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戦略管理会計とりスクマネジメントの口

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戦略管理会計とりスクマネジメントの口
商学論集 第76巻第2号 20G7年i2月
【論 文1
戦略管理会計とリスクマネジメントの融合
澤 邉 紀 生*
東京三菱銀行におけるバランスト・スコアカード(BSC〉については,米州本部において担当され,現
在は本邦において全社ベースのBSC導入を担当されている南雲氏をはじめとする関係者に多大なる協力を
得た。ここに記して謝意を表する。また本稿は,科学購究費補助金(課題番号鰺530345)による醗究成果
の一部である。
潅.はじめに
リスクとリターンは表裏一体の関係にあると考えられてきたにもかかわらず,近年までリスクマ
ネジメントとリターンマネジメントのための管理会計はそれぞれ別々に発展してきた監長期的な
視点からリターンの最大化を志向する戦略管理会計においても,リスクが体系的に扱われてきたわ
けではない(小林1200硲3。戦略管理会計において戦略として陽表的に扱われてきたの1よもっぱ
らリターン鰯の要素であった4。リスクを明示的に管理するのは,管理会計システムとは独立した
リスクマネジメント・システムの役畜だと考えられてきたのである。
しかし,リスクマネジメントを事業の根幹に有する金融機関や総合商社において,(リターン最
大化のための)戦略にリスクを統合してマネジメントするための管理会計的仕緩みが近年舞矯され
るようになってきている。また,それとは別に企業統治の観点から,リスクとリターンを戦略的に
統合して管理するいくつかの手法が国際的に提案されてきている。代表的なアプローチとして1よ
トレッドウェイ委員会組織委員会(COSOICo難盤ittεe G{Sβo総Gri簸薯Orga譲路ti倉盤{鍵Trε露way
Report)が提唱するエンタープライズ・童スクマネジメントと,国際会計士連盟(iFAC:塾te欝at墨。翻
*京都大学大学院経営管理大学院・経済学醗究科教授(猛騰認l s3wa娩@eco甑kyo沁噸駕釦〉
i本稿において管理会誹はε経営管理者が,纏縫内部において,討懸,評徳および統麟を行い,当該緩織の経営
資源を適切に使耀して会詩責任を達成するために綾絹する財務情報の認識灘定,集計,分析.作成解釈お
よび伝達する遺程達αM瀬欝82麺3〉の定義をベースに.行為主体として経営管理者だけでなく企業統治参撫者
を含め,また構報の種類を財務椿報だけでなく非財務精報を含めるよう拡張した定義を採爾している。
2管理会計における琴ターンマネジメントは典型的には利益管理と呼ばれているが,ここでは一般化してリター
ンマネジメントという絹語を篤いることにする。
3ゼ戦略管理会計涯の定義として,「戦略の策定,資源やケイパビリティの構築,戦略の実行を支援するためのイ
ンプットを提供する仕緩み蓬壌。鐙墾e簸就麟2§倉2鎗虜がよく購いられている。本稿では,この戦略管理会計
という猛緩みが,情報インプットを提供するだけでなく,§標や戦略を会計的に表現する灘面を重視している。
4「戦略韮と「リターン」と「リスク」の概念的関係について現状ではかなむの多様性かみられる。3節に詳論す
るように,管理会計羅究における戦略概念はもっぱらポジシ葺ニング・アプローチに依擁してリターンを陽表
的に扱ったものとなっている。驚語の多様僅から生じる混鼠を麟避するため,次簸において本稿で絹いる基本
居語の定義を便宜的に行うこととする。
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商 学 論 集
第76巻第2号
Feδe麟i磯。{Acco騰ta鍍s〉のPAB(Pro{ess沁総至Acco撒ね滋s雛B駿si鍵ss Co灘難蹴e磨〉が提案
しているエンタープライズ・ガバナンスの考え方がある(COSO12GG41,王FAC120G41〉%
戦略を将来の目標を達成するために描いた経跳として理解するならば,戦略遂行過程(目標まで
の経路〉において,機会活用の手腕や,障害克服の巧描が.目標達成度であるリターンの大小に影
響を及ぼすのは当然のことである。また,戦略を策定する段階で,リスクや不確実性を理解して,
リスクの特性や不確実性の種類を把握してどこまで戦略に織り込んでいけるかが,リターンを左右
することも間違いない。
このように考えるならば.今日.戦略管理会計において機会と障害およびリスクとリターンを統
合的に管理する必要性が求められ,またそのための手段が提案されているのはごく自然なことであ
る。むしろ,なぜこれまでそのように統合的に管理するという発想が希薄であり,経営管理ツール
が存在しなかったかということこそが問われるべき問題なのかもしれない。
戦略マネジメントの織斑ツールをみれば,自社の強みと弱みや機会と脅威を対として行われる
SWOT分析謄典型として,戦略に関わる複数の要素を同時に扱っているツールはいくつか存在す
る。しかし,そのほとんどは戦略上の一時点において利用される分析ツールであったり,戦略の一
面のみを切り出して分析するツールであったりしている。つまり,個別のツールにおいて戦略的な
要素が分析されることがあっても,それらを統合して,組織全体の業務プロセスを包括するシステ
ム的な高みから,戦略マネジメントの考え方が発展してきたわけではなかった。言い換えるならば,
組織の個別業務を総合的に管理するレベルにおいて,つまり,業務プロセス全体を包括するマネジ
メントコントロール・システムのレベルでは,戦略的にリスクとリターンが統合的に扱われてはこ
なかったのである。
組織全体の業務プロセスを包括するマネジメントコントロール・システムが発達したのは,歴史
的には,欄購具体的な経営問題に対越するピースミール的な経営手法の発展経路のなかにではなく,
現場から距離をおき企業全体を全体として理解する社会的要請の高まりに応じる形であったと考え
ることができる(Miilα&σie鍵yl聾9鐙。リスクとリターンを戦略的に統合して管理する仕緩み
についても,経営現場からの内発的な発展以上に,経営現場から題離をおいた立場から統合化が要
求されてきた経緯がある.
