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Yukos事件とロシアPS法の行方 - JOGMEC 石油・天然ガス資源情報
「Yukos事件とロシアPS法の行方」 棚 村 秀 樹 [email protected] 石油公団モスクワ事務所 国際石油業界はこれまで,ロシアの石油・ガス開発投資に関しては,過去猫の目のように変 わってきた同国の税法に対する警戒感から,あらかじめ政府取り分が契約で法的に固定される PS契約(生産物分与契約)が適用される案件以外には,大型投資は困難であると見なしていた。 そのPS契約適用可能な油田・ガス田は,個別に法律で明示される必要があったため,国際石油 業界やその意を受けた米国政府が,過去数年間にわたりPS契約対象リストを大幅に増加するよ うロシア政府・議会に対して強力なロビーイングを行ってきた。一方,過去数年間で急速に力 をつけてきたロシアの民間石油会社Yukos等は,良質な油田・ガス田の権益を外国石油会社に 渡さずに自分達の権益となるようにPS契約の拡大に対して,これまた強力な反対ロビーングを 行ってきていた。そのような状況下で,BP始め国際石油会社側は,ロシアの税法がここのとこ ろ安定化してきたので必ずしもPS契約にかかわる必要がなくなってきたとして,ロシア企業買 収や個別油田のライセンス取得に意欲を見せ始めている。ところが2003年10月末に突然,反PS 契約キャンペーンの急先鋒であったYukosのホドルコフスキー社長が脱税容疑で逮捕され,反 PS契約キャンペーンが勢いを失うと同時に,露企業株式の買収リスクが改めて注目される状況 になるという,有為転変の状況が続いている。 のオーナーであるロマン・アブラモビッチにプ ーチン大統領が提案を行ったという噂も出始め 1.はじめに ている。これらビジネス界と並行して政界で4 人々の関心がアメリカメジャーリーグのワー 年ぶりに行われたロシア下院議会の選挙では, ルドシリーズの行方に集まっていた2003年10月 与党「統一ロシア」の圧勝となった。政界及び 末,Yukos前社長ホドルコフスキーは,横領, 脱税などの7件の容疑により西シベリアをチャ ビジネス界に多くの変化を迎えつつある今のロ ーター機で出張中,途中の給油地ノボシビリス ることとしこの稿をまとめたい。 クでなだれ込んできた20人の捜査官によって拘 束された。この逮捕に異を唱えたアレクサンド 2.資源法とPS法の概略説明 シアを,外国資本の投資環境の観点から考察す ル・ヴォロシン大統領府長官は3日後に辞表を 提出し解任された。ホドルコフスキー及びヴォ ここ10年来,欧米メジャーは繰り返し, ロシンは共にエリツィン前大統領側近「セミヤ Production Sharing Agreement(生産物分与 ー(ファミリーの意)」であった。同日,最高 検察庁はYukos株式の差し押さえを実施し,現 契約,以下PSA)がロシアに投資するにあたっ て最も好ましい形態であると口にしてきた。そ 在も39.5%の株式が差し押さえられている。ま の理由としてこの国では,税制度が官僚達によ た11月末には,4月に合併が合意され世界第4 位,ロシア国内では当然1位の石油会社になる って頻繁に変更・修正され,よってプロジェク はずであったYukosSibneftが唐突に合併停止を ができないという,予見不可能な状況が挙げら 発表した。詳細な事実関係は不明だがSibneft れる。 石油/天然ガス レビュー ’ 04/1・3 トの投資に対する見返りを正確に試算すること ― 98 ― これに対し,PSAはすべてのプロジェクト全 期間に渡って税金を含め事業の条件に関する取 下資源法の枠組みを基礎に制定された「生産物 り決め=契約をロシア連邦政府と結ぶもので, その法的根拠を与えられている。PS法はロシ ア自身では開発が困難な地下資源の探査・開発 分与協定法について(以下,PS法)」により, 将来の収益及び納税額を確実に予見することが できる形態である。 しかし一方で,ここ数年ロシアでは税法典の に海外の投資家が参加し得る良好な環境を提供 整備が進んで来た。恣意的な税率の変更が投資 な点で特例事項を定めている。それぞれの概要 家の権利を脅かす機会が減り,通常の税制下で については表1を参考されたい。 するために,地下資源法が定める幾つかの重要 プロジェクトを遂行することが可能になってき 新法導入によりPSA発効のための厳しい条件を PS対象鉱区リスト法は1997年7月に成立し, その後も6回追加されている。