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ネクスト・ステップ・サプライチェーンマネジメント-先の見えない時代に
EY Advisory ネクスト・ステップ・ サプライチェーンマネジメント −先の見えない時代に向けて−(前編) ▶図1 急激な景気後退への対応 在庫線 過剰在庫 機会損失 需要線 生産線 生産調整の遅れ 回復に遅れ 期間 2. 海外SCMの限界 野間口隆郎 たといえるでしょう。そのため、ガイドライン 労働集約型産業で見られるような単に安い労 (権限と責任範囲の規定)に基づく統治、現地 働コストを求めて工場を移転し、賃金が上昇 駐在としての適切な人材配置、マネジメントの すると、ほかへ移るケースでは、当該国での ローカル化が十分に行われていないため、ガバ SCMの定着や整備をしてこなかったと考えら ナンスの効いた海外拠点の経営運用ができてい れます。そのため、次のような問題を先送りに ません。 してきたといわれています。 (4)海外サプライヤー問題 (1)異文化問題 日本と比較して人材の流動性が高いため、業 Ⅰ はじめに 1990年代後半から、日本企業はグローバル 1. 世界同時不況におけるSCMの問題意識 務への定着と習熟度が低く、コンプライアンス に対する意識が低いことも相まってSCM運用 基盤の高度化どころか安定化も難しいという問 ような問題に直面しています。 不良率が高く品質が安定しない。 納期どおりに決められた数量が納品されない。 コスト情報を開示しない。 化の潮流に乗り遅れないようにするため、欧米 一般的な経営管理や予算管理は硬直性がある 題があります。また、5S(整理・整頓・清掃・ 式のマネジメント手法を積極的に取り入れてき といわれています。そのため、急激な景気後退 清潔・しつけ)など製造現場での基本に対する ました。その経営手法の一つがサプライチェーン に対して適切なブレーキと低価格商品シフトな 意識の違いなど、文化的リスクも生じています。 マネジメント(SCM)であり、SCMのコンセ どの戦略転換を素早くとることが困難であった プトに基づき業務改革を実行し、同時にIT構築 と考えられています。ブレーキが遅い企業は生 プロジェクトを進めてきました。 産調整に遅れ、また一度、生産調整した生産を 現場の業務品質が悪いといった問題がよく指 フラを整えてこなかったため、マーケット特性 再立ち上げするのに時間を要し、欠品が発生し 摘されてきました。日本以外の国では、労働契 や流通構造、物流網、カントリーリスクなどに たといわれています(<図1>参照)。 約としての「自分の役割」である職務定義以外 ついての知見を蓄積してきませんでした。 近年のグローバル化は日本製造業のこれまで の、きめ細かいSCMにおける強みを一時的に 弱める傾向にあると認識しています。そのため、 (2)業務品質問題 生産ラインを公開しない。 (5)新興国市場への対応問題 これまで、新興国市場に対応する組織やイン ま た、 先 進 国 向 け を 前 提 と し た 単 一 的 な は隣の担当者が困っていても放置する傾向があ SCMとITの両軸を理解し、グローバル共通部 SCMでは、同時不況下でも需要が増加する新 ります。日本と違って、各担当者の役割が明確 これらの問題は、これまで国外の問題として 本社は、なおざりにしてきたと考えられます。 分とローカル固有部分を融合したSCMの在り 興国市場向けの中・低価格製品を素早く供給す に定義されており、役割と役割の間のあいまい 方を設計・構築し、その実施を推進するリー るなど、多極化した経済圏や市場への適切な対 な部分がありません。従って、現場の担当者そ ダーシップのある人材を育成することが求めら 応が難しいことが認識されつつあります。これ れぞれの役割や実施すべき業務内容が、イレ れます。それが今後、日本の製造業・流通業の までは、先進国を中心とした比較的均一の市場 ギュラーな場合も含めて明確に定義されていな SCM戦略要件であるといえます。 を想定し、改善と効率化を積み上げれば、競争 いと、業務品質は向上しません。 本稿では、ITを中心としたSCMプロジェク に勝てると考えられてきました。この変化は、 トにおける、これまでの経緯を振り返るととも 企業にとって市場の多様性と複雑性を前提とし に、SCMの展望について2回にわたって解説し たSCMへの転換が今後、必要であるという新た ます。本稿の考察・意見は筆者の私見であるこ な現状認識をもたらしつつあります。 とを、あらかじめお断りします。 18 Ⅱ SCMを取り巻く現状認識 日本の信頼取引や系列の伝統とは異なる次の (3)海外ガバナンス問題 Ⅲ これまでのSCM 1. SCMの歴史 92年1月、米国のブッシュ大統領が自動車産 業の代表団と訪日しました。