経営管理当事者の立場からではなく,企業統治の観点からリスクとリターンを戦略的に統合する
仕緩み作りが推進されているのは,このような流れのなかで理解することが可能である。COSOの
エンタープライズ・リスクマネジメントや亙FACのエンタープライズ・ガバナンスでは,経営者の
立場ではなく,さらに上位の企業統治の視点から,リスクとリターンを戦略的に統合したマネジメ
ントの必要性があらためて主張されているのである。
本稿の目的は.リスクマネジメントとリターンマネジメントをマネジメントコントロール・シス
テムとして結合したという意昧で革新的な事例をとりあげ,リスクとリターンがどのように可視化
5本稿においてエンタープライズ・リスクマネジメントとは,COSOのエンタープライズ」ナスクマネジメント
を指す。
6SW()丁分析とは,マーケティング戦略や企業戦略立案で使われる分析のフレームワークで,緯織の強み
(St鷲簸鎮麟.弱み(W綴k麗ss/,機会(()β脚rt醗lty〉,脅威(丁歴eaのの婆つの軸から評慰する手法である。
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澤邉1戦略管理会欝とリスクマネジメントの融合
されマネジメントの対象となっているのかを明らかにすることにある7。これは同時に,企業統治
を重視する方向での制度的な環境変化がマネジメントコント霞一ル・システムの革新にどのような
影響を与えたかを明らかにすることでもある8。
本稿の構成は以下のようになっている。まず,2簸において,基本概念である戦略とリスクの関
係について考察したうえで,基本罵語を定義付けする。3節では,本稿の問題意識として,企業統
治の改善に管理会計の貢献が求められている背景に制度的環境の変化があることを確認する。4節
では,金融機関の業務の特性や金融機関に対する規麟環境が,リターンマネジメントとリスクマネ
ジメントの統合をどのように促進したかについて,ケーース・スタディによって検討する。ケーースと
しては東京三菱銀行米州本部におけるバランスト・スコアカード(BSC)とリスクマネジメントの
統合をとりあげる9。東京三菱銀行米州本部のケースをとりあげるのは,後述のように,それが代
表的な戦略管理会計技法であるBSCとリスクマネジメントを統合しようとした先駆的なケースで
あるという理由による。最後に5節において本稿を締め括る。
2.リスクとリターンと戦略
2節では,まず,本稿の考察において基本概念となる戦略とリスクおよびリターンの関係につい
て概念的考察を行う。そのうえで,リスクとリターンを戦略的に統合する管理会計を考察するに当
たって基本となる屠語に定義を与え,3節以降の考察の準備を行う。
(藩) 戦略とリスクマネジメントの双対性
戦略とリスクマネジメントという言葉の用いられ方は,基本的なところで似通っている。戦略と
リスクはそれぞれさまざまな形で定義されている多様な概念である。しかし,時間との関連におい
て両者は共通した特徴をもっている。戦略は未来の猛標への道筋として,リスクは将来生ずるかも
しれない危険や障害に対する認識として,いずれもが不確実な未来に対する現在の認識であるとい
う特徴を共有しているのである。爾概念ともに,将来ある状態が生じる過程やその因果関係につい
ての現在の認識に関わる概念として一般的には用いられている。
戦略は,ポジティブなヴィジョンである目標へのアプローチの仕方である。営利企業における目
標がリターンの獲得であるとするならば,戦略はリターンを獲得する具体的な道筋に関わるもので
ある。リスクは,ネガティブなヴィジョンである危険や障害の認識であり,リスクマネジメントは
ネガティブなヴィジョンヘの対応の仕方である。営利企業の場合,主たる戦略目標は利益の獲得で
7本稿においてマネジメントコント資一ル・システムは「経営者が纏織行動のパターンを維持または変更するた
めに活繕する椿報を基礎とした公式な手顯と手続き達(S雛。総1臆9鋤と定義されている。
8本稿で行う考察の方法譲的粋緩みは,新舗度学濠纏織論における麟度運解を進化論的アプ讐一チと結びつけた
麟痩進化パースペクティブである・羅綾進化パースペクティブは,管理会討技法の形式的購造などの複製子と,
企業などの相互作繕子を異なる実体として捉えることで,複製子の複製過程や,複製子が権互作用子に発現す
る過程などを分断することを可能にする方法論的枠緩みである。本稿は,権互作用を通じて複製子が謙合する
過程を取舞振かうことになる。麟度進化パースペクティブについては澤邊(20§7/を参照のこと。
警以下での東窟三菱銀行米州本部等の名稼は8SCの導入がはかられた当時のものである。
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あり,戦略は利益を獲得する道筋に関わっており,リスクは利益獲得の障害に関わっている概念で
ある。この意昧で,一般的な屠語法のレベルで戦略とリスクは将来予想の光と影のそれぞれの面に
対応した双対的な関係にある。
戦略とリスクの時間軸上の類似牲は,戦略のマネジメントやリスクのマネジメントに概念が展開
