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No.78~名目GDP目標について~政府と日銀の新たな連携に向けて

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No.78~名目GDP目標について~政府と日銀の新たな連携に向けて
景気循環研究所
嶋中雄二の月例景気報告
No.78 2016 年 10 月 13 日
名目GDP目標について
~政府と日銀の新たな連携に向けて~
●名目成長率目標は、ほぼ 2 年で達成
日本では、本来物価の安定を目的とするインフレ目標が、古くからの政治的な誘惑である「調整イン
フレ」(インフレ利得の意図的な発生を目指す政策)と混同される傾向があった。一方で、インフレに
対するアレルギーも、日本社会の中に根強くあり、これらがデフレ脱却を遅らせてきた。そうした中で、
デフレを止めるには、マネーの大量供給で「レジーム・チェンジ」を引き起こすことにより、人々の合
理的期待に働きかけてインフレ期待を一気に高め、実質金利の低下を促すべきだとする、一見、調整イ
ンフレにも似た「リフレ派」の主流の見解が、2012年12月に発足した安倍政権に受け入れられた。13年
1月の政府・日銀の共同声明で2%のインフレ目標が設定されると、同年4月からは、日銀の金融政策に
より速やかに2%のインフレを引き起こすべくマネタリーベースの大量供給が企図された。
しかし、こうして、黒田緩和の下でマネタリーベースの大量供給がなされたにもかかわらず、3年半
が経過しても、消費者物価総合(除く生鮮食品)で見た2%のインフレ目標が達成されなかったことで、
それが不運ともいえる原油価格の急落や新興国経済の失速、消費増税の影響であったにせよ、この政策
を採用した日銀の信認を低下させることに繋がった(図1)。日銀は16年9月20、21日の金融政策決定会
合で「総括的検証」を行い、マネタリーベースを操作目標とすることを撤廃し、「イールドカーブ・コ
ントロール」という名の金利操作目標を構築した。
図 1. 前年比 2%を達成する経路と実際の消費者物価(生鮮食品を除く総合)
(前年比、%)
2.5
2.0
14年1-3月
1.3%
1.5
13年7-9月期
0.7%
0.5
0.3
1.1
0.8
14年7-9月
1.2%
14年10-12月
0.7%
15年1-3月
0.1%
0.0
0.0
-0.1
-0.5
2.0
15年4-6月期に(2年間で)
2%を達成する経路
1.3
0.6
0.1
1.9
1.7
1.5
13年10-12月期
1.1%
1.0
14年4-6月
1.4%
実績
15年4-6月
0.0%
15年10-12月
0.0%
15年7-9月
-0.1%
-0.3
16年4-6月 16年7-8月
-0.4%
-0.5%
-1.0
12.4Q 13.1Q 2Q
16年1-3月
-0.1%
3Q
4Q 14.1Q 2Q
3Q
4Q 15.1Q 2Q
3Q
(注)14年2Q以降は消費税の影響を除くベース。
(資料)総務省資料などをもとに三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
1
4Q 16.1Q 2Q
3Q
(年、四半期)
ところが、名目GDPには消費者物価とは異なる現象が起きていた。13年4月以降の日銀によるマネ
タリーベースを操作目標とする「量的・質的金融緩和」の下で、日本の名目GDP成長率はほぼ2年後
の15年4~9月期(15年度上期)には、前年比2.9%(15年4~6月期同2.2%、同7~9月期同3.6%)となり、
当初の2年間で260兆円程度のマネタリーベースの供給により、適合的期待を伴うために発生する、1年
半のタイムラグを介して、2年後の名目GDPを前年比3%に持っていくことができるとの、マネー量を
重視するリフレ派に近い一部論者が想定した通りの現実が展開されていた(図2)。
136
図 2. 1 年半前のマネタリーベースの後を追う名目GDP
(修正マッカラム・ルールによる推定)
(トレンド=100)
(トレンド=100)
132
118
116
●名目GDP(トレント゛除去後)のマネタリーベース(同、6四半期ラグ)に対する
長期的な弾性値(β)は0.11(推計期間:83年1-3月期~12年10-12月期)
