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14 - Biglobe

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14 - Biglobe
Column14
導電性高分子の防食機能
はじめに
ピロール、アニリンおよびチオフェンなどの低分子有機化合物の添加が金属材料の防食に有効
であることは良く知られている。これらの低分子化合物の防食機構として吸着説、皮膜説および
過電圧説などが提案されている。一方、ポリアニリンなどの主鎖にπ共役系を有する導電性高分
子が金属に対する優れた防食作用を示すことが確認されたのは 1985 年と比較的新しい。導電性
高分子の防食機構に関しては多くの研究がなされ、酸化剤としての導電性高分子により金属表面
に不働態である金属酸化物皮膜が形成されるためという説が主流となってきている。
最近のこの分野の研究動向についてさらに詳細に知りたい方は、導電性高分子の防食について
の総説 1)-5) が発表されているのでそれらを参照して欲しい。
1.導電性高分子の特徴
導電性高分子に対するドーパントのドーピング/アンドーピング(脱ドーピング)挙動は可逆的
な酸化/還元反応である。ドーピング状態は酸化状態で、その化学電位は高く、導電性高分子は酸
化剤として働が、その電位は導電性高分子の種類により異なる(表 1)
。また、ドーパントの導電
性高分子への反応割合(ドーピング率)には幅があり、ドーピング率と共に化学電位は上昇する。
ただ、ドーピング率がある値を超えると導電性高分子そのもの酸化分解が起る。酸化分解の起る
上限のドーピング率は、導電性高分子の種類によって異なり、ポリアニリンの場合には、アニリ
ンモノマーユニット当たり 50mol%である。
金属防食に用いられる導電性高分子の代表的なものはポリアニリンであるが、ポリアニリンの
酸化/還元反応は、ポリピロール、ポリチオフェンなど他の導電性高分子の酸化/還元反応(図 2)
とは異なった挙動を示す
(図 3)
。
図 3 で金属的な高い電気伝導度を示すのはプロトン酸が 50mol%
付加(ドープ)したエメラルディン塩である。このエメラルディン塩をアンモニア水で処理する
とプロトン酸が脱ドープしてエメラルディン塩基となり、電気伝導度は大幅に低下する。
エメラルディン塩の方がエメラルディン塩基よりも化学電位が高く、防食材料として多くの検
討がなされているが、脱ドープした状態のエメラルディン塩基の防食効果を確認している文献も
ある 7)。エメラルディン塩基を用いた場合、腐蝕試験液中にプロトン酸が存在するとドーピング
が起こってエメラルディン塩に変化するので(図 3)
、防食効果はエメラルディン塩によっている
可能性がある。
表 1 レドックス系の還元電位 1)
図 2 ポリチオフェン(左)およびポリピロールのドーピング/アンドーピング
図 3 ポリアニリンの酸化・還元状態
導電性高分子のモノマーであるアニリン、ピロールおよびチオフェンなどの低分子有機化合物
そのものが金属の腐食抑制に有効なことは広く知られている。これらの低分子有機化合物と比較
して、導電性高分子の防食効果はより高い。
Sathiyanarayanan らは 8) アニリン、エトキシアニリン(EAn)および HCl をドープしたポリエ
トキシアニリン[(PEA)Cl]の鉄に対する腐食試験を行い、HCl をドープしたポリエトキシアニリ
2
ンの腐食抑制効率(PIE、定義は下式)がアニリンおよび EAn に比較して格段に優れていること
を報告している(表 2)
。
PIE (%) = (ib-ic) / ib × 100
ここで、ib および ic はそれぞれ抑制剤無添加および抑制剤添加系の腐食速度である。
HCl をドープしたポリエトキシアニリンは 100ppm という少量の添加でも PIE は 86 %に達し
ているのに対し、同じ PIE を得るにはエチルアニリンでは約 200 倍量が、アニリンではそれ以上
が必要となる。
表 2 導電性高分子と低分子有機化合物との防食作用
2.ポリアニリンによる鉄鋼材料の防食 9)
2.1 ポリアニリンの合成とその特性
ポリアニリンの合成は、ドーパントである有機ホスホン酸(APP, ASP,または ACIEL)あるい
