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=国民健康保険の改革が進まない理由=
レポート(Vol.8 H24 年 7 月 12 日) =国民健康保険の改革が進まない理由= 最近、高齢者医療制度に並んで生活保護医療もマスコミを通じて報道されるようになっています。 しかし、この二つの制度の狭間にある国民健康保険制度は、数十年にわたり財政的な面での改革が継続 して実施されていますが、依然として、財政面での厳しさは増すばかりです。国が運営単位を市町村か ら都道府県に移行させようとしている国民健康保険制度の抱える課題について、2012 年 6 月 6 日に更新 された「平成 22 年度 国民健康保険事業年報」等に基づきレポートします。 <本文> 1 国民健康保険制度の加入者像(年齢と所得) 制度発足時は、被用者保険はサラリーマン、 国民健康保険は自営業と職業に応じた加入の区 分でしたが、現在では、大きく様変わりしました。 サラリーマンが退職して国民健康保険に加入 するという形で、被用者保険卒業後の受け皿とな っている一方で、自営業や日雇いで過去保険料を 十分に支払ってこなかった高齢者層は、国保から さらに生活保護に移行するという流れが定着し ています。特に、団塊の世代と言われる年齢層が 本格的に高齢化するこれからは、 この流れが加 速することになります。 これは、各制度の加入者の年齢構成をみると よくわかります。 右図は、各世代別の、被用者保険と国保に加入して いる比率(平成 21 年度実績)を示しています。 年齢を通じた全体平均では、国保加入者は医療保険 加入者の 1/3 程度(4 千万人弱)ですが、細かく年齢別 でみると、国保加入者は、0 歳から 50 歳までは 2 割程 度、50 歳代では 3 割から 4 割、60 歳前半では 5 割強に 増え、 65 歳以上では 8 割前後が国保加入者になります。 現在、後期高齢者医療制度の加入者である 75 歳以上 の人を昔のように被用者保険又は国保に加入させれば、 8 割以上が国保加入者になることは容易に予測され ます。 75 歳以上の1人当たり医療費は、50 歳代前半の約 4 倍の額ですから、後期高齢者医療制度を廃止して加入 関係を変えただけでは、国保の医療費が急増し、財政 破たんすることは確実です。この医療費が高い高齢者 世代の加入比率が高いことが、国保問題の根源です。 1 後期高齢者医療制度 また、右図は、生活保護医療と国保加入者 (75 歳以上は後期高齢者医療制度)の年齢別の 比率を比較したものですが、ピークが 60 歳代 後半であるなど、構成は極めて似ています。 同じような対象者が、国保でとどまるか、生 活保護になるかという、所得面での要素、特に 年齢層からみて年金受給額(保険料納付期間等 を反映)の影響が大きいと考えられます。 国保の運用を厳しくすると生活保護が増える という関係にもあり、こうした生活保護と一体 の議論をしないといけないのも国保問題の解決を難しくしています。 2 国民健康保険制度の財政状況 後期高齢者医療制度が施行された平成 20 年 度では、国保財政が黒字の保険者(市町村・組 合)は 1,100 を超えていましたが、平成 22 年度 では 900 を下回り、一方、平成 22 年度の赤字保 険者は 1,000 を超える間際までになっています。 一方、国保保険者の収入(全体計)について も、保険料が 1/2、国庫が 1/2 という元々の制 度とは大きく様変わりをしています。保険料は わずか 1/4 程度であり、国庫・都道府県等の支 出金が 1/3 程度のほか、被用者保険からの財政 調整金が 2 割程度、国保保険者相互の共同事業 交付金が 1 割程度、そして市町村からの繰入金 が 1 割程度となっています。 本来、加入者の保険料負担は 1/2 とする医療 保険制度の原型からすると、様々な制度間調 整・保険者間調整等に依存する財政構造であり、 後期高齢者医療制度と同じく、 「保険制度」とは 既に言えない状況にあります。 また、市町村の1人当たり保険料調定額(全 平均)は、平成 22 年度で 6.3 万円(年額)と 1人当たり保険給付費の 1/4 の水準でしかない のですが、それでも収納率は、9 割を下回る 水準で推移しています。 こうした収納率の低さが、昔から被用者保険 側の不信感を高めて、制度間の財政調整に対す る強いアレルギーとなっていることも、国保問 題の解決を難しくしています。 2 3 国保問題は徴収実務が大きな制約条件 被用者保険は保険料の源泉徴収が完全に行われており、事業者が不正等をしない限りは、徴収漏れ が起きることはありませんが、 後期高齢者医療制度では、 当初は年金からの源泉徴収であったものの、 政治的な思惑から、源泉徴収と普通徴収の選択制となり、その結果、収納率が低下しました(レポー ト Vol.7 参照) 。 