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オペラの風景(43)「ファウストの劫罰」コンサート形式によるオペラ 本文
オペラの風景(43) 「ファウストの劫罰」コンサート形式によるオペラ 本文 フェルゼンライト・シューレのアーチ状ドーム壁面と塔 「劫罰」などという言葉は普段使いませんね。でもこの曲は昔からこう呼 ばれています。劫は襲いかかる。それに罰。私には宿命的な感じをうけま す。 ベルリオーズはオペラを 3 曲、「ベンベヌート・チェリーニ」(1934~5)、 「トロイ人」(1856~8),「ベアトリスとベネディクト」 (1860~2)書き ました。 「トロイ人」だけ人気があります。 このほかワーグナーが感心した「ロメオとジュリエット、合唱付き劇的交 響曲」(1839)「ファウスト劫罰、劇的伝承」(1845~6)、 「キリストの幼時、 聖三部作」(1854)がオペラに近く、特に《ファウストの劫罰》は「コン サート形式によるオペラ」と彼自身が名付けていて、彼はオペラとは考え ていなかったのは確かですが、1999 年のザルツブルグ音楽祭でオペラと して公演されました。この日本語付きDVDに刺激され、オペラとして取 り上げる気持ちになりました。なお、このリブレットはA4版で 30 ペー ジをこえるもので、デンオンのCD(インパル指揮)にオマケとしてつい ていて、パソコンでみられます。 「ファウスト」の名は日本ではゲーテと結びついて思いだされますが、元 来は 16 世紀にドイツで広まった伝説ですから、どんな話にもなります。 実在の人物ファウスト博士と 1506 年に会ったという話に始まり、多くの 都市で伝わり、1536 年の記載が最後だそうです。彼はハイデルベルグ近 郊の生まれで、占星術家の亜流、にせ医者で詐欺師、大ほら吹きで、何度 も手配され追放されているうちに、市民や農民、田舎貴族に人気がでて、 臆測もついて「ファウスト博士」という伝説の人物が出来あがり、行状が 1587 年に「実録ファウスト物語」として本として出版されました。出版 物には「悪名高い黒き魔術師の物語、悪魔と結託して様々の不思議を見せ 数々の奇蹟を行った魔法使いの行状紀。因果応報の身の毛もよだつ恐ろし いその最後。神をおそれぬ増上慢の人間の戒め。あらゆる人間へのきびし い警告」という説明がついていたそうです。その後何度もくりかえし、の ばしたり或るいは切り詰められたりして、さまざまなかたちに書き改めら れたそうですが、どの版にも共通した傾向があるといいます。第一段はあ くまで宇宙の真理を探ろうとしているファウスト、第ニ段は魔法のマント や魔法の馬で、思いのまま各地に出没するファウスト、第三段は人々を煙 にまいて驚かせる魔法の数々です。彼は悪魔の餌食になった悲劇的な人物 ですが、悪魔と契約して魂を売り渡し、この世では悪魔がどんな命令も聞 くが、あの世では魂を悪魔が自由にするのが特色です。ゲーテもはこんな ファウストをネタ本としています。ベルリオーズはゲーテの詩に依存しな がら、出来るだけゲーテの話から離れ、オーケストラトと人声で交響的な 音楽をつくることを意図したので、ストーリを音響化する立場には立って いないようです。台本はゲーテの「ファースト第一部」がかなり切り詰め られています。 DVDのオペラでは、われわれが屡耳にする劇的伝承と比べると、演奏ス タイルが違っていて、響きが地味になっています。よく演奏される「ラコ ッツィ行進曲」「鬼火のメヌエット」で特に感じます。 オペラは中央の塔を中心として進む ザルツブルグ音楽祭1999の「ファウストの劫罰」は、屡テレビでみら れる祝祭大劇場ではなく、近くにあるフェルゼンライト・シューレで行わ れました。ここは音楽祭の原点ともいえる劇場で、17世紀に大司教が乗 馬のバレー(今ウィーンの名物)を楽しんだ場所です。20世紀になって 音楽祭用に改築され、ついこの間まで天井はありませんでした。舞台の背 景には崖を削って作った、アーチ状のドームが列をなし、しかも3階建て ですから、怪異な趣です。このドームも使っての、幻想的な「ファウスト の劫罰」は、見る前からこの世ならぬ情景を想像します。なお音楽祭では ウイーンフィルが普通オーケストラピットに入りますが、今回はベルリン 国立歌劇場オケでした。指揮はカンブルラン。 グランドオペラとなっていて、ファウストの台詞は叙事詩で、イタリアオ ペラのように抒情的な表現はありません。例えば劇最初の台詞は 「年老いた冬は、春に場所をゆずり 自然は若返ってくる。果てしない空 が、きらめく千の光を降らせる・・・・」 ベルリオーズは聞き手がドラマにのめりこむことを期待していません。