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不動産証券化市場の 歴史を振り返り将来を探る

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不動産証券化市場の 歴史を振り返り将来を探る
Special
鼎 談
不動産証券化市場の
歴史を振り返り将来を探る
~金融からの視点を中心に~
鼎談データ
日 時 :平成 24 年 8 月 23 日
(不動産証券化協会事務所にて収録)
出席者
起こり、その度に市場関係者の倫理が議論さ
れていますが、これらの問題の背景には、実
体経済の数倍にも膨れ上がった金融市場の問
倉都 康行氏
題があります。
堀江 正博氏
場のこれまでの流れを振り返りつつ、市場の
PR テック株式会社 代表取締役
東急リアル・エステート・インベストメント・マネジメント株式会社
代表取締役社長
モデレーター
田邉 信之氏
公立大学法人宮城大学 事業構想学部 教授
18
国内外で金融機関による不祥事が相次いで
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
今回は 3 名の論客にお集まり頂き、金融市
課題や今後のリートの役割などを語っていた
だきました。
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
金融市場のきしみが証券化にも
課題を投げかけている
金だけでも約 3 倍にまで拡大しました。デリバティ
ブを加えれば、実体経済と金融市場の規模の乖離
はさらに広がります。
もちろん 、デリバティブを含め 、金融そのものの
田邉 今日は「 不動産証券化の歴史を振り返り
機能は有用ですし 、金融市場の発展も望ましいこ
将来を探る」というテーマで、特に金融の視点から
とです。ですが 、実体経済をはるかに超えるところ
議論していきたいと思います。問題意識としては、
まで金融市場が肥大化したのは、実体経済に有用
大きく二つあります。
である水準を越えて、金融収益を追求した結果で
これまで急速に拡大してきた金融・資本市場が、
もあったのではないでしょうか。これがサブプライ
世界中で大きく揺れ動いています。かかる金融の
ム問題や、欧州債務問題 、AIJ 問題など、昨今の
潮流の中で、証券化 、特に不動産証券化をどのよう
金融市場でいくつかの問題が起きる背景になって
に位置づけるべきか 、これが一つ目です。もう一つ
いると思います。不動産証券化の将来を語る場合
は、そうした不動産証券化を、日本経済の将来の
にも、こうした大きな金融市場の潮流を押さえてお
発展に資するためにどのように活用していけばいい
く必要があります。
かということです。
まず、最初のテーマについて、私なりの認識を簡
単に申し上げます。
証券化の機能はいくつかありますが 、ファイナン
倉都さんはグローバル金融市場の経験が豊富で
いらっしゃいます。こうした金融の潮流の中で、証
券化や不動産証券化をどのように位置づけるべきだ
とお考えですか。
スという切り口から見た場合、特に重要なのは「 リ
倉都 1980 年代からの流れを金融面に沿って簡
スク移転 」機能です。この機能を生かすことによっ
単にお話しします。まず 70 年代の非常に厳しいス
て、リスク分散も図られると考えられています。とこ
タグフレーションの時代を経て 80 年代に世界経済
ろが最近の金融市場の動きを見ると、むしろ証券
がそこから抜け出す大きな力となったのは、米国
化商品を通じてリスクが拡大していることすらある
レーガン政権や英国サッチャー政権による政策哲
ように感じます。サブプライムローン問題に端を発
学 、いわゆる“ 新自由主義 ”です。新自由主義によ
する世界的な金融危機やそうした証券化商品に投
る規制緩和やグローバリゼーションで経済が一段
資した欧州の金融機関の多大な損失、それらに起
と成長、それを支えたのが金融の力です。金融が
因する欧州の財政危機などが典型例です。
経済成長の原動力になった背景には、資本市場の
このため 、一時は「 証券化そのものが問題だ」と
する感情的な議論も起きましたが、実態が判明する
拡張に加え、証券化やデリバティブなどを支えた金
融工学も大きな力を発揮しました。
につれて、証券化の仕組みそのものの問題というよ
間接金融中心の市場だった日本でも、金融システ
りも、商品組成や利用の仕方に問題があったとす
ムを変えようというムードが醸成され 、商業銀行は
る考え方が一般的になりました。私もその通りだと
投資銀行を目指すなど、米英の市場型金融モデル
思います。
を追随するようになります。しかし国にはそれぞれ
しかし 、その背景には、実体経済に比べて金融
固有の経済発展の歴史があり、金融システムも急激
市場がその数倍にも膨れ上がっているという問題
には変わらない。銀行は不動産を担保にした融資
があります。たとえば 1995 年からサブプライム問
を拡大し続け、結果として不動産バブルが崩壊して
題が起きる2007年までに、世界の GDP は 2 倍弱
経営が行き詰ります。金融の変革は 90 年代に頓挫
になったのに対して、金融資産は株や債券 、預貯
するというのが第 1段階です。
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Special
むしろ、バブル後の不良債権処理の過程で金融
の仕組みを変える流れが出てきます。銀行資産の
証券化 、ローンの流通市場整備、クレジットデリバ
が生じ 、それが証券化市場のあり方にも課題を投
げかけているというところでしょうか。
倉都 そうですね。特に証券化についてはサブ
ティブなども出てきて、J
プライムローン問題が強
リートの仕 組み作りも
く影響した為に、どこま
議論され始める。バブ
でその機能を信用してよ
ル崩壊の副産物として
いか解らない 、という戸
金融に変化の兆しが見
惑いが規制当局と金融
え始めたのです。間接
市場のどちらにもあるよ
金融から直接金融への
うに思います。また日本
流れは一朝一夕には進
は不動産で非常に痛い
まないが 、第 2 段階とし
目に遭ってきたので、銀
て、低迷していた経済を
行や機関投資家は特に
再生するために資本市
場を活性化させようとす
るムードが強まっていき
ます。
しかしその後、ライブ
ドア問題や村上ファンド
問題などが起こり、新自
由主義に対して疑問が
生じて来た頃に、追い
倉都 康行氏
Profile
PRテック株式会社代表取締役。1979 年東大卒。東京銀行資
本市場部、ロンドン現地法人などの勤務の後、チェース・マンハッ
タンなどの勤務を経て 2001 年より現職。
日本金融学会会員。預金保険機構の優先株式等処分審査会委員、
産業ファンド投資法人執行役員などを兼務。
主な著書に「金融 VS. 国家」「投資銀行バブルの終焉」「予見さ
