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演劇のルネッサンスをめざして: モスクワ 2001/02 シー

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演劇のルネッサンスをめざして: モスクワ 2001/02 シー
Kobe University Repository : Kernel
Title
演劇のルネッサンスをめざして : モスクワ 2001/02 シー
ズン (国際文化学部研究・教育プロジェクト研究成果報
告論文 平成13年度 芸術文化政策の国際比較研究 II : グロ
ーバル化における地域性と国際性)(国際文化学部研究・
教育プロジェクト研究成果報告論文 平成13年度 芸術文
化政策の国際比較研究 II : グローバル化における地域性
と国際性)
Author(s)
楯岡, 求美
Citation
国際文化学研究 : 神戸大学国際文化学部紀要,18:41*-54*
Issue date
2002-09
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81001255
Create Date: 2017-04-01
41
演 劇 の ル ネ ッサ ンス を め ざ して
一 モ ス ク ワ2001/02シ
ーズ ン
楯 岡 求 美
序:劇
場 へ の 観 客 回 帰
2001年 秋 か ら2002年
夏 まで の シ ー ズ ンは モ ス ク ワ の演 劇 界 に と って転 換 期
の 始 ま り で あ っ た 。 な に よ り も 、 ソ 連 崩 壊 以 降 ほ ぼ10年 に 渡 っ て 劇 場 か ら客
足 が 遠 の く と い う苦 し い 時 代 が 続 い て い た が 、 観 客 が 劇 場 に 戻 っ た の で あ る。
プ ー チ ン大 統 領 が 石 油 好 況 の 波 に う ま く乗 る 形 で 経 済 状 況 を 一 応 安 定 さ せ る
と、 少 な く と も大 都 市 部 で の 生 活 が 安 定 ・向 上 し た 。 ニ ュ ー ・ リ ッチ が 増 え 、
彼 ら が 子 供 の 教 育 や 教 養 に 関 心 を 持 ち始 め た の で あ る 。
生 活 に 余 裕 が 生 ま れ た こ と が 人 々 に劇 場 回 帰 を 促 して い る 。 大 き く二 っ の
流 れ が あ る。テ レ ビ の ス タ ー を 生 で 見 た い と い う コ マ ー シ ャル ベ ー ス に 乗 っ
た プ ロデ ュ ー ス公 演 が 人 気 を集 め て い るが、 これ は ソ連崩 壊 後 、 経 済 活 動 が
自 由 に な って 以 来 定 着 し た 傾 向 で あ る。
そ れ に 対 し、 逆 に テ レ ビ で 垂 れ 流 さ れ る バ イ オ レ ン ス 、 サ ス ペ ンス 、 メ ロ
ドラ マ と い っ た パ タ ー ン化 し た 量 産 型 ド ラ マ や ハ リ ウ ッ ド的 な 映 画 に 飽 き た
と い う層 も ま た 劇 場 に 回 帰 して い る 。 こ れ は ニ ュ ー ・リ ッ チ の 教 養 回 帰 と重
な る 。 生 活 が 安 定 し、 今 度 は 社 交 や 社 会 的 ス テ ー タ ス に 不 可 欠 な 教 養 を 身 に
っ け よ う とい う もの で あ る。
ロ シ ア 演 劇 の 質 の 高 さ は 俳 優 の 演 技 力 と と も に 、や は り観 客 側 の 鑑 賞 力 の
高 さ に も 支 え ら れ て い る。 ロ シ ア お よ び 旧 ソ 連 地 域 で は 芝 居 に 詳 し い 人 が 多
い 。 劇 場 で 芝 居 を 見 る こ と が 子 供 の 頃 か ら身 近 で 、 特 に ソ 連 期 に は 観 劇 が 教
育 の 一 端 を 担 っ て も い た 。 た い て い の 劇 場 で は 子 供 向 け の 芝 居 を 上 演 して い
る。 旧 帝 室 劇 場 と して の 歴 史 を 誇 る マ ー ル イ 劇 場 で は 、 こ の と こ ろ 正 し い ロ
シ ア 語 を 学 ば せ よ う と い う教 育 熱 心 さ か ら、 若 い 層 の 観 客 増 加 に 繋 が っ て い
る と い う。 古 典 作 品 の 鑑 賞 が(功
罪 は あ る に せ よ)学
校 の プ ロ グ ラ ム に入 っ
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て い て、 早 い うち か ら演 劇 に親 しみ 、学 ぶ素 地 が あ る。 演 劇 に育 て られ た客
が新 しい演 劇 を育 て る とい う良 い循 環 が ロ シ ア に は あ っ た し、 社 会 が 安 定 期
を迎 え て、 そ の伝 統 が 回帰 して い る。
しか し、 危 惧 が な い わ けで はな い 。 近 年 の 観 客 の 質 的 変 化 とい う点 に注 目
した 芸術 学 ア カ デ ミー のA・
ル ー ビ ン シュ テ イ ンは、 ① 経 済 的 な理 由 で人 々
の 足 が劇 場 か ら遠 の い た② ソ連 的 な 恐 怖 心 を抱 か な い新 しい世 代 の到 来 ③ 娯
楽 の 種 類 の爆 発 的 な 多 様 化 、 と い う3っ の ポ イ ン トで指 摘 して い る1が 、 と
くに① が 決定 的 な 影 響 を 与 え て い る。 観 劇 習 慣 の欠 如 か ら芝 居 の良 し悪 しを
判 断 す る経 験 を もた ず 、 評 価 を演 劇 評 論 家 に、 つ ま り新 聞 な どの マ ス コ ミに
頼 る傾 向 が 生 まれ た の で あ る。 入 場 料 の高 騰 も情 報 の多 い 「安 心 な」 芝居 に
観 客 が 集 ま る原 因 で あ る。
ソ連 時 代 に は映 画 、 コ ンサ ー ト、 ス ポ ー ッ観 戦 と と も に演 劇 が 数少 な い 娯
楽 だ った た め 、 国 民 が総 演 劇 評 論 家 の よ うな様 相 を 呈 して い た 。特 に演 劇 は
知 識 人 層 に と って反 体 制 活 動 の代 替 と もな って い て 、 他 の 娯 楽 と比 べ て もあ
る種 の特 権 的 な位 置 に あ った とい う こ と もあ るが 、 もっ と単 純 に い って 、 文
