...

軍政下で底打ちするタイ経済

by user

on
Category: Documents
17

views

Report

Comments

Transcript

軍政下で底打ちするタイ経済
みずほインサイト
アジア
2014 年 8 月 13 日
軍政下で底打ちするタイ経済
みずほ総合研究所
アジア調査部
中期的な見通しは楽観できず
03-3591-1379
○ 軍事クーデターにより政治対立が小康化したタイでは、マインドの改善などにより経済が底打ちし
つつある。2014年後半は、政策運営の正常化などにより景気のV字回復が見込まれる
○ しかし、その勢いは持続せず、2015年の景気の実勢は力強さを欠くだろう。中期的な輸出や消費の
伸び悩み、軍事政権の堅実な予算運営などが見込まれるためだ
○ 2015年末頃に予定される民政移管後、基盤が脆弱になると予想される新政権下で、少子高齢化が進
むなか生産性向上などに向けた改革への取り組みが遅れれば、低成長時代に突入する恐れがある
1.はじめに
2014年前半のタイ経済は総じて低迷したが、2013年11月に始まった反政府デモによる政治混乱が大
きな原因となった。まず、企業マインドは2012年、2013年に行われた最低賃金引き上げにより、また
消費者マインドは雇用環境悪化によりかねてから悪化していたが1(図表 1)、政治混乱が悪化に追い
打ちをかけた。また、政治混乱により行政機構が一部で機能不全に陥って、投資認可の停滞などを招
いた。以上の結果、民需が伸び悩んだ(図表 2)。さらに、治安に対する不安や、2014年5月に夜間
外出禁止令が出された2ことなどから、タイを訪れる外国からの旅行者数も大幅に減少した。
経済低迷の主因であった政治対立については、依然火種は残されているものの、2014年5月22日に
図表 1
企業と消費者のマインド
110
図表 2
産業景況感指数
消費者信頼感指数
105
(2013年=100)
106
100
95
最低賃金
引上げ
最低賃金
引上げ
雇用環境悪化
90
85
民需・訪タイ旅行関連指数(季調値)
(2013年=100)
105
104
100
102
95
100
90
政治混乱
80
98
96
70
65
2012
13
14
85
個人消費(左目盛)
民間投資(左目盛)
訪タイ旅行者(右目盛)
75
80
94
(年)
2013
(注)いずれも100超で楽観圏。
(資料)タイ商工会議所、タイ工業連盟
(資料)タイ中央銀行
1
14
75
(年)
軍事クーデターが発生して以降、小康状態となった。クーデター後の5月30日、軍事政権は、政治改
革を経た上で2015年10月頃に総選挙を行い、同年中の民政移管実現を目指すとするロードマップ3を提
示している。
軍事政権が思い描く通りに政治日程が進行するかは依然不透明だが、小康状態が続いて深刻な政治
混乱が再燃しないと仮定した場合、今後のタイ経済はどのように展開していくだろうか。ここでは、
タイが抱える様々な経済の構造問題(賃金上昇に伴う輸出競争力低下など)も考慮しつつ、同国経済
の短期および中期展望を試みたい。
2.短期見通し~景気はいったん V 字回復するも勢いは長続きせず
(1)2014 年後半の展望
軍事クーデター後、政情が概ね安定的に推移したことから、消費者と企業のマインドは改善に向か
っている(図表 1)。また軍事政権は、実施が遅れていたコメ担保融資(実質的な農民への補助金4)
を5月に再開するとともに、滞っていた1件当たり2億バーツ以上の直接投資案件の認可も6月から再開
(図表 3)、7月には訪タイ中国人・台湾人観光客に対するビザの免除(8~10月の3カ月間)を決定
した。これらの効果により、民需の急激な回復と、訪タイ旅行者数の底打ちが見込まれる。もっとも、
訪タイ旅行者数については、ビザの免除期間が終わる11月以降は失速する可能性がある。
なお例年、公共投資は、年度(10~9月)末の7~9月期に集中的に執行されるが、2013年は恩赦法5の
審議に伴う政治的混乱の悪影響から伸び悩んだ。2014年については、景気を重視する軍事政権の誕生