されたとき,いっそう明確となる。戦略のマネジメントは,将来のヴィジョンや目標と現在の9常
的な業務を結び付ける環を構築し,羅常業務を通じて将来のヴィジ3ンを実現することを課題とし
ている。それは一般的には戦略の策定と遂行と呼ばれるものである。リスクのマネジメントは,将
来の危険や障害に備えるため,現在の欝常業務を構築し,そして現在の欝常業務を通じて将来の危
険を抑麟し,障害を克服していくことを課題とする。それは,リスクマネジメント・システムの穣
築とリスクマネジメントの遂行と呼ばれるべきものである。戦略のマネジメントもリスクのマネジ
メントも共に,将来の予想に基づき.現在の冠常業務を方向付ける仕維みを構築し利署するもので
あり,未来と現在を結び付ける地図を描き,その地図を利篤して危険を避けながら方向を闘違えず
目的地へと進んでいく営みなのである。
(2〉基本驚語の定義
戦略という言葉は.少なくとも欝種類以上の意味で篤いられているといわれている(M醸痴αg,
A盤竃r3搬δ謹δL蹴登e箪9981)。また,リスクという言葉も多義的であり,目標達成の障害,不利
な状況が生じる危険性,統計的なばらつき,といった関連はしているものの基本的に異なる意昧で
用いられている。本論の考察対象であるマネジメントコントロール・システムの関連でも,多様な
意昧で戦略やリスクという言葉は屠いられており,議論が錯綜する原因のiつとなっている。そこで,
本稿は,マネジメントコントロール・システムについて議論を整理するという目的に照らし合わせ,
便宜上,戦略やリスクといった基本居語を次のように定義することとする。
戦略:目標達成への経路
機会:戦略上に生じ得る事象で,その事象への対応によって目標達成に積極的な影響を与え
得る事象
障 害:戦略上にあり得る事象で,その事象への対応によって目標達成に消極的な影響を与え
得る事象
リスク:轟標達成に影響を及ぼし得る事象の大小(高低〉に関するばらつき
不確実性1目標達成に影響を及ぼし得る事象の予想しうる程度
リターン:目標の達成度
上記の定義の出発点は.目標の存在である。目標の存在は所与とされている。そのうえで,以上
のように定義することで,機会や障害とリスクや不確実性が明確に概念上区別されることになる。
機会や障害は事象そのものであるが,リスクや不確実性は事象そのものではなく,事象の大小のば
らつきであり,事象の予想可能性である。ただし.それぞれが具体的な対象との関連において相互
排飽的な定義となっているわけではないことに注意していただきたい。
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澤邉1戦略管理会計とリスクマネジメントの離合
機会や障害は戦略依存的な概念として定義される。つまり,どのような事物や事象が当事者にとっ
て機会や障害になるかは,具体的な戦略の姿によって左右される。反対綴からみるならば「戦略的」
という表現は,戦略上の機会や障害への対応を含意することになる。例えば「戦略的なマネジメン
ト」という表現は,戦略上の機会や障害への対応を織り込んだマネジメントという意味合いとなる。
機会や障害が戦略依存的に定義される概念であるのに対し,リスクや不確実性はどのような戦略
をとっているかとは無関係に定義されている概念である。リスクや不確実性は.目標達成とは関係
付けられているものの.魑劉具体的な戦略とは直接関係しないように定義されている。したがって,
リターンマネジメントやリスクマネジメントという表現は,戦略とは独立した意味合いで用いられ
る、つまり,この定義に従う限りにおいて,戦略がどのようなものであろうと,それとは独立した
ものとしてリターンマネジメントあるいはリスクマネジメントに言及することは可能である。反対
に,戦略と結びついた場合には,「戦略的涯という修難語を付せることとする。
戦略上の機会と障害およびリスクとリターンをすべて考慮したマネジメントのこと1よ以下にお
いて「戦略的なリスクとリターンのマネジメント」や「リスクとリターンを戦略的に統合したマネ
ジメント」として,またそのようなマネジメントを支援する仕組みはrリスクとリターンを戦略的
に統合したマネジメントコントロール・システムjと表現されることになる。以下で1よ とくに断
りのない隈鯵,これらの定義に従って絹語を弔いることとする。
3.自明視された現実としての「企業統治改善のための管理会計」
欝9G年代後半以降,健全な企業統治の確立には説明責任を徹底し透明性を向上させることが急
務であるとの問題意識が広く共有されるようになった。アジア通貨・金融危機に対応して姶98年4
月に開催された主要各国蔵相・中央銀行総裁会議では「透明性と説明責任の改善」が国際金融シス
テムの安定性にとって必要不可欠であるとの認識が示された。危機の原因が企業統治の失敗にあ甑
その解決策が透明牲の改善に求められたのである。
蔵相・中央銀行総裁会議の諮問を受けて作成・公表された窪透明性とアカウンタビリティに関す
る作業グループ報告書遜(Work撫g Gro贈G叢Tr離sβ3re駕y a磁Acco騰t3擁i麟ig981〉において,
