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繊維産業を取り巻く - 独立行政法人 中小企業基盤整備機構
§Ⅰ.繊維産業を取り巻く市場環境動向に見る SCM 高度化の重要性 本章では、繊維産業を取り巻く環境動向を整理するとともに、現在の繊維行政の基軸となっ ている「繊維ビジョン」の課題認識とあわせて、繊維産業における SCM 高度化推進の必要性 を確認する。 1.本調査における繊維産業の構造認識 本調査においては、繊維産業を糸、テキスタイル、アパレル、小売の4業界に区分して分析 する。各業界に含まれる業種は下表に示すとおりである。 本調査における業界区分 業界区分 定義 含まれる業種 糸業界 テキスタイル業界 糸の製造・卸に関わる業種 生地の製造・卸に関わる業種 アパレル業界 製品の製造・卸に関わる業種 小売業界 製品の販売に関わる業種 糸加工業(化合繊・紡績・撚糸含む) テキスタイル製造業(織物、編物含む) 染色加工業(糸綿染、反染、整理含む) コンバータ等(産元・生地商社・生地卸商含む) 縫製業(ニット製品含む)、副資材業 アパレル業(製造卸含む) 小売業 出所:NRI 下図は繊維産業の業種連関を商流および物流を元に整理したものである。わが国の繊維産 業においては、これらの業種ごとに別企業体となっており、多段階の分業体制となっている。 繊維産業の業種連関と業界区分 糸業界 テキスタイル業界 糸発注 生地発注 生地発注 テキスタイル 製造業 糸加工業 アパレル業界 小売業界 製品発注 コンバータ等 アパレル業 小売業 製品 糸 染色発注 糸布 糸布 縫製指図 製品 生地 染色加工業 副資材発注 縫製業 副資材業 副資材 凡例 業界 業種 商流 物流 出所:NRI 4 【参考】業界区分と統計の対応について 前述した業界区分に基づき、日本標準産業分類(工業統計、商業統計等)とは、以下のよう に対応させて分析を行った。 本調査における業界区分と日本標準産業分類の関係 日本標準産業分類(平成14年3月改訂) 製造業 卸売業・小売業 糸業界 111∼113 5011∼5013 テキスタイル業界 114∼119 5014 アパレル業界 12 502 小売業界 ― 55・56 出所:NRI また、輸出入の現状分析においては、慶應義塾大学産業研究所1の定義に従い、貿易統計 HS コードとの対応を以下のように行った。 本調査における品目分類と貿易統計 HS コードとの対応 工程 原料 糸の製造 品目 原料 糸 糸の加工 生地の製造 生地 染色・整理 縫製 製品 貿易統計HSコード 5001 5101 5102 5103 5104 5201 5202 5301 5302 5303 5304 5002 5003 5004 5005 5107 5108 5109 5110 5203 5204 5205 5206 5306 5307 5308 5401 5402 5403 5404 5501 5502 5503 5504 5601 5007 5111 5112 5113 5208 5209 5210 5211 5309 5310 5311 5407 5408 5512 5513 5514 5515 5602 5603 5801 5802 5803 5804 5901 5902 5903 5904 6001 6002 6101 6102 6103 6104 6201 6202 6203 6204 5105 5305 5006 5106 5207 5405 5406 5505 5506 5507 5508 5509 5510 5511 5212 5516 5805 5806 5807 5808 5809 5810 5811 5905 5906 5907 5908 5910 5911 6105 6106 6107 6108 6109 6110 6111 6112 6113 6114 6115 6116 6117 6205 6206 6207 6208 6209 6210 6211 6212 6213 6214 6215 6216 6217 出所:慶應義塾大学産業研究所 1 辻村・溝下:「わが国繊維産業の現状と課題」, 2004.11, KEO DISCUSSION PAPER No.91, 慶應義塾大学産業 研究所 5 2.