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THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION
原点に近い方向に回帰しているのではないかという仮説の下に、年金を始めとする長期的な
視点を有する投資家が、今後、不動産投資をどう捉えていくべきかをテーマに開催いたしま
b
ptem er-O
Se
r
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ct
今回は、金融危機を越えて不動産投資市場が再生に向かう中で、日本の不動産投資は、より
Vol.47 2010 September-October
不動産証券化協会(ARES)は、12月7日に「ARES年金フォーラム2010」を開催いたし
ます。
2010
・
エイリス
47
不動産証券化を共に推進する情報誌
ARESマスターのための
Vol.27
不動産証券化ジャーナル
ARES Certified Master Journal
す。併せて、昨今注目を集めているインフラストラクチャー投資をとり上げて、長期志向の実
物資産投資という観点から、両者の類似や相違から得られる示唆等についてもご議論いただ
きます。
プログラムの詳細及び申込方法については、後日、ARES http://www.ares.or.jp/のウェ
ブサイト等にてご案内をさせていただきます。是非ご参加ください。
トレドの大聖堂はさながら宗教芸術の一大宝庫とい
うにふさわしい。想い浮かべるだにめまいを覚えるほ
どに豊饒である。その歴史的背景として指摘されてい
ることは、この都市がさまざまな人種のるつぼであっ
た時代があり、同時にユダヤ教、イスラム教とキリス
ト教の併存時代があったということである。三大宗教
の併存とは単なる共存ではなく、それぞれの宗教がそ
の教義を深め、豊かなイマジネーションを表現しあっ
たということだろう。つまり三大宗教の大競争時代だ
ったと想像せねばならないということである。それが
トレドの伝統だとすれば、トレドの大聖堂がキリスト
教美術の宝庫になったこともうなづける。私はその大
聖堂の美的豊饒さを堪能したあと、エル・グレコの傑
作「オルガス伯爵の埋葬」を展示しているサント・ト
メ教会に足を運んだ。グレコがトレドにやってきたの
は1576年ごろだとされているから、ユダヤ人の国外
追放令(1492)が発布されたのちのことではあるが、
彼の宗教画が一段と境地を深めるのはここトレドに住
むようになってからである。トレドという都市にグレ
コが豊かな宗教的インスピレーションを得たに相違な
いのである。トレドは一見してすぐに要塞都市である
ことがわかるのだが、大聖堂の宗教美術、いくつかの
シナゴーグを見て歩くうちに、トレドが偉大なる宗教都市だったことがわかってく
る。グレコという宗教画の天才がこの都市に住むことによってその才能を存分に発
揮した理由もわかるような気がする。そして生死を超越することがスペイン人の魂
だとすれば、それもまたトレドという宗教都市ではぐくまれたのではないかと私は
思うのである。1561年にスペインの首都がマドリッドに移ったことで、トレドが
急速に衰退したことは事実であるが、スペイン魂の故郷はやはりトレドであるに相
違ないのである。写真は大聖堂からエル・グレコの家に移動する道すがらにシャッ
ターを押したもの。
井尻 千男(拓殖大学名誉教授)
たんのう
『新聞や雑誌はいらない』。WEB上のコミュニケーションが多様化するにつれ、方々で言われて
編
集
後
記
いるこの言葉について。容易に「情報」が入手できるようになり、メディアリテラシーがもてはやさ
れ、誰もが情報収集に走る。その姿は滑稽で、何ともメンドクサイ世の中になった気さえ私はして
います。そういった意味では『新聞や雑誌』しか情報源がなかった世の中は、シンプルでよかったの
では?と思うことがあります。会報ARESに携わる身として、努力さえすれば誰でも手に入る情報
ではなく、ここにいるからこその情報を発信できるよう、精進せねばと思う初秋でした。 (山本)
会報「ARES」第47号 平成22年9月30日発行
編集発行 社団法人不動産証券化協会
〒107-0052
東京都港区赤坂 1-9-20 第16興和ビル北館1階
TEL:03-3505-8001
FAX:03-3505-8007
URL:http://www.ares.or.jp
社
団
法
人
不
動
産
証
券
化
協
会
大聖堂近くの街並
(トレド・スペイン)
提供●井尻 千男
SPECIAL
● ARES・東証共同開催 個人投資家のための秋のJリートフェア2010開催
………………………
3
● Jリートフェア特別講演「脱デフレとJリート」………………………………………………………………………… 5
川口 有一郎氏(早稲田大学大学院ファイナンス研究所 教授)
● Jリートフェア特別講演「ライフプランヘのJリート活用法」……………………………………………… 10
久谷 真理子氏(株式会社プラチナ・コンシェルジュ ファイナンシャル・プランナー)
…………………………………………………………
14
……………………………………………………………………
26
● 10年目に入り、新たなステージを迎えたJ-REIT市場
澤田 考士(社団法人不動産証券化協会 調査部 上席研究員)
● 社団法人不動産証券化協会20年間の活動の軌跡
REPORT
●「歌舞伎座建替計画」及び「大阪駅北地区先行開発区域A地区・B地区開発事業」
への金融支援について ………………………………………………………………………………………………………………………………………………… 39
藺牟田 典秀氏(都市再生ファンド運用株式会社 常務取締役)
大谷 聡氏(都市再生ファンド運用株式会社 業務推進部部長)
太田 正孝氏(都市再生ファンド運用株式会社 前業務推進部次長、民都機構 企画部主任調査役)
芳賀 勲氏(都市再生ファンド運用株式会社 業務推進部リーダー)
● 第10回「機関投資家の不動産投資に関するアンケート調査」集計結果 …………………………… 45
大坪 嘉章(社団法人不動産証券化協会 調査部 主任研究員)
● 不動産ファンドに関する国際財務報告基準
第9回 リース会計(3)……………………………………………………………………………………………………………… 53
清水 毅氏(あらた監査法人 代表社員 公認会計士)
● アメリカでの2つの新たなバイヤー層
………………………………………………………………………………………
58
三澤 剛史氏(全米リアルター協会日本担当、前アジア太平洋地区総括責任者)
SEMINAR
● 民法(債権法)改正について
………………………………………………………………………………………………………
62
内田 貴氏(法務省 経済関係民刑基本法整備推進本部 参与)
INFORMATION …………………………………………………………………………………………………………………………… 68
表紙文 井尻 千男●いじり・かずお
拓殖大学名誉教授/日本文化研究所所長/元日本経済新聞編集局文化部編集委員
1938年山梨県生まれ。立教大学卒業後、日本経済新聞社入社。編集委員として文化論を中心に広く社会評論を手
がける。97年 4 月より拓殖大学教授。『消費文化の幻想』『劇的なる精神 福田恆存』『言葉を玩んで国を喪う』
『自画像としての都市』
『保守を忘れた自民政治』など著書多数。
2
ARES SPECIAL
ARES・東証共同開催
個人投資家のための
秋のJリートフェア2010 開催
社団法人不動産証券化協会と東京証券取引所は本年9月11日、東京証券取引所にて「個
人投資家のための秋の Jリート フェア2010」を開催しました。2009年3月の初回から
数えて3回目となる今回、初めて東京証券取引所と共同で行いました。
本フェアは、少ない資金から不動産投資が始められ、安定的に配当が得られるJリート
の魅力を個人投資家へ直接お伝えすることを目的としています。
日本全国から1,759名の個人投資家に参加頂いた本フェアには、25社の投資法人と2社
の不動産特定共同事業法商品取扱い会社がブースを展示、リート各社による説明会、Jリ
ート市場を取り巻く最新の動向とJリートを活用したライフプランをテーマにした特別セ
ミナーを行いました。
日時 平成22年9月11日(土) 10:00∼17:00
会場 東京証券取引所
主催 社団法人不動産証券化協会(ARES)、
東京証券取引所
後援 投資信託協会、日本証券業協会、金融知力普及協会、
日本証券アナリスト協会、日本FP協会、
大和証券グループ、日興コーディアル証券、
野村證券、みずほ証券、みずほインベスターズ証券、
三菱UFJモルガン・スタンレー証券
ARES September-October 2010
3
ARES SPECIAL
参加Jリート・企業
アドバンス・レジデンス投資法人
MIDリート投資法人
クレッシェンド投資法人
ケネディクス不動産投資法人
ジャパンエクセレント投資法人
ジャパン・ホテル・アンド・リゾート投資法人
ジャパンリアルエステイト投資法人
積水ハウス・SI投資法人
スターツプロシード投資法人
トップリート投資法人
日本アコモデーションファンド投資法人
日本ビルファンド投資法人
日本賃貸住宅投資法人
4
ARES September-October 2010
日本プライムリアルティ投資法人
日本リテールファンド投資法人
産業ファンド投資法人
野村不動産オフィスファンド投資法人
野村不動産レジデンシャル投資法人
ビ・ライフ投資法人
福岡リート投資法人
プレミア投資法人
フロンティア不動産投資法人
森トラスト総合リート投資法人
住友不動産ファンド「サーフ」
東京建物インベスト・プラス
ARES SPECIAL
Jリートフェア 特別講演
「脱デフレとJリート」
早稲田大学大学院ファイナンス研究所教授
川口 有一郎
は、東証不動産業種指数と同様に高いボラ
リート投資口価格の変動の謎
ティリティを示した。
②この期間(約7年間)、東証不動産業種
今、世界の不動産研究者の間で一つの大
指数が他の株価指数と異なる変動をしたの
きなテーマは、なぜ世界のREITは、2007
は、2004年8月頃から2006年6月頃の約2年
年、2009年の金融危機において、ミドルリ
間という短い期間に限られる。
スク・ミドルリターンの役割を果たせなか
③2010年3月以降、Jリートのボラリティ
ったのか?ほかの株式と同様に投資口価格
は、TOPIX、および小型株(TOPIXsmall)
がなぜこんなに大きく変動したか、です。
と同程度に鎮静化している。しかし、2006
Jリート含め“REIT”は、よく言われる
ように、“ミドルリスク・ミドルリターン”
年以前のボラティリティに比べて高止まり
している。
で、今回のような危機が起こっても株価は
現在は沈静化したものの、完全に安定的
大きく下がらない。つまり、危機的な状況
なミドルリスク・ミドルリターンであった
においてもリスクヘッジがされるという期
時代に比べると、なお何らかの不安定な要
待があったはずです。
因を抱えているという状況です。
東証REIT指数のボラティリティ(2003
問題は、なぜJリートは大きく株価が変動
年∼2010年8月27日)を見てみると、東証
してしまったか、その原因は次の3点です。
REIT指数について次の3点が言えます。
①2 0 0 6 年ま で は 東証不動産業種指数、
TOPIX、および小型株(TOPIXsmall)に
比べて最も低かった。しかし、2007年以降
①Jリート投資が、「安定した賃貸不動産
投資」となっていなかった。
②本来、Jリートはファンド組成時に、
長期にわたって分配金が安定的に成長す
ARES September-October 2010
5
ARES SPECIAL
る、少なくとも、急減するようなことがな
を比べたときに、どちらが大きいのが正常
いように、そうした不動産ポートフォリオ
か?これは難しい問題です。投資を考える
(つまり、長期の定期借家契約あるいはス
上では株価の変動性が大きければ大きいほ
ポンサーとのサブリースなどによる賃料収
ど見返りとなる利回りは大きくなる。した
入の安定化などが施された不動産を組み入
がって国債よりも株式の方が利回りは大き
れる)の組成が前提となっていたはずであ
く、配当利回りでも株式は国債よりも大き
る(言い換えれば、厳しい言い方かもしれ
いのが教科書の回答です。ところがこの50
ないが、分配金が急減するようなREITは
年間の実際は逆で、株式の配当利回りが国
市場で淘汰される宿命にある)
。
債の利回りよりも小さかった。なぜこれで
③一方、投資家にも問題があった。Jリ
よかったか?それは、インフレーションが
ート投資に過大なキャピタルゲインを求め
あったからです。リスクの高い株式が配当
すぎた。
利回りを低く出しても、それを上回るイン
しかし問題の背景には、もっと大きな問
題が潜んでいることを皆さんと一緒に考え
たいと思います。これが分かれば今後どの
ように自分の資産を守り、資産を増やすか
のヒントにもなると考ているわけです。
フレーションの効果があったため、トータ
ルのリターンで株式が勝てたのです。
では、デフレではどうか?デフレでは正
常に戻ります。
日本がいつデフレーションに入ったか?
Jリートの投資口価格は、Jリート特有の
1989年から2009年までのGDPデフレーター
個別事情と金融市場全体の影響の2つの要
および消費者物価指数の動きをみると、双
因で動きます。今回は、金融市場全体に異
方ともに1995年と読めます。1989年のバブ
変が起きたことに着目することが重要で
ル崩壊から6年後。そして今回の金融危機
す。
によりマクロ経済がインフレからデフレに
転換しました。
利回りの大逆転が起きた
ところで「デフレ」と「不況」は異なり
ます。デフレは物価が下落する現象で、不
況は需給ギャップ(商品や設備などの供給
今回のサブプライム問題、リーマンショ
ックを経て、東証1部予想配当利回りが国
失業率の上昇など)する現象で、両者は関
債の利回りを逆転しました。理由は2点。
連していますが、その定義は異なります。
株価が下がり配当利回りが上がった。不動
もちろん、両者とも不動産投資にはマイナ
産や株というリスク資産から一時的に国債
スの影響をもたらすので望ましくなく、な
へ避難する動きにより、国債の人気から利
るべく早く脱却すべきです。
回りが低下した。この2点です。私はこれ
を利回りの大逆転と呼びます。
さて、株式の配当利回りと国債の利回り
6
過剰)によって経済が停滞(所得の減少、
ARES September-October 2010
しかし日本は今、デフレスパイラルから
抜け出せない。
私はハイパーインフレーションを一番に
ARES SPECIAL
恐れます。資産価値が大きく減り、ペイオ
フで預金が返されないのと同じ状況が全て
図表1 適正価格 JGB+3%の意味
配当利回り
の資産で起こり、貨幣が価値を失う資本主
義の危機といえるハイパーインフレは、戦
Jリート
後の日本で実際に起こりました。その時、
政府は預金封鎖を実施しました。現在、日
本の国の債務は、そうでもしないと帳尻が
合わない状況に至っているます。おそらく
+3%
国債
日銀は批判されてもアメリカのようには思
い切った量的緩和を進めることは難しいと
思います。あるときインフレに火が付いた
リスク
途端、インフレが止まらなくなるからです。
政府、日銀は2年後にはデフレから脱却す
るという目標を挙げていますが、脱却する
こともまたなかなか難しい。2004年∼07年
に私たちが経験したようにデフレから脱却
今後のリートの投資戦略
するにはまず不況から脱却しなければなり
ませんから。
また、デフレから脱却する方法は「期待
さて、それでは当面、どのように資産を
考え守ればよいのでしょうか。
を変えること」です。そのためには、株と
Jリートの場合は、「国債の利回り+3%
不動産の価格を上げるのが近道です。日本
の配当利回りが適正水準」といわれてきま
の産業の生産性を高めるとか、イノベーシ
した。プラス3%は、国債よりもJリートは
ョンを起こすとか、そんなことは日本で起
リスクが高い分で、一般の株式はJリート
きたことはほとんどありません。80年以降、
よりもリスクが高いためさらに高い配当を
日本では、外需の神風を待つか、株と不動
出すべきというのが教科書の教えです。
産を上げるか、この二つが人々の期待を変
では、この3%の根拠は何か?日本だけで
えました。世界にはお金が余っているので、
はなく、アジアにおける不動産のリスクプ
その気になれば上げられるはずです(日本
レミアムを見ると3%∼4%ですね。という
の不動産はインフラを入れると3,000兆円規
ことは、この辺がアジアの不動産投資のリ
模の資産価値。個人の金融資産は1,400兆
スクプレミアム、適正水準ということです。
円。アジアの成長とリンクした都市再生戦
現在、Jリート全体ではもう少し利回り
略を媒介として、不動産と金融をさらに融
が高いため、この基準から見れば割安と理
合させることで、これを達成することがで
解できます。一方で、いろんな株価の評価
きる考えています)
。
の仕方があるという反論もあると思うが、
先述のとおり、仮に歴史的な利回りの大転
ARES September-October 2010
7
ARES SPECIAL
換が起こっているとすれば、今後は一般の
き企業は自社株買いか配当を出すことにな
株式もこういう形で価格が決まってくる可
る。今、日本の企業は配当を厚くできる状
能性があるのです。実際アメリカでもその
態にきており、現在のようなディスインフ
動きがあります。
レ状態では、これが常態化するというのが
それから今、企業は投資先がなくキャッ
シュリッチになっている。お金が余ったと
私の仮説です。
長期的なリート投資の戦略を考えてみま
図表2 Jリート=小型株 流動性に着目
(出典 海野・川口(2010))
図表3 Jリート=小型株 逆張り
(出典 海野・川口(2010))
8
ARES September-October 2010
ARES SPECIAL
しょう。仮に7%配当利回りがあるJリート
い状況です。しばらくは金、物価連動債、
を買い続けることができたらどうか?1.07の
賃貸不動産投資が資産を守る商品となると
10乗は約2倍。厚い配当利回りの資産への投
見ています。
資は10年の複利で価値が2倍になります。
一方、Jリートは小型株のため出来高が
では実物不動産とJリートのどちらがい
いか?
大きいか小さいかによって株価が異なりま
私の考えでは素人は実物の不動産に手を
す。「Jリート=小型株流動性に着目」 を見
出さないほうがいい。もし実物の不動産な
ると、出来高が大きい銘柄が勝っているこ
ら、利回りは20%以上の物件を買うべきだ
とがわかる。つまり、出来高が低いものは
と思います。しかしJリートであれば、6%
株価が低く評価され、どんな不動産を持っ
∼7%でいい。もちろん実物の不動産投資
ているか、マネジャーが誰であるかに無関
で、プロ以上の成果を出せる方がいらした
係に株価が決まっている。したがって短期
ら、ぜひ参考にさせていただきたいと思い
で儲けたいなら流動性に着目してみてもい
ます。
いということです。
(文責・七沢律子)
さらにもう一点、逆張り戦略があります。
「Jリート=小型株 逆張り」 では、過去、
株価が低かったところに投資をすると、こ
れほどパフォーマンスがいいことを示して
います。何ヶ月前のリターンを見ればいい
かの判断はご自身ですべきですが。
流動性に着目をするか、逆張りで張っ
ていくか。しかし、そんな短期的な投資ス
タイルは嫌いだという人は、長期的に利
回りで見ていく、ということが今日のまと
めです。
最後に
金融市場の大きな変化の中でJリートも
激変にさらされました。歴史的な大転換が
ミドルリスク・ミドルリターンという商品
性をリートから奪いました。しかも現在、
先進国はデフレとインフレの両方のリスク
が存在し、投資スタンスが決まらない難し
ARES September-October 2010
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ARES SPECIAL
Jリートフェア 特別講演
「ライフプランヘのJリート活用法」
株式会社プラチナ・コンシェルジュ
ファイナンシャル・プランナー
久谷 真理子
ンサーは資産運用会社に「ヒト」「モノ」
Jリートの仕組み
「カネ」をリートに提供するという非常に重
要な役目を担っています。お金については、
まず、復習の意味も込めてJリートの仕組
リートが金融機関からお金を借りる際に、
みをお話します。ひと言でいえばJリートと
実際スポンサーの信用力等が金融コストに
は、投資家から集めたお金を不動産に投資、
絡む場合もあり、その存在は大きく無視で
不動産から得られる収益(賃料収入、売却
きません。
益)を投資家に分配するという商品です。
リートの投資対象は不動産です。不動産
リートのお金の集め方には2種類あり、株
は基本的に家賃という形で、定期的にお金
式会社の株式にあたる投資口へ出資しても
が入ってくるものです。小さいものを大き
らうのが一つ。もう一つはお金を借りる方
く育ててどーんと刈り取るキャピタルゲイ
法です。借りる方法としては金融機関から
ン狙いの商品とは性質が異なり、コンスタ
融資を受ける方法、投資法人債の発行によ
ントに毎月毎月入ってくるインカムを取る
るものがあります。
商品です。決算毎の分配金をしっかり管理
次に、不動産へ投資ですが、投資法人に
は実働部隊がおらず、業務は全て外部に委
して皆さまのライフプランに活かすことが
重要です。
託するのが実際です。そこでキーになるの
がスポンサーです。新聞等で取り上げられ
ているので皆さんも聞いたことがあるでし
Jリートの魅力は?
ょうが、どこの会社がスポンサーになって
いるかが一つポイントになりますね。スポ
10 ARES September-October 2010
リートは不動産に投資して稼ぐことが命
ARES SPECIAL
題ですが、現物不動産投資と比較してどう
入退去時、故障時など何かと手間が掛かり、
かを確認しましょう。
どの管理会社に任せるかによって不動産価
現物不動産への投資は多額の費用が必要
値は変わります。Jリートに関しては、投資
で、投資単位は大きくなります。今朝、
家は管理から切り離されており負担は一切
REINSで日本橋の兜町近辺で売り出されて
ない。同じ不動産に投資するのでもずいぶ
いる投資用物件を見てみました。平成10年
ん違いますね。不動産への投資を否定はし
以降の築年数でワンルームは1,000万後半∼
ません。興味のある方、好きな方、手間が
2,000万台の価格帯です。利回りは5%∼6%。
避ける等の事情の許す方はおやりになった
ただし表面利回りなのでリートの利回りと
らいいと思います。
は意味合いが違います。もう少し郊外なら
何より、Jリートの魅力は利回りが比較的
ば500万円程度でワンルームを購入すること
高いことと皆さんも感じていらっしゃるで
はできる。また、アパートを1棟持つ場合、
しょう。もう一つはインフレに強いこと。
土地代を含め2億円程度の物件を取得するの
インフレではお金の価値が少なくなり相対
が一般的には個人の限界。つまり投資単位
的に物の価値が上がる。賃料もいずれ上が
が大きいため、分散効果がどうしても低く
れば当然分配金も多くなると期待できます。
なり一極集中の投資になりがちな面が否め
ません。
一方Jリートならば現在、1銘柄最高でも
Jリートの分配金利回りと投資口価格
70万円台で投資が可能です。投資信託を通
せばもっと低い金額で投資ができます。
「全体の資産の中でどのぐらいJリートに
魅力の利回りについては詳しくみてみま
しょう。
投資したらいいでしょう?」と聞かれる機会
Jリートの分配金利回りと10年国債の利回
が多いのですが、
「コアになる資産は別で持
りのグラフです。Jリートの平均分配金利回
ち、全体で10%程度を取り入れたらどうで
しょう」と私は答えます。不動産投資でもJ
リートならば可能です。
流動性に関しても現物は低くなります。
自己資金でも物件内覧から契約までには数
週間∼1ヶ月。借り入れを使えば2ヶ月もか
かるでしょう。売るときは更に時間がかか
ります。買い手を探すのに時間を要し、ま
た買い手が融資を使えば更に2ヶ月程度はか
かる。Jリートならば株と同様に瞬時に売
買が可能です。
図表1 利回りを国債と比較すると?
◎J-REITの利回りは国債を大きく上回る
12.00%
10.00%
8.00%
6.00%
4.00%
2.00%
0.00%
2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年
9月
9月
9月
9月
9月
9月
9月
9月
9月
J-REIT分配金利回り
10年国債利回り
社団法人不動産証券化協会のデータをもとに株式会社プラチナ・コンシェルジュ作成
管理負担についても忘れてはなりません。
ARES September-October 2010 11
ARES SPECIAL
りが5%強。一方の国債は1%程度です。
クは掘り下げてみましょう。
では、利回りが上昇する理由は何でしょ
まず、分配金の原資になるのは利益から
うか?結論としては、収益が上がれば利回
コストを引いたものです。利益とは賃料と
りが上がる。一方、投資口価格が下がって
(物件を処分した場合の)売却益です。売却
も利回りは上がります。
損が出れば分配金にも当然影響します。そ
投資口の価格に対して1年間の分配金はど
れから、買う予定の不動産を買わずに違約
れだけか。投資口価格が100万円で、年間に
金を払う場合もコストです。不動産のメン
10万円の収益があれば利回りは10%です。
テナンス費用、そして先述のとおりリート
10万円が20万円に上がれば20%です。一方、
は多額のお金を借り入れて物件を購入しま
分配金は据え置きのまま、投資口価格を半
すので、金利も大きなコストです。①の意
分に下げてみましょう。10万円の収益に対
味するところは、収益力が落ちてコストが
して50万円の投資口価格ならば利回りは
嵩めば分配金は下がるということです。
20%です。
この通り、利回りの変動の背景にはいくつ
か事情があることを覚えておいてください。
次に③借り入れリスクです。まずレバレ
ッジ効果に注目しましょう。メリットもあ
りますがリスクの一環としてお話をします。
では、投資口価格はどのような理由で動
Jリートは借り入れを使って自己資金の利
くのでしょう?大きく2つが考えられます。
回りを上げる技術を用います。たとえば、
まずマーケット全体が悪くて下がる場合、
100億の不動産があり賃料収入4億ならば利
そして、個別の銘柄に何か悪いことがある
回りは4%です。自己資金が100億なら利回
場合です。個別に悪い事情が発生している
りは4%のまま。仮に自己資金50億、2%の支
なら投資対象から外すのが基本のスタンス。
払い利息金利で50億を借り入れたとします。
全体に下がっているなら将来的に上がる可
50億の借り入れ支払い利息は1億、つまり4
能性を見込んで買いに行くのは、選択肢と
億の収入から1億を引いて3億の収入となり
して考えられます。
ます。すると自己資金の50億に対する利回
りは6%となります。借り入れを使うと収入
Jリートのリスク
は単純に減る一方、自己資金も減るので利
回りが上がるカラクリです。不動産の表面
利回りとは全く違う話です。高い利回りは
投資する前には必ず投資対象について理
魅力ですが、何によってもたらされている
解してから投資するのが基本です。リスク
のかチェックすることは非常に大事です。
は何か?
負債比率は各リートのホームページに必ず
①投資口価格の変動リスク、②分配金変
出ていますので、まず チェックしましよ
動リスク、③借り入れリスク、④不動産リ
う。今ですと、40%台∼50%台のところが多
スクが主に挙げられます。
いようです。
②分配金変動リスクと③借り入れのリス
12 ARES September-October 2010
しかし負債比率だけでは駄目です。変動
ARES SPECIAL
金利と固定金利の割合はどうか。借入期間
ご自分が必要なのはどのくらいか考え、
はどうか。特に現在のような不景気時に返
自分が取れるリスクを考え、また幾つか異
済期限が頻繁にくる短期の借り入れは非常
なる資産を持つときに、それらがどのよう
にリスクが高くなります。
に関係し動いているのかにも注目して頂き
たいと思います。
最後に、Jリートは分配型なので定期的に
ライフプランヘの活用法
受け取る商品として非常に向いています。
リタイヤ世代は分配金を年金にプラスする
私たちが資産運用をする目的は、自分の
資金として保有してもいいでしょう、各リ
人生を豊かにするためかと思います。皆さ
ートは決算期がばらばらです。年2回の決算、
んご存じのとおり、利回りが高ければその
年2回分配のあるところがほとんどです、こ
分りスクも高くなる。その前提に立つと、
れも別の月のものを選んで組み合わせると
運用で不安になるような大きなリスクを取
面白いでしょう。
るよりも、ほどほどに自分の生活を守ると
(文責・七沢律子)
ころで投資をすべきでしょう。
ケーススタディです。最初に2,000万あり
運用しなかった場合、毎年100万ずつ使うと
20年できれいになくなります。では税金等
の細かいことは無視して、2%で運用した
ら?2%でも26年、何も運用しないよりは6
年もお金の寿命を延ばすことができる。3%
なら10年です。
図表2 必要な利回りは?
毎年100万円取り崩した場合
(円)
20,000,000
15,000,000
10,000,000
5,000,000
0
0
5
10
15
20
25
30(年)
-5,000,000
0%
1%
2%
3%
4%
5%
数値は実際の運用による結果ではありません
ARES September-October 2010 13
ARES SPECIAL
10年目に入り、新たなステージを
迎えたJ-REIT市場
社団法人不動産証券化協会
調査部 上席研究員
澤田 考士
的な景気循環論では、短期から長期にわた
1. さまざまな局面の経験
るいくつかの景気循環の存在が指摘されて
きた。その中で、企業の設備投資に起因す
2001年9月11日に初の上場銘柄(日本ビル
る中期の循環(ジュグラーの波)の周期が
ファンド投資法人、ジャパンリアルエステ
約10年間とされている。J-REIT市場が誕生
イト投資法人の2銘柄)の登場によりスター
以来、このような中期の景気循環の周期と
トしたJ-REIT市場は、本年で、10年目に入
同等の期間が経過したことになる。また、
った。
J-REIT市場は、前連邦準備制度理事会
J-REITは、海外のREITと同様、半永久的
(FRB)議長のアラン・グリーンスパン氏が
に存在することが想定され、長い将来にわ
「100年に一度の津波」とも評した世界的な
たってその社会的使命や責任を果たすこと
金融危機の影響を受けた。J-REIT市場が、
が期待される。この点を踏まえれば、J-
このような極めてまれにしか起こらない甚
REITの歴史はまだ十分に長くはないという
大な逆風を受けたことは、まだ、市場が拡
見方もあるかもしれない。実際、J-REITは、
大途上であったことを踏まえれば、不運で
初めての価格下落局面を迎えた後、若干の
あったといえなくもない。だが、市場が将
上昇に転じたが、現時点でまだ本格的な回
来にわたって未来永劫存続するのであれば、
復には至っていない。また、J-REITの市場
いずれは経験する可能性がある危機である。
規模の面でも、日本の経済規模から見てま
早めにそのような危機の影響を経験するこ
だ大いに拡大余地がある。J-REIT市場は今
とで、J-REIT市場への直接的なインパクト
後更に発展し、より成熟する途上にあるの
やそれに派生する広範囲にわたる影響が明
は確かである。
らかになったことは、苦難ではあったが、
だが、J-REITは、既に、さまざまな経済
局面を経験してきたのも事実である。伝統
14 ARES September-October 2010
将来に向けた一定の対処ができた面もあり、
一定の意義があるように思われる。
ARES SPECIAL
本稿では、リーマン・ショックの影響と
その後の市場動向をあらためて振り返ると
ともに、今後の展望を検討したい。
図表1 日本の株価指数と東証REIT指数の推移(配当込みベース)
3500
3000
価格下落トレンドへの転換
2500
2000
リーマン・ショック
による急落
1500
1000
500
0
2003/03/31
2003/06/13
2003/08/27
2003/11/13
2004/02/03
2004/04/16
2004/07/05
2004/09/16
2004/12/06
2005/02/23
2005/05/13
2005/07/27
2005/10/12
2005/12/28
2006/03/15
2006/06/01
2006/08/15
2006/10/30
2007/01/18
2007/04/04
2007/06/20
2007/09/03
2007/11/19
2008/02/08
2008/04/24
2008/07/10
2008/09/25
2008/12/11
2009/03/03
2009/05/21
2009/08/04
2009/10/21
2010/01/08
2010/03/26
2010/06/14
2. 世界的に波及したリーマン・ショ
ックの影響と危機脱却に向けた各種政
策の実現
(1)グローバル化した市場環境下におけ
TOPIX不動産業(配当込み)
東証マザーズ指数(配当込み)
るREIT価格の世界的な下落
図表1に示すとおり、東証REIT指数(配
当無し)は、2007年5月末でピークの2612.
東証REIT指数(配当込み)
TOPIX(配当込み)
図表2 リーマンブラザーズ破綻直後の米国株価と
東証REIT指数の推移
13000
1200
12000
1100
11000
1000
10000
900
9000
まで下落した。その後、2008年10月に入っ
800
8000
700
7000
て、わずか数週間で更に大幅かつ急激に下
600
6000
下落局面を迎え、2008年9月末にはピーク時
からマイナス約56.7%の1131.67ポイントに
落し、2008年10月28日には、最安値の704.46
ポイントとなった。これは、2008年9月末比
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年09月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年10月
2008年11月
2008年11月
2008年11月
1300
98ポイントに達した後、初の本格的な価格
東証REIT指数
TOPIX
NYダウ
でマイナス約37.8%、2007年5月末比のマイ
ナス約73.0%に相当する。2008年10月におけ
日本証券市場への波及が、J-REIT価格が
る下落のインパクトは、極めて大きかった。
大幅に下落した主因だったのは間違いない
2008年9月の米国証券大手リーマン・ブラザ
だろう。
ーズ破綻の影響を受け、J-REITの市場環境
グローバル化が大きく進展した証券市場
は激変したが、その最も直接的なインパク
において、ある国で生じたショックが他国
トは、2008年10月におけるJ-REIT価格の大
に波及することは、ほぼ不可避的な現象で
幅な下落とそれに伴うリターンの低下であ
ある。実際、リーマン・ショックの影響に
った。
よるREIT価格の下落は、日本のみの現象
2008年10月9日には、ニューシティ・レ
でなく全世界的に生じた現象であった。
ジデンス投資法人がJ-REITとして初めて
民事再生手続開始を申請して市場が大きく
(2)自律的調整の限界と政策の実現
混乱したこともまた、価格下落の大きな原
一般に、ファンダメンタルズとは別の外
因であっただろう。だが、東証REIT指数
部ショックによって証券価格が変動する場
は、図表2に示すとおり、この時期に米国
合、ファンダメンタルズと証券価格の間に
の株価と大きく連動した。米国ショックの
乖離が生じる。平時であれば、市場メカニ
ARES September-October 2010 15
ARES SPECIAL
図表3 2008年9月末格付と2008年10月価格上昇率
(格付ノッチ別の平均値)
(R&I)
2008年10月J-REIT価格上昇率(格付ノッチ別の平均値)
0
AA
AAA+
A
A-
R&I格付
格付未取得 (2008年9月)
図表5 リーマン・ショック以降の政策及び制度変更
政府・日銀による対策
決定年月
国交省:
「住宅・不動産市場活性化のための緊
2008年12月 急対策」
(日本政策金融公庫の危機対応業務
を活用した資金繰り対策)
-0.1
-0.2
-0.3
2009年1月
日銀:不動産投資法人債等の適格担保化
2009年4月
政府:
「経済危機対策」
(銀行等保有株式取
得機構の買取対象にJ-REITを追加、官民一体
となったファンドの創設、
日本政策投資銀行等
によるJ-REITへの資金供給の充実)
2009年8月
国交省:
「第4回不動産市場安定化ファンドの
設立・運営に関する検討委員会」にて最終とり
まとめ
-0.4
-0.5
-0.6
図表4 2008年9月末格付と2008年10月価格上昇率
(格付ノッチ別の平均値)
(ムーディーズ)
制度変更
2008年10月J-REIT価格上昇率(格付ノッチ別の平均値)
0.1
0
主な内容
Aa3
A1
A2
A3
-0.1
項目
ムーディーズ
格付
格付未取得
(2008年9月)
-0.2
-0.3
-0.4
-0.5
-0.6
合併
ズムが機能し、J-REIT価格がファンダメン
タルズに収斂する方向で調整される。即ち、
証券価格とファンダメンタルズとの間の乖
離は、次第に解消されるのが通常である。
だが、リーマン・ショックの影響で世界
的な信用収縮に陥る中、J-REIT市場に自律
導管性
主な内容
①合併交付金の取扱いが投資法人に関する
法令の規定において明確化された。
②損金算入の対象となる支払配当等の額に配
当見合の合併交付金が含まれることが明確
化された。
③負ののれんの会計上の取扱いが発生事業
年度に一括して利益計上されることとなるこ
とに伴い、支払配当損金算入要件の配当可
能利益から会計上の負ののれん発生益を控
除する等の措置が講じられた。
④投資法人間での合併が法人税法に規定す
る「被合併法人と合併法人とが共同で事業
を行うための合併」
(適格合併)に該当する
かの判定について、金融庁より国税庁に対し
て照会が行われ、投資法人における適格合
併の要件の取扱いが明確化された。
導管性要件における利益配当額判定式の改
正(「配当可能所得」の90%超利益配当の判
定が「配当可能利益」の90%超利益配当によ
る判定へ改正)
的調整の兆しが見えなかった。中でも、信
用リスクが大きいJ-REIT銘柄の価格が、特
しかったことを示しているといえよう。こ
に著しく下落し、大きく低迷した
のような現象の背景には、ニューシティ・
図表3、図表4は、リーマン・ブラザーズ
レジデンス投資法人の予想外の破綻を受け、
破綻直後の2008年9月末の格付けと2008年10
特に信用リスクが大きい銘柄について破綻
月のJ-REIT価格の下落率の関係を示してい
可能性が急に想定されるようになった事情
る。2008年9月末の格付けが低いほど2008年
があったように思われる。
10月におけるJ-REIT価格下落率が低くなる
事業や財務内容からみて、J-REITの破綻
明瞭な関係が見られる。これは、信用リス
は元々ほとんど想定されていなかった。実
クが大きいJ-REIT銘柄の価格下落が特に著
際、J-REITは、事業が相対的にリスクの低
16 ARES September-October 2010
ARES SPECIAL
図表6 2008年10月の日次収益率平均上位10銘柄の
単純平均ポートフォリオリターン平均値と下位10銘柄単純平均ポート
フォリオリターン平均値(20営業日ベース)
図表7 東証REIT指数の推移(2008年9月末以降)
1500
1400
2010/7
2010/6
2010/4
2010/5
2010/1
2010/2
2010/3
2009/11
2009/12
-0.03
800
700
-0.07
上位10銘柄単純平均ポートフォリオ
下位10銘柄単純平均ポートフォリオ
東証REIT指数(配当無し)
2010/07
2010/08
2010/04
2010/05
2010/06
2010/01
2010/02
2010/03
2009/10
2009/11
2009/12
-0.06
2009/07
2009/08
2009/09
2008/09
2008/10
2008/11
2008/12
-0.05
2009/04
2009/05
2009/06
600
-0.04
2009/01
2009/02
2009/03
-0.02
2009/9
2009/10
900
-0.01
2009/7
2009/8
1000
0
2009/4
2009/5
2009/6
1100
0.01
2009/2
2009/3
1200
0.02
2008/11
2008/12
2009/1
1300
0.03
2008/8
2008/9
2008/10
0.04
東証REIT指数(配当込み)
い不動産賃貸事業に特化している。一般の
中でも、信用リスクが大きいと評価され、
不動産会社と異なり、リスクをとって大き
リファイナンスリスクへの懸念から価格を
なリターンを追求することはない。また、
大きく下落した銘柄の価格回復が特に顕著
財務面を見ても、J-REITの負債比率は50%
であった。図表6は、リーマン・ブラザーズ
程度であり、不動産会社や私募ファンドと
破綻直後に価格が大きく下落したJ-REIT銘
比べ保守的な財務戦略が採られている。平
柄のリターンが、その後大幅に回復したこ
時であれば、J-REITの破綻リスクは極めて
とをよく示している。また、J-REIT全般に
低いはずである。しかし、ニューシティ・
ついても、東証REIT指数が、2009年に入る
レジデンス投資法人の破綻によって、資産
と、大きく回復し、7月以降、一時1000ポイ
や資本構成から見て安全性が高いとしても、
ントを超える水準にまで回復するなど、全
金融危機等の影響で資金の借り換え(リフ
般的にポジティブな傾向がみられた。
ァイナンス)が円滑に行えずに破綻する可
能性が認識された。
そのような状況下、J-REITは困難な資金
その一方、公募による資金調達の再開や
J-REIT同士のM&Aは、いずれも2009年半
ば以降まで実現しなかった。このように、
調達環境に直面し、物件取得が大幅に抑制
政策効果が、すぐに目に見える具体的な形
される中、実物不動産市場への悪影響が懸
で現れなかった面があったが、政策への期
念された。そして、資金調達環境の改善、
待感から、J-REIT価格が比較的早い時期に
市場再編の促進のための政策の必要性が認
ポジティブな反応を示したように思われる。
識されるようになり、図表5に示す各種政策
が実現した。
ただし、2009年後半以降、ドバイショッ
クの影響等もあり、J-REIT価格は再び下落
傾向に転じ、800ポイント台前半にまで達し
(3)各種政策へのJ-REIT価格のポジティ
ブな反応
た。2009年8月末から2009年12月末までの東
証REIT指数(配当無し)の下落率は約
各種政策の実現を受け、J-REIT価格は、
11.3%にも達し、2009年全体にわたるJ-
比較的早期にポジティブな反応を示した。
REIT価格回復は限定的であった(図表7)
。
ARES September-October 2010 17
ARES SPECIAL
なかったことを示す。これは、資金調達の
3. 公募による資金調達の再開
動向が金融機関の事情に左右されかねない
状況だったことを意味し、そのリスクが、
リーマン・ショックによって、REITが困
難な資金調達環境に直面したのは、日本だ
けではなく多くの国で共通の現象であった。
J-REIT価格に折り込まれた可能性もあった
ように思われる。
しかし、2009年後半に入ると、10月には
しかしながら、米国、欧州、オーストラリ
日本アコモデーションファンド投資法人及
アのREITにおいては、リーマン・ショック
びケネディクス投資法人によってJ-REITと
直後、借入や社債発行等、負債による資金
しては約1年3ヶ月ぶりの公募増資が発表さ
調達が極めて困難な中、図表8に示すとおり、
れた。これに続く形で、図表10に示すJ-
公募増資によって資金の大半が調達された
REITによる公募増資が実現し、J-REITの資
事情があった。これらの国では、困難な資
金調達環境の改善が目に見える形で明らか
金調達環境下、公募増資がREITの重要な資
になった。これは、公募増資が可能な市場
金調達手段として機能したのである。
環境の実現は、J-REIT市場全般にポジティ
これに対し、日本においては、2008年後
ブな効果をもたらしたはずである。
半から2009年初めにかけ、J-REITの資金調
ただし、公募増資による資金調達が行わ
達円滑化に向けた政策が実現したにも関わ
れた場合、当然ながら、各資金調達につい
らず、公募増資によるJ-REITの資金調達は、
て、資金の調達条件や取得物件の内容等の
その後もしばらくの間、行われなかった
資金の使途が個別的に判断される。よって、
(図表9)
。日本においては、米国・欧州・オ
公募増資によってJ-REIT価格上昇が実現す
ーストラリアのREITと異なり、J-REITは資
るかどうかは、個々の調達内容に依存する
金調達のために公募増資(PO)を活用でき
ことになり、公募増資によるJ-REIT価格の
ず、金融機関からの借入に依存せざるを得
上昇を常に期待できるわけではない。
図表8 リーマンショック以降の各国REITの資金調達動向
※デット
(社債発行や銀行借入等)、PO(REITの公募・売出)
出所 REIT Monthly Report(岡三アセットマネジメント)2009年6月発行
18 ARES September-October 2010
ARES SPECIAL
また、一般に、企業やJ-REITが増資し
図表11-1∼図表11-11は、リーマン・ショ
た場合、証券価格に対し、少なくとも短
ック以降の各公募増資について、公募増資
期的にネガティブな影響がある可能性が
の発行決議日(公募増資のリリース時点)
しばしば指摘される。この理由として、
の翌営業日を起点とした東証REIT指数及び
増資によって希薄化が生じる場合が少な
公募増資を行った累積日次リターンを示し
くない点がしばしば挙げられる。それに
ている。多くの例で、公募増資のリリース
加え、コーポーレートファイナンスの理
後、短期的にはマイナスのリターンが生じ
論において、希薄化が生じない場合も、
たことがわかる。一方、より中長期的な視
増資自体が悪いシグナルとして受け取ら
点で見た場合の個々の銘柄の累積リターン
れ、価格にネガティブな影響を与え得る
の動向はさまざまではあるが、時間ととも
旨を指摘する見解もある。
に東証REIT指数を上回る累積日次リターン
が達成できた例も少なくない。
図表9 エクイティ・ファイナンス(新投資口発行)と物件取得額の推移
公募増資による成長が可能な市
億円
12,000
場環境が実現したことには、大
10,000
第三者割当増資
IPO
公募増資(除くIPO)
きな意義がある。
ネット取得額(取得額−譲渡額)
8,000
また、2010年以降には、J-
6,000
REITの公募投資法人債の発行や
4,000
不動産市場安定化ファンド(い
2,000
わゆる、官民ファンド)による
0
下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期 下期 上期
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
(注)公募・
I
POにはオーバーアロットメントによる売出しに伴う第三者割当分を含む
(出所)各社公表資料よりARES作成
(上期:1-6月、下期:7-12月)
J-REITへの融資が実現した。
2009年後半以降、J-REITの資金
調達環境の大幅な改善が、目に
見える形で示されたといえる。
図表10 2009年10月以降に公表されたJ-REITの公募増資(2010年8月末時点判明分)
コード
投資法人
公表日
募集投資
口数
調達金額(円)
(オーバーアロッ
トメントによる
売出し分含む)
3226
日本アコモデーションファンド投資法人
2009.10.16
42,000
8972
ケネディクス不動産投資法人
2009.10.29
33,550
20,124,037,078
8,156,005,000
3240
野村不動産レジデンシャル投資法人
2009.11.18
27,400
8,029,620,690
8952
ジャパンリアルエステイト投資法人
2009.11.18
42,000
26,751,648,000
8955
日本プライムリアルティ投資法人
2010.1.21
82,000
14,614,380,000
8967
日本ロジスティクスファンド投資法人
2010.2.4
8,500
5,425,056,000
3234
森ヒルズリート投資法人
2010.3.5
67,000
14,639,520,640
8961
森トラスト総合リート投資法人
2010.5.13
60,000
42,260,400,000
3269
アドバンス・レジデンス投資法人
2010.6.4
240,000
28,298,924,304
8964
フロンティア不動産投資法人
2010.6.14
32,000
19,477,648,000
8967
日本ロジスティクスファンド投資法人
2010.8.12
16,000
9,689,472,000
ARES September-October 2010 19
ARES SPECIAL
図表11‐1 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
図表11-2 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
3226 日本アコモデーションファンド 発行議決日 2009年10月16日
8972 ケネディクス投資法人 発行議決日2009年10月29日
0.25
0.15
0.2
0.1
0.15
0.05
0.1
0.05
0
2009.10 2009.11 2009.12 2010.1 2010.2 2010.3 2010.4 2010.5 2010.6 2010.7 2010.8
0
-0.05
-0.05
2009.10 2009.11 2009.12 2010.1 2010.2 2010.3
2010.4 2010.5
2010.6 2010.7
2010.8
-0.1
-0.1
-0.15
-0.15
-0.2
-0.2
東証REIT指数(配当なし)
東証REIT指数(配当なし)
ケネディクス不動産投資法人
日本アコモデーションファンド投資法人
図表11-3 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
図表11-4 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
3240 野村不動産レジデンシャル投資法人 発行議決日2009年11月18日
8952 ジャパンリアルエステイト投資法人 発行議決日2009年11月18日
0.2
0.2
0.15
0.15
0.1
0.1
0.05
0
-0.05
-0.1
-0.15
2009.11 2009.12
2010.1
2010.2 2010.3
2010.4
2010.5
2010.6
2010.7
2010.8
0.05
0
2009.11 2009.12
2010.1
2010.2 2010.3
2010.4
2010.5
2010.6
2010.7
2010.8
-0.05
-0.2
-0.1
-0.25
-0.3
-0.15
東証REIT指数(配当なし)
東証REIT指数(配当なし)
野村不動産レジデンシャル投資法人
ジャパンリアルエステイト投資法人
図表11-5 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
図表11-6 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
8955 日本プライムリアルティ投資法人 発行議決日2010年1月21日
0.25
8967 日本ロジスティクスファンド投資法人 発行議決日2010年2月4日
0.2
0.2
0.15
0.15
0.1
0.1
0.05
0.05
0
0
2010.1
2010.2
2010.3
2010.4
2010.5
2010.6
2010.7
2010.8
2010.2
2010.3
2010.4
2010.5
2010.6
2010.7
2010.8
2010.9
-0.05
-0.05
-0.1
-0.1
東証REIT指数(配当なし)
日本プライムリアルティ投資法人
東証REIT指数(配当なし)
日本ロジスティクスファンド投資法人
図表11-7 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
図表11-8 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
3234 森ヒルズリート投資法人 発行議決日2010年3月5日
0.2
8961 森トラスト総合リート投資法人 発行議決日2010年5月13日
0.08
0.06
0.1
0.04
0
-0.08
-0.4
-0.1
-0.12
-0.5
東証REIT指数(配当なし)
森ヒルズリート投資法人
20 ARES September-October 2010
東証REIT指数(配当なし)
森トラスト総合リート投資法人
20
10
.9
20
10
.8
20
10
.7
-0.04
-0.06
-0.3
20
10
.6
.9
20
10
.8
20
0
-0.02
20
10
.5
-0.2
10
.7
20
10
.6
20
10
.5
20
10
.4
10
20
10
.3
0.02
20
-0.1
ARES SPECIAL
図表11-9 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
図表11-10 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
3269 アドバンス・レジデンス投資法人 発行議決日2010年6月4日
0.02
8964 フロンティア不動産投資法人 発行議決日2010年6月14日
0.06
/9
/8
0.04
10
10
20
20
20
10
10
20
-0.04
/7
/6
20
2010/
10 4
/5
0
-0.02
0.02
-0.06
-0.14
10
/8
20
10
20
10
20
-0.02
-0.12
/7
/6
20
10
-0.1
/9
0
-0.08
-0.04
-0.16
-0.06
-0.18
東証REIT指数(配当なし)
東証REIT指数(配当なし)
アドバンス・レジデンス投資法人
フロンティア不動産投資法人
図表11-11 公募増資発行議決日(リリース日)翌営業日以降の
累積日次リターン
図表12 J-REITの保有資産額と
株価資産倍率(PBR)の関係(2008年10月)
8967 日本ロジスティクスファンド投資法人 発行議決日2010年6月14日
0.3
PBR
1.6
0.2
1.4
0.1
1.2
2010/6
2010/7
2010/8
2010/4
2010/5
2009/12
2010/1
2010/2
2010/3
2009/9
2009/10
2009/11
2009/7
2009/8
2009/4
2009/5
2009/6
2009/1
2009/2
2009/3
2008/10
2008/11
2008/12
-0.2
2008/8
2008/9
0
-0.1
1.0
0.8
-0.3
0.6
-0.4
-0.5
0.4
-0.6
0.2
-0.7
東証REIT指数(配当なし)
日本ロジスティクスファンド投資法人
0.0
保有資産額(10億円)
0
200000 400000 600000 800000 1000000
価格の過度な低迷を抑制し、価格の適正化
4. M&A実現と再編の加速
に寄与する。また、各J-REITにとっては、
M&Aを通じた規模拡大の道が開かれること
リーマン・ショック以降、J-REIT価格は
になる。しかしながら、当時は、J-REITの
純資産価値から想定される水準を大幅に下
M&Aには実務上の障壁があり、再編はなか
回るまで下落し、そのまま価格が回復しな
なか進展しなかった。
い状況が続いた。魅力的な事業・資産があ
その後、幸いなことに、J-REITのM&A
りながら、純資産から想定される水準より
の実務上の障壁を取り除く措置が早急に講
も低い証券価格が続けば、J-REITについて
じられた(図表5)。その後、スポンサー変
も株式会社と同様、極めて優良な買収対象
更による再編に加え、2009年半ば以降、複
として検討されるはずである。実際、図表
数のM&Aが公表され、その内、既に複数の
12に示すとおり、リーマン・ショック直後
事例が実現した(図表13)
。
には株価純資産倍率(PBR)が低い銘柄が
図表14-1∼図表14-7は、合併のリリース日
いくつも存在し、再編圧力は相当高まった
の翌営業日を起点とする合併対象銘柄(2銘
ものと考えられる。M&Aを通じたJ-REIT
柄)及び東証REIT指数の累積日次リターン
再編の実現は、市場の調整を促し、投資口
を示している(合併によって消滅したJ-
ARES September-October 2010 21
ARES SPECIAL
図表13 リーマンショック以降のJ-REIT再編動向(2010年8月末判明分)
合併
合併タイプ
吸収合併
合併タイプ
存続投資法人
投資法人名称
証券コード
8984
8963
8953
8986
8960
8966
ビ・ライフ
インヴィンシブル(東京グロースリートより商号変更)
日本リテールファンド
日本賃貸住宅
ユナイテッド・アーバン※3
クレッシェンド※4
証券コード
新設投資法人
投資法人名称
新設合併
3269
証券コード
8965
8980
8974
8969
3229
8970
消滅投資法人
投資法人名称
ニューシティ・レジデンス
エルシーピー
ラサール ジャパン
プロスペクト・リート
日本コマーシャル※3
ジャパン・シングルレジデンス※4
消滅投資法人
投資法人名称
証券コード
8978
アドバンス・レジデンス
8962
日本レジデンシャル
アドバンス・レジデンス
※3:本合併の効力発生日は平成22年12月1日の予定です。