は硫酸の水溶液にアニリンを加え、次いで酸化剤である過硫酸アンモニウムを添加し 0 0C で 24
時間攪拌しながら重合反応を行っている。反応終了後、ろ過、洗浄および乾燥して有機ホスホン
酸あるいは硫酸がドープしたポリアニリン(エメラルディン塩)を得ている。
エメラルディン塩基は上記で得られたエメラルディン塩をNH4OHで処理して得ている。
なお、
本論文で用いられている有機ホスホン酸および硫酸の略語および化学構造式は次の通りである。
APP:phenylphosphinic acid C6H5PH(O)OH
ASP:styri1phosphonic acid C6H5CH=CHPH(O)OH
ACIEP:2-chloroethylphosphonic Acid 2-C1-C2H5 PH(O)OH
AS:sulfuric acid(硫酸)H2SO4
3
上記の方法によって得られたポリアニリン(エメラルディン塩)の電気伝導度および粘度を表
3 に示した。電気伝導度は 1~3 S/cm と高く、生成したポリアニリンが確かに有機ホスホン酸あ
るいは硫酸がドープしたエメラルディン塩であることが分かる。また、粘度の結果からは、硫酸
水溶液中で合成したポリアニリンの分子量が、有機ホスホン酸水溶液中で合成したものより高い
ことを示している。
得られたエメラルディン塩の有機極性溶媒に対する溶解度の結果は、硫酸ドープのポリアニリ
ンに比較して有機ホスホン酸ドープのものの方が良好な溶解性を示している(表 4)
。ドーパント
の立体構造のひろがりの大きいほど溶解性は高くなっている。このことはポリマー/ポリマー間の
相互作用よりポリマー/溶媒間の相互作用が勝っていることを意味し、塗料化の際に有機ホスホン
酸をドープしたポリアニリンがアクリル樹脂中で分散性が良好なことにつながっている。
表 3 エメラルディン塩の電気伝導度および固有粘度
表 4 エメラルディン塩の溶解度
エメラルディン塩の熱重量分析の結果を図 4 に、また、NH4OH で処理して脱ドープした得ら
れたエメラルディン塩基の熱重量分析の結果を図 5 に示してある。エメラルディン塩の耐熱性は
PANI-ASP<PANI-ACIEP<PANI-APP <PANI-AS の順になっており、この順序はポリアニリ
ンの分子量およびドーパントの耐熱性とほぼ一致している。
熱重量分析で、ドープしたポリアニリン(エメラルディン塩)の重量減少には 3 つのステップ
が存在する。120 0C までの重量減少はポリアニリン中に残存していた水分が除去される過程であ
る。
H2O はポリアニリンと水素結合を形成して 1000C 以下の乾燥温度では十分に除去できない。
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200~4000C の領域での重量減少はドーパントとアニリンオリゴマーの飛散に起因している。こ
れ以上の温度ではポリアニン自身の分解による重量減少が観察される。
エメラルディン塩に比較すると脱ドープされたエメラルディン塩基の重量減少は比較的少な
くかつ、耐熱性が良好であることが分かる。
図 4 エメラルディン塩の熱重量分析
図 5 エメラルディン塩基の熱重量分析
2.2 エメラルディン塩を含有したアクリル塗料の調整
エメラルディン塩単独でも防食効果は認められるが、より良好な防食効果を示すには熱硬化性
樹脂と組み合わせて塗料化するか、あるいは、エポキシ樹脂などでのトップコートする必要があ
るが、ここではアクリル樹脂と組み合わせて塗料化している。
塗料はエメラルディン塩粉末にアクリル樹脂(主にメタクリル酸エステル類の重合体)
、有機
5
溶媒(トルエン、ブタノール)
、分散剤および酸化防止剤を加えものを混練して作製している。有
機ホスホン酸をドープしたエメラルディン塩の分散性は硫酸ドープのものより良好である。
上記で調製した塗料の塗膜の特性が表 5 に示されているが、電気伝導度は 10-4~10-5 S/cm と
半導体領域である。芳香環を有するドーパントである APP あるいは ASP をドープしたエメラル
ディン塩を用いた場合には、塗膜の硬度が増大し弾性は低下する。また、ポリアニリンの添加量
と共に硬度は高くなる。塗膜の硬度が高いほど基材の金属材料に対する密着性およびスクラッチ
耐性を向上すると考えられる。
表 5 エメラルディン塩/アクリル樹脂の塗膜物性
