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青いカラントと蒼いアイス

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青いカラントと蒼いアイス
青いカラントと蒼いアイス
まな
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ
ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小
説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え
る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小
説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
青いカラントと蒼いアイス
︻Nコード︼
N8370X
︻作者名︼
まな
︻あらすじ︼
23歳乙女と名乗って差支えない清らかな身体をもつ︵脳内はR
20ですけどね!︶私、児玉すぐり。お隣さんとは、昨年より良好
な関係を築いています。って思っていたのは、私だけでした?
11歳年下の美少年と23歳乙女との、がっつりアダルティな攻防
戦。
※未成年との性交渉を推奨するものではありません。作者の妄想で
1
す。
※H28.10/26、拍手お礼画面1枚追加いたしました! お
時間あればぽちりとのぞいてみてやってくださいませm︵︳︳︶m
2
邪魔じゃないモノが消えたとき︵前書き︶
自分の趣味と欲望と欲求不満のはけ口として、脳内にとどろく危険
妄想症候群の病変部を昇華させました。この病に感染してしまった
らすみません!文才なくてすみません!お目汚しですが、ご覧いた
だけるとありがたいです。
3
邪魔じゃないモノが消えたとき
﹁それじゃあすぐりちゃん、よろしくね﹂
かんばせ
40歳に届くとは思えない麗しい顔で、にっこりとこちらに笑む美
青年。
﹁レイ、あまりわがまま言わないのよ?﹂
その隣に並び立つに相応しい、大きく輝く瞳をもつ美女。
それらを受ける対象の私はどこをとっても平凡。
解ってもらえる表現をするなら、彼氏が居たことありません。って
言えばわかるよね!わかってね詳細は語りたくないのこんな比較対
象の前では特に。
で、そんな私はくちびるを引き結んで、不安そうな笑みを浮かべて
いる︱︱少々の、理由から。
﹁もうそればっかり!すーちゃんに迷惑なんてかけないよ!﹂
﹁そうか?この前だって宿題が終わらないって泣きついていただろ
う?﹂
﹁本当、すーちゃんっ子なんだから。あら。タクシーが来たわ、あ
なた﹂
﹁ああ︱︱行こうか。行ってくるよレイ、すーちゃん﹂
ここはお隣の笹谷・グレイさん宅。
マシュウさんと鈴子さんご夫妻が、海外へ旅立たれる吉日。
4
で、お見送りをしているんですが、何というか私、終始泣き出さな
いことでいっぱいで⋮⋮!!
ぷるぷると震える唯一他人な私をよそに、親子で言葉を交わす彼ら
が車に向かって歩を進める。
﹁あ!電話、してね⋮⋮?行ってらっしゃい。お父さんお母さん﹂
齢12を迎えたばかりの息子が、恥ずかしそうに告げる。
顔を紅くしていることに気づいた彼の母親は、くすりと綺麗な笑顔
で頷いた。
﹁あまえんぼさんね。ええ、もちろんよ﹂
﹁元気にしてろよ﹂
この場を締めくくる言葉と、一人息子が放った一言に、ついに決心
が揺らぐ。
﹁あの、早く帰ってきてくださいね!!行ってらっしゃい!ってい
うか本当は行かないでぇッ!!﹂
笑って送り出す予定だったのに、覚悟していたのにやばい涙が出る
!!
私の必死の懇願を、困ったように、それでいて嬉しそうに笹谷夫妻
は受け取った。ハグして。
精一杯引きとめたにもかかわらず、国際結婚カプは日本を発ってい
った。
私の請願の裏を読み取ることも無く。
そうして残ったのは。
5
﹁さてと。ようやく邪魔が入らない環境になったね。すーちゃん﹂
邪悪に煌めくアイスブルーの瞳を持った、悪魔でした。
6
理科実験室人体模型でお試し済みだそうです
れいこ
笹谷さん家はお隣さんです。
奥さんの鈴子さんは京都の老舗呉服屋の次女さんで、ご夫君のマ
シュウさんはアイルランド地方のご出身だそうです。
旧家のお嬢さんと外国籍の方との結婚は、やはり簡単ではなかっ
たとか。
それでもあきらめずお互いを信じた結果、見目麗しい元気な男児
が誕生。
ただヤった結果だと私じゃない誰かがが叫ぶのをぐっと抑えて話
を聞くと、後継ぎ問題を抱えていた鈴子さんのご両親もお二人の愛
に感動し、ご結婚をお許しになられたそうです。
それ後継ぎとして眼ぇつけられただけですねとか、私は思ってな
いですええ全然!
お婿入りした彼は、奥さんのご実家の着物をヨーロッパに向けて
発信される会社を設立。
商いの才能を暴発⋮⋮イエ開花され、経営は軌道に乗りに乗りま
くり。
ネット販売のみでしたが、良好な取引と多数の大口顧客を得て、
この度かねてより要望の多かった欧州店舗オープンのためご夫妻の
パリ長期出張が実行されました。
結果、最大の問題が放置されることになったんですがね!
7
ただ今午前9時過ぎ。ところは笹谷邸。
私は叫んでいた。
﹁ちょ、レイ、待ってストップこれ解け!!﹂
﹁嫌だよ?﹂
﹁私がイヤだ!! もぉ帰る放して!﹂
﹁はいはい大人しくしててね。もうちょっとで終わるから﹂
両親を見送った後。
笹谷レイは私児玉すぐりを拉致監禁緊縛しやがった。
イヤこれ冗談じゃないからね。ホントだからね!
笹谷邸門前で危険な未来を予知した私は、とりあえず逃走した。
が、それはもう見事としか言いようのない手際で阻まれ担ぎあげ
られ、豪邸2Fのレイの部屋に押し込められたのです。
あわあわして判断力が鈍った私の手は、気付けば背後で自由を奪
われていて。
どこで覚えたのかロープを手に、レイは手際よく私の上半身を固
めていった。
﹁よし、と。あとは乳首はさめば︱︱﹂
﹁うおおおおい!! 毎度言うけどコレ犯罪! マジでやめ﹂
﹁あ、暴れないでよせっかくやったんだから。昨日理科準備室の模
型で試したけど︱︱あ、下にもやっぱり縄回そうかな﹂
﹁アンタは学校で何を、っぅん!﹂
下腹部から恥骨に向かって蠢くレイの手掌に、腰がビクンと反応
8
する。
﹁感じてる。ふふっ気持ちイイ? でも後で挿れたいものあるし、
やっぱココはあけとこう﹂
まだ固定までは習得できてないんだよね、などと言いながら︵い
や必須にも選択科目にもこの技術は必要ないはずである︶、上体を
折って抵抗する私のウェストにするりと腕を巻きつける。
小学生にしなくても広過ぎるベッド︵これはキングか!︶を使用
している彼は、そのまま寝台の中央に私を倒した。
そう。こいつ小学生ですよ!
あと少しで中学生とはいえ、人種的な遺伝で体格は中高生に見え
んこともないとはいえ、小 学 生!!
さらに言えばお父様とお母様の素敵遺伝子を存分に配合し、見事
な美少年!
カッコイイっていうよりは、綺麗∼可愛いぃ∼成分の方がまだ勝
っている。けれど時折見せる表情は妖しい色気も孕んでいて、子ど
もだと舐めてかかって痛い目を見ているのが私だ。
薄いブラウン色のサラサラヘアに、瞳は冷え切った氷の蒼をもつ、
まるで物語の王子か人を惑わす美貌の悪魔。
その眼色に真逆な、ショッキングピンクの物体を自身の顔の横で
チラつかせ、レイはこちらに零れんばかりの笑顔を向けてきた。
﹁ほらコレ﹂
彼が握るのは、ブツブツがゴツゴツついた物体X。
清らな乙女なら卒倒しそうなカタチをしている、男性の象徴。
9
﹁昨日届いたから、食べさせてあげる﹂
﹁いるかッ! 無機物だし栄養素皆無だし!! ってかホントやめ
よう、な! な!!﹂
﹁だぁめ。下のお口、涎出して欲しがらせてあげるよ﹂
そう言って、グイグイと私の綿パン上からソレを押し付ける。
的確に、核を狙って。
﹁っぁ、ヤだって!﹂
﹁聞きわけてよ。まあ何言ってもヤメないから。泣いてもだめだよ
?だって約束でしょう︱︱独り暮らししたらヤってもイイって﹂
﹁んなこと言ってない! 自立できていないうちの性交渉は推奨し
ないって言ったの!﹂
﹁だから、自立できるならイイんだよね? 俺の私財結構あるよ?
父さんに元手借りて増やしたし。で、親とも離れた。何か問題?﹂
﹁屁理屈にも程が! 私が言ったのはそういう意味じゃなくて︱︱﹂
﹁約束、破っちゃうの?﹂
以前彼と交わした約束。
それをわざと曲解してるコイツに反論しようとするが、残念そう
なため息をつきながら先を越された。
﹁まあ、いいよそれで? 俺も約束なんて忘れてあげる︱︱だから、
今日は本番、スルね? あ﹂
いやいや待てちょっと待て! と叫ぶ私に構わず、レイはジーン
ズからケータイを取りだして耳にあてた。
﹁︱︱ハイ笹谷です、ええ居ます。開けます﹂
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言いながらベッド脇のデスクに置かれた何かを持ち、部屋を出て
いく。
大人しくしてて? と言い残して。
しません。っていうかできません。いとやばきことこの上なしで
すし。
扉が閉まると同時、私は上体を起こし縄抜け開始した。
もうマジでコレはシャレにならぬ!
いつもいつも際どいところまで攻防戦を繰り広げていたが、今日
のは本当にマズイ。
もし万が一事に及んでしまったら警察に捕まるのは私だ。
貞操も職も住居も信頼も何もかも失う⋮⋮ああホントマズイ。
縛られた腕を動かしてみるが解けそうにない。さすが。練習した
と言うだけあって絶妙な縛り具合にあいつの将来が怖くなる⋮⋮。
自分の使い方、お間違えでらっしゃるよね。
しかし私だって対策くらいしてるんですよ。
子ども工作用の小さなハサミを常に所持。何でとか聞かないで悟
ってくれるとありがたい。ポケットにカバーケースを残し、ハサミ
だけ取り出す。
よし、これで︱︱
﹁こーら。だめでしょ切っちゃ﹂
﹁ひんッ﹂
ぐに、と潰された胸の先端からの刺激に、悲鳴が出る。
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﹁間に合ってよかった。朝イチって指定したのに、この時間になる
なんて﹂
﹁あッ⋮⋮んっ!﹂
私の後ろ手からハサミを取り上げたレイが、左右の胸の頂を、同
じように交互に刺激する。
次いでぷちぷちと外されるブラウスのボタン。その下からは白地
に緑の縁どりをしたブラが見える。
その谷間をクイっと引っ張ったレイは、下着と肌の隙間にハサミ
を潜らせながら言った。
﹁ブラ、今度代わりのものあげるから、ごめんね﹂
﹁は、やめっ﹂
ジョキっと音がして、胸部がぷるんとたゆむ。
慌ててそれを隠そうと前のめりになるが、か、かえってエロいい
ぃぃい!
乳房を強調するようにアンダーと上部に平行に回されたロープが、
重力に従う胸に食い込む。
さらに首から下ろされたロープにバストの中央もセパレートされ、
まるで枠だけのブラをしているみたいに!
﹁恥ずかしい? コレつけてあげる。乳頭は隠せるよ︱︱一部だけ
ど﹂
胸の膨らみに直に触れてくるコイツの冷たい指先に、感覚が敏感
に反応するが我慢だ私!自分のえっちい声は、これ以上出したくも
聞きたくもないんです⋮⋮ううう!
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で、刺激をやり過ごそうと必死になっていた私は、もちろんレイ
が何を言っていたか聞いておらず。
くにっと先端をひっぱられ、根元を挟み込まれた衝撃に背筋を引
きつらせた。
﹁はぅんっ!?﹂
﹁振動は3段階ね。安ものだからそんなに期待してないけど︱︱大
丈夫、後で他のもしてあげるから﹂
にこりと綺麗に笑うレイ。
できれば意識をなくしたい衝動にかられた私を、助けてくれる存
在はいなかった。
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裏のない甘い話なんて、ない!
私、児玉すぐり23歳、独身、病院勤務の医療事務です。
お仕事結構頑張ってるので、そこそこお給料もイイです院長ありが
とう!
住まいは病院の所有するマンション。
は、事情により退去することになった為、こっそり院長のご友人の
経営するアパートに、1年前からお世話になっている。
でもって家賃無料。
もともと社宅分しか払わなくていいとのことだったけれど、それも
不要と言われた。
孤食を続けるオーナーご夫妻のご子息と、夕食を一緒に摂ることを
条件にヤッホーイ!
いや高々1万だけどね、されど1万ですよ!
高卒後潜り込んだこの病院でコツコツ頑張って貯金している私には、
ありがたい!
しかも夕食ごちそうになれるだなんて、条件というより特典だ。
でもご温情ばかりに甘えてはいられない。ってことで、
﹃私にできることは何でもさせてください!何ならレイ君の勉強と
か見ましょうか!﹄
と、この口がほざいてしまい。
じゃあバイト代出すからお願いできる?と、話がトントン進んでし
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まった。
過去に戻れるなら、自分の口唇をアヒル挟みして黙らせてやりたい、
切実に。
そもそも、レイには勉強を見られる必要がなかった。
本人と接するうちに判ったこと。
頭が良い。賢いね∼とかのレベルじゃなくて。
っていう程度の認識らしい。こ
飛び級制度があれば、レイは高校か、もしくはそれ以上の専門施設
まあ、悪くないよね?
で学んでいたはすだ。
ご両親は
れを普通と思われたら平均で生きてきた私に対する侮辱だこんちく
しょうと言いたくなるのは私だけでしょうか。
特に喧嘩なんてやってられないですよ。
口でレイに勝ったことなんてないな。途中ですみませんでしたと謝
る。もしくは泣いて逃げる。それしか終末がない。
これらの情報が予めあれば、私の未来は救われた可能性が高かった
気がする。
けどまあ、それでもレイには可愛いトコがあるから、ああもう厄介。
嫌いになれない。
ちなみに出すと言われたバイト代は、家賃無しな上そこまでしてい
ただけません!って断ったよもちろん。が。
奥様、お金ならいくらでもあるんだからいいのよ、なんて可愛い顔
して言うこと豪快過ぎます⋮⋮。
旦那様、けして金額が少ないと不平を零しているんじゃないことく
らい解ってくださいお札積むの止めろってぇ!!
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という攻防があって、折れた。折れるしかなかった。
私、逆らっちゃいけない部族に初めて邂逅しました。
さらに息子が頭良くてSっ気を備えたたまに可愛げを見せる美少年
っていうだけでなく、人生において遭ってはいけない類の人種だと
確信するのは、もう少し後でしたがね⋮⋮︵遠い目︶。
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ここらが大人の限界です
見る
だけだったし、ご飯はハウスキーパーさんの素敵
確かにオイシイ話でございました。
勉強は
ディナー。
断りつつも貰うことになったバイト代は、私の貯金額を大幅に引
き上げた。
途中諸事に見舞われたが、まあそれもなんとかかいくぐり。
うん、怖いくらい待遇が良すぎた。認める。
何か巨大な陰謀に巻き込まれているんじゃないかと疑うべきだっ
た。巻き込んでいただいてもお役に立てない自信があるのでしなか
ったが。
だけどな。
﹁まさか小学生にこんな襲われ方するとか思わないでしょ⋮⋮!﹂
﹁言ってくれるじゃん﹂
正面で私の縛り上げ具合と、胸に吊り下げたニップルトイとを満
足そうに眺めていたレイが、機嫌を損ねたときの笑顔で眼を細める。
この人、怒る時も笑うんです。認めたくないけど私それ怖いんで
す責め姿勢が容赦なくなるから。
何だ、何なんだその威圧感!
ついっと色の白い手が伸びて、振動する玩具を引っ張られた。
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﹁たっ!﹂
﹁その小学生相手に弄られて、感じてるくせにね?﹂
﹁あ、まってヤだ﹂
﹁ホラ、力抜かないと。ツラいままだよ?﹂
意地悪そうなレイの表情が柔らかなものになったと同時、ヴヴヴ
ヴヴンと胸部の震えが強まる。
﹁な、んっ⋮⋮落ち着け、私、これは気の、せいぃっ﹂
﹁結構強情だよね、すーちゃん。じっくりしたかったけど、オチな
さそう﹂
﹁や、っはんっ!﹂
ぽったりと肋骨に垂れる乳房を下からすくい落とされ、たわむ。
さして大きくもないが無いとも言えない胸の弾みと機械の振動が、
イカガワシイ感覚を次から次へ共鳴させていって。
同時に宥めるような指使いで、膨らみを揉まれる。
﹁もっと、気持ち良くなりたいでしょ?素直に感じたら、なれるよ
?﹂
とろけるような柔らかい声で、綺麗な悪魔が私を唆す。
ああ精神破壊力半端無い。
脳の興奮が受容器を乱して、鼓動が不適切にはねる。
甘い顔と言葉の相乗効果って、オソロシイ!
淫靡な誘惑に、捨ててはいけないプライドその他諸々が、脆くは
がれそうになる。
焦らし上げる快楽をそうだと認めて、みっともなく懇願して昇っ
て、いっそ気を失えたら︱︱⋮⋮
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﹁いや、ダメだって!﹂
﹁そう?これじゃまだダメか﹂
こども
聞き分けのない子供にするような顔を、小学生にされるこの遣る
瀬無さ。
第一この悪魔は私が快楽に負けてイこうが失神しようが、責める
ことを終わらせはしないだろうしな!イヤ推量じゃなく、しないな
!!
とことんイジメ抜く、天性サド属。
感じて悶えようが何しようが、私の未来に安寧は存在しない。
人間として捨てちゃならんイロイロが崩れ去ったとき、残るのは
希望ではなく絶望。
つまり結論、レイのS心を刺激しないように耐えて悶え苦しみな
がらやり過ごすしかないとゆーことですが。
それなんて拷問⋮⋮?!
﹁お手頃価格だったけど、まぁ結構楽しめた。胸の先がきゅってい
やらしく尖ってプルプル震えてて、かわいい﹂
﹁やめてっ、て!﹂
﹁乳首にローターがぶら下がってるのって、クるよね。見て﹂
くちびるを噛みしめて耐えていた私が、促され眼を開けた瞬間、
くいっと胸の先が曲がった。
﹁こうやって上げたら、先端が肥大したみたい。すごい大きい、ピ
ンクの先っぽ﹂
﹁お、いぃッ!!﹂
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わざわざのぞき込んで眼を合わせ並べられるイカガワシイ言葉の
数々に、ズクズクと私の中枢が応えていく。
つられて過敏になった神経が、頬を掠める柔らかなレイの髪にも
ぞくりと反応を返してしまう。
下腹の内部がぎゅぎゅぅと収縮して、脱力するような衝撃に息を
のむしかできない。
﹁で、すーちゃん。そろそろ反省はできた?﹂
﹁は、あぁっ?!﹂
刺激が一番かかる角度で、振動をマックスにしやがった美少年は、
こちらに構わず問いかけてきた。
﹁俺に隠してること、あるでしょ?あ、聞かれてないっていうのナ
シね。俺怒ってるんだよ?﹂
﹁何も、隠してないっ!も、はな、せ、どあほーーっ!﹂
﹁反抗的だなあ、もう﹂
もうってあんた、縛られて従順でいられるこっち方面に興味造詣
が無い人間を紹介してほしいもんですけど?!
﹁こういうの好きなくせに。部屋にあったし﹂
﹁ちょ、誤解を招く!友達の、会社資料っ!!実家、置く場所ない
からって!﹂
華麗な容姿でありながら中身がぶっ飛んだ友人A子は、趣味と実
益を満たした成人向けの玩具メーカーに高卒就職。
私的に彼女の進路に違和感はなかったが、流石のA子も親御さん
20
アダルトグッズ
を悲しませる気がするだとかで、そういったものはいつのまにか私
預かりが多くなった。
脳内猥褻年齢が引き上げられたのは間違いなくA子に責任がある。
だからってアンタんトコにヘッドハントされても断るが。
ていうかレイ。
いつ私の禁断の部屋に侵入しやがりましたか?
その部屋、鍵かけてあったよね??
もう、ほんっと、我慢の限界ですよ。
﹁はな、して﹂
私の瞳孔がククっと拡大して獲物の一挙一動を制するように睨み
据える。
ものすっごい怒りオーラが出せていたのだと思う。
﹁⋮⋮しょうがないな﹂
私の様子に、怒りゲージのリミットを感じたのか。
レイは溜息を零し、残念そうな顔をした。
21
探られてマズイところは、ナイこともナイ
少し悲しそうな眼で、レイはそっと私の頬に触れた。
そのままごめん、と謝罪を︱︱︱︱︱︱
﹁反省できてないならしょうがないよね。じゃ、次しようかな﹂
﹁は⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぃいい!?﹂
言われた言葉に眼を見開く。
アンタいま何て言いやがりました?次って、⋮⋮え。
﹁止めるんじゃ、なくて?!﹂
﹁止めてもらえる要素がどこにあるの?﹂
むしろ続ける根拠もないと思うけど?!
﹁何で怒って!私、アンタに、っ、何もしてない!隠してる、こと
だって﹂
乳触られたくらいでここまでなるかというくらい、息が上がる。
変な性癖になったらどうしてくれるんですか!責任と⋮⋮取って
くれなくていいけどな!!
だからも、やめって、ぁ!?﹂
﹁へえ、ないの?﹂
﹁ない!
頬を撫でていたレイの手が、ゆっくり降りてくる。
鎖骨の輪郭をたどっていた指が、そり立つ胸の先端に、爪をくん、
22
と食ませた。
交わした瞳が、クス、と仄暗く笑む。
﹁ここ最近は疲れてるって言ってすぐ帰っちゃうし、にしては夜遅
くまで起きてるよね。何のためだか、俺が知らないとでも?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮仕事﹂
﹁違うでしょ?入試、もうすぐだって?﹂
﹁っ!﹂
﹁ここ、離れる気だよね?﹂
なんで、知って?
誰にも告げずこっそり進めていた私の未来開拓図が何故!
﹁いいいいい、いいや、何言ってるか、分かんない﹂
精神年齢は!
っ!!﹂
﹁うん。本当おバカだよね。バレてないと幻想抱くあたり、年上だ
年上ですけど若いですよ!
とか冗談かと思うし﹂
﹁はああ?!
上肢の自由なく積まれたピローに凭れているせいで、防御・攻撃
力とも最低値の状態。
何とか形勢を立て直そうと、上体を起こしたこところで、両胸に
つく玩具がぶるりと揺れた。
思わぬ刺激に苦悶する私を楽しげに眺め、レイがよいしょ、と背
後にまわる。
私の犠牲を払った努力が無駄にっていうかさらに不利に!
﹁それ問題でしょ。小学生より精神年齢が低いとか﹂
﹁う、あ、んたが、はぁ、マセすぎなの!﹂
23
ちゅ、と首筋にぬくもりが触れる。
そのまま耳の辺縁を包む、レイの吐息。
﹁早熟なんだよ。ココもアソコもね。責任とって?﹂
欲しい物なんか何もなかったのに、無理やり求めさせ
﹁いや責任の所在確かめてから言ってよ私には無いですよ!﹂
﹁あるよ?
て﹂
﹁ちょっ、どこ触って!!﹂
細くて長いレイの指が、腰骨をなぞった。
予感がしてレイから離れようとするが、わき腹に添えられたコイ
ツの手が押しとどめる。
その手が伸ばされ綿パンのボタンをはずすと同時、くいっとウェ
スト部に親指が入り込む。その流れのまま、下着ごと膝までパンツ
をずらされた。
﹁やめ、っ!﹂
ぐっと大腿を締めるが、膝下からレイの脚が入り込んで、右脚が
挙上させられる。空気が粘膜に触れて、ぞくんと皮膚が泡立つ。
﹁このあついナカに入りたいと思わせて﹂
﹁触んっ、やめって!﹂
遮ることのない陰部に、自分のものではない3本の指が這う。
逃れたい衝動に暴れても、どれも目的に適わない。
﹁従順じゃないから、思いっきり﹂
﹁レイやめっ、も、おねがッ﹂
24
くぼみに沿わせ、レイの指が上昇する。
懇願する言葉も届かないまま、羞恥と感覚だけが鋭敏に反応して
いく。
ヒダが途切れるところで3指がにゅるりと惑い、蠢いた。
薄い膜が開かれ顔を出した果実を、根元からもぐように、レイの
中指が捕える。
﹁ひっ、あああ?!﹂
﹁鳴かせたくなる﹂
わなな
爪でカリッと引っ掻かれた衝撃に、腰部が痙攣し、膣がくくんっ、
と戦慄いた。
25
交わした約束の代償
一度で終わると根拠なく思っていた刺激は、カリカリカリカリカ
リとリズムをつけて送り続けられる。
痛みに似た電気信号に、がくがくと痙攣する私を見ても、レイは
手を緩めようとしない。
﹁ふぅっく⋮⋮っは⋮⋮ひ⋮⋮うッ⋮ふっ﹂
信じられない。
なんで。
なんでこんなこと。
なぶ
キモチイイなんて生易しい感覚じゃない。
憎しみをぶつけられる様な、嬲り。
﹁ああ、とろっとろ。喜んでるね、ココ。もっとしてあげる﹂
レイの人差し指が窪みに触れ、そこからあふれる分泌液をぬるり
と絡めた。
滑らかになったせいで、私を甚振る速度が上がる。
﹁くッ⋮⋮ん︱︱︱︱︱︱︱ッッ!!﹂
﹁イっちゃった?声我慢してるとキツイよ?俺、すーちゃんの鳴き
声聞きたいのに。意地っ張り﹂
声を出したくなくて、私は肩に顎をくっつけ歯を食いしばってい
た。浅い呼吸しかできず、小刻みに震えてしまう。
その様子がお気に召さないらしく、拗ね責める声はレイ自身の指
26
からも聞こえてくる。
鳴けと、果実のガクに、ぐりりっ、とレイの爪が沈んできた。
﹁ふッ!⋮⋮っんんん?!﹂
核を下から上へ、球体の膜を破るように引っ掻いていた手が止ま
る。
安堵しかけ、けれど数拍待たずに、今度は指の腹で強弱をつけて
クリクリと潰しまわされた。
先ほどより鋭くはないものの、感覚を擦り上げる衝撃が私を追い
込んできて。
いつもは包皮に隠れた実は、敏感な状態で責め続けられたせいで、
もう指で剥き出す必要がない程膨れ上がっている。
その果実が急に引っ張られた。
﹁っ!?﹂
﹁上手く吸えた。すっごい、おおきくなっちゃったね。ぷりぷり﹂
何を⋮⋮と聞くには息が上がりすぎて、問えない。
苛まれ続けていた私の中心に、そっとレイが触れる。
さっきまでの扱いと比べようがないほど、優しく。が。
﹁ゃう!?﹂
﹁はい、強調。ほら、触りやすくなった、ね?﹂
ね、じゃないよ!これなに!
ぐっと痛みほどではない圧迫感がする。陰核から。
前に屈んだおかげで、レイの指に押し広げられたソコの全様が見
27
えた。
﹁クリサック、だって。きもちい?﹂
﹁︱︱︱︱︱︱な、﹂
しぼ
両脚の始点、その茂む中心に、肌の色からは離れたピンクが覗く。
ぐるりと締め付けるように、私の核を絞る輪っか。
認識と感覚が合わさって、眼の前が神経の波を遮断するように暗
くなる。
﹁なんで、レイ﹂
私、何かした?
何でこんなことされるの?
疑問と一緒に、眼頭が熱くなるのを感じる。
鼻腔の奥にツンとした引きつり覚えて、眼から滴が零れるのを見
送った。
﹁すーちゃん⋮⋮﹂
密着するレイの上体が、ビクっと揺れた。
私の涙が持つ彼への要求力はこんなときでもまだ有効なのかと頭
の片隅で思う。
﹁泣いても、止めないって言ったのに﹂
﹁これ、は、こころの、出血⋮⋮です﹂
つまり泣くより傷ついてるってことです。
28
﹁⋮⋮俺の方が、傷ついてる﹂
イヤ間違いなく私の方が傷ついてるよ!と言いたいのは一旦引っ
込める。
反抗しても口論主張の結果は読めている。
﹁約束したのに﹂
﹁それは⋮⋮まだ、上手くいくかわかんないから、誰にも言えな、
かった﹂
身体の疼きが邪魔をして、上手く喋れない。
普段なら間髪いれず叩き潰される言い訳も、続きを促すような空
気で容認されている。
貯金をして行きたかったのは美大。
その受験を黙っていたのは、周囲を憚らず夢を公言できるほどの
度胸が私にないから。
いくつかの巡りあわせのお陰でようやく、チャンスを得られたが、
受かる可能性のほうが低い。
﹁だから、言えなかった﹂
けれど諦めたくないから、必死で頑張っている。
ごめん、話す勇気なくて。
そう呟くと同時、耳元で熱い呼気が揺らいだ。
﹁レ、イ?﹂
﹁俺を置いてくの?﹂
29
人の粘膜を弄っていた手が、ゆっくりと腹部と胸の下に回される。
﹁置いてくって、受かったとしても、まだ﹂
先、と零した言葉がはっきりと響くよりも早く。レイの腕にぎゅ
・・
っと掻き抱かれて、横隔膜の上下が困難になる。
﹁まだ先?違う、もうあと一瞬しか、ない﹂
﹁レイ﹂
﹁言ったよね?ずっと一緒にいるって。ガキだから口約束なんて忘
ずっと
うず
に該当するとか?舐
れると思った?小学生には嘘ついてもゴメンねで済まされるって?
馬鹿じゃない?﹂
﹁ちが、それは﹂
﹁ああ、見解の相違?ひと月以上は
めてるの﹂
﹁レ⋮⋮っ!?﹂
ドンと背中を押され、腰を突き出した状態で頭がピローに埋まる。
﹁︱︱︱︱ずっとって言ったら、ずっとなんだよ?﹂
カチャ、ジャッ。
それが彼のジンズファスナーの音だと気付いたのは、アツい衝撃
を中心に感じた後だった。
30
交わした約束の代償︵後書き︶
お気に入り登録、評価、ありがとうございます︵>∀<︶!
感想もすっごく嬉しかったです!
今回Upしてからちょいちょい違和感感じて改稿してしまいました。
ぐだぐだで、すみません。
毎週日曜0時ころ更新予定ですが、今週は厳しいかも⋮⋮
できるかぎり頑張りますので、どうぞお時間あれば読んでやってく
ださい。
まな
31
懐柔もしくは泣き落とし?
︱︱くぽ、ちゅ、と、粘膜が擦りあわされる音がする。
若干我慢しきれるかどうかギリギリの痛みと一緒に自覚するのは、
冗談じゃないこの状況。
これは、助かったというべきか、熱に浮かされてイロイロドロド
ロにやばかった自分の頭を急速冷凍してくれた。このままだと私は。
﹁やぁ、だめ、犯、罪!!﹂
﹁黙れば?﹂
レイは縛られた私の腕を掴み、さらに力を込めやがった。
地味にいろんなところがジクジク痛い!
うう、口から聞きたくない自分の声が、漏れる!
﹁ほら、先がちょっと入ったよ。どう、痛い?﹂
﹁あ⋮⋮つッ! わかってんなら、抜い﹂
﹁て貰えるとでも思ってるんだ? ホント馬鹿だよね。でもそうだ
な、じゃあすーちゃん、ちゃんと約束する?﹂
﹁なに、や、ホントいたいッ﹂
くぐっ、とまた少し、私の中にレイがめり込む。
﹁ずっと一緒にいるって﹂
約束するなら、赦してあげる。
32
そう、私の耳に、レイが優しく吹き込む。
いつも以上に柔らかな声で。
だが、言える。
私は言い切れる!
﹁この状況を、じゃないでしょ!﹂
﹁心外﹂
﹁んぅ!﹂
押し込まれていた熱が、一旦引いた。
痛みだけが、名残を主張する。
そしてレイが離れたことに気づき、驚く。
え、どゆこと。本当に、放してくれ︱︱
﹁すーちゃんに行動が読まれてるなんて、ホント心外﹂
﹁おま、あぁぁぁッ!!﹂
うろたえた瞬間、先ほどと同じ位置まで、レイが侵入してきた。
﹁どうしようか、このまま一気に入れられたい? クリで何度かイ
かせたけど⋮⋮指で解してないから、処女のすーちゃんには辛いと
思うんだよね。俺のサイズって。ここひっかかるし﹂
くちゅくちゅっと、レイの指が熱い入り口を丸く撫でる。
﹁じゃあ引き下がる方向で! もう何もかもなかったってコトで!﹂
﹁却下。でも、ホント無理そう。入り口もナカも全然ダメか。気持
33
ち良すぎて鳴いて悶えるすーちゃん見たいのに、痛みで泣き叫ぶの
って⋮⋮ああ、それもソソる﹂
﹁おいいい!﹂
現実逃避する私の中で、ぐんっと、レイが応えを催促してくる。
﹁ね、どうする? 挿れてイイ?﹂
﹁だっ、も、ほんとこれ以上はっ﹂
レイの申告状況判断通り、入るわけが無いこんなの!!
今だって入ったというより、小陰が押されめり込まされている、
と言った方が正しい。
﹁我慢できないくらい気持ちイイの? 痛くされて、感じちゃうん
だ? 変態﹂
なわけねーだろが変態はお前だ!!
私がいつアンタにそんな性癖を披露したことがありますかねぇ!
今だってちょっとかなりイヤすんごく痛いのを︵・・・・︶我慢
してんですよ!!
もう意地だ意地! そして残念なことに当方、意地とか努力根性
とはあまり親しくない! つまり継続しないんですギブしたいです
ギブ!!
という、私の悪態に満足したようで︵本当変態だな!︶、首筋に
クスと笑む吐息がかかる。
﹁だったらね。約束しよう?﹂
﹁︱︱︱︱ッうあっ!!﹂
34
言うと同時。
ピンクの戒めで腫れ上がる陰核を、人差し指と親指で摘ままれ、
ぎゅにゅ、と擦りあげられる。
そうして甚振ったのを宥めるように、撫でさする。
何度も、何度も、それを繰り返す。
その責めに、ひたすら声が出て。涙が出て。
いつの間にか、下の窪みに咥えこんでいたのは彼自身ではなく、
彼の指3本。
脚はすでに脱力して、レイの両膝が下から支え開かれている。
誰もいない空間に向けて、晒されている陰部に、ソコへの責めに、
思考が追い付かない。
﹁ずっと、一緒にいて﹂
﹁っ⋮⋮⋮⋮ふっ、ぅ﹂
﹁俺から、離れないで﹂
ちゅぽ。
指が引き抜かれ、眼前で分泌液を絡めた指が翳される。
涙でぼやける視界にも、それは異質なほどイヤラしく、冴えて映
った。
充分に緩み、潤ったことを確認したレイは再び、熱い自身をあて
がう。
﹁お願い。すぐり﹂
はっきりと、初めてレイに呼ばれた名前に鼓動がはねる。
35
その呼ばれ方も、久しぶり過ぎて。
﹁俺を、独りにしないで﹂
かつて私が心底望んだ願いを、同じように口にするレイ。
これ以上世界に悲しいことなんてないと思うくらい苦しくて、泣
いたときのように。
表情は見えない。だから、レイが泣いているかなんて解らないて
いうか泣くところなんて想像さえできないが。
だけれど、言葉が彼の痛みを伝えてくる。
ヅクンと、レイの熱が脈打つ。
私の中心がヒクつきながら、粘液を垂らして口をあけて。
ああ、もう、だめ︱︱︱︱
揺さぶられた感情も神経も、何もかも投げ出してしまう、瞬間。
﹁すーさん! 流されとるがな! 忠告したのに!﹂
﹁私でよければ一緒に居ますよ、笹谷氏﹂
レイによって開かれた脚の先。
明るい光の差し込む扉に、二人の影が現れた。
36
味方だと断言しにくいけどこれって救助?
﹁もう∼言ったぞ私は! 明日は引き籠って決して外に出ようと微
塵も思うな自宅を警備していろっていうかそうだ旅に出ろ!って⋮
⋮うん。さすがすーさん、私の好みドストライクだ! 今度ウチの
宣伝に出ないか? 顔隠すから!﹂
逆光をうける影の持ち主に見当がついた瞬間、今ここに彼女が存
在することに驚愕した。
﹁え、ッえええA子?!﹂
ありす
私の痴態を見て、あんまり有難くない誘いをきやがった友人。A
子こと、有子︵なんて、少女趣味で乙女な名前はお前には似合わん
! A子でいい!︶は、それでも部屋のドアからは立ち入ろうとせ
ず、ピクリと視線を私の真後ろへと動かした。
次いで長ぁい呼気を一つしたあと私に戻されたA子の眼は、あぁ
あやっちゃった∼! と呆れるものだ。
けど! 私がバカでしたすみませんと殊勝な気持ちになれないの
は仕方ない。なんだ宣伝って顔隠すって! アンタんとこの会社利
益に貢献するつもりは毛頭ない! でもとっとと助けて! ︵↑︶
と、救助要請しようとした私の代わりに、レイが恨みの籠った低
音でA子に応えた。
﹁ダメです俺専用なので。黙ってそのまま出てってくれますか有子
さん、そしてその横﹂
37
こッわ!!
レイ、あんたよく年長者に物怖じしないな、しかもA子に。
A子は結構かなりお色気半端ない美人さんだ。
通常の心理として、美人には逆らい難いはずなのに⋮⋮あれか、
美人同士だと反作用するとかか。
﹁ってイヤイヤ俺専用の意味わかりませんし救助勝手に帰してもら
っちゃ困っひぅんッ!!﹂
言い終わる前に、粘膜で覆われたレイがぐちゅりとほんの少し私
の中に入り込む。
慣らされたせいかひどい痛みはない。
でも羞恥が半端無い!
今奇声をあげたのは私じゃないと誰か言ってくれ!
﹁その横呼ばわりとは何事だ笹谷氏! というか姉! 今の女性は
すー姉だろう何かあったのか!? 眼が見えん、手を退かせ! 助
けに⋮⋮っ!﹂
﹁駄目だってぇ。子どもには刺激的★で、すーさん。社会倫理的な
領域で踏ん張れてる?﹂
イロイロと、失ってはいけないヒトとしての尊厳やら何やらが無
残な姿であるがな。
個人的感想と仕事を優先した後に私の無事︵なのかな、一応?︶
を確認しやがった友人は、ありがたくないことに妹を同伴だった。
ひいいい!
A子が彼女の眼を覆っているのが唯一の救いだ。
友人に苦情及びオトシマエつけるにしても、とりあえず脱出が先
38
ですよね。
A子助けて! と、今度こそはっきり言おうとして、口にレイの
指が含ませられた。
﹁んうっ!!﹂
﹁鍵、掛けてましたよね? どうやって入ったんです﹂
﹁ウチの商品を使って。ってーのは無理なんで正攻法で。君の両親
から預かってたんだよ、コレ﹂
言って、A子はチャラっと金属をなびかせた。
飾り気のない鍵が2連。
後ろでレイが両親に向けて呪詛の言葉を呟く。
つい2時間前、電話してねと可愛く言って彼らと別れたのはこの
人でしたよね? え、私のカンチガイ?
﹁詳細は手紙預かってるから読んでくれ。じゃ、身なりを整えてリ
ビングにおいでませな。あ、その前にすーさん! 写真撮らせ︱︱
なんてなっ☆お茶入れてるぞ! すぐ来ないと私も混ざるからな!﹂
写真云々を思い直したらしいA子は、姉に吠え続けていた妹を引
きずり歩き出す。
⋮⋮良かったね。撮ってたらアンタ自慢のカメラは今日が命日で
したよ私の手によって。
ドアを閉める際、ぽいっと手紙を放られた。
今時珍しく和紙にしたためられ、かつ巻物状にして紐で結えてあ
るこの差出人は私でも当てられる。
﹁姉が混ざるなら私も混ざってあげないこともないですよ何にかは
39
存じませんが! よって手を離せと何度言えばわかる! 見えん!﹂
﹁止めておけ今はマズイ! 魔王の眼から致命効果抜群の何らかが
発射される3秒前だ退避!!﹂
遠ざかる闖入者2人に向かって、レイがドス低い声で反平和的な
予告をする。
解らんこともない為擁護しない。が。
︱︱ああもう。ぐちゃぐちゃに抱き潰してイロイロ咥えこませて
何にもわからなくして閉じ込めようと思ったのに。
矛先がこっちに向いた瞬間、私は大声で助けを求めた。
40
旅立った彼らからの気遣い
﹃アリスちゃん、トワちゃん
明日から私たちはパリへ行きます。
当分帰れないわ。
いつも不在だったから、レイは私たちが居なくても大丈夫だって
解ってるの。
今はすーちゃんが居てくれるし。
でも変な想像ばかりしちゃうのね。
何かあったら? もし倒れたら? それが運悪くすーちゃんの居
ない時だったら?
普段はそんなこと思いつかないのに、次から次に考えちゃって。
すぐに会いに行ける距離じゃないから尚更。
それでね、イイコト思いついたの。
前からトワちゃんが一人の空間を欲しがっているって言っていた
でしょう。
それにアリスちゃんも、ここから会社に通う方が近いじゃない?
だから、できたらお部屋、使ってくれない?
人がいる方が管理しやすいもの。
レイだって寂しくないでしょうし。
遠慮はいらないわ。マットも賛成してくれています。
2Fの部屋は寝具が揃っていないから使えないけれど、客室は1
Fにも4部屋あるから好きなところを使ってね。
41
浴室は各階にあるから、レイと共同使用をしなくてもいいわ。好
きな時間に入って。
毎夕、すーちゃんが来てくれるから、わからないことは彼女に聞
いてちょうだい。
ああ、ご両親にはお話ししてあるから大丈夫よ。
必要な荷物も送ってもらったから。エントランスに上げておくわ
ね。
それから、廊下に置いてある箱はあなたたちへプレゼント。
知り合いのブティックがオープンしたからついつい買いすぎちゃ
った。
若い子向けの服、すごく可愛いのよ!
すーちゃんにも送ったから、届いたらプレゼントだって伝えてね。
では鍵を同封しておきます。
突然こんなお願いしてしまってごめんなさい。
息子をよろしくお願いいたします。
では、面白いコトが起こったら連絡ちょうだいね! ここ重要よ☆
すーちゃん、きっと今より振り回されるわね! 楽しみね!
→くれぐれも、報告よろしくね☆☆
鈴子・マット﹄
読み終えたレイが、ぐっしゃ! と和紙を握り潰した。
42
ほんね
笹谷ご夫妻⋮⋮最後の三行半は隠しておいた方が感動できました
⋮⋮。
私の目じりに浮かぶのは正真正銘涙です。
43
友人に選んだ記憶なく友人だったことを悔やむ
おおしまありす
友人A子こと、大島有子。
私の実家の6軒隣在住。
新生児室からの長ぁいお付き合いであり、気がつけば私の友達枠
を区画整備・占拠していた。
ちなみに自己紹介をした記憶は存在しない︱︱知らないうちに詐
欺に遭った感覚ってこれか。
職業、大人に夢を与える玩具・映像製造販売会社勤務。
ゆるく波打つ黒髪は艶やかに、肩まで流れている。心の強さが見
て取れる眼差しと175㎝ある均整のとれた身体とあわせ、豪華絢
爛! の4文字を見る人に植え付ける彼女は、まぁ、眼福眼福だと
拝んでしまうくらいに別嬪である。
そんな彼女の手には缶ビールが握られ、集合を命じられたリビン
グの純白ソファにふんぞり返っていたとしても、美人は損なわれな
いとかどういう世の不思議だろうか。
ごきゅごきゅうぃ∼っぷ! という嚥下音︵いや呻き?︶のあと
ビールの旨さを称賛しているこいつに私の未来がかかっているが、
不安と苛立ちしか感じない。
淹れて待っていると言ったお茶はどこ行ったのかなー? と、優
しく問いただしたいところだがそれは後に回すとして、A子には拷
問を辞さない構えで聞かねばならぬことがある。
﹁さっきの何﹂
44
﹁ん? さっきっ⋮⋮ぐふ﹂
失礼と言って、A子は込み上げてきたガスを吐いた。もうオッサ
ン認定を受けたらトップで現役差し置いて合格しそうだ。
﹁さっきって?﹂
胃部不快感を解決したA子が、訊き返してきた。
A子は頭が残念ではあるが聡い。私が何を知りたいか勘付いてい
ながら、しらばっくれようとしているのだろうかもしかして。
↓
じぃぃぃいっとA子を眺める私に、彼女はえへらっと笑った。は
い、怪しさゲージ上昇確認■■■■□!
未成年観覧禁止︵年齢制限対象:あろうことか私︶な状態にA子
が介入し、リビング集合を命じたつい先刻。
投げた鈴子さんからの手紙︵いや巻物?︶が及ぼす私への影響も
考えず退避したA子でも、わたしの救助信号に応えるだけの道徳観
は持ち合わせていたらしい。︵ただしやはりドアから覗う程度だっ
たが︶
そんな彼女にレイは手紙を握り潰しつつ詰め寄った。よくご存じ
ですねそんな言葉私は知らん! と、聞いていて感心してしまう日
本語操作で、﹁出ていけ﹂の4文字を繰り返した。私なら即刻90
度最敬礼での謝罪をつけて退去するところだが、さすがに我が道し
か進まぬA子はちがった。
反論を許さず饒舌なレイをニヤニヤ眺めていたA子は、ぼそりと
何事か呟いた。
45
そして。
した
﹃︱︱1階で待っていてください。少ししたら行きます﹄
レ イ が 引 い た !
え、それなんていう最終兵器? 身銭はたいても購入切望なんで
すけど。
A子を熱く見つめる私に一瞥をくれたレイが、チッと舌打つのが
眼に入ったが構っちゃいけねぇ。
喧嘩売られても買わぬからな! 私にだって学習能力くらいある。
関っちゃならんと全身が訴える声に耳を傾けようキャンペーン実
施中なのです!
ドアを閉めて再びベッドを軋ませたレイは、そりゃもう雰囲気が
極悪だった。
そうしてわざとか! という程まどろっこしい手つきで色んなと
ころに触れ摘み︵!︶つつ私の拘束を解いてくださった。
ロープとか切ればいいじゃんナゼに解く努力をするのぉぉおおッ
!? って抗議すれば、﹁じゃあ有子さんにやってもらえば﹂と言
い捨てやがった。呼んできてあげようか? と続けた彼に対し、相
変わらず自由の利かない縛られた状態をたとえA子にだろうと︵い
やむしろA子だからこそ︶晒す覚悟は持ってない! と懇願すれば
といった時間に人を羞恥のどん底に再び貶めたレイは、
﹁なら大人しくしててよ﹂と、嘲笑しやがった。機嫌めっちゃワッ
少し
ルー!
多少は気分が晴れたのか私とともに階下のリビングに降り、壁際に
46
あった電話を引っ掴んで再び部屋を出ていった。
永久ちゃんは黒い靄をまき散らす悪魔を追って2階へ。
さすがA子妹。勇者に違いない。
戦地に赴く彼女を見送って、その姉たるA子に対魔王兵器につい
て訊ねている現状である。
とりあえず、レイに対して何らか抑止力を持っているA子に引っ
付いていれば自分安全。という見解の元︵装備がビールとオッサン
仕様で不安が発生したが︶、それでも備えは必要だよねと防災対策
意識が働いたためこうして参考までにお話を拝聴しているわけであ
る。
﹁さっき、て、ご子息と話したコトか? あー。ほら、永久もうす
ぐ受験だろう? しかし我が家には安寧の地がない。最後の追い込
みを静かな環境でさせてやりたいところだが、あいにく困難! っ
てところにご両親からお誘いがきて。で、なう﹂
A子のくせになうとか言うな。
というか、違う。知りたいのはそこではない。
﹁そうじゃなくて。あんたがレイにさっきぼそって言った内容は何﹂
︱︱ガタッ
﹁えぇ? だから今言ったことを話しただけだぞ? どうか人助け
だと思って協力してもらえないだろうかとお願い申し上げたことじ
ゃないのか∼?﹂
︱︱ゴッ
47
﹁いや違う! レイがそんなことで引き下がるわけがないもんね!
人道的配慮なんてするレイがこの世に存在するとか信じる私がい
たとしたらそれ私じゃないから私の皮被った謎の生命体だから!﹂
︱︱ドス⋮⋮ッゴリッ
﹁﹁⋮⋮⋮⋮﹂﹂
レイがいかに他人への愛に薄く生きているか語ったところで、2
階の物音が無視できないものになってきた。
せ、戦闘中? ﹁︱︱気にしたら負けというヤツだな﹂
﹁アンタと友人なんだと実感する瞬間だ﹂
﹁恐縮だ﹂
私と同じタイミングで天井から眼を逸らしたA子が呟く。
魔王VS勇者の戦いなら一般人が首突っ込める要素はないよね!
よって彼らが居る2Fが騒がしいコトは気にしないことにします。
赤色灯が門前に煌めく事態になっていないことだけを祈るしかでき
ないと放置する私たちを許してほしい。
﹁で、何言った﹂
﹁だから別に何も? うちの事情を話してご理解いただいたんだよ
きっと恐らく?﹂
﹁疑問形じゃん! あぁああああもういい! じゃぁいつレイと知
り合った! というか笹谷夫妻と面識あったの!?﹂
﹁挨拶したのはちょっと前かなぁ。ご子息とはもうちょっと前? それでまぁ詳細省く展開があって現在に至る?﹂
48
くぴくぴと、先ほどとは変わって可愛らしく麦酒を嚥下しはじめ
たA子に、やはり、と思う。こいつ何か隠してやがる。
﹁粗い。そこ省かれると説明になりませんビール没収! 笹谷家人
との出会いから今日に至るまで日時および会話内容を吐け分単位で﹂
﹁細かッ︱︱︱︱ぅあう、返して私の命の滴! 判った答える。は
あ、それにしても笹谷家はイイもの飲んでらっしゃる⋮⋮ううはぁ
はぁ﹂
昨日は日本としばらくお別れプチパーティ☆だったので、笹谷邸
の冷蔵庫は各種ドリンクで潤っていた。
ちなみにその銘柄を所望したのは私です。余ったから持って帰ろ
うと思ってたのに! 私だってそんな飲めてないんだからな! 今
晩飲もうと思ってたんだからなっ!
A子の手が震えだしたので仕方なく缶を返却する。
アンタそれ神経侵食され始めてるよ⋮⋮?
手元に戻った缶を大事そうに抱え、A子は左手でピスタチオを取
ってぱりぽり咀嚼を繰り返し、再び缶底を天井に向けた。快復が早
いけどそれって仙人の豆的な何かか。
﹁ぷふぅっ⋮⋮出会い、出会いなぁ。ああほれ。先月新作預けに行
っただろう? 君のところに。アレ、妹を美少年の家に連れていく
のも兼ねてた。そん時ご両親には挨拶させてもらったんだよ。仕事
先が近かったから後で夕食も一緒した。ご子息にはもっと前かなー
? 半年前? 日付は忘れたぞ!﹂
﹁へー⋮⋮﹂
︱︱︱︱はんとしまえ。
49
そのワードにぴくっと身体が反射反応をみせた。
半年前︱︱夏頃。
私が困る事態が頻発し始めた頃。そしてこいつの仕事は。
﹁ちょっと。ちょおおおーっと聞いてみるんだけど。今日レイが持
ってたアレって﹂
﹁あれ﹂
気がない様子でA子が繰り返す。
気のせいだ。コイツがわざと私を羞恥のるつぼに落とし込もうと
しているなんて、妖精さんのイタズラだ。
﹁さっき、私のに、ついてた﹂
﹁暗くて見えなかったなー﹂
﹁ええと、挟む、タイプで﹂
言ってて、後悔が私を追い上げてきた。
この質問をしたこと自体が間違いなんじゃなかろうか。わ、私は
痴女じゃないんです断じて!
﹁挟むって︱︱どれだっけ? バイブ? 乳首の? クリのやつ?﹂
尻すぼむ言葉端を拾ったA子が、的確な選択肢を与えてくれた。
さすが大人の会社勤務。
彼女の潔さに助かった! と思い、該当の物体について答える。
﹁え、ええっと、2番目と3番目の︱︱︱︱⋮⋮⋮⋮﹂
うん。
やけに、詳しくない?
50
51
不可抗力の意味をご存じない友人
A子の隣で、私は背中をつぅっと横断するイヤな予感を感じた。
﹁く、暗かったんじゃ﹂
﹁うん見てないが。でも注文受けたの私だからな︱︱︱︱﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮っていうのは妄想だった! ちょっと待ってくれすーさん!﹂
思わずA子の襟を掴んでいた。私の右手が勝手に⋮⋮! とか言
わない。歴とした私の意思だ。
﹁あー今私の耳が誤作動起こしてる? もしかして本日私を苦しめ
たブツどもを危険人物に流したのがアンタだなんて、冗談だよね?
正直に言っても嘘ついてもちょっと無事は保証しかねますけど﹂
﹁でるでるでるでる!! 各種ナッツとビールと朝食のかぼちゃグ
ラタンがランデブーした泥状物質が噴出しかけてる!!﹂
﹁そうですか大丈夫ですよ? 吐いたら楽になるからね、どう? どうなのそのへん?﹂
﹁だって! だって後で感想聞かせてくれるっていうからっうぷ﹂
さすがにリバースは御免被りたいので一旦手を止める。
しかしふつふつと湧き上がる怒りは収まらない。
感想?感想って大人の玩具を使用した感想ですよね? それを小
学生のレイに?
そりゃあ思春期の青少年といえばEROに興味あるお年頃かもし
52
れませんが、普通求められてもそゆことを大人が推進しちゃうかと
いえばしそうだな! お前ならするな!
﹁不可、不可抗力だった!﹂
﹁なにがなんで﹂
﹁すーさんマジギレしないでくれ! だって、だってだな! 私が
すーさん訪ねたとき留守なことがあったんだ。しかも突発的暴風雨
に見舞われて! 紙袋いっぱいに大人の夢を詰め込んだ私はそりゃ
焦ったんだ!! この中身がぶちまけられたら終わる。私の人生だ
けでなくすーさんのご近所の評判までも!﹂
﹁なんで﹂
﹁考えてもみろ! 私が訪ねたのは君の家だ。両脇に抱えるのは今
業界で噂の最新グッズ! 状況を見ればどうなるか﹂
つまり私が注文した商品だと思われると。
そしてそれを弁解する気はA子になく、自分の外聞を優先したと。
﹁済んだことだろうけど掘り返して制裁してもイイ?﹂
﹁待て、話はここからだ!﹂
さらに怒れる展開が待ち受けると。ほう?