※4:本合併の効力発生日は平成22年10月1日の予定です。
スポンサー変更
証券コード
8983
8976
8966
3227
8973
8956
8985
投資法人名称※1
(名称変更の場合:変更前⇒変更後)
クリード・オフィス ⇒ ジャパン・オフィス
DAオフィス
⇒ 大和証券オフィス
クレッシェンド
MI
Dリート
ジョイント・リート ⇒ 積水ハウス・S
I
プレミア
日本ホテルファンド
旧主要スポンサー
新主要スポンサー
いちごアセットグループ
大和証券グループ本社
平和不動産
クリード
ダヴィンチ・ホールディングス
個人
関西電力※2
エートスファンド※2
積水ハウス、
スプリング・インベストメント
エヌ・ティ・ティ都市開発
ロックライズ社
ジョイント・コーポレーション
ケン・コーポレーション、総合地所
クリエーティブ・リノベーション・グループ・ジャパン
※1:主要スポンサー変更に伴ってその投資法人名称が変更された場合には変更前後の名称を記載しています。
※2:資産運用会社のスポンサーであるMI
D都市開発の主要株主変更を実質的スポンサー変更として記載しています。
図表14‐1 合併リリース日の翌営業日以降の
累積日次リターン①
図表14-2 合併リリースの翌営業日以降の
累積日次リターン②
日本レジデンシャル投資法人 & アドバンス・レジデンス投資法人
ニューシティ・レジデンス投資法人 & ビ・ライフ投資法人
0.2
0.4
0.15
0.3
0.1
0.2
0.05
0.1
0
/8
10
/7
20
/6
20
10
/5
20
10
/4
10
10
20
20
/2
/3
10
20
10
/1
20
10
-0.1
20
2
20009
09 /9
/1
0
20
09
/1
1
20
09
/1
2
10
/
20 7
10
/8
20
10
/
20 1
10
/
20 2
10
/3
20
10
/4
20
10
/
20 5
10
/6
20
20
09
/1
/1
09
20
-0.1
2
1
0
/9
/1
09
09
20
20
09
/8
0
20
-0.05
-0.2
-0.15
-0.3
-0.2
東証REIT指数(配当無し)
ビ・ライフ投資法人
注 ニューシテイ・レジデンス投資法人については、合併リリース時に未上場のため、
データ系列が存在しない。
-0.25
東証REIT指数(配当無し)
日本レジデンシャル投資法人
アドバンス・レジデンス投資法人
図表14-3 合併リリース日の翌営業日以降の
累積日次リターン③
図表14-4 合併リリース日の翌営業日以降の
累積日次リターン④
インヴィンシブル投資法人 VS エルシーピー投資法人
日本リテールファンド投資法人 & ラサールジャパン投資法人
0.2
0.3
0.1
0.25
0.2
インヴィンシブル投資法人
エルシーピー投資法人
東証REIT指数(配当無し)
ラサールジャパン投資法人
22 ARES September-October 2010
日本リテールファンド投資法人
/8
20
10
/7
20
10
/6
20
10
/5
10
/4
10
20
20
東証REIT指数(配当無し)
20
-0.05
/3
0
-0.5
09
20 /12
10
/1
-0.4
10
-0.3
20
0.1
0.05
10
-0.2
/2
0.15
20
20
10
/8
/7
/6
10
20
/5
10
10
20
20
/4
20
10
/3
10
/2
20
10
10
/1
20
20
20
09
20 /11
09
/1
2
0
-0.1
ARES SPECIAL
図表14-5 合併リリース日の翌営業日以降の
累積日次リターン
図表14-6 合併リリース日の営業日以降の
累積日次リターン
プロスペクト・リート投資法人 & 日本賃貸住宅投資法人
ユナイテッド・アーバン投資法人 & 日本コマーシャル投資法人
0.4
0.2
0.3
0.1
/8
20
10
/7
20
10
/6
20
10
/5
10
10
20
0.1
20
-0.1
/4
0
0.2
-0.2
/8
20
10
/7
20
10
/6
20
10
/5
20
10
/4
10
20
20
-0.1
10
/3
0
-0.2
-0.3
-0.4
-0.5
-0.6
-0.3
東証REIT指数(配当無し)
東証REIT指数(配当無し)
プロスペクト・リート投資法人
ユナイテッド・アーバン投資法人
日本コマーシャル投資法人
日本賃貸住宅投資法人
図表14-7 合併リリース日の翌営業日以降の
累積日次リターン
図表15 J-REIT合併銘柄の合併リリース後の
東証REIT指数に対する累積日次超過リターン
クレッシェンド投資法人 & ジャパン・シングルレジデンス投資法人
0.5
0.3
0.4
0.3
0.25
0.2
0.2
0.1
0.15
-0.1
0
1
21
41
61
81
0.1
121
141
161
181
201
221
-0.3
-0.4
0.05
-0.5
東証REIT指数(配当無し)
/8
20
10
/7
10
20
20
10
/6
0
-0.05
101
合併りり―スから
の経過営業日数
-0.2
クレッシェンド投資法人
プロスペクト・リート投資法人
ニューシティ・レジデンス投資法人
日本レジデンシャル投資法人
クレッシェンド投資法人
インヴィンシブル投資法人
ユナイテッド・アーバン投資法人
日本リテールファンド投資法人
日本賃貸住宅投資法人
ビ・ライフ投資法人
アドバンス・レジデンス投資法人
ジャパン・シングルレジデンス投資法人
エルシーピー投資法人
日本コマーシャル投資法人
ラサール ジャパン投資法人
ジャパン・シングルレジデンス投資法人
REITについては、消滅時までの累積日次リ
している(起点を、左に揃えて図示してい
ターンのみを示している)
。合併リリースの
る)
。図表15において、ほとんどの銘柄の累
リターンへの影響は、事例によってまちま
積リターン差が一旦ゼロから乖離した後に、
ちである。特徴的なのは、多くのケースで、
再びゼロに極めて近い水準に達している
合併リリース直後に生じたJ-REIT銘柄と東
(ゼロに達する場合も見られる)。これは、
証REIT指数の累積日次リターンの乖離が、
合併リリースによって生じた東証REIT指数
時間の経過とともに縮小し、やがて両者は
に対する超過リターンの消失を意味する。
同水準になる現象が生じている点である。
J-REITの合併によって、規模のメリット、
これを、より明示したのが図表15である。
信用力の改善、資産運用能力向上、といっ
図表15は、図表14-1∼図表14-7に示した各銘
たポジティブな効果が期待できるのは確か
柄について、合併リリースの翌営業日を起
である。しかし、そのようなメリットが実
点とする日次累積リターン差(個別銘柄の
際にどの程度現れるのかについて、短期に
日次累積リターンから東証REIT指数の日次
判断することは容易ではない。なぜなら、
累積リターンを差し引いた値)の推移を示
J-REITの合併リリースの際、その理由や合
ARES September-October 2010 23
シナリオがどのように実現されるのか、と
いった点がすぐには見えないからである。
即ち、J-REITの合併リリースの直後の反
応は、合併本来の中長期的な効果を反映し
間を経てその効果が消失したとしても不思
議ではない。合併の本来的な効果は、その
J-REITの合併効果は、ある程度時間を経
てはっきりと明らかになる面もあることか
ら、その効果については、合併リリース直
5. 金融危機による市場混乱からの脱却
J-REITの公募による市場からの資金調達
の再開、不動産の取得の増加、スポンサー
取り戻しつつある。また、J-REITのリター
証REIT指数の日次リターンの標準偏差は、
24 ARES September-October 2010
-0.002
-0.004
ているとは限らない。よって、J-REITの合
-0.008
併リリース直後の市場の反応は、合併に対
-0.012
ような短期的な効果が消失した後になって、
0.05
明瞭に現れる場合も想定される。
0.04
後の短期的な市場の反応のみならず、中長
の変更やM&Aを通じた再編の実現等にみら
-0.2
0
れるように、最近ではJ-REIT市場が活力を
-0.4
2003/06/19
2003/09/01
2003/11/17
2004/02/04
2004/04/16
2004/07/02
2004/09/14
2004/12/01
2005/02/17
2005/05/06
2005/07/19
2005/09/30
2005/12/15
2006/03/02
2006/05/18
2006/07/31
2006/10/12
2006/12/26
2007/03/14
2007/05/30
2007/08/10
2007/10/25
2008/01/15
2008/03/28
2008/06/12
2008/08/25
2008/11/10
2009/01/28
2009/04/13
2009/06/29
2009/09/09
2009/11/27
2010/02/15
2010/04/28
2010/07/14
どのような不動産運用が実行され、当初の
2003/06/19
2003/09/01
2003/11/17
2004/02/04
2004/04/16
2004/07/02
2004/09/14
2004/12/01
2005/02/17
2005/05/06
2005/07/19
2005/09/30
2005/12/15
2006/03/02
2006/05/18
2006/07/31
2006/10/12
2006/12/26
2007/03/14
2007/05/30
2007/08/10
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2008/01/15
2008/03/28
2008/06/12
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2009/04/13
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2009/11/27
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2010/04/28
2010/07/14
併後の戦略が公表されたとしても、合併に
2003/06/25
2003/09/04
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2004/02/05
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2005/07/08
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2005/12/05
2006/02/17
2006/05/01
2006/07/13
2006/09/25
2006/12/07
2007/02/22
2007/05/09
2007/07/19
2007/10/01
2007/12/12
2008/02/29
2008/05/15
2008/07/25
2008/10/07
2008/12/19
2009/03/09
2009/05/25
2009/08/04
2009/10/19
2010/01/04
2010/03/17
2010/06/02
2010/08/12
ARES SPECIAL
図表16 東証REIT指数(配当込み)
日次リターン平均値(60営業日ローリングデータ)
0.006
0.004
0.002
0
-0.006
-0.01
する期待感による短期的な反応であり、時
図表17 東証REIT指数(配当込み)の
日次リターン標準偏差(60営業日ローリングデータ)
0.06
0.03
0.02
0.01
0
期的な動向も踏まえた評価が必要であるよ
うに思われる。
図表18 日次リターンの相関係数(60営業日ローリングデータ)
東証REIT指数(配当込み)VS TOPIX(配当込み)
0.8
1
0.6
0.4
0.2
-0.6
ン特性も正常化しつつある。たとえば、東
証REIT指数の日次リターンの平均値は、大
ーンとの高い相関は依然として解消されて
きく回復し、最近では金融危機前の2006年
はいないものの、リスク・リターン特性を
頃にほぼ近い水準で落ち着いた推移を示し
見る限り、市場正常化を示す傾向を確認で
ている(図表16)
。また、大きく上昇した東
きる。
以上を踏まえると、J-REIT市場は、金融
ほぼ金融危機前の水準で推移している(図
市場の国際的な混乱の影響から脱却しつつ
表17)
。図表18に示されるような、株式リタ
あるように思われる。
ARES SPECIAL
にとって、競争原理が働く環境下、相対的
6. 今後の展望
に高いパフォーマンスを実現することで、
投資家からの評価を高めることができる好
金融危機による市場の混乱から脱却し、
機でもある。不動産運用が難しい市況だか
市場メカニズムが回復する中、J-REITは本
らこそ、不動産運用はプロに任せるという
来の機能を取り戻しつつある。その一方、
機運が高まり、不動産証券化の一層の拡大
金融危機の影響が時間を経て実体経済へと
につながる可能性もある。
波及する中、J-REITがその影響による不動
即ち、金融危機による混乱の終息により、
産市場のファンダメンタルズ悪化に直面し
今後、金融市場においてはJ-REITの商品性
ているのが最近の状況である。一口当たり
が再認識され、不動産市場においてはJ-
分配金の減少を予想するJ-REITも増加して
REITが専門性の高い運用者としての期待が
おり、J-REIT価格は依然として金融危機以
高まることが予想される。J-REIT市場は、
前の水準にまで回復していない。
国際的な金融危機を経験し、そして、10年
今後、景気が好転しない限り、J-REIT価
格は本格的には回復しない可能性もある。
目を迎える中、新たなステージに入ったと
いえよう。
その場合、もはや、かつてのような、大幅
なキャピタルゲインを狙ったJ-REIT投資を
狙いにくくなる可能性もある。これは、一
見するとネガティブな見通しにも思えるか
もしれないが、インカムゲインに比率が相
対的に高まる結果、J-REITが配当重視の商
品だとの評価されやすいメリットもある。
また、市場が正常化する中、リターン特性
を踏まえた合理的な投資が行いやすくなり、
その結果、分散投資の一環としてJ-REITが
ポートフォリオの一定程度組み込まれる可
能性もある。このように、J-REITの商品性
の再評価が進めば、投資家層に変化が見ら
れるはずである。
一方、不動産市場においては、景気の低
迷による不動産賃貸需要の減退や不動産価
格の下落により、不動産運用が難しくなり
つつある。そうした中、高い能力を持つ専
門家による不動産運用への期待が高まるは
ずである。不動産運用のプロであるJ-REIT
ARES September-October 2010 25
ARES SPECIAL
社団法人不動産証券化協会
20年間の活動の軌跡
社団法人不動産証券化協会(ARES)が、投資家の保護と不動産証券化市場の健全な発展のため
に2002年に設立されてから今年で8年。それ以前の12年間は、ARESの前身である不動産シン
ジケーション協議会(CRES)が、法・税制改正の提言や投資家啓発などの基盤整備を進め、不動
産証券化市場の礎を確固たるものとするために様々な活動を行ってきました。そのCRESの誕生は
1990年9月、今年、ARESはCRESから数えて活動20周年を迎えます。
幾多の変遷を経て今日に至りました。ここではCRES・ARESとそれを取り巻く市場の動きを、
バブル景気のさなかにあった1987年から年表で振り返ります。
社会の動き
CRES・ARES
CRES・ARESを巡る外部の動き
1987
・NTT 株上場
・ブラックマンデー
・竹下内閣発足
2 月 不動産共同投資商品第1 号の登場
〈信託型〉
不動産投資信託の導入提言
〈経企庁・脇山レポート〉
8 月 民活プロジェクト推進のための
新しいファイナンス(試案)〈大
蔵省〉
12月 抵当証券業法制定
1988
・リクルート疑惑
・イ ラ ン ・イ ラ ク
戦争停戦
12月 不動産証券化研究会発足
(協議会の前身)
三井・三菱・住友・東急・藤
和・長谷工の不動産6 社と建設省
建設経済局、日本住宅総合セン
ターがメンバー
5月
1989
・米第 4 1 代大統領
ブッシュ就任
・消費税導入
・天安門事件
・宇野内閣発足
・海部内閣発足
・ベルリンの壁崩壊
・日 経 平 均 株 価 最
高記録38,915 円
9 月 任意組合型第1 号商品販売
3 月 不動産の証券化に関するレポー
ト〈政策構想フォーラム(経済
学者グループ)
〉
5 月 新しい金融制度について〈大蔵
省金融制度調査会 制度問題研
究会第二委員会中間報告〉
5 月 金融の証券化に対応した資本市
場の在り方について〈証券取引
審議会基本問題研究会中間報告〉
1990
・ソ 連 初 代 大 統 領
ゴルバチョフ就任
・東西ドイツ統一
9 月 不動産シンジケーション協議会
発足
(設立時会員:正会員50 社、理事
長:三井不動産(株)田中順一
郎社長)
6 月 「金融の証券化」に対応した法制
の整備等について〈証券取引審
議会基本問題研究会第一部会報
告〉
◎ 幅広い有価証券概念の導入
26 ARES September-October 2010
5月
地価を顕在化させない土地の処
分方式〈国鉄清算事業団処分審
議会答申〉
ARES SPECIAL
1991
・湾岸戦争勃発
・宮沢内閣発足
・ソ連崩壊
・証 券 不 祥 事 表 面
化
≪設立趣旨≫
・ シンジケーション事業の健全な発展
・ 投資家保護
・ 不動産シンジケーション事業に係る
法律の制定(投資家保護と事業者の
選別)
[設置研究会]
①情報開示研究会②信託研究会
③組合型商品研究会④流通研究会
⑤海外商品研究会
⑥証券化手法研究会
7月
協議会自主ルール「不動産小口化
商品標準情報開示項目」策定
( 5 月の 建設省通達を 受け て 策
定)
10月 平成3 年度スタート
会員社:正会員51社
3月
8月
新しい金融制度について〈大蔵
省金融制度調査会 制度問題研
究会第二委員会第二次中間報告〉
12月 不動産変換ローン第1 号登場〈国
鉄清算事業団〉
4月
5月
5月
8月
社会資本整備等における民間資
本等の 活用方策に 関す る 調査
〈国土庁計画・調整局〉
都市開発の推進と不動産の証券
化−都市開発事業の動向に対応
した新たなファイナンス・システ
ムの提案〈建設省都市局〉
商品ファンド法制定
不動産小口化商品取引に関する
情報開示の通達〈建設省建設経
済局〉
平成 4 年度重点施策「不動産の証
券化に係る事業手法の検討」〈建
設省建設経済局〉
◎事業法成立へ1 回目の挑戦
1992
・PKO 協力法成立
・佐川献金疑惑
・公 的 資 金 導 入 含
む 総合経済対策
発表
2月
不動産共同投資事業に関する投
資家保護法の早期実現を要望
2 月 不動産を証券取引法の対象とす
ることに反対
5 月 「不動産共同投資事業研究会」設
置
7 月 初のシンポジウム「不動産共同投
資と都市開発、投資家保護」開催
7 月 PRパンフレットの作成
10月 平成4 年度スタート
会員社:正会員48社
21 世紀への不動産ビジョン〈建
設省建設経済局〉
5 月 ゴルフ場等適正化法制定
5 月 特定債権譲渡法制定
6 月 金融制度及び証券取引制度の改
革のための関係法律の整備に関
する法律[証券取引法改正関連]
7 月 証券取引等監視委員会発足
8 月 平成 5 年度重点施策「不動産共同
投資事業に関する新制度の創設」
〈建設省建設経済局〉
◎事業法成立へ2回目の挑戦
12月 不動産共同投資事業研究会「不動
産共同投資事業のあり方につい
て」〈建設省建設経済局長諮問機
関〉
1993
・米第 4 2 代大統領
クリントン就任
・定 期 預 金 金 利 の
完全自由化
7月
8月
7月
8月
不動産共同投資商品等に関する
税制改正要望
事務所を虎ノ門に移転
国土利用計画法の運用改善を要
望
4月
平成 6 年度重点施策「不動産共同
投資事業に関する新たな事業手
法の創設」〈建設省建設経済局〉
◎事業法成立へ3 回目の挑戦
10月 生活大国5 ヵ年計画フォローアッ
ARES September-October 2010 27
ARES SPECIAL
・細川内閣発足
10月 平成5 年度スタート
会員社:正会員42社
10月 不動産共同投資事業に係る標準
約款案(任意組合型)策定〈土
地総合研究所/WGは当協議会〉
11月 「 不動産投資被害ダ イ ヤ ル 1 1 0
番」実施
12月 「不動産投資被害再発防止を考え
る会」開催
12月 PR パンフレット刷新
不動産共同投資事業関連資料集
(後のハンドブック)をはじめて
作成
プのための土地有効利用検討委
員会報告〈経済審議会〉
12月 平岩研究会最終答申〈細川総理
の私的諮問機関〉
1994
・羽田内閣発足
・英 仏 海 峡 「 ユ ー
ロトンネル」開
通
・村山内閣発足
・関 西 国 際 空 港 開
港
1月
不動産共同投資事業に関する税
制改正要望提出
7 月 事業法施行記念シンポジウム「不
動産特定共同事業法と都市開発
の展望」開催
7 月 「不動産特定共同事業法」説明会
開催
9 月 格付け検討小委員会報告書作成
10月 平成6年度スタート
会員社:正会員41社
[設置研究会]
①格付け検討小委員会
②情報開示検討小委員会
12月 不動協、ビル協と合同で簡保資
金の不動産への運用見合わせを
建設省に要望
2月
1995
・世 界 貿 易 機 関
(WTO)発足
・阪 神 ・ 淡 路 大 震
災
・地 下 鉄 サ リ ン 事
件
・公定歩合 0 . 5 % に
引き下げ
3月
3月
5月
5月
5月
5月
不動産特定共同事業の約款等に
係る研究会報告書作成〈土地総
合研究所/当協議会からの委託
研究〉
◎不動産特定共同事業標準契約
約款策定
「不動産特定共同事業法施行対応
のための説明会」(関係5 団体共
催)
1995 不動産共同投資ハンドブッ
ク刊行(オリジナル資料集)
シンポジウム「不動産共同投資事
業−国民資産による都市づくり」
開催
情報開示検討小委員会報告書作
成
◎平成3年に作成した開示事項
の改訂を提言
不動産特定共同事業の市場育成
に係る研究会報告書作成〈土地
28 ARES September-October 2010
6月
連立与党、経済総合対策決定
◎不動産共同投資の事業環境整
備を盛り込む
不動産特定共同事業法公布
◎不動産業界にとって宅建業法
以来42年ぶりの事業法
12月 大蔵・郵政両省、簡保の不動産
運用導入見送りで同意
4月
不動産特定共同事業法施行
ARES SPECIAL
総合研究所/当協議会からの委
託研究〉
◎不動産特定共同事業の事業シ
ュミレーション策定とそれに基
づく市場育成に関する提言
6月 初めて会員参加型研究会を設置
①匿名組合税制研究会
②開発型事業研究会
③商品戦略研究会
8月 不動産特定共同事業法施行後初
めて三井不動産など4社に事業
者許可下りる
8 月 『不動産特定共同事業法の契約
約款と関係法令』編集(住宅新
報社発行)
9 月 不動産共同投資事業の経済的基
礎と展望に関する研究報告書作
成
10月 平成7 年度スタート
会員社:正会員42社
11月 賛助会員制度創設
12月 不動産プロジェクトファイナン
ス研究会設置
1996
・橋本内閣発足
・住専法成立
・橋 本 内 閣 、 金 融
システム改革
(金融ビックバ
ン)提唱
公的機関における不動産共同投
資事業の活用研究会報告書作成
( 当協議会は W G の 事務局を 担
当)
3 月 不動産プロジェクトファイナン
ス研究会報告書作成
3 月 「米国不動産投資顧問業の実態と
日本への導入について」報告書作
成〈住友生命総合研究所に研究
委託〉
5 月 シンポジウム「日本経済回復のた
めの不動産流動化について」開催
5 月 1996 不動産共同投資ハンドブッ
ク刊行
5 月 当協議会の報告書・研究等の要約
集・CRES の論点vol.1を刊行
10月 平成8 年度スタート
会員社:正会員42 社、賛助会員
4社
11月 日本型不動産投資ファンド研究
会設置
12月 平成8年度会員参加型研究会設置
①投資家の投資選択にかかる研
究会
②不動産投資顧問業に関する研
究会
11月 事業法による賃貸型1号商品
(
(株)泉郷によるアンサンブル)
12月 事業法による匿名組合型1号商品
((株)トレンディアソシエイツ
による岡本住宅)
2月
11月 事業法による任意組合型第1 号商
品
(安田不動産(株)竹橋安田ビル)
ARES September-October 2010 29
ARES SPECIAL
1997
・消費税5 %に引き
上げ
・香 港 、 中 国 に 返
還
・北海道拓殖銀行、
山一証券の 経営
破たん
・東 京 湾 横 断 道 路
開通
5月
5月
5月
5月
8月
10月
11月
12月
12月
12月
1998
・長 野 オ リ ン ピ ッ
ク開催
・金 融 ビ ッ ク バ ン
幕開け
・金融監督庁発足
・小渕内閣発足
・金融審議会発足
・長 銀 ・ 日 債 銀 の
国有化
シンポジウム「グローバリゼーシ
ョンと不動産市場」開催
不動産特定共同事業実務セミナ
ー開催〈土地総合研究所との共
催〉
不動産特定共同事業法一部改正
説明会〈関係5 団体共催〉
1997 不動産共同投資ハンドブッ
ク刊行
「資産運用時代の『日本型不動産
投資ファンド』に関する提言」を
発表
平成9 年度スタート
会員社:正会員42 社、賛助会員
13 社
公益法人化検討特別委員会設置
◎CRES の社団法人化を検討
不動産投資インデックス小委員
会設置
◎機関投資家の市場参入に必要
な指標である不動産投資インデ
ックスについてそのモデルを作成
日本型不動産投資ファンド研究
会報告書作成
平成9年度会員参加型研究会設置
①民間資金の活用による社会資
本整備のあり方研究会(PFI研究
会)
②日本版ビアジェの実現可能性
研究会
③商品研究および自主ルール等
のあり方研究会
5月
シンポジウム「21 世紀の不動産ビ
ジネス」開催
5 月 1998 不動産共同投資ハンドブッ
ク刊行
5月 P R パ ン フ レ ッ ト を 刷 新 し 、
「Guide to CRES」と題して作成
10月 平成10年度スタート
会員社:正会員43 社、賛助会員
21 社
12月 「不動産ファンド型商品および不
動産投資顧問業に関する検討委
員会」設置
12月 平成 10 年度会員参加型研究会設
置
①都市開発事業投資リスク研究会
②不動産証券化に伴う資金調達
コスト研究会
③証券化プロセス研究会
30 ARES September-October 2010
5月
7月
不動産特定共同事業法一部改正
①個人投資家保護を主たる目的
とした規制については、プロ投
資家は適用除外
②最低出資単位の引下げ
金銭出資1000 万円
現物出資100万円
新しい金融の流れに関する懇談
会〈13 省庁横断で設置〉
11月 借家制度に関する研究会〈土地
総合研究所〉
1月
4月
6月
7月
不動産証券化等の活用による都
市開発事業推進委員会〈建設省
都市局・建設経済局〉
不動産特定共同事業法施行規則
一部改正及び租税特別措置法改
正
①任意組合への出資に伴う業務
執行組合員への所有権移転登記
の義務化
②任意組合への出資時の登録免
許税を30/1000 に軽減
不動産特定共同事業法施行規則
一部改正
◎対象不動産の一体性基準を一
般投資家についても撤廃
金融環境の変化に伴う新たな住
宅政策等のあり方に関する研究
会〈建設省住宅局〉
ARES SPECIAL
9月
不動産の集団的投資スキーム等
のあり方に関する調査〈建設省
建設経済局〉
9 月 SPC 法施行
11 月 SPC 法によるSPC の登録第1 号
(東京建物(株)高輪アパートメ
ント特定目的会社)
12月 証券投資信託及び証券投資信託
法人に関する法律改正
◎私募投信、会社型投信解禁
1999
・欧 州 統 一 通 貨 ユ
ーロ導入
・中 央 省 庁 等 改 革
関連法・地方分
権一括法成立
1月
PFI・ビアジェ両研究会の成果を
提言
1 月 不動産証券化業務研修カリキュ
ラム小委員会設置
4 月 匿名組合税制検討小委員会設置
5 月 シンポジウム「不動産証券化と日
本経済再生」
5 月 1999 不動産共同投資ハンドブッ
ク刊行
8 月 不動産特定共同事業の匿名組合
税制に関する新たな照会文策定
8 月 標準約款小委員会設置〈平成 11
年度不動産投資市場整備調査の
WG〉
10月 平成11年度スタート
会員社:正会員45 社、賛助会員
35 社
10 月 当協議会理事長三井不動産(株)
田中順一郎会長から同社岩沙弘
道社長に
10月 基本問題検討委員会設置
◎ CRES の今後のあり方等、基
本的諸問題に関する指針を議論
する
11月 東京建物(株)7番目の理事会社
に
(南敬介社長副理事長に就任)
11月 従来型標準約款見直しと対象不
動産変更型標準約款に 関す る
CRES 案策定
11月 業務管理者実務講習検討小委員
会設置
◎省令に追加された業務管理者
要件の「実務講習」を当協議会
で主催し得るか等について議論
12月 制度・政策小委員会設置
◎税制・政策に関する要望等を議
論するための常設機関として設
置
1月
2月
9月
投資ファンド型事業創設プログ
ラムを公表〈建設省建設経済局〉
不動産特定共同事業法施行規則
一部改正
①第三者への持分譲渡の解禁
②契約締結日から1 年未満の契約
終了制限の廃止
③金 銭 出 資 の 最 低 出 資 単 位 を
500 万円に引下げ
④公正取引ルールの導入
不動産特定共同事業法施行規則
一部改正
◎対象不動産変更追加型(不動
産ファンド型)事業の解禁
11月 金融審議会第一部会集団投資ス
キ ー ム W G 「 S P C 法の 改正等、
横断的な集団投資スキームの整
備に関する議論の中間整理」公
表
12月 平成 11 年度不動産投資市場整備
調査〈建設省建設経済局/事務
局:土地総合研究所〉
ARES September-October 2010 31
ARES SPECIAL
2000
・森内閣発足
・ロ シ ア 大 統 領 プ
ーチン就任
・金融庁発足
・沖 縄 サ ミ ッ ト 開
催
2001
・省庁再編
・米第 4 3 代大統領
ブッシュ就任
・小泉内閣発足
・米 国 同 時 多 発 テ
ロ発生
3月
平成 11 年度会員参加型研究会設
置
①年金資産運用に関する研究会
4 月 不動産証券化基礎講座第Ⅰ期開講
5 月 2000 不動産共同投資ハンドブッ
ク刊行
5 月 10 周年記念シンポジウム「日本
の不動産証券化―その経緯と 21
世紀の展望」を開催
7 月 基本問題検討委員会答申案を運
営委員会に提出
◎CRES の新たな3 つの方向性を
答申
「投資家保護の標榜」
「あらゆる不動産証券化に対応」
「業界・業種の横断的結集」
10月 平成12年度スタート
会員社:正会員48 社、賛助会員
34 社
11月 総会で役員構成変更を決議
◎理事長1 名、副理事長4 名、理
事3 名、監事2 名、相談役1名
12月 3 専門委員会のうち「制度改善専
門委員会」を立ち上げ
12月 1 0 周 年 記 念 事 業 の 一 環 と し て
「CRES ホームページ」を開設
1月
1月
2月
4月
4月
4月
5月
5月
3 専門委員会のうち「税務・会計
専門委員会」「市場整備専門委員
会」を立ち上げ
「投資信託及び投資法人に関す
る法律三段対照表」発行
収益事業開始
不動産証券化連絡協議会設置
◎不動産業界と金融業界が一体
となって不動産証券化を推進す
るための方策、団体としてのあ
り方等を検討
苦情相談室設置
◎対象商品は、不動産特定共同
事業法施行後に会員社によって
組成、販売された不動産特定共
同事業商品
不動産証券化基礎講座第Ⅱ期開講
不動産証券化ハンドブック 2001
(不動産共同投資ハンドブックを
名称変更)刊行
日経NET「マネー&マーケット」
に「不動産投資信託がよくわか
る」を(株)ニッセイ基礎研究
所と共同で連載
32 ARES September-October 2010
3月
5月
9月
不動産特定共同事業標準契約約
款(従来型改訂版・対象不動産変
更型)公表
SPC 法及び証券投資信託法改正
法案可決成立、公布
◎資産流動化型スキームの改善
と不動産集団投資スキーム(不
動産投資ファンド)創設
不動産投資顧問業大臣登録制度
創設
11月 改正SPC 法(資産流動化法)施
行
11月 改正証券投資信託法施行
12月 税制改正大綱発表
◎投資法人の流通諸税1/3に減税
1月
省庁再編
東証、不動産投資信託市場開設
(「不動産投資信託証券に関する
有価証券上場規定の特例」施行)
3 月 投資信託協会「不動産投資信託
及び不動産投資法人に関する規
則(自主ルール)
」策定
4 月 金融商品販売法施行
3月
5月
7月
投資信託協会自主ルール変更
◎減価償却額の 60/100 相当の金
額まで投資主に出資の払戻しと
して分配可能となる
不動産特定共同事業法施行規則
一部改正
◎金銭出資における最低投資単
ARES SPECIAL
7月
日経金融新聞に「不動産投資信
託入門」
(基礎編)を13 回にわた
って連載
9 月 日本経済新聞社より「Q&A でわ
か る 不動産投信の 買い 方・ 選び
方」を出版
9 月 「資産の流動化に関する法律三
段対照表」発行
10月 平成13年度スタート
会員社:正会員50 社、賛助会員
48 社
11月 不動産シンジケーション協議会
会員倫理行為基準策定
11月 総会で会則を変更。
①宅建業者以外にも正会員資格
を付与
②事業年度を変更。(10 月1 日か
ら 9 月30 日を 4 月1 日から 3 月31
日に)
11月 総会で役員増員を決議。初めて、
信託銀行から理事を選出
◎理事長1 名、副理事長4 名、理
事4 名、監事2 名、相談役1名
12月 J R E I T 上場記念シ ン ポ ジ ウ ム
「JREIT :成長への戦略と課題」
を開催
12月「市場整備委員会」設置
12月「REIT 研究会」、「投資行動研究
会」(旧:年金の資産運用に関す
る研究会)設置
2002
・欧州 1 2 ケ 国で ユ
ーロ流通開始
・日 韓 共 催 サ ッ カ
ーW 杯開催
・日 朝 首 脳 会 談 、
拉致被害者5 人帰
国
・ノ ー ベ ル 賞 国 内
初のダブル受賞
1 月 「 制度委員会」、「 広報委員会」
設置
1 月 「不動産投資商品に関わる人材
育成プログラム研究会」設置
2 月 「税務・会計委員会」設置
4 月 事業年度変更により、平成14 年
度スタート
正会員:59社、賛助会員54社
4 月 不動産証券化基礎講座第Ⅲ期開
講
5 月 「不動産証券化のあるべき税制
に関する基本的な考え方」を策
定
5 月 第13 回通常総会開催
監事会社、大林組から清水建設
に交代
7 月 平成 15 年度制度改善要望、税制
改正要望を関係官庁等に提出
7 月 苦情の受付と解決支援に関する
規則並びに細則の改定
位撤廃(現行 500 万円)に伴う
情報開示項目の強化
7 月 東証「不動産投資信託証券等に
関する情報の適時開示ガイドブ
ック」策定
9 月 不動産投資信託(JREIT)第1 号
商品(2 銘柄)、東京証券取引所
に上場
10月 投資信託協会、「不動産投資信託
及び不動産投資法人のディスク
ロ ー ジ ャ ー に 関す る 事項」 と し
て、運用報告書及び資産運用報
告書の記載項目を規定
11月 日本公認会計士協会「投資信託
及び投資法人における当面の監
査上の取扱い」公表
11月 租税特別措置法等一部改正
◎株式譲渡益課税の見直しにあ
わせ、上場不動産投資法人の投
資口への課税を株式と同様に措
置
3月
J-REIT 第3 号商品、東証上場
5月
商法、投資信託法改正(平成 15
年4 月1 日施行)
。
※議決権を行使できるすべての
投資主の同意がある場合は、招
集手続き(2 ヶ月前公告)を経ず
に投資主総会を開催することが
可能となる(当協議会の平成14
年度制度改善要望の一部実現)
J-REIT 第4 号・第5 号商品東証上
場
6月
ARES September-October 2010 33
ARES SPECIAL
7月
規律倫理に関する検討委員会設
置
8 月 不動産証券化ハンドブック 2002 9 月
刊行
10月 シンポジウム「J-REIT :発展の
シナリオ−上場1 年を迎えて」開
催
10 月 REIT研究会報告書発行
10月 J-REIT 商品特性研究会(自主研
究)設置
11月7 日 不動産シンジケーション協
議会臨時総会( 解散総会)
並びに社団法人不動産証券
化協会設立総会開催
11 月 J-REIT小委員会設置
11月 事務所を虎ノ門から赤坂に移転
12月4 日 金融庁・国土交通省より社
団法人不動産証券化協会設
立許可
設立時会員数:正会員: 6 1
社、賛助会員68社
2003
・イラク戦争勃発
・日 本 郵 政 公 社 発
足
・東 海 道 新 幹 線 品
川駅開業
設立記念パーティー開催
平成15年度スタート
正会員60社、賛助会員69社
J-REIT ViewをHP上に開設(会
員専用)
4 月 投信法三段対照表改訂版発行
4 月 不動産証券化基礎講座第Ⅳ期開
講
5 月 J-REIT View を正式開設
5 月 第1 回通常総会懇親会を開催
企画委員会設置
不動産証券化税制研究会(自主
研究) ・開発型証券化研究会
(委託研究)設置
6 月 不動産証券化ハンドブック 2003
発行
6 月 国際シンポジウム「J-REIT :投
資家から信頼を勝ち取る創意工
夫と戦略」開催
7 月 市場動向委員会・教育プログラ
ム政策検討委員会設置
資産流動化手引き研究会設置
10 月 不動産証券化ハンドブック、第
10 回(社)日本不動産学会業績
賞受賞
11 月 不動産証券化ハンドブック、日
本計画行政学会計画賞特別賞
J-REIT 第6 号商品東証上場
2月
4月
34 ARES September-October 2010
4月
東証J-REIT 指数を公表
7月
証券投資信託への不動産投資信
託の100 %組み入れ可能に(
(社)
投資信託協会の自主規制ルール
改正)
J-REIT 第7 号商品東証上場
J-REIT 第8 号商品東証上場
9月
12 月 J-REIT 第9 号商品東証上場
大証、不動産投資信託市場開設
J-REIT 第10 号商品東証上場
ARES SPECIAL
2004
・年 金 改 革 関 連 法
成立
・中越地震発生
・ス マ ト ラ 沖 地 震
発生
2005
・中 部 国 際 空 港 開
港
・愛知万博開催
・中 国 人 民 元 切 り
上げ
・郵 政 民 営 化 法 成
立
・マ ン シ ョ ン ・ホ
テ ル の 耐震強度
偽装発覚
・日 本 の 総 人 口 初
の減少
1月
不動産特定共同事業法制度見直
し検討委員会設置
資産流動化に関する法律三段対
照表(第二版)を発行
2 月 地域活性化に向けた不動産証券
化セミナーを全国6 都市で開催
4 月 平成16年度スタート
正会員64社、賛助会員81社
5 月 第2 回通常総会並びに総会懇親会
を開催
5 月 世界のREIT 市場2004 発行
5 月 教育プログラム推進委員会設置
7 月 不動産証券化ハンドブック 2004
発行
10月 シンポジウム「投資立国への挑
戦」開催
11月 不動産証券化実務家養成講座開
講
11月 北米年金基金調査団、
11月 不動産ファイナンス教育に関す
る米国視察調査派遣
11月 投資法人設立手引き研究会設置
12月 不動産信託受益権販売業の登録
申請手続き に 関す る 説明会を
(社)不動産協会、(社)不動産
流通経営協会と共催
1月
1月
2月
3月
3月
3月
4月
4月
5月
2月
J-REIT 第11 号商品東証上場
3月
J-REIT 第12 号商品東証上場
5月
J-REIT 第13 号商品大証上場(大
証第1 号商品)
8月
J-REIT 第14 号商品東証上場
福証、不動産投資信託市場開設
12月 改正証券取引法(みなし有価証
券化)施行
J-REIT 第15 号商品東証上場(JREIT 総資産額2 兆円突破)
改正信託業法施行
不動産開発事業ファイナンス研
究会設置
新年懇親会を開催
「信託受益権販売業務及び信託
関係法令に関する知識」習得研
修会を(社)不動産協会、(社)
不動産流通経営協会と共催
「信託受益権販売業務及び信託
関係法令に関する知識」習得研 3 月
修会を(社)不動産協会、(社)
不動産流通経営協会と合同して
大阪で開催
国土交通省受託調査「不動産証
券化に関わる人材育成方策の検
討業務」報告書発行
「資産流動化法手引き」発行
平成17年度スタート
正会員72社、賛助会員113社
「信託受益権販売業務及び信託
関係法令に関する知識」習得研
修会を(社)不動産協会、(社)
不動産流通経営協会と共催
第3 回通常総会並びに総会懇親会
を開催
J-REIT 第16 号商品東証上場
ARES September-October 2010 35
ARES SPECIAL
5 月 「不動産投資法人(J-REIT)設
立と上場の手引き」発行
6 月 不動産投資ビークルのあり方に
関する検討委員会設置
6 月 事務局事務所を館内移転(南館4
階から北館1 階へ)
7 月 不動産証券化ハンドブック 2005
発行
9 月 不動産信託受益権販売業ハンド
ブック発行((社)不動産協会、
(社)不動産流通経営協会と共著)
9 月 第1 回「ARES 年金フォーラム」
開催
10月 第13 回シンポジウム『投資立国
への挑戦Ⅱ∼投資マインドを育
てる∼』開催
11月「信託受益権販売業務及び信託
関係法令に関する知識」習得研
修会を(社)不動産協会、(社)
不動産流通経営協会と共催
12月 新会員との懇親会開催
2006
・ラ イ ブ ド ア 事件
発生
・会社法施行
・安倍内閣発足
1 月 新年懇親会開催
2 月 「信託受益権販売業務及び信託
関係法令に関する知識」習得研
修会を(社)不動産協会、(社)
不動産流通経営協会と共催
4 月 平成18年度スタート
4 月25日現在会員数
正会員84社、賛助会員156社
4 月 不動産証券化協会認定マスター
養成講座一般公開
4 月 ARES J-REIT Property
Database サービス開始
4 月 第1 回ARES マスターコンベンシ
ョン開催
5 月 第4 回通常総会並びに総会懇親会
を開催
5 月 会員社を対象として行った「私
募ファンド実態調査」の結果を
公表
6 月 平成 18 年度不動産証券化協会認
定マスター養成講座開講・継続
教育開始
7 月 不動産証券化ハンドブック 20062007 発行
7 月 国際委員会設置
9 月 J-REIT 市場創設5 周年記念講演
会及びパーティーを開催
10月「不動産証券化協会認定マスタ
ー資格制度」が第13 回(社)日
36 ARES September-October 2010
5月
J-REIT 第17 号商品東証上場
6月
J-REIT 第18 号商品東証上場
7月
J-REIT第19号∼第22号商品東証
上場
9 月 J-REIT 第23 号商品東証上場
10月 J-REIT第24∼26号商品東証上場
11 月 J-REIT 第27号商品東証上場
J-REIT 第28 号商品ジャスダック
上場(ジャスダック第1 号商品)
12月 金 融 審 議 会 「 投 資 サ ー ビ ス 法
(仮称)に向けて」報告書発表
2月
J-REIT 第29 号商品東証上場
3月
J-REIT第30号∼第32号商品東証
上場
5月
6月
J-REIT 第33 号商品東証上場
金融商品取引法、成立、公布
J-REIT第34号∼第36号商品東証
上場
8月
J-REIT第37号、第38号商品東証
上場
東京証券取引所、不動産投資信
託証券の上場制度を改正
J-REIT 第39 号商品東証上場
9月
11 月 J-REIT 第40号商品東証上場
ARES SPECIAL
本不動産学会業績賞受賞
11月 第2 回「ARES 年金フォーラム開催
12月 不動産ファイナンスフェア開催
(日本経済新聞社と共催)
2007
・福田内閣発足
・社 会 保 険 庁 の 年
金記録問題発生
・日 本 郵 政 株 式 会
社スタート
2008
・洞 爺 湖 サ ミ ッ ト
開催
・リ ー マ ン シ ョ ッ
ク発生
・麻生内閣発足
1月
第1 回「CRE マネジメントフォー
ラム」開催
1 月 平成19年新年懇親会開催
3 月 JAREFE ・ARES 不動産投資イ
ン デ ッ ク ス セ ミ ナ ー 2 0 0 7 開催
( 日本不動産金融工学学会と 共
催)
4 月 平成19年度スタート
正会員94社、賛助会員174社
5 月 第5 回通常総会並びに総会懇親会
を開催
理事、監事を改選。理事総数15
名から17名に
5 月 J-REIT 実務委員会設置
6 月 J-REIT による海外不動産投資に
関するワーキング設置
7 月 第2 回ARES マスターコンベンシ
ョン開催
7 月 年金の不動産投資に関する研究
会(名称変更)スタート
7 月 「社団法人不動産証券化協会認
定マスター資格制度」、「不動産
特定共同事業法」の「業務管理
者」としての能力の審査・証明
事業として登録
7 月 不動産証券化ハンドブック 20072008 発行
11月「第3 回ARES 年金フォーラム」
「第2 回不動産投資インデックス
セミナー」開催
12月 不動産ファイナンスフェア開催
※同フェア内で「ARESシンポジ
ウム 2007」並びに「第2 回CRE
マネジメントセミナー」を開催
2月
4月
5月
6月
6月
コンバージェンスワーキンググル
ープ設置
不動産特定共同事業法ワーキン
ググループ設置
平成20年度スタート
正会員100社、賛助会員208社
第6 回通常総会並びに懇親会開催
投資一任業小委員会設置
投信法、資産流動化法、不動産
特定共同事業法の三段対照表を
改訂発行
2月
J-REIT 第41 号商品東証上場
8 月3 日 金融商品取引法制に関する政
令公布
8 月6 日より順次
金融商品取引法制に関する内
閣府令公布
9 月30 日 金融商品取引法施行
10 月 J-REIT 第42号商品東証上場
3月
犯罪による収益の移転に関する
法律施行
ARES September-October 2010 37
ARES SPECIAL
6月
不動産証券化ハンドブック 20082009 発行
7 月 第3 回ARES マスターコンベンシ
ョン開催
7 月 個人投資家への J-REIT 普及に関
するワーキンググループ設置
9 月 REESA東京大会開催・
ARES不動産投資国際フォーラム
開催
9 月 臨時総会開催
11 月 MIPIM東京大会開催
2009
・米国第 4 4 代大統
領オバマ就任
・米GM、クライス
ラー経営破綻
・鳩山内閣発足
・世 界 経 済 議 論 主
導の場、G8 から
G20 へ
3 月 「第3 回不動産投資インデックス
セミナー」開催
「CRE マネジメント特別講演会」
開催
3 月 「個人投資家のためのJ リートフ
ェア2009」開催
4 月 平成21年度スタート
正会員97社、賛助会員203社
4 月 不動産投資市場再構築特別委員
会設置
5 月 第7 回通常総会並びに懇親会開催
理事、監事を改選。理事総数 17
名から19名に
6 月 不動産証券化ハンドブック 20092010 発行
7 月 第4 回ARES マスターコンベンシ
ョン開催
11月 第5 回年金フォーラム開催
(PREA と共催)
12月「ARES J-REIT Property
Database」資産評価政策学会第
1 回業績賞を受賞
12 月「ARES J-REIT REPORT」創刊
2010
・ギ リ シ ャ シ ョ ッ
ク発生
・管内閣発足
1月
2月
4月
4月
5月
5月
9月
広報誌「都市と金融」創刊
不動産投資市場への新たな資金
導入策検討に関する研究会設置
平成22年度スタート
正会員94社、賛助会員200社
『 成長戦略としての 大都市の 再
生・地域活性化に関する提言−民
間資金等の活用促進策−』公表
第8 回通常総会並びに懇親会開催
理事5 名、監事2 名を選任。理事
総数18 名から 20 名、監事総数2
名から3 名に
不動産投資インデックス速報値
を公表
秋のJリートフェア2010 開催
38 ARES September-October 2010
8月
丸美、民事再生法の適用を申請
(不動産特定共同事業者、初の破
綻)
10月 ニューシティ・レジデンス投資法
人、 民事再生法の 適用を 申請
(投資法人初の破綻)
12月 新公益法人制度スタート
3 月 「 不動産市場安定化フ ァ ン ド 」
による第1 号貸付の実施
5月
国土交通省、成長戦略公表
6月
政府、成長戦略公表
ARES REPORT
「歌舞伎座建替計画」及び「大阪駅北地区
先行開発区域A地区・B地区開発事業」
への金融支援について
都市再生ファンド運用株式会社
藺牟田 典秀(常務取締役)
大谷 聡(業務推進部部長)
太田 正孝(前業務推進部次長、
民都機構 企画部主任調査役)
芳賀 勲(業務推進部リーダー)
1. はじめに
演が行われていた。公演の終了を待って、
解体に入り、本格的な工事に着手するのは
都市再生ファンド投資法人(以下、
「当ファ
本年の10月の予定(竣工は平成25年2月)。
ンド」)は、平成22年3月30日及び31日に本年
従前の歌舞伎座は純日本風であったが、実
度の補正予算等を活用して標記2案件の支
は鉄筋コンクリート造であり、大正13年
援を行った。本案件の概要は当ファンドの
(1924年)に建築されたものである。
親法人である財団法人民間都市開発推進機
築後85年を過ぎ、建物の老朽化が著しく
構(以下「民都機構」と表示)の下記HPを参
なっていたが、加えて第二次大戦時の空襲
照いただきたい。http://www.minto.or.jp/
で屋根が焼け落ち、昭和20年から4年間は
当ファンドの支援の仕組み等について
屋根がなく雨ざらしの状態であったため、
は、本誌44号に記事として掲載しているの
昭和24年に当時の資材で改修はしたが、建
で割愛させていただくが、ともにTMKの発
物の基本構造である駆体部分に傷みがあっ
行する劣後特定社債の取得を行ったもので
たことも今回の建替の大きな理由になった
ある。いずれも日本を代表する大型案件で
と聞いた。
あり、ファイナンスに関与することが出来
現在の歌舞伎座は平成14年には国の登録
たのは当社一同の誇りとするところである
有形文化財となっている。今回の建替計画
が、少ない人数の中、ドキュメント、バッ
でも、使えそうな部材を使って現在のファ
クファイナンス、ファンディング等の一連
サード部分を再現、劇場の奥には29階の近
の作業を2案件並行でこなしていくのは非
代的なオフィスビルがそびえ立つ複合施設
常に大変であった。それも、今となっては
となる予定である。
良い思い出である。
今回の開発により、隣接する
「木挽町通り」
等の整備のほか、地下通路・地下広場等の
2.「歌舞伎座建替計画」
公共施設を設けることにより地下鉄東銀座
駅からのアクセスはよりスムーズになる。
本年4月末まで歌舞伎座でのさよなら公
当ファンドは、歌舞伎座の劇場部分では
ARES September-October 2010 39
ARES REPORT
なく、オフィス部分を施行・管理するKSビ
社債100億円を取得した。社債の期間は約
ルキャピタル特定目的会社の発行した特定
10年となっている。
●事業概要
(仮称)銀座四丁目12地区建設事業【歌舞伎座建替計画】
1.都市再生特別措置法第21条第1項に基づく民間都市再生事業認定日
※平成22年2月24日認定
2.都市再生ファンド投資法人による支援額
社債取得 100億円 (下記TMK事業費の22.2%)
3.事業概要
(1)認定(予定)事業者
【オフィス部分】
【劇場部分】
(2)支援対象者
KSビルキャピタル特定目的会社(平成21年12月設立、松竹(株)100%出資)
・資産流動化法に基づく特定目的会社(TMK)
・都市再生特別措置法第29条第1項第2号ホ及び同法施行規則第5条第1項による支援
(株)歌舞伎座(松竹(株)の持分法適用会社 東証2部上場)
KSビルキャピタル特定目的会社
(3)所在地
東京都中央区銀座四丁目203-5他
(4)交通
東京メトロ 日比谷線・都営 浅草線 「東銀座」駅 徒歩1分 (5)都市計画
商業地域/防火地域
・容積率800%・600%:加重平均670% 建蔽率80%+耐火=100%)
・銀座地区地区計画【容積率約1,220%】
(6)敷地面積
6,800m2(事業施行区域 10,398m2)
(7)前面道路幅員
南側36m(現況33m)東側11m 北側4m 西側44m
(8)建築面積
5,931m2 (建蔽率87%)
(9)延床面積
93,912m2(※容積対象部分82,961m2 容積率1,220%)
(10)構造・規模
地下SRC造・地上S造
(11)用途
事務所、劇場、交流施設、教育施設、店舗、駐車場
(12)総事業費
全体事業費 60,000,000千円
TMK事業費 45,000,000千円
(13)工期(予定)
解体工事 平成22年5月∼
本体工事 平成22年10月∼平成25年2月
地下4階・地上29階建
4.計画の位置付け
(1)当事業の意義
都市再生緊急整備地域「東京駅・有楽町駅周辺地域」内に位置する。
(地域整備方針)
東京都心において、老朽建築物の機能更新や土地の集約化等により、歴史と文化を生かしたうるおいと風格ある街並みを形成しつつ、国
際的な業務・金融・商業機能や高度な業務支援機能・生活支援機能等が適切に調和した魅力ある複合機能集積地を形成
(都市機能増進、公共公益施設整備等の目標)
○業務・金融・商業機能等の高度化と、これらを支える多様な機能の導入
建築物の低層階に商業・文化・交流機能等の導入など
○建築物の更新により整備される敷地内空地や地下歩道などのネットワーク化等により安全・快適な歩行者空間を確保
(当事業の意義)
日本を代表する古典芸能である歌舞伎の殿堂として国内外から文化的価値を評価されている歌舞伎座が、老朽化により耐震性能や防災性
能の確保、バリアフリー化への対応など諸機能の更新が急務となっている。この機能更新を行い、あわせて業務機能及び文化・交流機能等
を導入し、多様な機能が集積した、賑わいのある市街地の形成に資する。さらに、地上・地下における歩行者ネットワークの強化、駐車施
設の集約整備、防災支援機能の強化などの都市基盤整備、緑化の推進、CO2排出量削減への積極的な対応など公共及び環境貢献を果たす。
(2)公共施設等の整備
道路、地下広場、歩道状空地等
5.イメージ図
40 ARES September-October 2010
ARES REPORT
●位置
【広域図】
【計画地周辺地図】
木挽町通り
計画地
事業施行区域
都市再生緊急整備地域
『東京駅・有楽町駅周辺地域』
地下通路との接続及び環境整備範囲
●スキーム
アセットマネージャー
東京建物不動産投資顧問
事務管理会社
あすな会計事務所
AM契約
《 事 務 所 》
KSビルキャピタル特定目的会社
民間金融機関
業務委
託契約
借地権
(前払地代相当額)
ローン(シニア)
開発業務委託契約 工事請負契約
設計管理業務委託契約
テナント
建設工事代金
オフィス
賃貸借
契約
特定社債(メザニン)
(設計費・予備費含む)
賃料
オフィス
工事
代金
都市再生
ファンド
賃料
優先出資
優先出資者
松竹(株)
基金拠出
ML
兼
マスターリース・
不動産管理業務
PM
契約
松竹(株)
その他
(事務費、借入利息、
リザーブ他)
特定出資 KSビルディング
インベストメント
《 劇 場 》
(株)歌舞伎座
賃貸借契約
賃料
開発業務受託者
松竹(株)
ゼネコン(清水建設)
設計会社(三菱地所設計)
工事
代金
建設工事代金
(解体費・設計費・予備費含む)
自己資金
開発業務委託契約
工事請負契約
設計管理業務委託契約
その他
(事務費、
リザーブ他)
TMK・歌舞伎座(定期借地権)
ARES September-October 2010 41
ARES REPORT
3.「大阪駅北地区先行開発区域
A地区・B地区開発事業」
もに、道路やデッキ等の整備によってJR大
阪駅等からのアクセスは容易となろう。当
ファンドは公共施設等の整備費用の範囲内
JR大阪駅北側で行われる北ヤード開発計
画は全体で約24ヘクタールと広大なもので
での支援を行っている。
当ファンドの支援するBブロックには本
あるが、本年3月31日に着工となったのは、
計画の目玉とされている「ナレッジ・キャ
今回の先行区域での開発である(竣工は平
ピタル」と呼ばれる施設が入る。約
成25年3月)
。3.3ヘクタールの敷地にオフィ
80,000m 2 の床において、ロボットテクノロ
ス、分譲住宅、商業、ホテル等からなる4
ジー、ユビキタス・ITデジタルコンテンツ
棟の 高層ビ ル が 並ぶ 。 総延床面積が 約
等の「先端技術がもたらす未来生活」をテ
2
556,700m におよぶ超巨大プロジェクトであ
ーマに創造・展示・集客・発信・交流の5
る(Cブロックは分譲住宅)
。
つの基本機能に沿って「感性」と「技術」
当ファンドは先行開発区域をA・B・Cに
3分割した中のBブロック、具体的には敷地
が融合し、新たな知的価値を生み出すため
の試みが行われるというものである。
中央部に位置する北タワー・南タワー部分
現在は、有識者からなるアドバイザー会
の開発事業者の一つである「ナレッジ・キ
議において、鋭意具体的な内容等について
ャピタル開発特定目的会社」の発行する特
の討議が行われている。関西圏活性化の起
定社債300億円を取得した。社債の期間は
爆剤としての役割が求められているだけ
こちらも約10年である。敷地内には水と緑
に、当ファンドとしても大成功をしていた
あふれるオープンスペースを設置するとと
だきたいと考えているところである。
●事業概要
大阪駅北地区先行開発区域 A地区・B地区開発事業
1.都市再生特別措置法第21条第1項に基づく民間都市再生事業認定日
※平成22年3月9日予定
2.都市再生ファンド投資法人による支援額
社債取得 300億円 (下記TMK事業費の40.8%)
3.事業概要
(1)認定事業者
ナレッジ・キャピタル開発特定目的会社(8社出資)
大阪駅北地区開発特定目的会社(7社出資)
ノースアセット特定目的会社(大林組出資)
メックデべロップメント有限会社(三菱地所出資)
三菱地所株式会社
阪急電鉄株式会社
積水ハウス株式会社
エヌ・ティ・ティ都市開発株式会社 (2)支援対象者
ナレッジ・キャピタル開発特定目的会社(B地区の約40%を所有)
(3)所在地
大阪府大阪市北区大深町1番15他
(4)交通
JR「大阪」駅 徒歩1分、阪急電鉄「梅田駅」徒歩3分
(5)都市計画
商業地域/防火地域
・都市再生特別地区計画【容積率1,600%(A地区)、1,150%(B地区)】
・100%(建蔽率80%+耐火)
