の部分は復活するのである。
だから今はとにかく逃げようと︱︱︱デスガイヤは何か嫌な予感
がして、下方を確認した。
光の線。
一本の光が、まるでデスガイヤを追うように、逃がさないとばか
りに、迫ってくるのである。
﹃︱︱︱!?﹄
どうするべきか、の判断をくだすこともなくデスガイヤは光に貫
かれて絶命した。
◇ ◆ ◇
100
細く、されど確かな熱量をもつレーザーブレスを放って、逃げ出
した剣は始末していおいた。
光と火属性が混じったようなブレスだが、かなり貫通力があるこ
とは判明している。
裏切りの剣も倒したし、教祖も死んだ。もちろん俺が気にかける
のは意識を失っているアスラだ。
﹁少しやばそうだな﹂
﹁はい、急いでどこかの治癒師のところに運びましょう﹂
ライド
二人で運ぼうとしたところで、呼んだわけでもないのに治癒師が
息を切らして走ってきた。
﹁少し、気になってな﹂
﹁ありがたいわ。アスラを看てくれ﹂
﹁私の治癒院に運ぼう﹂
こうして、俺たちはアスラをライドの治癒院へと運んで治療して
もらうことになった。
ただ残念ながら、容態が回復することはなく、それどころか悪く
なる一方で、俺とサボはアスラの家族を呼びにいくという行動を起
こさなきゃならなかった。
◇ ◆ ◇
アスラは意識を取り戻しはしたけど、ライドいわく最後の灯火だ
ろう、ということだった。
もう肉体が限界を迎えているのは明らか。今は治療室で、両親と
101
妹と最後の別れの言葉を交わしている。
アスラと両親はともかく、十二歳の妹は受け入れることができず
にずっと泣いていた。
﹁泣いてばかりいちゃだめだよ。強くなってね﹂
もう死期を完全に悟っていて、心打たれるくらい穏やかな表情を
浮かべている。
自分のほうが辛いのに、家族のことを心配するあたりはさすがと
しか言いようがない。
﹁サボさんと、ちびちゃんもありがとね﹂
﹁こんなの⋮⋮悲しすぎるっす﹂
サボが感極まって号泣するから、俺もちょっとだけ涙腺が緩くな
りそうになった。
アスラに手招きされたのでいくと、俺をぬいぐるみのように自分
の横に置いて撫でててくる。
﹁ちびちゃんが倒してくれたんでしょ。助かったよ。怪我はない?﹂
﹁自分の心配しろって。俺は平気だからよ﹂
﹁⋮⋮うん﹂
﹁お姉ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい!﹂
そこで、妹が顔を涙だらけにしながら謝罪をする。
﹁お姉ちゃんの病気は、ほんとうは、わたしのものなのに。わたし
のせいで⋮⋮﹂
﹁そんなこと、ないよ。私は幸せだったよ﹂
102
死病は、元々は妹が患っていたらしい。
それを特殊な魔道具を使って、妹の病気を自分の体に移したって
いうから、自己犠牲ここに極まりしだ⋮⋮。
自分より、家族の命を優先かよ。なかなか出来ることじゃないよ
な。
悲しみの時間が流れる中、とうとうお別れの時間がやってきた。
吐血が止まらなくなり、全身から力が失われていくのが見て取れた。
﹁⋮⋮ちびちゃん、まだ会って一日もたってないけど、友達だって
思って、いいかなぁ﹂
﹁⋮⋮ああ﹂
﹁また一緒に⋮⋮お魚食べたかった、ね⋮⋮﹂
やめてくれよ。最近、ただでさえ涙もろくなったと感じてたんだ
から。
間近でそんな顔見せられたら、さすがに涙の一筋も落ちるだろう
が。
実際は、一筋どころではなかったけども。
ポタポタッ、とアスラの手に涙がこぼれ落ちる。
スッとアスラが目を閉じる。
もう、お別れらしい。
﹁⋮⋮アスラ、じゃあ﹁あっれ?﹂な⋮⋮﹂
素っ頓狂な声をあげたのはサボだった。
何なんだ、と俺が軽くにらむと、アスラの手を指さしながら言う。
﹁今、ちびさんの涙が落ちたら、アスラさんの傷が消えたんすよ!﹂
103
﹁⋮⋮マジだな﹂
あのアホ教祖につけられていたはずの切り傷が跡形もなく消えて
る!
そして、次はライドがこんなことを尋ねてくる。
﹁まさか⋮⋮君は邪竜なんじゃ﹂
﹁俺は記憶がなくてな。峡谷にいた蛇も似たようなこと言ってたが﹂
﹁子供のころ、貴重な文献を読んだことがある。そこには、こう記
載してあった。南大陸にいた邪竜の涙は、あらゆる病気や怪我を癒
すと。ひどく憧れたから記憶違いはない﹂
﹁ってことは何? 俺の涙飲ませりゃ、治るかもしれねえってこと
かよ?﹂
﹁やってみる価値はあるだろう﹂
みんなの視線が俺に集まったので、アスラの口を開けて、そこに
涙を垂らしてみた。
一応、まだ心臓は動いてるっぽいから、本当に効果があるなら目
を覚ますはず︱︱︱ぱちっ!
ぱちぱち! 途端にまぶたを持ち上げ、力強く瞬きをするアスラ。むくっと普
通に起きあがって不思議そうに首を傾ける。
﹁あれ? あの、なんか⋮⋮すっごい体が楽なんですけど﹂
マジで効果あったの? そう驚愕する一同を放っておいて、アス
ラはベッドから出てジャンプしてみたり筋トレをしたりする。
﹁やっぱり元気になってるんですけど! 何これ、信じられないく
104
らい調子良い!﹂
アスラは元気溌剌、家族は狂喜乱舞、サボは再び号泣、ライドは
首をゆっくり振って、
﹁やれやれ、どうやら本物だったらしい﹂
﹁俺は邪竜確定か﹂
﹁私は口が堅い。安心するといいさ﹂
ライドが言うには、邪竜は竜族の中でも一番強いところに立位置
するらしい。どおりで、むちゃくちゃな力があるわけだ。
納得している俺に抱きついてきたのはアスラ⋮⋮と妹と両親とサ
ボ。 ﹁ちびちゃん、ありがと∼∼! 愛してるっ!﹂
もみくちゃにされて、クソ暑いんですけど。
みんなで俺の取り合いするのやめてほしいんですけど。
でもま、喜ばしいことは事実だからな。
しかし、邪竜の涙か⋮⋮。
回復魔法にも匹敵するとは、なかなか使えるじゃねえか。
こんなことなら、日本でもっと泣く練習しとくべきだったぜ!
