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解雇規制緩和が与える影 響の経済的分析1

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解雇規制緩和が与える影 響の経済的分析1
三田祭論文
解雇規制緩和が与える影
響の経済的分析1
慶應義塾大学
津曲正俊研究会
大橋洋介
島田一貴
鶴見知紀
羽原裕大
2013 年 11 月
1本稿の作成にあたっては、津曲正俊先生(慶應義塾大学)をはじめ、多くの方々から有益且つ熱心なコメントを頂戴し
た。ここに記して感謝の意を表したい。しかしながら、本稿にあり得る誤り、主張の一切の責任はいうまでもなく筆者
たち個人に帰するものである。
要約
本論文は安倍内閣主導による一連の経済政策、通称「アベノミクス」において議論され
ている解雇規制緩和の影響に対して分析と提言を行うものである。解雇規制が経済に与え
る影響に関しては、国内、国外を問わず数多くの先行研究が存在する。しかし、本論文で
は解雇規制緩和は所与とし、解雇規制緩和の正当性に関する議論ではなく、仮に解雇規制
緩和が行われた際の雇用に対する影響を論じ、理論的分析、実証分析を行う。その後それ
を踏まえて労働者のマッチング効率性の観点、および雇用保険制度による観点の 2 点から
分析を行い、問題点を挙げた上で政策提言を行う。
理論的分析においては、まず労働者および企業がお互いに出会う際の摩擦を考慮したサー
チ理論に関する比較静学分析を行う。その結果、失業率に関しては一概には結論付けるこ
とは出来ないこと、また企業が労働者を解雇する際にコストがかかる場合には労働者の抱
え込みが助長されるという結論となった。次に、人的資本理論による分析を行う。労働者
の人的資本を一般的にどの企業においても役立つ技能である一般的な技能と、その企業の
みに役立つ技能である企業特殊的な技能とに分けて、需要ショックが起こった際の年齢別
の雇用量に対して分析する。その結果企業特殊的な技能を考慮した場合、需要ショックが
起きた際は若年労働者の雇用量が減少するとの結論になった。また解雇規制緩和が起きた
とすると労働者の企業特殊的な技能蓄積のインセンティブ低下が原因で労働生産性が低下
する可能性がある。
実証分析においてはまず UV 分析によって構造的・摩擦的失業が十分に大きいことを確
認する。次に OECD によって作られた解雇規制の強さを国別で表した指標である EPL
(Employment Protection Legislation)を用いてパネルデータ分析を行った。その結果、
解雇規制の緩和の失業率に対する影響はサーチ理論に関する分析と同様に有意ではないこ
と、また失業期間に関しては 1 ヶ月未満の失業者は有意に増加し、1年以上の失業者は有
意に減少するが、他の期間に関しては有意な結果は得られないことが明らかになった。年
齢別雇用量に関する分析では 24 歳以下の労働者の雇用量は減少し、25 歳から 49 歳の労働
者は増加するという結果となった。これは人的資本理論による解釈と整合的である。また、
年齢別の雇用量が離職期間に与える影響を分析した結果、若年労働者が増えた場合、失業
期間は長期化する傾向にあることが明らかになった。
マッチング効率性に関する分析では焦点を主にハローワークと民間職業紹介所に絞り、
その上で他の職業紹介機関とのマッチング効率性に関しての分析を行っている先行研究と
して児玉・阿部・樋口・松浦・砂田(2005)を紹介する。要約すると公共職業紹介所、所謂ハ
ローワークは比較的不利な労働者や若年労働者が集まること、民間職業紹介所は同じく若
年労働者が利用しているが比較的有利な立場の労働者が多いこと、また他の職業紹介所と
比較して、求職者による要因をコントロールした結果においても有意にマッチングまでの
期間が長いことが明らかになった。雇用保険制度に関する分析では、失業給付を受け取れ
2
ない可能性は低いものの、給付期限いっぱいまで失業者が求職活動を積極的に行わない、
いわゆるスパイク効果の問題について指摘する。その上で政策提言ではハローワークと民
間の提携促進、職務給制度の導入促進を提言する。
3
次次
はじめに
第1章
理論的分析
第1節
サーチ理論を用いた分析
第2節
解雇規制が与える影響
第3節
労働者の能力別の影響および失業保障に関する先行研究
第4節
人的資本理論
第5節
需要ショックが起きた際の影響
第6節
解雇規制緩和の影響
第2章
実証的分析
第1節
実証的分析についての説明
第2節
UV 分析
第3節
OECD のデータを用いたパネルデータ分析
第4節
失業者に関する分析
第5節
年齢別の雇用量に関する分析
第6節
離職期間に関する分析
第7節
年齢別雇用量が離職期間に与える影響
第8節
若年労働者の失業の長期化の問題点
第3章
職業紹介機関に関する分析
第1節
ハローワークのマッチング効率性
第2節
マッチング効率性改善の為に
第3節
職業紹介機関に関する先行研究
第4章
雇用保険制度に関する分析
第1節
雇用保険制度の概要と沿革
第2節
雇用保険制度におけるモラルハザード
第3節
求職者給付の受給者割合
第4節
受給者割合に関する先行研究とインプリケーション
第5章
政策提言
第1節
これまでの分析のまとめ
第2節
ハローワークと民間職業紹介所の提携拡大
4
第3節
職務給制度の導入
第4節
提言のまとめ
おわりに
先行論文・参考文献・データ出典
5
はじめに
現在、2012 年 12 月に発足した第 2 次安倍内閣による一連の経済政策、通称「アベノミ
クス」が進行中である。この経済政策は、金融緩和、財政政策、成長戦略の通称「三本の
矢」と呼ばれる 3 つの柱から構成されており、このうち金融緩和と財政政策に関してはす
でに実施され、一定の効果をもたらしている。また、すでに実施された 2 つの政策のひと
まずの成功を経て、安倍内閣の支持率は 2013 年 9 月 6 日から 3 日間で行われた NHK によ
る世論調査では 59%に達している。またこの世論調査に先立って行われた参議院選挙でも
自民党が大勝しており、
今後 3 つ次の構造改革に関する政策に国民の期待が集まっている。
政府も、産業競争力会議、規制緩和会議、国家戦略特区作業部会などにおいて構造改革の
具体案を提示し始めており、今後もさらなる具体案の提示が待たれるところだと言えるだ
ろう。政府が検討している構造改革は、規制緩和会議のワーキンググループを参考に分類
すると、医療分野、農業分野、電力分野、雇用分野の 4 つにわけることができる。このう
ちの雇用制度改革について解雇規制の緩和が主張されている。
なぜこのような主張がなされるのだろうか。そのために、まず解雇規制そのものについ
て議論する。解雇と一言に言っても大きく分けて 3 種類に分類することが出来る。1 つ次が
「普通解雇」であり、労働義務の不履行、能力不足、労務提供不能、組織不適応、業務命
令違反などによる解雇がそれに当たる。2 つ次が「懲戒解雇」であり、懲戒処分が科せられ
解雇されるものである。会社の名誉・信頼の毀損、勤怠不良、虚偽報告、内部告発と機密
漏洩、二重就職、刑事犯罪、私生活上の非行、職場における政治活動・宗教活動などが原
因となる解雇である。3 つ次が今回の主眼である「整理解雇」である。これは会社の経営上の
理由による人員削減の必要性によって行われる解雇である。日本では『使用者の解雇権行
使が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当して是認しえない場合には、権利の濫
用として無効となる』という判例法理が確立されており、これは解雇権濫用法理と呼ばれ
ている。整理解雇は原則として、次の「整理解雇の4要件」を満たさないと、解雇権の濫
用として無効となる。
(要件 1)
人員削減の必要性
(要件 2)
整理解雇の回避義務
(要件 3)
人選の妥当性、基準の公平性
(要件 4)
労働者への説明義務、労働組合との協議義務
これら全ての要件を満たすのは一般に困難であり、日本では整理解雇に関して厳しい規
制がかかっていることがわかる 。このため、企業が労働者を過剰に抱え込んでいるという
可能性が指摘されている。労働者の抱え込みが発生した場合、仮にその企業の生産性が低
下したとしても他の生産性の高い企業への労働移動が促進されない可能性がある。そこで
解雇規制緩和を行うことにより、雇用の流動性が高め、衰退産業から成長産業に労働力が
移動させることが可能になる。また、その結果現在発生している雇用の過剰な抱え込みを
6
ある程度解消出来ると考えられている。本論文は解雇規制緩和に関しては所与とし、解雇
規制緩和そのものの正当性についてはこれ以上触れないこととするが、解雇規制緩和の正
当化としては他にも今井(2011)によれば、解雇規制の強さと労働者の安心感には負の相関が
あることが指摘されている。また、解雇規制緩和に関する議論は主に正社員に対するもの
であるから本論文の本筋とは外れるが、2009 年の労働経済白書において解雇規制の強さと
非正規雇用比率には正の相関があることが述べられている 。しかし、それには大きく分け
て 2 つの問題があると本論文では考える。1 つ次に労働者が必ずしもスムーズに職を見つけ
ることは出来ないという問題である。これに対しては第 2 章において UV 分析を行うこと
で十分大きい摩擦的失業が存在することを確認する。また、アベノミクスにおいては 6 ヶ
月以上の失業者数を減らすことを政策次標としており、本論文においてもそれに沿う形で
具体的な数字としては 6 ヶ月以上の失業者数を減らすことを政策次標とする。また 2 つ次
に雇用保険制度に関する問題である。この問題は大きく 2 つに分けることが出来る。1 つは
近年、失業給付受給率が低下してきており、職を失った際、失業給付受給を受け取れない
可能性があること。
もう 1 つは失業給付の期限いっぱいまで求職活動を積極的に行わない、
いわゆるスパイク効果に関する問題である。本論文ではまず理論的分析、実証的分析を行
うことで解雇規制緩和の影響を分析し、その後現在の制度に関して概観し、問題点を分析
する。
第1章
第1節
理論的分析
サーチ理論を用いた分析
第 1 節から第 3 節にかけては、まずサーチ理論を用いた雇用政策の分析を行っている諸
先行研究の結果を見ながら、解雇規制によって解雇税が生じている場合労働者の抱え込み
が助長されること、解雇規制が緩和された場合、失業率に与える影響は一意に定まらない
ことを示す。