によりそうした事態の再来は回避される見込みだ。
以上を踏まえると、2014年後半の景気は、V字回復する可能性が高いとみている。
図表 3
対内直接投資認可額
図表 4
通関輸出(ドル建て、季調値)
合計
電子・電気機械
金属・化学
機械
(2011年=100)
160
(億バーツ)
1,600
1,400
農林水産品
自動車
労働集約製品
140
1,200
120
1,000
800
100
600
80
400
200
60
2010
0
2013
14
(年)
11
12
13
14(年)
(注)1.労働集約製品は、農業加工品、宝石、衣類・繊維製品、
靴、家具の合計とした。
2.季節調整はみずほ総合研究所による試算。
(資料)タイ中央銀行によりみずほ総合研究所作成
(資料)タイ投資委員会
2
(2)2015 年の展望
もっとも、消費者と企業のマインド改善や投資認可再開による景気回復は、基本的に2014年後半の
一過性の現象だ。2015年以降の景気回復力について、みずほ総合研究所では慎重にみている。
最大の理由は、輸出が低迷し、回復の目途がなかなか立たないことだ。2010年以降のデータを振り
返ってみると、2011年半ば頃まで輸出は増加傾向にあったが、その後は頭打ちになってしまったこと
がわかる(図表 4)。この背景には、①2011年後半の大洪水を受け、生産のタイ一極集中を回避しよ
うとする動きが出たこと、②2012・2013年の最低賃金大幅引き上げを前に生産拠点をタイ国外に移す
動きが出たこと、③スマートフォンやタブレットPCの台頭でパソコンが凋落し、主力輸出品の一つで
あるハードディスクドライブの需要が減少したこと、などがあった6。また自動車の輸出も、オースト
ラリア向けとインドネシア向けの不振により、2012年終盤頃から伸び悩んでいる。オーストラリア向
けについては中国経済の減速等による資源価格の低迷が自動車需要の減退につながったことが、また
インドネシア向けについては日系メーカー等による同国内の生産能力増強が輸入依存を低下させた
ことが原因だ7。これらは、いずれも中期的な現象と考えられることから、今後もしばらく輸出の下押
し要因となるだろう。
次に民需をみると、設備投資は、設備稼働率が非常に低い水準にあることに加え(図表 5)、輸出
の伸び悩みが続くことから、本格回復は期待しにくい。個人消費についても、家計債務問題や雇用環
境悪化という重しがあることから、当面低い伸びにとどまりそうだ8。
公共投資については、軍事政権が拡大に動いているとの報道をよく目にする。しかし、2015年度予
算(2014年10月~2015年9月)によると、公共投資が歳出に占める割合は2014年度と同じ17.5%にと
どまっており(図表 6)、2015年の景気を押し上げる効果は一般に考えられているほどは大きくなさ
そうである。
訪タイ旅行者についても伸び悩むであろう。近年では2006年に続いて2回目のクーデターであるこ
と、半年以上の混乱下で死傷者が出たことなどから、旅行者の心象が大きく悪化しているためである。
2015年通年の成長率は、ゲタが高いことから2014年対比で大きく上昇するものの、景気は力強さを
欠くとみられる。
図表 5
設備稼働率(季調値)
図表 6
2015 年度予算による歳出見通し
(%)
75
(単位:億バーツ)
70
65
2013年度
(実績)
2014年度
(予算)
2015年度
(予算)
24,243
25,250
25,750
歳出
60
55
世界金融危機
東日本大震災
50
大洪水
投資支出
4,504
4,415
4,506
歳出に
占める割合
18.8%
17.5%
17.5%
歳入
45
40
財政赤字
05 06 07 08 09 10 11 12 13 14(年)
2005
(資料)タイ工業省
21,562
22,750
23,250
▲ 2,680
▲ 2,500
▲ 2,500
(資料)タイ財務省
3
3.中期見通し~少子高齢化と改革遅滞で成長率は低下へ
