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ABIとPWVの特徴と意義 - Arterial Stiffness
この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 第 2 1 回 国 際 高 血 圧 学 会 サ テ ラ イトシ ン ポ ジ ウ ム か ら 3 Ankle Brachial Index and Pulse Wave Velocity ABIとPWVの特徴と意義 Emile R. Mohler, Ⅲ(University of Pennsylvania School of Medicine, USA) 足関節/上腕血圧比(ABI)測定は、 末梢動脈疾患(PAD) 上腕血圧のうち高いほうの値を採用し、左右いずれの 診断の基本である。一方、脈波伝播速度(PWV)は、 ABIを算出する際にもそれを用いる。つまり、図2にあ ABIの弱点とされる動脈硬化ボーダーライン圏の患者や げた例でいえば、足首血圧は左が120mmHg、右が 糖尿病合併患者での診断精度に優れ、両者の情報を補完 80mmHg、上腕血圧は160mmHgとなり、ABIは左が し合うことにより、より高い精度でPADやそのハイリ 120÷160=0.75、右が80÷160=0.50ということになる。 スク患者を見出すことができるものと期待されている。 ただし、足関節血圧のとりかたについては、PTとDPの 本講演では、ABIとPWVの特徴と弱点、測定の意義な うち低いほうを採用するほうが感度が上がるという報告 どについて簡単に解説するとともに、両者を指標として もあることを付け加えておきたい。 PADの発症・進展機序を解明することを目的とし、現 測定は、患者の上腕および足関節にカフを巻き、仰臥 在 進 行 中 の 観 察 試 験・APEX(Asymptomatic 位にて行う。カフがきっちりと巻かれていないと正確な Peripheral Arterial Disease Rx)の概要について述べ 測定ができないため、市販のカフでサイズの合わない体 る。 格の人ではABI測定は困難である。また、糖尿病患者で は動脈壁の石灰化のためにカフによる圧迫が困難となり、 A B I の概念と測定・算出法 ABIが1.0よりも高く出ることがあるといった問題も指 下肢動脈の触診は、PADの存在を推測する重要なヒ 摘されている。 ントとなるが、 これだけでは診断の決め手とはならない。 PADが疑われる患者の確診には、ABI測定により、信頼 34 A B Iを応用した病変部位の同定、 できる客観的な指標を得ることが不可欠である。 治療効果の評価法 。狭窄 ABIの概念は、きわめてシンプルである(図1) ABIの技術を応用することにより、一歩進んだ検査も のない健康な動脈の持ち主では、下肢の血圧と上腕の血 可能である。例えば、下肢の血圧を足関節だけでなく、 圧はほぼ等しくなる。しかし、もし下肢動脈に狭窄や閉 大腿上部、大腿下部、ふくらはぎ、中足、足指の各部位 塞が存在すれば、下肢の血圧は上肢に比べて低下するは で測定する分節血圧測定を行えば、病変の有無のみなら ずである。そこで、両者の比を求め、その値が「1.0」 ず存在部位についても当たりをつけることができる。 から大きくはずれることがないかどうかをみることによ また、明らかな間歇性跛行を呈するにもかかわらず、 り、狭窄の有無を見きわめようとして考案されたものが 安静時のABIが正常もしくは若干低下した程度である人 ABIである。ABIは、「足関節血圧」を「上腕血圧」で に対しては、トレッドミルなどによる運動負荷試験が有 除することによって算出され、これが0.9を割り込むよ 用である。もし、下肢動脈に血行を妨げるほどの狭窄が うであればPADと診断される。ABIに基づくPADの診 なければ、運動負荷は足関節血圧を上昇させるはずであ 断精度を血管造影像により検証すると、感度が95 %、 り、その場合、跛行はPAD以外の原因によるものと推 特異度は99%となり、十分に信頼に足る診断ツールと 定される。これに対し、運動負荷により足関節血圧の低 しての評価が確立されている。 下を生じるようであれば、やはりPADによる跛行と診 足関節血圧は、左右それぞれの足について、後脛骨動 断できよう。また、低下した足関節血圧が元に戻るまで 脈(PT)血圧と足背動脈(DP)血圧を測定し、そのう の時間は疾患の重症度に依存するため、これを測定する ち高いほうの値を採用する。一方、上腕血圧は、両側の ことにより重症度や治療の成果を客観的に評価すること この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 第 回 21 国際高血圧学会 サテライトシンポジウムから 図1 ABIの概念 Weitz JI, et al. Circulation. 1996; 94: 3026-49.より引用。 下肢の収縮期血圧は、原則として 上腕の収縮期血圧とほぼ同等である。 下肢血圧 ÷ したがって、下肢の収縮期血圧と上腕の収縮期血圧の比は、 ほぼ1.0となるはずである。 