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転職教師の教師アイデンティティに関する研究

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転職教師の教師アイデンティティに関する研究
転職教師の教師アイデンティティに関する研究
一教員文化との折り合いをつける過程に着目して一
学校教育研究科 学校教育学専攻
教育コミュニケーションコース
M08003A池田英則
を保持していく過程で、教員文化に対してどの
1 問題の設定
筆者は今まで何人かの社会人経験のある教師
ように向き合いながら折り合いをつけているの
(以後、転職教師)と仕事を共にしてきた。し
かを明らかにし、転職教師の教師アイデンティ
かし、転職教師が教職に馴染んでいく過程にお
ティの特性や課題について考察することを目的
いて、社会人経験が十分に生かされているとは
とする。
いえない現状があるように感じる。教員採用選
浅田は教師としてのアイデンティティについ
考基準の改革の側面から見れば、本研究で取り
て、rいわゆる職業的同一性である。なぜ、教師
上げる転職教師は教育現場に新しい風を吹き込
としてのアイデンティティが問題となるかは、
むことが可能な魅力的で尊敬できる“社会人”
人間は自分がなにものであるかという自己定義
としての期待を背負う立場にあるともいえるが、
するために、職業的アイデンティティは不可欠
教員社会・教員の体質に戸惑いを覚え、教職に
な要素である」と指摘し、久富は「教師という
適応しにくい/馴染みにくいという面を持って
のは、自分自身が自分の仕事の内容とそれを果
いるのではないか。本研究の出発点には、何故、
たしている自分の能力とに『自分は、やれてい
彼らからこうした印象を感じるのかという素朴
る』という一定の自己確認が必要な仕事である」
な疑問があった。
と指摘している。
教職においては、教師としての専門的な知識
転職教師が教職に適応していく/馴染んでい
や教育者としての信念が間われたり、教育の目
く過程を、教師アイデンティティの保持という
指す目標として子どもの内面的世界が問題にさ
れればされるほど、人間としての教師の姿が取
視点から捉え直してみることにより、彼らの教
師としての日常に隠された教師アイデンティテ
り上げられたりする。故に、教育を取りまく様々
ィの様相を具象化することができるのではない
な関係性の申で教師としての自分を理解しよう
かと考え、3つの仮説を立てた。
とする過程は、教師一人ひとりにとって重要な
意味を持っているだろう。
3 研究の方法
そこで本研究では、転職教師が、教職に長年
本研究では、小・中学校教員へのインタビュー
にわたって築かれてきた教員文化に対してどの
を質的研究法を用いて分析し、その分析をとお
ようにコミットしようとしているのかというこ
して仮説を検証する。対象者は企業経験のある
とに注目する。彼らは教職をどのように理解し、
小・中学校教員7名。前職で営業職を経験して
子どもたち・保護者・同僚に対してどのような
いる者から選定している。
働きかけをしたり関係性を築いたりしているの
第1段階では、『質的データ分析法』(佐
だろうか。転職教師が教職に適応していく/馴
藤,2008)に基づき、「事例一コード・マトリッ
染んでいく日常の中に、彼らの教師としての職
クス」を作成して総合的な分析を行った。対象
業的アイデンティティ(以後、教師アイデンテ
者相互の特徴の違いや項目間相互の関係を分析
ィティ)を探っていく。
して、教師アイデンティティの保持に向けた構
造的な諸関係を明らかにする。
2 研究の目的
本研究は、転職教師が教師アイデンティティ
第2段階では、7名の対象者の申から丁教諭
を抽出した。丁教諭は、現在でも営業職の習慣
一12一
や風習を色濃く残している教師(営業経験7年、
[関係課題コ
教職経験6年目)である。丁教諭が、企業経験
子どもとの関係は、企業経験を生かした状況
をどのように生かしながら、教師アイデンティ
把握や取り組みができ、転職教師の特徴を最も
ティを保持している/しようとしているのか、
発揮しやすい関係性である。
時間的な経過を加味して縦断的に分析を行う。
丁教諭は、責任の発生する関係に置き換える
ことによって、子どもや保護者との関係を築こ
4 総合的考察
うとしている。
教員文化に対して、どのようなアプローチで
[地位課題コ
折り合いをつけていくのかということが、各転
教師のおかれている社会的な評価や地位に関
職教師の教師アイデンティティに大きな影響を
して、転職教師が教師の社会性や同僚性を肯定
与えている。
的に捉えようとする場合では教師アイデンティ
ティは揺るがされていなかったが、否定的に捉
<教員文化とのっなぎ〉
える傾向が強い場合は教師アイデンティティを
「企業経験」「子どもとの関係」「同僚との関
係」がつなぎとなっている。
企業経験を拠り所にして職場状況を把握した
揺るがすものとして意識されていた。
丁教諭の場合、社会人としての企業経験を利
用して、保護者との関係を‘‘社会人と社会人”
り、企業の頑張り方を教師の日常に生かしたり
の関係に置き換えたり、自分には“社会性(ボリ
している。しかし、企業経験をつなぎとするだ
ューム)”があるということを強く意識したりす
けでは、「自分はやれている」という感覚にまで
ることによって対処した。
高めにくい。そこで、子どもとの関係を強く求
めたり、企業経験を子どもとの関係の中で発揮
したりすることにより、「自分はやれている」と
いう感覚を保持しようとしている。
同僚との関係は、転職教師たちが先輩教師と
の考え方や振る舞い方を共有することにより、
つなぎとなる。しかし、同僚との関係は、企業
経験を発揮しにくいという面がある。
また、子どもとの関係で転機として認識され
[能力課題コ
教師の日常において、教師としての力量を測
る客観的な評価基準に相当するものがないため、
転職教師は、企業経験を生かすことによって、
教職の特徴や学校状況を把握したり、教師とし
ての考え方や振る舞い方に一定の方向性を持た
せたりしている。
丁教諭は、企業経験を生かして、教師として
の仕事の達成度を測っている。また、第一にク
るような感動体験や、同僚との関係で教師とし
リアすべきものとして重要にした。
ての日常に引き込んでくれるメンターの存在が
〈企業経験の捉え直し〉
重要にもなる。
〈企業経験を生かしたり
創造的に組み替えたりする手立て〉
「関係課題」「地位課題」「能力課題」の3つ
に着目して、丁教諭の事例から分析した。他の
6名の転職教師たちにも共通する部分が見られ、
彼らは、企業経験を教職に相応しい形にアレン
ジして使っているといえる。しかし、教師とし
ての日常の中にr自分はやれている」という感
覚を求めるほど、これらの課題に対処する必要
社会人としての企業経験の側面が強調されす
ぎると、同僚との関係の中では不安定な要素と
なりやすいため、自分は転職教師であるという
現実とどう向き合っていくのかということが必
要になる。しかし、転職教師たちは、企業経験
を別個の職業経験というように分離して考える
のではなく、ひと続きの職業経験として捉え、
連続性や重層性を見出したり、ポジティブに理
解/意味づけしたりしている。
性や手立てが変わっていく面がある。
主任指導教官 安 部 崇 慶
指導教官 宮元博章
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