...

活動報告 [PDFファイル/483KB]

by user

on
Category: Documents
14

views

Report

Comments

Transcript

活動報告 [PDFファイル/483KB]
1
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
■研究プロジェクト
「学習者の視点に立った異文化理解と外国語教育」
■研究チーム
「大学における外国語教育の現状と未来像」
研究期間(研究所プロジェクト)
2009年4月~2012年3月
予算額(研究所プロジェクト)
1,047,000円
研究代表者およびチームリーダー
T.ニューフィールズ(経済学部経済学科・教授)
研究分担者名(研究所プロジェクト)
研究員
斎藤 佑史(経済学部国際経済学科・教授)
垣本 せつ子(国際地域学部国際観光学科・教授)
佐藤 郁(国際地域学部国際地域学科・准教授)
客員研究員
江藤 双恵
研究分担者名(研究チーム)
研究員 (所属略)
王 亜新、大野 寿子、垣本 せつ子、近藤 康弘、近藤 裕子、斎藤 里美、斎藤 佑史、
佐藤 郁、続 三義、曽田 長人、田口 賀也、田中 正敏、高橋 雄範、十重田 和由、
三石 庸子、村田 由美恵、 森田 信也、湯船 英一、ティモシ・.ニューフィールズ、
リング・ジョセフ、ブランシャー・ニコラ、ゴードン・ミスコウ
客員研究員
江藤 双恵 横川 伸
研究計画の概要
東洋大学ではグローバル化する現代に適忚するべく、世界の各地域それぞれの経済・社会構造・文
化・言語への理解を促すために、学生の海外研修や留学を積極的に導入してきた。
本研究では、異なる文化や言語を学生が実体験することにより、世界への視野が広がり、異文化に
適忚できる力をつける海外研修や語学教育の設計を模索した。
学生の異文化・外国語学習についての意識を 3 年間調査した。出発前、帰国直後、帰国後半年経過
2
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
してから調査し、分析を試みた。海外研修を契機とした異文化理解を、語学というスキルにとどまら
ない言語教育として生かす方策を考え、教材の工夫を試みた。
以下に本年度のシンポジウムとプロジェクト活動について総括する。
当該年度の研究活動
2011 年公開シンポジウム「異文化体験は必要か?」
日時:2011 年 10 月 22 日(土)14:00-17:30
場所:東洋大学白山校舎 3 号館第二会議室
パネリスト
槙 大輔 (東洋大学国際地域学部 3 年)
「海外研修は自分を”次へ”と進める起爆剤」
野地 洋平(東洋大学経済学部 4 年)
「金融危機とウイスキーについて」
川澄 厚志(東洋大学国際地域学部助教)
「大学生の専門領域における海外研修とインターンシップ」
浅井 宏純(海外教育コンサルタンツ前代表取締役)
「日本人の異文化体験」
斎藤 佑史(東洋大学経済学部教授)
「大学生の海外研修と外国語教育 -異文化体験と外国語- 」
司会者:垣本せつ子(本学国際地域学部教授)
代表者:斎藤 佑史(経済学部国際経済学科・教授)
コーディネーター:T. ニューフィールズ(本学経済学部教授)
Ⅰ.