特定の鉱区の開 追加したため,Grandfather条項の適用される 発権を巡る入札(あるいはオークション)の結 現に進行しているプロジェクトを除きPSAを志 向していたプロジェクトは暗礁に乗り上げてし 果,探査権もしくは採掘権を得て開発事業を開 まった。 って地下資源法とPS法ではどのような違いが ている。他方PSAに関し,2003年6月に議会が 始し商業生産が開始される過程で,投資家にと あるかは表2のように整理される。 このような状況にあって,欧米メジャーの中 に,PSAではなく現行の税制の中で,ロシアの 石油会社に直接投資をする可能性について検討 3.最近の地下資源法を巡る動き する動きが出てきた。TNK-BPという英ロの持 ここ3年間,ロシアの一般税制は大きな変化 ち株会社の設立や,ExxonMobilや を遂げている。ロシア議会は,石油探鉱を実施 ChevronTexacoのYukos株式の売買交渉などで する地下資源利用者のみならず一般を対象とし ある。 ている付加価値税(VAT),収益税,消費税と いった税金に対しても制度改正を進めている。 まずここで,現在のロシアにおける石油・ガ ス開発に関する法律について確認しておきた 2000年にロシア連邦政府は税制改革を実施し, その目的は以下の通りであった。①ビジネス業 い。ロシア連邦領域の地下資源の開発は,陸 界全体に対して段階的な減税を図る。②企業に 域・海域を問わず1992年に施行され1995年に修 正された「地下資源について」の連邦法(以下, とって納税の逃れ道になっていた,いわゆる, 地下資源法)に基づいて行われている。一方, 減し,納税額を低めに抑えるため納税者が使っ サハリンでの開発プロジェクトは,ロシア連邦 ていたグレーなスキームを止めさせる。④市場 政府及びサハリン州政府と石油会社の間で締結 の動向による適用税率の予見性を高める。 法律の空白部分を埋める。③過大な税負担を軽 されたPSAに従って行われているが,これは地 表1 地下資源法 PS 法 ロシア連邦では地下資源はすべて国有である。ロシア連邦,もしくは海外の投資 家はロシアにある地下資源の探査と開発・採掘の権利を得ることができ,投資家 は地下資源の採掘を行う権利を入札(あるいはオークション)を通じて獲得する。 入札の実施者はロシア連邦天然資源省と当該地区の連邦構成主体である PS 法に基づいて開発する鉱区はあらかじめ議会で承認されなければならない。投 資家は「PS 対象鉱区リスト法」によって承認された鉱区の中から投資適格地を選 定するか,選定した鉱区を「PS 対象鉱区リスト法」によって認めてもらわねばな らない ― 99 ― 石油/天然ガス レビュー ’04/1・3 表2 P S 法 地下資源法 連邦政府(経済発展・貿易省)および当該連邦構成主体 規定あるがあいまい 規定なし 規定あり 規定なし 可能 保護される 規定なし ロシア企業,外国企業とも可能 ロシア企業,外国企業とも可能 PSA にはロシア企業の参加を 条件として 開発権入札(ある いはオークション)を実施 天然資源省に登録されている 「PS 鉱区リスト」で承認された 鉱区の選定 資源,もしくは個別の小規模鉱 すべての地下資源 区に該当する資源 大陸棚及び経済専管水域にある 鉱区の PSA は議会の承認をも って発効する すべての埋蔵物の開発に必要な 探査権5年,採掘権 20 年,探査・ 開発権 採掘権 25 年 期間 地下埋蔵量の 30%を超えない 制限なし 開発資源量 必要 環境アセスメント 全体の 70%(価格ベース)の 制限なし 開発・生産資機材の手配 ロシア製機材を採用しなければ ならない 全体の 80%(人数)はロシア 制限なし 開発に携わる被雇用者 人でなければならない 輸出制限なし 資源により輸出制限あり 生産物の輸出制限 ロシア国内・海外とも銀行口座 一般ロシア企業と同じ扱い 銀行口座・外国為替 開設は自由 ロシア国内の銀行に口座開設 海外に口座開設するにはロシア 輸出による獲得外貨のルーブル 中央銀行の許可が必要 輸出に への換金は強制されない よる獲得外貨は規定に従いルー ブルに強制的に換金 海外の開発・生産資機材の輸入 開発会社設立資本の一部として 免除 輸入する場合に限り免除 にかかわる関税,付加価値税 付加価値税,物品税,関税 免除 生産物の販売にかかわる税 課税(採取量×個別に定める) ボーナス,探鉱・評価にかかわ 