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研究経過等報告書 - 一橋大学経済研究所
領域略称名:世代間利害調整 領域番号:603 平成14年度科学研究費補助金 特定領域研究に係る研究経過等の報告書 「世代間の利害調整に関する研究」 (研究期間:平成 12 年度から平成 16 年度) 平成14年9月 領域代表者 一橋大学・経済研究所・教授・高山憲之 連絡先電話番号 042-580-8312 目次 頁 第1部 領域603にかかわる総括的な研究経過報告-----------------------------3 1 領域全体の研究目標-------------------------------------------------------------4 2 領域内における研究組織と研究班の連携状況----------------------------4 3 領域内における研究の進展状況とこれまでの主な研究成果--------- 5 4 今後における研究の推進方策-------------------------------------------------6 5 領域を推進するための問題点と対応策-------------------------------------6 6 研究成果公表の状況--------------------------------------------------------------6 7 その他:研究費の使用について-----------------------------------------------6 第2部 計画研究班別の個別研究経過報告---------------------------------------------8 計画研究 A1 班(鈴村班)------------------------------------------------------9 計画研究 A2 班(鴇田班)------------------------------------------------------22 計画研究 A3 班(高山班)------------------------------------------------------31 計画研究 A4 班(斎藤班)------------------------------------------------------44 計画研究 A5 班(寺西班)------------------------------------------------------56 計画研究 A6 班(西村班)------------------------------------------------------64 計画研究 A7 班(北岡班)------------------------------------------------------70 2 第1部 領域603にかかわる総括的な研究経過報告 3 1 領域全体の研究目標 本領域では、①地球温暖化、②人口の少子高齢化、③経済発展および市場経済への移行 等、地球的規模で発生している社会的要請の強い諸問題を取りあげ、 「世代間の利害調整」 を切り口にして経済学・政治学の両面から理論的・計量的分析を試みる。その研究目標は、 1)世代別利害が現在どういう状況になっており将来どうなるか、また利害調整に関する意 向が世代別にどう違うかなどを明らかにすること、2)世代間の衡平性について原理的考察 を深めつつ世代間の適切な利害調整に関する分析フレームを新たに開発すること、3)個別 の問題に即した利害調整の方法を個々の国ごとに具体的に提案すること、及び 4)世代間利 害を円滑に調整するために政治がいかに変わらなければならないかを示すこと、にある。 2 領域内における研究組織と研究班の連携状況 研究組織は総括班(運営委員会・評価委員会・事務局)および以下に示す7つの計画研 究班によって構成されている。 A1 地球温暖化問題を巡る世代間衡平性と負担原則(研究代表者:鈴村興太郎一橋 大学経済研究所教授、鈴村班) A2 医療と介護における世代間の受益と負担の国際的な実態およびその利害調整 の設計(研究代表者:鴇田忠彦一橋大学大学院経済学研究科教授、鴇田班) A3 年金をめぐる世代間の利害調整に関する経済理論的・計量的研究(研究代表 者:高山憲之一橋大学経済研究所教授、高山班) A4 少子化および外国人労働をめぐる経済理論的・計量的研究(研究代表者:斎藤 修一橋大学経済研究所教授、斎藤班) A5 経済発展における世代間の利害調整(研究代表者:寺西重郎一橋大学経済研究 所教授、寺西班) A6 移行経済における世代間の利害調整(研究代表者:西村可明一橋大学経済研究 所教授、西村班) A7 世代間利害調整の政治学(研究代表者:北岡伸一東京大学大学院法学政治学研 究科教授、北岡班) なお麻生良文助教授の慶応大学転出に伴って A4 班の研究代表者は平成13年秋より斎 藤修教授に交代した。 総括班ではほぼ月1回のペースで運営委員会を開催し、各研究班の研究進行状況につい て報告を求めるとともに意見交換の中で研究内容を相互に調整しつつ、領域全体について 研究が効率的に進むよう努力している。A1∼A6班は研究代表者が同一キャンパスに在 籍し、いずれも経済学的アプローチを採用しているので相互の連携は円滑に進んでいる。 特にA1班の規範的研究はA2∼A7における研究のベースとなっている。またA3班は A2・A4・A5・A6・A7の各班とも関連する部分が少なくないので、密接に連絡を とりながら共通の理解を深めつつある。さらにA7班の政治学的アプローチもA1∼A6 班に基礎的かつ有益な情報を提供している。各班の研究参加メンバーは他班の主催する研 究会や国際会議あるいは全体集会に出席するなど領域全体として研究が一体的かつ有機的 に進むよう努めている。 評価委員会は年2回開催し、内部評価委員(南亮進東京経済大学教授・大槻幹郎創価大 4 学教授・井堀利宏東京大学教授・清家篤慶應義塾大学教授)から提出されたコメントと助 言を各班にフィードバッグさせている。事務局は独自サーバーを購入し、領域関連の研究 情報ネットワークを構築した。効果的な研究体制を整えるためである。研究参加者相互の 連絡は主としてそのネットワークを利用して行われている。また領域専用のウェッブサイ ト(http://www.ier.hit-u.ac.jp/pie/Japanese/index.html)を開設し、情報発信に積極的に努 めている。 研究開始からほぼ2年が経過し、当該領域研究に対する内外の認知度や注目度は徐々に 高まってきている。研究開始直前に朝日新聞の記者から受けたインタビュー記事が平成1 2年9月27日(水)の朝日新聞朝刊に掲載されたことを手はじめに、当該領域研究の紹 介記事が平成14年4月6日(火)の日本経済新聞朝刊「発信源」の記念すべき第1号記 事として掲載された。当該領域研究の専用ウェッブサイトへのヒット件数は平成14年9 月25日時点で1万件を超え、最近では急カーブを描いて増大している。内外から研究協 力者として当該領域研究に参加したいと申し出る人が現段階でも複数いる。当該領域研究 に参加している研究者は研究協力者を含めると約160人に及んでいる(平成14年9月 時点) 。研究参加者は今後とも増えていく見込みである。 領域研究全体としての進捗状況を研究参加者が正しく掌握し、各研究班間の連携をいっ そう緊密なものにするため、領域研究全体としての研究会(全体集会)を平成14年4月 4日に一橋大学佐野書院で開催した。そして各研究班から報告を求め、研究を深化させる べく意見を交換しあった。このような全体集会は今後も年1回ペースで開催していく予定 である。 計画研究班別の中間的な研究成果の主要部分は専門誌『経済研究』53(3)、平成14年7 月発行、に「世代間利害調整」の特集号として掲載されている。研究参加者相互の有機的 連携を図ることがこの特集号編集の1つの目的であった。 当該研究領域では、中間的な研究成果を広く社会に還元するため平成14年9月6日 (金)に公開の合同シンポジウムを東京の都心部(霞ヶ関ビル8階のアジア開発銀行研究 所会議室)で開催した。このシンポジウムは日本学術会議・経済理論研究連絡委員会の求 めに応じたものである。このシンポジウムには大学や研究期間の研究者・行政担当者・報 道関係者等100余名が参加し、各報告に対してレベルの高い質疑と応答がなされた。 研究の進展状況や研究成果を紹介するため当該領域専用のニュースレターも発行してい る。その第3号は平成14年3月15日に発行となった。 なお計画研究班別の具体的な研究組織や各研究班間の具体的な連携状況は本報告書の第 2部に記述されている。 3 領域内における研究の進展状況とこれまでの主な研究成果 研究は全体として当初の計画どおり着実に進展している。領域研究の発足直前における 研究の発展段階にちがいがあったこと、研究参加者数にちがいがあること、などにより各 研究班別にみて研究成果の蓄積状況にちがいが生じていることは当初の予想どおりである。 そうした中で当該領域研究にかかわる研究書・研究論文が英文・和文を含めて次々に刊行 される状況にある。内外の学会における研究発表やレフェリーつき専門誌への論文投稿も 積極的に進めており、それらの数は増大する一方である。さらに当該領域研究専用ディス 5 カッション・ペーパー(PIE-DP)の刊行点数も平成14年9月25日時点で118点に 及ぶ一方、プロシーディングズが4点、研究会議録2点、リプリント15点がそれぞれ刊 行されている。このうちDPは当該領域研究専用 website から直接ダウンロードすること ができる。研究成果は極力、英文でも発表するように努めている。世界への情報発信と世 界レベルの研究水準維持を図るためである。 なお計画研究班別の研究進展状況とこれまでの主な研究成果は本報告書第2部に記述さ れている。 4 今後における研究の推進方策 領域研究全体としてこの2年間に推進してきた研究の成果をいっそう緻密なものにする 一方、その制度的・政策的インプリケーションを考察していく。平成15年度以降の研究 計画で当初の計画と大きく異なる点は現段階ではない。 当該領域研究が今後とも連続して開催する国際会議に内外の最高権威を随時、招聘し、 かれらによる基調報告・討論・コメント・評価を通じて本領域研究における研究内容のい っそうの充実・深化と分担課題の拡大を不断に図っていく。 そして領域研究終了時には質的にみて最高水準の研究情報を世界に発信し、我が国にお ける学術水準を格段に向上させることに寄与したい。具体的には邦文・英文の研究書をシ リーズとして刊行する予定である。また日本・米国・ヨーロッパの各地において最終の研 究成果を発表するための会議を主催する。 なお計画研究班別の「今後における研究の推進方策」は本報告書の第2部に記述されて いる。 5 領域を推進するための問題点と対応策 領域を推進するために生じている大きな問題点は今のところない。個票データの入手が 若干遅れぎみであったり、当初予定していた外国人研究者の招聘が相手方の都合によって 部分的に遅れていたりしているものの、これらの問題は時間が解決してくれる。 各計画研究班間の連携は当初、必ずしも円滑に進まなかったきらいがあるものの、各研 究代表者がほぼ月1回のペースで集まる運営委員会や年2回のペースで開催される評価委 員会を重ねることを通じて問題点を指摘しあう一方、内部評価委員から寄せられたコメン トや助言に基づいて連携強化を不断に図ってきた。今後、研究がさらに進展していくのに 伴って各班の連携はいっそう緊密になっていくと期待している。 なお計画研究班別の「領域を推進するための問題点と対応策」は本報告書第2部に記述 されている。 6 研究成果公表の状況 研究成果公表の状況は本報告書第2部に計画研究班別に記述してある。 7 その他:研究費の使用について 平成14年7月24日∼26日に一橋大学を対象とした会計検査院による会計検査が実 施された。そのさい当該領域研究は1つの計画研究班(北岡班)を除くすべてが会計検査 6 の対象となったものの、 会計検査院による当該領域研究への指摘等は今回1つもなかった。 過去2年間、 当該領域研究における研究費は適切かつ効果的に使用されたと確信している。 なお北岡班の場合、研究費の大半は独自の全国世論調査を実施するために使用されてい る。 7 第2部 計画研究班別の個別研究経過報告 8 計画研究A1班(鈴村班) 「地球温暖化問題を巡る世代間衡平性と負担原則」 研究経過報告 A 研究組織 研究代表者: 鈴村興太郎 一橋大学経済研究所教授 研究分担者: 吉原 直毅 一橋大学経済研究所助教授 蓼沼 宏一 一橋大学大学院経済学研究科教授 森村 進 一橋大学大学院法学研究科教授 堀 元 東北大学経済学部教授 須賀 晃一 早稲田大学政治経済学部教授 長谷川 晃 北海道大学法学部教授 後藤 玲子 国立社会保障・人口問題研究所研究室長 研究協力者: 宇佐美 誠 中京大学法学部教授 西條 辰義 大阪大学社会経済研究所教授 藤垣 芳文 成蹊大学経済学部教授 高橋 広次 南山大学法学部教授 新澤 秀則 神戸商科大学経済研究所教授 篠塚 友一 小樽商科大学商学部経済学科助教授 安本 皓信 財団法人地球産業文化研究所参与 小林 正弥 千葉大学法経学部助教授 嶋津 格 千葉大学法経学部教授 山脇 直司 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授 塩野谷裕一 一橋大学名誉教授 Walter Bossert カナダ・モントリオール大学教授 Yves Sprumont カナダ・モントリオール大学教授 Martha Nussbaum 米国・シカゴ大学教授 Debraj Ray 米国・ニューヨーク大学経済学部教授 Yongsheng Xu 米国・ジョージア州立大学教授 Volker Boem ドイツ・ビーレフェルド大学教授 Claude d`Aspremnt ベルギー・OR/計量経済学センター教授 Donald Campbell 米国・ウイリアムアンドメリー大学教授 Bhaskar Dutta インド・インド統計研究所教授 Louis Gevers ベルギー・ナムール大学教授 John Weymark 米国・ヴァンダビルト大学教授 9 B 研究の進捗状況 年金制度の改革のように現在時点で重複して共存する世代間の負担の衡平性の問題から、 地球温暖化現象に対処する国際的な制度設計と合意形成のように長期にわたり国境さえ越 えて将来世代に多大な影響をおよぼす環境的外部性の問題にいたるまで、多くの経済問題 の核心には世代間衡平性の確立と維持という共通の難問が潜んでいる。経済学のなかで効 率・衡平・権利のような、経済制度や経済政策の善と正に関わる問題を守備範囲とする厚 生経済学は、残念ながら世代間衡平性に関して確立された理論を備えているとは言い難い 現状にある。環境経済学や地球温暖化問題の経済学のように環境的外部性の問題に真っ向 から取り組む目的で開拓された研究分野においても、世代間衡平性の問題に分析的な切り 込みを行って広く認知された研究は殆ど存在しないと認めざるを得ない。この現状に鑑み て、世代間衡平性の問題を分析するための理論的枠組みを経済学者と法哲学・政治哲学・ 経済哲学の研究者の共同作業によって構成すること、その過程において国の内外における 緊密な研究ネットワークを形成して、将来に渉って機能する創造的な研究活動のコアを形 成することこそ、A1 班の研究課題である。 この課題に取り組むさい隣接する2世代間の衡平性の問題に限定せず、地球温暖化問題 のように遠い将来にわたる資源配分の問題にも視野を拡大すれば、伝統的な規範的経済学 の枠組みを本格的に再構築することが殆ど不可避的であるように思われる。なぜならば伝 統的な規範的経済学の分析的枠組みのなかで自明な情報的基礎とされてきた効用ないし厚 生は、現在世代の活動によって将来世代の規模・構成および性格が内生的に変化するとい う人格の非同一性問題(デレク・パーフィット)があるために、その有効性を失う可能性 が高いからである。この事実に注目すれば、我々が取組む最初の問題が非厚生主義的・非 帰結主義的な経済分析の理論的基礎を構成することになることは殆ど必然的だというべき である。この最初の作業は、帰結をこえる情報として分析に取り込むべき情報を (1)最終的に実現される帰結のみならず、その帰結の背後にある選択機会の内在的価値 まで考慮に取り入れるか、 (2)最終的に実現される帰結のみならず、その帰結が社会的に実現されるプロセスの内 在的価値まで考慮に取り入れるか、 に応じて、自然に2つのサブ・プロジェクトに分割される。このうちサブ・プロジェクト (1)に関する A1 班の基礎理論はほぼ完成に近い域に到達している。この基礎理論を経 済学の様々な分野で応用して、最終的には世代間衡平性に対するそのインプリケーション を掴み出す研究作業も現在着実に進行中である。また、このサブ・プロジェクト研究を推 進する過程における副産物として、選択の合理性という最も基本的な理論的概念の公理的 基礎付けに関しても新たな理論的貢献を行うことができた。サブ・プロジェクト(2)に 関しても資源配分の理論と権利論の2つの論脈で新たな理論的展開が進行中であって、近 い将来に成果を最終的に纏められる段階にいたっている。 これらの研究は定期的に開催される A1 班の定例研究会で報告・討議されているが、そ の際には外部の研究者を招いて関連報告をお願いするセミナーと当班参加者による研究報 告をペアにして、この研究分野に関心を持つ多くの研究者を巻き込む緊密な研究ネットワ ークを外延的に拡大することを試みてきた。また外国の研究者を年に数名2週間程度ずつ 招聘して共同研究を行ってきたが、これらの研究者とも研究会でのセミナーを通じて A1 10 班参加者との研究交流の機会を作ってきた。さらにまた年に一度の国際シンポジウムを既 に過去2度にわたり開催して、規範的経済学の国際的専門家と A1 班の研究成果を討議す る機会とするとともに、異なる視点に触れて我々の研究計画を絶えずチェックする機会と もしてきた。国の内外で開催される学会においても研究報告を行って A1 班の成果の敏速 な公開に努めてきたことはいうまでもない。現在までのところ、このラインに沿った研究 の進捗状況は順調である。 C 他の計画研究班との連携状況 A1 班の定例研究会と国際シンポジウムは他の班のメンバーにも公開の形で開催してい る。また全体会議の際には A1 班の研究成果をできるだけ平易な形で他の班のメンバーと 共有する努力を行うとともに、他の班の研究報告に対しては主として理論的な観点からの コメントを行って各班の研究の有機的な関連付けに務めている。とはいえ A1 班は経済と 倫理の双方について、これまでのところでは専ら純粋に理論的な研究を行っていることも あって、各班の実際の研究作業に A1 班の研究成果が反映されるところまで緊密な連携が 実現されているとは言い切れないのが実情である。また、他の班の研究者にとっては、A1 班が取り組んでいる世代間衡平性の倫理学と経済学とのインターフェイスという問題は概 念的な枠組み自体にも親和性が乏しいため、逆方向の影響も必ずしも大きくはない。とは いえ A1 班の今後の研究の焦点が世代間衡平性の理念から世代間衡平性を実現するための 制度への傾斜を増して行くにつれて、他の班の研究活動との連携は次第に緊密になってい くことが期待される。 D これまでの研究の主な成果 第B節で説明したラインに沿ってこれまでに得られた研究成果の代表例としては、以下 に列挙するいくつかの新たな知見を挙げることができる。カギ括弧内の記号は、第G節で 列挙される研究業績の番号である。 (1)伝統的な規範的経済学は、明らかに政策や制度の帰結の善悪から遡及してその政策・ 制度の善悪を評価するという意味で、帰結主義の立場に依拠してきた。A1 班の最初の成 果は、この意味における帰結主義的アプローチと、選択の機会の内在的価値にも配慮する 非帰結主義アプローチの双方を内包する一般的な分析的フレームワークを開発して、それ ぞれのアプローチを少数の公理によって特徴付けることに成功したことである。この研究 成果は既に論文[B1][B4] [C1]として公刊されている。 (2)だが第1の成果には限界があって、帰結の価値のみに注目する帰結主義と選択機会 の価値のみに注目する非帰結主義という両極端だけが公理主義的な特徴付けの対象とされ ていた。