繊維産業の現状 1)縮小する繊維産業 わが国の繊維産業のうち製造に関する業種(繊維製造業2)は、事業所数で全製造業の7%、 従業者数で 4%を占め、重要な位置を占めている。 繊維製造業が製造業全体に占める地位 事業所数(総数 141,047 箇所) 従業者数(総数 7,340,312 人) 食料品製造業, 14% 食料品製造業, 14% その他, 27% 輸送用機械器具製造 業 , 12% 一般機械器具製造業, 12% 繊維製造業, 4% 金属製品製造業, 11% 一般機械器具製造業 , 12% 化学工業 , 5% プラスチック製品製造 業 , 5% 繊維製造業, 7% プラスチック製品製造 業(別掲を除く), 7% 金属製品製造業 , 7% 電子部品・デバイス製 造業 , 7% 電気機械器具製造業 , 7% 出所:工業統計(平成 16 年)より NRI 作成 しかし近年の輸出の不振ならびに製品輸入の急拡大に伴う構造的な不況に伴って、転廃業 や倒産などに伴って、事業所・従業者ともに減少を続けており、産業全体としては縮小傾向に 歯止めがかからない。 縮小する繊維製造業 事業所数の推移 事業所数 全製造業に占めるシェア 80 1,400 14.0% 従業者数(人) 全製造業に占めるシェア 16.0% 60 12.0% 50 10.0% 40 8.0% 30 6.0% 従業者数(千人) 14.0% 全製造業に占めるシェア 70 事業所数(千箇所) 従業者数の推移 18.0% 1,200 12.0% 1,000 10.0% 800 8.0% 600 6.0% 400 4.0% 20 4.0% 10 2.0% 200 2.0% 0.0% - 0.0% 19 81 19 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 91 19 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 99 20 00 20 01 20 02 20 03 20 04 19 81 19 82 19 83 19 84 19 85 19 86 19 87 19 88 19 89 19 90 19 91 19 92 19 93 19 94 19 95 19 96 19 97 19 98 19 99 20 00 20 01 20 02 20 03 20 04 - 全製造業に占めるシェア 90 (年) (年) 出所:工業統計(従業者 4 名以上の事業所の集計) 2 工業統計における製造業の中分類のうち、「繊維工業(衣服・その他の繊維製品製造業を除く)」と「衣服・その他 の繊維製品製造業」の合計を繊維製造業とみなしている 6 繊維製造業の倒産件数(累積) 5,000 4,500 4,000 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 出所:企業倒産調査年報 7 2)繊維産業縮小の原因 (1)概要 前述した繊維産業の縮小の原因として、以下の 3 点が挙げられる。 ①プラザ合意以降の円高に伴い輸出が縮小した 輸出の多かった生地や原糸が販路を失い、糸加工業、テキスタイル製造業、染色加工業等 に影響を与えた。 ②少子高齢化や携帯電話等の新たな支出項目の増大などの家計消費の構造が変化したこと により国内市場が縮小した これにより、低価格化などの影響が現れた。 ③中国産を中心に海外からの製品輸入が急拡大した 小売やアパレル業が調達先を海外に切り替えたことにより、縫製業より川上の各業種、業界 の生産が減少した。 これらにより、国内の繊維製造業は大きな影響を受けている。これを繊維産業の構造に当て はめてみると下図のようになる。 次項よりこれら 3 つの原因を個別に見てゆく。 