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第2章 加西の自然と生きもの
9 第2章 加西の自然と生きもの 第2章では、先ず、加西の生きもののつながりの土台となっている加西の 気候、地形・地質の概要と土地利用の状況を紹介します。それから、加西で 確認された動物・植物について紹介します。 加西は、瀬戸内海気候区に属しています (図 2-1 のⅣ)。平均気温が 15℃前後と 温暖なことは良いのですが、夏季に雨が少 ないという特徴があり、多くの水を必要と する米作りには厳しい気候です。 全国の平均的な年間降水量は 1,700~ 1,800mm ですが、加西市は 1,300mm (平成 2 年~平成 23 年の平均値)であり (図 2-2)、全国平均の7割程度です。 先人達は、雨が少なく、大きな川のない 加西で、広大な土地の隅々まで作った田ん 【図 2-1】日本の気候区分(関口武) ぼの水を確保するために、大変苦労して多 Ⅰ日本海型 Ⅱ九州型 Ⅲ南海型 くのため池を作りました。そして、これが、 Ⅳ瀬戸内海型 Ⅴ東日本型 加西の特徴的な「生きもののつながり」を 育んでいます。 【図 2-2】加西市の過去 20 年間の平均降水量と平均気温 10 第2章 加西市の自然と生きもの 加西の地形は、北側を中国山地東端南縁の山地、西側を法華山地に囲まれ るように、南側に広い台地・段丘地形が続いていることが特徴です(図 2-3)。 例えば、万願寺川流域は谷底を激しく切り込むような小さな河岸段丘が、青 野ヶ原は広大な台地を構成する大小多段の段丘面となっています(写真 2-1)。 このような段丘面の多い地形では、環境の良い湿地が作られ易く、加西で 見られる多くの豊かな湿地の礎となっています。 【図 2-3】加西市の地形図 11 第2章 加西の自然と生きもの 【写真 2-1】万願寺川(左)、青野ヶ原台地(中央)、加古川(右)岡田篤正氏 1979 年撮影 12 第2章 加西市の自然と生きもの 一方、加西の地質は、北部から南部にかけて丹波帯、超丹波帯と呼ばれる 地層が配列し、形成年代も 3 億年前の古生代石炭紀から 1 億 5 千年前の中生 代ジュラ紀までと、北から南に順に古くなる分布を示しています(図 2-4)。 加西の自然環境を特徴付けているのは、市域東部に見られる 1 万年前の第 四期と呼ばれる時期の堆積物である大阪群層です。この堆積物は粘土質で、 適度に水が溜まり、また染み出すことから、段丘面の多い加西の地形と相ま って、加西のため池・湿地の多さに関係していると考えられています。 【図 2-4】加西市の地質図 13 第2章 加西の自然と生きもの 1.農地の面積 加西の地目のうち田んぼ・畑の面積は 4,012ha で、市域に占める割合は 26.7%です(図 2-5)。農地はそれ自体が生きもののつながりの場です。し かし、過去の圃場整備に加え、遊休農地の増加、新種の農薬の出現、農地管 理の変化によって、生きもののつながりが断たれた農地が増えつつあります。 【図 2-5】農地(田、畑)の範囲 14 第2章 加西市の自然と生きもの 2.山野の面積 山野の面積は 6,358ha で、市域の 42.3%を占め、豊かな自然が多く残っ ているように見えます。しかし、近年、人の手が入らなくなった加西の里山 は、中国縦貫自動車道の以北はシカに食べ荒らされ、以南は多量のササ類や 放置竹林が太陽の光をさえぎる暗い森となっており、見た目は緑豊かなよう ですが、実際は生きもののつながりが衰弱しています。 【図 2-6】山野の範囲 ※加西市植生図から抜粋 15 第2章 加西の自然と生きもの 3.ため池・河川 (1)ため池 兵庫県ため池台帳に記載されている加西のため池数は 642 ですが、小さ いものを含めると 1,000 を超えるとも言われています。近隣市で兵庫県た め池台帳に記載されている数は、加東が 628、小野が 326 です。実は、 ため池の平均面積はこの 3 市で加西が最も小さい 467 ㎡、加東は 10 倍 の 4,542 ㎡、小野は 20 倍の 9,918 ㎡です。ため池の総面積も、加西 30ha に対して、加東 285ha、小野市 323ha です。 加西のため池も、一番大きなものは 8,000 ㎡を超え、大小さまざまです。 谷間の谷池や平地の皿池による深さ・広さの違い、水草の有無や種類、管 理の方法など、一口にため 池といってもその様子は千 差万別で、生きもの同士の つながり方も様々です。 また、加西のため池は水 鳥にとって非常に良い場所 です。