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わが国機械工業における生産リンケージと情報要因

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わが国機械工業における生産リンケージと情報要因
大阪経大論集・第57巻第5号・2007年1月
61
わが国機械工業における生産リンケージと情報要因
藤
本
芳
張 (義治)
要旨
わが国の京浜工業地域のような生産集積においては機械工業の集中が顕著であり,この生産
複合システムの内部では多種・多様の機械工業が,上は親工場から下は2∼3人の規模の零細
業者,下請け工場まで,生産の階層構造を形成している。ただ単に親工場,下請け工場が局地
的に並存しているのではなく,密接に関連して何らかの形で結びついている。本研究は,わが
国生産集積における機械工業の親工場と下請け工場との生産リンケージおよびそれに基づく生
産集積を対象としている。研究目的は,生産リンケージを可能にする情報要因について分析し,
集積における情報ネットワーク論を展開することである。まず,工場ヒアリング,中小企業白
書に記載のある各種資料などをもとに,生産集積における仲間取引とか仕事の融通性の実際を
述べる。次いでそのようなリンケージを可能にする情報について吟味を行い,さらに生産リン
ケージと生産集積に関連させて情報ネットワーク論を展開している。
キーワード:機械工業,生産リンケージ,横の連携,情報ネットワーク
1.機械工業の生産リンケージ
わが国生産の地域構造で特徴的なことは,その著しい大都市工業地域での偏在性,集積
性であり,その中でも特に京浜の生産集積は注目されてきた。京浜生産集積は,ここ十年
ぐらいの数種の研究 [1]∼[4] が示すように機械工業の集中が第一の特徴であり,その
生産コンプレックスの内部では多種・多様の機械工業が,上は親工場といわれる主工業か
ら下は2∼3人の規模の零細業者,下請け工業まで,生産の階層構造を形成して生産経営
活動に従事している。機械工業の生産集積では,ただ単に親工場,下請け工場が局地的に
並存しているのではなく,密接に関連して何らかの形で結びついている。生産地域は,規
模,機能など様々な側面から分類できるが,相互に関連がある多くの企業が生産地域の構
成要素であることがその特徴であろう。
Scott [5] は,リンケージ(linkage)という用語で,これらの関係ある企業間を結ん
で,視覚的に見やすい図示を行っている。このようなリンケージの考え方を親工場と下請
け工場との関係に適用することができる。この親工場と下請け工場の両者間の関係は同業
種部門間における技術的関連,生産的関連であり,親工場のコスト低減を目指して下請け
工場に技術指導などをして効率的生産を担うものである。下請け工場は,まずは親工場の
需要の確保ということにつきる。これは親工場と下請け工場との関連の根拠であり,両者
がペアーをつくり,地理的範囲は正確に決められないにしても,そのペアーが多数集積を
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大阪経大論集
図1
M
第57巻第5号
親工場と下請け工場の生産リンケージ
M
M
M
M
M
M
M
・・・
S
S
S
実現している地域が生産の集積地域といえるであろう。親工場と下請け工場の間に,何ら
かの理由があって線が結ばれる形態は,単純なレベルから複雑なものまで存在する。この
リンケージは1本で結ばれるような単純なケースから多くの線が交差するような複雑なパ
ターンが考えられる。
藤本・蘇 [6] は,機械工業の親工場と下請け工場の生産関連に注目し,わが国の生産
地域をパターン化している。このパターン化は,親工場と下請け工場の結びつきのレベル
の違いによって行っている。そのレベルも単純な結びつきのレベルから,複雑な,より高
次といえるようなレベルまで,論理的に考え,現実の生産集積がどのレベルとみなせるの
か考察している。親工場をM,下請け工場をSとして,この両者が何らかの理由があって
結びつくとき,線で結ぶ。この段階は簡単なものから複雑なものまであるが,発展パター