このように、源泉徴収以外の徴収方法では、徴収こととは高くかつ収納率は自ずと低下するもので すが、それでも市町村国保では 9 割近い収納率であることは(保険制度としては低いという印象はあ るものの) 、国民年金保険料の収納率が 7 割を切る水準であることの比較からいえば、高い水準にある と言えます。これは、国民年金保険料の収納事務を市町村を活用せず国に一元化した際に収納率が 一気に 5 ポイント以上低下した歴史を見ても、市町村の徴税組織が、しっかりと地域に根付いている ことの反映と考えられます。 源泉徴収を活用できない又は活用が限定的な地域保険では、その安定した制度運営のためには、 徴収実務が大きな制約条件となることから、制度理念等とは別に、現実的な問題として考える必要が あります。 しかし、後期高齢者医療制度の廃止をうたう民主党のマニフェストは、 「年齢による制度の分断の解 消」 「運営責任の明確化(広域連合への批判)」 「医療保険の一元的運用(将来は地域保険に一本化) 」 という批判を軸に、高齢者医療制度改革会議の議論を開始し、平成 22 年 12 月に、 「最終とりまとめ 」が行われましたが、 (http://www.mhlw.go.jp/bunya/shakaihosho/iryouseido01/dl/info02d_k.pdf) 残念ながら徴収実務に関する検証は一切なされていません。実は、このことが、都道府県を運営主体 とする実務面での最大の課題になっているものと考えられます。 高齢者医療制度改革会議の議論に係る厚労大臣6原則 (1)後期高齢者医療制度は廃止する (2)民主党マニフェストで掲げている「地域保険としての一元的運用」の第一段階として、高齢者の ための新たな制度を構築する (3)後期高齢者医療制度の年齢で区分するという問題を解消する制度とする (4)市町村国保などの負担増に十分配慮する (5)高齢者の保険料が急に増加したり、不公平なものにならないようにする (6)市町村国保の広域化につながる見直しを行う 都道府県も徴税組織を持っていますが、それは都道府県税固有のものに重点が置かれ、国保保険料 の徴収基盤となる住民税については、都道府県は、基本的に市町村民税の上乗せで徴収しており、 実際の徴収能力は決して高くありません。仮に、都道府県が自ら国保険料を徴収するとした場合、 国が国民年金保険料の一元徴収をして失敗したのと同じく、収納率が激減する=都道府県の繰入額が 急増する可能性が高くあります。これを防止するには、都道府県で多くの徴収人員を増やすことにな りますが、これも給与費等の増を招きます。いずれにしても都道府県にとっては、自分の工夫等が 地域の医療・医療保険の運営に直接反映できるような仕組みがなければ、現実的な選択肢にはならな いでしょう。 運営責任が不明確と批判を浴びた後期高齢者医療制度の広域連合は、財政単位の規模を大きくしつ つ、市町村の徴収組織の活用を継続するという現実的な課題に対応するため、苦肉の策として生み出 した=徴収実務を制約要件として考えたものあり、単純な運営主体論で合意形成できる問題ではあり ません。理念だけでは、現実的に制度が動きません。 3 4 都道府県別の医療費と保険料の格差の大きな制約条件 国保に加入する人の1人当たり医療費(年額 全国平均)は、平成 22 年度では 28.4 万円で、 概ね国民医療費(平成 21 年度)の世代平均の1人当たり医療費(年額)は 28.2 万円に相当する 水準です。 また、国保に加入する前期高齢者の1人当たり医療費は、47.3 万円と後期高齢者の 5 割強の水準 となっています。 都道府県別では、山口が 36.2 万円と最も高くなっていますが、決して、地域の医療費が高い訳で はありません。 左下図は地域の1人当たり医療費の額と前期高齢者の比率の関係を示したものですが、当然のこ とながら前期高齢者の比率の高い地域が、1人当たり医療費の額が高くなります。医療費特性で言 えば、長崎などが高いと考えられます。 また、右下図は、後期高齢者の1人当たり医療費と前期高齢者の1人当たり医療費(国保)の関 係を示したものですが、概ね前期高齢者の1人当たり医療費が高い地域は後期高齢者の1人当たり 医療費が高いことがわかります。 こうした実態は、前期高齢者から後期高齢者まで通じた都道府県単位の財政運営を裏付けるもの と言えます。 4 一方、保険者別平均保険料は、最高額は猿払村 14.2 万円、最低額は粟国村 3.1 万円と 4.5 倍の 格差がありますが、都道府県別平均保険料では、最高額は栃木 8.9 万円、最低額は沖縄 5.4 万円 と 1.7 倍の格差に縮小します。 