﹁そこに通りかかったのがあの美少年だ。それがファーストコンタ
クト!﹂
気遣わしげに、私の不在を告げたレイはふと、物体Xの入った危
険紙袋に眼をやったそうだ。
途端さらに雨風が激しくなり、危惧した通り大人の夢が芝生にぶ
ちまけられる。
一瞬慌てたA子だったが、しかし相手は子供。
53
笑ってごまかしながら拾って立ち去ろうとした手を、がっしと掴
まれた。
まあね、ここで立ち去られていたとしても、私的にマズい展開だ
ったよね。
レイは雨に濡れるのも構わず、手際よく地面に残った大人の︵以
下略︶を集めてにっこり笑ったそうだ。
﹃これ、売ってくれません?﹄
迷うことはなかったらしい。
大人な態度でA子はそれを断った。
54
暫定・家主命令
その展開に、私はほっと安堵した。
あぁ、いくらA子でも、小学生を大人世界へ誘う犯罪性は持ち合
わせていなかったか。
たとえ自宅で保管するにはマズイ物体を友人の家に半ば強引に置
たび
き忘れたり、部屋一室アブナイ物置に仕立て上げたり、それらを引
き取らせるため毎回ドアを開けるがその度私の部屋のイカガワしさ
が上がっていこうと、小学生に大人のおもちゃを売るわけが︱︱⋮
⋮ん⋮⋮?
﹁見くびるな。私だって責任ある大人だ。そんなことを言われても
できるわけがない﹂
﹁ああっと、ごめん﹂
眉間にしわを寄せ苦しげな、それでいて傷ついたA子の表情に思
わず謝罪する。
うぅ、A子なんかに︵↑︶罪悪感が湧いて︱︱あれ?
﹁見たところ、大人びた顔をしてはいるが、中学か高校生だ。後で
妹のクラスメイトだと聞いたときは驚いた︱︱そんな相手に売れる
訳ないだろう?﹂
確かに。マシュウさん譲りの欧米遺伝子のせいか体格良いしね。
言動その他併せて見ても小学生には見えないよね。でも未成年って
のは判る。そりゃ大人の夢は売れないわなぁ︱︱⋮⋮?
55
A子の憤りに恐縮し、そうだよねと俯く。
ところで私、何でA子に詰めよってたっけ? さっきからちょい
ちょい引っ掛かる疑問にようやく問いかける。ええと確か︱︱
﹁だから﹂
A子の顔が苦悶のそれから穏やかなものへとベクトル変化した。
追い詰められたサスペンスドラマの犯人が急に自供し始める表情に
酷似した顔からはもぅいいや言っちゃえ☆的な潔さを感じる。
﹁まとめて譲った。より広い客層へのリサーチは私の担当だからな
! 仕事には責任を持って取り組むのがポリシーだ! 私が開発に
携わった商品なら、尚更金なぞ取れん!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
5分後、ソファにぐったり沈むA子がいた。
⋮⋮⋮⋮え、何でって?
絞めたからですよ?
気道の軟骨潰す勢いでヤりましたよ?
まあ遺憾ながら合気道を嗜んでやがった幼馴染は惜しいところで
逃げましたが。
途中脳内が塗り替えられ謝ってしまった自分が猛烈に悔しかった
こともあり、いつもより握力腕力が活躍。にも関わらずオチる寸前
に獲物が居なくなったせいで手が物寂しい。
﹃やく、やくそくするッ! すーさん私は君の利益に沿った行いを
今後一生する!!﹄
56
﹃却下。A子の判断基準は面白さが優先されるし! 私の言うとお
りに行動すること。指示を仰げ。その都度!﹄
﹃く、読まれていたか! しょうがない⋮⋮﹄
﹃もう一度酸素供給を遮断されたいみたいだねしょうがないなぁも
ぉ﹄
﹃すーさん凶悪ぅぅううう!!!﹄
というやり取りの後、今一度教育的指導が必要だと判断したため
実施して現在に至る。
そうだ、もぅ止め刺しちゃおうよ! という大脳からの指令実行
をなけなしの理性が抑えていると、A子とよく似た声が響いた。
﹁姉よ、上にまで聞こえていましたよ。すー姉とはしゃぐにしても
自重しなさい﹂
キイと響いた扉の向こうから、颯爽とA子に似た美少女が現れた。
背後に花が舞っているのが見える⋮⋮!
張り合うつもりはないから、上の音が下にも聞こえていましたと
口に出さない私は偉い。
︱︱︱︱ダメだ、大人げない。
A子の妹で声がそっくりだからって八つ当たってしまう自分、小
っさ!永久ちゃんは悪くないのにでも憎しみの波及が止まらない!
次いで降りてきたレイが、こちらに近づいてくる。
﹁永久。有子さん、疲れてるなら運ぶよ。部屋は奥でいいんだな?﹂
﹁ああ、風呂の近くにしていただきたい。寝起きが最低で湯につけ
ないと起きんのですよ﹂
安息の地へ運んでもらえることに気を良くしたA子は、もはや立
57
ち上がる気力もないといったふうに、更にぐったりしやがった。
一瞬ニヤっとしたのを見逃す私ではない! ふっ、夜討ちが希望
と見える⋮⋮。
﹁わかった。行ってドア開けてきて﹂
永久にそう言いながら、A子が横たわるソファの下、絨毯に座る
私の前をレイが横切った。
その、顔に驚く。
とろけるような微笑で、永久ちゃんへ応えていて。
﹁ついでにお前の荷物も上へ持って上がれば? 俺の隣の部屋なら
空いてるし﹂
﹁本当に、良いのですか⋮⋮?﹂
﹁いいよ。でも寝具がないから︱︱︱︱今日は俺のところで寝る?﹂
﹁っはい! では行ってきます!!﹂
喜色満面の永久ちゃんがドアに向かい、客室へとその足音が遠ざ
かって行った。
ええと、これは。
事態が何を意味するのか把握できなくて固まる私。
ん∼もう一本! と、寝言を言う夢の世界に旅立った︵早いな!︶
A子を抱き上げたレイが、こちらを見る。
普通の、笑っていない、顔で。
﹁すーちゃん、もう帰っていいよ﹂
そう家主から言われ、引き下がらない私ではなかった。
58
59
TALK = 無駄話
IDLE TALK∼family planning∼︵
前書き︶
※IDLE
60
IDLE TALK∼family planning∼
﹁え、宿題の手伝い?﹂
﹁そう、家庭科で、家族計画を立ててきてって。だめ?﹂
夕食の後、いつも通りレイの部屋でお茶をいただきながら過ごす
夜。
TVの番組をスクロールしていた私は、レイによって眼の前に広
げられたB4の画用紙をのぞき込んだ。
﹁⋮⋮どこまでも白いんだけど、まさか﹂
﹁俺こういうの苦手だから、すーちゃんして?﹂
﹁イヤ私の計画披露してどうするよ! アンタのしなきゃ意味ない
じゃん﹂
﹁無理。思いつかない。大丈夫、子どもは2人欲しい∼とか、男女
比は0:2とか、ペットは猫がいいとか、家はウッドデッキ付でイ
ングリッシュガーデンしたいとか、そういうので良いから﹂
﹁具体的すぎる! もうそれでいいじゃん! 子ども2人中男女比
0:2なことが疑問だけど!﹂
﹁え、少ない? すーちゃん、男の子も欲しいの?﹂
確かに少子化の観点で言えば2.1人は子ども育てないと問題だ
けどね、ってそうじゃなくてさ。
なんで男の子、いらないの? と問うた私に、レイは苛立たしげ
に口を開いた。
61
﹁だってね、知ってる? 男の子の理想の女性像って大抵、母親な
んだよ。それって俺としてはいただけない﹂
﹁自分の子どもが妻に好意を寄せるのがイヤだと。どんだけ狭量⋮
⋮﹂
﹁普通じゃない? しかもね、ただでさえ10か月も奥さんのナカ
に居座られて、生まれてからも独占されるとかどうなの? 俺以外
の男に、だよ!? お風呂入ったりお世話してもらったり構いっき
りだし︱︱ああ、授乳なんて言って俺だけの胸にも吸いつくし!?﹂
妊娠出産育児をそんな視点で見る奴はお前くらいだ。
﹁自分の子どもでしょ?﹂
再度問うが、えらくきっぱりと断言された。
﹁うん、無理。男は無理。かろうじてまあ女の子なら許せるかな﹂
﹁⋮⋮そう︵あんたの奥さんになる子は大変だねという言葉をのみ
込んだ私は偉い︶︱︱︱︱でも、私だったら男の子も欲しいなあ。
ちっちゃい男の子がぎゅって、お母さんに抱きついてるのとか見る
と本当可愛い﹂
職場で予防接種に来る子たちが、不安そうに母親にしがみついて
いるのを見るとキュンとくる!
62
ああ、首に手をまわしてぎゅってされたら、もう、悶えるね!や
ーぁん、可愛いぃッ!!って叫ぶね!
﹁⋮⋮すーちゃん、それ浮気﹂
﹁はい?﹂
﹁自分の伴侶がありながら別の男に抱きつかれてときめくとか、夫
に対する裏切りだよ﹂
﹁なんでそうなる? 子どもだよ? しかも自分の子﹂
﹁オスにかわりないよ﹂
﹁じゃあ娘可愛い∼とか、アンタは思わないわけね﹂
﹁思うよ! 半分奥さんと同じ遺伝子だよ?! 可愛いに決まって
るじゃん﹂
そうだろう! その言質もらったぜ!
﹁それと同じ。半分夫と同じだから、好きだし可愛いし愛しちゃう﹂
途端、レイが項垂れた。ついでにため息をつかれる。
っ、まったく!とか、何でか憤慨している上、顔が紅い。
えー⋮⋮これ、そんな興奮する議題だったっけ?
﹁そもそも、ホントは子どもいなくてもいいと思うんだけどね、俺。
でもすーちゃんは欲しいんだよね?﹂
63
眉間にしわを寄せて、切なそうな眼差しを向けてくる。
え、だからコレただの計画だよね? 学校の宿題だよね? えら
く真剣じゃね?
その様子に、思わずこちらも真面目に答えなきゃという気がして。
﹁うん、子ども、欲しい﹂
言った途端、柔らかいベッドに引っ張られ。
食後の運動には激しすぎる攻防を繰り広げる羽目になった。
64
IDLE TALK∼family planning∼︵
後書き︶
お読みくださりありがとうございます☆☆!!
只今本編加筆修正しております︵>︳<︶
気になるところが多々ありまして、大筋は同じですがちょいちょい
メタモルフォーゼの予定です。それでも大筋は同じと言い張る⋮⋮
ちょっと学業も切羽詰まってまして、作業が進まず今週来週の本編
upは厳しい!
ので、アイドルトーク挟みます☆
カッコ良さげに英語にしましたがタダの無駄話です。
65
IDLE TALK∼catch a cold∼︵前書き︶
前回に引き続き無駄話です。本編修正が進みませんのです⋮⋮すみ
ません。
66
IDLE TALK∼catch a cold∼
やばい、熱が出た。
寒くて寒くて、眼が覚めた。
見なれたはずの部屋や天井がぼやけて見えて、試しに体温を計って
みたら案の定だ。
37度8分︱︱まだ数字は変化している。
季節外れの冷え込みが、連日のレセで体力を消耗していた身体に不
調を誘引したな⋮⋮。
もうしばらく、風邪をひくなんてことなかったのに。
﹁今日、休みでよかった﹂
体温計が点滅を繰り返すうちからケースに戻す。どうせこれ以上上
がったって、熱がある事実に変わりない。
今日は土曜。いつもなら昼食からレイの家に行くが、これじゃあ移
しに行くようなもんだ。
敷布の傍に転げていたケータイを摘まみ、ぼうっとしながらリダイ
ヤルでレイのナンバを探す。
あー喉も痛い。
風邪をひくと決まって扁桃腺が腫れる。現に上顎の奥がざらざらと
して、舌でわかるほどに腫脹している。長引くかなー。薬、去年の
あったっけー⋮⋮
67
﹃すーちゃん?どうしたの?寝坊した?﹄
デスク脇の3段ボックスを睨んでいた私に、レイの声が問いかけて
くる。
そう、いつもなら昼ご飯をレイと一緒に摂るが、今日に限っては朝
から出かける予定をしていた。
その約束時間まであと1時間。
電話するときは大抵、私が寝過ごしたせいで時間を延ばせと催促す
るため、レイにも行動が読まれている。今回以外は。
﹁ごめん、風邪引いた。行けない﹂
﹃そう、ひどいの?﹄
﹁熱だけ。咳はまだないけど、マスクしてても移しそうだから今日
はやめとく。ごめん﹂
ぼうっとはするが、さして気持ち悪さを感じないはずなのに、普段
より言葉がうまく出てこない。ごめんと繰り返すだけの私に、レイ
が﹁そうじゃなくて﹂と少しだけ怒気を孕んだため息をつく。
﹃無理して行こうっていうんじゃなくて。大丈夫かってこと。往診
頼む?とりあえずそっち行くから﹄
﹁⋮⋮⋮⋮いや!いいやいい!どっちもいい!移すし今日は大人し
くしてる!ごめん、それだけ!ごめん、じゃあね!﹂
大事になりかけた状況をなんとか回避し、そのまま謝って電話を切
った。危ない危ない。これだからお坊ちゃまは困る。
熱出しただけで医者呼ぼうなんて考え、庶民には不適だ。
こういうとき、コイツ頭良くても非常識だな∼ってちょっと呆れる。
優越感を少し感じながら。
68
さあて、と、先ほど薬があるとみて見つめたボックスを漁るが、無
いなぁ。でも絶対、熱ひどくなるだろうし。
月曜までに治すには、風邪のひき始めでがっつり薬と栄養ドリンク
煽って寝るのが一番だ。
両方切らしてるけど⋮⋮⋮⋮。
仕方がないと、足元が確かな内に薬局に向かうことにした。
その前に、しっとりと不快を感じる汗を流しにバスルームへ行く。
が。
服を脱いでガラス戸を引いたところで、視界が白く点滅した。
ああ︱︱のど、渇いた。
﹁水、のも﹂
からからする喉を震わせ、独りごちる。
眼は開かないが、この渇きがなくならないとゆっくり眠れそうもな
い。
しかし、起きれない。ひどく億劫。
そうしているうちにまた微睡みかけるが、ふわりとした浮遊感に引
き戻される。
次いでくちびるから流れ込んできた冷たい甘みに、意識が明らかに
なった。
おいし、い。もっと。
69
思いが通じたのか、今度は初めよりも多めの潤いが口に広がる。甘
くて、冷たくて、気持ちいい。
後口を堪能していると、開いたままのくちびるから、くちゅりと甘
みを纏ったものが入ってきた。
渇いた口の中に水分を馴染ませるように、優しく撫でて、絡めて、
擦って。
また、潤わされて。
呼吸が少し苦しくなって、浮かんだ涙が瞼をひらかせた。
眼前にぼやけて広がる、薄い茶。もう少し彩度を上げれば、やさし
い琥珀色になる、レイの︱︱
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮レイの?
﹁すーちゃん、もういいの?﹂
肩に手を添えて私の上体を起こしたまま、間近でレイが訊ねてくる。
えええええと、いまのは、いまのって。
返答に時間がかかる私の額に掌を当て、レイはほっと息をついた。
﹁良かった、下がってる。咽頭炎だって。扁桃腺も腫れかけてたか
ら、点滴してもらった﹂
見れば右腕に、点滴パックから続くルートが繋がっている。
そのパックが空になったことに気付き、レイが私の腕から針を抜い
た。そのままパックに先端を刺し、ナイロンに入れて足元に置く。
手慣れているな。
70
ああ、だんだん頭がすっきりしてくる。
うう、結局医者呼んじゃったんだ⋮⋮風呂場で倒れたって言っても、
そこまで大したことなかったのに。部屋に寝かしてくれてた、ら︱
︱︱︱部屋。
ここはレイの部屋だ⋮⋮?え、何で?
﹁レ、どうやっ、部屋、ここに﹂
潤ったとはいえ、喉の痛みでうまく喋れない。
もどかしく思いながらも単語を重ねたそれは、レイに伝わったよう
だった。
﹁ああ、俺が運んだの。もう!熱出してるのに風呂入ろうとか何考
えてるの!一瞬でも遅かったら頭とか打ってたよ!?丁度倒れかけ
たところで支えたから良かったけど﹂
﹁ごめ、ありが、と﹂
そうか、道理で倦怠感以外、痛みがないはずだ。タイルにぶつけて
たら痛かったろう、な︱︱
って、待て私、そうじゃない。
風呂場に居た。その時、私は何を着ていた?
そして今、何を着ている?え、ちょっと待ってどういうこと?
﹁あのまま向こうに往診してもらっても良かったんだけど、こっち
の方が何かと安心だし連れてきちゃった。ああ、それ俺のパジャマ。
汗かいてるから、あとで違うのに着替えようね﹂
﹁ちょ、待っ、て﹂
﹁大丈夫、手伝ってあげる。そりゃね、色々色々かき乱される感情
71
はあるけど、すーちゃん病人だし自重するから﹂
﹁いや、待って、ひとり、できるか、ら﹂
﹁だあめ!だるいでしょ?大人しく看病されて?今、身体拭いてあ
げるから﹂
﹁ちょ﹂
﹁ああでも本当、我慢したと思う俺。裸のすーちゃんみて理性を保
った俺は正直凄い﹂
﹁いや、あの、レ﹂
﹁だからね、ちょっと約束破っちゃったけど許して?緊急事態って、
あるよね﹂
だってそうでもしなきゃ、ヤっちゃってたかも。
言いながら胸元のボタンをプツプツと外した先には、鎖骨から点在
する、赤い痣。
﹁柔らかくて止まらなかった。ここも︱︱くちびるも﹂
ひんやりとした掌が心臓を掴むように膨らみを包み、レイが熱っぽ
い眼差しで見つめてくる。
それを認識して1秒後。
あらゆる懸案を放置して夢の世界に旅立った私を、月曜日の私が責
めていた。
72
※レセ=レセプト業務。保険請求の時期毎月1日∼10日まで医療
事務は瀕死に陥ることがある。おまけに太る。
73
IDLE TALK∼catch a cold∼︵後書き︶
お読みくださりありがとうございます︵>∀<︶!
生殺しなスケジュールに酷い目にあわされているまなでございます。
修正がなかっなかはかどりません。
そんな訳でまた無駄話UPです。
22日以降は多少時間が取れますので本編いけると思うんです。思
うんです!
またお時間ありましたら、のぞいてやってください。
まな
74
IDLE TALK∼melt kiss∼︵前書き︶
しつこく無駄話。
今までの3話分、すべて時系列は本編前です。
75
IDLE TALK∼melt kiss∼
﹁キス?﹂
﹁そう。すーちゃんはしたことある?﹂
夕食後。
相変わらず多忙で全国世界を飛び回るレイの両親の代打として素敵
ご飯のご相伴に預かった後、この日は珍しく彼の部屋ではなくリビ
ングで寛いでいた。
ハウスキープで来ている髙倉さんも帰宅しちゃって、彼女が入れて
くれたおいしい紅茶もあと一杯しか楽しめない。
ストレートで飲んでいたが、濃いミルクティーと甘いお菓子が欲し
くなった私は、一旦自宅︵隣のアパート︶に戻ろうとした。
茶っぱから入れるのは沸かしたてのお湯じゃないとおいしく淹れら
れない。でもそこまでの手間をかける元気がない。
となれば、我が家にあって笹谷家にはない25P入り廉価ティーバ
ッグが必要になる。安くても丁寧に淹れればそれなりに美味しいが、
雑に入れても安い紅茶の風味は裏切らない。
あ、あと冷蔵庫に入れていたホワイトチーズケーキも持ってこよう。
そう思って鍵を手に外へ向かおうとしたところ、俺が淹れてあげる
から座っててとレイが動いた。戸棚からは私好みの菓子も出して、
ソファの前のテーブルに置く。
その中にあった季節限定のとろける舌触りのチョコレートが、事件
76
の発端となった。
﹁なんで、突然?﹂
﹁このチョコに書いてあったから。ホント?﹂
キラキラした眼で訊ねてくる内容は、お菓子のように甘いだけのも
のじゃない。主成分はR制限の入る行為だ。
えええええどうやって答えようこれ。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮したことないんでわかんない﹂
正直に言ってしまった方が楽だと判断し、この歳になっても経験の
ないことをばらした。
触れるだけのものはあるけど、舌触りまで感じるものはしたことが
ない。
でもホントにこの食感なんだろうか。え、どうしようコレ好きなの
に次回から妙な動悸と共に食べなくちゃならなくなる?!
じっとチョコの箱を見つめていた私の視界からそれを逸らし、そう
なんだとやけに清々しい笑顔のレイが替わりに眼に入ってきた。
﹁じゃ、してみよっか﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁キス。しよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮ええええっと⋮⋮ッう、わ?﹂
ソファではなくその下のカーペットに座り込んでいた私の隣に来た
レイが、伸ばしていた脚の上にそのまま腰かけてきた。
クッションを抱いていた両手も、彼のそれでやんわり握りこまれて
しまう。
77
う、動けない。
﹁えっと、駄目だって、ストップ、待て、ちょっと止まって、だっ﹂
﹁すーちゃん初めてでしょ?大丈夫。俺がしてあげるから、くち開
けて?鼻で息してね﹂
﹁レイしたことあるの!﹂
﹁ある。不本意で不意打ちで無感動だったけど、今なら感動的なキ
スがやり直せそう。あ、妬かないでね。向こうに居た時だし、相手
の顔も覚えてないから﹂
笹谷さん一家はマシュウさんの国で暮らしていた時期がある。
それなら納得。⋮⋮⋮⋮いや待て。
﹁ディープキスを小学生が﹂
﹁気にするのそこ?まあ日本じゃ驚くだろうけど﹂
﹁あたりまえみたいな発言!え、私世界的に遅れを取ってる?!フ
ァーストキスを保育園のゾウ組全員としたのをカウントに入れてる
私は世界のチルドレンに嘲笑われてる?!﹂
﹁今、何て?﹂
﹁え、ゾウ組全員とキス?なんか妙な遊びが流行った時期があって。
出会いがしらに相手の両頬をホールドしてぶちゅっとくちびるを奪
う罪な遊びで。当時は何でかすごく楽しくて皆ときゃいきゃい︱︱
痛っ﹂
﹁何人﹂
﹁レイ、指痛いって﹂
﹁何人と、したの﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ざっと?﹂
﹁正確に﹂
﹁ゆ、ゆび放してくれないと数えられないんで放してもらえますか﹂
﹁もういいよ。必要ない。つまり10人以上ってことだね︱︱浮気
78
者﹂
﹁は、なんで﹂
﹁すーちゃん、好きだよ﹂
﹁⋮⋮私もレイ、好きだけど。あ、ダメ。キスはしないからね。そ
ういうのは好きな子としなきゃ﹂
﹁うん。わかってる。本当に好きな人と、だよね﹂
﹁そう。ちゃんととっときなさい。事故はカウントしなくていいけ
ど、自分からするキスは大切にしないと﹂
﹁うん。わかってる﹂
穏やかなアイスブルーの眼が細められる。
﹁好きだよ。すーちゃん﹂
10分後、チョコよりもなめらかな舌触りに翻弄された私の意識は
溶かされかけていた。
79
IDLE TALK∼melt kiss∼︵後書き︶
ご覧くださりありがとうございます︵>∀<︶!
まだまだスケジュールに苦しんでおります。
22日までは無駄話投下祭りですかね∼。
時系列はすべて本編開始以前のすーちゃんとレイの攻防戦です。
80
残業は高くつく
こども
悪戯なら結構あった。
もちろん小学生らしいものじゃなくて、もうアンタいったい何歳
! っていうくらいセクシャルかつ変態チックな。
普通なら怒って忌避してもいいそれを、ついついなかったことに
してしまった私。
隙を作らなければいいと思ったし、寂しいから怒らせて構っても
らいたいっていう心理がはたらいているんだろうと同情的な気持ち
もあった。
自分と被るから、余計。
でも、昨日のはマズイ。
マズイのに、もう赦してしまっている自分がいる。
どこからレイを拒絶すればいいか解らない。
いやそもそも拒絶できるのか?
次、同じことになったら︱︱
﹁ダメだすっごいマズイ!!﹂
﹁どうしたんですか?﹂
﹁あ、お疲れ様です主任︱︱あれ、主任だけ⋮⋮?﹂
﹁ええ、僕と児玉さんだけです﹂
言われて、ようやく辺りに人気がないことに気付いた。何か静か
だな∼と頭の片隅で感じていた通り、時刻は午後10時半。広い医
事課のフロアの一角、私と主任のいるここだけ、照明が煌煌と照ら
している。
81
受付の壁に張り付けられた時計が、日中には響かない秒針をカチ
カチ響かせているのを少し眺めて、次いで何となく電話台から垂れ
る役割勤務表に眼を走らせた。
⋮⋮⋮⋮しまった。今日は。
﹁⋮⋮怒ってますか﹂
﹁何がです? わざわざ僕が鍵当番の日に残業しやがったことで怒
る狭量な男だとでも? レセが大分片づきつつあるようで良かった
ですね残業して﹂
﹁そうですか怒ってるんですね!?﹂
﹁知りたいならこの束2つほどで教えてあげますよ?﹂
距離にして5歩程離れた場所にある主任席に頬杖をつく男性が、
こちらを向いて訊ねてくる。
右手に未処理のレセプト束を持ち差し出す、直属上司の宮森主任。
笑顔がこの上なく輝いてトキメキ要素に溢れているが、私の眼に
は彼の周辺に黒い何らかが渦巻いているように見えます!
﹁それ、1束﹂
﹁200です。内科の後期﹂
﹁すいませんお疲れさまっしたー!﹂
﹁児玉さん、今日残業届け出しましたか? 原則、届け出がないと
手当がつきませんよ? で、これ、どうしましょう?﹂
﹁わたしの馬鹿ァッ!!﹂
内科は投薬数が多い上、高齢者になるとそれが顕著だ。
各診療科ドクターに回したレセの修正は、それはもう手間がかか
る。
主任め、一番面倒なものを⋮⋮!
82
﹁あなたは仕事が早くて助かります。父も喜んでいますよ。そうい
えば、部屋は問題ないですか?﹂
﹁ええ?!⋮⋮⋮⋮ああ、部屋。部屋ですね。いいです、広いし、
オーナー一家も親切で! むしろ何かありましたか?!﹂
﹁僕が聞いてるんです。いえ、あちらのご夫妻が海外へ発たれたと
耳にしたので、何か困ったことはないかなと。いきなり不躾にすみ
ません﹂
とは、1年前の私の引っ
﹁ああええええっと、いいえ⋮⋮何も、変わったことは⋮⋮﹂
すごくありました!
何か困ったこと
とは言えないのであははと流す。
まつ
遠慮勝ちに彼が言う
越しに纏わることから始まるのだろう。そうか、主任も知っていた
のか。
確かに、あの騒ぎは院長の血縁なら耳にも入る。こと、息子なら。
院長の、ムスコ、さま。
⋮⋮あーぁ⋮⋮!
﹁すみません、もしかして今日、どなたかとお約束、ありました、
よね⋮⋮?﹂
金曜日の主任、という枕詞に続くのは煌びやかな美女。浮いた雰
囲気をうかがわせない彼だが、女性関係は地味とは言い難い。
尻切れになる言葉毎に、どんどん嫌な汗が噴き出てきて主任の顔
が別の何かに見え始める。怖い、その笑顔めっちゃ怖い。
﹁いいえ? 断りましたからありませんよ﹂
それは何か。断るハメになったから約束はないだけで、残業して
83
いなければ約束が成立していたという嫌味か! とか考える私は卑
屈すぎるわけではない。これ事実だっ!
﹁す、すみませ⋮⋮﹂
﹁別に、あなたのせいだと言いましたから問題ないです﹂
﹁それすごい問題!! どなたですか! 私今すぐお詫びの品をお
持ちしなくては!﹂
﹁必要ないですよ僕に影響はありませんから。あちらもね、院長の
息子、釣れればラッキー! くらいにしか思ってませんしね。むし
ろあの器量と能力で僕と致せるだなんて傲慢ですよね﹂
﹁もう名前すら聞けなくなった! そのカミングアウトは危険すぎ
る!﹂
﹁そんな訳で僕のカラダは本日から月曜午前6時まで空いています。
さて﹂
ギッという音がしたと思ったら、私コンパスで5歩かかる距離を
3歩でつめていらっしゃった。何だ脚の長さ自慢ですか。
﹁とある筋から少々問題なタレコミがありました。あなたが退職さ
れるとか、ね。ちょっとツラ貸して頂きますよ﹂
どっさりとデスクに丁寧に置かれたレセ束に、いつもの院長子息
らしい丁寧な暴言と微笑みが付属してきた。
84
残業は高くつく︵後書き︶
ご覧くださりありがとうございますm︵︳︳︶m
やっと本編更新です!
もたもたで申し訳ないです︵−︳−;︶
85
思わぬ伏兵
﹁どうしました?遠慮は要りませんよ。僕の奢りです、どうぞ?﹂
﹁う⋮⋮ハイ⋮⋮﹂
あらかたつまみ兼お腹にたまりそうな注文を終えた上で、さらに
私の好きなものを頼むよう主任が勧めてきた。
デスクに後期のレセをどっさり頂戴してからおよそ25分経過し
た現在。
主任の校舎裏呼び出しならぬ着替えて裏口集合をかけられた私は、
彼の車に押し込められた。で、何を話したかさっぱり憶える心の余
裕もないまま、気がついたら個室もあるこの居酒屋に連れ込まれ上
座に追いやられていた。
逆です上司さま! って言ったのに女性にはゆっくり寛いで食事
をしていただかなくてはって入口襖側に陣取られ。逃亡できません
⋮⋮!
普段は笹谷邸でお世話になっているため外食しない私だが、ここ
には何度かレセ終りや忘年会などで利用したことがある。
お手頃価格で美味しいお料理と、かなりマニアックな焼酎や地酒
が並ぶ地元の名店だ。
この部屋も初めてではない。が、この緊張、この動悸。
﹁す、すみません胸がいっぱいで呼吸が厳しいので食欲が﹂
﹁いけませんね。診ましょうか。留学したとき医学部の受験資格、
得ていますから。とりあえず触診で﹂
86
﹁なんこつ入りしそつみれお願いします! 5本!﹂
食欲が回復しました! と言って店員さんにオーダーする。注文
を聞いてくれたお姉さんはくすくす笑って退室して行った。
主任、では後で見ましょうとか意味深発言は要りません。私相手
にピンクぃ話をしていただいても当店ではお取り扱いしかねるので
︵もおぅやだぁ主任たらセクハラーとか可愛げに言えず的確な相槌
を打ってしまいそうで怖い︶、余所へ納品していただきたいです。
それにアナタ様がその爽やかな外見に反して、女性の触り心地を
私の同期の加藤君と討論してたの知ってますからね! 小ぶりだけ
ど張りつめたふにふにのバストをお勧めしていたのを聞きましたか
らね! お披露目した暁にはお前の乳はそんなもんですかと貶され
るのは目に見えているんですよ⋮⋮!
﹁えっと、主任、留学されてたんですか﹂
この路線で話題を続けるとA子に毒されたあんなこんな知識を披
露する未来が見えたいかんいかん。どうにか方向転換を図ろう! と留学の話に触れてみる。
﹁ええ。一応医者を目指してみた時期がありまして。ただ国内は面
倒だったのでアメリカへ行ったんです。メディカルスクール受験は
保留にしましたがね﹂
まあ、その気になったら受けますよ。と、上司は届いたばかりの
ビールを煽った。
何が面倒だったかなんて聞いちゃいけない⋮⋮。
でもそうかー。ドクター目指してたんだー。
主任は今28歳。確か私が入職した4年前には既に主任だった。
87
流石脳の造りが違うと仕事もできるのは道理で、彼は本当に優秀な
病院事務だ。
優秀なんだけど、主任で止まっている。んん?
﹁事務職で出世は狙われないんですか?﹂
﹁児玉さん。人生上に行くことが良いとは限りませんよ? 僕はお
小遣い稼ぎと人生の勉強中なので、これ以上は正直面倒です。父と
もきちんと拳で語り合いましたし﹂
﹁ちょ、院長に何を?!﹂
﹁ええ? 拳を開いて掌に乗せたUSBを見せつけただけです。人
間長く生きると秘密が多くて厄介ですよねぇ﹂
怖い。この年中笑顔で物腰やわらかそうな男が語る内容が恐ろし
すぎる。今夜の内容は特に。
気になるのはこれがまだ本題ではなく、ただついでに語られる雑
談らしいということだ。
﹁さて、料理が来る前に少しお話しましょうか﹂
ほらキター!!
﹁し、してますよ進行形で! このまま議題はこれで行こうと思う
所存です!﹂
﹁いいえ、女性を飽きさせてはいけません。安心してください、今
夜の残業届けは受け取ります﹂
つまり聞かないと受理しないと!
﹁ということで児玉さん、退職を考え直して僕と結婚しませんか﹂
﹁無理です!﹂
88
﹁ありがとうございます。ではこれが手付金です﹂
この人発言まったく聞いてくれていない!
﹁いや無理ですって、へっ⋮⋮⋮⋮ええ、えええええ!﹂
かぽりと音がしたと思うと、眼の前に綺羅綺羅しい透明な結晶を
のせたリングが置かれる。
丸く切り出された五粒の薄い水色の石と、大粒のそれが葡萄の房
のように配置されている。この大きさ、初めて生で見た。凄い。ラ
イトが居酒屋クオリティでもその輝きは本物だと主張している!
﹁って待った聞きましょうよヒトの話! しません! 私に夭折し
ろと! あなた一体自分がどれだけ付け狙われてるかご存知ですか
正直私ぞっとしています!﹂
女子更衣室で交わされる会話にこの人が上らない日はない。しか
も手付金って契約か何かですか!
って言ったら、そう取って貰っても構いませんと。え?
﹁仕事を続けてくださるなら、何でも構いません。女性にお願いを
聞いてもらうにはどうしたらいいか友人に訊ねたところ、金品が良
いだろうと。それでこれを勧められました。でも児玉さんでしょう
? 何か違う気がして。ですからこうして﹂
﹁ひうっ?!﹂
長くすらりとした指がテーブルの上にあった私の手を捕えた。ひ
んやりとした感触がスルリと指の付け根を撫ぜ、肌が粟立つ。
﹁僕自身を差し出そうかと﹂
89
﹁失礼しま︱︱︱︱したー﹂
シュッと開いた障子が遠慮がちにスーっと閉じられていく。
﹁ちょ待って! 待って今のは⋮⋮主任料理! 料理が逃げました
!! 誤解と共に!! 店員さん待って! 主任は手ぇ放して!﹂
﹁って言うのは冗談でして﹂
﹁えっらい手の込んだ冗談!﹂
﹁ああ、こちらは差し上げます﹂
可愛いでしょう?と、そっとこちら側に押しやられたそれを、主
任側のテーブル縁まで勢いよく押し返した。
﹁要りません怖いいいい!!﹂
﹁そうですか? 残念です。ですが僕も退職届は要りません。では
取引成立ですね﹂
﹁コレ何ていう悪徳商法!?﹂
﹁全く困ったものです。育てた人材がさっさとトンズラここうとし
ているなんて詐欺もいいところですよねえ。騙された僕が悪いんで
しょうか、そうなんでしょうかねえやはり﹂
﹁ぐ⋮⋮あの、その、まだ⋮⋮というか、どこでその話を﹂
﹁言いません﹂
﹁部長ですか﹂
﹁⋮⋮どうでしょう?﹂
にこりと口が嗤う。
無駄に清い笑顔。その裏には鬼が微笑んでいる。
人事部長め。人が参考までに退職届ってどのタイミングで出すん
ですか∼って聞いただけなのにこの人に言うなんて⋮⋮!
90
思わぬ伏兵への怒りと美味しい料理に、こうなったら主任の懐に
意趣返しをしてやる! と高い酒とビールをちゃんぽんして撃沈し
た心理を分かって欲しい⋮⋮。
91
主任と情報源
﹁ああ僕です。ええ、今送りましたよ。あと20分程でそちらに着
くかと。しかし、本当だったんですね。ショックを受けましたよ﹂
つい先ほど別れた女性を想って息を吐く。
日本に帰ってきて、フラフラしていたところを父親に捕まり、事
務職に引っ張られて3年経った頃。
女性職員ともあらかた深く知り合い、日々不自由なく過ごしてい
た。
身体は。
﹁まさかと思っていましたが、実際事実を目の当たりにするとねぇ。
いじわるのつもりもありましたけど、どうやら僕も彼女を手放すの
は嫌みたいです。本気で﹂
彼女の上司となって初めて、人と関わることが楽しいと感じた。
知識を与え、育てることが。成長して、仕事をこなす彼女を見る
ことが。
感動という言葉と希薄な関係だった自分の感情が、少しずつ揺れ
満たされていく。
﹁ずっと傍に居てほしいと、思ってしまいました﹂
言ってやると、電話口の相手がその声音を落とす。
紡がれる所有権の主張。
相当、余裕がないらしい。ああ、面白い。
92
余裕なく取った行動も態度も、多分彼女を追い詰め捕える方法と
しては誤りではなくて。きっと今も悶々と彼女を苦しめているに違
いない。
その意識を庇護欲から愛欲へと変化させるために。
自分といくつも違う、しかも年下であるというのに、想い人を手
に入れるその手腕に師事したくなる。
これも、彼と出会って初めて知った感情。
本気の相手に全身全霊で向き合ってきた彼と、適当な相手に適度
な自分を切り売りしてきた僕。
なんて、違うのだろう。
勿体ないことをした。
﹁置いて行かれることが寂しいなんて、初めて思いました。何だか
悔しかったので、今日は少し悪戯が過ぎてしまって。あまり、責め
ないで上げてくださいね﹂
そのまま電話を切る。なにか呪詛の言葉を呟こうとしたのか、吸
息の音が聞こえていた。聞いておくのも、面白かったかと少し後悔
する。
肩が重くなったような気がして首をめぐらし、ふと見上げると、
満点に煌めく銀が眼に入った。
夜空に浮かぶ月にも負けず輝く小さな。
まるで。
﹁あなたが居ないと、僕が幸せになれないんです。なるべく急ぎま
93
すから、それまで逃がしませんよ﹂
見つめた星が、逃げるように消えた。
そんな主任とタクシー時速60キロ×20分の距離を置いた星空
の下。
ドライバーさんに上司から貰ったタクシーチケットを渡してアパ
ート前に降りたところ。
敷地と道路を隔てる塀が、車の赤い尾灯に照らされて蠢いた︱︱
︱︱って、え。
飲みすぎたかなと眼を擦っているうち、それは輪郭を変えて。
﹁おかえり。すーちゃん﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮悪魔が出た。
94
主任と情報源︵後書き︶
お読みいただいてありがとうございますm︵︳︳︶m
本年残すところあとわずかですね!
この言葉を言うことが辛い!また怒涛の新年が開幕する⋮⋮!
そんな訳で本年の投稿は以上で終わらせていただきます☆
またお暇ありましたら来年ものぞいてやってくださいませ︵>∀<︶
しかし新年の投稿はまた不定期になりそうで⋮⋮イヤ、生き残れる
かどうかわからない山場がやってくるのです⋮⋮なんとか生還した
いもんです⋮⋮↑
それでは皆さまよいお年をm︵︳︳︶m☆☆
95
門番にただいまのあいさつを
車が吐き出した煙が掻き消える頃になってようやく、思考が回転
し始めた。
門が蠢いたことにも驚いたが、その正体がレイだったことに一番
驚愕して、でもどこかで納得もしていて。
そうして気付くのは、いつもと変わらぬ彼の笑顔に、怖い怖いと
私の身体が叫んでいることだ。
不自然に自然なレイに対して、キープアウト! と脳内警告が鳴
り響き、ただよからぬ予感が得体の知れない恐れをつぎつぎ誘い込
んでくる。
見なかったことにして安全域に逃げ込み何もかも無かったことに
したいです。したいんですが、安息の地はヤツの後方。こ、越える
しかない、のか⋮⋮!
﹁た、ただいま﹂
普段なら他に続けて出る言葉も、今はこれ以上発見できない。し
かも彼からの返事はなく、一層笑みが深まっただけ。リアル恐怖体
験こええええ!
できればというか絶対にという勢いで、昨日の今日コイツには会
いたくなかった。
よくよくよくよく考えてみなくてもレイに致されたごにょごにょ
は、普通なら悶絶かつ非常事態宣言をすべき内容だ。史上最凶だと
96
断言できる。が、レイを嫌悪できないことは残業してまで確認した。
例え日々繰り出されるそういった行為が徐々にエスカレートして
いった結果慣れたせいだとか言い訳してみて自分を納得させても、
流石に面と向かってコミュニケーションするには問題があり過ぎた。
そんでもって友人姉妹が同居することになってその後、いつもと
違う態度で帰宅を勧めたくせに、目の前の彼は、昨日の諸事一切に
関与した覚えがないと言い切ってしまいそうなくらい、いつも通り
で。
危険臭しかしない。それもひと嗅ぎで昇天する劇薬。
これは早々に安全距離を取るに限る。
﹁では私は部屋に帰ろうかと思う所存です失礼﹂
今日はここいらでお暇したい旨を伝えながら、バッグの鍵を漁る
仕草をするが。
﹁ん。お邪魔します﹂
﹁いいや待って! 生憎ジャングル秘境の如く散らかってて人様を
お邪魔させるにはかなり不都合が﹂
﹁いいよ、俺は問題ない﹂
﹁問題どころかむしろ腐海っていうかキノコとかシャーレで摂らな
きゃっていう危険区域っていうか!﹂
﹁へえ。興味深いから見学させて?﹂
﹁け、健康被害が!﹂
﹁問題ないよ。何も。問題ないから、どうぞ入れて?﹂
自分でも妙だと思う応答に、しれっと念押し含め3回も無問題だ
と言いやがる。
97
当方には問題が山積だって言ってるんですがね!
あんたと居たくないんだ気付いて帰れ! って念を送ってみても、
バッグのサイドポケットに入れた手にすごく注目されているのに私
が気付いてしまう。早く鍵出せよ的な空気が周囲に浮遊している。
空気を読める子はこういうときに辛い、うう。⋮⋮あ。
﹁すーちゃん?﹂
﹁ああ、いや、その、鍵が﹂
無いかな∼とかごにょごにょと言ってみる。
そうだ。このままさっきの店に落としたフリして一旦ココを離れ
よう。そうすれば現状打破できる! ヒールで住宅街深夜徘徊は職
質対象になりかねないが、今は言ってられない。
﹁鍵失くしたの? 駄目だよ、危ない。見つからないなら鍵付け変
えないとね﹂
扉前でごそごそ漁る私に近づき、嘆息してくる。ケータイで手元
を照らしてくれようとするがそんなご親切は不要だ。出す気ないか
らね!
﹁あー心当たりはあるんだけど。どうもさっき寄ってた店に忘れて
きたみたい⋮⋮って何で合鍵ィ?!﹂
﹁全室分管理人室に置いてあるから﹂
手元を照らしたのは私の為ではなかったらしい。
えーコレ泣いたほうがいい?
ていうか昨今、プライバシーっていう言葉は重視されてますよね
世間では。大家だからってロックフリーってどうよ。
98
一言律儀にお邪魔しますと言いながら、住人より先に部屋に上が
ったレイは壁に手を添わした。間もなく明るくなると同時にヒータ
ーの音が聞こえる。
その流れるような一連の動作に切なくなってきた。私より手際が
いいとか⋮⋮!
﹁コート貸して。カバンも﹂
﹁うう、どうも。あ、薬価入ってるからちょっと重いよ︱︱って、
手ぇ冷た! あんたいつから外に﹂
﹁んー20分前くらい? もうすーちゃん帰ってくるかなって﹂
肩関節を外すくらいには重みのあるそれを軽々と受け、わずかに
触れた指先が温度を伝えてくる。よく見れば、いつも白いレイの手
がさらに透き通るように青くなっている。その予知能力には感嘆す
るが、しかし冷え込む屋外で待機する根拠にはしないでほしい⋮⋮
ていうか何故に待っていたのか。
理由をさっさと問おうとして、一点思い当たる節が浮かんだ。
ああ、しまった。⋮⋮予測はしていたが。
﹁も、もしかして、A子が無茶してる? 家で暴れたりしちゃって
る? アレ酒が入ると典型的な迷惑人間になり下がるんだけど、何
ありす
らかやらかしちゃった?﹂
とわ
﹁有子さん? いや? 忙しいみたいで昨日部屋に運んでから会っ
てない。まあ、永久は俺の部屋に入り浸ってるけど﹂
﹁そ、か。なら良かった﹂
A子の迷惑度は酒服用中の意識覚醒時間に比例して上昇する。会
社は土日祝日が休みという公務員並みの待遇らしいので、今日あた
りからレイが被害を被るだろうと思ったが。飼い主︵永久︶がいる
から大丈夫だったか。ほっ。
99
安堵して肩から力を抜く。
しかし何が琴線に触れたのか、カバンをわざわざ奥のデスクに置
きに行ってくれたレイは振り返りざま、苛立たしそうな顔を見せた。
﹁何が?﹂
﹁え?﹂
﹁俺、永久が部屋にいるって言ってるんだけど。良かったってどう
いう意味?﹂
﹁どういうって﹂
意味といわれても、A子のこと聞いて、永久ちゃんがストッパー
だったと思いだして、レイが煩わされてないと聞いて安心した。
それのどこに意味を追求する必要があるのか。
﹁ねえ? どういう意味?﹂
寸の間混乱している間に、レイが目前に立っていた。
同時に、ぞぞぞっと泡立つ背筋。
寒さと似たそれは、瞬く間に全身に伝播する。
ビクリと傍目に震えてから、解放感を求め動いた私の身体を、レ
イが上肢でもって囲ってきやがった。
狭い!
一人っ子な私は結構プライベートエリアが広いんですよ。できれ
ば半径1mはいただきたい所存!
と、遺憾の意をこめてレイを見る。見るが。
そして合う眼には、言葉が通じる余地を感じさせない。
100
﹁俺が誰と何しても気にならない?﹂
﹁誰と何してもって、別に私が感知することじゃないというか。ま
あとりあえず、狭、い! 離れて﹂
﹁何て? ねえ、もう一度言って? 何て?﹂
こちらの意向なんて完璧に無視して、半嗤いで呆れたようにレイ
が問うてくる。
レイの肩をぐいぐい押してるのに一向に思う距離が得られないど
ころか、ぐっと圧迫感が増す。
﹁近い狭い近いって! だから! 私がレイのこと、何か言うよう
な立場じゃない、って! ⋮⋮まあそりゃちょっとは、その、もし
万が一一線を越える行為を永久ちゃんとってことなら、マナーの心
配はするけど。駄目だからね! いい加減な処理とか女の子が悲し
むようなことになるんだから、その辺はしっかりしなさいよ﹂
レイは見た目は過ぎるほど芳しい。
なら必然、そういった機会も多くなるだろう。せめて常識的に、
女性を悲しませる行いだけはして欲しくない。
﹁最低﹂
直接目を見ず、喉元に視線を遣りながら訴えたことは、けれど予
想外の言葉で返され。
聞き返そうとするより早く両手首が下から掬われ、壁に手背が磔
られる。
﹁な、何﹂
﹁俺にそんなこと言うなんて、本当、最低﹂
101
ぎりっと音がするくらい、手首にレイからの力が籠められた。
102
本音
﹁最、低ってなに﹂
私の一言に反応して、レイが俯く私を下から覗き込んできた。
﹁解らない?﹂
問われて逡巡してみても、思い当たることなんてない。むしろ私
の方がその言葉を吐くに相応しい気しかしない。
戸惑いから苛立ちの様相に変化した私の眼を見て、レイはうっそ
りと嗤った。
﹁もう本当に腹が立つ。俺が今まで言ったこと聞いてなかった?﹂
﹁痛いっ!﹂
ぎゅっと握られた掌の、指の骨が接近して鈍い痛みが伝わってく
る。
﹁言ったよねえ? 何度も言って、解って欲しくて態度で示して。
昨日は身体に解らせてあげたはずなんだけど。ねえ、すぐりのこと
好きだって言ってるよね? 鈍いの?﹂
脅すような状態でいて、レイの声はどこまでも甘く昏い。瞳に宿
る蒼闇色の気配も、深い色気を孕んで、それが普段以上に気圧して
くる。
ま じ で 怖 い !!
103
﹁に、鈍いって。あのね、よく考えてみ? 私23歳。レイは12
歳。いくつ違うって思ってる? あんたの好意の意味を解ってるの
に、それ恋愛に繋げるほうがおかしいでしょ? そんでもって、私
はあんたのこと嫌いじゃない。でも恋愛感情では絶対ない。だって
犯罪だし﹂
きっとこの心境はあれに似ている。失敗したら命を落とす交渉。
刃物を首にあてられた、人質のような私。それでも、言わないとダ
メなのかな。逃げちゃだめなのかな。このまま、見ないふりしちゃ
だめなのかな。
こいつが言いたいことは見当がついている。
私だってそこまで鈍くないですよぅだ! だけどそれに流される
ほど単純な思考回路でもないんですぅ!
キャ、この子私のこと好きなんだって! じゃ、付き合おっか!
あなた小学生で私社会人だけど、愛の前では年齢社会規範法律そ
の他どうとでも乗り越えられるヨネ! って考える方がどうかして
いるよ。
少なくとも私は、今の何もかもを捨てて彼との恋愛を成し遂げる
意思は持てない。
だから今まで眼を逸らしてきたのに。
﹁俺の考えてること理解してるって? へえ、ご高説披露して見せ
てよ﹂
にやりと、弁舌に長けた獣が剣呑な光を宿して挑んできた。いつ
もなら、私が口籠った途端彼の主張を注ぎ込まれて、頷くしかない
状況になって謝罪するパターン。
だらだらと続けていたレイとの攻防戦。
104
だけど、これを最後の勝負にできる言葉も、ないことはない。時
期も、悪くない。
主任に御馳走になった高級酒も入っていて、気分が高揚している
せいか、勝てる気がした。仕掛けて、後悔して、自己嫌悪して︱︱
うん、そういうのは後で考えよう。
できたら後日起こしたかったこのイベントだが、今片をつけるの
が、いいのかもしれない。
そう決意したら、よし、よっしゃ、言ったらぁ! よく聞けえ!
とレイに挑戦的な眼を向けていた。ぐっ、と上を見つめる私の眉
根は、きっと深く皺を刻んでいるのだろう。
面白そうにレイが双眸を細くした途端、しかし口から出たのは殊
勝な言葉でした。
ついでに反射で閉眼。あれえ、酒成分どこ行った?
﹁えーでは失礼して。客観的に考えてレイのは恋愛じゃないよね。
寂しいから近くの人に好意が湧いてるだけ。たまたま条件的にあて
はまった私に対して、好意が恋愛感情にシフトされてるだけでして﹂
﹁へえ? 子どもだから?﹂
﹁そうではないかと思われる。⋮⋮私も寂しいっていう経験はある
から、レイのこと同情したの。でももうしない所存です﹂
目を閉じたまま告げて、一息吐いて瞼を押し上げた。負い目があ
るときのように、ひどく億劫で動作が重い。けけけ、けして恐れて
いるんではなくとか見栄張っても無駄ですよねええ、すーげぇ怖い
よぉぉお!
氷る瞳に私を見つけて、怯えてるくせ真剣な自分の表情に笑いが
こみ上げてくる。に、逃げたいとか思ってないんだからねっ避難経
105
路に誰か誘導してくれぇえええ!︵↑︶
﹁私、レイにはどうしても冷たくできないし。何されても、あんた
を傷つけてまで止めさせようとか思えない。嫌えない﹂
﹁俺が可哀そうだから?﹂
くっと、彼の両親が知らないだろう凶悪な嘲笑で、レイの美貌が
煌めく。
本当、美少年だなぁ。
なのに私を好きだとか抜かすのか。ちゃんちゃら可笑しい。私の
子孫が奇跡的な配合を繰り返したとしても、彼に見合う容姿は手に
入らないだろうと断言できる。
美形は美形でよろしくしてればいいのだよ、けっ。それこそ永久
ちゃんとか。
彼女はA子と類似した遺伝子なだけあって美少女レベルが高い。
望まぬ妊娠は避けていただきたいが、彼らの子どもであれば無条件
で祝福される天使が誕生するだろう。
﹁それもある。だから昨日のことも怒れない。あんたから離れよう
と思えなかった。でもやっぱり駄目だ。私がそんなだから、レイが
勘違いしちゃう﹂
しかも今世紀最大級の。是非ともこのあたりで外れた本道にお帰
りいただきたく思う。
﹁勘違いねえ?﹂
﹁勘違いですよ。嫌われたくないって思って私が接してたから、騙
されて好きだって思っちゃったんだよねぇ。寂しさに付け込んでた
だけなのに﹂
106
脳細胞の土台からしてレイには劣る、というか同じ土俵には立て
ないが、こちとら歳だけは無駄に取ってないと思いたい。できるだ
け酷薄そうな、馬鹿にした憐れみを向けてやる。ガラスのマスクは
装着完了済みだ。私は女優!
﹁そんなことで騙されるような俺だと思ってるの?﹂
﹁進行形で騙されてるけど? 駄目だよ? 大人の言葉とか態度、
そのまま信じちゃ。まあ、私も結構本気で頑張ったし、仕方ないっ
て言えばそうかもね。下心万歳?﹂
眉根を寄せて、でも口は微笑みの形で。
腹黒く厭らしい表情を、私は顔中に浮かべてレイを見つめる。
今日一日考えていたこと。
考えすぎたお陰で主任から余計な仕事を頂戴する羽目にはなった
が、まあ思いがけずレイと決着を付ける機会が回ってきた。良いの
か悪いのか判断できないけど⋮⋮でも、いつかは必要だったことだ。
それも近いうち。
私はレイに弱い。
何をやっても赦してしまう。
何故か?
一体いつから?
抗する姿勢でいて、いつだって受け入れてしまっていた。
自分で理由が︱︱解らなくなんて、ない。
そんなの初めから知っていた。
﹁下心?﹂
107
﹁そうですよ?﹂
さあ、仕掛よう。 その言葉で、全部終わらせてしまえ。
﹁レイは、オーナーの息子だから﹂
もう、あんたに頼るのは終わりにする。
﹁だから嫌われないようにしてた。学校のことも言えなかった。け
ど、お陰で学費も貯まったんだし、ありがとうって言わなきゃね?﹂
今まで隠してて、ごめんね?