ンとしてレベル 2 b なるものを考えている。レベル 2 b を図1に図示するが,MとSだけ
ではなくSとSの間にも線が引かれている状態である。結びつきだけを考慮するので,形
態的に理解しやすいということで異業種集積については取り扱わず,親工場と下請け工場
の同一業種を扱っている。さらに下請け工場自身が独自技術や製品を保有するようになっ
たレベル3が最も進化したタイプであるが,リンケージ,結びつきの形態ということを考
えれば,レベル 2 b と同じである。図示が分かりやすいということで,レベル 2 b のタイ
プを考えることにする。
2.研究の目的および方法
レベル 2 b は,下請け企業間の「ヨコ」の協業や連携を重視し,グループ内の加工機能
と自社の技術を組み合わせて,顧客企業のニーズに柔軟かつ積極的に対応するネットワー
ク型のビジネスモデルであると考えることができる。このレベル 2 b タイプのモデルが妥
当するのは,具体的にいうとわが国では京浜工業生産集積とか東大阪工業地域であると述
べられているが,簡単に論じられているに過ぎず,なぜリンケージが形成されるのか,そ
こでの結びつき,連携を強化していると考えられる情報要因については具体的に論じられ
ているわけではない。
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それでは親工場および下請け工場などの機械工業の生産リンケージ,集中なぜ起こりうる
のか,なぜ可能なのか。理論的には,どのようにとらえられてきたのか。一口でいうと,
集積利益というものの作用の結果として生じたものと認識されている。おそらく最初に機
械工業の主工業と下請け工業の生産集積利益に言及したのは,Weber [6] であろう。機
械工業における補助工業(下請け工場)は主経営(主工業,親工場)と局地的に集積すること,
および集積利益について,Weber [6] は,簡単な指摘をしている 1) だけで,それ以降の
研究でも断片的に触れられているにすぎない。もちろん情報的な視点を中心に分析されて
いるとはいえない。
本研究の目的は,わが国の生産集積地域における機械工業の親工場と下請け工場との生
産リンケージおよびそれに基づく生産集積を対象とし,生産リンケージを可能にする情報
要因について分析し,集積における情報ネットワーク論を展開することである。まず,著
者の行った企業,工場ヒアリング,中小企業白書に記載のある各種資料などをもとに,生
産集積における仲間取引とか仕事の融通性の実際を述べる。次いでそのようなリンケージ
を可能にする情報について吟味を行い,さらに生産リンケージと生産集積に関連させて情
報ネットワーク論を展開している。
3.仲間取引,仕事の融通性の実際
3.1
企業ヒアリングから
京浜生産地域のような特定の集中地区に立地する最大のメリットは,仲間取引が容易な
ことであると指摘されている。渡辺 [1] は,「仲間」は「せいぜい自転車で簡単に往来
しうる距離にある経営同士で始めて成立しうるのである」とし,自社においては得意では
ない加工を含むような生産全般を総合的に受注できたり,仲間からの仕事および仕事の紹
介を通して業種ごとの好不況のばらつきに対応して安定した受注を確保できるなどのメリ
ットがあるという。
仲間とか仕事の紹介ということでは,筆者がかつて実施した,京浜などの大工業集積の
企業ヒアリング調査において表れている。生産集積の構成要素である下請けの重要性は,
既存の集積内の親工業よりも,集積地域から地方移転した親工場のほうが強く感じている
であろう。その感じる下請けの重要性こそが生産リンケージの具体像を示しやすいであろ
うと考えられるので,著者がかつて実施した企業ヒアリングのうち,東京等の大都市から
親工場が地方分散したケースを抜き出してみた。これらの親工場は生産リンケージを分断
1)「実際には,補助工業 (下請け工業 著者) の工場は,それが奉仕するところの主経営 (主工業,
親工業 著者) と技術的に一体をなしている。そしてこの技術的な合体は,当然,その相互に関連
する部分が局地的に集結している場合に最も良く機能する。なぜならば,この場合,その技術的全
体のあらゆる部分が接触を失わないからである」とか「このような専門的機械ならびに付属的な補