海外研修は自分を”次へ”と進める起爆剤
東洋大学国際地域学部 3 年 槙 大輔
入学前のオープンキャンパスで、偶然、手にした国際地域学科の研修レポート中のフィリピン短期
研修に惹かれ、現在専攻している東洋大学国際地域学科に入学しようと決意した。研修では旅行者と
いう観点のみならず、その国・地域の社会的・文化的側面も垣間見ることができる。また、語学とコ
ミュニケーション力を身につけられると考える。さらに、自分の視野が広がり刺激を受けることで、
学習意欲の向上に繋がると思う。
大学に入学して最初に参加した研修が、1 年次の夏休みのフィリピン短期研修だった。研修では大
3
「学習者の視点に立った異文化理解と外国語教育」
「大学における外国語教育の現状と未来像」
学での英語の授業を受け、授業後はチューターと一対一で英会話をした。セブの市内にはストレート
チルドレン大変多く、衝撃を受けた。しかし、私たちは NGO を訪問し、ストレートチルドレンの子ど
もたちと触れ合うことで彼らに対する理解のありかたが変わった。
また、3 年次の夏休みに参加したのが、ウガンダ研修である。ウガンダとはアフリカ大陸の東に位
置し、国土は日本の本州ほどである。ナイル川が流れており、その源泉であるビクトリア湖がある。
研修の目的は、ウガンダで行われている JICA 及び NGO の開発事業を視察し、帰国後、報告書を成果の
証として作成することであった。具体的には、一村一品運動と呼ばれる事業の日本人専門家の話を伺
い、また、ウガンダで青年海外協力隊として活動する日本人の方に一日付きっきりで行動を共にし、
その仕事内容や実情を見て回り、その後、協力隊員の家にホームステイもさせてもらった。また、コ
ミュニティスクールといわれる小学校を訪問し、ウガンダの子供たちに日本文化を紹介し、手洗いの
仕方を一緒に覚えた。私たち学生で簡易手洗い設備を校庭に作ると、子供たちや先生が大変喜んでく
れたのが印象的であった。最後の訪問先はとある県の国立病院であり、院内を見学した。実質 10 日間
の滞在で短い期間だったが、内容は非常に濃く、学び得たものは多かった。海外研修は、観光で味わ
える楽しさに加え、現場とそこにいる人々を通して社会問題を学べる興味深さが大変魅力である。研
修時は、社会の現実を目の当たりにして、悩んだりするなど、苦労も絶えないが、その経験が次への
ステップへと自分自身を押し進めてくれる。
シンポジウムでの発表は、初めての機会であったため大変緊張した。しかし、私が伝えたいことは
不器用なりに伝えられたと思い満足はしている。また、最後にいくつか質問ももらったが、私なりに
精いっぱい答えることに努めた。
私の発表後、先生方、野地さんの発表を拝聴したがどれも非常に興味深かった。まず、野地さんが
アイルランド留学で感じた「発言を恐れない現地学生」と、日本学生の違いはどこか納得するものが
あった。川澄先生の発表では、研修後の学生のモチベーション持続の難しさを語っていたのが印象的
であり、どう研修時に得た新鮮な経験を次に活かしていくかが鍵だと思った。浅井先生の発表はとて
も力強く、知らず知らずのうちに話に引き込まれていった。その中で一番印象に残ったものが「自分
のためだけなく、家族のため、次に、日本のため、そして世界のためにと思って社会で活躍してほし
い」
、という言葉であり、何か私自身このままではいけないと気づかされた。
最後の斎藤先生の発表はとても哲学的であり「真の異文化理解は可能であるのか」という問いはと
ても奥深く、その答えを探り出すのは大変難しいと感じた。私は今までいくつかの国々に訪れてはい
るが、この齋藤先生の発表のあと、果たして私はどれだけ中身がある異文化理解を今までしてきたの
かとふと思い悩んでしまった。
このような発表の場を得ることができ大変光栄であるのと同時に、
先生方や野地さんの発表は将来、
世界を舞台に活躍したいと思っている私にとって、とても刺激的な糧となった。
4
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
Ⅱ.
金融危機とウイスキーについて
東洋大学経済学部 4 年 野地 洋平
シンポジウム「外国語教育の現状と未来」に参加し、留学の経験をまとめる機会を得た。本稿で