(6)敷地面積
33,251m2(A地区、B地区合計)
42 ARES September-October 2010
ARES REPORT
(7)前面道路幅員
A地区 (北側)40m (東側)18m (西側)20m
B地区 (北側)14m (東側)17m (西側)20m (南側)40m
(8)延床面積
約482,900m2
(9)構造・規模
SRC造・RC造・S造
地下3階・地上38階建(高層棟3棟)
(10)用途
事務所、物販店舗、飲食店舗、ホテル、集会場、劇場、自動車車庫
(11)工期(予定)
平成22年3月∼平成25年3月
4.計画の位置付け
(1)当事業の意義
都市再生緊急整備地域「大阪駅周辺・中之島・御堂筋周辺地域」内に位置する。
(地域整備方針)
大阪都心地域において、鉄道の交通結節点として大阪の北の玄関口たる大阪駅、水の都・大阪のシンボルである中之島、大阪のメインス
トリートである御堂筋沿道を中心とし、既存の都市基盤の蓄積等を生かしつつ、風格ある国際的な中枢都市機能集積地を形成。
特に、大阪駅周辺においては、梅田貨物駅を早急に移転し、その跡地の土地利用転換により先導的な多機能拠点を、形成する。
(都市機能増進、公共公益施設整備等の目標)
○大阪駅北地区の交通拠点性、南北・東西方向の交通機能の強化を図るため、幹線道路を整備するとともに、大阪駅北側の駅前広場を新設
○大阪駅周辺における回遊性を高めるため、南北連絡通路の整備等、歩車分離を基本とした快適な歩行者空間の形成について検討
(当事業の意義)
平成16年に策定された「大阪駅北地区まちづくり基本計画」に基づき、知的創造拠点(ナレッジ・キャピタル)を中心に知識、文化、
交流を創出する質の高い都心機能の集積や快適で活力とにぎわいにあふれ、美しく風格を備えた都市空間の創出を図る都市再生事業の実施
により、関西の再生に寄与することを目的とする。
(2)公共施設等の整備
広場、通路、空地
5.イメージ図
A地区
B地区
(C地区)
●位置
【広域図】
【計画地周辺地図】
計画地
Bブロック
Aブロック
都市再生緊急整備地域
『大阪駅周辺・中之島・御堂筋周辺地域
〈約485ha〉』
事業施行区域
ARES September-October 2010 43
ARES REPORT
●スキーム
【支援対象】
◇A地区事業者
【ナレッジ・キャピタル開発特定目的会社】
エヌ・ティ・ティ都市開発(株)
大阪駅北地区開発特定目的会社
積水ハウス
(株)
阪急電鉄(株)
(独)都市再生機構
土地売買契約
ローン1
ノースアセット特定目的会社
民間レンダー
土地
メックデベロップメント
(有)
(株)大林組
オリックス不動産(株)
◇B地区事業者
関電不動産(株)
(株)新日鉄都市開発
エヌ・ティ・ティ都市開発(株)
住友信託銀行(株)
大阪駅北地区開発特定目的会社
(株)竹中工務店
積水ハウス
(株)
阪急電鉄(株)
特定資産管理処
分委託契約
メザニン社債
都市再生ファンド投資法人
300億円
東京建物(株)
日本土地建物(株)
ナレッジ・キャピタル開発特定目的会社
ノースアセット特定目的会社
三菱地所(株)
メックデベロップメント
(有)
建物請負契約
建物等
(株)大林組
JV
(株)竹中工務店
ローン2
民間レンダー
(株)大林組
オリックス不動産(株)
建物賃貸借契約
優先出資
マスターレッシー
建物転貸借
契約
関電不動産(株)
(株)新日鉄都市開発
基金拠出
その他
特定出資
北ヤードA
一般社団法人
住友信託銀行(株)
(株)竹中工務店
東京建物(株)
日本土地建物(株)
各テナント
4. おわりに
定を受けなければならない。国交省での認
定申請の締め切りが都市再生法によって平
不動産開発に資金が回り始めたとの声を
成23年度末までとなっている。
耳にする今日この頃ではあるが、当ファン
支援制度の延長については、今後、国へ
ドに期待を寄せられる民間開発事業者は多
要望していくことになるが、都市再生の更
く、プロジェクトへの投資相談を受ける機
なる推進を図るべく、民間事業者の方々の
会は多い。メザニンと言われるポーション
意見・要望等を聞きながら、さらに使いや
へのレンダーがほとんどいないというのが
すい制度にしていきたいと思う。
主な理由であろうが、特に最長10年という
長期資金の出し手が当ファンドくらいしか
いないというのが、我が国不動産マーケッ
トの現状である。優良なる都市開発がメザ
ニンレンダー・投資家が不在というだけで
着工できないという状況は非常に残念であ
ると思う。
本誌44号にて既に述べたことの繰り返し
になるが、当ファンドが支援を行うために
は、プロジェクトが国土交通大臣の事業認
44 ARES September-October 2010
ARES REPORT
第10回「機関投資家の不動産投資に
関するアンケート調査」集計結果
調査部 主任研究員
大坪 嘉章
社団法人不動産証券化協会では、第10回「機関投資家の不動産投資に関するアンケート調査」
を実施した。
本調査は、協会の調査・研究活動の一環として、年金および生保・損保・信託銀行・地方銀行
等の機関投資家(アンケートではそれぞれ「年金」と「一般機関投資家」と表記)を対象に、資
産運用における不動産投資への投資の実態と課題を把握することを目的として、平成13年度より
毎年行っているものである。
本年は、調査票を562の年金と188の一般機関投資家の計750の投資家に対して、平成22年
6月4日∼7月9日に発送回収を行い、年金120、一般機関投資家62の計182の機関投資家から
の回答を得た。
1. アンケート調査実施概要
額140億円以上の厚生年金基金、基金型ま
たは規約型の確定給付企業年金、適格退職
調査対象の投資商品は、「実物不動産」、
「Jリート」、「海外リート」、「不動産プライ
年金、 共済組合、 公的年金か ら 抽出し た
562機関。
ベートファンド等」、「不動産を裏付けとす
る債券」である。
質問項目は、投資対象ごとの「投資の有
無」、「対象不動産として関心のあるもの」、
「投資を検討するにあたり重要と思われる
②一般機関投資家
生命保険会社、損害保険会社、信託銀行、
都市銀行、地方銀行、第二地方銀行 188
社。
もの」、「期待投資収益率(総合収益率)」、
「アセットクラスの位置付け」、「投資の目
(2)アンケートにおける投資の区分
的」、「投資期間」、「運用委託形態(年金)」
等である。
(1)調査対象(アンケート送付先)
実物不動産
投資
実物不動産
及び不動産
証券化商品
投資(不動
産運用)
Jリートへの投資
エクイティへの
投資
不動産プライベート
ファンド等への出資
不動産証券化
商品投資
①年金
平成22年3月末現在で原則として総資産
海外リートへの投資
デットへの
投資
不動産を裏付けとする
債券への投資
ARES September-October 2010 45
ARES REPORT
(定義)
A.実物不動産投資:
実物不動産もしくは不動産信託受益権
への直接投資。
B.Jリートへの投資:
Jリート(上場不動産投資信託)の投
資口への投資。または、Jリートをポー
(3)アンケート調査票回収状況
①送付先別回収状況
( )内は昨年度実績
アンケート送付先
年金(A)
※原則として2010年3月末時点で総資
産額140億円以上の年金から抽出
(A)
内
訳
共済組合・公的年金
の購入。証券投資信託を通じたJリー
C.海外リートへの投資:
海外リート(上場不動産投資信託)の
投資口への投資。または、海外リート
一般機関投資家(B)
(B)
内
訳
(一部にJリートを含むものも可)をポ
生命保険会社
損害保険会社
都市銀行等
信託銀行
ートフォリオに組み込んだ証券投資信
託の購入。証券投資信託を通じた海外
確定給付企業年金
適格退職年金
トフォリオに組み込んだ証券投資信託
トへの間接投資。
厚生年金基金
地方銀行・第二地銀
合計(A)+(B)
リートへの間接投資。
D.不動産プライベートファンド等への出資:
プライベートな形態の不動産ファンド
への出資(合同会社SPCへの匿名組合
出資など)。その他エクイティ型不動
産証券化商品への投資(資産流動化法
上の特定目的会社が発行する優先出資
証券への投資など)
。
送付
回収
回収率
562
(562)
251
(254)
261
(268)
15
(14)
35
(26)
188
(195)
33
(36)
20
(22)
10
(10)
15
(17)
110
(110)
750
(757)
120
(110)
67
(59)
52
(49)
0
(1)
1
(1)
62
(60)
13
(14)
9
(9)
4
(5)
3
(6)
33
(26)
182
(170)
21.4%
(19.6%)
26.7%
(23.2%)
19.9%
(18.3%)
0%
(7.1%)
2.9%
(3.8%)
33.0%
(30.8%)
39.4%
(38.9%)
45.0%
(40.9%)
40.0%
(50.0%)
20.0%
(35.5%)
30.0%
(23.6%)
24.3%
(22.5%)
②年金資産規模別回収結果
(時点/原則として2010年3月末)
運用
資産額
回答
年金数
∼200億円
200億円超
∼500億円
500億円超
有効
1,000億円超
∼1,000億円
回答数
46
38
13
20
39.3%
32.5%
11.1%
17.1%
117
(参考:昨年度実績)
回答
年金数
53
27
14
15
48.6%
24.8%
12.8%
13.8%
109
E.不動産を裏付けとする債券への投資:
CMBS、RMBSを含む不動産または不
動産担保ローンを裏付けとする債券型
2. アンケート調査結果の主な内容
不動産証券化商品への投資。
(1)不動産投資を行う投資家比率の減少
が底打ちし、微増に転じる
実物不動産あるいはいずれかの不動産証
券化商品への投資を行っている投資家の比
率は、年金で34%(昨年度31%)、一般機
関投資家で82%(同81%)
、いずれも2年連
続で減少したものが底打ちし、微増となっ
た。
(図表1-1)
。
46 ARES September-October 2010
ARES REPORT
図表1-1 実物不動産あるいはいずれかの
不動産証券化商品への投資を行っている比率
図表1-2 投資対象別投資の有無(年金)
0%
20%
40%
60%
80%
100%
100%
90%
80%
86
70%
90
94
87
実物不動産 6% 12%
90
81
78
82%
1%
82
11%
Jリート
60%
17%
70%
2%
50%
海外リート
20%
不動産プライベートファンド
への出資
20%
40%
30%
37
31
20%
24
13%
35
31
34
10%
不動産を裏付け
とする債券
0%
平成15年度 平成16年度 平成17年度 平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度
年金
69%
1%
19
10%
66%
42
7% 11%
一般機関投資家
1. 年金“投資状況は概ね増加”
年金の投資対象別の投資状況では、「投
資済」の比率は「実物不動産」「海外リー
ト」「不動産プライベートファンド」「不動
産を裏付けとする債券」について昨年度か
投資済
投資を検討中
投資に興味がある
投資に興味はない
図表1-3 運用資産規模別投資の有無(年金)
100%
90%
80%
70%
に興味がある」と答えた年金は減少傾向に
79%
2%
15%
20%
6% 17% 12%
10%
15%
6% 17%
億
億億
億 円円 億円
円
超 円超
∼
∼
1,000
不動産プライベート
ファンド
500
1,000
億
円
超
∼
200
∼
200
500
1,000
億
億億
億 円円 億円
円
超 円超
∼
∼
投資に興味がある
17%
25%
12%
500
1,000
200
億
円
超
∼
∼
海外リート
投資を検討中
17%
14%
11%
200
500
投資済
17%
1,000
Jリート
91%
5%
億
億億
億 円円 億円
円
超 円超
∼
∼
億
円
超
∼
88%
42%
33% 11% 38% 6%
500
1,000
200
億
億億
億 円円 億円
円
超 円超
∼
∼
∼
200
500
∼
1,000
がある」とする年金が依然として10%∼
0%
7% 38%
500
1,000
に関しても「投資を検討中」「投資に興味
10%
200
加した。なお、いずれの不動産証券化商品
20%
17%
17%
80%
10%
5%
25%
14%
10%
21% 5%
55%
67%
78%
81%
50%
30%
42%
48%
66%
67%
60%
200
500
あるものの、「実物不動産」については増
42%
48%
67% 65%
40%
ら増加した。また、「投資を検討中」「投資
81%
1%
億
円
超
∼
不動産を裏付けとする
債券
投資に興味はない
20%存在しており、潜在的な投資拡大ニー
ズは一定程度存在しているといえる(図表
図表1-4 投資対象別アセットクラスの位置付け(年金)
0%
1-2)
。
運用資産規模別に 見た 場合の 特徴と し
て、200億円超∼500億円の年金の「海外リ
ート」「不動産プライベートファンド」「不
実物不動産
Jリート
20%
11%
16%
16%
21%
13%
20%
海外リート
40%
60%
80%
26%
16%
26%
23%
26%
100%
32%
31%
23%
動産を裏付けとする債券」への投資の比率
図表1-3)が昨年度より増加した。200億円
超∼500億円の年金は「投資を検討中」と
する比率が多い層でもある。
アセットクラスの位置付けについて、シ
不動産プライベートファンド
への出資
不動産を裏付け
とする債券
6%
24%
11%
株式の代替資産
(内枠)
一つのアセットクラス
としての不動産
33%
53%
21%
11%
債券の代替資産
(内枠)
15%
26%
政策アセットミックスの
外枠
決めていない
ェアの均等化がみられ、個々の年金におい
て、不動産投資のアセットクラスの位置付
けが多様化している様子が窺える(図表14)
。
2. 一般機関投資家 「Jリート」投資が微増
一般機関投資家においては「実物不動産」
「 不動産を 裏付け と す る 債券」 に 対す る
ARES September-October 2010 47
ARES REPORT
図表1-5 投資対象別投資の有無(一般機関投資家)
0%
20%
40%
60%
図表1-6 投資属性別投資状況(一般機関投資家)
80%
100%
100%
90%
実物不動産
20%
5%
75%
80%
75% 75%
73%
67%
70%
Jリート
66%
12%
21%
60%
2%
海外リート
7% 9%
55% 55%
50%
50%
45%
50%
42%
40%
84%
33%
30%
不動産プライベートファンド
への出資
38%
7%
24%
20%
53%
9%
10%
2%
51%
4%
生損保
46%
実物不動産
投資済
投資を検討中
投資に興味がある
投資に興味はない
3%
0%
0%
不動産を裏付け
とする債券
25%
Jリート
0% 0% 0%
0%
地銀・第二地銀
都市銀行
海外リート
信託銀行
不動産プライベート
ファンド
不動産を裏付け
とする債券
図表2-1 政策的(目標)資産配分の状況(年金)
1.0% 1.7%
図表1-7 投資対象別アセットクラスの位置付け(一般機関投資家)
平成21年度
0%
20%
40%
60%
80%
25.2%
17.5%
33.8%
11.1%
100%
5.3%
4.5%
1.0% 1.9%
87%
実物不動産
13%
3.9%
23.7%
平成22年度
Jリート
37%
11%
18%
不動産プライベートファンド
への出資
10%
不動産を裏付け
とする債券
22%
22%
57%
81%
12%
4%
債券
オルタナティブ
決めていない
0%
11%
33%
4%
株式
35.6%
10.5%
5.9%
32%
3%
44%
海外リート
17.5%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
国内株式
外国株式
国内債券
外国債券
不動産
オルタナティブ
現金及び短期資金
生保一般勘定
90% 100%
図表2-2 現在(実際)の資産配分状況(年金)
1.2% 4.8%
不動産
22.2%
平成21年度
14.4%
31.1%
11.7% 6.3%
8.4%
1.1% 3.7%
「投資済」の比率が減少したが、「Jリート」
23.0%
平成22年度
17.3%
31.0%
10.8% 7.2%
6.0%
については昨年度の60%から66%に増加し
0%
た。昨年度「Jリート」の「投資を検討中」
が7%だったことから、投資が顕在化したこ
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
国内株式
外国株式
国内債券
外国債券
不動産
オルタナティブ
現金及び短期資金
生保一般勘定
90% 100%
とが考えられる(図表1-5)
。
図表2-3 資産配分の状況(一般機関投資家)
1.3%
(2)「不動産」への資産配分“年金、一般
機関投資家ともに横ばい”
運用資産の資産配分における「不動産」
(注:「不動産」に何が含まれるかは各回
答先の定義による)の割合は、年金の政策
的(目標)資産配分については1.0%(昨年
5.3%
平成21年度
9.2%
54.4%
21.8%
7.3%
1.4%
5.3%
平成22年度
6.5%
0%
10%
54.3%
20%
30%
現金及び短期金融資産
不動産
オルタナティブ
40%
28.3%
50%
株式
60%
債券
70%
80%
3.5%
90% 100%
貸付
その他
度1.0%)、現在(実際)の資産配分につい
ては1.1%(同1.2%)と、昨年度と同水準
分についても、1.4%(同1.3%)とほぼ昨年
で推移している。一般機関投資家の資産配
度と同水準である(図表2-1∼3)
。
48 ARES September-October 2010
ARES REPORT
(3)年金の投資目的は引き続き「ポート
き「ポートフォリオのリスク分散」
「収益率
フォリオのリスク分散」が中心 の向上」「安定的キャッシュフローの獲得」
「投資を行っている」「投資を検討中」
の比率が高いが、年金では、「収益率の向
または「投資に興味がある」との回答先が、
上」、一般機関投資家では、「安定的キャッ
各投資対象についてどのような投資目的を
シュフローの獲得」が増加している。“Jリ
有しているかについては、昨年度に引き続
ート”の投資目的という観点からは、年金
では、リスク分散>収益率向上>安定収益
図表3-1投資対象別投資の目的(年金)
の順で重視されているのに対し、一般機関
100%
投資家では、安定収益>収益率向上>リス
87%
90%
80%
73%
72%
67%
70%
60%
50%
59%
55%
48%
50%
ク 分散の 順と な っ て お り 対照的で あ る 。
67%
(図表3-1、図表3-2)
。
50%
44% 44%
44%
40%
30%
30%
20%
10%
0%
27%
21%
16%
18%
14%
6% 3%
5%
実物不動産
Jリート
安定的キャッシュフロー獲得
インフレヘッジ
(4)投資を検討する際に重視する項目 5%
3%
海外リート
投資を検討するに際し重視する項目とし
不動産
不動産を
プライベートファンド 裏付けとする
への出資
債券
収益率向上
ては、「収益の安定性」「保有(取得)不動
ポートフォリオのリスク分散
流動性のある不動産投資
産の質」「運用会社の実績及び能力」が上
その他
位を占めており、近年この傾向に変化は見
図表3-2 投資対象別投資の目的(一般機関投資家)
100%
られない。特に、一般機関投資家において
100%
は従来よりも「収益の安定性」を重視する
90%
80%
69%
62%
70%
60%
50%
57%
50%
56%
53%
47%
47%
36%
40%
30%
30%
20%
10%
傾向にあることが窺える(図表4)
。
70%
63%
67%
(5)投資対象として興味のある物件タイプ
24% 22%
13%
投資対象として関心のある不動産のタイ
14%
11% 11%
7%
プは、昨年度と比べて分布にあまり大きな
2%
0%
実物不動産
Jリート
安定的キャッシュフロー獲得
インフレヘッジ
海外リート
収益率向上
流動性のある不動産投資
不動産
不動産を
プライベートファンド 裏付けとする
への出資
債券
変化は無く、「オフィス」を中心として、
ポートフォリオのリスク分散
概ね「賃貸住宅」「商業施設」「物流施設」
その他
の順で関心がも
たれている。
図表4 投資を検討する際に重視する項目
【年 金】
実物不動産
Jリート
海外リート
1位
2位
3位
1位
2位
3位
1位
2位
収益の安定性(1位)
取得不動産の質(2位)
流動性(3位)
収益の安定性(1位)
流動性(4位)
運用会社の実績及び能力(2位)
収益の安定性(1位)
運用会社の実績及び能力(4位)
他資産との相関性(2位)
不動産プライベート
ファンドへの出資
( )内は昨年度順位
1位
2位
3位
収益の安定性(1位)
ファンド保有の不動産の質(3位)
運用会社の実績及び能力(2位)
【一般機関投資家】
1位
2位
3位
1位
2位
3位
1位
2位
3位
収益の安定性(1位)
取得不動産の質 (3位)
投資収益率(2位)
収益の安定性 (2位)
運用会社の実績及び能力(3位)
保有する資産内容(1位)
投資収益率(4位)
運用会社の実績及び能力(2位)
収益の安定性(4位)
「不動産の種
類に拘らない」
の比率が昨年度
より概ね減少し
ており、物件タ
3位
保有する資産内容(1位)
イプを見極めた
1位
2位
3位
運用会社の実績及び能力(2位)
ファンド保有の不動産の質(1位)
収益の安定性(4位)
上で投資をした
いという姿勢が
ARES September-October 2010 49
ARES REPORT
図表5-1 投資対象として関心のあるプロパティ
(年金)
図表6-1投資を行う場合の投資期間(年金)
100%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
90%
実物不動産
80%
70%
4%
43%
35%
17%
66%
59%
60%
45%
39%
38% 38%
40%
32%
30%
20%
27%
14%
10%
25%
19% 19%
18%
5%
0%
36%
33%
11%
9%
23% 23%
18%
13%
6%
3%
0%
0%
実物不動産
Jリート
海外リート
海外リート
5%
不動産プライベートファンド
への出資
5%
不動産を裏付け
とする債券
不動産
プライベートファンド
42%
25%
24%
45%
16%
29%
37%
53%
オフィスビル
賃貸住宅
商業施設
ホテル
1年未満
1∼3年未満
物流施設
複数の種類の
混合型
不動産の種類には
拘らない
その他
5年以上
決めていない
図表5-2 投資対象として関心のあるプロパティ(一般機関投資家)
100%
19%
3%
44%
38%
25%
19% 19%
47%
6%
Jリート
51%
50%
13%
16%
16%
3∼5年未満
図表6-2 投資を行う場合の投資期間(一般機関投資家)
100%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
90%
80%
78%
75%
実物不動産
77%
23%
70%
60%
29%
30%
20%
14%
20%
10%
0%
9%
39%
34%
18%
44%
38%
34% 36%
40%
Jリート
50%
45%
50%
7%
0% 0% 0% 0%
5%
実物不動産
Jリート
26%
25%
13%13% 13%
海外リート
22%
19%
15%
4%
0%
海外リート
不動産プライベートファンド
への出資
不動産を裏付け
とする債券
不動産
プライベートファンド
オフィスビル
賃貸住宅
商業施設
ホテル
物流施設
複数の種類の
混合型
不動産の種類には
拘らない
その他
11%
8%
14%
22%
11%
54%
56%
27%
57%
1年未満
1∼3年未満
5年以上
決めていない
18%
12%
11%
3∼5年未満
年未満」 と 「 1 ∼3 年
図表7 投資対象別 期待投資収益率
【年 金】
【一般機関投資家】
平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 平成22年度
実物不動産
8.2%
6.0%
5.7%
5.8%
5.6%
6.0%
5.9%
5.0%
Jリート
5.9%
5.6%
5.7%
5.6%
5.6%
5.3%
6.7%
5.8%
海外リート
6.9%
6.2%
5.8%
6.4%
6.3%
7.0%
13.0%
9.3%
不動産プライベート
ファンドへの出資
7.4%
6.8%
6.9%
6.3%
9.2%
9.3%
10.4%
9.1%
不動産を裏付けとする
債券
4.2%
5.2%
5.7%
5.0%
2.1%
2.7%
2.9%
2.5%
未満」の合計が「Jリ
ート」は24%から9%
に、「海外リート」は
36%から11%に減少し
ていることから、短期
的なキャピタルゲイン
現れている。
(図表5-1、図表5-2)
。
獲得を目的とした投資家の動きが落ち着い
たことが推察される(図表6-1、図表6-2)
。
(6)投資期間“年金・一般機関投資家と
もに長期化の傾向”
投資期間については、年金、一般機関投
(7)期待投資収益率が低下 投資対象別にみた期待投資収益率の平均
資家ともに概ね長期化している。中でも、
値は、年金の実物不動産、海外リートを除
一般機関投資家の「Jリート」「海外リー
き低下した(図表7)。世界的な金融資本市
ト」については、昨年度あった「1年未満」
場の混乱の影響を受けた昨年と比べて、不
とする回答がほぼ無くなっており、また「1
動産投資に対するリスクプレミアムが低下
50 ARES September-October 2010
ARES REPORT
している状況が窺える。なお、後述のとお
においては2年連続で「不動産評価の信頼
り、今後についても、不動産の期待利回り
性の向上」が1位となった(図表8-1)
。一般
の低下及びイールドギャップの縮小を見通
機関投資家においては、「市場規模の拡大」
す投資家が多い(後掲(9)参照)
。
が昨年度より比率を伸ばして1位となると
また、現在のJリートの分配金利回りと
ともに、年金同様「不動産評価の信頼性の
長期金利の利回り差(スプレッド)の妥当
向上」が高い比率を示した。なお、「ベン
性については、一般機関投資家の46.5%が
チマークとなる不動産投資インデックス」
「大きすぎる」と回答しており(平成21年
については、一般機関投資家における比率
度65.0%、平成20年度43.6%)、Jリートの
が昨年度より大きく伸びるとともに、年金
投資口価格が割安と感じる投資家が依然と
においても高い比率を示しており、不動産
して多く存在している。
投資インデックスの整備が求められている。
また、一般機関投資家においては「個別
(8)「不動産評価の信頼性の向上」「市場
規模の拡大」が重要な課題 の不動産投資の情報開示の向上」「不動産
に精通した人材の育成」「不動産投資関連
不動産投資のための課題としては、年金
情報」を求める声も依然として大きい。
なお、実物不動産・不動産証券化商品へ
図表8-1 不動産投資を行うために必要なこと
の投資に関心がない回答先に対して、「投
70%
年金
60%
57.6%
54.7% 54.2%
50%
42.5%
一般機関投資家
資対象とも昨年度同様「市況が思わしくな
44.1% 45.8%
40.7%
37.7% 37.7% 36.8%
44.1%
40%
30%
資を行わない理由」を尋ねたところ、各投
い」が上位に入るとともに、引き続き「個
26.4%
21.7% 21.7%
18.6% 18.9%
16.0%
20%
10.2%
10%
10.2%
別のファンドの情報が少ない」や「商品特
9.4%
6.8%
性がわからない」も上位にランクされてお
1.7%
0%
信不
頼動
性産
の評
向価
上の
不ベ
動ン
チ
産マ
投ー
資ク
イと
ンな
デる
ッ
ク
ス
︵市
銘
柄場
増規
加模
含の
む拡
︶大
標不
準動
化産
投
資
関
連
情
報
の
情個
報別
開の
示不
の動
向産
上投
資
運不
用動
担産
当に
者精
の通
育し
成た
一不
任
で動
き産
る投
運資
用を
会
社
会
計
基
準
の
明
確
化
受資
託産
者運
責用
任に
の関
明す
確る
化
コ投
ン資
サア
ルド
タバ
ンイ
トス
を
す
る
そ
の
他
り、投資家に対する説明等事業者サイドで
改善努力が必要である状況も浮き彫りとな
った(図表8-2)
。
図表8-2 実物不動産・不動産証券化商品に投資を行わない理由
【年 金】
実物不動産
Jリート
海外リート
不動産プライベート
ファンドへの出資
不動産を裏付けとする
債券
【一般機関投資家】
1位
流動性が低い(1位)
1位
流動性が低い(1位)
2位
実物不動産の特性の理解がない(3位)
2位
個別の情報が少ない(3位)
3位
市況が思わしくない(2位)
3位
実物不動産の特性の理解がない(4位)/市況が思わしくない(2位)
1位
市況が思わしくない(1位)
1位
市況が思わしくない(1位)
2位
株式との相関の高まり
(2位)
2位
流動性が低い(2位)
3位
流動性が低い(4位)
2位
投資口価格のボラティリティが高い
(3位)
1位
個別ファンドの情報が少ない(1位)
1位
個別ファンドの情報が少ない(1位)
2位
商品特性がわからない(2位)
2位
商品特性がわからない(5位)
3位
為替リスク
(4位)
3位
為替リスク
(3位)
1位
商品特性がわからない(2位)
1位
流動性が低い(1位)
2位
個別ファンドの情報が少ない(1位)
2位
個別ファンドの情報が少ない(2位)
3位
流動性が低い(3位)
3位
商品特性がわかならい(4位)
1位
商品特性がわからない(1位)
1位
個別の情報が少ない(2位)
2位
個別の情報が少ない(2位)
2位
流動性が低い(1位)
3位
流動性が低い(3位)
3位
市況が思わしくない(3位)
※「その他」を除く。
( )内は昨年度順位。
ARES September-October 2010 51
ARES REPORT
かになった。
図表9 今後の金融・資本市場および不動産市場の見通し(今後1年間)
【年 金】
平成21年度
平成22年度
【一般機関投資家】
平成21年度
平成22年度
長期金利
54
30
27
14
株 価
53
38
31
27
地 価
△ 25
△ 12
△ 53
△ 10
オフィス賃料
△ 52
△ 23
△ 70
△ 48
不動産の期待利回り
5
△5
25
△8
イールドギャップ
2
△7
13
△ 17
※動向指数:
「上昇」と回答した比率(%)
から「下降」と回答した比率(%)を差し引いた値
「0」が均衡値で、
プラスなら上昇、
マイナスなら下降すると見通していることになり、値が100に近い程その傾向が強い
※イールドギャップ=不動産の期待利回り−長期金利
こ の 結果は 、 期
待投資収益率が 概
ね 低下し 不動産に
求めるリスクプレミ
アムが低下している
ことや、今後1年間
の 市況見通し ( 動
Jリートについては、「流動性が低い」が
向指数)の地価とオフィス賃料については
上位に挙がっており、不動産投資の課題で
マイナス幅が縮小しており、不動産市場に
「市場規模の拡大」が上位にランクされた
対する過度に悲観的な見方が後退している
ことを裏付ける結果となっている。
海外リートについては、「為替リスク」
こと、さらに、不動産の期待利回り、イー
ルドギャップについても、プラスからマイ
が年金・一般機関投資家いずれにおいても
ナスに値が転じて改善が見通されているこ
上位に挙がっている。
とと整合している。
一方で、不動産への資産配分については、
(9)今後の市場見通し(動向指数)は昨
年度より改善 今後1年間の金融・資本市場および不動
機関投資家、年金基金ともに1%強という
低い水準であり、ここ数年はこの水準で推
移している。
産市場の見通しを示す動向指数は、金利と
不動産投資を行わない理由をみてみる
株価についてはプラスの幅が縮小し、上昇
と、「市況が思わしくない」という回答と
見通しの程度が緩やかになっている。他方、
ともに、「個別のファンドの情報が少ない」
地価とオフィス賃料についてはマイナス幅
「商品特性がわからない」といった事業者
が縮小しており、不動産市場に対する過度
サイドで改善努力を要する項目も上位に挙
に悲観的な見方が後退している(図表9)
。
がっている。また、不動産投資を促進する
不動産の期待利回りとイールドギャップ
ための課題としては、「不動産評価の信頼
についても、地価とオフィス賃料の改善見
性の向上」「市場規模の拡大」の他、「ベン
通しを反映して、いずれもプラスの値から
チマークとなる不動産投資インデックス」
マイナスに転じている。
といったインフラ整備を求める声が挙がっ
ている。
3. おわりに
不動産証券化協会は、これらの課題に対
応すべく、今後も政策提言活動、調査研究
今回の 調査結果か ら 、 年金・一般機関
投資家ともに不動産投資を行っている投
資家の割合が2年連続で減少していたもの
が、底を打ち、増加に転じたことが明ら
52 ARES September-October 2010
活動、広報教育活動等を精力的に行ってい
く所存である。
ARES REPORT
不動産ファンドに関する 国際財務報告基準
第9回 リース会計(3)
あらた監査法人 代表社員 公認会計士
清水 毅
影響が あ る の か 概観し た い と 思い ま す 。
はじめに
(文中意見に係る部分は、筆者の個人的見
解です)
国際会計基準審議会(「IASB」)と米国
財務会計基準審議会(「FASB」)は、リー
ス取引(不動産の賃貸借取引を含む)の会
1. 借手の会計処理
計処理方法を大幅に変更する、新しいアプ
ローチを提案しました。両審議会はともに
当モデル案では、オペレーティング・リ
「リース」と題された「公開草案」を2010年
ース(不動産の賃貸借契約を含む(「オペ
8月に公表しており、これにより国際財務
リース」
)のオフバランスシート処理が廃止
報告基準(「IFRS」)と米国基準(「US・
される予定です。現在オペリースとしてリ
GAAP」)のコンバージェンスが達成され、
ースされているすべての資産が貸借対照表
今後の日本基準の改定にもさらに影響を及
に計上され、ファイナンス・リースとオペ
ぼすと考えられます。当草案の主な目的は、
リースの区別がなくなる予定です。新しい
リース契約から発生した資産と負債を確実
資産(リース期間にわたってリース物件を
に貸借対照表で認識することです。
使用する権利)と負債(リース料支払義務)
第8 回リ ー ス 会計( 2 ) で は 、 I A S B が
は、リース期間における支払リース料総額
2009年に公表した討議資料「リース 予備
の現在価値に基づき、償却原価で計上され
的見解」に基づいて、新しい会計処理方法
ます。
を紹介しましたが、今回はこの8月に公表
当該リース期間の見積りは、延長もしく
された「公開草案」に基づいて、不動産フ
は解約オプションを考慮して、リースが継
ァンドの会計処理・財務諸表にどのような
続される可能性が「50%超となる(more
ARES September-October 2010 53
ARES REPORT
図表1 新リース基準=使用権モデル〈イメージ〉
使用権
借り手
不動産
リース料
所有権
貸し手
設例1
●
不動産ファンドAは、投資不動産を50で購入
●
テナントと3年の賃貸借契約(=リース契約)
を結ぶ
●
リース料:年間=10
●
3年分のリース料の現在価値=24 ●
割引率=10%
●
X1年期末時における不動産・評価額=45
(履行義務アプローチの場合)
不動産
使用権
リース
債務
リース
債権
借り手は
「使用権」
を計上
リース
履行義務
不動産
図表2 設例1における借手の会計処理
従来の会計処理
(借方)
公開草案による会計処理
(貸方)
支払
リース料
(借方)
24 リース
リース
使用権
BS仕訳
なし
likely than not)
」最長の期間とされていま
(借方)
10 現金預金 10
24
債務
7 現金預金 10
リース債務
(注1)
す。資産と負債を当初測定する際に使用す
る支払リース料には、小売業者の売上の割
支払利息
3
償却費
8 リース
8
使用権
合や、消費者物価指数(CPI)等の変数に
リンクしたリース料の増加等の、「変動」リ
(注1)支払利息=24×10%≒3
(注2)
リース使用権償却費=3年間の定額法で償却=24÷3=8
ース料が含まれます。当モデル案では、リ
ースの更新および変動リース料を継続的に
再評価し、事実および状況の変化に応じて、
図表3 設例1における借手のX1年期末時財務諸表
関連する見積りを調整していくことが求め
従来基準
公開草案
られています。「公開草案」が適用される
BS
BS
と損益計算書における「表示科目」および認
不動産
使用権:16
識のタイミングが変更されます。従来のオ
リース債務
17
計上なし
ペリースでは定額で認識されていたリース
費用は、同類の自社所有資産と類似する方
PL
法で計算される減価償却費、および不動産
担保ローンに類似する方法で計算される利
支払リース料
10
PL
償却費
8
息費用に置き換えられます(<図表2><
図表3>参照)。新基準が適用されると、リ
ース会計を選択した、不動産会社およびフ
ァンドの会計処理・財務諸表に大きな影響
を与えますが、会社・ファンドと賃貸借契
54 ARES September-October 2010
支払利息
3
利息計算
が必要に
ARES REPORT
約を結ぶテナントの会計処理にも大きな影
響を与えることになります。
図表5 貸手の会計処理 履行義務 vs 認識中止
認識中止アプローチ
による会計処理
履行義務アプローチ
による会計処理
(借方)
2. 貸手の会計処理
両審議会は、リースの貸手の会計処理に
2つのアプローチのどちらか一方を適用す
ることに対して懸念したため、2つのアプロ
(貸方)
投資
不動産
50 現金預金 50
投資
不動産
リース
債権(注4)
24 リース
リース
債権
24 投資
現金預金
10 リース債権
現金預金
10 リース債権
24
履行義務
ついて、単一のアプローチに合意すること
が出来ませんでした。特定の事例において、
(借方)
(借方)
(注1)
受取利息
(注2)
7
(注4)
50 現金預金 50
(注1)
3
リース
履行義務
8 リース収益
8
減価 (注3)
償却費
8 投資
8
24
不動産
受取利息
減価
償却費
4 投資
7
3
4
不動産
不動産
ーチの採用によってのみ対応が可能である
(注1)受取利息=24×10%≒3
(注2)
リース履行義務償却=3年間の定額法で償却=24÷3=8
と決定しました。
貸手が、リースの契約期間中または契約
(注3)当該投資不動産の建物部分の償却費を8及び4と仮定
(注4)
リース開始時の割引現在価値を24と仮定、正確には売上と売上原価に
それぞれ計上します
期間後に、リース資産に関連する重要なリ
スクや便益へのエクスポージャーを保持す
る場合、「履行義務アプローチ」を適用し
図表6 貸手の財務諸表 履行義務 vs 認識中止
履行義務アプローチ
認識中止アプローチ
BS
BS
ます。
貸手は、原資産を認識したまま、さらに
借手からリース料を受け取る権利として
「リース債権」を認識するとともに、借手
にリース資産の使用を認める義務を表示す
不動産
42
不動産
22
リース履行
義務 16
リース債権
17
リース債権
17
PL
減価償却
8
図表4 貸手の会計処理 −2つのアプローチ
リース前
BS
不動産
リース後
履行義務アプローチ
リース債権を
グロスアップ
BS
PL
リース収益
8
減価償却
4
受取利息
3
受取利息
3
BS
不動産
リース
債権
認識中止アプローチ
るため、「履行義務」を認識します(<図
リース履行
債務
BS
表5><図表6>参照)
。
その他すべてのリースについては、「認識
中止アプローチ」を適用します。貸手は、
不動産
不動産
不動産から
リース債権へ振替
リース
債権
借手からリース料を受け取る権利としてリ
ース債権を認識し、収益を計上します。さ
らに、リース資産の帳簿価額の一部が借手
ARES September-October 2010 55
ARES REPORT
に移転したとみなし、当該部分について認
識を中止し、譲渡したものとして売上原価
に振替えします(<図表5><図表6>参
照)
。
借手の会計処理と同様に、貸手も、いず
れのアプローチにおいても、リース期間や
変動リース料を見積り、事実および状況の
図表7 貸手の会計処理 履行義務 vs IAS40
(借方)
3. 投資不動産に対する適用除外
(借方)
(借方)
(貸方)
投資
不動産
50 現金預金 50
投資
不動産
50 現金預金 50
リース
債権
24 リース
現金預金
10 リース収益 10
現金預金
10 リース債権
評価損
10 投資不動産 10
24
履行義務
変化に応じて、これらの見積りを調整して
いく必要があります。
IAS40による会計処理
履行義務アプローチ
による会計処理
(注1)
受取利息
(注2)
7
3
リース
履行義務
8 リース収益
8
減価 (注3)
償却費
8 投資
8
不動産
(注1)受取利息=24×10%≒3
(注2)
リース履行義務償却=3年間の定額法で償却=24÷3=8
(注3)当該投資不動産の建物部分の償却費を8と仮定
第2回で解説したように、IFRSでは、投
資不動産を1)公正価値で評価する方法と
2)取得原価で評価し、毎期減価償却と減
損テストを実施していく方法の選択適用が
図表8 貸手の財務諸表 履行義務 vs IAS40
履行義務アプローチ
IAS40
BS
BS
認められています。「公開草案」において
は、公正価値で測定している投資不動産の
リースについては、貸手(不動産の保有者)
はリースの「公開草案」ではなく国際会計
基準第40号「投資不動産」
(
「IAS40」
)を適
不動産
42
に重要な意味を持ちます。すなわち、投資
リース履行
義務 16
リース債権
17
用しなければならないとしています。この
除外規定は、不動産ファンドにとって非常
不動産
40
PL
減価償却
8
PL
リース収益
8
評価損
10
リース収益
10
受取利息
3
不動産を公正価値で評価し毎期評価損益を
当期の損益と計上している場合、「公開草
案」で要求されているような利息計算を行
う 必要が な い こ と に な り ま す ( <図表
7><図表8>参照)。また、投資不動産の
4. 開示
リースの借り手は、当初認識後の使用権
資産をIAS40の公正価値モデルに従って測
「公開草案」では、現行のIFRSおよびUS
定することを選択することができるとして
GAAPで求められているよりも幅広い開示
います。
が要求される予定です。当開示案では、質
的/量的な情報、およびリース資産/負債
56 ARES September-October 2010
ARES REPORT
の測定と認識を行う際の重要な判断や仮定
に焦点が置かれています。
5. 経過措置
既存のリースに対する適用除外はない予
定です。両審議会は、表示する最も早い期
間の期首時点において存在するすべてのリ
ースについて、借手および貸手が、簡素化
された遡及アプローチを使用して資産と負
債を認識することを提案しています。
当公開草案では適用日は提案されていま
せん。
6. 最後に
今回のリース会計に関する「公開草案」
が予定どおり適用されると、不動産会社・
不動産ファンドに対して大きな影響を与え
ることが予想されます。不動産会社におい
ては、テナントにおける会計処理にも大き
な影響を与えることになるので、今後の対
応が必要になることが予想されます。
今回の「公開草案」においては、上記
基本的なアプローチの変更の他にも、「割
引率」、「 リ ー ス 期間」、「 変動リ ー ス 」、
「契約上のオプション」、「セールスアンド
リースバック」等についても、記述されて
いるので、次回以降解説していきたいと
思います。
しみず・たけし
公認会計士、日本証券アナリスト協会検定会員、不動産
証券化協会認定マスター あらた監査法人 代表社員
投資運用・不動産インダストリー・リーダー
不動産ファンドおよび運用会社に対して、監査およびア
ドバイス業務を提供。主たる著書として、
「投資信託の計
理と決算」
( 中央経済社・共著)
、
「不動産投信の経理と
税務」
( 中央経済社・共著)
、
「集団投資スキームの会計
と税務」
(中央経済社・共著)等。あらた監査法人の不動
産業・IFRSチャンピオン、およびPwC・GlobalのIFRS・
業種別委員会・不動産部会の委員を務める。
ARES September-October 2010 57
ARES REPORT
アメリカでの2つの新たな
バイヤー層
全米リアルター協会日本担当
前アジア太平洋地区総括責任者
三澤 剛史
アメリカ経済が混沌として、住宅市場も
この世代は1978年以降に生まれたグルー
ボトムは脱しているものの、この先の不透
プで、ジェネレーションX(1960年から
明感がある中、今回はちょっと視点を変え
1974年に生まれた世代)の次の世代を指し
てアメリカで今注目されている2つのバイヤ
ている。
ー層について書いてみたい。
1つはジェネレーションYと呼ばれる新し
い世代グループで、いわゆるベービーブー
マー世代に次ぐ大きな人口層であり、もう
1つは独身女性グループである。
専門家によれば、このグループに属する
人口はアメリカで7,200∼7,800万人、全世
界では20億人にも達するとされている。
この世代はグループ構成もユニークで、
2005年のRMGコネクトの調査では、3人に
1人は非白人であり、4人に1人は父子ある
ジェネレーションYの傾向
いは母子家庭で育ち、4人に3人は母親が働
く家庭に育っているとのことだ。
ジェネレーションYは、 生活の中でグー
彼らは、インターネットが自分たちの生
グルの検索無しには生きて行けない。お互
活の一部となり、マイスペース(MySpace)
いの連絡はテキストメッセージ(日本の携
やフェイスブック(Facebook)で友達の動
帯メール)が主役。不動産物件の検索には
きを観察し、音楽はアイチューン(i-Tune)
バーチュアルツアー(Virtual Tours: 360
からのダウンロード、スターバックスでコ
度回転して各部屋や物件の外観や周りの景
ーヒーを注文し待つ間に友達に携帯からメ
色が見られるツール)無しには理解できな
ー ル を 送信し た り す る グ ル ー プ で あ る 。
い世代であり、それに属さない人からする
90%以上が自宅にパソコンを持ち、97%は
とある面では理解しがたい世代なのかもし
携帯を所持、68%は携帯からメールを送信
れない。
し、50%はショートメールなどのテキスト
58 ARES September-October 2010
ARES REPORT
メッセージを利用してお互いにコミュニケ
住み込む場所(Live in)ではないようであ
ーションを取っている。
る。」と、ワシントンDCに本部を置くULI
(The Urban Land Institute)のシニアフェ
不動産はロケーション第一
ロ ー で あ る ジ ョ ン ・マ ッ ク ル ウ ェ イ ン
(John Mcllwain)氏は述べており、「彼ら
大手不動産チェーンのセンチュリー21の
の世代ではそれは自己犠牲ではなく、単な
調査によると、この世代は平均的に28歳で
る彼らのライフスタイルである。
」とも述べ
最初の不動産物件を購入しており、一世代
ている。
前のジェネレーションXよりは3年も早いこ
とになる。
最近、全米都市部のデベロッパーのち
ょっとしたトレンドは、新しい顧客層であ
この世代の両親が子供達に幸先の良いス
るジェネレーションY世代がお好みのコン
タートを切ってもらいたいと10%の頭金を
ドミニアムやアパートメント作りだとい
出して、住宅ローンを子供達に毎月支払わ
う。新しい物件では小さなユニットが販売
せるという傾向も強い。
されている。カリフォルニア州サンフラン
今までの世代よりは移動が多く、全てを
シスコでは、幾つかの新しいコンドミニア
任せられるエージェントを好む傾向にあり、
ムが建てられているが、そのユニットの大
他の世代よりは物件購入時に、ニュースや
きさは250平方フィート(約23.23m 2 )か
市場動向などをオンラインで予習してい
ら350平方フィート(約32.52m 2 )とのこ
る。実際にエージェントとのミーティング
とである。
の時に金融機関から住宅ローンの事前認証
カナダの西海岸にあるブリティッシュコ
(Pre-Qualification Letter)などを持参し
ロンビア州バンクーバーでは、「マイク
てくるケースも多い。
購入する際のアドバイスは両親から受け
ており、自分なりの予算、購入できる範囲
ロ・ロフト」
(Micro-Loft)と命名して、そ
のサイズは270平方フィート(約25.08m 2 )
という。
を的確に把握している。難しい状況下でも
彼らの両親世代よりはパニックに落ち入ら
独身女性の財政事情
ず冷静に対処することもでき、事実を隠さ
ずに物事の主張をはっきりと言えるとのこ
とだ。
このグループは、広くゆったりとした空
間よりもロケーション第一とのことだ。
「ジェネレーションY世代は、マイホー
ムとは通って働く場所(Live out of)で、
全米リアルター協会(NAR)のアンケー
ト調査「NAR2009年ホームバイヤー&セラ
ー・プロフィール」の結果で面白いのは、
独身女性がマイホームを購入する比率が
年々増えていることである。
1995年には全体の14%が独身女性で、当
ARES September-October 2010 59
ARES REPORT
時はそれ自体が大きな動きであった。2009
層バイヤーは戸建を好んで購入することが
年にはその比率が21%へと増加している。
分かっているが、他のバイヤー層との大き
これはマイホームを購入するグループで
2番目に大きなシェアである。一次取得者
層の中でも独身女性層は25%を占め、買換
え層では17%を占めている。
な違いは、コンドミニアム、タウンハウス
やアパートメント等を好んで購入する。
4人に1人は都心部の居住を好み、その比
率は他のグループよりも多く、独身男性層
ホームバイヤー全体の中間年齢値は39歳
がそれに匹敵する。過半数以上の独身女性
であるが、これらの独身女性層の中間年齢
郡は他のバイヤー層と同じように郊外にマ
値は41歳となっている。2009年の統計で
イホームを購入する場合が多い。
は、ホームバイヤー全体の47%が一次取得
独身女性層は他のグループのバイヤーと
者層であったが、独身女性層では58%が一
違って既存住宅を好む傾向にある。全体で
次取得者層である。
は18%が新築の購入をしたのに対し、独身
収入面では、2008年の数値で独身女性層
女性層は14%である。また、小型な住居を
の収入中間値は47,900ドルであったが、そ
購入する傾向にあり、バイヤー層全体では
のほかのバイヤーの収入中間値は73,100ド
平均的なマイホームの大きさが1,800平方フ
ルであった。この差は驚くにあたらない数
ィート(約167.23m 2 )であったのに比べ、
値である。68%のホームバイヤーはカップ
独身女性バイヤー層は1,480平方フィート
ル、つまり結婚していてダブルインカムだ
(約137.50m2)だった。このグループはマイ
からだ。
これを独身男性層と比べてみると、同じ
ホームを購入すると10年間は住み続ける傾
向にある。
く2008年の数値で収入中間値は53,700ドル
と、それほどの差はない。
独身女性はコンドミニアムや
タウンハウスがお好き
夢の実現のために
何故マイホームを購入するのだろうか。
バイヤーの3分の1は「マイホーム」を持ち
たいというアメリカンドリームで購入する
独身女性層の購入者は前述のカップルよ
が、独身女性層の半分がその気持ちから家
りは子供が居る割合が少ない。調査結果か
を購入するとのことである。2番目に大き
ら見てみると、ホームバイヤー全体では
な理由は家族構成の変化で、全体ではわ
38%は子供が居るが、独身女性層のバイヤ
ずか9%であるのが、このグループでは
ーは22%に留まっている。
13%だ。
これらの独身女性層はどんな物件を購入
購入する前には、両親、親戚や友達と一
するのであろうか。過半数以上の独身女性
緒に住んでいた経緯がある。他のグループ
60 ARES September-October 2010
ARES REPORT
にも共通するが、全体の割合が12%である
のに対して、このグループは20%となって
いる。
ている。
このグループはマイホームを購入する時
に、他のグループよりはラグジュアリーア
独身女性層が物件を購入すると決めた段
イテム、娯楽、洋服などいろいろと家計を
階で、他のグループより早くリアルターへ
切り詰める傾向にある。そして、10人中9
のコンタクトを取ったり、住宅ローンのチ
人は購入後、マイホームの購入は自分にと
ェックを始めたり、友達や親戚に話しをし
って良い投資だったと感じているとのこと
ている。このグループの87%はマイホーム
である。
を見つけるのにインターネットで物件を検
索している。
全体では77%がマイホーム購入にエージ
ェントを通じて行うのに対し、独身女性層
は79%である。その理由としては、マイホ
ームを購入するプロセスの中で自分に合っ
た家の選択をアドバイスしてくれること、
しかし一番のポイントは自分のためにきち
んとオファーやその後の契約プロセスで交
渉をしてくれることを期待しており、重要
なポイントとしては不動産や契約の知識、
さらに正直さと誠実さが挙がっている。
独身女性層がマイホームを購入する際に
は、他のバイヤー層と同様に住宅ローンを
利用するが、いつくかの違いもある。
1 0 人中9 人は ロ ー ン を 利用し 、 そ の 頭
金、ダウンペイメントは貯金を当てている。
他のグループと比べて親や親戚などからギ
フトとして頭金を出してもらっている割合
も多い。中には自分が住んでいた家を売
却したキャピタルゲインを当てているもの
もある。
アメリカでは相変わらず失業率が9%
台で低迷しているが、高い住宅購買指数、
低い 住宅価格や 歴史的に 低い 金利が 続い
ARES September-October 2010 61
ARES S E M INAR
第107回実務研修会
2010年7月22日(木)
学士会館 210号室
「民法(債権法)改正について」
法務省 経済関係民刑基本法整備推進本部
参与
内田 貴
※本講演抄録は、第107回実務研修会における講演内容に基づき、講師に取り纏めいただい
たものです。
した民法の改正が必要であるということ
1 はじめに
で、研究活動がなされていました。このよ
うな学界の動きや後でご紹介する世界の動
きをにらみながら法務省での改正に向けた
2006年に法務省が債権法を中心とした民
検討が始まったのだと思います。ただ実務
法の抜本改正の検討に着手をすることを決
社会からは、唐突な話と受けとめられたよ
めました。それを受けて、複数の学者グル
うで、当初はいろんな批判がありました。
ープが次々と案を提示し、各地の弁護士会
解釈で回っているから改正は不要であると
からもいろんな意見が出されるようになり
いう議論もよくなされました。改正のプロ
ました。こういった動きを踏まえ、昨年の
セスについての誤解もあり、実務家を入れ
10月に法務大臣から法制審議会に諮問がな
ずに法務省が学者と法制審議会の事実上の
されまして、昨年の11月から法制審議会で
たたき台を作っているのではないかという
民法(債権関係)部会の審議が始まってい
誤解もありました。しかし、実際には、民
ます。
間からいろんな案が出てきて、それを参考
資料としながら法制審議会で一から議論を
2 改正の必要性に対する批判
するという形がとられており、法改正のあ
り方としては非常に民主的なやり方になっ
ていると思います。
学界では20年近く前から債権法を中心と
62 ARES September-October 2010
ARES S E M INAR
の為には、判例法として法律の条文の外に
3 判例準則の明文化の必要
形成されている大量の規範を条文として明
文化していくことが必要です。いくつか例
をあげたいと思います。
民法の透明性を確保するために、判例準
【例1 債務不履行による損害賠償ルール】
則の明文化が必要です。日本の民法典は世
第1が債務不履行による損害賠償ルール
界の民法の中で際だって条文数の少ない法
です。売買とか請負とかで目的物の引渡し
典です。その結果、裁判をするために必要
をする必要があるが、それが遅れて債権者
なルールを全て解釈論で補うことになりま
に損害が生じている。そのとき、損害賠償
した。そこで、最先端の理論を持っている
請求は無条件でできるのかという問題で
ドイツから民法理論を大量に輸入して、そ
す。民法には、契約の趣旨に従って履行し
れで理論体系を作って解釈論と称したわけ
ない場合には損害の賠償請求ができると書
です。したがって日本の解釈論は条文から
いてあるだけです。ところが法律の専門家
導くことができないものがたくさんありま
は、過失がない場合には免責されると言い
す。その解釈論の体系の上に、100年間に
ます。これはドイツから輸入された、我が国
わたって膨大な判例を蓄積したというのが
の民法典に書いていない解釈論です。しか
現在の民法です。したがって、民法のルー
し、契約で定めた期日よりも履行が遅れた
ルの大部分は法典の外にあり、それを知る
とき、売主が十分注意深くやっていれば賠
ためには学者の書いた注釈書や体系書を読
償責任を免れることができるなどとは、実
まないとわからない、それが現在の日本の
務では考えていないと思います。裁判例も、
民法です。これでは透明性が低いわけです。
契約の当事者が想定していなかったような
しかし、司法制度改革に象徴されるように、
外在的な事態が発生した結果履行が遅れて
透明性の高い公正なルールのもとで司法的
しまったような場合でないと免責を認めて
な解決がきちんと与えられる社会を作るこ
いません。通説の過失責任主義が輸入され
とが目指され、1990年代以降民事法につい
た19世紀のドイツでは、イギリスなどと比
て基本的な法律が次々と抜本改正され、あ
べて資本主義のスタートが遅れたために、
るいは新規制定されました。そのいわば総
資本主義を急速に進展させる必要がありま
決算的な地位にあるのが民事の基本法典で