助機械の発生は,技術的な集積の最小限を作り出す。……このようにして,高次の段階に対する集
積因子 (集積利益 著者) が生じるのである。」などの記述があり,その他にも,ところどころで
機械工業における親工業と下請け工業の集積および集積利益の記述がある。
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大阪経大論集
第57巻第5号
されたもので,はっきりとその内容が出てくるものであろう。なお,親工場に対する企業
ヒアリングは生産リンケージを主として調査したのではなかったので,この少数のヒアリ
ング結果しか求められなかった。
(1)総合建設機械メーカーである。昭和39年,栃木は内陸の中心になるという予想で,
京浜より地方進出した。さらに土地安,輸送の便,誘致を受けたことも理由である。京
浜の下請けは3社が移転しただけで,他の下請けはついてこなかった。下請け進出を計
画したが,京浜のメリットのため下請け側が渋ったという。下請けの進出によりもたら
される技術力が,親にとって十分立地理由となることを示している。京浜地域の下請け
にとってのメリットであるが,同業者が京浜だと多く立地し,仲間から仕事を融通して
もらえることがしばしばあることである。
(2)福島に関東より進出した。福島の下請けであると技術が低いが,東京の下請けは高
技術であり,コスト的にも安い。また一社の下請けに出すと,さまざまの加工ができ,
融通しあえる異業種システムが京浜では確立している。
3.2
下請け工場のヒアリング
生産リンケージを構成している一つの対象である,下請け工業に対して著者がかつて行
ったヒアリング結果を示すことにする。下請け工場が持っている受注の考え方,生産集積
内の同業種・異業種下請け生産との結びつきを洗い出し,大集積のメリットとかの具体像
を見てみたい。
(1)昭和21年,日本有数の重電メーカーX製作所亀戸工場のモーター修理特約店として
現在の本社工場の地に設立(江戸川区)。昭和40年下請け業務のみならず一般モーター
修理も開始する。X製作所習志野工場のモーター関係の多品種少量生産品目に関する下
請けであると供に独自の分野として各種モーター修理を行っている。X製作所の亀戸工
場の中条移転に伴って当社が移転できなかったのも,二次下請けとの関係からである。
この二次下請けが地方にない(東京にある)ことが当社の遠隔立地できない理由となっ
ている。
東京に立地する上でのメリットとして以下のことが挙げられている。工場の近くに数
多くのモーターを設置している工場が集中しているので,極めて有利である。親会社X
製作所の下請け工場の中に,コンプレッサー工場,ポンプ工場,送風機工場などがあっ
て同業,異業種の仲間が近くにあり,これらの工場からの注文もあるし,紹介などもあ
る。このような受注は営業活動が不要なので助かる。工具,道具類を東京であるとすぐ
間に合わすことができるが,地方ではそうはいかないだろうという。また,修理マンが
15人ほどいる。昔は工場保安要員がおり修理にあたっていたが,最近はその傾向がうす
くこのようなことをやりだした。修理の技術は新製品製作よりむずかしく,それをこな
すにはかなりの熟練がいる。東京にこのような下請け修理業が存在する例で多品種少量
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化の受注生産タイプの下請けは,多数の親が立地している東京でないと立地しづらいこ
とを示している。さらに東京でのメリットとして同業種・異業種にせよ集積しているも
のから得られる融通性というものが挙げられている。
(2)創業者は戦前X製作所亀戸工場で技術を覚え,それを生かして昭和21年亀戸に創業
しX製作所亀戸工場の下請けになる(このX製作所は日本有数の重電メーカー)。以来,
X製作所の亀戸・習志野工場を中心にしたX製作所グループの下請けとなって発展して
きた。X製作所とその系列関係が7∼8割,残りは東京等から得られる,いわゆる町の
仕事である。
町の仕事をこなしているが,同一の親企業のみに頼っていると不況の波が恐ろしいの
で,異種のユーザーを持つことが必要であるという。これも東京に立地しているから可