れた経済危機」など多数。
マネタリー・アフェアーズ誌編集人として、デイリー・マネタ
リー・アフェアーズ(日刊)、世界潮流アップデート(週刊)な
ども執筆。
討ちをかけるようにサブ
ケットは怖い 、市場経済はまずい」という流れが
2007~ 2008 年頃に生まれます。米国流は決してグ
ローバル・スタンダードではない 、という風潮もそれ
を後押ししました。
け出すために証券 化市
場に一つの光明を見出し
た、という認識はできて
いると思います。生まれ
たものを大きく育成させ
るところで、いくつかハー
ドルが残っているという
状況だと感じています。
不動産を切り口にBS 圧縮や
資産効率化を促す証券化
それから5 年程経過した今、それでもマーケット
田邉 不動産証券化商品の中でも、金融市場の
は重要という認識のもとで日本でも資本市場の機
動きがより端的に反映されるのが 、上場しているJ
能が定着してきたかに見えます。これが第 3 段階
リートです。堀江社長はJリート市場の初期段階か
ですね。しかし目指してきた米国の金融が崩れ 、
ら、リートの経営に携わってこられました。そうし
理想とする“ 金融像 ”を見失ってしまった。その葛
たご経験を踏まえ、リートが果たしてきた役割や
藤から脱却し切れずにいるのが 、いまのマーケット
リートと金融市場との関連をどのように考えてい
でしょう。現在はもう一段加速するために試行錯誤
らっしゃいますか。
している状況にあると思います。
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資には慎 重で す。 ただ
し 、その低迷局面から抜
くらつ やすゆき
プライムローン問題 、リーマン・ショックと続き「マー
不動産に関連した投 融
堀江 商業銀行を中心としたレンダーのバランス
田邉 証券化は経済全体に有益に機能してきた
シート圧縮という金融サイドの切り口でお話があり
ものの、一部で新自由主義のきしみとも言える部分
ましたが 、日本の事業会社も不動産を多く抱えてお
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
り銀行と似たような状況だったかと思います。
クが遅れていたことは確かです。不動産物件を買う
事業会社においても、不動産を切り口としてバラ
にしても、規制で縛られたリートと、当時はほぼ規
ンスシート圧縮を促しそれに貢献したのが証券化
制がないに等しかった私募ファンドでは勝負になら
で す。 入り口は自己流
ない状況も生まれていま
動化型 SPC で、その後
した。同時に、特に外資
にゴーイングコンサーン
系のノンリコースローン
性のあるリートが出てき
にはチェックの手がなか
て、その出口を担うとい
なか届かなかった。 私
う構図です。
募ファンドと、それにデッ
会 計 のオフバランス
トをつけるノンリコース
ニーズに限らず、事業部
ロ ー ン、CMBS へ の
門に埋まる不動産をバラ
チェックの 遅 れが マー
ンスシートから外して、
ケットのシクリカリティを
当初は過剰債務の解消
に使 わ れ た 資 金 が、
徐々に成長資金に充て
られていくというプロセ
スが進みます。その点
から証券化が果たした
役割は、金融でも事業
会社( 不動産会社を含
む)でも非常に大きかっ
た。今後は放っておい
ても経済は成長していく
堀江 正博氏
Profile
大きくした面はあります。
また日米の話も出まし
たが 、アメリカ人の家計
ほりえ まさひろ
東急リアル・エステート・インベストメント・マネジメント株
式会社 代表取締役執行役員社長。1984 年慶大卒。1984 年
東京急行電鉄株式会社入社、鉄道部を経て、多摩田園都市の宅
地開発事業や海外不動産のオフィス・ホテル開発事業、海外ホ
テル運営事業に従事。94 年から財務部にて、資本市場関連業
務に携わる。99 年連結経営委員会にて東急グループ事業再編(財
務健全性指標の提案、M&A、株式交換・資本政策等)及び IR
業務に従事。2000 年に発表した東急グループ経営方針におい
て REIT 事業参画を提案し、事業性調査を開始。01 年東急リア
ル・エステート・インベストメント・マネジメント株式会社設
立と同時に出向、代表取締役副社長就任。02 年より現職。
社団法人投資信託協会理事歴任。共著に「不動産投資法人(REIT)
の理論と実務(2011 年)」。
状 態ではないので、日
部門の借金 漬けは日本
と状況が大きく異なりま
す。私が 80 年代終わり
に米国に赴 任したとき
に、
「 ホームエクイティ
ローン」なるものがテレ
ビや新聞で大々的に宣伝
されていました。ローン
の返済の進捗や住宅価
本はより効率的な経済の運営が必要になります。
格の上昇で担保となっている自宅のエクイティが増
事業会社においても「 資金を寝かせず、バランス
えた部分を使ってお金を借りないほうがおかしいと
シートを高度利用して回転させていく。不動産はバ
いう雰囲気でした。そうした追加ローンを活用して
ランスシートの中に埋めておかずに活用する」とい
家計部門がどんどん車を買うことは日本ではまずな
う観点で、不動産を事業会社から切り出し 、資金を
いでしょう。日米の家計のメンタリティーの差は大
付けていくのがリートの役割です。この手法は今
きいです。
後の低成長時代 、少子高齢化を切り抜けていく中
で積極的に活用していくべきものだと思います。
一方で、新自由主義の行きすぎの弊害として規制
田邉 金融市場の規制が緩和され 、投資資金が
世界中を自由に行き交うようになる中で、欧米を中
心とする金融市場が拡大したのはもちろんのこと、
が追いついていなかった点は否めません。サブプ
リート市場も世界各地で次々と立ち上がり成長を遂
ライムローン問題が出るまでは、ノンリコースローン
げました。日本も同様であり、不動産証券化やリー
や私募ファンドが日本の不動産市場 、特に売買市
トは当初は主に企業の債務過剰の解消に活用さ
場をけん引してきましたが 、これらに対するチェッ
れ 、その後は都市開発資金の供給の役割を果たし
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Special
てきました。
の力で動かす、ということです。それはマネーを解
一方で、ご指摘の通り、ファンドの中でも厳格な
放してやる、という意味で、実体経済の水準を高め
規制が適用されたリートと、当初は裁量が広く認め
るためのツールであることは間違いありません。
「金
られた私募ファンドとでは、競争力に違いが生じる
融は実体経済に対する浮力だ」という話を私はよく
こともありました。逆に
しますが 、いままで企業
言えば、Jリートは一部
の財務の中に沈んでい
の 私 募ファンドのよう
た不動産を浮かび上が
に、極端に前のめりに物
らせる証券化は、バラン
