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脱リスク社会への挑戦

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脱リスク社会への挑戦
大阪経大論集・第63巻第5号・2013年1月
99
脱リスク社会への挑戦
池
(1)は
私は,「リスク社会を超えて
7月)の最終節「Ⅶ
じ
野
重
男
め に
現状肯定の発想を克服する」(本誌第63巻第2号
12年
目指すべき社会」において,「現状批判をすると必ず『では代案を
示せ』と言われる。じつは,それを言う側からはなんら新しい提示はない(わずかな修正
だけで後は今のままでいいというのだから,それは当然なのだろう)。しかし,それは思
考の怠惰である。確かなことは,てっとり早い名案があるわけではないということである。
だから,現実の世の中で新しい社会を構築しようと苦闘している人たちの具体例を集め,
それらから学ぶことで突破口を探っていきたい。」と,終えている。本稿はその課題への
ひとつの挑戦である1)。
もうひとつの私の問題意識は,グローバル経済下の不安定・低賃金雇用が蔓延するなか
での学生たちの就職に関わってである。大学はいま,少子化2) のなかで生き残りを賭けて
「出口の偏差値」 =就職率改善を目標のひとつにして(大)企業への就職率を競う。しか
し,そこで使い捨てされる例が多い(たとえば,私の「助け合いの職場・社会を求めて
九カ月で証券会社を辞めた卒業生と学生たち」本誌第58巻第 5 号
07年11月)。自分
に合った会社・職業探しが流行になっているが,どうもそれだけだと正社員になって過労
死するか・フリーターで餓死するかという現在のありように巻き込まれてしまう。だから,
学生たちが自分の問題としてそんな現在そのものを直視し,どんな生き方をするのかをしっ
1) 以下に示すさまざまな試み・実践はけっして十分な数ではない。とりあえずは私の中間報告である。
なお,レベッカ・ソルニット『災害ユートピア
なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか』
(高月園子訳 亜紀書房 2010年)は,災害という「絶望的な状況の中にポジティブな感情が生じ
るのは,人々が本心では社会的なつながりや意義深い仕事を望んでいて,機を得て行動し,大きな
やりがいを得るからだ。だが,わたしたちの経済や社会の仕組みそのものが,そういった目標の達
成を妨げている。その仕組みはイデオロギー的で,富裕層と権力層に最も都合よくできている」
(p. 18)・「それまでの秩序を転覆させ,新しい可能性を切り開く,災害のもつ力」(p. 30) という視
点からの「特別な共同体」論だが,「一種のユートピアは今もアルゼンチンに,メキシコに,イン
ドに,アメリカに,ヨーロッパの無数の社会経済的な実験や農業の新しい取り組みに出現している」
(p. 34) とも認識している。だから,本稿は,「一種のユートピア」としての「無数の社会経済的な
実験や農業の新しい取り組み」に日本のそれを加える試みでもある。
2) 少子化に関連して,澁谷知美「 低収入だから結婚できない』への違和感」( ふぇみん』08年 6 月
5日),および,赤川学『子どもが減って何が悪いか!』(ちくま新書 04年) は,非正規雇用⇒低
賃金⇒非婚⇒少子化という旧来の発想を批判する鋭い視点を提示している。
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大阪経大論集
第63巻第5号
かり考えることが先決であり,私もその作業に加わって力になれないか,と考えている。
そんな問題意識から,働き方の様々を取りあげて学生たちの参考になれば,と思う3)。
(2)個別企業の模索とその支援
グローバル経済下の生き残りを賭けての不安定・低賃金雇用がもたらす弊害に気づいた
企業が先進的な取り組みを始めている。一方で,新しい生き方を模索している個々人がい
るのだから,そうした人材を大事にしていこうという意欲的な企業が生まれるのは自然な
ことでもある。まずは,そうした企業の試みのいくつかを紹介することから始めよう。
[1] 川戸和史「従業員はコストか財産か」(朝日新聞07年11月26日夕刊「窓」)は,「従業
員31人の小所帯ながら,ワークライフバランスへの取り組みで気を吐く会社」という具体
的な働き方=働かせ方の例を紹介している
「構内には三角屋根のしゃれた託児所があ
り,保育士2人が社員の子ども8人の面倒を見ている。妊産婦が通院したり,夫が妻の出
産に付き添ったり,病気の子どもを看病したりするために,有給休暇を1時間刻みで取れ
るよう工夫している。……プレス加工,金型製作,事務,経理など何種類もの仕事をこな
せる『多能職』になってもらい,会社全体で欠勤の影響を緩和する体制を敷いているのが
ミソだ。」
[2]「脱少子化
厚い壁」(朝日新聞08年 6 月 4 日)に紹介された,子育てと仕事の両立に
取り組む中小企業の例
「松江市の長岡塗装店(従業員22人)……塗装職人が一人前に
なるには最低 7 年はかかるが,中途退社も多い。働き続けてもらうため,子育て世代も含
めたすべての従業員が働きやすい職場作りに乗り出した。/子どもの看護休暇(高校生ま
で年 5 日)は有給,30分単位で取れる▽保育料と介護サービス利用料の3分の1を補助▽
育児や介護のための始業・終業時刻の繰上げ,繰り下げ▽資格取得費用を全額補助
な
どの独自策だ。/古志野純子常務は『途中で辞められることに比べれば,コストは少ない。
従業員のやる気も上がった 。」
[3]「ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の実現を迫られる職場の一つが医療現
場。そこでは長時間労働や不規則な勤務形態から妊娠や出産を機に退職する看護師が後を
絶たない。看護師不足も問題になっているが,なかには独自の取り組みで成功している病
院もある。小倉第一病院(北九州市小倉北区,入院ベッド数八十)もその一つだ。/『う
ちは血液透析を中心とした腎臓病,糖尿病専門の中小病院。大病院と違って過去に採用で
苦労したから出産や育児があっても働き続けられる職場にしようと考えた』と副院長の中
村秀敏さん(38)。『五十三人看護師がいるが,病気や遠方に嫁ぐといった理由で離職する
3) この問題意識は,私の「書評:中沢孝夫著『就活のまえに 良い仕事,良い職場とは?』(ちくま
プリマー新書 2010年)」(本誌第63巻第3号 12年9月)と共通する。
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人はいても職場がきつくて辞める人はいない。勤続十年以上の看護師が四割を占める』と
いう。/最も力を入れたのは休暇の完全消化。……年次有給休暇の消化率の悪い幹部や職
員を一人ひとり呼んでは強制的に休みを取らせた結果『休みをしっかり取る職場の雰囲気
が出来上がった 。/『特別休暇のメモリアル休暇やリフレッシュ休暇の消化を進めるた
め院長は休暇を取る職員に一万円の小遣いを渡すことまで始めた。おかげで年次有休と特
別休暇の消化率は一〇〇% 。……/子育てに柔軟に対応しようと看護師の勤務形態も工
夫した。勤務は病棟と透析室に分かれるが,夜勤のできない人は病棟の夜勤を免除か夜勤
のない透析室に配置。『子供の保育園の送迎があり夕方は勤務できない』といった人が早
朝から勤務できるフレックス勤務も取り入れた。/『いろんな働き方ができるように透析
室の勤務シフトは早朝から深夜まで二十種類。』……昨年四月には近くに建設した職員寮
の一階に職員専用の保育所も設置した。/とはいえ,職員数を増やさず取り組みを進める
には『業務の効率化が欠かせなかった 。事務職員などが看護業務の手伝いなどができる
ように育てる一方,院内ネットワークを使って情報を共有できるグループウエアを導入,
一ヶ所に集まらなくても事務連絡や会議などができるようにした。/『働きやすさとは,
休みが多い,勤務で融通が利く,職場の人が優しく理解があること』と中村さん。『うち
では三拍子そろっているから,転職してきた看護師が辞めた例はない 」(日本経済新聞08
年 7 月28日夕刊「ワークライフバランス」⑧)
[4]「洋菓子のモロゾフは [非正社員が] 正社員同様に育児休業などを取れる数少ない企
業の一つ。……一九七六年に始まった育児休業は子供が二歳三カ月になるまで取れる。八
八年に導入された看護休暇は連続して一カ月可能。フレックスタイムと積み立て有給休暇
は九〇年に,産前短時間勤務と育児短時間勤務は九一年から始まった。……/そんな『従
業員に優しい職場』も最近はパート確保に苦労するようになった。『募集に人が集まらな
くなったうえ優秀なパートを他社に奪われる恐れが出てきた 。このため今年四月からショー
トタイム社員制度を導入した。同社は二〇〇二年から通常のパートであるレギュラーパー
トのほかに,勤続三年以上で専門的な仕事をするエキスパートという従業員区分を設け,
より高い賃金を支給している。このエキスパートが社員になる道を開いた。」(日本経済新
聞08年 7 月29日ワークライフバランス⑨)
[5]「生活が落ち着いた途端,福祉からの就労指導の厳しさにうつ状態に陥ってしまった
Cさん……が漏らした言葉に天地がひっくり返るほどのショックを受けた。『こんな孤独
マ マ
な生活だったら,野宿していた方が仲間もいてよかった。野宿に戻ろうかな…… 。/
ホームレス状態から脱して衣食住が整っても,本当にホームレス状態から脱したとは言え
ない。人間関係を喪失した状態からアパートに入って衣食住が整ったところで,急に友達
ができたり,家族と連絡が取れるようになれるわけではない。引っ越しをすませ,次第に
生活が落ち着いていくにつれて,自分には何もすることがない,相談する人も,電話をす
る人も,行くところも,会う人もいないということに気がつく。毎日,テレビを見るだけ
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の生活。そのような生活のなかで気を紛らわすために,お酒やギャンブルに走る人のこと
を一概に責めることなど私にはできなかった。これまで大変な生活を強いられてきたのだ
から,体と心を休めたらいいのではないかとも思うが,生活保護を受けていることが心苦
しく,ましてやそのことを誰にも言うことができない。……『人間関係の貧困』という問
題が根深く巣食っている現実を知り愕然とした。」として,うてつあきこ「居場所を作る
人間関係の結び直し」(自立生活サポートセンター・もやい編『貧困待ったなし!