した。そこで資本家の資本主義的な活動の
ある民法を透明性の高い公正なルールにし
過程で他人に損害が発生しても、過失が無
ていくという動きです。基本法の透明性を
ければ責任を負わなくてもよいという過失
高めるということは、法務部や法務スタッ
責任主義が大原則とされました。それを日
フを持たない中小企業や消費者にとって
本が近代法の大原則であると理解して輸入
は、法を知る為の法務コストを劇的に低下
したのです。しかし、日本の裁判所は、文
させることになると思います。これは法の
言上は過失や帰責事由という言葉を使いま
支配が貫徹する民主社会としては非常に必
すけれども、実際に免責する判断基準は債
要なことではないかと思います。そしてそ
務者自身の過失の有無ではありません。そ
ARES September-October 2010 63
ARES S E M INAR
こで実際の基準をきちんとわかるように条
りますが、非常に抽象度の高い一般条項で
文に書くべきではないかというのがここで
すので、サブルールとして暴利行為のルー
の問題です。
ルを明文化する余地があるのではないかと
【例2 契約交渉過程の信義則上の義務】
思われます。判例法のままでは、法律の条
第2番目の例は契約交渉過程の信義則上
文ではないために、要件が裁判例によって
の義務です。契約交渉は原則としていつ破
まちまちになる恐れがあります。明文化し
棄しようと自由です。しかし交渉が一定段
てきちんと要件を定めておけばもう少し予
階に達して、相手が契約は成立するという
測可能性が高まるというメリットがあるだ
強い信頼を寄せてそれに基づいて費用を投
ろうと思います。
下しているという場合には、日本の裁判所
【例4 不実表示】
は不当破棄に対する損害賠償請求を認める
続いて不実表示です。判例は、相手の提
というルールを確立しています。やはりこ
供した情報によって動機の錯誤がもたらさ
れも明文化するべきではないか。また、取
れた契約については、簡単に無効の主張を
引に必要な情報は自分で集めるというのが
認めています。これを動機の錯誤のサブル
原則です。しかし、契約をするかどうかの
ールとして明文化してはどうかというのが
判断に不可欠な重要な情報を一方当事者が
不実表示のルールです。この不実表示につ
持っている場合に、場面によっては事業者
いては、消費者契約法の4条に不実告知、
間であっても、信義則上それを相手に伝え
あるいは不利益事実の不告知についての規
るべきだとされ、情報を伝えなかったために
定が置かれています。しかし、民法に動機
相手に損害が生じたという場合には、損害
の錯誤のサブルールとして不実表示の規定
賠償請求ができるというのが日本の判例の
を明文化した場合に、実質的にそれと同じ
確立しているルールです。これについても
ことを定めている消費者契約法の規定がど
明文化すべきではないかと思われます。も
うなるかは、消費者契約法の問題として検
ちろん、濫用をうまく回避できるようなワー
討すべきことだろうと思います。
ディングの工夫が必要ですが、そのうえで、
できれば明文化する方向で検討すべきでは
4 ルールの明確化の必要
ないかというのが現在の問題提起です。
【例3 暴利行為‐公序良俗のサブルール】
相手の不利な状況に乗じて不当な利益を
【例5 売主の担保責任】
得る行為が行われた場合に、暴利行為とい
続いてルールを明確化する必要があると
う理由で契約を無効とする裁判例が多数存
いう例をいくつか挙げます。たとえば、特定
在します。最初は、大審院が昭和9年に判例
物である新古車を正規のディーラーから購
として暴利行為のルールを確立し、それ以
入したが、全く想定していなかったブレー
来この法理は長年にわたって裁判例で頻繁
キの不具合が見つかったとき、買主は修理
に援用されています。民法には、公序良俗
の請求ができるかどうか。このようなごく
に反する法律行為は無効であると書いてあ
シンプルな問いに対する答えがわからない
64 ARES September-October 2010
ARES S E M INAR
というのが日本の民法です。修理の請求が
に、同じくプロの貸付債権でありながら商
できないという法定責任説と、修理請求は
人であるか否かで時効期間に2倍の差があ
できるという契約責任説が対立していると
ります。これも合理性がありません。さら
されます。しかし、こんな簡単な問いについ
に、債権をめぐって当事者が協議をしてい
て考え方が分かれ、答えが出てこないよう
る間に時効期間が経過すると、時効が完成
な民法というのは、基本法としての資格を
してしまいます。これもおかしいのではな
欠いているように思われます。修理の請求
いかと思われるわけです。こういった点に
ができるというのが常識にかなっていると
ついて時効制度の現代化をはかる必要があ
思われますので、それを含め、売買契約で目
るだろうと思われます。
的物に欠陥があったとき買主は何を主張で
きるかを、はっきりと条文の中に書いて、
【例8 債権譲渡】
日本の債権譲渡制度において、二重譲渡
論争の生じないような民法を作るべきでは
の優先劣後は、債務者のところに着いた通
ないかと思います。
知の到達の先後で決するというのが判例で
【例6 相殺】
すので、譲受人が二重三重に登場してどち
相殺については、差押えと相殺というテ
らが優先するかが争われますと、それを知
ーマについて、判例が論争に決着をつけて
っている唯一の存在である債務者が、必ず
すでに40年になりますが、学界には根強く
紛争に巻き込まれます。しかし、巻き込ま
批判が存在していて対立は解けていませ
れたくないと思った債務者がもし通知の到
ん。金融取引において非常に重要なルール
達時期について答えないという態度をとり
ですので、そろそろ明文の規定で白黒はっ
ますと、債権譲渡の対抗要件制度は崩壊し
きりさせた方がよいのではないかというの
てしまいます。最先端の証券化などの取引
が、ここでの問題です。
を支える債権譲渡の対抗要件法制が、債務
者が常に嫌がらずに正確に正直に答えると
5 制度の現代化の必要
いう脆弱な前提に依存しているのは望まし
い法制度とはいえないだろうと思われます。
やはり、譲受人相互の優劣の争いに債務者
【例7 消滅時効】
が巻き込まれないようにすることが必要で
次に制度の現代化の必要です。民法には
はないかと思われます。またそれと区別し
職業毎に細かな短期の消滅時効の規定が置
て、債務者が誰に払えば免責されるか、こ
かれています。これらの債権は、短期間で
のルールも法律で明確に書く必要があると
決済されるし領収書を長期保存する性質の
思います。学者グループが金銭債権の対抗
ものではないので短期の時効が必要である
要件について登記一元化という提案をして
ということはあまり異論はないのですが、
おりますけれども、いろんな選択肢が検討
こんなに細かく職業毎にバラバラに期間を
されてよいだろうと思います。
定める必要性は認められません。また、銀
行の貸付債権と信用金庫の貸付債権のよう
【例9 詐害行為取消権】
続いて詐害行為取消権ですが、非常に重
ARES September-October 2010 65
ARES S E M INAR
要な制度なのに、条文があまりにも簡単す
状態を作っておくということが最低限必要
ぎて実際のルールを提供していません。ル
です。そこで契約の締結の際に約款が契約
ールを提供しているのが判例法ですが、一
内容になるための条件として、約款を開示
番重要な判例法は今から100年前の判例で、
するとか、あるいは開示がコストがかかり
もうそろそろ耐用年数が切れている。そし
すぎる場合には、読もうと思えば読めると
て破産法が改正されましたが、新破産法の
いう状態を実現しておくことを要求する。
思想は全く民法の知らないものです。そこ
こういうルールを作るということが考えら
で新破産法を踏まえた詐害行為取消権の見
れるだろうと思います。第2に、不当な条項
直しが必要であろうと思います。
のリストを予め作っておくという方式も広
【例10 危険負担】
く使われています。もちろん、イノベーショ
それから危険負担、これも問題がある制
ンを阻害しないようにリストを作る必要が
度ですが、これについては省略いたします。
ありますが、検討には値するだろうと思い
レジュメをお読みいただければ趣旨はご理
ます。こういう形で事業者間取引であって
解いただけるかと思います。
も最低限の安全・安心をもたらすような規
制が求められているのではないかというの
6 新たな課題
がここでの問題提起です。
【例12 新たな典型契約】
現代の社会では、サービスの提供を内容
【例11 約款】
とする契約が非常に大きな役割を演じてい
約款は日本に限らず契約社会と言われる
ますが、民法典の中には、学校教育とか診
アメリカでも、商人間においてすら読まな
療、エステ、介護、旅行代理店の契約等々
いものです。読まないことを前提とした上
に適合的な規定が置かれていません。また
で、約款のコントロールをしていく必要が
リース契約、フランチャイズ契約、ソフト
あるというのは、多くの国々で共通の認識
ウェア取引等々の新たなタイプの契約が存
です。条項の合理性を確保する手段は2つ
在しておりますので、これらについても何
考えられます。第1に、市場メカニズムによ
らかの規定を置く必要はないかということ
る合理性の確保。たくさんの人との関係で
も検討課題となります。ある契約類型につ
約款を使っていますと中には読んでみよう
いて規定を置いておくということは、任意
という気を起こす人がいる。その人が読ん
規定であれ合理性のひとつの基準を提供す
でみてこれは変だと思って声をあげ、契約
るという意味を持っていますので、大きな
の相手を乗り換えるという行動に出ます。
法務部を持っている会社はともかく、中小
これがシグナルの効果を発揮して、今まで
企業や一般市民からいたしますと、民法に
読まなかった人たちも同じような行動をと
規定があることは合理性の基準として意味
っていく。これが市場メカニズムです。こ
がありますし、また紛争解決や裁判の予測
の市場メカニズムが働くようにするために
可能性を高めるということにもなるだろう
は、読もうという気を起こした人が読める
と思います。
66 ARES September-October 2010
ARES S E M INAR
から見ればヨーロッパから輸出した民法の
7 民法(債権法)をめぐる国際情勢
ひとつです。そのヨーロッパで民法を統一
するというのは、実際にやっている人たち
の意識としては、グローバルスタンダード
フランスでは、民法典というのは輸出の
を作るということです。これは国際会計基
対象であり、フランスに倣いたいという
準と似たようなところがあるのですが、民
国々に対してモデルになるような、つまり
法はまさにヨーロッパ産の文化ですので、
魅力的な、市場価値の高い法を維持する必
ヨーロッパから発信するという意識が強烈
要があるという観点が強調されます。この
に持たれています。
ため改正による必要なメンテナンスもなさ
他方、アジアでも、韓国では一度改正の
れています。つまりフランス人にとって民
動きが頓挫したあと、2009年から4年計画
法は、市場競争にさらされている商品なの
で財産法領域の全面改正が進行中です。中
です。民法、特に契約法は市場を支えてい
国は、社会主義市場経済の導入を決めて以
る法的なさまざまなインフラの一番ベース
来民法典を作る作業を開始し、1999年に契
にあるプラットフォームをなしており、世
約法、2007年に物権法、2009年に権利侵害
界のマーケットの形が共通化していくなか
責任法(不法行為法)を作りました。これ
で、プラットフォームそのものを共通化し
に総則とか債権総則が加わりますと、法典
ていく、つまり契約法を共通化していくと
としての形が整うと思います。そこでは、
いう流れが世界の中にあります。その中で
ドイツ、フランスと並び称される民法を作
フランス法をより魅力的なものにするとい
ろうという意識も見えます。中国で民法典
うことが強調され、現在フランスでは1804
の編纂が完成すると、21世紀に作られた最
年以来200年ぶりに民法の全面改正の作業
大の民法典になり、アジアの代表的民法典
が進行中です。ドイツは、日本に影響を与
になる可能性もあるだろうと思います。
えた19世紀型の民法典を持っていたわけで
このように世界の大陸法の国々で100年
すが、2001年に債務法の抜本改正をいたし
か200年に1度という大変革の時期が来てい
ました。その際、優れているけれども特殊
る時に、解釈で回っているから変える必要
ドイツ的といわれる部分を捨てて契約法の
はないという発想で日本がいていいのだろ
共通化の方向に向けて一歩先んずるような
うかというのが私が提起したい問題です。
形の改正をしました。次にEU全体では、
そろそろ我々が経験の中で培ってきたもの
市場統合の必然的な結果としてその市場を
をきちんと法典の中に反映して、日本から
支えるプラットフォームである契約法の統
発信し、グローバルスタンダードの形成に
一が現在目指されています。これはEU固
影響を与えていくというスタンスが必要で
有の現象だと言う方もおられます。しかし、
はないかと思います。
民法というのはヨーロッパに生まれた文化
であり、世界の民法は全てヨーロッパの民
法の輸出品です。日本民法典もヨーロッパ
ARES September-October 2010 67
INFORMATION
会員入会のお知らせ(敬称略・順不同)
第49回理事会(平成22年9月9日開催)において、賛助会員4社の入会が承認された。これにより9月
9日現在の当協会の会員数は、正会員95社、賛助会員207社、計302社となる。
<賛助会員>
●増田パートナーズ法律事務所
●宝印刷株式会社
代表者:弁護士
増田 英治
所在地:東京都千代田区
内神田1-6-10
代表者:代表取締役社長
堆 誠一郎
所在地:東京都豊島区
高田3-28-8
●株式会社 プロネクサス
●株式会社 エーツーメディア
代表者:代表取締役社長
上野 剛史
所在地:東京都港区
海岸1-2-20
代表者:代表取締役
永山 均
所在地:東京都港区
西新橋3-3-1
会員商号変更のお知らせ
次のとおり当協会会員の商号が変更となりました(順不同)
。
<賛助会員>
(平成22年9月1日)
●新商号:いちご不動産投資顧問株式会社
旧商号:アセット・インベストメント・アドバイザーズ株式会社
(平成22年10月1日)
●新商号:日本ヴァリュアーズ株式会社
旧商号:株式会社ヒロ&リーエスネットワーク
68 ARES September-October 2010
INFORMATION
協会代表者交代(順不同、敬称略)
当協会の指定代表者が交代となりました。新代表者は次のとおりです。
<賛助会員>
●プレミア・リート・アドバイザーズ株式会社
(平成22年6月28日付)
代表取締役社長 村岸 公人
●MID都市開発株式会社
(平成22年7月20日付)
代表取締役社長 花井 良一
●東西土地建物投資顧問株式会社
(平成22年6月30日付)
代表取締役 松井 孝
●アール・エー・アセット・マネジメント株式会社
(平成22年7月27日付)
代表取締役社長 山田 幸彦
●ING不動産投資顧問株式会社
(平成22年7月1日付)
代表取締役社長 藤田 哲也
●アセット・インベストメント・アドバイザーズ株式会社
(平成22年9月1日付)
代表取締役社長 内藤 卓巳
●メリルリンチ日本証券株式会社
(平成22年7月15日付)
代表取締役社長 瀬口 二郎
●阪急リート投信株式会社
(平成22年9月1日付)
代表取締役社長
橋 秀一郎
会員退会のお知らせ
<賛助会員>
平成22年8月6日付
●小竹・パートナーズ法律経営特許事務所
平成22年9月30日付
●ジャパン・シングルレジデンス・アセットマネジメント株式会社
理事会 ●第49回理事会/平成22年9月9日
当日議決された審議・承認事項は下記のとおり。
1. 会員の入会等について
賛助会員4社の入会を承認した(入会については「会員入会のお知らせ」参照)
。
この結果、平成22年9月9日現在の会員数は、正会員95社、賛助会員207社、計302社となった。
2. 一般社団法人移行に係る定款の変更等について
一般社団法人に移行するための「役員体制」、「定款変更案(第二次)」並びに「諸規則変更案」を異議なく承認
した。
3. 「苦情受付と解決支援に関する規則」の改正について
「苦情受付と解決支援に関する規則」の改正案を異議なく承認した。
4. 平成22年度委員委嘱会社の追加承認について
平成22年度のJ-REIT実務委員を新たに1社に委嘱することを異議なく承認した。
主な報告事項は以下のとおり。
1. 平成23年度税制改正要望について
2. 第6回投資家に信頼される不動産投資市場確立フォーラムについて
3. 「都市再生基本方針」の改訂に関する検討作業への協力について
4. その他
ARES September-October 2010 69
INFORMATION
運営委員会 ●第46回/平成22年8月31日
当日議決された審議・承認事項は下記のとおり。
1. 会員の入会等について
2. 一般社団法人移行に係る定款の変更等について
3. 「苦情受付と解決支援に関する規則」の改正について
4. 平成22年度委員委嘱会社の追加承認について
主な報告事項は以下のとおり。
1. 第6回投資家に信頼される不動産投資市場確立フォーラムについて
2. 平成23年度税制改正要望に関する金融庁のヒアリングについて
3. 「都市再生基本方針」の改訂に関する検討作業への協力について
4. 第二種金融取引業協会設立検討幹事会について
5. その他
企画委員会 ●第43回正副委員長会議/平成22年8月23日
当日の検討事項は以下のとおり。
1. 一般社団法人移行に係る定款の変更等について
主な報告事項は以下のとおり。
1. 「苦情受付と解決支援に関する規則」の改正について
2. 第6回投資家に信頼される不動産投資市場確立フォーラムについて
3. 平成23年度税制改正要望に関する金融庁のヒアリングについて
4. その他
制度委員会 ●第45回/平成22年6月22日
当日の議題は次のとおり。
審議事項
1. 平成22年度制度委員紹介、及び正・副委員長選任について
2. 平成23年度制度改善要望(案)について
報告事項
1. 平成23年度税制改正要望方針について
2. 投資一任業小委員会委員会社の委嘱について
3. 日本証券業協会の第二種金融商品取引業協会設立検討幹事会について
4. 特定目的会社の導管性要件の見直しについて
5. その他
市場整備委員会 ●第61回/平成22年7月21日(水)
主な内容は次のとおり。
1. 当協会の苦情相談体制の見直しについて
2. 平成23年度制度改善要望・税制改正要望について
3. 第10回「機関投資家の不動産投資に関するアンケート調査」集計結果について
4. 新成長戦略について 5. その他報告・連絡事項
70 ARES September-October 2010
INFORMATION
国際委員会 ●第10回/平成22年9月2日(木)
主な内容は次のとおり。
1. 委員長・副委員長の互選
次のとおり、正・副委員長が選任された。
(敬称略)
委員長 稲田 史夫(東京建物(株)投資事業開発部長)
副委員長 梅田 浩樹(JPモルガン証券(株)投資銀行本部 マネジング ディレクター)
熊田 豊(農中信託銀行(株)取締役 不動産統括部長)
尾崎 昌利(三井不動産(株)執行役員 不動産ソリューションサービス本部長)
2. REESAの活動について
3. REESAにおけるIASB/FASBコンバージェンス プロジェクトへの対応について
4. GRIによる検討の動向について
5. IVSに係る改正の動向について
6. EXPO REALについて
教育・資格制度委員会 ●第28回/平成22年7月20日
主な内容は以下のとおり。
Ⅰ. 報告事項
1. 平成22年度養成講座の申込状況と今後のスケジ
ュールについて
2. 資格喪失者と継続教育について
3. 第5回マスターコンベンションについて
Ⅱ. 審議・検討事項
1. 平成23年度養成講座概要の決定と情報発信につ
いて
2. 資格認定の更新について
3. その他
●第29回/平成22年8月25日
主な内容は以下のとおり。
Ⅰ. 審議・検討事項
1. 資格更新について
2. その他
J-REIT実務委員会 ●第8回/平成22年7月29日
当日の議題は以下の通り。
1. 講演「改正省エネ法のポイント」
講師 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部 省エネルギー対策課
課長補佐 小嶋 誠氏
岩田 久司氏
2. 平成21年度J-REIT実務委員会 活動総括
3. 平成22年度の体制と委員長・副委員長の互選について
次の通り互選された(敬称略、順不同)
。
(委員長) 杉崎 宏
(三菱商事・ユービーエス・リアルティ株式会社 コーポレート本部長)
(副委員長) 木村 透
(ジャパン リアルエステイト アセット マネジメント株式会社 企画部長)
林 弘幸
(トップリート・アセットマネジメント株式会社 取締役 企画・管理部長)
松本 博史
(日本ビルファンドマネジメント株式会社 運営本部 ゼネラルマネジャー)
4. 平成22年度J-REIT実務委員会 活動計画等について
5. 平成22年度J-REIT資産運用会社代表者懇談会について
6. その他
ARES September-October 2010 71
INFORMATION
個人投資家へのJリート普及に関するワーキンググループ
●第2回/平成22年9月1日
当日の議題は以下のとおり。
<議題>
1. 「個人投資家のための秋のJリートフェア2010」開催について
2. 平成22年度普及策 日経電子版Jリート特集「これからはじめるJリート」について
3. 『平成22年度 個人投資家へのJリート普及策』について
新たな資金導入策検討に関する研究会 ●第3回/平成22年7月12日
生命保険会社との勉強会として第3回を開催した。主な内容は次のとおり。
内 容:省エネルギー、環境配慮型不動産を中心とした施設見学
見学先:清水建設株式会社 技術研究所
(1)新本社ショールームの見学
(2)技術研究所施設の見学
実務研修会
以下のとおり実務研修会を開催しました。
●第104回(平成22年7月1日)
●第105回(平成22年7月7日)
「世界二位になる中国経済の実力―不動産バブルのゆくえ」
「インフラファンド市場の現状と日本における課題」
柯 隆氏
(株式会社富士通総研経済研究所
主席研究員)
舟橋 信夫氏
(マッコーリーキャピタル証券会社 副会長)
●第106回(平成22年7月15日)
「金融ADR制度に関する監督指針(金融商品取引業者
向けの総合的な監督指針)の概要」
石塚 智教氏
(金融庁 監督局 総務課 課長補佐)
●第108回(平成22年8月3日)
●第107回(平成22年7月22日)
「民法(債権法)改正について」
内田 貴氏
(法務省 経済関係民刑基本法整備推進本部 参与)
※本誌「SEMINAR」コーナーに講演抄録を掲載しています。
●第109回(平成22年8月6日)
「米国の不動産と金融に関する議論の動向」
「ドイツ・ファンドブリーフ債の現状と今後の見通し」
吉田 二郎氏
(ペンシルベニア州立大学 助教授)
イェンス・トルクミット氏
(ドイツファンドブリーフ銀行協会
(vdp)
エグゼクティブ・マネージング・
ディレクター)
72 ARES September-October 2010
INFORMATION
書評
債権法の新時代
−
「債権法改正の基本方針」の概要−
著者:内田 貴
定価:1,600円(税別)
発行所:株式会社商事法務
発行年月:2009年9月
イギリス(少なくともイングランドおよびウェールズ)は、判例法国であるといわれるが、成文法も
数多く存在し重要な役割を果たしている。その一方、我が国は、成文法国であるといわれるが、判例が
大きな影響、つまり事実上の拘束力を有している。また、これに加え、学説−特に通説・有力説−は、
極めて重要な地位を占めている。
民法を学ぶにあたりまず悩むのは、法律を見ても書かれていない判例の重要性である。そして、更に
悩ましいのは学説の存在である。学説は、国会における審議も経ていなければ裁判の法創造機能による
ものでもない。だが、法律家の間では、
「常識」であり、法律の体系的理解の前提となっているようだ。
本書は、元東京大学大学院法学政治学研究科教授であり、現在、法務省経済関係民刑基本法整備推進
本部参与を務められる内田貴先生が、民法学者を中心とする研究グループである「民法(債権法)改正
検討委員会」により取り纏められた民法(債権法)改正検討委員会編『債権法改正の基本方針』(別冊
NBL126号)を解説したものである。
本書で内田先生は、「民法のルールは、少なくともその重要なものは、学者の体系書に書かれている
解釈論としてではなく、法律の中に書かれていなければならないのである」
(15頁)と述べられている。
まさに、言い得て妙とはこのことであり、我々大衆の手の届かないところにある法を100年以上もその
・・
ままにしてきたところをみると、我が国は法治国家ならぬ、放置国家であったのかもしれない。
本書の構成として、第1章では、「なぜ債権法改正が必要なのか」として、現在の民法典の課題と改
正意図が語られている。次いで、第2章においては、「検討委員会の活動」が紹介されており、その後
第3章「法律行為の現代化」から、第13章「典型契約」まで、改正により影響を受ける主だった論点
について概説されている。また、第14章では「民法典の編成」についても言及されている。
いずれの論点についても、現在の課題が説明された後に、改正の必要性、提案の内容が極めて分かり
やすく述べられており、債権法の改正に関する基本的な問題意識を身につけることが可能である。
昨年11月、法制審議会の民法(債権関係)部会がスタートし、民法改正の議論が本格化した。内田
先生が本書で説明されている通り、
「債権法改正の基本方針」は、
「学界や実務界から提出されるであろ
うさまざまな他の立法提案とまったく同列の、今後の立法過程において斟酌される資料にすぎない」
(43頁)ものであり、事実、民法(債権関係)部会における議論も、「債権法改正の基本方針」に沿っ
て行われているわけではない。しかし、なぜ民法を改正する必要があるか、という点や個別論点に関す
る問題の所在は、自ずと共通するはずであり、民法改正について学ぶにあたって、まず紐解くべき本で
ある。ぜひ、ご一読されることをお奨めしたい。
(業務部主任調査役 橋谷 聡一)
ARES September-October 2010 73
INFORMATION
書評
『危機第三幕』
著者:倉都康行
定価:1600円+税
発行:ビジネス社
発行年月:2010年9月
世界恐慌は起きるのか?
2007年に始まった金融危機は簡単には終了しない、これは誰もが思っていることであろう。
サブプライムローン問題による資本市場の機能不全と信用収縮、これを第一幕とすると、ギリシャを
はじめとするソブリン危機と欧州銀行の不良債権問題が第二幕。この第二幕は、まだ開幕したばかりの
状態だ。
同時に、第三幕の懸念もある。アメリカの公的負債の膨張(GDP比150%)と日本の公的負債の膨
張(GDP比200%)だ。これらの累積債務問題はまだ深刻化しつつあり、調整には長い時間がかかり
そうだ。
はたして、中国、インド、ブラジルなどをはじめとする新興国の経済成長によって解決することがで
きるのだろうか。
それとも、アメリカの資金調達難によるドルの下落と金利上昇、その日本への波及による世界経済下
落という「危機第三幕」に、いつかは突入せざるを得ないのだろうか。
本書は、このような疑問に対する答えを、金融史をひも解きながら平易に解明した良書である。
パッチワークの連続で大きな危機を回避してきた世界経済の因果を、1971年8月15日のニクソン
ショック(ドルと金の交換停止)にさかのぼって、論理的に解明している。読者は、金融史を行きつ戻
りつしながら解明していく面白さも味わうことができる。
著者の倉都康行氏は、国際金融アナリスト、RPテック株式会社代表取締役であり、産業ファンド投
資法人執行役員でもある。『投資銀行バブルの終焉』、『世界がわかる現代マネー6つの視点』、『金融
VS.国家』など、多くの著作がある。
当協会との関係では、2010年1月に、マスターの継続教育カリキュラムである「トップセミナー
(第3回)」で「海外市場と日本市場の接点を探る−何を座標軸に置いて世界を見るか−」という講演を
いただいた。大好評であった。講演録は、会報ARES第44号(2010年3月31日発行)の中の『不動
産証券化ジャーナルvol.24』に収録されている。
リスクをマネジメントするためには、リスクシナリオを意識化することがまず必要であろう。そのた
めには、骨太な羅針盤が必要だ。
ぜひ一読をお勧めしたい。
(専務理事 巻島一郎)
74 ARES September-October 2010
ARESマスターのための
不動産証券化ジャーナル
ARES Certified Master Journal
Vol.
27
2010 September-October
第5回ARESマスターコンベンションプログラム 第Ⅱ部 基調講演
講演Ⅰ「世界金融危機後の金融のあり方とわが国経済への影響」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・76
プライスウォーターハウスクーパース総合研究所 理事長 五味 廣文氏
講演Ⅱ「わが国経済の成長と金融システムのあり方」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 94
慶應義塾大学経済学部 教授 池尾 和人氏
【ARESマスター継続教育カリキュラム】第6回トップセミナー 講演録
「日本は黄金の国ジパングか……?−地球環境に配慮した不動産業の将来展望−」・・・・・・・107
日本土地建物株式会社 代表取締役会長 中島 久彰氏
海外REIT通信
欧州(第12回/最終回)
「ライツ・イシューの精神」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・125
UBS証券会社 投資銀行本部(ARESマスター) 小林 ヤンネ 孝貢氏
資本市場から見た企業不動産(CRE)マネジメント(第5回)
「企業の本社移転と株式市場」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 131
神戸大学大学院経営学研究科 准教授 山 尚志氏
神戸大学大学院経営学研究科 博士課程前期課程 松浦 弘尚氏
みずほ証券株式会社 ストラテジックソリューション部 シニアヴァイスプレジデント 福島 隆則氏
不動産信託受益権媒介業務における「社内記録」作成の実践(第2回)
・・・・・・・・・・・・・・・・・139
有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー 東野 淳二氏
有限責任監査法人トーマツ(ARESマスター) 恩田 展明氏
金融ADR制度の現状と不動産流動化取引への影響について ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・151
長島・大野・常松法律事務所 弁護士 山辺 紘太郎氏
第5回ARESマスターコンベンションプログラム 第Ⅱ部基調講演
講演Ⅰ
「世界金融危機後の金融のあり方と
わが国経済への影響」
2010年6月30日講演
プライスウォーターハウスクーパース総合研究所
理事長
五味 廣文
マクロ経済的なさまざまな分析はこの後、講演Ⅱで池尾教授がなさってくださいますので、
私はもっぱら金融監督、市場監督、銀行監督という行政実務を担当しておりました者の立場
から、今回の2008年金融危機、そしてその後なすべきことについての考えを少し述べさせて
いただきたいと思います。金融業に携わっておられる方も多いので、既にご承知の事柄も多
いとは思いますが、一度監督者の目から光を当てるとこんなふうに見えるということを整理
して、お話しします。
1.危機の原因:リスク管理の欠陥
初めに、今回の2008年金融危機の原因というところを監督者の目からみるとどう整理でき
るかということをお話しします。結論は、リスク管理の欠如という当たり前の話です。マク
ロ的な経済環境はさておき、いくつかの場面において、それぞれ法令によって義務づけがな
い、あるいは法令による禁止がない、いわゆる規制の空白といった場面における市場参加者
の行動のリスク管理の欠如、あるいはプロとしての自己規律の欠如、こういったものが積み
重なって、コントロール不能のリスクの顕在化をもたらしたのではないかというのが私の結
論です。もちろんこれが唯一の原因ではありませんし、むしろ副次的なものだと思います。
根本原因は、マクロ経済的な別のところにあったと思いますが、このリスクの大きさを増幅
し、かつその顕在化に手を貸してしまったというところに至りますと、これは市場参加者、
あるいは金融機関の規律の欠如といったものがあったように思います。
(1)サブプライムローン
1つずつ項目を追ってみますと、まず、発端のサブプライムローンです。これが欠陥商品
であったということがまずあります。アメリカにおける住宅ローンで、もちろん法令違反の
76
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ローンではありません。しかし、本人の収入からでは到底家を買うといったような経済力は
認められない、こういったような方に対して住宅購入のためのローンを供与する。そのため
の仕組みを工夫してやるというローンでした。変動利型で、最初の数年は金利をほとんどと
らないという形で組んであります。長期の住宅ローンで、元利均等で返済した場合、これは
借りた方はご経験があると思いますが、最初の数年間の月々の返済額の大部分は金利に充当
されます。したがってこの金利部分がほとんど要らなければ、月々の返済額は極めてわずか
で済む。従って、十分な収入のない方でも返済は可能ということになります。数年たって金
利がステップアップしたとき、当然月々の収入からでは返済ができないということになりま
すが、そのときには、購入してある資産、つまり住宅が、住宅バブルで価値が上がっている
ために、この上がった担保価値をもとに新たなサブプライムローンを借り入れ、それによっ
て3年前に借りたサブプライムローンは全額繰上償還をする。価値が上がっていますから、3
年前借りたよりもたくさんお金が借りられるわけです。そして、なお手元に残ったキャッシ
ュは消費に回され、自動車を買うというような仕組みが考えられたわけです。
当然のことですが、この仕組みでは、住宅の価格が永遠に上がり続けてくれる限り問題は
起こりません。しかし、月々の収入というフローの面では明らかに返済不能な額を借りてい
るわけですから、住宅の価格、担保の価値が下がるということが起こった途端に借りかえは
不可能となり、確実に焦げつく、デフォルトするという、消費者ローンとしては完全な欠陥
商品です。
何が欠けていたかというと、将来の収入で返済できるかどうかという一番基本的な融資に
当たっての審査、リスク管理、これが行われていないということになります。返せないお金
を貸してはいけないなどということは法律には書いていない。当たり前ですから書いてない
のですが、これができていない。世界中にこのデフォルトが影響していったもう1つの原因
というのが、次の証券化のプロセスです。
(2)証券化プロセス
貸し手と借り手が1対1、相対の対応で管理をしている限りにおいては、サブプライムロー
ンのデフォルトの損失は貸し手が負担をするということで、そこにとどまるわけですが、こ
れが世界中に一気に広がったのは何故か。証券化によるリスクの移転と分散が行われていた
から、ということになります。
リスクの移転と分散というのは、金融にとっては大変重要な技術であり、この技術が進展
をしたことが金融の効率、円滑といったものを大いに助けています。しかし、リスクを分散
し、かつ移転をするというときには、当然やっておかなければいけないことがあるわけです。
証券化される原資産の持っているリスクというもの、これをきちんと測定してあること。言
葉をかえれば、原資産が不良資産でないことをきちんと確認してあることです。土壌汚染の
ある土地や建築基準法違反の建物を証券化すれば当然それは問題になるわけです。そこはき
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
77
ちんと確認するということが1つ。それから、リスクが、最初に原資産のリスクをとった者
からほかの者へ移転する。これも有価証券という形で移転しますから、リスクの管理の仕方
は非常に難しくなるわけです。信用リスクを自分で管理するというやり方から、市場リスク
という別のタイプのリスク、これを管理することになる。しかも、それは最初にリスクをと
った人とは別の人がそのリスクをとることになります。従って、原資産の持つリスクという
のがどのように分散されたのか、というトレーサビリティーがあること、検証可能、追跡可
能になっていることがもう1つ当然必要になります。
この2つの点において、今回の証券化のプロセスには誤りがあったようです。原資産のサ
ブプライムローンというのは、消費者ローンとしては欠陥商品であることは先ほど申し上げ
たとおりですし、また、このリスクがどのように分散をし、どの証券にどういう形で含まれ
るかということの追跡可能性が最後はあいまいになってしまったということです。証券化自
体が複雑なリスクの切り分けと組み合わせ、これによって大数の法則が働くようにしてあり
ます。そこだけでも相当複雑なのですが、そうした証券化商品をさらに参照債券とする複合
証券化商品がどんどん創出されました。技術的には進んでいますから可能です。その過程で、
原資産リスクの追跡可能性は忘れ去られたということになります。
証券化プロセスについて、その透明性をどう確保するか、これについての法令上の規制が
なかったわけです。法令の規制がないということから、本来管理して分散されるべきリスク
がいわばリスクのばらまき状態になってしまって、リスクが行方不明になるという状態をつく
ってしまった。これも、こうしたビジネスに携わる方の良識、プロとしての常識、これによる
しかなかったのですが、それが働かなかったというもう一つの事例であるように思います。
このように、リスクの大きさと所在が不明ということになると、当然リスク管理は不可能
になります。リスクの大きさと所在がわかるからこそリスクが管理できるわけです。中国製
の冷凍ギョーザ事件と同じです。毒の入った経路がわからない。従って、どれが安全で、ど
れが危険かの区別がつかない。であれば、できることは唯一、「リスクをとらない」という
ことしかないわけで、冷凍ギョーザはだれも買わない。こういう事態を招いてしまった。こ
の証券化プロセスでもそれと同じことが起こったわけです。これによって、アメリカの中で
行われていた特異な住宅ローンのデフォルトが一気に世界中に危機として広まっていく地合
をつくってしまったということになります。
ただ、こうした証券化商品を買っていたのは欧米のプロの投資家です。ですから、当然こ
ういった証券化商品の内容を十分理解し切れないまでも、それに投資をするための合理的な
判定根拠というものを持っていたわけです。それが次の債券格付であったわけです。
(3)債券格付け
プロの格付機関がこうした複雑な証券化商品を一つ一つ内容を分析し、公正中立に評価
をしている。それを参照しながら投資判断をしたということですが、2006年の夏以降、実際
78
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
にサブプライムローンのデフォルトが起こり始めてみると、格付は選別的に格下げされずに、
世界で一律に格下げがされるということになりました。どれが毒入りのギョーザで、どれが
安全かということは、少なくとも格付機関は自分の持っている審査データから当然識別がで
きて、従って、選別的な格下げが行われるということを期待していたマーケットあるいは投
資家は、これによって動転するわけです。つまり、格付機関も見ていなかったという話です。
ここで問題になるのは、格付機関における利益相反の管理ができていなかったことが後で
明らかになったということです。証券化商品を組成し販売をする。それによって利益を得る。
このビジネスを行っている投資銀行がみずからお金を払って格付機関に格付を依頼するわけ
です。従って、発注者としてはできるだけ高い格付が欲しいという意向を持っている一方、
格付機関は、その意向に沿った格付をする、あるいはその意向に沿った指導をしてあげて、
できるだけ商品の内容が高い格付になるような工夫を提供してあげるという、こういうコー
チ役を買って出ますと、それだけ高い格付もつけられるし、従って高い手数料がもらえて、
従って次の格付もまた頼んでもらえるということになる。
しかしながら、この格付を実際に利用するのは投資家なわけです。投資家はこの格付が発
注者の意向によって左右されているなどとは毛頭思っていない。内容を公正中立に審査をし
て、格付が行われた、つまり、アンパイアとして厳正な判定が行われていると仮定をしてい
る、あるいはそれを前提としているわけです。ここにおいて、格付機関というのは、コーチ
がアンパイアを兼ねるという利益相反にはまっているわけです。こんなことは別に珍しくな
い、よくあることですが、当然この利益相反を管理するためのさまざまな手法、手続という
ものがとられなければならないわけです。
ところが、格付機関というのは、だれも監督をしていない。金融機関であれば、現在、例
えば日本でも、利益相反に関する体制はどうなっているかを、金融商品取引法その他できち
んと確認するような、そういう手続が定められていますが、そういったことがない。
規制がないため、どうしていたか。後でふたをあけてみますと、投資家の側のニーズにこ
たえるような十分な内容の分析と公正中立な格付ということとはほど遠い格付手続がとられ
ていた。つまり、発注者側の意向に沿った格付が出るような、そういうやり方が行われてい
たということで、いよいよリスクが顕在化をして、格付の本当の意味での機能、選別的格下
げということが行われるということを期待されたときに、それをするだけの材料も能力も持
っていなかったということになったのです。これによってリスクは完全に行方不明というこ
とになってしまった。
(4)クレジット・デフォルト・スワップ(デリバティブ)
こういうことになって、債券の価値が下がります。しかし、プロが投資していたわけです
から、これに備えて保険機能を持つデリバティブを購入していた。つまり、投資した債券、
あるいは有価証券が価値を失うということが起こったときには、一定の条件と一定の算式で
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
79
その損失を補てんするという、こういうデリバティブを購入していた。それが次のクレジッ
ト・デフォルト・スワップです。これによって、当然補償が行われると思っていたところが、
クレジット・デフォルト・スワップを発行している発行元自体が破産状態になって、アメリ
カ政府の全面的な支援を受けることになるということになってしまった。
何が起こったのか。このデリバティブは一種の損害保険機能を果たします。保険であれば、
当然のことですが、保険に対する法的な規制があり、保険契約をすると、その契約の内容、
額に応じて一定の算式に従った責任準備金の積立というのが義務づけられています。保険の
最終的な機能、一番大事な機能というのは、保険事故が起こったときに現実にその損失を補
てんするというところにあるので、その損失を補てんするだけの資金の準備、流動性の準備
ということをしておかなければいけないわけです。これが保険会社には法的に義務づけられ
ているのですが、クレジット・デフォルト・スワップは保険ではない。不特定多数を相手に
した保険商品ということではなく、相対でテーラーメイドでデザインをされるデリバティブ
です。従って、保険業法の適用はない。適用がなくても、事が起こったら損失を補てんする
という約束をして、手数料をとる、それをビジネスとしてやっているわけですから、当然何
らかの形でそのリスクが顕在化した場合に備えたヘッジなり、あるいは積立なりということ
がしてあってしかるべきなのです。法令上そんな義務づけがないというのをよいことに、何
もしていないという状態になってしまったわけです。これも規律の欠如ということになりま
す。これによって、損失が刻々と拡大をしていく。ただ、刻々と拡大をするにしても、今回
の金融危機は非常に速い速度で世界中にかなり致命的な金融システム不安をもらしました。
(5)ハイレバレッジ経営
では、なぜそんなに速かったのか。日本も、かつて金融危機を経験しました。バブルの崩
壊が始まったと言っていいのは、平成3年だと思います。そのバブルの崩壊が金融危機の様
相を呈し始めたのが住専問題のときです。ですから、平成7年、4年かかっているわけです。
そして、これが本格的な金融危機になったのは、皆さんもご記憶にあると思いますが、平成
9年の11月です。山一證券、北海道拓殖銀行が相次いで破綻をする。こういうことで、ここ
はさらに2年、つまりバブルの崩壊から6年かかっているわけです。
しかし、アメリカの場合には、アメリカの住宅バブルが崩壊し始めたのが2006年の夏、そ
してこれが金融危機の様相を呈し始めて、中央銀行の緊急的な流動性供給が始まったのが翌
年です。2007年夏のパリバ・ショックです。BNPパリバ銀行傘下のファンドが投資の解約を
凍結せざるを得ない、キャッシュが手に入らないという状態になった。ここまで1年です。
そして本格的な金融危機、リーマンショック、これは米国当局のミスもあったわけですが、
その発生はさらにその翌年2008年の9月です。ですから、バブルの崩壊からわずか2年、日本
の3倍のスピードで世界金融危機になっています。
その1つの原因が、ハイレバレッジ経営であったように思います。こうしたハイリスク・
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不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ハイリターンの証券化商品を資産として運用する。その裏づけとなる資金はどう手当てをし
ているかというと、短期のCP、これらの資産を担保としたABCPを発行して賄うということ
で、これによって資産、負債の長短の金利差から利益を上げる。ごく当たり前の資産運用で
すが、これを行っていた人たちがハイレバレッジ経営になっていたということです。
商業銀行であれば、ご承知のとおり、バーゼル規制がかかっていますから、資産の側に一
定のリスク性資産を持ちますと、貸方にはある割合以上の自己資本を持っていないといけな
いということになります。すべての資金手当を借入金や預金で賄うということは法律上許さ
れていない。国際的に営業している銀行であれば、自己資本比率8%以上ですから、リスク
性の資産100に対して、必ず資本は8%以上用意していないといけない。借り入れや預金で賄
えるのは92%以下である、こういう規制がかかっているわけです。ひっくり返しますと、8
分の100ですから、資本1に対して12.5倍までしかリスク性の資産は持てないということにな
っているわけです。
ところが、こうしたビジネスをやっていたファンド、あるいは投資銀行は、商業銀行では
ありませんから、バーゼル規制はかかっていない。そこでどのくらいのレバレッジをかけて
いたかというと、これが30倍、40倍という規模になっている。こうなりますと、バッファと
しての資本の機能がほとんど働きませんから、資産の側にトラブルが発生しますと、瞬時に
資金繰り不安に襲われるということが起こってしまった。これが非常に速いスピードで欧米
に金融不安が広がっていった原因であるように思います。いくら法令上の規制、義務づけが
なくても、リスク性の資産を一定の規模で運用するときには、当たり前にバッファとしての
自己資本を用意しておくべきものであるが、これが行われていなかったということです。
(6)銀行のバックアップライン供与
ここまでは商業銀行は登場していませんが、こうしたファンドや何かに対して商業銀行が
バックアップラインの供与というのを行っている。このバックアップラインの供与が度を超
えていたところは、この悲劇に巻き込まれていくわけです。ファンド等に流動性の問題が発
生したときに、一定限度までのバックアップラインの供与を約束していた銀行からは、無条
件に貸付が実行されていくことになる。しかしながら、バックアップラインを引き出してい
るファンドなどは、もう既に資産の部に持っている有価証券が価値を失っているということ
で、単に借金を返済するために必要なキャッシュを引き出しているだけですから、銀行側に
してみれば、貸した途端に不良債権となる、こういう貸付になるわけです。これが銀行がみ
ずから投資していた証券の減価と相まって、大変な勢いで一部の大きな銀行に赤字を累積さ
せていくということになったわけです。すべての銀行ではありません。
このバックアップラインの供与というのは、当然バーゼル規制のもとで行われているわけ
ですから、一定の規模、一定の資本の準備のもとに行われたわけですけれども、これが身の
丈を超えた大きさになっていたら、管理は不可能ということになります。つまり、バックア
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ップラインを供与したことが間違っていたのではなくて、供与したバックアップラインの管
理が十分できていなかった。あるいは管理できないほどの規模のバックアップラインを供与
してしまったということになるわけです。
堅実な製造業、一流の製造業に対する1,000億円の貸付のケースと、こうしたハイリス
ク・ハイリターンの有価証券の運用のみを本業とするところに対する1,000億円の融資は、
バーゼル規制上はどちらも1,000億に対して8%以上の資本ですから、80億以上用意していれ
ばいいわけですが、とったリスクの内容が違います。ですから、バーゼル規制では第2の柱
が用意されていて、そういう場合には一律の最低自己資本比率規制に加えて、とったリスク
の性格に応じた金融機関なりの自己資本の準備をする、こういう管理が求められているので
すが、これができていなかった銀行が巻き込まれていったということになるわけです。リス
ク管理の欠陥です。
(7)監督当局
こうした一連の動きを終始放置し続けたアメリカの監督当局は何をしていたのか。特に21
世紀型の新しい金融技術、証券化、デリバティブ、あるいはハイレバレッジ経営、こうした
ものの裏づけとなる格付、これらの新しい技術に対して監督していく十分な体制も技法も準
備していなかったということになります。そもそも実態を把握すること自体ができないとい
う関係をつくってしまったのです。
もともとこれがすべてにおいて透明性が確保されていて、何が起こっているかを監督当局
やマーケットの参加者が明確に把握しているならば、必ずどこかでここには行き過ぎがある、
これ以上リスクが膨らんだ場合コントロール不能になるという判断ができたはずですが、そ
もそも実態自体がきちんとつかめていない。リスクが行方不明になっているという実態がわ
かっていない。あるいは、デリバティブによって、実体経済と大きく乖離してリスクが膨張
しているということを把握できていない。そういう基本ができていないということであれば、
そのリスクをコントロールするための手立てを提供することも当然できないということにな
ります。監督当局の大いに反省すべき点がここにあるように思います。
以上のように、監督者から見ますと、一つ一つはミクロ的な金融の取引であったり、ある
いは、金融機関の経営の姿勢であったりするわけですが、一番大事な場面においてそれぞれ
がやるべきことをやっていなかった。そのことがリスク管理不能という状態をもたらしてし
まったのではないかという分析です。
そうなりますと、マクロ経済的にやるべきことはいろいろあるのでしょうが、こうした監
督上の視点からは、その規制の空白をどう埋めていくのかが問題になってくると思います。
それが次の再発防止策としての規制強化というところになります。
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2.再発防止策としての規制強化
(1)グローバルなシステミック・リスク管理の視点
まず最初に、グローバルなシステミック・リスクを管理する、こういう視点からやってお
くべきことがあるでしょうということです。金融技術の著しい発展、そして実体経済を超え
るような大きさのリスクというものが現実に創造されていく。そのことは裏返せば、それだ
け金融というものが効率化して、実体経済が付加価値を生むことをより効率的に助けるとい
うよい面もあるわけですが、これがコントロールできない状態になった場合は大変危険なこ
とになるということです。実体経済と1対1対応するような単純な金融業、1対1対応というの
は言い過ぎですが、ごく古典的な信用創造にとどまっているような金融とは異なる金融技法、
こういうものがある。これが国境を越えて瞬時に行き来をすることから、システミック・リ
スクというのが国際的に一気に起こるということが非常に生じやすい環境になっています。
これをどうするのか。
日本の金融危機は世界金融危機にはならなかった。またアジアの通貨危機も同じ時期にあ
りましたが、それが世界金融危機になったわけではない。得する人と損する人がいて、損し
た人の損があまりにも大きいので、国の存立にかかわるのではないかというような大変なこ
とになったということですが、自動的にグローバルな金融危機になるようなことにはなって
いない。日本の場合には、金融危機を日本国内に封じ込めることにある意味では成功してい
るわけです。平成10年に、破綻銀行の一時国有化という法律を一気につくって実行しました
ので、これによって円滑な退場ということが確保され、海外の支店に対して影響は及ばなか
った。従って、東京発の世界金融危機というのは起こらなかったということがありますが、
今やそうしたコントロールはほとんど不可能という状態にあります。
従って、こうした視点からとられるべき規制といいますのは、以下に述べるようなマトリ
ックスを書いてみて、そのマトリックスのどこのコラムにはまるかによって、規制の強さ、
規制の内容を工夫する、こういう発想が必要になってくるということだろうと思います。
●グローバルかドメスティックか、大規模か小規模か、銀行であるか否か
その金融機関がグローバルな活動をしているのか、あるいはドメスティックな活動にとど
まっているのか。また、その規模が非常に大きい、事が起こった場合の影響が広範囲に大規
模になるという可能性があるところなのか、そうではないのか。また、決済機能を担う、あ
るいは預金を受け入れるということから取りつけ騒ぎなどが起こりやすい、決済不能の連鎖
を性格的に起こしやすい、そういうものである銀行なのか。あるいは、同じ金融業といって
も、銀行ではないということなのか。こうした区別で線を引いてみて、どのコラムにはまる
かによって規制の内容と強さを工夫するということが必要になります。
言葉をかえれば、グローバルで、大規模な金融機関というのは、それだけ今回の教訓に沿
った、従来とは異なる規制の体系なり規制の考え方を導入する必要があるのではないか。あ
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るいは監督の体制も、そうした金融機関を専門にチェックをするという体制をつくっていく
必要があるのではないかということです。アメリカではこうした視点から、金融機関の監督
体制の改革が今、上下両院で議論されほぼ合意ができてきたと聞いていますが、これは非常
に大事な要素になります。
そして、さらに銀行であるか否か。銀行であれば、バーゼル規制がかかっていますが、こ
のバーゼル規制に加えて、グローバル、大規模という場合には、こうした特別な監督体制の
もとにも服する必要が出てくるでしょうし、また、バーゼル規制自体の内容の見直しにおい
ても、グローバル、大規模といったような点が考慮された上での再構築が行われること自体
は、大いにあり得ることだと思います。
●新たな監督体制
そして、新たな監督体制といったものをグローバルに構築していく。これは別に国際的な
監督機関をつくろうという、そういう話ではなくて、それぞれの、特に大きな経済規模を持
つ国の金融監督に携わる行政機関、あるいは中央銀行は、グローバルなシステミック・リス
クを防ぐという観点から、各国当局と十分な情報交換や協調ができるような、そしてそれに
必要な実態把握がみずからできるような、そういう監督体制を整えておく必要があるという
ことになろうと思います。
●破綻処理制度
そしてもう1つ大事なのは、破綻処理制度です。今回の危機が非常に大きな影響を持った
背景には、円滑な退場ということが制度としてアメリカには準備されていなかったという点
があります。銀行以外、銀行も含め、大規模な金融機関が破綻の危機に瀕したときに、これ
がシステミック・リスクを顕在化させることなく退場していくために必要な資金が用意され
ている、あるいはそのために必要な法的な手続が準備されている、こういう状態になかった
わけです。従って、ブッシュ政権時代、危機に際しては一つ一つ個別の対応をとっていかざ
るを得ないし、財政資金を投入する法律はなかったわけですから、無理な形で中央銀行の支
援を要請したりしながら、その場をしのぐということを続けていって、結局リーマンブラザ
ーズで大失態を犯してしまったということになったわけです。
金融機関が破綻をする場合に、混乱を起こさずに退場するための仕組みとその資金の手当
て、これは十分に議論しておく必要があります。日本では預金保険法によってこの仕組みが
できています。しかしながら、欧米では必ずしもこれができていなかった。そのために、銀
行税の話ですとか、さまざまな議論が出ているわけです。この点についても、まず十分な仕
組みをつくる必要がある。
逆に言うと、円滑な退場という仕組みがきちんとできていれば、金融機関が破綻しないよ
うにということでがんじがらめの規制をあまりしなくても、そこは何かあっても当局がコン
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不動産証券化ジャーナル September-October 2010
トロールできるということになりますので、むしろ自由に競争してもらうほうを重視すると
いうゆとりのある姿勢がとれるわけです。
このセーフティーネットの部分がないということになりますと、それは綱から落ちたら死
んでしまうということですので、綱を渡るなということを言わざるを得なくなってくる。こ
の辺が今回の規制強化の議論のポイントになってきます。それが次の規制強化の手法という
ことになります。
(2)規制強化の手法
●規制の空白への対応:「自由」がいけなかったのか?