能という。自社で時間的に間に合わないとき下請けに出すが,設計から完成まですべて
まかせる丸投げというシステムがあって,この担当の下請け工場は東京にしか立地して
おらず,ときどき外注利用するが,そことはつかず離れずであって当社の経営に弾力性
を持たすことができるという。東京に立地していると町の仕事でやっていけるからであ
るという。また異業種のユーザーを確保しておくと,不況でも全業種がその波をかぶる
わけではなく,需要を平均安定して得ることができる。このようなことは東京だから可
能であって,地方では不可能だろうという。当社からみた下請けも近間にあるので便利
で,工具,電気部品もすぐそろうのが東京のメリットである。また,少量多品種部品の
調達が便利である。
(3)昭和24年,江東区亀戸にて創業。Y製作所の下請けとなる(Y製作所は建設機械の
大手メーカー)。ユーザーの本社が大半東京にあるので,連絡,商談には東京に立地し
ていないとまずい。さらに自社からみての下請けが東京にあり,近間にあるとなにかと
便利であり,ちょっとした部品を調達したり製作を頼む異業種が東京には豊富であり,
この存在が十分東京での立地理由になるという。量産タイプは地方移転可能であるが,
多品種型は下請け,同業種との融通性,ユーザーとの話し合いのため東京に指向する例
といえよう。
(4)戦前,X製作所亀戸工場にて技術習得した創業者が昭和22年,その技術を生かして
江東区に機械の修理を始める(X製作所は日本有数の重電メーカー)。のちX製作所の
モーターの部品加工,レントゲン透視装置の完成品外注,さらに昭和45年頃,電気溶接
機の完成品外注をするようになった。
東京のメリットとしては,官公庁が近くにあって指導が受けやすいこと,部品を集め
やすいことが挙げられた。モーター,レントゲン,溶接機の三本柱をたくみにこなし,
不況の波を被らないようにしている。東京の下請けの長所であるが,自社も含めて材料
の手配から加工,出荷まで親からの注文書一本でこなせることであり,問題が起きると
自社で何とか対処できる。ただでさえ,ごたごたしたことを下請けに押し付けようと親
はする。それに対応する能力を当社は持っている。一親に頼らずに,地方であると需要
がほとんどなく,東京であるとまとまった需要があるような生産の品種を含めて,多品
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第57巻第5号
種を手がけられるのも東京に立地しているからであり,これこそ東京のメリットである
という。
(5)創業者は,もと光学機械メーカーAに勤めていたが,昭和35年そこから独立してカ
メラの引きものの生産加工をやり始めた。下丸子の東京工場,福島県に4工場,計5工
場がある。自社の同業他社はあるにはあるが,技術加工が微妙に異なっており一社一社
個性があり,当社に向いていないものは仕事を回せるような他社が東京にはあるし,向
こうから回ってくるものもある。このような融通性は東京に立地しているメリットであ
るという。
(6)戦後,創業者が製缶業を現在地荒川区にて始める。昭和35年頃,X製作所亀有工場
が細かい製缶ものの下請けを探しており,人の仲介で下請けとなった。それまでは町の
仕事をやっていた。X製作所土浦工場との付き合いがメインになるに従い,石岡の団地
に進出する要請があったが,仕事の保証があるわけではなく,進出せず現在地で土浦工
場との付き合いを続けている。もし進出すると親工場への輸送を考えればばかにならず,
定常的ではないスポット的な注文が他からあって何とかやっていける。無理な納期に対
しては二次下請け,同業仲間で融通しあうことも多く,機械加工が必要な時スポット的
にこちらがそのメーカーに発注することもある。
当社の製缶ものの技術は厚物,薄物の中間厚の製缶とか板金で,注文個産型であり,
この中間的な下請けは少なく技術的も難しい。そこが当社の売り物である。注文個産型
は不安定ではあるが,応用性が高くつぶしがきく。当社はそのタイプであるが繰り返し
生産的なものも加えていきたい。地域進出の可能性については,例えば近くに材料関係,
工具関係業社がいないと当社のようなスポット下請けは困るという。ある程度他企業が
やっていない技術を持つスポット下請けが大都市に存在する例であり,また大都市には