地下資源利用税 領海内地下資源(サハリン)の る年次払い,ロイヤリティーか 場合は6− 16% らなる 課税 課税(協定調印時の税率を全開 収益税 発期間適用) 拠出(採取量×個別に定める) 免除 地下資源探査基金控除 課税 免除 土地税(水域の場合水域税) 課税 免除 その他の法人課税 比較項目 管轄機関 主権(裁判権)免責の放棄 投資財産の保証 権益譲渡 既得権益 開発者登記先 石油/天然ガス レビュー ’ 04/1・3 ― 100 ― これらの改革により,地下資源利用者が収め (およそ32ルーブル(約128円)/1,000m3)か る税金はより予見可能性が高まり,石油開発会 ら定額の107ルーブル(約428円)/1,000m3に 社は将来の自分達の操業についてより確実に立 修正される。ガスの関税は5%から30%へ引き 案することができるようになった。前出のビジ 上げられる。 ネス業界全体の減税のために取られた措置は以 「税制改革の目的は,石油会社の負担を減ら 下の通りである。①2001年1月から,個人の所 得税率が引き下げられ,過去においては高額所 すことである」とセルゲイ・シャタロフ財務省 得者に対し最高35%までの適用があったが,す 第一次官は語っている。「2000年においては, べての課税対象者に対して一律13%となった。 石油会社の税負担は収益の70−75%を占めてい ②2002年1月から利益税が35%から24%へ引き 下げられた。また,再投資を目的とした収益を たが,税制改革の後は56−58%となる見込みで ある」。しかし実際には石油開発会社は以前か 控除対象としていたことが廃止された。③2003 ら知恵を絞って節税対策を講じていたため,財 年1月から利益の1.5%の道路利用税が廃止さ 務省の計算によれば,税負担は収益の60%程度 れた。④2004年1月から付加価値税は20%から を占めていたに過ぎないという。 18%へ引き下げられる。売上税は,地域により 0%から5%の幅があったが,今回廃止される。 ⑤2005年1月からは雇用主が従業員のために支 払っている統一社会保障税の引き下げが提案さ れている。現在定額所得者(年間給与が3,400 ドルまで)に対して35.6%の適用がある。 ところで11月17日付のコメルサント紙によれ ば,アレクセイ・クドリン副首相兼財務大臣の イニシアチブのもと,連邦下院の予算委員会は, Yukos,Sibneft及び他の多くのより小規模な企 業が節税のために利用しているロシアの3つの 「国内オフショア・ゾーン(カルムィキヤ共和 地下資源利用者のかかわる税金に対しても重 国,チュコト自治管区,モルドビア共和国)」 要な変化が起きている。①2002年1月から消費 税,地下資源利用税,鉱物の再生産のための税 を廃止すべきとの決定を下した。Yukos, 控除という3つの税システムの代わりに,「鉱 物採取にかかる税金(以下,FTP)」が導入さ れた。国際石油市場の動向により値上げの可能 Sibneftを始めとするロシア企業は,2002年 「国内オフショア」を利用して合計で約15億ド ル分の収益税を節税することに成功したといわ れている。 性はあるが,2005年末までこのFTPは,1t (約7.3bbl)あたり340ルーブル(約1,360円)で 石油会社は,税制の改革を歓迎しているのみ ある。2006年からはロシア国内市場の原油価格 ならず,改革立案のプロセスにも参加している。 の16.5%となる。現在の国内価格は平均して約 Yukos,Sibneft,Lukoil,TNKなどの主だった 会社は積極的に下院議会や連邦政府に自分達に 63ドル/t(約9ドル/bbl)である。②2002年 1月から国際石油市場の原油価格に応じ,輸出 とって有利な投資環境になるよう,法律を修正 原油の関税率を導き出す計算式が制定された。 するロビー活動を行っていた。それらの活動に 油価が1bblあたり15ドルまでは関税はかから より,例えば,国際石油市場の原油価格の動向 ないが,20ドルで1.75ドル,25ドルで3.5ドル, により関税が計算できるようになった。彼らは 30ドルで5.5ドルがかかる。以前はロシア連邦 政府が頻繁に関税率を変更しており,これが石 また,原油の生産者が等しくパイプライン等の 輸出施設を利用できるように働きかけていた。 油開発会社にとっての予見不可能を招いてい 税制改革により,2002年には石油会社が支払 た。