105
12話 島に到着、アイアンワーム
邪竜の涙によって、アスラの病気は完治したみたいだ。
治療師のライドも唸ってたな。
どんな薬よりもすばらしい効果があるって。
実際、病気だけじゃなく、怪我なんかも治せるってだいぶ優秀だ
と思う。
事件の方についてはアスラが町のお偉いさんやらに上手く報告し
てくれたらしい。あの教祖の家には、腐りかけた生首のコレクショ
ンなんかがあったとか。
そんなわけで報奨金を受け取ることもでき、さらに町民たちにも
称賛された。
﹁あんた達のおかげでこの町は救われたよ﹂
﹁これで怯えて外出せずに住む。ありがとう﹂
﹁もうずっとこの町にいなさいよ﹂
一躍人気者になったわけだけど、長居するわけにもいかないって
話だ。
サボの島にいかなくちゃいけないし、この町を旅立つことになっ
た。
アスラやその家族が入り口まで見送りにきてくれた。
﹁二人とも体には気をつけてね﹂
﹁そっちも気をつけてくださいっす﹂
﹁ああ、自己犠牲精神もほどほどにしとけよ﹂
﹁うん。ちびちゃんには本当感謝してる。また絶対町によってね!
106
約束だよ!﹂
みんなに見送られながら、俺とサボは翼を広げて大空の中へ吸い
込まれるように飛んだ。
﹁いい町でしたねー﹂
﹁筋の通ったやつと歪みまくったやつの差が激しいとこだったな﹂
これも一種の格差社会なのかもしれないな。
﹁ちびさん、お金どうします?﹂
﹁おまえ持ってていいわ﹂
﹁じゃ預かっときますね。必要なときはいつでも言ってください﹂
人間の時だったら、喉から手がでるほど欲しかったが、今となっ
ては大した魅力を感じない。
結局金って、自由への切符なんだよな。日本にいたときから、俺
が本当に欲しかったのは自由だったんだと思う。
けど今は、金が無くても色んな意味でフリーダムなんだわ。
食費だってかからないし、乗り物代だって必要ない。もう自分自
身で大空を自由に堪能できるしな。
﹁見えてきましたね、あれがおれの住む島っす﹂
休みを入れて飛行すること数日。
ようやく、サボの住む島が視界におさまった。
いわゆる諸島の一つで、周りには海を挟んで小さな島がいくつか
存在していた。
魔物の変異種が多くなって困るってことだったけど、上からみる
分には穏やかなところに思えた。
107
島の南側にある小さな村へと、俺たちは降り立つ。
なかなか規模の大きい農村だった。
田畑と家々が上手く融合していて、大勢の亜人たちがそれぞれの
畑を耕していたりする。
﹁村長、今帰りましたーっ!﹂
畑を眺めていた初老の爺さんのところにサボが降り立つ。その声
に反応したのか、村中からサボのところに人が集まってくる。 白いフサフサ眉毛が特徴の村長が、ジッーッと俺のことを観察す
るように見つめる。
﹁竜には似ておるし、銀色ではあるが⋮⋮セレンよ、この者が夢に
出てきたものか?﹂
隣にいた十四、五歳くらいの犬耳少女に村長は尋ねる。ちなみに、
耳だけじゃなく尻尾も生やしてる。
﹁似てる。似てるけど、サイズが違いすぎるかも。あたしが見たの
は、もっと大きくて迫力があったもん﹂
迫力ゼロで悪りいな。
﹁サボよ、いくら本物が見つけられぬからと言って⋮⋮﹂
﹁村長、ちびさんは信じられないくらい強いっす。だから、この辺
の魔物なんて瞬殺できるレベルっすから﹂
﹁おまえが嘘をつく者ではないことは知っておる。だが、どうして
も信じられぬな。⋮⋮ちびさんと言ったか、失礼じゃがそなたは竜
なのだろうか?﹂
﹁答えはイエスだな﹂
108
邪竜とまでは付け加えることはないか。
サボもそれを口にしないのは、世間一般にはウケが悪いので、わ
ざわざネガティブなイメージを与えるのを避けてるのだろう。
﹁我々の村は今、アイアンワームの大量出現に困っておる。手を貸
してくれるのだろうか?﹂
﹁サボと約束したからな。飛び方を教えてもらった代わりに、手伝
うぞ﹂
﹁ありがたい申し出。しかし、わしらとしても、実力のほどを知っ
ておきたい。村の者と手合わせしてもらうことは可能ですかな?﹂
﹁あー、じゃあこれでどうだ﹂
不要な争いしてもしょうがねえ、と俺は体のサイズを元のサイズ
まで大きくしてみせた。
﹁おおおぉぉ⋮⋮﹂と驚愕の声があちこちから漏れ、みんな興味津
々に視線を俺に注ぐ。
﹁何という凛々しいお姿⋮⋮﹂
﹁村長、これ! この竜で間違いないよ、あたしが夢でみたのは!﹂
犬耳少女の一言によって、どうやら無駄な戦闘は避けられそうだ
と安心したのだが、
﹁では、バルザース﹂
﹁へい﹂ なんか思いっきし虎顔で、ガチムチの肉体したのが意気揚々と俺
の前にでてくるじゃねえの。
亜人って、人間よりのと動物よりのがいるみたいだな。とはいえ、
109
虎の人も体は二足歩行だけど。
﹁え、やっぱ戦わなきゃいけねえのかよ﹂
﹁すまんな、銀竜さんよ。アイアンワームは強い。もしおたくが俺
に勝てないレベルの強さなら、救世主として必要以上に頼ることは
やめる﹂
まあ、期待しまくっていざ戦闘になったら実は弱かった、じゃ村
人の志気も下がっちまうだろうし。
﹁手合わせをお願いする﹂
﹁しょうがねえか﹂
そんなわけで、結局戦いをして実力を証明しなくちゃいけなくな