距 離をおいて眺めればよいのです。 音楽劇は4部構成で第1部はハンガリーの草原で孤独な青年が自然や、尐 年、農夫の踊りを眺め、楽しむ。近づく軍隊の行進。殆んどアリアはファ ウストが歌い、合唱は尐年と農夫たちで。オーケストラは抑えられていま す。戦場に向う軍隊の行進は有名なラコッツイー行進曲。 この部分は導入部でしょう。ゲーテとは全く違っていますから、台本はベ ルリオースの独創です。農民はファウストが失った陽気さ、軍人は活力を 象徴しているのでしょう。特に軍人の行進は音楽的にラッパと太鼓の効用 を意図してのことでしょう。以後も使われます。 DVDでは、最終場面で中央の塔にハシゴがかけられます。城の攻略を意 味するのか。全体的に人の動きが多く、ファウストを除いて活力にあふれ ています。 第2部はファウストの悩みが表にでます。4場は北ドイツのファウストの 書斎。 「ああ大地よ、わたしにだけは花をもたらさないのか!この世のどこに行 ったら、私の人生に欠けているものが見つかるのか?」外は復活祭の賑わ い、キリスト教徒がキリストの昇天を嘆き、復活をたたえている。ファウ ストは「ぐらついた信仰と、その昔の純な心の追憶」 、キリスト教徒が「神 への信仰」、これらが反復する。合唱はキリスト教徒の男女。 DVDでは、塔は内部に地獄の劫火が燃盛る様のように赤い炎の上下が照 明で示される。ファウストは階段をのぼり、塔の頂上へ。彼は煩悩を投げ 捨てるが、塔の炎で燃えきれない。合唱は混声で、オーケストラが伴奏。 5場、メフィストが登場。「何とも純粋な感情ですな!天の教会の子とい うものだね。銀の鐘が打ち鳴らされ あんたの耳をおおいに 魅了したっ てわけですな」と揶揄する。二人のやりとりがあり、メフィストはファウ ストを現世の快楽、酒場に誘う。ゲーテの「ファウスト」ではここでファ ウストはメフィストに魂を売るが、ベルリオーズはずっとあとで、マルガ リータの命を救う場面で契約する。彼らは酒場へ急ぐ。 6場はライプチッヒの酒場で、酔っ払いの合唱が響き、一人が乞われて「ね ずみの唄」を披露。ここは後年オッフェンバックが「ホフマン物語」で、 ホフマンに「クラインザッハの小人」を歌わせえるのとそっくりである。 更にメフィストフェレスが飛び込んでリードして歌う「アーメンのフー ガ」 。この部分だけが有名となる。更には「ノミの唄」が宮廷の雰囲気を 揶揄して披露され、余りの馬鹿馬鹿しさにファウストはメフィストフェレ スを誘って立ち去る。 DVDでは、塔の中や前で,奇怪な照明下で行われる。人形の形をしたロ ボットが現れ、様々な用途につかわれる。ライプチッヒは今も大聖堂のあ る大学街、バッハと若さが同居する。合唱は学生。 7場は東にあるドレスデンとの間を流れるエルベ河畔、ファウストはメフ ィストフェレスの催眠術で夢をみる。地中や大気の精も助ける。誘導され た幻想の世界をメフィストと精の合唱が描写する。彼は夢の世界に陥る。 メフィストフェレスは歌う。 「人は天上に求める、最愛の星を 星は輝いていた、彼らのために。 それは彼女だ、かくも美しく、愛の女神が、おまえに運命づけた人。 眠れ、眠れ 眠れ」 「上手いぞ、上手いぞ。若い精霊達よ、おまえ達は素晴らしい。魔法にか かった、この男の、眠りをゆらせ!ゆらせ!」 はっと目をさめたファウストは魔法にかかっていてマルガリータを絶対 の恋人に思っている。彼女のところへメフィストフェレスに誘導される。 8部は学生や兵士に混ざって、ファウストは堕落の道に歩む。 主役三人(ファウスト、マルガレータ、メ フィスト) DVDでは精たちの合唱が塔で、ファウストは眠っていた原野からハシゴ をかけて登った崖壁のドームで歌う。幻想交響曲の大家ベルリオーズはオ ーケストラの色彩と合唱の音色で十分われわれを魅惑する。この後舞台で 展開するのは幻想の世界で、中央高くそびえる塔にハシゴをかけ、登って いく人人。最後は学生や兵士の合唱で1幕は降りる。占拠したものは快楽 の、切ない世界である。 ゲーテの「ファウスト」には書斎、酒場の他に魔女の厨があってそこでマ ルガリータとすれ違うが類似の場面は第3部に繰り込まれている。 第3部はマリガリータとの恋愛で、9場ではマルガレータの部屋へ二人が 忍び込み、10場ででは部屋の中をうろつく.11場で彼女が登場、マル ガレータも妖精の力で、夢の中で見た幻影でファウストを思って登場し、 アリアを歌う。彼女は真の愛を夢見、中世の唄として「トーレの王」を歌 う。トゥーレは北極にあると当時思われていた、ドイツ民族の原点である。 「昔トゥーレに王在り。墓にはいるまで操かたく 妻みまかりし時、王に 手向けリ 手彫の金杯。盃、平生王とともにあり、 ・・・・・・・・」1 2場は降霊。