工具屋,同業者などとのタイムリーな融通性が存在することを示している。
4.生産リンケージと横の連携
4.1
横の連携
3.において親工場と下請け工場などへのヒアリングから,京浜工業集積のような生産
地域において親工場,下請け工場の間には何らかの結びつき,リンケージが存在し,仲間
取引を行い仕事の融通性を発揮することにより集積の利益といわれるものが生じている様
子が窺える。より詳細に見ていこう。資料としてはやや古いが,1995年度版の中小企業白
書 [7] に記載のある京浜生産集積に関するものを使ってみる。その中でも京浜・東京都
大田区の中小企業が現在地に立地している上で,感じているメリットのアンケート結果を
みてみる。
大都市の大工業集積の特徴を浮き上がらせるために,地方圏に比べて相対的に多く選ば
れる項目を挙げてみると「外注先が近い」,「横の連携相手がある」,「仕入先が近い」とい
う項目である。なお「親企業が近い」というメリットは,大都市および地方圏とも多く選
ばれている。注文主体である親工場が多く,自身からみた補助生産の存在など,縦系列の
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リンケージと異業種にせよ同業種にせよ横のリンケージによりもたらされる近接のメリッ
ト,集積の利益が生じていることが分る。京浜工業地帯のような工業集積地域においては,
きわめて小規模の下請け企業からかなりの規模の企業まで,多数,多業種にわたって立地
している。しかも機械系工業,加工組立型工業が主体となるが,製品,技術が専門的に特
化した多品種少量生産をこなすものが多い。しかしながら,それらにも増して特徴的なこ
とは,縦(親工場と下請け工場など上下の関係)と横(同業,異業種の仲間である下請け
工場群との関係)の連携,リンケージが強く,単一企業ではこなせなくても全体システム
として,時間的にも,技術的にも受注をさばききれる構造,仕組みがしっかりしているこ
とである。
個々の企業では,技術的,能力的に対応できないとか受注が一杯で対応できない場合,
仕事の融通をすることで集積システム全体としての効率を挙げている。全体の工業集積シ
ステムの中で各構成要素が,全体として仕事を完遂できる能力のあることを示している。
各構成要素が閉鎖的に孤立して仕事をこなすのではなく,協業化の動きが促進されること
をも意味している。京浜工業地域のような生産集積では,高級技術を持ち専門的に加工・
組み立てをこなす中小下請けが立地しており,モジャモジャとした,入り組んだ,さらに
複雑に関連しあったタテとヨコの連携の利益がいかんなく発揮されている。まさに,チー
ムプレーで仕事をこなしている。それはタテとヨコの連携,工業リンケージが支えている
といえよう。
さきほどの「横の連携相手がある」という,大都市生産集積に特徴的な横の生産リンケ
ージに関する項目をみてみよう。横の連携の相手について具体的内容を調査した結果を示
したものをみると,「情報の相互提供」とか「同業他社や異業種企業との間で行われる仕
事の融通」などの項目の選択比率が6割以上と他の項目を引き離しており,数多くなって
いる。ここで注目したいのは,生産リンケージに情報というものが大いに関わっていると
いうことである。
渡辺 [1] は,「小零細企業間の情報伝達の役割を果たす……仲間を媒介として相互に
つながることにより,これらの小零細企業層は,どんな加工内容の受注でも,どのような
少量な受注であろうとも,迅速に対応し加工し納入していくことが可能となる。」という。
このメリットは,モノづくりにおいて必要となる加工工程が幾つもの事業所に分かれる場
合には極めて重要である。多種多様な製造加工機能が産業地域内に備わっていることから,
生産地域内をぐるっと周ると製品ができあがるというメリットは計り知れない。ここで注
目すべきなのは,情報が生産リンケージ,生産集積の構成に多大に関わっており,情報要
因が作用していることが窺えるということである。
経営戦略論とかクラスター理論の Porter の考え方を説明している石倉ら [8] による
と,このような集積を構成する地域というものはフェース・ツー・フェースで情報交換で
きる範囲という。