そう言って晴れた笑顔の自分が、蒼い氷に反射した。
108
本音︵後書き︶
お読みくださりありがとうございますm︵︳︳︶m!
妄想にお付き合いくださるだけでもウハウハなのに、評価・お気に
入り・コメントまでしてくださって、ほんっとうにありがたくて嬉
しくて見るたびそわそわニヤニヤしております!
レイがやらかしてしまう予定だったのに、すーちゃんがやらかして
しまいました。あれ⋮⋮?
あと私の悪い癖なんですが、一日が24︵海外ドラマの︶並みに長
い⋮⋮進みゃしない。あれ∼?
さくさく進みたいのですが、何か上手くいきませんのです︵泣︶す
みません。
来週は平日疲労回復困難な状態に追い込まれる予定ですので更新で
きないかもしれません。またUpしましたら、お付き合いくださる
と嬉しいです︵>∀<︶!
109
体温
﹁で?﹂
言うべきことを全て消化した私にかけられたのは、怒声でもバイ
オレンスな技でもなく、この一言。
正直一発殴られるくらいは覚悟したのに。もしくは﹁ひどい! そんな人だとは思わなかった!﹂って走り去るとか︱︱ないか。
レイが走り去ったとして私が無事である訳がなかったよ。調子に
乗って飲んだ一合2000円の大吟醸が脳内麻薬の働きを活性化し
てるにしても夢見過ぎましたすみません。
﹁俺の考えなんてお見通しっていうから聞いてあげたんだけど、以
上?﹂
﹁い、以上でございます﹂
最後の最後まで取っておいたリーサルウェポンは先程ので全てお
見舞い申し上げ済みだ。この間に反撃されると対応できず当艦は沈
んでしまう。が、主観的に拝見しても私の渾身の一撃が相手に響い
た様子がないようにお見受けする。
えっとこの武器遅効性?
﹁そう。こっち、時間押してるんだよね? 俺の勘違いを指摘して
くれるようだし、億が一、いや兆が一妥当な発言でもあったらすー
ちゃんに失礼かなと思って聞いてあげたんだよ? 無駄だったけど﹂
遅効性云々以前の問題、無効だったと!?
110
おまけに私の発言について億が一改め兆が一妥当かもしれないと
は桁の引き上げ方が豪快。レイにおける私の評価が手に取るように
分かる⋮⋮ここ号泣する場面?
﹁無駄でした、か?﹂
当社が自信を以ってお届けした商品なのです。クーリングオフさ
れたら倒産するほどに元手がかかっている為もう少し吟味いただき
たい所存。
その旨を告げると、幾分か雰囲気を和らげたレイがふっと息を吐
いた。そうそうリラックスしてようっく考えてー!
﹁何を以って疑問に思うのかが甚だ疑問﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮えええ!!﹂
レイの極悪笑顔に嘲りが追加された。
吐息じゃないよ嘲笑ったんだよ鼻で嗤いやがったよ!
︵主に胃酸過多で︶
になれるご尊顔でその
﹁時間の無駄だった。ま、多少怒りは治まったから場所くらいは移
動してあげる﹂
一目で胸いっぱい
発言はない。ちっとも怒りが鎮まったようには見えません。
さっきよりは温度の上がったレイの手がぐいぐい引っ張る。しか
し私も黙って言いなりという訳にはいかない。
踏ん張りつつも二度目のリーサルウェポン濃縮版で迎撃する。能
力が疑わしい魔女っ子が危機的状況で無詠唱で念じて魔法を展開す
るくらい効果は未知数だが。
111
﹁私が私利私欲の為レイに嫌われないように努めてたことを告白し
た上でレイが騙されていたことを進言したどこも無駄じゃないと思
うんですが⋮⋮くっ﹂
届けこの言葉︱! 轟けこの想いー!! と心中で叫びながら壁
にへばり付く。
﹁舐めないでくれる? 俺の方が先に罠をかけてた﹂
﹁へ? っとおおい!? なんでここ?!﹂
抵抗するも引きずり込まれたのは腐海もといマイルーム。
テーブルには昨日飲んでいた紅茶のカップや食べかけのクッキー、
きのこ
広げていたテキスト等は床にも散らばっている。収穫できるような
担子菌類はまだ確認できないが、レイの部屋に比べると空き巣に入
られたかのような惨状。こ、ここは立ち入っちゃなんねえ帰ってけ
れ⋮⋮!
﹁すーちゃんが言うのは、住居と報酬の為に俺に優しくして嫌われ
ないようにしたってことだけど。逆。俺がすーちゃんを逃がさない
為に住まいを提供してバイトで時間を拘束したの﹂
﹁住まいの提供って﹂ 肩を押さえつけられベッドに座った私の前に、レイが仁王立つ。
さっきよりは常識的なコミュニケーションのスタイルだが、依然威
圧感はヘビー級。
﹁病院の理事に俺の知り合いがいてね。すーちゃんのこと聞いたの。
で、じゃあうちに来たらって提案したんだよ。横のアパートメント、
俺名義で建てたばっかで誰も入ってなかったから﹂
112
﹁レイの名義ぃ?!﹂
なんですと⋮⋮!
これお前の持ちモノだったのか! オーナーの息子じゃなくて実
質のオーナーだったと!ていうか小学生でアパート所有って私が代
表を務める庶民団体に謝罪を要求したい。富豪なんて滅べばいいの
に!
﹁すーちゃんの自己犠牲っぷりに腹立っちゃって。丁度暇だったし、
こっちで預かった後どうせなら再起不能になるまで心身とも痛めつ
けてやろうって考えてた。一年前の俺って性格が良くなかったから﹂
﹁良くないどころか歪み具合が半端ない!﹂
困ってる人を助けた後に貶める思考に行きつくのはアンタくらい
だ。
あの初対面のキラキラ笑顔の裏でそんなこと考えていたなんて思
いつきもしなかった。詐欺師も騙せると太鼓判を押してやるから胸
張ってここじゃないどこかに旅立ってくれないかな!
﹁今は違うよ? その憎たらしい思考回路踏み躙って鳴かせて許し
てってオネガイさせて縋りつかせてイれて嬲ってもうヌいてって嗚
咽してイキまくって善がる姿を心ゆくまで堪能したいとは思ってる
けどっていうかするけど﹂
﹁以前の比じゃなくダークさグレードアップ!﹂
出会ったときと遜色ないさわやかかつ愛嬌溢れる笑顔でレイが見
下ろしてくるが、私もう人間なんて信じない⋮⋮!
﹁想像したらキちゃわない? いいよ、してあげる﹂
﹁要りませんよ?!﹂
113
﹁同意が得られず残念ですがします﹂
﹁同意得る気あった? ねえあった?﹂
﹁なくても同じだから﹂
レイがにこりと微笑む。
なんて清々しいまでの屈託のなさ⋮⋮! そこに悪気なんて皆無!
﹁あ、そうそう忘れてた﹂
私の人権尊重についてお忘れですと叫んだが、それには大したお
構いもせずにレイが手を伸ばしたのはベッドサイドテーブルだった。
ついうっかり忘れる以前に私に基本的人権なんざ存在しないと!
してあるのをレイの指
︵放置ではない。これが私にとって一
カレンダーとペン、ティッシュ箱に、外してそのままのネックレ
スやなんかが無造作に設置
番見つけやすく使いやすい配置なんです︶
がちょいちょい除けていく。
で、ある一点になるとぴたっと手が止まり、奴の表情が嬉しそう
に綻んだ。あんたが喜ぶような危険物はそこに無いはずなんですけ
どー?
﹁レ、レイ?﹂
﹁今朝の体温、やっぱり低かったね﹂
私の問いかけを無視して、レイの指が正方形のカレンダーを拾い
上げた。
日付と書き込み式のグラフが一緒になったそれは、毎朝測る体温
を記入して月経周期を管理するものだ。排卵日に体調と気分が崩れ
ることを突き止めて以来、私がずっと付けている記録。
114
今月はそう、今日が最低体温。
﹁生きてればいいんだけど﹂
﹁殺人予告?!﹂
﹁いつ出たかが問題か。誤差はあるだろうけど早くしないとね﹂
﹁何が!﹂
﹁うん、早く挿れて出さないとすーちゃんのが死んじゃうっていう
話。命に関わる問題だから暴れないで?﹂
両肩を押され、膝から上がベッドにドスっと沈む。地味に衝撃が
きて頭が少々痛い。比べるのもおこがましいがレイのベッドとは硬
さが違う。硬さが違うのだよ、アンタのオーダーメイドベッドとは!
﹁いや暴れないと私の生存が脅かされる発言したよね今?!﹂
﹁はい大丈夫大丈夫ー﹂
﹁嘘だ!!﹂
カレンダーをポイと床に放り、ベッドにレイが乗り上げてきた。
阻止すべくレイの腕と肩を押し返すが︱︱あれ? こんな、だっ
たっけ?
﹁ちょっと待って﹂
﹁もう十分待った。結果すーちゃんに逃げられかけてる俺ってホン
ト可哀そう﹂
﹁ちょ、そうじゃなくっ、手ぇはやッ!?﹂
私の手を腕に掛けたままのレイによって、プツプツと病支給のブ
ラウスが肌蹴られていく。
﹁すーちゃん、俺のこと何されても嫌えないくらい大好きなんだよ
115
ね? ならもうイイよね?﹂
﹁全く良くないよ論点がズレて着地点がおかしくなってるよていう
か何もかも違うよ!! 私が言いたいこと解ってるよね?! 何で
こうなる?!﹂
どこまで知らぬふりをするのか。
ねえ、私はレイに離れて欲しいんだよ。
自分からは離れられないから、追いつけないくらい遠くへ行って
欲しいんだよ。
﹁あんたを利用したって言ってるのに!﹂
頬に添わされたレイの手が、ゆっくりと私の輪郭をなぞる。
﹁拒絶できてないからだよ。俺に嫌われたくなかったっていうのも、
お金のことだけじゃ理由に足らない。もっと厭わしいって態度取ら
ないと煽るだけだよ? 怯えるでもなく、ただどうしたらいいか混
乱して﹂
綺麗なレイの青色が、リビングの蛍光灯を反射して輝いている。
何でそこに私なんかを写すのか。
理解に苦しんで眩暈を感じる。
それと同時、最後にひとつ残っていた襟下のボタンが外された。
﹁っ、レイ!﹂
﹁そう、その眼。我慢でも拒絶でもなくて、戸惑ってる。受け入れ
られないけど、突き放せもしないって。そうやって期待させるから
悪いんだよ﹂
116
レイの身体でベッドに抑えつけられて身動きができなくなる。重
くなく軽くもない、絶妙なバランス。けど。
私のキャミとレイのシャツ越しに感じる体温がすごく熱くて、相
手の質量を伝えてくる。
逃げられない。
﹁責任取って。俺の精子、貰って?﹂
⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮精子?
117
体温︵後書き︶
ご覧くださってありがとうございます!
お久しぶりで大変申し訳ございませんm︵︳︳︶m!!
やっと進級をかけたテストが終わり小説書ける∼!と思った矢先腰
をぎっくりしてひいひい唸ってました︵泣︶
ほろ酔い状態でヒールはいて深夜にコンビニまで往復80分かけて
ウォーキングした馬鹿のせいです私なんですけどね⋮⋮。
カメ更新カメ進展でいい加減にしろよと私でも思いますすみません
︵−︳−;︶!!
もう少々続きますのでお付き合いくださると嬉しいですm︵︳︳︶
m!!
118
日本語は正しく使いましょう
﹁精子って何ソレ美味しいの?﹂なんてスッとぼけたことは流石
に言えないこの年齢。イヤ言ったら確実に﹁オイシイよ?食べさせ
てあげる﹂という返事が返ってくるから口には出せない。
熱っぽい眼差しで見つめてくるこの小学生が発言したことを総合
するとこうか。
﹁孕ませようとした?﹂
﹁妊娠って言ってよ﹂
そんな綺麗にまとめると私の心にしこりが残るから却下だ。
現在深夜1時を少々回ったところinマイルーム。ちなみに私の
ベッドにはレイ。
そのデコには冷却ジェルシートがぺったり貼りついている。
額の頭髪を少々巻き込んでやったのは出来心だが、剥がす時には
手伝ってあげるよという優しさでもあるよ全力で剥いてやんよ。
なぜあの卑猥発言かましたコイツがこうなっているかと申します
と、私をベッドに背面体当たりさせてブラウス開帳させて、ああ何
かちょっとヤバクね?! って思った数秒後ダウンしやがったせい
である。
あっれレイ体温高くない? って何度か気になっていたが、まあ
高いどころの話ではなかった。
﹁39.2℃って︱︱馬鹿?﹂
119
﹁解熱剤が切れただけだよ﹂
﹁熱がある事実に変わりなし!﹂
動くのも億劫なはずの高熱。それを押して薬飲んで絡みに来た気
概だが、罵る以外に道は思い浮かばない。
聞けば、昨日水浴びしたらしい。理由はオトコノコの生理的事情
とやらだったから追求はしない。しないけど、そのお利口な頭は季
節や結果等々を考慮できないんでしょうかね? とブツブツ言った
ら誰のせいだと思ってんのと膨れられた。が、出るとこ出たって当
方に非はないと言い切れる。
﹁あー死ぬ、死んじゃう、助けて﹂
﹁大袈裟な﹂
﹁精子が﹂
﹁残念ですが諦めてくださいっていうか根絶すればいいと思う﹂
﹁⋮⋮すーちゃん、子ども欲しいって言ってたのに、いいの?﹂
﹁性染色体の仕入れ先はアンタ以外の予定なんで﹂
﹁浮気を許す気もさせる気もないよ? とりあえずロキソ頂戴?﹂
﹁熱が下がった途端の未来が見えたから却下!﹂
﹁ん、頑張る﹂
応援してないからと返したところでレイの口が体調に反比例して
いることに気付く。うっすら開けられたくちびるから漏れるのは穏
やかでない呼吸音。 うーん部屋もっと暖めた方がいいかなー。
暖房はつけてはあるが当家のコレは相応な働きしかしやがらない。
小さいボディに見合っただけの面積をほんのり暖める程度。
レイの部屋についてるエアーコンディショナー様には価格が約2
0倍程及ばないだけあって、やっぱり能力も及ばなかったりするし
なぁ。
120
﹁レイ、寒い?﹂
﹁ん。すーちゃんの身体であっためて?﹂
﹁もう全身にカイロ貼ればいいかとか考えてます。我ながら妙案﹂
﹁ごめんなさい﹂
﹁まあいつでも実行可能なのでよろしければどうぞ。寒いならもう
ちょっと熱上がるなぁ︱︱ねえ、家帰る?﹂
セットポイントが何度か不明だが、そこまで上がりきるのにしば
らくは時間があるだろう。できたら暖かい部屋で休ませる方がいい。
﹁ダメ、俺の部屋は永久が使ってる﹂
﹁あ。じゃあ客室﹂
﹁人の気配あると眠れないから嫌﹂
ああ、一階の客室にはA子が居るしな。ってじゃあ昨日はどうし
たんだよってか今まで散々私をクッションにして寝た過去はどう説
明する気だよ、ああ、あれか? お前なんか脂肪としか思ってない
よ脂肪に人権なんてあるの俺の役に立てるんだからそれで十分でし
ょっていうかこれってすーちゃんの人生の中で初めて人の役に立て
た名誉だよね? っていうメッセージなのかな! 否定できない!
遣り切れなさにカーペットの毛玉を毟っていたら、私の頬にレイ
の熱い手が沿わされた。慰めてくれなくてもいいよどうせ事実だよ。
それよりも手を布団の中に仕舞え! とその手を取ったところで
レイが歴史的迷言を口にした。
﹁ここに居たい。すーちゃんの側に居たい﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁側に、居て欲しい﹂
121
何 だ コ レ⋮⋮?!
違った。
誰 だ コ レ⋮⋮!!
﹁あ、とで羞恥に悶えても記憶してます、よ?﹂
うろたえて言葉が切れ切れになってしまう。
あー失敗した。なぜこの手にはケータイが握られていないのか。
これはもう当分イジれるネタだよ私何やってんの私!
しかし敵は前後不覚らしくその言葉に躊躇するどころか自慢げで
さえある。
何する気か不明だがレイの顔が凄いエロい空気を纏っているよ気
をつけろ! という注意喚起のアラートが私の脳内に響き始めた。
異議なしです司令官!
﹁いいよ。ずっと覚えてて。ね、一緒に居て﹂
離れようとした矢先、毛布から伸びた手が私の腕を掴んだせいで
たたらを踏む。
﹁一生、すーちゃんと居たい。一緒に生きたい。いっぱいキスして﹂
重心がずれてベッドに片膝立てたときには、半身を起したレイと
正面で眼があった。
﹁身体を繋げたい﹂
﹁⋮⋮無理﹂
﹁何も無理じゃないよ﹂
﹁犯罪だって﹂
122
未成年との淫行は逮捕対象だ。というか、そうでなくても小学生
とそんな行為に及ぶ訳にはいかない。
﹁どこが? すーちゃんが拒否しないなら犯罪にならない。これが
一番平和的におさまるよ。そうじゃないと俺の犯罪歴が刻まれ始め
る﹂
﹁何する気だ﹂
﹁ご想像にお任せする以上の行為。ごめん、もうすーちゃんが悶え
て涙眼とか凄く好物。あれとかこれとかシたらどうなるんだろうや
っちゃおうかなとか常に考えてる︱︱はいはい今はしないから﹂
無言で精一杯の力でもって距離を取ろうとしたが、レイが腰に腕
を廻してきやがったせいで上手くいかない。
理性の緩さで言えば確かにレイの方が早く捕まりそうだ。
私の脳内だってヤバさではレイに負けないが、社会生活を営む上
では人並み以上の理性でもってそれをコントロールしている︵本能
が勝っていた幼少期に変態︵A子︶をひきつけてしまった以外のヘ
マはやらかしていないと思われる︶。
まあ刑事告訴には陪審員制度が適用されるため正義はレイががっ
ちりもぎ取るだろうが、しかしそれでは笹谷ご夫妻に申し訳が立た
ない。
ご子息の未来は私の未来とともに守ります︵当社比1:9。正直
者はときに辛いが嘘は付けないのでしょうがないよね︶。
などと最近特技になりつつある現実逃避したせいか私の耳がとん
でもない日本語を拾ってしまった。
123
﹁だから、婚約しよう?﹂
レイさんや。
前述した事柄と﹁婚約しよう﹂は﹁だから﹂が接続する対象じゃ
ないと思います。
124
新しい約束と誠意
﹁すっ飛んだな大分すっ飛んだな!﹂
どう調理すれば犯罪の香り漂わせたうえで婚約の話が出てくるの
か。最早錬金術!
﹁すーちゃんが犯罪だって気にするから﹂
﹁イヤイヤ犯罪だしね? 未成年とのにゃんにゃんは犯罪だしね?﹂
﹁にゃんにゃんって﹂
﹁っぼかしたんですよあんたの脳内そのものですよ!﹂
﹁衣装揃えてからもっかい言って?﹂
﹁そっち!?﹂
思春期で色々目覚める時期なんだよお年頃なんだよと諭されても
変態的に覚醒し過ぎだよねコレ。
誰の影響だよ! という嘆きは脳裏を掠めたご夫妻の令息という
だけで何だか納得できてしまった。
彼らは自分に正直だ。
よって一般人が理解に苦しむ行動も、自分たちの美意識に適えば
採用する。
例えば世間で言う手紙が、笹谷夫人にかかれば巻物に変身する。
うふふびっくりしたー? っていう量産型の巻物レターではなく、
どこの匠に依頼したの!? という美術品レベルのモノだ。
良いなと思えばとことん極める彼女とその御夫君にも同じ性質が
125
言えるのなら、当然息子も推して知るべしで、そこに羞恥や一般常
識なんてものは存在できない。
﹁で、婚約。してくれるよね﹂
﹁さも承諾するかのようにイントネーション下げられてもしないけ
どね?﹂
﹁そっか。じゃあ悪いんだけど、しばらく家から出してあげない。
具体的にはヒト絨毛性ゴナドトロピンが検出されるまで﹂
﹁何だそれ﹂
﹁胎盤で合成される糖タンパクホルモン﹂
﹁その説明で理解できる人いるの? 100人に聞いてみましたで
何人何パーセントくらいの正答率!?﹂
﹁中学高校の保健体育で意欲関心が強い人だったら知ってると思う
けど。あと妊娠検査薬使ったことある人とか。つまり妊娠で分泌さ
れるホルモンなんだけどね﹂
腰に自分のものではない熱が巻きついてくる。
というかいつまで孕ませネタ引っ張るんだこいつ。
﹁それまだ言う?﹂
﹁いつまでも言うけど﹂
﹁いつまでも拒否しますけどね﹂
﹁ふうん?﹂
何だそのやれるもんならね的な返事。腹立つ! と思ったところ
で私の体幹がレイによって引き上げられた。
ああ辛うじて床に接着していた足も追随してベッドに乗り上げち
まったザ・馬乗り。誰に見られても私がレイを襲っている図、完成
ー。
126
うるうるの眼で満足そうな顔してやがるレイが、私の腰をさらに
ぐっと腕を絡めて抱き込んだ。
そのせいで私と彼にあった空間が消失。押しつけられた恥骨が地
味に痛い。
﹁レイ!﹂
﹁あったかい﹂
﹁私は暑い! 放せ! そして痛い!﹂
大声で主張できない部位なのでどこがとは言わないが、黙って我
慢する程度を超えている。
素直に放してくれるとは思わないけど、それなら私だって手段に
出てやるレイの胸部を頭部で強打してやる! と、頭を持ち上げよ
うとした寸前。
﹁ごめん。ごめんね﹂
レイの胸に密着した耳から、振動が伝わってきた。
え、何だって?
﹁それどこの言語?﹂
アンタの口からGOMENと聞こえたが、空耳だろうか。それに
してはやけにはっきりしっかり御言葉拝聴。が、私の辞書に該当す
る単語は謝罪の意をもつ日本語しかないのです。
﹁俺が謝るって、そんな意外?﹂
﹁というより仰天。呪いの言葉だと言われても納得!﹂
ひどいなぁと言いつつ、腰にあった彼の腕が私の背部で交差して、
127
ぎゅっと抱きすくめた。
進行形でひでぇのはあんただが、まさかこの流れでしかもレイが
謝るなんて予想できるはずもないじゃないか。していたら、妄想す
ごめん
?﹂
んなよ私! と瞬時に自省はできるけど。
﹁何で
﹁ちょっとよぎったから。酷いことしてる自覚の上で酷いことして
たから謝る気なんてさらさらなかったんだけど。でも今ふと、酷い
ことしてるなって。傷つけてるなって﹂
今の発言、重要なところにマーカー指示を受けたら全行色がつく。
やっぱりさっきの﹁ごめん﹂って他言語だそうだそれ以外認められ
ねえ!
﹁すーちゃんが早く欲しくて毎日すごく焦がれた。離れているとき
のすーちゃんも全部欲しくて、誰にも見せたくなくて閉じ込めたく
て。繋がって気持ち良くなれば、俺に溺れてくれれば一緒にいてく
れるんじゃないかとか、子どもができれば離れていかないんじゃな
いかとか考えて︱︱でも上手くいかなくて﹂
﹁それは﹂
﹁気のせい? でも、どうやってそれを俺に納得させられる? さ
っきと同じこと言っても無駄だよ?﹂
﹁うぐ。って待て。謝罪はどうしたどこ行った!﹂
﹁ああ。えっとどこまで話したっけ。そう、でまあ想いが走ってイ
ロイロしたことは悪いと思ってる、ごめん﹂
﹁軽すぎる!?﹂
気持ちが込もってないどころか悪気の純度100%! 謝意なん
て不純物、ゼロ!
128
﹁すーちゃんが苛つかせるからだよ?﹂
私のせいかそうか。もうお前の謝罪なんて珍品、二度とお目にか
かるもんか!
﹁じゃあもう私が悪かったから放して寝てよ﹂
﹁もうちょっとだけ付き合って。で、まあさっきまでの俺は﹃とり
あえずヤっちゃえばなんとかなる﹄って行動してたんだけど無理だ
って解った。俺が気持ちを曲げられないように、すーちゃんの想い
だって融通できないんだなって﹂
ご理解いただけて重畳。私の感情について言外に﹁ケチくせぇ﹂
と香らせていらっしゃる件は不問に処してやろう。⋮⋮くっ、握っ
た手に爪が食い込んで痛い!
﹁婚約って言ったのは最後の悪あがき。ねえ、﹃婚約中の13歳以
上の青少年かこれに準ずる真摯な交際関係にある青少年との行為は
法律に抵触しない﹄って、知ってた?﹂
見つめたまま、レイが苦笑う。
はい?
﹁婚約さえすれば、というか将来を約束した誠実なお付き合いであ
れば、このまま俺とすーちゃんが一線を越えたとしても誰も何も言
えないってこと﹂
﹁へえ﹂
﹁それだけ? 違う反応見せてくれるんじゃないかって期待してた
のに。肝心なところで流されてくれないよね﹂
﹁あんたと違って大人ですから﹂
129
とか返すが、やべえ知らなかった! マジで! って言いそうに
なった⋮⋮ちょっと心房P波の調子が芳しくないようで動悸がする
ー!
ああストップ私の余計な思考回路よ君に告ぐ。ダメだ! 何も予
定に変更はないですひっこめ!
﹁そうだよね。俺の場合は親の許可も必要だし。こんなこと、知っ
たところで何も変わらないよね。うん、これで本当に最後の希望が
断たれた。悲しいけど諦める﹂
レイが泣き笑いに近い表情を浮かべた。
うっ、胸部にある何かが何故か痛む。心疾患?
﹁お、おうよ! ていうかまだレイ12歳だから﹂
﹁うん。ああ、来週誕生日なの、覚えてくれてる?﹂
こてん、と上気した美顔が傾ぐ。
レイって男で本当良かったと思う。こいつが女性で同様の仕草を
男性の前でしようものなら問答無用で襲われている。
まあ男のままでもそういった懸念は残るがまだ遭遇率は低い。遭
遇した場合の生存率は保障できかねるけど。
﹁すーちゃん?﹂
﹁あ、うん覚えてる覚えてる。鈴子さん達、今年は﹂
﹁無理だよ。いつもだけど、今回は日本にすら居ないしね。去年は
すーちゃんが居てくれたから、凄く嬉しかった﹂
﹁いやそんなお粗末さまで﹂
﹁今年は? 祝ってくれる?﹂
消えるつもりでした! とか言えないこの雰囲気何?
130
レイの誕生日の翌々日は入試。
そこまでくればもう勉強とか言ってられないが、お祝いに参加す
る気もなかった。適当にプレゼント買って宅配にしようと思ってま
したゴメン。
﹁それも、だめ?﹂
1拍空けた間に、再び襲いたくなる可愛らしさで問われる。
﹁ぅ⋮⋮誕生日プレゼント、何が良いの﹂
反射で応えてしまうこのお口⋮⋮っ!
﹁去年と同じですーちゃんが欲しい﹂
﹁却下! アンタさっき何て言った!?﹂
﹁じゃあ気持ちを頂戴?﹂
﹁イヤそれ世間で扱われる無色透明なものじゃないですよね? あ
げたつもりでいたらイロイロ持っていかれる類のものですよね?﹂
昨年も同じ問答して額面通り手ぶらで祝いに行った私に、気持ち
をくれるならイイってことだよね? とか言って襲われかけたこと
は忘れてませんよ?
その腹いせに後日クマのぬいぐるみを贈呈してやったがな。
肌触り最高なそのコは﹁すーちゃん﹂と名付けられ、レイのベッ
ドに鎮座している。自分の首を絞めた気がした。
﹁プレゼントは要らない。でも、教えて欲しいことがある。教えて
くれたら、すーちゃんの言うこと聴く﹂
﹁その言葉反故にした場合針千本飲ましていいなら﹂
131
すっと、熱に浮かされた氷の眼が誠実な色を宿した。
よーし嘘ついたら針千本飲ましてやるかんな。最近気付いたがホ
ッチキスの替針は1箱千本ある。針千本用意すること自体が無理じ
ゃん∼! という時代はとうに終わっていたのだよ私が知らないと
ころで⋮⋮!
﹁いいよ。だからすーちゃんも、嘘つかないで答えてね。そしたら
もう、すーちゃんを困らせない。離れないでとも言わない。
すーちゃんの言うとおり、寂しかったからいつも側にいてくれてす
ごく嬉しかった。我儘言ってでも放したくなかった。好きだと思っ
てる。気のせいだって言われて悲しいけど、恋愛の対象として好意
を持ってる︱︱︱︱信じて。大好き﹂
﹁っ︱︱ぅ、あ︱︱︱ありがとう、ゴザイマス﹂
顔面に熱が集中する。
針千本とか真剣に飲ませること考えてスミマセン自分が恥ずかし
いー! とか考えてないとアレだ、茹でダコになれる!
い︵どう超訳しても甘酸っぱくはならない
えぐ
アンタはいつか黒歴史として悶え苦しむことになるが、まあ私と
しても美少年の酢っぱ
だろう︶恋の登場人物になれたことをちょっと嬉しく思うけど恥ず
かしいほうが勝つ! むしろ大勝利を収めている!
照れを隠したかったができなかった私の返答に、レイが微笑む。
その笑顔がもうあと少ししか見られないかと思うと、やっぱり寂
しいやら悲しいやら切ないやら、分別不可能な気分になった。
もっと若かったら、自分の気持ちに正直になれたんだろうか。
レイと同じ年齢で、素直な私だったら、先はちがっただろうか。
132
この想いが、苦い箱に仕舞われることもなかっただろうか。
なんて埒もないことを考えてみる。
と。
﹁あのね。俺がもし、もっと早く生まれてたら、すーちゃんは俺を
受け入れてくれた?﹂
﹁ぶふッ!﹂
﹁すーちゃん?﹂
思わず吹き出してしまった。
どうなの? とレイが眼で先を促してくる。
それに、ごめんと謝って言い訳を添えて返事をした。
﹁同じこと、考えてた。⋮⋮うん。私も、もっと遅く生まれてたら
良かったのにって思った。そしたら﹂
イヤまあ私ごときがレイと釣り合うとは考えるのもおこがましい
が、このもしもは前提からして成立してないから良いんだ。想い出
として笑い話にできるから良いんだ。落ち着いたらA子を爆笑させ
るネタにするんだ。
﹁そしたら? 俺のこと考えてくれた? ちゃんと、恋愛の対象と
して﹂
決定的な言葉を紡いだレイに、感応した情動が揺れる。
昂ぶった感情のまま、その問いに応えた。
正直に。
133
﹁好きに、なってたよ。大切なひとになってた、と思う﹂
﹁結婚してくれる?﹂
﹁︱︱うん。そんな未来もあったかも﹂
私の言葉に満足したらしいレイが、首に腕を巻き付け私をぎゅぅ
っと抱き寄せた。
耳元で、﹁ありがとう﹂と囁かれる。
私こそありがとうだ。
金銭的なことを抜いても感謝は絶えない。
人間と距離を置いてきた一年前までが嘘のように、毎日感じた人
のぬくもり。
誰かと一緒に過ごせる幸せ。
側に居てくれる安心。
私の家族では得られなかったものを、ここで知ってしまった。お
腹一杯、満喫した。
それでもまだ足りないと感じてしまう貪欲な自分がいる。
今だって、レイが寄せてくれる想いは甘美で離れがたい。ずっと、
ここに居たかった。けど。
お金の為だなんだと言ってしまったけど、ほんの少しでも謝意が
伝わればいいと思って、私もレイの背を抱きしめた。
首筋に触れるレイの体温が、いっそう熱くなる。くすぐったい。
ざわざわとした気配を全身で感じてしまう。
︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮待て。
134
ざわざわを全身で感じるっていうか主に耳で感じるっていうか、
キャー! とかって⋮⋮音、いや人の声が、する?
﹁あ、お父さんお母さん聞いた? そういうことだから書類作って
くれる? うん、送ってくれればいいから。こっちは俺が準備する
し。うん、判ってる。無理しない。じゃあね、ありがとう﹂
ぴ、っと音がしてレイがケータイをベッドサイドに置いた。その
手を私の頭へと動かす。で、よしよしされている。
⋮⋮なんか、主人の思惑通り動いた愛玩動物を愛でる的な空気が
漂っている? よーしよしよしよくやった! って労われている的
な。え、何で?
微妙な心境から固まる私に気付いたレイが、ヒントを出すように
漏らした。
﹁婚約は法的手続きは特にないから楽だよね。その証拠と未成年だ
と保護者の同意があればいいし﹂
﹁レイ、あの、レイさん? 今の﹂
﹁ああうんちょっと待って﹂
はー、ダメすっごい寒いと言いながら、レイが私のをぎゅうっと
抱きしめなおす。
奇遇ですね、私も背筋がぞくぞくしている。いわゆる嫌な予感と
いうカテゴリー﹃好ましくない第六感﹄だ。
﹁今のは母さん達。すーちゃんが良いなら婚約を承認してくれるっ
て言ったから﹂
﹁なにを﹂
135
解りきったことを訊く可哀そうな人に向ける眼で、しかし容赦な
くレイは答えた。
そりゃもうはっきりと。
﹁婚約。あ、法的に証明される形になったからこれで正々堂々屋内
外問わずヤれるよ。誰にも文句は言わせない﹂
イヤ屋外で盛ったら苦情はくるって。というか迷惑防止条例に違
反する。そして本当ちょっと待ってくれ。
﹁だってさっき、もしって。だからさっきのはもしもってコトで﹂
混乱している頭では何を言っているかさえ要領を得ない。言いた
いことはあるのに、どう言えば状況が落ち着くのか見えないんです
よどうしよう。
﹁ごめんね。こんなことでしか、すーちゃんを捕まえていられない
俺を許して﹂
もうしょうがないな∼! って許せない内容だから混乱している
ことに気付いてくんないかな何なのかなもう何が起こっているのか
な!
あー脳内の思考回線が優先順位の低い言論思想にしかコネクトし
ない。頼む、マイブレイン落ち着いて働いてくれ⋮⋮! とりあえ
ず、
﹁許しませんっていうか同意してな﹂
﹁したよ。録音、聞く? ああ、言っとくけど逃げたら債務不履行
で賠償請求するからね?﹂
136
お金は大事だよね? 俺を利用して貯めたくらいだもんね? 俺
は嘘ついたら針千本なんて生ぬるいことは言わないよ?
﹁1000回咥えさせる﹂
﹁は⋮⋮い?﹂
﹁がんばってね?﹂
﹁え、せんか︱︱え?え?!﹂
あ、抜かずにやれば長期間懲罰行為ってことになるね。可哀そう
だから、一日一回くらいはイクまですーちゃんに主導権あげるね?
その都度ヌききれば回数稼げるでしょ。とか言ってる言葉は聞こ
えない! 聞いちゃいけない!!
﹁ということで来週はデートしよう。俺の誕生日、休み取っておい
てね﹂
蒼い瞳の悪魔が嗤った。
137
新しい約束と誠意︵後書き︶
ご覧くださってありがとうございます!!
3/13、目次ページ下部にこの話の後の1Pまんがを載せてし
まいました★
お時間あればぽちりとのぞいてみてやってくださいませm︵︳︳︶
m
138
もうひとつの果実︵前書き︶
金曜の夜、某所のお話です。
139
もうひとつの果実
どうしてどうしてどうして。
頭の中で何度も繰り返す問いに答える声はない。ただ疑問の形を
とった怒りだけが渦巻いて、冷静なんてもともと存在しない感情の
ように、激情だけが湧く。
母親はお金と結婚した人だった。
父親は地位と結婚した人だった。
自分はその証拠として産み落とされただけだった。
だけどお金はあったから、名のある家だったから、望むものはほ
とんど手に入った。
とても簡単に。
なんて薄い世界だろう、ここは。
全部全部薄っぺらくて、何の意味もない。
生きている意味だって、探してもないに決まっている。
だから、薄く生きる。
本能に従って、動物のように。
欲しいと思ったら手に入れる。手に入る。今までと同じ。
それは当たり前で、当然で。
つまらなくあるけれど、そうでなければならないのに。
140
﹁何で、あいつが⋮⋮児玉すぐりが⋮⋮っ!!﹂
手に持っていたスマフォが、コンクリートの壁面へ衝突する。無
数のラメがパラパラと小さな響きとともに散って、同時、本体が床
に着地した。
手に入らないものはない。
欲しいモノは全部。
欲しいヒトも全部。
なのに。
﹁本当に邪魔!!!!﹂
交わした約束をあっさり反故にされた。理由はあの女。
あの人は私よりもあの女を優先した。
昔からそう、誰もかれも、その眼はあいつに向かう。
邪魔だ、すごく。
バッグから取り出したもう一つのケータイで、目当ての名前を見
つけコールする。
知られてはいけない人脈。父親から、譲り受ける予定のモノ。
呼び出して2回、回線が開いた。
﹁お願いがあるの。あいつ、児玉すぐりの資料を寄こして。今まで
のもの、全部よ﹂
表の地位を欲しがった父親が、母を含めた親類全てに隠した繋が
り。
それでも私は血筋だから、こうやって連絡の術を持たされている。
141
﹃⋮⋮旦那様はご存じでいらっしゃるの?﹄
﹁お父様は私のすることに興味なんてないでしょうよ。いいから送
って頂戴﹂
﹃お咎めの際は庇い立ていたしませんわよ﹄
﹁いいわよ﹂
吐き捨てるように言って、ピ、と通話を切る。
父親が怖いとは思わない。
義務のように生み出された私だが、彼には私に負ってもらいたい
義務があるのだ。
大事にされている。私の為すことすべてに眼を瞑って許す程には。
デスクに置かれたPCが電子音を響かせる。
今しがた連絡を断った相手から、セキュリティのかかったファイ
ルが送られてきた。
﹁さて、どうやって消そうかしら﹂
無数のフォトとレポートが、いくらでもその方法を生み出してく
れそうだ。
新しい身分証がモニターの光を反射する。
来週から入る部署。待ちに待った、あの人がいる場所。
煌めくカードが、ひどく愉快な饗宴の招待状のように見えた。
142
重いカルテ庫と朝礼
午前6時半を回っても、冬の空はまだ重い色をしている。
うっそう
明り取りに天井近くに設けられた窓から、今日の天候の悪さを語
る雲が蠢いているのがわかった。
それが余計にこのカルテの山の空気を鬱蒼としたものにする。
ああ、間違った。そっちよりも原因こっちにあるわー。
﹁主任、もう、何なんですか溜息ばかり! そしてその眼! この
場所でやられると威力アップします! ということで、出ませんか
!﹂
﹁入ったばかりですので、結構です﹂
言いながら、主任はまたひとつ大きくて床がめり込みそうなくら
い重い溜息を落とす。
マジUZAIんですけどー。 ことの起こりは私がタイムカードを挿してすぐのこと。
金曜に引き受けた︵というか押しつけられた︶が結局手を付けら
れなかったレセを片づけようと、今日は早めに出勤。
さあやるぞー! と気合を入れ、印字を終えて出てきたカードを
元のラックに戻した手が、やたらと気位高そうな時計を装備した腕
にがっちり捕獲された。
で、ご丁寧に人が近寄らない第二カルテ倉庫に引っ張り込まれま
して、盛大な溜息でもってもてなされているなう、だ。
う、うっとおしいとか思っちゃだめなんだからね、相手は上司だ
143
私っ。と、できた理性担当の自分が叫ぶが、だめ。無理だって。も
うぞわぞわしてるもんイヤなんだよこの場所ー!
ここには2年以上来院のない患者のカルテがしまってある。5年
来院がなければ廃棄される診療情報の保管庫。
できればあまり夜勤のときに来たくない場所ランキング第一位に
全職員が推奨するスポットでもあるんですよ。いわく、出るとか居
るとか。そんな話に頷けるほど、人と一緒でもあまり長居したくな
い空気が漂っているよーフヨフヨドロドロってー。
空気を読めないんじゃなくて、読まない主任には解らないでしょ
うがね! と心の声を漏らせば、主任はもう一つ大きな息を吐いて
から、ガチャリと重い金属製のドアに施錠した。
⋮⋮ああそうですか。私の解放請求をのむ気はないと。
しかもここの鍵、今主任が持っているその一つだけだった気が。
つまり誰もここには立ち入れないんだろうな。立ち入ろうとも思わ
ないんだろーなー⋮⋮ああああああ⋮⋮あのシミ何か顔に見えるよ
ー⋮⋮。
﹁児玉さん、ひどいです。僕という男が居ながら余所に行ってしま
うなんて。金曜の夜のこと、冗談だったんですか﹂
はい、月曜朝一でとんでもないことを言いだしましたこの人。
非道を実行しているのはアンタですと抗議しかけたが、すっごい
嫌な予感に思いっきり顔を背けて逃げ出したい衝動にも駆られる。
うん、逃げた方がいいな。
﹁しゅ、主任こそ金曜のお酒が月曜まで響くなんて特殊な体質です
ね! 精密検査、行っときますか! 予約しておきますよ!﹂
144
﹁先週時間があったので人間ドッグは済ませました。異常はありま
せんし酒気を帯びてもいません﹂
﹁安心しました。ではこれにて﹂
失敬!! と言いかけたところで、ぼそりと彼が呟く。
﹁やっぱり、僕より若い男の方がイイんですね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮はっ⋮⋮⋮⋮い?﹂
﹁あれだけ心をこめてお願いしても受け入れてくれなかったのに。
差し出した僕の身体などより、若くて毛色の目立つ美少年の方がお
好みでしたかそうでしたか﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮えっ⋮⋮ぇと﹂
﹁食べ頃かつ所有手続きに時間を取らせない僕より、結婚するまで
あと5年かかる青臭いガキの方が貴女の心を掴んだのですね﹂
こちらにお構いなく淡々と嘆く主任に、そろそろ心臓が無視でき
ないくらいけたたましくポンピングしている。背筋がサーッと血の
気を失っていく音が聞こえる。きっとこれぞ顔面蒼白! って顔に
なっている筈だ。このまま意識失いたい。
﹁しゅに、主任、何を﹂
﹁別に拗ねているだけですからお気にとめてくださらなくて結構で
すけれど﹂
とう
﹁その年齢で拗ねるとか堂々宣言されても対応に困りますがそうで
はなくてですね、﹂
﹁やはり歳ですか。僕のような薹がたった男では満足できないとそ
う仰るんですね。ですが経験で言えば間違いなくご満足いただける
のは僕ですよというような長々しい朝の挨拶はさておき﹂
﹁イヤ待って長さが問題じゃないですっていうか、挨拶?!﹂
145
朝と挨拶というワードに相応しくない内容盛りだくさんでしたけ
ど!?
﹁ええ、挨拶ですよ。世間話を含有する朝の会話は挨拶に属するん
です﹂
﹁内容と場所がそぐわってないんですが! それからちょっと待っ
て下さい、混乱してます!! 何で﹂
﹁何故、僕が貴女の婚約予定者のことを存じ上げているか、でしょ
うか?﹂
﹁婚約って、何のことかっ﹂
﹁へぇ、身に覚えがない、と?﹂
カルテの積まれたスチール棚に背を預け、にやりと主任が微笑む。
わ、わっるい顔してやがる⋮⋮!
﹁そう仰るならそれで構いませんよ? ああ、これも世間話ですが、
僕の知り合いにアパートのオーナーが居まして。昨年から当病院の
職員が一人、お世話になっているんです。事情を話したら満面の腹
黒い笑みで以って、快く住居の提供を承諾してくださったんですよ。
それ以来貴女のことについて連絡を取り合っていましてね、割と密
に﹂
﹁あーあーあーあーあー!﹂
顔がひくひく痙攣する。
レイが言っていた病院の知り合いって、あんたか!
いやいや連絡取り合う必要ないですよね!? と言えば、上司の
義務ですと返しやがった。え、常識みたいな顔されてるけど違うよ
ね? プライバシーが優先される世の中だよね?
146
つつがな
﹁少々難しい方ですから、微かに心配したりしなかったりしたんで
すが、まあ恙無かったようで︱︱ちょっと安心大部分は別の感情を
抱いて見守っていたんです。でも本当はがっかりしてますけどね﹂
﹁そのがっかりを上回る主任へのがっかりが私から見えませんか!
ねえ?!﹂
﹁すみません。眼鏡を使用している通り、視力にはあまり自信があ
りません﹂
﹁見るより感じる類のものですけど!!﹂
確信に近かったが何となく残っていた﹁主任の性根ってまだ腐っ
てないよね?﹂的な疑問が今潰えた。跡地には雑草一本生える兆候
もないです更地です記念碑でも建ててやろうか﹁主任、信用、ダメ
絶対﹂って刻んでやろうか。
﹁だって楽しみにしていたんですよ? 憔悴して憂鬱になって疲弊
する部下を慰める上司って、やってみたくて。もちろん身体で優し
く﹂
﹁しかもそんな理由だったことに驚愕する!﹂
というか、どれだけ酷い扱いを受ける予定だったの私! そして
身体で慰められた日には別の方面から報復受けるじゃんか意味ねぇ
ええ!
﹁大層な動機でしょう?﹂
﹁薄っぺらさで勝負すれば世界一でしょうね⋮⋮っ!﹂
﹁僕もそう思います。それで、まあ失恋の痛みで忘れていたんです
が︱︱﹂
愉快そうにあっさり認めた主任︵あんた鬼や⋮⋮!︶は、仕立て
の良いスーツから、院内職員向けの刊行物が取り出した。
147
四つ折りにされた紙が開かれて、異動の文字が眼に入る。
﹁⋮⋮っ﹂
信じられなくて、瞼を限界まで開く。
反応した私に、主任が気付いた。
﹁やはり、お知り合いでしたか﹂
﹁⋮⋮いや、その﹂
﹁ご関係をお伺いしても? 強制はしませんが﹂
﹁あ⋮⋮の、ですね﹂
乾いたくちびるを一度噛み、どう言おうか迷う。 世の中でこの言葉を口にするのに、私のように躊躇う人間は少な
いだろうな、と妙な冷静が思考する。
でも、どうしても抑制がかかってしまうのだ。乗り越えられず迂
回したままの状態。いつでも気を抜けば、幻視のように視界を奪う、
過ぎたあの日々。
﹁いもうと︱︱でした。⋮⋮多分﹂
口から蹴りだした言葉に、紡いだ途端とんでもない大罪を犯した
気になる。
この一言で、私の生きてきた背景が見透かされそうで、一歩、後
ろに下がった。
床に生じたスペースを見つめ、考える。考えようとする。でも、
何を考えるべきかも思いつかない。
自覚していた以上に、自分、メンタル弱すぎである。
148
﹁そうですか。彼女は今春から正式に入職予定ですが、研修という
形で早めに入ることになったんです。部署は未定で、とりあえず先
週は職員課に。今週からは春以降のことも考えて医事課に﹂
﹁⋮⋮はい﹂
﹁医事課といっても受付業務が主ですからこちらとの接触は多くは
ないでしょう。ですが﹂
説明が現実味を帯びないまま、染み込んでくる。理解できている
けれど、理解が追いつかない。
そのべ
﹁彼女、薗部さんから、貴女のことを訊ねられました。偶然昨日、
社員寮の前で遭ったとき﹂
﹁私のこと、知ってたんですか?﹂
﹁児玉さんとの関係については何も言ってませんでした。職員課で、
医事課の組織図を見たそうです。そこで私達の班が眼に付いて、世
間話程度に質問した、というような感じでした。一見は﹂
ただ、訊かれた内容がほとんど私についてで、気になったのだと。
知り合いかと問えば、﹁いいえ、まったく﹂と彼女は答えたそうだ。
それはそうだろうな。
あちらが関係を絶ちたい筈の人間なんだから、私は。
それなのになぜ、こんな、近くに。
﹁ええっと、でも多分大丈夫です。すみません。何だかお気を遣わ
せてしまったみたいで。実際、彼女と会ったことも小さい頃に一度
か二度くらいなんで、覚えてないと思いますし。名前も違うから、
気付いてないでしょうね﹂
149
不自然な態度をとっておいてこれはない。ないが、それを取り繕
う余裕もない。
﹁大丈夫です。きっと、主任の班にいる女性が私だけだから気にな
っただけだと思いますよ。モテる上司は厄介です﹂
﹁⋮⋮解りました。今朝の班朝礼は以上です﹂
﹁朝礼だったんですかこれ!?﹂
﹁僕の班では紅一点の児玉さんは人気者で、なかなか業務連絡以外
の話ができませんから。たまには朝の挨拶に比重をおいた朝礼をさ
せてくださっても良いでしょう? モテる部下をもつ上司は辛いも
のですが、重宝していますから文句は言いませんけどね﹂
真面目な顔で冗談を言う主任に、籠めていた筋の力がゆるゆる抜
けていく。
﹁ですから、愚痴でも悩みでも言ってください。何かあれば勿論の
こと、何もなくても相談してください。良いですね? ああ、婚約
者予定の方よりも優先的に話して下さると光栄です﹂
イジるネタができますから。と爽やかな黒い笑みを閃かせて、主
任が倉庫を後にした。
そのべはるか
手元に残った紙をもう一度見つめる。
かつていもうとだった薗部華果が、医事課に配属されるのは。
﹁今日、か﹂
まだ薄暗い倉庫が、ここを出ると始まるぞ、と言っているようだ
った。
150
151
重いカルテ庫と朝礼︵後書き︶
ご覧くださって、ありがとうございます︵>︳<︶!!
只今更新停滞中&修正を行っております。
ご迷惑おかけして、本当に申し訳ございませんm︵︳︳︶m!!
Web拍手にてお詫びの気持ちと感謝をこめちょっとイラストと
文字載せました。
お時間あればどうぞ拍手してやってくださいませ!
さっさとしろよ的な励ましをくださっても、泣いて喜びます!
152
甘くて棘だらけのお誘い︵前書き︶
すみませんすみません︵/︳;︶!!
6月ぶりとか本当すみません!!
153
甘くて棘だらけのお誘い
主任から呼び出されたその後はレセに追われ、何とか区切りがつ
いたところで朝礼が始まった。
いつも通り、と言うには男性陣の気配がそわそわし過ぎている。
気持ちは理解するけど君らはもうちょっと周囲を見るべきだ! 主に女性陣見てよチィッとか舌打ちしているのに気づいて欲しい!
課内の様子に呆れたのか、主任がその裏には色んなものが収納さ
れてるんだろうなーっていう笑顔で、2人の新入職者を紹介する。
そのうち1人の新人君が空気の不穏を感じて顔を引きつらせてい
る⋮⋮。
何の力にもならないが胸中でエールを送っておいた。強く生きて
ね!
ハルカ
紹介された薗部華果の年齢は、自分より3歳年下、という記憶ど
おりだった。
特に変わったところのない挨拶と向けられる視線に、ほっとする。
初対面は私が小学に入ったころだったから、そのころ彼女は3歳。
主任に言ったことは、あながち嘘ではない。
多分、彼女は自分のことを覚えていないだろう。
それでも、ぞわぞわと居心地が安定しない、この座りの悪さは止
まらない。あの頃のことが思い出されて、自分が少しずつ浸食され
154
ていくようで、気分のいいものではない。
できるだけ、距離を取り、彼女の目につかないよう行動しないと。
なんて考えているうちに挨拶が終って、業務が開始されて、仕事
に追われて。
半日これという関わりもなく過ごせた。と思っていた矢先。
まあ自分の思う通りに人生運ばないことを痛感する。っていうか。
﹁今年って厄年?﹂
弁当を開けながら溜息と一緒に想いが溢れた。
初詣したときに確認したけど違った筈なのだが、まぁ一人くらい
外れる人間だっているよっていう例外が私なのかな凹んだほうがい
いのかな。
﹁え? お姉様、何が?﹂
厄の内容はあれだ。
隣に今朝がた適切な距離をとり続けようと決心した相手がいると
か。
ちなみに適切な距離として3メートルは欲しいと思うんだけど、
現在10センチしかないとか。
さぁ昼昼∼! 何か変に意識して神経使っちゃってストレスたま
ってお腹の減り具合半端ないわ∼と、いそいそお弁当を持って、つ
・・・
いでに売店でお菓子でも見つくろうかと休憩室のドアを開く瞬間、
ハルカに捕まったとか。
お話したいから、ご一緒してよろしいですかお姉様? って、に
こぉっと可愛らしい笑顔で人前にて訊ねられたとか。
155
間髪入れずもちろん断った。はずなのに、あっれぇ?
﹁いやだからこの状態が異常だと思うのは私だけでしょうか。オネ
エサマとかヤメテクダサイ。特に人前で何言っちゃってんのねぇ何
やっちゃってんの?﹂
お陰で﹁いっやぁさすがお嬢様は先輩への呼称も違うよね! な
んか恥ずかしいわ止めてねぇあははは!﹂と大声で変なアピールを
する羽目になった。
﹁だめでした? だって久しぶりに会えたんだもの、嬉しくて﹂
﹁お、覚えてたの﹂
﹁あら、もちろん!﹂
そんな嬉しそうに言われると何かが心の底で疼く。疼くが、でも
私は穏便に生きていきたいのだ。
君にかかわるだけで平穏との絶縁が確定するんです、気遣ってく
れ。ということで今すぐ忘れてくれ!
﹁ええと、だってね﹂
﹁お父様があなたの母親と関係を持っていた件? でもあれは彼ら
の同意の上でしょう。私たちには関係ないもの﹂
ハイキター。
いきなりキター。
うっわ今胃が! 胃が血しぶき上げるレベルでダメージ受けた!!
