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現世に咲くは艶やかな荊棘

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現世に咲くは艶やかな荊棘
現世に咲くは艶やかな荊棘
鐘野ねね
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ
ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小
説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え
る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小
説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
現世に咲くは艶やかな荊棘
︻Nコード︼
N9681BX
︻作者名︼
鐘野ねね
︻あらすじ︼
うつしよにさくはあでやかなばら
気がつくと、姉にプレイさせられた和風ファンタジー18禁BL
ゲーム﹃現世に咲くは艶やかな荊棘﹄の世界に少年はいた。しかも
立ち位置はゲーム主人公︵受︶。せめて攻略キャラたちに関わらず
に生きたいと願うが、このゲームは主人公が助けなかった攻略キャ
ラは漏れなく死ぬという鬼畜仕様で。それを知っていて見殺しにす
ることができない少年は⋮⋮。 ※プロットなしの一発書きです。
完結させるため、詰まりそうになるたびに改稿が入ると思いますの
1
で、それでも大丈夫という方のみお読みください。 ※別視点有り。
※BLゲーならではの愛ある強引なエロ有り注意。
2
零、伝承
︱︱其は幽遠の森、奥深く。
かむだから
緑深き木々を分け入り進んだ先、貴き力に護られし神域。
ほくら
徒人を拒む神域。
其の真中に神庫有り。
ひかりのたま
幽遠の神庫に納められし神宝。
名を﹃光珠﹄。
其の輝けし珠に受け入れられし唯一の者。
其の者の望みし如何なる願いも叶うという。
願いが叶うはただ一度ただひとつ。
真に望みし願いのみ。
其は幽遠の森、奥深く。
選ばれし貴き者を待つという。
幾百年、幾千年、幾年月。
唯一の天命の者を待つという︱︱
3
零、伝承︵後書き︶
短めな話をテンポよく書くのが目標です。
このページはさすがに短すぎますが、伝承のみということでご勘弁
を︵笑︶
一、二話目は序章。
三話目からが本編です。
4
一、幽遠の森
︱︱幽遠の森、奥地。
人が殆ど入り込まない為か、茂り放題の深緑の森。
行く手を阻む蔦を手でどけながら、ただひたすら奥に向かう。
いつの間にか長く伸びていた前髪が視界の邪魔して、少し見づら
い。
来る前に切っておけば良かったか。
﹁確か伝承によると、この辺から神域のはずだが⋮⋮、それらしき
結界は見つからないな﹂
いにしえより伝わる伝承。
神庫に納められているという光珠。
嘘か真か知らないが、もしも本当に在るのなら。
在るのなら。
今の俺にはどうしても必要なもの。
﹁もうだいぶ奥地まで入り込んだと思うんだが、まだか?﹂
まさか、すでに人を惑わす結界に惑わされているのか?
いや、景色もちゃんと変わっているし、惑わされ同じ場所をまわ
っているという訳でもないようだが。
5
そのまま更に奥に進んでいくと、石造りの小さな建物が現れた。
とても清々しい、清らかな気配がする。
﹁⋮⋮まさか、此処が神域、神庫⋮⋮なのか?﹂
馬鹿な。それらしい結界などどこにもなかったぞ。
まさか、結界の効果が切れた?
いや、そんなはずはない。数日前に会った男は、結界に阻まれた
どり着かなかったと言っていた。
﹁⋮⋮いや、何らかの理由でたどり着けたとしたら、此処で考えて
いても仕方がないな。とりあえず中に入ってみるか﹂
俺には、光珠がどうしても必要なのだから。
たどり着けたのなら、ラッキーくらいに思っておこう。
⋮⋮ラッキー?
ラッキーとは何だ?
どういう意味だ?
いや、それもあとで考えよう。
今は光珠だ。
﹁さて、どうやって開けるか﹂
古く重そうな石の扉に手を当てる。
押してもびくともしないと思ったが、ギイイと音を立て、内側に
6
ゆっくりと開いた。
﹁扉にすら結界が張ってないのか? それとも、やはり此処は神庫
ではないということか?﹂
そのまま足を踏み入れると、拒絶されることもなくすんなり中に
進めた。
建物の内部は、人が二十人ほど入れるくらいの広さだ。
その真ん中に、腰くらいの高さの石造りの台座が置いてあった。
﹁まさか、これ、が⋮⋮?﹂
その台座の上に、黄色に鈍く輝く拳大の珠が⋮⋮。
﹁まさか、これが、光珠⋮⋮﹂
恐る恐る手を伸ばすと、輝きが徐々に増して。
﹁これが、光珠﹂
目が眩むほどの目映い光の中、俺は両手で輝く珠を持ち上げた。
﹁光珠⋮⋮。光珠⋮⋮頼む。頼むっ。俺の、俺の願いを叶えてくれ
っ﹂
俺の、俺の⋮⋮っ。
﹁俺の記憶を戻してくれっ!!!﹂
7
光珠を胸に抱え込み、願いを叫んだ瞬間︱︱
世界は白く塗りつぶされた。
8
二、遠い記憶
みかぐら
こうが
俺の名前は、御神楽 光雅。
今のご時世、ぱっと見キラキラしたお名前ですねと言われるかも
しれないが、名字がすでに輝いている時点で、名前がどれ程輝いて
ても問題ないよな。
それに、俺は結構この名前気に入ってるんだ。
父さんと母さんとねーちゃんが、俺が生まれる数日前まで、あー
でもないこーでもないと一生懸命考えてつけてくれた名前だからな。
そんなねーちゃんも、すくすくのびのびと育って、今では立派な
隠れ腐女子。
隠れといっても弟の俺には内緒になんてしてないけど。
むしろ、積極的に萌え語りしたり、語る相手を作るためにBLゲ
ーをプレイさせてきたり。
そう、そのBLゲーが問題なんだ。
さくは
あでやかな
ばら
ねーちゃんに無理矢理プレイさせられた18禁BLゲームが。
うつしよに
﹃現世に咲くは艶やかな荊棘﹄。
妖の類いが出てくる戦闘ありの和風ファンタジーBLゲームだ。
プレイヤーは最初に3タイプの主人公から一人を選びゲームを始
める。
一人は明るい元気っ子タイプ。
9
一人は知的な頭脳派タイプ。
一人は長い前髪で常に顔を隠しているが実は超絶美形の無口タイ
プ。
元気っ子が一番難易度が低く、無口が一番高い。
一人選ぶと他のタイプの主人公が脇役キャラとして出てくること
はない。
完全選択タイプのゲームだ。
そしてゲームは、その選んだタイプの主人公が﹃幽遠の森﹄の﹃
神庫﹄にある﹃光珠﹄を手にしたところから始まる。
もう一度言う。
主人公が﹃幽遠の森﹄の﹃神庫﹄にある﹃光珠﹄を手にしたとこ
ろから始まる。
⋮⋮つまり、今じゃね?
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二、遠い記憶︵後書き︶
︻ゲーム︼
﹃現世に咲くは艶やかな荊棘﹄=うつしよにさくはあでやかなばら。
誰に対しても主人公受けの18禁BLゲーム。
ジャンルは和風ファンタジー。戦闘あり。
主人公の名前は任意変更可。
主人公は3タイプの中から一人を選ぶキャラ選択制。
一本のソフトで三度楽しいが売りの、色んなタイプで受けるのを楽
しむ為のシステムであり、ゲーム中に出てくるのはあくまでも一人。
選ばなかった主人公が脇キャラとして出てくることはない。
一番人気は実は超絶美形の無口タイプ。
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三、近い現実
なんで此処にいるのかは知らない。
どうしてこの世界にいるのかは知らない。
トリップなのか、憑依なのか、転生なのか。
それすらもわからない。
覚えているのは、記憶がなくなる直前まで、ねーちゃんに脅され
⋮⋮いや頼まれてこのゲームをプレイしてたということ。
そして、今何故か漠然とわかるのは、今いるこの世界は現実であ
るということ。
さらに、唯一の帰る手段であるはずの光珠を、記憶を取り戻すこ
とに使ってしまったということ。
ゲームのスタート時だとすれば、そりゃ﹃俺﹄の記憶なんてない
だろうよ!!
