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第26回 O社(損害賠償請求)事件
第26回 O社(損害賠償請求)事件 O社(損害賠償請求)事件 (神⼾地裁 平25.3.13判決) 労働者が過重な労働により⼼臓性突然死したのは、使⽤者の安全配慮義務違反による ものとして、会社に損害賠償請求が⾏われた事案で、賃⾦不払い残業が構造的に⾏わ れていたことを背景として、IDカードの打刻により把握される時間を上回る時間外労 働時間数が認定された事例 掲載誌:労判1076号72ページ、判時2199号126ページ ※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください 1 事案の概要 本件は、⽣活雑貨等の⼩売業を営む被告(以下「Y社」)の社員として、売り場の統括 等の業務に従事していたAが、Y社における過重な労働により⼼臓性突然死をしたのは、Y 社の安全配慮義務違反によるものであるとして、Aの妻X1およびその⼦X2が、債務不履 ⾏または不法⾏為に基づき、損害賠償を請求した事案である。 [1]本判決で認定された事実 概要は以下のとおり。 年⽉⽇ 事 実 H9.4 A、Y社に⼊社。 H11.3 Y社B店オープンにより、Aは同店2階キッチンフロアの担当となる。 H15.12 B店従業員のCが帰宅途中事故にあったが、その事故の時間と退勤打刻時刻とに3時 間以上の開きがあったことから、退勤打刻後の残業が⾏われていたことが発覚し、 社内調査が⾏われた(以下「C事件」)。 以後、退勤打刻後の残業については指導が強化され、庶務課の⾒回りや上司からの 指導も厳しくなった。 H16.2〜3 B店、バレンタインや各種イベントの実施など、期末による繁忙期。 A、Dマネージャーから⼤きな声で怒鳴られるなどたびたび強い叱責を受け、精神的 ストレスを抱えていた。 H16.3 棚卸しにおいて担当商品のロス率の増⼤が判明したことを受け、その理由を突き⽌ める作業(ロス究)を⾏ったが、期限の22⽇までにロスの原因を解明できなかっ た。また、それらが⾝体的・精神的負荷になっていたと認められる。 H16.3.26 午前4時頃、Aは⾃宅で就寝中に⼼臓性突然死(死亡時30歳)。 B店の勤怠管理・残業時間管理は、次のように⾏われていた。 IDカードによる打刻が⾏われており、これとは別に、各フロアで最初に出勤した者、最後 に退勤した者には「鍵受け渡し表」の記⼊という作業もあった。 B店の勤怠管理システムでは、シフトの始業時刻前に出勤してタイムカードを打刻して も、その始業打刻から所定始業打刻までの時間は残業時間にカウントされていなかった。 シフトの終業時刻後居残って仕事をした場合は、シフトの終業時刻から退勤の打刻時刻ま での時間が残業時間として⾃動的にカウントされていた。 B店では、半期ごとにあらかじめ総残業時間の⽬標を設定し、それをフロアごとに、フロ アマネージャーやフロア主任などの管理職に⼀定の裁量を持たせて管理させていた。 Aの上司は⽇常的に残業時間⽬標(残業予算)のことを繰り返し訓⽰し、⽉末時点で残業 時間が⼀定時間を超えていると、「あと何時間ですよ。」などと指導していた。 [2]主な争点 本件の争点は、①Aの業務の過重性、Aの死因および業務と死亡との因果関係、②Y社の 安全配慮義務違反の有無、③過失相殺の有無およびその程度、④Xらの損害の有無および 程度、の4点である。以下では、①および②に焦点を絞って紹介する。 2 判断 [1]上記①業務の過重性および死亡との因果関係について 本判決は、まず、B店の社員の⼤半の平均残業時間が残業予算を超過しており、「残業 予算の範囲内ではこなせない仕事量となっていたのが実情」であり、「正社員の残業時間 がアシスタントよりも少なく設定されていて、残業予算の設定は不合理なものであった」 にもかかわらず、「上司から残業予算の遵守が毎⽇のように執拗に指導されていたことか ら、残業予算の消化とはカウントされない賃⾦不払い残業が構造的に⾏われるようになっ ていた」(下線筆者、以下同じ)と指摘した上、Aの実始業時刻および実終業時刻につき 以下のとおり判断を⽰して、Aの時間外労働時間を認定した。 