化 教 育 の一 環 と して学 校 教 育 や家 庭教 育 の プ ロ グ ラ ム に組 み 込 まれ て い た。
しか し、 全 面 的 な 国家 保 護 の も と に暮 ら した ソ連 か ら、 ま るで 原 始 資 本 主
義 の よ うな極 端 な経 済 の 自由 化 へ と数 年 で 社 会 体 制 の激 変 を経 験 した ロ シア
で は、 お金 の み が価 値 判 断 の 基準 とな って しま った感 が あ った。 と くに ソ連
崩 壊前 後 に は大 学 等 の退 学者 が 増 加 、 進 学 者 は激 減(ソ 連 時 代 に は学 費 無 料
に加 え て奨 学 金 の 支 給 が あ っ たが 、 学 費 が 有 料 化 した の で経 済 的 に進 学 で き
な い人 も多 か った)し た 。 そ の結 果 、 ソ連 時 代 に培 わ れ た観 劇 の伝 統 が 断絶
され た。 ビジ ネ ス重 視 、 文 化 軽 視 の時 代 に教 育 の欠 如 した世 代 が 生 ま れ、 教
育 の断 絶 が 観 劇 の伝 統 の 断 絶 を もた ら した の で あ る。
社 会 シス テ ム の激 変 が もた ら した あ た ら しい"日 常 生 活"の
ほ うが フ ィ ク
シ ョ ンと して の 舞 台 以 上 に ドラマ テ ィ ッ クで あ り、 当 時 の 演 劇 が 観 客 に魅 力
を ア ピー ルす る よ うな テ ー マ や手 法 を 見 出 す こ とが で きな か った とい う不 幸
も重 な り、 経 済 危 機 の頃 に は ロ シア演 劇 の終 焉 を 危 惧 す る論 調 が 絶 え なか っ
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た。
劇 場 へ の 回 帰 は喜 ば しい こ と だが 、 ソ連 崩 壊 以 前 の演 劇 の伝 統 か ら切 り離
され て い る新 しい層 が 芝 居 を選 ぶ 基 準 は、 有 名 俳 優 の 出演 、 マ ス コ ミに載 る
劇評 で あ る。 しか も イ ンタ ー ネ ッ トは別 と して、 経 済 紙 な ど、 文化 プ ロパ ー
の 媒 体 で はな い もの の 方 が 影 響 力 が 大 き い とい う。 そ れ らの記 者 の な か に は
話題 性 ば か りを 重 視 し、 演 劇 を理 解 しな い、 時 間 が足 りな くて 全体 を見 ず に
劇評 を 書 く、 とい う場 合 も増 え て い る と嘆 く劇 場 関係 者 は 多 い。 ま た、 好 意
的 に 劇 評 を書 く演 劇 評 論 家 ばか り を招 待 す る と い う劇 場 側 の戦 略 もあ り、評
論 家 と劇 場 の 勢 力 グル ー プ化 が 始 ま って い る と い う話 もあ る。 か っ て演 劇 評
論 家 と演 劇大 学 に所 属 す る学 生 は ど こ の劇 場 で も無 料 で観 劇 で き る制 度 が、
質 の 良 い 劇評 と質 の 高 い後 継 者 を育 てて い た だ け に、 劇 場 に経 済 効 率 を導 入
す る弊 害 は見 え に くい と こ ろか ら始 ま って い る。
経 済状 況 の 改 善 は、 各 劇 場 が 競 い合 うよ うに制 作 す る新 作 発 表数 の増 加 に
も表 わ れ て い る。 シ ー ズ ン・レパ ー トリー制 の ロ シア で は、 モ ス ク ワ だ け で
も100あ ま りの 劇 場/劇 団 が 日替 わ りで 異 な る演 目 を 上 演 し、 毎 月20前 後 の
新 作 が モ ス ク ワだ けで 製 作 され る。 ロ シア の大 劇 場 の ほ とん どは 国立 も し く
は市 立 の 組織 だ が 、 公 的 予 算 で まか な って い る の は劇 場 メ ンテ ナ ンス と人件
費 で あ り、制 作 費 は各 種 の 銀 行 を中 心 と す る企 業 ス ポ ンサ ー に 頼 って い る。
そ の よ うな企 業 を 支 援 す る ため、 ロ シ ア演 劇 人 同 盟 が主 催 す る 「ゴー ル デ ン ・
マ ス ク」 賞 に は演 劇 の 振 興 に功 績 の あ る企 業 人 と自治 体 の長 とが ひ と り(一
組)ず っ 選 ば れ る。
1.小
劇場 の 活 躍
ソ連 時 代 に は社 会 問 題 を 問 う大 き な テ ー マ が多 か った が、 生 活 の安 定 か ら
自分 の生 き方 、個 人 的 な こ と に関 心 が 移 っ て き た。 この傾 向 と小 劇 場 の 目覚
しい 活躍 と は連動 して い る。 大 劇 場 い っぱ い の観 客 に 同 時 に メ ッセ ー ジを発
信 す るよ り、 限 定 され た空 間 で 限 られ た数 の観 客 に共 感 を求 め るス タイ ル で
あ る。
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演 出 家V・
ベ リ ャ コ ー ヴ ィ ッ チ 率 い る ユ ー ゴ ・ザ ー パ ド劇 場 は 、 ロ ッ ク
な ど の 明 快 な リズ ム を 基 調 に 社 会 性 の 強 い メ ッ セ ー ジを 扱 っ て い た の が 、 個
人 の 心 の 動 き を 丁 寧 に お っ た 心 理 劇 へ と 作 風 が 変 化 した 。
一 貫 して 不 条 理 世 界 を 詩 的 に 描 く演 出 家Yu・
ポ グ レブ ニ チ コの 作 品 も声
高 で は な い 孤 独 さ と い う テ ー マ が 共 感 ・評 価 さ れ 始 め て い る 。
「タ バ コ フ 演 劇 ス タ ジ オ 」 は 、 現 モ ス ク ワ 芸 術 座 芸 術 監 督 のO・
フ が モ ス ク ワ 芸 術 座 付 属 演 劇 学 校(大
学 に 準 ず る)の
タバ コ
自 らの ク ラ ス の 卒 業 生
を集 め て 設立 以 来 、 モ ス ク ワの 話 題 劇 団 の ひ とつ で あ りつ づ けて い る。 タバ
コ フ劇場 は小 さ な ス ペ ー ス で 創 立 以 来 常 に注 目 を集 あ る質 の 高 い作 品 を提 供
し 、V・
マ シ コ フ(俳
優 ・監 督)、
ミロ ー ノ ブ、 ベ ズ ル ー コ フ と い った 若 手