サーチ理論とは、従来の Walras 型市場取引において想定されているような大規模で集権
的な完全情報の市場ではなく、むしろ日常散見するような局所的で分権的な市場における
取引を分析するための理論であり、1980 年代以降から労働経済学、産業組織論、貨幣理論
など幅広い分野での応用が進められてきた。とりわけ労働経済学においては均衡失業を取
り扱う理論として発展し、求職者と求人企業が局所的な取引を行う状態をマクロ的な均衡
として描写できる点から労働市場の分析にはもちろん、RBC 理論などと併用されることに
よりマクロ経済全体の分析にも貢献している。本稿では特に解雇規制の持つ労働市場への
影響と、解雇規制が緩和された際の失業率の動向に注次する。
まず最も標準的なモデルとして Pissarides(2000)第 9 章 p. 205-219 におけるモデルを紹
介し簡単なインプリケーションを得る。このモデルでは政策手段として賃金に対する課税、
7
課税における控除、雇い入れ補助金、雇用助成金、解雇規制(解雇税)、失業補償の 6 個の政
策変数を導入されている。本稿ではスペースの都合上モデルの概観を説明したうえで政策
の効果を説明するにとどめ、詳しい式変形などの説明は行わない。2なおこの説明に関して
は Pissarides(2000)の他に Garibaldi(1998)、山上(2011)、今井他(2007)を参考にした。
政策変数の設定は次のとおりである。税構造に関して、職務𝑗についてのグロスの賃金を𝑤𝑗 、
税率を𝑡(0 < 𝑡 < 1) とし、労働者が受け取る控除𝜏も含めた所得に課税されるとする。労働
者が受け取るネットの賃金は(1 − 𝑡)(𝑤𝑗 + 𝜏)であり、労働者から税務当局へのネットの移転
は𝑇(𝑤𝑗 ) = 𝑡𝑤𝑗 − (1 − 𝑡)𝜏である。労働者は失業すると𝑏の失業給付を受ける。給付額はモデ
ルの簡単化のために労働生産性に比例するものとし𝑏 = 𝜌(1 − 𝑡)(𝑝 + 𝜏)とする( 0 < 𝜌 <
1, 𝑝:労働生産性)。企業は職務𝑗に関して雇用期間中に定額の雇用助成金𝑎を受け取る。雇い
入れと解雇に際しては、生産性の高い労働者の雇い入れと解雇には費用が嵩むため、生産
性に比例した補助金と課税𝑝𝐻, 𝑝𝐹を支給、課税される。なおここでの解雇税とは、労働者の
解雇に当たって企業がこうむる損失のことであり解雇規制の強弱を表すものであることに
留意されたい。
政策変数以外の環境の設定は次のとおりである。企業と労働者の間のマッチングは一次
同時なマッチング関数𝑚(𝑢, 𝑣)によって規定される(𝑢:失業者数, 𝑣:求人数)。よって企業が
労働者と出会う確率は𝑚(𝑢, 𝑣)⁄𝑣 ≡ 𝑞(𝜃)であり、労働者が企業と出会う確率は𝑚(𝑢, 𝑣)⁄𝑢 =
𝜃𝑞(𝜃)である(𝜃 ≡ 𝑣/𝑢)。労働者は𝜆のポアソン到来率で発生する𝑥(0 < 𝑥 < 1)の非可逆な生
産性ショックに直面する。各労働者に対する生産性ショックの分布は𝐺(𝑥)であらわされる。
生産性ショックの到来ごとに賃金はナッシュ交渉に従って再交渉される。また、雇い入れ
時の賃金𝑤0 と雇用中に交渉される賃金𝑤𝑗 (𝑥)は雇い入れ補助金と解雇税の存在により異な
る。これらは各々
𝑤0 = arg max(𝑊 − 𝑈)𝛽 (𝐽 + 𝑝𝐻 − 𝑉)1−𝛽
𝑤𝑗 = arg max(𝑊 − 𝑈)𝛽 (𝐽 + 𝑝𝐹 − 𝑉)1−𝛽
を満たす。これらの F.O.C と自由参入条件𝑉 = 0、均衡条件𝑤𝑗 (𝑥) = 𝑤(𝑥) ∀𝑗より
𝑧
𝑤0 = (1 − 𝛽) [
− (1 − 𝜌)𝜏 + 𝜌𝑝] + 𝛽[1 + 𝑐𝜃 − 𝜆𝐹 + (𝑟 + 𝜆)𝐻]𝑝 + 𝛽𝑎
1−𝑡
𝑤(𝑥) = (1 − 𝛽) [
𝑧
− (1 − 𝜌)𝜏 + 𝜌𝑝] + 𝛽[𝑥 + 𝑐𝜃 + 𝑟𝐹]𝑝 + 𝛽𝑎
1−𝑡
が求まる。また、生産活動中の企業と求人活動中の企業の割引現在価値は各々
1
𝑟𝐽(𝑥) = 𝑝𝑥 + 𝑎 − 𝑤(𝑥) + 𝜆 ∫ 𝐽(𝑠)𝑑𝐺(𝑠) − 𝜆𝐺(𝑅)𝑝𝐹 − 𝜆𝐽(𝑥)
𝑅
𝑟𝑉 = −𝑝𝑐 + 𝑞(𝜃)(𝐽0 + 𝑝𝐻 − 𝑉)
と表せる(𝐽0:𝑥 = 1のときの企業の割引現在価値を𝑤0 で導出したもの)。ここで労働者を解
雇するか否かの基準となる留保生産性𝑅は解雇税の存在から
2
詳細に関しては Pissarides(2000)p215-219 を参照されたい。
8
𝐽(𝑅) = −𝑝𝐹
を満たす。最後に求職活動中、生産活動中の労働者の割引現在価値は各々
𝑟𝑊𝑗 (𝑥) = 𝑤𝑗 − 𝑇(𝑤𝑗 ) + 𝜆 (𝑈 − 𝑊𝑗 (𝑥))
r𝑈 = 𝑧 + 𝑏 + 𝜃𝑞(𝜃)(𝑊𝑗 − 𝑈)
で表される。
以上導いた方程式により雇用創出条件、雇用喪失条件は各々
(1 − 𝛽) {𝐻 − 𝐹 +
𝑅+
1−𝑅
𝑐
}=
𝑟+𝜆
𝑞(𝜃)
1
𝑎 + (1 − 𝜌)𝜏
𝑧
𝛽𝑐
− 𝜌 + 𝑟𝐹 −
−
𝜃 + ∫ [𝑥 − 𝑅]𝑑𝐺(𝑠) = 0
𝑝
𝑝(1 − 𝑡) 1 − 𝛽
𝑅
となる。また定常状態では失業者のフローが 0 になるので
𝑢=
𝜆𝐺(𝑅)
𝜆𝐺(𝑅) + 𝜃𝑞(𝜃)
が均衡失業条件である。これらを図示すると、図1のようになる。
第2節
解雇規制が与える影響
解雇規制が労働市場に対して与える影響、具体的には、解雇規制と企業による労働者の
抱え込みの関係を分析する。生産活動中の企業の割引現在価値𝐽(𝑥)に𝑥 = 𝑅を代入し、留保
生産性についての条件式𝐽(𝑅) = −𝑝𝐹と組み合わせることにより次のことが導ける。
1
𝑝𝑅 + 𝑎 + 𝜆 ∫ 𝐽(𝑠)𝑑𝐺(𝑅) + {𝑟 + 𝜆(1 − 𝐺(𝑅))}𝑝𝐹 = 𝑤(𝑅)
𝑅
仮定より左辺の各項は全て非負なので、企業による労働保蔵が発生している事がわかる。
これは雇用助成金、生産性ショックが発生した際に生産性が上る可能性、労働者を雇用し
続けることによって節約できる解雇税が、労働者を雇用していることに酔って生じるオプ
ションバリューとなっていることによる。また、当然のことながら解雇規制が緩和される
とき、左辺第 4 項の値は小さくなるので、企業による抱え込みは減少し、労働市場の流動
化が促進されることがわかる。
次に、解雇規制が均衡で失業率に与える影響を見てみよう。解雇規制の緩和は雇用喪失曲
線と雇用創出曲線両方を上方にシフトさせる。𝐹の係数を見ればわかるように均衡での留保
生産性𝑅∗ は低下、労働市場逼迫率𝜃 ∗ は上昇する。この結果𝑢 − 𝑣平面上において雇用創出直
線は反時計回りに回転、ベバレッジカーブカーブは原点から外向きにシフトするため、均
衡における失業率の増減に関して確定したことはわからない。なお図 2 では、解雇規制が
緩和された際の影響を図で表現している。図 2 から分かる通り、解雇規制の緩和によって
均衡は(θ∗ , 𝑅∗ , 𝑢∗ , 𝑣 ∗ )から(θ∗∗ , 𝑅 ∗∗ , 𝑢∗∗ , 𝑣 ∗∗ )に変化し、この場合では失業率は上昇している。
9
図 1:サーチ・アンド・マッチング・モデルにおける均衡
10
図 2:サーチ・アンド・マッチング・モデルによる解雇規制緩和の影響
第3節
労働者の能力別の影響および失業保障に関する先行研究
次に前説までで扱ったモデル以外の先行研究からさらなるインプリケーションを得る。
ここでは Mortensen and Pissarides(1999)を特に取り扱う。この先行研究では 1970 年代後
半から 1980 年代のアメリカとヨーロッパ諸国における失業率の違いについて考察している。
本稿にとって注次すべきは、解雇規制と労働者の能力の間の関係性である。Mortensen and
Pissarides(1999)では、労働市場を能力区分ごとのサブマーケットに分割されているものと
して分析を行っており、結果、解雇規制は失業率と労働者の能力の間の関係をより原点に
対して凸にするものであるという結論を得ている。つまり、解雇規制によって失業から免
れる度合いは能力が低い労働者にとって特に大きい。この結果は、日本において解雇規制
の緩和が行われた際、どのような労働者が解雇される可能性が高いかということを理論的
11
に述べているという点において重要である。
また、この研究では解雇規制と並んで失業保障についても考察している。解雇規制緩和
時の影響として失業問題を考える際、失業時の社会保障体制は当然最も重要な政策の 1 つ
であるためこの場で少し触れることには意義があるだろう。この研究によれば、より手厚
い失業保障は失業率を増大させるが、その影響は能力の低い労働者に特に大きい。つまり、
解雇規制の緩和により能力が低い労働者が解雇されることを予測し、その上で単純に失業
給付を増額することはかえって逆効果になる可能性がある。これは、スパイク効果と言わ
れる現象や、近年の実証分析の結果とも整合的であるが、詳しくは第 4 章で述べることに
して、ここでのこれ以上の言及は差し控える。
第4節
人的資本理論
第 4 節から第 6 節にかけては人的資本理論を用いて、生産性ショックが発生した場合解
雇される可能性が高いのは若年労働者であることから解雇規制緩和の影響を受けやすいの
は若年労働者であること、また解雇規制緩和が行われた際、労働者の企業特殊的な技能に
対する投資インセンティブが低下することを示す。
ここでは、Edward P. Lazear『人事と組織の経済学』におけるモデルを参考にした人的
資本理論について述べる。人的資本理論とは教育や訓練などといった観点から労働者の価
値や賃金を経済学的に説明しようという理論である。G.S.Becker によって定式化され、現
在では労働経済学のみならず、経済学全般に応用されている分野である。人的資本の投資
方法には様々な方法がある。例えば現在我々大学生が通っているような大学もそのうちの
1つである。多くの国で学校教育を通じて人的資本が蓄積されており、義務教育という形
で基礎的なものに関しては国がそれを法律で定めている場合が多い。今回考える方法はそ
れに次ぐ重要な人的資本の投資方法である職場実地訓練、いわゆる OJT である。一般的な
OJT はどのようなものであれ、
そこで蓄積される人的資本は 2 種類に分けることが出来る。
1 つが一般的な技能、そしてもう 1 つが企業特殊的な技能である。一般的な技能というのは
職業訓練を提供した企業のみならず、他の企業においても一般的に役立つような技能のこ
とである。それに対して企業特殊的な技能というのは対照的に職業訓練を提供した企業に
おいては役立つが、他の企業においては役立たないような技能のことを指す。一般的には