とっちらかりの10年間』岩波書店
12年
第2章
p. 28)は「サロン」を開き,そこに
集う人たちのパワーを生かせないかと模索しコーヒー焙煎事業を立ち上げるのだが,そこ
き まめ
での働き方が模索される
「調べてみるとまず,コーヒーは生豆の状態であれば一〇年
は保存がきくので,急いで作業をする必要がないということがわかった。これならのんび
りゆっくりとサロンに集まる人たちを巻き込んで,みんなで作業できる……/さらに調べ
ていくと,コーヒー豆を生産しているのは南半球の貧しい人々であり,北半球の大企業が
安く買い叩いて大量に自国に輸入し,安い値段で販売しているということがわかった。こ
れから焙煎プロジェクトに関わろうとする人たちは,生活保護を受けたり年金で生活して
おり決して豊かではない。それらの人々が,さらに貧しい生産者を搾取したコーヒー豆を
使って焙煎プロジェクトをすることは貧困の悪循環の輪の中に入ってしまうことになって
しまう。私はそこから一歩抜け出しそれらを断ち切る小さな試みとして,フェアトレード
という生産者の人を搾取しない方法で輸入されたコーヒー豆を使うことを提案した。『世
界の貧困と日本の貧困をつなぐ。 」(p. 32)・「私が最初に焙煎プロジェクトを思いついた
とき,『のんびりゆっくり作業できる』こと,『多くの人が作業にかかわることができる』
ことを想定……しかし始めてみると,迅速さと正確さが必要とされる『仕事場』の意味合
いが強くなっていった。というのは,こもれびコーヒーでは,よりおいしいコーヒーをお
客さんに提供するために,注文を受けてから焙煎するという形をとっているからである。
/そのため,注文が立て込めば目が回るように忙しくなり,メンバーにはスピードと効率
性が求められる。そして,お金をいただく商品であるから,失敗は許されない。焙煎を始
めて二年目より作業に対して少額ながら賃金が発生するようになったことも影響して,ま
すます仕事場という意味合いが強くなっていった。その中で,私はあくまで『いろいろな
人の居場所』であることにこだわり,『できない人をできる人がフォローしながら,みん
なで作業をやっていく』というような理想を思い描いていた。しかし作業しているメンバー
にしてみれば,できない人がくることで足手まといになり商品の生産にも影響し,かえっ
てぎくしゃくするような結果になってしまったこともあった。結果的には,信頼し合える
固定のメンバーで連携しながら,作業をしていくというところに落ち着いた。……/焙煎
作業はできないけれど,『何かをみんなで作りたい』 のんびりゆっくり作業したい』とい
う人が何人かいたので,その人たちでコーヒー焙煎とは別に作業的な何かができないかと
考えた。それが毎週水曜日の午後に行っている,コーヒー染めである。」(pp. 34∼35)
[6] 鎌ケ谷観光バス有限会社は「少子高齢化社会のなかで自社がなにができるかを真剣に
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考え……同社には結婚が遅く,子どもが成人する七〇歳まで現役で働きたいという社員も
います。この人たちの仕事として企業送迎やコミュニティバスを開発します。これだと一
日四回,五時間の勤務ですみます。高齢者向きの職域開発を社員に伝えると,社員たちの
意識が変わり,終了後の車の掃除に率先して取り組むようになりました。また,地域のコ
ミュニティバスは以前からありましたが,運行時間帯が中途半端で利用客も少数に止まっ
ていました。同社が参入することで時間帯も改善され,利用客が前年比倍増し,地域から
喜ばれています。また,クラブ活動の生徒たちを低料金で送迎することで,生徒たちの足
となっています。『輸送力をもって地域社会の文化活動に貢献する』という同社の経営理
念が力を発揮しています。」(奥長弘三『小さな会社だからこそできる
と可能性』(旬報社
中小企業の魅力
2010年)p. 219)
[7] 谷道健太「 クビ切り』しない企業の秘密」( サンデー毎日』2011. 2. 13)が紹介す
る事例から。
・私の勤める大学がある,上新庄の街に本社を置く正社員65人,パートと派遣社員60人の
中小企業「三協精機工業」
自動車や農業機械用のバネやスプリングを製造する
の
赤松賢介社長(41)によれば,「売上高の約3割を占める自動車部品メーカーが相次いで
生産調整に踏み切り,受注が急減しました。銀行融資を受けて工場用地を購入したばかり
で,会社の経理は火の車になり……09年 2 月から 3 か月間,自身の給料を返上した。社員
にボーナスを支給できなくなった。 7 月の決算では売上高が前年より 2 割下がり,オイル
ショック以来の赤字に転落した。会社は瀬戸際に立たされた。/『どこまで耐えられるか
心配で毎週のように資金繰りを計算し直しました。ここでパートや派遣社員の雇用に手を
つけたら残る社員のモチベーションに響く。そう考えて踏ん張りました』……09年 5 月頃
に底を打った。ハイブリッド車関連の部品受注が増え始めたのだ。同年夏にはボーナス支
給を復活し,10年は黒字転換を果たした。」
・石川県七尾市の旅館「加賀屋」の実践
「客室まで食事を運ぶのはかなりの重労働で
す。忙しくなれば疲れて,いいサービスができなくなる。食事を自動搬送する仕組みを設
けるなど従業員の負担を軽減する努力を重ねています。会社が社員に優しくすると,社員
がお客さんに優しくできる。そんな好循環が働いています」。
[8] 「住み手が造り手任せにせず自分の家づくりにかかわることができるシステム」を作
る,木庸社という国産材をプロデュースする会社
「NPO だって理想だけでは動きま
せん。むしろ,利益追求型の会社が NPO 的になるほうが早いのではないかと思ったんで
す。イメージとしては,根こそぎ刈り取らないカンパニーかな」……『大型店やチェーン
店は動物で,街を食い荒らして去る』自分たちが生活していけるだけの利益をあげ,地域
の林業家にも目配りしつつ,ある程度の量を追求する会社。『ある程度』のラインがむず
かしいが,かつての日本の木の家づくりは,そうした形で行われていたはずだ。」(大江正
章『地域の力
食・農・まちづくり』岩波新書
08年
pp. 144∼145)
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このように列挙してみると,かつてマルクスが「空想的社会主義」と切り捨てたとされ
ているロバート・オーウェンの「理想工場」を連想する。吉原毅『信用金庫の力』(岩波
ブックレット
12年)が,「ロバート・オーウェンは,イギリスのニュー・ラナークで,
義父とともに綿紡績工場を経営していましたが,当時の労働者が悲惨な生活をしているこ
とに心を痛め,工場の中に物資を買える購買部や,幼稚園,病院などを設置し,働く人々
の生活向上と福祉の充実に努めました。つまり,オーウェンは労働者を『出来るだけ安く
効率的に使うべき道具』としてではなく,『自分と同じ人間であり,大切な仲間』として
扱ったのです。この結果,この工場で働く人々は,意欲的に作業に取り組むようになり」
(p. 21)云々と紹介する,それである4)。
ここで大事なことは,いろいろな試みを「空想的」として高みから全否定するのではな
く,逆にどうすればそれらを活かしていくことができるのかを考えることである。そう考
えないと,模索している人たちと対立してしまい,その頑張りを否定してしまうことにな
る。この世の中には多くの頑張っているいろんな人たちが存在することを報告する本稿は,
そうした人たちとの連帯へのひとつの実践でもあるのだから。
(3)地域社会での模索
ところで,このような個々の企業の小さな試みをできるだけ応援するためには,力があ
るものとないものとが平和共存できるような環境整備,つまりは社会的規制が不可欠とな
る。奥長弘三『小さな会社だからこそできる
その具体例を示している
中小企業の魅力と可能性』(前掲)は,
,
筆者の地元,東京・文京区で商店街の一角に高層マンションの建設が進められていま
す。建設現場に存在していた商店のうち,テナントとして再入居するのは三割程度に留
まるといわれています。残りの七割は廃業です。このようにして,従来の商店街の町並
みが壊され,無機質なマンションが商店街にがわ物顔に君臨する現象が区内のあちこち
でみられます。
なぜ,日本で昔からの町並みが壊されていくのでしょう。地域が利潤追求に適合する
かたちで再編されたためです。それを推進しているのが……アメリカ流グローバリゼー
ションの流れです。「全ては市場での競争にまかせればうまくいく。すべての規制をと
り払い,好きなように競争させればよい」というものです。
しかし,冷静に考えてみれば,この考えは強者すなわち多国籍企業にはまことに都合
のよい論理です。……強い者,大きい者が勝つのは当然ですから。……
4)「エンゲルスは著書『空想から科学へ』の中で,このオーウェンの思想を「空想的社会主義」と呼
び,マルクスも『共産党宣言』の中で,政治革命を考えていないという点で,オーウェンを批判し
ています。しかし,マルクス主義における「生産手段の社会化」という概念は,オーウェン……の
やり方と重なっており,実際には,彼らもこの協同組合主義を高く評価していたのです。」(吉原毅・
前掲書 p. 22)
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グローバル化は歴史的な必然で避けることはできないでしょう。問題は誰のためにど
のようなグローバル化を追求するかということです。……ヨーロッパ型グローバリゼー
ションでは,すべての分野・領域に市場原理を持ち込むのではなく,①市場原理を導入
すべき領域,②一定の規制のもとで市場原理を活用すべき領域,③市場原理を導入して
はいけない領域に区分した多元主義を土台にすえています……
また,新自由主義の母国であるアメリカでも,地域における弱者を救済するための
「地域再投資法」という法律をもっています。金融機関が中小企業,自営業などの社会
的・経済的弱者に必要な資金を供給する方向で規制・誘導されているのです。いわゆる
ダブルスタンダードになっています。
pp. 181∼182
あるいは,東京・文京区商店街連合会長が訴えている二四時間営業の見直しが提示され
ている
,
チェーン店の二四時間営業は,昔からの地元の小売業を圧迫するだけでなく,青少年の
非行の温床となっています。ヨーロッパでは,規制によって深夜の営業はできなくなっ
ています。「夜は寝る」のが人間の本来の生活パターンです。文京でも,「夜は寝る」と
いう約束ごとを実効あるものにしたいと呼びかけられました。
健全な地域をとり戻すという観点から,島田会長のこの呼びかけに積極的に応じたい
p. 155
ものです。
だから,次に,個別企業の模索だけではなく,その支援にもつながる地域社会の取り組
みを見ておく。その際の視点は,これまでの効率優先=低価格を基本とする大企業中心の
経済システムではない,もうひとつの経済システムとなる。
たとえば,私が『通貨危機を生み出す世界経済システム』(人民新聞出版部
98年)を
書いた際に,では,そうした混迷した経済状況にあって私たちは一体どうすればいいのか
という問題意識からヒントになるのではないかとして書いたのは,それぞれの地域で完結
する経済システムであり,その反面教師として取り上げたのがアメリカのフランチャイズ・
システムによる地域収奪であった
「独自通貨発行の狙いは地元経済の活性化だ。ある
調査では,全国チェーンのハンバーガー店に客が支払う1ドルのうち,地元に落ちるのは
わずか15セント。『独自通貨は地元で回って波及効果が出る』と中心メンバー……は説明
する。」(日本経済新聞98年 3 月29日)
たしかに日本全国いたるところの町並みが同じようなものになったのは,コンビニエン
ス・ストアや飲食店をはじめとする全国チェーンの店舗が地域の個人商店などを圧倒して
しまったからである。そして,東京一極集中の,言い換えれば地方が疲弊する経済になっ
たのである。私が子どもの頃は,たしかに小さな村に店があり,そこに鍋を持って豆腐を
買いに行った。が,今やどこか遠くで作られたであろうパック詰めの豆腐が
く防腐剤入りで
間違いな
スーパーなどで売られている。私が豆腐代として支払ったお金が,村
106
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の店とスーパーのそれぞれのケースにおいてどれだけ地域に落ち着くか(中央に持ってい
かれないか)を考えれば,先の「全国チェーンのハンバーガー店に客が支払う1ドルのう
ち,地元に落ちるのはわずか15セント」という事実の重みが理解できよう5)。
地域に根づいたこうした経済展開が欠かせないのは,もしそれがないと折角の試みも充
分ではないからである。たとえば,「年間の日照時間は……全国に800か所あまりある観測
地点で11位……この豊かな天然資源を使わない手はないと,上田市は太陽光発電の普及に
力を入れて……約2500万円の予算を確保した。/『ただ,このお金は市にとって持ち出し
なんですよ。市内には関連の産業がなく,太陽光発電が普及しても地元はそれほど潤わな