128
114
●必要マネタリーベース増減率(6四半期前)
=名目GDPのトレンド成長率-流通速度のトレンド変動率
+(1/β)×( 名目GDP成長率目標-名目GDPのトレンド成長率)
124
120
112
110
116
108
112
106
名目GDP(四半期、右目盛)
108
104
104
102
100
100
96
98
マネタリーベース
(1年半先行、月次、左目盛)
92
96
88
94
73
75
77
79
81
83
85
87
89
91
93
95
97
99
01
03
05
07
09
11
13
15
17
(年)
(注)マネ タリーベ ース、名 目GDPは 、実額の トレンド を100と して計算 。トレ ント゛は HPフィル ターに より抽出 。
(資料)内閣 府、日 本銀行資 料をも とに三菱UFJモル ガン・ス タンレー 証券景 気循環研 究所作成 。初出 は、嶋中 雄二
「黒田 日銀の マネー拡 大」、 三菱UF J モル ガン・ス タンレー 証券景 気循環研 究所『嶋 中雄二 の月例景 気報告 No.35』
13年3月19日。
そもそも、金融政策は物価だけに影響するわけではないし、財政政策や成長戦略は、実質GDPだけ
に影響するわけでもない。政策目標は基本的に、政策効果が及ぶ範囲全体に設けるべきであろう。また、
金融政策の影響についても、どのくらいの割合が物価に及び、どのくらいの割合が実質GDPに及ぶの
かが、予め明確に決まっているわけではない。それはGDPギャップと、適合的期待に依存する期待イ
ンフレ率の程度によるので、少なくともいきなり貨幣増イコール物価上昇とはならない(M.フリード
マン、「貨幣理論における反革命」《1970年》)。15年前、マネーは短・中期では主として物価ではな
く、名目所得を決定するという考え方から、日本で初めて政府・日銀共同での名目GDP成長率3%の
目標設定が提唱された(嶋中雄二「名目成長率に数値目標、政府日銀共同で」、日本経済新聞『経済教
室』、2001年9月6日)。
●名目成長率目標と名目GDP600 兆円
B.マッカラムの論文「名目GDPターゲティング」(2011年)によると、欧米では、J.ミードが、
1970年代に名目所得目標の考え方を発展させた。 J.ミードは、『理性的急進主義者の経済政策―混
合経済への提言』(1975年)、「国内均衡の意味」(1977年)などで、名目所得(成長率)目標による政
策運営が第1に望まれると主張した。1984年には、R.E.ホールが、「非インフレ的成長のための貨
幣政策」の中で、名目成長率目標は「危機の事前回避」政策であるとする見方を提示した。ホールに
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
2
よれば、この枠組みでは、目標とする名目成長率を実際の成長率が上回れば金融引き締めへ、下回れば
金融緩和を行う。長期的なインフレ目標のみだと、インフレ率が目標値を下回っている間はずっと緩和
を続け、上回っている間は引き締めを続けるので、短期の景気循環を増幅させるリスクがある。これに
対して、名目成長率目標ならば、「政策の行き過ぎ」を早期に修正できるとの考え方であった。1990年
以降は、ホールやG.マンキュー、M.ウッドフォード等が、名目GDP水準ターゲットを提唱してい
る。特にリーマン・ショック後は、経済が持ち直しても、所得水準や経済規模(GDP)が、ショック
以前のトレンドラインに戻っていないことなどから、水準目標の議論が増えている(M.ウッドフォー
ド「低金利下での政策調整の方法」《12年》等、図3)。
図 3. M.Woodford(2012)の名目 GDP とトレンド GDP
(資料)M.Woodford ,"Methods of Policy Accommodation at the Interest-Rate Lower Bound",2012
図 4. 日本の名目 GDP の推移
Log(GDP,10億円)
13.6
リーマン・ショック後に金融危機前の
成長トレント゛に戻った場合の経路
13.5
21.1Q
16.2Q 611兆円
570兆円
13.4
13.3
13.2
505兆円
13.1
13.0
名目GDP
12.9
リーマンショック前までトレンド
12.8
12.7
12.6
85