は、以下の三点について述べる;第一に留学の目的と意義、次に旅行中の体験、最後にまとめのよう
な意見を述べたい。2010 年夏から一年間、私はアイルランドへ留学することになった。アイルランド
は雨が多く、緑が美しい平和が似合う国である。ここ数年は金融危機の文脈で、話に出ているかも知
れない。またウイスキー発祥の地であり、どんなに小さい町にも何軒かパブがあるくらい、お酒を愛
している。
さて留学の目的は英語力の向上と欧州地域の経済、文化、考え方を知ることである。結論から言え
ば、ディベートの授業や英語科目を通じて、ヨーロッパの学生と共同作業が出来たが、もちろん欧州
地域の考え方、文化を一年程度で知るには無理がある。しかし、将来外国人とビジネスをすると仮定
すれば、これらの経験は立派な予行練習となったと思う。また大学院入試に向け、経済学や The
economist などのアカデミックな英語に慣れる必要があった。そのため、ほぼ毎日新しい単語を仕入
れ、ネイティブの友人に使い方を質問していた。この方法なら意味だけでなく「カジュアルか形式的
か」や、また使う場面など広範な理解が可能だ。さらにアイリッシュパブで年上の方や友達に、英語
でどんどん質問し、それについて自分の意見を言う。このように自分の得意分野(経済)から英語を
学び、日々新しい単語を仕入れることが、言語学習ひいては異文化体験に必要なことかも知れない。
次に、旅行中の体験について述べたい。有難いことに、留学中何度か旅行する機会に恵まれたが、
その中でもギリシャ、イタリアが印象に残っている。2011 年 5 月末、ギリシャでは財政問題に絡んだ
大規模なデモが起こっていた。
その現場に身を置けたことは、
経済を勉強する学生として幸運だった。
しかし一人の息子としては、両親に心配をかけたと思う。アテネの中心地シンタグマ広場では若者た
ちが、連日テントを張って抗議活動をしていた。英語で彼らと話す機会もあり、印象に残っている言
葉がある。
「我々は直接民主主義の国だから、こうやって訴え続けている」と、聡明そうな青年は言っ
ていた。もちろん彼らの姿勢にはある種の感銘を受けたが、より重要なことは彼らの寄付やデモ、そ
の他慈善活動のやり方である。例えば、彼らの寄付活動の多くは面白おかしく、なるべく明るく振る
舞っていた。またヨーロッパ人の多くは、寄付やデモ活動を当たり前の行為と見ている。だからこそ、
その方法も多岐に渡っているのだ。もちろん日本には日本のやり方があるかも知れないが、大いに参
考になると思った。
イタリアにおけるマフィア問題は、既に社会問題という域を超えているかも知れない。特に南部で
は問題は深刻だった。ナポリでは、ゴミ収集会社がマフィアの傘下にあるため、地方自治体とマフィ
アの関係が悪化した結果、街中にゴミがあふれてしまっているのだ。旅行中考えたのは、実際にこの
目で見ることが重要であるということだ。特に学生や若者には、ネットやテレビを通じて得られる情
報と、目の当たりにした情報は違うということを言いたい。媒体を介した情報は、すでに誰かのフィ
5
「学習者の視点に立った異文化理解と外国語教育」
「大学における外国語教育の現状と未来像」
ルターを通っている。そこには既に感動という要素は欠けているだろう。いくら知識として吸収でき
ても、感動がなければすぐに忘れてしまうと思う。
以上のように旅行の経験は、将来に対して有益な勉強でもある。外野がなんと言おうが、旅行の体
験は脳内に染み込み、ある日、好奇心と共にインスピレーションを私に与えてくれる。長期的な話を
すれば、震災の現場やアフリカでボランティアをすることと、私のように海外を見てくることに大き
な違いはないと思う。なぜなら、前者は短期的には効果を上げるかもしれないが、後者は世界を実際
に目にし、知性を高めることによって、長期的には社会に還元されるからである。誰に前者は偉くて、
後者は遊んでいるだけと言えるだろうか、いや言えない。長期的には両者は同等である。短期の海外
研修でさえ、その参加者の意欲を高め、将来国際社会に還元されるとすれば、非常に有益となる。ゼ
ロか百かのような近視眼的議論ではなく、尐しでもメリットがあるなら、異文化体験をすべきだと思
う。
Ⅲ.