いので 。生活環境課の……課長は,そう話す。」(村山知博「三鳥目をねらえ」朝日新聞
2010/2/27夕刊「窓」)。あるいは,自然エネルギーによる電力の固定価格買い取り制度が
始まってビジネスとして新規参入が相次いでおり,そうした企業の誘致に乗り出す自治体
も少なくないが,「地域外の大企業による発電事業では,地域で生み出されるエネルギー
収入のほとんどを地域外に流出させる……12基の風車から成る[岩手県]巻町のウィン
ドファームの事業主体は,東京に本社をおく大企業。……年間6億円と推定される売電収
入は東京に還流し,町には土地借料や固定資産税など約2000万円が入るにすぎない」(生
活クラブ事業連合会生活協同組合連合会『生活と自治』12年11月号)。同じことが秋田県
においても生じている
「県内には今,109基の風車があるが,維持や補修,部品の生
産は国内外の大手メーカーとその関連会社がほぼ独占している。このため地元には,施設
にかかる固定資産税などの税収が入ってくる以外に経済的な恩恵はほとんどない。……風
車をおくだけでは,地元の雇用を増やして経済を上向かせることができない」として「秋
田県内の企業などが……大手メーカーの独占を崩そうと,自前で風車を維持・管理し,将
来は発電設備の生産基地にすることもめざす。」(朝日新聞12年10月22日)
こうした点を,広井良典編・日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会監修『協
同で仕事を起こす
社会を変える生き方・働き方』(コモンズ
効果」と呼んで重要視している
6)
11年)は「地域内乗数
,
地域内乗数効果というのは,ある地域で行った経済活動や投資が地域外にもれ出ていか
ずに,地域内でどれだけ循環するかという指標です。たとえば,ある場所に大きなショッ
ピングモールができたが,売り上げの大半は東京の本社に吸収されるというのであれば,
5)矢作弘『地方都市再生への条件』(岩波ブックレット
99年)が具体的に展開している。詳細は,
本誌掲載の私の「書評:坂口孝則著『激安なのに丸儲けできる価格のカラクリ』(徳間書店 09年)」
を読んでください。
6) 同書は,これに続いて,最近の若者批判に対して地域経済の再構築に関連して興味深い反論をして
いる
「最近の若者たちのローカルへの関心に対して,内向きになってけしからんとか外に出て
いく覇気がないと批判する人がいます。でも,それは間違っている。海外に出ていけば経済が発展
して豊かになるとしてきた結果が,いまの地域の空洞化であり,衰退です。」(pp. 23∼24) なお,
広井良典「コミュニティ経済の生成と展開」( 世界』12年11月号)でも同様の視点が展開されてい
る。
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地域への波及効果は少ない。……地域をユニットにして,地域内でいかに循環する経済
p. 23
をつくっていくかが,今後の流れになっていくと思います。
以下では,このような地方の試みをいくつか示しておく。
[1] 奥長弘三『小さな会社だからこそできる
中小企業の魅力と可能性』(前掲)が掲
げる,「地域の活力を復活させる努力」・「地産地消の運動」より。
・愛媛の義農味噌株式会社が地元産の素材の特徴をうまく生かして,「伊予さつま汁」,
「七折梅ポン酢」,「活〆真鯛鯛めしの素」,「玉ねぎドレッシング」などの新商品を次々に
開発(p. 151)
・徳島の有限会社四宮蒲鉾店が「地域にこだわる経営」を実践
「材料に冷凍物は一切
使わず,海から獲ったばかりの新鮮な魚を材料に使います。また防腐剤等も使わず,手づ
くりの味を追求しています。/販売先は卸が中心でしたが,小売りにも進出することを考
えます。当初,東京,大阪の大消費地での出店を考えましたが……最後にたどりついたの
が,地元で店をもつことでした。(p. 179)
[2]
上五島住民新聞』(08年 4 月 1 日)の「特集
小値賀町から学ぶ」より。
「佐世保市との合併を拒否し,離島のハンディを逆手に取りながら独自の道を歩んでいる
離島・小賀値町。人口わずかに3000。高齢化率は 4 割を超え……島を巡ってみて改めて気
づくのは,ちょっとした町にはどこにも見られる風景,例えば『ほか弁』とか本土資本の
スーパーとかの画一化された殺風景な施設が見当たらない……それは意識的に小賀値町が
追求した結果ではなく,単に市場規模が小さいから進出対象になっていないだけの話だろ
うが,それが結果として……多くの地域が失ってきた伝統的な経済社会の仕組みと,それ
に伴う人々の意識,価値観をさほど変化させることなく残してきたといえよう。/例えて
いえば小賀値町は『一周遅れのトップランナー』だ。……基幹産業である農漁業がいまも
健在……一次産業従事者はいまも 4 割を越える。しかも専業者の数はここ十年でみてもほ
とんど変わっていない。さすがに高齢化が進み,一部で後継者問題が発生しているが,農
業部門の場合,田畑の作業・牧草の刈り取り・保存など労力がかかる作業の受託,ならび
に耕作そのものの受託も手がける農業法人『おぢか大地』などで対策は打たれているし,
また若い後継者への耕作集約化も進んでいる。そこには基盤整備,灌漑設備(畑地総合開
発)など永年環境整備してきた成果が今生きている。そしてこの元気な農業者が……体験
農業のコースを成立させているのだ。この事情は漁業においても同じだ。小賀値の一次産
業の強固な維持という力が,観光資源という新しい果実を生み出している。……民泊50軒
という数字は,人口3000人の町としては異常に多い。受け入れ客数はざっと3000人程度の
ようで,収入は多いところでも年間60万円。しかし兼業で,しかも家屋の改築などの初期
投資はほとんどない(小賀値の普通の暮らしをそのまま体験というのが……基本的コンセ
プト)から平均30万円前後という数字も決して小さくない。あくせく客を増やすことが目
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的ではなく,友達を泊めるように 2 ∼ 3 人を受け入れる。アットホームな雰囲気で,これ
がまた人気の秘訣である。」
[3] 大江正章『地域の力』(前掲)が「地産地消の目的は地域の自立」(p. 72)として紹
介する事例より。
・一〇〇〇頭という大規模な肉牛生産を展開する北海道標津町で頑張る本田廣一さん。
「もともと肉牛はやろうと思ってたんだけど,誰に聞いても,サシを入れるためのホル
モン剤を使えと言われるんで,二の足を踏んでいた」……
サシとは,正確には筋繊維間の脂を意味する。このサシが入った肉がいわゆる霜降り
肉で,高値がつく。サシを多くするためには,高カロリーの輸入濃厚飼料を大量に与え,
ホルモン剤を添加し,ときにはビタミンA欠乏症に追い込む。だから病気が増え,日本
の畜産における内臓廃棄率は七〇%にも及ぶ。
そんなとき,ある料理店経営者から,ヤンブルビーフ (YBB) すなわち未去勢の若い
ホルスタインの肉を紹介される。未去勢牛は三K(固くて,黒くて,臭い)と言われ,
業界で敬遠されていた。ふつうのオス牛は,肉を柔らかくし,脂肪をつけやすくするた
めに,去勢されている。本田は……「去勢していないということは,万一ホルモン剤が
入ってもおしっこで流れる。この肉なら育てる価値がある」……
肥育にあたっては,家畜の免疫力を高めるように努めている。生後一週間から一〇日
の仔牛を農家から購入し,一カ月ミルクを飲ませて育てる。牛舎は風通しをよくし,日
陰を工夫して,夏の暑さを和らげている。敷料(家畜舎に敷き詰める麦わらやオガクズ
など)には発酵堆肥を使う。反芻動物の牛は,体内の発酵系を健全に保つことがポイン
トと考えているから……「ミネラル分は土を食べさせるのが一番いい。畜産も身土不二
(地元の食べものを食べると身体によい)が基本。うちの内臓廃棄率は三〇%以下です」
そして,肉牛生産が軌道に乗った九五年,濃厚飼料国産化への取り組みを始める。
……現在では,濃厚飼料の九〇%が国産,そのまた九〇%が北海道産……一般に多く使
われるトウモロコシはわずか一%。実はトウモロコシは牛が吸収しづらく,異物反応を
起こして免疫力が低下する……
pp. 101∼103
二〇〇三年からは放牧養豚を始めた。
「豚の肉質を左右するのはエサ。粉末状のエサと違って草を噛むことによって締まりが
よくなるし,舌下ホルモンによって唾液がよく出て殺菌作用もある。それに,草を根っ
こごと起こして食べるから,内臓が丈夫になる。内臓がしっかりしていれば,肉は美味
くなる。寄生虫はつきものだけど,ヨモギをたくさん食べさせれば心配ない」
・旭川市 JA きたそらちの代表理事組合長・黄倉良二氏の実践
p. 105
「自ら自然農法で米を
つくる一方で,コクドのスキー場開発を阻止し,町ぐるみで有機減農薬米の生産や消費者
との交流をすすめていく。……『コクドを断念させるのに一〇年かかった。そのときの合
い言葉は,山と森と水と緑を残すべえ。歴代町長には「北竜には何もない。だけど,開発
しない勇気が評価される時代が必ず来る」と言ってきた 」
pp. 109∼110
脱リスク社会への挑戦
109
・「山も元気になる家づくり」をめざす都市側からの数少ない試みの一例としての高松市
にある NPO 法人「木と家の会」。同会の目的は「四国の山に育つ木をまちに受け渡すし
p. 139
くみを再構築」すること。
[4] 「東日本大震災で自宅を失った被災者に割安で質の良い新居を届けようと,岩手,宮
城,福島 3 県の工務店や関連業者が団結し」,「 住まいの地産地消』をうたい文句に,大
手ハウスメーカーに対抗する」という試みを報告している,田中美保・志村亮「 地産地
消』で住宅復興」(朝日新聞2012年 5 月28日「けいざい最前線」)によれば,大手ハウスメー
カーは営業チャンスとばかりに「阪神大震災の後にも営業攻勢をかけ,震災前に6対4だっ
た地元業者と大手のシェアを逆転させた」ほどの力を持つ。そんな大手に立ち向かうため
に,3県の業者が,それぞれ「地域型復興住宅推進協議会」を結成した
「宮城県の協
議会の松田純也事務局長は『大手がゾウなら中小はアリ。情報を共有,団結しないと生き
残っていけない』と話す。……/宮城県沿岸部の亘理町の工務店は『一匹おおかみの業者
の集まり。腹を割っていけるか』と,地元の団結がいつまで続くか不安に感じている。受
注急増の反動が来れば,地元業者の間で収益度外視のたたき合いが始まるかもしれない。」
この不安は大いにあるが,しかし,それでも「腹を割って」の「団結」しか途はない。
そのことを,これまでのグローバル経済という大義の下での規制緩和路線の中で学ばされ
たはずである7)。現に,震災後にこれまでは「一匹おおかみの……集まり」だった漁業者
お も え
たちが団結し新たな途を歩み出している,重茂漁協の例もある。
地方対大都市というこうした対立構図は,グローバリゼーションの今日にあっては世界
的規模に広がって現われる。ギリシャの危機もその一つであるが,これについては本稿第
7) 岡田知宏『道州制で日本の未来はひらけるか
グローバル化時代の地域再生・地方自治
』
(自治体研究社 08年)は,「 市場化 ,『民間化』がどのように進行し,どのような問題を生み出
しているか」を語る
「第一に,アウトソーシング(外部委託)です。……委託先の多くは,パ
ソナをはじめとする人材派遣業者……しかし,アウトソーシングは,責任が不明確であり,例えば,
埼玉県ふじみ野市で起きた市営プールでの児童の死亡事故は,孫請け会社による安全管理の不十分
性によって引き起こされた……高岡市における精神病患者の個人情報流出元は,インテック社派遣
の労働者でした。/第二に,PFI 事業については……二〇〇二年度から頭打ち傾向にある……長期
にわたって年賦を支払う必要があることから実質的に公債費の償還金と同じように財政の硬直化を
招くため,導入を断念する地方自治体もあったからです。また,PFI 事業者が経営破綻した福岡市
の『タラソ福岡』や,宮城沖地震の際に天井が落下し三六名が負傷した仙台市の『スポパーク松森』
も PFI によって建設,管理された施設であったことから,PFI のリスクが大きいことを改めて示
しました。/第三に,指定管理者制度について……例えば,奈良県野迫川村村営ホテルでは,人材
派遣業者の大新東が指定管理者となりましたが,従業員の大幅削減や食材調達コストを削減したた
め食事の質やサービスが低下し,客数が半減し,突然撤退を表明……また,北海道帯広市の児童保
育センター(学童保育)や宮城県多賀城市の保育園をはじめ,民間の指定管理業者が経営破綻を起
こし,再び直営に戻ったり,廃止された施設も数多く報告されています。さらに,新潟市ではセコ
ムが指定管理施設の駐車場売上高を過少申告し市に七億円以上も損失を与えたとして指定取り消し
処分を受けるという事件も発生しています」(pp. 84∼86)。
110
大阪経大論集
第63巻第5号
5節で触れるので,ここでは地域経済の循環・地産地消との関連で,安田美絵『サルでも
わかる TPP
入るな危険!
