Comments
Transcript
障害者の自立について 1. 「自立」とは 2. 障害者を取り巻く社会 - So-net
障害者の自立について 大分リハビリテーション専門学校 武田知樹 1. 「自立」とは 「自立」の語彙を探ると,「自立とは,他に属さないで自分の力で独立すること.ひとり立ち(旺文 社 標準 国語辞典 新版)」とある.この事から,前述した「自立」とは生活の中で全ての事を自分 一人の力で行うことができることであると解釈できる.この内容を直接的に解釈すれば、障害者や 高齢者では、自立生活をおくることは非常に難しくなる. しかし,本当にそうであろうか,社会福祉の基本理念は「個人が人として尊厳を持って,家庭や 地域の中で,その人らしい自立した生活が送れるように支える(中央法規出版編集部編 社会福 祉用語辞典)」とされている.つまり,福祉領域における「自立」とは,生活の中で必ずしも全ての事 を自分一人の力で行うことができるか否かは問題ではないとする立場をとっている.それでは,何を もって「自立」したと言えるのであろうか.それは,障害者自身の意識や精神的な自立に焦点を当 てていると考えられる.つまり,ここで言う「自立した生活」とは,介護等の支援を受けながらも,主体 的,選択的に生きるという事であり,障害者が自身の生活活動への最終的意志決定権(自己決定 権)を持っているという事がいわゆる「自立」している状態なのだと言えるのではないだろうか. 以下では、障害者福祉を例に挙げて、前述した「自己決定権」を保障する裏付けとしての障害 者の権利(人権)について,様々な理念を通して概観していくものとする. 2. 障害者を取り巻く社会背景 医療の著しい進歩と公衆衛生的な環境の改善,また生活水準の向上によって,日本を含めた先 進国では 1950 年代から急性感染性疾患が激減し,それに伴い寿命が延長し,その反面慢性疾患 が増加するなどの疾患像の著しい変化が急激に起こってきた.また寿命の延長に伴う高齢障害者 の増加,また医療の進歩により生命はとりとめたが障害を残すにいたった例の増加もみられるよう になった.このような中,障害者に対する社会の意識も変化し,1960 年代以降においては特に障 害者の定義において後述する「障害者の権利宣言(1975 年国連)」など 1970 年代からの障害者運 動の進展もあって,障害者の人権尊重という機運が高まってきた経緯がある. 2.1.世界人権宣言 世界人権宣言(1948 年)の第 1 条には「すべての人間は,生まれながらにして自由であり,かつ, 尊厳と権利において平等である。人間は,理性と良心とを授けられており,互いに同胞の精神をも って行動しなければならない.」と謳われており,人としての尊厳と平等について謳われている.ま た,第 25 条では「すべての人は,衣食住,医療及び必要な社会的施設等により,自己及び家族の 健康及び福祉に十分な生活水準を保持する権利並びに失業,疾病,心身障害,配偶者の死亡, 老齢その他不可抗力による生活不能の場合は保障を受ける権利を有する.」と福祉に関する権利 について述べられている. 2.1. 障害者の権利宣言 1971 年に知的障害者の権利宣言が先だって採択された後,1975 年には障害者の権利宣言が 採択された.これは,いわゆる障害者の世界人権宣言であると言うことが出来る.その内容は障害 者福祉の基本理念の原点であると言える.第 3 条には「障害者は,人間としての尊厳が尊重される, 生まれながらの権利を有している.障害者は,障害の原因,特質及び程度にかかわらず,同年齢 の市民と同等の基本的権利を持ち,この事は,まず第一に,できる限り普通の,また十分に満たさ れた,相応の生活を送ることができる権利を有することである.」と障害者の基本的人権について謳 われている.これは障害者福祉の大前提であり,これを抜きに障害者福祉は語れないと言っても過 言ではない. 2.3. ノーマライゼーションの理念 1950 年代の北欧で提唱されたもので,当初,知的障害者施設における処遇のあり方,特に人権 侵害に対する厳しい批判に端を発したものである.ノーマライゼーションは,デンマーク社会省の 行政官であったバンク・ミッケルセン(N.E.Bank Mikkelsen)やスウェーデン知的障害者協会の事務 局長であったベンクト・ニルジェ(Bengt Nirje)らが提唱した障害者福祉に関する理念である.その 内容は知的障害者をその障害とともに(障害があっても)受容することであり,彼らにノーマルな生 活条件を提供することである.すなわち,最大限に発達できるようにという目的のために,障害者個 人のニーズに合わせた処遇,教育,訓練を含めて,他の市民に与えられているのと同じ条件を彼 らに提供することを意味している.この理念はアメリカの脱施設化政策や IL 運動へ大きな影響を与 えると共に,障害者福祉の理念として全世界へ伝わった. 2.4. 障害者自立運動 障害者の自立運動については,米国における重度障害を有する青年が発端となり,全米に広が った障害者の地域生活を求めた IL 運動(independent living - movement; IL-movement)が有名で ある.この IL 運動は,1960 年代の公民権運動やノーマライゼーションの思想の高まりなどが大きく 影響したものと言える.この IL 運動の概念は,肉体的あるいは物理的には他人に依存しなければ ならない重度障害者が,自己決定に基づいて,主体的な生活を営むことを意味するものとして本 邦における障害者福祉施策に対して大きな影響を与えてきた.