人的資本というのはこの 2 つの混合物であると言えるが、ここでは 2 種類の人的資本がそ
れぞれ独立して存在しているという仮定のもとで考える。以下の図 3 は企業特殊的人的資
本に投資しているある個人の年齢別賃金と年齢別生産性の変化を示したものである。それ
ぞれ、
V(t): 企業における生産
W(t): 賃金
A(t): 他の会社による賃金
と定義する。
12
図 3:人的資本理論
図 4:企業が得るレント
通常、労働者はゼロ時点から退職する T 期まで雇用されている。そして、入社から退職ま
でのW(t)の現在価値とV(t)の現在価値は等しい。仮に前者が後者を上回っていたら企業は損
をする事になる。逆に後者が前者を上回っていたら労働者は離職し条件を満たす他の企業
に就職する。そして全企業の利潤がゼロになるまで裁定が行われる。賃金の現在価値はA(t)
の現在価値を上回る。もしそうでなければ労働者にとってこの企業で働くこと自体が損に
なってしまうからである。賃金W(t)の現在価値と生産性V(t)の現在価値は採用時点では等し
い。しかし、一旦企業特殊的な技能に対する投資をした場合は異なる。両者に雇用継続の
インセンティブが生まれるのである。労働者の賃金 W(t)は企業特殊的な技能に対する影響
によって A(t)は常に上回っているので労働者にとっては現在の企業で勤め続けるインセン
ティブが存在している。また企業側にとっても当初は労働者の企業特殊的な技能の投資の
13
費用を V(t)よりも大きい賃金を支払うことで実質的に負担している一方、ある時点を境に
V(t)の現在価値はW(t)の現在価値を常に上回る。こうして企業は投資の報酬を享受するので
ある。一方下の図 4 では企業に流入するレントR(t)を示している。このレントは t 時から T
時までのV(t) − W(t)の現在価値と定義する事が出来る。この図 4 からも分かる通り、企業
が労働者の OJT のコストを回収するには長い時間がかかる。よって企業にとっても当初の
投資の報酬を十分に享受するために長期間雇用するインセンティブが存在する事が分かる。
第5節
需要ショックが起きた際の影響
ここで何らかの要因によって需要ショックが発生し、生産額が V(t)からβV(t)になったと
する。(ただし 0<β<1 である。) これは企業が入手することが出来るレントを𝑅̃(𝑡)(< R(t))
に変化させる。企業にとっては解雇を考える局面であり、若年層に人的資本に投資してい
る余裕はない。そこで企業はレントが負になっている労働者を解雇する。具体的には図 4
におけるt yよりも若い労働者、もしくはt mよりも年上の労働者である。t mよりも年上の労働
者に関してはレントが負であり、企業に残っていることでコストが発生していると考えら
れる。企業にとって雇っておきたい労働者はt yとt mの間の労働者である。このような労働者
に関しては未だに投資収益を享受することができる。結果、解雇されるのは年齢分布にお
いて両端にいる労働者、企業特殊的な技能の蓄積の少ない若年労働者と、負のレントを生
んでいる比較的高齢の労働者である。しかし、ここでは実際には高齢の(年齢分布において
は右側にいる)労働者は解雇されない可能性がある。労働者はどのような期待を持って企業
特殊的な技能に対して投資をするであろうか。労働者は実行済みの投資に関して、その後
継続して契約されることによって、当初の低賃金に耐える代わりに、その後の恩恵を受け
取ることが出来る。労働者は長期雇用の暗黙の契約を企業が遵守するものとして企業特殊
的な技能に対して投資をしているのである。しかし、ここでt m 以降の年齢の労働者を解雇
した場合、その暗黙の約束は遵守されないことになる。企業に対する信頼を失った労働者
はそのことを合理的に予測し企業特殊的な技能に投資しなくなる可能性がある。そこで、
企業はt m以降の年齢の労働者は解雇しない可能性がある。また、その他の解決法として解
雇ではなく希望退職募集をかけることで退職金による解決を行い、この自体を回避する事
が出来る。3 しかし、若年労働者に関してはそうではない。まだ企業特殊的な技能に関し
て、殆ど投資は行われていない。よって解雇したとしても他の労働者の信頼を損ねるよう
な結果にもならない。結果として生産性ショックが起こった際は若年労働者が多く解雇さ
れるという結果になる。よって解雇規制緩和が行われた際はその影響を 1 番受けるのは若
年労働者であると思われる。
ここでは詳しくは述べないが具体的には A(t)>βV(t)であるとき、希望退職による解決法
が可能となる。詳しくは Edward P. Lazear『人事と組織の経済学』P.179~197
3
14
第6節
解雇規制緩和の影響
最後に解雇規制緩和が行われた際の影響について人的資本理論の観点から更に分析する。
ここでは解雇規制緩和は、労働者にとっては企業特殊的な技能を蓄積するインセンティブ
が阻害される要因になると思われる。先ほど確認したように労働者は終身雇用を暗黙の「約
束」として当初の低賃金を負担して企業特殊的な技能に投資を行っている。労働者は自分
が今勤めている企業で長く働けると思うからこそ、その企業でのみ役立つ人的資本理論に
投資するのである。しかし仮に解雇規制緩和が行われ、終身雇用が維持できない、または
そう労働者が感じた場合そのようなインセンティブは阻害される。自分の行った投資が回
収できない可能性があるのである。企業特殊的な技能は一般的な技能と並んで労働者の労
働生産性を規定する要因の 1 つであると考えられるから、このようなインセンティブの低
下が原因で労働生産性が低下する可能性がある。これは解雇規制緩和を行う際の弊害とし
て考慮すべき問題であると考えられる。
第2章
第1節
実証的分析
実証的分析についての説明
この章では実証分析を行うことで日本における構造的・摩擦的失業の大きさを定量的に
明らかにする。具体的には厚生労働省労働経済白書『平成 17 年版労働経済の分析』を参考
にして UV 分析を行った。また、解雇規制緩和による影響を失業率、年齢別雇用量、離職
期間、に分けて定量的に分析する。具体的には OECD stat.の雇用保護の強弱を表す指標で
ある Employment Protection Legislation(EPL)を説明変数として、それぞれ失業率、失業
期間、年齢別の労働者を被説明変数としたパネルデータ分析を行い、最後に年齢別雇用量
が失業期間に与える影響について分析する。その結果、解雇規制緩和が失業率に有意に影
響を与えないこと、若年労働者の雇用量が減少することを示す。また離職期間に関しては
解雇規制緩和が労働者全体で考えると離職期間1ヶ月未満の失業者は増大し、1 年以上の失
業者は減少する。しかし年齢別雇用量が離職期間に与える影響を考えた場合、若年労働者
は長期的失業に陥りやすいことを示す。
第2節
UV 分析
ここでは UV 分析を行う前に、まず UV 分析の概念について説明する。UV 分析は縦軸に
失業率 U を、横軸に欠員率 V をとると原点に対して凸であるような右下がりのカーブ(ベバ
レッジ・カーブ)が経験的に描けることから、このカーブのシフトによって構造的・摩擦的
失業を定量的に分析しようとするものである。一般にベバレッジカーブが外側にシフトす
る時構造的・摩擦的失業は増大している。逆に内側にシフトしていれば構造的・摩擦的失
業は減少していると考えられる。
15
失業と一言に言っても大きく 2 つに分類
することが出来る。まずは需要要因による
失業である。例えば何らかの要因によって
景気が悪化した場合、労働供給は変わらず
とも企業の労働需要は減少する。このよう
に労働需要の減少によって生じる失業を需
要要因による失業と定義する。この場合は
何らかの景気対策を行うことによって解決
することが出来る。もう 1 つが構造的・摩
擦的失業である。企業が必要としている仕
事というものは、必ずしも同一であって全
ての人に可能なものとは限らない。このよ
図 5:ベバレッジカーブの概念図
うなミスマッチが生じる場合であっても失
(財務省(2002)より引用)
業は生じる。このような失業を構造的失業
と呼ぶ。さらに、前章のサーチ理論の発想と似ているが、企業とはいえ、全ての労働者の
能力、情報を把握しているわけではなく出会うまでには必ず時間がかかる。このようなサ
ーチコストを考慮した失業を摩擦的失業と呼ぶ。一般に構造的失業と摩擦的失業とを区別
するのは困難であるから、ここでは構造的・摩擦的失業と総称して分析することとする。
いま、失業率を労働供給側の余り、欠員率を労働需要側の余りとすれば、労働の需要と
供給が一致する時は失業率と欠員率が等しい時ということになる。このときの失業率を均
衡失業率とする4。そして失業率と均衡失業率の差が需要要因による失業と言うことになる。
このようにして失業率を構造的・摩擦的失業と需要要因による失業とに分けることが出来
る。
今回の分析においては、厚生労働省による『職業業務安定統計』
、総務省による『労働力
調査』をデータとして用いた。具体的な算出方法の説明を行う。このモデルでは、先ほど
までと異なり雇用喪失を外生的なものとして扱っている。定常状態での失業率は第 1 章と
同じように
𝑢̇ = 𝜆(1 − 𝑢) − 𝜃𝑞(𝜃)𝑢 = 0
⇔𝑢=
𝜆
𝜆 + 𝜃𝑞(𝜃)
となる(𝜆:雇用喪失のポアソン到来率)。次に各変数の定義として次のような定義を行う。
雇用失業率𝑢=完全失業者数/(完全失業者数+雇用者数)
欠員率𝑣=(有効求人数-就職件数)/(有効求人数-就職件数+雇用者数)
ここでベバレッジカーブが経験的に𝑢 = 𝛼𝑣 𝛽 と表されることから、次の式を OLS により推
4
正確には自営業主や家族従業者を考慮して通常の失業率ではなく、自営業主などを除いた
雇用失業率(失業者数/(雇用者数+失業者数))を用いる。
16
定する。
log 𝑢 = 𝛼 + 𝛽 log 𝑣 + 𝜀
この推定結果は表 2 にまとめられている。なお、推定にあたっては年代ごとの経済状態の
変化を考慮し 5 つの期間に分けてそれぞれ推定を行った。期間の分け方に関しては表 1 を
参照されたい。1997 年から 2001 年にかけては明確な相関が確認されなかったため、前後
の値の加重平均をとる。
表 1:年代区分
1980.Q1 1983.Q1 1990.Q1 2002.Q1 2007.Q1 -
1982.Q4
1989.Q4
1996.Q4
2006.Q4
2013.Q2
Term1
Term2
Term3
Term4
Term5
表 2:UV 分析推定結果
log v
_cons
