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水溶性有機化合物の誘導体化、 化学分解ガスクロマトグラフィー
●水溶性有機化合物の誘導体化、化学分解ガスクロマトグラフィー 水溶性有機化合物の誘導体化、 化学分解ガスクロマトグラフィー 有機分析化学研究部 吉田 具弘 上田 重実 1.はじめに 分解することで分析する手法を新たに考案した。以下の 項目に沿って、順次、分析例を紹介する。 ︵1︶ 多価アルコール、アミンの塩化ベンゾイル誘導体化 ︵2︶ 低級カルボン酸のDMT-MM誘導体化 ︵3︶ 非イオン界面活性剤の化学分解 2.多価アルコール、アミンの塩化ベンゾイル誘導体化 近年、環境汚染、人体への健康被害が日増しに重要視 多価アルコールのエチレングリコールを例にとり、塩 されてきていることから、工業的に有機溶媒が年々制限 化ベンゾイルとの誘導体化反応を式₁に示す。ヒドロキ されるようになってきており、代替として水を溶剤とす シ基は、アルカリを触媒とし、塩化ベンゾイル(酸クロ る製造工程が多くなってきている。また、それに伴い、 ライド)と脱塩酸縮合(ショッテン・バウマン反応) 排水や河川水などの環境水中の有機化合物の規制も厳し し、疎水性化合物であるエチレングリコール・ビスベン く、これらを分析する場面も増え、正確な定量の必要性 ゾエートとなる。そして、この誘導体化物を、生成と同 がより一層高まっている。分析対象としては、樹脂のモ 時に、疎水性有機溶媒で液々抽出し、GC分析する手順 ノマー、その加水分解物である水溶性の低分子量極性化 である。 合物であるヒドロキシ化合物、アミノ化合物、カルボキ シル化合物などが着目されている。また、添加剤で使用 される界面活性剤も分析対象となっている。 これらを分析する方法としては、イオンクロマトグラ フィー (Ion Chromatography:IC) 、 液体クロマトグラフィー (High Performance Liquid Chromatography:HPLC) 、 液 体 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー / 質 量 分 析 法(Liquid Chromatography:LC/Mass Spectrometry:MS)が中心で あるが、共存する無機塩や有機溶媒が夾雑、妨害し、分析 そのものができないことがある。また、ガスクロマトグラ 式1 エチレングリコールと塩化ベンゾイルの反応 フィー(Gas Chromatography:GC)も利用されているが、 低分子高極性化合物はそのままでGC分析できない場合が 水中のエチレングリコール、プロピレングリコール、 多いため、表1に示すような誘導体化法を用いなければな グリセリン(各5μg/ml)を誘導体化後、GC分析したガ らない。しかし、これらは水、塩の除去が必須であり、非 スクロマトグラム、エチレングリコールの検量線を図1、 常に煩雑な前処理操作を伴うことによるコンタミネーショ 図2に示す。 ン、精度、感度が低下し、分析要求を満たさないケースが 多い。 表1 GC用誘導体化法 0 そこで、GC分析の最たる妨害となっている水、無機 5 20 図1 多価アルコール誘導体化後のガスクロマトグラム 塩の除去なしに、水中の低分子高極性化合物のアミノ 基、ヒドロキシ基、カルボキシル基に疎水基を結合させ、 ベンゾエート誘導体化ピークは、非常にシャープなも 高極性化合物を疎水性化合物に誘導体化し、GC分析可 のとして個々に分離検出されており、有機溶媒や誘導体 能とした手法を開発した。また、そのままでは分子量が 化試薬などの夾雑もない。