このフェース・ツー・フェース情報の重要性を,資料より分析してみることにする。平
成10年度の中小企業白書 [9] によると,産業集積における企業は集積内の他企業と日常
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的な接触が頻繁であるという。いうまでもなくフェース・ツー・フェースのコンタクトを
行っているのであるが,日常的に訪問する企業の近隣地域立地割合が8割を超える企業は
全企業の50%以上を占めている。このような日常的な他企業とのフェース・ツー・フェー
スの接触により,どのようなメリットが考えられるかみてみることにする。データは前述
の中小企業白書 [9] のものからであり,日常的に他企業を訪問するメリットについて
「品質・精度が向上する」,「技術的提案を受けたり,行ったりしやすい」,「相手の技術・
生産能力を的確に判断できる」が挙げられている。これらは,何かしら他企業と連携する
ことのメリットを示している。
4.2
最近の中小企業白書から
生産集積におけるメリットなどを最近の2005,2006年度版中小企業白書 [10],[11] か
ら抜き出してみよう。製造業自身が立地する集積地域に具備されているもので,重要視す
るメリットとして上の順位から示すと,「同業・関連業者との近接性」26%,「技術的な基
盤・蓄積」23%,「交通・通信環境の整備」21%,「質の高い労働力の供給」と「地域内企
業間の情報共有」がどちらも19%となっており,最近でも集積内での同業・関連企業との
生産リンケージ,しかも情報共有というか情報要因にかかわる結びつきが重視されている
ことが分かる。
生産集積地域に立地している企業が,集積地域から得られる情報をどのように生かして
いるかみてみよう。情報の重要度については,収益が好調な企業ほど重視しており,40%
の企業が重視している。それでは,いかなる種類の情報が重視されているのであろうか。
「市場の方向性についての情報」が42%と際立って多く,次いで「技術開発のヒントとな
る情報」28%,「販売先についての情報」24%,「外注先(協力企業)の情報」22%となっ
ている。ここでの第1,第2位の情報は,フェース・ツー・フェースによる情報交換の重
要性を示唆するものである。
この種の情報は,特に新規分野に進むような先取メーカーには重要と考えられるが,情
報収集の場についての回答をみてみると「取引先・外注先との接触」72%(新規分野に進
まなかったメーカーでは,63%)が大半となっている。以下,「異業種交流会」,「商工会
議所等産業団体の会合」,「組合等業種団体の会合」,「私的な仲間企業との交流等」などと
なっている。これらはフェース・ツー・フェースの情報交換により得られるものであろう。
特に取引先・外注先との接触により,生産リンケージ,情報リンケージが形成されている
といえるであろう。
5.生産リンケージと情報ネットワーク
5.1
情報の吟味
4.では,生産リンケージには情報が大きな意味を持っていることを示唆してきたが,
ここではその情報を吟味し情報そのものに接近してみよう。
多くの競争相手,同業者,異業種生産の下請け工場のスタッフなどと接触していると,
わが国機械工業における生産リンケージと情報要因
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彼らとのコミュニケーションから得られる無意識の断片情報が認識システムの中に溜まり,
それがあるとき突然的にいろいろな断片情報の間に相互関係が見えたというか,繁がって
一つのストーリ,話の筋となって意識にあがってくる。これが業界の動向が読めたという
ことではないだろうか。あるいは,わが社がおかれている状況が分かったということであ
ろう。そうなれば,今何をしなければならないかが自ら分かるということで,ここで思い
出されるのがフォレットの状況の法則である。さらにはこれが今井 [11] のいう場面情報
というものであろう。接触することにより業界の動向,それぞれの会社が置かれている状
況が分って,次にしなければならない手を打つのに有利となるであろう。こういった状況
というものは刻々変化するものであるから,キーマン自らが体験する以外に方法がない。
