...

Ⅰ-3:ラマン分光分析を用いた ポリマーの応力評価

by user

on
Category: Documents
19

views

Report

Comments

Transcript

Ⅰ-3:ラマン分光分析を用いた ポリマーの応力評価
[特集]TRCポスターセッション2014
Ⅰ-3:ラマン分光分析を用いた
ポリマーの応力評価
構造化学研究部 村上 昌孝
Intensity (a. u.)
●Ⅰ-3:ラマン分光分析を用いたポリマーの応力評価
圧縮応力
引張応力
無応力
1620
1600
1580
-1
Raman Shift (cm )
図2 PCのC=C伸縮バンドと歪みによるピーク
1.はじめに
顕微ラマン分光法は数µmオーダーの局所応力を解析
図3は引張歪みを連続的に変化させたときのピーク波
する手法として、半導体やセラミックスの応力解析に用
数シフトであり、本成形品におけるラマンのピークシフ
。一方、ポリマー材料に対しては、構造の多
トと歪みとの関係を示している。歪みが1%以内の範囲で
様性(結晶、非晶、中間構造、配向)や塑性変形による
は、歪みとシフトの関係は無応力から線形相関となり、
いられる
1,2︶
応力緩和などの要因により、解析が困難となり、その適
さらに、可逆的な再現性を示すことから、弾性変形が生
用例も少ない3︶。
じていると判断できる。一方、非線形性が認められる、
本分析では、ラマンによるポリマーの応力解析の精度
1%を超える歪み領域では、塑性変形が生じていると考え
や応力分布解析への適用性を明確化することを目的とし
られる。弾性領域での歪みεとシフトΔνの関係は、
て、ポリカーボネートを対象にした応力解析を実施し
ε︵%︶=4.76×Δν︵cm︲1︶︵1式︶
た。加えて、応力緩和を構造変化として捉えるべく、応
となる。スペクトルとフィッティングの精度から波数精
力緩和前後の配向解析を行った。
度は0.05cm︲1となることから、ラマンシフトによる応力・
歪みの検出下限は以下のように見積もられた。
一軸応力:5.3MPa(弾性率2.3GPaとして算出)
2.ラマンスペクトルと応力の関係
歪み:0.23%
これらの関係は今回分析した成形品に関するものとな
分析試料はポリカーボネート(PC)の押出成形板(厚
るが、同様の検討を行うことにより、対象とする材料の
み2mm)である(図1)
。ラマンスペクトルと応力との関
応力解析精度を判断することが可能である。
係を確認するために、4点曲げによる外部歪みを負荷し、
成形板表面の歪みを歪みゲージで計測するとともに、顕
る。分子鎖に歪みが生じると、原子間距離が変化するた
めに、結合力や電子状態が変化し、それらを反映してラ
マンバンドのピーク位置が変化する。一般的に、引張歪
みでは低波数側へ、圧縮歪みでは高波数側へのシフトが
観測される。図2でも応力状態に相関したピーク波数の
シフトが認められることから、応力解析が可能であると
判断できる。格子定数が一様となる結晶系では、ラマン
のピークシフトと応力とは理論的に関係付けられ、結晶
-1
図2はPCの芳香環C=C伸縮振動のラマンバンドであ
Peak Shift (cm )
微ラマン測定により表面のラマンスペクトルを取得した。
0.1
0
-0.1
-0.2
-0.3
-0.4
0
0.5
1
1.5
2
Tensile Strain ε (% )
図3 歪みとピークシフトの関係
方位なども考慮した定量解析が可能である 2︶。一方で、
ポリマー系では材料ごとに分子構造が異なるために、そ
れらを相関付ける検量線が必要となる。
歪み計測
(歪みゲージ)
Objective Lens
Laser beam
532 nm
PC押出成形板
(厚さ 2 mm)
図1 4点曲げ試験と測定配置図
3.応力分布解析への適用性
ラマンによるPCの応力解析が可能であることが確認
されたことから、分布解析への適用性を検討した。
図1と同様、4点曲げによる外部歪みを負荷し、図4に
示すように、
成形板の側面の赤枠領域(0.2×2mm)のマッ
ピング測定を行った。レーザースポットサイズ(空間分
解能)
は5µmとした。得られたピークシフト分布を(1式)
を用いて歪みに換算し、図5に示した。
①歪み負荷前では、歪みはゼロであり、全面に均一と
・15
東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)
●Ⅰ-3:ラマン分光分析を用いたポリマーの応力評価
①歪みなし
引張歪み
②歪み付与
①歪み無し
1.26
90
測定領域
0.2×2 mm
90°
圧縮歪み
③歪み解放
60
偏光角度
④アニールによる応力緩和
130 ℃ 20 min.
120
150
30
表面側
0°
成形軸方向
0
180
330
300
210
240
270
90
中央
60
図4 応力分布測定条件と領域(成形品側面0.2×2mm)
180