タイでは少子高齢化が進展しており、2018年には生産年齢人口(15~64歳)が減少に転じるが、経
済成長と高齢者の生活安定を両立させるためには、これに合わせて様々な改革を進める必要があった
(図表 7)。しかし、2011年8月に誕生したインラック政権は、そうした改革に熱心ではなかった。
これに対し軍事政権は、莫大な損失を生んでいたコメ担保融資制度の廃止9に踏み切ったが、これ以
上の大幅な改革の進展は期待しづらい。理由としては、①ロードマップを前提とすれば、軍政はあく
までも短期の暫定政権であり時間的な制約があること、②早期の民政移管への外圧が強い中、優先的
な課題が政治改革となること、③政治改革を進めるにあたり、前政権を崩壊に導いた軍政への不満を
持つタクシン派とそれに対極する反タクシン派の双方を刺激するような経済改革を打ち出しにくい
ことなどが挙げられる。軍事政権は、相続税、固定資産税の導入を検討し始めたものの、みずほ総合
研究所では短期の軍事政権下での実現は困難とみている10。したがって、2015年末頃に予想される民
政移管後の新政府は、そうした改革に早期に着手する必要があるが、それは可能だろうか。以下、検
討したい。
(1)少子高齢化の進展に対し何をすべきか
まず、少子高齢化の進展は、具体的にどのような問題をもたらすのであろうか。
第1に、生産年齢人口の減少は、働き手の減少を意味する。この問題への対応としては、より少な
い働き手でも生産水準を向上させられるよう、渋滞が常態化しているバンコク周辺の交通インフラを
整備したり、あるいは教育予算を拡充したりすることなどを通じて、労働生産性を高めることが考え
られる。さらに、働き手を直接増やす政策として、外国人労働者の受け入れ拡大や、現在60歳となっ
ている定年の引き上げなども検討すべきだ。労働生産性が低い農業から、その他の産業へと労働力移
動を促進することも有効だろう。
図表 7
問題
取り組むべき課題
課題
政策
外国人労働者の受け入れ
新たな労働力確保
労働力不足
既存労働力の有効活用(定年の引き上げ、農村から都市部への
労働移動など)
投資誘致のため法人税の低税率維持
生産性向上
少
子
高
齢
化
反対勢力
経営層を除く国民
インフラ整備(治水設備、バンコクの地下鉄など)
規模と内容次第で
反タクシン派(富裕層・都市部住民)反発
教育などの拡充
内需縮小
高齢化
海外とのリンケージ強化
二国間FTA、TPPなどによる輸出の拡大
社会保障の充実
年金制度における給付額の引き上げ
農家支援(コメ担保融資制度は廃止されたが、代替策である農家
向け低利融資、もみ米の価格保証、小作料引き下げなど)の削減
財源確保の
必要性
歳出入の見直し
畜産など一部の農民、貧困層、
金融業界、製薬業界など
タクシン派(農民)
燃料補助金(ディーゼル、LPG、CNG)の削減
タクシン派(農民・貧困層)
相続税、固定資産税の導入
反タクシン派(富裕層・都市住民)
消費税率の本則への引き上げ
富裕層、官僚などを除く国民
(資料)みずほ総合研究所作成
4
第2に、消費を主導してきた生産年齢人口が減少に転じるため(図表8)、これまでほど内販市場の
成長に期待できなくなる。したがって、二国間FTAやTPPなどの推進を通じて、米国や欧州などの輸出
市場を確保していくことが極めて重要となる。ASEAN、日本、中国、オーストラリアなどとは既にFTA
を締結しているものの、輸出の4割超にあたる国・地域とは締結にいたっていない。
第3に、少子高齢化が進展するということは、これまでのように家族に依存した高齢者扶養を続け
ることが難しくなることを意味する。例えば、一人っ子同士が結婚すれば、4人の親の面倒をみなけ
ればならなくなり、現役世代には多大な金銭的負担がかかることになる。したがって、高齢者の生活
安定のためには、公的年金制度による支援が欠かせない。しかし、民間企業被雇用者と公務員の年金
制度は比較的整っているが、農民が多いとみられる家業従事者や自営業者など労働力人口の過半数
(図表9)については、老齢福祉手当という、月額給付額が600~1,000バーツ(約1,800~3,000円)