実 力 派 ス ター を生 み 出 して い る。
絶 大 な る人 気 を 誇 る の が 「フ ォ メ ン コ 工 房 」 で あ る 。 近 年 連 続 して ゴ ー ル
デ ン ・マ ス ク 賞 を 受 賞 して い る 。 ス タ ー 俳 優 は い な い が 、 演 出 家P・
フォメ
ン コ が 受 け持 っ 演 劇 ア カ デ ミ ー の ク ラ ス の 卒 業 生 か ら な る 同 窓 生 た ち 、 と り
わ け 女 優 た ち の 絶 対 的 な ア ン サ ン ブ ル が 魅 力 で あ る 。80人 が よ う や く入 る 狭
い 空 間 で 、 ア ク ロ バ テ ィ ッ ク な 動 き や パ ン トマ イ ム 、 心 理 劇 な ど 演 劇 の 多 種
多 彩 な 演 劇 様 式 を 駆 使 し、 純 化 さ れ た 献 身 的 な や さ し さ を 表 現 す る 。
小 劇 場 の 究 極 の 形 と も い え る の は カ リ ー ニ ン グ ラ ー ド市 出 身 の 演 出 家 で も
あ り 俳 優 で も あ る エ ヴ ゲ ニ ー ・グ レ シ コ ー ヴ ェ ッ ツ の モ ノ ド ラ マ で あ ろ う。
彼 は 自 作 自演 で 、 作 品 と い っ て も 舞 台 装 置 や 身 振 りが 極 力 省 略 さ れ 、 ス ポ ッ
ト ラ イ トに 浮 か ぶ 彼 が 舞 台 か ら観 客 に 自 分 の 思 い を 語 り続 け る と い う形 式 で
あ る 。 劇 場 以 外 に ク ラ ブ な ど の ミ ニ ・ス ペ ー ス で も公 演 す る 。 子 供 の 頃 に 繰
り返 し見 た テ レ ビの ア ニ メ の こ と、 何 の 変 哲 も な い 日 常 の な か で 子 供 心 に思 っ
た こ と 、 軍 隊 の こ と な ど 、 ご く個 人 的 な 体 験 や 感 想 が 朴 訥 と 語 ら れ る"と 、
客 席 は 彼 の 思 い 出 に 共 鳴 し て い く。こ れ ま で の 大 上 段 に 社 会 を 問 い 、 ソ 連 と
い う シ ス テ ム を 批 判 し、 人 生 を 苦 悩 し哲 学 す る よ う な 芝 居 で は な く、 社 会 制
度 や 政 治 と 関 わ ら な い ご く私 的 な あ た り ま え の 子 供 時 代 へ の 心 地 よ い 回 帰 が 、
好 景 気 で 自信 を っ け た モ ス ク ワ の 人 々 に 、 否 定 さ れ つ づ け る 「歴 史 的 過 去 」
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か ら の 逃 避 を 誘 う の で あ る。
H.大
劇 場 シ ス テ ム の リ コ ン ス トラ ク シ ョ ン
新 しい演 劇 創 造 を試 み る活 発 な動 き は、 プ ロ デ ュ ー ス形 式 の もので も小 規
模 の もの や も し くは ス タ ジオ な どの 小劇 場 にお いて 顕 著 で あ る。 こ の よ う な
流 れ に押 され る形 で、 大 劇場 で も構 造 改 革 にか な り積極 的 に乗 り出 して い る。
大 劇 場 で も プ ー シキ ン劇 場 小 ホ ー ル 『笑 い の劇 場 』(三 谷 幸 喜 作 、R・ コ ー
ザ ック演 出)な ど、 話 題 作 は小 劇 場 を使 った 公 演 や 大 舞 台 を使 わ な い上 演 が
増 え て い る。 モ ス ク ワ青 少 年 劇 場 の 演 出 家K・
ギ ンカ ス の 『黒 衣 の 僧 』 お
よ び 「子 犬 を 連 れ た奥 さん 』 の チ ェー ホ フ作 品 は、 わ ざわ ざ二 階 席 の 前 部 に
組 ん だ 仮 設 舞 台 だ け を使 い、 客 席 数 を限 定 した。 遠 くに見 え る本 舞 台 を 黒 海
の 水 平 線 に見 立 て 、 仮 設 舞 台 か ら突 如 一 階客 席 へ 飛 び 込 む 意 外 性 が 演 出 の ア
ク セ ン トにな って い る。 不 自然 な台 詞 回 しは チ ェ ー ホ フの テ ク ス トを 徹 底 し
て 解 体 す る。 文 学 テ ク ス トへ の暴 力 性 に お い て、 これ は、 演 劇 にお け る ポ ス
トモ ダ ン的 実 践 で あ る。
これ ら小 ホ ール を使 用 す る場 合 、 小 劇 場 同様 、 チ ケ ッ ト入 手 の 困 難 さが さ
らに話 題 性 を 効 果 的 に演 出 す る こ とに な る。
モ ス ク ワ芸 術 座(チ
ェ ー ホ フ名 称)の
芸 術 監 督 に就 任(2000年
0・ タバ コ フ(俳 優)は 現 代 屈 指 の 名 優(N・
∼)し
た
ミハ ル コ フ監 督 の 『オ ブ ロ ー
モ フの生 涯 よ り』 に主 演)で 、 前 述 の タバ コ フ演 劇 ス タ ジオ を 主 催 、 芸 術監
督就 任前 は芸 術 座 付 属 演 劇 学 校 校 長 を務 め た。
タバ コ フの 改革 方 針 は三 つ に分 か れ る。 第 一 に タバ コ フ劇 場 で 活躍 す る若
手 を 積極 的 に 芸術 座 の 本 舞 台 に客 演 させ 、 ベ テ ラ ンば か りで重 くな りが ち な
舞 台 に 直 接 新 風 を 吹 き込 む方 法 。 代 表 はS・ ベ ズ ル ー コ フ主 演(客
『聖 な る炎 』(サ マ セ ッ ト ・モ ー ム原 作)で
演)の
あ る。 この作 品 は推 理 劇 と心 理 的
葛 藤 の微 妙 な バ ラ ンス の上 に成 り立 ち、昨 今 の ロ シアの 熱狂 的 な推 理 もの ブー
ムを ふ ま え、 ジ ャ ンル の 多 様 化 を 目指 す 重 鎮 モ ス ク ワ芸 術 座 に よ る大 衆 化 路
線 と もみ え る。 第 二 に 、 タバ コ フ 自身 が 演 出家 で は な い か らだ が、 話 題 の演
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出 家 を 積 極 的 に 招 き 、 主 席 演 出 家 を 置 い て い な い こ と で あ る 。 た と え ばV・
ペ トロ ブ 【
を 招 き 、 『永 遠 と一 日 』(ミ ロ ル ド ・パ ヴ ィ ッ チ 作 品 に も と つ く)