大学生の専門領域における海外研修とインターンシップ
東洋大学国際地域学部助教 川澄 厚志
はじめに
近年、アジア諸国を中心に海外在留邦人数が増加している。外務省「海外在留邦人数調査統計」を
みると、
海外在留邦人数は、
1992 年に約 68 万人だったのに対し2009 年には約113 万人に達している。
地域別にみるとアジア諸国への滞在者が 2001 年頃から急速に伸びている。目的別にみた海外在留邦
人数は、民間企業が 30.2%、留学生・研究者・教師が 19.0%、報道・自由業・その他が 12.0%、政府
関係機関が 1.9%、同居家族が 36.7%となっている(総務省統計局「世界の統計 2011」
)
。今後、国内
の就職状況によっては職を求めて海外へ出る人は増加することが考えられる。以上を踏まえて、本稿
は大学生の専門領域における海外研修とインターンシップについて、東洋大学国際地域学部の海外研
修とインターンシップの事例から、その成果と課題を整理することを目的としている。
1.専門領域における海外研修
国際地域学部ではグローバルな人材育成を目的として、①イギリスのボーンマス大学(ホテル・観
光学を学ぶ)3 週間コース、②タイのチュラロンコン大学(地域の問題を学ぶ)2 週間コース、③フィ
リピン大学セブ校(コミュニティ開発を学ぶ)2 週間コース、④フィリピンのサウスウエスタン大学
(文化と生活を体験)4 週間コース、⑤カナダのサスカチュワン大学(文化と生活を体験)3 週間コー
ス、⑥韓国の韓南大学(地域学・文化・観光学)2 週間コース、そして 2008 年以前には、⑦タイのア
ジア工科大学院(コミュニティ開発を学ぶ)2 週間コースを実施している。学生は海外研修に参加す
ることで、現場感覚を磨くとともに英語によるコミュニケーション能力を強化している。
アジア工科大学院の研修は、2000 年の第 1 回研修から 2007 年の第 7 回研修まで実施されてきた。
6
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
この研修の具体的な研修内容は、バンコク都やアユタヤ市の都市計画や都市貧困等をテーマに、アジ
ア工科大学院の教授らや関係政府機関の職員等による講義、フィールドワーク、グループディスカッ
ション、プレゼンテーションを実施している(現地の人とのコミュニケーションは英語で実施、タイ
人学生の通訳者付)
。2004 年度のアジア工科大学院の研修に参加した学生に対し、参加した感想を聞
いたところ、
「都市問題に関する知識を得られた」
、
「タイの文化を体験できた」
、
「自分の問題意識や関
心の所在が明確になった」
、
「帰国後も類似テーマの研究を続けていきたい」など、いずれも積極的な
感想が多かった。一方、課題については「研修開始直後においては語学を使用することにためらって
いた学生がいたこと」
、
「研修直後のモチベーションは高いが、時間経過とともに薄れていくモチベー
ションをいかに維持していくのかという点でフォローアップが必要であること」
、
「国際的な機関や団
体への就職には直接的には結びつかないこと」があげられる。
2.専門領域におけるインターンシップ
国際観光学科のインターンシップは、ホスピタリティ・マネジメントコース(以下ホスピタリティ
コース)が、平成 21 年度より必修科目として制度化している。平成 21 年度は、プログラムの見直し
を行い平成 22 年度は主としてホスピタリティ分野(とりわけホテルや飲食業など)でのインターンシ
ップに加え、レジャーやツーリズム分野のインターンシップにおける受け入れ先の新規開拓をした。
その結果、観光庁が実施しているインターンシップモデル事業など、公募されているインターンシッ
ププログラムや、これまでに関係性を築いている民間企業や地方自治体などのプログラムへ学生が参
加することができた。
平成 22 年度のインターンシップはホスピタリティコースの学生を中心に 88 名の学生がインターン
シップを実施した。事前指導(合計 4 回のガイダンスと個人指導)を行うとともに、事後の報告書作
成のためのガイダンス、そして 2011 年 1 月に企業の担当者を本学へ招き、インターンシップ報告会を
実施した(http://www.toyo.ac.jp/news/detail_j/id/3298/参照)
。研修前には目的意識を持っているのかどう
か不安な学生もいたが、研修後、見違えるように意識が高くなった事例もあり、インターンシップを
通して責任をもって働くことの意義を改めて認識したようである(図 1)
。一般的に、インターンシッ
プは、就職後の不一致を防ぐことやコミュニケーション能力を向上させていくことを目的に実施され
ているが、国際観光学科のインターンシップでもこうした目的は成果として見受けられた。一方、課
題としては、国内のインターンシップの事情は海外のインターンシップの枠組みとは異なり繁忙期に
行なわれている実態があることや就職活動の際にインターンシップの経験は重要視されていないこと、
などがあげられる。
平成 23 年度は、上記のホテルインターンシップに加えて、ふるさと回帰支援センターの地域づくり
インターンシップに約 20 名の学生が参加しており、
各種メディアや地元新聞にその活動が取り上げら
れている。
7
「学習者の視点に立った異文化理解と外国語教育」
「大学における外国語教育の現状と未来像」
3.まとめ
東洋大学国際地域学における海外研修とインターンシップに共通する成果として、都市・地域問題
や観光業などの知識や理解を深まったこと、地域づくりや観光学を学ぼうとする学生にとって大きな
刺激になっていること、などがある。他方、専門的な知識のみならず、コミュニケーション能力の向
上についても見受けられた。
一方で、今後の課題として、キャリアデザインを考える上で、将来展望に研修がどのように関係し
ているのかを明確化させていく必要があるように思われる。
Ⅳ.
