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世界市場を視野に入れた コンテンツサービス研究への期待

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世界市場を視野に入れた コンテンツサービス研究への期待
巻
頭
言
世界市場を視野に入れた
コンテンツサービス研究への期待
浅見 徹
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授
歴史をひもとくと,Radio Broadcastingの前にもBroadcastingサービスは世界各国に存在した。今では
一部の地方に残っている有線放送電話サービスがその面影を一番良く残しているが,当時はElectrophoneあ
るいはTheatrophoneと呼ばれ,劇場の生中継などのコンテンツを有線電話網で配信していた。NHKのWeb
し こう
ページにも,1925年の開局間もない頃,娯楽番組の嗜好調査を行ったと書いてあるように,いつの世にも,
新しい情報伝送技術が発明されるたびに,娯楽としてこのようなサービスを楽しみたいという人々がいたのであ
る。これらのサービスは,アナログ技術がベースにあるが,一種の放送通信融合型サービスであり,今日につ
ながる通信や放送サービスの原点でもある。また,配信効率という意味では,後述するYouTubeとは比較に
ならないほど高いものがあった。ハイブリッドキャストやMMT(MPEG Media Transport)に代表される放
送通信融合技術は,近年ますます高度化しているが,コンセプトとしては,「無線」のBroadcastingの出現以
来分化した通信と放送が先祖返りしたと考えれば,古くて新しいテーマでもあることが分かる。
一方,携帯電話網の高速化の結果,電車内でYouTubeのようなビデオコンテンツを視聴することは珍しくな
くなっている。Video on Demandは,長年来,放送ビジネスの世界でサービス化を試行してきたが,必ずし
も商業的に大成功したとは言えなかった。これをポイント・ツー・ポイントのHTTP(HyperText Transfer
Protocol)で実現したのがYouTubeである。これはWebサービスの一種であるが,現在ではサーバー認証と
エンド・ツー・エンド・セキュリティーを補強したHTTPS(HyperText Transfer Protocol Secure)によるサー
ビスに移行している。これにより,視聴者はサービス事業者を信頼して,かつプライバシーを守ってコンテンツ
を受信できる。しかし,人気のあるコンテンツが偏りがちなこの種の「準放送型」サービスを実現する技術と
しては,著しく伝送効率の悪い実装になっている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックの頃には,ト
ラヒックの9割以上がHTTPで,その大部分がHTTPSで占められるという予想もあり,インターネットのトラ
ヒックエンジニアリング上の大きな技術課題である。
交換技術の面では,通信網に関しては近年SDN(Software Defined Networks)が注目されてきた。こ
れは流れるトラヒックを中継ノードが分析し,最適な制御を行うことに特長がある。しかし,上述のHTTPSベー
スのアプリケーションの場合,中継ノードでは送受信端末は分かるがコンテンツ(音声,ビデオ,テキスト,デー
タ)が何かは分からないため,SDNの良さが生きない。また,トラヒック解析を詳細にやろうとすると,電気
通信事業法や日本国憲法が規定する通信の秘密に抵触する危険も生ずる。さらに,HTTPSではキャッシュの
活用ができないことも大きな問題である。
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NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
1974年 京都大学工学部電子工学科卒業
1976年 京都大学大学院工学研究科修士課程修了
1976年 国際電信電話(株)
(現KDDI)入社
2001年 (株)KDDI研究所代表取締役所長
2006年 東京大学大学院情報理工学系研究科電子情報学専攻教授
現在,情報指向ネットワーク,ユビキタスセンシングプラットフォーム等の研究に従事。
情報理工学博士。
一方,固定網を使って放送サービスを実現する場合は,通信の秘密にとらわれないため,詳細なトラヒック
分析に基づく,より自由なトラヒック制御ができる。さらに,ネットワーク内キャッシュを用いた効率的なコン
テンツ配信をSDNと連携して実現することもできるであろう。このように,キャッシュの活用やSDNのような新
技術は,
「通信」よりも「放送」の方が実は相性が良い。8Kスーパーハイビジョン伝送のように,具体的な大容
量コンテンツ配信のアプリケーションを持っている放送業界でそのような技術開発が盛んになることを期待し
たい。
コンテンツに目を転じると,仮想現実や3D等の加工技術もすばらしいと思うが,やはり映像はその場所のそ
の瞬間の事実を,一局面からとは言え,忠実に表しているところが他の情報と比較した場合の最大の魅力だと
考える。NHKの発足から90年となる今,
我々の生きた歴史はデジタルコンテンツに刻み込まれ続ける時代になっ
ている。これは,最近放送されたNHKスペシャル「新・映像の世紀」を見た者に共通する実感だと思う。この
す
素の情報に将来世代が簡単にアクセスして情報共有することができれば,人々の知の限界を打ち破ることもで
きるだろう。著作権保護やプライバシー保護も,リアルタイムの放送視聴だけでなく,この枠で考えなければ
ならない。この分野は,メタ情報の付与技術等も含めNHK技研では長い研究実績があるため,今後の展開に
期待したい。個人的には,一旦共有情報として収録された映像を消去不能にする技術が,映像の歴史を刻ん
でいくためには重要と考えている。
一方で,「通信」や「放送」といった事業法で分けて,個別に未来のサービスを論ずると,自分たちの首を絞
めることにもなりかねない。例えば,電気通信事業者の電子メールとGmail は同じような電子メールと一般に
考えられているが,実は似て非なるものである。電気通信事業者の電子メールは,電気通信事業法で通信の
秘密が厳格に守られているため,内容だけではなく通信を行った事実も含め秘密である。一方,Gmail は,
Google Docs 等,他のGoogle サービスと同じ利用規約の下で運用され,送受されるメッセージの利用を
「Google と協働する第三者」に解放している。したがって,「通信」というよりはSNS(Social Networking
はかり
Service)と見なした方が的確なサービスである。利便性を通信の秘密やプライバシー保護と秤にかけたこの
ような柔軟なサービスができるのは,通信の秘密の制約は米国の情報処理サービス事業者には適用されない
からである。また,Googleの成功に鑑みると,通信の秘密やプライバシー保護を重要視する人々がいる一方で,
まったく頓着しない人々もまた全世界に多数存在することが分かる。したがって,サービスが国内法で規定で
きないグローバル化の時代であることを踏まえて,
ユーザーに合わせた事業化を考えていく必要があるであろう。
NHK技研 R&D ■ No.157 2016.5
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