繊維産業縮小の原因とその影響範囲 海外生産品 製品輸入拡大:中国産を中心に急拡大 テキスタイル 業界 糸業界 アパレル 原糸 生地 テキスタイル 製造業 糸加工業 コンバータ等 染色加工業 原糸 小売 業界 製品 製品 アパレル業 小売業 縫製業 副資材業 製品 生地 業界 製品 輸出縮小:プラザ合意以降の円高の影響 外需 凡例 業界 業種 商流 国内消費市場 国内市場縮小: 世帯の世代構成変化 や家計消費多様化の 影響 物流 出所:NRI 8 (2)輸出の縮小 1980 年代前半までは輸出が盛んであったが、1985 年 9 月のプラザ合意後に進んだ急速な 円高により急速に外需が減少し、輸出額はピーク時の3分の2の水準に落ち込んだ。しかし、 生産調整は進まず、生産力過剰から構造的な不況となった。 為替レートが比較的安定している 1990 年代以降も、輸出額は 1 兆円弱で推移している。 対ドル為替レートと繊維製品の輸出入額の推移 3.5 350 プラザ合意 (1985.9.22) 250 2.0 200 1.5 150 1.0 100 輸出額 輸入額 年末為替レート 0.5 年末為替レート(円/USドル) 300 2.5 50 2003 2001 1999 1997 1995 1993 1991 1989 1987 1985 1983 1981 0 1979 0.0 1977 輸出入額(兆円) 3.0 出所:貿易統計(輸出入額)、日本銀行(年末為替レート)よりNRI作成 9 (3) 製品輸入拡大 急速な円高が進んだ 1980 年代後半から、繊維製品の輸入が急拡大した。品目別に見ると、 衣料・同付属品(最終製品)の寄与が大きく、現在では繊維製品輸入の 8 割を占めるに至って いる。 繊維製品輸入の推移と衣料等輸入額の比率推移 100% 輸入額 輸入のうち衣料・同付属品 衣料・同付属品輸入比率 90% 2003 2001 1999 1997 40% 1995 0.0 1993 50% 1991 0.5 1989 60% 1987 1.0 1985 70% 1983 1.5 1981 80% 1979 2.0 1977 輸出入額(兆円) 2.5 衣料・同付属品の繊維製品輸入額に対する比率 3.0 出所:貿易統計よりNRI作成 このように衣料・同付属品の輸入が急拡大した結果、生産過剰に陥っていたわが国の繊維 産業は大きな影響を受け、特に縫製業を圧迫した。輸出額から輸入額を減じた「純輸出額」を 品目ごとに比較すると、製品の入超額が年々拡大しており、国内での縫製業が圧迫されてい ることが伺える。 品目別輸出超過額の推移(十億円) 1.0 輸出超過 0.0 -0.5 -1.0 -1.5 -2.0 輸入超過 原料 糸 生地 製品 その他 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 -2.5 1988 輸出額−輸入額(兆円) 0.5 繊維製品計 出所:慶應義塾大学産業研究所 10 前述したように、縫製業が海外生産との競争において大きな打撃を受けた背景にはわが国 の縫製業がかかえる構造的な課題があるものと考えられる。 ひとつには、わが国の縫製業は中小・零細企業も多く、生産規模の拡大による規模の経済を 享受しにくいことが挙げられる。事業所当たり従業者数は 17.2 名と全製造業平均の 6 割弱に 過ぎず、家族で経営される賃加工の縫製工場も数多い。 また、縫製業がその工程上の特性から労働集約的であり、製造コストに占める人件費のウェ イトが大きいことも影響していると考えられる。そのため、コスト削減のために安価な労働力を求 めやすい環境が醸成されていると考えられる。 一事業所当たり製造品出荷額等 参考:全製造業平均 70 60 50 40 30 20 10 0 繊維産業 (製造業)計 (テキスタイル業界 のうち染色加工業) テキスタイル業界 アパレル業界 (製造業) 一事業所当たり製造品出荷額等 一事業所当たり付加価値額 一事業所当たり従業者数 350 300 250 200 150 100 50 0 従業者数(人) 事業所の規模・生産性指標 糸業界 製造品出荷額等・付加価値額 (百万円) 繊維産業の規模・生産性指標 1,049.9 一事業所当たり付加価値額 375.7 一事業所当たり従業者数 30.0 労働生産性に関する指標(百万円) 20 従業者一人当たり製造品出荷高等 従業者一人当たり付加価値額 15 10 5 参考:全製造業平均 繊維産業 (製造業)計 アパレル業界 (製造業) (テキスタイル業界 のうち染色加工業) テキスタイル業界 糸業界 0 従業者一人当たり製造品出荷高等 35.1 従業者一人当たり付加価値額 12.5 出所:工業統計(2004 年)よりNRI作成 11 (4)国内市場縮小 繊維製品3の小売販売額は 1991 年の 20 兆円をピークに毎年減少を続け、2002 年にはその 約 75%程度まで縮小している。 