しかもこのゲームの主人公は元々記憶喪失設定だし。
そりゃ記憶がなくて怖かったけど。
不安で不安で仕方がなかったけど。
﹁うがーー、光珠を使っちゃうなんて、なんて勿体ないことを!!
! って言うか、この光珠が帰れる唯一のチャンスだろ、どうすり
ゃいいんだ!? ⋮⋮試しにもう一度願ってみるか?﹂
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手に持ったままの光珠に向かって元の世界に帰れるようにと願っ
てみたが、一度きりという伝承が覆されることはなく。
﹁やっぱ無理か。うわー、どうすんだこれ﹂
途方に暮れて神庫の床に思わずへたり込む。
着崩した和装の裾が広がることなんてお構いなし。
﹁あーー⋮⋮⋮⋮﹂
しばらくそうしていたが、それで事態が変わるはずもなく。
﹁BLゲーなんだよな、これ。しかも主人公総受けの、18禁の。
あーー、しかもこのゲーム⋮⋮最悪﹂
男に穴掘られるなんて冗談じゃない。
攻略相手となんぞ関わり合いにならずに過ごしたい。
けどさ、このゲーム最悪なことに⋮⋮。
﹁主人公が助けなかった攻略相手は全員死ぬとか何の冗談﹂
この世界が現実である以上、死はやっぱり死なんだろ?
光珠の伝承を教えてくれた爺さんも、神域の結界に阻まれてたど
り着けなかったと嘆いていたおじさんも、みんな生きて生活してい
たもんな。
そうだよな⋮⋮、はぁ。
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たとえ今は見知らぬ他人でも、助けなければ死ぬとわかっている
のに、無視するなんてできるわけないじゃん。
ただ、助けることで恋愛フラグが立つわけで。
﹁もういーやーだー﹂
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三、近い現実︵後書き︶
︻ゲーム︼
主人公が関わらなかった︵助けなかった︶攻略キャラは全員死ぬ
という鬼畜仕様。
一度死ぬと攻略不可。その周に二度と出てくることはない。
落とした複数の攻略キャラから常に溺愛執着される。
複数のルートの同時攻略可。むしろそれが目的のゲームだが、本
番複数Pはなし。
ほのぼのから狂愛故の監禁バッドまで多岐に渡るマルチルート&
ED。
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四、現状把握と対策
俺の今の見た目は、ゲームの主人公まんまのようだ。
黒く長い前髪で顔を隠している⋮⋮ということは、一番難易度の
高い無口タイプだろう。
年の頃は確か十八歳前後。以前の俺とたいして変わらない。
瞳の色は確か真紅だったか。
身長は160中頃くらい。まあ受け役だからな。
以前の俺はマスコット扱いされかねないほど背が低く、しかも顔
までねーちゃん曰く可愛い系だったそうだから、これでも満足。
それに、しなやかに程よくついている筋肉の所為か股下が伸びた
所為か、背が伸びたはずなのに軽いし動きやすい。
服装は和風ゲームのため、基本的には和装。
ただし、ゲームだからな。
まるっきり着物というわけではなく、少し現代風に、そして主人
公らしく少し派手にアレンジされている。
色も赤や青、ワンポイントに金糸を使ってきらびやかだ。
無口キャラなのにきらびやかってどうなんとねーちゃんに訊いた
ら、素顔がばれた時に映えるからいいのよ!と力説された。
そういやねーちゃん、このゲームのキャラデザさんが好きなんだ
ってうはうはしてたな⋮⋮。
﹁見た目的にもやっぱり主人公位置だよなぁ。実は違うとか、ない
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よなぁ﹂
光珠も手に入れちゃったしなぁ。
それに、だからこそ神域の結界に阻まれずに神庫までたどり着け
たんだろうしな。
そう言えばあの伝承、ゲームのパッケージにまで装飾文字ででか
でかと記されてたっけ。
﹁とりあえず今の俺の武器と言えば、ある程度ゲームをプレイして
いるということ。全ルート完クリじゃないのが痛いが⋮⋮まあ何と
かなるだろ。あとはゲームシステムを熟知していること、か。完ク
リしてないから、知らないシステムもまだあるかもしれないが⋮⋮﹂
そのシナリオについて記憶を使って、出来るだけ俺が助けたと悟
られないように、陰ながら助ける。
それが今のところ、穴を掘られない唯一の方法か。
問題の場面で助けられさえすれば、恋愛フラグが立たなくても攻
略相手たちは何とか生き残る⋮⋮はずだ。たぶん。
で、俺自身も俺用の本ルートに入らない。
じゃないと、味方がいないまま今度は俺が死ぬ。
気をつけないと⋮⋮。
﹁さてと、一応今後の対策も練ったことだし⋮⋮えっと確か﹃我は
汝の所有者たらん、収まれ光珠﹄だっけ﹂
しんもん
光珠を右耳の耳朶に近づけ神文を唱えると、光珠が細い光となっ
て端から耳朶に吸い込まれた。
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﹁やっぱゲームのまんまだな﹂
今後この光珠は俺の最大のアイテムになる。
どんな願いでも類いの願いは叶えてくれないけどな。
﹁ここでやることはこんなもんかな。ああ、そうだ。あとは前髪で
も切るか﹂
そうすれば、前髪が長いことで起こる恋愛イベントが消滅するは
ずだ。
ねーちゃんの好きだったイベントだけど。
できるだけ、死と関係のない起こさなくていいイベントは回避し
ないと。
﹁﹃我は望む、光の小刀﹄﹂
耳朶に手を当て神文を唱え、耳朶にしまった光珠を小刀の形で取
り出す。
取り出した小刀は光の塊のようなもので、全体的に淡く輝いてい
る。
光の小刀で前髪を目が見えるくらいの長さに切って、小刀をまた
耳朶にしまった。
﹁よし、よく見える﹂
鼻までかかっていた前髪がなくなり、視界が晴れてさっぱりした。
適当に切ったにしては、上手くきれいにまとまったんじゃないか?
内側から見た感想でしかないが。
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無造作ヘアー程度には見えると思う。
まあ、長すぎさえしなければ、俺の前髪なんて誰も気にしないだ
ろうし。
﹁さてっと、じゃあ、とりあえず神域を出ますか﹂
神庫から外に出ると、扉が開けたときと同じようにギイイと音を
立て自然に閉まった。
そのままもと来た道を引き返していると、ある地点で空気の雰囲
気がいきなり変わった。
﹁そうか、ここが神域の端だったんだな﹂
もしかして、光珠を手に入れたから感じられるようになったのか?