の演 出 を委 託 した。 料 理 の メニ ュー風 の 構成 を もつ一 風 変 わ っ た この作 品 は、
パ ヴ ィ ッ チ の 『バ ザ ー ル 辞 典 』 が 男 性 版 、 女 性 版 に わ か れ て い る の に な ら っ
て 演 出 に も両 版 が あ り、 開 演 前 に 観 客 の 投 票 に よ っ て 上 演 版 が 決 め ら れ る と
い う趣 向 で あ る 。 演 劇 に お け る イ ン タ ー ラ ク テ ィ ヴ の 試 み と して 注 目 さ れ た 。
第 三 に 小 舞 台 の 積 極 的 活 用 で あ る。 ロ シ ア の 大 劇 場 は た い て い 大 ・小 二 っ
の ホ ー ル を 有 す る。 前 任 の エ フ レイ モ フ の 時 代 か ら、 比 較 的 自 由 の き く小 ホ ー
ル で若 手 作 品 の上 演 が行 わ れ て い た が、 タバ コ フ は付属 演 劇 学 校 の 舞 台 も改
装 、 「ニ ュ ー ・ス テ ー ジ」 と な づ け て 演 劇 学 校 の 卒 業 制 作 や 演 劇 学 校 出 身 の
若 手 に よ る 芝 居 を 支 援 し て い る。
マ ー ル イ 劇 場 で も現 在 モ ス ク ワ の 演 劇 の 話 題 を 独 占 す る 感 の あ る の フ ォ メ
ン コ工 房 か ら若 手 演 出 家 セ ル ゲ イ ・ジ ェ ノ ヴ ァ ッ チ を 起 用 し、19世 紀 の ロ シ
ア の名 作
『智 恵 の 悲 しみ 』(グ
リ ボ エ ー ド ブ)を
上 演 した 。 従 来 の 劇 団 内 の
俳 優 の格 付 け に従 った配 役 や、 い わ ゆ る当 た り役 を さ け、 若 手 中 心 の 配 役 を
行 った の は、 招 聰 演 出家 な らで はの試 み で あ る。
ア カ デ ミー を は じ め と す る 国 立 の 大 劇 場 の 話 題 作 も、 従 来 の 「家 族 の よ う
な 劇 団 」 公 演 で は な く、 委 託 や 客 演 を 自 由 に 行 う プ ロ デ ュ ー ス 形 式 に 近 い 形
態 を と っ て い る。 劇 団 枠 と い う制 約 が 緩 み 、 劇 団 も大 き く変 化 す る こ とが 求
め ら れ 、 マ ー ラ ヤ ・ブ ロ ンナ ヤ 劇 場 の ア レ ク サ ン ドル ・ ジ チ ン キ ンや プ ー シ
キ ン劇 場 の ロ マ ン ・コ ー ザ ッ ク な ど の よ う に 若 手 が 主 席 演 出 家 に 就 任 す る 事
例 も増 え て い る。 前 者 は イ ン タ ビ ュ ー 活 動 と も い え る よ う な 各 種 マ ス コ ミを
積 極 的 に使 っ た 宣 伝 戦 略 で 、 後 者 は 小 ホ ー ル で 話 題 の ス タ ー 俳 優 を 使 う演 出
(『笑 い の 大 学 』 三 谷 幸 喜 原 作)で
話 題 作 りに成 功 して い る。 コー ザ ッ クは就
任 の 動 機 を 「自 分 の 活 動 拠 点 が 欲 し か っ た 」'Vと い っ て い る 。 プ ロ デ ュ ー ス
的 な側 面 を 兼 ね備 え た現 在 の よ う な劇 団 形 態 は、 配 役 の限 界 を積 極 的 な客 演
で 解 消 す る こ とが で き、 演 出 家 が よ り自 由 な キ ャス テ ィ ング を考 え る こ とが
で き る と同時 に、 プ ロデ ュー ス で は生 まれ に くい、 ロ シア演劇 の魅 力 で あ る、
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劇 団 な ら で は の ア ン サ ン ブ ル を は ぐ くむ こ と も可 能 に な る 。
皿.新
し い プ ロ デ ュ ー ス の 形:演
劇 セ ン ター の 試 み
ソ連 で 経 済 活 動 の 自 由 化 が 行 わ れ て か ら活 発 に な っ た プ ロ デ ュ ー ス は 、 冒
頭 で 触 れ た よ う に ス タ ー を 配 し た 商 業 的 な も の が これ ま で は主 流 で あ っ た が 、
新 し い 実 験 的 な 作 品 を 作 る た め に 利 用 す る 積 極 的 な プ ロ デ ュ ー ス が 始 ま って
い る。 プ ロ デ ュ ー ス 公 演 の 利 点 は ① 従 来 の 劇 場 の 枠 に と ら わ れ な い ② 作 品 ご
とに 的確 な キ ャス テ ィ ングが で き る③ フ リー の演 出家 に制 作 の機 会 が あ た え
られ る 、 と い う 三 点 だ ろ う 。 注 目 す る 新 し い プ ロ デ ュ ー ス ・ス タ イ ル は 若 手
支 援 を 主 眼 と して い る もの で あ る 。 と く に 演 劇 セ ン タ ー の 形 式 を と る 「メ イ
エ ル ホ リ ド ・セ ン タ ー 」 と 「ロ ー シ ン/カ
ザ ン ツ ェ フ の 戯 曲 ・演 出 セ ン タ ー 」
の 活 動 を 取 り 上 げ るV。
1)メ
イ エ ル ホ リ ド ・セ ン タ ー(2001年2月
開 設)
演 出 家 ヴ ァ レ リ ー ・ フ ォ ー キ ン が 若 手 ア ヴ ァ ン ギ ャ ル ド系 演 劇 の 支 援 ・育
成 を 目指 して 創 設VIし た 。 国 か ら の 独 立 志 向 が 高 い 。 あ え て 国 立 劇 場 の 形 式
を と って い な い 。 所 属 建 物 は 国 立(但
キ ン 自 身 が 手 配 し た)で
し、 建 設 計 画 に っ い て か な り の 部 分 フ ォ ー
、 そ れ が無 償 で 提 供 され て い る と い うのが 国 か らの
恒 常 的 な 支 援 で あ る。 中 心 地 、 地 下 鉄 環 状 線 の 駅 真 上 の 大 型 の 建 物 で 地 の 利
が 良 く、 一 部 を 演 劇 セ ン タ ー 用 に 使 用 し、 大 半 は 喫 茶 店 、 銀 行 な ど の テ ナ ン
トに 貸 し て 運 営 資 金 を 確 保 し て い る 。
セ ン タ ー 長 は演 出 家 だ が 、 芸 術 監 督 や 主 席 の 演 出 家 が レパ ー ト リー の 大 半
を 手 が け る通 常 の 劇 団 と は 異 な り 、 セ ン タ ー と し て は プ ロ デ ュ ー ス に 専 念 、
