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『列仙伝』にみえる身体技法を用いた不老長生術について
関西医療大学紀要 , Vol. 6, 2012 原 著 『列仙伝』にみえる身体技法を用いた不老長生術について 中吉 隆之 関西医療大学保健医療学部鍼灸学科自然科学ユニット 要 旨 『列仙伝』は七十人の仙人の伝記がしるされた古代中国早期の神仙思想を伝える重要な史料で、本草学の古典『神農本 草経』との比較研究では神仙思想と本草学との間の密接な関係も示唆されている。書中では六つの説話で不老長生のため の身体技法がみられたが、それらの技法は精気を異性から取り込む「房中術」や体操と呼吸法を用いた「導引行気」、「行 気練形」であった。これらは古代より実際に行われていた身体技法で、その内容は馬王堆の医経などからも伺い知ること ができる。また、その理論は鍼治療の治療理論と同様の考え方を持ち、鍼の補瀉手技などで応用されている。 キーワード:列仙伝、仙人、不老長生、鍼治療 Ⅰ.緒 言 Ⅱ.方 法 現在、日本は急速な長寿社会を迎えている。長寿と言 『列仙伝』 2)の中で身体技法を用いた仙人の説話を取 えば聞こえは良いが、実際には老化に伴う様々な慢性疾 り出し、彼らがどのような技法を用いて不老長生を行 患をもつ高齢者が相変わらず増加している。いつまでも なっていたのかについて検討した。 若々しく元気でありたいという人々の欲求は古代から変 わらず、中国においては仙人の伝説として今に伝えられ ている。 Ⅲ.結果・考察 『列仙伝』は七十人の仙人の伝記がしるされた古代中 『列仙伝』には七十人の仙人の説話があるが、そのう 国早期の神仙思想を伝える重要な史料である。かつては ち容成公、老子、女丸は「房中術」、彭祖、琴先は「導 前漢の劉向の作と信じられていたが、今日では後漢ごろ 引行気」、 卭 疏は「行気錬形」と六つの説話で不老長生 に成立したと考えられている。ほぼ、同時期に成立した のための身体技法が用いられていた。 と考えられている本草学の古典『神農本草経』との比較 巻上の容成公では よう せい こう こう き じょ かん ほう そ きん せん きょう そ 研究1)では『列仙伝』に掲載されている三十三種の薬 容成公者、自称黄帝師、見於周穆王。能善補導之 物のうち『神農本草経』で「久しく服さば身を軽くし、 事、取精於玄牝。其要、谷神不死、守生養気者也。 気を益し年を延ばす」とされる上薬に相当するものは 髪白更黒、歯落更生。事与老子同。亦云、老子師 二十六種類と多くあり、後漢の神仙思想と本草学の密接 也。 な関係が示唆されている。 容成公なる者は、自ら黄帝の師と称して、周の穆王 また、『列仙伝』の中には鍼灸医学と関連の深い「精」 に見ゆ。能く補導の事を善くし、精を玄牝に取る。 や「気」を取り扱う不老長生のための身体技法について 其の要は、神を谷いて死せず、生を守り気を養う者 の記述があり、今回はそれらの技法について検討を行っ なり。髮白くして更に黒く、歯落ちて更に生ず。事 た。 は老子と同じ。亦云う、老子の師なりと。 まみ みずか よ ほ どう ぼくおう よ げん ぴん やしな やしな さら しょう また い とみえます。 「谷神不死」は『老子』第六章の 谷神不死。是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地之根。 76 『列仙伝』にみえる身体技法を用いた不老長生術について からの語で、さまざまな解釈がなされているが、一般に 行り、草木、何をか得て長く、日月、何をか得て は「谷間の神はいつまでも死なない。これを神秘的な牝 明らかならん、と。天師曰く、爾、天地の請(情・ と呼ぶ。神秘的な牝の入り口、これを天地の根源と呼 精)を察するや。陰陽、正と爲す。万勿(物)之れ ぶ」と解釈されている。