﹁えぇぇぇっと﹂
156
モウヤダカエリタイ⋮⋮と本能がエンドレスに繰り返すが、敵は
更なる攻撃をしかけてきた。
﹁それだって、父が強引にしたこのに決まっているもの! 元婚約
者だったからって、彼女が結婚したあともずぅっとうじうじうじう
じ﹃ゆすらが忘れられない⋮⋮はぁ﹄って言って職場でもじぃぃぃ
ぃっと見つめて追いかけて追い詰めて﹂
﹁ええとそれ、初耳なんですが﹂
﹁あら、ご存知なかった?﹂
ゆすらとは私の母である。
既に鬼籍の人だが、良い人であった。その分、聞くのが辛いと感
じることもあって。
語られているのは数年前のアレコレ。
自分の中では封印して、触れる予定ではなかったそれを、あっさ
り解放される。
これはもっと、もっと時間を置いて、覚悟を決めたときに開ける
筈だったものなのに。今はだめなのに。
﹁いや、まあ、その。で、話って?﹂
言われた言葉を拾いもせず、流して要件を終わらせようとする。
彼女に対する複雑な身の上話が存在しなければ、私だってこんな
態度はとらない。関わりがなかったならば。
しかし相関図上でがっつりいろんな繋がりでもって関係している
以上、距離を置くべきだと赤いランプが高速回転するんですダメだ
っていうんです。
﹁もう、固いわ! もっと仲良くしてくださいな﹂
157
無茶である。固め固めに攻めていることをそろそろ察していただ
きたい。
﹁いやいや標準装備がこれなもので!﹂
﹁標準では駄目よ! 妹は愛でて撫でまわしてワガママきいて可愛
がるのが常識です!﹂
それどこの常識なのか説明願いたいような、もう常識外れと罵ら
れていいような。
﹁へ、へぇ。あ、で、話って﹂
﹁ああ、そうそう。早速ですがお姉様、主任とはどういったご関係
?﹂
﹁主任?﹂
﹁ええ宮森主任。私、彼のことが気になっているの﹂
﹁へ、へえええー。それはまた﹂
大変だ。両者ともに。
宮森主任を気にしているご婦人なんて病院職員から下手すると外
来・入院患者さんまで多岐に渡って数多存在する。
奥さんの座をめぐるトーナメントに参加している人数は把握して
いないが少ないわけがない。
﹁でも、私の家は事情があるでしょう?﹂
﹁⋮⋮うん、まぁ﹂
で、一方こちらのお家は由緒ある旧家である。会社もたしか結構
な数、経営されていた。
院長ご子息との資産的釣り合いには問題ないが、また別の次元で
158
は少々やっかいな血筋だろう。
﹁それはもういいの。諦めているし、父の求めることも分かってい
る。でも、せめて相手は私が選びたい﹂
﹁そう⋮⋮﹂
口にのぼるハルカの父の存在を苦く感じながら、相槌つ。
﹁それで、お姉様は主任と⋮⋮お付き合いしているの?﹂
﹁してません何て不吉なこと言うのこの子!!﹂
ひぃ! どこの壁に眼や耳がついているかもわからん休憩室で何
をほざくか小娘ぇぇ!!
﹁でもとても仲が良いって⋮⋮﹂
﹁上司と部下上司と部下上司と部下!! 関係が険悪だったら仕事
にならないからそれだけだから良好な職場関係を維持しているただ
の上司と部下だからうっかりそゆこと口に出しちゃダメ、絶対!!﹂
言ったら最後、私がえらい眼にあう。そんでもって病院に居場所
がなくなること矢のごとしだと確信している、ああこっわぁ!!
﹁⋮⋮ムキになるところが怪しいわ⋮⋮金曜日だって、私、お約束
していたのに断られてしまって。部下の方のご相談に乗るって。そ
れって︱︱﹂
﹁もう本当に誠に申し訳ございませんでしたとしか言えませんがし
かし上司と部下です信じてください無実です事実無根です﹂
世界の中心で叫びたくなる。
彼は上司なんです、助けてください!! 誰か、助けてください
159
!!
﹁︱︱じゃあ、協力してくださるわよね? 私と主任が良い関係を
築けるように﹂
﹁い、いやぁ﹂
﹁ね? お願い。お姉様﹂
身体を少し離して、とびきり甘い果実の芳香が漂った気がする。
手を伸ばせば、すぐさま全身を蝕む麻薬のような、彼女。
男でなくとも、言うこと全て聞いてあげたいという気持ちになる。
﹁私のこと、主任に訊いたのは何で?﹂
﹁⋮⋮やっぱり、とても仲が宜しいのね。言わないでって言ったの
に﹂
﹁えっと、母のこと⋮⋮その、怒ってるなら﹂
﹁そんなまさか! 違うわ! そう考えるのは私よりもお姉様に権
利があるもの!﹂
﹁でも﹂
﹁本当に何もないの。ただ、様子が気になったのと⋮⋮ちょっと嫉
妬しただけなの。広報にいたときも、お姉様と主任の仲が良いって
聞いて、それで金曜のことがあったでしょう? ああ、でもお陰で
判ったことがあるから、結果は良かったわ﹂
ふと、ハルカが真剣な光を瞳に宿す。
﹁お父様が、あなたのことを調べている﹂
﹁⋮⋮まぁ、そうだろうなとは。毎年届くし﹂
年に一度、必ず母の命日に届けられるもの。
中身は確かめずにそのまま返送しているが、質感と厚みから想像
160
はつく、彼らしい誠意。いや、誠意と呼べるのか、あれは。
不思議なことに何度か変更した住所を報せていないのに、それは
律義に届く。
監視という程でなくても、追跡調査くらいはされていることを知
っていた。
﹁その域を超えているわ。父の縁故が動いて、ずっと報告を行って
いる。私がついうっかり怒りにまかせてお姉様の家に詰めかけよう
として、貰ったのがこの資料だもの﹂
﹁えっとどこに驚けばいいんだろうとか詰めかけてどうするのかと
か疑問が尽きない!﹂
﹁まさか主任も医師寮には連れ込まないだろうからヤるならお姉様
のお部屋だと﹂
﹁その件についての誤解はどうすれば解けるんでしょうか土下座で
許してもらえるんでしょうか何をすればご容赦いただけるんでしょ
うか﹂
﹁だから協力して下さればいいのよ︱︱はい、これ﹂
たっぷりのマチを備えた茶封筒が、中身の濃厚さを語る。
﹁全部、お姉様のことよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
紐を回して口を開け、取りだした一部。
それは最近の︱︱先週の動向。
外出先と帰宅時間。
通話の相手。
通常の一般人が知り得ない、国家機関のものと遜色ないような調
書。
161
﹁特に最近、詳しく報せるようにと言われたそうよ﹂
鼓動がひどくゆったりと落ち込んでいく。
戦意を喪失させるような、絶望を呼び込みながら。
﹁⋮⋮でも大丈夫。私は跡取りだもの。このことを知ってから、手
を引かせているわ。適当に誤魔化すよう言ってある。だから大丈夫
よ。もちろん、これからも﹂
﹁なんで、そんなことしてくれるの?﹂
﹁初めはね、ちょっと、おのれぇ!! って思ったけど﹂
うん、この子本当に思ったんだね。今はっきりと般若が見えたよ。
﹁でもコレ。見たら、解ったの。彼のこと、大切に想ってるって﹂
報告書とやらに添付されていたらしい写真を、華果が眺める。
いつだったかレイと買い物に出かけた様子がおさめられている。
あああれ、見られていたと。それでその生温かい眼差しと感想って、
何この羞恥プレイ。
﹁いやいや彼はアパートのオーナーの息子さんで﹂
﹁いいのよ、隠さなくても!﹂
﹁いやいやいやいや本当になんもなくってですね﹂
﹁本当、可愛い子ね? ねぇ、どちらから告白したの? お姉様?
きゃぁ、禁断!﹂
って聞いちゃいねぇ。
しかし、だ。
162
彼女が私を庇う理由がない。私は邪魔に思いこそすれ、助けるべ
き対象でないはず。
そう告げれば、華果は困ったように笑った。
﹁同じでしょう、私たち。生まれてから今まで、ずっと振り回され
てきた。もうやめたいのよ。大好きな人と生きるのだけは譲れない。
だから、お姉様に協力する。そのかわり、ね? なんて、ちょっと
卑怯かしらね?﹂
そうしてやはり可愛く笑顔を浮かべる。
先刻以上の甘美な囁きと一緒に。
﹁大丈夫。協力して、頑張りましょう?﹂
心臓が、ズクンと震えた。
何を頑張ればいいんだろう。
過去の清算? 今の関係? これからの生き方?
頑張るっていう前向きな言葉が、気持ちをぐっさり突き刺さる。
感情が顔に上る寸前、ハルカが食事を再開させたため曖昧に頷い
てその話は区切られた。
そこに丁度、内線が入って。
手を伸ばし取って名乗ると、相手は先に休憩を済ませた同僚だっ
た。
﹃あ、児玉ちゃん、院長室から内線入ってたよ。お昼終わってから
でいいから連絡頂戴って﹄
﹁あっ、はい! ありがとう﹂
163
﹃い∼え∼。じゃあよろしくね﹄
ツー、ツー、という音に相手が切ったのを確認し、受話器を置く。
院長か。何だろう。
﹁? お昼、もういいの?﹂
弁当の蓋を閉めた私に、ハルカが不思議そうにする。 ええ。別に少食でもなんでもない私にしたら体調不良を疑われる
量だろうが、一応こんなでも食欲減退っていう症状は出ることがあ
るんですよ稀にだけど。
﹁院長の件、気になるから先に片づけてくるだけ。落ち着かなくて
ごめん、お先﹂
別にこのまま連絡をしてもいいのだが、やっぱりちょっと息苦し
くて逃げる口実に使う。
﹁はい。あっ、後で連絡先、交換しましょうね﹂
﹁うん﹂
言いながら一応笑顔も付けて、休憩室を出た。
⋮⋮あー、いっぱいいっぱいだ。
お腹にはまだ余裕があるはずなのに、その上部にありそうでなさ
そうな心とかまぁ実際にはそんなにない胸がいっぱいです。
で、午前のラスト会計でちょっとざわついている受付を掻い潜っ
て自分のデスクから院長室に連絡した。ら、丁度外来から帰ってき
ていた院長から5階へお呼び出しされた。
164
予感は、まぁ的中。
﹁いつがいいかな?﹂
申し訳なさそうなお顔に、恐縮してしまう。
ハルカが医事課に来た時点で、予定が決定していた。私には問題
ないのになぁ。
日を告げて、あと丁度渡すものがあったのでそれも引き取っても
らい、退室した。
165
甘くて棘だらけのお誘い︵後書き︶
ご覧くださりありがとうございますm︵︳︳︶m!!
今回なんもレイのアクションなく自分で萌えなかった⋮⋮。↑言うな
長期間更新しなかったにも関らず、お読み下さった皆様へ本当に感
謝の念が絶えません! ありがどうございまずぅぅぅ!!
まだ少々続きます。
更新出来た暁には、お時間あればのぞいてやってくださるとうれし
泣きします⋮⋮!!
本年、お世話になりました!
よいお年をお迎えくださいませm︵︳︳︶m
まな
*拍手にイラスト載せました★ よろしければぽちぽちっと2回押
してやってくださいませ!
*3/13、目次ページ下部に23話︵すーちゃん家でレイがダウ
ンしたときの話︶後の1Pまんが載せちゃいました⋮⋮。お、お時
間あれば⋮⋮!
166
一緒にいるなら必要なものらしいです
院長室を出て医事課に戻り、午後の山場︵午後診の会計がどっと
押し寄せる︶を迎撃したあと。
自分のデスクで、顕微鏡使わないと発見できないほど小さくなり
たい! あ、あの非常用懐中電灯で自分照らしたら小っさくなれる
かな!!︵凝視︶と、某猫型ロボットの便利ツールを思いながらへ
へっと嗤いを零しつつ裁断機をざくざく下ろしているのを、後輩の
加藤君に目撃されてしまった。
あ、今一歩後退しやがったな。
﹁児玉さんが憔悴して裁断機使ってるだけで接近に勇気とか気合い
とか正義の味方とか聖なる手勢を召集しないといけないのに、その
上口角上げて嗤ってる現場見ちゃうなんて呪われそうです災いに襲
われそうです幸って文字に全力疾走で置き去られそうです!!﹂
うむ何だ。その代わりと言っちゃなんだが不幸と見合いの場を取
り持ってあげたくなる発言である。
﹁加藤君、今から夜間外来まで時間あっても大丈夫? 痛いの我慢
できる? 本当ごめんね私の都合で﹂
﹁現在無痛状態元気溌剌な俺はこれからどうなる予定なんですか我
慢って何ですか都合ってその内容は筋が通ったものですかッ?!﹂
ヒッ、と息を呑んだ彼がまた一歩下がった。
それには関知せず、電話台から垂れるホッチキス止めされた勤務
167
表をぺらりと確認し、その結果をにっこり伝える。
円滑な人間関係形成に笑顔は欠かせないよね。
﹁担当整形の先生だって。良かったね、適切な処置が受けられて﹂
﹁外科的処置を必要とする外傷を負わしてやると嗤って宣言した!
!? ってきゃあああああ裁断機はヤメてえぇえええええ腕ひっぱ
るの勘弁してぇええええ﹂
﹁良い声で鳴くなぁ﹂
﹁いやああああああああしみじみドSなこと言う人がいる119番
だれかコールしといてぇえええ!!﹂
病院に救急車待機ってそれはあんまり意味ないよ、内線したほう
が早いよ? と助言したら、より一層加藤君の絶叫が響いた。
森で聞く小鳥の囀りには安らぎを覚えるが、彼の鳴き声もそれに
匹敵する効果があると思う。あぁ癒されるー。
腕を取り戻した彼は私と裁断機を引き離し、凶器没収! と言っ
て、使い終わった︵加藤君への用途も含め︶それを棚へ収納に行っ
た。何だかんだ、気遣いもできる愛いやつである。
﹁そ、それにしても、久々に荒れましたねぇ﹂
で、自分を守るべく加藤君は話を変えた。
ああ、きたきたきたぁ⋮⋮。
ちなみに荒れた内容は私ではなくて︵そうだというなら仕舞われ
た裁断機がもう一度唸ることになる︶、今朝から配属された新人&
我らが上司&同じフロアで働く女性陣にまつわる事由をさすのだと
わかるのは、今日一日で誰もの関心が集中したからである。 168
﹁あーそうね⋮⋮﹂
脈が分速を上げたのを知らぬ顔で、第三者を装う私が言った。
そのべはるか
主任との中を宜しく取り持って欲しいと頼んできた薗部華果だっ
たが、実際彼女は私の手を借りるまでもなく行動に移っていた。
主任がFAXに立とうとすればそれを預かり代行し、コピーやプ
リントアウトも同様にまめまめしく動いて。
で、それを面白くないと感じる方々も当然︵強調︶いらっしゃる。
主任が会議で外した途端、ハルカに対する風当たりは眼に見える
ものになった。ていうか渦巻いてた。
そんで、耳に入ってくるのだ。
﹃これは私が児玉さんから頼まれたんです。宮森主任には私が直接
お渡ししますから結構です﹄
﹃なら児玉さんにでも渡せばいいじゃない。午後からずっと会議だ
から彼は戻らないわよ。それに、あなたまだ研修でしょう? 外来
にカルテ運びにでも行ってくれば? ここは仕事をするところなの。
何時までも学生気分でいられると迷惑なんだけど︱︱﹄
﹃あたりまえです。こんな会話、無駄ですわよね、仕事なんだから﹄
さ、逆らうんじゃねぇえええ! などと心中で叫ぶ凡人の声はお
嬢様に配達されず、言い合いは熱を上げていく。
そしてちくちくちくちくちくちく刺さる視線⋮⋮。
えぇ⋮⋮やだよぅその戦場は私の管轄じゃない、の、に。
と、顔にばっちり書いてある私の心中は暗黙のうちに無視され、
169
名前を出された私は場を収めるべく駆り出され、二人を引き離し、
自分の仕事に戻り、また第何次か数えるのも面倒になる遣り取りが
勃発し、視線に串刺され出動⋮⋮という無限ループ。
もぅ人がいない奥地で生息して幻の生物認定されて生きていきた
いと、加藤君で憂さを晴らすまで渦巻いていた思いがよみがえる。
⋮⋮裁断機もう一度使おっかな。
﹁⋮⋮っ、主任が研修担当ですもんねぇ! 新人の、それも女の子
でしょー、児玉さんも大変でしたねー?﹂
棚の扉を閉めこちらに戻ってくる加藤君が危機管理能力を発揮し
たのか、彼の背後を眺める私の視界を慌てて遮った。察しが良過ぎ
ていちいち怯える加藤君はやはり癒し系である。心が洗われるよう
だ︵酷︶。
へにゃりと頬をデスクに着地させた私を見て安全と悟ったのか、
加藤君はようやく自分のデスクに戻り、僅かな深度残っていたコー
ヒーを口に収めた。
﹁しかも、院長直々の指示らしいですね﹂
コソ、と彼が声を落として言う。
そうなのだ。よりにもよって院長ご指名という箔を付けて、華果
は主任の傍にいる。
彼女に関する噂も出回りはじめ、早くも出身地から学歴等など、
興味を持つ人の知るところとなっていった。
うーん、前みたいにならなきゃいいけどなぁ。
170
﹁それに児玉さんとも知り合いなんでしょう?﹂
加藤君が空にしたカップの中身が、ごくりと彼の喉頭蓋を動かす。
﹁休憩のとき、薗部さんにお姉様って呼ばれてましたよね?﹂
﹁!﹂
あの中にお前がいたのか!
そして私の﹁お嬢様だから先輩のことはお姉様呼びするのよね﹂
アピールは届いていなかったと⋮⋮!
﹁え、あの児玉さん?﹂
﹁⋮⋮ああ。いやあの多分実家が同じ市で会ったことあるよね風味
なニュアンスじゃないですかね小さいコミュニティで皆家族的な付
き合いだから自然と口に出ちゃうんだよねというような﹂
﹁総人口10万人と家族のような親しさって選挙勝てますよそれ!
そしてどこまでも真実に辿りつけないけど遠くないことを仄めか
した無茶苦茶な言い回しに何の意味がっ?! これ禁句でした? ここ地雷が埋没してる話題でしたっ?!﹂
主任の下で働いているだけあって、危険物の香りに敏感な彼が焦
り出す。
﹁おいおい勘違いしないでよまさかそんなことあるわけないじゃん
ぼか
的な感覚?﹂
﹁暈され過ぎて胸やけがするんですけど!! え、本当に何なんで
すか地元が同じだけ? それだけ?!﹂
﹁そうですが何か﹂
﹁あなたやめてくださいよそのテンションの切り替え常人には追跡
171
不能だって気付いてくださいよ﹂
無表情で相手の眼をしっかり見つめて言った私に、加藤君が突っ
伏した。この人よく震えるなぁ。
可哀相だから裁断機判定でいうと今レベル4.8に達したよあと
0.2で人生と遮断決定だよっていうのは黙っておこう。
ちりめん
﹁そ、そこって縮緬が有名なところでしたよね? 確か院長の出身
地も同じでしたっけ﹂
﹁らしいね。ふるぅい伝統工業メインの街だから、大学はもちろん
就職先もないしこっち出てきたんだろうね。そうして偶然﹃あれ?
あの人かつて私があの街で暮らしていた幼少期に出会ったんじゃ
なかろうか﹄と声をかけたのかもしれないね。ちなみにあと0.2
点だよ? もぅ後はないよ︵ぼそり︶﹂
﹁何だかもうすみません聞きませんから! でも待って! その0.
2点って何ですかあと0.2点で俺どうなるんですか今後がないっ
て言いました!?﹂
﹁あ、ううん気にしないで親切で口にしちゃっただけだから﹂
﹁じゃ親切に最後まで教えてくださいよぉおおお!!﹂
﹁え、最期に?﹂
﹁字ぃぃいぃぃぃぃ!!!﹂
と再度鳴かせていたところで、加藤君がぐすり、とファイルを差
し出してきた。
マジで泣くなよ⋮⋮。
﹁おーぅ、できたの。早かったねぇ﹂
先週、彼に頼んでいた書類である。
172
彼は宮森主任を筆頭とするこの班で一番若い。という訳で、私の
雑用やら私の雑用やら私の私用やら︵↑︶、イヤな顔ひとつもさせ
ず︵↑︶引き受けてくれるありがたい後輩君でもある。
今もちょうど、2病棟︵2階︶に行くついでに5病棟︵5階︶で
の任務を依頼し、遂行してきてくれたところだった。
カルテ1冊取りに行くのに5階までとかたまらぬ⋮⋮。はやく電
子カルテ導入してほしいよぅ⋮⋮。
﹁えぇっと、細かいところとかかなり不安ですが、児玉さんのまと
めた紙見ながらまとめました。これ、すっごい時間食いますね⋮⋮
もう本開くのが嫌になった⋮⋮﹂
﹁まぁ慣れるまではひたすら調べて調べて調べてエンドレスだしね
ぇ。ウチの病院で使用してる薬を覚えられれば楽だよ﹂
﹁それだけで人生の終わりを迎えます⋮⋮うぅぅ﹂
﹁人の出身地人口は覚えてるでしょうが⋮⋮うん、いいよ。大丈夫。
もう一度見ておくけど、私がするのと同じようになってるから、こ
れで返却されたら私が責任持つ﹂
なかなかやるではないかと言えば、立ち直ったらしい彼は、ほら
わかるでしょほらとモジモジ腰をくねらせた。
生憎だが気色悪いことだけしか判明しない。
﹁でも、いいんですか?﹂
﹁仕事渡したこと? 良いでしょ。主任なんて内科の後期400私
に寄こしたよ? その皺寄せだから文句は言わせん﹂
﹁さすが鬼畜主任と鬼部下。遣り取りが命懸けですねっ!﹂
﹁え? 何だか要らない雑音が混ざった気がするなぁ。ああ加藤君、
これもやってみる?﹂
﹁ひっ、も、もうこれ以上はっ⋮⋮って、児玉さん。これはさすが
173
に﹂
﹁何すか。先輩が仕事教えてあげようっていうまたとない機会を棒
に振るって言うんすか? 鬼畜主任から直々に教えを授かった私の
このノートとファイル、欲しくないって?﹂
﹁喉から手を出す練習をするのでください﹂
﹁ごめん新人類目指すならそっち優先してくれていいから﹂
というような遣り取りの後、また華果のフォローして、レセして、
定時報告して明日の準備して帰宅準備を終えたのが午後8時過ぎ。
6時には帰りたかったのに⋮⋮。
とにかく、そういうわけで今日は疲れた。千円近い栄養ドリンク
飲まないと癒えないほどの疲労だ。
と想
もうこのまま意識を失いたい⋮⋮と、アパートのドアノブを捻ろ
うとして。
︱︱ぎゅぅっ! と背後からべったり覆われた。
﹁ひぐっ!!!﹂
﹁おかえり﹂
﹁⋮⋮っ、しっ、しんぞうがっ!!﹂
﹁ばくばく言うほど嬉しい?﹂
レイがふふっと嬉しげに言った。
玄関開ける瞬間レイが後ろから抱き締めてくれないかなぁ
像する私が前提にある発言だが、そうなった私はもう私じゃないの
で通報の上入院加療を希望する。
174
﹁お疲れ様﹂
正面向き合ったあと、レイがほわりと笑って言った。
いつも、いつも。
どんなに疲れた時でも、むしゃくしゃしたときでも。
レイがそう言って迎えてくれた瞬間、顔のこわばりが溶けていく。
心配をしてくれる人はいる。
何だかんだで主任も良いひ、ひと⋮⋮だし︵↑少々の躊躇い︶、
他の上司や同僚、後輩にも恵まれてい、いる⋮⋮し︵↑断言できな
い葛藤︶、A子には言いたくないがヤツの存在もないと寂し、い?
︵↑ああ舌が抜去される発言をしたかもしれないという若干の後悔︶
でも頼っちゃいけない。
外に出てこないように閉じ込めている中身は、誰にも晒せない。
だから、安心できる場所なんてない。
そう思っていたのに。
﹁⋮⋮うん﹂
私がどうしようがどうなっていようが、確認しないでまるごと包
んでくる。
﹁すーちゃん?﹂
腰に添えられていた手に逆らわず、私はレイの肩に額を着地させ
た。
ふあっふあしたファーから、笹谷家の香りがほんのり鼻を掠めて
175
いく。
きず
後悔するって。
疵がないように振舞っている私の真実を知ったら。
知られたら、まずいどころじゃない。
後悔するよ、本当に。
私が。
﹁⋮⋮ただいま﹂
﹁⋮⋮どうしたの? 疲れてるね﹂
﹁いやうん⋮⋮ちょっと想像して撃沈しただけ。なんでもな︱︱︱
︱︱︱︱︱⋮⋮⋮⋮かったんだけど、たった今気になることが発生
してなんでもなくなったのでちょっと訊いてイイデスカ﹂
﹁ん? なあに﹂
こちらの動揺に構わず、のほんとレイが優しく微笑んでくる。
その頬の向こう、顔を上げたところで、眼が合ってしまったのは。
﹁それは一体⋮⋮?﹂
レイの背後に鎮座する、ビニールで覆われたお布団セットにしか
見えないモノは、一体⋮⋮。
﹁え、え、何で﹂
﹁これ? 何でってそりゃ同棲には必要でしょ? 一緒の寝床﹂
はい何か言いだしたー。
176
一緒にいるなら必要なものらしいです︵後書き︶
ご覧くださってありがとうございます。
お、お久しぶりすぎてもぅ申し訳ございません⋮⋮。
どうやらまなには書く時間があっても書ける脳みそが絶対量不足
しておりましてダメです。書けぬ⋮⋮。
そんなこんなで絞り出した今回ですので、も、もう本当すみませ
ん⋮⋮。
あ、書けない間に逃走した1Pまんがが目次下にございますので、
お暇があればのぞいてやってみて下さいm︵︳︳︶m
3/30、拍手画面4に落書き追加しました★
6/2、目次下部にまんが②追加しました⋮⋮︵本編を書かずに
遊んですみません⋮⋮っ!!︶
177
lips:腫れたくちびる
IDLE TALK∼swollen lips∼︵前書き︶
swollen
178
IDLE TALK∼swollen lips∼
﹁ふ⋮⋮んぅ⋮⋮ぅー⋮⋮?﹂
妙な鳴き声が聞こえた気がして、そしてそれが自分の声帯から発
せられたもののような余韻があって、眼が覚めた。
何だ今の︱︱︱︱⋮⋮って。
﹁⋮⋮あぅぁぁ⋮⋮寝ちゃってた⋮⋮ごめんレイ﹂
﹁ん。いいよ。すーちゃん疲れてる?﹂
﹁んやぁ⋮⋮そんなことはない、よぉー﹂
薄ら眼に映ったのは見なれた笹谷邸のリビング。
やわらかいオレンジ色に切り替えてくれたらしい照明を背に、レ
イが覗き込んできた。
髪を束ねていたシュシュも外してくれたらしい。それを腕に付け
た美少年の手が、私の側頭を往復する。
撫でられる感触に甘えながら、TVが照らす光から逃げようと、
レイの腹部に頭を埋めるように体位をずらしながら答えた。
まぁ、疲れてるけど、それほどでもない。書類作成と確認が貯留
したからちょぅっとだけ残業する日々が続いてるだけで、栄養ドリ
ンクを煽れば出勤できる程度だし。っていう内容を、まだぼぅとす
る頭で、うにゃうにゃ呟いた。
﹁もぅ⋮⋮またなの? ちょっと仕事多くない﹂
﹁多くないぃぃ。どうせ仕事が遅いですよぅ通常量を通常運転でこ
なしたらこうなっただけなんですぅ﹂
179
﹁はいはい人のお世話も大概にしてよね。そんなに世話焼きたいな
ら俺のとこで働きなよ。今から一生。俺のお願い叶えるだけのお家
でできる簡単な仕事だよ?﹂
よく聞く魅力的なキャッチコピーだが、レイの要求自体が難題な
のでこなせる人が限られる職業である。あいにくと当方にそのスキ
ルはない。素人娘はお呼びでない世界である。
丁重にお断りしつつ、仕事も私の不徳と致すところがお招きした
事態であることと明日には終わることを伝えたところで、レイの溜
息がそよいだ。 視線をやると、ほんの少し眉を寄せたレイが、前髪を撫でつけて
きた。﹁すーちゃんいつもそう言って無理するでしょ、もぅ﹂とか
ぼやきながら。あんた保護者か。
お母さんと呼んでいいだろうかとか口に出したら﹁生んだ覚えは
ないよ。産ませる予定はあるけど﹂と返されるのがオチなので言い
ませんけれども。
あぁ、ちょっと眼ぇ覚めてきた。
夕食後、リビングのローテーブルでお茶を飲んでる内に意識消失
した様子⋮⋮見ていた番組が22時台のものだったから︱︱1時間
寝てたのか⋮⋮。
確かカーペットの上でまったり体育座りしていた。はずが、今は
革張りのソファにいつの間にか足を伸ばし︵てもまだ人が座れるサ
イズのソファが家庭に存在することに正直富裕層への怒りを感じる
私は小者でしょうか? とか叫びたくなる︶、頭をレイに向けてい
る。
頭でぼぅっと状況把握を試みながら、眠気は払うようにこてんと
180
横に顔を倒すと、肌触りのよい生地が頬に触れた。
すりすりすればするほど、クセになる感触である。優しく包んで
くれる的な。
いいもの穿いてるなぁ⋮⋮⋮⋮私の今はいてるルームパンツが1
0枚は軽く買えるお高級品であると、皮膚が騒いでいますよこれぇ
⋮⋮。
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱っていうか。すみません枕にしてすみませ
ん﹂
ぅおぉい何普っ通に会話してくつろいじゃってたの自分んんん!
﹁別にいいよ? 俺も本読んでたから。むしろ膝があったかかった﹂
﹁⋮⋮⋮⋮すみませんというか本当もう面目ないというか小学生に
膝枕させる私って何様なんでしょう﹂
腹部に力を籠め、急いで起き上ろうとする。が。
﹁もぅ。歳は関係ないでしょ? すぐり様﹂
﹁怒ってる? やっぱり怒ってるんだよね? 怒ってるからこそ私
小学生
って言わないでってオネガ
のデコに手をあてて動きを封じて今から報復しようとしてるんだよ
ね?!﹂
﹁いやぁ? 前、俺に対して
イしたのに忘れちゃったのかなぁさすがすぐり様だよねぇって感心
してるだけだよ? 頭に入ってるのはちゃんと神経細胞の集合体か
なって同時に心配もしてるけどね?﹂
ああアレね。レイのことを純真なお子様であるとの偏見を抱き接
して怒らせたアレね。
その後しばらく真っ黒な輝きを放つ微笑みで毎日部屋まで迎えに
181
来てくれてただの小学生でないことを私に教え込んでくれたアレの
ことですよね覚えてますよ全細胞に刻みこみましたからね。じゃぁ
何で言っちゃったのってそれはまぁ認識までは改められないから突
発的事故とでも言うしかない。
だから心配ご無用です。と、いうか。
﹁ば か に し て る よ ね っ!!﹂
一音一音、腹筋を奮い立たせるべく力を籠めるがっ、何でっ、起
きれないのっ。
そのザマを嘲笑ってるようには見えないふんわり微笑でもって、
レイは私の心を粉砕しにきた。
﹁してないよ。馬鹿をそれ以上馬鹿にしようがないじゃない﹂
﹁ねぇ私の精神が摩耗して抑うつ状態になっているのでそろそろ帰
って布団で泣いてもいいですかっていうか帰るぅぅぅう!!﹂
﹁え、布団で鳴きたいの? やっぱりソファじゃイヤ? まぁ広さ
としてはベッドの方があるし用途的にも間違ってないからその方が
良いけど﹂
﹁用途ってあれだよね? 睡眠だよね? 体内のリズムにそって身
体と脳を休ませる行為のことだよね?﹂
﹁そうだよ? 身体と神経が焦げつく程アツい運動をしたあとにと
る休息のこと。あ、でもどっちかっていうと失神かな?﹂
﹁ごめん今ちょっと色々お告げが脳内に閃いたから帰ります。そう
いうことなんで膝、貸して下さってありがとうございましたっ⋮⋮
はなっ、してっ⋮⋮っ﹂
ソレどんな運動だよああもういいって言わなくてとりあえず逃げ
よう私! と、レイの手首を押し返そうとするが、何だこれ私のデ
コにヤツの手が張りついて離れない!
182
私の全身全霊がにっこにこ笑ってるだけの小学生の力に勝てない
ってどういう事態どうやったら回避できる事態!?
﹁ねぇすーちゃん﹂
﹁なんっ、ですっ、かっ!﹂
﹁くち、こぼれてるよ?﹂
﹁ふひっ?!﹂
よだれ
意図するところを正確に把握し、腕で口元をぬぐう︱︱と、おも
いっきし涎ていて。
﹁はっ! ってことはレイの服無事?!﹂
﹁え? もちろん﹂
﹁よ、よかった⋮⋮﹂
私の唾液で高級品がやられるところだった。ふぅ。洗えば済むこ
とだけど、私由来の成分が付着することによる品質の劣化が絶対起
こりそうで怖い。
﹁それは別に良いんだけど﹂
﹁良くないです。あんた自分が着てるものがいったいいくらかとか
考えないんだよねでも私は考えるんだよ怯えるんだよだから離れて
よあぁああ皮脂とか付いてるかも線維が溶け出すかもぉおおお﹂
﹁なわけないでしょ。でも、じゃぁ裸ならイイんだよね? 脱いで
いい? そして脱がしていい?﹂
﹁少しは私の言ってること、聴こうか! 要約すると離してくれっ
てことなんだけどねっ!?﹂
﹁しっかり拝聴したけど? 服が心配だから脱ぎたいんだよね脱が
していいんだよね? 自分の発言には責任持とうね︱︱︱︱ってあ
あもぅほら、動かないで。拭いてあげる﹂
183
覚えのない言質で脅される。そこに間髪いれず、レイがティッシ
ュをひらめかせ、私の口元をちょいちょいと押さえてきた。
自分でやる! と奪ったそれには、やや薄紅の染みを作っていて。
あれ? くちびる、切れた?
﹁どうしたの?﹂
﹁ん。いや、ちょっとくちびる切れたかなって。ちょっと赤︱︱ぃ
や、ピンクっぽい色が付いてて﹂
﹁見せて︱︱︱︱大丈夫みたいだよ。歯もあててないと思うし﹂
﹁歯? ああうん。今動いたときは歯あたってないよ。私、乾燥す
るとくちびる割れるからそれかなと。うん、痛くないし、大丈夫み
たい﹂
﹁乾燥はしてないはずだよ。充血はしてるけど﹂
ちょっとしびれるでしょ? と聞かれた通り、確かに疼いてる気
がする。
何だ。悔しい夢でも見て口噛みしめて寝てたのか私。
ようやく私のデコを解放してくれたレイが、親指でつぅ︱︱とく
ちびるを撫でて、にこりと微笑む。 そうして今までの応酬が何でもなかったように、私を膝に乗せた
まま、テーブルにあった季節限定口どけがアレなチョコに手を伸ば
した。
昨シーズン、私を苦しめた口どけが卑猥なアレを思い出させてく
ださるブツである。
今回はいちごだったのか。まだ食べてないんだよねぇ。
しかし過去が必死に話題にだすな、手を出すな! と声高に叫ぶ
ので黙っておこう。明日売店みてこよっと。
184
⋮⋮ん?
口元をぬぐった手。
かすかに紅く色づいたティッシュ。
傷ついてないけど、ぽったり腫れて、しびれる唇。
次第に自覚していく、かすかな口腔内の酸味。
⋮⋮あ、れぇ?
﹁⋮⋮ねぇ。私、寝落ちする前にソレ、食べてた、っけ?﹂
﹁コレ? ううん。すーちゃんが寝てる間に取ってきたから。欲し
い? はいあーん﹂
﹁いやいらな⋮⋮んっ⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぅま﹂
﹁だよね? しつこい甘さじゃないし、酸っぱくていいよね。イチ
ゴっぽくて﹂
﹁う⋮⋮ん﹂
舌に残る後味に一致しますよね。
えええっと︱︱︱︱
﹁それに﹂
気付けば再び前頭部がレイの手で覆われて。
気付かなければよかった符号は、全て一致していて。 それは悪魔の答え合わせを待つばかりな状態で。
﹁これ食べながらキスしてるとすーちゃんが絡めてくるから、選ん
で正解だった﹂
185
言って、包装を解いたピンクのキューブを口に含んだレイが視界
を埋め尽くした。
いくら居心地が良くても悪魔の膝で眠っちゃなんねぇと悟った夜
は、いつの間にか明けていた。
186
IDLE TALK∼swollen lips∼︵後書き︶
すみませんすみません⋮⋮!
更新出来てなくて本当に申し訳ございません⋮⋮!!
それでもご覧くださって、ありがとうございます⋮⋮っ︵>︳<︶
!!
今週末はうまい具合に時間が取れて、前に書いてたものを修正し
てupさせていただきました⋮⋮もぅ本当のろのろですみません⋮
⋮。
やらねばならぬことが山積みなんですけれども、も、萌えがない
とまなはもぅ一歩だって歩けないっ! ということで、ちょっと現
実からラナウェイしてきました。ええ、逃亡です。追手が至近距離
にいらっしゃいますがね⋮⋮ぅうぅぅ。
あと目次下部に1Pまんが②をUPさせていただきました⋮⋮。
深夜のテンションで描いたので訳分からぬ仕上がりです。お絵かき
欲を解消したかったので細部に渡りお目汚しな出来ですが、もしお
時間あればど、どうぞみてやってみてください︵↑日本語が⋮⋮︶
ご覧くださった方々、拍手くださった方々、いつもありがとうご
ざいます。
とっても元気をいただいております!
予定はちょっと見通せないのですが、また突発的に更新させてい
ただくと思いますので、またお時間あればよろしくお付き合いくだ
187
さるとまなが咽び泣きます。
ありがとうございますm︵︳︳︶m!
メ、メッセージのお礼も遅くなっていてすみません!
課題が終わったらすぐにさせていただきます! いつもどおり長
文で粘着質な感謝と愛を籠めまくったものを⋮⋮っ︵↑迷惑な︶
188
寒さと悪寒の判別ができるようになった気がします
言われた言葉を受領できないままに、ゆっくり上体をレイから離
した。
そんでもって、相手と問題の物体を交互に観察する。と、クセに
なる肌触りのファー付きハーフコートの下は私服じゃないことに気
付いた。
あれ、制服って、珍しい。
レイの通う小学は地元の普通の公立校である。
という時点でこいつが相当お出来になるお
近隣には超が付くほど有名な私立学園もあるのに、レイは迷わず
選べる
公立を選んだそうだ。
もちろん、
子様であると解る。その情報を得られたのはレイに虐げられ始めて
しばらく経ったときだったから、どっちにしろ逃亡の機は逃しまく
っていたのだが。
で、その公立小学は私服登校OKだけど制服もある。
レイはネクタイするのが嫌らしく︵本人いわく仕事してるみたい
でイヤと⋮⋮どこの休日のサラリーマンだよと言いたくなる︶、鈴
子さんが次々購入してくるお高級な品々から適当に選んで通学して
いるとか言っていた。学校指定のランドセルを肩に抱えて。
ちょっとその光景を想像して微笑ましい想いのまま表情筋をゆる
めたら手酷い仕打ちを受けたことは忘れたい記憶である。
189
そんな理由でいつもは私服なのに今日は珍しく制服。
この時期にフォーマルな格好で出席しないといけない式典ってあ
ったかなぁ、うーん?
脳内で頸を捻りつつもヤツの後ろに意識が引っ張られる︵ああこ
れが本題だと解っているが永遠に眼をそらしていたかった︶。
四角のタイル地の上に、通販で紹介されるような高級羽毛布団と
書かれたタグ付きの物体が鎮座する情景。
極限までソレについての情報伝達を躊躇していた私は、しかし努
めて冷静な問いを口にすることを選ぶしかなかった。だけれども粘
っていたかった私の心理を是非とも御理解願いたい解ってください
! と往生際悪く祈ってみても通じない悲劇。この世に救世主は居
らぬ⋮⋮!
﹁えっと⋮⋮⋮⋮⋮⋮何て?﹂
もう一度確認した私は間違っていないと自信をもって演説できる。
なのになぜおいおい正気かよ? 的な眼で憐れまれるっていうか
蔑まれるような眼でレイに見つめられてるのだろうか、私?
ちなみに至極当然とばかりに言い放ちやがった先程のレイの言葉
も、私の短期記憶からエピソード記憶へとクラスチェンジ済である。
つまりしっかり覚えている。
覚えているが人間、驚愕すべき内容をすぐには咀嚼嚥下できない。
当然の反応だと思う、うん。
﹁一緒に暮らすなら一緒に寝る寝具は必須でしょ? それともなに
? 同棲してるのに別で睡眠取ろうって? まさかね? 思ってな
190
いよね? 思ってるとしたらその考え改めてもらう努力は惜しまな
いけどね? 考え改めるっていうより身体で納得することになるだ
けだからね?﹂
Huh? とでも聞こえそうな︵要するにとりあえずむかつく︶
言い様で、レイはご回答くださりつつ、ぐぅと私の背に回る腕に力
を込めてきた。
ついで、私より高い位置にある彼の顔を傾けて、すり、とこちら
の頬に接触させてくる。
その動きからは、甘さと色香が漂ってきて。
レイが言う努力の内容を匂わせるようで、ぞくり、と肌が粟立つ。
こ、これは悪寒じゃない悪寒じゃない寒さ! そう、気温が低下
してて身体の恒常性を保つための機能的な震えだ! 勘違いしちゃ
だめだよ私!
﹁わっ、私だって同棲っていう考えを消去して貰う為なら奇跡だっ
て起こしてやるという心意気を持ってます! というよりね、あの
ね、なにゆえ同棲?﹂
﹁婚約したから?﹂
﹁いやしてないから﹂
あれデジャヴュ。これに類似した問答を最近した覚えがあるわー。
もっとも議題は交際しているかどうかだったが。
﹁証拠だってあるよ?﹂
あれか?! あの録音したらしいあれか?! ご丁寧に私のPC
にも落として下さったあれのことか?!
﹁うっ、いやでも︱︱でも、そもそもレイはまだ13歳じゃないし
191
婚約できない、よね?﹂
諭すようにゆっくり言うと、レイはご尊顔を私から離し、その口
角を両方引き上げた。
何だ、良く気付けたねとかお褒め下さるんだろうか、ならそれで
お願いします︵平伏︶。
﹁甘いよ﹂
ち が っ た ☆
泣き笑いしそうになる私の腰はレイに引き寄せられたまま、上半
身にできた僅かな空間に彼の腕が入り込む。
顎から頬を伝ったレイの指先が、私の癖っ毛を一房絡め取った。
ウチ
﹁現時点では確かにそうかもね。だけど俺には事実にできる用意が
あるよ。笹谷の法律部門は優秀だからねぇ。依頼したことは意向に
沿った形でこなしてくれる。俺が条件を満たした状態ですぐりと万
全整えた関係をもっていると世間に証明するために、彼らはもう動
いているしね?﹂
﹁んなっ?!﹂
﹁時間だけだよ、後はね。その時間だって、俺には意味なんてない。
俺がすーちゃんを欲しいと思って、あとは手を伸ばすだけ。それに、
時間を問題にできるのはすーちゃんだけなんだよ﹂
﹁んっ﹂
肌を寒さから庇ってくれていた髪がひと束も残らないように、耳
にゆっくり掛けられる。
動作の途中、指先が耳朶と耳下腺上をなぞり、皮膚がびく、と反
応する。
192
﹁俺とのことを問題にしたがっているのはすーちゃんだよ。そうで
え
きるのもね。だけど覚えていてね? 俺にはそんなこと、本当に些
末なことだから︱︱︱︱例えば﹂
シュルと音がする。
んじ
見ると、今まで私に触れていたレイの右手が、彼の喉元を彩る臙
脂のシルク生地へ延びて解き始めていた。
﹁今日は面接だったよ。学園の。あの学校は義務も生じて面倒だけ
ど、悪くないし、何より断るのが手間だったから。進学するね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮へっ⋮⋮学園て⋮⋮あそこ受かったの?!﹂
緊迫していたと思った話は突然、世間話へと飛ぶ。
飛んだ先がまた驚愕するような落下点だったため、数拍、理解に
タイムラグが生じた。
さっき考えた学園のことだ。そりゃもうこんな地方にあっても国
内有数屈指の名門校。学園一つで田舎を都市へ変えた教育機関。有
能な若者へ門戸を開く、最難関の学び舎のはず。そこに受かった?
﹁受かるっていうか、俺が頷くかどうかだけ。前もそうだった。中
等部では学園入学を前向きに考えるっていう条件で公立を捥ぎ取っ
た。今日は面接という名の話し合い。⋮⋮ちょっと、すーちゃん?
俺が入れないところがあるとでも?﹂
面白そうにレイが微笑んだ。
言われて考えて、確かにこの悪魔を門前払いできる機関があるの
か想像してみると⋮⋮⋮⋮ぅわぉ。うん。どこも望みが薄いわー⋮
⋮。海外とか分かんないけど、世界規模で考えてどうだろうと悩む
193
レベルだ。
見た目も中身も最高水準を満たすとか手に負えぬ。あ、負えたこ
となかったやっ!︵泣︶
﹁ということで、進学、祝ってくれるよね?﹂
﹁う、うん。凄いし、えっと、本当に凄いね⋮⋮あ。鈴子さん達に
は報告した?﹂
﹁落ち着いたら言うよ。好きにしたらいいって言われてるし、気に
してないんじゃない?﹂
それは流石にないだろうと言いかけて、いやあるなと考え直した。
あの人たちならあるな、うん。
愛情がないわけではなく、愛ゆえか許容が過ぎるのだ。何しても
OKってどうなの息子の婚約相手が私でOKって何なの。あぁそう
だ、この件ももう一度洗い直さないといけないな! 後で電話して
もいい時間、メールで訊ねよう。きっと何かの間違いだらけな話に
仕立て上げられているのは想像に難くない⋮⋮。
﹁そ、そっか! あ! 入学祝も誕生日のときに考えてもいい?﹂
﹁物は要らないよ、どっちも。一緒に祝ってくれるだけで嬉しい﹂
そう言って、本当に嬉しげに眼を細めたレイに、鼓動が速まる。
いつの間にか灯っていた笹谷邸のガーデンライトの橙色に、レイ
の髪が柔らかく透けている。
冬の空気が澄んでいて、余計に鮮やかに映える光景に眼が奪われ
て。
諸々、都合の悪い事態の把握に遅れた。
194
﹁だから、人生の転機がちょっとくらい早くても問題ないよね?﹂
﹁は⋮⋮⋮?﹂
﹁婚約が誕生日2日前だろうが、俺の年齢が条件を満たしてなかろ
うが、すーちゃんは気にしないで受け入れてくれるよね、ていう話。
だって﹂
ゆっくりと、レイの体幹の横、所在無げに彼の服を掴んでいた私
の手が誘導される。
レイの右手には先程解いたネクタイが納まっていて、鮮やかな色
味が彼の肌に浮いている。
﹁祝ってくれるんでしょう? 誕生日と、学園への進学﹂
そこまできてようやく、打たれた布石に気付いた。気付いたが、
えっと、まさか⋮⋮? う、えぇぇえ? なんてぐるぐる疑問符を
巡らせている間に、敵の一手はキングまで迫っていて。
﹁なら、今俺が煩わされるような事態は避けてくれるよね?﹂
﹁え︱︱︱︱えっ?!﹂
きゅっ、と衣擦れの音がして、肌をすべるような感触に手首が圧
迫される。
現状を把握しようと落とした視線は、けれども直ぐに、レイの指
ためら
で彼の蒼い氷へと釘づけにされた。
﹁俺にはすーちゃんとのことに躊躇う理由なんて初めからないよ。
でもまぁ懐柔する時間は必要だったし、可哀想だから条件も呑んで
あげて母さん達が居なくなるまで待った。プラス俺にしては信じら
れない親切でもって、すーちゃんが気にする世間体も逃げられない
状況も整えてあげた。おまけに最後の猶予時間も追加。土日、俺が
195
体調崩したから気持ちの整理もつけられたでしょう?﹂
並べられた言葉のどれにも反応できないまま、反論しなければと
いう本能だけが私のくちびるを震わせる。でも、音にはならなくて。
﹁大丈夫。何も心配ないから﹂
その様を怯えと取ったのか、レイが優しくそれを啄ばんだ。
レイの唇で、私のを。
離れる瞬間舐められたくちびるの表皮が、彼の唾液で潤いを取り
戻すのを感じた。
﹁っ、レ、ィ﹂
辛うじて紡いだ彼の名も、髪をまとめていた薄桃のシュシュがす
るりと抜かれる音に掻き消される。
耳の横で留めていた髪束は、まとまりを無くし背中に払われた。
左の首筋も露わになる。近づく琥珀に似たレイの髪をスローで眼
の端に認めてすぐ、自分以外の体温が肌に与えられるのを感じた。
次いで、ちゅ、という音の後、温い空気が動脈を追うように上っ
てきて。
﹁ぜんぶちょうだい﹂
196
今度こそ、寒さのせいにできない︱︱︱︱レイの意志に震えた。
197
寒さと悪寒の判別ができるようになった気がします︵後書き︶
お付き合いくださりありがとうございますm︵︳︳︶m!!
今週は時間あったのでEROERO、EROを寄越せぇぃ! と
呟きながら︵↑あぶない︶カタカタPCと向き合っていました。だ
がEROが出てこなかった神秘。
ちなみに明日提出する課題の諸々を放置しての暴挙なので、ふふ、
YA BA I☆
しかし満足です。やっぱりまなは書くの好きです。読むのはもっ
と好物︵↑︶!
こんなノロノロ、更新も不定期なのに、ご覧くださって本当にあ
りがとうございます。
またお時間あれば、お付き合いくださると嬉しいですm︵︳︳︶m
恐れ多くも応援して下さったり、待って下さる方がいらっしゃる
ことが本当にまなの毎日の励みになっております⋮⋮! 感謝です
⋮⋮!!
まな
198
for
the
summer:夏休みの
IDLE TALK∼assignment for the
summer∼︵前書き︶
assignment
研究
※お下品です⋮⋮ありえません⋮⋮!︵↑じゃあ何で書いた!︶ OKな方のみどうぞ⋮⋮
199
IDLE TALK∼assignment for the
summer∼
﹁あっっっっっっ︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱︱つぃ﹂
﹁よく息続いたね﹂
程よく整えられた空気の満ちる笹谷邸。
毎度お邪魔しているリビングではなく、レイの部屋で私はぼやい
た。
なんだこれなんだあの大気がゆらゆらしてて遠くの道路に水たま
り様のもやもやが見えてて人っ子一人いない外は。暑すぎる。暑い
のは解っているが見た目にも暑さがビシバシ伝わってくる⋮⋮!
﹁ここは涼しいでしょ?﹂
﹁涼しい。大変に涼しくて快適すぎる。その事実が私を苦しめるん
です⋮⋮あぅ⋮⋮部屋に帰らねばならぬ辛さ⋮⋮っ!!﹂
﹁あぁ、壊れちゃったしね、エアコン﹂
﹁修理、今どこも忙しいらしくてっ! 今日来れるかどうかわから
ないって⋮⋮っ﹂
思い出すと悲しくなるというか号泣できる。
それはつい先ほど。
今みたいにギンギン太陽が気温を上昇させ、さらに大陸からの湿
った空気が流れ込み、もくもくと積乱雲が成長した昼下がり。
レイとの夕飯の時間までまだ余裕があったし、ちょっと部屋でも
200
片付けようとまだ存命だったエアコンのきいた空間で過ごしていた
とき、それは起こった。
︱︱ピシッ!!!!
という音と同時に、閃光が窓から差し込み、次いで轟音が振動と
ともに身体を揺さぶった。
ものっすごい、近くで。
しばらく恐怖で動けずにいた私だが、ケータイが着信を報せたこ
とで動作を再開し、電話に出た。発信源はレイ。
私の無事を確認し、至近距離に落雷したらしいことを伝えてきた。
とても稀ではあるけど、屋内にいても家電や水道を伝って感電を起
こすことがあるとか。当方全く問題ないことを伝えると、ほぅ、と
吐息が耳を掠めた。
あぁ、心配してくれたんだなぁ。
EROいばっかりじゃない、こういうところもあるとか、始末に
負えぬ。最近悪化の一途を辿る悪戯にも眼をつむりそうになるでは
ないか。
不意にもニヤけてしまった頬を意識しないようにして、レイがケ
ータイの向こうにいることに感謝しながら、徐々に上昇してきた室
温を下げるべくリモコンを再起動しようとした。
んが。
﹁まっさか、まっさか命綱とも言えるエアコンが落雷被害を受ける
だなんてっ﹂
201
﹁まぁ本当に近くだったしね⋮⋮。見た感じ、室外機に焦げた様子
はなかったから、直接ってわけじゃなさそうだけど⋮⋮回路が焼け
ちゃったのかもね。買い替えてもいいし、まぁ修理を待とうよ﹂
﹁この運の悪さ⋮⋮っ⋮⋮うぅ⋮⋮すみませんっ⋮⋮私が入居した
ばかりに⋮⋮っ﹂
じめじめとフローリングの継ぎ目を指で撫でる。凄い。埃がひと
欠片も採取できない。
電話の後、とりあえずおいでと誘われ、レイの家へ前倒しでお邪
魔することになった。
確かに暑いしあのままでは熱中症まっしぐら。ありがたくお邪魔
した。
笹谷夫妻はいつも通り不在。
お手伝いさんも今日はお休み。
ってことで、本当に珍しくレイは小学生業務をこなしていた。つ
まり夏休みの宿題。
﹁天災じゃしょうがないでしょ。すーちゃんのせいなワケないじゃ
ない。しょうもないこと言ってないで︱︱ほら、アイス融けちゃう。
食べよ?﹂
ベランダへ続くガラス扉の前、項垂れる私の視界に、レイの足が
映った。
相変わらず白い。そんでもって足であろうが見事な色つや形の爪
が上品に並んでいる。パーツでみても美しいとか、すげぇ。
﹁⋮⋮ありがと﹂
202
机に広げていた宿題達をまとめた後のテーブルには、冷えて露が
ついたグラスが置いてあった。麦茶っぽい。簀の小さなコースター
の上に置かれている。
私がうじうじ暑さに文句言っている間に、階下に取りに行ってく
れたらしい。ついでにアイスもとは気が利くではないか。
差し出された手に握られた棒アイスを受け取ろうとして、手を伸
ばす。
色は赤紫。ブラックカシス色。というか、ブラックカシスそのも
のだ。鈴子さんが、果物をふんだんに使用して作ったアイスキャン
ディなのよって大量に購入したそうだ。
何故カシスなのかというと、マシュウさんが疲れ目らしいからら
しい。アントシアニンは眼精疲労に効くという知識に基づき。
でも結局忙しくてあまり帰宅できてない笹谷夫妻だが、まぁ、愛
情ゆえの、ほら、なんていうの? 微笑ましい話的な、ほら、ね。
たとえ冷凍庫にあと50本あったとしてもね、ほら、うん。
融けだした表面が、白い霜を道連れにして鮮やかな色を主張して
いく。
つぅ、と、雫が零れそうになるのに気付いて、慌てて柄を持とう
とするが。
﹁あーん﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮へ、いやいや、へ、ぅんむっ﹂
レイの親指に自分の指を重ねたままの状態で、じゅわっ、と果汁
が口に広がった。うめぇ。じゃなくて。
﹁ひっ、ふんえっ、たへっ、えうっ︵訳:じっ、ぶんでっ、たべっ、
203
れるっ︶﹂
﹁大丈夫。手、汚れちゃうから、俺が食べさせてあげるね﹂
﹁はんへっ?!︵訳:なんでっ︶﹂
﹁ほら、零れちゃう。もぅ⋮⋮ちょっとこっちおいで﹂
口の端からたらりと顎へ伝いかけた赤紫を人差し指で上から撫で
取り、レイはぺろ、とそれを舐めた。
その手で私の腕を掴むと、部屋に置いてある二人掛けのソファへ
と私を誘う。が、着地させられたのはソファの下。四角い座布団よ
りも大判の、低反発クッション︵ブルー︶。
ぽすん、と見た目に違わない柔らかさでもって私の臀部を受け止
めたクッションごと、ソファに座ったレイの足元へと引きずられた。
片手だが滑りがおよろしいフローリングの為、直ぐに至近距離まで
到着する。
で、両膝を開いたレイが、私の身体を囲むようにその空間へと招
待してくれる。⋮⋮ん?