この両者の中間には帰結の価値と選択機会の価値を比較・秤量する広大なグレー ゾーンが含まれている。このA1 班の第2の成果は、両極端の中間に位置する分析的フレ ームワークを取り上げて、その全てを一挙に特徴付けることに成功したことである。この 成果は論文[B8]として公刊される予定である。また単なる帰結に還元することが不可能な 政策ないし制度の特徴に関心を寄せる代替的アプローチとしては、その帰結をもたらすプ ロセスないしルールの内在的価値に注目する立場が考えられる。論文[D6]はこのアプロー チを追求した最初の研究である。 11 (3)これらの研究によって非帰結主義的なフレームワークが利用可能になったからは、 そのフレームワークのもとでは伝統的な理論の結果がどの程度まで維持可能であるのかー ー逆に言えば、帰結主義の拘束衣を脱ぎ捨てれば、どのような理論的自由度が得られるの かーーという興味が湧くのは自然である。非厚生主義的な枠組みを用いた社会的選択の理 論の展開、特にアローの一般不可能性定理が非帰結主義的フレームワークにおいても依然 として成立するかという問題は、非帰結主義的アプローチの可能性を探る観点からは重要 性を持っている。論文[B1] [B6] [C1] はこの疑問に答えたものであって、非帰結主義的フ レームワークではアローの一般不可能性定理は必ずしも成立しないことを示している。 (4)選択機会の内在的価値を考慮できる枠組みにおいては、厚生経済学の基本定理はど のような修正ないし拡張を受けるのだろうか。論文[H3] [H4]は、この問題を検討すること を通じて非厚生主義的アプローチの射程距離を計ろうとした研究である。 これらの研究は、 市場機構と経済的自由との関連についてアマルティア・センが行った重要な指摘の意義を 明らかにして、新しい分析的フレームワークの操作的価値を例示している。 (5)選択手続きの内在的価値を考慮した枠組みにおいて、資源配分の理論と私的権利の 初期配分の理論の展開を試みたのが論文[B1] [C1] [D4] [D6]である。例えば、伝統的な帰 結主義的ーーあるいは厚生主義的ーーフレームワークでは不可避的なリベラル・パラドッ クスーーパレート原理と自由主義的な権利の主張との論理的な対立関係ーーは、非厚生主 義的なフレームワークに視野を拡大することによって、どのような修正をうけることにな るのだろうか。われわれは伝統的なフレームワークでは分析が不可能であった私的権利の 初期配分の理論を展開して、この問題に対して一定の解決をもたらした。 (6)以上の理論的展開の基礎には合理的選択の理論がある。この理論の公理主義的な一 般化、特に目標最適化としての合理性概念に対して、目標それ自体が推移性よりも弱い整 合性条件を満足する場合への基本定理の拡張や、選択関数の定義域に関する要請を弱めた 場合への基本定理の拡張も、今回の研究プロジェクトを遂行するプロセスで得られた理論 的副産物である。これらの成果は論文[D3] [D4]で展開されている。 (7)同様に、社会的選択の理論の情報的基礎と一般不可能性定理との論理的関連の精密 な関係の理論的解明においても、A1 班は副産物として論文 [B1] [C1] [D2] を生み出して 重要な前進を達成することができた。 (8)さらに以上の全ての理論において基礎的な役割を担う二項関係の拡張定理(スピル レヤンの定理)を、連続性をもつが完備ではない二項判断を連続性を維持しつつ完備順序 に拡張する新たな拡張定理を証明して、論文[B5]として公表することができた。 これらの分析的な成果に加えて、経済学と倫理学に対する我々の視点からの展開と整合 化の試みとして、いくつかの研究書・解説書[A1] [A2] [E1] [E2] [E3]を出版することがで きた。 E 今後の研究推進計画 第B節から第D節までに説明されたこれまでの A1 班の研究は、主として非帰結主義的 な規範的経済学の理論的基礎を巡って行われてきた。この理論的基礎に立って世代間衡平 性に関する具体的な規範原理を構成する作業、またこの規範原理を実現するための制度設 計を行う作業は、A1 プロジェクトの後半において取り組むことが予定されている課題の 12 一部である。 A1 班の後半の課題の第2の焦点は、世代間衡平性の問題を正面から攻撃した厚生経済 学のささやかな遺産のなかから掘り起こした2つの Cambridge traditions を追求して、そ の射程距離を測定するとともに、A1 班が建設してきた新たなフレームワークとの有効性 の比較を行うことである。ここでいう2つの Cambridge traditions とは、アーサー・ピグ ーの『厚生経済学』が集成した功利主義的な規範的経済学の伝統と、ジョン・ロールズの 『正義の理論』がーー功利主義と対立的な規範理論としてーー提唱した契約論的正義論の 伝統である。さらに詳しくいえば、第1の伝統とは、将来の効用流列を割り引くことの合 理性と衡平性に関連して、イギリス・ケンブリッジの倫理学者ヘンリー・シジウィック、 経済学者アーサー・ピグー、数学者フランク・ラムゼーが展開した考え方である。これに 対して第2の伝統とは、将来世代のために現在世代が資源を節約・貯蓄する行為の公正性 を社会契約論的に正当化する可能性に関して、アメリカ・ケンブリッジの哲学者ジョン・ ロールズ、経済学者ケネス・アロー、ロバート・ソローが展開した考え方である。この第 1の伝統を現代経済学に接続した研究は、チャリング・クープマンスによって開始され、 ピーター・ダイアモンドたちによって継承された定常的な序数的効用のもとにおける impatience 現象の解明である。彼らが示したことは、効用の無限流列を合理的に順序付け る方法に対して、少数のーー外見上は緩やかなーー公理を課せば、これらの公理を満足す る順序付けは必ず impatience 現象を示さざるを得ないことーーすなわち、ある2つの時 点における効用の数値においてのみ異なる2つの無限効用流列のうちで、相対的に高い効 用を相対的に早い時点で享受する流列の方が他の流列よりも高く評価されることーーだっ た。別の表現をすると、合理性の観点と衡平性の観点を車の両輪のように用いて、将来効 用の現在価値への割り引きを原理的に否認したシジウィック=ピグー=ラムゼーの伝統と は真っ向から対立して、クープマンス=ダイアモンドはーー彼らの公理群を満足するとい う意味でーー合理的な異時点間選択は不可避的に将来効用の割り引きを含まざるを得ない ことを示したことになる。換言すれば、シジウィック=ピグー=ラムゼーの衡平性の観点 を維持して、異なる時点で享受される効用は衡平に処遇されるべきだという要請を課すな らば、合理性の観点と衡平性の観点をいずれも満足する効用の無限流列の合理的な順序付 け方法は、論理的に存在しないという不可能性定理が示唆されることになる。事実、クー プマンス=ダイアモンドの先駆的貢献を継承したその後の多くの研究は、この主旨の不可 能性定理の論証と、その罠を脱却する方法の模索との連鎖から構成されているといって差 し支えないのである。 これに対して、世代間衡平性に関するアメリカ・ケンブリッジの伝統の出発点を画した ロールズは、倫理的には無視すべき情報が無知のヴェ−ルによって隠された仮設的社会契 約の場では、平等な自由の優先的な配分の原理と最も不遇な個人の処遇を最大限に改善す べきとする格差原理から構成される正義の原理が合理的個人によって選択されることを主 張して学会に新鮮な衝撃を与えたが、世代間衡平性の問題との対決が要求される貯蓄に関 する正義の原理を論じる箇所では他人の利得に無関心な合理的個人の仮定を捨てて、各世 代はその直後の世代ーー子孫ーーの利得に対してパターナリステックな関心をもつことを 仮定した。彼はこの新たな枠組みのもとに公正な貯蓄原理を制約する条件を明らかにしよ うと努めたのだが、ケネス・アローとパーサ・ダスグプタはロールズの意味で公正な貯蓄 13 原理は異様な異時点的資源配分を作り出すことを論証して、このアプローチの意義に対し て深刻な疑問符を付したのである。 このように、2つの Cambridge traditions が有意義な世代間衡平性の原理の基礎になり 得るかといえば疑問の余地が大きいと言わざるを得ないのが現状である。この点を論理的 に見定めること、その作業を通じて A1 班の代替的アプローチの意義を見定めることが後 半の研究作業の第2の焦点なのである。 また従来にもまして国際会議での成果の発表、国際的なレフェリー制度の雑誌への成果 の公刊、国際シンポジウムを開催して他の研究グループと研究成果を交流する機会を開く など、このプロジェクトの成果を広く伝播することにさらに努力する所存である。研究の 最終年には我々の研究成果を纏めて公開するために、国際的な Roundtable Meeting on Intergenerational Equity を開催して、その成果を英文で公刊することを計画している。 F 問題点と対応策 海外研究のために長期出張中のプロジェクトの基幹メンバーが複数いるためにチームの 構成に多少の無理が生じている。幸いなことに、これまでの研究過程でプロジェクトの裾 野の拡大に努めてきたために実質的な研究作業には大きな実害は生じていないが、今後も この研究分野に積極的な研究関心を持つ研究者を大々的に巻きこんで当初の研究課題に十 分応える成果をあげる所存である。 G.研究成果の公表状況 G(1)論文の公開状況 このプロジェクトの現在までの研究成果は以下の著書および論文として公表されている。 レフェリー制度の雑誌に公刊ないし公刊予定になっている論文は現在時点で既に 22 本に のぼっている。また、Discussion Paper の形で公表されている論文の多くもレフェリー制 度の雑誌に投稿されていて、現在審査プロセスが進行中である。 研究代表者:鈴村興太郎 1.著書・編著 [A1]鈴村興太郎・後藤玲子『アマルティア・セン:経済学と倫理学』実教出版、2001 年(改 装新版、2002 年) 。 [A2]Kenneth Arrow, Amartya Sen and Kotaro Suzumura, eds., Handbook of Social Choice and Welfare, 2 vols., Amsterdam: North-Holland, 2002-2003. 2.レフェリー制度の雑誌への公刊論文 [B1]Kotaro Suzumura, “Welfare Economics Beyond Welfarist-Consequentialism,” Japanese Economic Review, Vol.51, 2000, pp.1-32. 14 [B2]Kotaro Suzumura, “Pareto Principles from Inch to Ell,” Economics Letters, Vol.70, 2001, pp.95-98. [B3]Alice Amsden and Kotaro Suzumura, “An Interview with Miyohei Shinohara: Nonconformism in Japanese Economic Thought,” Journal of the Japanese and International Economies, Vol.15, 2001, pp.341-360. [B4]Kotaro Suzumura and Yongsheng Xu, “Characterizations of Consequentialism and Non-Consequentialism,” Journal of Economic Theory, Vol.101, 2001, pp.423-436. [B5]Walter Bossert, Yves Sprumont and Kotaro Suzumura, “Upper Semicontinuous Extensions of Binary Relations,” Journal of Mathematical Economics, Vol.37, 2002, pp.231-246. [B6]Kotaro Suzumura and Yongsheng Xu, “Welfarist-Consequentialism, Similarity of Attitudes, and Arrow ユ s General Impossibility Theorem,” forthcoming in Social Choice and Welfare. [B7]Kotaro Suzumura and Yongsheng Xu, “Recoverability of Choice Functions and Binary Relations: Some Duality Results,” forthcoming in Social Choice and Welfare. [B8]Kotaro Suzumura and Yongsheng Xu, “Consequences, Opportunities, and Generalized Consequentialism and Non-consequentialism,” forthcoming in Journal of Economic Theory. [B9]鈴村興太郎・吉原直毅「責任と補償:厚生経済学の新しいパラダイム」 『経済研究』51(2)、 2000 年 4 月、pp.162-184. [B10]鈴村興太郎 「世代間衡平性の厚生経済学」 『経済研究』 53(3)、 2002 年 7 月、 pp.193-203. 3.その他の公刊論文 [C1]鈴村興太郎「厚生経済学の情報的基礎:厚生主義的帰結主義・機会の内在的価値・手 続き的衡平性」岡田章・神谷和也・黒田昌裕・伴金美(編) 『現代経済学の潮流 2000』東 洋経済新報社、2000 年、pp.3-42. [C2]鈴村興太郎「現代経済学のなかの福祉」日本福祉大学評論誌『NFU』Vol.54、2000 年、pp.1-24. 15 [C3]鈴村興太郎「社会的選択の観点からみた【公】 【私】問題」佐々木毅・金泰昌(編) 『経 済からみた公私問題』 (シリーズ『公共哲学』第6巻)東京大学出版会、2002 年、pp.39-71. [C4]鈴村興太郎「センの潜在能力理論と社会保障」 『海外社会保障研究』第 138 号、2002 年、pp.23-33. [C5]鈴村興太郎「厚生経済学と社会的選択:最近の動向とその意義」 『日本経済研究センタ ー会報』2001 年 10 月号∼2002 年 9 月号。 [C6]鈴村興太郎「電子社会と市場経済 II:情報的効率性・手続き的衡平性・公共的情報倫 理」辻井重男(編) 『電子社会の展望』新生社、近刊。 [C7]鈴村興太郎・蓼沼宏一「地球温暖化抑制政策の規範的基礎」清野・新保(編) 『地球環 境保護への制度設計』東京大学出版会、近刊。 4.Discussion Paper [D1]鈴村興太郎・蓼沼宏一「地球温暖化問題抑制政策の規範的基礎」Discussion Paper No.1, Pro ject on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, November 2000. [D2]Marc Fleurbaey, Kotaro Suzumura and Koichi Tedenuma, “Informational Requirements for Social Choice in Economic Environments,” Discussion Paper No.2, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, November 2000. [D3]Walter Bossert, Yves Sprumont and Kotaro Suzumura, “Rationalizability of Choice Functions on General Domains Without Full Transitivity,” Discussion Paper No.28, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, May 2001. [D4]Reiko Gotoh and Kotaro Suzumura, “Constitutional Democracy and Public Judgements,” Discussion Paper Series A, No.416, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, October 2001. [D5]Walter Bossert, Yves Sprumont and Kotaro Suzumura, “Consistent Rationalizability,” Discussion Paper No.82, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, May 2002. [D6]Reiko Gotoh, Kotaro Suzumura and Naoki Yoshihara, “Existence of Social 16 Ordering Functions Which Embody Procedural Values and Consequential Values,” Discussion Paper Series A, No.430, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, June 2002. 研究分担者 1.著書・編著 [E1]森村 進『自由はどこまで可能か:リバタリアニズム入門』講談社現代新書、2001 年。 [E2]長谷川 晃『公正の法哲学』信山社、2001 年。 [E3]後藤玲子『正義の経済哲学:ロールズとセン』東洋経済新報社、2002 年。 2.レフェリー制度の雑誌への公刊論文 [F1]Naoki Yoshihara, “A Characterization of Natural and Double Implementation in Production Economies,” Social Choice and Welfare, 17(4), 2000. [F2]Reiko Goto, “The Capability Theory and Welfare Reform,” Pacific Economic Review, Vol.6, 2001, pp.211-222. [F3]Hajime Hori, “Non-Paternalistic Altruism and Utility Interdependence,” Japanese Economic Review, Vol.52, 2001 [F4]Koichi Tadenuma, “Efficiency First or Equity First? Two Principles and Rationality of Social Choice,” Journal of Economic Theory, Vol.104, 2002, pp.462-472. [F5]Reiko Goto and Naoki Yoshihara, “A Class of Fair Distribution Rules a la Rawls and Sen,” forthcoming in Economic Theory. [F6]Naoki Yoshihara, “Characterizations of Bargaining Solutions in Production Economies with Unequal Skills,” forthcoming in Journal of Economic Theory. [F7]吉原直毅「マルクス派搾取理論再検証:70年代転化論争の軌跡」 『経済研究』52(3)、 2001 年 7 月、pp.253-268. 3.その他の公刊論文 17 [G1]森村 進「リバタリアニズムという非政治的政治思想」 『大航海』40 号、2001 年 10 月号。 [G2]森村 進「書評:長谷川 晃『公正の法哲学』 」 『法の理論』2001 年 12 月。 [G3]吉原直毅「アマルティア・センと社会的選択理論」絵所秀紀・山崎幸治(編) 『アマル ティア・セン・コメンタール』晃陽書房、近刊。 4.Discussion Paper [H1]Naoki Yoshihara, “On Efficient and Procedurally Fair Equilibrium Allocation in Sharing Games,” Discussion Paper No.397, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, October 2000. [H2]Naoki Yoshihara, “Solidarity and Cooperative Bargaining Solutions,” Discussion Paper No.409, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, March 2001. [H3]Koichi Tadenuma and Yongsheng Xu, “Envy-Free Configurations in the Market Economy,” Discussion Paper No.31, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, July 2001. [H4]Koichi Tadenuma and Yongsheng Xu, “The Fundamental Theorems of Welfare Economics in a Non Welfaristic Approach,” Discussion Paper No.48, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, January 2002. [H5]Akira Yamada and Naoki Yoshihara, “A Mechanism Design for a Solution to the Tragedy of the Commons,” Discussion Paper No.424, Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, February 2002. [H6]Ko Hasegawa, “Environment as Common Good and Equality among Generations,” Discussion Paper No.98, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, July 2002. 研究協力者 1.著書・編著 [I1]宇佐美 誠『決定』東京大学出版会、2000 年。 18 2.レフェリー制度の雑誌への公刊論文 [J1]Walter Bossert, “Choice, Consequences, and Rationality,” Synthese, Vol.129, 2001, pp.343-369. [J2]Yves Sprumont, “Paretian Quasi-orders: The Regular Two-Agent Case,” Journal of Economic Theory, Vol.101 , pp.437-456. [J3]Yoichi Hizen and Tatsuyoshi Saijo, “Designing GHG Emissions Trading in Institutions in the Kyoto Protocol: An Experimental Approach,” Environmental Modelling & Software, Vo.16, 2001, pp.533-543. [J4]Yoichi Hizen and Tatsuyoshi Saijo, “Price Disclosure, Marginal Abatement Cost Information and Market Power in a Bilateral GHG Emissions Trading Experiment,” Experimental Business Research, Boston: Kluwer Academic Publishers, 2002, pp.231-251. [J5]Tomoichi Shinotsuka and Koji Takamiya, “The Weak Core of Simple Games with Ordinal Preferences: Implementation in Nash Equilibrium,” forthcoming in Games and Economic Behavior. 3.その他の公刊論文 [K1]Makoto Usami, “Retroactive Justice: Trials for Human Rights Violations under a Prio Regime,” in Burton M. Leiser and Tom D. Campbell, eds., Human Rights in Philosophy and Prantice, Aldershot: Ashgate, 2001. [K2]宇佐美 誠「市場と国家の再定位」日本法哲学会編『法哲学年報 2000』有斐閣、 2001 年、 pp.67-83。 4.Discussion Paper [L1]Martha Nussbaum, “Capabilitles as Fundamental Entitlements: Sen and Social Justice,” Discussion Paper No.56, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, February 2002. [L2]Dilip Mookherjee and Debraj Ray, “Persistent Inequality,” Discussion Paper No.57, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, February 2002. 19 [L3]Takao Aiba and Tatsuyoshi Saijo, “The Kyoto Protocol and Global Environmental Strategies of the EU, the U.S. And Japan: A Perspective from Japan,” Discussion Paper No.85, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, May 2002. [L4]Yoichi Hizen, Takao Kusakawa, Hidenori Niizawa and Tatsuyoshi Saijo, “Two Patterns of Price Dynamics were Observed in Greenhouse Gases Emissions: An Application of Point Equilibrium,” Discussion Paper No.86, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, April 2002. [L5]Takao Kusakawa and Tatsuyoshi Saijo, “Emissions Trading Experiments: Investment Uncertainty and Liability,,” Discussion Paper No.87, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, April 2002. [L6]Tomoichi Shinotsuka, “Additivity, Bounds, and Continuity in Budget Distribution Problems,” Discussion Paper No.76, Center for Business Creation, Otaru University of Commerce, December 2001. [L7]Tomoichi Shinotsuka, “Interdependent Utility Functions in an Intergenerational Context,” Discussion Paper No.88, Center for Business Creation, Otaru University of Commerce, May 2002. G(2)口頭での成果発表状況 学会およびセミナーにおける成果の口頭発表は非常に数多いが,内外の学会報告に限っ ても以下のような口頭発表を行っている。 学会名 日本経済学会・秋期全国大会 開催日 2001年10月7日 報告タイトル 立法的民主主義と個人の公共的判断(鈴村興太郎・後藤玲子) 学会名 The Sixth International Meeting of the Society for Social Choice and Welfare 開催日 2002年7月11日から7月14日まで 報告タイトル 1. Recoverability of Choice Functions and Binary Relations: Some Duality Results (Kotaro Suzumura) 2. The Fundamental Theorems of Welfare Economics in a Non-Welfaristic Approach (Koichi Tadenuma) 20 3. On Libertarian Rights Assignments (Naoki Yoshihara) 学会名 The Second International Workshop of Cooperative Games (University of Twente, Netherland) 開催日 2002 年 6 月 19 日から 21 日まで 報告タイトル Axiomatic Bargaining Theory in Production Economies: Responsibility and Compensation Viewpoints (Naoki Yoshihara) 学会名 The Second International Conference of the Society for Economic Design (New York Univeristy, USA) 開催日 2002 年 6 月 23 日から 25 日まで 報告タイトル A Mechanism Design for a Solution to the Tragedy of Commons (Naoki Yoshihara) 21 計画研究A2班(鴇田班) 「医療と介護における世代間の受益と負担の国際的な実態およびその利害調整の設計」 研究経過報告 A 研究組織 研究代表者: 鴇田 忠彦 一橋大学大学院経済学研究科教授 研究分担者: 南部 鶴彦 学習院大学経済学部教授 田中耕太郎 山口県立大学社会福祉学部教授 廣井 良典 千葉大学法経学部助教授 小椋 正立 法政大学経済学部教授 黒川 清 東海大学医学部教授 知野 哲朗 岡山大学経済学部教授 高木 安雄 九州大学大学院医学研究院教授 田近 栄治 一橋大学大学院経済学研究科教授 尾形 裕也 九州大学大学院医学研究院教授 佐藤 主光 一橋大学大学院経済学研究科講師 研究協力者: 泉田 信行 国立社会保障人口問題研究所 山本 克也 国立社会保障人口問題研究所 大日 康史 大阪大学社会経済研究所助教授 鈴木 亘 日本経済研究センター研究開発部 中泉 真樹 国学院大學経済学部助教授 近藤 康之 早稲田大学政治経済学部 山田 武 千葉商科大学商経学部助教授 中山 徳良 流通科学大学商学部助教授 角田 保 大東文化大学経済学部専任講師 河村 真 法政大学経済学部教授 青木 研 上智大学経済学部専任講師 菅原 琢磨 学習院大学経済学研究科 菊池 潤 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 細谷 圭 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 小野 章一 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 今野 広紀 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 林 行成 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 増原 宏明 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 熊本 尚雄 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 石井みづ穂 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 斎藤 裕美 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 22 B 研究の進捗状況 A2 班(鴇田班)は、10 名の研究分担者と約 20 名の研究協力者から構成されている。オ ーソドックスな医療経済学(health economics)や医薬品経済学(pharmacoeconomics)から 法学・科学思想までを含めた多様な研究集団であり、さらに医学的な見地から監修し研究 全体に対して助言するため黒川清教授(日本学術会議副会長)が加わっている。 最も力点を置いてきたのは、国保と健保のレセプトデータによる医療経済学的な実証研 究である。平成9年度4道県(北海道・長野・千葉・福岡)約 5000 万枚と、同年以降直近に いたる3組合健保約1000 万枚のきわめて貴重なデータを個人情報の秘匿に十分留意しなが ら解析した。 研究開始から間もなく 2 年が経過するが、幸いにも研究は順調に推移しており、研究分 担者のそれぞれの研究分野で成果が実りつつある。そして各研究分担者は一部を除いて、 すでに成果を出しつつある。例外として例えば小椋(法政大)グループでは、喫煙行動に ついて広範なアンケートを実施し包括的な研究を試みているが、何分にも費用が高額とな るため、2 年間にまたがってアンケートを実施する。そのために現在 2 回目のアンケート を実施中であり、本格的な研究成果を生み出すのは来年度以降になる。しかし、これは例 外である。総じてデータの収集など初期的な投入はすでに終了し、データ解析を精力的に 進めている。そして分析結果を次々と発表している段階にある。なかには海外の専門誌に 投稿中の論文もあり、さらに今後、時間の経過と共に本格的な収穫期を迎え、研究成果が 増加していくと予想される。 C 他の班との連携状況 医療サービスについては公平性の概念がとくに重要な意味をもっている。とくに「乏し きを憂えず、等しからざるを憂える」という風土の日本では、公平性は医療改革や政策を 考える上で欠かせない、人々の重要な価値観を構成する要素である。 世代間の公平性については A1 班(鈴村班)において厳密な理論的検討が与えられよう としている。A2 班では医療政策における公平性概念の重要性を考慮し、鈴村教授の下で指 導を受けている大学院生 2 名と共同研究に取りくみ、医療における公平性の緻密な分析を 試みている。とくに混合診療の政策的な導入を公共選択的に考察し、公平性を羨望概念と して定式化した。その理論的研究成果は DP にまとめられている。さらに日本における現 実的な課題として公的保険の財政的な制約から医療を解放する場合に公平性をどのように 担保するかが問題となる。そこで、どのような政策立案が望ましいかを具体的に究明して いる。 さらに年金および雇用の各班(A3、A4 班)と連携する形で、高齢者の生活実態を捉え るアンケート調査を平成15年度に試みる予定である。現在の老人保健制度は老健拠出に 象徴されるように、その存続が困難であり、新しい制度設計に向けて百家争鳴の状態にあ る。A2 班としては、高齢者の生活実態を正確に把握し、医療保険料や医療費自己負担につ いてどの程度まで高齢者に支払い能力があるのかを調べたい。あわせて総務庁『全国消費 実態調査』の個票データを利用し、収入や資産などの平均値だけでなく、それらの分布を も調べる。とくにバラつきの大きな高齢者の場合、平均値のみの情報だけでは政策判断を 間違えるおそれが強い。他方、年金・雇用においても高齢者の雇用と年金の間で制度的な 23 整合性を図ることは政策的にも重要な課題である。そこで平成15年度に A2・A3・A4 班 が共同して精度の高いアンケート調査を行う計画である。日本の場合、単身の高齢者や子 供と同居している高齢者の生活実態を詳しく調べることの必要性は依然として高い。 D 研究の主な成果 全体としては研究開始から 2 年足らずであるから現在は研究の懐妊期間というべきだが、 比較的早く結果の得られているものもあり、それらを中心に主な成果を述べる。 (1) 厚生労働省の全国集計データおよび国民健康保険中央会の都道府県集計データを 用いることにより、施行後 2 年が経過した介護保険給付費の推移とその決定要因について 考察した。全国集計データより明らかとなったことは以下の3点である。第1に、要介護 高齢者が増加し続けていること。第2、に施設サービス受給者数は施設定員数によって決 定されていること。第3に、居宅サービスにおいては受給者・給付費が急増していること。 (2) これらのことから介護保険導入後の動きを以下のように推測できる。すなわち介護 保険の導入は要介護高齢者を顕在化させ、介護サービス需要の拡大へとつながった。これ らの介護サービス需要の一部は施設介護へ、一部は居宅介護へと向かうことになるが、施 設介護においては施設が不足しており、待機者が発生することになった。これらの「満た されない施設需要」 の一部は代替的サービスとしての居宅サービスへと向かうこととなり、 居宅サービスへの需要を一層押し上げることとなった。 (3) 次に上記仮説を検証するために都道府県集計データを分析し、以下の3点を明らか にした。第1に、 「65 歳以上人口 1 人当たり施設給付費」は「65 歳以上人口 1 人当たり施 設定員数(以下、施設定員率) 」によって決定されている。第2に、 「65 歳以上人口 1 人当 たり居宅給付費」は「65 歳以上人口 1 人当たり要介護認定者数(以下、出現率) 」と「施 設定員率」によって説明され、 「出現率」はプラス、 「施設定員率」はマイナスの効果を持 っている。第3に、 「満たされない施設需要」の 80%以上が居宅サービスを代替的に利用 している。 (4) 今後の介護保険の展開で注目されるのが民間企業の施設サービス市場への参入で ある。現在の介護保険制度の下では民間営利企業の施設サービス市場への参入は認められ ていないが、一定の基準を満たした施設に関しては「特定施設」として(居宅サービスの 一部として)介護保険の給付対象となる。したがって今後は「公的施設から民間施設への 代替」が起こってくると考えられる。実際、都市部においては民間による「施設」サービ スの提供が著しく増大している。 (5) このような動きは介護保険財政を一層厳しいものにしていくと考えられ、今後、高 齢者医療と介護の全体を見据えた保険のあり方、市町村を保険者としている国民健康保険 や介護保険の抜本的な見直しを避けて通ることはできない。 (6) 1989 年にドイツの医療保険改革で導入され、わが国でもその是非について論争の あった、いわゆる「薬剤の参照価格制」については、ドイツでは 10 年あまりの実績の中 で薬剤費の削減に効果があったことは確かめられているが、これに反発する製薬企業が主 に EU カルテル法違反で裁判に訴え、一部で容認判決が出てきたことから法的安定性に課 題が出てきた。