あ え て付 属劇 団 は作 って い な い。 公 演 の場 の提 供 と若 手 発 掘 、 実 験 性 の重 視
が お も な 目 的 だ か ら だ と い う 。4階
ム 、5階
に ロ ビ ー 、6階
に ホ ー ル専 用 の カ フ ェ と レ クチ ャー ル ー
に ホー ル が あ る。 ホ ー ル の 客 席 は通 路 の よ うな二 階
席 付 き で あ る 。 公 演 用 の ホ ー ル は 小 型 な が ら多 目 的 。 自 由 に 舞 台 を 組 む こ と
が で き る。 ホ ー ル に は照 明 な ど最 新 の機 材 設 備 が あ り舞 台 は可 動式 で 自由 に
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組 む こ とが で き る。 た とえ ば フ ォ ー キ ンの新 作
で は 、 パ リの カ フ ェ を"再
イ ス に 座 って(コ
現"。
『ア ル トー と そ の 他 の 人 々 』
観 客 もテ ラス に並 べ られ た テ ー ブル付 きの
ー ヒ ー 代 は 別 途 と の こ と)観
劇/参
加 す る ス タイ ル で あ る。
お も な 活 動 は ① オ リ ジ ナ ル ・プ ロ デ ュ ー ス 公 演 の 制 作(ま
助)②
演 劇 フ ェ ス テ ィ ヴ ァ ル の 運 営(ま
た は制 作 費 の援
た は 場 所 と して ホ ー ル の 提 供)③
演
劇 の 学 習 会 の 開 催 で あ る。
①
制 作(ま
た は 制 作 費 の 援 助)
セ ン タ ー の 企 画 す る舞 台 作 品 の 制 作 費 を 支 援 。 フ ォ ー キ ン 自 身 の 演 出 作 品
と 若 手 演 出 家 の 作 品 。 制 作 段 階 で 資 金 援 助 を 行 う 。 っ ま り リハ ー サ ル の 間 は
費 用 を 提 供 す る が 初 日 が あ い た ら そ れ 以 降 の 維 持 費 は 「自 活 」(切 符 収 入 や
新 た な ス ポ ンサ ー 探 し)を
る 。 現 在4、5作
②
求 め る 。 セ ン タ ー の レパ ー ト リ ー に な る こ と も あ
品 が レパ ー ト リ ー 化 さ れ て い る 。
演 劇 フ ェ ス テ ィ ヴ ァル
演 劇 人 の 国 際 交 流 を め ざ す 各 種 の 演 劇 フ ェ ス テ ィ ヴ ァ ル の 開 催 と 支 援(会
場 等 の 提 供)を
行 う 。2001年
初 夏 に モ ス ク ワ で 開 催 さ れ た シ ア タ ー ・オ リ ン
ピ ッ ク 、 新 し い ヨ ー ロ ッパ 演 劇 の 交 流 を 目 差 すNETフ
ェ ス テ ィ ヴ ァル、 セ
ン ター 主 催 の 若手 演 出 家 祭 な ど、 さ ま ざ ま な演 劇 フ ェス テ ィ ヴ ァル に 会場 を
提 供 す る 。 た だ し、 貸 し小 屋 と して の 経 営 を 目差 して い る わ け で は な い の で 、
使 用 料 は 抑 え ら れ て い る。 た と え ば 切 符 の 売 上 の 一 部 な ど 、 各 団 体 と の 交 渉
に よ って決 ま る。
若 手 演 出 家 フ ェ ス テ ィ ヴ ァ ル(2001年10月
開 催)
文 字 通 り ロ シア の若 手 演 出家 の 秀 作 を 上 演 。 特 に演 劇 大 学 の フ ォメ ン コの
ク ラ ス の 卒 業 公 演 作 品 で あ る 『フ ロ ー 』(プ
ラ トー ノ ブ 原 作)が
話題 とな っ
た 。 現 在 こ の 作 品 は フ ォ メ ン コ工 房 の 新 し い レパ ー ト リ ー に 取 り入 れ られ て
い るQ
サ イ ケ デ リ ッ ク な 演 出 が 注 目 を 集 め る エ ピ フ ァ ン テ フ 演 出 ・主 演 の 『マ ヤ
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コ フ ス キ ー 』 も 話 題 を 呼 び 、 た び た び テ レ ビ で も取 り上 げ ら れ た 。 現 在 こ の
演 出 家 の 『マ ク ベ ス 」 が セ ン タ ー の レパ ー ト リー に 加 え ら れ て い る。
NET(NewEuropeanTheatre)(2001年11月
旧 ソ 連 ヨ ー ロ ッパ 部(バ
開 催)
ル ト諸 国 、 ウ ク ラ イ ナ 、 ベ ラ ル ー シ、 ロ シ ア)と
東 西 ヨ ー ロ ッパ の 新 し い 潮 流 を 紹 介 す る 。 オ ー プ ニ ン グ作 品(『 ア リ ツ ェ ス
ト』)は セ ン タ ー 制 作 。
い ま は 独 立 し て 外 国 に な っ て し ま っ た リ トワ ニ ア の 作 品
(炎 へ の 偏 愛)』(M・F・
マ イ エ ン ブ ル グ 作 、O・
『オ グ ネ リ ー キ ー
コ ル シ ュ ノ ヴ ァ ス 演 出)は
俳 優 の 訓 練 さ れ た 身 体 を 最 大 限 に 生 か し、 現 代 的 な 家 族 崩 壊 の 問 題 を 突 き っ
け る。 性 に 関 心 を 持 っ 思 春 期 の 息 子 と 娘 と 両 親 の4人
家 族 の物 語 で、 親 子 間
の 無 理 解 、家 庭 内 暴 力 、 近 親 相 姦 な ど の 深 刻 な 問 題 を 、 息 子 の 放 火 癖 と 親 殺
し の モ チ ー フ を か ら め て 展 開 す る 。 舞 台 の 真 中 、 い か に も舞 台 装 置 ら し い も
の は 一 切 な く、ア パ ー トの 一 部 屋 ぐ ら い の 広 さ に 、 ご く普 通 の 家 庭 に あ る だ
ろ う家 財 道 具(家
具 、 電 化 製 品 、 風 呂 桶 な ど)が
大 型 ゴ ミの 処 理 場 の よ う に
乱 雑 に 積 ま れ 、 俳 優 た ち が そ の 障 害 物 だ ら け の 舞 台 を か な り の ス ピ ー ドで 縦
横 に 走 り 回 り、 ひ ょ ろ り と背 の 高 い ス チ ー ル ロ ッ カ ー に よ じ登 る 。 妹 に 去 ら
れ た 放 火 魔 で あ る 息 子 が 、 妹 と2人
で殺 した 両 親 の 死 体 の あ る家 も ろ と も 自