﹁はい、あーん﹂
前かがみになったレイが、上方からアイスを差し出してくる。も
んのっすごぃ笑顔で。
﹁いや、レイ、あの﹂
﹁こぼれちゃうよー?﹂
ちょいちょいと私の口唇をアイスで撫で、体温で融けた出た果汁
がくちびるに滲みる。わずかな隙間から口腔内へ入り込む液体は、
204
やはりとてもうめぇです、うん! だけどもさ?
﹁位置ィッ!! ダメっ、アウトッ!!﹂
﹁え? 何が?﹂
にっこり小首を傾げ微笑みながら、レイが惚ける。
上体を折り、自分の両腿に肘を付いて、アイスをその膝の間から
付き出すようにして。
まぁつまり。
﹁なんのまねして⋮⋮むっ!!﹂
﹁はいはい、ちゃんと食べようね? 融けちゃうってば。ほら、そ
う︱︱舐めて﹂
﹁ぐぅっ﹂
﹁美味しいでしょ? 赤い棒は? ゆっくり味わってね。下から舐
めあげて、うん上手。上は吸って﹂
口内に入れたことで崩壊を始めたアイスの上辺を、口の浅いとこ
ろで回され思わず捥ぎ齧る。
あぁいーやーだー!! コイツがナニしたいかわかるからいーや
ーだー!!
﹁すーちゃんはまだ下のお口で経験ないから早いと思うんだけど、
ほら、こういうのは練習でしょ?﹂
逃げられないように、クッションに拡がる私の足首を、レイの足
が押さえつける。痛くない程度。でも身動きとりづらい力加減と関
節技のコラボってコイツ腕上げてるぅぅうう!!
﹁別に俺もフェラチオにはさほど興味なかったんだけど、でも子ど
205
も欲しいって言ったじゃない? 妊娠初期は感染リスクもあるから
行為は避けるほうがイイって言うし︱︱じゃぁ挿れる以外でもお互
いキモチヨクなれる方法考えなきゃいけない、よね? 丁度夏休み
だし、研究しようかなって﹂
アイスを持ってないほうの手が、レイの太ももに掛けていた私の
手を一つにまとめる。
小学生だと侮れない手の大きさ指の長さが、繊細な造形のくせに
しっかりと私の自由を強奪してくれる。
ってかさっき放送禁止用語が非対象年齢の口から散布されたぁぁ
ぁぁああッ!!
ふぇ、フェ⋮⋮っ︵自悶︶!!
いやお互いって⋮⋮いやいやそもそも妊娠って⋮⋮いやいやその
まえに私の子ども欲しい願望はアンタに関係ねぇと思うのですがっ
! いやそれ以上の前提として夏休み研究するべき対象じゃないぃ
ぃいい!!
おもちゃ
﹁玩具でもイイけどね? やっぱり無機物よりは相手のほうがイイ
よねぇ? ホールに入れるよりも、すーちゃんのお口に咥えて貰っ
たほうが、絶対キモチイイし。それに﹂
残り少なくなりつつあるアイスを、一刻も早く制覇してこの状況
から逃れようと、舌を棒に絡める。やべ、もう必死すぎて舌の感覚
麻痺してきたっ! もう当分アイスいらないぃぃい!!
とかレイがナニ言っているか放置して、自分の安全安寧に向けて
必死こいて奮闘していたとき。
ふっ、と、私の片足に加わっていたレイの重さが無くなった。
206
﹁っ⋮⋮ぁっ!?﹂
﹁すーちゃんをキモチヨクさせるのは俺がしたい﹂
﹁ひあっ﹂
ぐにゅぅ。
ぐり。
ぐりぃ。
音がしそうなほど、自分の恥骨が動くのが解る。外力によって、
敏感な神経集合した部分を守る肉が圧され、レイの拇指が沈み込ん
でくる。
﹁やぁ、⋮⋮⋮⋮っ、めっ﹂
﹁ほらね、玩具より、イイでしょ?﹂
何がじゃぁあああ! 何がイイでしょ、なんスかーッ!! オモ
チャってなんスかーッ!!
くちびるにはもう力が入らなくて、さっきまで必死に咥えていた
アイスが床に落ちる。あぁ、もったいないっ! 敵のように貪って
はいたが、確かにアイスは高尚なお味でもうもの凄く美味。ってい
うか、値段! 値段も大変な御高級品なのにっ!
半分以上残ってないそれに未練が向かうと同時に、布張りのソフ
ァとクッションに意識が奪われる。やばい。染みになる。果汁なん
てぜってぇ染色したみたいになって取れぬ⋮⋮!
零れたアイスが完全に融ける前に、回収せねば⋮⋮! と手を動
かそうとして。
﹁逃がさないよ? ほら、俺はもういいから。今度はすーちゃんが
207
ヨくなって?﹂
まとめられた両手が解放され、再びがっしり掴まれる。片方ずつ、
レイの両手によって。で、レイの膝に誘導されて。
まぁつまり結果。
﹁これで良く見える。これなら弄りやすい﹂
私の両手で遮られていた視界が、庇うものもなく私の局部を晒し
出す。服は着ているが。着衣はしているが、ああ、今日に限って⋮
⋮っ!
﹁今日はスカートなんだね。珍しい。すーちゃん、あんまり普段着
ないじゃない? 持ってるんなら、もっと着なよ﹂
﹁いや、似合わなっ︱︱︱︱じゃなくて、足どけてっ!!﹂
そうだ、似合わないんだ。かわいいなぁとか思ってたまぁに買っ
ちゃうけど、似合わないから放置になっちゃうけど、でも今日は暑
いからたまにはいいかと思って穿いちゃったけどっ、さらに自室用
の短い薄い外出向きの御品じゃないけどっ!!
雷事件で気付いたらこの格好でレイのとこに来てしまっていたな
んて⋮⋮!!
﹁はいはい﹂
﹁ふぇ⋮⋮? へええええぇぇぇえ?!﹂
素直⋮⋮! と感嘆する間もなく、レイの足は私の太腿を下降し
た。で、器用にうっすい布の端を爪先で引っ掛けて。
﹁へぇ。可愛いね。ピンクの下着﹂
208
茶色のレースで縁取りされた、ベビーピンクのショーツが開帳さ
れる。ああ、ああ⋮⋮っ!
何しやがるんですかこの小学生ぃぃいいい! ちょ、まて、ちょ
っ、ちょいちょいスカートを捲り上げるな太い太腿を晒してくれる
なぁああああっ!!
﹁でも残念﹂
涙眼になる私の反応を余所に、使命に駆られたように熱心にスカ
ートめくりを全面全行程やり遂げたレイが溢した。字面だけみると
スカートめくりって小学生っぽいがヤっていることが熟練し過ぎて
いる。
﹁両サイド、紐じゃないんだね。解けると愉しいのに﹂
﹁なにがなにがなにがなにがっ﹂
﹁えぇ? 正面から足でぐじゅぐじゅにしてから、また足でゆぅっ
くりリボン解くでしょ? そして危うげな布地をまたゆぅっくり爪
先で剥がしていくの。すーちゃんのでびっしょりになって、染みて
色が濃くなったこのピンクを、ね?﹂
﹁ぎゃぁあああああああ﹂
﹁はいはい逃げないでー逃がすわけないからー暴れるならちょっと
自由が保障できないよー﹂
﹁既に保障されてませんがあああああ!!﹂
﹁何言ってんの? まだ縛ってないじゃない。手錠も出してないし﹂
﹁あるのかよぅっ!!﹂
﹁レザーか、ファーか、タオル生地か、王道でメタリック? チェ
ーンのもあるけど﹂
﹁それってファッションの話なんだよね? 季節外れのコートとか
その装飾とか、あぁもしかしてバッグ? バッグの話かー!﹂
209
﹁え? 手錠の話だけど﹂
﹁コレクションしすぎぃぃいいいい!!﹂
来れるかどうか不明だったエアコン修理業者の人が、マンション
オーナーである笹谷家のインターホンを押すまでに、まだ相当時間
があった。
210
IDLE TALK∼assignment for the
summer∼︵後書き︶
読んで下さりありがとうございます⋮⋮昼日中から卑猥なブツを
晒してしまって本当に申し訳ございません⋮⋮m︵︳︳︶m
すべてはERO、EROゆえです⋮⋮っ︵↑何が︶
また毎度のごとく現実世界のあらゆるモノをほっぽり出しての暴
挙なので、しょうもないネタしか書きたくても書けなかった。しか
し書かずにはいられなかったのです⋮⋮!︵自供︶
許して下さい⋮⋮。
時系列? え? それってどこの名物? 的な話の流れになって
おりますが、うぅん、いつぐらいだろう?︵↑オイ︶
A子とレイが出会っちゃったくらい? に、しときますね!︵↑
オイィィイイ!!︶
暑い日が続きますので、皆さまどうぞ体温調節と水分摂取に留意
してお過ごしくださいませ! まなはそろそろ右耳にあたるエアコンの冷気にくじけそうになっ
ています。しかし止めるとしぬる⋮⋮︵−︳−;︶
まな
211
知らなきゃよかったと思うこと︵前書き︶
連続投稿その①
212
知らなきゃよかったと思うこと
大人しく固まっていたのが悪かったのか。
それともとっさに回避するスキルとか口上とか諸々において要鍛
錬だったせいか。
いやそもそもこの年齢不相応な所業を成す悪魔に眼をつけられた
のが運の尽きというか人生を諦める重大な機会であったのか︵ああ
多分これだ︶。
玄関先でお前の持ってる全部を寄こせと脅してくださった︵脅迫
レイ
にしか聞こえなかった!︶レイは、私をアパートへ詰め込んた。も
れなく寝具と自分も一緒に。
﹁じゃ、早速いちゃいちゃシよう﹂
アクセント付ける位置やら発音やらがオカシイですと突っ込みた
かったが、その時間も割いてもらえずどんどこ引っ張られていくよ
ーぅ。
玄関から3∼4歩で辿りつくキッチン対面式のリビングに入って
そこでお茶でもと一息付くこともなく、そのままスルー。
ちなみにここの続きに私のベッドルームという名の腐海が広がっ
てて、その左が空き部屋、右がA子由来のイカガワシイ物によって
占拠された魔窟で、コの字にリビングを囲んでいる。
部屋について思考を巡らせて、当家は人をお招きするに問題山積
の空間であることを再認識。うん。やっぱりお引き取り願⋮⋮
213
﹁ここ、いいよね﹂
言ってレイが唯一無事なエリアを迷わず選びやがった。
いや、無事っちゃぁ無事なんだけど、掃除してないし!!
﹁そこは埃が大量蓄積して堆積岩レベルになっているっていうか⋮
⋮!﹂
﹁掃除しといたから﹂
﹁何?! っていうかいつ?!﹂
﹁昨日とか﹂
﹁昨日のいつぅううう?!﹂
と、言われた通り。
端の方にふわふわ浮いていたものが見当たらず、しかもむずむず
することなく清浄な空気が満ち溢れている気がする。あと見慣れぬ
電気ヒーターも我が物顔でいらっしゃる。これも昨日持ち込んだら
しい。
ぅえぇぇええ?
﹁はい入ってー。あ、コンセント入れてオンにして﹂
﹁あ、うん﹂
指示に従って部屋奥にあるヒーターのコードを手繰り、コンセン
トに差し込む⋮⋮って待て待て。
つ
﹁いや、色々ストップ。暖房とか点けている場合じゃない﹂
﹁あ、こっち持って?﹂
﹁うん︱︱じゃなくって﹂
﹁ちゃんとクイーンサイズだから﹂
214
﹁そっかそりゃ広くてイイよね! レイ背大きいし脚出ちゃうしね﹂
﹁脚開いてもこれなら気にせずイケるから安心して励もうね﹂
﹁はい他言語飛び出したー! っていうかもうホント待ってってい
うかとりあえず帰って!?﹂
﹁うん。ここ家だし、ただいまー﹂
﹁ちょっ了承してない! そもそも婚約とか馬鹿げてる話だって誰
も認めてないっ!﹂
できるわけもないだろう、そんな荒唐無稽なこと。
ただレイが強引に年齢に見合わぬ手腕でもって方々の訴えに聞く
耳持たず暴走しているだけだと思う。間違いない。
しかも親御さんがあの人たち。
子ども放任至上主義っていうか子ども放任至上主義教教祖な人た
ちである。放任という名のもとに子どもが決定した事項を二つ返事
で承認してしまう夫妻だ。
危ない。笹谷家の安泰が危ぶまれる。ここに既に危険因子がいる
し。
﹁馬鹿げてるのはおめでたいその思考回路だよね。母さんたちに言
って何とかなると思ってるなら無理だよ? 婚約。言いだしたの、
あの人たちだから﹂
﹁⋮⋮⋮⋮へ﹂
﹁他人と同居なんて落ち着かない、それに高倉さん居ないから生活
できないしすーちゃんの部屋に泊まるねって言ったら﹃だめよ年頃
の娘さんなんだから噂が立ったらどう責任取るの!﹄って珍しく真
面目に怒られて。だからこっちも真面目に、結婚する予定だけどそ
れ以上にどう責任取ればいいの? って聞いたら﹃じゃあ婚約して
215
おかないとダメよっ﹄って﹂
﹁へー⋮⋮⋮⋮⋮⋮え?﹂
﹁だから、ね?﹂
﹁何が? 何が、ね? そしてちょっと待ってくれ。え、高倉さん
が居ない? えっ、居ない? えっ婚約言いだしたの鈴子さん? 鈴子さんが婚約? って、え? ﹂
混乱しているので二回ずつ確認しました。
え? どゆこと?
﹁あれ、言ってなかったっけ? 母さんたちと向こう行ったよ? あの人たちも生活力ないからねぇ。言葉は通じるから衣食には困ら
ないとしても、住環境までは手が回らないし。なんだかんだで高倉
さんも母さん達のこと心配らしくて。行っちゃった﹂
行っちゃった、の後に☆が飛んでいる無邪気さで言われた言葉が、
ダメだ、頭に浸透してこない。
高倉さんは鈴子さんのご実家でもお手伝い業をされていたそうだ。
鈴子さんが幼少の頃からのお付き合いなら、確かに離れるのは心
細いだろう。鈴子さんの要望になら、高倉さんなら﹁もちろん参り
ますよ!﹂と何を置いても着いていっちゃうんだろうと容易に想像
できる。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮ん? 私、置いてかれた⋮⋮?
﹁あの、じゃあさ? もしA子たちが来なかったら﹂
﹁うん? ああ、あのまますーちゃんを監禁してたけど﹂
それがどうしたの? と言わんばかりの微笑みで返された。
216
満面の笑みとはこれを指すんだと、辞書に掲載してもらいたい笑
顔である。
待って寒い⋮⋮!! 今寒すぎる言葉を聞いちゃったよ⋮⋮?!
わず
﹁というのは僅かに嘘で﹂
﹁大部分が真実!!﹂
﹁さすがに次の日体調不良で休むくらいに自重はするつもりだった
って﹂
はい今さらっと流しちゃならん言葉を聞いた気がしたー! でも
怖いので流すことにするー!
﹁へーそっかぁあははあ﹂
﹁それにね。婚約したら一緒に住んで必要時以外裸の付き合いをす
るって知ってた? 常時接続状態で。これってWHOで採択されて
るよ? すーちゃん、ちゃんと5年毎に全文確認してる?﹂
﹁ごめん田舎者だから国際批准に追いつけなくて⋮⋮ってんなわけ
ないよね?!﹂
かの機関が勧める全人的な健康を得られないどころか身体的精神的
ダメージ必須な宣言である。
﹁無知は恥じゃないよ。知っていけばいいんだから。俺が教えてあ
げるね。腰をがっちり抱えてぐちゅぐちゅと﹂
﹁教える内容がすり替えられている?!﹂
﹁よしできたー﹂
レイは話しながらもせっせと包装から寝具を出し、布団をすっか
り整え終えていた。
217
うっ。並べられた2つの枕が生々しく感じる⋮⋮!
満足そうにぽんぽん、とピロ︱の皺を伸ばしながら、レイが続け
た。
﹁でも生活力ないってのは本当。料理とか整理整頓とかできないし﹂
﹁嘘をつくな嘘を﹂
高倉さんは基本、土日がお休みである。
金曜に食べるに困らない十分な準備はされてるけど、たまにレイ
と料理することもある。
レイが作ってくれてることもあって、そのとき振る舞われたごは
んは、めちゃくちゃ美味だった。
オムライスなんてとろとろふわっふわ。エフェクトかかってない
現実世界において、卵とデミグラスソースのコントラストが鮮やか
にキラキラ輝くのを初めて見た。
対して私はまぁ、あれだ。せいぜいチキンライスに卵の薄く焼い
たやつを乗せることはできる、という具合の腕である。
紅茶もマシューさん直伝らしく、それはもう美味にお淹れになる。
それにいつだったか私の洗濯物畳んでくれたよね? それはもう
折り目正しくきっちり美しい仕上がりで下着まで⋮⋮。あれはいら
んかった。憤死しかけた。
まぁつまり、家事戦トーナメントでレイとぶつかれば私は敗退す
る用意をする。出でよ白旗! 我が手に安全安楽安心な無戦敗をと
叫ぶ。
宣言しよう。あんたはいつでも嫁に行ける⋮⋮!
218
そう熱弁したが、首をゆるゆる振って否定された。
﹁すーちゃん解ってない。だって性欲強くて独りじゃもぅダメなん
だよ。毎日すーちゃんに触れてちょっと味見してその先想像して滾
る熱を解放するだけで我慢してたのに。そこに邪魔が入る可能性が
あるだなんて、考えてもみてよ? 無理でしょ無理。そんなの耐え
られない。ああ、大丈夫だよ。毎日俺を食べてくれるだけでいいか
ら﹂
﹁どこら辺が大丈夫ねぇどの辺に大丈夫な箇所があったか聞きたい
なー間違いじゃなかったらさり気なく私の精神衛生が無事で済まな
い提案がされてたと思うんだけどなー? ていうか料理とか関係な
くないー?!﹂
﹁言い方間違えた。自分の欲求を上手く調理できなくてこのままだ
と確実に暴走するっていう予期不安と精神的な動揺により生活継続
かこ
困難だから助けて?﹂
﹁上手いコト託けたとか思ってるだろうけど言っちゃってるからね
? 本音はしかと拝聴したからね?﹂
﹁受け止めてくれてありがとう︱︱はいおいで﹂
﹁んぬおぅっ﹂
腕が取られてつんのめる。
抗う暇もなく、ほわほわ弾力溢れる布団にダイブする。
布団に掛けられたシーツは、毛足がほんわかしたウールっぽい素
材だった。
わーぃぬくくてつやつやだぁ⋮⋮! 手で撫でたところが色見を変えて、また撫で返すと元に戻る。
あぁいつまでもやってられるわこの感触ー。
﹁気に入った? 気持ちイイでしょ﹂
219
正座で着地した姿勢だったのが、とん、と押されて今度は背中に
布団が触れる。
視界も切り替わって、木目の板と梁が組まれた天井が眼に入った。
それを背景に、レイの淡い髪が揺らめいた。
わ た し の 愚 か 者 !
シーツの手触りに気を取られ肉食獣の前で緊張解いちまうとかっ!
﹁ちちちちちちちなみに﹂
﹁ない﹂
﹁まだなんも言っておりませんがっ﹂
﹁この状況と結果を変えるつもりなら、ない﹂
意地悪そうな表情じゃなく。
それどころか私を痛ましそうに見つめて微笑んでくるくせに、姿
勢は強硬。崩そうともしない。
﹁でもまぁ。これの理由なら聞いてあげる﹂
俺ってすーちゃんには甘いから。と言いながら、くいっとネクタ
イで自由の制限された私の腕を持ち上げて、お互いの眼前に掲げら
れる。
滑稽なほど、それは。
﹁何で、震えてるの?﹂
がたがたと、筋緊張と弛緩を繰り返している。
﹁さ、さむさがっ﹂
220
﹁もうコート脱いでも大丈夫だけど﹂
レイの持ち込んだヒーターは高性能だったらしい。
さすが笹谷家所蔵暖房器具。持ち主に有利に働きおる⋮⋮!
﹁そういえば、言ってたなぁ︱︱有子さん﹂
ぱっ、と戒められた両腕が解放され、ドスっと私の腹部に衝撃が
襲う。
ぐっふ⋮⋮! 予告くらい欲しかったです⋮⋮。
悪びれる様子も見せず、腕を放したそのままの流れで、レイの手
が枕の両側に配置された。
そう、悪びれもせず、しでかしやがった。
﹁真正面から押し倒して覆いかぶさると大人しくなる、って﹂
びくり。
全身の筋肉が、反射反応を示す。
﹁ほんと、だったね﹂
レイの両腕で、囲われた世界。
間近に迫る、氷の双瞳。
﹁こうすればいつでも手に入れられた。だけど、俺はすーちゃんを
犯すんじゃなくて、抱きたかった﹂
隙間なく括られた腕が、腹の上で暴れているが、止められない。
力が入りすぎるのに、どこにも上手く逃がせられなくて、随意筋
221
は私の思考に従わなくて。
﹁抱き合いたかった﹂
︱︱︱︱動けない。
﹁だから俺、今まで我慢してたんだよ﹂との心外な発言は、私の耳
を通り過ぎて行った。
222
いろいろバレるとマズいと言ってる︵前書き︶
連投その②
223
いろいろバレるとマズいと言ってる
A子を罵るか自身の安全かという議論は当然、私の安全確保が最
優先となる。
よって荒れ狂うA子への怒りは真空パック冷凍保存しつつ︵後で
鮮度そのままに取りだしてやる!︶、とりあえず 逃 げ ろ !
逃 げ ろ ! と鳴り響く脳内コールに私は力強く首肯した。
了解です!
﹁さて、何でこんな状態になってるの、すーちゃん?﹂
﹁ふふふ不慣れなもので﹂
﹁慣れてたらそれはそれで、ねぇ?﹂
ふかん
私から見えるレイはちょっと俯瞰気味で、その表情が陰影で妖し
く隠される。
イヤ怖い! 何?! 何がねぇ?! うっわ肌がゾクブルするっ
!!
﹁それにしても、寒さの次はそうきたかー﹂
つい、と至近したレイの顔が、愉悦に彩られる。
﹁汗。かいてるよ?﹂
白い指が、私の首筋を撫でる。
皮膚が粟立つ感覚は、冷や汗を生成するためだったらしい。
集合して雫となり、伝うそれが肌に痕を残していったのを、レイ
224
が舐めあげた。
﹁⋮⋮っや!﹂
﹁寒いんだよね? それとも慣れないから、だったっけ?﹂
私に触れた舌を口腔に仕舞って、味を確かめるように上下のくち
びるを重ね合わせた。
こちらの動揺を少しも漏らさないようにか、レイが瞬きもせず見
つめてくる。
﹁過度、だよねぇ?﹂
ついに呼吸もリズムを崩し出した私の様子を見て、レイは覆いか
ぶさっていた姿勢を和らげた。
私の両脚の間に、とす、と腰を下ろす。
圧迫感が無くなって空間が開けたのが判ると、呼吸循環動態が恒
常に向かって整い始める。
﹁ねぇ、なんで?﹂
はぁ⋮⋮とようやく私が息を吐けたところで、レイが問答をリピ
ートしてきた。
言い逃れは失敗したらしい。もちろん安全宣言も未だ発表がない。
成功率はレイが興味を持った時点で微小だったが、それにしても
その件に触れないでそっとしておくという選択肢、お前には見えな
いのか?! って、言えたらなー☆
ま、言いたいけど言えないよねー。
絶対﹁選択肢なんてあったの﹂って一刀両断だよねー。
225
でもちったぁ気遣えよって叫びたいよねー。
だってですね、ご覧くださいよこの私の異常っぷりを。
これ見たら普通逸らすよね? 話逸らすよね? あ、これ触れち
ゃいけない話題だったんだ⋮⋮! って回避するよねっ!?
なのにやっぱり予想通り、レイの眼はビシバシ主張するのである。
そうなの見逃すとか考えも及ばなかったごめんね悪いんだけど早
く聞かれたことに答えてくれない? と。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮も、黙秘って⋮⋮﹂
﹁は?﹂
ハイ容赦ない疑問に満ち溢れた疑問符を頂戴しましたー!
たった一言に、私に対する人権の御取り扱いはございませんが何
か言いましたか? 的な嘲りが大量に練り込まれていたー!
﹁いいよ? 言えないなら。有子さんに聞くし。事後なら教えてく
れるって言ってたし。そうなると必然、どうしても理由を知りたい
俺はすーちゃんをレイプ、と﹂
A子ぉおおおおおおぉぉぉ!! おおまえぇぇえぇえ!
﹁その場合は監禁することになるので、うーん、仕事、長期無断欠
勤でクビになるね。ごめんね? あと人に逢わせるつもりないから
その辺、了承してね。監禁だし。だって合意に至れなかったんだも
ん、しょうがないよね﹂
合意できない上の行為に了承なんかできるか!
226
﹁合意! 合意できるようにお互い歩み寄りが要るよっ! 歩み寄
ろうよっ﹂
﹁立場を考えて発言してよ﹂
﹁人権宣言どこ行った?! 私には人権っていうものがあるはずだ
よねー?!﹂
﹁こうやって人は人を支配して、負の連鎖が始まるんだね。こんな
に想っていても、犯罪に手を染めることになるのか。それもこれも、
すーちゃんのせい﹂
ふぅ、と芝居がかった綺麗な顔が左右に揺れる。
あれ、全部私のせいにされてる? 悪いのって私ですっけ? そ
して私監禁レイプされるの決定? 決定されてる事項?
﹁じゃっ﹂
﹁俺のことはいいんだよ。俺のことは﹂
止めとこうよ! と説得するはずだった声は遮られた。
しかも心配してないところを強調された。え?
﹁俺が犯罪者になって母さんたちに迷惑かけるかもしれないことは、
ね?﹂
﹁脅し入ったー?!﹂
あんた自分の罪状にどれだけの文言連ねるつもりだ!
﹁俺のことはね。でも、すーちゃんがねぇ、大丈夫かなぁって、心
配。自分で言うのもなんだけど、俺ちょっと粘着質な人間かもしれ
ない。狙ったら大人しくなるまで虐めて甚振って嬲って弄りたおし
て愉しんでぐちゃぐちゃに鳴かせて心ゆくまで堪能するから︱︱あ
ーぁ、大丈夫かなぁ。すーちゃん﹂
227
﹁ない! 大丈夫じゃございませんッ!!﹂
ぶんぶん首を横振る私に、蒼色が優しく追い打ちをかける。
﹁だよねぇ? それって、こまる、よね?﹂
今度は縦に頭部をシェイクする。
あ、頸からぐきゅって音がしたっ! いいや、かまってられん!
﹁だよね?﹂
望んだ答えが得られたのか、ちょっとだけ態度を柔らかくしたレ
イは、だったら、と続けた。
﹁言え?﹂
﹁ループぅううう!!﹂
﹁素直が一番だよー? 後で正直に初めから言ってれば良かったっ
て後悔するのはすーちゃんだよー﹂
吐くのは決まってるんですねええはいそういうヤツですよねあな
た!
﹁俺も考えたんだよね。だって、ここまでしてるのに堕ちないんだ
もん。年齢じゃないところが大きく占めてるんだろうなって﹂
左手だけ私のわき腹近くに置いて、ちょっと伸びるようにレイが
覗きこんでくる。
う、うむ、これくらいなら、まだ。
﹁すーちゃん、俺のこと好きでしょ。ちゃんと恋愛対象として。今
228
現在﹂
﹁ふおっ?!﹂
一気に心拍がけたたましく鳴る。
えっ、えっ、ぇええっ? なに、なんでいきなりそんな話題っ?!
﹁歳が近かったらっていう、微妙に逸らした答えにしちゃったけど、
判るよ普通﹂
﹁いやいやいやいやあれはifだからイフ! もしもだからっ﹂
﹁そのもしもに断言してくれたなら同じだよ﹂
﹁同じじゃないよっ?!﹂
もしも、はどこまでいっても、もしもである。仮定。
前提が仮定の発言は真実とは遠い。
そう伝えるのに。
﹁だってそうなるように接したもん。嫌われないように、でもきち
んと対象として認識されるように﹂
やりすぎたという自覚はないようである。ちなみにやりすぎた上
嫌われたかもしれないという懸念もなかったようである。
現に現在も、圧迫感を与えないぎりぎりの距離まで詰めて、レイ
の右手が私の顔に触れてきた。
人差し指と中指が、くちびるを這う。
﹁こうやって、初めは触れるだけ﹂
ふた指が端まで行くと、親指が後を追う。
229
﹁触れるだけじゃ、我慢できなくなって﹂
くすぐ
下くちびると上くちびるの間を擽って、ゆっくり沈み込んできそ
うで。
﹁ん、まっ﹂
待って、と言い終えるより前。
その指ごと咥え込むように、レイのくちびるが私の言葉を奪う。
近い。身体が。
狭い。自由が。
また、震えそうになる。刹那。
﹁眼、開けて﹂
﹁っ?!﹂
ゆったりとした、穏やかな声が優しく降ってきた。
つい言われた通りに、視界を解放してしまう。
薄い色素の睫毛が、私を撫でる。どんだけ長いモノをお持ちなん
だちくしょぅ!
鼻と鼻も触れあって、微妙な体温なはずなのにそれも感じて。
しっかり数秒。
私の意識を雁字搦めに捕らえてから。
ぬちゅる、と粘着音が互いの口腔で共鳴を再開した。
230
﹁なっ⋮⋮れ⋮⋮ぅ﹂
﹁眼、⋮⋮⋮⋮つぶらな、⋮⋮⋮⋮ぃ、で﹂
瞬き合間にそのまま寄せてしまいそうになる瞼を、額を撫でるレ
イの手が抑え込む。
そのまま、私の空間であるはずの場所は、レイの舌に占拠された。
﹁俺、だよ﹂
軟口蓋も硬口蓋も歯茎も歯列も舐め終えたレイが、音をつくりだ
す。
﹁いま、すぐりの前にいるのは、俺﹂
すっかり乱された息に、私は喋れないのに。
相変わらず、どこでその技術を磨いているんだと心配になる手連
に、抗えもしないのに。
﹁だから、言って。全部。おしえて﹂
﹁⋮⋮⋮⋮っ、レイ、は、なんで、私なんか﹂
やっと口から出すことのできたのは、でもレイの望む言葉じゃな
かったようである。
いつの間にか肌蹴させられたブラウスを掻い潜り、レイの手が私
の背中に廻る。肌から剥がすようにブラのホック部分が引っ張られ、
あた
不満げにぐぃっと捻られたのがわかった。
わずかな下着の反動が肩甲骨に中って、同時にカップが浮く。
﹁ちょぃっ、やめっ﹂
﹁教えない﹂
231
呆然から一瞬、抗う為に取り戻した意識には、胸元が生白い曲線
を描く様が眼に映る。
鎖骨下にずり上げられた下着は微妙に視界を欠かせて、レイの指
がどこを目指しているか解らなかった。
が。
﹁っあッ!!﹂
衝撃が、脊髄神経を刺激する。
乳首が掻かれている。
爪が、窪みの皮膚を剥がすように、でも傷つけないように優しく。
﹁教えてあげない。すーちゃんが言ってくれないのに、言う訳ない
でしょ。ほら、早く言ってよ。真正面から襲われて震える理由。あ
あそうそう︱︱︱︱︱︱美大に行きたい理由も忘れずにね?﹂
﹁それは、っ趣味、ッあぅ!!﹂
ぐりゅ、と乳首が潰される。
﹁うそ﹂
一度潰した薄紅茶色の円柱を、今度は整復するように指で転がさ
れる。
その都度、じくじくした疼きを下腹が伝えてきた。
﹁嘘つくとか、まだ諦めてないんだ? 離れられると? 俺から逃
げられるって?﹂
痛みを訴える間もなく、仄暗い言葉が耳に注ぎ込まれた。
232
﹁ありえないよ。すーちゃんは俺の傍を離れられない。意思じゃな
くてね。放してもらえないの﹂
無責任である。
レイが私に恋愛感情を持っていたとして。好きだと感じていたと
して、離れたくないと思ったとして。
だとしたら、相手を束縛できるんだろうか。いつまでも、傍に居
られるんだろうか。
だったら私だって。
私だって、と、思う。
﹁できる、と、思ってる、の﹂
冷たい言葉が溢れ始める。
﹁ほんとに、っ、そんなこと、できるって、いうの? ただの、小
学生に⋮⋮っ﹂
止まって欲しくて絞り出す声に、どれにも感知しないレイの手は、
私の肌を焦がし続けている。
聞かない振りか。反攻か。
それとももう、私の言うことなんか、聞く価値もないと思ったん
だろうか。
﹁できるわけ⋮⋮ゃっ⋮⋮、な、いで、しょ﹂
それでも、私は喋り続けた。
233
だって。
自分でも背負えないのに。
逃げるのが精一杯なのに。
逃げきれていないのに。
できるわけないじゃん。
できないなら、それだったらと、私は考えたんだよ。
一筋だけ、残したいって。
あんたとの糸を。
大切なんだ。すごく、すごく。
それを失いたくないんだよわかってよ。
﹁だか、らっ、言いたく、ない⋮⋮言ったら、もう﹂
僅かな細い繋がりを。
夢中で縒って残した繋がりを。
言ってしまったら。私のことが知れてしまったら。
レイと一線を越えてしまったら。
すぐに消えなくちゃならなくなる。
そうしなければ、レイに迷惑がかかる。それは嫌だから。
234
だから、ねぇ。お願い。
消したくないんだよ。
消えたくないんだよ。
切れてないって、思っていたいんだよ。
思わず手にした感情のもとを。
くれたあなたを。
繋がっているという幸福感だけでもいい、縋っていたいから。
﹁なくっ、なる﹂
聞かないで。
どうか。
私がするようにさせて。
これはレイのため︱︱なんて、言えないけれど。
全部紛わず、私のためだけど。
﹁もう、やめて﹂
言いきったところで。
やっと、レイから伝わる肌の熱が、離れた。
235
いろいろバレるとマズいと言ってる︵後書き︶
誤字報告頂戴したので、修正させていただきましたm︵︳︳︶m!
ま、まいどまいどすみませんっ!
本当にありがとうございます︵>Α<︶!
ゆび
﹁ふた指﹂については方言ではございませんが、ちょっと他の響
きがしっくりこないので︵何のこだわりだ︶そのままにさせてくだ
ふたよ
ふたよ
さいませ⋮⋮。
︳︶>!!
二世とか二夜とか、数詞+名詞でありかなっ? というなんちゃ
って造語ですが⋮⋮すみません!
ご報告、本当にありがとうございます<︵︳
236
諦めたら負けだけど譲るのも必要かなって︵前書き︶
連投③⋮⋮以上です⋮⋮力尽きました⋮⋮
237
諦めたら負けだけど譲るのも必要かなって
顔を見るのが怖い。
でも見ないと判らない。
まだ重ねる必要があれば言葉を連ねて。
それで、レイから、離れないといけない。
すごく怒ってるんだろうなぁ。
あぁ⋮⋮⋮⋮⋮⋮沈黙が怖すぎる⋮⋮⋮⋮。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
かいな
ゆっくりと見上げた先には、力なく垂れるレイの腕。
そこから辿って続く、彼の表情は。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぅ、え?﹂
泣きそう、な。
今にも泣き出しそうな︱︱︱︱︱︱⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮って?!
﹁ちょっ⋮⋮な、泣いてる?!﹂
﹁ないてない﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮いやいやいやいや﹂
﹁ないてない﹂
びっくりで、びっくりし過ぎたせいで、私の腕がほぼ無意識的に
動き出す。
238
そのままそぅっと、レイの眼へ向かって手が伸びて。
﹁ないてない﹂と再々度言ってレイが顔を背けるより先に、私の指
先にあたたかい雫がちょこん、とのった。
﹁角膜の表面を潤してるだけ﹂
﹁泣いてるんじゃん! ちょ、ぉぇぇえええええええ!!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮すーちゃんうるさい﹂
ぐい、と乱暴に、レイが眼もとを拭う。
﹁なんで﹂
足らなかったみたいで、またレイの掌が彼の顔を往復する。
しか
けお
それでも、まだまだ溢れてきている。角膜を潤すらしい液体が。
﹁なんで、いてくれないの﹂
ぐっ、と強く瞼を擦った後、眉を顰めたレイの表情に気圧される。
﹁なんで、わかってくれないの﹂
﹁レ﹂
﹁俺は﹂
声が重なる。
私が呼びかけるより一瞬、レイの方が早かった。
﹁すーちゃんをなくしたくない﹂
熱に浮かされた氷。
239
苦しく歪む、美貌。
冷静に燃える劣情。
焔は蒼いほど︱︱︱︱高熱。
﹁要らないものなら︱︱諦められるものなら、はじめから欲しがら
ない!﹂
すごくすごく、悔しそうに、強い声音が響いた。
それを聞いて、まぁ、悟ってしまった。
こいつはもぅ、本当に仕方のない。
笹谷家は裕福なお家だ。
笹谷夫妻の仲は円満だし、レイは将来が心配になるほど出来過ぎ
た子息だ。
そう。出来過ぎていた。
・・
親が息子に将来を指し示す必要がないほど、その全てを任すほど。
普通、そんなことするだろうか。
多少なりとも、親が介入する場面があるはずである。普通であれ
ば。
でも遥かに超越してしまっていたから。
齢がどれだけ少なかろうと、レイは十分すぎるほどの思考でもっ
240
て生きてきた。
両親の邪魔にならないように。
笹谷の利益につながるように。
詳しいことは知らない。
聞こうとも思わなかったけど、端的に漏れ聞く会話からでも解っ
た。
子どもらしくないのだ。
行動、言動、置かれる立場。
まるで、大人。大人と遜色ない。
それなのに、子どもらしい一面も捨てず怪しまれないように動い
てしまえる。
作為に満ちた彼という存在に、引っかかりを覚えた。 それはレイが大きくなるにつれて違和感の小さくなるものだけれ
ど。
今はまだ眼に余って。
誰にも気付かせないから余計。近くにいるから尚更。
あぁまったく、賢すぎるのも考え物だよねぇ。
子どもは敏感。
241
自分に罪を架す。
些細な幸せを望めない、この現実は自分のせいだと、もしかして
思ったことがあったんだろうなぁ。
レイはいったいどれだけ我慢した?
何を我慢したんだろう。
何が欲しかったんだろう。
何が邪魔だったんだろう。
全部押しのけて、見ないふりをして。
どれだけ、がんばってきたの?
欲しいと言いたくて、言えなくて。
大声で駄々をこねたくても、できなくて。
だとすると、はじめて言ったのかも、しれないよねぇ。
思い至って、ため息が一つ出た。
ついさっきまで、頭をぐるぐる廻って縋っていた思考が薄れてい
く。
私だってだ。
私も、離れたくない。レイが人類に迷惑極まりない成人になるま
で怖いもの見たさで見守りたい︵↑︶。
242
必要と言うのなら、いつまでも援けになれる位置に居たっていい。
何だって、してあげたい。
でも、許されないから。
だから、私から湧く火の粉を被らないように。
レイから離れることが一番だと思って。
﹁レイ⋮⋮﹂
もう拭うのが億劫になったのか、レイの蒼い瞳から流れる熱い雫
はぽたぽた、私の肋骨付近に落ちてきていた。
私はまた腕を持ち上げて、彼の眼尻から涙を奪い取った。
﹁レイのこと、今のことしか、知らないけどさ﹂
﹁いい。だから、いい。すぐりを知らない俺なんて、知らなくてい
い﹂
﹁なら﹂
私のこともそっとしとけよと言いたかったが。
﹁だけどすぐりのことは全部知りたい﹂
﹁セルフィッシュ!!﹂
叫んだ私に、ほんの少し、いつものレイが顔を覗かせる。
ごめん、と。それでも、と。
﹁知りたい。全部。すぐりのこと、全部知って、﹂
途切れた言葉の狭間、私の脚が左右に開かれる。
スカートは捲り上げられ、薄く纏っていたストッキングも、クモ
243
の巣を張るように破かれていく。
煽られた身体が反応して、零れ出した粘液のせいで、そこにひん
やりと空気を感じた。
張り付いていたショーツは扇子に折られて、細く除けられた。
逸れたように思った軌道は、どうやら。
⋮⋮⋮⋮あーあぁ。
でも、なぁ。
ここまできたらあとは見えているわけだけど。
うーん。
正直、ちょっともう抵抗する気は萎れてきている。
もういいかなと、思ってしまったのだ。
だって、レイが、泣いた。
この、このレイが、泣いたんですよ⋮⋮あぁ心臓に悪いぃぃー。
びっくりしたぁあああぁあー。
驚き過ぎると人間、ぽかーんてなって、どうにでもなれっていう
心境になるわぁ。
おぉぅ、これが悟り⋮⋮?
自分を優先していたが、しょうがない。
私の方が年上だし。
ここまできて、自分の我儘を通すのは、何か違う気がしたのであ
る。
244
しょうがない。
もう、しょうがないなぁ。
しばらくして予感した熱が私の中心に触れ、その下部から潤滑を
絡めとる。
頭を下げて入り込んできたそれは、すぐに先端で膣肉を押さえつ
つ
けるように持ち上がった。
っ、痛ー。
でも、我慢した。痛みに弱い私が渾身籠めて。
﹁分かち合いたい。一緒に居たい。潰されないように、俺が﹂
レイが紡ぐ言葉が現実になったなら、どんなにだろうか。
今も圧し上がってくる過ぎた日に、怯えないで、嘆かないで、自
責の衝動に駆られないですむ。生まれた後悔に溺れなくてすむ。
まえ
レイがくれる感情で、いっぱいになって。
み
未来を生きる欲を持てて。
想像して、夢を廻るように、幸福感に包まれた。
﹁う、ぁ、っ﹂
連続する痛みが、激痛に変わっていく。
うぅっ、下品な話、ちょっと大きいんじゃ⋮⋮! い、いた、い
たたたたたたたっ!
﹁すぐりを﹂
245
その侵攻が一拍、止まる。
ほぅ、と留めていた息を吐いた瞬間。
﹁そばで護りたい﹂
﹁︱︱︱︱︱︱ッあああ!!!!﹂
レイが、私の深みを突き進んだ。
246
諦めたら負けだけど譲るのも必要かなって︵後書き︶
ご覧くださってありがとうございます!
夏休み始まってから6日間、課題もほっぽり出してカチャカチャ
書いてました⋮⋮しかしとてつもなく書きづらかった。
心理描写とか苦手⋮⋮。さくっと、さくっとEROが書きたいだ
けの人間には難題でした⋮⋮。
ちなみに今回、副題に祝!脱・童★!! とか付けた方が良かっ
たんでしょうかとかいうと自キャラに呪われそうなので言いません
けど︵言ってる!︶
遅くなってすみませんでした︵>︳<︶
あとしばらく課題やってから、我姉手ぇつけて、余裕があればま
た更新できたらな、と考えています。余裕ができたら⋮⋮。
またお時間あれば、お付き合いくださると嬉しいですm︵︳︳︶m
まな 247
どうしよう言葉が通じない⋮⋮って前からか!
所詮は粘膜の触れあいである。
神経を焦がして焦がして、閾値に達すると灼けつき果てる。
内壁は収縮と弛緩を繰り返し、絞られる側は白濁を送り込む。
終わった後は疲労感が残るだけ。
欲望の前に、愛情なんて無意味で。
愛とか言っている実、それはただの基準でしかない。
抱けるか、抱かれてもいいか。
その低いハードルを踏み倒したらできる、ただの接触。
そう言っていたのは、飼育小屋から逃げることしか考えていなか
った私だった。
﹁っ、い、いたっ﹂
レイ
引き攣れる、という言葉がこれ以上に相応しい状態はないと思う。
ぬめりを帯びているはずの膣壁は、予想以上に体積の大きな異物
に水分を絡めとられ、それでも侵入を強行されて限界だと叫んでい
248
た。もう一回言う。限界だって叫んでいるんだけど?!
﹁レイ、はなれっ﹂
﹁いきして﹂
解放を懇願した号泣寸前の私なんぞは眼にも入らないらしく、レ
イは痛みで押し殺していた呼吸を促してきやがった。
だがしかし呼息なんてできぬ。息吐いた瞬間絶対痛いって解って
るのに息なんてできぬ! という魂の叫びは口にできず︵だって声
を出すのだって痛い!︶、でもって肺胞で交換された二酸化酸素は
どうにかせねば死活問題︵誇張なく︶な程度、膨れてきた。
仕方なくあふあふ言いながら、ちょっとずつ肺から空気を押し出
す。でも出してすぐ吸っちゃうから結局胸郭は拡張したままで、く
る、くるしいぃぃ⋮⋮!
確かにレイのこと受け入れてやるよしょうがねぇなっていう意気は
持ってみたが、だけど私やっぱりヘタレなんで! こんな痛いの解
ってたらもっと粘った! 防衛戦線死守した! 喘ぎっちゃぁ喘ぎな吐息っぽいものを零していると、レイの顔が接
近してきた。
ぺちょり。
﹁ふっ?!﹂
ゆぅっくりとくちびるの表面をレイの舌で撫でられ、ぞくん、と
身体が慄く。
249
あうあぅと小刻みに動くだけしかできなかった私の顎が、少し落
ち着きを取り戻す。 ﹁うごか、ないから、だいじょうぶ。ほら、くちから、はいて﹂
ちゅ、と軽く私を啄ばみながら、切れ切れにレイが言葉を生む。
大丈夫と言う割には、私のどこもかしこも安寧とは距離を置いて
いる。遠距離と言って過言でない程離れている。
動かないことをお約束いただいても、レイに裂かれている局部現
状も問題であってこれを解決してくれるのは速やかな撤退のみであ
るさぁ迅く下がれ!
というような内容を上奏したが、返答は以下の一言であった。
﹁むり﹂
こっちが無理だこれ以上はまじ無理だと叫んでも、先方の対応は
初志貫徹、変更される様子はなかった。ただひたすらに口呼吸を推
奨して下さる。
あと何故か私の額から後頭にかけ、撫でり、とレイが手を動かし
てきた。
き、気持ち悪くはないんだからねっ。だからといって、あ、安心
するとか、そんな感情も湧かぬわけではないんだからねっ。ってい
うかこの状況で私を落ち着かせたいなら別の方法をお勧めする出て
行ってぇえええ!
﹁イヤだってば。ほら、すーちゃん、はぁって、して?﹂
250
すか
上半身では忙しく私を宥めて賺して撫でつけて、下半身は停止す
るという穏やかな︵?︶姿勢で私に居座り続けるレイであったが、
表情はものっそぃ苦しげである。そんでもって過剰な艶気を醸して
いた。
なんだこれ濃密過ぎる⋮⋮! 空気感染を防ぐカラスマスクでも
中てられる⋮⋮!
毒ガスと宣言されても信じてしまう濃度の色気って、小学生が発
生可能なブツなのか⋮⋮!
﹁やっ⋮⋮﹂
ダメダメ見ちゃならぬ見ちゃならぬと念じても、それに反する動
きけんぶつ
きを見せるのが私の残念な大脳である。
至近で閲覧可能な美貌を前に、私の視界は鮮明に情報をとらえて
しまった。
淡い光を反射する琥珀の頭髪は、さらりと私の肌を擽っている。
いつも以上に冴える蒼色は、寒色なのに熱を孕んで。
私のそれを撫でた緋色のくちびるは、艶りと唾液で潤っていて。
﹁⋮⋮あ﹂
不随意に、私の声が漏れた。
何を言いたかったわけじゃない。
ただ。
なんて、きれいなんだろうって。
たったそれだけを、思い知らされただけ。
251
なのに、認識した瞬間。
持ち主よりも格段に正直な本能が、指令を末梢へと伝播した。
﹁ちょっ、⋮⋮すーちゃんっ!﹂
﹁は、やぁっ?!﹂
れんしゅく
ぎゅぎゅんっ、とナカからレイを咥え込む入口まで、私は攣縮し
た。その刺激が思わぬ余波まで発生させて、私の神経が私の支配か
ら逃亡する。
﹁な、なにっ︱︱あぁっ!﹂
つい先日。
レイが私を苛みまくったあの先日。
寄せても寄せても引かない快楽の中、昇らされてもさらにその先
へ追いたてられたとき。こうやって私の身体は言うことを聞かなく
なった。
びくびくと胎から震え、それが腹筋や太腿へと伝わり、腰が浮き
沈みを激しく繰り返したのだ。
それが今、不意に起こってしまった。
レイを、収めたままで。
﹁やっ、やぁ、だっ﹂
﹁っ、もう!!﹂
怒ったような声音が響いたと思うと、ほぼ同時に腸骨が両サイド
からがしりと掴まれた。繊細な長い指は、想像を超えた力で私を押
さえつける。正直痛い、ってぇかくくく喰い込んでますっ当店が看
板に掲げるクオリティを誇る腹部の柔肉にずぶりと指がっ!
252
と、秋に貯めに貯めた贅沢なお肉の見栄えに意識を奪われている
と、一層怒気を含んだレイの声に責められた。
﹁ゆっくりっ、一緒にイこうとおもったのに!﹂
﹁ほ、ぇっ、ちょっ?! わたしっ﹂
の、せいじゃないよ! と、怒りを投げつけるお角を間違えてい
らっしゃるレイに、諸悪の所在を教授し奉らんと私は口を開いた。
のだが、攻守は既にレイが欲しいままに牛耳っていて、私にできる
ことはたった一つしか残されていなかった。
﹁鳴いて﹂
その宣告がなされると同時、引き攣るなんて生易しい表現が全力
疾走しても追い付けない衝撃が体内を奔った。
肉が持って行かれ、また押し込まれる。
﹁はぁっ⋮⋮やっ、やぁっ﹂
ただの痛みだけなら悲鳴で済んだ。
ぎゃあぎゃあと叫び、さすがの鬼畜ドS道を驀進するレイでさえ
ヒくだろう醜態を披露できたに違いないのに。そんでもって萎えて
私からズルリと惨めに撤退する彼の未来が水晶玉なしでも視えたこ
とだろう。
けれど現実というのはどこまでも私に冷酷で。
﹁それっ、やめ⋮⋮っ!﹂
ぬちゅぬちゅと注送を続けるレイの肉が出入りする少し上、ぷく
253
さす
りと腫脹した私の一部を、レイが指の腹で撫で擦ってきた。
触れられたその分だけ、私の神経が灼かれ、全身が病的に震撼す
る。
たった1㎠にも満たない面積なのに、そこから身体に拡がる影響
は凄まじい。思考が、ままならない。
﹁早く、イってよ﹂
もういってる⋮⋮! と5回くらい叫んだところで、レイがくつ
りと嗤った。
﹁すーちゃん、イくっていうのはね﹂
遠慮の欠片という存在さえご存知ではないのだろうと罵っていた
レイへの評価は、全く私の勘違いであった。
コリコリ、と突かれる程度だった私の最奥が。
﹁こういうことだよ﹂
﹁︱︱︱︱︱︱!!!﹂
ぐりゅっ!!
そんな音をさせて、酷い勢いで潰された。
瞬間、子宮口からの刺激で脊髄がショートして。
ソトに感じていた刺激が、ナカからも弾け拡散する。
﹁クリトリスの神経叢は内部まで繋がってるから﹂
254
今頂戴するには有難くなさ過ぎる情報を呟いてから、レイがまた、
重い一突きで腰を進めてきやがった。
止めてほしいという涙ながらの私の訴えが叶ったことがないなん
て事実には蓋をして、助けてって叫んだ。レイレイ連呼して、たす
けてたすけてって何度も鳴き叫んだ。
が、渾身の一念はレイに通じることなく。
﹁かわいい﹂
という、ぞっとしない感想とともに、レイに穿たれ続けた。
ヌくときも、イれられるときも、ぐちゅぐちゅと音がする。
ナカではぐりゅぐりゅ、入口が歪められて押し潰されて。
その度、酷い快楽が蓄積される。
だけど天辺は遠のいていて、越えたのかまだ先にあるのかさえ解
らない。
解るのは、このままだともう間を置かずに壊れることくらい。
口から洩れていた呟きを、レイが耳聡く拾った。
﹁壊れないよ、まだまだ、これくらいじゃ﹂
手加減してるもの。とかいう宇宙語については私の聴覚が遮断し
た。そんな冗談地球人の私に通用しない。
﹁あぁ⋮⋮何とか受精しないかなぁ﹂
なんて言葉を聞いた気がするのは、自分が産生した熱じゃない存
255
在を膣に注がれた後。
そそ
微かに残っていた意識が、その透明度を無くす寸前だった。
じか
あれ⋮⋮⋮⋮⋮⋮直に注がれ⋮⋮た⋮⋮?
256
どうしよう言葉が通じない⋮⋮って前からか!︵後書き︶
ご覧くださってありがとうございますm︵︳︳︶m
EROなテンション→していた前回から時間空いてて続き書く元
気が追い付きませんでした⋮⋮本当にすみません⋮⋮。
EROって難しい⋮⋮。ぎゅんぎゅんクるEROってどうやった
ら書けるの⋮⋮? と迷子中です。コールセンターには駆け込めな
い悩みです。
あっ、1Pまんが追加いたしました★ お時間あれば目次よりぽ
ちっと、お目汚しをお許しくださいませm︵︳︳︶m そしてそして!
ちょっと前にまなが逃避して参加した﹁互描企画﹂で、一理さま
に﹁青カラ﹂描いていただきました︵>∀<︶!! 目次下部にリンクあるのでぜひご覧くださいませっ!
遅くなってすみません!!