91
97
03
09
15
(資料)内閣府資料などをもとに三菱UFJ モルガン・スタンレー証券景気循環研究所作成
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
3
21
(年、四半期)
安倍政権は、15年9月、アベノミクス第2ステージの新「3本の矢」として、20年度近辺をめどに「G
DP600兆円」を実現するという事実上の名目GDP目標を設定した。この意味は、リーマン・ショッ
ク後に金融危機前(1997年第3四半期まで)の成長トレンドに復帰していた場合の経路を取り戻すこと
と考えられる(図4)。問題は、この「名目GDP目標600兆円」を達成する具体的な政策手段である。
個々のミクロ的施策の積み上げはあるものの、マクロでは明確に議論されていない。とはいえ、その手
段は、(1)大胆な金融緩和
(2)機動的な財政出動
(3)民間投資を刺激する成長戦略というアベノミクス
の旧「3本の矢」以外には考えにくい。とすれば、日銀にも、政府と連携して、場合によっては新たな
協定を締結して、名目GDPについての目標を共有してもらう必要が出てくる。すなわち、現行の物価
安定目標2%を長期目標として残しつつも、「GDP600兆円経済」を実現する金融的枠組みを作るため
に、政府・日銀の共同目標として、日銀にも別途、20年度近辺に600兆円に到達するような、16~20年
度の5年間における名目GDP成長率目標(本年12月に基準改定等《R&Dの固定資産計上等》がある
ので、数値については大きく変わる可能性があるが、現時点では、例えば3%)の達成の一端を担って
もらう必要があるのではないか(表1、図5、図6)。
表 1. 2016 年末に予定される GDP の改訂による影響
2015年度
名目GDP
SNAの変更で
4%増加した
場合
SNAの変更で
4.5%増加した
場合
500.5
520.6
523.1
兆円
600
600
兆円
2.9
2.8
%
2020年度
600
達成に必要な成長率
年率
3.7
現行ベースでは、R&Dは中間消費として扱われているが、新ベースでは、固
定資産として扱い、産出額の需要先としては、総固定資本形成に計上。
内閣府推計の暫定値では、「2011年の名目GDPは4.2%、19.8兆円押し上げ
られる」とされている。
(資料)内閣府『国民経済計算』、『国民経済計算の平成 23 年基準改定に向けて』(2016 年
9 月 15 日)などをもとに三菱 UFJ モルガン ・スタンレー証券景気循環研究所作成
図 5. 名目GDPの推移
(兆円)
650
20年度下期
600兆円
15年度下期 501.7兆円
→20年度下期 600兆円の場合
年率3.6%成長が必要に
600
550
500
15年度下期
501.7兆円
450
400
350
( 年度半 期)
300
1986
1990
1994
1998
2002
2006
2010
2014
2018
(資料)内閣府資料をもとに三菱 UFJ モルガンスタンレー証券景気循環研究所作成
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
4
図 6. マネタリーベース(平残)の推移
(兆円)
19年度上期
676兆円
1000
20年度下期 名目GDP600兆円 達成には、
19年度上期までにマネタリーベースを
676兆円に拡大させることが必要に
(年率95兆円増、20.1%増)
500
16年度上期
390兆円
1年半後の名目GDP
1.2兆円押し上げ
マネタリーベースの
10兆円追加
100
2020年度下期の
名目GDP
4.4兆円押し上げ
50
2006
2008
2010
2012
2014
2016
2018
2020
( 年度半 期)
(資料)日本銀行、内閣府資料をもとに三菱UFJモルガンスタンレー証券景気循環研究所作成
(以上)
三菱UFJモルガン・スタンレー証券 景気循環研究所
東京都千代田区大手町 1-9-2
大手町フィナンシャルシティグランキューブ
参与 景気循環研究所長
嶋中 雄二
03-6627-5130
[email protected]
巻末に重要なお知らせを記載、ご参照ください。
5
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