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ベトナムでのビジネスは本当にばら色なのか
1P チャイナプラスワンとしてのベトナム 2007・11・5 555号 ベトナムでのビジネスは本当にばら色なのか 財部誠一 今週のひとりごと ベトナム取材からもどってきました。離日前、10数年前に ベトナム各地を丹念に取材した経験を持つ知人が話してい ました。「困ったらアオザイを撮ればいい」。これといった町 の風景が撮影できないときには、アオザイ姿の女性を撮れ ば絵になるよ、というアドバイスです。なるほど、そういうもの かと思ってベトナムにいってみると、事情がまるでちがって いました。「困ったらアオザイを撮る」どころか「アオザイを撮 るのに困ってしまった」のです。急速に経済発展をとげつつ あるベトナムでは、民族衣装のアオザイを優雅に着流す女 子学生たちの姿が消えてしまいました。それが近代化という ものなのでしょう。日本の着物文化がたどった道筋です。 そのかわりといってはなんですが、一緒に取材にいった内 田裕子がアオザイを作ってきました。本人がその気になれ ば、暮れの忘年会でご披露するかもしれません!? (財部誠一) ※HARVEYROADWEEKLYは転載 ・ 転送はご遠慮いただいております。 勤勉、真面目、器用、親日。 メディアを通じて描かれるベトナム人のイメージは、海外 進出する日本企業にとっていいことづくしです。しかし、本 当にベトナムは日本の製造業にとって天国のようなところ なのか。そのような問題意識を持って今回、ベトナムに取 材にいってきました。実際に大企業によるベトナムへの直 接投資はこの2、3年で急速に伸びています。(投資額の 推移)。その先鞭をつけたのがキヤノンです。その論理は 「チャイナプラスワン」という言葉に集約されます。輸出拠 点として中国で生産を続けている日本企業が、生産拡大 の必要に迫られた時、中国国内に新工場を設立するより も、他国に目を向けたほうが良いのではないかというとこ ろから始まっています。中国は市場としても魅力的だし、 経済発展もまだまだ続くだろうが、電気や水などの基本イ ンフラが依然として不安定であることや、環境問題、さら にはバブル経済化の様相の深まりなど、リスク要因も急 増している。なによりも人件費など生産コストが上がって きている。そこで次なる生産拠点としてベトナムが急浮上 してきました。 かつてはベトナム経済の中心は南のホーチミン市で、北 のハノイは首都であり、政治の中心と認識されてきました が、この数年で状況は一変し、直接投資の金額でいまや ハノイがホーチミンを上回るように成ったのです。なんとい ってもハノイの強みは世界最大の製造業の集積地となっ た中国華南エリアに近いことです。トラックを飛ばせば3日 で華南から金型や各種部品を調達できるし、出来上がっ た製品を中国に輸出するにももってこいの立地です。そ のメリットを最大限いかしているのが、2006年6月に住友 商事が開発したタンロン工業団地である。ハノイの玄関、 ノイバイ国際空港から50km、ハノイ市内へは30kmという 好立地。松下電器やTOTO、デンソーなど隆々たる日本 企業が名を連ねていますが、この工業団地に真っ先に入 居を決めて、いまやベトナム最大の輸出企業となってい るのがキヤノンです。なんといってもベトナムへの関心を 一気に高めたのは、昨年11月に安倍元首相がベトナムを 訪問する際に、御手洗冨士夫経団連会長(キヤノン ◆ベトナム概要 面積 : 33万平方km(日本の約 0.8 倍) 人口 : 8312万人 (2005年12月) 首都 : ハノイ (人口317万人) 言語 : ベトナム語 (識字率93%) 年間平均気温 : 23. 4度 年間降水量 : 1493mm (東京1460 mm) 通貨 : ベトナムドン (1 ドル=約1万6千ドン) 歴史 : 1945 年 フランスより独立 1954 年 南北分断 1965 年 ベトナム戦争勃発 1975 年 ベトナム戦争終結 1986 年 ドイモイ政策発表 1995 年 ASEANに加盟、 米越国交回復 2006 年 WTO加盟 2P 会長)が急遽、6人の副会長を含む、130人もの 大訪問団を仕立てて首相に随行したことでした。 このベトナム訪問をきっかけに、メディアのベトナ ムブームが一気に高まりました。 即席フォーのナンバーワンは日系企業 現在、ベトナムはビジネスの世界でもっとも注 目されている国になりました。大企業から中堅・ 中小企業にいたるまで、海外進出を考える企業 なら、必ず一度は検討する国となっています。ビ ジネスだけでなく、ベトナムはこの数年、日本の 若い女性たちのあいだで人気スポットになってい るのはご存知でしょうか。ありとあらゆる「カワイ イ」小物がハノイやホーチミンで驚くほど安い値 段で売られていて、そういったベトナム雑貨が旅 の大きな魅力になっているというのです。もちろ ん旅にはグルメが欠かせませんが、その昔1000 年にもわたる中国支配の歴史があり、さらに19 世紀末から半世紀以上、フランスの統治下に置 かれていたことから、ベトナムは中国とフランス 両国の影響をうけながら独自の食文化を創り上 げてきました。要するにベトナムには「美味い物」 があるということです。中国やフランスだけでは なく、米の文化は日本とも共通します。