透明性とは,情報を提供する主体についてゼ既存の条件・意思決定・行動に関する情報が理解可能
であり,可視性を持ち,入手可能であること」と定義されている。作業グループの定義に明らかな
ように,透明性とは情報の理解可能性・可視性・入手可能性に関連した概念である。
標準的な経済学的理解によれば,透明性を改善することによって情報の非対称性が軽減されるこ
とでエイジェンシーコストの劇減が期待できる。このような経済学的理解は,透明性を構成する3
つの要件である理解可能性・可視性・入手可能性のうち,理解可能性と可視性を前提として入手可
能性の向上の意義を経済学的に簡明に説萌したものである。本稿の問題意識1よ透明性の構成要件
の残りの2つ,つまり経済学的理解では前提とされている理解可能性と可視性についてリスクとリ
ターンを戦略的に統合した管理会計システムがどのように貢献するかという点に関わっている。
銀行業における企業統治について,バーゼル銀行監督委員会は,OECDによる企業統治原則を基
本とした企業統治原則を公表している(B磯20061〉。それによれば,企業統治とは「会社の経営随
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取締役会,株主,その飽の利害関係者の闘の…連の関係に関わ琴,会社の目的を設定し,それらの
目的を達成する手段や業績を監視する手段を決定する構造を提供」するものと定義されている
(0至…ICD{2004玉茎〉3飢6,B亙S蓬20{}6董峯〉盆r.9〉。
バーゼル銀行監督委員会は,その企業統治原則のなかで,取締役会メンバーの果たさなければな
らない責任を次のように明確にしている。すなわち,取締役会メンバーは,企業の価値基準と戦略
§標を正式決定し,それらが全社的に伝達されるよう監視し(原則2〉,全社的に執行責任と説明
責任の分担範囲を明確に線引きし実行しなければならない(原則3〉。報酬麟度やその実際が企業
文化や長期的な企業目標や戦略,それに続騰環境と整合的であることを確保しなければならない(原
則6〉。また,取締役会メンバー一は,内部監査・外部監査・内部統麟の諸機能を効果的に利署しな
ければならない(原則5〉。ここに確認されるように,企業統治における管理会計の重要性は明白
である.というのも,企業統治原則で述べられている,設定された戦略目標を全社的に伝達し,そ
れに基づき執行責任と説明責任を配分し,業績評懸を行うというのは,まさに管理会計システムの
機能だからである。
バーゼル銀行監督委員会の立場は,銀行システムの健全性維持を何よりも重視するものであり,
金融秩序維持の観点から蓄ヌスクマネジメントに関する提言が多く畠されてきている。そのバーゼル
銀行監督委員会の立場からも,戦略の設定とそれに基づいたマネジメント・システムの構築が,企
業統治にとって必要不可欠な原則であると述べられているわけである。企業統治の向上によって健
全な競争を促進しようという考え方は,近年のわが国の金融行政にも共通している(金融庁120041)。
経営の創意工夫を促進する仕組みとして経営戦略と連動した内部マネジメント・システムを重視す
る繧向は,2004年公表されたBお規鱗の改訂版いわゆるバーゼル1亙においていっそう明確な形で
示されている。バーゼルHの「大きな革新のiつは,銀行の内部システム上のリスク評価を所要自
己資本算定上のインプットとして大鵜に活篤していること」(疑S120G41灘r.6〉であり,「銀行が戦
略目標と関連づけて,現在および将来の所要自己資本額を分析することは,戦略的な経営謙遜策定
プ冒セスの重要な要素」(斑S12GO41夢鍵、729)である。このように,バーーゼルHではリスクマネジメ
ントは,戦略的な経営計画策定プ霞セスと結び付けられているという意昧で戦略的リスクマネジメ
ントとなっているi導。
アジア通貨金融危機を契機として進められた国際金融アーキテクチャーの再構築において,企業
統治を改善するために管理会計が果たす役割は自明の地位を占めていた。次第では,このような規
制環境の変化が魑劉金融機関のマネジメントコントロール・システムにどのような影響を及ぼした
のか,東京三菱銀行米州本部の事例を通じて確認することとする。
4.東京三菱銀行米州本部におけるBSCと戦略的リスクマネジメントの統合の試み
4節では,金融機関の業務の特性や金融機関に対する規麟環境の影響が,戦略管理会計と戦略的
リスクマネジメントの統合をどのように促進したかについて,ケース・スタディによって検討する。
ケースとしては東京三菱銀行米州本部におけるBSCとCOSO内部統麟の枠績みに基づいた戦略
欝このような特徴から.バーゼル葺を「COSOの金議版」と捉える見方もある(桶渡・足懇12倉○鋤。
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澤邊1戦略管理会計と1ナスクマネジメントの議会
的リスクマネジメントの統合をとりあげる韮。このケースをとりあげるの1よ本稿の問題意識との