こうした実態も、都道府県単位の財政運営を裏付けるものと厚生労働省は考えているようです が、保険者別の平均保険料の上位5・下位5を見ると小規模な市町村ばかりであり、本来的には、 こうした部分に限っては、市町村合併等の基礎的自治体の見直しの中で解決すべきものと考えら れます。 右図は同じ都道府県内の国保保険料の格差を、保険料を構成する2つの要素=応能割(所得に応 じて負担するもの)と応益割(頭数に応じて負担もの)に区分して、それぞれが、どれほどの格差 があるかを示したものです。 それぞれ 2 倍未満の格差である都道府県は、 半数未満の 22 か所だけであり、応能割率が 3 倍を超える都道府県は 4 か所、応益割が 3 倍を 超える都道府県は 2 か所となっています。これ らの大きな格差の要因は、いずれも著しく応能 割や応益割が低い、都道府県内に市町村がある という点にあります。 こうした保険料賦課に対する市町村の考えが 大きく違う都道府県においては、都道府県単位 の運営を始める大きな障害になります。 現在、負担感の低い地域が、確実に負担が上がるからです。特に、年金所得が中心の後期高齢者 とは異なり、国保全体の保険料賦課を変えるのですから、影響を与える世代は多く、多様な利害が 絡みます。後期高齢者制度を導入したときとは、比較にならないくらい大きな壁になると考えられ ます。 5 右図は都道府県別の1人当たり医療費と1人 当たり保険料調定額の関係を示すものですが、 後期高齢者と同じように、特段の関係をみるこ とはできません。 医療費の多寡とは無縁に、保険料調定額は保 険料賦課標準の差異に比例している可能性が高 いと考えられますが、国保では、後期高齢者と 異なり、保険料賦課の基礎となる所得等の計算 方法が複数種類あり、現時点では、どのような 関係にあるのか全体として検証することはでき ません。 こうした保険料賦課の方法が複数あることも、制度全体をわかりにくいものにしており、この賦 課方法の都道府県単位での一本化も、都道府県単位の運営を始める大きな障害になります。 5 まとめ 今回のレポートのポイントは、次の4点です。 ① 長年、医療保険の問題は、国民健康保険の財政問題に起因している。 国民健康保険は、被用者保険との間で医療費の高い高齢者の加入者比率が高く(必要とする財 源が多い) 、一方では、生活保護と表裏一体の制度運営で、国保単独での改革では財政運営の安定 化を図ることは困難である。 ② 国民健康保険の財政は、被用者保険と同じく急速に悪化している。 国民健康保険の赤字保険者数は、黒字保険者数を上回っており、制度自体の持続性が急速に低 下している。また、保険料の収納率も 9 割を下回る水準が継続しており、財政調整の対象である 被用者保険側の不信感は解消していない。 ③ 都道府県別の医療費の特徴は、後期高齢者も前期高齢者も共通している。 概ね前期高齢者の1人当たり医療費が高い地域は後期高齢者の1人当たり医療費が高く、 こうした実態は、前期高齢者から後期高齢者まで通じた都道府県単位の財政運営を裏付けるも のではあるが、都道府県にとっては、自分の工夫等が地域の医療・医療保険の運営に直接反映 できるような仕組みがなければ、国保運営は現実的な選択肢とはならない。 ④ 国民健康保険の改革は、現実的な、保険実務の視点がないと実現しない。 政府・与党が考える「国保の都道府県運営」は、次のような保険実務に係るリスクに対する 回答が不明確であり、理念面から、いくら時間をかけて調整しても実現する可能性は乏しい。 ア 保険料徴収の実務に対する都道府県の実施能力の有無 イ 保険料賦課の応能・応益の配分が大きく違う地域を都道府県ごとに一本化する道筋 ウ 所得計算等に複数方式のある現状を都道府県ごとに一本化する道筋 6 政府・与党が提案する後期高齢者医療制度の廃止及び国保の都道府県運営という政策方針は、14 百 万人加入の後期高齢者医療制度を廃止し、40 百万人(後期高齢者を含むと 50 百万人超)が加入する 国保全体について、保険料賦課・徴収という実務の根幹を大きく変えるものです。 後期高齢者医療制度は、広域連合の仕組みを使って市町村保険料徴収の枠組みを維持しつつ、保険 料賦課も年金収入を中心とする世代に限った限定的な範囲での見直しであり、国保本体の仕組みは大 きく変わっていません。いわば、今後、問題が大きくなる部門に限って「手をつけた」枠組みであり、 実務の現実・限界に立脚して制度化されたものと言えます。 こうした部分改正でしかない後期高齢者医療制度でも、制度施行時には、施行不備等で大騒ぎにな りました(個人的には、過去の制度改正の中でも円滑だったと思います)が、もし、政府・与党の提 案が、実務的な詰めがほとんどなされていない現状から、1,2年で実施されるとすると、どのよう な問題が噴出するのか想像もできませんし、そうした混乱を起こしてまで、実施すべき改革の内容な のかは、大きな疑問があります。 