った。
相手は重そうな巨大斧を扱うようだ。自前の牙や爪に頼らないと
は。虎は案外器用なんだろうか。
﹁では仲介はわしが。双方、準備はよろしいか。では︱︱はじめ!﹂
村長の合図とほぼ同時に虎男が前進、こちらも尻尾を起動する。
シャッ、と風を切る音がして、虎男の大斧が手元から離れて垂直に
飛ぶ。
長い尻尾を振り上げ、大斧の柄を下から弾いたのである。完璧じ
ゃないが力加減は少しできるようになったな。あの大斧が壊れてい
ないのが、何よりの証拠だ。
さて、虎男はしばし茫然とした後、我を取り戻して負けを認める。
﹁⋮⋮参った。尻尾の動きを全く目に終えなかった。お見事という
他ない﹂
110
﹁ふむ、この中には、ちびさんが尻尾で攻撃したと認識できない者
すらいるだろう。いやほとんどが、そうかもしれぬ。実力を疑い、
失礼しました﹂
さっさと、こっちの実力を認めてくれたのはありがたいわ。飲み
物をご馳走してくれるというので、俺は村長家へ足を向ける。
﹁ふむ、少しちびさんには小さすぎますな﹂
入り口に入れない!
今の俺ってば、なんだかんだで三メートルはあるかるからな。
再び体を縮めようとしたが、やっぱりやめることに。
悲鳴が耳朶を打ったからだ。
どうやら、噂のアイアンワームとやらが出現してまた村人を困ら
せたようだ。
﹁ちびさん、あれがそうっす!﹂
サボが指さした先には、虫系の魔物がいる。
ミミズにも似たそれは手足がなく、顔は牙のような歯がビッチリ
生え揃った口だけという残念な見た目をしている。
虫と大違いなのはそのサイズだろう。
地面からタケノコみたいに生えてきてるのだが、四五メートルく
らいはある巨体なのだ。
色は鈍色で、見るからに硬いのが伝わってくるわ。
﹁このォォ!﹂
男の亜人たちが剣やら斧で攻撃するが、キンッと弾かれている。
なまくらな剣だと、一回で刃こぼれしちまうくらいには硬質らしい。
111
﹁どれ、んじゃいきますかね﹂
俺はアイアンワームに肉薄すると、尻尾の先を斧頭のように変化
させた。
尻尾はイメージをくみ取って正確に表現してくれるからありがた
い。刃物になったそれを横に振ると︱︱スパッと楽にワームを切断
することができたな。
﹁すごいっ! ワームを切ったぞっ!﹂
﹁こっちもお願いします!﹂
﹁あいよ﹂
普通に切断可能と反応したので、地面から生えている十匹ほどを
対象に切りまくっていく。
もちろん、あっちも黙ってやられているだけじゃない。
﹁ダギュアアアッー!!﹂
奇妙な声をあげつつ、強酸のようなものを吐き出してきやがった。
皮膚に付着すると、ジュゥウという音がしてわずだが熱を持つ。
やはり、物を溶かす力があるらしい。俺に対してはまるで力不足
だけど、亜人が触れたら軽い火傷じゃ済まなそうだ。
﹁いやああーーっ﹂
あ⋮⋮。
犬耳少女のすぐそばに、地中からワームが出現したらしい。
俺とはかなり離れているので、飛び道具でやりたいのが⋮⋮ブレ
スは強力すぎて巻きぞいがでるかもしれねえ。
112
ぎんきょく
そこで、尻尾の表面に大きめのトゲを浮かび上がらせる。先端の
尖った円錐形のソレを俺は銀棘と名付けている。
これは無数に生み出せるので、いくつか作って真っ直ぐに飛ばす。
グサグサグサグサグサッ︱︱︱
犬耳少女に食いかかろうとしていたワームに全弾命中、体中に風
穴を開ける結果となった。
これにて、殲滅完了となる。
数えてみたら全部で十一体ほどいたが、すぐに始末したこともあ
り負傷者も出なかった。 ﹁助けてくれて、サンキューね。ちびさん﹂
﹁おう﹂
犬耳少女が俺の尻尾を優しく撫でててくる。
そして村長は、感極まったように声を張って話す。
﹁いやはや、次元の異なる強さ。先ほどは本当にお見逸れしました。
我が村は貴方様に対して、最大級の礼を尽くすと約束いたします﹂
﹁んじゃ、とりあえず飲み物もらっていいか﹂
﹁もちろんです。どうぞ、こちらへお越しください!﹂
村長宅ではなくて、一番立派で大きい家へ案内された。持ち主が
すでに亡くなって空き屋らしい。
玄関も大きめなので、わざわざミニマム化しなくとも大丈夫っぽ
い。
まずはお邪魔して、ティータイムを楽しもうかね。
113
13話 ダンジョンの攻略法︵前書き︶
本日2話目
114
13話 ダンジョンの攻略法
はふーーっ。
久々に飲んだお茶は心に沁みるわー。
こっちにもお茶があってよかった。
元日本人だからか落ち着くんだよな。
﹁この家は、ちびさんが自由に使っていただいて構いませぬ。アイ
アンワームはまだまだ生息しておりまして⋮⋮。おこがましいよう
ですが⋮⋮﹂
要するに、しばらくはこの村で護衛をしてくれないかって交渉だ
った。
衣食住⋮⋮衣はいらねえけど、家はここを使ってよく、食も欲し
いときに与えてくれるという。
特に行く宛もなけりゃ、この世界には俺を探しているやつもいな
い。断る理由は、まあないが⋮⋮
﹁魔物が出たら別だけど、それ以外では俺の昼寝タイムを邪魔しね
えで欲しい﹂
﹁もちろんですとも! いくらでも、お好きなだけ寝てください﹂
必要なものがあれば、何でも貸すというので、とりあえず寝具の
類を持ってきてもらった。
しかーし!