関連において,企業統治の観点からリスクとリターンを戦略的に統合して管理するシステムの購築
を要請された興味深い事例であるからである。また,管理会計技法の進化という観点から1よそれ
が代表的な戦略管理会計技法であるBSCと戦略的リスクマネジメントを統合しようとしたはじめ
てのケースであり,注欝に値するからである。
(舞 8SC導入の背景
東京三菱銀行米州本部では,2000年後半からBSC導入に向けての取弩緩みを開始し20G2年第
2四半期より運霧を開始している(Yos鼓iぬa麟N3解撤01200鉱K麟麗麗嚢N膿醗120G4や港森沢
飽12GO51懲2頁)。このようなBSC導入の背景には,以下にみるように,米州本部を一部とする東京
三菱銀行全体としての組織改編への対応と,米州本部のおかれた金融規制環境の変化への対応が
あった主2。
イ.東京三菱銀行の組織再編
東京三菱銀行では,2000年7月i欝付けで本部組織を改正し,事業部円鱗を導入することになっ
た(2GGO年3月期中問連結決算短信〉。この全社的な組織再編に対応して,米州本部組織1よトレジャ
リー,グローバル企業部門,投資銀行部門,コーポレートセンターの尋つの部門が,それぞれ騒磯
に東京の本部に報告する構造へと改編された。これは,従来の地域完結型の中央集権的構造か転
グローバルベースの事業部門制の経営方式へと変化したことを意味していた。
その一方で,銀行監督当局へ対応する地域的単位としての役割は米州本部に残されたままであっ
た。この結果米州本部は,監督当局への地域軸と事業部門軸から構成されるマトリックス型の経
営管理体鵠となった(森沢飽12GO51M2頁)。
また,ig97年頃より米州本部では次長ポジシ曇ンまでの幹部に現地採用スタッフを登用するこ
とになり,露本から振遣されている2割の行員と現地行員の問での戦略の共有を明示的にはかる必
要性が,それまで以上に高まった。
口.金融規舗環境の変化
BSC導入の背景として,緩織改編と同等以上に重要であったのが,珍90年代の金融規翻環境の
変化である。米州本部にとって.銀行監督当局であるF費Blよ特別なステークホルダーであった。
FRBによれば,i囎0年代に銀行監督は,リスクに焦点を合わせ,内部管理体翻を重視する方向へ
ii需藤に纏る躍の翻撫こついては,韻㈱雛参勤こと諒た譲蓄テ経獣縛る蹴の編実
態については谷守120§51を参照のこと。
鷺このF盆βの整理が,2簸で確認した銀行業における企業統治漂則および国際銀行規麟の動向と合致しているこ
とは明らかであろう。F貧Bl欝欝1韓癒によれば.銀行監督は欝欝年代に「(量!リスクを認識・灘定・監視・綾
麟するための綴織内部における方舞やプ讐セスのさらなる重視,(lil銀行機関の主要事業活動とリスクに対し
てさらにはっきむと焦点を合わせること.(鐵/継続的に財務的な勤向を監視する技術の改善 (董v)健全な銀
行実務摂行や銀行法規の遵守を確認するのに十分なテストの実施,(v/厳選され費絹録効果に優れた負担の少
ない監督技術の導入運へと変化してきた。
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商 学 論 集
第76巻第2号
と変化してきた(FR鱗欝991翼r.5)。
内部管理体麟に焦点を合わせた監督は,「大規模で複雑な金融綴織(LCBOIL鍵ge co鶏plex
b懸k主筋g org鐙iz3重油s〉]i3に対する監督の枠緩みにも確認することができる。すなわち,欝97年に
FRBから公表された「リスクに焦点を合わせたLCBO監督の枠緩み」では,①銀行組織と金融シ
ステム一般に対して大きなリスクとなる営業活動および②銀行組織においてリスクを認識灘定・
監視・統翻するマネジメント・システムの評価,が監督上の主要課題として述べられている
(FR残漁971β継.2〉。銀行の健全性評価の焦点が,自己資本比率のような財務数値から,財務数値が
反映すべき経営活動を管理するマネジメント・システムヘと移動したことがここから確認できる。
監督実務においても重要な変化があった。FRBによる検査は,従来の銀行響彗に分化した検査チー
ムから,機能別に専門牲を有する「検査モジュール」騎に分化した検査チームによるものへと変化
した。すなわち.貸出ポートフォリオ分析.トレジャリー業務 トレーディング・資本市場業務
内部統麟と監査といった専門の機能尉分野ごとに闘発されたr検査モジューづ碍によって,検査目
的や検査手続きが設定され専門チームによる検査が実施されるようになったのである(FRBli囎71韓L7)。
機能別に分化した検査チームと,従来の銀行別に分化した検査チームとでは,銀行に対する知識
が質量ともに異なる。機能別検査チームは懸購銀行に関する知識はそれほど高くないが,モジュ一一
ル分野の専門知識には秀でることになる。検査される灘の銀行にとって,検査モジュールの導入は,
騒窮銀行の事情に精通しているわけではない,しかも複数の検査チームに対して,自行の固有の事
情を理解してもらう必要性が高まったことを意昧していた。
とくに邦銀の場合に問題となったのが,ミッシ欝ン,ヴィジ欝ン,戦略といった企業統治の根幹