加えて、多価アルコールその 高いため、GC分析できない非イオン界面活性剤を化学 ものは、分子内炭素の割合が低いために検出感度は低い ・35 東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012) ●水溶性有機化合物の誘導体化、化学分解ガスクロマトグラフィー ピーク面積 R2 = 0.9996 0 10 20 濃度(µg/ml) 30 図2 エチレングリコールの検量線 0 5 10 図3 エタノールアミン誘導体化後のガスクロマトグラム が、この誘導体化反応によって炭化水素が付加され感度 R2 = 0.9999 が向上し、水溶液中で0.2μg/ml程度まで検出可能となっ た。また、定量性も良好であり、検量線の相関係数はい ピーク面積 ずれも0.999以上であった。なお、この誘導体化反応は、 緩衝液などの高濃度の塩が共存していても進行する。 続いて、分子内にアミノ基とヒドロキシ基を両方有す るエタノールアミン類のモノエタノールアミン、ジエタ ノールアミン、トリエタノールアミンに適用した。モノ エタノールアミンと塩化ベンゾイルとの反応を式2に、 0 誘導体化後のガスクロマトグラムを図3に、モノエタノー ルアミンの検量線を図4に示す。 40 80 濃度μg/ml 120 160 図4 モノエタノールアミンの検量線 3.低級カルボン酸のDMT-MM誘導体化 カルボキシル基の誘導体化反応を式3に示す。反応は 二段階で進行する。まず、カルボキシル基がDMT-MM [4-[4,6-ジメトキシ︲1,3,5︲トリアジン︲2︲イル︶︲4︲メ チルモルホリニウムクロライド] 1︶のトリアジノ基に付 加し、水中で比較的安定な活性エステル中間体を形成す 式2 モノエタノールアミンと塩化ベンゾイルの反応式 る。次いで、アミノ基がカルボニル基を攻撃、付加する ことにより、アミドが生成する。このように、高極性官 すべてのヒドロキシ基はベンゾエート、アミノ基はベ 能基がなくなり、アルキル基を導入することで疎水性ア ンズアミドに誘導体化される。ただし、三級アミンは誘 ミド化合物となったカルボン酸を疎水性有機溶媒で液々 導体化されない。そして、多価アルコールと同様に、誘 抽出し、GC分析する。各々10μg/mlのギ酸、酢酸、プ 導体化物のピークは極めてシャープなものとしてGC検 ロピオン酸水溶液にDMT-MM、n-オクチルアミンを加 出され、0.5μg/ml程度まで検出可能であった。検量線 え、誘導体化し、GC分析したガスクロマトグラムを図5 の相関係数も0.999以上であり、定量性も良好であった。 に、ギ酸の検量線を図6に示す。 このように、水や塩の除去なしに、水中のヒドロキシ オクチルアミド化されたカルボン酸は、シャープな 基、アミノ基を直接誘導体化することにより、疎水性官 ピークとして検出されている。そのもの自体ではGC感 能基に変換し、低分子高極性化合物を高感度にGC検出 度が低いギ酸などの低級カルボン酸も高感度に検出され することが可能となった。さらに、この誘導体化法は、 ており、検出下限は0.2μg/ml程度であった。検量線の メルカプト基とも反応するため、チオールの分析にも有 相関係数は0.999以上であり、極めて良好な定量性が得 効である。 られた。 36・東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012) ●水溶性有機化合物の誘導体化、化学分解ガスクロマトグラフィー 4.非イオン界面活性剤の化学分解 非イオン界面活性剤は疎水基と親水基から成り、疎水 基のアルキルフェノール、脂肪族アルコール、親水基の ポリオキシエチレン(POE)がエーテル結合している構 造が一般的である。そして、この化合物をGC分析する ためには、分子内のエーテル結合をすべて開裂し、モノ マー単位まで分解、その生成物を検出する必要がある。 そこで、ヨウ化水素酸によるエーテル分解反応(ツァ イゼル分解)を用いた。エーテル結合がヨウ化水素酸に より切断、ヨウ化アルキルが生成する。このヨウ化アル キルを疎水性有機溶媒で液々抽出、GC分析することに より、エーテル結合型非イオン界面活性剤の分析が可能 となる。