「強欲企業やりたい放題協定」 (合同出版
12年)8) が,
TPP の21分野の中にある「政府調達」に関連して外国の大企業の自由な行動を警告して
いることを示しておく
,
入札に外国の企業が参加できるのは,これまではかなり高い金額のばあいだけだった。
そうすることで,学校の近くにある文房具屋さんなど地元企業の商売を守ろうと工夫し
てきたんだ。
それが TPP に加盟すると,この金額の制限が引き下げられる。たとえば,机やパソ
コンなど「物品」のばあいなら,いままで2500万円以上だった制限が,630万円に引き
下げられる。
公共事業は,地方経済の中で結構大きな部分を占めている。その仕事を,外国企業に
持っていかれてしまうと,ただでさえ停滞している地方経済がますます弱まっていって
しまう。
「建設」のばあいは,いままで19億円以上だった外国企業参入の制限が, 6 億3000万円
に引き下げられる。……
大震災の後の復興がなかなか進んでいかないけれど,TPP に加盟すると,この復興
事業のほとんどを,外国企業に持っていかれてしまいかねない。
それでなくても大手企業の下請けで苦しい経営を強いられてきた地域の中小建設業者
の前に,外国の巨大建設資本がたちはだかることになる。
復興事業は,震災で打撃を受けた被災地の地元業者が請け負って,地元にお金が落ち
るようなしくみにしていくべきだ。それなくして東北地方の真の再生はあり得ない。
pp. 30∼31
現に,アメリカ政府が「TPP が目指す自由化レベルの参考にする」としている米韓
FTA
韓国では批准案の採決にあたって催涙弾を破裂させるまでの反対を押し切って
2011年11月に強行採決された
書
について,堤未果『政府は必ず嘘をつく』(角川 SSC 新
12年)が,地域経済の循環システム再構築には欠かせない要因のひとつである地産地
8) TPP 参加を言い出したアメリカが新たに交渉分野に追加した 2 項目が「金融」と「投資」である
が,同書は経済の金回りに関連してその意味を次のように説明している
「資金の運用は,でき
るだけ日本国内でされたほうがいい。日本国内でお金が回れば,日本の景気がよくなるからだ。と
はいっても,金融機関は一番お金が儲かりそうだと思うところに投資するから,その投資先が海外
になることも当然ある。/でも,一定割合を除く大部分は,日本国内で運用しなきゃダメ! と決
められているものがある。たとえば『ゆうちょ』(郵便貯金),かんぽ(郵便局の簡易保険),農協
共済。/こうした規制は,アメリカの金融資本にとっては,目障りな『非関税障壁』だ。/その決
まりさえなくなれば,これらの莫大な資金がウォール街……に流れ込む。そして,ウォール街の連
中の儲けが増える。これがアメリカの金融資本家の狙いだ。/その代わりに日本国内でお金が回ら
なくなるから,日本経済はますます停滞しちゃうよ。」(pp. 32∼33)
脱リスク社会への挑戦
消に関して重大な問題が懸念されていることを明らかにしている
111
,
韓国の学校が地産地消として給食に地元の農産物を使おうとしても,アメリカの食品業
p. 88
界や投資家は韓国政府を訴えられます。
片山善博「TPP
地方自治は守れるか」(前掲『生活と自治 )も懸念する
「韓国
では大規模量販店が進出する際,地元の商店街が壊滅的な被害を受けないよう,条例や法
律で一定の規制を設けることがあります。地元商店街が午後8時まで営業するとしたら大
規模店舗は午後6時までとする,などです。おそらくこれは……米国の投資家の利益を損
ねるものと判断されるでしょう。……もうひとつが地産地消の問題です。韓国では学校給
食や公共調達などで自治体がモノを買うときは,できるだけ地元優先にしようとする政策
がありますが,外国の投資家からみたら差別であり,利益を損ねるとみられる」。
圧倒的な力関係の中では,こうした地域経済の根幹に関わる事柄は容赦なく先進国によっ
て骨抜きにされてしまう。例えば,グレッグ・パラスト『告発!
タカたち』(仙名紀訳
早川書房
エネルギー業界のハゲ
12年)は,アゼルバイジャンという「準産油国でどう
して仕事口がそれほどないのか」と問い,その答を「現地調達率」条項が消されたことに
求めている
現地調達率条項をなくしたので,「BP[旧社名ブリティッシュ・ペトロリ
アム]は,バクーで生産されたパイプや機材を使う義務がなくなった。……その結果,ア
ゼルバイジャンで最大の石油関連企業は倒産し,従業員の九割が失業して路頭に迷った。
オイル・ブームに沸く国で,石油関連労働者は飢えている。」(pp. 120∼121)
これがグローバル化の実態なのである。
[5] 地方でお金が回る仕組みの重要性に関連して,宮下睦「店が育むコミュニティーの自
治」( 生活と自治』12年10月号)が,「1906年。明治時代末期,貨幣経済が本格的に入っ
たころ」に「外部資本への抵抗」として,つまり「他から入ってきた商店に地域の財産を
全部持っていかれるのが嫌で,防衛策をみんなで相談した。その時,個人商店を経営して
いた方が,店を提供するから集落で運営したらどうかと」なって,「以後,赤ちゃんを含
め集落住民すべてが株主となり,方針は総会で決定,理事や店の就任など役員は選挙で選
出し……利益がでれば住民に還元するという基本の仕組みが整った」という,沖縄本島北
部にある国頭村の 「奥共同店」
「日用品の販売から始まった店の事業は,農林産品の
加工や共同出荷から発電にまで及び,暮らしに必要な機能の提供とともに,その売り上げ
は住民の暮らしを支えてきた」
を紹介している。
もっとも,現在は「かつては1300人いた奥の人口は今,200人を切るまでに減少した。
若い世代は車で名護市などの大手スーパーやコンビニエンスストアに行き買い物をする。
共同店には買い足しに訪れるのが主で,頻繁に利用するのは車での移動がままならない高
齢者だ」というのが現状であるものの,それでも共同店というものの本質的な役割の重要
性から今日において次のような「共同店を地域再生の拠点にしようという動き」が新たに
112
大阪経大論集
第63巻第5号
生まれているという
奥から車で約30分,同じ国頭村の与那地区にある「与那共同店」もそのひとつ。
「今は元気で車があればどこでも行けるけど,将来を考えたら気軽に遠くに行けなくな
る日は必ず来るから」。与那共同店主任の辺野喜オリエさんは自ら進んで主任となった
理由をそう話す。……
与那区長の津波敏久さんは「相談は随時。いつでもここでみんなで顔をあわせて,何
の売り上げが伸びて何が駄目か,どう改善するか,言いあうのさ」。店内の相談から生
まれたアイデアはたくさんある。例えば,地域の共同作業の報酬(手当)や運動会の賞
品はすべて共同店の商品券。現金は外に出さず,地域内で回していくための知恵だ。
ところで,福島県二本松市の東和地域(旧東和町)は,70年代には年間30億円の生産高
があった基幹産業の養蚕が生糸の自由化で壊滅して以降,「辛酸をなめた数十年の経験か
ら導き出したのが自主自立,住民主体で『ヒト・モノ・カネ』を有機的に地域内で循環さ
せる社会の実現」だったのだが,「その活動が軌道に乗り始めたとき,原発事故が襲った。」
それでも「補助金に頼った産地づくりや工場誘致では痛い目にあってきました。自分たち
で仕事を生み出して持続可能な地域をつくるしかないのです」と言う NPO 法人「ゆうき
の里東和ふるさとづくり協議会」副理事長の武藤一夫さんは,「原発事故後も,放射能対
策が増えただけ。私たちがこれまでやってきたことをやり続けるのみです。自立してこそ
本当の復興」と話す( 生活と自治』12年11月号)のを聞くと,表に出ない原発事故の被
害の大きさにたじろいでしまう。
[6] 島村菜津・辻信一『そろそろスローフード』(大月書店 08年)が「日本のスローフー
ドのほんの一例」として紹介する「しょうゆとみその『八木澤商店 」は,「大豆を全部買
い取ると保証して,地元の農家を応援している。」(p. 96)
さらに島村氏は「スローフードの運動の中にある『味の方舟 」=「滅亡の危機にさら
されている食材や,地域と密接につながった伝統的な手法で作られている加工食品などを
登録し,保護しようというプロジェクト」の例を紹介する
,
イタリアでサンマルツァーノという品種のトマトは,ほとんどが遠くに運べるように皮
が厚くて,糖度が高く,いっきに熟して収穫が楽な交配種 F 1 です。80年代半ばにイタ
リアにもたらされるとともに,在来種のトマトは一挙に市場から消えた。でも……ナポ
リの小さなトマト缶工場の青年が,大手企業に対抗するために,このサンマルツァーノ
の在来種を使いはじめた。在来種は交配種より皮も薄くてデリケート,それにばらばら
に実る。だから2週間ほどの期間,毎日収穫しなければならないので手間がかかる。そ
の青年は,90年代半ばくらいまで変人扱いだったけど,今では地元のレストランもその
トマトを仕入れるようになり,町の人も買うようになりました。それから,世界遺産に
脱リスク社会への挑戦
113
もなった風光明媚な町,アマルフィでは段々畑でレモンをつくっていたんだけど,スペ
イン産やアフリカ産のほうが安いからと地元産が使われなくなってしまったことがあっ
た。それで,地元産のものを使ってもらおうと,2000年ごろに100人程の組合をつくっ
た。儲からないとやめる人も多かったんだけど,そうなると,50年後,世界遺産の町の
風景は存在していないかもしれないと訴えて。今ではこの町に行くと,レモンのパスタ
といったメニューもあるし,リモンチェッロというレモンを使ったお酒を地元の名産に
pp. 79―80
しています。
そして辻氏は,「やはりここで立ち止まって,社会の仕組みそのものを作り変えていか
なければならないだろうな。そのときに『食のローカル化』は切り札になってくる。それ
は一見,今までの豊かさを犠牲にするかのように見えるけれど,じつはもっとおもしろい
豊かさが待っている」(p. 60) と言う。その立場だからこそ,島村氏が示す次のような日
本のマグロの異常さがいっそう鮮明になる
シチリアのトラーパニの先のファビニャーナ島は,ルネッサンス時代から変わらないマ
グロの追い込み漁で有名なのですが,最近はほとんどマグロが獲れなくなって,年にせ
いぜい2回ぐらいしかやれない。そのファビニャーナ島の約8割,サルデーニャ島の離
島サン・ピエトロ島の半分の天然マグロを,日本の企業が船上で血抜きをして買ってい
く。すごい仕事人だなとは思うけど,マグロ漁の漁夫長が,「漁業権をもっている社長
は圧倒的に高く買う日本人に売りたいけど,俺は,本当は最低半分は地元に残したいん
だ」とぼやいていたのがやるせなくて,市場原理だけに任せておくと,地域の文化が壊
されていく。回転寿司でキハダマグロの炙りとか出てくるでしょう?
