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(6)電池構成各材料の定量分析
●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析 表1 主成分および微量成分の無機分析手法 [特集]リチウムイオン電池 (6)電池構成各材料の定量分析 有機分析化学研究部 森脇 博文 無機分析化学研究部 溝口 康彦 手法 ICP-AES, AAS (%~ppm) 1.はじめに 車などの輸送電源として、長寿命、高容量化を目指し、 負極合剤 電極材料の研究開発が進められている。LIBは正極、負 活物質 (Co, Ni, Mn, Fe, Li) 電解質 (B, P) 活物質 (Ti, Sn 他) 電解質 (Li, B, P) バインダ (Na) 極、セパレータ、電解液から構成されており、性能を最 大限に発揮するには、これらの材料の組み合わせ、使用 量をうまく調整しなければならない。本稿では、正極合 IC (%~ppm) - - - - 正極・負極活 物質、集電体 からの溶出 (Co, Ni, Mn, Fe, Ti, Sn, Al, Cu 他) 電解質 (F - , PF 6 - , BF4 - 他) 材料 正極合剤 リチウムイオン電池(LIB)は携帯端末から電気自動 ICP-MS (ppm~ppb) 電解液 (セパレータ) 剤(活物質、導電助剤、バインダ)の構成材料に関する 定量的な評価、および、劣化評価の指標として挙げられ 電解質 (Li, B, P) る正極活物質から析出される遷移金属の溶出量に関し て、無機分析的な手法を中心に、事例も交えて紹介する。 ず、活物質の構成元素を同定するには、バルク的な手 法として蛍光X線分析法(XRF)が、ミクロ的な手法と してSEM-EDX、EPMAが用いられる。同定された構成 2.LIBの構成材料分析 元素の組成を求めるには、正極板から合剤を剥離し、 2.1 電極合剤量の計測 (ICP-AES)や原子吸光分析法(AAS)による定量分 電極板は活物質の容量(mAh/g) 、セルのAh容量と 析を行う。このような化学分析の最大の特長は、標準試 所要の電極面積に基づいて、正極と負極の目付量(mg/ 料を用いた確度の高い定量結果が得られることである。 酸で湿式分解して溶液化したのち、ICP発光分光分析法 cm )が決まる 。セル内の正極板、負極板の合剤の目付 スマートフォン搭載のポリマー電池について、実際に 量を調べるには、数cm角の切片の面積あたりの質量から 分析を行った事例を紹介する。前述の分析の流れのよう 算出する。なお、市販LIBの電極合剤の目付量は、正極 に、解体して取り出した正極合剤についてはXRF、正極 2 1︶ では40~60 mg/cm 、負極では20~40 mg/cm (両面)程 合剤層の断面についてはSEM-EDX測定を行った。図1 度である。 にSEM-EDXによるCo, Oの元素マッピング像を示す。 電極合剤の総塗工量は目付量、塗工面積から算出す XRF, SEM-EDXの結果から、正極合剤層よりCo, Oが検 る。また、電極合剤層の厚みは、断面出し加工した電極 出された。さらにICP-AES, AASよりCo, Liを定量し、 2 2 のSEM観察などで計測する。 正極合剤中の活物質量を定量した。表2に示した構成元 素の総量より、正極合剤中の活物質量は96質量%と推定 2.2 各構成材料の化学分析 された。 LIBの各構成材料について、その組成分析や劣化評価 には、化学分析が有効である。表1に、そのような分析 3.2 正極合剤中の導電助剤の定量分析 に用いられる主な分析手法をまとめた。これらの手法の 正極活物質の多くは、十分な導電性を有していないた 実際の適用事例については、3章および₄章で紹介する。 め、微細粒子で導電性に優れているアセチレンブラッ ク、ケッチェンブラックなどの炭素材料が導電助剤とし 3.正極合剤の組成分析 3.1 正極活物質の組成分析とその事例 従来、正極活物質として、主にLiCoO2やLiMn2O4が使 われてきたが、低コスト化や環境負荷低減、電気特性の 改善などの観点から、LiFePO4 やLi︵Ni1/3Co1/3Mn1/3︶O2 などの新規材料が開発されている2︶。 これら活物質材料の組成分析の流れを説明する。ま 28・東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013) 図1 SEM-EDXによる正極活物質の組成分析 ●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析 表2 化学分析による正極活物質の組成分析 元素 Li Co O 分析値 (質量%) 6.61 58.1 31.7 c) 原子量 d) 6.941 58.93 16.00 mol 比 a) 0.952 0.986 1.97 b) a) 分析値/原子量より計算 b) LiCoO2 とし、Co×2 より計算 c) 酸素の mol 比×原子量からの推定値 d) 日本化学会 原子量専門委員会作成の「4 桁の原 子量表(2012)」に基づく 負極、電解液、およびセパレータに対して、この遷移 金属析出量をICP-AES、ICP質量分析法(ICP-MS)に より評価すると、劣化の指標のひとつにすることができ る。