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神山 伸一 氏 - 公共経営研究機構
改革に向けた「場」の創造 神山 伸一(小平市都市開発部区画整理支援課) はじめに 地方分権一括法制定以降、地方自治体を取り巻く環境は大きく変わった。機関委任事務 の時代の自治体職員は、多くの研究者が指摘しているように、自ら考えることなく、受け 身的であった。しかし、自己決定、自己責任の時代になり、自らの地域の問題を発見、解 決しなければならなくなった。そうしなければ、地方分権改革の成果を十分に活用できな いのである。今はまさに自治体職員が変わろうとしている過渡期であり、いろいろな自治 体で、様々な取り組みが始められている。 ここでは、地方分権改革に必要な「組織」、「人」について、今後の取り組みの方向につ いて整理する。 1.組織としての課題 組織には、変化を否定する暗黙の力が働くと言われる。実際の現場でも「やってもやら なくても一緒」 「頑張っても変わらない」などという言葉が聞かれることもある。特に、管 理職が大きな失敗を回避する、いわゆる「大過なく過ごす」というような意識を持ってい るとすれば、新しいことにチャレンジしたり、古い制度を見直したりすることへの取り組 みは期待できない。このような組織の中では、やる気のある職員は育たないばかりか、職 員の意識改革は起こらず、旧態依然とした考え方、行動を続ける閉塞感に満ちた組織にな ってしまうのである。 自治体を取り巻く社会状況は大きく変化している。その中にあって自治体は新しい課題 を政策化し、責任を果たすことが求められている。一度取り上げた課題も、社会経済状況 により常に変化しており、変化に敏感な組織でなければ住民の期待にはこたえられない。 自治体政策は、自治体自らの責任において取り上げた、地域の住民生活に関する公共的 課題の解決策である。自治体の仕事は、住民生活に関する公共的課題の解決のために存在 しているのであり、社会経済状況の変化に合わせて課題設定、評価、見直しがされなけれ ばならない。「大過なく」過ごせる時代はとっくに終わっており、社会情勢に応じた的確な 判断ができる組織が求められている。 1 PMR研究会員研究論文 2.職員としての課題 職員個人には、少しずつではあるが、自己決定、自己責任の感覚が生まれつつある。し かし、現在の管理職の多くは、機関委任事務時代を過ごしてきた世代である。彼らはまだ 「もれなく」「そつなく」「間違いなく」という感覚が抜け出せないでいる。このような管 理職は、若手職員の改革の芽を摘んでしまったり、改革の動きを見ぬふりをしてしまった りすることがある。今やらなくてはいけない課題に向き合わないのである。 また人事異動についての指摘もある。行政の業務は多岐にわたり、また、異動先、仕事 内容を自らが選ぶことはできない。今の仕事を突き詰めても、いずれまた違う業務に就く なら、これ以上レベルを高めても仕方がないという意識も働くのである。研修の意義を理 解せず、自己啓発意欲の高い職員にスキルを高める場を提供できないことも少なくない。 改革を拒む風土、キャリアを磨こうという意識の欠如は、平穏な時代にはそれで足りる のかもしれない。しかし、社会情勢が急激に変化している現在、住民ニーズや世論の動向 など社会の動きを的確にとらえ、現在の制度を見直し、新たな制度を構築していくことが 求められているのである。 縮小の時代に突入し、少ない財源でより高い効果を上げるためには、既存の制度では対 応に限界がある。これまでの課題対応型からビジョン実現型への発想の転換が必要であり、 どのようなビジョンを立て、どういうプロセスで、どう実現していくか、まさに、道なき 道を進む力必要とされているのである。 「間違わないこと=優秀」といった時代は、とっく に終わっており、リスクを取りながらも挑戦する姿勢が求められている。 3.「場」の創造による意識改革 職場風土を変えていくには、組織、職員の両方の改革が必要である。しかし、これは簡 単ではなく、また、短期間で達成できるものでもない。とはいえ、手をこまねいて、解決 できるものでもなく、一歩でも前に進めたい課題である。 組織を一気に変革することは難しい。職員一人ひとりが少しずつ成長していくことで、 少しずつ組織に影響を与え、組織全体を変えていく。こういうプロセスが、改革の近道だ と考える。 一人ひとりが考え、気づき、行動できる「場」を作ることにより、そこでの経験から個 人が成長し、周辺に影響を与え、効果を組織全体に広げていくのである。 (1)改革の核づくり 組織風土を一気に変えることはできない。そこで、組織を構成する「人」に注目する。 一人の意識が変われば、その周辺の数人の意識が変わっていく。一人ひとりの意識を変え 2 PMR研究会員研究論文 ることで、組織全体へと波及するように、職員一人ひとりの「点」をベースにして、 「点か ら線」へ、 「線から面」へと広げていこうというものである。 (図1 イメージ図参照) 人を育て、改革の核とし、一人の個人から影響を 与え、周辺の風土を変えていくのである。改革意識 の高い職員をいろいろな職場に配置できれば、その 熱が組織全体に広がっていくのである。 (2)成長の場づくり 人は一人で成長することは難しい。切磋琢磨しお 互いに刺激しあいながら取り組めるチームが必要と 図1 広がりのイメージ なる。しかし、自治体内に意識改革を進めるような 治体内に意識改革を進めるような チームを作ることは難しい。仕事とは離れ、時間外 や休日などに行う自主研究、勉強会などのチームが 休日などに行う自主研究、勉強会などのチームが 必要である。 仕事から離れ、客観的に自治体を見ることで、問題点、課題を洗い直し、進むべき方向 も確認できる。また、一人では限界のある情報収集もチームで行うことにより、多角的に たくさんの情報を得ることができるようになる。 こうした議論を積み重ねることで、チームの連帯感も生まれ、チーム内での改革意識、 改革の必要性の共有が、今後の取り組みの大きな推進力となる。 (3)交流の場づくり しかし、同じ自治体の人間だけで議論していても、一方向からの議論にとどまってしま う。他の自治体の職員、また、自治体職員以外の人たちと交流する場を作ることが大切で ある。 人と人が反応し、何か新しいものが生まれやすい状態を作るには、違う文化や発想を持 った人との交流が必要なのである。 人の役割が固定化してしまい、新しい仕組みが生まれないような状態から、人が生き生 きと活動している状態にするためには、交流による「刺激」が欠かせない。 4.小平市での取り組み 小平市でも、他の自治体と同様に何か得体のしれない重たい空気が漂っていた。 他の自治体と同様に何か得体のしれない重たい空気が漂っていた。しかし、 この空気感を何とかしたいと思っている職員はそう多くないし、私一人ではどうにもなら ないとあきらめていたのかもしれない。この時点での私は、上記のような「やってもやら なくても一緒」と考える職員の一人だった。 3 PMR研究 研究会員研究論文 ところが、時間外での自主研修を研修担当が企画すると、多くの若手職員が集まってき たのである。元気な市役所にしよう、元気なまちにしようという前向きな若手職員が多く いることに、私は気が付いていなかった。 この機を逃すと次のチャンスはいつになるか分からないと感じ、研修メンバーを中心に 自主研究会を立ち上げ、小平市の将来について話を始めた。すると、「知名度が低い」「情 報発信が下手だ」と感じているという共通点が見えてきた。 そこで、一般財団法人公共経営研究機構の皆様にもご協力をいただきながら、これらの課 題を解決しようと立ち上げたのが「ジャーナリスト楽校 in こだいら」である。 (1)ジャーナリスト楽校 in こだいら ジャーナリスト楽校 in こだいらは、職員の意識改革だけではなく、市民協働も目的の一つ ではあるが、ここでは、職場風土を変えていく職員の育成の面についてご紹介する。 ① 成長の場として この活動を通して、古い制度、体質にとどまるのではなく、地域課題に敏感であり、そ れにチャレンジできる職員、そういう意識を育む場にしたいと思っていた。 そこで、メンバーの関心の高い「情報発信」を中心テーマに据え、その活動の中で職員 が成長できる場を作ろうと考えたのである。組織を改革できる核となる「人」づくりであ る。 運営委員には、20 代から 30 代の若手職員が手をあげてくれた。このメンバーが、楽しく 成長する場、継続して参加したくなるような場の雰囲気づくりに気を配った。 はじめのうちは、何をすればよいのかわからなかったものの、いつの間にか言われたこ とをこなすというのではなく、自らが考え、実施し、評価を受ける活動になっていったの である。 小さなイベントであるがゆえ、企画段階から事業実施、評価まで一連の流れを体験でき た。会場確保、講座内容検討、広報、講座運営などいろいろな場面で普段体験しないよう な悩みにあたり、壁に突き当たりながらも一つ一つ解決し、乗り越えられたのである。