件取得に突っ込んでいく
スシートを改善させるた
ことはありませんでし
めの浮力だと言うことも
た。 リート自身の経 営
出来ます。
判断に加え、一定の規
ただし 、やはりとても
制が歯止めをかけた面
便利なものは不適切な
もあったのではないで
使い方を誘発します。米
しょうか。 そう考える
と、規制緩和は競争を
通じた市場の効率化に
資するものの、市場の規
律や安定性を維持する
ためには、やはり最低限
の規制が必要だと言え
るかもしれません。
もちろん 、私募ファン
田邉 信之氏
Profile
プライムローン問題は、
証券化といえども使い方
たなべ のぶゆき
公立大学法人宮城大学事業構想学部教授。1980 年京大(法)卒。
日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)にて、不動産業調査、
都市開発、不良債権処理、不動産証券化、J-REIT などの業務に
携わり、2009 年より現職。不動産証券化協会フェロー・教育
資格制度委員長・コンプライアンス委員長、RICS フェロー、東証・
J リート view スーパーバイザー。官公庁・経済団体の委員を歴
任。主な著書に「基礎から学ぶ不動産投資ビジネス」、「不動産
証券化の基礎知識」、「不動産投資のイノベーション」など。不
動産協会、日本不動産ジャーナリスト会議などから著作賞受賞。
ドでも適正に運営され
国市場で発 覚したサブ
次第で危険な飛び道具
になってしまうことを、あ
らためて痛感させられま
した。これはデリバティ
ブズにも言えることです
が 、適切な規制やルール
はやはり必要です。それ
ていたところが大多数なので、あくまで全体論での
を踏まえた上で証券化を進めていくことが 、日本だ
話です。また、角を矯めて牛を殺すようなことが
けでなく世界の市場に求められています。
あってもいけません。ただ、数社が行き過ぎただけ
不動産金融に関する規制という面では別の問題
であっても、それが市場全体の信用失墜につなが
もあります。それは、意外かもしれませんが 、各国
るところに難しさがあります。不動産証券化という
の金融当局において不動産を熟知した人が少ない
よりも、金融市場全体の課題かもしれませんが。
ということで す。 例えば、2007年に バーナンキ
それでは、こうした金融の潮流、証券化の果たし
FRB 議長は「 米国の不動産価格下落の影響はそ
た役割を踏まえて、不動産証券化やリートのこれから
れほど問題ではない。サブプライム問題のインパク
の役割、位置づけに議論を進めていくことにします。
トも限定的だ」と発言しています。これが間違った
いまの経済は不動産を
軽視し過ぎている
認識であったことは明白です。欧米に限らず、日本
でも金融政策決定や規制導入に携わる人々が必ず
しも不動産に精通していない場合があることは
由々しきことです。不動産は経済の基礎ですが 、
倉都 証券化とは物理的に動かないものを金融
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ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
今の経済学は不動産を軽視しているようです。
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
古典経済学では必ず地代がメインテーマになって
おり、私の学生時代には経済理論を企業の利潤 、
ンの金融商品の提供です。
私はこれに加えて“ 不動産市場の近代化 ”を挙
賃金、地代を通して教わってきましたが 、最近の経
げています。日本の不動産市場は透明性の点から
済学者は地代や不動産の話をしません。私が会社
は先進国の中でも遅れたマーケットなので、われわ
をつくったときも事務所をどうするか 、賃料がいくら
れは先兵として規律と透明度を持ち込むことに取り
かかるかは一番大きな問題でした。日本経済を考
組んできました。透明度向上のメリットは、内外の
える人たちにはその感覚が抜け落ちているかもしれ
投資資金が日本の不動産市場に入りやすくなること
ません。
と、もう一つはこれに伴ってリスクプレミアムが低
不動産で痛手を被った経験があるにもかかわら
下することです。
ず、不動産と実体経済や投資活動との関連に対す
透明度を上げ規律を高めるのは本当にしんどい
る認識があまりにも乏しいというのが私の感覚で
作業です。しかしながらその努力は国民経済に資
す。不動産への問題意識を呼び戻すためにも、不
するものであり、回り回って不動産プレーヤーにも
動産と金融を結びつけた証券化商品は極めて重要
利益となる。ここは間断なき努力が必要です。残
な意味を持ちます。また J リートは11年前に世に出
念ながらある調査では日本の不動産市場の透明度
てきましたが、運用資産としても、これだけリスクと
はシンガポール、香港 、マレーシアに劣るという結
リターンの均衡が取れた金融商品はないと思いま
果さえ出ていて、ここはまだまだ改善が必要です。
す。
逆に言えば、透明度向上を通じた成長の余地があ
堀江 「 不動産が軽視されている」のには全く同
感です。経済学では生産の三要素に「 土地・労働・
資本」として、土地が最初に扱われていたものです。
サブプライム問題の直後に当局といろいろ議論す
るということです。
更に、不動産取引による事業会社への成長資金
の提供が可能なことから“ 経済成長と効率化 ”に
資することがリートの役割でもあります。
る中で、私は「 労働と資本には雇用保険と預金保
併せて震災以降注目されるのが“ 社会インフラ
険というセーフティネットがあるが、不動産には何も
整備 ”としての機能です。耐震 、耐火性の高い建
ない。
」と申し上げたことがあります。不動産も経済
物を民間資金が供給していくにあたりリートが後ろ
の根幹です。他はオーバーシュートするときのセー
で構える。特に東京は建物の3 割が旧耐震と言わ
フティネットを政策で用意しているのに、不動産に
れ 、仮に東京都区部にあるオフィス、住宅 、工場、
はそれが用意されていなかった。学問的にも研究
店舗の旧耐震のものを全部建て替えると約 28 兆円
が進むべきテーマだと思います。
かかります。これは政府の資金ではできない。都
市の持続性を高めるための耐震 、耐火性の向上が
リートの社会経済的役割
非常に大きなテーマになっていることから、リート
の役割として期待されることは本当に沢山あると思
います。
田邉 リートの役割 、位置づけという点ではいか
がでしょうか。
田邉 金融は実体経済に対する浮力ではある
が 、その肥大化がともすれば実体経済の重要性を
堀江 リートの社会経済的な役割には大きく二
見失わせることがあった。実体経済の根幹である
つあると言われています。一つは不動産の流動化
不動産についても同様である。すなわち、不動産