今回、規制の空白があったわけです。法令が予定していない金融サービスや取引というも
のが行われる。あるいは、それは既に当たり前のものとして行われているけれども、それは
自由にやってよいということで、規制がかかっていないという場面がたくさんあった。そし
て、その一つ一つの場面で、大きなリスクが野放しにされ、管理されず、結局制御不能の状
況になってしまった。この規制の空白をまず埋めなければいけないのです。
規制の空白があるというのは、裏返せば、自由度が高いということになるわけです。今回
の危機が起こったときに、市場をあまりに自由にし過ぎた、金融機関に好き勝手をやらせる
ような、そういう規制緩和がいけなかったという議論が出てきています。これは本当にそう
なのかということをまず冷静に考え直してみる必要があると私は思います。金融技術、ある
いは金融取引、こういったものについては、さまざまな手法がどんどん発展を続けているわ
けです。古い時代のように、お金の貸し借り、あるいは株の発行と売り買いといったような
単純な資金仲介、資本資金調達の手法では、もう既に現代の金融あるいは経済を論ずること
はできないわけです。プロでも十分その内容を理解できないような進んだ金融技術がどんど
ん開発され、それがマーケットにどんどん投入されていきます。それによって金融というも
のは効率を増し、その機能を十全に発揮するようになる。つまり、裏返すと、そういった機
能を有効に使うことができれば、実体経済のほうに大きな付加価値が効率的に発生してくる
という状況ができているわけです。
ここで、この自由を制限するということをした場合に何が起こるかというと、当然ですが、
そのトレードオフとして、金融の効率が落ちる。つまり、金融が持つ価値創造機能、実体経
済に付加価値を発生させていく、その機能が減退することになります。
要するに、こうした悲劇が起こったときに、一気に、そもそも自由がいけないのだという
議論にまで振り子を振り切りますと、副作用が非常に大きい規制強化議論になってしまいま
す。本当にいけなかったのは何なのかというのを冷静に考えてみる必要があります。本当に
自由を与えたのがいけなかったのであれば、実体経済の付加価値が効率的に創造されるとい
う金融の本来の機能を制約してでも、それは縛り上げなければいけない。でも、そうではな
かったのではないか。先ほど一つ一つの項目についてお話したのは、いずれもすぐれた技術
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です。しかし、それだけに鋭利な刃物であったり、あるいは強力な原子力であるように、コ
ントロールに失敗すると、大きな被害をもたらすことがある。つまり、高度な技術であるが
ゆえに高度なリスク管理が必要だということを申し上げたくて規律が働いていないというこ
とをお話しました。
●リスク管理の確保:リスクをとらせないVS.とったリスクの管理
リスク管理というのは、状況によってどのような管理をすればいいかということが千差万
別であるという特質があります。法律で一律に決められるような話ではない。法律に書くな
らば、きちんとリスク管理をしなさいと書くしかないです。それは、適合性の原則のケース
やあるいは利益相反の管理のケースと全く同じです。その金融機関の持っているリスクプロ
ファイルによって、あるいは置かれた環境によって、行うべき管理というのは千差万別なわ
けです。
では、その千差万別の管理がきちんとできなかったからといって、そもそもリスクをとる
ということを制限するというのは正しい方向なのだろうかということです。先ほど1の(6)
銀行のバックアップライン供与のところで申し上げましたが、商業銀行には巻き込まれたと
ころと巻き込まれていなかったところがあるわけです。巻き込まれていなかったところは、
銀行としてきちんとリスクをとる仕事をしていなかったのかというと、そんなことはない。
そういう銀行だってそれなりの損失は被っています。自分でこうした証券を運用したり、あ
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るいは、それなりのバックアップライン供与を行ったりして、損害は被っている。しかし、
リスクが顕在化したときの損害の大きさというものを賢明にも予めきちんとはかって、それ
によって証券化商品への投資額とか、あるいは証券化商品への投資を本業としている金融機
関へのバックアップラインの供与の規模や、条件などを工夫してあったのです。そういうと
ころは巻き込まれずに済んでいる。日本の金融機関はそうです。保守的過ぎると言われれば
そうかもしれませんが、バーゼル2の導入を踏まえて、証券化商品というものへの投資のリ
スクウエイトが変わっていく。そのことをきちんと認識した上で、非常に保守的な運用をし
ていたのです。リスクをとるゆとりがなかったから買わなかっただけだと言われればそうか
もしれませんが、いずれにせよ、そこをきちんと見ているわけです。見ていなかったところ、
あるいは、見ていたけれども、見誤ったところが巻き込まれた。
つまり、リスクをとったのが悪かったのではなくて、とったリスクの管理がきちんとでき
ていなかった、そこのところに問題があったわけです。言いたいことは、リスク管理という
のは、今回のまさにポイントであって、このリスク管理が可能になるような各取引なり各商
品の透明性の確保に問題があった。透明性のない商品や取引をあたかもすべてを知っている
かのごとく安易に取引をし、そしてリスク管理をしなかった。ここに問題があるのです。
このことを今後規制を機能させるときには、皆さん冷静に思い起こす必要があると思いま
す。リスクをとったのがいけなかったのではない。とったリスクの管理ができていなかった。
これがいけない。あるいはどんなリスクをとったのかが十分認識できていなかった。そこに
問題がある。要するにリスク管理の欠如です。この部分を新しい規制でどう確保していくか
ということこそが議論されなければいけない。
そうすると、リスクをとらせないという、こういう自由を制約する規制というのは本当は
できるだけ避けたほうがいい。リスクはとってください。リスクをとるのが金融機関です。
そうしないと実体経済への付加価値の付与ができない。ただ、とったリスクはきちんと管理
してください。どんなリスクをとったのか。そのことは経営陣がきちんと認識し、管理する。
つまり、リスクの総量をこれ以下に抑える、あるいはより大きな資本付加を用意する。さま
ざまなこうした管理をしていただく必要がある。そちらが確保できるような規制の強化。規
制の空白を埋めるというときには、そういうやり方でこの空白をどう埋めていくかという議
論をしていくのではないのかというのが私の考えであります。
●自己規律の発揮:ディスクロージャとプリンシプルベースの監督
(2)規制強化の手法の話の最後に、自己規律の発揮があります。ごく当たり前のことで
すが、法令による規制というのはどうしても一律の規制になります。ケース・バイ・ケース
という規制のかけ方というのは法律では不可能です。不可能ですし、ケース・バイ・ケース
というと、法律をつくる人たちが想定できないようなケースが次々と発生します。金融市場
というのはそういう自由が認められているから発展をするわけです。言葉をかえれば、金融
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市場というのは、どんな規制をかけてみたところで、しょせん規制の空白は発生し続けます。
ある規制がかかれば、必ずその規制のかからないやり方、かからない商品はどういうものか
ということを工夫していく。世界中でノーベル賞をとってもおかしくないような頭のいい人
たちが集中的に金融業に携わっているわけですから、どんどん工夫は進んでいくわけです。
どんなに規制をかけても、その規制の空白をつくっていくという工夫がなされています。ま
たそのことが金融のイノベーションをもたらし、そのイノベーションが実体経済の価値の向
上というものに寄与していくわけです。
ですから、これを殺してしまうような規制をするということは適切でないし、実際問題と
して可能でもないということです。当局がすべてを予想し、想定して、ケース・バイ・ケー
スで万全の規制を課していくということは不可能ですし、それを無理にやろうとすれば、非
常に副作用の大きい一律規制を入れざるを得なくなるということになります。
従って、ポイントになるのは、法令で義務づけや禁止がない、あるいは法令が想定してい
ないような取引が始まるときに、その取引に携わる方たちがプロとしての当然の自己規律を
発揮してもらう。その自己規律の発揮によって、ケースによって、やってはいけないときは
やらないし、同じ商品でも、取引して構わないケースでは当然取引をする。取引をした以上
は、そのとったリスクにどういう管理が必要かを常に意識しておく。こういうことは法律で
は一々書けないし、書けば必ず弊害が大きいわけです。そこで、自己規律が発揮できるよう
な環境という視点から規制を考えるということをぜひ冷静に行うべきである。
その場合のポイントは、ディスクロージャです。当たり前の話ではありますが、要するに、
今回の危機だって、すべて透明性の欠如、どのぐらいのリスクがあるのかをだれもはかれて
いない、そういうようなところから起こっている。あるいは、移転・分散したリスクがどこ
にいってしまったのかがわからないといった透明性の欠如なのです。この透明性の確保とい
うことにまずポイントに置くことです。格付機関の格付の手続にしてもしかりです。だれも
見てないから好き勝手やっていいかというと、そうではない。ディスクローズしなさい、み
んな見るからというやり方をとるということが大事になってきます。
ディスクロージャを徹底させることによって、何が起こっているかということをマーケッ
トの参加者も監督当局も見えやすい形にする。そのことによって、当然マーケットの規律が
働き得るし、また当局者もそれに対応した措置がとりやすくなる。同時に行為をする市場参
加者自身も、みずからの行動がしかるべき範囲でディスクローズされるということから、当
然そこに常識を働かさざるを得なくなる。常識外れの行動は必ずマーケットや当局からしっ
ぺ返しをくらうということである。となれば、動機の良し悪しはともかく、儲かれば何をや
ってもいいというようなことはしないにこしたことはないという雰囲気が醸成されていく。
これが大事であろうと思います。
そして、こうした常識にもとづく取引が行われているかどうかを監督当局がどう見るのか、
どうチェックするのか。これがこれまでのルールベースで禁止されていることをしていない
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か、義務づけられていることを怠っていないかというようなことだけをチェックするのでは
なくて、それに加えて、そうした法令による具体的な規制がかかっていない分野において、
ディスクローズされた情報をもとに、必要な追加情報も徴求しながら、常識外れのことが行
われていないか、リスク管理という観点から見て、管理不能のリスクをとったりしていない
かを見ていく。それは法令違反の問題ではないです。適切か不適切かを原理原則から判定す
る、プリンシプルベースの監督です。常識が働いているかどうか、原理原則にもとづく経営
が行われているかどうかチェックをしていくというやり方を入れていく必要があるように思
います。
ですから、現在アメリカでまとまり始めている規制案の中でも、もっともなものがこうい
う意味ではいっぱい入っております。例えば証券化のプロセスにおいては、これはSEC規則
の公開草案だったと思いますが、証券化したリスクをすべて売り払ってはいけないというこ
とです。オリジネーターが一定部分を持っていないといけない。これだけで全然透明性は違
ってきます。あるいは、格付機関に対する登録義務やさまざまなディスクロージャ義務、た
とえば格付の手法、あるいは手続などについて必要な範囲でのディスクロージャを要求して
いくというようなこと。あるいは、デリバティブについて、統一清算機関 を通すことによ
って、カウンターパーティーリスクが行方不明にならないように管理し、もちろん全体の取
引規模も把握しやすくする。さらにハイレバレッジ経営についても、しかるべき規模の、か
つ影響力の大きな金融機関については、FRBが統一的にこれを監督するような措置をとって
いく。こうしたさまざまな規制が入ってきています。
ただ、少し疑問なのは、リスクをとらせないという規制も同時に入れようとしている部分
です。いわゆるボルカー・ルール、あるいはリンカーン条項と言われるようなものです。ハイ
リスクの取引について銀行本体でできなくするというような方向性の規定も入ってきていま
す。この部分については、随分と妥協が成立しつつあるようではあります。こうしたリスクを
とらせないという形での規制は弊害、副作用ばかり大きくて、危機再発防止の効果はそんな
に大きくないと私は思っていますので、このあたりは冷静な議論が必要だろうと思います。
バーゼル3の議論も同じです。もっともな議論がたくさんありますが、行き過ぎがないか
どうかです。規制強化による金融機能の低下を通じた、実体経済への影響です。平たく言え
ば、貸し渋り、貸しはがしを誘発しないかといったような視点からも分析をしながら、本当
に金融の安定ということのために不可欠な規制強化なのかどうかを冷静に見ていく必要があ
るように思います。
3.危機後の金融環境
(1)とりあえず一段落の金融システム不安
さて、こうした状況を経て、アメリカにおいては個々の措置により、公的資本投入も行わ
れた。そしてまた、オバマ政権になってからは、ストレステストが行われて、資本不足につ
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いても各金融機関がこれを補っていくというようなことが行われ、これによって、とりあえ
ず2008年の破滅的な金融危機といったような、金融システム不安は一段落をしているという
のが現状であろうかと思います。
日本の場合には、先ほどもちょっと触れましたが、こうしたリスク性の商品に対する日本
の金融機関のエクスポージャーはそんなに大きなものではなかったということから、この金
融危機が日本において金融システム不安をもたらすというようなことはなかったという状況
になっております。
(2)金融システム不安とは無縁だった日本/実体経済の悪化と金融仲介機能
ただ、日本の場合、非常にきついのは、実体経済の悪化が大きいということです。金融シ
ステム自体は揺らがなかったわけですが、実体経済のほうは世界的なバブルに乗って急速に
成長していました。バブルによる成長をしておりましたから、これが一気に逆落としで急降
下をしてくるということで、金融システムへの影響が小さかったのに反比例するように、実
体経済のほうでの影響は極めて大きかった。このことが現在の日本の状況を見ますと、金融
機能、金融仲介機能というものが働きにくい状況をつくり出していると言えると思います。
急速な実体経済の悪化によって、金融機関はみずからの資産の健全性ということに対して
おのずと非常に保守的な考え方をせざるを得なくなります。また、新たなリスクをとるとい
うことについても、厳格にこれに対応せざるを得なくなるということになります。また、当
然実体経済の側も、あまりの急降下ですから、新しい資金需要というものも発生しにくいと
いう状況になってくる。こうして、金融仲介機能の低下と実体経済の不調ということが連鎖
をしていくということです。低調な日本の経済というものが長期にわたって続くのではない
かという不安が今あるということだろうと思います。
こういう現象というのは、前の金融危機の後もありました。やっと公的資本を投入して金
融機関の安定を取り戻したと思ったときには、実体経済がデフレになってしまっていて、今
度はリスクをとろうにも、銀行は危なくてリスクがとれない。あるいは既にとったリスクが
どんどん顕在化するおそれがある。こうしたことから、いわゆる貸し渋り、貸しはがしとい
うのが大きな問題になったという時期がありました。同じようなことが現在日本でも、ある
いはアメリカでも起こっている状況であろうと思います。
この状況を解決するには相当な時間がかかります。日本の場合には、その後アメリカのバ
ブルに乗って急速に経済が回復したので、いわば神風が吹いてこうした状況が払拭され、デ
フレからも脱却したわけですが、今回神風は吹かない。世界のどこも調子が悪いし、やっと
引っ張ってくれている新興国も、それは綱渡りの財政運営、あるいは金融政策運営をしなが
ら成長を維持しているということです。従って、神風は吹かないこの状況というのは、相当
に政治的にも決断を要するようなさまざまな政策の組み合わせによって、少し時間をかけて
脱却のための方策を探るということにしかならないのではないかと思います。
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(3)新たな不安要因:ソブリン・リスク、欧州金融機関の不良債権問題
新たな不安要因というのがその後出てきます。ソブリン・リスクです。今回の金融危機に
よるリスクの顕在化を、民間の金融機関や民間経済は到底負い切れないという状態になり、
公的資本投入が行われたり、中央銀行の流動性供給が行われたり、さらには経済対策として
の財政的な措置がとられるというようなことが行われた。
つまり、民間で背負い切れなくなったリスクを、それにかわって中央銀行、あるいは国家
財政というソブリンが背負うということになってきたのが現在の状況です。顕在化したリス
クというのは、解消してはいないのです。リスクは厳然として存在し続けているわけですが、
その担い手が民間経済からソブリンに移ったというのが現在の状況であろうと思います。そ
して、そのソブリンの中で、構造的な矛盾を抱え、かつ体質的に非常に弱い状況にあったギ
リシャという国にソブリン・リスクが顕在化したということになります。リスクは消えてい
ないわけですから、これは、他に伝播していく素地があります。担い手が背負い切れないと
いう状況にならないようにコントロールができるかどうか、これがこれからのポイントにな
ります。この中で、ヨーロッパの金融機関が不良債権あるいは不良資産をどんどん増やして
いるのではないかということに対する疑念がまた出てきているのです。
(4)想起される住専問題、パリバ・ショック
こういう状況を見ますと、住専問題、パリバ・ショック等が想起されます。パリバ・ショ
ック、あるいは住専問題、いずれもそれ自体は破滅的な金融危機ではなかったのですが、金
融危機が起こるぞという予兆だったことは後から見ると明らかです。どちらも短期金融市場
に疑心暗鬼が充満をして、金融機関同士の資金融通が非常にやりにくくなるという状況にな
り、疑心暗鬼がどんどん広がっていくという状況です。金利で見れば、短期金融市場の金利
がスーっと上がってなかなか下がらない。あるいは特定の金融機関に対する金利がボンと上
がるというようなことが起こっている。非常に危険な状態になっている。これが現在のヨー
ロッパの状況であろうと思います。
日本もアメリカも、本来その段階でやっておくべきことをしなかったために、金融危機を
招いてしまったわけです。やっておくべきことは何かというと、本当に腐っている銀行なり
金融機関はあるのか。金融機関は安全なのか。市場を覆っている疑心暗鬼には根拠があるの
かどうか。これを当局がきちんと一定の基準で調べて解明をして、そしてその疑心暗鬼を除
去するためにもし必要であれば、国民の、納税者のお金を使って資本増強するなり何なり、
そこまで手を打つということです。つまり、中国製の冷凍ギョーザ事件です。どれに毒が入
っているかわからないのでみんな買えないという状態を払拭してあげる。毒入りと毒入りで
ないものをちゃんと区別してあげる。これが必要なわけです。
日本もアメリカも、住専問題の段階、あるいはパリバ・ショックが起こった後の段階で、
本来これをやっていれば少しは景色が違ったのでしょうが、やらなかったわけです。結果と
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
91
して、その後、本格的な金融危機を招来してしまったわけです。そうなってから初めて実態
を調査し、必要な資本投入を行いということを、日本もアメリカも行って、それでやっとと
りあえず一段落というところに持ってきたということですが、もう2回も失敗したのを目の
当たりにしているわけですから、ヨーロッパの当局、あるいはヨーロッパの合議体であるE
U、こういった場では、この機会にきちんとしたストレステスト、実態把握を行って、どう
いう手法でストレステストをやったのか、結果はどうだったのか、従って、やるべきことが
あるなら、それをいつまでにどうやってやるのか、これを今の段階で発表する必要があるわ
けです。これをためらってはいけないと思います。一部報道によりますと、そういう方向に
向かってヨーロッパ当局が動いているということですから、これはぜひやっていただきたい。
それがないと、また新しい不安が世界中を覆うことになると思います。
4.経済環境変化に対応した金融機能:融資支援、事業支援、経営支援
この後、池尾先生からお話があると思いますが、経済環境自体が今回非常に大きく変わっ
たわけです。何かじっと我慢していればまた良い時代に戻るという、そういう性格の話では
ない。バブルによって急成長した経済が今度は急激な収縮をしているということなのですが、
これをとにかく急激な収縮で底が抜けてしまわないように、恐慌にならないように各国当局
は一生懸命頑張ったというのが現状です。
日本経済にしても、現在の非常につらい経済環境というのは、実は計数的に見てみると、
例えば平成13年、14年ごろのことを思い出して、あのころ大変だったよねと思う、その大変
だったよねというのと今とどのくらい違うかというと、そんなに違わないはずです。つまり、
もとに戻っただけなのです。もとに戻っただけというのは、これまで何年かの経済環境のも
とで当たり前のように行われていた経済活動がむしろ異常だったのだと、環境は変わったと
いうことです。もう異常な時代は戻ってこないのです。従って、環境が変わったということ
に対応した企業経営とか金融機関経営が必要になるということであろうと思います。
金融機能を、特に資金仲介ということでいいますと、私は融資支援、事業支援、経営支援
と大きく3つに分割して整理をしています。木でいえば、融資支援というのは、木になる実、
果実のようなもの。これをできるだけたくさんおいしくならせる。そのためには融資支援と
いうことで、どんどんお金を貸してあげて、あるいは新しい金融商品を提供してあげて、お
金が回るようにしてあげる。そうすれば、それだけ利益も上がる、こういう支援が融資支援
です。
事業支援というのは、単に量としてのお金を貸すのではなくて、幹の部分です。どんな実
がなるかではなくて、いい実がつくような強い幹が育つように、そういうところについての
支援をしていくというのが事業支援であろうと思います。事業計画とか、あるいは事業戦略
とか、こういったようなことに資するような提案をしていく。例えばビジネスマッチングの
提案とかもここに入るでしょう。
92
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
経営支援と申しますのは、木でいえば地面の下、根っこの部分に対する支援ということに
なると思います。強い幹を育て、太い幹を育て、そしておいしい果実をならせるような、そ
の基本になる根の部分。この部分について金融機関が先進的な情報や知識を持って、顧客を
サポートしていくというのが経営支援だと思います。例えば顧客の持っている知的財産権は
どんなものがあるのか、それをどう使えるのか。あるいは顧客のブランド価値、こういった
ものの活用です。さらには、業務のプロセスや、従業員の資質、こういったものについて何
かサポートできることはないのか。こういったような企業がそもそも企業風土として持つ地
力、地中から栄養を吸い上げて、みずからを育て、そしてよい果実をならせていく、その基
本になる部分、この部分についての支援をしていくということ。
この3つが大きなポイントになってくると思いますが、特に経済の環境が悪いときという
のは、この経営支援の部分は特別に大切になると思います。そこでよい実をならそうとして
無理な融資支援などを行っても、それはしょせん無駄な融資になるということは考えられま
す。ですから、事業支援、経営戦略のようなところを、もう環境が変わったのだから、少し
戦略を練り直してみようじゃないか、昔と同じ商売を同じようにやっていてもだめですよ、
というところに金融機関がその知見を十分に持っていき、そして、そうした事業戦略を実行
していくために必要となる根っこ、どういう人材が必要なのか、どんなコンピューターシス
テムが要るのか、あるいは今持っている技術を今までとは違うこういう使い方をする必要は
ないのか、業務のプロセスを抜本的に見直さないと新しい経営には対応できないとすれば、
どうすればいいのか。こうしたような根っこの根本の部分について、金融機関がその情報力
と知識を持って支援をしていく。非常に見えにくい、あいまいな、定量化しにくい、こうし
た部分をできるだけアドバイスをすることによって目に見える形に転換して、そっちではな
くてこっちへというようなアドバイスをしていくというのがこれからの金融機関においては
非常に重要になる。特にこの環境のもとではこれが必要であると思います。首をすくめて我
慢をしていればそのうち何とかなるという時代ではないということを、金融機関側も、事業
者側も念頭に置く必要があるように思います。
以上で私の話は終わらせていただきます。
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
93
第5回ARESマスターコンベンションプログラム 第Ⅱ部基調講演
講演Ⅱ
「わが国経済の成長と
金融システムのあり方」
2010年6月30日講演
慶應義塾大学経済学部 教授
池尾 和人
構成としては3つの部分に分けてお話をしたいと思います。最初に今回の金融・経済危機
を振り返ります。ここは先ほど五味理事長が詳しくお話しされましたので、簡単に済ませた
いと思います。その後、経済成長を促進する上での課題は何かという話をし、最後に、それ
と関連した形で、金融システムのあり方についてという流れでお話しさせていただきたいと
思います。
1.今般の金融経済危機の構図
(1)米国における金融ビジネスの拡大
1997年アジア金融危機、1998年ロシア危機以降、世界的に経常収支の不均衡、グローバ
ルインバランスという呼び方をしていますが、それが急拡大します。その一番基本的な背景
には、アジア金融危機以前は、東アジア諸国は外資に頼った形の経済発展路線をとっていた
のですが、アジア金融危機以後は、そうした外資依存の路線をやめて、経常収支黒字を出す
ようになり、世界的に見て、ほとんどアメリカだけが経常収支の赤字を出して、それ以外の
国は黒字を出すというふうな極端な不均衡が2000年以降拡大したということがあったと思い
ます。
経常収支の不均衡が拡大するためにはといいますか、経常収支の不均衡があれば、その裏
側ではそれを埋める形で国際的な資本移動が必要になるわけです。今回経常収支の黒字を出
している国々というのは、我が国なんかも筆頭ですが、黒字分は海外で定義的に資金運用せ
ざるを得ないわけです。その際に、求めている運用ニーズとしては、一部の産油国等の資金
は別にして、比較的安全な資産に対するものだったというのがポイントになると思います。
したがって、経常収支の不均衡が拡大するとともに、世界的に安全資産に対する需要が増
大するという動きが生じたということです。そうしたときに、相対的な安全な資産に対する
94
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
需要の拡大に対応して、世界中の投資家が欲しがっている安全資産を供給する能力を持って
いたのがアメリカの金融システムだけだったということが、もう1つのポイントだと思いま
す。すなわち、経常収支の赤字国である米国の金融システムが、唯一経常収支黒字国が欲し
ているようなタイプの資産を供給する能力を持っていたということで、黒字国から赤字国へ
の資金還流が極めて円滑に進んでしまったのです。
もし、アメリカがそうした相対的に安全な金融資産を供給する能力においてもっと乏しか
ったら、ここまで経常収支の不均衡が拡大することは多分なかったと思います。経常収支の
赤字を出そうと思っても、それはファイナンスがつかない限り出せないわけですから、そう
いうファイナンスが極めて円滑についたということで、これだけの規模まで拡大を遂げたと
いうのが実情だと思います。
そういうプロセスの中で、アメリカの金融サービス産業というのは、そうした事態を絶好
のビジネスチャンスだととらえて、積極的に対応していくわけですが、その際に世界中の投
資家が欲しがっている相対的に安全な資産、格付で言えばトリプルAの資産を供給するため
に、原材料としてサブプライムローンを用いた。原材料としてサブプライムローンを用いて、
証券化の手法を使って、安全な資産をつくり出していったということです。
その辺のプロセスに関しては、この会場に来られている方々に今さらご説明するのは釈迦
に説法ですので省略させていただきますが、サブプライムローンを原料として安全資産を切
り出していったということで、そうした米国金融サービス産業の活動が住宅バブルを加速化
させ、結果としてアメリカの家計部門にキャピタルゲインをもたらして、過剰消費を可能に
し、アメリカは経常収支の赤字を出す。しかし、黒字国にたまった資金は、安全資産を求め
て、またアメリカに戻ってくる。アメリカに戻ってきた資金は、住宅関連のところに事実上
流れていくという、後知恵的に見ると、そういう非常にきれいなサイクルができ上がってい
たがゆえに、何度も申し上げますが、経常収支の不均衡の極めて大幅な拡大が5、6年続いて
いったということだと思います。
その最終的な結果として、相対的に安全な金融資産の供給能力がアメリカの金融システム
にはあるといいましたが、あるといっても限度があるわけですから、その能力を超えるほど
の規模に至って崩壊をしたというか、危機を迎えたというのが、今回の金融危機を非常に大
ざっぱにとらえたときの構図ではなかったかと思っています。
(2)日本における輸出産業の活況
経常収支不均衡の急拡大が日本に与えた影響というのは、特に我が国の輸出産業にとっ
て、2つの意味で、非常に追い風になったわけです。先ほど五味理事長は神風が吹いたとま
でおっしゃっていましたが、非常に追い風になったわけです。1つは、アメリカといいます
か、北米市場が直接的な意味で需要を提供してくれたということで、当然輸出産業にマーケ
ットを提供してくれたという意味で追い風になったわけですが、それだけにとどまらず、ア
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
95
メリカの経常収支の赤字を埋めるための国際的な資本移動が、結果として為替レートに非常
に大きな影響を及ぼしました。
現在だと1ドル90円を切るような水準にありますが、2002年から2007年の時期を考えます
と、1ドル110円とか120円という為替レートになっていました。そういう水準の為替レート
をもたらしたのは、日本からアメリカに資本が出ていったからです。日本からアメリカに資
本が出ていく際には、円のまま出ていけませんから、いったん円を売って、ドルを買うとい
うプロセスを経て出ていくので、円が売られ、ドルが買われるということで、円安・ドル高
という為替レートの変化をもたらすわけです。そういう形で過度の円安がもたらされたとい
う意味においても、追い風になったのです。
直接的にマーケットを提供してくれたことに加えて、為替レートが円安に振れたという、
そういう二重の意味で、日本の輸出型製造業が非常に活況を呈するようになって、そのこと
に引っ張られて日本経済全体が回復することになったというのが、2002年からリーマンショ
ックを迎える前ぐらいまでの5年間ばかりの出来事だったと思います。
(3)不均衡の巻き戻し
それがリーマンショッ
図1 問題は、基礎的実力の低下
ク以後、5年ぐらいかけ
て積み上げていった不均
米国の過剰消費による上ぶれ
衡を 急激に 半年ぐ ら い
の間で巻き戻すという形
基礎的実力(潜在成長能力)
になったために、表現は
適切ではないかもしれま
505( ’02)
291
せんが、2008年の第4四
半期から2009年の第1四
571( ’08I) 521( ’09I)533( ’09IV) 実質GDP
313
301
308
実質家計消費
リーマン・ショック
現実の経済の動き
半期にかけて、この半年
間でよくもこれだけ見事
に生産規模を縮小したものだと感銘を受けるぐらい、生産の縮小が起こったということです。
しかしながら、そういう縮小を通じて、レベル的にいうと、2002年の水準ぐらいまで戻っ
て、底打ちをして、そこから、成長率という意味では再びプラスになって、回復を遂げてい
る。2期間続けて、成長率がプラスであれば、拡張局面に入っているという話になりますか
ら、今は拡張局面で、好景気の状態にあるという話になるわけです。ただ、率でプラスにな
ったといっても、レベル感でいうと、まだピーク時の9割ぐらいなので、景気がいいという
感覚はないと思います。
今の足元の状態をどういうふうに理解するかということで、理解の仕方は2通りあり得る
と思います。今の状況というのは、日本の実力からすると、それを下回った状態にあるとい
96
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
う理解の仕方が1つ論理的にはあり得ると思います。それからもう1つあり得る理解の仕方
は、今がむしろ実力相当であって、2002年から2007年の時期が逆に上振れしていたという見
方です。
今がノーマルで、2002年から2007年ぐらいが上振れしていたと見るのか、2007年の状況
がノーマルで、今は下振れしていると見るのかという、同じ現象に対しても、解釈としては
全く正反対の解釈があり得ると思います。私自身は、決して喜ばしいことだとは思っていま
せんし、極めて残念なことだと思っていますが、むしろ今が日本の実力相当の状態ではない
かと考えています。もちろん現状の社会経済構造、今の社会の仕組みとか経済システムのあ
り方を所与とする限りですが、現状がむしろ日本経済の実力相当水準である。米国の過剰消
費のような僥倖といいますか、五味理事長の表現だと、神風が吹けば、それは話は別ですが、
神風がいつも吹くというのを前提にして考えるのは適切ではないわけですから、そうしたも
のは期待できないと考えると、実は、今が実力相当のレベルではないかと思います。
最近ニューノーマルという言葉がはやったりしていますが、すなわち金融危機、経済危機
が終焉して正常化に向かっているといっても、今回の金融危機が収束した後の正常化という
のは決して金融危機以前の状態にそのまま戻るという意味での正常化ではなく、正常な状態
自身が金融危機の前と後では定義が違ってくるという、そういう意味で、新しい正常化、ニ
ューノーマルということが言われています。そういう表現でいうと、神風が吹かないのがニ
ューノーマルな状態で、そうであれば、今の社会経済構造を前提にする限り、こんなものだ
という話に残念ながらなってしまうというのが、最初の部分で申し上げたいことです。
2.憂鬱な低成長の時代を回避するために
次の「憂鬱な低成長の時代を回避するために」という話に進ませていただきますが、私は
「質素で退屈で憂鬱な低成長」というような言い方をしていて、低成長が続く限り、我々は
質素に暮らさざるを得ないわけです。質素に暮らすのはまだいいかもしれない。地球環境に
も多分やさしいでしょうから。質素に暮らすのはいいのですが、多分低成長の時代というの
は同時に退屈な時代でもあると思います。経済活動において何かおもしろいことがたくさん
あるとか、わくわくするようなことがあるということであれば、成長していないはずがない。
低成長であるということは、少なくとも経済活動の面においてはおもしろいことはないとい
う、そういう意味で退屈な時代だと思います。
別に経済活動の面でおもしろいことがなくても、精神的に豊かに生きていけるのだとおっ
しゃる方もいるかもしれません。質素に、しかしながら精神的に豊かに充実して生きていけ
ばいいという考え方もあり得ないことはないと思います。低成長について、今申し上げたよ
うなとらえ方をするというのもあり得ないことではないと思いますが、ただ我々が抱えてい
るいろんな実際上の問題を考えると、低成長だとそうした問題の解決の見通しがつかないと
いう意味で、どうしても憂鬱にはならざるを得ないということは覚悟しておかなければなら
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
97
ないだろうと思っています。
我々が抱えているいろいろな問題というのは、言うまでもなく、日本の人口動態を考えま
すと、ますます高齢化が進んでいって、活動人口といいますか、働いている世代で支えなけ
ればいけない高齢者や、若年層の重さというのがどんどん増していくわけですし、そうした
中で、既に財政赤字なんかに関しても、累積額で見れば、全世界で突出して大きいような額
を抱えたりしているわけです。そういう経済問題を何とか乗り越えていこう、克服していこ
うということになると、やはり最低限それなりの経済成長というのは確保しないとやってい
けないということです。もしそれに失敗すると、我々は憂鬱な時代に耐えていかなければい
けないということになるのではないかということです。
(1)需要不足か、過剰能力か
先ほど申し上げた、現状を下振れと見るか、ノーマルと見るかということの繰り返しにな
りますが、日本経済の実力みたいなものはもっとあると考えられている方というのは依然と
して少なくないと思います。現状が実力相当だという話をしますと、例えば需給ギャップが
30兆円ぐらい存在しているではないかという反論が当然返ってくるわけです。要するに、日
本には失業している労働者もいる、それから日本のすべての工場がフル稼働しているわけで
もない、遊休している設備も実際あるわけです。だから、職がなくて失業している人を雇っ
て、遊休している工場をすべて稼働させれば、あと30兆円分ぐらい財を生産する能力が日本
経済にあるというのは、それはそのとおりです。
そうすると、30兆円分あるのであれば、それを生かしていくだけで、日本のGDPをざっ
くりと500兆円だとすると、500兆円に対して30兆円だったら、6%ですから、3年間かけてそ
れを活用していっただけでも、年率2%の成長がそれで確保できるはずなので、別に新しい
ことをやらなくたって、遊んでいる設備や、失業している人たちを雇用すれば、それで成長
できるはずだという議論をされる方もいます。
しかし、その種の議論は、供給構造と需要構造のマッチングという話を全く無視している
と思います。確かに日本に稼働してない工場設備はあります。稼働してない工場設備を稼働
させれば物がつくれるというのはそのとおりです。では、例えば自動車産業において稼働し
ていない設備というのはどういうものかというと、例えば北米市場向けの高機能でかつ高価
格の、簡単に言って贅沢な車をつくるような生産ラインというのが今は稼働していないわけ
です。ピーク時、北米の年間の自動車需要というのは1,600万台から1,700万台ぐらいあった
のが、1,000万台を切るような水準に低迷していますから、それに対応して、北米市場向け
の高機能車をつくっていたような生産ラインというのは、フル稼働などしていないわけです。
だからといって、そういうラインをフル稼働して、贅沢な車をどんどんつくったとしても、
それはだれが買うのかという話です。
北米市場の需要が減少した分、例えばアジアのボリュームゾーンの需要を取り込むという
98
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
話が一方で盛んにされていますが、北米市場向けの贅沢な車をアジアに持っていったって、
ほとんど売れないわけです。買えるような人はごくごく一握りしかいないわけで、アジアの
ボリュームゾーンが買える車というのは、もっと機能を限定するかわりに、価格を抑え込ん
だような、そういうものでないと売れないのです。
だから、需要構造とのマッチングというのを考えたときに、物理的には使える設備であっ
ても、経済的には過剰設備になっている部分だといえます。そのため、稼働させればもっと
生産できるという話をしても、正しくなくて、需要構造により適合的な供給構造に組みかえ
ていくことによって、遊んでいる設備は償却するしかないわけです。仕事がなくて失業して
いる人たちに対して新たな雇用を生み出していく必要があるといっても、今あるままの設備
を使ってとか、今の職場で職をつくってということではなかなかできず、潜在的な需要構造
により適合的な供給構造にしていく中で、新たな需要とか、新たな雇用を創出していくとい
う方向を志向することが必要です。そうしたことに成功すれば、今はへたっている日本経済
の実力そのものを引き上げていくことも可能になってくるのではないかと思います。
(2)安心健康長寿社会の構築、低炭素社会の構築
潜在的な需要構造に対応した体制をつくっていくということでいうと、これは別に私が言
わなくても、だれだって大体どういうところがポイントになるかというのはわかっている。
例えば、今月閣議決定された新成長戦略の中では7つの戦略分野というものが挙げられてい
るわけですが、7つの戦略分野のうちの1番目と2番目に、それぞれグリーンイノベーション
というのとライフイノベーションというのを挙げています。これは、低炭素社会をつくって
いくというのがグリーンイノベーションという話で、それから、安心健康長寿社会を構築す
るというのがライフイノベーションという話です。このあたりに潜在的なニーズないし需要
があるということは、みんなわかっているわけです。
そういう需要にこたえていくような供給構造をつくることによって、新たな需要や新たな
雇用の創出を図っていくというのが真の問題解決の道だということです。これは政府の新成
長戦略にある、課題解決型の国家戦略、ソリューションビジネスという言い方がありますが、
ソリューション型の成長戦略ということで掲げているのです。それを第3の道と呼んだりし
ているわけですが、これまでだれも思いつかなかったのかというと、今申し上げている程度
の当たり前の話をだれも思いつかなかったわけがなく、小泉政権のころにも、既にこういう
話は、
「需要創出型の構造改革」という言い方で議論されていた話です。
政権交代して、公共事業に依存するような第1の道は失敗、それから、同じく小泉政権が
推進した供給サイドを重視した構造改革路線というのもだめであったので、第3の道を目指
すという表現になっていますが、もちろん政治的に対抗しているわけだから、小泉政権の言
っていたことについてあまり高く評価するわけにはいず、むしろ客観的に言うと矮小化して
切り捨てているという感じがしますが、表現ぶりは何でもいいわけです。小泉政権のときは、
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
99
需要創出型の構造改革と言っていたのを第3の道と呼ぼうが、課題解決型の国家戦略と呼ぼ
うが、それは何でもいいのです。
呼び方は何でもいいので、それを実行するということが大切なわけですが、それを実行し
ていった場合に問題なのは、日本人のニーズにこたえて、経済厚生を高めるということにつ
ながっていきますが、いかんせん、安心健康長寿社会を構築するということは、医療介護、
健康産業などにもっともっと経済資源を回していくということです。そこで、医療介護、健
康等の産業に関して、現状を見ると、効率化させる余地は非常にたくさん残されているとい
う気がします。だから、医療介護、健康産業の生産性自体を高めていくということももっと
もっと追求すべきだと思うし、そのための規制改革のようなことを思い切ってやっていく必
要があると思います。
ただし、そういうことを非常に頑張ってやったとしても、医療産業の労働生産性が自動車
産業並みに毎年向上していくということはなかなか期待できない。そうすると、潜在的なニ
ーズにはかなうけれども、あまり生産性という意味では期待できないところに経済資源を回
していくということになる。すると、結果的に我々は貧しくなってしまうというリスクが出
てきます。そう簡単に医療介護で経済成長することは、そういう意味ではあり得ないことで
す。そうすると、全体として経済の効率化をもっと図るということがやはり重要だというこ
とです。
ここで申し上げたいことは、日本国内で無駄なことをやっているような余裕は我々にはな
くなっているということです。したがって、日本国内での活動は効率的なものだけしかやっ
てはいけない。それ以外は、高齢化社会とか、環境問題に対応するようなところにどうして
も資源を回さなければいけないから、そういうところに資源は回すけれども、それ以外の部
分では、効率的で得意なことしかやらないということにしないと、経済成長どころではなく
て、貧しくなってしまうという懸念があるということです。
(3)労働生産性の向上が死活的課題
したがって、とにかく大切なことは、労働生産性を高めることだと思います。労働生産性
の向上につながるか、つながらないかが、例えば政府の経済政策を評価するときの第一判断
基準だといっても私は過言じゃないと思っています。労働生産性を高めないことにはやって
はいけないというのが今の日本の現状だということです。
定義的な関係で1+1が2になるというのと同じ、必ず成り立つ関係として、経済成長率と
いうのは労働生産性の上昇率と労働人口の増加率を加えたものになるわけです。
経済成長率=労働生産性上昇率+労働人口増加率
労働人口が増加する率に労働生産性が上がる率を加えたものが経済成長率になるというのは
すぐわかっていただけることだと思いますが、そうしたときに、労働人口増加率という項目
100
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
について、我が国の今後を考えると、趨勢的にはマイナスの数字がそこに入ります。労働生
産性上昇率プラス労働人口増加率の、プラス労働人口増加率のところに実はマイナスの
0.7%か1%ぐらいの数字が入るわけです。そうすると、そこにマイナスの1%を入れて、経済
成長率は、今回の新成長戦略でも目標とされている実質で2%、新成長戦略だと、それにイ
ンフレの部分を加えて、名目で3%となっていますが、実質で2%の経済成長率を実現しよう
と思うと、労働生産性は3%コンスタントに上がっていかなければいけない。そうでなけれ
ば、要するにつじつまが全然合わないわけです。
経済全体で見たときに、平均で3%の労働生産性上昇率というのをこれからずっと実現し
ていかなければならない中で、先ほど申したように、医療や介護の分野にそれなりに資源を
割いていかなければいけない。医療介護の分野について、3%も毎年労働生産性が上がって
いくというのはなかなか期待できません。そうすると、平均で3%の労働生産性改善を実現
しようと思うと、それ以外の産業においては、5%とか6%とかの労働生産性の改善を実現し
ないと、日本経済全体として実質2%成長なんて絶対に不可能です。そういうことから、と
にかく労働生産性の向上が死活的課題だと申し上げているわけです。
経済学の教科書に従いますと、労働生産性の決め手になる要素は何かということについて
は、3つ大まかに指摘できます。労働生産性の向上につながる要素としては、1番目は資本装
備率という言い方をしていますが、1人当たりの機械化の度合いといいますか、1人当たりの
使う資本の量を増やしていくという、資本集約化していくことで労働の能率を上げるという
のは当然あり得るわけです。
それから、2番目の要因が、周知のイノベーションによって労働生産性の改善を図るとい
う話。それから、イノベーションに比べるとあまり一般的には取り上げられることは少ない
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
101
のではないかと思いますが、経済全体での労働生産性ということを考えると、資源配分の見
直し。経済全体としてより能率がいいように全体としての配分を見直すことによって労働生
産性の平均値を上げていくという、この3つぐらいの要因が考えられるわけです。
そういう3つの要因のどれかをやればいいなんていう悠長な状況ではなくて、全部につい
て非常に頑張っていかないと到底今後の日本の経済成長は加速化されることはないだろうと
いうことです。
それぞれのうち、1番目の資本装備率の話は省略しますが、2番目のイノベーションです。
イノベーションというのにも、要するに最先端の新しいやり方を開発するのと(リーディン
グエッジイノベーション)、それから、実際はどこかで実現されているものを取り入れてイ
ンプリメントするような、簡単に言うと模倣に近いものがあるわけです。要するに自国の技
術水準が世界の最先端から立ちおくれているというような状況においては、イノベーション
といっても、自分自身で最先端のイノベーションをやるのではなくて、ほかの国で開発され
たようなものを取り入れて、それをみずからのものにするという、そういうインプリメンテ
ーションをやるほうが効果的であるし、そういうことができるというので、俗に後発性利益
と言っていますが、後から行ったもののほうが先達のいろんな経験を材料として使えるとい
うので、かえってメリットがあるということが言えるわけです。
戦後の日本経済を考えると、後発性利益を享受して経済成長してきたようなところがあっ
たわけですが、80年代以降ぐらいにそういう段階は終わって、日本経済は先進国化している
わけです。先進国化している中では、リーディングエッジイノベーションをやらなければい
けないが、リーディングエッジイノベーションをやるような社会体制に十分なってないとい
うのが、日本経済の実力がへたってきているある意味では一番大きい要因かと思います。
追いつき型で、他国でのいろんな進んだ技術だとか組織運営のやり方だとか、そういうも
のを取り入れてインプリメントする能力は非常に高くて、そうするための体制は整っている
けれども、みずからリーディングエッジイノベーションをやるというところでは、まだまだ
体制が不十分なところがあって、そこが克服していかなければいけない最大の要因だと思い
ます。
それから、3番目の再配分というところでいいますと、先ほどの図1で経済の実力が低下し
てきていると申し上げて、2002年から2007年は上振れだったと申し上げましたが、仮に2002
年から2007年が上振れだったということで、これを除いて考えると、日本経済はこの20年間
低迷しています。要するに、90年代ぐらいから低迷が始まっている。
90年代ぐらいから低迷が始まった理由として、我々はすぐバブルの崩壊を思い浮かべます
が、バブルの崩壊ということ以上にもう少し視野を広げて、国際的な経済環境の変化という
ことを考えると、日本の周りに産業化した国々が多数登場するようになったことが非常に大
きいと思います。端的には、地理的にすぐ隣接している中国が「世界の工場」と言われるぐ
らいに台頭してきたということです。日本の周辺に工業化した国が多数登場してきた環境に
102
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
90年代以降なるわけですが、日本の産業構造を考えますと、周りにそんな産業化した国がな
かったころの産業構造からあまり変わっていない。
要するに、かつては東アジアだと、日本だけが産業化した国で、周りに大して産業化した
国がなかったため、フルセット型と言っていますが、日本はみずからひとそろえの産業を全
部自前でそろえるという産業構造を形成してきたわけです。周りに国際分業するような相手
がいないのですから、太平洋を渡ってアメリカから物を運んでくるコストとかヨーロッパか
ら物を運んでくるコストというのを考えると、ある程度自前でひとそろえ国内に持つという
のがむしろ経済合理的だったということがかつては言えたわけです。周りに産業化した国々
がなかったときには、自前主義は効率的だったわけです。
ところが90年以後、全く環境が変わって、すぐ隣に工業化した、産業化した国がたくさん
あるわけです。そうなると、国際分業をして、国際分業の利益をもっと活用するというとこ
ろに向けて産業構造を変えていったほうがいいのですが、1回でき上がった産業構造を変え
るには、さまざまな意味で痛みが伴うというところがあって、白地から考えたら、韓国とか
中国に譲ったほうがいいような産業分野というのが日本国内にたくさん残されているわけで
す。
でも、白地でなくて、もはや中国とか韓国に譲ったほうがいいような産業分野において、
現実に生身の人間が働いているわけで、そこでノウハウや、いろんな経験が蓄積されている
わけですから、それを全部なかったことにして、新しい産業構造に移るというのはやはりで
きないという面ももちろんあります。そういうことで、新たな国際経済環境に対応しない産
業構造のままでこの20年間過ごしてきているというのが、2番目の実力そのものがへたって
きている理由だと思います。
今申し上げた2点、先進国化したのだから、自前である程度のイノベーションができるよ
うな体制をとらなければいけないし、周りに産業化した国が増えているということを踏まえ
た国際分業に見合う国内産業構造に変えていくという、その2つを、大変なことですが、や
らない限り、日本の経済成長が促進されるということはなかなか期待しにくく、これまでど
おりの社会経済構造のままだと限界がある。図1における、2002年のときから現在までを結
んだ黒い線は、大体年率0.8%ぐらいの経済成長をしていたとしたらというラインになりま
す。要するに、たかだか1%程度の実質経済成長が維持できれば、このままの社会経済シス
テムだと御の字という、残念ながら、そういうことではないかと考えます。
3.価値創造支援型金融の復権が求められている
今申しあげた難しい課題を解決していくためにも、そういう課題は事業会社だけでやれる
課題ではなくて、サポートする役割を果たす金融業の役割も極めて大きいと思います。
私は、勝手に金融ビジネスというのを2つのタイプに分類しています。どういうところに
利益の源泉を見出すかということで、金融ビジネスを2つのタイプに分けられるのではない
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
103
かと思っていて、1つは、流通過程に利益の源泉を求めるようなタイプ、簡単に言うと、
「安
く買って高く売る」ということで、さやを抜くようなタイプの金融ビジネスで、私は勝手に
アービトラージ型と呼んでいます。そういう金融ビジネスは確かにあるし、そういう金融ビ
ジネスに全く意義がないわけではなくて、一定の役割はあるのですが、ただ、金融ビジネス
というのは、安く買って高く売るというものだけが金融ビジネスではありません。
もう1つ、勝手にバリュー・アップ型、価値創造支援型と分類しているのですが、こちら
は、流通過程ではなくて、生産過程に利潤の源泉を求める。もちろん金融業自身が生産をや
るわけではないですが、簡単に言うと、生産活動を担う取引先の企業価値を増大させるよう
なことに間接的にせよ貢献して、取引先の企業の増大した価値の一部をシェアすることによ
って利益を得ようとする、そういうタイプの金融ビジネスというのがあって、それをバリュ
ー・アップ型と言っています。
(1)旧バリュー・アップ型金融の衰退
戦後直後から80年代以前の30年間ぐらいの間は、戦後からの復興、その後、日本は高度
成長期だったわけですが、日本だけじゃなくて、世界的にも高成長の時期が続きましたから、
80年代を迎える前までくらいは、世界的に資金不足というのが基調でした。ですから、お金
が足らなくて困るというのが普通のノーマルな状態だったので、そういう中では、不足しが
ちな資金を何とか集めてきて、それを取引先の企業などに提供すれば、それだけでバリュ
ー・アップになったわけです。
104
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
企業の価値創造のボトルネックが資金制約だったときには、その資金制約を緩和してやれ
ば、企業の価値創造に大いに貢献したことになったわけで、そういう意味のバリュー・アッ
プ型金融を日本の銀行もずっとやってきたわけです。
ところが、1980年代以降は、一転して金余りの経済状況になりました。金余りということ
は、資金制約がボトルネックではもうないことは明らかなわけですから、ボトルネックでな
いものを何とかしてあげても、ほとんど価値創造には貢献したことにならないわけです。そ
ういう感じで、お金を貸すという形の金融ビジネスが衰退して、そのすき間を埋めるような
形でアービトラージ型の金融が拡大して、それで今回の金融危機で、アービトラージ型の金
融も行き詰まったみたいな、そういう段階に今来ているという気がします。
(2)新バリュー・アップ型金融の期待
ですから、このまま金融ビジネスが全体として低迷、縮小していくという可能性も無視で
きないわけですが、先ほど言ったような経済成長へ向けての課題を解決するということに、
金融活動を通じて貢献するような、そういう新しいタイプのバリュー・アップ型金融という
ものの必要性は、口で言うのはやさしいけれども、極めて困難な課題です。
困難だけど、切望されているというところはあって、単に金を貸すだけでは取引先の企業
価値の向上には寄与できないが、今、何が取引先の企業の価値創造におけるボトルネックに
なっているかを見きわめて、そのボトルネックを解消してあげるような、つまり、金という
よりは、知恵のようなものを貸す、そういう形の金融ビジネスは、今後、困難ではあるけれ
ども、切望されているものだと思います。
そういうものがどれぐらい達成していけるかということで、今後の金融ビジネスの将来性
というのが決まってきて、切望されていても困難だからやっぱりできないということであれ
ば、金融ビジネス自体が低迷を続けざるを得ないし、困難だけど、とにかく切望されている
から、実現していくということで行ければ、新しい金融ビジネスの成長ということも期待で
きるということです。
(3)市場型間接金融の意義
そうしたときに、市場型間接金融というのは、引き続き非常に重要で、カギになると私は
考えておりまして、最後にそのことをお話ししたいと思います。冒頭でアメリカの金融シス
テムだけが世界中の投資家が求めている相対的に安全な金融資産を供給する能力を持ってい
たと言いましたが、アメリカの金融システムが相対的に安全な金融資産を供給する能力を持
っていたのは、一言で言って市場型間接金融という形のマーケットを通じる取引と金融機関
を通じる取引を複合的に組み合わせたような、そういう重層的な構造を構築していたからで、
だからこそ相対的に安全な金融資産の供給が可能になっていたわけです。重層的な金融構造
を構築しない限り、そういう課題にこたえるということはできないわけです。ただ、そうい
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
105
う重層的な構造が、今言った意味では、光の面を持っていたけれども、そこが、前半の五味
さんのお話にもありましたように、すっぽり規制の対象から抜け落ちていて、行き過ぎが生
じて問題が起きたということです。
だから、規制を受けて
いなかったということ
図2 Shadow Banking Systemのイメージ
枠内がShadow Banking System(矢印は、資産変換の順序)
で、最近はシャドーとい
う表現で、シャドー・バ
ンキング・システムとい
モーゲージ
・バンク
投資銀行
(securitizer)
証券化商品
市場
MMMF
う 呼び 方を さ れ て い ま
SIV
・HF
す。図2は重層的な構造
レポ市場・
ABCP市場
HF =ヘッジファンド
を簡略化した図です。ご
存じのように、証券化商
品の 市場と か は 、 実際
借り手A
銀行
貸し手B
は第1次証券化商品、第
2次証券化商品などに分かれていますから、そこ自体ももっと重層的なのですが、一番簡略
化したら図2のような感じかと思います。簡略化してもかなり重層的ですね。
こういう構造をつくったことが間違いだ、というのは間違いだと私は思っていまして、こ
ういう構造を構築していくことは、リスク管理という側面で考える限りは非常に意味のある
ことであって、金融業がリスクの移転と分散を仕事としているとすれば、それをより効率的
に高度に遂行するためには、やはりこういう重層的な構造をつくっていかなければいけない
と思います。もちろん、我が国においてもつくっていく必要があります。
ただし、そのときに、だからといってそこを全く最低限の規制もかけない空白地帯にして
しまうのは正しくない。したがって、今回の米国金融危機を教訓として規制監督体制の見直
しを行い、利益相反と複雑性の問題を抑え込む手だてを整備していくことが必要条件ですが、
引き続きわが国においては市場型間接金融の発展に取り組んでいくべきであると思います。
ですから、私は今回の金融危機があっても市場型間接金融を提唱してきたことをまったく
反省していないです。今回の金融危機をきっかけに市場型間接金融について批判的な意見を
述べておられる方もときたま見受けますが、私は全くそういうふうには思っていないという
ことで、皆さんがやられているビジネスも、一時的な困難はあるかもしれませんが、意義の
あることとして頑張って引き続き取り組んでいただきたいということで、少し雑駁になりま
したが、私の話を以上で終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
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不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ARESマスター継続教育カリキュラム
第6回トップセミナー
「日本は黄金の国ジパングか……?