ここ数年来は、 後期高齢者医療制度の廃止という形式論に終始する政策論でしたが、最大の問題は、 これから急増する高齢者(特に後期高齢者)の医療費を、どのように・皆が納得して負担するかとい う問題であるということを、まず、共通認識にして、それを解決するには、どのような方法が低コス トで、短時間で実現できるかという合理的な解決を目指して欲しいものです。 少なくとも、与党が固執する今の案は、現実に制度運営に努力している市町村が国保(保険料徴収) を手放せるという期待値を上げる一方で、実際には保険料徴収実務のできない都道府県との関係を 悪化させるだけであり、今後の高齢者の医療費負担問題の解決には、何ら益はないように考えます。 理念だけでは、制度も事業も動かないのです。 7 6 まとめ 今回のレポートのポイントは、次の5点です。 ① 平成 22 年度での社会負担増は 6,900 億(国民1人当たり 6 千円)だった。 後期高齢者医療制度の医療費は、対前年度で 5.9%増加し全体の医療費の 1/3 を超え、医療給付費 についても給付率が 0.3 ポイント上昇した結果、医療費増加分に相当する約 6,500 億円に加え、給 付率増加分である約 400 億円が社会負担増となった。今後も続く、この医療費、給付率増加による 社会負担増(国民1名当たり年間 6 千円程度)をどのように考えるかが重要である。 ② 高齢者医療費増は平成 22 年度では現役世代の負担増で賄った。 平成 22 年度では、1人平均でみると、高齢者保険料(現年度賦課)は対前年度から 0.3%しか伸 びていない一方で、現役世代の支援金は前年度から 4.7%の増加となった。少なくとも平成 21 年度 から、平成 22 年度では、1人当たりで見れば、現役世代の負担増で総費用が賄われた。 ③ 選択制により拡大した普通徴収により、高齢者保険料の未収額が累増中。 当初の納付方式の選択制により拡大した普通徴収により、高齢者の保険料の未収額は、平成 20 年 度では 106 億円、平成 21 年度では 141 億円、平成 22 年度では 144 億円(不納欠損額を含むと 166 億円)と累増している。普通徴収について、再度、検討されることが必要である。 ④ 全体として入院医療費のウエイトが高く、また入院医療費の格差が都道府県別の格差の主要因。 1人当たり医療費は、平成 22 年度で 90.5 万円となったが、内訳としては、入院が 50%と半数を 占め、世代平均の入院 37%と比較して著しく入院のウエイトが高い。都道府県別には、1人当たり 医療費は 1.6 倍の格差があるが、主として入院医療費の格差が要因である。 ⑤ 都道府県別の高齢者保険料は、1人当たり課税標準額が高い地域ほど保険料率(換算)が低い。 本来、医療給付費の違いを保険料水準に反映すべきであるが、現状は、課税標準額の水準に応じ た保険料負担水準であり、また地域の課税標準額が高くなると保険料率が低くなる状態にある。 今後とも、地域の保険料水準を「課税標準額の水準」を基本に考えるのであれば、現役世代の 支援金負担について「所得に関わらず同じ料率で負担」とする被用者保険の改正案との均衡から 言って、高齢者の保険料も全国調整を通じて料率を同じとする方法について検討が必要である。 現在の後期高齢者医療制度は、世代間・地域間の負担の公平とは何かを議論するための『テーブル』 として考えられた仕組みです。今回のレポートも、後期高齢者医療制度という、都道府県単位の運営で 他の保険制度からの資金移動が明確になる仕組みであることから、行うことができるものです。 後期高齢者医療制度は廃止するというのが現政権の方針ですが、どのような制度になろうと、少なく とも今回のようなレポートができる透明な制度とすることが重要です。これは、訳のわからないままに 現役世代、特に、若い世代が負担を求められないようにするために必須のことと考えます。 また、現在の議論の混迷は、誰が保険者になるのかという点にあると考えますが、実質的に、後期高 齢者の医療費の保障制度は、保険という形式を使っているだけで、実質的には保険とは言えない(加入 者の保険料は全体の 7%程度に過ぎない)という現実に立脚し、どのように高齢者世代・現役世代を通 じた公平なルールで保険料・税を集めるか、また、集められた財源が各地域において効果的・効率的な 使われるような「誘因」 「仕掛け」を加えるかという二つの視点から、よく議論して欲しいと考えます。 個人的には、後期高齢者医療制度を土台に、発展的に、全国的な保険料等の徴収システムと、地域的 な医療・医療費のマネジメントシステムに分離すれば、もっと面白く、効果的なものができるのではな いかと考えていますが、こうした既存の枠組みにとらわれない、自由な議論を、是非、政府部内で進め てもらいたいと考えるところです。従来の延長線上の医療制度改正は、やり尽くしたはずですので。 8