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新興国内需市場への開拓を進める日系ミシンメーカー
住友信託銀行 調査月報 2010 年 5 月号 産業界の動き∼新興国内需市場への開拓を進める日系ミシンメーカー 新興国内需市場への開拓を進める日系ミシンメーカー 日本製工業用ミシンは、「最新の技術」「品質の均質性」「高い耐久性」「アフ ターサービス体制」の面で、世界各国の縫製工場から世界トップ水準との高い 評価を受けている。しかしながら国内需要減少、新興国市場での競争が本格化 するなど経営環境は厳しいものがある。業界の現状と課題について整理した。 1.中国の存在感が高まる世界のアパレル縫製市場 国内の衣料品家庭消費金額 は日本アパレル工業技術研究 図1 国内衣料品家庭消費・国別輸入金額推移 (百万円) 16,000,000 (%) 35.0 30.0 会によれば、 「家計調査」 (総 14,000,000 12,000,000 25.0 務省)や「国民経済計算年報」 10,000,000 20.0 (内閣府) の発表データから、 8,000,000 15.0 1996 年は約 15 兆円であった 6,000,000 衣料品家庭消費 10.0 4,000,000 市場規模が、2009 年には 8 兆 輸入品比率 5.0 2,000,000 中国からの輸入品比率 円を割り込み、7 兆 7,000 億 0.0 0 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 円にまで縮小していると推計 (年) (資料)日本アパレル工業技術研究会HP(財務省貿易統計) している。一方、 「貿易統計」 より住友信託銀行調査部作成 (財務省)によれば、衣料品 家庭消費が縮小するなか、織物とニットの輸入量は年々増加傾向にあり、輸入 金額と衣料品家庭消費金額から算出した輸入品比率は、1999 年は 15.2%であっ たものが 2008 年には 31.0%まで上昇し、輸入先として最も多い中国からの輸入 品比率は 10.8%から 26.1%まで上昇している(図 1) 。 新興国を中心に存在するアパレル縫製工場は、主に「先進国向け輸出縫製(ハ イエンド市場)」と「新興国内需向け縫製(ローエンド市場)」に大別される。 世界のアパレル縫製市場における輸出縫製の市場規模推移は、2007 年で約 3,450 億ドルに達し、1990 年の約 1,080 億ドルの 3 倍程度になっており、中国が最大 の輸出国である(図 2)。 「新興国内需向け縫製」の市場規模を示す統計データは 確認できないことから、世界のアパレル縫製市場の市場規模推移を正確に確認 することはできないが、国内消費が減少していく一方で、中国を中心とした新 興国の内需拡大に牽引され、世界のアパレル縫製市場は引続き伸長していくも のと考えられる。 なお、関係者によれば、工業用ミシンの世界市場規模は 2006∼2007 年頃の水 準で 2,700 億円程度と推計され、そのうちハイエンド市場が市場規模の約 60%、 ローエンド市場が約 30%としている。 1 住友信託銀行 調査月報 2010 年 5 月号 (百万ドル) 産業界の動き∼新興国内需市場への開拓を進める日系ミシンメーカー 図 2 世界主要国のア パレル輸出額推移 400,000 その他計 350,000 アフリカ 米州 300,000 欧州 中東 250,000 欧州 バングラディッシュ インド 200,000 ベトナム 150,000 米州 インドネシア 香港 100,000 香港 中国 中国 50,000 韓国 日本 0 1990 2000 2005 2006 (資料)日本化学繊維協会「繊維ハンドブック2010」より住友信託銀行調査部作成 2007 (年) 2.海外展開を推進する日系工業用ミシンメーカー 「機械統計」 (経済産業省)をもとに国内ミシン生産の推移を振り返ると、1981 年に 100 万台、1990 年に 171 万台へ達するなど好調な生産水準が続き、アパレ ル縫製産業の市場規模拡大とともに、国内ミシン生産量は増加傾向で推移して きた。1994 年以降は、円高の影響や日系工業用ミシンメーカーの生産拠点の海 外シフトが進んだ結果、国内生産は低迷し、 2002 年以降は 40 万台前後で推移し、 2008 年には 20 万台を割込む水準にまで落ち込んでいる。2009 年はリーマンシ ョックの影響が残り、世界のアパレル市場が縮小した結果、先進国での衣料品 消費が激減、さらに国内外の縫製工場の設備投資抑制も重なり、国内生産台数 は 10 万台を下回る水準まで大幅に減少している。なお、「機械統計」は国内生 産のみの数字であり、海外を含めた工業用ミシンの生産実績の統計データは存 在しない。 一方、「貿易統計」(財務省)による中国からの衣料品輸入量をみると、国内 におけるミシン生産と輸出が減少する中で、2008 年時点の中国からの衣料品輸 入量は 1999 年比 1.5 倍に伸長していることが確認できる。