Comments
Description
Transcript
絵画における TP 対称性の破れ?
Un Petit Puits 記事 No.9 (2008 年 11 月) ノーベル賞記念 緊急特集 絵画における TP 対称性の破れ? 榎戸 輝揚 (えのと てるあき) 1 つい先頃の 2008 年度ノーベル賞発表では、物理学賞を南部先生、小 林先生、益川先生が受賞され、化学賞は下村先生が受賞されたという ことで、日本もなかなか沸き立っている。自分も物理学科の後輩と焼 き鳥屋で祝杯をあげたりした。今回のプチピュイでは、緊急企画として ノーベル賞関連のネタを集めるらしい。もともとは前回の続編で「手 作り偏光検出器で遊ぼう」の後編を出すつもりだったが、ノーベル賞 の話が立ち上がったので、このテーマに関する話をしようと思う。 が、しかしである。南部先生、小林-益川先生のお仕事は自分の専門 図 1: 星の王子さま とは少しずれていて、勉強したことはあるものの、ウェブ上において も書籍においても、わかりやすい説明も多く出ているので、背景説明はそちらの方が正確だろう。 そもそも、プチピュイの他の投稿者がやってくださるように思う。そこで、南部先生は「自発的対 称性の破れ」、小林-益川先生は「CP 対称性の破れ」と、どちらも自然界における「対称性」の破 れに関連しているということで、今回の記事は少し「遊ばせて」もらうことにして、「対称性」に 注目して「美術展」を見るという、短いエッセイを 2 ページで書いてみる。論文や教科書を咀嚼し て背景説明するよりも、自分の個性でものを書く方が個人的には楽しい。 「対称性」は物理で自然界を見るときの美しく、かつ強力で重要な概念だ。「対称性がある」と は、系にある操作を施したときに状態が変わらないことを指す。丸いテーブルは中心軸のまわりの 「回転」操作に対して変わらないから回転対称だし、昆虫もおおよそは左右の「鏡像反転」操作に 対して対称である。対称性は身の回りに溢れているし、 「対称性の破れ」もまた溢れている。先日、 高校時代からの友人の結婚披露宴に出席した。(回転対称な)円卓のテーブルに座ると、左右両側 にフォークが置いてある。原理的には左右のどちらのフォークをとってもよいはずである2 。テー ブルのみんなはどちらのフォークを使っていいかわからずオロオロしているが、誰かが勇気を持っ て左右どちらか一方のフォークをとると、その隣の人もどちらかを取らざるを得なくなって、み んな「右側のフォーク」もしくは「左側のフォーク」を手に取るようになる。左右どちらのフォー クも取ることができたにもかかわらず、みんな同じように「左右」どちらか一方のフォークを手 にしたわけで、自発的に対称性が破れたわけである。自発的対称性の破れ (Spontaneous Symmetry Breaking) 3 とは、もともと対称性をもっていた系が、よりエネルギー的には安定な対称性の低い系 へ落ち着くことで、これが南部先生のお仕事に関係している。 一方で、小林-益川先生のお仕事は「CP 対称性の破れ4 」に関わるものだ。粒子を反粒子に変換 する荷電共役 (Charge) 変換と空間座標を反転するパリティ(Parity) 変換を同時にほどこす CP 変換 において、自然界 (の弱い相互作用がわずかに対称性が破れている。これをクォークの種類を 2 世 代 (4 種類) から 3 世代 (6 種類) に増やすことで説明し、後に日本の Belle 実験やアメリカの BaBar 実験で検証されている。 1 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 博士課程 2 年 [email protected] 少し実際の様子からは誇張していますが。 3 物性理論において、強磁性体に磁場をかけたときの原子の間のスピン相互作用に由来する自発磁化や、ワインボ トルの底のようなポテンシャルでヒッグス機構を説明する場合などで現れる。 4 これは「対称性の破れ」ではあるが、正確には「自発的な対称性の破れ」ではなく、そもそもラグランジアン自 身に対称性を破る項が含まれている。 2 1 図 2: エクスの受胎告知 (左) とフラ・アンジェリコの受胎告知 (右)。 さて最近の休日、芸大 OB の知人と六本木のピカソ展に行ってきた。パリ国立ピカソ美術館の 改装で追い出された作品が世界巡業している一環で、六本木の新国立美術館とサントリー美術館 の両美術館にピカソの作品約 170 点が展示されている。なかなか見応えのある作品群であったが、 このふたつの美術館を「はしご」した後に、話が「対称性」の話題に及んだ。西洋では「受胎告 知」というキリスト教の有名な 1 シーンが絵画で頻繁に取り上げられる。これは天使ガブリエルが マリアにイエスを身ごもったことを告げるシーンであるが、素朴な榎戸の疑問であったのが、この 「受胎告知」のような作品において、マリア様と天使の位置関係は、どちらが左右にいるかは同じ 程度なのだろうか、それとも非対称なのだろうか、ということだ。友人の答えは、天使が左に来 る方が多いと思う、というものであった。確かに、図 2 のように別の画家が描いた作品でも、天使 が左、マリアが右という構成が多いようである。その理由は、西欧の作品構成においては、時間 が「左から右に流れる」という発想があるかららしい。 一方の東洋の作品として横山大観の長さ 40 m にも及ぶ長大な絵巻 「生々流転」を取り上げてみると、山の一滴のしずくが大河となって海 へと流れていくこの作品では、時間の流れ、作品の構成は「右から左 に流れて」いくようである。どうやらキャンパスの上で、西洋の作品で は「左から右へ向けて時間が流れていくが」東洋の作品では「右から 左へ向けて時間が流れている」ように思われる。これは、歴史的に西洋 では文章を左から右に向けて書いてきたのに対し、東洋では右から左 へ向けて書いてきたことと密接に関係しているためではないだろうか? 無地のキャンパスはもちろん、左右対称である。白地のキャンパスで は左右の対称性 P(Parity) があったものが、絵画の中に時間軸 T(Time) を導入した途端に、絵の配置に制約がうまれ、TP の対称性が破れてい 図 3: 横山大観作「生々流 るのだといえなくもない5 。社会文化的な対称性の破れというのもある 転」。東京国立美術館所蔵。 のかもしれない。 c 六本木経済新聞のサイト 文化、社会的にも、単独では対称性を維持していたはずのものが、二 より つの軸を入れた場合には対称性が破れてしまうというのは、なかなか 面白いことのように思われる。ノーベル賞に関連するのかしないのか、閑話休題のエッセイでした。 5 検証したわけではないが。 2