と世界銀行が定める世界貧困線(1日あたり1.25ドル以下で生活)を下回る貧弱な制度があるのみだ。
以上で述べた政策を実現するためには、財源を確保する必要性にも迫られる。具体的には、①農家
支援の削減、②燃料補助金の削減11、③相続税、固定資産税の導入、④消費税率の本則への引き上げ12
(7→10%)、などが考えられる。
(2)民政移管後に改革は進むか~政権基盤が弱く難航する可能性
では、こうした改革を、民政移管後の政権は実行できるだろうか。民政移管後の政権は、以下の通
り、権力基盤が脆弱になる可能性が高いため、現時点で判断する限り、改革を大きく進展させるのは
容易ではないだろう。
軍事政権は、かつてタクシン元首相に、人事に介入されたり軍事費圧縮を迫られたりした苦い経験
から、民政移管後は反タクシン派の政権が誕生することを強く望んでいる。しかし総選挙では、農民
や貧困層の圧倒的な支持を背景に、タクシン派は過半の有権者の支持を得る(図表10)ことになる可
能性が極めて高い。このため軍事政権は、有権者のあいだでタクシン派の支持が多くても、反タクシ
ン派が政権を維持できる制度を模索しているようだ13。反タクシン派政権が発足すると想定するが、
この場合、間違いなく、タクシン派の不満は総選挙後もうっ積するだろう。このため新政権は、自ら
の支持基盤の反タクシン派だけではなく、タクシン派にも配慮した政策運営を心がけざるを得まい。
図表 8
生産年齢人口伸び率
図表 9
雇用形態別労働力人口割合(2013 年)
(前年比、%)
雇用主
2.0
3%
1.5
UN予測
老齢福祉
手当
1.0
0.5
2018年
自営業者
32%
0.0
▲ 0.5
▲ 1.0
2000
家業従事者
(無給)
22%
05
10
15
20
25 (年)
(資料)国際連合“World Population Prospects The 2012 Revision” (資料)タイ国家統計局
5
公務員
9%
民間企業被
雇用者
34%
以上を前提とすると、歳出入の見直しについて相当難航が予想される。歳出削減につながる政策(例
えば、農家支援の削減や燃料補助金の削減)にはタクシン派の反対が、歳入拡大につながる政策(相
続税、固定資産税の導入、消費税率の本則への引き上げなど)には反タクシン派や広範な国民の反対
が強いためだ。こうした財源の確保に資する政策が停滞すれば、社会的にニーズの高い公的年金制度
や教育への投資も十分に行われないことになろう。一方で、国民の反対が相対的に弱い定年の引き上
げ、治水設備の整備などについては一定の進展が見込まれ、また、反対勢力は多いものの、他の政策
と比べて大きな財源を必要としないFTA締結やTPP参加14についても進展する期待がある。
しかし、全体としてみると改革による成長率引き上げは期待しにくい状況だ。改革が限定的なもの
にとどまれば、むしろ、人口動態を反映し、成長率は徐々に低下していく可能性がある。
(3)経常収支の見通し
上述したシナリオを前提に、今後の経常収支の見通しを考察しよう。稲垣・宮嶋(2013)で論じた
ように、タイの経常収支は2010年以降から趨勢的に悪化しており、2013年4~6月期にはGDP比▲6.7%
と大幅な赤字を記録するなど、2013年央にインドやインドネシアのような経常収支赤字問題が顕在化
して通貨安圧力が強まる恐れが高まった。しかし、その後は政情不安の激化による消費マインド低迷
などから内需が急速に縮小した結果、経常収支は2013年後半から大幅黒字に転換した(図表11)。
2014年後半から2015年の経常収支を見通すと、前述したように5~6月以降、公共投資や個人消費、
民間投資といった内需が持ち直すのに伴って輸入が増加する一方、構造的要因から輸出の停滞が続く
見込みであることから、経常収支の黒字幅は縮小に向かうとみられる。しかし、通貨安圧力が急激に
強まるほどの危機的水準まで経常収支が悪化して大幅な赤字に転落する可能性は低いだろう。なぜな
ら、以下の要因から、輸入が大きく加速する見込みが小さいからだ。