1 3 上腕血圧 ABIによるPADの診断精度は、感度が95%、特異度が99%である ことが、血管造影により確かめられている。 図2 ABIの算出法と判定基準 PT:後脛骨動脈、DP:足背動脈。 ABI 0.91以上 0.71∼0.90 0.41∼0.70 0.00∼0.40 判定 正常 軽度の狭窄あり 中等度の狭窄あり 重症の狭窄あり 右上腕血圧 150mmHg 左上腕血圧 160mmHg 右ABI 80/160=0.50 左ABI 120/160=0.75 右足関節血圧 40mmHg PT 80mmHg DP 左足関節血圧 120mmHg PT 80mmHg DP 35 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 第 2 1 回 国 際 高 血 圧 学 会 サ テ ラ イトシ ン ポ ジ ウ ム か ら 3 もできる。 症例 472 例の冠動脈造影像とABIおよびPWVの関係を 検討した結果、ABI値が最も低い第 1 四分位群の患者は A B I によるPA D 早期発見の意義 他の四分位群の患者に比してCAD有病率が有意に高く 米国における間歇性跛行の有病率は、55 歳以上の人 、逆にPWVが最も低い第 1 四分位群の患者 (p< 0.05) 口の約 5%と報告されている。跛行自体の予後は比較的 は他の四分位群に比して有意に有病率が低率であった 良好であり、73%の患者は5 年後にも安定した状態にあ (p< 0.05)ことを報告している。 しかしながら、 り、 下肢切断に至る人は4%にも満たない。 また、透析患者 785 例を34ヵ月にわたって追跡し、 周知のようにPAD患者は心血管疾患(CVD)の超ハイ ベースライン時のABIおよびPWVと予後との関係を検 リスクグループであり、5 年以内の非致死的心血管イベ 討したKitaharaら(2005)によると、PWVは全体とし ント発症率は20%、死亡率は30%(うちCVDによる死 ては生命予後の有意な予測因子とはならなかったが、 亡は75%)にも及ぶという。 ABIの低下が軽度な群(ABI>0.9)に限れば、PWVが しかも、自覚症状のない非症候性のPADであっても、 高くなるほど死亡率も高くなるという有意な相関が認め 死亡率の高さは症候性のPADとほとんど変わりないこ (図5) 。 られたという(p< 0.0001) 。 とがCriquiら(1992)によって報告されている(図3) すなわち、PWVは、まだ狭窄がほとんど進行してお よって、ABIによりPADを見出すことは、心血管イベ らず、ABIが正常に近い人において特に有用性が高いと ントのハイリスク患者を早期に見出し、治療の機会を与 考えられる。前掲のPARTNERS研究において示された えるという意味でもきわめて重要であるといえる。 ように、PAD有病者の半数以上はすでにCADも有して 実際、全米 25 都市・27 施設のプライマリケア施設を いる。したがって、これらの患者をより早い段階で見出 、喫煙、 受診した50 歳以上の患者のうち、高齢(≧ 70 歳) すことが期待できるPWVの意義は大きいといえよう。 糖尿病のいずれかに該当する「PADハイリスク患者」 また、前述のように、ABIには糖尿病患者に多い石灰 全例にABIによるスクリーニングを行ったPARTNERS 化の影響を正しく評価できないという弱点があり、 ( PAD Awareness, Risk, and Treatment: New Strong Heart Study(2004)では、ABIが1.3を超え Resources for Survival)研究(2001)では、対象者 る“supernormal”の人では死亡率がかえって高くな の29 %にPADが見出され、そのうち半数以上(56 %) 。周知のように、 るという矛盾が露呈されている(図6) PADとともに冠動脈疾患(CAD)も見出された(図 には、 糖尿病は心筋梗塞の既往に匹敵する強力な心血管死亡の 4)。こうしたことから、先頃発表されたACCとAHAに 危険因子であるうえに患者数も多い。その糖尿病患者の 「70 歳以上の高齢者 よるPADの診療ガイドラインでは、 リスクを見かけのABIに惑わされずに評価できるという または50 歳以上の喫煙者・糖尿病患者が外傷などによ 点も、PWVが期待される所以である。近年は、ABIと らない間歇性跛行を訴える場合、速やかにABIを測定す PWVを同時に測定・算出できる機器も登場し、利便性 べき」旨が明記されている。 も向上していることから、PWVの活用機会は今後ます ます増加するものと予想される。 P W V は A B I の弱点を補完できる PWVの原理や測定法については次演者の講演に譲り、 ここではあえて触れないが、Kojiら(2004)は、連続 36 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 図3 PAD患者の死亡率 第 Criqui MH et al. N Engl J Med. 1992; 326: 381-6.より引用。 Kaplan-Meier生存曲線は全症例の死亡率に基づく。 