日本人の異文化体験
海外教育コンサルタンツ前代表取締役 浅井 宏純
私の生まれた 1955 年、その頃ようやく戦後の日本で普通の人が外国に行ける時代になった。お金
さえあれば(当時は大金が必要だったが)外国に行かれる、異文化に触れられる時代の到来だ。しか
し、自分の生まれた周囲には在日韓国人が多く住んでおり、当然のように友人に在日韓国人がいて、
日本国内でも外国語や異文化が当たり前のようにあった。
1ドルが 300 円の時代、1974 年に初めて渡米した。アメリカの圧倒的な物資の豊かさに驚いたも
のだ。帰国してから海外留学を扱う会社を友人と共に創設した。1980 年代は、日本とアメリカの関係
が良好で、日本企業もアメリカの大学に寄付をしていた。そのため日本の学生は優遇され留学しやす
かったのである。当時の留学の目的は「学位を取得すること」だった。留学の定義は「海外で一定期
間教育を受けること」
、
「海外で研究に携わること」だった。ところが 30 年もの間にそれが変わり、
今ではプログラムの中にどのような種類でも「学び」があれば留学と呼ぶようになってしまった。
私は中学生・高校生の留学を主に扱ったが、留学希望者の親は商社など海外勤務や商売上の海外経
験があることが多かったため、子供に海外で教育を受けさせることに抵抗がなかった。高校留学など
が当たり前になるにつれ、留学前の異文化に対する質問も変わった。留学生は既に二代目になり、情
報もあり、親も子も免疫のようなものがあるからだ。彼らは欧米の社会を異文化とは受け止めていな
いし、異文化に関する議論や、何歳から英語を習わせたらいいのかなどと議論されることもない。や
りたければやればいい、意識の問題である。また日本の社会も帰国子女の受け入れや、大学や大学院
も 9 月入学を最近は受け入れるようになってきた。
留学事情は 30 年もの間に変わってきている。日本人の留学生は、以前はたいへん評判が良かった。
挨拶をする、勤勉で真面目、礼儀正しい、物を盗まない。しかし、最近では尐し違う。
「挨拶が出来な
い」
、
「すぐしゃがむ」
、
「ズボンをずらして穿いている」
、
「だらしがない」と言われる。これはショッ
クなことである。さらに、インターナショナル・スクールには世界中の様々な国の学生がいるが、学
生はそれぞれ自国の良いところを誇りにしている。そういうところが日本の学生に尐なくなった。文
化の継承をきちんと子孫にしている国の学生は自国に対する責任と自信に満ちている。ただ留学して
8
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
異文化を体験するのではなく、自分のルーツや自国の文化をしっかり勉強して自国に貢献できるよう
な日本人になってほしいと思う。
故郷の良さは一度そこを出て外から眺めるとわかるものだ。日本の良さを知るためには、一度思い
切って日本を出てみることである。
Ⅴ.