こ うした成功体験が大きな自信となり、より積極的な姿勢につながっていった。 ② 交流の場として 人の成長には、違う系統の人たちとの交流が欠かせない。水がよどんで溜まっている状 態を続けるのではなく、さざ波がたつとしても新しい水を入れる必要があるのである。 そこで、ジャーナリスト楽校 in こだいらでは、開校するにあたり、市民にも運営委員へ の参加を呼び掛けた。自治体職員だけで完結したくなかったのである。幸いにも数人の市 民が手をあげてくれ、職員と市民の交流が始まった。また、地元の大学生も委員に加わり、 まさに草の根の市民・行政・大学連携が始まったのである。 4 PMR研究会員研究論文 業務の中で、市民の方々との意見衝突は、なかなか受け入れがたいものもあるが、ここ は自主イベントでの意見の食い違いである。素直にお互いの立場、考え方を聞き受け入れ ることができた。市民との意見衝突は、恐れるものではないということをいつの間にか体 験しているのである。 また、講座の終了後、毎回交流会を設けた。受講生、運営委員の垣根を取り払い、懇親 する場を設けたのである。アルコールを飲みながら、会話、ゲームをすることで、より楽 しく、より深く交流することができた。 こうして、今まで出会ったことのない分野の人たちと密に連絡を取り合うようになり、 日々刺激を受け合い、気がつかないうちに意識が変わっていったのである。 ③ 改革の核として 私たちの活動は、まだ始めたばかりですぐに結果は出ない。しかし、若手職員が意欲的 に変わってきていると感じている。既に、私が考えもしなかったような企画が次々に現れ、 具体化されているのである。 こうした熱い職員が、自治体内にちりばめられれば、その熱さが周辺に伝わり、組織全 体に意識改革が広がっていくだろう。 それまで、歩みを止めずに、楽しく活動していきたいと思う。 5.将来に向けて~つながりの再構築~ 自治体内の組織風土を変えなければならないのは、職員のためではなく、地域のためで ある。まちをよくするために必要なのである。組織風土を変えた職員が進むべき、次ステ ージも少し考えてみたい。 東日本大震災以降、「つながり」「絆」という文字が多くの紙面に登場している。地域の つながり、絆の大切さに気が付いた。 しかし、職場など同じネットワーク内の小さく強い「つながり」はそれほど無くなって はいない。ネットワークが細分化するとともに、違うネットワーク間のつながりが希薄に なっていたのである。 これから新たな価値観を創造するには、ネットワーク間の交流が欠かせない。関係性を 再構築することで、活性化、創造を行っていかなくてはならない。 そのためには、ネットワークをつなげる「人」が重要になる。違う文化、言語を持つ人 たちの間を取り持ちつなげる「通訳」となる人が必要なのである。 ジャーナリスト楽校 in こだいらでは、情報をどうやって受け手に届けるか、また、ほし い情報をどうやって送り手から出させるか、情報の「送り手」と「受け手」の意識の違い などについて学んだ。こうした情報発信力を学んだジャーナリスト楽校の受講生、運営委 5 PMR研究会員研究論文 員には、是非この通訳、ネットワークをつなぐ役割を担ってもらいたい。 ジャーナリスト楽校 in こだいらという枠にとどまらず、地域の絆づくり、地域の活性化 に大きく寄与できる人材づくり、場づくりが次の目標である。 おわりに 私たちの活動は、まだ始まったばかり、2 年目である。しかし、たくさんの人との交流の 中で多くの気づきをいただいた。また、結果として人と人を結び付けるような動きにもな ってきている。 これが、小平市にどのような影響を与えるのか、正しい方向にすすんでいるのか、今の 段階では分からない。結果は、5 年、10 年後にでるかさえも。 しかし、少しずつではあるが、職員自らが変わろう、変えようと動き出したことは事実 である。結果は後からついてくると言われる。もう少し、自分たちを信じて歩き続けてみ たい。 [参考図書] ◇ 一般財団法人公共経営研究機構. 公共マネージャーオブビジネスアドミニストレーシ ョン(略称:公共 MBA)認定講座: Ver.BYCC-001. 2011 年. ◇ 財団法人地域活性化センター. 第 23 期全国地域リーダー養成塾研修資料. 2011 年. ◇ ジャーナリスト楽校運営委員会. ジャーナリスト楽校 in こだいら 第 1 楽期報告書. 2011 年. 6 PMR研究会員研究論文