なんかこう、実際寝てみると気持ちよくねえの⋮⋮。
たぶん、眠り格好が仰向けじゃなくて犬に近いからかもな。体を
丸める眠り方だ。さらに皮膚は硬いから、別に床上だろうが体が痛
115
くなるこはない。
ってなことで、寝具はやっぱり返品することにしたわ。
﹁ところで、変異した魔物がいっぱい出るようになった理由ってな
に?﹂
﹁それが原因不明でして。この村の近くには王国がありまして、今
そこの騎士団や学者達が日夜原因を探しているのです﹂
﹁ふーん﹂
﹁島全体がおかしいのです。ワーム以外にも強力な魔物が多くて﹂
﹁住民は不安だろうな﹂
﹁全くその通りでして。王国も王都を守るので精一杯で周辺の村ま
では手が回らないのです﹂
﹁わかった。んじゃ、また魔物きたら呼んでくれ﹂
﹁ぜひ、お願いいたします﹂
戦闘は長くとも数分で終了するので、まるで大変じゃない。しば
らく用心棒生活やってみるかねえ。
◇ ◆ ◇
時の流れは早いもので、この村にきてから二ヶ月が経過していた。
日本で憧れていた自堕落ライフがすっかり板についてきた俺は、
今日も家でゴロゴロしてからの∼、空の散歩からの∼、村人たちと
のペチャクチャ∼を楽しんでいた。
﹁ちびさん! 襲撃です、上ですっ!﹂
人がせっかく世間話してんのに邪魔するやつがいる。
116
超巨大な鷲鳥が、爪を立てながら下降してくるのだ。俺は対抗す
るように上昇してすれ違いざまに、一瞬で赤く染まった爪を入れる。
ドゴォオオオォオォン! と鷲の魔物が空中で大爆発して、プス
プスと煙を上げながら力なく地面に墜落した。
今のは爆手といって、攻撃を加えると爆発が起こるという破壊力
抜群の技である。
﹁フッ。また、つまらぬものを爆破してしまった﹂
ゴエ○ン風に言いつつ、俺は地上に舞い戻る。
﹁最高だよ、あんた!﹂
﹁シビレました∼﹂
パチパチパチと拍手で迎えられたので、執事のようにかしこまっ
て一礼をしておく。
なんだかんだで、俺もここに馴染んできてるわ。
﹁⋮⋮あ、あ、あれが噂の⋮⋮圧倒的すぎる﹂
おや、どうやら見慣れない顔の人間が村長のそばにいるぞ。結構
立派な鎧を着ているヒゲのおっさんである。
﹁皆の者、少し集まってくれ﹂
村長が号令をかけ、ザワザワしつつもみんなが揃ったところで、
ヒゲのおっさんが誰か説明する。
﹁こちらは王国騎士団の方だが、今日は我々に話があるそうだ﹂
﹁初めまして、諸君。私の名はバルーと言う。騎士団長を務めてい
117
る。本日は、ぜひ協力してもらいたいことがあってここへ参った。
実は、近頃の変異魔物の頻出原因が判明したのだ﹂
団長の話はこうだ。
ここから北東に進んだところにある山の麓を調査してたところ、
未踏の迷宮ダンジョンを発見したと。
ダンジョンってのは、階層型の地下迷宮のことで、深いところま
で潜ると貴重なお宝が眠っていたりするらしい。
かつて、神々が作ったとされている。
このダンジョンはお宝がある代わりに、魔物が存在したりトラッ
プが仕掛けられているっぽい。
神が大事なアイテムを隠すための場所だったのだろう。
島にはダンジョンが見つかったのは初めてのことだと団長は言う。
﹁何が理由かはわからないが、そのダンジョンから魔物が地上へ出
てきているようなのだ。そこで、我々はダンジョンをクリアするこ
とに決めたのだ﹂
ダンジョンは最下層にボスと呼ばれる存在がいて、そいつを倒す
と貴重な物が手に入る。と同時に、ボスを失ったダンジョンは、少
し経つと消失してしまう。
だからクリアして、消滅させてしまおうって話だ。
そうすりゃ、中から魔物が溢れ出てくることもない。
﹁だが、戦力が足りないのだ⋮⋮。ダンジョン内には驚くほど強敵
が多く、まだ一層を踏破することも叶っていない。そこで、亜人の
あなた方の力をぜひお借りしたい!﹂
熱のこもった協力要請に、戦闘の得意な亜人たちは拳を鳴らして
いる。今回のことは自分たちの存亡にも関わっていることだし、無
118
視することはできないってわけだな。
村でも腕に自信のあるやつらが、どんどん名乗りを上げていく。
﹁えーと⋮⋮君は⋮⋮﹂
どこか遠慮がちに、俺を見つめてくる団長。
﹁協力してもらえないですか。ちびさんがいると、百人力っす﹂
﹁でもよサボ、そしたら村が手薄にならねえ?﹂
﹁あ⋮⋮、それもそうっすね﹂
残るのは戦闘力の低い、女子供や老人ばかりになっちまうのだ。
どうしよう、とみんなで頭を悩ます。
俺が残り亜人たちがダンジョン攻略するのと、亜人たちが残り俺
が攻略にいくのでは、どっちが得策か。
騎士団でも歯が立たない魔物たち。
亜人は確かに強いが、騎士団とそこまで差があるとは思いにくい。
仮にも王を守る連中だからな。
ってことで、結論は出た。
﹁俺が行って、さっさとクリアする。もうこれでいいだろ﹂
クリアすりゃ、変異魔物は出なくなるっていうし。
﹁それは心強い。先ほど実力は見させてもらった。正直なところ、
騎士団全員で立ち向かっても歯が立たないと感じていたんだ﹂
﹁正直だな﹂
﹁強がりを言ってもな﹂
﹁よし、んじゃさっそく出発すっか﹂
119
そんなわけで、俺たちはそのダンジョンのある山まで足を運ぶこ
とに。そこまでいくと、団員が集結していて、物資の調達も万全の
状態だった。
攻略の準備は完了してるらしい。