更に一歩あるき出そうとしたその時。
﹃シッギュアアアアアアァァァァッ﹄
大音量の妖の雄叫びに、森がぶるりと震えた。
﹁⋮⋮しまったっ。忘れてた! もう起こるんだったか、一人目の
出会いイベント!!!!﹂
俺は慌てて雄叫びが聞こえた方へと走り出した。
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四、現状把握と対策︵後書き︶
︻ゲーム︼
主人公タイプ3
長い前髪で常に顔を隠しているが実は超絶美形の無口タイプ。
無口だが思いやりがあり、不器用な優しさで接し、気がつけば取
り返しがつかない執着系ハーレムが形成されている。
が、無口でしかも顔が一切見えないため、攻略キャラに恋愛相手
と意識されるのに時間がかかる。
そのため難易度が無駄に高い。
戦いにおいては流麗華麗。しなやかな動きと他を圧する強さで見
た者すべてを魅了する。
︻現世︼
前髪を切ったことで一部のイベントはつぶれたかもしれないが、
代わりに超絶美形の素顔が初めから晒された影響についてまったく
考えていない光雅︵笑︶
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五、初戦闘
妖の雄叫びが聞こえた方向を目指して走ると、神庫から少し離れ
た森の中で、男が一人、狐型の妖十数匹に囲まれていた。
かくりよ
うつしよ
妖は普通隠り世に存在するはずだが、とある原因により、空間に
出来た亀裂から現世に現れる。
ゲーム上では人間を襲う、所謂モンスターとして描かれていた。
見かけは、きっちりとした固形ではなく、手や足、体など所々か
ら霊魂のような赤黒い影のようなものが棚引いている。
その妖に囲まれた男は、肩まで無造作に伸ばした濃藍色の髪色。
優男風の色男で、髪色に合わせた濃藍色の衣の上から白の衣を纏う
タイプの和装を着た、案の定どこかで見たことがある姿形だった。
﹁どこかっつーか、攻略相手の一人だよなぁ、やっぱり﹂
男にも妖にも見つからない木の陰から確認し、こっそりため息を
つく。
﹁あったもんな、こんなシーン﹂
初めての戦闘だからか、スチルつきだった。
さて、どうしたものか。
なんて、悩んでいる時間はそんなになさそうだが。
何度か襲われた後なのか、男はすでに立っているのもやっとなほ
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どボロボロだし、十数匹の妖たちは今にも一斉に襲いかかろうと距
離をつめている。
次に襲われたら終わりだろう。
どうすれば助けたとばれないように妖を屠れるか⋮⋮。
その時︱︱、妖が一斉に動いた。
男は動けず、抵抗も出来そうにない。
たち
﹁ああもうっ、﹃我は望む、光の太刀﹄﹂
慌てて耳朶から太刀の形状をした光珠を取りだし、男と妖の間に
入り数匹の妖を屠る。
妖は全身から赤黒い靄を吹き出して消えた。
続けざまに更にとびかかってきた二匹も流れるように屠る。
ああ、やっぱり身体が軽い。
実際の戦いなどしたことはないのに、まるであのゲームの主人公
のように軽々と動ける。
妖の姿が、画面上とはいえ一度は見たことがある形状だからか、
恐怖を感じないのも大きいんだろう。
﹁狐型は雑魚だしな﹂
経験値もたいして溜まらない、初期も初期の頃に出会う敵だ。
残り八匹も軽く倒し、一息つく。
全身を使っての戦闘は、思ったよりも心地いい。
身体全体が喜んでいるようだ。
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高揚した気分のまま、耳朶に光珠を戻した。
﹁お前⋮⋮?﹂
って、しまった!
集中しすぎて、こいつ忘れてた⋮⋮!!
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五、初戦闘︵後書き︶
︻ゲーム︼
光珠
しんもん
最初の願いを叶えてからは、神文を唱えることで、色々な形状で
取り出せるようになる便利アイテム。
通常は耳朶にしまう。
神文は﹃我は望む、∼∼﹄の形式で唱える。
主人公が直接手に持っている時だけ有効。
手を離すと自動的に耳朶に戻るため、飛び道具や遠距離型の武器
には出来ない。
︻現世︼
光珠
ゲームとほぼ同じ。
和風世界だが、取り出せる形状は和物でも洋物でも可。
24
六、イベント﹃幽遠の森、出逢い﹄
﹃光雅、あなたはもう、いつもいつもひとつのことに集中すると他
が疎かになるんだから、注意しなさいね﹄
﹃大丈夫だよねーちゃん、そんなに心配しなくても。それに集中力
は俺の美点です﹄
ちっとも大丈夫じゃなかったです、ねーちゃん。
俺今とっても大ピンチ。
﹁助かった。正直もう駄目かと死を覚悟していた。ありがとう﹂
目の前に、いわゆる攻略相手の美形男が立っている。
何故か記憶よりもやつれているが本人に間違いないだろう。
そして助けた瞬間を誤魔化しようがないほどばっちり見られたど
うしよう。
﹁ええと、無事で良かったな。じゃあ俺はこれで⋮⋮﹂
﹁待て﹂
はいそうですよねー逃げられませんよねー。
男に腕をがっちりと捕まれた。
﹁お前は誰だ? 名は何と言う?﹂
ええっと、答えないとか無しだろうか。
25
名前答えたら関係持っちゃうじゃないか。
なんとかこのまま立ち去りたいんだが。
あおぎり
﹁ああ、まず俺から名乗らずにすまない。俺の名は梧桐と言う。そ
れで、お前は?﹂
どうしたもんかと黙っていたのを梧桐が名乗らない所為だと勘違
いしたらしい、自己紹介をされてしまった。
うーわー、いらないから、自己紹介なんてっ!
ここから先関わる気ないから!
﹁ええっと、名乗るほどの者ではない、と思う﹂
試しに愛想笑いで切り抜けようとしたが、梧桐の手が腕から離れ
ない。
﹁お前の名は?﹂
そして、鬼気迫るような気配なのににこやかな笑顔で、三度尋ね
られた。
﹁⋮⋮光雅﹂
笑顔の迫力に負けました。
くっそう、俺は負け組だ。
﹁そうか、光雅か。良い名だな﹂
おお、褒められた。キラキラ的なと苦笑されることが多いのに。
26
﹁そうだろう。両親とねーちゃんが寝ずに考えてつけてくれた名だ
からな﹂
もっと褒めていいんだぞ、主に両親とねーちゃんを。
嬉しくてにこにこ答えると、梧桐は目を見張ったかと思うと顔を
背けた。
あれ、なんか変だった?
﹁梧桐?﹂
﹁ああそのすまない。何でもない﹂
何だか謝られてばかりだな。
⋮⋮っておかしい。
確か梧桐は俺様系キャラで、そんな簡単に謝るような奴じゃなか
ったはずなのに。
ゲームでは謝るのなんてほんの数回。しかも好感度がかなり上が
ってからだったぞ。
⋮⋮ゲーム﹃現世に咲くは艶やかな荊棘﹄の世界と見せかけて、
実は似たような並行世界だったりして。
確かめる方法はないけどな。
27
七、続
ゲームでは確か梧桐は光珠を狙ってこの森に来た。
俺が手に入れたことを秘密にしてこの場を離れられれば、まだ勝
機はあるはず。
﹁それで、先程のお前の太刀は、光珠だな?﹂
ばれてるしーー!!?
﹁えっと、気のせ⋮⋮﹂
﹁先程手に入れて来たのか? まさかこの世に本当に光珠があると
は⋮⋮﹂
うわー、完全に断定してるし。
﹁どうして⋮⋮?﹂
﹁何が?﹂
﹁どうして俺が光珠を使ったと﹂
﹁ああ、だってお前、耳にしまったじゃないか﹂
な!!?
そういえば⋮⋮、助けたあと流れでそのまましまったような⋮⋮?
っていうか、しまったよな確かに。
28
あのときはもう梧桐のこと、すっかり頭から消えてたし。
﹁何やってるんだ俺⋮⋮﹂
思わずがくりと地面に両手足をついた。
それを見いた梧桐が俺の頭に掌をぽんと乗せ、楽しそうに笑う。
﹁面白いな、お前。こんなに綺麗な顔をしているのに﹂
顎に手を添えられ、上を向かされた。
そして美形な顔が近づいてきたと思ったら⋮⋮。
﹁⋮⋮っう!!?﹂
ちょっと待て。
待てまてマテ待てっ。
出逢いイベントにキスシーンなんて、キスシーンなんて、なかっ
たはずだぞ!!
﹁ごちそうさま﹂
唇を舌で舐めながら離れていった男の顔は、獲物を狙う獰猛な獣
のようでした。
狙われた獲物は俺ですか。
そうですか。
⋮⋮何でだ!?
俺が何をした!!?
29
30
七、続︵後書き︶
予約日指定間違エテタ⋮⋮。
今日の昼間にもう一本更新します。
31
八、幽遠の森、出逢い。梧桐視点。︵前書き︶
本日二回目の更新です。
梧桐の過去。
軽くですが残酷描写あり。苦手な方はご注意ください。
32
八、幽遠の森、出逢い。梧桐視点。
噎せ返る血の臭い。
腐臭。
原形をとどめない領民たち。
領内を我が物顔で跋扈する数十匹の妖ども。
﹁誰か、誰かいないのか!?﹂
呼びかけても呼びかけても、息づく気配はなく。
目につく妖どもを屠りながら、屋形へと急ぐ。
﹁父上っ、母上っ、兄上っ!!﹂
主領である父上の使いで、別の地に赴いていた。
妖避けの守りを譲り受けるために。
﹁どこだ、どこにいるっ!?﹂
ようやく役目を果たし帰路につけばこの惨状。
﹁父上っー! 母上っー!! くそ、どこだっ!!?﹂
この守りが、この守りがあればっ。
﹁兄上っーー!﹂
33
⋮⋮え?
﹁ち、ち⋮⋮うえ?﹂
な⋮⋮に?