これがフェース・ツー・フェースの情報交換というか接触が重要視される一つの大きな理
由のように思われる。
ヒアリングによると,集中の特化のはげしい東京の新宿などにシステムエンジニアリン
グが5年くらい勤務すると,はじめは同一資質を持っていた地方在住のシステムエンジニ
アに比べプログラム・情報処理をこなす感性などにおいて雲泥の差がつくという。これも
新宿であるとシステムエンジニアたちがフェース・ツー・フェース的に互いに接触し,ソ
フト技術の動向をお互いに読みあい,自己の置かれた場面が分って,自ら問題の箇所をア
タックすることができるような感性が磨かれるということで,アージリスの動機づけのプ
ロセスを想定できる。
状況を知らせる情報は,このような意識にあがっていなくとも,多くの情報を統合した,
問題解決とか意思決定の全体,母集団の全体を見つけるというものであり,マス・メディ
アに載った情報,文献情報,会話情報など意識に登った情報以外で,人々との触れ合い,
さらには町並み,建物のたたずまい,設備機械といったものまで含めて,取り巻く環境と
の接触を通して,受け取るフィーリングというか,無意識の周辺情報の重要性がクローズ
アップされてくる。言葉に拠ろうと,拠らなかろうと,とにかく,自己を取り巻くシチュ
エーショナル情報を受け,その命令に従って行動をとるということは,他に対しては一つ
の発信であり,他の人々に変化を与える。そうすると他の人々がこれに反応した行動を起
こし,これらの情報が自己にはね返ってくる。いわゆる,相互作用,動態現象である。こ
の情報があるとないとでは,今しなければならないことが違ってくることはいうまでもな
いであろう。
しかしこの種の情報は,これから何をすべきかという,いわば命令を発見するのに必要
なことであって,命令が発見されて,その遂行という段階では立地は必ずしも大都市を必
要としない。今井 [12] も「face to face が強調される大都市のメリットが強く現れるの
は研究の方向が不確かな模索段階である。」といっている。命令が隠れている母体集団が
あり,その母体集団から命令を見つけ出すのには多くのサンプルとして大都市を必要とす
る。ところが一旦,命令が取り出されたならば,それを遂行するための手段の選択には必
ずしも多くのサンプルを必要としない。既成の公式に乗せるとか,決定論的に事を進めて
いけばよいことが多いからである。
70
5.2
大阪経大論集
第57巻第5号
生産リンケージと情報ネットワーク
同業種,異業種にせよ,受発注を通じた上下,縦構造の製造業間の生産結合と左右,横
構造の生産リンケージ,情報要因が生産集積の根源となっている。これが,京浜の“モジ
ャモジャ”と,よくいわれてきた工業複合体,インダストリアルコンプレックスを支える
ものであろう。
「ヨコの連携」,「仕事の融通性」をもとに作られている関係付けは,インフラストラク
チャーの上に位置するネットワークとみなすことができる。仕事の受発注,または仕事を
融通するということは,情報のやりとりなのである。非定型的な意思決定が始終必要な,
たとえば小ロットで多品種をこなさなければならない工場では,生産の安定した量産型の
ものと違ってその都度必要とされる情報が異なり,それらをなんとか生産集積システムの
中で調達し,処理する必要がある。逆にいうと,この種の状況を察知させる情報が具備さ
れるのは,京浜地域のような大生産集積ということになろう。全体としてのシステムを構
成する要素間に,情報がスムーズに流れる関係のできていることが前提となる。個々の要
素の仕事,業務の他に仕事の融通などにより要素を結びつける,情報を介在させた活動が
あるということになる。リンケージにより形成される親工場と下請け工場との生産集積に
は,やはり情報が駆け巡り,その各構成体,生産機能を連結しているのは,情報といわれ
るものである。
工業集積地域においては,きわめて小規模の下請け企業からかなりの規模の企業まで,
多数,他業種にわたって立地している。その生産集積はフェース・ツー・フェースによる
情報の流れが特徴としてあり,接触の利益がいかんなく発揮されており,問題に対処する
枠組みができ上がっている。フェース・ツー・フェース的情報を重視し,この情報の意識