イラスト描いていただくのって、すごく嬉しい⋮⋮!
一理さま、ありがとうございますっ
まな 257
実家に帰らせていただきますっていうのは最強の脅しだと実感し
ました
その光景を見たのは私が8歳の頃。
テーブルの上、人と人が揺れていた。
上から圧しつけられた人の口から垂れる、泡を含んだ唾液。
それをおいしそうに味わう男。
まるで見せつけるように。
いつからか。
お父さんが変わって、でも家は変わらなくて、毎日が少しずつ歪
んで。
日常を変質させた人物は、にこりと嗤って私に言った。
﹃キミが黙っていれば何も変わらないよ。今まで通り﹄
どこが、と思ったけれど、私にできることなんてなくて。
やっぱりこれまでと同じに、何も知らない振りをして、お母さん
と一緒に絵を描いた。
母は図案家で、着物の柄を描く職人だった。
仕事はそれなりに評価をされていたらしく、母が仕事を続けるこ
とは許されていた。
258
この時間だけ。
家の半地下にある板張りの作業場、染料の香り、積まれた図案。
窓に嵌められたのは牢獄のような鉄格子だったけれど。
私に出入りが許されるのは、あの男が帰ってくるまでの時間だっ
たけれど。
そのときだけは、以前と何にも変わらず。
二人で彩った記憶も、寸分、違わずに。
わたしのなかに。
﹁けー、たいー?﹂
浮上した意識の下。
時間を確かめようと、伸ばした右手が空をかいた。
あれぇ? ベッドサイドテーブル、動かしたっけ? いや、大掃
除とかした記憶なんてないし。
では何故我が頭部左方に台がないんだろう? と、手をパタパタ
259
動かし続けている内、自分が叩いているのがふかふかの布団である
ことに気付く。
んん? 私のベッド、こんなに広かったっけぇ?
﹁起きたの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮う?﹂
声がする。同時に、身体の右側で何かが動く気配がした。
誰だ⋮⋮って、あぁ。レイかー。
傍に居ることに対し違和感を感じず、そのまま存在を受容して気
を緩めた。
﹁すーちゃん? だいじょうぶ? お水、飲む?﹂
そう言われて、ちょうどくちびるが乾燥して、おまけに何だかひ
りひりしているのに気付く。喉もイガイガしてるなぁ。
﹁ん。のむ⋮⋮とってくる﹂
渇きを知ると、一刻も早く潤したくなる。
それに、酷く空腹な気もする。甘いのが飲みたいなぁ。
そう思いながら身体を起こそうとするのを、レイがやんわり押し
止めた。
﹁身体、つらいでしょ? いいから待ってて。俺取ってくるから﹂
﹁ほ、ぇ?﹂
背後から廻されたレイの腕の温度が気持ちよい。
いつもと違って、素肌の感触だから余計にそう感じる。
260
人肌って安心するなぁ。
すり、っと耳の横に来ていた腕に頬を寄せると、レイの身体がび
くっ、と固まった。
ん、どこか痛かった? 私の頬の産毛でも刺さった? すみませ
ん産毛でさえ剛毛で。
﹁すーちゃん。今はダメ﹂
﹁へ?﹂
動かしちゃ余計痛いかと思いじっとしていると、しかしレイは私
の頭を抱えて呻いた。
﹁⋮⋮寝ぼけてるのは可愛いけど⋮⋮あーもー!﹂
まったく! とレイが何だかプリプリし出した。難しいお年頃で
ある。
そのままさっと身体を私から離したレイが、布団から出て行く。
ひやりとした外気に、頸を竦めるより前、掛布が私の輪郭に沿って
詰められた。
お陰で冷気が隙間から侵入せず、ぬくぬくであるが、でもあの。
﹁うごけないー﹂
﹁動かなくていいよ。何してくれるの。大人しく待っててね⋮⋮︱
︱もぉ﹂
少しの苛立ちを含んだ溜息をつき、レイが立ち上がろうとする。
その気配を感じて、毛布と布団の拘束から素早く手が脱出した。
261
﹁!﹂
﹁⋮⋮自分で、行く、から﹂
﹁行かないで﹂と一瞬掠めた寂莫が口から転がり、私の指はレイの
前腕にしがみ付いた。
﹁⋮⋮すーちゃんはさぁ﹂
レイに齧りついた私をそのままに、レイが零した。
﹁寝起き、いっつもぼぉっとして、危なっかしいよねぇ。可愛いけ
ど﹂
どこがなにが。
可愛いのは年中無休レイの担当であり私ではない。そんなこと周
知の事実である。
馬鹿にしてんのかと、一層強くレイの腕を私の両腕で絞めた。
﹁じぶんでいくといっているー!﹂
﹁⋮⋮﹂
妙な苛立ちが募って、つい大きな声が出る。
眼を閉じたまま主張していると、レイの掌が私の頭を撫で撫でし
てきた。
﹁危険生物め⋮⋮あー可愛い。寝る前、っていうか気絶する前か。
衝撃と負荷かかってるから、今日は余計と多く寝ぼけております的
な?﹂
﹁本当、タチ悪いなぁ﹂と最後に付け加えて、それでもレイは私の
262
腕から自分を自由にしようとした。もちろん力に叶うはずもなく、
両腕がふかふかぬくぬく布団の中に戻される。
要望を聞いてもらえなくて、それに置いていかれそうになって。
苛立ちに、あったか極楽地帯を離脱する覚悟が決まる。よし決め
たこっから飛び起きてやる! ってな風に。
が。
﹁︱︱っい、たぁッ!!!!﹂
上体を起こした瞬間、腹部に引き攣るような痛みが起こった。
いや、腹部っていうより下腹部、それもナカ? じゃなくて内臓?
とにかく、痛い。あとだるい。とんでもなく腰とか内臓とか股関
節とか太腿とかが痛だる重い!!
﹁あぁ、動いちゃだめだって﹂
﹁レ⋮⋮っ﹂
発生した痛みを処理できずにいると、レイが私の肩を支えてくれ
た。
﹁ほら、力抜いて、横になって﹂
﹁うっ、んっ⋮⋮!﹂
痛みで涙が出てくる。
えっ、えっ、ええっっと!!
なんだこれなんだこれなんでこれこんなにっ!
﹁ごめんね。結構勢い付けて衝いたから、ナカに障ったと思う﹂
263
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮は、ぃ?﹂
﹁ぐりぐりして、最後潰すみたいにしちゃったし︱︱俺は気持ちよ
かったけど﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮へぇえええぇぇえっ? えっ、
ぇっ、ええええっ︱︱︱︱あ﹂
主語はない。
しかし疼痛で脳が急速に覚醒し、その意味するところを正確に把
握してしまった。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮あーあーあーあーあーあーあーあーあー。
ああ。
やっ ちゃっ た。
やっちゃったんだった⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
やらかしてしまったんだった⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮!
音がするほどに血液を頭部から撤退させた私に、レイがにっこり
朝の挨拶をしてきた。
﹁おはよう? すーちゃん﹂
﹁お、おは、おはっ、よっ!!?﹂
受け取り拒否したい事象に、どうか夢であれと願っても一向にレ
ム睡眠の気配は見つからない︵だって既に痛いしな!︶。
それでも逸らし続けていたい現実がある。そこにはあるんだ! と、レイから眼を逸らすが、ヤツは眼前。だが見てしまえば昨日︵
いやそれとも今日?︶の記憶が再生されそうで、上下斜め上斜め下
右左と、格ゲーの技の如く眼球運動を活発にさせた。
264
私、全く不審者である。え、自覚? あるよそんなもんこんな人
間居たらヒくわー避けるわーくらいにな! だから余計に居た堪れ
ない⋮⋮っ!
そしてさらに私を打ちのめすのは、内実はどうあれ、今や立派な
青少年育成条例に違反した犯罪者なことである。しかも。
性 犯 罪! 女性が性犯罪。男女共同参画時代である現在であっても、やはり
性犯罪ってまだ比重が男性に傾いているよね。だから私、この分野
でも積極的な女性進出を狙うべきだと思って今回に至ったの! と
か頭がどうでもいい演説しつつ逃避してる。
重い⋮⋮、重いよぉおおぉ⋮⋮。
自覚した途端に襲ってくる後悔の重量が半端ない。
あっ、っていうか!
﹁あんた中で⋮⋮っ!﹂
﹁出したよ? ナマでナカでたっぷりと﹂
﹁ぎゃあああああああ!!﹂
﹁はい抑えてね。まだ深夜2時だから。防音はしっかりしてるけど、
さすがに雄叫びまではカバーしきれないよ? ご近所さんから苦情
来るよ?﹂
世間体なにそれ非常識ってそれどこの概念? と背に掲げ生きて
いるようなヤツがこんなとこは律義である。しかしながらこちらだ
って非常識な時間帯に不適切な驚愕を声にしたくなる状況なので大
265
目に見て貰いたい!
﹁いやっ、だって、だってっ!﹂
﹁なぁに?﹂
何か問題でも? と語る顔面だが、どこもかしこも問題過ぎて続
く言葉が出ない。それとも実は問題ないのだろうか、世間ではそう
なのか、ってそんなことあるかい!︵セルフツッコミ︶
﹁子どもができてたらって? 言ったよね? 俺は﹃できればいい
のに﹄って。できたらいいんだよ。そうすれば、すーちゃんが居な
くならない︱︱とまではいかなくても、縛りつける保険くらいには
なる﹂
﹁んな無責任なっ﹂
﹁責任とるってば。認知はもちろん、入籍も。すーちゃんなら自分
ひとりで育てるとか何とか、しちゃいそうなのが心配だけど。それ
でもそうそう、妊婦がこっそり暮らすなんて無理があるよね? だ
から、逃げようなんていうのは諦めてね﹂
言外に﹁逃げてもすぐ見つけるからね?﹂という脅しを兼ねた説
得をされているらしい。
﹁中絶、するかもっ﹂
﹁しないね﹂
どこからくるのか、自信たっぷり返答しやがる。
﹁すーちゃんは、しない。子どもを﹃無かったこと﹄になんて﹂
﹁根拠ないじゃん﹂
﹁あるんだけどね。ほら、入って﹂
266
私の身体をすっかり元通り横たえ︵かつ布団で先ほどよりもしっ
かりくるみやがった︶、レイが﹁さてと﹂と話しを改めた。
ご丁寧にイモムシ化した私を、レイの四肢で囲って、である。
﹁ちょぃっ!﹂
身体がぎゅっと強張る。
もはや脊髄反射。膝蓋腱反射と並んでも遜色ない反応っぷり。
﹁こうして覆われるとびくってなるの、何で?﹂
私の様子を眺め、嬉しそうに頸を傾げた。悪魔ー! と叫んでい
い場面である。
憶えていたとか⋮⋮えぇ⋮⋮面倒⋮⋮。という想いが違うことな
く相手に伝心し、レイがくすりと微笑んだ。
﹁いいんだよ? 訊いてくるから。有子さんに根掘り葉掘り、すー
ちゃんが教えてくれなかった生い立ち全部。有子さんも、初めはあ
んまり信用してくれてなかったんだけど最近はとても親切だし。そ
れに﹂
言葉を切って、レイが背後にあるメタリックシルバーのキャリー
バッグから何かを取り出した。いつ持ち込んだんだコレ昨日はなか
ったはずだぞそんなの。
﹁これ。見せたら全面協力じゃないかなぁ﹂
ぴらり、とクリアファイルに入れた書類をひらめかす。
んん? 何々、ええぇっと⋮⋮
267
﹁⋮⋮⋮⋮はぁっ?!﹂
﹁ねぇ、見せていい?﹂
数枚の紙片が、右側二か所をホッチキスで留められている。
題字には婚約に関する事項がどうたら︵読むのが難しい日本語に
ネイティブのプライドが崩れる︶あり、レイが得意げにぴらぴら捲
るそのページごと、中央に割り印が施されていた。
さらに最終頁には。
﹁ちゃんと両親の認めも貰ってあるからね?﹂
﹁鈴子さんマシュウさんーッ!!!!﹂
﹁はいはいお口チャック。で、どうなの? 言う気になった?﹂
これは脅しか、脅しなのか。
別にA子に私のことを喋られたからと言って困ることはないこと
はないような気がしないでもない⋮⋮⋮⋮多分。だけど、だけどっ!
﹁皆、祝ってくれるだろうね?﹂
知られるのはマズい!
よりにもよってA子に知られるのは頂けない!
ただでさえ主任にも勘違いですって、もうそんな突拍子もないコ
トあるわけないじゃないですかーって必死に取り繕ったのに、取り
繕えたと信じてるのに、こんなもの見られた日には⋮⋮!
﹁ちょ、ちょっと、ま﹂
﹁待たないよ。さぁ、どうしよう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あっ、そうだ、さっきウチの方から音がしたんだけど、きっとA
268
子さんが帰宅したんだね。今ならまだ起きてるかな﹂
よいしょと、レイが私を解放しかける。それを見て焦った私をさ
らに見たレイが、ニヤリと嗤いやがった。
﹁ちょっと実家に帰らせてもらってもイイ? 未来の奥さん?﹂
すぅっごくイイ笑顔でレイの放った内容が空気に溶けるまでに、
私は動かせる頸を必死に振った。
269
実家に帰らせていただきますっていうのは最強の脅しだと実感し
ました︵後書き︶
遅くなってすみません!
と、とりあえず1話! 本当に遅くてすみません⋮⋮︵>︳<︶
あっ、WEB拍手、1枚お礼画面更新致しました! よろしけれ
ばぽちぽちぽちぽち⋮⋮えっと6回拍手して下さると見ていただけ
ます! 読んでくださって、ありがとうございますっ!!
まな
270
往生際って出来る限り踏ん張るものですよね
さて未来の旦那さま・仮?︵仮とつけることにさえ頸を捻りたい︶
の実家帰りを阻止した私である。
不穏な空気を全力阻止したのだが、事態はさらに良からぬ方向へ
出発進行中。
後ろに人がいる。
人とかそんなカテゴライズで括ってしまっていいのかと激しく問
答したくなる危険人物がいる。
後ろの正面に気配があるだけで命の危機を感じるような稼業に手
を染めてはいないが、しかし一般人代表として発言させていただこ
う、いいかよく聞け。
﹁お、落ち着かぬ!!﹂
﹁何が? ほら、もっと凭れて。お腹に力入れてたら痛いよ﹂
﹁くっ⋮⋮ぬぅっ﹂
踏ん張ってみたがダメだった。あんなところやこんなところの痛
みをこらえて懸命に稼いだ距離を、レイの腕がくぃっと私を引き寄
せ縮めてしまった。私を簀巻いていた掛布は一旦取り払われ、今度
はレイも具材にして再梱包。
結果背中をぴっとりレイに預けることになるー、加えてお互いほ
ぼ裸ー︵背後のヤツはスウェットパンツ着用されているが私はぱん
つ一丁!︶、体温感じるー、何かを思い出してしまうー︵泣︶!!
苦し紛れに、レイが淹れてくれた柚子茶を啜った。
271
高倉さんお手製柚子の甘露煮をお湯で戻したそれは、空腹を緩和
して私の心をほっこりした気分にさせてくれる。ただし私の装備品
がぱんつのみでなく、かつ背後にレイがいなければ。
あー。私がくぴくぴ柚子の風味と甘さに癒されているときに犯行
に移されたんだろうな忍び寄られたんだろうな。
﹁ど、どうしてそこにいる必要が?﹂
﹁すーちゃん、座ってるの辛いかと思って。それに寒いじゃん。く
っついてた方が生存率上がるんだよ﹂
ここは雪山ではない。ついでに言うと室内ではお前が持ち込んだ
暖房器具が大活躍している。密着しなければ失うものなんてないの
だ。むしろくっついているせいで私の精神が摩耗する。がりがりと
抉られていってる⋮⋮!
﹁えー? 気のせいじゃない?﹂
﹁これが気のせいなら私の精神的疲労のほとんどが気のせいで終わ
る!﹂
﹁じゃあストレスなく毎日過ごせてるんだね。羨ましいなぁ﹂
﹁違う! ストレスフルである!﹂
日々メイドインあんたのストレッサーに晒されているんだ頼む気
付いてくれ。
﹁俺の方が我慢してると思うんだけどなぁ﹂
その言葉に続いて、きゅぅ、すりっ、という擬音が聞こえた。
腹に巻かれていたレイの上肢が、高度をあげて胸を包んで。その
あとふわり色素の薄い髪が視界に現れたと思ったら、きめ細かな白
272
磁の頬が私の頸筋を撫でたせいだ。
﹁んなぁっ?!﹂
﹁やわらかいね﹂
ついですぐに。
﹁いいにおい。あーおいしそ﹂
ちゅるっ、と生暖かい粘膜が頸部に吸いついた感触が追ってきた。
﹁ひぅ! っあぁあああああんっやだもうこんな羞恥プレイやだぁ
ああああ服着る服着させてぇえええぇぇ私いいニオイしないぃいぃ
食べ物じゃないぃぃ!!﹂
﹁はい逃げない逃げない。服着る意味ある? 充分あったかいでし
ょ︱︱すーちゃんのここ、感度イイよねぇ﹂
﹁生理的に必要じゃなくても精神的に必要なんだって衣服は私の鎧
なんだって心の拠り所なんだって身体を外敵から守ってくれるんだ
っておもにあんたからっ!!﹂
﹁えぇ? 服にそんな防御力ないでしょ。剥けばいいだけだし。そ
れに着衣のまま致すのだってアリだよ? 待てなくなったら別だけ
そ
ど、今のところすーちゃんを剥くくらいの忍耐はあるから着衣プレ
イに及んでないだけでご希望なら副うけど? 着てシたいの?﹂
﹁あれおかしいな私は着衣要求しただけなのに話が暗礁にのりあげ
てるよろしくない方向に誘導されてる何らかの詐欺に引っ掛かろう
としてるー!!﹂
﹁損はさせないから詐欺じゃないよ?﹂
﹁いや絶対不利益被る話だよね身体的に失うものが発生する話だよ
ねっ?!﹂
﹁膣分泌液とか溢れちゃうから? まぁ脱水には注意しないといけ
273
ないね。でも安心して? かわりに俺の精子たっぷり注入してあげ
︱︱﹂
﹁もうごめんなさい本当にすみませんすみませんご容赦ください﹂
﹁え? 何に対しての謝罪? それにご容赦してあげたとして俺に
どういった利潤が生じるの?﹂
﹁わぁ地平の果てまで上から眼線︱!!﹂
﹁すーちゃんはいつも控えめな立場にいるね﹂
﹁誰かのせいでね主にあんたのせいでね﹂
﹁人に責任押しつけるのはよくないよ? さて︱︱はい、それ貸し
て。零れちゃう﹂
握りしめていた柚子茶がさっと取り上げられる。
もうほとんど入っていなかったが、それでも今の私には強い味方
だった。鈍器だし。
その思考を読まれたのか、私の手が及ばぬ場所へコトリとカップ
が置かれた。
﹁それで、そろそろいい?﹂
﹁なっ、なにが﹂
﹁うーん。俺、そんなに頭が悪いように見えるかなぁ? たかだか
10分経たない間の会話をすーちゃんなんかにすり替えられるほど
すーちゃんみたいにお間抜けじゃないんだけどなぁ。ねぇ、どう思
うすーちゃん?﹂
尽く礼を失している文面に抗議をしようとするが、それより早く
レイが動いた。
呼名とともになされた返答の催促と同時、腰部にぐぃっと押しつ
けられたレイの熱を感じる。
﹁へぅっ⋮⋮ひっ?!﹂
274
いや違う。
これは違う。
問題ない。
臨戦態勢間近なレイの下半身の熱さ硬さじゃない。神様は私を見
捨ててなんかいない、いないったらいない。むしろ私を救おうと全
力投球中なんだよ今まさに奇跡が起きて私の生理的欲求と安全と人
権が一挙到来する寸前なんだ! うんそうだ! 絶対そうだ! ﹁すーちゃん? 俺、やっぱり一度帰ろうかな? あ、でも安心し
てね。直ぐ帰ってくるから。有子さんにイロイロ伝えてからすーち
ゃんのこと教えて貰ってくるだけだからね。それまで休んでて? 帰ってきたら起こしてあげる。仕事行くまでに時間はあるから、ぎ
りぎりまでくっついて過ごそうね。めいっぱい咥え込ませてあげる
ね。お腹、いっぱい食べてね?﹂
﹁それは何か結局どう転んでも私の未来は明るくないってことなの
かそういう宣言なのか?!﹂
﹁そんなことはないんじゃない? ただどちらにしても俺は聞きた
いことは教えて貰うしヤりたいことは実行するだけだよ? 平和的
に事を運ぶかどうかはすーちゃん次第﹂
﹁や、あの、話、はなしだけって﹂
﹁俺そんなこと言った? 覚えがないなぁ。それに﹂
﹁お肉、好きでしょう? たんぱく質も摂れるし、一石二鳥だよね。
ヌいた後は、ちゃぁんと吸収されるように栓しなきゃね?﹂私の耳
元でそんなおぞましい呪いを吐いて、レイがまたもやキャリーバッ
グを漁る。よし、イヤな予感しかしない!
﹁ほら、コレ﹂
275
腕にしがみついてレイの邪魔をしようとしたが、いかんせん腹部
に疼痛を抱える身では難しかった。何なく私を抱えたまま、私に都
合のよろしくないものしか在中していないだろうシルバーキャリー
から、やはり迷惑極まりないブツをレイは掴みだした。
ぴんくの凸型。飛び出た部分はアレな形。底辺部はまろみを帯び
ていて、どこに収納するものなのか想像に難くないが想像したくな
い、したら負けだ、したら現実になる⋮⋮っ!
﹁シリコンの具合を改良して、座ると陰部にフィットするように設
計したんだって﹂
﹁あははははあははあああああああああああA子ぉおぉおおおおお
お!!!!﹂
﹁嬉しい? きっと気持ちイイよ。音も静かだから、ナカを激しく
掻きまわされても周囲にバレないし。あっ、付けるときは下着も専
用のがあるからね。ほらこれ﹂
﹁おいおい私が喜んでいるように見えるんでしたら即刻眼科行って
ください焦点が合ってないか視神経伝達過程に問題発生してますよ
あとそれ幅とか面積とか不足しがちだよねっ!?﹂
﹁視力はいいんだけど﹂と言いながら、レイが見せてきたのは黒い
ビニール素材、ベルト式。幅約2.5センチほどの、果たすべき役
割を放棄したふんどし状の物体である。
A子が推奨してきやがるいかがわしいランジェリーだってもうち
ょっと面積を装備しているんですけど?!
﹁ズリ落ちなきゃいいんだよ、と思ってたけどマズいね。これで栓
したとしてもさ、漏れちゃうだろうし。そしたら病院のすーちゃん
の椅子、粘液べったりのヌレヌレだね。困ったね?﹂
﹁何で職場に付けて行く前提の話されているんだろうそんな予定は
276
ないです!﹂
それにいかにも親切に心配してます俺もお困りのすーちゃんを見
てたら心が痛むよってな表情をしているが元凶はあんたである。
そして。
﹁決めるのはすーちゃんじゃないよ? さて。じゃあ、すーちゃん
の平和を守ろうか?﹂
制限マックスまで積載された脅しの高みから、悪魔の手を差し出
すのもレイなのである。
277
往生際って出来る限り踏ん張るものですよね︵後書き︶
ご覧くださってありがとうございます。
今回短くてすみません。
読み返してみると、なんかレイが変態だっていうことが強調され
ただけの話でした⋮⋮不思議⋮⋮!!
拍手いつもありがとうございますm︵︳︳︶m
お礼を活報にて申し上げております︵>︳<︶ 本当にいつも遅
くてすみません! すごく力を頂戴してます!
11/27、拍手お礼1枚追加いたしましたm︵︳︳︶m
278
IDLE TALK ∼merry Xmas∼︵前書き︶
なんか尻切れ⋮⋮それでもOKな方のみご覧くださるとうれしいで
す⋮⋮
279
IDLE TALK ∼merry Xmas∼
﹁うぉおおもおおおいぃいい!!﹂
両掌にぎっちりと食い込んだビニール袋の取っ手に苦しめられな
がら、よたよたと見知らぬ街を歩く。肩に掛けたバッグも積載量オ
ーバーで関節が外れそうである。
ああもうこんなことなら。
﹁キャリーバッグ持ってくりゃよかった⋮⋮! っていうかこんな
にあるなら教えてほしかった!﹂
本日はクリスマス。青や銀や、時々赤くきらめくイルミネーショ
ンが県庁所在地のあちこちを彩って綺麗ですねー。そんで、そこか
しこに自分たちが主役なカップルがデートを楽しんでいらっしゃる
わー︵僻みだと言われれば頷く準備はできている︶。
そんな中、医療機関にと配布された改訂版の点数表を各科分背負
い宿を目指す私はまぁ浮いていた。混雑する歩道にも拘らず、行く
手を阻まれないくらいには。くそう、それが優しさゆえでなく異様
な私から彼女を庇う行為であっても有難くて泣けてくる。
﹁だめだ。もーぅだめだ、あとちょっとで手が切れる、食い込み切
れる、ビニールで切断される⋮⋮﹂
来年度から診療報酬が改定されるとなれば説明会の一つや二つや
三つ四つ、出席して動向を把握するのは医療事務として当然の責務
だ。仕事だからしょうがない。だけどもこんな扱いはない。大体さ
280
ー。
﹁今日がクリスマスだからってデート優先させた人の代打で休日が
潰れた私ってどうなんだろこれ不幸なんだよね不幸に分類される出
来事だよね?﹂
今日はいろいろいろいろ予定があったのだ。
部屋掃除して洗濯して買い物行って⋮⋮いやうん、まったくもっ
てイベントと関係のない休日を過ごす予定ではあったけれど人間と
してやらねばならぬことのあった一日だった。それを、どうしても
外せない用事があるからと、昨日医事課の先輩に捕獲されてしまっ
たのだ。
それはもう切々と今日という日の重要性を語られ︵ちょっと待て
私にとっても大事だろうがという言葉は出すことさえ許されなかっ
た︶、﹃あなたしかいないの﹄と潤んだ瞳で睨まれれば︵どう控え
めに反芻してみてもあれは見つめられているなんて生やさしいもの
じゃなかった︶、ほらもうね、ね、頸がかくんと傾ぐよね。
﹁あー疲れたぁ⋮⋮糸井さんのせいで疲れたー糸井さんのせいで手
が千切れそうだー糸井さんのせいで酷い目に遭遇してるー糸井さん
のせいでホテルが遠いー糸井さんのせいで⋮⋮﹂
原因となった先輩事務員の名前を連呼してとぼとぼ歩を進める。
今頃豪華ディナーなんだろうが、くしゃみの1回2回くらいお見舞
いしてやっても罰は当たらぬと思うの。
﹁糸井さんのせいで⋮⋮﹂
今日はさぁ、そりゃ、クリスマスを謳歌する恋人たちみたいな予
定はなかったけどさぁ。
281
﹁クリスマス⋮⋮ケーキでも食べよっかな﹂
ホテルの目印にしているコーヒーショップが見えてきた。
ここを曲がれば、もうすぐそこだ。
このおっもい荷物を部屋において、身軽になったらケーキを買い
に行こう。確かホテルの奥の路地には、可愛らしいケーキ屋さんが
あった。夕方6時。この時間ならまだ商品もいくらか残っているだ
ろう。一人で食べられるようなホールケーキがあればいいな。もう
やけ食いしてやる!
と、思ったところで。
ばさっ。
﹁⋮⋮⋮⋮ああぁあああぁあ⋮⋮﹂
やっちまった。
あーあーあーあーあー。破れた、破れちゃったよ。そしてご想像
通り本は散乱しちゃいましたよ。あーあーあーあーあー。路地裏で
良かったというべきか。人目に付かず、こそこそ散った分厚い点数
表をかき集めていく。小石が付着したけど、後で払えばいっか。あ
ー本当ついてないわー。
﹁足も痛いしさぁ﹂
スーツに合わせた黒のパンプスは、久々に履いたせいか靴擦れを
おこしている。
﹁寒いしさぁ﹂
空気は澄んでネオンは綺麗だが、その分楽しむ余裕のない私にと
282
っては身を切る温度で。
﹁ひとり、だしさぁ﹂
今頃、笹谷邸では盛り上がっているだろうなぁ。
マシューさんは実家直伝のローストビーフを作るって言ってたし、
鈴子さんは知り合いからとっておきのワインと日本酒を取り寄せて
いた。高倉さんはいつものように美味しい料理を用意するって。
あとレイは。
﹁私もプレゼント、用意してたのになぁ﹂
A子が弟妹達へのクリスマスプレゼントを購入しに出かけた際、
私も駆り出された。そのとき、見つけた手袋とマフラー。有名なメ
ーカーではなかったけれど、カシミヤでとっても手触りがよかった。
レイの琥珀色の髪を、すこし焦がした色。
﹁明日、渡すかぁ⋮⋮何か、意味がない気もするけど﹂
クリスマスを過ぎた贈り物なんて、26日に食べるメリークリス
マスって書かれたケーキみたいなもんである。はぁー。
息をついた途端。
別に悲しくもなかったはずなんだけど。
ぽたりと。
﹁いやいや、去年までは一人だったし。普通に一人が通常運転だっ
たし。何しんみりしてんだろう私﹂
ず、と鼻をすすって、踵に力をこめて起き上がろうとする。
でも、吐いた息が白くて。
283
頬にあたる空気が冷たすぎて。
顔を上げる元気がなくなってきて。
﹁あー、も、さいあく。フロント、通らなきゃ、なのに﹂
次から次へと、水分が眼から流出していく。
子どもか私は。
ほら、立て。
そんで、部屋に戻って顔を洗って、そうそう、ケーキ買いに行く
んだった。
フライドチキンも角に店があったし、よし、完璧なディナーであ
る。シチューパイも買っちゃおう。
ぐるぐる妄想して、少し、力が出てきたところで。
﹁だいじょうぶ?﹂
ここで聞くはずのない声が、降ってきた。
﹁どうしたの? こけた? ケガはない?﹂
眼の前にふわりと広がった見覚えのある髪色。
屈んだままの私の踵には、色白な長い指が触れてくる。
﹁靴擦れしちゃってるじゃん。だからその靴、あってないって言っ
たのに﹂
やわりと撫でられ、浸出液でぬるみだしている部分がひりつく。
痛い、っていうか。
284
﹁なんで﹂
レイがここに。
﹁ふふ。びっくりした?﹂
にっこり笑んで、レイが頭を傾けた。
﹁し、た﹂
﹁そう。間に合ってよかった。プレゼント取りに行ってからこっち
来たから、時間遅くなるかと思ったけど丁度特急があったんだよ﹂
もう一度﹁よかった﹂と言って、レイが私を立ち上がらせた。
抱えていた数冊の点数表も、いつの間にか腕から奪われている。
﹁とりあえず、はいて﹂と言われて見下ろした私の爪先には、ピン
クのパンプスが置かれていて。ヒールは高すぎず、それでも可愛い
フォルム。
見るからに足を優しく包んでくれそうな、それ。
﹁手当してからの方がいいんだけど、部屋に戻るまでこれで我慢し
て? あ、言っとくけどこれクリスマスプレゼントじゃないから、
おまけだから﹂
聞いてないのにそんなことを告げられて、脱いだ靴をさっさと紙
袋に仕舞ったレイが、私の腕を引っ張って歩き出した。
さっきまでぐずぐずと痛みを伝えていた足が、驚くくらいに軽快
に滑り出す。
これ、お高いんじゃないか?
285
とか思っているうちに部屋を取っていたホテルのフロントを通過
し、﹁おかえりなさいませ﹂と迎えられた声もドプラ効果で遠ざか
っていく。
部屋がある階を伝える間もなく、レイが私を誘導した先は、とっ
た覚えのない広めの部屋で。
部屋の中央に、ダブルのベッドが配置されている。
﹁すわって﹂
カードキーをデスクに放った流れで、レイが私をベッドへ引き寄
せた。
﹁えっ、え、え?﹂
﹁あーもぅ。両方擦れてる。やめてよね﹂
靴をするっと脱がせて、足の様子を確認したレイがため息をつい
た。あっ。
﹁ちょ、汚れる! 血がつく!﹂
﹁はいはい、ほらストッキング脱いでー﹂
﹁ちょ、おおおおおおおおおぃっ?!﹂
﹁あ、下着も脱がせていい?﹂
﹁いいわけあるか!﹂
スカートを捲りあげられ、ストッキングと一緒にまとめて手を掛
けられそうになり、慌てて制す。
﹁じゃぁ自分でどうぞ﹂と促されて仕方なく脱いでしまったけど、
あれ、だから私自分の部屋で手当てすればいいんじゃね? とか思
ったが、そんな提案を受け入れてもらえることもなく、レイが手早
く消毒を済ませ、クリームを塗布したガーゼとテープで皮膚を覆っ
286
た。
よし、と立ち上がったレイが、手を洗ってもどってくるなり、一
言私に向かって降らせた。
﹁怒ってるんだけど﹂
﹁お、お手数おかけしてすみませんでした⋮⋮いや、ってか、レイ、
家のパーティはどうしたの﹂
﹁その発言を聞いてさらに腹が立ってきたんだけど﹂
﹁どのへんで?!﹂
私、謝罪して聞いただけだよね?! それのどのあたりにイラっ
とポイントがあったんだろう?!
﹁俺との予定蹴って仕事してること﹂
﹁いや予定って晩御飯御呼ばれしてただけだし⋮⋮仕事だし﹂
﹁ほらそれ。さらに苛立つ﹂
﹁えっ、反抗期? ねぇレイ今第二次反抗期スタートした?﹂
﹁してないし﹂
舌打ちが聞こえ、普段になく仰る通り苛立っていることが分かっ
たけど、どうしようもなく俯く。えー、なにこのひとめんどくさい。
がさがさと紙が動く音がして、そのあと、カパリと箱が開くよう
な音がした。
﹁クリスマスプレゼントなんだから、今日渡したいじゃん﹂
シャラと、首元に冷たい何かが揺れる。
項を覆っていた髪をかき分けたレイの指が、すこしひねられて、
そのあと離れた。
287
﹁メリークリスマス。すーちゃん﹂
満足げなレイの瞳が、まっすぐ私に向けられた。
﹁ピンクにしようかと思ったけど、うん、こっちも悪くない﹂
言って、私の鎖骨が作り出すくぼみに、レイが触れてきた。
﹁俺の色とおんなじ﹂と、空気が漏れるような小さな呟きのあと、
私と眼を合わせた。
﹁ちなみにメインのプレゼントは俺ね﹂
私のくちびるにそっと、レイの綺麗なかたちのそれが重なった。
288
IDLE TALK ∼merry Xmas∼︵後書き︶
・全国の無関係な糸井さんごめんなさい
・すーちゃんの居住区は県庁所在地からかなり離れています
ご覧くださってありがとうございます︵.︳.︶
今日やっと講習終わってホテルでさみしくクリスマスしてたら急
に書きたくなって結局遅刻してしまいました。勢いで書いたので誤
字脱字テンポ確認してないし、下げるかもしれませんがせっかくな
のでUPさせていただきました⋮⋮お目汚しすみません!
まな
※2/16まで人生かかった闘いの日々が続くので︵↑︶更新で
きそうにないですすみません︵>︳<︶ 頑張ってきますのでまた
upできましたらご覧くださると嬉しいです!
289
変態について語らされておりますが任意です
悪魔
レイの提案に、所詮矮小なる人間の私はその手を取るしかない。
だが。
﹁やっやっぱり、せめて服をぅ! おっ、落ちついて話するには必
要だと思うんですよっ?!﹂
﹁いりません﹂
﹁れ、レイぃぃ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮だめ﹂
ちっ。
条件反射ともいえる速さで私の舌が弾き鳴ったことに、レイがに
こっと反応した。
﹁あれ今舌打ちした? 何だろう。気のせいかな? 場合によって
はそれなりの対応をする準備万端なんだけどどう思うすーちゃん?
疲れれば落ちつくだろうし名案だと俺は思うんだけど?﹂
﹁さってと話! 話だったよね私の話ね! ええっと何処から話せ
ばいいのかな父由来のX染色体と母由来のX染色体が出会って細胞
分裂を開始した頃のことで良いのかなっ﹂
散々脅迫されて覚悟を求められても、往生際ってどこまで延長で
きるんだろうかと常に思考するのが私だが、その私の扱いについて
一流なのがレイである。
﹁小物は小物らしく立場を弁えて欲しいな? あぁ、それともコレ、
試したいの? いいよ。挿れてあげる。きっちり固定してMAXで
290
振動させて縛ってから家に行ってくるね? こっちに帰るの遅くな
ったらごめんね? でも大丈夫、安心して。電池新しいの入れてあ
るから、俺が居なくても楽しめるよ﹂
﹁すみませんでしたすみませんでしたすみませんでした﹂
﹁これ以上続けるなら解ってるよね?﹂
﹁それはもう!﹂
続けなくとも雲行きは嵐到来を告げているが、逆らえば即刻ハリ
ケーンに巻き込まれる。
それが解っていて抵抗を続ける私ではない、引き際は弁えておる
!︵割と粘ったが︶
でも全部まるっと包み隠さず話すわけにはいかぬのである。
どうしようかなぁ。
A子が私の幼馴染である立場で知りえたことを、多少追加修正し
たくらいでいくか。
はぁあぁああ⋮⋮め、面倒⋮⋮。
一線を譲ればそのまま、大人しくなると思ったのに、思惑がどう
も外れるのはどうしてだ。
予備呼気量を全て吐き切ってから、また最大吸気量で限界まで肺
を膨らませて、ここまできてしまったことを若干以上後悔しつつ、
しょうがないかと腹を括った。
﹁あー⋮⋮っとね、む、むかし⋮⋮小学の低学年くらいのときに﹂
﹁うん﹂
ぽつりと、物語冒頭のような言葉を零すと、レイがそれを丁寧に
拾う。
291
﹁父が行方不明になって。そのあと新しい、父? が、登場したの
ですが﹂
父が行方不明ってなんだよ新しい父登場ってどんなだよとか私な
らツっこむ。案の定ぴくりと眉を動かしたレイだったが、私の話を
遮るとまたふりだしに戻るっていう未来を予見したのか、大人しく
傾聴してくださった。
えーと、と思い出しながら、事実を丁寧に選別して口にする。
何でもないことを話す素振りで。
﹁ちょっとした変態で。毎度毎度私の眼の前で営まれるん、ですよ﹂
﹁営むって︱︱﹂
﹁うん、そう﹂
へらり笑って肯定した。
ハンカチだとか、タオルだとか。子どもの口腔に突っ込んで拘束
帯で身動きを封じて、母との行為に勤しんでおられましたよ。
彼女は眼隠しされて、気付いてなかったけれど。
私の脳内閲覧年齢制限がかかった瞬間である。
﹁変態ですよねぇ﹂
間違いなくあれは真正の変態。
世には笑って済ませられる性癖をお持ちの方もおられるが、あの
人は笑って済ませられないクラスの避けるべき人間だ。私の人生の
中で遭遇したことを後悔する人間リストの首位を独走している︱︱
いや、眼の前のコイツも負けてはいないけどな!
292
話を戻すと、もちろん、私だって夜の営みショータイム観覧回避
すべく努力した。隠れたり、帰らないようにしたり、逃げたり。そ
れでも、見つかって、捕まって、限界があった。
毎回平均より体格のよい大人に愉悦をもって捕獲されれば、どう
せ逃げられないと分かれば、身体は動かなくなった。できることは、
ただ震えるだけで。
﹁逃げてもさぁ、いつも捕まっちゃって。だからちょっと︱︱覆い
かぶさられたりすると思い出すっていうか怖いっていうか﹂
当初は背の高い人と進行方向が同じなだけでダメだった。小学生
の身長なんてたかが知れているから、まぁつまりほとんどの人が近
くにいるとアウトだった。
座っちゃうと圧迫感を感じるから授業以外はうろうろ、校内を彷
徨って。校長が管理してるらしい人のいない中庭の茂みで蹲ったり、
給食室と体育館の渡り廊下で死角になってる場所で蹲ったり、図書
室の誰が読むんだよこの世界の偉人伝︵挿絵なし一冊800ページ
弱︶って! という本がずんらり詰め込まれた棚と壁の間に蹲った
り。
そういう私の落ち着く場所っていうのは大抵お一人様限定な狭さ
なのだが、不思議と私を発見してきやがる友人も乱入するため結局
ただ疲れた事実が残るだけなんだけど。
あと、我が道は己一人で行く! という意味不明な声を上げ虚勢
を張って、誰も通らない道選んで登下校していたなぁ。しかしこれ
もA子が居れば別だ。あいつはやばい。﹁ならば私はあえて進もう、
このケモノ道を!﹂とか言って、学校∼自宅間にあるちょっとした
小山を登りかけたので︵若干の武力を行使しつつ︶大人しくさせ正
規のルートへ誘導するはめになった。やめてくれ1時間以上余分に
293
かかる。
蘇った苦い記憶に、場違いな怒りが湧いてきたのをぐっと押しこ
める。
いかん。今は変態の話だ。いやA子も変態カテゴリーの住民だが、
今は別別。
意識がA子に向いたお陰か、案外すんなり冷静な私のまま、レイ
に話せた。
﹁それだけなんだけど﹂と笑うことまでできた。
上出来である。
人間やればできるもんだと満足していると、背後から唸るように
レイが反論した。あと、ぎゅぅっと、一層身体を包まれた。うぐっ。
﹁それだけってことは、ないでしょ﹂
﹁いやぁ? いつまでも憶えてる私が要領悪いんすよ﹂
思い出したA子のことは後生忘れんと誓うが。
できれば早々忘れたいと思っていても、一部分だけ記憶喪失でき
るほど器用な人間ではない。だから、これからも。
﹁すーちゃん⋮⋮﹂
﹁もう今は大丈夫だし﹂
そりゃ、圧し掛かられると身体が震えるけど、そんな状況、普段
はまずないからね︵但しレイを除くと強調して言ってやった︶。
よって社会生活をお送りさせていただくには問題ない。現に、職
場でも普通に過ごせているし。
﹁嘘つき﹂
294
﹁ぅえぇ?﹂
﹁すーちゃんは、嘘つきだから﹂
﹁⋮⋮えぇぇ?﹂
﹁自覚、あるでしょ?﹂
﹁いや、そんな⋮⋮﹂
言われて、何のことについてっ!? と気持ちが緊張しそうにな
った後、それだけ﹁見てもらえていた﹂ことに、ちょぅっとずつ、
気が抜けていった。
そうしても、いいような気がしたから。
張りつめていた筋肉が、緩まっていく。
﹁し、心外ですなぁ﹂
﹁何のキャラなのソレ﹂
あははと笑いながら、私はこてんと後頭部をレイの肩に寄せた。
調子乗ってんなよと言われそうな気もするが、少し疲れたのでご
容赦願いたい。
手が小刻みに揺れていたのを両手で支えあう。
気持を誤魔化しているつもりはないのだけど、でも、深層心理っ
ていうのは意識してどうこうできるものでもないらしい。弱っちい、
私。
﹁楽ー﹂
そんな私を咎めるでもなく、抱く力を少し緩めて私の側頭部をレ
イが撫でてきた。一瞬、びくりと硬直するが、その手が往復するう
ち緊張は散っていく。
295
んー、眠くなってきた。寝てもいい、かなぁ。
瞼が落ちるまま、まどろみに身を沈めようとしたのに、しかしレ
イは許してくれなかった。
﹁その変態、今は?﹂
﹁え、あー﹂
もぅ参るわこのひとー。
この無駄にうろうろと思考を旋回させないあたりが怖い。
どうして一番の懸案事項を、見逃さず衝いてくるんだろう。
﹁いないよー﹂
さらりと言った。
﹁その変態、実は余所に歴としたご家庭をお持ちの方だったんだよ。
母が死んでからは家に寄り付きもしなかったしね﹂
﹁すーちゃんのお母さん、亡くなってたんだね﹂
﹁あれ、言ってなかった?﹂
﹁すーちゃんは自分のこと、ほとんど話してくれないじゃん。⋮⋮
いつ?﹂
﹁えっと、たぶん、レイくらいの歳だったかなぁ?﹂
﹁どうしたの。その、後﹂
﹁ああ。お葬式の業者さんが来て、全部してくれて流されるままに
お骨を抱えて家に帰った。けど、そこに居たくなくてさ。お金も、
多くはないけどあったから、部屋を借りようと思って﹂
A子の家に行ったのだ。
中学生に家を借りる伝手なんてない︵既にアパートを所有してお
られる小学生は別として︶。
296
親戚もなかったから、A子の両親に頼むしかなくてお願いに参上
仕ったところ、当たり前のように家に迎え入れられてしまった。
葬儀のときに﹁あとでうちにいらっしゃい﹂と言われていたのは、
どうやら﹁うちに住め﹂という意味だったらしい。
﹁でも悪いし。あとちょっと、ときどき夜泣きしてしまうことがあ
って、やっぱり部屋を借りることにしたの。A子の家に頻繁に顔を
見せることを条件にしてね﹂
なかなか頷いてくれなかったが、ちょっと一人で気持ちを整理し
たいと告げると、しぶしぶながら承諾して協力してくれた。A子に
は手だろうが足だろうが上げられるが、彼女の両親には頭が上がら
ない。
﹁独りで生活してたの?﹂
﹁うん﹂
﹁そいつは﹂
﹁行き先言ってないし、言わないでってお願いしたし、もう関係な
いと思ってたんだけど。一度だけ部屋に来た。︱︱お骨、取りに﹂
あれは驚いた。
きっちり納骨の予定日になって、アパートに現れたのだ。
記憶と違わない様子で、にこやかに。﹁迎えに来たよ﹂って。
私のことじゃなくて、お母さんに向かって。
本当は渡したくなかった。
でも、やっぱり怖くて。
その間に、お母さんは連れて行かれた。
﹁代わりに生活費を束で置いていきやがりまして﹂
297
﹁うん﹂
﹁気味が悪いので返したけどね﹂
﹁そっか﹂
また思い出して嫌な震えが起こったのを、レイは見逃さずに私を
包んだ。
﹁それからは?﹂
訊かれて一瞬迷うが。
﹁なにもないよ﹂
最高位の紙幣がこれまた束で届く以外は。
何度も言うが、居場所を伝えていないのに、だ。まぁ、それはい
い。それくらいは造作もないことなんだろうし。
でも。
まさか華果が言うように、私のことをあれほど詳細に調べさせて
・・
いるとは思いもよらなかった。お陰で決心がついたし、できること
はした。次はもっと気をつけられる。
﹁他には﹂
問われて、ゆるく頸を横に振った。
﹁そう﹂
言わなくてもいいことは言わないままで。
298
主任とレイは連絡を取り合っているから、薗部華果のことは近い
うちにレイにも知らされるかもしれない。でも黙っておけば案外伝
わらないかもしれない。
華果との関係も思った以上に円滑だし、上手くいけば話題にさえ
上らず埋没するだろう。
﹁すーちゃんが、逃げたいって思ってるのは、そいつから?﹂
そういえば。
つい感情に任せて口走ってしまったんだった。いけね。
﹁︱︱うん⋮⋮いや、というより、記憶、かなぁ﹂
ひとつゆっくり息を吐く。
﹁お母さんが死んだのも合わさって、余計そう思い込んでるのかも﹂
子どもだったし。
心を守る術を知らなかったから。
﹁病気だったの?﹂
何か気になったのか、レイが訊いてくる。
﹁うん。狭心症だったかな? もともと心臓が強くないのに、無理
してたから﹂
当時から将来名だたる小物になれる素質を兼ね備えていた私は、
たった一人の肉親を無理から解放することさえできなかった。
299
今思えば、もっとやりようがあったんじゃなかろうか。
脅えて、知らんふりをして、何も言わずに一緒に居るだけ。
さすが、どこまでも卑怯な私であった。幼少期からでさえ卑怯界
の第一人者として活躍できると威張ってもいいレベルだ。
﹁仕事も前日までやってた。私と一緒にいる時間、そのときくらい
だって言って。図案家だったの。知ってる?﹂
﹁着物の?﹂
﹁そうそれ﹂
たが
鈴子さんの実家は呉服屋さんだからか、違うことなくレイが返答
した。
﹁そこそこ人気があったみたいで、いっつも図案描いてたの。私の
相手しながら。一緒に描いたのもあってね﹂
大体そういうのは、お母さんが廃棄してたけど。
﹁憶えた?﹂って私に聞いてから。
﹁美大に行きたいのはそれが理由。図案家っていう職業に、興味が
あって﹂
﹁なりたいの?﹂
﹁うーん⋮⋮それより、憶えてる図案をカタチにしたいって方が強
いかなぁ﹂
﹁憶えてる、って﹂
﹁すこしだけね﹂
と言ってみたが、細部まで憶えている。
この平凡・小市民・小物から卑怯者までタイトルを総ナメする私
にも、一つくらいの特技はあったということだ。
300
もちろん、図を覚えているだけでは使い物にならない。図案とし
て使用できるように図を配置したり、拡げていく技術なんて持って
ない。だから学ぶ必要があった。
﹁ふぅん﹂
と、レイが何か思案するような声を出す。﹁美大ね﹂と続けた後、
﹁あぁ、そうだ﹂と閃いたらしい音が耳元で響いた。
﹁俺の行く学園の大学部って美術学科あったよね。そこにしない?
後期ならまだ間に合うでしょ、願書﹂
﹁寝言は睡眠中に発表して下さい。誰があんな芸術の日本代表集合
地帯に合格できるか! いいの、私のは目星つけてるし﹂
﹁大丈夫だよ? 何とかするよ?﹂
﹁するな。入れたとして、その後の私が眼に浮かぶ﹂
もうこいつの﹁何とかする﹂発言については触れない。うん、何
とかしやがるのだろう。聞きたくない聞いちゃいけない。
それよりも、入学して講義が始まって天才奇才の群れの中で踏み
つぶされて灰になること確定の私を救うことが優先である。
そう告げると、えぇーと不似合いな可愛げのある不満声をレイが
あげた。レイをレイだと認識する前なら前言撤回して何でも御意に
沿うよう計らうが現在では無理な相談ですごめんなさい。
﹁あ。お母さんの名前、何て言うの?﹂
﹁え、っと。ゆすら。桜桃って書いてゆすらっていう⋮⋮、だった﹂
語尾を進行形で終えそうになって、それを律義に言い直した。
久しぶりに口にしたら、何だか妙な感じがするなぁ。
私と同じく、母の名前も果実の名。熟れるまではとても酸っぱい、
301
青い果実。
﹁ああ⋮⋮そっか﹂
漢字と読み仮名が一致したらしく、レイが納得の言葉を口にした。
レイの口ぶりに、もうこの話を終えていいような気がして、私は
締めに入った。
﹁まぁそんなわけで。受かるかどうかも分かんないですけど受験し
ようと思ったんですよ。だから、いろいろごめん。黙っててごめん。
でも、受かっても消えるとかそんなつもりなくて、ちょくちょく会
いに来ようと思ってたんだよ?﹂
言い訳がましいかもしれないが、レイのことは気になるしな。
・・・・・・・
この街からは離れるから、頻繁は無理だけど、連絡だってできる。
いや、以前だったなら、と続けるべきだけれど。
﹁どうしても、行きたいの?﹂
行って欲しくないっていう想いがありありと感じられて、笑えた。
﹁行きたい﹂
﹁⋮⋮そう﹂
一言だけ零し、レイはそれ以上何についても訊いてこなかった。
気配は納得していない様子だが。それでも、妨害しようとか、そ
ういう空気も感じなかった。感じなかっただけで考えている可能性
は限りなく高いけど、そこは信用し、してもいいよねっ?
﹁そう。わかった。話してくれて、ありがと﹂
302
﹁いや、うん、ぅん⋮⋮どうも、こちらこそ﹂
あぁ、終わったぜ⋮⋮。ミッションコンプリートである。
私としては。話し終えたからこそ訊きたいことはあったけど、ど
うしても喉から出ないし、まぁいいや。
代わりに。
﹁⋮⋮ぁりがと﹂とちっさく零した声は届いたらしい。くすりと耳
を騒がせる吐息と一緒に、また一層身体がぎゅぅと閉じ込められた。
うぅなんだよ恥ずかしいんですけどナニコノ甘酸っぱい感じ!
いや、別に、その、ちょっと気持ちが楽になったっていうか人に
話を聞いてもらうっていうのは気休めじゃないんだなっていうこと
を実感しただけっていうかいやそもそも脅されて話したんだからお
礼言うのはおかしいんじゃないかっていうか!
わたわたもがき始めた私を笑いながらレイがなだめつつ、もぞり
と身じろぎした。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮ぅ?﹂
﹁どうしたのすーちゃん?﹂
﹁いや、あの⋮⋮えっと⋮⋮?﹂
なんか、こ、腰⋮⋮? いや、仙骨部に⋮⋮?
レイのスウェットを押し上げる何らかがある。
これ、って⋮⋮いや待って、っていうかこいつそもそも下着つけ
て︱︱⋮⋮
﹁じゃぁまぁ。訊きたいことも聴けたところで。ね、すーちゃん﹂
303
﹁レ、レイ、あのさ、あのっ、んぁっ?﹂
ちょっと体勢というか姿勢というか座りが悪いんだけど一旦離し
てくれませんかとお願いしようとして、奇声が声帯から起こった。
それは下顎がやんわりレイに持ち上げられたせいで、そのまま背後
のレイと視線が一致した。
さらさらした琥珀に近い髪色が、私の睫毛にかかる。
﹁レっ﹂
﹁しよ﹂
﹁はっ、ちょ、はぁっ?!﹂
﹁シよう?﹂
﹁言い直せと言ってないが?! ま、まって、するって、するって﹂
この臀部から腰骨に主張する熱源はも、もしかしなくても⋮⋮っ!
﹁かたくなっちゃった。やっば﹂
全然やばそうじゃない口調で、﹁でるかも﹂とぐりぐりそれを押
しつける、私に! しっ、刺激するのは良くないんじゃってか、や
っ、やめっ︱︱!
﹁いーや﹂
逃げだそうと暴れる私に、レイは可愛げに拒否の姿勢を示す。
いや﹁いーや﹂じゃないよ! 私がいやだよっ?!
あれ、今の今までしんみりした空気だったよね?
それが何で顎掴まれただけでこうなった? どっからこの濃厚ピ
ンクな気配が湧いてきた?!
焦ってもがき始めた私を四肢で制しながら、レイが﹁落ち着いて
304
聞いて﹂と囁いた。
聞くが、私の落ちつける要素がどこにあるというのか。
﹁シてすぐすーちゃん寝ちゃうんだもん﹂
あれは世間様に言わせれば失神である! 一般的な健康を誇る私が無茶を働かれた結果だ履き違えるな!