2.3 腐食試験
腐食試験は飽和カロメル電極と対極に炭素電極を用い、作用極として円盤状(直径 1.5mm)
の炭素鋼を用い、基板の炭素鋼は予め研磨しメタノールおよびメタノールで脱脂している。
3.5%NaCl 水溶液を使用した分極試験結果をまとめたものが表 6 である。各試料の膜厚はほぼ
等しく、ドーパントの種類およびドーピング率のみが異なっている。有機ホスホン酸をドープし
たポリアニリンを含有した塗料でコーティングした炭素鋼の腐食電位はいずれも正にシフトして
いるが、芳香環を有する APP および ASP をドープしたポリアニリンを含有するものはそのシフ
トが大きい。また、ドーピング率が高いほどシフトの割合はより大きく、腐食電位が正にシフト
するほど腐食電流は小さくなる。
同じ試料について合成海水中での浸漬試験も行われている。室温で 144 時間(6 日)浸漬した
結果、PANI-ASP および PANI-APP を含有するアクリル塗料を塗布した場合には、ポリアニリ
ン含有量が低くても腐食は観察されていない。一方、PANI-ACIEP では防食効果はあるもののそ
6
の程度は PANI-ASP、PAVI-APP より低く、硫酸ド-プの PANI-AS では腐食が大きく進行した
という結果を得ている。これらの結果は分極試験結果と一致している。
以上の試験結果より、芳香環を有する有機ホスホン酸をドープしたポリアニリン(エメラルデ
ィン塩)は炭素鋼の腐食抑制効果が高く、その効果は肪族系有機ホスホン酸あるいは硫酸をドー
プしたものを大きく上回っていると結論されている。
表 6 ポリアニリン/アクリル樹脂をコーティングした炭素鋼の腐食試験
3.導電性高分子による防食機構 3)
ポリアニリンなどの導電性高分子が金属防食に有効であることは多くの研究によって確認され
ているが、その機構については多くの議論のあるところである。本節では Elsenbaumer ら が提
案しているエメラルディン塩の防食機構、
即ちドープ状態のポリアニリンが酸化剤として作用し、
金属表面に不働態である金属酸化物皮膜を生成するとする機構について紹介する。この機構で必
ずしも全ての実験結果を説明できるわけではないが、有力な提案であることも事実である。
3.1 不働態の組成
導電性高分子をコーティングした金属材料の表面での不動態生成およびその組成については
XPS で確認されている。鉄鋼材料に導電性高分子をコーティングしたケースでは酸化物の種類と
してγ-Fe2O3、Fe3O4 およびγ-FeOOH の 3 種類が知られている(表 7)。生成する鉄酸化物の種
類は導電性高分子、鉄鋼材料および電解質の種類によって異なってくる。
7
表 7 腐蝕試験による不働態の組成
3.2 防食機構
ここではポリアニリンとしてドープしたポリアニリンが用いられているが、エメラルディン塩
の部分還元されたもの(Leuco 型)を含めて議論するため、その一般式は図 6 のように定義され
ている。
図 6 ドープしたポリアニリンの化学構造
(1) ケース 1:通常(孔食が存在しない)の防食機構
ドープしたポリアニリン(エメラルディン塩)
(図 6 で a=b)が軟鋼に塗布されると、エメラ
ルディン塩は酸化剤として作用して軟鋼の表面は直ちに酸化され、ポリアニリンとの界面にγ
-Fe2O3 が生成する(図 7 の(a)→(b)に相当する)
。XPS 分析からγ-Fe2O3 の下層に Fe3O4(Fe2O3・
FeO)が生成していることも分かっている。
生成したγ-Fe2O3 層は緻密でこれ以上の腐食を防止す
る抑制剤となる。エメラルディン塩の酸化力は Fe0 を Fe3+ に酸化するに充分なものであるが、
もし、酸化力が不十分であると、鉄表面に Fe2+が生成し溶解と腐食の要因となってしまう。
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鉄の酸化が起こると同時にポリアニリンは還元され Leuco 型(a>b)になるが、このことは XPS
および UV-vis 分析により確認されている。この Leuco 型のポリアニリンは酸素により再酸化さ
れて容易にエメラルディン塩になる(図 7 の(b)→(c)に相当)
。この際、ポリアニリンは触媒的に
働き、少量で充分な量の不働態が形成されると考えられている(図 8)
。