目的は、米国が「構 日本企業のガバナンスは、国内においては明 造的障害」と批判していた日本的系列取引を排 示的なものではなく、あうんの呼吸による、い し、自動車部品の市場開放を迫るためです。そ わば属人的な人間関係のガバナンス体制であっ の後、調達における安定供給、生産における平 19 EY Advisory 準化など、日本的系列取引に長期的関係の長所 があることが認められ、米国産業界ではSCP (supply chain planning)活動が台頭しまし た。企業間取引における無駄をなくし、投資リ スクを減らすようなサプライチェーンを積極的 に発展させるSCP活動がSCMの始まりである といわれています。米国の軍事手法であるロジ スティクスの概念に産業クラスターや系列取引 などの日本的経営を取り入れ、サプライヤー、 マニュファクチャラー、ディストリビューター が協力して、需要情報や在庫情報、コスト・品 質情報を共有化し、チェーン上の無駄を排除す るSCMの概念が発展してきたと考えられてい ます。 自社内の経営資源と、その利用結果である業 績をマネジメントするだけの伝統的手法とは、 SCMは大きく異なっていました(<表1>参 照)。そのため、2000年代に入ってITを利用 した経営革新手法として、海外事例の紹介をす る外資系ITベンダーの国内進出と相まってブー ① ERPパッケージ(Do・実行系システム) 企業内のリソース(ヒト・モノ・カネ)を統 合管理するためのソフトウエアであり、各部 門間で構築していた個別業務システムを統合 し、データの一元管理、リアルタイム参照、 更新機能を提供する。 ② SCPパッケージ(Plan・計画系システム) サプライチェーン内の需給(PSI)プランニン グするためのソフトウエアであり、実行系 ネジメントととらえることが一般的です。つま り、部分的に手を入れると、全体のバランスが 崩れ、ほかの部分に負の影響が出ます。そのマ ネジメントをするのが、SCMのコンセプトで すが、近視眼的、局所的効果を狙ったITによる SCMは大きな効果が出るどころか、ジレンマ というべき逆効果がさまざまな企業において散 見されます。前記を背景として、Ⅱで説明した SCMの現状認識があると考えられます。 システムのデータをベースに、適切な需要計 画、生産計画、物流・在庫計画の立案機能を 提供する。 ③ BIパッケージ(Check & Action・情報系 システム) 統計分析から企業の意思決定を支援するため のソフトウエアであり、ERPなどの実行系シ ステムに蓄積されたデータを収集、分析、加 Ⅳ おわりに 本号では、SCMを取り巻く現状認識とSCM コンセプトの誕生から日本企業での導入までを 振り返りました。次号では、その逆効果を紹介す るとともに、SCMの取り組みがもたらした現状 を具体的な失敗事例に基づき考察していきます。 工して、業績評価や将来予測などの機能を提 供する。 <お問い合わせ先> ムとなりました。 アドバイザリーサービス部 2. SCMとIT 90年代後半から製造業を中心に多くの企業が SCMのPlan-Do-Check & Actionのシステム Tel :03 3503 2846 インフラは構築されましたが、導入時にチェーン Fax:03 3503 1240 全体を俯瞰した設計ができなかったこと、シス E-mail:[email protected] ふ かん さまざまなSCM関連のIT投資を実施し、SCM テムに過大なカスタマイズ費用を掛けたこと、 のPlan-Do-Check & Actionサイクルを実現す 機能別に取り組んだことから、期待した費用 るためのシステムインフラを構築してきまし 対効果を創出できていないといわれています。 た。それが次の三つのシステムとなります。 SCMは複雑系システムのトレードオフ関係のマ ▶表1 伝統的マネジメントとSCM 伝統的マネジメント 20 SCM マネジメントの対象 製品、コスト、売上 企業間プロセス、拡大されたプロセス、 サプライチェーン革新への投資 マネジメント行動目標 プロセス効率化と製品仕様向上 サプライチェーン全体の革新と付加価値 能力向上 事業目標 行動の一致、部門間の連携、主要なベン チマーク基準 サプライチェーン全体と個別の整合、ラ イバルチャネルへの戦略の共通化 組織の在り方 社内的構造と組織上の価値を重視 パートナーシップ構造化、プロセスと目 標の共通化 ビジネスプロセス改善 コスト削減、課題解決製品とプロセスの 改善率 全チャネルの進 創出と革新率 しん ちょく 率向上、チャネル価値 21