促進と資産デフレからの脱却です。二つ目は不動
が収益を上げる投資対象としてのみ受け止められ 、
産収益を分配するミディアムリスク・ミディアムリター
社会経済の基盤としての機能が軽視されてしまった
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Special
面がある。
しかし 、改めて振り返ってみると、実体経済にお
を活用し実物資産の価値を引き上げることによっ
て、収益を上げようという動きが出てきたのです。
ける不動産の重要性が少しも失われたわけではな
収益の極大化という意味では、当然と言ってもよい
い。むしろ、これまで以上に不動産を社会経済の
考え方かもしれません。これが金融の肥大化につ
基盤として活用していくことによって、デフレに悩む
ながった背景のひとつになったのではないでしょう
日本経済の回復 、活性化に結びつけていけるので
か。
はないか。そのときに、リートの果たす役割という
しかし 、実体経済における収益性の低下という
のは、非常に大きなものがある。これまでのご意見
のは、あくまでマクロの話であり、個々の産業 、企
をまとめると、こういうことでしょうか。
業 、都市などには、まだまだ発展の余地があるよう
リートの果たす具体的な役割は堀江さんが整理
に思います。現に、ユニクロやコンビニ各社をはじ
してくださいましたが 、その中で、規律や透明性の
め数多くの企業が業績を伸ばしているし 、これから
向上を統括して“ 不動産市場の近代化 ”と整理さ
高齢化社会を迎える中で、シニア層をターゲットに
れていたのは、確かにその通りだと思いました。不
する産業などでも、大きな成長が見込まれます。問
動産投資市場でデューデリジェンスや出口戦略が
題は、金融分野だけが自己増殖的に肥大化するの
先行的に普及し 、それが一般の住宅市場でもイン
ではなく、実体経済における成長分野に資金が流
スペクションの制度化や買換え、住替えの増加と
れる仕組みをどう構築するかにあります。昔のよう
いった形で反映されてきているのは、そうした事例
に多くの産業 、企業が成長する時代ではないので、
だと思います。
その選別眼が厳しく問われます。
市場原理がないと
効率性や成長性は出てこない
私はその機能を果たすのが 、不動産証券化のも
うひとつの重要な役割だと考えています。すなわち
証券化では、投資対象の収益力が仕組みの根幹と
なっているから、何に投資するかを投資家が厳しい
田邉 ここまでの議論で出てきたように、金融市
目でチェックします。このプロセスを通じて、将来
場の成長は有意義ではあるものの、実体経済に比
的に有望な分野に投資資金が配分されることにな
べて金融市場が過度に膨れ上がると副作用が出て
るのです。市場機能を生かした資金配分の効率化
くる恐れがあります。しかし 、私は金融市場が肥大
です。財政面の制約が生じる中で、新たなインフラ
化したのには、それなりの背景があると考えていま
整備や既存のインフラの改修などでも、民間資金
す。それは、実体経済における投資の収益性の低
に対する需要は増えてきます。証券化のこうした機
下です。こうした傾向は、特に先進国の企業の収
能を大いに生かしていくべきでしょう。
益率などの推移を見ると明らかです。先進国は、こ
倉都 昨年発生した東日本大震災の復興に10
れまでは世界中の資源を安く買い集め 、グローバ
兆円程度のお金が必要だという議論が起きました
ル化の中で安い賃金の国でモノをつくって収益性
が 、その際に真っ先に出てきたのが「 国の資金で
を高めてきました。ところが 、新興国が自ら資源を
何とかしよう」という発想ですね。民間の資金を使
利用しモノづくりを始める中で、こうした構造が次
うという話はなかなか盛り上がらない。何かあると
第に成り立ちにくくなってきているのです。
「 政府が」
「 国が」というのが現代の考え方の主流
一方で、資本主義である以上、収益拡大が最大
の命題となります。そのため 、金融市場の内部で
収益を上げる仕組みをつくろう、あるいは金融機能
24
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
です。民間とか市場とかいう言葉は二の次なので
す。
それは株式や為替などの市場でも同じことが言
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
えます。最近の世界的な傾向と言っても良いので
すが 、景気が悪くなって株価が下落すると、すぐに
おカネを増刷するような金融政策を期待し 、円高に
なると為替介入を要求する大合唱が起こります。市
場は理由があって上下するものだから、行き過ぎた
場合には必ず反動が起きて修正されます。
そうした自律機能を失うと、市場は自分でプライ
シングする力を無くしてしまいます。これが“ 市場
原理 ”という機能を損なうことになるのですね。
“ 市場原理 ”を悪く言う人もいますが 、市場経済
にとって市場原理は当たり前のことです。いわゆ
る”原理主義“ とは異なります。市場のプリンシパ
ルがないと効率性や成長性は出てきません。今後
も復興などの議論が起こる可能性もあるでしょう
が 、その際には「 民間で」
「 証券化の仕組みによっ
て」という話が出てくるべきでしょう。
と警告していい。こういった商品に引きずられて、
田邉 震災復興では当初は官に頼りすぎていま
ミドルリスク・ミドルリターンの J リートなどにお金が
した。ようやく民が立ち上がって動いていますが 、
回らないという市場の歪んだ構造があるのではな
最初から民間に任せたほうがいい領域がかなり
いでしょうか。
あったでしょう。一方で、収益を生み出しそうもな
おカネの流れを是正する、ということは市場経済
い事業に関して、
「 ファンドを組成して民間資金を
にとって非常に重要です。おカネは経済の血液だ
活用すべきだ」とする意見も散見されましたが 、そ
と言われることも多いですが 、現在の日本ではいわ
れらは現実のものとなっていません。当然のことで
ば「 血液がドロドロ」のような状態になっています。
はありますが 、証券化は市場機能を活用して成り
貯蓄の大部分は国債や海外に流れているので、な
立っているものであり、だからこそ資金の効率的配
かなか国内投資に回らない。そこを改革しないで
分に役立つのだということを再認識する必要があり
「成長戦略」などを語るのでは、意味がありません。
ます。
Jリートは「貯蓄から投資へ」
の導入商品
そもそも不動産は経済構造の最もコアになる部
分であり、そこに血液が流れないような経済に発展
はありません。企業や銀行だけでなく政府や自治
体などの底積み資産として「 死蔵 」されている不動
産に照明を当てて、投資家に収益機会を与えなが
倉都 さらに行政がもう少し手を突っ込んでも
ら、マネーを成長分野に割り当てていくべきです。
いい領域があります。私は、投信の世界に存在す