表向きは漁が禁
止されている海域でも,船上で取引され流されてくるものも多いらしい。でもそういう
p. 30
のは食べちゃいけない気がするんです。
[7] 片山善博「TPP
グローバル経済の中の自治」( 生活と自治』12年12月号)は,自
身の鳥取県知事時代の体験として地産地消を実現する地元調達率の引き上げに関連して次
のような「おもしろい活動」を紹介している
,
県の学校給食の地元食材率がとても低く,なぜかと調べたら多くの食材が県外から入っ
てくる構造があったんです。……
ある栄養士さんがとても賢明な方で……これまで子どもの栄養面だけを考えて作って
いた献立を,地元の農家がいつ,何をどのくらい生産するかという情報を調べた上でつ
くるようにしたんですね。
勝手に献立を考えてそれに必要な材料を調達しようとしても,その時期に地元になけ
ればほかからもってくるしかありません。ところが,その時期に地元で生産される食材
を頭に入れて献立を考えれば,地元調達率は一気に上がります。あたりまえのことです
114
大阪経大論集
第63巻第5号
が,それができていなかったのです。
すると今度は地元の農家の女性たちが反応して,逆に,学校は給食用に,いつ何をど
のくらいほかから買っているかを調査したんです。調べた結果,自分たちがつくれるも
のはつくろうと,今までなかった作物をつくるようになったんです。
そうした相乗効果で,気が付いたら地元調達率が8割前後になっていました。
(4)地域を支える自治体の試み
本稿第2節で見た企業の実践を支える地域,そして第3節で見た地域の実践を支える主
体としての自治体・行政が,次に問われることになる。
民間企業に働く人たちのしんどさが,残念なことに自治体職員に向けられている。責任
逃れを狙った政治家がそのように仕向けているのだが,確認すべきことは,政治家に騙さ
れているとしても,騙されて矛先を自治体職員に向けてしまっている人々に責任がないわ
けではない,ということである。そして,もう一つ大事なことは,嘘に載せられてしまう
=乗ってしまう素地が現在あるということである。
で,職員削減,そして,議員定数削減問題が出る。地方自治体も同様である。例えば,
「議会のコスト削減策として,定数減と議員報酬カットの両議案が議員提出されていた和
泉市議会(定数26)は……定数を2削減して24とする条例改正案を賛成多数で可決した。
報酬を10%減らす条例改正案は賛成少数で否決された。……市民の強い要請を受けてコス
ト削減方法を協議したものの,定数減を主張する会派と,報酬カットがよいとする会派に
割れていた」(朝日新聞08年 3 月27日大阪北摂版)。
定数削減は少数政党にとって危機的である。しかし,制度的にはそれを決めるのが多数
派なのだから,なんとも矛盾した民主主義である。上の記事にある「コスト削減」という
「市民の強い要請」をまず問題にすることなく,「コスト削減方法を協議」する議会のあ
りようの問題,そこからは「定数減を主張する会派と,報酬カットがよいとする会派に割
れ」るしか途はないだろう。議員報酬が高いという批判があるが,それもじつはじっくり
と検討すべきなのだが,目先の金額だけが論議されて,議員のありよう
の議員なのか,あるいは,市民による手弁当での議員なのか,など
専門職として
との関係での報酬
のあり方として検討されることはない。
だとしても,自治体の頑張りなしには,これまで見てきた企業や地域での実践は日の目
を見ない。なにせ,「地方では雇用の多くが政府や地方自治体の手で生み出されている」
(廣田裕之『地域通貨入門
年
9)
p. 81)からである
持続可能な社会を目指して』改訂新版
株式会社アルテ
11
「一九九九年時点で高知・沖縄・島根・北海道・鹿児島の五
9) 本文では,廣田裕之『地域通貨入門 持続可能な社会を目指して』を肯定的に引用しているが,同
書には随所に首肯できないところがある。たとえば,「日本政府の財政危機」(p. 79) について財政
を個々人の家計のレベルと同じものとして論じることは根本的に誤っている。これについては,私
の「国の借金と個人の借金」( 技術と人間』2000年 7 月号)を参照されたい。また,「財政再建団
体に転落した北海道夕張市の事例は有名ですが,この他にもゴミ収集員を雇うお金がないので町長
脱リスク社会への挑戦
115
道県では三人に一人以上が,政府活動の生み出した仕事で生活している……これには公務
員だけでなく,土木工事などの公共事業や,年金・雇用保険などの形で生み出された仕事
も含まれていますが,公共部門の活動による雇用で生活している人が多いということは,
それだけ地域経済が脆弱であることを意味します。また,この数字は一九九〇年代になっ
てから伸びをみせており,全国平均では一九九〇年の一八・九パーセントから一九九九年
の二二・五パーセントへと急増していますし,特に一九九九年現在でこの数字が全国で最
も高い高知では,なんと三八・九パーセントもの人が公共部門のおかげで食べているので
す。実際,小泉政権以降の財政再建によりこれら公共部門が縮小されるようになっており,
これにより失業者が増えているのです。」
あるいは,岡田知宏『一人ひとりが輝く地域再生』(新日本出版社
09年)が「市町村
合併は地域経済の発展につながらない」10) 理由として掲げる,「地域内再投資力」(後述)
の構成員・経済主体としての自治体の重要な役割についてである
,
も入れた職員全員でゴミ収集を交替で行なったり(愛媛県三崎町),監視員を雇うお金がないので
お盆前に海水浴場の閉鎖に追い込まれたり(宮城県仙台市)などと,非常に深刻な事態に陥ってい
るところも出始めています。こういった状況から,背に腹は代えられぬという理由から日本各地で
市町村合併を行なう自治体が出ている」(pp. 80∼81) と言うが,「深刻な事態」から「市町村合併」
が行なわれているという認識は,政府と資本の狙いを無視することになる点で誤っているし,「町
長も入れた職員全員でゴミ収集を交替で行な」うことを単に悲観的に捉えるのではなく,これを機
にもっと積極的に仕事の見直し・階層=階級の捉え直すものとして理解したい。例えば,町長がゴ
ミ拾いしてもいい! ゴミを拾う視点からは新たな視点が開けるのだから。例えば,病院の清掃職
員と医療従事者とが注射針刺し事故をきっかけに「ゴミの向こうにも人がいる」というキャンペー
ンによって働く人の意識変革を試みた例がある
「一九八七年ごろ,注射針の針刺し事故によっ
て医療従事者がB型肝炎に感染し,死亡する例が相次いだ。調査してみると,病院の清掃組合員も
その半数が針刺し事故にあっていた。そこで,『捨てるごみの向こうにも人がいる』というキャン
ペーンを行うことにする。病院に対して『職種や組織は違っても,いのちや安全に思いをはせた働
き方を一緒につくりたい』と呼びかけ,懇談会を申し入れたのだ。/懇談会では,清掃職の組合員
が注射針事故を起こさないための医療廃棄物の処理方法を提案。婦長や事務長と率直に話し合う場
がつくられ,提案は共感をもって受け止められる。こうして,下請けの清掃労働者としてではなく,
『きれいで,安全で,心のこもった病院づくりのパートナー』としての関係が病院職員との間に築
かれていった。組合員の清掃の仕事への誇りや喜びは大きく高まり,働く仲間同士の信頼関係も深
まる。……こうして,給与の安さや仕事のきつさへの不満をぶつけるだけだった組合員が,困難や
課題の解決を自分のこととして考え,仲間と力を合わせて切り拓く働き方に変わっていく。」(前掲
『協同で仕事をおこす』pp. 42∼43)
10) 岡田氏は京都府の京丹後市が合併でできる前と後を示している
「合併前は,人口が一万人近く
の六つの町が存在し,それぞれの地域経済において役場経済が大きな投資力を占めていました。
……ところが,合併するとその役場経済がなくなり,行政投資の意思決定の中心は市役所のある旧・
峰山町に集中することになります。そうすると,役場の投資力を失い,民間企業の投資力が弱い周
辺地域ほど,心臓からの血の循環がめぐらなくなり細胞が壊死するように,地域の経済力,人口維
持力が急速に失われていくわけです。……また,周辺部から移動した人々は,必ずしも市の中心部
にいくわけではありません。むしろ仕事を求めたり,息子や娘の住む大都市圏に生活基盤を移して,
転出することになり,中心部も含めて地域経済の地盤沈下が進行するのです。」(pp. 157∼15)
116
大阪経大論集
第63巻第5号
市町村という自治体が,過疎の小規模自治体ほど,きわめて大きな役割を果たしている
のです。人口一万人規模だと,普通会計だけでも約五〇億円が,毎年投下されていたこ
とになります。そこから工事やサービス,物品,印刷などの公的な調達がなされ,それ
らが地域内の事業者から調達されればされるほど,町村役場の地域経済への貢献度は高
いといえます。また,そこで働く職員の数も多く,彼らが地域づくりに果たしている役
割とともに,個人消費を通しての地域での購買力も無視できません。
だからこそ,石松恒「民主主義とは
pp. 155∼156
問い返す島」(朝日新聞12年 1 月 1 日「カオスの
深淵」)が紹介する,瀬戸内海の西橋に浮かぶ大分県姫島村の実践が生まれる
,
人口2200人。漁業が主産業の村……島へは国東半島からフェリーに乗る。20代らしい船
員の胸に「船舶課」とある……彼らは村職員だ。……福祉施設「姫寿苑」……介護士な