特に、加西のいくつ かのため池は、北の国から 来るコハクチョウの越冬地 となっています(写真 2-2) 。 【写真 2-2】コハクチョウの群れ (2)河川 河川の数は 37、総延長 87.5km です(1 級河川について表 2-1、図 2-7)。 この 85%に当たる 74.3km がコンクリート二面または三面張りの護岸に改 修済みです。これは、水害を防いでいる半面、陸地と河川で生きもののつな がりを分断している場合もあります。 また、水面比高 20cm 以上の高さの ある横断工作物(河川の段差部分)の 数は、200 箇所以上にも及び、魚の遡 上を妨げています。近年は魚道を設け ることによって、段差があっても魚が 遡上できるように配慮している場所も あります(写真 2-3)。 16 【写真 2-3】魚道の設置された川(赤枠) 第2章 加西市の自然と生きもの 【表 2-1】加西市の一級河川の名称とその延長 万願寺川 19,051m 下里川 12,544m 普光寺川 8,584m 芥田川 2,900m 油谷川 2,772m 千歳川 2,580m 手前川 2,420m 大谷川 2,406m 若井川 2,360m 賀茂川 2,333m 善防川 1,762m 南村川 1,260m 佐谷川 970m 【図 2-7】加西市のため池と主な河川 17 第2章 加西の自然と生きもの 4.都市計画区域と都市公園 加西の都市計画法上の市街化区域の面積は約 500ha で(図 2-8 の住居 系・商業系・工業系) 、市域のわずか約 3.3%に過ぎません。しかし、庭の植 栽、街路樹、工場内の緑地、道端の雑草などの「まちの緑」が、市街地に鳥 を呼び、虫を呼び、生きものをつなげる重要な役割を担っています。 【図 2-8】加西市の都市計画図 18 第2章 加西市の自然と生きもの このような場所に、繁殖力がとても強く、 在来種と共存できない外来種の植物を植 えることによって、つながりを壊してしま うケースがあります。 例えば、公園や街路樹にたくさん植えら れてきた中国のトウネズミモチという木 は、実を鳥が食べ、フンと一緒に種子が里 【写真 2-4】トウネズミモチの実 山に落ち、そこで成長します。つまり、安易に植栽すると外来種の拡大を助 長することになります。また、分布を拡大した外来種は、そこで生活する在 来種と競合し、「生きもの同士のつながり」を断つおそれがあります。 「まちの緑」が生きものをつないでいる場合もあれば、気をつけないと、 他の場所でつながりを壊してしまう場合もあるのです。公園や人工緑地の植 栽は大変重要なのです(図 2-9)。植樹する際は、樹種をよく考えなければな りません。 【図 2-9】都市公園の位置図 加西南産業団地 (左下)/ 北条地区(上)/加西工業団地・加西東産業団地(右下) 19 第2章 加西の自然と生きもの 1.植生 加西の植生の特徴は、山地や丘陵地では植林や かつて薪炭林として使われた里山林が広がり、平 地では多くのため池に見られる水生・湿地植物群 落が分布していることです(図 2-10)。 山地の約7割はコナラやアカマツの二次林の放 置林です。薪炭を得るために人々が利用していた 名残です。一方、神域として人の手が入ってこな かった神社の裏山には、シイを主体とする照葉樹 林が分布しています。特に普光寺や一乗寺の裏山 は県内でも有数の広がりとまとまりを持つコジイ -カナメモチ群集が成立しています。 【写真 2-5】コナラ林 また、多くのため池でガガブタ、ヒメコウホネ、イヌタヌキモなどの水生 植物群落や、サギソウ、トキソウ、ミミカキグサなどの湿地植物群落がみら れます。また、市域南部には丘陵斜面からしみ出る湧水地に、国内でも有数 の湿地植物群落が見られます。 【表 2-2】加西の植生の割合 区分 自然植生 群落名 コジイ-カナメモチ群集 モミ-シキミ群集 アカマツ-ハナゴケ群落 ハンノキ群落 水生植物群落(ため池) 水生植物群落(河川) 代償植生 コナラ-アベマキ群集 アカマツ-モチツツジ群集 ススキ-ネザサ群落 植林・耕作地 スギ-ヒノキ群落 ニセアカシア群落 モウソウチク-マダケ群落 シナダレスズメガヤ群落 果樹園 ゴルフ場 畑および水田 人工造成地 公園および緑地 市街地 造成地 道路 その他 開放水域 20 面積(ha) 80.0 3.4 45.0 0.4 165.4 25.6 1822.3 2418.9 72.9 1508.1 1.2 405.8 37.7 83.2 276.2 4804.6 40.0 1771.7 225.9 816.8 414.1 15019.0 割合(%) 0.53 0.02 0.30 0.00 1.10 0.17 12.13 16.11 0.49 10.04 0.01 2.70 0.25 0.55 1.84 31.99 0.27 11.80 1.50 5.44 2.76 100.00 第2章 加西市の自然と生きもの 【図 2-10】加西の植生図(2009) 21 第2章 加西の自然と生きもの 2.