軽く数百人はいる団員たちの間にどよめきが起こる。もちろん俺
を目にして、だ。俺の存在自体は知っていたらしく、攻撃したりは
しないのはありがたい。
団長が、今回俺が参加すると話すと歓声があがった。
内心、攻略にビビってたやつも多いのだろう。
﹁さて、ちびさん。ダンジョン内は全員でいけるほど広くない。我
々は隊を十に分け、交代制で望む。行路のメモを取り、体力的に厳
しくなったら次の隊に交代する﹂
﹁オッケー。具体的に何層くらいありそうなわけ?﹂
﹁まだ不明だが⋮⋮大抵ダンジョンというものは、三十層以上はあ
るという。多いところだと二百を越えることもあるらしいのだ﹂
マジかよ⋮⋮。百層くらいの覚悟はして望まなきゃいけねえのか
⋮⋮。
ちっとばかし面倒だわ。
ちまちま階段探して、降りてって、最深部でボスを倒す。ゲーム
なら楽しめそうだけど、自分がやる身となると面倒だ。
負傷者が出たら、その度に地上に帰還しなきゃだろうし。
︱︱︱あっ
﹁⋮⋮あのよ、結局は一番下にいるボスを倒せばいいんだよな?﹂
﹁相違ない﹂
﹁で、今この中には人間や亜人はいない。いるのは魔物だけ?﹂
﹁そうなるな﹂
﹁じゃあさ、俺に考えがあるんだけど。みんな、念のため何百メー
120
トルか離れてもらってていいか﹂
﹁⋮⋮?﹂
不思議そうな表情を浮かべつつ、団長は隊員をすべてダンジョン
から遠ざけてくれた。
これで被害は出ないと確信した俺は翼広げて、ダンジョンの真上
へ上昇していく。
ダンジョンの入り口の階段が、かなり小さくなったところでスト
ップ。
﹁アレを使いますか︱︱ラストブレス﹂
俺の開いた口の前に、様々な色の混じり合った光の球体が生じて
︱︱︱ハッ!
ブレスを発動させると、虹のような七色の光の束がダンジョンの
入り口へと超高速で発射された。
グングンと地上に近づく、太い尾を引いたブレスは、遠くから見
れば虹と見間違うものもいるだろう。
けど、虹と違って無害ではない。
この世のものとは思えない破壊力を秘めているのだ。
︱︱︱轟轟轟轟轟!!
虹は入り口の階段を完全に覆い、近くの大地までを爆音で削って
いく。あれならば一層も二層も三層も、楽々貫通していくだろう。
やがて、俺の口からブレスが止まった時、空から見ると地上には
巨大な穴が穿たれていた。 クレーターとも少し違うかもしれない。もっと、ずっと深い。地
上に降り立って見て穴の中を覗くが、真っ暗で何も見えやしねえの。
﹁一応確認しとくかねえ﹂
121
面倒だけど、下降していくことにした。
ダンジョンを作っていたであろう壁か何かの破片が土に埋まった
りしている。
あらゆるものが破壊されていて、ダンジョンの姿はそこにはない。
当然魔物の姿もどこにもありません。
結局、行き止まりになったが、そこにもボスらしきものは存在し
なかった。
﹁まあ、即死だろう﹂
俺が、なんでラストブレスなんて付けたか?
簡単だ、あれに耐えられるやつなんていないと感じたからだ。
死の峡谷でブレスの練習した時は、マジでビビったね。だって、
岩山をいくつかまとめて消しちまうブレスが吐けるんだから。
こりゃ、撃たれたらいっかんの終わりだってことで、ラストブレ
ス。
ちなみに、さっきのでも手加減しようと相当心がけてる。
かつて、邪竜が神を殺したってのは、真実かもな。
﹁さ、さっきのは何が起こったのだーっ?﹂
駆けつけてきた団長達は、巨大穴を前に目が点になっていた。
﹁コレハ?﹂
片言になるくらいには自分を見失ってるらしい。
﹁俺がブレスであけた。下まで見に行ったけど、魔物は一匹もいな
かった。全員死んだわ﹂
122
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
長い長い沈黙の末︱︱
﹁ふわっはああああああーーっ! これで変異魔物と戦わなくてす
むううう!﹂
﹁良かっだああ、ほんどは、死にだくなかったんでずぅうう﹂
﹁ありがとございます竜さん、ありがとうおおおおおおお!﹂
ダンジョンが消えたのが嬉しすぎて、ほぼ全員がバカ騒ぎを始め
てしまうというね。
そりゃ、あのまま攻略してたら死人が出ただろうしな。
誰だって死にたくねえわな。
行きたくねえもんは行きたくねえよ。
例え任務だろうとよ。
証拠に、団長が一番大喜びしてるんだぜ。
﹁実はもうすぐ、妻が出産する予定で、もしかしたら子供の顔見れ
ないのかなって思っててウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ、
帰るぞオオオオオオオオオオオオオオオッ!!﹂
﹁﹁﹁﹁﹁はあああああああい!!﹂﹂﹂﹂﹂
こいつらのテンションヤバすぎて笑っちまうわ。
ともあれ、これでもう魔物に悩まされることはないだろうな。
めでたし。
123
最終話 俺の邪竜ライフ︵前書き︶
9月1日
誤字修正しました
124
最終話 俺の邪竜ライフ
中天にさしかかった太陽が元気に輝きを放つ。
撫でるような風が、木々の梢を優しく揺らす。
気分が明るくなってくる天候だ。
別れの時には、これくらいカラッとしていた方が良い。
﹁本当に行ってしまうんすね﹂
﹁ああ、今まで世話になったなサボ。そして他のみんなもな﹂
村の入り口には村人が全員集まり、少し沈んだ顔をしていた。
ダンジョンは潰れ、島も平常運転となったので、もう用心棒の必