有名な “生春巻き”は米粉で作った薄いライスペーパー で野菜や海老などを巻いたものだし、ベトナムの 国民食であるつゆそばの“フォー”は米粉で作っ た白い平麺をつかっています。 ベトナムにはホーチミンとハノイというが2大都 市がありますが、フォーは南から北にいくほど、 スープがすっきりとした味になっていくというのが 一般的な理解です。実際、フォーを食べ続けて みると、確かにその通りで、南の商都ホーチミン のフォーは具もごてごてとたくさんのっており、味 も濃い。ところがハノイにいくと具も少なく、だしの きいた薄味が多い。美食家の日本人には間違い なくハノイのフォーに軍配があがるのではないで しょうか。 ベトナム人は朝から晩までフォーを食べていま すが、フォーのチェーン店で大成功しているべト ナム企業があります。 「PHO24 CORPORATION」です。これは24時 間オープンという意味ではなく、24種類のフォー がだいたい24万ドンで食べられるという意味で つけられたそうです。ベトナムでは古くて不衛生 なフォー屋が大半を占める中、この「PHO24」は 店内も小奇麗で、厨房はガラス張りのオープン キッチン。調理人は手袋をつけるなど、衛生にも 気を配っており、若い人を中心に大人気だとい います。私も取材かたがた食べてみましたが、じ つに美味しかった。 もっとも「PHO24」を訪ねたことには別の理由が ありました。ベトナムで大成功している大阪の即 席麺会社エースコックが発売している即席フォ ーの味がどの程度なのかを判断するための基 準をもっておきたかったのです。 麺好きのベトナム人にとってお湯を入れて3分 で出来上がる即席麺は日常生活に欠かせない 食品で、日本のお歳暮やお中元に相当する贈 答品として即席麺を贈ることもあるといいます。 そのベトナムの即席麺市場において、なんとこ のエースコックが7割近いシェアを独占している のです。ホーチミン市に拠点を置くエースコック は、日本では業界5位ですが、ベトナムではダン トツのナンバーワンです。もちろんここまでくるの には、すんなりときたわけではありません。ベト ナム国営企業との合弁で始めた最初の数年間 は赤字が続きました。しかし、2000年に 「HAOHAO(好き好き)」という即席麺が大ヒットし たのをきっかけに、エースコックの商品に魅力を 感じていたベトナム人資本家から、タイミングよく 大型の支援を受けることができました。そのおか げで生産設備の拡張を短期間で実現することが でき、シェアを大きく伸ばすことができたのです。 途上国の市場でモノを売るのは実はそう難し いことではありません。難しいのは商品の販売 を委託した問屋からどうやって代金を回収する かなのです。そして、さらに難しいのは生産を拡 大する際に、設備投資をする資金をいかにタイミ ングよく取り込めるかにかかっています。大阪の エースコック本社も共産主義国のリスクを図りか ねて、簡単にエースコックベトナムに増資をする わけにはいきませんでした。ベトナムの銀行も邦 銀も担保を要求し、本気で融資する気はまったく なかったといいます。そこにハノイの資本家がエ ンジェルとして出現したのです。その幸運がいま の成功のベースとなったのです。そしていまエー スコックは、ベトナムを基点に世界に打って出ると いう大志を抱くまでになっています。 ベトナムでのビジネスはばら色じゃない こういう話が聞こえてくると日本企業お得意の 「視察旅行」が目白押しとなる。ハノイ近郊の工業 団地で話を聞いた日系の製造業の経営者は、日 本から続々とやってくる見学者たちに、まずこう切 り出すと教えてくれました。 「ベトナムでのビジネスは決してばら色ではありま せんよ。中国と比べて人件費が何%安いなんて 話がメリットになるのは限られた会社だけ。親会 社について出てきた、わが社のような下請けの企 業は、原材料を周辺国から輸入し、金型を中国 から輸入している。従業員も少ないわれわれにと って人件費の安さなどはあまり意味がありませ ん」 「勤勉で真面目」とさかんに言われるベトナム人 気質にも釘をさした。 「雨が降れば会社を休むし、会社の備品は盗む。 使った道具の片付けもできない。根気強く教育し なければどうにもなりません」 今年ベトナムで工場を立ち上げたある大手企業 の責任者も、まったく同様の指摘をしていました。 つまりベトナムだけを特別視するのは大間違いで あるということです。企業の海外進出はどこの国 にいっても簡単であるはずがありません。その現 実を受け入れたとき、初めてベトナムのメリットが 見えてくるのではないでしょうか。 最後に私の実感を申し上げると、たしかにベト ナムには将来的には可能性があります。けれど そのメリットを享受するには根気と時間が必要で す。だからこそ浮かれず騒がず、クールにベトナ ムを見つめていく視線が大切なのだと思います。 (財部誠一) ◆中期的有望事業展開先ランキング 00年 ①中国②米国③タイ④インドネ シア⑤マレーシア…⑧ベトナム 03年 ①中国②タイ③米国④ベトナム ⑤インド 06年 ①中国②インド③ベトナム④タ イ⑤米国 出所 : JBIC2004 年度海外直接投 資アンケート ◆エースコックベトナム概要 設立 : 93 年 12 月 法人 : エースコック 100%子会社 設備:8工場、 25ライン (ホーチミン、 ハノイ、 ダナン、 ビンロン県、 ビンユン県) 従業員数 : 3500人 生産量 : 月間2億2千億食 年間26億食 (ベトナム国内需要40億食の 65%)