繊維製品小売販売額の推移 年間商品販売額(兆円) 25 20 15 10 年間商品販売額 5 CPI補正後(2005年=100) 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 1987 1986 1985 0 (年) 出所:商業統計、消費者物価調査より NRI 作成 このような小売販売額縮小の要因として、一人当たりの繊維製品に対する支出額が減少して いることが挙げられる。 2 人以上一般世帯・世帯人員一人当たり繊維製品年間支出額 千円 80 70 60 50 40 30 20 10 CPI補正後(2005年=100) 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 1987 0 実額 出所:家計調査、消費者物価調査より NRI 作成 3 商品分類「紳士服・洋品」、「婦人・子供服・洋品」、「その他の衣料品」、「身の回り品」の「各種商品小売業」「織 物・衣服・身の回り品小売業」における販売額を合計 12 繊維製品に対する世帯人員一人当たりの支出が減少している要因として、以下の二つの要 因が主要なものとして考えられる。 ひとつは、少子高齢化に伴い世帯の世代構成が大きく変化してきていることである。下図に 示すように、世帯主年齢階層別の世帯人員あたりの消費支出額は中長期的には減少の傾向 にあり、特に世帯主年齢 45∼69 歳の世帯での一人当たり支出額が大きく減少している。 世帯主年齢階層別・世帯人員あたり繊維製品月間支出額 14,000 1994 1999 2004 ︵ 12,000 月 間 10,000 支 出 8,000 額 6,000 ︶ 円 4,000 2,000 75歳以上 70∼74歳 65∼69歳 60∼64歳 55∼59歳 50∼54歳 45∼49歳 40∼44歳 35∼39歳 30∼34歳 25∼29歳 25歳未満 0 世帯主年齢階層 出所:消費実態調査(単身世帯を含む総世帯・全世帯集計) 一方、少子・高齢化が進むにつれ、消費額が減っている年齢階層の世帯は増加し続けてい る。このため、全体としても世帯人員一人当たりの消費額が減少している。 世帯主年齢別世帯数の推移(1985∼2005 年) (百万世帯) 60 50 75歳∼ 70∼74歳 65∼69歳 60∼64歳 55∼59歳 50∼54歳 45∼49歳 40∼44歳 35∼39歳 30∼34歳 25∼29歳 ∼24歳 40 30 20 10 0 1985 1990 1995 2000 2005 出所:国立社会保障・人口問題研究所(2003 年 10 月推計) 13 もうひとつの繊維製品支出額の減少要因は、家計の支出構成の変化である。家計支出の総 額は微減傾向が続いており、食料品の支出が占めるシェアも 25%程度まで落ちてきている。 そのような傾向の中で、携帯電話・インターネット等の家庭への普及を反映する形で通信費が 増加している。その半面繊維製品の支出シェアが減少を続けており、2004 年では通信費とほ ぼ同等のレベルの 4%前後にまで至っている。 二人以上一般世帯の年間支出額と主要品目のシェア (CPI補正後:2005年=100) 千円 4,500 30.0% 4,000 25.0% 年 間 20.0% 支 比出 15.0% 率に 占 10.0% め る 5.0% 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 0 0.0% 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 年 間 支 出 額 暦年 消費支出 食料 住居 繊維製品 通信 出所:家計調査 14 3)ロスを生みやすい産業構造 繊維産業はその商品特性や流通構造により、サプライチェーンの各段階においてロスを生 みやすい特徴を持つといわれている。