回 21 100 生存率(%) 75 非症候性PAD患者 50 症候性PAD患者 重症症候性PAD患者 25 0 0 2 4 6 8 10 0 追跡期間 (年) 図4 「PADハイリスク患者集団」におけるPADおよび 図5 軽度なABI低下(>0.9)を呈する透析患者のPWV CADの有病率 と生命予後の関係 Hirsch AT et al. JAMA. 2001; 286: 1317-24.より引用。 ABIにより、対象者の29%にPADが見出された。 1.0 baPWV (m/ 秒) 17.0以下 17.0∼20.1未満 44% 3 0.8 56% 20.1∼23.8未満 生存率 29% Kitahara T et al. Am J Kid Dis 2005.より引用。 国際高血圧学会 サテライトシンポジウムから 健常者 ABIによりPADと診断された患者 PADのみが見出された患者 PADとCADの両方が見出された患者 23.8以上 0.6 x 2=57.8 p<0.0001 0 0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 追跡期間 (日) 図6 ABIと死亡率の関係(Strong Heart Studyより) Adapted from Resnick HE et al. Circulation 2004; 109: 733-9.より引用。 70 全死亡率 心血管死亡率 50 40 30 20 10 17 可 9) ( 圧縮 n= 不 ) 1. ( 50 n= 以 89 上 ) ) 1. 4 0∼ 1 ( .5 n= 0未 13 満 6 0. 6 n= 0未 満 0. 60 25) ∼ 0. ( 70 n= 未 0. 21 満 70 ) ∼ 0. ( 80 n= 未 満 0. 80 40) ∼ 0 ( .9 n= 0未 13 満 0. 90 0) ∼ ( 1. n= 0未 19 満 5 1. 0∼ ) 1 ( .1 n= 0未 98 満 0 0 ( 死亡率(%) 60 ベースライン時のABI 37 この論文は、「Arterial Stiffness」WEBサイトに掲載されています。その他の論文はこちら Click "Arterial Stiffness" web site for more articles. 第 2 1 回 国 際 高 血 圧 学 会 サ テ ラ イトシ ン ポ ジ ウ ム か ら 3 A B IとP W Vを指標に PA D の発症・進展機 序を探るA PE X 試験が進行中 行のグレードの進行、② 6 分間歩行テストの時間短縮、 ところで、間歇性跛行を呈する患者のほとんどは、最 、SFA、 ③血管超音波にて認められる総大腿動脈(CFA) 初に症状が現れたのがいつであったか記憶していないと または膝窩動脈の狭窄、二次エンドポイントは、① いう。これは、同じ動脈硬化性疾患でありながら、最初 PWVの 変 化、 ②ABIの 低 下 0.1ポ イ ン ト、 ③WIQ の発作が歴然としている心筋梗塞や脳梗塞との大きな違 (Working Impairment Question;運動機能の自覚症 いである。そもそも、心筋梗塞や脳梗塞の発症機序につ 状の指標) 、④心血管イベント(心筋梗塞または脳血管 いてはかなり詳細にわたって解明が進んでいるにもかか 障害)である。目標登録患者は50 ∼ 100 例、追跡期間 わらず、間歇性跛行の発症機序の解明はほとんどなされ は1 年の予定である。この研究により、PADの発症や症 ていない。はたして、冠動脈や脳動脈に生じたプラーク 候性の間歇性跛行への移行機序の一端が明らかになれば、 の破綻によってHeart AttackやBrain Attackが引き起 PADや間歇性跛行のハイリスク患者を予測し、予防策 こ さ れ る の と 同 じ よ う に、 下 肢 に お い て も“Leg を講じることもできるようになるかもしれない。 というものである。一次エンドポイントは、①間歇性跛 Attack”と呼ぶべき事態が生じているのだろうか? また、典型的な高齢者のPADの場合、病変は浅大腿 おわりに 動脈(SFA)に生じることが多く、深部動脈の病変はほ 「予測すること、特に将来について予測することは容 とんどみられないなど、病変を生じる血管はある程度決 易ではない」と述べたのは、アメリカ・メジャーリーグ まっている。しかし、糖尿病患者の場合、普段は狭窄が で活躍した捕手で、引退後はヤンキースのコーチ、監督 起こらない血管にも病変が生じやすくなることが知られ のほか、ニューヨーク・メッツのコーチなどを歴任した ているが、その理由は不明である。どのような血管に、 Yogi Berraである。彼が野球というゲームについて述 どのようなときに狭窄が生じ、どういう人が将来跛行を べたこの言葉は、そのままPADという疾患にも当ては 生じることになるのだろうか? まる。しかし、われわれは今、予測のためのいくつかの われわれは、これらの疑問に対する答えを得るべく、 ツールを手に入れ始めている。その予測精度はまだ完全 APEXという前向き観察研究を計画中である。本試験は、 ではないが、診断や治療方針の決定を助け、治療成績を 無症候性のPAD患者を追跡し、間歇性跛行の出現・悪 高めることに役立つことは間違いないだろう。 化と下肢動脈の狭窄、ABIやPWVの変化を観察しよう 38