分 を 焼 い て し ま お う と ガ ソ リ ン を 撒 き、 火 を っ け る 。 燃 え 上 が る 炎 が 轟 音 を
立 て る と こ ろ で 芝 居 は終 わ る の だ が 、最 後 に は 実 際 に ガ ソ リ ン の 臭 い ま で 立
ち 込 め 、 鬼 気 迫 る も の を 感 じ さ せ た 。(上 演 は リ ト ワ ニ ア 語 、 ロ シ ア 語 同 時
通 訳 付 き)
③
学習会
演 劇 史 に 関 す る 学 習 会 が 開 か れ て い る 。2002年2月
か ら3月
にかけては メ
イ ェ ル ホ リ ドお よ び ア ン トナ ン ・ア ル トー の 演 出 に っ い て 連 続 学 集 会 お よ び
関 連 テ ー マの ビデ オ上 映 会 が 行 わ れ た。 シ ンポ ジ ウム、 出版 、 海外 の新 作 を
紹 介 す る 朗 読 会 な ど を 開 催 し て い る。NETフ
未 出 版 の 現 代 ド イ ッ 戯 曲 の 朗 読 会 も行 わ れ た 。
ェ ス テ ィヴ ァル の 一 環 で 翻 訳
50
同 セ ン タ ー の 今 後 の 課 題 は ど の よ う に 交 流 の 場 を 広 げ て い くか で あ る 。 た
と え ば セ ン タ ー の チ ケ ッ トは 直 接 購 入 の み で 街 中 の チ ケ ッ ト ・ボ ッ ク ス に は
出 回 ら な い 。 情 報 も あ ま り情 報 誌 に 掲 載 さ れ る こ と が 少 な い よ う だ 。 既 存 の
組 織 か ら の 独 立 志 向 の 強 さ と 、 広 範 囲 へ の 情 報 発 信 を 両 立 さ せ て い く必 要 が
あ る だ ろ う。
2)劇
作 家 カ ザ ン ツ ェ フ に よ る 「戯 曲 ・演 出 セ ン タ ー 」:擬
似劇団
演 出 家 が 主 催 す る メ イ エ ル ホ リ ド ・セ ン タ ー に 対 し、 「
戯 曲 ・演 出 セ ン タ ー」
は 劇 作 家 の ア レ ク セ イ ・カ ザ ン ツ ェ フ が 若 手 演 劇 人 に 発 表 の 場 を 保 障 す る
と い う目 的で 私 費 を投 じて設 立 した もの で あ る。 若 手 演 劇 人 に よ る演 劇 を愛
す る人 の た め の質 の高 い作 品上 演 で 高 い 評 価 を 得 て い る。
ペ レ ス トロ イ カ 期 の 旧 作 品(主
に ソ 連 時 代 に 検 閲 で 発 禁 に な っ た 作 品)を
中 心 と し た 劇 場 の レパ ー ト リー 傾 向 は 、 ソ 連 崩 壊 後 に は ドス トエ フ ス キ ー を
は じ あ と す る19世 紀 の 古 典 作 品 へ と シ フ ト し、 現 代 作 家 の 作 品 が 上 演 さ れ る
機 会 が 極 端 に 減 っ て し ま っ た 。 しか し、 若 手 の 劇 作 家 志 望 は 少 な く な く、19
90年 夏 か ら モ ス ク ワ郊 外 で 始 ま っ た 若 手 劇 作 家 の エ チ ュ ー ド作 品 の 上 演 会 は
非常 に活 気 に 溢 れ 、 これ を き っか け に現 代 劇 作 家 の た め の同 人 戯 曲雑 誌
作 家 」(カ ザ ン ッ ェ フ 編 集)が
刊 行 さ れ た(現
在8号
で 休 刊 中)。 戯 曲 の 刊 行
が 進 み 、 作 品 上 演 の 必 要 性 か ら次 第 に 人 が 集 ま り 、1998年12月
第1回
公 演 が 行 わ れ た 。 現 在10作
『劇
、 セ ン ター
品 ほ ど が レパ ー ト リ ー 化 、 今 シ ー ズ ン は5
作 の 新 作 が加 わ った 。
主 催 の カ ザ ン ッ ェ フ は(美
術 館 の 学 芸 員 の よ う な)企
画 の キ ュー レー タ ー
兼 ア ド ヴ ァ イ ザ ー で 、 集 ま っ て い る ス タ ッ フ、 役 者 の 面 接 お よ び 採 用 決 定 、
上 演 演 目 の 演 出 家 の 選 択 に っ い て は す べ て 彼 に権 限 が あ る 。 こ の シ ス テ ム は 、
若 手 演 劇 人 の 自 主 性 を 尊 重 し な が ら も 「劇 団 が 一 定 レベ ル 以 上 の 質 を 維 持 す
る た め に は 集 団 メ ンバ ー が す べ て 従 う べ き 、 あ る種 の 絶 対 的 権 力 が 必 要 」 と
い う カザ ンツ ェ フ 自身 の 経 験 知 に よ る。 作 品 は担 当 の演 出家 とカ ザ ン ッ ェ フ
が 相 談 して 決 定 す る。 劇 作 家 が 演 出 デ ビ ュ ー す る場 合 、 経 験 あ る演 出 家 が キ ュ ー
51
レ ー タ ー と し て ア ド ヴ ァ イ ス す る 。 作 品 に 俳 優 の ア イ デ ィ ア を 取 り入 れ る こ
と も少 な くな い よ うだ 。
メ セ ナ 、 国 の予 算 は ほ とん ど な い。 作 品 ご と に補 助 金 を探 す が、 私 費 で補
う こ と が 多 い 。 低 予 算 な の で 舞 台 装 置 は あ ま り作 ら な い 。2001年12月
タ ー 活 動 開 始5周
作)は700ド
5000ド
年 を 記 念 す る 『あ ご ひ げ の 感 触 』(K・
にセ ン
ドラ グ ンス カ ヤ原
ル と い う ロ シ ア の 物 価 で も 破 格 の 制 作 費 で 完 成 さ せ た(通
ル ぐ ら い が 目安)。 高 い 評 価 を 受 け た 『プ ラ ス チ ェ リ ン(粘
常 は
± 細 工)』
は 国 際 チ ェ ー ホ フ 演 劇 祭 参 加 作 品 と して 国 際 演 劇 人 同 盟 か ら予 算 が つ い た た
め 、 背 景 を 覆 う比 較 的 大 掛 か り な 装 置 が 使 わ れ て い る が 、 最 新 作 のrオ
ブ ロ
ム ・Off』 な ど で は テ ー ブ ル や イ ス に 手 作 り の 衣 装 と い っ た 程 度 の 質 素 さ に
演 出 ・演 技 力 が 問 わ れ る こ と に な り 、 か え っ て 質 の 高 さ を 維 持 す る の に 一 役
買 っ て い る。
セ ン タ ー に 参 加 す る メ ン バ ー の 大 半 は 別 の 劇 場 に も所 属 す る 。 通 常 の 劇 場