決定係数
自由度調整済み決定係数
Term1
-0.9735241
[-5.72]***
-7.149244
[-11.21]***
0.7656396
0.7422036
Term2
-0.4657516
[-9.78]***
-5.079286
[-28.87]***
0.7861871
0.7779635
Term3
-0.639455
[-6.63]***
-5.803907
[-16.32]***
0.6284636
0.6141738
Term4
-0.6084928
[-13.53]***
-5.007694
[-31.95]***
0.9104293
0.9054531
Term5
-0.4751724
[-11.58]***
-4.70161
[-31.74]***
0.848226
0.8419021
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
ここで𝑢 = 𝑣が成り立つような𝑢∗ を雇用失業率(均衡雇用失業率)とすると、
log 𝑢∗ =
log 𝑢 − 𝛽 log 𝑣
1−𝛽
である。均衡失業者数を𝑈、雇用者数を𝐸𝐸とすると、
𝑢∗ =
𝑈
× 100
𝑈 + 𝐸𝐸
⇔ 𝑈 = 𝐸𝐸 ×
𝑢∗
100 − 𝑢∗
この時、均衡失業率𝑢∗∗ は就業者数を E とすると、
𝑢 ∗∗ =
𝑈
× 100
𝐸+𝑈
であり需要要因よる失業は完全失業率から上の式を減じたものになる。これをグラフ化す
ると図 6 のようになる。
17
図 6:UV 分析結果
このグラフから明らかなとおり、日本で発生している失業のうちの多くは構造的・摩擦
的失業によるものであり、離職したからといってスムーズに次の仕事を見つけることが出
来るという状況にあるとは言えない事がわかる。
このような構造的・摩擦的失業はどのような理由で発生するのであろうか。下の図 3 は総
務省『労働力調査(2013 年 4~6 月期)』による年齢別の仕事につけない理由である。この表
より、自らが希望する仕事内容を見つけることが出来ないことが最も大きい要因になって
いることが分かる。これは職業紹介において、求職と求人のマッチングが上手くいってい
ないことを意味している。また、求人の年齢と自分の年齢とが合わないことも年齢が高ま
ると共に占める理由としては多くなっている。
表 3:年齢別仕事に就けない要因
総数
15~24歳
25~34歳
35~44歳
45~54歳
55~64歳
65歳以上
自分の
勤務時間 求人の
希望する 条件に
技術や
賃金・給
・休日な 年齢と
種類・ こだわら
料
技能が
ど
自分の
内容の
ないが
が希望と
求人要件
が希望と 年齢とが
仕事が
仕事が
あわない
に満た
あわない あわない
ない
ない
ない
20
32
41
22
84
24
1
4
1
5
16
3
6
8
1
7
25
6
6
11
5
5
16
4
3
5
11
3
12
4
3
4
15
1
12
4
0
0
8
2
2
(単位:万人)
18
その他
51
9
14
13
6
7
3
第3節
OECD のデータを用いたパネルデータ分析
次に OECD が雇用保護の強弱を指標化した Employment Protection Legislation 指標(以
下 EPL)を用いたパネルデータ分析の結果を説明する。雇用保護法制に関しては 1993 年、
Employment Outlook で分析がなされた後、1994 年の雇用戦略研究(Job study)で更に議論
検討が行われた。しかし、この計算手法では各国間での比較を行う際などに問題があった。
そこで 1999 年の Employment Outlook ではこの問題点を解消すべく各国間の異時点間の
比較が可能な指標である、EPL が開発された。この指標は 4 段階のステップの手続きから
成り立っており、常時雇用契約(regular contracts)、臨時雇用契約(temporary contracts)、
集団解雇(collective dismissals)の大きく 3 つの要素ごとに指標を作成している。今回の分
析ではこの指標を用いて分析を行う。
第4節
失業率に関する分析
まず、失業率に関する分析を行う。被説明変数を失業率、説明変数を EPL、名次経済成長
率、1 期前の失業率とする。推定式は以下の通りである。
𝑢𝑖𝑡 = 𝛼 + 𝛽1 𝐸𝑃𝐿𝑖𝑡 + 𝛽2 𝐺𝐷𝑃𝑔𝑟𝑜𝑤𝑡ℎ𝑖𝑡 + 𝛽3 𝑢𝑖𝑡−1 + 𝜀𝑖𝑡
𝑢𝑖𝑡 :第𝑖国の第𝑡年における失業率
𝐸𝑃𝐿𝑖𝑡 :第𝑖国の第𝑡年における解雇規制の強さ
GDPgrowthit :𝑖国の𝑡年の名次経済成長率
uit−1 :𝑖国の𝑡 − 1 年の失業率
𝜀𝑖𝑡 :誤差項
この推定式による分析の結果は表 4 のとおりである。なお、結果については、検定の結果
採択されたモデルのみを表示している。
表 4:失業率に与える影響
説明変数
採択モデル
失業率
固定効果
0.262729
[1.295133]
-0.3152109
[-22.891]***
0.9661369
[61.14192]***
0.5211627
[1.135973]
656
0.860624
142.64
EPL
GD P成長率
u _ ( t- 1 )
定数項
N
r2 - w ith in
H au sman 検定
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
19
この結果から分かる通り、失業率と解雇規制の強弱との間には明確な相関は見られないと
いう結果になった。これは第 1 章におけるサーチ理論による分析と整合的である。
第5節
年齢別の雇用量に関する分析
次に年齢別の解雇規制緩和の影響を分析する。具体的には被説明変数を 15~19 歳、20~24
歳、25~29 歳、30~34 歳、35~39 歳、40~44 歳、45~49 歳、50~54 歳、55~59 歳、60~64
歳ごとの雇用量に分け、説明変数を EPL、名次経済成長率、1 期前の失業率とする。推定
式は
(ageit ) = 𝛼 + 𝛽1 𝐸𝑃𝐿𝑖𝑡 + 𝛽2 𝐺𝐷𝑃𝑔𝑟𝑜𝑤𝑡ℎ𝑖𝑡 + 𝛽3 𝑢𝑖𝑡−1 + 𝜀𝑖𝑡
ただし、(ageit )は i 国 t 年の各年齢の雇用量である。他の変数の定義は失業率の際と同じで
ある。推定の結果は以下の通りである。
表 5:年齢別雇用量推定結果(1)
被説明変数
採択モデル
15-19歳
20-24歳
25-29歳
30-34歳
35-39歳
固定効果
固定効果
固定効果
変量効果
変量効果
183.3493
290.9006
-133.3672
-411.8262
-505.2294
EPL
[3.5247]***
[4.5499]***
[-2.0703]** [-6.1404]*** [-6.1298]***
13.7349
12.3177
3.52
9.5775
16.2831
GDP成長率
[3.8897]***
[2.8382]***
[0.8043]
[2.0928]**
[2.8895]***
-17.3224
-18.3858
-14.4198
-24.3885
-41.2026
u_(t-1)
[-4.2750]*** [-3.6917]*** [-2.8729]*** [-4.6478]*** [-6.3777]***
490.9615
1261.9508
2622.4401
3128.8075
3491.5377
定数項
[4.1732]***
[8.7274]*** [17.9971]*** [5.4655]***
[5.8613]***
N
656
656
654
654
654
r2-within
0.0697
0.0679
0.0185
0.0785
0.1015
Hausman検定
13.49
39.46
6.74
3.21
2.38
表 6:年齢別雇用量推定結果(2)
被説明変数
採択モデル
40-44歳
45-49歳
変量効果
変量効果
-430.492
-335.5517
EPL
[-3.7029]*** [-2.1659]**
4.8962
-13.2627
GDP成長率
[0.6119]
[-1.2256]
-47.1011
-32.0689
u_(t-1)
[-5.1370]*** [-2.5887]***
3367.8187
2905.5001
定数項
[5.4363]***
[4.6621]***
N
654
654
r2-within
0.055
0.0209
Hausman検定
2.96
3.38
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
20
50-54歳
変量効果
-214.9496
[-1.3228]
-22.2902
[-1.9363]*
-23.9691
[-1.8207]*
2320.7955
[4.0278]***
654
0.0158
4.12
55-59歳
60-64歳
変量効果
変量効果
-146.5623
-131.1569
[-1.1041]
[-1.5506]
-25.2703
-19.9401
[-2.6799]*** [-3.3045]***
-11.546
4.2791
[-1.0704]
[0.6201]
1674.2143
971.8757
[3.6368]***
[3.3930]***
656
656
0.0172
0.0213
4.7
5.62
この表から分かるように 24 歳以下の労働者の雇用量は有意に減少する。その一方 25~49
歳、60~64 歳の労働者の雇用量は増加する。この結果は第 1 章の人的資本理論における結
論と整合的である。解雇規制緩和によって解雇がしやすくなった場合、生産性ショックが
起こった際に解雇されやすくなるのは若年労働者であるという結論である。
第6節
離職期間に関する分析
次に離職期間に関する分析を行う。具体的には被説明変数を離職期間 1 ヶ月未満の失業
者数、1 ヶ月間から 3 ヶ月間の失業者数、3 ヶ月間から 6 ヶ月間の失業者数、6 ヶ月間から
1 年間の失業者数、1 年以上の失業者に分ける。そして説明変数は EPL、名次経済成長率と
する。推定式は以下の通りである。
(durationit ) = 𝛼 + 𝛽1 𝐸𝑃𝐿𝑖𝑡 + 𝛽2 𝐺𝐷𝑃𝑔𝑟𝑜𝑤𝑡ℎ𝑖𝑡 + 𝜀𝑖𝑡
ただし、(durationit )は i 国の t 年の上記の離職期間別離職者数である。
結果は以下の通りである。
表 7:離職期間に与える影響
被説明変数
採択モデル
EPL
1ヶ月未満
1-3ヶ月
3-6ヶ月
6-12ヶ月