ど43人の大半は村職員で,40人が女性。15人が子育て中だ。大海くりこさん(33)は3
児の母。週3日ほど働き,給料は通常の3分の2。「お給料は家計の足し。生活はその
分楽になる」……40年以上前,若者の流出に頭を痛めた……前村長が「役場の給料を抑
えて,その分多くの若者を雇う」と決めた。いまでは島民11人に1人が村職員で,同じ
規模の自治体の4倍以上。……職員の給与水準は全国最低。……早くから「予防医療」
に力を入れた。 1 人当たりの医療費は県内の自治体で最低だ。唯一の診療所には医師3
人と歯科医師が常駐……車エビ養殖場……約30人が働く。昭和30年代に村主導で始まっ
た。運営会社の撤退など危機に陥るたびに「潰れたら島も潰れる」と村が支えた。今で
は島の特産品だ。
あるいは,大江正章『地域の力』(前掲)が紹介する路面電車の復権もここに繋がる。
高岡市では市民運動が主体となって,廃止が表明された路面電車を残した。路面電車と都
市の未来を考える会・高岡の会長・島正範はこう言う
「電車は単に人を運ぶ道具にす
ぎないと考えて,公共交通機関の意味を社会全体が意識してこなかったと思います。撤退
時に年間赤字が六七〇〇万円ありましたが,当時の佐藤孝志市長が『これを社会福祉施設
と思ってもらえませんか』と言ったんです。たしかにそう考えると高くはない。ぼくらも
勉強するなかで,路面電車は福祉や環境やまちをつなぐ絆というかシンボルだと思うよう
になりました」(p. 163)・「 社会資本として必要なのだから,赤字が出ても残す』という
合意形成ができた意味は大きい。一〇〇万人が使う交通機関の維持費用が年間五八〇〇万
円(それを二市で分担)と考えれば,決して高くない11)。」(p. 165)
岡田知宏『一人ひとりが輝く地域再生』(前掲)が紹介する,長野県栄村の実践
他
と同じようにこれまで企業誘致や国の補助金事業による公共事業をしてきたものの,「そ
11)「公共交通の場合,社会的費用を考慮せずに,運賃収入のみで黒字・赤字を判断するのは誤りだ。
海外では,運賃収入が運航経費の二〇∼五〇%程度の都市が多い。独立採算制の呪縛から逃れるべ
きなのである。」(p. 155)
脱リスク社会への挑戦
117
れによって村民が豊かになることはなく,むしろ過疎化が進行したり,財政的に厳しい状
況になっていました。これを反省し,足元にある地域の個性を大切にし,一人ひとりの住
民の生活の向上を第一にした政策へと転換した」 (p. 52)
も興味深い。
岡田氏は,「大企業の海外進出が相次ぎ,公共事業の経済効果の限界が明確になりつつ
ある時代において,地域経済の主役が出てきた」として,「地域内再投資力」という言葉
で,「地域に根ざし,毎年の利益を再び地域に投下し,雇用や所得を持続させる力を表現
し」,これまでの「域外企業に頼ったり,一過性で地元企業を潤すことのない公共事業依
存型の開発政策への反省を込めた表現だ」 と言う。つまり,「地域の中で,投資を繰り返
し行い,そこで雇用や所得を生み出し,地域内に循環させていく力を,自治体と地域の住
民,企業が協同して……創っていく」ことが,これからの経済システムだという12)。そし
て,その具体例の一つとして,長野県栄村の事例が示される
,
第三セクターである栄村振興公社の経営方針……村の生産者(団体)がつくる特産品
や加工品を,手数料なしで買い入れ,販売……公社が経営する宿泊施設では,村内の農
家がつくる食材を買い入れるだけでなく,お酒などの飲料も定価で村内にある複数の酒
屋さんから順番に購入……「そんなことをしていると赤字になってしまうのではないで
すか」と思わず聞いてしまいました。……公社の担当者……は,「……住民の利益にな
るのなら赤字になっても構わない……村の酒屋さんは,単に酒を売っているだけではあ
りません。集落の中にあって,毎日,一人暮らしの高齢者が元気に過ごしているかをチェッ
クし,異常があれば保健センターに連絡してもらうという,準公共的な役割を果たして
もらっています」と言い切りました13)。……村内からの調達率が七割を超え,住民一人
当たりで見ると二〇万円近くを毎年キャッシュバックしている計算になるうえ,なんと
単年度黒字経営だった……
pp. 52∼54
岡田氏は他に,「田直し事業」 や「下水道整備事業や生活道路の整備事業」についても
紹介する。例えば,「建設・管理コストが安くつく合併浄化槽方式」を採用し,「合併浄化
槽の建設と管理ができる村内業者に集まってもらい,共同の有限会社『環境さかえ』をつ
くり」受注させ,「放っておけば,地域外の大手下水道業者が請け負ったと考えられる下
水道事業の支出を,村内の関係業者に循環するシステムをつくった」・「談合的なものでは
なく,透明な契約形態による,財政支出の地域内経済循環の組織化である」(pp. 63∼64)。
こうした認識に岡田氏が至ったのは,岐阜県の進出企業と県内企業との比較調査による
12)「現在,少なくない地方自治体が二〇億円から一〇〇億円以上の大金を一社に投入して,大企業の
誘致競争に狂奔しています。……製造業の海外シフトは続いています。国内に立地するとしても,
ごく限られた地域にしか過ぎないうえ,その雇用の多くが派遣労働者や偽装請負,非正規労働者で
あり,地域で新たな正規雇用が生み出されることもあまり期待できません。」(pp. 92∼93)
13)「阪神・淡路大震災の折,下町の商店主やおかみさんが,倒壊したアパートの住民をいち早く救援
し,コミュニティーの核になっていたことをあらためて思い出しました。」(p. 52)
118
大阪経大論集
第63巻第5号
「二〇年もしないうちに立地企業の四分の一近くが撤退ないし廃止されていました。
/また,現に立地している誘致企業の地域経済への貢献度の低さが目立ちました。」(pp.
47∼48)・「この誘致工場に対して固定資産税の五年間減免に加え,国道からの取り付け
道路をプレゼントしていたにもかかわらず,県は円高不況に苦しむ地場産地に対しては,
国が定めた円高緊急融資ぐらいの対策しか講じていませんでした。」(p. 49) が,それにも
かかわらず,県内企業が踏みとどまっているという。
こうした実態確認を補足する事例として岡田氏が示すのが,「オイルショック後の構造
不況の中で,造船所の倒産,廃業が相次ぎ,遊休地が広がって……この造船所跡地を一九
八〇年に二六〇社余りの中小企業・業者が協同組合を作って買い取り,造成した」ナニワ
企業団地である。「単なる『工業団地』ではありません」というナニワ企業団地について,
岡田氏は次のように説明する
,
事業所の約半数は金属加工業ですが,このほかに建築・土木,デザイン・イベント関係,
自動車販売・整備,石油製品販売,運輸・物流,食品,そして仏壇製造業など,広範囲
にわたる異業種事業所が活動している『企業団地』なのです。また,金属加工業や建築・
土木業の多くが,もともとは下請け取引をしているところでした。
私が注目したのは,同団地が各種の共同事業を活発に展開していることでした。異業
種の事業所が二六〇社も集積しているメリットを生かし,共同求人事業や各種能力開発
セミナー,講演会,労働者の福利厚生,情報発信事業に加え,定期的に経営アンケート
調査を実施し,それを分析,情報発信することも,強力な組合事務局体制の下で行われ
ていました。……
さらに……団地内取引の組織化や共同受注事業が積極的にとりくまれていた……
バブル崩壊後の不況が一段と深化したとき……共同受注事業を通して,売り上げを伸
ばし,雇用も増やしていた……四割の企業が後継者を確保し……ナニワ企業団地のとり
くみは,地域の圧倒的部分を占める中小企業が,共同受注事業を行っていけば,全体と
して雇用が増えるということを意味します。ナニワ企業団地全体で,二五〇〇人近くの
雇用を生み出しているのです。
しかも,共同受注に参加している企業の多くは,それまで下請けの仕事をしていたと
ころでした。……元請けからのコストダウン圧力によって,収益率が低く,場合によっ
ては賃金や経営者の所得も削りこまなければ,経営が維持できない状況になります。
共同受注は,このような下請け取引の問題を解決し,中小事業者が共同して仕事を受
注するわけですから,収益率が高まることになります。これが,売上高や雇用の増加に
結びついてくるわけです。これを,私たちは「横請け」と呼んでいます。
(5)個人が繋がって頑張る
pp. 86∼94
新しいユニオン
新しい実践が次々と生まれている。一方で,政治や経済の世界は相変わらずの状況であ
る。政治にあっては,やっと政権交代がなされても,事態は変わらない14)。大勢としての
脱リスク社会への挑戦
経済状況も同様である。スティーブン・グリーンハウス『大搾取!』(曽田和子訳
春秋
119
文芸
09年)は,ウォルマートで働く人たちが実に過酷な状況に置かれていることを示し
ている
「店長には店で働く店員の人件費を予算内に抑えることが厳命されています。
数週間続けて人件費がオーバーした店長はクビになるか降格……。給料計算日近くになる
と,店長は店員たちの勤務時間を基準内に抑えるため,コンピュータのデータを改ざんす
ることがある」。このような「ウォルマート化現象」が進行し,「メーカーに低価格を維持
するよう圧力をかける一方,従業員の低賃金を武器にしたウォルマートがある地域に進出
すると,その地域の小売店はウォルマートと競争するために賃金と福利厚生を削らなけれ