『繊維産業サプライチェーンの新ビジネスアーキテクチ ュアについて』(2000 年 3 月、QRAIプロモーション事務局)では「SCM 高度化を困難にする 4 つの基本要因」が指摘されている。 その要因の背景となっている繊維産業の特徴として、下図のようなものを指摘することができ る。 SCM 高度化を困難にする基本要因と対応する繊維産業の特徴 繊維産業の特徴 SCM高度化を困難にする4つの基本要因 ①需要の不確実性 需要が不確実なほど在庫/欠品ロスが生じる ・衣類を中心とした繊維関連商品は、消費者ニーズが多様か つ流行性が強く、需要の不確実性が高い。 ②多段階の意思決定 サプライチェーン上の各主体が独自の意思で調達・生産を行 うと、最終需要と乖離した見込み調達・生産となり、結果として 過剰/過少ロスを招く。段階が多いほどロスが多くなる。 ・多段階性・分業性が強い流通構造となっており、各主体毎の 意思決定によるロスが発生しやすい。 ③供給リードタイムの長さ 商品を生産し店頭に並べるまでの時間(供給リードタイム)が 長ければその分見込みで生産をしなければならない。 ・原材料の調達∼店頭へ商品が並ぶまで、多数の工程が必 要であり、供給リードタイムが長い ④生産の柔軟性の限界 製造ロットが大きいほど、生産計画の見直しサイクルも長いほ ど、見込みで生産をしなければならない。 ・染色や縫製など機能ごとに分業された流通構造となっており、 機能ごとの部分最適により、大ロット志向、見直しサイクルの 長期化志向に陥りやすい 出所:『繊維産業サプライチェーンの新ビジネスアーキテクチュアについて』に NRI 加筆 15 3. 繊維産業の展望と SCM 高度化の必要性 1)市場環境 (1)国内市場 今後、国内市場は少子高齢化の更なる進展により、縮小へ向かうものと考えられる。下図に 示すように、繊維製品への支出額が相対的に大きい若年層世帯が減少し、相対的に支出が 少ない 70 歳以上の世帯の増加が予想されている。そのため、世帯人員一人当たりの繊維製 品支出額はさらに減少するものと想定される。 世帯主年齢階層別世帯人員一人当たり繊維製品支出額(2005 年) 円 8,000 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 ∼29歳 30∼39歳 40∼49歳 50∼59歳 60∼69歳 70歳∼ 出所:家計調査(単身世帯を含む総世帯・全世帯集計) 世帯主年齢別世帯数の将来推計(2005∼2025 年) (千世帯) 60,000 50,000 70∼ 60∼69 50∼59 40∼49 30∼39 ∼29歳 40,000 30,000 20,000 10,000 0 2005 2010 2015 2020 2025 出所:国立社会保障・人口問題研究所(2003 年 10 月推計) 16 (2)海外生産 ヒアリング等によれば、中国での生産コストがじわじわと上がっていると言われている。このよ うな生産コスト増加傾向や人民元の切り上げリスク、さらにはカントリーリスクに対する不安等も あり、生産コストが同様に安いタイ、インド、ベトナムなどのアジア諸国に生産拠点を拡大する 動きがある。 たとえば、ベトナムからの繊維製品輸入は中国にやや遅れて拡大しており、2005 年時点で は総額 800 億円と中国からの輸入 2 兆円の 4%程度の水準に達しており、立地・生産コストが 増加して輸入減少を続ける韓国を上回っている。 アジア諸国への生産拠点の拡大の動きは今後も拡大していくものと考えられる。 アジア諸国からの繊維製品輸入の推移 (10億円) 400 350 300 250 200 150 100 50 タイ インド ベトナム 韓国 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 0 香港 出所:貿易統計よりNRI作成 また、国内製品が優位性を保っていたコスト以外の品質や納期などの点でも海外製品との 格差が縮小する可能性があるとの意見がヒアリング等から得られている。 