変量効果
変量効果
変量効果
変量効果
-2.4929
-0.896
-0.3066
0.1771
[-2.2032]**
[-0.8708]
[-0.6046]
[0.2896]
GDP成長率
-0.2091
-0.5193
-0.367
-0.0917
[-2.3914]** [-6.4552]*** [-7.7132]***
[-1.6209]
定数項
19.2901
22.2683
18.059
16.4455
[6.5558]*** [8.3813]*** [14.6210]*** [11.0105]***
N
559
559
559
557
r2-within
0.011
0.0721
0.1027
0.0041
Hausman検定
3.9
4.55
1.14
2.59
* p<0.1, ** p<0.05, *** p<0.01
1年以上
変量効果
4.1515
[2.3584]**
1.1973
[9.0002]***
22.4312
[4.8194]***
558
0.1386
2.06
この表 7 から分かるように離職期間 1 ヶ月未満の失業者は増加し、1 年以上の失業者数は関
しては解雇規制が緩和された場合減少するということが出来る。その他の期間に関しては
離職期間と解雇規制の強弱には明確な相関は確認されない。
第7節
年齢別雇用量が離職期間に与える影響
先ほどの分析から解雇規制緩和の影響を一番受けやすいのは若年労働者であることが明
らかになった。そこで最後に年齢要因を考慮に入れ、離職期間別失業者に関する分析を行
う。推定式は以下の通りである。
(durationit ) = α + β1 𝐺𝐷𝑃𝑔𝑟𝑜𝑤𝑡ℎ𝑖𝑡 + 𝛽2 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜19 it + 𝛽3 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜24 𝑖𝑡 + 𝛽4 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜29 𝑖𝑡 + 𝛽5 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜34 𝑖𝑡
+ 𝛽6 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜39 𝑖𝑡 + 𝛽7 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜44 𝑖𝑡 + 𝛽8 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜49 𝑖𝑡 + 𝛽9 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜54 𝑖𝑡 + 𝛽10 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜59 𝑖𝑡
+ 𝛽11 𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜64 𝑖𝑡 + εit
21
𝐺𝐷𝑃𝑔𝑟𝑜𝑤𝑡ℎ𝑖𝑡 : i 国 t 年の経済成長率、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜19 it : (以下全て i 国 t 年の)15~19 歳の雇用量、
𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜24 𝑖𝑡 : 20~24 歳の雇用量、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜29 𝑖𝑡 : 25~29 歳の雇用量、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜34 𝑖𝑡 30~34 歳の雇用量
𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜39 𝑖𝑡 : 35~39 歳の雇用量、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜44 𝑖𝑡 : 40~44 歳の雇用量、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜49 𝑖𝑡 : 45~49 歳の雇用量
𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜54 𝑖𝑡 : 50~54 歳の雇用量、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜59 𝑖𝑡 : 55~59 歳の雇用量、𝑎𝑔𝑒𝑡𝑜64 𝑖𝑡 : 60~64 歳の雇用量
結果は以下の通りである。
表 8:年齢別雇用量が失業期間に与える影響
被説明変数
採択モデル
GDP成長率
15~19歳
20~24歳
25~29歳
30~34歳
35~39歳
40~44歳
45~49歳
50~54歳
55~59歳
60~64歳
_con s
N
r2
1ヶ月未満
固定効果
-0.1228
0.0044***
0.0021
-0.0024*
0.0019
0.0017
0.0012
-0.001
-0.0002
-0.0001
0.0013
-5.5052
601
0.0884
1~3ヶ月
固定効果
-0.5715***
0.0004
0.0028**
0.0007
0.0001
0.0026**
0.0007
-0.0004
-0.0001
0.0007
-0.0012
7.5804**
601
0.1498
3~6ヶ月
固定効果
-0.3468***
-0.0013
0.0027***
-0.0008
0.0012
0.0013*
-0.0012**
0.0003
0.0005
-0.0001
-0.0004
11.8293***
601
0.0979
6ヶ月~1年
固定効果
-0.142**
-0.0025**
0.0016*
-0.0002
-0.0006
0.0008
-0.001
0.0007
0.0004
-0.0012
-0.0003
17.9207***
599
0.0424
1年以上
変量効果
1.2629***
0.0023
-0.0031**
-0.0019
0.0021
-0.0029*
-0.0015
0.0014
-0.0009
-0.0007
0.0065**
36.7168***
600
* p<0.1, **p<0.05, *** p<0.01
これより、仮に 15~19 歳の労働者が解雇された場合、離職期間 1 ヶ月未満の失業者は減少
し、6 ヶ月から 1 年未満失業する失業者の数は増加すると言うことが出来る。20~24 歳の
労働者に関しては 1 ヶ月から 1 年未満離職する失業者に関しては雇用量が減った場合減り、
1 年以上離職する失業者が有意に増えると言うことが出来る。このことから若年労働者が労
働市場に増えた場合、すぐに仕事には就けず、失業期間は長くなる可能性がある。
第8節
若年労働者の失業の長期化の問題点
若年労働者の失業及びその長期化には次のような問題点があると考えられる。まず企業
で働くということは同時に人的資本の蓄積にもなっているという点に着次する。仮に失業
が長期化した場合、これらの蓄積はなされないということになる。このことは長期的な視
点で見て日本の労働者の能力の低下に繋がり、経済成長という観点から見て阻害要因にな
る可能性がある。
22
第3章
第1節
職業紹介機関に関する分析
ハローワークのマッチング効率性
この章では日本の公共職業紹介所であるハローワークについて現在の仕組みを確認した
後、求職過程を 2 つに分けて、マッチング効率性について述べる。その後様々な職業紹介
機関についてのマッチング効率性および利用者属性について分析している児玉・阿部・樋
口・松浦・砂田(2005)を紹介し、ハローワークは他の職業紹介所と比べマッチング効率性が
低いこと、またハローワーク、民間職業紹介所ともに若者であるほど利用者比率が高まる
一方、ハローワークは比較的不利な立場の労働者が利用しており、民間職業紹介所は比較
的有利な立場の労働者が利用していることを紹介する。
ハローワークは 2013 年において全国に 544 か所の拠点があり、29289 人(そのうち、職
員が 11348 人、相談員数 17941 人)の人員が働いている政府機関である。その次的は国民
の安定した雇用機会を確保することであり、主な業務は以下の 3 つである。
(業務 1)求職者への職業紹介
(業務 2)失業者への失業手当の給付
(業務 3)雇用保険事業の実施がある。
ここでは主に(業務 1)に関して具体的に分析する。ハローワークは企業からの求人を受
け付け、求職者に紹介している。利用者は求人の中から自分に合った求人を選び、窓口に
持っていくことで求人の紹介を受けることができる。また、21 世紀初頭からパソコン・イ
ンターネット技術がハローワークに導入され、求職者はこれを利用することで従来のよう
に長い時間を求人検索や窓口の順番待ちのために割く必要がなくなった。紹介を受けた求
職者は基本的に応募の段階で企業から断られることなく面接を受けることができる。ハロ
ーワークは雇用保険事業の実施のため、企業に対して助成金を支給しているケースがあり、
そのため、企業はハローワークの紹介を受けた求職者を応募の段階で断ることは難しいの
である。
このようなハローワークにおけるマッチングの過程は二つに分けることができ、それぞ
れについて述べる。1 つは求職者がハローワークで職業紹介を受ける過程、もう 1 つは実際
に求職者と企業の間で雇用関係が結ばれる過程である。それぞれ前者を第 1 過程、後者を
第 2 過程と呼ぶ。佐々木(2007)によれば第 1 過程におけるマッチング効率性については、
景気の上向きや窓口業務の改善などにより、改善することができる。また、近年のハロー
ワークインターネットサービスの導入から窓口業務に関するマッチング効率性は近年改善
されていると言える。しかし、第 2 過程については景気状況などによって改善させること
は難しい。これは求職者と求人企業それぞれの留保生産性が主な原因となっていると考え
られる。好景気により、求人が増えると、1 つの求人に応募する応募者は平均的に減少する。
その結果、企業間で労働者の獲得競争が発生する。労働者に対する超過需要が発生した結