で は 若 手 に 演 出 や 配 役 な ど で 機 会 が 与 え られ に く い 。 と く に ス タ ー 芝 居 が 増
え て きた の で、 無 名 の 俳優 が そ れ な りの 役 を獲 得 す る こ とは少 な い。
セ ン タ ー 特 有 の 作 品 は 『モ ス ク ワ ー 開 か れ た 都 市 』 だ ろ う。 各 場 面15分 前
後 で ま とあ た若 手 作 家 た ち の モ ス ク ワを テ ー マ と した習 作 の ア ン ソ ロ ジー で
あ る。 上 演 の た び に プ ロ グ ラ ム が 部 分 的 に 入 れ 替 わ る。 『オ ブ ロ ム ・Off』
の よ う に 全 作 品 を 制 作 す る 前 に 一 場 面 だ け を と り だ して 試 作 的 に 上 演 し た り、
逆 に 『あ ご ひ げ の 感 触 』 の よ う に エ ピ ソ ー ドだ け ま ず 書 か れ た 作 品 が 好 評 で 、
演 出 家 の 依 頼 に よ り長 編 化 さ れ た 事 例 も あ る 。
最 近 の 作 品 の 中 で 秀 逸 な の は 『モ ス コ ウ ジ ー 』 と マ ク シ ム ・ク ー ロ チ キ ン
の 「フ ン」 だ ろ う 。 『モ ス コ ウ ジ ー 」 は 第 二 次 大 戦 で ソ 連 が ナ チ ス ・ ドイ ツ
に 占 領 さ れ た と い う架 空 の 歴 史 を 想 定 して の 未 来 都 市 イ メ ー ジ。 モ ス ク ワ を
ドイ ッ 人 カ ッ プ ル が 訪 れ る が 、制 圧 し た は ず の ロ シ ア が 地 鳴 り と と も に よ み
が え って くる とい うイ メー ジを 、 凍 りっ い た水 底 の よ うな青 ぐ らい照 明 と ネ
ガ フ ィル ムで で きた ドレス を 身 にっ けた 三 人 の女 性 の こ わ ば った身 体 表 現 で
表 わ す 。 演 劇 と い う よ り も現 代 美 術 の パ フ ォ ー マ ン ス に 近 い 。 『フ ン 』 で は
52
征 服 を も くろ む未 開 部 族 の スパ イ が モ ス ク ワを偵 察 に や って くる。 革 製 の レ
イ ン コ ー トを 着 せ た 女 優 を 、 都 会 や 文 明 と い っ た も の を 少 し レ ト ロ に 象 徴 す
る路 面 電 車 に見 立 て、 運 転 手 が 女 優 の手 を サ イ ド ミラー に 見 て 磨 いた りい た
わ った りす る のが なん と もエ ロチ ック で さ え あ る。 路 面電 車 の 路 線 を モ ス ク
ワ の 動 脈 に 見 立 て 、路 面 電 車 役 の 女 優 が 歌 う 力 強 い ア フ リ カ ン ・ ミュ ー ジ ッ
ク の リズ ム に合 わ せ て ス テ ップ を踏 み 鳴 ら しな が らモ ス ク ワ中 を 駆 け回 るわ
け だ が 、モ ス ク ワ は そ の 野 生 の エ ネ ル ギ ー ま で 飲 み 込 ん で さ ら に 活 気 に 満 ち
て い く。
『粘 土 細 工 」(2001年6月
初 演 、 ヴ ァ シ ー リ ー ・ シ ガ リ ョ フ 原 作)は
前述
の よ う に モ ス ク ワ ・ シ ア タ ー オ リ ン ピ ッ ク参 加 作 品 。 海 外 の 演 劇 フ ェ ス テ ィ
ヴ ァ ル の プ ロ モ ー タ ー に 推 薦 す る2001/2002シ
ー ズ ン の 「ロ シ ア ン ・ケ ー
ス 」 に も ノ ミネ ー トさ れ た 。
灰 色 に 沈 ん だ 舞 台 で 高 校 に 通 う少 年 た ち の 息 苦 し い 日 常 へ の 諺 屈 し た 感 覚
を 描 く。 周 囲 を 取 り 巻 く大 人 の 世 界 に こ と ご と く 反 発 し、(必 ず し も 自 発 的
な も の で は く、 無 理 に 大 人 ぶ ろ う と す る た め の)思
春 期 の 性 的 欲 求 に 振 り回
さ れ る 。 車 椅 子 の 少 女 に 純 情 に 恋 す るが 、 結 局 大 人 社 会 の 狡 猜 な 罠 に は ま り、
少 年 は死 に い た る。
「オ ブ ロ ム ・オ フ 」(2002年3月
初 演 、 ミハ イ ル ・ ウ ガ ロ フ 作)は19世
紀
ロ シ ア の 古 典 、 ゴ ン チ ャ ロ フ の 「オ ブ ロ ー モ フ 』 を 原 テ ク ス トに 、 無 為 の 象
徴 とさ れ て き た オ ブ ロー モ フ を、 シニ カ ル に 人 生 を 捉 え る孤 高 の イ ンテ リと
い う イ メ ー ジ で 読 み 直 す 。 奇 妙 な 医 者 の 精 神 分 析 を 受 け な が ら、 恋 に よ っ て
積 極 的 な生 の意 味 を手 に入 れ か け るが 、 結 局 恋 破 れ て 病 み 、 異 言 語 を 話 す 女
性 と言 葉 の 通 じ な い 中 に 安 ら ぎ を 見 出 す 。
結論
経 営 形 態 の 自 由化 は劇 場 経 営 に も変化 を もた ら した。 商 業 主 義 が 強 ま り、
演 技 や演 出 の最 低 限 の質 は、 従 来 の 演劇 大学 や 劇 団 の 教 育 シ ス テ ムが か ろ う
じて 支 え て い る。 この よ うな状 況 の 中 、 小劇 場 や 演 劇 セ ンタ ーを 中 心 と した
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活 躍 が 目覚 しい。 大 劇 場 で は な か な か 活 躍 の 場 が な い若 手 が 様 々 な役 に チ ャ
レ ン ジで きる こと、 手 ごろ な大 き さで、 演 出 と俳 優 と ス タ ッフが 一 体 と な っ
て 芝 居 を制 作 す る コ ラボ レー シ ョ ンが う ま く い きや す い こ と に加 え 、 観 客 と
の近 さ、 限 られ た グル ープ 内 で の テ ー マ の共 有 しや す さ も魅 力 に な って い る。
ソ連 時 代 に は ほ とん どが 国 や市 な どの政 府 自治 体 の 支 援 で 劇 団 が 運 営 され
て い たが 、 予 算 に 占 め る国 費 の比 率 は低 くな って きて い る。 国 立 劇 場 で あ っ