そうなれば、ミドルリスク・ミドルリターンの特徴が
る2ケタ分配商品が市場のお金の流れを歪ませて
理解されて J リートや復興プロジェクトに対しても
いると考えています。ゼロ金利時代に 2ケタの分配
期 待 値が上がるでしょう。 こうして 不 動産に
は何か特別なことでもやらないと出てこない。
「皆
フォーカスが当たるようになれば、成長の余地を
さん 、よく考えてください。ゼロ金利の時代に 2ケ
もっと見つけられます。
タの利回りなんてどう考えても変でしょう?」
と、もっ
堀江 リターン15%というダブルデッカー型ファ
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25
Special
ンドからは、J リート市場にも短期的には資金が流
にもインカムでコツコツ稼ぐという考えの方も、ハイ
入してきました。しかし痛手を被った投資家には、
イールド志向の方もおり、特に丁寧な説明が必要で
ほとんどの理由は為替にあるにしても、二度とリー
す。リート投資での損失経験がリート投資を遠ざ
トは買いたくないという方もいる。ですから業界に
ける結果を招くことはよくない。やはり「 リートはイ
とってはプラスではなかったと言わざるを得ない。
ンカム型のエクイティ商品。ミディアムリスク・ミディ
しかしダブルデッカー型のファンドが出る前にも
アムリターンであっても、ボンドではない。エクイ
同じような話はありました。毎月分配型のグローバ
ティである。」ことをまずは理解していただくことで
ルソブリンでは一定の利回りを保つために、特別分
す。
配金として元本を切り出していたのがその例でしょ
証券会社から「 リートは転換社債みたいなもの
う。実はそれを良しとして購入する方もいて、
「 一定
ですよ」と説明されたという話も聞きます。確かに
額をもらえるなら元本は少し減っても年金的に 80
転換社債もミディアムリスク・ミディアムリターンに位
歳までもらえばいい」と、リバースモーゲージのよう
置付けられますが 、明らかに違います。リートはエ
に前向きに捉える向きもありました。
クイティです。
ただ、必ずしも商品性やリスクが初心者の個人
ですからリート専門セールスの方がしっかり配置
投資家に理解されていたとは思えないし 、国債の
されることが望まれるし 、不動産運用の代替物とし
利回りが 1%の時代に15%のリターンというのは、
て売るのであればその認識をしっかり持っていただ
よほどのことがないとあり得ない話ですから、売る
き、
「 リートを買いに来たのに外債を買わされた」と
側の説明責任は重い。
いうことがないようにして頂きたいですね。
特に「 貯蓄から投資へ」の資金の流れが 、日本
の今後の生産性なり成長力を引き上げていくとす
れば、J リートはその導入商品です。銀行預金をし
リスクプレミアを払わされる理由
ている方に、いきなり
「ハイテクの株を買いなさい」
と言うのは無理な話です。値上がり益はそれほど
田邉 日本の不動産投資におけるリスクプレミア
期待できないがインカムがきっちり取れる J リート
ム( 不動産と国債の投資利回りの差 )は、欧米諸国
をまずは買っていただく。リートでトレーニングし
と比べて相対的に高くなっています。その理由とし
て、慣れたら次に株を買うというように、ステップを
て、市場の成長力に対する期待が低いこと、透明
踏んでいくときの最初の導入商品がリートです。個
性が不十分であることなどが指摘されています。し
人投資家の方がエクイティの世界に足を踏み込む入
かし 、プレミアムの高さは、実は不動産だけではな
り口になりたいと思っています。
く、株式などの他の金融商品でも同様の傾向があ
今後の需要を掘り起こしていくためには、証券会
ります。プレミアムの分だけ不動産は安くなってい
社窓口で対面販売をする方のリート商品に対する
る、言い換えれば国富が低く評価されていることに
理解力や説明力の向上が欠かせません。
なりますが 、どうしたらプレミアムを縮小または解
そして何より個人投資家に対しては「 信頼 」がカ
ギだと思います。
26
消していくことができるのでしょうか。
倉都 資産価格にプレミアムが付くということ
個人投資家は投信経由と直接投資と両方のルー
は、何らかのリスクが存在すると投資家が判断して
トがあり、さらにプロ並みの個人から初心者もいま
いる、いうことです。日本と欧米を比べた場合、や
す。倉都さんの言われる2ケタ分配商品には多くの
はり「 透明性に関する説明力」という意味でプレミ
方が初心者で投信経由で入ってきました。初心者
アムが付いているのでしょう。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
アングロサクソン流の金融業者や投資家は、
「ク
の個々の銘柄評価になるとガクッと落ちる。アング
ローズド社会」という日本のイメージを何十年も持
ロサクソン流の企業価値評価方式に沿って個々の
ち続けているんですね。
企業なりを見ていくと、
「 どうもスコアが行かない
オリンパスの粉飾決算事件もそうした認識をまた
ね」という話になります。
強めてしまいましたが 、リートなどの透明度は逆に
私が丸 9 年の海外 IR を通して感じるのが 、ここ
非常に高い。市場関係者が透明性の点で努力して
数年間で日本 株の 投 資家が 激 減したことです。
いるにも関わらず、直感的な偏見から抜け切れてい
GDP が世界第 3 位に転落して以降 、日本株に対す
ない。不動産にしても株価にしても割安なのは信
るアロケーションが極端にアンダーウェートされ 、結
頼性が十分だと思われていないからです。
果的に当社の訪問先から日本株の専門家が減り、
グローバルな金融市場は残念ながら日本基準で
はなくアングロサクソンの基準で動いているので、
半年毎に IR に出る度に旧知のアナリストやファン
ドマネジャーが退職したという話を聞きます。
彼らの御眼鏡に適わないと高いリスクプレミアムを
日本株専門家とであればローカルルールが通じ
払わされる。欧米の現状の金融システムからする
る間柄で良い点も多くありましたが 、状況が変わっ
と、日本のほうが強靭で信頼性も高いはずですが 、
た以上、今後は積極的に IR しなければミーティン
それでもまだ彼らは日本を一段下に見ているように
グも取ってもらえないかもしれないですね。
感じます。
金融は自由でグローバルな市場だという印象が
倉都 昔は欧米によるアジアの見方として「 ジャ
パン」と「 エクス・ジャパン( 日本以外)」という区分
強いですが 、歴史的にはその資本市場モデルは西
がありましたが 、今はその特別枠がなくなりました。
洋で発展したものです。中世イタリアから始まって、
過去の固定観念を捨てて、アジアの枠の中で中国
オランダ、イギリス、そして米国というように、いわ
や韓国と競っていかなければいけません。