要性はなくなったのだ。
これを機に、俺は村を離れることにした。
せっかくだし、自由に色んなところを回ってみようかと思ったの
だ。
﹁ちびさんのおかげで、この島は救われました。また会えるっすよ
ね?﹂
﹁おう、気が向いたらまた立ち寄るわ﹂
﹁じゃ、サヨナラは言わないっすよ﹂
グッと親指を立てるサボに、俺も同じように返す。
他の村人たちもつられるようにやる。
﹁またね∼、この村はちびちゃんをずっと待ってるから﹂
﹁いつでも来てくだされ。貴方はこの村の英雄ですからな﹂
﹁オッケー、じゃあな∼﹂
125
両翼を限界まで広げて、俺は上を向いた。
もうだいぶ慣れてきて、飛行速度もグンと上がっている。一気に
上空まで上がる。下を見れば、小さくなった村人たちが一生懸命に
手を振っていた。
俺も大きくバイバイしてから、南の方へ舵を切った。
﹁やっぱ北よりは南だよなー﹂
元々南大陸に転生したわけだし、寒いのはあまり好きじゃないの
で、そちらの方へ向かうことに。
特に急ぐわけじゃない。のんびーり、観光でもする気分で進んで
いく。風を楽しみながら。
◇ ◆ ◇
なんだかんだで一週間が経過した。その間はいろんなところに立
ち寄りつつ、南大陸に戻ってきた。
適当に流しながら休めそうな場所を探す。
静かなところが良い。
涼しくて昼寝ができるところだと最高だな。
◇ ◆ ◇
﹁ここでいいか﹂
126
大きめの森を発見したので着陸してみる。
﹁ギッシャラアッ!﹂
到着と同時に木陰から襲いかかってくる狐型の魔物。
﹁ふわぁーあ﹂
あくびしつつ、尻尾だけは俊敏に動かして頭を貫いておく。手ご
たえとしては、変異種や峡谷にいたのより弱い感じがする。
﹁昼寝邪魔されても嫌だし、周辺の魔物退治しとくか﹂
森を歩き回り、こちらに敵意をむき出しにする敵を駆除していく。
だいぶ倒して、そろそろ戻って休もうと思ったところで可愛い声が
聞こえてきた。
﹁こ、ここは、おいらにまかせてください!﹂
﹁何言ってんのよスラパチ!﹂
﹁⋮⋮逃げよ⋮⋮戦ったら⋮⋮死ぬ⋮⋮﹂
声質はキュートだけど内容は物騒だな。
気になったのでそっちに向かってみる。
すると、小さくて愛らしいボールみたいな丸い生物が三匹、狼の
魔物と対峙している。
あれ⋮⋮スライムってやつじゃねえかな?
青、赤、緑とそれぞれ色は違うみたいだ。
襲ってきた狼から逃げてたが、もうさすがに限界ってところで、
あの青いスライムが自分犠牲精神を発揮したという状況かね。他の
127
二匹を逃がそうとしてるっぽいな。
﹁あーもう、こうなったらダメもとで戦うわよ!﹂
赤いスライムは、なんか姉御肌だな。
﹁⋮⋮ぼ、僕⋮⋮怖い⋮⋮﹂
こっちは正直だ。臆病な感じでオドオドしてる。
﹁さんにんだったら、かてるかもしれないです。いきましょー﹂
青いスライムが音頭をとり、三人で一斉に魔物に体当たりをかま
す。そして体に当たってブヨ∼ン、と跳ね返ってしまう。
﹁いたたた⋮⋮﹂
﹁ちょ、やっぱダメじゃない﹂
﹁⋮⋮あ、⋮⋮あ、⋮⋮襲って⋮⋮くる⋮⋮﹂
﹁ガオオオッ!﹂
狼が食いかかったところを尻尾で串刺しにして仕留める。あんな
見てるだけで癒される生物に何するつもりだよ。
﹁よう、怪我はねえか?﹂
﹁あわわわわ⋮⋮﹂
三匹がさっきより青ざめてる。
そりゃ、こんな姿のやつがいきなり登場すればな。
﹁邪魔したな﹂
128
俺はクルッと踵を返すと、森の最奥まで移動するのだった。
◇ ◆ ◇
いい感じに眠ってたのだが、カサカサと地面を擦るみたいな音が
したので、目を開けてみる。
おおう⋮⋮こんなに大勢で⋮⋮。
そこには、色とりどりのスライムたちが数十匹もいたわけよ。
その集団の先頭には、さっきの三匹がいたわけでして︱︱
﹁あ、あの、さっきはたすけてくれて、ありがとうございますっ﹂
スラパチと呼ばれてたやつがピョンピョンと跳ね、体からちょこ
っとだけ出た小さい手をパタパタさせる。
仕草がもうヤバい。色々とヤバい。別に俺、可愛いもの好きじゃ
ねえのに、心にグッとくる。
﹁あたしはスラミよ。さっきはその⋮⋮ありがと﹂
赤いのはツンデレっぽいな。気が強そうだけど、一応ちゃんと礼
を言うことはできるらしい。
﹁⋮⋮スライレ⋮⋮。⋮⋮どうも⋮⋮﹂
緑色のやつは逆に気が弱いらしく、俺をチラチラと窺っている。
すっかり目が覚めたので、俺は身を起こしてニヤッと笑みを作る。
129
﹁気にしなくていいぞ。やりたくてやっただけだからよ﹂
﹁あの⋮⋮、竜さんは、ここにすみつくんですよね?﹂
スラパチから放たれた質問に若干驚く。
俺はただ一休みのために立ち寄っただけで、ここを棲み家にする
つもりは全然なかったからだ。
昼寝が終わったら立ち去るよ、と伝えるとスラパチはショボンと
落ち込んでた。
その姿がまた何とも言えなくて⋮⋮。
﹁おじゃま、しました。ゆっくり、おひるねしてくださいね﹂
﹁サンキュな﹂
気を遣ってくれたのか、スラパチたちはピョンと一度小ジャンプ
して、そのまま引き返していった。
⋮⋮ふう、あんなん日本にいたら猫と犬を凌ぐ人気者になるぞ。
ともあれ、俺はまた目を閉じて、昼寝の続きをする︱︱︱しよう
と思ったが、何となくあいつらが気になる。
もう少し、話をしてみようかなーなんて思ってたら悲鳴が聞こえ
てきたじゃねえか。
あいつらのだ!