大学生の海外研修と外国語教育 ― 異文化理解と外国語
東洋大学経済学部教授 斎藤 佑史
東洋大学経済学部の欧州海外研修の目的は、10 日間と短期間ではあるが、ドイツとフランスに出か
け、協定校の教授の講義を受けたり、現地学生との交流、教会などの歴史建造物の見学などを通じて
体験的にヨーロッパを学ぶことにある。従って、外国語習得を主に目指す外国語研修とは目的を異に
するが、しかし長年の引率者の経験からいうと、外国語、特に英語教育には動機付けという意味では
間接的ではあるが、貢献してきたということができる。研修後のアンケート調査でも、この研修で一
番困ったこととして毎回外国語、特に英語力不足を挙げる者が最も多く、英語の必要性を感じて帰国
する学生が多いのが実態である。しかし欧州海外研修の立場からいうと、それはあくまで副次的効果
であって、本来の目的は異文化体験、異文化理解にあるというべきである。
それでは、この異文化体験を通じて真の異文化理解を目的とする欧州海外研修は、はたしてその役
割を果たしてきたか、果たしてきたとすればどの程度か、それを見極めることは今の段階では大変困
難なことである。そのためにこれまで、研修の事前のアンケート、事後のアンケートを実施してきた
が、それはいまだ試行錯誤の段階で正直言って学問的理解にまでは達していない。従って今言えるこ
とは、欧州海外研修が、参加学生に異文化体験を通じて相当なインパクトを与えたことは事実であろ
うが、それがどの程度の異文化理解を達成させたかは、学生によっても違うだろうし、全体としての
見極めは大変難しい問題であると言わざるを得ない。
ところでこの異文化理解を目的とした海外研修に関連して、異文化理解と外国語を考えるとき、今
の大学の外国語教育の中で、異文化理解という言葉がどのような形で理解されているかが一つの問題
となる。今の日本の状況だと、外国語と言えば英語圏の文化が圧倒的な力を持っている。従って、異
文化と言えば、アメリカを中心とする英語圏文化を指し、異文化理解と言えば、英語圏文化を一段上
に見て、その文化を目標にするのがよいと考えがちになりやい。そして近年は英語を小学校から学ば
せ、大学まで英語中心に外国語教育を学ばせるシステムを構築しているわけであるが、その英語教育
の実態は、文化的側面を切り落として、
「役に立つ語学」
「コミュニケーション育成」
「キャリア教育」
と言うような聞こえのよいキャッチフレーズのもとに、大学での英語教育は「道具としての英語」
、実
用主義的教育に傾きすぎているのではないかと思われる。
このような傾向は、
社会からの要請もあり、
学生にとっては就職にも役立ち、その必要性もあることもわからないではないが、異文化理解という
視点に立つとき、文化は本来平等であるという文化相対主義に立つ必要があり、今の大学での英語教
9
「学習者の視点に立った異文化理解と外国語教育」
「大学における外国語教育の現状と未来像」
育の問題点は、
「道具としての英語」の教育を重視する余り、文化的側面の教育を疎かにしているので
はないかという懸念がある。
この問題は英語ばかりではなく、初習外国語と言われるドイツ語、フランス語、中国語にもあるわ
けであるが、初修外国語の中でも、ドイツ語やフランス語はその必要性という面から言えば、その時
間数から言っても実用よりも教養的な面が強く、従って文化と結びついた外国語教育が必要とされる
といってよい。選択科目の場合が多いので、戦略的にも実用性以外の各文化の魅力を前面に打ち出さ
なければならない環境にある。従って、必修科目として守られている英語教育と同一には論じられな
い面があるが、しかし私は大学の英語教育の場でも、もっと文化面を強調する教育の在り方を考えて
もいいように思う。これは何も昔の英語教育に戻るのがいいというのでは必ずしもない。今日のよう
なグローバル化した世界では、異文化理解はますます必要になってきているわけであるから、
「道具と
しての英語」ばかりではなく、同時に真の異文化理解に寄与することのできる英語教育の可能性も大
学で探る必要があるのではないかということである。
VI. まとめ:司会者より
東洋大学国際地域学部教授 垣本 せつ子
本シンポジウムは、人間科学総合研究所の外国語教育研究チーム「大学における外国語教育の現状
と未来像」が主催した。海外研修について、学生参加者、研修引率者、研修企業コンサルタントの方
たちにお越しいただき、今日の日本の大学生の海外研修の意義と問題点を洗い出すことを目的とした。
まず、東洋大学の交換留学制度・学部海外研修制度を利用して海外体験を、東洋大学経済学部 4 年
の野地さん、国際地域学部 3 年の槙さんから伺った。野地さんが、
「得意分野から外国語と異文化に慣
れる・身に付ける」という戦略を後進の学生に勧めている。槙さんは、これとは正反対に、苦労する・