﹁は、は⋮⋮、うえ?﹂
なん⋮⋮だ?
なんだ、なんだ、このめのまえにころがるからだ、は。
なんだなんだなんだーーーー!!!
﹁ちちうえ、ははうえ、あにうえーーーーっ!!!!!!﹂
俺を独り遺して逝かないでくれ。
********
結局、俺が領内たどり着いた時には、誰一人として生き残ってい
る者はいなかった。
34
たどり着いた時には⋮⋮すでに手遅れだった。
数日間茫然としていた俺を守ってくれた妖避けの守りは、すでに
大半が力をなくし朽ちている。
﹁ああ⋮⋮そうだ⋮⋮。弔わ、なければ⋮⋮﹂
皆をいつまでも妖の目に晒したままだなんて⋮⋮許せない。
妖避けの守りの最後の力を頼みに、未だ妖が跋扈する中、俺は家
族や皆の遺体を弔った。
﹁皆⋮⋮﹂
なあ、俺はどうしたら⋮⋮。
どうしたらいいか教えてくれ。
﹁こんな時に爺さまがいたら道を示してくれたんだろうか﹂
物知りで、誰も知らないようなことを得意気に教えてくれた爺さ
ま。
﹁⋮⋮そう、だ﹂
昔、爺さまに聞いたことがある。
﹁光珠⋮⋮﹂
かみのたま
何でも望みが叶うと言われる伝説の神珠。
35
﹁光珠さえあれば⋮⋮皆を生き返らせられる?﹂
光珠さえ手に入れれば⋮⋮。
﹁探そう。探さなくては⋮⋮﹂
伝説だろうが、何だろうが⋮⋮一縷の望みにかける。
絶対に見つけて見せる。
﹁それまで待っててくれ、皆﹂
妖に蹂躙された領地を残し、俺は宛のない旅に出た。
36
八、幽遠の森、出逢い。梧桐視点。︵後書き︶
現在までたどり着かなかった⋮⋮。
次話には出逢える⋮⋮はず。
残酷描写はこのページだけですので、あとは安心してご覧くださ
い。
︻ゲーム︼
妖避けの守り
回数制限ありの消耗アイテム。
回数分だけ妖の攻撃を無効化する。
領地
数十戸程度の小さな集落。
主領や長老が治める。
︻現世︼
かむだから
神珠
神宝のこと。
地域によって伝承が多少異なる。
37
九、続︵前書き︶
梧桐視点、続き。
38
九、続
爺さまに聞いたのは、光珠というものがあるという伝承だけだっ
た。
妖に襲われ屠りながら、幽遠の森にあるという伝承にたどり着い
たときには、気がつけば数年経っていた。
﹁ここが幽遠の森⋮⋮﹂
すぐに幽遠の森に入らずに、側にある里で光珠について更に詳し
い伝承を聞く。
と同時に、同じく光珠の伝承を求めたどり着いた旅人に、神域の
結界に阻まれたという失敗談で脅された。
伝承の通りに、認められた者しか神庫にたどり着けないと。
あるかどうかもわからない、今にも切れる寸前の糸のような、ほ
んの僅かな望みにかけて此処まで来た。
伝承はあくまでも伝承で、本当は存在しないのではないかと何度
も悩み苦しんだ。
そんな俺が今更そんな脅しに動ずるはずもない。
何年もかかったが、ここまでやっとたどり着いた。
なら、あとはただ、俺が選ばれるかどうか。
ただ、それだけ。
それだけだろう?
39
********
幽遠の森は空間の亀裂が発生する頻度が非常に高い。
神域がある反動か、神域以外の場所の妖の出現率が異様に高い。
だから地元の人間は滅多に入ることはない。
人の手が入らない森は荒れ放題で、歩くことも困難になる。
﹁入るのは俺のような光珠が目的の人間だけ、か﹂
行く手を邪魔する妖を屠りながら、ただ只管奥地を目指す。
********
幽遠の森に入って何日経っただろう。
外から見た限りそんなに広い森のはずはないのに、神庫と思われ
る建物が見つからない。
神域にたどり着けない。
40
﹁何処にあるんだ一体⋮⋮﹂
食料は持てるだけ持ってきた。尽きるまではまだ余裕がある。
だが。
妖が休む間もなく襲ってくる。
しかも狐型ばかり。数多いる妖の中でもかなり強いとされる種の
妖だ。
さすが神域の近くという訳か。
﹁はぁはぁはぁ⋮⋮くそっ、しつこい﹂
妖に遣られ怪我した箇所を庇いながら戦うから、余計に型が崩れ、
そこを更に狙われる。
﹁ああ、また増えた⋮⋮﹂
しかも奴らは無尽蔵かというほど、あとからあとから湧いてくる。
倒しても倒しても囲まれる。
﹁ぐぅっ⋮⋮﹂
腹に鋭い一撃を食らいよろめいた。
一斉に襲いかかられる。
﹁はは、もうここまでか⋮⋮﹂
皆、すまない⋮⋮。
ああ、でもこれで⋮⋮。
41
死を覚悟した、その時︱︱
黒い髪色をした見知らぬ背中が現れ、妖が数匹一瞬で屠られた。
更に飛び掛かってきた二匹も、流れるような動作で屠られる。
身体つきから察するに青年⋮⋮いやまだ少年か。
肩まで無造作に伸びたぬばたまの黒髪が、動きにあわせて軽やか
に舞う。
襲いくる妖を難なく屠っていく姿は、身体中に走る痛みも忘れ、
ただただ見惚れてしまう。
しなやかで艶やかで⋮⋮。
まるで舞うような⋮⋮。
こんな戦い方は見たことがない。
﹁⋮⋮⋮⋮っ!?﹂
少年が妖の攻撃を避けてかわした瞬間。
一瞬見えた横顔の、あまりの美しさに思わず息を飲む。
少年⋮⋮、いや、人間⋮⋮なのか?