果、求人企業は他社との差別化のため、高賃金を求職者に提示する。賃金の高騰によって
23
企業の採用コストは上がり、企業はコストを埋めるために採用の留保生産性を高くする。
その結果上昇した留保生産性が求職者の生産性を上回った場合には雇用契約が結ばれない
のである。これらのマッチング効率性の改善の為にはより根本的な対策が必要となる。
第2節
マッチング効率性改善の為に
第 1 過程および第 2 過程におけるマッチング効率性の改善にはハローワークの担当者が
求職者の生産性に見合った求人をより適材適所に紹介することが重要と思われる。求職者
にその生産性に見合った求人を紹介するためには求職者の能力や適性など求職者に関する
情報を担当者が把握する必要があり、その把握には担当者と求職者による面接が有用であ
る。担当者による面接によって、求職者が求職活動をしたという事実だけでなく、その内
容や進度についても詳しく把握することができる。先ほども述べたように近年はハローワ
ークインターネットサービスの導入によって第 1 過程に関するマッチング効率性は大幅に
改善された。しかし労働者に関する面談などいわゆる「コンサルティング業務」を行うた
めの次立った改善は見られないと考えられ、佐野(2004)ではハローワークにおいては外的環
境のみが発展する「業務の空洞化」が起きているという指摘もある。しかし、ハローワー
クは膨大な数の求職者が訪れるため、求職者に対して充実したコンサルティングなどを行
うことが難しいのが現状と思われる。
第3節
職業紹介機関に関する先行研究
次に職業紹介機関についてのマッチング効率性および属性について見るために先行研究
として児玉・阿部・樋口・松浦・砂田(2005)を紹介する。本論文では厚生労働省の『雇用動
向調査』および㈱リクルートワークス研究所の『ワーキングパーソン調査』を用いてマッ
チング効率性および各職業紹介所の利用者属性についての分析が行われている。またマッ
チング効率性の指標として離職期間、転職前後の賃金変化、転職者の満足度を用いている。
今回はこの中でも職業紹介所の利用者属性、離職期間、転職前後の賃金変化について見る。
本論文では離職者のうち転職者のみを扱うことでも結果には生じないことを確認しており、
今回もこの結果から転職者の議論を離職者全体のものとして一般化するものとする。
厚生労働省『雇用動向調査』を用いた分析では、まず転職者属性ごとの入職経路別構成
比の記述統計を見ることで各入職経路の特徴を見ている。その結果、中高卒および短大高
専卒であれば公共職業紹介所の利用比率が高いこと、または事務従事者および生産工程・
労務作業者であれば利用者比率が高いことが明らかになった。このことから公共職業紹介
所の利用者の多くは比較的不利な立場の労働者が多いことが分かる。広告の利用者は若年
労働者が多いがその多くはパートタイム労働者である。民間職業紹介所は 2000 年に規制が
緩和され新たに利用されるようになった。その利用者属性を見ると、教育水準であれば大
卒以上であれば利用者比率が高いこと、職業別では管理的職業従事者、専門・技術的職業
従事者が多いことが分かる。すなわち、労働市場において有利とされる労働者が多いこと
24
が分かる。
次に 1991 年から 2000 年のプールデータおよび 2000 年の単年データに関して離職期間
および賃金変化率(賃金変化率はその対数)を被説明変数とし、転職者の諸属性(性別、年齢、
教育水準、現状企業規模、現職就業形態、前職就業形態、現職職業、前職職業、現職産業、
前職産業、現職地域)および入職経路を説明変数とする最小二乗法による回帰分析を行って
いる。しかし、ここで 1 つ問題が生じている。先ほど確認したように入職経路ごとによっ
て利用者属性は異なっており、これらの属性を考慮しない場合、マッチング効率性を正確
に測れていない可能性がある。そこで、そのような要因を考慮した結果を考えられている。
その結果、他の職業紹介機関(学校、前の会社、縁故、広告、民間職業紹介、その他)は公共
職業紹介所と比べて、有意に離職期間が短いことが述べられている。また、賃金変化率関
数においても前の会社を除き公共職業紹介所よりも有意に賃金が上昇していることが述べ
られている。これより、公共職業紹介所は利用者属性をコントロールした結果でも、他の
職業紹介よりも離職期間が長く賃金上昇率が低く、マッチング効率性が低いことが明らか
になっている。
次に㈱リクルートワークス研究所の『ワーキングパーソン調査』を用いて各職業紹介の
利用者属性についての詳細な分析が行われている。具体的には年齢、学歴、前職産業、前
職職種、失業手当受給の有無を説明変数とし、被説明変数を利用経路とし、もしその経路
を利用したならば 1 とし、他の経路は 0 とする。被説明変数が質的変数であるから、ここ
ではプロビットモデルを用いて分析が行われている。その結果、公共職業紹介所は若者で
あるほど利用確率が高いこと、また失業手当を受給しているほど利用確率が高いことも明
らかになっている。これは公共職業紹介所が失業手当受給の業務も行っていることと関連
していると思われる。民間職業紹介所も公共職業紹介所よりも程度は低いものの若者であ
るほど利用確率は高まる。失業手当受給の有無も正の相関があるとの結果になっているが、
その程度は公共職業紹介所よりははるかに小さい。また、前節での結果と同様に大卒・大
学院卒であるほど利用確率が高いことが述べられている。このことから公共職業紹介所、
民間職業紹介所ともに若者であるほど利用確率は高いが属性においては前節の結果と同様
に公共職業紹介所では労働市場において不利な立場の労働者が、民間職業紹介所では同様
に若者であるほど利用者確率は増大するが、公共職業紹介所と違い、有利な労働者が利用
していることがわかる。
25
第4章
第1節
雇用保険制度に関する分析
雇用保険制度の概要と沿革
本論文で考える雇用保険制度に関する問題は以下の 2 つにまとめることが出来る。
まず、
仮に解雇規制が緩和された場合、失業給付を受け取れるかという問題である。次に失業給
付を受け取った労働者が期限いっぱいまで求職活動を積極的に行わない可能性、いわゆる
スパイク効果についての問題である。ここでは先行研究を紹介することで近年の失業給付
受給率の低下は非正規労働者の増加によるものであり、正社員が失業給付を受け取ること
が出来ない可能性は低いということを確認する。また、スパイク効果に関しても実際に確
認されていることを確認する。
まず今日の雇用保険制度と今日に至るまでの沿革を説明する。雇用保険制度は政府が管
掌する強制保険制度であり、雇用保険法に基づき、労働者が失業した場合に再就職までの
生活を保証するために一定期間一定額の支給を行う他、求職活動を容易にするなど失業者
の就業を支援するための制度である。つまり、雇用保険制度では失業者の生活を支えるこ
とを第一次的としているが、それのみではなく、失業者の再就職支援活動も含んでいる。
今日の雇用保険制度の概観は図 7 のとおりである。
このように雇用保険制度は、失業者の生活を一時的に支えるための失業給付、失業者の
能力開発、及び再就職後の雇用の安定の3つの事業を包括したものとなっている。この中
でも最も基本的な役割を果たすものは、求職者給付の基本手当であろう。ここでは今日の
基本手当の概観とそのように至った理由について言及し、この後の分析、提言につなげる
ことにしたい。
基本手当とは、失業者が受け取れる給付のうち最も基本的なものである。給付額は前職
の賃金の離職前 6 ヶ月間の平均5のうち 5 割から 8 割となっており、賃金日額が低いものほ
ど高い割合が割り当てられている。また給付額には次の通りの上限が定められている。
表 9:給付額上限一覧
30歳未満
30歳以上45歳未満
45歳以上60歳未満
60歳以上65歳未満
6405円
7115円
7830円
6723円
(ハローワークインターネットサービスより引用)
次に、給付期間は表 10 のように年齢と被保険者期間、離職理由に比例している。これは、
年齢や離職理由が再就職の容易さと関連があると考えられるためである。なお簡略化のた
めに特定就職困難者に関しては表から除外している。
詳しくは、まず離職した日の直前から 6 ヶ月毎月決まって支払われた(つまり、賞与等を
除いた)賃金の合計を 180 で除したもの(これを賃金日額という)
5
26
表 10:基本手当の給付日数
離職理由
解雇・倒産によるもの
自己都合によるもの
年齢
被保険者期間
1年未満
1~5年
5~10年
10~20年
20年以上
10年未満
10~20年
20年以上
30歳未満
120日
180日
―
30歳以上 35歳以上 45歳以上 60歳以上
35歳未満 45歳未満 60歳未満 65歳未満
90日
90日
180日
150日
180日
240日
180日
210日
240日
270日
210日
240日
270日
330日
240日
90日
120日
150日
濱田(2010)を参考に筆者作成
図 7:雇用保険制度の概観(ハローワークインターネットサービスより引用)
今日上のような制度に定まるまでには、様々な制度改正があった。中でも重要なものと
して、1984 年、1989 年、2001 年、2003 年、2007 年、2009 年のものがある。1984 年に
は、それまで失われていた給付日数と被保険者期間のリンクが復活し、自己都合退職に対
27
する給付制限期間も 1 ヶ月から 3 ヶ月に延長した。1984 年にはパートタイム労働者の増加
から、短時間労働被保険者6という新たな対象者を設けた。2001 年にはバブル崩壊の影響か
ら失業率が悪化、雇用保険の財政運営が厳しくなったことを受け、離職理由と給付期間を
リンクさせることにより、給付の適正化が図られた。2003 年には、これまでパートタイム
労働者とフルタイム労働者で別々の扱いだった保険制度が統一され、現在の給付日数が確
定した。また、給付額の下限が 6 割から 5 割に引き下げられた。2007 年には、短時間労働
者の被保険者資格が完全に統合された。最後に 2009 年には、世界金融危機により悪化する
労働市場の状況を鑑み、所定給付に数が短い年齢層に対して 60 日間の個別延長給付を認め
るなどして対応している。このように、今日の制度に辿り着くまでには様々な制度改正が
あったのである。
第2節
雇用保険制度におけるモラルハザード
これらの制度改正に当たって政策担当者の頭を悩ませ続けた問題としてモラルハザード
の問題がある。これは、失業給付が失業者の再就職行動にある種の歪みをもたらすことで、
