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スーパーハイビジョンの 研究開発

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スーパーハイビジョンの 研究開発
解 説
スーパーハイビジョンの
研究開発
鹿喰善明
■
ハイビジョンを大きく超える臨場感と質感を伝える次世代のテレビを目指して,スー
パーハイビジョン(SHV:Super Hi­Vision)の研究開発を進めている。SHVはハイビ
ジョンの16倍の3,300万画素の超高精細映像と,22.2chの3次元音響から成る高臨場感
放送システムである。1995年の研究開始以来,方式・機器の開発,その裏付けとなる視
聴覚および認知科学の評価実験を行ってきた。現在,SHVの試験放送を早期に開始する
ことを目指して,研究開発,標準化,普及展開を促進している。本稿では,撮像,表示,
音響,符号化,伝送の各分野にわたって幅広く進めている研究開発の状況とそれに基づ
く実用的な機器の開発状況を紹介する。
1.はじめに
1964年に研究を開始したハイビジョンは2000年のBSデジタル放送で本格的に実用化さ
れ,2011年7月(東北3県では2012年3月)のアナログ放送の終了とともに,日本にお
いては「標準」テレビとなった。デジタル放送・ハイビジョンの普及と並行して,ブラ
ウン管(CRT:Cathode Ray Tube)ディスプレーから液晶ディスプレー(LCD:
Liquid Crystal Display)やプラズマディスプレー(PDP:Plasma Display Panel)など
の平面型ディスプレーへの置き換えが進み,更に,その画面サイズの大型化が進んでい
る。既に,100型以上のディスプレーも発表されているが,画面の大型化とともにハイビ
ジョンを超える解像度の映像サービスへの期待が高まりつつある。
当所では,ハイビジョンが実用化される以前の1995年に,ハイビジョンを超える超高
精細映像の研究を開始し,その研究は2000年以降の走査線数4,000本級の映像の研究へと
進展した。その後,方式・機器の開発,その裏付けとなる視聴覚や認知科学の評価実験
を行ってきた。また,実用化に向けて,国内・国際的な標準化や視聴者に魅力を知って
いただくための普及展開活動を進めてきた。これまで,1図に示すロードマップに沿っ
て,SHVの試験放送を2020年に21GHz帯の衛星を使って開始することを目標として研究
開発を進めてきたが,現在,この計画を前倒しして,早期に開始することを検討してい
る。
本稿では,SHVの概要を紹介した後,撮像,表示,音響,符号化,伝送の各分野にわたっ
て幅広く進めている研究開発の状況とそれに基づく実用的な機器の開発状況を紹介する。
2.SHV映像・音響方式
SHVは3,300万画素の超高精細映像と22.2chの3次元音響から成る高臨場感放送システ
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NHK技研 R&D/No.137/2013.1
目標:2020 年に 21GHz 帯の衛星を用いて試験放送を開始する。
2010
2012
マイル
ストーン
スタジオ
規格
フルスペック映像
フォーマットの検討▼
2014
▲
リオデジャネイロ
オリンピック
21GHz衛星
による
試験放送
放送
百年
▼ 映像スタジオ規格 (ITU-R)
▼
▼ 音響スタジオ規格 (ITU-R)
▼ HEVC符号化規格 (ISO/IEC)
▼ 3次元音響符号化規格 (ISO/IEC)
音声符号化方式の開発
次世代地上デジタル放送方式の開発
▼ 21GHz帯衛星放送方式規格 (ITU-R)
▼ 標準化 ((ARIB)
▼
▼ 標準化 (ARIB)
▼
FDM (周波数多重)再送信方式の開発
CATV TDM (時分割多重)分配方式の開発 ▼
IPTV
2025
ロンドン
オリンピック
帯
ク
衛星 21GHz帯フルスペックSHV衛星放送方式の開発
伝送
2020
▲
映像符号化方式の開発
地上
2018
▲
22.2ch音響システムの検討
符号化
2016
▲
▼ 標準化 (JCTEA)
配信実験
NGN※を使った配信システムの開発
▼
※ Next Generation Network。
1図 スーパーハイビジョン(SHV)の研究開発のロードマップ
スーパーハイビジョン
ハイビジョン
7,680画素
画角 : 30º
視距離 : 3H
4,320画素
1,080画 素
1,920画素
(H : 画面高)
100º
視距離 : 0.75H
2図 ハイビジョンとスーパーハイビジョンの視距離