ドイツではこの制度を維持するため、差し当たり疾病金庫連合会ではなく 連邦保健省が直接参照価格を公示するように立法的対応を図った。カルテル法違反の民事 24 判決が出た背景には、疾病金庫が公的主体としてよりも事業者としての性格を強めている ことがあり、これをめぐる議論は、わが国でも今後「保険者機能の強化」を論議するうえ での問題点として認識しておく必要性がある。 (7) わが国でも今後の高齢者医療の基本的な見直しの中で関心の高いドイツのリスク 構造調整については、1993 年の医療保険改革で導入され、各保険者間の被保険者の年齢、 性別、障害の有無、扶養率、所得という、保険者努力では対応できない構造的なリスクの 差を調整することにより、保険者間の競争を促進し、医療費の効率化を目指したものであ る。その施行後 7 年あまりの経験の分析からは、まずは保険者間の保険料格差を縮小し、 保険者の被保険者サービスを向上させるなど、初期の目標は達成された。しかし、その後、 ここ2、3年は、一部の疾病金庫が同じリスククラスに属する被保険者のうちで健康な人 の積極的な勧誘などリスク選別を強めた結果、再び保険料率格差も拡大し、保険者間の不 公平感も強まってきている。このため、2001 年には法律改正を行い、当座の手当をと、将 来的にはより精緻な疾病分類別のリスク構造調整への移行を余儀なくされている。この間 の経験は、すでに複雑すぎるほどのリスク構造調整を行っても、保険引受義務を伴う公的 医療保険において、保険者選択の自由を通じて競争と効率化を進めるという手法にはリス ク選別という致命的なアキレス腱があることや、結果としての医療費の抑制効果も生じて いないことを示しており、わが国で同様の手法を採用する場合にも慎重な検討が必要であ ることが明らかになった。 (8) 日本の国保および健保の個票データを用いた実証研究によると、国保データに 関しては、特定の疾病について医療費の地域間格差および医療機関間格差の存在が明 確だが、疾病の症状がほぼ均一でその診療方法が標準化されている慢性腎不全の外来 では格差はほとんど認められない。このことは DRGs/PPS の本格的導入に積極的根拠 を与える。ただし同様の性質の精神分裂病(統合失調症)入院では地域間・医療機関 間に大きな格差が存在する。 (9) 健保データについては平成 9 年 9 月の医療費制度改定(本人自己負担 1 割から 2 割への引き上げ)の効果について分析を行った。第 1 の結果として当該改定は組合 健保加入者「本人」の外来の受診を抑制し 1 レセプト当り医療費を約 2 割低減させた (外来医療費の価格弾力性 0.2) 。第 2 に、改定は特定の所得階層に偏った影響を及ぼ さず、必要不可欠な受診の排除は認められなかった。 (10) 悪性新生物によって終末期を迎えた患者(2 年間)を対象に分析した結果、終 末期医療費は約 500 万円であり、死亡者の医療費は加齢に伴い減少し、高齢になるほ ど医療費が上昇するという一般的な認識と異なる知見が得られた。追加的に終末期の 需要関数を推定すると自己負担の弾力性は 0.52、所得弾力性は 0.13 となり、所得の増 加は終末期医療を増加させる結果を得た。 (11) 健保ではさらに、70 歳になると自己負担率が約 3 割から 1 割に下落する老人 健康保健制度を例に慢性疾患患者(外来)の加入前後の受診行動を分析した。その結 果、1 ヶ月当り医療費は老健移行前に比して 5,000 円程上昇し受診日数は約半日延びる ことが分かった。 また自己負担は約 4,000 円下落し、 需要の価格弾力性は 0.228 となり、 先行研究とほぼ一致するという結果を得た。 (12) 国保と健保の 15 歳から 64 歳以上の加入者1人あたり年間医療費は外来でそ 25 れぞれ約 50,000 円、入院で 65,000 円と 50,000 円となり、国保の方が入院は高医療費 構造である。全般的な傾向として国保の方が特に老人に関して圧倒的に高い医療費と 長い診療日数となっている。 (13) 医療施設開設者に関する選別的な医療政策が施行されないにもかかわらず私 的医療機関は特定領域の医療サービスに特化している。 (14) 私的医療機関の病床比率が高い地域では入院医療費が高くなる。 E 今後の研究推進計画 世代間の利害調整という統一的なテーマの下、少子高齢化社会における高齢者と現役世 代の間でどのように利害調整を図るかが最終的な課題である。医療や介護に関わる A2 班 では大量のレセプトデータを解析し、患者の医療受給行動に焦点を当てて研究を推進して きた。高齢者の医療費は現在、急速に増加しており、将来は国民医療費の 7 割(現在は 4 割)に達すると予想される。しかも、その費用は老人保健制度の下、本人の自己負担(現 行 1 割弱)を除くと、現役世代の老人保健拠出金と国・地方の一般財源で賄われている。 日本における高齢者の受診率は現役世代のそれの約 4 倍である。この数値は諸外国と比較 して約 2 倍であり、そのことが日本の高齢者医療費を突出させている原因となっている。 今後は高齢者が自らの医療費に対して応分の負担をすることが世代間の公平性を保つた めに要請される。このとき高齢者にどれだけの負担能力があるのかが問題となる。現在の 政策的な議論では当面かれらの自己負担を 2 割にすることが想定されている。それだけの 負担に高齢者が耐えられるか否かが最も重要な論点である。その場合、とくに生活の困窮 度が高いとされる 300 万人を超える高齢女性単身世帯の人々が焦点となる。 ところが高齢者の生活実態を正確に捉える基本的なデータは意外に少なく、例外的に総 務省『全国消費者実態調査』が比較的それに近い。ただ、そのデータでさえ、ここで必要 としている雇用・年金・医療・介護を包括する形とはなっていない。 公平な政策を立案するためには、高齢者の生活実態を総合的かつ包括的に捉えるアンケ ート調査が必要である。そこで平成 15 年度に A3・A4 班と連携し、高齢者世帯に調査対象 を絞って年金受給額・雇用形態・医療と介護の受給額等を含む総合的なアンケートを試み る。このアンケート調査を通じて、多様な生活実態を形成する高齢者の経済状況を詳細に 把握し、少子高齢社会における世代間の公平性を実現するための基本的なデータを整備し たい。 他方、研究の収穫期を迎え、その成果を国際的にも情報発達するため、海外との研究交 流も積極的に行う。その手始めとして平成 14 年 12 月に先進国の医療改革をめぐる国際会 議を東京で開催する。そこには元韓国厚生大臣の Kwan Choi 教授をはじめ英国・米国・韓 国および日本の専門家が参加する予定である。 このような国際会議は来年度以降においても継続的に行う。それによって A2 班の研究 レベルを国際的水準にあわせるとともに、日本から医療経済学について情報発信する。各 国の医療制度は当然のことながらその国の人々の価値観を反映したものであり、一方的に 一つの価値観で他を律することは無意味であるものの、効率性や公平性という普遍的な概 念で医療制度を評価することも必要である。したがって医療制度に関する国際会議は政策 立案者にとっても意義深いものとなるだろう。 26 F 問題点と対応策 これまでのところ A2 班の研究は比較的順調に進捗しており、すでに相当の研究成果を 収めてきた。これまでに公刊された著作・論文は夥しい数に達している。また今後は国際 会議を積極的に開催する。さらに他の班との連携も、すでに進行しているものを含めて、 いっそう積極的に進める。 幸いにも本特定領域研究全体については、すでに専用のホームページがあり、情報サー ビスが広範に提供されている。A2 班においても専用のホームページを開設し、情報機能を 駆使できるようにしたい。そして研究分担者・研究協力者相互の連携を今後一層緊密にし ていく。 G 研究成果の公表状況 1.著書・編著 黒川 清と仲間たち『医学生のお勉強』芳賀書店、2002 年。 南部鶴彦編著『医薬品産業組織論』東京大学出版会、2002 年。 小椋正立&デービッド・ワイズ編著『日米比較 医療制度改革』日本経済新聞社、2002 年。 2.論文(*はレフェリーつきジャーナル) *鴇田・山田・山本・泉田・今野「縦覧点検データによる医療需給の決定要因の分析 ―国 民健康保険 4 道県について―」 『経済研究』51(4)、2000 年、pp.289-300. *鴇田忠彦「日本の医療政策 ―公共経済学的側面―」『経済研究』52(3)、2001 年、 pp.205-219. *増原・今野・比佐・鴇田「医療保険と患者の受診行動 ―国民健康保険と組合健康保険の レセプトによる分析―」 『季刊社会保障研究』38(1)、2002 年、 pp.4-13. *鴇田・細谷・林・熊本「レセプトデータによる医療費改定の分析」 『経済研究』53(3)、2002 年、 pp.226-235. 細谷・林・今野・鴇田「医療費格差と診療行為の標準化: 腎不全レセプトデータを用いた 比較分析」 『医療と社会』近刊。 田中耕太郎 「ドイツにおける薬剤定額給付制に関する特別法の成立とその意義」 『社会保険 旬報』2114、2001 年、pp.14-19. 田中耕太郎「日・独比較」内閣府『高齢者の生活と意義 第 5 回国際比較調査結果報告書』 2002 年、pp.279-292. Tanaka, K., “Solidaritaet und der Wettbewerb in der Gesetzlichen Krankenversicherung- Von den Erfahrungen des Risikostrukturausgleichs in Deutschland,” in Boecken, Winfried u.a. 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Mitchell 米国・ペンシルバニア大学教授 Gary Burtless 米国・ブルッキングス研究所上級研究員 Edward Palmer スウェーデン・ウプサラ大学教授 Bo Könberg スウェーデン・国会議員 Eli Donkar 米国・社会保障局次席数理官 Axel Boersch-Supan ドイツ・マンハイム大学教授 Yuanzhu Ding 中国・国家発展計画委員会主任研究員 Lixin He 一橋大学大学院経済学研究科博士課程 Winfred Schmähl ドイツ・ブレーメン大学教授 Ken Battle カナダ・カレドン研究所所長 Robert Holzmann 世界銀行社会保障担当部長 Warren McGillivray 国際社会保障協会事務局次長 31 B 研究の推捗状況 A3班では年金問題を世代間の利害調整という視点から理論的・計量的に分析すること を研究目的としている。そのさい各国比較をふまえつつ、①財政方式におけるベストミッ クスの究明、②給付建てと掛金建てのベストミックス考察、③公私の役割分担についての 明確な区分と範囲の指定、④雇用流動化・就業形態の多様化への適切な対応、⑤リスク管 理・金融機関規制をめぐる具体的方法の開発、⑥国際資本移動の変化と国際金融システム への影響に関する計量的分析、⑦高齢化に伴う家計貯蓄の変化と金融業への影響に関する 計量的分析、などを具体的研究テーマとして設定し、これまで精力的に研究を推進してき た。 とくに世界の経験に学び、そこから日本の将来を構想しようという観点から、以下のよ うに国際年金セミナーや国際年金ワークショップを連続して東京で開催してきた。 国際年金セミナー(於一橋大学佐野書院)平成 13 年3月5日∼7日 私的年金に関する国際ワークショップ(於国際文化会館)平成 13 年 3 月 17 日 年金に関する一橋サマー・ワークショップ(於一橋大学佐野書院)平成 13 年9月 21 日 年金に関する一橋ウィンター・ワークショップ(於ルポール麹町および学術総合センタ ー) 平成 14 年 1 月 10 日∼11 日 高齢化と国際資本移動に関する国際コンファレンス(於アジア開発銀行研究所)平成 14 年 3 月 14 日 年金に関するスプリング・ワークショップ(於学術総合センター)平成 14 年 4 月 19 日 上記の国際会議にはアメリカ合衆国・イギリス・ドイツ・イタリア・カナダ・オーストラ リア・シンガポール・チリ・中国・日本および国際社会保障協会・世界銀行の年金専門家 が論文を提出し、会議参加者の間で活発な討論をつづけてきた。提出論文は当該プロジェ クト(PIE)のディスカッション・ペーパーとして公開されている(当会領域のウェッ ブサイト http://www.ier.hit-u.ac.jp/pie/Japanese/index.html からもダウンロード可能で ある) 。また各報告に対する指定討論者のコメントを含むプロシーディングスがすでに 4 冊刊行されており、今後も継続してプロシーディングスを刊行していく予定である。さら に上記の国際会議における討論を踏まえて改稿された主要な論文を集め研究書(英文の単 行本)を平成 14 年中に丸善から刊行する。 上述のような国際会議を通じて主要国における年金情報は当該領域に集中されつつある。 今後とも当該領域が年金情報の世界的な重要発信拠点となることを目指し、年金に関する 国際会議を継続的に内外で開催する予定である。 日本における国際会議の開催は他方で年金問題に関する日本人の理解を深めることにも 貢献してきた。とくに平成 14 年 1 月 10 日に開催されたウインター・ワークショップには 日本の国会議員が 24 名参加し、 基調報告 「スウェーデンに学ぶ政治家主導の年金改革」 (報 告者:B.Kӧ nberg 元スウェーデン年金担当大臣)に対して鋭い質問を連発した。そし て日本における今後の年金改革に向け、共通の土俵を設けるという合意が与野党間で形成 された。スウェーデン・モデルはこのワークショップ等を通じて日本の年金改革における 重要な参考例となりつつある。 なおA3班の研究代表者である高山憲之はこれまでにシンガポール・オーストラリア・ ドイツ・アメリカ等において日本の年金に関する特別講演や報告をしてきた。平成 14 年 32 10 月には中国と韓国で同様の報告をする予定であり、年金研究者の世界的ネットワーク形 成に努めている。 つぎに日本では退職金や企業年金が今日、大きく変わろうとしている。バブルが崩壊し デフレ状況下で株価は大幅に下落する一方、超低金利がつづいている。他方で新会計基準 へ移行する中で大多数の日本企業は未積立の年金債務に苦しんでいる。人事・処遇体系も 抜本的な見直しを余儀なくされ、あわせて退職金・企業年金にビッグバンを迫っている。 そこでA3班の中に退職給付ビッグバン研究会を平成 14 年 2 月に設置し、退職金・企業 年金に関する問題を包括的に研究することにした。研究参加者は大学や研究機関に所属す る研究者、行政担当者、民間金融ビジネスにおけるオピニオン・リーダー、労使双方にお けるオピニオン・リーダー等である(参加者数は平成 14 年 9 月時点で約160名) 。現在、 賃金論・会計学・年金数理・労働法・税法・資産運用・経済政策など、幅広い観点から研 究に従事している。すでに研究会の設立総会を平成 14 年 2 月に開催し、平成 14 年 9 月 26 日∼27 日に 2002 年度年次総会を開催した。そのさいの各報告はPIEのディスカッシ ョン・ペーパーとしてまとめられる(報告資料は当該プロジェクトのウェッブサイトにリ ン ク さ れ て い る 退 職 ビ ッ グ バ ン 研 究 会 の 専 用 ウ ェ ッ ブ サ イ ト http://www.ier.hit-u.ac.jp/jprc/に搭載されている) 。 なお最初に述べた 7 つの具体的研究テーマに沿った研究は『全国消費実態調査』 『国民 生活基礎調査』 『少子・高齢社会における家族と暮らしに関するインターネットアンケー ト』等の個票データを利用して分析を着実に進めてきた。 これまでの研究成果は当該領域(PIE)のディスカッション・ペーパー等にまとめる 一方、学会・研究会でも積極的に報告している。そして研究成果は専門論文としてレフェ リーつきの専門誌に投稿してきた。その一部はすでにアクセプトされ、掲載されている。 C 他の班との連携状況 公的年金制度を設計するさいには世代間の公平性を無視するわけにはいかない。そこで A1班(鈴村班)が推進している「世代間衡平性と負担原則」の研究成果を常に注視して おり、A1班の研究対象が今後、制度に傾斜していくにつれ両者の連携はますます緊密に なっていくと予想している。 医療・介護を研究しているA2班(鴇田班)や少子化問題を研究対象としているA4班 (斎藤班)はいずれも先進工業国を念頭に置いている。この点においてA3班とは共通点 が多い。そこで年金に関する国際会議を開催するさいには、常にA2班およびA4班の研 究参加者にも連絡し、指定討論者を引き受けてもらうなど緊密な連携に当初から努めてき た。今後ともこの連携をいっそう強化する一方、平成 15 年度に合同してアンケート調査 を実施する準備を進めている。 A6班(西村班)は旧ソ連邦・東欧諸国の年金問題を主要な研究テーマの 1 つとして これまで研究を進めてきた。A3班とは研究テーマが重なるので、班別に開催される国際 会議のさいには双方の研究参加者が合同して出席し、共通の理解を深めている。 A7班(北岡班)も年金制度の政治的分析を主要な研究テーマの1つとしている。そ こでA3班の研究成果を絶えずA7班に提供する一方、A3班が平成 14 年1月 11 日に開 催した「スウェーデンに学ぶ政治家主導の年金改革」をめぐるウィンター・ワークショッ 33 プのさいにはA7班の参加者に出席を求め、指定討論者を引きうけてもらうなど、たがい の連携を図っている。 A5班(寺西班)も今後、開発途上国の年金問題を研究テーマの1つとして取り上げ る予定であり、ここでもA3班との連携が期待されている。 D 研究の主な成果 研究の主な成果は次のとおりである。 (1) 従来、賦課方式の問題点として指摘されていたものの大半は給付建て年金制度の 問題点と考えるべきである。積立方式へ移行しても、低い内部収益率等の問題を解決する ことはできない。 (2) スウェーデン型「見なし掛金建て方式」への移行によって若者の年金離れに歯止 めがかかる可能性がある。保険料拠出と年金給付を1対1に対応させることは、年金制度 空洞化対策の切り札となるだろう。 (3) 見なし掛金建て方式は給付建て方式の特殊例であることを年金数理的に示すこと ができる。ただ、給付建ての場合、高齢化が進行したり経済成長率が低下したりすると、 受給開始年齢を引き上げたり年金水準を切り下げたりせざるを得なくなる。そのさい政治 家や官僚は国民批判の矢おもてに立たされる場合が多い。他方、見なし掛金建て方式の下 では結果的に同じことが生じても、それは経済や社会が悪いことになり、政治家や官僚は 責任を追求されなくなる可能性が高い。 (4) 公的年金財源として税金を投入する場合、どのような給付を税金で賄うべきかを 日本でも再検討する必要がある。近年、先進工業国では増税が容易でないため、年金保険 料で賄う年金給付と税金で賄う年金給付を区分けし、後者を所得階層別にみて「上に薄く 下に厚い」給付に改めた国が少なくない。 (5) 公的年金の保険料をさらに引き上げたり、公的年金財源を調達するために増税し たりすることは先進工業国ではいずれも不人気となっており、経済活性化策とからめて年 金保険料の引き上げを凍結している国がほとんどである。人口高齢化がさらに進展してい く中で、職域や個人をベースとした老後所得の準備に政策の重点を移している。日本でそ のような方向を追求する場合、私的貯蓄間の代替が生じる可能性が高く、公的負担と私的 貯蓄をあわせた老後のための負担はこれまでとあまり変わらないと予想される。 (6) 日本における家計ポートフォリオのライフサイクルを通じた変動を調べたところ、 株式に対する投資の割合はアメリカのそれに類似している部分が多く、年齢に伴って山形 のパターンを辿ることが判明した。しかし日本家計における株式保有割合のピークはアメ リカに比べて遅く、老後の落ち込みの度合いも少ない。このような日米の差は、日米の家 計における土地(持ち家)保有が異なるパターンをとることによってかなりの部分を説明 することができる。すなわち日本家計の支出に占める住居費や総資産に占める不動産(持 ち家)の割合はアメリカに比べ非常に高く、したがって若年期においては持ち家の購入・ 住宅ローンの返済のために危険資産を保有する余裕が無い。