的強化は,実は情報ネットワークの形成につながる。これが今井の主張する情報ネットワ
ーク [12] であり,その形成は産業社会,企業社会,企業組織,仕事のあり方に強いイン
パクトを与える。
情報通信技術が入りこんだ情報ネットワークでは,それに関与する主体が分散していて
も集積利益を失う程度も小であろうが,フェース・ツー・フェース的要因がきわめて強く
作用する情報ネットワークでは,関わる主体が分散することによって生産リンケージもま
た分断され,接触利益,集積利益の損失が大きくなるといえるであろう。後者の情報ネッ
トワークでは,要素が立地的に接近していないとまったく意味がないのである。このよう
なメリットを求めるにしても,情報ネットワーク化により分散していい場合もあれば,本
来的に接近しなければならない場合もある。生産集積における個々の要素のリンケージ,
ネットワークは,情報を介することにより集積利益を生じているという見方ができるので
ある。これは,生産集積,生産リンケージによる利益の質的なものの一つとして見ること
ができるであろう。
6.結びにかえて
わが国の京浜工業地域のような生産集積においては多種・多様の機械工業が,上は親工
わが国機械工業における生産リンケージと情報要因
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場から下は2∼3人の規模の零細業者,下請け工場まで,生産の階層構造を形成している
が,ただ単に親工場,下請け工場が局地的に並存しているのではなく,密接に関連して何
らかの形で結びついている。本研究は,わが国生産集積における機械工業の親工場と下請
け工場に介在している,この結びつき,生産リンケージに着目して,情報的視座を含めて
生産集積を論じたものである。まず,工場ヒアリング,中小企業白書に記載のある各種資
料などをもとに,生産集積における仲間取引とか仕事の融通性の実際を述べ,フェース・
ツー・フェースによる情報要因が重要であることを示し,次いでそのような生産リンケー
ジを可能にする情報そのものについて吟味を行い,さらに生産リンケージと生産集積に関
連させて情報ネットワーク論を展開してきた。
このような情報ネットワークでは,親工場,下請け工場など生産集積に関わる要素の間
に協業化を促す機能が存在するのではないであろうか。この情報ネットワークの個々の要
素間に関係がないようでも,自然と全体の最適化の方向に理想的には動いていくのでない
だろうか。このような情報ネットワークは,もちろん情報通信技術が無ければできないと
いうものではない。経営の方向性がまだ定まらない段階では,情報通信技術のネットワー
クはたいした機能を発揮できないであろう。しかし枠組みができあがってしまうと,方向
の定まった定型的な問題対処には情報通信ネットワーク,物的ネットワークの力は十分に
有効であろう。物的な通信ネットワークの進展は,要素間の情報によるリンケージ,情報
ネットワークをサポートすることになる。このような仕組みについては,さらなる分析が
必要であろう。情報については難しい。異なる視点,フレームワークが要請されるのはい
うまでもない。
参 考 文 献
[1] 渡辺幸雄『日本機械工業の社会的分業構造』有斐閣,1997
[2] 渡辺幸雄『大都市圏工業集積の実態』慶応大学出版会,1998
[3] 水口哲樹『中小工業調査研究の軌跡』白桃書房,1998
[4] 山口朗『産業集積と立地分析』大明堂,1999
[5]
藤本義治,蘇恵敏“わが国生産地域の立地的類型化,日本生産管理学会論文集,21巻,
2005
[6] Weber, A. 著,日本産業構造研究所訳『工業立地論』大明堂,1971
[7] 『中小企業白書(平成7年版)』大蔵省印刷局,1995
[8] 石倉洋子ら『日本の産業クラスター戦略』有斐閣,2003
[9] 『中小企業白書(平成10年版)』大蔵省印刷局,1998
[10] 『中小企業白書(2005年版)』大蔵省印刷局,2005
[11] 『中小企業白書(2006年版)』大蔵省印刷局,2006
[12] 今井賢一『情報ネットワーク社会』岩波書店,1984
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