ばならなくな」る(pp. 204∼205),と。
日本においても,事態は同じである。東海林智「絶望の中で連帯を求めて」( 週刊金曜
日』11年 1 月28日号)が取材した「彼」は,「ハンバーガーショップの座り心地の良くな
いイスで……身を固くして眠っていた。……今年も彼は,ファストフード店で新年を迎え
た。/『寂しくて死にそうです 。彼から悲鳴のようなメールがきたのは一月一日の午前
〇時過ぎだ。……/三三歳の彼とは,住居持たず,日雇い派遣などで生計を立てるネット
カフェ難民の取材で知り合い,付き合いはもう四年になる。……二〇代後半に,派遣や請
負と身分を変えながらも四年間働いた精密機械の工場を,指を骨折して仕事を休んだこと
で雇い止めされた。現場のリーダーも任され,誇りを持って働いていたのに,不良品のよ
うな扱いをされた。深く傷付き,会社に身を委ねるような働き方はしたくないと,日雇い
14) 植草一秀『消費増税亡国論』(飛鳥新社 12年)がその一端を示している
「岡田克也氏自身が
……天下りとズブズブの関係にある……岡田克也氏の実家は……イオン株式会社である。……大蔵
省事務次官 OB で,大蔵省の最重要天下り先であった日本たばこ産業株式会社 ( JT),かつての日
本専売公社であるが,この代表取締役会長に天下りした小川是氏を社外取締役として受け入れた。
恐らく勤務実態はほとんどないと思われるが,どの程度の報酬が支払われていたのか関心をもたれ
るところである。/日本たばこ会長で天下りの小川氏を社外取締訳として受け入れ,イオン株式会
社は日本たばこの工場跡地の取得に成功している。日本たばこ産業の工場用地は,本来日本国民に
帰属するものである。日本たばこの株式を政府が一部売却し,民営化が進められているが,依然と
して政府は株式を保有したままである。財務省は,この関係をテコにいまも日本たばこ産業株式会
社を最重要天下り先の一つとして確保している。/またイオン株式会社は,財務省理財局長を経験
し,金融庁企画総務局長を経験した原口恒和氏のイオン銀行代表取締役会長への天下りを受け入れ
た。/二〇一一年,破綻した日本振興銀行の政府による払い下げが行なわれた。明治時代の官業払
い下げと似た図式である。この払い下げにおいて……イオン銀行が旧日本振興銀行の払い下げ金融
機関に選定された。……/イオンは,イオン銀行に財務省および金融庁の高官を天下りとして受け
入れ,この見返りに旧日本振興銀行を取得したのではないかとささやかれているのである。/二〇
〇九年三月三日,小沢一郎民主党代表……の公設第一秘書を務めていた大久保隆規氏が突然逮捕さ
れた。……政権交代をめぐる決戦の総選挙が秒読み段階に入るなかで,野党第一党党首を標的にし
た刑事事件……同じ事務処理をして,同じ届け出をした国会議員の政治資金管理団体が二〇近くも
存在し,このなかで唯一,小沢一郎氏の政治資金管理団体だけが法律違反として摘発された……/
そのとき,民主党内で党内の大勢に反して検察を擁護する発言をしたのが,岡田克也氏である。
……イオン株式会社は,二〇〇九年五月に,元検事総長の但木敬一氏のイオン株式会社取締役への
天下りを受け入れていたのだ。」 (pp. 24∼27)
120
大阪経大論集
第63巻第5号
派遣を続けてきた。」
このような困難な中では,個人の闘いも依然として必要である。そして,新しい時代の
要求に応じて個人の闘いを支援する器も生まれてきている。個人加盟のユニオンなどは,
その一例である。
東海林智「なぜ闘わないのか」( 週刊金曜日』12年 6 月22日号)は,停滞した今日の労
働運動状況のなかにあって「安心して働ける民主的な会社にしようと,非正規労働者と共
に組合を立ち上げ闘っている」宮古毎日新聞労組の女性組合員を紹介している
,
契約社員のこの女性は組合に参加したことで,記者職から職種を変えられ,契約更新の
たびに労働条件の不利益な変更を強制されている。おまけに,組合を脱退した人は次々
と正社員に登用されている。
けれど彼女は組合にとどまり,仲間と共に闘っている。彼女は言った。「私たちは
“生活のため”と言いながら,酷い状況があってもそれを見ながら,見て見ぬふりをす
る。生活のために人間の尊厳を売り渡さなければならないのか。……私はそんな……こ
とはしたくない。労働組合として団結権,団体行動権,団体交渉権をもっていながら,
闘わずに尊厳を売り渡すことはできない。私にはそんな気持ちで闘う仲間がいる。私と
もう一人の非正規の仲間の争議でみんながストに入り,書記長は六〇日を超えるストを
闘っている。仲間は私の自慢であり,誇りである」……シングルマザーの彼女は一人息
子に生き方を教えているようでもある。「たった八人の仲間を全国の仲間が応援してく
れる。厳しい中不安な中,全国の仲間に支えられ,私たちは立っている」と言った。
関根秀一郎・派遣ユニオン書記長が「これからは 1 人の悩みは10人のユニオンメンバー
で悩み,一緒に解決していく団結力が大いなる力になります」と語り,河添誠・首都圏青
年ユニオン書記長が「一部の積極的な組合員だけに呼びかけるのではなく,常に全員に呼
びかけることで,みんなが一つにつながっているという一体感をもつことができる」と語
るのを紹介する,野村昌二「インディーズ系労組は,互助ネットワークを目指せ!」( 論
座』08年 7 月号)は,新しい器の中身を示す
,
ユニークなサポーター制度もある。多くの相談に応えるためには,専従活動家も必要と
なる。だが,安定した収入のある正規雇用ならともかく,同ユニオンには非正規雇用が
多く,組合費だけでは専従を抱えることができない。そこで,04年「首都圏青年ユニオ
ンを支える会」を発足させた。年会費は6千円。会員にはニュースレターを送り,組合
の活動を伝えている。今では800人近いサポーターになっているという。
河添さんは,「ユニオンはブルーシート」だと語る。
「今,若い人たちは泥沼のようなところで暮らしている。そこにせめて,足元が濡れな
いブルーシートを敷かなければいけない。そうして,残業代を払わないなどの法律違反
をしている企業は,一つひとつ団交でつぶしていく」
脱リスク社会への挑戦
121
学生たちは,こんな困難な社会の中へ出ていかざるを得ないのである。しかし,困難の
中には既に新しい実践も生まれている。時代を切り開く実践の一員となる希望がある。
ダグラス・ラミス『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』(平凡社
ライブラリー
04年)は,普段何気なく使っている「経済発展」について考えさせてくれ
る。彼は,「経済発展は二〇世紀の一番深いところまで根を下ろしたイデオロギーです」
と言い,「このイデオロギーのもとで,人類の歴史に前例のないほど,大規模な政策が始
まった。地球上の自然も,文化も,経済も,生き方も,働き方も,それをすべて根本的に,
抜本的に作り直すという政策です。/これを『発展』と呼ぶことで,それはまるであたか
も,それぞれの文化,文明,社会のなかに隠されていた可能性が解放されるかのようなイ
メージになる。ちょうど花が咲くような,子供が成長するような,種から木が伸びるよう
な言い方なのです。……つまり世界中のあらゆる文化のなかには,産業革命を起こして産
業国になる可能性がある。そういう言い方なのです。/それにたくさんの人が説得された
わけです。外から資本が入って,自然を壊し,伝統的な文化を壊し,搾取する。それを
『発展』と呼べば,それはその社会の自然で当たり前な,決定された過程であるというよ
うに思えてくる。/例えば,昔から伝わってきた一つの文化が目の前で破壊され,昔から
伝わってきた人の技術がなくなる,音楽がなくなる,言語がなくなる。それを見て『発展』
と呼ぶ。そうすれば『そうか,発展なのか』と諦めるか『悲しいけども仕方がない,それ
は必然的なことだ』というふうに頭を切り替える。このイデオロギーにはそういう力があ
る。」このように論を進めたあと,著者は言う
,
私たちが今の世界を見るとき,うまくいっているところは発展されている,人がたく
さん苦しんでいるところは「発展途上国」「まだ発展が足りない」そういうふうに分け
ているけれど,それは幻想だ。「発展した国」も「発展途上国」もすべて,発展という
過程が作った世界と考えるべきなのだ。経済発展とは「スラムの世界」を「高層ビルの
世界」へと少しずつ変身させる過程というのは錯覚であって,ごまかしだ。経済発展の
過程によって,昔あったさまざまな社会が「高層ビルとスラムの世界」になったのが,
二〇世紀の歴史的事実なのだ。
pp. 197∼199
経済発展・成長がひとつのイデオロギーであるという認識に立てば,今の経済システム
を唯一絶対とする立場から自由になれる。頑張れば報われるという自己責任原則からも自
由になれる。そこに可能性がある。本稿で私がどちらかといえば公共・自治体の役割を重
視する事例を掲げたが,それらを「社会主義みたい」・「だからダメ」という従来の決めつ
けからも自由になってもらえれば幸いである。
今日のヨーロッパの経済・金融危機にあって「優等生」とされるドイツだが,その内実
は,下田英一郎「独経済,誰がための「奇跡」?
改革の果実,企業に偏り」(日本経済
新聞12年 5 月20日「地球回覧」)が言うように,一般の生活人には「実感がない」
,
122
大阪経大論集
第63巻第5号
「経済が好調って聞くけど,いったいどこの国の話?