−地球環境に配慮した不動産業の
将来展望−」
講演者
日本土地建物株式会社
代表取締役会長 中島 久彰氏
日 時
2010年7月16日(金)14:00∼15:30
会 場
東京會舘 シルバールーム
7月16日、日本土地建物株式会社の代表取締役会長である中島久彰氏をお迎えし、「日
本は黄金の国ジパングか……?−地球環境に配慮した不動産業の将来展望−」をテーマに、
ARESマスター・アソシエイトを対象にご講演をいただきました。今回ご参加いただけな
かった皆様のために、講演録を掲載いたします。
1. 自己紹介、経験談
(1)学生時代∼就職活動編∼
私は以前、銀行に勤務しておりまして、この業界に入りましたのは12 年前の1998 年のこ
とです。銀行には35 年いましたが、別に好きで銀行に入ったわけではございませんでした。
学生時代、運動部にいたこともあり就職には無頓着で、大学4 年の夏、そろそろ就職も決め
なければならない時期がきても就職したい企業については全くノーアイデアでした。当時は
オリンピック景気で沸いていた頃でもありどこかメーカーなどへ行こうかなと思っていま
した。
そんなとき、部室に一本の電話が入りまして、
「おい、中島君」と、先輩から。
「君、銀行
に来る気はないか」というのです。銀行へ行くことは全く考えてもいなかったので、「え、
僕が銀行ですか、自分ではあまり銀行には向いていないと思うので。申し訳ありません…」
とお断りのトーンでお答えしました。家に帰り、親父に「先輩が銀行を受けてみないかと言
っているのだけど、どうかな」と言ったら、「どこの銀行だ」というんです。父は大学も出
てない、いわゆる叩き上げの方で、若いころから自分で事業を起こしいくつかの会社を経営
していました。中小企業の経営者としていつも銀行と税務署にはいじめられてきたらしく、
父の口癖は、「おれの息子は銀行と税務署にはやらない」でしたから、私は銀行イコール悪
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いやつが行くところだと、子供の頃からずっとそんな印象を持ち続けて育ってきました。
ですから、到底銀行に行くつもりはなかったのですが、「どこの銀行だ」と聞かれたので、
「日本勧業銀行だ」と答えたら、「うん、その銀行はいい。行ったらどうだ。靴を作ってや
るから、それを履いて先輩のところへ行ってこい」というのです。昔から、
「悪い靴を履い
ている男はろくな人間ではない」というようなことを口癖のように言っていました。そのと
き新しい靴を作るといったのは、銀行に首尾よく入ってもらいたいという親心だったので
しょうね。
銀行に着くと先輩が待ち受けていて、本店の各部署を案内してくれました。「銀行員だけ
にはしたくない、銀行だけにはやりたくない」という親父の言葉とは裏腹に、銀行というの
はなかなかよい雰囲気のやる気に満ち溢れた職場なのだなと感じました。営業部も覗かせて
もらいましたが、利口そうな顔をした若手がずらっと並んでいて、何か果敢な仕事をしてい
るという空気に満ち溢れていて、「悪くないな、これは」と感じました。でも、訪問したそ
の日にすぐ決めようとは思っていませんでした。やがて昼食の時刻になり、先輩が、「昼飯
をごちそうしてやろう」と近くのステーキ屋に案内してくれました。分厚いステーキが出さ
れ、私はそれまでこんな立派なステーキを食べたことがなかったので、こんなにごちそうに
なって悪いなと思った矢先、先輩から「中島、いいな、うちへ来てくれるんだろう」と言わ
れ、「はい」と言ってしまったんです。一切れのビフテキが人生を決める。人の運命という
のは予想もしないことで決まっていくのだなと今更ながらに思います。
ともあれそんなことで銀行に入ったんです。
(2)銀行時代の経験∼ドイツ編∼
銀行での35年間、いろいろな仕事をさせていただきました。大きな経験だったのは、1982
年から88 年ぐらいまで、西ドイツのデュッセルドルフにいたことです。その当時の海外は今
とは違い、まだまだ日本から見ると、よくわからない遠い所でしたから、本社のコントロー
ルもそんなに厳しくありません。特にドイツは独特な金融制度の国でしたから、地元任せと
いう感じでした。それはトラブルがあっても本店からの助けは期待できないということを意
味します。何事も自分で責任をもって解決する。そんな経験を強いられたのであります。良
くも悪くも自主独立の精神で頑張る。そんなことをやらされておりました。
余談ですがドイツは非常にいいところで、一度住むともう帰りたくないぐらい、住み心地
が良い。でも欠点が2 つあるといわれておりました。1 つは天気が悪いこと。1 年の3 分の2 ぐ
らいが、大体雲がかかっていて天気が悪いのです。もう1つは、ドイツ語が難しい。この2つ
がなければ、一生ドイツにいても良いと思う人が多いといわれておりました。まぁそれは冗
談でしょうが…。
1989 年がベルリンの壁の崩壊ですから、その前の年1988 年まで、6 年間ずっとドイツで仕
事をしてきました。自主独立の精神で頑張ればあの厳しいドイツ人にも通用する。人生にと
って大事な経験をさせていただきました。この経験は、その後の私の銀行員生活に大変役に
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不動産証券化ジャーナル September-October 2010
立ったばかりでなく、今日でも精神的な面で支えになっている感じがします。42 歳から48
歳ぐらいまでのビジネスマンとして一番脂が乗ってまた多感な時代でしたから、その経験は
非常に大きかったということです。
(3)銀行時代の経験∼帰国後編∼
その後、東京へ戻り、営業部長や企画部長などをやらされました。営業部では一流企業の
方々と親しく交流できたことは私の大きな財産になったと思います。今でもそのころの優秀
な人たちとの交流が続いています。企画部長のころはちょうど住専の処理という大変厳しい
ときでした。バブル崩壊後の不良債権にまつわる処理時代でしたから、随分いろいろ苦労も
しました。その過程の中で、SPC 法などが生まれ、不動産の流動化もそのころから芽生えて
いったのです。今では証券化は不動産では日常茶飯事のことですが、早い時期から経験でき
たのは幸いでした。
またトップのあり方についても考えさせられる機会が多々ありました。銀行は大量の不良
債権を抱え大きな曲がり角に差し掛かり、荒波にもまれている状況でした。それ以前は銀行
がピンチに追い込まれるなどということは全く考えられないような時代を過ごしていたので
すが、1996 年ごろは下手をすると銀行ごとおかしくなってしまうことも現実の姿で、現に長
銀が潰れ、大和銀行がおかしくなり、色々な銀行の破綻が相次ぎました。第一勧銀も富士銀
行や興銀と合併するなど、予想もしない空前絶後の時代に突入しました。そんな状況の中で
経営トップはいかにあるべきか、苦境に陥ったときのトップはいかに行動するかということ
を目の当たりにできたことは、最高の経験となりました。それが銀行35年間の経験の中で一
番大きな勉強になったと思います。
それがその後の不動産業界の12 年間を、決して短くない12 年をあっと言う間に駆け抜け
た生き方に繋がっていると思えるのです。
2. 不動産業界におけるパラダイムシフト(第1次イノベーション)
今日のテーマは「日本は黄金の国ジパングか?」です。申込みが多く20 分ぐらいで満杯
になったと聞きました。大変光栄なことです。この奇妙な題に引きずられて聞きに来られた
方が多いんじゃないかと思いますが、そのわりには大した中身ではないので少し恐縮してお
ります。
さて1275 年、皆さんご存じのように、ベネチアで生まれたマルコ・ポーロは、21 歳のこ
ろ、フビライが支配する元に行きます。マルコ・ポーロは大変鋭い観察眼と利発な頭脳をも
っていたこともありフビライに非常にかわいがられました。フビライの承認のもと、元帝国
をくまなく見る自由を認められ、諸国を歩いて見聞を広めたということでございます。
その当時、東の海の向こうにジパングという国があり、そこは民家が黄金の瓦で葺かれて
いるという噂を彼は聞きます。1 回行ってみたい、と思うわけなのですが、それは実現しま
せんでした。マルコ・ポーロは1295 年、20 年ぶりに国へ帰ります。するとそこで戦争が起
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
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こっている。彼の故郷であるベネチアとジェノバとの戦争が勃発し、ベネチアは不幸にして
負けて、彼は捕虜となって牢屋に入れられます。その獄中で書いた本が『東方見聞録』で、
彼が旅をした元の国の話を始め、東洋の珍しい経験談が本にされました。これは当時のほと
んどの言葉で翻訳されて出版されたそうです。それを色々な人が読み、東方は富や宝がいた
るところにあり是非行ってみたいという憧れの地となりました。そしてやがてこれが引き金
となり、コロンブスの米大陸発見、バスコ・ダ・ガマのインドへの航路発見など大航海時代
が始まったのです。
●オフィスビル市場の国際比較について
さて、現在の日本は不動産大国といってよいほどの大量の不動産を抱えています。日本
の不動産は日本全体では約2,300 兆円あるといわれています。例えばオフィスビルでいえば、
東京だけでニューヨークの2 倍、ロンドンの3 倍の規模のオフィススペースを持っています。
その面積は、1,854 万9,000 坪にも及ぶのです。こうした不動産が不動産流動化や都市再開発
というプロセスを通じて大きく変貌し発展していく…、そして結果的には黄金のジパングな
らぬ、不動産の国ジパングになっていくのではないかというのが、これからお話しするスト
ーリーです。そこに至るまでに多少違う方面からお話をしてまいりたいと思います。
日本の不動産にとって、第1 次イノベーションは、1998 年ぐらいに現れます。国交省の統
計に、不動産を所有するほうが有利か、あるいは賃貸したほうが有利かという質問への結果
がでています。42.9 %の企業が所有のほうがいいと答え、同時にそれと同じ比率で、42.9 %
の企業が、賃借のほうがいいと答えています。1998 年は、所有が万能であるという価値観が
変わり始めた元年なのではないかと思うのです。土地を持つということが最大の価値である
時代から、持つことのリスクを感じ始めた時代ではないかと思います。「所有から活用へ」
「持たざる経営」という言葉が出始めたときです。
また、企業の経営環境は会計基準の変更もあって、時価会計、連結決算、そういう時代
に入り土地を持っていることのリスクが表面化してきたのであります。土地は利用して初め
て価値を産む、そうした価値観が高まってきたのです。同時に不動産業界の変化も大いにあ
りました。先ほども申し上げましたけれども、不良債権の処理から始まった不動産の流動化
など、不動産と金融との融合というものが1998 年ぐらいから顕著になって、証券化という
技術が台頭してくるのです。1998 年といえば、私も、ちょうどそのときにこの業界に入った
のですが、まだ不動産業界では、ノンリコースローンという言葉をほとんどの人が知らない
時代でありました。不動産は独特のものでありまして、勘と度胸でやっているような業界だ
ったのではないかと思います。しかし、それは不動産と金融の融合という過程で大きく変化
してきました。不動産の評価はキャップレートなどが主流になって、NOI を基準とする収益
還元法が不動産鑑定でも主流になってきました。
「所有から活用へ」、あるいは「持たざる経営」などという不動産に対する価値観の変化、
会計基準の変更などによる企業の不動産に対する価値観の変化、金融と不動産の融合によ
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不動産証券化ジャーナル September-October 2010
る不動産業の変化という、この3 つの変化の中で、不動産に対する価値のパラダイムシフト
が起こった。それが1998 年ぐらい。こうした流れの中で、第1 次イノベーション、要するに
金融との融合が進展し、これが不動産業界の発展につながったのです。
3. 当社(日本土地建物株式会社)の経営方針について
さて、次に第2 のイノベーションに入っていくわけですが、これが黄金の国ジパングの話
につながります。その前に、もうしばらく時間をいただき、私が、日本土地建物という会社
を経営した中で、ビジョンとして掲げてやってきたことについて、皆さんにちょっとご披露
させていただきます。皆さんが将来、経営に関わるとか部局のマネジメントをする際に、少
しでも参考になればと思います。
(1)顧客ニーズを的確に捉え、顧客を大切にする企業風土の醸成
まず、「顧客ニーズを的確にとらえ、顧客を大切にする企業風土をつくろうじゃないか」
というのが一番最初の私の発想です。不動産業界はどちらかといえばいわゆる物件主義とい
うか、物件が東にあれば東へ飛び、物件が西にあれば西へ飛ぶ、というように物件を追いか
ける姿勢が強いと思います。これを物件主義と言いますが、我々ももちろん物件は追いかけ
ますけれども、お客様のニーズをトータル的にとらえて、そこから派生する色々な不動産ビ
ジネスを取り出し、お客様のニーズに的確に応えるということをテーマとして挑戦してきま
した。つまり、物件主義から顧客主義に転化していこうと考えて行動してきたのです。これ
が現在、当社が注力しているCRE 戦略支援ビジネスに繋がっていくわけです。まず、1999
年、法人営業部という名前の部をつくりました。法人のA社、B社、C社などとトータルで
接点を持って、そこの会社の不動産ニーズを全部汲み上げ、ビジネスに展開していこうとす
るものです。
また、不動産ビジネスの入り口の多くはどうしても鑑定になりますから、鑑定部門を非常
に強化いたしました。私が入ったころは10 人しか不動産鑑定士はいませんでしたが、今は
63 人おります。不動産会社としては圧倒的に多い63 人という人数を抱えているのは、一つ
の顧客主義というものをテーマで取り組んでいくとき、どうしても入り口が重視され、入り
口重視のためには鑑定士の存在が大切と考えたからです。
この考え方の基本にあるのは、利益は、お客様の満足度のなかに必ず出てくる。したがっ
て利益第一主義でお客様に迫るよりも、お客様の満足度をいかに引き出すかというところに
一番大事なところがあるということです。私どもの会社はノルマはやめました。ノルマ主義
ではなく、プロセス主義と言っていますが、ノルマなき営業という方針でやっています。仲
介などは目標がないと達成感が生まれないなどの面もあり、目標は掲げますが、その他の部
門はそういった目標というか、ノルマは作らない。独自に色々な目標を掲げ、何よりもお客
様が満足できる仕事をいかに提供できるか、それを評価してやっていこうじゃないかという
のが、私どもの顧客主義でございます。
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(2)情報力に秀でたより強固なプロ集団の確立
2 番目に、
「情報力にすぐれた、より強固なプロ集団企業の確立」を目標にしています。ビ
ジネスの源泉は強い情報力、というのは当たり前の話でありますが、これを組織できちんと
やっていこうと。もともと不動産業界の情報というのは非常に属人的な面があり、特に物件
情報というのは自分の懐に入れてなかなか人に渡さない。私どもの会社は、情報は例外なく
共有する。そして、タスクフォース、あるいはチームで動いてビジネスに発展させていく。
したがって、10 年も前から社内で横断的に使えるパソコンによる情報システム「αネット」
をつくり、情報の一元化、共有をしています。
また、
「プロ集団の企業」という目標のとおり、まさにこのARES 認定マスターのように、
お客様のニーズに応え、お客様に満足を与えられるような、ノウハウと経験を持った人材を
作り上げようとしています。こうした能力を持った集団がプロ集団企業ということになり
ます。
我々、日本土地建物は「チーム日土地」という言葉をよく使います。「チーム日土地」と
は、インテリジェンスに満ちあふれたアンビシャスな軍団。事にあたれば組織の壁を乗り越
えて一丸となって行動する元気な軍団と申しています。
このインテリジェンスが、すなわちプロ集団企業ということを意味しています。
(3)プロセスを重視し、やる気のある人がやりがいをもって働ける企業の実現
そして、3 番目は、
「プロセスを重視して、やる気のある人がやりがいを持って働けるよう
な職場をつくろう」ということです。プロセスを重視するということは、準備をしっかりす
ることだと、私はよく社員に申し上げているのですが、事に当たりて準備をしっかりやるこ
とが大切なのです。
よく例に出すのですが、イチローですね。今度もまた10 年続けてオールスターゲームに出
場しているのですが、あのイチローが262 安打を打ったときに、アメリカの新聞記者が寄っ
ていって、「イチローさん、すばらしいですね。完璧ですね。一体、日頃どんな練習をして
いるのですか」と聞くわけです。イチローはにこりともせずに、
「ベースボールに完璧という
ことはないんです。しかし、完璧を目指しての準備は完璧にできます。私は完璧な準備をし
てきたつもりです」と言ったんです。これじゃないかと。プロセスを重視するということは、
こんなことではないのかと思うのです。
準備をしっかりして、事に当たりて最善の努力をする、力を傾けるということが大事なん
だと。結果はいいのです。成功を信じて努力をする。そうすると必ず結果がついてくるとい
う確信と勇気を持って事に当たるということです。ビジネスマンにとっては、事に当たって、
やはり知恵と熱意と努力、この3 つを示していくことが必要だと思います。
知恵というのは、まさにインテリジェンス、先ほど申し上げた専門性です。インテリジェ
ンスを持った集団が、スタディー・アンド・シンキングを続けていくことが大事なわけです。
それがプロセスを重視するという中身を高度にしていくことなのです。
112
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
よく言われるのですが、人生というのは努力してもよく見えない部分が多く、人によって
は七、八割は偶然で決まってしまうのではないかと。確かにそういう気もいたしますね。七、
八割は偶然で決まる。努力は二、三割しか効果がないのではないか。でも、この二、三割の
努力が大事というふうに私は皆さんに言っているのです。二、三割の渾身の努力。それがち
ょうど黒の陣地をさっと白に変えていくオセロゲームのように、渾身の努力をすることによ
って七、八割の偶然が必然になっていく。そういうものと信じて努力をすべきであると言っ
ているのです。
かつてサッカー選手で巻誠一郎という千葉県の選手がいました。前回のワールドカップの
ときジーコ監督に最後の最後に選ばれて出場し、今回のワールドカップでは解説者で出てい
ましたけども、彼が選ばれたときにこう述べました。「私は多くの人の期待にこたえられる
よう全力でプレーしてきました。そして今、ワールドカップのメンバーに選ばれて、努力は
人を裏切らないということを改めて思い知らされました」と。まさに努力というのはそうい
うことでありまして、プロセスということの中に含まれている部分でございます。プロセス
を重視して、やる気のある人がやりがいを持って働ける職場。
例のカルロス・ゴーンは、日産自動車がおかしくなったころ、日本人の従業員の前で述べ
ているんです。「経営資源はいろいろあるけれども、最も大切なものは皆さんのやる気であ
る」と。そして、「経営陣は皆さん方のやる気をいかに引き出すか、そして、それを経営に
エネルギーとしていかに活用するかということが大切なのだ」と。まるで日本人のような、
いや、日本人以上のことをカルロス・ゴーンは当時、社員の前で叫んで、あの会社の危機を
救ったのです。やる気をいかに引き出すか、上に立つ人は明日への希望、夢につながるよう
なビジョンを掲げ、そのビジョンのとおりに、皆さんの先頭に立って引っ張る行動が大事。
そして、成果が出ればそこに大きな喜びと達成感が生まれ、自分の成長を感じられる。これ
が大事だと思うのです。これがやりがいとなります。やりがいを持って働ける人たちがたく
さんいて、そして幸せになっていくということが大事なのだと思います。
(4)企業活動を通じ、社会へ貢献する企業グループの構築
それから、もう一つは、企業活動を通じて、社会へ貢献する企業グループであること。企
業であり株式会社ですから、利益の追求が大切なことには違いないのですが、やっぱり利益
とか収益とか、その向こう側にあるものを大切にして、社会との接点を大事にすることがよ
り重要なのではないかと思います。例えば少子高齢化、女性の働き方の問題、あるいは環境
問題、社会的な大きな課題はたくさんありますが、そういったものに企業活動を通じて解決
の方向で努力する企業でありたい。そんな企業になれば社員は自分の会社は社会性があり、
社会に貢献しているのだという自信を持つことができ、それがやりがいに繋がるのだと思い
ます。私たちは企業活動を通じて少しでも社会に貢献できないかと常に考えながら、社員と
もども頑張っているのです。
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
113
4. 今回のリーマン・ショックは何をもたらしたか
さて、先ほど申した第1 のイノベーションは進み、不動産業界は大きく発展したわけです
が、2007 年頃からその流れがおかしくなってきます。リーマン・ショックは2008 年9 月です
が、その半年から1 年ぐらい前から、日本の不動産投資市場にはダウンサイドの兆候が表れ
ていました。この頃、アーバンコーポレイションやジョンイト・コーポレーションが不幸に
して破綻をしていったことに象徴されるように、第1 の不動産のイノベーションは、2007 年
の暮れのころから8 年の夏のころにかけておかしくなっていきました。
どうしておかしくなったかというと、やはり証券化、ファンドなどストラクチャードファ
イナンスにテクニックを重視するあまり、肝心なところが抜けてしまったのではないかと思
うのです。だから、ファンドはオポチュニスティックなものが多くなったし、経済環境がダ
ウンサイドになると、投資家にダメージを与えるようなファンドが多くあったのです。こう
した問題を内在していたことから、第1 のイノベーションは、金融情勢の変化とともに暗礁
へ乗り上げ、そこに2008 年9 月にリーマン・ショックが発生し、不動産業界は大きなダメー
ジを受けたのです。
(1)資源・エネルギー消滅型の文明から、省エネ・環境共生型の文明へ
余談になりますけれども、
『坂の上の雲』というNHKの番組がありまして、今年の12月ご
ろに第2 回目が放送される予定だそうですが、秋山真之少佐という人物が出てきます。彼は
1905年5月27日にバルチック艦隊と日本海で戦います。艦長は東郷平八郎、参謀長は加藤高
明、その後首相にもなった人です。帝国海軍は、そのときバルチック艦隊がどこを通るかよ
くわからなかったのです。広い海ですし、当時はレーダーもない。どういう航路でウラジオ
ストクを目指すのかわからなかった。対馬沖を通るか、あるいは青森の津軽海峡を越えて東
のほうからウラジオストクへ上っていくのかと大変に揉めたのですが、信濃丸という船がバ
ルチック艦隊は対馬海峡を通ることを発見して戦艦三笠へ打電します。そしてあの有名な電
令文に結びつきます。『敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊はただちに出動、これを撃滅せ
んとす。皇国の興廃この一戦にあり。各人奮励努力せよ』と。これを飯田少佐が、秋山少佐
のところに持ってきて、
「この電文でいきます」と。秋山少佐は、
「いいだろう」とオーケー
をして、飯田少佐が下がり五、六メートル歩き出すと、「ちょっと待て、飯田少佐、ここに
一条入れよう」といって彼を呼び戻し、自分でさらさらと書いたのが、『本日天気晴朗なれ
ども浪高し』という一行でした。その瞬間、この文章は戦争の電文の域を離れ文学の域には
いったと言われるほど、見事なワンセンテンスを入れたのです。
敵のバルチック艦隊の旗艦スワロフは午後2 時ごろに撃沈され、波間に消えていきました。
予想もしない短い時間にバルチック艦隊がせん滅されていくのを見て、秋山少佐は戦争に勝
った喜びよりもむしろ、これによって時代が変わっていくという戦慄を覚えたといいます。
明治維新から続いてきた軍国主義、富国強兵、殖産興業という流れが変わって、大正デモク
ラシーや民主主義の芽が台頭していくわけですね。秋山少佐はそれを無意識に感じたのでは
114
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ないでしょうか、勝った喜びよりも、これから大きく変化していくという、その予感と怖さ
に戦慄を覚えたということです。
今回のリーマン・ショックで何が変わったかというと、第一に、20 世紀型の資源・エネル
ギー消滅型の文明から、省エネ・環境共生型の文明に変化したということだったのではない
かと。それは、グリーン文明への変化ということかもしれません。
(2)グリード・イズ・グッドからグリード・イズ・バッドへの変化
それからもう一つ、リーマン・ショック前はいわゆる金銭欲、グリードと言いますが、
「グリード・イズ・グッド」という文化がアメリカの投資銀行を中心に蔓延していました。
儲かれば何をやっても構わないじゃないか、あくどく儲ける強者の論理。「グリード・イ
ズ・グッド」という意識が根底に流れている時代でした。ゴールドマン・サックスを始め、
名だたる投資銀行がそうしたことを目的に暗躍し、やがてサブプライムローン問題を引き起
こしたわけです。
グリード・イズ・グッドの時代から、今、グリード・イズ・バッドの時代へ、つまり一つ
のレバレッジ文化からノンレバレッジ文化、質、物事のクオリティーを評価するような時代
に変化してきたと言えるのではないでしょうか。質というものは、やはりファンドとか
REIT にも必要だったわけです。先ほど言った第1 のイノベーションの過程では、多少質の
悪いものもファンド化され問題も起こしました。つまり、質というものは我々の業界にとっ
て大切になってきたということです。
ユニクロ商法といいますね。あれはよくよく見ると、質のよいものを割安感のある値段で
売ると。だから、質と価格にクオリティーがあるということですよね。不動産業界も例外じ
ゃなく、そういった時代に今、ひたひたと入りつつあるのではないかと感じます。建築する
ビルは質が高くなければいけない。CO2 対策、安全、環境順応型、そういった面を完備しな
がら、家賃はそこそこ割安感のあるものにしなくてはいけない。我々にとってはやりにくい
ことになるけれども、そんなクオリティーの時代が来つつあるのではないか、つまりそれが
第二の変化です。
(3)なぜリーマン・ショックは世界恐慌をもたらさなかったのか
もう一つリーマン・ショックがあってわかったことは、世界がグローバルにかかわり合い
を持っているということでした。1929 年の世界恐慌のときには、アメリカ、イギリス、フラ
ンス、ドイツぐらいしか大国はないわけですから、恐慌が起こるとたちまち世界がおかしく
なるということがありました。今回、アメリカは4兆ドルから7兆ドルぐらいの負債を被った
と言われています。ですから、グリーンスパンなどは100 年に一度の世界同時不況につなが
ると言ったわけですがそうはならなかった。なぜか。これは世界がグローバルにつながって
おり、特に新興勢力が、その当時とは全く違う存在感と力を持っていたということ、新興国
の存在が重要になっているということでした。新興国の経済が世界恐慌を救った。そしてな
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
115
かんずく中国が堅調であったということです。
それから、アメリカが意外にいろんな問題を含んでいて凋落が見えたということがわかり
ました。しかしながら、凋落ではあったけれど、アメリカはやはり同時にすこぶる強いもの
も、しぶとさも見せたということではなかったのかと思います。
渋沢栄一が、1902 年から1917 年までアメリカへ4 回行っています。ニューヨークタイムズ
なんかで取り上げられて、「グランド・オールド・マン・カムズ・トゥ・ニューヨーク」な
どとよく現地の新聞に載ったそうです。彼は1900 年初めのそんな時代に、
「アメリカ人は思
ったことは必ず果たすという風潮がある、アメリカ人は直情径行、真っ直ぐな情と、それか
ら怪しげな行動というか実行力があって、学問を重んじ、敢為の気質に富み、思ったことは
必ず果たすという風潮がある」と言っているんですね。まさに今回はこれだったのではない
でしょうか、アメリカ人は。しぶとく、やるべきことは何が何でもやってのけるという強さ
を持っているということを我々に垣間見させたということだったんじゃないでしょうか。で
すから、まだまだアメリカは元気にいけるのではないかと思うのです。
(4)ヨーロッパと日本における影響
少し前に、もとジョージ・ブッシュの特別経済顧問であり、ファンドビジネスにも多く関
わっていたローレンス・リンゼーという方が日本に見えたそうです。リンゼー氏に会った人
から話を聞いたのですが、彼はアメリカの今後の景気について、「企業は非常に順調に収益
力を回復していて、今頃、すごくいい調子で拡大、発展すると思っていた。ところが、ユー
ロの屈折で暗雲が立ち込める、困ったことだ」
、
「しかしながら住宅価格も底を打って、住宅
ローンの借り換えが順調に行われるようになってきた。また、オフィスビルも底打ち感が出
てきて、二番底はないと思う」と言っていたとのことです。それから、円高の要因について
は、「ユーロがだめになったので、ユーロに投資されていたものが円に回ってきた。消去法
で残るのはどこかというと、やっぱり円だったのだ。だから目先、円高になると思うよ」な
どということを言って帰っていったそうなのですが、私も大体そんな予感がします。こんな
ことで、世界の二番底はない。
ギリシャの問題などはありますが、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、この辺の問題は一
朝一夕には解決はしないでしょう。というのは、もともとユーロの中に入るのがおかしかっ
たのですから。生産力とか工業力がない国がドイツと一緒のユーロ圏に入ること自体に無理
があった。無理が露出したということだけです。同じ通貨というのは為替が発生しないので
すから、弱い国はそのまま弱くなってしまう。ですから、ギリシャなどは当然のごとく、あ
あいった財政の破綻に結びつく。今後ともユーロはいけるのかどうかということ、これは大
きな疑問です。ただ、オールトータルで見ると、ドイツが弱いユーロでえらく儲けているは
ずですよね。その分、ギリシャやスペインがどんどん弱くなり、オールトータルではイーブ
ンになっているのではないでしょうか。ですから、我々は悲観することはない。悪いところ
ばかり見ず、ギリシャが悪いからユーロはだめなのだと考えるのではなくて、オールトータ
116
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ルで見ればユーロはイーブン。ただ、ギリシャ、スペイン、ポルトガル問題は解決には時間
がかかります。これは何十年もかけて、バランスしていくしか手がないでしょう。その前に
もしも手があるとしたら、また為替を発生させるような政策がもしかしたら出てくる可能性
もあるのではないでしょうか。
その間に金融機関は傷みます。ギリシャの国債を買ったり、金を貸したりすれば不良債権
が発生しますから、この問題をどうするか。これは今、ヨーロッパの銀行がストレステスト
をやっていますよね。だから、悪いところには公的支援を入れる覚悟を持って消していけば
いいのです。多分そうするでしょう。したがって、ユーロの問題、ギリシャの問題というの
は、それほど大きなものにはなり得ないと私は思っています。つまり、それは二番底はない
ということにつながるのですが。
さて、日本はどうかといいますと、日本は色々な心配事はあるにしても、一口に言うとそ
んなに悪くない。かつて、バブル崩壊のときには3 つの過剰問題がありました。要するに、
設備、雇用、そして不良債権という 3 つの過剰問題があったんです。今回は、例のリーマ
ン・ショックで日本はかなりダメージを受け、その結果、設備と雇用にはひびが入りました
が、不良債権は12 兆円です。バブル崩壊のころは120 兆円ですから、10 分の1 ぐらい。した
がって、問題はそれほど大きくない。需要と供給、要するに世界の経済さえしっかりしてい
れば需給ギャップは次第に埋まっていくと。今、84 %まできたといいますよね、あと一息。
だからこれは着実に行くのではないかと思っています。昨日の新聞あたりを見ると、あの固
い日銀が、今年度の成長率は2.6 %になりますと、それまで1.8 %と言っていたのです。それ
から経済人100人のアンケートを見ると、6月調べで73.6%の方が日本はいけると言っていま
す。DI も4 月−6 月はプラスになった。それまでは、1 月−3 月はマイナス14 ポイントと。日
本の経済はそこそこ悪くないんですよ。
では、どうして株価が上がらないか、これはやはり政治がいまいちはっきりしていないか
らなのです。今回も例のねじれ現象が確実になりましたから、皆さんの不安は大事な法律が
本当に決まっていくんだろうか、うまく通っていくんだろうか、そのために日本の経済はま
た足を引っ張られておかしくなるんじゃないかという心配があるのです。これは心配ですよ
ね。まだ動いてもいないから何とも判断できないですが、こうした一つの悪材料を日本経済
は抱えていると言えるわけです。しかし、そうした悪材料も超え、省エネ、環境に強い日本
企業として活力を物にし、将来に向けて発展していくのではないでしょうか。
5. 黄金の国ジパングの誕生
(1)日本の不動産業界について
さて、日本の不動産業界はどうでしょうか。この1 月は、公示地価の全国平均はマイナス
4.6 %でしたね、路線価でもつい最近出まして、およそマイナス8 %でした。一番上の赤い線
が東京都の地価の指数です【図1 :J-REIT 指数と不動産価格の推移】。2003 年を100 とし、
2009年9月は149.1ぐらいあります。それはどの辺の水準かというと、2005年9月の水準なの
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
117
図1 J-REIT指数と不動産価格の推移
不動産・株価指数変動推移(2003年3月末=100)
300.0
250.0
200.0
150.0
100.0
50.0
2003/3末 2003/9末 2004/3末 2004/9末 2005/3末 2005/9末 2006/3末 2006/9末 2007/3末 2007/9末 2008/3末 2008/9末 2009/3末 2009/9末
東証RE
I
T指数
日経平均株価
取引利回り指数
千代田5-42
価格指数(東京)
オフィス賃料指数
※オフィス賃料指数は「財団法人日本不動産研究所」調査の「全国賃料統計」より。
2
2
※オフィス賃料…千代田区(大手町・丸の内地区)画地5,000m 、延床面積約70,000m 、地上30階建の事務所ビルを想定して評価した新規賃料。
※取引利回り指数は「財団法人日本不動産研究所」調査の「不動産投資課調査」に基づく数値。
※取引利回り…市場での還元利回り、単年度の純収益(NOI)
を市場価格で割ったものを指す。
※価格指数(東京)
は上記指数を基に当社作成。価格指数=オフィス賃料指数÷取引利回り指数。
※千代田5-42…地価公示標準地(各年1月1日時点)。東京都千代田区丸の内2丁目2番1外。
です。これはずっとグラフが下へ、ダウンサイドにいくはずですから、おそらく2004 年ぐら
いの水準に落ちていくのではないかと思います。この辺が一つの、底ではないかなという見
通しです。
①データから読み取る不動産業界の今後
次にNOI の比較表【図2 :東京23 区におけるオフィスビルのNOI 予測】をごらんくださ
い。これは川口先生からいただいたものですが、NOI がどんな変化をするかという予想値で
す。一番上の紫色の線は楽観シナリオです。既に、今ごろからNOI が上がっていくと。それ
から、一番下の点線は悲観シナリオです。2013 年ぐらいまで下がり続ける。真ん中にあるの
はその中間ぐらいですが、この辺がいいところじゃないのかと、川口先生ははっきりとはお
っしゃいませんけれども、そんな感じをお持ちでございまして、それによりますと、2011 年
からずっとまだ横ばい程度にいき、2012 年ぐらいから明らかに少しずつ上昇していくという
シナリオです。このあたりが当たってきているのではないかな。というのは、NOI は景気の
遅行指数ですから、景気が今ごろ立ち上がってきつつあるとすれば、それから1 年半遅れの
2011 年後半ぐらいから徐々に立ち上がっていくのではないかと思います。もう一つ、台形の
ような図を見てください【図3:ビルの実質価値の動き∼不動産価値のサイクル∼】
。これが
比較的おもしろいんです。
これはずっと過去の景気の悪いときから悪いときまでどのぐらいかかったか、良いときか
ら良いときまでどのぐらいかかったかを表した図なのですが、下のほうに年数が書いてあり
ます。13 年とか14 年ぐらいで、だいたい山から山、丘から丘へ、底辺から底辺というよう
な感じになっています。これも川口先生からいただいたもので、クズネッツという学者が考
118
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
図2 東京23区におけるオフィスビルのNOI予測
Forecasts of Office Building NOI in Tokyo 23Wards
Actual:2000-2008, Forecasts:2009-2013
(Source) Author's Estimation
130
125
120
115
110
105
100
95
optimistic
90
median
pessimistic
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013
※2009年−2013年の期間における東京23区のオフィスビルのNOI予測。
※成長シナリオは日銀の政策委員の見通しなどを参考。
出所:早稲田大学大学院 川口有一郎教授
図3 ビルの実質価値の動き ∼不動産価値のサイクル∼
約4年下落
70-75年
(5年)
約7年ブーム
8年
約4年下落
83-95年
(14年)
約7年ブーム
9年
04-09年
(5年)
えた波で、クズネッツの波は15 年から20 年の周期になっています。実績では不動産価値の
サイクルは13年、14年のようですからクズネッツの波の一番小さいほうに収れんしているよ
うな形でしょうか。クズネッツよりももう一つ小さい周期の波でジュグラーという学者が発
見したジュグラーの波というものもあります。
私は経済学者でも何でもないのですが、少し楽観主義なほうですから、クズネッツの波だ
と少し長過ぎるので、何かいい波がないかなと探していたら、ジュグラーの波がありました。
こちらは周期が7 年から10 年。金融と不動産の融合の時代となり、かなり短い期間で変化す
る時代に入っていますから、クズネッツよりも少し短いサイクルで、良いとき、悪いときが
決まっていくのではないかという観点から、7 年、10 年ぐらい。そう考えるとジュグラーの
波がちょうど良いのではないかと思うのです。そうしますと、2006 年が最近のピークですか
ら、そこからボトムに至るのは10 年の半分、すなわち5 年後の2011 年です。7 年とすると約
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
119
4 年を足せば良いのですから2010 年、つまり今ごろが底なんです。だから、大体もう底にき
ているのではないかと。いろんな指標を見ると、これ以上うんと悪くなるという要素はあま
りないので、そろそろ底値圏にきたと思っています。底値圏にくれば、同時に日本の不動産
に金融もついてくる、海外からの投資資金もついてくる、そういう時代に今、入りつつある
のではないかなと思っているのです。J-REIT の資金調達も復調したとつい最近の日経新聞
に出ていました。上期1,955億円調達した、と。いわゆる社債も含めまして、リーマン・ショ
ック前に回復していると言っています。がごとく、こういった面も復活してきているのです。
②不動産投資市場と金融機関
一番大事なのは、やっぱり不動産投資市場。ARES マスターの皆さん方が大いに関係して
おられる、この不動産投資市場がどうなるかということが、不動産業にとって一番重要なの
です。私は、J-REIT は今、900 を切っていますけれども、じわじわとまだポイントを上げて
いくのではないかと思います。それから、J-REIT は堅調に成長していくのではないかと見
ています。一つは官民ファンドのおかげです。去年の8月か9月につくった官民ファンド。こ
れは不動産証券化協会の巻島専務理事が随分ご努力されてできた官民ファンドですね。これ
がなかったら今ごろJ-REIT はめちゃくちゃになっていたでしょう。当時、
「これは多分あま
り使われないだろう」と巻島さんもおっしゃっていましたし、私もそう思っていましたけど、
やはりそれほど使われていない。使われてないけれども、いわゆる安全弁として、伝家の宝
刀としてこれがあったということで J-REIT は救われたのです。と同時に、合併や集約、
色々な資金調達、あるいはみなし配当や、負ののれんなど、制度を変えましたよね。そうい
ったものでJ-REIT は生き返ってきているんですよ。
それから、何といっても不動産投資市場は金融の問題が大きいです。金融業界は、3 メガ
バンクの増資が今回のみずほフィナンシャルグループの7,500 億円で一巡しました。増資を
すると配当しなければいけないですから、銀行は儲けがなければいけないですよね。3 メガ
バンクはそれぞれかなりの規模の増資をしてきましたから、配当を相当払わなければいけな
い。配当を払うために利益を上げなければいけない。そのためには運用を拡大させなければ
配当を払えない。これは切実な問題です。つまり、彼らはビジネスチャンスさえあれば、金
をどんどん出してくる可能性が高いということなのです。
銀行はもう少し不動産のことを勉強しても良いのではないかと思います。 直接、不動産
会社に貸すのが心配なら、プロジェクトファイナンス、ノンリコースローンというものをも
っと積極的にやっていけばよい。日本の銀行の考え方は、どちらかというと欧米と違ってウ
ィズリコースのほうを選ぶし、欲しがります。貸す相手の信用度を常に想定しながら貸すこ
とが多いのですが、不動産についていえば、それはもう一代前の発想です。プロジェクトフ
ァイナンス、プロジェクトの質を重視してその信用度を勘案して融資する、すなわち、ノン
リコースローンが主流になるべきです。
銀行は、増資をして配当をたくさん出さなければいけない時代に入り、しかも良いことに、
120
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
不良債権は減少傾向にあります。それから、当局の不動産融資への指導も、それほど厳しく
なくなってきていると聞いています。したがって、あとは貸し出しによる運用益をいかに増
大させるということになっていきます。そのためには、プロジェクトの質で担保されている
アセットファイナンス、すなわちノンリコースローンがいい。この重要性を認識すべきです。
日本の長期金利、国債は今、およそ1 %で、ビルのNOI は約5 %。それを差し引くと、4 %、
約4 %のイールドギャップ、イールドスプレッドを安定的にもっている国、それがジャパン
なんですね。だから、こういったものを前提としたアセットファイナンス、ノンリコースフ
ァイナンスというものは、いろんな面で重要視されるべきなのです。その担い手はやっぱり
日本の金融機関であるべきで、3 メガバンクにはもっと頑張ってもらいたいと思います。
ですから、ARES マスターの皆さん方はノンリコースローンを拡大して、この不動産投資
市場がもっと活性化していくべきであるということを色々な所で言ったりやったりしていた
だきたい。それによって不動産投資市場はまた息を吹き返す、また強くなる、それが金融の
発展にも繋がるということです。
③第2のイノベーションについて
今、不動産業界は第2 のイノベーションに入りつつあります。これは環境、CO2 への対策、
そのために低炭素社会を創設していくということの役割の中で、不動産業が大きく発展して
いく入り口にあるということです。
日本のビルは国土交通省の法人建物調査によれば約50 %(延床面積ベース)は環境対応
ができていないビルです。そして、棟数にすると、小さいものも含め70 %ぐらいが環境対応
できていない。皆さん知っておられるように、1990 年から2020 年までに25 %減らそうと。
それはいわゆる国際公約にはなっていないものの、日本に対する世界の目はそういった流れ
ですよね。そういった流れの中で、ビルが出すCO2 の問題、環境汚染という問題は早急に解
決していかなきゃいけない。
この図はつい最近国交省からいただいたものですが、1973 年−2008 年、日本は2.5 倍にな
図4 部門別のエネルギー消費の動向
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
121
っています【図4 :部門別のエネルギー消費の動向】
。特にこの「民生」という、主にビルと
個人の消費部門、ここがすごく太っている。新日鐵さんなど産業部門は環境問題について昔
から色々言われているから、0.9 倍で1 を切っているんですね。ですから、野放しになってい
る民生分野が厳しく問われる時代に今入ってきたということです。現にイギリスは2016年ま
でに個人住宅の新築物はゼロカーボンの時代に入り、2019 年までには新築ビルについてもノ
ンカーボンの時代に入るそうです。
東京都は環境確保条例を施行しましたが、これは非常に厳しい条例です。5 年間で平均
8 %のCO 2 を削減しなさいと。そして次の5 年間で17 %を削減しなければいけません。これ
はかなり厳しいものですよね。対応できないビルオーナーには、いわゆる罰則規定まで入っ
ています。また、改正省エネ法では、テナントさんにも省エネの義務が発生しました。これ
もできなければ罰則規定があります。日本の会社は罰則を受けるのが嫌いですから、これは
かなり効いてくるでしょう。今はまだ始まったばかりですから意識はみんなあまりないけれ
ど、数年経つうちに大きな制約といいますか、経営の大きな課題になってくると思います。
つまり今後、環境対応でとり残された50 %ぐらいのビルについての建て替えや、あるいは
環境対応のための改修がどんどん行われ、それが大きなビジネスチャンスとなっていくので
はないでしょうか。そして、こうした流れの中で、今、日本の不動産業は大きく中身を変え
て発展しようとしているのではないかと、これが「黄金の国ジパング誕生」となるのではな
いかと、私は思っているのです。
(2)日本は不動産の国ジパング
もう一回申しますと、東京のオフィスビル面積は世界最大です。1,854 万9,000 坪あって、
これはニューヨークの2倍、ロンドンの3倍あります。そしてその中には、安全とか地震の対
策、CO2 への環境対策のないビルが約50%あるのです。一方で改正省エネ法、東京都の環境
確保条例、こういったものは非常に厳しく重い。早急に何とかしなければいけないというこ
とです。
東京は世界一リッチな国です。東京はGDP が119 兆円ある。ニューヨークは110 兆円ぐら
い。ニューヨークよりも大きいのです。一番金持ちで、ビルもたくさんあり、またそのビル
がたくさんの大きな問題を含んで何とかしなければいけない、こういう状況にあるわけです。
今オフィスビルによっては空室率が8 %から9 %。でも、逆に言いますと、92 %はテナント
が入っているということですね。ですから、ビルをどんどん建てかえて新しいものに変えて
いくと、92 %のテナントさんが移動してきます。ドバイみたいに砂漠にビルをつくると世界
中から呼んでこなければいけないわけで、埋めるのは至難の業です。東京はリッチな都市で、
しかも92 %にテナントさんが入っている。ビルをつくれば必ず回ってテナントさんが新し
い、いいビルに移る。こうした環境にあるのです。
ある調査の結果ですが、入居するビルを選ぶときにどういうことを求めますかと企業に聞
きますと、最近は一に安全、環境対応と言っているんです。2 番目以降が利便性となってい
122
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ます。少し前は利便性が断然トップでしたが、今や安全、環境、これが第一。要するにCO2
対策を施した優良なビルに入りたいという人が多いわけです。同時に、CO2 対策、安全を施
した優良なビルを買いたいという人もたくさんいるのです。皆さん方の仕事でもそうでしょ
う、ファンドとかJ-REIT といったものは、今、質の高い環境対応型のビルが欲しいのです。
ところが、東京にはそれが少ない。だから、J-REIT はなかなか大きくならないんですよ。
アメリカはREIT の残高を日本の8 倍持っています。日本は2.8 兆円しかない、アメリカは
25.7 兆円。日本はアメリカの8 分の1、こんなはずはないでしょう。最大のストックがあるの
になぜアメリカの8 分の1 なのでしょう。理由は、J-REIT へ入れるような優秀なビルが少な
いからです。特に最近、J-REIT の運用資産は増えていない。増やしたくても優良なビルが
手に入らないから、このような状況になっていると思うのです。
それから、ディベロッパーはビジネスがあるところに向かって動きます。いいビルに入り
たいというテナントさんのニーズがある。CO 2 対策を施した優良なビルを買いたいという
REIT がありファンドがあり、あるいは世界のマネーがある。ディベロッパーは良いものを
つくってこうした需要に応えるべきです。そうならなければ日本の低炭素社会は絵空事にな
ってしまう。それに日本は安定したイールドギャップがあり、イールドスプレッドは約4 %
もあります。世界のマネーはこのイールドギャップをねらって入ってきます。4 %か5 %のイ
ールドスプレッドがあれば、少しレバレッジをかければ、8 %や10 %ぐらいの利回りにはな
りますから充分魅力的です。世界の金がねらってきてもおかしくないんです。そのときはそ
ろそろ迫っているのではないでしょうか。
この前も日経新聞にそのような記事がありました。日本にまた欧米のマネーが入ってくる。
それから注目すべきは中国ですよね。中国は日本の国債を7,000 億円ぐらい買うようになっ
たということです、つい最近。ユーロがだめだから、分散のために日本国債を買うという動
き。でも、それは不動産に向かっても良いはずです。だから、欧米のマネー、プラス中国、
韓国等も最近結構動いているんです。例の香港上海バンクのロンドンの本店も韓国資本が買
ったと言われています。そういった動きがもう既に始まっていて、早晩、日本にはそういっ
た欧米やアジアのマネーが入る時代が来つつあるのではないかと思うんです。
もう一度言いますと、東京には猛烈に大きなストックのビルがある。それは証券化という
格好でファンド化されてJ-REIT に入っていく大きな可能性を持っている。作った新しいビ
ルには必ずテナントが入る。CO2 対策を施していないビルは下手すると入り手がいなくなる
という、ビルオーナーにとっては恐怖の時代が始まろうとしています。ディベロッパーは積
極的に良いビルをつくるビジネスを展開するでしょう。そして、買いたいという人に優良な
ビルを提供していくでしょう。その過程で日本は、
「黄金の国ジパング」ならぬ、
「不動産の
国ジパング」になっていくのではないでしょうか。
6. 最後に
本当はもう少し詳しくこの辺は説明したかったのですが、時間がないので残念ですが、
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
123
「黄金の国ジパング」を実現するためには、環境をテーマとする国の支援が必要です。
それに対しては私もいろいろ提言してきましたが、最近、新経済成長戦略でCO2 対策を施
したビルに容積率の割り増しなどを積極的に検討する、国際戦略総合特区を設けて容積率の
割り増しや色々な規制緩和をするという大変ありがたい力強い流れが今できつつあります。
さらに申し上げると、今1 万平米以下のビルというのはなかなか脚光を浴びていません。容
積率の割り増しなどはだいたい1 万平米以上の大きいビル。建築基準法に基づく総合設計制
度、都市計画法に基づく容積率の割増し、総合特区なども規模の大きなものが対象です。
だから1 万平米以下の中小型のビルにもそういった門戸をあけないと、これは低炭素社会
をつくるという趣旨に反します。中小型のビルにも容積率の2 割アップなどを認めていく。
私は環境にきちっと対応できたビルに対する「環境対応設計制度」という名前の制度をつく
ったら良いと思うのですよ。総合設計制度というものがあるでしょう。あれを真似して「環
境対応設計制度」、要するに環境の基準を満たしたビルには総合設計制度で認めるのにオン
して、さらに2 割程度の容積率の割増しを認めるというようなアイディアです。
あと一つは財政資金を利用すること。今、民都機構の民間都市再生ファンドがありますが、
あれは結構役に立っています。これを今度は「低炭素社会創設推進ファンド」という名前で
創設する。環境対応が立派にできているようなビルの新築については出資、融資、保証など
ができる手だてをしていただきたい。仮に2,000 億円用意してビルなどを建てたとすると、
開発の誘発経済効果はおよそその2 倍あると言われていますから、仮に10 %の出資を仰いで
40 %の民間の資本で、50 %の借り入れでプロジェクトを進めた場合には2 兆円のプロジェク
トが実現できるのです。そして経済効果はその2倍、4兆円になります。こうしたことを進め
ることで内需も拡大できるし、それから何よりも環境対応型のビルをつくるということは日
本の環境産業を大きく発展せしめます。環境対応ビルは、太陽パネルや外壁、緑化の設備を
始め様々なものを使っておりますから、そういった産業もどんどん拡大し日本の国際競争力
強化に繋がるわけです。さらに積極的に続けたら、「黄金の国ジパング」が誕生するのでは
ないかと思うのです。
ケインズ博士は企業を成長させるのは結局アニマルスピリットであると言っています。尊
敬すべきシュンペーターはイノベーションによる企業家精神こそ大事だと言っております。
今年も何か政治も含めて不透明感が漂っております。この時期は、悲観主義者にはすべて
の困難は悲観的に見えるものです。ギリシャの問題でも何でも悲観的に見ればきりがないで
す。しかし、楽観主義者にとってはこの季節、すべての困難はビジネスチャンスに見えるも
のなのです。ここまで来れば二番底はないという確信のもとで動ける。ビジネスチャンスに
思えるのです。だから、色々な対応、政府の補助も含めましてそれらに期待しながらも、
我々自身も独自にどんどん動いていきたいものです。大航海時代のような非常にダイナミッ
クな時代に入ることを期待しながら、「黄金の国ジパング」になるように努力を続けていき
たいと思っております。ご清聴ありがとうございました。
124
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
海外REIT通信
欧州/第12回(最終回)
「ライツ・イシューの精神」
UBS証券会社
投資銀行本部
(ARESマスター)
小林 ヤンネ 孝貢
ARES よりご依頼を受け、本稿を書き始めてから早いもので既に12 回目を迎えましたが、
読者の皆様には長い間温かいご声援や意見等を賜り、心より感謝しております。諸般の事情
により、この回を持ちまして私の「欧州REIT 通信」寄稿は最終回とさせて頂きますが、
UK-REIT がスタートする前年から執筆を開始し、これまで英国・欧州市場における様々な
エピソードをご紹介させて頂きました。私がロンドン駐在時代(2005 −2006 年)にARES
事務局より執筆のご依頼を頂戴し、以来、投資銀行マンとしての市場目線から書かせて頂き
ましたが、英国やドイツでのREIT 制度導入における裏話やフランスにおける大型M&A 案
件のご紹介など、ダイナミックに市場が動いた時代だったと言えるでしょう。
気づけばJ-REIT 市場もそろそろ10 周年を迎えようとしています。2001 年に日本で始まっ
たREIT 市場も、シンガポールや香港、そしてフランス、英国、ドイツへと渡り、本当の意
味でグローバル化を果たしたまさに奇跡の10 年間と言えます。この業界に身をおくようにな
り、私も世界の様々な方々にお会いしてJ-REIT をご紹介し、グローバルREIT 市場につい
て議論させて頂く機会に恵まれ、脳細胞を刺激される日々が続いております。改めて思うの
ですが、世界の方々とREIT や資本市場について議論する時に、それぞれの国民性や民族性
の違いが市場制度や商慣習の違いとなって出てくることに本当に興味を覚えます。それと同
時に非常に励まされるのは、話す言語や商慣習は違っていても、「REIT」というコンセプ
ト、そしてそのコンセプトに含まれる基本的なストラクチャーは既に「世界基準」だという
点です。ARES を初めとしたREIT 業界団体が世界中に設立され、相互にコミュニケーショ
ンを取り、啓蒙活動を行い、市場の発展を業界全部で支えていく。ある意味でREIT セクタ
ーは資本市場の中ではややニッチな存在かも知れませんが、その中で繰り広げられているグ
ローバルな展開には本当に目を見張るものがあります。
最終回を迎えるにあたり、欧州REIT 市場、もしくはグローバルREIT 市場の流れの中で、
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
125
もし何かJ-REIT 市場に欠けているもの、もしくは参考にすべきものがあるとしたら、それ
は何か。そんなテーマを考えていた時に、ふとひとつの思いが脳裏に浮かび上がってきまし
た。これまで取り上げてきたトピックからすると、やや唐突感があるかもしれませんが、本
編で私から読者の皆様に残していきたいテーマは、ずばり英国・欧州市場における「既存株
主(投資主)への配慮」。「え、僕等は一生懸命に定期IR もやっているし、既存投資主への
配慮なんて当たり前のことだろう」と反応された読者もいらっしゃるでしょう。常日頃から
投資家(市場)とコミュニケーションを図り、長期的な信頼関係を構築・維持することは
REIT 市場の発展になくてはならない要素です。この考え方には誰しもが賛成するでしょう
し、J-REIT 業界(特に運用会社)に携わる皆様が日々投資主のために心を配り、長期保有
してもらうべく多大な努力をされていることを私も肌身にしみてよく理解しています。ただ
し、投資銀行マンとして日本と英国・欧州の2 つのREIT 市場を経験させて頂いて感じるこ
とは、REIT を含めて英国・欧州の証券市場では、エクイティ・オファリング時における既
存株主(投資主)への配慮の度合いがとにかく徹底されているということ。そして、その既
存株主への配慮という概念は、ライツ・イシューの考え方に非常に分かりやすく象徴されて
いますので、今回はこのテーマをもう少し掘り下げてみたいと思います。
「ライツ・イシュー」は誰のため?