42
こんなにもしなやかで華麗な動き、伝承の神のごとき麗しき顔⋮
⋮。
あまりのことに魅せられて、微動だにできないそのうちに、少年
はそのまま、俺の周りを囲んでいた多数の妖すべてを軽く倒してし
まった。
﹁狐型は雑魚だしな﹂
そんなありえない呟きと共に。
43
十、続続︵前書き︶
梧桐視点、続き。
44
十、続続
︱︱光珠は、神文と共に耳に納められるという。
たった今軽々と妖を倒した少年は、光でできたかのような太刀を
耳に納めた。
********
﹁助かった。正直もう駄目かと死を覚悟していた。ありがとう﹂
妖をすべて屠り動きを止めた少年の前に立ち礼を言う。
向かい合わせに立つと、少年の背丈は俺より顔ひとつ分ほど低か
った。
そして正面から見たその顔は、先程一瞬見えたままの、いやそれ
以上の恐ろしいまでの美しさだった。
目鼻口顔の輪郭、すべてがあるべき形であるべき位置に収まって
いるのは当然として、それだけではなく、ひとつひとつの部位に神
45
の力が宿っているかのような惹きつけてやまない何かがある。
一見無造作に切られたような髪型すら、あるべくしてその形状を
保っているかのようだ。
﹁ええっと、無事で良かったな⋮⋮﹂
まるで逃げ出そうとするかのように一歩さがった少年の腕を慌て
て捕らえる。
この少年をこのまま逃がしたくない。
強くそう思う。
こんな強い感情が湧き出したのはいつ以来か。
腕を掴む手に、更に力を込める。
﹁お前は誰だ? 名は何と言う?﹂
名を尋ねてみたが返事がなく、自分が名乗り忘れていたことを思
い出す。
あれ以来、人の名など気にしたこともなかった。
まず自分から名乗る。こんな単純なことすら忘れていた。
そして何度か名を聞くうち、ようやく教えてくれた。
﹁⋮⋮光雅﹂
光輝くような立ち姿。しなやかな動き艶やかな戦い方。まさに少
年⋮⋮、光雅にぴたりと合った名だと思う。
46
思ったままを口にしたら、光雅は嬉しそうに楽しそうに綺麗な顔
に笑みを浮かべながら誇った。
家族にとても愛されて育ったのだろう。微笑ましい。
鮮やかな笑顔に顔が熱くなるのを感じ、赤くなったであろう顔を
光雅から隠しながら思う。
家族の話題を辛く感じなかったのは、また何年振りのことか、と。
********
﹁それで、先程のお前の太刀は、光珠だな?﹂
光雅の身体がわかりやすく震える。
そんなに警戒しなくともいいのに。
一度誰かが手に入れた光珠は、もう他の人間には使えないのだか
ら。
﹁まさかこの世に、本当に光珠があるとは⋮⋮﹂
あればいい、あるはずだと何年も掛けすべてを賭け探してはいた
47
が、もしかしたら、もしかしたら伝承でしかないのかもしれないと
いう思いも捨てきれていなかった。
その迷いが、俺が神庫までたどり着けなかった理由か。
いや、彼ほどの者でないと認められないというのなら、俺にはそ
の資格ははじめからなかったのだろう。
ここまで圧倒的な差があると、何年もかかったなんて思いも遥か
彼方。素直に認めざるをえなくなるんだな。
そう、それに本当はたぶんわかっていた。
この願いを叶えるのは不可能なのだと。
ただ、怒りと喪失感、やるせない思いをもてあまし、それに縋っ
ていただけなのだと。
そんな俺に、光珠が反応するはずがない。
いつまでも縛りつけてすまなかった。
父上、母上、兄上、領民の皆⋮⋮。
﹁どうして⋮⋮?﹂
﹁何が?﹂
物思いにふけっていると、光雅が声を発した。
48
﹁どうして俺が光珠を使ったと﹂
﹁ああ、だってお前、耳にしまったじゃないか﹂
見た通りのことを伝える。
﹁何やってるんだ俺⋮⋮﹂
思わずといったように、光雅はがくりと地面に両手足をついた。
もしかして、俺の前で耳に納めたのは無意識だったけどのだろう
か。
なんて、なんて⋮⋮面白い。
思わず吹き出してしまった。
この見た目でこの中身とは。
いつまでも面白い姿で落ち込んでいる光雅の頭を撫でながら、久
しぶりに声を出して笑った。
﹁くくく。面白いな、お前。こんなに綺麗な顔をしているのに﹂
ああ、⋮⋮笑えた。
この俺でも⋮⋮笑えた。
こんな日が、また来るとは思わなかった。
こんなに短時間でこんなにもたくさんのことを取り戻せるなんて。
幽遠の森に来るまでは考えもしなかった。
⋮⋮本当は、此処で死ぬつもりだったのだから。
49
いつまでも落ち込んだままの、さらさらで触り心地のいい光雅の
黒髪を撫でながら思う。
⋮⋮まだ、生きていてもいいだろうか。
許されるのなら⋮⋮。
光雅の傍で生きてみたい。
この、甦った感情のままに︱︱
﹁なあ光雅。責任、取ってくれるよな?﹂
俺に感情を甦らせた責任を。
光雅の顎に手をあて、顔を上向かせる。
そして、驚いて反応できぬ間に、その柔らかい唇を奪う。味わう。
﹁ごちそうさま﹂
光雅。
これから先、お前の傍に︱︱
50
十、続続︵後書き︶
あおぎり
︻ゲーム︼
梧桐
濃藍色の髪、紺碧色の瞳。
メインヒーローの一人で、イメージカラーは青。
主領の息子。次男。
用を済まし領地に帰ると多数の妖に襲われ全滅していた。
一度願いを叶えた光珠で再び願いを叶えるのは無理だと本当はわ
かっていたが、表情のわからない無口な主人公に苛立ち、諦めきれ
ずに主人公の持つ光珠を執拗に求め続ける。
それらを乗り越え主人公に惚れたあとは、執着心嫉妬心バリバリ
の攻め攻めキャラになる。
51
十一、その⋮⋮想い︵前書き︶
今回から光雅視点に戻ります。
52
十一、その⋮⋮想い
すぐ隣を歩こうとする梧桐を避け、極力距離を取ろうとしながら、
幽遠の森近くの里に向かう。
用はすんだんだからもう森から出るべきだ。
これ以上予想外のイベントが起こる前に。
キスとかキスとかキスとか⋮⋮。
ゲームの梧桐はそんなキャラじゃなかっただろ。
ゲームの梧桐はパッケージに大きく載るメインヒーローで、出逢
いの頃はもっとこうシリアス系のキャラだったはずだ。
まあ主人公に惚れてからは、執着心嫉妬心バリバリの積極的な攻
め攻めキャラになってたけどさ。
追い上げ分もあって、キスとか隙があれば迫ってたけどさ。
このギャップがいいのよと言うのはねーちゃん談。
だけど、少なくとも出逢ってすぐにキスするようなキャラなんか
じゃなかった。
何がどうしてこうなった。
﹁なあ⋮⋮光雅﹂
53
すぐ後ろから声がかかったが無視だ無視。
﹁光雅⋮⋮?﹂
無視無視。
﹁⋮⋮光雅﹂
⋮⋮はぁ。
しばらく無視をしていたが、思わぬほど真剣な声音で呼びかけら
れ、仕方なく足を止めた。
﹁なんだ?﹂
﹁光珠は⋮⋮光雅の願いを叶えたのか?﹂
﹁⋮⋮ああ、叶えてくれたよ﹂
光珠を手に入れたと知られた以上、もう隠す必要もないしな。
正直に答えた。
まあ、叶えてくれたといっても願う内容を間違えたけどな。
何で元の世界に帰りたいって、願わなかったんだろう。
って、記憶がなかったからか。
﹁そうか⋮⋮叶ったか。良かったな﹂
梧桐はそう言うと寂しそうに笑った。
54
ああ⋮⋮そうか。
ゲームで見た梧桐の願いは確か⋮⋮妖に惨殺された家族や領民た
ちの⋮⋮。
それは⋮⋮どんなに悲しく辛いだろう。
ゲームキャラ⋮⋮ではなく。
触れれば確かにぬくもりのあった、今、目の前にいるこの男は、
どんな気持ちで光珠を⋮⋮。
﹁⋮⋮ああ。そうだよ。俺に取ってとても大事な願いを叶えてくれ
たんだ、光珠は﹂
今度は、梧桐の目を見ながらはっきりと答える。
真剣には真剣で、答えるべきだと俺は思う。
だから。
﹁叶えて、くれたんだ﹂
そうだ。本当は、わかっている。
光珠がなければ俺の記憶はきっと一生戻らなかった。
記憶が何もない状態は、本当に恐くて恐くて。
今思い出しても震えが来る。
元の世界に戻るのが一番だけど、その前に﹃俺﹄のこの記憶が戻
らなければ何の意味もない。
だから。
55
だから⋮⋮大事な願いを、光珠はっ。
父さん、母さん、⋮⋮ねーちゃん。
思い出せて⋮⋮良かった。
⋮⋮たとえ、もう二度と会えなかったとしても。
﹁しょっぱいな﹂
しばらく前から、留処なく頬を伝っていた水を、顔を寄せてきた
梧桐に舐められた。
勝手に舐めるなよっ。
︱︱その時
﹁⋮⋮仲がお宜しいことで﹂
画面越しに聞いたことがあるような声が、響いた。
え、何、もう次のイベント!?
56
57
十二、隠しイベント﹃影なる出逢い﹄
ねーちゃんが愛して止まない声優がいた。
何でも、大人ヴォイスなのにその拗ねたような声と反転後のエロ
甘い声が脳髄を直撃したんだとか。
ギャップうまうまー、らしい。
で、愛が高じて、その声優が出ているアニメはすべて見るし、作
品も新作が出る度に買う。
特にシングル、アルバム、ドラマCDはほぼすべて集めていた。
そして、当然の如く萌え語りをするために、俺も繰り返し聴かさ
れていた訳で⋮⋮。
一言聴いただけでも、判別できるようになっちゃったんだよなぁ、
その声が。
⋮⋮だから。今、姿を現さない状態でもわかるわけだ。
声の主が誰なのか。
﹁へぇ? 無視するんだ?﹂
もちろん、無視するさ。
こいつとだけは関わりを持っちゃいけない。
⋮⋮こいつとだけは。
って言うか、な・ん・でっ。
58
こいつが今、現れるんだーー!!!?