ムである。SHVの映像は究極の2次元映像であり,あたかもその場にいるような臨場感
や実際に物がそこにあるような実物感を再現し,視聴者に新たな体験を提供することが
できる。このようなSHVの映像パラメーターと音響パラメーターは人間の視聴覚や認知
科学の基礎実験に基づいて導かれた。
2.1 映像システム
映像フォーマットは画面の画素数,フレーム周波数,表色系などで規定される。これ
らの映像パラメーターの詳細は本特集号の解説「スーパーハイビジョンの映像パラメー
ターと国際標準化」を参照されたい。SHVではハイビジョンより視距離が近く,視角が
大きいので,高い臨場感が得られる。ハイビジョンの1/4の視距離(視角100°
)において
も画素構造が見えないようにするために,SHVの画素数を7,680×4,320(水平・垂直共ハ
イビジョンの4倍)としている(2図)
。現在のSHVシステムはフレーム周波数が60Hz
であるが,上記の解説にあるようにフルスペックSHVのフレーム周波数は120Hzである。
2.2 音響システム
SHV用の高臨場感音響では,視聴者を取り囲む全方向から音が聞こえ,実際にその場
にいるような音に包み込まれる印象を正確に再現できることが望ましい。また,スク
リーン上の映像の方向に音像が明瞭に定位することが望ましい。
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上層
中層
スクリーン
下層
LFE※:2ch
※ Low Frequency Effects。
3図 22.2マルチチャンネル音響
G1
カメラヘッド
G2
7,680
R
G1
4,320
G2
B
800万画素のデバイス×4
4図 デュアルグリーン(DG)方式
音響評価実験を行った結果,水平方向で音像を良好に定位させるためにはスピーカー
の間隔を30°
∼45°
以下にする必要のあること,全方向で音に包み込まれる印象を良好に
与えるためにはスピーカーの間隔を45°
∼60°以下にする必要のあることが分かった。ま
た,垂直方向についても音像を良好に定位させるためにはスピーカーの間隔を30°以下に
する必要のあること,音に包み込まれる印象を良好に与えるためにはスピーカーの間隔
を45°
∼60°
以下にする必要のあることが分かった。これらの結果に基づいて,3層のス
ピーカー配置に低音効果用のスピーカーを2個追加した22.2マルチチャンネル音響(以
下,22.2ch音響)をSHV用の音響システムに採用することにした(3図)
。
3.研究開発の動向
SHV用の機器の開発を2000年ごろに開始し,最初に走査線4,000本級のカメラと前面投
写型プロジェクター,記録再生用フレームメモリーなどを開発した。
SHVの映像は3,300万画素であるが,3,300万画素の撮像・表示デバイスは開発当初には
無かった。そこで,当初は800万画素のデバイスを4枚使ったデュアルグリーン(DG:
Dual Green)方式でSHVを実現した。DG方式では,800万画素のデバイスを緑用に2
枚,青と赤用に各1枚使用し,緑用の2枚のデバイスを4図に示すように斜めにずらせ
て配置する。見た目の解像度に最も影響の大きい緑用のデバイスを斜めに配置すること
で,SHVが持つ本来の解像度に近い解像度を得ることができる。2007年に3,300万画素の
デバイスが開発され,その後,これを3枚(緑,青,赤用に各1枚)用いたフル解像度
システムを実現した(5図)
。しかし,フル解像度システムの回路規模は大きく,現在,
番組制作に実際に使用している機器はDG方式である。今後,SHV番組を制作するための
DG方式の機器の充実を図る。また,実用機のフル解像度化,更に,フレーム周波数の
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7,680
カメラヘッド
G
4,320
R
B
3,300万画素のデバイス×3
5図 フル解像度システム
120Hz化を進め,フルスペックの実用機を開発する。
3.1 カメラ
2002年にSHVカメラの1号機を開発した。カメラヘッドの重さは80kgであり,感度や
操作性にも課題があったが,初期の番組制作に活躍し,SHVのPRに貢献した。2010年に
はカメラヘッドの重さが20kgの実用型カメラを開発した。このカメラは800万画素の
CMOSを4枚使ったDG方式のカメラで,感度や操作性を向上させた。
2012年には機動性を更に追求して単板式の小型カメラを開発した。このカメラには
3,300万画素のCMOSを1枚使っており,重量はレンズ込みで5kgである。単板化に
よって35mmのスチールカメラ用のレンズが使用できるようになった。また,2012年に