て も国 か らの 収 入 は ほ とん ど の場 合 、 人 件 費 に当 て られ 、 新 作 ご と に ス ポ ン
サ ー を探 す こ とが 主 流 に な って い る。
そ の一 方 で 、 本 論 で は触 れ る こ とが で きな か っ たが 、 政 府/自 治 体 が 演 劇
の 支 援 にふ た た び関 心 を もち は じめ つ っ あ る。 た とえ ば 、 多 くの映 画 ス タ ー
を 擁 す る レ ンコ ム劇 場 は モ ス ク ワ市 長 の ル シ コ フが 保 護 して い る。 プ ー チ ン
大 統 領 の 特 別 支 援 を取 り付 け たA・
カ リ ャー ギ ンが ロ シ ア演 劇 人 同 盟 の 議
長 に再 選 し、 映 画 人 同 盟議 長 のN・
ミハ ル コ フが 対 抗 す る よ う にや は り プ ー
チ ンに ロ シア製 映 画 の政 策 に支 援 を要 請 した。 これ は文化 政 策 と い う よ り、
経 済 の 安 定 に と も な い、 演 劇 を は じめ とす る文 化 の 活 性化 が 首 長 の イ メ ー ジ
ア ップ に繋 が る と い う、 ど ち らか とい う と、 パ トロ ン的 発 想 に近 い よ う に思
わ れ る。
公 的 資 金 が 芸 術 振 興 に役 立 て られ る の は、 社 会 の 不 安定 要 素 を 拭 い去 る こ
との で き な い ロ シ ア に お いて 歓 迎 さ れ る こ とだ ろ う。 しか し不 安 が な いわ け
で は な い。狸 雑 さが 際 立 っ 作 風 で有 名 な ポ ス トモ ダ ン作 家 の旗 手 で あ る ヴ ラ
ジー ミル ・ソ ロ ー キ ンが わ いせ っ 罪 で訴 追 さ れ た。 彼 の作 品 は モ ラル の 点 で
物議 を か も して は き たが 、 表 現 の 自 由 は守 られ るべ きで あ る し、 作 品 の テ ー
マ が あ くまで 文 学 的 な実 験 で あ る こ とか ら内外 で 高 い評 価 を受 けて きた 。
事 の 発 端 は ボ リ シ ョイ劇 場 が 彼 に作 品 を依 頼 した こ とに 始 ま る。 国威 を 象
徴 す る ボ リシ ョイ劇 場 を侮 辱 す る もの だ と フ ァナ テ ィ ッ クな保 守 団 体 が 攻撃
を仕 掛 けた わ けだ が 、 この 団 体 「と もに歩 む」 の創 設 に は プ ー チ ン大統 領 自
身 が 深 く関 わ って い る。 今 の と ころ大 統 領 自身 は この動 き に批 判 的 な発 言 を
行 って は い るが 、 今 後 、 プ ー チ ンの政 策 の変 化 に ふ た た び演 劇 が左 右 され る
54
よ うな 事 態 も予 想 され る。
個 々 の 意 思 表 示 、 表 現 様 式 の 自 由 を享 受 した社 会 、 細 分 化 し多 様 化 した諸
劇 団 ・劇 グル ープ を 後 戻 り させ る こと は不 可 能 だ ろ う とい う こ とに期 待 せ ざ
る をえ な い。
i「 現 代 戯 曲 』 誌 、 モ ス ク ワ 、2002年
liプ
、2号
ロ デ ュ ー ス の 第 一 人 者 で あ るB・
、184頁
。
ミ リグ ラ ム は コ ーザ ッ クの この 言 葉 を 聞 い て 、
自 分 の 場 所 が 必 要 な 時 代 が き て い る の か も しれ な い 、 と述 べ た 。 前 掲 誌 、178頁
血
ペ ト ロ フ は 前 年 ま で オ ム ス ク ・ ド ラ マ 劇 場(西
日本 人 女 優 を起 用 した
を 受 賞(1997年)、
シ ベ リ ア)の
『砂 の 女 』(阿 部 公 房 原 作)で
翌年
「生 け る 屍 』(ト
して の 地 方 劇 団 」 「国 際 文 化 学 』 第16号
ivた
とえ ば グ レ シ コー ヴェ ッッ
ッ 「街 』、 モ ス ク ワ 、2001年
vメ
、2001年
主 席 演 出家 を務 あ 、
ゴ ー ル デ ン ・マ ス ク 国 家 演 劇 賞
ル ス トイ 原 作)で
実 力 派 で あ る。 オ ム ス ク ・ ドラマ 劇 場 にっ い て は
。
も連 続 ノ ミネ ー ト さ れ た
「ロ シ ア の 演 劇 状 況 と 文 化 基 盤 と
、69-75頁
参照。
「僕 が ど う し て イ ヌ を 食 べ た か 」(グ
レシ コ ー ヴ ェ ッ
所 収)
イ エ ル ホ リ ド ・セ ン タ ー に つ い て は 制 作 のE・Shesterikova(2002年4月12
日)、 「戯 曲/演
日)の
viフ
出 セ ン タ ー 」 に つ い て は 主 催 のA・
カ ザ ン ッ ェ フ(2002年4月11
取 材 に 基 づ く。
ォ ーキ ンは ペ レス トロイ カ の時 期 に す で に
「メ イ エ ル ホ リ ド芸 術 創 造 セ ン タ ー 」
名 称 の組 織 を全 ロ シア 演 劇 人 同 盟 の下 に つ く り、 ま だ 当 時 で は理 解 さ れ に くか っ た
若 手 演 出 家 た ち の 実 験 的 な 演 劇 を 支 援 し、 工 房(ア
ト リ エ)、
レ ンコ ム劇 場 の小 ホ ー
ル な ど を 使 っ た 公 演 場 所 の 提 供 を 行 っ た 。 そ の 時 に 支 援 を 受 け た ク リ ム(ク
コ:岩
田貴
「街 頭 の ス ペ ク タ ク ル 』 未 来 社 、 参 照)は
リメ ン
ゴ ー ル デ ン ・マ ス ク 国 家 演 劇
賞 に ノ ミネ ー ト さ れ る な ど 、 現 在 で は ペ テ ル ブ ル グ の 注 目 さ れ る 演 出 家 と な っ て い
る 。 後 述 のNET演
脚 本/演
vliカ
劇 フ ェ ス テ ィ ヴ ァル で は オ ー プ ニ ング作 品
『ア ル ツ ェ ス ト』 の
出 を担 当 した。
ザ ン ッ ェ フ に っ い て は 「現 代 文 芸 研 究 の フ ロ ン テ ィ ア(1)』
ラ 研 究 セ ン タ ー 研 究 報 告 シ リ ー ズNa70、2000年
slav.hokudai.ac.jp/literature/kazantsevA.html参
、41-47頁
照。
札 幌、 北 海 道 ス ラ
お よ びhttp://src-h.
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