一般には失業給付により失業者の再就職努力が損なわれ、結果として失業期間が長期化、
失業率が上昇してしまうことである。これは例えば第 1 章で言及した Mortensen and
Pissarides(1999)や、国内では小原(2000, 2002, 2004)、小原他(2008)においてその存在が実
証されている。特に小原他(2008)では支給残日数が残り 1 ヶ月を切った時点で多くの失業者
が一斉に再就職する駆け込み就職、いわゆるスパイク現象が観察された他、基本手当の所
定給付に数が長いほど再就職行動を起こすのが遅いという結果が報告されている。また小
原(2004)では、40 歳未満の失業者について、失業給付額が増えるほど再就職率が下がり、
給付いっぱいまで受給してから再就職行動を開始するという最終職抑制効果が確認された。
これらの結果は、解雇規制緩和による若年失業者の増加とそれに伴う失業の長期化に対処
しようとする本稿にとって大きなインプリケーションがある。つまり、失業者が増えるこ
とを予見して失業時の社会保障を手厚くするとき、モラルハザードの問題からかえって失
業の長期化を助長し、本末転倒の結果になってしまうことが示されるのである。次節では、
近年問題となってきている基本手当の受給者割合の低下の要因について触れながら、上で
確認した先行研究から得られるインプリケーションと含めて雇用保険制度に関する政策提
言の方向性について説明する。
第3節
求職者給付の受給者割合について
雇用保険制度の求職者給付について、モラルハザードとともに外すことが出来ない論点
として受給者割合の問題がある。受給者割合とはこの場合、雇用保険受給者÷完全失業者
数であり、失業者のうちどの程度の割合が求職者給付を受けることができているかを指す。
なお、雇用保険制度としての求職者給付は様々なものがあるが、ここでは最も代表的であ
6
一般労働者の所定労働時間の 4 分の 3 未満且つ 2 分の 1 以上の労働者のことを指す。
28
り、制度の根幹をなすものとして基本手当を対象として考える。
図 8 は完全失業者数、雇用保険受給者数、雇用保険受給者割合の推移を示したものであ
る。図 8 を見れば分かる通り、1976 年の制度開始当初は 6 割に近かった受給者割合は、今
日 2 割程度にまで減少している。
図 8:失業給付受給割合・完全失業者数・雇用保険受給者数の推移
(総務省『労働力調査』
、厚生労働省『雇用保険事業年報』より筆者作成)
第4節
受給者割合に関する先行研究とインプリケーション
雇用保険の受給者割合の減少について分析を行っている先行研究は意外にも少ない。こ
れは、雇用保険制度に関する主要な問題点が受給者のモラルハザードであったことによる
と考えられる。このことは、今日の制度に至るまでの制度変更の多くがモラルハザードの
問題に対処するためであったことからも裏付けられるだろう。数少ない先行研究の中でも、
この問題に対して定量的な分析を行っているものとして酒井(2011)があげられる。この研究
では、雇用保険の受給者割合の低下に関して重回帰分析を行い、要因を特定しようとして
いる。特に注次すべき結果としては、雇用保険の受給者割合と失業者の年齢構成には相関
が認められない点、失業者のうち前職が正規雇用だった割合が増えると雇用保険の受給者
割合も増加する点、失業者のうち失業期間が 6 ヶ月未満の者の割合が増えると雇用保険の
受給者割合が上昇する点、有効求人倍率が高くなると雇用保険の受給者割合が減少する点
があげられる。特に雇用保険の受給者割合との間に有意な相関が認められる点について簡
単にメカニズムを考えると、まず正規雇用者については非正規雇用者と比べて被保険者期
間による受給資格の制限が緩いことから受給しやすい事が考えられる。次に失業期間につ
29
いては、給付日数以内の失業者の割合が増えれば当然受給者割合も改善することが考えら
れる。最後に有効求人倍率については、失業者一人あたりの求人数が上昇したとき、失業
者が再就職することも容易になる。このとき、現職に不満を持っている労働者にとって再
就職が容易になれば自発的に退職するリスクが低くなり、そのような失業者が増える事が
考えられる。このとき、現行の制度では自発的失業者に対しては給付制限期間を設けてい
るため受給者割合は下がる。
以上で触れた結果とメカニズムから、本稿にはどのようなインプリケーションを得られ
るだろうか。雇用保険の受給者割合と失業者の年齢構成に相関がないならば、今回解雇規
制の緩和によって発生しうる若年失業者の増加は、失業給付が受給出来ないかには直接は
関わらないということになる。また、今回の解雇規制に関する議論は主に正規雇用者に対
するものであるから、解雇規制が緩和された事によって解雇が容易になるのは正規雇用者
である。受給率が下がっている原因が非正規雇用の増加として理由付けられるのであれば、
正規雇用者は失業給付を受け取れる側に入るということになり、この点からも解雇規制緩
和によって少なくとも雇用保険が受給出来ない場合は多くないといえるだろう。ただし、
最後の点について、解雇規制の緩和によって解雇された労働者が長期間失業状態のとどま
った場合はこの限りではない。また、第 1 章における分析では解雇規制の緩和は有効求人
倍率の上昇をもたらす、という結果が得られたが、メカニズムを考えると、解雇規制緩和
が雇用保険受給者割合低下の直接の原因になるとは考えづらい。今後解雇規制が緩和され
た場合に、自発的失業者がどの程度増大するかにもよるが、現時点での言及は必要ないだ
ろう。
第5章
第1節
政策提言
これまでの分析のまとめ
これまでの分析は以下のようにまとめることが出来る。解雇規制によって失業率ないし
全体の雇用量に与える影響というのは一概には言えない。しかし、雇用量の年代による割
合を変化させる可能性がある。具体的には解雇規制が緩和された際には若年労働者が解雇
される場合が多い。これは、理論的分析によっても実証的によっても同じ結果であった。
また、失業者のうちその理由の多くを占めているのが自らの希望する仕事を見つけられな
いことであることも明らかになった。その後の先行研究からハローワークには若年労働者
が集まり、特に不利な立場の労働者が集まること、その一方民間職業紹介所にも同様に若
年労働者が集まるが、比較的有利な立場の労働者が集まることが明らかになった。また、
年齢別雇用量が失業期間に与える影響を分析した結果、若年労働者の失業は長期化する傾
向あることが明らかになった。失業給付に関する分析では現在の失業給付率の低下は非正
規雇用者の増加による要因が大きく、現在考えている解雇規制緩和は主に正規雇用者に関
30
するものであるから失業給付が受け取れない可能性は低いことを確認した。その一方で、
長期的失業に陥った場合は制度面から言ってその限りではない。また、人的資本理論の観
点から、解雇規制緩和が行われた場合、終身雇用制に対する労働者の信頼が揺らぎ、企業
特殊的な技能に対して投資するインセンティブが低下する可能性があることなども述べら
れた。また、雇用保険制度に関する分析では、失業給付を受け取れない可能性は低いもの
の、給付期限いっぱいまで失業者が求職活動を積極的に行わない、いわゆるスパイク効果
の問題について指摘した。今回はこれらの理論的・実証的分析の結果および、職業紹介所
の属性を考慮して政策提言を行う。
第2節
ハローワークと民間職業紹介所の提携拡大
第 2 章の OECD パネルデータによる結果および、第 3 章における先行研究の紹介から解
雇規制緩和によって解雇されやすくなるのは若年労働者であり、また、若年労働者ほどハ
ローワーク、民間職業紹介所を利用するという結果になっている。さらに、これらの若年
労働者は一般に失業期間が長期化する傾向にあることも明らかになった。実際、日本にお
ける年齢別の失業期間を見てみると確かに日本においても成り立っているように思える(図
9)。よってこれらの職業紹介機関のマッチング効率性を高めることはよりいっそう重要にな
ってくると思われる。そこでまず政策提言の 1 つとしてハローワークと民間職業紹介所の
提携の拡大を提言する。
ここではイギリス型の制度を元にしたものを提言する。イギリスでは公共職業紹介であ
るジョブセンターと民間職業紹介所との協力を前提に進められている。ジョブセンターは
就職困難者に重点を置いている一方、民間職業紹介所は高度な人材にのみ重点を置いてい
る。ここでは両者のマーケットは異なっており、住み分けがなされている。ジョブセンタ
ーはその属性に応じて民間職業紹介所のリストを利用して職業紹介をする場合がある。そ
の一方で、民間職業紹介所もまた求人企業からの依頼に対してジョブセンターを通じて求
人 を行 う場 合が ある 。こ のよ うに 両者 は協 力補完 関係 にあ る。 その 結果 European
Community Household Panel(ECHP)によれば、イギリスにおいてジョブセンターと民間
職業紹介所は同じ程度のシェア(各々毎年ほぼ 9.9%と 8.8%)を占めている。
一方、日本ではどうであろうか。これまでの分析からイギリスと同様に日本においても
ハローワークは比較的不利な立場の労働者が利用し、民間職業紹介所は比較的有利な立場
の労働者が利用していることが明らかになった。しかし、近年少しずつ提携は見られるも
のの、ハローワークと民間職業紹介所の提携はまだまだ進んでおらず 2011 年度の『雇用動
向調査』によればハローワークが入職経路の 21.3%を占めているのに対し、民間職業紹介
所は規制緩和から 10 年以上が経っているのにも関わらず 2.4%しか占めていない7。ハロー
ワークと民間職業紹介所の提携を拡大することで以下のような利点があると考えられる。
7
ただし、国によって公共職業安定所の役割は異なっており、一概に比較することは出来な
いことに留意する。
31
まず、ハローワークと民間職業紹介所が提携することによってマッチング効率性を高め
ることが出来ると考えられる。ハローワークが比較的不利な立場の労働者に特化し、民間
職業紹介所が比較的有利な立場の労働者に特化することによってそれぞれに見合った求職
情報を提供できる可能性がある。また、就職困難者に対しては単純な職業紹介に関する情
報だけではなく求職者へのコンサルティングを行うことも重要と思われる。比較的有利な
立場の労働者は民間職業紹介所を利用することによって、ハローワークは不利な立場の労
働者に対してのコンサルティングをより重点的に行うことが出来る。また、求職者との面