﹁むっむりむりむりむりむりむりっ﹂
﹁だって1回で終わるつもりなかったから滾っちゃって。出した後
もすぐ硬くなって大変だったんだよ?﹂
今も挟んで抑えてたけど、起きちゃった、と、そのまま押さえつ
けていればいいモノをぐりぐりぐりぐり。それがナカでの行為に結
びついてしまい、一気に体温が上昇する。
﹁知らぬ! もう寝る! 仕事もあるし寝る!﹂
﹁寝かさなーい﹂
言って、レイが私の前方に廻り込み体重をかけてきた。
はうっ!!
﹁これいいね。すーちゃんが大人しくなる﹂
圧迫感に一瞬強張った私の身体を布団に沈め、レイがにこやかに
微笑む。
﹁ああぁああ悪魔ぁぁっ!!﹂
﹁利用できるものは利用するんだよ﹂
305
真正面下方から、にゅちゅ、と粘性を持った響きがする。
見ると私の下肢の起始部を、布地を避けて、少し冷たいレイの指
が這っていた。
﹁やっ﹂
﹁あ、はいる﹂
止める間もなく、指がくちゅっと沈んだ。
それからゆうるく膣壁を撫でて、レイが手指を私から引き抜いた。
﹁痛かった?﹂
﹁なっ、なっ、なにっ﹂
言われていることを理解できなくて、混乱のまま返す。
﹁あ、だいじょうぶそうだ? 寝ている間も様子見てたけど、この
へん、痛そうにしてなかったし。奥は違和感あるよね、やっぱり﹂
﹁はっ?!﹂
おーぃ待ってくれ寝ている間って何のことだ痛そうにするかもし
れない様子見って何なんだ! あっ、ちょっ、下着っ、取らないで
えぇぇっ!!
隠すものが無くなったそこを、レイがぬるりと指で辿る。
﹁ちょっと入口乾いてきてるけど、中はぐちゅぐちゅだもん。入る
入る﹂
言いながら体勢を整え、レイが突出したソコで、私に触れてきた。
微笑みながら。
306
ちょっ!
﹁まってまってまってまって?!﹂
﹁すーちゃんには散々待たされて振り回されたから。もう待つのは
やめたんだよ﹂
﹁うっわ私が悪いみたいな言い方で笑顔だからって今やろうとして
いる行為が正当化されるワケじゃないからねっ! あとほらっ、わ
たしっ、まだ痛いから労りとか必要ですしって、さっきあんたそう
言って⋮⋮!﹂
﹁すーちゃんが悪いし笑顔なのは最高に気分が盛り上がってるから
仕方ないし別に悪いことしてるなんてこれっぽっちどころか分子レ
ベルで感じてないから正当化する必要もないし大丈夫。あと傷はね、
うん、だいじょうぶ。奥も、うん、ね? だいじょうぶじゃないか
な?﹂
﹁ねって何?! いやだいじょうぶじゃな﹂
﹁はいはいはいりますよー﹂
﹁やっぁ!﹂
ぐっ、ちゅん!
音がして、ナカも入口から擦りあげられて、身体が跳ねる。
その感覚を味わってしまった瞬間、びくびくと膣が収縮した。
﹁あぁ、も、ぅっすーちゃっ﹂
﹁ひぁっ?!﹂
怒ったような口調でレイがそう言って、私がその衝撃に悲鳴を上
げてから。
一息つく間も与えられず、レイに身体を揺られ奥を抉られ擦られ
各所潰され。
初回よりもねちねちぐりぐり致された私は、睡眠不足のまま仕事
307
に向かう羽目になった。
これ、これもう心的外傷になるって⋮⋮︵ぐすっ︶。
308
変態について語らされておりますが任意です︵後書き︶
遅くなってすみませんすみませんっ!
終わった⋮⋮! いろいろ終わりました⋮⋮。
実は今日卒業式なんですよー︵>∀<︶★
もっと早く更新したかったんですが、論文発表とか意外にタイト
スケジュールで泣いてましたすみません!
拍手でぽちっとしてくださった方、メッセージ下さった方、本当
にありがとうございます! お礼はまた明日以降でさせていただき
ます︵>︳<︶!
私事でしたが応援くださって、嬉しかったです!
3/9 拍手画面を更新させていただきました!
まなが画像加工に苦しんだ様子が見ていただけます︵↑︶ 拍手
4回めに出現すると思います!
ではでは遅くなってすみません。
あと今回長くてすみません。推敲も微妙なんで、中身も毎度の通
り微妙ですすみません⋮⋮。
それなのに読んでくださってありがとうございますm︵︳︳︶m
!!
まな
309
後輩︵かとうくん︶と書いて癒しと読む
﹁はい、児玉さん、温湿布﹂
早出のこの時間帯、医事課のフロアはまだ薄暗い。
与えられた事務用デスクに突っ伏している私に向かって﹁使いか
けで悪いですけど﹂と断りながら、加藤君が独特の香りをもつ袋を
差し出してきた。
のろのろと腕を持ち上げ、湿布を受け取りながらお礼を述べる。
﹁あんがと⋮⋮助かる。いやもう今日は一歩たりとも動けぬかと⋮
⋮!﹂
主に腰痛とじくじく疼く言葉にしにくい部分と胎内と脱臼が疑わ
れる股関節のせいで。
早朝というか未明というか、霊長類人科が活動するには不適な時
間帯から行われた行為のせいで。
眠いもう無理限界頼む後生だとレイに叫んでも、﹃そうなんだ?
まだ声出す元気あるし起きてるしだいじょうぶだよ、がんばって﹄
と、お前はまだやれる気が狂い意識消失するまでが勝負である励め
との指示が返ってくる。私はここで果てる運命なのかと震えた。
で、予測通り、私は低酸素血症と脱水症の狭間まで追い込まれた
よ。何度か視界に☆が煌めいた。焦点を合わせようとも溢れる涙と
かどくどく響く拍動とかで邪魔され、虚ろな眼をしていたと思われ
る状態に陥った。
310
次ぎのラウンド
勢いよく分泌液を射出した後のレイは私を労わった。
準備を整えるまで私を撫でたり顔をちうちう吸ったり固まって動
けない関節とか筋を解したり赤くなった皮膚をマッサージしたり水
分補給︵ただしヤツの口から︶させてくれたりして、それはもう甲
斐甲斐しく。
が。
再びスタンドバイ! になると容赦ねぇ。
的確に熟れてずくずくと疼く場所を擦り、潰し、鎮火に向かって
いた快楽を熾すのである。
つい昨日、日付変更前まで乙女であった私は知らなかった苦しみ
を教え込まれた。
レイがはいってきて、行きどまる奥。そこをぬちゃぬちゃと突か
れるとき。レイに押し込まれ、引き返すレイにつられて子宮口が動
く感覚。
自分の奥底で神経が灼かれ、蓄積して弾ける。
弾けて終わりたいけれど、許されずそれ以上に向かって追われ。
イくっていうことが最果てだと思っていたのに、それは単なるは
じまりだったのである。
地 獄 を み た よ っ!!
レイ
まぁ軟弱だと自負していた私の身体機能はやはりそれ程の体力し
か持ち合わせておらず、もちろんそんな悪魔がご誘致くださる世界
に滞在し続けられるはずもなく。
最後は腰に与えられる揺れとともに瞼が落ちていった。
んで。
311
いつも通りの時間にセットされたケータイのアラームに飛び起き
ようとするが白い腕にホールドされていてできずしかし身じろぎに
より全身に奔った激痛に呻いたけれど仕事には行かねば離せと身支
度を整えて現在に至る。
私はかつてこれほど体力を削ぎ取られる朝を経験したことがない
二度と御免被る!
はぁぁあ、と、加藤君にお辞儀をした体のまま溜息を床に落とし
た。
後悔するんだろうなと思った昨夜の私よ、大正解! 後悔の枠組
みを超えているよー超越してるよー。だって自己責任だと諦めきれ
ずに自分に殺意を憶えてるもんね!
こうなったのはお前のせいだあああ! と医事課の中心で叫びた
い。そんで叫びつつ加藤君をフロアに沈めるのも精神衛生向上に大
変有用であるナイスアイデアじゃねと思ったが、手に載る湿布に今
回だけは見逃してやろうと考え直した。命拾いしたね加藤くん!
肌色湿布袋のジップをペリペリ解放し、もわんと湧き出でる香り
を吸い込む。
湿布で完治とはならないだろうが、痛みのゲートを狭めるくらい
には効いてくれるはず。あとは鎮痛剤でも飲んどこうかなぁ、たの
む効いてくれ、はぁあああ本当痛い!
﹁痛くて泣けてくる⋮⋮!!﹂
口に出さずにいられず、小粒の涙と一緒に零した。
言っても仕方がないが、言わないと何か苦痛ゲージがたまる気が
するんだよぅ。
312
﹁あららー児玉さんが体力あっても動かないのはいつものことです
けど、どうしたんですか? 辛そうですねー。あぁ∼さてはやっと
彼氏でもできて励んじゃいましたねー?﹂
あははっ、と無邪気に加藤君が爆弾を投下してきた。
その表情は生き生きと輝き、﹁弱ったこの人つんつん小枝でつつ
くのマジ楽しぃヒィヤッホー!﹂という心の声が溢れている。
滅多に到来しない私打倒の機会にご機嫌だな。うむ。ならば応じ
てやる。先ほど湿布に免じて遠慮してやった分も漏れなく加算して
やる!
﹁あはははうんそうだよね腰痛とか加藤君には全く無縁だもんねぇ
右手とか材質シリコンなホールによる擦過傷には注意しないといけ
ないくらいだしね!﹂
﹁きゃぁああああああぁあああ!! この人言った倍以上で人を傷
つけるアンダーなネタ展開してくるっ?!!﹂
﹁えっと、何だっけ。小振りだけど揉み心地のいいバストがベス﹂
﹁ここに変態オヤジが混入してます救急室に連絡してぇえええ!!﹂
﹁なにバック攻めて欲しいけど挿入部の裂傷が気になるから予約し
ておいてっていう意思表示? ごめん、私嗜まないから加藤君のこ
と狙ってるメンズに言っとくねっ! これでお一人様しなくて済む
ねっ﹂
﹁なんの話いぃいいいい?!﹂
﹁あっ、加藤君、受けでいいんだよねっ? お幸せにっ!!﹂
﹁だから何のぉおおおおおお?!﹂
やっぱり加藤君の鳴き声は今日も私を癒してくれるなー!
あぁ職場は平和である。医事課チーム宮森の平和は加藤君の絶叫
無くしては語れない。私の苦痛緩和にも欠かせない︵悪︶。
313
﹁ていう内容は受付の彼女たちに伝えておくとしてー﹂
﹁あんたは悪魔ですかそうですかそうでしたねっ?!﹂
﹁ちょ、私をその類に分類とかやめてよもっと上がいるよ主任レベ
ルが該当するんだよっ﹂
﹁児玉さんも十分そのレベル所属ですっ!! 悪魔がいる班で果た
して俺は生き残れるのっ?!﹂
﹁あはははは今日まで頑張ったねお疲れ様っ﹂
﹁それどういう意味ですかあぁあああぁぁっ?!﹂
﹁えっ、だから受付の子たちに﹂
﹁きゃああああああああああ!!!﹂
班での扱いは相応だけど、加藤君はこれでも︵失礼︶可愛い草食
系とか勘違いされて︵失礼︶チヤホヤされている。
あの笑顔に癒されるのよぉ! と既婚者には愛でられ、若手には
主任と比較され圏外扱いという笑える内容だが、女性たちからのお
誘いは後を絶たないみたいである。リアル充実種族は根絶すればい
いと思う。
もうそんなことされたら俺二度ととお食事会に御呼ばれされなく
なりますっ!! と、しくしく泣き始めた加藤君に、いい加減この
疼痛を緩和させたい私は、ぺろりとフィルムを剥がし湿布を手渡し
た。
一応受付から見えない位置であることを確認して、その方向に身
体正面を向け加藤君には背中を向けた。私の背面がさぁ貼ってくれ
と加藤君に無言の要求をする。
﹁⋮⋮あの﹂
﹁ん? あ、もしかしてぶきっちょ? 皮膚に張る瞬間空気を混入
させるタイプ?﹂
﹁目玉焼きには醤油かけるタイプ? みたいに訊かれても⋮⋮あぁ
314
⋮⋮児玉さんの要求も言ってる意味もわかる自分が嫌、本当嫌もう
嫌⋮⋮﹂
﹁何だよーちょっとぺたりと貼って欲しいだけじゃんー。いいよい
いよ、ちょっとくらい空気入っても私が貼るよりはマシなはず! 私これ苦手でねー﹂
制服のスカートからシャツを抜き出し、腰部を露出したまま言う。
加藤君、諸事そつなくこなすし器用だからいけると思ったんだけ
ど、実は不器用なのか。しかし私はそれ以上に薬効成分の効果を減
少させる手腕の持ち主だしなぁ。
﹁いや、そういうワケじゃ⋮⋮児玉さん、余所でこんなことしない
でくださいよ⋮⋮﹂
はぁっ⋮⋮! と盛大な溜息をついて、加藤君がてろりんと温湿
布を受け取ってくれた。
何だ良かった。あやうく湿布を無駄にするところであった。
﹁? うん﹂
どう余所でやれというのか、具体例が思いつかないですが。まぁ
いいやと頷きつつ、彼が貼りやすいよう、私は上体を軽く折った。
そのとき。
﹁うっわ⋮⋮! まじか!!﹂
﹁んー?﹂
貼付の瞬間を待つ私に、背後から驚愕の声が聞こえた。
何だろう? え、背中の産毛? 毛皮並みになってるとか? 315
﹁まじかー!!﹂
﹁なに、背中、毛刈りしたほうがいい?﹂
﹁女の子がなんて発言してんですか! ⋮⋮じゃなくてですねっ﹂
﹁え? じゃぁ湿疹出現? 痒くはないんだけどなぁ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮まじか。もうまじかしか言えないけど、まじか︱︱
︱︱お大事に﹂
そっ、とポケットからハンカチを取り出した加藤君が、眦を拭っ
た。えっ、泣いてる?
お大事にはするが、本当、何だ。疑問である。
? を周囲いっぱいに浮かべて加藤君を見つめていると、ほんの
り顔を赤くしていた彼が﹁あ″っ!!﹂と声を上げた。
﹁忘れていましたが院長がお呼びでした! お茶入れてほしいそう
です﹂
﹁え、もう出勤してるの? 院長、今日オペあったっけ?﹂
﹁いいえ確か︱︱⋮⋮うん、今日は予約外来だけですねぇ。気まぐ
れじゃないですか?﹂
勤務表と各外来の予定表を捲りながら、加藤君が適当そうに返答
した。
そんなこともあるのか。まぁ、歳を召されると睡眠が多相性にな
って早朝覚醒しちゃうっていうし今日はそういうことなんだろう︵
失礼︶。
院長秘書が在籍する広報課もまだこの時間には来ていないだろう
から、行くしかない。
﹁ふーん。まぁ、私も用があったから丁度いいや。じゃちょっと行
ってきます。混みだしたら連絡して?﹂
316
はーいと、受付対応のためマスクを装着しながら言う彼に見送ら
れて、私は医事課横の階段から院長室へと向かった。普段から運動
不足であることを自覚している私が、階段で院長室のある6階まで
進むことは並大抵ではない。今日は特に。
﹁うんいたい!!﹂
つい習慣で階段を使いかけたが、温湿布って何のために貼ったん
だよお前の腰痛は本物だよ! って身体が訴えてきやがるので、1
段上った足を降ろしてエレベーターを利用させていただいた。
ぽーん、と音がして目的階に到着し、先に給湯室に寄った後、院
長室をノック。
﹁おはようございます、児玉です﹂
﹁どうぞ。あぁ、おはよう。ありがとう﹂
お茶をお盆に携えた私に、院長はほんわり微笑みながら入室を促
した。
扉を開けて身体をすべり込ませて、院長の顔を見て挨拶する。
ブラインドを上げてある部屋は、東側の窓から暖かい光を受けて
いて、院長の周囲も淡く発光していた。後光かと思ったよ!
﹁今日はお早いですね? 何かありました?﹂
応接セットがおかれた一角に座る院長に近づきながら、早朝出勤
の理由を尋ねた。
﹁何かあったように見える? ⋮⋮実際あったんだけどね﹂
317
笑いながら、しかし後半トーンを下げて院長が言葉を曇らせる。
ああ、うんわかった⋮⋮。
﹁主任⋮⋮息子さんですか。親子喧嘩でもされました?﹂
﹁されましたよ。もうひどいよ、あの子は。僕を脅すんだからねぇ﹂
そう傷ついてもいない表情で、彼は私の差し出したお茶を啜る。
一応お代りもされるかなぁと思い、茶葉を取った急須と菓子皿もテ
ーブルに置いた。中身は生姜煎餅である。白くまぶされた糖蜜から、
微かに生姜の香りが上った。
﹁あぁ美味しい。ありがとう﹂
﹁いいえー﹂
朝日と同じくらいの眩しさで、初老の男性が微笑む。
うぉ。とびきりの紳士スマイル頂戴しましたー!
この人もなぁ。主任のお父さまなだけあって、見眼がいい。若い
ころはさぞやおモテになられただろう。今も﹁院長って素敵だよね
ー﹂と、若い職員から患者さんから、あらゆる年齢層の女性にちや
ほやされているし。さすが血は争えぬ。うっかりしていたら惚れて
しまう気をしっかり持て私!
﹁ごっ、御用ってなんでしたっ?﹂
顔に血液が集中するのを感じながら、慌てて用向きを伺った。
主任はその性格とか所業とか存じ上げているせいで魅せられるこ
ともないが、このひとは別だ。何と言っても高卒ぺーぺーだった私
を雇ってくれた。しかも優しい。ぐっとクるどころか、ぐぐっと心
臓握られるような心地がするんですよ!
318
﹁あーうん、そうだった、これこれ﹂
こく、ともう一口お茶を含んで、院長が傍らに置いていた茶封筒
を手に取った。
﹁もし来たら止めろって、言われたんだけどねぇ。これで進めてお
くね?﹂
﹁⋮⋮すみません、本当に、いろいろ。⋮⋮親子喧嘩の原因、私で
したか⋮⋮﹂
﹁それはいいんだけどね。⋮⋮いや、むしろ謝るのはこちらだから。
本当は最後まで、見ていたかったから﹂
﹁そんな! 甘えすぎたと、思っているくらいです﹂
来るべきじゃなかった。煩わせるくらいなら。
だけど、私には余る光栄で、院長は居場所をくれた。
ただ、私のことを知っていたという、それだけで。
﹁彼女のことは偶然とは言い切れないし、不自然でもない。だけど、
気をつけて。何かあったら、直ぐに報せて。僕でもあの鬼息子でも
いい。あれはキツイ性格をしているが、まぁ役には立つだろうから﹂
﹁はい。でも、何とかなりそうです。もうしばらくだし。主任には
悪いことしちゃいますけどね﹂
﹁いいよいいよ。その分僕が酷い眼にあってるからお相子だよ。存
分に嘆け愚図め﹂
院長の知ってはいけない一面を見てしまった気がする。え、いま
の空耳かなっ?
﹁それで、本題ね。前に言っていた診療所の紹介はどうしようか?﹂
319
﹁ありがとうございます。えーと、院長のご実家ですよね、その診
療所って。主任に見つかりませんかね? それに、今回のことがあ
るし﹂
私がここを辞めるきっかけを考えれば、さらに迷惑になりそうな
気がする。
あとさすがに院長の実家に再就職って、主任に申し訳が立たない。
っていうかバレたときが怖い!
﹁灯台もと暗しって言うし、大丈夫だと思うけれど。どちらにして
もね。あちらは人も少ないし、君の負担になるような事態も避けら
れるんじゃないかな。事務は妹が取り仕切っているから、職場の雰
囲気も悪くないからお勧めだよ﹂
言われて、少し考える。
院長の実家ということは、私の元ホームタウン。逃げてきた場所
である。
嫌なことはたくさんあったけど、同時に捨てられない記憶が詰ま
った街。
そこに戻る、かぁ。
場所さえ選んで、人目を避け行動すれば、それも、いいのかもし
れない。
それでも、と、可能性を捨てきれず、私は口を開いた。
﹁えっとですね、私、学校行こうと思っているんです﹂
﹁うん? へえ、何の?﹂
﹁母の、仕事に興味があって﹂
﹁あぁ。ゆすら紋か。あれは良かった。妻がとても気に入っていた
320
よ。そうか。そういうのもひとつの道だね。進学先は決まっている
の?﹂
﹁いいえ、まだ。今度、試験があるんです。かなり厳しいですけれ
ど﹂
笑うと、院長もにこりと微笑んだ。
﹁そう、頑張って。応援しているよ。じゃ、この話は保留にしてお
けばいいかな?﹂
﹁はい。すみません﹂
﹁いい、いい。でも、必要が生じたら、すぐに言うんだよ﹂
﹁ぜひ、その時は縋らせてください﹂
それから2、3話をしているうち、﹁あ、そうだ﹂と、院長が一
枚の名刺を分厚いファイルから出してきた。
﹁これは?﹂
﹁向こうの知り合いの図案家だ。織り元ともパイプがあるから、君
の役に立てるかもしれない。連絡しておく、訪ねてみなさい﹂
﹁え、でも﹂
いきなり行っても、迷惑ではなかろうか。
それはもちろん、興味は多大にあるけど、こっちは学校も通って
いない素人である。図案化目指してるんですと言ったところで、そ
れがなにか? と言われればそれまでなワケで、それって心が折れ
る!
内心が伝わったのか、院長が柔らかい声で繰り返した。
﹁相手は歓迎すると思うよ? 何と言っても、君のお母さんの師匠
321
だし﹂
﹁えっ?!﹂
﹁詳しいことはその男に訊きなさい。あぁほら、内線だ。混んでき
たんじゃないかな。今日も仕事、よろしくね﹂
電話を拝借すると、やはり加藤君だった。伝票の排出される音が
小気味よく響いているから、きっとカルテも大量に出さないといけ
ないんだろう。
医事課に戻って、溜まった予約票を捌きながら、各科の診療準備
をする。
﹃お母さんの師匠だし﹄
ぐるぐる、院長の言葉が頭を巡る。
﹁考えたことなかったなー﹂
そういえば、母のこと、自分と一緒に過ごした間のことしか知ら
なかった。
図案家だった。
心臓が弱い。
⋮⋮こ、これくらいしか知らない⋮⋮だと⋮⋮! いや、だ、だ
って聞く人居なかったし!
﹁何がです?﹂
うろたえひとりごちたものを加藤君に拾われ、慌てる必要もない
のに後ろ暗さ満点の挙動不審さで何でもないと返す。
ぎこちない返答が彼のどこかに触れたのか、加藤君が顔を引きつ
322
らせ一歩私と距離を空けた。
何怯えてんだ。
﹁ちょっ、何考えてたんですかっ俺を陥れる算段だけは永久にやめ
てくださいっ?!﹂
﹁あぁそのことじゃないけどそのことについてはごめんもう無理﹂
﹁既に準備があるってことおぉおぉおお?!﹂
﹁乞うご期待﹂
﹁期待なんかしてないんですからねっ?!﹂
﹁ツンデレか期待してるってことか﹂
﹁もう嫌ぁぁぁあああああ!!﹂
等などやり取りしつつ。
腰と股関節と腹部の違和感と闘って、ハルカの巻き起こすあれや
これやに引きずられ、主任の腹黒い笑顔と言葉に精神が摩耗し、そ
の都度加藤君で癒されて。
あっという間に回った時計の針が、終業時刻を通過していた。
323
後輩︵かとうくん︶と書いて癒しと読む︵後書き︶
長くてすみません! それでも読んでくださってありがとうござ
います!
加藤くんって本当癒し系だと思います。私もこんな後輩欲しい︵
鬼︶
あっ、拍手1枚更新しました!
いただいたコメントのお礼はまだですすみません! でも拝読し
て、すごく元気づけられて頑張れています! まなを取り巻く現実
が落ち着いたらすぐにお礼させていただきます! すみません! もうしばらくお時間をくださいm︵︳︳︶m!!
ありがとうございまし
また更新したらおつきあいくださると嬉しいです︵>︳<︶
最後に私事ですが⋮⋮受かりましたー
た
324
くらくなる未来と眼のまえと︵前書き︶
おひさしぶりすぎてすみませんとしか申し上げられない!
325
くらくなる未来と眼のまえと
さて、帰る時間である。
も一度時計を見たが、間違いなく帰る時間である。むしろそれか
ら1時間経過している。
そんな時間なんだけど。
﹁かっ、帰りづらっ⋮⋮!!﹂
家に帰ったら居るんだろうか、うん、居るな⋮⋮! 同棲とか言い出したからには居るな!
玄関で三つ指ついてお出迎えではなく、遅く帰宅した夫を咎める
がごとくの威圧感を漂わせ玄関で黒く微笑んでいるレイが見える⋮
⋮!
何だかんだと忙しかったせいで、昨日というか本日未明∼早朝に
かけて起こった事象自体について深く考えずに済んでいた。
だが。
帰って彼が居ることを確信しているのに帰らねばならないとなる
と話は悶々阿鼻叫喚コースへと直行である。家路で悶え、家で吐血
でもするしかない。あーぅ、お尻が椅子から離れないわー!
﹁児玉さん、帰らないんですか?﹂
326
フロアの照明が薄暗くなる中、主任が休憩していたのかコーヒー
を持って席に戻ってきた。
ちなみに残業は各チームの主任へ許可願を出す必要があり、それ
以外の職員は速やかに帰宅するよう通達されている。そのため今の
時間、残っている人は少ない。
主任が五時以降仕事が捗ると言ってよく残っているのは、まぁ察
するに余りある事情がある。人口減少に伴い彼の気苦労も目減りす
るらしい。
﹁か、かえり、ますー⋮⋮﹂
﹁おや、帰りたくなさそうなご様子ですねぇ。じゃ、無償奉仕でも
します?﹂
﹁えー⋮⋮いやぁ⋮⋮。えっと、し、ましょうか、ね⋮⋮﹂
﹁おやおやおやおやおや﹂
頬杖をついてこちらをちらと向いていた主任の眼が、顔ごとで私
を見つめてきた。
﹁⋮⋮ナンデスカ﹂
﹁いいえぇ? あ、そうだ。昨日急に申し出られた勤務交代の件で
話があったんです、急に仰られた﹂
2回も急だったと言われましたー。重要なことだったんですね!
嫌味だってわかってるけどね! ﹁む、無理なら本当にいいんです。私が休みを取ろうと努力したと
いう事実が残ればそれでいいとうか願ったりというか!﹂
レイの誕生日に休みを取ってくれと要求されたが、そう柔軟に対
327
応できないのが社会人というもので。
でもまぁ、主任とヤツの繋がりがある以上、一応の誠意を見せて
おくというか、小細工をしておくとHPの減少が軽減されるだろう
という賢明な判断のもと休みを申請してみたのだ。
﹁どうしてもっていう用事でもないですし﹂
﹁へぇ⋮⋮そうなんですか?﹂
主任がデスク上にあるスマホをタップした。
明るくなった画面を2、3度スライドさせるような動きをしてか
ら、宮森主任は顔を上げた。にやりと。
・
﹁彼は、どうしても外せない用事だと言ってますが?﹂
﹁ぬぉっ?!﹂
﹁ぬぉって⋮⋮くっ⋮⋮! で、どうしましょう? 児玉さんはそ
う大した用事ではないと仰っていますと返答して、ではお休みの申
請はなかったものだと思ってよろしいんですよね?﹂
﹁余分っ、余分な情報を与えないでくださいっ﹂
﹁えぇ? 必要事実しか述べてませんけれど? ちなみに今朝も彼
から休ませると連絡が来たんですが、そうするとご希望のお休みは
差し上げられませんと返しました。勤務があると分かっていながら
配慮に欠ける行為を強要したら相手の負担が増えるってことを学習
してもらえたのなら良いんですがねぇ。ね、そう思いません?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮え﹂
﹁ですから、あのガ⋮⋮いえ、笹谷のご子息から﹃無理させたから
休ませていいよね﹄と決定事項のような連絡が入ったんですけれど、
世間はそんな甘くないんです児玉さんの生活に配慮した交渉に務め
ないと今後に響きますよ手始めに今度の休み申請はなかったことに
しますねとお伝えしたんですよ﹂
﹁いっきゃああああああああああ!!﹂
328
﹁あぁー。加藤君と児玉さんの声って癒されますねー﹂
おっ、おまわりさんここに鬼畜がぁあああ!! って、そうじゃ
ない! わかるよっ?! 加藤君の絶叫によって私の脳波にα波が
出現するっていうのはわかるけどでも私の雄叫びにはそんな効果は
ないですからっ!! ってそうでもなくて!
えっ、えっ、どういうことっ、わたっ、わたしっ、私が致したあ
れやこれやっ、えっ、昨日っていうか今朝までのあれこれが、し、
知られてっ?!
﹁そうそう。今日の昼休み、加藤君から相談を受けたんでした。児
玉さんのことについてですよ? いけませんねぇ。彼女が居ない男
性に、自分の背中を晒すなんて。気の毒に。彼、半泣きでしたよ⋮
⋮﹃児玉さんに彼氏ができたみたいなんですけどっ、俺っ、あの人
にだけは先越されないって信じてたんですよっ?!﹄ってね﹂
﹁かとう!!﹂
君はどうして愚痴る相手をこの人に決めちゃったの?! 他の人が良かったのかと聞かれれば否であるが、この人だけはミ
スチョイスである私にとって!! 二手に分かれた道を選んだけど
あははこっち奈落だったやごめんなさい★レベルで誤った選択であ
る!! 次会ったとき問い詰めてやる制裁してやる笑って済むと思
うな加藤!!
っていうか、なぜ!
﹁背中、すごいことになっているそうですねぇ。キスマー﹂
﹁んなあああぁぁあああああ!!!﹂
329
いつ?! いや、いつっていうか、いつの間に?! 背中なんて
レイに向け︱︱︱︱向けてたよ⋮⋮っ!! 足が痛いって言ったら
﹃じゃぁこっちね﹄って言われて後背iぐふっ、うつ伏せになり、
膝が痛いっていったら﹃横向いて﹄って言われて⋮⋮うぁっ、うぁ
あああっ⋮⋮!
﹁僕、児玉さんのことを信じていたんですが⋮⋮まぁ、いいです。
一時の過ちですよね? ちょっと押しの強すぎる美少年にやり込め
られて辿った過ちでしょうし、眼を瞑ろうと思います。大丈夫。こ
ちらはいつまででもあなたのことを待っていますから。気に病まな
いでくださいね? ああご心配なく。木曜は代休予定だった僕がき
っちり児玉さんの代わりに出勤します。これだけ尽くす男は他に居
ないと自負しますが、そう思われません?﹂
何が大丈夫なのか待つって何のことなのかっていうか代勤は加藤
君に頼んだはずなんだけどと言いたいことが脳を廻ったが、それよ
り言わなければならないことを私の口は優先して。
﹁おおおぅおぅっ、おもっ、おもいまっ﹂
す、とも、せんとも続けるかわからないタイミングで主任が言葉
を引き継いだ。
﹁ですね。僕もそう思います。では、くれぐれも馬鹿な行動は慎ん
でいただいて、どうぞ、お休みをお楽しみください﹂
にこり。
朝に拝見した親御さんのご尊顔とは、似ているようで黒さ方面で
の輝きが違う。あんたのは本物や!
330
﹁それと﹂
﹁すみませんもうこれ以上はダメージ受け止めきれなくて入院患者
がたった今増えると思いますストップで!﹂
﹁構いませんが。何なら僕が病床まで運んで差し上げます。もちろ
ん個室管理で。上司という立場から責任を持って療養上のお世話も
させていただきます﹂
﹁そんな役職責任初耳ですけどっ﹂
﹁あるんですよ。児玉さんが知らない常識はそこらじゅうに氾濫し
てるんです。非常識を改める手助けができて光栄です、よかったで
すね﹂
﹁このやりとりどこかでっ!﹂
確かヤツはWHOを引っ張り出していたがこの上司は職務につい
て当然知られているべき情報だと説いてこられる。そして馬鹿にさ
れたー!
腹黒さといい、鬼畜具合といい、この人たち実は血縁とか言われ
ても驚愕しない!
﹁それだけお元気なら入院の心配もないでしょう。では、児玉さん
が直属の上司を飛ばし直接職員課に何らかの書類を提出される懸念
もないという認識を持ってもよいですね? あぁもちろん﹂
﹁はひっ?!﹂
一層深まった主任の笑顔に、背筋が強張る。
えっ、なにを、言われた⋮⋮?
﹁まさか父に話しをつける︱︱とか、お考えではないですよねぇ?
たとえば今朝、もし院長に僕の意に沿わないお願いをされていた
のだとしたら、僕はあなたの味方にはなり得ませんよ?﹂
331
・・・
﹁徹底的にあちらへ協力しますから﹂と追加され、反射で口が動き
出す。
﹁してません!!﹂
どうだ良いお返事であろう疑ってくれるな! と必死に主任の眼
に訴えかけると、彼は少しだけ気配から圧迫感を減法してくださっ
た。
﹁そうですか。ではどうぞ、お気をつけてお帰りください。言い訳
も考えながらだと、足元がおろそかになると思いますから、転ばな
いようにね﹂
﹁い、言い訳?﹂
﹁ええ。どうぞ、通話状態です﹂
﹁⋮⋮⋮⋮つー⋮⋮⋮⋮わー?﹂
主任がこちらへ歩み来て、私の手を掬って掌にぽんと載せたのは
メタリックシルバーの長方形。そして通話状態ですってよ。へー。
誰 に ?
﹃もしもし﹄
﹁?!﹂
やけにゆぅっくりとした問いかけに、主任の電話ということを失
念して落としそうになる。むしろ落としてぇ。ディスプレイにヒビ
入って故障すればいいんじゃないかなぁああー!!
あ。
332
てか返事しなかったらバレないよね?! スマホの音声がどれ程
クリアか知らんが、主任とは3メートルは離れていた! 私だって
判別できるほど高性能じゃ︱︱
﹃すーちゃん﹄
﹁っ!﹂
先方、こちらを 断 定 さ れ て い る 模 様 で す。
﹃早く帰ってきて?﹄
いや、早まるな。まだ私が私だとバレている確証はない。
このまま知らんぷりしてやりすごせば⋮⋮
﹃15分以内で﹄
それって病院から私が体力の限界に挑んであと十個はある信号と
か交差点とか道交法とか近隣の学校に通う青少年の下校時刻などの
諸事を幸運が導いてくれたとして結果達成できるかもしれない位の
奇跡である!
大体私の身体状況はお前のせいで芳しくないため全力出せないん
だけど?! という怒りに似た感情が暴発し、で、私は叫んだ。 ﹁無理だ!! ⋮⋮あっ﹂
のたま
一拍置いて、それはもう声だけで凶悪な様相であろうと想像に難
くない相手は宣った。
﹃居るなら早く出なよ? 俺いまあんまり機嫌良くないんだからね
? 理由は考えなくても分かってるよねぇ? 言い訳を聞くかどう
333
かはすーちゃんの態度次第だから早く帰っておいで。あと14分だ
からね。そうだ。遅れた分の時間、ペナルティってことで。内容は
任せてね。すーちゃん、気をつけて、ゆっくり帰って︱︱﹄
﹁ちょ帰るすぐ帰る主任お先に失礼しますっ!!﹂
主任にスマホを返却し、棚に置いていたカバンを掴みつつ、ロッ
カーへと走り出す。あぅっ、痛い! 関節が悲鳴を上げているっ!
背後から主任の﹁明日も休ませませんとお伝えくださいね﹂とい
う、有難いのかそうでないのか微妙なお見送りに返事をしつつ﹁主
任に女難あれ!﹂と高らかに呪った。心の中で。言えないそんなこ
と言葉でなんか、ぐすっ。
とりあえずの目標に向かって身体は風をきるが、しかし腕とか足
じごく
とかの中心、何て言うか骨髄? が、恐怖で震えている気もして動
きにくさを感じる。原因は確実に近づく未来だってわかってるけど
ね! 少々の怖気を指先でたたき潰すようにして、ロッカールームの扉
にナンバー入力して錠を解除。コートを着て職員玄関から出ようと
した一瞬。
﹁ん?﹂
ふわりと、鼻腔が反応する香り。
それはほんの一瞬、まるで気のせいのような微か。
でも、心が粟立ち始める。
腕が止まらず、開け放ったドアから入る空気で霧消したものは、
すぐにまた濃くなった。
人が横切り︱︱︱︱通り過ぎたあとの風が、私に届く。
334
ひゅぅっと、喉から先が狭くなり、肺に空気が満たされない。
﹁⋮⋮ぇ﹂
前を行ったのが人だと分かるだけ。狭い通路を建物から建物へ、
移動していっただけ。
薄暗くて、判断する材料は何も得られていない。
けれど。
こみ上げた懐かしさを塗りつぶす恐怖が、立毛筋を収縮させる。
﹃またね。ぼくの︱︱﹄
通路の濃い陰から眼が離せず、肩からバッグが落ちたのにも構え
なくて。
呼吸を満足に行えなくて、苦しくなったころ。
﹁児玉さん!﹂
聞き慣れた後輩の声に、身体が現実と重なる。
﹁⋮⋮⋮⋮っ、へっ? あれ、かとう、くん﹂
335
﹁どうしたんですか座りこんで! 貧血でも起こしました?!﹂
背後の扉から、加藤君が駆け寄ってきた。
丁度帰宅のタイミングだったらしく、スーツの上にコートを着込
んでいる。
腕を支えられて立ち上がろうとすると、引き攣れたような痛みが
下腹に走った。
﹁ぁ、すみません、大丈夫ですか﹂
眼聡く原因に思い至ったんだろう加藤君に気づいてしまい、循環
が鈍っていた全身に急速に血液が走り出した。ちっ、違う! とり
あえず違うって言え私!
﹁ちがう! そいういうんじゃないですし大丈夫!! っていうか
何が大丈夫じゃないのかわかんない!!﹂
﹁うわ全力で何かを否定しようとしてますが俺が訊いたのは体調が
大丈夫かってことです児玉さんの腰痛とか股関節とか下腹部の違和
感とかを訊ねたんじゃありません﹂
﹁しっかり把握してやがるっていうことを思い知らされたっ?! なにっ! 日ごろの報復?!﹂
﹁何を言うんですか純粋に先輩を心配している後輩の気持ちを素直
に受け取ったらどうなんですか慣れないうちは無理しないほうがい
いですよ初めてだったんでしょなのに励んじゃったんでしょ?﹂
﹁黙ってくれぇええええ!!﹂
勢い伸び上がって、加藤君の頸をきゅっ! と圧迫してやろうと
伸展した手が、やんわり両方彼の手に包まれた。
﹁顔色がちょっと悪いです﹂
336
私の手首から二の腕へと掴む場所を変えた彼の右手が、転ぶこと
のないように私を支えてくれる。
﹁夜間診療、診てもらいましょう﹂
﹁うぇっ?! いやいい! ちがう! 病気じゃないし貧血でもな
い!﹂
﹁でも具合、悪そうです。ね、俺、よかったら付いていきますし﹂
﹁尚更遠慮する! 加藤君だって疲れてんだからさっさと帰りなよ
! 私のはほら、あれ、ただの空腹による低血糖! バッグにお菓
子あるし大丈夫! 正義の菓子パン貴公子が自己犠牲してくれるの
と同じ方法で回復する! そんで直ぐに帰れる!﹂
﹁児玉さん児玉さん待ってください勝手に帰らないでください﹂
﹁とめないでっ! 私には帰りを待っている人がっ﹂
﹁はいはいそれはそうなんでしょうけど︱︱ああ。迎えに来てもら
ってくださいよ。彼氏﹂
﹁はぁっ⋮⋮はあああ?! 彼氏なんか居らぬ! 独居ばんざい!
天涯孤独!﹂
﹁うわもうワケわかんない色々ワケわかんない。情報が混乱してる。
どうしよう。うん、とりあえず帰るなって言ってるでしょう!﹂
﹁うぐっ﹂
上着の襟を掴まれ、歩き出そうとしていたのを引き戻された。ち
ょっ、いま絞殺されかけたっ!
﹁顔色悪いのは本当です。児玉さん、どうせチャリでしょ? それ
で帰るのは許しません﹂
普段いじ︱︱ごふっ、ついつい構ってしまう加藤君の心配そうな
眼が、何だか逆らえない雰囲気を纏って言い切った。なっ、生意気
337
である! 加藤君なんかっ、加藤君なんか被虐キャラ担のくせにっ。
﹁いや許可は必要としておらぬそれがし一人でこれからも生きてゆ
くゆえ御免!﹂
﹁俺を倒して駐輪場まで行けるならそのセリフは聞き入れてあげま
すけど﹂
﹁体育2をなめんなよ⋮⋮!﹂
﹁5段階評価にしても10段階評価にしても無理そうですね。じゃ
ぁほら、行きますよ﹂
言って、すたすたと坂を下り駐車場へと歩き出す。えっ、私そっ
ちには用ないです!
﹁俺が車取ってきてもいいんですけど、その間に児玉さん、帰っち
ゃいそうですしね。すぐそこなんで、我慢してください﹂
﹁なんで加藤君の車が登場するんですか﹂
﹁送っていきます。それならいいでしょ﹂
﹁いやだ悪い! もういいから帰んなってぇ! 私ここからすぐだ
しさぁ﹂
ずるずるずるずる。
靴がすり減りそうだけど、迷惑を掛けたくなくて踏ん張る。加藤
君のアパートは私の住んでいるところと逆方向だ。おまけに少しば
かり距離がある。いくら車だと言っても、お手間を掛けさせるわけ
にはいかない。
﹁はぁ﹂
﹁ご親切にはっ感謝するよっ! でもほんとっ、だいじょう、﹂
溜息を頂戴し、一瞬、彼の力が弱まって私へと形勢有利になった
338
かと思ったとき。
﹁もう。失礼します﹂
向き合った加藤君はすっと姿勢を低くして。
﹁はいはッぅおぉぉおお?!﹂
私めを俵担がれた。
彼の片肩に腕でバランスを取る形となり、私の臀部と腰を加藤君
は危なげなく抱える。
﹁あー進む進むー﹂
﹁ちょったっ、待ったっ! まっ、おっ、落ちっ!!﹂
落ちそうにはないが、それでも居心地は良くない! いつでも落
下準備OK俺の心ひとつであんたの運命決まっちゃうぜ的な立場に
私の癒し担当加藤君が在籍しているこの怖さ! おっ落とされるぅ
ぅうう?!
﹁はいはいはいはいあとちょっとー﹂
﹁のっなっまっちっ﹂
どうにか地に足が着いた状態に戻りたい旨を申告しようとするが、
彼の歩が進むリズムに合わせ声帯が機能しない!
そのうちにピッと音がして、車が口をあけて私を呑み込んだ。
どさりとシートに着地した瞬間、バタンと出口が閉められる。程
なくして加藤君も乗り込み、チャイルドロックをかけられたところ
で彼がこちらを向いた。
339
﹁あのですね、具合悪い時くらい頼ってくださいよ。俺、後輩でし
ょ? いつも清々しいほど仕事でこき扱ってくださる癖に何こんな
ことで遠慮してるんですからしくない﹂
これ苦情ってか喧嘩売られてる? 受けて立つべき?
﹁って言っても、人の顔色窺って反応よろしくない人とかいっぱい
いっぱいの人には何も頼めないチキンですもんね、児玉さんは。そ
の分自分に回して頸締めて主任にいびられて俺を苛めるところまで
がワンセットですもんね児玉さんは﹂
﹁喧嘩売られていると思ってごめんなさい撤回します私が喧嘩をお
売りしてやる!!﹂
﹁すみません間に合ってます他あたってください。そしてドア壊そ
うとするの止めてください。出してあげませんから。あーもう行き
ますよ。道案内してくださいね。しないと俺はひたすら走り続けま
すからね﹂
﹁くっ、いつになく強気な加藤君なんて加藤君じゃないっ!!﹂
﹁すみません先輩と上司がドSなので俺のアイデンティティもS方
向へ転換しつつあるんです。児玉さんの場合は自己責任ですから悪
しからず。ほら、そんな難しい顔してないで、こういうときは甘え
たらいいですよ。児玉さんがひとこと言ってくれたらそれで良いん
です﹂
﹁くっ、くぅぅっ、ごっ、ごめんなさいっ﹂
﹁はずれー。一体どれだけ俺に謝りたくないんですかウケるー。そ
うじゃなくて﹂
信号が黄色になり、無理せずに減速した彼が上体をハンドルに預
け傾ける。
﹁ありがとう、でいいんですよ。俺なんか児玉さんに対してありが
340
とうって言い続けてもチャラにできないくらい借りが山積してます
けど、もう数えるのが面倒なので気にしないことにしました。代わ
りに、いつでも力になれることはなります。まだ一人でできないこ
とだらけだけど、そのうち全部覚えて児玉さんが倦怠感と腰痛と爛
れた日々を送り続け省エネ運行してても余裕なくらいフォローだっ
てしてみせます﹂
﹁そんなことしませんけどっ?!﹂
さすがにそうなるくらいなら自主退職してやる。してやるが、こ
いつが今言ったことは、それは、何て言うか。
﹁例えですってば。それくらいの意気込みですよってこと﹂
﹁ふぅぅんっ!﹂
言ってぷぃっと、私は窓の景色を眺めた。
薄暗い雲が重たく垂れこめて、建物や山や空のいろいろにベール
をかけていく。
気持をざわめかせる暗色。
でも今は、別のモノが混じって。
過剰に反応していた身体も気持ちも、落ち着かせるようで。
﹁ははっ。照れるタイミング違いませんー?﹂
ハンドルを操りながら震えている加藤君がガラスに反射している。
くっ、くそうっ。
﹁照れてなんかないわばかーあほーありがとーっ!!﹂
341
﹁ぐふっ!! ﹂
また震えだす後輩とのやりとりに心外ながらも癒されているのに
気付き、ちょっと熱くなってきた頬を手で覆った。
⋮⋮⋮⋮あれ、私なんか忘れてる。
342
くらくなる未来と眼のまえと︵後書き︶
ありがとうございます、本当に読んでくださってありがとうござ
います。
まずい1年以上経ってる。生きてます。忘れてません。
また活動報告にて今まで頂いたお礼とかさせていただきます! というコメントを一年前にしている前科者ですが、本当に今度こそ
近々させていただきます!
本当にすみません! まな
343
ここわたしの部屋じゃない⋮⋮!
あっれ何か忘れてるー? という現実逃避はわりと早い段階で終
了した。具体的に7分後。
だって車。例え信号その他に阻まれようが、自転車とは時を駆け
抜ける速さが異なる。
気付けば現在魔王城と化した笹谷邸に隣接するわが根城に到着。
帰れたよ。15分以内に帰れた。
レイに会いづらいがため帰宅を遅らせていたが、主任の鬼畜プレ
イにより予定変更。
早く帰らねば私の未来は終わる。でも待って私。帰っても終わっ
てしまうものがあると思わないか私。という複雑すぎる心境をぐっ
と圧縮し、突如到来した対加藤くんへのデレ期を不本意ながらお送
りし、車からぽいっと放流され、加藤くんの車を見送り、さて扉の
前である。
﹁たっ、だいまー⋮⋮?﹂
そぉっと開けたアパートのドアの隙間から、気付かれませんよう
にっていうか居ませんようにと想いをこめて囁いた。
けど、もちろん。
﹁おかえり︱︱︱︱思ってたより、はやかったね?﹂
344
玄関よりも輝度の高い灯りを背景に、レイが奥から顔を出した。
舌打ちが聞こえた気がしたけどレイの標準装備である気にするで
ない私。ちなみに私だってそんな気分である絶対しないけど。って
いうかやはり居た本当に居た私の帰りを待っていた。
そんで見事な笑顔なのが厄介である。平和を想起させる類ではな
く、一直線に惨劇を予想させる分類のあれナニ本当恐い。
追加するならその右手には包丁である。物理で臨戦態勢?!
さば
﹁捌かれる!﹂
我が家が殺人解体現場になる!
﹁なワケないでしょ。ほら、お帰り、入って。寒いでしょ。もうち
ょっとでごはんできるから﹂
﹁え、﹂
﹁ふふっなに? 俺に何かされるとでも思ってた? しないよ⋮⋮
⋮⋮? ほら、ごはん、食べよう?﹂
いやいつも何かされるから怯えていましたが馬鹿なこと考えてな
いでみたいに流された?! あと﹁しないよ﹂の後の微妙な間が気
になります!
眉間にぐっと疑問故の皺を刻んで突っ立っていると、ぱたりぱた
りと向こうから近づくスリッパの音に気付く。
おいしそうな匂いを纏ったレイが、上り口に据えられたいつも使
っている私の部屋履きを揃え、﹁はい履いてー﹂と促してくる。
足を入れたら、ちょっと温度の低い指が手首に絡んで私を引き上
げてくれた。
345
そのまま引っ張られてほんの数歩の廊下を進む。で、視界に迎え
るはずのそこは。
﹁おっと部屋間違えたー!﹂
華麗にターンを決めようとした腕を胴体ごと掴み抱き込まれた。
﹁合ってるから。すーちゃんの部屋だから。だってラグなかったし、
いるでしょ、ソファとかテーブルとかも﹂
キッチンとリビング用に広がる空間は、ここに越してきてから特
に弄っていなかった。
つまりフローリングの広がるテーブルなし食器棚なしという死空
間。
朝冷蔵庫開けて適当に野菜ジュース飲んで、夜帰ってきて適当な
食糧漁ってレンジで温めて腐海︵奥の自室︶に持ち込み食す私には
ここの滞在時間がきわめて短い。だから余計に装備の必要性を感じ
ず。
確かにレイの言うように、ソファとかあったらまぁいいだろうな
ぁとか憧れはあるが、労力を掛ける気が起きなかった。それが。
﹁⋮⋮すごい﹂
﹁あったかいよ? すーちゃんの好きそうな肌触りのいいもの選ん
だし。ソファは悩んだんだけど、広めで寝ころべるデザインがいい
かと思って。低反発だから座ってても痛くないよ﹂
茶色の床に、白くて分厚そうなほあほあラグが鎮座している。中
央には黒いフレームのガラステーブル。囲うように、マットと背も
346
たれがくっ付いた、ごく低いソファというか広範囲座布団っぽいも
のが置かれていた。
﹁背もたれはこうして形、変えられるんだよ。枕にしてごろごろ出
来るよー﹂
﹁なんて素敵な!﹂
﹁でしょ。ゆっくり、できるよね﹂
﹁テレビ見たりとかね! ぉぅテレビも持ち込んだのか!﹂
﹁え? ふたりでくっついていちゃいちゃしたりだよ? あぁ、お
まけ。すーちゃん映画とか観てるとよく寝落ちしてくれるし必要か
なって﹂
﹁寝落ちした私への御用件って?!﹂
﹁まさぐる﹂
﹁何をっ、いや、いいごめんすみませんききません﹂
﹁粘膜及びその周辺が主かなぁとりあえず﹂
﹁眼っ? 眼とか鼻腔とかそういうとこだよねそうだとしてもいろ
いろ疑問はのこるけどもっ﹂
﹁はいはい知りたいなら後でやるから実地で知ってねー。ほら手、
洗ってきて。今日はグラタン。エビたっぷり入れたよー美味しいよ
ー﹂
﹁おなか減った!!﹂
はいはいと、再度手を洗うよう、私の身体をレイが押す。
想像していたよりもホワイトレイの様子に安心して、私は緊張を
ほどいて食卓に誘われた。のだが。
347
くちゅぅ︱︱ちぅ。
﹁っはぁ⋮⋮きもちい?﹂
﹁ふはっ、っやだ、めてっ﹂
かちゃん、と、動かした脚にテーブルが揺れる。茶器から、紅茶
が零れた。
﹁だめ。俺は、気持ちいい、よ︱︱﹂
﹁ぃ、むぅっ﹂
くちびるの端から、またぷるりとしたやわらかなものが這いよる。
わなな
出て行ったばかりの舌が、酸素を求める私の口腔に絡んできた。
所在を定めようとして、あと侵入者から隠れようとして舌が戦慄
くけど、根元があるわけで。前庭を責め終えたのか、レイが小さく
奥に逃げようとする私を掬いだそうと、縁から舐め捕えてくる。絡
まる。啜られる。可動の限り、扱かれる。
グラタンは絶品超絶美味であった。
エビ、ぷりぷり。大ぶりで、繊維も詰まっていて味がめちゃくち
ゃ良い。ほかにホタテと、アスパラ、柔らかく煮たマカロニ、チー
ズは二種類使ってあって。まぶされたパン粉がほんのり焦げていて、
視覚が犯された。本当にうまかった⋮⋮!
美味しいレシピランキングから選んで見ながら作ったと言ってい
たが、だからあんたは一人暮らしできるんじゃないかというツッコ
348
ミはぐっとホワイトソースと一緒に飲み込む。だって旨い。
で、レイのグラタンを満腹まで堪能。食後のティータイムとなっ
た。
冬だしビタミン摂ろうと勧められて、今日はレモンティー。
カップからちびちび味わっていたはずのそれは、いつの間にか取
り上げられて。
甘い声で名前を呼ばれて、抱きすくめられた。そんでつるっつる
のほっぺたすりすりされた。
普段のレイからしたら可愛げのあるその行為に油断しましたよ。
よしよしとか頭撫でちゃったよ。寒いと猫とか犬とかもふもふを愛
でたくなる心理、あれが働いてました。
そしたら﹁すーちゃん好きだよ﹂と言われ動揺↓硬直。
で。
固まったところをまたぎゅうぅっとされて、ごろんと横たわった
レイの上に乗りあがる体勢になりまして。
慌てて、重いだろうすぐ退く離してと言う前に、﹁これなら怖く
ない?﹂と聞かれ、逡巡。
覆いかぶさられるとぎくっとなるが、自分がする分には幾分か大
丈夫。
﹁うん、怖くない﹂と返答したところで、くちびるがはんむっ、と、
下から食まれた。
349
それから短くない間、レイのくちびるから、香りと酸味を塗りこ
められて。もう紅茶飲んでた余韻なんてないほど何らかで薄められ
て奪い取られて注ぎこまれたけども。さっきようやく放されたと思
ったらまた始まったけれども、うんとりあえず酸素をくれ。
あと、した、舌がなんか変な感じがするそろそろ擦り切れるっ!