まず、2015年度予算(2014年10月~2015年9月)が堅実的である点が挙げられる。前述したように、
2015年度予算の財政赤字額は2014年度と同規模であり、過度な支出を行う見込みは低い。そのため、
巨額のインフラ投資の実施による建設資材などの輸入急増といったような事態は避けられよう。また、
図表 10
地域別人口(2013 年)
図表 11
(億ドル)
東部
7%
バンコク除く中部
西部
6%
反タクシン派
貿易収支(左目盛)
200
輸入伸び率(右目盛)
バンコク
16%
経常収支
(%、前年比)
経常収支(左目盛)
40
輸出伸び率(右目盛)
150
30
100
20
50
10
0
0
5%
南部
14%
北部
18%
タクシン派
東北部
34%
▲ 10
▲ 50
▲ 100
2011
(注)バンコクを除く中部、東部、西部は両派が混在。
(資料)タイ地方行政局
(資料)タイ中央銀行
6
12
13
14
▲ 20
(年)
軍事政権は農業支援策の実施を検討しているものの、インラック前政権のコメ担保融資制度は既に廃
止しており、大規模な農業支援は打ち切られる可能性が高い。コメ担保融資制度を通じた農業所得の
向上による農村部の消費刺激策がなくなることは、むしろ消費の押し下げ要因となり、輸入下押しの
一因になると言えよう。
民政移管後の 2016 年以降も、少子高齢化の進展による貯蓄の取り崩しもあって経常収支の黒字幅は
縮小に向かうものの、大きな赤字になるほど悪化することは想定しにくい。なぜなら、今後成立が予
想される反タクシン派新政権では、インラック前政権時のような大規模なばらまき政策の実施は考え
にくく、政情不安が続く状況下では財源確保に向けた改革実施の難航が予想されるため、大型インフ
ラ投資など財政支出の規模拡大は困難であるからだ。おそらく、財政赤字や輸入の急激な拡大は避け
られよう。
4.おわりに
足元のタイ経済は、軍事クーデターにより政治対立が小康状態となったことから、底打ちの兆しが
みられる。軍事政権の下で政策運営が正常化したこともあって、市場ではタイ経済の先行きに対して
楽観的な観測が強まっているようだ。
しかし、みずほ総合研究所では、これまでタイの景気悪化は政治混乱だけでなく、構造的問題にも
起因することを指摘してきた。インラック前政権時代に実施されたポピュリズム政策は労働集約産業
の輸出競争力低下や雇用環境の悪化、家計債務の増大といった様々な弊害をもたらした。政治混乱の
深刻化は、構造的要因による景気後退に拍車をかけたと言えよう。
中長期的には少子高齢化が進むなか、低コストを武器として労働集約産業をけん引役とする経済成
長から脱して、新たな成長モデルを見出すことができなければ、タイ経済は、低成長時代に突入する
恐れがある。しかし、前述したように、短期間の暫定政権となる軍政、民政移管後の政権基盤が脆弱
な新政権下では、生産性向上などに向けた改革の実施は容易ではなく、成長モデルの転換が遅れる可
能性がある。
タイ政府の対応に多くを期待できないとすれば、タイの現地日系企業、もしくは今後、進出を検討
している企業は、自発的に少子高齢化への対応を求められることになろう。例えば、タイ現地での生
産・輸出を実施する際には、労働集約工程をタイよりも人件費が安価であるラオスやカンボジアなど
周辺国に移管し、生産工程を細分化(フラグメンテーション)することで生産効率を高めるサプライ
チェーンを構築するという、いわゆる「タイ+1」戦略を検討する必要があろう。一方、タイ国内市
場を狙った内販事業を展開する場合は、投資の規模拡充については慎重に検討し、高齢化社会で需要
が増加する分野(医療や教育など)に投資を優先的に拡充するといったことを図るべきだろう。
7
【参考文献】
稲垣博史・宮嶋貴之(2013)「タイ・マレーシアの経常収支悪化は続くのか」(みずほ総合研究所
『みずほインサイト』2013年9月24日)
――――(2014a)「タイ:個人消費低迷が長引く懸念~悪化する雇用環境、追い討ちをかける家