区 分 実始業時刻 本判決の認定 Aは、「出勤打刻の約1時間前には出勤していたと考えられるから、原則として、出 勤打刻時刻とAが署名した鍵受け渡し表記載時刻との早い⽅とし、ただ出勤打刻時刻 が9時以降となっている⽇については、その打刻時刻の1時間前とするべき」であ る。 実終業時刻 平成15年12⽉のC事件以前、Aの「実終業時刻は午後11時ころ」であった。 平成16年1⽉以降は、「バックヤードなどの⾒回りのない場所で、少なくとも午後 10時30分までは退勤打刻後残業を⾏って」おり、「Aの実終業時刻は、退勤打刻時 刻が午後10時30分以前となっている⽇については、午後10時30分とするべき」で ある。 時間外労働 発症前1カ⽉⽬:89時間04分 時間数 同 2カ⽉⽬:92時間07分 同 3カ⽉⽬:69時間33分 上記の時間外労働時間数や、上記1[1]に記載した精神的負荷の事情を踏まえ、本判決 は、「Aにおいて、発症前2か⽉間にわたって80時間を超える時間外労働がなされてお り、当時の業務状況等も考慮すると⾝体的、精神的に負担のかかる過重な労働であったと いえ、それによってAに対して過労とそれに伴う睡眠不⾜により、疲労を蓄積した状態に 陥って⼼⾝の不調を来した末、⼼臓性突然死により死亡したものといえ、Aの業務と死亡 との間に相当因果関係が認められる」とした。 [2]上記②安全配慮義務違反の有無について 「使⽤者は、その雇⽤する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業 務の遂⾏に伴う疲労や⼼理的負荷等が過度に蓄積して労働者の⼼⾝の健康を損なうことが ないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、……使⽤者……がこの義務に反し た場合は、使⽤者の債務不履⾏を構成するとともに不法⾏為を構成する」 「これを本件についてみると、……B店において、退勤打刻後残業が恒常的に⾏われて いたことは、平成15年12⽉のC事件によって明らかになり、退勤打刻後残業等により申 告されていた労働時間を⼤幅に超えて残業していることをY社の労働時間を管理する者が 認識し得たものといえるにもかかわらず、Y社は、賃⾦不払い残業の原因について解明し て、過重になっていた業務を軽減して適正化するなどの対策を執ることなく、単に退勤打 刻後残業等の賃⾦不払い残業の規制を強化しただけであったから、Y社は、業務の遂⾏に 伴う疲労や⼼理的負荷等が過度に蓄積して労働者の⼼⾝の健康を損なうことがないよう注 意する義務に反していたものといえる」 3 実務上のポイント [1]労災⺠事訴訟における労働時間の認定の重要性 労働者が過重な労働により死亡したとして、使⽤者に対し、安全配慮義務違反による 損害賠償が請求される事例は数多い。 この請求が認められるには、①使⽤者による安全配慮義務の違反、および、②同義務違 反と損害の因果関係が必要となる。 この点、近時の裁判例においては、労災認定に関する厚⽣労働省通達「脳⾎管疾患及び 虚⾎性⼼疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平13.12.12 基発1063)を参照し、同通達の基準を超えた過重労働が認められれば、事実上、⾃動的 に上記①および②が肯定される傾向にある。 そして、「⻑期間の過重業務」(評価期間:発症前おおむね6カ⽉間)についていえ ば、労働時間が「疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因」であり、「発症前1か⽉間にお おむね100時間⼜は発症前2か⽉間ないし6か⽉間にわたって、1か⽉当たりおおむね80時 間を超える時間外労働が認められる場合」には、「業務と発症との関連性が強いと評価で きる」とされている。 