自立した生活とは、身のまわりこと を自分独りでできることではなく、四肢麻痺など重度な障害者であっても,介助者や補装具等の補 助を用いながらも,心理的には解放された責任ある個人として主体的に生きることである(昭和 57 年 身体障害者福祉審議会答申)と捉えられるようになった. 3.自立支援について 社会福祉の究極的目的でもある障害者の「自立した生活」を実現するためにも,福祉それを保 障する支援方法(自立支援)が常に求められていると言える.社会福祉サービス全体の考え方とし て,あくまでも利用者の主体性を重んじつつ,サービス提供者はその自立支援の側にまわるという 1 ことである.平成 12 年 6 月に改正された社会福祉法の第 3 条(福祉サービスの基本理念)には「福 祉サービスは(中略)自立した日常生活を営むことができるように支援するものとして,良質かつ適 切なものでなければならない」という規定が新たに盛り込むに至っている. 米国における自立支援のための具体的方策としては,自立生活センター(center for independent living ; CIL)の存在が大きい.この自立支援センターは,アメリカにおいて重度の障害者が自立し た生活をしていくためのものである.そのサービス内容は自立生活のためのカウンセリング,介助 者の斡旋,住宅サービス,移動サービス,就労サービス等であり,障害者自らの互助組織として各 地域の障害者が運営するものである.本邦においても,全国各地に自立生活センターが設立され, その全国組織として,全国自立生活センター協議会がある. また,これらの障害者に対する自立支援を目的としたプログラム(自立生活プログラム)を実施す る上での重要な原則としては,(1)障害者のニーズとニーズへの対応の仕方は障害者自身が最も 良く知っている.(2)ニーズを満たすのは多様なサービスを備えた総合的プログラムである.(3)障 害者はその居住地のコミュニティにできる限り包含されるべきである,の 3 項目を挙げている. 4.自己実現と自己決定 前述してきた自立した生活をおくっていく上では,福祉サービス対象者の「自己実現」を尊重す ることが重要である.障害者はただ受動的に社会福祉サービスを受給する消極的な立場を超えて, 人間として様々な場において,自己実現という価値を追求しても良いし,あるいは追求するべきだ とされるものである.その為,サービス提供者は利用者の自己実現という価値を追求する活動を尊 重すべきだとされ,福祉政策的にもそのような価値は次第に認識されるようになっている. また、「自己実現」と並んで,「自己決定(self-determination)」という概念も特に重要である.この 「自己決定」とは,障害者サービス利用者が自らの意志で自らの方向を選択することであるが,その 根底には,障害者(利用者)のニーズやニーズへの対応の仕方は障害者(利用者)自身が最も良く 知っているという障害者に対する人権尊重の意識が存在しているという考えに基づく概念である. 換言すれば,利用者自身の人格を尊重し,自らの問題は自らが判断して決定していく自由がある という理念に基づいている.しかし,自己決定権は無制限に自由があるのではなく,自己決定能力 の有無や公共の福祉に反しない限り,といった制限つきで自己決定権があるというのがその見解 である. また,この「自己決定」は利用者を個別援助の過程に積極的に参加させることが大切だという意 味で,利用者の「参加の原則」として表すこともできる.これらは,国際障害者年行動計画(1979 年)で示された国際障害者年のメインテーマとして「完全参加と平等」や,障害者プラン(1996 年 ~)における「地域で共に生活するために(いわゆる共生)」,さらに新障害者プラン(2003 年~)に おける「利用者本位」という理念によく現されている. 5.おわりに 以上のように,障害者の権利(人権)について障害者福祉に関する理念を通して見てみると, 2 種々の国連決議や日本国憲法において,福祉を受ける権利として明確に定められていることが認 められる. 一方,これら権利性の発展については,1960 年代以降の米国における公民権運動、フェミニズ ム運動、障害者運動などに代表される社会運動から始まったと言われている.これらの運動による 人権意識の高まりに伴い,「障害者の権利(人権)」「自立支援」「自己実現」「自己決定」「社会参 加」という理念として人々に普及・啓蒙されてきた.さらに,これらの障害者を取り巻く理念は,「消費 者主権(Consumer direction)」という福祉・医療サービスの受給者を消費者と位置づける考え方が 否定できない流れになってきている.今後,福祉に関する基本的権利を具現化(権利擁護)するた めに,具体的にどこまで現実的な権利として認めていくべきか,また,その権利を保護して行くため の枠組みをどう作り上げて行くかについては,今後とも政府と国民の間で十分議論が必要であると 考えられる. 以 上 <参考文献> 1) 阿部志郎:戦後社会福祉の総括と二十一世紀への展望.ドメス出版,Pp276.2002. 2) 三浦文夫:増補改訂・社会福祉政策研究―福祉政策と福祉改革―.全国社会福祉協議会, Pp308.1987. 3) 立岩真也:医療と社会ブックガイド.http://www.arsvi.com/0w/ts02/2001000.htm.2006 年 9 月閲覧. 4) 樋澤吉彦:自己決定を支えるパターナリズムについての一考察,精神保健福祉,62-69,2003. 3