実際に高温、高電位環境にて耐久試験したLIBの負 極およびセパレータについて評価した例を示す。 正極活物質にLiCoO2、負極にグラファイトを用いた LIBについて、電位差;4.3V、温度条件;室温、40℃ , 50℃ , 70℃、保持時間;72時間で耐久試験を実施した。 これを解体して負極合剤およびセパレータを取り出し、 酸 で 湿 式 分 解 し て 溶 液 化 し た の ち、ICP-AESお よ び ICP-MSによる測定を行った。分析結果を図3に示す。 Li, Pは40℃付近から、Coは50℃付近から濃度が増加し て添加されている。市販LIBの正極合剤層のSEM観察結 ており、正極由来のCoや電解質由来のPが負極やセパ 果を図2に示す。この結果から、活物質粒子どうしの隙 間にバインダと導電助剤が混在した状態で入り込んでい 負極 る様子がわかる。 Li濃度(質量%) 1.6 セハ ゚レータ 1.2 0.8 Li 0.4 0 20 30 40 50 60 70 50 60 70 負極 セハ ゚レータ 図2 正極合剤層の断面SEM写真 この導電助剤を定量するには、CHN元素同時分析で 炭素量を求め、バインダ量に相当する炭素量を差し引い Co濃度(質量%) 0.3 て計算する。市販LIB正極のバインダにはPVDF(Poly 0.2 Co 0.1 Vinylidene Difluoride)などのフッ素系バインダが用い られており、この場合は燃焼イオンクロマトグラフィー 0 (燃焼-IC)からバインダ量を求め、それに相当する炭 20 素量を計算に用いる。図2で示した正極合剤中の導電助 30 40 負極 0.8 剤量は1.7 質量%であった。 セハ ゚レータ ることで、導電助剤の結晶性、合剤層内での分布に関す る情報が得られ、LIB正極での導電性の良否や導電パス に関する知見を得るのに有効である 3︶。 4.劣化評価に関する定量分析 LIBでは充放電反応を繰り返すことに伴い、正極活物 質表面の構造変化が起こり、遷移金属が析出し、セパレー タ、電解液、負極へ溶出する。 P濃度(質量%) その他、導電助剤に関して、ラマン分光分析を実施す 0.6 P 0.4 0.2 0 20 30 40 50 60 試験温度(℃) 70 図3 負極、セパレータ中の各元素の定量分析結果 ・29 東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013) ●[特集]リチウムイオン電池(6)電池構成各材料の定量分析 0.18 セパレータ 負極 正極 電解液中のF - 濃度(質量%) 電解液 Co Li Li 0.12 Co HFの生成 0.06 P FP PF6- 0.00 20 30 40 50 60 試験温度(℃) 70 電解液分解生成物 図5 高温劣化時のイメージ 図4 電解液中のF-定量分析結果 レータに移動していることが確認された。 性、低コスト化に向け、理想的なLIBが開発されていく 別途イオンクロマトグラフィー(IC)により電解液中 ことが期待される。我々は、構成材料の組成分析技術、 - のF を定量した結果を図4に示す。試験を行ったLIBで ならびに劣化分析技術を充実させ、LIB開発に関わって は40℃以上で急激にPF6-の分解が進み、HFが生成され いるお客様にとって有意義な評価技術サービスを積極的 ることがわかった。 に提案していきたいと考えている。 LIBセル内部では、温度上昇に伴い下記の反応が進行 したと推察される4︶。 6.参考文献 電解質の分解:LiPF6+H2O→LiF+POF3+2HF 正極活物質の構造変化:3CoO2→Co3O4+O2 1)菅原秀一, 工業材料, vol.58︵12︶, p.62︵2010). 2)山木準一, THE TRC NEWS, 109, 1︵2010). このような電解質の分解生成や、正極活物質の構造変 3)青木靖仁, THE TRC NEWS, 112, 26︵2011). 化に伴い、負極にLi, P, Coが蓄積したと考えられる(図 4)佐 藤 登, 境 哲 男, 自 動 車 用 大 容 量 二 次 電 池 の 開 発, 5) 。 p.138. ■森脇 博文(もりわき ひろふみ) 5.まとめ 本稿では、LIBの正極合剤の組成、正極遷移金属の析 有機分析化学研究部 有機分析化学第1研究室 主任研究員 趣味:サッカー観戦、お笑い 出に伴う、周辺材料への溶出量に関する分析を無機分析 的なアプローチを中心に紹介した。LIBは二次電池の中 で高エネルギー密度の利点を活かして主に携帯情報端末 などの電源として大きく発展してきた。今後、 ハイブリッ ド車や電動車両などの輸送、電力貯蔵用途など様々な分 野で、LIBは更なる高エネルギー密度、長寿命、高安全 30・東レリサーチセンター The TRC News No.117(Sep.2013) ■溝口 康彦(みぞぐち やすひこ) 無機分析化学研究部 無機分析化学第1研究室 研究員 趣味:旅行