悩むことを自らかって出る姿勢が異文化理解において大切であると報告した。相手に配慮しながらの
立ち居振る舞いの繰り返しが、異文化の中でも信用され、評価される鍵だという。東洋大学国際地域
学部助教の川澄氏はご自身が東洋大学の学生時代、海外研修に参加したことがきっかけで研究の道へ
進むこととなったということであり、今日まで海外研修への引率だけではなく、インターンシップと
いう学外の体験学習の指導もなさってこられた。今日の大学の正課外教育(講義以外の、キャンパス
外の大学教育)は、教養・技能(ここでは外国語、特に英語)
・専門・就職準備など様々な要素を含ん
でいる。専門と位置付けられた知識を現場の感性で受け止め、コミュニケーションすることを重視す
るとは、専門教育の教養化といえるであろう。外国語教育に関していえば、現地での共通語である英
語(川澄氏の研修の場合)能力を磨くだけではなく、地域のことば(ここではタイ語)についてどの
ような配慮をするべきか考えるきっかけでもある。通訳を通じてすれば、よいのか。現場に立つとは、
その時々に起きていることを、その現場の一人として、その地で話されている言語で理解することで
はないか。体験学習は、大学教育の枠づけをはみ出た視点を往々にして提示する。
10
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
シンポジウム後半ではまず、日本人学生の留学斡旋のパイオニアである浅井宏純氏に、戦後の高度
成長期以降、今日に至るまでの日本人の留学事情についてお話しいただいた。今日、留学生も第二世
代になって、特に欧米への留学に関する限り、異文化理解という受け止め方はもうないのではないか
という。このことは逆にいえば、日本人の文化発信力の危機だともいう。言葉に関する限りは、近代
化以降の日本が外国語教育の欧米化(特に英語)を進め、留学とはまず欧米の言語を習得することで
もあったので、ここで言われる「文化」とはそれ以外の分野での、日本の伝統社会を維持してきた精
神的な意味での「文化」であろうかと思われる。ではその危機に対してどのような対処があるのだろ
うか。このことも本シンポジウムを通貫するテーマである。最後に、東洋大学経済学部教授の斎藤氏
より海外研修・異文化理解と外国語学習というテーマでお話しいただいた。同氏はヨーロッパ研修を
10 年間にわたって引率してこられた。異文化理解は近年、皮相な浅薄なものにとどまっているのでは
ないか、その原因として実用性に走る外国語教育があると述べられた。異文化理解とは、誤解を避け
る、衝突を避けるといった実用にとどまらず、自文化では体験したことのない論理に出会うことその
ものに意義があるとする。
「xx人はにこにこする」
、だから「xx人」は「やさしい」という結論で
終わるのではなく、ある人間を微笑ませる様々な論理があることを、状況を経て、時間をへて、会得
するのが異文化理解教育である、と提唱されている。
以上、今日の大学の海外研修について様々なアプローチがあり、パネリスト全員が海外体験を有意
義であるとした点では一致している。と同時に、大学生活のあわただしさの中で体験終了後のフォロ
ーアップが定着しないなどの問題点もまた一致しているように思われた。今後も、それぞれの体験の
特異性を生かしながら、共通にめざすべきことを確認し、効果的な学習を模索しなければいけない。
本シンポジウムはその一里塚といえるであろうか。
VII. 平成23年度プロジェクト活動
本プロジェクトでは、平成 21 年度から 3 年計画で実施された。平成 21 年度は、東洋大学の学生が
様々な特徴をもつ海外研修の何に惹かれて参加し、また、どのような体験を得たかを教員が所属する
学部の研修参加者を中心に調査した。そして、平成 22 年度以降は、この聞き取りを追跡調査として
継続した。平成 22 年度は海外研修に関心のない、あるいは関心があっても参加できない学生も含め
た一般の動向を調べるため、東洋大学生(1・2 年次生、文系学部)を対象に広範なアンケート調査を
行った(回答者 1213 名)
。これらの聞き取り調査・アンケート調査からと、研究者自らも研修引率者
として見聞きした異文化理解の問題を「クリティカル・インシデント」として集約し、JALT(全国語
学教育学会)で共同発表した。
同研究所で平成 16 年度より継続して行っているシンポジウム「大学における外国語教育の現状と
未来像」は、本プロジェクト期間中テーマをリンクし、平成 21 年度は、
「異文化コミュニケーション
と初習外国語教育」
、平成 22 年度は「外国語学習 -教室の中と外で-」
、平成 23 年度は「異文化体験
11
「学習者の視点に立った異文化理解と外国語教育」