玄牝は女性の生殖器のことを指 を失えば而ち継がず。之れを得れば而ち贏ん。陰を し、谷間の神とは、その形状や谷間で不断に水が湧き出 食し陽に擬れば、神明に稽らん。 なんじ もと すなわ さか のっと いた す働きを、新たな生命を次々と生み出す女性の生殖器に と全ての物は陰陽が根本であり、陽である男は陰の気が たとえ、万物を生成する根源の象徴として理解されてい 不足しやすく、その場合は女性から陰の気を取り入れる る。しかし、谷神の「谷」を「養う」と解釈する説もあ 事で神明に通じることができると述べている。 り、容成公の説話では文章の流れから、「神を谷いて死 房中術は古代中国の性医学のことであるが、その目的 せず」と「精神」を養うことで死ぬことが無い、と述べ は性行為によって延命長寿を図ることである。そして、 ていると考えられる。 その最大の特徴は、女性の中に存在する精気を交接に 容成公は補導の術に精通しており、新たな生命を生み よって取り入れるという考え方にある。鍼灸医学の基本 出すことのできる女性の精気を吸収する事で若返り、白 的文献である『黄帝内経』には、病因としての房事の記 くなった髪が再び黒くなり、抜け落ちた歯が生えかわっ 述があるものの、房中術に関する記述は無く、両者は無 た。補導とは房中術の用語で、精気を体内に導き入れ、 関係のようにもみえる。 精力を補い充たすことで、この場合は、男性が交接に しかし、同じく馬王堆漢墓の房中書『天下至道談』に よって女性から精気を吸い取る術の事を言う。 は やしな 巻上の老子の場合も、同様に てん か し どうだん あま 凡そ彼の身を治むるは、務め精を積むに在り。精羸 す 好養精気、貴接而不施。 せい か ほ (贏)れば必ず舍つ、精夬(缺)くれば必ず布(補) しゃ とき か こ な 好んで精気を養い、接して施さざるを貴ぶ。 す、布(補)舍 の時、精夬(缺)くれば之 れを爲 と、房中術で精気を養っていたことがみえる。 す。 房中術により若返るのは男性だけではなく、巻下の女 と身を治めるには、その務めは精を積むことで、精が余 丸の場合では れば必ず捨て、精が不足すれば必ず補い、補捨する時に 女丸者、陳市上沽酒婦人也。作酒常美。遇仙人過其 は、精が不足すればこの方法を用いるとある。 家飲酒、以素書五巻為質。丸開視其書、乃養性交接 これは『黄帝内経霊枢』九針十二原第一にみえる 之術。丸私写其文要、更設房室、納諸年少、飲美 凡用鍼者、虚則實之、満則泄之 酒、与止宿、行文書之法。如此三十年、顏色更、如 凡そ鍼を用いる者は、虚すれば則ちこれを実し、満 二十時。仙人数歳復来過、笑謂丸曰、「盜道無私、 つれば則ちこれを之を泄らす。 有翅不飛」。遂棄家追仙人去、莫知所之云。 ちん し じょう 「虚すれば補う。実すれば瀉す」と同じ考え方である。 う 女丸なる者は、陳 の市 上 に酒を沽 るの婦人なり。 つまり、房中術の中に鍼灸の治療原則をみることができ 酒を作りて常に美し。 遇 仙人其の家に過ぎりて酒 るのである3)。 を飲み、素 書 五 巻 を以て質 と為す。丸、開きて其 次に、「導引」、「行気」について見ていく。巻上の彭 の書 を視 るに、乃 ち養性交接の術なり。丸、私 か 祖の場合は つね うま たまたま そ しょ ご かん しょ み そ よ ち すなわ ひそ よう ぼう しつ もろもろ に其の文の要を写し、更に房室を設け、 諸 の年少 彭祖者、殷大夫也。姓籛、名鏗。帝顓頊之孫、陸終 を納 れ、美酒を飲ましめ、与 に止 宿 し、文書の法 氏之中子。歴夏至殷末、八百余歳。常食桂・芝、善 を行う。此くの如くすること三十年、顔色 更 まり、 導引行気。歴陽有彭祖仙室。前世禱請風雨、莫不輒 二十の時の如し。仙人、数歳にして復た来たり過ぎ 応。常有両虎、在祠左右。祠訖、地即有虎跡云。後 り、笑いて丸に謂いて曰く、「道を盜みて 私 する無 昇仙而去。 し、 翅 有 るも飛ばず」と。