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結核の感染対策
2006 年 5 月 5 日放送 結核の感染対策 化学療法研究所附属病院 院長 毛利 □日本は結核罹患率、新規発生率ともに低いとは言えない 本日は、病院薬剤師にとって必要な結核感染対策について、その基本 をお話しします。何事もそうですが、対策の基本は相手を知ることから 始まります。まず、結核について簡単に説明します。結核が地球上で猛 威を奮い始めたのは、都市への人口集中が進んだ 18~19 世紀の産業革 命以降です。まず英国で激増し、西欧、東欧、アメリカ、日本へと広が り、現在は発展途上国に集中しています。結核は、エサを求めて地球上 を徘徊する巨大な怪物のようなものです。 昭和 20 年代までは、わが国では結核は国民病、亡国病などと呼ばれ、 昭和 25 年まで死因の第 1 位を独占していました。皆さんがよく知って いる有名人で、結核で若くして亡くなった方がたくさんいます。例えば、 正岡子規、樋口一葉、滝廉太郎、石川啄木、また、「風と共に去りぬ」 でスカーレット役を演じたビビアン・リーも結核で亡くなっています。 次に、日本の結核の現状について説明します。わが国は、結核の罹患 率、新規発生率に関する限り、少なくとも先進国ではありません。例え ば最近のアメリカの報告によると、結核罹患率は人口 10 万人あたり 10.5 から 5.8 に激減していますが、日本では平成 9 年から 11 年の間の 3 年間にわずかに増え、平成 12 年からようやく再度減少傾向に転じま した。それでもまだ、人口 10 万人あたり 31.0 と、アメリカの約 5 倍で す。罹患率が世界で一番低いスウェーデンの 4.5 と比べると、約 5.5 倍 にあたります。 昌史 わが国の結核の動向で注意すべき点は、患者数がやや増え、新規登録 の患者さんの数が減らないということもありますが、何より新規登録者 の中で高齢者の割合が毎年増えていることです。高齢者結核は平成 15 年に約 43%に達していますから、あと 5 年ほどで 50%に達するかもし れません。 次の問題は、日本の中でも、結核罹患率に地域格差があることです。 例えば 2003 年の大阪市の罹患率は人口 10 万人あたり 68.1 ですが、長 野県は 11.9 と、大阪市は長野県の約 5.7 倍も多いということになりま す。 □結核感染の対策としては、まずは感染源である患者さんを隔離 本日の主題である、結核の感染についてお話しします。結核は、空気 感染、飛沫感染とも言いますが、肺の中に結核菌を吸い込むことによっ て感染します。したがって、結核の病棟で手洗いとか白衣を替えるとい うことは、あまり重要ではありません。結核の患者さんが使った食器や お箸を、特別に消毒する必要もありません。 飛沫感染というのは、非常にコントロールが難しい感染経路です。例 えば最近では SARS の例が挙げられます。飛沫感染に対する防御対策と して重要なのは、まずは感染源である患者さんの隔離です。次に、病棟 の空気を頻繁に入れ換える必要があります。場合によっては、紫外線で 殺菌することもあります。また、危険地域ではマスクの着用が大切です。 病院従事者は N95 などの特殊マスクを使用し、患者さんには結核菌が 広がるのを防ぐためにサージカルマスクなどを使用します。 結核の患者さんを隔離することが一番重要と言いましたが、実際には、 例えば外来でどの患者さんが結核菌を出しているかそうでないかを見 分けることは極めて困難です。とはいえ外来患者さんが多い病院では、 受付等で結核の可能性が高い患者さんをなるべく早く見つけ、その患者 さんは別室に入ってもらい、診察は別室でするというような工夫が必要 となります。 □結核の感染と発病を混同しない 結核の感染対策は、一にも二にも結核菌を排出するような事態になる 前に患者さんを見つけることですが、結核に関してしばしば起こる誤り として、結核の感染と発病の混同が挙げられます。結核に感染するとい うことは、結核菌がその人の身体の中に入ることであり、これは知らな いうちにも日常的に起きています。一方、発病というのは、入った結核 菌が根を下ろして肺の中で成長し続けることです。結核菌が身体の中に 入っても、結核菌が増え続けて発病するのは約 10 人に 1 人くらいの割 合であり、ほとんどの人は結核菌が入っても発病しません。結核の患者 さんが入院したからといって、病院中がすぐに大騒ぎをする必要はない のです。 しかし、結核の感染は知らないうちに一瞬のうちに起こるということ は知っておく必要があります。例えば、知らないで電車の中で感染する こともありますし、タクシーで感染することもあります。 病院内の対策で重要なことは、職員検診をしっかり行うことです。年 2 回というような規定があります。結核についての職員教育も、定期的 に行う必要があります。 □ツベルクリン反応と BCG、結核感染 就職した時に、皆さんは健康診断を受けますが、その時にツベルクリ ン反応も実施されているかもしれません。ツベルクリン反応は、BCG によって陽性になることもありますし、結核菌により陽性になることも ありますが、この二つを区別することはできません。しかし、念のため ツベルクリン反応は新採用者全員に実施することが勧められます。最近 はツベルクリン反応に代わる検査も開発されていますが、まだ実用化さ れるまでには時間がかかりそうです。 もうひとつ、みなさんがよく疑問に思われることは、ツベルクリン反 応が陰性の場合、BCG が必要かどうかということです。現在 BCG は、 幼児では発病した時に病状を軽くするという効果が認められています が、成人でもそのような効果があるかどうかは現在のところ確認されて いません。また、BCG をすることによって結核感染を防げるかについ ては、成人の場合証拠はありません。したがって、結核病棟がある病院 以外、ツベルクリン反応が陰性であっても、BCG をする必要はおそら くないであろうと思います。 現在、わが国で結核の患者として高齢者が増えつつあると言いました が、今後この 20 年間で日本が西欧並みに結核患者を減らすことができ るかどうかは、若い世代の人たちに結核菌が感染するのをどう防ぐかに かかっています。結核はいつでも、どこでも、どの病院でも発生する可 能性がある疾患です。常にその可能性を頭に入れて、診療もしくは患者 さんに接していただきたいと思います。 http://medical.radionikkei.jp/jshp_sp/program.html