談・コンサルティングを重点的に行うことで求職者の求職活動をより監視できると思われ
る。このことからスパイク効果に関してもある程度軽減できると思われる。
図 9:(年齢別)各労働者の離職期間に占める割合
(一般労働者のみ
第3節
2011 年厚生労働省『雇用動向調査』より筆者作成)
職務給制度の導入
今回、この制度を導入する経緯を説明する前に、まずは現在の日本で主流となっている
職能給制度について見てみる。
職能給制度というのは、文字通り「能力」に応じて給料を決定するものである。
「同一能
力・同一賃金」と呼ばれる。しかし、現実的に能力を測ることは難しく、その代理指標と
して年齢が用いられることが多い。これは日本において年功制が大きく普及している理由
でもある。また、これらは終身雇用制度と補完的な関係を有していると考えられる。終身
雇用制は第 1 章の人的資本理論でも確認したように企業特殊的な技能蓄積(より現実的には
それと一般的な技能との混合物)のインセンティブの 1 つとなっている。これらが有機的に
日本の雇用制度を創ってきたと思われる。しかし、今現在、解雇規制緩和の影響を考える
と、終身雇用制に対する労働者と企業の暗黙の「約束」は反故になる可能性がある。この
ように考える労働者の企業特殊的な人的資本を蓄積するインセンティブは下がると思われ
32
る。そこで次に、アメリカなどで主流の職務給制度について説明する。
職務給制度は「同一労働・同一賃金8」という言葉に代表されるように仕事内容によって
賃金が定められるものである。これはつまり勤続年数などは関係せず、どのような仕事を
しているかによって賃金が定まるものである。一般的には非正規雇用では既にこの雇用制
度となっているが、正規雇用ではこの方式はあまり普及していない。このような雇用制度
には一体どのような利点があるだろうか。まず、単純に業務内容が明確である、という点
にある。また職務内容に応じて雇っているため、職業訓練の必要があまりなく、適材適所
に労働者を配置することが出来る。また、人的資本理論の文脈に沿えば、一般的な技能に
依拠する部分が大きいと言え、労働者にとって企業特殊的な技能を蓄積するインセンティ
ブがなくても成り立つ可能性が高いと言える。また企業側にとっても労働者が企業特殊的
な技能を蓄積しなければ長期雇用のメリットは大きくないので、職務給制度によって雇う
インセンティブがあると思われる。
しかし、ここで単純に職務給制度を当てはめるのにはいくつかの問題がある。この制度
を当てはめる上で前提となるのが企業内における全ての業務を区分けすること(職務分析と
呼ばれる)である。しかし、これは実務上の煩雑さを考えた場合、特に管理職などではない
下位職業においては、見極めることは中々難しく、また、重い負担となる。日本において
職務給制度が普及していない原因の 1 つとも言われている。そこで今回は対策としてその
ようなノウハウに長けていると思われる民間コンサルティング会社による制度構築補助を
委託することを政策提言に対する付加として提言する。
今回のこの政策提言は次のような方式で行う予定である。まずハローワークに募集する
仕事のうち、このような職務給制度による賃金体系を持った仕事内容を募集する。それに
対して求職者が応募する、という形式である。また従来型の職能給制度は残す方針である。
つまりこの方式はあくまでオプションである。これは戦後から続いてきた日本型雇用制度
をドラスティックに変えるようなものはやはり、非現実的なものになりかねないとの認識
からである。
また、今回の論文の本筋からは少し外れるが、職務給制度の導入は自発的失業の増加、
すなわち転職を増加させる可能性がある。これは年功制が終身雇用を前提としており、退
職金などの存在からも明らかなように簡単には自発的な離職が出来ないような制度である
と言うことが出来るからである。しかし、そのような賃金体系を変えることによって今ま
で抑制されていた自発的失業を活発にすることが出来る可能性も存在する。そもそも解雇
規制緩和は「労働市場の流動化」を次的に行われているものであり、転職の増加はこのよ
うな労働市場の流動化に寄与するものと考えられる。
8
正確には職務給制度にもシングルレート職務給と職務給がある程度幅を持っているレン
ジレート職務給とがあり、米国での大多数は後者である。(遠藤(2005))
33
第4節
政策提言のまとめ
本稿で提言する政策をまとめると図 10 のようになる。ここまでの内容を今一度振り返る
と、まずハローワークと民間職業紹介所の間の業務提携を促進し、互いに求職者に特化し
た運営を行うことによってマッチング効率性を向上させる。また、この政策によりハロー
ワークが比較的不利な立場の労働者に特化していくことができれば、ハローワークにおけ
る求職者へのコンサルティング業務もより充実したものにすることができ、第 4 章で懸念
された雇用保険受給者のモラルハザードにも対処できるだろう。次に、新たな雇用体系と
して職務給制度を職能給制度と並行して募集する。これは人的資本理論によって得られた、
企業特殊的人的資本への投資インセンティブ減少に対する配慮である。これによって一般
的人的資本への依存分を高め、企業特殊的人的資本への投資の減少を補うことができるだ
ろう。導入にあたっての企業の負担増については民間コンサルティング会社に職務給制度
の制度構築補助を委託することによりこれを低減させる。
図 10:政策のスキーム
34
おわりに
本稿では解雇規制の緩和後の影響の分析とそれに対する提言を行った。簡単にまとめる
と、解雇規制の緩和による影響を最も受けやすいのは若年労働者であり、若年労働者の失
業は長期化する傾向にある。その対策としてハローワークと民間職業紹介所の提携強化に
よってマッチング効率性を改善する必要がある。また、解雇規制緩和によりこれまでの雇
用慣行が変化するおそれがあることに対し、オプションとして職務給制度を募集していく
こと、というものであった。特に解雇規制緩和による影響を最も受けやすいのは若年労働
者であるという知見は世間一般のイメージとは異なったものであり、このような結果を理
論的にも実証分析によっても得られたという点は本稿の意義を示すものであり、今後の政
策決定の場においても留意されることを期待したい。
しかしながら、その一方で我々に残された課題も多い。本稿では解雇規制の緩和は所与
のものとして扱った。これは本格的に研究を開始した 2013 年 6 月時点では 8 月から特区で
の緩和が開始され、将来的に解雇規制の緩和が行われることは確実であると思われたため
である。しかし、この章を執筆している 10 月末には特区における緩和は見送られており、
解雇規制の緩和が行われるかどうかは以前不透明なままである。このような現状を鑑みれ
ば、本稿で行った分析などを元に、解雇規制緩和の是非やふさわしい緩和の方法を議論す
る必要が有るだろう。これについては我々の今後の研究課題としたい。
しかし、解雇規制が失業に与える影響についてはサーチ理論、人的資本理論、実証分析
等様々な先行研究が個々独立に存在する中、それらを一度統合し、実証分析を追加しなが
ら有機的に関連付けた本稿の意義は大きいと言えるだろう。1 つの理論で示せることには限
界が有ることは言うまでもないことであり、政策の議論にあたっては様々な理論や分析結
果を総合して考える必要が有る。今後、本稿で得られた知見がどこかで活かされる日がく
れば幸いである。
35
先行論文・参考文献・データ出典
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Review 42: p245-75
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Theory of Unemployment” The Review of Economic Studies, Vol.61, No3 pp. 397-415
Mortensen.D.T and Pissarides.C.A. (1999) “Unemployment Responses to ‘Skill-Biased'
Technology Shocks: The role of Labor Market Policy “ The Economic Journal,Vol. 109,
No. 455, pp242-265
PissaridesC.A. (2000) Equilibrium Unemployment Theory [2nd edition]. MIT PRESS
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石田光男(2006)「賃金制度改革の着地点」『日本労働研究雑誌』
遠藤公嗣(2005)「賃金の決め方―賃金闘争の歴史と課題―」現代の理論・社会フォーラム
佐野哲(2004)「ハローワーク(公共職業紹介所)の役割は何か」『日本労働研究雑誌』
小原美紀(2000)「失業給付は失業を長期化させるか?」『季刊社会保障研究』第 36 巻第 3
号, 365~377 ページ
小原美紀(2002)「失業者の再就職行動:失業給付制度との関係」玄田有史・中田喜文編『リ
ストラと転職のメカニズム』(東洋経済新報社)
小原美紀(2004)「雇用保険制度が長期失業の誘引となっている可能性」
『日本労働研究雑誌』
No.528
小原美紀・佐々木勝・町北朋洋(2008)「雇用保険のマイクロデータを用いた再就職行動に関
する実証分析」労働政策研究・研修機構『マッチング効率性に関する実験的研究』JILPT 資
料シリーズ No.40
酒井正(2012)「雇用保険の受給者割合はなぜ低下してきたのか」IPSS Discussion Paper
36
Series
濱口桂一郎(2010)「労働市場のセーフティーネット」労働政策研究・研修機構『労働政策レ
ポート Volume. 7』
大竹文雄・太田聰一(2002)「デフレ下の雇用対策」『日本経済研究』
佐々木勝(2007)「ハローワークの窓口紹介業務とマッチングの効率性」
『日本労働研究雑誌』
北浦・坂村・原田・篠原(2002)「UV 分析による構造的失業の推計」財務省財務総合政策研
究所研究部
樋口・児玉・阿部(2005)『労働市場設計の経済分析』p.86-247 東洋経済新報社
Edward P. Lazear 著
樋口・清家訳(1998)『人事と組織の経済学』日本経済新聞出版社
37
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