遂 に家を棄て、仙人を 彭祖なる者は、殷の大夫なり。姓は籛、名は鏗。帝 い とも か し しゅく ごと あらた すうさい ま い よ わたくし つばさ あ つい ゆ な 追いて去り、之く所を知る莫しと云う。 せんぎょく たい ふ こう せん りくしゅう し か へ いん 顓 頊 の孫、陸 終 氏の中子なり。夏を歴て殷の末に いた けい し とあり、女丸は仙人の持つ房中術の書を盗み見して書き 至るまで、八百余歳なり。常に桂・芝を食らい、導 写し、その方法を三十年実践することで、顔色は二十歳 引行気を善くす。歴陽に彭祖の仙室有り。前世に禱 の時のように若返ったとある。 りて風雨を請うに、輒 ち応ぜざる莫 し。常に 両 虎 馬王堆漢墓の房中書『 十 問』の一問には 有りて、祠の左右に在り。祠り訖われば、地に即ち じゅうもん 黄帝、天師に問いて曰く、万勿(物)、何をか得て れきよう いの すなわ な ほこら あと まつ のち りょう こ お しょうせん すなわ さ 虎の跡有りと云う。その後、 昇 仙して去る。 77 関西医療大学紀要 , Vol. 6, 2012 ぜつ とある。彭祖は夏の時代を歴て殷の末年には八百歳を越 引行気、喬摩、灸熨、刺焫、飲藥といった治療法の名が えており、肉桂、霊芝を常食として、導引行気の法を行 挙げられており、当時、導引行気を用いた治療が行われ う事で不老長生であった。 ていた事がわかる。 『神農本草経』 4) には牡 桂 が木上品で「久服、通神、 また、巻上の卭疏においては ぼ けい きんけい 軽身不老」。菌桂が木上品で「久服、軽身不老」。赤芝・ 卭疏者、周封史也。能行気練形 黒芝・青芝・白芝・黄芝は草上品で「久食、軽身不老、 卭疏なる者は、周の封史なり。能く気を行らし形を 延年神仙」、紫芝は草上品で「久服、軽身不老、延年神 練る。 めぐ からだ 仙」の作用があると書かれている。 とみえる。「練形」とは體をねって健全にする道家の術 彼が行った「導引行気」の「導引」とは「道引」とも 6)とあり、これは「導引」と同様な身体技法であろう。 しるされ『荘子』刻意篇には これらの方法は身体を動かして精気のめぐりやすい状 すい く ゆう けい ちょう しん 吹呴呼吸し、吐故納新、熊経 鳥 申するは、寿を為 態を作りながら清気を吸って体の目的とする場所に精気 すのみ。此道引の士、養形の人、彭祖寿老なる者の をめぐらせたり、取り入れたり、体に滞っている邪気を 好む所なり。 呼気とともに体外に吐き出す方法と考えられる。鍼治療 とあり、「導引」は熊や鳥といった禽獣の姿形などをま においても呼吸を利用した手技が呼吸補瀉法として知ら ねて行う体操のことだと理解されている。「熊経鳥申」 れており、簡単な方法としては、患者の呼気時に鍼を刺 とは熊が二本足で立って体をブルブルと揺り動かす様子 入し、吸気時に抜鍼する方法を補法、吸気時に刺入し呼 で、鳥申とは鳥のように首をのばす又は空をとぶときに 気時に抜鍼する方法を瀉法として利用している。 足をまっすぐ後ろに伸ばす姿と考えられる。また、『淮 かも てながざる ふくろう 南子』「精神訓」には熊、鳥、鳧、 蝯 、 鴟 、虎の六 種類の動物のポーズを真似た導引の型がしるされてい Ⅳ.結 論 るが、さまざまな動物の動作を模倣したものとしては、 『列仙伝』は古代中国の仙人の伝記をまとめた書で、 虎・鹿・熊・狼・鳥の動作を模倣した後漢時代末期の名 古代中国早期の神仙思想を伝える史料である。書中では 医華佗の「五禽戯」がよく知られている5)。 六つの説話で不老長生のための身体技法がみられたが、 「導引」は「行気」とよばれる呼吸法とよく組みあわ これらは老化とともに失われていく精気を異性から取り されるが、「行気」の基本原理は「吐故納新」で、ふる 込む「房中術」や体を動かしながら呼吸を用いて体内の い気を吐き出し、あたらしい気をいれることによって若 精気の新陳代謝を行う「導引行気」や「行気練形」で さを保つという考え方からきている。