に関わる基本的な考え方が暗黙的な了解にとどまっていたことであった。銀行監督当局は金融シス
テムの健全性維持の観点から銀行の戦略的リスクマネジメント能力を評極ずる立場にある。リスク
は経営目的を達成しようとする営為,すなわち戦略実行過程において生じるものである。このよう
な立場からすると,戦略的リスクマネジメント能力を評価する前提は,当該銀行がどのような戦略
をどのような仕組みによって実行しているのかという企業統治に関する情報である。ところが,東
京三菱銀行米州本部においても戦略的リスクマネジメントを評価する前提たるミッシ欝ン,ヴィ
ジ葺ン,戦略が十分に明示化されていたわけではなかった(Yos盤1ぬ謹6N3g蹴G1200鋤。そこで,
戦略を可視化するツールとしてBSCの導入がはかられたわけである。
(2)BSCによる企業統治の改善
前節で明らかにしたように,東京三菱銀行米州本部におけるBSCの導入は,東京三菱銀行内部
の組織再編と玉990年代の金融環境変化を背景として進められた。そこで問題となったのは,複雑
な綴織構造において,共通の目標にむかっての協働をいかに促進するかという課題であった。
BSC導入に際し,当時の米州本部では,次のような7つの主要課題が意識されていた(Yos類δa
錨δNa劉搬G1200鉱南雲12005農15頁〉。
慧LCBOとは,「広範な商品・サービスを扱い騙広く活動し,複数の監督範麟にまたがって営業活動を春う,連
結総資産額が鐙億ドル以上の,機能的経営権造を持った金磁機縫蓬をいう (FR翼i鱒7塾凝姶。
一i68一
澤蓬1戦略管理会計とリスクマネジメントの融合
① 田本から派遣された行員と現地行員との問の異文化コミュニケーション
②米州本部に4つの部門が所属しながらそれぞれ個尉に東京へのレポーティングラインをもつ
複雑な緯織構造
④⑤⑥⑦
③米州本部による中央集権主義と拠点における現場主義のバランスという権限配分問題
部門問の方向性の不一致
間接部門の効率性
組織闘の精報連携の問題
結果責任を問う仕組みの改善
このようにBSC導入時に米州本部において認識されていた課題は,コミュニケーシ葺ンに関わ
る問題であった。派遣行員と現地行員との闘,部門問,本部と現場の問,間接部門と現業部門との
間でコミュニケーシ葺ンを円滑化することが課題として認識されたのである。コミュニケーション
問題の解決に寄与することがBSCに期待された大きな役割であった㌦
上記の課題に対症療法的に魑別対応するのではなく,システマチックに解決するための手段とし
て,BSCには次の5点の改善に貢献することが期待された。これらの改善は,米州本部にとって企
業統治の改善を意味していた(Yos睡3罎δN3g縫欝1200鉱南雲12005段17頁)。
①経織の全階層における戦略の明確化
②戦略的リスクマネジメントの枠縛みとBSCの統合
③定量的尺度に基づく業績灘定によるアカウンタビリティと纏織問鶴岡の促進
④緩織内外との戦略コミュニケーション能力の向上
⑤業績評緬と報酬とのリンク
戦略を明確化することを起点として,戦略実行能力と戦略的リスクマネジメント能力をともに高
めることによって企業統治を強化すること,これがBSC導入のヴィジョンであった。
東京三菱銀行米州本部のケースにおいて,BSCが企業統治の改善に貢献する第iの理由は,それ
が戦略を可視化し,BSCによって可視化された戦略にそって績織内部だけでなく外部とのコミュ
ニケーションも円滑化することが期待されたからであった。銀行の健全性を重視するステークホル
ダーとのコミュニケーションを円滑化するために,企業統治の観点から戦略の明確化をはかること,
そのうえで戦略テーマのiつとして内部統麟の強化による戦略的リスクマネジメントの高度化をは
かること,これが東京三菱銀行米州本部におけるBSCに期待されたことであった。内部統制の強
化による戦略的リスクマネジメントは,客観的なリスクというよりは戦略遂行上の障害に焦点を合
わせた戦略的リスクマネジメントなのであった。
慧BSCが米州本部において定着した重要な要霧は,トップに対する定鞘報告が登SCをフォーマットとして行われ
たことにある.(インタビュー,2倉05年2欝22猛)。
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商 学 論 集
(3/ BSCとリスクマネジメントの統合
東京三菱銀行米州本部のBSCの特徴は,BSCにCoSGベースの戦略的リスクマネジメントが組
み込まれたことにある(南雲120偽鋤。トップダウン的な戦略管理プロセスをとるBSCと,ボトム
アップ型のCOSOベースの戦略的リスクマネジメントプロセスを補完的に親み合わせることで,米
州本部のBSCは戦略実行と戦略的リスクマネジメントを統合させようとした(森沢飽120051聾4榊i妬
頁)。そうすることでBSCの実効性を高めようとする工夫は,この事例における最も翻造的な点で
ある(K㌶13簸議δN鍵to媛20G4睡.23〉。
東京三菱銀行米州本部におけるBSCと戦略的リスクマネジメントの統合は入れ子穣造になって