こいつの出逢いイベントの条件は、主人公の前髪断髪で真紅の瞳
が見えるようになることと、梧桐の好感度だろ!?
前髪は確かに切ったけど、梧桐の好感度は相当高くないと起こら
なかったはず。
無口タイプの場合、梧桐の難易度はかなり高いから、それこそス
トーリーとしては中盤以降、ほぼ終盤のイベントだぞ、これは。
そして、こいつの死亡イベントも最終盤。
今関わる必要はまっっっったくない!
﹁誰だ、姿を現せ!!!﹂
駄目だ梧桐、煽るな。
本当にこいつだけはまずいから。
特にまだまだ弱い序盤の今出逢うとか、ありえないから。
⋮⋮いや、まだだ。まだ大丈夫だ。
このイベントは声がするだけで、実際に姿を現すことはなかった
はず。
ここで印象を残さずに逃げきれば⋮⋮。
﹁梧桐、行こう﹂
別に梧桐と共に行動する訳ではないけど、これ以上煽られても困
るから、梧桐を促して止めていた足を動かしだす。
59
﹁だが﹂
﹁いいから﹂
急いでこの場を離れなければ。
﹁なーんで無視、するのかな﹂
﹁姿を現さない危ない奴だからだろう。どこにいるかもわからぬし﹂
﹁⋮⋮梧桐。返事しなくていいから﹂
﹁へぇ、そんなこと言うんだ﹂
あちこちの木々の上から同時に、男の声がこだまする。
さて、当たりはどっちか。
こいつは幻影を使って、あちこちから同時に声を響かせる。
ゲームの主人公は勘で逃げ失敗しまくりこいつに覚えられてしま
っていたが、よく聞くと微妙に本物と偽者たちの声は違う。
これもねーちゃんの教えの賜物か。
散々聴かされたからな、はは。
梧桐を連れ、時折煽るように発せられる本物の声と間逆に逃げる。
とにかく逃げる。
三十六計逃げるが勝ち。
60
周りに響いていた声もなくなり、かなり遠くまで逃げられただろ
うと思ったその時︱︱
﹁何で俺の居場所が正確にわかる? お前、凄いねぇ﹂
楽しげな声と共に目の前に現れたのは、腰まで伸びた梅紫色の髪、
かげろう
所々に藤黄色をあしらった古代紫色の和装を纏った美形の男、攻略
相手のひとり、影朧だった。
何で今ここで姿を現すんだーー!!!?
61
十二、隠しイベント﹃影なる出逢い﹄︵後書き︶
︻正解︼
三十六計逃げるに如かず。
62
十三、続
かげろう
影朧。
妖に襲われた人間の母から生まれた、妖と人間とのハーフ。
ルートによってはラスボスにもなる最強クラスの男。
戦闘特化で鍛えまくった無口タイプのゲーム主人公の終盤ですら、
勝てるかどうかは五分五分の男。
妖とのハーフ。その境遇や生い立ちを知ったときには思わず涙し
た。
涙したけどさ⋮⋮。
何故今ここで現れた!!!?
終盤でも難しいのに、まだ目覚めたばかりの序盤も序盤なんだぞ。
勝てるわけないだろう!?
駄目だ。俺の死亡フラグが立ちました。ぽむっ。
しばらく茫然して落ち込んでいたら、いつの間にか梧桐が俺を守
るように俺と影朧の間に立っていた。
何で前に⋮⋮。
いや、うん、ありがたいけど、危ないから。
ああでも、せめてこの瞳は隠さないと。
影朧と同じ、この世で唯一の真紅の瞳は。
よくあるただ赤に近いだけの色だと思われているうちに。
63
﹁青いの。お前には用はないんだけど?﹂
﹁何だと﹂
影朧が梧桐を挑発する。
気に入った相手以外、髪色で相手を指すのは影朧の特徴。
﹁梧桐﹂
だから挑発にのるなって。
すぐに離れないとまずいんだって。
﹁だが、光雅﹂
﹁いいから。⋮⋮悪いけど俺にも用はないからじゃあ﹂
きびす
なるべく目を合わさないようにして一息に告げ、影朧から離れる
ように踵を返す。
背後からの気配には注意をしながら。
って言うか、それこそ攻撃を仕掛けられたら、前でも後ろでも変
わらないんだけどな。
﹁待てよ、黒いの。⋮⋮どうして、俺の居場所がわかった? 今ま
で気づいた者なんていないのに﹂
また同じ質問。
はぁ、これは答えるまでしつこくされるか。
早く逃げなきゃいけないのに。
64
﹁⋮⋮声が。声が良かったから﹂
仕方がないから背を向けたまま、思ったままを答えた。
聞き取れるほどに聴かしつづけたのはねーちゃん。
だけど。
文句を言いながらも、その声に惹かれて聴きつづけたのは、⋮⋮
俺。
﹁は、声? 声って⋮⋮﹂
背後から驚いたような声が聞こえる。
﹁声⋮⋮、そうか、声か⋮⋮﹂
そして、次第に嬉しそうな声に。
そのまま影朧に動く気配はない。
逃げるなら今のうち⋮⋮。
﹁待て、こうっ⋮⋮﹂
﹁くくく。逃げたいんだよね。いいよ。今は逃げていい。じゃあま
たな、⋮⋮光雅﹂
梧桐が慌てて俺の腕を自分の方に引こうとしたその一瞬前。
楽しそうな声が耳元で囁いたと思ったら、すぐに気配が離れた。
65
またなんて、冗談じゃない。
もう会う気はない、死亡イベント以外で。
⋮⋮って、ちょっと待て。名前覚えられた⋮⋮!?
66
十四、里の空き家
影朧が追ってこないか気配を探りながら幽遠の森を抜け、付近の
里にたどり着いた頃にはすでに夕方だった。
﹁夕刻か。間に合って良かったな﹂
﹁ああ、そうだな﹂
この世界の里は、夜になると門を閉め朝まで開けることはないか
ら、門が閉まるまでに潜らないと入れてもらえなくなる。
影朧の件もあるし、森で野宿をするわけにはいかないから、間に
合って本当に良かった。
里には空き家が数件有り、森で採ってきた珍しい木の実や薬草と
交換に、一晩借りることができる。
もちろん収穫が多ければ何泊も借りることも可能だ。
妖がいる所為で普通の人間は森に入れないからな。
森で採れるものは結構貴重だったりする。
金銭という概念がなく、物々交換が基本のこの世界では、旅人な
どはそうやって宿や食料を調達する。
この世界に金銭がない理由は⋮⋮多分ゲームでは必要なかったか
らだろうな。
和装は固定だし、武器も固定か、主人公には光珠があるから買う
67
必要もないし。
十八禁的な展開で空き家を借りて泊まったとしても、わざわざ一
泊いくらですなんて細かいやり取りが描かれることなんかなかった
しな。
そんな訳で、影朧を気にしながらも幽遠の森で採ってきた木の実
や薬草と交換で梧桐と二人、空き家を一軒借りた。
本当は別々に借りたかったんだけど空き家が残り二軒しかなく、
片方の家はとても大きかった。
影朧の気配は完全に消えたとはいえ、警戒は怠らず木の実や薬草
を集めたから、二人で探してもそんなには採れず、大小合わせて二
軒とも借りるのは無理だったんだ。
だから仕方がなく二人で一軒借りた。
・・
キスの前科があるし、相手はあの梧桐だし、元々が十八禁ゲーム
の世界だからな、普通なら十八禁展開が⋮⋮と心配するところだが、
まだ知り合ったばかりだし、イベントもこなしてないし、まあ大丈
夫だろ。
⋮⋮なんて思った俺が間違っていた。
68
十五、そんなイベントはない
里で借りた家は頻繁に人が借りるのかちゃんと手入れがしてあっ
て、すぐにでも住める状態だった。
十八禁的展開のためか、空き家なのに風呂やら何やら完全完備。
って言うか、ゲーム上はどこの里の空き家もそんな感じだったな
⋮⋮。
梧桐は幽遠の森に何日もいたらしくかなり薄汚れていたから、先
に風呂に入ってもらった。
その隙に俺は夕飯の食材を求めて外に出た。
影朧も里の中までは襲ってこないしな。
﹁うわ、やっぱ男ばかりだ﹂
あでばら
攻略キャラたちの過去の話を考えると、ゲーム﹃現世に咲くは艶
やかな荊棘﹄、通称﹃艶荊棘﹄世界には女性もいる。
けど、BLゲーの所為か、主人公⋮⋮と言うよりはプレイヤーが、
女性を目にすることはない。
ってことで、俺がこの世界で女性を目にすることもないのかなー、
はははは、はぁ⋮⋮。
69
このままこの世界で一生を過ごすんなら、キツいんだけど。
光珠以外に帰る方法を考えてみたけど、うーん、いくら考えても
なさそうな予感しかしない。
本能的な何かがそう言ってる。
その予感を必死に抑えて、もし⋮⋮、もし万が一あるとすれば。
⋮⋮エンディングを迎えたら、とか?