「大学における外国語教育の現状と未来像」
は必要か?」として実施した。平成 24 年度は「大学生の留学・海外研修と異文化理解」(仮題)を予定
している。
3 年間の共同研究では、以上で述べたように、大学生が海外で学ぶ一般的な状況について行った調
査以外に、研究者それぞれが専門或いは業務とした分野ごとの研究も行った。研究分担者の江藤は、
平成 21 年度及び 22 年度にタイの大学及び語学学校でのタイ語教育のカリキュラムと、そこに留学し
ている日本人学生のタイ語習得状況について教員及び関係者から聞き取り調査を行った。平成 21 年
度及び 22 年度にイギリスのウォーリック大学研修(経済学部海外研修)を引率した、研究代表者の
ニューフィールズは、同研修参加者への経年の聞き取り調査から、海外研修と英語学習の関係を研究
した。研究分担者の佐藤は、国際地域学部の海外研修の参加者へのインタビューをデザインし、全体
報告の中で回答者の学部ごとの特徴を明らかにした。研究分担者の斎藤は、平成 14 年度より実施し
ているドイツ研修(途中より欧州研修)を、プロジェクト期間中も引率し、その事前・事後教育(学
生による報告書など)から、海外研修を異文化理解教育・言語教育として生かす方策を研究した。
研究分担者の垣本は、平成 21 年度及び 22 年度にフィリピン英語研修(国際地域学部海外研修)を引
率し、参加者より聞き取り調査を行った。また、平成 23 年度にドイツ外務省外郭団体である「外国
事情研究所」に滞在して、ドイツ海外研修を企画し、問題点を検討した。
平成 23 年度は以上のとおり全体の聞き取り調査と、個別の調査結果をまとめた。3 年間の報告書は
編集を外部に委託して平成 24 年3月に発行した。平成 21 年度・22 年度の調査活動に加えて、同報
告書では「今日の世界の異文化理解教育と言語教育」
、
「異文化理解と外国語教育の融合」
(佐藤・江藤・
ニューフィールズ・垣本)という2つのセクションで、大学生の今日の言語学習及び異文化理解の状
況を論じた。
本プロジェクトを立ち上げた当初に予定していた異文化理解の教材は、
分野もテーマも広範になり、
共同でまとめるまでには至らなかったが、斎藤は異文化をテーマとしたドイツ語教材を出版(平成 21
年度)し、垣本はドイツ海外研修(国際観光研究ゼミ研修)の準備として教材の試案を作った。
今後の研究を 3 点より論じたい。まず、海外研修の必要性を社会学と人文学両方をときには融合、
ときには区別しながら論じるスタンスを保つ必要があると思われた。大学研修の種類が増え、課題解
決型・課題発見型など、海外での行動を重視する研修が定着したが、これらは社会学的な課題と結び
付いた研修である。学生の意識では、海外研修への最も大きな不安は、
「経済的な余裕」についで、
「外
国語での会話」だとしており、
「なぜ海外研修に参加したいか」
、
「実際に研修先ではどんな活動をした
いか」という問いに対しては「他の国の文化を学ぶ」
、及び「その国や地域の文化や歴史を勉強したい」
が「語学の学習」を挙げる回答を大幅に上回る、という結果となっている。いわば語学をスキップし
た形での海外への関心が形成されているのだが、日本でこそ就職の際に役立つかもしれない能力とさ
れる外国語も、それらが話される現地ではそこでの常識以上のものではないこと、それゆえ、コミュ
ニケーションの中で重要な意味を持ってくるのであり、事前の準備教育の中に現地の言語の学習を含
めるべきであることなど、人文学ならではの海外研修への提言がなされるべきであると思われた。
12
東洋大学人間科学総合研究所 2011 年度活動報告
次に、海外研修の種類が増えたといっても、そこで必要とされる外国語が英語であるという認識が
ますます浸透している今日、改めて多様な言語を含んだ外国語学習という枠組みから、言語教育を考
察する必要があると思われた。そもそも、母国語と外国語の区別が人為的だという、歴史学からのア
プローチに従えば、
「外国語」を教えることも学ぶことも不自然な行為である。外国語学習には学習者
の「内」と「外」の言語を作り出す必要悪の側面があり、これを修正するような異文化理解教育を兼
ね備える必要がある。
最後に、海外研修を大学生の様々な正課外活動の中に位置づけることである。本プロジェクトの調
査では海外研修への参加の動機として「就職に有利になるから」は複数回答の中では多く挙げられた
が、これを最も大きな動機だと答えたのは 6%に過ぎなかった。時間と経済の観点から様々な正課外
活動を調整してプランを作らなければならず、それら超過密な諸活動の中に埋没しないような海外研
修独自の意義を発信していかなければならない。
以上が平成 23 年度の活動の概略とその成果である。
(垣本せつ子)
Fly UP