いる。まず,BSCの戦略テーマのiつである戦略的リスクマネジメントの高度化(内部統鋼の強化)
をみてみよう。東京三菱銀行米州本部のケースにおいて,BSCの戦略テーマとしての戦略的リスク
マネジメントの高度化は,収益拡大や生産性向上といった飽の戦略テーマとともにBSCにおける
戦略マップを構成する柱となっている。戦略テーマとしての戦略的リスクマネジメントの高度化の
中心に,COSOのCSA(Co鍵yolSe翌{Assεs猛雛t)は位置付けられている。CSAとは後述のように
従業員一人ひとりによって行われる戦略遂行上の障害に対する評懸・対応・報告活動のことである。
表壌戦略テーマとしての内部統鱗の強化
視点
財務
顧客
指標
戦略目標
ア一二ング・ボラテ君ナテイの最小化
監督当局検査にて良好な成績
vロセス
学習と成長
当局検査結果
E外部監査結果
E外部監査にて良好な成績
内部監査結果
内部監査にて良好な成績
内部
・RAROC (欝磁A{墨舞s総(墨Re雛r簸(搬C凝}1籔1)
ECSAによる能動的なリスク管理の実施
ECSAによる問題点の自発的な発見比率
竭闢_の解消率
リスク管理教育の強化
リスク管理醗修の受講率
潟Xク管理インフラの強化
潟Xク管理ツールのアップデート
出所南雲12倉03163頁
表iは,戦略テーマとしての戦略的リスクマネジメントの高度化あるいは内部統麟の強化がBSC
のフォーマットに収まる様子を示している。学習と成長の視点ではリスクマネジメント教育やイン
フラの強化が目標として設定され,それぞれに応じた指標が利罵される。同様に,内部プ冒セスの
視点から顧客の視点を順次経て最終的には財務の視点へと繋がるそれぞれの段階において.戦略目
標と指標が設定されることが示されている。
ここで,財務の視点において戦略目標としてア一二ング・ボラティリティの最小化が例示され,
指標としてはRAROCを利署することが示されている。RAROCを購いたリスク管理は,客観的に
灘定可能なリスクを対象としている。財務指標に基づく戦略とリスクの管理はBSCにおいては重
要であるが,全体のなかの一部となっていることが確認できる。
次に,BSCを補完するプロセスとしての戦略的リスクマネジメントをみてみよう。東京三菱銀
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澤邊1戦略管理会計とリスクマネジメントの融合
行米州本部においてBSCは,トップダウンの戦略を綴織末端まで浸透させる仕緩みとして機能した。
このトップダウンの戦略を実行していくのは現場であり,戦略を実行し目標を実現する過程におい
て目標達成への障害に最も早く気づくことができるのも現場である。このような考え方を出発点と
して,現場レベルでの障害対応と現場からの障害情報の伝達を促進する仕緩みが,COSOの内部統
麟の統合的枠緩みにおいて提唱されたCSAである。
CSAでは,各部署が現場レベルでの戦略遂行プロセスにおいて障害とそのコント賑一ル状況を
評価する。現場レベルで組織構成員自らが,戦略目的と照らし合わせて障害を早期に認識し是正
措置を講じることができる場合は即座に現場において講じ,そうでない場合は問題の所在を上位管
理者にレポートし,上位において対応策がとられるとともに綴織全体での障害の共有化が行われる
ことになる。このような現場レベルでの障害の発見・対応と,上位へのフィードバックによって,
CSAではボトムアップ型の戦略的リスクマネジメントが行われることになる。
図6BSCとCSAのダブルループフィードバック・ループ
戦略妥当性
戦略の浸透 検証’見直し
cO欝峯}(〉盤艶
戦略妥当性詳細・
創発戦略椿報報告
gu
戦略遂行行動
の検証・見直し
磁v.
戦略の浸透
戦略遂行時
現場精報報告
図6はYos鼓室ぬa綴N鰓嚢搬。(12003塾.i5)を参考に,シングルループフィードバックとダブルルー
プ・フィードバックを明確に区劃するために説明を加えたものである。図6では,トップダウンに
よる戦略の浸透と対になったボトムアップによる戦略遂行時に認識される障害のフィードバックが
図示されている。戦略の浸透を可能にするのがBSCであり,戦略の障害のフィードバックを可能に
するのがCSAである、
図6の下半分のループは,戦略の下位浸透と戦略遂行結果情報からなるフィードバック・ループ
である。このフィードバック・ループでは,戦略を墨守し,戦略を達成すべく現場での行動を修正
するようにフィードバックが働く。
それに対し,図6の上半分のループは.戦略遂行結果情報によって戦略そのものの見直しをはか
る可能性を認めたフィードバック・ループとなっている。このレベルのフィードバック・ループで
は,戦略は絶対視されるものではなく,その妥当性が検証され,場合によっては戦略の見直しが行
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われる。このように図7は,戦略を所与として行動のみの修正をはかるループと,行動を通じて戦略
そのものの見直しをはかるループからなるダブルループ・フィードバックとなっていることを示し
ている.