210
240
270
裏面側
90
60
150
0
2 mm
ε/%
0.0
-0.5
-1.0
圧縮歪み
図5 応力(歪み)分布
(図4赤枠内 0.2×2mm、レーザースポットサイズ5µm)
210
240
0
180
210
300
240
270
180
90
60
120
30
1.66
150
0
180
330
210
300
240
270
1.53
330
0.5
330
300
90
120
30
①歪みなし ②歪み付与 ③歪み解放 ④アニール
引張歪み
(σ= 23 MPa)
1.0
120
150
270
0
330
300
60
30
1.63
120
150
30
④アニール後
90
1.70
2.03
60
120
150
330
300
210
240
30
0
180
270
図6 C-CH3伸縮バンド強度の偏光角依存性(配向と相関)
アニール前後について表面、中央、裏面側を測定。
プ ロット右上の数字は配向の程度を示すパラメー
ター。黒字は0°方向、赤字は90°方向へ配向している
ことを示す。
存性である。測定は表面、中央、裏面側について実施し
た。①歪み無しでは0、90°方向の信号強度が強く、いず
れの箇所も成形軸方向(0°
)に配向していると判断でき
る。また、表面側の配向度が僅かに低い。④アニール後
では、表面側は0°
方向への配向が増大、中央は変化無し、
裏面側は90°方向へ配向が増大する結果を得た。表面側
なる。②4点曲げによる歪み負荷により、表裏面でそれ
では0°方向へ引張応力が作用しており、熱により分子鎖
ぞれ、約1%の引張、圧縮歪みが検出され、中央部ではほ
の運動性が増大し、引張方向に分子鎖が配向することに
ぼゼロとなった。③歪みを開放すると断面の歪みも開放
より、応力が緩和したと考えられる。一方、裏面側では
され、①の状態に戻る。これらの結果から、応力の分布
圧縮応力が作用しており、ポアソン比に従って90°方向
状態をµmオーダーの空間分解能で検出可能であることが
への引張となるため、その方向へ分子鎖が再配列したと
示された。
判断できる。
4.応力と構造変化の関係
となり、応力の履歴を構造変化から考察できることを示
この結果は、配向の変化から応力緩和を観測したこと
唆している。
図4、5に示す、②歪み付与の状態で130℃、20分の熱
アニールを行い、同箇所の応力分布を測定したところ、
ほぼ完全に応力が開放されている様子が確認された(図
5.まとめ
5 ④)
。熱により分子鎖の自由度が増大し、再配列によ
り応力が開放されたと推測される。このような分子鎖の
ラマンによるPCの応力解析を行い、解析精度や分布
挙動を直接確認するために、成形品側面の配向解析を
分析の適用範囲を明確にした。異種界面などから受ける
行った。
比較的大きな応力に対しては十分な応力検出精度を有
ラマンによる配向解析は偏光を用いて行う。PCの
し、µmオーダーの空間分解能で分布解析が可能である
C-CH3 伸縮振動モードは偏光に対して強い異方性を示
ことが示された。歪みゲージやX線回折などにより、応
す。分子鎖の配向と偏光の方向が、平行および直交する
力の存在が認められた場合、その分布状態や応力集中箇
ときに信号強度が強く、45°傾いた方向で弱なる傾向を
所を解析することが可能である。
示す。無配向の場合は全方位で均一な強度分布が得られ
ポリマーにおいては応力状態と構造の変化が密接に相
る。分極テンソルを反映した複雑な変化であるが、これ
関する。応力分布を考察する場合にも各部位の構造情報
ら信号強度の偏光角依存性から、配向の方向と程度に関
が必須となるため、応力解析と構造解析を併用して行う
する情報が得られる。
ことが重要である。
図6は成形品側面のC-CH3変角振動モードの偏光角依
16・東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)
●Ⅰ-3:ラマン分光分析を用いたポリマーの応力評価
308
(1994︶., E. L. V. Lewis., et al., Polymer. Eng. Sci.,
6.参考文献
1)M. Yoshikawa and N. Nagai., Handbook of Vibrational
Spactroscopy., edited J. M. Chalmers(Wiley,
Chichester)p.2593 (1995)
.
36, 4741(1995).
■村上 昌孝(むらかみ まさたか)
構造化学研究部 第₂研究室 研究員
趣味:アメフト観戦
2)N. Muraki, et al., J. Mater. Sci., 32, 5419 (1997).
3)報告例として, K. Tashiro, et al., Poly. Eng. Sci., 34,
・17
東レリサーチセンター The TRC News No.120(Feb. 2015)
Fly UP