ば「 大西洋の東西」を土壌として成長してきたもの
堀江 その通りですね。外国人投資家の中で日
なので、彼等には金融は自分達が作ってきたという
本株専門家は減る一方ですが 、われわれは幸いに
自負的な感覚が抜けないのでしょう。それは、私
して、グローバルに不動産を見ている専門家にはカ
が米銀勤務時代に痛感した事実でもあります。
バーされています。ここはほかのインダストリーと違
そうした見方の解消には相当時間がかかるかも
うところです。一方、グローバルな比較に晒される
しれないが 、努力を怠ってしまうと一層のリスクプ
ので、倉都さんがおっしゃるように、しっかりとプレ
レミアムを払わされる。グローバルなお金を取り込
ゼンテーションができないとだめですね。
むのがわれわれのビジネスの宿命ならば、そこは忍
またグローバル投資環境の変化により、海外でも
耐強く努力を重ね発信していくことが肝要です。そ
インカム狙いの投資家が台頭してきています。リー
して発信は、日本人の標準からみてややオーバープ
トは他の日本 株に比べて比較優位にはあります
レゼンス気味にしなければ彼らの目線にフィットし
が 、他国のリートに制度的な劣後性がないことが
ません。残念ながら、日本人はメッセージの出し方
まずもって条件になると思います。
が上手ではありませんから。
倉都 昨今の円高にはいくつか理由があります。
堀江 日本の金融システムの強靭性や全般の優
実質金利で見れば日本は比較的高いですし 、対外
位性は通貨に表れているのではないかと思います。
資産でみれば依然として世界一です。また欧米が
日本円がここまで強いのはフェアバリューの表れだ
金融システムの回復に苦労しているのに対し 、日本
と私は思っています。
は10 年以上前に不良債権処理を済ませてしまいま
仕組み全体として強靭な点は評価されてきたもの
した。貿易赤字が暫く続いても、経常黒字が急減
September-October 2012
27
Special
ないでしょう。
同時に、経済の成長力をどのように引き上げてい
くかも需要な課題です。一部繰り返しになります
が、私はこの点に関しても、不動産証券化が大きな
役割を果たすことができると考えています。
その理由の一つは、先ほども話した通り、市場原
理を生かした証券化の資金配分機能を用いること
により、成長分野へお金を持っていくことが可能と
なるからです。
もう一つの理由は、証券化の仕組みは柔軟性に
富んでいるので、様々な事業に活用することができ
ることです。何故なら、証券化は SPC という箱を
つくってそこが物と資金を集め 、業務のほとんどす
べてを外部の専門家に委託する仕組みとなってい
るからです。外部の専門家との連携の仕方を工夫
するようなことにはなりません。
そして未曾有の大震災から1年程度で経済が元
きるのです。
に戻るようなことは、他の国ではちょっと想像でき
たとえば賃貸ビルは比較的ストレートなオペレー
ない 、とよく言われます。日本の底力が円に対する
ションで、ケア付きのマンションやホテルは少し複
信用となって表れていることには私も同感です。
雑になる。対象によりオペレーションの複雑性は変
「 打たれ強いのは判った。だが成長率では中国
わりますが 、専門の会社と組むことで対応できま
やインドに比してどうか」という成長性に対する疑
す。外部委託者を選定する際に市場原理を働かせ
問が、資金をエクイティに行かせない理由でしょう。
ることもできます。そう考えると、証券化には実に
買った円は、金利は低いけれど取り敢えず換金性
多くの活用方法があるのではないでしょうか。
の高い国債で回しておこう、といのが実情です。成
そうした観点も踏まえたうえで、本日の2 番目の
長性が乏しいなかで、残念ながら円に対する評価
テーマに話を進めていきたいと思います。証券化
とエクイティに対する評価にはギャップがあると思
の今後の活用対象としてどのようなものがあるの
います。
か 、また活用を促進するための資金調達や制度面
田邉 経済的な実力が第一にしても、アングロサ
クソン流の観点を常に意識して、企業の経営、情報
発信-それもオーバープレゼンス気味に-に取り組
んでいかなければ、リスクプレミアムの解消はなか
なか難しいということですね。為替に代表される日
28
することによって、多様な事業に対応することがで
での課題とは何かについてです。
医療分野、電力問題、
地方活性化に活用
本という国に対する高評価が 、成長性に対する期
堀江 医療は成長分野の一つです。病院をつく
待感の薄さもあって、エクイティの評価に結びつい
るには相当の資本投下が必要です。しかし医師の
ていないというのも、興味深いご指摘だと思いまし
方々がそういうことを得意としているとは思いませ
た。こうした課題に対しては、各企業やファンドが 、
ん。設備をどこまで証券化ビークルで持つかは考
あるいは業界全体が取り組んでいかなければなら
える必要がありますが 、われわれが資金調達のお
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
手伝いをし 、ドクターは医療に専念していただく。
ただし 、これはユーロという特殊な環境で発生し
高齢化が進展するなかで検討が必要な分野だと思
ているもので、日本でそうした事態になるとは思い
います。
ませんが 、それでもゼロ%に限りなく近い金融商品
もう一つは電力分野です。風力発電 、太陽光 、
高出力の火力発電 、地熱発電など、当然すべて土
にプロの資金が長期間にわたって滞留しているの
も、異常な光景です。
地建物が必要です。太陽光発電は主に遊休設備を
市場では「 デフレ」という言葉にすべての責任を
使うためわれわれの経済合理性と必ずしも合致し
押し付けていますが 、私は必ずしもそれだけが原
ないかもしれませんが 、将来的にはエネルギー分
因だとは思いません。資金を運用するという仕事
野のお手伝いができればもっと活躍できます。
に、やはり工夫や真剣さが足りないように思われま
倉都 これまで東京に集中してきた都市インフラ
す。特に不動産に関しては、過去の呪縛からなか
整備も少し見直す必要があるでしょう。災害の問題
なか逃れられないという点もあるでしょうが 、AAA
もあるし 、地方は活性化対策で北から南まで同じ
の債券や国債で運用するなら、中学生でもできま
問題を抱えています。シャッター通りをいつまでも
す。しかしいきなりエクイティに行くかといえば、先
放置しておくわけにもいきません。インフラ整備と
進国の低迷経済では難しい。
絡め地方経済の活性化に証券化をいかに活用でき
るか。
米国株は金融緩和のおかげで上がっています
が 、実は投資家の資金は株式市場から流出してい
実は地方経済の活性化のために、2005 年頃に全
る。お金は出ているが先物主導で相場が上がって
国の地銀に呼びかけて「日本証券化プロジェクト」