だけど、それってヤバいBADエンドか、誰かと両想いになるハ
ッピーエンドってことだろ。
あんなヤバいBADエンドなんてありえないし、ハッピーエンド
だとしたら、惚れた相手、置いていけるわけないよなぁ。
まあ、男に惚れる気なんて、ないけど。
なんでこのゲーム、無難なノーマルエンドがないんだ。
それに、やっぱりエンディングを迎えたからと言って、帰れる気
はまったくしないから違うんだろ。
はぁぁ。
さて、この里ははじまりの里の所為か、その規模は少し小さめで、
家の件数は十数戸。多くても二十あるかなといった程度。
若い男が多いらしく、あちらこちらに姿が見える。
通りすがりの旅人だなんて怪しい職業、はぶられない為にも、目
が合ったやつには愛想笑いをしておいた。
食材を交換してもらえなくなると困るし。
70
それでもやっぱり怪しく見えるのか、皆遠巻きにしている。
うーん、困った。夕飯の食材どうするか⋮⋮。
長老のところに行ったら交換してもらえるかなとため息をついた
ら、優しげな青年が近づいてきて声をかけてくれた。
そして事情を話して空き家を借りて余った木の実なんかと夕飯用
の食材と交換してもらった。
﹁え、こんなに沢山の食材と交換してもらっていいのか?﹂
﹁え、え、ええ、ええ、もちろんです!!﹂
﹁でも、渡した薬草と比べて多すぎるんじゃ。しかも新鮮で美味し
そうなものばかり﹂
﹁貴方に食べていただけるなら食材たちも満足だと思います!﹂
﹁えっと、ありがとう?﹂
明らかに交換レートより多いだろう食材を籠いっぱいにもらい、
空いた手に握手をして来る青年に、とりあえず笑顔でお礼を言う。
﹁あ、あの、それで、良ければこのあと俺の⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ん?﹂
﹁光雅、こんなところにいたのか。風呂を出たらいなかったから探
した。⋮⋮帰るぞ﹂
71
青年が何かを言いかけていたが、梧桐がいきなり現れ、笑顔で青
年に捕まれていた俺の手を無理矢理引き剥がし、そのまま腕を引い
て歩き出した。
﹁あ、あの、交換してくれてありがとうっ﹂
﹁は、はい⋮⋮﹂
引きずられて行きながら、交換してくれた優しい青年になんとか
お礼を言う。
﹁いきなり引っ張るなよ。まだお礼言ってなかったのに。やっと交
換してもらえたんだぞ。嫌なやつと思われてももう食材と交換して
もらえなくなったらどうするんだ。⋮⋮梧桐?﹂
なんか機嫌が悪くなってないか?
一見普通の顔なのに目が明らかに笑っていない。
⋮⋮なんでだ?
って言うか、二人分の食料なんだから、お前も青年に感謝しろよ。
機嫌の悪い梧桐を連れたまま借家に帰り、その食材を備え付けの
台所で少し調理してから二人で食べた。
﹁ああ、やっぱり美味しい。良い食材もらえて良かったな﹂
うまうまーっとにこにこ食べていると更に梧桐の機嫌が急降下。
⋮⋮だからなんでだ?
食事は楽しくとらないと。
72
ええっと、もしかして。
﹁梧桐、美味しくない?﹂
﹁⋮⋮いや、すごく旨い﹂
﹁じゃあなんでそんな⋮⋮﹂
機嫌が悪いんだ⋮⋮と続けて訊こうとしたけど、何だか嫌な予感
がしたから止めておいた。
表情は普通のはずなのにな。
とりあえず、せっかく美味しい食材と交換してもらったんだから、
完食しようそうしよう。
73
十六、続 ※梧桐視点︵前書き︶
梧桐視点。
74
十六、続 ※梧桐視点
正直、光雅の美貌を見くびっていた。
確かに伝承の神のような美しさだと思った。
思っていたが、俺が惹かれたのは中身の方が大きいから、その類
いまれなる美貌が、俺以外をも惹きつけるという可能性を失念して
いた。
ただすれ違っただけで、こんなにも魅せるとは。
﹁光雅、さっさと長老の家に空き家を借りに行くぞ﹂
﹁ああ、そうだな。今日は特に疲れたし、少し休みたい﹂
光雅は気づいていないようだが、里に入ってから、里の特に若い
男たちが光雅見ては一瞬瞠目し、顔を赤く染める。
そして、すぐ横を歩き言葉を交わす俺を睨む。
光雅の良さはその見た目だけでなく、中身。
美貌だけでこうだ。このまま、その性格までも知られるのは、ま
ずい。
この面白可愛い中身を知られるのは、何としても避けなければ。
⋮⋮光雅がそこらの男に笑顔を向ける度、胸が痛む。
そして、あの男。
75
光雅は笑顔は一切向けていなかったが、先程の危ない紫の男も光
雅に惹きつけられていた。
あいつは、たぶん相当危ない。声だけで、異様な威圧を感じた。
そのあいつが惹かれたのも、⋮⋮中身だ。
﹁ほら光雅、行くぞ﹂
﹁あ、ああ﹂
光雅に気づかれぬよう睨んでくる周りを睨み返し、牽制し、その
肌触りの良い腕を無理矢理引き、森に入る前にも訪ねた長老の家に
向かう。
長老に掛け合った結果借りられたのは、二、三人住まいの大きさ
の家、一軒。
光雅は二軒借りたがっていたが、こんなにたくさんの男に目をつ
けられた光雅を独りにするなんて、とてもじゃないができない。許
さない。
光雅に誰かが手を触れると思っただけで、⋮⋮ああ、そいつをく
びり殺しそうだ。
執着、嫉妬、独占欲。
そんな言葉が頭に浮かぶ。
まさかこの俺が誰かにこんな想いを寄せるようになるとはな。
光雅にはあまり悟らせない方がいいだろう。
76
逃げられたくない。
﹁梧桐、風呂炊けたみたい。お前結構長い間、森の中にいたんじゃ
ないか? 俺はもう少しのんびりしたいし、先に入ってくれば?﹂
﹁ああ、そうだな﹂
そういえばしばらく汗を流していない。
﹁光雅、一緒に入らないか?﹂
﹁い・や・だ﹂
﹁くく、まあそうだろうな﹂
残念だ。
﹁じゃあ、大人しく待っていろよ﹂
風呂から出てみると、光雅は居なかった。
﹁まさか、誰かに拐われた!? いや、光雅ほどの腕なら、その辺
の男など取るに足らないだろう﹂
慌てて外に出て探しまわると、光雅が男に手を握られ迫られてい
る場面に遭遇した。
ドクリ。
77
胸が疼く。
﹁⋮⋮光雅﹂
男の手を引き剥がし、光雅の腕を無理矢理引いて空き家に戻る。
その後、光雅が調理した夕飯を食べた。
とても旨かった。
が。あの男と交換した食材から作られたかと思うと、⋮⋮。
光雅の嬉しそうな笑顔に、また、胸が痛んだ。
78
十七、続続 ※光雅視点に戻ります︵前書き︶
光雅視点に戻ります。
79
十七、続続 ※光雅視点に戻ります
﹁じゃあ梧桐、俺ちょっと里を見てくる﹂
この空き家を借りる時、小さい方を一軒でいいなら数日は貸して
くれると長老が言っていた。
しばらくはのんびり休んで疲れを取りたかったから正直助かった。
いきなり記憶が戻って、梧桐や影朧にも逢って、思った以上に疲
れていたんだろう。
昨夜はぐっすりと夢も見ずに眠ってしまった。
ああもちろん、梧桐とは別々の布団で。
小さな家なのに、布団の予備が何組もあって助かった。
⋮⋮何のために何組もあるかは、考えないからな。
十八禁の世界、怖い。
そんな訳で、朝起きて昨日の余りの美味しい食材で朝食を作り食
べたあと、よく晴れたいい天気だしせっかくだからと里を見て歩く
ことにした。
この世界の知識はあるけど実際の記憶はぼんやりとしかないし、
この目でしっかりと見てみたかったから。
﹁⋮⋮なら俺も行く﹂
80
﹁え、いいよ。梧桐はもう少し休んでろよ。起きるの遅かったし、