③2003年1月から石油製品について,原油 ④2004年1月からガス生産に対しても新税法が う税金は収益の36%で安定している(参照 表 3及び表4)。重要なことは,油価動向にもよ 導入される。ガス生産のFTP率が現行の16.5% るが,これらの税制改革によって何年も先の税 の90%の関税がかけられるように制定された。 ― 101 ― 石油/天然ガス レビュー ’04/1・3 金の支払いを確実に予測することができるよう あろう。なぜなら,既存のライセンスの枠組み になったことである。よって,外国投資家に自 の中にある税制は整備され,既述の通り何年も 分の会社の資産を売却したいと考えているロシ 先の石油生産に基づき売上と利益を算出するこ ア企業は,グローバルスタンダードを持つ会計 とが可能になったからである。しかし,ロシア 事務所にさえ依頼すれば,購入に興味を示す投 に投資する外国投資家は常に以下のリスクを考 資家にプロジェクトからの収益報告書を提示す 慮する必要がある。①当局とYukos社の事件が落 ち着いた後には,下院議会や連邦政府内での, ることができるになった。 石油開発会社にとって都合のいいようなロビー しかし最終的には,身勝手で積極的過ぎた下 活動は困難になり,むしろ石油業界に対する増 院議会や連邦政府でのロビー活動は,Yukosと 税が予想されること。②既に下院議会のための 当局の衝突を生み,結果2003年10月にはホドル 選挙キャンペーンで石油生産者に対する増税の コフスキーは拘留され,約40%もの株式が最高 検察庁に差し押さえられる目にあった。この出 議論が活発になってきているので,2004年から 来事は,オイルマン(仮にもホドルコフスキー 2005年にかけてかなりの確率で税金の負担が強い られること。③経験豊かなロシアの企業は税金 をオイルマンと呼べるのなら)の行き過ぎた節 逃れのノウハウを心得ているが,同じ方法が外 税対策にも起因している。当局側の目的は,少 国の企業に対しても通用するかは疑問が残るこ なくとも下院議会や連邦政府内での石油会社が と。④一般にロシアの会社は垂直統合型の経営 構築したロビー活動のシステムへの打破であっ をしているところが多く,精製会社は生産会社 たことは言うまでもない。 から低価格で原油を購入することができるのに 対し,外国投資によるジョイントベンチャー ロシアの会社の株式を購入したいと思ってい (以下,JV)ではその様な恩恵にあずかれないこ る外国の投資家は,90年代後半と比較して今の方 が投資しやすい環境であることは否定しないで と。 以上見てきたように,ロシアの石油会社の資 表3 2002年 ロシア連邦石油業界の収益 項 目 原油輸出による収益 石油製品輸出による収益 国内市場における原油および石油製品販売による収益 長期貸付 合計 収 益(10 億ドル) 29.7 12.9 14.5 3.4 60.5 出所:Yukos 表4 2002年 ロシア連邦石油業界の支出 項 目 操業費 原油および石油製品の輸送費 開発投資費 税金 資産の購入 配当 合計 支 出(10 億ドル) 15.2 9.0 10.0 21.7 2.8 1.8 60.5 出所:Yukos 石油/天然ガス レビュー ’ 04/1・3 ― 102 ― 産を購入することは魅力を増してきてはいるも のの,依然としてリスクが伴っている。リスク た。その結果この修正法案が成立する前にPSA リストに名前を連ねていた地下資源利用者のう の中で実現してしまう可能性が高いのは税負担 ち,PSA締結に至らなかった企業は頭を悩ませ の増加であろう。けれども外国企業はこれらの リスクを負担する準備があるように見受けられ ることとなった。すなわち,PSAではなく通常 の税制下で開発を進めるべきか,または修正法 る。なぜなら,国際市場ではロシアの石油会社 案にのっとって煩雑でしかも開発の権利を失う は,他の欧米石油会社と比べてリスクを加味し 可能性のあるオークションを実施すべきかであ た分安い金額で買い取られているからである。 る。 ロシアは,開発の準備が整っている資産を購入 する大きな「買物」ができる世界の中でも最後 この修正法案は1995年にPSA法が施行される の場所となっている。 前にPSAが締結されたサハリン−1,サハリ ン−2,ハリヤガの3つのプロジェクトに関し 4.最近のPS法を巡る動き ては適用されない。