いる脆弱な状況です。一方で米国のリート市場に
という運動を起こしたことがあります。それは沖縄
は実際に内外投資家のお金が流入しています。日
金融特区の制度を利用したもので、結果的には一
本でもこれまで国債に行きすぎたお金が J リート市
部の銀行が参加したに止まりましたが 、有意義な
場などに戻り、経済成長力を高める力になってほし
証券化運動であったと思っています。そうしたコン
いと思います。
セプトが 、不動産の証券化にも適用できないだろう
か 、と思います。
田邉 確かにここ20 年間の銀行の資産の推移
を見ると、貸出金の減少にほぼ見合う形で、国債へ
現状では証券化の運用対象も首都圏に集中して
の投資が 100 兆円以上も増えています。この一部
いますが 、今後、どれだけ拡散できるかが経済成
分でも、企業の成長資金に回ることが望まれます。
長のカギになると思っています。
また、低金利の国債にばかりお金が流れる日、
もちろん 、銀行には BIS 規制をはじめ様々な規
制がありますし 、銀行だけにリスクを集中する金融
英 、米などでは長期金利が史上最低となり、欧州
構造が良いとはいえません。90 年代のバブル崩壊
ではマイナス金利といった異常な状況になっていま
後の銀行の経営悪化の要因は、間接金融中心の金
すが 、こうしたお金の流れはどこかで修正が起きま
融構造の中にあって銀行にリスクが集中し過ぎたこ
す。
とにもあるからです。 欧州の国債市場で発生しているマイナス金利とい
その意味では、成長資金の調達には、銀行の貸
うのは、実に不可解な状況です。わざわざ損するよ
出に加え、株式 、社債などの資本市場のさらなる活
うな運用を行うのですから。しかもこれが一時的
用が不可欠です。
ではなく数か月間も続いているのは、おカネの回路
一方で、不動産セクターへの投融資が増加する
とも言うべき市場構造が壊れてしまっているからで
と、すぐに懸念を抱く傾向があるように感じます。
す。
しかし 、資産の効率化を図るために事業会社から
September-October 2012
29
Special
オフバラされた不動産が 、不動産会社やファンドに
移っていくと、これらセクターに対する投融資が増
が議論されています。
事業会社と比較して日本のリートは資本政策の
加するのは当然でもあります。また、企業が工場 、
点で手足を縛られているため、投信法改正ではライ
店鋪 、物流施設などの所有のためにではなく、研究
ツ・オファリングや自己投資口取得 、減資制度の導
開発や設備投資などの将来の成長を睨んだ投資に
入などを要望しています。また NAV に対して投資
振り向けることができるようにするためにも、モノの
口価格が大きくディスカウントされている状態では
所有機能として証券化を活用することが有効です。
増資に踏み切りにくく、そこの手当てを来年度の投
証券化に対する投融資は、従来型イメージの不
信法改正の中で取り込んで頂くのがわれわれの切
動産の取得に向かうだけでなく、間接的に事業会
社に対して成長資金を供給する側面を持つという
認識がもっと共有化されるべきでしょう。
なる希望です。
もう一つ。リートは不動産の再開発ができませ
んが 、一方で物件は古くなる。どこかで入れ替えが
堀江 金融機関の方も国債価格の下落を心配さ
必要です。キャピタルゲインの繰り延べか 、簿価の
れていて、国債のバッファーとして「 一部リートを
付け替えができればポートフォリオの入れ替えも進
買ってみようか」というお話を頂戴します。
みやすくなります。現状では物件を売りキャピタル
リートには地銀も少しずつ戻ってきています。地
ゲインが出れば 100%配当しなければならないた
銀の中でも初期の頃から投資されているところと、
め 、簿価相当分しか再投資ができない。すると
業務純益に組み込みが可能になった後に入ってき
キャップレートが変わらなくてもインカムに回せる
たところがあり、入るタイミングによって背負う簿価
部分が減り、いいタイミングでの物件の入れ替えが
が違うため 、投資スタンスにも違いが生じます。
できない。これが解決されるとサステイナブルな
マーケットがいいときにポートフォリオを組んだ方
ポートフォリオ運用がやりやすくなると思います。
はロスカットルールに引っかかりましたが、ここに来
て意欲が出てきている感触はあります。ただ担当
者は良くても上で通らないとか 、過去にロスカット
追求すべきリートの価値
ルールに引っかかったとか 、不動産融資で辛い思
いをしたとか 、行動経済学的に投資を踏みとどまら
ざるを得ないというお話も聞きます。
資本政策の分野で
遅れをとるリート
田邉 AIJ 問題などのように、コンプライアンス
上の問題が起きると、市場全体の信用にも影響を
及ぼしかねません。市場が中長期的にサスティブル
に拡大するためには、制度面と同様に重視すべきこ
とだと思います。この観点からリートはどうでしょ
うか。個人を含む多様な投資家が関係するリート
30
田邉 そういった投資家の動きも含めて、リート
では、従来から他の業界以上に厳しい体制を求め
市場に国内外の資金がもっと供給されるためには
られ 、かなりしっかりとした態勢が築き上げられて
どうしたらいいでしょうか。
いるという認識がありますが。
堀江 これまでお話ししたような役割を今後リー
堀江 その通りです。金融検査で指摘があり業
トが果たすためには、国内外の資金が着実にリー
務改善命令が出た事例もありますが 、リート全銘
トについてこなければならない。日本のリートの競
柄に対する検査もほぼ一巡し 、10 年間のオペレー
争相手は日本のリートではありません。現在、諸外
ション期間を経て業界にスタンダードができ上がっ
国とイコールフッティングの観点から制度の見直し
てきました。
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
投信法はそもそも証券投信法から来ており、証券
投信の世界ではあり得ない不動産のオペレーション
が生じるため苦労がありました。当初は「 法定帳
簿はこれでいいのか」といった具合です。
また、日本のリートはビークルに信託ではなく投
資法人を使うケースがほとんどですので、投資法人
にはここにガバナンスが存在します。株主イコール
投資主の一定のガバナンスと、役員会のマジョリ
ティーに第三者に入っていただきチェックを受ける
仕組みです。
仕組みとしては非常に良いものです。生かし方は
個々の銘柄の判断ですが 、これも10 年間でスタン
ダードができてきました。
田邉 証券化では、もともと金融資産が証券化
されるのが主流です。住宅ローン、商業用不動産
担保付きローン、カードローンなどの証券化が典型
に遭遇しました。しかし政策の対応はかなり迅速
例です。証券化商品に投資して、さらに証券化す
でした。ニューヨークのある投資家には、
「 不動産
る再証券化商品もあります。ローンなどの金融資産