したがって、時間外労働時間数の認定は、使⽤者が損害賠償責任を負うかどうかを左右 する、最も重要な要素であるということができる。 [2]本件における時間外労働時間認定 では、時間外労働時間数の認定がどのようになされるのか。 近時の裁判例を⾒ると、タイムカードにより把握される時間はそのまま時間外労働時間 として認定される傾向にあり、タイムカード上の始業時刻から終業時刻までは業務に従事 していたと「事実上推定」され、それを覆すには、使⽤者の「⾼度の反証」が要求される とした裁判例がある(⽇本⾚⼗字社事件 甲府地裁 平24.10.2判決 労判1064号52ペ ージ)。 他⽅で、パソコンのログ、退勤時の連絡等の通話履歴・メール、出退勤時の鍵の引き渡 し簿、警備システムのセット時刻、被災者の⼿帳などの客観的証拠がある場合には、タイ ムカード上の労働時間を超えた時間外労働時間数が認定されることもある。 しかし、本判決は、これらの客観的証拠を主軸とせずに、IDカードにより認められる 時間を⼤きく超える時間外労働時間を認定した点に特徴があり、むしろ、構造的な「賃⾦ 不払い残業」という事情を“てこ”にしたと評価することができる。 [3]使⽤者の根本的な対応の必要性 本件における使⽤者は、構造的な「賃⾦不払い残業」という実態に対して、何らの対策 も⾏っていなかったわけではない。 従前から「残業予算」を定め、残業抑制の指導等を⾏っており、「賃⾦不払い残業」の 実態の発覚後は、退勤打刻後の残業をしないように⾒回り等の指導を⾏っていた。 しかし本判決は、「賃⾦不払い残業の原因について解明して、過重になっていた業務を 軽減して適正化するなどの対策」を執っていなかったことを指摘し、Y社の安全配慮義務 違反を認定した。 これは、過重な労働に起因するうつ病により⾃殺した労働者の「業務の量等を適切に調 整するための措置」を採らなかったことを使⽤者の責任を基礎づける事情として認定して いる電通事件判決(最⾼裁⼆⼩ 平12.3.24判決 労判779号13ページ)にも相通じる判 断といえる。 このことからも明らかなとおり、使⽤者としては、残業をしないように指導するだけで は不⼗分であり、より根本的な対策として、過重な業務負担そのものを軽減させる措置 (業務配分の⾒直し、⼈員の補充等)を積極的に講じることが必要である。 【著者紹介】 宇賀神 崇 うがじん たかし 森・濱⽥松本法律事務所 弁護⼠ 2012年東京⼤学法科⼤学院卒業、2013年弁護⼠登録。 ◆森・濱⽥松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/ ■裁判例と掲載誌 ①本⽂中で引⽤した裁判例の表記⽅法は、次のとおり 事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは⽀部名(3)判決・決定⾔渡⽇(4)判決・決定の別 (5)掲載誌名および通巻番号(6) (例)⼩倉電話局事件(1)最⾼裁(2)三⼩(3)昭43.3.12(4)判決(5)⺠集22巻3号(6) ②裁判所名は、次のとおり略称した 最⾼裁 → 最⾼裁判所(後ろに続く「⼀⼩」「⼆⼩」「三⼩」および「⼤」とは、 それぞれ第⼀・第⼆・第三の各⼩法廷、および⼤法廷における⾔い渡しであること を⽰す) ⾼裁 → ⾼等裁判所 地裁 → 地⽅裁判所(⽀部については、「○○地裁△△⽀部」のように続けて記 載) ③掲載誌の略称は次のとおり(五⼗⾳順) 刑集:『最⾼裁判所刑事判例集』(最⾼裁判所) 判時:『判例時報』(判例時報社) 判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社) ⺠集:『最⾼裁判所⺠事判例集』(最⾼裁判所) 労経速:「労働経済判例速報」(経団連) 労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社) 労判:『労働判例』(産労総合研究所) 労⺠集:『労働関係⺠事裁判例集』(最⾼裁判所)