加西で確認された動植物 (1)概要 加西では十分な生物相の調査が行われていませんが、加西でこれまでに確 認された動植物は 1,813 種類です。調査は限定されたもので、これらは加西 に生息する動植物のごく一部と思われます。しかし、絶滅危惧種は 292 種も 確認されており、かなり古いデータもありますが、多くの生きものがつなが りを持つ多様な自然が加西にあることを反映しているかも知れません。限定 された調査でも、これだけの生物が確認されているので、今後の調査では、 さらに多くの種が確認されることが期待されます。 一方で、外来生物も多く、加西の生きもののつながりを守るためには、外 来生物対策が必要です(表 2-3)。 【表 2-3】加西の動植物の確認種数 分類群 数 絶滅危惧種※1 外来生物※2 7 0 2 107 50 2 爬虫類 6 1 1 両生類 13 7 1 魚類 39 8 5 432 70 0 71 11 5 675 147 18 シダ植物 79 7 1 裸子植物 9 0 0 離弁花類 408 28 52 合弁花類 284 35 49 単子葉植物 343 62 35 3 3 0 10 10 0 2 0 0 1,138 145 137 哺乳類 鳥類 動 物 種 区分 昆虫類 その他無脊椎動物 動 物 合 計 維管束植物 植 物 蘚苔類 蘚苔類 淡水産藻類 淡水産藻類 地衣類 地衣類 植 物 合 計 加西市で確認されている動植物 1,813 292 155 ※1・・・環境省 RDB (2000-2006)、RDB 近畿(2001)または兵庫県版 RDB (改訂版 2003、植 物・植物群落 2010)に指定されている種 ※2・・・特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(平成 16 年法律第 78 号)または兵庫県の生物多様性に悪影響を及ぼす外来生物リストに指定されている種 22 第2章 加西市の自然と生きもの 【表 2-4】整理した既存文献のリスト 文献名 加西市動植物生態調査 加西市史 第三巻 本編 3 自然 ため池に出現する生物とその環境 加西の自然 播磨ため池群保全・再生事業資料 加西市におけるベッコウトンボ保全再生検討 会資料 加西市農政課有害鳥獣駆除データ 兵庫県における大・中型野生動物の生息状況 と人との軋轢の現状(自然環境モノグラフ 3) 加西の環境(加西市の環境白書) 加西市観光マップ 兵庫県の鳥類Ⅱ 兵庫県における鳥類の分布と変遷(自然環境 モノグラフ 2) 加西地点鳥類調査報告 ひょうごの川・自然環境調査 兵庫水辺ネットワーク公開資料(ニューズレ ター等) 兵庫県におけるオオサンショウウオの分布情 報 兵庫県の淡水魚(自然環境モノグラフ 4) 兵庫の貴重な自然 兵庫県版レッドデータブ ック 2011(生態系) 兵庫県におけるハバチ類の種多様性(自然環 境モノグラフ 1) 近畿のトンボ 兵庫県の蝶 兵庫のトンボ分布目録(東輝彌の記録 1958~ 2007) 兵庫県の樹木誌 兵庫の貴重な自然 兵庫県版レッドデータブ ック 2010(植物・植物群落) 日本の重要な植物群落 近畿版(特定植物群 落) 平成 13 年度地域環境調査 兵庫県産維管束植物 ゆたかな兵庫の自然力 発行元 加西市 加西市 高村典子 加西市ほか 兵庫県 発行年 1994-2004 2002 2006-2007 1996 2007 加西市 2004 加西市 兵庫県立人と自然の 博物館 加西市 加西市 兵庫県 兵庫県立人と自然の 博物館 姫路鳥類調査研究所 兵庫県 兵庫水辺ネットワー ク 2009 2007 2008-2011 ― 1995 2006 1995 2003 2003-2011 栃本武良ほか 2007 兵庫県立人と自然の 博物館 2008 兵庫県 2011 兵庫県立人と自然の 博物館 関西トンボ談話会 広畑政巳・近藤伸一 2004 1984 2007 兵庫トンボ研究会 2010 兵庫県 1996 兵庫県 2010 環境庁 1980 兵庫県植生誌研究会 福岡誠行ほか 兵庫県生物学会 2002 1999-2000 2011 23 第2章 加西の自然と生きもの (2)動物について(合計確認数 529 種類) ①哺乳類 哺乳類の確認数は 7 種と少ない結果でした。