ご存知の通り、2009 年は世界中のREIT 市場で公募増資ラッシュとなりましたが、特に英
国・欧州でのREIT 銘柄によるライツ・イシューが相次ぎました。ライツ・イシューとは発
行済み株式数の一定割合を超えて増資をする場合に、発行会社はまず既存株主に対してそ
の増資にて新株を受ける権利(ライツ)をオファーしなければならないというものであり、
英国をはじめ欧州市場では一般的に行われている資金調達手段です。この一定割合について
は、国ごとに違いはありますが、英国では単年度で発行済み株式の5 %以上、もしくは3 年
以内に7.5 %以上の新株発行をする場合にはライツ・イシューによる増資が求められるよう
です。仮に発行会社が事務手続きの煩雑さ等を理由としてライツ・イシューによる増資を望
まない場合、株主総会による特別決議により非ライツ・イシュー型の公募増資をすることが
可能となります注 1。
昨年来、日本国内でもライツ・イシューの導入をめぐり様々な動きがありましたが、そも
そもこの制度の発想の原点はどこにあるのか、お考えになったことはありますか。既存株主
に追加出資させるため、通常の公募増資よりも実務的なハードルが低く、不動産会社もしく
はREIT にとって比較的容易にエクイティ資金を調達できるという発想がこの制度の原点だ
とお感じの方はいらっしゃいませんか。もしそうお感じの方がいらっしゃれば、すぐに考え
を改めましょう。実は発想の原点は、発行会社側の便宜ではなく、既存株主価値をいかに守
126
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
るかという純粋な「株主保護」の観点にあります。つまり、守られるべきは既存の株主価値
であって、会社が株主の利益を軽視してむやみに増資しないように監視することがこの制度
の原点となっています。ライツ・イシューによる増資後も既存株主の持分が増資前と比較し
て希薄化しないように配慮することがこの制度の大きな特徴であり、最たる目的であるとも
言えるでしょう。
この株主価値の保護について、英国最大手REIT であるランドセキュリティーズの会長を
勤められたPaul Myners 氏は、英国政府への報告書の中で以下のような議論をしておりま
す注 2 。
“...the fundamental objectives of pre-emption rights is to provide a company’s
shareholders with protection from wealth transfer and erosion of control.”
(抄訳)
「プリ・エンプション・ライツ(つまり、ライツ・イシュー)の最たる目的は株主に対して
自らの価値が外部に流出することを防ぎ、かつ会社へのコントロールを希薄化させないこと
にある。
」
一般的にライツ・イシューについて議論される際に、守られるべき株主の権利は株式保有
に伴う経済的利益を受ける権利(“Monetary Value”)、及び会社全体に対して株主が持つ
コントロール(
“Control Value”
)の2 点だと言われます。ご存知の方も多いと思いますが、
通常のライツ・イシューですと、ライツ(いわゆる新株予約権)を受ける株主がライツの交
付を望まない場合には、引受証券会社に売却して、ライツの価値に相当する対価を受け取る
ことができます。ここで売却されたライツは、発行会社の新株が欲しい他の投資家によって
購入され(証券会社がマーケット・メークをするということですね)、無事にエクイティ増
資が完了するという流れになります。かなり雑な説明ではありますが、増資による新株の交
付を望まない株主は、増資後に自らの株式持分比率が希薄化してしまうかわりに、ライツの
対価を受け取ることで、ある程度の公平な扱いを受けるという考え方です。
2 点目は、株式保有持分に応じた株主の会社に対する支配権を維持する点にあります。分
かりやすく説明するために、数名の仲間が集まってベンチャー会社を設立すると仮定しまし
ょう。この場合、必ずといっていいほど「株主間契約」というものが何らかの形で存在して
おり、その契約の中で株式保有・処分・発効に伴う様々な権利・義務・手続き等が定めら
れています。通常ですと、会社が新たにエクイティ資本を調達する場合、まずは既存株主に
新たに資本を提供する機会が与えられることが株主の権利として決められています。代表権
を持った役職員が暴走してしまい、既存の株主達の意向を無視して、勝手に第三者からエク
イティを調達してきた場合には、既存株主の権利(利益分配権や経営への支配権)が希薄化
してしまうため、大問題になることは間違いありません。面白いことに、この考え方こそが
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
127
ライツ・イシューの原点であり、英国・欧州市場では、その精神は非上場企業であろうが上
場企業であろうが共通して適用されるべき概念として確立されているのです。
注1
非ライツ・イシュー型の資金調達が承認される理由として、株主価値全体を向上させる明確な資金使途、
会社及び業界が置かれている状況、経営陣の株主価値保護の実績、他の資金調達方法の存在等が挙げら
れています。
(Pre-Emption Group、
「A Statement of Principles」
、2008 年)
注2
“Pre-Emption Rights: Final Report, A study by Paul Myners into the impact of shareholders’
pre-emption rights on a public company’s ability to raise new capital”, 2005 年2 月
米国における「ライツ・イシュー」の概念
ライツ・イシューという制度がない米国市場はどうでしょうか。先ほどご紹介したPaul
Myners 氏の報告書によると、このライツ・イシューの考え方は意外にも米国が発祥の地で
あると議論されており、しかも、最も初期の判例は19世紀初頭まで遡り、いくつもの判例法
を経て、1922年に既存株主の法的な権利として明確化されていきます。その後、それぞれの
州法によって明文化されていくものの、州により制度に対する考え方が異なり、かつライ
ツ・イシューという制度を強制的に適用させることで資金調達の柔軟性が損なわれてしまう
ことで株主利益の毀損につながるのではないか、という議論もでてきて、結果的にライツ・
イシューは制度として一般化されなくなっていきます。しかしながら、制度が消えたからと
いって、すなわち概念も消滅したかというと、答えは全く否です。ライツ・イシューの原点
となっている「既存株主価値の保護」という考え方は、善管注意義務、いわゆるフィデュー
シアリー・デューティー(Fiduciary Duty)というコンセプトに変革していったのです。し
かも、経営陣が既存株主の利益を守るというこの善管注意義務を怠る行為をした場合は、株
主代表訴訟という法的なチェック機能も整備されているため、増資を検討する場合には会社
側も既存株主価値を守ることに細心の注意を払っているのが現状です。言い換えると、ライ
ツ・イシューではないものの、出来る限り、その精神に則ったエクイティ・オファリングが
されている、それが米国市場の実態と言ってもよいかもしれません。もうひとつ、米国制度
について付け加えると、英国のように明確なライツ・イシュー制度は存在しないものの、
NYSE 及びNASDAQ のルール等により、発行済み株式の一定割合(通常20 %)を超えた増
資については既存株主の承諾を必要とする取り決めがあり、ある程度の配慮が制度的にもさ
れているといえます。
128
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
モニタリング・グループの設立
英国に話を戻しましょう。2005 年、Paul Myners 氏の報告書を受けて、ライツ・イシュ
ーを通して株主価値が厳然と守られていることを監視する目的で、「Pre-Emption Group」
と呼ばれる組織が設立されました。この組織は、どのような場合に非ライツ・イシュー型の
増資が承認されるべきなのかガイドラインを設定し、上場している英国企業及びファンドが
そのガイドラインに則って株主価値の保護を目指しているか監視するグループです。監視と
いっても、何か強制力があって上場企業に対して懲罰を課すようなことはありません。あく
まで上場企業・ファンド及び株主達が、ライツ・イシューの精神、つまり株主価値の保護に
係る原則を理解し、お互いに信頼関係を築くべく、相互努力を怠らないという点を訴えるこ
とを主眼にしています。読者の中でお時間のある方は、是非、Pre-Emption Group のホー
ムページをご覧になってみてください注 3。ホームページ冒頭に「Chairman’s message」と
いうことで、次の一言が掲載されています。
“The Statement of Principles is intended to provide a basis for open, constructive and
early communication between companies and their major shareholders, and I would
encourage boards and investors to approach it in that spirit.”
(抄訳)
「我々の原則(ガイドライン)は、企業と主要株主がオープンで建設的、かつ早期のコミュ
ニケーションを取ることを考え方のベースとしており、経営陣及び投資家の方々にはその精
神に則って取り組んで欲しい。
」
このグループの遵守すべき原則をまとめた「Statement of Principles」では、ライツ・イ
シューのベースとなっている「Pre-Emption Rights」が英国会社法の礎となる概念であり、
既存株主価値が不適切に希薄化されないための重要な防衛策と位置づけ、株主総会におけ
る特別決議なくして、ライツ・イシューの要請免除はされないと議論しています。非ライ
ツ・イシュー型の増資を行う場合には、経営陣と主要株主である投資家は早期に話し合いの
場を持ち、なぜ非ライツ・イシュー型の増資が必要なのか、相互理解を図ることが求められ、
株主総会における特別決議に向けた調整をするように求められています。
エクイティ・オファリングでは、全ての関係者に対して重要事項に関する決断が求められ
ます。常日頃の「ご挨拶」ではなく、経営陣と株主、そして市場のその他の投資家が今後の
事業計画や 利益見通し 等を め ぐ っ て 真剣勝負で ぶ つ か り 合う の で す 。 英語の 表現で
「Moment of Truth」
(
「正念場」
、
「最後の審判の瞬間」などと訳されます)という言葉があ
りますが、まさにエクイティ・オファリングの中で経営陣と株主の信頼関係が試されるので
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
129
す。中長期的な市場の発展のためには、発行会社と投資家、特に既存株主との信頼関係が
必須であり、それだけ重要なこの株主との信頼関係を英国では「Pre-Emption Rights」と
いう概念により会社法の礎とし、ライツ・イシューという形でエクイティ・オファリングの
基本的な条件としたのです。
私はこれからのJ-REIT 市場の発展において、この「既存株主への配慮」という概念が次
の成長の鍵になるのではないかと思っています。国ごとに市場の制度や商慣習が異なること
は上述の通りですが、「世界基準」として守られているスタンダード・プラクティスは多数
存在します。既存株主の価値を保護するという考え方、そしてそこから派生するライツ・イ
シューのようなプラクティスも世界基準のひとつになりつつあるような気がします。
これからのJ-REIT 市場の益々の発展を願いつつ、私の「欧州REIT 通信」の締めくくり
とさせて頂きたいと思います。重ねて、本当に長い間、応援してくださった読者及びARES
事務局の皆様に心よりお礼を申し上げたいと思います。
注3
www.pre-emptiongroup.org.uk/index.htm
こばやし・やんね・たかみつ
劇団俳優座、佐川急便(セールス・ドライバー)
を経て、1996年にヘルシンキ大学卒業。同年、ブリガム・ヤング大学法科大学・経営
大学院に入学、2000年にJD/MBA修了。メリルリンチ・インベストメント・マネジャーズ(現ブラックロック)
にて不動産・銀行セクター
担当アナリストを経験した後、2001年よりUBS証券会社(東京・ロンドン)投資銀行本部にて不動産投資銀行業務に従事。国内外
の不動産業界における資金調達、REIT組成・上場における引受業務、主にクロスボーダー案件におけるM&A業務に携わる。
130
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
資本市場から見た企業不動産
(CRE)マネジメント(第5回)
企業の本社移転と株式市場※
神戸大学大学院経営学研究科
准教授
神戸大学大学院経営学研究科
博士課程前期課程
松浦 弘尚
みずほ証券株式会社
ストラテジックソリューション部 シニアヴァイスプレジデント
福島 隆則
※ 本稿の分析は、当時神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程に所属していた前智彦氏、並びにみず
ほ証券不動産金融開発第2 部の若松信平氏に協力していただいた。ここに記して御礼申し上げたい。
はじめに
企業不動産(CRE)に関連したトピックとして最近注目されているものの1 つに、「企業
の本社移転」というものがある。我々が今回分析で使用した、東証適時開示情報における本
社等移転の情報開示件数からも、特に 2009 年度以降、企業の本社等移転が増加傾向にある
ことが推察される(図1 参照)
。こうした背景の1 つとして、リーマンショック後の企業業績
が低迷する中、より安い賃料のビルに移転して、コスト削減を図ろうとする企業の姿勢が考
えられる。一方で、都心の空室率が上昇し、賃料も下落を続ける中、分散していたオフィス
を集約し、業務の効率化を図る好機と捉える企業も少なくないだろう。いずれの動きも、企
業不動産戦略を、それぞれの経営戦略の一環として捉えていることの現れと言え、まさに企
業不動産(CRE)マネジメントの実践と言えそうである。
筆者らは、こうした企業不動産(CRE)マネジメントについて、これまで、企業による不
動産保有という観点からの分析を行ってきた。第2 回のコラム『企業不動産マネジメントと
株式市場』では、企業による不動産保有が、株式市場にどのように評価されているのかとい
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
131
図1 東証適時開示情報における本社等移転発表件数(開示日ベース)
うことについて考察し、我が国
60
の株式市場が企業不動産を、企
50
業評価の際の重要なファクター
40
の1 つと考えていること。また、
︵
件 30
数
︶
20
主にリスク分散の対象資産と考
えていることなどを確認してい
2010年度Q1
2009年度Q4
2009年度Q3
2009年度Q2
2009年度Q1
2008年度Q4
2008年度Q3
2008年度Q2
2008年度Q1
2007年度Q4
2007年度Q3
2007年度Q2
2007年度Q1
2006年度Q4
2006年度Q3
2006年度Q2
2006年度Q1
業不動産マネジメントとコーポ
2005年度Q4
0
2005年度Q3
る。また、第3 回のコラム『企
2005年度Q2
10
レートガバナンス』では、企業
不動産の保有状況とコーポレー
トガバナンスとの関係について
考察し、コーポレートガバナンスが頑健(脆弱)であるほど、企業不動産の保有は少ない
(多い)傾向があること。さらに、
“動的な分析”から、コーポレートガバナンスが強化(弱
化)されれば、企業不動産の保有は少なく(多く)なる傾向を確認している。
今回のコラムでは、こうした企業による不動産保有という観点ではなく、先に述べたよう
に、最近増加傾向にある「本社移転」という“動き”に注目し、資本市場の視点から考察を行
いたいと考えている。つまり、企業において重要な意味を持つであろう本社の移転という
“イベント”を、株式市場がどのように評価しているのかということについて、定量的な分
析も交えて述べていきたいというものである。なお、この連載コラムは、企業不動産マネジ
メントに関する、神戸大学大学院経営学研究科とみずほ証券との共同研究の成果に基づい
ている。
企業における各種リロケーションと株式市場に関する先行研究
まず始めに、企業における各種リロケーションと株式市場との関係についての先行研究を、
簡単にレビューしておく。
Alli et al.(1991)では、1980 年から1988 年の米国企業を対象として、本社移転が及ぼす
株価への影響などを、イベント・スタディによって分析している。その結果、本社移転を行
った企業の累積異常リターン(CAR(0,1))が、1%で有意にプラスとなった。さらに、上
場別(NYSE /AMEX,NASDAQ)の分析においても、1%で有意なプラスのリターンが
観測されている。こうしたことから米国の株式市場は、企業の本社移転の情報自体を、ポジ
ティブなものと捉えていることが推測される。
Ghosh et al.(1995)でも、1966年から1992年の米国企業を対象とした、本社移転による
株価への影響を、イベント・スタディによって分析している。ここでは、本社移転の理由と
株価の異常リターンとの関係も分析しており、「コスト削減」が本社移転理由のときには、有
意なプラスの異常リターンをもたらし、「エージェンシー関係」及び「理由なし」のときには、
132
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
有意なマイナスの異常リターンをもたらすことが確認されている。
また、Chan et al.(1995)では、1978 年から1999 年の米国企業を対象とした、各種企業
施設の移転決定アナウンスメントが及ぼす株式市場への影響を、イベント・スタディによっ
て分析している。ここでも、全サンプルのCAR(0,1)が、有意ではないもののプラスのリ
ターンとなっており、米国の株式市場が企業による移転決定アナウンスメントを、ポジティ
ブなものと捉えていることが確認されている。さらに、この研究では、移転理由と施設種類
毎のCAR も観測している。移転理由では、「事業拡大」,「コスト削減」を理由とする移転の
際に、プラスの異常リターンをもたらし、「収容力削減」,「施設統合」が理由の際には、マイ
ナスの異常リターンをもたらすことが確認されている(「コスト削減」,「収容力削減」,「施
設統合」のみ5%で有意)。一方、施設種類については、「本社」の移転がプラスの異常リター
ンをもたらすのに対し、「工場」の移転ではマイナスの異常リターンをもたらすことが確認さ
れている(いずれも5%で有意)
。加えて、移転理由と施設種類では、移転理由の方が、市場
反応に対して強い影響を持つことも分かった。
一方、Bhabra et al.(2002)では、1975 年から1991 年のカナダの企業を対象とした、各
種企業施設の移転決定アナウンスメントが及ぼす株式市場への影響を、イベント・スタディ
によって分析している。ここでも、全サンプルのCAR(0,1)が、1%で有意にプラスとなっ
ており、カナダの株式市場も企業による移転決定アナウンスメントを、ポジティブなものと
捉えていることが確認されている。さらにここでも、先の研究と同様に、移転理由と施設種
類毎のCAR を観測している。移転理由では、「コスト削減」を理由とする移転の際に、CAR
(0,1)が1%で有意、CAR(−1,1)とCAR(−2,2)が5%で有意となっているが、「収容力
削減」が理由の際には、全てのウィンドウでマイナスのCAR が観測され、有意にもならなか
った。ここからカナダの株式市場は、「収容力削減」という移転理由は、あまり価値のない情
報と認識していることが推察される。また、「施設統合」が理由の際には、有意ではないが、
イベント後にマイナスのリターンが観測されず、先の米国での研究とは異なる結果となってい
る。一方、施設種類については、「本社」,「工場」のいずれの移転でも、有意なプラスの異常
リターンをもたらすことが確認された。従って、このカナダの研究では、先の米国での研究
と比較して、「本社」の移転では同じ結果が、「工場」の移転では異なる結果が出たことになる。
我が国企業の本社等移転と株式市場に関する分析①
以上のような先行研究も参考にし、我が国企業の本社等移転と株式市場との関係につい
て、いくつかの簡単な分析を行った。以下に、その一部を示す。なお、本稿の分析に用いた
データは、株式会社東京証券取引所提供の「TDnet データベースサービス」
、株式会社エヌ
ジェーケー提供の「DInqsIR」、及び日経メディアマーケティング株式会社提供の「日経ポ
ートフォリオ・マスター」から取得している。
まず、企業の本社等移転のアナウンスメントが企業価値に与える影響を、イベント・スタ
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
133
ディによって分析した。分析方法の概要は以下のとおりである。
本社/本店の移転情報が公開された日を「イベント日」(Day0)注 1 、その前後20 営業日を
「イベント・ウィンドウ」(Day −20 ∼ Day +20)とし、イベント・ウィンドウの間の株価
の「異常リターン」を測定する。異常リターンの測定には、以下のマーケット・モデルを利用
する。
(1)
ここでの推定期間(「エスティメーション・ウィンドウ」)は、Day −270 ∼ Day −21 の
250 営業日とし、Ri,t には配当込み日次リターン,Rm,t には「日本市場におけるFama-French
ベンチマーク関連データ」のマーケットリターン(金融含む)を用いた(いずれも日経ポー
∧
∧
トフォリオ・マスターから取得)。求められた α i と β i の推定値をそれぞれ α i と β i で表すと、
イベント・ウィンドウ内の時点τにおける株式iの異常リターンARi,τ は、
(2)
と表される。
なお、検定においては、イベント・クラスタリングからの影響を排除する為、標準化され
た異常リターンを用いている。イベント日における株式i の標準化された異常リターンSARi,E
は、以下のように表される注 2。
(3)
∧
ここで、AR i,E はイベント日における株式i の異常リターン、 s i はエスティメーション・ウ
ィンドウにおける異常リターンの標準誤差、Ti は株式iのエスティメーション・ウィンドウの
−
日数、Rm,E はイベント日におけるマーケットリターン、R m はエスティメーション・ウィンド
ウにおけるマーケットリターンの平均を表している。
また、検定統計量は、以下で表されるz 値を使う。
(4)
ここで、N はサンプル数を表している。
一方、サンプルデータの対象は、2005 年7 月28 日から2009 年11 月30 日の間に東証適時開
134
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
表1 イベント・ウィンドウにおける異常リターンの平均値(AveAR)
Day
− 20
− 19
− 18
− 17
− 16
− 15
− 14
− 13
− 12
− 11
− 10
−9
−8
−7
−6
−5
−4
−3
−2
−1
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
AveAR
− 0.05%
− 0.04%
0.05%
0.02%
0.40%
− 0.20%
− 0.40%
0.56%
0.03%
− 0.14%
0.04%
0.16%
0.08%
0.02%
0.23%
0.01%
− 0.07%
− 0.09%
0.07%
0.49%
0.29%
0.02%
− 0.03%
− 0.17%
− 0.01%
0.25%
0.18%
− 0.24%
− 0.09%
− 0.08%
0.06%
− 0.27%
0.01%
0.16%
0.13%
0.17%
0.12%
− 0.13%
0.40%
0.35%
0.24%
z値
− 0.71
− 0.50
− 0.04
0.15
0.88
− 0.82
− 0.76
2.38
0.54
− 1.51
− 0.75
1.67
0.27
0.04
0.98
− 0.25
− 0.20
− 1.03
0.40
3.26
1.87
− 0.26
− 0.38
− 0.88
− 0.44
1.09
1.19
− 0.69
− 1.07
− 0.35
− 0.03
− 1.28
− 0.28
− 0.02
0.16
0.93
− 1.02
− 1.77
2.41
0.82
0.48
CAR
**
*
***
*
*
**
− 0.05%
− 0.08%
− 0.03%
− 0.01%
0.39%
0.19%
− 0.21%
0.36%
0.38%
0.24%
0.28%
0.44%
0.52%
0.54%
0.77%
0.77%
0.70%
0.61%
0.68%
1.16%
1.46%
1.48%
1.45%
1.27%
1.26%
1.51%
1.70%
1.46%
1.37%
1.28%
1.34%
1.07%
1.08%
1.24%
1.37%
1.54%
1.66%
1.53%
1.93%
2.28%
2.52%
**5%水準で有意、
***1%水準で有意
※ *10%水準で有意、
示情報において本社/本店の移
転を発表した上場企業とし、エ
スティメーション・ウィンドウ
が 250 営業日に満たない企業は
除外するなど、一定のフィルタ
リングを行った結果、452 のサ
ンプルが得られた。
これらのサンプルについて、
先に概要を示したイベント・ス
タディによる分析を行った結果
は、以下のとおりである。
まず表1 に、イベント・ウィ
ンドウにおける異常リターンの
平均値,z値,累積異常リター
ン(CAR)を示す。ここから、
イベント前営業日(Day − 1)
に 1%水準で有意な、またイベ
ント当日(Day0)に 10%水準
で有意なプラスのリターンが確
認できる。イベント日前後にお
いても、Day −13,Day −9,
Day+18で有意にプラスのリタ
ーンが確認できた。
次に、期間別累積異常リター
ン(CAR)については、CAR
(−1,0),CAR(−1,1),CAR
(−2,2)で有意なプラスのリタ
CAR
図2 イベント・ウィンドウにおける累積異常リターン(CAR)
3.00%
ーンが確認できた。また、図2
2.50%
には、イベント・ウィンドウに
2.00%
おける累積異常リターン
1.50%
(CAR)を示す。ここから、イ
1.00%
ベント前後20 営業日において、
0.50%
異常リターンが右上がりに蓄積
されていることが分かった。
-0.00%
-0.50%
-20 -18 -16-14 -12-10 -8 -6 -4 -2 0 2 4
Day
6 8 10 12 14 16 18 20
以上の結果より、先行研究の
米国やカナダなどと同様、我が
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
135
国の株式市場も、企業の本社等移転のアナウンスメントをポジティブなものと捉えているこ
とが確認できた。このことから株式市場は、企業にとって重要な意味を持つであろう本社/
本店の移転を決断したこと自体について、その企業の機動性や柔軟性、ガバナンスの論理性
などを評価していることが推察される。この結果は、筆者らが第3 回コラムで示した、コー
ポレートガバナンスが頑健(脆弱)であるほど企業不動産の保有は少ない(多い)傾向や、
コーポレートガバナンスが強化(弱化)されれば企業不動産の保有は少なく(多く)なる傾
向とも整合するものと言えよう。
注1 情報公開時刻が15 時以降の場合は、翌日をイベント日とした。
注2 詳細は、Boehmer et al.(1991)を参照。
我が国企業の本社等移転と株式市場に関する分析②
次に、先の分析で確認された累積異常リターン(CAR)について、移転理由との関係を
分析した。分析方法の概要は以下のとおりである。
各企業の累積異常リターン(CAR)を被説明変数に、移転理由を説明変数とする以下の
回帰式で、重回帰分析を行う。
(5)
ここで、CAR i は株式i のイベント2 営業日前(Day −2)からイベント2 営業日後(Day +
2)の累積異常リターンとし、Rsnk,i は株式(企業)i に関する移転理由k のダミー変数を表現
している注 3。
サンプルは、先の分析と同じものを使用(452 サンプル)する。移転理由については、そ
れぞれ東証適時開示情報で発表されているものから、その記述内容に基づいて、「業務効率
化(Rsn1)」,「コスト削減(Rsn2)」,「セキュリティの強化(Rsn3)」,「建替え・改築・老
朽化への対応等(Rsn4)」,「保有不動産の有効活用(Rsn5)」の5つに分類した。これらは分
析において、移転理由が上記のいずれかに該当すれば1とするダミー変数となる。なお、全
452 サンプル中、「業務効率化(Rsn 1 )」が307,「コスト削減(Rsn 2 )」が124,「セキュリテ
ィの強化(Rsn 3 )」が14,「建替え・改築・老朽化への対応等(Rsn 4 )」が36,「保有不動産
の有効活用(Rsn5)」が11 観測された注 4。
これらのサンプルについて、
(5)式に示した回帰式で重回帰分析を行った結果を表2 に示
す。また、移転理由ダミー変数間の相関については、表3 にSpearman の順位相関係数を示
す。変数間に顕著な相関は見られなかった。
表2より、イベント日を真ん中にした1週間分の累積異常リターンCAR(−2, 2)と移転理
由との関係において、「業務効率化(Rsn 1 )」,「コスト削減(Rsn 2 )」,「保有不動産の有効
136
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
活用(Rsn 5 )」の 3 変
表2 CAR(−2, 2)に対する移転理由を説明変数とした重回帰分析の結果
数で 、 有意に プ ラ ス
被説明変数:CAR(−2, 2)
説明変数
係数
の係数が観測された。
t値
一方、「セキュリティ
Rsn1 業務効率化
2.93
2.59 **
F値
Rsn2 コスト削減
2.55
1.75 *
R2
0.81
0.29
N
1.85
1.35
の2 変数では、有意な
5.35
2.14 **
関係が 観測さ れ な か
− 2.26
− 2.26 **
Rsn3
Rsn4
Rsn5
セキュリティの
強化
建替え・改築・
老朽化への対応等
保有不動産の
有効活用
定数項
2.90 **
の強化(Rsn3)」,「建
0.033
替え ・改築・老朽化
452
への対応等(Rsn 4 )」
った。
以上の 結果よ り 、
※t値は、Whiteの不均一分散に整合的なOLS分散統計量に基づいている。
「業務効率化」や「コス
**5%水準で有意、
***1%水準で有意
※ *10%水準で有意、
ト 削減」 、 「 保有不動
表3 移転理由ダミー変数についてのSpearmanの順位相関係数
Rsn1
Rsn2
Rsn3
産の有効活用」といっ
Rsn4
Rsn5
Rsn1
1.00
Rsn2
0.13
1.00
Rsn3
0.12
− 0.08
1.00
Rsn4
− 0.22
− 0.18
− 0.01
1.00
Rsn5
− 0.08
0.00
− 0.03
− 0.05
た 、 企業収益に 直接
的な 影響を も た ら す
と 考え ら れ る 理由を
伴う 本社等移転に 対
1.00
し て は 、 我が 国の 株
式市場は ポ ジ テ ィ ブ
な反応を示す一方、その他の理由については特に反応しないことが確認された。「コスト削
減」を理由とする移転の際にプラスの異常リターンをもたらすのは、米国やカナダでの先行
研究の結果と同じである。また、この結果は、筆者らが第2 回コラムで示した、我が国の株
式市場が企業不動産を、企業評価の際の重要なファクターの1 つと考えているということと
も、整合するものと言えよう。
注3 CRE,負債比率,総資産,ROA,ROE 等によるコントロール変数を用いた回帰も行ったが、結果に特
に大きな影響はなかった。
注4 同一企業に複数の理由が存在したり、移転理由の記述がない場合もある。
まとめ
今回の分析で、我が国の株式市場も、企業の本社等移転の情報をポジティブに捉えている
こと。また、移転理由との関係については、「業務効率化」や「コスト削減」、「保有不動産の
有効活用」といった理由を伴う移転で、ポジティブな反応を示すことなどが確認された。こ
うしたことから我が国の株式市場は、企業不動産の状況を、企業評価の際の重要なファクタ
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
137
ーの1 つと考えていることが推測され、それが故に、企業にとって重要な意味を持つであろ
う本社/本店の移転を決断したこと自体から、その企業の機動性や柔軟性、ガバナンスの論
理性などを読み取っていると考えられる。
次回のコラムでは、また新たな角度から、我が国の企業不動産について見ていくことにし
たい。
参考文献
Alli, K. L., G. G. Ramirez and K. Yung(1991)
.“Corporate Headquarters Relocation:
Evidence from the Capital Markets,”AREUEA Journal 19, 583-599.
Bhabra, H. S., U. Lel and D. Tirtiroglu(2002)
.“Stock Market’
s Reaction to Business
Relocations: Canadian Evidence,”Canadian Journal of Administrative Sciences 19, 346358.
Boehmer, E., J. Musumeci and A. B. Poulsen(1991)
.“Event-study methodology under
conditions of event-induced variance,”Journal of Financial Economics 30, 253-272.
Chan, S. H., G. W. Gau and K. Wang(1995).“Stock Market Reaction to Capital
Investment Decisions: Evidence from Business Relocations,”Journal of Financial
and Quantitative Analysis 30, 81-100.
Ghosh, C., M. Rodriguez and C. F. Sirmans(1995)
.“Gains from Corporate Headquarters
Relocations: Evidence from the Stock Market,”Journal of Urban Economics 38, 291311.
やまさき・たかし
2005年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。同経営学研究科助手を経て、現在神戸大学大学院経営学研究
科准教授。専門はリスクマネジメント。
著書に『野球人の錯覚』
(共著、東洋経済新報社)
など。
まつうら・ひろなお
2009年山口大学経済学部卒業。
2010年9月現在神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程在学中。
研究分野はコーポレート・ファイナンス。
ふくしま・たかのり
早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(MBA)。国内証券会社や外資系投資銀行等でデリバティブ・トレーディング業務や
リスクマネジメント業務を担当し、現職ではCRE/PREマネジメントや不動産デリバティブなど、不動産関連ビジネスの研究・開
発,業務推進に従事。国土交通省「不動産リスクマネジメント研究会」座長。国土交通省「住宅価格指数検討委員会」委員。早稲
田大学国際不動産研究所客員研究員。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)
。宅地建物取引主任者。著書に『投資の科学』
(日経BP社・共訳)
など。
138
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
不動産信託受益権媒介業務
における「社内記録」作成
の実践(第2回)
有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー
東野 淳二
有限責任監査法人トーマツ(ARESマスター)
恩田 展明
1.前回の議論の再確認
(1)はじめに
前回は、不動産信託受益権の売買の媒介業務注 1 を遂行する第二種金融商品取引業者(以
下「第二種金融商品取引業者」と略す)が、①金融商品取引法(以下「法」または「金商
法」と略す)に適切に対応するためには注 2 「証跡化」が重要であること、②その一環とし
て、業務の要所要所で「社内記録」を作成する必要があること、③宅地建物取引業務と、
第二種金融商品取引業務の一つである不動産信託受益権の売買の媒介業務は、業務の特性
上、一見して類似する点が多く、各業務の異同を把握し辛いことに触れた。その上で、④
「顧客カード」の業務上の位置付けと、実務上の論点のいくつかを採り上げた。
今回及び次回は、営業行為(勧誘行為)を軸として、「業務記録」注 3 の作成・管理方法に
ついて述べることとしたい。
(2)
「適合性の原則」
勧誘行為を実施するに際しては、その大前提として「適合性の原則等」
(法第40 条。以下
「適合性の原則」と略す)の趣旨を踏まえなければならないことは前回述べた。
即ち、顧客の投資家種別に関わらず、「顧客の知識、経験、財産の状況及び金融商品取引
契約を締結する目的」
(法第40 条)等を適時適切に状況把握することは、金融商品取引業者
(以下「金商業者」と略す)に求められる作業であると考えられる注 4 。したがって、第二種
金融商品取引業者としては、「適合性の原則」の適用を免れる場合注 5 でも、適合性の原則を
・・・・・・・
念頭に置きつつ業務を遂行する等、投資者保護の趣旨を十分に考慮する必要がある。
注1 オリジネーター等が組成した不動産信託受益権について、私募の取扱い業務を実施する場合を含む
注2 本稿では「不動産信託受益権の媒介業務を遂行する第二種金融商品取引業者」と銘打っているが、
「証跡
化」の重要性は、他の業態においても当てはまると思われる
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
139
注3 定義につき後述
注4 平成19 年7 月31 日 金融庁公表「
『金融商品取引法制に関する政令案・内閣府令案等』に対するパブリ
ックコメントの結果等について」http://www.fsa.go.jp/news/19/syouken/20070731-7.html
の「コ
メントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」http://www.fsa.go.jp/news/19/syouken/200707317/00.pdf
(以下「制定時パブコメ」
)P.414 Q2 等
注5 顧客等が特定投資家である場合等(金商法第45条等)
2.「業務記録」について
(1)
「業務記録」とは何か
自社が、
「適合性の原則」の趣旨に即して業務を遂行したことを、
(当局を含む外部の)第
三者に説明するためには、自社の業務の状況を適切に記録した資料の作成・管理が必要に
なる。そのような記録・資料が、今回述べる「業務記録」である。
なお、イメージを共有するために、「業務記録」の例を参照しつつ、以下お読みいただき
たい(図1 参照)
。
図1「業務記録」の例(参考)
顧客番号
あー001
顧客名
担当者引継日
銘柄(物件名)
●●合同会社
有楽町プロジェクト
担当者氏名
―
印
山田 太郎 ○
平成●年●月●日
印
田中 次郎 ○
記入日
内容
平成●年●月●日
平成●年●月●日、●●社の●●部
●●担当者と、先方会議室にて、
●●について、買主側媒介業者とし
て交渉。●●の観点から●●という
合意に至る。
合意内容は●日に買主候補●●社に
報告予定。
詳細につき、平成●年●月●日付合
意書案(当社-●●合同社 間)参照
平成●年●月●日
上席者 確認欄
印
○
平成●年●月●日
印
○
平成●年●月●日
●●●について、媒介業者である当
平成●年●月●日
社と、買主顧客との間で利益相反の
可能性が生じ得ることから、事実関
係を整理の上、コンプライアンス部
門に照会(※詳細 上申書00-00号)。
●●●と●●●について、書面で事
前開示すべきとの結論に至る。
印
○
平成●年●月●日
印
○
平成●年●月●日
平成●年●月●日午後、買主候補
●●社の担当●●氏来社。希望価格
●●円と条件●●の打診あり。同内
容を●日までに、売主側に打診する
旨を伝えた。
また、●●を手交し事前開示した。
印
○
平成●年●月●日
印
○
平成●年●月●日
コンプライアンス部門 確認欄
※説明の便宜上、内容を簡略化してあります
140
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
説明ツールとしての「業務記録」
そもそも、何故「業務記録」の作成が必要になるのか。
第一には、自らが行った金融商品取引業務の適切性を、検証し説明するため(の、補助手
段として)である。
「
(外部)第三者への説明」という点について、金商法下では、第三者に
理解できる形で記録や資料を残す(
「証跡化」
)ことが重要であることは、前回述べたところ
である注 6。
例えば、ここに、外部の顧問弁護士等にリーガルチェックを受けた、法的に適切な契約書
があったとする。一見すると、それを管理・保存すれば、コンプライアンス的には十分であ
るようにも考えられる。
しかし、金商法のコンプライアンスの観点からは、不十分である。何故なら、「何故、当
該契約を顧客と交わしたのか?」、「当該契約を締結した背景にはどのような事情が存在した
のか?」、「契約締結に際して組織として何を考えどのような判断をしたのか?」等について
は、契約書そのものを見ても、必ずしも明らかにならないことが多いからである。言い換え
れば、第三者は、契約書を閲覧しただけでは、契約書の背景事情を理解できない。
そのため、自社業務の適切性・妥当性を、外部第三者に対して有効に説明するための補
助手段として、「業務記録」の作成が求められる。重要事項説明書面注 7 、契約書、覚書、領
収証等々といった証跡の断片を繋ぎ合わせ、取引の一連の流れを再現するために、「業務記
録」が必要となるのである。つまり、証跡化の一環として「業務記録」の作成が必要となる。
業務引継ツールとしての「業務記録」
また、金商法の下では、当局による検査が制度的に予定されている。これも前回述べたと
ころである。
しかし実際のところ、自社への検査がいつ実施されるのかは不確定だ注 8。明日かもしれな
いし、三年後かもしれない。五年後かもしれない。
一方で、組織には人事異動がついて回るのが通例である。仮に五年後、検査が現実のもの
となった際には、当時の取引の当時の関係者は誰も残っていなかった、という状況も有り得
る。その場合、業務記録を含む社内記録が十分に残されていなければ、後任の担当者は、当
時の取引について、当局に対して説明できない可能性が大であろう。
特に、不動産信託受益権の媒介を主要業務とする第二種金融商品取引業者に関しては、
いわゆる AM 会社(投資運用業、投資助言・代理業)と比較し、人員面で、相対的に大所
帯であることが多い。定期的な人事ローテーションの関係で、部署間の異動や、事業本部間
の異動も有り得るだろう。金融商品取引業務と無関係の部署から、不慣れな担当者が異動
してくることも考えられる。
一例を挙げる。例えば、ある取引で、媒介契約を手数料率「3%」で締結したにも関わら
ず、その後の交渉等により、最終的に顧客から受領する手数料が「1%」で決着した場合、
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
141
手数料減額の 経緯を
図2「業務記録」の機能①
当時のコンプライ
アンス・オフィサーA
当時の
営業担当者B
引継(3年後)
後任コンプライ
アンス・オフィサーC
後任
営業担当者D
引継(2年後)
記録した「業務記録」
が存在しなかったなら
ば、どのようなことが
起きるだろうか。
もちろん、当時、取
取引
(4年前)
後任のコンプライアンス・オフィサーC
や営 業 担 当 者 Dは、4 年 前の取引の
詳細を、
「業務記録」無しに、外部第
三者に対して、本当に説明できるのか?