﹁聴けないなぁ。あとで粘膜舐めつくしてあげるって言ったでしょ
? まだまだ尽くしきれてないよ﹂
﹁言われて、ない!! じゃなくて、レイ、もう帰んないと! 明
日、ほら、学校! 私も仕事!!﹂
﹁あれまだ言ってる? 住むよ、ここに。すーちゃんと一緒に﹂
﹁いかん! ご近所さんになんて言われるか⋮⋮!﹂
﹁﹃ご両親お仕事で大変ねぇ。まぁ児玉さんがいるから大丈夫よね。
あぁそうなの。一緒に住むのなら安心ね。防犯上やっぱり人が多い
方がいいものね﹄と言われましたがなにか﹂
﹁誰が!﹂
﹁向かいの民生委員さん﹂
﹁私の防犯が内側から崩されている件!﹂
﹁それほどの対策もなされてないから問題にすらならないんじゃな
い﹂
一段昏い声が言い放つ。え、あれ。空気かわったー?
﹁なに、おこってっ﹂
﹁わからないって? まぁ、わかんないかなぁ、すーちゃんには﹂
﹁んはぁっ?!﹂
身を捩ってレイから身体を起こそうとするが、うなじと腰を抑え
られてかなわない。
割と腹筋を鍛える格好でぷるぷるしていると、辛いのを察してく
350
れたのかレイが頸をはなしてくれた。ちょっと上体が起こせた、ふ
ぅ。
﹁せなか⋮⋮見られたって、聞こえたけど﹂
﹁は⋮⋮ひょっ﹂
のではなく、裾から手が侵入して背筋をなぞりあげおった。気を
抜いたせいで変な声がでたってか、ちょ、ぞくぞくするっ! 指で
背中たどんなっ、ぞ、ぞわって!!
﹁たくさん、つけたから。すぐばれちゃったんじゃない? ねぇ﹂
肩甲骨の辺りをことされ撫で、そのまま五本の指が腰までゆっく
りたどる。
﹁や、めっ、くすぐった⋮⋮!﹂
﹁で? どういう状況になるとそういう不用心な行動に出られるの
? そうそう、﹃かとう﹄って﹂
ストレッチパンツのウエストに、レイの指が行きどまる。これ以
上はない。何がとか細かいことは考えられないけれどもとりあえず
よかったパンツで。
それはレイも悟ってくれたのか、一瞬腰椎を横方向に彷徨った手
は、行き先を変えたようである。指が、私の素肌から離れて。
﹁だれ?﹂
ずりっ。
351
﹁へ﹂
ぞくっ。
﹁なっさむっ?!﹂
あれ、何でいきなり腰殿部の産毛が逆立ちしちゃうの。とか。
ずり、っと、なにをずり下げられたのか。とか。
追って認識する、素肌をかすめる外気。とか。
﹁ち、下げ損ねた﹂
ストレッチパンツ以外の何を私から剥がそうとしたのか。とか。
半分殿裂を晒している私には難解で、とういうか、考え及びたく
なくて。
とるものもとりあえず、両手でお尻を隠した。
352
ここわたしの部屋じゃない⋮⋮!︵後書き︶
読んでくださってありがとうございますm︵︳︳︶m!!
途中までぽちぽち打てていたので加筆修正しUPすることができ
ました⋮⋮。もう本当すみません。読んでくださってありがとうご
ざいます!
拍手も更新出来てないのでそちらもなんとかしたいです。︵9/
25 お礼画像1枚UPしました! らくがきですがお時間あれば
見てやってください⋮⋮︵>︳<︶!︶
まなにEROが足らないです⋮⋮EROって何︵↑︶
まな
353
私にはわからないんだそうですよっ
﹁すーちゃん、はなして?﹂
それを言いたいのはこっちである。
しかし殿部が世間様に露出しないよう口を動かすより布地を引っ
張る方を至上命題とした私に向かい、レイはこうである。
まるでこちらの行動が不適切であるかのような彼の言葉に私の中
の何かが震えてやまないし実際結構な力を籠めている指が震えてる
よ爪がはげそうだよ!
﹁えっと、話しをね?! 話せばいいのだね!!﹂
とりあえずそうでないと分かっていても悪手であろうとも、この
危機を回避できるきっかけになればと。
﹁は? 手を離して脚開いて大人しく喘いでってことだけどわざと
なの?﹂
思ったのが間違いでした。
もんだいのさきおくり
日本人的平和解決を望むこちらが勢いよく直撃できるよう危機を
配置してくださる手腕に当社の聴覚が閉店した。今言われた言葉は
反芻したらダメなやつだ。
﹁ごめんなさいなにをいっているのやらみみにはいってこない﹂
354
﹁だからさ。さっさと下着ずり降ろしてクリトリスと膣を指でぐち
ゅぐちゅ弄ってとろっとろに蕩かせてから俺の突っ込んでぐちゃぐ
ちゃにナカ擦って突き上げて潰してあげるから大人しく気持ちイイ
って素直に鳴いてなよって言ってるの。理解できた?﹂
﹁hっ、ぐぶぉっ﹂
吐こうとした空気が気道で迷走した。えっ、え?
﹁あ、大人しく喘ぐとか鳴くとか、なんか矛盾だね。ごめん、いい
よ、存分にどうぞ?﹂
﹁いやそこじゃない!! ほら、加藤! 加藤について! お訊ね
の加藤について語ろうと思うんだけど語らせていただきたいんだけ
ど直前までの会話は無かったことにしてねっ!!﹂
﹁あぁ、うん分かった。じゃぁ、ね、手、離して。シながら聞くか
ら﹂
﹁だから待って?! うん分かったって言ったじゃん今までのこと
は水に流して加藤についてお答えしようとしてるんじゃん! 何で
シ、いやこんな状況になっているかの原因を突き止めるべく話し合
おうと私の全身がさっきから叫んでるそっちこそ手をっ、手を私の
ぱんつから離してくださいよっ?!﹂
﹁状況理解できてないのすーちゃんだけだから話し合う必要なんて
ないよ。俺は事後報告を致しながら聞くだけ。大方危機管理が微塵
もなってないすーちゃんがどうせ腰が痛いとか言って湿布貼ろうと
したら巧く貼れないってなって頼んだんでしょよりにもよって男に。
俺が付けまくった背中の痕を惜しげもなく晒したんでしょあろうこ
とか男に。あ、腹立つ。改めて口にすると本当苛立ちが増幅する。
なんでそんな行動とれるの。あぁきっと悪気なんかないんだろうな
ぁ。貼れないから頼んだだけとか言うんだろうなぁ。それであまつ、
そんなことくらいでこんなことされなきゃいけないのとか言っちゃ
うんだろうなぁ。ねぇどう思う?﹂
355
﹁全く以ってその通りです、え、見てた?﹂と言わない方がいい雰
囲気とはこれのことだろう、空気が重い! あと﹁言おうと思ったのに﹂、これも駄目だ! 言ったら状況が
加速度的に悪化する現実がすぐそこである!
﹁いや、だって、背中にそんな付いてるって⋮⋮、いやそもそも!
キスマっ、痕とか、何付けて︱︱﹂
﹁論点はそこじゃないよ? なぜ背中を男に見せたか、だよ? 自
しるし
分のものに名前書くとかあたりまえでしょ。小学生の常識だけど?
すーちゃんに、俺の痕つけて何が悪いの? とられたくないんだ
から自分のだって主張するでしょ。大事なものだけど仕舞っておけ
ないならそうするしかないでしょ。ちがう?﹂
﹁う、うん⋮⋮?﹂
あれ私の所有権が私にない気がする? あとあんたが小学生を語
るのも多大に違和感が存在する。ちなみに論点は﹁加藤ってだれ?﹂
じゃなかったか。すごく自然にすり替えられた!
﹁まぁそうやって脱走盗難対策してても、結果はこうだけどね。し
つけが不十分だった。まさかやっていいことわるいことの区別がつ
かないほど分別がないとは思わなくて﹂
﹁この言われよう! 私、大人ですよ?!﹂
﹁は? 大の人と書いて大人と読むあれ? え、すーちゃんが? え、その前に、人? 人を主張できるの? すーちゃんが?﹂
生物分類を霊長類ヒト科と名乗ることを否定されました。あぁ人
権? 私の人権なんてのは常々認めてもらってなかったしね! そ
ろそろ泣く頃合いかもしれない!
356
﹁まぁいいや。さて。俺は怒っています。自称大人らしいすーちゃ
ん、理由は?﹂
ここまで言ったんだから解るよねという眼は止していただきたい、
もう解ってるよ! それにちゃんと大人である!
レイは自分のおもちゃに他人が干渉することを、許容しないので
あろう。
﹁今﹂レイに執着してもらっていると下手にでるしかない身の上な
私。それに、他人が接触するのが厭なのだ。上様は難しいお年頃で
あるー、めんどくさーい。
という内容を奏上すると︵最後の一文は心にしかと秘めたよ!︶、
もう素晴らしい舌打ちを頂戴した。
あと﹁はぁあああ?﹂という苛立ち満載の声だか吐息だか溜めた
空気だかも追加で賜った。
大変な見当違いだったか、ドストライク大正解かの2択だ。半分
当たりとか近いとかではないらしい。
﹁あー解ってない。ここまで言えば解っただろうと思った俺が馬鹿
だったと猛省するほどこの脳ミソは極小っていうか微量どころかミ
ジンコサイズだったんだねそういえばこのまま振ると音がするのか
なー﹂
はい間違いのほうだったー! あっ、はずれちゃったー☆ などと悠長な感想を抱ける間もなく、
ぐわしと頭部が攻撃される。衝撃で一瞬視界が、いや一瞬じゃなく
視界が歪っ⋮⋮!!
﹁いっ、いたっ、まっ、こめかみ両サイドからぐぅはやめっ、って
357
か潰さなっ﹂
﹁というか質? 脳の出来? なにすーちゃんって実は原始人類と
同じ大脳皮質構成なのかなー新皮質の発達進化はどこでやめちゃっ
たのかなー﹂
﹁いたったたたたたっあたたたた!!!﹂
﹁そんな状態でよく社会人とかしてるよねーもう外に出ない方がい
いんじゃないー社会が救済を求めてるよー出てくるなって世論がお
しよせてるよー﹂
﹁しっつれ、ぃたたたたたたっ!!! つぶ、潰れるっ、頭蓋がめ
しっ、めしっっていって﹂
﹁あぁごめんつい怒りに任せちゃった。痛かった? ごめんね、で
もすぐ忘れちゃうでしょその頭なら。そんでそのまま仕事のことも
忘れてこのまま引きこもりなよそうしなよそれがいいよ世のため俺
のためだよ﹂
﹁なぜそこまでいわれねばっ?!﹂
﹁さて何故でしょう? 絶対答えなんて外してくるから教えてあげ
る気にもならないけど﹂
﹁ほんっと、わからん!! なに? 仕事してるんだから誰かと接
触するのなんてしょうがないじゃん! レイだって学校で友達とか
先生と話すでしょ。そんな駄々捏ねられたって、私だって生活しな
きゃいけないのに、機嫌損ねられたって知らぬ存ぜぬ!﹂
﹁⋮⋮俺を引き合いに出すには、すーちゃんに圧倒的に足りてない
ものがあるんだよ﹂
ぐぅとレイの握った掌が開かれ、今度は頭を左右から把持される。
後頭部まで感じる指の温度が、頭部の微動を制限してくる。ぎら
りと、ふさふさ睫毛にかこまれた宝石みたいな色に射られる。
うっ⋮⋮レイを直視してしまった! イラッとしてしまって大人
げなく︵まぁ私は大人でないらしいけどねっ!︶捲し立てたが、ど
358
うしよう怖いやっぱり怒ってる怖いなんで怒ってるの怖い私悪くな
いはずなのに怖いちょっと下げられた声のトーンとかほんと怖い眼
が蒼い温度が高熱で燃えてる怖い!
﹁俺が永久と居たって、何も感じてくれないし?﹂
﹁あートワちゃんと仲良いんだレイにも友達いたんだー! という
感想なら抱いた!﹂
﹁それ以上の関係になることも吝かではないという発言も貰ったけ
どね。そういうことだよ﹂
だからすーちゃんになんかに、独占欲なんて、理解できないでし
ょ。
言われた瞬間にレイが浮かべた、柔らかく嗤う顔に意識を取られ
る。
﹁どうしようもないくらい、苛立つよ﹂
がぷり。
言われて何を言う間もなく、くちに齧り付かれる。
動かそうとする唇を縫いとめるみたいに、口唇のうえとしたの肌
にレイの歯が立てられる。しごかれて、あとから癒すように、彼の
くちびるが慰めてくる。
﹁ふっ、ひっ﹂
﹁だめ﹂
噛み終わった私の口からレイが離れて、よしキリがいいので終了
解散! とはいかなかった。
振り切ろうとした頭はやっぱりがっつり囚われたまま、ほんのひ
359
とくちだけ空気を吸わせてもらい。
﹁ふぬっんんんっ﹂
顎をあけたその隙間から、彼の粘膜がはいってきた。
そこからはもう毎度︱! 悪夢ふたたびー! である。
勝手知ってもらっちゃこまる私の内側に入り込み、ちるちる吸い
つきさりさりくちゅくちゅ舐られる。上顎の軟らかいところから歯
列にかけ、場所をかえて強弱をつけて。
緊急につき私の両手を招集、レイの腕に指にしがみついて頭から
ヤツを剥がそうと試みるが、隙間がござらん。 自分が上にいるせいで垂れていく唾液が恥ずかしくて、何とか奪
われまいと不自然に嚥下をくりかえす。
陰圧のかかるそこに、でもぬるりずるりと侵入を続けられて、レ
イの形をよけい意識させられる。
押し返し、水分をとられないように涎ないように、んぐんぐ喘ぐ。
そんなことしてるヒマあるのと、レイが唾液腺を刺激して責めて
くる。頬に、舌の下。粘膜がレイの粘膜で、ゆるゆると撫でられて、
突かれて、押し込められ引っ張られた。
熱い。顔なんて真っ赤だろうし、それに苦し過ぎる。
鼻腔から酸素をもとめようとするのに、ナカからぐぅと軟口蓋が
圧迫されて邪魔されて息が上がる。生命維持活動さえ妨害するとは
鬼畜の頂点を目指しているとしか思えない、いや君臨していると言
われても納得できる。
360
﹁やっ、はぁっ﹂
事件の起きている口腔に集中し過ぎたせいで、気付かせられたと
きには足の付け根にレイの手が這いさがっていた。あっ、ぱんつ守
ってた手ぇ離してた⋮⋮!!
﹁おろかものめ﹂
﹁なっ、なぁあん!!﹂
ちょっとご機嫌が回復したのか︵この所業をもって上昇する機嫌
とやらの品質いかに︶、レイがにやりとしたのと私がのけぞったの
が同時。
左側頭部が圧迫解除され、今度こそ完璧に殿部も解放された。
あとにゅるりと。
﹁ふ、濡れてる﹂
﹁のあぁぁぁああ!!﹂
くぬくちゅにゅるぬりゅ。
レイのどの指かが私の割れ目に突き立てられていて。
私とレイの隙間から挿し入れられた指は、私の自重でそこに圧し
つけられて。
腰をあげようにも脱力してうまくいかない!
﹁ちゅぅで感じたの?﹂
﹁ちゅうとか! ってかどこのドSのセリフですかーっ!!﹂
﹁いっかい言ってみたかった。いや実際濡れてるし。いやらしいな
ぁ。乳首とか触ってないのに﹂
361
﹁ぎゃー!!﹂
﹁ここも弄ってないのにー﹂
﹁ひあぁあぁあ﹂
﹁あ。もしかしてキスするまえから期待しちゃってた?﹂
﹁なんっ、ちょ、ちょっとやめっ、いっかいやめっ﹂
﹁いやー、むり。はやくシたいし﹂
本当にお急ぎなのだろう。レイは私の肉を掻き分け、指に引っか
かる粒を見つけてぐりぐりしてきた。
効率を得て、今度は私のナカをさぐりつつほぐしつつ、敏感な突
起を潰して掻いてくる。雑とも言える速さなのに、きっちり反応す
る私の身体はお安い。小さく溜めさせられた快楽が、ときどき爆ぜ
て、脳が電気信号を受け取る、末梢に送る、膣がわななく。
頭が自由になってがむしゃらに振るけど、腰にまわされたレイの
腕で下半身はぴたりとくっついたまま。膝を立てようにも押しつけ
られる感覚に神経が嗤って相手をしてくれない。両腕も然り。
頭突きでもかましてやろうとした意気込みも、何だかレイの頸筋
に甘えるように押しつける結果になる。そんでレイが私の耳介を食
む、逃げるためにさらにひっつく、追い込まれる、という悪循環。
﹁⋮⋮れないで﹂
﹁へっあっ?﹂
ぐっ、と大腿骨の付け根を両方持ち上げられて腰が浮く。
レイのと自分の体温が引き離されて、じっとりと肌ににじみ出て
いた汗が蒸発してふるりと冷える。
362
両足がぐいくいっと開かされる。
浮いた私の腰はそこまでの高度がなくて。
いつからか私の柔きぷにっふにもっちりした下っ腹を押し上げて
いたそれが直接、ぬかるみに触れてきた。
﹁っやっまって﹂
お尻から膣口に向かって、痙攣する。びくんって。
レイの薄い皮膚に包まれた肉茎を待っていたみたいに。
同じ場所をぬりぬり、レイのと私のが混ざった粘液を絡めて擦ら
れて、余計に。
熱が、自分のつくりだしたものじゃない存在が恥ずかしくて、ど
うしようもなく腰が逃げたそうにするのに。
入り口は。
﹁んっ、ちから、抜きなよ﹂
﹁やぁ、やだっ、まって、ひにっ、ごむっ﹂
﹁あーごめんーむりーはいるー﹂
﹁やああぁあっ﹂
ぐっ、ぐぅぅぅっ⋮⋮っと。
音がするほど抵抗しているはずなのに、悦んでるみたいにずぷず
ぷレイをのみ込んでしまう。
通過する感覚にまた腰がくだけて、揺れて、どこかに離れたくて
も押さえられてできない。
あつい。
避妊、してない。
ゴムをはさんで、ない。
363
﹁ん。はいった﹂
﹁ひっ、ふぅっ、やっ、はなしっ﹂
何だこいつこの余裕なんだこんちくしょうはいったとか息が乱れ
てないとかなのに私は息も絶え絶えとか避妊とか生とかゴムとか頭
ごっちゃなのになんでっ!
﹁失敗した。この体勢、すーちゃんぐったりだとあんまりセめらん
ない﹂
﹁だったらっ!!﹂
﹁ちょっと長くなるけど、がんばってね﹂
﹁?! へっ、いやっ、ええっ﹂
前後不覚までヤれば好きにできるし。
耳もとで、色に染まった吐息とともに。
不穏な言葉が、律動のはじまりを告げた。
364
私にはわからないんだそうですよっ︵後書き︶
お読みくださってありがとうございます。本当すみません、あり
がとうございます。すみません。
感想とかメッセージ、本当に嬉しいです。なのにまだお礼できて
ないとか、もうすみません。︵−︳−;︶m︵︳︳︶m︵−︳−;︶
m︵︳︳︶m!!
こっ、今年中に!! いろいろ整理をっ! お礼をっ! ぐふっ!
まな
365
無理難題って対応できないからこそだと思います!︵前書き︶
すみませんすみません!!︵>︳<︶
366
無理難題って対応できないからこそだと思います!
黒のチノパンを必要部位だけ寛げずらした、胴体と下肢の狭間で、
レイは私をつき上げ続けた。
それはもうえらいゆっくりと。
襞ひとつひとつの深度を確かめるように引き抜いて、反して強引
に突き挿しやがっておいでである。
延々、今も。
レイが零した通り、騎乗位︵経験浅くても言葉は出てくるよっ!︶
だと動き自体はゆっくりだ、割と。繰り返すが、割と。であるから
して私に余裕なんて発生しない。
浅いところも奥深くも抉られて擦られて、神経が灼き切れそうな
刹那で踏ん張っている。両腕だって、レイのそれに縋っているだけ
で、抵抗になるほど力が籠められなくて。
﹁ほら早く言ってー? ごめんなさい二度と俺以外の男と会話しま
せんー、はいどうぞー﹂
﹁無理だぁ、んっ!﹂
﹁あと笑いかけないで近づかないで触れないで触れさせないでって
いうかもう視界に入れないで? 湿布貼らせるとかふざけんなレベ
ルだから。非常事態宣言だから﹂
いや湿布の件は了承できるが。
﹁私に社会からっ放逐っされろと?!﹂
367
﹁うんそれいいね。かわりに俺が囲ってあげる。すっごく居心地の
いい住みかを整えて、欲しいものなんでも揃えて。それでずっと一
緒に過ごすの。あ、外に行くときは俺と一緒じゃないとだめだよ﹂
﹁監禁?! ちょ、ここにっ、ここにヤンデレがっ﹂
﹁え? 至って精神は健常ですけど。閉じ込めるんじゃないんだか
ら︱︱厳しめの軟禁くらい? それでヤンデレってどうなの、定義
ぬるすぎー﹂
﹁それぬるかないよ?! 十分だよっ、精神異常でお墨付きあげる
よっ?!﹂
そうかなー? じゃないよそうなんだよ! 言葉の醸し出す剣呑
さ具合でいけば監禁軟禁どっちもどっちだよ!
﹁俺しか見ないなら条件緩和も考えるけど⋮⋮できる? 俺以外の
︱︱まぁ、男でいいや。眼を合わさない話さない同じ空間にいない
っていうか遭遇しない。できる?﹂
私を上下に揺するのを止めて、レイは可愛らしく頭を傾けて問う
てくる。
﹁いや二度も同じ内容を異なる言葉でご確認頂きましたがちょっと
待ってくれだからできると思うのやればできることなのミッション
ポッシブルなの?!﹂
﹁できない? じゃあだめだ。監禁決定﹂
﹁あれおかしい軟禁じゃなかった? いや軟禁も了承してないんだ
けどねっ﹂
﹁自主的かつ協力的なら軟禁対応でこちらも譲歩したけど。でもす
ーちゃん素直じゃないからそうくるよね。だからしょうがないね?﹂
頸振って、ふぅとか溜息つかれても!
368
﹁素直に自宅警備とすら言えない自主性皆無な引きこもりになるよ
って了承する私って何?! というかそれだと当方日本国民として
の納税義務が果たせぬばかりか健康で文化的に生息できない!﹂
﹁ほらそう言って逃げる。だから監禁になっちゃうと思うよ、最終
的に。しょうがないね﹂
﹁二回言われてもしょうがなくないよ?! 噛みあわん! レイと
の会話で噛みあうことの方が希少だけどもさらに噛みあわぬ、ぁっ
?!﹂
﹁よいしょ﹂
言いながら、レイはボタンを外さないまま、私のブラウスと下着
を上へたくしあげた。
拍子に下乳が零れて。ワイヤー部分に引っ掛かった突起を、擦り
ながら捥ぐようにして、最後まで乳房を剥きあげた。
﹁んんっ!!﹂
﹁勃ってる﹂
わざと言葉にして、白い指で摘ままれる。くにくに、粒の首を指
で捏ねて、勃ち上がったそこを執拗に苛めて血流を促す。爪は乳腺
の詰まりを削ぐように表面を掻いてくる。
むずむずと痛みの狭間、脊髄を震わせる感覚に、どうしようも耐
えきれず、視覚を閉じた瞬間。
﹁ひやっ?!﹂
痛みが走って、思わず声があがる。
レイが。
上半身を起こして、くびをめいっぱいさげて。
369
くちに。
ちゅるっ、ちぅ。めろ。
わたしの、胸の先を、くわえて。
下で唾液をからませてから、取り戻すように吸いつく。また絡め
て、舌のつぶつぶした感触をおしつけてこする。乳首の皮をはがす
みたいに、ねもとから扱きあげて。
がりっ。
﹁っぅ!!﹂
﹁いたかった?﹂
口をつけたまま、私を見る。
﹁血はでてないよ﹂と、ちる、ちゅ、と両方の頂をくちびるで撫
でてくる。そういう問題じゃないわ痛いに決まってますけど痛くな
い訳あるかー!! と、神経が大集合する急所を噛まれた私は反論
したかったが。
﹁ぅあ、ああっ﹂
私を支えなおして、レイが律動を再開した。
霞む視界に映る、レイの白いVネックニットからは、そこまで分
厚くない、成長途中の腹筋がチラリズムしている。斜腹筋と腹直筋
が、ほら見てもいいよ触ってみなよサービスするよと誘惑してくる。
しっかりと締まってるそこが、でも動いている理由を考えると、
考えるまでもなく、感度が上がって居た堪れなくなる。
370
えろい!! 眼に毒ってこのことだ!
﹁ふあぁあっ、あっ、あや、やもっ﹂
﹁あ、まぁたイっちゃった? ああもうイき続けてる? ずっとひ
くついて痙攣してるね⋮⋮っ、きもちいいけど、もう、俺も限界近
い、かなぁ﹂
近いってなんだ私は始めから限界である、腰が抜けて自立できな
いほどにな!
俺がんばってるんだよ我慢してるんだよ的なこのおしつけがまし
さ、なんか気に障る件!
限界と言いながらもまだ、脱力して起き上がれない私を、レイは
その腕だけで持ち上げ支える。肋骨と臍の間の皮下脂肪に、レイの
長くて白くて繊細な指を埋没させられ︵冬だから、冬だから蓄えて
あるんだ冬だから!︶、姿勢よく彼のものを納める動きは止まらな
い。
下からぐちゅぐちゅ突きあげられる。
どこにも体重を逃がせなくて全部レイにかかる。
レイの、張りつめた熱に支えられる。
深い深い奥底を何度も擦られて、ぐりゅりぐちゅりと捏ねられ、
潰されて、押し込められて。
内壁はぬめりをいいことに遠慮なく摩擦される。
ときどきぐぅいっと持ち上げられて、陰核の後ろ側をぞりぞり抉
られて。レイの恥骨が私の恥丘をつぶして、勃たされて包皮から出
てきてしまったそこを撫で潰す。
371
もうずっと前に弾けていたけど、さらにあともうちょっとで楽に
なれそうな気がして、だけどやっぱりいっぱいいっぱいで終点が見
えなくて。
突かれるたびにもうだめだって思うのに、引かれると足らないと
落胆してまた求めてしまう。
うわぁ、浅ましいよう。おなかが、へんだよ。
あつくてあつくて、また、へんになる。
あー。もう。一個一個の椎骨がばらばらに崩れてしまいそうだ。
背骨を構成できないくらい力が入らない。
身体を倒して落ちつきたいけど、できない。
身を捩っても、まして彼を抜いて離れようなんて、させてくれな
い。
俯くと、私のとレイの薄めの線維が、ほら、色々なアレで濡れそ
ぼって絡まっているぅぅ!
手も、太腿も、お尻も、脇腹も。身体が触れているどこもがどん
な刺激でも拾って。
もぉ⋮⋮っ!!
﹁しんど、いっ、よぉ﹂
﹁⋮⋮っ、すーちゃん﹂
鳴、いや、泣きたくて既に潤っていた眼じりに水分を追加すると、
ほんのすこしだけ焦りを浮かべたレイの顔が、そのまま苛立たしそ
うに舌打ちを披露した。
372
﹁俺も、むり﹂と続けざま、ぐっちゅぐっちゅと聞き取れていた抽
挿の速度を、水音の繋ぎ目がわからないほど速めてきた。
﹁ふやっ⋮⋮⋮っ、っんっ﹂
いーきーがーでーきーまーせーんー!!
横隔膜が下から圧迫されて、吸おうと思った空気を下腹部とかう
にゃうにゃな場所からの刺激で取り逃し。惰性で、レイからの上下
運動で、﹁ふっふっ﹂としか、ガス交換が不十分な量の酸素しか取
り込めない。
おーい無理とか言っておいてまだ動けちゃうのっ?! 終わんな
いんすかっ?! 終わろうっ?!
﹁くぎゃっ﹂
急に後頸部を掴まれ、体幹が傾ぐ。
脇腹の支えが無くなっていたことに気づいて、倒れた。低反発ク
ッションが性能を自慢するように衝撃は緩やかで、でも眼を瞑って
しまって。
瞼を開けたときには、絶妙に肌蹴たレイが、追ってきて私を腕で
囲んでいた。
その圧迫感に、﹁怖い﹂と身体が反応するまでに。
﹁ひあああああ!、めてっだめっ﹂
レイ自身を埋め込んだ私の周囲をぐるりと彼の指が撫で、起始部
に到達して。
373
到達点を見失っていた私の核を、無慈悲に刺激する。恥骨でする
より明確に、剥きだして。
﹁ってる⋮⋮! いってるっ、からっああ!!﹂
それだけでも耐えがたくって、半狂乱、呼吸を先送りにして叫ん
でいるのに、レイはナカの動きを加速していく。足先に痺れに似た、
肌の泡立ちを感じて、全身に拡がっていって。
﹁︱︱︱︱︱︱︱︱っ!!﹂
﹁んっ、っ﹂
私の声にならない叫びに続いて、レイが、鼻から抜けたような、
甘ったるい音で喘いだ。
ずっずっ、と伸びるように腰を震わせて、私の中でぶるっとひく
つく。それを入り口から扱き上げるように、また私の中がひくつい
て。
お腹でじゅわり、と、拡がる熱を感じ。
そうしてようやく、まともに、私は呼吸を再開できたけど。
でもそれは思考ができるほどには不十分で。
苦情も苦言も呈させてもらえないまま、身体の欲求に従い眼を閉
じた。
374
無理難題って対応できないからこそだと思います!︵後書き︶
いつも謝り続けてますが、本当にいつもすみません!
それでもおつきあいくださる皆さま、ありがとうございます!!
およそ3⋮⋮4カ月ぶりでしょうか⋮⋮ぅわ⋮⋮︵−Α−;︶
カメさん更新にも程が⋮⋮。ぶるぶる⋮⋮!
拍手・感想も、いつもありがとうございます!
嬉しくて、読み返しております! 間違いなくまなの励みになっ
ておりますのに、お礼をおろそかにしており、申し訳ございません
! いただいたお言葉は、どれもありがたくて、いつも力を頂戴し
ております。
お礼ができておりませんが、活動報告でつぶやいております。な
んてことはない4月からの抱負です。頑張ります。
読んで下さったみなさま、ありがとうございます。
まな
375
同じ轍は踏むためにあるようです私の場合
﹁あったかぁいぃ﹂
﹁あ、起きた?﹂
頸周りに何かほかほか温かな感触があって、気持ちがいい。そう
思ううちに、今度は胸元とか腹とか腕とか、次々に手早く、でも丁
寧に熱が与えられていく。微かに肌に残る水分が昇って冷気に震え
そうになるけど、そうなるより前にふわふわもこもこで包まれた。
なんとなく不快に感じていたような肌がさっぱりする。途中汗ば
んで塩分でべたついていたのに、今はさらさらと肌に触れる布地が
心地よい。
気持ち良くってつい、すりすりすりすり、頬ずりしてしまう。
﹁なにこのデジャヴュ。え、これってどうぞってこと? 思う存分
貪っていただいて結構ですよってこと? 明日も仕事だろうしあい
つにも言われたから泣く泣くちょっとで我慢した俺の忍耐とか努力
とかくちびる噛みきりそうな葛藤苦悩をまるっと無駄にしてくれる
これってすーちゃんからのお誘いと取って問題ない感じ?﹂
⋮⋮何か聞こえる。
反芻すると常なら速攻反論すべき内容なんだろうが、ごめん眠い。
眠いっていうか怠い。全身倦怠感に包まれすぎて瞼は上がらないし
腕に力も入らない。ついでに言えば寝返り打つのだって億劫なため、
こうやって誰かに身体をゆだねて楽させてもらえるのはありがたい。
むふーぅと顔を緩ませていると、何かが、たぶんレイの手が、そ
わりと私の頬を覆って撫でていった。辿ってそのまま、くちびるに
376
彼の指が這う。
﹁すーちゃん?﹂
﹁はぁいぃ﹂
﹁明日仕事?﹂
﹁んー﹂
レセは終わったけど、患者さんは毎日いるわけで、医療行為に点
数は発生する。
病棟は年中無休で稼働しているため、カルテ入力や書類整理に患
者さんへの案内などなど、やることは山ほどだ。
﹁どうしても?﹂
﹁おーぅ﹂
ふにふにと押し込まれるくちびるに、眠気からくる浮遊感がだん
だん突かれて覚醒へと向かう。噛んでやろうかー。私いま幸せなん
だよー、このまま夢の世界に旅立ちたいんだよぅ。
﹁休もう?﹂
﹁はぁ? ふざけんなぁー? 仕事休んだらひとに迷惑かかるぅー
という建前はおいといてぇー主任に下腿痙攣おこしてるとこ無理や
りつまさき背屈させられるとか検診時期無視したタイミングで今か
ら採血ですよとか笑顔で中央処置室連れて行かれて18Gの極太針
で手背か足背かどちらにします? え、頸からですか? エコー取
り寄せてドクター呼んでくるので横になって待っていて下さいねと
か言われて無慈悲な拷問を受ける未来が待っているじゃんか!!!
はっ?!﹂
一通り起こりうる危険を予測したところで、ぷかぷかと揺蕩って
377
いた意識が急浮上した。やばい今すごいぞっとした! え、今の妄
想だよね? まだ起こってない回避できる未来予想図だよね?!
鬼畜上司が織りなすであろう恐怖絵図に、毛穴がぶわってなって
末端から駆け上る感覚に震える。
﹁ひどいね。じゃあもう仕事辞めちゃおう。それで家庭に入ろう?
世間は恐ろしいことがたくさんだからついでに引き籠もろうか。
いい世の中になったよね、ネットで必要なものは揃うし何も問題な
いね今日からでいい? いいって言ってもらえるまで俺は根気よく
付き合うからちょっと手錠とロープと必要物品準備するね﹂
そしてそれ以上に耳元で囁かれた内容に怖気が走った。おっけ意
識レベル超クリア!
かっと括目して振り向くと、Tシャツにカーディガンを羽織った
レイが立ち上がろうとしていた。
﹁まってくれ。いやちょっと待ってくれ﹂
﹁あ、快く了承してくれるの?﹂
﹁しないし! なんだじゃあやっぱり準備してくるねとか顔に書い
てあるけど待て落ち着こう冷静に話し合おう我々には対話が必要だ
と確信した天啓が下った!﹂
﹁言葉で分かり合えないなら肉体言語で相互理解図るのってセオリ
ーだよね。現状すーちゃんの要求は却下するので交渉決裂、さぁ身
体で解りあおう?﹂
﹁すみません本当にすみませんなんで謝ってるかもう根本からわか
んないし納得できかねるけどすみません待ってきっと結末になって
もこのままだと和解は生まれない!﹂
﹁いいよもうそれで﹂
﹁なんであんたが譲歩した形になってんのしかも私それでよくない
よ諦めんなよ?!﹂
378
﹁わ、暴れないで。もう、わがままばっかり﹂
﹁くっ、うごけぬっ﹂
どうやらこのさっぱり感、さっき感じてた温熱は、意識消失まで
のあれやこれやでまみれた全身を拭いてもらっていたためらしい。
速乾ふわもこバスタオルに腕ごと包まれた身体は、満足な身じろ
ぎもできず横向き臥位。それでもできる限りの安全というか臨戦態
勢に持ち込みたくて、もぞもぞ蠢く。傍らに中腰でいたレイが、敷
き布団からはみ出そうとする私をぐぅいと背後から引き戻した。距
離が詰まる、そして何でか頭部まで密着してくる。
前から迫られて竦む恐怖感はないけれど、後ろを取られる不安感
はうなぎ上りである。頭だけ彼に向いて応戦したいが、頸すじに埋
まる琥珀色が、レイのサラツヤ髪がさわさわ動いてくすぐったくっ
て、ってあ、ちょ!
﹁なっ、舐めなっ、痛っ﹂
﹁見えづらいとこに遠慮して付けたって意味ないもんねー仕事辞め
るし引き籠もるし﹂
﹁辞めないよ籠らないよ?!﹂
﹁え?﹂
﹁いや、えっ?! えって、えっ?! イヤ本当ちょっと待って今
どういう状態どうしてこうなってそして何でまだ私裸?!﹂
﹁中出し絶頂意識消失その後何度か注入中休み優しい俺がすーちゃ
んをすみずみまで清拭中さてひとごこちついたところで朝まで頑張
ろうかっていう今ココ﹂
﹁途中まで端的でわかりやすいね! 後半理解が追い付かないうえ
なんていうか初めから終わりまで全文現実として受け止めたくない
けどね!﹂
なかd⋮⋮、いや、うん、もう、うん。触れたら自滅する砕けて
379
戻れなくなる立ち直れなくなる。
後回しにできない問題だが、あとから対処できない内容でもない。
ちうちう皮膚を吸われながらも何とか距離を稼ごうと、レイの頭
を手のひらで押し返す。
﹁やっめっろっ!﹂
﹁何で? 何で受け止めたくないの?﹂
﹁はぁっ?!﹂
あっさり聞いてくる。
何で、って?
何で何でだと思うの受け入れると思うの!?
レイは言ったけど。
私が妊娠したとして、堕ろさないって。そんなことしないって。
頭の中が一瞬で沸騰して、一気に冷却される。
ニューロンの電気活動が活発になったせいで、忘れていたかった
今日の記憶が巡った。
懐かしくて血の気が引く薫りと古い傷跡が連結する。鮮血が噴き
出すような感覚に肌が粟立っていって、至る。
あれは。あの陰は、きのせいなんかじゃ、なく︱︱
﹁すーちゃん﹂
﹁ぇ﹂
﹁ごめん。だいじょうぶだから、止めて﹂
﹁なに、っ﹂
380
名を呼ばれて、次にぐぃっと押し込まれた。くちに、レイの母指
を。
舌に触れたレイの繊手から味がした。鉄くさい、まぐろっぽい、
自分の血の味。
ひとつ吐息が漏れて、背中からきゅぅっと抱きしめられた。
﹁守るって、信じてよ﹂
さっきまでレイに吸われていた場所を、またちゅぅ、とレイの咥
内に誘われる。
頸の皮膚が、追ってくるピリッとした痛みと疼きを自覚する。
気を取られていると、レイが言った。
﹁全部、こわいもの全部から、守るよ。それで一緒にいる、ずっと。
いなくならいよ? 離れてあげられない。俺は俺のために、すーち
ゃんがどんなに拒否しても傍にいる﹂
﹁想像したらぞっとする気がする宣言なような気がします先生﹂
﹁ね。どうしようね、どうしようもないけど。だから諦めてね。全
部、俺がこうなのはしょうがないってあきらめて、俺から逃げない
でそこにいて﹂
﹁いや、だから、それは﹂
﹁なに? まだあきらめてないの?﹂
﹁あきらめたらゲームじゃなくて人生が終わるやつじゃないでしょ
うか先生!﹂
﹁何言ってるの。眼の前がぱぁっと明るくなるくらい気持ちイイ人
生の幕開けだよ﹂
﹁新興宗教勧誘か違法薬物使用の感想に聞こえる!!﹂
﹁まさか。末永くすーちゃんを幸せにするから大丈夫。怖くない﹂
﹁大丈夫な要素皆無怖い!!﹂
381
くつくつと、後ろからレイの感情が伝わる。わ、笑ってやがる!
﹁ねぇ。本当、たいせつに、守るから﹂
ふと、振動が止まる。穏やかなレイの声とその吐息が、頸にかか
った。
応えたい。うん、と返事をしても、いいような気になる。なって
いる。
だけど、たったその一言が、どうして出ないんだろう。
﹁なにからも。どんな、相手だって﹂
言われて弾かれそうになった身体は、ぎゅぅと抱きすくめられて
動けない。
﹁でも、信じきれないんだよね、すーちゃんは﹂
﹁!﹂
さらに固まった私の全身に敏く察して、レイが諦めに似た、しょ
うがないなっていうようなため息を零した。
﹁うん、いいよ、それでも。すーちゃんがどんな想いだって、いい。
そばにさえいてくれたら﹂
﹁だから、﹂
﹁だめ。当分はいるとか、そんなに遠くに行かないとか、そういう
んじゃ駄目。そばにいて。毎日、ずっと、俺が大人になっても、歳
とって仕事辞めて隠居して縁側でお茶呑んで、さらにそれから心臓
が怠けだして動くのをやめるまで。そこまで、一緒にいよう﹂
﹁それは別名プロポーズという皮をかぶった永年下僕宣言だ!?﹂
382
﹁そっちでもいいけどそうするとすーちゃんの人権って大幅削減す
ることになるよ?﹂
﹁今以上に?! えっ、残る?! 今よりって今でも怪しいのにち
ゃんと残るの?!﹂
﹁のこるのこる。衣食住は十二分に保障する。あ、衣類はごめん、
あ、食事も場合によっては抜けるかも。でも健康の維持増進は任せ
て。適度な運動と医療の力で支えるから﹂
﹁あれおかしいな説得力ってなんだっけどこに私の要求が残ってる
んだろう?!﹂
﹁ほら、とりあえず俺から離れなければ大丈夫ってところに終結す
るってことだよ。難しいことは考えないで、俺に任せて。あんまり
頭使っちゃだめだよよくないんだから知恵熱出て倒れちゃうよ﹂
﹁これ! この今の発言に集約されている! この契約はあかんや
つだ!﹂
﹁あかんやつじゃないよー大変お得な条件盛りだくさんのというか
破格のメリットしかない未来が約束されていますよーただしご契約
内容を不履行された場合は監禁しますからねー﹂
﹁至極恐怖!!﹂
ひっ、とあげた悲鳴に、レイが﹁もう、こんなコントする予定じ
ゃなかったのにこれだから単細胞は﹂とか言ってくる。﹁言いくる
めてそのままなし崩しに理性も崩壊させようと思ったのに寝ても醒
めても快楽落ち計画実行しようと思ったのに﹂とか言っている。え
? え、何て? ここ意識低下させるところかな起きてちゃダメな
とこなんじゃないかな今こそ行こう夢の世界へなんじゃないかな!
﹁すーちゃん。すぐり﹂
﹁う、ぅぇ?﹂
背後から私の前に位置をかえたレイに、解っていてもほんの一瞬、
383
竦む。
﹁にげないで﹂
﹁あ、ごめ﹂
どうしようもないもんである。解っていても身体が反応するんな
ら、わかってないのと同義だ。
いやだなぁ。自分が。レイなのに。
﹁そうじゃないよ。怒っても、がっかりしても、呆れてもない。そ
んなこと、どうだっていい﹂
﹁え? ん、ふっ﹂
﹁それについては︱︱こうやって、どうとでもできるから。でも﹂
真正面に回られて、くちびるにくちびるで触れられて。
近すぎて視覚が混乱しているのか、どうとでもされかけているの
か。確かに、レイだと解らされると、強張った筋肉から力が抜けて
いく。あとキスされていることも受け入れているというかこれこそ
まさに緊急事態だと思うのに、反論とか反撃とか反応を鈍くしてい
る私に気付く。成長なのか、退化なのか、洗脳されたのか、動こう
としていない。
﹁そばにいてくれないと、どうしようもないから。にげないで、ね
?﹂
﹁レイ﹂
﹁わかって。ちゃんとわかってね。にげないで。いなくならないで。
たった、これだけでいいから﹂
潤んでいるのか、融けだしたのか、氷色が揺らぐ。
細めて痛そうな表情には、頷かせるだけの力が十二分に宿ってい
384
て。
たったその約束だけで、レイが救われるんだと、錯覚しそうにな
る。錯覚する。
﹁わか、った﹂
わかってた。
レイのことも、自分のことも。
望んでいた。こうなったらいいなって、叶わないことを識ってい
ながら。
くちから出すつもりのなかった音が堕ちた瞬間、レイから表情が
ぬけて。
そのもう瞬くあと、レイのくちびるが空気をもとめるように開い
て。
﹁あり、がとう﹂
って言って、笑った。
﹁ありがとう。すぐり﹂
出し惜しみせず輝かんばかり、っていうか仄かな間接照明︵いつ
の間にわが城にこんなオサレ品が?!︶に髪が煌めいて、ブロー効
果を過剰搭載した美少年が、私の視神経を攻撃してくる。め、めっ、
めがぁ!!
瞼を覆いたいが手がまだ動かない顔が朱くなってきたのがバレる
はなしてくれぇえええ!
居た堪れずもごもごしていると、レイが私の意図に気付いたよう
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だ。
タオルを少し緩めて言った。
﹁じゃ、シ﹂
﹁しません!! なんであろうとしません!! 私だって学習する
!! これこの流れ昨日とまんま同じなんですけど!!﹂
﹁すーちゃん⋮⋮そんな。湿布、貼ってあげるって、言おうとした
だけだよ? 明日も仕事でしょう?﹂
﹁わたしのしこうかいろぉぉおお!! ごめっ︱︱﹂
﹁シャワー浴びてからだけどね。汗かくし﹂
﹁⋮⋮いま、かいてない、よ?﹂
おかげさまでな。人が寝ている間に拭いてくれたからな。いやい
い、その点については掘り返すと隅々まで再度お目汚しでしかない
全身を見られたんだっていう精神的ダメージが襲いかかるからもう
忘れるとして。
﹁いまからかくんだよ?﹂
﹁ど、どのように⋮⋮いや! ほら湿布はいいや! 寝よう! も
う寝よう学業と成長に響く!﹂
もっというと私の健康に響く! まだ癒えていない各所が撃沈す
る!
﹁俺の身体気にしてくれてるの? ありがと。嬉しいな。頑張って
もっともっと成長するね。ちゃんと育ったか見てほしいからとりあ
えず今の状態確認してくれる?﹂
﹁そうだね眼で見て確認できるからするね今するねうんよし分かっ
た確認したすごく順調一点の曇りなく問題ないみたい! さぁ寝よ
う!﹂
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こいつの精神衛生以外はな! 曇るどころか一点の明度差さえな
いほど暗黒だがな!
身体を梱包していたタオルから腕を伸ばし、レイを布団に鎮める
ため彼を押そうとする︱︱が。
﹁無理。ちょっと急成長した箇所が疼いて暴発しそう﹂
﹁ぅひっ?!﹂
手背から指を絡め、まるで自分の物のように私の手をそこに導く。
いつの間にか曝け出した灼灼の塊が、指の付け根からちゅるりと
手のひらを擽った。うぇっ、ぬめっ、ぬめって⋮⋮!
﹁あぁ⋮⋮ほらね﹂
﹁ほっ?! ほんとだねっ! てかあつっ、ひやっ、ひやそうか!
!﹂
﹁んー、やめてほしいかな。ここ繊細だから。それよりきゅぅっと
包まれたい。こんな感じで﹂
﹁おぉぉおぉぉ﹂
﹁指かたぁい。ほら力抜いてー﹂
レイの先端からじわじわ溢れる何らかのせいで、滾りとレイの下
腹部まで、万遍なく粘液が纏わりつく。
余分なとろみが私の指の隙間から、指輪のように輪を作って滴っ
ていく。
何往復かして硬度をさらに増したそれから、レイは私の手を離し
た。
﹁ふっ、ねとねと。ね、光ってる﹂
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﹁なっ、のっ、だっ﹂
﹁だって。いつも俺ばっかりすーちゃん弄ってるから悪いなぁと思
って。俺のも触らせてあげようと﹂
﹁いらぬ! いらっなぁああ﹂
拒否したのに。ぐぃと手首を反されまた誘導された先は。
﹁はいぬりぬり﹂
﹁やぁあああ!!﹂
自分の窪みで。
﹁ねぇ、どう? きもちイイ?﹂
﹁やぁ、めっ﹂
レイの手から逃れようと、力を入れて抵抗する。指を先まで神経
を集中させる。それで振りほどこうと思ったのに、一向にかなわな
くて。
それどころか。
﹁ここ。いつも苛めるとすーちゃん、ぐずぐずになっちゃうよね﹂
強張った指をぐぅっとレイのそれに圧迫され、すでに粘膜から表
出した粒を刺激する。自分の関節から力の抜き方を忘れて、そこが
いつまでも私の陰核を上下に擦りあげて。
﹁あぁ、ほら、もうこんなだよ﹂
﹁や、なにっ﹂
ちゅぷにゅぷと手指を宛がう秘裂から音がする。
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レイから得たものだけでは出しえない水音に、奏でているのが私
の手︵自分の意思ではないけど!︶なことに、理性ってなんだろう
私って何なんだろうこの状況ってどうなのとか、混乱に立たされて
奇声を上げたくなる。あげたかったが。
﹁ふ、あったかいねぇ﹂
﹁ひぁあ?!﹂
んぷ。
微かな空気を指間に閉じ込めたまま。
ぐぷ︱︱︱︱くちゅん。
﹁はいっちゃった﹂
﹁や、ぬいっ﹂
﹁ん? こう﹂
﹁ちがっ、やぁっ﹂
わざと、私の中指の遠位をぐっと圧して外へと退く。指の腹が襞
をさぐり、爪で肉を掻く感覚にぞっとする。なのに、上回る快感を
拾ってしまい上書きされて。
ただ引き抜くよりも随分と時間をかけて外気に触れた私の指先は、
ナカの温度を失う間もなく、またぐぷりと埋め込まれた。
﹁っ﹂
﹁ごめん? 痛かった?﹂
指2本。自分のとレイのと。
少年で、華奢な外見で、女装とかもう半端なく似合いそうなのに。
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重ねられた掌は私を覆うほど。余裕で私の関節ひとつひとつを越す
長さで繊細で腹が立つ︱︱︱︱じゃなくて、結構キツイ!
圧迫感と再び引き起こされた快楽とこの暴挙と造形の差別に、持
って行先としては全く角違いじゃない憤りが沸いてきた。
﹁なにかんがえてるの﹂
﹁うゃああ﹂
ふっと我に帰れそうなところだったのに、またレイがナカを押し
込みながら刺激する。そのまま、膣の締め付けから逃れて出口まで
辿り、せっかくここまできたのに、また二人で届く最奥まで突く。
そのうち強張ったまま棒と化した私の指を放って、レイは肉壁を
思うまま弄りだした。にちゃにちゃと。
﹁なにかんがえてたの?﹂
﹁いや、やっ、やめっ﹂
メトロノームみたいな正確さで、同じリズムで、責められる。
あんたの指やら顔やら何もかものレベルが高すぎて腹が立ったと
か、訳のわからなくなる自分が嫌になったとか、自分が流されてい
る不甲斐なさだとか、それも全部理解しているうえで抵抗しきれて
いなかったことだとか、それでも厭えないことだとか、現在進行形
で昂ぶらされていることだとか、そういうどうしようできなくなっ
た感情が混ざって混ざって癇癪起こしています。と、言えればよか
った。
﹁すーちゃん? また? 余裕だね。俺はこんなに余裕ないのに﹂
言って、さっき触れてたよりも灼けた熱塊を膣口のすぐ下に充て
390
る。
ナカを出入りし続ける私とレイが掻き出した分泌液を、それがか
らめ取るように動く。
単調な抽挿リズムに慣れていいものを、単独行動するレイの繊手
が許さない。陰核の神経叢が浅瀬に潜むあたり、膀胱もまとめて刺
激できる付近の粘膜を熱心に圧し擦る。いつの間にか私の指を挟ん
でもう一本、レイの環指までも入り込んでいたらしい。刺激される
面積が増えて、受ける信号も増えて、私は一気に弾けた。
﹁いぁあああああ!!!﹂
こぽっ、と粘度を増した性液とともに私たちの指が出ていく。
終わった︱︱と、どこかで思った途端。
ぐちゅん!!!
﹁っあ、っ!!﹂
痙攣がさかんなソコにレイが突き嵌る。必死で力を籠めたって、
それすら膣収縮に連動して、刺激になって、レイの硬茎をまざまざ
と感じて、また蕩けそうになる。ゆるゆると弛緩したいのに、許し
てもらえなくて、どんどん昇らされる。汗腺が一気に開口して、体
内から水分がにじみ出ていくのがわかる。
﹁あぁ、っほら、ね⋮⋮んっ、あせ、かいちゃったでしょ﹂
腰を少しも休ませないままに、レイが言う。
﹁どぉ? 俺の、ちゃんとわかる?﹂
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全く返事ができない代わりに、私の口からは呼吸と喘ぎが溢れた。
﹁ふふ、鳴き声かぁわいぃ﹂
絶頂させられて即挿入ごりごりされているのだ。いくら﹁いって
るいってるいってる!!﹂と訴えても笑顔で﹁きもちいいの? も
っと?﹂と誤変換されて腰を叩きつけられ、それ以外に何ができる
というのかかわいくないわぁああ必死なんだぁあ!!
﹁ほら、もっとあじわ、って、ねっ、毎日っ、違いがわかるように、
憶えてっ﹂
わかったわかったわかったおぼえたぁあ!! あんたの成長も育
ちすぎてる感が否めないお子さん︵泣︶も貌も質量も温度も十二分
に理解させていただいてる!! と、レイに伝わればいいなって全
身全霊で訴えた。正面のレイに。
あれ、やっぱり。
しょうめん、に、のしかかられている、のに。
レイなら。レイだから。
﹁すーちゃん、すぐり、好きだよ、だいすき﹂
﹁っ、んっ!!﹂
今度こそ余計なことを考える隙を与えず、レイがそう言って、一
層摩擦が激しくなって。
限界を超越した果てに、また連れ込まれた。
392
結局。
連日の睡眠不足を解消できないまま。さらに腰痛筋肉痛鈍痛を悪
化させて。
﹁じゃ、すーちゃん。俺、今日帰り遅くなるから、鍵かけて休んで
てね﹂
レイの用事とやらのため、手配された車に便乗させられ、病院の
職員通用口まで送り届けられた。
大きな誤解を放置している私への罰なのか、車内から外に出る瞬
間、行ってきますの外国的挨拶を強要された。頬とかじゃなくて触
れるだけじゃなくて貪る勢いのやつを。
うん⋮⋮今日を乗り越えられる自信は今すぐからありません︵憔
悴︶。
393
同じ轍は踏むためにあるようです私の場合︵後書き︶
いつもいつもありがとうございます︵>︳<︶
いただいたご感想にお礼をしておらずすみません。毎回言ってます、
本当にすみません⋮⋮!
話がすすみませんね、不思議︵↑︶
ERO力と思考の浅さ、文才のなさに驚愕しております。毎度お目
汚しすみません。
それでも読んでくださるみなさま、本当にいつもありがとうござい
ます。
もっと短い間隔で更新したいですが、そんな理由でなかなかで⋮⋮
︵.︳.︶。
また出現したら、のぞいてやってくださるとうれしいです。
まな
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PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n8370x/
青いカラントと蒼いアイス
2016年10月27日15時45分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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