例えば、ヘキサデカノールエトキシレートをヨ ウ化水素酸で分解すると、ヘキサデカノール部分はヨウ 化ヘキサデカンに、エトキシレート(POE)部分はヨウ 化エチルとなる。分解反応を式4に示す。 式3 カルボン酸とDMT-MM試薬の反応式 式4 ヨウ化水素酸のエーテル分解反応 非イオン界面活性剤のポリオキシプロピレン・ポリオ キシエチレン(POP-POE)のヨウ化水素酸分解後の抽 図5 カルボン酸誘導体後のガスクロマトグラム 出液のガスクロマトグラムを図7に示す。 ピーク面積 R2 = 0.9998 図7 POP-POEのヨウ化水素酸分解後のガスクロマトグラム 0 10 20 30 濃度μg/ml 40 図6 ギ酸のガスクロマトグラム 疎水基のポリオキシプロピレンの分解物であるヨウ化 プロピル、親水基のポリオキシエチレンの分解物である ヨウ化エチルが検出された。この化合物を基に、元の非 ・37 東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012) ●水溶性有機化合物の誘導体化、化学分解ガスクロマトグラフィー イオン界面活性剤の定性、定量が可能となる。しかし、 ヨウ化水素酸分解法は芳香環も分解させるため、アルキ ない。 そこで、芳香環を分解させずにエーテル結合を開裂さ せる方法として、三臭化ホウ素分解を適用した。ノニ ルフェノールエトキシレートを例に分解反応を式5に示 ピーク面積(a.u.) ルフェノールの場合には疎水基の情報を得ることはでき す。三臭化ホウ素はエーテル結合を開裂させ、 ノニルフェ ノール・ホウ酸エステルと臭化エチレンが生成、さらに 加水分解し、ノニルフェノールとなる。脂肪族アルコー 1 ルエトキシレートの場合、 疎水基は臭化アルキルとなる。 10 102 103 μg 重量(µg) 図9 オクチルフェノールエトキシレートの検量線(両対数) このように、LC、LC/MSで分析し難かった疎水基が 不明、親水基のPOE鎖長が不明な非イオン界面活性剤で あっても、これら分解法を適用することにより、定性、 定量分析が可能となった。 5.おわりに 従来、不可能とされてきた水溶液中の低分子高極性化 式5 三臭化ホウ素のエーテル分解反応 合物、非イオン界面活性剤の分析に、誘導体化、化学分 解を利用したGC分析法が有効であることがわかった。 これらの手法は、水溶液中の悪臭成分であるアミンやチ オールの極微量分析やポリマーの酸、アルカリ分解、溶 出試験等、様々な分野にも適用でき、今後も誘導体化、 化学分解GC法を用いて、お客様の分析ニーズに応えて いけるよう、技術の向上を図っていく所存である。 Time( 図8 ) イオン界面活性剤の三臭化ホウ素分解のガスクロ 非 マトグラム オクチルフェノール・エトキシレート、ノニルフェノー ル・エトキシレート、ヘキサデカノール・エトキシレー トを分解した後のガスクロマトグラムを図8に、オクチ ルフェノールエトキシレートの検量線(両対数)を図9 に示す。オクチルフェノール、ノニルフェノール、臭化 6.参考文献 1)M. Kunishima, C. Kawachi, K. Hioki, K. Terao, S. Tani, Tetrahedron, 57, 1551(2001︶ ■吉田 具弘(よしだ ともひろ) 有機分析化学研究部 有機分析化学 第2研究室 研究員 略歴:各種材料のGC、GC/MS分析に従事 趣味:鉄道旅行 ヘキサデカンが検出されたことから、容易に疎水基の情 報が得られた。検出下限は約1μgであった。また、検量 線の相関係数が0.998以上の高い定量性も得られた。 ■上田 重実(うえだ しげみ) 有機分析化学研究部 有機分析化学第2研究室 主任 研究員 略歴:各種材料のGC、GC/MS分析に従事 趣味:料理 38・東レリサーチセンター The TRC News No.115(May.2012)