これらの統計データ から、国内のアパレル縫製市場が減少する中で、中国をはじめとする新興国で のアパレル縫製が伸長し、それに伴い地産地消の観点で日系工業用ミシンメー カーの生産拠点も海外へのシフトが進んでいることが推測される。(図 3)。 2 住友信託銀行 調査月報 2010 年 5 月号 産業界の動き∼新興国内需市場への開拓を進める日系ミシンメーカー 図3 工業用ミシ ン国内生産・輸出、中国から の衣料品輸入量推移 (台) 2,200,000 2,000,000 (トン) 国内生産台数(左軸) 輸出台数(左軸) 中国からの衣料品輸入量(右軸) 1,100,000 1,000,000 1,800,000 900,000 1,600,000 800,000 1,400,000 700,000 1,200,000 600,000 1,000,000 500,000 800,000 400,000 600,000 300,000 400,000 200,000 200,000 100,000 0 0 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 (年) (資料)経済産業省機械統計、日本アパレル工業技術研究会HP(財務省貿易統計)より 住友信託銀行調査部作成 3.日系工業用ミシンメーカーの強みと課題 アパレルメーカーによると、日本製工業用ミシンは、例えば極めて繊細な生 地にも縮むことなく均質に縫い上げる高い技術力、同一機種間でも精度にばら つきの生じない品質の均質性、他国製品とは桁違いの耐久性1、十数年前のミシ ン部品が補給可能な木目細かなアフターサービス体制、ミシンメーカーの立場 から縫製工場の生産ラインの合理化提案可能なアドバイス力など、その信頼感 は世界トップ水準であると高く評価している。日本メーカーの顧客基盤は、「品 質への拘りが強いハイエンドなアパレルメーカー」が中心とされ、他方、中国・ 台湾・韓国等のミシンメーカーの顧客基盤はローエンド市場ともされる。これ ら東アジアメーカーは、日本メーカーの旧モデルをコピーし発展してきた生い 立ちから、低価格を武器に顧客開拓してきた経緯が背景にあるためとされる。 日本製ミシンの、「技術力」「品質」「耐久性」「アフターサービス体制」「アドバ イス力」などの強みを活かしていく余地は猶あると思われるが、これまで日本 メーカーが主戦場としてきたアジアでのハイエンド市場は、日本製ミシンの導 入も概ね一巡していると考えられ、厳しい価格競争の割には成長が見込めない 可能性がある。新たな市場開拓として、アジア以外の新興国、あるいは新興国 内需も品質への要求が高まっていくと考えられることからミドルエンド市場、 さらに新興国内需向けローエンド市場への本格参入を進める動きもでている。 1 使用方法・メンテナンス状況にもよるが、耐用年数は中国メーカー製が 10 年程度、台湾メーカー製が 10 ∼15 年程度、日本メーカー製が 20∼30 年程度といわれる。 3 住友信託銀行 調査月報 2010 年 5 月号 産業界の動き∼新興国内需市場への開拓を進める日系ミシンメーカー ローエンド市場は日本製ミシンメーカーの強みは活かしにくく、むしろシン プルな機能中心の低価格ミシンを武器にした東アジアメーカーが得意としてい る領域である。価格競争を勝ち抜こうとするあまり、これまで培ってきた日本 製ミシンの信頼感が損なわれることがないよう、日本メーカーは、機能をより 絞り込むなどの品質簡素化、部品の現地調達比率の向上、さらに低コストでの ミシン生産が可能な生産地の確保などの企業努力が不可欠である。進出が遅れ た新興国では、自社の商品イメージをいかに現地ユーザーに浸透させていくか もポイントになろう。その点では、日本メーカーは、国内アパレルメーカーと の共同研究開発により育まれた技術・品質・耐久性などのハードに加え、アフ ターサービスや現地縫製工場の生産ラインへの合理化提案などのソフト面での サービスにもアドバンテージがあり、これらの価格以外の長所をいかに活用す るかが決め手になると考える。 ハイエンド市場の事業展開については、経営資源のさらなる集約を図り、高 付加価値製品へ一層注力していくこと。ローエンド市場の市場開拓は、現地の ニーズに合わせた機能に絞り込み、世界トップ水準のブランドイメージを維持 しながら低価格化を図り(市場開拓の段階では別ブランドで事業展開を図るこ とも戦略の一つと考える)、顧客の求める条件を見極め、徹底的に現地化を進め ることが重要である。 新興国市場における工業用ミシンの競争は今後本格化するが、世界トップ水 準の技術力・品質・耐久性・アフターサービス体制・アドバイス力を駆使し、 ローエンド市場での徹底的な現地化を進めることを期待したい。 (森川:[email protected]) ※本資料は作成時点で入手可能なデータに基づき経済・金融情報を提供するものであり、投資勧誘を 目的としたものではありません。 4