確認されたのは、ヌートリ ア、アライグマ、タヌキ、キツネ、イタチ、イノシシ、シカであり、農産 物被害を把握する必要性から調査したデータが主でした。ネズミやコウモ リの仲間を加えると、まだまだ種類は増えると思われます。 ②鳥類 鳥類の確認数は 107 種であり、その約 半数が絶滅危惧種でした。特に、2011 年の調査でも食物連鎖の頂点にいる猛禽 類のミサゴ、オオタカ、ハヤブサなどが 見られました。彼らがいることは、加西 の生きもの同士のつながりが保たれてい ることを示しています。 【写真 2-6】ミサゴ ③爬虫類 爬虫類の確認数はクサガメ、ニホンイシガメ、 ニホンカナヘビ、シマヘビの 4 種と少ない結果で した。実際には、マムシ、トカゲ、ヤモリ、ヤマ カガシ、アオダイショウなども生息しています。 【写真 2-7】クサガメ ④両生類 両生類の確認数は 11 種でした。うち、 カスミサンショウウオ、オオサンショウ ウオ、アカハライモリの 3 種は環境省 【写真 2-8】カスミサンショウウオ RDB 絶滅危惧Ⅱ類及び兵庫県版 RDB の B ランクに該当する絶滅危惧種です。他にも、モリアオガエルやシュレ ーゲルアオガエルなどの希少種が確認されています。 ⑤魚類 魚類の確認数は 35 種であり、その中には環 境省 RDB 絶滅危惧ⅠB 類及び兵庫県版 RDB の A ランクであるカワバタモロコが含まれて いました。しかし、ブルーギル、オオクチバス 等の 5 種の外来生物が確認されました。 【写真 2-9】カワバタモロコ 24 第2章 加西市の自然と生きもの ⑥昆虫類 昆虫類の確認数は動物最多の 323 種で あり、その多くはため池周辺のトンボやチ ョウです。確認された昆虫類のうち 8 種が環 境省 RDB 絶滅危惧ⅠB 類及び兵庫県版 RDB の A ランクに該当する絶滅危惧種で した(アオハダトンボ、ベッコウトンボ、 【写真 2-10】マダラナニワトンボ マダラナニワトンボ、ヒメタイコウチ、コ バンムシ、オオウラギンヒョウモン、ウス イロヒョウモンモドキ、ヤギマルケシゲン ゴロウ)。 ⑦その他無脊椎動物 その他無脊椎動物の確認数は 42 種で あり、11 種の絶滅危惧種のほか、8 種の 外来生物が確認されました。 【写真 2-11】ヒメタイコウチ (3)植物について(合計確認数 1,132 種類) ①維管束植物 維管束植物の確認数は 1,117 種であり、 絶 滅危惧種は 132 種でした。環境省 RDB 絶 滅危惧Ⅰ類以上又は兵庫県版 RDB の A ラン クに該当する希少種としては、 シダ植物でサ ンショウモが、 離弁花類でコウホネ、ヒメビ シ、ヌマゼリが、合弁花類でヒメナエ、タヌ キモが、単子葉類でオヒルムシロ、ヒロハノ エビモ、 オオミクリ、 ミスミイが確認されてい ます。 【写真 2-12】コウホネ ②蘚苔類・淡水産藻類・地衣類 これまで確認できた蘚苔類・淡水産藻類・地衣類の調査記録は大変少ないの ですが、15 種の絶滅危惧種が記録されています(オオミズゴケ、ウキゴケ、 イチョウウキゴケ、チャイロカワモズク、ツマグロカワモズク、ケナガシ ャジクモ、イトシャジクモ、エリナガシャジクモ、ヒメフラスコモ、キヌ フラスコモ、セイロンフラスコモ、オニフラスコモ、ナガホノフラスコモ)。 25 第2章 加西の自然と生きもの 3.加西の生き物のつながりを壊す外来種 (1)ヌートリア ヌートリアは、毛皮用に南アメリカから持 ち込まれた外来種です。平成 20 年度から 22 年度までの捕獲実績によると、山間部を 除くほぼ市域の全域に分布しています。 ヌートリアは、畑を荒らすだけでなく、ため池の堤体を崩し、水草や貝 や水生昆虫を食べて水辺の生きもの同士のつながりを壊します。 【図 2-11】ヌートリアの分布状況 26 第2章 加西市の自然と生きもの (2)ブルーギル・ブラックバス 過去の調査によると、加西の 170 地点でブルーギルまたはブラックバスが 確認されています(図 2-12)。ため池は農業用用水路でつながっているので、 上流のため池から下流のため池まで、現在はもっと生息範囲を広げています。 ブルーギルは小魚、エビ、昆虫、水草、他の魚の卵を、ブラックバスは小 魚、カエル、エビ、水生昆虫、ヤゴ、トンボを本当に食べ尽くします。ため 池固有の生きもの同士のつながりが見られる加西にとって、ブルーギルとブ ラックバスは最大の脅威です。 凡例 ギルまたはバスが確認された場所 【図 2-12】ギルまたはバスが確認された場所 27