また,リスト中のPSAが未 締結の鉱区のうち,RosneftやGazpromという 6月の新法導入に伴うPS関連法の変更は, PSA適用を望んでいる国営会社がロビー活動し 2003年の中で最もインパクトの強い出来事であ たとされる,バレンツ海のPrirazlomnoyeや り,外国企業やPSAでの操業を考えていたロシ アの投資家にとって,やる気を失わせるもので Shtokmanという鉱区にも,この修正法案の例 あった。ロシア連邦の税法典に「PS法による開 発に適用される税制」という新しい章が追加さ れ,PSA締結に関連する諸法規が修正された。 外措置が取られるという説が有力である。 新法導入の背後には,Yukos社やSibneftの強 力なロビー活動があったことが知られている。 これらの会社は,質の高い埋蔵量を所有し外国 今回採択された修正は,主にPSA締結の手順に 関するもので,煩わしい手順や制限を追加する 投資家へ自分達の株式を売却しようとする動き ことにより,PSAの申請を押さえようとするもの である。この修正では連邦政府の生産物の取り 姿でロシアに参入できてしまうPSAが簡単に適 用できるものであれば,外国石油会社は無理し 分は32%以上ということが規定されるようになっ てロシアの石油会社の株式を買うことはなくな た。これまでPSAにおけるコスト回収枠の上限は 定められていなかったが,今回の修正により, る。これら2つの会社は将来自分たちの株式を 通常の鉱床においては75%未満,大陸棚鉱床にお を実施したとみられる。 があった。つまり,外国石油会社がそのままの 売却する考えがあったため,強硬なロビー活動 いては90%未満にすることが定められた。これに より原油生産が開始された時点から,連邦政府 新法導入は今後の石油ガスプロジェクトの PSA適用の可能性を著しく悪化させた。例えば, が生産物の取り分を持つこととなった。 新法導入の結果,具体的にはPSA締結を希望 する場合はオークションを実施しなければなら なくなった。詳しく説明すると,未締結のPSA ExxonMobil,ChevronTexaco,Rosneftは1993 年の入札でサハリン−3を落札したにもかかわ らず,PSA締結に至ることができず,2003年9 月の第2回米露エネルギーサミットで 鉱区の地下資源利用権を有する企業がPSA締結 を希望する場合は,通常の税制下での開発を前 ExxonMobilのレックス・ティラソン副社長は 提とするオークションを実施しなければならな スで事業を行うと発表した。 PSA締結を断念し,通常の探鉱・生産ライセン い。当該のオークションで応札者の不在が確認 された後,当該鉱区のPSA方式での開発権を巡 るオークションが改めて実施されることとなっ 同様に,「石油と資本」の2003年7月号によ れば,TNKもPSA対象鉱区リストにウヴァト ― 103 ― 石油/天然ガス レビュー ’04/1・3 鉱区を入れることに成功はしたものの,6月の 準ずる投資形態を指す。現在下院議会でその法 PSA法修正の前にPSA締結をすることができ 案の導入について検討を進めているが,12月に ず,同社の代表はPSA締結をあきらめていると 語り,通常の税制下での開発への移行を決定し 選挙を控えているため議論が滞っている。 ている。 単純な理由かもしれないが,PSAの復活また は利権契約の導入が今後クレムリンの中で活発 ところで,Yukos,Sibneft,TNK及びLukoil の4社は,最近まで協力して下院議会や上院議 な議論を呈すると予測されるのは,最近の大統 会へロビー活動を行ってきた。しかし,この4 領府の人事異動が大きく影響している。Yukos 事件を受け辞任したアレクサンドル・ヴォロシ 社の一致協力にも変化が出てきている。まず, ン前大統領府長官の後をドミトリー・メドヴェ TNKはBPに売却され,PSA賛成派のBPが ージェフ前第一副長官が引継ぎ,メドヴェージ YukosやSibneftと足並みをそろえてPSA反対の 方針で下院議会でロビー活動をすることは到底 ェフの後任となったドミトリー・コザック第一 副長官こそ地下資源利用の改定を提唱する中心 考えられなくなった。SibneftはYukosと合併の 人物で,2002年には利権契約の導入の提案を行 方向で合意していたが,Yukosは今危機に直面 った。もちろんその提案に対しては,Yukos側 からの猛烈な攻撃的な批判を受け,当時進展は している。下院議員でYukosの3.11%の株主で もあるウラジミール・ドゥボフは今回の統一ロ みられなかったが。 シア党の下院議会の選挙リストから削除され, 現在,連邦政府は引き続き,利権契約と呼ば 議員生命を失った。 