日本家計における株式保有割 合の変動は土地・持家保有の有無によって大部分を説明することができる。 (7) サービスの質が重要である分野、あるいは通常の契約では質や長期的な供給が担 保できない分野(社会福祉・年金はこの分野である)においては Non-profit sector が重要 34 な役割を果たしている。利益を最大化するインセンティブが民間セクターより弱いからで あり、目に見えない質を落としてコストを削減するインセンティブが相対的に弱い。この ような産業分野における Non-profit sector の発展は国によって異なる。すなわち人々同士 の信頼レベルが高い国においては公共財的な要素を含む産業において Non-profit sector がより発展している。またイギリスの法律を起源とするコモンローの国々では Non-profit sector がそうでない国々よりも発展していることがわかった。これは、コモンローのほう がフランス法が起源の国を中心とする civil law の国々よりも事後的なチェック、法律によ るガバナンスが効くことによるものである。 (8) 平成8年の所得再分配調査および最近のわが国の将来人口推計に基づき「世代会 計」の手法を用いて将来推計を行った。その結果、現在の所得再分配制度を維持した場合、 政府債務の現在価値はおよそ 470 兆円であり、将来世代は現在世代に比して 1.5 倍あまり 追加的な負担を求められることがわかった。この世代間格差を解消する場合、より早い時 点で受益を削減する改革の方が将来世代にとっては望ましい。 (9) 高齢化と社会保障改革が家計内の出生や金融資産選択にどのような影響を与えて いるかを明らかにするため、インターネットアンケート(goo リサーチ)を 2002 年 3 月 に 20 歳から 59 歳を対象に実施した。有効回答数は 5,782 名であった。その結果、結婚に 対する考え方が実際の夫婦の子供数に影響を与えていること、保育所のほか親(祖父祖母) などの家庭内の育児資源が子供の需要にプラスの影響を持ちうること、金融資産と子供数 に代替的な関係が認められること、などがわかった。 (10) 金融産業ではこの 10 年間で 7,600 件、 金額にして 1.7 兆ドルの M&A が行われてお り、金融産業の構造が大きく変化しつつある。金融 M&A のトレンドの背後にある要因とし ては通常、規模の経済や範囲の経済が挙げられることが多い。しかし、これまでの実証研 究によれば、規模の経済や範囲の経済が銀行収益に貢献する度合いは小さく、こうした要 因で金融統合のトレンドを説明することはできない。特に、1990 年代後半以降急増してい るメガ統合はこうした要因では説明できない。(むしろ)①企業規模の拡大により潜在的 な顧客の関心を強く惹きつけるために統合を行う(「関心の独占」仮説)、②経営者が自 らの生き残りのための戦略的な手段として統合を行う(塹壕仮説)、という 2 つの要因が 金融 M&A、特に最近におけるメガ統合の背景にあることが判明した。 (11) 銀行統合が進むと貸出市場が寡占的になり銀行依存度の高い企業の資金調達に支 障をきたすとの議論がある。また大銀行は主として大企業に融資を行い、小銀行は小企業 に融資を行う傾向があるので、統合で銀行が大きくなると融資先が大企業に偏るとの議論 もある。日本のデータを調べた結果、地銀以下のクラスに属する銀行については銀行規模 が大きくなると中小企業向け比率が低くなるという欧米と同様の傾向が確認することがで きる。一方、都市銀行についてはこうした関係はみられず、資産規模の大きい銀行でも中 小企業向け比率が高い例が目立つ。また都市銀行における過去の統合事例をみても統合後 に中小企業向け比率が低下する傾向は認められない。日本の都市銀行はこの点で欧米の同 クラスの銀行とは異なる。この結果は、日本の大銀行の組織構造、特に融資の意思決定に 関係する組織構造が欧米と異なる可能性を示唆している。 (12) 自然利子率の低下にもかかわらず将来にわたる政府の財政収支(実質税収)が不 変であると仮定すると、税収をバックに発行されている国債が他の投資機会に比べて魅力 35 的になる。したがって通常の状況であれば、国債に対する需要が増加し国債の市場価格が 上昇する。しかし名目金利が下限ゼロに貼りついており、その状態が将来も続くと予想さ れる場合には、将来の名目金利に下げ余地がないので現時点における国債市場価格の上昇 は起こり得ない。国債は他の投資機会との対比で割安になっているため、人々は現在財を 売って国債を購入するという裁定取引を行う。均衡では現在財の名目価格は下落し、現在 財で測った国債の価格は自然利子率の低下に見合う水準まで上昇する。現在財の名目価格 下落を回避するためには、将来にわたる徴税額を減少させる、あるいは、ショック終了後 も低金利を継続するといった政策コミットメントが有効である。 (13)年金制度は労働力の国際移動を念頭に置いて設計する必要がある。脱退一時金制度 は暫定的な措置に過ぎず、外国人労働者に不利な形で働いている。また年金協定は労働力 の国際移動を促進し、国際的な資源配分の効率化を通じて経済厚生を高める効果も持つこ とを理論的に確認した。 (14)アメリカでは①従業員向けの投資教育が 401(k)への加入率や掛金の拠出率を高める 効果を持っている一方、②自動加入にすると加入率が大幅に高まるものの、「デフォルト」 設定された拠出率や運用方法がそのまま選択されるなど従業員の意思決定が かなり受動 的となる。これらアメリカの経験は日本版 401(k)をめぐる投資教育にも重要な意味合いを 持つだろう。 (15) 確定拠出型年金へのシフトは企業会計・企業経営上必然の流れである一方、老後 の安定的生活資金としては給付が確定している方が望ましいので、折衷的なハイブリッ ド・プランに収斂する可能性が高い。 (16) パラサイト・シングル化しているのは、恵まれた職業(常勤職)についている若 者だけでは必ずしもない。多くはむしろ不安定な職(パートタイム労働)についており、 経済的に自立する余裕がないために親に依存している。これは親である中高年労働者の雇 用を確保する施策が結果的に若年労働者の雇用機会を奪っていることの反映である可能性 が高い。 (17) コーホート別の貯蓄率分析によると、1946∼49 年生まれのベビーブーマー世代は、 40 歳代よりすでに他のコーホートとは別の行動をとり始めていることが判明した。この世 代は他の世代の同年代時と比べて貯蓄率が低い。これは、バブル崩壊の影響を受けている だけではなく、この世代のすべてのメンバーの雇用を確保することが難しくなっているこ とを示唆している。 (18) 日本の金融制度は年金基金を中心とした機関投資家によってますます左右される ようになってきている。 (19) ライフサイクル理論では貯蓄率は若年期でプラス、老年期でマイナスとなる。す なわち人々は人生全体における消費を平準化させようとするため収入の多いときに貯蓄を し、収入が少なくなる老年期にそれを取り崩すのである。しかし、これまでのわが国にお ける貯蓄率の研究では高齢者の貯蓄率は必ずしもマイナスではなく、むしろ貯蓄率が高く 出る結果となっている。これは、遺産動機や意図しない遺産動機などで説明されるが、統 計データの問題もある。すなわち高齢者のデータは比較的収入が多く世帯主になりうる層 のものであり、世帯主ではなく収入の少ない層についての調整が必要となる。そこで世帯 主でない高齢者について貯蓄率を推計し、高齢者貯蓄率について調整した。その結果、高 36 齢者の貯蓄率はそれまでの推計と比べて低くなる(単純な統計データからの高齢者貯蓄率 は平均で 35%程度であるが、調整を行うと 20%程度となる)ことがわかった。ただし高齢 者の貯蓄率はプラスのままである。 (20) 経常収支のシミュレーション分析を人口構成が変化するときの国内総投資と国内 総貯蓄の差を求めることで行った。結果は政府部門の捉え方により異なる。まず、増税な どの要因を考えない場合、人口構成変化による家計の総貯蓄低下が経常収支の赤字化の要 因となりうるものの、その影響度は政府部門の貯蓄と比較すると大きなものではない。一 方、政府部門の利払い増加は将来の増税を意味し家計の消費行動に影響を及ぼす。この要 因を考慮に入れた場合、 家計の貯蓄率が大幅に低下し経常収支赤字化の大きな要因となる。 (21) 日本がデフレから脱却するためにどのような金融政策が必要かについて吟味した。 少子・高齢化のなかで潜在成長率は落ちているかもしれない。しかし、それ以上に総需要 不足の継続が物価の下落を招き、その物価の下落がさらなる物価の下落(デフレ)の期待 を生む。そして物価下落の期待は家計や企業に支出を控えさせるため、さらにデフレを悪 化させる。このようなデフレ・スパイラルからの脱却のための一つの方法として物価安定 数値目標政策の可能性を探った。 E 今後の研究推進計画 A3班の研究は当初の計画どおり進んでいるので、今後は研究内容をいっそう深化させ る方向で引きつづき努力していく。 公的年金分野では先進工業国との比較研究はほぼ終了した。今後は日本の年金改革をめ ぐり、本研究班で導出されたいくつかのガイドラインに沿った具体案を策定する。また開 発途上国における年金問題(ガバレッジ拡大やガバナンスの問題を含む)をA5班と共同 して解明していく。とくにアジア諸国の年金問題を集中的に議論するための国際会議を平 成16年度までに開催する。 私的年金問題では究明すべき課題がいくつか残されている。とくに投資リスクの問題や ハンドリングコストの問題さらには所得分配上の問題もある。くわえて政府規制のあり方 についても考察する余地が広い。先進主要国における経験と議論に学びつつ、日本におけ るビッグバンの動きを注視しながら今後のあり方についてさらに研究を推進する。 またA2班・A4班と共同して高齢者の生活実態を明らかにするため詳細なアンケート 調査を平成15年度に実施する予定である。 さらに個々の研究テーマについては、これまでに得られたファクト・ファインディング ズの政策的インプリケーションを明らかにしたり、分析モデルの動学化を図ったり、イン ターネット・アンケートの結果を多変量解析したりして研究の精緻化を図る。各種の個票 データに関する分析も継続していく。 くわえて金融産業の変化が企業行動に及ぼす影響や高齢化に伴う金融商品の変化につい ても実証分析を試みる。また日本の財政収支について持続可能性を検討した上でシミュレ ーション実験を行い、その経常収支への影響をさらに詳しく調べる。 F 問題点と対応策 37 A3班については、これまで研究を推進するにあたって問題となった点は特にない。し たがって、それらの対応は不要である。 G 研究成果の公表状況 1. 著書・編著・プロシーディングス Takayama, N. ed., Taste of Pie: Searching for Better Pension Provisions in Developed Countries, Tokyo: Maruzen, forthcoming. 小塩隆士 『教育の経済分析』日本評論社、2002 年 8 月。 渡辺努・岩本康志・齊藤誠・前多康男『金融機能と規制の経済学』東洋経済新報社、2001 年10 月。 Pensions and Intergenerational Equity, Proceedings, No.1, International Seminar on Pensions, 5-7 March 2001, Sano-shoin Hall, Hitotsubashi University, Tokyo, released in September 2001. 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Takayama, N., “An Evaluation of Korean National Pension Scheme with a Special Reference to Japanese Experience,” a paper submitted to the Proceedings of the International Symposium for Sharing Productive Welfare, under the auspices of the Ministry of Health and Welfare of Korea and the World Bank, held at Seoul, September 2001. Takayama, N., “Taste of Pie: What Matter in Japanese Public Pensions?” Global Horizons Seminar on Pensions and Lifetime Savings, House Ways and Means Committee Room, Capitol Hill, Washington DC, 24 May 2002, sponsored by the Heritage Foundation and the 40 Smith Institute. Takayama, N., “Social Safety Net under the Population Aging,” 4th Japan-Singapore Symposium towards Common Action, Singapore, January 2001. Takayama, N., “The Keynote Address: Reform of Public and Private Pensions in Japan,” the 9th Annual Colloquium of Superannuation Researchers on Reform of Superannuation and Pensions, University of New South Wales, Sydney, Australia, 9-10, July 2001. 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Kitamura, Y., “Corporate Finance and Market Competition,” 2001 年度日本経済学会。 北村行伸「企業年金に関する新時代に対応する企業年金制度の構築に向けて」中部生産性 本部、平成14年度流通労使研究部会、2002 年7月 26 日。 4.DP Takayama, N., “Japan’s Social Security Pensions in the Twenty-First Century,” PIE DP-12, March 2001. Takayama, N., “Pension Reform in Japan at the Turn of the Century,” PIE DP-27, May 2001. Takayama, N., “An Evaluation of Korean National Pension Scheme with a Special Reference to Japanese Experience,” PIE DP-45, January 2002. 高山憲之 「カナダの年金制度」PIE DP-89、2002 年 4 月。 Takayama, N., “Taste of Pie: What Matter in Japanese Public Pensions? ” PIE DP-91, May 2002. Takayama, N., “Never-ending Reforms of Social Security in Japan,” PIE DP-92, May 2002. 高山憲之 「最近の年金論争と世界の年金動向」PIE DP-93、2002 年 5 月。 Kitamura, Y., Takayama, N., & Arita, F., “Household Savings in Japan Revisited,” PIE DP-6, December 2000. Bravo, J.H., “The Chilean Pension System: A Review of Some Remaining difficulties after 20 Years of Reform,” PIE DP-7, March 2001. 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小塩隆士・大竹文雄・岩本康志 「年金研究の現在」『季刊社会保障研究』(学会展望座談会) 37(4)、pp. 316-349. 小塩隆士 「社会保障と税:高齢者向けは税方式で」日本経済新聞・経済教室、2002 年 3 月 20 日朝刊。 小塩隆士 「年金改革への提言:制度存続かけた議論を」日本経済新聞・経済教室、2002 年 7 月 24 日朝刊。 43 計画研究A4班(斎藤班) 「少子化および外国人労働をめぐる経済理論的・計量的研究」 研究経過報告書 A 研究組織 研究代表者: 斎藤 修 一橋大学経済研究所教授 研究分担者: 麻生良文 慶應義塾大学法学部助教授 阿藤 誠 国立社会保障・人口問題研究所所長 井口 泰 関西学院大学経済学部教授 小川 浩 関東学園大学経済学部助教授 都留 康 一橋大学経済研究所教授 西沢 保 一橋大学経済研究所教授 樋口美雄 慶応義塾大学商学部教授 八代尚宏 日本経済研究センター理事長 依光正哲 一橋大学大学院社会学研究科教授 宇都宮浄人 一橋大学経済研究所講師 佐藤正広 一橋大学経済研究所教授 研究協力者: 岩本康志 一橋大学大学院経済学研究科教授 大山昌子 一橋大学大学院経済学研究科専任講師 西村 智 関西学院大学経済学部助手 志甫 啓 関西学院大学経済学研究科博士課程 ベルトラン リール第一大学・関西学院大学交換学生・博士課程 倉田良樹 一橋大学大学院社会学研究科教授 佐野 哲 日本労働研究機構 三好博昭 三井情報開発(株)総合研究所 宣 元錫 拓殖大学 B 研究の推捗状況 少子化の進行が世代間の利害にどのように影響するかを経済学の立場から理論的・計量 的に明らかにする一方、外国人労働者を日本にどのように受けいれるべきかについて、諸 外国の経験に学びながら具体的に提案することが A4プロジェクトの課題である。少子化 については①少子化・高齢化が貯蓄に与える影響、②少子化・高齢化のマクロ経済的効果、 ③国際比較の視点からみた少子化に関する人口学的研究、④保育サービスの供給体制に関 する分析、⑤遷移モデルをベースにした晩婚化・非婚化現象についての実証研究およびコ ンピュータ・シミュレーションによる少子化メカニズム分析とそれに基づいた少子化対策 と整合的な高齢者雇用制度についての提案、等の各研究をこれまで進めてきたほか、少子 化と雇用問題、外国人労働者の受けいれに関して、⑥解雇規制や中高年の雇用調整速度が 44 若年雇用に与える影響等の分析および雇用に関する利害調整の実態分析、⑦賃金・人事制 度の改革状況とその効果の分析、⑧少子化対策(あるいは出産促進政策)および移民・外 国人政策の有効な組み合わせに関する理論・実証分析、⑨国内における「インドシナ難民」 と「長期滞在の不法就労者」を対象とした外国人労働者の実態解明、を行なってきた。さ らに、これら問題の歴史的な検討という観点から⑩歴史上の人口問題やイギリスを中心と する人的資源形成と将来世代に関する歴史的経済思想史的な基礎研究を行なっている。く わえて統計的な把握の問題点を検討するために⑪退職給付債務や新しい形の雇用者報酬で あるストック・オプションの統計的把握および消費者物価指数(CPI)における計測誤差の 検討、等の個別研究を進めてきた。 その具体的研究内容は次のとおりである。 ①少子化・高齢化が貯蓄に与える影響:公的年金と貯蓄の代替関係、家族によるリスク シェアリング機能、保険需要に与える影響、Barro モデルの検定等を行なってきた。 ②少子化・高齢化のマクロ経済的効果:世代会計、公的年金、女性の労働供給の内生化、 子育て費用の導入、などを理論的に考察している。 ③少子化に関する人口学的研究:a)日本における少子高齢化見通しの変化と少子化対策 を含む政策対応の変化の関係を明らかにし各国と比較する、b)日本における少子化の動向 と背景をアジアNIEs のそれと比較分析し、それらの間の共通性と相違点を明らかにすると ともに、ヨーロッパ諸国について提示された「第2人口転換論」がアジアの少子化状況に 適用可能か否かを明らかにする、c)少子化がつづく先進諸国のなかで、なぜ日本のみが同 棲・婚外子が増えないのかという点を国際比較のデータから明らかにする、等の分析を進 めている。 ④保育サービスの供給体制分析:まず、首都圏の保育所を対象にアンケート調査を実施 し、各保育所の基礎的データを収集するとともに、経営主体別にみた保育サービスの質と 効率性を推定した。その実証分析と結果の公表はほぼ終了している。つぎに、潜在的需要 動向からみた保育所の立地に関する実証研究を開始しており、小地域単位で見た保育サー ビスの供給量と待機児童数との関係に関する考察を行う。先行研究の探索、保育所の立地 に関するデータの収集、空間情報に関する統計計量ソフトの選定等を進めている。 ⑤少子化メカニズムの分析:1955 年コウホートと 1965 年コウホートの結婚行動の違い を説明するコンピュータ・シミュレーションモデルを開発し、それを用いた結婚行動につ いてシミュレーションを試みた。さらに、インターネットを用いたアンケート調査を実施 し都市部高学歴層のデータを収集して分析を行った。現在、シミュレーションの拡張およ び実証におけるデータの追加に取り組んでいる。 ⑥解雇規制や中高年の雇用調整速度が若年雇用に与える影響等の分析と雇用に関する 利害調整の実態分析:解雇規制が若年雇用に与えている効果をめぐる日欧米の分析結果を 展望し、各国における年齢別失業構造を比較しつつ、中高年層における雇用調整速度の違 いが若年雇用に与えている効果を分析した。現在、企業のマイクロ・データによる検討、 定年延長、中高年雇用対策(雇用継続給付金制度、雇入れ助成金)の労働市場への影響、 年金制度改革がもたらした影響分析に取りかかっている。 ⑦賃金・人事制度の分析:日本企業における賃金・人事制度の実態について人事担当者 やライン管理職に聞き取り調査を実施し、a)企業組織と経営状況,b)賃金・人事制度,c) 45 その運用実態等を具体的に解明した。さらに、そうした制度設計者の意図通りの成果が得 られているか否かを検証するために3社について従業員意識調査を実施した。 ⑧の少子化対策(又は出産促進政策) 、労働力政策及び移民・外国人政策の組み合わせ に関する理論・実証分析:雇用面における利害調整を3つの視点、a)一時点における高齢 者と若年者の雇用面の利害調整、b)女性就業と出生率、c)短期的な外国人労働者受けいれ 効果と長期的な外国人受けいれ効果から考察し、内外の研究協力者(特にフランス・リー ル第一大学スタンケビッチ教授の研究グループ)と同一テーマで国際比較研究を進める体 制を整えた。それぞれ日仏の文献を交換しデータを共有しつつ、相互協力の下で論文を執 筆し、専門誌へ投稿している。 ⑨日本国内における外国人労働者の実態解明:ほとんど実態が解明されていない「イン ドシナ難民」と「長期滞在の不法就労者」に研究対象を絞り、本格的な研究に耐えうるデ ータを収集・蓄積にており、現在、理論的なフレームを検討している。そして、その研究 成果は市販される書籍として出版する予定である。 ⑩歴史人口学・思想史研究:19 世紀末から 20 世紀初頭において国際競争力に喘ぐイギ リスで、マーシャルやウェッブ、アシュリーなどの経済学者が、企業組織・産業組織およ びそれを担う人材形成と高等教育制度の問題をどのように考え、どのような制度を具体的 に設計したのかを歴史的資料にもとづいて検討した。 ⑪少子化経済の統計的検討:退職給付債務、ストック・オプションなどの雇用者報酬に ついて SNA における実態把握の問題点を検討し、さらに消費者物価指数(CPI)の計測誤差 を考察した。現在、ストック・オプションについてデータを整理し分析中である。 C 他のプロジェクトとの連携状況 A2班、A3班とは緊密に連携して研究を推進している。またA1班やA7班の研究成 果にも注目を怠っていない。さらに国内外の研究機関との間で研究協力体制がすでにでき ており、A4グループの研究成果の質を高める努力をしている。 D 研究の主な成果 これまでに得られた主な研究成果は次のとおりである。 1) 世代会計の手法を用いて人口高齢化が財政に与える影響を推計した結果、将来世代 は現在世代に比べ 34%の負担増(グロスターム)を求められることが判明した。なお財政 収支については 21 世紀後半にはプライマリー収支で GDP 比 4%の黒字を出していかなけれ ばならなくなる。 2) 日経レーダー( 『金融行動調査』 )の個票データを用い、公的年金資産と家計資産の 代替関係についての実証分析を行った結果によると、公的年金資産が家計資産に与える影 響は有意ではなかった。これはライフサイクル仮説とは異なっている。 3) 賦課方式年金を維持することは当初の年金債務を発散させないように各世代に均等 な負担(暗黙の租税)を求めることを意味している。なお積立方式への移行のために十分 な時間(たとえば 100 年程度の)をかければ移行期世代の負担増は大きな問題にならない ことが判明した。 4) 女性の労働供給が増加したとしても将来の日本における労働力不足を解消すること 46 はできない。 5) 労働力の高齢化や産業構造の急激な変化によって人的資本が予期せぬ形で陳腐化す るという問題がある。 6) 日本政府の少子化対応は、少子化の結果への対応としての社会保障構造改革は別と して、①北欧諸国等に比べて性役割に関する変化が乏しいゆえに有効性を欠き、②外国人 労働を含む移民政策については米国はもとより西欧諸国と比べてもきわめて消極的である。 7) 少子化状況は日本だけでなく 1980 年代末までに出生力転換を終えたアジアNIEs で も観測されている。少子化の原因も未婚化・晩婚化・晩産化にある点で共通している。西 欧社会の第2の人口転換との極だった違いは、アジアではほとんど同棲・婚外子が増えて いないことである。少子化の社会的背景としては女性の高学歴化がアジア諸国に共通する が、それと関連して男女平等を求める価値観変化と伝統的家族観の根強さとの相克が最も 重要である。 8) 日本の同棲・婚外子が極だって少ない主な理由としては、①女性の避妊法の普及率 が低く、女性のリプロダクティブ・ライツが実現しにくいこと、②性別役割分業観の根強 さが男女平等的同棲カップルの形成を妨げていること、③伝統的家族制度(直系家族制度) と関連して、男女関係よりも親子関係を重視する価値観が同棲よりもパラサイト・シング ルを選ばせていること、の3つを挙げることができる。 9) 保育サービスの質が高くなるほど保育所の効率性が高い。保育所を効率的に運営す ることが質の低下につながるという通説は否定される。 10) 保育サービスの運営主体別に効率性を平均値により比較すると、高い方から順に、 準認可、私立、公立となっていた。準認可の運営効率性が最も高く、したがって待機児解 消などを目的とした保育所新設にあたっては、質を重視した民間主体の保育サービスが提 供されることが社会的には望ましい。 11) 女性を中心に見た場合、日本における晩婚化・非婚化の趨勢は 20 歳代(特に 20 歳代前半)における結婚率が大幅に低下してきたことに起因している。30 歳代については コウホートごとの差はほとんどないので、30 歳代の結婚は 20 歳代の結婚とは違うメカニ ズムによって生じている可能性が高い。 12) 日本では父親世代の所得と夫候補世代の所得が女性の結婚行動に大きな影響を与 えている。また近年、観察されている急速な晩婚化・非婚化はバブル崩壊後の若年者(夫 候補世代)の賃金上昇が抑えられたことと、60 歳定年完全実施に代表される高齢者の賃金 低下防止政策、の相乗効果である可能性が高い。 13) 高齢者の雇用促進政策はさらに晩婚化・非婚化を押し進める可能性がある。 14) 90 年代に入り、経済成長率が低下する中、正社員を減らし、パートタイマーや派遣 労働者、構内下請けによって代替しようとする企業が増加している。労働者の雇用保障が 強く求められるわが国の労働市場においては、とくに新規採用を手控えることによって雇 用調整が行なわれ、その結果、新卒者の良好な雇用機会が大きく減少している。 15) 整理解雇の難しいヨーロッパにおいても、80 年代に若年失業率が大きく上昇し、若 年雇用の拡大を目指して、高齢者の早期引退を促すため、年金支給開始年齢の引き下げ、失 業保険給付の要件緩和が実施され、 高齢者の労働力率は低下したが、これによって若者の採 用は増加しなかった。またいくつかの国では、解雇の事前通告期間を短縮したり、解雇手当 47 を軽減するなどして解雇規制を緩め、 新規採用を増やそうとしたが、これによって若年雇用 が増えたという実証分析の結果は得られていない。 16) わが国の産業別、企業規模別データを用いた実証分析では、45 歳以上就業者の多い 産業では、生産量の伸び等が同じであったとしても、若年労働者の大企業割合は低いとい う結果を得た。しかし、45 歳から 60 歳の雇用調整速度を計り、このスピードの速い産業で は若年労働者が多数採用されているかを検証してみると、学歴により推定結果は異なって おり、 高卒については中高齢層を削減しにくい産業では若年採用が減らされるのに、大卒に ついては統計的に有意な結果が得られなかった。 17) 近年、とくに高卒の就職内定率の低下が叫ばれているが、日本企業の海外直接投資 の増加、情報技術の発展の影響も相まって、中高齢層を優遇するわが国の雇用慣行や雇用政 策が影響していることを否定することはできない。 18) 従業員意識調査の結果によると、 a)職務給導入を伴う人事制度改革の評価は総じて 高いものの、評価の仕組みや運用問題が残っており、特に若い層で労働意欲が低下してい ること、b)合併と人事制度の統合に対しては概ねポジティブな評価が与えられ、企業規模 の小さかった旧会社の社員、特に若い層について会社へのコミットメントや労働意欲の高 まりが見られる一方、人間関係が悪化するといった負の側面もみられること、c)役割給導 入を伴う新人事制度の結果として特に中高年層で賃金格差が拡大し、労働意欲にマイナス の影響が生じていること、などが明らかとなった。 19) 高齢者と若年者の雇用面の利害調整は、1990 年代の日本では、フランスなど欧州 諸国に比べ、賃金調整や従業員の人口構成変化などの面ではむしろ良好である。 20) 日本の少子化は、経済情勢の影響をますます受けるようになっている。今後も、所 得の停滞や失業増加が家計に与える影響が懸念され、その意味で欧州との共通性も高まっ ている。 21) 育児の機会費用は日独が著しく高く、 フランスやスウエーデンとは大きな格差があ り、晩婚化の重要な要因となっている。 22) 少子化による人口構成の歪みを「大量移民」という形で解決する政策は副作用が多 いため、欧米諸国ではもはや支持されない。むしろ人口減少に対する総合的な対策の一環 として、一時的な労働力受けいれから定住的な受けいれへ向け円滑に資格を変更するとと もに、質の高い移民を選抜し確保する施策が先進諸国に広がっている。 23) 最近では母国への還流の動きがあるものの、 アジア諸国は依然として欧米への高度 人材の供給源として機能している。アジア自身が高度人材を育成し引き止めるためのイン フラを含めた諸条件は不十分である。 24) 日系ブラジル人には世代間の利害対立が観察される。 また前の世代が外国人労働者 を「酷使」し「搾取」すると、そのことが「負の遺産」として次世代に引き継がれる可能 性がある。 25) アシュリーやウェッブの試みを「キャッチ・アップ型の人材育成」の制度形成とし て、マーシャルの「フロンティア創造型の人材育成」の制度形成と対比した結果、現代は マーシャルの議論により多く学ぶべきものがあることが判明した。 26) 法制度の整備状況などによって先進国と発展途上国の間で資本市場の不完全生の 度合いに差が存在する場合、先進国の方が経済成長率が高くなるという結果が得られた。 48 これは先進国と発展途上国の所得水準が収束しないという経験的事実と整合的である。 27) 平均所得が同じであっても、所得分配が非常に不平等な場合、ある条件の下では人 的資本投資が経済全体として少なくなってしまうため、その経済が「貧困の罠」に陥って しまって経済成長を達成できない可能性がある。 28) 退職給付債務やストック・オプションについては現行 SNA における把握が不十分で あり、 これを改善するためには金融勘定と所得支出勘定の計上方法を変更する必要がある。 29) 日本の CPI には相当程度の計測誤差がある。また、CPI は統計調査対象の範囲によ ってデータが変わるため、各種物価スライドのためのインデックスとして利用するさいに は諸外国同様、十分検討する必要がある。 E 今後の研究推進計画 今後とも、これまでの分析・調査を継続し拡張しながら研究を進める。主な計画は次の とおりである。 1) 出生率変化の数量的影響、年金改革のシミュレーション分析、女性の労働供給と出 生行動、少子高齢化と人的資本投資。 2) 少子化の人口学的側面に焦点をあて、先進諸国の研究者における協力をえて平成1 4年11月20日(水)および21日(木)に東京で、国際ワークショップを開催する。 そのうえで日本も含めた先進諸国における少子化状況の共通性と異質性を包括的に掘り出 し、少子化問題に関する具体的な政策含意をひき出す。 3) 潜在的保育需要関数により地域単位の通所候補児童数を推定し、 GIS (Geographic Information System)による小地域情報を用いて、空間的な自己相関関係を考慮した統計 モデルにより現行の保育所の立地状況を評価する。 4) 少子化のメカニズム解明について、結婚のみならず出産行動まで含めてシミュレー ション可能な形にモデルを拡張し、少子化のメカニズムを解明するための実証分析を継続 する。 5) 定年延長・中高年雇用対策(雇用継続給付金制度・雇入れ助成金など)の労働市場 への影響や年金制度改革がもたらした雇用への影響を分析する。 6) 従業員意識調査をさらに厳密に分析する一方、聞き取り調査を繰り返す。そして成 果主義人事制度のインパクトを可能なかぎり包括的に解明する。 7) 少子化・高齢化と外国人労働者問題については、従来のリール第一大学との日仏共 同研究に加え、エアランゲン・ニュルンベルク大学との日独共同研究を開始し、また、高 度人材移動への対応を中心にアジア現地の調査を実施して、日本が高度人材の開発と受け いれをバランスよく進めるための条件整備を究明する。また定住移民の受けいれ国である カナダおよびアメリカの移民政策について 2003 年度に調査する。 8) 長期滞在の外国人不法就労者に関するアンケートとインタビューを実施する。 9) 人的資本と福祉、将来世代に関するイギリス・ケンブリジッジの伝統をさらに詳細 に検証し、あわせて人的資源形成における費用負担問題を究明する。そのさい、 「ピグーと 将来世代」についていくつかの研究を発表しているイギリスの研究者 David Collard 教授 を平成14年度中に日本に招待しセミナーを開催する。 10) ストック・オプションによる雇用者報酬代替に関する考察を試みる。 49 F 問題点と対応策 アンケート調査の場合、有効回答率が低サンプルバイアスが残っているおそれがある。 対応策としてアンケート結果と他の公表資料との比較作業を現在、進めている。さらに、 従業員意識調査をこれまで 4 社について行ったが、得られた結果がどこまで普遍的である かを確かめるため、さらに他の会社についても従業員意識調査を試みたい。 研究の拡大とともに分野別研究を総合的に把握することが困難になっており、雇用面か らみた世代間利害調整と政策ミックスのあり方については定期的な研究委員会を設置して 検討する。さらに、新規の日独研究を日仏研究のレベルに近づけて日独仏による比較研究 を可能とするため、今後、新たなデータベースを入手することや研究協力スタッフを増員 させることが懸案となっている。 このほか少子化メカニズム解明のシミュレーションに関して現時点でも計算機資源によ る制限が大きくなっているので、今後モデルを拡張する場合にはこれまでより高速のコン ピュータを利用する必要がある。 G 研究成果の公表状況 1. 著書・編著 斎藤修『江戸と大阪: 近代日本の都市起源』NTT 出版、2002 年. Saito,O.and Bengtsson, T. eds., Population and Economy: from Hunger to Modern Economic Growth, Oxford:Oxford University Press, 2000. Saito,O., Liu, T.J., Lee, J. and Reher, D.S. eds., Asian Population History, Oxford: Oxford University Press, 2001. 斎藤修・見市雅俊・脇村孝平・飯島渉(共編) 『疾病・開発・帝国医療: アジアにおける病 気と医療の歴史学』東京大学出版会、2001 年. 樋口美雄『雇用と失業の経済学』日本経済新聞社、2001 年. 樋口美雄『人事経済学』生産性出版、2001 年. 都留康『労働関係のノンユニオン化―ミクロ的・制度的分析』東洋経済新報社、2002 年. 都留康 『生産システムの革新と進化―日本企業におけるセル生産方式の浸透』 日本評論 社、 2001 年. 尾高煌之助・都留康編『デジタル化時代の組織革新―企業・職場の変容を検証する』有斐 閣、 2001 年. 井口 泰『外国人労働者新時代』ちくま新書、2001 年. 国立社会保障人口問題研究所編『少子社会の子育て支援』東京大学出版会、2002 年. 依光正哲編『いわゆる人手不足の観点からみた外国人労働者雇用問題の実態について』雇 用開発センター、2000 年. 依光正哲編『移民の受けいれが経済社会に及ぼす影響について−日系人の定住化の現状と それに伴う問題点の整理』雇用開発センター、2002 年. 2. 論文(*はレフェリーつきジャーナル) *斎藤修「飢饉と人口増加速度: 18-19 世紀の日本」 『経済研究』51(1)、2000 年、pp.28-39. 50 斎藤修「開発と疾病」見市雅俊・斎藤修・脇村孝平・飯島渉編『疾病・開発・帝国医療: ア ジアにおける病気と医療の歴史学』東京大学出版会、2001 年、pp.45-74. 斎藤修「近代人口成長」速水融・鬼頭宏・友部謙一編『歴史人口学のフロンティア』東洋 経済新報社、2001 年、pp.67-89. 斎藤修「明治期の乳胎児死亡: 北多摩農村の一事例」速水融編『近代移行期の人口と歴史』 ミネルヴァ書房、2002 年、pp.99-118. 斎藤修「比較史上における日本の直系家族世帯」速水融編『近代移行期の家族と歴史』ミ ネルヴァ書房、2002 年、pp.19-37. 斎藤修「転換前の人口・経済システム」日本人口学会編『人口大事典』培風館、2002 年、 pp.745-749. 斎藤修「ヨーロッパ的結婚パターン」日本人口学会編『人口大事典』培風館、2002 年、 pp.792-796. *Saito,O., “Marriage, Family Labour and the Stem Family Household: Traditional Japan in a Comparative Perspective”, Continuity and Change, vol.15, 2000, pp.17-45. 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Atoh, M., “ Why Are Cohabitation and Extra-Marital Births So Few in Japan?” paper presented at the EURECO Conference on The Second Demographic Transition in Europe: Bad Hearenalb, Germany, 23-28 June 2001. 八代尚宏「保育サービス供給の経済分析――認可・認可外保育所の比較――」日本経済学 会、2002 年秋季大会報告予定、2002 年 10 月. 