品質については、普及品では国内製品とほぼ同等の品質が得られているという意見が SPA などから上がっている。また、一部の商社等が品質管理部門を現地に設置するなど、レベル 向上の取り組みを行っている。 さらに納期については、現在は船積・通関等で時間を要しており、国内生産に比べリードタイ ムが長くなっていると一般には考えられている。しかし一部先進的な SPA 企業では、中国にお いて生地から縫製まで一貫生産する工場を活用することにより、中国生産のリードタイムが国 内生産の約2/3 (日本:45 日程度、中国:30 日程度)と逆転する例すら出ている。国内では、 17 製造工程が前述したように多段階の分業になっているため、異業種企業間の商品輸送・授受 時間ならびに生産までの待ち時間など、実質の生産時間以外の時間がかかるため、輸送時 間の圧倒的な有利さを生かせていない。 (3)趨勢的将来像と繊維産業の課題 今後、日本の繊維産業がなんら手を打たなければ、少子高齢化の進展に伴う内需縮小とと もに、引き続き衰退する可能性が高い。 今まで見てきたように、輸出の縮小、内需の縮小に加え、海外生産品の大量流入によってわ が国の繊維産業は糸業界、テキスタイル業界、アパレル業界の製造の各段階で非常に大きな 影響を受けてきた。一方、製品企画および卸売を行っているアパレル(卸売)だけは、調達先 を国内から海外に切り替えることができるため、市場変化の影響は比較的軽微であった。 しかし、今後も海外生産品の輸入は引き続き高レベルにとどまるとともに、少子高齢化の更な る進展によって国内市場の縮小が懸念されるため、アパレル(卸売)もふくめて、すべての業 界・業種において市場変化の影響を強く受けることが予測される。 また、品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)のQCD3 要素の視点で見れば、コストだ けでなく、これまで国内工場が優位性を持っていた品質、納期(スピード、精度)についても、 海外製品と国内製の差は徐々に縮まりつつあり、価格以外の要素においてもグローバル競争 が激化する可能性もある。具体的には以下のように考えられる。 ①コスト 中国を中心とする海外生産品は、立地や労働コストが非常に安価であり、製品価格にもそれ が反映されている。今後は中国の生産コストは徐々に上昇するものと考えられるが、ベトナム、 インド、カンボジアなどコストの安いアジア地域に生産拠点を展開することにより、低コスト生産 は今後も継続できると考えられる。 ②品質 従来は国内製と格段の差があったが、ボリュームゾーンの普及品では国内製と遜色がなくな ってきている。 ③納期 船による輸送時間や通関に要する時間などは削減しにくいが、紡績から織布、染色、縫製に 至る一貫工程の採用により、製造リードタイムの明確な差が縮小する可能性がある。 このまま推移すると、内需の縮小と国際競争力の相対的な低下により、繊維産業の衰退が継 続する可能性が高い。 18 2)SCM 高度化の必要性 (1)SCM 高度化による競争力強化 日本の繊維産業が先に述べた趨勢的将来像を打破し、衰退から脱却するには海外製品と の競争力を強化する必要がある。そのために、SCM 高度化に取り組むことが必要である。 具体的には、SCM 高度化に取り組み、下図に示すような製品開発の迅速化、在庫ロスおよ び販売機会損失の削減による製造原価削減と販売価格の適正化、工程間待ち時間の削減に よる全体の納期短縮を図ることなどにより、海外製品に対する競争力を強化することが望まれ る。 SCM 高度化の必要性 日本の繊維産業の海外製品との競争力の現状 SCM高度化による海外製品との競争力強化の例 Q:品質 C:コスト • 中国を中心とする海外生産品は、立地や労働 コストが非常に安価であり、製品価格にもそれ が反映されている。 • 中国の生産コストは徐々に上昇するものと考 えられるが、ベトナム、インド、カンボジアなど さらにコストの安い地域に生産拠点を展開す ることにより、低コスト生産は今後も継続でき ると考えられる。 • 川下(小売やアパレル)と川上(製造工程)との情 報共有と連携により、ニーズに合った製品開発 が迅速に行える。 SCM高度化 • 海外製品と国内製品とでは格段の差があった が、ボリュームゾーンの普及品では国内製と 遜色がなくなってきている。 • 川下(小売やアパレル)と川上(製造工程)との情 報共有により生産量のコントロールがきめ細かく 行えるようになり、在庫ロスと販売機会損失の削 減が可能となる。 そのため、製造原価の削減と、販売価格の適正 化が図られる。 D:納期 • 海外製品は船による輸送時間や通関に要す る時間などは削減しにくいが、紡績から織布、 染色、縫製に至る一貫工程の採用により、製 造リードタイムの差は短くなりつつある。 • 多段階の製造工程が、互いに計画情報および実 績情報を共有することにより、工程間での待ち時 間を最小限にとどめることが可能となり、納品ま での全体の納期を短縮することが可能となる。 出所:NRI (2)繊維産業のあるべき姿と実現のための課題について このような環境の下で 2003 年に産業構造審議会で取りまとめられた 『日本の繊維産業が進 むべき方向ととるべき政策 −内在する弱点の克服と強い基幹産業への復権を目指して−』 (以降「繊維ビジョン」)によると、繊維産業のあるべき姿は以下の通りである。 【繊維ビジョンに示された日本の繊維産業のあるべき姿】 「生産と流通が密接にリンクして常に緻密な管理と合理的で最適な取引の組合せを追 求し、これにより、消費者など最終ユーザーの真のニーズを探求し、それを適切・合理 的な価格で実現する近代的な産業」に変貌する。そして、この変貌が、現在の日本の 繊維産業において生じている巨大な「ロス」を「利益」に転換することを可能とする。 19 これは、わが国繊維産業の構造的な問題点を解決し、競争力を強化することによって、新た な産業の姿に脱皮できるというものであり、前項「SCM 高度化による競争力の強化」で述べた 方向性は、繊維ビジョンの考え方とも一致する。 また、繊維ビジョンには、「あるべき姿」を実現するために、繊維産業として今後取り組むべき 課題として以下の 3 点を挙げている。 ①本格的かつ集中的な構造改革による新しいビジネスの普及 繊維産業各社(以降「ユーザー企業」と呼ぶ)の個々による自助努力と、アライアンスやコラ ボレーションを組み合わせることで、生産・流通・小売がリンケージし、それぞれをより精緻に 管理するシステムを構築する。 ②ユーザー企業におけるトップ主導での SCM・IT 化の推進・取引慣行是正の推進 上記のような新しいビジネスを普及させるために、その基盤となる SCM・IT 化の推進を図る。 その実現の前提のために、業界トップのイニシアティブによる取引慣行の是正が不可欠。 ③高齢労働者の再雇用 技術・技能伝承と海外への流出防止の観点から、定年退職後の日本人労働者を再雇用す る。 「繊維ビジョン」における繊維産業のあるべき姿を実現するための上記 3 つの課題のうち①お よび②は、「背景と目的(2 ページ)」で前述した、繊維産業各社における ・「ビジネスアーキテクチャ」 ・「IT プラットフォーム」 の普及における課題として捉えることができる。 「繊維ビジョン」の課題と SCM 高度化の視点の関係 【繊維産業が全体として取り組むべき課題】 【SCM高度化の視点】 1.本格的かつ集中的な構造改革による新しいビジネ スの普及 1.ビジネスアーキテクチャ ・業務モデルならびに企業間取引モデルを指す。 (取引慣行是正) 2.ユーザー企業におけるトップ主導でのIT化・取引慣 行是正の推進 (IT化) ・具体的には、「コラボレーション取引」モデル、「TAプロ ジェクト」モデルが該当する。 2.ITプラットフォームの整備 (繊維関連団体(行政含む)による活動も含む) ・ビジネスアーキテクチャの実現をサポートするITプラット フォームを指す。 ・具体的には、業務を支援するアプリケーション(ソリュー ション)、更にはアプリケーションの基盤となるEDI・GDS (商品情報同期化)などの標準化仕様を指す。 3.高齢労働者の再雇用 出所:NRI 20