は120Hzで動作するSHV用のイメージセンサーを開発した。一方,SHVカメラの操作性
を向上させるために,フォーカスの調整を補助する技術を開発した。この技術は,本特
集号の報告「スーパーハイビジョンカメラ用フォーカス補助信号」で紹介する。
今後,フルスペック化の他に高感度化,静音化などの課題に取り組んでいく。
3.2 22.2ch音響制作機器
22.2ch音響制作機器については,収音環境や再生環境の整備,膨大な時間がかかるポス
プロ作業の効率化が課題であった。これまでに,22.2ch音響を簡単に収音できる一体型の
マイクロホンや,中継現場で22.2ch音響を容易に再生することのできるヘッドホンプロ
セッサー,可搬型録音編集機,3次元残響付加装置などを実用化している。
2012年には,より小型化した一体型の22.2chマイクロホン,複数音像の移動制御が可
能な22.2chミキシングシステム,現場に持ち出せる可搬型の3次元残響付加装置などを
開発した。今後,2chまたは5.1chの音源から22.2ch音響へアップミックスする方式の開
発や直感的な操作で3次元音響を制作することのできる環境を実現する。
3.3 ディスプレー
2001年に最初のDG方式のプロジェクターを開発した。このプロジェクターはG用
(2ch)のプロジェクターとR,B用のプロジェクターを2台組み合わせていた。スク
リーン上で2台のプロジェクターからの出力光の位置を正確に合わせるために,コン
バージェンス補正装置が必要であった。2009年には1.75型のLCOS(Liquid Crystal on
Silicon)素子を用いた3,300万画素のフル解像度ディスプレーを開発した。また,高い質
感を表現することのできる高コントラスト,広ダイナミックレンジのプロジェクターも
開発した。本特集号の報告「スーパーハイビジョン用2重変調方式広ダイナミックレン
ジプロジェクター」で紹介するが,約110万対1のダイナミックレンジを実現している。
更に,3枚の800万画素のLCOS素子と画素シフトデバイスを組み合わせて等価的にSHV
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の解像度を表示することのできる小型で安価なプロジェクターも開発した。最初のプロ
ジェクターは2台の組み合わせで184kgもあったが,この小型プロジェクターは約50kg
である。
2012年には,120Hzで表示できるSHVプロジェクターを開発した。今後,広色域化も
含めたフルスペック対応のプロジェクターの開発を行う。
家庭でSHVを視聴するためには家庭に入るサイズの直視型ディスプレーの開発が必須
である。2011年に85型のLCD(画素ピッチ0.25mm)を使った直視型SHVディスプレー
を開発した。2012年には大画面で迫力のある映像を楽しむことができる145型のプラズマ
ディスプレーを開発した。今後,ディスプレーのフルスペック化と将来のシート型ディ
スプレーに向けた要素技術の開発を行う予定である。
3.4 音響再生
一般の家庭では,22.2ch音響を再生するために,24個のスピーカーを設置することは
困難である。2011年には,それを解決する1つの方法として,85型LCDディスプレーの
周りに116個の小型スピーカーを設置したシステムを開発した。開発したシステムでは,
波面合成技術を応用して画面上の音を再生し,バイノーラル技術を応用して側方や後方
の音を再生する。画面の周りのスピーカーだけで22.2ch音響が再生できるので,家庭に
おける利用が期待される。
2012年には,画面の左右に3つずつスピーカーを設置し,バイノーラル技術だけを利
用して22.2ch音響を再生できるシステムを開発した。少ない数のスピーカーで22.2ch音
響の持つ音の上下感,広がり感といった効果を手軽に楽しむことができるようになった。
今後,家庭用の22.2ch音響再生技術の確立を目指す。
3.5 圧縮符号化
SHVを伝送するためには,映像信号と音響信号の高効率な圧縮が必要である。2010
年にはMPEG­4 AVC/H.264規格に基づいた符号化装置を開発した。この装置の映像の入
力信号はDG方式の映像信号であり,それをMPEG­4 AVC/H.264のHigh Profileで符号
化して,48Mbps∼256Mbpsに圧縮した。詳細は本特集号の報告「スーパーハイビジョン
符号化システム」を参照され た い。ま た,22.2ch音 響 信 号 をAAC LC(Advanced
Audio Coding ­ Low Complexity)Profileで符号化して,1Mbps∼3Mbpsに圧縮す
