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スーパーハイビジョン(SHV)に期待する
巻 頭 言 スーパーハイビジョン(SHV) に期待する 下平 美文 静岡大学創造科学技術大学院 教授 スーパーハイビジョン(SHV)の試験放送を2020年に実施するという目標に向けて,画像および音声機器に関す るハードウエア,ソフトウエア等の準備がNHKと関連企業において進んでいる。SHVの画像には8K×4K画素,フ レーム周波数120Hz,量子化ビット数12bitというパラメーターが設定されている。システムを大きく変える場合に は多方面にわたる研究および開発が必要であり,まだ,多くの開発要素が残っていると想像される。このように画 像システムの大きな改革を行う場合には,現行のハイビジョンと比較して,いろいろな意味で圧倒的な魅力を備え る必要があると思う。 その意味で,5月のNHK放送技術研究所の公開は,提案されたSHVがどれほど魅力的かを確認する絶好の機会で あった。2010年に引き続いて2011年の5月に行われた放送技術研究所の公開では,一口で言うとSHVで再現された 画像について圧倒的な被写体の存在感に感動し,そのポテンシャルの大きさに対して期待が膨らんだ。 SHVを実現するための研究開発において,画像の再現性を向上させるために注力する比重は,視聴者に直接関わ る表示装置において最も大きいと推察する。表示装置については,NHKではプラズマディスプレイ(PDP)の開発 に大きな努力が注がれてきている。私はPDPの研究者ではないので,一視聴者としての意見を述べさせていただく。 2009年の研究所の公開で展示された4K×2KのPDPは画素数がSHVの1/4であったが,そこに表示された被写体の 存在感は大変すばらしかった。2次元画像であるにもかかわらず,被写体の奥行き感も感じられた。解像度,階調 深さやコントラストなどが複合的に関係していると思われるが,これまでのディスプレイにはない生き生きとした 印象を受けた。更に,2011年5月の研究所の公開においては8K×4Kの直視型85インチ液晶ディスプレイ(LCD) を使ったデモが行われた。LCDの外枠を見ないようにして少し離れて見ると,そこに表示されたものを手に取って 見たい衝動に駆られた。PDPおよびLCDのどちらのデバイスも,まだ,特性を向上させる必要はあるが,SHVを実 現するために十分な可能性を持っていることを示していた。更に,8K×4Kに対応したプロジェクターによる大画 面の画像は臨場感が大変すばらしかった。SHV画像の品質を確認する先導的な役割を果たしていた。 解像度がある程度以上に大きくなると,その画像から受ける質感が急激に良くなる印象を私は持っている。極言 すると,質感の良い画像であれば,それほど画角が大きくなくても画像内容に没頭し,十分に楽しむことができる ように思う。人物像でいえば,等身大の大きさがあれば十分すぎる大きさである。大画面の迫力と臨場感も画像内 容によっては大変すばらしいが,いつもテレビをつけている一般家庭のような使われ方を考えるとき,超大画面で 自分の予想と異なって大きな画像が動くことを考えると,不快感が発生することも想定される。大きさにあまり拘 泥する必要はなく,適度な大きさで質感の良い高解像度なSHVが実現されることも歓迎したい。 質感の向上に関わる重要事項として,色域の拡大に強く期待するものである。現行のHDTV色域内で,慎重に彩度 を大きくするように編集された画像は人目を引く効果はあるが,他方,長い時間見つめると作り物の印象が強くな る。実生活の中で体験する物体の自然な色をそのまま再現することができるとすれば,すばらしい。例えば,ディ スプレイに表示されたお気に入りの世界遺産の風景が日に何度か入れ代わるという使われ方も考えられる。レーザー 2 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 1970年 1972年 1972年 1988年 1997年 2006年 静岡大学工学部電子工学科卒業 静岡大学大学院工学研究科電子工学専攻修了 同大学助手 工学博士学位取得(東京大学) 静岡大学教授 同大学創造科学技術大学院教授,現在に至る の実用的な色度値を参考にして,3原色で色再現範囲を最も効果的に実現する色域がSHV用の色域として検討され ている。現行のHDTV色域および自然物の物体色(Pointer s Color)全てを包含する色域が提案されていることは, 大変うれしいことである。国外にある美術館を訪ねなくても「モネ」の絵画がそのままの色で見られるとすれば魅 力的なことである。夏の風物詩である花火が再現できればいっそうすばらしいと思う。しかし,表示装置の色域を 拡大するだけでは,これらのことは実現できない。画像の色再現は,言うまでもなく,撮像装置の特性に大きく依 存しているからである。 放送と通信の融合がますます進み,各種の画像機器の間で画像を交換することが当たり前になっている。例えば, 個人がデジカメや携帯電話のカメラやビデオカメラで撮影した画像が盛んにテレビにも投稿され,放送されるよう になっている。また,画像信号をテレビの用途だけでなく,各種のデザイン,医療,アーカイブ,工業製品や生鮮 商品の監視,電子商取引,テレビ会議などの分野で利用したいという強い要請があり,新たな画像信号にはこれら に活用できる特性を持たせることが望ましい。この分野は色をデータとして活用することが強く求められている。 一般的なテレビ分野の市場と比較するとニッチになるかもしれないが,画像機器の特性が良くなれば,この分野は 大きく成長し,産業を支えていくと思われるからである。 一度,テレビの規格が決まると,これまではそれに合わせて各種の画像機器および符号化方式などが決定されて きた。そのため,色をデータとして扱う用途では利用が難しい特性を許容しなければならなかった経緯がある。す なわち,現行の規格では,撮像者や編集者の意向に従って画像の形状だけが正確に撮られてきており,色について は味付けが行われ正確には撮られてきていなかった。このような撮影はそれぞれ目的があって実施されていると理 解することができるが,被写体の色がデータとして必要な場合にはその利用を不可能にしている。反対に,視覚色 域の色を測色的に撮影できるようになれば,デジタル化された画像信号はその後に必要であればいかようにも編集 が可能で,従来と同様の絵作りもできる。更に,そのままの画像信号は色のデータとして,多方面にわたって活用 が可能になる。 私は,SHVの実用化が今後の日本を支える情報インフラの大きな力となる可能性を見るからこそ,従来,あまり 配慮されてこなかった分野にも容易に使えるような配慮を期待する次第である。すなわち,SHVに使われる撮像機 器において,その特性は放送局だけで利用するものではなく,広く工業,医療,商業など多方面で活用されること を考慮した特性を持たせることを期待するものである。それらがダウンサイジングされて一般の画像機器に作り込 まれれば,色をデータとして扱うことが可能になるので,色情報を基にした被写体の追跡や同一であることの確認 などができるようになり,多方面の分野で活用可能になると考える。 SHVの実用化に向けては,上記の他にもダイナミックレンジの拡大,滑らかな動きの再現,現状より違和感のな い3Dの実現なども期待したい。新しい規格は,その後,数十年は使われることになり,その間の批判に耐えうる特 性を持つものであることを期待する。 NHK技研 R&D/No.130/2011.11 3