計債務問題」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2014年1月15日)
――――(2014b)「タイの自動車輸出はなぜ低迷しているのか」(みずほ総合研究所『みずほイ
ンサイト』2014年7月14日)
苅込俊二・杉田智沙(2014)「政治混乱が続くタイ~先行きを考えるための論点整理」(みずほ総
合研究所『みずほインサイト』2014年4月14日)
杉田智沙(2013a)「タイの人材スキルの評価~産業高度化を担う人材養成が課題」(みずほ総合
研究所『みずほインサイト』2013年3月29日)
――――(2013b)「低迷が続くタイの自動車生産~国内出荷の早期回復は期待できず在庫調整が
継続」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2013年11月20日)
――――(2013c)「再燃したタイ政治混乱の行方~事態収拾に向けた打開策は見出せず」(みず
ほ総合研究所『みずほインサイト』2013年12月18日)
1
詳しくは稲垣・宮嶋(2014a)参照。
夜間外出禁止令は 6 月 13 日に解除された。
3
2014 年 8 月までに国会の機能を代替する立法会議を設置、9 月までに暫定首相の擁立と暫定内閣の発足を行い、10 月頃に政治
改革を進める国家改革評議会、新憲法をまとめる憲法起草委員会などを設置し、2015 年 7 月に憲法公布、10 月頃に選挙を実施し、
2015 年中に民政移管を実施するという内容。
4
同制度は、事実上、政府が籾を 15,000 バーツ/トンで買い取る政策で、2011 年 10 月から実施されている。予算の枯渇から、一
時実施が止まっていた。詳しくは杉田(2013c)を参照。
5
汚職で有罪となり海外逃亡を続けているタクシン元首相の帰国を可能とするもの。詳しくは杉田(2013c)参照。
6
詳しくは稲垣・宮嶋(2013)参照。
7
詳しくは稲垣・宮嶋(2014b)参照。
8
詳しくは稲垣・宮嶋(2014a)参照。
9
損失は約 5,000 億バーツに上り財政負担が大きかったこと、IMF をはじめ国際的にも批判が強かったこと、汚職の温床との批判
を受けていたことなどから、継続が困難であったとみられる。
10
見識者の間でも実際に導入するまでには相当時間がかかり、短期政権で成立させるのは難しいという見方が多い。なお、相続
税、固定資産税の導入は、両派の対立の一因となった所得格差是正を目的としており、増税分が国家の成長に資する政策ではな
く、農民や低所得層への単なるばらまきに充てられる恐れがある。
11
ディーゼル、液化天然ガス、圧縮天然ガスといった燃料は、生産価格よりも低い小売価格で供給されており、差額は財政で補
てんされている。IEA によると、2012 年の燃料補助金は GDP 比 2.6%とインドネシアに次ぐ高水準で、インドやマレーシアを上
回った。
12
消費税率は本則では 10%となっているが、1997 年のアジア通貨危機による景気低迷を受け、1999 年に 7%に引き下げる時限措
置がとられた。その後は、勅令によって 7%の税率が維持されている。
13
例えば、下院でも上院と似た制度を導入することが取りざたされている。上院では、議員の約半数を、反タクシン派が多いと
される判事などが任命しており、選挙により選出された議員と合わせて反タクシン派が過半数を確保できる仕組みとなっている。
14
TPP 参加や FTA 締結により打撃を受けやすい農家に対して、一定の補助金が支払われる可能性はある。
2
[共同執筆者]
アジア調査部主任研究員
稲垣博史
[email protected]
アジア調査部主任エコノミスト
宮嶋貴之
[email protected]
アジア調査部研究員
杉田智沙
[email protected]
●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに
基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。
8
Fly UP