Lukoilは前述の3社とは異なり,Rosneft, Tatneft,Surgutneftegazという別のグループ との関係回復を目指した。これら4社により, 鉱床の年齢により異なるFTP率を導入すると いう資源採掘税の改定案を政府に提案中であ る。PSA締結が困難となった今,ロシアの石油 分野における鉱床開発促進のためには,鉱床に れるPSAに代わる地下資源に関する新しい代替 案の準備に取り組んでいる。この利権契約の形 態は国家と地下資源利用者との契約であるとい う意味ではPS法と変わらない。利権契約では 国家に支払われるのはロイヤルティー,収益税, 地方税となる。 5.ライセンス方式とPS方式の特徴 より税制を変化させるという税金面での個別の 通常の税制下のプロジェクトは,税制改正の アプローチが必要である。YukosやSibneftとい った若い鉱床を中心に生産を行っている一部の 影響をまともに受けてしまう。連邦政府と地方 会社を除き,資源採掘税を改定する必要性の認 自治体には,新しい税法を導入する権限がある。 識は高まっている*1。 つまり当局は,投資家の契約の不履行が認めら れる場合などに新税法を導入することにより, また,これら4社が同時にPSAを復活させよ うとしている動きは無視できない。Rosneftの 投資環境を変更し納税額を調整することが可能 である。 スポークスマンは「PSAが存在しない限り,東 シベリア,極東大陸棚での開発は困難を極める」 前述のように過去3年間ロシア連邦政府は, と述べた。GazpromもPSAに対して積極的か ビジネス業界への税負担を軽減する方針を示し つ肯定的な態度を示している。 ており,石油会社の権利を脅かすことはしてい ない。そうすることができた背景には次の2点 PS法の新しい動きとして,PSAに代わる 「利権契約」の導入が挙げられる。ロシアでい が挙げられる。①高油価に支えられ,当局は国 う利権契約は中東や豪州のとは異なり,PSAに アの石油会社はロビー活動を活発化させ,その 石油/天然ガス レビュー ’ 04/1・3 家予算に必要な十分な収入を得てきた。②ロシ ― 104 ― 対象を広げてきた。けれども仮に将来低油価時 代を迎えることになれば,連邦政府は国家予算 にできた穴を埋めるために投資家に不利な税法 を導入する可能性も出てくるだろう。 Yukosの株主がこの問題を難なく潜り抜け,会 社の財務的なフローも引き続き維持することが できれば,Yukosの株主は今後地下資源の利用 に関する国家政策の作成過程において大きな発 言力を持つことになるであろう。もっともこの 通常の税制下で操業している資源利用者と ようなことは,今回の事件がロシアのみならず PSAの枠組みの中で操業している資源利用者を 世界中の人々の関心を集めている以上ありそう 比較すると,PSAの地下資源利用者の方がより もないことではある。 保護されている。まず,PS法によれば,サハ リン−1,サハリン−2及びハリヤガの3つの プロジェクトには新たな税金は課せられない。 逆にもし法執行機関が今回Yukosの抵抗に屈 することなく,自分達の主張を通すことができ つまりPS契約には税の項目が決められており, た場合は以下のことが起こりうるだろう。①石 簡単に増税できない。またPSAは,通常のライ センスとは異なり,国家と地下資源利用者との 油業界の政策及び方針決定は,Rosneft, 間の契約になるので,国家も契約者としての責 Gazprom,Surgutneftegazといった国営会社あ るいは国家に忠誠心を有する会社がリードして 任を引き受けることになる。R/D Shellのロシ ア支社の副社長のオレグ・ルミャンツェフは, いくことになる。②法整備が進みYukosのよう な脱税行為が不可能となり,石油業界の納税額 「我が社が従事しているサハリン−2プロジェ が徐々に上昇していく。③PS法及び関連する クトは,ロシア大統領と政府から法律・政治面 諸法規が復活する。④RosneftやGazpromなど での支持を得ている。従って同プロジェクトに 関する保障事項を変更しようとする試みは,い の国営石油会社が,PSAの利用を主張し外国企 業のロシアのプロジェクトへの参加が増える。 かなるものであれ,すべて国家政策に反するも ⑤地下資源法の改定・修正が行われ,利権契約 のとなる。まさに当該の保障を基盤として, といった新しい形態での作業が可能になる。 