何日も森にいたんなら相当疲れてるだろ?﹂
梧桐はちゃんとこの世界の記憶あるんだし、疲れをおしてまでわ
ざわざ出歩く必要なはないと思う。
﹁なら光雅も家にいればいい﹂
﹁えー、俺は散歩したい﹂
実際を知らずにいざというとき対応できないと困るし。
﹁なら俺も行く﹂
﹁⋮⋮そうか?﹂
まあ本人が見てまわりたいなら、俺が止めることでもないか。
里を巡ってみると、やはり最初の印象通り、その規模はあまり大
きくないようだった。
塀に囲まれた土地に、二十戸近い平屋が広めに間隔をとりながら
建っている。
中央から長老の家寄りに広場。ここで催しものの類いを行うんだ
と思う。
81
それにしても、さっきからまた里の若い男たちに遠巻きに見られ
ている。
旅人だなんて怪しい俺たちが、悪さをしないか見張られているん
だろうか。
そんなつもり一切ないのに。
困ったな。
夕飯、朝食と食べて、昼ごはん分はなんとかありそうだけど、今
夜の夕飯分が足りないんだよな。
でもこんなに怪しいヤツだと思われてるなら、交換してもらえな
いかも。
⋮⋮昨日の優しそうだった兄さん、いないかな。
﹁あ、あ、あのっ﹂
﹁え、ああ、昨日の!﹂
﹁お、覚えていてくださったんですね!﹂
﹁もちろん。昨日の食材とても美味しかったよ﹂
﹁よ、良かった。あの、で、では、今日も交換しますか?﹂
﹁いいのか! ありがとう助かる。正直どうしようかと思っていた
んだ﹂
そういえば、昨日からこの人どうして敬語なんだろう。俺よりは
少し年上に見えるんだけど。
⋮⋮まあいっか。
82
﹁あの、では、家に取りに行くのでついてきてください﹂
﹁ああ、わかった﹂
﹁光雅っ!﹂
﹁ん、どうした? 結構歩きまわったからな、もしかしてもう疲れ
た? なら梧桐は先に帰ってるか?﹂
俺一人でも持てると思うし。
﹁いや、共に行く﹂
﹁そうか? まあ疲れたら言えよ﹂
一緒に歩いてるんだし。
まあでも、俺も少し疲れた気がするから、交換終わったらすぐに
空き家に帰るかな。
そしてそのまま青年の家に行き、昨日よりもたくさんの新鮮な食
材と残り僅かな木の実たちを交換してもらった。
籠いっぱいにこんもりとした食材たち。
﹁本当に、こんなにたくさんの食材と交換してもらってもいいのか
?﹂
﹁ええ、ええ、もちろん、構いません! 是非持っていってくださ
い!﹂
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﹁でも、こんなに渡したら困らないか?﹂
﹁奪っていく旅人もいるのに、優しいんですね。ああ、あのでも、
大丈夫です。蓄えはまだまだたくさんありますから。また足りなく
なったら来てくださいね﹂
﹁そうか? ありがとう﹂
また手を握られたので、にこりと笑って礼を言う。
礼儀、大事。
しかし、奪っていくヤツがいるってなんだ。
だから旅人は警戒されるのかな。
﹁じゃあ梧桐、帰ろうか﹂
﹁ああ﹂
﹁梧桐?﹂
﹁何でもない﹂
﹁やっぱり具合が悪いのか?﹂
﹁違う﹂
うーん、なんか梧桐の機嫌がまた悪いな。
普通の表情ではあるんだけど⋮⋮。
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これは急いで空き家に帰った方がいいな。
青年に家に寄るように誘われたけど、それは疲れたからと断って、
そのまますぐに空き家に帰った。
そして昨日の食材で昼ごはんを食べ、夜までまったり過ごした。
﹁じゃあ夕飯作るから。交換してもらった食材で作るから、内容は
適当だけどいいよな﹂
﹁ああ﹂
そして、できあがった料理に舌鼓。
﹁ああ、やっぱり美味しい。良い食材だと適当な料理でも美味しく
なるよな。良い食材もらえて良かったよな﹂
やっぱりうまうまーっとにこにこ食べていると梧桐の機嫌がまた
急降下⋮⋮した気がする。
⋮⋮だからなんでだ?
ええっと、もしかしてやっぱり。
﹁梧桐、もしかしてやっぱり美味しくない? 無理して食べてる?﹂
﹁⋮⋮いや、すごく旨いよ﹂
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﹁だったらなんでそんな⋮⋮﹂
機嫌が悪いんだ⋮⋮と、また訊こうとしたけど、やっぱり今回も
嫌な予感がしたから止めておいた。
﹁なんでそんなに機嫌が悪いのか、か?﹂
⋮⋮せっかく訊くの止めたのに、なんで続けるかな。
しかも、ものすごーくにこやかな笑顔で。
﹁機嫌が悪いって、自分でわかってるんだ?﹂
仕方がないからそのまま話を続ける。
﹁ああ、⋮⋮俺は自覚しているからな。その上さらに追い討ちをか
けられ続けた。こんなたった二日で何度も何度も⋮⋮﹂
﹁自覚? 何をだ?﹂
これまた何故か嫌な予感がするんだけど⋮⋮。
にこやかなはずの笑顔が恐いし。
﹁⋮⋮お前は鈍い。しかも無防備だ﹂
﹁は!? 何言ってっ﹂
﹁昨日森で、最初から積極的に逃げようとしていたくせに、結局あ
いつにあんなに近付かせただろう﹂
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あいつ? ああ、影朧のことか。
あれはゾワリとした。
﹁あんな危なさそうな男に⋮⋮。それに先程の男にも⋮⋮﹂
﹁あれは食材を交換してもらっただけだろ﹂
﹁手を握らせた﹂
﹁あれはただ握手を⋮⋮﹂
﹁ただ? ⋮⋮手を握らせるわ、所構わず無防備に笑顔を見せるわ
⋮⋮里中の男が見惚れてたぞ﹂
﹁あれは警戒されていたから、極力解いてもらおうと⋮⋮﹂
﹁あれが警戒?﹂
﹁こんな小さな里じゃ旅人は怪しいだろ。だから⋮⋮﹂
﹁それに、口づけは許すわ﹂
﹁く、口づけはっ⋮⋮お前が勝手に⋮⋮﹂
﹁ああ、そうだな﹂
思い出したら赤面しちゃうじゃないか、バカ野郎っ。
って言うか、なんで俺はこんなに責められないといけないんだ、
まだ知り合ったばかりの梧桐に。
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これじゃまるで、彼氏に責められる恋人のようじゃないか。
⋮⋮梧桐純愛ルート終盤のように。
いやいやそんなまさか。
気のせいだよな、気のせい、うん。
﹁そんな綺麗な顔と身体で無防備なことがどれだけ危険か、知らな
いとは言わせない﹂
﹁いや、知らないかなーなんて。あはは⋮⋮﹂
ものすごーく嫌な予感がするから笑顔で切り抜けようと思ったの
に、一瞬で変わった真面目な顔が恐い。とても恐い。
﹁なら、俺が教えてやろうか。その笑顔の破壊力を﹂
梧桐は口の端を上げながらそう言うと立ち上がり、逃げる間もな
く俺を捕らえ、口をこじ開け舌を突っ込んできた。
﹁んっ、⋮⋮っぅ﹂
ちょっと、待てっ。
何が起きてるっ!!?
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PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n9681bx/
現世に咲くは艶やかな荊棘
2016年7月16日15時23分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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