「馬王堆」から出 あった。これらは古代より実際に行われていた身体技法 土した「導引図」(図1)には当時の導引の様子が描か で、その内容は馬王堆の医経などからも伺い知ることが れているが、呼吸を行いながら導引を行っていることが できる。また、その理論は鍼治療の治療理論と同様の考 見て取れる。『黄帝内經霊樞』病傳第四十二には、岐伯 え方を持ち、鍼の補瀉手技などで応用されている。 が黄帝に説いた九針以外に、病気の治療方法として、導 注 釈 1)大形徹「『列仙伝』にみえる仙薬について:『神農本草経』 の薬物との比較を通して」(『人文学論集』第6集、1988 年)61 ~ 79 頁。 2)尾崎正治・平木康平・大形徹『鑑賞 中国の古典 第9 巻 抱朴子・列仙伝』、角川書店、1988 年。 3)大形徹「房中術の精気と鍼灸の精気」第 13 回日本鍼灸史 学会大会講演、特別講演発表資料、日本鍼灸史学会、平 成 17 年 11 月 27 日。 4)森立之『神農本草経』、文祥堂書店、1933 年。 図1 出所)傅挙有・陳松長編著『馬王堆漢墓文物』、湖南出版社、 ( 一九九二年、一四九頁。 馬王堆から出土した導引図の一部を改変した。 (注)二人の口元に注目すると、呼吸法を実践しているのがよく 分かる。 78 5)大形徹『不老不死 仙人の誕生と神仙術』、講談社、1992 年、192 ~ 198 頁。 6)『大漢和辞典 縮寫版 巻 11』大修館書店、昭和 51 年 第 5刷。 『列仙伝』にみえる身体技法を用いた不老長生術について Original Research The Perpetual Youth and Longevity of the Body Techniques in the RESSENDEN Takayuki NAKAYOSHI Faculty of Health Sciences, Kansai University of Health Sciences Abstract The RESSENDEN( 列 仙 伝 )is an important legendary story which passed along the thought of early ancient Chinese celestial being. and it describes the biography of seventy celestial beings. There are six stories in this book that written about the body technique of an eternal youth, and these techniques are called the BOCYUJYUTSU(房中術),the DOHINKOHKI(導引行気)and the KOHKIRENKEI(行気練形). These body techniques had been practiced since ancient times, and we can know a little about its contents from the ancient medical books of the MAOHTAI(馬王堆). And the theory of these techniques is similar to the theory of Acupuncture, so we apply the theory to the HOSHA(補瀉:supplementation-pergation releasing)techniques. Keywords:RESSENDEN, SENNIN, The perpetual youth and longevity, Acupuncture 79