小川浩「少結婚化と定年制度」労働市場研究委員会(統計研究会) 、2002 年 1 月. 小川浩「日本における結婚行動および将来人口推計」一橋大学公共経済ワークショップ、 2002 年 7 月. 小川浩「少結婚化と賃金 --- コンピュータシミュレーションによる分析 ---」一橋大学経 済統計ワークショップ、2002 年 7 月. 樋口美雄「雇用をめぐる世代間の利害調整」日本学術会議・経済理論研究連絡委員会主催 シンポジウム「世代間の利害調整」2002 年 9 月. 山本勲・樋口美雄「日本の高齢者就業:雇用管理・雇用政策・年金制度の効果分析」日本 経済学会 2002 年度秋季大会、2002 年 10 月. 井口 泰・西村 智「国際比較からみた雇用システムと少子化問題」国立社会保障人口問 題研究所、2000 年 12 月. Iguchi Y.,“International Migration of the Highly Skilled and the Migration Policy-Initiatives from Japan for Asia," paper presented to the OECD Seminar on International Mobility of the Highly Skilled, 10-11 June 2001, Paris. 井口 泰「21 世紀のグローバリゼーションと政策制度課題」社会政策学会(東北大学) 、 2001 年 10 月. Iguchi Y.,“The Movement of the Highly-Skilled in Asia-Present Situation and Future Prospects,” key-note paper presented to the Seminar on International Migration 53 and Labor Market in Asia by JIL, February 2002, Tokyo. 藤野敦子「家計における出生行動と妻の就業行動−夫の家事育児参加と妻の価値観の影 響」日本経済学会(小樽商科大学) 、2002 年 6 月. 依光正哲「外国人労働者問題に関する現状と課題」外国人労働者等に関する特別委員会、 2000 年 11 月. 依光正哲「外国人労働者・移民受けいれの方向性について」日経連雇用特別委員会、2001 年 7 月. 依光正哲「社会の変化と外国人労働者問題」兵庫県外国人雇用管理セミナー、2001 年 11 月. 依光正哲「日本の少子高齢化と国際労働移動」多文化共生社会に向けたまちづくり連続講 座 第2回、2002 年 7 月. Nishizawa, T., “Ichiro Nakayama and the Stabilization of Industrial Relations in Postwar Japan,” 5th European Business History Conference, Oslo, Norway, 31st August – 1st September 2001. Utsunomiya, K., “Quality Adjustment in CPI Railway Fares and the Productivity of the Railway Industry in Japan Paper,” prepared for the 27 th General Conference of The International Association for Research in Income and Wealth, Stockholm, Sweden, August 18 – 24, 2002. Oyama, M., “Fertility Decline and Female Labor Force Participation in Japan,” 一 橋大学特定領域研究会、2002 年 9 月 5 日。 4. 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Utsunomiya, K., “An Analysis of Employee Stock Option in Japan,” DP-101, Project on Intergenerational Equity, The Institute of Economic Research, Hitotsubashi University, August 2002. Oyama, M., “Capital Market Imperfection and Economic Growth,” PIE DP-105, August, 2002. Oyama, M., “Income Distribution, Poverty Trap and Economic Growth,” PIE DP-106, August, 2002. 5. 新聞発表等 八代尚宏「保育サービス、質と効率両立」日本経済新聞・経済教室、2002 年6月 25 日. 井口 泰「 『漂流』するわが国の外国人労働者政策:政策転換に向けた議論を」読売新聞・ ぴーぷる、2002 年 8 月 5 日朝刊. 55 計画研究A5班(寺西班) 「経済発展における世代間の利害調整」 研究経過報告書 A 研究組織 研究代表者: 寺西重郎 一橋大学経済研究所教授 研究分担者: 浅子和美 一橋大学経済研究所教授 黒崎 卓 一橋大学経済研究所助教授 加納 悟 一橋大学経済研究所教授 阿部顕三 大阪大学大学院経済学研究科教授 二神孝一 大阪大学大学院経済学研究科助教授 柴田章久 京都大学経済研究所助教授 研究協力者: 清川雪彦 一橋大学経済研究所教授 深尾京司 一橋大学経済研究所教授 阿部修人 一橋大学経済研究所講師 川西 諭 上智大学経済学部講師 小野哲生 筑波大学社会工学系講師 中山雄司 大阪府立大学経済学部講師 中村勝克 福島大学経済学部助教授 B 研究の進捗状況 A5班では、主としてアジアにおける経済発展と所得分配の問題を念頭に置きつつ、さ まざまな視点から世代間分配の問題を分析してきた。当初の2年間は研究参加者の自主性 を尊重しながら個別研究を進展させることを重視した。 理論研究面では、①経済発展を推進するメカニズムに関する考察、②経済発展と環境問 題、③環境問題と貿易構造、④高齢化社会における持続可能な経済発展、などについて研 究を進め、その研究成果をDPの形で発表したり、専門雑誌に投稿・掲載したりしてきた。 次に実証研究面では、一部の研究者がマレーシアや東欧を訪問して経済発展と環境問題 についてヒアリングや現地調査を行った。また、パキスタンやタンザニアなどを中心に生 活水準や貧困の実態の変化を捉えるという課題にも取り組んだ。世代間の利害調整という 観点からの実態把握は今後の重要研究課題である。 さらにアジア諸国では最近の通貨危機・経済危機のさいに不平等度が上昇した。それが経 済発展にどのように影響したかを調査する作業も行っている。くわえて外国資本の進出具 合やそもそも外国資本の経済活動に足枷をかけているか否かなど、アジア諸国における経 済制度の違いがそれぞれの国の経済パフォーマンスとどのように関連しているかを調査し た。外国資本側からみた直接投資の決定要因についても調査を進めており、具体的には日 本企業のアジアへの進出について回帰分析を行っている。 56 また経済発展と所得分配の実態を把握し途上国における世代間利害調整の問題点を明ら かにすべく、これまで主として中国とパキスタンについて広範囲な調査を展開してきたが、 今後はタイ・マレーシア・ベトナムなどにも調査対象を広げることを計画している。 C 他の班との連携状況 A5班の研究成果のうち特に理論分析は他の班の研究にも関連したテーマが多く、実際 何人かの他班の研究者から照会があったり、今まで行ってきた数回のシンポジウムに参加 してもらった。また、A5 班のメンバーも他の班における研究成果の動向には気を配って おり、他の班や領域全体の研究発表会等には積極的に参加してきた。今後、開発途上国の 年金問題を研究テーマとして取り上げる予定であり、そのさいにはA3班と連携して研究 を推進していく。 D 研究の主な成果 A5班の取り組みの中から明らかに固有の研究成果と総括できる分野から、いくつかの 研究成果を以下、列挙する。 1) 経済発展を推進する要因は再生可能な資本ストックに限られない。技術進歩や人的資 本も内生的な成長源泉となる。内生的成長を考える場合、経済成長へのインセンティブが 生まれるためにはある程度、優勝劣敗の原理が貫徹することが必要となるが、それは当然 に所得分配の不平等、世代間の不平等をもたらす。しかし、限度を超えた不平等は長期的 な観点からは資本主義そのものの興隆につながらず成長にもマイナスになる。こうしたト レードオフを踏まえると、どこかに望ましい経済成長の経路があるはずである。伝統的な 功利主義によらずに、ある程度まで世代間の公平性を考慮する方が持続的成長につながる。 2) 財の貿易は当該国の生産構造を変化させることによって、その国や地球全体の環境汚 染にも影響を及ぼす。貿易構造によっては、貿易による利益を相殺して却って厚生を下げ てしまう可能性がある。 3) 環境問題は外部性をもつという意味において社会的共通資本の役割と理論的には共 通点を持つ。そうした問題意識の下で、社会的共通資本(インフラ)の蓄積が経済発展に おいて果たす役割を理論的に考察した。そこでは、社会的共通資本の蓄積が人々の空間移 動コストを下げることを通じて民間経済活動の生産性を高める点に注目した。 4) 世代重複モデルを用いて高齢化が経済成長と環境に与える影響を分析し、年金制度の ありかた次第で高齢化が経済成長と環境にプラスにもマイナスにも働きうることを示した。 さらに同様のモデルを用いて、環境破壊物質の排出権売買が経済成長と環境に与える影響 を分析し、排出権を極度に制限すれば経済成長を抑制するのみならず、長期的には環境の 質をも悪化させうることを示した。そして、それらの結果に基づき環境政策のありかたを 探った。 5) 途上国の低所得世帯が所得の変動によるリスクを如何に回避しようと試みているの かを、パキスタンのパネルデータを用い分析した。その結果、子供の教育切り捨てなど長 期的には厚生が著しく低下するような対応がなされていることを指摘した。子供の教育へ の投資は、途上国における世代間利害調整にかかわる重要な問題である。 6) 人々の価値観や市場観などの広義の文化が途上国の経済発展に大きな役割を果たす 57 という観点から、インドおよび中国の工場における労務管理や労働者の職務意識を多変量 解析を用いて分析し、近代的工業労働力の形成過程を探った。 7)タンザニアの大都市ダルエスサラ−ムを例にとり、1990 年代における都市の生活水 準と不平等の変化を統計的に分析した。その結果、ダルエスサラ−ムにおいては都市全体 の生活水準の向上が見られない一方、都市内の地域間の格差が拡大したことが判明した。 その一因として、わが国の無償援助が生活水準の高い地域に対して行われており、それに よってその地域の生活水準がさらに向上した結果、不平等度が却って上昇したことを挙げ ることができる。 E 今後の研究推進計画 A5班では、開放経済において国際貿易や直接投資の自由化が世代間の所得分配に及ぼ す影響を、貿易・投資・環境の相互関係を考慮にいれながら理論的に分析し、一定の結論 を得てきた。今後は、これまでの理論分析の成果を実証分析へと発展させていく。またア ジアの各国における経済発展に対する世代間の意識の差を調べ、その結果を計量的に分析 する予定である。さらにA.セン流の潜在能力アプローチに基づく考察についても取りく みを開始する。くわえて開発途上国の年金問題についても究明していく。 今後とも3∼4ヶ月に一度の割合で研究分担者や研究協力者を含めたA5班全体の会 議を開催していく。同時に、領域全体の会議や他班主催の会議にも従来にもまして積極的 に参加し、意見を交換していく予定である。 F 問題点と対応策 A5班の半数近くが関西地域の研究機関に所属しており、日常的な接触による意見交換 はしにくい状況にある。そこで、年に数度開催されるA5班全体の会議に加えて、1∼2 名単位で関西から一橋大学に呼んだり逆に関西地域へ派遣することを今後、 計画している。 また合同して国内外に出張することも予定している。さらに参加者の間で進めている共同 研究をいっそうレベルアップさせていく。 G 研究成果公表の状況 1. 著書・編著 浅子和美『マクロ安定化政策と日本経済』岩波書店、2000 年 12 月。 黒崎卓『開発のミクロ経済学:理論と実証』 岩波書店、2001 年 2 月。 2. 論文(*はレフェリーつきジャーナル) *寺西重郎・是永隆文・長瀬毅「1927 金融恐慌下の預金取付け・銀行休業に関する数量分 析」 『経済研究』52(4)、2000 年 10 月、pp. 315-332. *Asako, K. & Kuninori, M., “On Vulnerability of International Cooperation to Slow Global Warming,” The Economic Review, 52(1), January 2001, pp. 52-60. 浅子和美・加納悟・和合肇「景気実感と政策効果を反映する景気局面モデル」 『フィナンシ ャル・レビュー』57 号、2001 年 6 月、pp. 91-101. 58 浅子和美・金子能宏「労働市場の変化と子育て支援の展開」 国立社会保障人口問題研究所 編『少子社会の子育て支援』東京大学出版会、2002 年 2 月、pp. 161-191. *加納悟「景気動向のモデル分析―そのフロンティア―」 『経済研究』53(2)、2002 年 4 月、 pp. 173-187. *加納悟・安居信之「ダルエスサラームにおける生活水準と不平等度の経年変化」 『経済研 究』 52(1)、2001 年 1 月、pp. 61-71. 黒崎卓「貧困削減政策へのミクロ経済学的アプローチ」 『一橋論叢』125(4)、2001 年 4 月、 pp.38-54. Kurosaki, T., “Consumption Smoothing and the Structure of Risk and Time Preference: Theory and Evidence from Village India,” Hitotsubashi Journal of Economics, 42(2), December 2001, pp.103-117. *黒崎卓「パキスタン北西辺境州における動学的貧困の諸相」 『経済研究』53(1)、2002 年 1 月、pp. 24-39. 黒崎卓「パキスタン農業の長期動向と農業開発政策の変遷」 『アジア経済』43(6)、2002 年 6 月、pp. 32-54. *Kurosaki, T. & Fafchamps, M., “Insurance Market Efficiency and Crop Choices in Pakistan,” Journal of Development Economics, 67(2), April 2002, pp.419-453. *Futagami, K. & Shibata, A., “Growth Effects of Bubbles in an Endogenous Growth Model,” The Japanese Economic Review, 51(2), 2000. *Futagami, K. & Momota, A., “Demographic Transition Pattern in a Small Country,” Economics Letters, 67, 2000. *Futagami, K. & Nakajima, T., “Population Aging and Economic Growth,” Journal of Macroeconomics, 23, 2001. *Futagami, K. & Kimura, M. & Okamura, M., “An Interpretation of the North Korean Regime,” Journal of the Korean Economy, 2, 2001. *Futagami, K. & Iwaisako, T., “Patent Policy in an Endogenous Growth Model,” Zeitschrift für Nationalökonomie, forthcoming. *Futagami, K. & Ohkusa, Y., “Quality Ladder and Product Variety: Larger Economies may not Grow Faster,” The Japanese Economic Review, forthcoming. 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"Economic Transformation and Institutional Development in Tajikistan," Eurasian Geography and Economics, 2002, forthcoming. 吉野悦雄「微視的歴史研究としての家系図分析」歴史学研究会編『家系図の比較文化史』 青木書店、2002 年 10 月。 3.学会報告・研究会報告 大津定美「ロシア年金改革の政治経済学」比較経済体制学会・平成13年度大会(研究代 表者・西村が討論者としてコメント)。 久保庭真彰「ロシアにおける産業空洞化と商業肥大化」比較経済体制学会平成14年度大 会。 Kuboniwa, M., "Domestic Factors Determining the Capital Flight and FDI in Russia under Globalization," The 34th National Convention: The American Association for the Advancement of Slavic Studies (AAASS), Pittsburgh, November 24, 2002. 4.DP 吉野悦雄「ポーランドの年金改革」PIE DP-44, 2001 年 12 月。 上垣彰「中東欧における年金改革の現状」PIE DP-49, 2002 年 1 月。 Tabata, S., "The Russian Pension in the 1990s,” PIE DP-72, March 2002. Kuboniwa, M., "Russia's Demographic Crisis for 1992-2050," PIE DP, forthcoming. Kuboniwa, M., "A Simulation Analysis of Social Security Sustainability and Pension Reform in Russia: Macro-experimental Economies," PIE DP, forthcoming. 久保庭真彰「国連の World Population Prospects: The 2000 Revision について」PIE DP, forthcoming. Kuboniwa, M., "Recent Developments of Environmental Economics," IER Discussion Paper, forthcoming. Ohtsu, S., "Pension System in Russia: The Political Economy of Putin's Pension Reform," PIE DP-73, March 2002. Zaman,G. & Vasile,V., "Intergenerational Problems in Romania with Special View on Pension System Reform," PIE DP-20, March 2001. Szeman, Z., "Interest Co-ordination among Generations," PIE DP- 21, March 2001. Ivanov,Y. & Khomenko,T., "Selected Aspects of Socio-economic Development of the CIS Countries in 1992-2000 Years," PIE DP-22, March 2001. Loukanova,P., "Inequities between Genarations at the Supply Side of the Labour Market," PIE DP-23, March 2001. 