高速でそこまで移動したら、武器を持った何人かの人間が傍若無
人な態度でスライムを痛めつけている。
﹁オラオラー、雑魚モンスターどもめ∼﹂
必死に逃げまどうスライムたちを追いかけ、痛ぶって遊んでるっ
てわけよ。
弱くて反撃力もない魔物だから、嗜虐心を満たすにはうってつけ
なんだろう。
130
俺は近くに会った木に裏拳を入れてへし折る。幹が倒れる音で、
人間たちがギョッとして顔を向ける。
俺の姿を目にすると、全員が口をポカーンと開けた。
﹁りゅりゅりゅりゅ⋮⋮竜!﹂
﹁てめえら、くだらねえことしてるじゃねえか。覚悟はできてんだ
ろうな?﹂
﹁竜がしゃべった⋮⋮!?﹂
ビターン! と尻尾を地面に叩きつけて脅してみる。
﹁ヒイイイッ、ごめんなさいいいい!﹂
全員、即座に逃げ出しやがった。
なんて根性のねえやつらだ。
スライム達は蹴られたりはしたが、致命傷になるようなダメージ
を受けたのはいなかったようだ。
﹁おまえら、いつもあんな扱い受けてんのか?﹂
﹁おいらたち、よわいんです⋮⋮。だから、にげるしかなくて⋮⋮﹂
﹁そうか﹂
ジワッと目に涙を浮かべるスラパチ。
人間だけじゃなく、魔物も凶暴なのがウヨウヨしてるもんな、こ
の森。
﹁あたしたち、本当はもっといっぱいいたのよ。でも皆すぐ死んじ
ゃうわ。あたしの家族も⋮⋮﹂
﹁⋮⋮悲しい⋮⋮﹂
131
スラミやスライレも、辛い思いをしてきたのだろう。
﹁あの、もうたびだってしまうんですか?﹂
目をウルウルさせながら訊いてくるスラパチに、首を縦に振るこ
とはどうしてもできなかった。
﹁ここって涼しいよな。俺も疲れてるし、もう少しいようかと思っ
てるわ﹂
﹁わあ! ありがと∼、ございます!﹂
パァーッとスライム達の表情が明るくなったな。
やっぱ、こいつらは元気な方が似合ってる。
さーて、そんじゃもう少しここに居座りますか。
◇ ◆ ◇
幾度となく襲われるスライム達を目にした俺は、ある一つの決意
を固めた。
﹁俺、この森から魔物追い出すわ﹂
昔から、強く決意したら案外行動は速い。
スライム以外の魔物にはプレッシャーをかけまくって森の外まで
追いやった。刃向かってくるやつは全員、森じゃなくてこの世界か
ら退場してもらったぜ。
数日かけて森のお掃除をしてみると、随分と優しい世界に変わっ
た。
132
﹁おやびーーん、いっしょにクダモノたべましょー!﹂
ああそうそう、なんか俺、いつの間にかおやびんになっちまった。
スラパチ達がそう呼ぶから、実はなんだかんだでその気になって
たりする。まあ、気分は悪くねえってことだ。
パパイヤみたいな果物をシャクシャクと食べ、スライムと一緒に
味を楽しむ。腹が膨れたのか、スラパチがウトウトしてきた。
﹁ほれ﹂
しゅる、と尻尾をスラパチの前に出す。俺の背中で寝ていいぞと
告げると、超嬉しそうにのぼってきた。
﹁スラミ、スライレ、おまえらもいいぞ﹂
﹁優しいわね、おやびんは。遠慮なく寝させてもらうわ﹂
﹁⋮⋮し、失礼⋮⋮する⋮⋮﹂
他のスライム達も、俺に身を寄せるようにして眠る。 これで、プリティなスライム達を独り占めする邪竜の構図が完成
する。
でもしょうがないぜ。
こいつらと一緒だと眠りの質が良くなるしな。
案外、竜とスライムって相性が良かったりするのかも。
ウトウト、と俺もまたまどろんでいく。
◇ ◆ ◇
133
森に棲みつくようになってから、だいぶ時間が経過した。途中か
ら日数とか数えてないし、感覚もなくなってきたが、多分数ヶ月は
経ってる。
俺は未だにあの森で、スライム達と楽しくやってる。何に縛られ
ることもなく、自由にだ。
とはいえ、いつも平穏な日々を維持できるわけじゃない。
﹁おのれ、邪竜めー! 我らの力を見せてやる!﹂
ゾロゾロと、今日もまた人間の集団が森にやってきた。高そうな
鎧を着込んだやつ、ローブを着て杖を手にするやつ。
まあバリエーションはあるが、共通してるのは全員戦闘心丸だし
なところだろう。
﹁俺は人間になんて興味ねえから。帰れ﹂
﹁うるせええ! 貴様のせいで、どれだけの人が嘆き苦しんでいる
と思ってやがる!﹂
だからさあ、俺は何もしてねえよ。
﹁この間も、うちの騎士が貴様に腕を折られたぞ!﹂
﹁自業自得だろうが。こっちを殺しにきてんだから、腕の一本くら
い覚悟しろっつの﹂
﹁黙れ黙れこの邪竜めー、いっくぞお前らーー!﹂
気盛んなやつらが攻めてくるので、殺さない程度に尻尾でダメー
ジを与えていく。
体に慣れてきて、手加減もだいぶ上手くなったと思う。
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﹁⋮⋮あうぅ⋮⋮強すぎるよぅ⋮⋮﹂
﹁もう一回だけ言うぞ。帰れ﹂
﹁帰⋮⋮り⋮⋮ます﹂
絶対敵わないと知ると、人間たちは素直に引き返していく。大抵
のやつはこれで心が折れるらしく、同じやつが二度くることは少な
い。
﹁きょうも、おつかれさまでしたー﹂