妖精たちが勢ぞろいし、マルガレータを幻想の世界へ導く手 配をメフィトフェレスがする DVDではここは見せ場となっている。フェエルゼンライト・シューレの 舞台の特色が最大限に使われる。アーチが並ぶ壁面の頂上から、紐にぶる さがりながら、悪魔がずり降りてくる。地面では妖精がベールを被ってお どり、壁面一杯にライトを背にした悪魔たちが三層アーチ全体で行進する。 音楽は「鬼火のメヌエット」 、中央の塔のガラス窓こしに、指揮者の巨大 の虚像が映し出される。 「妖精のメヌエット」という、この場面は想像を 絶した情景です。この間にマルガリータは魔法に係り、花嫁姿で地獄に担 ぎこまれます。地獄かマルガレータの部屋か定かではありません。ここは 画像の効用が十分発揮しているのが誰にも分かります。 13場は一転して二人のデュオが中心をしめる。魔法にかかって愛しあっ ている二人、愛の睦言もかわすが、14場では母親が近くに現れると告げ られる。メフィストフェレスがあらわれ、逃げろと指示する。近所の風説 も伝わる。合唱は近隣の一般人である。 DVDでは二人の逢う瀬がロボットの人形が行き来するのをかわしなが ら行われる2重唱で始まり、メフィストフェレスが入って3重唱となり、 更に合唱が、壁面のアーチの中から。点滅する明かりを交えて音量をます。 合唱「オッペンハイムのおっかさん・・・・ああ!ああ!ああ!ああ!」 。 背後のアーチと中央の塔の照明が変化 第4部15場。マルガリータのアリアが彼への思いを熱烈につたえる。つ いで小人数の兵士の合唱。「ラッパの音には、勇敢な兵士達はお祭騒ぎで あろうと、戦場であろうと、突っ込んでいく」と歌う。ラッパや太鼓が入 る場面である。これまでも数回あった。次は学生の合唱。女探しに町へ行 こうと。マルガリータにはこれらがファウストの来る夕方の合図となる。 16場はファウストの独白、 「広大で、おかしがたく、高潔な自然よ・・・」 とマルガリータを失った嘆きのアリアを歌い、17場ではメフィストフェ レスとの対話で、彼女が母親殺しで逮捕されたとしる。二人の密会の邪魔 を妨げるため何度も液体を飲ませたら、母が死んだためである。メフィス トフェレスはファウストに契約書へのサインを要求、交換に彼女を助ける と。ファウストはサインし彼女にむけて馬を失踪させる。刑の執行に間に 合わせるために。 DVDでは塔を最大限に使い、塔へ向って行進、塔の中での会話、疾走す る馬の映像などで場面が展開し、オーケストラが中心である。 18場地獄への騎行で、地上のものも、人も蹴散らして二人はマルガリー タめがけて急ぐ。彼女の弔いの鐘が聴こえる。最後はファウスト「恐ろし い!ああ!」メフィストフェレス「私の勝ちだ」(彼らは地獄に落ちてい く)。19場地獄の首都、そこでは地獄の言語で合唱がおこなわれている。 地獄の王子「ファウストは、自分の意思でサインしたのだな。自分を炎に ゆだねる運命の誓約書に」メフィストフェレス「みずからの意思で」合唱 「ドラデイオウン・マレックシル・フィル・トゥル・・・・・・・・・・・」 エピローグは地上では6人のバスで「地獄の恐ろしさ」が歌われ、天上で は天使たちの合唱が「讃えられよ、讃えられよ、ホザンナ、ホザンナ、彼 女は本当に愛しておりました、主よ」最後はマルガリータの昇天で合唱は 「天上に登っておいで、むくな魂、愛がお前をまどわせた。 ・・・・・・」 霊の合唱(児童) 「おいで聖なるおとめたち ・・・・おいでマルガリータ」 DVDでは塔内に模様が様々に変わる。塔が割れて平板になり、二人が地 獄へまっさかさまにおち、眺める周囲の地獄の合唱団が真っ赤にそまる。 これらは音楽の狂気を増強する。 地獄の合唱団 これは交響曲であって、その理解を映像が助ける。映像がなくてもすむが が、視覚が音響を一層豊かに感じさせる。映像で内面性は薄らぐが、芸術 性は変わらない。歌物語というジャンルがあり、物語の内容が歌で豊かに なって伝えられるが、このオペラは、その逆で音響の内容が画像で豊かに される、正にフランスオペラの特色であると私は思った。 ■ベルリオーズ:劇的物語「ファウストの劫罰」 Op.24 (1999 年 8 月 25 日、ザルツブルク音楽祭の収録) ●ヴェッセリーナ・カサローヴァ / ポール・グローヴズ / ウィラード・ホ ワイト / アンドレアス・マッコ/ シルヴァン・カンブルラン指揮 / オルフ ェオン・ドノスティアラ(合唱団) / テルツ尐年合唱団 / ベルリン国立 歌劇場管弦楽団 英語、日本語字幕付き / 画像構成比 16:9 / PCM Stereo, Dolby Stereo 5.1 / Surround:有り/ 収録時間:146 分