我々は2003年5月に100億ドルの投資をサハリ ン−2に対し実施するという決断を下したの プーチン大統領は,ベレゾフスキーやグシン スキーとの間の問題(注:2人共メディアを利 だ」と語っている。 用したプーチン政権批判を行ったことからロシ しかし現実には6月の新法導入及びそれに伴 ア国内に留まることができず,ベレゾフスキー うPS法の修正がPSA自身の締結の足かせとな っていて,現在のロシアでは「増税がない」と はロンドンへ,グシンスキーはイスラエルへ逃 いうPSAの利点を活用するのは困難となった。 よってロシアの現行の法システムは次の二者択 避中) からもわかるように,危機に直面する と断固たる行動をとる傾向がある。大統領は, 一を投資家に迫ることとなる。すなわち,将来 今回のYukosとの衝突によって,今後彼らの株 主が地下資源の利用に関する国家政策等に影響 税制が好ましくない方向で修正されるリスクを を与えないように押さえ込みたい考えである。 承知でロシアの会社に対し投資を実施するか, より予見可能で不確定要因が少ないPSAの復活 他方,ホドルコフスキーはベレゾフスキーや (正しくは修正されたPS法の再修正)または利 グシンスキーと異なり,自分の身を守るために 陣営を整え,連邦政府からの攻撃に対し,ロシ 権契約の導入まで待つかである。 アの一部議員及び諸外国から政治的な支持を取 6.PS法の将来 り付け積極的なPRキャンペーンを行った。こ の衝突の決着点については,前社長が逮捕され PS法の将来はYukosと法執行機関との間で現 在も続いている攻防戦にかかっている。仮に た後も代理人たちが抗議活動を展開しており, 現段階で予想することはできない。 ― 105 ― 石油/天然ガス レビュー ’04/1・3 ロシアの石油会社の株式購入の交渉は,Total, この事件とは関係なく,PS法の再修正が実 施されるとすれば次のような要因からであろ う。①東シベリア,サハリンの大陸棚,カスピ Shellという会社も進めている。彼らは ExxonMobilのようにロシアの巨大な石油会社 の一部を買い上げるというのではなく,プロジ 海,バレンツ海といった新しい地域での石油開 ェクトごとにロシア側とJVを設立できるかど 発の国家政策が積極的に策定されること。②コ うかを検討している。 ビクタガス田をPSAで開発したいと主張した BPに追随して,ロシア市場にPSAでの投資を 主張する外国投資家が出現すること。③油価が ConocoPhillipsはノーザンテリトリー・プロ ジェクトの共同開発について鉱区を保有してい 低迷し,石油会社が自分たちの資力で新しい地 るLukoilとの交渉を1998年から進めている。こ れに対しトロイカ・ジアログ社のアナリストの 域の石油開発を控える可能性が出てくること。 ヴァレリー・ネステロフは「ノーザンテリトリ ーは非常に有望なプロジェクトである。Lukoil 7.欧米メジャーの動き とConocoPhillipsが合弁企業を設立し開発を行 2003年には次の出来事によって,欧米メジャ ーがロシアの石油会社の株式の購入に対して準 うのは非常に合理的であると思う。Shellのヴ ェルフネサルィムスコエ鉱床における事例,並 備が整っていることを示した。①4月,Yukos とSibneftの合併に関する協定が締結された。 びにハンガリーのMOLの西マーラバルィクス コエ鉱床における事例が示すように,外国企業 ②同じく4月,Marathonが西シベリアで生産 はPSAではない通常の制度下でもロシアで活動 しているKMOCと合併した。③6月,持ち株 することができる」と語っている。 会社TNK-BPを設立することにBP及びTNKが 合意した。④9月,ExxonMobilと 2003年10月,米系メジャーが精力的に押し進 ChevronTexacoがYukosSibneftの株式購入の めていたYukos株式の購入は,前社長ホドルコ フスキーの逮捕及びそれに伴う最高検察庁の約 交渉を開始した。⑤10月,ムーディーズのロシ アへの投資に対する評価が投資適格とされる Baa3へ2段階上がった。これは21段階評価の 中で10番目である。 6月の新法導入以降,PSA締結の実現が困難 になったことから欧米メジャーのロシアの石油 40%の株式の差し押さえにより凍結してしまっ た。現在はExxonMobil及びChevronTexacoと も様子見の姿勢でこの状況を見守っているが, 状況が落ち着きYukosの今後の動向が見えるよ うになれば,交渉を再開する準備があると語っ ている。 