ボトムでの戦略遂行状況から得られる情報は,戦略遂行に伴って逐次的に認識される機会と障害
に関する構報だけでなく,それらの機会や障害に現場がどのように対処し,その結果どのような成
果が得られているかという対応情報が含められている。後者は,現場における創発的な成果に関す
る情報であり,それが全社的な戦略の見直しにフィードバックされる場合,創発戦略に結び付くも
のとなる。この意味で,BSCとCSAによって形成されるダブルループ・フィードバックは,秘発
戦略につながるボトムアップでの戦略形成を射程に納めている(南雲12003難頁)。
戦略の可視化を実現するためにBSCが和綴されたことからわかるように,東京三菱銀行米州本
部のケースにおける「戦略」概念はわれわれの定義した基本爾語と一致しており,そこで扱われて
いる期間は不可逆的な時間を扱う長期である。BSCのなかで結果指標となる財務の観点において,
RAROCのようなRAPM(Risk Aδ1縫st磁Per{or鐙鍬。ε醐cs裂e〉による統合リスク管理手法によっ
てわれわれの定義と合致するリスクが扱われている。リスクは可逆的な時間である短期において管
理されているのである。
このように,東京三菱銀行米州本部のケースでは,RAPM統合リスクマネジメントをBSCの財
務の視点において包含し,さらにCOSOベースでの内部統翻と入れ子構造の関係を形成することで,
リスクと戦略依存的な障害の双方に対応しつつ,トップダウンの意図された戦略の浸透とボトム
アップの創発戦略の問の循環を確立しようと試みているといえる。
5、おわりに
透明性それ自体は,透明性が確保された後に見えるものについて言及してはいない。したがって
透明性の向上によって企業統治の改善がはかられるという論理が成立するためには,透明な境界面
の向こう灘で企業統治によって健全経営が実現されている姿がみえなければならない。つまり,企
業統治の次元から企業経営が可視化される必要があるのである。何がみえて侮がみえないかは,企
業経営プロセスをどのようにみるかという管理会計をはじめとするマネジメント・システムのあり
ようによって左右される。
企業統治をめぐるさまざまな論争は,多様なステークホルダーの存在を反映している。企業統治
における管理会計技法の主要な役割は,リターンの追求という事業のパフォーマンスと,社会的存
在としてのあるべき姿というコンフォーマンスをバランスさせることにある。企業統治の観点から
するとRAP凝による統合リスクマネジメントは,金融機関の開かれた社会に対する説明として十
分ではない可能性がある。RAPMによる統合リスクマネジメントは,結果としてのパフォーマン
スを示す遅行指標にもっぱら依存しており,どのように目標となるRAPMを達成するかは権限を
委譲された現場レベルでの裁量にゆだねられている。これは事業部翻緯織における戦略管理会計と
同じである。どのような方法で成果を申すかについては,分権化された単位で考え行動し,その成
果のみが問われるのが,遅行指標に基づく管理の原則である。プロセスは評価の対象ではなく,し
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澤蓬1戦略管理会計とリスクマネジメントの融合
たがって可視化される必要もない。瞬様に,RAPMによる統合リスク管理の場合も,RAP麓であ
らわされる成果がどのような戦略やリスクマネジメントのプロセスを通じて達成されたかについて
は,十分可視化されない。しかし.コンフォーマンス次元を考慮した統治の観点からすると,結果
指標だけでなく,それが生み出されてくるプロセスが適切に進展しているということも重要であ甑
それにRAPMによる統合リスク管理のみで応えることは難しい。
BSCは,戦略目標を明示的に示し,ヴィジョンを実現するプロセスを因果関係として,また指
標問の関係として表現することで,透明性の向上による企業統治の改善という論理に現実性を与え
ることができる。戦略を現状と将来のヴィジ蓑ンとを結び付ける道筋だと理解するならば戦略と
は自らのコミットメントを包含した主観的期待であり,戦略を示すBSCは主観的期待の表現に他
ならない。
BSCと戦略的リスクマネジメントが結び付いたことは,将来に対する主観的期待が積極面だけ
でなく消極面もあわせて表現されるようになったことを意味する。COSOベースの戦略的リスクマ
ネジメントにおけるリスクは,経営目的達成に対する潜在的な障害を指すものであった。本来戦
略はそういう消極面を考慮して策定されているべきものであるが,BSCに戦略的リスクマネジメ
ントを組み込むことで積極面と消極悪の両面を明示化できるようになったわけである。
さらに,CSAを介して現場からの戦略遂行上の障害とボトムアップによる機会のフィードバッ
クが実現するならば,意図された戦略と客観的リスクに体現されている事前の合理性への過度の依
存による弊害を小さくすることが期待できる。
客観的に定量化されるべきリスクと戦略依存的に定義される障害は異なる次元からのリスク定義
であり,2つのリスク概念の対象が常に同じであるわけではない。したがって,異なるリスクヘは
異なる対鎚法が必要となる。また,意図された戦略と創発戦略との問には緊張関係があ瓶両者に
整合性がみられたとしてもそれは偶然でしかない。異質なリスクと異質な戦略を同時に扱うことは
緊張をもたらす。この緊張は,事前の合理的計算を現実の経験から問漸なく見直すプロセスを要求
する。これは,古典的なトップダウン型のり一ダーシップのあり方とは相容れず,り一ダ一一には現
実に柔軟に対応しながらも権威を維持するような微妙な舵取りが要求される。また,緯織の成員に
は綴織目標に向けて意図された戦略を遂行しながら,戦略そのものを改善すべく発言していくこと
が求められる。さらに,績織外部のステークホルダーは,BSCによって表現される経営者の主観
的期待を手がかりに,不確実な現実における企業経営の方向性について具体的に検討することがで
きる可能性が高まる。こうして,紛織の内外における相互学習を促すことができるならばBSCと
戦略的リスクマネジメントの統合はリスクとリターンを戦略的より高いレベルでバランスさせるこ
とに貢献すると期待できる。
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