る装置を開発した。
現在,次世代の映像符号化の規格であるHEVC(High Efficiency Video Coding)の
標準化作業が進められている。今後,フル解像度SHV用のHEVC準拠符号化装置を開発
するとともに,音響については現在検討中の空間復元型音響符号化を用いた装置を開発
する予定である。
3.6 伝送・放送
SHVの番組制作には素材伝送装置が必須である。2005年には,SHVの大容量データを
光ファイバーを用いて非圧縮伝送するための光波長多重伝送装置を開発した。また,
2009年には120GHz帯の送受信機を3系統使うFPU(Field Pick­up Unit)装置を開発
した。2012年には,フル解像度のSHV信号を非圧縮で光時分割多重する実験装置を開発
した。今後,実用的なFPU装置やフルスペックのSHV信号が伝送できる光伝送方式の開
発を行う。また,フルスペック信号が扱えるインターフェースの開発や標準化を進める。
SHVを家庭に届けるための方法としては,2020年に試験放送を予定している衛星放送
の他に,地上放送やケーブルテレビが考えられる。大容量の伝送を行うために,衛星放
送用の広帯域変復調器や地上放送用の偏波多重MIMO(Multiple­Input Multiple­
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Output)伝送システムなどを開発してきた。
2012年には,衛星放送用の21GHz帯の放送衛星中継器のエンジニアリングモデル*1と
*1
過酷な宇宙環境における機器の
機械性能および電気性能を地上
で検証するためのモデル。
広帯域変復調器を開発した。また,地上放送用の偏波MIMO,超多値OFDMを開発した
他,2chバルク伝送によって伝送容量183.6Mbpsを実現した。更に,ケーブルテレビ用
として,既存の変調器を複数組み合わせて大容量伝送を実現するシステムを開発した。
今後,それぞれのメディアにおける放送方式を提案する予定である。
4.まとめ
日本でテレビ放送が開始されてから60年近くが経過し,白黒からカラーへ,カラーか
らHDTVへと進化を遂げてきた。一方,今や映像は放送だけのものではなく,娯楽・医
療・監視など多くの分野で用いられている。さまざまな応用のために,伝送路や端末が
開発されており,それらは急速に高度化されている。これらの技術を有効に活用するこ
とで,ハイビジョンを導入した時期よりも現在の方が,次世代の放送を開発する環境が
整っていると考えられる。
放送は国民生活における重要なインフラである。デジタル放送を開始してからアナロ
グ放送を終了するまでに約10年を必要としたが,新たなサービスを導入することは容易
ではない。新たなサービスはその導入に値する十分なインパクトを持つものであり,視
聴者に十分な期待を持って受け入れられるものでなければならない。
本稿では,新たな放送サービスを実現するために制作・伝送・受信の各段階で必要な
機器の開発や実用化の状況を述べた。本稿では触れていないが,この他,スイッチャー,
記録装置,編集機などのSHV用の機材の整備も進んでいる。これらと共にソフト面,す
なわち,人間の視聴覚・認知特性に関する知見を踏まえながらSHVの魅力・可能性を引
き出すコンテンツの開発,そしてそれらの視聴者への普及展開が新たな放送を実現する
ために重要である。本特集号の解説「スーパーハイビジョンによるロンドンオリンピッ
クのパブリックビューイングの概要」に詳説する2012年夏のパブリックビューイングは,
これまでに開発してきた技術・ノウハウを結集して実施された。パブリックビューイン
グでは,多くの方にSHVの魅力を堪能していただき,
「そこにいるような」という新たな
楽しみ方に共感をいただいた。世界的な規模で連携して実施したパブリックビューイン
グを契機にSHVの研究開発が加速し,SHV放送が早期に実現することを期待する。
SHVの研究開発には,メーカー各社,通信各社にさまざまなご協力をいただいている。
特に,NTTグループ各社には伝送実験やイベント対応で多大なご協力をいただいた。各
社に深く感謝する。
ししくいよしあき
鹿喰善明
1983年NHK入局。静岡放 送
局を経て,1986年から放送技
術研究所においてハイビジョ
ン放送方式,映像圧縮符号化,
スーパーハイビジョン伝送,
IP放送,新サービスに関する
研 究 に 従 事。2001年 か ら
2003年までNHKエンジニア
リングサービスに出向。現在,
同所テレビ方式研究部部長。
博士(工学)
。
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