68 Simonovits, A., "Hungarian Pension System: The Permanent Reform," PIE DP-61, March 2002. Vylitova, M., "Old-Age Pension System and Its Place in the Czech Welfare State," PIE DP-62, March 2002. Kowalska, I., "New Patterns of Family Formation and Family Life in Poland," PIE DP-63, March 2002. Tafradjiyski, B., "The Pension Reform in Bulgaria-Two Years After the Start," PIE DP-64, March 2002. Vasile, V., "Demographic Transition and Economic Transition-Interlinking and Parallelism: The Case of Romania," PIE DP-65, March 2001. Islamov, B. & Shadiev. R., "New Demographic Tendencies, Employment and Labour Market in Uzbekistan," PIE DP-66, March 2002. Sorokina,Y., "Demographic Situation and Living Standard in Russia," PIE DP-67, March 2002. Szeman, Z.& Laszlo, H., "Ageing and Work in Hungary in 2001," Budapest, February 2002(西 村・Szeman 共同企画によるハンガリー労働市場社会調査の報告書) 69 計画研究 A7 班(北岡班) 「世代間利害調整の政治学」 研究経過報告 A 研究組織 研究代表者: 北岡伸一 東京大学大学院法学政治学研究科教授 研究分担者: 田中愛治 早稲田大学政経学部教授 加藤淳子 東京大学大学院総合文化研究科助教授 田辺国昭 東京大学大学院法学政治学研究科教授 飯尾 潤 政策研究大学院大学教授 B 研究の進捗状況 日本における高齢者人口比率の増加ならびに少子化の進行は、当然のことながら就 業者人口の全人口に対する比率の低下を意味する。A7班(北岡班)の研究目的は、 人口構成の変化によって引き起こされる世代間の利害対立に関わる問題の特質を政治 学的に解明することである。 人口構成の変化に伴い今後、様々な政治的な側面において世代間の利害対立が生じ てくる。それらの世代間対立が端的に表われる政策領域は年金制度と税制である。そ こでまず、年金制度と税制の政治的側面を究明することにした。同時に、年金や税金 をめぐる有権者の意識を全国世論調査を通して探った。さらに、有権者の政治参加は 世代によって明らかに差がある。そこで政治家が候補者としてどのように若い世代の 政治参加を促しているかということも探ってみた。 A7班のメンバーの一人である飯尾潤は 2001 年3月から 2002 年 4 月まで客員研究 員としてハーヴァード大学で在外研究に従事していた。その間、A7班の研究会に参 加することはできなかったが、現在はA7班の研究を精力的に進めている。 以下、A7班の研究進捗状況を報告する。 (1)年金制度に関する研究 年金制度は老後所得の安定を保障するという目的をもった福祉国家の中核に位置す る制度である。それは、積み立ての方式や負担と給付の設計を通じて、世代間利害の 調整を内包する制度である。A7班では年金制度の積立金運用に焦点をあて、その政 治的行政的な過程を分析することにした。財政投融資という戦後日本の行政的なルー トを通じた資金配分制度と福祉国家を構成する年金制度との間に存在する関係を分析 し、その埋め込みの構造とこれを支えた政治・行政的な背景を明らかにすることがそ の研究目的であった。具体的には国民年金および厚生年金の積立金の財政投融資によ る運用を分析の対象とし、福祉国家の制度的な中核をなす年金制度が他の制度とどの ような補完性を持っていたのかを分析した。そして大蔵省と厚生省との間の預託金利 をめぐるゲームを分析した結果、財政投融資による積立金の預託が、大蔵省の相対的 70 に有利な権力位置、財政投融資の貸付金利と運用額との間のトレイドオフの潜在化と いった条件に支えられてきたことが明らかになった。また財政投融資による運用は、 資金市場に対する大蔵省の金融抑制的な規制政策と制度的な補完性の関係にあったこ とが明らかになった。なお、これらの政治的経済的な条件は1980年代の半ばに急 速に失われた。そのため年金積立金を自主運用する動きが加速することになった。 (2)福祉国家における比較租税制度の研究 福祉国家の比較税制研究における最初の問題関心は、OECD18ヶ国(欧米、オセ アニア諸国と日本)で、国家経済に対する政府(公共支出に代表される)の規模や支 出を支える歳入源としての税収構造に関して、なぜ大きな相違が生じ維持されてきた のかを解明することにある。これらの国が既に戦後の民主化と経済復興後の産業化を 達成していた1960年代にさかのぼって分析を始めた。そして高度成長の終焉によ る国際的な不況後の1980年には政府の規模と税収構造の相違はすでに明確になっ ており、それは1980年代の新保守主義、累進的所得税構造の緩和と単純化を行っ た税制改革、グローバリゼーションといった変化にもかかわらず、現在まで維持され ていることが判明した。 上記の問題関心は研究が進む中で更に大きく展開し、比較福祉国家の研究へと拡大 した。OECD18ヶ国における共通かつ最大の支出は社会保障制度から生じている。 各国における社会保障制度の位置づけは政府の規模に重大な影響を与える。政府規模 拡大の程度と社会保障制度の整備を比較した結果、一つの重大な発見が得られた。す なわち大きな政府を持つ国は福祉支出を増大しようとして歳入を増やし政府の規模を 拡大したと思われているが、事実はそれほど単純ではない。実際には、歳入の増加を 図りやすく政府規模の拡大が容易な高度成長期に効率的に税収を拡大できる課税(広 い課税基盤を持つ課税であり典型的には一般消費税)を導入した国ほど歳入の拡大お よび政府規模の拡大ひいては福祉国家の拡大とその維持が容易であった。 (3)国民意識における世代間格差の研究 国民意識における世代間の格差を実証的に研究するために全国世論調査を2回実施 した。この調査を JSS(Japan Social Security)調査と呼んでおり、第1回目 (JSS2001A)は 2001 年3月に全国の有権者 3,000 名を対象に面接調査を実施した。 そのサンプル数(有効回答数)は 2,034 名であった。第2回目は 2001 年 10 月に実施 したパネル調査(同一の回答者への追跡調査)である。この第2波の調査(JSS2001B) の有効回答数は 1,510 名であった。 パネル方式の世論調査によって 2001 年 3 月から 10 月までの有権者意識の変化を知 ることができた。この期間は、内閣支持率が最低になって政治不信が高まっていた森 内閣の末期から、内閣支持率が戦後の世論調査史上で最高を記録した小泉内閣への変 化の時期と重なる。その意味では政治学的に非常に興味深い時期のパネル調査になっ ている。世代間の格差という視点以外にも、他の政治学研究に例を見ない貴重な実証 データが収集できた。 このような2回にわたるパネル方式の全国世論調査を実施した結果、世代によって 71 年金制度に対する信頼感に大きな違いがあることが明らかになった。出生コーホート によってそれぞれの思春期・青春期(社会的意識の形成期)を過ごした時代は異なる。 そこで出生コーホートを以下のように区分した。①「明治生まれ」1911 年以前の生ま れ(2001 年データにはほとんど含まれていないので②に含める) 、②「戦前派」1912∼26 年生まれ、③「戦中派」1927∼44 年生まれ、④「団塊の世代」1945∼55 年生まれ、⑤「新 人類世代」1956∼68 年生まれ、⑥「団塊ジュニア世代」1969∼1981 年生まれ。 今日における日本の若い世代は歳をとったら年金がもらえなくなると不安に思っている。 すなわち「団塊ジュニア」世代( 「団塊の世代」の子供達の世代)と「新人類」世代はそれ ぞれ 3 分の 2 が老後に年金をもらえないと思っている。他方、 「戦中派」世代と「戦前」 世代は 9 割がもらえると考えている。そして「団塊の世代」がその中間に位置している。 すなわち、1968 年以降に生まれた若い世代と、1945 年∼55 年に生まれた「団塊の世代」 、 そして 1944 年以前に生まれた旧い世代の 3 つの間に年金に対する考え方に明確な境界線 が存在している。 この世代間格差が加齢効果によるもので,単に歳をとれば次第に年金制度を信頼するよ うになるという可能性がないわけではないが,国家財政が逼迫したまま高齢化社会に突入 していく時代状況下に成人してきた世代は社会保障システムに対してそれよりも前の世代 とは別の態度を形成したと考える方が自然である。 (4)世代間格差と政治システムの研究 本プロジェクトの研究は時期的に現代日本政治における極めて興味深い時期に重な っている。そこでA7班が収集した世論調査データをもとに、世代間における内閣支 持態度、政治システムへの信頼感、政治参加意識の差異などについての分析も同時に 進めてきた。小泉内閣という近来まれにみる人気の高い政権が出現したため、それが 持つ意味を考察したのである。そして小泉内閣をいわば反射鏡として、これまでの自 民党政権が持っていた特質を明らかにした。さらに世代間における今後の利益再分配 という課題にとって、現代の政治システムがいかなる意味で障害となっているかを明 らかにした。 くわえて現代の政治家がいかにして若い世代の政治参加を追及しているかを知るた め、2001 年 11 月に自民・民主両党の国会議員、総務省の選挙担当者、マスコミおよ び学生に参加を呼びかけ、ワークショップを行った。その討議結果は近々、ディスカ ッション・ペーパーで配布するが、若者向け戦略を特別に持たない候補者が大部分で あることが印象的であった。言い換えれば、若年層の有権者にターゲットを絞った政 治家には成功の可能性があることが示唆された。 世代間の利害調整に関して日本の政治システムにどのような条件が必要となってく るのかというトータルな分析は現在進行中であり、過去2年の間に進めてきた研究を 統合する予定である。 C 他班との連携状況 A7班は政治学の視点から世代間利害調整の問題にアプローチしてきた。他の計画 研究班はすべて経済学の視点からアプローチしているので、今のところ本格的な連携 72 状況とはなっていない。ただ、A3班がスウェーデンの年金改革をテーマに開催した ワークショップにはA7班のメンバーが積極的に参加した。また平成 14 年 4 月の全体 集会では他班の研究参加者と意見交換し、相互の理解を深めた。平成 14 年 9 月に開催 された合同のシンポジウムにも積極的に参加した。なおA7班が進めてきた研究の成 果は『経済研究』53(3)の「世代間利害調整」特集号に部分的に掲載され、メンバー相 互間の連携強化に貢献している。さらに、これまでに収集した世論調査データによっ て政治システムのみならず社会保障制度ならびに年金制度をめぐる世代間の意識格差 を明らかにできる。今後このデータを公開し、他班のメンバーにも利用してもらう。 なおA7班が行った世論調査(JSSA と JSSB)はヨーロッパで行われている国際比較 プロジェクト(ISPS)における一連の世論調査項目を含んでいるので、今後はヨーロ ッパの国際比較研究結果と比較することも可能になる。 D 研究の主な成果 (1)年金問題の研究成果: 戦後日本の社会保障制度は、国家によって運営される年金制度と市場経済との間に 存在する福祉国家のディレンマを、財政投融資をひとつの軸にして結びつく行政内部 の調整によって処理してきた。そして1980年代以降、行政内部における調整機構 の整合性が欠如するにいたり、それが年金積立金の自主運用をもたらした。 (2)福祉国家における比較租税制度の研究: 歳入の増加を図りやすく政府規模の拡大が容易な高度成長期に、効率的に税収を拡 大できる課税(広い課税基盤を持つ一般消費税)を導入した国ほど、福祉国家の拡大 とその維持が容易であった。特に1980年代以降、慢性的な赤字財政の状況と福祉 切り下げの動きが顕著になってから、高福祉高負担国は大きな政府の規模を維持する 一方、低福祉低負担国は小さな政府志向を強めた。言い換えれば、政策決定者の意図 がどうであっても、ある時点において採用された特定の租税政策がその後における福 祉国家の規模を決定するという経路依存性が生じていた。 (3)国民意識における世代間格差の研究: 今日における日本の若い世代は、自分たちが歳をとったら年金をもらえなくなると不安 に思っている。このことは、2001 年の世論調査からも明かである。年金に対する考え方に ついては、1968 年以降に生まれた若い世代と、1945 年∼55 年に生まれた「団塊の世代」 、 そして 1944 年以前に生まれた旧い世代の 3 つの間に明確な境界線が存在している。 「団塊 ジュニア」世代と「新人類」世代は社会保障制度に不信感を持っている者の比率が最も高 いのに対し、 「戦中派」世代と「戦前」世代は半数以上の者がそれに信頼感を示している。 そして、その若い世代と旧い世代の中間に位置する「団塊の世代」では信頼でも不信でも ない中間の反応が最も多くなっている。国家財政が逼迫したまま高齢化社会に突入してい く時代状況下に成人してきた世代は社会保障システムに対してそれよりも前の世代とは別 の態度を形成したと考えることができる。このような社会保障制度への意識格差は、同時 に政治システム意識をめぐる世代間格差とパラレルに形成された可能性がある。 (4)世代間格差と政治システムの研究: 小泉内閣をいわば反射鏡として、これまでの自民党政権が持っていた特質を明らか 73 にした。そして世代間における今後の利益再分配という課題にとって、現代の政治シ ステムがいかなる意味で障害となっているかを明らかにすることができた。 E 今後の研究推進計画 A7班における今後の研究計画は以下の通りである。 (1)年金制度の研究:今後は年金制度改革の政治過程に分析対象を拡大する。そ れによって戦後日本における福祉国家の展開と政党や政府を含む政治の展開との間に 存在する相互関係をより深く分析する。 さらに日本における年金制度の歴史的経緯を考察する準備も進めている。まだ仮説 の段階であるが、日本の年金制度は長期的なヴィジョンに基づいて行われたのではな く、その時々の政治情勢の中で国民の支持を得るために機会主義的に発展してきたと いう印象が強い。 (2)福祉国家における比較租税制度の研究:今後は、先に述べた研究成果をもと に、さらに個別の福祉国家の財政基盤と制度の比較を進めたい。具体的には、日本と スウェーデン、また日本とスイスという全く異なる類型に分類される福祉国家の比較 研究を計画している。 (3)国民意識における世代間格差の研究:既に2回実施している全国世論調査の サンプルをさらに追跡して調査(パネル調査)することで、小泉内閣の支持率が 2002 年 2 月以降に急降下した後に国民意識がどのように変化したかを調査する予定である。 そのため 2002 年秋(11 月)に第3回目のパネル調査(JSS2002C)を実施する。な お、これらの調査によって収集された第1回(JSSA)から第3回(JSSC)迄の全ての データを、東京大学社会科学研究所が開設している日本データ・アーカイヴに寄託し て無料で公開し、これらのデータを分析したい研究者に広く利用してもらう。 (4)世代間格差と政治システムの研究:現代日本の政治システムにかんする歴史 的経緯をさらに考察する一方、現代の政治家と官僚と交流を深めつつ、世代間利害調 整を行ないうる政治システムの条件を考え、具体的に提言できるようにしていきたい。 この第4の柱は、上記(1)∼(3)の研究を統合し、日本政治システム全体におけ る世代間利害調整の解決策を提言するための作業になるであろう。 F 問題点と対応策 A7班の研究調査活動の中心は全国世論調査の実施であるが、第3回目のパネル調 査ともなると同一の回答者が面接拒否する確率が高くなって回収率(有効サンプル数) が低下することが予想される。そのため、第2回目の調査における有効回答者 1,510 名を対象とするが、新規に 700 名をサンプルに追加して調査対象のサンプル総数を 2,210 名とする。これによって回収できないサンプル数の不足分を埋める。さらに前2回の調査 に協力してくれた 1,510 名の回答者に調査依頼書を送る際に、葉書ではなく封書をあらか じめ用意して、今までの2回の調査から明らかになったデータの集計結果と世代別の特徴 など簡単に報告して、調査に対する理解と協力が得られるように努力する。 G 研究成果の公表状況 74 1. 著書 Kato, J., Regressive Taxation and the Modern Welfare State, Cambridge University Press, forthcoming. 2. 論文 加藤淳子「福祉国家の税収構造の比較研究――財政基盤の形成に見る経路依存 性――」 『福祉国家のゆくえ』ミネルヴァ書房、第 3 巻、2002 年 12 月刊行予定。 北岡伸一「国家の弁証――21 世紀日本の国家と政治」『アステイオン』55 号、2001 年 6 月。 北岡伸一「デマゴーグ総理は真のリーダーになれるか」『中央公論』2001 年 10 月号。 Kitaoka, S., "Can Koizumi the Demagogue Become a True Leader?" Japan Review of International Affairs, 15(4), Winter 2001. Tanaka, A., “The Rise of the Independent Voter,” Asia Program Special Report, No.101, Woodrow Wilson International Center for Scholars, 2002, pp.19-25. *田中愛治「政治的信頼と世代間ギャップ――政治システム・サポートの変化」 『経済 研究』53(3)、一橋大学経済研究所、2002 年、pp.213-225. 3. 学会報告・研究会報告 田辺國昭「福祉国家のディレンマ・行政国家のディレンマ」日本政治学会研究大会、 立教大学、2001 年 10 月。 田中愛治「投票参加における世代間ギャップ」政治参加と世代間格差に関するワーク ショップ、東京大学、2001 年 11 月 7 日。 Tanaka, A., “The Rise of the Independent Voter,” Symposium on Undercurrents in Japanese Politics, held by the Asia Program, Woodrow Wilson International Center for Scholars, Washington DC, USA, November 13, 2001. 田中愛治「政治的信頼と世代間ギャップ――政治システム・サポートの変化」特定領 域・世代間利害調整研究プロジェクト全体集会、一橋大学佐野書院、2002 年 4 月 4 日。 4. 新聞等発表 田中愛治「若者に広がる無党派層」読売新聞、2001 年 11 月 28 日。 75