会社の株式購入への意欲はますます高まった。 2003年4月,ExxonMobilのマネジメントは, あるアナリストは,Yukosと当局の衝突は, PSA形態での投資の可能性を検討していると語 ったが,既に9月にはその方針を翻して むしろYukos株式を欧米メジャーに売り込むこ とを早めるのではないかという見解を示した。 YukosSibneft株式の購入を交渉するようになっ た。商業ベースの採算性という観点から考えた Yukosの株主達は,株式を売却する気構えはな 場合,今後どうなるかわからないサハリン−3 (ExxonMobilがオペレーター)に巨額の資金を 投下するというリスクを犯すより, く,むしろ2−3年待ってSibneftとの合併に よって価値が上がるのを待つ構えであった。し かし,当局との関係が悪化し,またSibneftと YukosSibneft株式を購入することのほうが確実 の合併も停止してしまっている現在,Yukosの 株主は株価の下落を覚悟しなければならない状 性が高いとみている可能性がある*2。 況に陥った。 ExxonMobil,ChevronTexacoだけでなく, 石油/天然ガス レビュー ’ 04/1・3 ― 106 ― 近い将来当局は,今後のYukosがどうなるか 明らかにし,将来のロシアへの外資による投資 資源を用いて外見はロシアの石油会社の収益が の方向性を説明する必要がある。Yukosの力が 増加しているのに,実態は外国投資家の収益が 弱まり,Rosneftを始めとする国営会社が力を 増加することを快くは思っていないはずであ つけてくれば,PSA適用を希望する外国の投資 参加は増加するであろう。外国の石油会社はロ る。このことは,突き詰めればロシアのエネル シアの会社との協力関係を築き,豊富な埋蔵量 アの経済成長を支えている高油価もいつまで続 が確保される地域に対して,PSA適用のロビー くかは誰もが予測できない。ロシアの国営石油 活動を実施するであろう。 会社は新しい地域の開発をPSAで実施したいと ギー安全保障の問題に発展する。また今のロシ 考えているし,BPはこれからコビクタガス田 に続きサハリン−4及びサハリン−5をPSAで 実施していきたいとロビー活動することだろ 8.結論 6月の新法導入に伴うPSA関連法の変更によ り,現行の法制下ではPSA締結は困難を極めて いる。他方,通常の税制下は予見可能性及び透 明性が高まり将来の収益予測が立てやすくなっ う。Rosneftの子会社Sakhalinmorneftegasのラ ビル・ワリトフ社長は「サハリン−5は作業が 進んでおり来年には探鉱井の掘削を予定してい た。とはいえ,ロシアでは未だに予期せぬ税制 るが,もしこのプロジェクトにPS法が適用さ れないということになれば,我が国の税制では の改正が実施されるというリスクをはらんでい 投資家を誘致するのが大変難しくなる。下院議 る。このことについて,例えばYukosのホドル 会の対応を求めたい」と語ったと11月28日付の ベトモスチ紙は報じている。本誌(石油/天然 コフスキー前社長は,2003年2月のエクスペル ト誌のインタビュー記事の中で,「ロシアの石 油関連の税制はこの10年で50回も変更された。 1年平均で実に5回である」と税制の不安定さ を訴えた。2003年12月の下院議会の選挙では, 与党の「統一ロシア」が最大野党の共産党を抑 えて勝利した。2004年3月の大統領選挙におい てはプーチン政権が2期目に突入することが確 ガスレビュー)2003年7月号には,PSA法適用 は今後困難であろうという記事が掲載されてい たが,最近の一連の出来事を考慮すると,野球 に例えるなら9回裏ツーアウトまで追い詰めら れたPS法が,ひょっとして息を吹き返す可能 性が出てくるかもしれないと考えられるのでは ないだろうか。 実視されている。今回の事件により,Yukosか ら献金を受けていたとされる野党ヤブロコ,同 脚注 右派連合から国民の人気が離れる結果に終わっ 1.ロシア東欧貿易会 2003年9月30日ヴェド た。プーチン大統領は2000年の大統領就任時に 「強いロシア」を標榜した以上,自国の石油会 2.ロシア東欧貿易会 2003年11月5日ヴレー 社の株式が次々と外資に支配され,自国の天然 ミャ・ナヴァスチェイ紙訳者コメント モスチ紙訳者コメント ― 107 ― 石油/天然ガス レビュー ’04/1・3