私には実感がない」。独中部の
町に暮らすアナさん(29)……定職に就けない現実……非正規社員が増えている。独政
府の調査では2010年までの約10年で 3 割増。逆に正規社員は 3 %減った。工場の繁忙期
などに採用される派遣社員は昨年91万人と過去最高だった。
東西ドイツ統一とユーロ導入を経てドイツは本格的な国際競争に向かい合うことになっ
た。02∼05年にかけ当時のシュレーダー政権は労働市場の規制緩和を実施。月給が400
ユーロ(約 4 万円)以下では社会保険負担のない「ミニジョブ」や派遣社員の規制を緩
和したほか,失業手当を減らし再就職への圧力を高める仕組みも取り入れた。
改革の果実を味わったのは企業だ。……製品・サービスを生み出すための労働コスト
(10年実績)を欧州諸国で比べると1999年比でドイツはほぼ横ばい。一方,ドイツを除
く欧州諸国は平均で12%上がった。……正規,非正規という労働市場の階層化によるひ
ずみが拡大……うつ病などの精神的な障害で退職を余儀なくされた人は男女とも10年ま
での 3 年間で約 3 割増えた。……
「急速に国民の所得格差が広がっている」……時給 9 ユーロ15セント以下の低賃金労働
者の比重は10年時点で23%。移民増もあり15年で230万人増えた。00年から11年までに
労働者の平均給与所得は 3 %減ったが正規社員は 6 %増。正規と派遣では同じ企業でも
月給で 1 千ユーロ以上の差があるという。
ダ
メ
現在,ギリシャが劣等生になったのは公務員天国だったからだというデマゴギーがまか
り通っている。しかし,優等生のドイツがじつのところはこんな状況にあるのだとすれば,
ギリシャについての理解の再検討が必要だろう。
EU にあってドイツは「先進国」・「北」であり,ギリシャは「後進国」・「南」であるか
ら,鶴見済『脱資本主義』(新潮社 12年)が描く,「南」の国を借金漬けにしていく「北」
の国のありようが,ギリシャの「危機」を生み出したものとしてそのまま当てはまると考
えられる。そのひとつが,「自国の企業のインフラなどを買わせるためにカネを貸す……
“ひも付き援助」(p. 156) である。
分かりやすいものとして,鶴見氏は日本の例を示す
,
日本で原発を作る企業は三つある。東芝,日立,三菱重工の三社だ。一〇年には,こ
の三社に電力会社九社(東京電力,関西電力など),投資会社一社が加わった“オール・
ジャパン”体制で,ベトナムに売り込みをかけ受注を獲得している。原発一基分の費用
と言われる五〇〇〇億円もベトナムに貸し付ける約束だ。
pp. 30∼31
あるいは,
日本はインドネシアとの共同事業としてスマトラ島のアサハン川に巨大な水力発電所,
アルミ精製工場を,七五年から八四年にかけて,四千億円以上をかけて建設した。その
脱リスク社会への挑戦
123
費用のほとんどは日本側が貸し付け,工事も日本の建設会社が請け負った。発電した電
気もほとんどがアルミの精製に使われた。
さらにここへは,地元で採れるものより質のいいオーストラリア産のアルミナが運び
込まれ,精製されたアルミはすべて日本に輸出されることになった。インドネシアが請
け負うのは電力と工場労働と,日本への借金である。アルミの輸出で稼いだカネも,そ
の借金の返済に使われるのだ。日本国内で公害問題を巻き起こしていた精製過程で出る
フッ化水素という有毒ガスも,当然インドネシアに押しつけられた。それなのに,現地
の生活にはアルミ缶やアルミサッシはもちろん,自分たちで発電した電気すら行き渡っ
ていないのだ。
これが日本による世界最大級の政府開発援助 (ODA) と言われる「アサハン・プロジェ
クト」であり,今ではインドネシアの副大統領から「まったくの損害だった」と非難さ
pp. 85∼86
れながらも,日本では成功例として賞賛されている。
ギリシャの貿易赤字なしにドイツの貿易黒字は生まれないという当たり前の論理を思え
ばこうした理解はもっと広まってもいいのだが,依然としてギリシャ「危機」を単にギリ
シャ一国の国内問題に矮小化する俗論がはびこっている。正確な事実認識と行動力が事態
を切り開くのだから,通俗的な認識からの脱却が,まずは求められる15)。
なお,本稿のテーマに関連して,そのギリシャで人々の助け合いが生まれているという
報告がある(関根和弘,石田博士「逆行の戦慄
怖心」朝日新聞12年 6 月28日「世界発2012」)
ドラクマ
ギリシャ
破滅・貧困への恐
,
首都アテネのスーパーマーケット。レジのそばに買い物かごが置かれている。パスタ
マ マ
やトマトピューレの缶,コメ……。レジ袋ごと山盛りだ。
買った商品をそのまま寄付する「オーリ・マジ・ポルーメ(みんなで一緒なら)」と
いう運動だ。
マカロニとキッチンペーパーをかごに入れた年金暮らしのステラさん(72)は「自分
より苦しんでいる人がいるから」と話す。
ギリシャ正教会系の NGO と地元テレビ局の呼びかけにスーパーや個人商店が応じた。
半年ほどで「オーリ・マジ」はギリシャ全土の約 4 千店舗に広がった。
寄付がたまると NGO のスタッフが詰め合わせにして教会で配る。これまで約 1 千ト
ンの食料が集まった。
年 5 %前後のマイナス成長に陥っているギリシャは,年金や失業手当のカットが暮ら
15) カレル・ヴァン・ウォルフレン『アメリカとともに沈みゆく自由世界』(井上実訳 徳間文庫 12
年)が,「ヨーロッパの銀行の経営難の責任はあたかもギリシャにあるかの如く,同国は世の非難
を浴びたが,真の原因はこうした銀行がアメリカの銀行と同様,不正な投機活動を繰り広げたこと
にある。」(「文庫版への序文」p. 6)と俗論に対抗している。なお,本誌次号で「ギリシャ危機の
視点の問題」(仮)を予定している。
124
大阪経大論集
第63巻第5号
しに追い打ちをかける。NGO のコシンブリオ事務局長(42)は「国の支援が回らない
のなら,市民が助け合うしかない。協力してくれる人々を誇りに思う」と胸を張る。
(6)お
わ
り に
最後に,今日の増税論議におけるデマゴギーのひとつ,法人税を引き下げないと日本か
ら企業が出ていってしまうという話について,新しい社会を模索する立場からコメントし
ておきたい。簡潔に言ってしまえば,企業が法人税の高さを理由に税金の安い海外に逃げ
るというのなら逃げればいい,「自由」なのだから
ただし,その落とし前はつけても
らうという私たちの姿勢の問題である。誰かが何かを解決してくれるという生き方ではな
い,新しい私たちの生き方のありようの問題として,税を捉える必要がある。
このように考えるようになったのは,「法人税下げ合戦 加熱
当て
税金逃れ』企業に市民抗議」(朝日新聞11年 2 月13日
ルドけいざい」)を読んでのことである
企業誘致狙い 各国さや
有田哲文・尾形聡彦「ワー
,
著しく低い国に企業が本社を置いて節税することに,政治家や市民のいらだちが高まる。
……納税は義務でも責任でもなくコスト。安い税率を求めて本社を移すこともいとわな
い。そんな企業の姿勢は市民の怒りにも火を付け始めた。
昨年10月,ロンドンに無数あるパブの一つで生まれた市民運動が,あっという間に大
きくなった。「UK アンカット(削るな英国)」。保守党・自由民主党連立政権による緊
縮財政に反対し,「行政サービスを削るより,税金逃れをする企業から徴税を」と訴え,
問題ありとみた企業を次々に標的にしている。
1 月30日には,ロンドンにある薬局チェーン「ブーツ」の大規模店に,約100人が集
まった。州同士が安い税率を競っているスイスに本社を移し,英国に税金をほとんど払
わなくなったことを問題にした抗議行動だ。
「税金を払え」「税金を払え」。参加者は店の内外に座り込んで叫び声をあげた。待機し
ていた警官は,催涙ガスまで使って取り締まった。同じような行動がこの日,英国の約
30カ所であった。「ブーツは本来なら利益の28%を英国に払うべきなのに,わずかしか
払っていない」。参加したダニエル・ガービン氏(26)は主張する。「歳出削減がいかに
不公平なものかを人々が理解しはじめている。税金問題がこれからの主戦場になる」。
もう一つ。ロンドン=星野眞三雄,ニューヨーク=畑中徹「 スタバ,グーグル
払え』米の世界企業
各国から非難」(朝日新聞12年12月13日)から
税金
,
グーグルやアマゾンなど世界で事業を展開する米国の企業が,世界各地で「税金を納
めていない」と批判を浴びている。政府がお金を節約し,緊縮財政を進めているのに,
外国の企業からは税金が入ってこないと,怒りの矛先が向かっているためだ。
最近,厳しい批判を受けたのは米コーヒーチェーン大手スターバックス。今月6日,
脱リスク社会への挑戦
125
「もっと税金を納めます」という異例の声明を出した。2013年と14年は,利益がなくて
も計2千万ポンド(約26億円)納める。
同社は1989年に英国進出。30億ポンドを超える売り上げがあったが法人税は860万ポ
ンドにとどまっていた。
現在のグローバリゼーション経済の下では資本の移動は自由である。経済の空洞化が問
題となるが,それがルールである限り資本にとっては自由な選択の範囲である。しかし,
じつは資本には他にも従うべきルールがある。当たり前のことであるが,そのひとつが税
に関わってのものである。日本の法人税が高いから引き下げろという要求を資本が言い立
てているのは,このルールを資本が無視できないからである。
これに関わって,二点だけ指摘しておこう。第一は,本当に法人税の引き下げは国際競
争力の強化に関わる重大事なのか,ということについて。大村大次郎『悪の経済学』(双
葉社
11年)は,これについてその内幕を暴く
,
法人税を下げても,国際競争力が増すわけはないのです。法人税は,企業の経費の中の
1%程度にしか過ぎません。そんな微細な経費が増減したって,国際競争力には関係な
いのです。……
逆に消費税を上げれば,国全体の物価が自然に上昇して生産費もそれだけ上がります
ので,国際競争力は確実に下がるわけです。また消費が減退して,さらに不況が深刻化
するのです。
なのになぜ財界は法人税を下げろと言っているかというと,法人税を下げれば株主の
取り分が多くなるからです。……自分の取り分を増やせ,と率直に言うと国民の大反発
を食らうので,「国際競争力のために法人税を減らせ」などと言っているわけです。
p. 37
労働者の賃金は低下傾向にあるのに企業の内部留保のみが一方的に限度なく増えている
この「失われた二〇年」を思うとき,大村氏の指摘は頷けるだろう。
もう一点は,三木義一『日本の税金』(新版 岩波新書 11年)が「税のグローバル化」
として言うところに関わる
,
日本に所得税が導入されたのは一八八七年(明治二〇年)。国際的にみても非常に早
い時期に導入された。その背景には戦費調達や数年後の帝国議会開設があったと言われ
ているが,それまでの地租に依拠していた財政構造が大きく変わった。所得に課税され
ることになったため,高額所得者も対策を考え,次第に法人という器に所得を移動しは
じめた。そこで,法人の所得にも課税をしないと公正ではないので,所得税の中で法人
所得も課税され,のちに法人の所得は法人税という独立した税となった。
こうして所得に対する課税は公平性を増すかと思われたが,経済のグローバル化に伴
126
大阪経大論集
第63巻第5号
い,法人の国際取引が激増し,さらには法人自体が国外に移動しはじめた。そこで,各
種の国境を利用した租税回避対策を講じると,今度は富裕な個人が国外に移動しはじめ
た。個人が国外に移動し,外国企業を設立し,その企業が日本で事業活動を行う,とい
う事態になっているのである。このような状況の中で,日本から移動できない一般市民
に「公平」に課税したところで,その効果は限定的なものとなる。
本来,民主主義は,少数者の権利に配慮しつつ,多数決で政策等を決める原理である。
多数の中低所得者が少数の高額所得者に税の負担を求め,所得の再配分を通じて安定し
た社会をめざしたはずなのに,富裕な少数者たちが税についての取り決めを無視し,国
際社会を漂流しはじめているのである。
pp.55∼56
だからこそ,先に見た「英国に税金をほとんど払わなくなったことを問題にした抗議行
動」は極めて今日的な意味を持つ。税金も含めて,どのようなルールをどのように構築し
ていくのか
それが,いま私たちに問われているのであり,本稿で見たようないくつか
の具体的な模索が始まっているのである。
(本稿は,本学特別研究費の成果の一部である)
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