デフレとの戦いでは、世界の中で日銀の政策が一
を証券化した場合、対象資産の先に債務者や担保
番良かったのではないか」と言われました。それか
資産がついてくるので、投資家からはやや全容を把
ら、金融商品は1サイクルを経ないと割安、割高と
握しにくくなってくる。さらに 2 次、3 次証券化する
いう判断ができないものです。2 巡目では1 巡目の
といよいよわからなってきます。
経験が生かされていくと思います。
しかし 、リートのように実物資産に投資する証券
化では、調達した資金が直接的に不動産に結び付
くため 、極めてわかりやすい。その点からも、不当
リートの成長が税収にも寄与
な操作をしにくいように思います。
堀江 リートは上場しています。したがって当然
監査法人の監査も入るし 、取引所の開示ルールも
田邉 他の金融商品と比較した場合のリートの
メリットと課題についてはいかがでしょうか。
ある。規制当局も関与します。サブプライムローン
倉都 2008 年のリーマン・ショックを経て、世界
の証券化商品が上場しているという話は聞かない
経済や金融市場は大きな転換点を迎えています。
し 、リートは投資対象が実際に目に見える。比較
欧米では家計や企業 、銀行などの民間主体が過剰
にならないと思います。
な債務削減を図っていますが 、その反面で成長を
私は部下に「 100 年の資産運用に耐えられるよう
止めないようにその債務を国家が肩代わりする構
にしよう」と言っていますが 、投資家の信認と社会
図となっています。つまり、債務が民間から国家に
経済的役割を全うすることがリートの追求すべき
移動している。ユーロ危機もその文脈上にありま
価値観だと思います。
す。
J リートはマーケット誕生から1サイクルを経る前
に、サブプライム問題のような大きなリスクイベント
そして市場のおカネも国債へと流れて、先ほど述
べたように各国では史上最低金利となっています。
September-October 2012
31
Special
ただし将来的な財政問題を考えれば、現在の国債
金利が正しいリスク・リターンを示しているようには
もう1 点、リートの制度問題はすこぶる税務問題
思えません。また株式に関しても、各国の中央銀
です。国税の理解なくしてリートの制度改革は進み
行による異例の緩和策に支えられて、実体価値以
ません。
上にプライシングされているような気配も感じられ
ます。
リートは「 法人税を払わない」と言われます。し
かし法人税は払わなくても源泉税は払っているん
つまり、国債や株式には、言いようのない不安感
ですね。しかも配当性向 100%でしっかり捕捉され
があるのです。それが一部の投資資金を金などの
ています。上場不動産会社と異なり赤字にできな
現物資産に向かわせる一因となっています。株や
いため 、その分はコツコツと税金を納めています。
国債はその価値実態が把握しにくいものですが 、
運用会社は利益が出るので法人税を払うし 、例
実物資産は運用側にとっても投資家にとっても存
えば東急 REIT とある不動産会社の資産規模を一
在が確認できるというメリットがあります。経済の
緒にして比較した場合、その会社の 6 割程度の税
将来像に自信が持てない今のような時代には、現
金を、何らかの形で納めている計算になります。
物資産に安心感があります。ただ、いざ現物を買お
上場不動産会社は当然われわれより配当性向は
うとすると「 買えるものが少ない」のです。その中
低く、法人税は払うにしても赤字で払わない年もあ
でリートは唯一と言っていいほど、現物が見えて、
ります。源泉税の軽減税率 10%が本則の20%に戻
なおかつ少額でも運用できる貴重な商品であること
れば、スキーム全体で納める税金は上場不動産会
を世の中に知らしめる必要があると思います。もち
社とほとんど変わらなくなります。
ろん業界でもいろいろな努力をしているでしょう
ですからリートは税金を払っていないのではなく
が 、まだ認知度が不足しているように思います。そ
て、むしろより捕捉しやすい形で納めていることを
れに加えて年金の取り込みも十分ではありません。
申し上げておきたいと思います。
0.5%の国債やハイリスクのヘッジファンドを買うくら
いならリートを買った方がどれだけ良いか。
田邉 ご指摘の通り、リートが法人税を払わな
いのは、そもそも配当に対する課税との二重課税を
堀江 おっしゃる通りです。東急 REIT の投資
回避するためのものであり、税金を払っていないわ
主の上位 10 位にはアメリカの年金は入っています
けではありません。しかもリートの仕組みでは、節
が 、日本の年金は入っていません。しかし国内年
税対策によって利益や配当を減らすこともできませ
金資金の取り込みには、市場規模の観点から流動
んから、まさに実力通りの税金を支払っている。そ
性のジレンマが常に付きまとっています。
の意味で、この議論は確かに成り立ちますし 、リー
それから、現物で見えやすくインカムがあるとい
うメリットに加え、リスクに対する説明も不可欠で
す。
リートのストラクチャーに内在する問題として、負
債レバレッジを活用していることと、クローズドエン
32
す。
トが成長することによって税収も増えることになり
ますね。
堀江 ですから税務当局ももっとリートを応援し
て欲しいです。
田邉 P・F・ドラッカーは「 未来を予測すること
ド商品であることは説明しておく必要があります。
は、人間の限りある能力では無駄である」と言いつ
もちろん各種管理や一般管理費にかかるコストは、
つも、
「 通念に反することのうちで、すでに起こって
レバレッジによる部分でカバーできるし 、クローズ
いる変化は何か 、パラダイム・シフトは何かを問いつ
ドエンドではあっても、その分流動性があるので、
つ、社会を観察する。変化が一時のものでなく、本
現物の大きな不動産に投資するよりは良いと思いま
物であることを示す証拠はあるかを問う。そして、
ARES 不動産証券化ジャーナル Vol.09
鼎談:
「不動産証券化市場の歴史を振り返り将来を探る~金融からの視点を中心に~」
その変化がどのような機会をもたらすかを問う。」こ
論いただき、数多くのヒントをご提供いただいたよ
とは意義あることだとしています。
うに思います。読者の方々が「 変化が一時のもの
本日は金融市場や証券化においてすでに起こっ
でなく、本物であることを示す証拠 」や「 その変化
ている変化 、パラダイム・シフトを改めて問いつつ、
がどのような機会をもたらすか」を問うのに、少しで
これから証券化やリートの果たす役割について議
もお役に立てば幸いです。
論して参りました。お陰様で多様な観点からご議
本日はどうもありがとうございました。
September-October 2012
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