﹁おうよ。ちょっと昼寝するわ﹂
果物一つを木から取り、シャクシャクしてから俺は眠りにつく︱︱
﹁︱︱私の名はクロエ! 今日はキミを退治しにきたぞ、邪竜!﹂
んあ? ソプラノトーンの声が聞こえたので目を覚ますと、そこには剣を
手にした美少女がいるじゃないか。
綺麗な茶髪は短めで、顔だちはバランスよく整っている。キュッ
と引き締まった口元からは意思の強さを感じ取れた。
﹁退治って言われてもな。特に悪さはしてねえよ﹂
﹁悪人はみなそう言う! まずは私と戦うのだ!﹂
﹁はいはい。んじゃ、いつでもどうぞ﹂
﹁では参る。大魔法・サンダーブレーードッ!﹂
人間の魔法や剣なんて俺には効きやしない。経験から確信して余
裕たっぷりで待ちかまえる。
﹁へ?﹂
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暗雲から落ちてきた落雷に、俺は戸惑う。
若干︱︱痛い!?
そう、他のやつらの魔法よりも遙かに威力が高かったわけだ。こ
いつ、何者だ? まだ二十にも満たないと思うけど、今までの誰よ
り強いぞ。
﹁くっ、あれを耐えるとはさすが邪竜。だがまだだ、私はまだやれ
る! 雷・纏・剣!﹂
今度は電撃を剣に纏わせて、攻めかかってくる。
軽やかでしなやかな体術と多彩な剣技を合わせた戦い方には素直
に感心するね。 アタックもさることながら、ディフェンスも優秀だ。
手は抜いてるとはいえ、俺の尻尾攻撃を見事にさばいているのだ
から。
﹁すげーな、おまえ。女勇者とかそんな感じ?﹂
﹁いや、私はただの冒険者だ! だがしかし、努力だけは誰にも負
けない自信があるぞ﹂
﹁なかなか、かっこいいじゃん。敬意を表して攻撃速度、一段階あ
げるぞ﹂
﹁クゥッ!? だ、だが、まだだ⋮⋮まだ私は諦めない! 絶対に
諦めない!﹂
﹁じゃあもう一段階﹂
﹁まだ私はあきら☆※◇※★◇︱︱﹂
対応しきれなくなって側頭部を叩かれた女勇者がバタンと転倒す
る。
戦闘が終わると、陰で見ていたスライム達が隊伍をくむ。俺はそ
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の上に女勇者の体を乗せる。
﹁ではそとまで、はこんでおきますねー!﹂
﹁ああ、頼むわ﹂
こうして、女勇者さんにはお帰り願うことになった。
でもあいつ、なんか根性ありそうだし、また来るかもな。
俺としては、スライム達と静かに暮らしたいのによ。
どうも、町の方では邪竜が出たって噂が広まってるらしいね。ま
あ真実なんだけども。
けど別に悪さしてるわけじゃねえんだから、放っておいて欲しい
わ。
なーんて主張が通らないから困ってるわけだが。
﹁おやびん、はこびおわりました∼﹂
﹁お疲れさん﹂
﹁おやびんこそ、お疲れ様よ﹂
﹁⋮⋮いつも⋮⋮ありが⋮⋮と⋮⋮﹂
俺はスラパチたちを眺めて、微笑む。子供の親になるってこんな
気持ちなんだろうかね。
最近、こいつらの成長が楽しみでしょうがない。
背中に乗れと合図すると、三人が慣れた感じにのぼってくる。
﹁んじゃー、今日もいきますかね﹂
﹁そらのサンポ、ありがとうございますっ﹂
﹁はやく風を浴びたいわ。お願いおやびん!﹂
﹁⋮⋮嬉しい⋮⋮楽しみ⋮⋮﹂
﹁よっしゃ、それじゃ落ちるなよ!﹂
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俺は三匹を乗せて、一気に青空へと飛び立つ。
﹁わあっ!﹂
毎度毎度、良いリアクションとってくれるぜ。
俺は穏やかな風を全身に浴びながら、静かに思う。
このまま、ずっとこの森で暮らすのも悪くないじゃねえかな。
スライム達と一緒に、自由に楽しく生きていく第二の異世界ライ
フ。
﹁うん、それがいいわ﹂
こうして、俺の邪竜ライフの方向性はあっけなく決定したわけだ。
﹁さて、今日はちょっと遠くまでいくぞ﹂
﹁はいっ!﹂
キャッキャと楽しそうにハシャぐスライム達の声をBGMに、俺
は地平線の彼方を目指してノンビリと翼を動かしていく。
今日もまた、なかなか良い日になりそうだ。
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最終話 俺の邪竜ライフ︵後書き︶
邪竜はこれで完結となります。
アルファポリスのサイトで、邪竜転生のマンガが読めます!
無料ですので、読んでみてください。
応援ありがとうございましたー!
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2963cs/
邪竜転生 ∼魔王も勇者も瞬殺できる最強生物∼
2017年2月6日22時28分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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