引に関与したコンプラ
イアンス・オフィサー
A や 営業担当者 B は 、
当該取引の内容を、微
顧客
細に至るまで説明でき
るであろう。
しかし、A の後任の
コンプライアンス・オフィサーC、B の後任の営業担当者D が、当時のニュアンスや交渉経
緯を含めて、(外部)第三者に対し、取引の適切性・妥当性を、十分に説明できるかについ
ては疑問が残る(図2 参照)
。
この点、個別取引ごとに「業務記録」を作成しておけば、異動や引継があった後に、臨検
されたとしても、社内の混乱は生じにくい。後任者は「業務記録」を閲覧することで、当時
の状況を把握することができるからだ。特殊な取引や例外的ケースが過去に発生している場
合、特に「業務記録」の必要性は高まると考えられる注 9。
もっとも、
「異動の引継の際に、きちんと申し送りがされれば問題ないのではないか?」と
の意見も有り得るだろう。しかし、膨大な量の個別取引・個別業務について、当時のニュア
ンスを含めて微細に至るまで、異動の際にまとめて引継するというのは、あまり現実的では
ない。実際の検査では、どの案件について何を尋ねられるか、金商業者の側では予測が難し
い上に、尋ねられるのは業務のディテールの妥当性であることを考慮すると、尚更現実的で
はないと言える。
加えて、昨今のような激動の経済環境の下では、十分な引継がなされないまま、なし崩し
的に関係者が異動・退職してしまうような不測の事態も生じ得る。通常の人事ローテーショ
ン上の異動ですら、大抵の場合「バタバタ引継」となることが多いのは、誰しも経験のある
ことだろう。
さらに敷衍すれば、「業務記録」を含む「社内記録」は、個別業務の完了から、できる限
り時間を置かずに作成するべき(事情が許すならばリアルタイムで作成するのが望ましい)
と言えるだろう。
以上のように考えると、組織のリスク管理の視点からも、「業務記録」の作成の重要性が
理解できるのではないかと思う。そもそも、同じ社内の人間を相手にすら説明(引継)でき
142
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
ないような業務内容を、外部の第三者に適切に理解させるのは至難の業ではないだろうか。
なお、本節での議論は、個別の業務引継の重要性を否定しているわけではないことを付言し
ておく。
社内の認識統一ツールとしての「業務記録」
「業務記録」をできる限り時間を置かずに作成すべき理由は、それだけではない。
一般に、時間の経過により、人間の認識には食い違いが生じるのが通常である。①自社と
取引先との間でも食い違いが生じ得るし、②社内においても、営業担当者とマネージャーと
の間に、あるいは営業部門と内部管理部門の間にも食い違いが生じ得るだろう。
極論を言えば、業務を記憶のみに頼った場合、
「言った言わない」
「あの時はA だったと認
識している」
「いや、B だろう」
「C を伝えたかどうか覚えていない」
「担当者からはE だと聞
いていた」といった混乱は容易に生じ得る。社内と社外との関係でももちろん、社内におい
ても、責任回避、社内政治、セクショナリズム等を考慮すれば、容易に生じ得ると考えられ
る。
そこまで極端な事態を想定せずとも、社内に残る資料が、契約書や覚書のみである場合、
何らかの混乱は生じ得るし、混乱が生じた都度、当時の担当者に照会し確認するのは煩瑣で
ある。長い目で見れば、
「業務記録」を作成しなかった場合の時間のロスは大きい。
再言するが、「どのような経緯でその契約が締結されたか」は、契約書をいくら眺めても
理解できないことがほとんどである。仮に、社内に残る資料として契約書のみが存在する状
況で、契約の締結経緯に関して、当局を含む外部第三者から、組織としての認識を問われた
場合、どのようなことが起きるであろうか。
「取引に関与したA 取締
役と B 部長と C 課長と D 担
図3「業務記録」の機能②
当者と、E コンプライアン
契約書
この契約書は何故、
締結されたのか?
ス・オフィサー、全員の言
っていることが、それぞれ
微妙に異なる」「誰の主張
「業務記録」が無い場合・
・
・
していることが真実か分か
担当者A
担当者B
担当者C
らない」といったような印
象を 持た れ な い だ ろ う か
(図3 参照)
。
aと認識している
bと報告を受けた
Cのはずである
どの見解が組織としての見解なのか?
そもそも何が真実なのか?
⇒ 第三者には理解できない
紙ベース(電子媒体によ
る方法も可能であると思わ
れる注 10)の「業務記録」を
作成することで、社内での、
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
143
あるいは社外との認識の不一致から生ずる問題発生を低減・回避することができることがで
きると考えられる。
(2)
「業務記録」の定義
以上より、「業務記録」とは何か、どのような機能を果たすか、大まかなイメージができ
るのではないかと思われる。
ここで、遅まきながら、本稿で言う「業務記録」を定義する。さしあたり、「①金融商品
取引業者の業務遂行状況が、②適合性の原則に照らして適切に行われたことを、③(主に外
部)第三者が理解できる形で記録したもののうち、④法令等で作成が予定されたものを除く
一群の記録であり、⑤契約書等を補完するもの」注 11 としておきたい(あくまでも説明の便宜
上の定義である)
。
一言で言えば、勧誘行為を中心とした金融商品取引業務の内容を証跡化した記録を指す。
便宜上の用語であるので、当然、法令上にも、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指
針」
(以下「監督指針」
)にも、
「金融商品取引業者等検査マニュアル」
(以下「検査マニュア
ル」にも、
「業務記録」なる単語は存在しない。
・・・・
明文上の根拠は無いが、既に述べた理由により、「本稿で『業務記録』として説明する内
容を」
「組織として」
「何らかの形で」
「
(外部の)第三者が容易に理解できるよう」証跡化す
る必要はある。重要なのは「(業務のポイントとなる点を中心に)業務内容を証跡化するこ
と」であって、「『業務記録』という名称の資料を作成すること」ではない。実際、本稿で
「業務記録」として説明する、記録・資料については、実務上、各業者により名称も作成方
法も管理方法も様々である注 12。
以下では「業務記録」の作成上の注意点と管理上の注意点について述べたい。
(3)
「業務記録」の金商法上の位置付け
ここで、
「業務記録」の金商法上の位置付けについて確認する。
前回述べた「顧客カード」同様、「業務記録」もまた、法令上、明文で作成が求められて
いるわけではない(つまり、法律上、明文で作成義務が課せられているわけではない)。し
かし、作成しなければ、法令が求める要請を満たすことができないという関係にあることは、
「顧客カード」同様である。
また、
「顧客カード」については、
「監督指針」
、
「検査マニュアル」等において明文で言及
されている注 13、14 のに対し、
「業務記録」は、
(上掲の通り)
「監督指針」
「検査マニュアル」に
すら、直接は言及されていない(図4 参照)
。
もっとも、
「検査マニュアル」の「Ⅱ−1 −1 態勢編・共通項目1.経営管理態勢(5)会
・・・・・・・・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
議録等」において、「②取締役等は、取締役会に限らず、業務の運営等に関わる重要な会議
・・・・・・・・
等に関する会議録を適切に作成・保存しているか」(傍点筆者)等とされている点には注意
144
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
を要する注 15。
図4「顧客カード」と「業務記録」位置付けの異同
「顧客カード」
法令上の言及
「業務記録」
無
無
有
監督指針
における言及
例:Ⅲ−2−3−1
(1)①「イ.
顧客の投資意
向、投資経験等の顧客属性等について、
顧客カード等の整備とあわせ(略)」等
無
―
締役会議事録」 注 1 6 の
しての)(重要な)意
例:
Ⅱ−1−3態勢編・第二種金融商品取
引業者1(
.3)③「イ 顧客カード等の作
成に関する事項」等
備考
成が 求め ら れ る 「 取
みに限らず、(組織と
有
検査マニュアル
における言及
こ れ は 、 法令で 作
無
思決定に 関し て は 、
その経緯を、「組織と
Ⅱ−1−1 態勢編・共通項目1.
経営管理態
勢(5)会議録等「②取締役等は、取締役会
に限らず、業務の運営等に関わる重要な会
議等に関する会議録を適切に作成・保存し
ているか」等
し て 」 記録に 残す 必
要が あ る と い う 趣旨
であると考えられる。
「業務記録」の根拠と手掛かり
そ も そ も 記録が 無け
れ ば 、 営業部門等の
業務運営状況を 把握
注 17
するのは難しい
。また、取引内容に係る記録が無ければ、内部管理担当者による検証も難
しいであろう注 18。
なお、「組織として」ということは、言い換えれば「担当者個人の備忘記録ではない」と
いうことを意味する。これは、「作成された記録は、組織としてオーソライズされていなけ
ればならない」ということを意味すると同時に、「記録に瑕疵があった場合、ことによって
は、組織としての責任を問われる可能性がある」ということもまた意味する。
以上を要約すると、①本稿では「業務記録」を、業務内容を第三者に説明することを主な
目的とした業務補完的な記録であると定義する。②ここで言う「業務記録」については、法
令、「監督指針」、「検査マニュアル」等において、直接・明文で作成が求められているわけ
ではない。③但し「監督指針」
「検査マニュアル」等の趣旨から、
「業務記録」の作成必要性
を導出することができる。④注意すべき点としては、「業務記録」は、その性質上、あくま
でも組織としての記録でなくてはならない。⑤「業務記録」がなければ、自社の業務の適切
性を(外部)第三者に説明するのは難しい。
(4)業務記録の重要性
実態としてコンプライアンス上適切な取引であったとしても、記録一つがないばかりに、
第三者からは、それが認識できず、結果として、あらぬ誤解を生じさせる可能性が高まって
しまう。当局検査の存在を考えると、そのリスクを放置することは、経営陣にとっては到底
容認できないものであろう。しかしながら筆者らの経験則上、経営陣がこの種のリスクを認
識することは容易ではない。コンプライアンス部門内(もしくは内部管理部門内)の認識に
留まっているケースも多い。
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
145
当該リスクを低減・回避するには、結局のところ、①相手方との関係で効力を持つ法律文
書としての契約書や覚書、②各業務が組織の権限に即して判断されたことを示す決裁書 等
の作成・管理が重要なのはもちろんだが、③それに加えて(それ以上に)①②を補完する記
録の整備もまた重要な意味を持つということが、以上から理解できるのではないかと思う。
「何故取引に至ったのか」
「何故その契約書が締結されることとなったのか」
「何故その覚
書が交わされたのか」
「そのような判断(決裁)をするに至ったのはなぜか」といった、
「取
引の背景事情を補完説明する記録を」
「
(外部)第三者が理解できる形で」残す必要があるの
である。
このような作業は、「一見してメリットが見えない」「後ろ向きの」備えである。しかし、
組織にとって非常に重要であるのも、また事実である。
注6 「証跡化」が内部管理との関係でも重要なことを示すものとして、
「検査マニュアル」Ⅱ−2 −3 業務
編・第二種金融商品取引業者3.内部管理(4)③「内部管理担当者は、取引内容等に係る日々の検証
に際し、特に規定外の取扱いが行われた取引等に関し、その理由や経緯、処理方法等について十分な調
査・検証を行い、正確な記録を残しているか」等
注7 不動産信託受益権媒介の実務上、宅地建物取引業法施行規則第19条の2の3第1項第1号等の存在にも
関わらず、顧客が特定投資家の場合でも一般投資家の場合でも、宅地建物取引業法第35 条の「重要事
項説明」と同内容の書面を交付し説明することが通例となっているように思われる。その場合、業者に
よっては、当該交付書面を、純粋な宅地建物取引業務における「重要事項説明書」と峻別するためか、
敢えて「重要事項説明書」とは呼ばず、意識的に「物件説明書」
「物件概要書」等の別名称を付し、交
付・説明を行っている場合もあるようである。本稿では、説明の便宜上、
「重要事項説明」または「重要
事項説明書面」で呼称を統一する
注8 制度上は、予告検査も有り得るが、無予告検査が一般的であると思われることから、以下、無予告検査
を前提に議論を進める
注9 ここで例として挙げた手数料減額の事例は、あくまでも説明のための「例」であり、
「手数料を事後的に
減額する取引は、常に特殊な取引に該当する」という意味ではない
注10 電子媒体による資料の作成・管理方法のポイントについては、前回記事参照
注11 あくまでも、説明の便宜上の定義として理解されたい
注12 例えば、
「営業記録」
「営業経緯録」
「顧客面接記録」等といった名称で呼ばれていることが有り得る
注13「監督指針」における「顧客カード」への言及としては、例えばⅢ−2 −3 −1(1)①に「イ.顧客の
投資意向、投資経験等の顧客属性等について、顧客カード等の整備とあわせ(略)
」等の記述が存在する
注14「検査マニュアル」における「顧客カード」への言及については、例えばⅡ−1−3態勢編・第二種金融
商品取引業者1.
(3)③に「イ 顧客カード等の作成に関する事項」とある
注15 その他「検査マニュアル」Ⅱ−1−1 態勢編・共通項目3.
(4)⑪「内部管理業務を適切に遂行していく
ための各種管理資料を適正に作成し、有効に利用しているか。また、当該管理資料を適切に保管してい
るか」等
注16 会社法第369条第3号等
注17「検査マニュアル」Ⅱ−1−1 態勢編・共通項目3.
(4)⑨「内部管理部門等は営業部門等がどのような
業務運営を行っているかを把握・理解しているか(略)
」等
注18 上掲「検査マニュアル」Ⅱ−2 −3 業務編・第二種金融商品取引業者3.内部管理(4)③参照
146
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
3.「業務記録」の制度設計
(1)業務フローのどこに位置付けるか
「業務記録」については、必ずしも、物理的に一つの資料でなければならない、というこ
とはない。
(Ⅰ)例えば、営業担当者が、日々の詳細な営業日誌を作成し、そのうちの重要部分を各
種決裁書に転記するといった方法(この場合、当該決裁書が、組織としてオーソライズされ
た「業務記録」を兼
ねるということにな
図5「業務記録」の作成方法の例①
②上席者等が逐次
内容を確認
るであろう)も考え
られる(図5 参照)
。
①日々、営業日誌を作成
(Ⅱ)「業務記録」
営業担当者
③金商法・コンプライアンスの観点から、
証跡化が必要な事項を要約転記
④コンプライアンス
部門等が事前確認
不 適 切な内 容や、
誤解を生じかねない
内容は差し戻す
の一覧性を重視する
のであれば、取引完
了後等の段階で、決
決裁書
裁書等とは別に、一
連の取引の主な内容
【留意点】
●決裁書を閲覧すれば、第三者も経緯が概ね理解できる
●決裁書(の理由欄)が、本稿で言う「業務記録」となる
●営業日誌の管理も必要
●決裁書を活用しない業務フローが多々発生する場合、第三者視点
では、業務の全貌が掴みづらい
を「業務記録」とし
て作成し、適宜コン
プライアンス部門や
経営陣が内容を確認
するといった方法も
図6「業務記録」の作成方法の例②
考えられる(図6参
照)
。
①決裁書や契約書とは別に、取引の経緯等
を記した「業務記録」を適宜作成
こ の 他、「 顧客カ
営業担当者
ード」と営業日誌を
一体化し、内部管理
③コンプライアンス部門
等が、主にコンプライア
ンスの観点から、記述の
適切性・妥当性を確認
④最終的には、決裁書
に準じて経営層の確認
も必要
②上席者等が、事
実関係等を中心に、
内容を確認
「業務記録」
部門やコンプライア
ンス部門が適宜確認
するような運用も考
【留意点】
●決裁書に付記する方法よりも、一覧性に優れる
●担当者の備忘録ではなく、
あくまでも「組織としての」記録であ
るから、決裁書や法定帳簿に準じて管理・保管する必要
●記述のどの部分が、決裁書や契約書と、
どのように整合するのか、
注意を要する
●取引から「業務記録」作成までに時間的間隔がある場合、内容
が不適切となりやすい
え得るだろう。いず
れ に し て も 、「 証跡
化」という目的を達
成す る 限り に お い
て、制度設計の自由
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
147
度は高いと考えられる。
上記(Ⅰ)
(Ⅱ)について若干検討を試みる。
(Ⅰ)の方法に関しては、内部管理部門(やコンプライアンス部門が連動して)が、営業
部門に対し、営業日誌や決裁書の書き方指導を実施することが重要となる。何故なら、①営
業日誌も決裁書も、金商法上適切な内容である必要があるためである注 19。
②また一般に、営業担当者や営業部門が大所帯になるほど、記述内容の濃淡の差が大き
くなるのが通例である。従って、例えば「A 営業部では、適切な内容で詳細な記録を作成し
ているのに対し、B 営業部では形だけの投げやりな記録となってしまっている」となった場
合、B 営業部の責任もさることながら、内部管理部門、経営陣の見識を問われる可能性もあ
ることに、注意が必要となる。何故なら、営業部門の営業が不適切である場合、その原因は、
営業員管理・営業部門管理が不適切であるということが多く、それはまさに、内部管理部門
や経営陣の責任であるからである。
「組織としての記録」である以上、誰が作成した記録であろうと、記録は一定の同水準を
維持する必要がある。にも拘らず、記録のレベルがバラバラであれば、それはまさに経営陣
の管理能力の問題とみなされる可能性が高い。
なお、一定水準を維持する方法としては、「顧客カード」同様、①書き方研修の機会を設
ける、②指針や模範事例を(当然、情報管理に抵触のない範囲で)公開する、③(内部)監
査等を活用するといったような方法が有効となる。
(Ⅱ)の方法を採る場合の留意点としては、決裁書や契約書のような「現場を回して行く」
ために必須の書面・資料と異なり、「業務記録」の重要性は必ずしも理解が得られないこと
が多いため、往々にして、作成が後回しになりがちとなる恐れがある、ということである。
従って、
「営業担当者等に記録作成を促す仕組み作り」が必要となる。
また、事後的に記録を作成することとなるため、営業担当者等が「業務記録」を作成後、
コンプライアンス部門が内容を確認する段階になって初めて、金商法上の問題点が浮かび上
がった、といった事態が発生しかねない。その点を考慮すると、(Ⅱ)の方法を採る場合、
別途、事前コンプライアンスチェックの実効性を高める等、業務フローの工夫が求められる。
もっとも、(外部)第三者の視点で見た場合、(Ⅱ)の方法は、(Ⅰ)の方法に比較し、取引
の一連の流れを把握しやすいという利点もある。
どちらの方法が良いかは、各金商品業者の業務フローや、組織のカルチャーにもよると思
われる。また、二者択一ではなく両者の折衷案も有り得るし、第三の道も有り得る。再言と
なるが、重要なのは「遂行した業務の内容が後日、再現可能であり」
「外部第三者を含めて、
誰にでも容易に理解でき」
「検証可能である」態勢を構築することである。
態勢構築には、何よりも、経営陣や経営管理部門の取り組みや、内部管理部門の尽力が
不可欠である。
148
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
(2)誰が起案すべきか
営業担当者が営業日誌を作成し、決裁書に日誌の主要内容を転記する方法(上述(Ⅰ)
の方法)の場合、基本的には、営業担当者が起案することになるだろう。取引完了後に作成
する場合(上述(Ⅱ)の方法)、営業担当者が作成するか、営業担当者からのヒアリング等
も踏まえ、内部管理部門が作成する方法も考えられる。
誰が起案すべきかは、究極的には、各社の業務フローの建てつけや、コンプライアンスに
対する考え方の問題である。但し、原則としては、営業現場の実際を知っているのは営業担
当者であるから、営業担当者自身か、それに近い人間が起案するのが望ましいと考えられる。
(3)何を起案すべきか
文面の形式面では、まず何よりも、「第三者が後日閲覧する記録」であることを念頭にお
くべきである。したがって、
「5W1H」ではないが、
「誰が」
「誰に」
「何を」
「いつ」
「どのよ
うに」
「なぜ」
(
「いくらで」
「どのような条件で」
「どのような観点に基づき」
「どのような立
場で」
)といった点に留意し、文意や趣旨を明確にする必要がある。
内容面では、一般論としては、取引の要所要所において、(外部)第三者が疑念を生じや
すい点や、実務上または金商法上問題と成り得る論点等に関し、自社が第二種金融商品取
引業者として何を考え、何に基づき、どのように判断したのかを記録する必要がある。
(4)誰が確認すべきか
「業務記録」が、
「組織としての」記録であることは、既に述べた通りである。
言い換えれば①営業担当者個人の備忘録ではない。また、②内容面は、金商法上適切で
なければならない。
具体的な手当てと
図7「業務記録」の確認
しては、上席者や、
内部管理部門や、コ
経営陣
ンプライアンス・オ
フィサーが、業務の
コンプライアンス
部門・内部管理
部門
節目ごとに、事前・
内部監査部門
事後に内容を確認す
る必要があるという
A営業部
B営業部
C営業部
ことである(図7参
照)
。
営業部署ごと・担当者ごとの記録の濃淡を平準化し、
コンプライアンス上の適切性を保つためには、
①コンプライアンス部門や内部管理部門等の書き方指導や事前チェック、②内部監査部門等による
事後チェック等の仕組みが有効
なお、「確認」の
方法に関しても、
「 証跡化」 を 意識す
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
149
る必要がある。確認後、確認印を押印する、確認日を記録する、必要に応じてコメントを補
足する等である。
(5)
「業務記録」の保存方法
「業務記録」は、各種契約書や法定帳簿に準じて管理・保管する必要がある。
具体的な管理方法としては「顧客カード」同様、①原本を特定する、②原本が消失しない、
③改ざんができない といった点に留意する必要がある注 20。
法定の記録等ではないため保管年限に決まりは無いものの、記録の趣旨から考えると、契
約書や法定帳簿に準ずる期間、保管が求められると考えるべきである。
注19 営業担当者が作成した原記録(営業日誌等)についても、当局検査の際に、確認されることが有り得る
点には留意されたい
注20「監督指針」Ⅲ−3 −3(6)
4.最後に
今回は、テーマの性質上、総論的・抽象的な内容が主となっているため、イメージが掴み
づらい向きも、あったかと思う。
次回は、「業務記録」について、具体的事例を用いて解説する予定である。次回記事を読
了後、今回の記事を再読いただければ幸いである。
※本記事における見解は、筆者らの私見であり、筆者らが所属する組織の見解ではない
ことをお断りします
ひがしの・じゅんじ
有限責任監査法人トーマツ シニアマネジャー
一般事業会社における法務・コンプライアンス業務、国内大手証券会社でのコンプライアンスマネジャー、外資系資産運用会社で
のチーフ・コンプライアンス・オフィサー業務等に従事。現在、J-REIT、不動産ファンドの運用会社等のコンプライアンス、リスク管
理、内部監査態勢についてのコンサルティング業務を実施している。
おんだ・のぶあき
有限責任監査法人トーマツ
国内大手ノンバンクでの不良債権処理業務、国内大手PM会社でのアセットマネジメント業務、税理士法人での不動産ファンド支
援業務の経験を活かして、J-REIT、不動産ファンドの運用会社のコンプライアンス、リスク管理、内部監査態勢についてのコンサ
ルティング業務を実施している。
150
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
金融ADR制度の現状と
不動産流動化取引への
影響について
長島・大野・常松法律事務所
弁護士
山辺 紘太郎
1. はじめに注 1
平成22 年10 月1 日より、「金融商品取引法等の一部を改正する法律」(平成21 年法律第58
号)による金商法の改正のうち、いわゆる金融ADR 制度に関する金融商品取引業者の行為
規制等に関する部分が施行される。金融ADR 制度に関する金商法の改正は、すでに平成22
年4 月1 日から部分的に施行されているが注 2 、今回施行される改正部分により、金融商品取
引業者は、金融ADR 制度への具体的な対応を義務付けられることとなる。各金融商品取引
業者においては、すでに必要な対応を完了しつつあるものと思われるが、本稿では、かかる
現状を踏まえて、金融ADR 制度の概要を振り返りつつ、主に不動産流動化取引に登場する
金融商品取引業者(第二種金融商品取引業者、投資助言・代理業者、投資運用業者)注 3 を念
頭に置きながら、金融商品取引業者に新たに課される義務について解説し、金融ADR 制度
が不動産流動化取引に与える影響について検討する。なお、本稿における意見にわたる部分
は筆者の個人的な見解である。
注1
本稿においては、金融商品取引法を「金商法」
、金融商品取引業等に関する内閣府令を「業府令」
、
「平成
21年金融商品取引法等の一部改正に係る政令案・内閣府令案等」に関する「コメントの概要及びコメ
ントに対する金融庁の考え方」
(平成21 年12 月22 日発表)を「政府令パブコメ」
、金融商品取引業者等
向けの総合的な監督指針を「監督指針」
、監督指針の一部改正案に関する「コメントの概要及びそれに対
する金融庁の考え方」
(平成22年6 月4 日発表)を「監督指針パブコメ」という。
注2
金融ADR 制度の整備に伴う監督指針の改訂も平成22 年6 月に行われているが、そのうち金融ADR 制度
に係る部分は、今回の金商法改正の施行とともに適用されることとなる(監督指針パブコメ39 ∼41 番
(13 頁)
)
。
注3
第一種金融商品取引業者については本稿では深く立ち入らない。また、銀行等の金融機関が登録金融機
関業務を行う場合にも、金商法に基づき金融ADR 制度の対応が義務付けられる(金商法第37 条の7 第1
項第5 号等)が、本稿では割愛する。
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
151
2. 金融ADR制度の概要
一 般 的 に 、 ADR と は 、 裁 判 外 紛 争 解 決 手 続 を 意 味 す る 「 Alternative Dispute
Resolution」の略語であり、訴訟手続によらずに民事上の紛争の解決をしようとする当事者
のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続一般を指す注 4 。金融ADR とは、文
字通り、金融分野における、かかる裁判外紛争解決手続を意味し、金融商品・サービスの利
用者(顧客)と金融機関(金融商品取引業者を含む。以下、同じ)との間の苦情及び紛争
がその主たる対象として想定されている。この種の苦情及び紛争については、これまでも主
に業界団体や自主規制機関による自主的な苦情処理・紛争解決の取組みがなされてきたと
ころであるが、その取組みについては、実施主体の中立性・公正性や手続の実効性の確保が
十分ではなく、利用者の信頼感・納得感が十分に得られていないとの指摘や、位置付けが明
確でなく利用者への周知が不十分であるため、利用者からの苦情を十分に吸い上げられてい
ないという指摘がなされていた注 5。そこで、金融商品・サービスを対象とする第三者機関に
よる金融ADR 制度の構築を目的として、金融ADR 制度に関する今般の法改正がなされた
ものであり、金融商品・サービス全体を対象とするため、金商法のみならず、銀行法・貸
金業法・保険業法・信託業法等についても同様の改正がなされている注 6 。
金融ADR 制度の仕組みは、各業態毎に、主務大臣が、当該業態を対象とする紛争解決機
関を申請に基づき指定し、監督することを基本としている。紛争解決機関の指定は、一定の
要件を満たしている限り認められ、1 つの業態について複数の指定紛争解決機関が存在する
ことも制度上はあり得る。ある業態について1 つ又は複数の指定紛争解決機関が存在する場
合には、金融機関は少なくとも1 つの指定紛争解決機関との間で手続実施基本契約を締結す
ることが義務付けられる。
手続実施基本契約とは、紛争解決等業務の実施に関して指定紛争解決機関と金融機関と
の間で締結される契約であって、金融機関の手続応諾義務や報告義務・帳簿書類等の提出
義務等をその内容とするものをいう(金商法第156 条の38 第13 項、第156 条の44 第2 項各号
等)。金融機関は、手続実施基本契約を締結した場合には、相手方である指定紛争解決機関
の名称等を公表するものとされている(金商法第37 条の7 第2 項等)。指定紛争解決機関は、
金融機関が手続実施基本契約に基づく義務を正当な理由なく履行しなかった場合には、当
該金融機関の名称等及び当該不履行の事実を公表し、かつ内閣総理大臣に報告するものと
され(金商法第156 条の45 第1 項)
、手続実施基本契約の実効性が担保されている。
このように金融機関が指定紛争解決機関との間で手続実施基本契約を締結することが金
融ADR 制度の想定する基本的な仕組みであるが、業態によっては指定紛争解決機関が1 つ
も存在しない場合もあり得るところであり、そのような場合には、金融機関は一定の苦情処
理・紛争解決措置を講じることが義務付けられる。この点、金融商品取引業については、各
152
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
別表1
業務の種別
金融ADR制度の対象となる業務
第一種金融商品取引業
第一種金融商品取引業務
金商法第35条第1項による付随業務
当該業者のために金融商品仲介業者が行う金融商品仲介業務
第二種金融商品取引業
第二種金融商品取引業務(適格機関投資家等特例業務を除く。)
付随業務
投資助言・代理業
投資助言・代理業務
付随業務
投資運用業
投資運用業務(適格機関投資家等特例業務を除く。)
金商法第35条第1項による付随業務
当該業者のために金融商品仲介業者が行う金融商品仲介業務
業務の種別(別表1 参照)毎に紛争解決機関が指定されることとされているが、筆者が知る
限り、金融商品取引業に係る指定紛争解決機関としては特定非営利活動法人証券・金融商
品あっせん相談センター(FINMAC)(以下、「FINMAC」という。)が第一種金融商品取
引業に係る指定紛争解決機関の指定を申請し、平成23 年4 月の指定紛争解決機関への移行
を検討している注 7 のみであり、平成22 年10 月1 日時点においては金融商品取引業のいずれの
種別についても指定紛争解決機関は存在しない見込みである。したがって、当面の間は、い
ずれの金融商品取引業者も、一定の苦情処理・紛争解決措置を講じることにより法令の要
請を満たす必要がある。
注4
金子宏、新堂幸司、平井宜雄編「法律学小辞典[第四版補訂版]
」
(有斐閣、2008)62 頁参照。
注5 「金融分野における裁判外紛争解決制度(金融ADR)のあり方について」金融審議会金融分科会第一
部会・第二部会合同会合(平成20 年12 月17 日)
。
注6
もっとも、冒頭に述べた趣旨から、本稿においては、金商法に絞って解説する。
注7
週刊金融財政事情2010 年6 月7 日号36 頁「ワンポイント・レク 業態横断的な金融ADR は必要です
か?」日野正晴FINMAC理事長発言。
3. 金融商品取引業者の義務
金融商品取引業者に求められる金融ADR 制度への対応は、その金融商品取引業者が行う
業務の種別毎に、その業務の種別を対象とする指定紛争解決機関が存在するかどうかで異な
るが、上述の通り、平成22年10月1日時点においては金融商品取引業のいずれの種別につい
ても指定紛争解決機関は存在しない見込みである。したがって、各金融商品取引業者は、そ
の金融商品取引業者が行う業務の種別毎に、別表2 に記載したいずれかの苦情処理措置及び
不動産証券化ジャーナル September-October 2010
153
別表2
1. 苦情処理措置
①苦情処理業務に従事する従業者に対する助言若しくは指導を、一定の経験を有する消費生
活専門相談員等 注1に行わせること
②社内の業務運営体制及び社内規則を整備し公表等すること
③金融商品取引業協会又は認定投資者保護団体 注2が行う苦情の解決により苦情の処理を図ること
④各地方公共団体が設置している消費生活センター・独立行政法人国民生活センターによる
あっせん等により苦情の処理を図ること
⑤他の業態の指定紛争解決機関が実施する手続により苦情の処理を図ること
⑥苦情処理に関する業務を公正かつ適確に遂行するに足りる経理的基礎及び人的構成を有す
る法人注3が実施する手続により苦情の処理を図ること
2. 紛争解決措置
①顧客との紛争の解決を認証紛争解決手続 注4により図ること
②金融商品取引業協会又は認定投資者保護団体注2のあっせんにより紛争の解決を図ること
③弁護士会の仲裁センター・紛争解決センターが実施するあっせん等により紛争の解決を図
ること
④各地方公共団体が設置している消費生活センター・独立行政法人国民生活センターによる
あっせん等により紛争の解決を図ること
⑤他の業態の指定紛争解決機関が実施する手続により紛争の解決を図ること
⑥紛争解決に関する業務を公正かつ適確に遂行するに足りる経理的基礎及び人的構成を有す
る法人注3が実施する手続により紛争の解決を図ること
注1 独立行政法人国民生活センターが付与する消費生活専門相談員の資格、財団法人日本産業協会が付与する消費生活アドバイザーの資格、
又は財団法人日本消費者協会が付与する消費生活コンサルタントの資格を有し、かつ、消費生活相談に応ずる業務に従事した期間が通算
して5年以上である者をいう。
注2 金商法第79条の7第1項の内閣総理大臣の認定を受けた団体をいう。現在、金融商品取引業について認定投資者保護団体となっているの
は、第二種金融商品取引業について認定を受けているFINMACのみである。
注3 具体的にどのような法人が該当するかは、個別事例毎に実態に即して判断される必要があると思われるが、紛争解決等業務を安定的かつ
継続的に提供できる収支計画等が確実に備わっており、かつ、当該業務を適確に実施できる組織としての知識及び能力が備わっている法
人であって、業府令第115条の2第1項第2号乃至第4号及び第2項第2号に規定する団体と実質的に同等の能力を有すると認められるものを
いうとされている(政府令パブコメⅤ.59番(138頁)、47番(136頁))。
注4 裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR促進法)に基づき法務大臣の認証を受けた業務として行われる認証紛争解決手続をいう。
紛争解決措置をそれぞれ講じることを義務付けられる(金商法第37 条の7 第2 号ロ、第3 号
ロ、第4 号ロ等)
。
また、金融商品取引業者は、実施する苦情処理措置及び紛争解決措置について、それぞ
れ、業務方法書(金商法第31条第3項、第29条の2第2項第2号、業府令第8条第5号)
、契約
締結前交付書面(金商法第37 条の 3 第1 項第7 号、業府令第82 条第15 号ロ)、事業報告書
(金商法第47 条の 2、業府令第182 条第1 項、別紙様式第12 号)及び説明書類(金商法第47
条の3、業府令第183条第2 項)においてその内容を記載することが求められる注 8。
なお、金融ADR 制度は、あくまでも、従前から存在するADR 制度や訴訟等と並ぶ紛争
解決手段の一つであり、金融 ADR 制度を含むこれらの紛争解決手段をどのように利用す
るかは利用者の選択に委ねられている。したがって、利用者は金融ADR 制度の利用を強
制されるものではない。一方、指定紛争解決機関が存在する場合で、一旦利用者から指定
紛争解決機関の利用の申出があったときには、金融機関は原則として手続応諾の義務を負
う(金商法第 156 条の 44 第 2 項第 2 号等)。また、指定紛争解決機関が存在しない場合で
も、金融機関が苦情処理・紛争解決措置として選択した外部機関の手続によっては、金
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融機関に手続応諾の義務が課される場合がある。
(1)全ての業務に対応する金融商品取引業協会に加入している場合
いずれの金融商品取引業協会注 9 も苦情・紛争解決のためのあっせん業務をFINMAC に委
託しているので、金融商品取引業者がいずれかの金融商品取引業協会の会員である場合には、
当該協会が対象とする業務については必要な苦情処理措置及び紛争解決処理を講じたこと
となる注 10。したがって、金融商品取引業者が行っている全ての業務について、当該業務を対
象とする金融商品取引業協会に加入している場合には、それ以上の苦情処理措置及び紛争
解決措置を採る必要はないと考えられる注 11、注 12。
(2)対応する金融商品取引業協会に加入していない業務が存在する場合
仮に、金融商品取引業者が行っているいずれかの業務について、当該業務を対象とする金
融商品取引業協会に加入していない場合(当該業務を対象とする金融商品取引業協会が存
在しない場合も含む。)には、当該業務に関する苦情及び紛争について、別表2 に記載した
いずれかの苦情処理措置及び紛争解決措置をそれぞれ講じる必要がある。以下、金融商品取
引業者が採り得る苦情処理措置及び紛争解決措置について、それぞれ説明する。
①苦情処理措置の選択
各金融商品取引業者は、別表2 の1.①ないし⑥に記載されたいずれかの苦情処理措置を採
用することが義務付けられる。一般的に、選択した苦情処理措置(及び紛争解決措置)が適
切であるかどうかは、業務の種別毎に、業務の内容、苦情等の発生状況、営業地域等を踏
まえて判断するものとされており(監督指針Ⅲ-2-5-2-2(2)①イa.、監督指針パブコメ8 番
(3 頁)参照)
、例えば、顧客層が法人である場合は、利用者として消費者を念頭に置いてい
る国民生活センターや消費生活センターを選択することは適切でないと思われる注 13。不動産
流動化取引における金融商品取引業者の顧客層注 14 には法人(SPC を含む。
)やプロの投資家
が含まれるであろうから、かかる金融商品取引業者にとって、国民生活センターや消費生活
センターの利用(別表2 の1.④)は現実的でない。
また、上述の通り、平成22年10月1日時点においては金融商品取引業のいずれの種別につ
いても指定紛争解決機関は存在しない見込みであり、また、仮に他の業法に基づいて指定紛
争解決機関が現れた場合でも、指定された業種以外の業態である金融商品取引業に関する
苦情処理・紛争解決の実施に応じることを期待することは困難であるように思われ、他の業
態の指定紛争解決機関が実施する手続を利用すること(別表2 の1.⑤)を現時点において選
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択することは事実上できないと考えられる。現在、金融商品取引業について認定投資者保護
団体となっているのは、第二種金融商品取引業について認定を受けているFINMAC のみで
あり、第二種金融商品取引業以外には、認定投資者保護団体の利用(別表2 の1.③)はでき
ない状況にある(但し、いずれかの金融商品取引業協会等を通じてFINMAC を利用する場
合には、第二種金融商品取引業以外の業務についても利用が可能である。
)
。さらには、一定
の経験を有する消費生活専門相談員等の確保(別表2 の1.①)も実務的には必ずしも容易で
ないと考えられる。
現実的な選択肢としては、社内の業務運営体制及び社内規則を整備し公表等すること
(別表2 の1.②)によって苦情処理措置を講じることが可能である(但し、この場合でも、別
途後述の紛争解決措置を講じる必要がある点に注意を要する)。なお、社内の業務運営体制
及び社内規則の公表にあたっては、例えば、ホームページへの掲載、ポスターの店頭掲示、
パンフレットの作成・配布又はマスメディアを通じての広報活動等、業務の規模・特性に応
じた措置をとることが必要であり、仮にホームページに掲載したとしてもこれを閲覧できな
い顧客も想定される場合には、そのような顧客にも配慮する必要があるとされている(監督
指針Ⅲ-2-5-2-2(2)②ロb.、Ⅲ-2-5-2-1(2)①ロa.)が、特にそのような顧客が想定されない
場合には、ホームページへの掲載で足りるであろう注 15。
なお、社団法人不動産証券化協会(以下、「ARES」という。)が実施する会員向けの苦情
処理手続は、別表2 の1.⑥の「苦情処理に関する業務を公正かつ適確に遂行するに足りる経
理的基礎及び人的構成を有する法人が実施する手続」として認められる可能性があるため、
ARES の会員である金融商品取引業者の場合には、苦情処理措置としてこの手続を利用する
ことも考えられる。この点、従来ARES が行ってきた苦情処理手続には、その対象となる苦
情や利用できる顧客の範囲に一定の限界があったが、今般、ARES の内部規則の改正がなさ
れ、その利用可能範囲が拡大されているようである。但し、実際にこの手続を利用すること
が苦情処理措置として十分かどうかは、各会員の具体的な業務内容等も踏まえて個別に検
討する必要があると思われる。
②紛争解決措置の選択
各金融商品取引業者は、苦情処理措置に加え、別表2 の2.①ないし⑥に記載されたいずれ
かの紛争解決措置を採用することが義務付けられる。この点、苦情処理措置とは異なり、各
金融商品取引業者は、自社内の体制整備により紛争解決措置を図ることは認められておら
ず(別表2 の1.①や②は紛争解決措置の選択肢には含まれていない。)、外部機関が実施する
紛争解決手続を利用することが必要となる。しかし、苦情処理措置の場合と同様、国民生
活センターや消費生活センターの利用(別表2 の2.④)や他の業態の指定紛争解決機関が実
施する手続を利用すること(別表2 の2.⑤)は現実的ではないと思われる。また、認定投資
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者保護団体の利用(別表2の2.②)は、第二種金融商品取引業についてFINMACが利用でき
るのみである点も、苦情処理措置の場合と同様である。
他方、紛争解決措置の場合には、弁護士会の仲裁センター・紛争解決センターが実施す
るあっせん手続の利用が選択可能となっている(別表2 の 2.③)。例えば、東京三弁護士会
は、仲裁センター・紛争解決センターの金融ADR のための利用に関して、個別の金融機関
との間で協定を締結する意向を示しており注 16 、金融商品取引業協会に加入していない金融
商品取引業者は、このような協定を締結することによって紛争解決措置を充たすことが可能
となっている。
なお、ARES の会員の場合、ARES が東京三弁護士会の仲裁センター・紛争解決センター
と提携しているため、ARES の苦情相談室を通じて東京三弁護士会の仲裁センター・紛争解
決センターを利用することも可能である。実際にARES を通じた手続の利用が紛争解決措置
として十分かどうかは、ARES を通じた紛争解決の対象範囲や各会員の具体的な業務内容等
も踏まえて個別に検討する必要があると思われるが、会員の業務内容等によっては、別途直
接個別に弁護士会と上記の協定を締結しなくても、ARES の会員であることをもって紛争解
決措置として足りる場合も考えられる(但し、ARES の会員である金融商品取引業者が、
ARESの苦情相談室を経由して東京三弁護士会の仲裁センター・紛争解決センターを利用す
る場合には、利用の要件として、東京三弁護士会に対して、ARES と東京三弁護士会との間
で締決される協定書の内容を遵守する旨の内容の受諾書の提出が求められることに注意が必
要である。
)
。
注8
契約締結前交付書面について、施行後1 年間の経過措置が定められている(金融商品取引法等の一部を
改正する法律の施行に伴う金融庁関係内閣府令の整備等に関する内閣府令附則第6 条第1 項)
。
注9
金商法に従って内閣総理大臣の認可又は認定を受けた金融商品取引業協会をいう。現在、認可・認定金
融商品取引業協会となっているのは、①日本証券業協会、②社団法人投資信託協会、③社団法人日本証
券投資顧問業協会、④社団法人金融先物取引業協会及び⑤社団法人日本商品投資販売業協会の5つであ
り、それぞれ、①有価証券関連業等(第一種金融商品取引業)
、②投信直販業等(第二種金融商品取引
業)及び投資信託委託業・投資法人資産運用業(投資運用業)
、③投資助言・代理業及び投資一任業・
自己運用業(投資運用業)
、④金融先物取引業(第一種金融商品取引業・第二種金融商品取引業)
、並び
に⑤商品投資関連業(第二種金融商品取引業)を対象としている。
注10 政府令パブコメⅤ.44 番(136 頁)参照。
注11 もっとも、監督指針上、今般の金融ADR 制度への対応に関する改正に限らず、金融商品・サービスに関
し、顧客保護を図り顧客の信頼性を確保する観点から、相談・苦情・紛争等の対処に関する内部管理態勢
の確立が求められている
(監督指針Ⅲ-2-5-1、監督指針パブコメ42 番(14 頁)
)点には注意が必要である。
注12 今回の金商法改正を契機として、これまで金融商品取引業協会に未加入であった業者が新規に金融商品
取引業協会へ加入した例もあるようであるが、他の苦情処理措置及び紛争解決措置を選択するのであれ
ば金融商品取引業協会に加入する必要はない。
注13 清水啓子・鈴木謙輔「金融ADR 制度への金融商品取引業者向け実務対応のポイント」金融法務事情
1903 号75 頁参照。
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注14「顧客」とは、金融商品取引業者が投資運用業者である場合には、当該金融商品取引業者の直接の顧客
以外にも、いわゆる集団投資スキーム持分の権利者等も含むものとされている(金商法第37条の7 第1
項第1 号ロ、第42 条第1 項)が、例えば、いわゆるGK-TK スキームの場合、TK の営業者であるSPC と
投資一任契約を締結する投資運用業者にとっての権利者はSPC であり(金商法第42 条第1 項第1 号)
、
TKの匿名組合員はこれに当たらない。
注15 清水啓子・鈴木謙輔・前掲77頁参照。
注16 協定の内容や締結手続については、http://niben.jp/info/news20100812.html 参照。
4. 不動産流動化取引への影響
一般的に、金融ADR 制度の趣旨は、①一般的な商品・サービスと比較して、専門性・不
可視性が高く、仕組みが複雑で金銭的な損失を被るリスクを内在するものが多い金融商品・
サービスの利用者(特に消費者)の保護、及び②そのような金融商品・サービスを提供する
金融機関への信頼の確保にあるとされている。とりわけ、②については、金融ADR 制度が
整備され、現実に機能することによって、金融機関に対する利用者の信頼が確保され、ひい
てはより多くの者が金融商品・サービスを利用することが期待されている。
これらの金融ADR 制度の一般的な趣旨は、不動産流動化取引の分野における金融商品取
引業についても基本的に妥当するであるものと考えられる。たしかに、一般的に見れば、不
動産流動化取引の分野における顧客は法人(SPC を含む。)やプロの投資家である場合が多
く、預金や保険等の他の金融サービスと比べて、金融ADR 制度を通じて顧客を保護する必
要性が必ずしも高いとまではいえないであろう。しかし、金融ADR 制度の利用は消費者に
限定されるわけではないので、顧客である法人(SPC を含む。
)やプロの投資家にとっても、
選択し得る苦情処理・紛争解決手段が従前よりも増えることとなり、その活動に少なからず
影響を及ぼすものと思われる。また、金融ADR が関係する事項として損失補填の場面が挙
げられる。金融商品取引業者が顧客に対して損失を生じさせた場合において当該損失の補填
等をする行為は、当該損失が「事故」によるものでない限り、原則として金商法の下で禁止
されている(金商法第39 条第1 項各号、第41 条の 2 第5 号、第42 条の 2 第6 号)。そのため、
金融商品取引業者が顧客に対して損失を補償するにあたっては、金融庁への事前確認等、
慎重な手続が必要となるのが通常である(金商法第39 条第3 項但書参照)。この点、金融
ADR 制度上のいずれかの紛争解決措置を利用して和解・仲裁判断等が得られた場合には、
「紛争解決に関する業務を公正かつ適確に遂行するに足りる経理的基礎及び人的構成を有す
る法人が実施する手続」
(別表2の2.⑥)を利用した場合を除き、裁判所の確定判決を得た場
合や裁判上の和解が成立した場合等と同様に、金融庁の事故確認が不要とされている(業
府令第119 条第1 項第4 号乃至第7 号)
。したがって、金融商品取引業者は、金融ADR 制度上
の紛争解決措置を利用することによって、手続の適性性を確保しつつ、迅速かつより柔軟に
紛争を解決し、顧客を救済することができる場合があり得るものと思われる。投資助言・代
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理業及び投資運用業の場合には、もとより事故確認の手続を経る必要はない(第41 条の2 第
5号、第42条の2第6号)が、その場合でも、事故の該当性の判断は適正になされることが求
められており注 17 、金融ADR 制度上の紛争解決措置を利用することによって、訴訟等の煩雑
な手続を回避しつつ、当該判断の適正性を確保することも可能であると考えられる。これら
の帰結は、それぞれの外部機関が実施する紛争解決手続を金融ADR 制度上の紛争解決措置
として利用するか否かに拘わらず妥当するが、少なくとも、紛争解決手続として特定の外部
機関の手続を選択することにより、このような副次的効果を享受できる場面が事実上増える
ことが予想され、その意味において、金融ADR 制度は、利用方法によっては金融商品取引
業者にとっても重要な意義を有するものと思われる。
注17「金融商品取引法制に関する政令案・内閣府令案等」に関する「コメントの概要及びそれに対する金融
庁の考え方」
(平成19 年7 月31日公表)424 頁6 番参照。
5. おわりに
以上の通り、金融ADR 制度の概要を振り返りながら、金融商品取引業者に課される義務
について解説し、金融ADR 制度が不動産流動化取引に与える影響について検討してきたが、
金融ADR 制度はまだ開始されたばかりであり、実際にどの程度利用されていくのか、これ
によって実務にどのような影響が出るのか等、現段階では不透明な部分がまだ多く残って
いる。今後の実務の動向を注視していくとともに、金融ADR 制度の趣旨である顧客保護と
金融機関への信頼確保が真に実現されるよう、今後の関係者の努力と実務の進展に期待し
たい。
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THE ASSOCIATION FOR REAL ESTATE SECURITIZATION
原点に近い方向に回帰しているのではないかという仮説の下に、年金を始めとする長期的な
視点を有する投資家が、今後、不動産投資をどう捉えていくべきかをテーマに開催いたしま
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今回は、金融危機を越えて不動産投資市場が再生に向かう中で、日本の不動産投資は、より
Vol.47 2010 September-October
不動産証券化協会(ARES)は、12月7日に「ARES年金フォーラム2010」を開催いたし
ます。
2010
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47
不動産証券化を共に推進する情報誌
ARESマスターのための
Vol.27
不動産証券化ジャーナル
ARES Certified Master Journal
す。併せて、昨今注目を集めているインフラストラクチャー投資をとり上げて、長期志向の実
物資産投資という観点から、両者の類似や相違から得られる示唆等についてもご議論いただ
きます。
プログラムの詳細及び申込方法については、後日、ARES http://www.ares.or.jp/のウェ
ブサイト等にてご案内をさせていただきます。是非ご参加ください。
トレドの大聖堂はさながら宗教芸術の一大宝庫とい
うにふさわしい。想い浮かべるだにめまいを覚えるほ
どに豊饒である。その歴史的背景として指摘されてい
ることは、この都市がさまざまな人種のるつぼであっ
た時代があり、同時にユダヤ教、イスラム教とキリス
ト教の併存時代があったということである。三大宗教
の併存とは単なる共存ではなく、それぞれの宗教がそ
の教義を深め、豊かなイマジネーションを表現しあっ
たということだろう。つまり三大宗教の大競争時代だ
ったと想像せねばならないということである。それが
トレドの伝統だとすれば、トレドの大聖堂がキリスト
教美術の宝庫になったこともうなづける。私はその大
聖堂の美的豊饒さを堪能したあと、エル・グレコの傑
作「オルガス伯爵の埋葬」を展示しているサント・ト
メ教会に足を運んだ。グレコがトレドにやってきたの
は1576年ごろだとされているから、ユダヤ人の国外
追放令(1492)が発布されたのちのことではあるが、
彼の宗教画が一段と境地を深めるのはここトレドに住
むようになってからである。トレドという都市にグレ
コが豊かな宗教的インスピレーションを得たに相違な
いのである。トレドは一見してすぐに要塞都市である
ことがわかるのだが、大聖堂の宗教美術、いくつかの
シナゴーグを見て歩くうちに、トレドが偉大なる宗教都市だったことがわかってく
る。グレコという宗教画の天才がこの都市に住むことによってその才能を存分に発
揮した理由もわかるような気がする。そして生死を超越することがスペイン人の魂
だとすれば、それもまたトレドという宗教都市ではぐくまれたのではないかと私は
思うのである。1561年にスペインの首都がマドリッドに移ったことで、トレドが
急速に衰退したことは事実であるが、スペイン魂の故郷はやはりトレドであるに相
違ないのである。写真は大聖堂からエル・グレコの家に移動する道すがらにシャッ
ターを押したもの。
井尻 千男(拓殖大学名誉教授)
たんのう
『新聞や雑誌はいらない』。WEB上のコミュニケーションが多様化するにつれ、方々で言われて
編
集
後
記
いるこの言葉について。容易に「情報」が入手できるようになり、メディアリテラシーがもてはやさ
れ、誰もが情報収集に走る。その姿は滑稽で、何ともメンドクサイ世の中になった気さえ私はして
います。そういった意味では『新聞や雑誌』しか情報源がなかった世の中は、シンプルでよかったの
では?と思うことがあります。会報ARESに携わる身として、努力さえすれば誰でも手に入る情報
ではなく、ここにいるからこその情報を発信できるよう、精進せねばと思う初秋でした。 (山本)
会報「ARES」第47号 平成22年9月30日発行
編集発行 社団法人不動産証券化協会
〒107-0052
東京都港区赤坂 1-9-20 第16興和ビル北館1階
TEL:03-3505-8001
FAX:03-3505-8007
URL:http://www.ares.or.jp
社
団
法
人
不
動
産
証
券
化
協
会
大聖堂近くの街並
(トレド・スペイン)
提供●井尻 千男
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