この不働態の生成は試験条件と鉄酸化物の安定性に依存し、酸性水溶液中と食塩中ではその生
成度合いは異なる。
図 7 不働態皮膜の生成機構
図 8 ポリアニリンの触媒的作用
(2) ケース 2:孔食が存在する場合の防食機構
カキ傷やピット傷などの孔食が存在する場合のポリアニリンンの腐食抑制効果については図 9
のように考えられている。ここではエポキシ樹脂がトップコートされている。
ケース 1 と同様に、エメラルディン塩が軟鉄と接触すると直ちにγ-Fe2O3 が生成し、
」ポリア
ニリンはエメラルディン塩[PAni+A-(a=b)]から Leuco 型[PAni+A-(a>b)]に還元されると、孔食
のため露出した金属表面はカソード、ポリアニリンはアノードとして作用し、金属表面でのカソ
ード反応(還元反応)が金属の酸化を防ぐ[図 9 の(b)]。このカソード反応はポリアニリンが Leuco
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型である限り継続する。
Leuco 型のポリアニリンが全て再酸化されてエメラルディン塩になると、
金属表面でのカソード反応は終了し防食作用も停止する。この金属表面でのカソード反応は比較
的短い時間で終了するため、防食材料として Leuco 型のポリアニリンを用いた場合には腐食抑制
作用は長期間継続しない。
ポリアニリンが再酸化されてエメラルディン塩に戻ると、酸化電位の高いポリアニリンに近接
した金属表面はアノードとして、ポリアニリンと離れた金属表面はカソードとしてそれぞれ作用
し、露出した金属表面で不働態の Fe2O3 の領域が伸びてゆく[図 9 の(c)→(d)]。この不働態領域が
導電性高分子の端面からどのくらい伸びてゆくかは導電性高分子の酸化力、電解質の誘電率、水
溶液の酸素濃度と pH など多くの因子に依存している。塩酸酸性水溶液中ではポリアニリンの酸
化力は高いので、不働態領域の長さは 6mm と長く成長し、中性の NaCl 水溶液中では 1-2mm
と短いことが確認されている。
図 9 孔食が存在する場合の不働態の生成機構
おわりに
ポリアニリンを中心に導電性高分子の防食作用についてその概要を解説した。数多くの研究が
なされているポリアニリンの挙動についてはかなり複雑で、機構の解明には今後の検討による部
分もある。機構の解明が充分進むことにより、防食材料としてのさらなる改良が可能となり、事
業化への途が開けてくることを期待したい。
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文
献
1) D. E. Tallman et al., J. Solid State Electrochem. 6 :73 (2002)
2) D. E. Tallman et al., J. Solid State Electrochem. 6 :85 (2002)
3) Wei-Kang Lu et al., in Handbook of Conducting Polymers 2nd Ed (Edited by T. A. Skotheim
et al.) MARCELL DEKKER, INC. (1998) 881
4) D. E. Tallman et al., in Handbook of Conducting Polymers 3rd Ed. (Edited by T. A.
Skotheim) CRC Press (2007) 15-1
5) 前田重義、導電性高分子の最新応用技術(編者:小林征男)
、シーエムシー出版(2004)165
6) Ormecon 社の HP: http://www2.ormecon.de/Products/PAni/CPAllg.en.html
7) K. G. thompson et al., Los Alamos Nat. Lab. rep. LAUR-92-360, Los Alamos, New Mexico,
1992
8) S. Sathiayanarayanan et al., Corros. Sci., 33:1831 (1992)
9) N. Plesu et al., Synth. Met. 156 (2006) 230
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